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川д川憧憬のようです

1 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:18:22 ID:g0g5GAiQ0


从 ゚∀从「あたしはさ、三十になる前に死ぬって決めてるんだ」

ハインは酔うと、決まってそう言った。
片手をビールジョッキに、もう片手で頬杖をついている。ニヤニヤした笑みを添えて。

川д川「三十って……あと十年もないよ」

从 ゚∀从「そんだけ生きりゃあ十分だろ。ババアになってまで生きたくないんだよ、あたしは」

ぐっ、とハインがジョッキを煽った。黄金色の中身がみるみる減っていく。

2 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:19:08 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从「貞子は長生きしたい系?」

川;д川「うーん……考えたことなかった」

从^∀从「ははは! ま、普通そうだよな」

ちょうど同じタイミングで、枝豆に手が伸びた。
唐揚げやエビマヨといったメインディッシュが片付いた今、このサイズのおつまみは心地よく胃袋に収まってくれる。

3 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:19:55 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从「あー、ビールと枝豆ってなんでこんなに合うんだろ。考えた奴はすごいよ、ノーベル賞ものだ」

川д川「そんなに合うの?」

从 ゚∀从「やってみる? あたしのビール、一口やるよ」

川;д川「いい、いい。ビールなんて飲めないし」

从^∀从「貞子は子供だなー!」

ハインはこういう時、本当に楽しそうに笑う。
私はその顔が好きだった。

4 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:20:29 ID:g0g5GAiQ0




私とハインが出会ったのは専門学校だった。
学科は、デザイン学部。ハインと出会わなかったら、学費の無駄だったと後悔していたと思う。

从 ゚∀从「あんた、貞村清子っていうの?」

小中高でもそうだったように一時間目は自己紹介に充てられて、小中高でもそうだったように私は大したことを言えないまま、とぼとぼと席に戻った。
クラスメイトはもう私のことを忘れたように、次の自己紹介を聞いている。
そんな中、隣に座っていたハインが小声で話しかけてきた。

5 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:21:11 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从「縮めたら貞子だな」

川;д川「……貞子って、幽霊の?」

从^∀从「貞子っつったらそれしかないだろ!」

私とハインは、クラスでひたすら浮いていた。
デザイン学部だから内向的な人が多いと思っていたのに、意外と普通の人ばかりで。
暗すぎる私と奔放すぎるハインは、他のどのグループにも馴染めなかった。
でも今考えたら、それがよかったのかもしれない。

課題でペアを組めと言われたら、まっさきにお互いを見た。
「一緒に組もう」とは言わなかったけど、ハインがニヤリと笑って、私がぎこちなく微笑み返すのがお決まりの流れだった。

6 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:22:08 ID:g0g5GAiQ0




从 ゚∀从「あたしジントニックにする。貞子は?」

私達と同い年くらいの店員さんが、私の注文を待っていた。
髪を短く切った男の子。目がぱっちりしていて、いかにも体育会系といった出で立ちの。
「カシスオレンジを」とはっきり口にしたつもりだったけど、声が震えてしまった。仕方なくメニュー表を指で示す。

7 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:22:33 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从「またカシオレ?」

川д川「うん」

从 ゚∀从「あたしは甘い酒無理だな。飯に合わなくね?」

川д川「うーん……でも私弱いし、甘いお酒しか飲めないから……ハインはお酒強くて羨ましいな」

从* ゚∀从「ふふん。まぁな」

ハインはお化粧も服も派手で、人の目なんか気にしない。
私はほぼすっぴんだし服も地味で、店員の男の子に尻込みしてしまう体たらく。
何もかも正反対だった。あのとき隣の席に座ってなかったら、この時間はなかったと思う。

