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しゃらり小夜曲のようです

62名無しさん:2020/12/05(土) 15:22:19 ID:kW.hMAD20
オオヒラタシデムシの幼虫と溝貝と取り巻きの少女達と円の中心の少女が絡まり合い液状化して、粘度の高い糊のような肉塊の水になり
僕の真っ白だった部屋を、ロマや子猫の瞳のように真っ黒く覆い尽くしつつある。
芽吹いた人体を螺旋刃の回転でかき混ぜた混濁液に上積みは未だ生じず、互いが互いを攪拌して傷付け合う渦が黒い泡を吹いている。

貝の真珠はよく見ると、金髪で背の低いモララーと茶髪で背の低いキュートと態度も柄も悪いギコと教頭のフサギコの無表情な頭だった。
あの目の色はロマや番の白猫が皿の中から僕を覗いていた空虚な瞳と同一で、
だから僕は、その空洞に詰まった赤い水溜りに、繊細な鰭の熱帯魚を逃した。

重圧感のある黒いタールが天井まで到達しているのに
一人用のクッションソファーやガラステーブルや受け皿に置かれたコーヒーカップや無骨なリモコンや壁際の液晶テレビは何故か微動だにせず、
その中でも一際異彩を放っているのは、僕の胸の前で罰印に交差した青白くて細くて硬い伊藤さんの腕だった。

重ねていた手のひらから伊藤さんの冷ややかで温い体温が伝わる。

(´;_ゝ;`)「君は…僕の、過去にしかいない。だから僕は、思い出の中の君を、探しているんだ…」

口を突いて出た言葉の意味が僕にはよくわからなかった。
曲げていた膝に軽く力を入れて、床に着いた両足を軸にゆっくりと立つ。

組み解かれた伊藤さんの腕は背後に消えた。
振り返る。

('、`*川「……」

薄い肉付きとスキニーパンツ。
分厚いピーコートと二回折り返したタートルネック。
全身闇色なのに、真っ黒の中でさえ浮き上がる像。

('、`*川「ね」

乾いた声と乾いた表情。
目元から黒いマスカラのふやけた筋が頬を伝い顎の末端でティアドロップを作っている。
両耳には足せば顔より大きそうな鈴なりのピアスが房を揺らす。

(´つ_ゝ;`)「なんだい?」

窶れて痩けた顔には頬骨の輪郭と落ち窪んだ垂れ目。
どうしてこんなになるまで、放置してしまったのか。
どうして彼女は、こんなにも痩せこけているのか。

63名無しさん:2020/12/05(土) 15:22:59 ID:kW.hMAD20
('、`*川「ここは、冷えるね」

ぽつり。

(´;_ゝ∩`)「夜、だからね。こんなところにいたら、風邪を引くよ」

雫が落ちる。

('、`*川「お風呂は沸かしといてくれたかしら?」

ミルククラウンの震え。

(´つ_ゝ∩`)「もちろんだよ、ちゃんと、わかしといたから…」

ぱっと滲む真っ黒。

('、`*川「ミセリは?」

嗚咽。

(´・_ゝ・`)「僕が、見てくるよ。だからペニサスは、ここで待っていてくれ」

僕の声は震えていなかった。
だから彼女の頬に手を添えて、背を屈めて。
そして、そっと唇に口付けた。

「待つわ、いつまでも、いつまでも…」

目を瞑る。
開くと彼女は消えていた。
僕は車に揺られていた。

64名無しさん:2020/12/05(土) 15:24:26 ID:kW.hMAD20
7

N| "゚'` {"゚`lリ「夜釣りに行きたいなんて、また随分と久しぶりなことを言うな」

腰に金属光沢の鈍い照り返しを備えるスパナを佩して、バックミラー越しに鋭さと穏やかさの共存した視線を向けてくる阿部が無表情で笑う。

全身青いツナギに身を包んだ彼の肩からギコの眼球が発芽して、その瞼の上にキュートの肉厚な唇が踊っていた。
ハンドルを握る逞しくしなやかな指の爪から、モララーの中手骨がぱきぱきと音を立てて背を伸ばし始めている。

窓の外には等間隔で田舎の畦道を灯す街路灯が佇んでいるだけだった。
稲刈りの終わった水田が菫畑と化しているようで、時折路傍から紫色の花弁が風に舞いフロントガラスの上を掠めてゆく。

(゚、゚トソン「それにしても盛岡さん、ナイトフィッシングが趣味だったんですね。なんだか意外です」

後頭部の高い位置で髪を束ねた都村さんが暗がりですら浮き上がるほっそりとした像を抱えて、後部座席に凭れている僕の方を首だけ振り向く。
肉の削ぎ落とされた顔貌と針金細工のような体躯を洗練されていると感じさせる幽玄な雰囲気が、フロントガラス越しの小夜に似つかわしい。
黒目を中心に周囲の皮膚の持ち上がっている金壺眼が、少女漫画の表紙絵から現実に飛び出した少女達グループの中心にいた少女みたいだった。

窓も開けていないのに、都村さんのポニーテールは揺れている。
目を凝らすと、微細な苦悶の表情が街路灯を通過するたびに蠢く輪郭を浮き彫りにしていた。

その顔達には見覚えがあった気がするけれど、僕が以前見たそれらの持ち主は大きく成長した溝貝の舌上で悶えていた味蕾だったはず。
疑問符を頭上に具現化させた重みで首を横倒しにしてみると、微細な表情共が下卑た頬を歪ませて、無表情な都村さんの髪上で笑っていた。

僕はそれを引き千切り苦痛へと投げ込みたい衝動に駆られるとほぼ同時に、それは既に過去形であったことを思い出す。

そうだ、僕は夜釣りに行く途中だった。

(´・_ゝ・`)「趣味ってほどじゃないよ。
夜釣りなんて言ったって、実際太陽が登る前の明け方に起きて、海に着く頃には辺りが白んでいるんだからさ」

車──彼女の車、つまりは伊藤さんの車に、僕たち三人はゆったりと揺られている。

内陸部から海の見える街並みへ向かうには最低でも深夜に出発しなければ、寝ぼけ眼で感覚のぼやけている魚達を釣ることが出来ない。
単純な口の開閉を警戒せずに擬似餌を咥え込んで喉元に返しを突き刺させる為には、
僕たちはどうしても夜が明ける前に発たなければ間に合わなかった。

65名無しさん:2020/12/05(土) 15:25:20 ID:kW.hMAD20
安全運転を心がけているのか、しかしそれでいて割れたアスファルトの起伏が激しいのか、
速度メーターは緩慢な50kmを指していたのに度々車体は揺れて跳ねている。
まるで白い子猫の千切れた首元と白い耳の奥からわさわさと湧いて出てきたオオヒラタシデムシの幼虫の上を走っているようだ。

真冬の灰色いコンクリートを黒く染める水が点々とマフラーから漏れている妄想をして、
黒く染める水がどこから来たのか想像していると、トタン屋根に囲まれた一坪の角で下で口を開けている雨樋のパイプが発生源だったと気付いたけれど、
だからといって何の意味もない。

N| "゚'` {"゚`lリ「〜♪」

低く渋いイイ声の鼻歌が聴こえる。

(゚、゚トソン「〜♫」

淑やかで清かなハミングが挟まれる。

(´・_ゝ・`)「それ、なんて曲?」

備え付けのFMラジオでハキハキとしていて聴き取りやすいラジオパーソナリティが夜半も深いのに溌剌とした声でメールの便りを読み上げている。

N| "゚'` {"゚`lリ「一人、それもイイ♪」

僕たちが乗っている車。

(゚、゚トソン「二人、それもいい♪」

色は黄色。伊藤さんは触発されたとはにかんでいた。

(´・_ゝ・`)「…三人、それもいい♪」

比較的新車の中古車だから、時代は違うけれど。

N| "゚'` {"゚`lリ「五人、それもイーイさ〜!」

僕と阿部は同世代だけれど、このCMを生で見て聞けた年層ではない。
僕は何故かこれを覚えているけれど、心当たりといえば伊藤さんがそれなりに好きだと言ってお勧めしてくれた映画で、その中で度々主人公達が口遊んでいた歌だった気がする。

N| "^'` {"^`lリ(^、^トソン「ちょっと嬉しい〜♪」

一拍の間に三連符が雨のように入る。
バックミラー越しの二人は微笑んでいた。

N| "^'` {"^`lリ(^、^トソン(´^_ゝ^`)「カローラー♪」

何が楽しいのか分からないのに、僕の瞳はへの字に曲がっていた。

66名無しさん:2020/12/05(土) 15:26:11 ID:kW.hMAD20
乗っている車はカローラ。
僕は伊藤さんから勧められた映画を二人で見ながら、彼女は観賞後に、
事前に聞いていた評価ほど面白くはなかったけれど、別に退屈でもなかったね、と無表情で話していた気がする。

僕はどこで何を話して、鏡を見るかのように自分には似ても似つかない彼女の無表情を正面で捉えていたのだろう。
暖房のおかげで寒さは感じないけれど、穏やか過ぎるほど温和な空気に微睡みながら、僕は阿部が事故を起こさないかと心配している。

N| "゚'` {"゚`lリ「もう少し走ったら交代な。次、トソン」

(゚、゚トソン「いいですよ、コンビニが見えたら、そこで変わりましょう」

点滅を繰り返す街路灯は見渡す限り地平線の彼方まで等間隔で整然と並んでいて、
車に抜かされる間際にその下で明滅する黒い水溜りのような影だけが踞っていた気がするけど恐らく気のせいだ。

海はまだまだ遠く、暗い大海原の入江に続く山中の道に到達するのすらまだまだ先だろうけれど、眠ってしまえば瞬きの間に旅路は終了する。
だから僕は瞼を閉じたのだが、裏ではごろごろと転がる金属質な冷ややかさが睡眠を妨害してきた。

何故か既視感と共に愛着と嫌悪が同居している感覚の違和感は存外悪いものではなかったのだけれど、
人肌の温もりで安心して微睡みつつあった僕の意識は、意思に反して目覚めてゆくばかりだった。

僕は戦争を体験したことのない安逸な時代に生まれていたから、
瞼の裏側で光陰と一緒にフラッシュバックする大型旅客機の衝突や、人が何人も何人も熟れたトマトの潰れたようになる光景や、
強制的に孕ませて強制的に堕胎する外道の所業や、苦痛と羞恥と恐怖に歪んだ少女達の表情を嬉々として舐め回した男達や、
釣鐘雲の雨で皮膚を溶かし膿の混じった白濁の液体を割れた瞳から目脂と共に流す人々を知らないのに、
意味も分からず僕は玉虫色に移り変わる景色の中にそれらを見つけていた。

眠れずぼやけた双眸を窓外に向けると、風に揺れる一面夜咲きした深紫色が、波濤に流れる小振りな花弁を慌ただしく揺らしていた。
凝視せず前を向き直り、一度瞬きする。

違和感と既視感の正体は行方知れずのまま、反射的に黒目を左下へ俯かせ反射的に右上から左上を通過して円の中心に添える。

阿部の顔だけがこちらを振り向いていた。
バックミラーには彼の顔が映っている。

N| "゚'` {"゚`lリ「少し、窓を開けてもいいか? ぬくくて眠ってしまいそうなんだ」

フサギコの顔が張り付いた都村さんの後頭部は何も言わない。
何も言わずに、黒毛混じりの白髭を異様に小さな腕の指で撫で上げていた。
まるで思案している風だ。

67名無しさん:2020/12/05(土) 15:26:51 ID:kW.hMAD20
バックミラー越しの都村さんは目を閉じて、助手席の窓すれすれに頭を傾けている。
前の席と席を隔てる起毛の肘掛けに彼女の細く硬い腕がだらしなく垂れ下がっている。

(´・_ゝ・`)「いいよ。僕もちょうど、窓を開けてもらおうと思っていたところさ」

阿部の眼球からは沸騰した気泡がぽつぽつと浮かんでいた。
ぱっくり割れた黒目の中心から、ナナフシのように細く枝分かれした指が顔を出す。

N| "゚'` {"゚`lリ「悪いな。そろそろ事故を起こしそうで限界だったんだ」

深夜の運転に過労が付き物で適度な休憩を取らなければ容易く道を踏み外すことを僕は知っていたけれど、
その経験が伊藤さんの車と結び付いて連想されたことは身に覚えがなかった。

運転席の背凭れ越しに、僅かに空いた座席と車体のフレームの隙間から阿部の形の良い逞しくしなやかな指が
窓の下のスイッチを軽く押し込み、車窓の右上が握り拳一つ分程度開く。

そこから入り込む空気の流れが頬を舐める。
遠い昔に僕と伊藤さんの顔を撫でて凍り付いた記憶そのままの、大熱を瞬く間に奪い去ってしまう真冬の風だった。

温度の心地良さに鼻で呼吸すると、恰もエタノールを間近で吸引してしまった時のような、突き抜ける苦痛の香りが僕の視床を蹂躙した。
僕はその刺激臭を吸う前から予想しつつ、まさに心の底から待ち望んでいた。

不意に涙腺が痛み喉の奥が渇き脳裏が震えているのを自覚した時に僕はえづいて、
本当はこんな痛み全く期待していなかったことを思い出したのに、僕の鼻だけはひくひくと、痛みに悶えながら求めて止まないようだった。

この香りは、僕の輪郭を伊藤さんとミセリの形に象り始めている。

風の運ぶ思い出の中にしか存在しない紫色が、茫然と開いていた両目の上から帷を降ろし、
阿部の瞳から落涙したナナフシの指達は爪と肉の間を、苦痛に震えながら口のようにぱっくりと開く。

爪と肉の剥離してできた口の中は鮫の歯のようにびっしりと、丸めた有刺鉄線が所狭しと詰め込まれていて、
鋭利な歯牙と同化した唾液混じりの赤錆色の血が、彼等に元来備わっている牙の林と刺の山を癒着させている。

爪と皮膚の間で繊維状に千切れた筋肉の粘膜は真っ赤だったから血液を吹き出しているのかと疑っていたが、実際は劫火に爛れて損傷した組織片の纏わりつく歯だった。
それらが僕に八つ当たりするみたいに刃を突き立ててきて、型抜きの要領で僕の肌に杭を打ち込み、伊藤さんとミセリの輪郭に準えて肉を抉っていた。

眩い閃光が迸り、僕は雷が落ちたと確信して窓外を見遣ったのだけれど、稲光も灯る炎も見つけられず、
これは僕の痛覚を認識できない速度で走り回る熊鼠の前歯が見せた幻覚なのだと気付く。

68名無しさん:2020/12/05(土) 15:27:37 ID:kW.hMAD20
嫌な匂いがした。
厩舎で飼われていた牛の乳臭さと糞便を煮詰めた汲み取り式便所のような匂いだ。

僕はそれに心当たりがあったのだけれど、エタノール臭のおかげであと少しで思い出せそうだったのに、
菫色の花弁に気を取られてしまって具体像を思い出せなかった。

(´・_ゝ・`)「高和」

N| "゚'` {"゚`lリ「なんだ?」

(´・_ゝ・`)「僕たち、何ヶ月か前にもここを通ったことがあるような気がするんだけれど、気のせいかな?」

N| "゚'` {"゚`lリ「そりゃ…一本道、だからな。釣りに行く時、必ず通る道だ。その時の思い出だろう」

(´・_ゝ・`)「…いや、確かにその通りなんだけれど…なんだろう、僕は帰り道でここを通った覚えが一切無いんだよ」

N| "゚'` {"゚`lリ「他の道を通ったんじゃないのか?」

(´・_ゝ・`)「でも、一本道だろ? 釣りで疲れ果てているってのに、わざわざ遠回りして帰るなんて、変じゃないか」

N| "゚'` {"゚`lリ「その時運転していたやつが道に詳しくなかっただけだろう。取り立てて疑問視するほどのことじゃない」

(´・_ゝ・`)「でも…僕たちが釣りに行く時のメンバーは殆ど固定されていた。僕と伊藤さんと高和の三人だったはず」

N| "゚'` {"゚`lリ「…そうだな」

(´・_ゝ・`)「都村さんとは初対面だからね」

N| "゚'` {"゚`lリ「そう、だったな」

(-、-トソン「すぴー、すぴー…」

僕を振り向いていた阿部の顔付きには寸分の変化も見られなかったけれど、バックミラー越しの彼の瞳は車の振動とは別に揺れ動いていた。
僕は何か間違ったことを言っているのだろうか。

都村さんは寝息を立てて道路の凹凸に合わせた穏やかなヘッドバンキングを始めていた。
頭頂部から垂れる髪の毛の上で、妊娠後期で分娩間近のキュートが微笑みながら自分の膨れた腹を撫でている。
背後から抱きつく姿勢で凭れつつ寄り添いつつ支えていたモララーが、キュートの頬に自分の頬をくっ付けている。

二人とも、産まれてくる我が子が楽しみで楽しみで仕方がないかのようだった。

69名無しさん:2020/12/05(土) 15:28:22 ID:kW.hMAD20
僕はその臨界点を超えた出臍を思い切り蹴飛ばしたくなる。
すりすりと肌を寄せ合う親しげな二人を心身共に引き裂きたくなる。

N| "゚'` {"゚`lリ「伊藤はどうして、そんなに頑なに釣りに行きたがったんだろうな」

僕にそれを問われても心当たりは見つからない。
ここに彼女はいないのだから。

(´・_ゝ・`)「人を…殺めてしまったと言ってたよ。僕には悪い冗談にしか聴こえなかったけれどね」

後部座席の右側に僕は座っている。
寝惚けてしまいそうだから阿部に倣って窓を開けると、月の光が紐状に垂れ下がって、暑い雲と菫畑を結んでいた。

しかし月は見えない。
渇いた風が風車を回しているみたいな、からからとした音を感じる。

N| "゚'` {"゚`lリ「あいつは嘘が上手いからなぁ…俺たちも、よく困らされたもんだ」

田畑の奥で何かが煌めいた気がした。
それは遠目に見ていると身体を蛞蝓のように緩急激しく波打っていて、
僕は遠い昔にこんな怪談話を読んだことがある気がしたけれど、僕の見ているものはその時の文章から想像した姿とはかけ離れている。

近くに民家は一軒も見当たらない。
地平線の彼方の山嶺まで、一面闇色と化した深い紫が波打っているだけだった。

畑の上には見上げるほど高い送電塔が街灯と同様の間隔で整然と並んでいる。

(´・_ゝ・`)「また手の込んだ悪戯だったよ。ご丁寧に男物の鬘まで用意しててさ」

雷が落ちた。
よく見ると切れた送電線に焼かれた畑の一角だった。
しかし目を凝らすと、ぱっと閃いた火が上がっている。

人が焚べられていた。
上半身の黒焦げた人型は足元だけが僅かに布の残骸を残していて、その腰あたりから菫の一部に引火した煙が暑い雲に昇っている。

上から下への月の糸と下から上への狼煙の糸は遠目で見ると違いがわからなかったけれど、
きっと近くで見ても目を凝らしても、違いなんて存在しないのだろう。

N| "゚'` {"゚`lリ「ははは、それはまた随分と凝った悪戯だな。ちなみに、誰を殺したって?」

炭と化した男性とも女性とも見分けの付かない死骸の余りの痛々しさに目を背け前に向き直ると、
後頭部にくっついた阿部と都村さんの無表情が僕を眺めていた。
瞬き一つすらせずに、じっと感情の無い人形のような瞳だけが僕を凝視している。

70名無しさん:2020/12/05(土) 15:29:05 ID:kW.hMAD20
二人の首は何回転も回された後のように、螺旋状の深い皺が首の肉と肉の継ぎ目として顕現していた。
唇は微動だにしていないのにどうして喋れるのだろうかと思っていたら、
バックミラーに映った阿部の目は時折瞬きしていたし、都村さんの目は瞑ったままだった。

僕は誰を見ているのだろう。

阿部の後頭部の阿部の、水分の乾き切った瞳が充血と共にぱっくり割れて、
開いた開口部から見覚えのある血色の良い艶かしいピンクの舌が飛び出てくる。

力無く垂れ下がっていただけの舌上には味蕾のようにびっしりと誰かの瞳が敷き詰められていて、
その色はどことなくロマと白猫と産まれなかった子猫の濁った眼球に近しい色合いだった。

僕はそれをスポンジのように踏み付けて、絞られた水で赤いジャックパーセルの滑らかな水色の靴底を注いだ気がしたけれど、
あれはチャックテイラーではなかっただろうか。
伊藤さんが日毎に履き替えていた靴のモデルは、形が似ているけれど微妙に違う復刻版のチャックテイラーだった気する。

僕はそれで踏み付けた結果、足裏の土踏まずの真ん中に大きく深い切傷を残してしまった。
柔らかいと油断していたら飛んだ大目玉を喰らわされた剃刀の刃は、当時ルームシェアしていた同居人が仕込んでいた物だった。

僕はそれをきっかけに見切りをつけて、その後同居人から慰謝料含めた家賃と光熱費の滞納分を全て一括で奪い返したかった。
確か、それから彼女はどこかの態度も柄も悪い歳下の男を寝取って紐になったと風の噂に聴いた。

定職に就かず義務も果たさず成長もせず自己肯定感ばかり膨れ上がらせた白痴の同居人──
しぃは、日も落ちてだいぶ経つのに、マスカラを付けっぱなしにしていた目元から黒くて不潔で不快な
熊鼠の尻尾の蚯蚓みたいな涙の線で、過剰に虚飾された偽の睫毛を洗い流していた。

僕はしぃの顔を掴んで衣装タンスの角に叩き付けなかったし、
しぃの着ていた安っぽいパジャマの上着とズボンとパンツとブラジャーを剥いて痛みに悶えて蹲っているしぃの口いっぱいに
しぃが今し方まで履いていた下着を押し込めなかったし、
しぃの頭を掴んで思い切り力を入れて勢いよく水槽の角に打ち付けなかったし、
手足の関節を逆方向に折り曲げて犬のように浅い呼吸を繰り返すしぃの首を握り締め台所の調理場へと進まなかったし、
しぃの頬肉を上から下へ重力に従ってぎりぎりと断たなかったし、
しぃの顔面を熱したフライパンに近づけて舌根まで微塵切りにした舌を吐き出させ
しぃがフライパンから目を逸らさないよう両瞼を切断してしっかりと頭部を固定しなかったし、
僕はしぃの眼窩の水たまりに熱帯魚を逃さなかった。

71名無しさん:2020/12/05(土) 15:29:57 ID:kW.hMAD20
でもそれなら、どうして僕はあの生々しい経験を容易に細かい情景まで想起できるほどに覚えているんだろう。

何故僕はロマと白猫と産まれなかった子猫の濁った瞳を見つめながら、
水のたくさん詰まったスポンジのように膨れたお腹を何度も何度も踏み躙った記憶を覚えているんだろう。

(´・_ゝ・`)「仕事の同僚、だってさ。髭だらけで年配の爺さん。
新人へのパワハラやら出来の悪い孫達の悪事自慢やら、とにかく嫌なやつだったってさ」

後部座席の僕の左には人一人優に収まってしまいそうな、しかしその為には手足の関節をある程度折り曲げなければ不可能そうな、
そんな大きな黒いボストンバッグがひっそりと鎮座している。

チャックの間からちりちりの陰毛のような黒毛混じりの白髭が何本も何本も突き出ている。
まるで繊維に沿って髪の毛の絡まったステーキ肉みたいだ。

噛めば噛むほど溢れ出る肉汁が口内を魅惑の味で満たし唾液の洪水を催させる野生的な味わいと一緒に、
噛めば噛むほど口腔を傷付け薄い粘膜を裂き歯間と舌に複雑に絡まる鉄の味がする体毛のアンサンブルが、
可愛らしかった顔の歪んだミセリの頬肉に似ている。

N| "゚'` {"゚`lリ「今度は仕事仲間と来たか。ありえそうな話だな」

(´・_ゝ・`)「単に嫌なやつなら無視できるけれどね、不意にそいつの口からミセリの名前が出た途端、我を忘れてしまったらしいよ。
殺す気なんてなかったんだってさ」

N| "゚'` {"゚`lリ「ほほう、凶器は?」

(´・_ゝ・`)「ステンレス製の鋏。ちょうど彼女とその爺さんが遅番で残ってたんだって。
ウィッグを運ぶ用の鞄に詰めたらしく、切羽詰まった声で僕に迎えをよこしたものだから驚いたよ」

N| "゚'` {"゚`lリ「…生々しいな、それは。本当に嘘だったのか?」

(´・_ゝ・`)「嘘だと思うよ。だって次の日彼女、別に何とも無いような顔してたし。それにその爺さん、普通に居たからね」

N| "゚'` {"゚`lリ「へえ、デミもその爺さんを見たのか」

(´・_ゝ・`)「ああ、どこでだったかは覚えてないけれど。でも平然としていたよ。孫と孫の友達と一緒に歩いてた」

僕の隣に鎮座していたボストンバッグが車の振動とは別に揺れていた。

窓外では切れた送電線が風に靡き菫畑に点々と焔を灯している。
まるで煉獄で彷徨い続ける魂を込めた案山子を雷の炎で浄化しているかのようだ。

72名無しさん:2020/12/05(土) 15:30:29 ID:kW.hMAD20
藁で構成された案山子は無風の中で電線の撓る鞭に打たれ、身体を瞬く間に炎上させながら菫畑の上を音も出さず走り回っている。
ぱちぱちと血管の中で空気の弾ける子気味良い音だけが響いた、気がした。

