[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
君と朝焼けを迎えたいようですよ
1
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:32:23 ID:qaLRMrlg0
『人間が想像できる事は、人間が必ず実現できる』
いつだったか、子供の頃に読んだ本に書いてあった言葉を思い出した。
閑散とした街並みに差す光はやたらに眩く、鳥達が忙しなく喚きながら朝を告げている。白む空へ吸い込まれていくように溜息を吐くと、鬱陶しげにパーカーのフードを降ろし、ふらりと家路につく。
从 ゚∀从「思う様なんでもかんでも叶うならオレはこんな暮らししてねぇわな、と…」
カップ麺の容器が描く放物線の軌跡は見事にゴミ箱を外し、狭くて汚いアパートの一室でオレはふてくされたように寝転び天井へ向け呟く。
ハインリッヒ高岡。27歳、独身、中卒、女装風俗店勤務。この若さで人生につける文句は尽き夢想に耽ることなく後は枯れたように生きていたはずだった。
2
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:33:06 ID:qaLRMrlg0
母は父親を増やすのだけは得意な人だった。
はっきり言うとオレは最初の父親の顔を覚えてない、と言えばそのどうしようもなさが伝わるだろうか。
理由は様々だがどの父親もしばらくするとすぐ母に愛想を尽かした。つまらない女、どうしようもない女、そういう烙印を押して。
( ゚∀゚)「ママはパパを増やすのたのしい?」
幼いながらに渾身の嫌味を込めてそんな質問をしたことがある。母は怒る事も無く、涙を流す事も無く、ただ薄笑いでオレの背中を抱いていた。
「そうだねえ…パパって増えてすぐ減っちゃうね」
( ゚∀゚)「次は減らないパパがいいな」
「そうだね、減らないのがほしいね」
今でこそ、ふざけた感覚だと思う。けど、多分母さんもそうしないと怖かったんだ。
3
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:34:18 ID:qaLRMrlg0
抱いた奴、抱いてきた奴の顔は覚えてない。
ちょっとタイプだな、とか思う奴は居てもそいつが長く通って来る事はない。そりゃそうだ、趣味でやるならともかくこれで金を稼げる歳はだいぶ過ぎたほうだと言っていい。
∬´_ゝ`)「中卒アラサー男の娘、もうだいぶ引き返せないもんがあるよな」
更衣室で同僚の兄者がウィッグをやや乱暴に取り、無作法に服を鞄へ詰め込みながらそう言った。顔も酷けりゃ自惚れも酷い連中や妙な美意識を持った同僚達に比べるとこいつの粗雑な性格は幾分か話しやすかった。
从 ゚∀从「そうでもねェよ。オレにしてみりゃスタート地点から欠片も動けちゃいねえ」
( ´_ゝ`)「浅瀬だと思ってんのはお前だけさ」
从 ゚∀从「お前にはさぞ打ち上げられてピクピクした魚に見えるんだろうよ」
奴は「違いねえ」とカラカラと笑った。どうせ2年でオレに追いつく身だ、好き放題に言わせておく。
( ´_ゝ`)「ハインさんちょいと、金で買われる事って考えたことないわけ?」
从 ゚∀从「手付きがおばさんくせえな」
( ´_ゝ`)「ほっとけよジジイ」
从 ゚∀从「よしてくれよ、今ジジイって言葉にゃ敏感なんだ」
4
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:35:09 ID:qaLRMrlg0
(*´_ゝ`)「やーい御老体!賞味期限切れ!芽の出たじゃがいも!」
从 ゚∀从「フリじゃねェんだ。泣くぞ?27歳泣くぞ?泣いたぞ?」
( ´_ゝ`)「何、客からも言われたの?」
小学生のようなからかう口調からいくらかトーンを落として、兄者が腰掛けた椅子をぐるりと回して問う。
頬杖をつき、いかにもご機嫌斜めというより直角であると口を尖らせて返す。
从 ゚∀从「いや、散歩してたらなんか知らん爺ちゃんに因縁つけてるヤンキーが居てよォ、気がついたらオレ「せめてババアって言えやァ!」って泣きながら殴り倒してたよそいつ。で、ヤンキーも爺さんもポカーン。本格的に病んできてるなと思ったね」
( ´_ゝ`)「煽り運転してたら突然後から奇声上げてタンクローリーが突っ込んできたようなもんだからな」
ハッ、と渇いた笑いを浮かべ「それで、だ」と兄者はこちらに面を寄せ話を戻そうとする。どうせなら派手に笑い飛ばしてくれたらオレも浮かばれるものを、むごい奴だと口を歪める。
( ´_ゝ`)「お前ならどっかの物好きな金持ちのペットの椅子にいくらでも転がり込めたろ」
ウチの仕事場はもっぱら一夜限りの関係だ。が、極稀に買い切りで卒業して行く奴もいる。そういう誘いを受けた事も自慢するわけじゃないが一度や二度ではない。
从 ゚∀从「…首輪付きは性に合わねえ」
( ´_ゝ`)「痛みってのは前触れ無しに全部奪ってくぜ。真実の愛求めるのも結構だけど孤独死はすんなよ?」
5
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:35:50 ID:qaLRMrlg0
俺にも身に覚えがある、と席を立ちそいつは何も言わなかった。
理解はしあえてるはずなんだ。互いにもっと返せる言葉もあるはずなんだが、どうもこいつとの会話は意図せずさっぱりと、フラットなものになってしまう。
互いの魂の寂しさを再確認するだけで寄り添わない。それが互いに不思議と心地良かった。
人生観はだいぶ枯れてきてるが、オレだって恋をしないわけじゃない。むしろ性欲のネジが外れてるので恋多き身だ。
それでもセフレの一つも作らないのは、報われないって分かっていながら無責任な恋をする自分が大嫌いだからなのだろう。
从 -∀从「う〜ん、改めて結構めちゃくちゃと言えばめちゃくちゃな人生してんな、オレ」
ぽりぽりと頭を掻きながら窓を開け視線の先に広がる晴れやかな空を見ながら軽く伸びをする。
チンコ突っ込んで、突っ込まれて、朝に帰って、夕方起きて。クソみてえな毎日とは言わんが充実してるとは言い難い。「おはよう」「おやすみ」と言い合う相手は同僚と雀のみ。寂しい話だ。気を許せる同居人が欲しい。せめてご近所付き合いでもしていれば。
心の隙間から湧き出てくる思考からとっとと逃げようと眠りについたオレの平坦な日々を破ったのは、三回のインターホンだった。
6
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:37:20 ID:qaLRMrlg0
从 ゚∀从「今何時だと思ってんだよ…朝9時だぞ?深夜も良いとこだろうが…」
もぞもぞと芋虫のように布団を被ったまま這い回り、そのまま布団を放り捨てよたよたとドアノブへと手をかける。
从 ゚∀从「はい朝早くにお疲れ様です、人の心地良い眠りを邪魔したいのかテメェ」
「ハインリッヒ?」
知ってる声。
ケバい服、くすんだ肌にどぎつい化粧。
何十年と会ってないのにそいつが一目で母だと分かったのは、親子だからだろうか。
从 ゚∀从「何しに来たんだよ、つーかどこでオレを見つけた?」
「わかるわよ。だって私達、家族でしょう?」
いけしゃあしゃあとほざきやがる。顔の筋肉が歪み、口元がひくひくと震えだす。無論笑いではなく怒りである。
この女の笑顔はこんな能面みたいな無機質な笑顔だっただろうか、なんて一瞬考えてみて首を振る。昔からこうだ、こいつは。
从 ゚∀从「テメェの脳味噌はまだそんな言葉を出力出来たのなクソババア、金ならねえぞ」
「いいえ、預かり物をして欲しいの。ママも疲れて…減らしたくなったのよ、わかるでしょ?」
(-_-)ヒョッコリ
母の後に影のようにくっついていた男がこちらへ顔を覗かせた。見たところ年齢は小学校高学年くらいで、一目でわかる陰気なツラをしている。
オレはというと「減らされた」2人の息子の前で良くそんな口が利けるな、ともはや返す言葉もない。
そのまま少年をオレの部屋に連れ込み、母は逃げるようにいずこかへ去って行った。
7
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:39:31 ID:qaLRMrlg0
あれから数分、オレの脳裏にはあの無責任な笑顔が油汚れのようにこびりついている。
結局、アレはオレの母なのだとこれ以上ないほど突きつけられたような不快感に胸がむしゃくしゃとする。
从 ゚∀从「なぁ、お前連れ子か何かだろ?親父はどうした?死んだか?」
所在なさげにおろおろと佇む少年に声をかけると、そいつはなんでわかったのと言わんばかりに驚いて口を開けた。あのババアはもう産める歳じゃない。答えが先にあるクイズだが愉快なのでタネはバラさないでおく。
(;-_-)「と、父さん、つい半月前に交通事故で…」
从 -∀从「…そか。お気の毒様、ついでに母親も今さっき死んだな」
(;-_-)「え?」
从 ゚∀从「減らされたんだよお前。あの年甲斐もねえ落ち着きのないクソババアに」
(-_-)「そう、なんでしょうね」
少しばかり無言の時間が過ぎて、少年はそう返事した。金だけ毟り取られ尽かす愛想ももうとっくに無いまま連れて来られ無責任に放り出された身を思うと、少しばかり同情する。
8
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:40:38 ID:qaLRMrlg0
(-_-)「あの、迷惑…ですよね。すぐに出ていきますから」
一瞬静止した思考はすぐさま溢れんばかりの脱力を怒りへ変換し拳をわなわなと震わせた。「ふざけてんのか」と腹の底から叫びが込み上げる。口元をひくつかせ荒ぶり始めた衝動もまるで気にせず奴は申し訳なさそうに微笑んでいる。網膜がそれを焼き付け脳が稲妻のようにストレスを走らせ山のような罵声が一気にスタートを切り身体中を走り出す。
胃を飛び出し食道を昇りありとあらゆるよりすぐりの罵声をかき分け光の矢のごとく一直線に自分の身体を突き抜けたそれは、驚くほどシンプルな疑問だった。
从 ゚∀从「出てくってどこへだよ?」
玄関へ向かおうとする少年に軽く足払いをかけた。ぼふん、と音を立てて少年の顔面が布団へ叩きつけられる。つかつかと歩み寄りしゃがんで目線を合わせると少年はそれでも出ていこうとするでも無く、睨みつけるでも無く、ただただ現状が理解できないと目が泳いでいた。
その目がいつかの自分と似ているようで、オレの中で急激に何かが冷めて行くのを感じ、少し目を細めた。
从 ^∀从「お前さ、こんなちっちゃな足で一人で歩いてなんて行けないよ?」
(-_-)「ぁ…」
不思議と忌々しげな感情を抱くこともなく、すっかり板についた作り笑いでもなく、オレはなぜだか自然に笑えた。この感情をどう説明したものか。何故この男は蹴っ飛ばして転がした男の頭をこんなに穏やかに撫でられるのか。疑問符を浮かべ続ける少年がまた可笑しくて、しばらく無言であやすように撫で回してしまった。
9
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:41:30 ID:qaLRMrlg0
目を覚ますと、4日の間に溜まり続けたシンクの食器が綺麗に片付けられている。台所だけではない。散乱したよれよれのシャツ、靴下、パンツ諸々。部屋が綺麗に片付いている。主犯はオレに布団を掛け、自分は平然と床で体躯を丸め膝を抱えて寝息を立てている。
从 ゚∀从「ヨメか」
起きろ、とぺしぺし頭を叩く。これからオレは仕事の支度をしなきゃならないし片付け下手には片付け下手なりの整理というものがあるのだ、これではどこに何があるかもわかりゃしない。
(-_-)「ぁ…はい、何ですか?」
ちょっぴり腫れた目元を擦り、もぞもぞと身体を起こした少年はこれまた素っ頓狂な返事をかました。
从 ゚∀从「なんですかじゃねェよ飯はどうした?」
舞い上がった俺の感情は脱力、少しの苛立ち、と2回ほど宙返りを決め心配というマットに華麗に着地した。
そうじゃないだろう。感謝なり勝手に余計な気を回した事を叱るなりもっと言うべき事はあるはずだ。
(-_-)「あ…はい、作ります」
从 ゚∀从「テメェだテメェ。ちゃんと冷蔵庫から好きに取ったか?」
(-_-)「あ、いえ…」
从 ゚∀从「ロクなもんねえからカップ麺でいい?」
軽く煙草を吹かしてオレは寝起きの頭をぼんやりと動かしていた。
人間は不思議に思うこととそれに順応する事の繰り返しで記憶や考えを形成していくものだ。
だのにこんな幼い頃から順応する暇も無い世界に叩き出された男が今ここに2人も居る。ねじくれきった人間と、そのまま死んじまいそうな人間が。
