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(,,゜Д゜)薔薇の海のようです(*゜ー゜)

1 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 12:12:24 ID:D2fZG3yg0
ラノブンピック参加作品

2 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 12:13:18 ID:D2fZG3yg0
舗装された桜並木通りを、手を繋いで僕等は歩く。
黙りこくった君にいくら僕が声をかけても、一向に返事は来ない。

痺れを切らした僕は、ふと隣を向いて君の顔を確認する。

深淵から吸い取ったような黒い霧が君の顔を隠していて、
その表情は全くといっていいほど分からない。

3 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 12:13:43 ID:D2fZG3yg0
君は僕に何かを言っているようにも見えたが、
ただ口元の靄が蠢くだけで、その声は僕の耳に届かない。

暫く歩いてその並木通りの終点に辿り着けば、
君は繋いでいた手を放し僕の目の前まで歩いて、振り返る。

そして、いつの間に握っていたのか分からないナイフをこちらに向けて
何の前触れもなく僕の胸に突き刺した。

4 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 12:14:09 ID:D2fZG3yg0
異物が体に入り込んでくる鋭い痛みを感じながらも、
僕は身をよじることはおろか、叫びをあげることも出来ない。

やがて、視界に映る全てが徐々に薄らいでいく。
桜並木も、舗装された道も、君も。

意識が途切れる寸前、とうに輪郭のぼやけた君が、
そこにあるはずの見えない口を動かし(たような気がし)て、僕にこう告げた。

「窮極の門へ至れ」

と。

5 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 12:14:32 ID:D2fZG3yg0





(,,゜Д゜)薔薇の海のようです(*゜ー゜)

6名無しさん:2020/05/03(日) 12:47:54 ID:Obr.l8zI0
狙ってるならいいけど半濁点が全角になってるぞ

7 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 12:58:58 ID:D2fZG3yg0
>>6

本当ですね……。
ありがとうございます。

以降は修正して投下します。

8 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:03:21 ID:D2fZG3yg0
額にへばりつく特有の粘着性を持った寝汗を、同じように湿った掌で拭ってみた。
流れ落ちない気持ち悪さを抱えながら、諦めと安堵を込めた馬鹿でかい溜息を一つ吐いた。

(,,゚Д゚)「また、あの夢か……」

俺は埴生ギコ。
今年で社会人二年目のフレッシュでクールな若者だ。趣味はジムと温泉、たまに開く同期達との飲み会。
どこにでもいるような普通の男性だが、そんな俺は今、とある普通じゃないことに悩まされているのだ。

9 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:03:43 ID:D2fZG3yg0
(,,゚Д゚)「ここのところ、毎日だな」

半年くらい前から定期的に見るようになったとある“悪夢”。
内容は、“顔の見えない女に殺される夢”と“顔の見えない女を殺す夢”を交互に見るというもの。

シチュエーションは決まって、桜並木の道をその女と歩き、
いつの間に手にしていたナイフで、どちらかがどちらかの胸を突き刺して終わる。
夢に出てくる女の顔は見えないが、俺を殺す女も俺が殺す女も
同一人物であるというある種の確信めいたものを抱いている。

10 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:04:05 ID:D2fZG3yg0
初めは、一週間おきくらいのペースで見ていた夢も、次第に五日、三日とペースが早まり、
今となっては毎晩のようにうなされるまでになってしまったのだ。

(,,゚Д゚)「あー……。マジで寝覚め悪いな」

ぼんやりとした意識を無理やり引きずり起こし、俺は支度を始める。
未だ今日は水曜日、週のど真ん中だ。
気分がいくら優れなかろうと、社会は俺を優しく待ってなんてくれやしない。

11 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:04:28 ID:D2fZG3yg0
急いで顔を洗って、歯を磨いて、壁に吊るしてあるスーツにこの戦うバディをねじ込む。
あんな夢を見た後に食欲なんて湧いてくるわけがないので、
朝ごはんという工程をすっ飛ばして俺は玄関を開ける。

(,,゚Д゚)「いってきます」

誰もいない部屋に蔓延る静寂に、俺の声が寂しく吸い込まれていった。

12 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:04:54 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「お疲れさん」

