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しゃらり小夜曲のようです

1名無しさん:2020/11/29(日) 01:42:13 ID:ghl6WsGY0
(1)

彼女の胸に飛び込むと、その浅く平たい肢体が嘘のように僕を包み込んだ。
体全体が薄いビニールの膜に覆われたかのような粘つきと、淫靡に温度の高まった体温が互いの興奮を伝え合っていた。

大きく口を開ける彼女の胸の開口部からは複雑且つ整然と絡まり拗れた肋骨と内臓の渦巻きが暗がりから覗いていて、
雑多に縫合された左右の腕が僕に向けて伸ばされている。

透き通る新雪並の白さを誇る彼女の体色は仄かに紅潮しており、継ぎ接ぎに縫合された彼女達一人一人も同等の艶然な色彩を帯びていた。
白い肌同士を白い糸が結びつけ、何本も何本も突き出ている細く硬い腕には切れ味の良いステンレス製の鋏が握られていて、
それがちょきちょき、ちょきちょきと開閉を繰り返している。

瞼と皮膚周辺の筋肉が弛んだその顔は溢れる苦痛の叫び声と共に身悶えしながら、それでも慟哭を挙げれずにいた。
目元も口元も固く深く糸で結び付けられて、ご丁寧に皮膚断面ぎりぎりのところに玉留めがなされていたから。
その手腕からオートクチュールのクチュリエにも通じる芸術性を垣間見れるほど至近距離で僕は眺めている。

んっんっ、と喉を痙攣させて嗚咽を漏らそうとする様子が感じられたけれど僕の鼓膜は結局全く揺れることなく、
目前で激しく嚥下運動する脈と筋の浮き出た喉仏をただ見詰めている。

するとその白く蠢く細い喉が見る見る内に縦に裂けてゆき、ぱっくり開いた肉色の穴から、皮膚断面によく似た血色の舌が零れ落ちてきた。
表面に小さな突起状の味蕾がぽつぽつ浮かび震えている舌の先端から、半透明で酸味のある粘り気の強い唾液が滴り僕の頬を濡らす。

歓喜の痙攣から、まるで心の底から僕を待ち望んでいたかのようだった舌舐めずりを堪能していると、僕はいつの間にか彼女の腕と足と体と指と四肢とに繋ぎ合わされていた。
二つ以上のものが一つに混ざり合う中で僕と彼女を繋ぎ止めている確かな証拠は、このきらきらと月光を反射する蜘蛛の糸と、
互いの神経を縦横無尽に駆け回る強烈な痛みと快楽の小浪だった。

僕の醜い毛脛やら腕やらが彼女の肢体と懇ろに結合し合い、
あそこでは僕の足の中指の爪と彼女の臍が癒着して一つになりつつある。
その隣では僕の背骨と彼女の大脳から溢れた灰白色の蛋白質が剛柔を掛け合わせようと必死に互いを貪り合っている。

思わず僕はその痛みに顔をしかめようとするも、瞼も口も表情でさえも糸で固定されていて動かせない。
今の今まで彼女の舌が見えていた位置に固定され身動きが取れなくなってしまったので、僕は目前の雪のようにきめ細やかな喉笛に対し犬歯を突き立てようとする。

しかしやはり表情は微動だにせず口も全く動かなかったので駄目かと思っていたが、暫く苦痛に耐え角度を探っていると漸く願いが通じたようで、
自らの開かない口腔内の奥歯と前歯の裏側を歯茎から先端に向かってゆっくりと舌で撫でられる感覚に急に襲われ、
僕は不意な快さに一瞬全身を震わさせるも、それを齎してくれた蛞蝓のような滑り気に僕自身の舌を委ねていた。

133名無しさん:2020/12/05(土) 20:04:49 ID:kW.hMAD20
( 、 *川「あなたは、悪くない」

N| "゚'` {"゚`lリ「……」

シーツが湿っている。
産毛すら生えない爛れた皮膚。
口蓋垂の下、喉奥で微動する舌根の名残。

(゚、゚トソン「誰もあなたを責めたりしません。あなたの判断は、仕方のないことだったんです。誰も、あなたを咎められない…あなた以外」

皮肉にも、金銭は余っていた。
僕はそれを精神疾患の同居人のように食い潰した。

('、`*川「酔ってない時が無いくらいにね」

しかし、辻褄が合わなく無いか?
ミセリはマンホールの上に寝ていた。
あそこにマンホールは。

N| "゚'` {"゚`lリ「あったよ、あの娘の影に、厠のように」

ミセリの肌は綺麗だった筈だ。
肉片を喰ませて逃亡を図った痕跡なんて無かった。
新雪のようにきめ細かく、健康的な痩せ方だ。

N| "゚'` {"゚`lリ「…焼鏝、鉄線、釘、杭、鎖、凍傷…無事な所の方が、少ないくらいだった。面影なんて、何処にも無かった」

…その、千切れかかった片耳の、錆びたピアスポスト以外には。
でも、僕はマンホールの穴から彼女を探し当てたはず。

(゚、゚トソン「…あなたは、川の水の色に不信感を持ったに過ぎません。
それと、ミセリさんの元からマンホールに向かって、唾液の流れた黒い跡が染み付いていただけです」

電灯の、明滅は。

(゚、゚トソン「裸電球と、ここまで来るに至った路傍の街灯です」

僕は、何を忘れているんだ?

(-、-トソン「…全部、ですよ。過去を」

(´つ_ゝ∩`)「まだ、だいじょうぶ。ここまではなんとなく、予想してたから」

('、`*川「聴くべきじゃない。私はあなたがいなくて辛かった、寂しかった。私はあなたがいなくても大丈夫だった、耐えられた」

134名無しさん:2020/12/05(土) 20:05:24 ID:kW.hMAD20
('∀`)「ま、またあなたは忘れているんだ。へへ、へ…あんなに面白いビデオが撮れたっていうのに」

僕は。

N| "゚'` {"゚`lリ「あの部屋のカメラをデミが回収したことは…黙っていた。ちんけな罪に問われないように…思えばあの選択が、最悪手だったんだ」

ドクオを殺した。
しぃを殺した。
フサギコを殺した。
ギコを殺した。
キュートを殺した。
モララーを殺した。

('∀`)「イイ出来だろ? あなたも僕と同じ変態なんだから、生娘の一匹や二匹、食っちまえば良かったんだ」

ドクオには僕が持つ残忍の全てを捧げた。
祖父にしたように拷問して、
母にしたように刻んで、
父にしたように苦しめて、
地底湖に沈めた。

(´つ_ゝ∩`)「…不思議と、落ち着いているよ。凪いだ海のように」

('、`*川「あなたを守りたい。あなたが憎い。あなたのせいよ、全部。
そう、あなたは悪くない。悪いのは全部、私なの」

ぽちゃんと心にティアドロップが落ちる音。
虫が無数に地を這う音。

(゚、゚トソン「あなたが今覚えていることを代弁して差し上げましょう」

自分は父の父である祖父と両親から虐待を受けていた。
自分はその三人を残虐に殺害し、家の裏の地底湖に転がした。

(´;_ゝ;`)「こわいよ、都村さん。僕は、僕とあなたが、とても恐ろしい」

('、`*川「だから言ったでしょう?」

それから必死になって働いて、勉強して、独り立ちした。
学生になる以上、出費はなるべく抑えたい。
ルームシェアの物件が安かったから同居人を募集して、その餌に食い付いたのがしぃだった。
しぃは診断されていないだけの精神病患者だった。
しぃと入居してから、伊藤さんと出会った。

