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('A`)( ゚∀゚)川 ゚ -゚)( ^ω^)の話のようです

716名無しさん:2022/02/07(月) 22:58:31 ID:Zqx4K8pM0
  
 好事魔多しというやつだろうか? そんな良いテンションの試合の中で、おれはひとつの困難に直面していた。
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( ;゚∀゚)「――どうやら、いつもより入らんなこりゃ」

 おれの最大の弱点、フリースローだ。

 フリースローが入らないのだった。

 どれほど試合にのめり込んでいようとも、おれはフリースローラインの上で素に戻る。それはいつもと同じなのだが、この日のオンとオフの温度差は、いつもに増して強烈だった。
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( ゚∀゚)「まいったな。いつもより試合に没入できているから、その分調子が狂うのかねえ?」

 問える相手などいないことは誰よりおれがわかっている。しかし、素に戻った頭で手に馴染まないボールの感触を味わう嫌悪感に抗うためには、他人事のようにそんなことを考える必要があったのだった。

 しかし、逃避したところで現実は変わってくれないものだった。最初の3本のフリースローのうち2本を落としたおれは、次の2本で1本落とし、最悪なことに、その次の2本を両方外した。

 相手のチームの舌なめずりする音が聞こえてきそうな成功率だ。いかんともしがたいことだった。

717名無しさん:2022/02/07(月) 23:00:34 ID:Zqx4K8pM0
  
 7本中2本しか成功しない、3割以下の成功率というのは流石に続かなかったわけだが、あまりの悪さに数えることを放棄した後もなお、おれのフリースローは半分以下しか入らなかった。致命的だ。極端なことを言ってしまうと、こんな成功率の選手がコートにいるなら、そいつがボールを持った瞬間殴りかかるのが一番効率的なディフェンスということになる。

 もちろんこれはほとんど冗談だ。そして、幸いなことに、そこまで露骨に物理攻撃をされることはなかったが、それでもファウル覚悟のラフプレイじみた強気な振舞いにおれは直面することとなったのだった。

 当然だ。

 しかし、それが当然だからといって、おれには対抗手段がないのだ。
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( #゚∀゚)「くそッ」

 タイムアウトの笛が鳴る。とうとうおれは交代を宣告された。これもまた当然というものだろう。おれのフリースローは明らかにチームの穴になっていたし、何ならこのチームはおれがいない方が連携面などではむしろ有利なのだから。

 おれが下がったポイントガードのポジションには兄者がそのままスライドし、兄者が担っていたコンボガードのような役割は廃止され、その代わりにもっと純粋なシューターの選手がコートに立った。兄者や弟者と同じ高校の出身選手だ。さぞやりやすいことだろう。

 と、腐った態度を取っている暇はおれにはなかった。

 何気なく向けた観客席の一部に、見覚えのある金髪のツインテールと色素の薄いざっくりとした髪、そしてあの転校生の姿を発見したからだ。

718名無しさん:2022/02/07(月) 23:02:26 ID:Zqx4K8pM0
  
 まったく、ひとの気も知らずによくも楽しく観戦としゃれこんでくれているものである。
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( #゚∀゚)「――それも、両手に女子をはべらしちゃってさ!」

 行き場を見つけたフラストレーションが流れるように溢れ出す。おそらくブーンも一緒にいたのだろうが、そんなことはどうでもよかった。2階席から見下ろす形で眺めるフリースローの入らないおれの姿はさぞみすぼらしいことだろう。

 これは早急にどうにかしなければならないことだった。
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( ゚∀゚)「しかしどうやって―― ん?」

 その八つ当たりに似た怒りの発散が良かったのかもしれない。不意におれはあることに気がついた。

 なにも、こんな調子のおれがわざわざメインハンドラーを務めることはないんじゃないか?

