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744
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:01:00 ID:K.ug12hY0
世界の真実を見たところで、トラギコにとって何のメリットもない。
だが気になることも事実だ。
果たして彼女は何者で、これまでに何をしてきたのか。
トラギコの場合はその犯罪歴で、ジョルジュの場合は彼女の人生そのものに興味があったのだろう。
(=-д-)「……っ」
だからこそ、トラギコの天秤は揺らいでしまう。
根底にあるのはデレシアへの興味。
自分が結果としてその興味の矛先を狂わせてしまうかどうか、その保証はどこにもない。
ジョルジュほどの男が狂ったのであれば、自分も例外ではないはずだ。
では、デレシアを追わないと決めた場合はどうなるのか。
トラギコがするべき行動は、内藤財団がこれ以上世界の勢力図を書き変えるのを止めることだ。
ジュスティアが失われた今、イルトリアだけが唯一内藤財団に対抗できる勢力になる。
イルトリアでの攻防戦はジュスティア以上に激しいものが予想される。
負傷し、傷だらけの自分が役に立てるのかは分からない。
それでも、行動を起こさなければならないということだけは分かる。
真面目に生きてきた人間が馬鹿を見る世の中が許せず、それを変えたいからこそ、彼は警官になった。
あらゆる理不尽も、不条理も、彼にとっては打破すべき存在。
例えそれが世界のため、という大義名分を掲げた物であっても、トラギコには関係のないものだ。
世界を統一するために多数を潰すのであれば、それはただの偽善だ。
トラギコの最も嫌悪する、独善的な偽善。
そう思った時、トラギコは自分の中の天秤がすでに答えを出していることを認めた。
後は、自らの中にあった意地を捨てるだけだ。
(=-д-)「……やるしかねぇラギね」
傾いた世界の天秤を、今一度元に戻す。
ジュスティアを守り切れなかった男にできるのは、世界を守り切ることだ。
イルトリアの防衛こそが世界の天秤を正しい形に保つのだ。
(=゚д゚)「……」
目をゆっくりと開き、トラギコはゆっくりと上体を起こした。
麻酔が効いているおかげで、唸り声を上げる程度の感覚だけがある。
彼の動きに反応したのか、ベッドのそばにある何かの装置から警告音が鳴り響いた。
それに合わせて、白衣の男が飛び込む様にして扉を開いて現れる。
(●ム●)「な、何を?!」
まるで世界一馬鹿な患者を見るような目で、男はトラギコを見る。
半臥の状態のまま、トラギコは静かに答える。
(=゚д゚)「……寝るのはやっぱやめたラギ。
まだラヴニカだろ?」
745
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:01:34 ID:K.ug12hY0
先ほどからまだ車両が動いた気配がないことから、現在地がラヴニカだと推測した。
トラギコの推測に対し、男は渋々といった様子で首を縦に振り、間を置かずに言った。
(●ム●)「まぁそうですけど、馬鹿を言わないでくださいよ!!
イルトリアに連れて行くってだけでも馬鹿げているのに、寝ないって……!!
死ぬつもりですか?!」
輸血が必要な程の失血をし、それだけの傷を負ったのは間違いない。
本来であれば医者の言うことをきいて大人しくしているべきなのだ。
それは自分でも理解している。
それでも、寝ている場合ではないのだ。
もしも寝ていれば、大切な場面で何もできないことが考えられる。
(=゚д゚)「俺はこの上なく真剣ラギ。 とりあえず4つ、すぐに用意してほしいラギ」
トラギコの剣幕に気圧されたのか、男は大人しく話を聞く姿勢を見せた。
もう、これ以上トラギコに言葉が通じないのだと理解した顔をしていた。
(●ム●)「……とりあえず、聞くだけですよ」
(=゚д゚)「1つは、BクラスかCクラスの棺桶ラギ。
とりあえず、装甲の厚くて高火力なやつを用意してもらうラギ。
試作品でも何でもいい、とにかく俺の体でも動かせるような奴ラギ。
後は片手で動かせるバイクラギ」
(●ム●)「バイクは偵察用のが一台あるので大丈夫です。
棺桶の積み込みは既に済んでいるので、その中からしか選べませんよ」
一度積み込み作業が完了してしまえば、追加の荷を乗せるのは難しい。
綿密な計算に基づいて積み上げられたパズルに手を伸ばすような行為。
既に積まれているのであれば、そこから選べばいい。
つまり、棺桶を装着しての戦闘が予定されているということだ。
(=゚д゚)「ラヴニカからもらったんなら、ノーマルじゃなくてカスタム機だろ?
それでいいラギ。
さて、後2つだ」
ラヴニカでカスタムされた棺桶であれば、例えそれが量産型のジョン・ドゥであっても、場合によってはコンセプト・シリーズに匹敵する。
今は、負傷した体でも戦うために必要な武器として全身を覆う強化外骨格が必要だった。
この際、贅沢は言っていられない。
“ブリッツ”だけでは、とてもではないが乱戦で生き残ることは不可能だ。
装甲は言うまでもないが、僅かな動きで四肢を動かすことのできる棺桶は必須だ。
トラギコが放った言葉に対して、男はやや警戒した様子で口を開いた。
(●ム●)「な、何ですか」
(=゚д゚)「血の滴るような肉料理と、赤ワインを頼むラギ」
746
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:02:05 ID:K.ug12hY0
――棺桶と違って、それはすぐにトラギコの元に届けられたのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
/三三三三三三=ト、<三三三三 /-、ヽ三 ト、 `ヽ
〈三三三三三三三ト、 \>:,.へ三三ミヽ }三ニ\\
|三三三三三三ニV/イィt刈ト、ニV ノ /三三三\
|三三三三三|\三《 爪__ 彳 \j' /ニ三ミ、ヾ ̄ヽ
八三ト、三ト、 {ハ \ 乂  ̄ ミ 「 Vニハ乂
\! ヽハ ヽ}:ハヽ \| ミ、 | !厂}
\ 八 {::::{_,. - 冫 ∧ /: :八_
/ヽ `ヾ〈 _,イ/ /:/:/ : : : ├ 、
/三三 \ ー=二vヘV / /: : : : : : / / \
_,.-=≦三三三三ヽ  ̄/ /: : : : : : / /: : : : \
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イルトリア沖での戦闘を表現するとしたら、質と量の激突だった。
古来より、質と量のどちらが優位かを証明するための論争と戦いが多くあった。
ほとんどの結論は、質の勝利だった。
だが果たして、それは十分な検証だったのだろうか。
圧倒するほどの量を投じたのだろうか。
質を上回るだけの量とは、どれほどの物なのか。
一万匹の蟻では意味がなくとも、毒を持った60億、もしくは一兆匹の蟻ならばどうだろうか。
世界最高・最強の軍隊を相手に、世界最大の企業がどこまで戦えるのかという、ある意味では貴重な資料となる実験的戦争でもあった。
イルトリア海軍の戦力は質と量の両方を兼ね備えていたが、相手の用いる量はその5倍を優に超えていた。
時間と共にその数が増すにつれ、次第に、それまで難攻不落と思われた鉄壁の防御に亀裂が入り始めた。
しかし、世界に核の冬が訪れ、空から2人の旅人が海軍大将の乗る船に降り立った時までは、その防御は守られたままだった。
数百を越える軍艦の群れがまるで壁の様に並び、隙間を埋めるようにして海戦に特化した棺桶が水上と水中を哨戒している。
静かな水面に揺れるのは、数千を越える死体と億を超える肉片と化した人間だった物と瓦礫の混合物。
水中にはそれを遥かに越える数の藻屑が揺蕩っている。
海面には油が浮かび、ぎらつき、そして炎が沈没しつつある軍艦がまるで氷山の様に漂っている様子が対岸からは影絵じみて見えた。
それは間違いなく、第三次世界大戦が終わって以来最大の海戦だった。
軍艦同士の撃ち合いによる被害は、双方ともに時間差はあるが刻一刻と深刻化するばかりだ。
時間ごとの損耗の割合は大きく違うが、両者は着実に消耗していた。
機械の塊である軍艦は一度被弾すれば、その個所から更に悪化しないようにダメージコントロールをする必要がある。
その作業に限られた人員が割かれ、その結果どこかの個所が手薄になってしまう。
こればかりは質で対処できないことであり、今回の海戦においてティンバーランドが狙った遅効性の毒だった。
海上という戦場で物量に物を言わせて押し続ければ、質を圧倒できる瞬間が必ず訪れる。
時間をかければ、必ず突破できるという確信があった。
そう言われて攻撃を続けてきた結果が、遂に報われる瞬間が訪れた。
喫水線に集中して攻撃を受け続けたイルトリア軍の軍艦が轟沈したとき、戦場のあちこちで歓声が上がった。
世界最強の海軍の軍艦を一隻撃沈するために払った犠牲は計り知れないが、それでも、彼らは確かにイルトリアの質を数で打ち破ったのだ。
数が質を圧倒した光景は、多くのティンバーランド兵に勇気を与えた。
同時に、イルトリア軍全体にこれまでにないほどの怒りを覚えさせた。
747
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:03:20 ID:K.ug12hY0
そしてついに、イルトリア海軍の一部が突破され、鎮静化していたかに思われた地上での戦闘が激化したのである。
上陸した部隊が最初に狙ったのは、イルトリア軍の基地だった。
〔欒゚[::|::]゚〕『これが偉大な一歩だ!!』
イルトリア軍基地の土地を最初に踏みしめた男の言葉は、後の世にも残されるほどに有名なものとなった。
それは世界最大の、そして最も苛烈な地上戦の幕開けの言葉となった。
そして同時に。
一人の例外もなくイルトリア軍人を本気で怒らせた言葉として、刻まれることになった。
――例えそれが、数秒後に死ぬ男の言葉だとしても、それは確かに歴史に残されたのだ。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
我等の歩いた後が道になる。
若人よ、後は君たちの時代だ。
老兵よ、先に逝くのは我々だ。
――アラマキ・スカルチノフ、某所にて
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
/ 。゚ 3「行くぞ」
薬物投与によって全身の筋肉と感覚が研ぎ澄まされたアラマキは、部下を先導するためにライフルを手に車の外に飛び出した。
周囲に向けてライフルを乱射し、敵の攻撃を誘発する。
どれだけ高性能な銃を使っていても、発砲炎を隠すことは不可能だ。
特に、遠距離となれば火力がなければ銃弾が届くことはないため、高火力を維持するための火薬の燃焼は避けられない。
アラマキは自らを囮にすることで、後続の部隊にその発砲炎を元に敵の位置を知らせることにしたのだ。
友軍は136人。
棺桶は残り52機。
つまり、棺桶を使うことが出来ないのは84人。
真っ先に撃ち殺される可能性の高い人間がそれだけいるのだ。
相手は狙撃手。
どれだけの数がどこにいるのかを判断するためには、犠牲が必要だった。
アラマキ率いる部隊が雨の中イルトリアを目指して走り、発砲を誘う。
/ 。゚ 3「走れ走れ走れぇぇぇ!!」
黒い雨粒が目に入るのも構わず、走る。
部隊が全滅する前にイルトリアに到達できれば、海と空からの部隊と合わせて挟撃が実現する。
地上戦において挟撃は非常に有効な戦術だ。
/ 。゚ 3「狂った犬の様に、イルトリアに向かって走れぇぇぇぇ!!」
748
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:03:46 ID:K.ug12hY0
雨音で上塗りされない湿った銃声が耳に届いた時には、彼の背後にいた部下が4人倒れていた。
イルトリアの光は見えているのだ。
街の光に手が届くのだ。
大きく見開いた目に映る街の輝き。
その輝きを潰すために、一つでも多く消すために、彼らは走った。
銃弾が街のどこからか放たれているのだと察し、アラマキは叫んだ。
/ 。゚ 3「狙撃……手は――」
頬の骨を含んだ顔の一部が吹き飛んだ。
普通ならば、その衝撃と激痛で失神した状態で倒れ、ショック死していたことだろう。
だが今は違う。
/ 。゚ 3「――ビルの上だぁぁぁぁ!!」
二発目が飛来する瞬間、アラマキは狙撃手の動揺を感じ取ったような気がした。
脳髄を撃ち砕かれ、頭部の一部だけを残してアラマキの死体はしばらくの間走り続け、石に躓いて倒れた。
その死体を越えて、雄叫びを上げる部下たちが続く。
2キロの距離であれば、全力で走れば追いつける。
正確無比な銃弾が、アラマキの部下たちの命を容赦なく削り取る。
だが、彼の残した言葉は、プギャー率いる部隊にしっかりと届いていた。
( ^Д^)「どうだ?!」
プギャーの部隊が要求した棺桶は4機だけ。
その内2機が狙撃を目的として配備され、残った2機はその観測手兼護衛を務める。
車両から装甲版を剥がし、それを二重にした即席の盾を構えて狙撃手を守ることで、精神的にも安定した状態で狙撃が出来るようにすることが任務だ。
命を賭してでも狙撃を成功させるという任務は、言い換えれば生贄である。
しかし、観測手を志願した2人は後悔していなかった。
これで道が開けるのならば意味がある。
味方の一歩の為にこそ価値があると信じているからだ。
〔欒゚[::|::]゚〕『……見つけたぞ』
それは、遥か遠方に見えた熱源だった。
狙撃を担当するニコラス・デッカードは、その熱源の動きとシルエットを見て、激情にかられそうになった。
棺桶を装着した人間だと思っていたが、その姿は、生身の人間のそれだった。
そして、狙撃手はたった一人。
対赤外線用の布を被って姿をくらませているが、完全ではなかった。
まるで誘い出すかのように、不自然なまでに姿が見えている。
それでも。
それでも、だ。
〔欒゚[::|::]゚〕『ふぅーっ!!』
749
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:05:12 ID:K.ug12hY0
深く息を吐きだす。
肺の中身を全て出し切り、呼吸の一切を止める。
普通であれば心臓の鼓動で照準がぶれるが、そのブレは棺桶の補助装置が抑制する。
バレットM82の安全装置を解除し、熱感知式暗視装置の照準器の十字に熱源を合わせる。
罠であったとしても、撃たない手はない。
観測手が耐えられるのは精々2回。
最低でも1発は銃弾を防いでくれることを考えれば、こちらが発砲する機会は2度ある。
1発目で当てられなければ、次の射撃で全てが決まってしまう。
〔欒゚[::|::]゚〕『……狙い撃つ!!』
銃爪に指をかけ、そして、白い光を見た。
それがニコラスの最後に見た光景だった。
盾の間をすり抜け、小さな点程にも見えないはずの光学照準器を貫通し、そして銃弾はニコラスの眼球を穿ったのである。
距離にして約2キロの長距離狙撃。
しかしそれは、イルトリア陸軍の人間にとっては長距離狙撃の範疇には収まらなかった。
イルトリア陸軍、海軍、そして海兵隊に所属する狙撃手はほとんど例外なくペニサス・ノースフェイスの教育を受けている。
世界最高峰、あるいは世界最高と言われる狙撃手の指導は“全ての狙撃手を育てた”と言わしめるほどのもので、彼女の教えを受けた狙撃手は例外なく大成している。
彼女に追いつくことのできた人間は一人だけだったが、イルトリア軍出身者における狙撃の精度の向上は目を見張るものがあった。
〔欒゚[::|::]゚〕『糞ッ!! ニコラスがやられた!!』
〔欒゚[::|::]゚〕『まだだ、まだシャーミンがいる!!』
盾役の二人は、背後に控える最後の狙撃手を守る為に体を密に寄せる。
例え自分たちが撃たれても、シャーミンならばカウンタースナイプを決めてくれる。
こちら側に敵の注意が向くだけでも意味がある。
棺桶を装着したシャーミンの部隊がイルトリアに進軍できれば、それだけで作戦は成功だ。
〔欒゚[::|::]゚〕『……っ』
暗視装置なしでも多くを目撃できる彼の目であれば、すでに狙撃手の位置を特定することには成功しているはずだ。
後は、狙撃を成功させるだけ。
強い衝撃が盾役の頭部を襲い、僅かに体が揺れる。
顔の半分が吹き飛び、ヘルメットの破片がシャーミンの上に落ちる。
それでも、盾役は倒れることなくシャーミンを守り続けている。
死体と化しても、彼の体は最期までその任務を果たす。
盾役は命を賭して一秒でも長く注意を引き付け、一秒でも早く狙撃手を撃ち殺すための手助けをする。
その覚悟が、シャーミンの集中力を揺るぎのない物にしていた。
〔欒゚[::|::]゚〕『……この一撃は、奪われた者達の嘆きだ!!
この一発は、壊された者達の咆哮だ!!』
銃爪を引き、放たれた大口径の銃弾。
生身の人間であれば掠めただけでその部位を破壊され、ショック死するだろう。
一秒ほどの時間が、まるで永遠の様にも思えた。
そして、空中で火花が散った瞬間は、何も考えることができなかった。
750
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:05:40 ID:K.ug12hY0
何が起きたのかを理解するよりも早く飛来した銃弾がシャーミンの頭蓋を撃ち抜き、全ての苦痛から解放した。
m9 ^Д^)「全員、突撃ィぃぃ!!」
作戦が破綻したことを瞬時に判断したプギャーの号令で、部隊の全てが武器を手に死に物狂いの雄叫びを上げて一斉に攻撃を開始した。
最早、戦術も戦略もなかった。
物量で強引に押し通す。
狙撃の腕が優れていても、同時に撃てるのは一人だけだ。
全員で一斉に走り出せば、何人かは生きてイルトリアの大地を踏める可能性が生まれる。
( ^Д^)「うおおあぁぁぁ!!」
プギャー自身もライフルを手に走り出し、2分で心臓を失って地面に倒れ込んだ。
だが、彼らの突撃は無意味ではなかった。
一斉に攻撃を仕掛けたことで時間が稼げたのだ。
彼等が稼いだ貴重な時間は、彼の部下5名にイルトリアの大地を踏ませることに貢献した。
しかし、5名を待ち受けていたのは、より過酷な現実だった。
〔欒゚[::|::]゚〕『……何だ』
イルトリアの街から聞こえてくる銃声。
イルトリアの街を照らす炎。
そのいずれも、彼らを驚かせはしなかった。
∧∧
(:::::::::::)
影が、燃える街を背に立っていた。
影が、闇から生まれるようにして増えていった。
43機の棺桶と50人以上を殺し尽くした影が、音もなく目の前に立ちはだかる。
その影の数、実に20。
駆け抜ける間に味方を静かに殺し尽くした影に、だがしかし、薬物による肉体的精神的強化を経た男たちは怯まなかった。
〔欒゚[::|::]゚〕『こr――』
人影を確認し、ライフルを構えてから発砲するまでに要したのは3秒程度だった。
だがその間に、新たな影が自分たちの背後や隣に生まれていることに気づけた者はいなかった。
高周波振動のナイフのスイッチが入った瞬間に、彼らの頚椎は解剖学的な正確さで切断されていた。
銃爪にかけられた指に力が込められる間もなく、立ったまま死体と化した。
∧∧
(:::::::::::)「……」
〔欒゚[::|::]゚〕『ど、し……』
751
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:06:04 ID:K.ug12hY0
地上からイルトリアに攻め入ろうとした“ヘッド”は、ついに最後の一人が頭を撃ち抜かれたことによって全滅した。
彼等は覚悟を決め、決して後戻りが出来ない劇薬を使ってまでも戦おうとした。
だが、彼らは自分たちが本当に戦うべき相手の位置を把握することができていなかった。
狙撃手に注目している間に、自分たちの周囲に展開していたイルトリア陸軍所属の“ビースト”によって背後に回り込まれ、少しずつ殺されていたことに。
そして、ただ殺すのではなく、練度という貴重な情報を収集することが目的だった。
彼等、あるいは彼女等はあくまでも威力偵察を主とする部隊。
∧∧
(:::::::::::)「報告。 敵増援排除。
街への新規侵攻はない。
……客人だ」
カメラを首から下げた男と共に、イルトリアの重要な客人であることを表す特殊な通行証を掲げる男が現れたのは、そんな時だった。
攻め込みに来た真打にしてはあまりにも間抜けな男と、濃い死臭を漂わせる男の組み合わせは異様だった。
二人は死体の山を意に介することなく進み、そして、部隊の存在に気づいていないかの様に会話を始めた。
(;-@∀@)「し、死ぬかと思った……!!」
<ヽ`∀´>「だけど生きているなら、大丈夫だったってことニダ。
その頑張りの対価に、“ビースト”がお出迎えしてくれるニダよ」
――細い目をした男だけは、その存在に気づいていた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
対話のコツは、相手が何を望んでいるのかを知ること。
それが分かれば、心臓を掴んだのと同じことだ。
実際に心臓を掴む方が効果はあるが、すぐに死ぬのが問題だ。
相手の望みを握れば、何度でも殺せる。
――“花屋”と呼ばれた男
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
前イルトリア市長が耳付きと呼ばれる人種の高い身体能力に注目し、イルトリア軍でも類を見ない“ビースト”と呼ばれる部隊を作り出したことはあまりにも有名な話である。
全ての軍にビーストは配属され、他の兵士と共に作戦を遂行することもあるが、基本的には少数のビーストが特殊な作戦を遂行する。
例えば、拮抗状態を打破するために敵の指揮官を暗殺したり、奇襲の準備をしている敵部隊を逆に奇襲したりすることがあった。
不可能とも呼べる作戦を可能にしてきたその部隊は規模などが一切不明であり、実際にどれだけのビーストがいるのかを正確に把握しているのは軍内部でも一握りと言われている。
今回の様に街が四方から襲撃を受けている時だからこそ、彼らは敵の用意した複数の作戦を察知し、その脅威度を減らすことに割かれていた。
20人近いビーストが闇に紛れて襲撃をしたのは、恐らくは敵の戦闘能力と武装の確認を目的としていたのだろう。
その証拠に、まるで潮が引くように人の気配がその場から消えて行く。
気配は辛うじて感じ取れているが、その数が徐々に減っていることをニダーは感覚で認識していた。
∧∧
(:::::::::::)「客人、今は知っての通りでロクなもてなしが出来ない」
752
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:06:24 ID:K.ug12hY0
影から聞こえてくる声に、ニダー・スベヌは笑顔で対応した。
友好的でも敵対的でもないのは、ニダーが市長から預かった通行証を所有しているからだ。
特殊なレンズ通して見るか、人間以上の嗅覚を持つ人間にはそれが本物であることが分かる。
彼等ビーストならば、この酷い雨の中でも通行証がジュスティア市長だけが持つ極めて特別な物であることを判別できたはずだ。
そうでなければ、ニダー達はここまでの接近を許されなかった。
<ヽ`∀´>「大丈夫ニダ。 ウリたちは、手伝いに来ただけニダ。
邪魔はしないニダ。
手を貸させてもらうニダ」
その言葉に、影から若干の困惑を孕んだ声が返ってきた。
∧∧
(:::::::::::)「こちらの邪魔にならなければ構わないと言われているが、自分の身は自分でどうにかしてもらうぞ」
<ヽ`∀´>「大丈夫ニダ。 あと、こっちの男はただのジャーナリストニダ。
邪魔はしないし、放っておいていいニダ。
でも一つだけお願いがあるニダ」
∧∧
(:::::::::::)「一応聞いておく」
20以上あった気配は、今は目の前の一人しかない。
こちらからの提案や依頼をするなら、今しかなかった。
<ヽ`∀´>「もしこいつが死んだら、せめてカメラと中身のデータだけは回収してほしいニダ」
ニダーが求めたのは、命の保障や保護ではなく、生きた証の保存だった。
合理的な判断ではないことは承知しているが、アサピーと共に過ごした時間が、彼の中の何かを変えていた。
彼の撮った写真が、後に世界の歴史を変える可能性を持っているのだと信じられた。
∧∧
(:::::::::::)「……善処しよう。
お前は何が出来る?」
<ヽ`∀´>「あぁいや、連中の情報を引き出すお手伝いをするニダよ」
∧∧
(:::::::::::)「お前がか?」
<ヽ`∀´>「そう、ウリがやるニダ。 そっちの上司に、ジュスティアの“花屋”が来たと言ってくれれば通じるニダ」
ニダーの渾名を聞いた瞬間、ビーストの反応が変わった。
∧∧
(:::::::::::)「花屋…… お前が、あの円卓十二騎士の?
