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Ammo→Re!!のようです

585名無しさん:2023/07/02(日) 21:15:34 ID:EB0RZRkQ0
助走をつけ、ナイフの柄に飛び蹴りを放つジョン・ドゥ。
空中に深い亀裂が走った。
その間にも後方からの狙撃で仲間が減っていくが、まるで意に介さず、彼らは壁の突破を試みる。
だが高周波振動を発する装置の長さが物理的に足りない。

検問所を突破する際に使った破城鎚さえあれば、確実に突破できるのにと歯噛みする。
大音響と共に彼らが現れたのは、正にその時だった。

〔欒゚[::|::]゚〕『待たせたなぁ!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『でかした!!』

それは、この上ないタイミングで現れた四人の援軍だった。
高周波振動発生装置を搭載した破城鎚を持ち出し、余計な会話をする間もなく一気に突撃した。
モナーは背後から現れた予想外の攻撃に対応する間もなく、一瞬で粉砕された。
彼の経歴を思えば、あまりにも無残な、そして、無慈悲な一撃だった。

粉々に粉砕されたモナーの死体には目もくれず、味方の一部を巻き込んだその一撃は彼らを隔てる最後の障壁を難なく打ち砕いた。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「……ふっ!!」

目の前で砕けた2枚の特殊防壁。
それを前にして、ガルバルディは決して後退しようとはしなかった。
腰から大型の回転拳銃を抜き放ち、破城鎚を運搬する人間に対して正確無比な早撃ちを敢行した。
その早撃ちはジョルジュをも上回るほどで、コンマ数秒で放たれた銃声は一つに重なって聞こえるほどだ。

そしてその精確さは、カメラを撃ち抜かれた四つの死体が証明している。
運び手を失った破城鎚が地面に転がり、ガルバルディの目の前で止まった。
拳銃を呆気なく手放したかと思うと、足元に置かれていた重機関銃を蹴り上げ、それを腰だめに構えて掃射。
ジョルジュを守っていた部隊がまるで雑草か何かのように倒れていく。

使われている銃弾が一般にある対強化外骨格用の物でないことは、盾を握った腕が宙を舞うのを見れば明らかだ。
だがそれも長くは続かない。
増援部隊の一斉射撃によってガルバルディは左脚を失い、転倒した。
  __
ヽ|__|ノ
. ||‘‐‘||レ「ぬぐっ……!!」

〔欒゚[::|::]゚〕『殺せ!!』

振るえる腕で構えた拳銃。
その銃腔が誰かを覗く前に、数百発の銃弾が彼女の体を肉塊へと変えた。
  _
(;゚∀゚)「ふぅ……」

円卓十二騎士といえども、物量には勝てない。
守りに徹する任務であればなおさらだ。
破城鎚を持った味方が現れなければ結果は違っていたかもしれない。

586名無しさん:2023/07/02(日) 21:16:54 ID:EB0RZRkQ0
从'-'从「……終わったぁ?」

気だるげに姿を見せたのは、Bクラスのコンテナを背負うワタナベだった。
  _
(;゚∀゚)「あぁ、後はシェルターの扉をこじ開ければ……」

既に最後の扉を前に、味方の士気は最高潮に達そうとしている。
天井まで続く一枚の扉。
その厚みや材質は不明だが、高周波振動の力を使えば突破できないことはない。
地面に落ちた破城鎚を持ち上げ、部下たちが一気に突撃する。

――扉が軋みを上げ始めた時、地上では一つの歴史が終わろうとしていた。

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                       ,'   , ハ刈トヾ  `ヽ
                    |!1 i { | |i !j^ヽ  |!i\
                    |! | | | ,イリ从ふj |!l  ド、
                    |! | | | =ナ′ j ト jリ j  \
                        ト、!ヾL _ ュ ノY / /    \
                          '| i   ̄∨∨/    ⌒ヾ
         __                 | }  ,   〉f'     i /  /│
       // ̄⌒ヽ           j |  /;;; /│ ;;;;;;;;;;,|/  /  !
        //     \            ノ j /;; /  ! ;;;;;;;;; |   /  j
     //   i    \         /   ン;;  i.  j  ;;;;;;;i /   i
      /' ,   / !       \    /  ,ノ   丿  ノ ,,;;;;;;/ / /  /
    / /  / ノ {       \ノ  i r'  /  /,,,,;;;;;;;;/ /  /
.   / /  /  ,ヘヽ       ∨_上'_ /  / ,,,;;;;;;;;//   /
  / /  / /  \       j    厶<、    ;;;;/´    '
  / /  /  rニ三\    ノ  \\  ヽ  //    /
/ /   /     `Tニ 二\ ∠ニ    `ー  ∨/    /
ヽ /  /        _, -‐''´    ̄  ̄  /     /
、 \ /    , -‐ ´            / ̄`ヽ  /
 >'´   /               /⌒ヽ   ∨
´    /                   __ イ rイィィ 〉= ´
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同日 PM03:57

南側の検問所の守りは突破され、最後まで抵抗を続けていた男は腹部に受けた銃創を庇いながらビルの壁に背を預けていた。
時間が経てば死ぬことは明らかだった。
男の名はフォックス・ジャラン・スリウァヤ。
ジュスティアの市長である。

爪;'ー`)y‐「ふぅ……」

葉巻を咥え、紫煙を吐き出す。
彼の手前には二人のイルトリア人の死体があった。
最後の瞬間までフォックスを守ろうとした二人は、だがしかし、物量を抑えきることができなかった。
そして彼の隣には、最後まで止血を施そうとしたイヨウ・ジョセフ・ジャックの死体が転がっていた。

587名無しさん:2023/07/02(日) 21:17:14 ID:EB0RZRkQ0
拳銃を片手にその様子を見下ろす女がいた。

o川*゚-゚)o「……」

キュート・ウルヴァリンである。

o川*゚-゚)o「無駄なあがきをしてくれたな」

爪;'ー`)y‐「無駄じゃないさ。 少なくとも、お前を不機嫌にできただけ上出来だ」

o川*゚-゚)o「死ぬ前の言葉にしては気が利いているな」

爪;'ー`)y‐「だろう? それで、私に何を訊きたいんだ?
      内容によっては教えてやるよ、出血大サービスだ」

o川*゚-゚)o「……何を狙っている?」

爪;'ー`)y‐「そんなの決まっているだろう?
      正義の味方の登場だよ」

o川*゚-゚)o「この期に及んでまだそんな戯言を」

フォックスはキュートの言葉を無視し、腕時計を見た。
そして、ニヒルな笑顔を浮かべて言った。

爪;'ー`)y‐「……さて、時間だな」

直後、爆発。
街中で一斉に爆発が起き、地面が揺れた。
頭上から聞こえてくる落下音と爆発の仕方から、砲撃と爆破の両方が起きていることが分かった。

o川*゚-゚)o「っ……!! 何を?!」

爪;'ー`)y‐「定刻通り、流石だよ。
      さて、後は幕引きだけだな」

o川*゚-゚)o「こいつ!!」

キュートは怒りに身を任せて発砲した。
だが、胸を撃ち抜かれてもフォックスは最後まで笑みを崩さなかった。
ゆっくりとイヨウの方に倒れながら、中指を立てた。

        Hasta la vista baby
爪;'ー`)凸「地獄で会おうぜ、ベイビー」

その言葉をきっかけに、街中に仕掛けられた大量の爆弾が連鎖爆発した。
ビルが次々と倒壊していく様は、まるで夢が覚めるかのような非現実的な光景だった。
その中に降り注ぐ砲弾。
ティンバーランドの人間ではなく、全く別の勢力が仕掛けてきた砲撃。

588名無しさん:2023/07/02(日) 21:17:34 ID:EB0RZRkQ0
o川*゚-゚)o「糞っ……!!」

それを感知できなかったのは、決して彼女の部下の怠慢や油断ではない。
距離にして60キロ。
荒野に走る秘密線路にその姿はあった。
並ぶ砲身はその全てが規格外の巨大さを誇り、装填される砲弾は人間ほどの大きさだった。

世界最長の都市、エライジャクレイグの列車砲である。
瓦礫と化す正義の都を前に、その列車砲の運転手は苦虫を噛み潰したような顔をしながら、ポツリと呟いたのであった。

(^ム^)「……定刻通り」

“定刻のジュノ”の渾名を持つジャック・ジュノの指示通り、列車砲は容赦のない砲撃をジュスティアに浴びせかけた。

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、ニニニニニ----〈: : : : :〉ニニ∨ニニニニニ∧ニニニニニ./ニニニニニニ./‐‐‐‐‐‐‐‐
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同日 PM03:57

苦戦するかと思われた扉の破壊は、想像よりも呆気なく終わった。
破城鎚の一撃が扉を固定する安全装置に干渉したらしく、けたたましいサイレンと共にゆっくりと手前に開き始める。
その先頭にジョルジュが立ち、開き切るのを待つ。
僅かに扉の奥が見えた瞬間。

発砲音が一つ。
そして、途中で止まるのを止めた扉を背に最後のジュスティア人が現れた。
拳銃をジョルジュに向けてはいるが、多勢に無勢。
戦力差は数えるまでもないというのに、その姿には焦りは感じられなかった。

(=゚д゚)「よぅ、待ってたラギ」

トラギコ・マウンテンライトはいつも通りの表情で、ジョルジュらの前に姿を見せた。

589名無しさん:2023/07/02(日) 21:17:54 ID:EB0RZRkQ0
  _
(;゚∀゚)「トラギコ……!!
    お前ら、手を出すな!!」

撃たれた右肩を押さえるジョルジュは、だがしかし、後ろで銃を構えた味方に大声で指示をした。
それは命惜しさ故ではない。
トラギコとは一度ゆっくりと対話をしたいと思っていたからである。

(=゚д゚)「手前なら、絶対に先頭で来ると思ったラギ」
  _
(;゚∀゚)「はっ、そりゃいい勘をしてるな。
     流石だよ、トラギコ」

(=゚д゚)「この先には行かせねぇラギ」

銃腔はジョルジュに。
視線は広く、ジョルジュとその後方に控える部下たちに向けられている。
  _
( ゚∀゚)「話を聞けよ、トラギコ。
    俺もお前も、同じ目的があるはずだ」

(=゚д゚)「あぁん?」
  _
( ゚∀゚)「俺たちはデレシアについて知りたい。
    そうだろう?
    俺と来れば、それが叶う」

彼女が世界の秘密を知る存在であることは間違いない。
それは、これまでにジョルジュが自分の人生をかけて調べ上げてきた事実だ。
ジュスティアの歴史にも、イルトリアの歴史にも名を残す存在。

(=゚д゚)「んなもんどうでもいいラギ。
    俺はな、あいつを捕まえるのが目的ラギ」
  _
( ゚∀゚)「そんな下らないことが狙いなのか?
    あいつを捕まえて何がある?
    そもそもあいつは――」

核心部分を口にしようとした時、トラギコが被せるように言った。

(=゚д゚)「――俺はな、刑事ラギ。
    世界の秘密だとか、誰かの正体だとか、そんなもんは今はどうでもいいラギ。
    事件がありゃ、それを解決するのが仕事ラギ。
    俺の最後の仕事を邪魔するのは許さねぇラギ!!」
  _
( ゚∀゚)「馬鹿がよ……!!」

(=゚д゚)「お前には言われたくねぇラギ!!」
  _
( ゚∀゚)「そうやって死ぬまで意地を張るつもりか!!」

590名無しさん:2023/07/02(日) 21:18:15 ID:EB0RZRkQ0
(=゚д゚)「羨ましいラギか?
    最後までお巡りさんを貫けなかったヘタレにゃ、眩しいだろうな!!」

その言葉を聞いた瞬間。
ジョルジュの中の何かが切れた。
  _
(#゚∀゚)「残念だよ、お前となら分かり合えると思ったんだがな。
    刑事なんて糞みたいな仕事を続けるっていうなら、ここで死ね!!」

傷口を押さえていたジョルジュの左手がゆっくりと拳銃に伸びる。
負傷していたとしても、その早撃ちの技は健在だ。
例え相手が構えている状態にあったとしても、遅れはとらない。
ましてや、彼の背後に控える銃腔は100を超える。

(=゚д゚)「手前にゃ分からねぇだろうがな!!」

こちらの合図一つですぐに肉片になる。
有利なのは言うまでもなく、ジョルジュなのだ。

      This is the only work I can do!!
(=゚д゚)「こ れ が 俺 の 天 職 な ん だ よ!!」

だというのに。
トラギコは、勝ち誇ったような顔を浮かべていた。
更に、銃を降ろし、ジョルジュと同じ条件にまで並べてきたのだ。
  _
(#゚∀゚)「俺に早撃ちで勝とうってか?」

(=゚д゚)「あぁ、勝てるラギ。
    圧勝ラギ」
  _
(#゚∀゚)「……」

先の先。
相手の初動の起こりを察知し、それよりも早く動く。
早撃ちに必要な技量は言うまでもなくその能力だ。
警官として長いキャリアと汚れ仕事による実戦経験から、ジョルジュが身につけた早撃ちの技量は伊達ではない。

刹那。
両者が動いた。
ほぼ同時に動いたかに思われたが、その実、出遅れたのはトラギコだった。
重なるように響いた銃声が一つ。

そして、その陰に隠れて響いたもう一つ銃声が勝敗を決した。

(;=゚д゚)「……」
  _
(;゚∀゚)「……」

591名無しさん:2023/07/02(日) 21:18:36 ID:EB0RZRkQ0
トラギコの放った銃弾はジョルジュの首筋を掠め、薄らと血をにじませる。
そして、ジョルジュの放った銃弾はトラギコの腹に赤黒い染みを作り出した。
  _
(;゚∀゚)「……」

だが、隠れて放たれた銃弾は、ジョルジュの心臓を背後から破裂させていた。
  _
(; ∀ )「は……」

ゆっくりと膝をついて崩折れ、ジョルジュの体が血溜まりの中に倒れた。

(;=゚д゚)「……なん……で」

ジョルジュに引導を渡した人間が、まるで踊る様にトラギコの前に歩み寄る。
両手を背に回し、抱き着いたのはワタナベ・ビルケンシュトック。

从'ー'从「……あったかいなぁ」

トラギコの胸に顔をうずめ、ワタナベはうっとりとした声でそう呟く。

〔欒゚[::|::]゚〕『う、裏切りだ!!』

後ろから響く怒声も。
銃声も。
今の彼女には届いていなかった。
彼女の耳に届くのはトラギコの息遣いと、心臓の音だけ。

背負った棺桶が銃弾を防ぐ中、静かにワタナベは囁く。

从'ー'从「やっぱり、刑事さんは刑事さんなんだねぇ」

(;=゚д゚)「て、手前……何を……?」

从'ー'从「最後まで刑事さんの事が好きで良かったぁ。
     じゃあね、私の愛しい刑事さん」

名残惜しそうにトラギコの胸から顔を離し、ワタナベは深く息を吸う。
やや強めに、トラギコを扉の奥に押し飛ばす。
その光景はまるで、十代の少女が一世一代の告白をしようと覚悟を決めた姿にも見えた。

从'ー'从『さぁ、坊や。さぁ、さぁ、よい子の坊や。さぁ、さぁ、さぁ、眠ろうか』

プレイグロードの起動コードが入力され、黒い布を身にまとった死そのものがジョン・ドゥたちに襲い掛かった。
銃弾の雨が容赦なく装甲を削り、穴を開け、ワタナベの命を脅かす。
しかしそれらを微塵も気にせずに振り下ろすのは、鉄塊かと見紛う毒ガス弾を発射する装置であるファイレクシア。
ジョン・ドゥたちは装甲ごと頭を潰され、叩き潰され、薙ぎ払われていく。

592名無しさん:2023/07/02(日) 21:18:57 ID:EB0RZRkQ0
そして誰もが、その毒ガスに最大級の警戒を向けていた。
呼吸だけでなく、皮膚に触れただけで威力を発揮するその毒ガスは、ジョン・ドゥの装甲の隙間からも入り込むものだ。
猛毒を使われれば、誰もが無事では済まない。
ワタナベの得意とする至近距離に入り込み、同士討ちを嫌う人間の性質を利用して攻撃を続行する。

一撃で殺せなくとも、ワタナベの放つ一撃は戦闘不能に追い込むだけの威力があり、それを巧みに使う技術もあった。
プレイグロードには高周波振動発生装置を伴った武器がなく、単純な膂力の補助と本人の才能だけで大立ち回りをしているのだ。
大量殺戮によって性的な快楽を覚えるワタナベだが、その技量は普段にも増して冴えていた。
冴えた状態の彼女の駆るプレイグロードは、さながら死をまき散らす風のように兵士たちの間を俊敏に動き回った。

だがしかし、兵士の一割を殺した頃には、すでに装甲の大部分が損傷し、彼女自身も負傷していた。
それでも。
それでも、彼女はその足を止めなかった。

/、゚買゚〉『はぁ……!!』

〔欒゚[::|::]゚〕『D-VXガスを使われる前に撃ち殺せ!!』

一斉に放たれる銃弾を、ワタナベは正面に構えたファイレクシアで迎えた。
棺桶が完全に壊れる直前、ワタナベはプレイグロードを脱ぎ捨て、新たなコンテナを胸に抱いていた。
囁くようにコードを入力する刹那、ワタナベは微笑んだ。

从'ー'从『この手では最愛を抱くことさえ叶わない』

両手に装着された鉤爪。
それは近接戦闘だけに特化し、更には少数を相手にすることが前提にされた棺桶だ。
体重差、身長差共に倍以上もあるジョン・ドゥを多数相手にするのは自殺行為だ。
飛び交う銃弾を辛うじて躱し、懐に入り込んで刺殺していくのにも限界がある。

从'ー'从「ははっ!!」

関節の付け根を執拗に狙い、失血死を狙った一撃を次々と放っていく。
まるで虎が遊ぶように。
まるで鳥が舞うように。
ワタナベは心底楽しそうに、愉快そうに、そして気持ちよさそうに殺戮を重ねる。

〔欒゚[::|::]゚〕『対人用の弾か白兵戦に切り替えろ!!』

キュートの私兵だけあり、その判断は早かった。
ジョン・ドゥの体を盾にし、銃弾を回避していくが、彼女を囲む輪が狭まるにつれてそれも困難になる。
やがて、ワタナベが刺突を繰り出したその隙を突き、一人の兵士が彼女の腕を掴んだ。
己の腹で攻撃を受け止めたまま、叫ぶ。

〔欒゚[::|::]゚〕『掴んだ……!!』

そして、四方からナイフが突き立てられ、ライフル弾がワタナベの体を穿った。

从 ー 从

593名無しさん:2023/07/02(日) 21:19:51 ID:EB0RZRkQ0
体の穴という穴から血を流し、ワタナベは満足そうな死に顔を浮かべて絶命した。
彼女が稼いだのは時間にして僅かに3分ほど。

〔欒゚[::|::]゚〕『急げ!! 余計なことをされる前にジュスティア人を全員殺すぞ!!』

生き残った数十機のジョン・ドゥが扉の奥に突入していく。
そこは完全な暗闇だった。
暗視ゴーグルに素早く切り替えたジョン・ドゥたちは、足元にトラギコの血痕を見つけたが、死体はどこにも見つけられなかった。
それどころか、避難してきた人間も、シェルターらしき建造物もない。

あるのは広く、暗い空間。
風が遠くから吹き込み、そのまま抜けていく音だけが不気味に響いている。

〔欒゚[::|::]゚〕『……トンネル?
      いや……これは……』

何かに気づいた一人が、足元を覗き込む。

〔欒゚[::|::]゚〕『線路?!
      やつら、まさか――』

頭上で巨大な地響きが聞こえてきたと思った時、地下シェルターとそこに通じる道をテルミットの炎が一気に焼き払ったのであった。
幸運な者は苦痛を感じる前に灰と化したが、棺桶の頑丈さが仇となり、生きたまま焼かれる苦痛を僅かに味わうことになった。
全てはフォックス・ジャラン・スリウァヤが備えていた、ジュスティア敗北のシナリオ通りの展開だった。

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                      イ辷=<_´    `ヽ、` ヽ 、
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            ヾジjイぐミジ   __,,,,,,,,-‐‐イ   ,,--、ヽ、   ノ __   j
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       ` ヽ/ j// / ヽ           \弋_ケ   ヾ、  ,ノ. ノ
         i / /  j イ  \           `''‐---------ニ-‐イ
      イ"゙゙jフ  /__j /    \ 、                   /
      ',__/  / \ソソ       \ヽ、                /
       ./ ,,/ /ゝ"´ヽ      ,,--、  `ヽ、           ,イ、 ,,,,__
   ィチフイ"  /,' .,'   \   /   ヽ    ゙'''''‐---------"´ ヽ",-"`'.,
  ,,イツンソヽ  イ ,'  ,'     \  ヽ  ノ              \  ヽ  ノ
  llj(i(i(i(iゞヾ"  ,'  ,'  ,,ーーーゝ_辷____________ゝ--辷'、
  ヾミッゞ/⌒j. ,'  ,'  イソ ソイ/フ--イフッ‐イ-ッ  ,,-,-、  _   ,,,,イj _イ',ヾヽ、
     `ヾoツ,,,'  ,','フ//イゾイ i/ イ j/ イ i / /i  i .i  ,' i i.ヽ ', i i、 ヽj jヽj jヾイ
       ヾ辷i  i//////イ ソイj ./ イj! / ./j  .j j ,' i j ヽ ',j j ヽヽ.j ヾヽ\\
         ヾ ∨イシ/イ/イ i〈/i i// j  ///  i i__j j  j ヽ i  .i  ヾ__ゝ  \ゝヾゝ
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同日 同時刻

594名無しさん:2023/07/02(日) 21:20:11 ID:EB0RZRkQ0
ジュスティアの地下に作られたシェルターは、二つの役割を持っていた。
一つは避難所。
そしてもう一つは、安全な場所に脱出するための移動手段だ。
地下に用意されたシェルターはその実、線路上を移動できる複数のコンテナがとぐろを巻くように置かれたものだった。

シェルターを区切るという意味もあるのだが、避難を要する人間は心理的に奥へ奥へと進むものだ。
それを利用し、自発的に奥に進む様に仕向けた仕様なのである。
一つのコンテナに乗ることのできる人間は最大で1500人。
大型であると同時に、その一つだけでもある程度の期間を生き延びることのできる設備と装備が用意されている。

