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Desperado Chariots

384 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:36:20 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「お仕事終わりですか?」


手際良く魚に包丁を入れながら、大将は気さくに話しかけてくる
閉店間際の一人客など、本来煩わしい存在だろうに、一片たりともそれを匂わせない辺り、仕事人としてのプライドと自信、そして客への感謝と歓迎を表している
飲食店を経営する者として、尊敬に値する職人だった


(´・ω・`)「ええ。少々難儀な仲間に手を焼かれまして」

( ゚д゚ )「心労をご察しします。はい、こちら旬のイサキの握りです」


カウンター越しから二つ並んで寿司下駄に置かれた光り物の握り。一つ手に取って醤油をチョンと付け、口へと運ぶと


(´・ω・`)「う〜ん……」


思わず唸りが出るほどの新鮮さと味が口から鼻へと抜けていく


(´・ω・`)「旨いですね」

( ゚д゚ )「ハハ。イサキも冥利に尽きるお言葉ですよ」

385 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:38:13 ID:9tcidWTk0
本心からの味の感想に気を良くしたのか、大将は次々と寿司を握っていく
同じく旬の車海老に、酢締めのキスの握り。芽ねぎの握りで口内をさっぱりとさせたところで、箸休めの茶碗蒸し
本八も酒が進むにつれよく口が回るようになってくると、自身も同じく飲食店経営者である身の上を吐露。同業者としての悩みや喜びを共有し、会話に華が咲いた


( ゚д゚ )「やはり寄る年波には勝てなくて、仕入れを業者に依頼するようにしたんですがこれがまぁー良い仕事してくれましてね。私がやってた時より良いネタを選んでくれるんですよ。こんな事ならもっと早いうちに頼んでおくべきでしたね」

(´・ω・`)「確かに、ここまで上等なネタはよっぽどの店じゃないとお目に掛かれないですね。しかし、葛藤もあったのではないですか?これは偏見かもしれませんが、職人はこだわりが強いと思っていましたが」

( ゚д゚ )「いやぁ、お師匠がその手の人間でね。激務が祟って早くに亡くなったんです。ですが、昔と比べて寿司職人の伝統や気質は随分と柔軟になりました。ネタどころか握ったシャリすら外注する店も少なく無いんです」

(´・ω・`)「時代ですね。俺達が常識と捉えていた考え方や仕組みは、若ぇモンがドンドン効率的に作り変えて行く。かつての俺らがそうだったように」

( ゚д゚ )「何を仰る。お客さんはまだまだ『作り変えて行く側』でしょう。はい、テキサス・ブロンコロールお待ち!!」

(´・ω・`)「なんかテリーマン宿してそうな寿司来た」


ネタには魚ではなく牛ひき肉、みじん切りにした玉ねぎとピクルスを酢飯で巻き、海苔の代わりとしてスライスチーズが使われている
早い話がチーズバーガーの具を巻き寿司にした一品だった。これまで普通の寿司だけ出て来たのにいきなりイロモノが出てきて本八は眉毛ハゲそうだった


(´・ω・`)「でも美味いんだよなぁ」

( ゚д゚ )「五割の確率で怒られますがね」

(´・ω・`)「出すのやめな???????????」

386 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:39:07 ID:9tcidWTk0
冗談のような寿司を挟みながら、定番のネタが次々と握られていく。本八も二本目のビールを注文し、顔に赤みが差し始めた


(´^ω^`)「ガハハハハハ!!!!大将も一杯どうでぇ!!!!奢らせてくれや!!!!!」

( ゚д゚ )「宜しいんで?」

(´^ω^`)「アンタが構わねえんなら幾らでも飲んでくれ!!」


大将はチラリと時間を確かめ、今日はこれ以上の客は来ないと判断したのか、そそくさと暖簾を下ろしに向かった


(´^ω^`)「……」


(´^ω^`)(よし)


『乗った』。釣り針にバシッと魚が掛かったような手ごたえを感じた。個人経営の飲食店、多少の『緩さ』がある
元より、この店の大将は閉店後に常連と飲むことがあるのは事前調査で確認済み
短時間の話術で『取り入れば』、このように人払いと交渉の場の用意を同時に行える

387 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:40:28 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「そんじゃ、失礼して」

(´^ω^`)「ほれほれぇ!!」


隣に座った大将のグラスに酌をする。白くきめ細かな泡が立つ黄金色の酒を、その日の労を洗い流すように豪快に喉を鳴らして飲み込んだ


(*゚д゚ )「っかぁー!!この為に生きてんだよなぁ!!」

(´^ω^`)「マジそれー!!そらもう一杯!!」


一杯目は景気づけ。二杯目は語らいの燃料として。本八の狙い通り、今度は味わうようにビールを飲む


(´^ω^`)「いやしかし、良い店を見つけられたぜ!!大将はいつから握ってんでぇ!?」

( ゚д゚ )「店を構えたのは二十年前だ。娘が産まれた年に一年発起してな」


互いに砕けた口調となり、本八は更に踏み込んでいく


(´・ω・`)「それまでは師匠の店で握ってたのかい?」

( ゚д゚ )「いや、色んな店を点々と渡り歩いていた。俺は他の職人と比べて、修行開始が遅くてな。とにかく早く一人前になる為に必死だったよ」

(´・ω・`)「するってぇと……歳にして二十後半辺りかい?」

( ゚д゚ )「鋭いな。二十六の頃に、さっき言ったお師匠の店に弟子入りしたんだ」

(´・ω・`)「脱サラ?」

( ゚д゚ )「……そんなとこだな」

388 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:41:39 ID:9tcidWTk0
大将は言葉を濁し、グラスに半分残ったビールを更にもう半分減らす


( ゚д゚ )「お師匠……叔父は厳しい人でな。何度も頭を下げに行ったよ。その度にこう言うんだ。『今まで遊んでいたようなガキに、寿司を握れるか!!』とな。根負けして俺を迎え入れてくれた後も、毎日のように怒鳴り散らされていた」

(´・ω・`)「脱サラなら、遊んじゃいねえのでは?それとも、叔父さんは寿司職人以外は仕事じゃねえと考えてるタイプだったのか?」

( ゚д゚ )「あー……何と言うか……人によっては、遊んでるようにしか見えない仕事だったもんで」

(´^ω^`)「おぉ!!納得したぜ!!大将もしかして、配信者かプロゲーマーだったりしたのか!?」

(;゚д゚ )「お客さん、探偵も兼業しているのか?さっきから的確に言い当ててくるな」

(´^ω^`)「俺そういうのすっきやねん!!結構有名だったんじゃねえの!?」

(;゚д゚ )「いやいやとんでもない!!少しの間頑張ってみたが、鳴かず飛ばずで終わったよ」

389 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:42:51 ID:9tcidWTk0





(´^ω^`)「そんなワケねえよな?」




.

390 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:43:33 ID:9tcidWTk0
突然の否定に、大将の身体はピキリと強張る。リセットされた思考が、疑心と共に本八の『仕込み』を読み解き始めた
酒を飲まされてから、過去を掘り下げるように会話を誘導されている。その節々で、歳や過去の職種を大まかながら言い当てている
そこから導き出される『答え』に気付いた時には、既に手遅れだった


(´^ω^`)「2089年。第十二回チャリオッツジャパンカップ。初の連覇が懸かった『トップ・ギア』は、無名のチームによって夢を断たれた」


(;゚д゚ )「……」


(´^ω^`)「トップ・ギアに『悪夢』を見せるほどの実力を持ちながら、たった一度の参戦でチャリオッツ界から姿を消した『幻のヒール』」




(´・ω・`)「鳴かず飛ばずとは言わせねえぞ?『アンラ・マンユ』のキャプテン『ヤクシャ』こと、三浦 紘一(みうら こういち)さんよ」




彼は、気前が良く親しみ易いこの客は、消したいほどの過去を辿ってやって来た者なのだと―――――

391 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:44:47 ID:9tcidWTk0
(;゚д゚ )「な……」


『何の話だ?』と、惚けようとして、無駄な足掻きになるだろうと頭を振った。下手な芝居で追い返せるような相手ではないと悟ったのだ
勢いづける為に、グラスに残ったビールを一口で飲み干す。仕事終わりの美酒だった筈だが、瞬く間に『苦汁』となって胃に落ちた


( ゚д゚ )「……どうやって探り当てた?『アンラ・マンユ』は全員がマスク・プレイヤーだった。これまで正体を暴かれたことは無かった」


『マスク・プレイヤー』。覆面プロレスラーのように、覆面を被ってチャリオッツをプレイするチームの総称だ
キャラクターを立たせる要素としては勿論、プライベートに干渉させない為の措置として正体を隠す者も少なくない


(´・ω・`)「これでも金持ってる方でね。割と早い段階で正体は掴めてたよ」


そう言って差し出されたビール瓶に、三浦は首を振って拒絶をする。今は気持ちよく酔える気分ではなかった


( ゚д゚ )「何が目的だ?」

(´・ω・`)「俺らのコーチをお願いしたい」


互いに老練。無駄なやり取りなどせず単刀直入に言葉を交わす。三浦は疲れと頭痛を誤魔化すように目尻を摘み揉んだ


( ゚д゚ )「ここは寿司屋だ他を当たれ」

(´・ω・`)「他じゃ無理だ。今年のジャパンカップに間に合わない」

( ゚д゚ )「何故だ?」


説明が無くとも、三浦の『何故』には複数の意味を孕んでいるのが分かった。本八は順に訳を話す


(´・ω・`)「時間が無い、ジャパンカップ優勝経験の持つ指導者が欲しい、俺がアンラ・マンユのファンだから。以上の理由からアンタしか該当者がいない」

( ゚д゚ )「……最後に関しては、光栄と言っておこう」

(´・ω・`)「後でサインください」


マジなのかふざけてるのか分からなかった

392 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:48:01 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「しかし最初のは解せないな。ジャパンカップは一年に一度、大晦日に開催される人気行事だ。何も今年じゃ無くても良いだろうに」

(´・ω・`)「いいや、今年でないといけない。トップ・ギアの三連覇が懸かった今年でないといけないんだ」


ジャパンカップ過去四十三回の歴史の中で、『三連覇』は前人未到の偉業とされている
そこに王手を掛けたのが、トップ・ギア所属のマスク・プレイヤーチーム『クワイエット』である
『今年でないといけない』と言った男の狙いは、ファンならば誰もが夢にまで見る歴史的快挙の阻止


もう一度トップ・ギアに『悪夢』を見せるのが目的なのだ


( ゚д゚ )「……」


『寝言をほざくな』。そう切って捨てられなかったのは、客商売で磨いた慧眼が、目の前の男が『ガチ』なのだと見抜いてしまったからだ
不幸なことに、三浦は真面目であった。相手が気に食わなければ、深く慮ずに罵り喧嘩腰になる『江戸っ子』に似つかわしくない寿司職人だった


( ゚д゚ )「何故だ?」


今度は、たった一つの意味しか持たない『何故』。どうしても阻止しなければいけない理由があるのかと問うた


(´・ω・`)「アンタが見た景色が見たい。それだけよ」


(;-д- )「っ……」


『単純』が故に、拒絶が効かない。この身勝手を押し通す客には、やると言ったらやる『スゴ味』があった。徐倫の可能性がある
ギュウと瞑った瞼の裏では、本八が望む『かつて見た景色』が鮮明に映し出される。当時、禁じ手と呼ばれたアビリティを使ってまで掴んだ勝利だった
その先に待っていたのは、数万を超える観客からの失望と罵声。偉業を阻んだ代償は、若き日の彼らには耐え難い苦痛であり、チャリオッツの表舞台から姿を消すには、十二分の理由であった

393 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:49:45 ID:9tcidWTk0
(;゚д゚ )「……そんな良いものでは無いさ」

(´・ω・`)「そうか?俺の目には最高の景色に映った」


忌々しい記憶も、見る者によって価値を変える。本八もまた、幼心に味わったあの瞬間を、昨日のように思い出せた


(´・ω・`)「ファイナル・ステージ、『スローン・オブ・バレー』。2000メートルの直線コース。アンタは接触したトップ・ギアの車体を、当時調整ミスのアビリティと呼ばれた『ショット・パージ』で攻撃した」


チャリオッツの装甲は、ダメージ蓄積量やジョッキーの負担軽減を鑑みて、キャプテンの裁量で外すことが出来る
外した装甲は当然ステージに残り、後続の妨害としても活用可能である
『ショット・パージ』は、文字通り装甲の一斉解除に『散弾』のような威力を付加したアビリティであり、実装当時は軽車両を軽く吹き飛ばせる威力を誇っていた
当然、装甲を全て解除するのだから防御力は格段に落ちる。しかしそのデメリットすら、『ラストスパート』における妨害と速度の向上という大き過ぎるメリットに比肩出来るものではなかった
ともすれば『チート』とも呼ばれかねない壊れアビリティ。強すぎる力は、万人にとって忌み嫌われる存在となった
その暗黙の共通認識は、プロプレイヤー間にも浸透しており、ファンからの批判を恐れて使用するチームはほとんどいなかった


(´・ω・`)「あの一撃は車体の破壊にまで到らなかったが、ジョッキーへ揺さぶりを掛けるには十分だった。トップ・ギアはラストスパートの速度が伸びず、寸での所でアンタらに玉座を譲った」

(;゚д゚ )「……」

(´・ω・`)「『禁忌』と呼ばれたアビリティ。だが公式がその口で禁止を告げたわけじゃない。ガキの俺にだってわかるぜ。あれは堂々たる勝利だった」

(;゚д゚ )「……世間はそう認めたワケじゃない」

(´・ω・`)「……アンタら、名前の割に繊細だったんだな」

394 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:51:04 ID:9tcidWTk0
(#゚д゚ )「何がわかるッ!!!!!」


ドンとカウンターに拳が振り下ろされ、ビール瓶が怯えるように震えた。万人から悪意を向けられた者にしか理解出来ない心傷は、三十二年の月日をもってしても癒されはしなかった


(#゚д゚ )「俺たちは正々堂々戦って、祝福されるべき勝利を手にした!!手にした筈だった!!ああ、馬鹿馬鹿しいと今でも思うさ!!『強いアビリティを最高のタイミングで使用しただけ』で、何故あれほど責められねばならないんだとな!!」

