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( ^ω^)僕が神様を殺すまで のようです

1名無しさん:2022/11/16(水) 19:28:43 ID:NCIPYs4o0


(0)


漫画家・津出ツンが殺害されたというニュースは瞬く間に広がった。

アニメ化まで果たした作品を持つ漫画家の死。
読者や関係者はもとより、さらに広く人々に知らしめたのは「アシスタントによる犯行」というショッキングな内容だった。

津出ツンは、苦楽を共にした戦友とも呼べる人間に殺された。
ましてやそれが異性ともなれば、やれ痴情の縺れだ爛れた関係だと囃し立てられることは想像に難くない。

元アシスタントもとい容疑者、内藤ホライゾンは身柄を拘束され、奏作警察署で取り調べを受けていた。

161名無しさん:2022/11/17(木) 19:44:23 ID:TDzLQL3.0

ツン先生が本を蹴り上げる。思わず身を引いた僕の足元に落ちた。
グチャグチャになった本を覗き込んで気付いた。
『アナザーゴースト』のページが破られている。

(; ゚ω゚)「――あっ! ダメですお!」

いつの間にかツン先生がタブレットを振り上げていた。
慌てて後ろから抑え込む。ツン先生は頑なに振り下ろそうともがく。
離すわけにはいかない。このタブレットは神器だ。ここから『ブーン戦記』が生まれているのだ。

162名無しさん:2022/11/17(木) 19:45:00 ID:TDzLQL3.0

(; ゚ω゚)(……ひっ!?)

タブレットに表示された原稿が、雑な黒で覆われていた。
ほぼ完成していた原稿なのだろう。キャラクターや背景が、惚れ惚れとするような線画で描かれている。ベタやトーンが塗られているコマもあった。

それらをすべて塗り潰すように、大きなバッテンを何度も重ねて描いたように、原稿は黒く染まっていた。
ツン先生の体から力が抜ける。タブレットから手が離れたことを確認して、どうにか机の上に戻した。

ξ ⊿ )ξ「また順位が下がったわ。今週は七位」

ξ ⊿ )ξ「こんな順位、生まれて初めてだわ」

163名無しさん:2022/11/17(木) 19:46:35 ID:TDzLQL3.0

腹が立つ。『ブーン戦記』の良さがわからない読者にも、ツン先生を叩く無責任な声にも、何もできない僕自身にも。
『ブーン戦記』は本当に素晴らしい作品なのに。ツン先生はこんなにも才能溢れた人なのに。

ξ ⊿ )ξ「もしかしたらこのまま、打ち切り――」

(; ^ω^)「そんなことありませんお!」

失礼だとはわかっていても、ツン先生の言葉を打ち消すように声を張り上げた。
そんなこと想像したくもない。そんなのありえない。あっていいはずがない。

164名無しさん:2022/11/17(木) 19:47:26 ID:TDzLQL3.0

(; ^ω^)「今は新連載が増えてるから騒ぐ声が大きいだけですお! そんなミーハーな奴らに『ブン戦』の良さがわかるわけないですお!」

(; ^ω^)「SNSでもツン先生のファンはたくさんいますお! 皆『ブン戦』の続きを待ってますお!」

(;  ω )「僕だってそうですお、今までもずっと、今も、ツン先生の作品が一番で……『アナザーゴースト』なんて、僕から見たら駄作ですお。『ブン戦』のほうがずっと……」

ξ ⊿ )ξ「……内藤……」

ξ ⊿ )ξ「……どうしてあなた、そこまで……」

(  ω )「……どうしてって、それは……」

(  ω )「僕が『ブン戦』に……ツン先生に、救われたからですお……」

165名無しさん:2022/11/17(木) 19:47:47 ID:TDzLQL3.0


死のうと思った。
特に大きな不幸があったわけじゃない。ただ何もかもが思うようにいかず、小さな絶望が積み重なっていた。それがある日、急に崩れた。

辞表を出して、みなし残業代を大幅にオーバーした残業から抜け出した。視界がクリアになった。
そしてどうしようもない現実が降りかかった。

同世代と比べて劣った学歴。余裕のない預金残高。どこにいっても足枷にしかならないコミュニケーション能力の低さ。何の希望のない人生。
死んでしまったほうが、ずっとましな気がした。

