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( ^ω^)僕が神様を殺すまで のようです
1
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:28:43 ID:NCIPYs4o0
(0)
漫画家・津出ツンが殺害されたというニュースは瞬く間に広がった。
アニメ化まで果たした作品を持つ漫画家の死。
読者や関係者はもとより、さらに広く人々に知らしめたのは「アシスタントによる犯行」というショッキングな内容だった。
津出ツンは、苦楽を共にした戦友とも呼べる人間に殺された。
ましてやそれが異性ともなれば、やれ痴情の縺れだ爛れた関係だと囃し立てられることは想像に難くない。
元アシスタントもとい容疑者、内藤ホライゾンは身柄を拘束され、奏作警察署で取り調べを受けていた。
2
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:29:10 ID:NCIPYs4o0
依然として黙秘を貫く内藤ホライゾンを見て、埴谷ギコは露骨に溜息をついた。
節くれだった指が机に何度も押し付けられ、その度にこつこつと音を立てる。
(,,゚Д゚)「漫画なんざ最近とんと読んでなかったけどよ。昨日読んだぜ、津出ツンの『ブーン戦記』」
(,,゚Д゚)「少年漫画だってナメてたが、面白かった。毎週欠かさず描き上げてたんだろ? 大したもんだよ」
(,,゚Д゚)「それを生み出す漫画家とアシスタントっていやぁ、相当大変だったろ。ただの上司部下の関係じゃない、絆ってもんもあっただろ」
(,,゚Д゚)「それをあんなにしちまうなんて、ひでぇじゃねえか」
3
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:29:49 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)
内藤は黙秘を続けている。
にやけたような表情は彼の生来だが、この状況でもそれを崩さないのは些か異常だった。
(#,,゚Д゚)「おい! 聞いてんのか!」
扉が開いて、髭を蓄えた男が部屋に入ってきた。
埴谷を宥めるように、あるいは叱責するように諭す。内藤はそれを黙って見ている。
ややあって埴谷が男に頭を下げた。「すみません、冷静になります」押し殺すような声。
男は軽く頷いて退室した。
再び部屋はしんと静まり返る。
4
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:30:16 ID:NCIPYs4o0
(,,゚Д゚)「悪いな。昔からすぐ熱くなっちまうんだ。新人の頃から、何度も直せって言われてんだが」
埴谷が歯を見せて笑う。
内藤は彼なりの気遣いでほんの少しだけ口角を上げたが、あまりに些末な変化だったため埴谷は気付かなかった。
先程までとは打って変わって、埴谷は笑顔で内藤に話しかけた。
まるで旧友に語りかけるような親しみが込められた言葉にも、内藤は相槌すら打たない。
5
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:30:47 ID:NCIPYs4o0
(,,゚Д゚)「さっきのおっさん、俺の兄貴なんだ。見た目も態度もデケェけど、正義感があっていい奴だよ」
(,,゚Д゚)「今でこそ素直に尊敬してるけど、ガキの頃はよく喧嘩してたな」
(,,゚Д゚)「常に一緒にいるからこそ、いつも仲良くできるわけじゃねえ。それはわかる」
(,,゚Д゚)「だからってあれは違うだろ。してはならないことだろ?」
(,,゚Д゚)「答えろ。どうして津出ツンを殺した」
( ^ω^)
そして内藤ホライゾンは口を開いた。
.
6
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:31:16 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)僕が神様を殺すまで のようです
.
7
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:32:07 ID:NCIPYs4o0
(1)
( ・∀・)「うーん……」
(; ^ω^)「ど、どうですかお?」
( ・∀・)「悪くないよ。初めての持ち込みにしてはなかなかのレベルだ」
( ・∀・)「……だけどね、君もあれでしょ。ツン先生に憧れて漫画家目指したクチでしょ?」
(; ^ω^)「おっ!?」
( ・∀・)「やっぱり」
8
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:32:31 ID:NCIPYs4o0
(; ^ω^)「な、なんでわかったんですかお? 僕がツン先生のファンだって……」
( ・∀・)「そりゃあ似てるもの。ストーリーの構成とかコマ割りとか、何より絵柄が」
(; ^ω^)「……やっぱり、編集さんにはそういうのってわかっちゃうんですおね」
( ・∀・)「僕がツン先生の担当編集者ってこともあるだろうけどね」
( ・∀・)「でもまあ、君だけじゃないよ。あの人に影響されてるのは」
( ^ω^)「そうですかお……」
9
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:33:23 ID:NCIPYs4o0
( ・∀・)「でもそっかー、ツン先生のファンねえ……」
( ・∀・)「……」
( ^ω^)「……? どうしたんですかお?」
( ・∀・)「内藤くん。君、一人暮らしって言ってたよね?」
( ^ω^)「お? はい、そうですお」
( ・∀・)「漫画家になるために、バイトを掛け持ちして食い繋いでいるとも」
(; ^ω^)「お恥ずかしながら、はい」
10
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:34:17 ID:NCIPYs4o0
( ・∀・)「んー……男性か……でもまあ、それで作品の幅が広がる可能性も……」
( ^ω^)「?」
( ・∀・)「ああ、ごめんね。あのさ、内藤くん」
( ・∀・)「ツン先生のアシスタントになる気はない?」
.
11
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:36:06 ID:NCIPYs4o0
―――― ( ・∀・)「先生には話しておいたから、行ってくるといいよ。これ合鍵」
―――― ( ・∀・)「留守だったら? ああ、それは気にしなくていいよ。多分っていうか絶対家にいるから。うん」
( ^ω^)(……って、モララーさんは言ってたけど)
( ^ω^)(本当にいいのかお? 面識もない状態で合鍵までもらって……)
( ^ω^)(……それに、モララーさんが最後に言ってたこと)
―――― ( ・∀・)「ちょっと変わった人だけど、ま、頑張ってね」
(; ^ω^)(あんなことわざわざ言うなんて、相当変わった人ってことだおね……?)
12
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:36:54 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)(でも、了承した以上行くしかないお)
(* ^ω^)(それに、ツン先生に会えるなんて……夢みたいだお!!)
(* ^ω^)(挨拶も考えたし、手土産も用意したし、サイン色紙も持った!)
(; ^ω^)(……サイン色紙は、ミーハーって思われるかもだけど)
(* ^ω^)(はぁ……あのツン先生に、本当に会えるんだお……)
13
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:37:24 ID:NCIPYs4o0
世界には――特にこの日本という国には――漫画という素晴らしい文化がある。
そして当然、それを生み出す漫画家という素晴らしい人達もいる。
そんな人達の中で今、人気の頂点にいる人。
僕がもっとも尊敬している人。
それが津出ツン先生。
彗星の如く現れ、瞬く間に『週刊少年ヴィップ』の看板作家まで登り詰めた天才漫画家だ。
14
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:37:49 ID:NCIPYs4o0
僕がその存在を知ったのは二十歳の時。
「天才現る」と書かれたページを、大して期待もせずに捲った。
こういうコメントはだいたい大袈裟に書かれるものだと知っていた。
事実その漫画はとてもありふれたストーリーで、読むのをやめるか迷ったほどだった。
特殊能力を持つ少年少女が、学園内外の様々な敵と戦う話。
手垢まみれで目新しさなど欠片もない。そう思っていたはずなのに。
15
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:38:15 ID:NCIPYs4o0
いつの間にか夢中になって読んでいた。
キャラクターの鬼気迫る表情、熱い台詞、すべてに惹かれていた。呼吸すら忘れて、一心不乱にコマを追った。
主人公が叫ぶ。敵に向かって走る。剣戟が始まる。そんなありふれたワンシーンですら「負けるな」と叫びそうになってしまう。
幼い頃にヒーローショーでヒーローを応援したように。
読み終わった後、僕の目からは涙が流れていた。
長年親しんでいた漫画が完結していたわけでもない。お気に入りのキャラクターが死んだわけでもない。それなのに涙が止まらなかった。
16
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:38:50 ID:NCIPYs4o0
衝撃を受けたのは僕だけではなかった。
読み切りとして掲載されたその漫画――『ブーン戦記』は、あまりの人気ぶりに連載化が決まった。
読者からの反応で掲載順位が変わるヴィップという雑誌で、前から三番目を下回ったことはない。単行本は発売日に品切れ、アニメの円盤も好調だった。
そんな傑作を生み出した漫画家に、僕は今から会う。
.
17
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:39:31 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「お、お邪魔しますお」
(; ^ω^)(……留守なのかおね?)
(; ^ω^)(でも、モララーさんは「絶対家にいる」って言ってたし……)
( ^ω^)「あの、すみません! モララーさんの紹介で来た、内藤ですけど!」
返事はない。それどころか物音さえない。
漫画家という職業がいくら家仕事とはいえ、コンビニかどこかに出掛けている可能性もある。
とはいえ玄関までお邪魔した手前、もう一度出るわけにもいかない。
(; ^ω^)「……失礼しますおー……」
散々迷った末、僕は靴を脱いだ。
18
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:40:09 ID:NCIPYs4o0
廊下を抜けた先にはダイニングがあった。傾き始めた陽が部屋を照らしている。
カウンタータイプのキッチンも、ダイニングテーブルも、使い込まれた風ではなかった。
テーブルに添えられたチェアが一つしかないのを見て、ここにはツン先生一人しか住んでいないことを知った。
(; ^ω^)(一人暮らしで3LDKって、すごいお……)
駅から徒歩圏内という立地でこの間取り。相当な家賃が掛かりそうだが、これも人気漫画家の成せる業か。
自分には到底、真似できそうもない。
19
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:40:41 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)(あ、そうだ。別の部屋で作業中なのかもしれないお)
作業に集中しているのだろうか。そうであれば僕の声が聞こえないのも当然だ。
ダイニングを抜けると部屋があった。ドアはしっかり閉じられていて、僕の侵入を拒んでいるようにも見えた。
(; ^ω^)(……ここに、ツン先生が……)
ドアの前に立って耳をそばだてた。
――――物音はない。ただ、人の気配はある。
恐る恐るノックをすると、中にいる『誰か』が反応したのか、僅かに雰囲気が変わった。
20
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:41:05 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「あの……お邪魔してますお。モララーさんから紹介されて来ましたお」
無言。
ひょっとして不在なのか。気配があるように感じたのも、雰囲気が変わったように思ったのも、僕の勘違いだったのか。
じわじわと羞恥心が芽生え始めた頃、ドアの向こうから「ええ」と声がした。
「話は聞いてるわ。入っていいわよ」
(; ^ω^)「っ!!」
(; ^ω^)「……失礼しますお」
21
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:41:29 ID:NCIPYs4o0
ドアの向こうには、違う世界が広がっていた。
まず目を引かれたのは、部屋の左右に置かれた本棚。
天井に届くほどの高さだ。その上、隙間がないほどぎっしり中身が詰め込まれている。
そこから溢れ出したかのように、床のあちこちにも本が積まれてた。
22
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:41:57 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ
部屋の奥に、僕とそう変わらない年頃の女性が座っていた。
夕日に照らされていて顔はよく見えなかった。
それでもわかった。言葉を交わさなくても理解できた。
この人が僕の尊敬してやまない、ツン先生その人だということを。
23
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:42:23 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「モララーから聞いてるわ。アシスタントを一人寄越すって」
ツン先生はにこりとも笑わずにそう言った。
淡々とした物言いを、冷たいとか怖いとか、そういう風に思うことはなかった。
僕はただ馬鹿みたいに口を開けて突っ立っていた。
あのツン先生が目の前にいる。喋っている。しかも、自分に向かって。
24
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:42:48 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「居座るのは構わないけど、邪魔だけはしないで頂戴」
(; ^ω^)「あ、あの……」
ξ ゚⊿゚)ξ「ああ、それと。この家にいる間はスマホの電源を切って、私に渡して」
(; ^ω^)「スマホ……?」
ξ ゚⊿゚)ξ「前に原稿を盗撮した奴がいたの。即刻追い出してやったわ」
ツン先生はパソコンに向き直った。話は終わったということだろうか。
僕はしばらく呆然とした後、ツン先生の言葉を思い出し慌ててスマホの電源を落とした。
25
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:43:18 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「あの、僕は何をすれば」
ξ ゚⊿゚)ξ「何もしなくていい。いえ、むしろ何もしないことがあなたの仕事と言ってもいいわね」
( ^ω^)「僕、漫画を描いてるので、少しなら原稿のお手伝いも……」
ξ ゚⊿゚)ξ「邪魔だけはしないでって、さっき言ったはずよ」
(; ^ω^)「す、すみませんお!……失礼しますお」
取り付く島もないとは、まさにこんな状況を指すのだと思う。
スマホをツン先生に渡して部屋を出た。
26
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:43:54 ID:NCIPYs4o0
ダイニングに戻った後、お土産の包みを解いた。
デパートで買った最中だ。自分で開封するのもどうかと思ったが、取り出せる状態にして机に置いた。
( ^ω^)(モララーさんが言ってた通り、少し変わった人だお)
幻滅したという気持ちはなかった。
ツン先生が風変わりな人だということは、週刊少年ヴィップの読者なら誰もが知っていることだ。
ヴィップの巻末には作家達のコメントが載せられている。誰もが親しみやすい文章を綴る中、ツン先生は素っ気ない一文だけ、というのも珍しくなかった。
27
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:44:22 ID:NCIPYs4o0
(* ^ω^)(あの部屋から『ブン戦』が生まれてるのかお……)
部屋に入った時、ツン先生のデスクが少しだけ見えた。
高価そうなパソコンと液晶タブレット。それを見た瞬間「自分の憧れがここから生み出されている」と急に現実味が帯びてきて、体が震えた。
撮影を試みた人がいたというのも、わからないこともないと思った。
( ^ω^)(……邪魔だけはしないでってことは、邪魔をしなければいいんだおね)
僕は食器が積まれた戸棚に手を伸ばした。
28
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:44:44 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「ツン先生、入ってもいいですかお?」
「手短になら」
ツン先生は先程と同じ姿勢のままタブレットにペンを走らせていた。
肩越しに見える画面には、薄いグレーの線でキャラクターが描かれている。
夢にまで見た生原稿に、今日一番胸が高鳴った。
ξ ゚⊿゚)ξ「要件は何?」
(*; ^ω^)「え? あっ、すみませんお!」
29
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:45:04 ID:NCIPYs4o0
持ってきたものをお盆ごと差し出した。
コーヒーがなみなみ注がれたマグカップと、並んだ最中が二つ。
ツン先生はそれをちらりと見遣って、少し不審そうな顔をした。
(; ^ω^)「し、食器、勝手にお借りしましたお。すみませんお」
ξ ゚⊿゚)ξ「……それは構わないけど、この最中は?」
( ^ω^)「あ! それは僕が持ってきたお土産ですお!」
(; ^ω^)「もしかして、最中お嫌いでしたかお?」
ξ ゚⊿゚)ξ「いいえ、甘いものは好き。いただくわ」
30
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:45:53 ID:NCIPYs4o0
ツン先生はお盆を受け取って、また作業に戻った。
このまま部屋を出ようか迷ったけれど、結局興味が勝って本棚に視線を送る。
改めて見ると、本棚にあるのはほとんどが漫画だった。
並んだタイトルは有名なものばかりで、僕が好きなものもいくつか混じっていた。
( ^ω^)(……というか、有名なものしかない、のかお?)