(#゚д゚ )「程なくして理解したよ『それがチャリオッツの世界』なのだと!!結局は人の数が物を言うんだ!!例え白でも奴らが黒と言えば、そう染まってしまうんだと!!」

(´・ω・`)「でも『勝っただろう』」

(#゚д゚ )「あの勝利に誰が価値を見出したと言うんだ!!」

(´・ω・`)「なんだ、アンタ目が悪いのか?」



(´・ω・`)「ここに一人いるだろうが」

(;゚д゚ )そ「ッ!?」



三浦は、心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥る。過去の闇に囚われて、目の前のファンを名乗る男の姿が見えていなかった

395 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:52:01 ID:9tcidWTk0
(´・ω・`)「非難だけじゃなかった筈だぜ。当時のトップ・ギアは、アンタの判断に賞賛を贈り、誹謗中傷を行うファンに苦言を呈した。俺のように心動かされた人間だって少なく無い」

(´・ω・`)「正真正銘、『強い』プレイヤーだったからこそ、俺はアンタに指導を頼みたいんだ」


あの日、称号よりも賞金よりも欲しかったものが、三十二年の時を越えて今、名も知らぬファンから与えられた


間違いではないと、お前の強さは本物であったと、ただ『認めて欲しかった』


( ゚д゚ )「……」


カウンターに振り下ろした拳は、知らぬ間に解けていた。あの日のトラウマが癒えたワケではないが少なからず


( ゚д゚ )(参ったなぁ……)


気持ちが軽くなったのは事実だった

396 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 21:58:43 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「……幾つか問いたい。お前さんは日本中の嫌われ者になる覚悟はあるのか?」

(´・ω・`)「それが目的だ。最強のチームの三連覇を阻み、日本中に吠え面かかせてぇんだよ」


『ロクでもない動機だ』。呆れつつも、自分が蒔いた種を前に苦笑いをする他なかった


( ゚д゚ )「チームメイトは承知の上か?」

(´・ω・`)「無論。ガンナーのデブガキは華々しい復帰を目指して。ジョッキーのイカレ野郎はそもそもトップ・ギアなんて眼中にねえ」

( ゚д゚ )「強いのか?」

(´・ω・`)「どっちも才能の塊だ。だが両者とも問題がある。デブは『そいつ』に胡座を掻いてるし、イカレはその逆で『足りない』とオーバーワークを繰り返している」

( ゚д゚ )「お前さんは?キャプテンとして彼らを御せるほどの実力はあるのか?」

(´・ω・`)「俺ァほとんど未経験よ。あるのは金と、三十年以上待ち望んでいた夢への渇望だけだ」


クセのある二人と、降り積もった夢への狂気を抱く男。三浦は白髪混じりの顎髭を摩りながら、不覚にもこう思ってしまった


( ゚д゚ )「『面白い』」

397 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:00:01 ID:9tcidWTk0
(´・ω・`)「そろそろ良い返事を聞かせて貰いたいね」


自分にしては珍しく、『真摯』だけで挑んだ交渉。陥落は目前だ。だが三浦が放った次の言葉に、その確信はいとも簡単に瓦解する


( ゚д゚ )「残念だが、私は面倒を見れない」


(;´゚ω゚`)そ「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!????????????????」


それは、それは


(;´゚ω゚`)そ「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!????????????????」


大きく、大きく、店の外まで響き渡る悲痛な叫びだった


(;´゚ω゚`)そ「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!????????????????」


しつこかった

398 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:00:51 ID:9tcidWTk0
川;゚ -゚)そ「お父さん!?」


クソうるせえクズの叫び声を聞いたのか、引き戸を勢いよく開けて黒髪の若い美女が店内に飛び込んでくる。父親譲りの目力の強さが、近寄り難い魅力を強調していた


(´・ω・`)「あ、お邪魔してます」

川;゚ -゚)「え、あ、はい……」


何事も無かったかのように挨拶するクズに拍子抜けしたのか、ポカンと口を開けて会釈を返す


( ゚д゚ )「娘の空流(くうる)だ。おかえり」

川;゚ -゚)「た、ただいま……何かあったの?」

( ゚д゚ )「いや、何でもないよ。済まないが、帰りはもう少し遅くなる。夕食は裏に用意してあるから、食べて待ってなさい」

川;゚ -゚)「わ、わかった……」


空流と呼ばれた娘は、本八に訝しげな視線を送りながら再び会釈をして厨房裏へと向かっていく
彼女が姿を消して少し待ってから、本八は会話を再開した


(;´゚ω゚`)「可笑しいじゃん今の絶対『オッケーグーグル』って流れだったじゃん!!!!!!!!」


<ご用件を、お伺いします


i-ringが反応した


( ゚д゚ )「話は最後まで聞け。私よりも適任がいるんだ。彼に任せた方がきっと上手くいく」


<話は最後まで聞け の 検索結果を表示します


I-ringがブラウザホログラムを映し出した


(;´゚ω゚`)「いやでもだってさぁ!!!!!!」


本八は鬱陶しそうにそれを消しながら尚も食い下がった

399 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:02:32 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「聞くが、二人は学生か?」

(;´゚ω゚`)「デブガキは引きこもりの高校生だがイカレブサイクはウチの社員だよ!!!!!それよりなんでやってくれないの!!!!?!!!やってやってやってよぉ!!!!!!!」


本八は駄々を捏ねながらビール瓶を手に取り、残りを一気にラッパ飲みした


(´・ω・`)「それがどうした?」スン

(;゚д゚ )そ「うおお急に落ち着くな気持ち悪い!!」


緩急つけた情緒の狂い方にビビり散らかしながら、三浦は話を続けた


( ゚д゚ )「いいか、ジャパンカップまで時間が無い。お前さんの目的は、トレーニングの見直しと、更なる実力の向上だろう?だったら短期集中で臨んだ方が良い。一カ月ほどまとまった時間を用意できるのがベストだ」

( ゚д゚ )「私は見ての通り働いている身だ。つきっきりで面倒は見きれない。だったらいっそのこと、『専門家』に任せるべきだ」

(;´・ω・`)「オイ俺ァその『専門家』とやらにゃ荷が重ぇと思ったからわざわざアンタを訪ねたんだ……」

( ゚д゚ )「私の推薦でもか?」


自信に溢れた物言いに、本八は珍しく言葉に詰まる
憧れの人物が認める『指導者』。興味がないと言えば嘘になる


(´^ω^`)「その言い方はズルいぜ」


結局、本八は折れた

400 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:04:05 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「二人のデータはあるか?」

(´・ω・`)「録画を送る。必要ならスリーサイズも用意するが」

( ゚д゚ )「それはいらん」


マジで世界で一番無駄なクソゴミ情報だった。本八から送られたのは、先日の蟒蛇とのプレイ映像


( ゚д゚ )「なるほど、彼らか」

(´・ω・`)「ご存知で」

( ゚д゚ )「ニュースサイトでチラリと目にしただけだ。詳細は知らん。ライターの過大評価の可能性だってある」

(´・ω・`)「それは得と御覧じろとしか言えねえなぁ」


自信に溢れた本八に微笑を溢しつつ、三浦は手癖で鼻髭を摩りながら、見極めるように映像を眺めた
試合開始直後、徳雄の力ある体当たりが、蟒蛇六番隊の車体を横転させる


( ゚д゚ )「……突発力は十分、だが粗が目立つ」

(´・ω・`)「ジョッキーの宇都宮はチャリオッツ未経験者だ。だが身体は仕上がってる。攻撃主体の走りなら見ての通り蟒蛇にも劣らねえ」

( ゚д゚ )「ビギナーズラックで勝ち上がれるほど、ジャパンカップは甘くない。その認識は今のうちに改めろ」


本八は肩をすくめ、再び映像へと戻る。六番隊が仲間割れで撃破され、一騎討ちに持ち込まれる

401 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:07:18 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「……」

(´・ω・`)「……」


追い込まれるブスとデブ。七番隊の砲撃で宙を舞う


(;゚д゚ )そ「ッ!!」


瞬きほどのワンチャンス。6shooterが四連撃の火を噴いた
七番隊の車両はど真ん中を撃ち抜かれ大破。程なくして試合終了のコールが鳴り、映像は途切れた


(;゚д゚ )「……凄いな」


ジャパンカップの頂に立った男ですら、認めざるを得ない『神業』。ボソリと呟いた感嘆に、本八は満足気に鼻息を吐いた


(´^ω^`)「ガンナーの内藤はね、痩せる気無いんすわ」

(;゚д゚ )「ああ……それは……『大問題』だな……」


戦略の都合上、装甲やアイテムには妥協が出来ない点も出て来る
だがプレイヤー自身の体重であるならば、ゲームシステムに影響を及ぼさず負担軽減が可能となる
事実、ジョッキー以外の搭乗者をウエイトの軽い女性で占めるプロチームも存在する。それ程に、『重い』というのはネックになり得るのだ


( ゚д゚ )「……素質は、間違いなくあるな」

(´・ω・`)「当然だよ」

( ゚д゚ )「……」


三浦はコツコツと指でカウンターを叩き、頭の中で鍛錬ひ必要な勘定を弾き出す
一人は未経験、一人は早急なダイエットが必要。『彼』に任せると言った自分の判断には間違いない
『一カ月』。この期間を乗り越えられるのならば、彼らは間違いなく今年のダーク・ホースと成るだろう


それには一つ、本八に確かめねばならない点があった

402 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:08:44 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「彼らは」

(´・ω・`)「うん」


『彼』の訓練は本来、有望な若者を更に『ふるい』に掛ける為の試練だ
海兵隊の志願者のように、途中でリタイアする者も数多い。だからこそ、ここで確認せねばならない


( ゚д゚ )「地獄を乗り越えられる精神力があるか?」


何が無くとも、心は強くあらねばならない。それは訓練に耐え得る力でもあり、勝利への意志であり


事を成し遂げた後に訪れるであろう『悪意』を跳ね除けられる強さでもあった


(´・ω・`)「宇都宮は問題ねえ。自分から喜んで地獄に足を踏み入れる奴だ。だが……」


懸念はやはり、あまえんぼうデブである。軽い運動ですら音を上げるようなカスオタクにとっては、地獄の業火はさぞかし熱いだろう
それでも乗り越えてくれねばならない。文彦はまだ子どもだが、既に『大人』への準備期間に入っている
例えどんな責苦に遭おうとも、乗り越えられる強さを身に付けて貰わねばならない。それが人生を生き抜く力にも繋がるのだから


(´・ω・`)「……確かに内藤は未熟モンだ。その分、伸び代があるとも言える。俺はあいつの成長を信じるしかねえ」


不安材料は残るが、結局はやるしか無い。やらねば、彼らは偉業阻止へのスタートラインにすら立てやしない

403 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:10:15 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「……あい分かった」


大化けの可能性が少しでもあるのなら、地獄への挑戦に損は無い。三浦は二人を束ねるキャプテンの『信頼』に賭けると決めた


( ゚д゚ )「手配しておこう。其方は……そうだな、最低でも八月は丸々抑えておけ」

(´・ω・`)「恩に着ます」


深々と下げられた頭に、三浦は『やめてくれ』と制止する


( ゚д゚ )「礼など必要ない。私はただ仲介するだけで、キミ達の面倒を直接見るわけじゃないからな。それに……」

(´・ω・`)「それに?」

( ゚д゚ )「私には、『クワイエット』が負ける姿を想像できない。だから、激励と『仕返し』を込めてこう言ってやろう」


三浦は空のグラスを本八へと掲げ、不敵に口角を上げた


( ゚д゚ )「精々頑張れ、チャレンジャー」

:(;´・ω・`):「ッ!!」


本八は思わず身震いをした。子どもの頃からの憧れの存在が認める、日本最強のチーム。それに挑むという実感が、全身を駆け巡った


(´^ω^`)「上等だよ」


残り半年という僅かな期間がもどかしくなるほどに、楽しい時間へとなる。そんな確信も引き連れて

404 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:11:17 ID:9tcidWTk0
( ゚д゚ )「本戦でキミらの姿を目にするのを、愉しみにしているよ。ところで……」


話はまとまったが、二人にとって肝心な情報が共有されていなかった


( ゚д゚ )「今更だが、名前と連絡先を教えて貰ってもいいか?」


気が急いて、うっかり自己紹介もまだだったと思い出す。本八は額をペシンと叩くと


(´^ω^`)「アッチャー!!イッケネ!!俺としたことが!!」

(´・ω・`)「申し遅れました。私、参羽鴉グループ代表取締の『大潮 本八』と申します」


ビッグネームと共に、背筋をピンと伸ばして名刺を差し出したのであった


(;゚д゚ )「は……?」


これまで話してた相手の社会的地位の高さに、一介の寿司職人が暫く呆然としたのは、言うまでもなかった

405 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:13:19 ID:9tcidWTk0
―――――
―――



数日後、徳雄が勤務するOHANAMIにて


(´^ω^`)「合宿をすんぞ!!!!!!!!!!!!」


夏合宿の実施を関係者に伝えた


('A`)「はぁ……合宿」

( ^ω^)「団子美味しいお!!!!!団子美味しいお!!!!!!」


店長の榊原は思った。『いつもいつもここでミーティングすんのやめてくんねえかな』と


(;@з@)「随分性急な話でありますな。しかし合宿!!スポ根には欠かせないビッグイベントであります!!」


店長の榊原は思った。『ブスばっか増えてるな』と

406 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:15:03 ID:9tcidWTk0
('A`)「いつから始めんのか知らねえけど、夏は稼ぎ時じゃねーか。長い期間店を空けてらんねーぞ店長アレなんだから」

;;;;|;,'っノVi ,ココつ「宇都宮???????」

('A`)「あ、すいません店長。店長がコレだぞ?」


榊原は泣いた。お前目ぇどこ?????????