あの、花屋か?」
<ヽ`∀´>「そうニダ。 誰か偉そうなやつ一人生け捕りにしてくれれば、必要な情報を必ず引き出すニダよ」
753
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:06:52 ID:K.ug12hY0
∧∧
(:::::::::::)「……分かった。 では、イルトリア陸軍と合流するといい。
私からも連絡はしておくが、その通行証を持っていれば悪いようにはされない」
そのやり取りを聞いていたアサピーは頷き、そして口を挟んだ。
(-@∀@)「では、私は撮影に行ってきます」
カメラを手に、アサピーは銃声と爆音の響き渡る街に足を進める。
振り返らずに進み、いつしか、その歩みは駆け足へと変わっていた。
その姿が闇の中に完全に消える頃には、ニダーの前にいたビーストは姿を消していた。
彼らがどこに消えたのか、それとも、どこかに潜んだのかは定かではない。
しかし言えることは一つだけある。
ニダーとアサピーはイルトリアへと無事に到着し、拒絶されなかったということだ。
<ヽ`∀´>「……さぁって」
黒い雨と銃弾と砲弾が降る中、ニダーはイルトリア市街へと改めて足を踏み入れた。
響き渡る銃声の中に、悲鳴は聞こえなかった。
銃声のほかに聞こえるのは爆発音、雨音、そして瓦礫が崩れる音。
民間人の避難が完了しているのか、それとも、全員が戦闘態勢に入っているのだろうか。
建物への被害は少ないが、それでも、オレンジ色に染まる光景は無事ではないことをこの上なく物語っている。
背の高いビルが立ち並ぶ街並みに付き物である眩いライトの輝きは、降り注ぐ雨の影響で半減している。
それはまるで、荒廃した街の様にイルトリアの魅力を半減させ、そしてニダーの中に形容しがたい憤りを覚えさせた。
<ヽ`∀´>「流石はイルトリアニダね」
ジュスティアとは違い、街全体が武装集団のようなものであるため、例え四方から攻め入れられたとしても避難する人間の為に街の機能がマヒすることはない。
逆に、街中が外敵を排除するために対応しているせいで建物から一般人の気配が微塵も感じられない。
ここが世界の天秤を守る最後の防波堤であり、世界の在り方を変える最前線にして最終防衛線。
圧倒的不利な状況でありながらも、決して諦めもしない姿勢は、流石の一言に尽きる。
肩から下げたM4カービンを構え、指示のあった通りイルトリア陸軍との合流を目指すことにした。
民間人にとってみれば、ニダーは完全な部外者であるため、撃たれる危険性は十分にある。
特に、敵と同じ武器を持っている人間であれば、そう疑われても不思議ではない。
自分が敵ではないことを知らしめるためには、実際に行動で示すほかなかった。
銃声のする方に向かって小走りで進みつつも、周囲への警戒をおろそかにしない。
特に気を付けなければならないのが狙撃手だ。
近距離であれば会話が成立するが、遠距離であれば会話は成立しない。
見た目だけで撃ち殺される可能性もあるため、背の高い建物は特に気を付けなければならない。
極力建物を背にしながらニダーは進んだ。
やがて、銃声と銃火が同時に確認できる場所に到着した時、戦場にいるというプレッシャーがいきなり彼の背中を襲った。
円卓十二騎士として祀り上げられている身ではあるが、現役の警官であるため、戦場で過ごした時間はほとんどない。
それ故に、戦場での立ち振る舞いは極めて慎重にならなければならないことだけは分かっていた。
(:::::::::::)『アッパーム!! 弾をくれ!!』
754
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:07:21 ID:K.ug12hY0
車を遮蔽物にして銃撃戦をする集団を見つけ、ニダーは相手の姿と装備、そして会話に注意を向けた。
〔欒゚[::|::]゚〕『民間人がよぉ!!』
機関銃を乱射するジョン・ドゥの色、そして金色のロゴがその所属を如実に物語っていた。
鹵獲した銃に装填されている弾がジョン・ドゥのカスタム機の装甲を撃ち抜くことのできるかは、実際に撃ってみなければ分からない。
生身の状態で棺桶を相手にすることの部の悪さは分かる。
しかし、それを補う術をニダーは知っていた。
敵の数が3人であることを把握してから、すぐに行動に移す。
壁に体を押し付け、肩を使ってしっかりとライフルを固定し、光学照準器を覗き込み、静かに銃爪を引いた。
銃弾は狙い違わずジョン・ドゥの背にあるバッテリーを撃ち抜き、即座に動きを止めた。
〔欒゚[::|::]゚〕『敵sy――』
こちらに気づき銃を構えようとしたジョン・ドゥの頭部には、既に放たれた2発目の銃弾が着弾していた。
ヘルメットに被弾したことで首が大きく傾げさせ、攻撃の手を一瞬だけ止めさせる。
そして続く5発の銃弾が正確に頭部を直撃し、首の骨を折った。
残された最後の一人は不幸にも、機関銃の弾帯を交換しているところだった。
もしも彼が経験豊富な人間であれば、躊躇わずに銃を捨ててニダーに向かって接近戦を挑んでいたことだろう。
奇襲によって正しい判断が即座に下せなかったのは、人としてある意味では正しい反応と言えた。
問題は戦場でその反応を見せた上に、機関銃に弾を装填するという愚を選択してしまったことである。
狙いすました一撃は望めないため、ニダーは弾倉の残りを全て撃ち込むことで対処した。
素早く弾倉を交換し、コッキングレバーを引いて初弾を装填する。
壁から体を離し、姿勢を低くしたまま前進する。
周囲に銃を向けつつ、背中は常に壁に向けることで不意打ちに警戒する。
倒したばかりの三人の傍に屈みこみながらも、ライフルを片手で構えて周囲への警戒は怠らない。
死体からライフルの弾を回収し終えると、バッテリーを破壊して身動きが取れなくなった男の首の関節部に銃口を突っ込み、銃爪を引いた。
たった三人を撃ち殺しただけでも、ニダーが感じるプレッシャーは相当なものだった。
街中が戦場になっている状態で、いつ自分が誤射されるかも分からない。
そんな中にアサピーはカメラ一つで乗り込んでいることを考えると、狂気と勇気の違いが分からなくなってくる。
<ヽ`∀´>「……定石で言えば、別動隊がいるニダね」
イルトリア陸軍との合流を果たす前に、手土産があった方がいい。
イルトリアの攻略について、ニダーはジュスティア軍の高官から話を聞いたことがあった。
正面からの突破はまず不可能であり、内部との連携した攻撃が不可欠。
その為に長期的に内部に工作員を送り込み続け、来るべき時に攻撃を仕掛けるのが現実的という話だった。
実際に試みたこともあったが、イルトリア内部に潜入して生還したのは非公式な人間を含めても五指に収まる。
それでもこうして侵入を許してしまっているということは、恐らくだが、大量の犠牲を無視しての侵攻を試みてその混乱に乗じて街中に潜ませていたのだろう。
そして、海軍の防衛網が突破されたことをきっかけにして内外からの挟撃を実行したと考えられる。
無論、全ては推測でしかない。
755
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:07:41 ID:K.ug12hY0
だからこそ、ニダーは己の推測と直感を信じることにした。
戦場の状況が完璧に把握できていない以上は、五感で把握した戦場の空気から敵の意図と味方の状態を把握しなければならない。
深く、深く息を吐く。
そして、静かに吸う。
瞬きを最小限に。
視線の移動は素早く。
足運びは慎重に。
戦場を歩くということは、死地を歩くということ。
イルトリアの地を進むということは、地獄を進むということだ。
周囲を背の高いビルに囲まれ、ネオンと街灯の輝きが仄かに視界を明るく染めている。
黒い雨の中で明滅する銃火。
濁って聞こえる銃声。
まるで悪夢の中にいるようだった。
犯罪人を相手取っているのであれば注意を向けるべき相手は限られているが、戦場になっただけでこうも勝手が違う。
ジュスティアの防衛を任された警官たちは、これ以上に全身に重圧を感じていたはずだ。
守るべき対象がいる中で、侵略者を相手に戦うなど、訓練項目にはなかった。
現場で戦うことの少なかったニダーが円卓十二騎士にいるのは、その卓越した尋問技術によるものだ。
人の苦しみを利用し、相手の弱みを見つけ、それを責める。
およそ警官には似つかわしくない特技だが、それでも彼にはそれが正義の為に生かせるのであればと日々その手を血に染めた。
全身が血に塗れるような仕事を続けるためには、どうしても自分の中にある良心を殺さなければならなかった。
殺して。
殺して。
殺し続けて、そしてようやく、人を傷つけても何かを感じることはなくなった。
魚を捌く方がまだ感情の起伏がある程にまで、ニダーは心を殺し続けた。
そうして、笑顔に似た表情を常に顔に浮かべることで心の葛藤は完全に誰かに悟られることはなかった。
いつの間にか、自分が担当した事件の功績が認められ円卓十二騎士の椅子に坐することになった。
常に戦場の後方、戦いの裏に隠れ潜む様にして生きていた彼にとって、戦場に対して感じる感覚は常人のそれとは少し違った。
どう捉え、どう質問し、どう動くか。
心の中にある暴力的な衝動をどのように正当化し、どのように実行に移すのかを考え続けている。
ライフルの銃把を握り直し、全方位に注意を向けながらも、接敵した際にどう倒すかという暴力的な考えが心を支配している。
ビルから見下ろされているかもしれないという考えもあれば、路地裏に潜んでいるかもしれないという考えもある。
思考のほとんどが自分に対して敵対的な意思を持つ人間への警戒心だが、その手段が姑息であればある程、彼の中にある嗜虐心がくすぐられる。
大きな通りに繋がる路地を進み、慎重にイルトリア軍の基地に向かう。
目の前に広がる大通りが、不規則な照らされ方をしていた。
明らかに電灯の類ではなく、炎の類によるものだった。
ゆっくりと顔を出すと、その炎が通りの向かい側にある背の高いビルから出火した物であることが分かった。
高さは恐らく10階以上。
火元は最上階付近の一室だ。
ビルの足元には砕けたビルの壁などが散乱しており、砲撃によるものだと一目で分かった。
数メートル離れた場所にはサイレンを鳴らす消防車が停車し、放水作業を行っている。
756
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:08:05 ID:K.ug12hY0
通常と違うのは、消防車の近くにイルトリア陸軍所属のエンブレムが書かれたソルダットを装着した人間が複数立っていることだ。
きっと、彼らも同じ心境なのだろう。
自分たちの故郷を滅茶苦茶にされ、憤りを感じているのだろう。
ようやくイルトリア陸軍を見つけることのできたニダーは、周囲を警戒しながら道路を横断する。
ニダーの姿をカメラに捉えたソルダットが一瞬だけ身構えるが、すぐに銃腔を彼とは別の方向に向けた。
([∴-〓-]『……客人か』
機械の目ならば、ニダーが持つ通行証によって彼が敵でないことを一目で判断できる。
誤射されなかったのは幸いだった。
これが仮に同じ条件下にあるジュスティアの新兵なら、銃爪を引いていたことだろう。
<ヽ`∀´>「ビーストから聞いているか分からないけど、ウリはジュスティアから手伝いに来たニダ。
敵の捕虜はいるニダ?」
([∴-〓-]『さぁな、全体で捕虜を捕えているかどうかは正直分からない。
連中はまるでネズミだ。
少し齧って逃げ出して、って感じでな。
特に放火が多くてそれどころじゃない。
見つけ次第殺している』
イルトリア軍にとって、敵兵の捕虜はそこまで価値があるものではない。
街に火を放っている類であれば、生かしておく必要はないのだろう。
<ヽ`∀´>「なるほど。 もしも偉そうなやつを生け捕りにしたら教えてほしいニダ。
必ず情報を引き出すニダよ」
([∴-〓-]『……善処する。
とりあえず、その格好で街中をうろつくのは勧められないな。
ほら、これを使え。
無いよりはましだ』
そう言って、消防車から防弾ベストをニダーに投げて寄越した。
それはイルトリア陸軍で使われているもので、特殊合金のプレートが仕込まれたものだ。
通常の弾であれば貫通を防げるが、強化外骨格用の強装弾であれば防ぐことは敵わない。
受け取ってすぐに袖を通し、ジッパーを閉じて回収してあった弾倉をしまい込む。
胸元にある鞘には、大振りのナイフが収められていた。
握るまでもなく、その太い柄から高周波振動ナイフであることは間違いなかった。
<ヽ`∀´>「助かるニダ」
([∴-〓-]『そのベストを着ていれば誤射されることはないだろう。
この後はどこに行くつもりだ?』
<ヽ`∀´>「連中の偉そうなやつを捕まえるから、どこ、ってことは決めてないニダね」
757
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:08:25 ID:K.ug12hY0
([∴-〓-]『そうか。 それなら、この通りを真っすぐに進め。
基地の近くなら、連中がいるかもしれない。
その辺りに停められている車やバイクは、動くようであれば好きに使って構わない』
<ヽ`∀´>「感謝するニダ。 それじゃあ、またどこかで会えるといいニダね」
([∴-〓-]『あぁ、じゃあな、ジュスティアの客人』
火災現場から離れ、ニダーは言われた通りに大通りを北上することにした。
イルトリアの機能を奪うのであれば、基地を攻め落とすのは基本だ。
だがしかし、とニダーは考えた。
これだけの攻撃を仕掛けておいて、街中での戦闘がそれに見合った激しさを見せていない。
派手に見えるように放火し、銃撃戦を展開しているのであれば、その本質は陽動だ。
陽動する目的は一つ。
本当の目的から目を背けさせ、時間を稼ぐこと。
つまり、その目的を聞き出すことが出来れば、相手の動きを先んじて防ぐことができる。
遭遇した相手から情報を引き出すため、ニダーは改めて弾倉の中身を確認し、次に相手がどこで騒ぎを起こすのかを予想するためにビルの屋上に向かうことにした。
ひと際高いビルを見つけ、静かにその非常階段を使って上を目指す。
ライフルという長物を構えたままではとても戦闘にならないため、ニダーはライフルを肩にかけ、受け取った防弾ベストに収められていたナイフを抜いた。
街で起きている事態を考えれば、街の人間は積極的に建物の外で戦闘をしようとは考えていないはずだ。
こうしてビルを上る途中で襲われないとも限らない。
民間人であれば殺傷は厳禁だ。
呼吸を浅く、そして遅くして階段を一段飛ばしに駆け上っていく。
踊り場付近は特に気を付けていたが、結局屋上に到着するまでは問題らしいことはなかった。
屋上に続く扉を静かに開き、その理由が分かった。
風に乗って漂う血の匂い。
ライフルを持った複数の死体が並び、その傍で3人の人影が屈んでいるのが見えた。
敵か、それとも味方かは確認する必要はなかった。
死体の服装は軽装で、軍人のそれではない。
そのような服装の人間がイルトリアに攻め入ることは不可能だ。
その死体を作り出した人間の装備は逆光ではっきりとは見えなかったが、彼らの放つ雰囲気だけはニダーの経験によってその正体を看破されていた。
犯罪者、それも、とびきりの悪意と殺意を抱いた人間。
(;TДT)「生き残りが――」
動きは緩慢。
反応は愚鈍。
武器を構えるのは、圧倒的不利な状況にもかかわらずニダーの方が先だった。
手にしていたナイフを投擲し、一人目の喉に突き刺さる。
(;TДT)「いぴゅ――」
758
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:08:46 ID:K.ug12hY0
棺桶持ちであれば、先に潰すべきは喉である。
起動コードの使用を禁じれば、結局は生身の人間だ。
警官としての経験が一目で悪人を見抜き、一撃で殺すだけの反応を可能にした。
犯罪者の潜む建物に生身で突入する時は、常にその感覚が研ぎ澄まされていた。
そして一人目を殺したニダーは、決して肩のライフルを構えようとはしなかった。
その代わりに走り出し、喉に突き刺さったナイフを抜こうともがく男の手からそれを奪い取る――
<ヽ`∀´>「ちっ!!」
――が、その一歩手前で踏みとどまり、口から血を吐く男の体を掴んで突き飛ばした。
もしもそうしていなければ、その後ろでコンテナを背負った男に起動コードを口走らせていたからだ。
〈::゚-゚〉「くっ!!」
ビルの屋上で棺桶を装着する理由は、二つ考えられる。
一つは安全な場所で装着をするため。
そしてもう一つは、何かしらの手段でここにコンテナを用意したからである。
恐らくは後者。
( ‘∀‘)「っだらぁ!!」
ならば、死体の正体はそのコンテナに気づいた民間人というわけだ。
<ヽ`∀´>「うおっ!?」
地面を這うように低く接近してきた巨漢――否、女だ――が、ニダーの足を太い両腕で掴もうと飛び掛かってきた。
レスリング経験者特有の動きは、だがしかし、悪手としか言いようがなかった。
特に、ニダーに対しては最悪だった。
<ヽ`∀´>「せっ!!」
水中を泳ぐ魚の様に滑らかな足さばきで繰り出したのは、実に単純な足技だ。
右の踵で人中を踏み砕き、そこを踏み台に左脚で女の顎を蹴り砕く。
極めて短い距離で放たれた左の蹴りだったが、女の人中を深々と抑え込んだ右足と挟む形で放ったことにより、下顎を完全に破壊しただけでなくその骨片が女の口腔をズタズタにした。
鼻と目から血を流し、女はその場に倒れる。
頭頂部を砕くほどの踏み込みで女を殺し、棺桶を身に纏おうとしている女に飛び掛かる。
不安定な足場が災いし、飛距離が思うよりも伸びない。
〈::゚-゚〉『――大樹となる為に!!』
その間に女は最後の一言を入力し終え、コンテナの中に避難することに成功していた。
コンテナの目の前に着地し、すぐに距離を置く。
恐らくは白いジョン・ドゥカスタムが出てくるはずだ。
じりじりと後退しながら、死体から銃を漁る。
情報通りであれば、通常のそれと同じくジョン・ドゥを装着するには最大で10秒の猶予がある。
その間に奪ったカービンライフルの弾倉を交換し、死体の一つを盾にしつつ、すぐに発砲できるように肩付けに構える。
759
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:09:10 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「……」
そして、コンテナが開いてジョン・ドゥが飛び出してきた。
予想通り、白い装甲に金色の木が描かれている。
戦場において、雪原以外でそのカラーリングは最低と言ってもいいほどの色合いである。
〔欒゚[::|::]゚〕『完成化したこちらに勝てるなど――』
耳慣れない言葉を口にした瞬間、ニダーが盾にしている死体を見て僅かに動きが止まる。
素人だ。
そして、仲間想いの良い人間だった。
だからニダーは十分な余裕を持って敵の足を撃ち抜き、倒れたところに死体を投げつけ、更には背中のバッテリーを撃ち抜くことが出来た。
<ヽ`∀´>「――じゃあ、お話をしようニダ」
思ったよりも早い段階でニダーは仕事を始めることが出来そうだった。
バッテリーを破壊された棺桶は、ほとんど例外なくただの鎧か、文字通りの“棺桶”に成り果てる。
〔欒゚[::|::]゚〕『話すことなど……ない!!』
<ヽ`∀´>「いやいや、まだ諦めるのは早いニダよ」
そう言いつつ、ニダーはナイフを手に近寄っていく。
ナイフが一本あれば、会話は十分に成立する。
問題は時間だ。
時間をかければかけるだけ情報が手に入るが、敵に見つかるリスクがある。
戦場での尋問は初めてだが、やってみなければ分からないこともある。
<ヽ`∀´>「まずはフェイス・トゥ・フェイスが基本ニダ」
棺桶を装着状態から引きはがすのは困難を極める。
だが、その作業を練習するための素体として選ばれるのはジョン・ドゥである。
その為、他の棺桶では時間がかかることも、ジョン・ドゥ相手であればさほどの時間を要せずに解体できるようにニダーは訓練と経験を積んできている。
高周波振動で震える刃を首の付け根に差し込み、接合部を丁寧に切断する。
〔欒゚[::|::]゚〕『うわあああっ!?』
<ヽ`∀´>「あー、そうそう、うるさいニダよね。
でも残念、これはノイズキャンセリング出来ないニダ」
金属同士がぶつかる音、と言えば聞こえはいいが、高純度の合金を切り裂くナイフの高周波振動の音は並の人間であれば数秒も耐えられない程の騒音になる。
甲高い悲鳴に似たその音を聞き届ける耳を塞ごうにも、女の両手は棺桶によって完全に固定されており、人間の筋力では動かすことはできない。
何もできないままで騒音を浴びせかけられる行為は、それだけで十分な拷問の一種になる。
<ヽ`∀´>「時間がないからさっさとお話するニダ」
ニダーの得意とするコミュニケーションは、暴力を介して行われるものだ。
相手の心理状態や、肉体的な弱点などを瞬時に見抜き、そこを狙って会話を進める。
切断し終えたヘルメットを放り捨てると、そこにいたのはニキビ面の女だった。
760
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:09:41 ID:K.ug12hY0
〈::゚-゚〉「くっ……殺せ!!」
<ヽ`∀´>「うーわ、久しぶりに聞いたニダ、そのセリフ。
それは長持ちしないニダよ」
〈::゚-゚〉「糞ッ…… イルトリアの人間に屈するぐらいなら、私は死をえら――」
その頬を、ニダーの持っていたナイフが無慈悲に切り裂いた。
深々と切れた頬の向こうに、女の口腔が見える。
白かったであろう歯は血で染まり、顔に浮かんでいた余裕や誇りのある表情は恐怖に染まった。
このような人間の扱い方は心得ていた。
<ヽ`∀´>「選べる立場にあると思うなよ。
選ぶのはこちらだ。
お前が使えるか、それとも使えないか。
必要なのはその判断を下す材料をお前が見せるかどうか、それだけだ」
感情の全てを殺した声で淡々とそう告げ、ニダーはナイフを女の頭皮に押し当て、これからそこを攻撃すると暗に伝える。
いくら短く刈り揃えているとはいえ、これからの一撃は精神的に大きな一撃になる。
ナイフではなく素手で髪の毛を掴み、力任せに引きちぎる。
頭皮の一部がついたままの毛髪を、ニダーは女の顔に投げつけた。
〈::゚-゚〉「いぎっ!?」
<ヽ`∀´>「やっぱり素手で散髪するのは難しいニダね。
まずは質問の1つ目。
完成化って何ニダ?」
〈::゚-゚〉「お前のおふくろの名前だ!!」
<ヽ`∀´>「ウリのおふくろの名前はもうちょっと上品ニダ」
手慣れた狩人のような素早さで女の頭皮にナイフで切れ込みを入れ、頭皮を力任せに剥ぎ取り始める。
刈り取った獲物の痛覚など気にする猟師がいないように、ニダーはその悲鳴をまるで欠伸か何かの様に聞き流す。
鮮やかな手つきで剥いだ頭皮は、あえて女に見せるようにして捨てていく。
〈::゚-゚〉「ぎゃあああああああ!!」
<ヽ`∀´>「この雨、すっごい染みるニダね。
っと、ちょと待つニダよ!!」
近くに倒れていた死体からの手首から先を切り落とし、それを女の口に突っ込んだ。
〈::゚-゚〉「も……が……!!」
<ヽ`∀´>「仲間が近くに感じられていいニダね。
喋りたくなったら教えてほしいニダ。
その間にお前らの装備を調べるだけニダ」
〈::゚-゚〉「……っ!!」
761
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:10:06 ID:K.ug12hY0
口が閉ざされても、目は口以上に物をいう時がある。
今がその時だった。
女の視線、体の緊張感が、この場にニダーを釘づけにしてどこかに行かせまいとしていることを示している。
<ヽ`∀´>「あー、何かあるニダね」
そう言って、ニダーはコンテナの傍に近寄り、残された相手の装備を調べ始めた。
仄かな光を放つ板状のそれを見つけるのに、そう時間は必要なかった。
戦術用タブレット。
DATの技術を応用して生み出された戦場用のタブレットは、近年その活用が実験的検討されている段階だったはずだ。
内藤財団は秘密裏に研究を進め、実用化にまでこぎつけていたのだろう。
様々な情報を耳にする機会のあるニダーでなければ、これをただのDATと誤解していたことだろう。
<ヽ`∀´>「……これか」
それは、一目で戦況を大きく塗り替えるような代物だと分かった。
広大なイルトリアのほぼ全域の地図が表示され、その随所に動く色の異なる光点――間違いなく友軍の位置を示すそれ――がある。
それだけでなく、光点にはそれぞれの状況が表示され、音声の共有もされているようだった。
正に戦場で必要な情報が集約された代物だ。
最も数の多い緑色の光点を指で触ると、そこに文字が表示された。
電波の強弱、バッテリー残量、距離を示すものだった。
<ヽ`∀´>「ははぁ、これで戦場を――」
動く光点を触ると、タブレットから声が聞こえてきた。
『まだ生きてる、シィシだ!!』
『シィシ、援軍を向かわせる。
後3分で到着するから、それまで踏ん張れ!!』
<ヽ`∀´>「シィシ、って言うニダね。
お友達が来るみたいだから、少し挨拶しておくニダ」
タブレットを持って近寄り、シィシの顔の傍にそれを置く。
口に詰めていた手を取り除き、ニダーは優しい声をかけた。
<ヽ`∀´>「ほら、喋るニダ」
〈::゚-゚〉「わ……私にか……!!」
<ヽ`∀´>「そうじゃないニダ、挨拶が最初ニダ。
お前の親は、挨拶を教えなかったニダか?」
むき出しの頭皮に、高周波振動し続けるナイフの切っ先を当てる。
神経が掻き毟られるような激痛が、シィシを襲う。
〈::゚-゚〉「ひっ……!!」
762
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:10:30 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「助けてって、ちゃんと言うニダ」
〈::゚-゚〉「糞くらえ、糞野郎!!」
<ヽ`∀´>「素敵な言葉ニダね。 ご褒美ニダ」
脳天にナイフを突き刺し、彼女の人生を手短に終わらせた。
これで、敵はニダーを追ってこのビルに来るはずだ。
このタブレットがそれだけ敵にとって重要なことが分かった以上、これを返すことはできない。
むしろ、イルトリア軍に渡すのが最良だろう。
尋問は半分成功したと言える。
敵は、イルトリアに正面から立ち向かえるだけの力を有していない。
天秤を動かしているのは、このタブレットだ。
タブレットに向かって、ニダーは出来る限り残虐そうな声で言った。
<ヽ`∀´>「シィシは死ぬほど疲れたから、ちょっと寝かせてやったニダ。
間に合わなかったニダね、残念」
そして、ニダーはタブレットを防弾ベストの内側に入れてから、死体漁りを始めた。
死体から弾倉と拳銃――コルト・ガバメント――を手に入れ、胸についている汎用ホルスターに収める。
これから増援が来ることが分かっていれば、命中率よりも相手に与える致命打の方が重要だった。
弾幕を一人で展開するには限界がある。
最悪の場合両手で構えていれば、単純な弾幕は二倍になる。
命中率は著しく落ちるが、それに目を瞑れば問題はない。
<ヽ`∀´>「さぁ、鬼ごっこをしようニダ!!」
そう呟いて、ニダーは全速力で助走し、隣のビルへと飛び移った。
距離は優に3メートルはあったが、ニダーの体は吸い込まれるようにして窓ガラスを突き破って隣のビルへと侵入を成功させた。
建物全体に警報機のベルが鳴り響く中、ニダーはすぐに立ち上がって走り出す。
どんな場所であれ、階段を使うのはデメリットが多い。
装備が整っていて、相手を待ち伏せられるだけの状況にあれば問題はないが、そうでないのであれば好んで進むべき場所ではない。
ニダーが走り出すのと同時に、彼が直前までいた場所に銃弾の雨が降り注ぐ。
このビルに飛び移る瞬間を目撃されていないにもかかわらず、まるで迷いのない銃撃だったが、疑問はなかった。
その理由は明らかだった。
『ひでぇ、頭を削がれてる……!! 人間のやることじゃねぇ……』
タブレットから入ってくる声は、間違いなく直前までニダーがいた場所から聞こえている声だ。
位置情報、音声情報の共有が彼らに戦術的な優位性を与えているのと同様に、このタブレットがある限りニダーもまたその恩恵にあずかることが出来る。
当然、ニダーの位置も声も、ひょっとしたらそれ以上の情報が共有されている可能性はある。
『声が筒抜けだぞ!!』
『問題ない、こいつを殺すぞ。
楽に死にたかったら抵抗するなよ、糞野郎!!』
763
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:10:58 ID:K.ug12hY0
会話がこちらにも聞こえていることを気にしないということは、彼らはこちらの位置情報が正確に分かるということなのだろう。
そうであれば、会話の必要はない。
あったとしても最小限に抑えられる自信があるのだろう。
奪い取ったタブレットの重要性が良く分かる。
棺桶には備わっていない機能をつけ足すために再開発され、外部補助装置としての再定義したのだろう。
つまり、このタブレットを破壊すれば彼らが今持っている優位性の一つを瓦解させることができるのだ。
そして、彼らはこのタブレットを何が何でも手に入れたいと考えている。
これを使って街の中で陽動を行っている人間をおびき出せれば、イルトリア軍が上手い事料理してくれるだろう。
『向かいのビルだ、急げ!!』
ゴールはイルトリア軍。
敗北条件は殺されるか、タブレットを奪われること。
実にシンプルなゲームだ。
棺桶を使う相手の方が遥かに有利という点に目を瞑れば、問題はない。
それに、戦場の注目をニダーが引き受ければ、その分だけアサピーに向けられる敵意や脅威が減る。
それは副産物でしかないが、意味のあることだ。
侵入したビルの内装が非常出口の案内板で薄暗い緑色に照らされ、百貨店の類であることが分かった。
<ヽ`∀´>「怖くないんなら、このビルで勝負するニダ」
長期戦はニダーにとってもイルトリアにとっても不利になる。
このビルで出来る限りの敵を引き寄せ、排除し、情報を手に入れたいところだった。
ニダーを追ってくるということは、少なくともこちらの所有するタブレットと同じような物を持っているはずだ。
原理を聞き出し、少しでも相手の優位性を削りたい。
百貨店は遮蔽物や隠れる場所に富んでいるが、一人で大人数を迎え撃つのには適していない。
けたたましい音が鳴り響く薄暗い建物の中を、ニダーは確信を持って走り出した。
棺桶の優位性を奪うための戦い方は、何度も警官時代に経験している。
実戦よりも訓練の方が多かったのは事実だが、それでも何もしないよりはマシだ。
懐から素早くタブレットを取り出し、光点の動きと距離を見る。
緑色と青色の光点が真っすぐにこちらに向かっているのを確認し、即座にライフルを構えた。
ニダーが飛び込んできたのと同じ窓から、一体のジョン・ドゥが現れた。
その瞬間、ニダーのライフルが吠えた。
弾倉の中身を全てフルオートで放ち、ジョン・ドゥに大量の風穴を開ける。
地面に足をつけたのは、死体となったのと同じだったことだろう。
そしてそれは、敵にとっては想定済みのことだったようだ。
間を開けて更に二体のジョン・ドゥが発砲しながら現れ、ニダーは迷うことなくその場から逃げ出した。
<ヽ`∀´>「まずは一匹駆除したニダよ!!」
弾倉を交換しながらニダーは挑発の声を上げる。
建物の柱や商品棚を遮蔽物にしながら走るニダーのすぐ後ろを、風切り音を立てて銃弾が通り過ぎて行く。
まるで蜂が通り過ぎるような不気味な音に、思わず立ち止まったり叫び声を上げそうになる。
しかし、代わりに出てくるのは笑みだ。
764
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:11:52 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「怒りすぎニダ!!」
ライフルではなくガバメントに構え直し、接近を防ぐために乱雑に撃ち返す。
双方の銃弾は当たらないが、追い詰められているのはニダーだ。
誘導されるようにして発砲された結果、ニダーは遮蔽物の少ないフードコートに辿り着く。
テーブルや椅子では、とてもではないが銃弾を防ぐことや姿を隠すことも出来ない。
相手はこちらの姿を暗視装置で確認しながら撃つことができるのだ。
物理的に姿を隠せなければ、銃弾から逃げることは不可能。
片手でタブレットを見ながら、慎重かつ素早く決断して逃げ場所を定めて行く。
<ヽ`∀´>「……みっけ!!」
とある飲食店のキッチンへと逃げ込み、そこでようやく腰を落ち着けた。
だが光点が迷いなく近づいてくるのを見て、すぐに立ち上がる。
銃床で調理台に繋がるガスの元栓を次々と叩き壊し、静かにガスをキッチンに充満させていく。
巨大な業務用冷蔵庫の電源を引き抜き、中身を取り出してそこに逃げ込む。
拳銃の弾倉を交換し、後は敵が罠にかかるのを待つ。
『馬鹿が!! そんなところに隠れてるのは分かってるんだよ!!』
銃声、そしてその銃声をかき消すほどの大爆発が起きた。
衝撃と熱が冷蔵庫の扉越しにニダーにも伝わる。
タブレットの光点がものすごい速度で遠ざかり、動かなくなったのを確認してから扉を開いた。
消火剤を含んだスプリンクラーが作動し、炎は既に消え、ガスは安全装置の作動によって流出が終わっている。
焦げた匂いの充満するキッチンから外に出て、そして、新たな光点が接近していることをタブレットで確認する前にニダーは即応していた。
巨大な腕がニダーの顔のすぐそばを通り過ぎ、流れるようにコンビネーションブローへとつなげてくる。
爆発に巻き込まれていないということは、遅れてこのビルに到着した増援に違いない。
(・(エ)・)「お前、殺す!!」
<ヽ`∀´>「どっかで会ったことあるニダね、お前」
重機の一撃かと見紛う危険な連撃を、ニダーは慣れた手つきで捌いていく。
顔ではなく、その動きでニダーはこれが初見の相手ではないことに気づいていた。
<ヽ`∀´>「あぁ、思い出したニダ。
どっかの強姦魔!!」
(・(エ)・)「ぶっ殺す!!」
<ヽ`∀´>「武道家に同じ手を二度も見せるのは馬鹿ニダよ」
後ろ回し蹴りをいなし、その致命的な隙を逃さずガバメントの銃弾を男の胴体に撃ち込む。
対強化外骨格用の弾丸は貫通力が高く、興奮している人間の動きを止めるのには不向きだ。
しかし、繰り出される連撃の合間にニダーは確実に関節、そして急所に向けて銃弾を撃ち込み、精神力では到底補えない程の傷を与える。
決め手となったのは、大振りの拳を回避したのと同時に眉間に放った一発だった。
765
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:12:32 ID:K.ug12hY0
決着がつくまでに交わした攻撃の数は20を越えたが、放った銃弾は4発、そして要した時間は僅かに3秒だった。
まるで糸の切れたい人形の様にその場に倒れた男を踏みつけ、念のためにもう一発心臓に撃ち込んで死亡を確認した。
<ヽ`∀´>「よかった、死んではいないニダね」
ジョン・ドゥの装甲は非常に頑丈で、ただのガス爆発程度では中の人間を殺傷することはできない。
しかし、その威力で脳震盪を起こすことはできる。
タブレットに表示されている生体情報を見て、ニダーはこの情報網の真の目的と強みを理解した。
これは、戦場を変えるほどの代物だった。
<ヽ`∀´>「……情報の時代、か」
リアルタイムで音声、位置、生体を含めた様々な情報が共有されるというのは、戦場を変えるほどの発明だ。
現代ではなく、太古の概念を発掘、復元して転用したのだろう。
それが量産化されて普及されれば、戦場の在り方は変わる。
むしろ、今がその途中と言ってもいい。
イルトリア相手にここまで戦えているのがその証拠だ。
情報の時代は遅かれ早かれやってくるが、彼らが持ち込んだ技術は従来の基盤をひっくり返す物と言っていい。
意識を失っている二人の内、どちらがこの装置の詳細を知っているのか。
ニダーは少し考え、まずは彼らのバッテリーを破壊することに決めた。
慣れた手つきでバッテリーを撃ち抜こうとした、その時だった。
〔欒゚[::|::]゚〕『……そう何度も!!』
唸るような声と共に一人が急に立ち上がり、ニダーの手からガバメントを蹴り飛ばした。
蹴り飛ばした、というよりも蹴り壊した、が正しい表現だった。
これが腕に当たっていれば、壊れていたのはニダーの方だ。
聞こえてきた声は男のそれ。
破片が宙に舞う間に、ニダーは決断を下していた。
<ヽ`∀´>「っ……!!」
急いでナイフを手にし、近接戦に備える。
距離を開けても一瞬で詰められるのならば、最初からこうするしかない。
<ヽ`∀´>「おっと、こいつが壊れてもいいニダか?」
タブレットを盾のように眼前に掲げ、全てを知っている風な笑みを浮かべる。
〔欒゚[::|::]゚〕『無駄だ!!』
返答と同時に、ニダーはナイフを投擲する。
それは容易く弾かれたが、大きく3歩後退するだけの余裕を得た。
<ヽ`∀´>「反応ありがとうニダ!!」
766
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:16:55 ID:K.ug12hY0
彼らがタブレットを取り返そうとするのは、その破壊を回避することが狙いだと分かった。
これは敵にとって破壊されては困る代物と分かれば、それを利用しない手はない。
ニダーの特技は、相手の感情の揺らぎを表情や仕草だけでなく、その場に流れる空気から察することができるというものだ。
背中に回していたライフルを手元に手繰り寄せ、腰だめに撃つ。
それを予期していたのか、あるいは咄嗟に反応できたのか。
両腕を胸の前で交差させ、致命傷を回避した。
代わりに両腕を失ったが、男は必殺の気持ちを込めた蹴りを繰り出す。
床が抉れるほどの踏み込みで放たれた飛び蹴りは、わき腹を掠めただけでニダーの体を容易く両断するだけの威力があるはずだ。
双方の距離を縮めるには一歩で十分だった。
瞬きは厳禁。
仮にニダーが瞬きをしていたら、間違いなく次の瞬間には絶命していたはずだ。
飛び蹴りという選択をした男は、胸中で己の選択が絶対的に正しいと信じていたことだろう。
事実、これが素人相手であればこれで勝負は決していた。
しかし、腐ってもニダーは円卓十二騎士だ。
円卓十二騎士の中で最弱の戦闘力を自負している彼であっても、素人相手に負けるほど軟ではない。
膝を折る様にして仰け反り、ニダーの胴体を狙った飛び蹴りを回避する。
弾倉の中を確認するまでもなく、ニダーは仰け反った姿勢から背後に銃口を向けて銃爪を引いた。
たった2発。
しかし、その2発が決着をつけた。
股関節に撃ち込まれた銃弾は装甲内部で跳弾し、男の体に穴を開ける。
〔欒゚[::|::]゚〕『うぐぅっ!!』
着地もできず、男は顔から倒れ込む。
空になった弾倉を素早く交換し、ニダーは倒れているもう一体のジョン・ドゥの後頭部に向けて撃ち込んだ。
銃弾がヘルメットを貫通し、赤黒い液体が流れ出てくる。
動き出すことはなさそうだった。
<ヽ`∀´>「お前ら何ニダ?」
〔欒゚[::|::]゚〕『っ……そくらえ!!』
<ヽ`∀´>「このタブレット、情報共有するための物ニダね?