面倒な物を背負わされてしまった。
10
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:43:14 ID:qaLRMrlg0
仕事だ。
結局どこまで感傷に浸って見てもオレはくだらねえ性欲に身を任せて逃避する事しか知らないわけで、今日は一段と腰を打ち付ける卑猥な水音が空虚に聞こえる。センチメンタル気取って街へ出た男がこうして快楽に身を委ねて居るのを見て、あの少年は嗤うだろうか。軽蔑でもするかな。
声を塞ぐつもりもなかった。いっそ思考なんか投げ捨てて獣になってしまった方が楽なんだが、オレの子供じみた陰茎は普段より一層ミニマムで。
小汚えおっさんの息遣いが胸へと降り、べとりとした感触と僅かな快感が身体を走る。
「ママ…」
そのたった一言で、とうとうオレの中で何かの糸がぷつりと切れたような気がした。
从 ゚∀从「最ッ悪だぜ、好みじゃねえのは今更気にしねえけどよォ」
∬´_ゝ`)「別に倒錯マザコン野郎なんてそんな過敏になるもんじゃあるまいに。お高く気取ってたら行き遅れるぜババア?」
从 ゚∀从「今日のオレに「ジジイ」「ババア」「ママ」はNGワード」
おえ〜、と吐くようなジェスチャーをしてタイムカードを押す。体調不良なんで早退しまあーっす、と白々しく声を張り上げると店長の阿部は快く承諾してくれた。
N| "゚'` {"゚`lリ「珍しいじゃないか、客が気に入らないから帰るなんて」
从 ゚∀从「一応最後までは付き合ってやったぜ?引っ叩いてそのまま苛つきごとブチ込んで黙らせたけど」
N| "゚'` {"゚`lリ「良かったな、そいつにネコの気質があって」
从 ゚∀从「クレームなんざ挿れられないくらいによがらせときゃ良いのさ」
どうも似なくて良い所ばかり似ちまったな、と阿部は肩をすくめた。こいつとは10年来の付き合いで、親もなしに行く宛もなかったオレを拾ったのはこの大男だ。
そいつは良くも悪くもオレの隙間を埋めるのが上手で、こうしてここに立って居るのはこいつのせいだ。
11
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:44:59 ID:qaLRMrlg0
从 ゚∀从「『チリンの鈴』って絵本知ってるか?」
N| "゚'` {"゚`lリ 「知らんね、どんな話だ」
从 ゚∀从「牧場でのどかに暮らしてた子羊がオオカミに母親をブチ殺されちまうのさ。子羊は何を思ったか仇のオオカミに弟子入りして、強くなっていずれテメェを殺してやるって修行して行く内にそのオオカミを家族と思うくらいに惚れてって他の動物を殺し回るんだけどさ。結局故郷の牧場とオオカミ天秤にかけて師匠のオオカミ殺っちまうの」
从 -∀从「んで、誰にも看取られる事なく孤独に野垂れ死んでくと思ってた一匹狼は何やら満足して、羊の行き方もオオカミの行き方もできなかった化け物はどちらの世界にも居られなくなって、一人何処かへ去っておしまい」
∬´_ゝ`)「絵本つったよな?」
从 ゚∀从「絵本だよ、なーんか思い出しちまってさあ」
遅れてきた中二病かおっさん、と兄者は紅の引かれた唇を大きく開き欠伸をすると個室へと出ていく。その背を見送りながらオレは一方でしばらく押し黙って考えこんでいる阿部をぼんやりと眺めていた。
N| "゚'` {"゚`lリ「なるほどな。…今お前はその子羊に感情移入しながらも、一方でオオカミの目線になってる。そうだろ?」
从 ゚∀从「まァ、平たく言えばそういうこと」
N| "゚'` {"゚`lリ「そのオオカミには復讐のために寄ってきた子羊が居たけれど、牧場の仲間を殺せなかった子羊には自分を介錯しに来る奴も家族の代わりも現れない」
そう言って阿部は向かいの椅子に腰掛け向き直る。テキトーな説明でもなんとなく理解してくれる察しの良さはこの男の数多い美点の一つだろう。
12
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:45:56 ID:qaLRMrlg0
从 ゚∀从「中途半端なヤツの末路なんだよな、要するに」
N| "゚'` {"゚`lリ「ガキを拾ったのか?」
話題を切り上げ単刀直入に阿部が告げる。拾ったっつーか、押し付けられた。10年近く会ってないクソババアに。そう言うと阿部は「やれやれ」と苦笑いを浮かべた。
N| "゚'` {"゚`lリ「孤独のままで居たい、幸福になるのが怖い。けれど喉は人の潤いを欲し渇き続ける…か、難儀な話だな」
从 ゚∀从「ポエミーな表現やめてくれますぅー?」
N| "゚'` {"゚`lリ「おっと、歳を取ると言葉選びが下手になってな」
阿部の声のトーンは変わらずその感情を読み取る事が難しい落ち着いたものだった。理不尽への諦観を滲ませたような、暖かくこちらへ同情をするような、滑稽なものを嘲笑うかのような。それでいて、よくしなる鞭のような鋭さを持っている。
从 ゚∀从「憎んじゃいないんだよ、アンタに拾われた事もここに居る事も」
从 -∀从「でも同じ立場になった時オレはアンタみたいな人間にはなれねえし、家族ごっこはやれねえ。やれる自信持てるような育ち方してねえ」
N| "゚'` {"゚`lリ「で、お前も逃げちまうのか?」
浸る暇もなく阿部はぐいぐいと結論を迫る。長い話に付き合ってられないから適当に切り上げようとする風でもなく、威圧感を纏わりつかせた男の双眸はこちらを真っ直ぐに突き刺してきた。
13
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:46:51 ID:qaLRMrlg0
从 ゚∀从「逃げてると思ってるのか?」
N| "゚'` {"゚`lリ「逃げてないと思ってるのか?親の影からも、大人になる事にも」
N| "゚'` {"゚`lリ「お前がどんな生き方をしようが否定はしないさ。ただ、ゲイの生き方を逃避や悲劇のヒロイン面に使うのは俺達に対する侮辱だ」
N| "゚'` {"゚`lリ「それに俺は、お前をむやみに言い訳を並べ立てて誰かを愛する事も出来ない人間に育てた覚えはない」
从 ゚∀从「…悪ィ」
N| "゚'` {"゚`lリ「夜もすがら情を交わし何者にも拘らず生きていくのは、きっとお前には向かない」
从 ゚∀从「…そうかもな」
小さく掠れた声を精一杯に絞ると、阿部はそれ以上問い詰める事なく「帰ってクソして寝な」と手を振った。
14
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:48:12 ID:qaLRMrlg0
ママ、か。きっとあの汚いおじさんも何処かで心の隙間を埋め損なったのだろうな。
早くも現実に向き合う事に怖気付いているオレだが、この場から逃げ出す事は過去のオレを見捨てるに等しい愚行だ。
从 ゚∀从「それに、親父まがいにマジに叱られるのなんて久しぶりだしな…」
オレはあのオオカミ──阿部と違ってあいつを受け入れる包容力も経済力もない。けど、突き放した所であいつを拾ってくれる物好きが他に居るだろうか。
ああ、オレはあの子の面倒を見るのが嫌じゃなく母親のようになりたく無いんだなとその時初めてわかった。同時に、知らない父親達が次々に減って行った理由も。
从 ゚∀从「あいつら、みんな母さんの出来の悪さを受け入れられなかったんだ」
从 -∀从「で、そのうち母さんも自分を受け入れる事が出来なくなってやけっぱちで楽になりたくて俺を減らした」
でも結局人が恋しくて、誰かと孤独を埋めあいたくて、新しい家族を増やし、また面倒になったら減らす。
从 ゚∀从「自分勝手過ぎてウケるわ」
うっすらと口角を上げ、軽やかにおどけた声。しかし一瞬寄った自分の眉は、誰に不愉快さをぶつけたのだろう?夜空を仰いでも月は何も答えない。
漫ろ歩きでなんとかして来た人生に無理矢理レールを敷かれたのだ、少しは愚痴を垂れても良いだろう。
思い出したように寒い寒いと言ってポケットに手を突っ込む。
その時オレはなんとなくこのポケットはまあまあその大きさを持て余しているな、と感じた。
15
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:49:05 ID:qaLRMrlg0
ただいま、と静かに告げて自分の口から出た言葉に驚く。もっぱら一人暮らしのオレにそんな習慣はないから。電気をつけると声を掛けた相手はこんな遅くに部屋の隅っこで体育座りをしたままこちらを見て「おかえりなさい」と笑った。
从 ゚∀从「…なんで電気つけねえの?」
(-_-)「暗い所…好きだし、それに…電気代がかかるから」
こちらを見上げて薄笑いを浮かべる少年に弱ったものか怒ったものか、どうにもオレは言葉を紡げない。
从 ゚∀从「オバケかよ」
仕方がない、と深呼吸をして座り込み少年の顔を見据える。叱られると思ったのか怯えたように視線を逸らすのでそいつの姿は本当に気弱なオバケや小動物のように見えた。
16
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:50:19 ID:qaLRMrlg0
从 ゚∀从「ずっとなーんか引っかかってたんだけどよ、オレ、お前の名前を聞いて無かったんだ」
(-_-)「え、あ…はい」
拍子抜けでもしたような生返事に、まだ戸惑っている様子が分かる。けれどオレは退かずにそのまま押し抜く勢いで言葉をぶつけて行く。
从 ゚∀从「ハインリッヒ高岡だ。ママと呼べ」
毅然と腕組みをしながら言い放つ仕草は、我ながら母親らしくないものだなと自嘲する。どうも役者には向いてないらしい。少年は面食らって何度も瞼を擦ったり瞬かせて、口をぱくぱくと動かして必死に何かを伝えようとしている。
(-_-)「ぼ、僕は、ヒッキーと言います」
从 ゚∀从「敬語やめろ。ママなんだぞオレは」
(-_-)「え、あ…ま、ママ…?」
不思議だ。あんなに吐き気を催すママと言う響きの不快感が、ヒッキーの声からは感じなかった。ママと嘯く成人男性に頭の中のマニュアルを急いでめくってどれが最適な答えか慌てるような弱々しい仕草がますます小動物的な可愛さを滲ませ、少し悪戯っぽく微笑んでしまった。
17
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 17:52:07 ID:qaLRMrlg0
从 ゚∀从「なあヒッキー、オレは今のお前に一番近い人間だよ」
从 ゚∀从「だから今日からオレがお前の世話をする」
家族だ、と断言はまだ出来そうにない。けど、このどうしようもない自分が、どうしようもない所に突き落とされたこの少年がちょっとでも這い上がって行けるなら。もううだうだと御託を並べる時間は過ぎた。
(-_-)「よ、よろしくおねがいします」
从 ゚∀从「なあ」
顔を真っ赤にして硬く強張った身体をそっと抱きとめる。互いの安堵と混沌が入り混じり、ほのかに甘い香りを纏わせる。
ささやかなときめきと、柔らかく広がる暖かさと共に抱える壊れ物のような焦燥感。
それらの全てを互いに越えるには、どれほどの時と労力をかければ良いのだろう。
(-_-)「ママ…?」
从 -∀从「良いんだよな、オレ達。「嬉しい」とか「幸せだ」とか素直に思っても」
(-_-)「わからない、けど、ぼくは…今、嬉しいと思います…」
そうかい。オレの心臓の高鳴りも多分、嬉しいんだと思うよ。
互いの震えた腕はよりきつく身体を締め付け受け止め合い、隙間風が優しく頬を撫でた。
これからだ。
きっと、多分、これから。数え切れない「おはよう」と「おやすみ」を重ねて、オレは胸を張ってお前の家族になる。そんな想像は、きっと夢にも自己満足にもさせない。
だからそう遠くない日に、君に「おはよう」を言わせてくれ。
18
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 22:08:40 ID:LDg.rIkM0
ハインの心理描写がすげー良かった……乙乙乙
19
:
名無しさん
:2021/10/21(木) 23:47:17 ID:lJvIY9gE0
無性にほっこりした
20
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 00:16:04 ID:cM.Qs.720
乙です
21
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 03:17:57 ID:5nSi2DoU0
乙、と言いたいが
「今日はここまで」とも「了」とも書いてないけど投下終わってるのか?