午前の仕事を終えていざ自分のデスクを立とうとした時、声を掛けられた。
振り向けば、付き合って半年になる我が恋人、猫田しぃが立っていた。

(,,゚Д゚)「おっす。しぃか」

(*゚ー゚)「うん。ギコくん、今日は売店?」

(,,゚Д゚)「うんにゃ。食堂で食おうと思ってるよ」

(*゚ー゚)「お、じゃあご一緒していいかな。お弁当作り忘れてきちゃってさ」

(,,゚Д゚)「ほーん、珍しいな。もちろんさ! 一緒に食うのは全然かまわないぜ」

我が社-したらばカンパニー-の食堂にて、
俺はカレーライスを、しぃはチキンカツ定食をそれぞれ無言で頬張っていた。

13 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:05:32 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「それにしても」

俺が先に食べ終わるのを見計らったかのように、しぃが不意に声をかけてきた。

(*゚ー゚)「あの夢、まだ続いているの?」

(,,゚Д゚)「あー。そうだな。実は、今朝も見たんだ」

(*゚ー゚)「今朝もかぁ……」

(,,゚Д゚)「なんなら、ここんとこ毎日見てるよ」

14 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:06:00 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「毎日!? 前に相談してきたときは一週間に一度かそこらじゃなかった?」

(,,゚Д゚)「おう。あれから段々とペースが早まってよ。気が付いたら毎日見るようになってたんだよな」

(*゚ー゚)「そうなんだ。ギコくん、本当に大丈夫?
      余りに長く続くようだったら、カウンセリングとか受けてみたほうがいいんじゃない?」

(,,゚Д゚)「いやいや、流石にそれは大げさだって! あと一か月もしたら、こんな夢見なくなるさ!」

(*゚ー゚)「本当に……?」

(,,゚Д゚)「おうともよ! そんなことよりもさ、
俺たちには、しておかなくちゃいけないもっと大事な話があるだろ?」

15 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:06:29 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「もっと大事な話?」

(,,゚Д゚)「そう、来週の土曜日! 俺たちが付き合ってからの半年記念日じゃんか!」

(*゚ー゚)「あー! そうだったね。ごめん、ここのところ忙しすぎてすっかり忘れたよ」

(,,゚Д゚)「おいおい、お祝いしたいって言ったのはしぃの方だぜ?」

(,,゚Д゚)「レストランの予約もきちんと取ったし、
     あとは急な用事さえ入らなければ完璧な一日になるな」

(*゚ー゚)「ふふ、すごい楽しみー!」

(,,゚Д゚)「何言ってんだ! さっきまで忘れてたくせによ!」

(*゚ー゚)「えへへ。でも楽しみなのは本当だよ。早く土曜日が来ないかな〜」

(,,゚Д゚)「なぁ〜、楽しみだよな」

16 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:06:50 ID:D2fZG3yg0
そこまで言って、先程よりも鋭さを増した周囲の目線に気づいた。
少し大きい声で話し過ぎてしまったようだ。
人目も憚らずいちゃつくカップルに常識が許すはずない。
俺は、いかにも申し訳なさそうな顔を一つ作って立ち上がった。

(,,゚Д゚)「さて、昼休みもそろそろ終わるしデスクに戻るとするかね」

(*゚ー゚)「そうだね。じゃあまたあとでね」

そうして俺たちは事務所へと戻ることにした。
その時だ。

17 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:07:24 ID:D2fZG3yg0
「浮かれていられるのも今の内だ」

ふと誰かの声が耳に入り、俺は思わず振り返った。

(*゚ー゚)「……ギコくん、どうしたの?」

(,,゚Д゚)「あ、いや。なぁ、今誰かの声が聞こえなかったか?」

(*゚ー゚)「誰かの声? そりゃここは食堂だから、人の声はたくさん聞こえるよ」

(,,゚Д゚)「そうじゃなくて、なんつーか、俺たちに向かって誰か何か言わなかったか?」

(*゚ー゚)「え?いや、特に何も聞こえてないけど」

(,,゚Д゚)「そうか。俺たちの陰口が聞こえたような気がしたんだけど、気にし過ぎかな」

(*゚ー゚)「えー……。ギコくん、本当に大丈夫? なんだか顔色も悪いよ?」

(,,゚Д゚)「あぁ、悪い。いや、大丈夫だ。さぁデスクに戻ろう」

(*゚ー゚)「うん……」

訝しげな顔で俺を見るしぃを無理やり納得させて、俺たちは今度こそ事務所に戻っていく。
ふと、誰かの目線を感じたような気もしたが、俺は気のせいだと無理矢理自分を納得させた。