 ベンチに座ってチームのプレイを見守るおれの視線の先には、正ポジションであるポイントガードとして楽しくプレイしている兄者の姿があった。

 それまでの試合の中でもおれは兄者とハンドラー役を交代しながらプレイしていた。そして、オフボール側の動きをする中ではファウルされることがほとんどなかったのだ。

 考えてみれば当然で、オフボールの選手にファウルを犯すというのは相手としてもリスクが高い。ただのラフなプレイではなくスポーツマンシップに反する悪質な行為と判断されれば、フリースローに追加してその後のボールもおれたちに与えられたり、反則した選手が退場を宣告されることもある。そんな指示出しはチームの士気にも関わってくることだろう。
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( ゚∀゚)「――うちよりよっぽど複雑そうな、あっちのチーム事情はそれを嫌がるだろうな」

 いつしかおれの頭からは怒りやフラストレーションの感情がどこかに消え失せ、その代わりにどうやって相手を打ちのめそうかと、プランを練ることで忙しくなっていた。

719名無しさん:2022/02/07(月) 23:04:28 ID:Zqx4K8pM0
  
 やがてその時がやってきた。タイムアウトの笛が鳴る。おれが再出場を監督へ直訴したから鳴ったのだ。

(´<_` )「ん。ジョルジュ、行けるのか?」
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( ゚∀゚)「イクイク。点差も微妙なことだしな」

(´<_` )「――正直、ジョルジュ抜きではかなり厳しい。よくて善戦、現状維持が精いっぱいだな」

( ´_ゝ`)「それはそうだが、あのフリースローじゃ勝てんぞ。プレイのリズムも悪くなるし、入ったジョルジュが嫌がるんならやられ続けることだろうよ」

( ´_ゝ`)「あ、これ、俺がハンドラー続けたいから言ってるわけじゃあないからな!?」
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( ゚∀゚)「わかってるよ、んなこたァ」

(´<_` )「ふむ。ま、休んで気分転換できただろうしな、これからは成功させられるのか?」
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( ゚∀゚)「そりゃあわからん。というか、たぶん、駄目だろうな今日は。ハハ!」

(´<_` )「笑い事じゃないんだけどな。・・ま、でも、ジョルジュのフリースローと心中するなら仕方がないか」

 頼むぜマジで、とわざとらしい大きさの責任を乗せるように、弟者はおれの肩をがっちりと掴んだ。ビッグマンの手の平を肩に感じながらおれは言う。
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( ゚∀゚)「頼まれた。しかしな、この試合は今後、兄者にメインハンドラーをやってもらうことにしようと思ってるんだ」

( ´_ゝ`)「ハァ!?」

 そんなおれの提案に、誰より驚いた声を出したのはその兄者だった。

720名無しさん:2022/02/07(月) 23:06:24 ID:Zqx4K8pM0
  
 監督とも話したのだ。

 このチームでのおれの役割はポイントガードだ。全体的なゲームの流れを作り上げ、ボールを皆に分配する。起点となるボールハンドラーの役割を自分で務めることも多いけれど、せっかく兄者がいるのだから、半分くらいはボールを預けて負担をシェアする。

 おれがボールを持つときは兄者がオフボールで走り、兄者がボールを持つときはおれがオフボールで走る。口で言うのは簡単だけれど、こうした仕事の共有を高いレベルでやれるというのがこのチームの最大の長所だった。

 その共有バランスを大きく崩そうと言っているのだ。この土壇場で。いきなりそう宣告された当事者はとても驚いたことだろう。

( ´_ゝ`)「いやいや・・まあ、できるけどよ!?」

 兄者は驚きの中でも安請け合いをすることを忘れなかった。

(´<_` )「まあハンドラー自体はジョルジュが下がってからこっちやってるし、高校ではポイントガードしてるわけだしな。できはするだろ」
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( ゚∀゚)「だな。頼んだぜ」

( ´_ゝ`)「うむぅ・・ ジョルジュはシューターするのか?」
  _
( ゚∀゚)「ポイントはそこだな。おれにシューターだけやらせるのはもったいないだろ? 点取り役もやらせてもらおう」