166名無しさん:2022/11/17(木) 19:49:17 ID:TDzLQL3.0

どうしてコンビニに入ろうと思ったのかは忘れてしまった。
だけど雑誌コーナーで立ち止まった瞬間のことは鮮明に覚えている。

表紙に大きく印刷された絵が、なんとなく好みだと思った。
そのまま手に取った。表紙を捲って読み切りだと知った。新人賞で大賞を受賞して、編集部がその作品を神のように褒め称えていることも。
僕は冷めた目でそれを捲って、そして――――

167名無しさん:2022/11/17(木) 19:49:42 ID:TDzLQL3.0

( ;ω;)「この漫画の続きを読めるなら、もう少し生きたいって思ったんですお」

来週続きを読んだら死のう。
ああ、また気になるところで終わった。来週まで死ぬのはやめよう。
新章に入った。この章が終わったら死のう。
でも新しく出てきたキャラクターがすごく可愛い。この子が出なくなるまでは読もうかな――

( ;ω;)「ツン先生は僕を救ってくれたんですお。命の恩人なんですお」

( ;ω;)「だから……『ブン戦』を、打ち切りだなんて言わないでくださいお……」

168名無しさん:2022/11/17(木) 19:50:08 ID:TDzLQL3.0

人に命を与えるのが神なら、命を吹き込むのが神なら、間違いなくツン先生は僕の神様だった。
一人の人間を救った人を天才と呼ばずになんと呼ぶのだろう。
そんな人が報われない現実なんて、あっていいはずがない。

( ;ω;)「『ブン戦』は、ツン先生は最高ですお。世界で一番ですお。僕は何度だってそう言いますお」

ξ ⊿ )ξ「……内藤……」

ξ  ー )ξ「……ありがとう」

その時ツン先生は笑っていたように見えた。
だけどもしかしたら、涙でぼやけていた僕の視界がそう見せていただけなのかもしれない。

169名無しさん:2022/11/17(木) 19:51:16 ID:TDzLQL3.0


それからまた少しずつ、一度崩れてしまったものを組み直すように、僕とツン先生は会話を重ねるようになった。
ツン先生の態度が特別変わったわけではないし、締め切り前はどうしても余裕がなくなってしまう。そんな時は邪魔にならないように、あまり部屋に近付かないようにしている。

( ^ω^)「ツン先生、コーヒー淹れましたお」

ξ ゚⊿゚)ξ「ありがとう。ちょうど飲み終わったところだったの」

マグカップを入れ替える。僕はコーヒーが飲めないけれど、ツン先生のために淹れている内に淹れ方だけは上達した。
ツン先生の好きそうな豆を探して、それを気に入ってもらえた時は飛び上がるほど嬉しかった。

170名無しさん:2022/11/17(木) 19:51:55 ID:TDzLQL3.0

(* ^ω^)「今週の『ブン戦』読みましたお! すっごく気になるところで終わって、もうそわそわちゃいますお……来週が楽しみですお!」

ξ ゚⊿゚)ξ「そうね。来週は巻頭カラーだし」

(* ^ω^)「えっ! 巻頭ですかお!?」

ξ ゚⊿゚)ξ「……ああ、これまだ社外秘だったわ。わかってると思うけど、外部には漏らさないでね」

(* ^ω^)「もちろんですお!」

『ブン戦』が巻頭を飾るのは随分久し振りだった。
しかもここ最近の展開だと、僕の推しのデレが登場する可能性が高い。お盆を抱えていなかったら万歳三唱しそうな勢いだった。

171名無しさん:2022/11/17(木) 19:52:19 ID:TDzLQL3.0

( ^ω^)(あ、もしかしてモララーさんの呼び出しってこれのことかお?)