どれもアニメ化や舞台化したような有名作品ばかりで、いわゆるマイナー作品は並んでない。
思考を巡らせる僕に、ツン先生が「ねえ」と声を掛けた。体が飛び上がった。
31
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:46:23 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「いつまでいるつもり?」
(; ^ω^)「あっ、す、すみませんお! お仕事の邪魔を!」
ξ ゚⊿゚)ξ「邪魔にはなってないけど」
(; ^ω^)「僕、ツン先生のファンなんですお。だからその、興味があって……すみませんですお」
ξ ゚⊿゚)ξ「……」
32
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:46:50 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「あ、まだちゃんと名乗ってませんでしたおね。僕、内藤ホライゾンと申しますお」
(* ^ω^)「憧れのツン先生のアシスタントができるなんて光栄ですお! ご指導ご鞭撻、お願いしますですお!」
(* ^ω^)「絶対にツン先生の邪魔はしないし、何か用があったらいつでも呼びつけてくださいですお」
ξ ゚⊿゚)ξ「ええ。用があったらね」
(* ^ω^)「よろしくお願いしますお!」
33
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:47:27 ID:NCIPYs4o0
再びダイニングに戻ったあと、うるさく鳴る心臓を落ち着かせた。
せっかく用意した挨拶も半分以上飛んでしまった。だけどそのわりには、うまくできたと思う。
さてどうしようと考えて、この部屋にテレビがないことに気付いた。
となると暇を潰せるのはスマホくらいだが、それもツン先生の部屋で物言わぬ機械と化している。
掃除をしたり、コーヒーを淹れ直したり、仕事とも呼べない雑務を終えて帰宅した。
最後に挨拶に行った時、ツン先生から返ってきたのは生返事だった。
34
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:48:01 ID:NCIPYs4o0
( ・∀・)「どう? 憧れのツン先生に会えた感想は」
(* ^ω^)「最高ですお! 芸術家気質というかカリスマ性のある方で、やっぱりツン先生は天才だと思いましたお!」
( ・∀・)「ははっ。これ以上ないくらいの誉め言葉だね」
( ^ω^)「アシスタントの方って、僕の前にもいたんですおね。撮影されそうになったとか……」
( ・∀・)「ああ、あったね。その人以外にもアシスタントはいたよ。みんなすぐ辞めちゃったけど」
35
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:49:51 ID:NCIPYs4o0
その人達はツン先生に幻滅してしまったのだろうか。せっかくツン先生のアシスタントになれたのに、もったいないことだ。
モララーさんはコーヒーを飲みながら、愉快そうに僕の話を聞いている。
( ^ω^)「でも本当にいいんですかお? こんなにたくさんアシスタント代いただいて」
( ・∀・)「ツン先生が払うって言うんだから貰っておきなよ。お金はあったほうがいいでしょ?」
( ^ω^)「でも……」
( ・∀・)「ちょっと不謹慎だけどさ、ツン先生が倒れた時の保険ってやつだよ」
「まぁツン先生は若いから大丈夫だろうけど」と付け足された。
早世してしまう漫画家の話はよく聞く。不規則な生活だとか運動不足が祟ってしまうのだろう。
健康グッズを差し入れるべきか、少し悩んだ。
36
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:50:23 ID:NCIPYs4o0
(2)
( ^ω^)「お邪魔しますお」
相変わらず返事はない。
いつもと違うことといえば、机の上におにぎりが並んでいることくらいか。
家事代行の都村さんだろう。僕の分まで用意されているのがありがたかった。
( ^ω^)(ちょうど小腹も減る時間だし、ツン先生におにぎり届けるお)
おにぎりとお茶を持ってツン先生の作業部屋に向かった。
もしも許されるなら、今週分の『ブン戦』の感想を述べてもいいだろうか。作業の邪魔になってしまうだろうか。
そんなことを考えながらノックをしたけれど――返事がない。
37
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:51:02 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)(……?)
( ^ω^)「先生、内藤ですお。よかったらおにぎりとお茶を……」
そこまで言った時、中で物音がした。
本を落としたとかキーボードを叩いたような音ではなかった。もっと大きな、重いものを投げ捨てたような。
モララーさんの言葉が、ふいに脳裏を過ぎった。
(; ^ω^)「……失礼しますお!」
38
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:51:28 ID:NCIPYs4o0
ξ; ⊿ )ξ
(; ゚ω゚)「先生!!」
ツン先生が、床に倒れてた。
立ち上がろうとしてバランスを崩したのだろうか。椅子も無造作に転がっている。
すぐに駆け寄ってツン先生を抱き起こした。柔らかい体にときめく余裕なんてない。
抱き上げた体は驚くほど熱かった。
肩で息をしているのに呼吸音は小さい。どう見ても異常だった。
39
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:52:13 ID:NCIPYs4o0
ξ; ⊿ )ξ「なんでも、ないわ」
(; ゚ω゚)「そんなわけありませんお! き、救急車……」
ξ; ⊿ )ξ「やめて。邪魔をしないで」
ツン先生は顔を顰めて、僕の腕から逃れた。
まるで力の入っていない手足を支えに、なんとか立ち上がる。
ξ; ⊿ )ξ「ただの風邪よ……まだ原稿が終わってないの」
ツン先生の足がデスクに向かう。
40
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:52:41 ID:NCIPYs4o0
(; ^ω^)「駄目ですお……休んでくださいお」
ξ; ⊿ )ξ「締め切りは明後日よ。そんな暇ないわ」
(; ^ω^)「ツン先生なら大丈夫ですお! 一日あればペン入れできるって、インタビューで仰ってましたお!」
ツン先生が振り返って僕を見た。
高熱で弱っているはずなのに、その視線は射抜くように強い。僕はまた身動きが取れなくなる。
41
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:53:36 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「カラーの色塗りも残ってる。それも入れたら、一日じゃ終わらない」
(; ^ω^)「せめて夜まで休んでくださいお! 昨日見た時カラーは8割くらい終わってましたお! ツン先生のスピードなら間に合いますお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「……随分、私に詳しいのね」
皮肉ではなくて、純粋に出た言葉のようだった。
ツン先生の棘がない声を聞いたのは、それが初めてだったと思う。
42
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:54:03 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「……当たり前ですお。僕はツン先生のファンですから」
ξ ゚⊿゚)ξ「……」
( ^ω^)「ファンが作者に口出しする権利なんてないって知ってますお。だけど……ツン先生が、心配なんですお」
( ^ω^)「もしも休んでいただけるなら、精一杯看病しますお。だけどもしも、休まないって仰るなら……」
( ^ω^)「……僕のことをクビにしてくださいお。ツン先生のお役に立てないなら、僕は必要ありませんお」
43
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:54:39 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「……」
ξ ゚⊿゚)ξ「六時まで休むわ。薬を買ってきて」
( ^ω^)「! ツン先生……」
ξ ゚⊿゚)ξ「あなたに従うわけじゃない。今無理したら次の締め切りにも響くかもしれない、だから今休んだほうがいい。そう判断しただけよ」
(* ^ω^)「当然ですお! すぐ買ってきますお!」
44
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:55:07 ID:NCIPYs4o0
マンションを出てすぐのコンビニに駆け込んだ。
風邪薬もアクエリアスも冷えピタもおかゆもすぐに見つかった。コンビニにこれほど感謝したことはなかった。
ξ ゚⊿゚)ξ「ねえ」
おかゆのパウチを温めていると、いつの間にかツン先生が後ろにいた。
寝巻に毛布を羽織っている姿は病人そのものだけれど、顔色には血色が戻りつつある。
45
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:55:28 ID:NCIPYs4o0
(; ^ω^)「寝てないとダメですお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「わかってるわよ。これを渡しに来ただけ」
( ^ω^)「お? これ……」
手渡されたのは、僕のスマホだった。
この家にいる間はツン先生に預けるのがルールだったはず。
意図を測りかねている僕に、ツン先生は淡々と言葉を続ける。
46
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:55:54 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「今日みたいに……いえ、今日以上に私の具合が悪くなって、意識を失ったとして。スマホがなかったら救急車も呼べないでしょ」
( ^ω^)「お……」
ξ ゚⊿゚)ξ「あなたは盗撮しなさそうだし、いいわ」
(* ^ω^)「あ、ありがとうございますお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「どうしてお礼を言うの?……変な人」
ツン先生は不思議そうに首を傾げて寝室に戻って行った。
47
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:56:54 ID:NCIPYs4o0
ドアをノックすると、すぐにツン先生の返事が聞こえた。
( ^ω^)「薬と一緒におかゆも買ってきましたお。食欲があればと思って……」
ξ ゚⊿゚)ξ「ちょうどお腹が減ってたの。いただくわ」
ツン先生は僕から器を受け取ってすぐ食べ始めた。
今まで何度も食事やおやつを差し入れたけれど、こうして実際に食べているところを見るのは初めてだ。
48
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:57:46 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「さっきの、インタビューの話」
(; ^ω^)「あっ、はい!」
ξ ゚⊿゚)ξ「あんなの覚えてる人いたのね。随分前の特集だし、一ページしかなかったのに」
(* ^ω^)「ファンの間では有名ですお! ツン先生がインタビューに応じたの、あれっきりですから!」
49
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:58:15 ID:NCIPYs4o0
ツン先生がデビューしたばかりの頃、インタビュー記事が組まれた。
『ブーン戦記』の次のページに掲載された、ともすれば読み飛ばしてしまいそうなほど小さな特集。
あの記事をリアルタイムで読んだと言えば古参アピールになるほどだ。
ξ ゚⊿゚)ξ「期待の新人なんて言われてたし、何より私が女だったからあんな特集を組んだんでしょうね。写真も頼まれたけど断ったわ」
(; ^ω^)「正しい判断だったと思いますお」
ξ ゚⊿゚)ξ「自分でもそう思う。だから今はインタビューは全部断ってる」
ξ ゚⊿゚)ξ「変なフィルターは通さずに、作品をありのまま見てほしいから」
50
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:58:56 ID:NCIPYs4o0
アシスタント生活でわかったことがある。
それはツン先生の、作品に対する真摯さだ。
仕事熱心なんて生易しいものじゃない。もはや執着や執念と言ってもいい。
体を引きずってでも机に向かおうとする姿は、まさに理想の漫画家の体現だった。
( ^ω^)「早く元気になってくださいお。僕も他のファンも、ツン先生の健康が一番大切ですお」
ξ ゚⊿゚)ξ「わかってる。これを食べたらすぐ寝るわ」
ツン先生は淀みなくスプーンを口に運び続けている。器の中身も半分ほど減っていた。
これだけ食欲があるなら体調もすぐに良くなるはずだ。
安堵するのと同時に「今が話しかけるチャンスかも」という邪な思いが浮かんだ。
僕はきっと浮かれていたのだろう。こんなにもツン先生と長く話すことは初めてだったから。
51
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 19:59:34 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「あの……ツン先生」
ξ ゚⊿゚)ξ「何?」
(* ^ω^)「せ、先週の『ブン戦』読みましたお! いつも通り、いや、いつも以上に面白かったですお!」
感想を直接伝えることがこんなにも緊張するものだなんて知らなかった。
好きな漫画は何かと問われたら迷いなく挙げる作品だし、ましてや伝える相手は尊敬してやまない人だ。
一瞬で汗が噴き出た。多分気持ち悪い顔になっていたと思う。
52
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:00:32 ID:NCIPYs4o0
ツン先生はというと「きょとん」という顔をしていた。
この人もこんな表情をするのか、と思った。
ξ ゚⊿゚)ξ「……そう。具体的にはどの辺りが?」
(* ^ω^)「そりゃもう展開が熱すぎましたお! エクストの叫びが心にきて、ちょっと泣きかけましたお!」
『ブーン戦記』は学園を舞台にしたバトル漫画だ。
今週は主人公ブーンが敵対学園の生徒エクストと決闘する話だった。
僕も、他の読者も、当然主人公であるブーンに感情移入している。
話の展開的にブーンが負けるはずがないこともわかっている。
それでも、エクストが敗れたときは胸が苦しくなった。
53
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:01:17 ID:NCIPYs4o0
(* ^ω^)「やっぱりここ数週間でエクスト側のストーリーを差し込まれたことが大きかったですお」
(* ^ω^)「生い立ちとか背負うものとか……それを知ったからこそ今週の重みが増すし、ツン先生はやっぱり感情移入させるのが巧すぎますお!」
(* ^ω^)「単行本のおまけに載ってた番外編もここで活きましたおね! もしかしてあれはこの展開になることを前提に作られたんですかお!?」
