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( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
1
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:40:15 ID:EEhMu.9.0
( ^ν⊂)”「んあ」
頭の中がふわふわする。頭の外、手足、指先、顔のあたりがふわふわする。それは眠気を誘う安堵の香り。暖かな眠りの香り。
( ^ω^)「おはようお、ニュッくん」
( ^ν^)「おあよ」
目やにを払ってこじ開けた視界に現れる少しくたびれた白。鼻先をくすぐる慣れ親しんだ匂いと肌ざわり。柔らかな体を抱きしめて毛布の中に潜り込むと中から聞こえる話し声。
( ^ω^)「あったかいお、ツンもおはようお」
ξ゜⊿゜)ξ「なまたかーい」
( ^ω^)「ブーンもニュッくんにだっこしてもらいたいお!」
( ^ν^)「ブーンはちいせえから枕」
( ´ω`)「おーん……」
――ここは、ぬいぐるみと言葉を交わす少年の部屋。
( ^ν^)ふわふわぬいぐるみわんだーらんどのようです
2
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:40:45 ID:EEhMu.9.0
ξ゜⊿゜)ξ「ブーン、みんなはもう起きた?」
( ^ω^)「おっ、相変わらずニュッくんが一番のねぼすけさんだお」
( ^ν^)「おまえらが張り切りすぎなんだよ……ビロ、飯ある?」
大きなサメのぬいぐるみを抱えた少年がごろりと寝返りを打ち、毛布の海を波打たせる。その向かい、フローリングの浜辺には小さな手足と端正な顔立ちのドールが笑みを浮かべておじぎをしました。
( ><)「ニュッくん、おはようなんです! さっきお母さんが朝ごはんを持ってきた音がしたんです!」
色白なフェイスパーツに植えられたシルバーの塩ビの髪、くり抜かれることのなかった瞼に丁寧に施された細やかな睫毛のペイント。40センチ程の身体に纏う精巧な衣装は潮風の似合うセーラー服。ふりふりと動く小さなシリコン製の指先が示す扉の向こうからは、かすかにパンの香ばしい香りが漂ってきました。
3
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:09 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……もうちょっとしたら食うかな」
少年は鮫のぬいぐるみを抱いたままずるずると毛布の中に飲み込まれていきます。それを食い止めようと毛布に巻き付きそのままころころと転がるのは、くたびれた記事に綿の偏った手足をくたくたと揺らすちいさなきつね。
爪'ー`)y-「こーら、折角ママが持ってきてくれた焼きたてだぞ? 見るだけ見たっていいじゃないか」
きつねは少年の丸まった背中をのたのたよじ登り、やがててっぺんにある少年の頭を滑り降りて肩に座ります。少年の頬をぽんぽんとつつくペレットの詰まったまあるい手は、しゃりしゃり鳴ってはご飯を促しているようです。
( ^ν^)「……わかった。ドク、ビロ、ドアあけて」
( ><)「はいなんです!」
('A`)「よーしきたー」
4
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:33 ID:EEhMu.9.0
セーラー服を纏った小さなこどもがぴい、と赤色の笛を鳴らすと、毛布の底から紫色のたこがするすると足をのばしてやってきました。たこはたちまちこどもを頭に乗せ、ドアのそばまで泳いでいきます。
('A`)「ビロード、届くか?」
( ><)「ん、も、ちょっと……ですっ!」
ちいさな革靴が背伸びをして、たこの手足がうんと伸び、やっとのことで二人はドアノブにかかったロープを掴む事が出来ました。たこは片手で精一杯ロープを引くこどもの背中を支えます。
('A`)「ツン! 俺の足思いっきり引っ張ってくれ!」
ξ゜⊿゜)ξ「任せなさい!」
毛布の海から飛び出したサメの女の子がたこの足を自慢の歯でがぶり、噛みつきながら引っぱります。大きな体を使って踏ん張るサメのおかげで少しずつドアノブが傾き始めます。
(;゜A゜)「いてぇええええ!! 今だビロード! 思いっきり引っ張れ!」
( ><)「はい、ですっ!」
