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俺の記録庫
2342
:
考える名無しさん
:2018/03/05(月) 07:59:21 ID:VLlIZ.y.0
難易度難しいの攻略計画実行はすぐにはしないが、指針だけは書いておく。
まず、既に100%の腕になったことでゲーム中の音ゲー部分は滞りなく進め、初見の曲でもクリアしている。
だが、毎曲全曲のパーフェクトを求めるのか?は考える必要がある。
狩りと完璧主義は違う。
別曲の難易度普通のパーフェクトを目指すか、
同じ曲の難易度難しいのパーフェクトを目指すか、
別曲の難易度難しいのパーフェクトを目指すか。
新しい曲については、難易度は俺にとって意味がない。新しく分析するのなら難しいも易しいも同じ。
なので、別曲は全部難易度難しいだけをやる。
難易度普通をクリアしたあとに、難易度難しいの音数が違う(フレーズパターンが変わる)というのが厄介に思った。
なので、最初の曲の難易度難しいをまず攻略する。
作業としては、追加・変更箇所の割り出しと確認。専用の譜面を用意。
用意できるまで、無意味にゲームで練習しない。
無意味にゲームを回数こなしてクリアを目指す、という方法が俺の批判するコツコツ努力の無計画な方法論だ。
この方法論が本質的にはどういうものなのかが既に思い浮かんでいる。
この方法論は、攻略目標を「人」と無意識に喩えていて、「人とは対話すればわかり合えるはず」というのを実践している。
つまり、「感覚を掴むまで、ふれ合い続ける」という方法論だ。
この方法論は「相手」側もこちらへの認識を変えたり学んだりする場合有効だが、攻略対象がゲームクリアであったり芸事の達成である場合、目標側がこちらに合わせてくれることはないので、この方法論は不適切、というのが俺の考えだ。
かといって、「人」を「攻略対象」にする生き方は、どうかと思う。
ギャルゲーをリアルに持ち込むマンガ『神のみぞ知るセカイ』みたいな感じで人と接するのがあるべき形なのか。
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