(´・ω・`)「オメー何の為にここの人手増やしたと思ってんだ。なぁ!!莉花ちゃん!!」


<はいはーい


⌒*リ´・-・リ 「お呼びですか?」


名前を呼ばれて飛び出てパタパタと可愛らしい急足で現れたのは、つい先日配属となった『高梨 莉花』(たかなし りか)であり、徳雄が教育係として指導している新人だった


(´^ω^`)「どうでぇこいつの指導はよ!!セクハラされたらすぐ俺に言うんだぞ!!ぶっ殺してやるから!!」

⌒*リ;´^-^リ 「アハハ……良くして貰ってますよ」

(´・ω・`)「そんなワケなくない?????なんか弱みでも握られた?????話聞くよ今晩食事でもどう?????」


ハゲの拳がクズおじさんの顔面にめり込んだ


(´・_ゝ・`)「申し訳ない。良く教育しておくから」

(´メ)ω(メ`)「今のは俺が悪かったけど暴力はもっと悪いだろハゲ死ね」

⌒*リ;´・-・リ 「その人本当に社長ですか?????」


累計で千回くらい聞かれた質問だが、残念ながら社長であった

407 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:17:40 ID:9tcidWTk0
('A`)「その合宿期間ってどれくらいだよ」


茶番に付き合ってられないと、テーブルに肘を突いてぶっきらぼうに言い放つ
その間デブはずっと団子を豚のように醜く貪ってた。千尋もほっといて帰るレベルだった


(´・ω・`)「八月」

('A`)「お盆期間か?」

(´・ω・`)「いや一カ月全部」

(;'A`)「ちょっと待てふざけんなオイ」


実に長すぎた、余りにも長すぎたってなるレベルの長期合宿期間だった。裏切りクソ眉毛の可能性がある


(;'A`)「一カ月も無給で居ろってか!?」

(´・_ゝ・`)「いや僕も流石に長いと進言したんだけどね。チャリオッツ優勝経験者お墨付きの指導者が居るって聞かないもんだからさ」

(;'A`)「だからって社会人を一カ月丸々スポーツ合宿に費やす経営者がいるかよ!!!!!!!学生の夏休みじゃねーんだぞ!!!!!!」


ご尤もである


(´^ω^`)「大丈夫だよな榊原!?」

;;;;|;,'っノVi ,ココつ「え?い、いや、困……」

(´・ω・`)「大 丈 夫 だ よ な ?」

;;;;|;,'っノVi ,ココつ「店は俺に任せて頑張って来い宇都宮!!!!!!」

(#'A`)「屈してんじゃねえプライドねえのか!!!!!!!」


社長から脅されクソ恐い部下に怒られ榊原はもう嗚咽出る寸前だった。お前口どこ????????

408 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:18:46 ID:9tcidWTk0
(´・_ゝ・`)「一応、今回の合宿は社長命令だからね。給料は発生するし出張手当も出す。この店も余所からヘルプを送るから人手の心配もしなくていいよ」


至れり尽くせりだった。そこまで言われちゃ真面目なブサイクも溜飲を下げる他なく


(;'A`)「ああもう……わーったよ……」


納得いかない点もあったが、一先ず了承した


(´・_ゝ・`)「文彦くんも良いね?」

( ^ω^)「お??????何が??????」

(´・_ゝ・`)「だから、八月中は合宿に参加するって事」

( ^ω^)「一泊二日?」

(´・_ゝ・`)「耳に脂肪つまってんのかデブ。一カ月っつっただろ」

409 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:19:14 ID:9tcidWTk0





( ^ω^)




.

410 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:20:14 ID:9tcidWTk0




(# ゚ω゚ )「良いわけねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーだろハゲ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」




大絶叫だった

411 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:22:07 ID:9tcidWTk0
(# ゚ω゚ )「は!!!!!!??????八月!!!!!!!!???????全部!!!!!!!!!!?????????」

(;'A`)「おいどうした文彦?なんでそんな狼狽えてんだ?」

(;@з@)「宇都宮氏。これには海溝より深いワケがあるのでござる」

(;'A`)「なんだ?試験か何かか?」




(# ゚ω゚ )「ミセリのサマーフェスに行けねーーーーーーーーーーーーーーーーーだろが!!!!!!!!!!!!なんでそんなクソ合宿に参加しねーといけねーーーーーーーーーんだお!!!!!!!!!!!」




('A`)「ええ……」


干上がりかけの水たまりくらい浅い理由だった


(´・ω・`)「先月行ったじゃねーか……」

(# ゚ω゚ )「こっちはマジガチのビッグイベントなんだお!!ライブ、ゲーム実況、他社Vアイドルとのバラエティ企画!!三日かけて行われるミセリの祭典!!折角チケット抽選戦争に勝ち抜いたってのに余計なことすんなお!!!!!!!!!」


幾らなんでもキレすぎだろと、顔に似合わずオタク文化に疎い徳雄は思ったが
各々の予定も確認せず急に『来月丸々合宿期間なwwwwwwwwwwwwww』とかほざくクズが十割悪いんで特に止めはしなかった


('A`)「お茶うま……」


そもそも文彦のミセリ狂いに関わるのが面倒だった

412 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:23:57 ID:9tcidWTk0
(;@з@)「大潮殿、この沙汰は余りにも酷でござる。なんとかその三日間だけでもご都合つけてやっては戴けませぬか?」

(´・ω・`)「まぁ……出来るっちゃ出来るんだけどよ……場所が場所だから行き帰り合わせて四日か五日みねえといけねえ」

( ^ω^)「なぁんだ!!初めからそう言ってくれお!!」

(´・ω・`)「……」

(;^ω^)「え?何その無言?まさか面倒だから嫌とは言わないおね?こっちは頼まれてチームに参加してやってる身なんだから、当然だおね?」

;;;;|,'っノVi ,ココつ「宇都宮、このデブと組んで本当に大丈夫か?」

('A`)「え?あ、はい。本人がこう言ってんだから大丈夫なんじゃないですか?自分でダイエットもするでしょうし、合宿に参加しなかった分もキッチリ埋め合わせするでしょう」

( ^ω^)「いやー!!とっくんはわかってるお!!そうそう!!ボクはやれば出来る子だって昔から評判なんだから!!」


今までやってねえクズの言い分だった。榊原は『ダメじゃん』と思った


(´・ω・`)「そう、だな……」


本八はしばし考える『フリ』をした。元よりデブの都合の為に合宿を中断させる気は無い
一分一秒でも長く地獄の業火で心身共にまとわりつく脂肪を焼き尽くさねばならないのだ
だが合宿開始までもうしばらく時間がある。文彦の要求を使わない手は無い


(´・ω・`)「合宿開始までに、俺らが要求するメニューを真面目にこなせば、考えてやらんでもない」

( ^ω^)「考えてやらんでもない?ハァー、無礼られたもんだお。その口でハッキリ、『ミセリのフェスに行っても良い』と言ってくれないと飲めねえお」


ヤクザなら今すぐ撃ち殺してる所だった


(´・ω・`)「わーったよミセリでもセセリでも好きにすりゃあいいじゃねーか」

( ^ω^)「初めからそう言えお全く……これだからクズは……」


ぶつくさ言いながらも、文彦も合宿参加の意向を固めた。そしてこのデブがいるだけで場の空気は最悪になるのだった

413 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:25:45 ID:9tcidWTk0
('A`)「そんで……俺らは一カ月間、どこに閉じ込められるんですかね?」


顔面が最悪の男は、空気など気にせず詳細を訊く。本八は一斉送信で合宿場及び二人の指導者に当たる人物のデータを送った


(´・ω・`)「結構評判の良いトレーニングセンターでな。夏から秋にかけての予約は速攻で埋まっちまうらしい。なんでも、ここで出る飯は絶品らしいぞ」


⌒*リ´・-・リ「……ん?」


( ^ω^)「ほほう、絶品……」

('A`)「しかし物騒な名前の場所にあるんだな……」


⌒*リ´・-・リ「んん?」


(´・_ゝ・`)「廃校を改築した宿泊施設らしくてね。泊まる場所なんかおどろおどろしくて雰囲気あるよ」


⌒*リ´・-・リ「んー?」


(´・ω・`)「さっきからどうした莉花ちゃん?」


高梨は、まるで『聞き覚えがある』と言わんばかりに首を傾げる。評判が良いのだから、ある程度の知名度はあって然るべきだろう
しかしそれにしては、妙に『引っかかる』感じがした。ただの宿泊施設に、ここまで妙な反応を示すものだろうかと

414 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:27:03 ID:9tcidWTk0
⌒*リ´・-・リ「それってもしかして……鬼……?」

('A`)「え?」

(´・ω・`)「お前じゃねえ座ってろ。ああ、『鬼ヶ村トレーニングセンター ねぐら』だけど?」



⌒*リ;´・Д・リそ「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????」



(;´゚ω゚`)「俺なんか気に障ることしたーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!????????????」



思わず土下座一歩手前の姿勢になるほどの大絶叫があった。この店うるせえなさっきから

415 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:28:19 ID:9tcidWTk0
(;´・_ゝ・`)「ど、どうしたんだい?ここに何かあるのかい?」

⌒*リ;´・-・リ「え、いや、ごめんなさい!!そうじゃないんです!!ただ……」


わたわたと両手を振って釈明のボディランゲージをした後、照れくさそうに笑いながら頬を掻いた





⌒*リ´^-^リ「私、そこの方々に助けられたんです」





.

416 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:29:02 ID:9tcidWTk0









一カ月くらい後―――――









.

417 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:30:36 ID:9tcidWTk0
('A`)「……」

( ^ω^)「……」


ド山奥のくたびれたバス停に、ブサイクとデブは置き去りにされていた
かれこれ一時間は待っているが、一向に迎えは来ない。これってレベル500くらいのパワハラじゃね?徳雄は店長のパワハラが生温く感じるほどの理不尽さに襲われていた


( ^ω^)「……お菓子、食べるかお?」

('A`)「おお……」


文彦は運動の甲斐あってか、この一カ月人生で最も頑張ってクズとハゲのトレーニングメニューをこなした
何度も挫けそうになったが、その度に崇拝するミセリという偉大な存在と、ついでに親友の励ましもあってか、なんと二キロの減量に成功した。カスなりに頑張ってた


( ^ω^)「……」

('A`)「……」


都会の喧騒から解き放たれた大自然。風に揺られる木々の音と蝉の声。時折鳥や獣の鳴き声が聞こえる中
文彦が持ってきたスナック菓子の咀嚼音が、やけに虚しく響いた


( ^ω^)「……とっくんはさぁ」

('A`)「とっくんやめろ」

( ^ω^)「好きな娘って、おる?」

('A`)「修学旅行……行ったことねぇけど、夜中のノリやめろ」


なんか合宿開始ってのもあってテンションバグってた

418 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:34:28 ID:9tcidWTk0
<ぶーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


地獄みたいな待ち時間の終わりを告げる、SNSの政治アカウントのように主張の強いエンジン音が道の奥から聞こえてくる
二人は『やっとか』と顔を見合わせ、腰かけていたベンチから尻を上げた


(#^ω^)「全く、客を待たせるなんてなってないお!!一言文句言ってやるお!!」

('A`)「やめとけって……」


現れたのは、今時珍しいガソリン車のオンボロマイクロバス。今にも自壊しそうな有様に、二人の不安は増した
本当に評判の良い宿泊施設なのだろうか?基本的にクズを信用してない二人は訝しんだ
バスは譲り車線で大きくUターンすると、来た方向へと頭を向けてバス停へと停車する。澄んだ空気はあっという間に排気ガスに犯された
乗り降り口のドアが、『ガガ』と嫌な音を立てたが、僅かに痙攣しただけで歓迎の口を開こうとはしない。物持ちが良いのも考え物だった
間も無くして、内側から『ガン!!』と強い衝撃が響き、思い出したかのようにドアは開く。早速文彦が文句を言おうと勇み足で乗り込もうとしたが―――――


(#^ω^)「ちょっと待た……」


(,,゚-゚)「股……?」


中から現れた中学生ほどのショートボブの可愛い女の子に、出鼻を挫かれた


( ^ω^)+「待ってなんていませんお。こんにちわ麗しいお嬢さん。僕は内藤 文彦と申しますお。これからお世話になりますお」キリッキリキリッキリキリィキリト

(;'A`)「……」


わかりやすい色ボケのクソオタクデブだった


(,,゚-゚)「そうなんだ。僕は『儀社(よしもり) しずく』。よろしく」


デブの滑稽でキザったらしい挨拶を素っ気なく返し、視線を徳雄へと向けた


(,,゚-゚)「そっちは?」

(;'A`)「あ、ああ……宇都宮 徳雄だ」


不意を突かれたのは徳雄も同じだった。誰だって汚い箱の中から急に美少女が出てきたら驚くのだから無理はない。舌切り雀のつづらの可能性があった

419 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:35:23 ID:9tcidWTk0
(,,゚-゚)「うん、間違いないね。鬼ヶ村へようこそ。『ねぐら』に案内するよ。さぁ乗って」

( ^ω^)+「お邪魔しますお。いやぁ、素敵なお乗り物ですね!!貫禄があって惚れ惚れしますお!!」


なんかゴチャゴチャ言いながら、文彦はスキップせんばかりの足取りで乗車する。幸先は明るそうだなと、徳雄は内心皮肉った


(;'A`)「っとぉ、なんだ?止まってんじゃねえ早く奥に行けよ」


だが、軽い足取りは急にピタリと止まった。続いて乗車した徳雄は、デブの汚い汁が染み込んだ背中に顔面を突っ込むところだった。臭い


(;^ω^)「こ、こ……こんにちわ」


ダイエット中とはいえ、文彦の骨身にまとわりつく脂肪が徳雄の視界を阻む。埒が明かないと判断し、嫌々文彦の肉を奥へ押し込んだ。手が臭くなった


(;'A`)「ったく、何をしてんだ……」

420 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:36:02 ID:9tcidWTk0





「よう、会いたかったぜ」




.