少し苦しそうなたこの呼び声にロープを思い切り引くこども。しかし、あんまりたこが痛そうに震えるので肝心のふんばりがきかず、ロープをつかんだままつるりと落っこちてしまいました。
5
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:41:58 ID:EEhMu.9.0
(;'A`)「ビロード!」
かちゃり。
小さな音を立ててドアが開きます。向かいの窓から差し込む光を浴びながらロープから手を伸ばしたこどもはまっさかさまに――
Σ( ゜ω゜)「おうふ!」
(;><)「あわ、ブーンくんごめんなさいなんです」
……ドアの向こうのトレイを取るために立っていた、小さなマスコットの上におっこちてしまいました。
( ^ν^)「ぐっじょぶ」
6
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:42:31 ID:EEhMu.9.0
ξ゜⊿゜)ξ「あら、ビロード大丈夫?」
( ><)「しりもちついちゃったんです!」
(#)^ω^)「ちょっとはぼくの心配もしてほしいお」
('A`)「ドンマイ」
噛まれた足をすこし痛そうに引きずりながら紫のたこがドアの向こうに置かれたトレイを足で引っぱり、そのままの足で閉めます。開けるのにはこんなに苦労したのに、閉めてしまうのはあっという間。
( ^ω^)「……お?」
こどものおしりを受け止めた背中をさする小さな白いぬいぐるみは、トレイの隙間に挟まった小さな紙を見つけました。
花柄が印刷された小さなメモにはかわいらしい文字がひとつづり。
『お昼に少しお話しできる? ママ』
プロローグ:ものごとのはじまり。
7
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:42:58 ID:EEhMu.9.0
第一話:はじまりのおさそい。
8
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:43:21 ID:EEhMu.9.0
大好きなぬいぐるみたちと迎える朝、あったかい毛布。暖房も冷房もいらないくらいの一番心地いい温度。昨日は何も食べずに寝たからお腹は減っていたけど、焼きたてのパンの香りのせいでまだ食べるには早いような気がした。
でもフォックスが食べろって言うから、しぶしぶみんなにドアを開けてもらった。ビロードがドクオの上に乗っかって、みんながドアを開ける用の紐をつかんだらツンが引っ張る。落っこちたビロードが怪我しないように下に構えていたブーンにサムズアップを送ると、ドクオがトレイを持ってくる。そこで覗いた廊下が明るくて、俺は反射的に毛布の中に潜った。
ずるずる。トレイを引きずる音が近づいてくる。そっと毛布の隙間から顔を出すとドアはもう閉まっていて、かわりにこっちを覗いてくるブーンの顔があった。
( ^ω^)「ニュッくん、ママからお手紙だお!」
9
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:43:51 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……ママから?」
ブーンが手渡してきたのは小さなメモ用紙。確かにそこにはママを名乗る、ママの字があった。
ξ゜⊿゜)ξ「あれ? でも誕生日ってこの間だったわよね」
('A`)「確かカレンダーが……二枚前の頃」
( ^ν^)「……なんだろ。わかんない」
無意識に握りつぶしてしまったメモをトレイの中に置き、ちょっとだけ食べようとしたパンを向こうに押し返す。それからいつもみたいに毛布に潜り込むと、フォックスが頭の方からもぐりこんできた。
10
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:44:11 ID:EEhMu.9.0
爪'ー`)y-「ママさん、ニュッくんと話したいんだとさ」
( ^ν^)「うん」
爪'ー`)y-「寝るのか?」
( ^ν^)「……ううん」
爪'ー`)y-「ママさんはお昼に来るって。今は、11時16分」
毛布の中に頭をうずめ、自分の体を抱きかかえる。
「ママと話す」――それを、どうすればいいかわからなかった。小さいころから俺に小さな友達をくれて、いつもドアの前にご飯を置いて、俺の誕生日にだけ『おめでとう』のメモとケーキをくれる。それ以外俺に何にも言わないママが、俺と話したい事って何?
