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(´・_ゝ・`)麻殻に目鼻を付けたようです

278名無しさん:2023/10/09(月) 23:02:22 ID:UPXMXGIo0


 ──まずは電話をかけてみたが誰も出なかった。
 仕方がないのでそのまま住所を辿る。


 そうして到着したのは、町外れにぽつんと建つ小さな一軒家だった。

 もう昼なのだが、窓という窓にカーテンが引かれている。
 インターホンを鳴らすも反応なし。
 そのまま待機してみる。物音も、人の気配もない。

∬´_ゝ`)「出かけてんじゃないの」

('、`*川「かもですね……デミタス君、出直しましょ」

 もう一度インターホンを鳴らしたデミタスは、ふと鼻をひくつかせた。
 デミタス君? とペニサスが再度呼びかけてくる。

(´・_ゝ・`)「臭い」

('、`*川「え」

 それを聞き、姉者がデミタスを押しのけた。
 数秒ほどドアの方へ顔を寄せてから、ドアノブを捻ろうとする。回らない。

279名無しさん:2023/10/09(月) 23:03:59 ID:UPXMXGIo0

 すぐにしゃがみ込み、どこからか針金のようなものを取り出すと
 それを鍵穴に差し込んで動かし始めた。

(´・_ゝ・`)「何を……」

∬´_ゝ`)「ピッキング。ロミスから教わった」

 兄者といい姉者といい、何をしているのだあいつは。

 どうも上手く行ったらしい。次に姉者がドアノブを捻ると、すんなり開いた。

('、`;川「う……!」

 途端、鋭い臭いが鼻を突いた。大量の虫が飛んでいる。

 おおよそ繰り広げられている惨状の予想はつきつつも、
 ここで帰るわけにも、警察を呼ぶわけにもいかない。
 靴を履いたまま家に上がる。

 臭いや虫の発生源は分からないが、何となく家の奥へ向かってみれば
 正しくそこが目的地だったらしい。

 家の奥に一際広い部屋があって、よく分からない機械が複数置かれている。
 それと数冊のノートと──パソコンと──他には──
 ──ひどい臭いと虫の群れで、観察の目が鈍る。

 床にあるのは、人であったろう何か。

280名無しさん:2023/10/09(月) 23:05:24 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「ペニサス、外で待ってろ」

 涙目で嘔吐いている彼女に指示を出し、さらに姉者の名を呼ぶ。
 それで理解してくれたようで、姉者はペニサスに付き添う形で踵を返した。

 デミタスだって平気なわけではない。こんな現場は初めてだ。
 左腕を鼻と口に押し当てながら進む。
 パソコンや謎の機械たちの電源は入らない。

 机の上、ノートをめくってみる。アルファベットや数字がごちゃごちゃ。分からない。
 読もうとするそばから虫が紙や手にまとわりついて邪魔をする。
 持ち出してから外で見た方がいいだろう。

 そう思って抱え上げようとしたとき、床の上に開きっぱなしのノートを見付けた。机から落ちたのだろう。
 こちらは日本語ばかりが並んでいる。

 気になったので初めのページから追ってみると、
 元々は軽いメモ代わりに使っていたようだが、合間合間に日記のような記述が増えていった。
 後半、デミタスの手が止まる。

281名無しさん:2023/10/09(月) 23:07:35 ID:UPXMXGIo0

 「また死んだ。伊藤さんの言ったとおりだ。」

 「行方不明。二件目。どうせ死んでいる。
  こんなもののために?」

 「また死亡事故。事故じゃなくて殺人だろう。
  いつか私の番が来るのか。」

 「燃やしたい。
  良くない。いざというときの取引材料がなくなる。
  そしたら惨たらしく殺される。
  彼女の言ったとおりに。」

 「こんなものおしつけて あのばばあ」

 「ほんとにのんでやろうかな」

 「燃やしてなんかやるもんか
  ざまあみろ」

 改めて机を見ると、いくつか新聞記事が置かれていた。
 いずれも、したらば製薬の社員に関する記事が小さく載っている。
 事故死。行方不明。最新は一ヶ月ほど前のものだ。

282名無しさん:2023/10/09(月) 23:08:31 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「……」

 一通りノートを抱え、部屋の出口へ向かう。

 途中、ぐずぐずの人体の成れの果てを見やると、傍らに空っぽの小瓶が転がっていた。
 ペニサスが祖母に渡されたのと同じ色形をしていた。





283名無しさん:2023/10/09(月) 23:11:16 ID:UPXMXGIo0


 3日目。
 自分が初めてこの家を訪れたときからなら、12日目。
 まだ2週間も経っていない。

 ダイニングには朝日が差し込んでいる。

 見張りという名目で一緒に夜を明かした姉者は、
 今度はボスに報告しに行くという名目で家を後にした。

   ∬´_ゝ`)『さすがに結構出歩いちゃった分、
         あんたたちが何か掴んだんだろうってのはボスにバレてると思うわ』

 家を出る前、彼女はそう言った。
 「お気に入り」たちの大まかな居場所は常にボスに筒抜けだ。
 服かスマホに何か仕掛けられているのか、街を出ないように遠くから監視の目があるのかは知らないが。

   ∬´_ゝ`)『悪いけど、私は嘘の報告も隠し事もしてやれない。
         だから私との話が終わったらすぐに連絡が行くと思うわ。
         ……これからどうするのかは知らないけど、頑張りなさいよね』

 それでいい、とデミタスもペニサスも頷いた。
 ここで彼女が嘘をついてロミスのようになれば、兄者に申し訳が立たない。
 
.

284名無しさん:2023/10/09(月) 23:12:32 ID:TvV8wtK.0
面白すぎて更新ボタン連打してしまう

285名無しさん:2023/10/09(月) 23:13:21 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「……」

 回収してきたノートを読み込んでいるペニサスの前に、マグカップを置いた。
 コーヒーの香りに、彼女は無意識に詰めていた息を吐き出す。

('、`;川「ありがとうデミタス君。ああ、いい匂い!」

(´・_ゝ・`)「またノートに向き合ったときに辛くなるかもしれないが」

 テーブルに重なったノートやメモ用紙には持ち主の臭いが染みついてしまっている。
 持ち出した直後よりは多少抜けてきているとはいえ、まだ臭う。
 ペニサスは念のため着けていた手袋を外し、マグカップを持ち上げた。

('ー`*川「美味しい。昨日よりもっと淹れるの上手くなったんじゃないかしら」

(´・_ゝ・`)「……お湯を注ぐだけのものに、上手いも下手もないだろ」

 そわそわして憎まれ口を叩いてしまったが、自分のカップに口をつけてみると、
 たしかに昨日より──大げさに言うと洗練されているように感じた。
 単純なのかもしれない。

286名無しさん:2023/10/09(月) 23:14:25 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「ここ何日か、ろくに寝てないんじゃないか。仮眠をとった方がいい」

('、`*川「コーヒーを出しておいてそんなこと言うのね」

(´・_ゝ・`)「……たしかに。もう飲むのやめろ」

('、`*川「嫌」

 一気に半分ほどを飲んで、ペニサスはカップを置いた。
 手袋をはめ直してノートを拾う。

('、`*川「……ちゃんと覚えないと」

 手伝ってやれたらいいが──
 駄目だ。
 デミタスは、その資料に目を通してはいけない。

('、`*川「ごめんねデミタス君、お腹空いたでしょ。冷蔵庫にあるもの、適当に食べて」

(´・_ゝ・`)「うん」

 ペニサスの手料理は、全てが終わってからだ。
 何なら自分が作るのもいい。コーヒーのようには行くまいが。

.