そして、ジュスティアの電力を賄っているニューソクがそのコンテナの一つに積まれている。
このコンテナが街を出る時、それはつまり、ジュスティアという街が安全でなくなるということなのだ。
だがこれだけの人数を乗せたコンテナを牽引するとなると、並の列車では動かせない。
並外れた馬力を持ち、尚且つ高速で移動できるという列車が用意できる街は世界でただ一つ。

世界最長の軌道都市、エライジャクレイグだけだ。
ジュスティア市長のかけた保険が、エライジャクレイグからの支援である。
一つは街全体への砲撃による、侵入者の一掃。
もう一つが、地下にあるシェルターの脱出の算段である。

シェルターを牽引する為に用意されたのは“スノー・ピアサー”と同じ技術で作られた、“アンストッパブル”だ。
シェルターの最前、最後尾に連結し、ニューソクから得る爆発的な電力を利用して走ることで速やかにジュスティアからの脱出を成功させたのである。
ジュスティアから離れた荒野に作られた秘密線路から、アンストッパブルの赤い先頭車両が姿を現したのはジュスティアが瓦礫の山と化した時だった。
100両以上のコンテナを引き連れた列車が暗闇の中に姿を現し、その長さは二キロ以上にもなる。

間違いなく、世界最長の列車である。

豸゚ ヮ゚)「定刻通り」

最後尾の車両に乗る車掌のジャック・ジュノはそう言って、深く息を吐いた。
そして、ゆっくりと歩きだしたかと思うと、駆け足で次の車両に移った。
そこでは持ち運び可能な無菌室内で手術が行われていた。
無菌室の外で銃を構えて警備をする男に、ジュノは静かに尋ねた。

豸゚ ヮ゚)「刑事さんの容体は?」

从´_ゝ从「血液のストックが足りるか分からないのもありますが、とにかく危険な状態です。
     弾が抜けているのが幸いですが、大口径の銃で撃たれたので失血が多く、内臓の損傷も著しいです。
     この状態でここまで歩いて来たのが奇跡ですよ」

豸゚ ヮ゚)「私たちに何が出来る?
     輸血であれば、乗客からも募ろう」

後ろで手術をしている医者たちを一瞥し、男は言った。

从´_ゝ从「全ては、本人次第です。
     本格的な病院に移送しなければ危ないと言わざるを得ません。
     内蔵の縫合はもう少しで終わります。
     そのためにもどうか、安全な運行を」

595名無しさん:2023/07/02(日) 21:20:35 ID:EB0RZRkQ0
豸゚ ヮ゚)「分かった。 後は任せる」

今の自分にできることを全力で行う。
それだけが、今の状況を悪化させない唯一の方法であることを彼女は理解していた。
運転席に戻ると、アナウンス用のマイクを手に取り、焦る感情が表に出ないように声を発する。




豸゚ ヮ゚)「次の停車駅は、ラヴニカです」




――この日、一人の快楽殺人鬼が命を落とした。
その事実は大勢の人間に知られることとなった。
だがその日、彼女がこれまでに奪ってきた全ての命よりも多くの人間を救ったことを知るのは、ただ一人だけ。
そして、その女が刑事の懐に白い花びらを忍ばせたことは、誰も知らない。

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Ammo for Rebalance!!編

        |: : : : :.:∧        ′      /: : : : :|
        |:!: : : :/: :.ヽ    、 - ‐ ァ     イ: :| : : i:|
.        从{ : /: : : : :へ、    ̄    /: :| : |.:.:.:从
       / リ ∨: :|: : i: : :.:r>   __  イヽ:,ハ{: /!:.:/  ヽ
       /   }:./|: :;ハ:./   \    / ヽj/ 乂{
           j/_,j/: :´{       >、rく     Y、  ヽ
     _,,‐: :´: : : : :.:∧     /  `Yヽ   |: `: :ー. . __
    / -、: : ヽ: : : : :/ : ヽ  /     !  ヽ /: : : : : : : }: :ヽ

第十五章 【 Tiger in my love -愛に潜む虎-】 了
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596名無しさん:2023/07/02(日) 21:21:02 ID:EB0RZRkQ0
これにて本日の投下は終了です
長らくお待たせいたしました。

何か質問、感想、指摘等あれば幸いです。

597名無しさん:2023/07/02(日) 21:43:57 ID:Bnrzt0RI0
あまりにも死にすぎて声が出ないよ

598名無しさん:2023/07/03(月) 00:18:15 ID:Pf7XAMRg0
AAは戦争まで死ななかった分ここ数話ですげー死んどるな
ティンバーランド側もう殆どいないんじゃないか

599名無しさん:2023/07/03(月) 03:27:00 ID:UWJGp5t20
ぬおおお…すげえ展開…おつ…

600名無しさん:2023/07/03(月) 09:30:12 ID:Wd5onfiI0


601名無しさん:2023/07/03(月) 20:51:11 ID:mAszBqWY0

前話の最後は残りの十二騎士かと思ったらトラギコだったのか
というか残りの騎士がモブすぎる
トラギコの方が強くない?

602名無しさん:2023/07/03(月) 21:28:29 ID:Pf7XAMRg0
まぁあんまり言いたくないが…円卓は物凄く在庫処分みを感じたな

603名無しさん:2023/07/03(月) 22:08:58 ID:ahxHY.Sw0
英雄だろうが強敵だろうが関係なく無慈悲に死んでいくな…これが戦争か

604名無しさん:2023/07/04(火) 19:49:01 ID:TXpUwF6Y0
ああお気に入りのキャラクター達が………
ワタナベがトラギコに渡した花びらってってやっぱプリンセチアかな?
夢鳥花虎でのあの二人がトラギコに渡したように
花言葉は思いやりなんだよねぇ

>>550
彼らが最後に見せた"維持"は

意味合い的には間違ってはないだろうけど多分"意地"の方だよね

>>566
殺しの"大将"を前にして

まあワタナベの中じゃあ大物だもんねぇ"対象"ですね

      This is the only work I can do!!
(=゚д゚)「こ れ が 俺 の 天 職 な ん だ よ!!」
ここ最高に好き

>>565のAAのワタナベのなんとも言えない表情も好き

ずっと気になってたんだけどAmmo for Restart!! 序章【anniversary-記念日-】のキュートと最近出てるキュートって何か関係があるのかな?

605名無しさん:2023/07/04(火) 20:15:07 ID:fw7h8azY0
>>601 >>602
今回は主人公補正を解除した戦争を書きたかったので、仰る通り円卓十二騎士があれな感じになってしまいました……
本当はもっとそれぞれの活躍を書きたかったのですが、書くとさらに文量が膨れるので割愛させていただいた次第です。
トラギコの方が、ということについては今後ある方からしれっと語られるのでお待ちくださいませ。

>>604
いつも誤字の指摘、本当にありがとうございます……!!
お察しいただいた通り、スピンオフでのあれと同じ花でございます。
気付いていただいてありがとうございます!

キュートについては

606名無しさん:2023/07/05(水) 04:47:45 ID:h7L84F9M0
申し訳無いんだけど円卓のヤラレシーン飛ばしちゃった

607名無しさん:2023/07/05(水) 19:25:48 ID:5/CmFzhU0
おつ
ワタナべ関連終わったらトラギコ死ぬと思ってたからまだよかった
ジュスティア敗北を前提として動いてたとかまじかよ…
イルトリアはどうなっちまうんだ

608名無しさん:2023/08/16(水) 11:33:10 ID:7wDPJDa60
ジョルジュはデレの秘密知るために全部捨てたのにあっさり裏切られて死ぬって哀れすぎるなぁ…
トラギコはワタナベが裏切らなかったらどうするつもりだったんだろ

609名無しさん:2023/08/27(日) 22:08:53 ID:T9tZbIQ.0
>>608
トラギコは命がけで時間稼ぎをする予定でしたので、ワタナベが裏切らなかったらあの場で死んでいました。
最後まで正義の味方でいてくれたトラギコの姿を見たからこそ、ワタナベが裏切ったわけです。

610名無しさん:2023/09/29(金) 22:59:40 ID:uDeUs3Bg0
クライマックスだからか間隔が空いてきたな、頑張ってくれ紳士

611名無しさん:2023/10/24(火) 19:23:36 ID:AHvMbDPA0
大変長らくお待たせいたしました。
今度の日曜日にVIP(駄目ならこちら)でお会いしましょう。

612名無しさん:2023/10/25(水) 07:54:33 ID:qkxW/XhI0
うお〜〜〜〜〜〜〜〜

613名無しさん:2023/10/25(水) 19:00:54 ID:V60hswNk0
まってるよおおおお

614名無しさん:2023/10/30(月) 19:09:22 ID:tOv5UUqs0
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復讐の果て。
私が求めた復讐の果て。
復讐が生み出した旅の果て。
全ての果てに私が得たのは――

                                            ――とある復讐者

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September 25th

世界を変える規模の戦争では、必ず歴史に名を刻むほどの兵器が登場する。
第二次世界大戦で核兵器が登場したのと同じように、第三次世界大戦では軍用第七世代強化外骨格“棺桶”が登場した。
そして時が流れた9月25日。
この日に起きた戦争では、歴史に名を刻むはずだった兵器が時を経て登場した。

人類史を紐解いた上で、人類史上最大の飛行機は間違いなく“スカイフォール”と“ムーンフォール”の二機だ。
世界最大にして最新。
9月25日、史上唯一の原子力空中空母であるその二機が同時に世界の空を支配するはずだった。
それを阻んだのは、世界唯一の空軍を秘密裏に有していたイルトリアである。

一機は既に海の底に沈んだが、スカイフォールは依然としてイルトリアの上空に浮かんでいる。
“月”は堕ちたが、“空”はまだ健在。
世界最強の軍隊を有するイルトリアとの戦闘を経たにしては、これでも十分な戦果と言えた。
実質的に世界を支配していた二つの街の中でも、特に注意しなければならないのはイルトリアだ。

常に争いの事を考え、幼少期より戦いの英才教育を受けている彼らの中には一人で分隊並の力を発揮する者もいる。
それだけの戦闘力を有する軍隊を相手にするには、数と質で攻め込む以外の策はない。
その為、ジュスティアに攻め入った兵力の二倍の数がイルトリアに向けられた。
その甲斐あってか、戦闘は依然として継続していた。

だがそれはあくまでも即死を免れただけであり、猛烈な反撃と多大な犠牲を出さなかったということではない。
その反撃を受けたことにより、戦闘に参加した人間は皆、同じ感想を抱いた。
仮定の話だが、もしもジュスティアとイルトリアが戦争を起こしていたとしたら、勝っていたのは間違いなくイルトリアだ。
攻め込んだ人間がそのように断言する理由は大きく2つあった。

1つ目。
そもそも攻め入る段階での敷居の高さだ。
ジュスティアの様な壁がないが、街を覆う壁がないということは、それだけ視野が開けているということ。
そして、自由に動けるということなのだ。
イルトリアの軍隊は何よりも自由に動けることを好み、臨機応変が強みの彼らにとって、壁は邪魔でしかないのだ。

また、街そのものが基本的に外敵に対して強く作られており、背の高い建物からは街に入ろうとする輩が監視できるようになっている。
街の人間達が戦いやすいよう、家屋には塹壕や即座に展開できる遮蔽物など有事に備えた装備や準備が充実している。
街にいる人間全てが戦闘員であることを考えれば、攻め入るという行為そのものがどれだけ命がけなのか、想像に難くない。

615名無しさん:2023/10/30(月) 19:09:44 ID:tOv5UUqs0
そして2つ目。
最高戦力である、円卓十二騎士とイルトリア二将軍の性質の違いである。
これまで長い間、実戦とは遠い場所でその名を馳せてきた円卓十二騎士と実戦の場で名を馳せてきた2人の将軍であれば、戦闘で活躍するのは後者だ。
そして何より、十二人と二人の力量が比較されているといる事実がその裏付けとなっている。

前者は戦場で名を馳せてきた武勲や、単騎での武勲によって選抜された人間がほとんどであり、長期にわたる戦歴はあまり重視されていない。
それに対して後者は言わずもがなイルトリア軍を率いる存在であり、そのためには圧倒的なまでの武力を有している必要がある。
いわば、ジュスティアが個対個としての力量を見ているのに対して、イルトリアは個対軍としての力量を見ているということ。
そもそもの性質の違いが両者にはあり、その性質は軍隊にも引き継がれている。

陸海空の三方向からイルトリアに攻め入ってからすでに1時間近くが経過しているが、侵入を成功させたのは未だに空からの部隊だけだった。
運よく生きて海からの上陸を試みることができた部隊は、大地を踏んだ瞬間に埋設されていた高性能地雷によって爆散している。
機動性に優れた高速艇は、イルトリア海軍の防衛網を突破出来ていない。
頼みの綱である原子力潜水艦はその防衛網に穴が出来るのを海底で待ち続けているが、一向にその気配は訪れない。

しかし、そうした不利な点を帳消しにし得るのが、スカイフォールとムーンフォールという存在だった。
その2機に搭載したニューソクを使えば、イルトリアを焦土にすることが出来る。
だがそれは最後の手段であり、用意した部隊が全滅する、あるいは敗北が決定的になる前に使うことになっている。
海中に沈みつつあるムーンフォールも、高高度を飛行するスカイフォールも、遠隔操作でニューソクを爆発させることが可能だ。

イルトリアの上空を悠然と飛行するスカイフォールがその気になれば、一瞬でイルトリアを蒸発させることができる。
犠牲にさえ目を瞑れば、絶対に勝つことが約束された戦争なのだ。

川 ゚ -゚)「……」

故に、スカイフォールを指揮するクール・オロラ・レッドウィングは焦る必要がなかった。
そう。
焦る必要など、どこにもない。
そう分かっているはずなのに、彼女の心臓は早鐘を打ち、背筋に嫌な悪寒が走っている。

銃腔を突き付けられている様な、ナイフの切っ先が喉元に押し当てられている様な心地がしているのだ。
その気持ち悪さから逃げるために、クールは短く命令を下した。
それは嫌悪感から目を背ける人間の本能的な動きだったが、本人にその自覚はなかった。
自らの意思で合理的な判断を下したと、そう思い込んでいた。

川 ゚ -゚)「……高度を急上昇させろ。
     狙い撃ちにされるぞ」

難を逃れたとはいえ、まだイルトリアからの攻撃が止んだということではない。
洋上の制圧が済んでいない以上、高度を上げて安全な場所から状況を俯瞰するのが賢明だ。
ただし、格納庫のハッチが閉じない状況にあるため、酸素の事を考慮した高度を飛行しなければならない。
彼女の言葉に従い、機首が上を向く。

エンジンが唸りを上げ、一気に高度を上げていく。

川 ゚ -゚)「……ん? 揺れて――」

――彼女が呟いた瞬間、それを肯定するかのように警報機が機内に大きく鳴り響いた。
複数の警告灯が赤く輝き、ディスプレイに次々と警告のメッセージが流れてくる。

616名無しさん:2023/10/30(月) 19:10:06 ID:tOv5UUqs0
川 ゚ -゚)「報告をしろ」

从;´_ゝ从「か、格納庫から戦車と装甲車が落下しています!!
     固定具が外れています!!」

川 ゚ -゚)「高度8000メートルまで止まるな。
     詳細はその後だ」

彼女の指示に従い、スカイフォールは高度を上げていく。
高度8000メートルに到達すると同時に機体が水平になり、振動が収まる。
計器類の異常を確認する部下たちを一瞥し、クールは静かに、だが明らかな怒りを孕んだ声を発した。

川 ゚ -゚)「……報告をしろ」

从;´_ゝ从「固定具が自然に外れることはあり得ません!!
      それに、先ほど海面から離れる際にはこんなことにはなりませんでした!!
      誰かがタイミングを見て意図的に外したとしか……」

パニックになる操縦士を一瞥し、クールは静かに息を深く吸い込んだ。
考え得る限り最悪の事態が起きただけ。
そうなった場合の備えは用意されている。
焦りは更なる焦りを生む。

不測の事態は、想定の範囲内なのだ。
ため込んだ息と共に、クールは命令を下す。

川 ゚ -゚)「……侵入者がいる。
     総員、戦闘準備。
     侵入者を見つけ次第殺せ」

だが、その命令が下されるよりも早く、彼女の部下たちは動き出していた。
彼女の眼光が、無言の内に全てを物語っていたのである。

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Ammo→Re!!のようです

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   |i: : : : : : :', : {i>- : |_: : : :{! : : : : l| l : : : : 从l : :_l斗l七|/: :/: : : : : : i|
   |i: : : : : l : ',: :|从─┴‐─ゝミー‐┘ ゝ‐‐>七'ー┴从//: :/: : : : : : : i|
   |i: : : : : l: : :',: l ャセ=芹圷心ミー       ,ャセチ示7气ミ 7: : : l: : : : : i|
   l: : : : : :l: : : l: l  ` V辷ツ_,         、_ V辷少  '′ /|i : : l: : : : : i|
   : : : : : : : : : :|ヾl                            |i : : l : : : : : :
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617名無しさん:2023/10/30(月) 19:10:27 ID:tOv5UUqs0
同日 AM09:56

スカイフォールの機内はその大部分が格納庫であるため、ほとんどの通路が狭く、入り組んだ形状をしている。
そのため、兵士たちの装備は動きやすく理にかなった軽装備で統一されていた。
用意されている棺桶は大きくてもBクラスの“ジョン・ドゥ”で、基本的にはAクラスの“キーボーイ”が支給されていた。
鳴り響くサイレンの中、Aクラスの棺桶を身に着けた男たちが四人一組で機内を駆けている。

〔欒(0)ш(0)〕『急げ!!』

降下作戦後、機内に残っている人間は操縦士や整備班だけではなく、キュート・ウルヴァリンの私兵部隊である“サウザンドマイル”も40人ほどいた。
彼らは高度な訓練と多くの実戦経験を積み、その力量はジュスティア軍を凌駕する程である。
しかし、構えたM4カービンライフルに装填されているのは対人用の弾だった。
機内で貫通力の高い弾を使えばどうなるのか、彼らは良く分かっているからだ。

彼らが向かう先は格納庫だった。
侵入者によって固定具が解除されたのであれば、その付近にいる可能性が高い。
格納庫に続く道にある扉は全てが厳重に閉ざされており、気圧差による問題は今のところ発生していない。
風が吹き荒れる格納庫に近づいた時、前触れなしに銃声が鳴り響いた。

放たれた銃弾が次々と壁を貫通し、砕けた壁の破片が雪のように降り注ぐ。
しかし、その銃弾で倒れた者は一人としていない。

〔欒(0)ш(0)〕『格納庫で接敵!! 敵は対強化外骨格用の弾を使っているぞ!!
        撃たせるな!!』

グレネードなどの軽量の投擲物は周囲への被害が大きいため、使用が出来ない。
使えるのは銃と刃、そして己の拳足だけだ。
スカイフォールの床には磁石が仕込まれており、金属を含む物は強い衝撃を受けなければ機外に飛ばされる心配はない。
だがそれは敵も同じだ。

〔欒(0)ш(0)〕『俺が行く!! 援護を!!』

姿勢を低くし、近接戦に備えてライフルの銃身に高周波振動のナイフを取り付ける。
銃撃の合間を縫うようにして、マリソン・ディルヘイムが駆け出した。
それを援護するために、複数機のキーボーイが銃だけを壁から覗かせて発砲する。
こちらの弾が対人用だと悟られなければ、十分に牽制射撃としての意味はある。

〔 <::::日::>〕『出てきたな!!』

彼が目にしたのは、両手に機関銃を持つCクラスの棺桶“ユリシーズ”。
空になった格納庫で青空を背に仁王立ちになる姿は、まるで劇画の登場人物の様に芝居がかっている。
マリソンはこちらの装備で抵抗できないことを一瞬で悟りながらも、その後の踏み込みに躊躇はなかった。
武装の有利不利を考えたところで、すでに戦端は開かれている。

〔欒(0)ш(0)〕『敵はユリシーズだ!!』

その情報を口にし、構えたライフルを槍のように刺突させる。
だが、その切っ先が装甲に触れる前に機関銃の弾がマリソンの右手と右足をミンチにした。
その場に転倒したマリソンは見えない手に掴まれたかのように、格納庫から大空の彼方に消えて行った。
彼の残した言葉を聞き、最初に弾倉を対強化外骨格用の弾が装填された物に切り替えたのは、アンカー・スパイマンだった。

618名無しさん:2023/10/30(月) 19:10:47 ID:tOv5UUqs0
〔欒(0)ш(0)〕『一気にやるぞ』

それに続いて弾倉を変えたのは、スペランカ・ツァーリとピエトロ・シングレッド。
増援が近づいてきていることを無線で確認しつつも、この狭い通路で待機することの愚を理解している三人は作戦を立てる間もなく、その場から跳び出した。
機関銃から放たれる曳光弾がほんの数ミリの差で格納庫の壁に着弾し、火花を散らし、穴を開ける。
どれだけ発射速度の速い機関銃であろうとも、構えている銃が二挺である以上、同時に狙えるのは二人が限界だ。

対してこちらは三人であり、二人が囮になっている間にもう一人が攻めれば勝機はある。
三つの銃腔がユリシーズに向けられ、同時に火を噴く。
先ほどの攻撃でこちらの弾が通常弾であると油断していれば、初弾でその命を奪い取れるはず。
しかしスカイフォールに侵入するだけのことはあり、ユリシーズの使用者はその場から真横に飛び、銃弾を回避した。

左腕で顔を胸から顔を防御する姿勢を取ったことで、銃腔が一つに減ったのを、三人は見逃さなかった。

〔欒(0)ш(0)〕『らあああああ!!』

雄叫びを上げ、スペランカが腰の高周波振動ナイフを逆手に構えて疾駆する。

〔 <::::日::>〕『駄目なんだな、それが!!』

だが。
ユリシーズはそれまで掲げていた左手を嘘のように下に降ろし、機関銃の銃床でスペランカの横面を殴った。
まるで野球ボールのように、スペランカの頭部だけが壁に激突した。
一瞬の内にユリシーズが残された体を盾にして、残された二人に接近する。

スペランカの生み出した一瞬の隙を、ここで使わなければならない。
弾倉を交換していたピエトロは潔くライフルを投げ捨て、ナイフを手に近接戦に備える。
巨体が嘘のように跳躍し、ピエトロの頭上に現れた。