11
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:44:36 ID:EEhMu.9.0
( ^ν^)「……フォックスは、わかる?」
爪'ー`)y-「分かんないな。ニュッくんも分からないんだろ」
( ^ω^)「でもママさんはニュッくんのママさんだお、きっと怖いことなんかないお」
( ^ν^)「ん……」
真っ暗な毛布の中で頭にしがみついてくるブーンの体の柔らかさを感じながらフォックスのおなかに顔をうずめる。わかんない。わかんない。わかんないことが、今は全部怖い。
ノックの音も、廊下から聞こえる足音も、一階のドアが開く音も耳をすませば全部聞こえる、だから俺は毛布の中にうずくまって耳をふさぐことしかできない。
爪'ー`)y-「大丈夫だよ、俺たちもいるから」
( ^ω^)「おっ、怖くなったらブーンたちと手つなぐお!」
( ^ν^)「うん……うん、そう、だ」
12
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:45:02 ID:EEhMu.9.0
深く息を吸って二人をぎゅっと抱きしめる。毛布から頭だけを出すと、ツンやドクオ、ビロードが心配そうにこっちを見ていた。
( ><)「ニュッくん、だいじょうぶですか?」
身をかがめて毛布の中を覗き込むビロードの手を取る。小さな手、俺の、一番の親友。その手に引っ張られて何とか覚悟を決めて毛布を這い出ると、掛け時計の長針は徐々に正午へと差し迫っていた。
( ^ν^)「いざとなったらフォックスに話してもらうから大丈夫になった」
爪;'ー`)y-「お前なあ……ママさんはニュッ君と話すって言ってんだから」
( ^ν^)「いやあ頼りになるなあフォックスは」
爪#'ー`)y-「にゃろー」
ぽこぽこと膝を叩いてくるフォックスの手を右手で抑えながらツンに頭を預ける。
かち、かち、かち。秒針の音。ぬいぐるみたちのざわざわする話し声。冷めたトーストと階段を上がる足音。俺は床に広がった毛布を跳ねのけて立ち上がり、ドアの前にみんなと一緒に並んだ。
こん、こん。
控えめなノックの音は、ママのものだった。
13
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:45:34 ID:EEhMu.9.0
( 、 *川『――ニュッくん、ママだけど……今いいかな』
( ^ν^)「……うん」
( ー *川『ありがとう。ドア、無理しなくていいからね』
ドアに背中を付け、隙間から聞こえる声に耳を済ませる。腕の中で窮屈そうにもぞもぞするフォックスを肩に乗せると、ドアの向こうから確かな人の気配を感じた。
( 、 *川『お友達のみんなも、そこにいるのかな』
( ^ν^)「……いる、よ」
( 、 *川『コンちゃんもいる?』
( ^ν^)「コンちゃんじゃなくてフォックス」
( 、 *川『そっか、そうだったね』
ぎこちない会話と間延びした沈黙。
喉が動き方を忘れたみたいに重たくて声がひっかかる。手の震えが心臓の鼓動とくっついて全身が震えるから、怖くなってフォックスのしっぽをつかんだ。
爪'ー`)y-「……」
14
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:10 ID:EEhMu.9.0
爪'ー`)y-『——何か、彼に大事な話でもあるのかい』
( 、 *川『その声……コンちゃん?』
爪;'ー`)y-『コンちゃんはよしてよ、フォックス』
( ー *川『ふふ……ごめんなさいね、フォックスくん。そう、ママはニュッくんにお話ししたいんだ』
( ^ν^)「……うん」
( 、 *川『あのね、ニュッくん……』
( 、 *川『——ママ、病気になっちゃったみたいなんだ』
15
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:33 ID:EEhMu.9.0
( 、 *川『どうしてなんだろうね、お医者さんにはもう病院に居なくちゃダメだって何度も言われて——』
( ー *川『今のママはね、ぜんぜんへいちゃらなの。ただ、病院からはもう帰れないかもしれないんだって』
爪 - )y-『——嘘だ』
( ー *川『ううん、本当なんだ。だから……』
爪 - )y-『嘘だ、嘘だ。それってママが死ぬみたいじゃないか。もう会えなくなるみたいじゃないか。それじゃ——』
( ;ν;)「それじゃ、ビロードとおんなじじゃないか」
かつて泣いて、泣いて、すっかり枯れてしまった声が涙に濡れてまた震えた。
それなのに、ドアノブを引く勇気を出すにはもう遅すぎたんだ。
16
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:46:58 ID:EEhMu.9.0
ドアの向こうの震える声を聴いた時、ひどいかもしれないけど安心したの。まだニュッくんは私をママだって思ってくれている。いなくなったら悲しい存在って思ってくれている。それだけで、顔を見る事なんか忘れて涙が出てきちゃった。