287名無しさん:2023/10/09(月) 23:15:52 ID:UPXMXGIo0


 ──昼。
 デミタスのスマホが鳴り響いた。

 二人は身を固くさせる。
 一呼吸置き、デミタスは電話に出た。

(´・_ゝ・`)「はい」

『やあ、デミタス。調査の方はどうだお?』

 また、一呼吸。

288名無しさん:2023/10/09(月) 23:16:27 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「……全て分かりました」

『おっお。良かった、相変わらず素直なデミタスで。
 昨日のことは姉者から聞いたお。残念ながら彼女は中身を知らないというから、
 お前の方から報告してもらいたいのだけど』

 今度は二呼吸。
 汗で滑りそうになって、スマホをきつく握り直す。


 これからいくつか、賭けをしなければならない。

.

289名無しさん:2023/10/09(月) 23:16:28 ID:Txb8.PLw0
えぐい現場見た後食欲湧くってすごいな…

290名無しさん:2023/10/09(月) 23:17:28 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「ボス」

『うん?』

(´・_ゝ・`)「……最初にペニサスを殺しに来たとき、
        僕は彼女にゲームを挑まれました。
        彼女の作る飯が美味かったら一晩見逃せと」

『そうらしいね。でも、今はもう取り下げたんじゃなかったかお』

(´・_ゝ・`)「いいえ。休止としただけです。約束はまだ生きてる」

『……それで?』

(´・_ゝ・`)「今日は、ボスが彼女とゲームをしてやってくれませんか。
        彼女の料理を食べて、それがボスの口に合ったなら見逃してやってほしいんです」

『……。
 美味しいものを食べさせてもらえたとして。一晩見逃して、どうするんだお?
 また次の日に手料理を食えって?』

291名無しさん:2023/10/09(月) 23:18:46 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「いいえ。今回は一晩に限った話じゃなく。
        今後一生の話です」

 しばし沈黙。

 ──デミタス、と呼びかける声が低く響く。溜め息が混じったように。

『僕がそれを聞いてやる義理が、どこにあるのかな』

(´-_ゝ-`)

 目を閉じ、三呼吸。
 瞼と口を開く。

(´・_ゝ・`)「義理はなくとも、意地はあるでしょう」



(´・_ゝ・`)「あなたが、『伊藤クール』の孫に売られた喧嘩を買わずにいられますか」


.

292名無しさん:2023/10/09(月) 23:21:30 ID:UPXMXGIo0



 ハローという女は、とにかく気になったことを書き留めておく癖があったらしい。
 研究者気質によるものか、彼女個人の性質かは知らないが。

 持ち帰ったノートやメモや手帳には、彼女が伊藤クールとの会話から得たあれこれが記されていた。
 その断片的な記録を組み合わせていくと、うっすらとだが浮かんでくるものがある。
 繋ぎとして多分にデミタスたちの憶測も含まれはするが、以下の通りだ。


 何があったのか、伊藤クールの夫にえらく懐いていた教え子。

 伊藤夫妻が婚約したと知ったとき、小学生だった彼は病的なまでに怒り狂った。
 大好きな先生を裏切者だ何だと罵り続ける少年にすっかり参ってしまった夫に頼まれ、
 伊藤クールは少年にある提案をする。

「君と私でゲームをして、私が勝ったら『先生』は私がもらうよ」

 斯くして伊藤クールは少年に勝利する。

 少年は腹の内の執心を自ら殺す前に、これだけはと一つのお願いをした。

「先生のことを幸せにしてあげて」




293名無しさん:2023/10/09(月) 23:23:29 ID:UPXMXGIo0


 最初の賭けは成功した。

 通話から数時間後。デミタスは、ダイニングの窓から夜空を見上げた。
 月はひどく痩せている。

 ノートから部屋に移ってしまった腐敗臭を消臭剤で何とか誤魔化し終えたペニサスが
 窓辺に立つデミタスの隣に並んだ。

('、`*川「最初にロミス君がうちに来たとき、デミタス君のことを麻殻に例えてたじゃない?」

 急にそんなことを言う。
 そうだな、とデミタスは頷いた。

294名無しさん:2023/10/09(月) 23:24:30 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「麻殻ってね、色んな用途があるんだけど……
     神社で火祭りをするときの松明とかにも使われたりするの。
     魔除けやお清めの効果があるんですって」

('、`*川「それでね、どこかのお祭りでは燃え残った麻殻を参拝者に配るのよ。
     災難除けのお守りになるらしいわ」

(´・_ゝ・`)「お守りか。なら、そう悪いもんでもないな」

 不意に圧迫感。
 ペニサスが抱きついてきている。

('、`*川「……だから大丈夫。
     私、デミタス君がいたら怖くないわ」

 ──その知識も、きっと。
 誰かさんから過去に聞いたものなのだろう。

 その由来などどうでもいい。
 全て積み重ねて、今のペニサスがいる。
 こうしてデミタスの横に立ってくれている。

 言葉に反して震える体を抱き返した。


.

295名無しさん:2023/10/09(月) 23:26:10 ID:UPXMXGIo0


 そこからさらに一時間後。

 デミタスたちが並んで待つ玄関の前に、一台の車が停まった。
 後部座席から二人の男が降りてくる。

( ^ω^)

【+  】ゞ゚)

 覚悟を決めていたのか、ペニサスは一切の動揺を隠して彼らをまっすぐ見つめた。
 ボスはちらりとデミタスを見てから、ペニサスに一礼する。

296名無しさん:2023/10/09(月) 23:27:32 ID:UPXMXGIo0

( ^ω^)「やあやあ、伊藤ペニサスさん。はじめまして、こんばんは。
       僕がデミタスの『ボス』の内藤だお。
       こっちのお面のは、オサム。付き人みたいなものだお。いいおね、一人くらい増えても」

 むしろ御の字だ。運転席にいる部下は降りてこない。
 人数が増えるのは好ましくない。これでいい。
 また一つ、賭けに勝つ。

( ^ω^)「そうだデミタス。忘れ物、部屋から持ってきてあげたお」

 と、リュックサックを差し出されて、一瞬身が竦んだ。
 受け取る。がちゃりと金属が擦れ合う。重い。
 じとりと見つめられる。ありがとうございます、と言葉を絞り出した。

('、`*川「……ご飯の準備は出来てます。ダイニングへどうぞ」


.

297名無しさん:2023/10/09(月) 23:29:23 ID:UPXMXGIo0


 ──テーブルの上に海老フライとキャベツの千切りが乗った皿が置かれると、
 ボスは楽しそうに言った。

( ^ω^)「おっ。いいね、好きだお」

('、`*川「良かったです」

 続けてデミタスが、皿の横にスープボウルとカトラリーを並べる。
 野菜とベーコンのクリームスープ。

 ボスは白米もパンも夜には食べない。
 だからメニューはこれだけだ。

 ボスが座る椅子の斜め後ろをおずおず見ながら、ペニサスが訊ねる。

('、`*川「そちらの方は」

( ^ω^)「オサムは、人前で食事をさせるのはちょっとね。
       お面の下に酷い怪我があるもんで」

 三つ目の賭けも上手く行く。
 といっても、ボスがオサムのお面を外させたがらないのは
 デミタスたちの間では周知の事実だったから、賭けと言えるほどのことでもない。

298名無しさん:2023/10/09(月) 23:30:39 ID:UPXMXGIo0

 もったいつけるつもりはないようで、ボスはフォークを取ると、
 いきなり海老フライにかぶりついた。
 ざくざく、揚げたての衣が砕ける。

( ^ω^)「うん。美味しいじゃないかお」

 次にスープを一口、二口。

 デミタスやペニサスに毒見を命じることもなく、警戒する素振りも見せず、
 彼はごくごく普通のペースで食事を続けていく。

 四つ目もあっさり成功してしまった。

(;´・_ゝ・`)「……」

 ペニサスと共にテーブルの隣に立つデミタスは、
 自身の表情が変に歪まないよう、顔に力を入れた。

 ──脳裏を過ぎるのは、今頃キッチンに転がっている、空っぽの小瓶。

.