 ニヤリと笑っておれはそう言う。視線の先にはツンがいた。それに気づいた兄者が呆れたように肩をすくめる。

( ´_ゝ`)「こりゃまた懐かしい顔だなァ。お前、あのクオリティを思い出させてくれるのか?」
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( ゚∀゚)「ま、やるだけやってみるさ」

 できなきゃフリースローと心中だ、とおれは努めて軽い口調で言った。

721名無しさん:2022/02/07(月) 23:07:11 ID:jOwuLTEg0
支援

722名無しさん:2022/02/07(月) 23:08:33 ID:Zqx4K8pM0
  
 タイムアウト終了の笛が鳴る。選手の交代が告げられる。おれは小さくその場でジャンプを何度か繰り返し、ベンチに座っていた体を臨戦態勢に持っていく。

 兄者や弟者にとってのツンは、今も優れたスラッシャーのままであることだろう。速く鋭いドライブですべてを切り裂きバスケットへと攻め込む、アタッカーの権化のような選手だった。

 あんなプレイをそのまま再現することは今のおれでもできないが、その代わりに利用できる能力はある。ゲームの流れを把握する力や視野の広さ、フリースローを除いたシュートやパスの技術がそうだ。

 そして、コートに溶け出ることができたおれは、その溶け出た範囲内を、まるで自分の手の平のように把握することができるのだった。

 ベンチに座っている時間が長かったのでちょっぴり不安だったのだが、試合が再開されるやおれはそこに没入し、コートに溶け出る感覚をすぐに得られた。何とも言えない感覚だ。

 さらに没入感が高まると、やがて視界から色彩が失われていき、その代わりに濃淡が強く感じられるようになってくる。意識して分析・評価するまでもなく、こちらとあちらのチームの強いところと弱いところがおれには感じられるのだ。

 それは決して一定ではない。どちらのチームも弱点をカバーするように動き続けるからだ。自分のチームのできるだけ強いところを、相手のチームのできるだけ弱いところに当てようと互いに試みる。声に出されることはないが、きわめて濃密なコミュニケーションをおれたちは試合の中で繰り広げていく。

723名無しさん:2022/02/07(月) 23:10:55 ID:Zqx4K8pM0
  
 こちらの狙いはすぐに察せられたようだった。

 おれは兄者との間に基準のようなものを持っていて、簡単にファウルすることができない、これまでに2個や3個のファウルを既に犯している選手がオフボールムーブの中でおれのマークとなった場合に、おれで攻めようと考えていた。

 その狙いが成功することもあるし、失敗することももちろんあった。しかし、こちらの狙いをあちらが汲み取り、それに対応するために歪んだプレイをするというなら、その歪みを逆手に取ることがおれたちには十分可能だった。兄者が優れたハンドラーだからだ。

 こんなメンバーでバスケをやれて、おれは間違いなく幸福だった。
  _
( ゚∀゚)「――コートの上は、最高だ」

 と、おれは溶け出す意識の中で考える。

 ひとつのゲームと、それを構成するプレイの数々のことだけを考えていれば良いからだ。

 これまで自分がどんな生き方をしてきたのかとか、家族構成がどうなのかとか、誰に愛され誰を愛すべきなのかとか、金があるとか友達がいるとかこの先プロになるとかならないとか、誰のために何のためにプレイするのが正しいのかとか。

 そんなことは、コートの上ではきわめて純粋に、すべてがどうでもいいことだった。

 雑念だ。

 こうした雑念は限界状態に近い体を無理やり動かすための燃料としては優れているが、ただそれだけだ。スコアボードに表示された無機質な数字は、そんなあらゆるおれたちの事情をすべて等しく無価値だと断定する、神様のような存在だった。

724名無しさん:2022/02/07(月) 23:13:12 ID:Zqx4K8pM0
  
 クックルがおれの前に立っていた。
  _
( ゚∀゚)「――」

( ゚∋゚)「――」

 ボールはおれの両手に収まっていた。トリプルスレットと呼ばれる形だ。この体勢から攻撃側はパスもドリブルもシュートも可能であるため、3つの脅威ということでそうした言葉で呼ばれている。