(´;_ゝ;`)「答え合わせは、もう済ませた筈だ」

135名無しさん:2020/12/05(土) 20:06:10 ID:kW.hMAD20
('、`*川「私とね。あなたの過去にしかいない、私と」

物音一つにさえケチを付けるクセに、仕事もしなければ家賃も払わない。
勝手に鍵を取り付けた部屋からは四六時中ハングルの楽曲が漏れている。
自分は危害を加えていないのに、ある日唐突に据え置きのスポンジに剃刀を仕込まれた。

同居人に係う愚痴を伊藤さんに話せる訳が無かった。
心配させたく無かったから。

(´つ_ゝ∩`)「わざわざあなたに、代弁してもらう必要なんてない!」

('、`*川「可哀想に」

ノックをしても返事はなかった。
だから翌朝尋ねると激昂されて、包丁を構えられた。
自分は手に持っていた証拠品の剃刀で咄嗟に反撃すると、しぃの鼻先が落ちてしまっていた。

(´つ_ゝ∩`)「君が言わなくたって分かってる!
そんな事情でルームシェアなんて続けられるはずも無かったから、しぃには即刻出て行ってもらった! それだけだ!」

('、`*川「しー…。あの子が起きちゃうわ、今やっと、寝たところなの」

事態は暗々裏且つ有耶無耶に終わった。
いつの間にかしぃが消えていて、借財が財布に戻ってくることは無かった。
ちょうどその頃、ペニサスがミセリを身籠るのに合わせ、入籍した。

(゚、゚トソン「自分は藁にも縋る思いで、彼女との間に幸福を探し求めていた」

(´つ_ゝ∩`)「…そうだ」

ここまでで自分は何一つ悪事を犯していない。
思わぬ反撃を喰らった連中は因果応報だ。

(゚、゚トソン「自分は悪くない」

(´つ_ゝ∩`)「そうだ」

(゚、゚トソン「幸せになる資格がある」

(´つ_ゝ∩`)「そうだ」

(゚、゚トソン「今まで何度も何度も理不尽な現実に耐えてきたんだから、自分には貯めた負荷を放つ権利がある」

(´つ_ゝ∩`)「そうだ!」

('、`*川「いくら疲れが溜まっていたって、どれだけストレスに苦しめられていたって、やって良いことと悪いことがあるでしょう?」

136名無しさん:2020/12/05(土) 20:06:53 ID:kW.hMAD20
それからは幸せな日々だった。
我が子の目紛しい成長に一喜一憂した。
瞬目の間に学習して力を獲得する貪欲っぷりに打ち震えた。

(゚、゚トソン「自分たちは幸せだった。苦労の数の方が多かったけれど、それでも価値ある毎日だった」

(´;_ゝ;`)「…僕みたいな、生まれてこの方幸福を感じられなかった人間が、子供を育てる資格なんて無い。
何度も何度も、そう思った。例え隣で、ペニサスが笑っていようと」

容姿端麗、百伶百利なミセリが自慢だった。
得意満面に才能を鼻に掛ける態度が時に嫌味に感じるくらいのあの子が、僕の生きてゆく新たな道になっていた。
毎日毎日、僕とペニサスは飽きもせずに、あの子の長所を語り合った。

(゚、゚トソン「…自分は今の安楽にかまけて、過去を忘れ去ろうとしていた。ペニサスに言われた通りに」

(´つ_ゝ∩`)「"忘却はよりよき前進を生む"」

その通りだと思い込みつつあった。
半ばまで信じて疑わなかった。
娘の、ミセリの、13回目の誕生日までは。

(゚、゚トソン「そこから先、ミセリさんを見つけて、私が先ほど話したところまでは、あなたも理解していることかと存じます」

それから。
それから僕は。

(´つ_ゝ∩`)「誰より早く見つける必要があった。誰にも知られてはいけなかった。警察に見つけられたら、僕は彼ら六人に何もできなくなってしまう」

N| "゚'` {"゚`lリ「だからデミは、ビデオの所在を隠匿した」

犯人も馬鹿では無いので、全員覆面を着けていたけれど。
人数は計六人。
ひょろひょろに痩せている男が筋肉質な男に指示させて、ミセリの喉元を縦に裂いていた。
手足を十字に磔にされていた、白く硬く窶れた女の体幹が跳ねる。

(´つ_ゝ∩`)「何故か、冷静だったんだ。思えば僕は、その時点で箱の中に感情を押し込んでいたんだろう」

('、`*川「辛いね、悲しいね、苦しいね。でもあなたは、何も感じられなかった。それが最愛の愛娘であろうと」

137名無しさん:2020/12/05(土) 20:07:39 ID:kW.hMAD20
眼球は熱で溶けていた。
片耳はゆっくりと断たれていた。
口も耳も鼻も目も喉も臍も膣も肛門も等しく押し広げられ、濁った液体に犯されていた。
会陰の隙間から垂れた紐の先を食わされるミセリを見た時、何かが萌えた。

(゚、゚トソン「古今東西の拷問を、遍く体感させられていたんですよ」

筐底に肉色の芽が出た。
それは自分がビデオを見れば見るほど成長する。
蓋を押し上げて、隙間から肉厚な枝葉と蔦が顔を出していた。

(゚、゚トソン「自分は、まずビル所有者の息子のドクオを在らん限り痛め付け、その他メンバーを炙り出した」

思いの外簡単に事は進んだ。
皮肉にも、自分が過去に聴かされ体感させられた悪意が材料になったから。
痛めつけている時、何故か楽しかったんだ。

(゚、゚トソン「モララー、キュート、ギコ、しぃは自分が手を下して、フサギコは不幸にも彼の口からミセリの話が出たせいで、ペニサスが殺害してしまった」

全部自分で始末をつけたかった。
ペニサスには沢山苦労させたし、僕のせいで彼女の不安症を助長させてしまったから。

自分は未だ、式を挙げれなかったことを悔やんでいる。
ペニサスの手を汚させてしまったことと同じくらいに。

('∀`)「ザマアミロってんだ、へへへへへへ」

頭の中から響くように音がするから、僕は手に持ったリールガンを自身の側頭に押し当てたくなる。
この木霊を消したくなる。

('、`*川「まだダメよ」

自分は、あの好色爺のフサギコを殺したかった。
灰皿で釘を打ち付けるように頭を叩いて、割った中身を見たかった。
ミセリを囲うコンクリートの壁を、彼らの脳漿で黒く染め上げたかった。