〔欒(0)ш(0)〕『うおおああああ!!』

踏み潰される寸前でピエトロは横跳びになって回避し、着地直後の無防備なユリシーズにナイフを突き立てる。
着地と同時に、ユリシーズは逡巡した様子もなく機関銃でそれを受けた。
火花が散り、機関銃が二つに分かれる。
銃身から両断された機関銃はこれで使い物にならなくなった。

〔 <::::日::>〕『いい判断だが、甘い!!』

巨大な足がピエトロの胸部を捉え、思いきり蹴り飛ばされる。
直前に右手で防御をしていなければ、彼の胸は心臓ごと潰されていただろう。
もしもこれが地上であればピエトロはまだ再起を図れたが、気づいた時にはピエトロは格納庫から姿を消していた。
残されたアンカーは弾倉の交換を終え、発砲を開始している。

その射撃により、ユリシーズの持っていた最後の機関銃が手の中で爆散し、その衝撃でたたらを踏む。

〔 <::::日::>〕『ちっ!!』

ユリシーズは背中から弾の入ったバックパックを投棄し、肉弾戦に備えてボクシングの様な構えを取る。
こちらに余裕があればその誘いに乗っていたかもしれないが、今は緊急時だ。

619名無しさん:2023/10/30(月) 19:11:08 ID:tOv5UUqs0
〔欒(0)ш(0)〕『乗るかよ、そんな誘い!!』

〔 <::::日::>〕『そうかい』

つまらなそうにつぶやいた直後。
ユリシーズの榴弾投擲装置が静かに一発の榴弾を放った。
目の前に現れた黒い榴弾に気づいた時にはもう遅く、アンカーの頭部が爆発によって吹き飛んだ。
機関銃を失ったユリシーズは悠々と死体から高周波ナイフを奪い、両手でそれを構える。

〔 <::::日::>〕『まだまだ付き合ってもらわねぇとな』

近づいてくる複数の跫音を耳にした男はそう言って、深く息を吐いたのであった。

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Ammo→Re!!のようです

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                                         Ammo for Rebalance!!編
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同日 AM10:40

“葬儀屋”オサム・ブッテロがこれまでにこなしてきた殺しの仕事は、100を下ることはない。
荒廃した街に生まれた彼にとって、殺しとは生きるための手段だった。
幼少期、酒癖の悪い父と男癖の悪い母から彼を救ったのは殺しだった。
眠っている両親を三徳包丁一本で殺し、金と自由を得た彼に残されたのは、やはり殺しだけだった。

初めはマフィアの使い捨ての駒として、そしてそこから成り上がり、殺し屋として生きてきた。
殺しは彼にとって、数少ない娯楽でもあった。
一度覚えた興奮は、そう簡単に上書きできるものではない。
極上の娼婦を抱いても、困難な仕事をこなしても、常に乾いた欲求が彼に襲い掛かっていた。

刺激を。
更なる刺激を。
ギャンブルでは味わえない、命のやり取り。
命を奪う瞬間に味わえる、唯一無二の優越感。

だがそれは、デレシアという規格外の人間に出会ったことによってあっさりと打ち砕かれた。
ビルから落とされ、記憶を失い、これまでの自分を失った時。
彼の中に、夢が生まれた。
ピアノを弾き、絵を描き、音楽や絵画を生み出したいという夢。

620名無しさん:2023/10/30(月) 19:11:32 ID:tOv5UUqs0
一笑に付すような夢だが、何故かその気持ちが薄れることはなかった。
そもそも音楽や絵画に対する興味も、人並み以下程度しか持ち合わせていなかった彼にとって、この夢の出現は本人でさえ理解しがたい物だった。
それでも。
それでも、彼は夢を諦めようとは思わなかった。

鍵盤に指を走らせたときに感じた、ある種の高揚感。
筆を持ち、思うままにキャンバスの上を巡らせた気持ち。
自分の指が何かを作り上げ、それが即座に反映される快感。
それを手放すことを何よりも恐れている自分が、一番の驚きだった。

殺し屋が夢を見るなど、あまりにも荒唐無稽で自分勝手な世迷言だ。

〔 <::::日::>〕『……ははっ、良い旋律が浮かんだぞ』

記憶を取り戻してから、彼の日常は音楽に溢れていた。
誰かが怒鳴る声も。
列車の軋む音さえも。
全てが音楽であり、彼の中に創作意欲を生み出していった。

過去を振り返ってから、彼の日常は絵画で溢れていた。
あの瞬間の風景を。
あの時の表情を。
あらゆる瞬間を、刹那を、全てをキャンバス上で表したいと思うようになった。

そして今。
彼の中で新たに浮かんだ旋律は、勢いよく通り抜ける風の音と、近づいて来る多くの跫音から着想を得たもの。
彼の中に生まれた情景は、正に今、自らが置かれた状況に対する心象風景そのものだった。

〔 <::::日::>〕『さぁ、来いよ!!』

この日の様に、圧倒的な戦力差の中で行う仕事は一度もなかった。
だからこそ、なのだろう。
これまでに聞いたことのない旋律が彼の頭の中で生まれ、流れ、それを形にしたいと切望してしまうのは、生物が死の間際に子孫を残そうとする生存本能と同じだ。
思い描いたことのないような色合いが浮かんだのは、心が無駄な情報と断じた色味の全てを拾い上げたからに違いない。

彼は今、消えることのない創作意欲の中で戦っていた。
古より人が決して捨てることのできなかったその意欲こそが、人間に残された最後の雑念で在り、欲望なのだと彼は理解した。
創造力は死の淵にこそ開花し、それらを拒絶した彼方にこそ結実する。
何かを残したいという気持ちは、己の遺伝子ではなく、己の生み出した何かであっても同じなのだと分かったのだ。

最初の四機はこちらの手の内が分かり切る前に殺せたからいいものの、増援はそう簡単にはいかない。
オサムは持ち込んだ武器の優位性を失い、現地調達したものを頼りにするしかない。
手に入れたのはナイフを二振りだけ。
地面に落ちているライフルには手を出すつもりはなかった。

装填されている弾が対人用か、それ以外かを見極めるほどの余裕はない。
特に、今彼が装着しているユリシーズは装甲を優先したために小回りの利かない大型の棺桶だ。
足元に落ちている銃を拾うという動作一つで、簡単に関節部の隙間を露出してしまう。
そのリスクを負うぐらいであれば、高周波ナイフや拳足を使った戦いをしたほうが遥かに利口なのだ。

621名無しさん:2023/10/30(月) 19:12:07 ID:tOv5UUqs0
それに、接近戦は彼の得意とする分野でもあった。
恐らくは最高速度で侵入してきたキーボーイが壁を走りながら現れ、そして、オサムに飛び掛かってきた。

〔欒(0)ш(0)〕『しゃっ!!』

短く、そして濃厚な殺意の籠った一声。

〔 <::::日::>〕『っせいい!!』

相手の練度の高さは素直に感嘆するものがあった。
並の相手であれば二振りで殺せるのだが、何度も鍔迫り合いをした上で、棺桶の膂力によって強引に命を奪わなければならない。
その間にも援護射撃がユリシーズの装甲を容赦なく削るため、戦いに集中することが出来ない。
機内の張り巡らされた通路を通るには、ユリシーズはあまりにも大きすぎた。

その為、オサムは格納庫に居座るしか道がなく、そこから先に進むことができていない。
最も、ここに敵を集中させることによって他の二人が最深部に容易に進めるというメリットがあるので問題はない。
この作戦にオサムが抜擢され、更にはヒート・オロラ・レッドウィングと耳付きの少年がチームに入っている理由は説明されずとも理解していた。
彼の役割は陽動であり、この狭い戦場内の注目を集めることにある。

〔 <::::日::>〕『ほら、どうした!!』

既に大量の銃弾で航空機の内側に穴を開けたため、吹き込んでくる風の強さが尋常でないものになっている。
そこに加え、ユリシーズに内蔵されているグレネードランチャーでの爆撃が彼を無視できない存在にしていた。
異常事態を知らせるサイレンが鳴り響き、銃声と悲鳴と怒号が事態をより一層悪化させている。
オサムという存在に対する憎しみは一秒ごとに増加し、他の侵入者への意識を軽薄なものにする。

増援で現れたキーボーイを屠り、装備を奪い、死体を盾として使うたびに敵からの攻撃が過激になってくる。
ナイフで突き刺し、切り裂き、そして撃たれる。
一歩間違えれば死と隣り合わせの中、オサムは被弾をゼロにするのではなく、致命傷を受けないことに集中した。
Cクラスの棺桶の装甲は厚みも強みだが、肉体との距離が離れていることも強みの一つだ。

そこに加えて、装甲の厚みが強みであるユリシーズを使用しているオサムにとって、長期戦は最初から織り込み済みの展開だった。
つまるところ、対強化外骨格用の銃弾に体に当たりさえしなければ問題はないのである。

〔 <::::日::>〕『はぁ……はぁ……!!』

戦闘開始から30分が経過し、10人以上の死体を作る頃には流石のオサムも息が上がり始めていた。
過剰なストレスにさらされただけでなく、手強い人間を相手に殺しを続けることのプレッシャーが重圧となっている。
既に高周波ナイフは三度目の交換を終え、いよいよ装甲の被弾による損傷も洒落にならなくなっていた。
何かを待っているのか、それともオサムが機内に入っていかないことに気づいたのか、増援が止んだ。

息を整え、機内に繋がる道に目を向ける。
格納庫から機内に入る道は増援のおかげで確認が出来たが、その狭さはユリシーズにとっては致命的だ。
オサムにできることは二つ。
一つは、この場に留まること。

そしてもう一つは、ここで棺桶を脱ぎ捨て、生身で戦いを挑むということだ。
彼が決断に要した時間は僅かに数秒だった。
視線で棺桶を操作し、その場にユリシーズを脱ぎ捨てる。

622名無しさん:2023/10/30(月) 19:12:32 ID:tOv5UUqs0
( ゙゚_ゞ゚)「さぁて、仕事だ仕事!!」

これで敵の使っていた銃を気兼ねなく使える。
死体からM4カービンライフルと弾倉、そして高周波ナイフを奪い取る。
キーボーイであれば、ライフルとナイフでも十分に殺せる。
機内に踏み入ろうと一歩を踏み出した、その瞬間だった。

全ての出入り口にシャッターが降り、オサムは一瞬で格納庫に閉じ込められた。

( ゙゚_ゞ゚)「……へぇ、賢いやり方だな」

退路のないオサムをこの場にとどめておけば、高山病に似た症状で苦しめることができる。
棺桶を使っていたとしても、バッテリーが切れればそれまでだ。
潔い判断の裏にあるのは、これ以上の戦闘続行が彼らにとって望ましくない状況にあることを意味している。
閉じられたシャッターがどれほどの堅牢さなのか、それによってオサムのこの後の動きが決まってくる。

シャッターに近づくと、低く唸るような音が鳴っていることに気づいた。
高圧電流に違いなかった。
もしも高周波ナイフを突き立てれば、柄の部分に入っているバッテリーが爆発することだろう。
貫通力のない銃弾ではとても貫通できそうにない。

( ゙゚_ゞ゚)「やるじゃん」

だが、彼にとってこれは焦る事態ではなかった。
高圧電流による妨害は、棺桶を使う人間であれば必ずぶつかる壁だ。
オサムは脱ぎ捨てたユリシーズの元に戻り、それを装着してから保険の作業をした後、シャッターの前に戻る。

〔 <::::日::>〕『おい、カメラで見てるんだろ?
       この格納庫にデカイ穴開けられたくなかったら、さっさとこのシャッターを上げろ』

当然、返答はない。
返答があったところでやることに変わりはない。
遅いか早いか、それだけなのだ。

〔 <::::日::>〕『さぁて、それじゃあ!!』

両手をシャッターにかざす。
両手の裾に隠された榴弾が炸裂すれば、最低でもシャッターを閉じる電気系統にダメージを与えられ、開く可能性を産む。
その時、オサムは背中に視線を感じ取り、そこで動きを止めた。

〔 <::::日::>〕『……驚いた、一人か』

ゆっくりと振り返る。
攻撃してこなかったのはこちらの装甲を破るだけの火力がないからだ。
それが分かれば、余裕を持って対応できる。

〔 <::::日::>〕『なんだぁ、手前?』

623名無しさん:2023/10/30(月) 19:12:53 ID:tOv5UUqs0
そこにいたのは、今にも風で飛ばされそうな線の細い男だった。
顔には精悍さはなく、気だるげな、自信のなさそうな顔つきをしている。
若干の猫背。
銃を構えるその姿は、素人そのものだ。

人を殺した数よりも自慰をした数が勝る男の顔だった。

('A`)「お前を止める男だよ」

〔 <::::日::>〕『……あー、時々いるんだよな、こういう馬鹿が。
       自分がヒーローになった気になる奴が。
       弾が当たらないとか、自分の攻撃が一撃必殺になったと勘違いしている奴』

('A`)「ん? 鏡でも見ているのか?」

〔 <::::日::>〕『お前、素人だろ。
       銃の構え方で分かる。
       ……いや、薬をキメた素人か』

瞳孔が開いていることに気づき、息遣いの乱れを察する。
向精神薬か、別の何かを使っているはずだ。
“マックスペイン”の可能性もあるが、それ以外の薬であればオサムには関係のない話だ。
素人がどれだけ薬で気分を盛り上げようとも、戦闘能力に変化はない。

薬がもたらす大きな影響は、言わずもがな精神面に対するものだ。
そして戦闘力は現在本人が有している筋量を越えることはない。
傷つくこと、そして死を恐れないための薬でしかない。
脳のリミッターを外し、身体能力を劇的に向上させるマックスペインでなければ、臆病な素人が馬鹿な素人になるだけである。

('A`)「すげぇな、分かるのか」

〔 <::::日::>〕『分かるさ。 お前みたいな臆病者が俺の前に立つってことは、薬を使うしかないからな』

('A`)「……俺は臆病者じゃない」

〔 <::::日::>〕『じゃなきゃ、ヘタレだな。
       よう! ヘタレ! 久しぶりだな!!
       この前の同窓会ぶりだな!!
       確かトイレでずっと泣いていただろ?!』

おどけた様に言葉を投げかけるが、男は激怒した様子を見せない。

('A`)「そうやって俺を挑発するってことは、俺が怖いんだな。
   そりゃそうだ。
   棺桶を使って俺に負けたら大事だからな」

〔 <::::日::>〕『安い挑発だな。 廃棄処分寸前の鶏の言葉だ』

624名無しさん:2023/10/30(月) 19:13:24 ID:tOv5UUqs0
('A`)「いや、いいんだ、誤魔化さなくて。
   なんせ俺とお前の間の技量には圧倒的な差がある。
   負ける方が難しいぐらいだ。
   だから、そう。

   俺に負けたとあっちゃ、死んでも死にきれないよなぁ」

〔 <::::日::>〕『ははっ、声が振るえてるぞ。
       だが、その勇気に免じて相手してやろう。
       喜べよ。
       お前は今、“葬儀屋”の前にいる。

       葬儀がタダで出来るぞ』

('A`)「だったら、棺桶なんて捨ててかかって来いよ」

〔 <::::日::>〕『なら、殴り合いでもするか?
       よしてくれ。
       弱い者いじめはしない主義なんだ、こう見えても』

('A`)「来ないんなら、こっちから行くぞ?」

男はそう言って、拳銃を腰のホルスターにしまった。

〔 <::::日::>〕『四の五の言わず、最初からそうしておけ……よっ!!』

仕掛けたのは、オサムからだった。
航空機全体を震わせるほど強く踏み込み、その勢いを乗せた拳を真っすぐに突き出した。

('A`)「せいっ!!」

その拳を、男が正面から受け止めた。
あり得ない光景だった。
男は拳の形を作っているが、オサムの拳とは直接ぶつかっていない。
間に分厚い壁があるかのように、空中で静止している。

〔 <::::日::>〕『……変わった棺桶だな』

('∀`)「……ばれちまったか」

不可視の形状、そしてその特性。
紛れもなくコンセプト・シリーズのそれだ。
問題は、果たしてその棺桶が何なのか、という点である。
オサムの知る棺桶であれば対処も出来るが、恐らく、これは彼の知らない棺桶だ。

('A`)「さぁ、勝負だ!!」

〔 <::::日::>〕『間合いなんてな、一度殴り合えば分かるんだよ!!』

625名無しさん:2023/10/30(月) 19:13:56 ID:tOv5UUqs0
不可視の棺桶との戦闘はこれまでにも経験があった。
しかしそのいずれも、所有者ごと隠すことを目的に設計されていた。
生身の人間が見えている状態の棺桶というのは、あまりにも不可思議な設計だった。
だからこそ、見えてきた形状がある。

文字通り体を覆う形の外骨格、もしくは独立して動く副腕だ。
そうでなければ男が拳銃を持っていられるはずがなかった。
拳と見えない拳がぶつかり合ったことを考えると、拳を覆う形でまとう棺桶である可能性が高い。
ならば、単純な棺桶のクラス差を考えれば負ける道理がない。

大型と小型。
単純な質量のぶつかり合いならば、Cクラスに分がある。

〔 <::::日::>〕『だらぁ!!』

左拳で振り下ろす一撃。
受け止めるか、それとも避けるか。
相手の持つ近接戦闘の経験値と、棺桶の補助能力を試すための一撃だ。

('A`)「雄オ!!」

それを左手一本で受け止め、男が右拳を握り固める。
だがそれが突き出されるよりもずっと先に衝撃がオサムの胸部を襲った。

〔 <::::日::>〕『ぬぐがあ!?』

想像以上の衝撃だが、耐えられない程ではない。
しかし。
この環境で受けたその衝撃はユリシーズの巨体を宙に浮かべ、格納庫の端から壁にまで叩きつけただけでなく、そのまま数メートルも機体後方に流された。
オサムは相手の狙いをここで理解した。

どうして近接戦を仕掛けてきたのか。
その意図を。
淵まで残り1メートルの地点で踏みとどまり、オサムは息を吐いた。

〔 <::::日::>〕『殴り殺せないなら空から落とすってか』

('A`)「あぁ、この高さから落ちれば絶対に助からない。
   お前は今、俺の装備が分からないだろう?
   臆さずにかかって来れるか?」

先ほどの一撃で、副腕が独立して動いていることが分かった。
男の動きと連動していると思わせ、タイミングを狂わせた一撃を放つ。
近接戦でこれほど嫌われる行動もないだろう。
不可視でありつつ余計な動きで惑わすなど、発想が――

〔 <::::日::>〕『――お前、ひょっとしてバンズ家の人間か?』

思い当たったのは、同業者であるバンズ家の戦い方だった。

626名無しさん:2023/10/30(月) 19:16:04 ID:tOv5UUqs0
('A`)「え?」

〔 <::::日::>〕『やっぱりそうか、思い出した。
       お前、バリーの息子か。
       確かに顔が似てるな』

その名を出した瞬間の男の顔は、まるで一瞬で凪ぎ、凍り付いた海の様だった。
押してはいけないスイッチを押した瞬間の心地がした。

('A`)「な、何で親父の名前を……」

〔 <::::日::>〕『そりゃあ、俺が殺した人間の名前だからな。
       お前の誕生日パーティーの日に、母親も死んだだろ?
       俺が頭を斧で叩き割って殺したはずだ』

バリー・バンズ。
それは、オサムがとある組織の依頼で殺した殺し屋の名前である。
組織に対する深刻な裏切り行為が発覚したことにより、オサムによって殺された男だ。
極めて優れた技量を持つ男だったが、オサムには勝てなかった。

家族という弱みを持った殺し屋など、彼の敵ではない。
殺し屋が殺し屋として生きるためには、弱みを見せることは禁忌だ。
家族を脅しの材料に使えばいくらでも弱体化できる。
家族を得たことによって命を失ったバリーの戦い方は、今目の前にいる男のそれに酷似していた。

(#'A`)「お、お前……お前が!!」

〔 <::::日::>〕『最後に家ごとガスで爆破させたからてっきり殺したと思ってたんだが、生きていたか。
       そうか、母親の死体を被ったのか。
       いや、しっかしすげぇな。
       世間の狭さに笑っちまうな。

       よし、お前は絶対に殺してやる。
       本気で相手してやるよ』

(#'A`)「殺してやる、絶対に!!
    お前だけは!!」

627名無しさん:2023/10/30(月) 19:16:47 ID:tOv5UUqs0
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    "''<,イ::::::::i!.:,:::  .:  .::::_i!.:::\.|::::|::::::.       |: :} マ:::::. .|::::.    | ハ:::::.. マ::... `ヽ
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::::::::}       /  /' /リ/ヘ二マ',  } `=- =イr=、二/ニ{'::::/ /  ,'   ...::::::::::::::::::::::::::::::
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ドクオ・バンズは、己の心に立てた一つの誓いを胸に、目の前にいる男を空から叩き落すために飛び出した。
学校で孤立していたドクオの唯一の味方だった優しい両親を殺し、彼を孤児にした一人の殺し屋。
その正体を掴む為に、彼は出来るだけの事をしたが、微塵もつながりを見つけることはできなかった。
復讐に生きることの虚しさに気づき、彼は社会的弱者のための支援施設で働くことにした。

そこで過ごした日々は今でも輝かしい思い出だが、偏見を持った人間達に施設が襲撃され、死体に出迎えられた時の瞬間は悪夢でしかない。
だが彼は復讐ではなく、そうした偏見や差別をこの世界からなくすことが彼らへの手向けになると考えた。
そして一つの誓いを立てた。
不要不殺の誓いである。

相手を殺害することによる解決など、何の意味もない。
むしろ、殺害するに至った背景を考え、それが再び起きないようにすることこそが最大の復讐なのだと考えたのだ。
そんな彼の命を助けてくれたクール・オロラ・レッドウィングと、内藤財団の存在が彼の人生を変えた。
彼女と共に世界を変える。

そう思い始めてから過ごした日々は、何よりも彼の人生で輝いていた。
そして今。
彼の人生の中で最大の悪夢が、目の前にいる。
そして彼の夢を邪魔している。

(#'A`)「死ねぇええええ!!」

相手を殺すことに感じるはずの躊躇いは、事前に摂取した薬物によって脳の中から完全に消え去っていた。
彼の五感は研ぎ澄まされ、頭はかつてないほどに洗練されていた。
怒りに身を委ねているように見せかけ、その実、頭の奥では男が次にとる行動を冷静に分析し、予想してている。
ドクオが使用する棺桶“ウォンテッド”ならば、彼の力を何倍にも増幅させ、復讐の果てをここに結実させることだろう。