299名無しさん:2023/10/09(月) 23:33:14 ID:UPXMXGIo0

 ハローの記録によれば。

 伊藤クールは肺を患って以降、急激に弱っていった。
 死期を悟ったのか、ある日ハローに粉末入りの小瓶を渡して、こう言ったらしい。

   『研究が完成する前に私が死ねば、「彼」は血眼になって資料を探すだろう。
    きっとなりふり構わない。たくさんの人が死ぬし、たくさんの人が惨たらしい目に遭って苦しむ』

   『あなたの存在はそうそうバレるまいが、彼は執拗だ。いずれは見付かる』

   『もしも薬の完成より先に私が死んでしまったら、資料を全て燃やした後にこれを飲むといい。
    苦しまずに、あっという間に逝けるから』

 そうしてクールの死後。
 予言どおりに人々が死んでいくのを目の当たりにし、ハローは恐慌に陥った。
 それが、あの一軒家でデミタスが見付けたページだ。

 独り善がりな老婦に振り回された哀れな研究者。
 しかし彼女の死によって一つ確信できたことがある。
 「あの小瓶の中身は本物だ」。



 スープに毒を忍ばせる役目は、デミタスが引き受けた。
 ペニサスにはさせたくなかったのだ。
 それでもスープを作ったのは私なのだから共犯だと、そう呟いた彼女の言葉が嬉しく、申し訳なかった。

300名無しさん:2023/10/09(月) 23:34:25 ID:UPXMXGIo0

 信じられないほどさっくりと、何の疑いもなくボスは海老フライとスープを完食した。
 量自体多くない。せいぜい10分かそこらの食事だった。

 どくどく、デミタスの心臓が跳ねまわる。

 どれくらいだ。
 どれくらいで効く。
 すぐだ、とクールはハローに言ったらしい。すぐとは、何分だ。

 キッチンにて、体の大きさによって致死量は変わるものだとペニサスが不安げに話していた。
 ボスは肥満体だ。大きい。
 もしあの小瓶でぎりぎりペニサスに効果がある程度だとしたら、足りないだろう。

 焦燥で目眩がする。息が乱れそうになる。

301名無しさん:2023/10/09(月) 23:35:20 ID:UPXMXGIo0


( ^ω^)「甘いお」


 落ちてきた一言に、胸がひやりとした。

('、`*川「……あまい」

 ペニサスが鸚鵡返しにする。声は、もう少しで引っくり返りそうだ。
 テーブルの上で両手を組んで、ボスはペニサスの顔を見上げた。

302名無しさん:2023/10/09(月) 23:37:08 ID:UPXMXGIo0

( ^ω^)「伊藤クールが死んだ直後くらいにね。
       僕の部下がこの家を調べたんだお」

('、`;川「……聞いて、ます」

( ^ω^)「そしたら、君の部屋で変な粉が入った瓶が見付かったっていうから。
       もしかして例の薬かと思って調べさせたら、そうじゃなくて
       どうも体に良くないやつだというじゃないかお」

 ただでさえ速まっていた鼓動が、一層強く。

( ^ω^)「間違えて君が口にしたら危ないから、中身を砂糖に替えさせといたんだお」

 ふふ。
 いたずらっ子のように笑って、ボスは手を組み替える。

 手のひらが痛んで、知らず、両手を握りしめていたことに気付いた。

( ^ω^)「まあ、そのことと、今のスープがやけに甘かったことが関係あるとは思わないけども」

('、`;川「……」


( ^ω^)「──お嬢さん。申し訳ないけど、あのスープは僕の口に合わなかったお」


 五つ目と六つ目の賭けに負ける。
 毒は不発に終わり、ゲームに勝つことは叶わなかった。

303名無しさん:2023/10/09(月) 23:38:59 ID:UPXMXGIo0

 硬直するペニサスを眺めまわした後、ボスの視線はデミタスの方へと注がれた。

( ^ω^)「ほら、デミタス」

(;´・_ゝ・`)

( ^ω^)「彼女の負け。見逃してあげることは出来ないお。
       ──下手に躊躇うからますますやりづらくなるんだお。
       さくっと殺して、こんなところを出て、ゆっくり資料の話をしよう」

 細い目をさらに細めたボスは、身を屈めると
 デミタスの足元に置かれたリュックを開いた。
 様々な工具や刃物。それらの内いくつかを適当に掴んで、テーブルに放る。

 デミタスは唾液を飲み込もうとしたが、いつぞやみたいに口の中がからからで、上手くいかなかった。


 さあ、最後の賭け。

304名無しさん:2023/10/09(月) 23:40:46 ID:UPXMXGIo0

(;´・_ゝ・`)「──出来ません」

( ^ω^)「……デミタス」

(;´・_ゝ・`)「資料の話は、僕には出来ません。
        ……僕は研究の中身を見てないから知らないんです」

 ボスが片眉を上げた。
 次に、ペニサスが声を発する。

('、`;川「け。研究をまとめたノートやメモは、今はどこにもありません。
     あなたが来る前に全て燃やしました」

('、`;川「おばあちゃん、祖母は、いざというときにデータを復元不可能な形で処分できるよう、
     紙にだけ結果をまとめるようにと協力者に言っていたそうです」

305名無しさん:2023/10/09(月) 23:42:37 ID:UPXMXGIo0


('、`;川「だから。ノートの中身は、研究結果は、もう、私の頭の中にしかありません」


 ──しん、と部屋が静まり返る。
 ボスはただ瞬きをするのみで、何も言わない。

 ペニサスは再び口を開こうとして、きちんと声を出せなかったのか、すぐに閉じた。
 深呼吸。今度こそ言葉を落とす。

('、`;川「……どんなに痛めつけられても、私、喋りません。
     でも。私の……私とデミタス君の身の安全を保証してくれるなら、
     ちゃんと全てあなたに教えます」

 自身の顎を撫でさすり、ボスは「ううん」と唸った。

( ^ω^)「一丁前に、取引したいのかお?
       それには少し材料が足りない気がするけど」

('、`;川「……」

306名無しさん:2023/10/09(月) 23:45:40 ID:UPXMXGIo0

( ^ω^)「その資料の中身が、どれほどのものなのかが分からないと。
       どうしても僕が欲しいと思えるようなものでないと、意味がないお。
       たとえば『試したけど駄目でした』なんてものばかり並んでちゃ、僕には価値がない」

('、`;川「きっと、あなたは欲しがると思います」

( ^ω^)「どうして?」


('、`;川「──祖母の研究は、あと少しで完成するという段階でした」



 瞬間。
 ボスの瞳が子どものように輝いた。


.