N| "゚'` {"゚`lリ「ところで、なんでミセリなんだ?」

(´・_ゝ・`)「…どういう意味?」

N| "゚'` {"゚`lリ「伊藤がミセリの話を聴いて激昂するのは分からなくないんだが、
なんでその爺さんの口からその子の名前が出たんだろうか、と思ってな」

(´・_ゝ・`)「そんなこと、高和は分かりきっているだろう?
僕はその話を聴いた途端、凡ゆる点と点が結び付いて、絡まっていた糸が一つの結論に繋がったと実感したよ」

運転席の彼の後頭部で微動だにしなかった無表情が一瞬、苦虫を噛み潰したみたいに、僅かなうめき声と共に歪んだように見えた。

窓外では叫び声を置き去る速度で案山子に詰まったしぃの魂が走り回っている。
菫畑をじっと見ていると紫の像が揺らめいて歪曲した。
僕はその紫が、溝貝とオオヒラタシデムシの幼虫が照り返していた物と寸分違わないことに気付かなかった。

送電線の千切れた送電塔が彼女の粘菌から生えた肉の海の上で等間隔に燈を灯している。
その光は遠い山の上に聳え立っていた一定周期で海を監視する灯台にそっくりで、
照らされたモララーとキュートとギコとフサギコは硫酸をかけられた猫のように皮膚が爛れている。

N| "゚'` {"゚`lリ「俺は、デミがどう考えているのかを聴きたいんだ」

バックミラー越しの阿部の目は穏やかさと鋭さの同居する不安定の中に安定性を感じさせる奇妙な温度感を保っていた。

(´・_ゝ・`)「フサギコの孫って、彼だろ?」

僕は何を口走っているのだろう。

N| "゚'` {"゚`lリ「彼、ってのは、誰だ?」

阿部の目はどこを見据えているのだろう。

(´・_ゝ・`)「ギコだよ。態度も柄も悪い彼の爺さんがフサギコ。顔似てるし」

僕は自分が何を話して何に気付いて何に囚われているのかわからない。

N| "゚'` {"゚`lリ「それがどうして、その爺さんがミセリを知っていることに繋がるんだ?」

溶けた猫の目玉から鰭の美しい魚が飛び出してくる。
血溜まりから勢いよく跳ねる熱帯魚が放物線を描いて紫の水に落ちると同時に、完全に同一の弧を描いて眼窩の中に潜水してゆく。

73名無しさん:2020/12/05(土) 15:31:12 ID:kW.hMAD20
銀食器の皿の上に乗った猫の頭部の目玉から、落ちては潜り潜っては落ちての再生と巻き戻しを壊れたビデオのように絶えず反復している。
照り返す光も無いのに、輝く貝の金属光沢に似た鈍色が眩く瞼にネガを残す。

焼き付いた虚像が遠心分離機のように回り、明滅せずに海上を巡っている姿を両眼で追いかけている内に、
僕は時折潰れるほどの閃光に襲われて、網膜が焦げてしまったみたいに目が見えなくなった。

フラッシュバックの中には僕と背格好の似通った男性が拘束衣を嵌められて一人用の死体安置所に押し込められていた。
僕は僕と背格好の似通った男性を押し込む連中の顔付きに見覚えがあったし教頭を騙った爺さんと瓜二つの複雑な皺模様にも見覚えがあった。

人一人が関節を歪に逆関節に捻じ曲げて、ペットボトルを縦に潰すように肉と骨を軋ませなければ収まらないほど小さな一坪以下の空間は
鉄骨で構成された筋肉の檻のようだ。
その檻の壁には生爪が乾かないうちに掻きむしったと思われる赤い筋の図案がお経のように広がっていた。

換気口は僅かに子猫や蝸牛が這って動ける程度の小指ほどの隙間しか無く、逃亡は絶望的だった。
そこに毎日毎日通ってくる子猫に自らの肉を与えて、細切れになった細胞だけでも逃げられるようにと、誰かが両指を組んで天を仰ぎ祈っている。

腕を空に掲げ風を感じ、雨が滴り汗が流れる。
額を濡らす体感は、僕の体表面で繰り広げられていた。

(*´^_ゝ^`*)「それは…ほら、あれのおかげだよ。
彼女…というと語弊があるね。ルームシェアしていた狂った女──しぃが叫んで教えてくれたんだ」

僕はツインビルに囲まれてトタン屋根に落下させられて四肢の関節が逆関節に折れ曲がり
若い男女と老害の爺に陵辱の限りを尽くされたわけでは無いし
自らの肉を子猫に食べさせて逃亡を図ろうともしていない。
僕はただ、ひび割れていることすら分からない真っ黒の天井で、フラッシュバックする景色を眺めていただけだ。

だから後部座席の左隣にあるボストンバッグには釣り竿とルアーとリールと糸と錘と
その他ニッパーやら十徳ナイフやら練り餌撒き餌やら折り畳み式のバケツやらしか入っていないことしか知らない。

溢れ出していた陰毛のような黒混じりの白は太い釣り糸の断片がファスナーに絡まってしまっていただけだった。
男物の鬘を用意していた伊藤さんの持参物とは別で、僕が用意した道具だった。

使い古されていて手に馴染むグリップの付け根にはどうしても手入れし切れない細く繊細な刺繍のような彫り物があって、
その上には赤錆が藤壺のように繁殖していたけれど別に気にならない。
なので僕はガソリンを被せて猫に火を付けて畑を走らせていたしぃが、
可燃性の酸で濡れ鼠になりながら、千切れた送電線の鞭が放つ火の粉より引火して、全身を満遍なく焼かれてゆく姿を恍惚と眺めることができる。

74名無しさん:2020/12/05(土) 15:31:51 ID:kW.hMAD20
(*;:” c )「ごっ、ガガガガガガガ、アアアアァァァァァッッ!!!」

しぃは水のない地面に体を擦り付けている。
収穫の季節はとっくの昔に終わってしまっているのに、年増で鼻先が脳梅のように欠けている僕と同い年の女は
水気の失せた肌を水気の失せた地面に這わせて火を消そうと試みていた。

過去にしぃが道端の子猫を餌付けして遊びに実験していた内容を自らに体感させられている姿は酷く滑稽で喜劇的で、
のたうち回るほどに叫喚は勢いを増しているのに、僕にはそれが長い言い訳のようにしか聴こえない。

N| "゚'` {"゚`lリ「その女は何て言ってるんだ?」

耳あたりの良いイイ男の声。

(*´^_ゝ^`*)「『私は悪くない私は悪くない悪いのはあいつらだ私に命令したあの馬鹿共だ──
キュートの馬鹿とモララーの馬鹿とギコの馬鹿とフサギコの馬鹿が身勝手なことをするから私にお鉢が回ってきたんだ。

途中までは順調だったのにあいつらが嗜虐性と性欲を暴走させたからこんなことになったんだ。
私は止めたんだ。だから私は悪くないし私は悪いことなんて何一つしてない。なのにどうして私ばっかりこんな苦しまなきゃいけないの。
なんでよなんでよ助けてよねえ誰か助けろよ助けて下さいお願いしますお願いします。
お願いギコ君ギコ君ギコ君助けてもう嫌だ痛いのはイヤなのイヤだイヤだイヤァ!!!

熱い熱い熱い私はこんなの望んでないイヤふざけてただけなのに何で熱いお願いお父さんお母さん助けて
熱い痛い痛い痛い痛い死にたくない死にたくない!!助けて!助けて!!助けて!!!熱い』」

僕が聞き取れたのはここまでだった。
余りは紫色の二枚貝が全て持ち去っている。

N| "^'` {"^`lリ「そうか、そんなに長い口上を垂れていたのか」

ぽきぽきと血管内の空気が爆ぜる。
皮膚が沸き立つ。
肉と骨と神経と意識が蒸発する。

(*´^_ゝ^`*)「僕は彼女の身勝手な精神も成長せずに生きて行けると勘違いしている愚かさも
他人に全ての責任を転嫁して自己防衛に努める姿勢も
他力本願で暮らしているのに自己効力感ばかりを太らせ欲望のまま他者を傷付けることを厭わない無能さも、全て絶対に許さない。

塩気の多い鮭で餌付けした子猫にガソリンを被せて火を放つ遊戯を嬉々として楽しんでいた躁病患者のしぃを絶対に許さない」

75名無しさん:2020/12/05(土) 15:32:35 ID:kW.hMAD20
こんなことを語る僕の口と脳は、きっとしぃが火に焚べられて皮膚をじりじりと焼き焦がされて途方も無い灼熱と苦痛に暴れ狂っても、
もしそれで息絶えるまで意識を手放せず永遠にも近く感じる時間に悶え苦しんでも、よしんば多くの障害を残し生きながらえたとしても、
たとえそれが原因でその命が尽き果てたとしても、いつまでもいまでも絶対に許せないのだろう。

何一つ分からなかった僕は徐々に少しずつ分かり始めていた。
僕の口を使う伊藤さんが教えてくれていた。
僕は僕の口から僕の意思と反して紡がれる言葉を辿って、一本の糸に集約しつつある事実にやや慄いている。

彼女の集合体が犇く幻惑の大地は痛みに飢えているが為に、
あそこで体表から深部にかけて確実に着実に機能を燃やし細胞を一ピクセルごと剥落して人間性を脱落させているしぃは
決して焔の痛みに狂を発せず、焔が末梢神経に近付けば近付くほど強化される激痛を核として、
彼女の粘菌が織り成す繭玉の中心になるだろう。

しぃはミセリと顔こそ近しい部分はあるものの、ミセリと違って不出来なしぃを拐う人間など、この世にはいないのだから。

N| "゚'` {"゚`lリ「なあ、デミタス」

鋭さと穏やかさを兼ね備えた目付きと声。

(´・_ゝ・`)「なんだい、改まって」

N| "゚'` {"゚`lリ「いや…こんなことを言うと情け無いんだがな…俺は、お前たちに、幸せになって欲しかったんだ」

(´・_ゝ・`)「それは、どういう意味?」

僕は首を傾げる。

N| "゚'` {"゚`lリ「俺はゲイだが、恋慕とは別の感情でお前を大事に思っている。一人の友人として、お前には真っ当な生活を送って欲しいと願っているんだ」

(´・_ゝ・`)「僕は…大丈夫だよ。伊藤さんを、ペニサスを見つけられれば、きっとミセリも帰ってきてくれるから…。
そうすればきっと、また平和な暮らしができるから…」

窓外で溝貝が口を開けて笑っていた。
真っ黒に埋め尽くされた口内にはオオヒラタシデムシの幼虫が所狭しと蠢いている。

N| "゚'` {"゚`lリ「デミタスは、本を読むか?」

話題変換。
僕は釣具の手入れを始めようかと思う。

(´・_ゝ・`)「昔はそれなりに読んでたね」

76名無しさん:2020/12/05(土) 15:33:11 ID:kW.hMAD20
N| "゚'` {"゚`lリ「つまらないと思ったらそこで切るタイプか?」

(´・_ゝ・`)「いや、一度読み始めた物語だったり小説だったりは、とりあえず最後まで目を通すね。
内容を全く思い出せない話を沢山あるけれど」

N| "゚'` {"゚`lリ「それなら、多分知っているだろうな」

何を?

(´・_ゝ・`)「何を?」

N| "゚'` {"゚`lリ「一冊の小説なんだが、こう、あらすじを上手く言い難い本なんだ」

(´・_ゝ・`)「高和も本を読むとは意外だね」

N| "゚'` {"゚`lリ「暇潰しにはちょうどイイのさ。
その小説は…何というか、"途中まで読んで諦めた"と言わなければいけないような小説なんだが、その中で医者が画時代的な実験をしていてな」

(´・_ゝ・`)「"途中まで読んで諦めた"って…また随分と無責任な読者だね。確かに読み方は、各々の自由だけれど」

N| "゚'` {"゚`lリ「あまりにも内容が難解過ぎて、イメージ像くらいしか覚えてないんだけれどな。
…白い壁で覆われたグラウンドで、患者が患者の中の世界を堪能してる絵を思い浮かべて欲しい」



(´・_ゝ・`)「?」

N| "゚'` {"゚`lリ「各人がそれぞれ重篤な精神病患者だが、不思議と争いは生まれない。
客観視すれば全員同じ場所にいるってのに、一人一人の主観では別々の物を見てるんだ。
紙を破るみたいに竹を割る女性だったり、辞書の一言一句を暗記した男性だったり…柔道家の退役軍人とか、だな」

(´・_ゝ・`)「奇想天外な光景だね」

N| "゚'` {"゚`lリ「俺はその情景が妙に心に残ってな。
…その本は所謂奇書ってやつなんだが、それを好きだって豪語してる輩には碌な奴がいないんだ。
変な本を読んでいる自分に酔ってるだけの大馬鹿野郎共ばかりだ。
だから俺はこの本のタイトルをデミに伝える気は無いんだが…心当たりはあるか?」

(´・_ゝ・`)「いや…分からないかな。
似たような話で、一人の精神科医が分裂病患者の言葉に耳を傾けて、
患者個人の混沌とした世界を構成する言葉の意味やら、患者自身の精神の解説を試みる本は知っているけれど…」

77名無しさん:2020/12/05(土) 15:34:03 ID:kW.hMAD20
N| "゚'` {"゚`lリ「それを物語風にした話…といえば、幾分か納得出来る部分はあるかもしれないな」

阿部は何を言いたいのだろう。

(´・_ゝ・`)「高和は…その、何が言いたいんだ? 僕にはいまいち、君の言っていることの趣旨が分からないんだけれど」

N| "゚'` {"゚`lリ「いや…ただ、そういう奇妙な実験を、現実でもやってる医者がいるってだけの話だ。
なんとなくデミタスに、伝えておいた方が良いと思ってな」

(´・_ゝ・`)「そういえば、臨床心理学の試験が近かったね」

N| "゚'` {"゚`lリ「ああ……ああ、そうだったな」

(´・_ゝ・`)「"あなたは対象にどのようなアプローチを行うか"という問題さえ解説できれば単位を貰えるんだから、緩い講義だけれどね」

しかし大学は休学届を出したばかりだ。
どうして阿部は意味を持たなくなったテストの問題を僕に想起させたのだろう。

紫の波の上では、白い繭玉に包まれたしぃが踊っていた。
薄いビニールのような不透明の膜には、一つの身体から無辺際に養殖されたしなやかで白く細く硬い長い指の手形が外に向けて張り出している。

ぱきぱきと血管中の空気が爆ぜる音と共に繭玉が転がって、粘菌質の肉の上を滑る度に骨が折れて肉と固まる時のぱきぱきという叫びが鳴る。
まるで重低音を煮沸して、そこに飢餓を落とし込んだような、暗く甲高い金切声のようだった。
僕も阿部も戦争を経験していないのに、どうしてそれが聴こえるのだろう。

僕を虐待していた両親を虐待していた祖父が認知障害で惚けた頭のまま、北方領土の遠征で見た駐屯兵の鬼畜の所業を嬉々として教えてくれた気がする。
聴きたくないのに、柔道家の退役軍人だった祖父は耳に蓋していた僕の手を抓り挙げて引ったくって、
舌苔が繁殖する腐った舌の口を僕の耳元に近付けて、その光景を言って聴かせた。

僕が情景の恐ろしさと祖父への嫌悪で綯い交ぜにされているのを笑顔で見送る両親の表情が脳裏に浮かぶ。

だいぶ後になってから、僕はその舌苔が小汚くこべりついた舌を根本まで切り落とした。
頬に剃刀を突き立てて、奥歯と犬歯に掠める度鳴るかりかり音を堪能しながら舌根まで微塵切りにして、
脂が跳ねるほど高温に熱したフライパンを見つめさせる姿勢で祖父の頭を固定した。

皺の醜い眼元から落ちた眼球の表面が沸騰しつつ、祖父の空いた眼窩にはぽつぽつと血の水膨れが浮き上がっていた。

僕はたまらずポケットに手を突っ込む。

78名無しさん:2020/12/05(土) 15:34:46 ID:kW.hMAD20
(´・_ゝ・`)「しかし…僕たちは休学届を出しただろ? なんでその話を僕に聴かせるんだ」

N| "゚'` {"゚`lリ「大事なことなんだ。いずれ必要になるかもしれないからな」

(´・_ゝ・`)「…確かに、補講で解答するかもしれないけれど、でも…」

僕は何を紡ごうとしたのだろう。

(゚、゚トソン「高和さん、コンビニが見えましたよ。そろそろ変わりましょう」

僕の言葉は都村さんの言葉にぴしゃりと遮られた。

換気用に空けた窓から吹き込む風のおかげで、車内は程良く冷めている。
バックミラーから都村さんの表情を伺うと、余程しっかり眠れたのだろう、まるで寝起きとは思えないほどに両眼がぱっちりと瞠られていた。

阿部に倣って、僕も窓を閉めるべく右隣に目を向ける。

N| "゚'` {"゚`lリ「助かるよ、トソン。高速は任せた」

(゚、゚トソン「ええ、お任せ下さい。夜行は私の独擅場ですから」

確然と言い放つ都村さんのわざとらしく痩せ細った姿に、僕は誰か他人の像を浮かべてしまいそうな気配がしたけれど、
僕はその白く細く硬い母親にそっくりな似姿の娘が誰であるのか、今のところわからなかった以上、
具体的に誰に似ているのか、その固有名詞を思い出すことは叶わなかった。

何故僕は人波の行き交う交差点で突如として誘拐された円の中心の少女を鳥瞰することが出来たのだろう。
所詮それも僕の空想に過ぎない絵空事なのだろうか。

都村さんの双眸は誰かに似て爛々と輝いていた。
金壺眼であるのに弛んだ皮膚の醜悪性は見当たらず、僕とは彼方に存在する途方も無く迂遠な叡智の核を宿しているかのようだった。
何故僕は今更になって、人物月旦をしているのだろうか。

窓外では収穫の終わった水の通っていない水田に深紫の菫が一面咲き連なっている。
風が吹く度に、暑い雲から漏れ落ちた月光の紐に照らされた波が音も無く揺蕩い花弁を舞わせる。
等間隔で突っ立っている見上げるほどの高さの送電塔に光は灯っていなかったし、送電線も切れておらず、彼方の山稜に灯台は回転していなかった。

ポケットの中で指先に何か硬質で冷ややかな感触が伝わる。
何となく黒くて残酷で火薬臭そうな、それでいて独特の突起が何箇所か指に程よく引っかかり、この国では滅多にお目にかかれない、
伊藤さんが好きなハリウッドの派手な映画でよく見た気がする、そんな非現実的で玩具のような触り心地…。

79名無しさん:2020/12/05(土) 15:35:29 ID:kW.hMAD20
(゚、゚トソン「盛岡さん、どうかしましたか? 狐につままれたような顔して」

この玩具のような感覚は初めての体験だった。

(;´・_ゝ・`)「…大丈夫、何でもないよ」

(゚、゚トソン「そうですか? 具合が優れないのなら少し休みますけれど」

(;´・_ゝ・`)「いや…平気さ。ちょっと酔っただけだから。…海に着くまで、少し眠るよ」

(゚、゚トソン「分かりました。到着したら起こしますね」

ポケットの中には拳銃が入っていた。
そっと取り出して持ち上げ眺めていると、まるで月光を束ねて織り上げたみたいに怪しく像が揺らめいている。
何とは無しに球体の稲藁に向けてトリガーを引いてみると、音も無く狙った一点に真っ黒い穴が空いた。

厚い雲から月の日脚が立って、黒い穴を一際浮き彫りにしている。
訳の分からない違和感を覚えて目を凝らしてみると菫畑は影も形も無く、
そこには荒れ果てて枯草ばかりが丸め上げられた畑紛いの痩せた大地が広がっているだけだった。
高貴を表す紫の花は霞のように消えてしまっていて、そういえばそもそもここにそんな花など生えていなかったことを思い出した頃には、
僕の興味は手元のピストルから失せてしまっていた。

関心はあの深く黒い穴に一切が向いている。
僕が故意に開けた空洞の奥から、地面を掻きむしり痛みに悶えやがて死に至る怨嗟の声が叫びまろび出ている。
自分の犯した残虐で一方的な屠殺行為を悔いることなく、因果応報を理不尽だと喚く子供のような声だ。
雪の降り頻る凍てついた街の一角で、壁一面に並べさせられた弱卒達の断末魔に近い。

眺めていると、脳裏に祖父から聴いた戦時中の虐殺風景さながらの情景が浮かぶ。
幼稚な僕はただひたすらに怖くて怖くて堪らないだけで、何が具体的に怖くてどうしてそれを聴きたくないのか分からないのに、
とにかく必死に意識を別のことに向けようとしていた。

楽しい記憶なんて何一つない。
全て家族に奪われてきたし、僕にとっての家族は恐怖と憎悪の対象でしかなかった。
弱かった頃の僕は僕の頭の悪さを常に非難していて、自身に非も無いのに叱られ嗤われ貶められ嬲られ罵られる僕が間違っていると、
間違っている両親に信じ込まされていた。

僕は何も思い出したくない。
少なくとも今は眠りたい。

どうせ見る夢は悪夢と相場は決まっているのだから、僕はとりあえず目を閉じて、同時に意識を閉ざした。
視界と意識は、死体安置所のように真っ黒になった。

80名無しさん:2020/12/05(土) 15:36:35 ID:kW.hMAD20
(8)

「盛岡さん、盛岡さん」

玲瓏な声。
嗄れて聴こえたような気がするし浮かべた表情は下卑た浅ましいものだった気もするけれど
この声を聴いた途端、僕はそれが妄想に過ぎなかったと理解した。

恐らく都村さんから声掛けられているのだけれど、意識を失っていた僕の耳には都村さんの声を聞く前に、
彼女と阿部が何かやり取りをしていた木霊が残っていた。
囁き声にも満たない二人の会話は眠気覚ましの為のものだったのだろうから所詮瑣末事だった。

(´つ_ゝ-`)「ん……あと十分だけ待って…」

僕は眠かった。

「着きましたよ、盛岡さん」

(´つ_ゝ-`)「う、んん…もう、ミセリは朝から元気だね……お父さんよりお母さんを先に起こしてよ…」

「……お父さん、朝だよ。早く起きてっ」

13歳の少女とまるで変わらない、あどけなくて舌足らずで、ちょっぴり大人びている高飛車な感じの、
自分が周囲の女の子達より可愛いことを自覚している風な声に変わった。

身体の変化が顕著な一次成長期の少女はダイエットと称して少食気味になっていたけれど
唾液腺の腫れだったり吐き胼胝だったりは見当たらなかったし、
僕やペニサスの作ったお弁当も料理もよく噛んで味わって食べてくれていたから心配事は少なかった。

僕は僕が両親に愛されなかった分の愛情を全て娘のミセリに注いでいたし、異性として、伴侶として、心の底から愛していたペニサスを常に大事にしてきた。
家長としての責任よりも止めどなく溢れる愛おしさに僕は毎日毎日満たされていたし、
ペニサスの仕事の悩みを聴くのは辛かったけれど、それは別に彼女の口から悪辣な言葉が出るからではなく、
彼女がそんなにも苦しんでいるのに僕は聴くことしかできないからだった。

ミセリの成長は目紛しく、僕は僕たちの子供が世界で一番可愛いと胸を張って誇れることが嬉しかった。
有給を使ってペニサスと一緒に見に行った授業参観でクラスの誰一人として答えられなかった問題を
すらすらと解くミセリの姿に、僕もペニサスも鼻が高かった。

一緒に教科書の問題を解き合って、休日はサイクリングに行ったり動物園に行ったり水族館に行ったり遊園地に行ったり、
あとは家の庭でキャッチボールをしたり公園で遊具で遊んだり、たまには海で貝殻拾いと釣りをしたり、それに旅行にも沢山行った。

