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Ammo→Re!!のようです

84名無しさん:2021/12/27(月) 19:43:51 ID:5a5RWm0c0
ハート・ロッカーが陸上母艦としての役割を果たせるということ。
湾岸都市にあったのは、海上、陸上のどちらにも対応することができるためで、かつてハート・ロッカーを所有していた街が追い詰められた状況だったということが分かった。
未完のまま完成を迎え、その役割を果たすことなく街の地下深くで眠っていた哀れな棺桶だ。
これは世紀の大発見であると同時に、過去から現代に向けての巨大な宿題でもあった。

再構築をする中で、ジョーンズは自分たちの手に余る装備を外すことを決めていた。
作られた時と今とでは、このハート・ロッカーが担う役割が違う。
防衛用ではなく攻撃用。
固定ではなく遠征するため、有線式の給電方法を廃した。

強力な砲は折り畳み式にすることで、超長距離への精密な砲撃を可能とした。
不安定な巨体は台形になるように再設計し、前傾姿勢の物へと変えた。
これによって足元の安定性が向上すると同時に、無駄に巨体を晒さずに済む。
代わりに、取り払った装甲を両腕部に取り付け、巨大な盾とした。

対人用の装備も随所に復元し、設計者が意図した対都市攻略用強化外骨格としての目的を果たせるものになった。
ニューソクを電源とする方法は既に実用化しており、ハート・ロッカーに積み込むのは容易だった。
設計者もこれを考えていたのだろうと思われる痕跡が電源周りにあったのを発見した時は、ジョーンズは密かに射精していた。
彼の知識と発想力は、今よりもはるかに優れた文明力を持つ太古の人間に追いついたか、凌駕したのである。

都市攻略。
そのために必要なのは火力、速度、そして意外性。
昨晩と今朝の砲撃は、全て地下からの射程内にある街だけに限定されていたが、これからは世界中全てが射程圏内に入る。
ギリギリまでその姿を見せないことにより、こちらの本気を悟らせないという涙ぐましい努力の甲斐もあり、今に至るまで攻撃は受けていない。

(’e’)「いいさ、こっちの動きが分かったところで関係ない。
   よぅし、我々も行こうか!!」

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          ____
        |)__((/二二二二二二二二二二二二二二二二二)
       Foro_. -/ r┐ =iT三l ̄ ̄ ̄|i_r-、___........r‐-、
       |)=ニ}_./| ̄|ー| ̄ ̄レ(Oj`i ̄ ̄日 ━┷╋ ̄|i ___ ̄ ̄))
         ̄フ |丁天了ト'´'´  | |ニ二二l----、_ / |―‐' ̄ ̄
        ∠ -┘`フ‐'フ´ ̄`▽三 ̄7   ̄¨`''ーッ< /
        _,r-=j<} l li.   li ̄ ̄:l      イ   \
    _,. -‐''7   √ ,ヘ. ヽ.    lZ__|  . ‐'´ .l   /
  ∠=ァ  ム=≠ヲ、 ̄ヽ._}ー、∧ノ `i レ 'i´    l  l
  `ー‐<  〉li `YT王三|「| ̄}_, -r''"   i.     レ'′
      `エ -、∠_ム.__三j|.jへ,l   i    l.   /
       }lヽr┴く(ェrェr/`ヽ(=)   l    l. .ィく
    __∠..,_/ /√¨i/ . '  ノ彡  .i   ,‐'´   ヽ,  ィヘ
   /" rー-- ̄¨`、/. '  ,∠-ァへ.  !‐'´       'く/
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その言葉をきっかけに、一斉に低い唸り声の様な音が響き渡る。
世界を変える咆哮。
鋼鉄の装甲同士が擦れ、軋み、それの悲鳴が咆哮と化す。
ハ ー ト ・ ロ ッ カ ー
傷だらけの箱に、新たな傷が刻まれる。

85名無しさん:2021/12/27(月) 19:44:17 ID:5a5RWm0c0
『作業員退避完了を確認。
リフトアップ開始。
補助電源ケーブル切断、主電源への切り替え開始』

一瞬、ハート・ロッカーの動きが止まる。

(’e’)「コード再入力。
   さぁ、頼むよシィ君!!」

『そして、大好きだった物も忘れていく。 私には一つだけ残っている』

無感情な音声が響き、ハート・ロッカーに再び命が吹き込まれる。
軋みが頭頂部から脚部にかけて駆け巡り、振動が足場に伝わる。
足場となるリフトはその衝撃を吸収しつつ、圧倒的質量のハート・ロッカーを地上へと押し上げる。
そのまま巨体の頭部が朝日に照らされ――

(’e’)「……ん?」

――そこで、リフトが動きを止めた。
ハート・ロッカーの中に作られた指令室で椅子に座っていたジョーンズは首を傾げた。
彼の疑問に対する答えは、すぐに出てきた。

『施設全体に停電発生。
主発電室より応答なし。
非常用電源に切り替わりましたが、リフトアップに必要な電力を確保できません』

(’e’)「不要な電力を全て回してくれ」

『それでも足りません。
非常用電源の発電量では、今の状態でリフトを固定するので精一杯です』

(’e’)「急いでくれたまえよ」

『現在、発電室に対応班を向かわせています。
状況が分かり次第お伝えしま――』

通信もそこで途絶し、ジョーンズは深い溜息を吐いた。
問題が発生してしまったのであれば、早急に処分しなければならない。

(’e’)「担当者が誰だか知らないが、やってくれるなぁ」

言葉とは裏腹に、苛立ちも焦りも込められていなかった。
彼にとっての真の目的はハート・ロッカーの起動でも、イルトリアの殲滅でもない。
これはあくまでも目的に続く道中であり、道を外れたとしても、別の手段がある。
そう。

焦る必要は、何一つとしてないのだ。
依然として状況は彼らにとって有利なままであると同時に、ジョーンズにとって理想的なものであることに変わりはない。
仮にこの基地に侵入者がいてこの状況を生み出したのだとしても、羽虫が巨象に抗う程度の時間稼ぎしか出来ないだろう。
何が起きても、ジョーンズの夢はここで潰えることは無い。

86名無しさん:2021/12/27(月) 19:44:42 ID:5a5RWm0c0
一方。
発電室ではその時間を稼ぐために抗う者たちがいた。

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    ゙':., "7__| | :|    `丁う元対「 ̄\   'マ¨¨⌒\   ./ / . :/ ̄ ̄\_/ . : : :/
       ̄√ | |_\__}/{_少’八  \\  \   \__/ / . :/    : : :\__/
       ∧__|/^yf元k==く___/ ∨  |\\__`ニ=-< ̄ ̄ ̄\   . : : : : :\__
     /  | _j{ {少’))   ̄   |  |  \∨ ___{_ 〕 ̄}  /⌒\: : : :\: : : : :\
      | |  弋_/ ` _    |  /   リ/ ◇  ̄\:.{ 〈: : : : / ̄ ̄ ̄``ヽ、: :\
      | \  ∧    ´ ゚     |: /    /´ _√ ̄⌒^\  >: :´ ̄ ̄ ̄\    \ ハ
      人  \_公。           ,ふ    /\厂:::::::::::::::::::::::::::\_: : |\: : \: : \    \|
    /  \_  \>。,    / |'    /\/:\:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\: :|: : |: :\_|    ヽ

ハハ ロ -ロ)ハ「これでどれくらい稼げル?」

__―_____ ̄ ̄ ̄ ̄‐― ̄ ̄―‐―― ___ ̄ ̄―――  ___―― ̄ ̄___ ̄―==
―― ̄ ̄___ ̄―===━___ ̄―  ――――    ==  ̄―― ̄ ̄___ ̄―===━

        .∧/∨ i   / !/ / i  |  V/  |:\  \     ´_
      {∨ { |     /:イ :|  |    v/ :|i V:≧=-
      {   八 |:.   |:.  .:|  リ^Ⅵ  '/:i|         \  |
      |:{, {  :.    |  ./.厶r─ -.|. '/. | \: \``〜、、 |
      |:. .{\. \、 |.   ィぅ示ミk. |   |    ``〜、、__彡
      ||  | /」L__.\ イ ^   Vrソ ,   ノ }/}   i!、  \.:|
      i|  |\,ィ笊ミk \|       / /: / }/} }  .i!:i     |
        i: :|  \..ゞ'       ノ ,  /   :} / :|:i    |
         ',.| ト {⌒ ヽ      .⌒ ,/, イ〈/:}  } | |:i    |.
        Ⅵ:{ { 从     __    ./'^ / / /  八.|:i     i|.
            /人.|i|:\  ‘ '     |..:'⌒i /. ./:. :|:i     i|

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「良くて一日。 悪くて半日、といったところかのぅ。
       あのバカでかい奴が日の目を見る前に、どうにかするぞ」
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ハハ ロ -ロ)ハ「しかたなイ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「たまには日の下で労働したいものじゃな」

ハハ ロ -ロ)ハ「日陰者には影の中での仕事が一番ダ。
       じゃあナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「うむ。 また、いつか、どこかでな」

非常口を示す電灯の明かりが消えた時、二人の姿はその場になかった。
彼女たちは影の中を動く存在。
月明かりの下、闇よりも濃い影として生きる存在。
逆転の要であり、ティンバーランドの宣戦布告に対して誰よりも速く対応した人間だった。

87名無しさん:2021/12/27(月) 19:45:19 ID:5a5RWm0c0
.









             話は前夜に遡る――











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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編

第四章【 Ammo for Rebalance part1 -世界を変える銃弾 part1 - 】 了

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88名無しさん:2021/12/27(月) 19:47:19 ID:5a5RWm0c0
これにて今回、今年の投下は終了です
今年も大変お世話になりました
来年も誠心誠意頑張ってまいります

質問、指摘、感想等あれば幸いです

89名無しさん:2021/12/27(月) 20:45:16 ID:j2r6kqbM0
おつ!
まさに佳境って感じで最高すぎる
主人公勢だけでなく街のトップがしっかり優秀なのいいね
そしてトラギコ好きだから重役に選ばれて嬉しい
来年も楽しみにしてます!

90名無しさん:2021/12/27(月) 22:41:03 ID:j1QY9B1Q0
乙乙

91名無しさん:2021/12/28(火) 20:26:37 ID:ra5UryMM0
乙!
最高に盛り上がってきて敵も味方も活躍が楽しみすぎる
オサムとデレシアさんの再会はまだならなかったか……オサムの告白はまたの機会にってことで

今回自信がないんだけど

>>63
万年質を紙の上に走らせ

万年筆だよね? 万年質っていうのがあるのかな?

今年も素敵な作品をありがとうございました!
来年も楽しみに待ってます!!

92名無しさん:2021/12/28(火) 20:42:45 ID:lYor.uhQ0
>>91
ああああ!!直したと思っていたのにいいいい!!
ありがとうございます!!

93名無しさん:2021/12/28(火) 21:09:58 ID:JoFP1njw0
乙です
シィってお前死んだはずじゃ!
侵入者が入り込んでも平然としてるしジョーンズさんの底が見えないぜ
ジュスティア・イルトリアvsティンバーランド、どっちが勝ってもおかしくないから今後の展開を見るのが楽しみ

94名無しさん:2021/12/29(水) 05:02:14 ID:ruo.qBiI0
>>92
もはや様式美の様なやり取り

95名無しさん:2021/12/29(水) 05:40:47 ID:boulR.yY0
ここまで4年近く、長かったなあ

96名無しさん:2021/12/29(水) 10:43:44 ID:AJWL10JQ0
コンスタントに4年間更新し続けてるだけでも凄いのにここにきて更に面白くなったからたまんねぇな

97名無しさん:2021/12/30(木) 16:41:14 ID:RxI89Pp20
乙乙
今年も楽しめました また来年もお願いします

98名無しさん:2021/12/30(木) 20:42:43 ID:LCgQ3m3s0

ティンバーランドの幹部陣がどう動くか気になるなズタボロっぽいけど
円卓の騎士って今何人明らかになってたっけ

99名無しさん:2022/01/02(日) 11:05:46 ID:PnDTMwmw0
>>98
第一騎士
第二騎士 ハハ ロ -ロ)ハ ハロー・コールハーン “影法師”
第三騎士
第四騎士 (´・_・`) ショーン・コネリ “執行者”
第五騎士 <ヽ`∀´> ニダー・スベヌ “花屋”
第六騎士
第七騎士 <_プー゚)フ ダニー・エクストプラズマン “番犬”
第八騎士
第九騎士
第十騎士
第十一騎士 ( <●><●>) ワカッテマス・ロンウルフ “ロールシャッハ”
第十二騎士 ???

現段階ではこのようになっております

100名無しさん:2022/01/03(月) 11:59:13 ID:w9AgyN.20
>>95
最初の投下は2012年2月12日でした……そろそろ10年……

101名無しさん:2022/01/15(土) 22:08:42 ID:CJ0sxd7o0
円卓の騎士もまだまだ枠があるんだな先は長そう
あえて12を???にしてるの気になる

102名無しさん:2022/02/04(金) 17:28:35 ID:AQwkEqtg0
今度の日曜日にVIPでお会いしましょう

103名無しさん:2022/02/04(金) 19:04:50 ID:9lszu0Xk0
やったー!!

104名無しさん:2022/02/06(日) 21:07:54 ID:NUEjUIFc0
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              影こそが、より明るい場所を生み出すのだ。

                                 ――ジュスティア軍諜報員の心得


               より明るい場所ほど、影は濃いものだ。

                                  ――イルトリア軍諜報員の心得

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September24th PM08:15

七年前、ニクラウス・ビーバービレッジはかつて、ライフルを手にしたことも、人を撃ったこともない小心者の男だった。
生真面目な性格の彼は鍬を手に、畑を耕し、農作物を売って生計を立てていた。
そうして生きることが幸せだと思っていたが、六年前にその思いは打ち砕かれた。
近くの街がより安価で種類の豊富な農作物を出荷し始め、ニクラウスの住んでいた町は瞬く間にやせ細った。

収穫した作物は出荷されることなく町の間で交換され、互いの食卓に並んだ。
食事は問題なかったが、収入がないため、電気を止められる家がすぐに溢れた。
最終的に街の9割の家が電気代、ガス代を払えず、水道代も払えなくなった。
薪を蓄え、井戸から水を汲み、蝋燭で夜を過ごす生活が始まった。

畜肉は金と同等の価値を持ち、牛乳は嗜好品と化した。
酒は各家庭で作られ、粗悪な酒のせいで体を壊す人間が後を絶たなかった。
若い娘は大きな街に体を売りに行き、若い男は鉱山に出稼ぎに行き、町では老人が田畑を耕していた。
一人、また一人と町から人が消えていく。

町が滅びると思われたその時、内藤財団が高品質な野菜の栽培を町に持ち掛けてきたのが全てを変えた。
小さな町だからこそできる、野菜の徹底した品質管理。
それは町の農家同士でも話し合われたことだが、費用とそれを必要とする顧客の獲得が難しいという点で見送られたことだった。
更に、安定した供給を得るために、内藤財団が町の運営に手を貸すことになり、町に金が流れてきた。

それとほぼ同時に、町の治安を守るための訓練が行われた。
急成長を遂げた町に対する妬みで嫌がらせをしてくる可能性があるため、それは当然の備えだった。
そして、その中でも義憤を持つ者が選ばれ、ある話を持ち掛けられた。
世界を変える、その手伝いをしないか、と。

それからニクラウスは銃を手にし、世界に本当の平等と正義を取り戻す戦士となることを決意した。
訓練は秘密裏に、そして着々と行われた。
訓練を終えた者は次の者にその技術と知識を引き継ぎ、町全体がティンバーランドという組織の一員となるのには3年かかった。
彼が初めて殺した人間は、かつて彼らの町を滅びの直前まで追い詰めた町の代表者だった。

105名無しさん:2022/02/06(日) 21:08:20 ID:NUEjUIFc0
指導者を失ったその町は、今では彼の生まれた町と一つになった。
争いはなくなり、平和が訪れた。
人と人とが助け合い、分かり合うことが出来るのだと、彼は己の行いの正しさをその時に改めて理解した。
明日、いよいよ彼らの夢が実現に向けて動き出す。

ストラットバームはその存在が公になっていない。
聳え立つクラフト山脈に見下ろされ、雪解け水によって生まれた巨大な湖と豊かな自然がその存在を完璧に隠しているためだ。
稀に猟師、あるいは冒険家がその存在に気づいてしまうことがあったが、彼らが生きてそのことを誰かに伝えることは無かった。
ニクラウスを含め、分散して警戒に当たる人間達の手は血で染まっていたが、後悔はなかった。

肩にかけたライフルの位置を直し、ニクラウスは白い息を吐いた。
彼が担当するのはクラフト山脈の麓にある巨岩が幾つも転がる場所で、夜間に降りてくる冷気はマイナスの域にある。
防寒装備をしていても、服の隙間から入り込む冷気は完全に遮断できない。

「ふぅ…… こりゃ、コーヒーにウィスキーを入れて飲まないとな」

月に雲がかかり、辺りから光が失われる。
星明りが彼の視界を濃い群青色に染め上げる。
腕時計に目をやり、交代の時間が迫っていることを確認する。
不意に誰かが背中を触った気がしたと思った時、彼の体は嘘のように地面に向かって顔から倒れていた。

顔が地面にぶつかり、視界が黒になる。
意識は、そこで途絶えた。
背中から心臓に向けて精確に突き立てられたのは、先端を鋭く尖らせた木の枝だった。
そして死体は岩陰に運び込まれ、石で覆い隠された。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、

影の中、ニクラウスを刺殺した女は跫音一つ立てずに移動した。
その身のこなしはまさに獣のそれであると同時に、狩人の物だった。
風になびく銀色の髪は、さながら彼女の持つもう一つの尾の様だ。
髪の毛とは逆に、暗闇によくなじむ褐色の肌には、汗ひとつ浮かんでいない。

狐の耳付きはそう多くいないが、彼女のような肌を持ち、妖艶さと生娘じみた若さを両立させた人間は世界で一人しかいない。
女の名前はギン・シェットランドフォックス。
“惑狐”の渾名を持つ、イルトリアの隠密偵察部隊“FOX”の長であると同時に、優れた諜報員としてその界隈で知られる人間である。
彼女の足は迷うことなく、地下にある実験施設に通じる出入り口に向かっていた。

106名無しさん:2022/02/06(日) 21:08:45 ID:NUEjUIFc0
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同日 同時刻

その日、キャスパー・キャルミバイゼンはストラットバームに通じる入り口近くの哨戒を担当していた。
入り口はなだらかな丘の地面に隠されており、そうした自然を利用した入り口は周囲に複数個所存在している。
二人一組で行う哨戒は一日も欠かされたことのないもので、一か月に数回、迷い込んできた人間をやんわりと遠くに追いやることしかなかった。
稀に、その場から動かないだけでなく、入り口を見つけて中に入ろうとする者がいた。

その場合は警告なしで射殺し、近くの森に遺棄して獣の餌にした。
肩に下げたカラシニコフの金属部は氷のように冷たくなっており、革手袋伝いでもその冷たさがよく分かる。
一緒に哨戒するケッツィー・ケストラルに至っては、口の前に両手を持ってきて息を吐きかけているありさまだ。
今夜はよく冷える。

腕時計で時間を確認すると、交代までまだあと2時間だった。
ふと視線の端に、何か光るものを見たような気がした。
森の方角。
獣の住まう森だ。

できるならば夜間に近づきたくはないが、異変を目にしてしまったのであれば、行くしかない。

「森で何か光った」

断言したのは、かもしれない、ではケッツィーが動かない可能性があるからだ。
ケッツィーは両手を口の前から降ろし、すぐに銃を構えた。

「行こう」

107名無しさん:2022/02/06(日) 21:09:09 ID:NUEjUIFc0
キャスパーもカラシニコフを構え、安全装置が解除されていることを確かめる。
彼はケッツィーよりも銃の扱いには慣れている自負があった。
彼が育った町は争いの絶えない町で、銃声が聞こえない日はなかった。
争いが日常だった。

前日まで虐げられていた人間が、拳銃と銃弾一発で翌日には虐げる側になる日があった。
彼にとって、それはあまりにも自然なことだった。
しかし、彼は旅が趣味だった。
ネイキッドバイクで知らない土地を訪れるたび、新たな発見と気づきがあった。

町にそれを持ち帰っても、改善はなかった。
理由は簡単だった。
彼に力がなかったからだ。
しかし、契機は突然訪れた。

内藤財団によって町が買い上げられ、町全体である植物の栽培を行うことになった。
その栽培は困難だったが、それに見合った報酬が人々の心を満たした。
金の力だ。
暴力以外の力を知り、町はこれまでとは違った発展を遂げることになった。