421 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:40:13 ID:9tcidWTk0
(;'A゚)「ッ!!」


運転席に座る、これから指導を賜る人物を目の当たりにし、徳雄は文彦の様変わりに納得した
太い鋼線を何重にも束ねたような腕に、刃すら弾いてしまいそうな太い首。広い肩幅と広背筋は、座席の背もたれに収まっていない
『筋肉』。人が持つ最もシンプルな力の象徴であり、誰もが鍛えれば身につけられる、神が与えし平等の代物
ただ彼に到っては、その神が贔屓をしたのではないかと疑うほどの、圧倒的な筋肉量を誇っていた


『デカい』


生意気な文彦が、初見で怯えるのも無理は無かった。『鬼』と呼ばれる徳雄ですら、尻込みをせざるを得ない『迫力』があった
例え自分が十人いても、彼には手も足も出ないだろう。徳雄の胸中では、畏れと共に『期待』が膨れ上がった


(;'∀`)「俺もっすよ……」


彼ならば、自分が幾ら鍛えても到達できない『未知の領域』へと、導いてくれるだろうと

422 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:42:01 ID:9tcidWTk0



(´・_・`)「お前らの指導を受け持つ、『小練 詩音』だ。これから一カ月、みっちりと面倒を見てやる」



『鬼ヶ村トレーニングセンター ねぐら』代表の『小練 詩音』(こねり しおん)は、声高々に


(´・_・`)「ここは現世の地獄谷。魑魅魍魎たる浮世の住処。人ならざる『鬼』へと到る修練場――――』

(´・_・`)「『ようこそ鬼ヶ村へ』」



夏合宿開始を宣言したのであった

423 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:45:20 ID:9tcidWTk0
次回予告



(´・ω・`)「あいつらちゃんとやれっかなぁ」

(´・_ゝ・`)「徳雄くんはともかく、文彦くんは不安ですね。一皮剥けて帰ってくるのを期待しましょう」

(´・ω・`)「まぁあいつ分かり易いからな……都合よく可愛い女の子がいたら張り切ると思うが」

(´・_ゝ・`)「そんなラノベみたいな話があるワケないでしょう」

<いますよ?

(´゚ω゚`)そ「え!!!!!!!!!!!????????????いるの莉花ちゃん!!!!!!!!!?????????」

<しずくちゃんって子と銀さんって女性がいます。銀さんなんてビックリするほど美人さんでした

(´^ω^`)「おっほぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!そいつぁグヘヘご挨拶してえなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!」

<雪女と妖狐のハーフなんですって

(´^ω^`)「ん??????????????????????????????????????」

(´・_ゝ・`)「ラノベみたいな話だなぁ」

<ホントなんですって

(´^ω^`)「その……なんだ……大丈夫か本当に……?」

(´・_ゝ・`)「ハハ。でも、夢のある話じゃないですか。ファンタジーは意外とすぐ傍にあるってのは」

<ホントなんです!!!!!!!

(´・ω・`)「はいはいホントホント。サンタさんもいるし妖怪乳首相撲もいるよな」

(´・_ゝ・`)「サンタはともかくなんだ妖怪乳首相撲って」

<もぉー!!

(´・ω・`)「次回、『Desperado Chariots』第七話。『Welcome To The Demon Village.』。知らない?古い文献にあったんだぜ?周囲を強制的な催眠状態にして乳首相撲を強要するハレンチ妖怪」

(´・_ゝ・`)「知るワケねーだろ……」

424 ◆L6OaR8HKlk:2023/01/04(水) 22:50:26 ID:9tcidWTk0
合宿編始まります。シュート二万本です。よろしくお願いします

425名無しさん:2023/01/04(水) 23:43:23 ID:w4D8UsCU0
おつおつ

426名無しさん:2023/01/05(木) 00:42:05 ID:p9AMkUlk0
オツ

427名無しさん:2023/01/05(木) 19:17:31 ID:e8kIS4Bo0
乙!
ここでようやくDVの(´・_・`)が合流か熱いな!!
リリちゃん元気そうで良かった!!

428名無しさん:2023/01/06(金) 19:08:46 ID:kr8MbjTI0
おつ
タカラさんキモすぎてわろた

429名無しさん:2023/01/24(火) 17:46:24 ID:GUA.83n60
乙です

430名無しさん:2023/02/10(金) 07:57:08 ID:5DpRFud.0
更新乙です
スターシステムいいゾ〜

431 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:22:50 ID:0tGXVO1.0
『地獄』。信仰が異なる宗教に置いても、基本的に内容が類似する死後の世界
悪き魂を持つ者は、生前に犯した罪を贖う為に責苦を受ける
命の果てに辿り着く恐れ大き場所。しかし恐ろしさに反して、現世に置いては様々な比喩として軽々しく使われている

それは学校、職場などの社会環境であったり
それは家族、友人、恋人、同僚などの人間関係であったり
それは台風や地震、水害などの災害に遭った地域であったり
それは会話が続かなかったりジョークが滑ったりした場の空気であったり
それは受験や就職が上手くいかなかったなどの人生の岐路であったり

自ら命を絶つほどの苦しみから、取るに足らない些事に至るまで。人の営みには百人百様の身近な『地獄』がある


では、内藤 文彦にとっての地獄は何か?


それはミセリのイベントチケット争奪戦に負けた時であり
それは蟒蛇にいた頃に押し付けられた自身と相棒の否定の日々であり
それは自分と同類だと思っていた親友が女の子と遊びに行っていたのを目の当たりにした瞬間であり
それはプロ脱退後に学校内で浴びせられた嘲笑と罵声であり


多分に漏れず、彼には彼なりの『地獄』があった



そして新たに

432 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:24:15 ID:0tGXVO1.0
「腕上げろ水飛沫足りてねえぞ!!!!!!どんなにキツくても笑顔忘れんじゃねえ!!!!!!!」


「「「「「ウーーーーーーーーーーーッス!!!!!!!」」」」」


(; ω )「ヒィー……ヒィー……」


『鬼ヶ村スポーツセンター ねぐら』のプールにて、『男子』シンクロナイズドスイミング部の練習を横目に、延々と水中ウォーキングを続けている今の状況が新たな『地獄』として追加された


(; ω )「話とっ……違うお……」


嫉妬で歯軋りしてしまいそうなほどのイケメンシンクロ部の活気ある掛け声に混ざった怨嗟の呟きは、忌々しい『コーチ』の地獄耳にしっかり届いており


(´・_・`)「勝手に勘違いしたのはオメーだバカタレ」


プールサイドの監視台の上から、メガホン越しに呆れた一言を喝がわりに放たれたのであった

433 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:25:19 ID:0tGXVO1.0



第七話


『Welcome To The Demon Village.』



.

434 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:26:19 ID:0tGXVO1.0
三日前


( ^ω^)+「初めまして。内藤 文彦と申しますお。これから一カ月、よろしくお願いしますお」キリッキリキリキッッッッッッッリィーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!


ビックリするほど作られた声色と今まで見た事ないレベルの90角度最敬礼。色ボケデブの渾身の挨拶は


イ从゚ -゚ノi、「あらそう。よろしく」


職員らしき銀髪美女に一瞥もされずにサラッと受け流された


( ^ω^)「いやぁ、素晴らしい施設ですねここは!!この校舎も趣があって、職員さんも華やかですお!!一層、合宿に気合が入るってもんですお!!」

イ从゚ -゚ノi、「早く連れてってくんない?私、忙しいんだけど」


邪険にも程があった


(´・_・`)「ワリ。ほれ行くぞ」

(;^ω^)そ「ああ!!せめてお名前だけでも!!」


乳首が敏感で身長195センチの筋肉男は、往生際の悪いデブの襟を掴んで事務室から引き剥がす
掌にジワと染み渡る豚の汚い汁。乳首は大いに顔を顰めた

435 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:27:04 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「しずく、拭くもんあるか?」

(,,゚-゚)「無い」


渋々、ズボンで拭いた


(;'A`)「このバカ。着いて早々に仕事の邪魔してんじゃねえよ」

( ^ω^)「ハァー、とっくんはわかってないお。女を落とすコツは押して押して押しまくる事だって父ちゃん言ってたんだお。それに、こうも言うおね?嫌よ嫌よも好きの内って」


派手にやらかす前にシメといた方が良いのかもしれない。徳雄は早い目に内藤(父)に許可を得ようと決意した


(´・_・`)「面白えガキだな。そんで?これまでの成果は?」


( ^ω^)「」


文彦は黙った

436 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:28:57 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「本当に面白いなお前……」

(;'A`)「申し訳ないっす」

(´・_・`)「いやいや、楽しくなりそうで結構だよ」


威圧感のある見た目に反し、柔らかな物腰の男だった。思いつく比較対象の中ではグネグネ物腰だった。ラバーメン(ゴム人間)の可能性がある
ここ最近はクズやらデブやらストーカー気質の気持ち悪い男やらとの関わりが多かった徳雄の胸中に、謎の安心感が湧き上がる


(´・_・`)「ゆっくり案内してやりてえのは山々なんだがな、この後も結構立て込んでんだ。とりあえず今日は長旅で疲れてるだろうし、休んでくれや」

('A`)「わかりました」


徳雄としては、すぐにでも鍛錬を始めたい所だったが
これから一月もの間を過ごす場所だ。施設を見て回るのも悪くないと割り切り、素直に従った


(´・_・`)「ほれ、お前らの部屋の鍵。施設案内図と注意事項は部屋に置いてあるから確認しとけ。夕飯は19時だ。質問はあるか?」

( ^ω^)「事務員さんとはどういうご関係ですかお?」

(´・_・`)「同僚。他には?」

( ^ω^)「事務員さんの好きなタイp('A`)「ありませんありがとうございます」

(´・_・`)「五時間くらい息しなくても生きていられる奴」

('A`)「答えんでいいです」

( ^ω^)「」


文彦は息を止めた

437 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:29:47 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「ハハッ、おもろ。じゃあ俺は仕事に戻る。後でな」


割と悪質な冗談を抜かし、乳首は軽く手を振って立ち去った


(,,゚-゚)「……」


『しずく』と名乗った少女は、その場に残された男二人を、小汚いものでも見るような目で一瞥した後、雛鳥のように彼の後を追う
曲がり角で姿が見えなくなった辺りで、文彦は『ぶはぁ』と臭い息を吐き出した


(;^ω^)「ふぅーい……しずくちゃん今、僕の方見てたおね?」

('A`)「ああ……」

( ^ω^)「っかーーーーーーーーー!!!!!参ったお!!!!!これはもしかして嫉妬ですかァ〜〜〜〜〜??????しずくちゃんと事務員さん、
どっちも甲乙付け難いお〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

('A`)「そうだな……」


『部屋を別々にしてもらってよかった』。徳雄は一人で盛り上がる文彦を適当にあしらい、宛がわれた部屋の鍵を開けた

438 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:31:17 ID:0tGXVO1.0
('A`)「フゥー……」


荷物を下ろし、ようやく一息つけるとベッドに腰掛けようとしたものの
汗で汚れた身体を綺麗に敷かれたシーツの上に乗せるのは忍びなく思えてしまい、一先ず着替えを行った
身体をボディシートで拭き、新しいTシャツに袖を通し、外気を入れるために窓を開けた
山風がぶわっと室内に吹き込み、澄んだ空気が肺を満たす。これから始まるこの場所での一ヶ月に、高揚感を禁じ得なかった


('A`)「さて、と……」


ヌルい水が残ったボトルを手に、徳雄は一人掛けのテーブルに置かれた施設案内図を確認した


('A`)「ランドリーはっと……」


食堂、浴場、医務室、洗面所にお目当てのランドリー。レクレーションルームやシアタールーム。自動販売機に授乳室
体育館と隣接してプールやジムまで完備されている。辺鄙な場所にある宿泊施設にしては、設備が充実していた
評判通りのトレーニングセンターではあるらしい。しかし、規模の割に職員が極端に少ないのが気になった

439 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:34:05 ID:0tGXVO1.0
('A`)「で……」


裏面には『ねぐら』での注意事項。朝昼晩の食事時間から始まり、飲酒、喫煙に関する注意喚起。BBQや花火を行う場合、事前予約が必要等
水を飲みつつ、順に読み進めていく。『浴室の覗きをした場合、直ちに警察へと通報する』という警告文は、しっかり文彦に叩き込まねばならないと思った


('A`)「職員居住区は緊急時を除いて立ち入り禁止……肝試しを行う場合は規定のルートを通る事……三階への立ち入り禁止……ん?」


普段なら読み飛ばすような、些細な表記間違いだった。徳雄は窓辺から首を出し、階上を見上げてみる


('A`)「……」


この客室は『二階』であり、それ以上の階は無かった筈だ。疲れからくる記憶違いの類ではない事を、容赦なく肌に突き刺さる太陽光が証明している
『間違い』。果たして、本当にそうだろうか。二階と表記したかったのであれば、この階に客室を置きはしない
ありもしない階への、立ち入り禁止をわざわざ明記する必要はあるのか?徳雄は先月耳にした盛岡の言葉を思い出した


「泊まる場所なんかおどろおどろしくて雰囲気あるよ」


('A`)「はぁ〜……」


『まさかな』。古めかしい外観に、ありもしない想像を掻き立てられているだけだろう
そう結論付けて、徳雄は注意書きをテーブルへと投げ置いた

440 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:35:28 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



それはさて置き


ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「どぉぞぉ。沢山食べてねぇ」

( ^ω^)+「勿論ですお。お姉さんが作ったご飯なら、一俵でも二俵でも平らげてしまいますお」


銀髪の事務員とはまた正反対の、フワフワした雰囲気の可愛らしい調理員が作った夕食を頂き


('A`)「クッソ美味かったな……」

( ^ω^)「豚になっちまうお……」

('A`)「……」

( ^ω^)「今『既に豚だろ』って思った?」

('A`)「え?いや別に。お前が思ってるほど俺はお前に興味無いし」

( ^ω^)「は???????誰も興味持ってくれなんて頼んでないですけど??????」


誰も得しない入浴シーンを差し込み


( ^ω^)「一緒にミセリの配信見ない?」

('A`)「見ない。寝る」


初日は、特に大きな出来事も無く床に就いた

441 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:36:13 ID:0tGXVO1.0





(-A-)「……」


日付が更新されるまでを『初日』とするならば、特に大きな出来事は無かった




.