307名無しさん:2023/10/09(月) 23:47:48 ID:UPXMXGIo0




 ──夫妻が無事に結婚し、子をもうけてから数年後。

 夫が心臓を患い、床に臥せった。
 当時の技術では効果的な治療を見込めず、あっという間に余命幾許かという状況へ陥る。

 とうに小学校を卒業しており、その情報を得るのが遅れてしまった少年は急いで恩師の元へ向かう。
 そこで「先生」の有様を目撃し、彼はまたも荒れ狂った。

 幸せにすると言ったのに。幸せになると言ったのに。
 嘘つき。あんな嘘つきに騙された「先生」も悪い。ああ、また裏切られた。

 夫妻への憎悪と、並列する「先生」への執着を再発させる彼に
 伊藤クールはもう一度ゲームを持ちかける。


 最愛の夫を自分のもののように言う彼に、彼女も内心怒り狂っていた。
 いや。いっそ怒りも抜きにして。
 彼女だって、窶れ衰えていく夫を見続けて、いつの間にか狂っていた。

 たかだか10代の少年に、薬学者は大人げない提案をする。

308名無しさん:2023/10/09(月) 23:48:54 ID:UPXMXGIo0



「『先生』を治せるほどの薬を先に作った方の勝ちだ。
 君は薬に詳しくないだろうから、誰かに作らせるのでもいい。
 とにかく、『先生』はこのゲームに勝った方のものだよ」──



 それが発端。


 彼と彼女の、およそ30年に及ぶ争いのオープニング。





309名無しさん:2023/10/09(月) 23:50:34 ID:UPXMXGIo0


 伊藤クールの研究はあと少しで完成というところだった。
 それを横取り出来るなど、彼にとっては願ってもないことのはずだ。

 デミタスとペニサスの予想は当たっていた。

 だが、予想しきれていないこともあった。


(*^ω^)「そうなのかお!!」

 ボスは椅子を倒さん勢いで立ち上がった。
 ほぼ同時にペニサスの右腕を引っ掴み、彼女の手のひらをべちんとテーブルにつけさせる。

 そして卓上に散らばっていた工具の中から迷いなくペンチを選び取ると、
 無造作にペニサスの小指の爪を掴んで、一気に引っこ抜いた。

 一瞬の静寂があった。

 ──悲鳴。
 先ほどまで血の気の失せていたペニサスの顔面が一気に赤く染まる。

310名無しさん:2023/10/09(月) 23:52:30 ID:UPXMXGIo0

(;、;*川「あっ、ああ!! あああ!!」

(;´・_ゝ・`)「ペニサス!!」

 二人の間に割り込もうとしたデミタスだったが、
 瞬時にペンチからナイフへと持ち替えたボスによって太ももを刺され、一気に足の力が抜けた。
 がくりと膝をつき、身を支えていられず倒れる。

(;´ _ゝ `)「うっ! ぐ……!」

(*^ω^)「デミタス、デミタス、ちょっと待ってなさい、
       この女から全部聞き出したら病院に連れてってやるから!」

 足元に倒れたデミタスを邪魔に思ったか、ボスは彼を蹴り転がすと、
 再度ペニサスの方へ取りかかろうとした。

311名無しさん:2023/10/09(月) 23:53:28 ID:UPXMXGIo0


 そのときだ。



【+  】ゞ゚)

(*^ω^)「、お、?」



 ずっと黙っていた男が、懐から取り出したナイフでボスの脇腹を刺した。

312名無しさん:2023/10/09(月) 23:55:12 ID:UPXMXGIo0

 肉厚な手がペニサスとペンチから離れる。
 自身の横っ腹から飛び出ている柄を見て、振り返った。

( ^ω^)「オサム?」

 膝をつき、呆然としながら彼のことをそう呼ぶボスを見て。

 ──いい加減、デミタスも理解した。

 ああ。本当に「そう」なのだ。
 これでは兄者も姉者も、ほとほと愛想が尽きよう。


【+  】ゞ゚)

 オサムと呼ばれた男はお面に手をかけた。

 ──その爪に塗られたオレンジ色は、もはや所々が剥げてしまって、不格好だ。

.

313名無しさん:2023/10/09(月) 23:56:16 ID:UPXMXGIo0

 お面を放り投げる。
 ずっと露出していた方──顔の左側をスーツの袖でごしごし擦り、
 さらに目からカラーコンタクトを外した。黒目が大きくなる。

 化粧というと、顔のパーツを大きく見せたり、より派手に飾るだけのものだと思っていた。
 その逆も出来るのだとは、つい先日まで知らなかった。


£°ゞ°)「……ボス、全然気付いてくれなかったね」


( ^ω^)「……ロミス……」


 ようやく気付いたボスが、彼を正しい名で呼ぶ。

 ようやく。
 本当に「ようやく」だ。

314名無しさん:2023/10/09(月) 23:57:02 ID:UPXMXGIo0


 ロミスとオサムの顔が元から結構似ていた、というのは──
 わざわざ説明していなくとも、一目で理解いただけていたことと思う。


 それでも。化粧でさらに近付けたといっても完全に瓜二つとまでは言えなかったし、
 そもそも声と体格が違う。
 オサムのスーツなど、ロミスにはやや寸足らずだ。

 デミタスだって2日前、彼が202号室から出てきた瞬間に気付いた。
 何故かロミスがオサムの服と面を着けている、と。

 まさかボスが気付かないわけがない。
 だから彼を「オサム」と呼んだとき、意味が分からなかった。

315名無しさん:2023/10/09(月) 23:58:34 ID:UPXMXGIo0

 現実を直視できない己の幻覚かとさえ考えたが、
 202号室にあったのはツナギを着せられたオサムの死体だったし、
 姉者もあのスーツを着た男がロミスだと認めた。
 オサムの顔に寄せるよう化粧を施して、やり方も教えてやったと。

 結局今日までそのまま傍に置いていたようだったので、
 そういう趣向として受け入れたのかもしれないと思っていたが──


 ──そうではなかったらしい。

316名無しさん:2023/10/10(火) 00:00:47 ID:LMjVEIVk0

 座り込むボスを見下ろしていたロミスの目から、ぽろりと雫が落ちた。

£;ゞ;)「……俺らの何を見てたんだよ。
      せめて、せめて顔ぐらいは区別つけろよっ、
      あんだけ褒めてた目も鼻も、所詮あんたにはおんなじ記号みたいなもんだったのかよ!」

£;ゞ;)「オサムの奴ずっと薄々気付いてたよ、だからもう疲れたんだってよ、
      代わってくれって言われたよ! 自分の考えすぎだったらいいって!
      ……その賭けも、あいつの負けだったけど……」

 彼も立っていられなくなったか、ボスの前にくずおれる。
 胸倉を掴み、さらに叫んだ。

£;ゞ;)「あんたのためになんべんもなんべんも手汚して嫌われ役やって、
      なのにあんたはあいつのことちゃんと見てやらなかった!」

£;ゞ;)「たかだか好きな記号の寄せ集めが何考えてるかなんて、どうでもいいもんな!
      俺らがどんなに嫌で辛い思いしてようがお構いなしだ!
      ……何でこんな奴のために俺らが苦しめられなきゃなんないんだよ!!」