ξ ゚⊿゚)ξ「……」
(; ^ω^)「あ……すみませんお」
ξ ゚⊿゚)ξ「いえ、大丈夫。少し驚いただけ」
54
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:01:49 ID:NCIPYs4o0
思わず俯いた。顔から火が出そうなほどに熱い。
具合の悪い相手に捲し立てて、恥ずかしいにも程がある。
「これだからオタクは周りが見えない」と嫌悪されても仕方がない。
ξ ゚⊿゚)ξ「番外編との繋がりに気付く人、いたのね」
( ^ω^)「お……?」
ξ ゚⊿゚)ξ「三巻の巻末に入れたやつでしょ。よくわかったわね」
(* ^ω^)「も、もちろんですお! 僕だけじゃなく他のファンも気付いてるし、絶賛してますお!」
55
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:02:16 ID:NCIPYs4o0
( ^ω^)「あの、ツン先生はファンの反応をご覧になったり……」
ξ ゚⊿゚)ξ「しないわ」
(; ^ω^)「そ、そうですかお」
ツン先生は今時の漫画家に珍しく、SNSのアカウントを持っていない。
この様子だとファンレターも読んでいないだろう。
56
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:02:57 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「『ブーン戦記』は、最終回のプロットまで完成してるの」
(; ^ω^)「そうなんですかお!?」
ξ ゚⊿゚)ξ「ええ。毎週そのプロットに沿って描いてるわ」
ξ ゚⊿゚)ξ「読者の反応を見ないのは、それを曲げたくないから」
ξ ゚⊿゚)ξ「『こうだったらいいのに』『こうなったらいいのに』って反応を見てしまえば、無意識にそっちに寄せてしまうかもしれない」
ξ ゚⊿゚)ξ「だから見ないって決めてるの。私はあのプロットが最高だと信じてるし、一ミリも変えたくないから」
57
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:03:26 ID:NCIPYs4o0
(* ^ω^)「……すごいですお」
ξ ゚⊿゚)ξ「まぁ、単純に読者の反応に興味がないっていうのもあるけど」
(* ^ω^)「それもすごいですお! ツン先生、流石ですお!」
自分の好きな作品は、確固たる信念の下に作られていたこと。
それを語るツン先生が凛としていてとても美しかったこと。
何よりも、この話を聞けたファンは世界中で僕一人だけだということ。
たまらなく嬉しかった。
好きでいてよかったと、心から思った。
58
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:03:58 ID:NCIPYs4o0
(* ^ω^)「あ、あの、よかったら他にもお話聞きたいですお! 面白い漫画を描くコツとか、『ブン戦』の裏話とか!」
ξ ゚⊿゚)ξ「……それは構わないけど、一旦休んでもいいかしら? 食事も終わったし」
(; ^ω^)「あ! す、すみませんお!」
ツン先生の器はとっくに空になっていた。お盆を受け取って、頭を下げる。
(; ^ω^)「気が利かなくてすみませんお……ゆっくり休んでくださいお」
ξ ゚⊿゚)ξ「ええ。おやすみ」
59
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:04:24 ID:NCIPYs4o0
ツン先生が布団に潜ったのを見届けて、ドアノブに手を伸ばす。
それを待っていたように、ツン先生が「内藤」と声を上げた。
ξ ゚⊿゚)ξ「……おかゆ、助かったわ。ありがとう」
(* ^ω^)「! ど、どういたしましてですお!」
60
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:05:19 ID:NCIPYs4o0
キッチンに戻ったあともぼうっとしていて、うっかりお盆を落としそうになった。
お粥の器を洗いながら、ツン先生との会話を反芻する。
こんなに長く話したのも、名前を呼ばれるのも、お礼を言われるのも、初めてだった。
心臓がふわふわと浮いているような感覚だ。落ち着かない。だけど嫌じゃない。
ひょっとして僕はツン先生に恋でもしたのだろうかと思った。少し考えて、それは違うと思い直した。
あの時の衝撃は恋に落ちたというよりも、まるで奇跡が起こったような感覚だったから。
61
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:06:19 ID:NCIPYs4o0
六時まで休むと言っていたツン先生は、結局その時間になっても起きてくることはなかった。
翌日の昼、出勤した僕に「十三時間も寝てしまった」とぼやいていたが、顔色はだいぶ良くなっていた。やはり疲労が原因だったのだろう。
(* ^ω^)「ツン先生、今週の『ブン戦』も面白かったですお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「そう」
(* ^ω^)「僕デレ推しだから、デレのメイン回でめちゃくちゃ嬉しかったですお……単行本三冊買っちゃいそうですお」
ξ ゚⊿゚)ξ「三冊……」
62
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:06:43 ID:NCIPYs4o0
あれ以来、僕とツン先生はそれなりに会話を重ねるようになっていた。
僕が恐る恐る話しかけて、ツン先生がそれに答えて、僕がヒートアップするというのがお決まりの流れではあるけれど。
それでもツン先生の物言いや雰囲気が柔らかくなったのは、きっと気のせいじゃない。
少しずつ信頼を任されているんだと思うと、嬉しかった。
63
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:07:03 ID:NCIPYs4o0
( ´ω`)「あんなに可愛いのに、人気投票ではいまいち順位が低いのが謎ですお……SNSもヒート推しの人が多いし……」
ξ ゚⊿゚)ξ「へえ。ヒートも人気投票では五位だったけど、ネットの意見はまた違うのね」
( ^ω^)「ヒートも可愛いから気持ちはわかりますお。もっとデレを人気にできるように布教頑張りますお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「……」
64
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:07:27 ID:NCIPYs4o0
ξ ゚⊿゚)ξ「……どこにも出してないし、これからも出すつもりのない裏設定だけど」
ξ ゚⊿゚)ξ「デレが左利きっていうのは知ってるわよね? でも単行本六巻の……ブーンと買い物に行く話では、右手に買い物袋を持っているの」
ξ ゚⊿゚)ξ「それは、もしかしたらブーンと手を繋げるかもしれないって考えたから。ブーンも左利きだから左手に持ってるでしょう」
(* ^ω^)「ああ! だからブーンの右側を歩いてたんですおね!」
65
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:08:39 ID:NCIPYs4o0
ツン先生は自分の作品を、キャラクターを、心から愛していた。
壮大な世界観の裏にはとんでもなく緻密な設定が練られていた。
キャラクターのバックボーンも、驚くほど深く考えられていた。
一切の妥協もなく作られた作品だからこそ、多くの読者の心を掴んだのだろう。
そんな作品に出会えた自分はとても幸せだと思った。
ましてやこうして会話を交わして、推しキャラの裏設定まで教えてもらえるなんて――自分はなんて幸福な人間なのだろう。
(* ^ω^)「デレは普段強気だけど、乙女な一面も持ってるのが最高ですお。ブーンと幸せになってほしいですお」
ξ ゚⊿゚)ξ「そうね……ネタバレはしないけど、楽しみにしてて」
(* ^ω^)「おっおっ」
66
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:09:11 ID:NCIPYs4o0
会話がひと段落して、自分がかなりの時間ツン先生の手を止めてしまっていたことに気付いた。
慌てて謝るとツン先生は「別に」と答えた。少し間を置いて、また口を開く。
ξ ゚⊿゚)ξ「……人と話すっていうのも、気分転換になる……かも」
(* ^ω^)「ツン先生のお役に立てたならよかったですお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「そういえば、ファンレターが溜まってきたらしいの。取ってきてもらえる?」
( ^ω^)「あ、じゃあ今から行ってきますお。ちょうどお昼は外に行こうと思ってたので」
ξ ゚⊿゚)ξ「助かるわ。モララーは郵送するって言うけど、チャイムを鳴らされるのって嫌いなの」
67
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:09:32 ID:NCIPYs4o0
週刊少年ヴィップの編集部は、ここから二駅先にある。
きっとまたダンボールで渡されるだろうからと、帰りのタクシー代をもらった。
丁寧にお礼を言ったあと、僕はマンションを出て編集部に向かった。
( ・∀・)「やあ、待たせたね。申し訳ない」
( ^ω^)「いえ、そんなことは」
( ・∀・)「これ例のファンレター。持って帰れそう?」
( ^ω^)「ツン先生にタクシー代頂いてるので大丈夫ですお」
68
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:10:33 ID:NCIPYs4o0
予想通りダンボールで渡されたことに笑ってしまいそうになる。
これも一切読まれることなく部屋に積まれるのだろう。
頑張って書いたファンには申し訳ないけれど、仕方ない。ツン先生の意思なのだから。
( ・∀・)「そういえば内藤くん、漫画は描いてる?」
( ^ω^)「お? いえ、最近はあまり……」
( ・∀・)「それじゃダメだよ。君をアシスタントにしたのは漫画の勉強してもらうためでもあるんだから」
(; ^ω^)「そ、そうですおね」
69
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:10:58 ID:NCIPYs4o0
ツン先生のアシスタントとして雇われてから、三か月が経とうとしていた。
編集部に原稿を持ち込んだことが遠い昔のように思える。
そのくらい、僕は自分が漫画家志望だということを忘れていた。
( ^ω^)「漫画を描きたいって気持ちがなくなったわけじゃないんですお。でも、ツン先生を見ていたら圧倒されたというか」
( ^ω^)「憧れのあのツン先生に会えたってだけで、満足しちゃったっていうか……」
( ・∀・)「自分もあんな漫画家になるぞとか、いつか超えてやるぞとか、そういう気持ちもないの?」
( ^ω^)「……超える?」
70
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:11:23 ID:NCIPYs4o0
僕が漫画家を目指したのは、ツン先生の『ブーン戦記』に感動したからだ。
「自分も描いてみたい」とペンを取ったことは覚えてる。
でもツン先生を超えるだなんて、考えたこともなかった。
ツン先生は僕にとって目標じゃなく、絶対的な神様のような存在だったんだ。
おかしなことに、そのことに気付いたのはこの瞬間だった。
( -∀-)「……はぁ。内藤くん、君ねぇ」
( -∀-)「もしかしてツン先生のことを神様とでも思ってるの?」
71
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:11:49 ID:NCIPYs4o0
(; ^ω^)「……え?」
( ・∀・)「最近の子って本当すぐ神神言うよね。そうやって依存すれば楽なんだろうけど」
( ・∀・)「僕からしてみればツン先生はただの人間だよ。神でも天才でもない、ただの子供じみた人間だ」
(# ^ω^)「なっ……」
72
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:12:24 ID:NCIPYs4o0
僕だってまさかツン先生のことを本物の神だなんて思ってない。
だけど「天才でもない、子供じみた人間」だとも思わない。
デビュー以来漫画を描き続け、週刊少年ヴィップの看板であり続けている。そんな人が天才でないわけがない。
( ^ω^)「……ツン先生は才能のある人ですお。僕も他の読者も、そう信じてますお」
( ・∀・)「自分が天才かのように見せかけてるだけさ。あの浮世離れした態度も、まぁ元来のものもあるだろうけど、ほとんど虚勢だよ」
(# ^ω^)「……っ」
73
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:13:09 ID:NCIPYs4o0
「お前に何がわかる」と叫びそうになった。
ろくに仕事場にも現れず、ツン先生を見ようともしないくせに。
高熱にうなされながら机に向かおうとした、あの姿も知らないで。
( ・∀・)「ファンレタ―も全然読んでないでしょ? 他人の意見を聞こうとしない部分にも幼児性が窺えるよ」
(# ^ω^)「それは自分の世界観に自信があるからで……」
( ・∀・)「違うね。あれは批判されたくないだけだ。自分を肯定してくれる人だけに囲まれていたいんだよ」
(# ^ω^)「あんたそれでも編集ですかお!?」
今度は抑えられなかった。
椅子を蹴って立ち上がった僕に、編集者たちの目線が刺さる。すぐに頭が冷えていった。
モララーさんの「声が大きいよ、座って」という言葉に頷いて、なるべく静かに座った。
74
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:13:56 ID:NCIPYs4o0
( ・∀・)「僕もツン先生が嫌いなわけじゃない。むしろヴィップで漫画を描いてもらえてることに感謝してるよ。あの人は大切な看板作家だ」
( ・∀・)「でもね、それがいつまでも続くわけじゃない。才能のある人間なんてたくさんいる」
( ・∀・)「ツン先生は強い人じゃない。むしろ普通の人間よりずっと脆い。今に君にもわかるよ」
( ^ω^)「……もしもそうだったとしても、僕たちファンが支えますお」
( ・∀・)「そうか。それは頼もしいね」
言葉とは裏腹に、モララーさんの声は冷たかった。
それは咎められない。僕の声は、あまりにも弱々しかった。
75
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:14:45 ID:NCIPYs4o0
タクシーの中で、モララーさんとの会話を思い出した。
――――ツン先生には才能がない。
僕には到底そう思えなかった。いや、そう思いたくなかった。
だってツン先生は、僕が尊敬する唯一の人だから。
あの超然とした態度や漫画に対するひたむきさは、僕の信仰じみた感情を後押しするには十分すぎた。
76
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:15:39 ID:NCIPYs4o0
だけどモララーさんの言うことが正しかったら?
ツン先生のあの態度がすべて演技で、本当は尊敬するに値しない人だったら?
頭を振って考えをかき消す。そんなはずがない。ツン先生はそんな人じゃない。
心にべっとり張り付いたモララーさんの最後の一言を、必死に忘れようとした。
思えば、あの一言が現実になることを、僕は予感していたのかもしれない。
.