442 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:37:27 ID:0tGXVO1.0
(-A-)「……」


午前2時。草木も眠るウシミツ・アワー。徳雄も例外では無かった
日中は茹だるような暑さだったが、山中の夜は打って変わって肌寒い程に冷え込む
真夏にしてはやや厚めの掛け布団が、熟睡を保つ温かな繭として機能していた


(-A`)「……ん」


長旅の疲れと、布団の温もり。朝までぐっすりと眠れる条件が揃っているにも関わらず、目覚めてしまったのは
決して尿意や悪夢からでは無かった。ただ何となく、外気に触れる顔の産毛が、僅かに揺れるのを感じ取ったからだ
瞼の帳を開き、違和感の正体を確かめるべく焦点を徐々に合わせていく。そこには


(´・_・`)「……」

(;'A`)そ「うっ、お」


傍らに立つ身長二メートル近い乳首が敏感な大男の姿があった


(;'A`)「なん……な、ん……何してんすか……?」


徳雄はこの時、男女問わず夜這いの危機が訪れると無意識に布団を胸元に引き寄せるのだと知った

443 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:38:34 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「完璧に気配消してたのに気づくとはやるなお前」

(;'A`)「いや……なん……文彦がなんかしました?」

(´・_・`)「いいや?豚みたいに寝てる」

(;'A`)「じゃあ何なんすか……?」

(´・_・`)「日が回ったら明日は今日だ。地獄の合宿スタートだぜ」


なんかピンキー&ブレインみたいな事言い出した


(´・_・`)「一分で着替えな。出掛けるぜ」

(;'A`)「はぁ……どこ行くんすか?」

(´・_・`)「山」


端的にそう言い残すと、小練は足音一つ立てずに部屋を出た
狐につままれたような寝起きだったが、徳雄は訓練兵のようにすぐさま着替えに取り掛かった

444 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 18:40:49 ID:0tGXVO1.0




( ‐ω‐)「フゴーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!フゴーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」



「起きろ。起きろコラ豚」


ゴンゴンと遠慮なく頭を小突かれ、豚が目を覚ます


( うω‐)「何だおクソ……」

(´・_・`)「クソとはご挨拶だな?ええ?」

(;^ω^)そ「うわぁ!?」


眼前にニュッと突き出された知り合って間もない男の顔に、豚は遠慮なく悲鳴を上げて飛び起きる
そして、間も無くして自身が置かれている状況を察した


(;^ω^)「え!?外!?薄暗!!さっむ!?何!?」

(´・_・`)「見てみぃ文彦。夜が明ける」


小練が指差す先には、山間から盛岡の頭頂部のように輝かしい太陽が覗く
思わずおてての皺と皺を合わせて幸せしそうな光景だったが、一つだけ見過ごせない点があった


(;^ω^)そ「いや高ッ!!!!????え!!!!????山の上かおここ!!!!!????」

(´・_・`)「お前担いで登っといた」

(;^ω^)「ハァーーーーーーーーーーーー!!!!!??????」

445名無しさん:2023/05/05(金) 20:07:06 ID:UbyMOIpU0
wktk

446 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:12:03 ID:0tGXVO1.0
理不尽と不可解でその場に蹲って頭を抱える傍らで、文彦を担いで山登りをしていた小練に着いてきた徳雄が


(;'A`)「……」


登頂の疲れを少しでも癒しながら、『超人』との格差に愕然としていた
道のりは決して険しいものでは無かった。標高は700メートルと低く、歩行距離も8キロ程度。通ってきたのは整備されたハイキングコースだ
しかし読んで字の如く『登山』である。登るという行為には、必ず『重力』という枷がのし掛かる
それを小練は、丸々と醜く肥え太った豚を背に担ぎながら、ランニングの速度で登って行ったのだ
何の負荷も背負ってない徳雄ですら、食らいつくのに精一杯だった


(´・_・`)「サッサと準備運動しろ。それとバナナを食え」

(;^ω^)「え?バナナは当然貰いますけど、何されるんですかお?」

(´・_・`)「登ったら降りるに決まってんだろ」

(;^ω^)「え……も、勿論、ゴンドラですおね?」

(´・_・`)「寝ぼけてんのか豚?いいか、ハッキリ言っとくぞ」

447 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:12:48 ID:0tGXVO1.0



(´・_・`)「三浦さんから請け負った以上、俺は全力を持ってお前らを一人前の戦士に鍛え上げる。手心なんて期待すんじゃねえぞ。そして覚悟しろ」


(;'A`)「……」

(;^ω^)「……」


(´・_・`)「お前らは、人生で一番過酷な一カ月を過ごすってことを」


差し込む朝日によって作り出された『鬼』の陰が二人を覆う
徳雄はその姿に己が目指すべき到達点を見た。文彦は『今すぐ帰らなきゃ』と絶望した

448 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:13:42 ID:0tGXVO1.0
(;^ω^)「あの……」

(´・_・`)「おめえの家族親族友人、まとめて全員元気だ。俺がバスを出さねえ限り帰れねえ。徒歩で逃げ出そうなんて思うな。昼なら熱中症、夜なら遭難でおっ死ぬぞ」


テレパシストかと疑うほど完膚なきまでに逃げ出す口実を潰され、文彦は真夏の太陽が逃げ出すほどの寒気に襲われる
美女を目の当たりにして浮かれた昨日は何処へやらといった様相に、徳雄は慰めるかのようの肩に手を置いた


(;^ω^)「とっくん……」

('A`)「とっととバナナ食って準備運動しろ」

(;^ω^)「アッハイ」


当然、ブサイクがそんな気の使い方を、ましてや空気読めない甘やかされクソオタクデブ如きにする筈も無かった


(´・_・`)「さて……」


文彦がダラダラと準備をする間、小練はi-ringのタイマー機能を操作する
現在時刻が朝の四時五十分。そこから二時間と十分後の七時にアラームをセットした

449 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:14:45 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「五時にスタートだ。で、二時間以内に宿舎を目指す。間に合わなかったら朝飯が……」

(;^ω^)「朝ごはん抜き!!!!!!?????し、死んじまうお!!!!!!!!」

(´・_・`)「お前ネズミか何か?????心配しなくても飯は三食出すよ。ただ、間に合わなかったらクッッッッッッッッッッッッッッッソ味気のない完全食になるだけだ」


そう、皆さんご存知22世紀のバランス栄養食『一本だいぶ満足バー』なのである。開発にアサヒグループ食品は関わっていない
一日に必要な栄養素のキッカリ三分の一を摂取できるが、なんかもう渇いた粘土食ってんじゃねえのかってくらいクッッッッッッッッッッソ味気ない夢のディストピア飯なのだ
余談だが、これを口にした食品グループ経営者のクズは側近のハゲにこう問いたという

「これ作った奴、美味え飯に親でも殺されたんか???????」



450 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:17:04 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「ちなみに今日はグリコが握った鶏そぼろ卵黄おにぎりが出ます」

( ^ω^)+「グズグズしてる時間も惜しい。早く出発しましょう」

(;'A`)「……」


出会って一日も経ってないのに、既に豚の扱い方をマスターしていた。恐らく以前は養豚場で働いていたのだろう


(´・_・`)「張り切るのは大いに結構だが怪我だけは十分に……」

(#^ω^)「うおおおおーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!ご飯お姉さんご飯お姉さんーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


食欲と性欲に支配された豚は、珍しく勢いよく登山路を駆け降り始めた


(´・_・`)「気をつけろよー……」


<ドゥワァセンナナヒャクゥ!!!!!!!!!!!!


(´・_・`)「なんて言ってっかわっかんねーわ。徳雄、いけるか?」

('A`)「いつでも」

(´・_・`)「文彦は……」


豚は二十メートル降ったあたりで膝に手をついて息切れを起こしていた


(´・_・`)「とにかく、お前には二日に一回のペースでこの朝練をやって貰う。メインとなるのはむしろ今から行うトレーニングだ」

('A`)「その心は?」

(´・_・`)「『目』を養う。頑張って着いてこい」


言うが早いか、小練は巨体に見合わぬ身軽さで登山路を駆け降り始める
後に続き降り始めた徳雄は、程なくして『目』の真意を理解した

451 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:18:09 ID:0tGXVO1.0
(;'A`)「っ……」


土、砂利、泥、石、あるいは石段や丸太階段。自然な環境を極力壊さずに構成された登山路は、徒歩はまだしも『駆ける』のには向いていない
その上、登りとは違い今度は『降りる』のだ。重力は勢いと速度を加速させ、危険度も増す
危険度が増すと、自ずと人は『ブレーキ』を踏むものだ。しかしそれでは前を行く師の背中には到底追いつけない
では、小練はどのようにして危険な速度で登山路を駆け降りているのか?


(;'A`)(踏ん張りが効く箇所を連続して見極めて降りて行ってんだ)


かの源義経が一ノ谷で見せた奇策、『鵯越の逆落とし」が如く、連続して踏み込みが可能な最適解のルートを瞬時に判断して降っている
『チャリオッツ』に関しても、多くは悪路を走行する。どこを走れば体力の消耗を抑えられるか、敵を迂回できるか。その判断力を養うトレーニングなのだ


(;'∀`)「ハハッ!!」


豚は既に置き去りに、師はどんどんと遠ざかる。その狭間で、徳雄の期待は膨れ上がるばかりだ
『人生で最も過酷な一ヶ月』。始まりとしては、上々の滑り出しを感じ取っていた

452 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:18:46 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



(; ω )「ブヒー!!ブヒー!!」

(´・_・`)「ナイス根性。アスファルトに咲く花かと思った」


後でわかった事だが、二時間という制限時間はかなり甘く見積ってくれていたらしく
最近ちょこっと運動するようになった程度の豚であろうとも、朝食開始ギリッッッッッッギリにはなんとか滑り込みで間に合った


(; ω )「もっ……動けっ……」

(´・_・`)「今の苦痛をよく覚えとけ文彦。そんで、最終日に同じ事を、今度は登りからやって貰う」

(; ω )「はっ、ハァア!?」

(´^_^`)「出来る出来る!!だって男の子だもん!!よく頑張った!!メシにしようぜ!!」

453 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:19:18 ID:0tGXVO1.0
『ねぐら』の朝は、その名前とは裏腹に早い。全国から集まったスポーツ強豪校の部員達は、今朝の徳雄と文彦程では無いが、朝食前に一汗流す
一般的に、傷ついた筋肉を修復及び増幅させるには運動の45分以内に食事を取るのが良いとされている。言わば朝練は肉体作りのゴールデンタイムへの下準備だ
『食無くして筋肉無し』。ボディビルダー『天王寺 美貴久』の言葉である


(;^ω^)「ハムッ!!!!!!!ハフハフ!!!!!!!!!!!!ハフ!!!!!!!!!!!!」


決して豚がこれ以上肥える為の食事では無いのだ


('A`)「……」


文彦より先にゴールし、既に食事を済ませた徳雄は豚の餌やりには目もくれず、厨房で忙しなく働く小練を眺めていた


(´・_・`)「忙し過ぎてイソギンチャクになったわね」


何言ってんだこいつ。ド深夜から二人に付き合い、かなりの運動量をこなしていた筈だが、その働きぶりに一切の気怠さを感じない
ダラダラと洗い物をしている『しずく』という小娘は大きな欠伸で寝不足をアピールしているにも関わらずだ


('A`)「……食ったら九時からトレーニングだってよ」

( ^ω^)「は????????今日はもう一歩も動けませんけど?????????」

('A`)「そうかい」


豚がサボろうが何しようが徳雄には関係無く、グラスに残った麦茶を一気に飲み干して先に席を立った
今は一分一秒でも惜しい。仕事を肩代わりして貰ってまで得たこの期間を無駄には出来なかった

454 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:20:53 ID:0tGXVO1.0
朝食を終えた後、訪れたのはミーティングで使われる空き教室。久方ぶりに着いた学習机に、徳雄は懐かしさを。文彦は居心地の悪さを覚えた
教材の電子化が進んでからは、今や殆ど見られない年季の入った黒板に、朝の一仕事を終えたばかりの小練が二人の名前を書き込んでいく


(´・_・`)「何事も闇雲にやっても上手くいかねえよなぁ。と言うわけで、まずは理想を言語化してみようか」

('A`)「理想ですか」

( ^ω^)「楽に痩せたいですお」

(´・_・`)「そりゃいいな。短期間で楽して効果的に痩せられるダイエット方法があるなら今すぐ教えてくれや」


豚は鳴き止んだ


('A`)「理想……」

(´・_・`)「あーあー難しく考えんじゃねえ。とりあえず何でも言ってけ。計画ってのはまずザッと意見を上げてから精査してまとめていくもんだ」

( ^ω^)「勝ちまくってモテまくりたいですお」

('A`)「そんないい加減な……」

(´・_・`)「それでいい」


黒板に刻まれた『文彦』の名前の下に、雑誌の胡散臭い広告の売り文句が新たに書き込まれる


(´・_・`)「文彦がリードだ。ジョッキーのパイセンは?」

('A`)「あー……」


徳雄はチャリオッツを初めてまだ半年と経っていない。先々月に文彦と共に蟒蛇の下っ端を撃破したが、本来の
勝利条件である『ゴール』への到達は未達成のままだ


('A`)「ゴールする」

(´・_・`)「はいゴール。続けてドンドン言ってけ。どんなしょうもないことでも構わねえ」


言葉通り、小練は二人の理想を一言一句漏らさずに黒板へと書き込んでいく

455 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:21:30 ID:0tGXVO1.0
徳雄

・ゴールする
・押し負けない
・回避出来るようになる
・感情のコントロール
・キャプテン、ガンナーからの指示の理解を早める
・照準合わせ
・ステージ構成の把握
・各路面への適応力
・自分に合った車体カスタマイズ
・ラストスパート


文彦

・勝ちまくりモテまくり
・活躍による配信チャンネルの登録者数激増
・彼女が欲しい
・お金が欲しい
・彼女が五人くらい欲しい
・蟒蛇の下位メンバー程度のザコをイキらせないようにしたい
・バジリスクの撃破
・クズに靴舐めさせたい

456 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:22:06 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「こんなとこか」


ある程度出揃った所で、今度は『課題』と書き込んだ


(´・_・`)「では次に、これらの理想を達成するにはどうすれば良いかを考えよう」

( ^ω^)「僕のありのままの魅力にみんなが気づく」

(´・_・`)「そうか。例えば文彦、太っててだらしなく、化粧もスキンケアもせず肌や髪が荒れまくった女性が無条件でモテると思うか?」

( ^ω^)「そんなのモテるワケないおwwwwwwwww」

(´・_・`)「なんだ、自分のことをよくわかってるじゃねーか」


豚は鳴き止んだ


('A`)「これも直感で答えて良いんすか?」

(´・_・`)「勿論。具体案はその後だな」

('A`)「っつーと……」

457 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:22:34 ID:0tGXVO1.0
徳雄

・ゴールする→最後まで走り切る体力作り
・押し負けない→相手のチャージを耐える筋力作り
・回避出来るようになる→砲撃への対処法を学ぶ
・感情のコントロール→冷静さの維持と熱くなるタイミングの見極め
・キャプテン、ガンナーからの指示の理解を早める→作戦と各要望への理解
・照準合わせ→操縦能力向上
・ステージ構成の把握→ゲームへの理解
・各路面への適応力→同上
・自分に合った車体カスタマイズ→キャプテン、ガンナーに要相談
・ラストスパート→体力及び根性の向上