それはそうと、从や∬を男AAの髪型として採用するのいいね
22
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:32:53 ID:qTyzd.HQ0
(-_-)「…お仕事、行ってくるの?」
从 -∀从「ああ、うん。今日も朝帰りになる」
アラサー風俗勤めの俺と小学5年生のヒッキーの生活サイクルはとことん合わないので、言葉を交わす時間はほぼ夕方だけと言っていい。
あれから数日、オレの生活は夜の仕事と昼間にヒッキーがまともに学校に行けるように慌てて生活環境を整える事に終始した。
威勢が良いのは最初ばかりでいまだ母親としては胸を張れず同じ朝を共有できてもオレが言えるのは「おやすみ」だけだ。目覚まし時計の音に揃ってむくりと身体を起こし、これまた揃って「おはよう」と笑い、朝ご飯を食べ、出発するヒッキーを見送る。それくらいの事もしてあげられない。
無駄に歳ばかり食って何たるお粗末だろうか。
どうもオレは目が冴えていると悲観主義に走る傾向にあるようで、鏡に映った顔は山姥と見間違えるほど生気が無かった。
23
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:33:30 ID:qTyzd.HQ0
ヒッキーはオレに余計なプロフィールを聞かない。というより、お互いに知りたい事と立ち入ってはいけない事のボーダーラインを見極めかねて膠着状態が続いている。
まあ、奴から見ればオレは全身デリケートの塊の珍妙な存在で、奴は精神的に一番デリケートな時期だ。
硝子のような年頃に指先も触れるのを躊躇うばかりで、結局互いの怖がりがそうすぐに直るわけもなかった。
从 -∀从(男の決断に後からケチつけるのもせめて父親、って言えないのも、結局はオレの女々しさなんだよな…)
从 ゚∀从「「あの」」(-_-)
从 ゚∀从「…いいよ、お前が先で」
(-_-)「ねぇ」
从 ゚∀从「…あァ」
(-_-)「…ママってさ、男の人が好きなの?」
おいデリケートゾーンにハンマー叩き込みやがったぞこの子。
24
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:34:02 ID:qTyzd.HQ0
从 ゚∀从「ぁ…はーーーっ…」
マグロになっちまった。
今日の指名は3人。
けど抱いてる時も、抱かれてる時も脳裏によぎるのはあいつの硝子玉のような、吸い込まれるような瞳の色ばかりだった。
力が入らないのは、多分肉体的疲労じゃあない。
从 ゚∀从「わけわかんなくなるくらいイけたら楽になれんのにな」
全裸のまま個室の湿ったシーツに仰向けで憔悴する両手で顔を覆った男の姿は実にみっともない姿なんだろう。
ここがそういう場所じゃなければなんらかの被害者扱いされるような格好かもしれない。
脚がずっしりと重く、立つこともままならねえ。
指の隙間から天井を見つめると、またヒッキーの顔が浮かんでしまいつい独り言ちる。
从 ゚∀从「なんて言えば良かったんだ」
「そうだけど」じゃねえだろ。
ちくしょう。いやに湿った心地だ。
25
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:35:57 ID:qTyzd.HQ0
∬´_ゝ`)「まあ、それはしょうがねーかな。年若き小学生には不健全の権化だよお前」
从 ゚∀从「え〜〜〜甘やかして〜〜〜〜労って〜〜〜〜波の数だけ抱きしめて〜〜〜〜〜ライ麦畑でつかまえて〜〜〜〜〜」
( ´_ゝ`)「今日は営業終了なんですー」
俺の腫れた瞼を少しも気遣う素振りを見せず、兄者が表情一つ変えずに野次を入れながらウィッグを外す。
わりとマジに誰でも良いから抱きしめてくれと頭を掻くと奴は「よわよわビッチめ」と対照的にケラケラと楽しそうな笑みを浮かべる。他人の苦労は蜜の味とでも言いたげだ。
( ´_ゝ`)「いろいろ言いたい事はあるけどねー、アンタ別のモンと戦ってんのよ。それで見当違いな弱音垂れてんのが滑稽」
从 ゚∀从「何だよ、別のモンって」
( ´_ゝ`)「お・か・あ・さ・ん☆」
思いもよらぬ所から突かれたオレは開口してしまい次の言葉を紡ぐのが少々遅れてしまった。
ほうっと溜息をつき、「今不機嫌極まりないです」と大げさに肩をすくめる。
26
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:37:04 ID:qTyzd.HQ0
( ´_ゝ`)「自覚無いみたいだからもう一個やっさし〜い兄者ちゃんが教えてやろう。今のお前のモヤつき方は初恋の味を覚えたての背伸びしてる中学生男子のソレ」
セックスしか能のない男を言うに事欠いて童貞扱いかと思わずフンと鼻を鳴らして答えるが、兄者は気にする事もなく踵を返す。
( ´_ゝ`)「疲れるだけだよ、幸せかそうじゃないかとか幸せになる権利とかってさ。病気以外貰えるもんは素直に貰っとけ」
从 ゚∀从「俺とお前を足して割れりゃちょうどいいのになァ」
兄者が行ってしまい、オレは項垂れたまま散らばった破片を集めるように奴の助言と事実を思い返し繋ぎ合わせていく。が、結局オレの思考は答えを無理矢理にぐしゃぐしゃと上書きして行くため、具体的にどうすればいいかわからない。
そんな風に呆けて居ると、ごつごつとした腕に突如視界を塞がれた。
「あーべだ」
从 ゚∀从「バリバリ答え言ってんじゃねえか」
N| "゚'` {"゚`lリ「どうも締まりが悪そうに思えたんでね」
振り返るなり縦にも横にも大きく逞しい肉体が他人のテリトリーなんてお構いなしにぴたりと隣に寄せ、ついでとばかりに尻の肉をむにゅりと掴んできた。
このどこか豪快で雅量に富んだ仕草を自然なモノにしているのが彼とオレの生き方の根本的な違いを表している。
27
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:38:06 ID:qTyzd.HQ0
N| "゚'` {"゚`lリ「オオカミの真似事は出来たか?」
从 ゚∀从「…まだ」
濁すように否定したオレに阿部は「そうか」とだけ呟く。こいつにかかるといつもそうだ。問題を明確にし自分にしか見えない道を指し示し続け、おいでおいでと遥か遠くから躓くオレを手招きする。
その縋り付きたくなるような余裕を表す言葉をオレは知っている。「父性」だ。
从 -∀从「なァ高和」
N| "゚'` {"゚`lリ「うん?」
从 ゚∀从「…やらないか」
N| "゚'` {"゚`lリ「やれないね。少なくとも今は逃げ道になる気は無い」
そう言うと阿部はお株を奪うんじゃないとニカリと笑い、帰ってやれよと後ろを親指でさす。
N| "゚'` {"゚`lリ「お前は過剰に恐れすぎてるのさ。もう一人の自分を作る事も、自分自身に向き合う事も、投げ出すことも。生きるって事は駆け引きってやつを楽しむもんだぜ」
何も返すことができなかった。
28
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:39:02 ID:qTyzd.HQ0
阿部から3日ほどの休暇を貰い家路を急ぐ。
高層ビルの合間から結構な勢いで天の恵みがオレを打ってきた。傘は持ってきていないが、今のオレは気にしない。せいぜい存分に泣いて誤魔化してくれ。
N| "゚'` {"゚`lリ『やるかやらないか…何事も結局はコミュニケーションなんだ。もちろん基本は自分自身だが、一番大切なのは相手の事をよく考える。こいつがどこのハッテン場に行ってもすぐボーイフレンドを作れる秘訣さ』
N| "゚'` {"゚`lリ『まあ体勢を変えるとか距離を測るとか、わざと逆らうとか…計算もあるがね。そこら辺はお前さんが大人になってから考えればいい』
ふと、ずっと昔に右も左も分からなかった頃に言われた事を思い出す。
そうだった。ずーっと昔から答えを教えてくれてたじゃないか。別にそういう世界を知りたいとは一言も言ってないのに勝手に。
あの男の事は、最初は本当に好きでもなんでもなかった。ただ生きるために差し伸べられた手を取っただけ。
戸惑いの方が強かったオレがとうとう折れたのは、ひとえに奴のしつこさのせいだ。
ばかみてえな話。
相手の世界にズケズケ踏み入る勇気も持たずご機嫌を伺うばかりで、結局オレは側に立ってやれずにクソババアへの反抗心越しにヒッキーを見てただけだ。
29
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:39:31 ID:qTyzd.HQ0
从 ゚∀从「ただいま、ヒッキー」
从 ゚∀从「ヒッキー?」
ドアを開けむやみやたらに名前を呼ぶ。時刻はまだ朝の5時で、寝ていてもおかしくないのに。それでもそいつを「ヒッキー」と個人として認識しないと、オレはいつまでもオレの影をこの幼い子供に見続ける気がするのだ。
(-_-)
从 ゚∀从「オレはオレなりにお前のママになってやるからな」
从 -∀从「なァ、ヒッキー…おやすみ」
30
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:40:42 ID:qTyzd.HQ0
※
ぼくの母親は、3人目になる。
最初の母親の事はよく覚えていない。二人目の母親はよく知ってるがあまり僕に関心がなく、僕もその人の事をなんとも思わなかった。
そして3人目の母親は、どこからどう見ても男の人。
ハインさんの見た目を一言で言い表すなら「美丈夫」だ。
若く整った顔立ちと透き通るような銀色の髪、細長い手足。ほぼボディラインが透けてるんじゃないかと思う薄い生地の服。(ベビードールと言うらしい)
少しばかりの目の隈もどことなく大人っぽい魅力に変えているように見える。
遠目に見ていれば彼を女性だと誰もが見間違えるのだろうが、ただ一点の要素がその美貌を一気に珍妙な格好に変えている。
从 ゚∀从「脱毛ってのも金かかるしなァ〜」
鏡に向かって僅かなヒゲと格闘するハインさんは、正直面白い。
31
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:41:27 ID:qTyzd.HQ0
ぼくはいわゆる鍵っ子で、ここに来た日からしばらくハインさんとはあまり多く言葉を交わせていなかった。
ハインさんは夜7時には家を出てしまい、毎日朝早くに帰って来て床に就く。そうなると二人一緒に居られるのは夕方と休みの日だけだ。
不思議に思うことはいっぱいあるけれど、それでもぼくは同じひとりきりでも以前よりは楽な気持ちだ。
部屋の隅っこでじっとしてるのも一人の布団も慣れてるし、ハインさんがぼくの為に苦労しているのも、毎朝ぼくに縋り付くように寝ているのも知っているから。
从 ゚∀从「おはよう。おめかししなヒッキー、今日はママと出かけるぞ」
土曜日の朝、ハインさんがロールパンを齧りながら唐突に言った。
ハインさんが8時頃に起きているのは珍しい光景で、ねぼすけのぼくでも腫れた目元を見ると即座に「この人は寝てないんだな」「泣いていたのかな」と理解できた。
おはよう、と返すとどこかハインさんは少し機嫌が良くなったように思える。
32
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:42:53 ID:qTyzd.HQ0
(-_-)「ぼくも女の子の格好するの?」
从 ゚∀从「…バーカちげぇよwww」
だっておめかしなんて言われると反応に困るから。
ぶっきらぼうな口調で笑うハインさんは、親というよりどこか同年代のやんちゃな子供みたいだ。
そんな姿を見ているとますますぼくに「ママ」と呼ばせたがるのはどうしてだろうと疑問が湧いてくる。
格好は趣味とお仕事どっちなんだろう。
どうしてぼくに優しくしてくれるんだろう。
どうして時折懐かしいものを見るような寂しげな目をするんだろう。
思い出したようにいきなり撫でて来るのはなんだろう。
分からなくて不安になるほどでは無いがどこか不思議な感覚が拭いきれずつい昨日「男の人が好きなのか」と尋ねてみたが、反応はそっけないものだった。
33
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:43:38 ID:qTyzd.HQ0
(-_-)「ママはどこへ行くの?」
从 ゚∀从「なーんも決めてねぇ。だから今日はお前が好きな所行こうぜ」
な?と頬杖をつき微笑んだハインさんの瞳は同じ赤でも普段のどこか濁ったやけに鋭い赤ではなく今日のおひさまみたいに澄んでいてキラキラと眩しい。
初めて来た日の夜にもこんな目をしていた気がする。
銀色の髪も相まって魅入ってしまうほど綺麗なのに、何か無理をしているなと一歩引いてしまう。
ぼくの存在はハインさんの手を煩わせているのだろうか。もともと静かな方で一人遊びは得意だったし、父母もこれといってぼくを心配する素振りはなかった。
だからこうしてハインさんがぼくの事で四苦八苦する様子を見ているとぼくは申し訳なくもあり、子供扱いをちょっぴり嬉しく感じてしまうのだ。
(-_-)「ねえママ、ぼく、水族館に行きたいな」
遠慮と我儘で言えば、落ち着ける所にしてあげたい遠慮の方が勝った。子供らしい浅知恵かもしれない。
もっともぼくはどちらにしろなるべく騒ぎ声の聞こえない場所を選ぶつもりだったけど。
34
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:44:14 ID:qTyzd.HQ0
いつも思うけれど、この水槽の中に居る生き物達はぐるぐると出口のない海を回り続けて窮屈じゃあないのかな。案外ぼくがそこに立てないから知らないだけで、彼らにはのびのびとできる広い世界なのかな。