77
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:17:09 ID:NCIPYs4o0
前編は以上です。
後編はまた明日投下します。
78
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:34:50 ID:EVk9mUzk0
乙乙
タイトルとラストから嫌な予感しかしない
>だけどモララーさんの言うことが正しかったら?
>ツン先生のあの態度がすべて演技で、本当は尊敬するに値しない人だったら?
ここで頭を抱えてる
演技だとしても頑張ってるんだからいいじゃん!!と思う
ツンだってただの人だから正の部分も負の部分もあって当然なんよなぁ
79
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:35:49 ID:4fIS/WZ20
乙
やべえめっちゃ面白い
80
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 20:41:59 ID:x0UQ8t420
乙
81
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 21:50:49 ID:L8n6Qm1Y0
憧れは理解からもっとも遠い感情だって言うけど理解せざるを得ない距離に置かれてしまったブーンがもはや既に哀れだな
めちゃくちゃ面白い 続き待ってる
82
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 21:52:13 ID:fQTdSWpw0
乙!続きが気になる…!
83
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 23:21:17 ID:4QDOPx9g0
おつ
この続きを明日読めちゃうのか
最高すぎる、楽しみにしてる
84
:
名無しさん
:2022/11/16(水) 23:35:53 ID:5qda3WuQ0
乙乙
読みやすくて惹き込まれる。後半がとても楽しみ。
85
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 00:42:07 ID:Uy9Av1EI0
乙!面白い!
後半地獄確定で怖いけど続き楽しみにしてる!
86
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 01:30:50 ID:vwfcAqPI0
乙です
週刊少年漫画をアシスタントなしで描いて看板作家でアニメ化って
天才通り越して化け物では!?
後半の展開が楽しみです!
87
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 18:55:25 ID:TDzLQL3.0
乙ありがとうございます!とても嬉しいです
後編投下します
88
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 18:55:55 ID:TDzLQL3.0
(3)
ξ ゚⊿゚)ξ「私の代わりに、パーティーに行ってきて」
その日は珍しく、ツン先生がダイニングで食事を摂っていた。
きっとそのことを僕に伝えるためだったのだろう。
ツン先生はあらかじめ用意していた台本を読むように、訥々と言葉を投げかけてくる。
89
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 18:56:42 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「代わりといっても私のふりをするわけじゃない。ただ津出ツンのアシスタントとして振る舞えばいい。モララーも同行するから、何かわからないことがあれば聞いて」
(; ^ω^)「パ、パーティって、もしかして……」
ξ ゚⊿゚)ξ「創立記念パーティー。知ってるの?」
(; ^ω^)「もちろんですお!」
週刊少年ヴィップが毎年パーティーを開くことは、ファンならば誰もが知っていることだった。
ベテランから新人までが一堂に会し、記念すべき周年を祝う。
その時のエピソードをおまけ漫画として描く作家も少なくない。
90
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 18:57:45 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「毎年断ってるんだけど、モララーがうるさくて。内藤を行かせるってことで納得させたの」
(; ^ω^)「でも、僕なんかがそんな場所に……」
ξ ゚⊿゚)ξ「別に構わないでしょ。今年はスピーチもないし」
パーティーでは毎回、一番期待されている新人がスピーチを行う決まりとのことだった。
ツン先生もデビュー当時に一度だけ参加したらしい。「つまらなかった」とぼやく姿から、モララーさんに強制的に連れて行かれたのだろうと察した。
91
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 18:58:31 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「それに、あなたにとってもいいチャンスじゃない? 他の漫画家との繋がりもできるし。そういう人脈も大切なんでしょ?」
( ^ω^)「……!」
ツン先生は僕が以前「漫画を描いている」と言ったことを覚えてくれていたのだ。
だけどモララーさんにも言ったように、僕は最近まったく漫画を描いていない。
この体たらくで漫画家志望を名乗っていいのだろうか。一瞬恥ずかしい気持ちになったものの、それもすぐに忘れてしまった。
ツン先生が自分の話したことを覚えてくれていた。そのことにすっかり舞い上がっていた。
92
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 18:59:19 ID:TDzLQL3.0
(* ^ω^)「そう考えると、ツン先生はすごいですお。アシスタントもつけずに、たった一人で描き続けるなんて」
ξ ゚⊿゚)ξ「まあ、それほどでもないけど。あくまで私は特別だから、内藤はしっかり人脈を広げたほうがいいかもね」
(* ^ω^)「はいですお!」
そうだ、これはチャンスだ。
食事を運ぶこと以外の初めての仕事。
しっかり代理を務めることができたら、もっとツン先生の力になれる。ツン先生に認めてもらえる。
93
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 18:59:49 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「それじゃ、頼んだわ。詳しいことはモララーと決めて」
(* ^ω^)「お任せくださいお!」
ツン先生は席を立つと、作業部屋に向かっていった。
心なしか肩の荷が少し降りたように見える。自分がその手伝いをできたと思うと嬉しかった。
あとで温かいココアを差し入れよう、と思った。
.
94
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:00:28 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)(……やっぱりモララーさんに謝るべきだおね)
モララーさんとは口論になった日以来会っていない。
自分が間違っていたとは思っていない。モララーさんはもっとツン先生に対して敬意を持つべきだと、今でも思っている。
だけど公共の場で騒いだ自分にも非はあった。だったら謝るべきだ。
(; ^ω^)(とはいえ少し気まずいお……)
自分にも非はあったとは理解しているものの、少し気が重い。
喧嘩なんてほぼ経験のない人生だ。他人に対してあんな風に怒鳴ったのも初めてだった。
大切なもののためなら、人はいくらでも強くなれる。
そんな陳腐な言葉さえ浮かんだ。ツン先生のために怒った自分が少し誇らしくなった。
そんなことを考えながら駅に向かって歩いている時だった。
95
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:01:03 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)(……お?)
目の前を、女の子が歩いている。
いや、歩いていると言うには動きがおかしい。正確には、同じ場所をグルグルと歩き回っている。
スマホを凝視したり、辺りを見回したり。どう見ても迷っている人間の仕草だった。
从'ー'从「……!」
(; ^ω^)「おっ?」
96
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:02:08 ID:TDzLQL3.0
女の子が振り返った。目が合った僕を捉え、すたすたと歩み寄ってくる。
一瞬後ずさりしかけたものの、女の子の真剣な顔に気圧されて逃げることができなかった。
从;’ー’从「あのぅ……美府駅ってどっちですか?」
(; ^ω^)「美府駅? それなら拝鳴駅に行って、そこから電車に乗って……」
从;’ー’从「え? ここの最寄りって美府駅じゃないんですか?」
(; ^ω^)(どうやったら駅ごと間違うんだお……)
方向音痴の枠に収まりそうにない女の子は、露骨に肩を落とした。
しかしすぐに顔を上げる。落ち込んではいられない、と言いたげな表情だった。
97
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:03:04 ID:TDzLQL3.0
从;’ー’从「あの、その拝鳴駅……はどっちですか? 遠いですか?」
( ^ω^)「いや、そんなにかからないですお」
口で説明したものの、女の子が反復した内容は説明とまったく違うもので、たまらず駅まで付き添うことを提案した。
不審者と疑われないかひやひやしたものの、女の子は「ぜひお願いします」と頭を下げた。
自分を好青年だとは思わないけれど、話しかけたのが本物の不審者ではなく僕でよかったと思った。
从’ー’从「あ、申し遅れました。私、渡辺アヤカっていいます」
( ^ω^)「渡辺さんですかお。僕は内藤ホライゾンですお」
98
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:03:34 ID:TDzLQL3.0
道すがらそんな話をした。
渡辺さんはかなりおっとりした人で、女性相手だというのに然程緊張せず話せているのはそれが要因になっている気がした。
とはいえ見ず知らずの男にほいほいと名乗るのは警戒心が薄いように思う。他人事ながら心配になった。
从;’ー’从「本当に助かりましたぁ。もうすぐ約束の時間なのに、全然目的地が見えなくて……もうどうしようかと……」
( ^ω^)「目的地っていうのは、美府駅の近くですかお?」
从’ー’从「はい! 美府駅のすぐそばの、美府ウエストビルってところです」
その言葉を聞いて驚いた。
美府駅のすぐそば、美府ウエストビル。
僕が何度も足を運んでいる場所だ。
99
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:04:00 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)「……違ったらすみませんお。もしかして、週刊少年……」
从*’ー’从「ヴィップ!」
渡辺さんは言葉の続きを奪って、僕の顔を覗き込んだ。
先程まで泣きそうな顔をしていたとは思えないくらい、きらきらと目を輝かせて。
僕は鈍くもその満面の笑みを見て、渡辺さんが可愛らしい女の子だということに気付いた。
从*’ー’从「もしかして、内藤さんって漫画家さんですか!?」
(; ^ω^)「ち、違いますお! 僕はただの漫画家志望というか、アシスタントというか」
从*’ー’从「漫画家志望! わーっ、じゃあ私と同じだぁ!」
100
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:04:31 ID:TDzLQL3.0
渡辺さんはひとしきりはしゃいで、僕に促されてようやく歩き出した。
同志を見つけたことが余程嬉しかったのか、歩き出したあとも嬉しそうに笑っている。
从'ー'从「私、これから持ち込みなんです」
( ^ω^)「そうだったんですかお」
从'ー'从「頑張って描いたし、私にとっては自信作だけど……やっぱり緊張します」
初めて編集部に赴いた時のことを思い出した。
今まで描いた漫画の中で最高傑作と自負していたけれど、それでもどこか不安は残っていて。
101
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:05:08 ID:TDzLQL3.0
今思えば恥ずかしくなるほど『ブン戦』に影響された作品だった。モララーさんでなくとも、僕がツン先生のファンだと気付くほどに。
だけどあれがきっかけでツン先生のアシスタントになれた。人生何がきっかけになるかわからないものだ。
( ^ω^)「僕も同じでしたお。でも緊張しなくて大丈夫ですお、編集者さんもすごく優しいですお」
从*'ー'从「そうなんですか! よかったぁ〜」
ちょうどそんな会話をしていた頃、タイミングよく駅に着いた。
もっと話したかった思いもあるが仕方ない。渡辺さんはただでさえ道に迷っていたのに、これ以上時間を無駄にできない。
102
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:05:31 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)「あの電車ですお。二駅目で美府駅に着きますお」
从;’ー’从「うぅ〜……何から何まで、本当すみません……」
次の電車まであと数分もなかった。
渡辺さんは改札を抜けたあとも、振り返って何度も頭を下げていた。
从'ー'从「内藤さん!」
さて帰ろうと踵を返したところで声をかけられたものだから驚いた。
振り返ると、もうじき電車が来るというのに、渡辺さんはまだそこにいた。
103
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:06:14 ID:TDzLQL3.0
从>ー<从「本当にありがとう! 頑張ってきます!」
从>ー<从「……私達ライバルだけど、内藤さんのこと、応援してるから!」
改札越しに叫ぶなんて、今時映画でも見ないシチュエーションだ。
周りの人間が何事かと僕達を見ている。
渡辺さんも恥ずかしさがないわけではないのだろう。顔を真っ赤にして、もう一度深く一礼するとそのまま走り去っていった。
104
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:06:37 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)(渡辺さん、持ち込みどうだったかお)
連絡先を交換しておけばよかった。下心抜きに――いや、ないわけではないけれど――結果が気になる。
持ち込んだ原稿が良いものであれば、そのまま賞に出されることも多い。
渡辺さんの作品が評価されたならば、今週号に名前が載っているはずだ。
( ^ω^)(渡辺アヤカ……渡辺……)
105
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:07:33 ID:TDzLQL3.0
いつもなら真っ先に『ブン戦』を読むけれど、今日は先に受賞者一覧を見た。
大賞――ジョルジュ長岡、違う――佳作――真丹樹、これも違う――奨励賞――
ない。ペンネームを使っている可能性もなくはないけれど、少なくとも本名では載っていない。
落選してしまったのか。いや、そもそも賞にすら出されなかったのか。
( ^ω^)(やっぱり甘い世界じゃないんだお……)
漫画家を志している人は多い。ましてや週刊少年ヴィップは人気雑誌だ。何十人何百人という人が応募している。
あまりに応募者が多すぎて、タイトルや冒頭で切り捨てられる原稿がほとんどだという。
その中で編集者の目に留まり、さらに評価されるなんて夢のような話だ。
106
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:07:57 ID:TDzLQL3.0
〜♪
( ^ω^)(お、モララーさんだお)
( ^ω^)「はい、もしもし」
『あ、内藤くん。そろそろ迎えに行こうと思うんだけど、準備できてる?』
( ^ω^)「はい! 準備万端ですお」
『はは、そりゃよかった。じゃ、着いたらまた連絡するね』
ついに来た。電話を切ったあと「ふーっ」と長く息を吐く。それでも気持ちはそわそわするし、落ち着かない。
玄関の姿見の前に立った。見慣れないスーツを着た自分が、緊張した面持ちで立っている。背筋を正してみたものの、スーツに着られている感が否めない。
107
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:08:45 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)(緊張してきたお……)
創立記念パーティーまであと二時間。
モララーさんが到着するまでそう時間はかからないだろう。今週分の『ブン戦』はまだ読めていないけれど、仕方ない。パーティーが終わった後じっくり読むことにしよう。
ほどなくモララーさんから二度目の着信があった。
ツン先生にパーティーへ向かうことを報告したあと、僕は慌ただしくマンションを後にした。
108
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:09:11 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「内藤くん、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
(; ^ω^)「緊張しますお……ツン先生の代理だなんて」
( ・∀・)「まあまあ、そう気張らないで。こんな機会滅多にないんだし、せっかくなら楽しまなきゃ」
流石ベテラン編集者と言うべきか、モララーさんは堂々としていた。
緊張が解れずに縮こまっている僕とは雲泥の差だ。
109
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:10:04 ID:TDzLQL3.0
パーティーの打ち合わせを兼ねて話し合いをした時も、以前口論になった時のことなど忘れたかのように振る舞っていた。
もっともモララーさんはあれは口論とは思っていなくて、癇癪を起こした僕を宥めた程度の些末な出来事だと捉えていたのかもしれない。
( ・∀・)「そういえば内藤くん、ジョルジュ先生の作品は読んだ?」
( ^ω^)「ジョルジュ?」
( ・∀・)「ジョルジュ長岡先生。今回の大賞だよ」
( ^ω^)「あ、まだ読んでないですお。受賞者ページは見ましたけど」
110
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:10:25 ID:TDzLQL3.0
数十分前の記憶を引っ張り出す。ジョルジュ長岡。そういえば大賞受賞者がそんな名前だった。
印象に残っていたのは、審査員のコメントがどれも絶賛の嵐だったこと――それくらいだった。
正直そこまで好みでもない絵柄で、興味はそそられなかった。
( ・∀・)「あれはすごくよかったよ。素晴らしい才能だ」
( ^ω^)「じゃあ、第二のツン先生になるかもしれませんおね」
( ・∀・)「第二か。むしろすぐに追い抜くかもね」
ほんの数秒の沈黙のあと、モララーさんが「冗談だよ」と笑った。
111
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:10:49 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「今日はジョルジュ先生も来るんだ。スピーチがあるからね。内藤くんと歳も近いみたいだから、話しかけてみるといいよ」
漫画家としてデビューするならば、二十五歳が限界だと言われている。
僕は今年で二十四歳になる。片や僕とそう変わらないツン先生やジョルジュ先生が、華々しく看板作家になったりデビューしているという現実。
自分に才能がないということは、驚くほどすんなり受け入れられた。
漫画家としてデビューすることは叶わない。「それでもいいか」と思えるのは、尊敬するツン先生のアシスタントになれたからだ。
それだけで、僕にとっては十分すぎる。
( ・∀・)「着いたよ」
窓から外を仰ぐ。豪奢なホテルが目の前に聳え立っていた。
112
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:11:10 ID:TDzLQL3.0
外観から予想はついたけれど、ホテルの中も見た目相応に煌びやかだった。
まず天井が高い。飾られている調度品のひとつひとつが高価そうで、万が一壊したら弁償できるのか不安だ。
完全に腰が引けている僕と違い、モララーさんは勝手知ったる様子で歩いている。
モララーさんの後ろをついて歩く僕は、きっと彼の従者のように見えただろう。
( ・∀・)「まだ始まるまで時間があるね。挨拶回りに行こう」
会場もまた広かった。一番奥にステージがあって、それを囲むように丸テーブルが置かれている。ドリンクを片手に談笑している人もいた。
モララーさんは会場内を悠然と歩いて、その人達に話しかけていった。モララーさんと同じ編集者、関係者、僕も名前を知っている漫画家――色々な人がいた。
113
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:11:55 ID:TDzLQL3.0
モララーさんから紹介されるたび頭を下げ、うまく回らない舌で自己紹介をする。
デビューも果たしていない僕がこの場にいることに、訝し気な反応をする人もいた。
そういう人も、ツン先生の代理であることを話すと合点がいったように笑った。皆ツン先生の性格をよく知っているようだった。
途中でドリンクを渡されたもののちっとも減らず、結局喉をからからにした状態でパーティーが始まった。
114
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:12:19 ID:TDzLQL3.0
『続いて、今回大賞を受賞したジョルジュ長岡先生のスピーチです』
司会がそう言った瞬間、それまで思い思いに雑談していた人達が一斉にステージのほうを向いた。
先程挨拶した大御所漫画家も、僕と喋っていたモララーさんも同じように。
それほど注目されている人なのか、そんなに面白い漫画なのか。読んでおけばよかったと後悔した。
ステージの隅から小さな影が現れた。
後ろでひとつに束ねられた髪と、膝丈のスカートが見えた。「女性だったのか」という驚きよりも先に、スポットライトに照らされた顔が僕を驚愕させた。
115
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:13:07 ID:TDzLQL3.0
从'ー'从
(; ^ω^)(渡辺さん!?)