文彦

・勝ちまくりモテまくり→ガンナーとしての華々しい活躍による知名度の向上
・活躍による配信チャンネルの登録者数激増→同上
・彼女が欲しい→個人配信者とのオフに参加
・お金が欲しい→各大会の賞金と配信の収入
・彼女が五人くらい欲しい→とにかく欲しい
・蟒蛇の下位メンバー程度のザコをイキらせないようにしたい→格の違いを理解らせる
・バジリスクの撃破→キャプテンとガンナーの能力は把握済みなので、相対した場合の優位条件を如何に揃えるかが鍵となる。ゲーム中に遭遇した場合、相手が此方を無視するのはあり得ないので、蟒蛇の方針を逆手に取った作戦と立ち回りを考案する
・クズに靴舐めさせたい→ジャパンカップで優勝したらやらせる



(´・_・`)「いい感じじゃね?」

(;'A`)「そっすかね……?」

458 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:24:13 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「ここまで書き出せば、合宿期間中にどんな訓練をすれば効果が発揮出来るかも見えてくる。徳雄は体力と肉体作りと並行してチャリオッツというゲームへの『慣れ』が必要だよな」

('A`)「そうっすね……やっぱ、妨害があるレースってのは思い通りにいかないもんですし」

(´・_・`)「妨害の回避は何もジョッキーだけの仕事じゃねえが、脚がしっかりしてりゃ『頭脳』も『武器』も能力を活かせる幅が広がる。これはジョッキーに乗っかるガンナーにも言えることだ」


文彦がギクリと肩を弾ませた


(´・_・`)「ジョッキーへの負担軽減。特に固定砲を使ってるガンナーは、ジョッキーの操縦能力に多く依存している。才能だけでどうにかなる舞台じゃねえのは、ちゃんとわかってるよな?」

(;^ω^)「う……」

(´・_・`)「お前が痩せれば徳雄の継続走行距離は伸び、その分お前の活躍の場は広がる。そして勝ちまくれてモテて彼女が五人できて配信での広告収入もガッポガッポ入る。え?????痩せるだけで人生バラ色に??????生きるのって恐ろしくチョロいなオイ」

(;^ω^)「で、でも……」

(´・_・`)「文彦よ、誰も彼もがチャンスを与えられるワケじゃねえ。テメーで重い腰上げられる奴なんて一握りだ。恵まれてんだぜお前?人様の金で自分を変える機会を与えられたんだからな」


小練はチョークを放り投げ、教卓を静かに、だが力強く拳で叩いた


(´・_・`)「勝ちまくってモテまくる人生、送ってみたくはねえか?」

(;^ω^)「……送りたい、ですお」

(#´・_・`)「声が小さぁい!!!!!!!」

(#^ω^)「勝ちまくりモテまくり金稼ぎまくりで週七で女を取っ替え引っ替えしてミセリの中の人とゆくゆくは配信でコラボしてそれがきっかけでお付き合いに発展して他のミンミン民にバレないような交際をしたいですお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

(#´・_・`)「誰がそこまで望めっつった欲深デブ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

(;^ω^)そ「ええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!???????」


流石に見過ごせないレベルの欲望があった

459 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:26:47 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「と言うわけで、それぞれの指針が見えたな」


徳雄は最近不本意ながら身近に存在する情緒不安定なクズと小練を重ね合わせてしまい内心申し訳なくなった


(´・_・`)「後はジャパンカップまでの具体的な目標を一定の期間ごとに設定し、その間に行うべきトレーニングスケジュールを立てる。最後に実行だ」

('A`)「以外と細かく組み立てるんすね」

(´・_・`)「最悪なのは明確な目標も立てずに無茶なトレーニングして身体をぶっ壊すことだからな」


今度は徳雄が気まずそうに頬を掻いた


(´・_・`)「そして目標を立てることで、達成の喜びを知れる。成長に努力が必要なのは当然だが、脳内麻薬というご褒美は継続への促進剤となる」

( ^ω^)「でもそれじゃあ、達成出来なかった場合にやる気を失くすんじゃ無いんですかお?」

(´・_・`)「ある偉大なレスラーはこう言った。『やる前に負けること考えるバカがいるかよ』と」


燃える闘魂、『アントニオ猪木』の言葉である。オッサン版ダージリンの格言紹介コーナーに、文彦は思わず豚尻の穴を引き締めた


(´・_・`)「出来る出来ねえもテメーの匙加減だ。今しがた掲げた理想も、結局その程度だったってこったろ。世間は負け豚を慰めてくれるほど優しくはねえぞ文彦」

(;^ω^)「は、はいお!!」

('A`)「……」


『上手いものだ』と徳雄は感心した。自らの口でなりたい理想を語らせ、やらない理由を無くして腹を決めさせた
外部の指導者というのも、あの文彦が素直に従う要因の一つではあろうが、金と暴力に物を言わせて従わせるどっかのクズとは大違いだった

460 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:27:24 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「何せ目標は、国内の最強格が集うジャパンカップだ。優勝しちまえばお前らの人生に一生モノの箔が付く。気合い入れて励めよ」

(;^ω^)「はいお!!!!!」

('A`)「っす」

(´・_・`)「そんじゃあ早速、トレーニングに移るか。文彦、水着は持って来たな?」

(;^ω^)「持って来てませんお!!!!!!!」

(´・_・`)「ええ……」

('A`)「いやすいません。俺も聞いてないっすそれ」

(´・_・`)「マァ〜……?」


どうにも締まらないミーティングであった

461 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:28:09 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



(;´・_・`)「あーもーやだ!!!!!!!!!なんでそんなブクブクブクブク太ってんだお前!!!!!!!!」

(;^ω^)「ご、ご飯が美味しいから……」


レンタル水着を着用した文彦を見た第一声であった。XLサイズトランクスタイプ水着のゴム紐の上には、汚い皮袋に詰まった臭っせえ脂肪がだらしなく乗っかっている
およそ隆起という単語が似つかわしくない上半身。赤子に母乳もやれないクソオタク雄の分際で、おっぱいだけは豊満であった
人間、一晩で急に165センチの細マッチョになって角界入りの夢を奪われたりはしないのだ。食って寝て動かなければ醜く太っていく一方なのだ


(´・_・`)「お前に必要なのは、運動する習慣だ」

(;^ω^)「やだー……」

(´・_・`)「やだじゃない。毎日適度に運動してりゃ多少間食しても体型は維持できるんだ。そして毎日過剰に運動すれば俺みたいなワガママボディになる」


愛のままに我儘に僕は君だけを傷つけないって感じのマッスルボディだった。太陽が凍りついても僕と君だけは消えない可能性があった


(;^ω^)「今から何するんですかお?」

(´・_・`)「何っておめえ水着でプールっつったらやる事は一つだろ」

(;^ω^)「僕、泳げないですお」

(´・_・`)「そこまで求めてねえよ。今からやるのは水中ウォーキングだ」

462 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:29:04 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



(;´・_・`)「あーもーやだ!!!!!!!!!なんでそんなブクブクブクブク太ってんだお前!!!!!!!!」

(;^ω^)「ご、ご飯が美味しいから……」


レンタル水着を着用した文彦を見た第一声であった。XLサイズトランクスタイプ水着のゴム紐の上には、汚い皮袋に詰まった臭っせえ脂肪がだらしなく乗っかっている
およそ隆起という単語が似つかわしくない上半身。赤子に母乳もやれないクソオタク雄の分際で、おっぱいだけは豊満であった
人間、一晩で急に165センチの細マッチョになって角界入りの夢を奪われたりはしないのだ。食って寝て動かなければ醜く太っていく一方なのだ


(´・_・`)「お前に必要なのは、運動する習慣だ」

(;^ω^)「やだー……」

(´・_・`)「やだじゃない。毎日適度に運動してりゃ多少間食しても体型は維持できるんだ。そして毎日過剰に運動すれば俺みたいなワガママボディになる」


愛のままに我儘に僕は君だけを傷つけないって感じのマッスルボディだった。太陽が凍りついても僕と君だけは消えない可能性があった


(;^ω^)「今から何するんですかお?」

(´・_・`)「何っておめえ水着でプールっつったらやる事は一つだろ」

(;^ω^)「僕、泳げないですお」

(´・_・`)「そこまで求めてねえよ。今からやるのは水中ウォーキングだ」

463 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:31:38 ID:0tGXVO1.0
『水中ウォーキング』。読んで字の如く、プール内で行うウォーキングである
水中でのトレーニングは浮力による足腰への負担軽減と、水の抵抗力による効果的な筋肉への負荷が期待出来る
陸上で行うウォーキングと比べて、消費カロリーは1.5倍とその差は歴然だ
その上、今は真夏である。直射日光こそ防ぐ手立てはないが、外気温より低いプール内では熱中症のリスクもある程度は抑えられる


(´・_・`)「とは言え、プールの中でも汗はかく。定期的に水分は補給しろ」

( ^ω^)「コーラでも構いませんかお?」

(´・_・`)「それはマジのアスリートが炭酸抜いて飲むもんだデブ」


構うわけ無かった


準備運動の後、デブはしずしずと入水


( ^ω^)「気持ち良いお!!!!!!!!!!!!」


真夏、照りつける太陽の下。キラキラと輝く水面に汚いデブ
大金を積まれてもグラビアにしたくない絵面がそこにはあった


(´・_・`)「よーし、先ずは向こう岸まで腕を大きく振りながら一往復だ」

( ^ω^)「はいお!!」


ザバ、ザバと水を掻き分け、文彦はゆっくりと25メートルプールを歩き出す


(;^ω^)「おっ……?」


言うまでも無いが、液体には質量が存在する。運動を行えば、当然ながら身体に抵抗力の負荷が掛かる
それは水に触れる面積が大きければ大きいほど作用する。競泳アスリートはその負荷を無くすため、体毛、産毛に到るまで徹底的に剃り落とすらしい
恰幅の広い文彦であるなら尚のこと。運動による負荷は、一般的な体格の者よりも高い

464 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:32:30 ID:0tGXVO1.0
(;^ω^)「ハァッ、ハァッ……」

(´・_・`)「どうだよ?」

(;^ω^)「まぁまぁしんどいですお……」


言われた通り一往復しただけ。それもたった50メートルを歩いただけである
しかし文彦の息は既に上がり、足腰には確かな乳酸の溜まりを感じていた


(´・_・`)「続けられそうか?」

(;^ω^)「もう上がりたいですお」

(´・_・`)「ピラニアぶち込むか?」

(;^ω^)「ええいチクショウ歩けば良いんだろ歩けば!!!!!!!!」



( ^ω^)豚は歩くようです



(´・_・`)「ゆっくりでもいい。だが、速度は落とすな。五十分歩いて十五分休憩。今日は朝から運動したし、2セットでいい。終わったらちょうど昼飯時だろ」

(;^ω^)そ「二時間も運動!!!!????死んじまうお!!!!!!!」

(´・_・`)「死なねーよ人間って割と頑丈に出来てんだよ。ああ、休憩の時はめんどくさくても身体は拭けよ。寒かったら更衣室にファンヒーターもある。絶対に身体を冷やすなよ」

(;^ω^)「クソ!!!!!!思いやりと優しさでサボる気をどんどん奪っていきやがるお!!!!!!クズとハゲなら速攻逃げ出したのに!!!!!!」


こいつ普段どんな環境にいるんだろうかと小練は疑問に思った

465 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:35:09 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「じゃあ俺、仕事と徳雄の面倒あるから頑張れよ」


これでも宿泊施設の管理人。多忙の身である。文彦を一人プールに残し、徳雄の様子を見に戻る
文彦はしばらく息が整うのを待ち、再び向こう岸を見据えて歩き始めた


(;^ω^)「勝ちまくり、モテまくり……!!」


決して褒められた動機ではない。文彦の頭には、ジョッキーの負担を減らす為だのと言った、他者への配慮など盛岡の毛程も存在しない
『己の為』。勝利も恋人も手にして、学生ヒエラルキーの頂点に立ちたいという幼稚で浅ましい欲望だけが動力源だった


「彼女!!彼女!!でっけえおっぱいで可愛い彼女!!」


(´・_・`)「……」


姿を消したフリをしてコッソリと様子を伺っていた小練は、気合いの入った掛け声を聞いて、今度こそプールを後にする
やる気が入る動機に、貴賤など無い。あの野郎はきっとこの夏で、人生を変えるだろうと確信しながら―――――


(´・_・`)「……」


モテるかどうかはまた別の話である―――――

466 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:36:15 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



(;'A`)「ハァッ、ハァッ、ゼハァ!!」


チャリオッツは、基本的にアーケード主体の展開をしている。筐体の価格が高額であり、一般家庭では設置に要するスペースが確保出来ないからである
しかし、それぞれのポジションの操縦席を別個にする事で、価格と必要スペースを抑える家庭用筐体も販売されている
それでも他の家庭用ゲーム機とは比べ物にならないほど手が出しにくい代物であり、よほど金と自宅の広さに余裕がある一般人しか購入しない
では何故、採算が取れなさそうな家庭用筐体を供給しているのか。需要は個人ではなく、『法人』にあるからだ
プロチームやチャリオッツスクールなど、限りあるスペースで多人数の訓練、指導を行う営利団体が主なターゲット層となる


(´・_・`)「調子は?」

(;'A`)「見ての通りっすよ……」


宿舎の地下、ジョッキー用のバイク筐体が三つ並んだ、『チャリオッツ専用トレーニングルーム』で、徳雄は滝のような汗を流しながらVRゴーグルを外した
観賞用モニターにはゲームオーバー画面に『10th』と順位が映し出されている


(´・_・`)「おー、上等上等。ガンナー、ジョッキー抜き、負荷マシマシでこれなら見込みあるぜ」

(;'A`)「CPU相手のトレーニングモードでも?」

(´・_・`)「そう卑下するな。特訓は始まったばっかじゃねーか」

467 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:41:40 ID:0tGXVO1.0
『習うより慣れよ』。遊びであれ仕事であれ、上達への一番の近道は徹底的な反復作業に尽きる
初心者である徳雄が、プロチームひしめくジャパンカップを勝ち抜くには、少しでも多くの経験が必要であった
当面の課題は、『順位問わず1ゲームをゴールしてクリア』。ペース配分と路面状況、妨害による車体の挙動を身体に染み込ませる訓練である