で、どうすればこれをぶっ壊せるニダ?
もちろん、これを叩き壊すのとは違うニダよ」
〔欒゚[::|::]゚〕『尻でも舐めろ!!』
<ヽ`∀´>「オッケー」
言われた通り、ニダーは男の臀部を撃った。
〔欒゚[::|::]゚〕『あがああああ!?』
767
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:17:17 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「おっ、情報がすぐに更新されるニダね。
生体情報まで分かるって便利ニダ。
おいおい、視覚情報まで!!
声も文字になるし、こりゃあ便利ニダね」
男が何かを言う前に、ニダーは更に銃弾を尻に撃つ。
〔欒゚[::|::]゚〕『んぎぃいい!?』
<ヽ`∀´>「お前の死因は、尻からの失血死ニダ。
嫌なら話すニダ」
〔欒゚[::|::]゚〕『ふ、ふ、ふざけろ……!!』
情報を引き出すための手段は、何も口頭だけとは限らない。
タブレットを見て、もう一台のタブレットが近くにあることを確信する。
ニダーの手にタブレットがあることを知りながらも、彼らはこのシステムを止めようとはしない。
つまり、止めることが出来ないのだ。
タブレットは一台で完結しているのではなく、恐らくは複数台で完結する類の物だ。
その証拠に、ニダーがこのタブレットを盾にした時に彼らは僅かだが躊躇いを見せた。
この戦争における、彼らの強み。
情報共有における戦場の支配を失えば、イルトリアに勝てる可能性は限りなく低くなる。
強姦魔の死体のそばに落ちていたタブレットを拾い上げ、二台を見比べる。
表示は同じだが、先に拾ったとタブレットの形状が僅かに異なることに気づく。
同一の端末ではない。
そして、タブレット上に映っている青い光点が同一の端末が発する反応であることは間違いない。
これで追える。
<ヽ`∀´>「あー、役割分担しているのを統一してるのか。
ってことは、絶対に中継点があるってことだから……」
ここでこの二台を壊すことも出来るが、それはニダーにとってデメリットでもある。
タブレットを通じてニダーが得られる情報は複数あるが、どの端末が果たしてどの情報を共有する脳になっているのかが分からない。
それに加えて、相手の動きを知ることのできる手段を失うのはあまりにも手痛い。
街中に散っている光点の数は多くないが、その光点がイルトリアという巨獣に群がる蚊のように見える。
イルトリア全体の地図を覆う光点の数は数百を超えている。
その大半が海岸の近くだが、街の中心部近くで動きを見せている光点も複数ある。
それらが市街戦を展開し、イルトリアに混乱を招いているのは間違いない。
海岸から市街地に向かい、光点が徐々に動いているのを見るに、上陸作戦には成功したのだろう。
しかしながら、狙うべきは青い光点とその周辺にいる緑色の光点だ。
タブレットを全て奪い取り、イルトリアへと渡すことで形成は完全に逆転する。
他にある青い光点は全部で三つ。
その内二つは海岸近くで止まっており、そしてもう一つは街の中を動き回っている。
768
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:18:08 ID:K.ug12hY0
黄色い光点だけは、先ほどから全く動きがなかった。
何かしらの定点観測装置、あるいは中継点の類だろうか。
<ヽ`∀´>「今からお前らに“花”を配達してやるニダ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
軍艦の墓場? あぁ、イルトリア沖のあの場所の事か。
不発弾の漁場? それも同じ場所だな。
そこに船を出せって?
おいおい、あんた馬鹿言ってんじゃ――
――名もなき漁師
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
巨大な軍艦が何隻も燃え上がり、沈没し、爆発する姿はあまりにも現実離れしたものだった。
イルトリア海軍の築いた防衛戦が突破され、すでに双方ともに多くの船が沈められている。
陸上と違い、海での戦闘では数の有利はかなりのものだ。
常に三次元的な感覚で敵を把握し、攻撃しなければならない。
船という巨大な構造物に乗っている以上、足元への攻撃は絶大な威力を持つ。
結果、被弾して沈没することが決まった海軍の軍艦は敵の進路を防ぐように舵を切り、搭乗員は戦場をイルトリア軍の基地へと移している。
死者の数は少なくて済んでいるが、失った船の数は史上最悪だ。
最も集中して攻撃を受けていながらも、唯一沈没していない軍艦が一隻だけあった。
イルトリア海軍最後の一隻。
それは、イルトリア海軍大将の乗る旗艦“ガルガンチュア”だった。
その戦闘指揮所では、ヘッドセットを被った男たちが淡々と情報の整理と対処を行う。
(,,゚,_ア゚)「甲板に被弾、主砲2門沈黙。
区画FからGで浸水を確認、区画Qで出火を確認。
ダメコン急げ」
(::0::0::)「砲弾への誘爆は絶対にさせるな。
消火作業が無理なら区画を封鎖し、海水を注水する。
現場判断で実行し、その後報告を」
从´_ゝ从「右舷弾幕薄いよ、何やってんの」
放たれる弾幕は飛翔する棺桶、あるいは取り付こうとする小型艇に対しての射撃だ。
それらは全て人間による射撃で、重機関銃による驟雨である。
曳光弾が四方八方に放たれる光景は花火かと見紛う物だが、暗闇の中でも正確にばら撒かれる銃弾の精度はかなり高い。
一定間隔で打ち上げられる照明弾だけが、唯一頭上からの光として周囲を照らし出している。
それでも光が照らすのは限られた場所だけだ。
照明弾によって濃い影を生み出すために、目視での射撃では限界がある。
暗視装置を通して見ても水面に浮かぶのが人影の類なのか、それとも船の残骸なのかを気にして射撃をするだけの余裕はない。
これが、イルトリア海軍が劣勢になっていると言わざるを得ない状況を生み出していた。
769
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:18:35 ID:K.ug12hY0
飛行する棺桶は榴弾を撃ってくるため、それを優先して撃ち落とすようにしている。
だがそれを撃ち落とせば仕込まれた高性能爆薬によって、機雷と化すのが最も厄介な点だった。
殺せば殺すだけ船にとって不利益を生み出すことになるが、撃ち落とさないわけにはいかなかったのだ。
地上であれば死体は動かないが、海上であれば死体は流されてやがては喫水線に触れて爆発する。
その結果が、この戦果だ。
大量に敵が上陸するのを防ぐ最後の一隻の指揮官は、それでも冷静に指揮を執っていた。
イルトリア二将軍“右の大斧”と呼ばれるイルトリア海軍大将シャキン・ラルフローレンは、皺だらけの顔に僅かに笑みを浮かべる。
(`・ω・´)「……使えない砲弾を全て海に投棄しろ。
敵艦の数を観測、報告しろ」
その命令から返答までに要したのは、僅かに十数秒。
艦橋で索敵用に作られた棺桶を装着した部下から、手短に返答がくる。
『敵艦、残り72隻。
小型艇はカウントしていません』
残された敵艦の数が多く聞こえるが、実際に彼らが海に沈めた船の数はその倍はある。
それらが大型船の進行を阻害しているのと同時に、小型艇の動きを複雑化させていることは否めない。
(`・ω・´)「かまわん。 部隊の損失は?」
『死傷者45名、他の船は全てプランBに従って動いています。
湾内に入るルートは作戦通りに封鎖し、残存部隊は全て地上での防衛、迎撃戦に移行しています。
海上で戦っているのは我々だけです』
(`・ω・´)「重畳だ。 陸軍の具合は?」
『最新の情報によれば、被害は軽微。
ですが、街での破壊活動がかなり厄介だそうです。
一撃離脱がかなり徹底されているだけでなく、面倒な相手、とのことです』
(`・ω・´)「面倒?」
『情報伝達速度による連携能力が異常である、と。
詳細は不明ですが……』
(`・ω・´)「市長が言っていた通り、やはり情報を武器にしてきたか。
ジュスティアを潰しただけはある。
……10分後に、全員船を捨てて街の防衛に向かえ。
私はブーンと少し話をした後に、連中を叩き潰してくる。
各位、彼を最優先で基地に運んでくれ。
護衛は4人出し、他の者は誘導しろ。
対象は……3名、絶対に傷つけさせるな」
770
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:19:00 ID:K.ug12hY0
イルトリア海軍に所属し、尚且つシャキンの命令を受けてこの戦闘中にそれを確実に遂行できる人間は限りがある。
それはつまり、彼が信頼を置く重鎮に対する命令でもあった。
金属製の階段を降り、船の中にある医務室に向かう。
揺れる船内でも、大股で歩き続ける彼の歩みが乱れることはなかった。
戦況で言えば押されている状況だったが、彼の心は穏やかな物だった。
もしも、彼の目の前にブーンが現れていなければこうはならなかった。
医務室の扉を開き、ヒート・オロラ・レッドウィングの死体が横たわるベッドの隣で泣きはらした目をした少年の前に膝を突いて言った。
(`・ω・´)「お前は生きて、ヒートをちゃんと埋葬してやれ」
(∪´ω`)「お……!」
見た目通りの年齢であれば、とてもではないが数日は引きずるような別れをした直後だというのに、ブーンの目は決して悲観の色に染まっていなかった。
垂れ目の奥に見えている色を、シャキンはかつて見たことがある。
どうやら、バトンは受け継がれたらしい。
(`・ω・´)「お前はディに乗ってヒートと一緒にイルトリア軍の基地に向かえ。
ヘルメットはないが、インカムだけなら用意が出来た。
基地には遺体安置所があるから、ヒートをそこに連れて行け。
この戦争がいつ終わるか分からないが、少なくとも、ちゃんと埋葬はできる」
(∪´ω`)「……」
(`・ω・´)「埋葬は、生きている人間のためにもするものだ。
ヒートは間違いなく、お前の手で埋葬されたいと思っている。
最期まで一緒にいたんだ、分かるだろ?」
(∪´ω`)゛
無言でブーンは頷く。
それは少年特有の無鉄砲な返答にも思えたが、それでも、彼が心で決めたことに対する答えだった。
ヒートと過ごした時間の濃さが、その目に現れている。
こうして少年はいつしか男になり、背中にこれまでの過去を背負って進んで行くのだ。
(`・ω・´)「お前の道は、この俺が作ってやる」
そう言って、ブーンの頭を撫でた。
頷いた時に見せた彼の目は、一人の男のそれだ。
これまでに積み重ねてきた日々。
そして、ヒートに対して抱いていた想いの強さがうかがい知れる。
この少年は、未来に生きるに相応しい存在だ。
壁に取り付けられた無線機を使い、シャキンは部下に指示を出す。
(`・ω・´)「これより本艦はブーンを基地に送るため、この場にて壁を作る。
錨を降ろせ。
連中の相手は私がする」
シャキンはもう一度ブーンを見て、彼の前に膝を突いた。
771
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:19:39 ID:K.ug12hY0
(`・ω・´)「私はシャキン・ラルフローレン。
ブーン、君に会えてよかった」
静かに抱擁し、そしてその場を足早に立ち去る。
シャキンの目の前に現れたのは、彼が気まぐれに手を貸した女から多くを学び、ペニサス・ノースフェイス最後の教え子として、今を生きる存在だ。
何たる偶然か。
何たる幸運か。
狭い通路を歩くシャキンの後ろに、静かに一人、また一人と部下が続く。
彼が戦うと決めた時、常に死地を共にした部下だ。
(`・ω・´)「ホッパー、ナガタ。
弾薬は満タンだ。
沈められるだけ沈めるぞ」
(-゚ぺ-)「無論です」
ホッパーの返答に被せるように、ナガタが続ける。
( 0"ゞ0)「もとより、そのつもりです」
その声は、いつもよりも心なしか楽しそうに聞こえた。
対戦艦用の戦闘では、常に人間の常識を遥かに越える巨大な船を相手にすることになる。
例えるならば、鯨を相手にする小魚のそれだ。
しかし自然界においてもそうだが、大きさは勝敗を決する要因足り得ない。
小さな毒虫が人間を一撃で殺せるように。
毒を持った小魚が数百倍以上の大きさを誇る魚から警戒されるように、彼らは戦艦を沈めるための力を持っている。
それこそがイルトリア海軍の強みだ。
出してしまった犠牲は決して少なくないが、それでも、殺した敵の数の多さはイルトリア軍の方が多い。
つまり、個の強さで負けることはない。
(`・ω・´)「では、蹂躙するぞ」
ガルガンチュアの船尾にあるウェルドックに向かう。
兵たちは退艦の為に小型艇や棺桶の準備を始めており、そこにシャキンが現れた瞬間、音が止まった。
聞こえるのは波の音と唸るようなエンジンの音。
誰かが合図を出したわけでもなく、一斉に敬礼が彼に向けて送られた。
(`・ω・´)ゞ
シャキンもまた、敬礼でそれに応じる。
決して死地に赴く人間に対して送られるそれではなく、互いの健闘を祈るための敬礼。
あるいは、男同士にしか分からない感情を乗せた無言の言葉。
それは2秒ほどの出来事だったが、数時間にも感じられる重厚な時間だった。
敬礼を終え、すぐに自分たちがやるべきことに着手する。
シャキンと二名の部下は棺桶を背負い、それぞれ起動コードを口にする。
772
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:20:04 ID:K.ug12hY0
( 0"ゞ0)
『海こそが我らの世界。 理想郷は、我らの目の前にある』
(-゚ぺ-)
二人が同時に口にしたのは、Aクラスの名持ちの棺桶、“マリナー”である。
イルトリア海軍で広く運用され、ある意味では代名詞的な棺桶だった。
ダイビングスーツの様な薄い装甲は海上と海中での機動力に特化させたものであって、極めて高い対水圧設計以外にはほとんど用を成さない物だ。
正直なところ、世界中でも復元されている棺桶であって、決して珍しいものではない。
水辺で発見される棺桶の数ならば、このマリナーが筆頭に挙げられるぐらいにメジャーな存在だ。
では、何がその棺桶をイルトリア海軍で確固たる地位を確立させているのかと言えば、復元された武器の存在である。
“ドライランド”と呼ばれるそれは、二つの役割を持つ銛の形をした武器だ。
高周波振動による高い切断能力を有する刃は、あらゆる船の装甲を切り裂けるだけの長さがあり、水圧によって射出することも可能である。
ワイヤー誘導によって縦横無尽に振り回せるだけでなく、それを利用して船のスクリューを破壊することにも特化している。
そして、先端部からは音速の五倍以上の速度で海水を射出することが可能であり、それによって飛来する銃弾に対しても高い防壁を展開することができる。
海水の高圧縮による攻撃、そして、移動時に使用することで高い起動性能を発揮するそれはイルトリア海軍の力を確固たるものにした。
武器の復元に成功した街は多くあったが、機体制御の難しさと相まってその扱いは非常に難しい。
しかし、それを体得した人間が配属されるイルトリア海軍の人間にとって、これほどまでに融通の利く棺桶はそうない。
(`・ω・´)『人は皆死ぬ。私も、お前も死ぬ。だが、それは今日ではない』
そしてシャキンが口にしたのは、コンセプト・シリーズの起動コードだった。
対艦用接近戦特化の棺桶、“バトルシップ”。
それが、イルトリア海軍大将に歴代受け継がれる棺桶である。
大型のCクラスらしい巨体はもとより、背中から生えた羽が頭から胸元までの急所を覆うような異質な装甲は貝殻の様。
洋上迷彩を施されたその姿は、海底から這い出てきた貝の化け物を想起させた。
そして、嫌でも目に付く両腕の錨型の装備は、2メートルはあるバトルシップの等身とほとんど変わりがない。
高周波振動による高い破壊力だけでなく、水圧による射出が可能であり、その破壊力は一撃で船の喫水線に大穴を開けることができるほどだ。
対艦戦闘に特化しているため、その高周波振動の出力は一般的なそれの数十倍を容易に発揮できる。
つまり、どれだけ堅牢な装甲を持つ戦艦であっても、熱したナイフでバターを削る様にして攻撃を加えることができるのである。
〔 ÷|÷〕『行くぞ』
ドックの扉が開き、黒い海が目の前に広がる。
三機の棺桶はそれぞれ圧縮された海水によって爆発的な推進力を得て、一気に水上を駆け始めた。
迷うことなく、三機はイルトリア沖で動きあぐねている敵艦へと向かう。
72隻を相手にするのであれば、一人24隻を沈めれば全滅させられるということである。
海面を進んでいる彼らは、正確に言えば滑っている様に見えて、実際には僅かだが浮いている状態にある。
海中に垂らされたホースから給水し、足の裏から高圧で発射。
それによって海面よりも浮いた状態にあるため、多少の障害物であれば何の問題もなく進むことができる。
沈めた敵の棺桶や船の残骸を乗り越え、敵艦との戦闘を開始したのは出撃から僅かに2分後の事だった。
接敵の瞬間は、即ち戦闘開始を意味する。
〔 ÷|÷〕『粉ッ!!』
773
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:20:35 ID:K.ug12hY0
仮にシャキンの接近に気づいていたとしても、巨大な船では回避行動など間に合うものではない。
二隻の船の間を進みながら、シャキンは一気に左右に向けて錨を射出した。
一撃で喫水線の下に突き刺さった錨は、高速で進むシャキンに合わせて火花を散らしながら船の装甲を切り裂いていく。
まるで巨獣の上げる絶叫の様な音が響き渡り、各種警報音を流しながら徐々に沈んでいった。
これが棺桶の性能に頼った物であると判断するのであれば、その人間は三流もいい所である。
彼が使用する棺桶を動かすうえで欠かせないのが、卓越したバランス能力である。
例えるならば、丸い球の上に立ったまま綱引きをするような、人間離れした力だ。
両腕の錨の重量を少しでも考えれば、その器用さが分かるだろう。
これを当たり前だと思えるようでなければ、バトルシップを操ることはできない。
〔 ÷|÷〕『砕ッ!!』
瞬く間に二隻の船を沈めたシャキンは、空中から飛んでくる銃弾に気づき、行動を起こしていた。
最大出力で一気に放水することで、まるで飛ぶように一気に上空に飛ぶことができる。
隙が大きいため、積極的に使うことはないが敵船に乗り込んだりするためには必要な力だ。
ラスト・エアベンダーの飛ぶ高度にまで達したシャキンは素早く身を翻し、目の前の棺桶の頭上に錨を振り下ろした。
シャキンの存在がまるで悪夢か、それとも幻の様に思っていたのであろう敵は何か抵抗することもなく、慌てた様子もなく静かに頭を潰されて死んだ。
頭上で飛ぶうるさい蚊を潰したかのような気軽さで再び海上に戻ったシャキンは、新たな船を沈めるべく高速で黒い海の上を進む。
シャキンが15隻目の敵艦を沈没させたとき、ブーンがイルトリアの港に無事に到着との知らせが入ったのであった。
『大将、上陸しました!!
これより基地へと向かいます!!
糞どもの背中が良く見えますよ!!』
ノイズの混じった報告に、シャキンは淡々と答える。
〔 ÷|÷〕『よくやった。 その少年は、我々の未来そのものだ。
絶対に傷つけさせるなよ』
『勿論です。 退艦した全員で、愉快なピクニックを始めています』
思わず微笑む。
果たして、少年は再びイルトリアの基地へと舞い戻った。
後は生き延びてくれれば、それでいい。
〔 ÷|÷〕『後は任せた』
『了解』
そして、シャキンの背後で巨大な爆発が起きた。
イルトリア海軍創立以来、決して轟沈することのなかった旗艦ガルガンチュアが遂に砲弾の雨を受けて大爆発を起こす。
それは最後にイルトリア軍港への大型艦の侵入を防ぐと同時に、敵の標的を一点に絞るという重大な目的を持っていた。
投棄されていた弾薬が暴発し、近くにあった全ての船舶に対して致命傷を与える。
まるで真昼の太陽を思わせる白い輝きがイルトリア沖を照らし出す。
天まで届くほどの高い水しぶきが上がり、ガルガンチュアが真っ二つに折れて沈んでいく。
爆風を背に、シャキンは更に速度を上げて敵艦の駆逐に奔走する。
774
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:21:31 ID:K.ug12hY0
〔 ÷|÷〕『こいつらを沈めて、さっさと街に行くぞ』
旗色が悪くなることは、決して初めてではない。
ほぼ単騎で敵の船団を相手にすることもまた、初めてではない。
軍艦が距離を取り、味方の船を爆発させてでもシャキンたちを仕留めようと砲撃してくる。
それに当たれば流石に棺桶を身に着けていても、死からは逃げられない。
運良く直撃を避けられたとしても、その威力は戦闘続行を不可能にするほどのものだ。
だが、対艦用の棺桶を使う人間が砲撃を恐れているようでは話にならない。
飛来する砲弾を一瞥し、安全圏内に移動する。
避けた砲弾が敵艦に着弾し、爆発を起こす。
既に沈没しかけていた為に、そこまでの被害は出ないだろう。
乗員たちの悲鳴が上がるが、それを上書きする様にして金属同士の摩擦によって生まれる咆哮の様な音が響き渡る。
そして巨大な波しぶきが生まれ、黒い海が静かに荒れる。
波を乗り越え、新たな獲物に向かって直進する。
艦内にいる味方を一人でも逃がそうとする船の喫水線を切り裂きつつ、水圧で跳躍。
艦首甲板に着地し、ウォーターカッターで艦橋を切り裂く。
根元から両断された艦橋がバランスを崩し、海に落ちる。
高い水柱が上がった時には、シャキンは既に別の船に向けて飛び乗った後だった。
喫水線への攻撃だけでなく、艦橋を潰すことで船としての力を奪うことができるのは自明だが、それが合わされば助かる道は万に一つもない。
艦橋目掛けて錨を投擲し、大規模な混乱を生み出す。
その直後に海に飛び込み、すぐさま喫水線へ致命的な一撃を与える。
先ほどの一撃で失われた海水が再び機体内部にあるタンクへと補給される。
<0[(:::)|(:::)]>『見つけたぞ、海軍大将だ!!』
<0[(:::)|(:::)]>『信号弾発射!!
マーキングをしくじるなよ!!』
<0[(:::)|(:::)]>『やっと出てきた!!
これで殺せる!!
伝説は今日、ここで終わりだ!!』
背後から銃弾が飛んでくるのと同時に、そんな声が聞こえた。
備わった背面カメラでその姿を目視する。
それは敵艦にケーブルで接続された、5機のラスト・エアベンダーだった。
確実にシャキンを仕留めるためか、ケーブルを分離させて高度を一気に下げる。
両側を敵艦に挟まれた状況のシャキンの進路は前か、後ろかの二択。
〔 ÷|÷〕『……勢いはいいがな』
シャキンは両手の錨を海面に触れさせ、水しぶきを上げさせる。
そして、注水した海水を最高出力で海面に向けて放つ。
海水が巨大な柱となってシャキンを追う部隊を真下から殴りつけ、頭上から大量の海水が降り注ぐ。
バランスを崩したところに、シャキンはウォーターカッターを振るう。
775
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:21:56 ID:K.ug12hY0
超高圧縮されて放たれるウォーターカッターは、それだけで鋭利な刃物と同義になる。
ラスト・エアベンダーが飛翔可能なのは、その軽量な装甲にこそ秘密がある。
生け捕りにして拷問した敵兵と鹵獲した棺桶の情報を聞いていたシャキンは、その脆弱性を見抜いていた。
薄い装甲は僅かな被弾で使用者から命と戦意を奪い、墜落を招く。
振り向くようにして横薙ぎに振るったウォーターカッターは、果たして、一撃で4機の棺桶を屠った。
さほどの抵抗感もなく切り裂かれ、殺虫剤をかけられた虫の様に落下する様は痛快そのものだ。
オレンジ色に染まる夜空を見上げながら、シャキンは残った1機を投擲した錨で文字通り叩き潰した。
やはり、敵の練度は最低限の物。
実戦経験はほとんどなく、個人での戦いに持ち込めば負けることはない。
イルトリア海軍の船が多く沈んだ最大の理由は、対空戦闘への準備が不足していたことだ。
弾幕を展開できる船には限りがあり、敵は空から海中まで、幅広い領域での攻撃を仕掛けてきた。
物量に物を言わせて攻め込んでくる相手にしては、考えられた構成だ。
海底から攻め込んで来ようとしている相手に対して、イルトリア軍は大量の機雷を設置している。
イルトリア軍の潜水艦部隊からの報告で、相手の潜水艦が沖合で身動きが取れなくなっていることが分かっている。
報告の中で気になったのは、最後尾にいる潜水艦の大きさだ。
こちらの使用している潜水艦の3倍ほどの大きさ。
ただの潜水艦ではなく、敵にとっては旗艦にも等しい存在なのだろう。
〔 ÷|÷〕『ホッパー、ナガタ。
沖合にいる敵潜水艦の様子を見てこい。
必要なら、少し遊んでやってもいい』
( L[::::])『了解』
そして、シャキンは指示を出した後に単騎で敵艦を屠る為に突き進む。
軍の優秀性とは即ち、練度の高さと連携の強さに依存する。
イルトリア二将軍がそれぞれ抜きんでた力を持っているとしても、それは軍の強さと直結はしない。
だが。
イルトリア軍が世界最強と言われる所以は、並外れた練度と連携力、そしてそれを指揮する各士官の持つ個人の戦闘力の高さにある。
単純な戦闘力だけであれば、イルトリアが負ける道理はない。
それはジュスティアも認めている事実であり、彼らの最高戦力である円卓十二騎士は人数差があるにも関わらずイルトリア二将軍と同程度の力とされている。
〔 ÷|÷〕『老体を少しは労われよ』
残された敵艦が一斉に砲撃と射撃を行う。
飛来するのはほぼ全てが必殺の砲火だが、あまりにも弾幕が薄く、砲弾はシャキンの残像を捉えるだけにとどまっている。
こちら側が対空戦闘への備えが不十分だったことと同じように、相手は海上にいる小さな敵を相手に攻撃を仕掛けることに準備が不足していた。
元々駆逐艦だろうが何であろうが、軍艦の戦う相手はいつだって対艦だ。
棺桶が戦場を一新したことの一つに、その的の小ささがあるのは言うまでもない。
陸上での戦闘と違い、海上での戦闘はすべからく一撃の威力が物を言う。
潜水艦相手でも、戦艦相手でも、それは変わらない。
弾幕はあくまでも近距離相手のものであって、中遠距離の相手に使うものではない。
776
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:22:21 ID:K.ug12hY0
連射性が乏しい銃火器では、棺桶を仕留めるにはあまりにも心もとない。
実際、戦場で確実に棺桶を仕留めるには近距離戦が最適解だ。
その為、多くのコンセプト・シリーズが近距離戦に特化した設計のものであり、遠距離での攻撃に特化したものは圧倒的な破壊力ないし制圧力を持ったものである。
着弾した砲弾は高い水しぶきを上げ、海上に漂う敵の棺桶が誘爆する。
それでも、シャキンには影響がない。
彼が敵兵の死体を踏み越えても、誘爆はしない。
海上に漂う機雷と化した死体は、バトルシップの移動方法では誘爆し得ないのだ。
船に接触して爆発したことを考えると、極めて目的を限定した起爆条件が与えられていることは分かっている。
そうでなければ自分たちの死体同士で爆発しあい、こちらの艦隊にあれだけの被害をもたらすことはなかったはずだ。
とはいえ、降り注ぐ砲弾の雨は確実にシャキンを捕捉して放たれた物であり、油断できるものではない。
ゆっくりと溜息を吐き、シャキンは両腕の錨を背後に向けて構える。
そして、海水を噴射して更なる加速を得る。
こちらの速度に敵の照準が追い付かなければ、どうということはない。
〔 ÷|÷〕『……分からんな』
攻め込む以上、相手の事は入念に調べておくのが常識だ。
シャキンがこのような戦い方をするというのを知っていれば、必ず対策を用意しているはずだ。
陸と海との挟撃が失敗しかけている今、いつまでも悪戯にシャキンを相手にしている場合ではないはずだ。
優先順位で言えば砲撃、次に味方の上陸を成功させることだろう。
なのに、砲撃はシャキンにのみ向けられている。
恨みがあるのならば分かる。
だが作戦を破綻させてまでも追う意味が分からない。
一切の合理性を欠いたその行動に、シャキンは一つだけ思い当たることがあった。
時間稼ぎだ。
シャキンが陸上に応援に行くのを足止めし、その間に何かを成そうとしている。
それが何か知りたいという好奇心が、シャキンの中で沸々と湧き上がる。
こうして正面から殴り込んでくる輩だ、無策ということはないだろう。
軍人としての直感が、シャキンの体を動かした。
罠が仕掛けられているのであれば、その発動タイミングを狂わせるに限る。
白い水しぶきを上げ、シャキンは恐れを上回る興奮を胸中に抱いたまま、敵艦の群れに突入した。
原則として、軍艦同士は誘爆や避難経路の確保が難しいという点で、決して密にはならない。
だが。
相手が持ち出してきた軍艦は大きく3種類あった。
一つは巨砲を備え、イルトリアへの砲撃を主とした戦艦。
一つは戦艦の援護を行うための巡洋艦。
そしてもう一つが、ケーブルで接続された航空用棺桶を有する船である。
他の船と比べて数倍の積載能力があり、電力の供給能力がある。
防衛能力はなく、全て接続された棺桶に頼っていたのがある種の目的に特化設計の証明でもあった。
その船は戦闘開始の速い段階でイルトリアへの接岸を試み、戦艦の援護と巡洋艦の護衛によってイルトリアへの上陸を成功させた。
777
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:22:55 ID:K.ug12hY0
故に、今生き残っている船は戦艦と巡洋艦の二種類だけであり、ラスト・エアベンダーの残数は数えるほどだ。
だのに、だ。
それだというのに、彼らはシャキンを討ち取ろうと懸命に攻撃を仕掛けてくる。
いっそ、憐みすら覚えるほど懸命で無意味な砲撃に拍手を送りたい気分だった。
巡洋艦の横っ腹に錨で一撃を加え、減速ではなくその制動力を回転力へと転じさせ、より遠くの巡洋艦にもう一本の錨を投擲した。
ワイヤー誘導ではなく手放すことによって、その射程は一時的に飛躍する。
こちらの戦闘を見て距離を取り、作戦を練っていた船員は焦ったことだろう。
砲弾並みの速度で突き刺さった錨によって浸水し、傾き始める。
残った錨を持ち換え、シャキンはその船に接近。
まるで介錯をするようにして船体を切り裂き、自重によって沈没させた。
手際よく巡洋艦を沈めつつも、シャキンの狙いは沖合にいる軍艦だ。
味方の二人が潜水艦を撃沈するまでの間に、果たしてどれだけ沈められるか。
飛来する砲弾をウォーターカッターで迎撃しつつ、距離を詰めて次々と撃沈させていく。
そこでふと、シャキンは相手の狙いが分かってきた。
恐らく、巡洋艦は餌で、本命はこうして戦艦の近くにおびき寄せることだ。
こちらが敵艦を沈めるためにはどうしてもバッテリーを使用する。
である以上、バッテリーがなくなればシャキンは老体の生身で戦わざるを得なくなる。
瓦礫だらけの夜の海で、シャキンが生きてイルトリアに帰還することは不可能と言っていい。
それが狙いだとしたら、シャキン一人を殺すために極めて大掛かりな作戦を用意したことになる。
そして、実に賢い作戦でもあった。
狙いは二つあったのだ。
上陸と、シャキンの抹殺。
そして少数でも上陸はもう済ませた以上、後はシャキンを抹殺することが彼らの目的となる。
イルトリア二将軍を各個撃破するためには、周囲の援護を確実に絶たねばならない。
そうすれば、後は質量と物量、そして最悪の場合は自爆による一撃で屠ればいい。
囲み、やがて狙うのは自爆だろう。
戦艦が搭載している弾薬の数で言えば、例えシャキンの棺桶がトゥエンティー・フォーであったとしても、確実に屠ることのできる量だ。
事実、シャキンに悟られないようにだろうか、戦艦が大きく円を描いてシャキンの進路を誘導している。
自らを餌にしておびき寄せ、攻撃させ、沈めさせ、そして味方が必殺の位置につくまでの時間を稼ぐ。
圧倒的な物量を持つからこそできる作戦であり、船長たちに相応の覚悟があるからこそ成立する作戦だ。
〔 ÷|÷〕『はははっ、派手な葬式を出してくれるのか』
既に船と船の密度が極限まで高まり、目的を隠そうともせずに互いに船体をぶつけてでもシャキンの動きを制限する。
砲撃、そしてケーブルを切断してでもシャキンを追いかけるラスト・エアベンダー。
残された船の数は分からないが、沈めた船は優に30隻を越えているはずだ。
〔 ÷|÷〕『来い、私はここにいるぞ』
四方を完全に包囲されたシャキンは、それでも焦りはしなかった。
一斉に砲撃が始まる。
狙いの外れた砲弾で互いを撃ってでも。
流れ弾で味方のラスト・エアベンダーが木っ端みじんになっても、彼らは攻撃を止めなかった。
778
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:23:37 ID:K.ug12hY0
攻撃を継続しつつ、艦体を徐々にシャキンへと肉薄させる。
まるで建物が四方から迫るような圧迫感。
静かに息を吐き、シャキンは吠えた。
〔 ÷|÷〕『今はまだ死ねないな!!』
そして、イルトリア沖で巨大な爆発が起きた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
深海と闇夜は似ているが、決定的な違いがある。
闇夜はいつか明け、朝日が全てを祝福してくれる。
深海は、そこに近づく者を容赦なく噛み潰す。
祝福などないが、抱擁だけはある。
――イルトリア海軍潜水艦乗りの手帳より抜粋
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イルトリア沖が赤く燃え上がった時、海底近くで動きあぐねている原子力潜水艦“オクトパシー”内部は、全裸の美女を前にした童貞の様な雰囲気が漂っていた。
だが所詮は童貞。
最後の一線を越えることが出来ず、出来もしない欲求を胸に抱いて悶えるだけ。
それが更なる欲望を産み、悶え、循環する。
水深500メートル。
闇と無音の世界が揺れたのと、艦長であるアリエル・ブルックリンが紅茶の入ったマグカップに手を伸ばしたのは同時だった。
( 0"ゞ0)「……でかいな」
巨大な爆発。
海上にいる友軍が沈む断末魔じみた音にはもう慣れたが、これまでで最大の振動がただ事ではないと物語っている。
(-゚ぺ-)「電信です。 ……友軍が、シャキン・ラルフローレンを包囲し、自爆するとのことでした。
恐らくは、それによるものと」
( 0"ゞ0)「本当に果たすとは、大した連中だ。
それで、マッピングはどの程度進んだ?」
(-゚ぺ-)「友軍のおかげで、あらかたできています」
海上にいた船は、決してただ闇雲に走っていたわけではない。
海中に設置されている機雷の位置をソナーで調べ、沈没した敵味方の船の位置を随時こちらに送ってきていたのだ。
イルトリア海軍の潜水艦が安全に出航できる以上は、必ず安全な道が存在する。
戦闘開始直後から今まで耐えてきていたのは、このためだ。
オクトパシーに収納されている虎の子の部隊が上陸に成功すれば、市街戦に更なる燃料を投下することができる。
( 0"ゞ0)「では行こう。 センサー感度最大にしつつ無音潜航、目標イルトリア軍港」
(-゚ぺ-)「センサー感度最大、無音潜航了解」
779
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:26:37 ID:K.ug12hY0
全ての電子機器が無音モードへと移行し、静寂が周囲を支配する。
スクリューは極力音を発さない状態で回転し、鋼鉄の塊を静かに進めて行く。
仲間から送られてきた機雷の位置を座標で確認しながら進む様子は、目隠しをした状態で迷路を進むようなもの。
少しでも間違えれば沈没し、圧壊する。
その為、操舵手ホーミー・ウェストはこの日の為に数十年も潜水艦操舵の訓練を積み重ねており、己の腕に絶対の自信を持っていた。
間違うはずがない。
間違えるはずがないのだ。
その腕をティンバーランドにいる誰もが信じ、尊敬しているからこそ“アンコウ”の渾名を送られているのだ。
ホーミーの母親は、故郷では珍しく女の潜水艦乗りとして名を馳せ、街の守りを担う軍人だった。
イルトリア海軍との戦闘で死ななければ、故郷はまだ存続していたはずだ。
家族と故郷を奪ったイルトリア海軍は、だがしかし、その練度は決して他の追随を許さないほどのもので、復讐には時間も道具も必要だった。
そんな折にティンバーランドに加入され、時間と道具と機会を得たのである。
全てはこの日の為に。
積載されている部隊は、この瞬間の為に復元された自爆特化型の棺桶を運用する。
イルトリアの要所、そして市長と陸軍大将を殺すことが出来ればそれが決定打になり得る。
遠方から来ている陸の増援と合わされば、イルトリアの防衛機能を完全に封じることができる。
この戦いは、間もなく終わる。
手に入れた海図にある深度を参考に海底ギリギリを進み、徐々に浮上していく。
深度300メートルを越え、沈没した味方戦艦の残骸を目前にしたところで静かに停止させる。
ここから先は潜水艦で進むことが出来ない。
ホーミーはアリエルに目配せし、ここがゴールであると伝える。
( 0"ゞ0)「無音潜航解除。
部隊の発進準備。
デコイ全方位に発射、魚雷装填次第発射」
艦内に光と音が戻る。
それと同時に、部下たちが命令に従って行動を開始する。
(::0::0::)「デコイ全方位発射了解。
魚雷装填後速発射了解」
(-゚ぺ-)「トランプル隊、発進許可。
装着次第、即時――」
その時だった。
艦全体に響き渡る、金属質の悲鳴。
高周波振動の刃が金属を切り裂く時に発する音だ。
この水深でそんな攻撃を仕掛けられるのは、棺桶だけだ。
( 0"ゞ0)「くそっ、取りつかれた!!