ウォンテッドは単なる不可視の鎧ではない。
不可視の副腕であり、その大きさはAクラスでしかない。
肉体の補助は一切なく、あるのは戦闘の補助だけ。
しかしその不可視という特性が、何よりも相手に脅威を与えることになる。

628名無しさん:2023/10/30(月) 19:17:09 ID:tOv5UUqs0
更に、不可視の副腕には関節が複数存在するため、相手の予想をはるかに裏切る軌道が可能なのだ。
副腕は全部で四本。
その全てが拳の形を作ることも、抜き手の形を作ることも出来る。
即ち、男にとっては理外の攻撃が2つ存在することになる。

無論、相手はプロだ。
こちらの攻撃から、腕の存在が明らかになるのは時間の問題。
更にそれが多関節であることが見破られれば、戦いにおける優位性は減少する。
それを回避するため、ドクオにできるのは短期決戦という選択だけだった。

今ならば棺桶の大きさを気にせず、勢いで相手を殺せる位置関係にある。
この機を逃す手はない。

〔 <::::日::>〕『はははっ!! 来いよ、死にぞこない!!』

相手は慢心している。
今なら。
今しか。
今だけが、ドクオが仇敵を殺す最高の機会。

(#'A`)「お前は!! 生きていたらいけない人間なんだよ!!」

脚代わりにしている二本の腕により、ドクオは人間の身体能力以上の加速で男に迫る。
空中に飛び出したことにより、空気が彼の背中を押す。
一層の加速を得たドクオの手中には高周波ナイフが握られている。

〔 <::::日::>〕『生きていなきゃいけない人間なんていないんだよ!!』

ユリシーズの装甲に突き立てれば致命傷にはならずとも、駆動部に損傷を与えることができる。
飛び掛かるドクオを一睨し、男は左手を目の前に掲げた。
腕一本を犠牲にすればドクオを止められるという算段なのだろう。
それが過信だと気づいていない今は、正に絶好の機会と言えた。

(#'A`)「らぁっ!!」

ナイフを中空で手放し、背中から伸びる副腕に握らせる。
重みを持った一撃を振り下ろすのと同時に、残った三本の腕が男の両足と右手を狙う。

〔 <::::日::>〕『見えてんだよ、殺る気がさぁ!!』

男はそれを待ち構えていたかのように左手を素早く横薙ぎに振り、ドクオの一撃に合わせてきた。
ナイフを握る副腕を正確に捉えたその一撃は、だがしかし、その軌道全てを書き変えることはできなかった。
切っ先が深々と男の肩に突き刺さり、火花が散る。
代わりに副腕が一本破損し、その姿が露わになる――

〔 <::::日::>〕『何?』

629名無しさん:2023/10/30(月) 19:17:31 ID:tOv5UUqs0
――そう、男は思っていたに違いない。
だが現実は、副腕は破損せず、姿も露呈していない。
多関節故に横からの衝撃に対して強く、折れずに済んだのだ。
薙ぎ払いという選択が、この棺桶には通用しない。

(#'A`)「もらった!!」

両足、そして右手を副腕が掴む。
長時間は持たない。
手に入れられるのは一瞬の油断。
その油断こそが、ドクオの目的だった。

(#'A`)「これで終わりだ!!」

本命は腰のホルスターに収められた拳銃。
空いた手でドクオはそれを抜き放ち、ユリシーズの首の受け根に銃口を差し込んだ。
銃爪を引くのは一瞬だった。
フルオートで放たれた対強化外骨格用の弾は、容赦なくユリシーズの首を貫く。

一瞬の内に30発全てが放たれ、ユリシーズはそのまま動かなくなった。

(#'A`)「はぁ……はぁ……!!」

奇妙な静寂が流れた。
聞こえるのは風の音と、自分の荒い息遣い。
長い復讐の旅の果て、ドクオは遂に仇を取ったのだ。

( ゙゚_ゞ゚)「素人にしちゃ、頑張った方だな」

その声は、足元から聞こえてきた。
男はいつの間にか棺桶から抜け出し、余裕そうな表情でドクオを見上げている。

(;'A`)「な?!」

( ゙゚_ゞ゚)「だがここまでだ」

打ち上げるような後ろ回し蹴りがドクオの腹を穿った。
最悪なことに、ドクオの体は自らその場に固定していたため、衝撃の全てを受けることになった。
内蔵を損傷した経験は一度ともなかったが、その一撃が彼の臓器の一部を損傷させたことだけは自覚できた。
その証拠に、どこからか出てきた大量の血液が喉からせり上がり、一瞬の鉄臭の後、彼の鼻と口から噴き出たのだから。

(;'A`)。゚ ・ ゚「げはぁっ!!」

張り付けにされたかのように、ドクオは中空でもがき苦しむ。
握っていた拳銃をその場に落とし、腹を押さえてパニックにならないように思考を巡らせる。
薬物で得た興奮は彼の痛みを紛らわせるには至らない。

630名無しさん:2023/10/30(月) 19:18:05 ID:tOv5UUqs0
( ゙゚_ゞ゚)「発想は良いが、意図がバレバレだ。
     戦い方は父親そっくりだが、技量は段違いだな。
     話にならない。
     まぁ、最初の一発目はよかったがな」

男の肩に薄らと滲む血が、ドクオの放った一撃が確かに到達したことを証明している。
だが深手ではない。
当然だ。
刃の長さと装甲の厚みを考えれば、よく刺さったと言ってもいいぐらいだ。

( ゙゚_ゞ゚)「冥途の土産に俺の名前を教えてやる。
    オサム・ブッテロ。
    じゃあな、バンズの息子」

ドクオの思考は加速し、次に自分がすべきことを考えていた。

(;'A`)「お……れ……」

オサムと名乗った男の抜き手が、ドクオの鳩尾を狙って放たれる。
殺し屋の抜き手は槍の一撃。
防弾着の上からでも十分な攻撃になるだろう。
内蔵に負ったダメージがドクオに命の危機を強く物語る。

(;'A`)「俺はぁぁ!!」

意識をどうにかつなぎ止め、ドクオは副腕を使ってその場から跳び退いた。
オサムの手刀が寸前までドクオの腹があった場所を貫く。

( ゙゚_ゞ゚)「それで次はどうする?!」

距離を取っても、ドクオの体力が回復するわけではない。
だが数秒だけでも時間を稼いだことにより、思考するだけの時間を得られる。
棺桶はダメージを受けていない。
ならば、優位性はこちらにこそある。

(;'A`)「すぅっ……!!」

薄い酸素を吸い込み、脳を活性化させる。
薬によって強化された感覚が四肢に力を与える。

( ゙゚_ゞ゚)「馬鹿がよぉ!!」

右手を腰に伸ばしたかと思うと、オサムは一瞬で拳銃を抜いていた。

( ゙゚_ゞ゚)「殴り合いしたいんなら、素手でこい!!」

そして発砲。
副腕を使い、ドクオは自分の身を護る体勢に入る。
結果としてドクオは思考する時間を得たが、こちらの手の内はほとんど相手に見破られた可能性が生まれた。

631名無しさん:2023/10/30(月) 19:18:27 ID:tOv5UUqs0
( ゙゚_ゞ゚)「ほらほらほら!! 討つんだろう? 仇をさぁ!!」

(;'A`)「ぐっ……」

腰の後ろに手を伸ばし、ドクオはそこから拳銃を抜く。

( ゙゚_ゞ゚)「ちっ!!」

オサムは舌打ちをし、先ほど自ら脱ぎ捨てた棺桶の背後に隠れる。
決して貫通しないことを知りつつ、ドクオは銃腔を向けて銃爪を引く。
ユリシーズの装甲の上で火花が散り、それを見てオサムが笑い声をあげた。

( ゙゚_ゞ゚)「何だよ、通常弾かよ」

(;'A`)「手前を殺すには十分さ」

( ゙゚_ゞ゚)「その下手糞な銃撃で?
    おいおい、鶏だって殺せないぞ」

(;'A`)「殺してやるさ!!」

再び発砲するが、やはり、ユリシーズの装甲に阻まれる。

( ゙゚_ゞ゚)「奇跡でも起こさなきゃ無理だな」

('A`)「起こしてみせるさ」

そして、三発目。
それがドクオにとって最後のチャンスだった。
油断し切った今ならば、オサムの言う奇跡が起こせる。
ウォンテッドの多関節副腕は、“特化した目的”の副産物でしかない。

副腕はすでにドクオの狙い通りに急カーブを描き、狙いを定めていた。
放たれた銃弾は副腕に沿って軌道を変え、遮蔽物を越えた位置からオサムを狙い撃ちにする。

(;゙゚_ゞ゚)「んぐあっ?!」

小さな呻き声と共に、オサムが倒れる。
その腹に赤黒い染みが出来ていた。
運よく防弾着の間に命中したのだ。

(;'A`)「起きただろ? 奇跡は」

ウォンテッドの設計目的は銃撃の支援。
湾曲した軌道を描く銃撃に特化した棺桶。
遮蔽物を飛び越えた銃撃を実現することが、そもそもの目的なのだ。
故にこその多関節。

相手の位置が分かってさえいれば、銃弾は任意の軌道を描いて着弾させることができる。

632名無しさん:2023/10/30(月) 19:18:48 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「あー、くっそ!!」

腹を押さえながら、オサムが銃を構える。
だがそれよりも先に、ドクオは銃爪を引いて次々と銃弾を放っていた。
遮蔽物がなくなった以上、ウォンテッドを使う必要はない。
それが焦りだと気づいたのは、10発放ったにも関わらず、オサムの胸部に1発だけしか着弾しなかった事実を理解してからだ。

(;゙゚_ゞ゚)「ぐっ……!!」

(;'A`)「はぁっ……はあっ!!」

弾倉を交換し、再び銃を構える。
恐らく強風の影響で銃弾が狙った通りに飛ばなかったのだろう。

(;゙゚_ゞ゚)「よーく狙えよ、へたっぴ。
    でないと、次は俺が当てるぞ」

両手で構え、照準をオサムの胴体に向ける。
銃爪を引く。
だが、オサムの体よりも奥の床に弾が着弾した。

(;'A`)「わざと外してるんだよ」

(;゙゚_ゞ゚)「いいや、違うね。
    お前は殺しの美酒ってやつに酔っちまったんだよ。
    生殺与奪を握った優越感が薬のせいで倍増して、お前は自分の体がまともに動かせないんだ。
    ははっ、みっともねぇなぁ!!

    興奮して暴発させるって、まるで童貞の初夜だな!!」

(;'A`)「う、うるさい!!」

(;゙゚_ゞ゚)「命乞いでも期待していたか?
    まさか。
    それこそ、死んでもごめんだね」

優位なのはこちらだ。
相手に会話の主導権を握られてはならない。
撃ち殺さなければ、ドクオの精神が侵される。

(;'A`)「……何で、親父とお袋を殺したんだ」

(;゙゚_ゞ゚)「あ? ようやくそれを訊くのかよ。
    仕事だよ、仕事。
    依頼があれば誰だって殺す。
    それが殺し屋だ。

    お前の親父が殺し屋だったのと同じだよ」

(;'A`)「でも、親父は……」

633名無しさん:2023/10/30(月) 19:19:18 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「分かってねぇな。 殺し屋に、良い殺し屋も悪い殺し屋もねぇんだよ。
    あるとしたら信念のある殺し屋か、そうでないかだけだ。
    あぁ、安心しろ。
    バリーは俺と同じで、信念のある殺し屋だった。

    ほら、これでいいか?」

(;'A`)「親父はお前とは違う!!」

(;゙゚_ゞ゚)「いいや、同じだね。
     殺し屋にとって、過程はどうでもいいんだよ。
     結果が全てだ」

オサムが銃腔をドクオに向ける。

(;゙゚_ゞ゚)「ほら、お前が撃たないなら俺が撃つぞ。
    サービスタイムは終わりだ」

その宣言通り、オサムの手の中にある銃が火を噴く。
副腕が防御に入る。

(;゙゚_ゞ゚)「三、いや四本か。
    ならよ!!」

それまでの苦しみの表情がまるで演技だったかのように、オサムが地面を蹴ってドクオに接近する。
銃弾を浴びせながら接近してくるオサムに対し、ドクオは無意識の内に防御行動に出る。
副腕はドクオを銃弾から守る為に体の正面に展開するが、そのせいで彼は銃を構えられない。

(;゙゚_ゞ゚)「殴り合おうぜ!!」

弾を全て撃ち切ったのか、オサムは手にしていた拳銃を投げ捨てる。
それがドクオ目掛けて投げつけられたため、副腕が自動的に迎撃する。
その隙を突き、オサムがドクオの懐に入り込んだ。

(;'A`)「うおっ!?」

(;゙゚_ゞ゚)「そんなもん捨てちまいな!!」

手刀がドクオの手首を襲う。
握っていた拳銃をその場に落とし、攻撃の手段を失う。

(;゙゚_ゞ゚)「タマがあるんだろうよ!!
    男の子だろ!!」

その言葉の真意を確認するまでもなく、ドクオの股間に激痛が走る。

(;'A`)「きっ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「棺桶を解除しな。
    でねぇと、お前のタマと竿が引きちぎられることになるぞ」

634名無しさん:2023/10/30(月) 19:19:50 ID:tOv5UUqs0
(;'A`)「て、め……」

(;゙゚_ゞ゚)「急所からの失血死、こんなに格好悪い死に方するぐらいなら俺は自殺するね。
    それに、あんまり怖い言葉を使うなよ?
    緊張して潰しちまうだろ」

睾丸を握るオサムの手に力が込められる。
睾丸とは体外に出ている人間の臓器。
臓器を握られれば、どんな薬物を使っていてもその恐怖が薄れることはない。

(;'A`)「あひっ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「ほら、そろそろタマが一つ潰れるぞ」

自らの体の一部が爆ぜようとしている感覚が、ドクオに強い恐怖心を植え付ける。
風船が破裂する寸前の感覚。
男であれば例外なく感じる恐怖心が強くなっていく。
ウォンテッドを動かすために割ける精神的余裕は、どこにもなかった。

(;'A`)「やめっ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「安心しろ、もう一つタマがあるだろ?」

(;'A`)「くっ!! そっ!!
   解除する、するから!!」

(;゙゚_ゞ゚)「くしゃみが出そうだ。
    そのはずみで潰しちまうかもな」

(;'A`)『人が疎かにされるような社会は長続きしない!!』

遂にドクオはオサムの脅迫に屈し、棺桶を解除することにした。
その言葉に呼応するように、ウォンテッドの不可視化が解除され、背中から外れて落ちた。

(;゙゚_ゞ゚)「ようし、それでいい」

(;'A`)「早く放せ!!」

だがオサムの手は依然としてドクオの睾丸を握ったままだ。

(;゙゚_ゞ゚)「待った」

(;'A`)「あ?」

(;゙゚_ゞ゚)「くしゃみが出る!!」

(;'A`)「止めろ!! その前に放せ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「へ……」

635名無しさん:2023/10/30(月) 19:20:19 ID:tOv5UUqs0
(;゚A゚)「やめろおおおおおおおおおおお!!」

心からの叫び。
それを聞いて、オサムが意地の悪い笑顔を浮かべた。

(;゙゚_ゞ゚)「……引っ込んじまったよ」

(#'A`)「て、手前!!」

からかわれたのだと分かると、ドクオの中に生まれたのは殺意。
しかし。
睾丸が握られている今、ドクオにできることはない。

(;゙゚_ゞ゚)「オーケー、それじゃあ殴り合おう。
    よし、今から3つ数えたら手を離す。
    そうしたら殴り合いだ」

(#'A`)「……上等だ」

(;゙゚_ゞ゚)「イチ、ニィ……サン!!」

(#'A`)「だあああ!!」

予想と違い、オサムは本当に睾丸から手を離した。
大きく距離を取ったドクオに聞こえたのは、オサムの呆れたような声だった。

(;゙゚_ゞ゚)「ったく、喧嘩の基本ぐらいきちんと勉強しとけ」

(#'A`)「うおおおお!!」

怒りに身を任せ、ドクオは拳を握りしめて飛び掛かる。

(;゙゚_ゞ゚)「おらよ!!」

腹部に強烈な衝撃を受けたが、ドクオはそのままオサムの顔に殴りかかった。
横面を殴られたオサムは、だがしかし、その鋭い視線をドクオに向けたまま。

(;゙゚_ゞ゚)「世界を変えるんだろ!!
     だったらもっと気合入れろ!!」

(#'A`)「馬鹿にしやがって!!」

左右両方からオサムの顔を殴る。
それに対し、オサムは再び腹部に向けて鋭い一撃を放つ。

(#'A`)「ぐっ……」

(;゙゚_ゞ゚)「ちっ、少しは楽しめるかと思ったけど結局この程度か。
    手前の手を汚さないで世界を変えようとする奴なんてそんなもんか。
    もう飽きた」

636名無しさん:2023/10/30(月) 19:20:39 ID:tOv5UUqs0
ドクオの後頭部を掴み、強烈な膝蹴りがドクオの腹を襲う。
血反吐を吐き散らし、ドクオは四肢から力が抜けるのを感じた。
抱え上げられ、格納庫の後部に連れて行かれる。

(;'A`)「は……せ……」

ハッチの淵。
足場のない、即死へと通じる一方通行の道のりが足元に広がっている。

(;゙゚_ゞ゚)「付き合ってられねぇよ、お前には」

風が吹き荒れる中、ドクオは次に自分の身に何が起きるのかを分かっていた。
眼下に広がる白い雲と、その下で煌めく青黒い海。
この高度から落ちれば即死は免れられない。

(;゙゚_ゞ゚)「じゃあな」

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同日 AM11:49
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637名無しさん:2023/10/30(月) 19:21:01 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「……は?」

それは一瞬の事だった。
世界が白く光ったかと思うと、遠くから凄まじい爆発音が聞こえてきた。
オサムの視線はドクオではなく、開かれたハッチの向こう側に釘付けになっていた。
つられてドクオもその視線の先を見る。

そこには黒い大樹かと見紛う黒煙が立ち上り、空をその色で染め上げているところだった。
その光景がどのように彼の目に映ったのかは分からない。
だがこれが千載一遇のチャンスであることは間違いなかった。
素早くオサムの顔を平手で叩くことで、視界を一瞬だけ奪う。

(;゙゚_ゞ゚)「ぐっ」

ドクオはオサムの腕を掴んで体を捻り、どうにか床に着地してからそのまま壁沿いに駆け出した。

(;゙゚_ゞ゚)「逃げるんなら方向が違うぞ!!」

(;'A`)「逃げる? まさか!!」

そして、壁際に取り付けられている装置のスイッチを思いきり殴りつけた。
誤作動を防ぐために薄いガラスで保護されていたスイッチが深々と押されると、けたたましい警報音と赤いランプが点滅する。

(;゙゚_ゞ゚)「……何しやがった、手前!!」

(;'A`)「こっから先は一人で楽しんでくれ!!」

それは、格納庫の床で発生している強力な磁場を遮断するためのスイッチだった。
彼らが先ほどまで戦えていたのはその恩恵であり、それが遮断されれば、自重以外で彼らを床に縛り付けるものはない。
気にもしていなかった風の影響が、容赦なく二人を襲う。
それに備えていたドクオは近くの手すりに摑まるが、ドクオを放り捨てようとしていたオサムは――

(;゙゚_ゞ゚)「くそっ!!」

――足に力を入れ、風で飛ばされないように姿勢を低くして耐えていた。
だが腹に受けた銃弾が彼の体から力を奪い、流れ出る血が命を奪う。
持久戦に持ち込めばドクオの勝ちだ。

(;'A`)「これで終わりとは、残念だったな!!」

(;゙゚_ゞ゚)「終わるかってんだよ!!」

(;'A`)「もう手足に力が入らないだろうに!!」

(;゙゚_ゞ゚)「……くそっ」

(;'A`)「後は勝手に死んでるんだな!!」

ゆっくりと手すりを伝って安全な場所にまで戻っていく。
その姿を見ながら、オサムが絞り出すような声で言った。

638名無しさん:2023/10/30(月) 19:22:00 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「こんな終わり方でいいのかよ」

(;'A`)「いいさ、お前が死ぬんなら」

(;゙゚_ゞ゚)「ふん……つまらねぇ奴だ。
    復讐するってのに、そんなぬるい方法でいいのかよ」

(;'A`)「何?」

(;゙゚_ゞ゚)「復讐する時ってのはな、遠慮したら駄目なんだよ。
     お前は俺が憎いんだろう?
     だったら、これまでの恨みを込めて俺を殺せよ」

(;'A`)「俺は、お前とは違う。
   殺しを楽しむなんて嫌だね」

(;゙゚_ゞ゚)「おいおい、お前の夢でどれだけの人間が死んだと思っているんだ?
    今更善人面するなよ」

(;'A`)「……」

ティンバーランドが実行した数多くの作戦で民間人の間にも死者が出たのは事実だ。
無論、ドクオはそれに対して疑問を抱かなかったわけではない。
直視しないよう、意識しないように過ごしていた、いわば傷口だ。
夢に向かって進むいくつもの歩みは、血に汚れている。

だがそれらの犠牲を無駄にしないためにも、歩みを止めるわけにはいかないのだ。

(;゙゚_ゞ゚)「お前は俺よりもタチが悪い。
    俺は仕事で人を殺すが、関係ない奴を殺すことはほとんどない。
    仮に殺すことになったとしても、殺したことは認知するし、自覚もするさ。
    だがお前はどうだ?

    お前は、自分の手が汚れていることにすら気づかないようにしているだけだ。
    自分は奇麗な人間だと思い込んで、おまけに声高に主張して他者を批難していやがる。
    正義のために大勢を殺したくせに、殺したとは思っちゃいない。
    父親から人殺しの道理を教わらなかったのか?

    どんな理由があろうと、殺しは殺しだ。
    間接的だろうが直接だろうが、本質は同じなんだよ!!」

(;'A`)「黙れよ!!」

まるでこちらの気持ちを見透かしたかのように、オサムは淡々と告げる。

639名無しさん:2023/10/30(月) 19:22:22 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「いいや、俺はどうせ死ぬんだ。
    だったら、俺がお前に真実って奴を教えてやる。
    俺がこの手でぶっ殺したお前の父親の代わりに、道理と一緒に教えてやるさ!!
    いいか、お前の手足は血で汚れているんだ!!

