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それじゃあ、バイバイのようです

24 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:14:11 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)「おおう、案外冷えてるね……」

夏の日の海水は外気と比べるといくらか冷たかった。
僕はとりあえず水面を蹴り上げて、水の抵抗と感触を楽しんでみる。

( ・∀・)「伊藤さんもどう!?」

僕の行動はあまりに唐突だった。海に入った事も、伊藤さんを誘った事も。
何でそんなことをしたかは自分でもよく分かっていない。
けれど、夏に海に来たからにはこうでもしないとやってられないとも思った。
互いにほんの僅かな夢を持ってやってきた夏の日の夕方。それが儚く散った夜。
僕たちを慰めてくれるのなんて、もはや海しかないだろう。
伊藤さんはしばらく無言で、1人水辺で遊び始めた僕のことを眺めていた。
それもそうだ、突然海に入り始めて水遊びを始めた成人男性なんて、変な人以外の何者でもない。
そんな人を遠目から見つめるのもよく分かる。
僕は半ばヤケになっていた。変人で結構、精一杯水遊びをしてやる。
この夜の思い出を全部上書きするまで、必死に……。
そして遊びは最早これまで、行けるとこまで進んでみるかと沖の方へ徐々に歩みを進めた瞬間。パシャっと顔へ水をかけられた。
伊藤さんがやってきていた。

('、`*川「そうだよね」

( ・∀・)「え?」

('、`*川「せっかく海に来たんだもん、遊ばなきゃ損だよね」

( ・∀・)「そう! そうだよ!」

そして僕たちは遊び始めた。夜の海岸で、服を着たまま海に入って。
最初こそ遠慮気味に軽く水をかけあっていたが、波に襲われて2人共半身ずぶ濡れになった瞬間、何もかもがどうでも良くなって、僕たちは心置きなく水を掛け合った。
僕も彼女もグショグショになるまで、バシャバシャと波打ち際で遊びまわる。
まるでそれはダンスのように、裸足の子供たちが跳ね回るように。
そしてどれくらい時間が経っただろうか。遊び疲れた僕たちは砂浜で座り込んでいた。

25 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:15:13 ID:N7zK4HMk0
('、`*川「あー、疲れた」

( ・∀・)「もうすげー濡れた、グッショグショよ」

('、`*川「それは私も一緒です」

そう言って互いに笑いあう僕たち。白い歯を見せて笑いあうのは、いつ以来だろう。
もしかしたら多分、昔出会ってから初めての出来事かも知れない。

('、`*川「もうロマンスは生まれ無さそうだね」

僕はその言葉に苦笑いで返した。
このぐしょぐしょの濡れ鼠状態で生まれる愛なんて、そう無いだろう。
僕達はただそこで遊びまわっていただけなのだから、どうしようもない。

( ・∀・)「ちょっと喋ろうか、乾くまでさ」

('、`*川「そうね、どうせこのまま動けるわけも無いし」

そして僕たちは喋り始める。
始めは少しずつ、様子を見ながら話していた彼女も僕も、沢山話をするようになった。
それはまるで、これまでため込んでいた分を一気に放出するみたいな、そんな会話だった。
夏の日の夜に吹き付ける海風。潮の匂いと熱に包まれながら、ずぶ濡れの女の子と話す奇妙な時間。
僕達は笑いながら、その時間を楽しんでいた。

('、`*川「私、小学校の頃一時期イジメられてたじゃない?」

( ・∀・)「ああ、あったね」

26 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:16:25 ID:N7zK4HMk0
そうして話していると、突然彼女が懐かしい話題をふってきた。
それは、小学生の頃にあまり話してなかった僕でも認識していたイジメの話だった。
物を隠す、無視、悪口を言うなんていう、イジメの基本みたいな事を一通りやられていた彼女。
それが原因で不登校に……何てことは幸いにも無かったが、見せられている側としては気分が悪かった事を記憶している。

('、`*川「あの時、モララー君が助けてくれたの、本当に感謝してるんだよ」

( -∀・)「何かしたっけ?」

('、`*川「私が酷い呼び方されてたのを助けてくれたじゃない」

( ・∀・)「……ああ、あれか」

当時の出来事を思い出すと同時に、自分の記憶も蘇ってくる。
彼女がイジメられていた時、彼女は『ペニス女』、いや、『ペニサス』だとそれは酷いあだ名をつけられていた。
卑猥な単語を使って、面白おかしく貶したかったのだろう。

('、`*川「私がさんざん言われて泣いてた時に、モララー君が言ってくれたの」

('、`*川「『お前ら馬鹿じゃないのか、そんな事して何が楽しいんだ』って……」

('、`*川「そしたら、あの子たち黙っちゃって、もうそれ以降何も言わなくなった」

( ・∀・)「そうだったかな」

('、`*川「うん、よく覚えているもん」

実を言うと、別に僕としては救おうと思って発した一言でも何でもなかった。
あまりにもその単語を連発していたもので、聞いていたこちらが恥ずかしくなってきたから、それを止めるために言ったのだ。

27 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:17:41 ID:N7zK4HMk0
('、`*川「懐かしいな、全部」