昨日モララーさんから電話があった。時間がある時に編集部に来てほしいのだと言う。
巻頭を知らせるだけなら電話で事足りる気もするが、僕を驚かせようとしているのだろうか。
ツン先生の作業も順調なようで、今作業しているぺージが終わったら休むつもりだと言う。
僕にできることはなさそうだ。ツン先生に断ってそのままマンションを出た。

172名無しさん:2022/11/17(木) 19:53:40 ID:TDzLQL3.0


( ・∀・)「やあ、いらっしゃい。急に呼び出して悪かったね」

モララーさんに促されるまま個室に入った。ここは確か、持ち込みの時に案内された部屋だ。
用意されていたココアを飲む。外の寒さですっかり冷えた体に、温かいココアが染み渡っていく感覚が心地良い。
モララーさんは黙って僕を見ていた。そのことも、いつもより多分に微笑んでいることも、どこか不気味に感じた。

173名無しさん:2022/11/17(木) 19:54:01 ID:TDzLQL3.0

( ・∀・)「実は、内藤くんに言わなきゃいけないことがあってね」

( ^ω^)「知ってますお」

( ・∀・)「え? もしかしてツン先生に聞いたの?」

頷くと、モララーさんはほっとしたように表情を崩した。嫌な予感がさらに増していく。
ツン先生が巻頭カラーを飾るのだ。おめでたいことなのは知っているのに、どうして僕はこんなに不安なのだろう。

174名無しさん:2022/11/17(木) 19:54:39 ID:TDzLQL3.0

( ・∀・)「知ってるなら話は早いね。まあ、そういうことに決まったから。内藤くんにはもっと早く話しておきたかったけど、コンプライアンスとか色々厳しくてさ。ごめんね」

( ^ω^)「はあ」

一応アシスタントという立場だとしても、僕は部外者だ。ある程度は仕方ないとわかっている。
だけどどうにも大袈裟ではないか。巻頭を飾るかどうかだけで、こんな個室で、しかもこんなに真剣な声で聞かされるものだろうか。

175名無しさん:2022/11/17(木) 19:55:04 ID:TDzLQL3.0

( ・∀・)「それで、内藤くんの次のアシスタント先だけど……ちょっと紹介できる先生がいなくてね」

( ^ω^)「え?」

( ・∀・)「来月まではツン先生からアシスタント料が出るから、そこから先は自分で探すか、ツン先生のツテで……」

( ^ω^)「ま……ってくださいお、次のアシスタント先って……」

( ・∀・)「え? だって、ツン先生から聞いたんでしょ?」

( ・∀・)「『ブーン戦記』はあと三週で打ち切りだって」

176名無しさん:2022/11/17(木) 19:55:24 ID:TDzLQL3.0

意味がわからない。
打ち切りって、『ブン戦』が打ち切り? ありえない。
だって打ち切りって、連載が終わるってことだろ?

( ^ω^)「嘘ですおね? だって『ブン戦』が、なんで? 人気ですお、アニメ化もしましたお。まだ話も途中で、今週号はエクストが復活して」

なんだよ、その目は。嘘だって言えよ。冗談だって笑えよ。
打ち切りってなんだよ。聞いてないよ。

177名無しさん:2022/11/17(木) 19:55:49 ID:TDzLQL3.0

( ・∀・)「内藤くん。最近の『ブーン戦記』の順位、知ってるだろ?」

だからなんだよ。そんなの関係ないだろ。
今はちょっと苦戦してるだけだ。ミーハーな奴らが新しいものばかり持て囃すから、そいつらの声が大きいから。
『ブン戦』は面白いんだよ。なんでわからないんだよ。