18 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:07:47 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「おつかれ!」

駅の改札でそこら中にある看板をボーっと眺めていた俺を、しぃの声が現実に引き戻した。

(,,゚Д゚)「おぅ!おつかれ」

(*゚ー゚)「じゃあ、早速行きますか!」

しぃと手を繋いで目的地である予約していたレストランへ向かう。
お互いに家が近く、どちらかの家で合流してから一緒に出ようと思えばそれが出来るのだが、
どこかで待ち合わせた方がデートっぽいから、というのはしぃの希望である。

19 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:08:12 ID:D2fZG3yg0
暫く歩いて俺たちは予約していたレストラン、“ユゴス”に入る。
しぃは海老や蟹といった甲殻類が大好物なのだが、それの専門店である。
目の前に出されたロブスターを幸せそうに頬張るしぃに、自然と頬が緩む。

(*゚ー゚)「美味しいね〜」

(,,゚Д゚)「そうだな、流石専門店だけあるな」

会話もそこそこに俺たちは箸(この場合フォークか?)を進めていく。
それなりに値が張ったフルコースだったが、値段以上の味だと素直に思えた。
何より、しぃの笑顔が見られただけで、ここを選んだだけの意味があるというものだ。

20 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:08:35 ID:D2fZG3yg0
(,,゚Д゚)「「ご馳走様でした!」」

(*゚ー゚)「はー、お腹いっぱい」

(,,゚Д゚)「この後どうする?」

(*゚ー゚)「そうだなぁ。ちょっと夜風に当たりたいから散歩でもしない?」

(,,゚Д゚)「お、構わんぜ。ちょい待ってな」

俺たちはさっさと会計を済ませ、店外へ出た。

21 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:09:07 ID:D2fZG3yg0
舗装された桜並木道を歩く。日はとうに暮れ切って、
春とはいえど少しだけ残った肌寒さに俺たちは揃って体を震わせた。

両脇を見れば鮮やかな薄紅色が遠くまで続いており、
俺たちの歩く道を彩っている。夜桜というやつだ。

(*゚ー゚)「綺麗だね」

(,,゚Д゚)「……そうだなぁ」

“お前の方が綺麗だよ”なんて台詞は、言うべき時の為にとっておく。
最も、言うべき時がいつになるのかは知らないが。

いやでも、付き合って半年といえば、とっくにお互いに慣れてくる頃だ。
即ち、そろそろ“倦怠期”というヤツに二人の関係が蝕まれ始める時じゃないだろうか。
ここは気のきいたセリフの一つでも言って、再び火を着けてやるべきなのか。

22 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:09:42 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「…コ…ん」

困ったものだ。俺はこういった気障なセリフを告げるのは滅法苦手だ。

(*゚ー゚)「……コくん、ギコくん!」

しかし、男として生まれたのであれば腹を括らなければならない時なんて、
ままあるというものだ。ここは一つ、覚悟を決めて愛の言葉を。

(*゚ー゚)「ギコくん!!!!」

(,,゚Д゚)「おわ! しぃ! どうしたんだよ」

(*゚ー゚)「もう、ギコくんったらいくら呼んでも全然反応しないんだから!
     デート中に考え事なんて失礼だよ!」

(,,゚Д゚)「あ……すまん。つい」

(*゚ー゚)「もう、難しい顔して何考えてたのよ」

(,,゚Д゚)「いや……」

ここで考えたことを正直に話せるほど、俺は勇敢な人間ではない。
何か言い訳を……と考えを巡らせたその時だった。

23 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:10:21 ID:D2fZG3yg0
(,, Д )「お前のことを考えていたんだよ」

ふと、考えてもいなかった言葉が勝手に口を突いて出た。
俺は今、何と言った……?

