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新リポケ「ポケガイ民の奇妙な冒険」

1李信:2018/01/14(日) 15:32:51
※タイトルと内容は必ずしもリンクするとは限りません。

〜プロローグ〜
就職活動に失敗し、社会でも家庭内でも立場を失った李信はヤケになって「毎日ラーメン不健康生活」を送っていた。
数ヶ月後、ラーメンの食べ過ぎにより呆気なく病死、魂は天に召された…筈だった。

そして死後…

「やあ。君が直江君だね?待ってたよ」

と、他に何も無い真っ暗な空間の中で意識を取り戻したところに、目の前に立っていた30代くらいの黒髪短髪で鐔付き帽子を被っている男に声を掛けられた。

「此処は…?つか誰だお前。何でポケガイの半値で俺を呼ぶんだ?」

見たこともない顔である。というより、何故自分のポケガイでの半値を知っているのか。そもそも何故自分のことを直江だと知っているのか。此処は何処なのか。疑問が次々と頭に浮かんでくる。

「ま、疑問は沢山あるだろうけどさ。まず説明するけど、僕はポケガイの管理人だよ。で、君が死ぬことを知っていた」

「!?」

いきなり明かされた衝撃の真実に対し李信は思わず絶句する。死ぬことを知っていた?リアルでは初めて会った筈のこいつが?管理人が何故こんなところに?李信の頭は混乱した。

「おいちょっと待て!どういう…」

「悪いね、詳しく説明してる暇は無いんだ。それじゃあ今君が置かれてる状況と、君のこれからのことを説明するよ?」

当然李信は疑問を全て解消すべく管理人に対して質問責めの構えを取るが管理人はそれを最初から遮り、話を無理矢理自分のペースに持っていった。李信は管理人の態度から、いくらまくし立てても無駄だと判断し、話に応じることにした。

「君は死にました!此処はこの世とあの世を繋ぐ狭間といったところかな?こうして僕が前の世界で人生を終えたりした人をあの世に送り出してるんだ!ポケガイ民限定だけどね!色々調整とかあるからね!」

「はぁ…」

いきなりそんなことを言われても信じ難いが、この尋常ならざる闇しかない世界に立たされれば半信半疑くらいにはなる。

「で、あの世ってのは異世界…つまり二次元の世界なんだ!君にも二次元世界に転生してもらうから!あ、君に拒否権は無いよ?これはポケガイ民になった時点で決まった運命だから諦めてね!」

「…」

突拍子も無く管理人は李信に俄かには信じ難いことを次々と言ってくる。こいつ、いい歳こいて厨二病か?などと考え始める李信だった。

「でも安心して!来世では前世と違って絶対に人生楽しくなるから!それは僕が100%保証するよ!なんたって、君は不細工じゃなくなるし、就活とか関係無く自由に生きられるんだ!それどころか、異世界での君の希望スペックは何でも叶えるよ!漫画とかアニメとかに出てくる能力とか使えるようにしてあげるよ!イケメンにもできるし!さあ直江君、君の望みは!?」

わけが分からない内に管理人は勝手に話を進めて一つしかない選択肢の決断を李信に迫っていた。

2李信:2018/01/14(日) 16:17:40
よく分からないが、もう自分には他に選択肢は無いんだろう。ならば諦めて此処で希望を全て叶えてもらって第二の人生のスタートを切るのも良いか、と李信は頭を切り替えた。

「じゃあさ、俺BLEACHっていう漫画が好きなんだけど…それに登場する全ての技とか能力を使えるようにしてくれ」

「えっと…BLEACHだね?ちょっと待っててね!」

少年ジャンプでかつて連載されていたバトル系漫画の名を挙げる李信。管理人はジャケットのポケットから携帯端末を取り出してタッチ操作をし始める。

「よし!BLEACHあった!今から君に能力を授けるからね!そこで動かないでジッとしててね!」

キーワード検索でもしたのか?随分簡単なんだな、と李信が思っていると、管理人が端末の頭の部分を立っている李信に向けてくる。そして端末から謎の一筋の青白い光が発せられ、李信の胸部を直撃する。

痛みなどは感じない。一筋の光が胸部に当たると全身に拡散し包まれる。そして…

「はーい能力付与完了!あ、容姿も変わっちゃったね!まあ前世の君と違って超絶イケメンだからいいよね!嫌なら変えるけどさ!」

李信を包んでいた光が消滅すると、管理人が携帯端末で李信の写メを取って画面を見せてくる。

「これが…俺?」

目が隠れるか隠れないかくらいの長さの前髪、両サイドもタワシ頭だった生前と比べても明らかに伸びている。髪色は黒で、瞳の色も黒。BLEACHということで更木剣八が装着していた眼帯を左眼に装着していた。

腰には斬魄刀をきちんと帯びており、服装も漆黒の死覇装だ。どうやら死覇装は最終章の黒崎一護仕様のようだ。懐には《完現術(フルブリング)》の影響であるX字形の装飾があり、肩にもショルダーパッドを思わせる装備がある。ついでに《滅却師十字(クインシークロス)》も首にかけられている。

胸元をはだけさせて見ると、青白く輝く《崩玉》が埋め込まれており、虚(ホロウ)の証である穴がその上に空いていた。そして《破面(アランカル)》の証として仮面の名残がグリムジョーの様に右頰にある。仮面紋(エスティグマ)が見当たらないのだが、と管理人に尋ねると頭にあって頭髪に隠れているとのこと。何じゃそりゃ。

その他のアイテムは任意の時に自動的に取り出せるらしい。

「…嫌どころか自分の理想ドンピシャだぞ。凄いな管理人。ポケガイの管理は碌にしないクソ管理人だけどな」

「一言余計だよ君。あ、あとオマケにプレゼント!」

管理人は端末の画面から黒いマントを取り出して李信に投げ渡した。ユーハバッハがつけていたやつか。

「こういうの好きでしょ?君。いい歳こいてさ」

「どうも。でもいい歳こいてアンチのツイートにムキになる男には言われたくないな」

管理人のちょっとした煽りに煽りで返しながら李信は投げ渡された黒いマントを装着した。

「じゃ、希望は全部叶えたから。気に入らない他の住民を殺しに行くのもよし。平和な生活を送るもよし。あ、せっかくイケメンで強い能力者になったんだからハーレムでもつくれば?じゃあ頑張ってねー!」

管理人が端末をタッチすると李信の視界は再びブラックアウトした。

3李信:2018/01/15(月) 00:48:08
目を開ける。そして李信は瞬時に管理人とのやり取りを思い出し自分が異世界に転生したのだと視覚情報から確認する。

西洋と中東が入り混じったような文明だろうか。煉瓦造りの家々や道路からはそういった文化を感じる。一応、街灯などは存在する為にある程度文明が進化していると思われる。そして、一際目を惹くのは西洋風の巨大な城。

これらの光景から、此処は異世界に存在する国の都であると李信は考えた。

「ならば情報収集は容易い。情報を集めた後に今後の去就を決めるとしよう」

李信は冷静にそう考える。国が存在するということは、この世界にも勢力が存在する。そしてそれは一つとは限らない。弱い勢力について滅ぶようなことがあってはならない。せっかく高スペックで転生出来たのだから。

SAOの序盤のキリトみたいにソロプレイという選択肢もあるが、管理人の話から推察するに此処は他のポケガイ民も多数存在する世界。そして自分にあっさりチート能力が与えられたということは、他にも強力な能力を持ったポケガイ民が存在している可能性は十分考えられるのだ。ソロは危険である。

それにしても、周りの視線が先程からどうも自分に集中していることを感じる。異世界といっても普通に暮らしている原住民が圧倒的多数なのは事実。民族衣装や洋服に身を包む彼らにとって漆黒のマントに、装飾された漆黒の死覇装、そして漆黒の眼帯に顔についている仮面の名残は目立つのだ。

「人間というものは常にイレギュラーの存在に畏怖又は軽蔑、或いは喜怒哀楽のいずれかの感情を示すものだ。それは世界が変わっても変わるものではないな」

小声でそんなことを呟いきながら、とりあえず情報収集の為に適当な大衆酒場でも探すことに決めて歩き出した。金は…懐に金貨が10枚程ある。

5分程歩き、30人程の客が入っている煉瓦造りの大衆酒場に入る。異世界転生系なろう産アニメではお馴染みの光景である。木製のコップに葡萄酒を入れて昼間から飲みながら賑やかに談笑する客、静かに飲む客、イチャイチャしているカップル客、何かのクエストを終えたであろうパーティの打ち上げ…様々な客を見ることが出来る。年齢も性別もバラバラである。

だが、李信が入ると周りの客の視線は李信の方へと向けられる。やはり奇抜な格好だからだろうかと李信は鬱陶しく思いつつも、好都合とも思いカウンターに立っている若い女の店主の方へと歩いていく。

「空席はあるか」

李信が異世界に来て他人に話しかけた第一声だった。

「は、はい!どうぞあちらのお席へ!ちょっとごめん、このお客様を空席に案内してさしあげて!」

「畏まりました!」

店主は取り込み中のようで、店主に言われたこれまた十代半ばくらいと思われる金髪ツインテールの店員が出てきて李信を席へと案内し、慌ただしく一礼して去っていく。

(これは俺の用紙が改善した故の一目惚れなどの類の反応ではないな。明らかに俺に恐怖を抱いている)

李信は店員の表情を読んで察した。そんなことを考えてながらメニュー表を見ていると

「兄ちゃん、見ねえ顔だな?オシャレな骨みてえなもん顔につけちゃってよぉ?余所者だな?」

テンプレである。筋骨隆々な荒くれ者の壮年の男が隣のテーブル席から立って近づき、絡んでくる。

「…だったら何だ?」

「明らかに異変の民って感じの格好してやがる。いいぜ兄ちゃん!面白そうだ!今日はお近づきの印に俺が奢ってやるよ!好きなもん頼みな!」

「…異変の民?料理や酒もいいが話を色々聞く必要があるな」

「おう、何でも教えてやる!」

ダル絡みされると思いきや、意外と話せる男だった。異世界の原住民だろう。そしてパーティと思われる他のメンバーの男女も李信を取り囲むようにして集まってくる。

「あら!異変の民の方!?」

「イケメン…ちょっとカッコいいかも…」

「新しい異変の民の方ですね!ようこそこの世界へ!歓迎するッス!」

次々と若い男女が李信に声を掛けてくる。因みに異性にカッコいいと言われたのは生まれてはじめての李信だった。

4李信:2018/01/16(火) 22:13:31
李信の周りをクエスト帰りの打ち上げをしていたと思われるギルド(パーティ)と見られる男女が囲んでワイワイガヤガヤと勝手に騒がしく喋り、注文し、酒や料理を貪り李信に絡む。李信は生来、俗に言う「陰キャラ」に分類される人間なので、こういった空気がたまらなく嫌いなのだが今は情報収集という目的の為に耐えるしかないと自らに心の中で言い聞かせてきた。

「この世界のことを教えて欲しい。どういう国や勢力があって、どういう人間が居て、どういう異変の民が居るのかをな」

李信は世間話もできないコミュ障なのでいきなり本題に入る。まずは世間話で打ち解けてから、などという発想は存在しない。しかしギルドのメンバーはこれを不快に思わず気さくな笑顔で李信の問いに答えようと口を開く。

「まず、この国はペルシャ帝国という国です。ウルクという小国でクーデターを起こした燦々王子を討ち果たした英雄であるアティーク様という方が建国し自ら皇帝に即位しました。アティーク様はゾロアスター教を非常に奨励しており、国民の6割以上がゾロアスター教徒になっております。しかしアティーク様はゾロアスター教への入信や改宗を強制したりはしません。皆アティーク様の人徳とアフラ・マズダーによるお導きなのです」

銀髪のロングヘアの15〜16歳くらいと思われる、緑色のローブを羽織り杖を携えている少女が物怖じせずによく通る声で李信に答えた。

そういえば、管理人により姿を変えられた時に自らの姿を写メという形ではあるがしっかりと目に焼き付けていた李信は感じた。自分の容姿はこの少女の見た目と年齢的にはそう変わらないということを。顔の造形や体つきはもちろん全く違うが、生前の年齢と比べると明らかに顔つきが若いのである。恐らく管理人によるサービスだろう。

「アティーク…あいつか。成る程、彼ならば良き為政者だろうな。アティークの政はどうだ?」

アティーク。ポケガイ民の1人で、ポケガイwikiの管理人を務めていた男である。仕事が辛いなどと吐露していたことは覚えているが、まさか死んで此方の世界に来ていたとは。

「勇者様はアティーク様とお知り合いなのですか!?それと、アティーク様には国民の誰もが感謝しております。この世界の有史以来の最低税率ですし、それに飢饉や水害に備える為に私財を投じて非常食を普及させ、山野を耕し新たな田畑をつくり、水路を整備し、堤防を築いて下さいました。他にも…」

「もういい。政に関してはそれだけ聞けば十分だ。…勇者?」

政治の細部まで聞かずともこれだけ語られればアティークがどのような君主なのかは流石に頭の悪い李信でも分かる。アティークはよく国や世界のあり方をポケガイでも語っていた。アティークはこの世界で自らの夢を実現しようとしているのだと悟った。