発進を最優先で行え!!」
赤いランプが明滅し、サイレンが鳴り響く。
780
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:26:59 ID:K.ug12hY0
( 0"ゞ0)「どこに取りついている!?」
(::0::0::)「恐らく、ハッチ直上に!!」
(-゚ぺ-)「野郎!!」
普段から混乱や焦りに対応するための訓練を積んでいる彼らでさえも、この奇襲に対しては完全な状態で反応できなかった。
つまるところ、彼らの訓練は所詮は訓練であり、実戦とは違って命がかかっているわけでもなければ、シナリオから逸脱することはない。
深海と言える深度で敵に攻撃を受けるという訓練は、マニュアルの世界にしかない。
(::0::0::)「浸水確認!!
ブロック閉鎖システム起動!!」
そして、容赦のない攻撃は冷静さを容赦なく削り取る。
深海での深刻な被弾は、ほぼ例外なく死へと直結する。
ただの死ではなく、何も成すことのない死。
それは何よりも避けなければならない、恥ずべき展開なのである。
(-゚ぺ-)「まずい、ハッチのある区画だ!!
脱出口を塞がれた!!」
( 0"ゞ0)「トランプル隊の準備報告!!」
(-゚ぺ-)「ハッチが剥がされました!!
区画浸水甚大!!」
管制室は混沌を極めていた。
まさか、この状況でこちらの動きに合わせて取り付いてくる存在がいるとは思わなかった。
そもそもの前提として、場所が相手に露呈しているということとそれが即時攻撃につながることは考えの中になかった。
無音潜航の為にソナーを使うわけにもいかなかったため、完全に虚を突かれた形となったのが、彼らの混乱を揺るがぬものとした。
(-゚ぺ-)「トランプル隊、船首にて準備中!!
デコイ、魚雷と一緒に出撃します!!」
( 0"ゞ0)「出し惜しみはなしだ、一気にやれ!!」
(-゚ぺ-)「発進準備完了!!
各位、デコイと魚雷をありったけ撃て!!」
艦首にある魚雷発射管から一斉に魚雷が放たれ、前後にあるデコイ発射管から囮が放出。
それに紛れ、魚雷と共に5機の棺桶が出撃する。
その、はずだった。
更なる衝撃と音がオクトパシーの船首と船尾を襲う。
魚雷発射管が開いた瞬間に何かしらの攻撃を受け、発射に失敗した魚雷が誤爆。
まるで厚紙が潰れて行くように、船首が軋みながら潰れて行く。
その勢いで積載されていた魚雷も潰れ、爆発が連鎖的に起きる。
( 0"ゞ0)「糞がああああああ!!」
781
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:27:31 ID:K.ug12hY0
そんな絶叫は、ほんの数秒で圧壊して鉄の塊と化したオクトパシーに飲まれて消える。
彼等にとって不運なことは、動力であるニューソクは安全装置が働き、爆発を起こすことはなかった点だ。
もしも安全措置を解除していれば、その爆発でイルトリアの軍港に壊滅的な被害を与えられたことだろう。
焦るあまり、その安全装置を解除するという最終手段を取ることを忘れたのは、文字通りに致命的だった。
深海に向けて沈降していく鉄塊となった潜水艦を見送り、三機の棺桶が海面に浮上する。
〔 ÷|÷〕『少し時間がかかったな』
( L[::::])『これだけの量ですから、仕方のない事です』
恐らくは1時間近くかかったことだろう。
音を聞く限り、まだ市街戦は続いている。
陥落していないのならば、やることは一つ。
〔 ÷|÷〕『陸軍の援護に向かうぞ』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
お腹を痛めることは誰にでもできますお。
僕も、何度も蹴られたことがありますお。
だけど、あの人たちは心を痛めながら僕と旅をしてくれましたお。
僕にとっての家族は、あの人たち以外にいませんお。
――ブーン
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
はたから見れば、それは短い時間の付き合いではあっただろう。
1年にも満たない時間しか一緒にいなかった二人の関係は、だがしかし、生まれてからずっと一緒に過ごしている姉弟のような物だった。
ブーンにとってデレシアと出会ってから、多くの人間に助けられてきた。
その中でも、ヒート・オロラ・レッドウィングは特別な人間だった。
そして自分に対して並々ならぬ優しさで接し、温もりを与えてくれた。
自分にとって、デレシアとヒートがいれば世界はそれで十分だとさえ思えた。
しかし、それは叶わぬ夢となった。
ブーンを抱いたまま息絶えたヒートの亡骸を本物の棺桶に収め、蓋を閉じてからようやく、ブーンは袖で目元の涙を拭った。
(,,'゚ω'゚)「……この棺桶に入れておけば、3日は大丈夫だ。
葬儀を済ませるなら、それ以内にするといい」
(∪´ω`)゛「はいですお」
ブーンをイルトリア軍基地にある地下遺体安置所に連れてきた男は、少しだけ申し訳なさそうにそう言った。
名前は知らないが、ブーンに対して嫌悪の感情は抱いていない。
むしろ、同情するような“匂い”がした。
(,,'゚ω'゚)「俺たちは街に出るが、ここならひとまず安全だ。
少し休んでいると――」
782
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:27:55 ID:K.ug12hY0
踵を返そうとした男の袖を、ブーンは握っていた。
(,,'゚ω'゚)「――どうした」
(∪´ω`)「僕も、何かしたいです」
(,,'゚ω'゚)「その気持ちはわかる。
大切な人を目の前で失えば、誰だってそうなる。
だが、生きることも戦いだ。
いいか、ブーン。
お前たち若者が生き残れば、俺たちは負けない。
お前が死ねば、お前に想いを託した人たちが浮かばれない。
だからお前は生きることを最優先にしろ。
命を懸けて戦うのは、大人の役目だ。
お前は十分に戦った」
男は膝を突き、ブーンの頭に手を乗せた。
(,,'゚ω'゚)「……それでも、戦いたいというのなら。
お前は、何の為に戦いたい?」
(∪´ω`)「……まだ、知らないことがあるんですお」
(,,'゚ω'゚)「知らないこと?」
(∪´ω`)゛「僕はまだ、愛について知らないですお」
その言葉を聞いた時、男は僅かに面食らった様子だった。
子供の言うことと一笑に付すことも出来ただろうが、男は、真っすぐにブーンの目を見る。
(∪´ω`)「あと少しで分かるような気がするんですお」
(,,'゚ω'゚)「……戦いの中で分かるのか?」
(∪´ω`)「分からないですお。
でも、ここで座って待っていても、分からないことだけは分かりますお」
逡巡。
男は、僅かに思いを巡らせ、そして立ち上がる。
(,,'゚ω'゚)「……なら、探してみるといい。
だがそれは、自分の力で探すんだ」
(∪´ω`)「分かりましたお」
783
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:28:24 ID:K.ug12hY0
(,,'゚ω'゚)「俺には、丁度お前ぐらいの息子がいてな。
できれば、死んでほしくない。
厳しい事を言うようだが、ここはイルトリアで、力だけがルールを変え、力が全てを変える時代だ。
一度吠えたなら、最後までやって見せろよ、ブーン」
(∪´ω`)゛
頷くと、男は不器用な笑顔を浮かべた。
(,,'゚ω'゚)「……俺の、おじさんがな、お前に礼を言っていたよ」
(∪´ω`)「おじさん?」
(,,'゚ω'゚)「ディートリッヒ・カルマっておじさんさ。
あんなに笑う人だって、初めて知ったよ」
(∪´ω`)「お! ディートリッヒさん!」
(,,'゚ω'゚)「また会って、美味いステーキを焼いて食わせたいって言ってたよ。
さぁ、ブーン。
俺はここの鍵をかけたりするから、お前は街に行って、自分にできることを探すといい。
怖かったり、危なかったらこの基地に戻って来ればいいさ。
この基地にいた連中はほとんど排除したから、街よりは安全だ」
(∪´ω`)゛「分かりましたお」
ブーンは来た道を戻り、入り口の前に停めていたディ――タイヤは地上用のそれに交換済み――のエンジンを始動させる。
骨伝導式のインカムを通じてディに語りかけた。
(∪´ω`)「ディ、一緒に来てほしいお」
(#゚;;-゚)『……よく考えましたか?』
少しためらいがちに、ディが答える。
(∪´ω`)「うん。 僕はまだ知らないことが多いお」
(#゚;;-゚)『戦場で学べることもありますが、生きて戦場の外でしか学べないこともあります。
無理に戦場を駆ける必要はありませんよ』
(∪´ω`)「分かってるお。
でも、今しか分からないことも、今しかできないこともあるお」
(#゚;;-゚)『……非合理的な判断ですね。
ですが、友人として、手を貸しましょう。
危険だと判断した場合、即座にここに帰ってきます。
それが条件です』
(∪´ω`)「ありがとう、ディ」
784
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:29:10 ID:K.ug12hY0
(#゚;;-゚)『どういたしまして、ブーン』
ディに跨り、ハンドルを握る。
しがみつく様にタンクを脚で挟むと、ディがゆっくりと走り始める。
銃声と爆音が相変わらず鳴り響く街。
炎でオレンジと黒に染め上げられた街並みは、不気味な姿そのものだった。
(#゚;;-゚)『何か目星は?』
激しい防衛戦の影響で明かりを失ったイルトリア軍基地の敷地内は、幸いなことに戦闘が起こっておらず、一見すれば安全な状態だった。
しかし一度敷地の外に出れば、待っているのは紛うことなき戦場だ。
その戦場を何の目的も、目標もなく動くのは自殺行為だ。
何かをしたいと願い、思うことは自由だ。
だが、行動には常に責任が生じる。
自分の力だけで何かを成そうとするならば、それは自己責任として己に返ってくる。
無論、ブーンはそれを理解していた。
決して無策でもなければ、自棄になっていたわけでもない。
基地に上陸した時に、抱いた疑問があったのだ。
ディの言葉に、ブーンは、彼女にしか伝わらないであろう言葉を伝えた。
(∪´ω`)「……何か、変な音がするんだお」
(#゚;;-゚)『変な音?』
(∪´ω`)「ここに来た時には聞こえなかったけど、今は聞こえている音だお。
キーンって、音」
それは耳鳴りに近い音だった。
極めて小さく、震えるような音。
爆発音の合間に聞こえてくるその音は、一種の違和感だ。
(#゚;;-゚)『状況の変化、ですね。
……あっ、分かりましたよ。
暗号化された短距離無線通信の電波が出ています。
これは懐かしいですね』
ディがどこか嬉しそうに、そんな答えを出す。
(∪´ω`)「お?」
(#゚;;-゚)『昔は、手紙や電話をまとめたような技術があったのです。
これは、その通信機の基地局が発する音ですね』
(∪´ω`)「……それって、イルトリアの?」
(#゚;;-゚)『いえ、これはあまりにも古く、そして新しすぎる技術です。
間違いなく、敵のものです。
この電波を止められれば、イルトリア側にとって有利になると思いますよ』
785
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:29:39 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)「止め方、分からないお……」
機械の取り扱いは、全く練習してこなかった。
出来るのは頼まれた通りにボタンを押す程度。
聞いたこともない複雑な機械を取り扱うなど、どれだけ頑張っても無理だ。
(#゚;;-゚)『簡単です。 撃って、壊せばいいんです』
(∪´ω`)゛「それならできるお」
それならば、ブーンにもできる。
むしろ、それでいいのであれば率先して行えるぐらいだ。
(#゚;;-゚)『電波を発する機械は屋上に設置するのが定石です。
私がブーンを連れて行けるのはビルの前までです。
どうです? やってみますか?』
(∪´ω`)「やるお」
(#゚;;-゚)『では、行きましょう。
丁度、地上に――』
ブーンの感じた悪寒とディの沈黙は、同時だった。
ブーンはディにしがみつき、ディは警告なしで一気に加速して走り出した。
直後、ブーンの頭があった場所を何かが通り過ぎる音。
すでにそれは遥か彼方に過ぎ去り、ディは基地内を疾走する。
(#゚;;-゚)『……銃撃です。
基地内に潜んでいたようですね』
(∪;´ω`)「お」
このまま街中に逃げることも出来る。
だが、それではこの基地が襲われる。
ヒートの遺体がある基地が襲われれば、弔うことが出来なくなる。
そう考えた瞬間、ブーンは今自分が何をすべきかを躊躇いなく決定していた。
両足の力だけでディにしがみつき、懐からベレッタを取り出す。
既に薬室に弾は入っている。
安全装置を解除し、ブーンは覚悟を決めた。
(∪´ω`)「……絶対に、ここで止めるお!!」
(#゚;;-゚)『分かりました。
――搭乗者の生命の危険を感知。
それに伴い、プログラムの書き換えを実行。
遵守事項Aを例外的に凍結。
搭乗者の生命を最優先に行動します』
786
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:30:21 ID:K.ug12hY0
かまぼこ型の建物が並ぶ基地内の路面は、滑らかなアスファルト。
ディが走行するための環境としては、申し分のない状況だ。
少なくとも速度が落ちるようなことはなく、常に高速での移動が可能になる。
運転はディが自動で行うため、ブーンがすることは索敵と攻撃。
目まぐるしく移り変わる景色の中、攻撃の飛んできた方向に視線を向ける。
それは、400メートルは離れた位置にある建物の影だった。
人影らしきものも確認できたため、ブーンはそこに敵がいるのだと判断。
視線と声で、ディに方向を伝える。
(∪´ω`)「見つけたお!!」
(#゚;;-゚)『落ちないように気を付けてください』
加速。
両足に加わる力がより一層増し、風がブーンを吹き飛ばそうとする。
スクリーンが自動で上昇し、ブーンにぶつかる風を極限まで軽減した。
(#゚;;-゚)『狙いを外さないように気を付けて』
そう言うと、ディのライトが全て消える。
街の炎以外に明かりがない今、こちらの位置を示す光がなくなれば、敵の射撃の精度が落ちるはず。
仮に棺桶を使っていたのだとしたら、ディが無事であるはずがない。
むしろ、接近戦に持ち込めば瞬間的な加速力で勝る棺桶に分があるため、何を選んだとしても優位性は向こうにある。
そうしないということは、棺桶がないか、何かそうできない事情があるのだ。
今の今まで隠れ潜んでいるということは攻撃のタイミングを窺い、何かしらの理由でブーンに標的を切り替えたのだ。
その理由を考える間にも、ディが敵に肉薄する。
影の数は少なくとも二種類。
こちらの接近に気づき、物陰に消えるがそれは罠であることは言を俟たない。
しかしそれでも、こちらが逃げるわけにはいかない。
逃げ道を後ろに用意することも可能だが、それでは相手の思う壺。
そうならないためには、逃げ道を自分の前に設けるしかない。
案の定、こちらが接近していることに違和感を覚えたのか、うろたえるような気配を感じる。
バイクに乗った子供が自分たちに向かってくるなど、考えに至らなかったはずだ。
(∪´ω`)「ディ、登れる?」
(#゚;;-゚)『えぇ、登れますよ』
刹那、ディの車高が一段高くなる。
そして、敵の隠れた壁と反対側の壁に前輪が触れた瞬間、まるで巨大な波を乗り越えるような感覚がブーンを襲う。
たまらず左手でハンドルを握る。
(#゚;;-゚)『もうちょっと』
787
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:31:14 ID:K.ug12hY0
その言葉の通り、それは一瞬で終わった。
かまぼこ型の建物の頂上に到達すると、ディはブーンの言葉を待った。
それは僅か1秒にも満たない刹那に等しい時間。
敵がこちらの意図に気づく前に攻撃しなければ、この行動の意味はない。
(∪´ω`)「……10時」
(#゚;;-゚)『気を付けて』
右手で構えるベレッタの銃把を、もう一度握り直す。
これから人を殺すかもしれない。
人を撃つことはあっても、殺したという自覚はまだない。
空の上で人を撃ったが、それでも、ブーンはその末路を見ていない。
しかし、ここからは違う。
明確に人を撃ち、そしてその死を受け入れなければならない。
命を奪い、奪われる覚悟を決めて挑む。
ディがいなければ、その勇気は出なかったことだろう。
(∪´ω`)「いくお」
そして、ディが静音モードに切り替えると同時に加速し、屋根から飛び降りた。
眼下に見えたのは、離れた位置に点在する四人の影。
思っていた二倍の数の敵だったが、それでも、ブーンにできるのは集中することだった。
迷わず、まずは明確に殺す対象を定めること。
上空という優位性を手に入れたブーンは、それを余すことなく活用した。
イルトリア軍人との訓練で、ブーンは三次元的な戦い方を学んだ。
それはデレシアが得意とする戦い方で、屋内にあっても健在だった。
それが屋外、それも、こちらが位置的に優位な場所を有している場合であれば耐性のない人間は成す術もなく屠られる。
空中は逃げ場がなく、必殺を確信しなければ選ぶべきではない位置だというのはよく分かっている。
しかし今は、選ぶべき位置だった。
今、ブーンは必殺を確信していた。
バイクが建物を乗り越え、あまつさえ頭上から降ってくるのだ。
普通であれば考えられない。
考えたとしても、あり得ない、と一笑に付すことだろう。
だからこそ、意味がある。
('(゚∀゚∩「んなっ?!」
届いたのは、狼狽する男の声と匂いだった。
ブーンが銃爪を引いた瞬間、男は驚愕に目を見開いたままその場を飛び退こうとする。
それでも、その反応はあまりにも遅かった。
銃弾は男の太腿を撃ち抜き、足首の真上にディの前輪が着地する。
('(゚∀゚;∩「ぎゃあああああああ!!」
788
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:31:36 ID:K.ug12hY0
骨が砕けた音にかぶさるようにして絶叫が響く。
そして、ディは着地の衝撃を生かし、男の足首を踏み台にして後輪を持ち上げ、容赦なく男の顔に振り下ろした。
そのまま加速し、後輪が男の顔を削る。
今度はブーンが物陰に向かって隠れる番だった。
(#゚;;-゚)『数で不利があり、手数が満足にない場合は一撃離脱が有効です』
(∪;´ω`)「おっ」
ブーンが撃ったのは一発。
ディが与えたのは二発。
実質、三撃離脱ではあったが、一瞬の間にそれだけの攻撃を与えられたのはディがいての事。
こちらが返事をするよりもずっと前に、ディは走り出している。
(#゚;;-゚)『さぁ、次に行きますよ』
(∪´ω`)「お!」
その時、ブーンの耳が声を拾う。
「ハイン、あなたは先に市長を!!」
「ここは我々が抑えておきます。
すぐに追いつくから、さぁ!!」
「……ごめん!!」
男が二人、女が一人。
言葉が正しければ、この状況下で誰かを逃がし、市長の元へと向かわせた。
基地を狙う人間と戦うか、それとも、市長を狙う人間を追うか。
(∪;´ω`)「ど、どっちを……!!」
(#゚;;-゚)『選びなさい、ブーン』
戸惑うブーンに、ディの一喝にも似た一言。
迷っている暇などないのだと、ブーンは気を持ち直す。
(∪;´ω`)「なら、足止めをする人たちを!!」
決断を声に出す。
そして、ディはその場から距離を取るようにして走り出した。
大周りで走りつつ、ブーンの視界が常に敵に向けられるよう、弧を描くようにして移動をする。
敵の位置は常に中心。
後は、距離を詰めていくだけだ。
(#゚;;-゚)『一旦別れましょう』
789
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:32:36 ID:K.ug12hY0
詳しいことは聞かなくても分かる。
このまま戦うことになっても、敵が追うのはブーンというよりも目立つディの姿だ。
一度印象付けられた敵の姿というのは、そう簡単に消えるものではない。
だがこれは、ディを囮に使うのと同じ行為だ。
早々に終わらせなければ、ディが殺されてしまう。
ブーンは少し考え、シートの上で立ち上がった。
立ち上がると、流石にスクリーンでも風を防ぎきれない。
(∪;´ω`)「おっ!!」
ディに跨っていた時とは、まるで感覚が違う。
吹き荒れる風の中、立っているのがやっとだが、ブーンはサイドパニアを掴んでディの後ろに移動する。
自殺行為ともとられそうな行動だが、自分の身を隠しつつ高速で移動するにはこれしかない。
グラブバーを掴み、慎重にかつ素早く体を地面に近づけて行く。
ブーツの踵が地面の上を滑り、ソールが削れていく。
自分自身も十分に加速し、走り出す体制が整う。
(#゚;;-゚)『今』
そのタイミングで、ブーンはグラブバーから手を離した。
無人となったディが疾走する姿が遠ざかるが、ブーンもその後を追従する。
狙うのはブーンを待ち構えている二人だ。
この場合の戦い方は一つだけ。
ディに意識を奪われている相手を、出来る限りすぐに殺すことだ。
不思議と、ブーンは誰かを殺すということが確定した今でも、心が穏やかなままだった。
出来れば殺しはしたくないが、今は、殺すか殺されるかの瀬戸際なのだ。
そう思うと、躊躇う必要がどこにもない事に気が付く。
姿勢を低く、かつ出来る限りの前傾姿勢。
卓越した体幹と各関節の柔らかさが実現した、ある種、人類が到達できなかった異次元の走り。
|(●), 、(●)、|「来たぞっ!!」
(//‰゚)「そう何度も……って、いな――」
――ブーンの姿は、ディよりも数秒遅れて男たちの前に現れていた。
(∪´ω`)
姿勢を低くしながら滑り込みつつも、構えは両手。
照門と照星を覗き込み、だが、全体的な視界は相手にだけ集中しないように広めに確保。
呼吸の度に上下に揺れる照準の感覚を把握し、タイミングを掌握。
相手の装備を目視し、ボディアーマーを避けるために頭部に狙いを定める。
790
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:35:32 ID:K.ug12hY0
呼吸も、走る速度も変えずに。
ただ、確実に撃ち殺すために。
ただ、効率よく命を奪うために。
ブーンは殺意を込めて銃爪を引いた。
(//‰゚)「ごっ……ふ……」
銃弾は男の喉を貫いた。
血を吐き出し、男が膝を突く。
二発目の銃弾が、もう一人の男の頬を撃ち抜く。
|(●), 、(●)、|「にぎゃっ……!!」
三発目は男の胸部を貫くも、命を奪うまでには至らない。
恐らくは肺を貫いただろう。
続く四発目は焦ったせいで腹部を抉り、五発目に至っては肩に命中した。
ここまでにかかった時間は僅かに2秒だったが、体感はその十倍以上だった。
最後の一人をこのまま放置すれば、ほどなく死ぬのは心音から明らかだった。
自分が息を止めていることに気づき、六発目を撃つ前にその場で立ち上がって肩で息をする。
(∪;´ω`)「はぁっ……はあっ……!!」
緊張で呼吸が乱れたブーンの前に、ディが停まる。
(#゚;;-゚)『さぁ、もう一人を追いますよ』
(∪;´ω`)「うん!!」
二人の命がどうなったのか、ブーンは見届けることはしなかった。
恐らくはこのまま死に絶えるのだろう。
しかし、それは些事だ。
今は、市長を狙うもう一人を追う必要があった。
イルトリアを束ねる市長、フサ・エクスプローラーが死ねば、この戦争は圧倒的不利になる。
それだけは断言できる。
(∪´ω`)「探そう!!」
ディに飛び乗り、すぐに走り出す。
逃げ出していた女は、すぐに見つかった。
銀髪を風になびかせ、ディを気にした様子はまるでない。
だが突如として立ち止まり、腰から煌めく何かを抜き放った。
(#゚;;-゚)『おや』
从 ゚∀从「ちっ」
791
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:36:56 ID:K.ug12hY0
振り向きざまに抜き放ったのは、まるで紙のように薄い刀。
刃がブーンのすぐ目の前を通り過ぎ、前髪を数本切り裂く。
車体を横倒しにするほどバンクさせていなければ、ブーンの首が切断されていたことだろう。
ブレーキ痕が残る程の急静動でディが停車し、即時反転させたのは機械だからこそできた判断だ。
これが人間であれば、反応は間に合わずに終わっていたはずだ。
ディは即座に距離を取りつつ、女の次の動きに合わせて位置を変えていく。
飛び道具の類があっても、それを回避できるだけの余裕を持ちつつも、エンジンを吹かして威圧感を与える。
それはまるで獣の唸り声だった。
(∪;´ω`)「……どこかで、あの人」
从 ゚∀从「んだよ、耳付きの糞ガキかよ!!」
つまらなそうにそう吐き捨て、女は手に持っていた刀を捨てた。
从 ゚∀从「死ね」
刹那、ブーンが発砲するのと女が懐から拳銃を取り出すのは同時。
命運を分けたのは技量と経験の差だった。
ブーンの銃弾は女の耳を掠めたが、女の銃弾は精確にブーンの顔に向けて放たれていた。
こちらに対する殺意と銃腔の向きを見極めていたブーンは、それを紙一重で避けた。
だが、無理な姿勢で回避したことによってディから落ちてしまう。
落下のダメージを軽減するために転がり、すぐに立ち上がろうと地面に手をつくも、全身の激痛に動きが僅かにだが鈍る。
その背に二発目の銃弾が放たれる前に、ディが女に突進していた。
从;゚∀从「んだこいつ!!」
銃弾がカウルに命中するも、ディの速度は落ちない。
人間や生物と違って痛覚がそもそも存在しないため、飛び石が当たった程度の認識なのだろう。
ディの突進を寸前のところで回避し、女は苛立たしそうにディを狙って拳銃の銃爪を引いていく。
だが人間の動体視力で追いきれない程の速度と翻弄するような動きで、銃弾は空しく暗闇に消えて行った。
その隙を狙い、ブーンは射撃を敢行する。
从;゚∀从「うっぜぇなあ!!」
しかし、こちらの殺気を悟られたのか、銃腔の先から巧みに体を反らして銃弾を回避。
体のバランスが悪いのか、どこか人形じみた動きをしている。
それでも、極めて柔軟に体を動かしての回避行動は持って生まれた運動神経の高さを示している。
从 ゚∀从「犬コロが!!」
(∪´ω`)「!!」
再び銃腔が向けられる。
その動きの中で、ブーンが注目したのは目の動き、指の動き、腕の動き。
全身が次の動きを物語ることを、ブーンは良く分かっている。
そこに殺意という拭いようのない香辛料が振りかけられれば、発砲よりも先に動くことができる。
792
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:37:18 ID:K.ug12hY0
発砲炎を目視するよりも先に、ブーンは即応していた。
从;゚∀从「なっ!?」
地を這うほどの低い姿勢からの加速。
そして狙ったのは、近接戦だった。
互いに手を伸ばせば届く距離にまで接近し、ブーンは拳銃を体に密着させるようにして構えたまま連続で三発撃つ。
胴体に命中するが、甲高い金属音が鳴り響く。
从;゚∀从「ガキがっ……!!」
(∪;´ω`)「おっ!!」
強化外骨格の装甲さえ撃ち抜ける銃弾だが、女の身に着けているボディアーマーはそれを防いだ。
相当に分厚い金属板が仕込まれているのだろう。
しかしそれでも、衝撃を殺すことはできない。
バランスを崩してたたらを踏み、怒りにまかせた回し蹴りがブーンを襲う。
仰け反り、それを避ける。
続いて銃床が振り下ろされるが、バックステップで十分に距離を取って回避しつつ、銃爪を引く。
今度は足を狙った。
从;゚∀从「無礼るなよ!!」
まるでそう来るのが分かっていたかのように、女は身をよじり、回避した。
予期していたとしても、この至近距離での回避は至難の業だ。
一歩間違えれば間違いなく大怪我に繋がる状況で、確信を持って行動したのは経験値の高さを物語る。
ブーンの拳銃は全弾を撃ち切ったために遊底が完全に後退し、ロックがかかる。
(∪;´ω`)「くぅっ……!!」
手に感じた衝撃に、反射的に焦りが生まれる。
从 ゚∀从「邪魔してんじゃねぇ!!」
銃腔がブーンを向く。
同時にブーンに向けられた殺意の籠った目線は、まるで蛇のそれ。
だが、僅かに銃腔はブーンの顔からずれていることに気づいた。
疲労か、焦りか、それともこの暗さと雨が影響しているのか。
いずれにしても、この好機を逃すわけにはいかない。
だが弾倉を交換している時間はない。
近接戦で制圧するには技量に圧倒的な差がある。
それでも、やるしかない。
戦うと決めたのだ。
殺し合うことを受け入れたのだ。
どれだけの困難が目の前に立ちはだかろうとも、前に進むことを決めたのだ。
ならば、ブーンは前に進むためだけにやるべきことをやるだけなのだ。
793
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:37:48 ID:K.ug12hY0
黒い雨が睫毛からしたたり落ちる。
もっと。
もっと、意識を集中させ、全身に血液が駆け巡るのを感じ取る。
体の末端まで感覚を掌握し、そして、その結果として得るのは並外れた動体視力と洞察力。
それた銃腔と相手の視線の乖離を、見逃すことはなかった。
こちらが相手の動きを観察していることを察したらしく、フェイントを交えているのだ。
降り注ぐ雨の一粒を視認できるほどの濃密な時間の中、ブーンの体は、だがしかし機敏に動いていた。
四肢に独立した思考が存在するかのように、頭ではなく体が次の行動を理解している。
拳銃を左手の甲で横に逸らした直後、耳のすぐそばで発砲される。
爆発音にも等しい銃声に、本能が目を閉じさせようとする。
それを無視し、ブーンは更に一歩詰め寄ってヒートから教わった必殺の攻撃を敢行する。
曰く、女子供の護身術。
曰く、非力な者が持つ槍。
曰く、年齢と性別を超越した最高の打撃技。
从;゚∀从「いづっ!?」
全体重と勢いを乗せて放ったのは、踵による一撃だ。
足の甲に向けて放った一撃は、骨が折れる音が示す通り、確かに女にダメージを与えた。
更にブーンは、片手で弾倉を排出。
女の足の上で体を捻りながら脛に回し蹴りを当てた。
再び、骨が折れる音が聞こえた。
从;゚∀从「ごっ!! こ、いつっがあああ!!」
軸足を失った女が怒りに身を任せて腕を振るも、地面という支えを失った状態で放つ攻撃は先ほどまでと違って精彩を欠いている。