 ──常に同じ服を着るようにと指示を出していたのも。
 分かりやすく「見分けがつく」ようにするためだったのだろう。

317名無しさん:2023/10/10(火) 00:02:39 ID:LMjVEIVk0

 怒鳴りつけるロミスをじっと見つめていたボスの手が、ぴくりと揺れる。

 視認した瞬間、その手が脇腹からナイフを抜き取り、ロミスの腹を刺した。

 続けてロミスの首を掴むと、力任せに彼を引き倒して馬乗りになる。
 とてもナイフを突き立てられた人間の動きとは思えなかった。

( ^ω^)「ロミス。二度も僕を裏切ったのかお」

£;ゞ;)「ぅ……、……っ!」

( ^ω^)「僕は忙しいんだお。あの女から話を聞かなくちゃいけない」

 太く厚い十指が首に食い込む。
 もがく体を重たい脂肪が押さえ込む。
 ロミスの顔色がひどいものになっていき、目が上向いていく。

318名無しさん:2023/10/10(火) 00:03:59 ID:LMjVEIVk0

 (;´・_ゝ・`)「やめろ!」

 立ち上がろうとしたが、太ももに激痛が走って、がくんと体が揺れるだけだった。

 一番近くにいたペニサスがボスを押しのけようとしたが、彼女の体躯では
 なりふり構わない男に敵わない。


 やがて。
 口から唾液を零しながら、ロミスが掠れた声を落とした。

£ ゞ )「……ヒール……」

 それは、彼がいつも泣きじゃくりながら呼ぶ名前だった。

319名無しさん:2023/10/10(火) 00:05:45 ID:LMjVEIVk0

 動かなくなったロミスから手を離したボスは、
 ペニサスの頭を鷲掴みにすると思いきりフローリングに叩きつけた。

(;、;*川「ひぐっ、う!」

( ^ω^)「さあ、続きだお、お嬢さん」

 しゃがみ込んだまま、手探りで卓上の工具を掴んでいる。
 ペニサスはぼろぼろと涙を零しながらも強く唇を噛んでいた。

 同じ泣き顔ではあるはずなのに、痛いのが嫌だ死にたくないと喚いていたときとは
 明確に違う意思がそこにあった。
 絶対に喋ってやるものかと睨み上げてくる目を見下ろし、ボスは眉間に皺を作る。

( ^ω^)「……あーあ……」

 ふいとペニサスから顔を逸らして立ち上がる。脇腹から血を流したまま。

 なぜ平気なのだ。
 その疑問は、こちらへ歩み寄ってきた彼の顔を見てすぐに解消された。

 重たそうな瞼の下でぎらぎらと瞳が輝いている。
 彼は今「それどころではない」状態にある。

 伊藤クールに勝てるチャンスを前にして、痛みに構っている暇などないのだ。

320名無しさん:2023/10/10(火) 00:07:45 ID:LMjVEIVk0

(;´・_ゝ・`)「……」

( ^ω^)「デミタス。
       ああいう手合いはちょっと厄介でね。手伝ってくれるかお?」

(;´・_ゝ・`)「……は……?」

 彼はデミタスの太ももに突き刺さっていたナイフを握ると、ゆっくり引き抜き始めた。
 ぞりぞりと刃が肉を削っていく感触に、デミタスの喉から濁った音が出る。

(;、;*川「で、でみたすくんっ」

( ^ω^)「代わりにお前が痛い思いをすれば、たぶん、彼女の口が軽くなってくれると思うんだお」

(;´ _ゝ `)「う、ぉえ、っは……!」

( ^ω^)「大丈夫。顔は傷付けないし、死なないようにするから。
       その分すごく辛いとは思うんだけど」

(;´ _ゝ `)「あ゛、ああっ、ぐ、」

 すっかり抜けた刃を、傷口にほど近い場所へ再び指していく。
 ゆっくり、痛みが染み込むように。

 いくら叔父やオサムに何度も殴られたり蹴られたりしたとはいえ、
 ここまでの痛みは未知のゾーンで。
 混乱したデミタスの体が胃液を逆流させた。目の前がちかちかする。

321名無しさん:2023/10/10(火) 00:08:43 ID:LMjVEIVk0

 カラーとモノクロを行き来する視界の中、ペニサスが口をわななかせている。

 言うな。言うな。
 構うな。
 逃げろ。


(;、;*川「……え……」


 加虐の手が止まる。

 ペニサスはひどく悔しそうな顔をして、涙と言葉を床へ落とした。

322名無しさん:2023/10/10(火) 00:09:35 ID:LMjVEIVk0


(;、;*川「えびの、から、ですっ」

( ^ω^)「……海老?」


 ──ああ、言ってしまった。

 しかし彼女を責める気にはなれなかった。
 デミタスだって、同じ立場ならそうしている。

323名無しさん:2023/10/10(火) 00:11:11 ID:LMjVEIVk0

(;、;*川「海老の殻や、蟹の甲羅には……あ、アスタキサンチンという、成分が、入ってます。
     か、加熱したときに赤くなるのは、このアスタキサンチンの作用で……
     ……これにはっ、他にも色々な作用がありますっ」

(;、;*川「……し、心血管しっか、んの、治療効果も期待されてる……みたいで……」

( ^ω^)「それで?
       そんなの別に、つい最近になって判明した事実ではないおね」

(;、;*川「とうきょ、湾は、ここ数年で、温度上昇でサンゴが増えたり熱帯魚が見付かったり、外来種が混じったり──
     環境に、い、色々な変化がありました」

324名無しさん:2023/10/10(火) 00:12:50 ID:LMjVEIVk0

(;、;*川「おそらくそのせいで、か、殻が変質した海老が出てきたんです。
     特定の──ファイナル市近辺で獲れる海老の殻にだけ認められる、あたらし、い、成分が発見されました……。
     見付けたのは祖母に協力してた研究者でっ、……その人も、もういません……」

(;、;*川「つ……通常のアスタキサンチンより、さらに強い効果が望めます……。
     ただ、効率よく抽出する方法がまだ見付かってなくて……」

(;、;*川それに甲殻類アレルギーを持つ患者に、と、投与する際のリスクもあります、
     そこを解決する前に、祖母も協力者も亡くなりました」


 言い終えて、ペニサスは嗚咽を漏らした。

325>>324修正:2023/10/10(火) 00:14:11 ID:LMjVEIVk0

(;、;*川「おそらくそのせいで、か、殻が変質した海老が出てきたんです。
     特定の──ファイナル市近辺で獲れる海老の殻にだけ認められる、あたらし、い、成分が発見されました……。
     見付けたのは祖母に協力してた研究者でっ、……その人も、もういません……」

(;、;*川「つ……通常のアスタキサンチンより、さらに強い効果が望めます……。
     ただ、効率よく抽出する方法がまだ見付かってなくて……」

(;、;*川「それに甲殻類アレルギーを持つ患者に、と、投与する際のリスクもあります、
     そこを解決する前に、祖母も協力者も亡くなりました」


 言い終えて、ペニサスは嗚咽を漏らした。

326名無しさん:2023/10/10(火) 00:15:17 ID:LMjVEIVk0


   ( ^ω^)『孫の方はそっちの才能はなかったみたいで、
          祖母と二人暮らしをして家事手伝いをやってたようだけど』


   ('、`*川『おばあちゃんがすごい人なのに私はさっぱりだから、馬鹿にされるっていうか』


 ──嘘だ。

 たしかに伊藤クールは研究者としては優れた人だったのだろう。
 それのすぐ傍にいたから、比較してペニサスが劣っているかのように見られていただけだ。

 ごちゃごちゃ乱雑に書かれたノートの内容を一晩で理解し、
 噛み砕いて自身の頭に覚え込ませられる人だ。
 集まった情報から、都度的確な推理が出来る人だ。

 彼女だって立派な人間なのだ。

 いいや、たとえそうでなかったとしても。
 こんなところで、こんな思いをして、むざむざ死んでいいわけがない。

327名無しさん:2023/10/10(火) 00:17:48 ID:LMjVEIVk0

( ^ω^)「うん……うん。ありがとう。よく頑張ってくれたお」

 ボスは深く頷きながらペニサスに向かっていく。
 途中にあるリュックを拾って、ちょうどいい刃物を探しだした。

( ^ω^)「本当はデミタスに殺してほしかったけど……
       しばらく動けないだろうし、今回は仕方ないおね。
       それはまた今度、別の仕事で」

 ペニサスは逃げようともせずに悲痛な声で泣いている。
 きっと自分自身を責めている。

(;´・_ゝ・`)「やめ、ろ……!」

 床に両手をつき、這いずるようにしながらデミタスは言う。
 足を引きずった瞬間、半端に埋め込まれた刃が揺れて、また力を奪う。

328名無しさん:2023/10/10(火) 00:18:38 ID:LMjVEIVk0

 ──何をしている。

 数年前とは違うはずだ。
 散々まともな物を食ってきた。ここ数日は特にだ。
 栄養なら充分にとっているだろう。

 考えろ。
 考えろ。

329名無しさん:2023/10/10(火) 00:19:18 ID:LMjVEIVk0



 そうして、思いついたことがあった。



 一度何かをひらめいたら、思慮をすっ飛ばして実行してしまう癖がある。


.