(゚、゚トソン「何故、ペニサスさんはフサギコを殺害したのでしょうか」

(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

そんなの決まっている。
あいつの口からミセリの話が出たからだ。

(゚、゚トソン「何故、それをあなたが知っているのですか」

138名無しさん:2020/12/05(土) 20:08:20 ID:kW.hMAD20
(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

ペニサスから聴いたからだ。
しぃが炎に巻かれながら叫んでいたって。

(゚、゚トソン「何故、しぃが叫んでいたことを、ペニサスさんは知っているのですか」

(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

それは違う。
炎に巻かれたしぃの叫喚を聴いたのは僕だ。
しぃは僕に植え付けられた恐怖のお陰で、正直に答えてくれたんだ。

(゚、゚トソン「何故、若い店員しかいない店で、ペニサスさんはフサギコを殺したのでしょうか」

(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

それは。
それは。

('、`*川「ダメ! デミタス、私を見て! 私はあなたの目の前にいるわ! その女の話は全部出鱈目よ!」

(゚、゚トソン「何故、あなたの幻影の彼女は、そこだけキッパリ言い切ったと思いますか」

(´つ_ゝ∩`)「やめろ! やめろ!」

リールガンを掴む腕が震える。
腰に佩したスパナは小刻みに震えている。
僕の指先は白い。

('∀`)「またあなたお得意の暴力かい? 蛙の子は蛙とは、よく言ったもんだね。へへへ」

(-、-トソン「…ペニサスは六人の内、誰一人とも面識はありませんでした。フサギコを殺したのは、あなたです。デミタスさん」

(´つ_ゝ∩`)「…」

だったら。

('、`*;川「だったら、何だっていうのよ。単なる思い違い程度の、些細なことじゃない…」

(´つ_ゝ∩`)「五人も六人も変わらない。寧ろ、ペニサスが誰も殺していなくて安心したくらいだ」

139名無しさん:2020/12/05(土) 20:08:55 ID:kW.hMAD20
('A`)「誰も、か」

(゚、゚トソン「あなたはもう一度、全て自覚しなければなりません」

え?
これで終わりじゃ無いのか?
六人もの大量殺人を犯して、精神の錯乱から留置されて、僕は治療を受けているんじゃないのか?

N| "゚'` {"゚`lリ「違う」

(-、-トソン「…違う、と言いたいところですが、正誤があります」

まだ、続くのか。

('A`)「やめないよ」

(*゚ー゚)「許さない」

ミ,,゚Д゚彡「ふざけるな」

(,,゚Д゚)「逃げるな」

o川*゚ー゚)o「苦しめ」

( ・∀・)「死んでしまえ」

('、`*川「五月蝿い」

僕はミセリの誕生日に二度寝した。
写真で晴れ姿を見れたけれど、それが最期だと分かっていれば、何が何でもミセリを行かせたりしなかっただろう。
長い事探して、阿部やトソンに助けて貰っていたのに、一向に見つからなかった。

野菜炒めが美味しい。
目玉焼きが美味しい。
焼き鮭が美味しい。

出張先で赤く濁った川を見た。
近くのツインビルには廃屋の食肉加工工場が埋め込まれていた。
ビルとビルの間には、本当に些細な空間があった。
孕んだ白猫が、錆びたピアスの刺さった耳を咥えていた。

(´つ_ゝ∩`)「目が、痒い」

立ち入り禁止もお構いなく、内部散策を続けた。
ビデオは持ち帰った。
白い肌で健康的な痩せ方の我が子だったものを見つけて入院させた。

140名無しさん:2020/12/05(土) 20:09:32 ID:kW.hMAD20
看病はペニサスに任せて、僕は犯人探しに勤しんだ。
下顎が外れ眼球が欠如し片耳の欠けたミイラ状態のミセリと対峙するペニサスが節榑立って行くのに気付かなかった。

(゚、゚トソン「自分は盲だった。しかし後から悔いるだけの自罰的思考に、何の価値が、意味があると言うのか。
自分に必要なのは意味では無く、受け入れられるだけの度量と余裕だった。そんなもの、生まれてこの方自覚した事など無かったと言うのに」

一人穴に転がす毎に、僕は自宅へ帰り酒を飲む。
戯れにペニサスを抱いた。
翌朝には酔いが残っている内に家を出る。
それを、計六回繰り返した。

(゚、゚トソン「自分はその度に後悔した。痩せ衰えたペニサスは空気のように軽いのに、酩酊している自分はそれにすら気付けない。
猿のように腰を振って、果てて、朝日を照り返す埃の粒を掻き分けて、逃げるように犯人を追った」

全て終われば元通りになる。
復讐を遂げれば、ミセリもペニサスも、僕も救われる。
今を耐えれば前に進める。
例え目の前に、多大なる障害が聳えていようとも。

('A`)「そんな訳ないじゃん、両親に愛されなかった人間が、幼少期を忘れて生きていけるわけないじゃん。
あなたは一生、あなたを脱却できないよ」

(´つ_ゝ∩`)「五月蝿い」

僕は、別に自分のことなんてどうでも良かった。
我慢するのには慣れていたし、僕の望みが叶わないことだとも分かっていた。
だからせめて、二人さえ、ミセリとペニサスさえ幸せならば。

N| "゚'` {"゚`lリ「…事を終えてからを、お前は覚えているか」

それだけで良かったんだ。

(゚、゚トソン「高和さん」

('、`#川「聴いちゃダメ! 耳を塞いで! その先には何も無いのよ!」

阿部の悲しそうな声。
都村さんの冷めた声。
ペニサスの悲痛な声。

(´;_ゝ;`)「事を、終えてから?」

事は、言わずもがな六人への私刑だ。

141名無しさん:2020/12/05(土) 20:10:09 ID:kW.hMAD20
(´つ_ゝ∩`)「全員、ここに沈めた」

ここは家の裏にある地底湖。

N| "゚'` {"゚`lリ「その後は」

('、`#川「彼の言葉に耳を貸しちゃダメよ、戻ってこれなくなるわ!」

その後。

(;´-_ゝ-`)「ペニサスから借りていたカローラで、家に帰った」

菫が咲き乱れていた。
一人で『ちょっとうれしいカローラ』を口遊みながら。

N| "゚'` {"゚`lリ「その後」

('、`#川「この男は、あなたを誑かしているのよ!」

深夜の運転は過労が付き物で、適度な休憩を取らなければ容易く道を踏み外すことを僕は知っていたから。

(;´-_ゝ・`)「路駐して、一晩眠ったんだ。車内で」

家に着いた頃には、既に朝日が登っていた。
夜の内に帰れれば良かったのに、狭い車内と過労で軋んだ身体は悲鳴を挙げていた。

N| "゚'` {"゚`lリ「…それから」

(;、;*川「それ以上、想起しないで…お願い。思い出さないで…」

僕の耳がペニサスの掌で抑えられる。
温度を感じない腕を通過して、音だけが僕の鼓膜を揺らしている。
悲しいけれど、彼女は僕の過去にしかいない幻覚だと自覚してしまっていた。

