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(´・_ゝ・`)麻殻に目鼻を付けたようです

178名無しさん:2023/10/05(木) 20:52:08 ID:h4Qb44y20

 ──そのようにしてゲームに負けた後。
 彼はクールに言われるままペニサスをこっぴどく突き放して、
 周囲の人間に対して彼女の悪評を振りまいたそうだ。

 そんな馬鹿げた指示にも従ってしまうほど、
 理知と狂気が入り混じったクールの存在が恐ろしかった。


( ゚д゚ )「酷いことをしたのは分かってるよ。
     申し訳ないとも思ってる。何度も謝りたかった」

( ゚д゚ )「でも、あの日のことが怖くて……君に近寄りたくなかった」

 カップの残りを呷って、彼は腰を上げた。

( ゚д゚ )「俺、コーヒーって好きじゃないんだ」

('、`*川「うん……知ってる。だから今日、ちょっと驚いた」

( ゚д゚ )「……あの日からしばらく、人が淹れた紅茶を飲めなくなった。
     最近やっと平気になってきたところなんだ。
     でも今日、君に会うことになったら──また飲めなかった……」

( ゚д゚ )「本当にごめん。でも、もう俺に関わらないでほしい」

 ペニサスは俯いて、何も答えない。
 代金は全部払っておくからと告げ、ミルナはカウンターへと向かっていった。

179名無しさん:2023/10/05(木) 20:53:10 ID:h4Qb44y20

£°ゞ°)「ペニサスちゃんは何も悪くないのにねえ」

 ロミスが呟く。
 それにも、彼女は何も言わない。

 ──直後、ミルナが去ったばかりの椅子に、どっかと座る男がいた。

  _
( ゚∀゚)「よう」


 長岡ジョルジュ。

180名無しさん:2023/10/05(木) 20:55:13 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「げ」
  _
( ゚∀゚)「『げ』って何だよ」

(´・_ゝ・`)「つい出た」

 初対面であるロミスにジョルジュを紹介してやると、ロミスまで「げーっ」と鳴いた。

£;°ゞ°)「え、兄者君が言ってた奴? 何でいんの怖っ! キモ! ストーカー?」
 _
(;゚∀゚)「ミルナに頼まれたんだよ! 別の席から見張っててくれって!」

(´・_ゝ・`)「見張るって、何を」
  _
( ゚∀゚)「……ペニサスが、ミルナの飲み物に何か入れたりしないかって」

 げえーっ。
 ロミスの声は先ほどより長く、嗄れていた。

£°ゞ°)「最悪」
  _
( ゚∀゚)「酷いとは思うけどよ、まあ気持ちは分かるぜ。
     あんなことがあったんだから」

181名無しさん:2023/10/05(木) 20:57:01 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「そういや、あんたは?
        あんたも伊藤クールに命令されてペニサスと別れたのか」
  _
( ゚∀゚)「まあお察しのとおり?」

 彼の場合もミルナと同じ流れだったという。
 金を出されて、それを断ったらゲームを提案されて。
 さらに断ろうとしたら、飲み物に毒を入れたと言われて。
  _
( ゚∀゚)「つっても、俺は毒の話は信じちゃいなかったけどな。
     そんな作り話までして必死なんだな、じゃあ相手してやるか、
     俺の得意分野ならイケるしと思って」

£°ゞ°)「それでボロ負けしたんだ」
 _
(;゚∀゚)「何で『ボロ』が付くんだよ! ……まあ、ゲームはすぐ終わったけど」

(´・_ゝ・`)「惨敗したんだな」
 _
(;゚∀゚)「うっせえな!」

182名無しさん:2023/10/05(木) 21:00:31 ID:h4Qb44y20

£°ゞ°)「ていうかミルナ君帰ったんだし、ジョルジュ君ももう用事ないでしょ。帰ったら?」
  _
( ゚∀゚)「ンだよ、伊藤さんのことで思い出したことがあったから伝えに来てやったのによ」

(´・_ゝ・`)「それを言えよすぐに」

 正直、彼とこれ以上話したくはなかったが。
 そんなことを言われてしまえば、聞かないわけにもいかない。
  _
( ゚∀゚)「ったく、失礼な奴ら。
     ……ありゃ去年の秋頃だったかな。
     うん、ハロウィンの特設コーナーの準備してたから秋だ」
  _
( ゚∀゚)「伊藤さんが図書館に来てよ、俺に声かけてきたんだ。
     何かやけに楽しそうっつうか、テンション高いっつうか……。そんで──」

183名無しさん:2023/10/05(木) 21:01:30 ID:h4Qb44y20

  _
( ゚∀゚)「『君たちのことを思い出していたら、鍵に繋がったんだ。面白いね。
     ペニサスと出会ってくれてありがとう』……だったかな。
     細かくは覚えてねえけど、まあ大体こんな感じのことを」


£°ゞ°)「……どういうこと?」
  _
( ゚∀゚)「さあ。俺てっきり、よりを戻すお許しが出たのかと思ってよ。
     孫娘さんを僕にくださいって言ったら、それは駄目って断られたけど。
     んであの人、本読むでもなくそのまま帰ってったんだ」

(´・_ゝ・`)「何でずっと気持ち悪いんだお前。すごいな」

 女の引きずり度合いとしてはロミスも大概ではあるが。

184名無しさん:2023/10/05(木) 21:03:21 ID:h4Qb44y20

 ──そこで咳払い。
 突然きりっと表情を引き締めたジョルジュは、ペニサス、と真剣な声で名前を呼んだ。
  _
( ゚∀゚)「分かってもらえたと思うけど。
     俺、お前と別れたくて別れたんじゃないんだよ」

('、`*川「……」
  _
( ゚∀゚)「むりやり引き裂かれたようなもんだ。
     でも、その原因になった伊藤さんはもういない」

('、`*川「……」
  _
( ゚∀゚)「つまり今の俺らの間には何の壁も──」

 こいつぶん殴ってやろうかなとデミタスが考えていると、
 ようやくペニサスが顔を上げた。それも勢いよく。

('、`*川「長岡君」
 _
(;*゚∀゚)「な、何、やっと俺の言葉届いた?」

('、`*川「おばあちゃんが言ったの、間違いない?
     私と出会ってくれてありがとうって」
  _
( ゚∀゚)「あ、うん。はい」

185名無しさん:2023/10/05(木) 21:04:31 ID:h4Qb44y20

('、`*川「『君たち』って、じゃあ、長岡君やミルナ君たちのことかしら」

(´・_ゝ・`)「まあ、そう考えるのが自然じゃないか。今の話だと」

('、`*川「……エジプト語……」

 ミルナとのやり取りで茫然自失状態にあったのかと思っていたが、
 どうやら祖母の挙動について考えていたらしい。

('、`*川「長岡君、エジプトの神話とかもよく調べてたわよね」
  _
( ゚∀゚)「あ? ああ、まあ。その辺が好きな教授がいたから」

('、`*川「だからおばあちゃん、エジプト語なんて知ってたんだわ。
     長岡君と勝負するために勉強してたから……」


 もしかしたら、そうして学んでいったことが──

 「鍵」に繋がった?

186名無しさん:2023/10/05(木) 21:08:19 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「長岡と別れる少し前に、祖母さんが何か言ってたんだよな?」

('、`*川「ええ。ファイナル市のこと、『真っ昼間みたいな名前の街』って」
  _
( ゚∀゚)「昼間ァ? むしろ夜だろ、ファイナルなんて言われたら。
     ……たとえばユダヤ暦じゃ日没が一日の終わりに当たるけど、それも真昼とは言えねえしなあ」

£°ゞ°)「何にせよ昼じゃファイナルの逆っぽいよねえ」

('、`*川「うん、そう、逆っぽいの。
     逆……ファイナルの逆って何?」

(´・_ゝ・`)「……ファースト? スタート。オープニング」

£°ゞ°)「ルナイアフ?」

 奇っ怪な響きに、ペニサスとデミタスは同時に首を傾げた。

187名無しさん:2023/10/05(木) 21:10:05 ID:h4Qb44y20

('、`*川「なあに、それ」

£°ゞ°)「いや、ファイナルを反対から読んだだけ。
      ファ、イ、ナ、ル。ル、ナ、イ、ア、フ。ね?」

 しょうもないことを言うなとデミタスがつっこむ。

 直後、ジョルジュが吹き出した。
 くつくつ笑って何度も頷いている。
  _
( ゚∀゚)「ああ。はは、なるほどな? 上手いこと言うわ」

('、`;川「どうしたの長岡君、何か分かった?」

 必死な表情でペニサスが身を乗り出す。
 その様にどこかしらが満たされたのか、彼はにやけて、得意気に答えた。

188名無しさん:2023/10/05(木) 21:13:00 ID:h4Qb44y20

  _
( ゚∀゚)「『ルナ』も『イアフ』も、月にまつわる神様の名前だよ。
     ルナはローマ神話、イアフはエジプト神話に登場する。
     んでどっちも、その名前自体がそれぞれラテン語とエジプト語で月を意味する言葉なんだ」

.