得た金をどう利用するか、考えなければならない展開。
即ち、暴力ではなく知力、発想力が必要とされる展開だ。
町の人間達は銃ではなくペンを。
防弾チョッキではなく本を常に携帯するようになり、町全体が大いに変化した。

もう、銃を手にしなくてもいい時代が目の前にある。
それこそが、彼が旅を通じて確信した一つの真実だった。

「どんな光だったんだ?」

「小さな点、だ。
ほんの一瞬だが、確かに光った」

「熊じゃないといいな」

人の死体に味を占めた獣が森に居ついているという噂は、警備を担当する人間の中では真実として定着していた。
天然の警備を行う存在が生まれたのは歓迎だが、獣は人間を区別しない。
ライフル弾を頭部、もしくは心臓に撃ち込まなければどちらかが殺されるかもしれない。
頭上に浮かんでいるはずの月は雲に隠れ、彼らが頼りにしている視覚が奪われる。

目が慣れているとはいっても、獣には勝てない。
影の中にある影は、当然、目視することはできない。
暗視装置は希少な物であると同時に、一般的な人間が持っている装備ではない。
仮に旅行客や旅人と遭遇した時、可能な限りの殺生は控えるように言われている。

ジュスティアやイルトリア軍を名乗るのは簡単だが、装備で疑われたり、この場に敵対する人間を呼び寄せる噂になりかねない。
そのため、装備は怪しまれないよう、付近の街で多く使われている物が選ばれた。
暗視装置を使うほどの大規模な街がないため、彼らはそれを装備することが出来ないのである。
かくして、二人は虫の鳴き声と木々のざわめきが支配する夜の森の前に来たのであった。

108名無しさん:2022/02/06(日) 21:09:35 ID:NUEjUIFc0
「……どうする」

ケッツィーの言葉に、キャスパーは一つ息を吐いて答えた。

「……そ」

答えたつもりだった。
だが、声が出なかった。
まるで穴の開いた風船に空気を吹き込むような、そんな感覚が一瞬。

「ど――」

ケッツィーの言葉はそこで止まり、それ以上彼が何か言葉を発することは無かった。
首を一撃で切断された彼らが痛みを感じる前に、その意識と命は夜の森へと溶けて消えた。
事前におびき寄せられていた獣たちが死体を食い荒らす頃には、彼らの命を奪った女は地下への入り口に到着していた。

ハハ ロ -ロ)ハ

ハロー・コールハーンは赤い縁の眼鏡を指で押し上げ、周囲を見渡した。
伝説的な諜報員として名を馳せる彼女だが、その姿を見た人間はほとんどいない。
名前だけが残り、その名前に、多くの人間が恐れを抱いている。
剃刀のように鋭い視線である一点を見つめると、白い息を吐いて言葉を発した。

ハハ ロ -ロ)ハ「……まさかここで会うとは思わなかっタ」

彼女が影に向かって声をかけると、その陰からゆっくりと別の影が姿を現した。
ギン・シェットランドフォックスは驚きもせず、級友に答えるように言葉を返した。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「久しぶりじゃの。
       “茶会事件”以来じゃな」

ハハ ロ -ロ)ハ「目的が同じなら、また協力し合うカ?
        それこそ、茶会事件と同じようニ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「お主からそう言われるとは意外じゃが、そうじゃな。
       それがよかろう」

言葉の裏側を探ることはいくらでも可能だ。
だが、今は時間がない。
敵対する街の諜報員同士ではあるが、共闘するのはこれが初めてではない。
彼女たちは状況を好転させるための影であり、そのためには不要な矜持や意地は簡単に捨てられる。

例え殺し合った仲だとしても、目の前に共通の脅威があれば、それを排除するために協力し合う。
それが最も効率的かつ、効果的であることを知っているのだ。
背中を預けるのは己と同等の力を持つ人間。
相手への警戒心は転じて相手の力に対する信頼でもある。

――二人の影は、静かにストラットバーム実験場へと侵入したのであった。

109名無しさん:2022/02/06(日) 21:09:59 ID:NUEjUIFc0
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第五章【 Ammo for Rebalance part2 -世界を変える銃弾 part2-】
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同日 PM08:20

隠密偵察に特化した棺桶は数多く生産されたが、試行錯誤の歴史の賜物として現在まで残り、復元された物は僅かしかない。
単純な物であれば周囲の景色に同化する装甲を持った棺桶が挙げられるが、バッテリーの消費が激しく、実用段階にある物は迷彩の色とパターンを変更する物ぐらいだ。
しかしそれも、人間の肉眼と光学レンズを誤魔化す物であり、温度探知などの特殊なカメラの前では全くの無意味だ。
そのため、復元されたものの諜報員が現場にそれを持ちこむことはほとんどなかった。

無論、例外もある。
その目的に特化した設計により、生み出された“コンセプト・シリーズ”であれば、実用に足る物ばかりだ。
例えば。
ハロー・コールハーンが使用する“キングスマン”は極めて特殊な棺桶であり、装甲と呼べるものはない。

電流によってその性質を変える特殊素材で作られた、紳士用の上下セットのスーツ、そしてベストの姿をしており、眼鏡型のデバイスがセットとなっている。
それは“人の目を欺く”に特化した棺桶で、筋力の補助は一切行わない。
無論、防弾ですらない。
ベスト型のバッテリーは体温と周囲の温度差によって蓄電が可能な物で、破損しない限りは電力を安定して供給できる優れものである。

キングスマン最大の特徴は、その繊維にこそある。
眼鏡型デバイスで認識した周囲の風景に同化させることは勿論、他者の服装に偽装することも可能であるため、あらゆる目を誤魔化すことが出来るのだ。

ハハ ロ -ロ)ハ

それに対し、ギン・シェットランドフォックスが使用する“グランドイリュージョン”は“機械の目を欺く”ことに特化していた。
肉眼以外の物で彼女の姿を認識しようとしても、その像は決して本来の姿を映すことは無い。
仮に光学レンズで彼女を見ても、機械経由でその姿を見る場合、その姿は決して見られないのだ。
キングスマンと同様に特殊繊維で作られ、体に密着する形をしているために運動の邪魔にはならない。

キングスマンが赤外線センサーや熱源感知カメラには反応するのに対し、グランドイリュージョンはそれを欺くことが出来る。
そして、至近距離であればカメラの機能そのものに干渉し、無力化することも出来た。

110名無しさん:2022/02/06(日) 21:10:32 ID:NUEjUIFc0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、

どちらも復元するまでに膨大な費用を要し、ラヴニカの職人の腕をもってしても、数十年の歳月を必要とした。
異なる職人によって復元され、異なる街に納品された棺桶が同じ目的の為に同じ場所に集まるのは公には一度もないが、実際にはこれで二回目だった。
地下に作られた実験場の深部に向かってエアダクトを使い、二人は着実に進んで行く。
大規模な施設であることは、そのエアダクトの大きさからも窺い知ることが出来た。

何せ、小柄とはいえ人が直立した状態で移動することのできるダクトというのは、少なくとも二人にとっては初めて見る規模の物なのだ。
ダクト内は音が反響するため、二人は無言だった。
むしろ、言葉など不要とも言えた。
潜入を得意とする二人にとって、必要なのは互いの気づきと情報の共有。

それは言葉ではなく、目線と仕草で十分に伝わっていた。
例え双子、あるいは数十年を共に過ごし、訓練を積んだ諜報員でもここまで臨機応変に連携をとることは出来ないだろう。
彼女たち一流の人間は、自分の動きを相手に合わせることを考えないのだ。
身体能力は常人のそれをはるかに凌駕しており、ギンに至っては人間離れした膂力と五感を持ち合わせている。

長く続いたエアダクトの起点に到着した時、時刻は九時を少し過ぎたところだった。
そこが何階なのか。
そもそも、この施設が何階層あるのかも定かではないが、最下層であることは間違いなさそうだった。
外の様子をハローが確認する。

ハハ ロ -ロ)ハ「……」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……」

ハローとギンは互いに視線を合わせ、静かにエアダクトの蓋を外し、音もなく地面に着地した。
そこは巨大な空間の上部に作られたキャットウォークだった。
足場は金属の足場を岩肌に取り付けたもので、壁は垂直に加工された天然の地層だった。
遥か眼下に見える床は光沢のない金属製の板で整えられ、コンテナが等間隔で設置され、ケーブル類が血管のように張り巡らされている。

ケーブルの巨大さは、近くを歩く人間の大きさと比較しても圧倒的な物だった。
それ一つで自動車並みの大きさを持つものもあれば、人の腰ほどの大きさの物もあった。
巨大な空間の中央に灰色の何かが鎮座していることに気づくのが遅れたのは、そのあまりにも馬鹿げた大きさ故の物だった。
初めは施設の一部だと思ったが、優に200メートル以上はあるそれは、明らかに兵器の姿をしていた。

二人は呼吸を整え、冷静に観察を始めた。

ハハ ロ -ロ)ハ「何ダ、あれは」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「知らんな。 だが、ワシらが調べるべきものなのは間違いないのぅ」

事前の情報と呼べるものはほとんどなく、現地で何かを見つけ、それを報告することが主な任務になるはずだった。
だが、臨機応変が求められる現場経験が豊富な彼女たちでも、目の前にある規格外の兵器を前にしては狼狽を禁じ得ない。
多少の覚悟はしていたが、その覚悟を優に超える現実を前に、二人の胸はかつてない高鳴りを見せていた。

111名無しさん:2022/02/06(日) 21:10:55 ID:NUEjUIFc0
ハハ ロ -ロ)ハ「この施設についても調べないといけなイ。
       電波は……ないナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「これだけの巨体が入るということは、少なくとも、300メートル以上は地下にいるからのぅ。
       問題は、この兵器の目的じゃな。
       連中に関しての情報も、持っていけるだけ持っていこうかの」

ハハ ロ -ロ)ハ「二手に分かれるカ?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「効率で言えばそうじゃろうな。
       じゃが、それはワシらの知っている経験の中での効率じゃ」

ハハ ロ -ロ)ハ「だナ。 ここから下に向かうにも、少し苦労しそうだナ」

ハローの言葉通り、二人がこれから向かうのは200メートル以上も下の場所なのだ。
キャットウォークを伝い、別の降り口を見つけて下に向かうしかない。

ハハ ロ -ロ)ハ「お前、私の隣を歩ケ。
       少しは隠れられル」

イ从゚ ー゚ノi、「そりゃありがたい。
       とりあえずは……ふむ、この道を進んだ先の扉まで頼もうかの。
       扉はワシが開ける」

キャットウォークの端には下に向かう階段と、壁に作られた扉があった。
階段を使って降りれば、流石に目撃者が大勢出る可能性がある。
現に、空間に鎮座している巨大な兵器の周囲に組まれた足場には作業服に身を包んだ人間が数人おり、いつこちらを見るか分からない。
万に一つ見られたとしても、ハローの棺桶の能力によって誤魔化すことはできる。

しかし、それは絶対ではない。

ハハ ロ -ロ)ハ「よシ」

二人は即座に移動を始めた。
静音性に優れたソールを使ったブーツを履いているとはいえ、移動時にはほとんど音が出ていないのは、奇術めいたものがあった。
そして二人の手にはいつの間にか、サプレッサーのついた拳銃が握られている。
薬室には初弾が装填され、撃鉄は起き、安全装置は解除されていた。

両者の拳銃は消音性を重視した設計と専用の弾を使うため、近距離の運用が前提となっている。
彼女たちがその銃を使うのは稀だが、目撃者がいた場合、躊躇なく発砲するだけの覚悟と経験がある。
不運にも遭遇した者は、幸運にも即死することが出来るのが唯一の救いになるだろう。
扉の前に到着するまでの間、二人は呼吸を止め、気配を完全に消していた。

扉には電子錠はおろか、物理的な錠もなかった。
観音開き式の扉の上部をギンが確認し、扉の向こうに人がいないことを確認する。
彼女の耳であれば、その向こうにいる人間の息遣いや跫音を聞き漏らすことは無い。
ギンが扉を押し開き、僅かな隙間からハローが中に入る。

112名無しさん:2022/02/06(日) 21:11:28 ID:NUEjUIFc0
光学迷彩を可能にする彼女の棺桶によって、仮にその向こうに人間がいたとしても風のいたずらで扉が開いた程度にしか思われない。
安全が確認されると、次にギンが入る。
扉の向こうには無機質な白い壁と床が広がり、天井の蛍光灯がその景色をぼんやりと照らし出している。
見る限り通路が丁字路になっており、それぞれがどこに通じているのかは突き当りの壁にあるフロアマップに書かれていた。

二人は壁沿いに進み、曲がり角のところで同時に両側に銃を構えてクリアリングを行う。
フロアマップに書かれていたのは、ここがA棟と呼ばれる場所の地下40階の地点であるということだった。
トイレ、更衣室、そして主に武器管理室がこのフロアを占めていた。
書かれている情報を統合すると、施設は地下80階まであり、AからDまでの4つの棟で構成されているということが分かった。

先ほどの巨大兵器も格納できるだけのこの膨大な施設を、気づかれずに作り上げることが果たして本当に可能だったのだろうか。
一つの巨大な街そのものを埋めたような施設を作るには数年のレベルではなく、数十年、あるいはそれ以上の歳月が必要になるはずだ。
二人はひとまず、武器管理室に向かい、この施設に保管されている武器の種類や質を確認することにした。
あれだけの巨大兵器があるのであれば、所有している武器は一介のテロリストを凌駕するはずだ。

互いの死角をカバーしながら廊下を進み、最も近い武器管理室の扉を開いた。
先ほどの扉もそうだが、この施設は外敵の侵入を想定していないのか、鍵による管理が甘かった。
その自信が過信でなかったことの証に、誰にも発見されなかった今日この日があるのだ。
最初に足を踏み入れた武器管理室は、壁一面に拳銃がかけられ、展示されていた。

部屋に監視カメラの類は見られないため、二人はそのまま部屋に入る。
一挺ずつ名前のプレートがつけられ、その下には外された弾倉があった。
まるで博物館の拳銃コーナーのようだったが、二人の注意は空間の異質さではなく、展示されている銃そのものに向けられていた。
並ぶ拳銃の一部は彼女たちも知る物だったが、半分以上は見たことのない物だった。

ハハ ロ -ロ)ハ「見たことない銃だナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「型番がワシらの知る銃と離れているな」

ハハ ロ -ロ)ハ「ベレッタ、グロック、S&W…… どれも知っているが」

ハローはそう言いつつ、壁にかかる拳銃を一つ手に取る。

ハハ ロ -ロ)ハ「バッテリー駆動の銃ダ……」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「テーザーガンとは違うようじゃの」

ハハ ロ -ロ)ハ「あぁ、銃身の形状も見たことナイ。
       “M003A15レールガン”、だとサ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「弾は流石にないか」

他にも彼女たちの知る銃器メーカーの知らない型番の銃が並ぶが、あくまでもそれは展示されているだけだ。
必要な弾薬は当然、そこにはなかった。
武器管理室という名の展示場か、あるいは、資料室として使われているのか。

113名無しさん:2022/02/06(日) 21:12:18 ID:NUEjUIFc0
ハハ ロ -ロ)ハ「とりあえず、武器管理室は一見の価値ありだナ。
       時間があればナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃな、銃の種類が分かったところで得られる物は少ないからの。
       下に向かおう。
       この施設、間違いなく現代の物ではない」

ハハ ロ -ロ)ハ「恐らく、世界大戦の時の物だろうナ。
       部屋の作りが居住用のそれダ」

今は武器管理室として使っているが、その前は居住スペースとして使っていたであろう名残が床や壁に見られる。
特に、湿度の管理をするための器具が備え付けでないという点が、明らかに不自然だった。
つまりここは、大昔のシェルターとして使われていた可能性が高かった。
無論、それは推測でしかない。

これだけ大規模な施設、更には、あの巨大な兵器を管理するための空間を考えるとシェルターの一言では片付けられない物がある。
部屋を一通り物色し終え、部屋を出ようとした時、戸に手を伸ばしたギンがその動きを止めた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……」

視線でハローに合図を送り、扉の向こう側に人の存在を感知したことを伝える。
しかしこの部屋には隠れる場所はない。
四方の壁に拳銃がかけられているだけで、他にあるのは温度と湿度を管理するための機械だけ。
扉は向こう側から押し開く形の物であるため、一人は扉の裏に隠れられるが、もう一人は隠れる場所がない。

ギンは扉の裏に身を隠し、ハローは頷き、その場で棺桶の機能を使用した。
まるで魔法のように彼女の全身が周囲の風景に溶け込み、姿が消えた。
動きさえしなければ、その存在を直視することは困難だ。
ただし、足元に現れる影だけはどうしようもない。

果たして、どうなるか。
扉が開いた時、二人は即座に覚悟を決めた。

「何で電気がついてるんだ?」

「誰かつけっぱなしにしたんじゃないか?
どうせ、また間抜けのマーロウだろうさ」

「あぁ、あり得るな。
なぁ、ちょっと一服しないか?」

「ばれたら怒られるだろ」

「今日は皆忙しくて、それどころじゃないさ。
いよいよアレを動かすだろ?」

114名無しさん:2022/02/06(日) 21:12:42 ID:NUEjUIFc0
「“ハート・ロッカー”な。
あそこまで復元できたのも凄いけど、いや、やっぱりジョーンズ博士は天才だよ。
棺桶に関しちゃ、あの人は世界最高の人だな」

男二人は部屋に入り、扉を閉めて懐から煙草を取り出した。
その瞬間。
ギンは彼女に背を向けている男の背後に立ち、一撃で首を折った。
そして彼女の姿を目視できる位置にいた男も同様に、ハローの手によって首を折られ、絶命した。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ジョーンズ博士、ということはイーディン・S・ジョーンズか」

ハハ ロ -ロ)ハ「厄介だナ。 あのデカイのは棺桶の分類みたいだナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「嬉しくない事ばかりが分かったの。
       さて、他に何かないかの」

会話をしながらも死体の装備を確認する。
家族の写真が挟まった手帳が見つかり、それを開いて流し読みする。
手帳はこの場所での身分証明書を兼ねたもので、名前と顔写真があった。

ハハ ロ -ロ)ハ「……おい、これを見てみロ」

もう一人の死体を漁っていたハローがそう言って、一枚の紙を見せてきた。
それは、この施設全体のフロアマップだった。
これで時間の短縮が出来るが、最も注目すべきはこの建物が80階建てではなく、85階建てであるという事実だった。
80階はハート・ロッカーと呼ばれる兵器がある格納庫兼兵器試験場。

その更に下にあるのは、地下通路と船着き場だった。
先ほどのフロアマップとは違い、細かな名称が書かれている。
恐らくはこちらが新しい物、あるいは、内部の人間にだけ与えられている特別なマップなのだろう。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「地下に船着き場じゃと?」

ハハ ロ -ロ)ハ「連中、潜水艦を持っていル」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「あぁ、それはワシらも確認しておる。
       ティンカーベルでの襲撃に使ったものか。
       地下ならデカイ船でも隠せるからの。
       地下通路が4種、というのも気になるのぅ」

書かれているのはあくまでも名称であり、何に使うのかまでは記載がない。

ハハ ロ -ロ)ハ「ここが40階だから、このまま下まで行こウ。
       役に立ちそうなのは70階からダ。
       実験室、資料保管庫……宝の山だゾ」

115名無しさん:2022/02/06(日) 21:13:06 ID:NUEjUIFc0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「同感じゃな」

そして、彼女たちは死体を天井にある通気口に押し込んで隠した。
定期的な見回りがあるのであれば、彼らが定時報告、あるいは定時で交代しなければならないのは明白だ。
彼らに問題が起きたと分かるまでにかかる時間は不明だが、少なくとも、死体が見つからなければ時間を稼ぐことが出来る。
彼女たちが外で殺した人間にも同じことが言えるが、二人は死体をそのままにする愚を犯さなかった。

しかし異変に気付かれるのは時間の問題だ。
それがどれだけかかるか、それは二人には分からない。
一つ言えるのは、彼女たちの行動でこの先の何もかもが大きく変わり得るということだ。
情報を集め、必要であれば混乱を招く。

それこそが、影の仕事なのだ。

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同日 PM11:02
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二人がその部屋に入ったのは、全くの偶然だった。
A棟からD棟を順に回りながら情報を集めていく中で、その部屋は札もなければ、フロアマップにも記載のないものだった。
場所はA棟の地下79階。
扉を開き、安全を確認してから二人が入り、最初に目にしたのは高さ150センチほどの金属製の箱だった。