    お前らの夢も!!
    お前の理想も!!」

(;'A`)「黙れぇぇぇぇ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「お前は結局――」

一発の銃声が響き、オサムがドクオの目の前から一瞬で消えた。

(;'A`)「え」

それは、封鎖されていた扉の向こうから放たれた銃弾だった。
監視カメラでドクオの窮地を知ったのか、それとも事態が悪化したことを察したのかは分からない。
確実に言えるのは、ドクオの仇敵は全くの第三者によってその命を奪われたということ。
恐らくはオサムの死体は風にさらわれ、空に吸い込まれるようにして格納庫から消えたのだろう。

〔欒(0)ш(0)〕『同志ドクオ!! 無事ですか!!
        装置を起動しなおしますので、もう少しだけ耐えてください!!』

(;'A`)「あ、あぁ……」

あまりにも呆気のない幕引き。
望んでいた物とはまるで違う復讐の終わり。
両親を殺され、復讐を誓っていた男の夢の果て。
燃え尽きることさえも許されない、そして、満たされることのない終わりだった。

――緊急通信が入ったのは、そんな時だった。

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Ammo for Rebalance!!編

: : : : : : : ; : : : : : /彡三ミx、`ヽ       __. `≧/Ⅵ: i : : : : : i: : : /
: : : : : : ::; : : : : :.; .{::::::::::::心.  ヽ    ,ィ ´_ニ 三 \.i: i : : : : : i彡´
: : : : :彡;: : : : : :;.込::_:_::歹        彡:::::心 ヽ .i: i : : : : : iミ、
>: ´: : ;: : : : : :;    ̄       ,    {:::::::::ゞ } i  i: i: : : : i: i: : : ミ: :三: 彡′
:彡´ノ: : : : : : : i           {   `ヾ:::歹 ノ  i: i : : : :i :i: : : : : : : /
  ./: : :i: : i : : i          /      `   ./j: i: : : : i j_: : : 彡´
./: : : :i : : : : ハ         _            ./ ; : i : : : :i; - ´
: : : : : : i: : i : :i.ム.       ' ´   `          /´}; : i: : : : :i 、
: : : : : : i: : :i : i: : \     :::::::          ./ /;: : : : : : :;: :三彡′
ー―彡.i: : :i : i: : :|. \             . :イ/ : ;: : : : : : /彡´

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640名無しさん:2023/10/30(月) 19:23:33 ID:tOv5UUqs0
同日

“レオン”こと、ヒート・オロラ・レッドウィングにとって、巨大な建造物の中に潜入し、対象を抹殺するという行為は初めてではない。
むしろ、彼女が仕事として人を殺していた頃はそうした仕事がほとんどだった。
ホテルで殺すこともあれば自宅で殺すこともあったし、基地に逃げ込んだ男を追って殺したこともあった。
しかし大抵はヒートに狙われていると知ると、地下に作られたシェルターや警備員で固めた建物に立てこもった。

正面から行けば返り討ちに会うのは目に見えているため、ヒートは静かに侵入し、殺害していった。
復讐を果たすために身に着けた技能は今日まで彼女を生かし、そして、再び復讐を遂げるために役立っていた。
だがこの日は、これまでとは全ての事情が違う。

ノパ⊿゚)「どうだ?」

(∪´ω`)「誰もいないですお」

復讐の対象を殺すという目的は同じだが、子供を相棒にして行うのは初めてだった。
耳付きと呼ばれる、獣の身体能力と特徴を持つブーンの能力を使えば、確かに潜入は楽になる。
扉の向こう、曲がり角の先、あるいは背後や頭上に隠れていたり接近する人間の匂いや息遣いを正確に把握することができる。
五感の内棺桶が補助できるのは聴覚と視力だけであり、聴覚の強化は戦闘中の妨げとなるため、基本的には推奨されていない。

しかしながら、床が金属でできていれば跫音は必ず生まれるため、屋内戦において位置を知るためには重要な要素となる。
徹底的に改造を施したベレッタM93Rの銃腔には、銃声を抑えるためのサプレッサーが装着されていた。
同時にこの巨大航空機に乗り込んだオサムが後ろの方ですでに大騒ぎを始めているため、ヒートが己の存在を悟られないようにするのは自然な流れだった。
事前の打ち合わせがあったわけではないが、彼が陽動を引き受けたのは、ひょっとしたらブーンが彼女と一緒にいたからなのかもしれない。

デレシアに対して並々ならぬ感情を抱いているのは分かったが、ブーンに対して気遣えるだけの道徳心を持ち合わせていることが驚きだった。

ノパ⊿゚)「……」

だが確かに、殺し屋には妙な拘りを持つ人種が多いことも事実だった。
ヒートも多分に漏れず、その類だった。
彼女の場合、その拘りは殺し屋になった理由故のもの。
根底的な部分で言えばオサムとは違う人間だが、本質は同じだ。

人を殺し、その報酬を受け取ることに対して躊躇しないという部分。
例えそれが、殺しの対象に制約があるとしても、オサムとヒートは同じ穴の狢なのである。
彼女が握る拳銃から放たれた数多の銃弾は、あまりにも多くの命を奪ってきた。
男女の違いも、年齢の違いもなく、子供も老人も殺した。

その両手は血に染まり、頭まで血に浸かっている意識もある。
だが、彼女もオサムと同じく、これまでの行為に対して一切の後悔の念を抱いてはいない。
生まれる前の赤子を殺したことに対しても、ヒートは後悔していない。
本来持つべき道徳心は彼女の父と弟と共に、ヴィンスで粉々になっていた。

だからこそ、ブーンが警告を発するよりも先に出合い頭に遭遇した整備員の格好をした男を見ても、顔色一つ変えなかった。
機内の酸素が急激に低下しているため、各要所で防壁が展開しており、それを開く時の音はヒートの耳でも聞き取ることはできる。
銃身下部に取り付けられた鋭利な刃が男の喉を切り裂き、喉から噴き出した鮮血が男の服を赤黒く染め上げる。
群青色だったはずの作業服は瞬く間に濃い色に変わり、それとは対照的に男の顔から血の気が失せていく。

( 0"ゞ0)「こ……ひゅ……」

641名無しさん:2023/10/30(月) 19:23:54 ID:tOv5UUqs0
死にゆく男の口を押え、声を出せないようにして静かに殺しつつ周囲を睨めつけるその視線には、一切の余裕がない。
彼女が果たしてきた復讐の最後の標的が、今、同じ空間にいるのだ。
それは情報によるものではなく、直感によるものだった。
同じ血を持つ者同士だからこそ分かる、非科学的な確信。

間違いなく、彼女の母親であるクール・オロラ・レッドウィングがこの航空機の中にいる。
興奮を自覚しつつ、傍らにいるブーンを守らなければならないという使命感も抱いていた。
相反する二つの感情に挟まれながらも、ヒートは決して焦らなかった。

(∪´ω`)「ヒートさん、2人、来ますお……」

ノパ⊿゚)「分かった」

殺人を前にしても、ブーンは一切動じなかった。
彼が歩んできた人生を考えれば、この程度は動じる必要のない事だ。
だが、とヒートは思う。
これだけ小さな少年が人の死を前にして何も思わないというのは、あまりにも残酷なことだ。

時代が違えば。
或いは、生まれが違えば、ブーンはもっと別の人生を歩めたはずだ。
獣の体を持つが故に迫害され、差別されるような時代でなければ。
彼は――

ノパ⊿゚)「ちっ……!!」

( 0"ゞ0)「なっ……」

(::0::0::)「ぎっ……」

サンドバッグを思いきり殴ったような二発の銃声は男二人の命を奪い取り、その場に倒れ込ませた。
直後に警報装置が鳴り響いていなければ、その銃声は確実に別の誰かの耳に届いていただろう。
オサムの陽動と相まって、どうにかヒートたちの存在は機内で知れ渡らずに済んでいる。
仮にこの航空機にクールがいないとしても、これを墜落させるだけでも十分だ。

イルトリアへの侵攻がどのような動きになるのか、ヒートにはまるで予想がつかない。
断言できることの一つに、この航空機の存在の厄介さがある。
これだけ巨大な航空機を飛ばすとなると、必要になるエネルギーはただの発電機では賄えるはずがない。
間違いなくニューソクが使用されており、それがある以上、これは空飛ぶ爆弾でもある。

安全な場所で爆発させなければ、イルトリアは地図上から姿を消すことになる。
それを回避するには、この航空機の操縦室に乗り込み、安全な洋上へと誘導する必要がある。

ノパ⊿゚)「流石にそろそろばれるかな」

(∪´ω`)「……お」

オサムが陽動をしていても、その内ヒートたちが目撃され、報告されるだろう。
更には、この航空機内に隠しカメラがないとも限らない。
既に気づいていながら放置されている可能性もある。

642名無しさん:2023/10/30(月) 19:24:16 ID:tOv5UUqs0
(∪´ω`)「……」

通路を直進すれば最短で到着できるのだろうが、それはこちらにとって必ずしも利益を生むとは限らない。
二人は跫音を頼りに道を変え、決して焦ることなく着実に操縦室へと向かっていた。
時には手近な部屋に身を隠し、オサムを目指して進んで行く増援をやり過ごす。
もしもヒートが身軽な恰好をしていれば、もっと別の進み方があった。

しかし、彼女が背負う棺桶は棺桶との戦闘になった際、必ず必要になる。
あらゆる棺桶を敵視し、対抗するために設計された“レオン”は旅の途中で立ち寄ったラヴニカでその修復を終え、完全な状態にある。
この航空機に積まれている棺桶の種類を考えれば、レオン一機で十分に対抗は可能だ。
恐らくは自分一人であれば、そのまま標的を殺すために突き進んでいたことだろう。

だが今はブーンがいる。
ブーンの存在はヒートにとっての枷であり、安全装置であり、そして燃料でもあった。
自制するために必要不可欠であるのと同時に、彼の存在がヒートに復讐の炎を思い出させてくれるのだ。
彼によく似た、自分の弟。

母親に蔑まれ、女子の名を与えられた弟。
自分が愛した、マチルダという弟の事を――

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同日 AM11:49

   /,イ l   |/ |  /l /‐/ |   / /´| /‐-! l  l  ',  |、ヽ
  ノ' / |   !  ! / レニミ |   // ニニミ ∨|  |  |  | \!
   /  ィ l |  | lイ´んハ | //   んハ ヽ |  !  |  !
   / / | /! A !V! らし!i レ /'    トしj ! リ! l  ト、 ',
  ノ '   |ハ| |ハ ヘ ヽゞzツ       弋z少 //ハ  !| \
       N ヘヽ\::::::::    ,    :::::::: /イ / ハ ∧!
         \l ! ゝ            / /_イ リ
         ヽ|ヽ 、     r 、     /!//|/
            |ハヽ    `´   , ィ ル

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異変を感じ取ったのは、ブーンが最初だった。
何かに気づいたかのように周囲を見渡し、すぐにヒートの足にしがみついた。
それは怯えの感情だった。
あまりにも唐突な変化に戸惑ったヒートだったが、その理由を、突如として光った空に見出した。

ノハ;゚⊿゚)「なん……」

思い当たったのは、ニューソクの爆発だった。

:;(∪;´ω`);:「お……」

ノパ⊿゚)「……大丈夫、大丈夫だよ」

643名無しさん:2023/10/30(月) 19:24:36 ID:tOv5UUqs0
怯えた表情のブーンを片手で抱き寄せ、その背中を優しく叩く。
数多くの死地を乗り越え、荒れ狂う海に放り投げられてもなお、デレシア達と旅を続けてきたブーンを怯えさせたのは果たして爆発だけが原因だったのだろうか。
人間よりも鋭いその感覚が、別の何かを捉えたのかもしれない。

(∪´ω`)「お……」

ノパー゚)「あたしが一緒なんだ、大丈夫だよ」

(∪*´ω`)「お」

彼の正確な年齢は、デレシアも知らないという。
ブーンはまだ誰かに頼り、依存したい年頃なのは十二分に分かる。
だが彼は、依存を良しとせず、自分の足で歩いていこうと生きている。
時には年相応に甘えてくることもあるが、一人の男として立ち上がろうとする姿は、見ていて気持ちのいい物だ。

この戦争がどう決着するのかはまるで予想がつかない。
言えるのは、ここでイルトリアが敗北すれば、ティンバーランドを止められる存在はこの世界から消えてなくなる。
世界を一つにするという夢は、言葉尻だけを捉えれば実に理想的な物だといえる。
しかしそれは、あまりにも多くの物を切り捨て、失う理想だ。

“耳付き”が生きることのできない世界など必要ない。
必要なのは、誰もが生きることのできる世界なのだ。

ノパ⊿゚)「よし、行こう」

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                  第十六章
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同日 同時刻

クール・オロラ・レッドウィングは腕を組み、画面に映し出される二人の姿を睨みつけていた。
既に監視カメラが捉えたその侵入者は、彼女の直感が告げていた通りだった。

川 ゚ -゚)「……」

忌々しい話だった。
自らの血を分けた子供が、親の夢を潰しに来る。
まるで自分が裏切るかのような感覚だ。
育て方をどこで間違えたのか。

間違えたのは産み落としたことなのは間違いないが、それに気づくまでの間の教育にミスはなかったはずだ。

从´_ゝ从「本当にあの二人を止めなくていいのですか?」

644名無しさん:2023/10/30(月) 19:26:31 ID:tOv5UUqs0
傍らでカメラを操作する部下が、心配そうに尋ねる。
クールは画面から目をそらさず、即答した。

川 ゚ -゚)「不要だ。 私が産んだ私の罪だ。
     私がこの手で処理する」

夫と人間の出来損ないは無事に処分したが、自ら手を下さなかったのが失敗だった。
本当であればヒートもその日に死ぬはずだったが、何かの手違いで生き延び、こうして牙をむいてきた。
外見は人間のそれだが、本質は獣だったということだ。
つまるところ、クールが産んでしまった子供というのは、どちらも人間ではなく獣だったのである。

どちらの血が獣の遺伝子を持っていたのかは分からないが、その遺伝子はここで絶たねばならない。
人間が獣を産むなど、あってはならないのだ。

川 ゚ -゚)「先ほどの閃光は?」

从´_ゝ从「不明です。 ですがストラットバームの方角です。
     恐らくはニューソクの爆発かと……」

川 ゚ -゚)「ハート・ロッカーか、あるいはストラットバームのニューソクが爆発したか。
     忌々しい話だな」

事実を淡々と受け入れつつ、クールは思考を巡らせた。
作戦開始から時間が経過しているとはいえ、この展開は早すぎる。
内通者の存在を疑うが、そうだとしたら逆に遅すぎる。
つまり、この事態を予想して備えていた集団がいるということだ。

川 ゚ -゚)「だが我々の歩みは止まらない。
     前に進むだけだ。
     世界を変える歩みは誰にも止められない」

ストラットバームを失ったとしても問題はないが、ハート・ロッカーが失われたとしたら作戦に支障が出る。
超長距離の砲撃を可能とするハート・ロッカーが破壊されれば、ジュスティアやイルトリアに対する優位性が若干だが損なわれてしまう。
だがしかし。
ハート・ロッカーの性能を世界に向けて知らしめた時点で、その脅威を排除しようとする存在の発生は予想されていた。

むしろ、そうした存在がハート・ロッカーに向かうように仕向け、敵戦力の分散が一つの目的でもあった。
最優先事項はイルトリアとジュスティアの陥落。
それが実現できれば、この世界を一つにすることは容易だ。
無傷で世界が変わるとは誰も思っていない。

多少の痛みと犠牲を覚悟しなければ、何かを得ることなど不可能なのだ。

从´_ゝ从「……同志クール、格納庫にいた侵入者を排除したとの報告です」

川 ゚ -゚)「時間がかかったな。
     だがまぁいい。
     後は2匹だけだ。
     情報の収集を忘れるな」

645名無しさん:2023/10/30(月) 19:26:52 ID:tOv5UUqs0
从´_ゝ从「了解です」

川 ゚ -゚)「……そろそろ出迎えてやるかな。
     発電室に誘導しておけ」

从´_ゝ从「進路はいかがしますか?」

川 ゚ -゚)「イルトリア上空を旋回していろ」

ゆっくりと立ち上がり、クールは己の罪を清算すべく歩き出そうとした、正にその時。
二度目の閃光が世界を灰色に塗り潰し始めた。
彼女にはそれが己を祝福する花火の様に見えたが、世界にとっては歓迎しがたい冬の到来を告げるものだった。

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              j   i
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同日 PM00:05

二度目の閃光が視界の端に映った時、ブーンは怯えることはなかった。
徐々に世界が灰色に染まる中、思っていたのはこの先に待ち受ける者だった。
全身で感じる嫌な予感は、まだその正体が分からずにいる。
確実に言えるのは、あまりにも巨大な悪意を持った人間がいるということだ。

まるでその悪意に誘われるように、二人は入り組んだ通路を進む。
やがて、発電室と書かれた開けた部屋に入ったところで、ヒートが足を止めた。
部屋の中央にある、天井と床を貫くように設置された太い円柱状の物が淡い青白い光を放ち、いくつもの太いパイプがまるで血管のようにそこから床や天井に伸びている。
周囲に響くのは低く唸るような音。

漂うのは熱風。
長時間ここにいるのは健全ではないと、すぐに分かる空間だった。

ノパ⊿゚)「……ブーン、先に行ってろ」

ヒートの言葉はこれまでにないほど強い物だった。
そしてその言葉の意味を、ブーンは彼女よりも少し早い段階で理解していた。
機械音に混じって聞こえた、僅かな駆動音。
人の跫音、あるいは関節が軋むような音。

646名無しさん:2023/10/30(月) 19:27:12 ID:tOv5UUqs0
川[、:::|::,]『……気づいたか。
      流石は獣だ』

円柱の影から姿を現したのは、青黒い装甲の棺桶だった。
女性的な曲線を描くその棺桶は人間じみた姿をしている割には、生気を感じさせていなかった。
まるで空洞だ。
息遣いもない。

しかし、殺気だけは確実に感じ取ることが出来た。

ノパ⊿゚)「遠隔操作か。
    相変わらずの臆病者だな」

川[、:::|::,]『お前を殺すのに、私自ら姿をさらすまでもない。
     耳付きと同じ空間にいること自体、私には我慢ならない。
     いや、同じ空気を吸っていることもおぞましい』

ノパ⊿゚)「どこにいても、手前は絶対にぶっ殺す」

川[、:::|::,]『出来るものならやってみるがいいさ』

一瞬の事だった。
それまでいた場所から棺桶が姿を消したかと思うと、ヒートの前に現れていた。
ブーンの動体視力をもってしても追いつけない程の加速力。
しかし、ヒートの反応速度はそれを凌駕していた。

ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ!!』

足は、自然と動いていた。
今は前に進む時。
その手が握る拳銃が何のためにあるのか、ブーンはよく理解していた。
姿勢を低くし、極限状態の前傾姿勢で一歩を踏み出す。

言葉を交わさずとも、両者の気持ちは寸分の違いなく通じ合っていた。

647名無しさん:2023/10/30(月) 19:27:32 ID:tOv5UUqs0
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第十六章 【 Love for Vendetta -復讐に捧げる愛-】

:: l   ∧     '.      /                ヾヘ         /     /
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:: '.     ヘ    \,/ く:::::ヘ                  l:::::::/\     /     /
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棺桶を収納するコンテナの頑強さは、収納される棺桶以上であることがほとんどだ。
使う人間を一度コンテナ内に取り込み、使用者の体に合わせて最適なフィッティングを行う以上、その間は完全に無防備になる。
量産機ほどそのフィッティングに時間を要するのは常識だが、使用者の登録数に制限のあるコンセプト・シリーズの場合は極めて短い時間で行えることがほとんどだ。
無論、その大きさや特徴によって装着時間は変動するが、ヒートの使用するレオンは3秒ほどで装着を完了させることができる。

起動コード入力直前に背を向けるのは棺桶持ちとしては無防備な姿を晒す時間を短縮するためであり、常識でもある。
正面切っての戦闘経験が乏しいであろうクールがそのことを知ってから知らずか攻撃を仕掛けてきたのは、あまりにも迂闊としか言えない。
コンテナで攻撃を受け止め、装着を終えたヒートが即座に距離を取って左手を地面について低い姿勢を取り、応戦体勢に入る。

ノハ<、:::|::,》『行くぞ、糞ババア!!』

脚部のローラーが低い唸りを上げ、内蔵されたモーターによって予備動作なしでの加速を実現させる。
加速に要する時間は、コンマ一秒にも満たないものだった。

川[、:::|::,]『やれるものならな』

一方、クールは中身が人間ではないことを逆手に取り、身体構造と本人の能力に頼らない動きでその場を離れる。
大きく地面を蹴り飛ばし、空中へと避難。
次いで、壁面に蜘蛛のように張り付いた。
恐らくその手足に強力な磁石が内蔵されており、それによって張り付くことが可能になっているのだろう。

648名無しさん:2023/10/30(月) 19:27:53 ID:tOv5UUqs0
だがヒートは一切速度を緩めず、壁に逃げたクールを追う。
狭い室内だとしても、レオンは近接戦を得意とする棺桶だ。
ましてや、その三次元的な戦い方を相手にするのは初めてではない。
あらゆる素材に張り付き、翻弄して戦うことに特化したコンセプト・シリーズの棺桶が世の中には存在する。

“ヴィンスの厄災”で相手をした“親愛なる隣人”の名を持つ用心棒の方が、遥かに厄介だった。

ノハ<、:::|::,》『逃がすかよ!!』

加速の勢いを利用してそのまま壁を登り、クールへと迫る。
ローラーが生み出す加速力があって初めて実現できる芸当は、幾度も実戦で使ったことのある技術だ。
戦闘における経験値の差が両者の間にあった。
この状況に追い込まれた生物は皆同じ行動を取ることを、ヒートは知っていた。

川[、:::|::,]『ちっ』

飛び降り、距離を取る。
安全圏だと思っていた場所への侵入は、即座に避難行動へとつながる。
予めそれが分かっていれば、次に取る行動に躊躇などない。

ノハ<、:::|::,》『知ってんだよ、そう来ることは!!』

壁を蹴り飛ばし、直線の軌道を描いてクールに向かって飛び掛かる。
中空での攻撃。
回避行動は不可能。
既に右腕の杭打機は起動が済み、視線の先にその狙いを定めていた。