( ・∀・)「……またさ、実家とかおいでよ。ほら、うちの両親とか会いたがってるし」

( ・∀・)「そしてさ、今日水をかけあった仲として……また友達になろうよ」

僕はそう言ってスマートフォンを取り出し、連絡先を交換しようとする。
すると彼女は微笑み、立ち上がると一つ伸びをした。

('、`*川「それは無理だよ、モララー君」

('、`*川「あたしたち、本当に友達になれると思う?」

彼女がそう言ったその瞬間だった。
パーンという破裂音と共に、花火が上がった。多分、どこかの人らがこの浜辺で遊んでいるのだろう。
突然打ちあがった花火は真っ赤に燃えて、消えた。

( ・∀・)「えっ?」

('、`*川「仮になったとしても、それは私にとって、とても残酷な話でしかない」

('、`*川「だから今日、せっかく頑張ってフラれに来たのに」

僕の方を見つめる彼女は笑っていた。
けれどもそれは満面の笑み何かでは決してなく、悲しみが混じったような、切ない笑顔を浮かべていたのだった。

(;・∀・)「何言ってんだよ、やめようよ、フラれたとかフラれないとか」

( ・∀・)「僕達いい友達になれると思うんだ、きっと! だからさ……」

そして彼女はこっそりと言葉を呟いた。その言葉は波に包まれて消えていく。
彼女のかき消された声を聞くために、僕も立ち上がり、彼女の方へと近寄る。

28 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:18:34 ID:N7zK4HMk0
( ・∀・)「……なんか言った?」

('、`*川「ううん、何も」

( ・∀・)「嘘だ、今絶対に……」

何を言ったのかを聞いた瞬間、彼女の顔が近づき、あっさりと唇と唇が触れ合った。
本当に、本当に軽い、キスだった。

( ・∀・)「……えっ?」

('、`*川「私ね、好きだったよ、モララー君の事」

('、`*川「ずっとずっと、好きだったんだ……」

そう言って僕の目から視線を足元に落とした彼女は、徐々に僕との距離を離していく。

( ・∀・)「あ、あの」

('、`*川「えへへ……私はね、普通にお別れ出来ないや」

('、`*川「こうやって最後までしがみついて、離れる事も出来なくて、なんとか足掻こうとしてるだけ」

('、`*川「わがままで迷惑かけてゴメンね」

( ・∀・)「伊藤さん……」

('、`*川「……それじゃあ、バイバイ」

29 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:20:02 ID:N7zK4HMk0
彼女の目元に涙が見える。
そして彼女は走り始めた。僕が呼んでも振り向かなかった。
いや、振り向けなかったのかもしれない。
彼女はただひたすらに走って、僕の視界からあっさりと消えていった。
まるで夜の帳の中に溶けたようだった。

それから二度と彼女に会う事は無かった。

いつの間にか電車は終電の時間で、僕は一人海沿いの道を歩いて帰路に着いた。
生乾きの服に海風は深く染みて、僕は夏だというのに少し肌寒い思いをしながら歩いた。
彼女と歩いた距離は思ったよりも一瞬で、すぐに過ぎ去っていってしまう。
そして彼女と過ごした道のりを過ぎて、自分の帰路に着いた時、僕はほんのちょっとだけ立ち止まり振り返った。

僕は彼女が忘れずにいてくれた数年間に思いをはせた。
その間僕は様々な女の子を好きになり、そして何人かと付き合った。
伊藤さんの事なんて、これっぽっちも思い出すことなく、年数は過ぎていった。

僕に何が出来ただろう。
けれど、どうにもならない事は確かにそこにあって、世の中はいつだって残酷なんだ。

僕が出来るのはただ一つ。
好きだったという、その彼女の一言を胸に刻みとめておこう。

夏の夢にうつりこんだ花火が、シュッと消えた。
そんな音がした。

30 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:20:37 ID:N7zK4HMk0




それじゃあ、バイバイのようです ―― 完



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31 ◆Jf73tb1kAI:2021/10/17(日) 22:21:12 ID:N7zK4HMk0




使用楽曲:HINTO『なつかしい人』
       https://youtu.be/B4_QGrJBf6Y



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32名無しさん:2021/10/17(日) 22:23:16 ID:mJXkEhL20
苦しくなった 好き


33名無しさん:2021/10/17(日) 22:52:13 ID:PJ1snhDw0

始め方から終わり方まで実に綺麗だな

34名無しさん:2021/10/18(月) 00:22:23 ID:PrBoAr6w0

美しい…

35名無しさん:2021/10/18(月) 01:42:29 ID:TNq1.XIU0
うっわめちゃくちゃいい
飾らなくて好き 乙

36名無しさん:2021/10/18(月) 02:15:54 ID:YV1Qxzqo0
乙……!

37名無しさん:2021/10/18(月) 13:53:46 ID:l61NFem60
ペニサスとモララーのAAの活かし方がいいなと思いました

38名無しさん:2021/10/22(金) 18:50:50 ID:/pX6lv.A0
切ないけど、決着がついてよかった


39名無しさん:2021/10/25(月) 01:23:26 ID:P83vLTLE0
あれ?Surfaceじゃないの!

40名無しさん:2021/10/31(日) 19:49:51 ID:0sDVyXa.0
全く面白くなかった
これでよく参加しようと思ったね

41名無しさん:2021/11/01(月) 20:05:21 ID:VRiYH.gs0
一度目と二度目のバイバイの意味が違ってるところがいいですね
参加してくれてよかったです


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