そして、引っ掛かったのは勇者という単語である。勇者といえば、ドラゴンクエストや様々なアニメやラノベで登場する、魔王と戦う使命を背負った戦士のイメージが強い。

「はい。剣ではありませんが日本刀を携えてマントを羽織り、その威厳ある雰囲気…それに真っ直ぐな正義感のある目をしています。ですから勇者様と」

「…」

李信は悟った。「勇者」という単語は、この少女が李信を褒める言葉ではない。少女の、いや恐らく多くの者の願望である。自分の目に正義など宿っていない。
黒ずくめの格好に、顔についている骸骨のような仮面の名残、一目でどう見ても正義の味方という印象は抱かない姿をしている李信に「勇者」という単語を用いて持ち上げる発言から感じた違和感である。

「…この国の他にはどんな国が?」

勇者の話を置いておく。別の気になることから回収した方が欲しい情報が早く得られそうだと李信は考えた。

「すみません。私達庶民も全ては把握出来ていないのです」

「何…?」

この世界に住んでいながら世界のことが分からないとは如何なることかと李信は短いその一言に集約して放った。

「此処は世界の北半球側にある国です。そして、私達原住民は北半球でしか生活出来ないのです。南半球は謎の黒い瘴気に包まれていて…」

随分と二次元らしい都合の良い設定だと李信は思った。

「では北半球にはどんな国がある?」

「この大きく分ければ、ペルシャ帝国と、グリーン王国と、幻影帝国の三国です。他にも原住民だけの国などがありますが非常に小規模です。この三国は時に結び、時に戦いを繰り返しています」

「三国の国力比は?」

「このペルシャ帝国が1、グリーン王国が2、幻影帝国が7といったところでしょうか」

「成る程…三国志か」

まさに中国の三国志の構図と同じだと李信は思った。ペルシャ帝国が蜀、グリーン王国が呉、幻影帝国が魏に当てはまるだろう。

5李信:2018/01/16(火) 23:15:40
「幻影帝国とグリーン王国はどんな国だ?」

国力で言えばこのペルシャ帝国が不利であることは明白だった。そして最大の国力を持つ幻影帝国に仕官なり定住することが最善手である。あくまで国力だけ見ればの話だが。だが政治体制や情勢などによりそれが覆されることは十分にあり得る。李信は少女から更なる情報を聞き出そうとした。

「まず幻影帝国ですが、ホッサムという人が皇帝として君臨しています。その圧倒的な軍事力と強力な能力者達を背景に版図を拡大し続け、北半球の2/3を支配する強国となりました。徹底的な軍事国家で、国家予算の多くを軍備に当てています。また、信賞必罰が徹底されております。ただ、国内は安定しているようですが。例えば農民に対しては屯田制なる制度を採用し…」

「もういい。グリーン王国は?」

少女の説明が長くなりそうなので李信は強制的に話を打ち切らせた。此処まで聞けば大体分かる。一々その全てを頭の中で整理するのは面倒ではあるが。

「は、はい。グリーン王国は…ぐり〜んという王が治める国です。側近であるぐり〜ん二号が政治を補佐しています。民を大量に動員して大運河を建設し、水運による莫大な利益で潤っています。ただ、格差社会でもあります」

「…成る程。分かった。次に能力者についてだが…」

世界にある国のことは分かった。ならば次は能力者のことだ。

「申し訳ありません勇者様。実は私達は能力者のことはあまり…。まだこの世界に異変の民の方々が現れるようになってから決して久しくはないので…ただ…」

「…ただ?」

少女がセリフの最後で悲しそうに伏し目がちになったのを李信は見逃さなかった。何かあるようだ。

「最近このペルシャ帝国の帝都・ペルセポリスでは氷河期組と名乗る組織が現れ、能力者を狙ったり、色々なところから略奪し人を殺したりと夜も眠れない日が続いております…。私も両親を…」

「…」

少女が話ながら両手で目を覆う。明らかに涙を堪えている様子である。

それにしても、氷河期組。この組織名に李信がピンと来ない筈が無かった。思わず目を見開いてしまったがすぐに平静を装う。

「もう分かった。ここまで聞ければいい。これは情報料だ。とっておけ」

李信は懐から金貨を1枚取り出して少女の右手に握らせると、席を立って店を後にしようと歩を進めようとする。「勇者」についてはこれ以上触れない。恐らくこの少女やペルシャの民は「勇者」という言葉に願望を抱いている。そしてそれは、先程の氷河期組の話と繋がっているのだろう。

だから触れない。李信としてはどの国に属するのが有益なのかを判断する為に情報を引き出し、損得のみを考えて身を処すつもりだった。そしてそう考えた結果、三国でも最弱の国力であるペルシャ帝国に属する利は無い。更に氷河期組という敵が存在するのであれば尚更である。故にこのまま立ち去りペルシャ帝国領を出て幻影帝国に赴くつもりだった。

「…待って下さい勇者様。私達を…ペルシャ帝国の民を見捨てないで下さい…!」

しかし少女はそうはさせまいと背を向けた李信のマントを引っ張って涙ながらに訴え、引き止める。少女もまた、早々に立ち去ろうとした李信の真意を見抜いていた。

6李信:2018/01/16(火) 23:59:11
面倒だ。李信は心の中でそう呟いた。自分が本当にBLEACHの能力者ならば《瞬歩》、《飛廉脚》、《響転(ソニード)》、《ブリンガーライト》といった高等歩法や《千反白蛇》などのワープ技を使える筈である。この場は《千反白蛇》がより遠くへ逃げられるだろうと考え、自身を霊圧で形成した白布で覆い隠そうとした矢先に、事態は発生した。

凄まじいと轟音と共に爆炎が噴き上がり、店内の出入口付近の席で飲食をしていた客が10人程弾け飛んだ。

キャー!だのギャー!だのといった叫び声が店内のあちこちから響き渡り、店内は大混乱に陥る。

「畜生!なんだってんだよこりゃあ!」

ギルドのメンバーのリーダーと見られる壮年の男が大剣を手に爆発が発生した出入口に駆けていくが、髑髏を模した装飾が施された小型の戦車のような形状の物体が男に飛び付いて男は爆発した。

「ガッ…!」

呆気なく男は爆散した。店内はついに恐慌状態に陥る。客達は店員主導で非常口からの脱出を開始するが人数が人数だけに間に合いそうもない。

「この髑髏戦車…スタンドか…!」

《千反白蛇》の発動をやめ、様子を見ていた李信が見たのは見覚えのある物体。見覚えがあると言っても現実でではない。かつて見ていた漫画及びアニメに登場した、スタンドと呼ばれる能力を使用する能力者が使った能力である。

「御名答だ直江〜!漸くこの世界に姿を現したようじゃあねえか〜!」

何処からか声が聞こえる。しかし姿は見えない。店内に1人となった自分だけが聞こえる低い声。しかし李信は知っていた。スタンドという能力は有効射程距離が存在する能力であること。必ず遠くない場所に自分を付け狙う敵が居るのである。

《探査回路(ペスキス)》を使い、敵の位置を瞬時に把握する。

「そこか」

店から出た向かい側にある廃屋の2階に向けて李信が赤色の破壊の閃光《虚閃(セロ)》を右手の掌から放つ。しかし虚閃は2階の開いていた窓から出てきた爆発する空気玉と相殺されてしまった。

より一層大きな爆音が響き渡り、近隣に居た人々はパニックを起こしながら散り散りに逃げていく。

「姿を隠してないで出てきたらどうだ?スタンド使い」

「あちゃー!見つかっちゃったらしようがねえな〜!」

李信の言に素直に応じた相手が2階の窓から飛び降りて着地し李信と5メートルほど間隔を空けて対峙する。身長は李信よりも高く、骨太で筋骨隆々な印象を与えてくる男である。そして謎のポーズ「ジョジョ立ち」も顕在だった。

「何者だ。そして何故俺を直江だと知っている?」

「質問は1度に一つにしてくれよ〜!時間はたっぷりとあるんだぜぇ?」

男は挑発しているつもりなのか、飄々とした姿勢を崩さない。李信は男を睨みつけた。

7李信:2018/01/17(水) 10:01:01
「…答えろ。何故俺を知っている…!」

李信はこの世界に来てからまだ30分程しか経過していないのだ。そしてまだ一度も自分の名を他人に名乗っていない。知られている筈が無いのである。

「初対面ではあるがよ〜、その眼帯と刀を見れば一目で直江だって分かるぜ〜?漸く見つけられたぜ〜!」

スタンド使いの男は表情をコロコロ変える顔芸をわざとらしく使いながら先に二つ目の問いに答える。その隣には白を基調とした人型で猫を模したような形状の頭部と赤い目を持つスタンド《キラークイーン》が猫型植物のスタンド《ストレイ・キャット》を腹部に内包しながら控えている。爆発する空気弾は既に次発分が装填されていた。

「では…俺が今日この世界に来て、この場所に来ることを知っていたのか」

そうだとしなければこのような、世界に来たばかりのタイミングで襲撃しに来ることは難しい。或いはただの偶然なのかもしれないが。

「質問が増えてるぜ〜?直江く〜ん?じゃあ最後に最初の質問にだけ答えてやるよ〜!俺はリキッド!氷河期組のリキッドだ!」

スタンド使いの男はあっさりと所属する組織名と自らの名を明かす。これはリキッドが頭を使わない低知能だからではない。そう、ファンサービスである。

「氷河期組…成る程。それだけで其方には俺を襲う理由とするには十分だな」

李信がそう言った次の瞬間、李信の足元に髑髏顔の小型戦車が密かに近づいてきていることに気づいた。リキッドはわざと戦う前に会話を行うべく李信の問いに答えていたのだ。

「《キラークイーン》第二の爆弾《シアーハートアタック》!」

リキッドの狂気に満ちた叫びと共に李信の左脚に接触した小型戦車《シアーハートアタック》が爆炎を噴く。李信はそのまま爆散し跡かたもなく消え去った。側から見ればであるが。

「呆気なかったなあ?死神よりもスタンド使いの方が格上だってことが証明されちまったぜ!」

「成る程。一見小物じみた喋り方をするからと油断してしまった節はあったが中々の策士のようだ」

と、爆散した筈の李信の声がリキッドの鼓膜を揺らしたのは後ろの方向からだった。

「…!」

「会話と空気弾装填により此方の意識を自分に集中させ、見えざるところからのシアーハートアタックによる奇襲とはな」

リキッドが振り向くと、そこには確かに《シアーハートアタック》の爆発により殺した筈の李信が立っていた。しかしよく見れば李信の左脚は爆発により吹き飛ばされて無くなっていた。

「すぐに瞬歩を使わなければ全身が吹き飛んでいたところだ。この世界に来て最初の相手がスタンド使いとは骨が折れる」

李信は爆発により吹き飛ばされた左脚を《超速再生》で完全に修復しながらそう言い放つ。

「《ストレイ・キャット》空気弾発射!」

リキッドの合図によりキラークイーンの力により爆発物に変えられたストレイ・キャットの空気弾が李信に向けて発射された。しかも、視認することはできない。

『縛道の八十一 断空』

李信は鬼道による透明な障壁を自身の前方に展開するが、見えない空気弾は障壁をすり抜けて李信の至近距離で爆発を起こす。

「無駄だぜ〜!?お前の矮小な能力じゃ俺のスタンドには勝てやしねえんだよ!」

爆発した箇所に向けて爆発物と化した空気弾を連射し次々と起爆するリキッド。しかし、あまり手応えを感じられなかった。

8李信:2018/01/17(水) 11:08:20
「「思い込む」という事は、何よりも「恐ろしい」事だ…………しかも、自分の能力や才能を優れたものと過信している時は、さらに始末が悪い。今のお前だよ、直江。BLEACHの能力を手に入れて万能感に浸っている。その証拠にスタンドの中でも強力なキラークイーンを使用している俺に向かってきた。あのまま逃げていればよかったのに、だ」

リキッドは急に口調を変えて冷静に李信の落ち度を指摘してその敗因を他の誰かにではなく、自分の勝因として自分に語りかける。

「では、自分の力を過信しているお前には同じことは言えないのか?」

瞬歩で3メートル程間隔を空けた距離に現れた李信の目が真っ直ぐにリキッドを捉えていた。李信は空気弾の爆発を間一髪で瞬歩で回避していた。

「…!」

「キラークイーンが放つ空気弾の能力を忘れていた。障害物をすり抜けることをな。だが断空を展開した時にお前は次弾を装填せずに此方の様子を見ていた。あの一発で俺を殺せると踏んでいたからだ。そして爆発した瞬間に手応えを感じなかったお前は空気弾を連射し俺への追撃に入った。半ばヤケクソでだ。違うか?」

李信の指摘は図星だった。自身の思惑を言い当てられたリキッドは狼狽を隠し切れず表情に出してしまう。

「そして、近距離攻撃型のスタンドの有効射程距離は短い。今俺が立っているこの地点は、お前自身が俺に近づかなければキラークイーンで俺に触れられず、空気弾を爆発させれば自分も巻き込まれるポイントだろう?」