189名無しさん:2023/10/05(木) 21:14:30 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「……月……」

£°ゞ°)「といえば夜」

('、`;川「……その逆だから、真っ昼間」

 ソファに座る3人は顔を見合わせる。
 そして、一斉にジョルジュへ視線を戻した。
 ペニサスなどは彼の手を握りしめさえしたが、それを咎める気にはならなかった。

('、`;川「あ、ありがとうっ、ありがとう長岡君!」

(´・_ゝ・`)「初めて役に立ったな」

£°ゞ°)「意外と賢いんだねジョルジュ君」
  _
( ゚∀゚)「3分の2から馬鹿にされてる気がする」

('、`;川「これでも本当に頭いいのよ長岡君はっ」
  _
( ゚∀゚)「3分の3になった」

 するりと離れていった手を名残惜しげに見つめ、ジョルジュは頬杖をついた。
 拗ねたように眉根を寄せる。

190名無しさん:2023/10/05(木) 21:16:07 ID:h4Qb44y20
  _
( ゚∀゚)「……へーへー。勉強だけは出来ましたよ、俺は。
     だからペニサスも付き合ってくれたんだもんな」

('、`*川「え?」
  _
( ゚∀゚)「お前、目が丸くて頭いい男に弱いんだよ。
     自分の祖母さんみたいだからさ。
     読書サークルなんかに入ってたのも似たような理由だろ」

 ──ペニサスの周りを漂っていた浮かれた空気が、
 まるで上から押さえつけられたかのように、すとんと沈んだ。

 溜め息をつきながらジョルジュは椅子を引く。
  _
( ゚∀゚)「何か俺いいことしたみたいだし、今日はヒーローのまま帰るわ。
     また連絡くれよ」

.

191名無しさん:2023/10/05(木) 21:17:19 ID:h4Qb44y20

 窓際のテーブルに3人が残される。
 ペニサスは何か考え込むように、あるいは何も思い浮かんでいないかのように
 瞳を揺らしていた。



 ──どうして今だったのかは分からないが。

 唐突にデミタスの頭の中に、粉末入りの小瓶が浮かび上がった。





192名無しさん:2023/10/05(木) 21:18:43 ID:h4Qb44y20


 あの後、ふわふわした空気のままデミタスたちも店を出た。
 ふわふわ。着地点を見失ったような、居心地の悪い浮遊感。

 一人で考えたいというペニサスを家まで送り、二人でアパートに帰ってくる。

£°ゞ°)「あ」

 アパートの前に停まる黒い車に、オサムが声をあげた。
 ──ボスが移動する際に使用する車だ。

 ちょうどそのタイミングで姉者の部屋、101号室のドアが開いた。
 そこから出てきたのは姉者でも彼女の弟でもなく、

( ^ω^)「お。やあデミタス、ロミス」

 ボスとオサムの二人。
 ボスはいつもどおりの様相で。一方、オサムは少し乱れた服を整えながら。

193名無しさん:2023/10/05(木) 21:20:16 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「……どうも」

£°ゞ°)「こんばんは、ボス」

( ^ω^)「うん。今日は進展があったかお?」

(´・_ゝ・`)「はい、たぶん」

 そう答えてから、はっとした。
 ──ああ、進んでしまったのだ。

( ^ω^)「おっおっ、それはそれは。おいでロミス、報告頼むお」

£°ゞ°)「分かりました」

【+  】ゞ゚)

 わざとデミタスに肩をぶつけるようにしながらオサムがすれ違う。
 そして、3人を乗せた車はゆるやかに発進した。
 デミタスはその場に立ち尽くして、車が角を曲がるまで見送って。

 振り返り、101号室の前に立った。
 部屋を出てきたときのオサムの仕草が無性に気になったのだ。

194名無しさん:2023/10/05(木) 21:21:44 ID:h4Qb44y20

 インターホンに指を伸ばしかけたところ、ドアがうっすら開いていることに気付く。
 ろくに考えもせずにドアノブを掴み、そのまま開いた。


 ──生々しい匂い。

 部屋の奥に置かれたベッド。
 皺くちゃのシーツの上で、姉者が布団に包まっている。
 その隙間から丸い肩が素肌のまま覗いていた。


∬´_ゝ`)「不躾すぎない?」

(´・_ゝ・`)「……いや。……悪い」

 それはデミタスにはひどく衝撃的な光景で。
 言葉を失った。

 何となく、このアパートにそういうものは無縁だと思っていた。

195名無しさん:2023/10/05(木) 21:22:38 ID:h4Qb44y20

 聞こえよがしに溜め息をつく彼女は、億劫だろうに、寝転がったまま
 デミタスのために解説を寄越してくれる。

∬´_ゝ`)「たまにボスが見たがるの。
      『お気に入り』たちがべちゃべちゃやってるとこ」

(´・_ゝ・`)「……それで……オサムと?」

∬´_ゝ`)「あいつ、女抱けるのよ。意外よね。
      ボスのまあるいお尻にしか興味ないのかと思ってた」

 品のない冗談を垂れ流してけらけら笑う声は、すぐに止んだ。
 枕に顔を埋める。

∬´_ゝ`)「あんた、あの女、いつになったら殺すの」

(´・_ゝ・`)「は……」

196名無しさん:2023/10/05(木) 21:24:12 ID:h4Qb44y20

∬´_ゝ`)「あいつ嫌い。周りに甘えて暮らして、一時でも優しい人に愛してもらえたくせに
      まだ生き足りないってわがまま言って、泣いたら許してもらえるの」

 枕に吸われた声は、くぐもって所々聞き取りづらい。
 デミタスはずっと言葉を見付けられないでいる。

∬´_ゝ`)「……嘘。顔褒めてくれたから嫌いじゃない」

 鼻をすすって、姉者は頭を上げた。
 目元こそ赤いが涙は出ていなかった。

∬´_ゝ`)「やだな。今日はオサムが相手だからマシな方だったのに、最低な気分」

 他にも相手をさせられることがあるのか、と思ったが、
 彼女の視線が102号室の方角へ向いたことに気付き、
 馬鹿正直に訊ねるのを寸でのところで堪えた。

 布団を被ったまま体を起こして、姉者は床に手を伸ばした。
 落ちていた化粧品を拾い上げる。

∬´_ゝ`)「ロミスは?」

(´・_ゝ・`)「……ボスのところに行った」

197名無しさん:2023/10/05(木) 21:26:15 ID:h4Qb44y20

∬´_ゝ`)「帰ってきたら、あいつ連れてまた来てよ。
      とっておきのメイク道具であいつの顔に落書きしてやるから」

 暗に出ていけと言われている──ことにデミタスは気付けなかったが、
 ここに留まる理由もないので、無言でドアを閉めた。

 ひどく悲しいような、でもその当事者は自分でないような、そんな気持ちが体中を満たしていた。



 そうして一時間後。発言を真に受けたデミタスがロミスを連れて101号室を訪れると、
 事の名残をすっかり洗い流した彼女はまたけらけら笑って、
 宣言どおりにロミスと、ついでにデミタスの顔に落書きを施して遊ぶのだった。





198名無しさん:2023/10/05(木) 21:28:10 ID:h4Qb44y20



   『じゃあ頑張らなきゃ』

   『俺ね、デミタス君にも同じ気持ちになってほしかったけど、
    なってほしくもないんだよ』

   『あの女、いつになったら殺すの』



 ずっと。
 ずっと、色んな人の顔と言葉が頭に浮かんで、代わりに何かが腹に溜まっていく。


.

199名無しさん:2023/10/05(木) 21:30:01 ID:h4Qb44y20

 翌日は特にどこへ行くとも決めていなかったので、昼、単身でペニサスの家へ赴いた。

('、`*川「いらっしゃいデミタス君」

(´・_ゝ・`)

('、`*川「昨日から色々考えたんだけどね、結局
     長岡君が言ってたこと以上のとこまで進まなくて……」

(´・_ゝ・`)

('、`*川「でも気になるものはあったの。だからそれを、」

 玄関先。
 待ちくたびれたとばかりに、デミタスを招き入れることも忘れて
 次々に言葉を紡ぐペニサス。

 その口が止まった。
 デミタスが抱きしめたからだ。

200名無しさん:2023/10/05(木) 21:30:50 ID:h4Qb44y20

 ペニサスは拒むでもなくそのままの体勢でいてくれて、
 やがて、そろそろとデミタスの背に腕を回してきた。

('、`*川「どうしたのデミタス君。あの、玄関じゃ恥ずかしいから……」

(´・_ゝ・`)「殺さなくていいなんて嘘だ」

 華奢な腕が、急にプラスチックみたいに固まったように感じた。

201名無しさん:2023/10/05(木) 21:32:46 ID:h4Qb44y20

('、`*川「え?」

(´・_ゝ・`)「『鍵』を見付けたら殺せとボスに言われてた。それだけは絶対だって」

 何秒か。それとも何分か。
 まさか何時間も経ったわけはないだろうが、だとしてもおかしくないと思える程度には、長い沈黙があった。

('、`*川「どうして嘘ついたの」

(´・_ゝ・`)「……」

('、`*川「そう言わなきゃ、私がやる気を出さないから?
     助けてやるって餌ぶら下げて、私を頑張らせるため?」

(´・_ゝ・`)「違う」

('、`*川「じゃあ何で。
     ……自分から一生懸命に死にに行こうとする私のこと、笑うため?」

(´・_ゝ・`)「違う……」

 手を下ろしたペニサスは、今度はデミタスの胸を押し返そうとした。
 離すまいとデミタスの腕に力がこもる。

202名無しさん:2023/10/05(木) 21:34:21 ID:h4Qb44y20

('、`*川「なんで……」

('、`*川「何で、今、言ったの……」

 声は困惑に震えている。
 これからもっと困らせてしまうことは分かっていたが、
 それでもデミタスは言わなければならなかった。

(´・_ゝ・`)「あんたの祖母さんと同じになりたくなかったから」


 ──伊藤クールが何を思って孫の恋人たちを遠ざけたのか、その意図はまるで想像もつかないが。
 ただ、たとえ別れようとも、ペニサスはまた新しい恋人を見付けていた。

 そう。
 追い払ったって、いずれ新手はやって来る。


 それは殺し屋だって同じだ。

.