避けたまま、もう一方の足首目掛けて踵を落とす。
絶叫がブーンの耳をつんざくが、女は意外なことに倒れなかった。
瞠目するブーンの横面を、硬い銃床が強かに殴りつける――
(#゚;;-゚)『駄目です』
――その刹那。
横合いから一瞬にして加速したディが女を跳ね飛ばし、ブーンを庇うような位置を取る。
優に10メートルは吹き飛んだ女がうめき声を上げる。
从;゚∀从「く……そが……」
一瞬だけ呆気にとられたが、ブーンは落ち着いて新たな弾倉を装填する。
遊底を引き、初弾を薬室へと送り込む。
ディに跳ね飛ばされた女は、それでも立ち上がり、殺意をブーンへと向けてくる。
ベレッタを構え、狙い撃とうとした、その時。
「悪いが、そいつは俺が殺す」
背後から聞こえたのは、ブーンの知る男の声。
794
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:38:23 ID:K.ug12hY0
ミ,,゚Д゚彡
イルトリア市長、“戦争王”フサ・エクスプローラーだ。
雨で濡れた地面を踏みしめ、大股で女に近づいていく。
その背にある巨大なコンテナは、これまでに見てきたどのCクラスの棺桶のそれよりも大きい。
移動を補助するキャスターのタイヤが通常の倍以上の太さがあることから、その重さはブーンの想像を軽く超えることだろう。
だというのに、フサはそのキャスターを使うことなく棺桶を背負い、悠々と歩いている。
ミ,,゚Д゚彡「イルトリアへようこそ、虫螻。
喜べ、お前は今日、ここで死ぬ」
从;゚∀从「フ……サぁ……!!」
その瞬間の女の声は、とても人のそれとは思えない程の怒気を孕み、殺意を纏っていた。
漂わせる匂いも、ただの暴力的な感情一色に染まる。
これだけの雨の中でも、女が放つ凶悪な匂いには僅かな恐れの色が滲んでいた。
从#゚∀从「フサ……エクスプローラーぁぁぁぁあああああああああ!!」
骨とは、人間の体を支える唯一無二の存在だ。
折れれば当然、その個所を支えることは物理的に不可能になる。
だというのに、女は折れた足で走り出していた。
手に持った拳銃を連射しながら、そして、叫びながら。
鬼気迫る様子に、ブーンは思わずたじろぐ。
人はここまで狂気に染まることができるのかと、恐れを抱かざるを得ない。
しかしフサは動じない。
女の動きを見定め、静かに女の下顎を蹴り上げ、回し蹴りが側頭部を直撃。
地面に頭を叩きつけられた女は何事かを口から呟こうとしたが、容赦なく頭部に降ろされた踵が、その全てを奪い取った。
その直前に、ブーンの目には女が笑みを浮かべた様に見えたが、踏み潰された頭はその表情の名残の一つも残さなかった。
ミ,,゚Д゚彡「……こいつ!!」
そしてそれは、直後に起こった。
女の体が一瞬だけ膨らんだかと思うと、血肉と臓物をまき散らして爆発したのだ。
文字通り血煙と化した女の肉片に混じり、白い骨も飛散する。
ブーンは咄嗟に爆発に対して背を向けて自分を守ったために、女の目の前にいたフサがどうなったのかは分からない。
不思議と爆風がブーンの傍を通り過ぎただけで、何か痛みを感じることはなかった。
ただ、血や臓物の類がローブに付着した感触だけはあった。
恐る恐る振り返ると、そこにはコンテナで背を守ったフサがいた。
そして更に、ブーンの前にはディが停まっていた。
ミ,,゚Д゚彡「まぁ、そう来るだろうな」
795
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:39:38 ID:K.ug12hY0
以前に何度も見たことがあるコンテナの使い方。
盾として十二分な厚みと頑丈さを持つコンテナであれば、ある程度の爆発でも使用者を守ることができる。
呆気にとられるブーンに近づき、フサは何事もなかったかのように手を伸ばした。
ミ,,゚Д゚彡「怪我は?」
ゴツゴツとした、まるで岩の様な硬さと武骨さを持つその手を取り、ブーンは立ち上がる。
(∪;´ω`)「大丈夫ですお!」
ミ,,゚Д゚彡「ディ、お前は?」
その問いかけに対して、ディが淡々と報告を行う。
(#゚;;-゚)『フロントフォーク、ホイール周辺に歪みが。
人間程度であれば歪むことはないと思っていたのですが。
ブーン、彼にそう伝えてもらえますか?』
ディの言葉をブーンがそのまま伝えると、フサは溜息を吐いて答えた。
ミ,,゚Д゚彡「あの女は体のほとんどが人工的な物に置き換わっているからな。
自爆する時には自家製のクレイモアになるって寸法だったわけだ」
(∪´ω`)「クレイモア?」
ミ,,゚Д゚彡「対人地雷だ。 まぁ、簡単に言うと破片をまき散らす爆弾だ。
ディ、走れるか?」
(#゚;;-゚)『不可能ではありませんが、走行に支障が出ています。
歪みが生じている個所のパーツ交換を願います』
言われるまでもなくその言葉をフサに伝えると、僅かに眉を顰めた。
それはまるで、痛い所を突かれたと言った風な反応だった。
ミ,,゚Д゚彡「今のところは基地と街の防衛で手いっぱいでな。
基地内にエンジニアはもう残ってないんだ。
倉庫で待っていてくれるか?」
(#゚;;-゚)『……分かりました。
ブーン、無線はつないだままにして下さい。
イルトリアの街中であれば、会話が出来ます』
足の速さが失われるのは手痛いが、それでも、一人でないと思えるだけでも十分だ。
積極的な戦闘ではなく、目標物の無力化が目的であるために行動ならば、一人でも進むことができる。
ミ,,゚Д゚彡「何て言っている?」
(∪´ω`)「分かった、って言っていますお」
ミ,,゚Д゚彡「合理的な判断だ。 ブーンはこの後どうするんだ?」
796
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:40:41 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)「通信機の中継局? だっけ?」
(#゚;;-゚)『えぇ、それで通じます』
(∪´ω`)「それを壊しますお」
ミ,,゚Д゚彡「そんなもんを用意されていたのか。
道理で連携が異常なわけだ」
(∪´ω`)「でも、危なくなったらここに戻ってきますお」
ミ,,゚Д゚彡「それがいい。 この基地は必ずしも安全じゃない。
一応、消毒はすぐに済んだがさっきみたいに潜んでいる可能性もある」
だが、とフサは一呼吸おいて続ける。
ミ,,゚Д゚彡「ヒートの眠っているあの安置所は、絶対に手を出させない。
俺が保証する」
(∪´ω`)゛「ありがとうございますお」
ミ,,゚Д゚彡「いいか、この街中がお前の味方だ。
お前は恐れず、お前のやるべきことをやればいい」
その言葉に、ブーンは僅かながら違和感を抱いた。
街中が、というのはどういうことだろうか。
何かの比喩か、それとも別の意味があるのだろうか。
それを察したのか、フサが不器用な笑みを浮かべて言った。
ミ,,゚Д゚彡「ペニサスのばーさんの教え子、ディートリッヒの友人、そんでもってデレシアの仲間ときたら、そりゃ誰だってお前の味方だ。
誰よりも優先してお前の手助けをしてくれるさ。
……無理だけはするなよ」
(∪´ω`)゛
無言で頷き、そして、ブーンは導かれるようにして走り出す。
理屈は分からないが、理由は分かる。
今は動き続けるしかない。
ヒートを失ってもなお、ブーンは動かなければならない。
797
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:41:42 ID:K.ug12hY0
動き続けなければ、涙が溢れ出てきてしまうのだ。
それでは、ヒートの想いに報いることが出来ないからこそ、動く。
走る。
疾駆する。
そして、戦うのだ。
自分に与えられた戦場を。
自分だけの人生を。
自分のための人生を。
――愛の意味を知る為に。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
一歩が小さくとも。
その手が小さくとも。
人は、それでも前に進む生き物なのだ。
――ハリー・“サンダーボルト”・コメット
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ニダー・スベヌがその異変に気づくのに、そう時間は必要なかった。
それまで円滑に共有されていた情報に明らかなラグが生じており、共有されている情報の一部が消えていた。
異変の正体はタブレット上にあった中継点と思わしき黄色い光点が消えていることに関係があるのだと、すぐに分かった。
これで、ニダーが想定していた光点の色分けの意味が正しかったことが分かった。
同時に、これは友軍の誰かがニダーと同じようにこの戦闘における不自然さに気づき、行動しているということも分かった。
<ヽ`∀´>「誰かが中継点を潰しているニダか?」
中継点が失われることで、タブレットが強みとしている連携力が弱まるのは良い。
だが、このままでは重要なタブレットを所有する要人を探すことが出来なくなり、情報を引き出すための機会が失われてしまう。
残された青い光点は一つだけ。
どうにか友軍に合流し、その光点を仕留める前に連携することが出来ればいいのだが。
既にニダーは自らが得た情報を軍と共有し、市街戦での攻勢が逆転しつつある。
それでも、物量による追い込みが激しい事には変わりがない。
気を抜けば即座に瓦解するような危うさの中、ニダーは既に消えた他の反応に関して思案を巡らせていた。
棺桶を装着した敵兵に対し、イルトリア兵はほとんど生身の状態で応戦している。
確かに彼らはそれでも応戦で来ているが、まるで、何かを待っているかのようだった。
大通りで車を遮蔽物にしつつ撃ち合いをする陸軍と合流した時、ニダーはその違和感を抱いたまま戦闘に参加していた。
光点を頼りに指示をしたことにより、軍の射撃制度は抜群に向上していた。
隠れた敵兵に対して榴弾を撃ち込み、出てきたところを狙い撃ちにする。
その間に接近した別動隊が排除し、徐々にそれぞれの区間や建物を消毒して回っている。
彼らが正式採用しているソルダットがほとんど見受けられないのは、あまりにも奇妙な光景だ。
それから推測できる理由は一つだけ。
798
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:42:04 ID:K.ug12hY0
<ヽ`∀´>「……どうしてここまで招き入れたニダ?」
あらゆる可能性を考慮した結果、ニダーはイルトリア陸軍大将“左の大鎚”トソン・エディ・バウアーに向かってそう尋ねたのであった。
(゚、゚トソン「どうして? と聞いている場合ですか、花屋。
お花の配達はいいのですか?」
<ヽ`∀´>「残り一人になっちゃったニダ。
そっちの作戦次第では諦めるニダ」
(゚、゚トソン「ふむ。 まぁ、いいでしょう。
我々は今、侵入者を挟撃しています。
必要だったのは、連中が全ての手札を切ること。
出し切ったのであれば、後はそれを全て挟み潰すだけです」
防弾着を着こむ彼女もまた、ライフルを構えて銃爪を引く。
本来、大将という存在は後方から指示を出す存在だ。
だというのに、彼女は率先して最前線で敵に対して攻撃し、己の姿を晒しながら指示を出している。
(゚、゚トソン「陸なり海なり空なり、どこから攻め込んで来ようともイルトリアは陸の街です。
ならば、陸軍が負ける道理がありません。
一度陸に足を踏み出した人間は、奥へ奥へと勝手に進みます。
その先に要人がいるという情報があれば、なおさらです。
そうして引き返せない地点にまで敵を誘い込み、後は――」
<ヽ`∀´>「海軍との挟撃ニダか?」
沖合での防衛にあえて失敗したと思わせ、敵を内地へと誘い込み、機を見て反転。
敵にとっては、攻め入っているつもりが一瞬で包囲されるという状況に転じる。
しかしトソンは表情一つ変えずにそれを否定した。
(゚、゚トソン「まさか。 海軍は呼び水程度です。
我々、イルトリア人が総出で挟撃し、圧殺するのですよ」
――その言葉の直後。
街の至る所から無数の照明弾、信号弾が打ち上げられた。
その光景はまるで花火の様だった。
ゆっくりと落ちてくる照明弾が燃え尽きる前に新たな照明弾が打ち上がり、夕方程度の明るさが街に戻ってくる。
散発的だった銃声が徐々に大きくなり、数が増えていく。
(゚、゚トソン「ここは、武人の都。
街にいる誰もが戦いを心得ています。
広範囲での挟撃では取り逃がす可能性があります。
穴に誘い込み、潰す方が簡単で確実ですから」
<ヽ`∀´>「……なるほど」
799
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:42:44 ID:K.ug12hY0
(゚、゚トソン「敵の武装も技量も、そして連携の秘密も分かりました。
我々はこれより攻勢に転じ、陸からの増援が到着する前に敵を撃滅します」
大型のコンテナを背負い、トソンはこれで会話は終わりだとばかりに歩き出す。
その背に向かい、ニダーは冗談じみた声色で小さく問いかける。
<ヽ`∀´>「勝算は?」
(゚、゚トソン「負ける要素がありません」
イルトリア陸軍、そして市民が一気に反撃を開始したのを見届け、ニダーは自らの戦いを再開することにした。
敵の優位性がほとんど崩れていることは否めないが、設置されている情報端末の中継点の破壊は早急に行うべきだろう。
今は各タブレットを繋ぐものとして使われているが、それが増援の敵兵に対して何か有益な力を持っているかは分からない。
無力化させるのは必然の事だが、正直、それを一般市民やイルトリア軍に任せるのはあまりにも勿体ない話だ。
彼らの強みである連携力と個々の経験値は、ニダーが代わりにどうこうできるものではない。
情報共有が済んだ以上、徹底してサポートに回るのが今の彼には求められている。
タブレットを見ながら、黄色の光点を潰すために走り出す。
<ヽ`∀´>「さて、どこの誰が……」
と、言ったところで新たに光点が消える。
すぐ近くの光点だっただけに、ニダーはその場所に急いだ。
建物の屋上であることは間違いないだろう。
トソンからもらい受けた簡易偵察用脚力強化外骨格のスイッチを入れ、ニダーは建物の壁につま先を突き刺しながら壁面を登った。
屋上への登頂を成功させたニダーが見たのは、小さな少年の姿だった。
ライフルが背に回っていることもあり、ニダーはその光景に即応できなかった。
(∪´ω`)「お?」
耳付きの少年は、まるで動じた様子もなく拳銃を構えてニダーを待っていた。
壁を登ってきた音に反応して構えていたのだろうが、彼を驚愕させたのは、少年が銃爪を引かなかったことだ。
この状況下でまともな神経を持つ軍人であっても、反射的に撃ってきたことだろう。
しかし、少年は撃たなかった。
こちらが友軍と分かっていたのだろうか。
もしくは、屋上に現れた瞬間にこちらの服装から味方と判断したのか。
いずれにしても、ただの少年ではない。
少年兵の類をイルトリア軍が採用しているということは聞いたことがない。
しかし、ビーストという部隊が存在する以上は何があっても不思議ではない。
知りたがりの悪癖が、ニダーの口を開かせた。
<ヽ`∀´>「どうしてウリを撃たないニダ?」
(∪´ω`)「……ロマさんの匂いがしましたお」
<ヽ`∀´>「ロマさん?」
800
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:43:14 ID:K.ug12hY0
(∪´ω`)゛「ロマさん」
ロマ、と言えばイルトリアの前市長、ロマネスク・オールデンの事だろう。
しかし、このような少年がロマネスクと知り合いとは考えにくかった。
陸軍にいる知り合いなのだろう。
<ヽ`∀´>「……そうニダか」
だが少年は、ニダーが敵意を向けていないというのに、銃を降ろそうとはしなかった。
油断のない性格をしているのだろう。
<ヽ`∀´>「ウリはニダー、ニダー・スベヌ。
ジュスティアからここに手伝いに来たニダ。
なぁ、さっきから何か壊して回っているニダね?
その手伝いに来たニダ」
(∪´ω`)「分かりましたお」
<ヽ`∀´>「どうしたら銃を降ろしてくれ――」
次の瞬間、少年の銃が火を噴いた。
放たれた銃弾はニダーの顔の傍を通り、背後の闇へと消える。
正確には、背後からこちらの様子を窺っていた敵棺桶のヘルメットを狙って放たれた銃弾。
『糞!! ボビーが撃たれた!!』
ニダーはほとんど条件反射で、少年の方に向けて走り出していた。
横を通り過ぎ、遮蔽物に身を隠す。
その間に、少年は数発ずつ牽制の銃弾を放ちつつ、ゆっくりと後退してニダーの傍にまで来る。
ある意味で訓練通り、そして初々しい対応だ。
(∪´ω`)「手伝ってくれますかお?」
隣にやってきた少年がそう尋ねてきたことに、ニダーは僅かだが虚を突かれた思いだった。
この少年の気持ちが分からない。
人の気持ちについてはかなり理解のある方だと考えていたのだが、まるで読み切れない。
疑っているのかと思えば、手のひらを一瞬で返す。
それでいて油断なく周囲に目を向け、適切な対処ができる。
何なのだろうか。
耳付きという人種に対して、ニダー個人としてはあまり気にしたことはないが、こうして近い距離で話す機会はあまりなかった。
ジュスティアにおいてもそうだが、基本的にほとんどの地域で耳付きは差別の対象となっている。
奴隷として売られ、玩具として売られ、そして消耗品として捨てられる。
それが、耳付きという人種に対する世間一般の反応だ。
例外はイルトリアぐらいなものだろう。
そういった背景を考えれば、少年がニダーに対して銃腔を向けるのは決して不自然な話ではない。
801
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:43:56 ID:K.ug12hY0
彼等にとって、人間は自分たちを傷つける存在なのだ。
イルトリア人であればそうではないだろうが、見るからにイルトリア軍でもないニダーであれば、どのような対応をされるのか分からない。
分からないからこそ、敵意を向けられる前に殺意を持って反応するのだろう。
しかし彼はそうではないようだった。
<ヽ`∀´>「あぁ、手を貸すニダ。
君は何をどうすればいいのか分かっているニダ?」
(∪´ω`)゛「お。 変な音のする箱を止めるお」
<ヽ`∀´>「そりゃ奇遇ニダ。 ウリも、その箱を止めに来たニダ。
ウリはその箱がどこにあるのか分かるニダ。
二人でやれば、作業がスムーズにいくニダよ」
(∪´ω`)゛「分かりましたお」
<ヽ`∀´>「それで、君の名前を知りたいニダ」
(∪´ω`)「ブーン、ですお」
小さな手と血まみれの手が握手を交わす。
同等の目的の為に。
対等な力で。
<ヽ`∀´>「よろしくお願いするニダ、ブーン」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
生きた証を残すのなら、カメラ以上の物は存在しない。
それを撮影した人。
そして、撮影された人の人生を切り取るのだから。
――とあるカメラメーカーの広告より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ニダーとブーンが共同で作戦を開始した頃、アサピー・ポストマンはカメラの持つ魔力に魅入られていた。
それはジャーナリストとして、そしてカメラを持つ者としては抗えない魔力だった。
カメラ越しであれば自分が傍観者として全てを見ることができ、記録することができる、という錯覚。
銃弾さえも自分を避けるのではないかという、あまりにも身勝手な錯覚。
(-@∀@)「ふぅ……ふぅ……」
つ【::◎:】
まるで奇妙な流星群のように、頭上に輝く照明弾。
いくつもの恒星が現れ、そして街並みを照らし出す。
空を除けばほとんど真昼の様な、あるいは、満月の夜の様な白と黒の世界が広がる。
夢中でシャッターを切る中、イルトリア人が一斉に攻勢に転じたことにいち早く気が付き、アサピーは今しか撮れない写真があると焦り始めた。
802
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:44:18 ID:K.ug12hY0
駆ける軍人。
負傷者を運ぶ民間人。
地面に広がる血溜まり。
薬莢の煌めき。
銃声、爆発音を主とした破壊音が街中に広がる。
ジュスティアやニョルロックと言った大都市と比肩しても遜色のない近代的建造物の街並みが、炎と照明弾で不気味な表情を見せている。
全てが幻想的。
全てが退廃的。
その全てをカメラに収め、それでも飽き足らず、アサピーは戦いの場所へと進む。
もう、足を止めたりする気持ちはなくなっていた。
恐怖は依然としてあったが、自分の撮影したものが最終的に世に残されるのであれば、ここで戦う価値があると分かっているのだ。
(-@∀@)「……数だけなのかな」
それは、撮影していてふとアサピーの中に浮かんだ純粋な疑問だった。
イルトリア相手に物量で襲い掛かるというのは、技量の足りない人間であれば誰もが考えつく方法だ。
一般的な軍隊の戦闘能力についてアサピーは熟知しているわけではないが、それでも、ジュスティアとの拮抗状態が何よりも雄弁にその力を示している。
長年その手段が取られてこなかったということは、やはりそれでは通じないということがどこかで分かっていたのだろう。
仮に、今回の敵が数と質を兼ね備えていたとしても、イルトリアを相手取って十分な程のものなのだろうか。
その質とはどれだけ高い物で、どれだけの力があるのだろうか。
ジュスティアを上回るのだろうか。
それとも、何か絶対の自信を持った戦術、あるいは戦略があるのだろうか。
ゆっくりと歩きながら、アサピーは思考を巡らせる。
もしも自分が攻め込む側であれば、勝算のない戦いは絶対にしない。
物量による制圧は囮。
その陰で、敵の最も嫌うことをするのが定石だ。
例えば、指揮官や司令部を直接叩き潰す斬首戦術。
例えば、外部からの絶え間ない増援による物量での圧倒。
もしくは。
もっと別の目的から目をそらさせるための作戦。
(-@∀@)「でも何だろう」
結局は彼の頭の中にある想像でしかない。
何かそういった噂を聞いたわけでもなければ、そういった情報を持っているわけでもない。
だが、このイルトリアとジュスティアに対する戦争の方法があまりにも分かりやすすぎた。
長い間の準備期間を経て、その結論が物量による全面戦争。
意外性という点では確かにあるが、イルトリア相手に本当に正面からの数字で圧倒できると考えたのだろうか。
アサピー程度の人間に分かることであれば、きっと他の人間にも分かることだ。
この戦争は複数の層に分かれており、見る人間、関わる人間によってその姿を変えるのではないだろうか。
今彼にできるのは、その一片を写真に収めることだけだ。
その一枚が、複数の真実を秘めているとしても、それを見つけ出すのはアサピーではないかもしれない。
803
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:44:39 ID:K.ug12hY0
(-@∀@)「でも……」
それでも、と欲望が心のどこからか湧いて出てくる。
この戦場で撮影すべき写真は、今のままの状態では撮れない。
何故かそれが確信できていた。
戦場の中心から心が離れているという不純な気持ちが、何よりそう思わせているのだ。
まるで誘蛾灯に群がる虫のように、アサピーの目は激しく燃える街の中心へと向かう。
銃声の大きな方に向かう。
足を止めることだけは、どうしても出来ない。
迷いや疑念を捨て去り、湧き出てきた思いを踏み潰すようにして歩く。
(-@∀@)「今しか」
そう。
今しか、ないのだ。
ここに今生きる彼にしか撮れない写真がある。
いつだってカメラマンは、そこにあるものしか撮影できない。
カメラのレンズにも左右されるが、目に見えている全ての撮影すらできない。
真実に近づいたカメラマンだけが、それを撮影する権利を得られるのだ。
(-@∀@)「今だけしか!!」
銃声は獣の咆哮と同じだ。
警告、殺意の現れ。
人間が本能的に回避する空間。
武器も、身を守るだけの技術もない人間が向かおうとは思うことのない領域。
純粋な好奇心が。
純粋な生存本能を押し殺し、アサピーを死地へと連れて行く。
止まれない。
止まらない。
カメラがライフルであれば、アサピーの姿は中々に様になったことだろう。
しかし彼が持つのは、どう見てもカメラだ。
戦場で一時間以上も生きていられるのが不思議極まりない状況なのだが、彼は確かにカメラだけでこの戦場を生き延びている。
そしてそのカメラが撮影したのは、彼にとって敵味方関係なく、ただ己の信念の為に戦う人間達の姿だった。
暗がりの中から奇襲を試みるジョン・ドゥ。
倒れた味方を引きずるイルトリア軍人。
燃える車の中にあるぬいぐるみ。
もう、戻ることのない日常の断片。
それを後世に残すことができるのは、カメラマンだけ。
戦場において最も愚かな人種である彼らだけが、誰にも見られることのない戦争と日常の境界線を世に発信できるのだ。
(-@∀@)「僕だけが!!」
804
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:45:06 ID:K.ug12hY0
――もしもこの時。
アサピーにもう少しだけ、自分を客観的に見る力と周囲の思考を慮る力があれば気づくことが出来ただろう。
彼は決して、運が良かったから今まで生き残れていたわけではないということに。
言わずもがな、イルトリア軍の援護があったからでもない。
殺されそうになる場面は、彼の知らぬところで何度も起きていた。
遠方からの狙撃。
物陰からの襲撃。
そのいずれも、他ならぬ彼自身の力によって未然に防がれていたのだ。
敵味方の区別も。
善悪の区別も。
そうした全ての境界線を無視し、ただ平等に戦争の一場面を切り取ろうとする真摯な姿を見て、自然と銃腔が彼を避けていたのである。
情報を得ていないイルトリア市民、ティンバーランドの兵士からも戦場にいる一匹の鳥のように認識されていたのだと、彼が知る由はない。
カメラがなければ。
銃腔を向けられていながらもカメラを手放さず、撮影を止めない姿勢を見せていなければ。
アサピーは戦場で10分と生き延びることはできなかっただろう。
彼は走り続け、撮影し続けることで生き延びることが許されていた。
一瞬でも彼がカメラを手放したり、命惜しさに逃げ出そうとしていればその背中はたちまちの内に穴だらけになったことだろう。
誰の味方でもなく、誰のためでもなく。
ただ、自分が納得のいく記録を残すために、アサピーは戦場の中心へと導かれる。
イルトリアが企てた作戦に誘導されるティンバーランド軍と同じように、中へ中へと進む。
引き返すことなど、頭にはない。
そして最前線。
戦場の最深部に導かれたのは、街中に散っていたティンバーランドの兵士とアサピーだった。
目抜き通りを通って街の中心へと進む間、アサピーは表現しがたい違和感を覚えていた。
背中に何かが刺さるような。
こう動くように誘導されているかのような。
自分の意思で動いているはずなのに、それが取り返しのつかない何かに繋がっている感覚。
返しの付いた罠にはまった動物は、きっとこういう感覚を覚えるのかもしれない。
〔欒゚[::|::]゚〕『ブラヴォー小隊?』
〔欒゚[::|::]゚〕『キュベック小隊が何故ここに?!』
二つの小隊、否、単純な種類で言えばその数倍の小隊が揃っている様子だった。
鋼鉄の仮面越しにも伝わる困惑。
合流し、体勢を立て直そうと隊列を立て直す。
まるで、そうするように仕組まれているかのように。
(;-@∀@)
つ::◎:】
805
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:45:30 ID:K.ug12hY0
カメラを持つ手が僅かに震えていた。
被写体はたちまちに小隊から中隊へと編成を変え、周囲への警戒を続ける。
見ていて気付いたのは、彼らが獲物を追って、あるいは追われてこの場に来たということだ。
つまりは誘われたということ。
アサピーが空気に誘われたのと同じように、彼らは獲物に誘導された。
だがそれを質と数の両方で打破できると考えたからこそ、この場に留まり、周囲への警戒を続けているのだ。
それに、とアサピーは思う。
彼等は侵略者であり、その進む方向性はいつだって内部に向いている。
攻め入った以上、退路はない。
アサピーも危険だということを重々承知で、中隊規模へと膨れ上がったジョン・ドゥの群れへと近づいていく。
会話が聞こえる距離にいてもなお、彼らはアサピーを一瞥するやそれを無視した。
複数の路地へと散開し、建物からの襲撃を警戒しているがまるで人の気配がしない。
不気味なまでに静かだった。
明滅するネオンの看板。
砕けたショウウィンドウ。
燃える車輌。
しかし、人だけがいない。
〔欒゚[::|::]゚〕『敵指揮官は見つかったか?』
〔欒゚[::|::]゚〕『陸軍大将が市街地にいるって目撃情報はあったが、どこにいるかまでは分からなかった』
炎を背に行進する部隊を、アサピーは写真に収める。
シルエットと僅かに照らされた輪郭があまりにも幻想的な光景に見えたが、果たして上手くそれを撮影できただろうか。
そう思った瞬間だった。
(-@∀@)「ん?」
最初は、蜂の羽音だと思った。
低く唸るような、それでいてどこか甲高い音。
本能的に音の方に顔を向け、カメラを向ける。
何かがいる。
兵士たちはアサピーよりも先にそれに気づき、ライフルを構えていた。
両者の動きには差があったが、銃爪を引くのとシャッターを切るのは同時。
黒い空を背に浮かぶ何かを撮影したアサピーと、それを撃ち落とそうと放たれた銃弾。
空中で何かが爆発して炎が降り注いだ時、その正体を理解した人間は皆無だった。
(;-@∀@)「うおわっ?!」
炎の雨が部隊を襲う。
ジョン・ドゥの装甲表面に張り付いた炎はそのまま燃え続け、熱されたライフルが暴発を起こす。
予備弾倉が爆発を起こし、不運なジョン・ドゥがその場で倒れて行く。
〔欒゚[::|::]゚〕『接敵!! 散開し、各個撃破しろ!!』
806
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:45:52 ID:K.ug12hY0
蜘蛛の子を散らすように、部隊が移動を始めた。
見事な統制力だった。
この場でパニックになっていれば、たちまちの内に大打撃を受けていただろう。
〔欒゚[::|::]゚〕『データリンクが追い付いた!!