81名無しさん:2020/12/05(土) 15:37:29 ID:kW.hMAD20
僕もペニサスもミセリも、満ち溢れる幸せの中に生きていた。
幸せだった。

(´-_ゝ-`)「本当、ミセリは朝から元気だね」

「だって今日は、友達と一緒に遊びに行くんだもん。楽しみに決まってるじゃん!」

(´-_ゝ-`)「ああ、そういえばこの前言ってたね。仲良しさん達と街に出るんだろう?」

「そうっ、美容院に行ってから、ショッピングに映画館にカラオケ! 昨日の夜は楽しみで楽しみで一睡もできなかった!」

(;´-_ゝ-`)「ははは、寝てないのに、そんな元気なんだね」

「ミセリはいつでも元気だよー。元気なのがミセリなのー」

(´-_ゝ-`)「随分と複雑なことを言うね。…お母さんは、もう起きてるのかい?」

「もうとっくに起きてるよ。朝ごはんの準備ができたから、お父さんを呼んできてって言われたのー」

(´-_ゝ-`)「そういうことか。そういえばリビングの方から、いい匂いがするね」

「昨日の夕食の野菜炒めとじゃがいもの味噌汁と、あとは目玉焼きに鮭の塩焼きっ」

(´-_ゝ-`)「いつもとほとんど変わらないね」

「でも好きでしょ?」

(´-_ゝ-`)「もちろん、お母さんの料理は世界一だからね」

「ミセリも好きー! お母さんのごはんも、お父さんのごはんも、どっちも同じくらい美味しいから大好き!」

(´-_ゝ-`)「嬉しいことを言ってくれるね…顔を洗ってくるから、ミセリは先に行っててもらっていいかい?」

「分かった! …二度寝しないでね?」

(´-_ゝ-`)「大丈夫さ、だーいじょーぶー」

僕は目を開きたくなかったから手探りで周囲を調べて這うようにして身体を起こすけれど
僕の手が掠めるのは僕が今まで横たわっていた寝床の生温かい温もりだけだった。

真っ黒で瞼越しの光に透ける蜘蛛の巣状の毛細血管も見当たらないから、
僕が見ているこの玉虫色の揺らめきは、瞳を鏡のように写しているのではないかとすら思案してしまう。
この色は、ロマと彼の妻と産まれなかった子猫の濁った瞳が備えた彩だ。

82名無しさん:2020/12/05(土) 15:38:25 ID:kW.hMAD20
僕は言わずもがな一人っ子だったけれど、我儘が許されて甘えることが許されて、
そしていつまでも無邪気でいることが許される幼年期を送ることは叶わなかった。
記憶の奥底に小さな檻を作って、その中に所狭しと醜い経験やら思い出したくない感情やらを蠱毒的に押し込めてきた。

つまり僕が見ていたのは僕が見たいと思って取捨選択した綺麗に繕われた風景だけだったので、言わずともその数は極小に限られたものだけになる。
その中で一等星に輝く思い出が架空の話に過ぎなかったとしても、僕はロマ達と戯れ合った日々の最後に見た彼等の濁った瞳を忘れられずにいる。

両親に打ち明けた日、意外にも二人は同調的で穏和な態度を取ってきた。
近所付き合いの他人に愛想を振り撒く時と同じ猫撫で声を、一応家族の僕にも向けてきたものだから、ほんの少しだけ戸惑った気がする。

それと共に油断した。
目尻と口元に連なった皺の山脈が不快な微笑みを形作っている。

(゚、゚トソン「あなたはその時、何を見たのですか?」

橙色の照明が長方形で杢目調のテーブルを囲む僕と父と母を照らしている。
母が懇切丁寧に運んできた溝の深い皿は顔程の大きさを誇り、僕は初めてみたクローシュに心なしか興奮していた。

中には何が詰まっているのだろう、一体どんな料理が呈されるのだろうと思うと同時に、
この両親のことだからどうせ碌でもないものに決まっているとも諦めていた。
僕の皿だけがそういう風だった。

(゚、゚トソン「両親は何と仰られていたのですか?」

疑惑の視線を父と母に向けると、二人は矢庭に謝罪し始めた。
お父さんとお母さんが悪かった、いつもデミタスに苦労させて、嫌な思いも沢山してきただろう、辛かったろう、苦しかったろう、
だけどお父さんとお母さんは沢山話し合って、デミタスにきつく当たり過ぎてしまっていたんだと気付いたんだ、
あまりにも酷いことをしてしまった、謝って許されるようなことじゃない、本当に済まなかった、本当に済まなかった。

これはせめてもの謝罪の印だ、お父さんとお母さんが二人で夜鍋して一生懸命考えた結果なんだ、
だからせめて冷めないうちに、料理がほかほかで温かいうちに召し上がって欲しい、重ね重ね本当に申し訳なかった。

二人はテーブルに額が付くか付かないかのぎりぎりまで頭を下げていたし、二人のそのような態度も言葉も僕は初めて聴いた。

父が絞り出すように声を紡ぐ傍で母は鼻を啜っていて、時々嗚咽みたいに漏れる息の音が聴こえている。
普段はあんなにも嬉々として僕を玩具に遊んでいた二人が真摯な態度で僕に語りかけてきたのも初めてだった。

僕がロマ達の話をしたのは前日のことだ。

83名無しさん:2020/12/05(土) 15:39:08 ID:kW.hMAD20
(゚、゚トソン「あなたはその時、どう思いましたか?」

僕は何も具体的な感情を思い描けなかった。
何が真実で何が嘘で、そもそも二人の思惑やら咨咀逡巡やら葛藤やら煩悶やらの一切合切含めて
僕は父と母に対する思考を深めたことなどなかったから、二人が話している言葉が僕の話す言語と同じなのかすら疑ってしまっていた。

僕は常にお腹が空いていたし、両親が謝罪した今日に関してもこの瞬間まで食事にはありついていなかったし、
相変わらず爪を噛んで飢えを凌いでいただけだったから、本当に単純に空腹感だけが頭を占めていたような気がする。

だから僕はこの時も、堪らず短くなった爪を口元に当ててがじがじと無表情に噛んでいたと思うし、
空いたもう片方の手は腰に佩しているバイトで使っていたスパナに伸びていたと思う。

僕は金属製の冷ややかな感触で心の落ち着きを保っていた。
僕はただ落ち着いていた。

(゚、゚トソン「あなたはその後、何をしましたか?」

僕は本当に無感情で銀製のクローシュをゆっくりとゆっくりと持ち上げた。
照り返されて反射した僕の表情は目元がへの字に曲がり頬が薄く紅潮していて、
料理への期待だったり飢えの埋没だったり両親との関係の再構築だったり未知の可能性への興奮だったり、
そして何よりロマと番の白猫とお腹の中の子猫と一緒に暮らせることを心待ちにしていたのだろう。

ロマの奥さんは何と呼ぼうか、子猫はどんな風に成長するのだろうか、
その子も機嫌が良い時にロマが僕にしてくれたように手をぺろぺろと舐めてくれるだろうか、
首元を撫でるとごろごろと喉を鳴らしてくれるだろうか、僕はそればかりを楽しみに楽しみに待っていた。

お腹は空いていたけれど、そんなことどうでも良くなるくらい明日への希望に満ち溢れていた。
こんなにも生きていて心を動かされた経験はこの時が初めてだったし、僕はこの時漸く産声を挙げれた気がした。

自分以外の幸せを自分が作り出すことによる幸せに気付いて、人間的に成長出来たような気さえしていた。
中身を見るまでは。

(゚、゚トソン「あなたはその時、何を見たのですか?」

スプーンで掬った匙の上にはロマの頭部が乗っかっていた。
ぐずぐずになるまで煮込んだ目元から粘度の高いスープが滴り落ちて、芳醇なトマトの酸味と血の匂いが香気を上げる。

むわっとした湯気が僕の顔一杯に降り掛かり、スープを掻き混ぜれば掻き混ぜるほど、様々な具材が浮き上がってきた。
あそこでぶくぶくと泡を吹いているのはロマの番の白猫の子宮だった。
奥でこつんとぶつかったのは骨の髄まで液状に溶けた残りの背骨の一部だった。

84名無しさん:2020/12/05(土) 15:39:58 ID:kW.hMAD20
両親が顔を挙げて僕を見つめている。
目元はへの字に曲がり、口角は楽しくて楽しくて堪らないかのように直上していた。
嗚咽のように漏らしていた声の正体は我慢出来ずに漏れ出していた嘲笑の断片だった。

ロマと番の彼女の体毛がスープを混ぜる度に焦げと共に浮き上がっては沈み込むのを無感情に僕は眺めていた。
可哀想な三匹の瞳はレースのカーテンが僅かに開いた隙間と同じく、夜の底と同じ真っ黒色にとろんと微睡んでいる。

銀食器の鏡越しに見えた僕の表情筋は両親の浮かべているそれと寸分違わなかったから、僕はきっとこの時を待ち望んでいたのだろう。
僕は最初から全て見通した上で、確実に自分の好きなようにできるだけの理由が欲しかったのだろう。
きっとそうに違いなかった。

(゚、゚トソン「あなたはその後、何をしたのですか?」

僕はテーブルの端にロマ達の載った皿を移動させた。
蝸牛が這うような速度で隅にそっと添えると、匂いを嗅ぎつけた蝿が早くも集り始めていたようだった。

それから僕はゆっくりと笑顔のまま立ち上がって、母だった人が僕を眺めていた眼球に左手のスパナを突き立てた。
急な事態に驚く太った父だった人を後ろから抱きしめて、その首を一息に締め上げる。

右腕を頸動脈ではなく気管の上に蜿蜒と這わせて、左腕と右肘との交点を直角に固定して、たっぷりゆっくり時間をかけて捻る。
その時掻き毟られた僕の前腕には折れた生爪が突き刺さった傷跡が今でもキスマークのように残っていた気がするけれど、同僚に詮索されたことはない。

僕はその時、確かに産声を挙げた。
歓喜に打ち震えて、赤の他人となった両親だった二人に出来得る限り全力の愛情と感謝を注いだ。

ありがとう、ありがとう、僕はあなた達のおかげで成長できた。
あなた達が僕に今日まで施してくれた我欲のおかげで、そしてロマ達夫婦を利用した旱天の慈雨のおかげで、僕はやっと大人になれたんだ。

だから最期くらいは、最高の親孝行を尽くしても構わないだろう?
僕が堪能した苦痛の味をゆっくりと咀嚼しておくれ。

手が使えないのなら僕が二人の腕になろう。
歩けないのなら僕が二人の脚になろう。
脳が無いのなら僕が代わりに考えてあげよう。
あなた達のおかげだ、いくら感謝してもし足りない。

口から泡を吐く父だった人の耳元で僕はそっと呟いていた。
母だった人が軽い痛みに身を捩り、顔を抑え血の涙を零して叫び散らしていたから、僕の声はきっとその耳の奥には届いていなかっただろう。

85名無しさん:2020/12/05(土) 15:40:41 ID:kW.hMAD20
祖父から実体験を伴って教え込まれたのは7秒だった。
柔道家の退役軍人である祖父は人の頸動脈を締め上げて血流を一瞬止めるだけで人は気絶すると言っていた。
僕はその声を遠のく意識の中で確かに聴いたし、蘇生されて涙が勝手に流れてゆく最中に追体験を味わされた。

7秒だ、それ以上止め続けると脳が壊死する。
僕は1、2、3、4、5、6、と耳の奥に直接語りかけるような饐えた呼気混ざりの濁声を何度も何度も吹き込まれ刷り込まれたから忘れようはずもない。

恐らく父だった人も、それを幼い頃から体感させられていたのだろう。
鍛えた僕が金属バッドの腕で堅固に頭を固定して、赤子の手を捻るように優しく気管と頸動脈を抓ってあげると、
身体全体が小刻みに震えて両の目尻から大粒の涙を流していたから。

その人が泣く姿は初めて見たけれど、僕は街中で新生児がおぎゃあぁぁと喚いているのを見た時と同じように自然と微笑してしまった。
可笑しくてつい頬が緩んでしまった。

たっぷり13秒血流を止めてあげると、微弱な痙攣すら無くなった。
そのまま椅子に腰掛けさせて、痛みの鈍くなり始めていた母だった人に向き直ると、その人は蝸牛のように地面を這いながら玄関へと赴き始めていた。

堪らず僕はテーブルから食事用のナイフを引ったくると、うつ伏せで晒されていたアキレス腱を深い深く抉り、
その先端でずり足の容量で蠢いている親指を潰して逃げられないようにした。

仰向けにさせて天井を向いている足趾に全体重を乗せて地面と垂直になるよう踏み付けぐりぐりと土を均すように擦り付ける。
スリッパ越しに骨と血管と神経が混ざり合い傷つけ合うのが分かる程度に摺り潰す。

新生児のようにおぎゃあぁぁと鳴く声は母だった人の声帯からも漏れてきたから、僕は堪らず口元を抑え笑いを堪えるのに必死だった。
ナイフが思っていた以上に鋭利だったので痛みの尋問を僕は始める。

(*´^_ゝ^`*)「ロマは、生きたまま煮込んだの? 僕がそう問い掛けると、母だった人は何も言わずに俯いてしまったから
僕はその土踏まずの真ん中に肉を切り分ける用のナイフを挿し込んだんだ。
ぱっくり割れた開口部から赤黒い血液がゆっくりと溢れて、またおぎゃあぁぁと喚くんだ。

嘘を吐いたらこうなるよって、身体で教えてあげないと人は分かってくれないよね。
痛みが伴わないと話さえ通じないことを僕はその両親だった二人から学んだから、皮肉な実践なんだけれども。

それから母だった人は直ぐに向き直って、血の垂れる片目を抑えながら壊れた玩具みたいに必死に首肯していたよ。
言われた通りにすれば助かると思ったのか、もしくはほんの少しだけの生存の可能性に賭けたかったのか、
この事は誰にも言わないからもう止めて下さいって、息子だった僕に対してがらりと態度を変えて懇願してきたんだ」

86名無しさん:2020/12/05(土) 15:41:25 ID:kW.hMAD20
(*´^_ゝ^`*)「だから僕はその頭を掴んで衣装タンスの角に鼻の皮膚がべろんと外側に垂れ下がるほどまで叩き付けたし、
母だった人が着ていた安っぽいパジャマを剥いて今し方まで履いていた下着を口いっぱいに詰めて叫ばれないようにしたし、
もう一度頭部を掴み直して思い切り力を入れて勢いよく水槽の角に打ち付けたし、
犬のように浅い呼吸を繰り返す母だった人の首を握り締め台所の調理場へと進み包丁で頬肉を断ったし、
その顔面を熱したフライパンに無理矢理押し付けた。

痙攣しつつ尿や糞便を失禁していた勢いが失せてからテーブルの席に座らせて、僕は未だに白い湯気の立ち昇る皿中のロマを見つめた。
僕以外は空の遺骸と化した室内で割れた水槽から飛び出た腹の膨れた熱帯魚が一匹だけ未だ跳ねていたから、
僕は真っ黒に濁ったロマの瞳にその魚を落とすと、そいつは自分の腹の重さで眼窩の奥に沈んでいったんだ。

だから僕は全て実体験を伴って生々しい暴力の情景を理解できるし、再体験でさえも復元可能だった」

それは架空の出来事だったし空想に描いた絵空事に過ぎなかったし、
僕が想起できる内容なんて全てが実際にあったかどうかすら区別の付けられない虚構のようなものだった。
現実も夢も僕にとっては同じ箱の中に吹き込んだ毒素に違いなかったから、僕にとっての認識は全てが合切混ぜ合わされて撹拌された結果の、
白昼に見る夢現と何一つ変わらない。

(゚、゚トソン「あなたはその後、どうしたのですか?」

当時僕たち一家が居を構えていたのは人も疎らで家と家の間が田圃一つ分ほども開けている田舎だった。
住民は軒並み還暦を迎え子供も少なく人と人の交流も乏しく、誰も他人に積極的な干渉をしない地域だった。
部落間同士も極めて排他的で、論理の通用しない頭の硬い古い考え方が占拠する片田舎中の片田舎の一角に住んでいた。

僕が生活に困り誰かに引き取られるのも警察に捕まるのも時間の問題だったけれど、僕たちが住んでいた家屋の裏には洞穴があった。
戦時中は防空壕として使われていたと近所の老婆から聴いた穴は空襲や震災によって激しく地盤沈下しており、
入り口は小さいのに中は大空洞が広がっていて、そこに雨粒や死水が溜まり地底湖を成していた。

竹林の奥に佇む穴と僕の家とを繋ぐ距離は歩いて五分も掛からないし、この家の裏は直で竹に侵食されつつあったから人目を気にする必要も無い。
僕が生まれて言葉を理解して間も無い頃に、父と母が僕を怯えさせる為に聴かせた話の一つが地底湖だった。

大きな水溜りから這い上がるには五メートル近い滑らかな絶壁をよじ登らなければ出られない。
水深は五十メートルは下らなく抜け道も一切無い。
夏場ですら水温は氷点下間近だから水に浸かっていれば五分と保たない。

87名無しさん:2020/12/05(土) 15:42:07 ID:kW.hMAD20
お前がお父さんとお母さんの気に入らないことをしたらその穴へ落としてやろう。
ぎりぎり掴めるか掴めないかの瀬戸際まで紐を伸ばして、お前が掴みそうになったら紐を手繰り寄せて、上から眺めて笑ってやろう。
お前が立ち泳ぎの疲労で徐々に徐々に沈む姿を写真に残して、その恥知らずな遊泳を一生笑い物にしてやろう。

僕は蠱毒の壺から掘り起こした空想から得た知見を元に、その急斜面になっている穴まで父だった人と母だった人を引き摺って、
そこへ頭から押し込んであげた。
坂道を転がる小石のようだった人紛いを入れてから十秒ほど経った後に、とぽんと音が二つした。

僕の実家は僕が現在住んでいる場所から数時間掛かる。
深夜に出発したら朝日が明らむ頃に到着するほど遠方だ。

(*´^_ゝ^`*)「過酷な家庭環境と僕の全身に犇めいていた凍傷の鬱血痕のような青痣と自宅から発見された虐待時の写真という物的証拠が相まって、
情状酌量の余地があると言い渡された僕は唯一の身内である柔道家の退役軍人である祖父の元に引き取られた。

その頃にはもう呆け切って、自分の襁褓さえ交換できないほど弱っていたから大した障害にはならないだろうと思っていたけれど、口ばかりは達者だった。
入れ歯の嵌っていない萎んだ唇を震わせて流涎を流し飛ばしながら意味の分からない悪口らしき文句を四六時中投げ打っていた。
自分だけしか理解できない言語を扱う野蛮な猿のようだった。

責務の介護が復讐に様変わりするのは当然の理だったし、僕は初めから祖父にはしっかり苦しんでもらおうと計画していたんだ。
毎日の重湯には祖父のオムツにこべりついた人糞を同じ割合で混ぜたし、
水分補給用にとろみをつけた祖父の尿にはゴキブリやオオヒラタシデムシの幼虫や蛆虫や蠅やナナフシをミキサーにかけて喉に流し込んだし、
同一姿勢で何日も放置して皮膚から骨髄までを充分に腐らせたし、
自らの糞尿で腐敗した衣類を交換せずほったらかしにした。

明かり一つ入り込まない暗所に四六時中寝かせて換気も一切せず、
気紛れに殴ったし蹴ったし爪を剥がしたし耳を切り落としたし舌上を刻んだし目をほじくったし瞼と口を縫い付けて鼻の方穴を塞いだし、
喉元を縦に裂いて祖父の膿に塗りたくった刺繍針と糸で最低限縫合しながら舌苔塗れの舌を喉元から力任せに引き摺り出したし、
全身の骨を満遍なく折って何度も何度も7秒間掛けて首を絞めて気絶させた。

祖父が誇っていた戦争で生き延びた者に贈られる勲章を祖父自身の汚い足裏で踏ませたし、
祖父が唯一愛していた祖母の持ち物を目の前で全て切り刻んで糞と一緒にお襁褓にくるんで食べさせたし、
祖父が大事に育てていた畑を目の前で全て焼き払ったし、
祖父の信仰していた神の祀られた神棚を目の前で祖父の糞便で塗りたくった。

僕は祖父を絶対に許さない。
祖父の人間性を絶対に許さない。
だから祖父の尊厳を全て徹底的にへし折ってへし折ってへし折りまくった」

88名無しさん:2020/12/05(土) 15:42:42 ID:kW.hMAD20
(*´^_ゝ^`*)「祖父が目脂だらけの涙を流しながら謝罪している姿に対して嘲笑を投げ付けてあげたし、啜り泣きながら死を望む様子に微笑みかけてあげた。
僕は祖父や両親が僕にしたことと同じことをしたから僕も彼らと大差無いのだろうけれど、
そんなこと関係無いくらいに僕はその三人が苦しみのたうち死んだ今でも許していない。

祖父も地底湖に沈めた。
足が付かず証拠の発見されない暗所の独房で水死体が水を吸ったスポンジのように膨らんで、
シュールストレミングのように腐敗した体臭をぷすぷす吹き出している情景を思い浮かべると、僕は笑顔が止められなくなるんだ。
だから僕は笑っているんだ」

(゚、゚トソン「その後のことを教えて下さい」

その後。

その後…。

(´-_ゝ-`)「…あまり詳しく覚えていないんだ。たぶん色々と面倒事を潜り抜けて、大量にストレスが溜まっていたからだと思う。
一人で生き抜く為に泥水を啜って、自ら進んで他人の靴の裏を舐めた気もする。
日雇いで働きながら図書館に通って、参考書やら辞書やらを通読して…大体一年くらいで、ある程度様になるくらいには昇進できたんだ」

(゚、゚トソン「それから?」

それから。

(´-_ゝ-`)「高校まではしっかり出てたからね、勉強は好きだったし努力すればするほど実力に繋がるから、こう見えても成績は首席だったんだ。
教科書を覚えるのは当然だったし、そこから伸ばした応用力も、ある程度世間で通用するくらいには自信を持っていた。

社会で生き抜く術は、皮肉にも父と母と祖父から逃れる為に培った経験が活きた。
食費と生活費を切り詰めて、その頃は一人で順風満帆に暮らせる程度、良い暮らしを送っていたよ。
その頃に出会ったのが伊藤さんだ」

(゚、゚トソン「なるほど。それから?」

それから…。

(´-_ゝ-`)「彼女は僕が頻繁に通っている少人数制の美容院の理髪師さんでね、
お任せでカットをお願いしても、その時の僕が望んでいる髪型にセットしてくれるんだ。
まるで心の中を見透かされているようだったけれど、断髪中の彼女は気さくに話し掛けてくれるから、不気味だとは毛ほども感じなかったね。
良い店だったよ。店員も全員僕と同い年くらいで、過ごしやすかった。

彼女は僕と同い年なのに、その類稀なる才能を買われて店内ナンバー2の、若い店長に次いだ実力を持っていたんだ。
彼女を指名する顧客は多かったよ、新進気鋭のアイドルみたいだった」

89名無しさん:2020/12/05(土) 15:43:28 ID:kW.hMAD20
(゚、゚トソン「素晴らしい方なのですね」

(´-_ゝ-`)「そう、才色兼備な解語之花…いや、僕にっては高嶺の花だった。
不思議とね、浅ましい嫉妬心みたいなものは全く無くて、とにかく憧れて、焦がれていたよ。

通い始めて大凡一年くらいかな。その頃から恋慕の感情が生まれ始めた。
彼女に似合うイイ男になりたかったし、彼女を守れるくらいに強くなりたくなった。
平たく言えば、ただ彼女が好きなだけなんだけれどね」

(゚、゚トソン「それから、どうなったのですか?」

それから?