遠目ではあったけれど、それは確かにあの日出会った渡辺アヤカだった。
渡辺さん――ジョルジュ先生はマイクの前に立ち、ぺこりと頭を下げる。
从'ー'从『えと……ほ、本日はこのような機会をいただき恐縮です』
从;'ー'从『私は……えっと……私は、今回大賞を受賞して……ええと……』
从;'ー'从『ご、ごめんなさい。なんて言うか忘れちゃって……』
会場中から笑いが聞こえた。どこからか「頑張れ」という野次も飛ぶ。
渡辺さんはそんな野次にも一礼して、意を決したように背筋を伸ばした。
116
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:13:27 ID:TDzLQL3.0
从'ー'从『……今回受賞できたこと、本当に嬉しいです。私の作品を選んでくれた審査員の皆様、ありがとうございました』
从'ー'从『漫画家は私の夢でした。ずっとそれだけを目指して頑張ってきました』
从'ー'从『でもここで終わりではありません。面白い漫画を描いていくこと、読んでくれる人に喜んでもらうこと。それが私の新しい夢です』
从'ー'从『未熟者ですが、これからよろしくお願いします』
渡辺さんが深々と一礼する。しばらくして顔が上げられても、拍手は鳴りやまなかった。
絶賛と応援の拍手を背に、ジョルジュ先生はステージを降りた。
司会が次のプログラムを読み上げ始める。呆然としている僕の横で、モララー先生が手を振り始めた。
117
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:14:02 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「お疲れさま」
从;'ー'从「あ! モララーさん! 見てました!?」
( ・∀・)「そりゃ見るでしょ」
从;∩-∩从「うぅ〜、恥ずかしいです……話す内容しっかり覚えてきたのに飛んじゃって……」
( ・∀・)「いやいや、よかったよ。若さとガッツが溢れる感じでさ」
从;'ー'从「それ褒めてます〜?」
118
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:14:24 ID:TDzLQL3.0
从'ー'从「あれ?……内藤さん?」
(; ^ω^)「おっ……」
从*'ー'从「やっぱり内藤さんだ! わーっ、また会えたぁ!」
( ・∀・)「あれ、知り合いなの?」
从'ー'从「前に助けてもらったんです! あの時は本当にありがとうございました」
渡辺さんはそう言うと丁寧にお辞儀をした。
事の経緯を説明されたモララーさんも「ジョルジュ先生らしい」と笑う。本当に楽しそうな顔で。
119
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:14:53 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「ジョルジュ先生、そろそろ他の先生のところにも挨拶に行かないと」
从'ー'从「あ、そうだった! 内藤さん、モララーさん、また今度!」
渡辺さんが小走りで去っていく。その背中をしばらく追った。
渡辺さんは緊張しながらも、他の作家に話しかける覚悟を決めたようだった。
けれどその必要はなかった。皆のほうが我先にと渡辺さんに話しかけ始めたのだ。
遠目からでも好意的に受け入れられていることがわかった。
僕が挨拶した時「あのツン先生の?」と憐れみの目を向けてきた漫画家ですら、だ。
つい先程楽しそうに笑ったモララーさんを思い出す。モララーさんがツン先生のことであんな風に笑うことはあっただろうか。
120
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:15:29 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「早速人気者だね、ジョルジュ先生」
( ^ω^)「……ジョルジュ先生は、若い女の子だし、可愛いから」
( ・∀・)「ははは。もちろんそれもあるけどさ、内藤くんも本当はわかってるでしょ?」
そう、わかってる。女の子だからとか、可愛いからだとか、そんなものは一つの要素に過ぎない。
( ・∀・)「本当に若いっていうのはいいね。あんなにまっすぐで一生懸命で、おまけに描く作品も面白いっていうんだから……彼女は今にすごい漫画家になるよ」
「面白い漫画を描きたい、ファンを喜ばせたい」と宣言する姿は眩しかった。
きっとこの会場にいる誰もがそう思ったはずだ。まさに理想の漫画家だと。
121
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:16:09 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)「……そうですね。若いってすごいですお」
( ・∀・)「何言ってるの、内藤くんも若いでしょ」
モララーさんは「内藤くんの作品も楽しみだね」と付け加えた。
( ・∀・)「ツン先生からはもうだいぶ学んだでしょ。自分の作品に昇華してもいいんじゃない?」
「他の先生のところでアシスタントをするのもいいかも」と笑いながら付け加えられた。僕はちっとも笑えなかった。
122
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:16:42 ID:TDzLQL3.0
その日はそのまま自分の家に帰った。パーティーの後直帰することはあらかじめ決めていたし、ツン先生にも話していたから問題なかった。
ツン先生のマンションにヴィップを忘れていたことに気付いて、コンビニで買った。別に二冊買う必要もないけれど、どうしても今渡辺さんの描いた話が読みたかった。
いや、違う。読まなければいけない気がした。
( ^ω^)(『アナザーゴースト』……これかお)
123
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:17:46 ID:TDzLQL3.0
大賞受賞作がいつもそうであるように、巻頭に掲載されている。
最初のページには「期待の大型新人」とどこかで見たような煽りが綴られていた。
いつもなら「どうせ毎回そう書いているんだろう」と思ってしまうけれど、パーティーでの渡辺さんの扱いを見てしまうと、この煽りは本気でつけられたものなのかと思ってしまう。
ページを捲る。最初は魅力を感じなかった絵でも、知り合いが描いたものだと知ると愛着が湧いてくるから不思議だ。
もっともそんなものがなくても、すぐに絵柄など気にならなくなっただろう。
(; ^ω^)(……なんだお、これ)
なぜなら『アナザーゴースト』は、そんな身内贔屓を差し引いても抜群に面白かったからだ。
124
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:18:29 ID:TDzLQL3.0
『アナザーゴースト』。タイトル通り、ひょんなことから幽霊に取り憑かれた少年が戦いに巻き込まれる物語。
わりとありふれた、もっと悪く言えば陳腐なストーリーだ。あらすじだけ聞かされたら興味を持てなかっただろう。
目を引いたのは凄惨なまでのグロ描写だった。
幽霊というからには超次元的なバトルを想像していたのに、あろうことか主人公は暴力で敵を斃していく。
これがアニメ化したら間違いなく深夜放送だろう。そもそも少年漫画雑誌でこれが許されるのか。いや、そんなことより本当に渡辺さんがこれを描いたのか。渡辺さんの柔和な表情と目の前の漫画がうまく結びつかない。
そんな疑問もじきに忘れた。忘れて、夢中になって読み進めた。それほど面白かった。
125
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:18:53 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)(……そういえば、漫画って面白いんだったお)
読み終えて出た感想は、そんな間抜けなものだった。
思えばここ最近の僕は『ブン戦』ばかり読んでいた。
もちろん他の作品も読んでいたけれど、それはあくまで『ブン戦』のおまけのような認識で。
読み飛ばすとまではいかないまでも、正直それに近い読み方をしていた。
漫画は面白いのだ。ましてやこれは業界一の人気雑誌、週刊少年ヴィップ。面白くないわけがない。
そんな当たり前のことに、今更改めて気付かされた。
126
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:19:17 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)(しかしこれを大賞にするって……編集部も思い切ったお)
最初はグロ描写に面食らったけれど、今やネットにも色々な漫画が溢れている時代だ。
僕が心配するほど少年少女は純朴ではないし、このくらいの描写なんてなんでもないのかもしれない。
何より、読んでいて不快感がなかった。それはきっと「少年漫画で過激な描写をしている」といった陶酔じみたものが感じられなかったせいだ。
渡辺さんは描きたいものを描いている。自分の作品でファンを喜ばせたいと願っている。それが伝わってきたからだろう。
127
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:19:51 ID:TDzLQL3.0
僕の予想通り、そしてモララーさんや他の漫画家達が絶賛した通り『アナザーゴースト』の人気は爆発した。
SNSでは連日トレンド入りを果たし、短編として投稿された『アナザーゴースト』は連載化が決まった。
ツン先生の『ブーン戦記』がそうであるように、人気が出た作品はそうなることが多い。
128
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:20:31 ID:TDzLQL3.0
『アナゴ面白すぎる。アニメ化待ったなしだろこれ』
『気早いけどそうなるだろうな。流石にある程度原作ストック貯まってからだろうけど』
『それよりブン戦の三期はいつくるんだよ』
『ブン戦は微妙じゃね?最近勢い落ちてるし』
『ブン戦最近マジでつまらん。エクストとの決闘がピークだった』
129
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:21:06 ID:TDzLQL3.0
『アナザーゴースト』が巻頭を飾ることが増えた。それまで巻頭の常連だった『ブーン戦記』は二番目、三番目を彷徨うようになった。
それでも、その頃のツン先生はまだ冷静だった。おやつを部屋に運んだ時も、いつもの無表情で週刊少年ヴィップを読んでいた。
ξ ゚⊿゚)ξ「この『アナザーゴースト』って漫画、まぁまぁね」
それがツン先生の最大の賛辞であることを僕は知っていた。
ツン先生は、余程有名でもない限り他の作品に興味を示さない。いつだったか、僕が新連載の漫画を話題に挙げた時「そんな漫画あったかしら」と首を傾げたほどだ。
130
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:21:48 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「でも、ここからが大変なのよ。人気が出るのはまぐれでも、それを維持するのには才能と努力がいるんだから」
(* ^ω^)「『ブン戦』は何年も続いてるのにいまだに大人気ですお」
ξ ゚⊿゚)ξ「そうね」
ツン先生が饅頭を齧る。特に面白くもなさそうに、無表情のまま雑誌を見下ろしている。
ξ ゚⊿゚)ξ「……飽きられるのなんてあっという間よ。最初は皆、物珍しさでチヤホヤしてるだけなんだから」
その時のツン先生の言葉は、珍しく歯切れが悪いものだった。
今思えばあれは、ツン先生の祈りだったのかもしれない。
131
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:22:17 ID:TDzLQL3.0
(4)
ツン先生の予想に反して『アナザーゴースト』の人気は続いた。むしろ加速したと言ってもいい。
動画配信者や芸能人が話題にしたことが大きかった。ネットやテレビを通じて、普段漫画を読まない人達にも少しずつ広まっていった。
輝かしい道を進む『アナザーゴースト』とは裏腹に『ブーン戦記』の順位は四位まで下がっていた。
ツン先生は以前にも増して机にかじりつくようになった。
スケジュールに余裕がある時は許されていた会話もなくなった。話しかけるなと直接言われたわけではないけれど、一度も僕を振り返らないツン先生に話しかけることはできなかった。
132
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:22:47 ID:TDzLQL3.0
ξ# ゚⊿゚)ξ「あの資料は……そうだわ、あっちの部屋に……ああもう……」
その日、たまたま僕はツン先生の部屋にいた。空のマグカップを下げに来ていたからだ。
苛立たしげに椅子から立ち上がろうとするツン先生を制した。
(; ^ω^)「資料の本ですお? 僕が取ってきますお」
ξ ゚⊿゚)ξ「……」
ツン先生は不思議そうに僕を見た。まるで僕が部屋にいることを忘れていた様子だった。
虚を突かれたせいか幾分苛立ちが収まった様子で「じゃあお願い」と座りなおす。
本のタイトルを聞いたあと、すぐに部屋を出て倉庫へ向かった。
133
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:23:55 ID:TDzLQL3.0
倉庫といっても大げさなものではない。
ツン先生は余った一室を資料置き場にしていて、便宜上そこを「倉庫」と呼んでいた。
執筆がデジタルに移行した今、紙媒体の資料を見る機会も減り、滅多に使われない資料本やファンレターはそこに置かれている。
( ^ω^)(ええと、多分この辺りに……)
僕は焦っていた。
早く資料を届けないと。ここ最近ツン先生は機嫌が悪い。
不機嫌をぶつけられることが嫌だというよりも、自分が原因で苛立たせてしまうことが嫌だった。
結果的にそれが作品の不調として出てしまうなんてことになれば目も当てられない。
ツン先生は今大事な時期なのだ。僕が精一杯サポートしないと。
134
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:25:04 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)「おぉっ!?」
目的の本を本棚から引き抜いた拍子に、脛に何かをぶつけた。
それがファンレターの入ったダンボールだと気付いて、慌てて無事を確認する。
( ^ω^)(この部屋もそろそろ片付けないとだお)
ダンボールはかなりの数が溜まっていた。
比較的綺麗に積み上げられているものもあれば、無造作に床に置かれているものもある。流石に捨てるのは忍びないが、端に寄せるくらいは許されるだろう。
135
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:27:12 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)(……お?)