8 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:22:58 ID:g0g5GAiQ0

川д川「そういえば、この前ハインがツイッターに載せてたやつって何? あの細い花瓶みたいな……」

从 ゚∀从「細い花瓶? ああ、シーシャのことね」

川д川「シーシャ……?」

从 ゚∀从「んーまぁ簡単に言うとたばこだよ。水たばこ」

川д川「水たばこ? 初めて聞いた」

从 ゚∀从「最近ハマってんだよねー。友達に勧められてさ!」

川д川「ハインはすごいね。色々知ってて」

9 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:23:31 ID:g0g5GAiQ0

そのとき、すぐ近くから着信音が聞こえた。
二人同時にスマホを取り出す。着信があったのは、ハインのほうだった。

从 ゚∀从「あー、ごめん。そろそろバイト行かなきゃ」

川д川「ううん、大丈夫。拝成区のバーだっけ?」

从 ゚∀从「そこはもう辞めたよ。バックレた」

川;д川「バ、バックレたって……大丈夫なの? それ……」

从 ゚∀从「知らね。だってよー、店長マジありえなかったんだって。シフトも勝手に変えられるしさぁ」

私が同じ立場ならきっと、罪悪感に圧し潰されてしまう。
そもそもバックレなんてできやしない。「嫌だな、辞めたいな」なんて思いながらズルズルと働き続けてしまいそう。

店を出てすぐハインと別れた。
振り返ることもなくぐんぐん歩いていくハインの後姿を、私はしばらく眺めていた。

10 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:24:09 ID:g0g5GAiQ0




(´・_ゝ・`)「貞村さん、これ修正お願い」

川д川「はい」

(´・_ゝ・`)「明日までにやっておいてもらえると助かるよ」

川д川「わかりました」

盛岡さんから渡された書類を見ながら考える。
今任されている仕事と、別の仕事がいくつか。優先順位はどれが最優先か。
その思考を搔き消すように、近くで黄色い声が上がった。

11 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:24:35 ID:g0g5GAiQ0

(;´・_ゝ・`)「ちょっと、仕事中はほどほどにね」

声の発生源、女性社員数名は、申し訳なさそうに頭を下げた。
だけど内心はそう思ってないんだろう。すぐにまた顔を見合わせて、小声で何か話し合っている。

(´・_ゝ・`)「芹沢さんが彼氏にプロポーズされたとかで、朝から盛り上がってるんだよねぇ」

川д川「プロポーズ……ですか」

よく見てみれば女性社員の中には芹沢さんがいて、その表情は幸せそのものだった。
口元を隠す指に、指輪が光っている。

12 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:25:01 ID:g0g5GAiQ0

(´・_ゝ・`)「貞村さんはどうなの? そういう人いないの?」

川д川「……えっ」

(;´^_ゝ^`)「あっ、今こういうのってセクハラなんだっけ? ごめんごめん! 訴えないでね!」

盛岡さんは媚びへつらうように笑った。
正直、不愉快だった。だけどそんなこと言えるはずもなくて、私もまたへらりと、情けない笑みを浮かべた。

13 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:25:23 ID:g0g5GAiQ0




从 ゚∀从『そのジジイ最悪だな。セクハラもいいところだ』

川д川「話の流れでついって感じだったし、しょうがないかなって……」

从 ゚∀从『しょうがなくねーよ。このハゲ野郎、死んじまえ、くらい言っていーって』

川:д川「えええ……無理だよそんなの……」

从 ゚∀从『あたしなら言うけどなー』

電話の向こうで、カン、と高い音が聞こえた。
きっとハインが缶を置いたんだろう。ハインはバイトがある日もない日も、よくお酒を飲む。

14 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:25:48 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从『ていうかさ、今時彼氏とか結婚とか古いっつーの。あたしは絶対結婚しないし子供も産まないって決めてる』

从 ゚∀从『景気が良くなる見込みもないのにさ、こんな時代に子供産んだって逆に可哀想じゃね?』

川д川「確かに……そうかも」

从 ゚∀从『そうだよ。あたしみたいな考え、結構多いみたいだぜ。ハンシュッセーシュギ、だったかな』

私達に彼氏はいない。
だけど私とハインは違う。私は、ハインみたいに確固たる意志で「結婚しない、産まない」と言ってるわけじゃない。
ただ相手がいないだけ。だから結婚とか子供という言葉にピンとこなくて、遠い国のおとぎ話のように思っているだけ。
だから、周りからのやんわりとした圧に、息苦しくなってしまっている。

15 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:26:15 ID:g0g5GAiQ0

川д川「……そういえばハインはどう? 新しいバイト先」

从 ゚∀从『別になーんも。前のバイトもバーだったし、問題なくやれてるよ』

从 ゚∀从『それどころかさぁ、あたしのすぐ後に入ってきた奴の世話頼まれちゃって。あたしも一応新人だっつーのに』

川д川「ハインができる人だから信頼されてるんだよ。新人さんはどういう人なの?」

从 ゚∀从『タメの男だよ。いかにも陰キャの真面目クンって感じ』

川д川「ハインとは合わなさそうだね。ハインは明るいし、個性的だもん」

从 ゚∀从『だろー? あたしもそう思うわ』

16 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:26:40 ID:g0g5GAiQ0


ハインとの通話を終えた後、スマホに「婚活」と入力してみた。

川;д川(えっ、相談所ってこんなに高いんだ……無理だよこんなの、払えない)

