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俺の記録庫
393
:
考える名無しさん
:2017/09/04(月) 02:04:28 ID:yJtkCNNc0
最初の動画で「FBで友人をひがむと鬱になる」という表現も、ちょっと曖昧だと思う。
鬱を心理学的に一つの状態としているから、その「ピンボケ」な焦点で良しとしてしまうのかもしれない。
死にたくなる理由について前に書いたが、そこでは書かなかったもうひとつの理由がある。
人が死を思うとき、それは「社会に対して『私はこのゲームから降りた』という票を入れる」というときだ。
「なぜ自分だけが辛いのか」という視野ではない。
「社会における損だらけな自分の役割を、自分がこなしたら、損する自分を存在させてしまう。その社会を迎合してしまう」という視野だ。
集団が何か共同作業を始める。そこで、どうも一部の人間だけが得をする構図が見えてくる。
その結果、「つまらないから俺、もう帰るわ」、という状態が「死ぬ」という行動だ。
例えば、沢山の課金ソシャゲが存在しているが、搾取が酷いか不具合放置か、何らかの原因が元でユーザーが辞めて過疎化するゲームがある。このゲームを辞めたユーザーは、このゲーム社会に辞表を出した形であり、現実でいうと「死んだ」ということになる。
「人生はロールプレイではない」ということを主張し、全員を説得することは、この資本主義・民主主義・法治国家社会では難しい。
決まり事を「まもってあげる」ことで成立する社会だ。
社会成立の前提が、人々個人個人が、各々の役割を演じることである。
前提としての決まり事は、社会の中では不可視の状態、その決まり事自体には論点が移らない状態となる。
社会における「偉い人」というのも、様々な決まり事から定義される。
例えば、権威主義者は、その決まり事の一部を強く評価する人達だ。
自殺する人は、同調圧力に潰されて死んでしまうのか?
そうじゃないだろう。
その様な「流れと配置」になる「場」(職場や教室や社会)を「私は支持しない」という「不支持の表示」が「死」という形で投票されるのだろう。
社会のロールから抜けるには、現状、死ぬしかないという束縛がある。
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