 あちらのチームが最終的に出した答えは『クックルで守る』ということだった。

 おれのチームは即座にそれに反応し、おれにボールが集められた。こちらの答えは『ジョルジュで攻める』だ。

 ポーカーでのやり取りに似ているのかもしれない。あちらはベットし、こちらはそれにコールしたのだ。その後行われるのは、どちらのカードが一体強いのかの比べ合いだ。

 不思議なことだといつも思う。こうしたひとつのプレイで加算されるのは2点か3点、どんなに頑張ってもせいぜい4点である筈で、バスケは積み重ねのゲームで最終的なスコアは100点近くまで達することもザラである。割合としてはとても小さな筈なのに、このワンプレイが、皆でそれまで作り上げてきた試合の結果を大きく左右するのだ。

 おれの両手に収まるこのボールはそういう意味合いのボールだった。おれはその意味を完全に理解し、しかし同時に、それも単なるひとつの雑念に過ぎないものだと切り捨てるように考えていた。

725名無しさん:2022/02/07(月) 23:17:19 ID:Zqx4K8pM0
 
 コートの上は最高だ。ただ相手を打ちのめすことを考えればいい。

 ――こいつにも事情があるのだろう。

 留学生だ。その肉体はまるで黒曜石を加工して作られたように美しく、その身体能力の器にはおれから見ても優れた才能が満ちている。

 しかし、それでも県代表チームで、自分中心にカスタマイズされたチームを作ってもらえてはいないのだった。その程度の評価しかされていないのか、それとも評価とはまた別軸の大人の事情がそこにあるのかは知らないが、結果はそうだ。

 おれと同じように、所属する学校からは唯一となる選出だ。自分を送り出した学校に対する責任感のようなものを感じているのかもしれないし、どこの国出身なのかは知らないが、地元や家族に対する責任感のようなものを感じているのかもしれない。

 こうした大きな大会で注目を浴びる必要性が、おれなんかよりずっと大きいのかもしれない。

 しかしおれにも事情があった。

 多種多様な、負けられない、勝つべき事情だ。こいつにどれほど理解可能か知らないが、おれにとってはどれも大事だ。そして、おれの事情もこいつの事情も、どちらも等しくどうでもよかった。

 これからおれが、おれの体が選択するプレイが、リムにボールを通すかどうかだ。それだけが唯一にして最大の論点であり、それ以外のことは、どれもすべてがどうでもいいのだ。
  _
( ゚∀゚)「――いくぞ」

 と、おれは声には出さずに呟いてやる。クックルはそれを聞くことだろう。

 おれの体に速度を与える靴底と床面の鋭い摩擦が、高いスキール音となってアリーナに響いた。


   つづく

726名無しさん:2022/02/07(月) 23:20:06 ID:FTAGVgas0
おつです

727名無しさん:2022/02/07(月) 23:21:21 ID:jOwuLTEg0
乙です

728名無しさん:2022/02/07(月) 23:23:56 ID:Zqx4K8pM0
今日はここまで。支援ありがとうございました。

ところで、skebで依頼して支援絵を描いてもらったので皆さまもご覧ください
とてもいいでしょ うへへ

https://pbs.twimg.com/media/FKWvaKIVQAEfEc2?format=jpg&amp;name=large
https://skeb.jp/@nengu_housak/works/7

729名無しさん:2022/02/07(月) 23:26:19 ID:jOwuLTEg0
凄い

730名無しさん:2022/02/09(水) 10:24:50 ID:tgChh66E0
高校で県内トップクラスの兄者弟者が昔のツンのプレイを凄まじいものだと覚えてるの良すぎる

731名無しさん:2023/05/09(火) 20:05:37 ID:mYNPnDTY0
THE FIRST SLAM DUNKをこないだ観たので、バスケ繋がりってことで全編読み返しました。
縦横無尽に話が展開しているのに破綻するどころか統一感があり、作中に深く深く入り込めるこの作品が好きです、続きを気長に待っています。


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