いるぞ、近くに!!』
何がいるのだろうか。
誰が、いるのだろうか。
〔欒゚[::|::]゚〕『観測手より報告!!
……陸軍大将、トソン・エディ・バウアーだ!!』
その声。
その意識。
その殺意が向く先に、アサピーはカメラを構えた。
最大望遠で覗き込む先にいるのは、若い女。
彼らの言う通り、陸軍大将のトソンだった。
銃弾が雨のように撃ち込まれる中、まるで焦ることなくその口が動いて言葉を紡ぐ。
唇を読んで聞こえたのは、棺桶の起動コードと思わしき言葉の羅列。
My helmet is stifling. It narrowed my vision, and I must see far. My shield is heavy. It threw me off balance and my target is far away.
(゚、゚トソン『兜は息苦しく、盾は重い。 故に、兜を脱ぎ、盾を捨てん。 我が眼は彼方へ。 我が怨敵、彼方に在り』
背負ったコンテナに抱き込まれ、彼女の姿が消失する。
数十秒の後、そこから姿を現したのは赤と金色の装甲を纏った大型の棺桶。
ヘルメットというよりも兜という造形をしたその頭頂部には、馬の鬣のような赤い何かがたなびいている。
加えて、丸盾と長槍を持つその姿は、時代錯誤な兵士の姿だった。
..:::::[]
【[::゚ |メ]】
銃と爆薬を使う近代戦の中で当然のように淘汰されたその武器と防具は、あまりにも異様だ。
〔欒゚[::|::]゚〕『イルトリア陸軍大将?
ふん、そんなもの戦場のおとぎ話だ。
私がこの手で屠ってやるさ!!』
その姿を撮影しながら、アサピーは彼女が槍を構えていることに気が付く。
構えている、というよりもまるでその先にある物を指しているかのようだ。
そして、槍の向く先で爆発が起きた。
〔欒゚[::|::]゚〕『んなっ?!』
先ほど聞こえた羽音の様な音が聞こえたかと思うと、すぐにそれは爆発音と悲鳴に置き換わる。
建物の中からも爆発が起き、窓ガラスを突き破ってジョン・ドゥの破片が降り注ぐ。
情報の処理が追い付かない。
頭の中で考えが追い付かない代わりに、アサピーは夢中でシャッターを切るしかない。
807
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:46:15 ID:K.ug12hY0
見えるものが全てならば、写したものは全て以上の真実を世に残してくれる。
〔欒゚[::|::]゚〕『何かが飛んでいるぞ!!』
その正体が分からないままに、周囲へと銃を向けて銃爪を引き、そして爆死していく。
榴弾が撃ち込まれている様子ではない。
(;-@∀@)「こんなに正確に……」
問題は精度だ。
決して撃ち漏らしがなく、屋内に逃げ込んだ相手まで正確に爆殺している。
つまりは誘導式の爆弾。
そこまでは答えが出せたが、問題の解決にはつながらない。
トソンの棺桶の能力なのか、それとも伏兵がいるのか。
すぐ背後でその羽音を聞いた時、アサピーの思考は停止した。
だが彼の体は勝手に動き、羽音の正体にカメラを向けて撮影していた。
これが原因で死ぬかもしれなかったが、理性がすでに焼き切れている彼には、そんなことを考える余裕などない。
羽音の主がアサピーの顔の横を凄まじい速度で通り過ぎ、物陰でトソンに射撃を行っていたジョン・ドゥの顔の横で爆発した。
全くの偶然だったが、アサピーはその瞬間の撮影に成功していた。
そして彼の動体視力が、音の正体を見とがめていた。
小さな四枚羽の機械。
(;-@∀@)「な、なんだあれ」
アサピーはその機械を目で追えているが、何故かジョン・ドゥの射撃は精細さを欠いている。
まるで、その実像が見えていないかのように。
〔欒゚[::|::]゚〕『くっそ、糞!! 糞があああ!!』
叫ぶ男がまた一人、爆死していく。
トソンへと突撃を敢行し始めた部隊がまとめて爆破され、辛うじて生き延びた人間も新たな爆発によって殺される。
あまりにも一方的な攻撃だった。
果敢に立ち向かう男たちが爆炎の中に消えて行く姿に、アサピーはもの悲しさを覚える。
たった一人の将軍に、数十人規模の部隊が翻弄されている。
棺桶の性能の高さが両者の間に決して埋めることのできない巨大な溝を生成し、技量の差によって更に深い物へと変化させていた。
この時のアサピーの視点は、他の兵士たちと同じくトソンに向けられ、注意力が散漫になっていた。
音を鳴らして近づくものがあればそれは爆発する、と僅かな間に印象付けられたことにより、それ以外の脅威に対する警戒心が希薄になる。
建物の中に隠れ潜んでいたイルトリア人が音もなく殺戮を開始したことに気づいたのは、銃声と悲鳴が聞こえてきたからだ。
イルトリア軍が正式採用しているライフルの銃声は重く、そして力強さを感じさせるものがあった。
そしてようやくアサピーはイルトリア軍の意図に気づいた。
彼等は、あえて侵入を許したのだ。
奥へ奥へと侵入させ、退路を密かに寸断。
内側と外側からの挟撃によって侵入者を一掃する作戦を選んだのだ。
街の出口にいたビーストは増援に対する対抗手段であり、脱出する相手を殺す役割を担っていたのだ。
増援と退路という生命線を失えば、後は質と数のぶつかり合い以外に目的を達成する道はない。
808
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:46:37 ID:K.ug12hY0
正面からぶつかろうにも、彼らを取り囲むビル群はイルトリアの物。
彼らの方が地形も何もかもを熟知しており、あらゆる作戦において優位な状況にある。
半ば虐殺じみた光景が目の前で始まり、飛び散る血しぶきと爆風が戦争の容赦のなさを如実に物語る。
弱者は強者に食われる。
ただ、それだけの光景。
それでも目の前で死んでいるのは、信念を胸に抱いて戦おうと試みた勇者だ。
これまで誰も手出しをしようとしなかったイルトリア相手に戦争をしかけ、例え罠だったとしてもこの街に打撃を与えることに成功したことは歴史書に名を残す偉業だ。
彼らの始めた戦争の善悪を判断するのは後の歴史だが、それでも。
それでも、彼らの勇気は言祝ぐに値するものだ。
無我夢中で写真を撮り、一人でも多くの生きざまを記録に残す。
アサピーの目の前の部隊が襲撃を受けているのは明らかだったが、そこから逃げるという選択肢がアサピーにはない。
ここで撮らなければ、何を撮るというのだろうか。
〔欒゚[::|::]゚〕『っ……!! さっきから、お前がいなければ!!』
唐突に向けられた殺意。
それは、アサピーの頭上から現れ、目の前に着地したジョン・ドゥから聞こえてきた声だった。
女の声だった。
〔欒゚[::|::]゚〕『失せろ!!』
奇襲下にありながら、イルトリア軍ではなくアサピーに対しての攻撃。
よほど苛立ったのか、錯乱しているのか、それとも空気が読めないのか。
いずれにしても、構えられたライフルの銃腔は彼の胸を向いている。
恐怖に支配される中、シャッターだけは切っていた。
予想される銃声、衝撃、激痛。
そして――
<ヽ`∀´>「やるニダね」
――聞きなれた、ニダーの声。
〔欒゚[::|::]゚〕『うがっ……!! ああ!!』
手の中で破裂したライフルを投げ捨て、女がニダーに殴りかかる。
それを至近距離で回避しつつ、的確に装甲の隙間にナイフを刺していく。
<ヽ`∀´>「ブーン!! こいつが持っているニダか?!」
(∪´ω`)゛「変な音が、その人からしますお」
<ヽ`∀´>「よっしゃ!!」
〔欒゚[::|::]゚〕『こっ……!!』
809
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:46:58 ID:K.ug12hY0
装甲が厚くともジョン・ドゥは格闘戦を得意とする棺桶だが、人間との格闘戦においてはその限りではない。
リーチの大きさ故に届かない攻撃。
入り込まれ、動きを合わせられた場合には近接戦闘についての心得がなければ対処が出来ない。
ましてや、ナイフで刺されながらの格闘戦がもたらすストレスは尋常ではない。
言わば、両手がふさがっている状態で足元に毒蛇を招き入れるようなものだ。
〔欒゚[::|::]゚〕『おい、仲間が!!』
〔欒゚[::|::]゚〕『駄目だ、近すぎる!!』
ジョン・ドゥの巨体が、ニダーの体を守る盾となっている。
どこを狙おうが銃弾がジョン・ドゥに当たる位置にあるため、今の様な状況下では誰だって撃ちたくはない。
〔欒゚[::|::]゚〕『そ、それどころじゃ!!』
弱音が漏れるのも、無理からぬ話だ。
ただでさえ自分たちの命が吹き飛ばされようとしているのに、たった一人を助けるために行動するなど愚の骨頂。
誰がどうリスク管理をしたとしても、見捨てられるしかない。
女がどれだけの重要な役職にあろうとも、これだけナイフで刺されれば、命は風前の灯火。
避けようのない死が目の前に待っている味方を助けるぐらいならば、指揮権を別の人間が継承したほうが遥かに合理的だ。
<ヽ`∀´>「もらい!!」
そうして無慈悲なまでに正確かつ手早く切り刻まれ、最後はバランスを崩した首筋にナイフが突き立てられる。
<ヽ`∀´>「おるぁ!!」
しかし、そこからニダーは別の兵士に手を出すのではなく、迷うことなく殺した相手の装甲を剥がし始めた。
手際の良さは貝を解体し、その中にある肉を狙う海洋生物を彷彿とさせる。
グロテスクにも見えるが、人間が動物を解体する時の様な神聖さもあった。
瞬く間に装甲が剥がされ、手足が地面に落ちて行く。
〔欒゚[::|::]゚〕『あっ……がああっ……!!』
死んでいなかったのは不運としか言えなかった。
あらゆる棺桶の弱点である装甲の隙間を覆う素材を強化したことにより、ナイフが届く距離を僅かだが遠ざけてしまったのだ。
致命傷の一歩手前ということは、激痛と絶望に思考が支配されるということ。
<ヽ`∀´>「ミッケ!!」
何か、極めて重要な物を手に入れたことを示唆する一言。
カメラを誰に向けるか、アサピーは逡巡する。
ニダーか、それとも別の誰かに向けてか。
<ヽ`∀´>「これで、お前らみんな孤立ニダ!!」
810
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:47:24 ID:K.ug12hY0
そして、背中のバッテリーを剥がしたところでそんな声が出てきた。
反撃の術を生きながらに全て奪われた女は血溜まりの中に立ち尽くしたまま、小さくすすり泣きながら絶命した。
刹那の逡巡の間に、新たな被写体が現れる。
〔欒゚[::|::]゚〕『も、モナコが!!』
聞こえてきたのは悲鳴か、あるいは怒号か。
これまでアサピーと一緒にいた部隊とは別のジョン・ドゥだ。
〔欒゚[::|::]゚〕『野郎、ぶっ殺してやる!!』
殺された女が降りてきたのとは反対方向のビルから、二体の棺桶が濃厚な殺意と共に降下してくる。
怒りのままに攻撃を加えてこうとしたことだけは分かったが、それが未遂に終わったのは降下と同時に銃声が二つ響いたことが関係していた。
棺桶がどれだけ優れた運動性能を発揮するとしても、落下中の無防備な状態でもその行く末を変えることはできない。
その隙が見逃されなかったのは、頭上から聞こえた二つの銃声が証明していた。
〔欒゚[::|::]゚〕『あっぐ!!』
着地と同時に膝を突き、倒れ込む。
その刹那を撮影した写真が、真実を語っていた。
狙い打たれたのは両膝の関節部。
膝を撃たれたことによりただでさえ深刻なダメージを受けていたが、着地がそれを致命的な物へと変えた。
片足だけでも棺桶は動けるが、それに慣れている人間でなければ生身の人間と大差はない。
転倒したジョン・ドゥの頭部へ、ニダーは射的をするような落ち着きぶりを見せながら銃弾を浴びせる。
まるで弱ってひっくり返った虫を叩き潰すかのような手際の良さだった。
その間にアサピーが帯同していた部隊はその場から移動を済ませているか、それとも爆殺されて肉片と化しているかだった。
<ヽ`∀´>「生きていて何よりニダ」
(;-@∀@)「思ったよりも早い再会でしたね……」
一つの街で動いていれば、必然、イルトリア軍の思惑通りどこかで合流することにはなったのだろう。
<ヽ`∀´>「ブーン、これでタブレットは全部ニダ。
後は通信の箱をぶっ壊すニダよ!!」
そして、再会もつかの間。
ニダーはすさまじい速度で走り出し、建物の壁を文字通り登って行ってしまった。
遠くから聞こえる小さな爆発音が、アサピーの背を押す。
一瞬だけ得られた休憩。
すぐに足は最前線へと向かう。
何かが変わってしまった戦場。
何かが変わってしまった自分。
もう、以前の自分とは別の存在になったことを嫌でも理解する。
811
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:47:50 ID:K.ug12hY0
もしも以前の自分ならば、アサピーの名を叫んで追いかけていたことだろう。
今はもう、それどころではなかった。
最高の被写体と、最高の戦場が目の前に待っているのだ。
ニダーにとっての獲物と同じく、決して逃してはならない存在がいる。
イルトリア陸軍大将の戦闘は、写真に収めなければ必ず後悔する。
イルトリア二将軍の戦闘について、その強さだけは語り継がれているが、どのような戦い方をするのかは軍事上の秘密もあってほとんど知られていない。
もっと言えば、生き延びた敵勢力がいないということなのだ。
大量の屍を越え、アサピーは可能な限り近い距離から陸軍大将の戦いを撮影したいという欲求に囚われ、それまでの恐怖は完全に忘れ去っていた。
導かれるようにしてアサピーはより苛烈な、より悲惨な戦場の奥地へと向かっていくのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イルトリア陸軍大将?
ふん、そんなもの戦場のおとぎ話だ。
私がこの手で屠ってやるさ!!
――ルノア・コール、最期の言葉
後に“ルノアの戯言”=“絶望的なまでに根拠のない自信”として諺になる
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ジャン・プロスペクターはイルトリア市街に上陸した兵士の中でも、屈指の戦闘経験と胆力を持つベテランだった。
突如として爆殺され始めた仲間を見た瞬間に、彼はこの攻撃に対抗する最大の手段は前に進んでの攻撃しかないと看過していた。
物陰に隠れても無駄。
屋内に逃げても無駄。
ならば、前に進むしかない。
被弾を恐れず、爆発に巻き込まれることを危惧せず、ひたすらに前へ。
その直感が正しい事を、彼を先頭に駆け出した数人の仲間が身をもって実感していた。
戦場の死線を走るなど、サメのいる水槽で手首を切るようなもの。
〔欒゚[::|::]゚〕『トソンだけを狙え!!』
銃撃は構えられた丸盾に防がれ、本人には当たらない。
盾がただの見掛け倒しでないことは良く分かったが、銃が効かないとなれば、残されたのはナイフだけだ。
既にこちらの持っていた優位性は全て失い、身一つで戦い抜くしかなくなった。
救援はない。
あるのは、イルトリアを憎む全ての人々の増援。
それが一体どのタイミングで、どれぐらいの規模が到着するのかは彼らには分からない。
希望だけは、最期の瞬間まで捨てられない。
〔欒゚[::|::]゚〕『近接戦で仕留めるぞ!!』
僅かな時間ながら、彼らは観察によってトソンの戦い方を分析することに成功していた。
多くの仲間が爆殺されているが、トソンは戦場に姿を現してからほとんどその場から動いていない。
どれだけ銃弾に狙われても、まるでそこにいなければならないのだとばかりに、頑なに動かない。
そして導かれた結論は、謎の爆殺が起きている間、トソンは動けないということだった。
812
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:48:26 ID:K.ug12hY0
小型の爆弾を飛ばしているためか、それとも別の何かなのかは分からない。
分かるのは、これが唯一の光明であるということだ。
質量と速度を合わせてぶつければ、押し倒せるはず。
そうなれば、後は自爆をしてでもトソンを殺せばかなりの効果が期待できる。
エミール・マッキンリー、そしてジョー・ブラッカイマーが左右から襲い掛かる。
ジャンは僅かにタイミングをずらし、頭上からトソンを狙う。
〔欒゚[::|::]゚〕『もらった!!』
〔欒゚[::|::]゚〕『くたばれ!!』
三方向からの同時攻撃。
仮に空中で撃ち殺されたとしても、後は慣性の法則でトソンに直撃する。
必殺を確信して、そして覚悟して決行した攻撃は、だがしかし。
【[::゚ |メ]】『うるさいですね』
半歩だけ左脚を後ろにずらしたかと思うと、右手の槍を長く持ち替え、弧を描くようにして払った一撃でエミールとジョーを叩き落す。
その一撃を半ば予期していたジャンはだからこそ、全体重、勢いを乗せた一撃に全てをかけていた。
リーチの短いナイフだが、頭に突き刺されば確実に殺せる。
槍を振り払った姿勢のため、盾を構えることも出来ない。
〔欒゚[::|::]゚〕『勝っ――』
ナイフが定められた軌道を。
必殺の道を、突き進む。
【[::゚ |メ]】『消えてください』
最後の光景は目の前いっぱいに広がる炎。
最後の音は爆音。
最後の匂いは金属と肉の焦げるそれ。
最後の言葉は――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィンスの厄災はまだよかった。
ヴィンスの落日は、文字通り終わりだった。
――“ヴィンスの落日”の生き残り、ラヴィアン・ローズマリー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヴィンスにラヴニカから来たティンバーランド軍は、即座に兵員と武器の補充を追加で行った。
かねてより貯蔵されていた武器弾薬、そして食料が解放され、ラヴニカ攻略に失敗した部隊に次々と提供される。
負傷した兵士、ストレスで戦闘続行が難しい兵士たちは即座に病院へと送り込まれた。
協力者の経営する食堂で食事をするシナー・クラークスは、自ら率いるこの一団がイルトリアへと向かい、戦いきれるかどうか不安な部分があった。
813
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:48:46 ID:K.ug12hY0
ラヴニカでの作戦失敗は、かなりの痛手となっている。
優秀な部下を大勢失い、棺桶も失った。
円卓十二騎士が内部に潜入し、この土壇場で計画を根底からひっくり返す行動に出たのが最大の原因だ。
モーガン・コーラと名乗っていた女のせいで失ったものは、あまりにも多すぎる。
ここからイルトリアまでは、まだ同じぐらいの距離がある。
更に言えば、陸路を最短距離で進めば必ず避けられない街がある。
同性愛者の楽園、“蜂の巣街”ストーンウォールである。
敵対を明確にしており、情報によればセントラスへと攻め入り、結果的に壊滅させたという。
セントラスから攻め込んだ部隊との連絡は途絶えており、こちらにとって不都合な何かが起きていることは間違いない。
損耗した兵士たちを率いてストーンウォールを通過すれば、更なる損耗が予期される。
タルキールでの補給に失敗さえしなければ、こうはならなかった。
全ては、タルキールへと行われた超長距離の砲撃が原因だった。
タルキールの地形は天然の要塞だが、言い換えれば、天然の檻だ。
天然の岩を頼りにしている街に対して、無差別という他ない砲撃がどこからか放たれたことにより、半ば敗走する様にしてシナーたちはヴィンスを目指したのである。
こちらがタルキールに到着し、補給をするために油断した正にその瞬間に砲撃が行われたことは、決して偶然ではない。
間違いなく、何者かがタイミングを知らせているのだ。
つまりは観測手、もしくは内通者。
幸いにしてヴィンスに到着してからはまだ砲撃を受けておらず、着々と対イルトリア用の準備が進んでいる。
日も暮れ、夜空が見えてもいい時間だというのに、世界は暗闇そのものだった。
( `ハ´)「はぁ……」
まだ湯気の立ち昇る食事を口に運びつつ、シナーは嘆息した。
コンソメとトマトソースを主として味付けされた野菜と海鮮のスープは、彼の体を内側から温めてくれた。
しかし、苛立ちは収まらない。
空腹による苛立ちではなく、間違いなく環境によるストレスである。
正直食欲はあまりないが、それでも無理矢理胃袋に押し込まなければならない。
スプーンに乗せたエビを一口で頬張ると、ほとんど噛まずに嚥下した。
味わう余裕などない。
ただひたすらに、栄養の補給と空腹を満たすだけに口へと運ぶ。
この後、どのようにしてストーンウォールを通過するべきか。
迂回して進軍するのがセオリーだろうが、それは彼らも予想していることだろう。
内藤財団に抵抗する勢力の繋がりがどの程度の物なのか、事前の予測との差異がどの程度なのか。
考えれば考えるほど、頭痛がしてくる話だ。
恐らくだが、世界のほとんどが内藤財団の力によってイルトリアの攻撃に参加するだろう。
しかしながら、それが長引けば長引くだけ、攻撃への参加意欲は失われていく。
攻撃は鮮度が命だ。
ヴィンスから連れて行く兵士の質が分からないが、攻勢にある今イルトリアを潰さなければ、この戦争は終わらない。
世界中に国という概念が蒔かれ、内藤財団という大樹が根付くまでにはもう少しだけ時間が必要だ。
それを加速させるためには、イルトリアを滅ぼさなければならない。
世界が変わるためにはどうしても――
814
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:49:08 ID:K.ug12hY0
( `ハ´)「――どうしても?」
疑念が、毒蛇の舌のようにちろりと脳裏に浮かぶ。
世界中が内藤財団の思想に染まるのはいい。
それで世界がより良くなるのならば、と協力したのだから、そこに異論はない。
だが。
果たして、どうして滅ぼす必要があるのだろうか。
イルトリアもジュスティアも、国という概念が成立した後に世界中で攻撃なり話し合いなりをすればいいだけの話だ。
何も、国という概念の発表と共に攻め入る必要性はどこにもないし、押し付ける必要もない。
第一、確かに彼らは反対するだろうが、こちらが一致団結してから攻撃をする方が勝率は高いだろう。
何故、すぐに戦争を仕掛けなければならなかったのか。
その理由について深く考えれば考えるほど、シナーは自分の行動に疑念を抱くようになる。
まるで、二つの街に対して戦争以外の事に目を向けさせないかのような行動。
国は一つでなければならない必要は、本当にあるのだろうか。
国という概念は、複数では不都合なのだろうか。
例えば、そう。
ティンバーランドとそれ以外の国。
それこそが本来は――
( `ハ´)「……気にしすぎアルね」
疲れているために、きっと思考がおかしいのだろう。
自分がこれまで信じてきたことの前提を疑うなど、正気の沙汰ではない。
皿に盛られていた料理を全て平らげ、シナーは立ち上がって食堂を出る。
入り口に歩哨として立っていた副官のワーナー・コウメイに、苛立ちや疑念を誤魔化すようにして尋ねた。
( `ハ´)「準備はどの程度済んでいる?」
ワーナーは少し気まずそうに答える。
(::゚∀゚::)「物資の補給は済んでおります。
後は、兵士だけです。
この街の人間は、どうにも徴兵に対して前向きではないようで」
( `ハ´)「事前に話が済んでいるはずアルよ。
そういう契約でもあったはずアル」
(::゚∀゚::)「え、えぇ。 ですが、それでも殺し合いには参加したくはないと」
( `ハ´)「……頭がどうにかしているアルか?
契約を反故にする気アル」
(::゚∀゚::)「戦闘以外では協力する、と言っています」
( `ハ´)「馬鹿か、そいつらは。
今の状況で戦闘以外に何が出来るニダ」
815
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:49:35 ID:K.ug12hY0
(::゚∀゚::)「輸送や補給には手を貸すが、とにかく、殺し合いだけは嫌だと」
( `ハ´)「ここでぶっ殺してやりたいアルね。
代表者はどこにいるアルか?」
(::゚∀゚::)「街の集会場で内藤財団の交渉人と話をしています」
深い溜息を吐き、シナーは黒い雨が降る中、傘もささずに集会所へと足早に向かった。
道中、ラジオから流れてくる戦況は依然としてイルトリア戦が続いていることを告げている。
無駄な時間は極力避けたかった。
だが、ここで兵士を補充できなければ、イルトリアへの攻撃は焼け石に水だ。
質量ではなく物量で押すことこそが、この作戦の要なのである。
集会所の扉を押し開くと、そこには場末の酒場よりも酷い空気が漂っていた。
腕を組み、机に着く男。
その向かい側で何度も契約書に書かれている言葉を読み上げる男。
その二人を取り囲むようにして、涙を流して嘆く者や罵詈雑言を口にする者、これ見よがしに嫌味を口にする者がいた。
交渉人に危害が及ばないように、武器を持った部下が三名だけ待機しているが、その表情は険しい。
今日までヴィンスが存在していたのは内藤財団の支援があったからであり、彼らだけでは“ヴィンスの厄災”で間違いなく滅んでいた。
恩を忘れた、という言葉では足りない程の厚顔無恥な態度に、シナーは一瞬で殺意を覚えた。
( `ハ´)「言い分を手短に」
その言葉は、内藤財団の交渉人に向けられていた。
だというのに、外野の人間の声が風を送られた焚火のように燃え上がる。
まるで新しい獲物を見つけたとばかりに。
(::゚∀゚::)「戦いだけは頑なに拒否しております。
それ以外であれば全面的に協力をすると」
情報に齟齬はない。
ならば、時間のない彼にとってやるべきことは一つである。
( `ハ´)「戦いはしない、という認識でいいアルね?」
Ie゚U゚eI「その通り!! 我々は人殺しではない。
殺し、殺されるではいつまでも憎しみの連鎖は途絶えない。
故に我々は――」
( `ハ´)「――何があっても、戦場に行って殺しはしない?
それがヴィンスの総意アルね?」
周囲にいた民間人が、一斉に同意の声を上げる。
大なり小なり、その声はシナーたちを非難する色を帯びていた。
それに勇気を得たのか、男が満面の笑みで答えた。
Ie゚U゚eI「そうとも!!」
816
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:49:56 ID:K.ug12hY0
その瞬間、シナーは袖に仕込んでいたナイフを代表者の男の脳天に突き刺していた。
僅かの間を置いて男の目が天井を眺め、そして白目をむく。
Ie゚U゚eI「はぴゅ」
死体と化した男を見て、その場に張り詰めていた空気が一気に塗り替えられた。
悲鳴すら上がらない唐突な展開。
( `ハ´)「戦わないんだろう? 殺さないんだろう?