(´;_ゝ;`)「漸くこれで終わったんだ、僕はやっと前に進めるんだ…取り返しのつかない事だらけだけど、だからといって生き地獄じゃない。
僕に未来が無かったとしても…ミセリとペニサスには、明日があるんだ。二人の安全は、僕が保証する。あいつらはもう、全員いないから…」

もう二度と、酒なんて呑まない。
もう二度と、暴力に溺れたりしない。
僕は疲れを癒す為、狭い浴室の扉を開けた。
あの、三人入るのがやっとな、狭く小汚く垢塗れで、心の奥底がぽかぽかする湯船に向かって。

142名無しさん:2020/12/05(土) 20:10:36 ID:kW.hMAD20
('、`*川「おかえり」

(´・_ゝ・`)「ただいま」

('、`*川「お風呂、沸かしといたわ」

(´・_ゝ・`)「ペニサス、これは」

('、`*川「もうずっと、ここで待ってたの。ミセリと二人で、あなたが帰ってきてくれるのを」

(´・_ゝ・`)「これ、は」

('、`*川「ほら、ミセリ。お父さんに『おかえりなさい』は?」

(´・_ゝ・`)「ペニ、サス」

('、`*川「ミーセーリー、女の子がそんなにだらしなく、口を広げるんじゃありません。はしたない事なのよ」

(´・_ゝ・`)「この、濁った水は…それに、きみが抱えている、その、白っぽいのは」

('、`*川「うふふ、そうねー。お母さんもお父さんの帰りを、今か今かと待ち侘びていたのよー。ミセリったら、そんなに仕切りに頷いちゃって」

(´・_ゝ・`)「それに、この臭い…ペニサス、その、胸にある卵みたいなのは、まさか」

('、`*川「うん、ミセリね、一生懸命リハビリして、最近やっと帰ってこれるようになったの。
お父さんに、元気なミセリを見て欲しいって、張り切っててね」

(´;_ゝ;`)「まさか、その黒く溶けた糸みたいなのは…片方にだけ付いてる、そのピアスポストは」

('、`*川「デミタス」

(´;_ゝ;`)「あ、あっ……」

('、`*川「デミタス」

(´;_ゝ;`)「…あ、ううぅぅぅ……うぇっ、あ、が、はあああああぁぁぁッッ!!!」

('、`*川「デミタス」

(;´つ_ゝ∩`) 「ふぅぅぅ……ふっ、ふぅぅぅぅ……」

('、`*川「デミタス」

143名無しさん:2020/12/05(土) 20:11:18 ID:kW.hMAD20
(;´つ_ゝ∩`) 「………な、なに」

('、`*川「あなたがいなくて、寂しかった、悲しかったの。
…私は、孤独に耐えられないの。気丈に振る舞ってるけど、心はいつでも荒野なの。せせこましくて、不安定なの」

(;´つ_ゝ∩`) 「……うっ、うっ」

('、`*川「耐えられなかった、目の前であの子が、少しずつ人の皮を剥かれてゆくのが。
ミセリが、ゆっくり、でも確実に、人じゃなくなっていくのが」

(;´つ_ゝ∩`) 「う、あっ、あっ…」

( 、 *川「わたしも、もうじきだめになる。もう、限界なのよ」

(;´つ_ゝ∩`) 「うぅ、うぅあ……」

( 、 *川「なんで、帰ってきてくれなかったの? どうして、助けてくれなかったの?
あなたがいなくて、わたしたちがどんなに辛かったか、あなたにわかる?」

(;´つ_ゝ∩`) 「ぼ、ぼくは…ふたりが、安心して暮らしていけるようにと、おもって……」

(;、;*川「私たちは、あなたさえここにいてくれれば、それでよかったの。
苦しくても、不安でも、三人でまた暮らせれば、それだけで十分だったの。
復讐なんて、必要なかった…!」

(´;_ゝ;`)「ぼくは、ぼくは…二人さえ幸せなら、それだけで、それだけでぇ……」

(;、;*川「…ミセリが変わり果てた姿でかえってきて、私は、何も言えなくなっちゃった。なんて声をかければいいのか、わからなくて……。
でも、それでもわたしはぁ! やっと、家族三人で、元通りじゃなくても、暮らせるって思って、自分を、無理矢理嬉しく感じさせたのぉ!」

(´;_ゝ;`)「また、まただ…。また、何が一番大事なのかわからなくなって。…僕は、僕のためだけに、動いていた、の、か……?」

(;、;*川「あなたさえ、ここにいてくれれば……過去を忘れて、前を見てくれれば、それだけで、元に戻れたのに……」

(;´つ_ゝ∩`) 「あ、あぁあ」

(;、;*川「なんで、なんの意味もない復讐に、走ったりなんかしたの?
私もミセリも、ずっと、ずーっと、耐えてきたんだよ?」

(;´つ_ゝ∩`) 「それ、は」

144名無しさん:2020/12/05(土) 20:12:05 ID:kW.hMAD20
(;、;*川「あなたが、相手を許せない気持ちは、それこそ痛いくらいにわかる。殺してやりたいって、私もずっと思ってる」

(;´つ_ゝ∩`) 「ぼくは、もう」

(;、;*川「過去を無視して、忘れて、今を肯定するんじゃなくて…
いまを、わたしを、ミセリを、見てほしかったの…。だからずっと、まっていたのに…」

(´;_ゝ;`)「あぁ、あぁあ、ああぁぁぁああああぁああっっ!!」

(;、;*川「……」

(´;_ゝ;`)「うううぅぅぅ、くっ、うぅ、あぁああぁぁ、が、ぐ…」

(つ、∩*川「……」

(;´つ_ゝ∩`) 「…なんで、なんでぇぇ、こんな、こ、っとに……」

('、`*川「…デミタス」

(;´つ_ゝ∩`) 「…」

('、`*川「最期に一つだけ、私のわがままをきいてくれる?」

(;´つ_ゝ∩`) 「…」

('、`*川「あの、SF映画を、おぼえてる?」

(;´つ_ゝ∩`) 「えっ?」

('、`*川「レプリカントが、生みの親である博士を抱きしめて、縊るシーン」

(;´つ_ゝ∩`) 「…おぼえて、いる…け、ど」

('、`*川「私ね、あの一場面が大好きなの。
私も最期はあんな風に、愛する人に、ぎゅーっと抱きしめられたいなーって、ずっと思ってた」

(´つ_ゝ∩`)「ペニサス」

('、`*川「私のことは、忘れて欲しいの。あなたには、前に進んで欲しいの」

(´つ_ゝ∩`)「僕は、君を、君たちを、忘れなければ、いけないのか」

('、`*川「…一生に一度のお願い、聴いてくれるかしら」

(´;_ゝ;`)「…」

('、`*川「楽に、なりたいの」

145名無しさん:2020/12/05(土) 20:12:43 ID:kW.hMAD20
だから。

だから、僕は。

僕はペニサスを、力の限り、強く、強く、抱きしめた。

ハグした彼女は、元の容姿が分からなくなるくらい、白くて、細くて、硬くて、過去の面影なんて一つも無かった。
ペニサスの胸に抱かれたミセリと一緒に、僕は湯船に浸かって、二人をぎゅーっと、抱き締めたんだ。