※ ※ ※

(´・_ゝ・`)『伊藤さんは、僕がその時求めている最大限のものを、いつも僕に齎してくれるね』

('、`*川『なぁにー、急に改まっちゃって』

(´・_ゝ・`)『いや…なんというか、いつも当たり前のように感じてしまっていたんだけれど、
それってやっぱり、僕にとっては何よりもありがたいなって思ったから』

('、`*川『だって盛岡さん、真面目すぎるんだもん』

(´・_ゝ・`)『そう見えるかい?』

('、`*川『うん、とっても。まるで、自分で自分を責めているみたいにみえる』

(´・_ゝ・`)『初めて言われたな』

('、`*川『そういう人ってね、大抵自分に課したルールみたいなものを持っててね、それを人にも当て嵌めようとしてくるのよ』

(´・_ゝ・`)『なんだか悪いね、そう思わせてしまっていたのなら』

('、`*川『ううん、盛岡さんは、そういう人たちとはちょっと違う。
自分に対して厳しすぎる皺寄せで、その分他人に優しくしてくれているみたいな感じなの』

(´・_ゝ・`)『僕はそんなに、出来た人間じゃないよ。
平気で人を叱れるし殴れるし痛めつけられる、血の通ってない人形同然さ』

('、`*川『でも、それを分かってる。分かった上で、努力している』

(´・_ゝ・`)『……』

('、`*川『自分の欠点を自覚してる人は沢山いるけれど、ここに来るお客さんは、それを個性だって謳って承認してる人たちが多いの。
ぶっちゃけ、私はちょっと苦手』

90名無しさん:2020/12/05(土) 15:44:16 ID:kW.hMAD20
(´^_ゝ^`)『ははは、伊藤さんらしいね』

('、`*川『盛岡さんはさ、それを直そうとしてるから、話してて気が楽なんだよね。
嫌味じゃないし嘘っぽくないし、なんとなく居心地が良い、みたいな感じー』

(´・_ゝ・`)『…別に、普通に生活してるだけだよ。深く考え込む癖があるわけでもないし、普通さ、普通』

('、`*川『羨ましいわ、私も盛岡さんみたいな落ち着きが欲しい。大人な雰囲気って言うのかしらね』

(´・_ゝ・`)『…君は、非の打ち所がないくらい、落ち着いているじゃないか。伊藤さんは今のままで、十分に魅力的だよ』

('、`*川『取り繕ってるだけよー。私はさ、せせこましくていつも心が不安定なの。盛岡さんとは逆、真逆ね』

(´・_ゝ・`)『とてもそうには見えないな。話しながらも手際の良さはピカイチだし。最高の鋏捌きだ』

('、`*川『慣れよ、慣れ。イイ男の魅力を最大限引き出す術を知ってるだけさね。
洗練された下地があってこそ、緻密な刺繍は映えるの』

(´・_ゝ・`)『"健全な肉体には健全な精神が宿る"、かい? 生憎僕の精魂は、薄汚れてしまっているよ』

('、`*川『……』

(´・_ゝ・`)『僕は、伊藤さんの話すような素敵な心の持ち主じゃない。自分の愚かさに、甚だ失望するばかりだよ』

('、`*川『…そうは、見えないけれどね』

(´・_ゝ・`)『隠しているんだ、恥ずかしいから。
情け無い醜態を、憧れの人に見せたくない気持ちと一緒だよ』

('、`*川『生きてる限り、悩みは一生付き纏うものよ。
是認するか、追求するかの違いが各人にあるけれどね』

(´・_ゝ・`)『…僕が、後悔を忘れて、ただ只管邁進せず呼吸しているだけだって言ったら、どうする?』

('、`*川『嘘つき、って言うわ。それから、こうする』

※ ※ ※


(´-_ゝ-`)「その日はかなり、僕は疲れていたんだろうね。
自我に係う愚痴なんて殆ど漏らしたことがなかったのに、その日は何故か、少し違ったんだ」

91名無しさん:2020/12/05(土) 15:45:02 ID:kW.hMAD20
(゚、゚トソン「それで?」

それで。

(´-_ゝ-`)「それで、伊藤さんが僕に抱きついて来た。
仕事終わりの閉店間際で、その日は僕と彼女以外、誰もそこにはいなかったんだ。
予約制だから人が入ってくることもない。クローズは一人で行える。
まるで、この世界には僕と彼女しか存在しないんじゃないかってくらい、静かだった」


※ ※ ※

(´-_ゝ-`)「…伊藤、さん」

「もう一つね、お気に入りの言葉があるの」

(´-_ゝ-`)「なんて、言葉なんだい」

「"忘却はよりよき前進を生む"」

(´-_ゝ-`)「ニーチェだね」

「誰でもいいわ、発言者なんて」

(´-_ゝ-`)「…忘れること、か」

「ねえ、盛岡さん。忘れることって、決して悪い事ばかりじゃないと思うわ」

(´-_ゝ-`)「そう、なのかな」

「忘れて、気にしなくなって初めて、前に進めると思うの。それは確かに、無責任なところも多いでしょうけれど、ね」

(´-_ゝ-`)「でも、過去は修正出来ない。僕が歩んだ足跡は、僕の後ろを影のように付き纏う。振り払えないよ」

「……」

※ ※ ※


(´-_ゝ-`)「僕は後悔しているんだ。
自分が犯してしまった残虐な所業も、その時僕の心に灯った嗜虐性の炎も、永久不滅に宿った恨みの声も、僕は本当に憎いんだ。
人のせいにできるようなことじゃない。
八つ当たりして、怒鳴って、喚き散らかしたところで、僕は僕を認められない。
簡単に忘れ去れるような事情じゃ無いんだ」

(-、-トソン「…そう。お父さんは、私に懺悔しているんだね。
だからこうして、蠱毒的に独居に押し込んだ記憶を掘り起こして、前に進もうとしている」

92名無しさん:2020/12/05(土) 15:45:54 ID:kW.hMAD20
(´-_ゝ-`)「懺、悔」

瞑っている瞼越しに、もぞもぞと動く影が見えた。
這いつくばっている人型のそれは仰向けに寝ている僕の足元に移動して止まった。

素足の足の裏に、生温かくくすぐったい吐息が吐かれる。
相手の興奮が直に伝わるほど高まった体温の小さな掌に包まれた僕の足底は、そのままの姿勢で咥えられた。

過剰分泌気味のねばねばした唾液が僕の足趾全体を丁寧に、丹念に包み込んでいる。
腰裏から頸にかけてぞくぞくと駆け巡る背徳感の高揚が迸る中でも、その小さな影は僕の足の親指と人差し指の間を長くぬめる舌で舐め回しているようだった。

爪と皮膚の間を優しく肉の絨毯で包み込まれて、味蕾の繊細な突起が足の指達を扇情的に刺激してくる。
にゅるにゅると蠢動する舌足らずで幼い動きが僕の精神を刺激する。
まるで無数にうねるふかふかの肉の襞に、足元だけくるまれているかのようだった。

徐々に腰に熱が溜まり始めていることを自覚し始めた頃、
唾液で潤けるほど舐め尽くされた足趾から離れた小さな影は、僕の股間付近に顔を近づけて来た。
厚手のスウェット越しにすら伝わる体温と吐息。
件の小さな影は僕の熱り勃つ膨らみを、その小ぶりな鼻ですんすんと嗅いでいるようだ。

吸気の音が聴こえるほど勢い良く、股座の濃厚な香りを嗅がれている。
そういえば伊藤さんは匂いフェチだった気がするけれど、小さな人影の輪郭は彼女よりも更に小さくて背が低くて、そしてあどけなかった。

不意に襲われた官能的な感覚に僕は既視感が無かった。
しかしその影が誰に似ているのか、その心当たりは付いていた。
ミセリだ。

(´-_ゝ-`)(なんだろう…この感じ)

ウエストゴムのパジャマにするりと滑り込んできた小さな両手は無駄の無い動きで僕のズボンとトランクスを一緒に下ろす。
腰から太腿、太腿から膝、膝から足元へとずり下げられて、僕の下半身は非常に風通しが良くなった。

真冬の冷めた空気が僕の顕になった両脚に降り掛かるより前に、小さな人影は僕の股関節に頭を埋めていた。
陰毛がわさわさと繁茂する薮の中に顔面を埋めて、鼠径から漂う濃い匂いを堪能しているかのようだった。

訳の分からない状況に陥り湧き出た汗の滴は、先程まで僕の足の裏を舐めていた、唾液でぬめる長い舌に絡め取られている。
一滴一滴の味と香りを満喫するように、一舐め毎に喉をごくんと鳴らして嚥下して、
その度毎陰茎を掠める人肌の吐息が僕の神経を逆流して登ってくる。

93名無しさん:2020/12/05(土) 15:46:34 ID:kW.hMAD20
ただ擽ったいだけだった感触は、背筋を泡立たせる快楽の波に変わりつつある。
その感覚に足並みを揃えるように、小さな影は呼吸を荒くさせて、僕の匂いを思い切り吸い上げる。

(´-_ゝ-`)(───ッ)

重なる刺激の渦で屹立した陰茎はうつ伏せの僕の腹の上まで反り返っている。
それを抑える雪のようにきめ細かく、細く長い指が僕の陰茎を垂直に正す。
両手で掴んでやって一周包めているくらいに小さな掌だ。

滲んだ汗でしっとり湿っている両手の触り心地に心を奪われていると、ゆっくりと亀頭に柔らかく濡れそぼった舌が当たった。
先端だけを口内に含んでいるのか、柔らかい唇が雁首まで吸い付き、舌先は乳飲児が母乳を吸うみたいにちろちろと鈴口を舐め回している。

尿道から止めどなく溢れた先走りが吸引されて、出口の小さな穴を優しくほじくるように、少しずつ押し広げるように、愛撫される。

腰が砕けてしまいそうな悦楽だった。
ぞわぞわと全身の汗腺が開き鳥肌が立つのをはっきりと自覚する。
不随意的に肛門が締まり、睾丸と竿がびくびくと揺れる。

全身の筋肉が強張っているのに、不思議とその人影が覆い被さっている周辺は穏やかなせせらぎが流れている。
ちゅう、ぢゅうぅぅっと吸われるたびに、跳ねてしまいそうなほどの快楽が波打つ。

唇から溢れ出た人影の唾液が聳り立つ男根の根元に向けて、つーっと生暖かく流れてゆくのがはっきりと分かる。
いつまでも吸い続けていて欲しいと願い始めた頃に人影は唇を一旦亀頭から外して、口内に溜まった蒸気を陰茎に吹きかけ、
そのままの勢いで睾丸の裏から裏筋にかけての道のりを何往復も舐る。

何度も何度も、しつこいくらい舐めて、時に唇で横から吸い付き、またはそのまま頬張って、たまにそのまま熱を先送りにしたりして、
その内自分の陰茎周囲だけが別の生き物になってしまったと思うくらいに怒張し始めてきた。

(´-_ゝ-`)(気持ち、いい)

火傷しそうなくらいに高まった咥内の熱が全開まで勃起した僕の陰茎を根本まで飲み込む。
亀頭が人影の食道を無理矢理押し広げて、その度に嚥下反射で幹全体が締め付けられて押し戻される感覚がある。

大振りのストロークで根本と亀頭を行き来する熱の塊が素早い動作で僕の陰茎をしごいていた。
必死にむしゃぶりつき、反射で戻した胃液ごと再度飲み込んで、その動きを在らん限りの興奮と共に体現しているかのようだった。

全体を包み込んで優しく締めて、高温の体温が何かを搾り取ろうとしている。
多様な快楽に虜にされて、僕の頭は破綻寸前だった。

94名無しさん:2020/12/05(土) 15:47:19 ID:kW.hMAD20
気付けば腰が勝手に前後運動を始めている。
人影の咽頭の動きに合わせて、その小さくてあどけない口の奥に向けて、僕はほとんど無自覚の内に腰を打ち付けていた。

粘度の高いびちゃびちゃという音が響いている。
それと同時に、耳に届く艶やかな嬌声が僕の熱れを高める。

瞼越しの人影は僕の腰裏に回していた片手を外して、自らの太腿と太腿の間に沈めていた。
喉元を前後する僕の陰茎に当てられた興奮の捌け口を探しているみたいに、自らの秘部に指を突き立てて、中から水を掻き出すようにほじくっている。

ちゅくちゅく鳴る水温と共に、甘い吐息と揮発した汗の匂いが鼻腔を通過して脳を揺らす。
昂りが最高潮に達しつつある。

(´-_ゝ-`)(あっ)

僕は無自覚の内に両手を動かしていた。

腰が小刻みに震える。
瞼の裏をちかちかと明滅する光が煌めく。

人影の小さな頭を根本までしっかりと固定して、跳ねた腰を勢いのまま喉奥までしっかり埋めて、
滾る興奮が実体化したかのように、そのまま食道へ射精した。
体全体が興奮の余波で小刻みに震えている。

反射的に離そうとしていた人影の頭を力の限り押さえ付けて、その小さな躰の中に僕の精液を全て注ぐ。
一滴足りとも逃さないように、たっぷりと時間をかけて、全て出し切った。

その内、人影が自発的にストロークしていた時とは比べ物にならないほど強く陰茎全体を締め付けられて、
その人物が必死になって咥内の液体を飲み込もうとしているのだと気付いた。

男根の根本ごと抜きとられそうなほどの吸引力だった。
僕の口からも、思わず感嘆と高揚の嘆息が漏れる。

小さな人影の発する愛らしい鳥の囀りのようなえずきと甘い汗の香りが心地良く、
陰毛を伝って太腿の内側を下る唾液の洪水が寝台のシーツを濡らしていた。

不意に亀頭が吸引される。
精を吐き出したばかりで刺激に敏感な鈴口から、尿道に残っていた精液が搾られる。

長く粘つく舌は尿道口を掘り進め、吸い付いて、管の中に残っていた白濁の液体を穿り出していた。
そのまま皮と肉との間に舌を埋め込んで、竿を一周、くるんと丁寧に舐め回された。

腰と頭が痺れる程に気持ちがいい。
目を凝らすと、人影の股座から洪水のように愛液が漏れている。
どうやら相手も同時に達したらしい。

95名無しさん:2020/12/05(土) 15:47:59 ID:kW.hMAD20
( 、 *トソン「ふぅぅぅーっ……ふうぅぅぅぅー〜〜っっ……、ぷぷっ、ぷふぅぅ…」

荒々しい息遣いと共に人影は陰茎から口を離す。
相手の口腔と僕の陰茎との間には、唾液の糸が無数に橋を架けていた。
鼻腔からザーメンの鼻提灯を膨らませて、完全に雌の顔に蕩けた口端からは唾液と胃液と精液の混合液が泡を立てて零れている。

人影はすくりと小さな身体を立ち上がらせて、股座で熱を掻き出していた方の手で口元を抑えてから天井を向き、ごっくんと喉を鳴らして嚥下した。
それと同時に太腿の付け根の茂みから、勢い良く潮を噴き出した。

透明な液体はシーツを濡らし彼女の両脚を濡らし、仰向けに寝ていた僕の下半身をもしとどに濡らす。
まるで子供がお漏らししているかのようだ。

恍惚とした表情の人影はそのまま僕の胸に体をくねらせ、僕の顔の前で口をぐぱあと開く。
胡桃のような匂いと唾液の匂いと胃液の匂いが混ざり合って、口内で熟成され濃縮された興奮の塊が媚薬のように顔にかかる。

嫌いな匂いではなかったが、このピンク色した吐息は初めて嗅いだ。
鼻から喉まで粘度の高い香気がこべり付き、嗅神経を通過したピンク色が僕の頭を駄目にしているみたいだ。

瞼越しに見える人影の身体は危機感を抱くほどに窶れている。
浮いた肋骨が荒い呼吸のたびに横隔膜と連動して上下運動を繰り返し、細く括れた腰回りは僕の両手で作る輪と同じくらいの幅しかない。

胸郭で肋骨よりわずかに盛り上がった両胸は少しだけ体の輪郭からはみ出している程度で、
その一番盛り上がった先端にはぽつりとした肉色の突起が上向きに跳ねている。

落ち窪んだ臍にはだらしなくトロけた口元から鎖骨を伝い、胸と胸の間を通過した唾液が少しだけ溜まっている。
そこから通じる鼠径の中心部では、疎らな陰毛の間から陰核が可愛らしく主張している。

先程まで擦っていたからか赤く充血しており、未だに勃起したままの状態だった。
持ち上がった体躯の股座下端から陰唇のヒダの先端が顔を覗かせている。

僕の陰茎は全く萎えていない。
寧ろその体躯で助長され膨れ上がった海綿体が、先程よりも一回りほど太く逞しく聳え熱り勃っている。

( 、 *トソン「あっ、んん! ん、ふう、ふぅぅッッ!」

人影は両脚を屈伸の姿勢でM字に曲げて、僕の屹立した陰茎と自身の秘部を擦り合わせる。
濡れて滑らかな膣襞の先端が唾液で潤けた亀頭を掠めてくすぐったい。

96名無しさん:2020/12/05(土) 15:48:37 ID:kW.hMAD20
互いの陰部が密度の高い芳香を放っている。
人影は獣のように荒い息遣いのまま、腰を一気に下ろした。
下半身の、ことさら陰茎周囲を、じゅくじゅくに発情した体温が抱擁している。

上の人物は座り込んで、悦楽のあまり顔を弓形に逸らして、
僕からでは細い首と形の良い顎と、その上から突出した長くだらしなく垂れた舌しか見えない。

人影の肉襞に包まれた部分だけが、体の中心のように激しく脈打っている。
さながら千疋の蚯蚓が人影の震えと同時に、僕の陰茎をきゅうきゅう締め上げているみたいだ。

( 、 *トソン「あ、は、ああぁぁ〜〜」

そのまま人影は上体を後ろに逸らして僕の太腿に両手を突き、会陰を前面に押し出した姿勢で、ゆっくりと上下に腰を動かす。
陰毛の黒い茂みの中心で僕と彼女の接合部だけが紅潮し、その対比がグロテスクなまでも官能的だった。

上下運動するたびに、その体躯の下腹部には僕の聳り立つ陰茎の形が浮き出ている。
相手の肉よりも僕の男根の方が占める面積が大きいらしく、薄い体表越しに浮かぶ陰茎の影の動きは、僕の神経を更に加速させた。

相手の動きに合わせて腰を振る。
腕や脚と比べると肉付きの良い臀部が僕の股間や太腿とぶつかる度に波打って、部屋の中には肉を打ちつけ合う音が高らかに響く。

( 、 *トソン「おっ、おっ、おお、あぉぉああぁぁ〜…」

ぱんぱんと空気を含む手拍子のような音に合わせて、人影は節操のない声で喘ぐ。
抽送のたびに陰茎に吸い付いていた膣壁が捲り出され、陰唇以上に赤く染まった、勃起した陰核と同じ色の肉がまろび出る。

相手の腰と僕の腰との間には愛液とカウパーの混ざり合った粘度の高い水がまとわりついている。
激しく腰を打ちつけ合えば合うほどに、僕たちは体全体を汗と愛液とカウパーとで濡らし上げてゆく。

堪らなくなった僕は腹筋の力で上半身を起こし、その小振りな膣の奥を抉るように突き上げる。

( 、 *トソン「ヒッ!? あっ、や、やあぁぁ!」

その細い両膝を下から支えつつ、繋がったまま力任せに立ち上がる。
空気人形のように軽い体躯は僕の首裏に白く細く硬く両腕を回して僕の胸と自分の胸をぴたりと密着させ、耳元で子猫が媚びるような甘い声を出す。

僕はそのままの体制で両腕を太腿の裏から背後に回し、妙に柔らかい臀部を掴んで、腰だけを長いストロークで打ち付ける。
ふかふかの肉壁を穿つほどに僕の腹は水に濡れる。
相手の秘部から興奮と共に漏れ出した水飛沫だ。

97名無しさん:2020/12/05(土) 15:49:38 ID:kW.hMAD20
白く細く硬い人影は外観に反して柔和で、指が肌に埋没するほどきめ細やかな肌の持ち主だった。
筋肉質な硬さよりも、女性らしくしなやかな軟らかさばかりを感じる臀部だ。

腰を動物の交尾のように振りながら、僕は鎖骨の窪みに溜まっていた汗に舌を這わせる。

( 、 *トソン「んん、んんうん、あっあっあっあっっ!」

甘露のように甘い砂糖水を啜ると人影はより一層甘い声で鳴いてくれた。
首に回されていた腕に若干力が入る。

そのまま恥ずかしさ隠しに僕の耳たぶをかぷっと咥え、耳の穴の中を唾液滴る長い舌で執拗に責められる。
そこを中心にして、ぞわぞわっと鳥肌が立つほどの愉悦が襲い掛かってきた。

耳に直に伝わる興奮の息遣いと、とっくに降りてきていた子宮口が亀頭の先に接吻する刺激が同時多発的に僕の脳裏を焦がす。
思考回路はショート寸前だった。
細い体躯から直に伝わる肉の震えがここまで刺激的だとは、つい今し方まで完全に忘れていた。

耳と肉壺から伝わる快楽に負けじと小刻みに陰茎を突く。
力任せに抉ってから角度を少しずつ変えて、外側のスポットを探るように丁寧かつ丹念に穿つ。

人影の臀部を片腕で抱え込み、空いた方の手のひらで充血したクリトリスを擦る。

( 、 *トソン「っっ〜〜〜〜!!」

全身が隈なく震えたかと思うと一際強い力で膣を締め上げ陰茎を押さえ込んできた。
収縮した膣壁と陰茎の間からは壊れた蛇口のように愛液と潮が噴出している。

どうやら致したらしい。
一度腰を止めてびくびくと震える蠢動を堪能してから、
まだ震え続けている陰核の先端と、臀部を抱えていた腕でピンク色の乳首を同時に摘み上げた。

98名無しさん:2020/12/05(土) 15:50:31 ID:kW.hMAD20
( 、 *トソン「ひゃあっっ!! イ、イぃぃぃぃ〜〜、んんんん〜!!」

首に組み付いていた腕から力が抜けて、密着していた体が離れそうになるのを寸前で支える。
そのまま寝床に膝を突くと、そこのシーツは絞ったら水が滴るほどに互いの体液で濡れそぼっており、
その下の杢目長の床でさえも焦茶色に濡らされていた。

一度陰茎を人影の膣から引き抜く。
ごぽりと栓を外したように溢れ出す愛液を直に舐めて吸い上げて、うねる膣壁を舌でほじくる。

( 、 *トソン「あ! やめ、そこ、きたないからあぁ!」

人影は徐々に輪郭を浮き彫りにしてくる。
軽い力で頭を押されたけれど僕は彼女の腰を両手でしっかりホールドしていたから、些細な抵抗も成す術なかっただろう。

酸い味の中に僅かな苦味と甘味の同居した味わいは心地良く、飲めば飲むほどむしゃぶりつきたくなる中毒性を秘めた液体だった。
汗に似たしょっぱい味がするのは鼠径のアポクリン汗腺から流れ落ちた濃い露が混ざっていたからだろう。

舌が痺れるほど味わい尽くしてから口を離し、うつ伏せの体制にしてから腰だけを持ち上げ、尻と陰部を突き出させる。

きゅんきゅんと開閉を繰り返す肛門括約筋の中心からはぷくりと腸液の泡が立っていた。
その下では外側に捲られた膣襞がぱくぱくと物欲しそうに震えていた。

今まで僕の巨根を咥え込んでいた膣はぽっかり大きく口を開いて、上の口と同様、だらしなくトロけた穴から愛液の涎を止めど無く零している。
僕はその空いた穴を両手でしっかり広げてから狙いを定めて、思い切り突き上げた。

( 、 *トソン「ああぁぁあぁぁぁあ〜」

しっかり両手で臀部と腰を掴み、腰を屈めてから、もう一度同じ要領で突き上げる。

( 、 *トソン「おっ…ほおっ、おおぉぉぉ〜」

僕は自身の上半身だけはしっかりと垂直に構えて、下半身だけ全力で交互に振り、その柔らかく細く白くきめ細やかな尻に腰を打ち付ける。
抉るように穿ったら、小刻みに肉を解すようノックしたり、腰から腕を下に回して、臍から会陰にかけて指先でなぞったり、
だらしなく主張する可愛いらしいクリトリスの先端を弄ったりする。

彼女の興奮が昂れば昂るほどに締め上げる速度と頻度は強くなり、求めるようになり、切なげに蠢めく。
打ち据える度に接合部を中心に尻肉は波を打って飛沫を上げる。
異様に強調された猥褻を味わい尽くし、体全体で、ことさら子宮と膣で舌鼓を打っているかのようだ。

99名無しさん:2020/12/05(土) 15:51:16 ID:kW.hMAD20
室内にはどちらのものかも分からない体臭と嬌声と体液とがじっとりと満ちて湿度と温度を高めている。
下半身の熱に浮かされて上半身も疎らに紅く灯り始めた頃、同一姿勢でがむしゃらに人影の肉を貪っていたことに気付いた僕は、
変化を求むべく右手の指をぷっくり可愛らしく膨れた肛門に這わせた。

( 、 *トソン「ひぃん!?」

それまで頭を下に腰を上に伏せ踞っていた人影は一際大きな声を揚げて、背筋の中心をぼこりと盛り上げて、驚嘆を態度で示してきた。

僕はそんなのお構いなしに陰茎で子宮口をノックし、締め付ける肉穴を柔らかく均しながら、
括約筋の皺を一本ずつ押し広げるように指で撫でて、それを件の人影の口の中に挿し込む。

下と同様溢流しまくっていた唾液は高すぎるほどの温度を指に伝えてくる。
小動物のように必死に吸われて、舌舐めずりされて、腸液を纏った指は瞬く間に唾液でふやかされた。

口腔粘膜をぞりぞり撫でていた指を僕も試しに舐めてみると、生臭さの中に甘味を感じられて嫌いじゃない。
腹を内から叩く小刻みなピストン運動で油断していた肛門に向けて、
ふんだんに潤滑油を絡ませた人差し指と中指の二本を、一気に押し込む。

( 、 *トソン「ぼっ、おふおぉぉぉ〜〜」

第二関節まで埋没すると膣肉が僕の男根を押し潰すが如く締めてきた。
それと同時に睾丸があぶく立ち、尿道を押し広げながら精液が込み上げてくるのをまじまじと感じる。

アナル越しの腸壁内面は熱々の口と比べ物にならないほど発情していた。
穿ればほじるほど陰茎を締め上げ搾りうねる穴の動きが、強く激しくなってゆく。

指を嵌めた穴に顔を埋めたい衝動に駆られるが、口は届かずもどかしい。
辛抱堪らなくなった僕は犬のように体全体を彼女の華奢な体躯に覆い被せ、こちらをちらちら物欲しそうに伺っていた顎を掴んで、
その真ん中で完全に雌の表情に様変わりしたトロ顔の口唇にむしゃぶりつく。

上下の唇を舌で押し広げて、奥で蠕動する舌の周囲を回るように舐めて、名残惜しそうに延びたそれを優しく歯で引き出して、
汗の滴る顔に張り付く髪の毛を耳に掛けてあげてから、体を捻って唾液を求める小さな顔に接吻する。

腰の振りを一層強める。
十分に滑らかになった膣に男根を根本まで無理矢理埋めて、奥で僅かに抵抗していた柔らかい子宮口をこじ開ける。

( 、 *トソン「あっ!? そ、そこっ、入っちゃ、いけないトコろぉ!」

亀頭を生暖かい子袋の内側にごりごりと押し込むと、肛門のような括約筋の子宮口が雁首にきゅううっと圧をかける。

100名無しさん:2020/12/05(土) 15:52:03 ID:kW.hMAD20
しっかり内壁に擦り付けて留めた男根は射精寸前だった。
海綿体に流れる血流が限界にまで達している。

