したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

それは砕けし無貌の太陽のようです

50 ◆HQdQA3Ajro:2021/10/16(土) 00:26:10 ID:jePDeZ3M0



「よお、奇遇だな」

電車で、ジョルジュと会った。隣に、ジョルジュが座ってきた。
ジョルジュの鞄の中から、大量の紙の束が、見えた。

「……持ち込みですか」

「ああ……ああ、そうさ」

ジョルジュが、鞄ごと、紙の束を、抱きしめた。
抱きしめられた紙の束が、ぐしゃりと音を立てて、折り曲がった。
ジョルジュの口の端から、よだれが流れ落ちているのが見えた。

「こいつは大傑作だ。間違いない。俺がこれまで書いてきたものの中で、最高の一作さ。
 こいつさえあれば俺も、間違いなく返り咲くことができる」

「そうですか」

会話は打ち切られた。夕焼けの差し込む電車に、俺達は並んで揺られた。
がたんごとん、がたんごとん。心臓のリズム、心臓のリズムだ。
そんな考えが意味もなく、頭の中に浮かんでは消えた。

「嫉妬してくれ」

とつぜん、ジョルジュが言った。

「嫉妬してくれ、嫉妬。お前だけでも嫉妬してくれ。生きてくためには、そいつが必要なんだ」

電車に揺られながら、ジョルジュが言った。

「頼むよ。俺はまだ、自分を信じてたいんだ」

俺を見ずに、ジョルジュが言った。

「なあ、頼む。頼む――」

何も見ずに、ジョルジュが言った。

「……そうかい」

電車が止まった。したらば出版本社の最寄り駅に。
覚束ない足取りで、ジョルジュが電車から降りていった。俺は、降りなかった。
降りようとして、しかし、身体がそれを拒絶した。電車が発進した。
どこへ行くとも知れぬまま、電車に揺られ続けた。

がたんごとん、がたんごとん、心臓のリズム、心臓のリズム――。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板