[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
3501-
3601-
3701-
3801-
3901-
4001-
4101-
4201-
4301-
4401-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
俺の記録庫
3655
:
考える名無しさん
:2018/10/05(金) 21:31:24 ID:.6MsOvns0
「無知」を克服すると「無力」になる。
「知ること」は、「死ぬこと」に安らぎを見つけるように、なっている。
タナトスは、あらゆる「欲」から己を解放する。
エロースは、個という存在に己を留める。
「生命維持」は、「欲」という姿で己を焦らすように、なっている。
故の「受苦」が「生きる力」。
飯食っている間に、考えていたことを忘れないように、詩の形でメモしておく。
食べ終わっても憶えていられた。
2点ある。
まず、描写の対比の中にアガペー(神からの無償の愛)が登場していない、ということがひとつ。
アガペーの層は個を超越した空間なので、与えるほうも受け取るほうも、個という存在単位での「出し入れ」は無い。個を単位とするのが生物が足掻く層。
もうひとつが、
言葉や風景や考えや作品が訴えることを、
読み手が「本当に辛い状況」になって初めて「メッセージが伝わった!」と感慨に耽る「人生の一場面」が普遍的に存在していると思う。
この「特定シチュエーション」にのみ「伝達が成功する」事象自体が、様相論理の発展型の何らかであるはず。
「メッセージの伝達の成功」により「わかった!」という感触が発生するかしないかは、あくまで真偽(T/F)の2値であるのだけれど、その「真偽判定自体が発生する」空間に「入り込めるかどうか」
これが、現実上で、モーダルなロジックの世界を行き来するうえで、人が「技術」として必要な物の見方。
現実上で、というところが、既に
>その「真偽判定自体が発生する」空間に「入り込めるかどうか」
の関門となっている。
科学者は、往々にして、現実生活は現実生活、思考は思考、と世界を2つに分断している二元論的な世界観を根底に持っているわけだが、モードはその2つの橋渡しになるはず。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板