李信の読みは当たっていた。現にリキッドは李信を警戒して動かない。近づけば場合によってはキラークイーンが李信に触れて爆弾化する前に反撃を受ける。爆弾化に成功しても起爆するまでの僅かな間に反撃を受けて李信を殺せても自分も巻き込まれる。空気弾は自分が巻き込まれる。

李信はそう言いながら右手の掌に赤い破壊の閃光を凝縮する。虚(ホロウ)が放つ破壊の閃光、《虚閃(セロ)》である。

「…」

「沈黙は肯定の意だ。終わりだ、リキッド」

掌から虚閃が放たれる。赤い光がなす術を持たないリキッドを容赦無く呑み込んだ。

「頭を使うのは苦手なんだがな。少し頭を使うだけでパンクしそうになる。戦うなら力任せが好みなんだがな」

赤い光に呑み込まれているリキッドにそんなことを言っても最早詮無いことではあるが、異世界に来てからの初戦で頭を使わされた李信はこの不満を吐露せずにはいられなかった。それが独り言だとしてもである。

「いやー危なかった!大丈夫かリキッド!」

だが、次の瞬間に李信の耳に入ってきたのは静寂ではなく第三者の声だった。虚閃が掻き消えて砂煙の中に見えたのはリキッドと、その前に立っているもう1人の人影。

「遅いぞ軍師。危うく死ぬところだったじゃあねえか!」

「また俺何かやっちゃいました?まあいいじゃないですか、助かったんですし」

リキッドの声に応えたのは、頭にアホ毛を乗せている黒髪で何故か学校の制服を着ている少年だった。何らかの能力によるバリアのような防御壁を展開していた。

9李信:2018/01/17(水) 15:13:55
「新手か…!」

李信は軽く歯噛みし、そして舌打ちした。スタンドという強力な力を持つリキッドは氷河期組でも上位に位置する能力者であると考えるのが妥当だろう。だがしかし、そのリキッドを守る為に割って入り、李信の《虚閃(セロ)》を防ぐバリアまで展開する男が視界に立っている。この男も氷河期組のメンバーであると考えるのが妥当だろう。

(2vs1…片方の実力は未知数…!リキッドだけならまだしもこれでは…)

最初から逃げれば良かった。李信はそう後悔した。何故李信は《千反白蛇》の発動をやめてリキッドに挑んだか。それは心の何処かで勝てると思ったからだ。勝って首を取れば幻影帝国に自分を高く売れるからだ。だが場合によっては幻影帝国から「厄介ごとを持ち込むな」と追い返されるだろう。いや、最悪の場合捕らえられて氷河期組に引き渡される。グリーン王国とてそうなる可能性は高い。だがそれは氷河期組に狙われた時点で同じである。

そうならない可能性もある。が、危険な賭けである。李信はギャンブルが非常に嫌いだった。

李信は頭の片隅では分かっていた。自分を狙う能力者が、《シアーハートアタック》が現れた時点で自分の未来への選択肢は1つを除いて閉ざされたと。

(逃げても安住の地は無い…!逃げても居場所は無い…!戦うしか無いのだ…!)

冷や汗を顔から垂らしながら李信はこの危機的状況を分析していた。

「俺は堂明元帥。氷河期組では軍師というあだ名で呼ばれている。お前が直江だな?」

「…」

「沈黙は肯定の意ってさっき自分で言ったよなお前?聴こえてたんだぜ?なァ!」

堂明元帥が掌から炎で形成された円錐状の渦を李信に向けて放ってくる。

『縛道の…』

李信が断空を展開しようとしたところへリキッドの《シアーハートアタック》が足元に迫ってきていた。

(しまった…!)

堂明元帥が円錐状の炎の渦を李信に放った理由。それは誘導である。何を?当然《シアーハートアタック》だ。

李信が居た箇所はシアーハートアタックにより爆炎と爆音、爆風が巻き起こり、追い討ちをかけるように円錐状の炎の渦がそれを取り巻く。

「はぁ…はぁ…」

李信は咄嗟に《静血装(ブルート・ヴェーネ)》を発動させて命は繋いでいた。軍師の魔法如きは防げたが、威力が非常に高いキラークイーンのシアーハートアタックまでは完全には防ぎ切れずに全身血まみれになっていた。

そして、超速再生が何故か発動しない。側から見れば万事休すの状態だった。

「シアーハートアタックの直撃を防いだのは流石だな直江〜!最初からその防御技使ってりゃ良かったんじゃあないのか?」

「無様だなニート直江!お前はポケガイで氷河期さんを複数でリンチしたんだからその報いだ!」

リキッドも堂明元帥も嬉々として満身創痍の李信を嘲笑う。

「炎の渦を円錐状に放ったのは俺への攻撃ではなくシアーハートアタックの誘導が目的…シアーハートアタックは付近にある最も高い熱を持つ対象を自動追尾するスタンドだからだ…」

今のアクションだけで李信には分かる。リキッドと堂明元帥はよく連携が取れている。お互いの能力をしっかりと把握している。

「大正解〜!だがよぉ、呑気に分析してる場合じゃあねえだろてめえはァ!」

リキッドのキラークイーンから爆発物と化した空気弾が発射される。李信へ向けて真っ直ぐと。

10李信:2018/01/17(水) 17:50:18
(此処まで…なのか…!)

戦闘中に《全知全能》や《世界調和》などBLEACHに登場する強力な能力の使用を試みたが発動しなかった。斬魄刀も何故か自分の霊圧に反応しない。もはや打つ手は無かった。

(管理人め…!俺を騙したのか…!BLEACHの全てどころかほんの一部の能力しか使えないではないか…!)

それも、超速再生は1度しか発動せず、静血装も何度目かでようやく発動した。何が目的かまでは流石に検討がつかないが、管理人は李信を騙して何かを企んでいる。李信はそう思い脳裏に憎き三十路男の顔を浮かべながら最期を覚悟して目を瞑った。

だが、一向に爆発物と化した空気弾が李信に着弾しない。起爆されない。無音。そう、無音が、静寂が数秒続いたのである。

「誰だお前は?いや誰かなどこのリキッドにとってはどうでもいいことだ。何故なら邪魔をした瞬間に抹殺対象と認定するのが我々氷河期組のルールだからだァ!それでもスポーツマンシップに則って敢えて聞いてやろうじゃあねえか!誰だお前は!?」

静寂を破ったのはリキッドの叫び。それが鬱陶しい程に耳に入ってくる。爆音の代わりに鼓膜を震わせるその叫びが向けられた先…つまり李信の前に立っていたのは黒いセーラー服を着て一振りの日本刀を携えた少女だった。

「…スターダスト・シュヴァリエ」

少女は名前のみを口にする。決して大きくはないが、よく通る鋭い声。李信を庇うように李信のすぐ前に立っている。

(そうか。お前は…)

李信は瞬時に察知した。姿こそ女になっているが、その名乗った名前やクマの上に宿る吸い込まれそうな程の影を宿した黒い瞳、星型の髪飾り…間違いない。李信がよく知るあのコテである。

「…誰だァ?そんな名前のポケガイ民聞いたことねえぞ?リキッドの攻撃を無効化するくらいの力があるなら原住民じゃなさそうだしな」

少女の名乗りを聞いたがピンとこない堂明元帥は勘繰るが答えが出てくる筈もない。

「俺はこういうのが時々気になる性分だから抹殺する前に聞いてやるが、何で俺達の邪魔をした?この世界に来たばかりのそこの直江を知ってるってことはありえねえだろうしよォ」

「悪人(屑野郎)は許さないよ。絶対にね」

スターダスト・シュヴァリエと名乗った少女はそれだけ言うと手に持っている刀を鞘から引き抜いて下段の構えを取る。

「…待て」

スターダスト・シュヴァリエの耳に響いた声は前からではなく後ろから、つまり李信からである。李信は振り向いてきたシュヴァリエの目を凝視していた。

「リキッドは俺がやる…!お前は軍師の相手を頼む…」

とても弱々しい掠れた声。これ以上戦いなど出来る筈もない傷。だがその目だけはギラギラと輝きを放っているようにシュヴァリエからは見えた。

「…無理言わないで。君、戦える状態じゃない」

冷静に、そして厳しい表情で李信に諭すように答える。

「それでも…戦わなければならない理由がある」

李信の言う、戦わなければならない理由。
それは、今後の人生の自分の地位や命運を決める重大なことを含んでいた。だが、この場でそれをシュヴァリエに明かすことはしない。

11李信:2018/01/17(水) 20:56:44
頭を使うのはポケガイでもワーストクラスで苦手と言っても過言ではない李信。水素をして「小銭の次に頭が悪い」と言わしめたことさえある。

スタンド使いのリキッドはそんな李信にとって最も相性が悪い相手の筈である。その李信が自らの手でリキッドを討つと宣言した。シュヴァリエも当然心配になる。

「君、死にたいの?せっかくこの世界に来たばかりなのに」

「死ぬ為ではなく…生きる為に、勝つ為に戦う。俺にはリキッドを討ったという実績が必要だ」

「…そんなに言うならもう止めない。軍師はボクに任せて」

「頼んだ」

死を前にして命よりも後の利を選択した李信の答えは本人が嫌っているギャンブルの様にも見える。しかしそれは違う。李信には後が無かったのである。その理由にはここでは敢えて触れない。

李信の願いを聞き届けたシュヴァリエが軍師こと堂明元帥を見据えて刀を構え直した。

『死者行軍・八房』

シュヴァリエが刀に宿る能力を能力を発動し、地面から湧き出るように人間が出現してくる。が、どうやら意思は無いようで、視線を動かさずまるで命令を待っているかのように微動打にしない。

「趣味の悪い人形だな」

「斬り殺した相手を自分の操り人形として使役出来るボクの武器。君も、ボクのコレクションに加えてあげる」

吐き捨てた堂明元帥にわざわざ能力の説明を行い相手に恐怖を与える為にコレクション入りを宣言する。

「でもまずは戦場を変えようか。君を殺すのはそれから」

「いいぜ。だがその判断が後悔に繋がることを思い知らせてやる。あまり俺を舐めてると…死ぬぞ?」

シュヴァリエ(と人形)と堂明元帥は短いやり取りを終えると李信とリキッドが居る戦場から離れるべく跳躍して翔び去っていった。


場面は再び李信vsリキッドへ。

「おいおいいいのかよ。せっかく頼りになる援軍が来てくれたってのに俺とのタイマンに持ち込んじまってよォ。しっかしよォ、あの女面白いこと言ってたなァ、悪人(屑野郎)だっけ?ヒャハハハハハハハ!」

リキッドはシュヴァリエのセリフを思い出して腹を抱えて大声で笑い始める。李信にはそれのどこが面白いのかさっぱり理解出来なかった。

「直江ェ…お前に一つ面白いことを教えてやるぜェ」

そして大声で笑い始めたかと思えばすぐに爆笑するのをやめ、にやけた顔で李信にこう語った。

「悪とは敗者のこと…正義とは勝者のこと…生き残った者のことだ。過程は問題じゃあない。敗けたやつが悪なのだ」

「…お前と正義を語らう気は無い。俺という器の中では俺に害意を向ける者こそが悪だ。故に消す。それだけだ」

李信はリキッドの正義論に対して論理性の欠片も無い暴論で返すと、右手の掌に《虚閃(セロ)》を溜め始める。

「キラークイーン!空気弾発射だァ!」

キラークイーンの腹部に内包されているストレイ・キャットが形成した空気弾を爆発物に変化させて李信に向けて射出する。

「着弾まであと10メートル」

堂明元帥のバリアがあったとは言え、先程李信の虚閃により吹き飛ばされたリキッドと李信の間隔は12メートルほど空いていた。そして当然、1秒、また1秒と進むたびに爆発物と化した空気弾は李信に近づいていく。

12李信:2018/01/18(木) 10:44:29
「着弾まであと8メートル…7メートル…6メートル…5メートル…」

リキッドが空気弾が着弾するまでの距離をゆっくりと告げていく。李信に降りる死の帷を確実に感じさせながらじわじわと恐怖で埋め尽くして殺すという悪趣味な考えがリキッドをそうさせていた。

キラークイーンの腹部から発射された爆発物と化した空気弾が自分に着弾する前に李信は溜めていた虚閃をリキッドに向けて放つ。空気弾と李信の間隔は4メートル程だった。

リキッドは自身の身を守る為に已む無くその場で空気弾を起爆、虚閃と衝突し相殺し弾け、爆煙が巻き起こる。

李信からもリキッドからも視界が効かなくなる。が、これはリキッドに有利な状況だった。ただ策も無く闇雲に爆発空気弾を発射するリキッドではない。既にキラークイーン第二の爆弾《シアーハートアタック》は李信の命を刈り取る為に動いていたのである。謂わば目眩しだった。

更に、念には念をとばかりに再びキラークイーンの腹部から爆発空気弾を李信が居た前方に向けて発射する。

(終わりだ直江…!俺の勝ちだ!これで氷河期も俺を更に高く買わざるを得ない!)