その時気付いた。先程蹴飛ばしてしまったダンボールのテープが、剝がれている。
最初は蹴った拍子に剥がれてしまったのかと思った。だけど顔を寄せてよく見てみると、テープが二重になっていた。上から貼られているテープはまだ新しい。
( ^ω^)(一度開けてまた蓋をした……のかお?)
そんなこと誰が何のために?
モララーさん? いや、多分違う。そうする理由がない。
都村さん? それも違う。この部屋は滅多に使わないから掃除も断っていると、以前聞かされた。
だったら、もうあと一人しかいないじゃないか。
136
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:28:10 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)(……でも、ツン先生は)
―――― ξ ゚⊿゚)ξ「『こうだったらいいのに』『こうなったらいいのに』って反応を見てしまえば、無意識にそっちに寄せてしまうかもしれない」
―――― ξ ゚⊿゚)ξ「だから見ないって決めてるの。私はあのプロットが最高だと信じてるし、一ミリも変えたくないから」
ファンの反応は見ないと言っていた。
あくまで漫画は自分のものであって、読者の希望を汲むものではないと。
ツン先生がこのダンボールを開けるはずがない。
137
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:28:34 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)(……資料を届けないと)
なるべく視界に入らないように、ダンボールを隅に避ける。
床に置いていた資料を引っ掴んで、ツン先生の作業部屋に急いだ。
.
138
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:28:58 ID:TDzLQL3.0
いつかモララーさんに言われたことを思い出した。
―――― ( -∀-)「もしかしてツン先生のことを絶対的な神様とでも思ってるの?」
―――― ( ・∀・)「僕からしてみればツン先生はただの人間だよ。神でも天才でもない、ただの子供じみた人間だ」
ツン先生は僕にとって理想の漫画家だ。
自分の作品を愛し、これこそが至高だと疑わない仕草も。
何者にも媚びず、周りの反応を意に介さない姿も。
139
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:29:33 ID:TDzLQL3.0
漫画を愛し、漫画に愛された天才。漫画を描くために生まれたような人。
それが僕にとってのツン先生だった。
ツン先生は僕の理想で、憧れで、神様のような存在だった。
だけどもしもそれが嘘だったら。ツン先生がツン先生ではなかったら。
僕の思い描いたツン先生が、僕の頭の中だけにある存在だったら。
そうしたら僕は、どうしたらいい?
.
140
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:29:55 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)「ツン先生、失礼しますお」
ツン先生は振り返ることなくパソコンと向き合っている。
タブレットにペンを叩きつける音が、やけに大きい。
( ^ω^)「……おやつ、持ってきましたお」
邪魔にならないように、机の隅にお盆を置いた。
ツン先生がようやくパソコンから視線を外して、今置いたばかりのお菓子を睨んだ。
141
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:30:19 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「……また饅頭?」
(; ^ω^)「おっ……」
ξ ゚⊿゚)ξ「昨日も同じものじゃなかった?」
(; ^ω^)「す、すみませんお。今これしかなくて……」
ツン先生は甘いものが好きだ。毎日何かしらのお菓子を食べているし、食べた後は少し機嫌も良いように見える。
だから戸棚にはお菓子を常備しているが、今はたまたま饅頭しかなかった。
賞味期限も近いし、ツン先生も気に入っているようだから問題ないと思った。
いや、そんなことはただの言い訳だ。
142
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:31:02 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)「コンビニで買ってきますお」
ξ ゚⊿゚)ξ「もういいわよ、これで」
ツン先生が饅頭をひったくり、その勢いのまま齧りついた。
饅頭は一気に半分ほど消えた。忌々しそうに、ツン先生が咀嚼する。
怒りや恐れは抱かなかった。ただ鈍感な自分が腹立たしく、恥ずかしかった。
僕は何をやっているのだろう。ツン先生は今大事な時期なのに。僕にできるのはこうして食事を届けることくらいなのに、それすら満足にできないなんて――
ξ ゚⊿゚)ξ「内藤」
143
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:31:22 ID:TDzLQL3.0
幾分か声色が柔らかくなったツン先生が、僕のほうを見ないまま言った。
ξ ゚⊿゚)ξ「モララーからファンレターを受け取ってきてくれる? そろそろ溜まってきた頃だろうから」
まさか倉庫でのことを知られているのかと思った。そんなはずがないのに。
いや、そもそも怯える必要なんてない。ツン先生がダンボールを開封するはずがないのだから。
わかっているのに、タクシー代を受け取ってすぐにマンションを出た。
何故かはわからないけれど、とにかく今は一刻でも早く外に出たかった。
144
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:32:53 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「いつも悪いね。これ、よろしく」
荷物を受け取った時、自分の目を疑った。
前回は両腕で抱えるほどのダンボール箱で渡されたのに、今回は片手でゆうに持てる小包だったからだ。
(; ^ω^)「これだけですかお?」
( ・∀・)「そうだよ」
モララーさんはそれについて何も言わない。
「今日は軽いから帰りが楽でしょ」なんてからかい半分の嫌味もない。
145
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:33:31 ID:TDzLQL3.0
モララーさんは最近のツン先生をどう思っているのだろう。
仮にも担当編集者なのだから、掲載順位が落ちてきたことに危機感を抱いているはずだ。
もしかしたら僕が知らないだけで、ツン先生本人と話し合いをしているのかもしれない。
だとしたら、そこまで蚊帳の外にされる僕は一体なんのためにここにいるのだろう。
从'ー'从「あれ? 内藤さん?」
( ^ω^)「お、わた……あ、いや、ジョルジュ先生」
从'ー'从「渡辺、でいいですよ〜。そっちも私の名前ですから」
146
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:34:36 ID:TDzLQL3.0
ジョルジュ長岡という名前が浸透してきたとはいえ、その名前と渡辺さんはまだうまく結びつかない。
今日発売された最新号でも『アナザーゴースト』は巻頭掲載で、いつものように血と臓物が飛び散っていた。
从'ー'从「持ち込みですか?」
(; ^ω^)「いや、ちょっと別の用事で……今から帰るところなんですお」
从'ー'从「あ、私もそうなんです。よかったら外でお話しませんか?」
モララーさんが「青春だねえ」と茶化す。睨むまではないものの、少々苛立った。
今から帰ると言った手前断りづらく、なし崩し的に渡辺さんと連れ立って外へ出た。
147
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:34:56 ID:TDzLQL3.0
ビルのすぐ隣には公園があり、僕はそこのベンチに腰を下ろした。
小さな公園、しかも平日ということもあって人影は少ない。散歩中の年配者や赤ちゃん連れの母親が行き交っている程度だ。
人間観察に飽きてきた頃、自動販売機に寄っていた渡辺さんがやってきた。コーヒーと紅茶を一本ずつ買っていた。
( ^ω^)「ありがとうございますお」
紅茶を受け取って、渡辺さんと並んで飲んだ。
いつの間にか季節は冬に入っている。紅茶の温かさが心地良い。
今は長袖一枚でも過ごせるけれど、じきにコートがないと外に出られなくなりそうだ。
148
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:35:33 ID:TDzLQL3.0
从'ー'从「あの……モララーさんから聞いたんですけど」
从'ー'从「……内藤さんって、ツン先生のアシスタントなんですか?」
渡辺さんがやけに緊張した様子でそう切り出した時、その意図を考えあぐねた。
渡辺さんもツン先生も、同じ週刊少年ヴィップの漫画家だ。同じと言えば聞こえはいいけれど、限られた紙面を奪い合うライバルでもある。
敵情視察というやつだろうか。自分が順位が上だからと、ツン先生を笑うつもりかもしれない。
149
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:36:39 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)「……そうですけど、それが何か?」
だから、僕の返答が刺々しいものになったとしても仕方のないことだろう。
『アナザーゴースト』は僕も読んでいるけれど、それとこれとは別問題だった。
渡辺さんは僕の返答を気にする様子もなく「じゃあ」とか「ええと」と言葉を探している。
だいぶ時間をかけて、意を決したように僕のほうに向き直った。
从;*'ー'从「ツ、ツン先生って、どんな人ですか!?」
(; ^ω^)「へ?」
150
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:37:13 ID:TDzLQL3.0
渡辺さんは丸い目をいっぱいに見開いている。頬には僅かに赤みが差していて、その表情からはおおよそ敵意というものは読み取れない。
( ^ω^)「どんなって……ツン先生はいつもクールで、黙々と机に向かって……あまり馴れ合いとか雑談を好まなくて……」
从'ー'从「あの、巻末の作者コメントみたいな、あんな雰囲気の……」
( ^ω^)「あ、まさにあんな感じですお。本当に、あのコメントがそのまま現実になったっていうか」
从*'ー'从「やっぱり!」
ここまできたらいくら僕にでも理解できた。
渡辺さんは、僕と同じようにツン先生のファンだったのだ。
151
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:37:43 ID:TDzLQL3.0
从*'ー'从「私『ブン戦』すっごく大好きで! 特にトーナメント編が好きで!」
(* ^ω^)「わかりますお、トーナメント編面白いですおね! 中弛みって言う人もいるけどめちゃくちゃ面白いと思いますお」
从*'ー'从「ですよねぇ!? SNS見てると他校乱入編が一番人気ですけど、私オサムが好きだからやっぱりトーナメント編は外せなくて……」
(* ^ω^)「渡辺さんはオサム推しなんですかお。僕はデレ推しだからトーナメント編しか勝たんですお」
从*'ー'从「あーっ、トーナメント編のデレちゃん良すぎますもんね。わかります!」
152
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:38:45 ID:TDzLQL3.0
飲み物が冷めるまで語り合った。行き交う人達にとっては、平日の昼間から漫画談義に花を咲かせる僕達は何者だと疑問に思われたかもしれない。
『ブーン戦記』は言わずと知れた人気作品だけれど、僕には語り合える友達なんていなかった。
こうして好きなものについて思う存分話すことなんて、ひょっとしたら初めてかもしれない。
从'ー'从「でも、そっかぁ……ツン先生、本当にあんなクールな人なんだ……かっこいいなぁ」
ふいに、先程のツン先生が脳裏を過ぎる。
少しだけ胸に靄がかかった。それを振り払うように頭を振った。
ツン先生は疲れているんだ。少々余裕がなくたって仕方のないことだ。
153
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:39:09 ID:TDzLQL3.0
从'ー'从「今はちょっと順位落ちちゃってるけど、信じられないです。あんなに面白いのに」
現在一位の人間が言うと嫌味に聞こえるかもしれない。十数分前までの僕であればそう思っていたはずだ。
不愉快にならなかったのは、渡辺さんがツン先生のファンだと知ったからだ。何より渡辺さんの言葉で、ツン先生が間違っていないことが証明された。
( ^ω^)(やっぱりそうだお、わかる人にはわかるんだお。『ブン戦』は面白いし、ツン先生は何一つ間違ってないお)
154
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:39:44 ID:TDzLQL3.0
SNSでは日に日に『ブーン戦記』のヘイトが目につくようになっていた。自分が望んだ展開ではないと、ツン先生にバッシングをする人間まで現れ始めた。
どいつもこいつも怒鳴りつけてやりたかった。ただ口を開けて作品を待っているだけの無責任なファンにも、ツン先生の苦しみを見て見ぬふりをしているモララーさんにも。
あの『アナザーゴースト』を描く渡辺さんがこう言っているのだ。反論できるならしてみろと、そう思った。
( ^ω^)「こんな時なのに、自分が何もできないのが歯痒いですお」
从'ー'从「え? そんなこと……だって内藤さん、アシスタントですよね?」
( ^ω^)「僕は直接お手伝いしているわけではないんですお」
作画に直接関わっているわけではなく食事を運んだり話し相手をしているだけだと話すと、渡辺さんは驚いていた。
「あれをたった一人で描いているなんて」とツン先生を賞賛する言葉に鼻が高くなった。
155
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:40:11 ID:TDzLQL3.0
从'ー'从「でも、何もできないなんて、そんなことないと思います」
( ^ω^)「そう、ですかお?」