イワシの群れがくっついたりバラバラに広がったりを繰り返してるのをぼーっと見ていると、一匹いつも遅れてる子とそいつにくっついてる子が居るなあと気づいたのは、ハインさんに肩を抱かれた時だった。
从*゚∀从「ヒッキー!見ろよクソでっけえクラゲだ!」
視線だけでその先を辿ってもなかなかの人混みではあるのだが、仲睦まじくはしゃぐにしろボリュームを考慮して会話するカップルも居るというのに。
海の中のトンネルのような場所に延々と続く大きな水槽を眺めながらぴたりと顔をくっつけて騒ぐ子供達に紛れて一人、ユウレイクラゲにテンション上げる大きな子供が居る。来るのは初めてでは無いと思うけど。
(-_-)「こんなに大きいと、ちょっと怖いかな」
从*゚∀从「美味そうだよな!」
大人にはクラゲを食べる習慣があるのかな。
35
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:45:34 ID:qTyzd.HQ0
ハインさんの歩幅は大きくそれでいて移り気が早い。よたつきながら歩くぼくに気付いてか、くしゃくしゃと頭を掻くと優しく手を繋ぎ数秒おきにちらりとこちらを見ながらゆったりと脚を進めるようになった。
その掌の温もりに触れながらぼくはまた気を遣わせてしまったかな、と視線をそらした。
うってかわってハインさんは口数を少なくして、ぼくに合わせてくれた。
青白い光に染め抜かれた銀髪が、象牙のような柔らかな暖かさを感じさせる肌が、白いカーディガンが、たまにこちらを見て綻ぶ唇がやけに艷やかで、どこかその儚さを増している。
サンゴやイソギンチャクなどの比較的地味な展示物が並んだ人通りの少ない一角は休憩室も兼ねているようで、いくつかロビーチェアが並んでいる。
その一つにへなりと腰掛けてハインさんが呟いた。
36
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:48:04 ID:qTyzd.HQ0
从 ゚∀从「ごめんな」
(-_-)「どうして?」
思わず聞き返した。
そりゃあ見るからに空回りしているのはわかるけれど。
从 ゚∀从「どうして、かな…」
何処か遠くに行ってしまったように天井を見上げるハインさんの沈黙に、ぼくはいたたまれなくなって訊ねた。
(-_-)「ママは前のお母さんの事好きだったの?」
从 ゚∀从「嫌いだ」
彼は視線を合わせずに即答し、それから急に肩を落として続けた。
从 ゚∀从「…ガキの頃はそれなりに可愛がられてたと思うよ」
(-_-)「ああ、やっぱり」
なんとなく保留されていた答えの一端が見えたような気がする。
ぼくたちは似ているけれど、致命的な部分でズレがある。静かに周りにどう見られるかを気にするぼくと、笑いながらもどうすればよかったのか悶え続ける彼。
彼はそれなりに愛されて育ち、愛し愛されるのが当然の環境に居たが故に放り出されて、裏切られて、根本に染み付いてしまったのだ。自分の欠点を責め他人を気にしすぎる性分が普通の人以上に。
この人は思ったより脆い。
37
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:48:58 ID:qTyzd.HQ0
从 ゚∀从「…ヒッキーはオレより強いのかもな」
思考を読んだかのようにハインさんがこちらを見つめる。あまりに自分に似つかわしくない評にぼくは呆然と彼を見つめる。
(-_-)「ぼくはちっぽけだよ、ママより」
从 ゚∀从「いや、度胸とかそういうのがさ。オドオド警戒してるかと思ったら何ともないような顔して爆弾放り投げるしよ…マジに11歳か?」
(-_-)「ねえママ」
そっと隣の手を重ねふわりと笑って見せる。
(-_-)「ぼく、今日はママといっぱい遊べて楽しかった。ホントだよ」
从*゚∀从「…そっか」
わしわしとぼくの頭をかき混ぜながら笑うママの表情はなんだか家に帰り着いた迷子の子供のように見えて、ぼくはママの安心したこの顔をもっと見たいなと思った。
38
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:49:37 ID:qTyzd.HQ0
それからしばらくして、帰り道の電車の中でもまだ水族館の感想が続いていた。
ママは飽きっぽく次から次へとあれこれ楽しんでいたように見えて案外全力で楽しんでいたようだ。
ぼんやりと眺めて歩いていたぼくなんかよりずっと。
从*゚∀从「やっぱよォ、あのうつらうつらしてるラッコ最高だったよな〜!妙におっさんくせえのにチャーミングでさ!あと光ってるクラゲ!でけえやつ!」
話題が尽きず喋り続けるママに相槌を打ちながらぼくは帰り際に買ってもらったシャチのぬいぐるみを抱えていた。ママはひたすらにアザラシが良いとごねたが、ぼくも負けじと意地を張ってシャチが良いとごね続けた。こんな風に親にわがままを言ったのも初めてかもしれない。
最後まで不思議そうにしていたけど、「ママに似てるから」って言ったら怒られるかな。
39
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:50:28 ID:qTyzd.HQ0
从 ゚∀从「リーフィーシードラゴンって居たろ、葉っぱみたいなやつ」
(-_-)「ごめんママ、それあんまり覚えてないかも」
从 ゚∀从「マジ?少年心にビシビシ突き刺さるだろあの響きは!声に出して言いたいねアレは。リーフィーシードラゴン!」
(-_-)「ママの楽しみ方って独特だね」
从 ゚∀从「きっと草属性の召喚技だぜ、いっぱい龍出るやつ」
(-_-)「魚類だよ」
从 ゚∀从「──で、お前は?ヒッキー、何が楽しかった?」
どうだろう。
すでにママが言った物か、ぼんやりとしたものしか出てこない。
実のところぼくはそれほど海や魚に興味があるわけでもない。ただ暗くて静かで落ち着ける場所を選んだだけだったから。
40
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:52:40 ID:qTyzd.HQ0
(-_-)「通路とか…エスカレーターとかが綺麗だったかな」
ぷっ、とママが笑い声を漏らす。自分でもわかってる、もっとあるだろって。
从 ゚∀从「いやいや、魚キョーミねえオレでももうちょい他の事に感心してたよwww」
リーフィーシードラゴンを必殺技だと思って盛り上がる人には言われたくない。
(-_-)「でもさ、目を奪われるってああいう事だと思うんだ。足を踏み入れて、だんだんせり上がって行く内に青白い光が見えて、本当に海の底から浮かんで行ってるみたいでさ」
从 ゚∀从「そりゃあわかるぜ。なんつーの?上手い具合に気分整えてくれてよ、「さあ楽しむぞ!」ってワクワクさせてくれるよな」
(-_-)「アレをどうやって作ってるのか気になるよね」
从 ゚∀从「建築とかデザインとかそっち方向かー、まあ良いんじゃねえの?そういうのもさ」
(-_-)「うん、ああいうのの仕組みは気になるかな」
41
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:54:46 ID:qTyzd.HQ0
電車の中が静かになり、がたんごとんと揺れる音だけが響く。
昨日の夜からぶっ続けで夕方まで起きていたせいか、ママは糸が切れたように大人しくなりすやすやと寝息を立てている。
(-_-)「ねぇママ」
返事はない。
夕日に照らされたママの髪の毛は、薄い橙色を映している。
初対面の時に感じた途方も無い大きさと怒らせてはいけないような荒んだ眼差しは、今は何処にもなく隣でこじんまりとしている。
(-_-)「不思議なことはまだたくさんあるけど、一つだけはっきりしてることがあるんだ」
从 -∀从
(-_-)「ママと出会って、呼吸するのが楽になったんだ。それだけ」
このままぼくも目を閉じてしまうと、きっと降りる駅を通り過ぎてしまうのだろうな。
そうホッと息を吐き、少し撫でてぼくは移り変わって行く景色に目を向けた。
おやすみ、ママ。
42
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 18:58:22 ID:qTyzd.HQ0
今日はここまでです
つよつよでよわよわで不器用从 ゚∀从がすきです
43
:
名無しさん
:2021/10/22(金) 22:13:21 ID:830UvpCA0
おつ!続き嬉しい
シャチって母や祖母を中心に家族で群れをつくるんだっけ?
44
:
名無しさん
:2021/10/23(土) 07:38:07 ID:e1LQz1LQ0
ハインママ♂とヒッキー
http://img2.imepic.jp/image/20211023/260900.png?13fda42110ad359e72139b61a2dc783a
45
:
名無しさん
:2021/10/23(土) 18:35:19 ID:Hz91XAmc0
乙、弱さが見え隠れしてめっちゃ好き
>>44
ちゃんとハインが男にも女にも見える!
46
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:16:18 ID:InF0ABBQ0
軽く首を鳴らしてふと時計を見ると時刻は午前4時を過ぎていた。まともな感覚を持ち合わせているなら目覚める時間には少々早すぎる。が、普段の不健康なオレにとってはちょうど退勤する頃という認識でこの時間の起床はフツーに生活してる人間と比べても非常に珍しく感じるものだった。
どうも寝汗が酷くべたべたまとわりつくので、重い身体を引きずりシャワーに向かいぼんやりと湯に打たれながら考える。
あいつ、また一人で寝ちまったのかな。
47
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:17:44 ID:InF0ABBQ0
(-_-)「ママ、これ持って」
从 ゚∀从「…ん」
電車から降りるとヒッキーはふとオレを一瞥すると水族館で購入したシャチのぬいぐるみ(やたらデカい)(アザラシがよかった)を預けた。
あまり長く眠れなかったためうつらうつらと生返事をしたままオレは粗雑にシャチの頭をむんずと片手で掴み、差し出されたヒッキーの手を握る。
ヒッキーはずっとあの小さな掌でオレを家に着くまで引っ張ってくれていた。
そうしてオレは情けなくも帰るなり布団に倒れ込んで今に至る。
昨日を振り返って見ても赤点ギリギリだ。あいつを甘えさせてやるべき立場にいるのに、結局10個以上も歳の離れた子供の優しさに甘えているんだ。
阿部はオレに恐れすぎると言ったがこちらとしては常にペーパードライバーが高速道路に突っ込むような心境で一歩間違えれば事故、という焦りは並大抵のものではない。
48
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:18:15 ID:InF0ABBQ0
( ´_ゝ`)『痛みってのは前触れ無しに全部奪ってくぞ』
そうかもしれない。
人生では知り得ない類の痛みはずきりずきりとオレの胸を苛んで来る。
責任感と反骨心と傷の舐め合いのスタート地点からやっと相手を個人として見れるとこまで行けた、そこまでは良い。痛みを一つ越えるとまた新しい痛みが襲ってくる。
この子にこれ以上心配をかけたくない。
この子の重荷にはなれない。
もっと家族ってのは互いに気楽にもたれかかれる物なんだと思う。それが下手くそなオレが、このままヒッキーを押し潰してしまうとしたらなんて考えるのも怖い。
今の関係から一歩踏み出す事へのもどかしさは確かに男の初恋に似ている。あの野郎のアドバイスで余計に意識しちまうじゃねえか、やってくれたな。
从 ゚∀从「ヒッキー」
息を潜めてその名を呼び、頭を二、三撫でて思い返す。
49
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:19:45 ID:InF0ABBQ0
(-_-)『ママは男の人が好きなの?』
あいつの質問はオレが女性の格好をしているのが不思議だったから、それ以上の意図は無いと思いたい。
11歳の性知識の程度はどうもピンと来ないが、やっぱり身近にそういう趣味のヤツが居たら多少は自分のケツを抑えて怪訝な視線を向けるだろう。オレが同じ立場ならそうする。
って事は自然と結論はヒッキーはまだセックスがどうこう考える年頃では無い、もしくはなんとなく言葉だけは分かるがそれ以上は強く興味を持った事が無いのかもしれない。そうだそういう事にしよう。
从 ゚∀从「そーなると余計に控えてる爆弾が増えんだよなァ…」
軽く放心しかけた頭の中から何か思考を切り替えるものを探しあぐねる。
50
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:21:22 ID:InF0ABBQ0
こういう機会にしかオレ朝ご飯作れないよな。
今日はヒッキーと何処へ行こうか、そういやあいつ学校の話あんまりしないよな…
とりとめのない思考を積み上げて行く内に、ふとある違和感が脳裏を掠めた。
从 ゚∀从「…今日セックスしてねえわ」
つい先程まで忘れかけていた何かが頭をもたげた。
ごくり、と息を呑むと同時に今自分の中を渦巻く衝動を理解して嫌悪感が降りてくる。
ブレーキをかけようとする理性に反して忙しなく漏れて行く吐息。
やめろ。そこへ傾いて行くんじゃない。
首を振った視線の先に映った身を丸めて眠る子供の背中に、身体を支配する熱が背徳感を帯びて加速していく。
たすけてくれ。
それ以上落ちてしまったらオレはもうそこで蹲ったまま一生動けなくなる。
顔を合わせられなくなるどころの話じゃない。
ぎこちなくパンツを降ろし肩が少しずつ上下していく。
从 ∀从「あ、あ…ッ、くぅ…ん、ふ…ぅ…ッ、ッ…」
これは、ちがうんだ、おれが。おれが元からおかしくなっているだけ。