( 、 *川『——ニュッくんのお世話はね、信頼できる人に頼んであるんだ。毎日のご飯だけお願いって、伝えてあるよ』
( ー *川『怖い人じゃないのはママが知ってるから、大丈夫』
17
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:47:22 ID:EEhMu.9.0
爪 - )y-
( ;ν;)
今はもう小さなしゃくり声を上げる背中の大きさも分からないけど、小さい頃と変わらない泣き声に胸がちくちくした。あの時は私が抱きしめてあげられたのに、今は私のことを見たら泣いちゃうかもしれないなんて考えるだけで目の奥がつんとする。
言えないなあ。「少しでいいから、ニュッくんのお顔を見たいなあ」なんて。
(;、;*川
声が震えないように少し力んで、大丈夫って言い聞かせた。扉の向こうに、私の心に。
18
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:49:01 ID:EEhMu.9.0
つづく。
https://postimg.cc/7CmqDc4R
19
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 21:54:05 ID:sKtUe.qk0
ニュッくんの指が4本なの外国のアニメ感があって良い
気になる、乙
20
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 22:11:18 ID:5p3K4Mpw0
おつ
21
:
名無しさん
:2023/05/08(月) 22:41:45 ID:I.wksD8g0
乙乙
おわー!期待!
22
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 00:29:31 ID:YsLFfHf.0
ワクテカ
23
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:28:21 ID:EPbtCgoE0
キリ悪かったので1話の終わりまで投下
24
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:29:17 ID:EPbtCgoE0
階段を上がっていった彼女の背を見送ってまだほんの五分も経っていない。だのに何故何度も袖をめくっては壁掛け時計と腕時計を行ったり来たりする目は我ながら動揺の兆しを隠すつもりもないらしい。
( <●><●>)「……」
壁にかかった水彩画の模写も、すこし埃の被ったサンセベリアも、もう十何年も帰ることのなかった元妻と息子の住処は記憶の中のまま何も変わってはいなかった。
いつも休日に一斤買っていた食パンがキッチンの側のトースターに並ぶ姿も、何もかもが昔のまま。ただ、命あるものだけが変わり続けていた。
花柄のテーブルクロスの上に放られたままの年金通知書の宛名は、確かに彼女が名付けた名前——確かに血を分けた子供の名前だった。
25
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:29:41 ID:EPbtCgoE0
( <●><●>)「もう二十歳ですか、通りで私も老いている訳だ」
古びたマグネットと冷蔵庫の間に挟まった色褪せた青白い写真を手に取る。
[(*^ν^) ('ー`*川 ]
確か小学校に上がる前の息子が妻と車で少し行った所に海水浴に行ったのだったか。そうだ。車を出して数時間、私は泳ぎもせずシャツが潮風と汗でベタベタになるまでカメラで二人を追い回していたんだ。
( <-><->)「……」
込み上げた寂寥を払うように頭を振り、写真を元の場所に戻す。それからシャツの袖口が皺になるぐらいに腕時計を見て、やっと聞こえた足音に自然と足は玄関の方へと向かっていた。
('、`*川「おまたせ。……ごめんね、わがまま聞いてもらっちゃって」
26
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:30:20 ID:EPbtCgoE0
壁に手を付きながらよろめくような足取り。それなのに服装はまるでレジャーに行くような淡い色合いのワンピースで、その隙間から覗く手足の所々に残る青痣の色が痛ましかった。
ゆっくりと時間をかけて階段を降りる彼女の目がほんの少し赤いのがその身を蝕む病のせいなのか、それとも正体不明ですらある「私の息子」との別れの所為なのかすら私には分からないままだというのに。
( <●><●>)「……日に2回の食事、無理な干渉はしない、何かあったら連絡する……ですね」
('ー`*川「そう。ワカさんは頭いいからすぐ覚えたね」
ああ、どうしてそんな顔で笑うんですか。やがて尽きる命の炎の苛烈な揺めきがもたらす魅力、それだけで言い尽くせないその愛嬌とその奥に潜む悲劇を誰が知るものか!