203名無しさん:2023/10/05(木) 21:36:18 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「祖母さんからもらった毒は、あれ一本だけだったか」

('、`*川「どうしてそんなこと訊くの」

(´・_ゝ・`)「一本だけか」

 答えを知っているくせに質問を重ねた。
 先日3人で家の中を漁って回ったとき、あれ以上の毒瓶は出なかった。

('、`*川「……一つだけだったけど。それが何?」

(´・_ゝ・`)「じゃあ、やっぱりおかしい」


 刺客を返り討ちにするための毒だというのなら、
 ──何故、一本だけだったのだ。


 もしもデミタスがまんまと毒殺されたとしても、
 その後すぐに別の人間が差し向けられたはず。
 それはデミタスも1日目に似たようなことを言って釘を刺している。

 クールが評判どおりの才人ならば、それくらいの予測は立てられるだろう。
 なのに、あの毒の致死量は小瓶一本分で、ペニサスが持たされたのも一本だけ。
 一人に使ったらもう後はない。

 デミタスがそう語るごとに、ペニサスの手からは力が抜けていった。

204名無しさん:2023/10/05(木) 21:38:03 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「祖母さんは、誰に毒を使えって言った?」

('、`*川「そんなの……」

(´・_ゝ・`)「あんたを殺しに来た奴に使えと言ったか? はっきりと?」

('、`*川「誰に、って、はっきり言ったわけじゃないけど。
     『お前を殺しに来る奴がきっといるから、使いなさい』とは」

 答える語尾は段々と小さくなっていった。
 彼女も同じ結論に至ったらしい。


(´・_ゝ・`)「それは、あんたに飲めと言ってたんじゃないのか」


 あれはたった一人のための毒なのだ。

 だから匂いや味の有無も説明しなかった。
 だって、誰かにこっそり飲ませることなど想定していない。

 ──殺し屋が来たらきっと怖い思いをするから、と脅して怯えさせて。
 それが嫌なら飲みなさいと。

 自分が死んだら、すぐに後を追えと。
 そういう意味の。

205名無しさん:2023/10/05(木) 21:40:04 ID:h4Qb44y20

 再び胸を押された。
 先ほどよりずっと弱々しく、もはや添えられた程度でしかなかったが、
 おとなしくデミタスは身を引く。

 彼女の顔は濡れていた。

(;、;*川「『死ね』って? おばあちゃんが私に?」

(´・_ゝ・`)「きっとそういうことだった……んだと思う」

(;、;*川「何よ。あなた、私がおばあちゃんのことを殺したみたいなこと、前に言ったくせに。
     次はおばあちゃんが私のこと殺したがってたなんて言うの」

(´・_ゝ・`)「でも、あんたも納得したんじゃないのか。今」

(;、;*川「……」

 ふふ。
 厚ぼったい唇から笑うような声が漏れたが、目も口も、ちっとも笑っちゃいない。

(;、;*川「そうね。そうみたい。そうだったんだ。
     ──私、みんなに死んでくれって思われてるのね」

(;´・_ゝ・`)「違う!」

 珍しく大きな声が出て、ペニサスもデミタス自身も驚いた。
 ただ、その勢いのおかげで淀みなく言葉が落ちていく。

206名無しさん:2023/10/05(木) 21:41:20 ID:h4Qb44y20

(;´・_ゝ・`)「僕は違う。
        あんたに生きてほしい。殺したくない。
        だから嘘をついたんだ。──本当に殺さずに済めばいいって思ったから」

(;、;*川「……」

(;´・_ゝ・`)「……僕は」

(;´・_ゝ・`)「生きてるあんたと一緒にいたい」

 口にしたら、腑に落ちた。
 ただ生きているだけじゃ物足りない。
 傍にいるのがいい。──たぶん。きっと。

207名無しさん:2023/10/05(木) 21:42:51 ID:h4Qb44y20

(´・_ゝ・`)「まだ思いついてないけど……僕が何とかするから。
        どうにかあんたを生かすから。一緒にいてほしい」

 言えば言うほど納得がいく心持ちではあるが、
 自分がどのようなことを口走っているのかまでは理解できていない。

 とにかくもやもやした思いを分解して、より鮮明な形を得られるのが気持ちいい。
 言葉を乗せた舌だけでなく、脳も心地よい。

 ふふ、とペニサスが息を漏らす。
 先よりはもう少し笑みに寄っていた。

(;、;*川「今そんなこと言われたら、私、命が惜しくて頷いたみたいになっちゃう」

 それでもいいから頷いてほしかった。
 デミタスが傲慢な望みを持て余していると、ぎゅうと抱きしめられた。
 だが、それを知覚するよりも早く体を離される。

208名無しさん:2023/10/05(木) 21:44:06 ID:h4Qb44y20

(;、;*川「だめ、私今日、まともに頭回んない。
     せっかく来てくれたのにごめんなさい、また明日来て。
     それからちゃんと考えましょう。生きるために出来ること」

(´・_ゝ・`)「うん」

 まったくもってこれからどうすべきかの見通しは立っていないが。
 だが、まだ多少は時間がある。

 10月半ば。冬までは、まだ遠い。





209名無しさん:2023/10/05(木) 21:45:29 ID:h4Qb44y20


 昨夜とはまた違った意味合いでふわふわしたまま帰ると、アパートの前に車があって、ボスがいた。
 階段横に設置された小型の宅配ボックスに浅く腰掛けている。

 アパートを連日で訪れるなど珍しい。
 そこにイレギュラーを感じ取り、デミタスの歩みが遅くなる。

(´・_ゝ・`)「……こんばんは、ボス」

( ^ω^)「デミタス」

 ボスが地面を指差すので、彼の前、コンクリートの上に膝をついた。
 ざらついた表面がジャージ越しに脚を刺す。

210名無しさん:2023/10/05(木) 21:46:18 ID:h4Qb44y20


( ^ω^)「あのね。今日から202号室は空き部屋になるお」

(´・_ゝ・`)「……は……」

 202号室。
 デミタスの隣。

 ロミスの部屋。

.

211名無しさん:2023/10/05(木) 21:47:28 ID:h4Qb44y20

( ^ω^)「先日、兄者と姉者から報告があったんだお。
       お前がずいぶんとターゲットに入れ込んでるようだと」


 どうして。


( ^ω^)「それがロミスの話と食い違ってるんだおね。
       昨日の報告でもそうだった」


 どうして。


( ^ω^)「これはどうしたことかと思って僕なりに一晩考えたんだけど、結論が出なくて。
       だから本人に詳しく聞きに来たんだお。
       そしたら、やっぱりどうも僕にたくさん嘘をついていたみたいだったから」


 どうして。

212名無しさん:2023/10/05(木) 21:48:29 ID:h4Qb44y20

( ^ω^)「お仕置きに、あいつが大事にしてた瓶を割ったら
       なんと僕に掴みかかってきたんだお」


 どうして。


( ^ω^)「ロミスは僕を裏切った。だから今、オサムに処理を任せてるお」


 全ての説明が順番どおりになされているはずなのに、頭は理解を拒んで同じ問いを繰り返す。
 どうして。

213名無しさん:2023/10/05(木) 21:50:08 ID:h4Qb44y20

 ──二階でドアが開いた。

【+  】ゞ゚)

 202号室から現れた男の奇妙な面やグレーのスーツには、多量の血が飛び散っている。

 目の前の太った男の話も、
 何が起きているのかも、
 さっぱり分からない。

( ^ω^)「おつかれ、オサム。どうなったお?」

【+  】ゞ゚)「きちんと殺しました。後で片付けさせます。
        案外抵抗が少なかったので、部屋の汚れは大したことありません」

( ^ω^)「うん、それは良かった。壁の張り替えもただではないからね」

 鼻梁に飛んでいた血を指で拭ってやって、にやけ面はデミタスに向き直った。

214名無しさん:2023/10/05(木) 21:51:51 ID:h4Qb44y20

( ^ω^)「……伊藤ペニサス。伊藤。伊藤。伊藤。
       やっぱりあの家の女は駄目だお。全部持っていこうとする。
       人の大事なものを奪って食い散らかしていく売女ども」

 デミタスの鼻先をつまむ。
 やはり汚したくはないらしく、血が付いていない方の手で。

( ^ω^)「デミタス。悪いけど、お前がこれ以上騙されてしまわないように
       制限時間を短くしようね」

215名無しさん:2023/10/05(木) 21:54:34 ID:h4Qb44y20


( ^ω^)「あと3日の内に薬のことを調べ上げて、あの女を殺しなさい」

.

216名無しさん:2023/10/05(木) 21:55:17 ID:h4Qb44y20



 もう、分からない。何も。





■中編 終わり

217名無しさん:2023/10/05(木) 21:56:42 ID:h4Qb44y20


◆鼻糞丸めて万金丹(まんきんたん)
 …薬の原料は意外とつまらないものが多いという例え

.