( ・∀・)「アンケートもどんどん評価が悪くなってる。まあ、それも当然だよ。こんなこと言っちゃ悪いけど、最近の展開ひどいだろ? エクストもあの死に方だから人気が出たのに、こんなわけのわからない復活させて……」

( ^ω^)「あんたが……あんたがそれを言うのかお。担当だろ……なのに……」

( -∀-)「担当、ねえ。その担当の言うことを聞かなかったのはあの人だからね」

モララーさんは露骨に溜息をついた。
それは長く、深く、溜め込まれた怒りをゆっくり吐き出しているように聞こえた。

178名無しさん:2022/11/17(木) 19:56:20 ID:TDzLQL3.0

( -∀-)「本当にさ……勘弁してほしいよ。自分の描きたいものを描くんだ、自分の作品が一番面白いんだってそればっかり。まぁ、前はそれでも許されてたよ。間違いなくうちの看板作品だったからね」

( -∀-)「でもこんなに落ちぶれちゃもう庇えないね。これでも十分譲歩したよ? 巻頭カラーで載せたいだとか、内容には口出しさせないとか、最後まで我儘まで聞いてやってさ」

( -∀-)「ジョルジュ先生に聞いたよ。内藤くん、手伝いどころか雑用しかやらせてもらえなかったんだって? そんな扱いでよく……」

(# ^ω^)「ツン先生は落ちぶれてなんかいないお!」

ツン先生は天才だ。昔も今もずっとそうだ。
お前もそう言ってたじゃないか。僕が救われたあの読み切りで、そう書いてあったじゃないか。

179名無しさん:2022/11/17(木) 19:57:47 ID:TDzLQL3.0

(#  ω )「どうして最後まで貫けなかったんだお! どうして最後までツン先生を庇わなかった!?」

( ;ω;)「モララーさんにはそれができたのに、僕は、できないのに、どうして……」

男二人が慌てたように駆け寄ってきた。見覚えがある。確かモララーさんの同僚だ。
片方の男が僕を羽交い絞めにして、もう一人がモララーさんを抱き起こす。先程まで僕に首を絞められていたモララーさんが、乾いた咳を漏らす。

(; -∀-)「……これが信者ってやつか。救えないね、本当に」

うるさい。
裏切り者。

180名無しさん:2022/11/17(木) 19:58:15 ID:TDzLQL3.0


放り出されるような形で外に出された。
「もう来ないでくれ」というようなことを言われた。「誰が来るか」と思った。
すぐにタクシーを拾った。先月もらったままの給料が、ほぼ手つかずのまま残っていた。
ツン先生。早く行かないと。僕が支えないと、味方にならないと。
ツン先生。

(; ^ω^)「先生、先生!」

合鍵をしまうことすら煩わしくて、鞄ごと玄関に放り投げた。
まっすぐツン先生の作業部屋に向かった。不躾なノックに、ツン先生はいつもの生返事で応えた。

181名無しさん:2022/11/17(木) 19:58:39 ID:TDzLQL3.0

ξ ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」

(; ^ω^)「今……今モララーさんが……『ブン戦』が打ち切りだって……」

ξ ゚⊿゚)ξ「ああ、そう。聞いたの」

ツン先生は平然とした様子で机に向き直った。散乱している紙を漁って、何かの順番にまとめている。

ξ ゚⊿゚)ξ「これ、残り三週の原稿。読んでみて」

182名無しさん:2022/11/17(木) 19:59:01 ID:TDzLQL3.0

手渡されたのはコピー用紙だった。視線を落とすと、確かに僕が愛してやまない漫画がある。
ツン先生はデジタル派だけれど、完成させたあと一度印刷して読み返すとインタビューに書いてあった。

先週夢中になって読んだ続きだ。
ブーンの宿敵でもあり、作中でも屈指の人気を誇るエクストが奇跡によって復活する。
そうだ、ここからの展開がどうなるのか気になっていたんだ。
ブーンはエクストと共闘して敵を倒す。一体どんな方法で、どんな展開で――