元から性欲のネジがとれてるだけ、だから、おまえでするつもりなんかないんだ。
ああっ、ちくしょう。たすけてくれ。きかないでくれ。
ヒッキー。
いくらもがいてもまとわりつく罪悪感と欲求が生み出す混沌はおれの脚を離してくれない。
声を抑えるだけのささやかな抵抗も虚しく、そいつはどこまでもおれを硬く敏感にさせて行く。
ちがう、ちがうんだ。おれがばかだからこんな風になってるだけなんだ。頼む、おれをまともにさせてくれ。
おまえの声をきかせてくれ。ヒッキー。
ヒッキー。
くるしい。
51
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:22:54 ID:InF0ABBQ0
ヒッキーがのそりと起き出したのは午前6時45分を過ぎた頃だった。小学生の生活リズムを考えれば遅いといえば遅い方だが休日でもこうなら案外に健康的な方とも考えられる。
从 ゚∀从(オレはヒッキーをオカズにズリこいたのか…こいたよな…)
誰にともなく一応断っておくと、オレに少年趣味はない。たまたま目に入ったからというドブ鼠にも劣る汚らしくタチの悪い理由なだけだ。
故に二度目のシャワーを浴びても最悪な思考を払拭するのは難しく、料理に意識を反らしてもなんとなしに上の空のままだった。
从 ゚∀从「…で、今はあいつにオカズを提供してると」
クソくだらねえ。下品な事で気分が落ちるとぼやきまで下品になる。
自分が不幸の底に居ると分かってても、真上を睨みつけて喧しく文句を言い続けた遠い思い出。その場所に心が馴染んでもう罵声も尽きたちょっと昔。そして今温もりを得て、深く刻まれた亀裂に染み込んだ自分のどうしようもなさのせいでさらなるドン底に陥るなんて思ってもみなかった。
そもそも不幸に底なんて無くて、一度脚を滑らせた奴がただゆるやかに落ちて行くだけなのかもしれない。
悲しさも同じだ。
52
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:24:08 ID:InF0ABBQ0
オレが作るといつも朝食の内容はどうも酒のツマミかご飯のオカズかどっちつかずで、分量も作る側の感覚もどちらかと言うと夜食寄りだ。
ポテトサラダと油揚げの味噌汁、ヒジキに納豆に枝豆と冷奴。どう考えても手つきが一人でまあまあ多めに食って寝るつもりの時の動きだ。
(-_-)「…いただきます」
从 ゚∀从「おう、食え食え」
ヒッキーは食事の時にあまり会話をしない。
もともと大人しい性格なのもあるが一貫してちゃんと口内の物を飲み込んでから言う礼儀正しいヤツだ。
外の景色が雨模様なのはほんの少しだけありがたい。二人とも自然と「今日は何処へ行く?」という言葉が出てこなくなるから。
ヒッキーは美味しいと言ってくれるが、オレにはどうにも口の中に泥を詰められたようで「あー」とか「んー」とか適当な返事しか出てこず、当然会話は弾まない。
(-_-)「…ママ、今朝泣いてたよね」
そう切り出したヒッキーの突然さにオレは思わず咳き込む。わなわなと震える唇をぎゅっと噛み締め、今にも逃げ出そうとする足を叱咤する。
从;゚∀从「き、聞いてたのな…お前」
(-_-)「うん、あれで1回起きた」
从;゚∀从「わりーわりーうるさかったなー!ゴメンなー!」
53
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:24:58 ID:InF0ABBQ0
間延びした声でカクカクと頷くオレをヒッキーは幼い瞳でただじっと見据える。
(-_-)「辛そうだった。聞いててこっちが悲しくなって、少し泣いたらまた眠れたんだ」
从;゚∀从「な、なんてことねェよ。思い出し泣きだ思い出し泣き!昨日楽しかったなーって嬉しくてホラ、な?」
(-_-)「…そういう顔、ぼく見たくないよママ」
从 ゚∀从「…大、丈夫。大丈夫なんだよオレは」
(-_-)「おしえてよ、ママ。辛い事、苦しい事。隠し事なんてしないで」
从;゚∀从「ヒッキー」
(-_-)「おしえて、お願い」
从;゚∀从「やめろ」
(#-_-)「ハインさん!!」
从#゚∀从「うるせぇッ!!!!!」
怒鳴り声を上げたオレの姿に目を見開いて戸惑うヒッキーにオレはより険を含んだ視線をぶつけた。
从# ∀从「ごめん、ヒッキー。オレ今日は一日中寝る」
ヒッキーからの返事はなく、オレは頭から布団を被って震えていた。
54
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:27:22 ID:InF0ABBQ0
薄々と肌で感じ取っていたものに説明がついたような気がした。
あいつは時々、少しだけ奴と似た一面を見せる。
俺よりずっと幼い頃から、それこそ捨てられる前から孤独を味わって来た小さなオオカミ。その嗅覚は自分の疑問を明確に悟り、じゃれつくように何気なく傷を優しく舐めようとして鋭い牙を突き刺す。
奴と違う所があるとしたら、それは子供らしさだろう。研ぎ澄まされた牙はまだ小さく、引っ込め方を知っていても出した時にどう使うかを知らない。
群れるための大人の狡猾な知恵とホイホイ危険に自分から飛び込んでみる勇猛さの使い分けが出来ないまま、好奇心の純粋さが彼を独りにする。
いや、多分、確実に。寄り添うべきオレがそうさせてしまった。
嗤えよ、阿部。嗤えよ、兄者。
おれはオオカミのマネをする事も、オオカミに寄り添う事もできない子羊だ。
ハインさん、か。
ちくしょう。
55
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:28:46 ID:InF0ABBQ0
※
ママが僕が寝てる間に泣いていたかどうかは、朝起きた時に目元を見ればなんとなくわかる。
どうして泣いていたのか、いつも気になったけど聞かないでいた。同じようにお父さんを気にかけた時もそうだったから。可哀想なお父さんを見るのは辛いけどどこか愛おしくて、一緒に力になってあげたかった。けどお父さんはそれを嫌がるので、ぼくはお父さんが泣いていても何も言わなくなった。
人が辛いとき本当に声をかけて欲しいのは、きっと泣き止んだ後なんだろう。それこそ、赤ん坊の頃から。
間近でママの泣き声を聞いたのは、一緒に水族館に行った次の日の朝だった。
呻くような、ぐずるような。どこか切なくて、少し甘いような。背中越しにだんだんとそれがエスカレートして苦しそうな声に変わって行くのが分かった。
56
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:30:30 ID:InF0ABBQ0
「ぁ、ひぁッ、いやだ、いやだっ…!」
うなされるにしたってその声の響きは何か異常だ。起きているなら、何を怖がっているのだろう。眠っているなら、そんなに泣き叫ぶ事ってあるのかな。
大人なのに。
ママが数回、「嫌だ」と繰り返し泣いているのを聞いてぼくは背筋がぞくりとした。
怖い。
立ち上がって灯りを点ける事も出来るけど、きっとママに気づかれたらママは余計に泣いてしまうかもしれない。放ってはおきたくない、けど、
どうすればいい。身体がどんどん動かなくなる。
「ヒッキー…!」
(-_-)…!?
ぼくを呼ぶママの声に、思わず振り向いた。
夜目が利いてきて、うっすらと見えたママの姿は裸で、汗だくで、ぼくはますます何もわからなくなって、怖くて悲しくて目を瞑った。
雨音で気が落ち込んでいるのか、目覚めは最悪の気分だった。
何もしなかった。できなかった。
ぼくは今まで通り怒られないように黙っていただけなのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。
ママは一足先に起きて、初めて朝ご飯を作ってくれた。
(-_-)「…いただきます」
从 ゚∀从「おう、食え食え」
ちょっと朝食には多いけれどママは夜型の生活なので多分夕食気分で作ったのかもしれない。普段ならママはちょっと抜けてる所もあるんだな、と新しく知った一面にくすりと笑う事も出来たんだろう。
57
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:31:34 ID:InF0ABBQ0
でも、ママはずっと悲しそうな目をしてる。
(-_-)「ママって意外と料理得意なんだね」
从 ゚∀从「…あ?あァ」
やめて。
(-_-)「レトルトとかインスタントばっかり食べてる印象だったから」
从 ゚∀从「そうだな」
きいて。
(-_-)「…お休みだし明日もママと朝ご飯食べれるね」
从 ゚∀从「…かもな」
おねがい。
ハインさん。
58
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:34:16 ID:InF0ABBQ0
(-_-)「ママ、昨日泣いていたよね」
从;゚∀从ゲホガハッ
不意を突かれたのかママが咳き込んだ。
聞いても聞いてもちゃんと答えてくれるけど、ママは痛々しく無理して笑ってる。
お父さんの顔が、ママの顔に被って見えてぼくは目を擦った。
これ以上ママを虐めたら、お父さんと同じになる。
止めなきゃ、でも、嫌だ。
ぼくを蹴って転ばせた後笑ってたママ。
ぼくの頭を優しく撫でるママ。
一緒に何処かへ行こう、と誘ってくれたママ。
水族館でぼくよりずっとはしゃいでたママ。
楽しかった、と伝えたらふんわりと笑って、とても嬉しそうにしてたママ。
へんな必殺技のカッコよさを力説するママ。
電車でぼくの隣で穏やかな寝息を立てていたママ。
ぼくの声に真面目に答えないハインさん。
空元気を出すハインさん。
冷や汗垂らして嘘をつくハインさん。
やめて。ぼくたちは家族なんでしょ。
おしえてよ、ママ。
お願い。
ねえ、ママ。
ママ。
(#-_-)「ハインさん!!」
从#゚∀从「うるせぇッ!!」
ああ、やっぱり、すごく似てる。
お父さんに。
59
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:36:16 ID:InF0ABBQ0
ハインさんは宣言通り一日中イモムシのように布団にくるまって寝ていた。
「起きて、ご飯食べようよ」と声をかけても返事はしなかった。寝たフリをしているなら多分トイレに行きたくなったりお腹が空いたりする事もあるだろうからそこがチャンスだ。そう思って夜通し見張ってもハインさんは布団から出てこなかった。
午前3時頃まで起きてたからかなんだか目がしょぼしょぼしてぼくは教室の中で大きく口を開けた。
(-_-)「ふぁぁ〜〜……っ」
('A`)「クソでけぇ欠伸だな」
前の席のドクオくんが声をかける。
子供のネットワークは思った以上に情報の流通が早く、きっとその裏にはこれまた噂好きの大人が居るのだろうなあと背景まで想像してしまうほどぼくの転校してからの生活はアウェーだった。
気づけば何故かハインさんが女装した男の人であることは学校中に知れ渡っていて、その息子という扱いになるぼくは一気に奇異の目で見られた。
60
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:37:58 ID:InF0ABBQ0
ハインリッヒ高岡の息子。
ママって呼ぶのには違和感を持たないけれど、そう言われると「あ、ぼくの事か」となってしまうのは何故だろう。
ともかくぼくの周りにはめちゃくちゃな悪意がひしめいている筈なのにどうしても今までのそれと比べて嫌な感情というか、ピンと来る感覚はなかった。知らない冷たさより、知ってる怒りの方がずっと痛いから。
「ハインさんが君たちに何をしたのか」「親が女装をしていて何か困る事でもあるのか」と不思議に思った事をクラスの子達に訊ねてみるとぼくはますます冷たい目で見られ、その中でぼくに興味を示してくれたのがドクオくんだった。
(-_-)「昨日は夜中の3時まで起きててさあ」
('A`)「マジ?俺は昨日からずっと徹夜でゲームしてたぜ。勝ち〜」
(-_-)「生活習慣の崩壊を誇っても何の自慢にもならないよ…」
変人には違いないけど、いい人なんだ。たぶん。わからない。
61
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:39:55 ID:InF0ABBQ0
( ><)「それに遅くまで起きてると身長伸びないんです!」
('A`)「おいおい揃ってマジレスか?なんかデータとかあるんですか?ん?」
( ><)「夜ふかししてると成長ホルモンが出ないんです!」
('A`)「それで?」
( ><)「えっと、わかんないんです…」
タコ、とドクオくんが彼の頭を小突くと彼は即座に「タコじゃなくてビロードなんです!」と怒る。二人にはお決まりのやりとりらしく、新参のぼくは微笑ましくも羨望の目で見てしまう。
ビロードくんも新しくできたぼくの友達の一人だ。
素直で、真面目で、ちょっととぼけた所もあるけど何も気にせずぼくに接してくれる。
62
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:41:32 ID:InF0ABBQ0
( ><)『ヒッキーくんはどこから来たんですか?好きな食べ物はなんですか?ぼくはおかあさんの作ったちゅうかりょうりが好きなんです!スポーツはなにが得意ですか?ぼくはどれもへたっぴだけどドッチで避けるのだけは得意なんです!』
初めてビロードくんと話した時、こんな風にまくし立てられたのを覚えている。どうしてそんなにぼくに興味があるのか、と聞くと「知らない事や知らない人に出会ったら観察するのが大事なんです!」とにこやかに答えてくれた。ぼくが大きくて不審で危険な大人でもこの子はそんな風に向かって行くのだろうか。
(-_-)『君はぼくを怖がったり疎まないんだね』