218名無しさん:2023/10/05(木) 21:57:59 ID:h4Qb44y20
今回はここまで
ありがとうございました

219名無しさん:2023/10/06(金) 00:35:49 ID:M0DXMNME0

ブーンが鬼畜すぎる
地獄展開だけど続きが楽しみ

220名無しさん:2023/10/06(金) 03:20:16 ID:QHPg50PM0
乙です

221名無しさん:2023/10/06(金) 22:47:33 ID:PVUpzrLI0
またもミス

>>209

× (´・_ゝ・`)「……こんばんは、ボス」

○ (´・_ゝ・`)「……こんにちは、ボス」

222名無しさん:2023/10/08(日) 08:34:29 ID:3FZJVrKg0
おつおつ
AAの特徴を上手く活かしてて感動した
ハッピーエンドが訪れますように

223名無しさん:2023/10/09(月) 21:50:35 ID:UPXMXGIo0
後編投下します

224名無しさん:2023/10/09(月) 21:51:17 ID:UPXMXGIo0

 よくデミタスのことを怒鳴ったり足蹴にしたりする叔父が床に頭を擦りつけて謝りたおすので、
 その前に立っている人たちは、よほど偉い人か怖い人なのだろうなと思った。

 結果的にはその両方だったらしい。
 何らかの失敗を責められた叔父はその場で散々殴られた末に動かなくなって、
 運びやすいようにか捨てやすいようにか、細かくされていった。

(´・_ゝ・`)

 デミタスは部屋の隅に座ってそれを眺めていた。
 叔父の、どの部位がどういった状態になったのかは知らないが、
 赤くぼこぼこした内側が目に入って、透明感のないイクラみたいだなとぼんやり考える。

225名無しさん:2023/10/09(月) 21:52:26 ID:UPXMXGIo0

 作業していた内の一人が近付いてきた。
 同じ目に遭わされるのかもしれないと想像はしつつも、
 もう長いこと体も頭もまともに栄養を与えられていなかったので、逃げる気力がない。

 そいつはデミタスの顔を覗き込むと、しげしげと眺めまわした後に振り返った。

『ボス』

 その声に、ずっと作業を傍観していた肥満気味の男が寄ってくる。
 「ボス」は屈み込んで同じように顔を見つめてきた。
 数秒後、嬉しそうに一声あげる。

( ^ω^)『……おっ!』

 ──余談だが。
 後に、このとき同行していたのがお面の男でなくて良かったなと誰だったかに言われた。
 彼がいたら、「ボス」に気付かれる前に顔を潰されていただろうとのことだ。

226名無しさん:2023/10/09(月) 21:53:46 ID:UPXMXGIo0

 風呂に入れられ、着替えさせられ、飯を食わされ、
 気付けば知らない土地に連れてこられていた。

 その間、色々と質問されたり他愛ない話題を振られたりしたが、
 先述のとおり頭がろくに回らないので心のままに答えていたら、
 それをいたく気に入られたようだった。じゃあ今後もそうしよう、と思った。


 アパートの一部屋を与えられる。
 隣人だと紹介されたのは、同年代であろう、
 高校生ほど──デミタスも彼も高校に通っていなかったが──の少年だった。

( ^ω^)『隣同士だから、仲良くするんだお』

£°ゞ°)『はあい』

 少年はへらへら笑いながらデミタスの手を握った。

£*°ゞ°)『何歳? へえ、俺の一個上だ。
      わあ、こんなに歳近い友達って初めて! 嬉しいな』

 会ったばかりで何も知らない相手が友達なもんか、と思ったし、そう言った。

227名無しさん:2023/10/09(月) 21:55:07 ID:UPXMXGIo0


£°ゞ°)『えー、デミタス君ってテレビ全然見たことないの?
      11時から俺が好きな番組やるから見てよ』


£*°ゞ°)『ここのコーヒー美味しいんだよ。飲んで飲んで。今日は俺の奢り』


£*°ゞ°)『ねえねえデミタス君──』


 友達なもんか。

.

228名無しさん:2023/10/09(月) 21:55:46 ID:UPXMXGIo0



■後編:命乞い


.

229名無しさん:2023/10/09(月) 21:56:47 ID:UPXMXGIo0

 ふらふらと202号室に向かう。ドアは開いている。

 中に入ると、部屋の真ん中に血まみれの死体があった。
 紫色のツナギに包まれた体はぴくりとも動かない。
 予想どおり、本当に死んでいる。

∬´_ゝ`)「……」

 そして予想外に、奥の壁にもたれて姉者が座り込んでいた。
 昨夜彼女がとっておきだと自慢していた高級化粧品が辺りに散らばっている。

 腹を押さえながらぼうっと死体を眺めていた彼女は、ゆっくりこちらを見た。
 億劫だろうに。今日もデミタスのために解説をくれる。

230名無しさん:2023/10/09(月) 21:58:04 ID:UPXMXGIo0

∬´_ゝ`)「……昨日あんたたちに落書きしたとき、妙にすっきりして、楽しかったから。
      今日もやってやろうと思って、遊びに来てたの」

(´・_ゝ・`)「うん」

∬´_ゝ`)「そしたらボスとオサムが来て、あんたのことを私たちに確認し始めて……」

(´・_ゝ・`)「うん」

∬´_ゝ`)「私とロミスのどっちが嘘をついてるのかってオサムが訊いてきた。
      そのときに私がお腹を蹴られたもんだから、
      ロミスの奴、すぐに全部白状したのよ。……馬鹿な奴」

 デミタスは首を横に振った。

(´・_ゝ・`)「……元はといえば、僕が、ちゃんとしてなかったせいだ」

 姉者も、首を振る。

∬´_ゝ`)「あいつが勝手に嘘ついたせいよ」


 何かの間違いなのではないか。
 いずれ汚れたツナギをまとった体が、ひょっこり起き上がるのではないか。
 そう思ってしばらく待ったが、テーブルの上のデジタル時計が数字を進める以外、室内には何の変化もなかった。





231名無しさん:2023/10/09(月) 21:58:45 ID:UPXMXGIo0


 すぐにペニサスの元へ戻った。
 彼女は驚いたものの、デミタスの様子が平生と異なるのに気付くと
 いつものように招き入れてくれた。



 ──ダイニングテーブルを挟んで向かい合う。
 
('、`*川「……あと3日」

 制限時間のことを伝え聞いたペニサスは青ざめ、呆然とテーブルを見つめた。
 そのまま唇を震わせていたが、思いついたように顔を上げる。

232名無しさん:2023/10/09(月) 21:59:52 ID:UPXMXGIo0

('、`;川「ろ、ロミス君。ロミス君に相談できないかしら」

(´・_ゝ・`)「……ロミスは……」

 迷った末、正直に全てを話した。
 この期に及んで、彼女に嘘も隠し事もするべきではない。

 ──聞き終えたペニサスは先ほど以上に呆然として、

('、`*川「……そうなの」

 それだけ呟き、押し黙った。
 デミタスも次の言葉が出てこない。
 二人とも俯いて、しばらくそうしていた。



 どれくらい経ったろう。
 対面で頭を擡げる気配を感じ、デミタスは視線を上げた。

('、`*川

 ペニサスの目に力がこもっているように見えた。
 最近のおどおどした瞳でも、以前の演じていた目つきでもない。
 それでも少しだけ潤んではいたが。

233名無しさん:2023/10/09(月) 22:01:00 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「たった3日で、ここから逃げる準備なんて出来ないでしょう。私たち」

(´・_ゝ・`)「ああ」

 たとえ街から出られたとしても、必ずボスが追っ手を差し向ける。
 それを躱し続ける術もない。

 だから、出来ることといったら──

(´・_ゝ・`)「引き続き、祖母さんの研究について調べよう。
        何としても『鍵』を突き止めるんだ」

 武器を手に入れること。

 交渉材料としてか、はたまた別の用途としてかは、見付けてから考える。

('ー`*川「私も今、そう思ってた」

.

234名無しさん:2023/10/09(月) 22:03:24 ID:UPXMXGIo0

 そんなわけで、早速話し合いを始める。

(´・_ゝ・`)「さっき、初めに僕が来たときに何を言いかけてた?」

('、`*川「ええとね、いくつか気になったの。
     まず、そもそも何でおばあちゃんは研究のことを隠したのかしらと思って。
     チームでやってたことなのに急に一人でこそこそ進め出したの、おかしいじゃない?」

(´・_ゝ・`)「共有してしまったら、誰かが外部に漏らす可能性が高まるから。とか」

('、`*川「それを言ったら、どんな薬であっても同じことだわ。
     なのに何でこの件だけそこまで警戒したのか……。
     おばあちゃんが何を考えてたのか知りたい」

('、`;川「それと──……うう、考えることが多くて頭がごちゃごちゃする。
     一旦まとめさせて」

 彼女は立ち上がるとキッチンへ引っ込んだ。
 少しして、二人分のマグカップを持って戻ってくる。コーヒーの匂い。
 差し出されたカップを受け取り、息を吹きかけてから一口含んだ。

 香りが鼻を抜け、薄甘い苦味が舌に染み、口内がぽかぽかと温まる。
 そこで今さら、自分の体が冷え固まったように強張っていることに気付いた。
 コーヒーでそれを溶かしていくにつれ、視界が少しずつひらけるような感覚。

235名無しさん:2023/10/09(月) 22:04:19 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「いま知るべきなのは、
     おばあちゃん自身のこと。何を考えてたか、とか。
     したらば製薬に行ってみたいところだけど……」

(´・_ゝ・`)「会社は別の街にある。ファイナル市から出られない以上無理だ。
        あと、そっちはもう、ボスの手が触れてないところはないだろう」

 加えて、これだけ頑なに情報を隠しているならまず勤務先には痕跡を残すまい。
 ペニサスもそこは納得したらしく、「そうね」と首肯した。

('、`*川「次。おばあちゃんが市場で買ったものが、どこへ運ばれたか」

(´・_ゝ・`)「クックルが言ってたやつだな」

('、`*川「ええ。こっちはクックルさんの連絡待ちだから一旦置いとく」

 ──クックルといえば。

(´・_ゝ・`)「あの男は何か詳しい分野とかあったのか?
        手切れ金を受け取ったからゲームは仕掛けられてないだろうが、
        もし金を断っていたら、あいつも知恵比べを挑まれてた可能性は高いわけだろ」