その言葉を聞いたしぃは、目を大きく見開いて俺をじっと見ていた。
猫に似たその大きな丸い瞳は、俺の姿を捉えて微動だにしない。

24 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:10:45 ID:D2fZG3yg0
気が付くと俺たちは、桜並木道の終点に立っていた。
両側を彩る薄紅色は終わり、目の前では暗闇がぽっかりと穴をあけて
道の先で物欲しそう俺たちを待っているかのように見えた。

徐に、俺はしぃの前に立って精一杯の笑顔を作った。
そして、いつの間に手に握られていたナイフを真っ直ぐに突き出し、
その切っ先をしぃの胸元へと滑り込ませた。

25 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:11:07 ID:D2fZG3yg0
しぃの体が止まる。
しぃの体が震える。
手元が、しぃの体から流れ出た血液で湿っていく。

その間、しぃはまるで死んだように何の抵抗もしなかった。
俺はただただ、そうすることが当たり前のように、
力を加えて尚もしぃの体へとその刃を沈めていく。

しぃの体が完全に動かなくなったと、頭の中で、何故かそう確信した頃、
俺の脳が、声帯が、口が、勝手に動き出して、しぃの耳元でこう告げた。

「窮極の門へ至れ」と。

26 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:14:41 ID:D2fZG3yg0
額にへばりつく特有の粘着性を持った寝汗を、同じように湿った掌で拭ってみた。
流れ落ちない気持ち悪さを抱えながら、諦めと安堵を込めた馬鹿でかい溜息を一つ吐いた。

(,,゚Д゚)「また、あの夢か……」

俺は埴生ギコ。
今年で社会人二年目のフレッシュでクールな若者だ。趣味はジムと温泉、たまに開く同期達との飲み会。
どこにでもいるような普通の男性だが、そんな俺は今、とある普通じゃないことに悩まされているのだ。

27 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:15:10 ID:D2fZG3yg0
(,,゚Д゚)「……」

半年くらい前から定期的に見るようになったとある“悪夢”。
シチュエーションは決まって、桜並木の道をその女と歩き、
いつの間に手にしていたナイフで、どちらかがどちらかの胸を突き刺して終わる。
夢に出てくる女の顔は見えなかった。

今までは。

今朝見た夢は、今までと明らかに違った。
何故なら、俺ははっきりと、その女の顔を覚えていたからだ。

28 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:18:44 ID:D2fZG3yg0
(,,゚Д゚)「しぃ」

声に出したことで、全身に染み渡っていた不気味な感覚が現実味を帯びて空間に顕現した。

やはりそうだ。
夢の中で俺が殺してしまった女性。
それは間違いなく、俺の恋人である猫田しぃだった。

29 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:19:07 ID:D2fZG3yg0
(,,゚Д゚)「なん……で?」

疑問は浮上して沈まない。
次から次へと頭を埋め尽くして、思考の余地を奪っていく。

身を起こして時計に目をやる。普段よりも30分早いお目覚めだ。
二度寝する気分にもなれないので、少し早めに支度を始めようとカーテンを開けた。

30 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:19:40 ID:D2fZG3yg0
ふと、視界の端に一筋の光が映った。何かと思いその方向を見やる。
光の出所は、俺が社会人になった時から使っているテーブルの上からだ。
窓から指す陽光を反射して輝いていたそれは、長さ15cm程の銀色の鍵だった。

(,,゚Д゚)「なんだ……これ?」

手に取れば、確かな重量感が掌の上で存在を主張する。
それをぼーっと眺めては、右手から左手へと弄ぶ。

31 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:20:01 ID:D2fZG3yg0
掌の上で転がる鍵からは、何か不思議な感覚が伝わってくる。
この鍵さえあれば、どこにでも繋がる目に見えない門すら開けて、
自由にその先へ行けてしまいそうな、そんな気分になるのだ。

(,,゚Д゚)「……」

32 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:20:29 ID:D2fZG3yg0
張り詰めた静寂を針で刺すように、けたたましく電子音が鳴る。
目覚まし時計のアラームが、本来起床すべき時間を告げていた。

(,,゚Д゚)「うわ……やべ。早く支度しないと」

得体の知れない鍵に思いを馳せていたひと時は、
容赦なく迫りくる現実に塗り替えられたのであった。

33 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:20:53 ID:D2fZG3yg0
したらばカンパニーの食堂で提供されるランチは美味い。
他社の食堂を味見したことはないのだが、確信を持ってそう言える。
だが、そんな美味しい料理にも集中できないほどに、俺の気持ちはざわついていた。