(* ><)『えへへ、正直なんでみんながヒッキーくんをこわがってるのか実はぼくまだわかんないんです。どうしてみんなはヒッキーくんのママが女の子の格好してるだけでこわがってるんですか?』
怒りっぽい人ならこういう時即座にひっぱたくのかな。
(-_-)『どうしてだろうね。ぼくにもわかんないや』
(* ><)『じゃあこわくないんです!』
ヒッキーくんも!と手を握られて、ぼくは微笑み返すほかなかった。
ともあれ、彼の「分からない事は知りたいと思っても別に怖いとは思わない」という思想には大きく共感出来るものがあり、その時ぼくはほんのちょっぴり親友にすらなれるかもと思った。
63
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:43:15 ID:InF0ABBQ0
( ^ω^)「おいすー」
( ^Д^)「ようドクオ!例のブツ、持ってきたよな?」
ガラリと戸を開けて入って来たのはブーンくんとプギャーくんだ。
ブーンくんは隣のクラスの子で、ドクオくん曰く、俺様が親友と認める世紀のナイスガイ。だそうだ。実際ぼくもおおらかで優しい人物だと思う。
プギャーくんとは友達の友達、程度らしいけど通学区域が同じで毎朝ぼくたちと一緒に話をしにこのクラスへやって来る。
内藤ホライゾンという1ミリもかすっていない本名に対してブーンというあだ名なのは何故だろう、という疑問はホームルームが近くなると瞬時に駆け抜けて行くそのスピードと廊下から聞こえてくる叫び声とついでに先生の「内藤!!廊下を走るなぁ!」という怒声で納得した。
64
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:44:19 ID:InF0ABBQ0
子供のコミュニティで大多数と異なる要素を持つ事は許されない。たとえその子供自身に関係が無くても。
そんな奴と仲良く出来るのは世間から理解されないよりすぐりの天才達なのだ、お前も含めて。
そうドクオくんと力説したのがプギャーくんだった。
それって「悪ガキ」って言うんじゃ…と思うほどプギャーくんはぶっきらぼうな子で、実際にドクオくんと仲良くなり始めてから一番執拗にぼくとハインさんを小馬鹿にしていたのはプギャーくんだ。
( ^Д^)「いいか、こいつはオペレーション・ミルナの締めくくりに相応しい一戦だ。幸い俺たちにはドクオとヒッキーがいる。負けはねぇ、必ずミル公に一泡吹かせられる!」
そんなプギャーくんを見返したのが、この「オペレーション・ミルナ」であった。
ミルナとは理科の先生の名前で、生徒達からは「鉄仮面」と恐れられている。
( ゚д゚ )
無表情で無感動。ぼくが大人になったらあんな風になってしまうのかな、それはちょっとやだな。ぼくですらそんな感想を抱く男だ。
65
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:46:34 ID:InF0ABBQ0
( ^Д^)『あ?なんだその目はオカマ。悔しかったらミルナを驚かせてみろよ』
('A`)『おいプギャー、くだらないマネはやめろよ。俺たちの敵は教師だけだ』
( ^Д^)『新入りの癖にさも自分は頭良いから関わりませんよって生意気なツラしてんのが悪いんだよwww』
生意気なツラをしてるのはどっちだ、とムッとして僕はそれに応えた。
(-_-)『いいよドクオくん、ミルナ先生を驚かせばいいんでしょ?』
ミルナ先生を驚かせる、というのはこの学校における一種の度胸試しイベントらしい。いかにもいじめっ子らしいプギャーくんが一人前の象徴として出すくらいだから、相当なものだろう。
たかだか無表情なだけで何をそんなに恐れられるのか、とは思ったが実際ぼくもそこまで言われる鉄仮面が驚いた時どういう顔をするのか気になったので、夜ふかししてハインさんが帰って来るまで待っていることにした日、ぼくはある作戦を決行した。
66
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:48:12 ID:InF0ABBQ0
作戦は至ってシンプルな落とし穴だ。
ハインさんが寝て、学校に先生が集まるまでの時間という僅かな隙間に校庭に深い深い穴を掘り、生徒達が集まった後ミルナ先生を呼び出して落とす。
事故には細心の注意を払い、落とし穴周辺に誰かが近づくとドクオくんとブーンくん、ビロードくんとで警備隊を組み避けてもらった。
(-_-)『ミルナ先生、こっちこっち、こっちだってば』
( ゚д゚ )『いったい何なんドブォフォァ!?』
(-_-)『よし…!』
( ^Д^)『うおーーーーーっ!!すげぇーーーーーっ!!!!』
(* ><)『ヒッキーくん!ヒッキーくん!大成功なんです!すごい!すごい!!』
(* ^ω^)『おっおっお、写真も連写バッチリだお!』
('A`)『まあね、最初からやれると思ってましたよ?俺はね』
( ゚д゚ )『貴様ら……梯子を持ってきなさい……』
これがぼくがこのグループの一員になった経緯。
「男を見せた」「俺たちの頭脳ナンバー2になるべき男だ」と喝采を浴びたものの、ブーンくんが収めた写真は落ちる瞬間ですらどれもいつもの鉄仮面であり、試合には負けたが勝負には勝ったという評価がドクオくんによってなされた。
当然ぼくたちはめちゃくちゃに怒られたが、一緒に落とし穴を埋める作業をしている時のプギャーくんの笑顔はとても眩しく何度もバシバシと肩を叩いてくれた。
67
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:54:40 ID:InF0ABBQ0
友人達の紹介はこのくらいにして、第4次オペレーション・ミルナだ。ぼくがやったのは2回目。3回目はビロードくんのみんなでお化けに仮装するトリックオアミルナ作戦。無論、これは失敗。初回はおそらくブーンくんだが、内容はぼくが来る前の出来事なので知らない。
そういえば、こういう悪だくみはドクオくんとプギャーくんの方が長けてるのにどうしてブーンくんが一発目だったのだろう?
(;^ω^)『お、驚く顔より怒りの大噴火を見る羽目になるお…?やめようお…』
('A`)『怒りの大噴火上等じゃねえか。やろうぜ、ブーン?』
( ^Д^)『そうだな。ブーン!一発派手なのを頼むぜ!』
( ´ω`)『なんで僕が先発なんだお…』
とかなんとか二人に挟まれて無茶振りされて、そういう経緯でもあったのだろうか。
68
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:56:17 ID:InF0ABBQ0
そんなわけでプギャーくんとドクオくんが大トリを務めるこの作戦はまだぼくたちにも秘密の大イベントなのだった。
(-_-)「例のブツって、何?」
('A`)「まあまあ落ち着けムッツリ諸君。驚くなよ?ションベン漏らすなよ?先走り汁垂らすなよ?こいつだ」
なぜだかぼくの机にドクオくんが雑誌を数冊並べる。裸の人と、同じく裸の漫画のキャラクターが半々といった所だ。
(* ^ω^)「おおおっ…!コレは!!」
( ><)「なんでみんなはだかなんですか?」
(-_-)「そういう本だからだよ」
( ^Д^)「オコチャマはこれだからな…そう、エロ本だ!あいつがけだるげに授業を始めようとしたら教卓に並べられたエロ本がワ〜オって効果音と共にこんにちは、そしたら流石のミルナも「おっ」とブーンみたいな声を出すに決まってる!それをオレがすかさずスマホでパシャリ!」
('A`)「第2段階は職員室に忍び込んでヤツの机にこれを置いて去る、それだけだ。ちょうど窓から丸見えだから撮るのも簡単、完璧だろ?」
完璧かなあ。いろいろ穴も多いと思うけど。
69
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:57:50 ID:InF0ABBQ0
(* ^ω^)「まあっミルナ先生!このふしだらな本は何ですか!?」
( ^Д^)「…ち、違うんです、これは…これは……wwwww」
即興でプギャーくんとブーンくんが小芝居を打つ。わざわざ声を高くしたり低くしたりその演技派ぶりは彼らの付き合いの長さを感じさせる。
それにしても、最後の大作戦にしては穴の多い計画に思えてならない。なんでここに来て日が浅いぼくが鉄仮面の鉄仮面ぶりを警戒してて彼らが過剰に軽視するのだろう?たかだかこんな本でミルナの表情筋が動くだろうか。
そうぼんやりと一冊妙な存在感を放つ薄い本を手に取ってみる。
('A`)「お目が高いねヒッキー、そいつは女装モノだぜ」
(-_-)「え、これ男の人なの?」
('A`)「そうさ。男の娘はもはや一般性癖よ、ヤツがこいつに反応すればもっと面白いと思わないか?ついでに超乳女子のスカものもあるぞ」
途中から何を言ってるか理解出来ない。
パラパラとめくってみると、20過ぎの女装趣味の男の人が初恋の人に再会して、という話らしい。
本を読むのは好きだがよくこんな薄い中に詰め込むなあ、と感心する。多分正しい楽しみ方ではない。
70
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 05:59:02 ID:InF0ABBQ0
( ^Д^)「オイオイちょっとヒッキーくん熱心に見入り過ぎじゃあないですかァ〜?」
( ^ω^)「仮にも教室でとんでもない度胸だお」
( ><)「ドクオくんはこういうヘンな本をどこから仕入れてくるんですか?」
('A`)「女子からの黄色い声援浴びまくりの5年3組の変態の王様を舐めるなよ?クソキモオタの親父から適当に見繕って持ってきたのさ。あいつの小難しそうな本棚の横の隠し扉の先はエロマンガ島だからな」
(-_-)「黄色い声援ってそういう使い方しないよ。あ…」
ふと、マンガの一コマに目が止まる。裸の男の人が、初恋の人を思い浮かべながら泣いている。
(-_-)「…泣いてる」
('A`)「ん?ああ、そりゃヤってて気持ち良けりゃ涙の一つも出るだろうよ」
(-_-)「そういうもんなの?」
('A`)「そういうもんさ」
71
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 06:01:01 ID:InF0ABBQ0
( ^Д^)「ま、オコチャマどもには刺激が強すぎるかな。ハイ没収〜」
(-_-)「あ、待って」
プギャーくんから例の薄い本を取り上げる。
(-_-)「この本…ぼくが貰ってもいいかな?」
(;^Д^)「マッッッッジかお前!?マジで言ってんのか!?はー!やっぱすげぇなお前はホントに!」
( ^ω^)「勇者だお…ヒッキーはムッツリスケベ王国から遣わされた精霊ムッツリスに選ばれし勇者だお…!」
('A`)「フッ…王位継承だな、アブノーマルプリンス。いいぜ?友情の証だ、大人になってもなくすなよ?」
( ><)「え、えーっと…ヒッキーくん、王様になるんですか?」
(-_-)「なんないよ…」
どうしてみんなのテンションが上がってるのか、どうしてこの本に惹かれたのかは分からない。
けど、分からないって事はきっと怖くない事だと思いたいんだ。あの時は目を背けて、今朝は怒らせちゃったけど。
きっと、ハインさんが泣いてた手がかりもここにある。
72
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 06:03:24 ID:InF0ABBQ0
(-_-)「えっと…」
放課後、ぼくは学校のトイレの中に居た。
第5次オペレーション・ミルナは当然残念な結果に終わってしまったが、朝に確保していたおかげであの本は取られなかった。
なぜこんな人目のつかない場所にこもっているのか。
誰にも見られず裸になれる所がここしかなかったのと、朝はなんとなくパラパラと4人の前で読み耽っていたけど今になってほんの少しの気恥ずかしさを感じてきたからだ。なんでだろう。
服を脱いで、しっかりと綺麗に畳む。流石に床に置くのは汚いので、便座とフタを下ろしてそこに置く。
例のページはすぐに開けた。
授業中妙に焼きついて離れなかったマンガの一コマ。
それを思い出す度に同時に頭の中に響くハインさんの泣き声。
裸のハインさん。
73
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 06:05:36 ID:InF0ABBQ0
(-_-)「こう、するのかな…」
漫画を片手に、擦ってみる。
数回で身体に伝わる、奇妙な電撃。
「な、に…これっ…」
わからない。わからないけど、違う。
怖い。
これは、あの時のハインさんに感じた恐怖と同じ。
怖い、けど気持ちいい。
何がわからないんだろう?何が違うんだろう?
だめだ、頭がこんがらがって、自分自身さえもわからなくなる。
何かがぼくの中で渦巻いて、身体中が熱くなって、救いを求めて縋り付く。
ハインさん、たすけて。
ハインさん。
たすけてよ。
ハインさん。
どうして?
ハインさん。
おしえてよ。
ハインさん。
ハインさん。
ハインさん。
ハインさん。
( _ )「ママ…」
どうしてあのときにぼくのなまえをよんだの?
74
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 06:08:29 ID:InF0ABBQ0
今日はここまでです
短編をこれ続けたら面白いんじゃない?で膨らませようとすると地獄を見ます
>>30
さしえ
http://img2.imepic.jp/image/20211024/074010.png?60635b04bb636dfb872cbeba5e82cf11
75
:
名無しさん
:2021/10/24(日) 12:39:18 ID:wBevBIvs0
短編祭作品じゃない……ということはいくらでも書ける……!
