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それは砕けし無貌の太陽のようです

40 ◆HQdQA3Ajro:2021/10/16(土) 00:21:06 ID:jePDeZ3M0
               ※

『星の水母は月へと唄う』。新作のタイトルである。
都合十二ヶ月以上も放置し続けていたこの新作、驚くことに、
本腰を入れてから一ヶ月に半月程度で書き終えてしまった。

発刊の方も手回し良く、売上も好調らしい。
高良の奴がにやけづらで銭勘定していると思うと気も滅入るが、
それでも以前のほどの嫌気は差さなかった。理由は――あえて、詮索もすまい。
ただひとつの事実として、俺は書いた。一切の薬に頼らぬままで。

「お祝いしましょう、お祝い!」

照出は上機嫌だった。
こいつがうれしそうにしていると何やら負けた気がしてそこそこに不愉快でもあったが、
それに矛盾するような感情も、まあ、少しはあった。少なくともこいつは、約束を果たしたのだ。
クスリなんかに頼らずとも書けるようにしてみせると、そう威勢よく切った啖呵を、現に実現してみせたのだ。
そのことについては見直してやらないでもなかった。言葉にするつもりは、絶対にないが。

「え、行きたいところがある、ですか?」

どこでお祝いしましょうと既に祝いの会を開く心積もりでいる照出に、俺は告げる。
一緒にそこへ行ってほしいと。一切の逡巡なく、照出は俺の言葉を受けた。
「先生の方からそう言ってくれたの初めてで、私うれしいです」と、そう言って。

そして俺は今、苦き思い出ばかりが残る我が故郷へと帰郷している。

「へぇ〜、先生、ここで育ったんですね?」

さびれうらびれ、人気も活気もないこの町をきょろきょろと見回しながら、照出は俺の後をついてくる。
今にも倒壊しそうな木造の小学校。取り潰さて壁を失い、内部が開け広げられたまま放置されている家屋。
剥げた看板の古書店は、もはや開くことも適わなそうな錆びたシャッターを降ろしっぱなしにしている。
俺という人格の軌跡であり、また汚点でもあるこの町を見回しながら、照出は俺の後をついてくる。

見せたいのは、ここじゃない。


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