(*゚ー゚)「ギコくん……どうしたの?」

(,,゚Д゚)「あ、いや。悪い……何でもないんだ」

心配そうに俺の顔を覗き込むしぃに一瞬ビクリとした後、歯切れの悪い返事をしてしまう。
恥ずかしい話だが、今朝の夢のせいでしぃの顔をまともに見れないのだ。

34 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:21:23 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「ひょっとして、また変な夢を見たの?」

(,,゚Д゚)「あぁ、まぁ、そうだな」

俺の恋人は本当に察しがいい。察しがよくて助かるが、毎度その限りではない。

(*゚ー゚)「大丈夫なの? 本当にカウンセリングとか受けた方がいいんじゃない?」

(,,゚Д゚)「いやいや、流石に大袈裟だよ。そんなことより」

重苦しい空気は苦手だ。出来れば避けて、俺の人生から排除したい。
そして、それはしぃといる時なら尚更だ。
俺は無理矢理にでも話題を切り替えることにした。

35 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:21:43 ID:D2fZG3yg0
(,,゚Д゚)「俺たちには、もっと大事な話があるだろ?」

(*゚ー゚)「もっと大事な話?」

(,,゚Д゚)「そう、来週の土曜日! 俺たちが付き合ってからの半年記念日じゃんか!」

(*゚ー゚)「あー! そうだったね。ごめん、忙しすぎてすっかり忘れたよ」

しぃの顔が笑う。やっぱり、しぃはそうでないとな。
俺たちはレストランの予約についてひとしきり話した後、
残り少なくなってしまった貴重な昼休みに憂いを零しながら、それぞれの職場に戻ることにした。

36 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:22:10 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「じゃあ、またあとでね」

(,,゚Д゚)「おう、またな」

しぃと別れ、自分のデスクがある事務所の方へと歩みを進めたその時だった。

「お前は決して逃れられない」

ふと誰かの声が耳に入り、俺は思わず振り返った。
声の出所を探し、視線を泳がせる。しかし、それに該当しそうな人間はいない。
皆一様に、それぞれの職場へと帰っていくばかりで、
俺を気にしている奴なんて誰もいなかった。

(,,゚Д゚)「は……?」

泳がせた視線は、何の答えも得られないまま無の中に溺れてしまった。

37 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:26:02 ID:D2fZG3yg0
半年記念日のデート。レストラン“ユゴス”での食事を終えた後、
何となく夜風に当たりたくなった俺は、しぃに散歩を提案した。
コースはあの、何度も夢に見た桜並木道だ。

ここまで来て俺は、あれが本当に夢なのか、
それとも現実で起こったことなのかを確かめたくなった。

自分でも馬鹿げた考えとは思うが、やはり不安は拭えない。
まぁしかし、こんなことが現実で起きているはずがない。

38 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:26:25 ID:D2fZG3yg0
この後、何事もなくしぃと散歩して、少し話して、家に帰る。
そうすれば、あの奇妙な悪夢がただの悪夢という証明になる。
テーブルの上にあるあの銀の鍵も、跡形もなく消えているはずだ。

そんなことを考えながら、俺たちは舗装された桜並木道を歩く。
日はとうに暮れ切って、春とはいえど少しだけ残った肌寒さに俺たちは揃って体を震わせた。

両脇を見れば鮮やかな薄紅色が遠くまで続いており、
俺たちの歩く道を彩っている。夜桜というやつだ。

39 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:26:45 ID:D2fZG3yg0
(,,゚Д゚)「綺麗だなぁ」

(*゚ー゚)「……そうだね」

“でも、お前の方が綺麗だよ”なんて台詞は、言うべき時の為にとっておく。
最も、言うべき時がいつになるのかは知らないが。

いや、でも付き合って半年といえば、とっくにお互いに慣れてくる頃だ。
即ち、そろそろ“倦怠期”というヤツに二人の関係が蝕まれ始める時じゃないだろうか。
ここは気のきいたセリフの一つでも言って、再び火を着けてやるべきなのか。

40 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:27:16 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「…コ…ん」