川д川(マッチングアプリ……は、なんか怖いし……)

川д川(婚活パーティーは……あ、結構近くで開催されてるんだ)

川д川(……でもどうせ、ろくに喋れなくて選ばれないのがオチだよね)

川д川(……また今度でいいや)

17 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:27:03 ID:g0g5GAiQ0

親からの「いい人いないの?」も、彼氏や旦那がいること前提で話されることも、年々ひどくなっていく。
それに危機感を覚えているくせに、こうして行動に移すことはしない。

川д川(ハインみたいに結婚なんかしなくていいって、振り切れたらいいのに)

自信満々に、自分の思うがまま、好きなように振る舞うハイン。
初めて出会ったときから、彼女は私の憧れだった。

18 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:27:37 ID:g0g5GAiQ0




从; ゚∀从『ほんっとーにすまん!!』

川;д川「だ、大丈夫だよ。バイトなら仕方ないし……」

从; ゚∀从『今日に限って店長いないし、新人の野郎一人じゃ流石にやべーからさ……今度また埋め合わせるから! じゃあな!』

私が返事をする前に電話が切れた。
ツーッ、ツーッと通話終了を告げる音を聞きながら、溜息をつく。
お店を予約してなくてよかった、と思った。

19 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:28:14 ID:g0g5GAiQ0

川д川(今月、予定なくなっちゃったな)

カレンダーアプリを開いて、今日の「ハインと遊ぶ」を消した。
カレンダーは染み一つない、まっさらな状態になった。それが途方もなく虚しく感じた。

私には、ハイン以外に友達もいない。惜しみなく時間を費やすほどの趣味もない。
ただ会社と家を往復して、週末はひたすら眠る。
たまにハインと会ってお喋りすることだけが、私の生活を色づけていた。

川д川(何か、趣味とか欲しいなぁ)

20 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:28:43 ID:g0g5GAiQ0

愛してやまない彼氏だとか、これだけはと思えるような趣味だとか、そんなものが欲しかった。
現実は婚活をする気も、あれこれ趣味を探す気も、まるでないくせに。

川д川(だって動けないんだよ)

川д川(仕事して、ご飯食べて、お風呂入って……それで一日が終わるんだもん)

こうして言い訳を重ねるばかり。
そんな自分に嫌気が差して、変わりたい変わりたいと口ばかり。

21 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:29:17 ID:g0g5GAiQ0

川д川(……ハインに、会いたいな)

ハインと会っている時は楽しくて、それ以上にすごく楽。
自分が空っぽだってことを忘れられるから。
埋め合わせっていつになるのかな。私から連絡したら、しつこいって思われるかな。
そんなことを考えている内に、いつの間にか眠りに就いていた。

22 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:29:45 ID:g0g5GAiQ0




从 ゚∀从ノ「よ、ひさしぶり」

待ち望んだハインとの時間。
だというのに私は返事もせず、間抜けに口を開けてハインを見つめていた。

川д川「……どうしたの? それ」

从 ゚∀从「あー……やっぱり気付いた?」

人混みでもすぐに見つけられた、目印のようになっていたハインの金髪は、赤みを帯びた茶髪に変わっていた。
体のラインを隠すようなダボダボのTシャツとジーンズは、黒のジャケットとパンツに。
こういう男っぽいファッションを、なんと呼ぶんだっけ。デザイン学部だった頃、授業で習った。

23 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:30:36 ID:g0g5GAiQ0

川д川「マニッシュ……ってやつ?」

从 ゚∀从「なっつかし。それ、授業で習ったよな」

ハインの脚は前よりもずっとすらりと長く見えて、なんだか違う人のようだった。

24 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:31:17 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从「まぁ、なんつーの? イメチェン……ってわけじゃないけど、たまにはこういうのもいいかなってさ」

髪色と服装が変わっても、ジョッキを煽る癖は変わってなかった。そんなさりげない仕草に、救われた気がした。

川д川「いいと思うよ。似合ってる」

从 ゚∀从「サンキュ」

呼び鈴を鳴らして、ハインはなぜかそわそわしながら「あのさ」と言った。

25 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:31:39 ID:g0g5GAiQ0

从 ∀从「この恰好でバイト先行ったら、変に思われるかな……?」

川д川「……え?」

从* ゚∀从「なんでもない! あ、店員きたぜ! 貞子は何にする?」

ハインが呪文のように注文内容を読み上げ始める。
混乱していることを悟られたくなくて、でもやっぱり混乱していて、私は飲みたくもない梅酒を注文してしまった。
「変に思われる」って、誰に?