川[、:::|::,]『……』

死を危惧せずに済む遠隔操作の棺桶。
それが生み出す精神的な隙は、戦いの中においては全てが致命的となる。
問題は、相手が本当にこの場に一人だけでいるかどうかだ。
ヒートの知る限り、目の前にいる女は狡猾かつ、臆病だ。

この空間にヒートたちをおびき寄せ、わざわざ声をかけてから襲撃を仕掛けたのは勝つ算段があるからだ。
つまり、これは罠。
考え得るのは増援。
そしてこの場所を選んだのは、お互いに飛び道具を封じるという目的。

遠隔操作の棺桶を使う上で危惧しているのがアンテナの破損だろう。
飛び道具が互いに使えなければ、そのアンテナを破壊される心配が減る。
ニューソクの威力をヒートが知っており、子供連れであることを考えれば、この場所で迂闊な戦いが出来ないという制約があるのは事実だ。
それを期待しているのであれば、なるほど、確かに理にかなった行動ではある。

〔欒(0)ш(0)〕『しっ……!!』

直下から静かに襲い掛かってきたキーボーイの殴打をヒートは難なく躱したが、そのせいでクールを狙った一撃を放ち損ねた。
着地し、即座にその場を離れる。

ノハ<、:::|::,》『だろうよ、お前は!!』

649名無しさん:2023/10/30(月) 19:28:20 ID:tOv5UUqs0
正々堂々とはかけ離れた性格の人間であれば、次に狙ってくる行動と罠が予期できる。
続々と現れたのは、5機のキーボーイ。
ヒートを取り囲むようにして位置取りながらも、手を出してこない。
警戒ではなく、別の意図があるのは明らかだ。

ノハ<、:::|::,》『……』

全員が手練。
それは、放つ雰囲気と佇まいが雄弁に物語っていた。
一人を殺したとしても、残った四人がヒートを殺すというだけの覚悟もある。
それぞれの得物を抜き、静かに眼前に構える姿に隙は伺えない。

目に見えているだけでこの数であれば、まだ他の伏兵を用意している可能性は十分にあった。

〔欒(0)ш(0)〕『同志、お待たせいたしました』

川[、:::|::,]『こいつはここで確実に殺す。
     害虫駆除に手を貸してくれ』

〔欒(0)ш(0)〕『承知』

ノハ<、:::|::,》『やれるもんならやってみな!!』

地面を蹴り飛ばし、かつローラーによる加速を得たヒートが最初に狙ったのはクールだった。
周囲を取り囲むキーボーイは驚異だが、断言できることが一つだけあった。
クールは、この空間にいる中で最弱であるということ。
複数を相手取る時、最も強い相手を最初に潰すというのが定石の一つにある。

しかしその定石には前提が一つある。
その強者に周囲が僅かでも依存しているということだ。
指揮官を失った弱者は慌てふためき、大きな隙を産む。
だがしかし、この場ではその定石は当てはまらない。

クールは弱く、そして庇護下にある存在だ。
いてもいなくても彼らの作戦に影響は出ない。
だからこそ、頭数を減らせるのならばそれが最善だ。
ヒートにとっての怨敵だが、所詮は遠隔操作の棺桶。

ここでそれを破壊しても、何一つ気持ちが救われることはないのである。
左手の鉤爪を大きく開き、一呼吸の間に一撃で掴む。
否、掴むはずだった。

〔欒(0)ш(0)〕『そいつは通さねぇ』

トンファーでヒートの一撃を防いだ男は、驕りを感じさせない静かな声でそう言った。

ノハ<、:::|::,》『いいや、押し通る!!』

ここで時間を割くわけにはいかない。
右手の杭打機を構える。

650名無しさん:2023/10/30(月) 19:28:41 ID:tOv5UUqs0
ノハ<、:::|::,》『っ……!! せぁあああああああああ!!』

だが杭打機は使わず、ヒートは左手だけで男を持ち上げ、ニューソクへと投げつけた。
咄嗟の事にトンファーを離し損ねた男は背中からそこに激突するかに思われたが、他の仲間に寸前のところで受け止められていた。
すかさずその場を後退すると、大振りのナイフと斧が数瞬前までヒートの首があった位置を通り過ぎる。
踵のローラーが予備動作なしでの加速、そして前後左右への自在な動きを補助するため、そう簡単にヒートを捉えることはできない。

近接戦に持ち込んだことが、期せずしてレオンの強みをより際立たせる事態へと発展していた。

ノハ<、:::|::,》『ふっ!』

スケートで氷上を滑るかのように素早く後退しつつ、短く息を吐き、再びクールを狙って直進する。
ここまで狙い続ければ、流石に相手もヒートの心境を理解して対応せざるを得ない。
先端が赤く塗装された手斧を振りかぶり、両者の間に一人が割り込む。

〔欒(0)ш(0)〕『させるか!!』

横薙ぎの一撃はヒートの進路を強制的に変更させるか、速度を低下させるための一撃だ。

ノハ<、:::|::,》『どけよ!!』

だがヒートは速度を落とさず、そのまま進む。
切っ先が触れる直前、ヒートは空中に避難し、速度を生かした強烈な飛び蹴りを相手の喉元に叩きこんだ。
軽量の棺桶ではあるが、加速を加えた飛び蹴りは砲弾のごとき威力を発揮する。
首の付け根に入ったつま先はそのまま男の首を乱暴に千切り、頭だけが飛んで行った。

それをクールが垂直に伸ばした足で地面に叩きつけ、踏み潰した。
そして肉片と金属片の混合物となったそれをヒート目掛けて蹴り飛ばす。
グロテスクなサッカーを思わせる光景だった。

ノハ<、:::|::,》『らぉい!!』

左手で弾き飛ばす。
その隙にクールは大きく後退し、二人の男が行く手を遮った。

〔欒(0)ш(0)〕『流石は殺し屋レオン……!!』

〔欒(0)ш(0)〕『だが!!』

二機のキーボーイがヒートの注意を引き付け、ヒートの背後から残った二機が迫っているのを、彼女は感覚で理解していた。
連撃に躊躇いも、ましてや時間差もない。
彼らは常に最善の道を選び、それを最短で行動する様に訓練を受けていることは明らかだ。
これまでに相手にしてきた兵士たちとは違う。

左手を地面に突き立てて軸にし、進路を直角に変更する。
高速で後退したまま、敵の動きを見極める。

ノハ<、:::|::,》『ちっ……!!』

651名無しさん:2023/10/30(月) 19:29:02 ID:tOv5UUqs0
そしてヒートが回避行動に移行したと同時に、彼らもほぼ同時に追撃してきていた。
防御と攻撃の切り替えが早い。
そこに好機を見出し、ヒートは進路を真逆に、即ち後退から前進に切り替えた。

〔欒(0)ш(0)〕『しまっ……』

ノハ<、:::|::,》『らぁっ!!』

杭打機が、短い咆哮を上げた。
心臓部を撃ち抜いた太い杭が男の悲鳴を奪い、命を一撃で奪い取った。
一瞬で死体と化した男の体を盾に、ヒートは反撃を開始する。

〔欒(0)ш(0)〕『そんなことをしても!!』

味方の死体に動揺するのは素人。
だがヒートの狙いはそんな些事ではない。
一瞬でも自分の姿を相手から隠せればそれでよかった。
杭打機がバッテリーを排莢し、二発目の攻撃に備える。

ノハ<、:::|::,》『どうかな!!』

死体を投げ飛ばし、その下を滑るように加速。
死角となる直下から、体全体を打ち上げるような一撃が男を襲った。
反応する間もなく放たれた杭打機の攻撃は下腹部から喉にかけて直線に突き進み、内臓器官を一気に損傷させて絶命へと導いた。

〔欒(0)ш(0)〕『そのまま潰れろ!!』

ヒートの背後から特殊警棒による大振りの一撃。
それは床に突き刺さる程の力で振り下ろされたが、ヒートの姿は既にそこにはいない。

ノハ<、:::|::,》『遠慮しとく!!』

左手が男の顔を掴み、大出力の高電圧が叩きこまれる。
それは機械だけでなく、人間の脳を焼き切り、沸騰させた。
軽量のキーボーイでなくとも、その一撃は死に至る威力を持っていた。
皮膚が露出している棺桶であれば、その一撃を防ぎきることは不可能だ。

残りは一人、否、クールを含めれば二人。
クールは依然として空間の隅に立ち、戦闘の経過を眺めている。
あまりにもそれが奇妙であり、ヒートは己の直感に従い、距離を取ることにした。

川[、:::|::,]『頃合いだな』

〔欒(0)ш(0)〕『えぇ、これで十分かと』

二人もまた、ヒートから距離を取る。

ノハ<、:::|::,》『……』

652名無しさん:2023/10/30(月) 19:29:23 ID:tOv5UUqs0
その理由は、すぐに理解できた。
この部屋にヒートを一定時間閉じ込めることこそが、彼らの狙いだったのだ。
だがそれは、彼女にとってどこまで影響のある罠なのかは、これから分かる。

ノハ<、:::|::,》『結局、手前はいつもそうなんだな』

川[、:::|::,]『……』

ノハ<、:::|::,》『殺すだ、駆除だと言っておきながら、手前は直接手を下さない。
      やることなすこと、全部卑怯なんだよ』

川[、:::|::,]『害虫を素手で殺す必要があるか?』

ノハ<、:::|::,》『そうだと分かるまで、素手で接していたくせに良く言うな』

川[、:::|::,]『私の人生の汚点だ。
      だが最大の汚点は、貴様らを産んでしまったことだ』

ノハ<、:::|::,》『そうかい』

川[、:::|::,]『しかしな、私は人間だ。
     ここでお前が餓死しようとも構わないが、この空間が汚されるのは我慢ならない。
     本来は手を出すまでもないが、害虫がいつまでも生きていると分かっているのは精神衛生上よくない。
     だから、今、引導を渡してやる』

それも恐らくは罠。
ヒートをこの場に釘付けにすることで、何かの作業が裏で進行しているはずだ。
時間が勝負の要となることを察したヒートは問答を止め、攻め込むことにした。

〔欒(0)ш(0)〕『ちっ!!』

クールを守ろうと前に出てきた最後の一人。
この場でクールの遠隔操作機を守る理由が基本的にない中で、男は咄嗟に反応した。
それが全てを物語っていた。
何か事を成そうとしているのはクールの棺桶だ。

そしてそれは時間を要するのと同時に、何かしらのリスクを負っている物だと推測できる。

ノハ<、:::|::,》『どきな!!』

両手を広げ、どちらの側から攻撃が来るのか予想をさせない。

〔欒(0)ш(0)〕『?!』

だがそんな構えは、あまりにも子供じみた構えであり、高い実力を持った者同士での殺し合いでは見ることはない。
いきなりそんな姿を見せられた男は僅かに呆気にとられ、そして、次に命を取られた。
左手の鋭い爪が深々と喉に突き刺さり、血液が噴水の様に噴き出す。

〔欒(0)ш(0)〕。゚ ・ ゚『げっ……はぁ……』

653名無しさん:2023/10/30(月) 19:29:44 ID:tOv5UUqs0
そしてその死体を越え、ヒートはクールの前に再び現れ、右腕の杭打機を構えた。

ノハ<、:::|::,》『次は逃がさねぇ!!』

川[、:::|::,]『……来い!!』

刹那の交差。
クールが選んだ退路は上空。
ヒートが狙った位置は上空。
空中という逃げ場のない空間に跳躍したクールの胸部を、杭打機が容赦なく撃ち抜く。

川[、:::|::,]『……はっ、馬鹿が』

黒い棺桶の装甲の隙間から、白いガスが噴出する。
反射的に杭打機から棺桶を投げ捨て、ヒートは溜息を吐いた。

ノハ<、:::|::,》『毒ガスか』

川[、:::|::,]『お前の棺桶に毒ガスが効かないことぐらい、知っている。
     獣を殺す時に使うものを知っているか?』

その言葉を後押しするかのように、レオンのバイザーに警告が表示される。

ノハ<、:::|::,》『二酸化炭素……!!』

排気システムが静かに稼働し、部屋の中の酸素が外部に向けて排出されていた。
部屋の酸素濃度は極めて低くなっていたが、顔を覆う形の棺桶を使用するヒートがその事態に気づくことは難しい。
そしてダメ押しにクールの棺桶から排出された大量の二酸化炭素が、部屋の酸素濃度を更に低下させ、遂にはレオンのセンサーがそれを感知するに至ったのだ。

川[、:::|::,]『我々と同じ空気を吸うことなく死ね』

ノハ<、:::|::,》『押し破れないとでも思ったのか?』

川[、:::|::,]『ニューソクを置く部屋の硬度は他のそれとは比べ物にならない。
     強化外骨格相手には比類なき強さだろうが、これは航空母艦だ。
     それにお前は、ニューソクを暴走させられないはずだ。
     あの糞忌々しい犬畜生がこの船に乗っていれば、お前は絶対に手出しできない。

     私がこういえば、お前は喜んで死ぬだろうさ。
     お前が抵抗しなければ、あの犬畜生は殺さないでやってもいい』

ノハ<、:::|::,》『……それは、本当なのか』

確かに、この航空機の装甲は棺桶のそれとは比較にならない。
厚みがあるだけでも杭打機は意味をなさない。
そして、ブーンがいる以上、自爆覚悟でニューソクに手を出すことは出来ない。
こちらの弱点を分かった上で罠を仕掛け、時間を稼いでいた理由の全てに納得がいった。

川[、:::|::,]『さぁな。 だがその可能性が生まれるには、お前が無抵抗で死ぬしかない』

654名無しさん:2023/10/30(月) 19:30:06 ID:tOv5UUqs0
ノハ<、:::|::,》『そうか』

ゆっくりと扉に向かって近づき、ヒートは右手の杭打機を振りかぶった。
そして、強烈な一撃を放つ。

川[、:::|::,]『……気が狂ったか』

ノハ<、:::|::,》『正気だよ、この上なくな』

クールの言葉で信じられることは、あまりにも限られていた。
耳付きを憎み、嫌悪し、この世界から存在を消したがっているという点は、疑いようもなく真実だ。
だが、だからこそその言動があまりにもちぐはぐで穴だらけなことが気にかかった。
ブーンとヒートが分かれて行動することを許したのは、ブーンを人質として確保しやすいからだろう。

互いの姿が見えない状態であれば、ブーンを捉えたという嘘も、彼を殺したという嘘も吐くことが出来る。
そしてヒートの実力を知るならば、この程度の棺桶持ちでは対処できないことも分かっているはずだ。
もしも本当に酸欠でヒートを殺すことができるのなら、黙って戦い続けるか、その目的を伝える必要はない。
何故なら彼女は耳付きを世界で誰よりも殺したがっており、ヒートもその対象になっているからだ。

無駄な慈悲などかける必要がない。
クールが饒舌だったのは時間稼ぎもあったが、ヒートが抵抗を諦めるようにすることが目的である可能性が高かった。
それはつまり、この空間から脱出することが可能だということ。
あたかも不可能であるかのように思わせ、労力を割くことなく安全に殺すことが目的だったのだ。

ノハ<、:::|::,》『この扉の向こうにいるんだよ、ブーンが。
      追いかけねぇとな』

川[、:::|::,]『無駄なことを。
     その扉を壊すことは――』

二度目の杭打機による攻撃は、扉を陥没させるだけの威力を見せたがそれ以上には至らない。
厚みと硬度が並外れている。
ニューソクへの被弾などを想定しての設計なのだろう。
砲弾以上の威力を持つ武器でなければ、十分な打撃を与えられないはずだ。

ノハ<、:::|::,》『そうみたいだな』

だが酸素が輩出できるということは、その先がある。
ヒートは十分に後退し、一気に加速した状態で壁を駆け上った。
天井に達し、重力に引かれて落下する直前、天井にある換気システムの網に左手の指をねじ込む。

ノハ<、:::|::,》『今から手前を殺しに行く』

ヒートはそう言い残し、換気用のダクトから内部へ侵攻を始めた。
六年前に始めた復讐の終わりを求めて、ただ、前を目指す。

655名無しさん:2023/10/30(月) 19:30:27 ID:tOv5UUqs0
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クール・オロラ・レッドウィングは作戦の失敗を目の当たりにしても、冷静さを欠かなかった。
こうなる可能性は想定していなかったが、焦る必要はなかった。

川 ゚ -゚)「進路をイルトリアから絶対にずらすな」

从´_ゝ从「了解」

川 ゚ -゚)「残った兵はどれぐらいいる?」

从´_ゝ从「15人……いえ、16人です」

キュート・ウルヴァリンの私兵は一騎当千の猛者だと信じていたが、すでにそれだけに減ってしまったのが悔やまれる。
だがその大きな原因の一つは、乗り込んできた気狂いじみた男のせいだ。
銃火器を使い、壁越しに大勢の兵士を撃ち殺した厄災そのもの。

川 ゚ -゚)「機内の全員をここに呼び出し、あの女をここで確実に殺せ。
     私はもう一匹を縊り殺す。
     最悪の場合、この艦をイルトリアに落としてやれ。
     お前たちも戦え。

     そして時間を稼げ」

その言葉に、部下が初めて異議を申し立てた。

从;´_ゝ从「で、ですが相手はあの“レオン”です。
     お言葉ですが、一人であれだけの戦いが出来る人間を相手に時間稼ぎは絶望的です」

ただ一人の殺し屋にそこまで怯える必要はない。
所詮は尾ひれの付いた話であり、一人の人間が噂になっているだけだ。
伝説的な殺し屋ほど話が誇張され、真実からかけ離れたものになる。
語り継がれているレオンの功績が本当ならば、サウザンドマイルが20人いても勝てる可能性はない。

656名無しさん:2023/10/30(月) 19:30:47 ID:tOv5UUqs0
しかしおとぎ話を真に受けて戦う人間は、彼らの中にはいない。
戦闘では結果が全て。
どれだけ名を馳せていても、実際の戦いが全てだ。
先ほどこちらを瞬殺できなかったことが、その良い証拠だ。

川 ゚ -゚)「そんなこと知っているが? いいか、時間稼ぎとは一分一秒の単位を言う。
     お前たちが稼ぐ一秒が明日に繋がる。
     そしてその明日が、世界の未来を作る一歩ということだ。
     私ならばその一秒を明日へと導ける。

     それに、ドクオがいるだろう?
     奴もすぐに呼び戻せ。
     銃火器を使用すれば、あの棺桶に負ける道理がない」

从´_ゝ从「操縦はいかがしますか?」

川 ゚ -゚)「簡易操縦モードがあるのだろう?
     ならば最悪、我々の中で生き残った者が操縦すればいい」

兎にも角にも、数で制圧するしかない。
数を揃えることでヒートの機動力を封じ、近接戦ではなく中距離で戦うことでその攻撃力を無力化する。
子供でも分かる理屈だ。
そこに耳付きの死体を転がしてやれば、作戦は万事うまくいく。

川 ゚ -゚)「……獣ごときに、我々の夢が食い破られてたまるものかよ」

小さくそう呟き、クールは操縦室を後にした。

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同日 同時刻

ブーンはヒートの言葉を忠実に守り、単独で機内を静かに進んでいた。
手にする金属の塊である拳銃に頼もしさを感じながらも、彼が真に信頼しているのは己の五感だった。
耳に届くあらゆる音の中から、正解と思われる音を選び、迷路のような道を進む。
時には立ち止まり、しゃがみ、隠れ、走った。

657名無しさん:2023/10/30(月) 19:31:09 ID:tOv5UUqs0
目指す先は操縦室。
全ての生物が頭と心臓を潰されれば死ぬのと同じように、どれだけ巨大な建造物になろうとも、その動力と操縦系統を潰せば動かなくなる。
ヒートならば両方を潰すことができるだろうが、ブーンはそのどちらも潰すことが出来ない。
だからこそ、自分にできることを必死になって考え、答えを出そうとしていた。

彼にできるのは考えることだった。
抗い、もがき、そして自力で最適解に辿り着くことだった。
戦況を左右する作戦に何故自分が選ばれ、ヒートと共に行動することになったのか。
デレシアならば、そこに必ず理由を用意しているはずだ。

(∪;´ω`)

だが、恐怖はあった。
殺されるかもしれない恐怖ではなく、自分の役割が果たせない事への恐怖だ。
手にした拳銃で殺せるのは生身の人間と、装甲の薄い棺桶を装着した人間だけ。
もしも、拳銃の弾では殺しきれない装甲の棺桶が現れれば、ブーンに太刀打ちできる術はない。

川 ゚ -゚)「見つけたぞ、害獣が」

――目の前に現れた人間の正体を、ブーンはその第一声で見抜いた。

(∪;´ω`)「お」

川 ゚ -゚)「死ね」

向けられた拳銃の銃腔から火が見える前に、ブーンの体は動いていた。
考えるよりも先に肉体が彼の命を守る為に動き、そして、選んだ道に誤りはなかった。
一直線にその女に向かい、ブーンは銃弾が頭上を通り過ぎるのを感じ取りながらも、狭い足元をすり抜けることに成功した。

川 ゚ -゚)「……糞が」

背中に感じる殺意。
しかし、それで立ち止まることはない。
銃爪が引き絞られる音と銃腔が向けられている位置は、見るまでもなく分かる。
数発の発砲。

照準の修正は風切り音が知らせてくれる。
銃弾は面でもなければ、線でもない。
点での攻撃である。
攻撃速度が音速を越えるため、その射線上にいなければ攻撃を受けることはない。

跳弾先は音の響きが教え、空気の振動がブーンに正しい選択をさせる。

川 ゚ -゚)「このっ……!!」

憤りの声が聞こえ、跫音が近づいてくる。

川 ゚ -゚)「大人しく死ね!!」

(∪;´ω`)「お!」

658名無しさん:2023/10/30(月) 19:31:30 ID:tOv5UUqs0
頭を下げたのは、音や振動を感じ取った結果だった。
もしもこれがただの人間であれば、間違いなく彼の後頭部は飛び後ろ蹴りによって抉り取られていたことだろう。
暴風を思わせる轟音を響かせ、殺意の塊がブーンの頭上を通過していく。
一撃で位置が入れ替わったことにより、ブーンは足を止めざるを得なかった。

