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SSの実力向上を目指すスレ
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>>67
スープのラストシーンのごちゃごちゃ感っていうのは、何を指してそう言ってるのかは、こっちからは推測するしかないんですが
今回自分が
>もうちょいデフォルメ・記号化して、良い意味で手ぬく%を上げたほうが
って指摘したのは、スープのラストシーンで言えば、例えばこういう表現の文章
>縦よりも横の角度が強くなった日差しを橙色に受けつつ
>ゴウ腹。フンマンやるかたない。ハラワタが煮えくりかえる。表現の仕方は様々あるが、とにかく喜怒哀楽の二番目の感情がずっと魔理沙の身の内に充満していて仕方ない。
>キビ団子も無しにまんまと随伴させられている──それだけなら、ここまで穏やかならざる気持ちにはなってない。以前言われたこと、そして再び言われるであろうことが、心に荒波を立てている。
何か一つのことを言い表すのに、間接的な言い回しを連続してるところとか
何が書いてあるのかを理解するのに、一拍、二拍の思考が必要になるような表現
これは別に絶対悪ってわけでもなくて、言い回しは面白いし、活き活きしてて、持ち味にもなってるんだけど、
デメリットとして読むの疲れるし、読み手の注意がシーンの主旨から別のベクトル=文章内容の思考にいちいちもってかれるから、お話の進行に集中しにくいっていう問題がある。
繰り返しになるけど、これは絶対悪てわけじゃなくて、
特に三行目のきびだんごからのくだりは、魔理沙が抱いているであろう感覚を、可能な限り生のままで表現してみました、みたいなとこはやっぱ、活き活きしてる。
こういう文章描くのはすごいめんどくさいはずだし、センスもなきゃできないから、ここは明確にらいじうさんの持ち味として評価できるポイント。
だから大事なのはバランスで、こういう文章は疲れる、ってのと、意味がわかりにくい、ってのはわすれちゃいけない。
重要なシーンとかで明確に伝えたい情報は、できるだけ余計なことに思考をさく必要のないクリーンな文章で伝えなきゃいけない。
例えば、
>魔理沙は渋面を絵に描いたような表情になっていた。言い込められたからではなく、この後に言われることが確定しているからだ。
>霖之助はそんな魔理沙に何とも言えない笑みを浮かべていたが、結局は口を開いてその台詞を紡いだ。
ここで魔理沙の心理描写を、「渋面を絵に描いたような」みたいな間接表現だけで描いちゃってる。
これ映画なら映像でダイレクトに見る人の心情に入るからいいんだけど、小説でこれやるとどうなるかっていうと
魔理沙の表情を想像する→その表情から魔理沙の心情を想像する→その後に言われることを想像する
っていう三段クッションになっちゃうからインパクトが殺がれる。
だから、ここは魔理沙のモノローグなんかでダイレクトに心理を書いちゃうのが正解になる。
>また、「真実はスープの中」の感想のコメントにおいてそのような指摘がされてない
これについては、いくつか要因あると思うけど
そもそも、感想コメントで、文章にまで言及される作品ってのは、とにかく読みにくすぎてたまらないor物凄く巧みか
そそわだと、この二つのケースだけだと思うんだけど、どうでしょう?
らいじうさんの場合は、読むのに一拍の思考が必要な表現が使われていても、個性っていう枠で収まってるから、あえて言及する人も居ないだろうなーと思います。
ただ、このスレッドのような場で、細かい文章にまで言及して語る場合は、やはりこういった点も触れなきゃいけないので、自分は指摘した、という感じです。
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