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俺の記録庫

4387考える名無しさん:2018/12/23(日) 02:17:08 ID:U/B5TuwI0
オタク活動とは、現実世界上の動機に突き動かされている活動か。

これを解明する必要がある。
古典と呼べない時代時代の思想史は、文学オタク的な、読書による味わいを原動力に自分らの論壇を、水の張った大きなバケツの端を揺らして波を作るようにザバザバすることで時間を進めた結果であるからだ。

「人間共の営み」は、必ずしも「この世の真理の解明」と重なるわけではないので、俺は極力、活動の焦点が「人間共による人間共のための」ものであるものを考慮先から排除するかたちで思考を進めている。

人間同士が好き嫌いで言い争う様子など、「世界への到達」に全く関係していない。

科学者、というのは、蓄えた知識の先の己の好き嫌い、ではなく、この世界の構造、に対して正しいか否か、で判断するので、その姿勢は「真理の追求」には必要だ。

しかし、哲学研究者、著書を食事のように味わう人達、この人達の意見は、世界の解明の何の役にも立たない。
これが問題なんだ。

という見解を、現実世界だけに立つ視点から描写できる。

精神世界を把握した後には、文系の読書家の人達は、各々の誰とも共有されない精神世界に気付き、己だけの理解を深めるために、またその様にして、哲学書を含む文学作品を、食事のように摂取している

と把握できる。

文系でも科学者でもビジネスの人間でもなく真理を追求すること、

思考は必ず他者に理解されなければ価値がない
思考自体が「機能」しなければ意味が無い
現実世界内の辻褄だけを見ているわけではない

現実世界と精神世界の境界線が、その様な己の存在の意義として、とても重要である。


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