236名無しさん:2023/10/09(月) 22:05:16 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「そう、それ、それも伝えなきゃいけなかったわね。
     クックルさん、海が好きだった。
     お父さんが船に乗ってたからだと思う」

(´・_ゝ・`)「泳ぐのが好きだったのか」

('、`*川「それもあったけど、どちらかというと『中』に興味があったみたい。
     海中の環境とか生態系とか、そういうの。
     たしか大学を受験するときも、そっち系に強いところを選んでたはず」

 一旦、二人とも口を閉じて噛み砕く。
 しかしその情報が今すぐ何かに繋がることもない。
 時間を惜しんでか、ペニサスが話を切り替えた。

('、`*川「──他に一度考えておくべきなのは、なおるよさんのこと」

(´・_ゝ・`)「なおるよ?」

('、`*川「……4人目の恋人で、事故で亡くなった人」

237名無しさん:2023/10/09(月) 22:06:19 ID:UPXMXGIo0

 ペニサスはスマホを操作し、デミタスの手元に置いた。
 一人の男の写真が映っている。


[ ('(゚∀゚∩ ]


 目が丸い、と真っ先に思ってしまったのは、昨夜の喫茶店でのことがあったからか。

('、`*川「長岡君の言うとおりね。
     こういう顔で、頭のいい人に惹かれちゃうんだわ」

 自嘲めいた笑みを浮かべて彼女が言う。

('、`*川「内面で好きになったんだと思ってた。
     私、本当にちゃんと彼らのことを見てたのかしら。
     ──おばあちゃんの代わりみたいに、思ってなかったかしら……」

(´・_ゝ・`)「あんたが誠実に向き合ってたから、
        長岡とクックルは今もあんたに好感を持ってるんじゃないのか」

 その「好感」の性質が今では違うにしろ、少なくともペニサスに敵意は持っていない。
 ミルナも伊藤クールの影に怯えこそしていたが、
 当時はペニサスと真っ当に付き合っていたようだったし。

 取っ掛かりが何であれ、彼らと彼女は真剣に愛し合っていたはずだ。

 ペニサスは「ありがとう」と薄く薄く微笑んだ。

238名無しさん:2023/10/09(月) 22:07:22 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「──なおるよさんとは3年前、
     おばあちゃんの忘れ物を職場に届けに行ったときに出会ったの。
     彼は研修医で、その日はしたらば製薬に呼ばれたお医者さんの付き添いとしてたまたま来てた」

('、`*川「優しくて楽しい人だったわ。
     あと、星座占いが好きだった」

 手を伸ばしてきて、メッセージアプリを起動する。
 表示されたのはなおるよとのトーク画面。

 日付は3年前の冬だ。
 デートの約束をしていたらしく、朝から待ち合わせ場所の確認をとっている。
 その中で、ニュース番組内の占いコーナーの話題が出ていた。

『今日の僕の運勢は最下位だって』

『じゃあ出かけるのやめる?』

『あなたは一位だったから会えば中和できるかも』

 そのような、ゆるゆるとした応酬だった。

239名無しさん:2023/10/09(月) 22:08:24 ID:UPXMXGIo0

 少し間があいて、なおるよからのメッセージ。

『ごめん。待ち合わせ、一時間後ろにずらせる?』

『お店で時間つぶすから大丈夫。まだ忙しかった?』

『ありがとう、本当にごめんね。忙しくはないけどちょっとした用が入っちゃって』

 それから、調整した後の待ち合わせ時間が近付いた頃。

『今から向かうね』

 ──以降、なおるよの発言はない。
 約束の時間を過ぎて、心配するペニサスのメッセージや発信履歴ばかりが続き、
 トーク画面の末尾に辿り着く。

('、`*川「……なおるよさん、この日に交通事故で亡くなったの。
     居眠り運転してたんですって」

('、`*川「出かけるの、ほんとにやめておけば良かった」

 図書館のカフェで占いの話題を振られた彼女が脳裏を過ぎる。
 悔いるような目をしていたペニサスが、我に返った様子でスマホをしまった。

240名無しさん:2023/10/09(月) 22:09:29 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「──占いが好き、っていうのとも、ちょっと違ったかも。なおるよさん。
     そんなに信じてるわけでもなかったし」

(´・_ゝ・`)「何だそりゃ」

('、`*川「西洋占星術そのものに興味があったのよ。
     占星術、分かる?」

(´・_ゝ・`)「よく知らない」

('、`*川「あらゆるものは天体の影響を受けている──っていう考え方でね、
     天体の位置や動きで吉凶を占ったりするの。星座占いもこれ。
     ……ごめんなさい、私も詳しいわけじゃないからちゃんと説明できないけど」

('、`*川「大昔には医術にも活用されてたんですって。
     それが面白かったみたいで、なおるよさん、学生のときに色々調べてたらしいの」

 興味があったにしても、単純な好奇心の類だったわけか。
 デミタスは顎をさすりながら今の話を反芻した。

(´・_ゝ・`)「天体……」

 ──ファイナル。ルナ。イアフ。
 月。

('、`*川「ね、気になるわよね」

241名無しさん:2023/10/09(月) 22:10:44 ID:UPXMXGIo0

 伊藤クールは、ペニサスのかつての恋人たちにまつわる何かが「鍵」に繋がったと語った。
 おそらくジョルジュにおいては宗教学、ミルナは語学。それらが示したのは月という単語。
 なおるよが関心を持っていたのは天体と密接な関わりのある西洋占星術──

 でも、そこからどう考えればいいか分からないのだとペニサスが首を振った。

('、`*川「ネットであれこれ見てみたんだけど、それもなかなか……。
     こう、目当てのものがはっきりしない状態で漠然と広く情報が欲しいときって、
     ネットより本の方がいいのかもって気分になるわよね」

 デミタスはインターネットも本もよく見る方ではないので、同意を求められても
 へえ、としか返しようがない。

(´・_ゝ・`)「書斎に占星術の本は?」

('、`*川「なかった。だから、その……
     図書館に行きたいなって」

(´・_ゝ・`)「……あの?」

('、`*川「あの。市内で一番大きいし……」

 まあ。この際、好き嫌いは言っていられない。
 そうと決まれば、と二人は腰を上げた。

242名無しさん:2023/10/09(月) 22:12:17 ID:UPXMXGIo0

( ´_ゝ`)「お、また行く? 今日は車ないからタクシー呼ぶか」


 間。


('、`;川「え!?」

 咄嗟に、デミタスは叫ぶペニサスの前に飛び出していた。
 ペニサスも縋るようにジャージを掴む。

 ダイニングの入口にしゃがみ込む兄者が、にかっと笑った。

( ´_ゝ`)「別に刺客とかじゃありませんて」

(´・_ゝ・`)「何でいる」

( ´_ゝ`)「ボスがずいぶん心配してたぞ。お前らのこと見張っとけってさ」

(´・_ゝ・`)「何で、中に、いる」

( ´_ゝ`)「玄関の鍵を、こうね。ちょちょいと。ロミス君仕込みのピッキング」

 何かをつまんで回すような仕草をする兄者。
 デミタスとペニサスは顔を見合わせ、溜め息をついた。





243名無しさん:2023/10/09(月) 22:13:25 ID:UPXMXGIo0


 図書館に着く頃には日が暮れ始めていた。
 閉館時間が近い。急いで中に入る。

 どの書架を見るべきかと3人で案内図の前に立っていると、
  _
( ゚∀゚)「ペニサス!」

 背後から声。
 初めもこんな感じだったなと思いながら振り返る。
  _
(*゚∀゚)「今度はどうしたんだ?
     もしかして今日こそ俺に会いに……」

(´・_ゝ・`)「案内図を見てる奴らを前にしてよく言えるな」

( ´_ゝ`)「3日ぶりだが相変わらずだあ」

 喜色を浮かべる彼を視界に入れて──
 こいつのアホ面に安心させられるのも癪だな、と思った。

 来る前はうんざりしていたというのに。
 兄者の言う「相変わらず」がそうさせるのかもしれない。

244名無しさん:2023/10/09(月) 22:14:53 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「昨日はありがとう、長岡君。
     西洋占星術の本を借りに来たの」
  _
( ゚∀゚)「あ、そう……。
     また変なとこ突いてきたな。
     占星術なあ……具体的に何が知りたいんだ?」

('、`*川「具体的にって言われると、よく分からない。
     これが知りたいというより、その中に知りたい情報があるかもっていう感じで……。
     とにかく急いでるの。色んな情報が載ってるような本ないかしら」

 目を眇めたジョルジュは「ちょっと待ってな」と言って踵を返した。
 これもまた3日前みたいだ。
 おとなしくソファに座り、彼を待つ。


 ──数分後、いくつもの本を抱えてジョルジュが戻ってきた。
 近くのテーブルにそれらを置く。
  _
( ゚∀゚)「ほら」

 比較的薄くて新しい感じのする本がペニサスに手渡された。
 ぱらぱらとページをめくるのを覗き込むと、文字が大きく、イラストが頻出している。

 読みやすいが──軽い、という印象だ。
 デミタスが不満の目を向けると、ジョルジュは同じような目で見返してきた。

245名無しさん:2023/10/09(月) 22:15:57 ID:UPXMXGIo0
  _
( ゚∀゚)「まずはこれを読むといい。
     西洋占星術のことを幅広く、分かりやすくまとめてある。
     その代わり、一つ一つの解説は浅めだ。まあかなり初心者向けだしな」
  _
( ゚∀゚)「で、読んでる内にもっと深く知りたい場所が出てきたら
     こっちの、より専門的な方で調べるんだ」

 と、分厚い本たちを指差す。そちらはいかにも厳めしい雰囲気のものが多い。

 具体的な目的も分からないままとっつきにくい方に手を出しても、目が滑るし頭に入らない。
 まずは分かりやすいところから足がかりとなるものを見付けるべきだ。
 ──ジョルジュはそう言う。
  _
( ゚∀゚)「時間があるなら、また別のやりようもあるだろうけどな。
     急いでるんだろ。これが一番手っ取り早くて確実だと思うぜ」

('、`*川「長岡君……」

( ´_ゝ`)「まるで図書館の職員みたいなことするじゃないか」
  _
( ゚∀゚)「『これでも』、頭が良くてかっこいい、評判の司書さんなもんで」

 べ、と兄者に向かって舌を出す。
 本を閉じたペニサスは彼の顔を見上げて「あのね」と声をかけた。
 感謝を期待したか、にやけながらジョルジュが視線を返す。

246名無しさん:2023/10/09(月) 22:16:54 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「私、長岡君とやり直すつもりはないんだけど」
  _
( ゚∀゚)「ヴッ」

('、`*川「でもたしかに昔、こういうところが好きだったわ。
     難しい話でも私に分かりやすいようにしてくれるの」

('ー`*川「……ありがとう」
  _
( ゚∀゚)

 ──ジョルジュは口をひん曲げ、腕を組んで遠くの天井を睨んでいたが。

 ふと、何かを諦めたように苦笑した。
  _
( ゚∀゚)「おう。頑張れよ」


.