黒い金属製の箱は丁度人間一人が収められるような長方形をしており、周囲に置かれた様々な機器とケーブルで接続されていた。
ハローが別の角度に回り込み、そこで眉をしかめた。
無言でギンを手招き、そこにある物を見るようにジェスチャーで伝える。

ハハ ロ -ロ)ハ「……」

116名無しさん:2022/02/06(日) 21:13:52 ID:NUEjUIFc0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……」

――職業上、二人は多くの物を見てきた。
しかし、今二人が目にしている物は、これまでに見たことのないものだった。
それは間違いなく機械だった。
紛れもなく機械だが、人の生首が備え付けられた機械だった。

【(* - )】

首の持ち主の顔は傷だらけで、不気味なほどに肌が白くなっている。
加えて、髪の毛は頭皮ごと剥ぎ取られ、代わりに数本のケーブルが突き刺さっている。
延命したい一心で人と機械をつなげるならばまだ分かるが、これは明らかに、人間の体を機械の一部として使っている類の物だった。
これが一体何の実験で生み出された物なのかは分からないが、作った人間は間違いなく倫理観のタガを失っている。

何故に人間の首を使わなければならないのか、理解に苦しむ。
この部屋はこの機械を管理するためだけの部屋のようで、これが重要な役割を担っているのは疑いようがない。
頭の上にあるプレートには、“Amelia Brooklyn Cmart”と書かれていた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……む」

人の跫音がギンの耳に届く。
隠れる場所が何もない空間であるため、ギンはハローと共に部屋の隅に移動した。
ハローがギンを覆うことで、その姿が周囲の風景に溶け込む。
近づかれない限りは平気だが、万が一に備え、拳銃の銃腔は扉の方に向けられている。

「俺この“鍵”を見るのが嫌いなんだよ」

「好きな奴はいねぇよ」

男が二人。
電動補助装置のついたストレッチャーを押しながら、部屋の中に入ってきた。
既にこの場所に来るまでに二人は数人を屠っており、明らかに重要な機械の運搬を任されているこの二人を殺せば大事になるのは明らかだ。

「でもよ、どうして首が必要なんだろうな」

「お前知らないのか? 棺桶のシステムの問題だよ」

ストレッチャーに機械を乗せ、男が答えた。
しかしその続きは部屋の中で語られることは無かった。
手を止めることなくストレッチャーを部屋から出し、二人は消えた。
しばらくして安全を確認し、二人は顔を見合わせた。

ハハ ロ -ロ)ハ「肉声の問題を、まさかこうして回避するとはナ」

棺桶は音声によるコード入力で起動する。
しかし、その声を何かしらの手段で録音してコードとして使うことが出来てしまえば、そもそものセキュリティが成り立たなくなる。
そのため、肉声でなければ棺桶は基本的に起動しないようになっている。
発掘された棺桶はその全てがコード使用者の保持期間が過ぎ、リセットされているために再設定が出来る。

117名無しさん:2022/02/06(日) 21:14:48 ID:NUEjUIFc0
量産機はDATを接続すれば前使用者が死亡して保持期間が継続していたとしても、その権限を移行することが出来る。
コンセプト・シリーズにおいては生前に使用者を複数登録していない限り、ラヴニカなどにいる専門家に依頼し、権限の書き換えを行わなければならない。
おおよそ一か月から二か月で作業は完了するが、中にはそれが出来ない物もあるだろう。
こうして死者を使ってセキュリティを突破するなど、誰も考えたことがない。

否、考えたとしても、それを実行に移すだけの発想力はないはずだ。
棺桶に魅入られ、棺桶の研究に全てを注ぐ科学者、ジョーンズならではの発想だ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「技術を持つ者ならでは、といったところかの。
       まだ調べることがありそうじゃの」

ハハ ロ -ロ)ハ「あぁ、多すぎるぐらいダ。
        だが今夜、何かが起きるのはこれで確定したナ」

正義の味方、という短絡的な思考をしているのであれば、そもそもこの仕事は務まらない。
円卓十二騎士にその名を連ねているとはいえ、ハローは諜報員だ。
皮肉にも、円卓十二騎士の多くが諜報活動を通じて伝説的な成果を残している。
ギンにとって、商売敵の多くが円卓十二騎士であり、その中でも何かと接点があるのがハローだった。

故に、例え非人道的な何かを目撃したとしても、彼女が暴走しないということは良く分かっている。
例え子供が目の前で侵されていたとしても、眉一つ動かさずに己の任務を遂行できる精神力と自制心を持っている。
そうでなければ、円卓十二騎士という称号は与えられない。
騎士は主人の命令に忠実に動き、目的を達成するための刃となって働く存在だ。

並みはずれた自制心がなければ、この界隈の人間は長生きが出来ない。
諜報員、隠密偵察部隊の人間は任務のためであれば心を殺すのだ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「なればこそ、だな。
       通信室については記載がないから、見つけなければ何も伝えられんぞ」

そう。
二人の前には大きな問題があった。
手に入れた新たなフロアマップには通信室の記載がなく、しかし、それがこの規模の施設にはありえないということを二人は理解していた。
そのため、全ての棟の全ての部屋をしらみつぶしに調べ、正解の部屋を見つけなければならなかった。

この時間まで二人が部屋の捜索で時間を要したのは、その部屋を探すという作業を行っていたからに他ならない。
警戒しつつ、更には見つからないように行動しながらの作業は、常人離れした能力がなければすぐに破綻する。
様々な命運をかけた綱渡りのようなものだ。
互いの棺桶の特性を生かすのもそうだが、それを即座にやってのける連携力の高さがなければ成り立たない。

潜入開始から約3時間で見つからずにこの階まで来られたのは、二人の実力が桁外れだからに他ならない。
そして、分かったことがある。
実験施設に近くなるにつれ、各フロアには棺桶の研究に関する物が多くなっていた。
中でもとりわけ二人の目を引いたのは、保管されている棺桶の数と種類だった。

大量に並ぶ白いジョン・ドゥは塗装だけでなく、装備の一部が別の物に置き換えられ、機動性と対弾性能が向上するように改造されていた。
この手の改造は稀に見ることがあるが、質を維持したまま大量にそれを用意できるのはこの施設を使う組織の背後にいる者の財力があるからだ。

118名無しさん:2022/02/06(日) 21:15:09 ID:NUEjUIFc0
ハハ ロ -ロ)ハ「このフロアをもう少し探してみるカ。
       少なくとも、上の階よりもよっぽど情報がありそうダ」

これまでに見つけた資料保管室にあったのは、銃器の性能に関する資料や、発掘された棺桶に関する資料ばかりだった。
役立つ情報であることに変わりはないが、今すぐ必要な情報というわけではなかった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「奴らがこれから何をするのか、も確認せんといかん。
       じゃが、とにかく通信を確保せんとな。
       探せるだけ探そう」

部屋を出て、二人は再び影の中に溶け込むようにして情報収集を始めた。
地下80階に到着したのは、日付が変わる30分程前。
そして、辺りが騒々しくなり始めたのも、その辺りだった。

ハハ ロ -ロ)ハ「……」

二人は間もなく何かが起こることを察し、身を隠しつつ、周囲の状況を把握できる場所を探した。
あるのは発電室、整備室、性能試験場、模擬戦闘場、第1管制室だった。
管制室は他のフロアにもあったが、どこも共通しているのが館内限定の放送設備、ガラス越しに巨大兵器を見下ろせる位置にある、という点だった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……」

二人が選んだのは、そのいずれでもなかった。
先ほどの兵器の傍にあるコンテナ、その足元に隠れることを選んだのである。
多くの整備員が歩き回っていたが、二人にとって、彼らの目を欺くことはあまりにも簡単だった。
彼らの視線は人を探すように動いておらず、侵入者の存在など想像もしていないのだ。

ハローの棺桶がその性能を最大限に発揮し、壁沿いに移動するだけで問題は解決した。

『兵器試験場にいる各位へ通達。
定刻通り、ハート・ロッカーの起動実験を行う。
各箇所の最終点検を行い、持ち場に着くように。
繰り返す、起動実験は定刻通りに行う』

施設全体に放送が入り、人の動きが一層慌ただしくなる。
作業員はケーブル類の確認、DATを使って何かのデータを確認し、管制室にも人の出入りが確認できた。
起動実験。
それは、あの巨大兵器が動き出すことを意味し、二人にとっては決して見逃すことのできない瞬間の到来を意味している。

ハート・ロッカーの周囲から移動式の足場が離れ、数本のケーブルが切り離されていく。
コンテナの下から見上げてもまだハート・ロッカーの全貌は見えない。
しかし、先ほどから何度もその巨体を見てきたから分かる。
この兵器は、非常に危険な存在である。

棺桶は戦車にも勝る程の優秀な兵器だが、ハート・ロッカーに勝ることが出来るかと問われれば、誰もが首を横に振ることだろう。
それほどまでに圧倒的な質量。
金属が擦れる音、機械から発せられる警告音が鳴り響く。

119名無しさん:2022/02/06(日) 21:15:35 ID:NUEjUIFc0
ハハ ロ -ロ)ハ「本当に動くのか、あれガ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「にわかには信じがたいが、動くのじゃろうな」

――そして、その時が訪れた。

『“天蓋”を展開する。
作業員は安全を確保せよ。
繰り返す、“天蓋”を展開する。
各種ロック解除』

『ロック解除、了解。
10番から5番天蓋、解除確認。
10番から5番、展開。
続いて4番から1番天蓋、解除開始。

……解除確認、4番から1番展開』

『各天蓋の展開を開始。
落石に注意』

巨大で重厚な金属がこすれ合う、獣の様な音が警告音と共に響き渡る。
二人は耳栓をし、周囲の様子を観察する。
人工の光ではなく、月光が天井から差し込んでくる。
やがて落雷じみた音を発し、その音が止む。

『天蓋の展開終了。
各所、報告を』

『地上、問題なし』

『天蓋の固定問題なし』

『射線確保問題なし。
リフト計器異常なし』

『各作業員、作業開始。
異常があれば速やかに報告を』

天井と壁と一体になった大型のクレーンが動き出し、同時に、作業員たちが駆け足で動き出す。
ハート・ロッカーの周りに取りつき、大声で各所の報告を行う。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……足元にジョーンズがおるぞ」

ハハ ロ -ロ)ハ「……本当ダ」

イヤーマフを片耳にだけ装着したイーディン・S・ジョーンズが複数人の部下を引き連れ、ハート・ロッカーの足元に現れる。

120名無しさん:2022/02/06(日) 21:16:03 ID:NUEjUIFc0
(’e’)『よし、まずはここまでは予定通り。
   みんな、いいぞ。
   観測手との通信接続開始』

『通信接続開始。
……接続完了』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……」

二人はその会話を聞いて、すぐに自分たちの通信機を取り出し、確認した。
電波を掴んでいた。
天井が開けたことにより、電波の通り道が出来たのだ。
音声での通信ではなく、独自の暗号通信を選んだ。

信号のオンとオフをある一定の間隔で送ることで、それが文字となって相手に伝わる。
これならば周囲の音を気にする必要はない。

『スカイアイ、接続状態良好。
視界良好。
作戦は予定通りに進行、ブーオより離脱との報告あり』

(’e’)『うんうん、それは重畳。
   鍵を入れてくれ、くれぐれも慎重にね』

そして、先ほどのストレッチャーに乗せられた機械がハート・ロッカーの胸部にクレーンで持ち上げられ、その奥に入れられた。
分厚い装甲版が閉じた瞬間は、まるで納棺のようだった。

『接続状態確認。
システム上に問題はありません』

(’e’)『予定通りだね。
   では……そろそろ始めよう』

121名無しさん:2022/02/06(日) 21:16:26 ID:NUEjUIFc0
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        /  /  ./i i         j i    i ___________i i    i .i 
       ./  /  / i i          i i    .i i 三三三三  三三三三  j i    i i
       j─/   / i .i          .i j    i i 三三三三  三三三三 .i i    i j
       i─/  /  i  i          .i i    i i 三三三三  三三三三 .i i   .i i
      / /j  /  i  i          i j   .i i 三三三三  三三三三 i i   i j
     ./ / j /__i_i          i i   .i i 三三三三  三三三三 i .i   i i
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同日 PM11:59
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(’e’)『よーし、準備はいいかな?』

ジョーンズのその言葉は、決して確認のための言葉ではないのはすぐに分かった。
これから始めるための前置きでしかなく、すでに準備が完了していることを彼は知っている口調だった。
片耳にだけかけていたイヤーマフをかけ直し、位置を整える。

(’e’)『よし、位置につきたまえ』

誰も返事をしない。
それもまた、彼にとっては事務作業的な言葉に過ぎないのだ。
しかし、次の一言が重要な意味を持っていることは明白だった。

(’e’)『コードの入力だ』

僅かの間。
そして、聞こえてきたのは機械的に淡々と紡がれる女の声だった。

『そして、大好きだった物も忘れていく。 私には一つだけ残っている』

直後。
ハート・ロッカー全体が僅かに軋み、各部位が微振動を始める。
命を吹き込まれたかのように、圧倒的な巨体が生き物のような熱を帯び始める。

122名無しさん:2022/02/06(日) 21:16:51 ID:NUEjUIFc0
『砲身展開開始』

その放送すらも、巨大な履帯が地面を踏みしめる音によってほとんど聞こえることは無かった。
巨体がゆっくりと前傾姿勢になるのと同時に、背負っていた砲身が動き出す。
折り畳まれていた砲身が繋がり、一本の長大な砲身と化す。
その砲は天井に開いた大きな穴に向けられた。

微調整をするように、無限軌道が後退する。

(’e’)『うんうん、いいぞ。
   さて、後は微調整だな。
   砲身をもうちょっと下にしてくれ』

指示通りに砲身が動き、更にそれからも細かな指示が続いた。
ハローとギンは顔を見合わせ、耳を思いきり塞ぎ、口を開く。

(’e’)『じゃあ、撃ってみよう』

直後、衝撃波を伴う爆音が施設を震わせた。
狭い空間であるが故に、ここは銃身と同じような環境になっている。
イヤーマフをしていても、あれだけの至近距離であれば、聴覚には相当な支障が出るはずだ。
現に、人よりも聴覚が敏感なギンは耳栓を用いても軽い眩暈と頭痛を覚えていた。

しかし、それでも無線機を使っての報告は止めなかった。
砲撃の対象になっているのがブーオであり、それには巨大兵器が使われているということ。
それは間違いなく伝えなければならないことだ。
3分ほどして、放送が入った。

『……ちらスカイアイ。 繰り返す、こちらスカイアイ。
聞こえるか?』

(’e’)『あぁ、聞こえるよ。
   で、どうだった?
   修正はどれくらい必要かね?』

『着弾先は市長邸宅。
市街地への被害は見られません』

(’e’)『ひとまずは命中か。
   よし、次は焼夷弾とフレシェット弾を連続で撃ってみよう』

大型クレーンがハート・ロッカーの巨砲から薬莢を取り除き、吊り下げられた砲弾が装填される。
その間、ジョーンズは腕時計に目を向けていた。

(’e’)『装填完了に15秒だ!! 次はもっと短縮してくれたまえ!!
    ようし、座標の修正を完了したかな?
    では二発目、いってみよう!!』

123名無しさん:2022/02/06(日) 21:17:17 ID:NUEjUIFc0
これは、ブーオを射的の的にした砲撃の演習だ。
二度目の爆音が響き渡り、すぐさま装填作業が行われる。

(’e’)『12秒!! いいぞ!!
   着弾点はどうだ?!』

『市街地に着弾、山にも引火しました。
消防隊が動き出しています』

(’e’)『うんうん、いい判断だ。
   フレシェット弾、いってみよう!!』

三度目の砲撃。
報告すべきは、複数の種類の砲弾を用意し、それを放てるという事実。
ブーオが地図上から消え去るかもしれないという危惧は、伝えるまでもなかった。

『着弾を確認。
まだ生存者がいる模様』

(’e’)『うーん、そうなると後は……
   毒でもまいてみようか。
   よし、装填作業開始!! 今度はベストタイムを頼むよ!!』

それから何度も砲撃と修正が行われ、火薬の匂いが地下に充満した。
二人は途中から報告するのを止め、耳を押さえて鼓膜を保護することに必死だった。
合計で数十発の砲弾が放たれ、地面には人間ほどの大きさのある大量の薬莢が落ちていた。

(’e’)『はい、ごくろうさん。
   フィードバックはどんな細かい事でもいいから、各所でするように。
   私は仮眠するから、後片付けとこの後の準備を頼むよ』

ハート・ロッカーの砲身が折り畳まれ、姿勢が戻っていく。
その動きは生き物じみた滑らかさがあり、あれが棺桶の一種だと言われても納得のいくものだった。
二人は周囲から人がいなくなり、耳が回復するのを静かに待った。
既に日付は変わり、朝の2時になっていた。

ハハ ロ -ロ)ハ「……どうダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……うむ、大分いなくなったな」

薬莢も片付けられ、ハート・ロッカーの背中に砲弾を詰め込んでいる人間ぐらいしか残っていない。

ハハ ロ -ロ)ハ「これからどうすル?」

天井が閉じた時、再び電波は通じなくなっていた。
少なくとも報告が済んでいるため、二人の任務は失敗ではない。
しかし、あれだけの物を見た以上、ここを放っておくことはできない。
ハート・ロッカーが砲撃先としてブーオを選んだのは、射角の問題でしかないはずだ。

124名無しさん:2022/02/06(日) 21:17:42 ID:NUEjUIFc0
あの巨体は、間違いなく地上を目指す。
地上に出てしまえば、世界中全ての場所が砲撃の対象になることだろう。
そうなればジュスティアもイルトリアも、ブーオの二の舞になる。
頭上から降り注ぐ砲弾を迎撃するための備えはあるが、精度は100%ではない。

撃たせないことが重要だ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「連中、今日にでも動き出すらしいからの。
       邪魔をするしかあるまい」

ハハ ロ -ロ)ハ「やっぱりそうなるカ。
       多分だが、あの床はリフトアップできるはずダ。
       ハート・ロッカーが外の世界に出るには、それしかなイ。
       そこを狙ウ」

たった二人で巨大な組織の陰謀を防ぐことが出来るのは、あまりにも現実的ではない。
これほどまでの技術力と規模であれば、邪魔をするのが関の山だ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「同感じゃ。
       となると、電力系を落とすのが一番じゃな」

砲身が折り畳み式というのは幸いだった。
リフトアップの際、砲身は折り畳まれたままだろう。
その狭い空間に閉じ込めることが出来れば、砲撃性能は著しく落ちるはずだ。
後は、二人の報告を受けた街がどう動くのか、それを待つしかない。

ハハ ロ -ロ)ハ「結局、得られたのはハート・ロッカーの情報だけカ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「うむ、これだけでも十分だと思うしかあるまい。
      じゃが、どうにもまだ何か見つけられそうな気がしての」

ハハ ロ -ロ)ハ「お前もそう思うカ。 私もダ。
       この規模で全然有用な情報が見つからないのは、不自然なぐらいダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「と、なると……地図にはない部屋かのう。
       ほれ、さっきの悪趣味な機械があった部屋も無記名じゃった」

ハハ ロ -ロ)ハ「だが、フロアはしらみつぶしに調べただロ?
       残っているのはここと、後は更に下だけダ」

どんな組織でも、全ての情報を全ての人間が知っているということは無い。
特に、末端に近くなればなるほど、情報には靄がかかる物だ。
明らかに重要な拠点であるこの場所を担当する人間であっても、知らされていない情報があるはずだ。
情報を隠すならば情報の中。

125名無しさん:2022/02/06(日) 21:18:07 ID:NUEjUIFc0
即ち、末端の人間でも持っているフロアマップそのものに足りない要素がある可能性。
それは既に彼女たちが目視しており、その部屋に迷いなく現れた担当者の存在が裏付けしている。
建物の規模がフロアマップと異なるという可能性は、非常に高い。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「誰でも気軽に入れない場所か……
       そうなると、最下層が怪しいの」

ハハ ロ -ロ)ハ「マップにない階層、があるかもしれないからナ。
        探せるだけ探すしかない、カ」

隠すとしたら最下層、もしくは最上階。
あるいは、階層と階層の間だ。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「後は、連中の目論見の邪魔をする算段じゃな。
       リフトアップの途中で止めるのが一番じゃが、どう思う?」

ハハ ロ -ロ)ハ「同意ダ。 あの怪物が地上に出る前に潰したいが、それは難しいだろうナ。
        地上との距離が分かればいいんだガ……」

二人がいた場所からでは、天井から差し込む光だけがこの施設の深さを測る唯一の情報だった。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「500メートル以上はあるじゃろうな。
       エアダクトは滑るように降りてきたから、正直、直線距離での計算はしておらん。
       浅い場所に作るはずがないから、700あるかもしれんな」