リキッドは勝利を確信した。

「コッチヲ見ロ」

シアーハートアタックが機械音を発しながら李信に近づいて…そして爆炎が噴き上がり爆音が炸裂する。更に空気弾も着弾し爆発を起こす。二重の爆音と爆炎は、リキッドにとって目に見える勝利と栄光、希望の証。

「勝った!このリキッドが勝った!これで氷河期組での俺の地位は約束されたも同然!何しろ氷河期が最も嫌うあの直江を抹殺したのだからなァ!WRYYYYYYYYYYYY!!」

リキッドは顔を上に上げ、大口を開けながら狂気に満ちた笑いを響かせる。が、次にリキッドの身に起こったのは希望ではなく絶望だった。

「グハッ…!」

胸が熱い。焼けるような熱さを感じる。そしてその熱の正体は何かと胸の熱くなっている場所を右手で触れると赤い液体が掌を覆う程に付着する。それが、止め処なく流れ出ていることに気づく。

そう、リキッドの胸を一筋の白い雷光が貫いたのである。

『破道の四 白雷』

爆煙が霧散し、シアーハートアタックや空気弾による爆発で死んだと思っていた李信がリキッドを真っ直ぐに見据えながらその雷光の名を口にする。

「どういうことだ…!これはどういうことだ…!シアーハートアタックと爆発空気弾を命中させて殺した筈の直江が立っていて俺が直江の技で胸に風穴を開けられている!」

殺した筈の相手に下手したら致命傷にもなりかねない傷を負わされた。何がどうなっている。と、リキッドは心の中で叫んだ。

「そう何度も同じ奇襲戦法が通用するとでも思っているのか?」

李信は顎を右斜め後ろにクイッと動かしリキッドに暗にその方向を見るように促す。リキッドは恐る恐るその方向に視線を移す。すると、視界に入ってきたのは李信から10メートルほど離れた地点に向かって動いているシアーハートアタックの姿があった。

「ば、馬鹿な!シアーハートアタックが直江ではなく全く違う方へと走り続けている!直江を無視して!爆発の衝撃で一時的とはいえ体温が上がっていた筈の直江を無視して!明後日の方向に走り続けているぅぅぅぅぅ!!」

「そうだ。それこそが貴様が頼みにしていた第二の爆弾・シアーハートアタックの弱点だ」

シアーハートアタックによる爆撃も空気弾による爆破も回避されていた現実を突きつけられて激しく狼狽するリキッドを李信は嘲笑うでもなくただ真っ直ぐに見据えていた。

13名無しさん:2018/01/18(木) 11:58:27
「虚閃を放てばお前は空気弾を起爆して相殺し身を守らざるを得ない。スタンド使いという能力者であってもお前自身は生身の人間だからだ。そしてその爆発空気弾は起爆するまで次弾発射は不可能だ」

「貴様…!何故それを…!」

リキッドは李信にスタンドの能力と自分の策を見抜かれ、更に貫かれた胸の焼ける様な痛みもあって全身から止め処なく嫌な汗が流れてくるのを止める術はなかった。

「お前が先程俺にヤケクソに連射したように見せた空気弾…あれは一発の爆発空気弾とそれ以外は全て通常空気弾を放っていたに過ぎない。そう、爆発空気弾が連射出来ると俺に誤認させる為にだ。ヤケクソなどではなくあれも作戦だった。お前は俺に暴かれ狼狽する演技をした。違うか?」

(こいつ…!瞬歩で俺の攻撃を回避している間にそこまで観察していたのか…!いや、俺が爆発空気弾を起爆させるまで次弾を発射しなかったことから既に気づかれていたのか…!いや違う!恐らくその両方だ!)

リキッドは李信の頭ではそこまで考えずに力押しで仕掛けてくると思っていた。相手はあのFラン大卒の低知能コテ・李信である。完全に油断していたのだ。

「そして俺は瞬歩で近づいた際に敢えてお前に騙されたフリをして虚閃を放った。それで決着が着くと、そう思っていたからだ。わざわざ戦闘を終える敵に策の種明かしを確認する必要は無い。が、一応保険でもあった。お前が奥の手を隠している可能性もあるし、助っ人が来る可能性もある。そして実際に助っ人が来て決着はつかなかった」

「…このペテン師め…!」

李信の策にはこうした演技も組み込まれていた。騙してきた相手に対し騙されたフリをする。リキッドはそういう小賢しい真似をする人間に我慢ならない。

「お前の助っ人…堂明元帥が俺に放った炎の渦。あれはお前のシアーハートアタックを俺に誘導する為の技だったが俺もありがたく利用させてもらった。これを見るがいい」

李信がそう言って懐から金貨を取り出した。

「硬化はよく熱に反応する。堂明元帥の炎攻撃で熱された金貨をまず1枚、俺は自分の足下に落とした」

リキッドは援軍である堂明元帥の攻撃さえ利用されていた。

「そして…俺はわざとお前のキラークイーンが放った爆発空気弾を4メートルを過ぎるまで引きつけてから虚閃で迎撃した。爆発空気弾が連射不可能なのは分かっていたからあのタイミングで迎撃できた。3メートルが爆発範囲と分かっているからな。わざとギリギリで迎撃しお前の起爆を促した。答えは爆風にある」

「そうか…!」

「俺は爆発によるダメージこそ受けなかったが、わざと爆風により数メートル吹き飛ばされた。そして吹き飛ばされる前の俺が居たポイントに向かってシアーハートアタックは走り、俺が足下にわざと落とした熱された金貨を爆発させた。お前は爆煙で視界が効かない中、その爆発で俺が死んだと思い込んだお前は次なる爆発空気弾を発射し俺が居たポイントで起爆し念入りに爆発させたつもりになった」

李信は表情を全く変えることなく話を続ける。

「俺はその間にシアーハートアタックを自分から遠ざける為に残った金貨全てを一定間隔で投げつけた。これでシアーハートアタックのターゲットは俺には向かない」

ここまで話し終えると李信は一息つく。そして2秒くらいの間隔を空けて再び口をゆっくりと開く。

「これが全ての種明かしだ。お前は自分の策に溺れた。自分の知と力を過信し俺に挑んだ。それが負けに繋がった」

李信は全て話し終えると、リキッドに向けてとどめとばかりに右手の指先に霊圧を集中させて虚閃を撃つ構えを取る。

『キラークイーン!』

爆発空気弾の発射準備に入る。つまり迎撃態勢である。虚閃を防ぐには今のリキッドにはこれ以外に方法は無い。

14李信:2018/01/21(日) 20:15:59
一方、シュヴァリエvs堂明元帥

商店街の比較的狭い通路が続く帝都ペルセポリスのエリアを東に進みながらシュヴァリエと堂明元帥は戦闘を繰り広げていた。

堂明元帥はシュヴァリエの進路の前を取り、後ろを振り返らずに、それでいて浮遊魔法で地上から10メートルほど浮遊しながら後方への移動を続ける。シュヴァリエはそれを、背中に二枚の炎翼を広げて飛行している骸人形に糸を巻きつけながら追う。謂わばドッグファイトの様相を見せていた。その状態で掌サイズの火球を形成してシュヴァリエに連続で発射していく。

「この程度…!」

シュヴァリエが《死者行軍・八房》で召喚した炎髪灼眼のフレイムヘイズ・灼眼のルイズが炎を纏った日本刀から炎の斬撃《飛焔》を飛ばして迎撃する。

堂明元帥が放った火球と衝突するも一瞬でそれを消し去り、堂明元帥へと突き進んでいく。

「そんなものが当たる筈も無いだろ!」

更に浮遊魔法で上昇し飛焔を回避すると、今度は素早く急降下しシュヴァリエの背後を取る。背後を取ってもやることは殆ど変わらない。ただ闇雲とも取れる小規模な威力の魔法をシュヴァリエに発射し続けるだけである。

『風よ踊れ!風よ舞え!全てを凪ぎ払う一陣の風を起こせ!《ウインドストーム》!』

形成した無数の小さな風の刃をシュヴァリエに向けて次々と放つ。

「…そんな攻撃を繰り返してもボクは倒せないよ」

飛来してきた無数の刃は全て《真紅》と呼ばれる炎で焼き尽くす。そして灼眼のルイズの《飛焔》やシュヴァリエ自身が所有する銃から星のエネルギーを収束させた光線を放つも堂明元帥は回避するだけである。無意味ともとれる堂明元帥の魔法の連発。

(こいつ、多分ゲームで言えばMP総量が少ないんだ!だから直江の虚閃を防いだバリアや直江に放った炎の渦みたいな攻撃はもう使えないんだ!)

シュヴァリエはそう推測していた。回避能力こそ優れてはいるが、もう威力の高い技や防御力の高いバリアは発動出来ない。だとすれば堂明元帥自体はもうあまり問題ではない。実力は決して高いとは言えない取るに足らぬ敵である。氷河期組もたかが知れている。しかし一抹の不安があった。それは助けなければならない李信から離れ過ぎたことである。李信は何が何でもリキッドを自力で倒すつもりだった。理由は分からないが李信の目からは並々ならぬ覚悟を感じていた。故にシュヴァリエは李信の意思を尊重して堂明元帥を李信vsリキッドの戦闘から引き離し自分が相手をする役目を担った。堂明元帥に李信とリキッドの戦闘に介入させてはならない。しかし李信の身を案じてあまり自分が李信の居る場所から離れるわけにもいかない。だからと言って堂明元帥からマークを外すわけにはいかない。

(いつまでもこんな戦いをしてる場合じゃない…!相手が弱いと分かってるなら速攻で決着をつける!)

相手の手の内があまり分からない内は全力を出すべきではないと思っていたが、シュヴァリエにしてみれば一連の技の応酬で堂明元帥の実力は推測していた。堂明元帥の回避能力の高さは厄介である。攻撃は弱い魔法しか使えないとはいえ、リキッドと戦いボロボロの李信のところへ行かれたら非常にまずいのも事実。つまり、此処が勝負の分かれ目であると判断したのである。

『一刀修羅』

身体のリミッターの解除して限界を出し尽くし、身体能力を数十倍にまで上昇させる身体強化能力。そして限界を超えた超速でシュヴァリエは堂明元帥の心臓目掛けて八房を真っ直ぐに構えて飛び込んでいく。

しかし、堂明元帥はシュヴァリエが自らの懐に飛び込む直前にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。自身が動くスピードも速い為にシュヴァリエ自身もはっきりと堂明元帥の表情を確認したわけではないがその口元が緩むのを見たような気がした。

シュヴァリエが持つ日本刀型の定具《死者行軍・八房》が堂明元帥の胸部を捉え、その切っ先が心臓を抉る…筈だった。

が、八房の刃が堂明元帥の胸を貫くことはなかった。堂明元帥が着ている制服が刃を通さず、まるでコンクリートや鉄の壁に突き立てたかのような硬さをもって受け止めているのである。

(硬い…!)

シュヴァリエは再度その刃を堂明元帥に突き刺そうと今度は首を狙う。が、堂明元帥はその僅かな間に魔法陣の中に吸い込まれて姿を消していた。

15李信:2018/01/21(日) 20:54:10
堂明元帥は転移魔法でシュヴァリエの背後を取っていた。そして「超音波振動」と刀身に書かれている剣でシュヴァリエに斬りつけた。

《一刀修羅》を発動しているシュヴァリエは流石の反応速度を見せ、振り向きざまに八房で堂明元帥の斬撃を受け止めた。しかし接近戦でなら一刀修羅を発動しているシュヴァリエが有利。先程は油断もあり転移魔法による回避を許してしまったが今度は全力で、堂明元帥の首を狙って八房を突き出す。

が、シュヴァリエの刀の軌道は逸れてしまっていた。堂明元帥の首筋の真横を掠めた刀身が自身の体と共に落下していく。

「しまった!飛べ!灼眼のルイズ!」

「もう遅いわ馬鹿め!」

堂明元帥の狙いはシュヴァリエ本体ではなく、シュヴァリエと骸人形の灼眼のルイズを繋ぐ《糸》だった。堂明元帥はシュヴァリエを斬りつけると見せかけて糸を剣で斬っていたのだ。

飛行手段を失ったシュヴァリエの体が石造りの道路に叩きつけられる。その痛みで立てず、その隙に堂明元帥は浮遊したまま動きを止めて

『全てを焼き尽くす炎よ!この手に集いて敵を撃て!《ファイヤーボール》!』

と、叫んで掌に小さな火球を生成してシュヴァリエに向けて投げつける。シュヴァリエは何とか立ち上がりそれを八房で斬り払うも、《一刀修羅》の持続時間の限界が来てしまった。

(しまった…!体が…!)

「どうした?もう終わりかシュヴァリエとやら。だったらさっさと死ねや。直江の味方をする奴は邪魔だからな」

堂明元帥は風の刃を無数に形成してシュヴァリエへ一斉に撃ち込む。が、《一刀修羅》の反動でまともに動かせなくなった体を何とか動かし、左手で懐から銃を取り出して引き金を引く。星のエネルギーを収束した光線が銃口から放出されて風の刃を全て搔き消し堂明元帥へと伸びていく。

が、堂明元帥はそれを自身から見て右に回避する。

(狙い通り…!)