( ^ω^)「…………え?」

183名無しさん:2022/11/17(木) 19:59:41 ID:TDzLQL3.0

(  ω )「……ツン先生、これはなんですかお」

ξ ゚⊿゚)ξ「だから、先週の続きよ。残り三週分の原稿」

(;  ω )「そうじゃありませんお!」

(;  ω )「おかしいですお! なんで……なんでブーンが死んじゃうんですかお!」

184名無しさん:2022/11/17(木) 20:01:03 ID:TDzLQL3.0

ブーンとエクストは真の黒幕の存在を知り、力を合わせることを決めた。
一時的な共闘じゃない。ブーンはエクストの意思の強さを認め、エクストはブーンの優しさという強さを認めた。互いをライバルと認めた故の、本当に熱い共闘だったはずだ。

じゃあなぜエクストが裏切る?
ヒロインのデレがブーンを庇い死ぬ。それに絶望したブーンは無防備になり、呆気なくエクストに殺される。
「黒幕なんて嘘に決まっているだろう」狂ったように笑うエクストのそばには、準ヒロインのヒートが寄り添っている。

ξ ゚⊿゚)ξ「今読んでるところに描いてるじゃない。エクストはブーンを騙していたの。改心したのは嘘で、学園の乗っ取りを虎視眈々と狙っていたのよ」

(;  ω )「そんな……そんなの『ブン戦』じゃないですお!」

ξ ゚⊿゚)ξ「はあ?」

185名無しさん:2022/11/17(木) 20:01:26 ID:TDzLQL3.0

ξ ゚⊿゚)ξ「誰に向かって言ってるの? 作者は私よ。私がそうだと言えばそれが『ブーン戦記』よ」

(;  ω )「こんなの、読者が求めていたものじゃありませんお」

ξ ゚⊿゚)ξ「ねえ、さっきから何様のつもり? あなたはただの読者、それ以上でもそれ以下でもないの。作者に意見する権利があると思ってる?」

少し前まで僕も同じことを思っていた。SNSで評論家ぶったり、ツン先生を批判していた奴らに。
だけどこんな結末はあまりにもひどすぎるじゃないか。

186名無しさん:2022/11/17(木) 20:02:21 ID:TDzLQL3.0

ξ ゚⊿゚)ξ「大体、皆こういう奇を衒ったものが好きでしょ? グロくて、反社会的で、所詮世の中こんなもんなんだって気分が滅入る話。『アナザーゴースト』だってそうじゃない」