247名無しさん:2023/10/09(月) 22:18:17 ID:UPXMXGIo0

 ペニサスの名義でカードを作成し、本を借りた。
 重たい本を3人で分担して抱える。

 退館する間際、ペニサスに「また何か困ったら言えよ」と優しい言葉をかけたジョルジュが
 何故かデミタスには複雑そうな顔をして背中を叩いてきたので、脛を蹴ってやった。

( ´_ゝ`)「いやあ、なかなか酷い女だなあ」

 兄者がそう言って笑う。デミタスとペニサスは首を傾げた。
 そうしたら「引くわー」と追撃を受けた。何なのだ。





248名無しさん:2023/10/09(月) 22:18:57 ID:UPXMXGIo0


 家に戻ると、さっそくペニサスはジョルジュに勧められた本を開いた。
 デミタスは彼女に断り、キッチンを借りて3人分のコーヒーを淹れる。
 ドリップバッグ式は不慣れなのでやや手間取ったが、まあ何とかなった。

 ダイニングテーブルにカップを置く。
 二人から礼を言われて、何だかむず痒い。

 手持ち無沙汰のデミタスと兄者も分厚い方の本をめくっていると、
 ペニサスのスマホが着信を知らせた。
 発信者名を見た彼女は、慌てたような顔をする。

('、`;川「クックルさんから!」

 身を乗り出した兄者が勝手に画面をタップして、
 さらにテーブルの真ん中にスマホを置いた。

249名無しさん:2023/10/09(月) 22:20:18 ID:UPXMXGIo0

『ペニサス、今いいか?』

('、`;川「は、はい、もちろん」

『すまん。あれから頑張ったんだが……』

 その入り方で、結果に期待できないことが分かってしまった。

『伊藤さんが市場を利用した日すら特定できなかった。
 そもそも俺の確認できる情報の範囲にも制限があってな』

('、`*川「……そう……」

『申し訳ない……』

('、`*川「いえ、仕方ないことだもの。ありがとうございます、クックルさん」

 こつん。
 兄者の指が、テーブルを弾いた。

 早々に通話を打ち切られそうな空気が滲み始めるも、ペニサスがそれを引き留める。

250名無しさん:2023/10/09(月) 22:21:25 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「あの、それとは別なんですけど。おばあちゃんにお金を渡されたとき、
     お茶とかお菓子とか出されました?」

『うん? まあ、たぶん……──そうだ、出された。紅茶だ。
 いい茶葉が手に入ったからぜひ飲んでくれと、やけに勧められて』

('、`*川「別れろって言われる前に?」

『ああ。最初は茶を飲みながら世間話をしてた。そしたら突然札束を出してきて……。
 俺がつい手術のことを話したら、驚いたような顔をして、
 それじゃ足りないだろうとさらに金を』

('、`*川「受け取った後はどうしましたか」

『すぐに帰ったぞ』

('、`*川「お金の話をした後、何か飲まされたり食べさせられたりは?」

『いや、何も。突然大金を出されて、それどころじゃなかったし』

 不可思議そうな目でペニサスがデミタスを見るのと、
 デミタスが同じように彼女を見るのは同時だった。

251名無しさん:2023/10/09(月) 22:22:19 ID:UPXMXGIo0

('、`;川「……帰ってから、具合が悪くなったりとかしませんでしたか」

『それもない。どうしたんだ?』

('、`;川「いえ……」

 それ以上の進展はない。
 ペニサスは礼を、クックルは謝罪を重ねながら通話を切った。

( ´_ゝ`)「最後のはどういうこと?」

 ミルナから知恵比べの件を聞いたのはデミタスとペニサス、そしてロミスだけだ。
 きょとんとする兄者へ手短に説明を施すと、「ひえー」と棒読みのリアクションがあった。

('、`*川「……クックルさんは解毒剤を渡されないまま帰ったけど、何ともなかった」

( ´_ゝ`)「父親のために絶対に金を受け取るだろうと予想できてたから、
       そもそもゲームとやらをする予定もなかったとか。
       だからそもそも毒を入れてなかった。どう?」

('、`*川「さっきの話が正しいなら、おばあちゃんは
     クックルさんがお金を必要としてることを知らなかったと思います」

(´・_ゝ・`)「ならやっぱり、ゲームをする羽目になる可能性も考えてたよな」

252名無しさん:2023/10/09(月) 22:22:54 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「執拗にお茶を勧めたのも、それに備えた布石よね、きっと。
     おばあちゃんは紅茶が好きな方だったけど茶葉にこだわりはなかったし、
     珍しいお茶だからって嬉々として人に飲ませたがる人でもないし……」

 今となっては、あくまで可能性の話ではないが。
 諸々を踏まえると、やはり取引の前に何かしらを飲食させて、
 万が一の際に「毒を盛った」と脅すことは織り込み済みだったろう。

 であれば──

('、`*川「兄者さんの『そもそも毒なんて入れてなかった』っていうの、合ってるかも。
     理由は違うけど……」

('、`*川「長岡君やミルナ君にあんなこと言ったのは、
     ただゲームに乗ってもらうためのハッタリだったんじゃないかしら」

(´・_ゝ・`)「まあ冷静に考えると、本当に毒を飲ませた上で
        もしも相手が乗ってこなかったら、祖母さんの方が困るもんな」

 家の中で死なれても、家を飛び出して病院か警察に駆け込まれても、どちらにせよ。

 ペニサスはスマホを見つめながらコーヒーを啜る。

253名無しさん:2023/10/09(月) 22:24:19 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「……あまり考えたくなくて、無視しちゃってたんだけど。
     私、なおるよさんはあの日おばあちゃんに呼び出されたんじゃないかと思うの」

 初耳の名前に首を捻る兄者に、ペニサスの元恋人であることだけ言っておく。

(´・_ゝ・`)「待ち合わせの時間をずらしたときにか」

('、`*川「ええ。それでたぶん、彼も私と別れるように言われた……」

( ´_ゝ`)「金を渡して、断られたら毒で脅して知恵比べ?」

('、`*川「なおるよさんに同じことしようとしても
     そんなハッタリ通じないと思う。お医者さんだもの。
     おばあちゃんも分かってただろうから、毒のくだりは省いたはず」

('、`*川「でも、もしかしたら……」

 デミタスは、このダイニングテーブルで向かい合う老婦と青年の姿を幻視する。

 ──恋人の祖母に手切れ金を提示され、それを断れば次はゲームを持ちかけられる青年。
 いずれも乗ってやる謂れは彼にない。
 さらに断って席を立つ。あるいは乗ってやった上で勝ったかもしれない。負けたかもしれない。

 彼が出ていった後、そこには口をつけたティーカップが残される。
 過去三回においては文字どおり混じりっけなしの紅茶が入っていたそのカップに、
 今回だけは──

254名無しさん:2023/10/09(月) 22:26:29 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「……事故があったのって、大きい通りだったの。
     街頭の防犯カメラには運転席でうとうとするなおるよさんが映ってて」

('、`*川「それでただの居眠り運転として処理されたから、
     事件性はなしってことで司法解剖まではされなかった」

( ´_ゝ`)「もし解剖されてたら、薬の痕跡でも見付かってたかね」

(´・_ゝ・`)「……」

 ここまで全て、ただの憶測だ。
 これも今さら確かめる術はない。

 だが、もし真実だったなら。
 そこまでしてペニサスの恋人を排除しようというのは──異常だ。

 室内が静寂で満たされる。
 兄者がコーヒーを一気に飲み干した。

( ´_ゝ`)「さて。改めて祖母さんが本気でヤバい奴だったと分かったわけだが。
       その上で、次はどうするんだ?」

(´・_ゝ・`)「……とりあえず、この本に目を通さないと」

('、`*川「いえ」

 ペニサスが再びスマホに手を伸ばした。

('、`*川「──母に、おばあちゃんのことを聞いてみる」

255名無しさん:2023/10/09(月) 22:28:25 ID:UPXMXGIo0

 なるほどと頷いた兄者が腰を上げた。

( ´_ゝ`)「じゃあ頑張りな。コーヒーごちそうさん、帰るよ」

(´・_ゝ・`)「見張りは?」

( ´_ゝ`)「俺はやらなきゃいけないことが出来ただろ、さっき」

 キーボードを打つように指を動かして、笑う。にかっ。
 見覚えのある仕草。

('、`;川「まさか市場のデータを?」

( ´_ゝ`)「いやあ、市場だけじゃなくて出入りの運送業者まで調べにゃ。重労働だ」

 さっさと立ち去ろうとする兄者の腕を掴んだ。

(´・_ゝ・`)「……無理な頼みだとは分かってるが。
        もしデータが手に入っても、ボスには」

( ´_ゝ`)「報告するなってんだろ、分かってるよ。
       大事な武器になるかもしれないんだもんな」

 ──本当に無理を言っていると思ったので、その返答に驚いた。

256名無しさん:2023/10/09(月) 22:29:42 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「何で」