シュヴァリエは右腕に込める力を振り絞る。すると再び《糸》で繋がれた灼眼のルイズが右手に炎を纏った日本刀《贄殿遮那》の柄を持ち、刀身を真っ直ぐ堂明元帥に向けて遥か上空から突っ込んでいく。

堂明元帥はそれに気づくのが僅かに遅れてしまい、頸から鎖骨にかけて贄殿遮那に貫かれてしまった。

16李信:2018/01/21(日) 21:40:52
「馬鹿な…!いつの間に…自分とこの死体を繋いだというのだ…!」

骸人形の灼眼のルイズの得物《贄殿遮那》の刀身を深く突き入れられながら堂明元帥がシュヴァリエを睨め付ける。

「灼眼のルイズを繋ぐ《糸》を断ち切られた瞬間にボクは飛べ!と言った。あれは《糸》を断ち切られたことに気づいてないから慌てて命令したんじゃない。断ち切られたことが分かってるから命令したんだ」

「な…に…!」

つまりシュヴァリエは自らわざと体を地面に叩きつけられることも厭わずに落ちたというのか。糸を長くすればそういう芸当も可能である。

「この糸は一本じゃ目で確認しづらいからね。君は見逃した。僕は素早く自分と灼眼のルイズを繋ぎ直したのさ。そしてわざと地面に落とされて君の注意をボク自身に向けさせた。そしてボク銃を構え光線を君からわざと少し右に放った。君が左に避けるように誘導する為にね。そして君は狙い通り左…つまりボクから見て右に避けた。そこへ糸で繋いだルイズを引っ張って、その勢いを利用して君に避ける暇も与えずに君を背後から刺させたのさ」

果たしてシュヴァリエの目論見は半分成功した。しかしシュヴァリエにも誤算はあった。

(首を貫くつもりだったのに外してしまった。ボクが引っ張るんじゃあやっぱり正確には当てられなかった)

「何故だ…!俺はお前の刃を通さなかった…!なのに何故…!」

「君、避けたよね?避けたってことはヤバいってことだよ。君を守っているのは制服を着ている部分だけ。生身の部分への攻撃は防げない」

堂明元帥は《一刀修羅》を発動したシュヴァリエの心臓を狙った一撃目は回避することなく受け止めたが、首を狙われた二撃目は転移魔法で回避した。シュヴァリエはその時点で堂明元帥の弱点を見抜いていたのである。

「終わりだよ、軍師」

シュヴァリエはトドメとばかりに銃を取り出して堂明元帥に銃口を向ける。そして引き金に人差し指を添える。

「だが残念だったな!急所は外れている!」

堂明元帥は掌に魔力で風を生成して自分自身に向けて風魔法による突風を放つ。

「うわあ!」

堂明元帥を貫いている灼眼のルイズと繋がれているシュヴァリエもまた突風に巻き込まれてしまう。あまりの風速と風圧により手元が狂い引き金を引いたものの光線は明後日の方向へ発射されてしまいトドメを刺すには至らない。

突風は真っ直ぐ吹き、その方向にあるものとは…

そう、この帝都ペルセポリスの名物・コロッセウムだった。

17李信:2018/01/21(日) 21:58:40
シュヴァリエと堂明元帥は街の中心部に存在する、屋根は存在しないドーム型の広大な(東京ドームの1.5倍くらい)フィールド「コロッセウム」でお互い20メートル程感覚を空けて対峙していた。

そしてシュヴァリエと灼眼のルイズを繋ぐ糸は突風に紛れ込ませていた風の刃で斬られてしまっていた。シュヴァリエは已む無く灼眼のルイズの召喚を解除していた。突風の中で狙いを定められずにシュヴァリエ自身への攻撃は失敗したが。

「此処なら…心おきなく戦える」

シュヴァリエはそう呟いた。目の前で対峙している堂明元帥に聴こえるか聴こえないかくらいの小さな声で。
シュヴァリエのこの発言には、住民を巻き込んでしまうかもしれないという懸念が無くなり、目の前で対峙している堂明元帥を葬ることにのみ全力を出せるという、頭を使わずに戦える戦場に引きずり出すという目論見が成功したことの安堵でもあった。しかし反面、李信を助けるという目的で駆け付けたにも関わらず、遠くまで来てしまったという不安を抱いていることを相手に悟らせない為の演技でもあった。心の隙を見せれば相手に付け入る隙を与えてしまうという懸念があったからだ。

「シュヴァリエとか言ったな?馬鹿な奴だ。俺がお前を此処に引っ張り出したんだよ!」

堂明元帥が下卑た笑顔を浮かべながら星屑の独り言にも取れる呟きに対してそう言い放つ。

「…」

シュヴァリエの心の隙はすぐに暴かれてしまった。シュヴァリエがそう自分に言い聞かせる為に口に出していたことも見抜かれていた。

「俺の魔法も戦場が広ければ広い程力を発揮するものばかりでな。それにお前は直江を助けに来たんだろう?それを知ってるから俺はお前を此処に誘導するようにして戦ってたんだよ!」

「…」

シュヴァリエは堂明元帥に言われて黙ってしまった。李信の救援として駆け付けた直後の判断から既に戦いは始まっていたのだと、今になって気づいていた。李信がリキッドは自分が倒すと譲らなかったのでその意思を尊重した。そこまではまだいい。だが見極めるべきだった。炎の渦を形成した堂明元帥の魔法のサイズや威力が、何故あれで限界だと決めつけてしまったのだろうか。

戦場だった商店街の通路が広くはなかった為にそのサイズに合わせて撃っていただけだ。此処に来るまでにも堂明元帥とは小競り合いを繰り返していた。堂明元帥は此方の攻撃を避けたり魔法障壁で防ぎながら、一見無意味に見える小規模な威力や範囲の魔法を放ち続けつつ、シュヴァリエの前を取ったり後ろを取ったりと巧みにシュヴァリエをこのコロッセウムに引っ張り出すように誘導していた。それをシュヴァリエは見落としていたのだ。更に…

「仮に!万が一!いや億が一!お前が俺に勝てたとしてもだ!それでもだ!それから直江のところにどんなに急いで戻ったとしてももう絶対に間に合わねえ!今頃直江はリキッドのスタンドで爆発して髪の毛一本すら残ってねえかもなあ!ヒャハハハハハハハハ!!」

(いや、待てよ?ということは…)

堂明元帥は何故、商店街の通路が狭かったからといって技の威力を抑えて李信に魔法を放ったのか。堂明元帥はペルシャ帝国とは無関係の、氷河期組という悪の組織のメンバーであることはシュヴァリエは知っていた。なら何故…
本当にシュヴァリエを李信から引き離す為に仕掛けた心理戦という理由だけか?

(氷河期組にはペルシャ帝国を…或いはこの帝都ペルセポリスをなるべく破壊できない理由がある…ということかもしれない)

しかしそんな悠長に氷河期組について考察している場合ではない。氷河期組の幹部・堂明元帥の思惑はもう一つある筈だった。それは…

「要するに、こっちにしてみれば例えお前を倒せなくても直江さえ始末出来れば今回の目標は達成なんだよォ!俺は此処で時間稼ぎだけしてりゃいいわけだ!一方お前は俺を倒さなきゃ直江を助けには行けねえ!馬鹿めぇぇぇ!!」

もう一度言う。戦いは最初から始まっていた。シュヴァリエは気づかない内に堂明元帥に心理戦を仕掛けられ、そして心理戦で敗北していたのだ。

18李信:2018/01/21(日) 23:19:28
「くっ…!」

シュヴァリエは銃を構えて引き金を引き、星のエネルギーを集めた光線を堂明元帥に向けて放つが軌道は堂明元帥から逸れて背後にある地面に着弾し穴を空けただけだった。

「何処狙ってんだよバカが!酸素と水素を集めて圧縮!喰らえ!」

堂明元帥の両手の掌から放たれた魔法が連続する大爆発となって地面を抉り、シュヴァリエへと迫っていく。今までの堂明元帥が使用した魔法とは明らかに桁違いの威力であり、このシュヴァリエを油断させつつ広大な戦場に誘き出して一気に強力な魔法を叩き込んで葬るという作戦を実行した堂明元帥だった。

「俺の勝ちだァァァ!!」

時間稼ぎなどする必要も無かった。堂明元帥からすればこのコロッセウムにシュヴァリエを誘き出した時点で勝っていたからである。事実、堂明元帥による絶大な威力の爆発魔法を食らってシュヴァリエの体が燃えているのがよく見える。

が、堂明元帥の計算はすぐに崩れ去ることになる。堂明元帥の首目掛けて背後から刃が振るわれたのである。
咄嗟に反応した堂明元帥だったが首を庇って振り向きざまに右腕を突き出した為に右腕の肘から下を斬り落とされてしまった。右腕を犠牲にすることで僅かな時間が生まれ、首を切断されることは防げたが。

「ぐあああああああああああああああ!!!俺の腕がああああああああああ!!!」

堂明元帥は右腕を失った激痛と衝撃のあまり断末魔を上げる。目の前に立っていたのは堂明元帥の右腕を斬り落とした《八房》をその手に持ったシュヴァリエだった。シュヴァリエは容赦なく再び刃を突き出してくるが、堂明元帥は魔法障壁を展開してその刃を防いだ。

「何故だ!貴様は俺の爆発魔法で焼き尽くした筈だ!」

倒した筈のシュヴァリエが自分の前に立っている。それも、自分の右腕を切り落とした刀を持って。信じ難い光景が目の前にあることを受け入れられない堂明元帥は半ば混乱していた。

「君が燃やしたのはボクじゃなくて八房の能力で召喚したとある耐久性の高い奴の骸人形。ボクは炎上している骸人形の影に隠れて爆音と爆炎に紛れて光線で足下に穴を空けて、君が爆音のせいで気付かない僅かな時間の内にさっき君の近くの穴に入らせて待機させてた灼眼のルイズに糸を巻きつけてボク自身を引っ張らせて君の背後に回っただけ」

そう、先程シュヴァリエは堂明元帥に光線を撃ったのではなく、わざと外して右斜め後ろのポイントに穴を開けたのだ。

「さっきのはこれを狙ってのことだったのか…!俺が大技を放つのを待っていたのか…!」

「正直心理戦で君に負けたと思ってたんだけどね。最後の最後で頑張って無い知恵を振り絞ったのさ。ボクの作戦勝ちだったね」

策士策に嵌る。自分の作戦でシュヴァリエを誘き出したつもりが、逆に自分が追い詰められる形となってしまった堂明元帥だった。

「だが残念だったな!まだ俺には莫大な魔力が残っている!魔力障壁で貴様の攻撃など簡単に防げる!終わりなんだよお前は!」

「それはどうかな?君、このまま血を失い続けたらそう時間が絶たない内に死ぬと思うんだけど」

そう、堂明元帥は鎖骨を貫かれた時に出来た傷と右腕を斬り落とされたことにより多量の血を失っていた。現に今も止まらずに流れ出ている血が彼の足下に真っ赤な池をつくっている。

「じゃ、そういうわけだから。このまま君が血を流し続ければ君は死ぬ。ボクの勝ち。それじゃ」

シュヴァリエはそう言い捨てると、糸で自分と繋がれた灼眼のルイズに飛行を命じて飛び去っていく。無論それを見過ごす堂明元帥ではなく即座に先程の爆発魔法をシュヴァリエに向けて放つも、2枚の炎翼で更に超加速した灼眼のルイズの高速飛行に振り切られてしまった。

「クソッ!こうしてる場合じゃねえ!転移魔法でリキッドのところにすぐに戻って直江の野郎を始末してやる!」

堂明元帥の転移魔法は1度行った場所ならば何処にでも転移出来る、謂わばワープである。展開された魔法陣に堂明元帥の体が吸い込まれていく…。

19李信:2018/01/22(月) 01:31:44
再び李信vsリキッド

リキッドの策を看破しリキッドに大きな手傷を与え追い詰めた李信。既に李信の策により《シアーハートアタック》は明後日の方向に爆進中であり、リキッドに残された手段は《キラークイーン》で直接李信の体に触れるか、《ストレイ・キャット》との合わせ技で爆発空気弾を李信に命中させるかしかなかった。

しかしどちらも不可能である。爆発空気弾を発射すれば《虚閃(セロ)》で迎撃され(爆発空気弾を虚閃をすり抜けさせて李信に命中させることも可能だがその場合リキッド自身が無防備になり虚閃で消し飛ばされてしまう)、近づこうにも李信には遠距離攻撃手段が複数ある為に出来ない。そしてこれらは全て李信の策が功を奏した結果だった。

「今のお前の状態を将棋では詰みって言うんだろうな。だが俺はカッコ良く英語でいこう…チェックメイトだ」

「《キラークイーン》!《ストレイ・キャット》!空気弾発射だ!」

万策尽きたリキッドはただ李信の虚閃を迎撃する為に爆発空気弾をキラークイーンの腹部から発射する。

(何故だ!何故Fラン大卒の落ちこぼれの直江なんぞにこの俺が知略で負けるのだ…!奴め…まさか爪を隠していたというのか!あってはならない!このリキッドが敗北することなどあってはならない!)