26 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:32:05 ID:g0g5GAiQ0




その日を境に、ハインと会うことが減った。
今まで半月に一回だったものが月一回になって、今月はそれすらもなかった。

川д川(バイト、そんなに忙しいのかな)

断られる理由はもっぱら「バイトが入ってる」だった。決まってその後に「新人一人に任せられないし」と続く。
どうも店長さんの体調が良くないらしい。それにしたって、他の人もシフトに入ればいいのに。

川д川(新人さんって、前に言ってた人だよね。入ってもう何か月も経つよね?)

川д川(余程覚えが悪いのか、それとも――――)

27 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:32:33 ID:g0g5GAiQ0

ふと、脳裏に過ぎった考え。
すぐに「ありえない!」と掻き消した。
ハインは恋愛にまるで興味がなかった。
付き合うとか、結婚とか、そういうことに必死な人を一笑に付すくらいに。

川;д川(それにハイン、新人さんのこと陰キャだの真面目クンだの散々言ってたし)

川;д川(そんなの、ありえないよ)

浮世離れしていて、いつも自信満々で、我が道を行くハインが、そんな人を好きになるなんて。絶対にありえない。
だってそんなの、ハインじゃない。

28 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:32:58 ID:g0g5GAiQ0




从* ゚∀从「なんつーか、その、彼氏ができたんだよね」

跳ねた毛先を指で弄る姿が、ハインらしくなくて似合わないなぁ、と思った。
むりやり上げた口角が、引き攣りそうだった。

川д川「おめでとう。相手はどんな人?」

从* ゚∀从「あーあの、あれだよ。前言ってた奴」

从* ゚∀从「あたしの後に入ってきた、新人」

頬がうっすらと赤く染まっているのはお酒のせいだと信じたかった。
なのにハインのジョッキには、まだビールがたっぷり残っていた。
ジョッキを煽る癖は、いつの間にかなくなっていた。

29 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:33:27 ID:g0g5GAiQ0

从*^∀从「貞子も早く彼氏作りなよ!」

どうしてそんな残酷なことを言うの。
「彼氏とか結婚だなんて古い」なんて言っていたあなたが、どうして。

30 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:34:34 ID:g0g5GAiQ0




ジグソーパズルが壊れるように、ハインは少しずつ壊れていった。

仕事の愚痴を言う時も「あの野郎」「クソ野郎」だとか、口汚く罵ることもなくなった。
話のほとんどが「彼氏が」から始まるようになった。

斜に構えたような態度も、男勝りな口調も。
少しずつ、少しずつ、棘が抜けていくように。

31 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:35:00 ID:g0g5GAiQ0

从* ゚∀从「えへへ。見てよ、これ」

ハインは、柔らかそうなブラウスに、タイトスカートを着ていた。
傍らにはワイングラスが置かれている。
二人で四千円の居酒屋に行くことも減り、今日のようにおしゃれなダイニングバーで会うことが増えた。
「あたし酒強いから」と矢継ぎ早に飲むハインは、もういなかった。

从* ゚∀从「彼氏にもらっちゃった。婚約指輪だって」

ハインの左手に、細いゴールド指輪が光っている。
ハインはクロムハーツだとか、ゴツゴツと装飾のついたシルバーが好きだった。

32 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:35:48 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从「まぁ結婚って言っても、しばらくは無理そうだけどね。しばらくはバイト頑張ってお金貯めないと」

从 ゚∀从「式の費用もあるし……それにいつか子供が産まれたら教育費もね。あー、もっとお金貯めておけばよかったぁ」

ウエディングドレスを見て「あたしには無理だ」とえづく真似をしていたハインも。
「今の時代子供を産んだら可哀想だ」と言っていたハインも、もうどこにもいない。

从 ゚∀从「貞子もさ、そろそろ彼氏作ったら? 私達もいい歳だし、このままじゃ将来孤独死しちゃうよ」

本当はハインは死んでしまって、目の前にいる女は偽物なのかもしれない。

33 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:36:26 ID:g0g5GAiQ0

我が道を突き進んでいくハインを、いつも後ろから見ていた。
憧れていた。でもそれは恋だとか、自分もこうなりたいだとか、そんな感情じゃなくて。

私はハインに自分を重ねていた。
なりたかった自分そのもののハインに、自分の夢を託していた。

本当は自分に自信がなくて、ちょっとだけ人と違う恰好をして「自分は特別なんだ」とむりやり思い込むことも。
気に入らない人間を口汚く罵って、打ち負かす妄想をして、自分は強いんだと悦に浸ることも。
恋愛や結婚なんてばかばかしいと、孤高を気取ることも。

