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それは砕けし無貌の太陽のようです

28 ◆HQdQA3Ajro:2021/10/16(土) 00:14:33 ID:jePDeZ3M0
何が楽しいのか、話を結ぶと同時に高良は、いやらしい笑い声を立てる。
何が楽しいというのか、こいつは。それに、惨めだと?
ジョルジュがもはや、どこからも相手にされていないことは知っている。
ジョルジュの書くものが、商品未満の烙印を押されてしまっていることも。
それは確かに惨めなのかもしれない。こいつら、編集者にとっては。

だがしかし、少なくともジョルジュは自分の小説を書いていた。
何を言われようと最後まで、自分の書くものを貫いたのだ。

……本当に惨めなのは、どちらだというのか。

「先生、こちらVIPテレビで役員をなさっている――」

紹介された男が何事か話しだし、高良がそれに受け答え、二人でなにやら談笑して。
興味などなかった。その会話にも、テレビ局の役員うんだらというじじいにも。とにかく嫌気が差していた。
何に対してと断定するのも億劫な程に。そのためこの質問も、取り立てて深い意味を付与したものではなかった。
ただ男の、仕立ての良い背広の片側が濡れているのに気づいたから、
話を振られたついでに尋ねてみただけだったのだ。

「ええ、急に降られてしまいましてね。大変な大雨ですよ」

雨――という言葉に脳髄が刺激され、瞬間的に意識が覚醒した。
先生と叫ぶ高良の声を無視して走り出し、会場の外へと出る。
役員の男が言っていた通り外は酷い大雨で、おまけに横殴りの強い風まで吹いていた。
最悪な光景だった。

『俺の木』。しまった記憶が、ない。

道路まで駆け出す。水しぶき跳ねる路上を滑走するタクシーを、折良く発見。
目の前へ飛び出す。夜闇を照らす強烈なライトに目がくらむ。
重量物を無理やり止めるけたたましいブレーキ音が路上に響く雨音をかき消し、
後輪を僅かに浮かせた車両が接触自己を起こすその直前で停止した。

「ちょっと、他所でやってくださいよそういうのは!」

窓を開けて、運転手が苦情を叫ぶ。その声に応えず俺は扉を開き、後部座席へ潜り込む。
そうして口早に住所を告げると後はただ、無言の圧力で発進を急かす。
車内では運転手がぶつぶつと不満をつぶやいていたが、車は程なくして雨中の路面を滑り出した。

いまから急いだところで、到底間に合いはしないだろう。『俺の木』は、繊細な木だ。
水をやりすぎても、やらなすぎても、陽に当てすぎても、当てなすぎても、根腐れを起こして枯れてしまう。
それは種の持つ繊細さではなく、『俺の木』が持つ個別の虚弱性だ。
そしてその虚弱性こそが、『俺の木』が『俺の木』である所以なのだ。代わりは他に、ありえないのだ。


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