从'ー'从「そうですよ。だって、そばにいてくれるだけでも心強いものじゃないですか」
从^ー^从「内藤さんが、ツン先生の一番の味方になってあげたらいいと思います!」
渡辺さんの言葉を聞いた瞬間、急に視界が開けた気がした。
そうだ、何をくよくよ悩んでいたのだろう。僕にはまだできることがある。
156
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:40:34 ID:TDzLQL3.0
ツン先生をそばで支えること。
ツン先生の味方であり続けること。
それが僕にできる――いや、僕にしかできないことだ。
( ^ω^)「渡辺さん、ありがとうございますお。ちょっと元気が出ましたお」
从*^ー^从「よかったです!」
渡辺さんは良い人だ。最初に抱いた敵意はもうない。
だけどやっぱり渡辺さんはツン先生のライバルだ。同じ紙面で争う以上、そこは譲れない。
157
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:40:57 ID:TDzLQL3.0
渡辺さんと別れてタクシーを拾った。
歩いて帰れない距離ではないし、荷物を抱えたまま鼻歌を歌える気分ですらあったけれど、すぐにでもツン先生のマンションに戻りたかった。
早くツン先生の元に帰らなければ。僕にできることは少なくても、それでも何かお手伝いをしなければ。
ツン先生はただの憧れじゃなく――僕の、恩人なのだから。
158
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:41:24 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)「ツン先生、戻りましたお」
ファンレターはいつも通り倉庫に置いた。封の開いたダンボールが一瞬視界に入ったけれど、もう気にならなかった。
どうでもいい。考える必要なんてない。ツン先生はファンの反応を見ない主義なのだから、あれを読むはずがないのだ。それでいい。
不可解な物音が聞こえたのは、倉庫を出てすぐだった。
( ^ω^)「……先生?」
159
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:42:34 ID:TDzLQL3.0
それはツン先生の作業部屋から聞こえた。
何かを叩きつけたような鈍い音。
いつかツン先生が倒れた時のことを思い出した。ツン先生がここしばらく根を詰めていることも。
お土産のシュークリームを放り出して部屋に向かった。
(; ^ω^)「失礼しますお!」
ノックもそこそこにドアを開ける。
まず目に入ったのは机の前に佇むツン先生だった。倒れたわけではないことにひとまず安堵した。
160
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:43:56 ID:TDzLQL3.0
だけど次に目に留まったもの――床に投げ捨てられた週刊少年ヴィップを見て、背筋が凍った。
あれは多分僕のものだ。ここを出る前、ダイニングの机に置いたままだった。
そういえば先程ダイニングに行った時、そこになかった気がする。
ξ ⊿ )ξ「どうしてよ」
ツン先生の言葉は僕に向けられたものではなかった。
独り言にしてはあまりにも感情が込められた声で、ツン先生は続ける。
ξ# ⊿ )ξ「どうしてよ!! なんで私の作品がこんな順位なの!?」
161
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:44:23 ID:TDzLQL3.0
ツン先生が本を蹴り上げる。思わず身を引いた僕の足元に落ちた。
グチャグチャになった本を覗き込んで気付いた。
『アナザーゴースト』のページが破られている。
(; ゚ω゚)「――あっ! ダメですお!」
いつの間にかツン先生がタブレットを振り上げていた。
慌てて後ろから抑え込む。ツン先生は頑なに振り下ろそうともがく。
離すわけにはいかない。このタブレットは神器だ。ここから『ブーン戦記』が生まれているのだ。
162
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:45:00 ID:TDzLQL3.0
(; ゚ω゚)(……ひっ!?)
タブレットに表示された原稿が、雑な黒で覆われていた。
ほぼ完成していた原稿なのだろう。キャラクターや背景が、惚れ惚れとするような線画で描かれている。ベタやトーンが塗られているコマもあった。
それらをすべて塗り潰すように、大きなバッテンを何度も重ねて描いたように、原稿は黒く染まっていた。
ツン先生の体から力が抜ける。タブレットから手が離れたことを確認して、どうにか机の上に戻した。
ξ ⊿ )ξ「また順位が下がったわ。今週は七位」
ξ ⊿ )ξ「こんな順位、生まれて初めてだわ」
163
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:46:35 ID:TDzLQL3.0
腹が立つ。『ブーン戦記』の良さがわからない読者にも、ツン先生を叩く無責任な声にも、何もできない僕自身にも。
『ブーン戦記』は本当に素晴らしい作品なのに。ツン先生はこんなにも才能溢れた人なのに。
ξ ⊿ )ξ「もしかしたらこのまま、打ち切り――」
(; ^ω^)「そんなことありませんお!」
失礼だとはわかっていても、ツン先生の言葉を打ち消すように声を張り上げた。
そんなこと想像したくもない。そんなのありえない。あっていいはずがない。
164
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:47:26 ID:TDzLQL3.0
(; ^ω^)「今は新連載が増えてるから騒ぐ声が大きいだけですお! そんなミーハーな奴らに『ブン戦』の良さがわかるわけないですお!」
(; ^ω^)「SNSでもツン先生のファンはたくさんいますお! 皆『ブン戦』の続きを待ってますお!」
(; ω )「僕だってそうですお、今までもずっと、今も、ツン先生の作品が一番で……『アナザーゴースト』なんて、僕から見たら駄作ですお。『ブン戦』のほうがずっと……」
ξ ⊿ )ξ「……内藤……」
ξ ⊿ )ξ「……どうしてあなた、そこまで……」
( ω )「……どうしてって、それは……」
( ω )「僕が『ブン戦』に……ツン先生に、救われたからですお……」
165
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:47:47 ID:TDzLQL3.0
死のうと思った。
特に大きな不幸があったわけじゃない。ただ何もかもが思うようにいかず、小さな絶望が積み重なっていた。それがある日、急に崩れた。
辞表を出して、みなし残業代を大幅にオーバーした残業から抜け出した。視界がクリアになった。
そしてどうしようもない現実が降りかかった。
同世代と比べて劣った学歴。余裕のない預金残高。どこにいっても足枷にしかならないコミュニケーション能力の低さ。何の希望のない人生。
死んでしまったほうが、ずっとましな気がした。
166
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:49:17 ID:TDzLQL3.0
どうしてコンビニに入ろうと思ったのかは忘れてしまった。
だけど雑誌コーナーで立ち止まった瞬間のことは鮮明に覚えている。
表紙に大きく印刷された絵が、なんとなく好みだと思った。
そのまま手に取った。表紙を捲って読み切りだと知った。新人賞で大賞を受賞して、編集部がその作品を神のように褒め称えていることも。
僕は冷めた目でそれを捲って、そして――――
167
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:49:42 ID:TDzLQL3.0
( ;ω;)「この漫画の続きを読めるなら、もう少し生きたいって思ったんですお」
来週続きを読んだら死のう。
ああ、また気になるところで終わった。来週まで死ぬのはやめよう。
新章に入った。この章が終わったら死のう。
でも新しく出てきたキャラクターがすごく可愛い。この子が出なくなるまでは読もうかな――
( ;ω;)「ツン先生は僕を救ってくれたんですお。命の恩人なんですお」
( ;ω;)「だから……『ブン戦』を、打ち切りだなんて言わないでくださいお……」
168
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:50:08 ID:TDzLQL3.0
人に命を与えるのが神なら、命を吹き込むのが神なら、間違いなくツン先生は僕の神様だった。
一人の人間を救った人を天才と呼ばずになんと呼ぶのだろう。
そんな人が報われない現実なんて、あっていいはずがない。
( ;ω;)「『ブン戦』は、ツン先生は最高ですお。世界で一番ですお。僕は何度だってそう言いますお」
ξ ⊿ )ξ「……内藤……」
ξ ー )ξ「……ありがとう」
その時ツン先生は笑っていたように見えた。
だけどもしかしたら、涙でぼやけていた僕の視界がそう見せていただけなのかもしれない。
169
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:51:16 ID:TDzLQL3.0
それからまた少しずつ、一度崩れてしまったものを組み直すように、僕とツン先生は会話を重ねるようになった。
ツン先生の態度が特別変わったわけではないし、締め切り前はどうしても余裕がなくなってしまう。そんな時は邪魔にならないように、あまり部屋に近付かないようにしている。
( ^ω^)「ツン先生、コーヒー淹れましたお」
ξ ゚⊿゚)ξ「ありがとう。ちょうど飲み終わったところだったの」
マグカップを入れ替える。僕はコーヒーが飲めないけれど、ツン先生のために淹れている内に淹れ方だけは上達した。
ツン先生の好きそうな豆を探して、それを気に入ってもらえた時は飛び上がるほど嬉しかった。
170
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:51:55 ID:TDzLQL3.0
(* ^ω^)「今週の『ブン戦』読みましたお! すっごく気になるところで終わって、もうそわそわちゃいますお……来週が楽しみですお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「そうね。来週は巻頭カラーだし」
(* ^ω^)「えっ! 巻頭ですかお!?」
ξ ゚⊿゚)ξ「……ああ、これまだ社外秘だったわ。わかってると思うけど、外部には漏らさないでね」
(* ^ω^)「もちろんですお!」
『ブン戦』が巻頭を飾るのは随分久し振りだった。
しかもここ最近の展開だと、僕の推しのデレが登場する可能性が高い。お盆を抱えていなかったら万歳三唱しそうな勢いだった。
171
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:52:19 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)(あ、もしかしてモララーさんの呼び出しってこれのことかお?)
昨日モララーさんから電話があった。時間がある時に編集部に来てほしいのだと言う。
巻頭を知らせるだけなら電話で事足りる気もするが、僕を驚かせようとしているのだろうか。
ツン先生の作業も順調なようで、今作業しているぺージが終わったら休むつもりだと言う。
僕にできることはなさそうだ。ツン先生に断ってそのままマンションを出た。
172
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:53:40 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「やあ、いらっしゃい。急に呼び出して悪かったね」
モララーさんに促されるまま個室に入った。ここは確か、持ち込みの時に案内された部屋だ。
用意されていたココアを飲む。外の寒さですっかり冷えた体に、温かいココアが染み渡っていく感覚が心地良い。
モララーさんは黙って僕を見ていた。そのことも、いつもより多分に微笑んでいることも、どこか不気味に感じた。
173
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:54:01 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「実は、内藤くんに言わなきゃいけないことがあってね」
( ^ω^)「知ってますお」
( ・∀・)「え? もしかしてツン先生に聞いたの?」
頷くと、モララーさんはほっとしたように表情を崩した。嫌な予感がさらに増していく。
ツン先生が巻頭カラーを飾るのだ。おめでたいことなのは知っているのに、どうして僕はこんなに不安なのだろう。
174
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:54:39 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「知ってるなら話は早いね。まあ、そういうことに決まったから。内藤くんにはもっと早く話しておきたかったけど、コンプライアンスとか色々厳しくてさ。ごめんね」
( ^ω^)「はあ」
一応アシスタントという立場だとしても、僕は部外者だ。ある程度は仕方ないとわかっている。
だけどどうにも大袈裟ではないか。巻頭を飾るかどうかだけで、こんな個室で、しかもこんなに真剣な声で聞かされるものだろうか。
175
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:55:04 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「それで、内藤くんの次のアシスタント先だけど……ちょっと紹介できる先生がいなくてね」
( ^ω^)「え?」
( ・∀・)「来月まではツン先生からアシスタント料が出るから、そこから先は自分で探すか、ツン先生のツテで……」
( ^ω^)「ま……ってくださいお、次のアシスタント先って……」
( ・∀・)「え? だって、ツン先生から聞いたんでしょ?」
( ・∀・)「『ブーン戦記』はあと三週で打ち切りだって」
176
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:55:24 ID:TDzLQL3.0
意味がわからない。
打ち切りって、『ブン戦』が打ち切り? ありえない。
だって打ち切りって、連載が終わるってことだろ?