(´つ_ゝ∩`)「…僕は、彼女を、ミセリを殺してしまった彼女を……絞め殺して、しまった」

僕の背中には体温も起伏も感じられない彼女の身体が密着している。
忘れることと、思い出すことに葛藤する僕が生み出した、防衛機制と快復への本能を歪に象った、彼女。

(-、-トソン「それから」

(´・_ゝ・`)「…二人をボストンバッグに詰めて、来た道をもう一度、遡行した」

手足を歪に折り曲げないと入らなかった。
水で腐ったミセリの髪の毛がチャックの隙間から釣り糸のようにはみ出していた。
押し込む度に、ペニサスの鈴なりのピアスが、しゃらり、しゃらり、と鳴る。

N| "゚'` {"゚`lリ「それから」

(´・_ゝ・`)「地底湖でチャックを開けた時、ペニサスの耳から出てきたオオヒラタシデムシの幼虫に、噛まれた」

また、しゃらりと鈴が鳴る。
空洞は音が木霊する。

(-、-トソン「それから」

(´・_ゝ・`)「彼女の形見として、ピアスごと耳を切り取った。僕はそれをトレンチコートのポケットに入れて、毎日、肌身離さず持ち歩いた」

歩く度に震える音は、まるで彼女から僕に向けた小夜曲のようだ。

N| "゚'` {"゚`lリ「それから」

(´・_ゝ・`)「二人を地底湖に、海に転がして、蔓延るシデムシをしゃくしゃく踏み付けながら、大学に戻った」

どうすれば忘れられるか。
幼少期から常日頃、ショックに晒され続けた僕は、どうすれば二人を忘れられるのか。

146名無しさん:2020/12/05(土) 20:13:19 ID:kW.hMAD20
( 、 トソン「それ、から…」

(´・_ゝ・`)「暫くは、普通に扮した。笑顔を貼り付けて。
トソンと高和とミルナ教授だけは、僕の違和感に気付いている風だった」

記憶を司る機関は脳内にある。
誰しもが知っていること。
大事なことは、どうすれば消せるか。

N| " '` {" `lリ「それ、か、ら…」

(´・_ゝ・`)「ここなんだ、眼底の奥…少し上の方。こめかみより、少しだけ上。こんな風に、僕は狙いを定めた」

ミルナ教授の授業で、精神外科医なる概念が議題に上がった。
前頭葉白質切截術。
僕に打って付けの治療法だった。

(゚、゚トソン「デミタスさん、あなたは」

(´・_ゝ・`)「彼女の言う通りだ。このリールガンは、僕の、最期の願いを込めた、武器だった」

N| "゚'` {"゚`lリ「デミタス、お前はまた、全部忘れるつもりなのか」

こめかみ上方にリールガンを添える。
僕を保護している二人が用意したのだから、釘が一本も装填されていないことくらい分かっている。

それでも、僕の胸元で罰印に組まれる白く細く硬い腕を見ていたら。
見ながらこうして、自分の肌に発射口を当てていたら。
不思議と心が落ち着くのは、何故だろうか。

(´・_ゝ・`)「フサギコに似てる教授が示した通り、これが13回目なんだろう? ミセリの享年と同じ。崩れ始めた現実と同じ数字の」

虫の甲殻が、何か巨大な塊に押し潰されて、ぱきぱきと骨の折れる時のような音が水底から聴こえる。
ボストンバッグのチャックが開いて、はみ出た髑髏から人体が発芽するのが見える。
僕と繋がりあった彼女の腕に、力が込められたように感じる。

(´・_ゝ・`)「…一人で家に帰る時の、高速で見たトラックは、寂しかったよ。僕だけ世界に取り残されたみたいで」

死体安置所の実験も、何かを題材にしていたはず。
あの時見た幻影は、皮肉にも両親が読み聞かせてくれた思い出だ。
ペニサス──彼女がたくさんいる理由…苦痛は、僕の全てだった。

(´・_ゝ・`)「また缶コーヒーを買っておくれよ。
自由に外出できない独房の中で、自分一人で淹れるコーヒーは、あまりにも寂しいから」

147名無しさん:2020/12/05(土) 20:14:08 ID:kW.hMAD20
N| "゚'` {"゚`lリ「……また、釣りに行こう。デミと、俺と、トソンと…ペニサスと一緒に」

繰り返す度に、より強固に、より煩雑に複製された、防衛本能と帰巣本能の、集合体が彼女だった。
僕には、痛みや快楽の、刺激が必要だった。
それが僕の、破綻した軸だったから。

(´・_ゝ・`)「トソン、君の試みは次に繋がるよ。僕は子供が大好きだから」

(、 トソン「…この、ばかっ」

中学の生徒も教師も、失踪したミセリを気に掛けている連中は一人としていなかった。
入院後に届いた千羽鶴を広げてみれば、才能豊かなミセリに向けた罵詈雑言が揺れていた。
少女グループの鳥瞰も、取り巻きがすぐ散ったことは、きっと正しかっただろう。