330名無しさん:2023/10/10(火) 00:20:25 ID:LMjVEIVk0

(;´・_ゝ・`)「おい!」

 渾身の力で、今の自分に出せる最大の声をあげた。
 ボスが振り返る。

 右手で足からナイフを引っこ抜いて、まとわりつく血をジャージで拭う。
 左手で自身の鼻先をつまんで、固定する。
 右手に持ったナイフの刃を、口の上、鼻柱の付け根に当てる。

 こちらに向けられた二人分の細い目が、かっと見開かれた。


 それを確認すると、デミタスはにやりと笑って。

 刃を、思いきり上へ滑らせた。

.

331名無しさん:2023/10/10(火) 00:21:39 ID:LMjVEIVk0

 一瞬ひやりとした。遅れて熱。さらに遅れて、激痛。
 左手で顔を押さえる。吹き出した血が指の間から垂れていく。

 ボスはリュックを放り投げるとこちらに突っ込んできて、
 四つん這いになりながらデミタスの鼻尖を拾い上げた。

(;゚ω゚)「あ──ああああっ、何を! 何てことを!」

(;゚ω゚)「戻せ! 戻せお!! これがなきゃ駄目だお!! デミタス!!
      低かったら駄目だお! ドクオ先生になるな! 僕を裏切るな!!
      ふざけるなっ、何でっ! 何で!!」

 掴みかからん勢いで喚く男。
 その首の位置を確認し、デミタスは右手のナイフを握り直して──

332名無しさん:2023/10/10(火) 00:22:34 ID:LMjVEIVk0

 ──彼の背後に一瞬、気を取られた。


 騒いでいた声が止み、暴れていた体が動きを止めた。


£°ゞ°)


 目を血走らせたロミスが、ボスの首を突き刺していた。
 先ほどまで自身の腹にあったナイフで。

333名無しさん:2023/10/10(火) 00:23:51 ID:LMjVEIVk0

 ロミスが手を捻る。ナイフが肉を抉る。
 ボスの喉から空気の固まりが零れ落ちるような音がした。

 何かを言ったのかもしれなかったが、それを理解する前に大きな体がフローリングに倒れ込んで、
 とうとうぴくりとも動かなくなった。

 しばらく誰も声を発せなかった。
 また怪我など忘れて起き上がってきやしないかと、
 怪物の死体を眺めるような心持ちでそれを見つめていた。

 瞬きもしなければ胸も上下しない。
 それをたっぷり確認して、ようやくデミタスは息を吐き出した。

334名無しさん:2023/10/10(火) 00:26:04 ID:LMjVEIVk0

 直後、ロミスもその場に倒れる。

 ──ロミス。
 呼びかけて、デミタスは彼へ駆け寄った。
 駆けるといっても、膝をにじることしか出来なかったが。

 腰が抜けたらしいペニサスも、同じように。

(;、;*川「ロミス君っ」

 ロミスの目は既に焦点が合っていない。
 ややあって、胃袋を満たしたのであろう血が口の端から垂れた。

£°ゞ°)「……海老フライ、俺も食べたかったな」

 呑気な一言だったが、声は弱々しい。

(;、;*川「ま、また作るから、やだ、死なないで」

 救急車、と言って立ち上がろうとしたペニサスの服をロミスの手が掴む。
 もう一方の手をぱたぱた揺らしている。デミタスを探しているのだろう。
 その手に触れてやると、ほうと彼の口から小さな息が落ちた。

335名無しさん:2023/10/10(火) 00:27:34 ID:LMjVEIVk0

£°ゞ°)「もし姉者ちゃんに会うことがあったらさ、20円もらっといて。
      デミタス君にあげる」

 そして。
 彼は眠たそうに瞼を下ろして。

 吐息と一緒に、囁くような声を零していく。


£-ゞ-)「天気予報でさ……明日、雨だって……」

£-ゞ-)「出かけるなら、傘忘れないでね……」


 うん。
 上手く発声できなくて、聞こえなかったかもしれない。
 しかしロミスが満足そうに微笑んだので、何とか届いたのだろう。

 その顔をよく見たいのに、自分の血と涙を垂らしてしまうのが嫌で、出来なかった。
 友達の顔を汚したくなかった。

336名無しさん:2023/10/10(火) 00:28:29 ID:LMjVEIVk0


 ごめん。ありがとう。
 いつか言えなかった──
 ずっと言えていなかった言葉を絞り出す。



 これも、届いていればいいのに。



.

337名無しさん:2023/10/10(火) 00:29:25 ID:LMjVEIVk0



◆時の用には鼻を削げ
 …緊急時には手段を選んでいられないということ


.

338名無しさん:2023/10/10(火) 00:30:09 ID:LMjVEIVk0






.

339名無しさん:2023/10/10(火) 00:32:57 ID:LMjVEIVk0



(´・_#・`)「……」

 デミタスは眉根を寄せながら、顔の中心に貼られたガーゼに触れた。
 ペニサスがその手を下ろさせる。

('、`*川「触っちゃ駄目よ」

 でも痛くないし、と言うと、今はね、と返された。


 ──病院の一室。
 ベッドの上、顔と太ももにひとまずの処置を受けたデミタスが横たわっている。
 その横、右手の小指に包帯を巻かれたペニサスが椅子に座っている。

 室内にはこの二人だけだ。

 窓の外の空は雲が増えてきてはいるが、明るく、穏やかだ。
 数時間前の騒ぎが嘘のように。

340名無しさん:2023/10/10(火) 00:34:21 ID:LMjVEIVk0

 「騒ぎ」、もとい惨劇の直後。

 異常を感じた運転手が家に飛び込んできて、
 ダイニングの様子を一目見ると、頭を押さえながらどこかへ連絡をとり始めた。 

 すぐにでも懐から拳銃を取り出してこちらに向けてくるのではと警戒していたが、
 そういった気配はなかった。
 むしろ、邪魔だから失せろという空気すら感じる。

 思ったよりもデミタスたちは彼らにとって木っ端でしかなく、
 思ったよりもボスはかけがえのない存在でなかったらしい。

341名無しさん:2023/10/10(火) 00:35:46 ID:LMjVEIVk0

 ペニサスに支えられながら家の外に出て、少し離れた場所で救急車を呼んでもらって。
 で、今に至る。

 ペニサスの家に帰れば、たぶん、あれが夢だったのではと思えるほど
 綺麗さっぱり、全ての痕跡が消え去っているのだろう。

 下手をすると、アパートの203号室も空っぽになっているかもしれない。
 何せボスがいない以上、こちらに住処を提供し続ける義理など奴らにはない。

 姉者と兄者はどうなるだろうか。
 デミタスがこれだから、彼らも消されることはないとは思うが。

 まあ、何がどうなったって、あの二人は受け入れるだろう。
 でなければボスを裏切ってデミタスたちを助けるような真似はしない。

 どこかで会えたらいい。20円の件もある。

342名無しさん:2023/10/10(火) 00:37:16 ID:LMjVEIVk0

(´・_#・`)「今後は平らな顔になるな」

('、`*川「あなた、ほとんど意識なくしてて聞いてなかったのかもしれないけど
     手術である程度は復元できるって話よ。
     まったく元通りかは置いておいて」