川 ゚ -゚)「首の骨を折るか、心臓を潰すか。
     それとも頭を抉るか、空から落とすか。
     選択肢をくれてやる。
     どれがいい?」

(∪;´ω`)「……どれも嫌だお」

川 ゚ -゚)「その選択肢はないんだよ、犬畜生が。
     私の問いに答える気がないのならば、お前をヒートの目の前で刻み殺してやる」

(∪;´ω`)「絶対に嫌だお」

川 ゚ -゚)「生意気さはあいつの真似か?
     いや、もういい。
     両手足を折って、ヒートの前で殺す。
     そうだな、焼き殺すのがいいだろう。

     火で焼かれる怖さをお前は――」

(∪;´ω`)「そんなの、怖くないお」

精いっぱいの返答だった。
今、自分に向けられる殺意の濃度はこれまでに感じたことがないほどの物だった。
嫌悪、憎悪、そういった感情が極限まで高まった別の何かと言っても過言ではない。
ここまでの感情は、これまでに味わったことのない物だった。

しかし。
恐怖を覚えるのは初めてではない。
命の危機を感じるのもまた、初めてではなかった。
ナイフで刺され、切られることも。

鈍器で殴られ、首を絞められ、殴られ、蹴られ、生きた的として銃弾を浴びせかけられることも。
笑いながら焼けた鉄の棒を押し付けられることも。
痛みは、十分に知っている。

(∪;´ω`)「怖いのは、何もできないまま死ぬことだお」

そして、ブーンは初めて殺意を込めて拳銃を構えた。
銃腔の先。
視線の先。
その先にある全てを殺すために、拳銃を構えたのだ。

川 ゚ -゚)「おいおい、そんなおも――」

659名無しさん:2023/10/30(月) 19:31:54 ID:tOv5UUqs0
言葉の途中で、ブーンは銃爪を引いていた。
銃弾は狙った通りに、訓練で培った射撃の精度と大差なく、相手の右目を撃ち抜く。
その、はずだった。

川 ※-゚)「……害獣風情が、やってくれたな」

右目は砕け、顔の皮が一部剥がれ飛ぶ。
皮膚の下に現れたのは銀色の骨格。
血液の代わりに火花と電流が見え隠れする。

(∪;´ω`)「……」

思った通りだった。
話す言葉に混じる僅かな機械音。
手足が動くたびに軋む金属音。
それが意味するのは、ブーンの命を狙う存在は生身の人間ではなく、機械であること。

漂う金属臭が何よりの証拠だった。

(∪;´ω`)「……やっぱり」

自分の手を汚さずに戦うという話は聞いていたが、この狭い機内でもその考え方は健在だった。

川 ※-゚)「この強化装甲は砕けなかったな。
     所詮は小口径。 さて、その武器が私に通じないことが良く分かっただろう?
     大人しく殺されろ」

(∪;´ω`)「嫌だお」

川 ※-゚)「死ね!!」

およそ人間離れした脚力による加速は、ブーンとの距離を一秒にも満たない時間でゼロにした。
加速によって破壊力を増したローキックがブーンの顔を襲う。

(∪´ω`)「……っ!!」

その動きに合わせて、ブーンは一歩だけ前に進んだ。
ローキックはブーンの体の横を通り過ぎ、ブーンは相手の懐に入り込む。
銃撃が効かないのならば、戦うことはできない。
股の間をすり抜け、ブーンは再び走り出した。

川 ※-゚)「すばしっこい!!」

踵を返してブーンを追おうとしたその顔に、二発目の銃弾が命中した。

川 ※- )「……糞!!」

660名無しさん:2023/10/30(月) 19:32:15 ID:tOv5UUqs0
遠隔操作をする棺桶が最も頼りにしているのは、視覚そのものだ。
自分の位置や相手の位置が分からなければ、どれだけ遠隔地から操作をしていたとしても、大した意味を持たない。
恐らくはこちらを油断させる為に人間と同じ姿をしている棺桶なのだろうが、それが仇となった。
ブーンは最初の段階で人間ではないことを看破し、目の形をしたカメラのレンズの厚みなどを推測していた。

(∪´ω`)

不思議な気分だった。
銃声はこれまで、恐ろしい物として認識していた。
しかし自分がそれを使うと、これほどまでに頼もしい物はなかった。
何故銃声が大きいのか、ブーンは唐突に理解した。

銃声とは咆哮なのだ。
獣が威嚇するのと同じように。
声を失った者でも何かを口にするために。
自分は無力ではないと叫ぶために。

川 ※- )「目がなくてもなぁ!!」

何かしらの手段でブーンを感知しているのか、一直線に迫ってくる。
速度はブーンの優に2倍はある。
振り返れば一瞬で追いつかれることは明白であり、ブーンは音を頼りに体を捻って回避行動に移る。
首根っこを掴まれそうになるが、代わりにブーンのローブが引き抜かれた。

その衝撃で転倒したが、すぐに立ち上がった。
一進一退の状況ではあるが、確実に操縦室に近づいているのは分かる。

川 ※- )「獣の居場所なんて分かるんだよ!!」

まだ何かのセンサーが生きているのだ。
機械が伝えられる情報には限りがある。
少なくとも五感の内、視覚と聴覚以外を伝える必要はほとんどない。
ならば、聴覚でこちらの位置が分かるのだろうか。

ブーンは棺桶の詳細を知っているわけではない。
その設計思想によって数多くの棺桶があり、それぞれの特徴がある。
それによっては、聴覚情報をブーンのように利用して相手の位置や動きが分かるのかもしれない。
知識があれば何かしらの答えが出たかもしれないが、ブーンは己の無知を嘆くようなことはしなかった。

今、彼は無知を知った。
ならば、次はそれを受け入れ、行動に生かすだけである。

(∪;´ω`)

相手の情報を得るために、ブーンは低空を這うように静かに後退した。

川 ※- )「それで誤魔化したつもりか!!」

(∪;´ω`)「……!!」

661名無しさん:2023/10/30(月) 19:32:39 ID:tOv5UUqs0
しかし、何一つ迷うことなく正確にこちらに向かって歩いてきた。
あまつさえ、傍らに設置されていた非常用の斧を手に取ってそれを振りかぶっている。
音ではない。
脳が即座に次の可能性を考える。

デレシアからもらったローブは防弾、防刃性に優れた物だったが、それを奪われた今ブーンは相手からの攻撃を受けることはできない。
腕が折れるだけならば経験があるからまだ耐えられるが、切り落とされてしまえばそれどころではない。
思考を加速させ、両目を失った棺桶が何故周囲の状況を正確に把握できているのかを考える。
聴覚ではない。

(∪;´ω`)「……お」

対強化外骨格用の銃弾をもってしてもカメラの破壊がやっとということは、それ以外の装甲はかなり強固なはずだ。
抵抗することが不可能な以上、逃げる以外の選択肢はない。
問題は、こちらが逃げ切れる算段がない事である。
ローブを地面に投げ捨て、ノイズの混じった声でブーンに殺意をぶつける。

川 ※- )「絶対に殺す!! 犬畜生の分際で!!」

操縦室に逃げ込めたとしても、勝機はない。
相手は全身が武器なのだ。
接近戦で噛みつきが通用することもなければ、人間の体が反射的に起こす反応もない。
つまり、付け入る隙がないということ。

川 ※- )「なぁっ!!」

ブーンの視界が一瞬だけ揺らめき、気が付いた時には、風と音が耳元を通り過ぎ、背後に気配があった。

(∪;´ω`)「?!」

腕に衝撃が走り、手にしていた拳銃を取り落とす。
そしてその隙に、ブーンは髪を掴んで持ち上げられてしまった。

(∪;´ω`)「〜っ!!」

一瞬、懐かしささえ覚える痛みがあった。
デレシアと出会う前には嫌というほどに味わった痛み。
痛みを和らげようと、毛髪を掴む手首を掴む。

川 ※- )「消えろ、この世界から!!」

それは一瞬のこと。
体がもの凄い勢いで振り回された次の瞬間、硬い壁に激突し、そのまま突き抜ける不思議な感覚があった。
砕け散る分厚いガラス片と共に、ブーンの体は機体の外に投げ捨てられていた。

(∪;´ω`)「ぐっ……ほ……あ……!!」

そして思い出したかのように感じ始めたのは、浮遊感と圧倒的な風圧。

川 ※- )「海の藻屑になれ!!」

662名無しさん:2023/10/30(月) 19:34:15 ID:tOv5UUqs0
一瞬で声が遠ざかる。

(∪;´ω`)「あ……!!」

巨大な機体が顔のすぐ横を通り過ぎて行く。
船上都市オアシズで感じた時の死を直感する感覚。
自然の摂理、物理法則の全てが死に直結する感覚だ。
灰色に染まりつつある空が視界いっぱいに広がる。

青空だったはずの空が徐々に限りなく黒に近い灰色に染まる光景は、唐突な夜の到来を彷彿とさせた。
瞬く間に機体はブーンから離れ、遂に、格納庫が通り過ぎて行った。

(∪;´ω`)「お……!!」

後は堕ちるだけ。
海面に叩きつけられ、死ぬだけ。
これで人生が終わる。
長い旅が、これで終わる。

(∪;´ω`)「や……やだ……!!」

夢中になって手を伸ばす。
しかしその手が何かを掴むことはなかった。

663名無しさん:2023/10/30(月) 19:34:36 ID:tOv5UUqs0
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                         ,'    j;;;;;{ /´  ̄ `ヽ
                         /      ;::;;;ノ ‘   .. -=、  }
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                           弋__;::イ⌒ヽヽ   \  \-、  |
                        /     _:, ∧∨ _}   } l  !
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(∪;´ω`)「……?!」

だが、その手を掴む者がいた。

(;゙゚_ゞ゚)「ったくよ、何やってんだよ!!」

それは、オサム・ブッテロだった。
高度のせいか、顔に血の気がない。

(∪;´ω`)「ど、どうして?!」

664名無しさん:2023/10/30(月) 19:34:58 ID:tOv5UUqs0
(;゙゚_ゞ゚)「そりゃこっちのセリフだ!!
    どうやってあそこに戻ろうか考えてたら、お前が飛んできたんだ!!」

オサムの左手は機体にまで伸びるワイヤーが握られ、右手はブーンの手を掴んでいる。
凄まじい風圧が二人を引き離そうとする中、オサムは大声で続ける。

(;゙゚_ゞ゚)「まぁいい!! とりあえず、急いであそこに戻れ!!」

(∪;´ω`)「はい!!」

戻る手段は一つしかない。
オサムが何かしらの手段で機体につなげた、約10メートルのワイヤーを辿っていく道だ。

(;゙゚_ゞ゚)「いいか、途中で振り返らずに行けよ!!」

(∪;´ω`)「はい!!」

オサムの体を伝い、ワイヤーに手を伸ばす。
張り詰めたワイヤーは一見すれば金属製だが、その張力に限界が来ていることが触れた瞬間に分かった。
彼に言われるまでもなく時間がないため、振り返る余裕はない。
正面から吹き付けてくる風に飛ばされそうになりながらも、ブーンは両手両足を使ってワイヤーを使って機体に戻っていく。

その背に向けられる視線の正体に、ブーンは気づいていなかった。

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                  从;;;;ド`¨¨` '´`ィ'モ・テァ;;;ハ;ノ
                  /,'ィ;;i`゙   ィ  j゙T7'ノィ;;レ'
                  ´ !ヘ;;ヘ. ヽ、____,|!i;;;{メ::レ!
                   八乂i、j!`¨†’,l!ソイノイ__,、,.-― 、
                     ,ィヘ 二三/ 〉='.:〃     ヽ
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――順調に遠ざかるブーンの背中を見て、オサムはようやく全身から力を抜くことが出来た。
格納庫から落ちたオサムは、だがしかし、万が一に備えてワイヤーをつないでおり、落下を途中で止めることができていた。
だがそれだけだった。
ワイヤーを手繰って戻るだけの体力も気力も、オサムには残されていなかった。

後は自然に死ぬか、それとも落ちて死ぬかを決めるだけとなっていたところにブーンが飛んできたのである。
手を伸ばしたのは無意識の行動だった。
伸ばしたところで届かないかもしれない。
掴んだところでワイヤーの耐荷重を越えてしまう。

665名無しさん:2023/10/30(月) 19:35:19 ID:tOv5UUqs0
それでも、目の前でブーンが落ちて行くのを見て過ごすことはできなかったのだ。
ブーンが細いワイヤーを懸命に伝って進む姿は、彼の選択が誤っていなかったことを示している。

(;゙゚_ゞ゚)「……あばよ」

ワイヤーとハーネスをつなぐ金具を、オサムは躊躇いなく解除した。
最期に見上げる空が灰色なのは、きっと、これまでの報いなのだろう。
最期に心に残された感情の正体を、オサムは知っていた。
まさかまだ自分にそのような感情が残されていたとは思っておらず、近づいてくる死を前にして、思わず苦笑する。

女も子供も、老人も殺してきた。
殺すことに抵抗はなく、殺されることには若干の抵抗があった。
まともな人生とは呼べない物であることは良く分かる。
もしも天国と地獄があるのならば、オサムは順番待ちの列に並ぶまでもなく地獄に行くことになるだろう。

最期の瞬間に自らが選んだ道は、決して死を前にしての奇行ではない。
ましてや地獄の苦痛を和らげようという浅ましさでもない。
極めて単純で、極めて強い感情がそうさせたのだ。
最期の瞬間にこうしてブーンを助けるために、きっと、自分の人生があったのだと思えるほどに強い感情。

(;゙゚_ゞ゚)「……デレシアを任せた」

海面に叩きつけられて即死する刹那、オサムはそう呟いたのであった。

666名無しさん:2023/10/30(月) 19:35:41 ID:tOv5UUqs0
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                                ゜
                              .        デ
                                       レ
                                       シ
                                O      ア
                                       を

                            o     任
                                  せ
                                。 た


                                    ,
                               ,,;;:'
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                               `゙;;;;;;, lノ.! /  ´   __∨///V{.///!
                          __--―\"''ー‐、 l ' i ト、  ,ィ〉-/////,V//{
                       __-=ニ/    ヽニヽ.  l/ ヽl∨ゝ>ー////////}ソ/!
                   __‐二/ ,       ,仁ニ,  '   'rV////////////////,j. ,
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どうにか格納庫に到着したブーンは、安全な場所まで這って進み、それからようやくオサムの方を振り返った。

(∪;´ω`)「お……」

そこに、オサムはいなかった。
力尽きて手を離したのか、それとも意図的に手を離したのか。
何故そうなったのか、理由が思いつくほどブーンはオサムの事を知らない。
知らないが、確かに言えることがある。

彼は、ブーンを生かした。
彼がいなければブーンは海の藻屑と化していた。
それはつまり、バトンが渡されたということを意味している。
生きてる者はそのバトンを次に渡す義務がある。

(∪;´ω`)「ヒートさん……!!」

667名無しさん:2023/10/30(月) 19:36:02 ID:tOv5UUqs0
走り出す。
オサムの消失に嘆いている時間はない。
今は、ただ、走るしかないのだ。
武器は残されていない。

立ち向かえるだけの十分な力もない。
一発逆転を狙えるだけの策もない。
だとしても、走るのだ。
否、だからこそ走るのだ。

狭い道を。
入り組んだ道を。
ヒートの匂いが強く感じられる場所を目指し、駆け抜ける。

(∪;´ω`)「お……!!」

道中、奪われたローブと落とした拳銃を見つけ、それを身に着けた。
ヒートもブーンも、目指す場所は操縦室だった。
彼女に会うためにはそこに向かえばいい。
二人が担う役割を果たすためには、そこに向かうしかない。

転びそうになりながら。
躓きそうになりながら。
それでも、ブーンは走った。

(∪;´ω`)「はっ……はっ……!!」

息が切れる。
人間以上の体力を持つ身ではあるが、酸素が薄い中での全力疾走は流石に厳しい物がある。
喉の奥に鉄の味を感じ取りながらも、足を前に運んだ。
やがて、曲がり角の先により強いヒートの匂いを感じ取り、その先に駆け込んだ。

ノハ<、:::|::,》『手前ら全員皆殺しだ!!』

その言葉はブーンが入るのと同時に、頭上から降りてきたヒートの口から発せられたものだった。
奇しくもヒートはブーンの隣に着地し、ブーンはヒートの隣で足を止めた。
しかし両者の視線は操縦室にいる人間達に向けられている。
武装した人間が20人。

その内4人は棺桶を装着しておらず、操縦席に座ったままだ。

ノハ<、:::|::,》『らあああああああああ!!』

まるで稲妻のように、ヒートが駆け出した。
蜘蛛の子を散らすように目の前にいた棺桶が散開し、収束する様にしてヒート目掛けて襲い掛かる。
左手が青白い電気を纏い、空間を切り裂くようにして一振り。
爪先が周囲を薙ぎ払った直後、力任せに何かを引き裂くような音が鳴り響き、辺り一面が白一色に漂白された。

(∪;´ω`)「わっ……!?」

668名無しさん:2023/10/30(月) 19:36:24 ID:tOv5UUqs0
次に目を開いた瞬間、ヒートに襲い掛かっていた棺桶が全て地面に倒れていた。
そしてその場にヒートはおらず、座席に着く生身の人間を襲っていた。

从´_ゝ从「ひっ!! うわおあああ!!」

回し蹴りが男の側頭部を襲い、頭だけが壁に飛んでいく。
死体を踏み台にし、別の男に襲い掛かる。
振り下ろされた踵が頭頂部を潰し、悲鳴にもならない声が上がる。
飛び出した両目が地面に落ち、光を失った虚ろな瞳がブーンを見つめた。

(∪;´ω`)「お!!」

そこでようやく、ブーンも動き出した。
今自分がやるべきことは決まっている。
この空間にいない、ヒートの母親の捜索である。
ブーンを落としたあの棺桶の匂いは感じない。

だが、別の匂いを感じる。
緊張、殺意、悪意、敵意、焦り、興奮の入り混じった複雑な匂い。
この部屋のどこからか、まだ姿を見せていない何者かの匂いを感じている。
そこに、ヒートの母親が隠れているはずだった。

ノハ<、:::|::,》『おらぁ!! さっさと来ないと全員落ちるぞ!!』

操縦士を守るため、ヒートに生き残った棺桶が雄叫びと共に飛び掛かる。
そこにブーンが介入する隙間はない。
ヒートを含めてこの場にいる人間が並々ならぬ経験を積み、技術を持っていることは一目で分かる。
例外はブーンと操縦士だけだ。

歯がゆさを感じながらも、ブーンは自分にできることを続けるしかない。
操縦室に満ちる様々な匂いは、換気システムによって毎秒変化している。
特にヒートの周囲に立ち込める匂いの主張が強く、狙っている人間の匂いを見つけることが出来ない。
拳銃を手に移動し続け、索敵を行う。

緊張状態にありながらも、ブーンは今の状況に喜びを感じていた。
これまで守られるだけだった自分が、ヒートの足手まといにならずにいる。
彼女の行動を邪魔せず、判断を全て一任されたというその事実が、ブーンに喜びと自信を与えた。

〔欒(0)ш(0)〕『ガキだ、ガキを盾にするぞ!!』

(∪´ω`)「お……!!」

その物騒な声が聞こえた時も、ブーンは焦らなかった。
自分がヒートの動きを抑制するために、人質にされる可能性は考えていた。
だからこそ、ブーンはその事態に陥ることだけは断固として拒否する用意と覚悟があった。
体を低くし、極限状態の前傾姿勢で走る。

〔欒(0)ш(0)〕『くそっ!!』

669名無しさん:2023/10/30(月) 19:37:40 ID:tOv5UUqs0
そして。
その前傾姿勢が、ブーンに手掛かりを見つけるきっかけを与えた。
僅かに嗅ぎ取った、この場にいない人間の匂い。
石鹸の匂いに紛れた女性の匂いだ。

(∪;´ω`)「……見つけた!!」

その匂いは、操縦室の奥にある扉にまでつながっていた。
目に見えない導を辿る様に、ブーンは走り続ける。

〔欒(0)ш(0)〕『まずい!!』

未だにブーンを捕え損ねている男が、明らかな狼狽の声を上げた。
ブーンの進む先に何か不都合な物があるのは明らかだった。
扉の前に辿り着いた時、扉が勢いよく開き、靴底がブーンの胸を強打した。

(∪;´ω`)「げふっ……あ……!!」

川 ゚ -゚)「……ここまで来たか、忌々しい駄犬が!!」

それは間違いなく、人間の声帯から発せられる殺意のこもった言葉だった。
背中から地面に激突しながらも、ブーンはすぐに立ち上がり、自分を追っていた男から逃げ出した。

川 ゚ -゚)「そんな女、にいつまで手こずっているんだ!!
     さっさと殺せ!!」

言葉の中に感じられるのは、明らかな焦りと憤りだった。
そこから分かったのは、目の前にいる女は戦いに慣れていないということ。
これまでは遠隔地から、もしくは直接的な戦闘はせずに過ごしてきたのだろう。
だからこそヒートの強さが分からず、部下に当たり散らしているのだ。

ノハ<、:::|::,》『やっと出てきたか、糞ババア!!』

四人目の操縦士を殺し終えたヒートが、心底嬉しそうな声を上げる。
それを聞いたヒートの母親は、濃厚な怒りの匂いをにじませて口を開く。

川 ゚ -゚)「畜生の分際で、よくもここまでやってくれたな」

ノハ<、:::|::,》『おいおい、まだ足りねぇよ』

残り二人となった棺桶持ちは、ヒートから露骨に距離を取って警戒している。
ブーンを追っていた男もいつの間にかその輪に加わり、攻撃のタイミングを窺っていた。
返り血で赤く塗装されたヒートの棺桶が近くにあった操縦席に左手を乗せ、電撃を放った。
機器から火花が散り、機内の照明が明滅する。

川 ゚ -゚)「……そんな事をしても、このスカイフォールは墜落しない。
     電子制御で常に安全が保たれている上に、高圧電流が流されたとしても安全装置が働いているから、すぐに再起動する。
     無駄なことをしたな」

670名無しさん:2023/10/30(月) 19:38:01 ID:tOv5UUqs0
ノハ<、:::|::,》『いいや、意味はあるね。
      手前はいつもそうだ。 焦ると嘘が出る』