(;'A`)「ハァッ、フゥー……よし」

(´・_・`)「よしじゃねえキッチリ休めや」

(;'A`)「感覚が抜けねえ内に続けてえんすよ」

(´・_・`)「んなもんちょっとくらい時間空けたって抜けやしねえよ。初日からぶっ倒れるまで飛ばす気か?」


小練はi-ringのリモコンアプリで先程の試合のリプレイを再生する


(´・_・`)「闇雲にやったって意味ねえっつっただろ。休んでる間に反省点を洗い出して次に活かせ。見てもわかんなかったら第三者のアドバイスも聞き入れろ。最初はここだ」


一時停止。第一ステージの先行争いに加わるシーンだ


(´・_・`)「最軽量級NPC『ラビット』のスタートダッシュに釣られちまってる。短距離レースならまだしも、本番と同じ五構成のステージでハナから飛ばしてどうする。ちゃんと相手の脚質とカスタム構成を見極めろ」


チャリオッツのタンククラスは、主に『動物』の名前で分類分けされる

最軽重量で火力、耐久共に最低クラスだがスピードに長ける『ラビット』
最重量で鈍足だが、高火力高耐久を誇る『タートル』
際立った特色は無いが、短、中、長と適正距離を問わないオールラウンダー『ホース』
力強いチャージングによる攻撃、競り合いを得意とする『バッファロー』など

特徴が変われば当然、レース展開や対峙した際の対応も変わってくる
映像で真っ先に飛び出した『ラビット』であるならば、真っ先にリードを広げるのを得意とするが、その分大きく体力を使う上、ステージ毎のトラップや敵対NPCとの遭遇率も上がる
攻撃手段があるならば、追いついて撃破も可能であるだろうが、スタート直後から競り合って先頭争いをするメリットは低い

468 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:44:53 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「初心者が引っ掛かりがちなミスリードだ。上手いラビット乗りなら緩急を駆使したペース配分で後続の体力を奪ってくる。『最初の一ステージなんざくれてやる』くらいの心持でいろ」

(;'A`)「ハァッ……っす……」

(´・_・`)「続けるぞ。次は……」


試合の振り返りをしながら、小練は徳雄が今しがた出した『十位』という順位に舌を巻いていた
徳雄含む『18組』の、本番を想定したレース。しかも対戦相手に選んだのは、ただのNPCではない
『ゴールデンラビット』『キャッスルタートル』『ダークホース』『レイジングバッファロー』と言った、最高レベルで周りを固めていたのだ
当然、名だたるプロチームには足下にも及ばないが、チャリオッツを初めて数ヶ月の、それも『二枚落ち』のジョッキーが易々とゴール出来る難易度では無い
NPC同士の潰し合いや、運が絡むのも確かだが、この試合で『ゴール』が出来た時点で、アマチュアではトップクラスの実力はある


(´・_・`)「……」


初心者である徳雄が、十位の快挙を成し遂げた理由。リザルト画面にヒントが残されていた
徳雄が今試合で撃破した車体の数は『3』。およそ六分の一を、チャージングだけで破壊している
二枚落ちの重量軽減を補う為の重装甲。『タートル』レベルにまで重くしているにせよ、砲撃不可能の車体にしては破格のキルレートであった

469 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:46:26 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「お前、勝ち方の理想は?」

(;'A`)「え……そりゃ、一位獲ることっすかね……」

(´・_・`)「そうか……」


正直な所、徳雄の脚質は明らかに撃破主体の『バッファロー』向きだ。そこに文彦の砲撃術とキャプテンのアシストが加われば、蟒蛇に匹敵するレベルの超攻撃型チームが完成する
映像を見ても、明らかに不要な体当たりを行い、余計な時間と体力のロスを生み出している場面が多く目につく
ただし、ヒットさせた攻撃はほとんどがクリティカルだった。しばしばチャリオッツは格闘ゲームと例えられるが、この辺りは生来の膂力とセンスが関わっているのだろう
伸ばすべきは、ゴールまで走り切るレース技術ではなく、全員を倒し切る攻撃技術の方だ。勝利条件をラスト・ワンに限定したトレーニングを行えば、更に伸びる可能性がある


(´・_・`)「どうしても、ゴールで勝ちたいか?」

(;'A`)「『ゴールで勝たなきゃやる意味がねえんすよ』」


その一言で、小練は余計な進言を慎んだ。彼がそうしたいのであれば、勝ちたい方法で勝たせるのが指導者の務めであるからだ


(´・_・`)「なら次からは、相手との接触を避けてゴールしろ。恐らくそれで順位は落ちるが、体力の消耗は今より抑えられるはずだ」

(;'A`)「了解っす。続けても?」

(´・_・`)「あと二十分は休め。それと、ゲーム設定を少し弄る。一試合終わったら必ずリプレイを見返すように」


ステージ数を三に減らし、対戦相手をラビットとホースに限定する。高火力の砲撃やチャージングの頻度を減らし『競争』に重点を置く
過重量というハンデを背負いつつ、決着が早いレース展開について行くこと。これでペース配分を身につけさせるのだ


(´・_・`)「慣れない内は順位に拘るな。最終ステージで『一番近くにいる奴』には勝てるよう意識しろ。そいつが前にいるなら追いつけるように。後ろにいるなら逃げ切れるようにな。それでスパートのタイミングを掴めるようになる」

(;'A`)「負けるの前提で試合しろってのも、もどかしくて酷なオーダーっすね……」

(´・_・`)「今はトライアンドエラーを重ねる時期だ。本番で勝つ為と割り切れ。安定して上位に入れるようになれば難易度を上げてやる」


我ながら無茶な要望だと、小練は自らに呆れた。『これまで面倒見てきた連中』にも同じトレーニングを課した事こそあるが、フルメンバーかつカスタムも最適化された車体で、ここまで過酷にはしなかった
徳雄の持つストイックさと、チャリオッツへの『無知』につけ込んだトレーニング。文彦までとは言わないが、文句の一つは二つ溢すものかと予想したが


(;'A`)「……」


小練の目に映る徳雄は、より深い『地獄』を追い求めているように見えた

470 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:48:20 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)「……」


ジャパンカップを勝つ事で得られるリターンを口にした欲深デブとは違い、徳雄の目標は『勝利』や、『勝利に繋がる数多の要素』だった
明言こそ避けてはいるが、徳雄が長きに渡ってコンプレックスを抱き続けていた親友の話は既に『依頼主』の口から聞いている
青春の置き土産か、深く刻まれた心傷か。はたまた、それすらも超越した感情か


(´・_・`)(面白えなぁ……)


今や誰もが熱狂するアイドルグループの、センターの座に着く美男子『獏良 良樹』
彼の持つ魔性に最も魅了されているのは、往年のファンでもガチ恋勢でも崇拝者でも狂信者でも無い


(;'A`)「ふぅーっ……」


『スター』に唯一土をつけた、醜く小さい無名の男なのだろう


(´・_・`)「……」


『見届けたい』。狂おしいほどの執着に囚われたこの男が、ジャパンカップで真の目的を果たす瞬間を
その為にも、絶対に怪我など起こさせてはならない。慎重に、大事に。かつ『壊れないギリギリのライン』の地獄を与え続けねばならない


(´・_・`)「……」


小練はコッソリと、ステージ毎に配置される敵対NPCのレベルを最大まで上げた
己の無力を知って、奮起する者など一握りだ。その中でも稀に、ごく稀に存在するのが、打ちのめされた数の倍以上に伸びる者だ
大衆はそれを『天才』などと呼ばない。人の枠組を超えた者を、嫉妬と羨望を混えてこう呼ぶのだ

471 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:48:56 ID:0tGXVO1.0





(;'A`) 『鬼才』と




.

472 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:51:00 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



午前の鍛錬が終わり、昼食時。締切ギリギリの時間に食堂を訪れた徳雄は、トレーを手に文彦のいる席へと向かった


(; ω )「」死ゾ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


ゲンナリの絶傑だった。恐らくシャドバに実装されてもコモン以下のゴミカードであろう。買取??????出すべきはショップじゃなくて廃紙業者では???????だって臭うもんそのブタカード


('A`)「生きてっか?」

(; ω )「」


返事がないただの腐肉のようだ。え!!!!!????ただでさえ臭いのに更に臭くなるんですか!!!!!!?????
開始一日でグロッキーなのも如何なものかと徳雄は考えたが、既に食べ終えた昼食の食器が残っているのを見て、まぁ大丈夫かと結論付けた


('A`)「昼からは?」

(; ω )「」


グダッと机に突っ伏して何も話そうとしない。徳雄も口数が少ない男だが、会話に対して無視を決め込むほど失礼では無い
少しばかりの苛立ちを、嫌味に変えて返してやろうかと企んだが、ヒスを起こされるのも面倒だと思い止まり、煮魚に箸を入れた

473 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:52:59 ID:0tGXVO1.0
('A`)「……」


『勝てない』。考えないようにしていても、どうしても頭を過ぎる
ただし、先程まで競い合っていたCPU相手ではなく、最終目標である『獏良』に対してだ


('A`)(違うんだよなぁ……)


操縦技術が乏しいのは重々承知してるし、小練の指導も理に適っている。『上達』は間違いなくするだろう
だが、徳雄には大きなブランクと、獏良とは比べるまでもないほどに経験が足りない
元より才能の塊で、努力を惜しまぬ彼だ。宣戦布告をしたあの日から、向こうも此方を倒す為に鍛錬を積んでいるに違いない
鍛え上げても鍛え上げても、埋め難い『差』。焦燥は収まるばかりか、日に日に増していく


('A`)(武器が欲しい)


目の前で死んでるデブですら、『早撃ち』という天賦の技がある。相対した敵を瞬く間に撃ち抜く、正に必殺技だ
漫画やアニメに興味は無く、影響されたことなどないが、これさえ出せれば絶対に勝てる都合の良い『必殺技』を欲してしまうのは、男に産まれた宿命なのかも知れない


「美味しくなぁい?」


('A`)「っ……」


徳雄を思考の沼から引き上げたのは、耳触りの良いほんわかとした女性の声だった
ハッと顔を上げると、割烹着姿の女性が、不満気な表情で窺っていた

474 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:55:22 ID:0tGXVO1.0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あらぁ、ごめんなさい。お箸、進んでないようだったから」

(;'A`)「あ、ああ……そn( ^ω^)「ええ!!!!!!!!!とても美味しかったですお!!!!!!!こんな美女が作ってくださった食事を前に箸を止めるなんて失礼極まりない非モテ行為に他なりません!!!!!!!僕がこのブサイクの分も責任を持って食べて差し上げm」


急に元気になった色ボケクソオタク童貞汚ブタ悪臭デブに強めのデコピンを放つ


:(; ω ):「あっ……がぁ……!!」


真芯に響く痛みに、首根っこ掴まれた悟飯みたいに呻いた


(;'A`)「失礼、考えごとしてたもんで」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「本当に?食欲無いとかじゃなぁい?」

(;'A`)「ええ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「それなら、良いんだけどぉ」


ニコと微笑みを浮かべた調理員の女性は、渦巻模様の三角頭巾を外して、丁寧に折り畳んでポケットに納めた
解き放たれた薄桃色の髪が、ウェーブにそって波紋のようなグラデーションを広げている。それはまるで貝殻のカーテンが靡いているようで、徳雄は山中にも関わらず海を連想してしまった
女性は文彦の隣の椅子を引き、断り無しに着席する。文彦はビクリと身体を弾ませたが、童貞特有のの緊張からか、いつもの如くウザ絡みしなかった。何なんこのブタオタク


ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「どぉぞぉ」

(;'A`)「あ、はい……」


徳雄が食堂に訪れた時には、十三時前というギリギリの時間だったのもあり、既に利用客は疎らだった
昼の仕事は済んだと見ていいのか。まさか話しかけてくるのはまだしも、食べる様を観察されるとは思いもしなかった
徳雄は自身の醜さを自覚しているし、異性との縁など幼少期で既に諦めている。文彦のように美女を前にはしゃぐなどみっともない真似もしないが


(;'A`)「……」


頬杖ついてご機嫌な表情でジッと見つめられると、不快とまで言わないが、どうにも落ち着かない
頼みの綱であるデブも突っ伏したまま荒く呼吸するだけで役立たずだ。そもそもチャリオッツ以外で人の役に立ったことある???????