だがリキッドの考えは違っていた。李信に隠す爪など無い。鷹に例えられるような優れた人間ではない。それどころか知能で言えばポケガイでもワースト争いの常連である。

(そんな俺が、他者を知略で倒そうとしている)

李信は自分が生前言っていた「人間は追い詰められれば普段では出来ないことをやってのける」という言葉を思い出す。命の危機にある状況下で、李信は必死にその軽い脳味噌をフル回転させて、生前見ていた「ジョジョの奇妙な冒険」の記憶を必死に思い出して、リキッドを策で上回ったのである。

李信の指先から赤色の破壊の閃光《虚閃》が発射される。リキッドのキラークイーンから発射された空気弾が起爆し相殺され、爆風と爆炎が巻き起こる。

互いに視界が効かなくなる中、李信は指先から霊圧を固めた霊弾《虚弾(バラ)》を発射すべく霊圧を込める。

(この虚弾は威力は虚閃に劣るが速度は虚閃の20倍…。貴様が次の空気弾を発射する前に貴様を貫いてやる)

但し狙うのは心臓ではなく頭部である。李信は覚えていた。胸部を狙ってもストレイ・キャットの防衛本能による空気弾でガードされてしまうことをである。先程視界が効かない状況でリキッドの胸部に白雷が命中したのは、ギリギリ白雷が空気弾でガード出来る範囲から逸れていた為である。だがそれは半分以上まぐれだった。しかし李信にしてみればあの白雷が当たろうと当たるまいと大勢に影響は無い。

「くたばれ」

李信が爆発で視界が効かない中、リキッドの頭部があったと記憶しているポイントに向けて虚弾を発射する。

が、リキッドが地面に倒れる時に聴こえてくる筈の音は聴こえない。

(外したか)

ならばもう一度と、虚弾を連続で5発ほど発射する。が、リキッドが倒れる気配は無い。

(手元が狂ったか?それとも奴が咄嗟に回避した?いや、それは有り得ない。奴には手傷を負わせている。いや、手傷など無くても回避出来る速度では無い筈だ)

そして李信の疑問はすぐに解けることになる。爆炎が消え、視界が効くようになった時にその視界に入ってきたのはリキッドの前に立ち魔法障壁を展開している堂明元帥だった。

「残念だったな直江ェ!あと一歩でリキッドを倒せたのによぉ!これで形成逆転だくたばれぇぇぇ!」

(馬鹿な…!奴は星屑と戦っていた筈…!)

それもこの戦場から離れていた筈である。仮に堂明元帥が星屑を倒したとしてもすぐに駆けつけることなど出来よう筈も無い、ましてや右腕を切断され、鎖骨の辺りを貫かれた傷があり血を流している。李信はそう思ったがそんな考察をしている暇はない。

堂明元帥が放った無数の雷が李信に向かって、鋭い光を放ちながら伸びていく。

『縛道の八十一 断空』

李信は鬼道による障壁を自身の前方に展開して堂明元帥が放った雷を防ぐ。だが状況は再び不利になったという事実は一度攻撃を防いだくらいでは覆らない。2vs1という最悪の状況に持ち込まれてしまったのである。

「リキッド!間に合って良かったぜ!オラ覚悟しろ直江ェ!」

「土壇場で卑怯だと思ったか直江ェ!だがさっきも言った筈だ!正義とは勝者のこと!過程は問題じゃあない!最終的に…勝てばよかろうなのだァァァァッ!!」

(くっ…!このままでは…!)

リキッドがキラークイーンから爆発空気弾を、堂明元帥が新たな攻撃魔法の発射準備に入った時である。

20李信:2018/01/22(月) 01:34:22
「リキッド、堂明元帥。もういい。戻って来い」

何処からかエコーがかかった声が聴こえる。少年から青年と思われる、落ち着いた調子の声である。

(こいつらのボスか…。ということはこの声の持ち主が…)

恐らく此方が感知出来ない遥か遠くから何らかの方法で声を発しているのだろうと李信は考えていた。そして声の持ち主の正体も。

「おいちょっと待て!俺達はまだやれる!2人がかりでやれば直江をぶっ殺せる!」

「俺の命令に逆らうつもりか?」

「…!」

口ごたえをする堂明元帥に対して低いトーンで凄みを利かせる声の主。勝てる状況にも関わらず撤収命令を下してくる声の主に対しての激しい怒りすら一言で黙らせ気圧させる程の力がその声にはあった。

「仕方ねえ、帰るぞリキッド!」

声の主から命令を受け取った堂明元帥が背後に自分とリキッドの背後に魔法陣を展開する。言うまでもなく、堂明元帥の表情からは悔しさと怒りが滲み出ていた。

「覚えておけ直江。てめーは、このリキッドがじきじきにブチのめす」

「命拾いしたな直江ェ!だが次に俺達の内のどちらかでも遭ったらそれがてめえの最期だァ!」

リキッドと堂明元帥が捨て台詞を吐いてから魔法陣の中へと消えていった。

21李信:2018/01/22(月) 14:26:37
助かった。李信はそう口にはしなかったが心の底でそう呟いた。

(あの声の主が奴らのリーダー…氷河期組のリーダーということはつまり…。認めたくはないが俺は奴に救われた形になるのか…?)

いや、リーダーとは限らない。そもそもリキッドと堂明元帥の氷河期組内での地位も分からないのだ。もしかしたら下っ端かもしれない。ならば先程リーダーのものとばかり思っていたあの声の主はリーダーではなく幹部クラスの者かもしれない。そもそも、氷河期組という組織の構造が分からないことにはこれ以上の推測は出来ない。

「氷河期組内での俺の地位は約束されたも同然」

リキッドの言葉を思い出す。自分を討てばリキッドは組織内での地位が上がると確かに李信に言ったのである。

(それは下っ端から地位が上がるということか、それとも幹部内でも序列があるということか…)

リキッドは強かった。「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズに登場するキャラクターは強敵が多い。リキッドが今回使用した《キラークイーン》は第4部のラスボスである吉良吉影が物語後半で猛威を振るった、ジョジョシリーズの中でも上位の力を持つスタンドである(と、李信は思っている)。

あのような強敵でさえ下っ端の地位に甘んじている程の組織だとは考えたくもないが、今後考慮せざるを得ない問題であるとして頭の片隅に置くことにした。

そしてもう一つ気になるのは、管理人から「BLEACH」の力を全て与えられた筈なのにその力の一部しか発動出来なかった点である。戦闘中は深く考える余裕もなく管理人に騙されたと怒りを覚えてはいたが、管理人が自分を騙すような理由さえ検討がつかない以上この問題についても追々解明しなければならないと思っていた。

(何…?)

そしてリキッドや堂明元帥を撃退したことによる安心感と頭の中で考え事を巡らしてことでつい忘れてしまっていたことがある。自分がリキッドとの戦闘中、《キラークイーン》の第二の爆弾《シアーハートアタック》による爆撃を受けて全身に深い傷を負い、多量の血を流していることである。

そしてそれを思い出した直後に張り詰めていた緊張の糸がプッツンと切れたように、李信の視界は地に吸い込まれていく。そして視覚情報から、自分が地面に倒れるのだと認識した。

が、李信を包んだのは硬く冷たい地面にぶつかった痛みではなく、人間の手と服の生地の暖かさだった。

「お疲れ、直江」

耳に入ってくる聞き覚えのある声。倒れそうになった自分を受け止めている者の声。

(この声は…星屑…)

声の主が誰かを悟ったところで李信の視界は真っ暗になった。

22李信:2018/01/22(月) 15:23:55
某所 氷河期組アジト

真っ暗闇と表現するには些か明るいが、この薄暗い地下洞窟の中に築かれた根城こそが氷河期組のアジトだった。

そしてその中で今、声の主の命令によって帰還してきたリキッドと堂明元帥が横に並んで立っている。最深部の部屋の、更に最奥部に鎮座している黒い人影を真っ直ぐに見つめている。いや、見つめているというよりは2人とも睨みつけていた。

「何故俺達を呼び戻した。あのまま戦闘を続けていればお前が憎悪するあの直江を殺せたんじゃあねえのか?」

「そうだ!せっかく追い詰めたのに何で見逃すような真似をしたんだ!説明しろ!」

2人とも深傷を追いながらも李信を追い詰めていた。1vs1なら追い詰められていたが、2vs1なら確実に殺れた筈だと2人は信じていた。それに水を差されたのだから2人の怒りが沸々と煮え滾っているのも無理はない。

「確かにあのまま戦闘を続けていればお前達は直江を始末出来ただろう。あのまま戦闘を続けられたならの話だがな」

部屋の最奥部に鎮座する人影。暗闇に紛れていて姿は見えないが、洞窟内なのでその声はよく反響して聴こえてくる。一見落ち着いているようにも受け取れる少年から青年と取れる声である。しかし落ち着いているだけではない。何処か威圧感を含んでいる支配者の声である。

「どういうことだ?」

声の主が言った言葉に含みがあるのはすぐに悟ったが、その理由までは分からない堂明元帥が重ねて問いを投げる。

「あれだけ派手にやっていれば音なり光なり…そして人伝いも助けて街中に知れ渡るのは時間の問題だ。事実、騒ぎを聴いて他の能力者が星屑を含めて3人程現場に向かっていた。消耗・負傷が2人だとしても全快の能力者2人を合わせて4人。戦闘を継続していたら敗北していたのはお前達の方だ」

「…」

問いに対する答えを聞いた堂明元帥は黙り込んでしまった。「相手が4人だろうと俺とリキッドなら倒せた!」などと叫びたい気分は抑えた。事実、他の2人の能力者の詳細までは判明していないのだ。その上リキッドも堂明元帥も深傷を負っていた。声の主の判断は正解だったと言わざるを得ないことを、悔しい思いを抑えて納得する。

「今回のお前達の働きは功罪両方ある。功は直江や星屑の能力や戦い方の情報を俺にもたらしたこと。罪は目的である直江の抹殺に失敗したこと」

「「…!」」

主の声にびくりと反応するリキッドと堂明元帥。顔中から嫌な汗が流れ、手足は震えが止まらない。もしかすれば自分達はこの場で罰せられるのではないかという不安と恐怖が2人の頭の中の全てを支配している。

「が、直江の抹殺失敗は予想外の外野の介入というアクシデントもあったことを考えると仕方あるまい。よって今回はプラスマイナス0ということにする。もう退がって良い」

主が退がれと言えば即座に退がる。少なくともリキッドと堂明元帥はそうする。この威圧感を常に放っている主と同じ部屋の空気をなるべく吸っていたくないというのが本音だった。仲間意識など殆ど無い。抱いているのは恐怖である。味方にすら味方に向けるものではない目を向ける。顔は見えなくても2人にはそれが分かるのだ。

リキッドと堂明元帥は礼もせず、挨拶も言わずに逃げるように主の部屋を後にした。

23李信:2018/01/24(水) 20:25:30
◇◇◇

視界がブラックアウトしていた状態だが徐々に、僅かに光が射し始める。真っ暗闇だったのが、少しずつ薄暗闇の空間が視界に入り、目を開ければ知らない黒い天井。

そして硬いベッドの嫌な感触に意識をはっきりとさせられる。起きようと手を動かそうとするとジャラジャラと鎖の音が狭い部屋に反響する。左手首に冷たい違和感を感じ視線を移すと、外界(シャバ)との連絡を絶つ手錠が鎖でベッドに繋がれている。

左に目をやれば何本もの鉄格子が見える。ベッドの横には鎖で繋がれていても到達できる距離に様式便器が設置されている。幸い、汚れは無い。

(此処は…どう見ても牢屋…)

李信は自分の置かれている状況を理解する。投獄されているという、出来れば認めたくない状況だ。異世界という、現実世界よりも可能性も空間も広い世界に来れたばかりなのに、その全てを否定する牢獄という空間に入れられたという事実に、李信は心臓を鷲掴みにされるような苦しさを感じたが何故このような状況下に自分が居るのかを考えを巡らせ始める。

(リキッドと交戦し追い詰めた…そこへ堂明元帥が戻ってきて絶体絶命の状況に陥ったが何故か奴らは命令で撤退していった…。そして後から星屑と思われる奴が戻ってきて…俺の意識はそこで途絶えた…)

まずは記憶の整理。これがなければ推理も出来ない。投獄されている状況ではあるがここでパニックになっても仕方がない。焦りや怒りを欠片も表情に出さずにあくまでも冷静に整理する。

(さて、何故俺がこんなところに居るのか、だ)

最後に意識を失い倒れそうになったのを受け止めたのは星屑と思われる者だったのは確かだ。では星屑がこんなことを?いや、それは考えにくい。星屑が李信に敵対行動をする理由が思い当たらない。では実は星屑はこの国の警察みたいな役割の仕事に就いているか、或いは民間人ではあるが何らかの理由で自分を公的機関に引き渡したのか。

前者であれば職務だから考えられなくはないが、そもそも星屑の性格がそういう仕事には向いていない。前者は考えにくい。
後者はどうか。星屑は何も知らない一般人。怪我人である自分を病院やらに引き渡して、それから星屑の知らないところで自分は投獄された。これなら考えられる。