ハハ ロ -ロ)ハ「天井が開いた時に確認するしかないナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「理想は、リフトアップの途中で天井を閉鎖してあの化け物をぶつ切りにすることじゃな」

ハハ ロ -ロ)ハ「それが出来ればいいけどナ。
       さっきのを見ている限り、操作系統は割と分かれているみたいダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ふむ……とりあえず、このフロアも探してみよう。
       先ほど外部との通信が出来ていたのなら、やはり、どこかに通信設備があるはずじゃからの」

ハハ ロ -ロ)ハ「急ごウ。 次にあれがいつ動き出すか分からなイ。
       管制室が怪しそうだナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃな」

周囲に警戒しつつ、二人はコンテナの下から出た。
それからすぐに、明かりの灯る管制室に向かって走り出す。
管制室に通じる扉まで駆け抜け、身を顰める。
中には作業中の人間が数名おり、ギンが指を四本立てて見せた。

126名無しさん:2022/02/06(日) 21:18:30 ID:NUEjUIFc0
その後、ハローが指を二本立て、お互いを指さす。
一人が二人を相手にするという意味だった。
しかし、ギンは首を横に振り、指を四本立てて自分を差した。
恐らく、管制室には監視カメラの類があるはずだ。

これまで彼女たちが立ち入った部屋の一部には監視カメラがあり、その際はギンが対処した。
管制室は間違いなく基地の重要な施設になる。
そこで何か異変が起きたとしても問題がないように、互いを監視できる状況にあるはずだ。
全ては憶測だが、ここで見つかれば脱出は絶望的になる。

監視カメラが熱源感知式、あるいは光学迷彩を看破できるものである可能性があるため、用心しすぎるということは無い。
ハローは頷き、音もなく扉を押し開く。
その一瞬の内に、ギンが一気に中に入った。
人一人がようやく通れるほどの幅しか開かれなかった扉の存在に気づけた者は、その場には一人としていなかった。

ましてや、首の骨が折れる音を聞いたことのある人間は誰一人としていない。
最初の犠牲者が絶命した時、すでに二人目の男の首に手がかけられ、人が倒れた音に気付いた男は回し蹴りによって頭部を蹴り潰され、即死した。
最後の一人はそれら全てを一瞬だけ視界に入れたが、後ろ回し蹴りが彼の全てを終わらせた。
瞬く間に四人の命を奪い、ギンは監視カメラの機能に干渉し、その目を節穴にした。

一部始終を聞いていたハローは中に入ると同時に扉に鍵をかけ、床にあったメンテナンス用の配線スペースに死体を押し込めた。
監視カメラの不備に気づくことは無いが、ここにいた四人の不在については後数時間、あるいは数十分で気づかれる。
タッチディスプレイ式のコンソールを一瞥し、ハローは忌々しそうに言った。

ハハ ロ -ロ)ハ「ダメだ、これは無線式ダ。
       私達の端末は繋げられなイ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「決断が速いのう。
       ……あぁ、なるほど。
       茶会事件の時にも見た型じゃな。
       となると、茶会事件の裏にいたのはこやつらか」

ハハ ロ -ロ)ハ「だろうナ。 ちっ、腹立たしイ。
       あの後な、ジュスティアで“残骸”を調べたが、何も分からなかっタ。
       タッチディスプレイだから、何がどう動くのかも分からないんダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「……のぅ、この機会じゃから聞いておきたい。
       ジュスティアではタッチディスプレイ式の何かを採用しておるか?
       イルトリアは、本当にごく一部じゃ。
       それこそ、DATのような、こちらが手出しが出来ないものに限るがの」

ハハ ロ -ロ)ハ「うちもダ。 タッチディスプレイの復元には莫大な金と時間がかかル。
        しかも、メリットが少ないからナ」

現場で物を言うのは確実な操作性だ。
それはイルトリアもジュスティアも同じ考えで、タッチディスプレイについてはそれしか選択肢がないのであれば仕方がないが、そうでなければ真っ先に切り捨てるものだ。
だがセキュリティの高さはアナログ式のそれとは比較にならない。
この施設が重要な役割を担っているのであれば、やはり、セキュリティや細かな調節については拘りがあるのだろう。

127名無しさん:2022/02/06(日) 21:18:51 ID:NUEjUIFc0
ハハ ロ -ロ)ハ「つまり、私達はこれをいじれないってことだナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「そうじゃな。 通信は天井が開いた時だけか。
       ならば諦めもつくし、次の手も考えられるな。
       役立ちそうな情報を探そうかの」

端末から情報を得るのが難しいと分かった以上、役立つ情報はアナログなものに頼らざるを得ない。
書類で管理されている物、もしくは現物として価値のある情報を入手できれば重畳だ。
管制室から抜け出し、二人は地下に通じる道を探し始めた。

「……なぁ、定時連絡すっぽかしてる連中が結構いるらしいぞ」

その言葉は、二人が整備室の本棚に並ぶファイル類を見ていたときに聞こえてきた。
扉を一枚挟んだ向こう側を二人組の男が歩いている。

「本番が近いからって、浮かれてるのか」

「どっかで酒でも飲んでるんじゃないかって話なんだが、上の人間に知られる前に俺たちで解決しないかって。
ほら、前にあっただろ?
飲酒が見つかって、ってことが」

「あぁ……確かに、このタイミングであの人たちに心配をかけたら支障が出かねないからな」

「だろ? だから、さっきから俺たちの“雑談用”周波数のところで話が進んでるんだ。
俺もさっき入ったばかりなんだが、この時間の警備を探索にあてないか?」

「勿論だ」

「じゃあこのまま――」

そして跫音と会話が遠ざかり、ギンとハローは今の状況が好機だと考えた。
襲撃されているとは考えていないのは、平和ボケしている証拠だ。
この場所が襲われるわけがないと本気で考えているのだ。
実戦経験の浅い人間がいたおかげで助かったが、結局は見つかる時間が引き延ばされただけに過ぎない。

――二つの影は再び移動を始めたのであった。

128名無しさん:2022/02/06(日) 21:19:11 ID:NUEjUIFc0
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同日 AM04:12

地下通路、そして船着き場。
そのどちらも、二人にとっては重要な情報と熱気で溢れ返っていた。
道理で上の階の警備がいい加減なわけだと、納得のいく光景だった。
数十メートルはあるトンネルは足元に道を照らす明かりが果てしなく続き、その先は暗闇にしか見えない。

武器弾薬を積んだトラック、銃装甲戦車、そしてまるで列車のように複数の荷台を連結した超大型のトラック。
そのトラックは衝角と銃座を持つ戦闘車輌でもあり、兵士を運ぶ車輌でもあった。
積み込みと調整を行い、確認が済んだ車輌から続々と出発していく。
この地下通路が地上のどこに通じているのか、それを調べている内に数時間を費やしていた。

分かったのは、二人が最初に到着した地下通路はヴェガに通じており、もう一つはニョルロックに通じているということだった。
地下通路であれば誰かに目撃されることも、天候や地形に左右されることなく目的地に向かうことが出来る。
その先にあるのが西と東の重要な場所であることは、間違いなく偶然ではなく必然。
長い時間をかけて用意したのは、何も施設だけではないということだ。

二人は更に下に向かった。
四つある地下通路の内、二つは車輛と兵士で溢れていたが、もう二つにはほとんど人間がいなかった。
不気味に風が吹き抜け、その先にあるどこかに向かっていく。
進まなければ分からないため、二人は先に船着き場に向かった。

129名無しさん:2022/02/06(日) 21:19:34 ID:NUEjUIFc0
だがそこには、ただ船着き場があるだけで、潜水艦も船も姿がない。
それどころか、警備をしている人間が3人いるだけだった。
警備が手薄な場所に反して、上の階が慌ただしいのは、人員がそちらに割かれているのかもしれない。
ハート・ロッカーの砲撃によってブーオが壊滅したことはすぐに知れ渡るだろうが、そうなってしまえば、世界に対して宣戦布告をするようなものだ。

ならば、彼らが世界に対して何らかの行動を仕掛けるのはもう目前と考えるしかない。
それも、後数時間の内に。
そしてそれは避けられず、防ぎようがない事態だ。

ハハ ロ -ロ)ハ「……どうすル」

ハローのその言葉の意味をギンは汲み取り、答えた。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「やれることをやるしかあるまいて」

伝えるべき情報は今の段階ではこれ以上は期待できない。
二人は再び地下80階に向かい、これからのことを考え、発電室に身を顰めて黙々と作業を始めた。
幸いなことに発電室には窓がなく、周りから見られる心配がなかった。
当然、監視カメラは無力化されており、二人の邪魔をするのは時間だけだ。

発電室には背丈ほどの配電盤が並び、そこから伸びたケーブルが床に繋がっている。
五時に差し掛かった時、施設全体に慌ただしさが戻ってきた。
作業の手を止め、周囲の音や移動する人間が発する声に耳を傾ける。

『天蓋を再展開。
各セクションは動作確認を』

そのアナウンスと共に鳴った警告音の後に、天井が開く重々しい音が響く。
ハート・ロッカーが再び起動し、射角の調整を行っていくのが音だけで分かる。
これから始まるのは砲撃。
果たして、それだけだろうか。

二人は胸騒ぎがする中、天井が開いたことによって通信環境が回復した機会を逃さなかった。
無線機を使い、簡潔に情報を送り始めた。

『こちらグラウンド・アルファ、視界良好。
いつでも始めてOKです』

『グランド・ベータ、チャーリー、こちらも大丈夫だ』

『グラウンド・デルタ、エコーも準備完了。
こちらの動きに気づいた様子もない。
情報通りだ』

『グラウンドマスターより報告。
現在予定のルートを進行中。
予定に変更なし』

130名無しさん:2022/02/06(日) 21:19:58 ID:NUEjUIFc0
幸いなことに、発電室内にあるスピーカーから通信内容が聞こえてくる。
先ほどの砲撃でとは違ったコールサインが聞こえてきたが、少なくとも三か所の観測手の報告だった。

『グラウンドフォース、準備完了を確認。
エアフォース、オーシャンフォース報告を』

『あー、こちらエアフォース。
ちょっと待ってくれ、積み込みの確認がまだ完了していない。
……確認完了。
準備よし!! いつでも飛び立てるぞ!!』

『オーシャンフォース、出港準備完了している。
既に抜錨し、予定通りに動いている』

続々と連絡が入り、その度、二人は今こうしてそれを聞くことしか出来ない。
情報は湯水のように飛び込んでくるが、報告できるほどの正確な物がない。
確かなことは、相手の計画通りに全てが進み、危機的な状況が迫っているということだ。
どこかのタイミングで介入しなければ手遅れになるのは間違いない。

『全部隊確認完了。
現地天候良好。
ここまで予定時間よりマイナス14秒』

『諸君、後10分で放送が始まる。
持ち場につき、傾聴するように。』

放送の内容からも、状況が切迫してきているのは明らかだった。

ハハ ロ -ロ)ハ「……想像以上に相手の規模がでかいかもしれないナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「やつらの言葉がどこまでの物かは分からんが、陸海空の部隊がいるようじゃな。
       部隊なのか、それとも軍隊なのかは分からんがな」

ハハ ロ -ロ)ハ「空は厄介だナ、正直。
       だが、ハート・ロッカーも厄介ダ。
       ちっ、厄介だらけダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「とりあえず、放送とやらが流れるのを待つしかできんな。
       連中が次にハート・ロッカーで何をするのか、それを見て報告じゃ」

潜入任務が終わる時が近いことを、二人は肌で感じていた。
極限まで情報を収集し終えたら、後は、この基地に混乱を残して去るだけだ。
彼女たちに今できる最大の嫌がらせは、発電室の機能を停止させることだった。
先ほどからこうしてこの部屋にいるのは、施設全体に供給される電力の管理を行う部屋であるこの場所を調べ、より効果的な混乱をもたらせる方法を模索していたからだ。

そして、放送が始まった――

131名無しさん:2022/02/06(日) 21:20:21 ID:NUEjUIFc0
( ^ω^)『世界の皆さん、おはようございます。
     私は内藤財団社長、西川・リーガル・ホライゾンです――』

――放送を聞きつつ、二人は発電室の電力が何から生まれているのかを調べていた。
これだけ大規模な施設であれば、よほどの巨大な発電施設が必要になる。
しかし、それに反して発電室は一か所。
小型で大規模な電力を生み出せる手段を、二人は一つしか知らない。

答えに辿り着いたのは、ケーブルのつながる床に潜り込んでいたハローだった。

ハハ ロ -ロ)ハ「あったぞ、やっぱりニューソクを使っていル。
       後は別の発電機……多分、予備の発電機ダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ニューソクの解体の経験は?」

ハハ ロ -ロ)ハ「なイ。 お前は?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ワシもない。 となると、下手には手出しができんな」

ニューソクは安定して大規模な電力を供給できる反面、その管理を間違えれば辺り一帯を吹き飛ばす事故につながる。
この施設を吹き飛ばすだけではとても足りない程の爆発が起きるのは歓迎だが、二人がいる内にはまだそれをする気にはならなかった。
万が一、このニューソクに安全装置のようなものがあり、自爆を頼りにしてそれが失敗すれば元も子もない。
ニューソク本体はこの発電室の下に埋蔵されているため、彼女たちにできるのは間接的に施設を停電状態にすることだ。

( ^ω^)『争いが起きる原因は、街にあります――』

ハハ ロ -ロ)ハ「ははっ、街のせいだってサ」

作業をしながら、ハローがそう言った。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「よく言うの。 争いは人が起こすものじゃというに」

だが、その直後に続けられた言葉に、二人は笑うことを止めた。

( ^ω^)『世界中、全ての、あらゆる街を一つの共同体にいたします。
     経営が困難になった街は滅びるのではなく、助け合いによって存続し続ける形となるのです。
     そう、家族が家族を助けるのと同じように、街が互いを助け合うのです。

     この世界はまるで森の様だと思いませんか。

      T i m b e r l a n d
     大小さまざまな木々が生える、そんな森です。
     我々は、その木々全てが寄り添い、一つの巨大な大樹となることを心から望んでいます。
     我々は、この考えを、こう呼ぶことにしました』

132名無しさん:2022/02/06(日) 21:20:51 ID:NUEjUIFc0
紡がれる言葉は、その全てに意味が込められ、嘲笑するにはあまりにも本気だった。
聞く者全てに理解させる為に工夫され、発せられる声量にさえ計算された効果が垣間見える。
果たしてどれだけの時間をかけ、この言葉を練習してきたのだろう。
台本を読んでいるのではなく、己の言葉を心から発していると思えてしまうほどの演説。

そして、沈黙。
沈黙こそが最良の演説であることさえも理解し、内藤財団の社長は締めくくりの言葉を最後に。

( ^ω^)『国家、と』

その概念は聞いたことはある。
少なくとも、棺桶に関する多少の知識を持っている人間であれば誰でも聞いたことがあるはずだ。
ジョン・ドゥを筆頭に、いくつもの棺桶が起動コードに採用している言葉だ。
果たしてこの声の主の思惑通り、二人の諜報員は紡がれていく言葉に意識を向けざるをえない。

( ^ω^)『――この考えに反対する街に対し、我々はこの世界のルールに従い、宣戦を布告します』

ハハ ロ -ロ)ハ「まさかとは思ったが、本当に戦争を始めるつもりだったのカ。
       街の復興に手を貸していたのもこれが狙いだったカ……」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「ブーオを吹き飛ばしたのにも説明がつく。
       と、なると後はジュスティア、イルトリア、セフトート、それとストーンウォール辺りが布告の対象か」

( ^ω^)『セフトート、という街があります』

『合図を確認。
これよりハート・ロッカーの単独砲撃最終試験を行う。
砲撃用意。
撃て!!』

その言葉の直後、部屋の全てが震えるほどの振動が発生する。
二人は既に耳を塞ぎながらも、聞こえてくる放送に耳を傾けていた。

『着弾報告。
誤差なし。
引き続き砲撃を』

砲撃は4回で終わった。
それはつまり、4度の砲撃でセフトートが滅びたことを意味している。
この場所からセフトートはブーオの二倍以上離れているが、超長距離砲撃をそれだけの精度で行えるのは脅威としか言いようがない。
最も恐ろしいのは、ジュスティアはそれよりも近い距離にあるという事実。

最大の違いはクラフト山脈の有無だけだ。
ブーオとセフトートを砲撃し、ジュスティアに砲撃をしなかった理由はそれだ。
つまり、この地下では必要な射角が確保できないのだ。

( ^ω^)『――ですが、まだ足りません。
     我々の考えに頑なに首を横に振る街があることでしょう。
     その街に対抗するために、我々はあらゆる武力を行使します』

133名無しさん:2022/02/06(日) 21:21:13 ID:NUEjUIFc0
『“スカイフォール”、“ムーンフォール”離陸確認。
エンジン安定。
予定高度に到達次第、予定地に向かいます』

( ^ω^)『我々は夢を。
     あまりにも荒唐無稽な、子供じみた夢を見ています――』

『マリーンフォース、Aポイントを通過。
“ロストアーク”、“オーシャンズ13”エンジン安定。
航路に変更なし』

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「随分と演出に力を入れておるの。
       それだけ世界に知らしめたいのか、それとも刻みたいのか」

ハハ ロ -ロ)ハ「こういう形式的なやり方は宗教がらみの連中が好きそうだナ。
       セントラスが内藤財団の影響下にあるのも、この一件と関係ありそうダ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「“クルセイダー”を動かすいい口実にもなるからの。
       やれやれ」

( ^ω^)『全 て は。
     そ う 、 我 々 の 全 て は。
     世 界 が 大 樹 と な る 為 に あ る の で す』

演説放送が終わり、世界に向けての宣戦布告と号令が終わったのが分かった。
施設中から歓声が聞こえる。

ハハ ロ -ロ)ハ「さて、やれることがないかを調べよウ」

二人はまだこの発電施設を無力化する術を模索している途中だった。
工作において必須なのは最適なタイミングで相手にとって最悪の状況を生み出すこと。
今はまだ、彼らは喜びの最中。
長年思い描いてきた夢が成就したと思い込み、勝利を微塵も疑っていない。

それが証拠に、この段階でもまだ侵入者の存在はおろか、仲間が数人姿を消していることに気づいた様子がない。
これでいい。
ハート・ロッカーの砲撃能力は脅威だ。
地下からとれる射角の問題で、その砲撃が出来る場所は限られる。

地上に出てこそ、このハート・ロッカーは真の性能を発揮することになる。
そうなればもう、並みの戦力では止められないだろう。
動き回る基地、あるいは陸上の戦艦といったところだ。
閉じ込めるならば施設諸共埋めるか、身動きの取れない場所に閉じ込めるしかない。

ハハ ロ -ロ)ハ「ハート・ロッカーの動きを止めるところまでの関係でいいカ?」

下から這い出てきたハローの言葉に、ギンは驚いた様子もなく答えた。

134名無しさん:2022/02/06(日) 21:21:45 ID:NUEjUIFc0
ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「そこまでは共通じゃからな。
       それ以降はまぁ、それぞれのやり方で仕事をしようかの」

ハハ ロ -ロ)ハ「あぁ、邪魔はしないでくれヨ」

そして、七時を少し過ぎたあたりで周囲の変化が起き始めた。
ハート・ロッカーが再び起動し、軋み始める。
慌ただしく走る跫音が聞こえてくる。

『グラウンド・アルファより報告。
イルトリアに動きあり。
見たことのないヘリコプターが5機、離陸した。
それぞれ別の方角に飛んでいる。

一機はこっちに向かっている様子だ。
っ……速い!!』

(’e’)『あぁ、やっぱり?
   ……いいさ、こっちの動きが分かったところで関係ない。
   よぅし、我々も行こうか!!』

『作業員退避完了を確認。
リフトアップ開始。
補助電源ケーブル切断、主電源への切り替え開始』

ハハ ロ -ロ)ハ「ちっ、結局分からずカ」

予想通り、リフトが上昇していく。
ハート・ロッカーの巨体が天井の穴に向かって消えていく。
最早、手段は選べない。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「仕方ない、あの手を使うか」

ハハ ロ -ロ)ハ「あの手……あぁ、あの手だナ。
       それなら得意ダ」

二人はそれぞれケーブル類に手を伸ばし、力任せに全てを引きちぎった。
確実性は高いが、危険性が最も高い手段。
最悪の場合はニューソクが爆発する可能性もあったが、二人は躊躇いなく実行した。
これが最善の手段であることは間違いない、合理性のある手段だと判断したからだ。