なら、今ここで死ねアル」
その言葉は、その場に居合わせた彼の部下たちに何よりも明確な指示となった。
命乞いの言葉も。
誤解を解こうとする弁明も。
あらゆる声は、一斉に響いた銃声がかき消してしまった。
一人残らずの殺害。
それは、誰も予期しておらず、誰も望んでいなかった展開でもあった。
だが戦いを拒むのであれば、それは敵と同義。
イルトリアへの攻撃が出来ないのであれば、いたところで足手まといでしかない。
こういった主張をする輩は、総じて敵を殺すという行為にさえケチをつけてくるのだ。
( `ハ´)「非協力的な市民は全員ここで殺すアル」
一瞬で虐殺現場と化した集会場の中で狼狽しているのは、唯一内藤財団の交渉人だけ。
シナーの命令を理解した部下たちは集会場から街へと繰り出し、強制的な徴兵を開始する。
最早なりふり構っている余裕はない。
戦争は速度が勝負であることは自明の理である。
二人きりとなった集会場に、男の狼狽する声が空しく響く。
(::゚∀゚::)「ほ、本気ですか?」
( `ハ´)「冗談だと思うアルか? こいつらは自分たちの手を汚さずに世界を変えようとしているアル。
他の誰かに手を汚させ、夢を叶えようとする糞の塊アル。
殺すのが最適解アルよ。
ここで躊躇うようなら、結局後で邪魔になるだけアルね」
(::゚∀゚::)「本部に確認をしてから……」
シナーの手が、男の首を掴んで持ち上げた。
( `ハ´)「そんな暇ないアル」
(::゚∀゚::)「でで、ですが、規定では……」
規定。
この状況で口にする言葉が規定。
こんな時に規定を持ってくる輩は、総じて足手まといだ。
817
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:50:19 ID:K.ug12hY0
( `ハ´)「承認印がいるんなら、私の拳でその奇麗な顔にくれてやるアル」
(::゚∀゚::)「ご、ごれば明らかな造反行為でずよ!!」
( `ハ´)「造反? 徴兵の為に使えない連中を間引くだけアル。
雑草は刈り取らなきゃならないアルよ」
今は一刻でも早く、一人でも多くの兵士を連れてイルトリアに行かなければならない。
絶え間のない増援。
尽きることのない攻撃こそが、イルトリアを攻略する手段なのだ。
( `ハ´)「お前が時間を無駄にするなら、それこそ造反アル」
(::゚∀゚::)「ご、ごの件は報告ざぜでもらOh」
それ以上、男の口が何か言葉を紡ぐことはなかった。
枝を折るような音と共に首の折れた男は沈黙を保ち、これ以上シナーを激怒させることも、彼の時間を奪うこともない。
( `ハ´)「さて……」
死体を手放し、そしてシナーは背筋に走った冷たい何かに思わず顔を上に向けていた。
何かが来る。
そう思った時、ヴィンスに爆発音が響き、大地が揺れた。
集会場も揺れ、電灯が明滅する。
(;`ハ´)「砲撃?!」
その言葉を肯定するかのように、次々と砲弾が落ちてくる音と共に爆発が起きる。
集会場を出ると、辺りは火の海と化していた。
ただの砲弾ではない。
可燃性の液体が詰まった焼夷弾だ。
景観を保つために近代的な建物が少なく、木造の物が多く密集しているヴィンスにとって焼夷弾は最適解の攻撃だ。
炎が瞬く間に広まり、サイレンと悲鳴が街中に木霊する。
雨程度では消えることのない炎は、飢えた獣のように街を炎に包んでいく。
無線機を使い、シナーは即座に指示を出す。
(;`ハ´)「全部隊、すぐにイルトリアに出発するアル!!
ヴィンスを放棄、徴兵も放棄アル!!」
決断は迅速に下された。
こちらがヴィンスで無駄足を踏んでいることを悟られたということは、相手の砲兵がかなりの距離にまで接近しているということだ。
戦闘準備が整っていない状態で攻撃を受ければ、到着した時よりも最悪の状態でイルトリアに攻め入ることになる。
部下たちをみすみす死地に追いやるなど、シナーには許容し得ない話だ。
彼の決断は決して間違いでもなければ、遅すぎたということもなかった。
街中のスピーカーから流れてきた、その放送がなければ。
『全市民へ!! 近くにいる兵士の指示に従って避難を行うように!!
彼らの指示に従い、安全な場所に避難を!!』
818
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:50:44 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「なっ?!」
それは、最悪の放送だった。
逃げ惑う市民など、足手まといを超越した存在でしかない。
(;`ハ´)「絶対に避難誘導などするなアル!!
そんなことをすれば――」
「――すれば、とっても困りますね」
その声がすぐ耳元で聞こえたと思った時には、手の中にあった無線機が優しく奪い取られた後だった。
(;`ハ´)「……お前が座標を伝えていたアルか」
(*‘ω‘ *)「駄目ですよ、ちゃんと部下の数と顔は確認しておかないと」
円卓十二騎士の末席にして、恐らくはシナーの天敵。
ティングル・ポーツマス・ポールスミス。
(*‘ω‘ *)「イルトリアへの進軍、諦めませんか?」
砲弾の降り注ぐ中、女は静かに提案をする。
それを受け入れるのは容易だが、ここでそれを受け入れたところで、帰って来るものはない。
(;`ハ´)「ラヴニカも、タルキールも、ヴィンスも……
ここまで踏み越えてきた何もかもが、それを許さないアル!!」
拳を構える。
万全の体調ではないが、それは相手も同じ。
ここで退くことは死ぬことと同義。
そして、これまでに死んだ全ての人間に対する冒涜だ。
(*‘ω‘ *)「意地を張って、これ以上死者を増やすことになっても?」
女は構えない。
拳で語り合った仲だからこそ、シナーはその真意が分かってしまう。
それでも、止まれないのだ
この歩みは止めてはならない。
世界が変わる機会を失えば、世界はどうしようもないままになってしまう。
(;`ハ´)「来いっ!!」
(*‘ω‘ *)「断る。 この拳は、未来ある若者を殺すための物ではない」
ティングルは腕を組んで、そう言い放った。
頑なに拒絶する意思に、シナーは憤りを覚える。
どこか芝居がかったその口調も、彼の神経を逆なでした。
(;`ハ´)「馬鹿にしているアルか?」
819
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:51:06 ID:K.ug12hY0
(*‘ω‘ *)「いいや。 私は騎士だ。
例えジュスティアという街が消滅したとしても、この矜持は消滅しない。
お前は、この戦争が本当に正しいと思っているのか?」
砲撃は悪化する一方だが、彼女の態度はまるで変わらない。
(;`ハ´)「あ?!」
(*‘ω‘ *)「正しいと思っているのならば、相手をしてやる。
だが、僅かでも疑念があるのならばここで手を引き、こちらに手を貸せ。
お前たちが逆らうのであれば、死者が増えるだけだ。
そうして憎しみが生まれ、新たな戦争の火種になるだけだ」
(#`ハ´)「どの口がそんなことを言うアルか!!
街に砲撃しておいて、よくもそんなことを言えるアルね!!
憎しみなら、もうこの世界中に溢れているアル!!
それなら、お前らが止めればいいアル!!」
(*‘ω‘ *)「止める理由はない」
(#`ハ´)「こ……この腐れアマ……!!」
(*‘ω‘ *)「我々が攻撃をするのは、君たちの手に武器があるからだ。
お前たちの心に反抗の意思があるからだ。
それがなくなるまで、我々は攻撃を続ける。
こちらの意思に従え」
(#`ハ´)「挑発なら満点アルね……」
刺し違えてでも、目の前の女を殺したいという衝動が全身を支配する。
構えた拳が震えていないことをシナーは切に願った。
(*‘ω‘ *)「……これが、お前たちとどう違うというのだ?」
(#`ハ´)「……」
何もかも、と言いかけたところでシナーはそれ以上口を開けなかった。
主張の根底は違えど、己の我儘で相手の意思をねじ伏せるという行為そのものに違いはない。
本質は同じだ。
そもそもの作戦が、この世界のルールに従った最後の作戦ということもあり、否定しがたい事実である。
そしてその陰で、踏みにじられる主義主張があるのも事実だ。
暴論ではあるが、確かに同じことではある。
それがこの世界のルールなのだから。
(*‘ω‘ *)「従わなければ殺すのだろう?
お前が民間人に対して言った……いや、見せつけた行為だ」
(#`ハ´)「だから……だからどうしたアル!!」
820
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:51:31 ID:K.ug12hY0
それが、どうしたというのだろうか。
結果として世界がより良くなるための一歩であり、雑草や虫を踏み潰す程度の事だ。
こちらと過程が同じでも、着地点が違う。
(#`ハ´)「それで揺さぶったつもりアルか?
無駄アルよ!!」
問答がこれ以上シナーの心を乱す前に、攻撃を開始した。
その拳をティングルは蹴り上げた。
腕は組んだまま、視線はシナーへと向けたまま。
(*‘ω‘ *)「迷いがある。 そんな拳、私を殴るに値しないな」
(;`ハ´)「英雄気取りの!! 偽善者が!!」
一度は拳を合わせた相手だ。
防がれたとしても不思議ではない。
状況と言葉と態度でこちらを揺さぶっているだけだ。
(*‘ω‘ *)「そうだろうとも。
我々円卓十二騎士は偽善者だ。
だがな、我々が信じた正義を疑ったことはない。
お前と違ってな」
(;`ハ´)「ふ!! ざ!! け!! る!! な!! あぁ!!」
両腕から繰り出す正中線連撃も。
両足で放つ高速の蹴り技も。
両手両足を使ったあらゆる技も、彼女には届かない。
ラヴニカでは通じた技も、戦術も、何もかもが到達しない。
足だけで防がれているという事実が、シナーにとっては何よりも心を揺さぶる。
(#`ハ´)「何で……!!」
(*‘ω‘ *)「言っただろう、迷いだと。
迷いがあり、覚悟もない、ましてや魂の宿っていない拳など、当たるはずがない」
精神的な要素が攻撃に隙を作るのは事実だが、そこまでの物なのだろうか。
(#`ハ´)「どこまでも人を馬鹿にして……!!」
腕力では勝てない。
この女の脚力は、一度ぶつかって分かっている。
単純な膂力であれば、その力はシナーの全てを上回る程。
それでも、そうした単純な差を覆すのが技術力だ。
ラヴニカで見せ切れていない全てを出し切れば、両者の差は埋められるはずだ。
しかし、事実としてそんな技は一つしかなかった。
消力さえも見せてしまった以上、シナーは今のままでは勝てないことを受け入れなければならない。
821
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:51:51 ID:K.ug12hY0
(#`ハ´)「それでも!!」
踏み込み。
そして、その威力を全て拳へと乗せる。
大地の硬さを利用したその技は、高い防御力を貫通させるための技だ。
足で防いだとしても、それが受けるダメージは致命的となるだろう。
(#`ハ´)「破ぁっ!!」
(*‘ω‘ *)「砕っ!!」
踵。
それは、人体の中でも強固に作られた骨を持つ部位である。
拳と踵であれば、比べるまでもなく踵の方が硬質である。
しかしながら、シナーにとってそれは計算の内である。
迎え撃つのが踵であれば、こちらが使うのは拳にあらず。
硬度を利用するのは、地中の奥深くに存在する核である。
踵を中継点とし、それを右拳に乗せた一撃。
右拳を犠牲にしたとしても安い物だ。
足は肉弾戦における攻防の要だ。
両者の攻撃が正面からぶつかり、骨の砕ける音の後、一瞬の静寂が訪れる。
膝を突いたのは、シナーだった。
(;`ハ´)「がっ……ぐっ……」
(*‘ω‘ *)「無駄だというのに」
(;`ハ´)「な……ぜ!!」
(*‘ω‘ *)「お前がその技を使うのなら、こちらもそれを使うまでだ」
相手も蹴り技を使う際に地核の硬さを利用したのだ。
どうしてそこに思い至らなかったのか、まるで分からない。
拳を蹴り砕かれ、反動で膝を突くことになろうとは思ってもみなかった。
(*‘ω‘ *)「夢を信じられなくなったのなら、そんな夢はすぐに捨てろ。
さもなくば、その夢に殺されるぞ」
夢に殺される。
それもいい。
夢を叶えずに死ぬのであれば、ここまで戦ってきた意味がない。
生きながらえたところで、夢を永遠に叶えられなかったことを後悔して生きなければならない。
生き地獄を味わうのはごめんだ。
疑ったとしても。
信じられなくなったとしても。
それでも、それはシナーの夢なのだ。
822
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:52:13 ID:K.ug12hY0
世界が一つになれば、貧困も争いも、全てなくなる。
時間がかかることだろうが、内藤財団はそれを短縮するために今回の作戦に出たのだ。
それを一瞬でも疑ったのは恥じるべきこと。
右拳の痛みはその代償だ。
(;`ハ´)「だらぁっ!!」
中段を狙っての後ろ回し蹴りは、だがしかし、全く同じタイミングで同じ技によって防がれた。
無線機が落ち、そこから部下の悲痛な叫び声が聞こえてくる。
『同志シナー!! 民間人が押し寄せてきています!!
ご指示を!!』
(;`ハ´)「うるさい!!」
無線機を拾って応答できる状況にない。
今、この女をここで確実に屠らなければまた砲撃を受けることになる。
今浴びている砲弾の雨が正確なのは、ティングルがこちらの座標を教えているからに他ならない。
ならば、その目と耳を潰す。
再度の足技で攻撃を試みるが、ティングルはその場から動くことなく対応する。
空中で放った三連撃。
それを回し蹴りの一発で無力化すると、もう片方の足がシナーの足を蹴り砕いた。
(;`ハ´)「あぐっあああ!!」
地面を転がり、背中から壁にぶつかる。
石造りの壁だったが、炎によって熱せられ、さながら鉄板の様な熱さだった。
背中が焼ける感覚。
飛び起き、片足でどうにかバランスを取り戻す。
その足元に、通信機が転がってきた。
(;`ハ´)「……」
(*‘ω‘ *)「ほら、連絡しなよ」
業腹だが、ここで連絡しなければ部隊が全滅する。
致し方ない。
もう、やるしかないのだ。
自分抜きで歩み出さなければならないのなら、そうするべきだ。
(;`ハ´)「使えそうな民間人を乗せて、今すぐイルトリアに向かうアル!!
私は後で追いつく!!」
無線機を地面に叩きつけ、シナーはほくそ笑んだ。
これで終わり。
ここで終わり。
部下はシナーの命令に従い、街を出てイルトリアに進軍する。
823
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:52:47 ID:K.ug12hY0
戦わないのであれば、民間人は肉の壁として使えばいい。
そう訓練と教育を済ませているため、彼らは躊躇うことなく作戦を実行する。
(*‘ω‘ *)「……呆れたやつだ」
(;`ハ´)「使えない奴は群れから切り捨てる、それだけのことアル」
(*‘ω‘ *)「内通者が私だけだと、一体いつ言った?」
(;`ハ´)「はっ! そんな言葉を信じると思うアルか?
私の部下は……」
部下は、と言ったところで気づく。
(*‘ω‘ *)「民間人を連れて行くという甘さが、お前の失敗だよ」
いつの間にか爆発音がなくなり、不思議と静かに感じる時間が流れていた。
それは感覚的な静けさであり、実際には炎の揺らめきやサイレンなど、静寂や平穏とは無縁の音で満ちている。
それでも、シナーの精神は聴覚をマヒさせてでも現実を受け入れることを拒絶していた。
(;`ハ´)「は……ハッタリを……!!」
(*‘ω‘ *)「決断は下された。 後は、答え合わせだ」
(;`ハ´)「……っく!!」
取り返しのつかない失敗。
致命的な失敗。
それらがシナーの覚悟を揺さぶり、拳を構えるまでに数秒の時間を要させた。
辛うじて構えた拳は、だがしかし、震えを取り除くには時間が足りなかった。
(;`ハ´)「だから……だからどうした!!」
その言葉の真偽は分からない。
であれば、迷いは無駄だ。
例え、信号弾が連続して打ち上げられ、部隊の位置が明確になったとしても。
例え、着弾による爆発音が街の外から響いてきたとしても。
それでも、迷わない。
(;`ハ´)「我らの歩みは、止まらん!!」
(*‘ω‘ *)「そうか」
退路は前にあり。
進路もまた、前にあり。
(*‘ω‘ *)「なら、私はもうお前に手を出すことはできないな」
824
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:53:28 ID:K.ug12hY0
ティングルは腕を解くと、つまらなさそうにそう言った。
本当につまらなさそうに。
本当に、落胆したように。
心から残念そうに。
(;`ハ´)「何?!」
(*‘ω‘ *)「この肉体は、弱者を殺すために鍛えたのではない。
ましてや、死にぞこないの弱虫を介錯するなんていうのは、騎士道に反する」
(#`ハ´)「お前は……さっきから……!!」
(*‘ω‘ *)「馬鹿になどしていない。
逆だよ、お前が私を馬鹿にしているんだ」
(#`ハ´)「あ゛?!」
(*‘ω‘ *)「私はね、本気のお前と戦いたかったんだよ。
迷いのない拳。
魂の込められた拳。
ラヴニカで私が見たのは、そういう拳だった。
だが今はどうだ。
民間人を無駄に殺戮するだけに飽き足らず、抱いた夢にまで疑念を抱いている。
そんな拳など、私を倒すには至らない。
弱者の拳と言うんだ、そういうのを」
(#`ハ´)「疑いなどないアル!!
この夢は紛れもなく、世界を変える!!
歩めば雑草を踏むし、虫だって踏む!!
花を咲かせるなら剪定もするだけの話アル!!」
(*‘ω‘ *)「そうだろう。 だがそれは樹を育てるために、隣の庭に火を放つ行為だ。
それに気づいたのだろう?
果たして、本当にその必要があったのだろうか、と」
(#`ハ´)「そんな……訳が……!!」
(*‘ω‘ *)「あるからこそ、力づくで徴兵をしようとしたんだろう。
可能性が分かったんだろう?
国という単位でまとめたところで、必ず別の意思が芽生える。
芽生えたその感情、あるいは思想を刈り取ることは避けられない。
本当に、こうまでして推し進める必要があったのだろうか、とね」
それは否定しがたい事実だ。
以前から推し進め、そして今日まで温め続けてきた計画というだけあって、その詳細は隙がないように見えた。
世界の変化を拒んでいる最大にして最強の派閥がイルトリアとジュスティアということも、納得がいった。
その二つの街がある限り、世界は変わらない。
825
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:53:50 ID:K.ug12hY0
逆を言えば、その二つの街がなくなれば、世界が変わるのに時間はあまりかからないはずだ。
そう思っていた。
だが気づいてしまった以上は、それを忘れることはできなかった。
(*‘ω‘ *)「この作戦の要は速度。
遅延が鮮度を奪い、鮮度の損失が本質を露わにする。
結局のところ、世界を一つにし続けるには力が必要。
そしてそれは、今と何も変わりのない世界だということに気づいたのだろう」
今の世界を縛るルール。
力が全てを変える、という非常にシンプルなルールだ。
だがそれは、ティンバーランドの目的を継続するためには必要不可欠な物なのだと気づいてしまった。
双方の差異は、支配者の違い程度なのだ。
(*‘ω‘ *)「……私も、それに気づいたのは少し時間が必要だった。
理不尽の正体、あるいは、不自然さ。
一度気づいてしまえば、もう手遅れだ。
特に、心の内に正義の天秤を持っている人間ならなおさらな」
(#`ハ´)「正義? 正義の天秤?
馬鹿にするなアル、英雄狂!!
そんなもの、この世界にはないアル!!」
(*‘ω‘ *)「いいや、あるさ。
正義は、確かに我々の心にある。
だからこそ人は迷い、追い求めるのだ」
もしも、片足が負傷していなければ間違いなく殴りかかっていただろう。
ジュスティア人の言葉は、いつだって真っすぐであり、いつだって正義を基準にしている。
それを信じた時期もあった人間にとっては、それが途方もない幻想であることをよく知っている。
しがみついたところで裏切られる幻想ならば、二度と希望を抱かないように徹底的に否定して生きるしかない。
それが、この世界に生きてジュスティアに愛想をつかした人間の共通点だ。
正義を信じたかったが、信じられないことしかこの世界にはないのだ。
そんなものが夢物語だと気づくまでの時間は、あまりにも無意味な物だ。
(;`ハ´)「そんな幻想、抱いたところで……!!」
正義など、ただの言葉遊びの延長線上にある幻想の塊でしかない。
(*‘ω‘ *)「幻想を抱き続け、貫いたこともない青二才が吠えるな。
いいか、夢も幻想も、根底は同じだ。
我々ジュスティア人が何故正義を自称しているか、少しは分かってもらいたいものだ。
夢も幻想も、諦めた瞬間に消え去る。
我々は常々、夢を追い続け、それを叶え続けているのだよ」
826
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:54:15 ID:K.ug12hY0
言ってしまえば自転車操業。
自分たちの夢を肯定するために、常に走り続け、そして実現し続けるという果てしのない話だ。
気が狂うであろうその所業。
自我を、初心を失えば一瞬で崩壊するその工程。
それでも、彼らは歩み続けていた。
それはシナーたちの夢と同じく、夢を叶えるための行程だ。
疑い、立ち止まった者とそうでない者との差異がここにある。
(;`ハ´)「だから……だからどうしたっていうアル!!
こんな問答をして、自分たちの方が上等だって言いたいアルか!!
民間人への攻撃はお前らもやっていることアル!!」
(*‘ω‘ *)「民間人? はははっ、物は言いようだな。
それはお前らの定規での話だろう。
内藤財団に組した時点で、我々からすれば敵勢力とその準構成員でしかない。
夢を追うのならば、最後まで走り抜ける覚悟を持てということだよ、若造」
(;`ハ´)「夢を追って、それを信じた果てが街の消滅アル!!
そんなの、元も子もないアル!!」
(*‘ω‘ *)「ジュスティアが滅んだ? だからどうした。
街が消えただけで、思想は生き残っている。
円卓十二騎士が破れた? それが何だ。
彼らは信念を持ち、正面から立ち向かった。
私が円卓十二騎士の末席に座しているのは、彼らと違って正面から戦うことをしてこなかったからだ。
彼らの様な志、覚悟、そして矜持を嗤えるものなどいるかよ。
お前らのように徒党を組んで一人に群がり、ようやっと倒しただけの雑兵が図に乗るなよ。
夢を追って、その果てが死であれば、我々はそれを受け入れる。
少なくとも、途中で止まるようなことはしない」
だからこそ、狂人。
だからこそ、英雄狂。
それこそが、ジュスティア人という人種なのだと、シナーは思い知らされた。
目の前にいる女がジュスティア人らしからぬ言動をしていたとしても、その根底はジュスティア人なのだ。
(*‘ω‘ *)「夢を諦めない者だけが夢を叶えられるんだよ」
(;`ハ´)「暴論を!!」
(*‘ω‘ *)「そうだよ、暴論だよ。 そして正論でもある。
これは戦争だ。
戦争の中の正義を、我々は貫いている。
夢を叶えるのなら、夢に責任を持て」
これから死ぬ人間に対して、どうしてここまでこの女は言葉をかけてくるのか。
優越感に浸ることが目的ならば、何もここまで話す必要はないだろう。
我慢の限界に達したシナーは吠えた。
827
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:54:37 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「さっきから説教をして、楽しいアルか!!
殺すんならさっさと殺せアル!!」
(*‘ω‘ *)「……そうだな、少し喋りすぎた。
だが私はお前を殺さない。
死にたいなら、勝手に死ね」
ティングルは溜息を吐き、その場を歩き去った。
残されたシナーは少しの間警戒していたが、やがて、それを止めてその場に座り込んだ。
周囲の建物は全て燃え、世界が黒とオレンジと赤に染まっている。
降り注ぐ雨がぬるい。
水たまりはまるで湯の様だ。
致命傷を負ったわけではないが、片足片手を動かせないというだけで移動は絶望的だ。
果たしてどれだけの部下が無事に街を出られただろうか。
聞こえていなかった砲声が、徐々にはっきりと聞こえてくる。
着弾との時間差がほとんどなく、街の外で鳴り響く爆発音が聞こえなくなるまでに、そう時間はかからなかった。
きっと、全滅したのだろう。
巨大な何かが線路を進む音が聞こえてきた。
なるほど、これだけの短時間で砲撃と移動を可能にするとなると、列車砲の存在は必然だ。
エライジャクレイグが内藤財団に組しなかったことは、何も鉄道の自由を保障するためではなく、別口の契約があったのだろう。
(;`ハ´)「……糞」
夢が成就するかどうか、それを見届けることも出来ない。
シナーにとっては、この待つという時間が耐えがたい苦痛だった。
戦いの中で死ぬことが出来れば、遥かに幸せだっただろう。
何も知らないまま、砲弾で死んでいれば幸せだっただろう。
自らの夢が脅かされているということが分かっていながら、何もできないという無力感。
その無力感こそが、焦燥感に繋がる。
焦燥感はやがて、自分を苛む自己嫌悪の感情へと帰結する。
死にたい、という感情さえ湧き上がってしまうのだ。
立ち上がり、シナーは燃え盛る建物を一瞥した。
焼け死ぬというのも、死に方の一つではある。
許されるのならば、拳銃を使っての自殺が最も苦痛を感じないで済む。
死に方を探している間、不思議と不安はなかった。
これ以上生きていても、何もない。
生きて不安を感じるぐらいなら、いっそ死んだ方が楽なのだ。
誘蛾灯に誘われる虫のように、シナーは燃える家へと歩み寄る。
その時、背後からモーター音と濡れた路面を踏みしめるタイヤの音が聞こえてきた。
思わず立ち止まり、振り返る。
そこにいたのは、予想外の人物だった。
(=゚д゚)「自殺したいラギか?」
828
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:54:58 ID:K.ug12hY0
頬に傷を負った男。
どこかで見たことがある男だった。
(;`ハ´)「……誰アルか、お前」
(=゚д゚)「何だ、俺が手前の幼馴染だったら自殺を思いとどまるラギか?」
(;`ハ´)「ちょうどいいアル。 私を殺せ」
男の懐に拳銃があることを見抜き、シナーはそう言った。
この際、どこの誰でもいい。
これ以上自分を嫌いになる前に死にたかった。
(=゚д゚)「嫌ラギ。 死にたがってる奴を殺しても、良いことないラギ」
(;`ハ´)「なら、放っておくアル」
(=゚д゚)「それも嫌ラギ」
(;`ハ´)「面倒な男アルね」
(=゚д゚)「手前にゃ負けるラギ」
(;`ハ´)「なら、どうするつもりアルか?」
(=゚д゚)「俺は説教が嫌いラギ。 だから手短に言うラギよ。
とりあえず、捕虜になるラギ」
あまりにも単刀直入。
あまりにも身勝手な言葉。
そして何より、意味が分からなかった。
(;`ハ´)「捕虜? 私が?
何も話すことなんてないアルよ」
(=゚д゚)「うるっせぇラギね。 こちとら人手不足ラギ。
料理は出来るだろ?
俺はまた手前の餃子が食いてえラギ」
そこでシナーは、男とどこで会ったのかを思い出した。
オアシズだ。
オアシズに餃子屋として潜入している時、客として来た男だった。
そして、ワタナベ・ビルケンシュトックが執着していた男。
ジュスティア警察で最も厄介な刑事、トラギコ・マウンテンライト。
(;`ハ´)「オアシズの……!!」
(=゚д゚)「まさかこういう形で再会するとはな」
829
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:55:18 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「馬鹿言ってるんじゃないアルよ!!
どうして私がそんな真似……!!」
(=゚д゚)「言っただろ? 俺はお前の餃子がまた食いたいラギ。
ひとまず、この戦争が終わるまでは捕虜として餃子を焼いてもらうラギよ」
トラギコは、ジャケットから銀色に輝く手錠を取り出す。
(=゚д゚)「死ぬのはその後ラギ」
(;`ハ´)「ば……」
(=゚д゚)「ば?」
(;`ハ´)「馬鹿アル……お前……」
(=゚д゚)「あぁ、そうラギよ。
だが、お前の餃子は馬鹿をしてでもまた食べたい味があるラギ」
手錠が足元に投げられる。
それが意味するのはただ一つ。
(=゚д゚)「ほれ、自分でつけるラギ」
(;`ハ´)「大人しく従うと思うアルか?」
(=゚д゚)「あぁ、思うラギ。 あんた、そういう顔してるラギ」
(;`ハ´)「どういう顔アルか……」
(=゚д゚)「生きたがりの顔ラギ」
ジュスティア人は人の話を聞かないのだろうか。
先ほどのティングルといい、トラギコといい、まるでこちらの意思を無視して話を進める。
(;`ハ´)「体が治れば、確実に裏切るアルよ」
それを聞いて、トラギコは口元に笑みを浮かべた。
疲弊しきっているであろう男の顔に浮かぶのは、一切の取り繕いがない生のままの笑顔。
不器用で、それでいて、どこか安心する笑顔だった。
(=゚д゚)「そん時はそん時ラギ。
俺は刑事だ。
裏切る奴も、死にたがりの奴も、もちろん生きたがりの奴も分かるラギ。
あんたは裏切らないし、自死もしないラギ。
それでも、もし万が一があった場合は……
また俺がお前を止めてやるラギ」
830
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:55:52 ID:K.ug12hY0
その目は。
嗚呼。
その瞳は、何と真っすぐなのだろうか。
炎に揺れる瞳の奥に宿るのは純粋なまでの信念。
ジュスティア人にこそ相応しく、ジュスティア人らしい双眸にシナーは初めて救いを感じた気がした。
これまでに出会ったどんな人間よりも、彼の目は嘘を吐いていない。
なるほど、ワタナベが執着するわけだ。
彼女の中の獣はこれを見抜いていたのだ。
(;`ハ´)「あんたはどうして、内藤財団の夢を否定するアルか……」
(=゚д゚)「あ? んなもん決まってるラギ。
手前のルールに従わねぇってだけでこれまでの生き方を否定されりゃ、誰だって反抗するラギ。
そんなに仲良ししたきゃな、自分たちだけでやってりゃいいラギ。
どんだけ長い間、今の形態で世界が進んでたと思ってんだよ」
(;`ハ´)「……そうアルか。
だけど、それこそどうして私を生かそうとするアルか?