乙
76
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:02:03 ID:wiZ66bfM0
俺もつい最近知った事だが、『バーボンハウス』はもともと阿部高和の店ではないそうだ。
だいぶ昔のことで、ついヤンチャをしすぎて暫く気に入っていた街を離れる事になった阿部に付き合いの長い垂れ眉のゲイが「日本を離れるから留守番のつもりで」と寂れたバーを快く提供し、ちょうど暇を持て余していた奴は羽休めについ二つ返事で預かっちまったのだ。
阿部もその垂れ眉もなるべく身軽で居たい方のゲイだったもんで唐突に行き先もなくぶらりぶらりと様々な世界を飛び回るのはお互いいつものことだったが、5年ほど待たされたあたりで流石に奴も少々退屈さを感じるようになったそうだ。
そうなると自ずと思考は「せっかくだから好き放題に拡張するなり俺好みに仕込むなりしてみるか」という冒険心へと舵を取る。
もちろん全部が全部阿部高和の理想通りとまでは行かなかったが、同じような連中の住処としてはまあまあご立派なものにはなったと言えるだろう。
住み着いてる一人が言うんだから間違いない。
77
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:03:12 ID:wiZ66bfM0
( ´_ゝ`)(実際俺も、今の愛だの恋だの存在しない一瞬だけの強い繋がりとさっぱりとした余韻に満足感を得てるクチだし)
l从・∀・ノ!リ人「あにじゃ、ぼーっとしながら歩くと危ないのじゃ」
( ´_ゝ`)「ん、おう。ごめんよ妹者」
ぐいぐいと小さな手に袖を引かれて、俺は少女の手を繋いだ。すると少女は思わず顔をほころばせ、同じ母親の血が通っているとはにわかに信じがたい可愛さを放つ。はあ、このスマイル一つで全世界の核兵器撤廃決まるんじゃないかしらん。
78
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:04:09 ID:wiZ66bfM0
たまに実家の花屋の手伝いをして夜は陳列されたケバケバしい花の一輪へ変わる。そんな暮らしをしている俺は他の同僚と比べれば日中でもまあまあ精力的な方で、今日も昼下りに緑茶のじんわりとした温かみを堪能しながら気楽に過ごしていた。
l从・∀・ノ!リ人「あんまり面白いのやってないのじゃ…」
報道番組。顔ぶれが違うだけの似たようなニュース。カン高い声のTVショッピングに今日の料理。妹者が膝の上でチャンネルを次々切り替えながらむすっと頬を膨らませる。
( ´_ゝ`)「昼間のテレビなんてそんなもんだ」
撫でても撫でてもぶうとむくれるのでどうしたもんかと苦笑する。すると突然何かを閃いたのか妹者が立ち上がった。
( ´_ゝ`)「な〜んかアテでもあるのか?」
l从 >∀<ノ!リ「妹者はちっちゃい兄者が辞書のケースの中にDVDいっぱい入れてるの知ってるのじゃ!」
( ´_ゝ`)「俺に似て聡いんだなあ、でも多分妹者にはまだ早い」
l从・∀・ノ!リ人「むぎゅっ」
ひとますほっぺたをつまんで止める。
弟の性格を考えるとただの貧乏性の可能性もあるが、十中八九まだ8歳の少女が触れるべきではない物を隠していると把握するのは容易い。兄弟だから。
79
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:05:44 ID:wiZ66bfM0
( ´_ゝ`)「弟者が帰って来た時弄れるネタかどうかは後で確認するとして、今日は俺と散歩に行こう」
l从・∀・ノ!リ人「おさんぽ行くのじゃー!」
( ´_ゝ`)「ちょうど過ごしやすい気温だしな。いいアイデアだろ?」
l从・∀・ノ!リ人「さすがだな、兄者」
( ´_ゝ`)「ふはっ、ちょっと似てるぞ」
成人男性が昼下りに幼女とおてて繋いでいるのはそういう理由。仲の良い兄妹が歩いてるだけの何のことはない風景だ。通報、職務質問諸々はご遠慮いただきたい。
ほのかに色付き始めた葉を眺めながら、俺の足は見知った男のアパートへ向かっていた。
妹者がついてくるのは偶然かつ、まあまあに不本意な事態ではあったが元々今日は同僚の家に行くつもりだったのだ。
阿部から借りた鍵を指でくるくると回し、二人はゆるりと歩き続ける。
80
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:07:56 ID:wiZ66bfM0
( ´_ゝ`)「よう大将、やってる?」
がちゃりと鍵を開け家に一歩入るなり布団に縮こまった何かが俺たちを迎えた。
l从・∀・ノ!リ人「おっきなサナギさんなのじゃ」
妹者が不思議そうにキョロキョロ辺りを見回しながら小声で呟く。それが家主だとはまだ気づいていないのか。
( ´_ゝ`)「…いいや、人間だよ。こいつは…」
l从・∀・ノ!リ人「?これハインなのじゃ?」
l从・∀・ノ!リ人「おーいハイン、遊びに来たのじゃ、起きて欲しいのじゃー」
妹者が無邪気に揺さぶる。俺はその肩を抱くと少し下がらせ、布団を見下ろすと見当をつけて横っ腹をめがけ鋭く蹴り込んだ。
なかなかに良い音が8畳のワンルームへ響いたが、妹者に驚いた様子はない。俺が子供の頃から母者に叩き込まれ、兄弟共に染み付いた流石家流の寝起きの悪い奴の起こし方である。それを間近で見てきたのだ、嫌でも健康的な生活になる。
( ´_ゝ`)「おはよう、高岡」
从 ∀从「…うん」
まさしく布団が吹っ飛んだと言うべき光景だが、高岡は怒鳴り声をあげずこくりと頷いた。
l从・∀・ノ!リ人「帰れ!って言わないのじゃー?」
从 ∀从「…まあ」
81
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:08:59 ID:wiZ66bfM0
人形みたいなやつ。それが初めてハインリッヒ高岡に出会った時の率直な感想だった。
細く誰より美しく儚げで、そんな見た目とは対照的に周りに舐められず生きてけるだけの強気さを持っていて。けれど俺には悲しいほどに不自然に映る。粗暴な怒鳴り声も、にかりと歯を見せ笑う様も、どこか硬くてぎこちない。
バーボンハウスに居る連中は良くも悪くも上等な人間性をしている。特に居場所を失って流れ着いて来た奴らは。
憎々しげに地に唾を吐き捨て自由を謳歌する者、寂しさに耐えられず泣き腫らしてそのうち順応していく者。どちらにしたって奴らは自分が捨てられた理由、捨てるに至った理由を理解しているからこそ怒り、涙を流し、僅かに残ったアイデンティティをここで再構成していく。高岡は先程挙げた例では後者の人間だが、彼らとは違いその理由を知らないのだ。
忙しない雑踏の中で、ぽつんと煤けた人形が虚空へ「自分は何故ここに居るのか」と誰にも聞こえない問いを諦めずに投げかけている。
それが一部の人間に聞こえた所で、俺にはどうにも出来ないし奴もそれを望んではいない。
お互いに知らないままにした方が人生楽に進むこともある。
俺と高岡の付き合いは、そういう寄りかからない関係だった。
82
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:12:10 ID:wiZ66bfM0
( ´_ゝ`)「勝手に菓子漁るぞー」
从 ゚∀从「好きにしろよ」
そんな高岡の眼差しが他の連中と同じになったのはつい最近のことだった。
ああ、とうとうか。
ひび割れた器から次々とこぼれて行く奴のプライベートを隣で聞く度俺はその初めてを喜んだ方がいいのか悲しんだ方がいいのか複雑な気持ちにさせられた。
高岡の母親がとんでもないアバズレだったこと。
そのアバズレから一欠片も血が繋がっていない子供を預けられたこと。
理解したからこそ鋭く感じる痛みと、今まで知り得なかった痛み。それがあいつを些細な衝撃でも砕け散ってしまうほど脆くしてしまっている。
たとえそこが孤独の海でもあいつは何だかんだと強く立ち続けていたのに、俺はそれを眺めて話しかけてるだけでよかったのに。
ハインリッヒ高岡が人間になってしまった時、俺は改めて今までの自分の愚かさに苛まれ、それを受け止めきれず逃げ出したのだ。
( ´_ゝ`)「シケてんな。妹者!近くにコンビニあったろ?あそこで何か買ってきな。300円あげるから」
l从・∀・ノ!リ人「500円なら行くのじゃ」
( ´_ゝ`)「嗚呼悲しきは自分は仔猫だと惑わせるヒグマの血…!父者もこれにコロリとやられちまった…!」
笑顔で手を出す妹者にワンコインを渡し、こちらへ手を振る小さな背中に俺は気をつけてなと見送った。
話はここからだ。
83
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:13:24 ID:wiZ66bfM0
( ´_ゝ`)「…だいたいワンパターンなのよね、毎回毎回落ち込んで立ち直ってすぐオレはダメダメだ〜って弱音吐くの。最近ずっとそうじゃん。今すぐオメダ高岡に改名しろよ」
从 ゚∀从「…テメーより先にくたばったら戒名にそうつけりゃ良いよ」
いつもの調子で放ったジャブに、強い返しは来ない。
響かないならもっと強く心に叩き込んでやるまで。
( ´_ゝ`)「これだもん、これなんだもんな。心と金に余裕無い奴はペット飼うなっつーのは本当だね」
すると俯いていたハインが初めてこちらへ顔を上げギロリと鋭い目つきを向けた。
从#゚∀从「あいつはペットじゃねェ。その長っ鼻へし折ってぶち殺すぞ」
( ´_ゝ`)「おっけおっけ。流石にそこまで腑抜けて無いようで」
从 ゚∀从「…悪ィ、わざわざカマかけるような真似させて」
( r´_ゝ`)r「そりゃまあカマですもの。とっくいわざ〜」
わしわしと腕を動かしておどけて見せる。別に心にもない事を言うのは慣れっこだし気にしてはいない。
从 ゚∀从「…「恨めしや」のポーズ?」
( ´_ゝ`)「カマキリだよバカ。マジの絶不調か?」
84
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:15:02 ID:wiZ66bfM0
( ´_ゝ`)「バカじゃねえの」
事情を把握しての第一声は、自分でも驚くほどとても簡潔だった。
( ´_ゝ`)「俺は阿部みたいに気が回る方じゃないからとことんデリカシーの無さで今のお前と付き合うが改めて言わしてもらうよ、バカじゃねえの?」
从 ゚∀从「…バカみてえな話だよ。あんな事で怒鳴っちまって」
( ´_ゝ`)「そうじゃなくて。お前が性欲チンパンジーのカスだって話。やっちまったもんはしょうがねえとして、沈みすぎなんだよ」
从#゚∀从「お前はそう思うだろうよ、知ってるんだからな!けどあいつはおれがどんな人間か知らねえんだ!」
(#´_ゝ`)「怖がって無理に隠そうとしたって相手は薄々気付くんだよ。家族なら尚更な、お前みてえに分かりやすいグズグズした野郎は居ねえ」
一気に頭に血を上らせ力任せに叫ぶハインに俺も我を張って返す。胸ぐらを掴んだまま、ハインの瞳に涙が滲む。
85
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:18:30 ID:wiZ66bfM0
(#´_ゝ`)「今更やっぱり俺みたいなクズには無理ですとか甘えてんじゃねえよ、でもってそんな自意識過剰になっても周りはてめえのクズさをそこまで気にしねえ」
顔を埋めるな、俺を見ろ。
お前の前に立ってるのは狼でも子羊でも人形でもないんだ。
从# ∀从「おれは」
( ´_ゝ`)「『オレは恵まれてるお前とは違うんだよ』はナシだぜ。そういう悩みは早い内にまず言っちまえ。怒鳴られても蔑まれても向き合うとこからだ」
从# ∀从「おまえ、みたいな」
( ´_ゝ`)「俺みたいなってなんだよ」
( ´_ゝ`)「なあ、俺とお前何が違うんだ。何で間違えちまったんだ」
昔聞いた台詞回しを、弱々しい身体にそっくりそのままぶつけていく。
比べられてもヘラヘラと都合ばかり良いフリして、自分を誰かに見つけて欲しいとか、こんな自分でも何か認めて欲しいとか。そういう叫び声ばっか胸の中に押し込んで。
(´<_` )「オレみたいなってなんだよ」
(´<_` )「知ってるんだよ。アンタが独りぼっちだって被害者面して、迷惑かけんの怖がって最初から誰の事も見ようともしねえどうしようもねえクズって事くらい」
(´<_` )「誰かに強請るのが恥ずかしいってか。兄者、オレ達はなんだ?」
溜め込んで溜め込んで手遅れになったとき、隠されてた側だって辛いんだぞ。
86
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:20:47 ID:wiZ66bfM0
※
身体中をいっぱいにした熱が収まると、ぼくは着替えて一目散に駆け出した。
もやもやと何かがぼくの中で膨れ上がって、一気に弾け飛んで行った思考の欠片達。その中に紛れた熱くて、血のように赤黒くて、きっと触れたら戻れなくなるような恐ろしさと甘美な香りを放っている異質なそれを、ぼくは手に取ってしまった。
あの時、ハインさんはどうしてぼくの名前を呼んだのだろうか。
息を切らす度に何度もよぎるそれはぼくの頭の中を支配して消える様子がない。