しかし、自分はどのくらい眠っていたのだろうか。自分はキラークイーンのシアーハートアタックによる爆撃を受けてほぼ瀕死の重傷を負っていた筈なのに、今は痛みもなく全ての傷がなくなっている。2日や3日の入院で完治するような怪我ではない筈なのにである。

では何故自分が投獄されたか?見当がつかない…とは言えない。
身元不明で戸籍も無い男がいきなり街の往来で見知らぬ相手と能力を使った派手な殺し合いを演じたのである。それも廃屋とはいえ、虚閃を放って一部を破壊したのだ。投獄される理由はこれで十分だろう。

それにしても、星屑ももう少し気を利かせてくれれば良かったと思わずにはいられない。星屑が事情を説明していれば扱いはもう少しマシになっていた可能性もある。
まあ、済んだことをグチグチ言っても仕方ないので星屑のことを考えるのはやめた。窮地を救われたのもまた事実というのもある。

「しかし俺はいつまでこんなところに入れられるのか…」

思わず声に出してしまう。早く出してくれと、そう思わずにはいられない気持ちを抑えられなかった。夢にまで見た異世界なのに元々生きてきた現実世界以下の環境に置かれるのはやはり我慢ならない。

(なら能力を使って出るか?いや、それは悪手だ)

この程度の鉄格子や手錠なら虚弾程度でも破壊出来そうだ。しかしそれは今すぐこの牢獄を出たいという目先の欲に囚われた行動だ。此処がペルシャ帝国が運営している公的機関なら、脱獄した時点でペルシャ帝国から追われる身となる。氷河期組に狙われている以上、幻影帝国やグリーン王国からは厄病神と見做されて追い払われるだろう。だがペルシャ帝国ならまだ融通が利く可能性がある。

自分を投獄するような国ではあるが、それはまだ身元が判明していないからだろう。ペルシャ帝国の皇帝・アティークとはちょっとした知り合いでポケガイ民の中でも温厚な男だ。まだ自分を受け入れてくれる可能性が高い。そこに一縷の望みを託すしかないと李信は思っていた。何処にも住めず、味方もおらず、氷河期組に狙われ続けるような状況は何としても避けなければならないのだ。

24李信:2018/01/29(月) 10:05:52
足音が聴こえる。コツン、コツンと靴と床がぶつかる音が段々と近づいてくる。刑務官が囚人の内の誰かに何かを伝える為だろう。囚人は自分以外にも居ることは分かっている。鉄格子の向こう側にも鉄格子があり、その奥にはオレンジ色の囚人服を着せられた人間がベッドの上で寝息を立てているからだ。

(しかし…)

この世界には留置所または拘置所と刑務所の区別が存在しないのか?と疑問に思う。自分はまだ裁判で判決を受けていないし、服もそのままである。斬魄刀などの装備は手元にない為恐らく強制的に預かられているのだろうが。向こう側の囚人が囚人服を着ているので、恐らく刑に服している罪人だろう。

そんなことを考えていると、歩いてきた刑務官が自分が入れられている牢獄の鉄格子の前で脚をピタリと止め、また直後に此方に向き直った。そして懐から鍵を取り出し牢獄の鍵を開け、中に入り一言も発することなく手錠の鍵も解除する。

「出ろ」

と、一言だけ野太い声で命令してくる。此処では口を開かず黙々と従うのが得策と考えた李信はただ黙って刑務官の後に続いて牢獄を出た。それを確認した刑務官は無表情のまま牢獄の鍵をかけ直してから歩き出す。

(取り調べ、と言ったところか…)

どのような場所に連れて行かれるかは見当がつく。だから余計な質問はしない。こういった手合の人間は面倒で、一言でも発すれば注意を受けるのは明白だからである。

刑務官の後を歩き続け、やがてこの刑務所と思われる施設の一階と思われるところの一室の扉の前まで辿り着いた。

「これから取り調べとなる。聞かれたことにははっきり答えろ。いいな」

刑務官がそう言うと扉のノブに手をかけてゆっくりと押して開ける。李信は返事もせずに中に入り、取り調べを担当する警察官と思わしき中年の男の向かいの席に許可が下りる前に腰を掛けた。

「まだ座って良いとは言っていないぞ。少しは立場を弁えたらどうだ」

「被疑者相手に高みから物を言う為にお前は仕事をしてるのか?」

「貴様…!」

「さっさと取り調べを始めろ」

嫌味な男だと思いながら言葉を返す。こういうタイプの人間は李信が心底嫌悪するタイプである。警察官というのはまだ罪人となっていない者に対してもまるで自分が神であるかのように高みから物を言ってくるイメージがある。だから嫌いなのだ。

「近隣の住民から通報があった。廃屋とは言え建造物を破壊したようだな?それに往来で派手な技をぶっ放して戦闘に及んでいたとか。それは事実なんだな?証拠も残っている」

この警察官の今の仕事はあくまでも取り調べだ。口論をして無駄な時間を費やす程暇ではない。多少ギクシャクはしたが警察官はすぐに切り替えて取り調べに専念することにしたようだ。表情も冷静なものに戻っている。

「果たして通報されたのは俺だけか?」

「質問を質問で返すな」

「…事実だ。否定はしない」

どうやら質問は受け付けるつもりはないらしい。李信は少し探りを入れたに過ぎない。このままでは弁明する時の言葉も選ばなければならないと感じた瞬間だった。だがあくまで冷静だった。

「お前の所持品などから身元に繋がるものは一切無かった。氏名、住所、年齢など一切な」

「当然だ。名前も無い、住む所も無い、年齢は…まあどうにもならないな」

年齢については誤魔化しているわけではない。この世界の暦が分からないので数えられないのである。まさか現世と同じく西暦で、太陽暦を使用しているということは無いだろう。

25名無しさん:2018/03/23(金) 10:14:37 ID:PgS/9LIs
「まさかお前、近頃世界中で発生しているという異変の民か?別世界の住民が尋常ならざる力を持ってこの世界に転生してくる…」

「それが異変の民と言うならば正解だ」

戸籍も住む所も無いと供述しているあたり、この中年の警察官と思しき男は李信をその異変の民だと勘付いた。李信の方も成る程と色々思うところがあり、暫く頭の中を整理している。中年の男もその李信を敢えて咎めようとはしなかった。

そして、暫くした後に李信は中年の男に事情を全て説明した。

「事情は分かった。追って沙汰するから暫くは行方不明者を保護する国営施設に入ってもらう」

中年の男はそう切り出してくる。短いやり取りではあったが、それから李信の事情や人となりを大体把握出来たのでこれ以上自分が取り調べても仕方ないと判断したのだ。

「器物破損や建造物損壊の罪はどうなる?」

「保留だ。幸いお前の攻撃で死傷者は出ていない。事情を考えれば恐らく不問になるだろう」

その中年の答えを聞いて李信は安堵した。いきなり来た世界でわけも分からない内に罪人にされたのではたまったものではない。危機はとりあえず去ったと言えるのではないだろうかと思っていた。

「それは僥倖だ。それと、頼みがある。アティークとは前の世界での知り合いだ。会わせて欲しい」

「…一応上に伝えはするがあまりつけ上がるな。皇帝陛下が身分も定かじゃない浮浪者にお会いになる筈が無い」

「直江が会いたいと言っていると伝えればアティークは応じる筈だ」

「分かった。だがお前は身分も分からない浮浪者だ。素性もしれない者を皇帝陛下に会わせるのが危険なことくらい分かるな?ダメで元々くらいに考えておけ。それにお前の話が本当だという証拠も無い」

「…分かった」

皇帝という身分にもなれば旧知の間柄とて会うことには慎重にならざるを得ない立場になる。李信は身分が高ければ高いなりの制約や苦労を考え、アティークもご愁傷様だと密かに思っていた。
だが、李信にしてみればアティークには是が非でも会わなければならない。それが叶うかどうかでこの国の自分の扱いに天地の差があると思っていたからである。

26名無しさん:2018/03/24(土) 01:57:34 ID:MGm2xTAE
数時間後、ペルシャ帝国の役人数人に伴われてその案内で刑務所から国営施設に馬車で移送された李信は、自身に割り当てられた部屋のベッドの上に寝転がりながら思案を巡らせていた。

取り調べは終わった。中年男の話によれば、ここ数年でこの世界では別の世界…つまり李信から見れば元居た世界から異能を持って転生してくるとのことだった。だがそんなことはこの世界に来る前から管理人に聞いている。中年男から得たものは、それを異世界側の住民からも認識されているという情報だった。

(あの警察官、最初は俺を見下すような態度だったが…話せば分かる奴だった。ああいう人間はこれからも積極的に利用していかねばな)

李信からすれば異世界の原住民などその程度の存在でしかない。"勇者"だのと持て囃されたところで他人の為に動くことはない。原住民がいくら氷河期組に殺戮されようが知ったことではない。

「どうすれば己に利があるか」

李信の行動原理はただそれだけである。会ったばかりの原住民にかける情など持ち合わせていなかった。だがあの時勇者と自分を持て囃した女を見限ったのは失敗だったと反省していた。

そのまま正義の味方という立場を受け入れていれば今回みたいな疑いをかけられることもなく受け入れられ、アティークとの面会が叶う可能性も上がっただろうというやはり打算的な考えだったが。

しかしそんなことを考えても後の祭りである。

(いや、しかし受け入れれば過度な期待をされ面倒なことをやらされる…だがどうせ氷河期組とは戦わなければならない…やはり受け入れておくべきだったが…いや違うそれは結果論に過ぎない)

何が正解だったかなど分からない。今の李信に出来るのは自分の行いが正解だったことを祈るのみ…ではなかった。

「星屑…奴が鍵になるな」

星屑。別の名前を名乗っていたがそんなことはどうでもいい。あれが星屑なのはほぼ明白だ。ならば事情を知っている星屑を動かせばいい。星屑に「李信は悪の組織・氷河期組の幹部であるリキッドを撃退した」と帝都中に流布させアティークの耳にも入らせればいいのである。

(こうすれば俺は国に受け入れられ、氷河期組は完全に国の敵になり俺を保護して協力せざるを得なくなる…)

昔から仲が良かったポケガイ民にすら利用することを考え出した。李信とはこういう男なのである。
氷河期組がまだペルシャ帝国の敵かどうかは分からない。居酒屋に居た女の話からすれば民は甚大な被害を受けている筈だが、何らかの理由でまだペルシャ帝国は氷河期組を敵として公認していないか、氷河期組の犯行であるという証拠を掴めておらず断定出来ていない状況である可能性も考えられる。

そこを確かなものにしたい。そうすればペルシャ帝国と自分の目的と利害が一致し、李信は容疑者から氷河期組幹部を撃退した英雄と一気に格上げされるのだ。

「こうしてはいられないな。早速星屑に書状を書いて送らねば」

事前に施設長からの説明は受けており、外部の人間に手紙を出すことはこの国営施設では認められている。此処は被疑者用の刑務所でもなければ囚人用の収監所でもない。従って此処ではそういった制約は無いのだ。

李信は星屑へと指示書を書いて封筒に入れてテープで封をする。この世界のこの街では、ポストがある。ポストに手紙を入れておけば飛脚やら役人やらが回収して届けられる。

星屑のこの世界での住所は知る由も無い。こういった手紙はまず役所的な施設に送られ、宛名で判断して宛先に届けられるらしい。

「と、なればこの書状が届いて星屑が動くまで数日かかるかもしれん。それまで何もすることがないな」

因みに、李信がリキッドを撃退し倒れてから意識を失っている間、実に5日間は経過しているとのことを役人から聞かされている。星屑には風化する前に何としても動いて欲しかった。

李信は自身の部屋を出て施設内の広場の隅にあるポストに封筒に入れた書状を放り込んだ。

27名無しさん:2018/03/25(日) 13:05:45 ID:x09T4xm6
(何をすべきか)

刑務所で取り調べを受けてからこの国営施設に移送された翌日。李信は暇だった。そもそも自分は今後どうなるのかも分からない。処遇は星屑の働き次第である。しかしあまり期待し過ぎて失敗した時のことを考えてないということになれば面倒なことになる。

だが、李信は考えるのをやめた。元々頭を使うタイプではないのにこの世界に来てから頭を使いっぱなしだったので彼自身の脳のキャパシティを超えてしまったのである。

国営施設には割と広い(200m四方くらい)のグラウンドが備わっている。施設長からの説明で聞いた通り、原住民が遠距離魔法の練習をする際に使用する円形の的や近距離での戦闘訓練の際に使用する人型の的がいくつも立っている。

李信が今すべきなのは、まだ碌に解放出来ていない自身に眠る力を解放していくことである。今の実力のままでは次にリキッドや他の氷河期組に襲撃された時に対処出来ないと思っていた。その為には当然、練習が必要だ。

円形の的から50mほど離れた地点に立ち、李信は真っ直ぐに的を見据える。

『君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ
焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ
破道の三十一 赤火砲』

