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それは砕けし無貌の太陽のようです

55 ◆HQdQA3Ajro:2021/10/16(土) 00:28:20 ID:jePDeZ3M0
               ※


その役職上の責務を放棄し、己が助かるため教え子三〇余名を見殺しにして逃げ出した教師。
「お前たちを一人にしないためだろ!」。針のむしろとなった環境に耐えきれず、
都合のいいことを叫びながらその家族すら捨て去り逃げ出していった男。
逃げて、逃げて、逃げて逃げて逃げ続けることしかできなかった哀れな存在。
それが、ぼくの父親だった。

父が逃げ、町に残された母とぼくは父が被るはずであった憎悪を一身に受け、
誰に頼ることもできない生活を送っていた。そうした生活の中で、母は事あるごとに謝っていた。
頭を下げない日はなかった。町内会で、近所で、保護者の中で、いつも肩身狭く頭を下げていた。
そして、ぼくにも。

母はぼくを抱きしめ、謝った。
「ごめんね、ごめんね、あんな男の息子に産んでしまってごめんね。お母さんの子にしてしまってごめんね」。
母は謝った。何度も何度も、ぼくが泥をぶつけられて帰ってきた時、給食費を盗んだ犯人に仕立て上げられた時、
頭から血を流した時、何度も何度も、母はぼくに謝った。
ごめんねごめんね。産んでごめんね、産んでしまってごめんね。

母はあれで、慰めているつもりだったのだろうか。
そうかもしれない。あの人は学のない、悲劇に酔いしれることで
恍惚とすることだけが生きがいの女だったから。
頭を働かせ、手に職をつけ、町から出ていくという手段をついぞ取らず、
おそらくはそのような“不快なこと”など一度として考えなかったような人だから。

母は逃げなかった。しかしその停滞は、けして強さから出ているものではない。
子供ながらに感じ取っていた。母はただ、考えることを放棄しているだけだったのだ。

父も母も嫌いで、恐ろしかった。
嫌いで恐ろしいこの両者が自分の起源であるという事実にもまた、恐怖心を抱いた。
産まれたことを謝られるような存在。それがぼくなのだという苦痛が、
何をしていても、どこにいてもつきまとった。

生まれなければよかったのだ。そう思うまでに、時間は掛からなかった。
死んでしまえばいいのだ。そう思うまでに、時間は掛からなかった。いつも思っていた。
どうすれば死ねるのだろう。頭を強く打てば死ねるのだろうか。学校の屋上から飛び降りれば死ねるのだろうか。
包丁で首を挿せば死ねるのだろうか。トラックの前に飛び出せば死ねるのだろうか。
いつも、いつも、死ぬことを考えていた。

ぼくはぼくが、嫌いだった。
だからぼくはいつだって、ぼくを消し去ってしまいたがっていた。


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