果たしてその賭けの結果は、辺り一帯から明かりが失われたことによって証明された。
しかし、すぐに明かりが戻る。
先ほどまでよりも光力が落ちているように見えた。

ハハ ロ -ロ)ハ「ちっ、やっぱりカ。
       やるゾ」

135名無しさん:2022/02/06(日) 21:22:06 ID:NUEjUIFc0
言われるよりも先に、ギンはその場から一歩離れ、ハローと同じ結論を導き出して行動していた。
サプレッサーの付いた拳銃を構え、配電盤に銃弾を撃ち込む。
火花が散り、電流が流れ、そして黒煙を噴き出して全ての明かりが消えた。
これで予定通り、ハート・ロッカーを閉じ込めることに成功した。

その代償として、電波の通り道を失った。
だが奪ったものは大きい。
光、そして時間だ。

ハハ ロ -ロ)ハ「これでどれくらい稼げル?」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「良くて一日。 悪くて半日、といったところかのぅ。
       あのバカでかい奴が日の目を見る前に、どうにかするぞ」

ギンは破壊した配電盤を引きずり倒し、入り口の扉を塞ぐ。
人間離れした膂力が為せる技だが、状況を正しく判断した人間であれば棺桶を持ち出してくるだろう。
この行いがどこまでの混乱と遅延を生み出せるのかは、まだ分からない。
口にした時間も、あくまでも目安だ。

ハハ ロ -ロ)ハ「しかたなイ」

この状況で最も不利なのはハローだ。
彼女の棺桶は機械の目を欺けない。
しかし、焦った様子はない。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「たまには日の下で労働したいものじゃな」

ハハ ロ -ロ)ハ「日陰者には影の中での仕事が一番ダ。
       じゃあナ」

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、「うむ。 また、いつか、どこかでな」

その言葉に合わせるように、最後の明かりだった非常灯すら消える。
そして、ギンとハローはその場から姿を消した。
ハローは天井の通気口に。
ギンは物陰に気配と姿を隠す。

太陽光が一切差し込まない地下であれば、人間は機械の目に頼らざるを得ない。
ライトは暗闇をより暗いものとする。
それこそが、ギンの姿を彼らの視界から消すことになる。

『扉がふさがっている!! 誰かいるぞ!!』

『離れろ、俺が開ける!!』

136名無しさん:2022/02/06(日) 21:22:33 ID:NUEjUIFc0
扉の向こうから聞こえてきた声は、機械を通じた声だった。
強化外骨格を身にまとった人間がいる。
ギンの耳が聞き取る駆動音はジョン・ドゥに酷似しており、細部が洗礼されたような音がした。
例のカスタム機だろう。

〔欒゚[::|::]゚〕『おるぁぁああ!!』

だが彼らが見るのは、誰もいない、荒らされた発電室。
実際は、目の前にそれを実行した人間がいたとしても。
機械の目が映し出す映像が正しいと信じ込む人間には、決して気づけない。
己の感覚を信じる類の猛者であれば気づけたかもしれないが、それが出来るのはジュスティアの円卓十二騎士に名を連ねる者だけだろう。

装甲を身にまとい、重武装をした彼らに気づくことなど到底できない。
それが優れた機械の目を持つ以上、ギンを見ることはできない。

〔欒゚[::|::]゚〕『くそっ……!! 侵入者だ!!
      アラートを鳴らせ!!
      技術者を呼べ!! ニューソクに何かあればこの基地が吹き飛ぶぞ!!』

入ってきたのは、やはりハローと見た白いジョン・ドゥだった。
数は3機。
排除は可能な数だが、ギンは開かれた扉から堂々と出て行った。
彼女の目は例え光ひとつない闇夜の中でも、足元に落ちた針でさえ見逃さない。

ノト∧ハ∧,
イ从゚ ー゚ノi、

発電室から外に出たギンは、暗闇の中で頭上を見た。
そこに鎮座するのはハート・ロッカー。
ギンが行うべきは、それの無力化。
この施設そのものの無力化も、可能であれば行う。

イルトリアの隠密偵察部隊“FOX”とは、ただの情報収集するだけの部隊ではない。
音もなく忍び寄り、獲物を観察し、そして襲い掛かるための部隊。
イルトリアにとっての脅威となり得るもの、排除を命じられたもの

必要に応じて火を点け、火の粉と共に炎の中で踊る存在だ。
全てが灰燼に帰す頃には、すでに影も形もなくなっている。
だが確かに、炎に焼き殺された人間はその姿を目視するのだ。
炎の中に、火狐の姿を。






――後続部隊が到着するまで、残り6時間。


.

137名無しさん:2022/02/06(日) 21:22:57 ID:NUEjUIFc0
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                    ,コ:::::/`Y::::::):大:√] 7/
                   ./:::::/`T::`T::::{ }√7_/
                   f::::/  人_人__h | ̄ハ     火は、まだ燻ぶったまま。
                 _ |::::|__ム廴タ-〈|:::::|
              _,,z=└┴―‐┬:::|:::::/::∧}::::/   /〉
              (:::::::::::::::::::::::::: └__レく:::::::::::ノ-:{  /〉´
              }:::::::( ̄; ̄じイ;”   .V::::::レi::::/〉´
              .V::::::} ;" ";;;;    マ::::::r=ュ ´
               .}::::::|    ;     .マ::辷ヲ
      rァ    r-、___,,.|::::::|ィ-、         マ:::::ハ、
      | ヲ  _,,ム斗--':::::::/  >-、       `Y::::::)
  人____./ 廴_,人 (__>-へ、-==、`ヽ、___    辷::ヘ、
. /: : :/゚、{./--、f::::::::::::::::::::::::::::::::\::::::::`ー-、__:\___ .V:::::::}
ム--:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\::::::::::::::::::::\:::`Y-V::::|   ,-、   r、ffi
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`、::::::V::|ーァ'  >-、 } /
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::{:弋:::::::、_ ---} | .f
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::T:∧::::::::::::::::::::::::、::`ー、_
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第五章【 Ammo for Rebalance part2 -世界を変える銃弾 part2-】 了
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138名無しさん:2022/02/06(日) 21:23:19 ID:NUEjUIFc0
これで今回の投下は終了です

質問、指摘、感想等あれば幸いです

139名無しさん:2022/02/06(日) 22:06:58 ID:3eog0FWc0
おつ!
かっこいいな諜報部パワープレイで笑ったけど
耳付きは動物の種類で能力も変わるのかな?
続きが待ち遠しい

140名無しさん:2022/02/07(月) 08:35:12 ID:wxaDex4Q0


141名無しさん:2022/02/07(月) 20:31:09 ID:CItO8pRI0
乙!
実力者の二人が組んでるから安心感があったけど、いつか見つかるんじゃないかってひやひやしながら読んでた。
こっからさらにどんな活躍をしてくれるのか楽しみ!!

間違ってたら申し訳ないんだけど話の流れ的に

>>104
近くの街がより安価で種類の豊富な農作物を出荷し始め

って部分の後

かつて彼らの町を滅びの直前まで追い詰めた町の代表者だった。
指導者を失ったその町は

この最初の街と後の町は同じ場所だと思うんだけど、規模が変わっちゃってるんだよね。

>>117
例え子供が目の前で侵されていたとしても

これは"犯されて"の方が表現がいいと思う。

あと最後にくっそ細かくて本当に申し訳ないんだけど

>>28 >>110 >>126 >>136
では気づくって使ってて

>>28 >>60 >>115 >>126
では気付くって使ってるんだよね

142名無しさん:2022/02/07(月) 20:33:45 ID:CaOZBIBA0
>>141
ぐわああああああああああああ!!
今回は何度か推敲したつもりだったのにぃいいい!!

いつもいつも本当にありがとうございます……!!

143名無しさん:2022/02/12(土) 19:09:29 ID:HxkEO3So0
今日でAmmo→Re!!のようですは初投下から10年を迎えました。
正直ここまで長くなるとは思いませんでしたが、ここまで頑張れたのは皆さんの支援や応援のおかげです。
物語はもうしばらく続きますが、最後まで書き切るつもりですので、どうかお付き合いいただければ幸いです。

144名無しさん:2022/02/12(土) 21:44:06 ID:kCrhwGRI0
10年とかすげえ乙
多分連載期間も量もブーン系No.1だよね
今一番好きなのでこれからも楽しみに待ってます

145名無しさん:2022/02/23(水) 19:14:52 ID:QFarir1U0
生きていれば今度の日曜日にVIPでお会いしましょう

146名無しさん:2022/02/25(金) 19:54:30 ID:1aiAcmSU0
やったー!

147名無しさん:2022/02/27(日) 20:35:38 ID:K68PON8U0
VIPが規制されているため立てる事も書き込むこともできません……

148名無しさん:2022/03/05(土) 23:54:21 ID:fwAUT2KA0
今気づいたわまじかよ

149名無しさん:2022/03/06(日) 19:21:14 ID:L8ix.Wrs0
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汝、汝の敵を慈しみの心を持って殺すべし。
異教徒にも慈悲を見せよ。
さすれば、汝と異教徒は天国への切符を手にすることであろう。

我らは道先案内人。
一人でも多くの人間を天国へと導くため、誰よりも多くの苦行を積む者。

苦行を積む者は徳を積む者。
即ち。
我らは世界を改善するための先兵。
苦行の果てに我らが求めるはただ一つ。

神の愛を世界に知らしめること。
世界を神の愛で満たすこと。

                      ――十字教派遣戦闘部隊“クルセイダー”の教えより

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September 25th AM07:10

幼少期のイーディン・S・ジョーンズにとって、世界とは巨大な実験施設のような物だった。
他人より優れた頭脳が頭角を現したのは、5歳の頃だった。
玩具ではなく生物で遊び、機械で遊び、それでも知的好奇心が満たされることは無かった。
始めて彼の知的好奇心が満たされたのは、飛び級で入った大学の講義の一環として参加した軍用第三世代強化外骨格“棺桶”の復元体験の作業だった。

それは研究者達を対象とした作業だったが、それに参加する頃に彼は神童として知れ渡っていた。
最初は、単純なパズル、あるいは玩具の類だと思っていた。
だが、即座にそれが否定された。
彼の全く知らない、思いついたことのない概念の集合体。

それから研究にのめり込み、発掘作業を行い、彼は太古の技術に陶酔した。
彼は蜜月の日々を過ごした。
これまで決して満たされないと考えていた知識欲が刺激され、満たされ、そして飢え続ける幸せの虜になった。
自分の頭脳が遥か昔の人間にも劣っている事実は、彼の中に欠如していた劣等感を刺激し、更なる欲をもたらした。

気が付けば5年が過ぎ、10年が過ぎ、40年以上が過ぎた。
彼にとっての仕事は棺桶の復元だけであり、実入りは決して多くはなかった。
そんな時、内藤財団から声がかけられ、彼は天職を見つけた。
全ては、彼の中にある知識欲を満たすためだった。

9月25日。
世界を変えるために極めて長い時間備え、そして、迎えたXデー。
今、彼は自ら復元の指揮を執り、手を出した“ハート・ロッカー”の中で腕を組んで目を瞑っていた。
空間は大型モニター類が多く占め、“鍵”に電気信号を送ってハート・ロッカーを操縦する装置は複数に分散し、モニター前にいる担当者が操縦する手はずになっている。

150名無しさん:2022/03/06(日) 19:21:43 ID:L8ix.Wrs0
モニターにはハート・ロッカーのカメラが捉えた周囲の映像が映し出されているが、今は金属の壁と床、そして頭上の青空しか見えていない。
人間が一度に捉えられる情報は多くあるが、処理できるものは少ない。
そのため、人間が各所を個別に操縦することでより死角のない動きが可能になった。
ハート・ロッカーの操縦者は皆ベテランの棺桶持ちで、元軍人の肩書を持つ者がほとんどだ。

そのため、操縦については何も心配がいらない。
彼らは椅子に座り、モニターや計器類に目を向け、必要な動きをするだけでいい。
それ以外にもハート・ロッカーには人間が乗っている。
これだけ巨大な兵器を動かせば、必ずどこかにメンテナンスの必要性が生じることになる。

整備士を含む技術者も乗り合わせており、今、慌てているのはまさに彼らだった。
移動式の基地として機能をする棺桶の中で過ごす時間は、まるで愛する女と過ごす時間のように甘いものだったが、彼以外の人間は皆焦っていた。

「電源復旧までどれくらいだ!!」

無線機で交わされる会話を、他人事のように右から左に聞き流す。
当然、操縦者は計器類から目を離すことは無い。
これはこれでいいデータが取れると知っているのだ。

『駄目だ、見当もつかない!!
非常電源までやられたから、警報も発令できないぞ!!
間違いない、侵入者だ!!』

「何でもいい、急いでくれ!!」

(’e’)「はぁ……」

ジョーンズにとって、この状況は大した脅威でも問題でもない。
侵入者がいたとして、何が出来るというのだろうか。
このストラットバームは侵入者には想像も出来ない場所だ。
内藤財団のトップとジョーンズだけが知る、この施設本来の姿。

第三次世界大戦前に建造された、とある大国の所有していた大規模なシェルター。
選ばれた国民だけが避難することを許された、世界最大規模のシェルターは結局誰一人として住まうことはなかった。
シェルターの本質は荒廃した世界でも生きながらえる点にある。
つまり、主となる発電装置と予備電源が使えなくなったとしても、別の手段によってこの施設が電力を取り戻すことが出来るように設計されているのだ。

(’e’)「修理はどうでもいい、“レッド・オクトーバー”を呼び戻せ。
    ハート・ロッカーを無事に地上に運びさえすればいいんだ」

リフトが動きさえすればそれでいい。
ハート・ロッカーが地上に出れば、世界中あらゆる場所が砲撃の対象となる。
極論だが、ストラットバームは放棄しても問題がないのだ。

『レッド・オクトーバーは現在イルトリア沖にいて、到着まで3時間はかかります』

(’e’)「まぁ、それも仕方ないか」

151名無しさん:2022/03/06(日) 19:22:05 ID:L8ix.Wrs0
彼にとって、ティンバーランドの作戦が成功することについては大して興味がない。
むしろそれは、彼の真の狙いにとっての副産物でしかない。
ハート・ロッカーがその真価を発揮することが出来れば、彼はひとまずは満足なのだ。
オセアンの地下で眠っていたこの棺桶を、本来の設計者が意図した通りの姿に戻し、使うこと。

それはつまり、彼の優秀さの証明であり、次のステージに彼が昇り詰めることが出来る何よりの証となるのだ。

(’e’)「2時間だ。
   2時間待ってやるから、さっさとこっちに来てくれ」

本来であればそこまで時間を作らずとも、この地下からハート・ロッカーを地上に出すことが可能だ。
だが。
彼は研究者だ。
予期していなかった事象が発生した際、それを観察し、記録したいと思うのは性のようなものだ。

ましてや、この場所を見つけ出し、あまつさえ妨害工作をしでかすほどの相手。
どこまであがけるのか。
どこまで彼の予想を裏切ってくれるのか。
メインディッシュに手を付ける前のオードブルが運ばれてきたと考え、ジョーンズは僅かばかりの時間的な猶予を設けることにした。

(’e’)「退屈しのぎぐらいにはなるといいなぁ」

――研究者にとって、己の予想を裏切られることはこの上ない悦びなのだ。

152名無しさん:2022/03/06(日) 19:24:04 ID:L8ix.Wrs0
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第六章【 Ammo for Rebalance part3 -世界を変える銃弾 part3-】
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同日 AM07:25

――争いは、世界中で起きていた。

153名無しさん:2022/03/06(日) 19:25:20 ID:L8ix.Wrs0
“クルセイダー”は、十字教が持つ唯一認めている戦闘集団である。
異教徒との来るべき戦闘、聖戦を理由に編成されたその戦闘集団は最高責任者である教皇の命令によってのみ、行動することが許されている。
現教皇クライスト・シードによって下された聖戦の号令は、世界中にいる信者たちの耳に届いていた。
巨大な街から、小さな町。

世界中にいる十字教の信者たちの総数は、どの街の軍よりも多い。
そして、展開している地域の広さも比類のないものだ。
宗教による精神的な安寧と引き換えに、彼らは死を恐れない兵士としていつでも転じることが出来る。
教会にある十字架はほぼ例外なく棺桶のコンテナであり、並ぶ椅子の下にもコンテナが収納されている。

信者たちは教会から銃器を受け取り、一切の訓練を受けることなく戦場に足を踏み入れる。
それだけならば素人の集団であり、何一つとして脅威になり得ない。
最大の脅威は数、そして命令に対する盲従である。
少しでも考える力のある兵士であれば反発し、拒否するような命令でも、十字教の信者たちは迷いなくそれに従う。

十字教の信徒たちにとって、ジュスティアとストーンウォールは常に目の上の瘤。
機会があれば即座に滅ぼすべき街として教え込まれ、常にその機会をうかがっていた。
ストーンウォールは同性愛、あるいは自認している性が狂った人間達の楽園。
神の言葉に唾を吐くだけでなく、人間としての尊厳そのものを冒涜する街だ。

そして忌々しくもジュスティアは、世界の正義を名乗り、名立たる聖職者たちを逮捕しただけでなく、毎年数人を死刑にしている。
十字教の教典において、死刑は決して認められることのない大罪だ。
どれだけ重い罪を犯した人間でも、更生する可能性を捨ててはならない。
布教活動に出向いた聖職者達が一時の欲に負け、あるいは、罠にかけられてその町の法律を破っただけなのに。

それなのに。
死刑にされれば地獄に落ちてしまうから十字教徒は死刑にするなと何度歎願しても、ジュスティア警察は耳を貸さなかった。
積年の恨みを果たしたいと志願したクルセイダーは、一万にも達する勢いだった。
だが数だけではジュスティアを攻め落とせないため、質を重視した部隊を用意した。

ジュスティアの北、クラフト山脈の麓にはナミヒ砂漠という砂漠地帯がある。
乾燥した砂漠地帯には周囲の町から集まったクルセイダーが列を成し、ジュスティア侵攻の準備をしていた。
トラックに積まれた棺桶を降ろし、武器を降ろし、無線機を使ってこれからまだ集まってくる仲間に指示を出す。
ジュスティアに攻め入るには、西以外の土地が最適だ。

西に控えるクラフト山脈がある限り、普通に考えれば大規模な進撃が出来ない。
しかし、現実は違う。
西にあるヴェガからも部隊が現れる予定であり、東の海上には大船団が控えている。
南からは別の部隊がすでに動き出しており、北からも攻撃を仕掛ける予定だ。

四方からの攻撃があれば、例えスリーピースがあろうとも関係ない。
コツは同時攻撃ではなく、時差攻撃だ。
タイミングが自然とずれた攻撃を与えれば、指揮系統に混乱が生じる。
そして、後は雪崩のように攻め入るだけだ。

彼らがナミヒ砂漠を集合地点に選んだのは、ジュスティアの影響力が少ないだけでなく、大規模な部隊を集めても人に見られる心配の少ない場所だからだ。
周囲のどこを見渡しても砂が広がり、小高い丘の様な砂山が幾つか点在している。
砂漠色のタープを用意し、砂丘を利用すれば、数百人からなるクルセイダーを隠すことは容易。
細かな穴の開いたタープの向こうを見ることは出来るが、遠方からこちらの姿は視認できなくなる。

154名無しさん:2022/03/06(日) 19:25:51 ID:L8ix.Wrs0
ここを越えれば、彼らの聖戦が始まるのだ。

(●ム●)「……ん?」

最初に気づいたのは、タープの外側で哨戒をしていたビルボード・レイヴァンだった。
サングラス越しに見えるのは、地平線の向こうに浮かぶ、小さな人影。
観光客か、あるいは旅人か。
人影は一つだけで、軍隊や斥候の類ではないのは間違いなかった。

双眼鏡でその姿を見ると、ぼろ布のような服を身にまとった人間がいた。
しかし、その背中には砂漠用迷彩の施された棺桶――大きさはCクラス――があった。
敵か、それとも味方か。
この距離、この状況では分からない。

たった一人の人間というのが、彼の判断を鈍らせていた。

(●ム●)「おい、誰か来るぞ」

傍で銃の手入れをしていた仲間が、軽くその姿を一瞥して答えた。

(,,゚,_ア゚)「迷ったのかもしれないな、手を貸してやろう」

(●ム●)「棺桶を背負ってるぞ」

(,,゚,_ア゚)「護身用か、それとも荷物なのかも分からない」

(●ム●)「あー、だけどありゃあ……
     爺さんだ、どう見てもジジイだ。
     俺の親父と同じぐらいか、それ以上だ」

シュマーグで顔を覆っているが、口元には白いひげと皺だらけの顔が見える。
男が立ち止まった。
そして400メートルは離れたこちらに気づいているかのように、視線を向けてくる。
目はいいらしい。