N| "゚'` {"゚`lリ「脚の傷を見る度に思い出せ、それがきっかけなんだから」

(´・_ゝ・`)「ああ、だから今回は、こうする」

腰に佩していたスパナで僕と彼女を結び付けていた蜘蛛の糸を引きちぎる。
読んでいた小説だと、それが極楽に通じる糸だったのに。

(゚、゚トソン「!」

(´・_ゝ・`)「…これ以上は、もう持たない。
彼女の転がる音が、君たちが僕の世界に没入した時と同じ音が、すぐ近くまで来てるんだ」

地底湖沿の僅かな崖は荒地だったのに、地面からは肉色の眼球が芽を吹いている。
あれはドクオが体育座りしている姿を象っていた。

有刺鉄線を噛んだナナフシが僕の影を貪る音がする。
神経が繋がっている以上、耐え難いほどの激痛だった。

(´・_ゝ・`)「みんな、よくできた人形だったね。幻覚を投影させるには打ってつけだ」

僕は罰印の腕に口付けしてから振り払い、阿部とトソンを抱きしめた。
二人とも、僕を拒むことなく、抱き返してくれた。

(´;_ゝ;`)「…すまない。今の僕には、まだまだ重過ぎるんだ。
それでも少しずつ、快復したい本音も、ちゃんと残っているんだ」

(、 トソン「私はあなたに、私の全てを捧げるつもりです。どんなに時間がかかろうと、あなたを元に戻してみせます」

148名無しさん:2020/12/05(土) 20:14:55 ID:kW.hMAD20
(´;_ゝ;`)「トソン…」

周囲は既に囲まれていた。

N| "゚'` {"゚`lリ「水臭いこと、言うなよ。俺とお前の仲だろ?
漢は度胸、なんでも試してみるのさ! …俺たちはいつまでも、お前の帰りを待っている」

(´;_ゝ;`)「高和…」

骨が折れる音がする。
しゃらり聴こえる鈴の音。
セレナーデだ。


(´;_ゝ;`)

(´つ_ゝ∩`)

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「…」

(´^_ゝ^`)

(´^_ゝ^`)「またね」


僕はこめかみに狙いを定めたリールガンを、躊躇うことなく引き金を引いた。
鈴の小夜曲は、もう聴こえない。

149名無しさん:2020/12/05(土) 20:15:33 ID:kW.hMAD20
(11)

彼女の胸に飛び込むと、その浅く平たい肢体が嘘のように僕を包み込んだ。
体全体が薄いビニールの膜に覆われたかのような粘つきと、淫靡に温度の高まった体温が互いの興奮を伝え合っていた。

大きく口を開ける彼女の胸の開口部からは複雑且つ整然と絡まり拗れた肋骨と内臓の渦巻きが暗がりから覗いていて、
雑多に縫合された左右の腕が僕に向けて伸ばされている。

透き通る新雪並の白さを誇る彼女の体色は仄かに紅潮しており、継ぎ接ぎに縫合された彼女達一人一人も同等の艶然な色彩を帯びていた。
白い肌同士を白い糸が結びつけ、何本も何本も突き出ている細く硬い腕には切れ味の良いステンレス製の鋏が握られていて、
それがちょきちょき、ちょきちょきと開閉を繰り返している。

瞼と皮膚周辺の筋肉が弛んだその顔は溢れる苦痛の叫び声と共に身悶えしながら、それでも慟哭を挙げれずにいた。
目元も口元も固く深く糸で結び付けられて、ご丁寧に皮膚断面ぎりぎりのところに玉留めがなされていたから。
その手腕からオートクチュールのクチュリエールにも通じる芸術性を垣間見れるほど至近距離で僕は眺めている。

んっんっ、と喉を痙攣させて嗚咽を漏らそうとする様子が感じられたけれど僕の鼓膜は結局全く揺れることなく、
目前で激しく嚥下運動する脈と筋の浮き出た喉仏をただ見詰めている。

するとその白く蠢く細い喉が見る見る内に縦に裂けてゆき、ぱっくり開いた肉色の穴から、皮膚断面によく似た血色の舌が零れ落ちてきた。
表面に小さな突起状の味蕾がぽつぽつ浮かび震えている舌の先端から、半透明で酸味のある粘り気の強い唾液が滴り僕の頬を濡らす。

歓喜の痙攣から、まるで心の底から僕を待ち望んでいたかのようだった舌舐めずりを堪能していると、僕はいつの間にか彼女の腕と足と体と指と四肢とに繋ぎ合わされていた。
二つ以上のものが一つに混ざり合う中で僕と彼女を繋ぎ止めている確かな証拠は、このきらきらと月光を反射する蜘蛛の糸と、
互いの神経を縦横無尽に駆け回る強烈な痛みと快楽の小浪だった。

僕の醜い毛脛やら腕やらが彼女の肢体と懇ろに結合し合い、
あそこでは僕の足の中指の爪と彼女の臍が癒着して一つになりつつある。
その隣では僕の背骨と彼女の大脳から溢れた灰白色の蛋白質が剛柔を掛け合わせようと、必死に互いを貪り合っている。

思わず僕はその痛みに顔をしかめようとするも、瞼も口も表情でさえも糸で固定されていて動かせない。
今の今まで彼女の舌が見えていた位置に固定され身動きが取れなくなってしまったので、僕は目前の雪のようにきめ細やかな喉笛に対し犬歯を突き立てようとする。

しかしやはり表情は微動だにせず口も全く動かなかったので駄目かと思っていたが、暫く苦痛に耐え角度を探っていると漸く願いが通じたようで、
自らの開かない口腔内の奥歯と前歯の裏側を歯茎から先端に向かってゆっくりと舌で撫でられる感覚に急に襲われ、
僕は不意な快さに一瞬全身を震わさせるも、それを齎してくれた蛞蝓のような滑り気に僕自身の舌を委ねていた。

150名無しさん:2020/12/05(土) 20:16:11 ID:kW.hMAD20
甘くて奥の方が少しだけ苦いけれど不快な味覚は全く無く、
それに必死にしゃぶりついていたら、僕と彼女を包み込んでいた彼女の腕と足と身体の黄色いカローラがごろんと転がった。

揺れる地面に向かって彼女の柔で繊細な肌が急降下しぱきぱきと骨の折れる子気味良い音が響くと同時に、
痛覚を直接切り刻まれたかのような激痛が去来する。
僕と彼女は神経が通じ合っているのだから、予想通りの現象だった。

その奥で僕と彼女の車体を思い切り前へと進ませている推進力の核とは、この痛みに凡ゆる生物を巻き込んで、
少しでも苦痛を薄めようとする防衛本能と帰巣本能の集合体だった。
喉の渇きを潤すために海水を飲むのと似た渇望が僕と彼女の根底を支配しているけれど、
鋏にサイコロ状に細切れにされる僕は、痛みさえも彼女の一部だからと必死になって掴んでいた。

僕は彼女を離さない。
彼女も僕を離さない。

僕と彼女がこれからどこへ向かおうとしているのかは一目瞭然だ。
あの、三人入るのがやっとな、狭く小汚く垢塗れで、心の奥底がぽかぽかする湯船に向かって、
二人の待つ我が家に向かって舵を取り出航したのだと、彼女の神経の電気信号が告げる。

その言伝も、きっと僕の口と神経と脳髄が裏方役に回って本音を告げさせているのだろうけれど、僕と彼女は本質的には同じなのだから区別する必要など無く、
峻別を下してしまったら僕と彼女は再び別れてしまうからしない。

直上から傾く月を眺めていたら、菫の咲き誇る田畑へ突っ込んでいた。
冬に咲く珍しい品種だ。

紫色の花弁が舞うと同時に、花の根を枯らす勢いで彼女の鋏がちょきちょきと音を立てる。
地面すれすれで指をぴんと伸ばし茎を断とうとするものだから、
切られた花びらが舞い上がると共に薄ピンク色に割れた貝殻みたいな彼女の爪も中空に飛び散っていた。