それが怖くて、ハインさんが浮かぶ度に何度も首を振って。藁をも掴むような気持ちでドクオくんの家に駆け込んだのである。
('A`)「ヒッキーか。ちょうど次の作戦を考えようとしてたとこなんだ、反省文なんかで怯んじゃいられない。お前もそうだろ?」
('A`)「ってか臭いぞ、汗もそうだが色々臭い。ナニをしてたかは分かるがどうしてそんな急いで来たんだ」
(;-_-)「っ、はぁっ…ごめん、これ、やっぱり返すよ…」
そう言って鞄の中から取り出した本を差し出す。
87
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:21:47 ID:wiZ66bfM0
('A`)「なんだ好みじゃなかったか?そういうこともあるさ。気にするなよ。友情の形なんていくらでもある」
(;-_-)「違うんだよ、そうじゃない…」
何が、とめんどくさそうにドクオくんがこめかみを掻き、ぼくは八つ当たりをするように胸ぐらを掴んで叫んだ。
(;-_-)「教えてくれよ、あれはいったいなんなの!?」
88
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:23:11 ID:wiZ66bfM0
ドクオくんはぼくが落ち着くのを確認すると、自分の部屋にぼくを招き入れ椅子をくるりと回して説明を始めた。
('A`)「お前がしたのはオナニー。自慰とも呼ぶ。読んで字の如くちょっと将来のお前の子供達を支払う代わりに多幸感を得て自分を慰める、俺に言わせりゃニルヴァーナ」
(-_-)「…みんな、やってるの?」
('A`)「やってるやってる。何なら気づかない内にな」
もっともお前みたいなタイプはタイミングによるけどな、と続けてドクオくんはカカカと小さく笑った。
('∀`)「要するに人生を豊かにすることさ。最初は戸惑うだろうがその内幸福になれる。良かったよ、お前の目覚めに貢献できて」
幸福か。確かに、何もかも分からないまま全てが興奮の中に溶けて自分すら忘れていた時間はほんのちょっぴり幸せだったかもしれない。
(-_-)「でも、今は息が苦しいんだ。リセットは出来るけど、新しい疑問だって出てくる」
(-_-)「…それにハインさんだって嫌だ、嫌だって泣いてた」
ふと思い出してぼくは片手で顔を覆った。ドクオくんはただ黙って、ぼくの話に頷く。
軽く息を吸って、吐き出す。下腹部が妙に痛い。
89
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:24:22 ID:wiZ66bfM0
(-_-)「ドクオくんは、初めてした時怖くなかったの?」
('A`)「俺に怖い物なんてないさ。あるとすればマミーが泣く事くらい」
(-_-)「…つらいよね」
('A`)「あんなの選ぶマミーだからそういう心配するような経験欠片も無いんだけどな、むしろ毎晩燃え上がってるし」
('A`)「お前のマミーがなんで泣いてたかは知らん、知らんけど…興味があるなら開けるべきだと思うぜ。今朝も、その本手に取った後も。お前はそうする術を知ってる」
(-_-)「…開けるって、何を?」
('∀`)「扉さ。ビロードじゃないが、理解出来ない事にモヤモヤ抱えて悩み続けるくらいならいっそ飛び込んで、観察して、知ればいい。おっと、無理に同じ世界に立ち続けろってわけじゃあないぞ。ちっちゃい頃から勉強漬けでインテリさんぶってた俺の親父今あんなんだ」
まるで喉の奥に魚の小骨が引っかかったように、上手く言葉が紡げない。気まずいわけでも無いんだ、ただ気持ちを伝える事が難しい。そんなぼくの姿をドクオくんは気持ち悪いくらいにニコニコしながらぼくの答えを待っている。それから暫くして、僕は漸く重たい唇を開けた。
(-_-)「ドクオくんってさ、案外まともだよね」
90
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:25:04 ID:wiZ66bfM0
エキセントリックで、ぼくの知らない事をなんでも知ってて、ぼくの知らない変な言葉で喋って。周りからは変態だ変態だって言われるけど人の気持ちをよく理解しようとして、独りの人間にも迷わず寄り添おうとする優しい子だ。変わってるのには違いないけど、同じ側に立たなくても今はこの子の本質を理解できる。
('∀`)「ふふ、俺とビロードはいい例だろ?相手を観察するって事が自分の人生をより良くするってさ。俺はずっとお前も同じタイプだと買ってるんだが」
ありがとう。ぼくも観察するだけじゃなく君みたいに全身で主張して飛び込んでみる事にするよ。誰かに知ってもらえるように。誰かに教えあえるように。それがきっと素敵な事だと思う。
そう言ってぼくはドクオくんの家を後にした。
話してる間にずっと彼が着ていた鎖骨から上だけの珍妙な服を逆バニースーツと呼ぶことを教えてもらってから。
91
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:27:07 ID:wiZ66bfM0
日が落ちるのは早く、ぼくが帰り着いたのは6時。
真っ暗闇の中で窓から光が漏れてるのに気付き、ぼくはハインさんが起きて待ってくれているのを悟り知らずの内に唇に力がこもった。
まだ息は少し苦しく、ぼくは緊張をほぐそうとしてとっさに面白いもの、安心するものを思い浮かべた。落とし穴に落っこちるミルナ先生。ドクオくんの変な格好。プギャーくん達。水族館の時のハインさんの笑顔。
ハインさん。
そうだ、怖がってちゃだめなんだ。
ちゃんとママっていつもみたいに楽に言えなくちゃ。
ハインさん。
ハインさん。
心臓が跳ね、鍵をひねる手が強張る。ドアを開けた時ぼくは何て言えば良いんだろう。いや、知っているはずだ。その勇気をほんの少し頑張って出せばいいだけ。
(-_-)「ただいま、ママ」
从 ゚∀从「…おう。ヒッキー、おかえり」
目の下の隈は最後に見た日よりずっと酷くなってるし腫れてるけれど、ママはすごく綺麗だった。
92
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:28:39 ID:wiZ66bfM0
从 ゚∀从「なあヒッキー。どうして帰りが遅かったんだ?」
机の上で頬杖をつきながら、ママは赤い瞳を愛おしそうに細めて言った。
そういえばママが起き出す時間にはどんなに遅くなってもぼくは家に帰り着いているし、寝起きのママに学校の話もあまりしなかったからママはぼくの新しい学校での生活を知らないんだ。
語気を強める様子がないので、ぼくもはっきりと言う。
(-_-)「反省文を書いてたんだ。それから友達の家で遊んでた」
从;゚∀从「は、反省文!?何やらかしたお前…」
(-_-)「初めてじゃないよ?えっとね、ミルナって先生が居るんだ。無表情で、無感動で、鉄仮面って言われてるヤツ…」
それから、それから…伝える事、知ってほしい事はいっぱいある。
ママは怒る事なく、むしろミルナ先生を嵌めた話に「それでそれで?」と膝を叩いて爆笑していた。
93
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:30:37 ID:wiZ66bfM0
从*゚∀从「へー、落とし穴ね!はは、お前結構やるなあ!」
(-_-)「うん。やってる途中はそんな事感じなかったけど、よくあんな事する気力があったなって思うんだ」
从*゚∀从「いやいや、やっぱお前は強い!ちゃんと楽しくやれてるみたいでなんか安心したわ」
うらうら、とぼくの頭をママが撫でてくる。
あの時と同じように胸に熱いものが込み上げてくるのに、肩の力が抜けて呼吸はずっと楽になっている。
この流れなら言える、かもしれない。
(-_-)「ママは、今朝どうして泣いてたの?どうしてぼくの名前を呼んだの?」
暫し、その整った顔を見上げる。ママはゆっくりと目を閉じると小さく息を吸い込んだ。
从 -∀从「…お前、ダチからエロ本見せてもらったんだろ?ママはそれに載ってるようなエロい事して稼ぐ仕事してんだよ」
94
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:31:12 ID:wiZ66bfM0
从 ゚∀从「で、前に言ってた男の人が好きなのか。好きだぜ、性的に。タチネコで言ったらややタチ寄りのリバってくらいで…あ、えっと…突っ込む側と突っ込まれる側があってな?」
ママはとても難しそうな顔をして何度か頭を掻いた。声もなんとか絞り出すようで、ぼくも言ってる単語のほとんどはわからないけど、しっかりと一つ一つ相槌を打ちリラックス出来るようにつとめた。
从 ゚∀从「んで、10年くらいほぼ毎日そういうことしてるから…まあまあ、あの、尻もアレだし…性欲のネジ全部ぶっ飛んでバカになってるから…」
从 ∀从「赤の他人でもお前でもやろうと思えば簡単に性の対象に出来るオレが嫌で嫌でしょうがなかったから…その、お前に怒鳴ってふて寝のフリして…すまなかった」
どんどんか細い声になって、ママは俯いて言い終えた。
ぼくが席を立つと、ママはぎょっとして怯える。
ぴたりと背中をくっつけると体温も吐息も、鼓動すら感じられるようだ。
95
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:32:30 ID:wiZ66bfM0
(-_-)「あのさ、ぼくもやったよ?ママで」
そう囁くとママが思い切り咳き込んだ。
从;゚∀从「げほっ、げほ…お前な、同じ「オ」だったらもっと覚えるべき言葉があるだろ、オブラートとか…そういうとこだぞ…」
(-_-)「だからさ、不思議な事はまだまだあるしママの説明はわかりにくいけど…ママの事、こわくないよ。ちょっとだけわかるから」
从 ゚∀从「うん、その…なんだ。ちょっとだけにしておけ」
(-_-)「…幸せが足りなかったんだよね?」
从 ゚∀从「あ、あー…そっち?まあでも心配はいらねェと思うぜ。起こさないように我慢できるから、多分…」
それに、と口許を綻ばせてママは続けた。
从*゚∀从「家族なら…足りなかったら、二人で増やせる」
96
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:34:17 ID:wiZ66bfM0
※
( ´_ゝ`)「なあ弟者、俺は今日昔の俺みたいなのに会ってきたよ。すげーダメなヤツだった」
(´<_` )「まるで今はダメなヤツじゃないような言い草だな兄者」
歯に衣着せぬ調子で弟者が酒を呷る。いつもの事ながら遠慮のないやつだ、とアジフライを頬張りながら微笑む。
(*´_ゝ`)「だろ?だからさ、俺…知らん奴とっかえひっかえすんのも楽しいけどさ。やっぱ近くに弟者や妹者や母者達が居てよかったなーって話」
(´<_` )「…良いことあったらしいな兄者」
( ´_ゝ`)「俺にはな。あの様子じゃ心配は無いと思うけど…良いことになったかどうかは明日の夜わかるさ」
97
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:35:34 ID:wiZ66bfM0
l从・∀・ノ!リ人「ちっちゃい兄者ー、どうしてちっちゃい兄者は映画を辞書のカバーに隠してるのじゃ?」
妹者が訊ねる。散歩から帰ってきて確認したところ、俺が危惧したような物は無くスプラッタ色の強い映画のパッケージが並ぶばかりだったのだ。それならまぁいいか、と妹者に伝えたのだが弟者は妙に焦った様子だった。
(´<_`;)「あ、アレはな?妹者」
( ´_ゝ`)「妹者が見るには刺激が強すぎるから遠ざけてたんだよ。ホントは優しいんだ〜とか思われたくないから言わなかったみたいだけどさ」
(´<_`;)「兄者!!」
l从・∀・ノ!リ人「?ちっちゃい兄者が優しいのは妹者ずっと前から知ってるのじゃ」
(´<_` )「そうだな。オレは優しいからな」
( ´_ゝ`)b「この切り替えの速さとシスコンぶり。流石だな弟者よ」
(´<_` )「うっせ」
(;´_ゝ`)「あっお前嫌いな大根ばっかよこすな!どうせならウインナーよこせ!ってか貰う!」
お前も今はこんな風に飯を食えてるのかな。
休み明けに聞かされる話が暗い夜空に不釣り合いなほど暖かである事を祈るばかりである。
また明日な、高岡。おやすみ。
98
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 02:37:50 ID:wiZ66bfM0
今日はここまでです
99
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 07:22:38 ID:B/uX9D/o0
乙
100
:
名無しさん
:2021/10/27(水) 23:48:16 ID:u6PpxAqY0
乙です
誰か一人でも欠けてたら、こういう着地の仕方はできなかったろうな
よかった
101
:
名無しさん
:2021/12/02(木) 18:47:39 ID:ZQryrHbA0
ドクオが逆バニー着てるところで噴いた
複雑ながらもうまく着地できそうでよかったのかな?
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板