今まで彼女にしてきた仕打ちを思えば隣でラバーサンダルに足を収める身体のふらつきを手で支えることすら私には許されないだろう。
それでも、私は彼女のためにあらゆる全てを背負いたかった。その身に宿した死の業以外の全てを背負うことで償わせてほしかった。
27
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:30:52 ID:EPbtCgoE0
('、`*川「それじゃあ……ニュッくんのこと、お願いね」
( <●><●>)「……まさかその足で病院まで行くつもりですか。途中で倒れますよ」
('ー`*川「やあね、タクシーくらい呼ぶわよ」
( <●><●>)「どうせ車で来たんですから送ります。……私としても、少し時間が欲しいので」
('、`*川「あら、じゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」
車のキーをポケットで握り、私はもう何年も触れることのなかった助手席のドアを引いた。
28
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:31:12 ID:EPbtCgoE0
やっぱり考え込んでるみたい。難しい顔でリビングをウロウロして、何度も何度も時間を見てる。折角アイロンがけしたシャツの袖がぐしゃぐしゃになるぐらい何度も袖を捲ってはため息をつく姿を、涙を止めながら階段の角から見ていた。
初めて出会った時は無口で、背が高くて賢い人。でも本当は誰よりも優しくて、ちょっぴりせっかちで何より親バカだった。
ニュッくんが生まれてからは大学生の頃に買ったカメラが擦り切れちゃうんじゃないかってぐらいにたくさんの写真を撮っては写真屋さんに通ってた。
ああ、ほら。冷蔵庫の写真はあなたが撮ったあなたの一番のお気に入りの写真。でも私は実はそんなに好きじゃないんだ。だってあなたが映ってないんだもの!
29
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:31:53 ID:EPbtCgoE0
座っていてもフローリングに埋まっちゃうみたいに体が重い。そろ、と足を出したつもりがふらふらしちゃって思いっきり壁にもたれかかって、その音で彼が一瞬で振り向いた。あわてて階段を降りるとそそくさと玄関に向かい、真っ先に車の助手席を開けてくれた。
だから、デートの時にいつもそうしてくれたみたいに今でもそうしてくれるのが嬉しくて、年甲斐もなく車に飛び乗った。
私はあんまり頭が良くないから、こんな時にあなたみたいに難しい顔はできないの。今から行くのが私の死ぬ病院だって分かっていてもね、大好きな人が一緒なら自然と笑顔になっちゃうの!
30
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:32:14 ID:EPbtCgoE0
('ー`*川「ねえ、それ」
助手席に乗り込んで真っ先に目に飛び込んできた、エンジンキーにぶら下がるように揺れる年季の入ったキーケース。結婚してから最初に迎えた彼の誕生日にプレゼントした黒いレザーはすっかり端がほつれていて、でもどのカギにもしっかりなじむ色になっている。まだ持ってたんだ、なんて言ったらあの人は短い後ろ髪をかりかりやってそっぽを向いちゃった。
( <●><●>)「……便利ですから」
('ー`*川「そっかぁ」
31
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:32:47 ID:EPbtCgoE0
引っ張ったのはいいけれど、うまく差し込めないシートベルトを私の手ごと押し込んでくれる大きな手。無口で無表情だけど、その手のあったかさであなたの優しさは伝わるの。
だから、お願い。私とあなたの宝物を、あなたに守ってほしいんだ。それが私の、人生最後のお願いなんだ。
32
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:33:14 ID:EPbtCgoE0
1話:はじまりとおさそい。
おしまい。
33
:
名無しさん
:2023/05/09(火) 21:36:12 ID:q6zseNj20
otsu
34
:
名無しさん
:2023/05/10(水) 01:06:56 ID:vZt/R8rg0
乙
35
:
名無しさん
:2023/05/10(水) 06:20:46 ID:wvD/EQrs0
乙乙
これは辛い
36
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:11 ID:nVgq7yj60
2話:おさそいとこんにちは。
37