(●ム●)「どうする」

(,,゚,_ア゚)「……ジュスティアに通報されたら厄介だ。
     神の元に送ろう」

(●ム●)「ちょっと待ってくれ。
     俺に話をさせてくれないか?
     ひょっとしたら同じ神の僕かもしれない」

砂漠用のタイヤを履かせたバイクに乗り、ビルボードは男の元に向かう。
男はまるで動く様子がなかった。
背の高い男の前で停車し、穏やかな口調で問う。

(●ム●)「どうしました?」

155名無しさん:2022/03/06(日) 19:27:27 ID:L8ix.Wrs0
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                     |  .,'   /:::::::::::::::::::::::::::::::::::マ       |
                        | ./    /::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\    、 |
                   _|/    / :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ヽ  ヽ >、
          _... -── '' ¨´/   / :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: |丶  ヘ  ` '' ─-
        /_           /   /.::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::! : :ヽ ヘ   _.. ---
       ./ /    ̄¨ヽ二ニフ〈   、{: :',:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,': : : : }  }∠二ア    
       i / 、     >'   マ  人 ',::::::::_.. -=ニニ=- .._::::::/: :__..ノ  /  `¨ ─‐ マ´
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(:::::::::::)「……知らネーヨ」

(●ム●)「迷ったなら、案内を――」

(:::::::::::)「いらネーヨ」

口の悪い老人だった。
シュマーグの下に見えるのは、堀の深い皺だらけの顔。
白くなった無精ひげ。
古い傷が幾つも刻まれた浅黒い肌は、彼が砂漠の民の血を引いていることを示している。

そして。
スカイブルーの瞳が放つ鋭い眼光が、ビルボードに向けられた。
たじろいだその刹那。
太い腕が服の下から伸び、ビルボードの首を掴んだ。

(●ム●)「げっ……ぐ……」

首の骨が軋む。
酸素が絶たれ、意識が遠のく。
目に血が集まる感覚。
片手で持ち上げられ、バイクが倒れる。

悲鳴さえ上げられない。
抵抗を考える前に生命の危機を覚え、思考がまるで定まらず、恐怖が全身を支配する。

(:::::::::::)「十字教の集会にしちゃあ、随分と物騒だな」

(,,゚,_ア゚)「何やってんだ、あのジジイ!!」

怒声が遠い。
銃声が聞こえたような気がしたが、彼が最後に感じたのは背中を強烈に殴られたような衝撃だった。
神の言葉は、彼には届かなかったが、彼らが信仰する神の間近に行けたのは間違いなかった。
死体と化したビルボードは肉の壁として、男に掲げられて銃弾を一身に受け続ける。

(,,゚,_ア゚)「襲撃だ!! 訳の分からない糞ジジイが!!」

(:::::::::::)「口の悪い連中だな……」

156名無しさん:2022/03/06(日) 19:28:44 ID:L8ix.Wrs0
だが男は、まるでそれを気にも留めない。
ゆっくりと、そして優雅に紡がれるのは背負った棺桶の起動コード。

(:::::::::::)『夜、疲れた心の片隅で夢見る者は、目覚めとともに夢の空しさを知る。
     だが、真昼に夢見る者たちには心せよ。
     彼らはしかと目を見開き、夢を実現させるであろう』

一瞬にしてその体をコンテナ内に収め、銃弾の雨から遣い手を守る。
数秒の後、コンテナから一機の強化外骨格が姿を現した。
それは、滑らかな流線型の装甲を持つ爬虫類の様な印象を与える棺桶だった。

(,,゚,_ア゚)「糞ッ、急げ!!
     早くあいつを!!」

从´_ゝ从「棺桶を使え!!」

<::::_/''>『それよりも聖書を用意しておけヨ』

――“ロレンス・オブ・アラビア”。
足場が不安定な場所での戦闘、特に砂漠地帯での戦闘に特化したコンセプト・シリーズの棺桶。
実戦向けの一点特化設計が多いコンセプト・シリーズの中でも、これほどまでに使い勝手の悪い棺桶はそうない。
足場の安定した場所、例えば市街戦ではまるで恩恵がない。

だが。
その棺桶を使いこなす人間がいるのも事実。
数十年も同じ棺桶を使い続け、戦い続け、守り続ければ一点特化の棺桶でも十分な戦闘力を発揮することが出来る。
ましてやそれが、棺桶の能力を発揮するのに最適な場所ともなれば、その能力は一騎当千の力と化す。

世界を二分する際、指標に挙げられるのがイルトリアとジュスティアだ。
その基準となるのが、それぞれが誇る軍事力。
そして、互いが世界に知らしめる最高戦力の存在だ。
イルトリアは二人の将軍。

対して、ジュスティアは騎士の称号を持つ十二人。
これまでその存在は秘匿され、彼らが残した功績が存在を証明していた。
だが、その時代は過ぎた。
ジュスティア市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤによってその存在は大々的に表に出ることになった。

十二人の騎士は全員が同じ階級を有しており、決してその中に優劣があるわけではない。
功績、実力、そういったあらゆる要素によって彼らは騎士の称号を得たのであり、序列をつけることに意味はなかった。
特に優れていると称される七人、“レジェンドセブン”はあくまでも周囲が格付けたものであり、本人たちが決めたものではない。
しかし、階級や序列、そう言った物とは別の次元にいる騎士が一人だけいる。

即ち、最古参の騎士。
円卓十二騎士が作られ、幾度も世代交代がされる中、歴代最長の騎士が一人存在する。
生涯現役にして、恐らくは知れ渡っている中では最も有名な騎士。
手にした二振りのショーテルの内、左手のそれを地面に突き刺し、男はしわがれた声で告げた。

<::::_/''>『祈りは済んだな?』

157名無しさん:2022/03/06(日) 19:29:37 ID:L8ix.Wrs0
円卓十二騎士、レジェンドセブンの一人として謳われる第一騎士“魔術師”シラネーヨ・ステファノベーメルは息を吐き、疾駆した。
両足には砂上でも安定感を欠くことのない特殊なバランサーが備わり、両足の付け根からは武骨な補助脚が展開されている。
多脚という特異な設計が生み出すのは、比類のない安定感だけではない。
足の裏にある機構が足場にしている砂を吸い込み、補助脚がそれを吐き出すことで生み出す推進力。

そしてその機動力は――

〔欒゚[::|::]゚〕『はぁ!?』

<::::_/''>『神によろしく』

――その場にいた全員の想像を遥かに超えた速度で、彼らに死を運んできたのであった。

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同日 AM07:35

賭博産業を語る上で、ヴェガという街は決して欠かすことのできない存在だ。
“砂金の城事件”以降、ジュスティアとの契約を行っておらず、独自に警備員を雇い入れることで治安の維持をしていた。
治安維持組織は今、全く機能していなかった。
それは彼らの怠惰でもなければ、内藤財団からの融資があったためにある程度のことに目を瞑る様にしていたからでもない。

戦力差が一目で分かる程、突如として現れた大部隊は圧倒的だったのだ。
装甲車。
戦車。
歩兵を運ぶためのトラック。

ヴェガから少し離れた山岳地帯から突如として現れたその一団を前に、最初にそれに気づいた警備隊は不運にも発砲をしてしまった。
それが彼らの仕事であり、与えられていた任務だったからだ。
最初は威嚇、警告のつもりだった。
アサルトライフルが放った十数発の銃弾への応酬は、戦車の主砲十数発だった。

一瞬にして壊滅した部隊の情報を聞き、ヴェガ中に警報が鳴り響いた。
そうでなくとも戦車砲の音で街中がパニックに陥り、誰かの指示を待つことなく避難が始まった。
即応部隊は特別に与えられた名持ちの棺桶を使い、応戦を試みた。
対応だけを見るならば、彼らに落ち度は一切なかった。

158名無しさん:2022/03/06(日) 19:31:50 ID:L8ix.Wrs0
カジノによって街は潤っており、その治安を守る為に治安維持組織は高い給与が支払われていた。
更に、末端の人間はヴェガで作った借金の返済をする為に雇い入れた生粋の先兵。
金による忠誠心は確かな物だった。
だが。

だが、しかし。
相手があまりにも悪すぎた。
先頭を走る戦車に乗り、微動だにしない棺桶が一機いた。

〔 【≡|≡】〕

戦場には似つかわしくない黒に近い青の装甲。
右手が携えるミニガンですら小さく見えるほど、その装甲は分厚く、大きい。
使用者が望めばその装甲は花弁のように展開し、周囲に防護壁を作ることも出来る。
左肩には弾薬の詰まった巨大なコンテナがかけられ、フィーダーがミニガンに繋がっている。

その後ろを走る戦車には、別の棺桶がいた。
黒曜石を思わせる黒い装甲の下に、更に別の純白の装甲を纏う棺桶。
四本の巨大な爪は猛禽類のそれを想起させ、攻撃性の高さを連想させる。

[,.゚゚::|::゚゚.,]

戦力差を考えれば撤退すべきだったが、治安維持組織の人間達は果敢にもそれぞれの得物を手に、反撃に転じようとした。
ミニガンに装填されていた弾が炸裂徹甲焼夷弾だと分かっていれば、指揮官はすぐに近接戦を中止させていたかもしれない。
だが遅かった。
建物に隠れていた者も、正面から高周波刀を構えて突撃した者も。

皆等しく撃ち抜かれ、悲鳴だけを残して死んでいった。
銃弾は差別することなく、その射線上にいる人間の命を奪い、貪った。
避難せず、建物の中でほとぼりが冷めるのを待っていた人間も。
逃げようと車のドアに手を伸ばした人間さえも。

誰もが、その弾に撃ち抜かれ、絶命した。
爆散し、即死できた人間は幸せだったが、運悪く直撃を避けた人間はゆっくりと激痛の中で死んだ。
降伏という選択肢は彼らに与えられていなかった。
それを強く印象付けるように、市長の邸宅に向けて一筋の光が走る。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『……ふん』

それは四本の爪から一束となって放たれた超高出力の一撃であり、あらゆるものを切断し得る熱線だった。
邸宅は斜めに切断され、自重に耐えかねて倒壊し、市長は圧死した。
これが侵略を目的とした戦闘集団であれば、相手の戦意を奪ったところで街を奪う行動に移すところだったが、そうはならなかった。
この地に現れた彼らの目的は侵略ではなく、殲滅だった。

彼らの多くが実戦経験不足であり、人間を撃ち殺すという行為に慣れていなかった。
集団で一つのことをする。
集団で残虐なことをする。
集団で同じ経験を通し、同じ感情を抱く。

159名無しさん:2022/03/06(日) 19:32:16 ID:L8ix.Wrs0
そうすることで集団はより強い結束力と攻撃性を手にすることができる。
それが、彼らの先頭で指揮を執る二人の元イルトリア軍人の判断だった。
クックル・タンカーブーツとミルナ・G・ホーキンスの二人は素人同然だった歩兵たちが次々と家屋になだれ込み、銃爪を引く喜びを味わっている姿に満足していた。
ヴェガの治安維持隊は戦闘開始から30分で壊滅し、後は街にいる生き残りを殺し尽くすだけだった。

こちらの犠牲は1人もいない。
全ての部隊がヴェガ内で一時停止し、本番直前のウォームアップに興じる中、二人だけは戦車の上から動こうとしなかった。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『……体よくやったな』

クックルの言葉はミルナに向けられ、それに対してミルナはどこか含みのある声で答えた。

〔 【≡|≡】〕『……何の話だ』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『あの兄弟だよ。 お前、手を貸さなかったそうじゃないか』

それがスコッチグレイン兄弟を指しているのは明らかだった。
弟はフートデンバーで狙撃され、兄はニョルロックで妹を殺した末に死んだ。
アニーが死んだ際、ミルナはその場に居合わせていた。
それは公然の事実であり、確かに、彼が手を出せば防げたかもしれない事件だった。

所詮は可能性だ。
もしもあの時、別の行動をしていれば、などというのはいくらでも言える。
故に、組織内でミルナを糾弾する人間は誰もいなかった。

〔 【≡|≡】〕『手出しできなかったんだよ』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『そういうことになっているようだな。
     技術屋が戦闘でどうにかなるはずもないのに、ねぇ』

〔 【≡|≡】〕『俺はあいつの気持ちを尊重しただけだ。
       それに、俺の任務は護衛だ。
       あいつのお守じゃない』

実際、ミルナはスコッチグレイン兄弟を好ましく思っていなかった。
技術屋であり、戦闘については素人そのものだ。
傭兵派遣会社を営みながら、その経営者が素人というのは何とも皮肉な話であり、現場にいたことのある人間にとっては面白くない話だ。
そんな彼らが組織に入り、あまつさえ幹部級の席を与えられたのは、ひとえに生まれた家と持っている財力が理由だ。

フィンガーファイブ社の傭兵たちは今、ティンバーランドの兵士として動いている。
そうなる様に再教育を行い、選別し、配置した。
その地盤さえ手に入ってしまえば、スコッチグレイン兄弟は組織にとって不要の存在だ。
確かに、彼らが入るにあたっての試験としてペニサス・ノースフェイスの殺害を提示し、それをクリアしたのは事実だ。

だが、試験をクリアしたからと言って彼らが有能とは限らない。
実際問題、ペニサスを殺害してから彼らがこれと言って作戦に大きく貢献したことは無いのだ。
所詮は素人。
ミルナが望む世界に、そんな人間はいらないのだ。

160名無しさん:2022/03/06(日) 19:33:56 ID:L8ix.Wrs0
[,.゚゚::|::゚゚.,]『それが本音か。
     まぁいいさ。
     ギコは相変わらずだったか?』

〔 【≡|≡】〕『あぁ、相変わらずの青二才だったよ』

二人ともギコ・カスケードレンジとの面識があり、彼が部下だった過去がある。
そして二人とも、ギコのことを疎ましい存在だと思っていた。
彼は青い。
戦場での青さは命取りになる。

非情にならなければならない場面で、彼は非情に徹しきれない。
アニーを殺した時も、最後の最後で甘かった。
狙撃手、そして軍人としての欠点だ。

〔 【≡|≡】〕『ところで、部隊の仕上がりぐらいはどうだ?』

[,.゚゚::|::゚゚.,]『練度はどうしようもないが、まぁ、やる気は十分だな』

街の至る所から銃声と悲鳴が聞こえてくる。
やはり、戦場はいい。
訓練では引き出せなかった兵士の残虐性や才能が開花し、強固な精神力を持った人間が生み出される。
戦場に優しさは不要なのだ。

これから彼らが行うのは侵攻。
一般市民も軍人も区別なく殺す戦いだ。
中途半端な優しさを持ち込むことのないよう、ここで最終的な振るいにかけなければならない。
大義を前に彼らは動き、大義を盾に人を殺す。

指示に従い、疑問を抱くことなく銃爪を引く兵士が必要なのだ。
そのためには多少乱暴な儀式を通じてでも、戦闘に無関係な人間でも殺せるように仕込まなければならない。
ヴェガの犠牲は致し方ない犠牲なのだ。
いわば、よりよい成長のための間引き。

必要な犠牲を生み出すためであると自分に言い聞かせて行動できるようになれば、立派な兵士になる。

「お、お願いします!!
この子は、この子だけは――」

( 0"ゞ0)「ダメだ」

命乞いを聞き届けず。
乳飲み子だろうとも殺す。
撃ち殺した死体に唾を吐き捨て、念のために死体に確認の一発を撃ち込む。
生きた人間を走らせ、それを背後から撃つのも効果的だ。

そうして周囲が残虐性と冷徹さを手に入れ、ならば自分も、と考え始めて動けばそれでいい。
それは実戦でなければならず、無辜な人間達が相手でなければ身に付けられない感覚だ。
こうすればいつでも心が思い出せる。
自分は、いつでも人を殺せるのだと。

161名無しさん:2022/03/06(日) 19:34:18 ID:L8ix.Wrs0
『……報告です。
街から逃げ出した民間人を全員安全な場所に移動させました。
もう傷つくことはありません』

それは別動隊からの報告だった。
近隣に住まうティンバーランドへの賛同者で構成され、彼らに与えられたのは街から逃げ出す人間の一掃だった。
昨晩の内に街から外部に通じる道路に対車両用の地雷を埋め、伏兵を用意していた。
これで、ヴェガが壊滅した事実はこちらの思惑通りに捻じ曲げて知らしめることが出来る。

[,.゚゚::|::゚゚.,]『よくやった。
     燃やしておけ』

新兵が仕上がっていく姿は、二人を十分に満足させた。
調節を済ませた兵士を回収し、興奮が冷める前に彼らは移動を始める。
目指すはジュスティア。
世界の正義を名乗り、彼らの夢を邪魔する正義の都。

大規模な戦闘を前に、二人の元軍人は胸を高鳴らせていた。
その一方で、その虐殺風景を顰め面で見る男がいた。
  _,
( ゚∀゚)「……」

だが男は、何も言わず、何もしなかった。
そこに正義がないことは、その男が良く分かっていた。
彼らの行いに正義などないが、その目的は誰もが理解している。
この世界に正義を取り戻すための下地作り。

世界に平和を取り戻すため、彼らは世界最後の戦争をするのだ。
1万を殺したとしても、その結果、後の1億に繋がるのならば。
選ぶべき道は決まっている。
そのために彼らは誰かに悪と呼ばれても構わないと、覚悟を決めていた。

後世の為であれば、彼らは悪鬼でも虐殺者にでもなるのだ。

162名無しさん:2022/03/06(日) 19:34:38 ID:L8ix.Wrs0
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同日 AM07:56

ストーンウォールではラジオの放送後でも、大した変化も混乱もなかった。
彼らにとって外界は無関係な世界であり、内藤財団の布告の対象とは考えていなかったのだ。
だがしかし。
内藤財団がそうでなくても、彼らを目の敵にする組織の存在は承知している。

十字教はこれまでに何度も秘密裏に部隊を派遣し、彼らの街を侵略しようと試みてきた。
セントラスの西に位置するストーンウォールは、かねてよりこの時がいつか来ることを危惧していた。
故に、驚きはない。
来るべき時が来た、というだけのこと。

彼らの情報網が接近するクルセイダーの姿を捉え、街の中にいる武闘派たちが動き出していた。
性的少数者、即ちマイノリティが生き残るためには武力を持っていなければ話にならない。
会話で彼らを受け入れるようであれば、誰も苦労はしないのだ。
彼らの対話方法はライフルと対戦車砲だけでなく、強化外骨格もあった。

特に何か統一した装備を持っているわけではないが、彼らは皆、その武器の使用に長けていた。
少なくとも、街の中で銃を扱えない人間は一人としていない。
穏便に物事を済ませたいという人間が過半数を占めているが、そうならない場合は、街全体が武装蜂起し、外敵に対して全力で抵抗を試みる。
蜂の巣、の名を持つストーンウォールは一度火が付けばその苛烈さは他の巨大な街の軍隊にも匹敵するほどだ。

N| "゚'` {"゚`lリ「セントラスからこうして本格的に来るとはな……長生きはしてみるもんだな」

163名無しさん:2022/03/06(日) 19:36:15 ID:L8ix.Wrs0
市長、アベ・サンタマリアはクルセイダーを迎撃する為に出発した部隊の最後尾にいた。
軍隊の様な装甲車などはないため、彼らが乗るのは民間車輌だ。
積載している武器、弾薬は街中から集めた物だ。
数も質も、セントラスのクルセイダーの方が上回っているのは誰の目にも明らかだ。

だが、それが諦めを認める理由にはならない。
ストーンウォールはそこに住む人間達にとっての楽園であり、最後の砦なのだ。
ここで諦めるということは、彼らの生き方を諦めるということ。
生き方を諦めるということは、自分自身を諦めるということ。

それは、死ぬよりも辛いことだ。
生きながらに己を否定し続け、偽り続け、日々を過ごす屈辱。
己を解放できない圧迫感は、毎秒ことに彼らから生きるという実感を奪い取る。
生物としての根底を否定する生き方など、受け入れられるはずがない。

それならば最後まで抗い、戦う。
それが、街の総意だ。
アベの言葉に、ワゴン車のハンドルを握るクロマララー・バルトフェルドは普段と変わらない口調で答えた。

(;;・∀・;;)「どうせなら、もっと別の機会に立ち会いたかったっす」

N| "゚'` {"゚`lリ「例えば?」

(;;・∀・;;)「アベさんの結婚式とか」

N| "゚'` {"゚`lリ「はははっ、そりゃ無理だ。
         もう30年前だぞ? お前が来る前に終わらせちまったよ。
         順番で行けばお前が結婚するんじゃないのか?
         ジャンヌとはどうだ、上手くいってるか?」