( ´_ゝ`)「姉者からロミスのこと全部聞いて、もう、どうでも良くなったよ俺は」

(´・_ゝ・`)「……」

( ´_ゝ`)「……父親がリストラに遭ったのを皮切りに、どんどん悪いことが重なってな。
       うちはめちゃくちゃになっちまった。
       そこをきょうだい3人だけでも拾ってもらえて、正直助かったんだ」

( ´_ゝ`)「ボスにはそれなりに恩を感じてたさ。
       前みたいな生活に戻りたくなかったし、粗相さえしなきゃ可愛がられるしな。
       だからまあ、どんなに嫌な仕事でも頑張ってきたが」

 そこで俯く。
 数秒後に上げられた顔は笑みを浮かべていたが、いたく穏やかで、ひどく悲しげだった。

( ´_ゝ`)「本当はずっと、姉者にはお洒落も化粧も普通に楽しめるように生きてほしいと思ってたよ。
       俺の気が紛れるように、俺が『その気』になれるようにって……
       別人に思えるようにって理由で化粧を覚えてほしくなかった」

 ──弟だって、下らない理由でいなくなってほしくなかった。
 言って、彼は歩き出す。

( ´_ゝ`)「俺ら、何のために我慢させられてたんだろうな」





257名無しさん:2023/10/09(月) 22:30:36 ID:UPXMXGIo0


('、`*川「母は高校生──16歳のときに私を産んだの」

 兄者が去った後のダイニング。
 夕飯であるおにぎりを片手に、ペニサスは語った。

 今回は焼いていない真っ白な米だ。中にはマヨネーズで和えたツナが入っている。
 忙しいからと申し訳なさそうに言われたが、数日前の焼きおにぎりといい、
 だいぶ手間はかけてくれていると思う。

 マヨネーズの塩梅が、とかまた色々感じるところはあったが、
 空気を読んで「美味い」「ちょうどいい」とだけ感想を告げた。

(´・_ゝ・`)「16。若いな」

('、`*川「父は近所に住んでた大学生だったって。
     その後どうなったかは知らないけど、
     母は学校を辞めたし、父は遠くに引っ越して……ともかく結婚はしなかったみたい」

('、`*川「そういうことがあったからか、母とおばあちゃんは仲が悪かったわ。
     母は私にあまり興味がない感じで、逆におばあちゃんがよく面倒見てくれてた」

258名無しさん:2023/10/09(月) 22:31:42 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「いつの間にか母は出ていっちゃって、
     時々お金の話をする以外には連絡をくれなくなった……」

 顔を合わせたのも、伊藤クールの葬式後、遺産の話をしたのが最後だったという。

 その母親にこれから電話をかける。
 他県に住んでいるので会いには行けないし、呼びつけることも難しいだろう。
 ペニサスへの関心が薄くクールとは険悪だったという母親と、画面越しにどれだけ話せるかは怪しい。

 躊躇いが咀嚼に表れたかのようにゆっくりと食事を終えたペニサスは、
 お茶を飲んで一息つくと、先ほど兄者がそうさせたようにスマホをテーブルに置いた。

 アドレス帳から目当ての名を探し、発信。
 画面には、伊藤ツン──と他人行儀に文字が並んでいる。

 案外、反応は早かった。
 2コール鳴りきる前に発信音が途切れる。

『なに』

('、`*川「お母さん。ごめん、いきなり」

 ぶっきらぼうな声は、少し若い印象だった。

259名無しさん:2023/10/09(月) 22:32:21 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「あのね、おばあちゃんのこと知りたくて」

『……』

 さっそく切ろうとしている気配を感じる。
 引き留められないかとデミタスが口を開くが、
 それより先にペニサスが声を張った。


('、`*川「──おばあちゃんに、毒を飲むように言われてたの。私」


 返事はない。
 だが、通話は切られていない。

260名無しさん:2023/10/09(月) 22:33:28 ID:Txb8.PLw0
きたな!支援

261名無しさん:2023/10/09(月) 22:33:51 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「おばあちゃんが死んだら、毒を飲んで私も死ねって……。
     はっきり言われたわけじゃないけど、そう仕向けるようなことを」

 アピールのためか、ペニサスはポケットから取り出した小瓶を
 わざとらしく音を立てるようにして置いた。

 先の会話が頭を過ぎって、その瓶の中身は本当に毒なのだろうかと疑心が湧いた。

 実はそれも孫娘を怯えさせるための嘘だったとか。──そんなわけがない。まるで意味がない。
 なおるよに睡眠薬を盛って殺したかもしれない女だ。
 用意さえ出来れば、孫に自害用の毒を持たせたっておかしくはない。

 それでも偽物であればいいと思ってしまうのは、
 母に話すペニサスの声が辛そうに震えていたからだろうか。


 ──笑い声が響いて、デミタスの意識がスマホに戻る。

『そこまでしたの、あの女』

 互いの顔なんか見えていないのに、合わせるようにペニサスも口角を上げた。目は笑っていない。
 母とも暮らしていたとき、よくそうやって機嫌を窺っていたのかもしれないなと思う。
 親相手ではないがデミタスも子供のときにそうした覚えがある。

262名無しさん:2023/10/09(月) 22:34:48 ID:UPXMXGIo0

('、`*川「それと、今まで私の恋人にお金渡したりして私と別れさせてたみたい」

 また笑い声。
 ──何を今さら、と言いながら。


『昔から似たようなことしてたよ』


 小瓶に添えられていたペニサスの指が、ぴくりと揺れた。

『あんたが小学生のとき、男の子連れてきたでしょ。で、うちでご飯食べてった』

('、`*川「……うん」

『あの子が帰った後に食器片付けてたら、台所に何か零れてたの。粉みたいなの。
 調味料っぽくないし何だろうと思って見てたら、あの人が来て、ささっと拭いて戻ってったんだけど──』

『その後に例の子がお腹壊して寝込んだって聞いて、ああ、あの子の皿に何か混ぜてたんだろうなって』

263名無しさん:2023/10/09(月) 22:36:44 ID:UPXMXGIo0

('、`;川「あの子は、食べすぎただけだったって」

『病院行くほどの症状じゃなかったから親がそう判断しただけでしょ。
 もし医者にかかってたら、もっと違うこと言われてたんじゃない?
 食べすぎってほど食べてなかったし』

『それでご飯作った私が疑われてたらどうすんだって腹立ったけど、それ以上に、
 孫にもそういうことするんだって引いたな』

 一拍置いて、ペニサスが問う。

('、`*川「──お母さんにも同じことを?」

『そこまでえげつないことはされなかったけどさ。
 昔から、私が男の子と仲良くすると怒るわけ。
 酷いときは相手に向かって「娘に近寄るな」とか。あのヒスババア』

『一回すっごいムカついてさ。
 こっそり子供作ってやったらどんな顔するんだろって思って……』

 ──それで、ペニサスの父親と?

 ペニサスは絶句している。
 娘の様子に気付いているのかそもそもどうでもいいのか、母親は続ける。

『ひッどかった、あの女の顔。
 堕ろさせられるかな、いっそ殺されるかなって思ったけど、意外とそこまではやんなかったな』

264名無しさん:2023/10/09(月) 22:37:35 ID:UPXMXGIo0

 そうしたくなったので、小瓶に添えられたままの手をデミタスの手で覆うと
 彼女は頼りない目つきでこちらを見た。
 唇を軽く噛み締め、震えを止める。

('、`*川「……どうして、そんなに私たちに男の人を近付けさせたくなかったのかな」

『どうしてって、大層な理由なんかない。嫉妬してただけだよ』

('、`*川「嫉妬?」

『私が子供の頃にパパ……あんたのお祖父ちゃんね。
 パパが心臓の病気で死んでからおかしくなったの。
 二人とも仲良かったから、まあだいぶショックだったんじゃない?』

『だから私たちが男と仲良くするのが許せなかったんでしょ』

 けろりと言い放つ母親だったが、すぐに声音を変えた。

265名無しさん:2023/10/09(月) 22:38:59 ID:UPXMXGIo0

『……や、パパが死ぬ前からもうおかしかったのかな。よく分かんないけど。
 たしか一回、知らない人とすっごい喧嘩してた気がする』

('、`;川「喧嘩? どんな人?」

『中学生か高校生ぐらいの……パパって小学校の先生やってたらしいから、元教え子だったんじゃないかと思うんだけど。
 お見舞いに来たその人と、あの人が病室の外で言い合いしたんだ。
 パパのこと取っただの裏切られただの嘘つきだの……元カノとの修羅場かって』

『変な喋り方する人だったから、ちょっと覚えてた。
 「お」って。語尾につけるの』


(´・_ゝ・`)

 今度は、デミタスの手が揺れた。

.