蛞蝓のようにたっぷり粘液を纏った長い舌が口の中を、粘膜と舌の裏と歯の裏を、性器さながら蹂躙している。
そのままの勢いを殺すことなく、しかし獲物を狩り取る強さで抱き着いて、僕は奥に思いっきり射精した。

( 、 *トソン「───〜〜〜〜〜〜〜」

快楽の洪水が僕の体表から神経を伝って脳髄を焦がしている。
電撃が宙を舞う。
腰の、特に陰茎を中心に、ふわふわとした浮遊感と高揚感が溢れる。

汁の垂れる肉穴に向けて、僕はあり得ないほどの量を吐精していた。
抽送運動で睾丸と竿中から掻き出すように腰を振り、その中身を全て発情した猫の胎内に注ぐ。

腰を動かす度に内から溢れた愛液と精液の混ざり合ったドロリとした白濁汁が隙間から垂れる。
捲れても纏わりつく膣襞は僕の陰茎を離さず、ピンク色に充血した肉は執拗に吸着してくる。

黒い陰毛の藪からひり出た卑猥な肉色が僕の嗜虐心を更に加速させてゆくのを自覚する。
媚薬でも盛られたのではないかと思うくらいに、身体中の全神経が陰茎に集約されていた。

ある程度出し終えてからのピストンは確実に孕ませる為の擦り付け行為だった。
相変わらず子宮内に収まったままの亀頭を繊細に動かして、精子に卵子をしっかり食べさせる。
脳裏で無数のおたまじゃくしにうぞうぞと集られる卵巣を想像すると更に興奮した。

神経が切れてしまったのではないかと思うほどの極楽に併せて視界が暗く窄まってゆく。
意識が遠退くのと反比例して、陰茎はより太く逞しく怒張していた。

僕が最後に視界に見たのは、根本まで咥え込んでいた股座から引き抜かれた陰茎全体に、
まるで赤子を包む掛け布団のようにべたりとこべりついた、テカテカと肉色に蠢めく膣道と子宮の複合体だった。

下品に喘ぐ女性の艶やかな声だけが、いつまでも耳に響いて離れなかった。

101名無しさん:2020/12/05(土) 15:52:24 ID:kW.hMAD20
残りは今夜落とします

102名無しさん:2020/12/05(土) 19:22:54 ID:kW.hMAD20
(9)

僕は何処にいるのか。

目を閉じていた。
真っ暗で何も見えないのに何かが蠢めく。
体が熱を放っている。

玉汗にしとど浸される。
水面に落ちる水琴窟の響き。
ティアドロップが高所から沈んでミルククラウンを象る。

気温は低い。
風も無い。

僕独りだ。
まるで牢屋だ。
身動き一つ取れない独房だ。

口にも股間にも違和感がある。
火傷するほどの熱の塊が動いている。
激しく乱暴に出入りする暴力が皮膚を腫らす。

風邪を引いている時のようだ。
白い肌は叩かれすぎて、赤く紅潮しているだろう。
網目のある焼きリンゴを僕は作ってあげた。

勝手に解いた顎は開きっぱなしだ。
包帯の内側は血糊と膿で滲んでいる。

黄色の塊は痂皮が剥がれた痕。
根本まで切り刻まれた舌。
咽頭に残る縦の裂け目。

肉の断面に埋まったワイヤー。
硬度は蜘蛛の糸並みと聴いた。
オートクチュールで稀に使われるようだ。

ミセリはデザイナーになりたがっていた。
白いワンピースに色彩豊かな花の刺繍。
赤、紫、青が鏤められている。

それは何処に。
膚に。

103名無しさん:2020/12/05(土) 19:27:14 ID:kW.hMAD20
水膨れが割れる。
充分に煮込まれた怨嗟。
捻り出される音響は少女のそれではない。
重低音を煮沸して、そこに飢餓を落とし込んだような、暗く甲高い金切声。

生爪はコンクリのひび割れに刺さる。
赤いお経が綾なす羅列。
白猫が咥えていた耳たぶ。
身体の下のマンホール。
下水道から流れ出る血潮。
誰も気にしない。
川の色は常に濁っているのに。

屠殺場が近くにあった。
古い食肉加工工場の敷地内に。
廃工場はツインビルの最下層。
嫌な匂いがした。
厩舎特有の乳臭さと、汲み取り式便所のような匂いだ。

人と動物は血液組成の形が違う。
調べれば一目瞭然だ。
誰も気にしなかった。
掘り起こした記憶は地獄だ。

肌が焼ける。
凍傷の鬱血が隆起していた。
ピストルはリールガン。
僕の、武器。

ツインビルの所有者。
その孫。
その彼女。
金髪の男性。
茶髪の女性。
財布の金持ち小僧。

凌辱し尽された後だった。
全てが遅すぎた。
全てが、遅すぎたんだ。

(´-_ゝ-`)「ん…ふあー」

延びをすると、両手両脚が中途半端に止まった。
壁にぶつかったのだろう。

目を開けると、車の後部座席で横に寝転んでいた。
全身に程よい疲労感が蔓延っている。
乾いた汗の匂いがする。
僕の体臭とは異なるのに、悪くない香りだ。

104名無しさん:2020/12/05(土) 19:30:02 ID:kW.hMAD20
車は停車していた。
叢雲が晴れて、フロント越しにまん丸お月様が伺える。
海に着いたのだろうか。
そんなに長いこと眠っていたのだろうか。

眠っていたんだろう。
寝汗でシーツは何処となく湿り気を帯びていた。

阿部は何処だろう。
都村さんは何処だろう。
運転席も助手席も、もぬけの空だ。
周囲を見渡すと竹林の中だった。
月の見える方向だけが開けている。
バック駐車でもしたのだろうか。

見覚えのある青い竹藪。

これは。
これは。

僕の実家の裏だ。

父だった人と母だった人と祖父だった人と、その他の彼らを転がした、地底湖の入り口。
ペニサスが殺したフサギコを運んできた場所。

僕はどうしてここにいる。
ペニサスとミセリを探していただけだったのに。
何故か意識が冴え渡っている。
何度も何度も腰を打ち据えて、細い筋肉の締め上げる絶頂に吐精したことを覚えている。

娘に似ていた身体付き。
いや、ミセリは健康的な痩せ方だったはず。
ならば似ていないのに、どうして既視感があったのだろう。

何日も何日も、すんでのところで生きながらえていたからか。
空腹感に押し潰されて、孕んだ子猫や蝸牛さえ食らったからか。
口腔や子宮に吐き出される精液さえ栄養になる。
垢や糞便や尿でさえ、口に含まずには飢えを凌げない。
孕んで堕した我が子を淡々と噛み締めていたから。

だから。
だからきっと、痩せていたんだ。
だから、二人の面影が重なったんだ。

(´・_ゝ・`)「ミセリ…ペニサス…」

('、`*川「呼んだかしら」

唐突に彼女が現れた。
僕はもう、何となく気付いている。

105名無しさん:2020/12/05(土) 19:31:59 ID:kW.hMAD20
(´・_ゝ・`)「やあ、今夜は冷えるね」

車から這い出て夜風に吹かれる。
さらさらと葉が揺れる。

('、`*川「冬ね」

(´・_ゝ・`)「君と出会った季節だ」

('、`*川「それもそうだったわね。で? 何か用かしら」

用。

(´・_ゝ・`)「僕は、どこに行けばいい?」

真相は近くに潜んでいると言ったのは誰だったか。
畜生を束ねる教師陣を騙ったのは誰だったか。

('、`*川「わかってるでしょ、そんなこと」

わかっている。
勿論、分かっている。

(´・_ゝ・`)「分かるよ、分かるけれど…二択なんだ」

('、`*川「いいえ、道は一つよ」

彼女は指差す。
竹藪の奥に向けて。
開けた背後の、廃れた一軒家には目もくれず。

(´・_ゝ・`)「…」

('、`*川「ここしか、無いでしょう」

僕は歩き出す。
隣にはペニサスが連れ添いで歩いている。

(´・_ゝ・`)「…ねえ」

('、`*川「何?」

僕は赤いジャックパーセルを履いている。
ペニサスは紫のチャックテイラーを履いていた。

(´・_ゝ・`)「答え合わせをしようよ」

無表情の中に動揺が走っていた。
ペニサスの顔が強張っている。
彼女は僕を危ぶんでいるようだ。

106名無しさん:2020/12/05(土) 19:38:55 ID:kW.hMAD20
('、`*川「…」

竹の葉を掻き分け進む。
ペニサスは僕のトレンチコートのベルトを掴んだ。

('、`*川「…あなたは」

本当に、いいの?

(´・_ゝ・`)「ああ」

僕はそれを望んでいる。

('、`*川「嘘吐き」

(´・_ゝ・`)「嘘じゃ無いよ。そんなことは、君が一番分かっているだろう?」

ペニサスは足を止めた。
林はまだまだ抜けていない。
満月が陰を落とすほど明るい夜。

( 、 *川「なんで、よ」

どうしてあなたは、いつも進んで傷付こうとするの?
どうして自分を、そんなにも責めるの?

(´・_ゝ・`)「僕は」

忘れるわけには行かないんだよ。
箱に詰めた過去を省みず生きるなんて、できないんだ。

:( 、 *川:「ばかっ」

(´-_ゝ-`)「……」

服を掴むペニサスの手を取る。
脈も温もりも感じない。
そのまま彼女を引き摺るように、歩を進める。

(´・_ゝ・`)「まず、僕はたくさんのことを忘れている」

(-、-*川「ええ、そうね」

薄い靴底越しに柔な土を感じる。

(´・_ゝ・`)「何を忘れているのかすら、忘れていた」

('、`*川「…その通りね」

107名無しさん:2020/12/05(土) 19:39:30 ID:kW.hMAD20
月は丸くて白い。

(´・_ゝ・`)「始まりは、君から足を踏み出した時」

('、`*川「あなたの言う、私の似姿の塊ね」

葡萄状のピアスが揺れる。

(´・_ゝ・`)「野菜炒めは、昨晩君が作った残り物」

('、`*川「上手にできたのに、作りすぎて余っちゃった」

季節外れの風鈴さながら、涼やかな木霊。

(´・_ゝ・`)「蜘蛛の糸は、瞼裏の毛細血管かな」

('、`*川「全てに意味があるわけじゃ無いのよ」

しゃくしゃく。

しゃくしゃく。

(´・_ゝ・`)「鋏は出会い」

('、`*川「私とあなたの、きっかけだもんね」

霜柱を踏む。

(´・_ゝ・`)「何で、あんなに生々しいのかな」

(-、-*川「……分かってるでしょ」

分かっているとも。

(´・_ゝ・`)「首のもげた子猫は、ミセリを運んで来てくれたんだね」

('、`*川「彼女の、子猫のおかげよ。ミセリの元に通ってくれたから」

風が強い。

(´・_ゝ・`)「おしゃれが好きな女の子だった」

('、`*川「ませてたわ。まだピアス穴さえ安定してなかったのに」

手が悴む。

(´・_ゝ・`)「錆は時間と湿度」

('、`*川「…あんな場所じゃ、仕方ないわよね」

108名無しさん:2020/12/05(土) 19:40:17 ID:kW.hMAD20
空気は乾いていた。

(´・_ゝ・`)「涙は想起」

('、`*川「ほんと、泣き虫さんなんだから」

不意に心が動くんだよ。

(´・_ゝ・`)「泣きたくて、泣いてたわけじゃないよ」

('、`*川「心が求めていたのよ」

……。

(´・_ゝ・`)「…ミセリは、しぃに似てたんだ」

('、`*川「精神病の同居人?」

そうだよ。

(´・_ゝ・`)「僕が若い頃、やっと貯めた金で行った学校を辞めることになった、その切欠」

('、`*川「スポンジに剃刀の刃を隠すなんて、正気じゃないわ」

溢れる水。

(´・_ゝ・`)「僕も、やり過ぎた」

('、`*川「あなたは悪くないわ。豚鼻なんて、イイ気味よ」

ぶにゃっと潰れる。

(´・_ゝ・`)「暴力で、何かが頭を掠めたんだ」

('、`*川「その何かも、もう分かってるでしょうに」

土がぬかるみ始める。

(´・_ゝ・`)「まあ、ね」

('、`*川「私が沢山いる理由も、その内分かるわ」

乾燥した葉で指を軽く切る。

(´・_ゝ・`)「鍵は赤」

('、`*川「そのほとんどが血だけどね」

傷を舐めて塞ぐ。

109名無しさん:2020/12/05(土) 19:41:28 ID:kW.hMAD20
(´・_ゝ・`)「モララー」

('、`*川「軽い感じが印象的だわ」

血は鉄の味がした。

(´・_ゝ・`)「キュート」

('、`*川「…モララーの子を、身籠っていた」

だからこそだよ。

(´・_ゝ・`)「二人が最初だ」

('、`*川「…合ってるよ」

しゃらり。

(´・_ゝ・`)「そっくりそのまま、しただけさ」

('、`*川「真実は暴力の中。皮肉なものね」

鈴なりのピアスが打ち合う。

(´・_ゝ・`)「都村さんは」

('、`*川「あの人は別よ」

別。

(´・_ゝ・`)「なら、阿部は」

('、`*川「彼も別ね」

別、とは。

('、`*川「アプローチが違うのよ」

(´・_ゝ・`)「アプローチ」

"あなたは対象にどのようなアプローチを行うか"

(´・_ゝ・`)「中学は言わずもがな、ミセリの通ってた学校だよね」

110名無しさん:2020/12/05(土) 19:42:02 ID:kW.hMAD20
('、`*川「その通り。消えたあの子をほったらかして、帰った子たちの学校」

開けた空間に出る。

(´・_ゝ・`)「なら、焼肉は、何の意味があったんだろう」

('、`*川「ギコのバイト先でしょ」

プール程度の沼沢に月が反射する。

(´・_ゝ・`)「いや、腹拵えのほう」

('、`*川「学生っぽくて、楽しかったでしょ?」

いや、えぇ…。

(´・_ゝ・`)「…それなりには」

('、`*川「休養には食事も入るのよ。飢えよりマシね」

遠い昔の僕はお腹と背中がくっ付いていた。

(´・_ゝ・`)「汚い指は汚い行為をしたから汚いんだ」

('、`*川「だから最初に切り落とした」

水面の月は風に揺蕩う。

(´・_ゝ・`)「コロンビアネクタイで遊んだのも、ギコが最初だと聴いた」

('、`*川「だから、それを体験させた」

月のクレーターの名前。

(´・_ゝ・`)「水死体のように膨らませたのは…」

('、`*川「本当は、全員共通の事項だけどね」

連想がダブると鬱陶しいじゃない?

(´・_ゝ・`)「そうか、全員あそこに転がしたのか」

釣りは昔からの趣味だけれど、目的は海に行くことだった。

('、`*川「そう、あの穴が入り口」

月には海がある。
ここには光を隠す街灯は無い。
隔てて紛らす雲も無い。

111名無しさん:2020/12/05(土) 19:42:40 ID:kW.hMAD20
(´・_ゝ・`)「でも、事あるごとに、君は僕の前に姿を現すよね」

('、`*川「耳だけだったり、明滅だったり、肉塊だったり?」

粘菌だったり、渦巻きだったり、発芽した人体だったり。

(´・_ゝ・`)「僕はそこが、まだよく分からないんだ」

('、`*川「…彼女に聴くのが、一番早いわ」

彼女。

(´・_ゝ・`)「彼女が多すぎる」

('、`*川「仕方ないのよ。そうじゃなきゃ苦痛の渦なんて、作りっこないもの」

苦痛。

(´・_ゝ・`)「僕は、断罪を求めていた」

('、`*川「誰の?」

誰。

(´・_ゝ・`)「僕自身、あるいは困難な存在」

('、`*川「先に見出し、後に探し求めよ」

既知の海とか。
危難の海とか。
湿りの海とか。

(´・_ゝ・`)「僕と、彼らへの」

('、`*川「それは代名詞よ」

その沼は紫に光っている。

(´・_ゝ・`)「…ミセリを無事に見つけられなかった、昔日の僕に対して」

('、`*川「それから?」

それから。

(´・_ゝ・`)「…先に、順を追おう」

('、`*川「あなたの自由よ」

あれは成長した貝だ。

112名無しさん:2020/12/05(土) 19:43:17 ID:kW.hMAD20
(´・_ゝ・`)「僕はアルコールに逃げた」

('、`*川「酔ってない時が無いくらいにね」

溝貝が点々と犇めいている。

(´・_ゝ・`)「無理だったんだ、辛すぎて」

('、`*川「…そう、ね」

まるで飛び石のようだ。

(´・_ゝ・`)「ギコへの声掛けは、自分への問い」

('、`*川「それと同時に、形だけの謝罪を許さない心情」

大男の僕ですら軽々と支えてくれる。

(´・_ゝ・`)「彼の子供たちは…ミセリに、吐き出した子種」

('、`*川「結局、腹の足しにすらならなかったようだけれど」

服の裾が濡れる。

(´・_ゝ・`)「回る球体…何で、阿部も都村さんも見れたんだ?」

('、`*川「それも後でよ」

雑着は汚れても気にしない。

(´・_ゝ・`)「また、先送りか」

('、`*川「知るべきでは無いからよ」

水面が揺れる。

(´・_ゝ・`)「なんで?」

('、`*川「あなたを守りたいから」

月が玉響消える。

(´・_ゝ・`)「…」

('、`*川「私は今も、出来る事なら進ませたく無いの」

それを分かってね。

(´-_ゝ-`)「…ああ」

113名無しさん:2020/12/05(土) 19:43:50 ID:kW.hMAD20
そういえば君は、ずっとそう言い続けていたね。

(´・_ゝ・`)「フサギコは」

('、`*川「私が殺した」

仕事の上司よ。

(´・_ゝ・`)「やけにハッキリ言い放つね」

('、`*川「自分のこと、だから」

無表情の目は僕を真っ直ぐ見ている。

(´・_ゝ・`)「彼の口からミセリの話が出た途端」

('、`*川「頭に血が上って」

気付いたら血塗れだった。

(´・_ゝ・`)「よく誰にも見られなかったね」

('、`*川「あなたがすぐに来てくれたからね」

吸い込まれそうなほど黒い瞳。

(´・_ゝ・`)「フサギコの言う金切声は、ミセリと、ミセリそっくりなしぃのもの」

('、`*川「声帯の震えまで似ているなんてね」

風が強い。

(´・_ゝ・`)「マンホールの上にミセリは寝ていた」

('、`*川「逆算するのは、至難の業だったでしょう」

そこに空間があるなんて、所有者くらいしか知らなかっただろうから。

(´・_ゝ・`)「随分と金持ちな美容師さんだね」

('、`*川「…ええ、そうね」

伏せ目。
月は翳らない。 

(´・_ゝ・`)「戦争云々は祖父の話だ」

('、`*川「思い出させる為の荒療治だった」

114名無しさん:2020/12/05(土) 19:44:24 ID:kW.hMAD20
コートが風に煽られ転ぶ。
水深は非常に浅い。

(´・_ゝ・`)「あの時、君の肉の集合体は激しく動いていたっけ」

('、`*川「記憶に無いわ」

ピーコートから差し伸べられる手。
白く細く硬く、繊細できめ細やかで柔らかい。

(´・_ゝ・`)「フサギコの話は、祖父の事とミセリの事が綯い交ぜになっていた」

('、`*川「…うん」

コートは水を吸い重くなる。
風邪を引いてしまいそうだ。

(´・_ゝ・`)「僕は夢で確信したんだ、意識が攪拌されているって」

('、`*川「そんな大それたことじゃないわ」

だってどうせ、あなたの内的世界の事情ですもの。

(´・_ゝ・`)「客観的にはね」

主観で現実と同様に見える夢は混沌だよ。

(´・_ゝ・`)「酷く頭が疲れるんだ」

貝を踏みつける。

('、`*川「浅い眠りなんてそんなものよ」

月の光を踏みつける。

(´・_ゝ・`)「それから、同居人への憎悪を思い返した」

('、`*川「嫌悪も、ね」

下卑た笑い。
彼女の本音っぽくて嫌いじゃなかった。

(´・_ゝ・`)「それとロマも」

('、`*川「筐底に秘した思い出ね」

白猫。

(´・_ゝ・`)「彼が栓をしてくれていたんだ」

115名無しさん:2020/12/05(土) 19:45:06 ID:kW.hMAD20
('、`*川「象られた切り絵に過ぎないわ」

ぴちゃぴちゃ。
ぴちゃぴちゃ。

(´・_ゝ・`)「楽しみにしていた」

('、`*川「分かるわ、自分のことのように」

真っ黒い穴。

(´・_ゝ・`)「そして、君と出会った」

('、`*川「あなたと会った」

風雨による侵食で入り口は広がっていた。

(´・_ゝ・`)「そのおかげで、星が輝き始めた」

('、`*川「…今まで異様に、天気が悪かっただけよ」

沼は泥で濁っている。

(´・_ゝ・`)「空を見上げる機会は意外と少ないからね」

('、`*川「土や空気を人のように愛せないのと同じね」

案外土台は堅固な岩だった。

(´・_ゝ・`)「雲を掴むような会話だね、本当」

('、`*川「でも、悪くないでしょ?」

歯朶が這っていた。

(´・_ゝ・`)「…ロマ達にも、見せたかったな」

('、`*川「無理よ。ミセリがアレルギーを持っていたから」

水滴がしとしと垂れている。
岩肌は滑りが良さそうだ。

(´・_ゝ・`)「ここは冷えるね」

('、`*川「夜、だからね」

誰かが残したロープが壁沿いに設置されていた。
水を吸って太く荒れている。

(´・_ゝ・`)「着いてくるかい?」

116名無しさん:2020/12/05(土) 19:45:41 ID:kW.hMAD20
('、`*川「うん」

今のあなたには、私が必要でしょうから。

一歩一歩、足先で探るように下る。
左手に彼女、右手に麻縄。

(´・_ゝ・`)「気を付けて、滑るよ」

('、`*川「あなたがいるから大丈夫」

表面は滑らかだ。
携帯端末の光は貧しい。

(´・_ゝ・`)「発芽する人体は記憶の鍋蓋を押し上げていたんだ」

('、`*川「繁茂して、分裂することで、溢れさせていたのよ」

彼女の足取りは軽い。
タールのように黒い穴蔵の深奥と同じ色の服を着ていた。

(´・_ゝ・`)「なんでカローラなの? あの映画、そんな好きじゃないんだろう?」

('、`*川「可愛いから」

かさかさと虫の這う音。
ロープには苔が生えている。

(´・_ゝ・`)「海って、月明かりのことだったんだね」

('、`*川「人工光は目立つからね」

オオヒラタシデムシは死体を食べる。
ぱきぱきと陶器の割れるような音。
蝸牛の殻。

(´・_ゝ・`)「兵隊達の所業と彼等六人の所業、似ているね」

('、`*川「だから連想したのでしょう?」

下を照らす。
割れた陶器は、脚元で無数に蠢く虫の甲殻だった。

(´・_ゝ・`)「菫の花なんて、僕はどこで見た?」

('、`*川「ダメ」

ああ、ミセリのワンピースか。

117名無しさん:2020/12/05(土) 19:46:28 ID:kW.hMAD20
(-、-*川「……そう、ね」

前を歩く彼女の表情は見えない。
でも何となく、悲しそうだと感じる。

(´・_ゝ・`)「あの時僕は、幻影の歯で象られたんだ」

('、`*川「私たちの形に?」

そう。

(´・_ゝ・`)「自分でさえ、気付けないほどの速度でね」

('、`*川「ゆっくり、ゆっくり思い出していきましょう」

大丈夫、私がついてるわ。

(´・_ゝ・`)「僕は猫を踏んだりなんかしない」

('、`*川「ならば誰が踏みつけるの?」

件の同居人。
しぃ。
精神病患者。

(´・_ゝ・`)「思えばあれは、腹いせだったのかもね」

('、`*川「えっ?」

脳梅のように鼻の欠けたしぃのこと?