ジャンヌ・ブルーバードはクロマララーの恋人で、街の中では技術屋として生計を立てているトランスジェンダーの女だ。

(;;・∀・;;)「えぇ、まぁ……」

N| "゚'` {"゚`lリ「あー、ちょっと待った。
         実は結婚するんですよ、とか今言うなよ」

(;;・∀・;;)「花束とかももう買ってあったりして……なんて言いませんよ!
      まぁ、まだもうちょっとお互いに分かり合いたいなぁ、なんて……」

バイセクシャルのクロマララーとジャンヌは、互いに求めている物が一致してるため、出会ってからすぐに親密な関係になっていた。
アベは二人の橋渡し役として準備をしたこともあり、二人がこの先どうなるのか、誰よりも楽しみにしている人間の一人だった。

(゚A゚* )「お二人さん、先頭車両からの情報が来たで」

助手席でDATを触りながら耳に付けたインカムで情報を集めていたノー・ガンズライフの言葉に、二人は気持ちを切り替えた。

(゚A゚* )「数は2000以上。
    棺桶の種類までは分からんが、全員けったいな恰好しているみたいやね」

164名無しさん:2022/03/06(日) 19:36:41 ID:L8ix.Wrs0
N| "゚'` {"゚`lリ「きっと、大切に保管しておいた奴だろうね。
         ほら、前に式典の時に並んでいたって話があったろ?
         なんて名前だったっけか……」

(゚A゚* )「確か、マタイ、マルコ、ヨハネと……ルカやったな。
    まぁデヴォティーもいるやろな」

N| "゚'` {"゚`lリ「どう攻め込んでくるか、が問題だな」

双方の戦力差は約3倍以上にもなる。
こちらが勝つためには、正攻法以外の方法で戦闘をしなければならない。
冷静な判断を下せる指揮官であれば、街をあげての撤退か、降伏を選ぶだろう。
しかし、彼らにはその選択肢がない。

ましてや、戦闘が数ではないということを彼らはよく知っている。
戦闘はいかに相手に力を出させず、こちらが余裕をもって相手を殺せるかに尽きる。
これまでに何度もストーンウォールが外敵を追い払ってきたのは、決して偶然の産物ではない。
必勝に裏打ちされた戦略があり、装備があるからだ。

(゚A゚* )「後20分もすれば接敵するで」

膝の上に置かれた地図に目を向けると、予定地点は荒野の真ん中だった。
背の高い丘もなければ、身を隠せる岩もない。
荒涼とした大地が広がる、正に不毛地帯。
となれば、こちらが視認されるのは時間の問題だ。

だが、手はある。
相手の動きが速かったのは幸いだ。
セントラスからストーンウォールに最短で行くためには、モーゼ大渓谷を通過しなければならない。
そこをこちらが通るならば、渓谷の上から襲撃される心配があったが、今の状況ではそれがない。

蜂の巣を突こうとするならばどういう目に合うか、聖書には書かれていないようだ。

N| "゚'` {"゚`lリ「相手の配置はどの程度まで分かっている?」

(゚A゚* )「9割9分やな。
    あいつらが伏兵を用意していない限りは10割や」

必勝の為に必要なものとして、まずは情報があげられる。
相手の規模、装備、位置などの細かな情報が分かれば相手が次に何をしてくるのかが分かる。
そして。
ストーンウォールがこれまでに勝利を収めてきたのは、その情報を活用する術について世界屈指の力があるためだった。

情報がある程度集まったところで、アベは無線機に向かって指示を出した。

N| "゚'` {"゚`lリ「……プランFで行く。
         陽動はA班が請け負う。
         行くぞ」

165名無しさん:2022/03/06(日) 19:37:07 ID:L8ix.Wrs0
一団は細かなグループとなって移動し、扇状になってそれぞれの目的地に向かって走り出す。
その結果、最後尾にいたアベ率いるA班はクルセイダーに向かって、正面から攻撃を仕掛ける形となる。
圧倒的な戦闘量の差を目の当たりにしながらも、彼らは一切怯まない。
勝利は必然を集め、当然の結末に向けて突き進んだ結果だ。

N| "゚'` {"゚`lリ「戦術データリンク起動」

『了解、戦術データリンク起動』

無線機の向こうから、次々と同じ文言が繰り返される。

(;;・∀・;;)「全班データリンク接続確認。
      ポイントマン配置完了。
      各自、安全を最優先に行動をするように」

(゚A゚* )「データリンク感度良好。
     ……敵が食いついたで、A班これより交戦。
     それじゃ、行くで!!」

車が急停車し、棺桶を背負ったアベが飛び降りる。
彼を残し、ワゴン車はその場からすぐに離れていく。
アベは静かに、目の前から迫りくるクルセイダーを睨みつける。

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  ヾミ    乂zツ`''- 、 : :\::::',   〉  {   ./::/: : : _,,. -=弋z_ツ´   /
    ヾミ=--   _  \ミ、 ヾ .ノ、 __ ,乂__/: : : :/´  __   ..z彡
      `  ̄ ̄ ` : : : `ミ 、: : . `ヽ /´     /´ ̄ : : : :=-  ´
              ` : : : : : : :. } .Y     .: : : ´
                ヽ: : : : :          .: ;
                  `: : :       ,:
                    : :

N| "゚'` {"゚`lリ『我らは道理の通らぬ世の中に、あえて挑戦する者。
         筋を通すのであれば我らは不可能を可能にし、勝利をもたらす』

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――そして紡がれたのは、“Aチーム”の名を持つ棺桶の起動コードだった。

166名無しさん:2022/03/06(日) 19:37:28 ID:L8ix.Wrs0
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゙ |          ~"'''〜、、   |    _  --==ニ¨ ̄| / /
. |          ,。≠''" ⌒>--=< ̄``丶、   /〉  j/ /_,,.. -=≦
_. | ̄ ̄¨¨¨¨_二=-㌻ 。o≦⌒'ー-ミヽ、``〜、、〈`ー//‐‐‐//''"` |     _
....|¨¨二ニニ7'  ァ'",ィケノ…‐‐-ミー-ミ(__)\(⌒)\\(__) //    .|       ,| |__,,,,....
 | ̄__」=≦-‐(())…(())-ミCヘ 0CY^Yハ`¨´ ,,リ 「」//  _,|─__¨| |_,,,.... | |¨¨
.│ ̄       ∪ _二|ニニニニT冖T¨~丁|¨~f´)) ̄ ̄) ̄),ィァ'⌒|⌒Y:、::| |::::::::::::::| |
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.│||:_:_」」二乂__ソ¨(__)、 ̄__,ィ≠ミ(_)(_)\ ̄ ̄八 ̄ ̄ ̄ |:::|ゝ-ゝ‐ィ:::|┘ L_:::::::| |
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  |i _」」 -‐'''|: : :| ̄{ {..| ||: : : |:.:.:.|_}|: : : :|: : : |   乂__ノ| |   :| | j|: : : : :.|
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同日 AM07:59

ジュスティアの東、そこに広がる広大な海に、巨大な原子力空母が13隻、そして戦艦が1隻いた。
決してジュスティアに近づきすぎることなく、ゆっくりと弧を描くようにしてオセアンを目指す。
しかし、超ド級の戦艦“ロストアーク”の砲門は全てジュスティアに向けられていた。
艦隊の指揮官であり、ロストアークの艦長、スパム・シーチキンは深く腰掛けた椅子の上で足を組み換え、溜息を吐いた。

彼女のいる艦橋は四方全てを特殊ガラスで覆われ、電子機器や操舵、果ては攻撃に必要な制御系の一切がその場に集約されている。
ロストアークは全長300メートル、多彩な装備を乗せ、圧倒的な破壊力を誇る規格外の戦艦だ。
ロストアークには60cm五連装砲が前後に4基ずつ、合計40門の主砲が備わっている。
自動排莢、装填が可能だが、細かな狙いは全て人の手で行われる。

船員は延べ5000名以上だが、そこに男女の区別はない。
だが誰一人として、艦長が女性であることに異論を唱える者はいない。
小柄な女傑の視線は鋭く、低い声はこれまでに彼女がどのような人生を過ごしてきたのかを如実に物語っている。
海で戦い、生きてきた人間の声は皆等しく海鳴りじみた音になるのだ。

目深に被った帽子を僅かに持ち上げ、周囲を一瞥する。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「さぁ、て。 おい、ジュスティアの動きは」

椅子に座って計器類に目を向ける部下たちにそう声をかける。
返答したのは、傍らに控えていた副艦長だった。

(^J^)「内部からの情報では、すでに複数の艦隊がこちらに向かっているとのことです」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なのにまだ接敵しないってのは、どういうことだ。
      こっちを認識したのなら、もう会ってもいい頃だろう」

主砲の有効射程にジュスティアを捉えているが、確実に当てられるという保証のない、ギリギリの距離だった。
当初の作戦通り、まずはオセアンに向かってはいるが、スパムは苛立ちを露わにしていた。
戦闘がしたい。
そのためには、ジュスティア海軍がいち早くこちらの主砲の射程内に入る必要がある。

167名無しさん:2022/03/06(日) 19:39:20 ID:L8ix.Wrs0
確実に当てられる距離は20キロまで。
それ以上は運次第の距離となる。

(^J^)「はい、恐らくこちらの主砲を警戒しているのだと」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「奴らに分かるのはこちらに戦艦が一隻いるということだけで、他のことは知らないはずだ。
      なら、威力偵察でも何でもいいが、攻めてこないのはおかしい。
      空母について連中が知っているはずがない、と聞いていたが。
      協力者のあいつは無能の類なのか」

空母の存在は今日初めて公になった物だ。
巨大な輸送艦か護衛艦の類だと思っているのならば、迷わずに接近してくるはずだ。
こちらの所有している空母は敵との距離が近くなければ、大した優位性を確保できないという欠点がある。
積載している飛行可能な棺桶はあくまでも中距離の飛行を得意としており、長距離の飛行は撃ち落とされる可能性が高くなってしまうのだ。

上陸作戦に使うのと同時に、接近してきた船を蹴散らすための空母だ。
ジュスティア海軍が絶妙な距離を保ったままでは、力を発揮することが出来ない。
逆に、空母を警戒しているのであれば、それは極めて間抜けな話だ。
空母には攻撃用の装備が機関銃しかついていない。

超高倍率の望遠鏡でこちらを見れば、それぐらい分かるはずだ。

(^J^)「所詮は管理職。 現場の仔細までは知らないということですね」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ちっ、“オーシャンズ13”の後ろから接近されたら面倒だな。
      よし、とりあえず撃つか」

高速艇であれば弾幕を掻い潜り、オーシャンズ13の喫水線に穴を開けられかねない。
如何に巨大で力強い空母でも、喫水線に穴が開けば沈没するしかない。
今最も警戒しているのは潜水艦の存在だが、情報ではまだ出航していないらしい。
だが今の状況では、その情報さえ信憑性に欠けると言わざるを得ない。

(^J^)「準備は整っています、いつでもご指示を」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「よし、それじゃあ――」

だが、彼らの会話に割り込む男がいた。

( <●><●>)「あー、ちょっと待ってもらっても?」

ワカッテマス・ロンウルフ。
組織に途中から参加してきた、ジュスティアの人間。
円卓十二騎士に所属しており、“ロールシャッハ”の渾名を持つ男だった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「何だ」

苛立ちを隠そうともせず、スパムがワカッテマスを睨みつける。
ワカッテマスはそれを静かに受け流し、答えた。

( <●><●>)「多分、撃っても今は撃ち落とされますよ」

168名無しさん:2022/03/06(日) 19:41:41 ID:L8ix.Wrs0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「何を根拠に」

( <●><●>)「私があの街のことについて知らない、なんてことはありませんからね。
       まぁ論より証拠を求めるのなら、どうぞ撃ってみてください」

挑発的な物言いに、スパムは片眉を吊り上げた。
男勝りの性格をしているが、冷静さを欠くほどのことではないと判断し、視線を副艦長に向ける。

(^J^)「はっ!! 主砲発射用意!!
   照準、ジュスティア!!」

『角度ヨシ、狙いヨシ』

(^J^)「撃て!!」

直後、彼らの知覚する全てが振動した。
衝撃と砲声を緩和するはずの分厚いガラスも震え、計器類も、人間も、全てが衝撃によって震えた。
耳を塞ぐほどではないが、巨大な砲声が鼓膜を叩く。
ロストアークの主砲が放った圧倒的な質量と破壊力を持つ砲弾は、だがしかし、ジュスティアに到達する前に空中で爆散した。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「なっ?!」

( <●><●>)「だから言ったじゃないですか」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「原理は何だ?!」

( <●><●>)「カウンターですよ。
       こちらの動きに合わせて、向こうも砲弾を撃ってきたんです。
       ただ、相手の砲弾を撃ち落とす用のですがね。
       要するに散弾銃で鳥を撃ち落とすようなものです」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「き、聞いていないぞっ……!!」

( <●><●>)「協力者が誰だか私は知りませんが、まぁよっぽどの無能なんでしょうね。
        ちなみにどなたで?」

重要な情報が何一つとして入ってきていない事実に、スパムは激昂した。
振るえる声で、ジュスティア内部にいる内通者の名前を口にする。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「……タカラ・クロガネ・トミーだ」

ジュスティア軍の元帥。
その協力者は組織内でも極めて重要な存在として受け入れているが、役立ったのは数えるほどだ。
ドクオ・バンズが囚われていた同志を助ける際にも彼の情報は精確ではなかった。
情報提供者を偽ってこちらの組織内に入り込んでいるのだとしたら、早い段階で切り捨てなければならない。

偽の情報を流し、組織を内部から瓦解させようという目論見があっても不思議ではない。
上層部はまだ気づいていない、極めて重要な問題だ。

169名無しさん:2022/03/06(日) 19:43:31 ID:L8ix.Wrs0
( <●><●>)「あぁ、彼ですか。
       若くて優秀だから元帥になったのは事実ですが、如何せん、若すぎですね。
       これは現場でもっと長く働いた人間でないと知らない情報ですから」

若さは優秀さと同時に、経験不足を表す。
彼が元帥になった年齢を考えれば、確かにこちらの思想に至るまでには若すぎるとも言える。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あの……野郎!!」

( <●><●>)「ひょっとして、二重スパイなのかもしれませんね。
       まぁこれで私の情報を信じてもらえると嬉しいのですが」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「……私はお前も信じ切ってはいない。
      ジュスティアの連中は腹に一物を持っているとしか思えない」

( <●><●>)「どうぞお好きに。
       ただ、それで作戦が少しでも破綻してしまうと誰がどう責任を取るのか、少しばかり気になるところですね。
       同志ショボン・パドローネとジョルジュ・マグナーニの貢献をなかったことに出来るとは思えませんね」

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                          i--'---.]〔コロ‐-;,,,,,,,,__________
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              ____,.-'"ヤ__,,.. -‐´    __,,.. .-と=‐-ャ        ``丶‐‐‐------::;;;;;  
          i'´ |    ヽ__,,.. .= '''""~    .|と´ /                 __________
           (⌒) ,;==‐''''"´           [二二二]__________    __,,,;:-‐i‐''''´´`
            `´``‐‐‐‐‐‐フヽ二ニ=======--'´⊂ニニ二]  ヽ_|`````´
                 ー‐‐==[ココヽ‐、ヽγ⌒、
                       λ  ノ ゝ__ノ
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同日 AM08:42

イルトリアから飛び立った高速ヘリは高度を上げ、雲の上へと至っていた。
酸素マスクを着けた2人の乗客は思い思いの作業に耽っていた。
市街用の灰色の明細を着た、頬に二本の大きな傷を持つ男、トラギコ・マウンテンライトは弾を込めながら、向かい側に座る女を一瞥し、すぐに視線を手元に戻した。
これまで無言を貫いていたが、彼はゆっくりと口を開いた。

(=゚д゚)「なぁ、手前はなんなんラギ?
    これまで俺ぁ何人も犯罪者やらを見てきたが、手前みたいなのは見たことがねぇラギ。
    戦い方もそうだし、人脈も異常ラギ。
    手前の根底にあるのは何ラギ」

170名無しさん:2022/03/06(日) 19:45:43 ID:L8ix.Wrs0
それは独白に近い言葉だった。
答えが得られるとは全く期待していない、彼の心からの言葉だった。
ジュスティア警察で長らく刑事として仕事をする傍ら、難事件専門の部署である“モスカウ”に配属された男の言葉とは思えないものだ。
今、彼の目の前にいる女は彼が生涯をかけても逮捕したいと思える事件の容疑者だった。

オセアンで起きた大規模なテロ行為。
それを契機に、大掛かりな事件が続々と発生し、今は彼の目の前で起きている。
世界を巻き込んだ大騒動。
その根底に目の前の女が関連しているとトラギコは確信していた。

オリーブ色のカーゴパンツにポロシャツ、そしてその上からカーキ色のローブを着た女は小さな子供に言い聞かせるように答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「私は私、それだけよ」

デレシア、という名前と美貌だけがトラギコの唯一知り得る確かな情報だ。
その戦闘力は比類なきもので、彼が見てきたどこの誰よりも強い。
武器が優れているというよりも、それを使う彼女自身の持つ身体能力とセンスが並外れているのだ。

(=゚д゚)「知ってるラギ。
    ……あいつらと手前、どういう関係ラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「別に、特に関係性はないわよ」

ティンバーランドという組織は何世紀にも渡って力を蓄え、今日に備えてきたことは間違いない。
これまで静かに潜伏し、根を張っていくには外部からの協力と理解がなければならない。
その隠れ蓑として内藤財団が生み出されたのであれば、始まりは内藤財団の設立以前にまで遡らなければならない。
むしろ、内藤財団という圧倒的な企業団体の始まりがどこにあるのかも、トラギコは知らなかった。

(=゚д゚)「あいつら、手前に相当ご執心だからよ。
    無関係ってことは無いはずラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「一方的な片思いなんでしょ。
      迷惑な話よね」

(=゚д゚)「俺がこうして連中の施設を潰すのに協力してやるんだ、ちょっとぐらい情報を出しても損はないと思うラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「選んだのは刑事さん自身でしょ?
       なら、私が何か情報を出す道理はないわね。
       ……と、言いたいところだけれど、一つだけ教えてあげる。
       ジュスティアもイルトリアも、連中の存在には気づいていたわよ」

(=゚д゚)「……いつぐらいからラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「明確にその存在を確認したのは、“デイジー紛争”の時ね。
       あの時、事件の背後に大きな組織がいることを市長たちは確認していたはずよ」

イルトリア軍の狙撃手、ペニサス・ノースフェイスとジュスティア軍がティンカーベルで起こした紛争。
それは歴史の教科書にも載り、当時を知らない若い世代でも知っている戦争だ。
人数比は150対1。
軍の壊滅とペニサスの撤退により幕を引いたが、それが両者の溝をより一層深めたのは間違いない。

171名無しさん:2022/03/06(日) 19:48:11 ID:L8ix.Wrs0
同時に、ペニサスという人間に対する軍全体の危険意識が高まり、対抗するための狙撃手育成に力を注ぐきっかけになった。
そうして生まれたのがカラマロス・ロングディスタンスだったが、その彼もまたティンバーランドの息がかかった人間だった。

(=゚д゚)「ってことは、今の市長も知ってる可能性はあったラギか」

トラギコは普段の素行から市長と話す、あるいは質問をする機会に恵まれていたが、この組織のことについては一度も聞いたことがない。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ。 両者をぶつけることを目的としていたことが分かったの。
      といっても、当時の市長たちは賢かったから、それは代々市長にだけ伝えていたのよ」

(=゚д゚)「どうしてそんな面倒なことをしたラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「内部に根が張られている可能性は十二分にあったからよ。
      当時のジュスティアの准将がそうだったもの」

(=゚д゚)「随分と内部事情に詳しいラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、聞いただけよ。
      後はそうね……“茶会事件”もそうだったはずよ」

“茶会事件”とは、イルトリアとジュスティアの諜報部が例外的に手を組んだ事件であり、それを知るのは一部の人間だけだ。
諜報戦が激しかった頃に起きたその事件は、ある意味で、二つの街が直接的に激突することを避けた事件とも言える。
モスカウの人間は全員知っているが、その背後にティンバーランドがいたことは知られていない。

(=゚д゚)「あぁ、これまでのことを考えるとそうラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「後は自分で色々と調べてみればいいんじゃないかしら?
       私の口から出る言葉が、いつだって真実とは限らないわよ」