ブーンは跫音を立てないよう、ゆっくりと移動を続ける。
今、この場の視線と注目は全てヒートが受けている。
その間にブーンが出来るのは、ヒートの援護だ。
跫音が一つ、この操縦室の前で止まったことをブーンの耳は聞き逃していなかった。

重みのある跫音、金属が揺れる音、男の荒い息遣い。
棺桶を装備した音が機会を伺い、ヒートに攻撃を仕掛けようとしている。

川 ゚ -゚)「お前も焦っているのだろう?
     長年の復讐相手が目の前にいるんだ、当然の――」

ノハ<、:::|::,》『――焦っちゃいないさ。
      ただ、嬉しいんだよ。
      ようやく手前を殺せるだけじゃなくて、手前の夢まで潰せるんだ。
      早く滅茶苦茶にしたくて仕方がないんだ。

      ここが手前の夢の終わりだ』

川 ゚ -゚)「いいや、ここはお前の最果てだ。
     お前の人生は、ここで終わる。
     私が終わらせてやる」

ノハ<、:::|::,》『今までみたいに逃げられねぇってのに、ずいぶん強気だな』

川 ゚ -゚)「毒虫が目の前にいたところで、人間は負けない。
     ただそれだけだ」

ノハ<、:::|::,》『その毒虫とやらに、お前のご自慢の部下は手も足も出ていないけどな』

川 ゚ -゚)「吠えるのは終わりか? なら、もう死んでくれ」

その言葉に合わせるようにして、扉の向こうから床を強く蹴る音が聞こえた。

(#'A`)「……っ!!」

無言で扉を押し開き、男は構えていたライフルの銃爪を引いた。
銃弾が放たれるのとほぼ同時に、ブーンも拳銃の銃爪を引いていた。
男の放った銃弾は3発。
ブーンの放った銃弾は1発。

(;'A`)「がっ……」

ノハ<、:::|::,》『ちっ!!』

671名無しさん:2023/10/30(月) 19:38:21 ID:tOv5UUqs0
ヒートに向けて放たれた銃弾は直線ではなく曲線を描いて進んだが、ヒートは既に着弾点から姿を消している。
そしてそれをきっかけに、残された三人の棺桶持ちがヒートに銃を向け、発砲を始めた。
制御盤を一時的に破壊されたことにより、銃撃による被害を考える必要がなくなっての事だろう。
ブーンの足元に膝を突き、男は腹を押さえていた。

(;'A`)「こ……ども……?!」

(∪´ω`)「……お」

恐らく、撃たれたのは初めての事なのだろう。
装填されている銃弾が対強化外骨格用の物だったため、男の着ていた防弾着は意味を成さなかった。
ヒートに銃口を向けた時点で敵であることは間違いないが、男からオサムの匂いが僅かに漂っていることが、ブーンから躊躇いを消した。

(∪´ω`)「……」

銃腔を男の頭に向ける。

(;'A`)「や、やめろ!!」

だが、銃爪は引かなかった。

(∪;´ω`)「……」

風が、確かにブーンの頬を撫でたのだ。
何かが静かに動き、男の頭を守る位置に動いた。
絶妙に景色に歪みが見て取れ、金属臭もする。
銃腔を向けたまま数歩下がり、ブーンは呼吸を整えた。

この男は、命乞いをしながらも平気で罠を張る人間だ。

(∪´ω`)「このままだと死にますお」

故に、ブーンは相手の油断を誘うことにした。
こちらを子供だと思っている間は、判断に隙が生じる。

(;'A`)「……子供が銃なんか使うんじゃない。
   そんなもの捨てるんだ」

(∪´ω`)「嫌ですお」

(;'A`)「君は人殺しになるべきじゃない」

(∪´ω`)「別にいいですお。
      何も出来ないより、何もしないよりもずっとずっといいですお」

(;'A`)「だからって、人を殺すなんて間違っている。
   君には未来が――」

その言葉に、ブーンは久しぶりに怒りを覚えた。
否、呆れと言ってもいい感情だ。

672名無しさん:2023/10/30(月) 19:39:19 ID:tOv5UUqs0
(∪´ω`)「間違っていないですお。
      僕は、未来のために人を殺しますお」

自分と同じ耳付きと呼ばれる人種が生存を許されない世界は、今の世界よりも最悪だ。
この男は哀れなことにも、奇麗ごとを並べてこちらが困惑すると思っているのだろう。
血らだけの手で、これから先、さらに多くの血で汚れる手で未来を語っているのだ。
その上で、ブーンに人殺しが間違いであると口にしている矛盾と滑稽さに気づいていない。

人を殺す。
誰かを殺す。
自分のために、他者の命を奪う。
そのことに対する躊躇いは、初めからない。

力が全てを変えるのが、この世界のルールなのだから。

(∪´ω`)「それに、僕の未来は自分で決めますお」

ブーンの手元から銃声が響き渡った時、彼の後ろで起きていた戦闘が終わりを迎えていた。

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ラヴニカで受けた改修は、レオンの性能を最大限に発揮させ、ヒートは思うままに動くことができていた。
放たれる銃弾の雨を潜り抜け、死体を盾にしながら一人ずつ杭打機で刺し殺していく。
彼らが選択した銃撃という攻撃は、確かに、近接戦闘の装備しかないレオンにとっては苦手な攻撃である。
しかしながら、ヒートが復讐を果たすために積み上げてきた研鑽と経験はそれを補って余りあるものだった。

殺された家族の復讐を果たすために殺しを学び、それを生かす相手に選んだのはヴィンスを牛耳るマフィアたちだ。
戦いの数と実戦性のある戦闘技術は、決して侮ることの出来ない物である
戦場格闘技を煮詰めたような近接戦闘もさることながら、素人故に予想のできない銃撃。
そうした死線を潜り抜け、仮とは言え復讐を果たしたヒートが後れを取ることはない。

〔欒(0)ш(0)〕『お……の……』

673名無しさん:2023/10/30(月) 19:39:45 ID:tOv5UUqs0
最後の一人が杭打機で心臓を吹き飛ばされ、小さく呟いた後、絶命した。
もう、銃声は聞こえない。

ノハ<、:::|::,》『どうした、あたしを殺すんじゃないのか?』

部下が戦っている間、腕を組んで静観していたクールの顔には明らかな怒りと動揺が浮かんでいる。
生身の人間だからこそ浮かべる感情の色。
感情が表に出た瞬間、ヒートはバイザーの下で笑みを浮かべた。

川 ゚ -゚)「……貴様」

ノハ<、:::|::,》『大義名分を掲げたところで、結局は力だ』

この世界のルールを変えるためには、現行のルールに従うしかない。
原初から続く、極めて分かりやすく平等なルール。

ノハ<、:::|::,》『言った通り、手前の夢はここで終わりだ』

川 ゚ー゚)「……っははは!!
     おめでたい奴だな、流石は犬畜生の遺伝子を持っているだけある!!」

ノハ<、:::|::,》『何?』

川 ゚ー゚)「仮にこのまま私達がここで死んだとしよう。
     だが、我々の夢は続いていくんだよ。
     すでに根は張り巡らされ、種も蒔いた。
     この作戦がどういう形で決着しようとも、我々が世界中に見せた一つの思想は生き続ける。

     つまりは無駄なあがきなんだよ。
     世界に我々の夢を見せた時点で、目的は達成されているんだ。
     お前のお友達のデレシアがどれだけ凄い奴だろうが、我々の夢は止まらない。
     残念だったな!!」

それを聞いて、ヒートは深く溜息を吐いた。

ノハ<、:::|::,》『はぁ…… それで?』

川 ゚ -゚)「強がりか?」

ノハ<、:::|::,》『あたしの目的は、別に世界をどうこうすることじゃない。
      これは、あたしの復讐が目的だ。
      親父とあの子の復讐を果たせればどうでもいい。
      ひとまず手前を殺して、それから夢を台無しにしてやるだけだ』

川 ゚ -゚)「お前の復讐など、何の意味もない。
     さぁ、やってみろ。
     こうして口をきいているのは、貴様を産んだ私のせめてもの情けだ。
     四の五の言わず、さっさと殺せばいい」

ノハ<、:::|::,》『あぁ、殺してやるよ』

674名無しさん:2023/10/30(月) 19:40:07 ID:tOv5UUqs0
一歩、また一歩と接近する。
左手を振り払い、付着した血を地面に飛ばす。
各関節の稼働を確認し、最後に大きく開く。
肉食獣の顎のような鋭さを保ちつつ、満開の花弁の様なで美しい形を形成した。

       This is from Mathilda.
ノハ<、:::|::,》『これは、あの子からだ』

囁くようにしてコードを入力した瞬間。
ヒートは音速に迫る加速を見せ、その五指でクールを壁に張り付けにした。

川;゚ -゚)「ぐっ……!?」

しかし、それはクールの命を奪うための一撃ではなかった。
奪いたかったのはあくまでも自由。
蝶の標本のように壁に張り付けにされたクールは四肢を動かそうとするが、深々と壁に突き刺さった爪が可動域を制限しているため、すぐに諦めた。

川;゚ -゚)「何故……」

ノハ<、:::|::,》『あたしは手前が黒幕だったって知ってから、ずーっと。
      ず―――――――――――――――――――――――と考え続けてたんだ。
      どうやって殺されるのが、手前にとっては辛いかってな。
      そこで考えた。

      何も出来ずに死ねばいい。
      無力さを痛感しながら死ね』

川;゚ -゚)「はっ、子供だな……!!」

人の殺し方と相手が受ける苦痛の度合いを、ヒートは良く知っている。
復讐の過程で得たその知識を生かして、クールが最も嫌がる殺し方を考え続けた。
その結果として導き出した答えは、生きたまま夢を奪われ、何もできないまま命を奪われるという死に方だった。

ノハ<、:::|::,》『あぁ、子供さ。 手前の子供だよ。
      ――あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

そう言うと、ヒートは脱皮をするようにしてレオンを脱ぎ捨てた。
通常の解除と異なるその動きは、レオンに備わった最後の武器の使用を意味している。

ノパ⊿゚)「なぁ、天国ってあると思うか?」

川;゚ -゚)「は?」

ノパ⊿゚)「随分昔にぶっ殺した奴が言ってたんだ。
    神の国、天国はあたしたちの頭上にあるって。
    ちょっと見てきてもらいてぇんだ」

675名無しさん:2023/10/30(月) 19:40:27 ID:tOv5UUqs0
ヒートはそう言いながら、操縦席に歩み寄る。
クールが言っていた通り、電流を流したにも関わらず、コンソールは何事もなかったかのように情報を表示している。
操作方法について全て情報が表示されており、素人であるヒートでさえボタンやパネルを操作すれば動かせるようになっていた。
操作性と利便性を追求した設計の致命的なまでの欠陥だった。

これがアナログの操縦桿であれば手出しができなかったが、デレシアから得たアドバイスのおかげもあり、苦も無く操作が完了した。
機首が急激に上を向き、足場が傾く。
血を潤滑油にして死体が滑っていく。

ノパ⊿゚)「……ブーン、帰ろう」

(∪´ω`)「はいですお」

ブーンの足元には、浅い呼吸をする男が転がっていた。
腹部から流れた血が大きな血溜まりを作り、その命が残り少ない事を物語っている。
男を一瞥し、ブーンはヒートの元に駆け寄ってくる。

(;'A`)「は……ぐ……っ……」

川;゚ -゚)「ここで死んでおいた方が幸せだったろうに」

クールの言葉を無視し、ヒートは近くの脱出用パラシュートを手に取る。
書かれている耐荷重量を確認してから背負い、ブーンを抱きかかえる。
ハーネス代わりに自らのローブで二人を強く固定し、それからクールを一瞥した。

ノパ⊿゚)「……」

川;゚ -゚)「……」

視線を交わした二人は無言だった。
ヒートは既にかけるべき言葉はかけ、これ以上何かを言うことはない。
非常用の脱出ハッチを開くと、強烈な風が吹き込んできた。

ノパ⊿゚)「しっかり掴まってろよ」

(∪´ω`)「お」

そして一歩を踏み出そうとした時、顔の横で火花が散った。

川;゚益゚)「死ね!! 死んでしまえ!!」

袖に隠してあった小型のグロックがヒートに向けられ、連続で銃声が響く。
これまでに見せたことのない、あまりにも醜い表情。
感情をむき出しにしたその表情は、正に、獣のそれと言っても過言ではなかった。
その様子を一瞬だけ見やり、ヒートは大空にその身を放り出したのであった。

676名無しさん:2023/10/30(月) 19:40:57 ID:tOv5UUqs0
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撃ち尽くしたグロックを手放し、クールは天を仰いで涙を一粒だけ流した。

川;゚ -゚)「畜生……!!」

高度が上がるにつれ、息が苦しくなる。
損傷したエンジンで更なる高高度を目指せば、待っているのは墜落か爆散のどちらかだけだ。
安全装置が働いてくれれば、どこかの段階で機体が水平になって安定するかもしれない。
ヒートがどこまで装置をいじったのかが分からない以上、何も楽観視できない。

川;゚ -゚)「おい、ドクオ。 まだ生きているな?」

(;'A`)「は、はい……」

ドクオ・バンズの返事は息も絶え絶えだったが、この状況を打破できる唯一の男の声としては十分だった。

川;゚ -゚)「私を助けろ」

(;'A`)「そうしたいのは……やまやまなのですが……
   もう……力が……」

川;゚ -゚)「お前の棺桶を使えば、この拘束を解けるはずだ。
     急げ……!!」

(;'A`)「分かりました……」

文字通り地を這いながら、ドクオがクールに近づいていく。
斜めになった床のせいで速度は出ないが、着実に希望が近づいてくる。
しかし、残りわずかに1メートルのところでその動きが止まった。

川;゚ -゚)「おい、何をしている!!」

(;'A`)「空が……」

677名無しさん:2023/10/30(月) 19:41:17 ID:tOv5UUqs0
川;゚ -゚)「あ?」

(;'A`)「空が……奇麗だ……」

いつの間にか、目の前に広がる空の色が灰色から黒に近い群青色へと変化していた。
星の輝きをはっきりと観測できるほどの景色。
だがしかし、それを堪能している暇などない。

川;゚ -゚)「そんなものはどうでもいい!!」

(;A;)「嗚呼……な……で……」

それを最後に、ドクオは言葉を発することはなかった。

川;゚ -゚)「この……役立た……ずが!!」

やがて、酷い頭痛がクールを襲った。
呼吸の数が増えるも、一向に楽にならない。
次第に意識が朦朧とし始め、見える空の色が黒に変わり始めた。

川;゚ -゚)「く……っ」

その時、彼女を拘束するレオンの爪から抜け殻となった本体のバッテリーに向かって信号が送られ、大爆発を起こした。
そして無人となったスカイフォールは機械制御によって姿勢を元に戻し、飛行を再開した。
それから数十分後、とある海域の上空に侵入したのを契機に、スカイフォールは突如として全ての電子機器の制御を失い、墜落し始めたのであった。

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――風が後ろから強く吹き付けている。
冷たい風をローブが遮断しているが、裾から入り込む冷気だけは防ぎようがない。
まるで風の布団に抱かれているかのような感覚に、空気の存在を実感する。
しかし、ブーンを抱きしめるヒートから伝わる温もりが、何よりも心地よく感じられた。

緊張状態から文字通り一気に解放され、こうして味わう時間に場違いながらも幸せを感じざるを得ない。

(∪*´ω`)

678名無しさん:2023/10/30(月) 19:41:39 ID:tOv5UUqs0
ヒートがいれば、怖い物はない。
その圧倒的な安心感はデレシアと一緒にいる時と同じだが、何か違う感情が自分の中にあることにブーンは気づいていた。
身を委ねることの喜びも、自分を大切にしてくれているという点でもデレシアと同じなのだが、何かが違うのだ。
ヒートから与えられる何かが、ブーンの心に温もりを宿してくれる。

その感情の正体を、ブーンはまだ知らない。
断言できるのは、その感情は極めて心地よく、気持ちのいい物であるということだけ。

ノパ⊿゚)

二人は無言のまま抱き合い、空を落ちて行く。
濃い群青色の空に別れを告げ、灰色の雲の隣を通り過ぎる時でさえ言葉はなかった。
あるのは温もりと優しさ、そして風の音。
息苦しさを感じなくなる頃には、二人は夜の様に暗い空の下にいた。

眼下には多くの船が並び、曳光弾が流れ星の様に行き来している。
イルトリアの沖合であることは間違いない。
冷たい風の中、ブーンの耳元にヒートの口が寄せられた。

ノパー゚)「ブーン……愛してるよ……」

背中に回された手に、優しく力が込められる。
まるで電流が走ったかのように、だが、温かな湯に包まれるような優しい温もりがブーンの内側からあふれ出した。
ブーンもヒートを抱きしめる手に力を入れる。

(∪*´ω`)「お」

その直後、パラシュートが開かれ、二人はゆっくりと降下を始めた。
二人を邪魔するものは何もない。
今、世界には二人だけなのだと錯覚するほどに、温かな気持ちになる。
愛しているという言葉の意味は、まだ分からない。

ペニサス・ノースフェイスから与えられた課題。
しかし今。
その断片が、感覚的にだが分かった気がした。

(∪*´ω`)

しばらくして、ヒートの手がブーンの背中から名残惜しそうに離れていく。

ノハ ー )

海上の一隻から、緑と赤色の信号弾が放たれた。
続けて照明弾が打ち上げられ、その下にいる巨大な船舶の姿を映し出す。
それは、イルトリア海軍の旗艦“ガルガンチュア”だった。
イルトリアに接近する多くの船舶に対して砲火を浴びせかけ、その圧倒的な存在感を見せつけている。

679名無しさん:2023/10/30(月) 19:42:01 ID:tOv5UUqs0
その全ての光景が、まるで花火を見ているかのようにブーンの目には映っていた。
銃声も、砲声も。
今は、何も怖くない。
深い愛情に抱かれながら、ブーンはヒートと共にイルトリア海軍の旗艦の甲板に降り立った。

――雨が、降り始めた。

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上空から接近してくる人間が友軍であることを確認したシャキン・ラルフローレンは、衛生兵を含めた部下を引き連れて甲板にマットを用意させた。
無傷なようであればいいのだが、たった三人で乗り込んでそのような都合のいい話はない。
照明弾と信号弾で誘導し、可能な限り無事に甲板に着陸できるように尽力する。
非常にゆっくりとした速度で甲板に近づき、マットの上に着地した。

着地、というよりは倒れ込む形だったが、すぐに彼の部下たちが抱き起しにかかる。
一瞬だけ歓声が上がるが、しかしそれは徐々に小さくなっていく。
まるで周囲の音が、その部分だけ削り取られたかのような静寂に包まれている。
シャキンが近づいていくと、部下の一人がそっと耳打ちした。

(-゚ぺ-)「……残念ですが」

最後までその言葉を聞く必要はなかった。
パラシュートとマットの中から、すすり泣く子供の声が聞こえている。
それは、あふれ出す何かを抑え込もうと懸命に努力している男児の声。
泣くまいと、声を出すまいとする、一人の立派な男の葛藤の声だった。

パラシュートが取り除かれ、マットの上に二人の帰還者が見えた。
ヒート・オロラ・レッドウィングと、ブーンだった。
そして、仰向けに倒れたヒートの胸の中で、ブーンが声を殺して泣いていた。

680名無しさん:2023/10/30(月) 19:42:41 ID:tOv5UUqs0
(∪;ω;)「うぐっ……うぐぅぅ……!!」

ノハ ー )

(`・ω・´)ゞ「……」

シャキンは、無意識の内に無言で敬礼をしていた。
軍人として長い間生き続け、戦い続けた彼にとって、最大級の尊敬を伝える方法が敬礼だった。
敬礼をしたのは、彼だけではなかった。
全てを察した彼の部下たちから、一人の例外もなく、同時に敬礼が続いた。

衛生兵が、眠るようにして息絶えたヒートの傍に膝を突き、この上なく神聖なものを扱うように脈を測る。
その顔には悲しみが感じられたが、確かな驚きも込められていた。
衛生兵がこのような状況でそのような反応をするのは、あまりにも異例なことだった。
それから、ゆっくりと周囲に状況を伝えた。

( 0"ゞ0)「……恐らくですが、背中に浴びた銃弾が原因で着地のしばらく前に死亡しています。
      医学的な死です。
      ですが……いえ、事実として、彼女は医学的死後も動いて、我々の目の前に現れました」

理由は分からないが、身に着けていた防弾のローブがブーンと彼女を結びつけるために使われているのを見るに、何かしらの覚悟を決めての行動だったのだろう。
銃弾からブーンを庇い、彼を生きて地上に戻すことだけを考えていたのだろう。
自らを盾にし、撃たれる覚悟を決めていたのだろう。

(`・ω・´)「……大した女だ」

死後もブーンを安全に届けるため、止まった心臓で動いたのだろう。
実際、それは奇跡ではなく、いくつもの実例が報告されている事象だった。
シャキンが読んだ文献によれば、遥か昔、捕虜を助けるために首を抱えて走った大将が存在している。
他にも、心停止後もなお手術を執り行った医者の実例など、数は多くないが確かな事実として記録されているのだ。

彼を守る為に、動くはずのない腕を動かし、この船に着陸させた。
それはもはや、科学的、医学的な知識や常識で語ることのできない領域の話だ。
その領域に存在する感情を、人はたった一言でしか表すことが出来ない。
それ以上の言葉がこの世に存在しないのだ。




ノハ ー )




――ヒート・オロラ・レッドウィングは、愛と死の両方を手に、満足そうな表情を浮かべていたのであった。

681名無しさん:2023/10/30(月) 19:43:03 ID:tOv5UUqs0
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      /´: : : : : :リハ!:::!:::!::::i!ヘ\\     / :! :〉/7:/ |:::!:ヽi:!ヘ/

Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rebalance!!編
第十六章 【 Love for Vendetta -復讐に捧げる愛-】 了

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682名無しさん:2023/10/30(月) 19:43:57 ID:tOv5UUqs0
大変長らくお待たせいたしました。
これにて今回の投下はおしまいです。

完結まで残り2、3話となりましたが、最後まで頑張る所存です。

質問、指摘、感想等あれば幸いです。

683名無しさん:2023/10/30(月) 21:33:22 ID:tcCfxP960
嗚呼ヒート……オサム……としんみりした気持ちになった
相変わらず熱量のすごい内容を乙!

684名無しさん:2023/10/30(月) 22:12:07 ID:0mawYBZY0
オツ


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