(´・_ゝ・`)「うん。だって僕は、あの女の手脚を逆関節に曲げたから」

('、`*川「…次のことを、照らし合わせましょう」

雑多に混じる黒光は何が何だか分からない。
床全体で一つの生き物のようだ。

(´・_ゝ・`)「僕はあいつを燃やした」

('、`*川「夜の、畑でね」

虫の上の方が滑らないから歩きやすい。
人の命と同じくらい軽い音が足裏から響く。

(´・_ゝ・`)「ガソリンを被せた」

('、`*川「しぃが子猫にしたように」

118名無しさん:2020/12/05(土) 19:47:08 ID:kW.hMAD20
ぱきぱき。
みちみち。

(´・_ゝ・`)「火の車輪が走り回るみたいだったよ」

('、`*川「人の声帯から出たとは思えないほど」

五月蠅かった。

(´・_ゝ・`)「僕は案外冷静だった」

('、`*川「ロマと番の白猫を煮込まれた時と同じく」

瞳の奥に熱帯魚を逃す。
孕んだ美しい魚の鱗。

(´・_ゝ・`)「何も変わらなかったよ」

('、`*川「流れるだけの時間になんて、意味も力も無いのよ」

長い口上を述べていた。

(´・_ゝ・`)「しぃの言葉は謝罪じゃないんだ」

('、`*川「責任転嫁ね」

だから、より一層。

(´・_ゝ・`)「許せなかった」

('、`*川「全員そうよ」

誰一人として、自分の罪と向き合わなかった。

(´・_ゝ・`)「僕が言えることじゃ無いけどね」

('、`*川「私が言えることじゃ無いけどね」

虫が減ってきた。
徐々に空間が広がる。
筒状の一本道はガラス細工のように膨れていた。

(´・_ゝ・`)「分からないことだらけだ」

('、`*川「分からない方が良いのよ」

黒の中に影が見える。

(´・_ゝ・`)「え?」

119名無しさん:2020/12/05(土) 19:47:47 ID:kW.hMAD20
('、`*川「…これ以上進んだら、もう戻れないわ」

13。

(´・_ゝ・`)「駄目だよ、ペニサス」

僕はもう決めたんだ。

('、`*川「…まだ、分からないことがあるから?」

うん。
君と話して、一層浮き彫りになった。

(´・_ゝ・`)「君のおかげだ」

( 、 *川「……」

影は三つ。

(´・_ゝ・`)「大丈夫、僕には武器がある」

('、`*川「月光のピストル…ひいてはリールガン」

それだけは、お願いだから使わないで。

(´・_ゝ・`)「なぜ?」

('、`*川「それは、最後の手段なの」

都村さんと、阿部と。

(´・_ゝ・`)「こんなのはただの苔威だろう? それくらいは分かってるよ」

('、`*川「それは…」

水滴の落ちる音。
嗄れた震え声。

('A`)「ま、前はメスだった…そ、その前はスパナ…」

都村さんと阿部の間で体育座りに座る男。
ガリガリの痩せっぽっちは金持ちだったはず。

(´・_ゝ・`)「あれ、ペニサス?」

返事は無かった。
声だけが空洞に消えて行った。

120名無しさん:2020/12/05(土) 19:48:19 ID:kW.hMAD20
('A`)「や、やあ。元気かい?」

三人だけ、やけにはっきりと見える。
街灯が一本、橙色の光を落としている。
阿部は腕を組み、都村さんはぶかぶかのトレンチを着ている。

(´・_ゝ・`)「君は、誰?」

二人の表情は見えない。
両者とも僕に背を向け、暗がりの水面を覗いている。

('A`)「こ、今度は何を使う気だい?」

どうしてこんなに怯えているんだろう。
それにあそこに置かれているのは…ボストンバッグ?

('A`)「…時間だ」

言い切る言葉に僕は腹を括る。
破戒を唱えて何度目だろう。
まるで砂を噛むようだった。

121名無しさん:2020/12/05(土) 19:57:10 ID:kW.hMAD20
(10)

('A`)「良い加減に、あなたは気付くべきなんだよ。何が真実で何が嘘なのかを」

ポケットに手を入れる。

(*゚ー゚)「ねえ、私が一体何をしたって言うの? あんなに酷いことをしといて、それでも私を責めるつもりなの?」

ライターと煙草を取り出す。

ミ,,゚Д゚彡「身勝手なのは誰でしょうか。本来然るべき処罰を受けねばならないのは誰でしょうか」

咥えて火を着ける。

(,,゚Д゚)「ふざけた野郎だよな、お前は。力さえ在れば、何でも自分の思い通りにできると勘違いしてやがる」

舌を焦がすように、ゆっくり吸う。

o川*゚ー゚)o「私達の大切な子供を奪えて満足? 良い歳した大人が浅ましい嫉妬で暴力振るって、恥ずかしくないの?」

煙が詰まって、少し咽せる。

( ・∀・)「常識知らずのクソ野郎だよ、アンタは。人の悪事ばかり目の敵にして、アンタ自身はどうなんだ?」

一息で半分ほど吸い尽くし、そのまま地面に吐き捨てた。
水色の靴底でぐりぐりと擦り潰す。

(´・_ゝ・`)「僕は悪くない」

都村さんも阿部も、何も言わない。
水の反響が煩いくらいに木霊する。

('A`)「あなたは今まで何と向き合ってきた? 何を考えて生きてきた?」

彼は確か、金持ちの息子だった。

(*゚ー゚)「適当に、何も考えず日々を過ごしてるから、そうなるのよ。馬鹿な自分を恨むべきだわ」

彼女は確か、ルームシェア時の狂った同居人だった。

ミ,,゚Д゚彡「誰が、どうして、何故…考えても不毛だと唾棄した思考にこそ、貴方本来の人間性が宿っているというのに」

122名無しさん:2020/12/05(土) 19:57:43 ID:kW.hMAD20
彼は確か、理路整然と暴論を唱えていた。

(,,゚Д゚)「あの子は何もしていないのになぜ、だって? お前の嘆きは、まるで自分が悲劇のヒロインだって言ってるみたいだな」

彼は確か、態度も柄も悪い店員だった。

o川*゚ー゚)o「ねえ、どうせ私たちのことなんて、小手先のストレス解消道具としか思ってないんでしょ? 都合の良いセフレみたいに」

彼女は確か、茶髪で小柄で妊娠していた。

( ・∀・)「身勝手なアンタが身勝手な他人に八つ当たりしてるなんて、本当に滑稽だな。だからこうなったんだ」

彼は確か、金髪で小柄で頭が悪かった。

これが舞台裏か。
下劣で下らない悲喜劇だ。
まるで他人の夢を聴かされているみたいだ。

(´・_ゝ・`)「僕は悪くない」

僕は確か、仕事しつつ家族を養いながら大学に通っていた。
人の心理を勉強していた。
過去の精算をするように、僕のような人間をこれ以上増やさぬように。

('A`)「自己犠牲的な精神が崇高なんて、そんなの学の無い少年漫画でしか通用しないよ。
改心した自分勝手が罷り通るのは、あなたの内面にしか存在しない意識の世界だけだ」

ドクオと呼ばれていたか。

(*゚ー゚)「自分が可哀想で可哀想で仕方が無いのね、馬鹿みたい。
自虐なんて一人でやってよ、ゴミを撒き散らかされても迷惑なんですけど」

しぃと呼ばれていたか。

ミ,,゚Д゚彡「他者を論うと同時に思考回路と精神性を否定して、その上身体まで痛め付ける魯鈍な始末。
その尻拭いは、一体誰がやってあげたと思っているのですか?」

フサギコと呼ばれていたか。

123名無しさん:2020/12/05(土) 19:58:21 ID:kW.hMAD20
(,,゚Д゚)「おいオッサン、満足か? 自分の無神経を人に擦り付けて。自己を省みず適当にのびのびと生きられて」

ギコと呼ばれていたか。

o川*゚ー゚)o「成長していないのはどこのどいつかな?
あなたは何がしたいの? 年甲斐も無く泣いたりして、本当にみっともない」

キュートと呼ばれていたか。

( ・∀・)「態度なんて常識なんだよ! アンタは何一つ分かっちゃいない。
このウスノロめっ。アンタは何がしたいんだ!」

モララーと呼ばれていたか。

僕はペニサスを探していた。
ミセリが誰か、どこにいるのか、探していた。
見回したところ、ここが終着駅だ。

(´・_ゝ・`)「僕は」

月光のリールガンを取り出す。
僕は釘を放ち六人の眉間に埋めた。
そのまま蹴飛ばして地底湖に沈める。

(゚、゚トソン「…盛岡さんは、そちらを選ぶのですね。畢竟、私達は首を横に振ることしか、できやしないのに」

ぶかぶかのトレンチコートはサイズが合っていない。
首元深く釦の留められた外套の胸元から内着は見えない。
それが紫色の寝巻きなら良かったのに。

N| "゚'` {"゚`lリ「トソン」

鋭さの中に穏やかさを含んだ視線と声色。
珍しく雰囲気は寂しげだ。

(゚、゚トソン「あなたは黙っていて下さい」

堪らず僕は小石を蹴って水に落とす。
水滴よりも重い音が響く。

(´・_ゝ・`)「どういうこと?」

都村さんにリールガンを向けて。
彼女の瞳は変わらず落ち窪んでいる。

(゚、゚トソン「RPG」

124名無しさん:2020/12/05(土) 19:58:58 ID:kW.hMAD20
偶に聴く程度のアルファベット三文字。
それが意味するところを察せなかった。

(´・_ゝ・`)「何?」

音の響きは鈍い。

(゚、゚トソン「"あなたは対象にどのようなアプローチを行うか"」

ついさっきの言葉だ。
やはり彼女の耳は起きていた。

(゚、゚トソン「今回の私の解答は、禁忌を犯す事でした」

訳が分からない。
しかし、聴きたく無かった。

(;´・_ゝ・`)「え」

自己の変容と対象への没入。
それが僕の答案だった。

(゚、゚トソン「インクの染みから着想を得ました。あなたが見た、トマトやタマゴの割れた中身、ですよ」

熟れたトマトの中身が広がる。
出来損ないの卵。
ペニサスが夕食を作っている。

(;´・_ゝ・`)「訳が分からない、巫山戯るのも大概にしてくれ」

僕はペニサスとミセリの待つ家に帰りたいんだ。
一人寂しく、真っ白い部屋に閉じ込められていたくなんて無い。
コーヒーなど、自販機で買える缶で上等だ。

(゚、゚トソン「投影させたんですよ、私に。あなたの一人娘のミセリさんと、妻のペニサスさんを」

(;´・_ゝ・`)「いや、でも」

ミセリは、あの子は、健康的な痩せ方をしていた。
都村さんのように病的な窶れ具合じゃない。
それならば、どちらかと言えばペニサスに近いような…。

(´ (゜)_ゝ(゜)`)「アレ?」

いつの?
どの頃の?
誰が、誰に、似ているって?

125名無しさん:2020/12/05(土) 19:59:33 ID:kW.hMAD20
(゚、゚トソン「晩年の、二人ですよ」

(;´つ_ゝ∩`)「晩年」

なんとなく気付いていた。
二人が何処を探しても見つからない理由。
やっぱりそうか。

(゚、゚トソン「二人とも故人です。既知でしょう」

ああ。

(´つ_ゝ∩`)「やっぱり、そうか」

だから何処にも居なかったのか。
僕の。
僕の過去の中以外。

(゚、゚トソン「順を追って話しましょう。今回の例とは別の流れ、つまり本来の軸に則って」

僕はそれを知っているはずだ。
何故なら僕の過去だから。
僕の思い出から引き揚げられた断片集だから。

(゚、゚トソン「野菜炒め。これはミセリさんが失踪する前夜の夕食、又当日の朝食のメニューでもあります」

たくさん作りすぎてしまった。
それでも美味しかった。
隠し味は一味唐辛子とニンニク。

(゚、゚トソン「…眼球で目玉焼きなんて、悪趣味です」

それは僕も思っていた。
でも事実だから仕方ない。

(´つ_ゝ∩`)「怖いよ」

何があるのか。
好奇心なんて称される中途半端な感情ではない。
ただひたすらに、震えが止まらない。

(゚、゚トソン「あなたは翌朝、ミセリさんに起こされました。私はそれを真似たんです」

疎らな水の音。
意識を別に向けたかったかのかもしれない。

(´つ_ゝ∩`)「やっぱりあの時の声は…トソンさんが、ミセリを真似ていたのか」

126名無しさん:2020/12/05(土) 20:00:08 ID:kW.hMAD20
しかし、僕は足を伸ばし切ることが可能だった。
背中のシーツは車と違って柔らかだったし、その下は木目調の床だ。

N| "゚'` {"゚`lリ「俺がデミを運んだんだよ、デミの実家に、シーツと一緒にな」

穏やかな春の風を彷彿とさせる声色。
心なしか淋しそうだった。
そうか、どうりで。

(゚、゚トソン「私はあなたと交わりました。新たに禁忌を犯すことで、あなたの神経を刺激したのです」

あの生々しい感覚は、実際の事だったのか。

(´つ_ゝ∩`)「…乱暴して、ごめん」

(-、-トソン「私から誘ったんですから、デミタスさんに罪はありません。
それに、私も高和さんも、意味のある事しかしませんから」

それは僕の性格に則ってくれているのかな。
僕が意味の無いことを嫌うから。

(゚、゚トソン「それもありますが…今は話に戻りましょう。
デミタスさんはミセリさんに起こされたその日、結局二度寝してしまったんですよ」

(;´つ_ゝ∩`)「え?」

まさか。
まさか、僕が?

(゚、゚トソン「ええ。その日は一ヶ月ぶりの休日で、身体も精神もボロボロだったんです。…それが結果として、後々の後悔として残ったんですね」

それはそうだ、我が子の晴れ姿を見送れないなんて、親として失格だ。
でも、それならどうして、僕はミセリの服装を知っていたんだ?

(´つ_ゝ∩`)「僕は寝ぼけ眼ですら、ミセリの姿を見ていなかった」

(゚、゚トソン「ペニサスさんが写真を撮っておいてくれたからですよ。
彼女は起きれなかったあなたを責めなかった。ミセリさん御自慢のコーディネイトをカメラで撮影して、寝坊したあなたに後ほど見せたんです」

赤、紫、青の花形の刺繍が鏤められた、純白のワンピース。
すらりとした健康的な痩せ方の手脚は透き通るほど白かった。
そうか、あれは写真か。

(´つ_ゝ∩`)「その日…ミセリの誕生日は、僕とペニサスの結婚記念日でもあったんだ」

(゚、゚トソン「ええ、そうですね」

127名無しさん:2020/12/05(土) 20:00:48 ID:kW.hMAD20
(´つ_ゝ∩`)「ミセリへのプレゼントは、あの子が前々から欲しがっていたファーストピアス。僕と、ペニサスで、選んだもの」

(゚、゚トソン「…結局、それは皮肉にも、ミセリさんの最期を象る事となりましたが」

え?

(;´つ_ゝ∩`)「ど、どういうことだ?」

怖い。
怖い。

(-、-トソン「…あとで、伝えます」

知りたくない。
しかし、知らなければならない。
過去を忘れて生きるなんて、耐えられない。

(゚、゚トソン「デミタスさんとペニサスさんは、日中ミセリさんの迎えに呼ばれるまで、結婚記念日として一日中デートをしておりました」

大型のショッピングモール。
ミセリに都合が入らなければ、三人で行こうと思っていた。
色々な店舗が入っている複合型施設だった。

(´つ_ゝ∩`)「そうか、あの鈴なりのピアスは、その時の贈り物…」

(゚、゚トソン「ええ、あなたが可愛いと勧めたものが、ペニサスさんの好みに合ったんです」

選んでから、大きすぎるし耳が痛くなるよね、ごめん。
そう伝えたけれど彼女は痛みなんて気にせずに、オシャレは我慢よ。
そう言った。

(゚、゚トソン「ペニサスさんは、その房状のピアスを後生大事に身に付けていました。最期まで」

最後。
最期、まで。
…なんで。

(´つ_ゝ∩`)「…なんで、ペニサスもミセリも、亡くなってしまったんだ」

何故か。

(-、-トソン「……あなたは今の内から、覚悟しておかなければなりません。
…あなたはその事実を聞いた時、狂を発したのです。過去に、何度も」

狂を、発した?
僕はやはり、何度も同じ事を繰り返しているのか?

128名無しさん:2020/12/05(土) 20:01:23 ID:kW.hMAD20
N| " '` {" `lリ「……もう二度と、繰り返させるもんか」

阿部の声は震えていた。
僕はその声色を初めて聴いた気がしたけれど、恐らく忘れているだけだ。

(゚、゚トソン「…その日から、ミセリさんがあなたの家に帰ってくる事は、以降二度とありませんでした」

──ダメだ。一緒に遊んでいた子達に聴いても、途中で逸れてしまったとしか言わない。
交差点で人並みに揉まれていたら、いつの間にか消えてしまっていた、と。

(゚、゚トソン「あなた達は死に物狂いで探しました。
やんちゃなミセリさんのことだから、普段ならばそこまで取り乱す事などなかったでしょう…その日がミセリさんの誕生日で無ければ」

──街の交番に電話を掛けてみたけれど、落とし物も目撃証言も無いって…。
あの、あなた。これってきっと、いつもの悪ふざけと一緒よね?
やんちゃなミセリのことだから、今朝あなたが起きてくれなかったことにヘソを曲げて、ちょっと悪戯してるだけよね!?

──(僕の、せいなのか? 僕がちゃんと見てあげれなかったから、だからミセリは家出したのか…?)

(゚、゚トソン「あなたは悪くない。もちろんペニサスさんも悪くない。それは私たちが保証しましょう」

──二人とも、毎日毎日、助けてもらって本当に済まない。
高和やトソンにまで探してもらってるのに、一向に見つからないんだ。

──デミタスさん、謝らないで下さい。
私たちは私たちが探したいから、デミタスさんとペニサスさんに協力しているんです。

──ミセリちゃんは俺たち二人にとっても、家族のような娘だ。
水臭い事言うなよ、俺たちの仲だろ?
漢は度胸! なんでも試してみるのさ。

(゚、゚トソン「…しかし、いつまでも休職して、ミセリさんの写真を印刷して配っていても、貯蓄は消えてゆくばかりです。
私たちが支援しても、それでもミセリさんを探す為には、到底足りなかった」

──ねえ、あなた。私、そろそろ仕事に戻ろうと思うの。

──え?

──…だって、だってもうお金が、全然無いんですもの。
ミセリを探すにしたって、何も無くなってしまったら、探すに探せないから…。

129名無しさん:2020/12/05(土) 20:02:10 ID:kW.hMAD20
──……。

──だからあなたは、遠くを探してきて欲しいの。
私が行けないところを、探してきて欲しいの。

(゚、゚トソン「あなたはペニサスさんが不安症を抱えていると知っていた。
だからその提案を危惧した。ペニサスさんを、独りにしたくなかったから」

──…分かった、上司に出張を頼んでみるよ。
でもペニサス、何かあったら…いや、何もなくとも、僕に連絡してくれ。
そうすれば僕は、すぐにここに帰ってくる。
君の隣に、そばにいるから。

──…。

──だから、すぐに僕を呼び戻してくれ。
約束だ。

(´つ_ゝ∩`)「…僕が、傷付きたくなかっただけだ。そのせいでペニサスに、不必要に重苦を背負わしてしまったんだ。
僕は、彼女に、呪いをかけたんだ」

思い出したくない。
誰か、助けてくれ。
僕をここに留まらせてくれ。

( 、 *川「私がそばにいる。あなたはまだ大丈夫。
だってデミタスは、前に進むって、決めたんですものね」

両手で塞いでも涙は零れる。
趾間をすり抜ける。
目が、痒い

(゚、゚トソン「切っ掛けとなったのは、北への出張。極寒の地に対して、あなたは決して良い印象を持っていなかった」

饐えた息。
祖父の声。
戦時中の情景。

(゚、゚トソン「ビルとビルの僅かな間。建築上まるで意味を成さない空間の調査に、あなたと高和は繰り出された」

あの川の水は土埃で赤かった。
山積みになった氷漬けの死体。
全員に性的暴行と堕胎の痕があった。

(´つ_ゝ∩`)「…怖い」

130名無しさん:2020/12/05(土) 20:02:51 ID:kW.hMAD20
屋上から覗いた下の空間はトタン屋根で蓋されている。
ビルにはもう使われていない食肉加工工場が食い込んでいた。
廃屋は錆に塗れていた。

(゚、゚トソン「…あなたは、妊娠した白猫を見かけたと話していました。
その口には、新雪のようにきめ細かかったであろう、爛れた耳たぶが咥えられていたと。
その耳たぶには、見覚えのある錆塗れのピアスポストが刺さっていた、と」

腹の膨れた子猫はビルとビルの間の、パイプの上を走って奥に消えた。
蝸牛がコンクリートに這っていた。
とても狭く、中を見ても真っ黒だ。

(´つ_ゝ∩`)「やめてくれ」

洞窟の天井から水が滴る。
空洞に響く虚しい音。
また、僕は逃げようとしている。

(゚、゚トソン「…排水管工事でビル内の管を辿ると、立ち入り禁止の看板が見えました。あなたの疑心は、最大限膨れていました」

血抜き用の、大浴場みたいに広い屠殺場
夥しい量の虫。
まるまる太った熊鼠がタイル表面を疎らに覆っている。

(゚、゚トソン「廃屋といえど管理はビル所有者の義務です。
不信感がより一層募ったのでしょう、あなたはビル間の空間を探し当てるのに必死だった」

赤児大に肥大した溝貝。
食肉加工の糸鋸チェーンソー。
血のように赤い染み。

('A`)「へへ、へ…ぼ、僕の映画は、楽しんでくれたかな…?」

僕はその彼に何をしたか。
確か。
確か…。

(´つ_ゝ∩`)「ききたくない」

脳幹を貫いて。
内臓を混ぜて。
喉から舌を引き出して。

(゚、゚トソン「開けた空間には三脚とカメラと磔台。床や壁には、釘や鋏やペンチや有刺鉄線、鎖、刺繍針、ワイヤー…。
夜釣りに使う道具と似た形状のものばかり。用途こそ、異なるのでしょうけれど」

131名無しさん:2020/12/05(土) 20:03:29 ID:kW.hMAD20
頭を潰して。
火に焚べて。
鍋で煮込んで。

( 、 *川「ゆっくり、深呼吸して。心を落ち着かせて。…だって、まだまだ続くのよ?」

(;´つ_ゝ∩`)「ふぅー、ふぅー…」

しゃらり聴こえる鈴の音。
瞳の裏では蜘蛛の巣が透ける。

(゚、゚トソン「部屋の奥には、窓外が真っ黒の磨硝子が嵌め込まれていました。錠前は心なしか歪んで見えます」

それはそうだ。
何故ならそこにしか、出入口が無いのだから。

(゚、゚トソン「背後で階段を下る音がすると、あなたは焦って窓を開けた。あなたはそこで、奇しくも見つけてしまったんです」

手脚の曲がった小汚い女が、白猫の首に喰らい付いている。
手首と肘、肘と肩の間が内側に反れている。
土気色の肌は一糸纏わぬ姿。
片耳が欠けており、瞳に光は無い。

(゚、゚トソン「そういえば窓を開ける時、白茶けた布が足元に落ちていたような気もします」

肋骨が呼吸の度に浮き沈み、身体は筋が出っ張っている。
皮下に鬱血の青痣が犇く。
喉元には歪な縦の裂け目。
コンクリートの壁は生爪の色、地面は中身の欠けた蝸牛の殻。

(´;_ゝ;`)「やめろ」

冷静になって。
ここまではもう、なんとなく予想できてたことでしょう?

(゚、゚トソン「あなたは、それが誰か分からなかった。しかし、異常であるとは分かっていた」

('A`)「い、イイ声で鳴く猫ちゃんだったよぉ。い、い〜い湿りと、締まり具合でさ…へ、へへへ」

喉の裂け目は粗く縫われていた。
針子に憧れる素人のような手腕だ。
白猫の体毛は千切れた首から流れる血で黒く渇く。

N| "゚'` {"゚`lリ「トソン」

132名無しさん:2020/12/05(土) 20:04:06 ID:kW.hMAD20
('A`)「ほ、ほら、このビデオに全部、納めてあるんだぁ。み、見てみてよ。き、きっと、気持ちイイよ」

子猫の腹は膨らんでいた。
女の股座からは蚯蚓状の紐──臍の緒が垂れていた。
猫を喰らうのに飽きた女は、その先端を唇だけでガジガジと噛む。
歯は全て折れていた。

(゚、゚トソン「…ここまでは、思い出せましたか?」

箱の中身が溢れている。
肉色の葉と蔦がわさわさと繁茂している。
その茂みの奥から、濃い匂いがした。

(´つ_ゝ∩`)「…足音は、高和だった。女は、ミセリだった。
その女の耳には、誕生日前日にペニサスが開けた、ファーストピアスのポストが飾ってあったから」

地底湖の水底から、ペニサスがこちらを覗いている。
一体何人いるのだろう。
溶けた肉が朽ちた骨に回帰したみたいだ。

('∀`)「最高に気持ちイイんだ。力があれば、自分の思い通りにできるからね。へへへ」

( 、 *川「前を見て。ここまで来たら、もう後戻りはできないのよ」

場所は病院。
白い壁と白いシーツ。
白い包帯には滲んだ血液と膿汁が小汚く漂う。

(゚、゚トソン「……不幸中の幸い、なのでしょうか。数多の感染症と障害を残しながらも、執念のように、ミセリさんは生きていました」

ミセリの可愛らしい顔を見たくて、僕は包帯を交換する。
張り付いていた瘡蓋ごと剥がれて、劈くような金切声が耳を貫く。
下顎は外れ舌は根本まで切り取られ、声帯だけを震わせている。

(゚、゚トソン「一生使い物にならない精神と、一生使い物にならない肉体…
デミタスさんとペニサスさんは、医師から快復の見込みが無い事を伝えられます」

健全な肉体には健全な精神が宿る。
逆も然り。
しかしこれは、これは、あまりにも…。

(-、-トソン「…あなたは、犯人探しと称して、狂ったミセリさんとペニサスさんを、二人きりで置き去りにした」

(´;_ゝ;`)「あっ」

133名無しさん:2020/12/05(土) 20:04:49 ID:kW.hMAD20
( 、 *川「あなたは、悪くない」

N| "゚'` {"゚`lリ「……」

シーツが湿っている。
産毛すら生えない爛れた皮膚。
口蓋垂の下、喉奥で微動する舌根の名残。

(゚、゚トソン「誰もあなたを責めたりしません。あなたの判断は、仕方のないことだったんです。誰も、あなたを咎められない…あなた以外」

皮肉にも、金銭は余っていた。
僕はそれを精神疾患の同居人のように食い潰した。

('、`*川「酔ってない時が無いくらいにね」

しかし、辻褄が合わなく無いか?
ミセリはマンホールの上に寝ていた。
あそこにマンホールは。

N| "゚'` {"゚`lリ「あったよ、あの娘の影に、厠のように」

ミセリの肌は綺麗だった筈だ。
肉片を喰ませて逃亡を図った痕跡なんて無かった。
新雪のようにきめ細かく、健康的な痩せ方だ。

N| "゚'` {"゚`lリ「…焼鏝、鉄線、釘、杭、鎖、凍傷…無事な所の方が、少ないくらいだった。面影なんて、何処にも無かった」

…その、千切れかかった片耳の、錆びたピアスポスト以外には。
でも、僕はマンホールの穴から彼女を探し当てたはず。

(゚、゚トソン「…あなたは、川の水の色に不信感を持ったに過ぎません。
それと、ミセリさんの元からマンホールに向かって、唾液の流れた黒い跡が染み付いていただけです」

電灯の、明滅は。

(゚、゚トソン「裸電球と、ここまで来るに至った路傍の街灯です」

僕は、何を忘れているんだ?