475 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:58:19 ID:0tGXVO1.0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「……私、邪魔?」

(;'A`)「うわぁ〜……」


うわぁ〜だった。徳雄は異性に興味も関心も無いので普通の男性なら慌てて取り繕うであろう試すような声色に素直なうわぁ〜を放った。そう、バチクソめんどくさいのである


ヽiリ,うヮ゚ノi「酷い!!酷いわ!!私はただ、キミが美味しく食べてくれる所を間近で見たいだけなのに!!」

(;'A`)「知ら〜ん……」

(#^ω^)「謝れお!!!!!!!顔もブサければ性格もブサイクで救いようがねえお!!!!!!!お姉さん!!!!!!こんなクソ野朗放っておいて僕が昼食の感想をこと細やかにお話して差し上げますお!!!!!!!」


徳雄はもう一度同じ箇所に、今度は本気のデコピンを放った


(; ω )「エンッ!!!!!!!」


文彦は大きく仰け反り、背もたれにぐだんと身を預け動かなくなった。黙っていればただの臭いデブなので意識があるより遥かにマシだった


('A`)「申し訳ないんですが、そうまじまじと見られると食うのに集中出来ないんで……」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「じゃあ食べさせてあげる!!」

(;'A`)「そう言うサービスも結構なんで……」

ヽiリ,,゚q゚ノi「ハァハァ食べるとこハァハァ見せてぇ〜!!生き甲斐なんだからぁ〜!!ハァハァ!!!!!」

(;'A`)「う、うわぁ〜……」


『変態とはいえ殴ったら流石にマズイかな……』。合宿二日目で暴力沙汰、それも女性従業員を殴るワケにもいかず
徳雄に出来るのは『勘弁して欲しい』とブサイクな顔を顰めるだけだった。顰めた方がまだマシな顔面だった

476 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 20:59:06 ID:0tGXVO1.0
めんどくささに耐えきれず、トレーを手に自室に逃げようとした矢先


(´・_・`)「邪魔すんな」

ヽiリ;, q ノiそ「ごあっは!?」


女性の脳天へ、瓦五億枚くらい割れそうな遠慮の無い手刀が振り落とされた。瓦一枚の厚みを1cmとして五億枚だと5000kmある。地球の半分くらい割れる。弱体化したアラレちゃんの可能性があった
額がテーブルを強く打ち、食堂中に響く鈍い音。疎らに残っていた利用客の誰かが、『えっぐ……』と絶句した


(´・_・`)「悪ぃな。料理の腕と引き換えに客が食ってるところを見ると興奮する性癖持ちになった変態なんだ」

(;'A`)「ああ……大変すね……」


徳雄は普段一緒に働いてる上司や同僚やアルバイトが相当まともな部類に入るのだと思い知った


(´・_・`)「食ったら暫く休めよ。こいつどうした?」


(; ω )「」


('A`)「さぁ?疲れたんじゃないっすか?」

(´・_・`)「ほーん。そんじゃ、ごゆっくり」


小練が突っ伏した女性の襟首を雑に掴んで引き摺っていく様を見送り、徳雄はようやく昼食にありつけたのだった

477 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 21:09:12 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



築二百年の日本家屋。団子一本で財を築いた参羽鴉創立者『大潮 凡吉』の遺産の一つである
およそ600坪の敷地内には、趣を感じる茶室や離れが設けてあり、中庭には美しい箒目の枯山水と、季節毎に色を変えるサクラやモミジ、イチョウの木が立ち並ぶ
重厚な石蔵には、諸方より取り揃えた玉石混交の骨董品が、日の目を避けて眠っている
余談だが、大潮家で最も価値があったとされる日本刀が、初代の逝去の同日に紛失し、今現在も見つかっていない
と、ここまでは歴代の大潮一族が作り替えず遺した区画であり、増改築を繰り返していく内に新たな建築物が新築されては取り潰されて行った

二代目頭首『大潮 百太郎』(ももたろう)は自身の功績を称えた等身大の純金の像を
三代目『大潮 波穂』(なみほ)その像を鋳潰して売却し、ボウリング場とプライベートシネマを
四代目にして本八の父『大潮 左今』(さこん)は、老朽化した施設を合意の下で解体し、高級車のカーガレージと酒蔵を
そして五代目である本八は、父の海外移住と共に移送され、がらんどうとなったガレージを、今まさにチャリオッツ専用トレーニングルームに作り替えている最中であった


(´・ω・`)「結構良い値段したな……」


購入したのは、家庭用ではなく『業務用筐体』。およそ四メートルにも及ぶ巨大な球体だ
運転席はカスタムに合わせたホログラムビジョンで表現され、没入的なゲーム体験を味わえる
極め付けは磁力を用いたリアルアクションシステム。右左折時の方向転換は勿論、重力加速度、飛翔時の浮遊感やサスペンションの軋み
路面に応じた運転席の振動に加え砲撃及び被弾時の衝撃や車体の横転に到るまで、ゲーム内で生じるありとあらゆる現象が、運転席の挙動としてリアルタイムで反映されるのだ
希望小売価格は二億円と、大潮家ほどの大富豪でもおいそれとは支払えない金額だが、型落ちの中古筐体であるならば一億、安ければ一千万ほどで手に入れられる
当然、メンテナンス費用は別途で掛かるものの、業務用筐体の個人入手は中古での購入が望ましいのである


(´・ω・`)「……」

(´・ω・`)「500万かぁ……」


結構良い値段どころの話では無かった。中古の高級車買えるくらいだった。中古の高級車が買えない可能性すらある
京都にある骨董品店『大桜堂』で購入した物だが、余りに安すぎてジャンク品どころか等身大のプラモデルでは無いかと疑った程だ
店主の背と髪が長く、和装の似合う京美人に『これマジで動くんか?それと今晩暇?湯豆腐食べに行かない?』と二、三度詰め寄ったが
ケタケタと笑いながら『ちょっと曰く付きやっただけで中身はなぁんも問題あらへんよ』と返されただけだった。食事には付き合ってくれなかった

478 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 21:10:29 ID:0tGXVO1.0
(´・ω・`)「安かろう悪かろうとはよく言うが……」


破格なだけあって、動作確認無しの現金一括購入しか認められず、金をドブに捨てる気持ちで購入したが
外観に目立った傷は無く、起動もスムーズに行われ、リアルアクションシステムのテストプレイも問題無い
ウイルスが混入してる可能性も考慮し、管理業者に再三チェックしてもらったが、『綺麗なもんです』の一言で片付いた
管理番号から流通履歴を遡ってもみたが、店頭で使われたテスター品であり、新型の発売と共に廃棄が決定された事がわかっただけで、その後どう言う経緯で大桜堂の軒先に並んだのかは定かでは無かった
念には念を入れてメーカーにも問い合わせしたが、当時の担当者は既に退職しており、詳しい経緯は答えられないとの事
ただ、大桜堂は先んじて中古販売の許可を貰っていたらしく、問題なく動くのならば使用して良いらしい
ただし、メーカー保証は効かず、故障や事故が起こっても自己責任でお願いしますと釘を刺された


(´^ω^`)「まぁええわい!!動くんやったらなんでも!!」


『曰く付き』という物騒な単語を都合良く忘れ去り、本八は意気揚々と私物となった筐体に乗り込んだ


(´・ω・`)「さーてと……」


とは言え、購入したのは中古の型落ち品。バージョンの更新もしておらず、出来る事と言えば試運転とトレーニング含めたソロプレイモードのみ
実際にオンライン対戦をするには、最新のバージョンが搭載されている筐体があるゲームセンターやコロッセオに足を運ばねばならない
しかし、本八からすれば『それだけ出来れば上等』だった。目的はゲームプレイでは無く、カスタマイズの噛み合いと、それに伴う運転席の挙動のテストなのだから


(´・ω・`)「とりあえず、デブに合わせたカスタマイズから色々試してみっか……」


本八のポジションは『キャプテン』。求められる仕事は戦略及び戦況把握に加えて、各ポジションのサポートである
車体のカスタマイズを始め、アビリティセットやアイテム購入、それらを使うタイミング
『脚』と『腕』を活かすも殺すも、『頭脳』次第。高ランクになればなるほど、大将の重要度は増す


(´・ω・`)「『クイックリロード』に『オートエイム』……」


試しに、装填速度を50%向上させるアビリティと、自動エイムを搭載してテストを行う
白タイルで構成された無機質なトレーニング用ステージに、半透明のタンク型ターゲットを、前方左右に一台ずつ配置

479 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 21:11:41 ID:0tGXVO1.0
(´・ω・`)「プレイ」


合図と共に、車体は真っ直ぐ走り出す。身体に感じるGと振動。リアルアクションシステムにやはり問題は無い


(´・ω・`)「おっと」


主砲、『6shooter』の射程に入った瞬間、ハンドルを急に切ったかのように右のターゲットへ向けて方向転換。そのまま『タン、タン、タン』とリズムよく三発発射し、撃ち抜いた


(´・ω・`)「タイム!!」


逆方向へと首を振る前に、本八はサッサとテストプレイを切り上げる。やはり固定砲塔とオートエイムの相性は最悪な上


(´・ω・`)「っかー……遅すぎ」


体型と性格はクソクソクソのクソのくっせえデブオタクだが、抜群の反射神経と精密射撃を誇る文彦にとって、オートエイムの速度は遅過ぎる


(´・ω・`)「これならむしろ多少無茶しても……」


『試行錯誤』。ジョッキーとガンナーの合宿期間中、キャプテンである本八の課題がこれだ
莫大なアビリティとアイテムの中で、最適化したカスタムを見つける事。気が遠くなりそうな根気のいる作業をひたすら孤独に繰り返す


(´^ω^`)「楽しい時間の始まりだァ!!!!!!!ガーーーーーーーーッハッハッハ!!!!!!!!」


『なんて事は無かった』。チームメイトが見つからなかった三十と余年に比べれば、余りにも短く、贅沢な時間であった

480 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 21:14:29 ID:0tGXVO1.0
―――――
―――



合宿三日目


( ^ω^)「ふんふんふーん♪」


昨日は語尾が『だお』から『帰りたい』に変わるほど消耗していた文彦が、どういうワケか朝からゴキのゲンだった


('A`)「調子良さそうだな」

( ^ω^)「とっくん!!おはようだお!!」


元気に挨拶まで返す程だ。昨日の朝なんて推しを殺されたかのような憎しみの籠った目で睨まれただけだと言うのに
『毎日こんなんだったらまだ可愛げの一欠片くらいあるだろうになぁ』。儘ならない人の心に、徳雄は小さく溜息を吐いた


( ^ω^)「聞いてくれお!!実は今日、シンクロナイズドスイミング部の団体客が来るんだお!!」

('A`)「へぇ」

( ^ω^)「今までずっと一人で歩いて限界だったけど、今日から華やかになるお!!ひたむきに努力する僕を見てワ、ワンチャンあるかもしれんおグフフフフフ」


徳雄はグフフフフフと笑い鳴く豚を初めて見た。サーカスの前座くらいにはなりそうだなぁと思った


('A`)「なぁそれ」

( ^ω^)「なんだお?羨ましいのかお?っかー!!ごめん!!とっくんは今日も一人で寂しくチャリ漕いでてくれお!!」

('A`)「……」


『女子シンクロ部なのか?』と訊こうとしたが、調子乗った文彦の言う通り徳雄には関わりない場所での団体客であるのは確かなので
大いに期待を裏切られるのを願いつつ、『なんでもねえよ』と会話を打ち切った



そして話は>>432レス目に戻るのである

481 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 21:14:55 ID:0tGXVO1.0
(; ω )「ブヒー!!ブヒー!!」


「ナイスガッツ!!」

「偉いぞデブちん!!」

「お前ら!!彼を見習ってもう一丁舞うぞ!!」


「「「「「ウーーーーーーーーーーーーーーッス!!!!!!」」」」」


逞しき漢(オトコ)人魚達が、一切の脂肪を感じさせないしなやかな肉体を、輝く水面へと投じる
文彦にとっては徳雄の顔面くらい見たくない光景であった。朝は元気いっぱいだった小さな小さな、そりゃあもう小さなムスコも今や見る陰もない。陰茎だけに


(´・_・`)「ほれ、水分補給しろ」

(; ω )「くたばれ」

(´・_・`)「最近のガキは口が悪ぃな。彼らを見習って爽やかに生きたらどうだ」

(; ω )「イケメンリア充くたばれ」


嫉妬に塗れた人間ってここまで卑屈になるのかと、小練はなんだか文彦が肥った哀しい生き物に見えてきた

482 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 21:17:17 ID:0tGXVO1.0
(´・_・`)(しかし……)


『よくやってる方』ではある。数日経ってもモチベーションが失くなる様子も無いし、消費カロリーも緩やかではあるが右肩上がりで増えている
褒めてやりたい所だが、文彦は恐らく一ミリも喜ばないのだろう。『同居人』に代弁して貰ってもいいが、気遣いの出来ない二人と変態が一匹だ。下手に拗れてしまう危険がある
その上、文彦にとっては酷な話も一つ。このまま続けていても、どこかで『頭打ち』が来るのだ


(´・_・`)「もう一時間、追い込んでいくぞ」

( ^ω^)「は?無理。動けない。競走馬だって一レース終えたらゆっくり休ませるお。そんな事もわからないのに指導者やってんの?ハァー、やめたらこの仕事?」

(´・_・`)「そうだな。明日は終日休みにしようかと思ったんだが、お前がそう言うなら今日は切り上げて続きは明日に回すか」

( ^ω^)「とまぁ、凡人ならこう言うでしょうね。ま、僕は元気と才能に満ち溢れた天才なんであと一時間くらい余裕ですけど」


毎日こんな可愛げの無いクソガキを相手してる徳雄が不憫でならなかった


( ^ω^)「っしゃあ!!休みって聞いた途端、やる気と希望がムンムン湧いて来たお!!」

(´・_・`)「あー、待て待て」


マジでサッサと終わらせたいんだろうなと感じる程に嫌そうな顔を向けた文彦に、小練は一枚のTシャツを投げ渡した


(´・_・`)「それ着ろ」

(;^ω^)「え?どうしてだお?もしかして、僕の透け乳首が見たいってコト!?幻滅しました実家に帰らせて頂きます」

(´・_・`)「乳首千切るぞ」


文彦は汚ねえ乳首を手ブラで隠した。お見苦しい物を見せてしまい大変申し訳ございません


(´・_・`)「いいからそれ着て歩いてみろ」

(;^ω^)「何だお注文の多い……偉そうに……美女と美少女侍らせやがって……クソがよ……」

(´・_・`)「……」


小練は『一発くらい全力で殴っても許されるんじゃないか』と思えてきた

483 ◆L6OaR8HKlk:2023/05/05(金) 21:18:20 ID:0tGXVO1.0
(;^ω^)「おっほ、新感覚……」


『服を着て水に入る』。ウェットスーツやラッシュガードはともかく、普段着のまま泳ぐというのは、余程切羽詰まった状況下か青春映画に脳を焼かれた学生しか行わないだろう
そもそも、何故泳ぐのには『裸』が適しているか。それは前述の通り『水の抵抗力』が関係する


(;^ω^)「っ、ふっ……」


肌の表面積よりも広く、ウエットスーツのように身体に密着しない布製品は、より多くの抵抗力を受けやすい
その上、水を吸った分重さが生じ、クロールやバタフライのフォームの妨げとなる
水難事故に遭った際、もがけばもがく程に体力を大きく消耗し、溺れてしまう要因の一つである
尚、有事の際は慌てずに『背面で静かに浮く』事で、衣服内の空気が抜けずに浮き輪の役割を果たす為、一概に悪条件とは言い切れない


(;^ω^)「んぐぐ……キチィお……!!」

(´・_・`)「せやろがい」

(;^ω^)「僕に何の恨みがあってこんな仕打ちを……?」

(´・_・`)「さっき吐いた暴言思い返してみ??????」


思わず本音が出た


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