(´・_#・`)「匂いは感じられるんだろうか。今は何が何だか分からない」

('、`*川「嗅覚を感じるのは鼻のずっと奥の方だから、大丈夫だと思うけど」

(´・_#・`)「良かった。
        あんたの作る飯が味気なく感じるようになったらどうしようかと思った」

 であればおおよそ、今後の大きな──あくまで大きな──不安要素はないに等しい。

 ペニサスが拗ねたような、変な顔をして唇を尖らせているので
 「どうした」と訊いてみれば、「何でもない」とすげない返事。
 頬が少し赤い。

343名無しさん:2023/10/10(火) 00:38:47 ID:LMjVEIVk0

('、`*川「……はあ、引っ越さなきゃな。さすがにもうあそこに住んでらんない。
     ああでも、その前にしたらば製薬に研究の話をしに行かないと。
     やることいっぱいあるわ」

(´・_#・`)「頑張れ」

('、`*川「他人事。まあデミタス君は療養に専念しておいてちょうだい。
     ……ねえ、住みたい場所とかある?
     私、海が近いところがいいわ」

 今度は不安そうな、期待するような、窺うような顔。

(´・_#・`)「あんたがいるならどこでもいい」

 答えてから、一緒に住むことが前提なんだなと気付いたが、
 別にそれでいい──それが良かったから、つっこまないでおいた。

 ほっと息をついたペニサスが、椅子を引きずるようにしてベッドに近付く。

344名無しさん:2023/10/10(火) 00:40:10 ID:LMjVEIVk0

('ー`*川「私も、デミタス君がいればどこだって怖くないわ」

 そう言って、顔をくっつけてきた。

 鼻がぶつかりにくい今の内に──なんて笑うので、
 ならしばらく手術しなくてもいいかな、と少し思ってしまった。
 そのまま言葉にしたら怒られそうだけど。

345名無しさん:2023/10/10(火) 00:41:06 ID:LMjVEIVk0



 目も鼻も口も、どんな形をしていたってどうでもいい。
 自分も彼女も。


 ただ一緒に話して、一緒に何かを食べて、一緒に生きてくれたら、それでいい。


.

346名無しさん:2023/10/10(火) 00:42:16 ID:LMjVEIVk0





(´・_#・`)麻殻に目を付けたようです(今のところは)





■完

347名無しさん:2023/10/10(火) 00:42:54 ID:LMjVEIVk0
終わりです
ありがとうございました!

348名無しさん:2023/10/10(火) 01:02:04 ID:EQIwY4Zk0

本当に面白すぎた

349名無しさん:2023/10/10(火) 09:37:39 ID:SWZn3y0U0

AAの使い方が上手すぎた、ブーン系でこその作品
読み応えも素晴らしい

350名無しさん:2023/10/10(火) 12:17:26 ID:X.1KcHu20
乙だよおおおおおおおおお

351名無しさん:2023/10/10(火) 20:19:09 ID:N70BuiTc0
乙!1本の良作映画を見てる気分だった
最高!

352名無しさん:2023/10/10(火) 22:11:51 ID:j5H3RnjM0
すっごい話だった乙!!
面白かった

353名無しさん:2023/10/11(水) 05:45:03 ID:QfVmXMZY0
大変お恥ずかしい限りですが
>>345>>346の間に入る文章をすっ飛ばしてしまってました
無いなら無いでいいかとも思ったんですが、やっぱり落ち着かないので貼っておきます

354名無しさん:2023/10/11(水) 05:47:03 ID:QfVmXMZY0

 デミタスの腹が、ぐうと鳴る。
 ペニサスが目を瞬かせてくすくす笑う。

 あれこれ教えてくれたお節介な友達はもう隣にいない。

 だから腹を満たして頭に栄養を回したら、
 彼女を前にすると胃袋ではないどこかが無性に物欲しがるようなこの気持ちを
 どう言葉にして伝えたものか、自力で考えるとしよう。

.

355名無しさん:2023/10/11(水) 05:48:08 ID:QfVmXMZY0
今度こそ終わりです
ありがとうございました!

356名無しさん:2023/10/11(水) 10:57:54 ID:MtXKIpjo0
めちゃくちゃ大事な1レスでわろた
改めて乙乙乙

357名無しさん:2023/10/12(木) 00:33:46 ID:xypyCcK.0
乙!!
めちゃくちゃ面白かった!!!

358名無しさん:2023/10/12(木) 19:10:22 ID:m/71D8UA0
>>351
本当にこれ。
このまま映画に出来そうなくならい最高に面白かった!

乙です!

359名無しさん:2023/10/18(水) 13:26:22 ID:3ZSYNaqQ0
乙乙
スリル満点でドキドキしながら読みました。

360名無しさん:2023/10/19(木) 21:32:18 ID:f10kq96I0



■おまけ



(´・_#・`)「そういえば」

('、`*川「なあに?」

 病室。
 ベッドの上で窓を見つめていたデミタスがぽつりと呟くと、
 椅子の上でコーヒーゼリーの蓋をめくっていたペニサスが首を傾げた。病院の売店で買ってきたものだ。

361名無しさん:2023/10/19(木) 21:34:54 ID:f10kq96I0

(´・_#・`)「兄者が寄越したリストの三度目……何であのラインナップだったんだ」

 たしか海老の他はイクラ、鮭、鯛──
 伊藤クールが「鍵」、もとい海老に辿り着いたのはジョルジュたちからの連想だったのではないか。
 だというなら、イクラだの鯛だのは関係なかったはずである。

('、`*川「そっか、デミタス君は研究資料のノートは見てなかったものね」

 デミタスが読んだのは、ハローや伊藤クール個人についての記述が多かった雑記帳だけ。
 どうやら彼の疑問への回答は研究記録の方にあったらしい。

 コーヒーゼリーを自分の口に運びながらペニサスは語る。

('、`*川「まずね、去年の夏の時点ではおばあちゃんも行き詰まってたみたいで。
     食品由来の成分で役立つものはないかって、ほとんど自棄気味に
     市場で購入したものを各所に送って調べさせたらしいの」

(´・_#・`)「それがリストにあった『一度目』と『二度目』だな」

('、`*川「ええ。一度目にもハローさんに海老を調べてもらってたんだけど、
     特に目立った結果は得られなかったんですって。
     そのときは他所の地域で獲れた普通の海老だったから……」

362名無しさん:2023/10/19(木) 21:35:33 ID:f10kq96I0

('、`*川「そして『二度目』では前回と違う食品を対象にしたから、海老は含まれてなかった。
     で、こっちも特に結果は出ず……。
     だから、食品からのアプローチは一旦やめようとしたらしいんだけど」

 ──夫のことを考える内にペニサスの恋人たちにも思考が及び、
 あれこれ思い出していたら、連想ゲームのようにアスタキサンチンに辿り着いたのだそうだ。

 ファイナルの言葉遊びで月、月に照応する食べ物、その中でも海産物──
 甲殻類。それに含まれるアスタキサンチン。これには心血管疾患への効果を期待する声がある。
 と、こんな具合に。

('、`*川「そこに繋がったのも何かの縁かもってことで、
     今度は『アスタキサンチンを多く含む食べ物』に絞って調べ直そうとしたらしいわ」

(´・_#・`)「それが海老とイクラと鮭と鯛?」

('、`*川「そういうこと。イクラとかの赤色もアスタキサンチン由来なのよ」

 真っ赤な粒々が脳裏を過ぎり、デミタスは顔をしかめた。

363名無しさん:2023/10/19(木) 21:37:22 ID:f10kq96I0

 ──5日目の夜。
 何とか泣きやんだペニサスの手を引きながらダイニングへ戻り、
 まだ鼻をぐすぐすいわせる彼女の向かいで、漬け丼の残りをかき込んだのを思い出してしまう。