(-、-トソン「…全部、ですよ。過去を」

(´つ_ゝ∩`)「まだ、だいじょうぶ。ここまではなんとなく、予想してたから」

('、`*川「聴くべきじゃない。私はあなたがいなくて辛かった、寂しかった。私はあなたがいなくても大丈夫だった、耐えられた」

134名無しさん:2020/12/05(土) 20:05:24 ID:kW.hMAD20
('∀`)「ま、またあなたは忘れているんだ。へへ、へ…あんなに面白いビデオが撮れたっていうのに」

僕は。

N| "゚'` {"゚`lリ「あの部屋のカメラをデミが回収したことは…黙っていた。ちんけな罪に問われないように…思えばあの選択が、最悪手だったんだ」

ドクオを殺した。
しぃを殺した。
フサギコを殺した。
ギコを殺した。
キュートを殺した。
モララーを殺した。

('∀`)「イイ出来だろ? あなたも僕と同じ変態なんだから、生娘の一匹や二匹、食っちまえば良かったんだ」

ドクオには僕が持つ残忍の全てを捧げた。
祖父にしたように拷問して、
母にしたように刻んで、
父にしたように苦しめて、
地底湖に沈めた。

(´つ_ゝ∩`)「…不思議と、落ち着いているよ。凪いだ海のように」

('、`*川「あなたを守りたい。あなたが憎い。あなたのせいよ、全部。
そう、あなたは悪くない。悪いのは全部、私なの」

ぽちゃんと心にティアドロップが落ちる音。
虫が無数に地を這う音。

(゚、゚トソン「あなたが今覚えていることを代弁して差し上げましょう」

自分は父の父である祖父と両親から虐待を受けていた。
自分はその三人を残虐に殺害し、家の裏の地底湖に転がした。

(´;_ゝ;`)「こわいよ、都村さん。僕は、僕とあなたが、とても恐ろしい」

('、`*川「だから言ったでしょう?」

それから必死になって働いて、勉強して、独り立ちした。
学生になる以上、出費はなるべく抑えたい。
ルームシェアの物件が安かったから同居人を募集して、その餌に食い付いたのがしぃだった。
しぃは診断されていないだけの精神病患者だった。
しぃと入居してから、伊藤さんと出会った。

(´;_ゝ;`)「答え合わせは、もう済ませた筈だ」

135名無しさん:2020/12/05(土) 20:06:10 ID:kW.hMAD20
('、`*川「私とね。あなたの過去にしかいない、私と」

物音一つにさえケチを付けるクセに、仕事もしなければ家賃も払わない。
勝手に鍵を取り付けた部屋からは四六時中ハングルの楽曲が漏れている。
自分は危害を加えていないのに、ある日唐突に据え置きのスポンジに剃刀を仕込まれた。

同居人に係う愚痴を伊藤さんに話せる訳が無かった。
心配させたく無かったから。

(´つ_ゝ∩`)「わざわざあなたに、代弁してもらう必要なんてない!」

('、`*川「可哀想に」

ノックをしても返事はなかった。
だから翌朝尋ねると激昂されて、包丁を構えられた。
自分は手に持っていた証拠品の剃刀で咄嗟に反撃すると、しぃの鼻先が落ちてしまっていた。

(´つ_ゝ∩`)「君が言わなくたって分かってる!
そんな事情でルームシェアなんて続けられるはずも無かったから、しぃには即刻出て行ってもらった! それだけだ!」

('、`*川「しー…。あの子が起きちゃうわ、今やっと、寝たところなの」

事態は暗々裏且つ有耶無耶に終わった。
いつの間にかしぃが消えていて、借財が財布に戻ってくることは無かった。
ちょうどその頃、ペニサスがミセリを身籠るのに合わせ、入籍した。

(゚、゚トソン「自分は藁にも縋る思いで、彼女との間に幸福を探し求めていた」

(´つ_ゝ∩`)「…そうだ」

ここまでで自分は何一つ悪事を犯していない。
思わぬ反撃を喰らった連中は因果応報だ。

(゚、゚トソン「自分は悪くない」

(´つ_ゝ∩`)「そうだ」

(゚、゚トソン「幸せになる資格がある」

(´つ_ゝ∩`)「そうだ」

(゚、゚トソン「今まで何度も何度も理不尽な現実に耐えてきたんだから、自分には貯めた負荷を放つ権利がある」

(´つ_ゝ∩`)「そうだ!」

('、`*川「いくら疲れが溜まっていたって、どれだけストレスに苦しめられていたって、やって良いことと悪いことがあるでしょう?」

136名無しさん:2020/12/05(土) 20:06:53 ID:kW.hMAD20
それからは幸せな日々だった。
我が子の目紛しい成長に一喜一憂した。
瞬目の間に学習して力を獲得する貪欲っぷりに打ち震えた。

(゚、゚トソン「自分たちは幸せだった。苦労の数の方が多かったけれど、それでも価値ある毎日だった」

(´;_ゝ;`)「…僕みたいな、生まれてこの方幸福を感じられなかった人間が、子供を育てる資格なんて無い。
何度も何度も、そう思った。例え隣で、ペニサスが笑っていようと」

容姿端麗、百伶百利なミセリが自慢だった。
得意満面に才能を鼻に掛ける態度が時に嫌味に感じるくらいのあの子が、僕の生きてゆく新たな道になっていた。
毎日毎日、僕とペニサスは飽きもせずに、あの子の長所を語り合った。

(゚、゚トソン「…自分は今の安楽にかまけて、過去を忘れ去ろうとしていた。ペニサスに言われた通りに」

(´つ_ゝ∩`)「"忘却はよりよき前進を生む"」

その通りだと思い込みつつあった。
半ばまで信じて疑わなかった。
娘の、ミセリの、13回目の誕生日までは。

(゚、゚トソン「そこから先、ミセリさんを見つけて、私が先ほど話したところまでは、あなたも理解していることかと存じます」

それから。
それから僕は。

(´つ_ゝ∩`)「誰より早く見つける必要があった。誰にも知られてはいけなかった。警察に見つけられたら、僕は彼ら六人に何もできなくなってしまう」

N| "゚'` {"゚`lリ「だからデミは、ビデオの所在を隠匿した」

犯人も馬鹿では無いので、全員覆面を着けていたけれど。
人数は計六人。
ひょろひょろに痩せている男が筋肉質な男に指示させて、ミセリの喉元を縦に裂いていた。
手足を十字に磔にされていた、白く硬く窶れた女の体幹が跳ねる。

(´つ_ゝ∩`)「何故か、冷静だったんだ。思えば僕は、その時点で箱の中に感情を押し込んでいたんだろう」

('、`*川「辛いね、悲しいね、苦しいね。でもあなたは、何も感じられなかった。それが最愛の愛娘であろうと」

137名無しさん:2020/12/05(土) 20:07:39 ID:kW.hMAD20
眼球は熱で溶けていた。
片耳はゆっくりと断たれていた。
口も耳も鼻も目も喉も臍も膣も肛門も等しく押し広げられ、濁った液体に犯されていた。
会陰の隙間から垂れた紐の先を食わされるミセリを見た時、何かが萌えた。

(゚、゚トソン「古今東西の拷問を、遍く体感させられていたんですよ」

筐底に肉色の芽が出た。
それは自分がビデオを見れば見るほど成長する。
蓋を押し上げて、隙間から肉厚な枝葉と蔦が顔を出していた。

(゚、゚トソン「自分は、まずビル所有者の息子のドクオを在らん限り痛め付け、その他メンバーを炙り出した」

思いの外簡単に事は進んだ。
皮肉にも、自分が過去に聴かされ体感させられた悪意が材料になったから。
痛めつけている時、何故か楽しかったんだ。

(゚、゚トソン「モララー、キュート、ギコ、しぃは自分が手を下して、フサギコは不幸にも彼の口からミセリの話が出たせいで、ペニサスが殺害してしまった」

全部自分で始末をつけたかった。
ペニサスには沢山苦労させたし、僕のせいで彼女の不安症を助長させてしまったから。

自分は未だ、式を挙げれなかったことを悔やんでいる。
ペニサスの手を汚させてしまったことと同じくらいに。

('∀`)「ザマアミロってんだ、へへへへへへ」

頭の中から響くように音がするから、僕は手に持ったリールガンを自身の側頭に押し当てたくなる。
この木霊を消したくなる。

('、`*川「まだダメよ」

自分は、あの好色爺のフサギコを殺したかった。
灰皿で釘を打ち付けるように頭を叩いて、割った中身を見たかった。
ミセリを囲うコンクリートの壁を、彼らの脳漿で黒く染め上げたかった。

(゚、゚トソン「何故、ペニサスさんはフサギコを殺害したのでしょうか」

(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

そんなの決まっている。
あいつの口からミセリの話が出たからだ。

(゚、゚トソン「何故、それをあなたが知っているのですか」

138名無しさん:2020/12/05(土) 20:08:20 ID:kW.hMAD20
(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

ペニサスから聴いたからだ。
しぃが炎に巻かれながら叫んでいたって。

(゚、゚トソン「何故、しぃが叫んでいたことを、ペニサスさんは知っているのですか」

(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

それは違う。
炎に巻かれたしぃの叫喚を聴いたのは僕だ。
しぃは僕に植え付けられた恐怖のお陰で、正直に答えてくれたんだ。

(゚、゚トソン「何故、若い店員しかいない店で、ペニサスさんはフサギコを殺したのでしょうか」

(´つ_ゝ∩`)「えっ?」

それは。
それは。

('、`*川「ダメ! デミタス、私を見て! 私はあなたの目の前にいるわ! その女の話は全部出鱈目よ!」

(゚、゚トソン「何故、あなたの幻影の彼女は、そこだけキッパリ言い切ったと思いますか」

(´つ_ゝ∩`)「やめろ! やめろ!」

リールガンを掴む腕が震える。
腰に佩したスパナは小刻みに震えている。
僕の指先は白い。

('∀`)「またあなたお得意の暴力かい? 蛙の子は蛙とは、よく言ったもんだね。へへへ」

(-、-トソン「…ペニサスは六人の内、誰一人とも面識はありませんでした。フサギコを殺したのは、あなたです。デミタスさん」

(´つ_ゝ∩`)「…」

だったら。

('、`*;川「だったら、何だっていうのよ。単なる思い違い程度の、些細なことじゃない…」

(´つ_ゝ∩`)「五人も六人も変わらない。寧ろ、ペニサスが誰も殺していなくて安心したくらいだ」

139名無しさん:2020/12/05(土) 20:08:55 ID:kW.hMAD20
('A`)「誰も、か」

(゚、゚トソン「あなたはもう一度、全て自覚しなければなりません」

え?
これで終わりじゃ無いのか?
六人もの大量殺人を犯して、精神の錯乱から留置されて、僕は治療を受けているんじゃないのか?

N| "゚'` {"゚`lリ「違う」

(-、-トソン「…違う、と言いたいところですが、正誤があります」

まだ、続くのか。

('A`)「やめないよ」

(*゚ー゚)「許さない」

ミ,,゚Д゚彡「ふざけるな」

(,,゚Д゚)「逃げるな」

o川*゚ー゚)o「苦しめ」

( ・∀・)「死んでしまえ」

('、`*川「五月蝿い」

僕はミセリの誕生日に二度寝した。
写真で晴れ姿を見れたけれど、それが最期だと分かっていれば、何が何でもミセリを行かせたりしなかっただろう。
長い事探して、阿部やトソンに助けて貰っていたのに、一向に見つからなかった。

野菜炒めが美味しい。
目玉焼きが美味しい。
焼き鮭が美味しい。

出張先で赤く濁った川を見た。
近くのツインビルには廃屋の食肉加工工場が埋め込まれていた。
ビルとビルの間には、本当に些細な空間があった。
孕んだ白猫が、錆びたピアスの刺さった耳を咥えていた。

(´つ_ゝ∩`)「目が、痒い」

立ち入り禁止もお構いなく、内部散策を続けた。
ビデオは持ち帰った。
白い肌で健康的な痩せ方の我が子だったものを見つけて入院させた。

140名無しさん:2020/12/05(土) 20:09:32 ID:kW.hMAD20
看病はペニサスに任せて、僕は犯人探しに勤しんだ。
下顎が外れ眼球が欠如し片耳の欠けたミイラ状態のミセリと対峙するペニサスが節榑立って行くのに気付かなかった。

(゚、゚トソン「自分は盲だった。しかし後から悔いるだけの自罰的思考に、何の価値が、意味があると言うのか。
自分に必要なのは意味では無く、受け入れられるだけの度量と余裕だった。そんなもの、生まれてこの方自覚した事など無かったと言うのに」

一人穴に転がす毎に、僕は自宅へ帰り酒を飲む。
戯れにペニサスを抱いた。
翌朝には酔いが残っている内に家を出る。
それを、計六回繰り返した。

(゚、゚トソン「自分はその度に後悔した。痩せ衰えたペニサスは空気のように軽いのに、酩酊している自分はそれにすら気付けない。
猿のように腰を振って、果てて、朝日を照り返す埃の粒を掻き分けて、逃げるように犯人を追った」

全て終われば元通りになる。
復讐を遂げれば、ミセリもペニサスも、僕も救われる。
今を耐えれば前に進める。
例え目の前に、多大なる障害が聳えていようとも。

('A`)「そんな訳ないじゃん、両親に愛されなかった人間が、幼少期を忘れて生きていけるわけないじゃん。
あなたは一生、あなたを脱却できないよ」

(´つ_ゝ∩`)「五月蝿い」

僕は、別に自分のことなんてどうでも良かった。
我慢するのには慣れていたし、僕の望みが叶わないことだとも分かっていた。
だからせめて、二人さえ、ミセリとペニサスさえ幸せならば。

N| "゚'` {"゚`lリ「…事を終えてからを、お前は覚えているか」

それだけで良かったんだ。

(゚、゚トソン「高和さん」

('、`#川「聴いちゃダメ! 耳を塞いで! その先には何も無いのよ!」

阿部の悲しそうな声。
都村さんの冷めた声。
ペニサスの悲痛な声。

(´;_ゝ;`)「事を、終えてから?」

事は、言わずもがな六人への私刑だ。

141名無しさん:2020/12/05(土) 20:10:09 ID:kW.hMAD20
(´つ_ゝ∩`)「全員、ここに沈めた」

ここは家の裏にある地底湖。

N| "゚'` {"゚`lリ「その後は」

('、`#川「彼の言葉に耳を貸しちゃダメよ、戻ってこれなくなるわ!」

その後。

(;´-_ゝ-`)「ペニサスから借りていたカローラで、家に帰った」

菫が咲き乱れていた。
一人で『ちょっとうれしいカローラ』を口遊みながら。

N| "゚'` {"゚`lリ「その後」

('、`#川「この男は、あなたを誑かしているのよ!」

深夜の運転は過労が付き物で、適度な休憩を取らなければ容易く道を踏み外すことを僕は知っていたから。

(;´-_ゝ・`)「路駐して、一晩眠ったんだ。車内で」

家に着いた頃には、既に朝日が登っていた。
夜の内に帰れれば良かったのに、狭い車内と過労で軋んだ身体は悲鳴を挙げていた。

N| "゚'` {"゚`lリ「…それから」

(;、;*川「それ以上、想起しないで…お願い。思い出さないで…」

僕の耳がペニサスの掌で抑えられる。
温度を感じない腕を通過して、音だけが僕の鼓膜を揺らしている。
悲しいけれど、彼女は僕の過去にしかいない幻覚だと自覚してしまっていた。

(´;_ゝ;`)「漸くこれで終わったんだ、僕はやっと前に進めるんだ…取り返しのつかない事だらけだけど、だからといって生き地獄じゃない。
僕に未来が無かったとしても…ミセリとペニサスには、明日があるんだ。二人の安全は、僕が保証する。あいつらはもう、全員いないから…」

もう二度と、酒なんて呑まない。
もう二度と、暴力に溺れたりしない。
僕は疲れを癒す為、狭い浴室の扉を開けた。
あの、三人入るのがやっとな、狭く小汚く垢塗れで、心の奥底がぽかぽかする湯船に向かって。

142名無しさん:2020/12/05(土) 20:10:36 ID:kW.hMAD20
('、`*川「おかえり」

(´・_ゝ・`)「ただいま」

('、`*川「お風呂、沸かしといたわ」

(´・_ゝ・`)「ペニサス、これは」

('、`*川「もうずっと、ここで待ってたの。ミセリと二人で、あなたが帰ってきてくれるのを」

(´・_ゝ・`)「これ、は」

('、`*川「ほら、ミセリ。お父さんに『おかえりなさい』は?」

(´・_ゝ・`)「ペニ、サス」

('、`*川「ミーセーリー、女の子がそんなにだらしなく、口を広げるんじゃありません。はしたない事なのよ」

(´・_ゝ・`)「この、濁った水は…それに、きみが抱えている、その、白っぽいのは」

('、`*川「うふふ、そうねー。お母さんもお父さんの帰りを、今か今かと待ち侘びていたのよー。ミセリったら、そんなに仕切りに頷いちゃって」

(´・_ゝ・`)「それに、この臭い…ペニサス、その、胸にある卵みたいなのは、まさか」

('、`*川「うん、ミセリね、一生懸命リハビリして、最近やっと帰ってこれるようになったの。
お父さんに、元気なミセリを見て欲しいって、張り切っててね」

(´;_ゝ;`)「まさか、その黒く溶けた糸みたいなのは…片方にだけ付いてる、そのピアスポストは」

('、`*川「デミタス」

(´;_ゝ;`)「あ、あっ……」

('、`*川「デミタス」

(´;_ゝ;`)「…あ、ううぅぅぅ……うぇっ、あ、が、はあああああぁぁぁッッ!!!」

('、`*川「デミタス」

(;´つ_ゝ∩`) 「ふぅぅぅ……ふっ、ふぅぅぅぅ……」

('、`*川「デミタス」

143名無しさん:2020/12/05(土) 20:11:18 ID:kW.hMAD20
(;´つ_ゝ∩`) 「………な、なに」

('、`*川「あなたがいなくて、寂しかった、悲しかったの。
…私は、孤独に耐えられないの。気丈に振る舞ってるけど、心はいつでも荒野なの。せせこましくて、不安定なの」

(;´つ_ゝ∩`) 「……うっ、うっ」

('、`*川「耐えられなかった、目の前であの子が、少しずつ人の皮を剥かれてゆくのが。
ミセリが、ゆっくり、でも確実に、人じゃなくなっていくのが」

(;´つ_ゝ∩`) 「う、あっ、あっ…」

( 、 *川「わたしも、もうじきだめになる。もう、限界なのよ」

(;´つ_ゝ∩`) 「うぅ、うぅあ……」

( 、 *川「なんで、帰ってきてくれなかったの? どうして、助けてくれなかったの?
あなたがいなくて、わたしたちがどんなに辛かったか、あなたにわかる?」

(;´つ_ゝ∩`) 「ぼ、ぼくは…ふたりが、安心して暮らしていけるようにと、おもって……」

(;、;*川「私たちは、あなたさえここにいてくれれば、それでよかったの。
苦しくても、不安でも、三人でまた暮らせれば、それだけで十分だったの。
復讐なんて、必要なかった…!」

(´;_ゝ;`)「ぼくは、ぼくは…二人さえ幸せなら、それだけで、それだけでぇ……」

(;、;*川「…ミセリが変わり果てた姿でかえってきて、私は、何も言えなくなっちゃった。なんて声をかければいいのか、わからなくて……。
でも、それでもわたしはぁ! やっと、家族三人で、元通りじゃなくても、暮らせるって思って、自分を、無理矢理嬉しく感じさせたのぉ!」

(´;_ゝ;`)「また、まただ…。また、何が一番大事なのかわからなくなって。…僕は、僕のためだけに、動いていた、の、か……?」

(;、;*川「あなたさえ、ここにいてくれれば……過去を忘れて、前を見てくれれば、それだけで、元に戻れたのに……」

(;´つ_ゝ∩`) 「あ、あぁあ」

(;、;*川「なんで、なんの意味もない復讐に、走ったりなんかしたの?
私もミセリも、ずっと、ずーっと、耐えてきたんだよ?」

(;´つ_ゝ∩`) 「それ、は」

144名無しさん:2020/12/05(土) 20:12:05 ID:kW.hMAD20
(;、;*川「あなたが、相手を許せない気持ちは、それこそ痛いくらいにわかる。殺してやりたいって、私もずっと思ってる」

(;´つ_ゝ∩`) 「ぼくは、もう」

(;、;*川「過去を無視して、忘れて、今を肯定するんじゃなくて…
いまを、わたしを、ミセリを、見てほしかったの…。だからずっと、まっていたのに…」

(´;_ゝ;`)「あぁ、あぁあ、ああぁぁぁああああぁああっっ!!」

(;、;*川「……」

(´;_ゝ;`)「うううぅぅぅ、くっ、うぅ、あぁああぁぁ、が、ぐ…」

(つ、∩*川「……」

(;´つ_ゝ∩`) 「…なんで、なんでぇぇ、こんな、こ、っとに……」

('、`*川「…デミタス」

(;´つ_ゝ∩`) 「…」

('、`*川「最期に一つだけ、私のわがままをきいてくれる?」

(;´つ_ゝ∩`) 「…」

('、`*川「あの、SF映画を、おぼえてる?」

(;´つ_ゝ∩`) 「えっ?」

('、`*川「レプリカントが、生みの親である博士を抱きしめて、縊るシーン」

(;´つ_ゝ∩`) 「…おぼえて、いる…け、ど」

('、`*川「私ね、あの一場面が大好きなの。
私も最期はあんな風に、愛する人に、ぎゅーっと抱きしめられたいなーって、ずっと思ってた」

(´つ_ゝ∩`)「ペニサス」

('、`*川「私のことは、忘れて欲しいの。あなたには、前に進んで欲しいの」

(´つ_ゝ∩`)「僕は、君を、君たちを、忘れなければ、いけないのか」

('、`*川「…一生に一度のお願い、聴いてくれるかしら」

(´;_ゝ;`)「…」

('、`*川「楽に、なりたいの」

145名無しさん:2020/12/05(土) 20:12:43 ID:kW.hMAD20
だから。

だから、僕は。

僕はペニサスを、力の限り、強く、強く、抱きしめた。

ハグした彼女は、元の容姿が分からなくなるくらい、白くて、細くて、硬くて、過去の面影なんて一つも無かった。
ペニサスの胸に抱かれたミセリと一緒に、僕は湯船に浸かって、二人をぎゅーっと、抱き締めたんだ。

(´つ_ゝ∩`)「…僕は、彼女を、ミセリを殺してしまった彼女を……絞め殺して、しまった」

僕の背中には体温も起伏も感じられない彼女の身体が密着している。
忘れることと、思い出すことに葛藤する僕が生み出した、防衛機制と快復への本能を歪に象った、彼女。

(-、-トソン「それから」

(´・_ゝ・`)「…二人をボストンバッグに詰めて、来た道をもう一度、遡行した」

手足を歪に折り曲げないと入らなかった。
水で腐ったミセリの髪の毛がチャックの隙間から釣り糸のようにはみ出していた。
押し込む度に、ペニサスの鈴なりのピアスが、しゃらり、しゃらり、と鳴る。