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:34 ID:nVgq7yj60
<●><●>)「————」
騒がしい受付を過ぎ、大学病院の上層階へとエレベーターはしゅうしゅうと駆け抜ける。
神経質なまでに清潔を保たれたリノリウムの奥の診察室に入ると、淡々と告げられたのは彼女の身は随分前から白血病に冒されていたということだった。
38
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:48:58 ID:nVgq7yj60
病状の進行具合としては即刻入院だという話だけは聞いていたものの、既に通院の過程で彼女が殆どの手続きを済ませていたようで入院の手続は思った以上にスピーディに終わった。
看護師たちの説明全てにはい、はいと二人で頷きあう。彼女のこれからの生活、病状の進行も治療の内容も、人工的な部屋の中で何もかもが波のように頭の中を通り過ぎていく。
聞けば、彼女の眠る部屋は無菌室に近い状態を維持するために荷物は最小限、今では着替えも予備を病院内で滅菌したものを提供されるために家族であっても出来る事は精々が面会をしに行くだけだという。彼女のまるで油断ばかりのレジャーに行くような手荷物がそれを物語っていた。
面会は、家族のみ。その言葉を聞いて私はついに「単なる付添人」であるという立場をはっきりと突き付けられてしまった。
( <●><●>)「私に出来る事は何も無いということですね」
('、`*川「んもう、ワカ君だって……ああ、でも」
もう随分前に書いちゃったもんね、離婚届。淋しそうに笑う横顔に胸の奥が締め付けられた。
39
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:49:27 ID:nVgq7yj60
今から五年前、上司からもう何度目かもわからない単身赴任の命令が出た。その頃には既に私と二人は別々に居を構えており、支部の社宅さえ手配できれば明日にでもスーツケースひとつで旅立てたはずだった。
そこに二の足を踏ませたのが、もう十年近い付き合いになる同期の言葉だった。
(,,゜Д゜)『ゴルァ、あんまり奥さん淋しくさせてると浮気されちまうぞ入速!』
( <●><●>)『浮気、ですか』
40
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:49:50 ID:nVgq7yj60
(,,゜Д゜)『あー、その……何だ、代わってやるよってコト、それ。お前全然休みも取らねぇしさ、その間に有給でも取って奥さんと子供と——』
( <●><●>)『……ああ』
そう言って親指を立てる同僚に笑い返して、私が向かったのは市役所だった。
契られたままに裏切られることを恐れていた私は、愛を残したままに口先だけの言い訳であの時彼女と夫婦の縁を切ったのだ。
41
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:10 ID:nVgq7yj60
廊下の待合椅子でぽつぽつと思い返す日々は、記憶の奥底に埋めてしまったはずなのに彼女の白魚のような手によってあっさりと掘り返されてしまった。
('、`*川「ワカ君、優しすぎるんだよ。私を自由にするなんて言ってハンコ押しちゃってさ、嫌われちゃったと思ったもん」
( <●><●>)「あの時は……まあ、養育費を払う為の口実とでも思ってください」
('ー`*川「そんなこと言って、その間に私の苗字が変わっちゃったら悲しくなっちゃうくせに」
初めて出会った時と変わらない純朴な笑顔。サンダル履きに少し年季の入った気に入りの帽子と控えめな花柄のワンピース姿。無機質な院内にまるでコラージュのように立つその体が、かつてよりも随分と細くなっていることに私は今ようやく気が付いた。
('、`*川「……本当は怖かったんだ、ニュッくんのことも、私のことももう面倒になっちゃったのかと思って」
42
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:31 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)「そんな事……!」
咄嗟に立ち上がったのは身体ばかりで、二の句を継ぐ口先は動きもしなかった。目を開いてぽかんと私を仰ぐ彼女の前ではあらゆるおためごかしなど無意味でしかなかった。
本当は分からなかったのだ、何もかも。自分がどうするべきなのか、あるいは彼女にどうするべきだったのかも。
握った拳を開き、もう一度柔らかなクッション地のベンチに腰を下ろす。
( <●><●>)「……そうだったのかも、しれないですね」
('ー`*川「……でも、嬉しいよ。最後まで私のわがままに付き合ってくれたんだもん」