僕はそれを見て、彼女が我が身を犠牲にしながら僕を守ろうとしていた健気さに胸を打たれる。
彼女にこんなことをさせている自身の残虐性に辟易するけれど、幼い頃から培われた性だからと諦めていた。

彼女が釣りに行きたいと言った時、一時間も経たない内に嫌気が刺すだろうから辞めた方がいいと伝えたはずなのに、
この現状が示唆するとおり、彼女はそれでも僕たちと夜釣りしたいと強請ってきた。

僕は内心嫌だと言ったけれど、三人の推しが強くて根負けした。
しかし、一時間どころか一日中堪能しきってこんな時間になってしまったのだから、畢竟するに僕の煩悶は梨の礫に過ぎなかった。

151名無しさん:2020/12/05(土) 20:17:05 ID:kW.hMAD20
今は家まで程遠い田舎の田と田の間にある十文字の、ひび割れて凹凸の激しい道を進んでいる。
等間隔で並んだ背の高い街灯の明かりに、蛾とも蝶とも知れない虫が紫色の鱗粉を蛍光灯の下に瞬いている。
緩慢な速度の中でも車体が揺れる度に、ぼんやりと微睡んだ意識が鈍い刺激に驚いていた。

何か鋭利な物でも踏んだのか、引き摺るように回転するタイヤのチューブは、徐々に円心のホイールがずれ始めていた。
ごろん、ごおろん、と一回転する度毎に、速度も勢いも摩擦で緩やかに落ち込んでいる。
彼女の齎す苦楽だけが、より強く鮮明に現れ始めてきた。

うつらうつら窓外の様子を伺っていると、遠くの街灯の下に一人の人影が佇んでいる。
接触の悪い蛍光灯が明滅を繰り返し繰り返しているその灯火の下で、明かりが消えると件の人物も消えて、明かりが灯ると件の人物も灯っていた。

彼女の隣で運転している僕は緩やかにブレーキを踏み、速度を落としつつ路肩に停車して、路駐したカローラから足を踏み出す。

寒さにシバリングするみたいに震えるマフラーから水滴が滴り落ちた途端、アスファルトの灰色を黒っぽく染め上げ始めた。

じわりと滲み広がる黒色の様子を横目に目下の人物を視界の中央に添えたら、どうやら彼女はペニサスと寸分違わない顔の持ち主だった。

(´・_ゝ・`)「こんばんは」

('、`*川「…ええ、お久しぶりね」

細い眼差しの彼女は彼女と瓜二つだと思っていたがそうではなくて、
実のところの彼女本人だったようだけれど、
僕は何がお久しぶりなのか分からない。

なぜなら僕と彼女は、今もこうして精神的に運命の赤い糸で結ばれているからなのだが、
僕たちにとってそれは大した理由になり得ないようだった。

(´・_ゝ・`)「君は、どうしてこんなところにいるんだい?
僕と君は、今の今まで一緒だったじゃないか」

僕は当たり前の疑問を投げかけたのに彼女は何故か悲しそうに目を伏せて、僕の視線から逃れようとする。

彼女はひび割れたアスファルトに乗るひび割れた自らの足の爪を眺めながら、
異様に浮き出た青いアーチ状の静脈の中に、まるで昔日の誰かを探しているみたいな凝視を落としている。

僕はここにいる。
君と共に、ここに立っている。

152名無しさん:2020/12/05(土) 20:17:53 ID:kW.hMAD20
( 、 *川「…ゆっくり、思い出していきましょう。
あなたなら大丈夫、私達がついているから。焦らなくても、いいんだからね」

彼女の言う通りだと、僕は自ら進んで焦らなければいけないような事情を忘れているようだ。
しかし僕にその自覚は全くない上、焦らなくても良いのだから焦るわけにはいかない。

ずりずりと、柔らかい肉と折れた骨が地面を引き摺る音が断続的に聴こえていた。
泡立つ水に似た、ぴちゃぴちゃという響き。
今はもう、何も聴こえない。

(´・_ゝ・`)「僕は、何も忘れてなんかいないよ。
それに、君がどうしても夜釣りに行きたいって言うから、僕たちは仕方なく付いてきてやってるんじゃないか」

すると、目の前の彼女は矢庭にその見えなかった表情を上げて、何か途方も無い悲しみに顔を歪ませながら、僕を見ていた。
僕はその表情に心当たりがある。

( 、 *川「…あの事はもう、気にしないで欲しいの。
私は、何にも気にしてないから。あなたを咎めたりなんて、できないから」

(´・_ゝ・`)「君は…何を、言っているんだい?
たかが釣り程度で、僕たちがそんなに怒ると、思っているのかい?」

( 、 *川「あなたに…あの時、任せてしまったから、だからこんなことになってしまったんだわ。
自分のことくらい…自分で、管理出来ないといけないのに……」

彼女が何を悔いて何に悩んでいるのか、僕には分からない。
けれど彼女は少し情緒不安定なところもあったから、それに今は深夜だから、きっとより一層不安定なんだろう。

ポケットの中にある鈴なりのピアスが付いた彼女の耳たぶを軽く咥えて、目の前の彼女のそれと照らし合わせてみる。

彼女は両耳が欠けていた。
しかし切断面に照らし合わせてみると、寸分違わず同一だった。

僕の足元まで彼女が近づいてきて、体温の感じない身体から滴る水分が僕と彼女の土踏まずをしっとりと濡らしてくる。
彼女の水たまりに浮いた水膨れで折れた可愛らしい爪の隣に、真っ白い月の海が欠けることなく反射している。

夜風が冷たく強い。

僕は悲しそうな表情を浮かべた彼女の手を取って、カローラの元へと戻ろうとする。
しかし、目の前の彼女は梃子でも動こうとしなかった。

彼女の這いずる音は聴こえない。

153名無しさん:2020/12/05(土) 20:18:30 ID:kW.hMAD20
頬にくすぐったい感触がしたので窺ってみると、白くて長かった彼女の指が僕を片頬を上下に撫でていた。

(´・_ゝ・`)「そろそろ、戻らないと。
風が強くなってきたから…君も、いつまでもこんなところにいたら、風邪を引くよ。…さあ、帰ろう」

(;、;*川「……おふろ、は、わかしといて、くれ、た、かしら?」

(´・_ゝ・`)「もちろん。家に帰れば、美味しいご飯も、温かいお風呂も、ふかふかのベッドも、全部揃ってるよ。
君が望むのなら、僕が何だって用意するから。
…だから、もう帰ろう」