まずは詠唱からの鬼道発射の練習。李信の右手の掌から小さな赤い霊火球が飛び出して的に着弾、爆炎や轟音と共に跡形も無く消し飛ばした。手ごたえを感じていたので威力も申し分ない。

「よし、詠唱ありなら赤火砲くらいなら問題無く発動出来るようだな。次は詠唱破棄して…」

「おい、こんなところで何やってんだ?見ねえ顔だなァ!?」

李信が赤火砲の詠唱破棄を試みようとしたところ、突然後ろから声をかけてくる者があった。声に反応して振り返ると、如何にもDQN風の金髪ショートの男を中央に、茶髪と赤髪の男が1人ずつ脇を固めていた。

「…」

こういう人間とは関わりたくないと思いつつも、あからさまに無視し続けても絡まれ続けるのは明白だ。少し言葉を交わして話が通じないなら実力行使をしようと考える。

「黙ってんじゃねえよ!お前は何処の誰で、誰の許可を得て此処を使ってんだって聞いてんだよ!」

中央の戦士らしき西洋ファンタジー風の甲冑に身を包んだ金髪男が声を荒げて李信に詰め寄る。

「俺は昨日この施設に入所した者だ。施設長からの許可を得て鬼d…魔法の練習をしているところだ」

どうせ話したところで素直に聞く筈はない。このタイプの人間は因縁をつけた相手には言葉では引き下がらず絡み続けるのが常だ。

「この施設ではなァ、まず入所してきたら俺に金一封かそれに値する品を持参して挨拶に来るのが常識なんだよ!それとてめえ新入りの癖に俺にタメ口聞いてんじゃねえぞ!」

「そうだ!まず兄貴に挨拶しろや!一丁前に魔法の練習なんてしてんじゃねえ!兄貴から許可を取れ!」

「まあまあ、こいつ事情を知らなかったみたいですし今回は10000Zくらいで勘弁してやりませんか兄貴」

メンチを切り続ける金髪男と、脇から便乗し下卑た笑いを李信に向けながら盛り上がる茶髪男と赤髪男。

「この施設ではそんな決まりがあるのか?施設長からの説明ではそんなルールは無かった」

「馬鹿野郎!暗黙の了解なんだよこれは!おら今回は10000Zにマケてやるからさっさと出せや!」

まあ、そんなルールがある筈も無いことは知っていた。しかしこんな古典的な人間に絡まれるとは思ってもいなかった李信は呆れた表情で3人を見ていた。

「お前らこそ俺の気が変わる前に視界から消えろ」

「アァ!?やんのかてめえ!」

「そちらが俺の視界から消えないならそういうことになる」

「上等だ!てめえら構うことはねえ、3人がかりでこの生意気な新人を袋にするぞ!」

新人に舐めた態度を取られたと怒りを露わにした金髪男が剣を鞘から抜いて構えると、脇の2人も剣を抜いて金髪男に続こうとしている。

28名無しさん:2018/03/26(月) 00:52:41 ID:kbBmOaOQ
李信は斬魄刀を鞘から引き抜いて3人の男と対峙する。先程までは面倒だと思っていたこの展開だったがそう悪いことばかりではないと李信は考え直していた。

その理由は、一に自身の人望を上げる好機だということ。見れば、やはりこの3人は施設内で相当幅をきかせて他の居住者から金品を巻き上げお山の大将気取りで君臨しているらしく、他の居住者と思われる人々が数十人単位で周りに集まり此方の様子を見守っている。

二に、この3人を力で捩じ伏せて自身の策の駒として使うことが視野に入ることである。李信は瞬時にある策を考えついていた。不確実性の高い星屑の働きに頼らずとも自身の帝都での声望を高める策をである。

三に、実際にこの世界の原住民の実力か如何程のものかを計り知れる。この世界に来て1週間が経過しているが、李信はまだこの世界の原住民の力をきちんと目の当たりにしたことは無いのだ。

「殺しはしないが…腕や脚の一、二本は覚悟してもらう」

「その生意気な口を今すぐ封じてやる!行くぞお前ら!」

李信の挑発めいた冷たい言葉が金髪男の怒りのボルテージを更に上昇させる。脇を固めていた茶髪と赤髪の男も「へい!」と返事をして剣に魔力と思われるオーラを纏わせる。

「おっしゃいくぜえええ!!」

金髪男が剣を持って李信に上段から切り掛かっていく。剣には青い魔力が纏われており、斬撃の威力上昇の様な効果でも付与されていると考えながら李信は初撃を右に体を逸らして回避する。

だが、次に金髪男の取り巻き2人が左右から斬撃を繰り出してくる。李信は斬撃を繰り出される前に素早く体を後ろに跳び移しこれも回避する。

「避けるだけかァ!?それで生意気な口きいてたのかァ!?」

金髪男が魔力を纏った剣から魔法を発動し、一筋の雷を李信に放ってくる。それに続き茶髪男は風魔法による突風を、赤髪男は炎魔法による火炎を剣先から放出し、金髪男の雷魔法と合わさり大きな塊となって李信に迫る。

『虚閃(セロ)』

李信は左手の掌に霊圧を集中させて赤色に輝く破壊の閃光を放つ。もちろん力は加減している。リキッドの《キラークイーン》及び《ストレイ・キャット》の合わせ技である爆発空気弾と互角の威力だったこの《虚閃(セロ)》を本気でぶつければ原住民ごときでは跡形も無く消し去ってしまうという懸念があったからである。

相当力を抑えて撃った《虚閃(セロ)》だが、3人の魔法を一瞬で突き破り3人に着弾、グラウンド中央ではそれによる高さ5m程にもなる火柱が湧き上がった。数秒経過し、火柱が消えて中から現れたのは身につけていた装備を全て破壊され、衣服もボロボロになって所々焼け焦げ満身創痍になっていた3人の男だった。

「馬鹿な…!俺…達は…帝都の中でも…トップクラスの…!」

「井の中の蛙大海を知らず」

金髪男が剣を杖代わりに辛うじて立ちながら李信を睨みつけて言っているところを李信はそう遮った。

まるで手ごたえの無い敵だった。
それが李信の感想である。この世界に来て最初の戦った敵であるリキッドが非常に強力な能力者であったこともあり、李信はそれに比して原住民のあまりの弱さに拍子抜けしていた。

(こいつの言を信用するなら…これでも原住民の中では実力者…正直肩透かしを食らったな)

「なんだ…そりゃあ…!」

「要は上には上が居るという意味だ。しかしこれ程弱いとは思いもよらなかったが」

敗北しても態度は相変わらずの金髪男に対し李信は斬魄刀を右手につかつかと歩み寄り、その斬魄刀を金髪男の喉元に突きつけた。

「俺の勝ちだ。俺に喧嘩を売った代償を払ってもらう」

此処で命を奪うことはしない。すれば李信は殺人犯になってしまうし、先程考えた策を実行出来なくなるからである。
因みに、いとも簡単に3人組を負かした李信に対して、周囲からは他の施設利用者による拍手喝采が巻き起こっていた。

「よくやってくれた新入りー!」

「胸がスカッとしたぜー!」

「ありがとう新入りの兄ちゃん!これで枕を高くして眠れるってもんだ!」

「お前すっげえ強いんだな!見惚れちまったぜ!」

男子寮であるが故に拍手喝采を送ってきたのはいずれも男性ではあるが別に李信の目的はモテる男を目指すことではない。それに女からキャーキャー言われて持て囃されたりするのは李信のキャラではないし、三流作家が書いたライトノベルやアニメの様な安っぽい展開になれば興醒めするくらいである。

李信はまず小さなコミュニティにおいてではあるが人望を得た。

29名無しさん:2018/03/27(火) 09:39:47 ID:XKPTryE.
しかしそんな拍手喝采を受けて照れたり喜んだりするのはオーソドックスな作品の主人公であり、李信は違う。あくまでも冷静な表情を維持してこう言った。

「俺に恩を感じてるなら頼みがある」

そう言葉をかけられた群衆は隣に居た者と目を見合わせたり目を丸くしたりしている様子だった。成る程この眼帯の男はあまり愛想の無い奴だなという風に僅かな驚きが隠れているようだと李信はどうでもいい観察を少しばかりしている。

「にいちゃん、頼みってなんだ?悪いが金なら無いぞ。そこのボロボロになってるクソ3匹にたかられて俺達苦しかったからな」

群衆の1人が李信にそう返答する。当然ながら要求は金ではない。金を要求すればこの3人と同じになり人望は地に堕ちるからだ。

「金ではない。そう難しいことをしろとも言わない。ただ簡単な働きをして欲しいだけだ」

「簡単な働き?」

「街中にこう流布して欲しい。異変の民である李信は帝都で悪行を尽くしている氷河期組の幹部であるリキッドを撃退したと」

「…李信?それがにいちゃんの名前か?というかあの氷河期組の幹部を撃退!?あ、いや、分かった。俺は引き受ける」

今の言葉の応酬で氷河期組は一般民衆も認知していることが分かった。もっとも、認知されていなくても氷河期組という名は使うつもりだった。氷河期組の存在が街中で知られれば国としても動かざるを得なくなる可能性が高い。群衆の1人である20代後半くらいの短髪で上下赤ジャージの男とのやり取りの後、他の男達も

「分かった。こいつらを黙らせてくれた恩を考えればそのくらい安いもんだ。なあみんな?」

「そ、そうだな。金品を要求されるよりずっといい」

「俺は喜んでやるよ。お礼がしたかったしな」

「というか氷河期組の幹部に勝ったのか!?どうりで強いわけだ」

といったように次々と協力を表明する返事が返ってきた。群衆の反応は悪くない。見たところ50人といったところか。これだけの人間が街中で流布すれば効果は十分期待できる。

「お前達もだ。今俺が話していたことを実行しろ。それとそこの茶髪は俺の側に居てもらう。謂わば人質だ。俺に背いたら…分かるな?」

「は、はい…」

「分かりました…」

もはや彼らには抗う力も術も無い。戦う前の態度とは打って変わって李信の命令に子犬のように従順になっていた。
こういう人間の反応は実に滑稽だと李信は内心ほくそ笑みながら「さっさと準備して行け」と言う。すると金髪男と赤髪男は李信に恭しく一礼してからその場から立ち去っていった。

他の群衆達もそれを見て「俺らも行こうぜ」などと話しながら施設の外に出るべく正門の方向へとぞろぞろと歩いていった。

30名無しさん:2018/03/31(土) 17:55:42 ID:0Dyqxh9I
「まだ駒が欲しいところだな…。何処ぞで手頃な実力の敵でも襲来しそれを撃退すれば俺の名声は更に上がるのだが…」

李信はまだ不足は感じていた。人の噂は広まりやすいとよく言われてはいるが必ずしもそうとは限らない。広まる前に別の大きな話題に掻き消されたり、広まってもすぐに風化してしまうこともあるのが人間社会である。たかだか30人程度の駒で広い帝都に自身の名を浸透させるには足りないのだ。

李信は額に拳を当てて考えたが名案を思いつくには思考する時間がもっと必要だった。謀略を使いペルシャ帝国を敵視する勢力の侵攻を引き起こすことまでは思いついたがその謀略を練るには時間がかかる。因みにそれによる戦争や破壊で国民が巻き込まれて何人死のうが李信の知ったことではない。

(やはり俺は張良や陳平の様にはいかない。俺の頭脳では謀略を練るのに時間がかかる。頭を使うのは好きじゃないんだが…)

誰も居ない施設内のグラウンドで1人、黒い腹の内を僅かではあったが吐露してしまっていた李信だった。幸い、聞いた者は誰も居ない。李信はそれを確認していた。本性を知られればどうなるかは想像に難くない。

◇◇◇

ペルシャ帝国帝都北方

帝都では無差別殺人犯を帝都から撃退した異変の民がいるとの噂が僅かではあるがしっかり広まっていた。いつ殺されるかもしれないという不安や恐怖、そして家族や友人を殺された無念が晴らされた住民達は殊更その異変の民を評価していた。しかしその異変の民が誰であるかまでは知られていない。

「星屑様じゃないか?相当強いしアティーク様からも頼りにされてるらしいし」

「だよなあ。皇帝陛下とHope様を除いたら帝都の能力者で恐らく1番強いしな」

「星屑様が俺達を守ってくれたんだ。何かお礼がしたいなあ」

「ところで最近星屑様を見かけないがどうしたんだろう」

「ああ、数日前に星屑様を見たんだが隣町にボヨヨン岬があるから見に行ってくるとか言ってこの街の北門から出て行ってたぞ」

「え…今星屑様居ないのかよ。もし敵が来たら誰が守ってくれるんだ?」

「もう来ねえよ。星屑様が追い払ってくれたんだから」

「ま、それもそうだな!俺達は仕事に行こうぜ!」

帝都の住民達はそんなことを口々に言っていた。確かに星屑も氷河期組の堂明元帥を倒したのであながち間違いではなかったが李信の働きは報われていなかった。星屑は李信よりも前からこの世界に居て多少なりとも実力を示していたのが大きかったのである。

しかし…氷河期組幹部の撃退により油断していた帝都住民達を待っていたのは更なる破壊と殺戮であることをまだ誰も知らない…。


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