266名無しさん:2023/10/09(月) 22:40:35 ID:UPXMXGIo0

('、`;川「ほ、他、覚えてることない?」

『別に。大した思い出ないし。
 ていうか、これから仕事行かなきゃなんだけど』

('、`;川「……分かった。ごめん、こんな時間に……」

 これ以上は引き延ばせないだろう。
 向こうが電話を切るのを待って二人はスマホを見つめる。

 間際、何かを思いついたようで、向こうの声が軽く跳ねた。

『ああでも、あんたに男を寄せつけたくなかったのは違う理由だったかもね』


『隔世遺伝っての? あんた、パパにちょっと似てるもん。
 目がそっくりだって、あのひと何回も何回もしつこく言ってたくらい。
 だからあんたを独り占めしたかったのかもよ』


 言いたいだけ言って満足したのか、娘の返事を待たずに通話は終了した。

('、`*川「……」

 ペニサスは黙っている。
 たくさん思うことがあるだろう。
 それでも言わなければならないことがあって、デミタスは彼女の手を握りしめながら口を開いた。

267名無しさん:2023/10/09(月) 22:42:18 ID:UPXMXGIo0

(´・_ゝ・`)「祖母さんと喧嘩してたっていう男」

('、`*川「……うん? ああ、変わった口調だったって人」

(´・_ゝ・`)「──ボスも、ああいう喋り方をする」

 16歳のときにペニサスを産んだのなら、今の伊藤ツンは42歳。
 彼女が子供のときだというから、その出来事があったのはおよそ30年以上は前だろう。

 ボスの歳は知らない。顔も声も、若いようなそうでないようなといった感じで年齢不詳だ。
 だが、当時10代だったと言われても納得は出来る。

 伊藤クールと面識があった?
 それも、およそまともではない形で。

 だとしたら、もしかするとペニサスのことも以前から知っていたのではないか。
 そう考えたとき、突然違和感が込み上げた。もっと早く気付くべきだった。


   ( ^ω^)『実際この女も、何人もの男を騙して殺して、金を奪ってきた人でなしだお。
          ──挙げ句、遺産のために自分の祖母さえ殺した』


 ボスが寄越したペニサスの情報は、結局全て間違っていた。

 殺す相手くらい下調べはしたはずだ。
 ボスの部下の仕事は細かく正確でそつがない。
 であれば、あれが根も葉もない噂だったことも分かっていただろう。

268名無しさん:2023/10/09(月) 22:43:16 ID:UPXMXGIo0


   ( ^ω^)『やっぱりあの家の女は駄目だお。全部持っていこうとする。
          人の大事なものを奪って食い散らかしていく売女ども』


 彼には。
 明確な敵意がある。



('、`;川「……あなたの『ボス』と私のおばあちゃんが、喧嘩を……」

(´・_ゝ・`)「祖父さんは心臓の病で死んだって?」

('、`;川「え、ええ。言ってたわね。どんなのか分からないし、母も知らないでしょうけど」

(´・_ゝ・`)「祖母さんの研究は……ボスが欲しがってる資料は、心血管疾患に効く薬についてだ」



 伊藤クールは、何から──

 誰から、研究資料を隠そうとしていた?





269名無しさん:2023/10/09(月) 22:44:48 ID:UPXMXGIo0


 また考えなければならないことが増えたが、やはりすぐに停滞する。

 ひとまず占星術の方に取りかかって、ほとんど徹夜の状態で朝を迎えた。



∬´_ゝ`)「おはよ。今日の見張り兼お届け係よ」

 インターホンが鳴ったのでデミタスが警戒しながら応対したところ、
 そこにいたのはタブレットを持った姉者だった。

 ダイニングへ通せば、彼女は挨拶もそこそこにタブレットをテーブルに置いた。

∬´_ゝ`)「兄者の奴、昨日からずっとわちゃわちゃやって疲れたみたいでね。
      これ届けてくれっつって、さっさと寝ちゃった」

('、`;川「あ、ありがとうとお伝えください」

270名無しさん:2023/10/09(月) 22:48:17 ID:UPXMXGIo0

 では、とペニサスが画面を起動させる。
 すぐに何かの表が映し出された。
 デミタスと姉者が左右から覗き込む。

 兄者によるものだろう、表の外に注釈も書き込まれている。
 昨年、市場で伊藤クールが購入したもの、
 それをどこの運送業者に預けてどこに運ばせたかの一覧だという。

 二度、まとまった量の品を購入している。
 いずれも夏。そう大きく間はあいていない。
 それぞれはいくつかの工場や研究所に分けて運ばれたようだ。

('、`*川「クックルさんの言ったとおり、2回……」

(´・_ゝ・`)「待て。まだ続きがある」

 兄者の寄越したデータには「三度目」もあった。
 時期は秋口。
 こちらは品数が多くないからクックルの父も気にしていなかったのだろう。

271名無しさん:2023/10/09(月) 22:49:07 ID:UPXMXGIo0

 海老。イクラ。鮭。鯛。
 この4種が、ばらばらの場所へ運ばれたようだ。
 いずれもファイナル市にある何らかの施設ではある。

('、`*川「……この内のどれかが『鍵』だったのかしら。それとも全部?」

∬´_ゝ`)「4ヶ所回ってみれば? 市内とはいえ時間かかりそうだけど」

 最終手段としてはそうなるだろう。
 だが、デミタスたちにはもうほとんど時間が残されていない。
 出来るだけ決め打ちはしておきたい。

∬´_ゝ`)「どれも海鮮物ねえ」

 海。──クックルの好きなもの。

 ファイナル市をジョルジュとミルナの得意分野でもって言葉遊びをすれば、月。

 なおるよが興味を持っていた西洋占星術。


(´・_ゝ・`)「照応」


 デミタスが呟くと、姉者が首を傾げた。

272名無しさん:2023/10/09(月) 22:50:23 ID:UPXMXGIo0

∬´_ゝ`)「しょうおう?」

 ペニサスが初めに西洋占星術について説明してくれたときに言っていた。
 「あらゆるものは天体の影響を受けている」──本の中ではそれを照応という言葉で表していた。
 照応、二つのものが互いに対応しあっていること。

 たとえば、体の部位ごとに対応する天体が決められている。
 さらには人体だけでなく、植物や金属、鉱物──とにかく色んなものに。

 まあ胡散臭い話だとデミタスは思ったし、
 言っていることも本によって(または学派によって)異なっていてますます眉唾物に感じたが、
 ただちょっと面白いなとも思ったのだ。

 だって、食べ物にもそれぞれ対応する天体があるという。

273名無しさん:2023/10/09(月) 22:52:06 ID:UPXMXGIo0

 デミタスは分厚い本を開いて、目当てのページを見せた。


(´・_ゝ・`)「月と照応する食べ物がある。海産物だと、甲殻類──
        蟹や海老だ」





274名無しさん:2023/10/09(月) 22:53:37 ID:UPXMXGIo0


 運送会社のデータによれば、伊藤クールが購入した海老は
 海辺の工業地帯付近にある研究所へ運ばれていた。

 3人で行ってみると、寂れた町工場めいた小さな建物があった。
 「高岡海洋研究所」。看板だけは妙に立派だ。

从 ゚∀从「はいはい、伊藤さんのお孫さんね」

 事前に連絡したおかげで、所長だという男が研究所の外で待ってくれていた。
 研究員というと白衣のイメージだったが、作業用の合羽にゴム手袋、長靴と
 どちらかといえば漁師のような格好をしている。

275名無しさん:2023/10/09(月) 22:54:37 ID:UPXMXGIo0

从 ゚∀从「何だっけ、海老? はいはい。去年たしかに、ご依頼受けましたよ」

('、`*川「どんな依頼を?」

从 ゚∀从「海老の……何だったかな。
     や。僕はよく分からんのですよ」

 申し訳ない、と所長は片手を振る。

从 ゚∀从「そのとき、別の案件で手が塞がってたんで。
     別の人間に任せたんです。ハローってんですけど」

(´・_ゝ・`)「そいつは今いるか?」

从´゚∀从「……それがねえ〜」

 いかにも困ったという顔をして、彼は腕を組んだ。

从 ゚∀从「伊藤さんが連れてっちゃったんですよ」

('、`*川「連れてった?」

276名無しさん:2023/10/09(月) 22:58:07 ID:UPXMXGIo0

从 ゚∀从「まず、伊藤さんからここに依頼があったのが計二回だったかな。
     一回目はあんまりな結果だったみたいなんだけど。
     ちょっと置いてからの二回目で、何かいい感じになって伊藤さんに気に入られたらしくて」

从 ゚∀从「そんで、研究に協力してもらうために個人的に契約したいってね。伊藤さんが。
     それなら他の所員も貸しますよって言ったんだけど、ハローちゃんだけだって」

 結局、引き抜かれるような形でハローという所員はここを辞めてしまったそうだ。
 それ以降、伊藤クールもここへ来ていない。

 おそらく彼女が「鍵」を見付けたと喜び、
 製薬会社のメンバーと距離を置き始めた時期だろう。

277名無しさん:2023/10/09(月) 22:59:13 ID:UPXMXGIo0

('、`;川「その方、今どこで研究を?」

从 ゚∀从「さあ……。それきり会ってないしなあ。
     家の住所なら分かりますけど、いります?」

('、`;川「ぜひ……あ、そのハローさんが研究していた資料とか残ってませんか」

从 ゚∀从「ないない、全部持ってっちゃった」

 どうも全体的に雑というか緩い所長のようだ。
 研究所に一度引っ込んだ彼は、すぐにメモ用紙を持って戻ってきた。
 汚い字で住所と電話番号が記されている。それがファイナル市内であることにほっとした。

从 ゚∀从「伊藤さんのお手伝い終わったら戻ってきてって伝えといてくださいよ。
     人手足りんくて困ってんです」

 伊藤クールがとうに亡くなっていることを告げると、
 所長は「あらっ」と頓狂な声をあげた。

.


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