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それは砕けし無貌の太陽のようです

17 ◆HQdQA3Ajro:2021/10/16(土) 00:08:42 ID:jePDeZ3M0
               二

人混みは、嫌いだ。

いつの頃からか……などと恍ける隙もないほど明確に、ある時期を境として俺はひとつの病を患った。
頭部。人間の。首から上に乗っかったその卵型の球体が、俺には欠けて視えるのだ。
より正確にいうなら、左側頭から頭頂部にかけて、それこそ卵が落ちて割れた時のように砕けて視える。
砕けたその隙間から、本来見えざるその内側も、視える。
そこにあるのは、洞。太陽の強い光ですらその底を見通せない、無間に広がる洞。光を呑み込む黒穴。

それを覗くと俺は、意識ごと己すべてを吸い込まれるような錯覚に陥ってしまう。
錯覚と理解しながらも意識の上では確かにそれは、現実に起こる白昼の悪夢に相違ない。
疲弊するのだ、精神以上に、肉体が。立っていることすら、困難となる程に。

故に俺は、人混みが嫌いなのだ。
人混みに塗れてしまうと、如何に気をつけていようとふとした間に視線を上げてしまう恐れが存在するから。
それは即ち、あの砕穴の洞を目にしてしまう危険を意味していたから。
故に俺は、人混みが嫌いなのだ。外へ出るのが、嫌なのだ。

「せーんせー!」

この二週間は、苦痛の連続だった。何故か。決まっている。照出麗奈のせいだ。
キツネを呼び出したあの夜、あの小汚い中華飯店で宣言した照出の言葉。
『クスリなんかに頼らなくても書けるように、私がしてみせます!』。

どうやらあれは一過性の気紛れではなく、本気の声明であるようだった。
少なくとも、本人の中では。照出は、自らの方法で俺をどうにか変容させるつもりでいるらしかった。

「せんせ、次はここ行ってみましょ! ここ!」

その方法というのが、苦痛でしかなかった。
ひとつ、自然公園に行ってトランポリンで跳ね回る。
ひとつ、ラケットを持ってシャトルと煌めく汗を飛ばす。
ひとつ、霊験あらたかな山嶺瀑布を観光し心身を洗い清める。
それから、他にも、エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ――。

「あはは、先生あれ見てくださいあれ! すっごいがおがお言ってる! がおがお!」

その発想の無節操なことには驚きを禁じ得なかったものの、分析すれば根は同じ、
つまるところ健康的で清いものに、どうにか俺を感化させる腹積もりなのだろう。
疑問は山のように上った。そもそもこれは、職務怠慢でないのか。
旅費に遊興費にと湯水のように金を出して、これを高良は了承しているのか。

これがどうやら了承しているらしい。
俺の環境を整えるためなら、多少の支出は目をつむるのだと。
正気とは思えなかった。何もかも。高良も、照出も、外の世界に溢れる頭部の欠けた者共も。


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