N| "゚'` {"゚`lリ「それから」

(´・_ゝ・`)「地底湖でチャックを開けた時、ペニサスの耳から出てきたオオヒラタシデムシの幼虫に、噛まれた」

また、しゃらりと鈴が鳴る。
空洞は音が木霊する。

(-、-トソン「それから」

(´・_ゝ・`)「彼女の形見として、ピアスごと耳を切り取った。僕はそれをトレンチコートのポケットに入れて、毎日、肌身離さず持ち歩いた」

歩く度に震える音は、まるで彼女から僕に向けた小夜曲のようだ。

N| "゚'` {"゚`lリ「それから」

(´・_ゝ・`)「二人を地底湖に、海に転がして、蔓延るシデムシをしゃくしゃく踏み付けながら、大学に戻った」

どうすれば忘れられるか。
幼少期から常日頃、ショックに晒され続けた僕は、どうすれば二人を忘れられるのか。

146名無しさん:2020/12/05(土) 20:13:19 ID:kW.hMAD20
( 、 トソン「それ、から…」

(´・_ゝ・`)「暫くは、普通に扮した。笑顔を貼り付けて。
トソンと高和とミルナ教授だけは、僕の違和感に気付いている風だった」

記憶を司る機関は脳内にある。
誰しもが知っていること。
大事なことは、どうすれば消せるか。

N| " '` {" `lリ「それ、か、ら…」

(´・_ゝ・`)「ここなんだ、眼底の奥…少し上の方。こめかみより、少しだけ上。こんな風に、僕は狙いを定めた」

ミルナ教授の授業で、精神外科医なる概念が議題に上がった。
前頭葉白質切截術。
僕に打って付けの治療法だった。

(゚、゚トソン「デミタスさん、あなたは」

(´・_ゝ・`)「彼女の言う通りだ。このリールガンは、僕の、最期の願いを込めた、武器だった」

N| "゚'` {"゚`lリ「デミタス、お前はまた、全部忘れるつもりなのか」

こめかみ上方にリールガンを添える。
僕を保護している二人が用意したのだから、釘が一本も装填されていないことくらい分かっている。

それでも、僕の胸元で罰印に組まれる白く細く硬い腕を見ていたら。
見ながらこうして、自分の肌に発射口を当てていたら。
不思議と心が落ち着くのは、何故だろうか。

(´・_ゝ・`)「フサギコに似てる教授が示した通り、これが13回目なんだろう? ミセリの享年と同じ。崩れ始めた現実と同じ数字の」

虫の甲殻が、何か巨大な塊に押し潰されて、ぱきぱきと骨の折れる時のような音が水底から聴こえる。
ボストンバッグのチャックが開いて、はみ出た髑髏から人体が発芽するのが見える。
僕と繋がりあった彼女の腕に、力が込められたように感じる。

(´・_ゝ・`)「…一人で家に帰る時の、高速で見たトラックは、寂しかったよ。僕だけ世界に取り残されたみたいで」

死体安置所の実験も、何かを題材にしていたはず。
あの時見た幻影は、皮肉にも両親が読み聞かせてくれた思い出だ。
ペニサス──彼女がたくさんいる理由…苦痛は、僕の全てだった。

(´・_ゝ・`)「また缶コーヒーを買っておくれよ。
自由に外出できない独房の中で、自分一人で淹れるコーヒーは、あまりにも寂しいから」

147名無しさん:2020/12/05(土) 20:14:08 ID:kW.hMAD20
N| "゚'` {"゚`lリ「……また、釣りに行こう。デミと、俺と、トソンと…ペニサスと一緒に」

繰り返す度に、より強固に、より煩雑に複製された、防衛本能と帰巣本能の、集合体が彼女だった。
僕には、痛みや快楽の、刺激が必要だった。
それが僕の、破綻した軸だったから。

(´・_ゝ・`)「トソン、君の試みは次に繋がるよ。僕は子供が大好きだから」

(、 トソン「…この、ばかっ」

中学の生徒も教師も、失踪したミセリを気に掛けている連中は一人としていなかった。
入院後に届いた千羽鶴を広げてみれば、才能豊かなミセリに向けた罵詈雑言が揺れていた。
少女グループの鳥瞰も、取り巻きがすぐ散ったことは、きっと正しかっただろう。

N| "゚'` {"゚`lリ「脚の傷を見る度に思い出せ、それがきっかけなんだから」

(´・_ゝ・`)「ああ、だから今回は、こうする」

腰に佩していたスパナで僕と彼女を結び付けていた蜘蛛の糸を引きちぎる。
読んでいた小説だと、それが極楽に通じる糸だったのに。

(゚、゚トソン「!」

(´・_ゝ・`)「…これ以上は、もう持たない。
彼女の転がる音が、君たちが僕の世界に没入した時と同じ音が、すぐ近くまで来てるんだ」

地底湖沿の僅かな崖は荒地だったのに、地面からは肉色の眼球が芽を吹いている。
あれはドクオが体育座りしている姿を象っていた。

有刺鉄線を噛んだナナフシが僕の影を貪る音がする。
神経が繋がっている以上、耐え難いほどの激痛だった。

(´・_ゝ・`)「みんな、よくできた人形だったね。幻覚を投影させるには打ってつけだ」

僕は罰印の腕に口付けしてから振り払い、阿部とトソンを抱きしめた。
二人とも、僕を拒むことなく、抱き返してくれた。

(´;_ゝ;`)「…すまない。今の僕には、まだまだ重過ぎるんだ。
それでも少しずつ、快復したい本音も、ちゃんと残っているんだ」

(、 トソン「私はあなたに、私の全てを捧げるつもりです。どんなに時間がかかろうと、あなたを元に戻してみせます」

148名無しさん:2020/12/05(土) 20:14:55 ID:kW.hMAD20
(´;_ゝ;`)「トソン…」

周囲は既に囲まれていた。

N| "゚'` {"゚`lリ「水臭いこと、言うなよ。俺とお前の仲だろ?
漢は度胸、なんでも試してみるのさ! …俺たちはいつまでも、お前の帰りを待っている」

(´;_ゝ;`)「高和…」

骨が折れる音がする。
しゃらり聴こえる鈴の音。
セレナーデだ。


(´;_ゝ;`)

(´つ_ゝ∩`)

(´・_ゝ・`)

(´・_ゝ・`)「…」

(´^_ゝ^`)

(´^_ゝ^`)「またね」


僕はこめかみに狙いを定めたリールガンを、躊躇うことなく引き金を引いた。
鈴の小夜曲は、もう聴こえない。

149名無しさん:2020/12/05(土) 20:15:33 ID:kW.hMAD20
(11)

彼女の胸に飛び込むと、その浅く平たい肢体が嘘のように僕を包み込んだ。
体全体が薄いビニールの膜に覆われたかのような粘つきと、淫靡に温度の高まった体温が互いの興奮を伝え合っていた。

大きく口を開ける彼女の胸の開口部からは複雑且つ整然と絡まり拗れた肋骨と内臓の渦巻きが暗がりから覗いていて、
雑多に縫合された左右の腕が僕に向けて伸ばされている。

透き通る新雪並の白さを誇る彼女の体色は仄かに紅潮しており、継ぎ接ぎに縫合された彼女達一人一人も同等の艶然な色彩を帯びていた。
白い肌同士を白い糸が結びつけ、何本も何本も突き出ている細く硬い腕には切れ味の良いステンレス製の鋏が握られていて、
それがちょきちょき、ちょきちょきと開閉を繰り返している。

瞼と皮膚周辺の筋肉が弛んだその顔は溢れる苦痛の叫び声と共に身悶えしながら、それでも慟哭を挙げれずにいた。
目元も口元も固く深く糸で結び付けられて、ご丁寧に皮膚断面ぎりぎりのところに玉留めがなされていたから。
その手腕からオートクチュールのクチュリエールにも通じる芸術性を垣間見れるほど至近距離で僕は眺めている。

んっんっ、と喉を痙攣させて嗚咽を漏らそうとする様子が感じられたけれど僕の鼓膜は結局全く揺れることなく、
目前で激しく嚥下運動する脈と筋の浮き出た喉仏をただ見詰めている。

するとその白く蠢く細い喉が見る見る内に縦に裂けてゆき、ぱっくり開いた肉色の穴から、皮膚断面によく似た血色の舌が零れ落ちてきた。
表面に小さな突起状の味蕾がぽつぽつ浮かび震えている舌の先端から、半透明で酸味のある粘り気の強い唾液が滴り僕の頬を濡らす。

歓喜の痙攣から、まるで心の底から僕を待ち望んでいたかのようだった舌舐めずりを堪能していると、僕はいつの間にか彼女の腕と足と体と指と四肢とに繋ぎ合わされていた。
二つ以上のものが一つに混ざり合う中で僕と彼女を繋ぎ止めている確かな証拠は、このきらきらと月光を反射する蜘蛛の糸と、
互いの神経を縦横無尽に駆け回る強烈な痛みと快楽の小浪だった。

僕の醜い毛脛やら腕やらが彼女の肢体と懇ろに結合し合い、
あそこでは僕の足の中指の爪と彼女の臍が癒着して一つになりつつある。
その隣では僕の背骨と彼女の大脳から溢れた灰白色の蛋白質が剛柔を掛け合わせようと、必死に互いを貪り合っている。

思わず僕はその痛みに顔をしかめようとするも、瞼も口も表情でさえも糸で固定されていて動かせない。
今の今まで彼女の舌が見えていた位置に固定され身動きが取れなくなってしまったので、僕は目前の雪のようにきめ細やかな喉笛に対し犬歯を突き立てようとする。

しかしやはり表情は微動だにせず口も全く動かなかったので駄目かと思っていたが、暫く苦痛に耐え角度を探っていると漸く願いが通じたようで、
自らの開かない口腔内の奥歯と前歯の裏側を歯茎から先端に向かってゆっくりと舌で撫でられる感覚に急に襲われ、
僕は不意な快さに一瞬全身を震わさせるも、それを齎してくれた蛞蝓のような滑り気に僕自身の舌を委ねていた。

150名無しさん:2020/12/05(土) 20:16:11 ID:kW.hMAD20
甘くて奥の方が少しだけ苦いけれど不快な味覚は全く無く、
それに必死にしゃぶりついていたら、僕と彼女を包み込んでいた彼女の腕と足と身体の黄色いカローラがごろんと転がった。

揺れる地面に向かって彼女の柔で繊細な肌が急降下しぱきぱきと骨の折れる子気味良い音が響くと同時に、
痛覚を直接切り刻まれたかのような激痛が去来する。
僕と彼女は神経が通じ合っているのだから、予想通りの現象だった。

その奥で僕と彼女の車体を思い切り前へと進ませている推進力の核とは、この痛みに凡ゆる生物を巻き込んで、
少しでも苦痛を薄めようとする防衛本能と帰巣本能の集合体だった。
喉の渇きを潤すために海水を飲むのと似た渇望が僕と彼女の根底を支配しているけれど、
鋏にサイコロ状に細切れにされる僕は、痛みさえも彼女の一部だからと必死になって掴んでいた。

僕は彼女を離さない。
彼女も僕を離さない。

僕と彼女がこれからどこへ向かおうとしているのかは一目瞭然だ。
あの、三人入るのがやっとな、狭く小汚く垢塗れで、心の奥底がぽかぽかする湯船に向かって、
二人の待つ我が家に向かって舵を取り出航したのだと、彼女の神経の電気信号が告げる。

その言伝も、きっと僕の口と神経と脳髄が裏方役に回って本音を告げさせているのだろうけれど、僕と彼女は本質的には同じなのだから区別する必要など無く、
峻別を下してしまったら僕と彼女は再び別れてしまうからしない。

直上から傾く月を眺めていたら、菫の咲き誇る田畑へ突っ込んでいた。
冬に咲く珍しい品種だ。

紫色の花弁が舞うと同時に、花の根を枯らす勢いで彼女の鋏がちょきちょきと音を立てる。
地面すれすれで指をぴんと伸ばし茎を断とうとするものだから、
切られた花びらが舞い上がると共に薄ピンク色に割れた貝殻みたいな彼女の爪も中空に飛び散っていた。

僕はそれを見て、彼女が我が身を犠牲にしながら僕を守ろうとしていた健気さに胸を打たれる。
彼女にこんなことをさせている自身の残虐性に辟易するけれど、幼い頃から培われた性だからと諦めていた。

彼女が釣りに行きたいと言った時、一時間も経たない内に嫌気が刺すだろうから辞めた方がいいと伝えたはずなのに、
この現状が示唆するとおり、彼女はそれでも僕たちと夜釣りしたいと強請ってきた。

僕は内心嫌だと言ったけれど、三人の推しが強くて根負けした。
しかし、一時間どころか一日中堪能しきってこんな時間になってしまったのだから、畢竟するに僕の煩悶は梨の礫に過ぎなかった。

151名無しさん:2020/12/05(土) 20:17:05 ID:kW.hMAD20
今は家まで程遠い田舎の田と田の間にある十文字の、ひび割れて凹凸の激しい道を進んでいる。
等間隔で並んだ背の高い街灯の明かりに、蛾とも蝶とも知れない虫が紫色の鱗粉を蛍光灯の下に瞬いている。
緩慢な速度の中でも車体が揺れる度に、ぼんやりと微睡んだ意識が鈍い刺激に驚いていた。

何か鋭利な物でも踏んだのか、引き摺るように回転するタイヤのチューブは、徐々に円心のホイールがずれ始めていた。
ごろん、ごおろん、と一回転する度毎に、速度も勢いも摩擦で緩やかに落ち込んでいる。
彼女の齎す苦楽だけが、より強く鮮明に現れ始めてきた。

うつらうつら窓外の様子を伺っていると、遠くの街灯の下に一人の人影が佇んでいる。
接触の悪い蛍光灯が明滅を繰り返し繰り返しているその灯火の下で、明かりが消えると件の人物も消えて、明かりが灯ると件の人物も灯っていた。

彼女の隣で運転している僕は緩やかにブレーキを踏み、速度を落としつつ路肩に停車して、路駐したカローラから足を踏み出す。

寒さにシバリングするみたいに震えるマフラーから水滴が滴り落ちた途端、アスファルトの灰色を黒っぽく染め上げ始めた。

じわりと滲み広がる黒色の様子を横目に目下の人物を視界の中央に添えたら、どうやら彼女はペニサスと寸分違わない顔の持ち主だった。

(´・_ゝ・`)「こんばんは」

('、`*川「…ええ、お久しぶりね」

細い眼差しの彼女は彼女と瓜二つだと思っていたがそうではなくて、
実のところの彼女本人だったようだけれど、
僕は何がお久しぶりなのか分からない。

なぜなら僕と彼女は、今もこうして精神的に運命の赤い糸で結ばれているからなのだが、
僕たちにとってそれは大した理由になり得ないようだった。

(´・_ゝ・`)「君は、どうしてこんなところにいるんだい?
僕と君は、今の今まで一緒だったじゃないか」

僕は当たり前の疑問を投げかけたのに彼女は何故か悲しそうに目を伏せて、僕の視線から逃れようとする。

彼女はひび割れたアスファルトに乗るひび割れた自らの足の爪を眺めながら、
異様に浮き出た青いアーチ状の静脈の中に、まるで昔日の誰かを探しているみたいな凝視を落としている。

僕はここにいる。
君と共に、ここに立っている。

152名無しさん:2020/12/05(土) 20:17:53 ID:kW.hMAD20
( 、 *川「…ゆっくり、思い出していきましょう。
あなたなら大丈夫、私達がついているから。焦らなくても、いいんだからね」

彼女の言う通りだと、僕は自ら進んで焦らなければいけないような事情を忘れているようだ。
しかし僕にその自覚は全くない上、焦らなくても良いのだから焦るわけにはいかない。

ずりずりと、柔らかい肉と折れた骨が地面を引き摺る音が断続的に聴こえていた。
泡立つ水に似た、ぴちゃぴちゃという響き。
今はもう、何も聴こえない。

(´・_ゝ・`)「僕は、何も忘れてなんかいないよ。
それに、君がどうしても夜釣りに行きたいって言うから、僕たちは仕方なく付いてきてやってるんじゃないか」

すると、目の前の彼女は矢庭にその見えなかった表情を上げて、何か途方も無い悲しみに顔を歪ませながら、僕を見ていた。
僕はその表情に心当たりがある。

( 、 *川「…あの事はもう、気にしないで欲しいの。
私は、何にも気にしてないから。あなたを咎めたりなんて、できないから」

(´・_ゝ・`)「君は…何を、言っているんだい?
たかが釣り程度で、僕たちがそんなに怒ると、思っているのかい?」

( 、 *川「あなたに…あの時、任せてしまったから、だからこんなことになってしまったんだわ。
自分のことくらい…自分で、管理出来ないといけないのに……」

彼女が何を悔いて何に悩んでいるのか、僕には分からない。
けれど彼女は少し情緒不安定なところもあったから、それに今は深夜だから、きっとより一層不安定なんだろう。

ポケットの中にある鈴なりのピアスが付いた彼女の耳たぶを軽く咥えて、目の前の彼女のそれと照らし合わせてみる。

彼女は両耳が欠けていた。
しかし切断面に照らし合わせてみると、寸分違わず同一だった。

僕の足元まで彼女が近づいてきて、体温の感じない身体から滴る水分が僕と彼女の土踏まずをしっとりと濡らしてくる。
彼女の水たまりに浮いた水膨れで折れた可愛らしい爪の隣に、真っ白い月の海が欠けることなく反射している。

夜風が冷たく強い。

僕は悲しそうな表情を浮かべた彼女の手を取って、カローラの元へと戻ろうとする。
しかし、目の前の彼女は梃子でも動こうとしなかった。

彼女の這いずる音は聴こえない。

153名無しさん:2020/12/05(土) 20:18:30 ID:kW.hMAD20
頬にくすぐったい感触がしたので窺ってみると、白くて長かった彼女の指が僕を片頬を上下に撫でていた。

(´・_ゝ・`)「そろそろ、戻らないと。
風が強くなってきたから…君も、いつまでもこんなところにいたら、風邪を引くよ。…さあ、帰ろう」

(;、;*川「……おふろ、は、わかしといて、くれ、た、かしら?」

(´・_ゝ・`)「もちろん。家に帰れば、美味しいご飯も、温かいお風呂も、ふかふかのベッドも、全部揃ってるよ。
君が望むのなら、僕が何だって用意するから。
…だから、もう帰ろう」

僕は、一刻も早く帰りたかった。
しかし彼女は、それでも動けないでいた。

微動だにしない彼女の姿を余すところなく眺めていると、爪先の先端や掌の指先の先端から、白くて細い月光の糸が地面に向かって垂れていた。
僕が彼女を引っ張ろうとするたびに彼女の身体から出ている糸がぴんと張り詰めて、彼女をそこに固定して離さないでいるようだった。

僕は彼女と帰りたかった。
彼女もきっと、早く帰って暖かいお風呂に浸かりたかったに違いない。

彼女もミセリも守れなかった僕は、また再び全てを失ってしまうと思うと、
どうしようもなく悲しくて寂しくなって、涙が溢れそうだった。

ふと首を後方に捻って、路傍に留めておいた黄色いカローラを見遣る。
後部座席では阿部とトソンと、生まれて間もない赤子が、三人ともすやすやと眠っていた。

折れた心から覗く幻覚。
そこから突出する弱音。
それに垂れ下がった彼女の虚像。

その全てがぽつぽつと鳥肌みたいに沸騰して、溶けた内側からは片面黒焦げのパンケーキが白っぽい湯気を立てている。
隣のフライパンではとうもろこしの種が弾けて、勢いの余り溢れてしまったポップコーンがふわふわとアスファルトに転がり落ちた。

驚いてよくよく目を見開いて眺めてみると、どうやら分量と火加減を勘違いしていたようだ。
そこで実際に作られていたのは、日曜日の朝食として僕が調理している料理の一部だった。

その下から高純度の熱を有する青白い炎が間欠泉のように立ち上がっていたので、僕は慌てて火を弱める。
熱したフライパンの上では余熱で燻られているお菓子達が楽しそうに踊り、愉快な声の輪を広げていた。

二重三重に積み上がった黒焦げのパンケーキは情け無いくらいに平たく萎んでいて、
焦げの苦みとメープルシロップの甘みとを、僕と阿部は良い味付けのスパイスになったと必死に思い込もうとしていた。

154名無しさん:2020/12/05(土) 20:19:24 ID:kW.hMAD20
作り笑いを浮かべて美味しそうに頬張る僕と阿部を横目に、トソンと赤ちゃん──は、訝しげに苦笑している。

ぼーっと眺めるペニサスの意識が曖昧に、或いは鮮明に僕の脳裏を焦がしていた。
彼女がその苦楽の中ですら安穏を保っていることを、僕は密かに知っていた。

香気だけは芳醇で、思わず唾液が溢れそうだった。
髪の毛の焼け焦げたような臭いは、霞ほども感じられない。

それはきっと、僕たちに戻った日常同様、しっかり心が詰まっているからだろう。

僕たちが日々を過ごせば過ごすほど、彼女に痛みが伝播してゆく。
僕も同様、つい跳ねてしまうほどの痛みに襲われたけれど、あの彼女のようには動けなかった。

僕の爪先と手の指先からは、きらきら光る蜘蛛の糸が垂れ下がっていて、
テーブルを囲みぎこちない笑いを浮かべる僕と、しっかり固定されていたから。


(;、;*川「これは、昨晩の残りの野菜炒め。
こっちはあなたが美味しいって言ってくれた、目玉焼き。
ほら、あなた、前に好きだって、言ってくれたじゃない?」

(´・_ゝ・`)「ああ、そうだったね」

( 、 *川「……もう、私を忘れても、平気なのね、あなたは。
ねぇ、明日が何の日か、忘れていたりしないかしら」

(´-_ゝ-`)「えーっとぉ」

僕より頭ひとつ分背の低い彼女が上目遣いに睨んでくる。
僕は彼女に睨まれるどころか、一生涯呪われても仕方が無い事をした。

( 、 *川「…」

さめざめ表情を崩し号泣していた彼女は、完全なる無表情を騙った。

涙が点々と、少しずつ流れ落ちてゆき、
その滴が彼女の目尻を伝い頬を伝い、細い顎でティアドロップを形作ったまま、足元の水たまりに吸い込まれてゆく。

綺麗なミルククラウンを象った水滴が後悔で濃くなりつつあった黒色を、ロマの体毛に似た白へと推移させる。
その僅かな変化が気に入ったから、僕は惚け続けるのを辞めた。

(´・_ゝ・`)「結婚記念日」

('、`*川「そして?」

鈴のしゃらしゃらと鳴る音が近づいてくる。

155名無しさん:2020/12/05(土) 20:20:30 ID:kW.hMAD20
既に僕と彼女の周囲は季節外れの紫の菫が咲き乱れる花畑で、
僕も彼女も静寂の中で悽愴な叫び声を挙げていた。

僕と彼女を繋ぎ止めている蜘蛛の糸が彼女の月光の糸に取って代わられるのも、時間の問題だった。

幽冥の苦楽は原初の渇望、過去の痛みを和らげ希死念慮を薄める目的すら失って、
より静かな亡失を求めていた。

僕は彼女の奏でる小夜曲になるべく取り込まれることのないように、
目前の彼女──ペニサスを、強く、強く、抱きしめた。

鈴なりのピアスがしゃらりと聴こえる。

紅涙を絞り嗚咽を洩らしていた彼女から、僅かに残った温もりが直に伝わってきた。

仄かで、幼気で、しんしんと微苦笑を浮かべるペニサスの後頭部に手を伸ばし、その髪の毛をゆっくり指で梳く。

彼女の待つ言葉を僕は知っていたけれど、それにどんな意味が在るのかついては、分からなかった。

今は意味に、囚われていないから。

僕は彼女に抱き締められている。

(*´^_ゝ^`*)「──赤ちゃんの、娘の、ミセリの、誕生日」

果たせる哉、彼女は風が吹くように、僕の中へ溶けた。
胸のところで、──が小さく欠伸している。
僕は、もう二度と忘れてしまわぬようにと、そのきめ細やかな額に、そっと口付けを交わした。

156名無しさん:2020/12/05(土) 20:20:57 ID:kW.hMAD20







































.

157名無しさん:2020/12/05(土) 20:22:04 ID:kW.hMAD20
(12)





だから僕は自分の上目蓋をくいっと捲って、そこと眼球の間に向けて、力強くスパナを突き上げた。

12段目を踏み越える。

僕の耳元から、絶え間無く揺れる鈴の音が聴こえる。




.

158名無しさん:2020/12/05(土) 20:22:39 ID:kW.hMAD20


【終わり】


.

159 ◆MSKEobRqzo:2020/12/05(土) 20:24:15 ID:kW.hMAD20
投下は以上になります。
途中レスが重複してしまって申し訳ありませんでした。
以後気を付けます。

160名無しさん:2020/12/06(日) 11:40:46 ID:jdneagzc0
乙乙乙乙

161名無しさん:2020/12/06(日) 14:20:15 ID:Ycht8sno0
比喩表現の豊かさに圧倒された



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