私が生き残れば、また同じことを言いだすかもしれないアルよ」
(=゚д゚)「あんたにゃ、更生の余地がありそうだって聞いているラギ。
一度夢を疑ったなら、もう夢を追えねぇラギよ」
(;`ハ´)「……あの口軽女」
(=゚д゚)「流石に今回は人が死にすぎてるラギ。
救えるんなら、俺は一人でも多く救いてぇのが本音ラギ。
少なくとも、連中の夢を叶える、なんて馬鹿以外はな」
実のところ、シナーはもうティンバーランドが抱いていた夢について叶えることを諦めていた。
それは実現性の問題ではない。
問題だったのは、その手段と本質だった。
トラギコが言った通り、この方法の最大の問題は力づくで一気に世界中を塗り替えるという手段その物にあった。
段階的ならば、まだ分かる。
しかしながら、長年の計画にも関わらずその計画には疑問を抱く余地があった。
それを誤魔化すかのように世界中への宣戦布告が行われたことにより、作戦の参加者はその疑問について何か言及することは不可能だった。
実際にシナーがそうだったように。
どこかで疑念を抱いた者は、もう引き返せない位置にいる。
世界に対しての宣戦布告こそが、その最後の楔だったのだ。
そこまでに気づける人間は誰もいなかったのかもしれないし、いたのかもしれない。
しかし、それらは一切彼らの耳に入ることはない。
世界を変えるためには情報の統一が必要であり、意志の統一が必要だった。
彼等は“歩み”と呼ばれる複数の作戦に関わることで、精神的にも社会的にも退路を自ら断つことになる。
シナーはその最前線を歩く人間だという自負があったが、それでも、疑念を捨て去ることはできなかった。
極めて稀有な例なのだろう。
831
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:56:26 ID:K.ug12hY0
これまでに彼らの考えに対して異議を唱えたり、ましてや離反するような人間はいなかった。
そういう意味では、シナーは極めて異質な存在だという自覚があった。
(=゚д゚)「手前はまだ、救えそうな気がした。
それだけラギ」
(;`ハ´)「……」
(=゚д゚)「俺もあのババアは苦手だが、人を見る目はあるラギ。
自分は説得できなかったけど、手前をどうにかしてやってくれ、って言われてな。
死ぬ前にこうして話して分かったけど、手前は死ぬよりも生きてた方がいいラギ」
(;`ハ´)「民間人を爆殺しておいて、よく言うアルね」
これだけ言われても、まだ信じ切れない。
トラギコという男の持つ魅力は十二分に伝わってきているし、言い分も分かる。
しかし、それではシナーは自分が許せないのだ。
夢半ばで裏切り、そのまま生き続けるということが。
(=゚д゚)「手前らからすれば民間人。
俺たちからすれば敵の細胞ラギ。
手前らがジュスティアで民間人を殺したのと同じラギよ。
だけどこれが戦争ラギ。
やってやられて、またやって。
この戦争はそうやって続いて、結局は死体と瓦礫の山が残るラギ。
なら、少しでもまともな人間が生き残った方がいいに決まってるラギ」
(;`ハ´)「……普通、敵の指揮官にそんなことを言うなんてありえないアルよ。
自分の体内に毒を取り込むようなものアル」
あわよくば、トラギコにならば殺されてもいい。
彼にならば、殺されても悔いはない。
むしろ、彼にこそ殺されないとさえ思える。
彼に肯定されることに、何故か無上の喜びを覚えてしまう自分がいることに、シナーは徐々に気づき始めていた。
(=゚д゚)「うるせえな。
とにかく、手前は生きるラギ。
そんでもって、餃子を焼くラギ。
罪の清算やら何やらはその後ラギ」
もう。
もう、意地を張らなくてもいいのかもしれない。
この刑事ならば、シナーの罪を決して許しはしないはずだ。
許されない事こそが、今のシナーには必要なことだった。
仲間を裏切るということ。
夢を裏切るということ。
それら全てを受け入れるには、シナーの心はあまりにも繊細だった。
そして、これまでに歩いてきた道は血で汚れ切っていた。
832
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:56:53 ID:K.ug12hY0
自死することでその道から逃げようとしていたのは、恐らくは事実であり、彼の心が望んだ救済策だ。
重ねてきた罪の数が、人として生きるにはあまりにも多すぎる。
(=゚д゚)「とりあえず、もう時間がねぇラギ。
一緒に来てもらうラギよ。
その途中で、あいつらに関する情報をよこすラギ」
シナーは器用に手錠を拾い上げ、それを眺めた。
使い古された手錠。
しかしながら、その堅牢性が保障された手錠だ。
(;`ハ´)「……」
静かに。
シナーは自らの両手に手錠をかけた。
その音が聞こえた時、何か、心の中にあった重荷が初めて自分の一部であると認識できた気がした。
(=゚д゚)「上出来ラギ。
ほら、後ろに乗るラギ」
(;`ハ´)「……首を絞められるとか思わないアルか?」
(=゚д゚)「とことん素直じゃねぇ野郎ラギね。
時間がねぇんだ」
足を引きずり、シナーはトラギコの乗るバイクの後ろに跨った。
無防備だが、あまりにも大きな背中だった。
(=゚д゚)「じゃあ行くラギよ」
そして、燃えるヴィンスを後に、シナーはトラギコと共に列車へと向かったのであった。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
かつて、二度の厄災を経験したヴィンスという街があった。
一度目は一人の殺し屋が街の内部を壊滅状態にした。
内部が元通りに機能するまでに要したのは、半年以上の辛酸を嘗める時間。
外的な支援によって、それでも破滅を回避することに成功した。
二度目の厄災は、街の外部を壊滅状態にした。
砲弾と焼夷弾の雨が全てを壊し、燃やし、焼失させた。
黒い雨が全ての炎を消すのにかかったのは3日。
消火活動を行う人間は一人もいなかった。
こうして遂に、ヴィンスは世界地図からその名を消すことになった。
これが、ヴィンスの落日である。
――ググルマップ・ヤフー著 『世界から消えた美しい街100選』より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
833
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:57:21 ID:K.ug12hY0
豸;゚ ヮ゚)「えええ……」
冷静沈着、あるいは一時の感情に流されることとは無縁と思われていたジャック・ジュノの反応は、想像した通りの物だった。
ヴィンスへの砲撃の影響に罪悪感を覚えたのではなく、ラヴニカを襲った部隊の首魁を生きて連れ帰ってきたことに対する純粋な反応だ。
手錠をした状態で大人しく車椅子に座っているとはいっても、その内面に秘めた暴力性と戦闘力の高さは危険の一言に尽きる。
言わば、自ら手負いにした肉食獣を連れてきたのである。
豸;゚ ヮ゚)「どうするんです?」
(=゚д゚)「どうするも何も、ひとまず手当ラギ」
自分自身も怪我人である以上、当然、手当てをするのは搭乗している医療チームだ。
骨折二か所と火傷の治療だけであれば、そこまで時間はかからないだろう。
豸;゚ ヮ゚)「アンストッパブルで暴れられでもしたら、取り返しがつかなくなります」
当然の危惧だった。
誰だって同じ危惧をするだろう。
この状況でわざわざ面倒ごとを取り込むメリットがない。
(=゚д゚)「こいつはそんなことしねぇラギ」
トラギコはこの手合いについて知悉しており、決して見誤ることはない。
この手の男は、そんなつまらないことはしないのだ。
それを選ぶぐらいなら、この類の人間は死を選ぶ。
豸;゚ ヮ゚)「……お知り合いで?」
(=゚д゚)「あぁ。 こいつの餃子が美味いラギ」
僅かの沈黙があったが、その間に列車がゆっくりと発車した感覚が伝わってきた。
豸;゚ ヮ゚)「えぇ……」
(;`ハ´)「……流石に私もそれはどうかと思うアル」
(=゚д゚)「まぁまぁ。 ティングルのババアも見込んだんだ。
とりあえず、よろしく頼むラギ。
情報が分かり次第伝えるから、な」
不承不承、といった様子でジュノが頷く。
不穏分子を抱き込んだことにより、作戦に支障が出る危険性が生まれたことは、彼女としては受け入れ難い事だろう。
彼女の様な一般常識人であれば、そもそもこの提案を受け入れるということ自体があり得ない、と断じるのが普通の反応だ。
しかし、トラギコの言葉を受け入れたのは、これ以上のやり取りが余計な遅れにつながることを危惧したのだろう。
もしくは、トラギコの言を信頼してくれたのかもしれない。
豸゚ ヮ゚)「それで、名前は?」
(=゚д゚)「……何てんだ、手前?」
834
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:57:42 ID:K.ug12hY0
(;`ハ´)「……シナー・クラークス」
(=゚д゚)「シナーラギ」
豸゚ ヮ゚)「ではシナーさん。
御覧の通り、現在は緊急事態です。
くれぐれも、面倒を起こさないようにお願いします」
( `ハ´)「分かったアル」
(=゚д゚)「な? 聞き分けが良いラギ」
目頭を押さえ、ジュノは溜息を吐いた。
ジュスティア警察でもよく上司が見せた行動と同じだった。
そしてそのまま、トラギコに医療チームの待機している車両を空いた手で指す。
豸゚ ヮ゚)「後はお任せします」
(=゚д゚)「助かるラギ」
車椅子を押しながら、トラギコは列車の中を進んで行く。
既にアンストッパブルは砲弾の薬莢等の廃棄を済ませ、イルトリアに向かって進み始めている。
予定到着時間は、夜の11時。
それまでの間は、少なくとも危険はないはずだ。
(=゚д゚)「で、さっさと話をするラギ」
( `ハ´)「何を話せばいいアルか?」
(=゚д゚)「お前らの作戦だよ。
イルトリアを攻め込むってんだ、何かしらの策があるんだろ?」
自分は何も知らない体で質問をする。
少なくとも、相手が知っていて当然だろうと考えて削られる情報を無くすことができる。
対人コミュニケーションにおいて、情報を正しく得るために彼が警察学校で学んだことであり、役立った情報でもある。
( `ハ´)「陸海空の全方位からの質量による攻撃アル」
思っていたよりもシナーは協力的だった。
言葉をどこまで信用していいのかは分からないが、聞いている情報と一致するものがあれば、後は整合性を見ればいい。
だが、引っかかる部分があった。
(=゚д゚)「陸は間に合ってないラギよ?」
( `ハ´)「そうみたいアルね。
陸の部隊もあったけど、多分途中でダメになったみたいアル」
835
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:58:04 ID:K.ug12hY0
全方位からの質量による攻撃。
しかし、陸路だけは攻撃の時間に時差があった。
というよりも、トラギコが出発するまでは陸からの攻撃がなかっただけで、その後にあったのかもしれない。
ハート・ロッカーの砲撃を事前に防げたことが大きいのかもしれないが、それだけに頼っていたとは考えにくい。
陸の部隊が出遅れた理由も、海と空の攻撃が同時だった点を考えれば不自然だ。
ここまで入念に準備をして、陸だけが大きく遅れる理由は何だろうか。
(=゚д゚)「陸がそう簡単に駄目になるか?
それに、力技だけってこたぁないだろ」
( `ハ´)「詳細は知らないアル。 私の担当はラヴニカだったアル」
(=゚д゚)「……役割分担に伴う情報封鎖か」
狩りに裏切り者が出たとしても、情報が漏洩する心配がない。
必要な人間にだけ、必要な情報を。
組織運営としては至極真っ当な考え方だ。
( `ハ´)「だから、話せることなんてほとんどないアルよ。
もう全部実行済みアル」
(=゚д゚)「ま、そうだろうな。
イルトリア方面を担当する人間の中に、厄介なのは?」
( `ハ´)「……強いて言うなら5人。
“終末”、ダディ・クール・シェオルドレッド。
“猟犬”、ビーグル・ウラヴラスク。
“石臼”、シィシ・ギタクシアス。
“剛腕”、モナコ・ヴォリンクレックス。
そしてハインリッヒ・ヒムラー・トリッペン。
全員がイルトリアに恨みがあって、それぞれが指揮官アル。
戦闘能力はイルトリア軍人に負けるだろうけど、恨みと連携力が強みアルね」
(=゚д゚)「何人か聞いたことのある名前ラギね」
( `ハ´)「大体がどこかの罪人アル。
中でもハインリッヒは、まぁ、多分ただじゃすまないと思うアル」
(=゚д゚)「何でラギ?」
( `ハ´)「恨みが強いけど、逆恨みアル。
市長にほとんど毎年体のどこかを刻まれているアル。
だからこそ、痛みや恐怖への感覚が半分マヒしているアルね」
(=゚д゚)「……ただの狂人じゃねぇか」
( `ハ´)「他の細かい所は本当に知らないアル。
他に話せるようなことはないアルよ」
836
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:58:26 ID:K.ug12hY0
少しの間、トラギコは考えた。
この男から得られる情報は、そこまで期待はしていなかった。
独立した状況下での、情報の共有。
その可能性は考えていた。
しかし、それでも分かることはあった。
つまりは物量戦であることに変わりはなく、トラギコとデレシアがその場に留まる必要性はなかったということだ。
質で攻め込まれていないことが分かれば、後は現場の状況を聞いてから判断すればいい。
( `ハ´)「……ただ、一つだけ良く分からない命令があったアルね」
(=゚д゚)「どんな命令ラギ?」
( `ハ´)「イルトリアも、ジュスティアも。
最優先で海路を封鎖しろ、って命令アル」
(=゚д゚)「まぁどっちも海に面してるから……な」
確かに理にかなった命令ではある。
大陸の東西に位置する両者の海路を封鎖すれば、海軍を使用した双方向の援軍を封じることができる。
イルトリアとジュスティアが協力関係になることが想定されている状況では、物理的なつながりを封鎖することが重要である。
しかしそれは、半ば杞憂の様なものでもある。
デレシアとトラギコがジュスティアに向かうためにヘリを使い、クラフト山脈を越えるという道を選んだのは両者の間に広がる海こそを懸念したのだ。
ティンバーランドの海軍が待機していたこともある。
そして、ジュスティアへの攻撃を終えた船が真っすぐにこちらに来ないのと同じ理由があった。
“バミューダトライアングル”の存在である。
三つの島を結んだ地点で確認された船舶連続失踪事件によって真実とされながらも、後日その場所には何もないことが確認された。
不気味な事実だけが転がる中、船の航路として現代の常識となっているのがやはりその海域には近づかない、ということだ。
最初に確認されたバミューダトライアングルの位置は奇しくもイルトリアとジュスティアの間であり、万が一を懸念する人間は絶対にその付近を通らないことにしている。
オアシズがポートエレンに立ち寄り、万全の状態であることを確認したのちにティンカーベルに向かうのはそうした理由がある。
あの辺りの海は荒れるのだ。
そうしたことがあるにも関わらず、何故、海路の封鎖を最優先としたのか。
(=゚д゚)「正確には、どんな命令だったラギ?」
( `ハ´)「全ての港を使用不可能にさせ、船の出航を阻止せよ、だったはずアル」
(=゚д゚)「港の封鎖……なんでだ……」
( `ハ´)「言った通り、理由までは知らないアル。
だから両方の街に大量の軍艦を派遣したアル。
上陸できる距離まで近づいて潰されても、それだけで出航の障害になるアル」
物量で攻め入るための軍艦でさえ、港を封鎖するための駒。
確かに、そこに異質さを感じざるを得ない。
深く考えれば考えるほど、そこに必然性がないのだ。
まるで、これこそが本命であるかのようでもある。
837
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:58:46 ID:K.ug12hY0
(=゚д゚)「考えても仕方ねぇか」
呟いた言葉は、半ば自分に言い聞かせるものでもあった。
この状況下で追うべきものが今更変わることはない。
今のトラギコがやるべきことは、この戦争の終結に手を貸すことだ。
( `ハ´)「こっちからも質問いいアルか?」
(=゚д゚)「内容次第ラギ」
( `ハ´)「ワタナベとあんたは、どんな関係だったアルか?」
(=゚д゚)「昔の知り合いラギ」
( `ハ´)「そうアルか」
(=゚д゚)「あぁ、そうラギ」
医者のいる車両に到着すると、あらかじめ報告があったのか、腕を組んで怒りを表現する白衣の男がいた。
確か、トラギコの要求を全て叶えてくれた人のいい男だ。
緊張に満ちた空気が漂う中、男が口を開いた。
(●ム●)「勘弁してくれ、って言ったらどうします?」
(=゚д゚)「勘弁しない、って言うラギ」
それを聞いて、男は破顔した。
(●ム●)「分かりました、最善を尽くします」
(=゚д゚)「手間かけるが、よろしく頼むラギ」
シナーを預け、トラギコは近くの椅子に腰かける。
( `ハ´)「仕事はいいアルか?」
(=゚д゚)「これが仕事ラギ」
(●ム●)「いやいや、寝ていてくださいよ!!」
(=゚д゚)「そうしたいのもやまやまだが、こいつが暴れたら大変だろう?」
(●ム●)「暴れないって請け負ったと聞いたのですが……」
(=゚д゚)「あぁ、そうラギね。 だけど、万が一があったら嫌だろ?」
(●ム●)「そりゃそうですけど……
じゃあくれぐれも暴れないよう、お願いしますね」
(=゚д゚)「あぁ、そうするラギ」
838
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:59:20 ID:K.ug12hY0
トラギコは懐から、スキットルを取り出す。
ワインとステーキを注文したついでに、その場で依頼したカンフル剤的な物だ。
全身の痛みも気だるさも疲労も、正気のままでは耐えきれるものではない。
正直なところ、全身に広がる激痛は戦闘をするにはあまりにも重い物だった。
蓋を開ければ豊潤なウィスキーの香りが鼻孔に届き、束の間の安らぎを与える。
(●ム●)「……それは?」
その香りに、医者がトラギコの方を見る。
その目は、明らかな好奇心に輝いていた。
(=゚д゚)「ボウモアラギ。
……ほしいラギ?」
(●ム●)「一杯だけ」
スキットルを受け取った医者は一口呷り、そして、満足そうに息を吐いた。
(●ム●)「……美味い」
(=゚д゚)「だろう?」
今は戦時。
そして今は、世界中が戦場である。
これから世界で最大の戦場と化しているであろうイルトリアに向かうとなれば、心理的なストレスは相当な物だ。
手術をするわけではないため、男は酒を欲したのだろう。
( `ハ´)「もらっても?」
(=゚д゚)「あぁ」
シナーに手渡すと、彼は匂いを味わうようにして嗅ぎ、それから一口飲んだ。
ゆっくりと口の中で堪能してから嚥下し、そして言った。
( `ハ´)「美味いアル」
思想が違えど、美味い物は美味いのだ。
839
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 19:59:49 ID:K.ug12hY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
あえて形容するなら、スポンジに染みた水を絞り出すような戦争だった。
水が十分にスポンジに染み渡り、機を見て握り潰す。
他の水が入る余地などない。
何せスポンジは手のひらの中に納まり、硬く握り潰されているのだから。
しかし。
拳はいつまでも握り固めることはできないのだ。
――とある戦場カメラマンの手記より
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
September 26th
イルトリアでの市街戦は、着実に終わりへと近づいていた。
街中に分散して設置されていた通信の中継器も、そしてそれを活用するためのタブレットも破壊され、最早ティンバーランドの持つ優位性は失われていた。
増援が来るという算段は打ち破られ、残党が時間経過と共に殺戮されていった。
市街戦を大前提とした市民と部隊に迎え撃たれたティンバーランドの兵士たちは、秒針が進むごとに減っていった。
物量戦に持ち込んだ側が敗北するに至った最大の要因は、イルトリア側の用意にあった。
最初から敵を招き入れ、文字通り全方位から圧殺する自殺行為にも等しい手法は、作戦としては悪辣と言ってもいい。
文字通り陸海空、全方位からの同時攻撃に対抗するためには、これが最適解であると判断を下した最高責任者はこの結果に安堵していた。
宣戦布告から戦闘までに僅かな時間を要したとは言っても、その物量と質量は近代でも最大規模である。
これがイルトリアでなければ、間違いなく耐えきれずに街中が蹂躙されていたことだろう。
この結果を生み出すにあたり、ティンバーランドは大きな誤算をしていた。
それは、空だった。
空を飛翔する移動手段が稀有な物となり、空軍という概念そのものが消えた時代だからこその強みのはずだった。
航空空母を用いた大規模な空挺部隊と軍艦と有線接続された棺桶の存在が、戦場を圧倒するはずだったことは言うまでもない。
世界で唯一、空軍を分散して秘匿していたイルトリアにとってその戦略は対応可能な物だった。
これによって三方向からの攻撃が破綻。
陸上からの攻撃は、ハート・ロッカーがイルトリアに砲撃を行う前に動きを止めたことにより、そのタイミングをずらすことになる。
街の外で待機していたイルトリア陸軍と親イルトリア派の街により、近隣の街から向かってくる増援は街に到着する前に全滅させられていた。
その結果として、海上からの増援だけがあえて街へと招き入れられ、狩りの対象となった。
敵が上陸をしなければいつまでも軍艦の砲撃が街に降り注ぐことになるため、上陸が成功したと思わせる必要があった。
砲撃は敵味方の識別をして行えるものではないため、敵の攻撃を弱体化させるにはこれが最も簡単な手段なのだ。
イルトリア海軍はそれを承知の上で敵を上陸させ、そして弱体化したのを見届けてから敵艦を迎撃。
陸軍は適度に街中には侵攻させ、基地内に入り込んだ輩は容赦なく殺した。
敵戦力が全て注ぎ込まれたことを確認してから、ようやく反攻作戦が開始されたのである。
非戦闘員に被害が出ないよう、戦闘は街の中心に集中する様に誘導が行われた。
そして戦闘要員となる住民は街中に分散し、適度に攻撃を加えつつその瞬間を待ち続けていたのである。
ミ,,゚Д゚彡「増援に注意しつつ、残党を始末しろ」
840
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:00:12 ID:K.ug12hY0
市長フサ・エクスプローラーの一言によって、街中で残党狩りが行われたのは、日付を跨いだ3時ごろのことであった。
フサが彼らの目論見、あるいは作戦を見抜いたのは、複数の情報を統合しての見解からだった。
戦争をするのであれば、兵站という概念は決して無視できない要素だ。
しかしながら、イルトリアを攻め入ろうとする部隊も、ジュスティアに攻め入る部隊も、短期決戦を予定していたのかあるべき兵站線が存在しなかった。
それはつまり、長期戦を予定しておらず、一瞬の火力に全力を注いでいることを意味していた。
一瞬で勝利を決することができると、本気で信じていたのだろうか。
ミ,,゚Д゚彡「あー……こりゃ、やられたな」
しかし、勝利を確信しつつも、負けを受け入れたフサの言葉は黒い空に吸い込まれた。
黒い雨は降り続け、街で起きていた火災は落ち着きを見せている。
隣で大口径の対物ライフルを構えていた妻のチハル・ランバージャックが残念そうに同意した。
从´ヮ`从ト「やられましたねぇ」
単純なイルトリア人の死体の数で言えば、歴代最多。
被害の規模で言っても歴代最悪である。
戦果のみを見ればイルトリアの勝利であるが、敵勢力の目的を達成させてしまったという事実に気づいた時には、もう手遅れだった。
ミ,,゚Д゚彡「損耗はどれぐらいだ?」
从´ヮ`从ト「人員であれば2割、建物なら5割ってところですかね」
ミ,,゚Д゚彡「ジュスティアを最優先にして、こっちは二番目……
腹立つな。
あー、フォックスの勝ちだ」
最後に呟いた一言を、耳付きであるチハルが聞き逃すはずもない。
从´ヮ`从ト「あっ、ひょっとしなくても賭けてましたね」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ、賭けてたよ。
戦争になった時にどっちが優先されるか、ってな。
しかし最初から海が目的だったか」
相手の思惑が分かれば、これほど腹立たしいことはない。
相手の目論見通りに動き、そして目的は達成されようとしている。
海を封じられ、空路を潰され、残されたのは陸路のみ。
この状況を生み出すことこそが、敵の狙いだったのだ。
後は陸から迫ってくる敵増援に対応を迫られることとなる。
街の機能を回復しながらそれを迎え撃つ余力は、正直なところ十分とは言えなかった。
何せ、街中の道路には敵の残骸が散乱し、兵士のまとまった展開が出来ない。
市街地にビーストを始めとする陸軍を待機させていなければ、被害はこれ以上の物になったことだろう。
ミ,,゚Д゚彡「……来たか」
841
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:00:32 ID:K.ug12hY0
巨大な車輪がレールを踏みしめる音が、静けさを取り戻しつつあるイルトリアに届く。
それはある意味で定刻通り。
ある意味で、予定通りの到着である。
ミ,,゚Д゚彡「さて、第二波に備えるぞ。
連中の殲滅にトソンが出張ったからな。
後は、こっちで処理だ」
陸軍大将の使用する棺桶“スリーハンドレッド”は、乱戦において比類なき強さを発揮する。
しかし、その力には制限がある。
スリーハンドレッドは300機の小型無人航空機を操作し、敵を爆殺することを最大の特徴としている。
そしてその無人機は全て使いきり、残された装備は槍と盾となっている。
それだけでも彼女は十分に戦えるが、大量の敵兵を相手にするのには不向きだ。
それは単純に敵を殲滅するのに時間がかかるというだけであって、負けるということではない。
彼女が生き延びても、街の被害がこれ以上拡大するのは避けられない。
最終的にイルトリアが得るのは勝利だとしても、受ける被害が後にイルトリアの命を奪わないとは断言できないのが現実だ。
無人航空機の製造にはラヴニカの復興が必須であり、今後数年規模での補充が不可能であることを覚悟していた。
ミ,,゚Д゚彡「……なぁ、チハル」
フサがかけた言葉は市長と空軍大将の間で交わされるそれとは違い、夫から妻へと向けられるそれだった。
从´ヮ`从ト「うん?」
つぶらな瞳が、フサに向けられる。
戦闘機を駆り、対物ライフルを振り回し、死体の山と戦果を築き上げた彼女の声もまた、フサと同じ類のものだった。
ミ,,゚Д゚彡「酒でも飲まないか?」
从´ヮ`从ト「いいねぇ。 どこで飲む?」
ミ,,゚Д゚彡「適当な店でいいさ。
お前と一緒ならどこでも」
从´ヮ`从ト「はははっ、らしくないねぇ。
どうしたよ?」
それは、長年連れ添った妻だからこそ分かるフサの心境の微細な変化だった。
そしてそれに気づいてくれることを、フサは期待していたし、確信していた。
ミ,,゚Д゚彡「なに、ちょっと疲れが出たみたいだ。
いやか?」
普段は数万の市民と軍人を背負い、緊急時には最前線で指揮を執る。
それを平然とやってのけているが、実際のところ、本人の自覚のない所で味わうストレスの負荷は人生最大のもの。
博打にも近い作戦が成功したが、まだ終わらないという事実が彼に支えを欲させる。
一瞬でいい。
842
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:00:52 ID:K.ug12hY0
ほんの一瞬寄り添ってくれる存在がいれば、まだ戦える。
その役割を、彼の妻は言われずとも理解していた。
从´ヮ`从ト「そういう人間らしいところが好きだよ。
……旦那」
ミ,,゚Д゚彡「なんだ?」
それは、いつも通りのやり取りだった。
彼女と出会い、一緒になった時から続く約束事のようなやり取り。
言葉遊びから始まり、そして、今も続く合図。
从´ヮ`从ト「ん」
ミ,,゚Д゚彡「あぁ」
差し出された手を、フサは躊躇うことなく繋ぐ。
今も昔も変わらない、心を寄せた最愛の手。
伝わるのは言葉以上のそれ。
人はそれを――
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
手をつなげば、言葉以上に分かりあえることがある。
――ジュスティアの諺
手をつなぐという行為は、言葉を超えることもある。
――イルトリアの諺
愛を知るための最も簡単な手段。
――ノ・ドゥノの諺
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
イルトリアに到着したアンストッパブルから続々と武器弾薬を降ろされる中、二人のジュノとフサはカフェを転用した司令部で握手を交わし、小さなテーブルを挟んでの会合を開始した。
彼らの目的は、これから出現するであろう敵増援に対する陣地構築と非戦闘員の避難だった。
街中の人間が戦える状態にあるのは事実だが、年齢や体のハンデを鑑みれば長時間戦えない人間がいるのもまた事実だ。
その事実から目を背けるわけにもいかず、どのようにして民間人を避難させるのかという点に難儀した。
アンストッパブルは全面的に砲撃に特化させており、イルトリア防衛の重要な役割を果たすことになる。
そうなると必然、民間人を避難させる最も安全な場所と言えばイルトリア軍基地ということになった。
意図的に敵を上陸させさえしなければ、絶対の防御力を誇る基地に民間人を避難させる。
それは、極めて危険な賭けにさえなり得る作戦だった。
843
:
名無しさん
:2024/07/14(日) 20:01:14 ID:K.ug12hY0
敵が砲兵を率いていれば、基地も無傷では済まない。
今回も艦砲射撃によって甚大な被害を受けたが、海軍と空軍が健在だった時の話である。
海軍はその大多数が船を失い、沈没した敵味方の軍艦によって沖合に出ることは不可能となっていた。
空軍は大規模に展開したことにより、バッテリーの充電と整備に時間がかかってしまっている。
つまりは、万全とはおおよそ言い難い状況での防衛戦となる。
威力偵察も兼ねて少数の部隊が展開し、それぞれの方面で敵の動きについて逐一動向を探っている。
報告があるまでの束の間、街では炊き出しや装備の整備や準備など、次の戦いに向けての比較的落ち着いた時間が過ぎている。
温食が戦闘員たちに振舞われ、街に通じる大きな道を中心にバリケードが構築。
陸軍から砲撃を免れた装甲車や戦車が街中に配備され、背の高いビルには狙撃手たちが陣取る。
砲兵たちは牽引式榴弾砲を持ち出し、ビルの上や狭い路地に配置して街の外からやってくる外敵への砲撃に備えた。
敵の残党や罠がないかについては、“ビースト”が担当し、わずかな異変さえも見逃すことはない。
偵察に向かった部隊から連絡があったのは、朝4時のこと。
近隣にある敵対的な街、あるいは内藤財団の傘下になった街からすでに複数の戦闘集団が移動しているという報告だった。
黒い雨によって地面がぬかるみ、暗闇が進軍速度を著しく低下させているのが幸いしたのだろう。
分かっているだけでも、その規模は4万人以上。
イルトリアにとっては相手にできない数ではないが、この状況下で相手にするにはいささか面倒臭い相手だった。
面倒なのは、街の復興が遅れる点にあった。
イルトリアにおいて戦争とは、復興が終わるまでの期間を指す。
その期間を左右するのが、相手が行う攻撃の苛烈さの濃度である。
同じ戦争でも、銃火器が中心になるのと砲撃が中心になるのとでは、まるで別の傷跡を残す。
故に、相手が陸上から攻め込むしかないことが幸いだったが、相手の部隊規模と装備が気になるところだ。
兵站を無視した全方位からの攻撃は、詰まるところ、こちらの主戦力を表舞台に引き摺り出すための捨て身の攻撃。
本命の一撃は、彼らの考えに感化された人間たちによる一斉攻撃なのだろう。
威力は微弱だが、その数で圧倒するという、初めの攻撃にあった質さえも無視した物量での攻撃。
その物量に、どのような質量という味付けがされているのかが問題だ。
間もなく訪れた追加の連絡がもたらしたのは、敵の装備と正体だった。
ぬかるみで進軍速度が落ちている敵の正体は、一般車両のハンドルを握るただの民間人。
そして車の屋根に括り付けている装備は、棺桶だった。
中身を見るまでもなく、内藤財団がすでに各戦場で使用している白いジョン・ドゥであることは明白だ。
大量生産を完了させ、物流を支配したことで世界中に配ったのだろう。
しかしながら、それは朗報でもあった。
相手は優れた兵器を持つ、戦争の素人なのだ。
中には軍隊経験がある人間もいるだろうが、それは瑣末な問題だ。
カルディ・コルフィ・ファームからの増援が最も規模が大きく、2万人近い規模で迫っているという。
幸いにして、カルディ・コルフィ・ファームの部隊は船を使っての進出となっており、少しずつ上陸が開始しているとのことだった。
それらの情報を統合し、イルトリア軍が選んだ攻撃手段は迎撃戦であった。
相手が戦争素人であれば、相手が望む防衛戦をする必要はない。
攻めてくるというのであれば、勢い付く前に全力で迎え撃ち、そして撃滅するだけなのだ。
陸軍は即座に残存兵力を分配し、海軍、空軍と合流して部隊を再編。
街にはビーストと砲兵隊を主とした防衛戦力を残し、即座に行動を開始した。
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