(=゚д゚)「真実なんてのは、俺が見極めて判断すればいいものラギ。
    だから今の話、情報の一つとして覚えておくラギ」

本当に欲しかった情報は得られなかったが、デレシアという人間の底がまた一つ遠ざかったのは確かだ。
情報に精通しているという次元ではなく、まるで生き証人のように語る口調は、情報に対しての絶対的な自信の表れだ。
ジュスティアとイルトリア、その両方の情報を知るということは容易なことではない。
どちらの陣営にもつかず、どちらにも精通した存在。

いわば、でたらめな存在だ。
しかしそれがデレシアという人間であり、トラギコの中で彼女に関して断言できる数少ないことの一つである。

(=゚д゚)「……連中の施設で、何か知ってることがあれば教えてほしいラギ。
    正直、この装備だけでどこまでやれるか不安ラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「うーん、位置的なことを考えると地下にあるシェルターね。
      私も全部を知っているわけじゃないから、あまり情報をあげられないわ。
      ねぇ、その後の情報は何かあった?」

デレシアの言葉は操縦席にいるイルトリア軍人に向けられていた。

『偵察部隊からの報告では、現在ハート・ロッカーは地下からのリフトアップの途中で止まっているようです』

172名無しさん:2022/03/06(日) 19:49:22 ID:L8ix.Wrs0
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう。 ということは、電源を落としたのね」

(=゚д゚)「余裕はあるラギか?」

ζ(゚ー゚*ζ「多分、それでもあまりないはずよ。
      ハート・ロッカーが外に出たら、施設よりも先に潰さないと駄目ね。
      そうなったら、施設は今潜入している2人に任せましょう」

(=゚д゚)「おいおい、俺一人でハート・ロッカーを止めるラギか?」

ζ(゚ー゚*ζ「止めるか、それとも壊すかのどっちかね。
      リフトアップをしているということは、連中は外部からの電源供給が不要な構造にしたみたいね。
      と、いうことはニューソクを使って動かしていると考えられるわ。
      電源の壊し方に気をつけないと、刑事さんごと吹き飛ぶから気をつけてね」

(;=゚д゚)「気をつけろって言われてもどうしようもねぇラギ」

ζ(゚、゚*ζ「私にはそうとしか言えないわよ」

『……本部より緊急入電。
デレシア様、トラギコ様。
お二人宛にジュスティア市長より通信です』

二人が座る場所に、スピーカーからフォックス・ジャラン・スリウァヤの声が降り注ぐ。
ノイズが混じった聞き取りづらい声だったが、彼の言葉は端的だったため、すぐに何を言っているのかは分かった。

爪'ー`)y‐『ラヴニカが動いた――』

――その報告は、完全に予想外のものだった。

173名無しさん:2022/03/06(日) 19:49:46 ID:L8ix.Wrs0
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三三三| |¨|ニ||ニニ||ニ| |ニニ] |竺|==|8Tj| |¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨[T0T0T| ̄ ̄ ̄| ̄ |竺竺竺竺竺竺
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同日 AM08:35

ラヴニカではこれまでと変わらない日常が来るはずだった。
だが、ラヴニカ内に入り込んでいた内藤財団関係の輸送車両から続々と兵士が現れ、街を占拠し始めた。
ラジオによる宣戦布告の対象とは誰も考えていなかったが、街の職人たちはこの日がいつか来ることを予期していた。
街に深く入り込もうと画策していたことは周知の事実であり、実際、ギルドマスターたちが大勢殺害された事件の黒幕が彼らなのは間違いない。

ギルドが実質半壊状態にあるラヴニカで、内藤財団に正面から抵抗するという人間は誰もいなかった。
やり方は気に入らないが、それでも経済は回る。
経済が回るのならば死なずに済む。
ラヴニカにとって最も重要なのが、彼らの技術に賃金を払う存在だ。

174名無しさん:2022/03/06(日) 19:50:22 ID:L8ix.Wrs0
今の世界は争いが絶えないため、彼らの仕事が絶えることも衰退することもなかった。
これから先の未来はどうなるか分からない。
内藤財団の掲げる世界平和が実現すれば、間違いなくラヴニカは衰退する。
その時に資金援助をする存在がいなければ、街は滅びる。

不服でも内藤財団に従えば生き残ることが出来るのであれば、今はそれが最善の道の一つであることは明白だ。
そうだ。
経済を守ることが己を守ることにつながるのならば、それが賢い選択だ。
この世界は力があれば、己の思うままの世界に変えられる。

内藤財団はそのルールに則り、動いているだけ。
ヌルポガギルドに所属するビプロマイヤー・ニューリは工房の隅に作られた客間で腕を組み、目の前に置かれたアタッシェケース一杯の金貨を前に溜息を吐いた。
向かい合って座る男は切れ長の目を持ち、まるで刃のように鋭く剣呑な雰囲気を放っている。
彼の後ろには2機のジョン・ドゥが控えているが、男の方が格上なのは間違いない。

ボロボロのソファに座りながらも、男の放つ異質さも威圧感も弱まらない。
身を乗り出し、改めてアタッシェケースをこちら側に押しやる。

( `ハ´)「チップの試作品、この金で譲ってほしいアル」

|゚レ_゚*州「……」

ビプロマイヤーが取り扱う商品は非常に特殊で、様々な棺桶に使用される基板など、“どういう理屈かは分からないが役に立つ物”ばかりだった。
直し方は分かるが、その部品の何がどういった意味を持っているのかは、見ただけでは全く分からない。
しかしそうした物が棺桶の復元には重要であり、コンセプト・シリーズの復元の際には非常に重宝される物だった。
そして今、彼が持ちかけられているのは、彼が気まぐれに復元したある部品の売買についてだった。

( `ハ´)「量産に必要なものがあれば何でも聞くアル。
     以後の生活には不自由させないアルよ」

|゚レ_゚*州「なぁ、何度も来てもらって悪いけどな、俺は別にこんなのを作りたいわけじゃないんだよ。
     俺はな、もっと別のを作りたいんだ」

支払いに不満があるのならば、最初からそう言っている。
職人として半世紀以上生きてきた彼にとって、賃金など興味がない。
彼にとって今、興味の対象は自分が復元している基板についてだけだった。
誰にも話はしていないが、独自に分析を行い、解析が少しずつ進んでいる状態にある。

結果、分かったのはこの基板は対象物を指定した場所まで誘導するために必要な物だということだった。

( `ハ´)「それも自由アル。
    だから、我々が欲しいのはそのチップと量産の手順だけアルよ」

|゚レ_゚*州「はぁ……分かってねぇな。
     職人ってのはな、手前の作りたいものを誰かに持っていかれるのが気に入らねぇのさ」

( `ハ´)「なら、どんな条件なら引き受けるアルか?」

溜息を吐き、答える。

175名無しさん:2022/03/06(日) 19:52:21 ID:L8ix.Wrs0
|゚レ_゚*州「悪いが、今は引き受けるつもりはねぇよ」

彼が復元に成功したある基板は、間違いなく世界のバランスを崩すものだ。
持っているだけでも脅威となるが、量産に成功すれば止められる者はいない。
内藤財団がどこでその基板の情報を聞いてきたかは分からないが、ここで譲るつもりはなかった。
大企業が求める物と職人が求める物は相容れない。

ましてや、世界平和などと宣う連中に手を貸す必要はない。
平和を求める者が世界に向けて宣戦布告したという矛盾が、世界から争いがなくなることがないのを何よりも証明している。

( `ハ´)「脅しは好きじゃないアル」

|゚レ_゚*州「俺もだよ。 だけどな、信念を曲げるのも好きじゃねぇんだ。
     俺を殺すか?」

やりたいことをやった後だ。
今更、殺されたところで痛くもかゆくもない。
彼の復元させた基板を使って世界の姿が変わるのを眺めている方が、よっぽど苦痛だ。
高威力の砲弾を誘導することが出来るようになってしまえば、人は離れた場所から相手を殺すことが出来てしまう。

つまり、脅しの材料としてはこの上ない兵器を生み出してしまうのである。

( `ハ´)「まさか。 脅しは相手が痛がる場所を触る行為アル」

|゚レ_゚*州「俺に家族はいねぇぞ」

( `ハ´)「だから一つずつ探すアル。
     友人、色々と潰していくアル」

|゚レ_゚*州「時間の無駄だな。
     この街の人間はな、手前らみたいな連中には――」

被せるようにして、男が言葉を続けた。

( `ハ´)「だから困るアルね」

しかし、それでも男は焦る様子も苛立つ様子も見せない。
予期していた答えだというのならば、この後に何が出来るというのだろうか。
男の傍らで大口径ライフルを抱える強化外骨格から、苛立ちを含んだ男の声がする。

〔欒゚[::|::]゚〕『同志シナー、ご命令を』

( `ハ´)「他者に依存しない人間は、自分の中で物事を完結させるものアル。
     つまり、痛みはそこにあるってことアルね。
     工房にある道具、工房、作品を鋳つぶすアル。
     あ、ついでに弟子とその家族の腕、後は足も全部切り落とすアル」

|゚レ_゚*州「……手前っ!!」

176名無しさん:2022/03/06(日) 19:53:25 ID:L8ix.Wrs0
職人にとって、馴染んできた道具も工房も決して替えの効かない物だ。
作品が戦闘で壊れるのならばいい。
不具合で壊れるのもいい。
心血を注いで作り上げた作品を無駄に潰されるのは我慢ならない。

だが何より、彼がこれまでに世に輩出してきた弟子に手を出すのも許せない。
弟子の命が生み出す可能性は、何物にも代えがたい。
己の命を奪われるよりも業腹なことだけに、流石に反応せざるを得ない。

( `ハ´)「人の心が折れるのは、その心を注いだものを失う時アル。
     早めに受諾してくれると、後片付けが楽アルよ」

|゚レ_゚*州「そうかよ……」

心が折れかかったその時。
男の背後から、この場にそぐわない明るい声が響いた。
それまで姿があったのかさえ分からない女が、笑顔と共に男の肩に手を乗せた。

( *´艸`)「まぁまぁ、そこまでにしましょうよ」

( `ハ´)「……同志、何がアルか?」

( *´艸`)「だって、そろそろ時間ですよ?」

( `ハ´)「ん? 何が言いたいアル?」

( *´艸`)「えへへっ!! ってことで、ビプロマイヤーさん!!」

|゚レ_゚*州「あ?」

急にこちらを見た女は、ウィンクと共に言った。

( *´艸`)「ごめんなさいねっ!!」

直後。
その空間を、強烈な光と音が支配した。
聴覚は完全に失われ、耳鳴りだけがする。
視界は白く染まり、何もかもが漂白された。

(;`ハ´)「何してるアル?! さっさと殺すアル!!」

叫ぶ声は誰の聴覚にも届かない。
彼の傍らに控えているジョン・ドゥでさえ、標的を見失ったばかりか、聴覚も失っていた。
それがラヴニカで開発された新型のフラッシュバンであることを知る者は、その場に誰もいなかった。

〔欒゚[::|::]゚〕『なっ……何も……見えないっ……!!』

ビプロマイヤーは幸いなことに、彼を助けた女が彼の顔を胸に抱きとめていたため、視力だけは失わずに済んでいた。

|゚レ_゚*州「な……何なんだ?!」

177名無しさん:2022/03/06(日) 19:53:53 ID:L8ix.Wrs0
二人は彼の工房を飛び出し、ラヴニカの街に躍り出る。
女は彼を抱えたまま、迷路のように入り組んだ背の高い建物の間を信じられない速さで走り、そのまま大通りへと到着した。
例えラヴニカの住民でも、ここまでスムーズに移動は出来ないだろう。
逃走慣れしているのもそうだが、ラヴニカの地形に詳しいのは明らかだった。

( *´艸`)「よっこい……しょっと!!」

女はビプロマイヤーを降ろすと腰から小型の筒を取り出し、それを掲げた。
赤い信号弾が3発打ち上がり、それがきっかけとなり、信号弾が次々とラヴニカの上空に打ち上がる。
それはまるで花火。
あるいは、地上から空に向けて降り注ぐ流れ星のようだった。

徐々に回復してきた聴覚が、街に起きた異変を聞き取った。
銃声。
爆発音。
暴動を彷彿とさせる喧騒。

漂う空気に火薬の匂いを感じ取り、同時に、ビプロマイヤーは寒気を覚えた。
これは、戦場の空気だ。

|゚レ_゚*州「あ、あんた一体……」

( *´艸`)「私のことはいいじゃないですか。
     ところで、ビプロマイヤーさん。
     今街に起きていることを教えるので、どうするか考えてくださいね」

|゚レ_゚*州「あ……?」

( *´艸`)「ラヴニカは街に入ってきた内藤財団に対して宣戦を布告しました。
     今、街中が内藤財団の派遣してきた兵士に抵抗しています」

|゚レ_゚*州「馬鹿な、指揮を執る人間がいないだろうに……!!」

街の治安を維持する“ゲートウォッチ”の長は、緊急の会合が行われた夜に死亡した。
あの夜、多くのギルドマスターの命が失われ、街から力を奪った。
キサラギギルドのハスミ・トロスターニ・ミームの謀略によってギルドパクトは確かに揺らいだが、街が円滑に循環していくためには必要不可欠なものだと誰もが知っていた。
弱小ギルドは事件を企てたとして、街中から敵視され、居場所を失った。

弱りかけたラヴニカを狙っていたのが内藤財団であることは明白だったため、街として彼らを受け入れることは断固として受け入れがたい事だった。
しかし、ラジオ放送から間髪入れずに街に押し入ってきた内藤財団の軍隊を撃退できるほど、街には力が戻っていなかった。
何もかもが彼らの策略だったと分かっても、ゲートウォッチ最強の男が失われた事実はあまりにも手痛い。

( *´艸`)「いますよ。 ゲートウォッチの彼が」

その言葉を裏付けるように、街のスピーカーから声が聞こえた。

( "ゞ)『ラヴニカに告ぐ!! 反撃するぞ!!』

178名無しさん:2022/03/06(日) 19:54:21 ID:L8ix.Wrs0
それは間違いなく、デルタ・バクスターの声。
ゲートウォッチの長であり、最強の男。
死人の声が聞こえるはずはない。

|゚レ_゚*州「ど、どうして?!」

( *´艸`)「敵を欺くにはまず味方からって言うじゃないですか」

|゚レ_゚*州「お前、一体何者だ」

( *´艸`)「私ですか? 私はモーガン・コーラっていいます。
     さぁ、ビプロマイヤーさん。
     ゲリラ戦ですよ!! 一緒に参加して、街を取り返しましょう!!」

モーガンと名乗った女は、いつの間にかに手にしていたコルトM1911を渡してきた。
反射的にそれを受け取ってしまう。
予備弾倉を三つ、ビプロマイヤーの手に乗せる。

|゚レ_゚*州「あ、あぁ」

( *´艸`)「それじゃあ、またどこかで!!」

これ以上の問答を避けるように、モーガンはその場を走り去った。
街中に喧騒が満ちる。
未だかつて、これほどまでにラヴニカ中が戦いの色に染まることは無かっただろう。
少なくとも、彼が生きている間には、そんなことは無かった。

|゚レ_゚*州「……やるか」

手にしたコルトの遊底を引き、薬室に初弾を送り込む。
生きるために。
勝ち残る為に。
そして、取り戻すために。

――また一人、ラヴニカの人間が武器を手にして蜂起したのだった。

179名無しさん:2022/03/06(日) 19:55:19 ID:L8ix.Wrs0
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 _┐
二ニ=‐- __
7゚ ゚̄マー‐}===- _
{   } ‐7‐‐‐‐‐ニ=- _
h、,,,,ノー/‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ニ=- _
‐‐‐‐‐/‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ ニ=- _ r┐
‐‐‐‐/ー‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ニ=-厂L
‐‐‐/ニ=‐ ‐‐‐‐‐‐‐ニニニニニ////r =-┤
二/三三三 ‐‐ニニ二二二//ニ//=|iLi|.i||
 ̄¨ -=ニ三三ニ=‐ -==//ニニ//==|iLi|.i||
.       └-=ニ三三三ニ=‐ ー//===|iLi|.i|ァ‐-ミ
           ̄ -=ニ三三三ニ=ーア     |
              /|ニ]|`''< 二|ア ⌒ヽ   |
                〈 :|ニ]| 丶 Υ=|{、ヽ ノ ,, ィ(
                  |ニ]|  /.ノニ|ァ=─ '" /^,
             /  ̄```‐-‐ ̄rーヽ ./  }
               ∧_      }  },,. ⊥〈  .ノ
                 Υ ¨ ニ=‐-‐<{   } }`¨゚¨´}
                 |      }  j_ └    }
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同日 AM08:41

ラヴニカの路地裏を使い、誰にも見られることなくセーフハウスに入った途端、でモーガン・コーラは溜息を吐いた。
今のところは予定通りだが、予定が狂う可能性は十分にある。
火は点いた。
後は、灯が絶えることなく燃え続けるように補助するだけだ。

それが最も困難で、最も神経をすり減らす作業だが、彼女にとってはこれまでの仕事と何ら変わりがない。
違いはただ一つ。
公にするか、しないか、だけだ。
これまで影に生きてきた彼女にとって、ここまで大規模な仕事は初めてだった。

無線機を使って暗号文を送り、作戦が予定通り進んでいることを報告する。
返答はない。
そもそも、必要とすらしていない。
彼女の仕事においては、基本的に大きな目的を達成するためであれば臨機応変に何をしても許される。

今回、ラヴニカで起きたこの騒動が同僚の直感によるものだとしても、結果が伴っているために咎められることは無いだろう。
ミネラルウォーターをコップ一杯飲み、服を脱ぎ、シャワールームに入る。
シャワーを浴びる彼女の足元に落ちるのは服だけではなかった。
ウィッグ、年齢を偽る為に体の各所に張り付けていた偽の肉、そして肉を固定するためのテープ。

180名無しさん:2022/03/06(日) 19:57:12 ID:L8ix.Wrs0
そして現れるのは、円卓十二騎士の第十二騎士に名を連ねる人間だった。
“レジェンドセブン”の一人として数えられ、“ミラーフェイス”の渾名を持つ女。
警察官、軍人、そして諜報員という異例の経歴を持つ騎士は、彼女しかいない。
諜報員の中で唯一、イルトリアに潜入して生還を果たした伝説的な諜報員。

( *´艸`)

鏡に映る顔が、徐々に別の物に変わって行く。

( *´ω`)

( *´ω‘)

(*‘ω‘ *)

ティングル・ポーツマス・ポールスミスは、鏡に向かって満面の笑みを浮かべ、新たな顔を作り始めたのであった。

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                ,′ : : : i: : :i : : :| : : : : : :! : ': : : : :゙:,: : : ゙, : : : :.
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              .: : / i :i : : :i :i八「|八 `メ: : i: i: ∧:│ : :i: : : : \: : : : \
               .: : //゙i :i : : :iL|二,,__`ヽ  ∨i/|/斗八‐ ∧ : : : 「 \: : : : \
              ,:′/,:': :i :i:.: :小弋:._㌻ヾ     /二,,__ Ⅵ∧: :i八: : : : : :\: :\
              .: : / : : : i: : : : :i人          弋:._㌻=ァ/ )八|: : : : : : : : : :\: :\
           ,: : :,′: : 八:.: :.i八 \     /    ´  厶ィ゙.: : : : : : : :\ : ;\:\: : .、
             ': :,:′ : : : :∧: :jハ.ヽ      }〉     \\: :\: :\: : : : : ∨   : : ヽ: :'.
            /: ,: i : : /:│ :{ム i: : :. '.            .イ丶: : : : : : : :\: \ハ  ゙,: jハ: :'.
        // i: :./! : i.イ{{∧ : : ヽi  `   一   ィ升トミ\:\ : : : : iハ : : : i:   |八 ∨
       /   :| / j/....| {\)八: :i \ _... -=チー===}} .........トミ\: : .iハ : : :!
              !/...........゙...Ⅵ/:I:Iハ:|:      ∧====}トミ .......... ∨: :リ │ : i|
第六章【 Ammo for Rebalance part3 -世界を変える銃弾 part3-】 了
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181名無しさん:2022/03/06(日) 19:58:27 ID:L8ix.Wrs0
1週遅れてしまいましたが、これにて今回の投下は終了です
どうやらVIPはURLを貼ると一発で規制されるっぽですね、学びました

質問、指摘、感想等あれば幸いです

182名無しさん:2022/03/06(日) 22:04:09 ID:FsBG3GU20
おつ!
各勢力目まぐるしく動くな
ずっと追ってきてるからそれぞれの動きが楽しくてしょうがない
次も楽しみに待ってます!

183名無しさん:2022/03/07(月) 02:48:48 ID:KnqHcQMM0
乙です


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