全部私がやりたくてもできなかったことだから。

34 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:36:58 ID:g0g5GAiQ0

从 ゚∀从「結婚式する時は、貞子も来てね」

从 ゚∀从「ほら、私友達いないから。貞子くらいしか呼ぶ人いないもん」

私の知っているハインは結婚式なんてしない。
「友達いない」だなんて正直に言ったりしない。
「あたしには友達がたくさんいるんだ」と、自分の交友関係の広さを自慢するのが、ハインという人なのに。

その時閃いた。
私の願いも、ハインの願いも一緒に叶える、唯一の方法を。

35 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:37:25 ID:g0g5GAiQ0




まだ私達が学生だった頃、学校が終わってまっさきに向かうのは、ハインのお気に入りのお店だった。
店内はどこもかしこも原色で、香水の臭いがきつくて、私は正直好きではなかったけど。
『拷問の歴史』というタイトルの本を、ハインは意気揚々と開く。

从 ゚∀从「あたし、こういうの好きなんだよね」

どこか得意げにそう言って、血生臭い内容に尻込みしている私を笑う。
そんなハインが好きだった。いつまでもそんなハインでいてほしかった。

私を置いて大人にならないでほしい。
私を置いて人並みにならないでほしい。
そんな子供っぽくて、残酷な願いで。

36 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:37:50 ID:g0g5GAiQ0




扉を開けてすぐに、カウンターの奥にハインがいることに気付いた。
白いワイシャツに黒いベストを着たハインが、目を見開いて驚いている。
「どうしてここがわかったのか」と問いかけられた。

川ー川「何言ってるの。この前ハインが教えてくれたんじゃない。酔って忘れちゃった?」

「そうだっけ」と首を傾げるハイン。
「まぁ、私酒弱いからね」と笑う。酒豪だと強がることも、封印してしまったようだった。

37 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:38:11 ID:g0g5GAiQ0

ハインの前の席に、男が陣取っている。
いかにも陰気で、朴訥そうな男。真面目しか取り柄がなさそうな。

「この人、私の婚約者」知っていた。
この男が望むから、今日で夜のバイトを辞めることも知っていた。
派遣会社に登録して、慣れない事務を頑張ろうと思っていることも。

なんて傲慢な男だろう。自分の願いで、ハインの仕事を変えさせるなんて。
私の知っているハインなら、諾々と従うことなんてしないはずだ。

38 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:38:52 ID:g0g5GAiQ0

川ー川「私、ハインにプレゼントを持ってきたの」

ハインが顔を綻ばせる。きっと自分達へのお祝いだろうと、男と顔を見合わせて微笑み合う。

川ー川「昔から欲しがっていたものだから、喜んでくれると思う」

ハインがお酒を飲むたびに言っていたことを、私は今でも覚えてる。
男が私のために椅子を引く。それに近付きながら、私は鞄の中のナイフを握る。

39 ◆Wpbv.CwYXc:2021/10/23(土) 21:39:25 ID:g0g5GAiQ0
終わりです。ありがとうございました。

40名無しさん:2021/10/23(土) 21:47:39 ID:VcBsknuc0
ヒエッ

41名無しさん:2021/10/23(土) 23:08:07 ID:1hy0IJFg0
愛・・・なのか・・・

42名無しさん:2021/10/24(日) 00:39:59 ID:LUm5fu5g0
最初から嘘つきの味がしていた

43名無しさん:2021/10/24(日) 13:58:15 ID:VkS2RsFE0

貞子の気持ちが分からなくはないから辛い…

44名無しさん:2021/10/25(月) 01:32:39 ID:mKI05gNU0

確かに昔のハインの願いは叶うな……

45名無しさん:2021/10/25(月) 08:05:13 ID:rJ5Rkcws0
30になる前に死にたいって言うのだって、虚勢だったんだろうに……乙


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