( <●><●>)「なら、これが済んだら私の我儘も聞いてもらいましょうかね」
('ー`*川「もちろん」
43
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:50:55 ID:nVgq7yj60
彼女が所々に痣の浮いた足をパタパタと揺らすのを窘めると足に触った! と悪戯っぽく笑いだす姿にほんの少しだけ昔のような人心地を覚える。
しかし、そんな時間も長くは続かず、滅菌室からエアキャップを被った看護師数人が入院の用意が整ったと静かに告げ彼女を冷たい部屋へと連れて行った。
('ー`*川「それじゃあワカ君——」
('、`*川「……無理、しちゃだめだよ」
振り返ったほんの一瞬彼女の目に浮かんだ不安げな表情。誰よりも無理をしている体で、誰よりも心配そうな顔で——まるで、子供の独り立ちを見送るような目で、彼女は病室の奥に消えていった。
44
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:51:15 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)『お金のことは心配いりません。仕事は辞めましたがおかげで何もしなくても貴方の入院費用、貴方を待つ間の生活費を賄えるくらいに貯金は有り余っているので』
でもね、本当に心配だったのは、そうやって一人でも頑張りすぎちゃう彼の方だった。ニュッくんをお願い、なんて言ったら自分がダメになっちゃうまで何かをしようとしてしまう、そんな人だから何も言えなくなっちゃった。
泣きそうな顔で、でも精一杯背筋を伸ばして私から目が離れるのを嫌がっていた人。私の大好きな、かつての私の旦那さん。
45
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:51:38 ID:nVgq7yj60
('、`*川「んー……」
ビニールカーテンに覆われた何もかもが真っ白けな部屋。ここにあの人を立たせたらどんなに隠れててもすぐにわかっちゃうくらい何もかもが真っ白。
マスク姿のナースさんたちが部屋から出ちゃいけない事や荷物は消毒されたものだけ、と最初に聞いたことを口うるさく言ってくるから、なんだかぼーっとしてしんと動かないカーテンの一つだけ外れたレールを見てた。
('、`*川「ふう」
ベッドに横になり、検温を行う。もう長いこと下がらることのなかった微熱のせいか、少し歩いただけなのにずいぶん体がだるかった。
46
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:52:18 ID:nVgq7yj60
ただ、真っ白な天井を見上げながら考える。ここにかわいいぬいぐるみはないけど、電気を消したらニュッくんと同じ気持ちになれるのかな。仰向けになって何度も眠って、人の用意したご飯を食べる。あとはおしゃべりに付き合ってくれる人がいれば完璧だ。
ぴぴぴ、と着替えさせられた入院着の中から小さな電子音が鳴る。家で使うより一回り大きな体温計を看護婦さんに渡すと、だんだん眠たくなってきた。
明日から治療が始まります、って言ってたから今日はもう寝ちゃってもいいのかな?
('、`*川「ふあーぁ……」
今日は朝からワカくんとニュッくんとお話しできたから、楽しかったな。
今は幸せなことだけ覚えてよう。その方がきっといい夢を見るからね。
47
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:52:39 ID:nVgq7yj60
( <●><●>)「……」
入院初日の支払いを済ませると、自分でも不思議なくらいに「こんなものか」という感情が沸いていた。
ただ一つ、隣に立つ人がいなくなってしまっただけでぽつねんとした寂寥感がひとつ。駐車券を受け取るのと逆の手でポケットの中で弄んでいたキーケースからはみ出た鍵の先端が指に触れた。もう何年も使っていない、まだ私と彼女の間に子供が生まれる前に住んでいた家の鍵。
私は無心で車を起こし、未だ慣れない「家」へとハンドルを回す。ステレオを付ける気分にはなれなかった。
48
:
名無しさん
:2023/05/12(金) 21:53:03 ID:nVgq7yj60
2話:おさそいとこんにちは
おしまい。
49
:
名無しさん
:2023/05/13(土) 03:47:28 ID:zcpiEHEQ0
乙です
50
:
名無しさん
:2023/05/13(土) 21:30:00 ID:AvdmjeDY0
乙乙
読んでて苦しくなるよお
51
:
名無しさん
:2023/05/14(日) 00:20:57 ID:3iWC2WI20
おつおつ
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