僕は、一刻も早く帰りたかった。
しかし彼女は、それでも動けないでいた。

微動だにしない彼女の姿を余すところなく眺めていると、爪先の先端や掌の指先の先端から、白くて細い月光の糸が地面に向かって垂れていた。
僕が彼女を引っ張ろうとするたびに彼女の身体から出ている糸がぴんと張り詰めて、彼女をそこに固定して離さないでいるようだった。

僕は彼女と帰りたかった。
彼女もきっと、早く帰って暖かいお風呂に浸かりたかったに違いない。

彼女もミセリも守れなかった僕は、また再び全てを失ってしまうと思うと、
どうしようもなく悲しくて寂しくなって、涙が溢れそうだった。

ふと首を後方に捻って、路傍に留めておいた黄色いカローラを見遣る。
後部座席では阿部とトソンと、生まれて間もない赤子が、三人ともすやすやと眠っていた。

折れた心から覗く幻覚。
そこから突出する弱音。
それに垂れ下がった彼女の虚像。

その全てがぽつぽつと鳥肌みたいに沸騰して、溶けた内側からは片面黒焦げのパンケーキが白っぽい湯気を立てている。
隣のフライパンではとうもろこしの種が弾けて、勢いの余り溢れてしまったポップコーンがふわふわとアスファルトに転がり落ちた。

驚いてよくよく目を見開いて眺めてみると、どうやら分量と火加減を勘違いしていたようだ。
そこで実際に作られていたのは、日曜日の朝食として僕が調理している料理の一部だった。

その下から高純度の熱を有する青白い炎が間欠泉のように立ち上がっていたので、僕は慌てて火を弱める。
熱したフライパンの上では余熱で燻られているお菓子達が楽しそうに踊り、愉快な声の輪を広げていた。

二重三重に積み上がった黒焦げのパンケーキは情け無いくらいに平たく萎んでいて、
焦げの苦みとメープルシロップの甘みとを、僕と阿部は良い味付けのスパイスになったと必死に思い込もうとしていた。

154名無しさん:2020/12/05(土) 20:19:24 ID:kW.hMAD20
作り笑いを浮かべて美味しそうに頬張る僕と阿部を横目に、トソンと赤ちゃん──は、訝しげに苦笑している。

ぼーっと眺めるペニサスの意識が曖昧に、或いは鮮明に僕の脳裏を焦がしていた。
彼女がその苦楽の中ですら安穏を保っていることを、僕は密かに知っていた。

香気だけは芳醇で、思わず唾液が溢れそうだった。
髪の毛の焼け焦げたような臭いは、霞ほども感じられない。

それはきっと、僕たちに戻った日常同様、しっかり心が詰まっているからだろう。

僕たちが日々を過ごせば過ごすほど、彼女に痛みが伝播してゆく。
僕も同様、つい跳ねてしまうほどの痛みに襲われたけれど、あの彼女のようには動けなかった。

僕の爪先と手の指先からは、きらきら光る蜘蛛の糸が垂れ下がっていて、
テーブルを囲みぎこちない笑いを浮かべる僕と、しっかり固定されていたから。


(;、;*川「これは、昨晩の残りの野菜炒め。
こっちはあなたが美味しいって言ってくれた、目玉焼き。
ほら、あなた、前に好きだって、言ってくれたじゃない?」

(´・_ゝ・`)「ああ、そうだったね」

( 、 *川「……もう、私を忘れても、平気なのね、あなたは。
ねぇ、明日が何の日か、忘れていたりしないかしら」

(´-_ゝ-`)「えーっとぉ」

僕より頭ひとつ分背の低い彼女が上目遣いに睨んでくる。
僕は彼女に睨まれるどころか、一生涯呪われても仕方が無い事をした。

( 、 *川「…」

さめざめ表情を崩し号泣していた彼女は、完全なる無表情を騙った。

涙が点々と、少しずつ流れ落ちてゆき、
その滴が彼女の目尻を伝い頬を伝い、細い顎でティアドロップを形作ったまま、足元の水たまりに吸い込まれてゆく。

綺麗なミルククラウンを象った水滴が後悔で濃くなりつつあった黒色を、ロマの体毛に似た白へと推移させる。
その僅かな変化が気に入ったから、僕は惚け続けるのを辞めた。

(´・_ゝ・`)「結婚記念日」

('、`*川「そして?」

鈴のしゃらしゃらと鳴る音が近づいてくる。

155名無しさん:2020/12/05(土) 20:20:30 ID:kW.hMAD20
既に僕と彼女の周囲は季節外れの紫の菫が咲き乱れる花畑で、
僕も彼女も静寂の中で悽愴な叫び声を挙げていた。

僕と彼女を繋ぎ止めている蜘蛛の糸が彼女の月光の糸に取って代わられるのも、時間の問題だった。

幽冥の苦楽は原初の渇望、過去の痛みを和らげ希死念慮を薄める目的すら失って、
より静かな亡失を求めていた。

僕は彼女の奏でる小夜曲になるべく取り込まれることのないように、
目前の彼女──ペニサスを、強く、強く、抱きしめた。

鈴なりのピアスがしゃらりと聴こえる。

紅涙を絞り嗚咽を洩らしていた彼女から、僅かに残った温もりが直に伝わってきた。

仄かで、幼気で、しんしんと微苦笑を浮かべるペニサスの後頭部に手を伸ばし、その髪の毛をゆっくり指で梳く。

彼女の待つ言葉を僕は知っていたけれど、それにどんな意味が在るのかついては、分からなかった。

今は意味に、囚われていないから。

僕は彼女に抱き締められている。

(*´^_ゝ^`*)「──赤ちゃんの、娘の、ミセリの、誕生日」

果たせる哉、彼女は風が吹くように、僕の中へ溶けた。
胸のところで、──が小さく欠伸している。
僕は、もう二度と忘れてしまわぬようにと、そのきめ細やかな額に、そっと口付けを交わした。

156名無しさん:2020/12/05(土) 20:20:57 ID:kW.hMAD20







































.

157名無しさん:2020/12/05(土) 20:22:04 ID:kW.hMAD20
(12)





だから僕は自分の上目蓋をくいっと捲って、そこと眼球の間に向けて、力強くスパナを突き上げた。

12段目を踏み越える。

僕の耳元から、絶え間無く揺れる鈴の音が聴こえる。




.

158名無しさん:2020/12/05(土) 20:22:39 ID:kW.hMAD20


【終わり】


.

159 ◆MSKEobRqzo:2020/12/05(土) 20:24:15 ID:kW.hMAD20
投下は以上になります。
途中レスが重複してしまって申し訳ありませんでした。
以後気を付けます。

160名無しさん:2020/12/06(日) 11:40:46 ID:jdneagzc0
乙乙乙乙

161名無しさん:2020/12/06(日) 14:20:15 ID:Ycht8sno0
比喩表現の豊かさに圧倒された


162名無しさん:2020/12/09(水) 08:01:18 ID:WSihKNFM0
ゆりかごの人かな?


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