やめてください。これ以上台無しにしないでください。
僕の大好きな『ブン戦』を壊さないで。
声が出ない。うずくまって泣く僕を、ツン先生が面倒臭そうに見下ろす。

ξ ⊿ )ξ「自分が一番可哀想だって顔ね。気持ち悪い」

187名無しさん:2022/11/17(木) 20:03:16 ID:TDzLQL3.0

ξ ⊿ )ξ「泣きたいのはこっちのほうよ。私の作品は完璧だったのに。どこで狂ったのよ。人気投票をした時? 『アナザーゴースト』が出てきた時?」

ξ ⊿ )ξ「ファンレターなんて読まなきゃよかった。皆が求めてるから、こうして欲しいって言うから聞いてやったのに」

ξ ⊿ )ξ「だったら……だったらもういらないわよ、こんなもの。あんた達にくれてやるわ、これで満足でしょ?」

ξ# ⊿ )ξ「あんた達の望む通りに作り変えてやったのよ! 喜びなさいよ!!」

188名無しさん:2022/11/17(木) 20:04:16 ID:TDzLQL3.0

ツン先生が膝を折った。僕と同じように床に座り込む。
僕達はしばらくそのまま蹲っていた。
時間が進み始めたのは、ツン先生の呟きがきっかけだった。

ξ ⊿ )ξ「……つらいよ」

ξ ⊿ )ξ「いっそ、漫画なんか」

189名無しさん:2022/11/17(木) 20:04:42 ID:TDzLQL3.0

駄目だ。それ以上言っては。
作者が作り上げた世界を、作者自身が否定したら。
僕の愛した物語を、作者自身が否定したら。

神様が神様でなくなってしまう。

190名無しさん:2022/11/17(木) 20:05:07 ID:TDzLQL3.0


ξ ⊿ )ξ「――――描かなければよかった」

ξ ⊿ )ξ「こんな漫画、最初から描かなければよかったんだ」

そうして僕の世界は壊れた。



.

191名無しさん:2022/11/17(木) 20:06:08 ID:TDzLQL3.0

ξ。 ⊿ )ξ「もう、描くことが苦痛でしかないの」

ツン先生だったものが涙を流している。

ξ。 ⊿ )ξ「知ってるよ。私には才能なんてないってこと。まぐれでヒットしただけで、これを失ったら何も残らないってことも」

神様だったものが弱音を吐いている。

ξ。 ⊿ )ξ「でも、もうつらいんだよ。これ以上苦しみたくないよ」

こんなの神様じゃない。こんなみっともないもの、僕が憧れた神様じゃない。

192名無しさん:2022/11/17(木) 20:06:57 ID:TDzLQL3.0

ξ。 ⊿ )ξ「それでも私に描けって言うなら……描くことを強要するなら……」

だったらこれはなんだ?
床に座り込んで、ぼろぼろになって泣いている、この女は。


ξ ;⊿;)ξ「いっそ、私のこと、殺してよ」

ああ。殺してやるよ。



.

193名無しさん:2022/11/17(木) 20:07:31 ID:TDzLQL3.0


僕が近付いた時も、首に指をかけた時も、ツン先生は抵抗しなかった。
涙に濡れた目で僕を見上げていた。
だから僕は、



.

194名無しさん:2022/11/17(木) 20:08:19 ID:TDzLQL3.0


(#,,゚Д゚)「ふっ……ふざけんじゃねえ!!」

内藤の供述を聞いた埴谷は、関口一番そう激昂した。

(#,,゚Д゚)「お前はそんな理由で津出ツンを殺したっていうのか!? 尊敬する師を、戦友とも呼べる人間を!」

      ・・・・・・・・・・・
(#,,゚Д゚)「そんなつまらない苛立ちなんかで!!」

( ^ω^)

195名無しさん:2022/11/17(木) 20:09:01 ID:TDzLQL3.0

漫画の技術を学ぶため津出ツンのアシスタントになった。
憧れの漫画家のアシスタントという仕事に、大きな喜びを感じていた。
しかしそんなものは最初だけ。

作画に携わらせてもらうどころか、雑用ばかりさせられる毎日。
漫画のアドバイスひとつもらえない環境にストレスが募っていった。
そしてあの日ついに、些細な口論がきっかけで殺害に至った。

それが内藤の供述した内容だった。

196名無しさん:2022/11/17(木) 20:09:40 ID:TDzLQL3.0

埴谷は真面目な男だった。
津出ツンがどんな性格だったのか、恨みを買うような人間だったのか、関係者に聞いて回っていた。

関係者が口を揃えて語る、津出ツンの横柄な態度。
批判されることを嫌い、自分の世界に閉じこもる子供じみた性格。
内藤の作り上げたストーリーを補強するには十分だった。

197名無しさん:2022/11/17(木) 20:10:04 ID:TDzLQL3.0

―――― ξ ;⊿;)ξ「いっそ、私のこと、殺してよ」

祈るように懇願してきた津出ツンの首を、内藤は渾身の力で絞めた。
津出ツンは苦しそうに顔を歪めたが、すぐに体の力を抜いた。
その時の、彼女の顔は。

198名無しさん:2022/11/17(木) 20:12:35 ID:TDzLQL3.0

津出ツンは神のまま死んだ。
数多の読者からの崇拝を一身に受け、人気漫画家のまま生を終えた。

頂点で居続けるということは、追ってくるすべてを排除しなければならないということ。
たった一人で孤独に、ペンをタブレットに叩き付けて。
不規則な生活に身体を病ませながら。
薬を飲み続けながら。