 自分が去った後のキッチンにて、泣き腫らした目もそのままに
 乾いた丼の中身を処理する彼女の姿を想像してしまうと、そうせずにはいられなかった。
 無理しないでとは言われたが、様々なことで頭がいっぱいで味わう余裕もなく、さほど苦ではなかった。
 それはそれで良とも言えないだろうけど。

 閑話休題。

('、`*川「どうしてその4つだったかっていうと、その日、市場で一般人でも購入できた商品の中で
     条件に合うのがそれだけだったからみたい」

(´・_#・`)「なるほど」

('、`*川「そして、このとき買った海老が、たまたまファイナル市近辺で獲れたものだった」

 それが、高岡海洋研究所の所長いわく「二回目の依頼」。
 そこでハローが殻に含まれる特殊な成分を見付け出し、
 伊藤クールに目をつけられてしまった──というわけだ。

364名無しさん:2023/10/19(木) 21:38:29 ID:f10kq96I0

(´・_#・`)「じゃあ祖母さんは、最初からストレートに辿り着いてたわけじゃなかったんだな」

('、`*川「そうね。むしろ海老……というか甲殻類は連想ゲームの通過点だった。
     それでも最終的にはそこに帰結したんだから、
     まあ長岡君たちのおかげとは言えるのかもしれないわね」

 その後、ファイナル市で獲れた海老のみに含まれる成分が有用であることまで判明して。
 ひどく高揚した彼女は、ジョルジュとペニサスに口を滑らせたのだ。
 「君たちが『鍵』に繋がった」「『鍵』はこの街にあった」──と。

 納得し、デミタスは無言で何度か頷いた。

365名無しさん:2023/10/19(木) 21:40:01 ID:f10kq96I0

 話し終えたペニサスがゼリーの容器を親指でさする。
 実は話している合間にも食べ進めていたので、もうすっかり空っぽだ。

('、`*川「コーヒーゼリー、デミタス君も食べたかった?」

(´・_#・`)「何で」

('、`*川「じっと見てたから」

(´・_#・`)「パッケージを見てただけだ」

 季節に合わせてか、蓋や容器にハロウィンらしいイラストが施されている。
 オレンジ色と紫色。

(´・_#・`)「……まあコーヒーは好きだけど。
        人が食べてるのを欲しがって凝視するほどさもしくはない」

('、`*川「あ、やっぱりコーヒー好きなんだ。カフェやうちでよく飲んでたものね」

 デミタス君にも「好物」って概念があるのね、と失礼なことを言う。
 反論しようとしたが別に言い返す中身も思いつかなかった。
 ただ他のことが浮かんだので、そっちのために口を開く。

(´・_#・`)「僕が住んでる……住んでたアパートに、デルタっていう奴がいたんだが」

 要は思い出話だった。

366名無しさん:2023/10/19(木) 21:43:05 ID:f10kq96I0

(´・_#・`)「住み始めてすぐの頃の僕は、人から渡されたものを何でも食べてたもんだから
        面白がったそいつに、変なの……というかあまり良くないのばかり食わされてたことがあって」

('、`*川「まあ……」

 それでも食えなくはないものが出される分、叔父と暮らしていた頃よりはマシだったので、素直に食べてしまっていた。
 ペットショップのロゴが入った袋を持ってくるときは比較的「当たり」の方。

(´・_#・`)「見かねたロミスが、行きつけの喫茶店に連れてって
        コーヒーを奢ってくれたんだ。それが美味かった」

 見かねた──のだろう。たしかに。
 自分で口にしておいて、今さら得心する。
 当時はただ暇を持て余した隣人に付き合わされただけだと思っていた。

 ともかく、それまでのデミタスは支給された金で何を買えばいいのか、
 というか何時頃に何をどれだけ食えばいいのかもよく分からないような有様で、
 近所のスーパーで買った菓子パンひとつで一日の食事を終わらせることも間々あった。

 以降、とりあえずロミスが勧めてくるものを適当にとっていたら、
 いつの間にだか食事の時間も内容も自分で考えて選べるようになり、
 嫌だと感じるものの区別もついて断れるようになっていったのである。

 腹を空かせているからデルタに遊びの余地を与えてしまうのだと
 ロミスは分かっていたのだろう。
 そもそもアパートの住人で気付いていなかったのは、デミタスくらいだったかもしれないが。

 ともあれ、それ以来コーヒーは「好んで選ぶもの」になった。

367名無しさん:2023/10/19(木) 21:43:59 ID:f10kq96I0

('、`*川「ロミス君って、デミタス君のお兄ちゃんみたいね」

(´・_#・`)「あいつの方が年下だぞ」

('、`*川「そういうことではなくてね」

 間をあけて、たしかにそうかもなと思い直す。
 彼に言ってやりたいことがどんどん増えていく。どうしてこんなに遅い。



 そのまましばらく、二人とも黙っていた。

 別に、しめやかな空気ではない。
 それでも何か動きが欲しかったのか、
 ペニサスがサイドテーブルの上、売店のビニール袋を見た。

('、`*川「ごめんなさい。
     今のデミタス君に何を食べさせていいのかよく分からなくて、あなたの分を買ってなかったの……」

(´・_#・`)「いいって」

('、`*川「あの。……でも」

 もじもじとプラスチックのカップを両手で揉み込んでいる。
 かと思えば右手を離し、見た目どおりに柔らかかった唇を指差した。

368名無しさん:2023/10/19(木) 21:45:11 ID:f10kq96I0

('、`*川「まだコーヒーの味はするかも」

 ──それが、とびきり馬鹿らしくてしょうもない誘い文句であることは
 デミタスにも分かってしまったし、何言ってんだこいつはと呆れもしたが。

 乗ってやっても良かったので、顔を近付けようとした。

369名無しさん:2023/10/19(木) 21:45:46 ID:f10kq96I0



 ら、茹でた海老みたいに真っ赤になったペニサスに
 「冗談」「買ってあるから」とビニール袋でガードされたのであった。





■おまけ 終わり

370名無しさん:2023/10/19(木) 21:47:31 ID:f10kq96I0
話のテンポ等の都合で説明を省いてしまった部分の補足と、ついでのコーヒー話でした

本当にありがとうございました

371名無しさん:2023/10/19(木) 21:54:42 ID:8IsX5Vu20
おつおつお

372名無しさん:2023/10/19(木) 22:12:29 ID:tXERiAJs0
乙!おまけ嬉しい!!

373名無しさん:2023/10/22(日) 18:14:42 ID:0hhBl7UA0
ブーン系でしかできないものを見た
おまけもうれしい、乙

374名無しさん:2023/10/27(金) 07:50:14 ID:ZWWCCoZs0
ひと展開ごとにドキドキさせられた、発想の良さとまとまり具合がすごい
今更ながら乙!!!!

375名無しさん:2023/10/31(火) 00:05:34 ID:Lf947LcQ0
とってもよかったー!!ありがとう!

376名無しさん:2023/11/01(水) 00:48:20 ID:cWxtbI2Q0
教養皆無だから、なんかスパイスみたいなのに目鼻を付けて憤死する話だと思ったのに全く違った
面白かった乙です

377名無しさん:2023/12/12(火) 13:05:51 ID:Bqw6bTq60
この作品を知れて読めてこれからも読み返せるの贅沢すぎる。


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