( ^ω^)「嘘ですおね? だって『ブン戦』が、なんで? 人気ですお、アニメ化もしましたお。まだ話も途中で、今週号はエクストが復活して」
なんだよ、その目は。嘘だって言えよ。冗談だって笑えよ。
打ち切りってなんだよ。聞いてないよ。
177
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:55:49 ID:TDzLQL3.0
( ・∀・)「内藤くん。最近の『ブーン戦記』の順位、知ってるだろ?」
だからなんだよ。そんなの関係ないだろ。
今はちょっと苦戦してるだけだ。ミーハーな奴らが新しいものばかり持て囃すから、そいつらの声が大きいから。
『ブン戦』は面白いんだよ。なんでわからないんだよ。
( ・∀・)「アンケートもどんどん評価が悪くなってる。まあ、それも当然だよ。こんなこと言っちゃ悪いけど、最近の展開ひどいだろ? エクストもあの死に方だから人気が出たのに、こんなわけのわからない復活させて……」
( ^ω^)「あんたが……あんたがそれを言うのかお。担当だろ……なのに……」
( -∀-)「担当、ねえ。その担当の言うことを聞かなかったのはあの人だからね」
モララーさんは露骨に溜息をついた。
それは長く、深く、溜め込まれた怒りをゆっくり吐き出しているように聞こえた。
178
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:56:20 ID:TDzLQL3.0
( -∀-)「本当にさ……勘弁してほしいよ。自分の描きたいものを描くんだ、自分の作品が一番面白いんだってそればっかり。まぁ、前はそれでも許されてたよ。間違いなくうちの看板作品だったからね」
( -∀-)「でもこんなに落ちぶれちゃもう庇えないね。これでも十分譲歩したよ? 巻頭カラーで載せたいだとか、内容には口出しさせないとか、最後まで我儘まで聞いてやってさ」
( -∀-)「ジョルジュ先生に聞いたよ。内藤くん、手伝いどころか雑用しかやらせてもらえなかったんだって? そんな扱いでよく……」
(# ^ω^)「ツン先生は落ちぶれてなんかいないお!」
ツン先生は天才だ。昔も今もずっとそうだ。
お前もそう言ってたじゃないか。僕が救われたあの読み切りで、そう書いてあったじゃないか。
179
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:57:47 ID:TDzLQL3.0
(# ω )「どうして最後まで貫けなかったんだお! どうして最後までツン先生を庇わなかった!?」
( ;ω;)「モララーさんにはそれができたのに、僕は、できないのに、どうして……」
男二人が慌てたように駆け寄ってきた。見覚えがある。確かモララーさんの同僚だ。
片方の男が僕を羽交い絞めにして、もう一人がモララーさんを抱き起こす。先程まで僕に首を絞められていたモララーさんが、乾いた咳を漏らす。
(; -∀-)「……これが信者ってやつか。救えないね、本当に」
うるさい。
裏切り者。
180
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:58:15 ID:TDzLQL3.0
放り出されるような形で外に出された。
「もう来ないでくれ」というようなことを言われた。「誰が来るか」と思った。
すぐにタクシーを拾った。先月もらったままの給料が、ほぼ手つかずのまま残っていた。
ツン先生。早く行かないと。僕が支えないと、味方にならないと。
ツン先生。
(; ^ω^)「先生、先生!」
合鍵をしまうことすら煩わしくて、鞄ごと玄関に放り投げた。
まっすぐツン先生の作業部屋に向かった。不躾なノックに、ツン先生はいつもの生返事で応えた。
181
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:58:39 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「どうしたの?」
(; ^ω^)「今……今モララーさんが……『ブン戦』が打ち切りだって……」
ξ ゚⊿゚)ξ「ああ、そう。聞いたの」
ツン先生は平然とした様子で机に向き直った。散乱している紙を漁って、何かの順番にまとめている。
ξ ゚⊿゚)ξ「これ、残り三週の原稿。読んでみて」
182
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:59:01 ID:TDzLQL3.0
手渡されたのはコピー用紙だった。視線を落とすと、確かに僕が愛してやまない漫画がある。
ツン先生はデジタル派だけれど、完成させたあと一度印刷して読み返すとインタビューに書いてあった。
先週夢中になって読んだ続きだ。
ブーンの宿敵でもあり、作中でも屈指の人気を誇るエクストが奇跡によって復活する。
そうだ、ここからの展開がどうなるのか気になっていたんだ。
ブーンはエクストと共闘して敵を倒す。一体どんな方法で、どんな展開で――
( ^ω^)「…………え?」
183
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 19:59:41 ID:TDzLQL3.0
( ω )「……ツン先生、これはなんですかお」
ξ ゚⊿゚)ξ「だから、先週の続きよ。残り三週分の原稿」
(; ω )「そうじゃありませんお!」
(; ω )「おかしいですお! なんで……なんでブーンが死んじゃうんですかお!」
184
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:01:03 ID:TDzLQL3.0
ブーンとエクストは真の黒幕の存在を知り、力を合わせることを決めた。
一時的な共闘じゃない。ブーンはエクストの意思の強さを認め、エクストはブーンの優しさという強さを認めた。互いをライバルと認めた故の、本当に熱い共闘だったはずだ。
じゃあなぜエクストが裏切る?
ヒロインのデレがブーンを庇い死ぬ。それに絶望したブーンは無防備になり、呆気なくエクストに殺される。
「黒幕なんて嘘に決まっているだろう」狂ったように笑うエクストのそばには、準ヒロインのヒートが寄り添っている。
ξ ゚⊿゚)ξ「今読んでるところに描いてるじゃない。エクストはブーンを騙していたの。改心したのは嘘で、学園の乗っ取りを虎視眈々と狙っていたのよ」
(; ω )「そんな……そんなの『ブン戦』じゃないですお!」
ξ ゚⊿゚)ξ「はあ?」
185
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:01:26 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「誰に向かって言ってるの? 作者は私よ。私がそうだと言えばそれが『ブーン戦記』よ」
(; ω )「こんなの、読者が求めていたものじゃありませんお」
ξ ゚⊿゚)ξ「ねえ、さっきから何様のつもり? あなたはただの読者、それ以上でもそれ以下でもないの。作者に意見する権利があると思ってる?」
少し前まで僕も同じことを思っていた。SNSで評論家ぶったり、ツン先生を批判していた奴らに。
だけどこんな結末はあまりにもひどすぎるじゃないか。
186
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:02:21 ID:TDzLQL3.0
ξ ゚⊿゚)ξ「大体、皆こういう奇を衒ったものが好きでしょ? グロくて、反社会的で、所詮世の中こんなもんなんだって気分が滅入る話。『アナザーゴースト』だってそうじゃない」
やめてください。これ以上台無しにしないでください。
僕の大好きな『ブン戦』を壊さないで。
声が出ない。うずくまって泣く僕を、ツン先生が面倒臭そうに見下ろす。
ξ ⊿ )ξ「自分が一番可哀想だって顔ね。気持ち悪い」
187
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:03:16 ID:TDzLQL3.0
ξ ⊿ )ξ「泣きたいのはこっちのほうよ。私の作品は完璧だったのに。どこで狂ったのよ。人気投票をした時? 『アナザーゴースト』が出てきた時?」
ξ ⊿ )ξ「ファンレターなんて読まなきゃよかった。皆が求めてるから、こうして欲しいって言うから聞いてやったのに」
ξ ⊿ )ξ「だったら……だったらもういらないわよ、こんなもの。あんた達にくれてやるわ、これで満足でしょ?」
ξ# ⊿ )ξ「あんた達の望む通りに作り変えてやったのよ! 喜びなさいよ!!」
188
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:04:16 ID:TDzLQL3.0
ツン先生が膝を折った。僕と同じように床に座り込む。
僕達はしばらくそのまま蹲っていた。
時間が進み始めたのは、ツン先生の呟きがきっかけだった。
ξ ⊿ )ξ「……つらいよ」
ξ ⊿ )ξ「いっそ、漫画なんか」
189
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:04:42 ID:TDzLQL3.0
駄目だ。それ以上言っては。
作者が作り上げた世界を、作者自身が否定したら。
僕の愛した物語を、作者自身が否定したら。
神様が神様でなくなってしまう。
190
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:05:07 ID:TDzLQL3.0
ξ ⊿ )ξ「――――描かなければよかった」
ξ ⊿ )ξ「こんな漫画、最初から描かなければよかったんだ」
そうして僕の世界は壊れた。
.
191
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:06:08 ID:TDzLQL3.0
ξ。 ⊿ )ξ「もう、描くことが苦痛でしかないの」
ツン先生だったものが涙を流している。
ξ。 ⊿ )ξ「知ってるよ。私には才能なんてないってこと。まぐれでヒットしただけで、これを失ったら何も残らないってことも」
神様だったものが弱音を吐いている。
ξ。 ⊿ )ξ「でも、もうつらいんだよ。これ以上苦しみたくないよ」
こんなの神様じゃない。こんなみっともないもの、僕が憧れた神様じゃない。
192
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:06:57 ID:TDzLQL3.0
ξ。 ⊿ )ξ「それでも私に描けって言うなら……描くことを強要するなら……」
だったらこれはなんだ?
床に座り込んで、ぼろぼろになって泣いている、この女は。
ξ ;⊿;)ξ「いっそ、私のこと、殺してよ」
ああ。殺してやるよ。
.
193
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:07:31 ID:TDzLQL3.0
僕が近付いた時も、首に指をかけた時も、ツン先生は抵抗しなかった。
涙に濡れた目で僕を見上げていた。
だから僕は、
.
194
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:08:19 ID:TDzLQL3.0
(#,,゚Д゚)「ふっ……ふざけんじゃねえ!!」
内藤の供述を聞いた埴谷は、関口一番そう激昂した。
(#,,゚Д゚)「お前はそんな理由で津出ツンを殺したっていうのか!? 尊敬する師を、戦友とも呼べる人間を!」
・・・・・・・・・・・
(#,,゚Д゚)「そんなつまらない苛立ちなんかで!!」
( ^ω^)
195
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:09:01 ID:TDzLQL3.0
漫画の技術を学ぶため津出ツンのアシスタントになった。
憧れの漫画家のアシスタントという仕事に、大きな喜びを感じていた。
しかしそんなものは最初だけ。
作画に携わらせてもらうどころか、雑用ばかりさせられる毎日。
漫画のアドバイスひとつもらえない環境にストレスが募っていった。
そしてあの日ついに、些細な口論がきっかけで殺害に至った。
それが内藤の供述した内容だった。
196
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:09:40 ID:TDzLQL3.0
埴谷は真面目な男だった。
津出ツンがどんな性格だったのか、恨みを買うような人間だったのか、関係者に聞いて回っていた。
関係者が口を揃えて語る、津出ツンの横柄な態度。
批判されることを嫌い、自分の世界に閉じこもる子供じみた性格。
内藤の作り上げたストーリーを補強するには十分だった。
197
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:10:04 ID:TDzLQL3.0
―――― ξ ;⊿;)ξ「いっそ、私のこと、殺してよ」
祈るように懇願してきた津出ツンの首を、内藤は渾身の力で絞めた。
津出ツンは苦しそうに顔を歪めたが、すぐに体の力を抜いた。
その時の、彼女の顔は。
198
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:12:35 ID:TDzLQL3.0
津出ツンは神のまま死んだ。
数多の読者からの崇拝を一身に受け、人気漫画家のまま生を終えた。
頂点で居続けるということは、追ってくるすべてを排除しなければならないということ。
たった一人で孤独に、ペンをタブレットに叩き付けて。
不規則な生活に身体を病ませながら。
薬を飲み続けながら。
その地獄が、漫画を描く限り永遠に続くことを知っていた。
内藤に殺されることで解放されることを知った。
ξ ー )ξ
だからあの瞬間、津出ツンは笑っていた。
199
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:13:14 ID:TDzLQL3.0
内藤は津出ツンを殺害した後『ブーン戦記』の原稿データを削除した。
『ブーン戦記』に最終回なんて存在しない。
津出ツンは最後まで高潔で、漫画家の鑑たる人物だった。
その尊い命は、アシスタントの凶行により奪われた。
それが内藤の用意したシナリオだった。
200
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:14:08 ID:TDzLQL3.0
( ^ω^)
内藤は薄く笑った。
罪悪感など欠片もなかった。
目の前の男が怒り狂おうが、津出ツンの信者に殺されることになろうが構わなかった。
内藤にとって大切なのは『ブーン戦記』、そしてそれを作り上げた『津出ツン』という偶像を守り続けることだけ。
201
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:15:43 ID:TDzLQL3.0
(#,,゚Д゚)
内藤の目論見通り、埴谷は怒り狂っている。
じきに髭の男がやってくるだろう。その男は埴谷を宥め、別の警察官が自分を拘束し、やがて自分は罪に問われるのだろう。
そのことに恐れはなかった。むしろ幸福すら感じていた。
内藤は自分の信仰心に恍惚とした思いを抱いていた。
津出ツンという神のため人生を投げ出すことに、喜びすら感じていた。
何者にもなれなかった自分が、他の誰にも成し得ない使命を果たした。
自分は神を守り切ったのだと。
.
202
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:16:51 ID:TDzLQL3.0
投下は以上です!ありがとうございました
信仰は用法容量を守って正しくお使いください
203
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:34:26 ID:ezel5ino0
これは名作
204
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 20:44:43 ID:PjvgRx.o0
寿命が13km伸びた
205
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 21:00:33 ID:TUV.aRE20
これは強烈…
神様を殺したんじゃなくて守ったんだなあ
乙でした
206
:
名無しさん
:2022/11/17(木) 22:33:55 ID:KNbLfDNc0
愛ってすごいなあと作者の作品読むといつも思う
熱狂出来るものがあるって本当に用法容量が大事なんだな
乙でした
207
:
名無しさん
:2022/11/18(金) 00:05:02 ID:kTs.DakA0
乙
感情がどろどろしててむちゃくちゃ嫌なんだが「自分は神を守り切ったのだと。」この考え方めちゃくちゃ好き
ブーン戦記はある意味伝説の作品になっちゃったんだな
208
:
名無しさん
:2022/11/18(金) 01:19:03 ID:V6PYWCPs0
内藤やツンには憧れや熱意が間違った方へ行ったことに同情を覚えるがモララーは・・・
自分には乗りこなせないじゃじゃ馬がいつか事故を起こすことを確信しながら
「言うこと聞かないならどうにでもなれ」と放置しているような冷酷さを感じる
モララーは2人の顛末について何を思うのだろう?
警察やマスコミ、編集部の人から2人について聞かれたら何と答えるのだろう?
209
:
名無しさん
:2022/11/18(金) 12:36:14 ID:lNXrGlgk0
otsu
210
:
名無しさん
:2022/11/18(金) 16:54:35 ID:mxOFBWds0
乙乙
めっちゃ良かった読み直してきます。
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