その地獄が、漫画を描く限り永遠に続くことを知っていた。
内藤に殺されることで解放されることを知った。

ξ ー )ξ

だからあの瞬間、津出ツンは笑っていた。

199名無しさん:2022/11/17(木) 20:13:14 ID:TDzLQL3.0

内藤は津出ツンを殺害した後『ブーン戦記』の原稿データを削除した。

『ブーン戦記』に最終回なんて存在しない。
津出ツンは最後まで高潔で、漫画家の鑑たる人物だった。
その尊い命は、アシスタントの凶行により奪われた。

それが内藤の用意したシナリオだった。

200名無しさん:2022/11/17(木) 20:14:08 ID:TDzLQL3.0

( ^ω^)

内藤は薄く笑った。
罪悪感など欠片もなかった。
目の前の男が怒り狂おうが、津出ツンの信者に殺されることになろうが構わなかった。
内藤にとって大切なのは『ブーン戦記』、そしてそれを作り上げた『津出ツン』という偶像を守り続けることだけ。

201名無しさん:2022/11/17(木) 20:15:43 ID:TDzLQL3.0

(#,,゚Д゚)

内藤の目論見通り、埴谷は怒り狂っている。
じきに髭の男がやってくるだろう。その男は埴谷を宥め、別の警察官が自分を拘束し、やがて自分は罪に問われるのだろう。
そのことに恐れはなかった。むしろ幸福すら感じていた。

内藤は自分の信仰心に恍惚とした思いを抱いていた。
津出ツンという神のため人生を投げ出すことに、喜びすら感じていた。

何者にもなれなかった自分が、他の誰にも成し得ない使命を果たした。
自分は神を守り切ったのだと。



.

202名無しさん:2022/11/17(木) 20:16:51 ID:TDzLQL3.0
投下は以上です!ありがとうございました
信仰は用法容量を守って正しくお使いください

203名無しさん:2022/11/17(木) 20:34:26 ID:ezel5ino0
これは名作

204名無しさん:2022/11/17(木) 20:44:43 ID:PjvgRx.o0
寿命が13km伸びた

205名無しさん:2022/11/17(木) 21:00:33 ID:TUV.aRE20
これは強烈…
神様を殺したんじゃなくて守ったんだなあ
乙でした

206名無しさん:2022/11/17(木) 22:33:55 ID:KNbLfDNc0
愛ってすごいなあと作者の作品読むといつも思う
熱狂出来るものがあるって本当に用法容量が大事なんだな
乙でした

207名無しさん:2022/11/18(金) 00:05:02 ID:kTs.DakA0

感情がどろどろしててむちゃくちゃ嫌なんだが「自分は神を守り切ったのだと。」この考え方めちゃくちゃ好き
ブーン戦記はある意味伝説の作品になっちゃったんだな

208名無しさん:2022/11/18(金) 01:19:03 ID:V6PYWCPs0
内藤やツンには憧れや熱意が間違った方へ行ったことに同情を覚えるがモララーは・・・

自分には乗りこなせないじゃじゃ馬がいつか事故を起こすことを確信しながら
「言うこと聞かないならどうにでもなれ」と放置しているような冷酷さを感じる

モララーは2人の顛末について何を思うのだろう?
警察やマスコミ、編集部の人から2人について聞かれたら何と答えるのだろう?

209名無しさん:2022/11/18(金) 12:36:14 ID:lNXrGlgk0
otsu

210名無しさん:2022/11/18(金) 16:54:35 ID:mxOFBWds0
乙乙
めっちゃ良かった読み直してきます。


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