困ったものだ。俺はこういった気障なセリフを告げるのが滅法苦手だ。

(*゚ー゚)「……コくん、ギコくん!」

しかし、男として生まれたのであれば腹を括らなければならない時なんて、
ままあるというものだ。ここは一つ、覚悟を決めて愛の言葉を。

41 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:27:39 ID:D2fZG3yg0
(*゚ー゚)「ギコくん!!!!」

(,,゚Д゚)「おわ! しぃ! どうしたんだよ」

(*゚ー゚)「もう、ギコくんったらいくら呼んでも全然反応しないんだから! デート中に考え事なんて失礼だよ!」

(,,゚Д゚)「あ……すまん。つい」

(*゚ー゚)「もう、難しい顔して何考えてたのよ」

(,,゚Д゚)「いや……」

ここで考えたことを正直に話せるほど、俺は勇敢な人間ではない。
何か言い訳を……と考えを巡らせたその時だった。

42 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:28:05 ID:D2fZG3yg0

(* ー )「今日は“銀の鍵”、持って来てないの?」

予想だにしなかった言葉が、しぃの口から放たれた。

(,,゚Д゚)「しぃ、お前、今何て言った……?」

俺の返事を聞いたしぃは、目を大きく見開いて俺をじっと見ていた。
猫に似たその大きな丸い瞳は、俺の姿を捉えて微動だにしない。

43 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:28:30 ID:D2fZG3yg0
気が付くと俺たちは、桜並木道の終点に立っていた。
両側を彩る薄紅色は終わり、目の前では暗闇がぽっかりと穴をあけて
道の先で物欲しそうに、俺たちを待っているかに見えた。

(*゚ー゚)「彼が折角“持って来て”くれたのに、家に忘れちゃうなんてひどいなぁ」

(*゚ー゚)「でも大丈夫。ギコくんが持って来てくれるまで、僕たちは何度だって繰り返すよ」

徐に、しぃは俺の前に立って精一杯の笑顔を作った。

(*゚ー゚)「次は、僕の番だね」

そして、いつの間に手に握られていたナイフを
こちら側へ真っ直ぐに突き出し、その切っ先を俺の胸元へと滑り込ませた。

44 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:29:08 ID:D2fZG3yg0
俺の体が止まる。
俺の体が震える。
しぃの手元が、俺の体から流れ出た血液で湿っていく。

その間、俺は何の抵抗出来なかった。
まるで、金縛りにあったように……? 違う。
まるで、手足をもがれた達磨のように……? 違う。

ただ、“そうすることが当たり前のように”。
俺はしぃの刃を、体へと受け入れる。

45 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:29:31 ID:D2fZG3yg0
「あぁ、また失敗か」

頭の中に、声が響いた。
自分とも他人とも判別できないそれは、食堂で聞こえてきたあの声と同じだった。

やがて、遅れてやってきた痛みが意識を貫通し、開いた穴から思考が零れ落ちていく。
今際の最後、俺の脳が、声帯が、口が、勝手に動き出して、しぃの耳元でこう告げた。

「窮極の門へ至れ」と。

46 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/03(日) 13:29:52 ID:D2fZG3yg0
とりあえず今日はここまで。
続きは明日投下します。

47名無しさん:2020/05/03(日) 21:26:03 ID:/TM.XNrM0
wktk

48 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:27:26 ID:f7EtI8Ec0
額にへばりつく特有の粘着性を持った寝汗を、同じように湿った掌で拭ってみた。
流れ落ちない気持ち悪さを抱えながら、俺はトイレへと駆け込み、胃の中身を便器に盛大にぶちまけた。

(,, Д )「うぉっ……!! ごぉ……、えっ……!! ヴぉエ!!」

しぃに刺された個所を抑えながら、背中を丸くして便器にしがみつく。
まるで昨日ディナーで食べた海老みたいだ。そもそも、あれは本当に昨日だったのか。

49 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:28:08 ID:f7EtI8Ec0
よろよろと部屋に戻り、目覚まし時計を確認する。
日付はまさかというべきか、やはりというべきか、昨日のままだ。

そして、カーテンも開けずに恐る恐るテーブルの上へと目をやる。
そこにあったのは、薄暗い空間の中で鈍く光る銀色の鍵だ。

(,,゚Д゚)「マジか…よ」

50 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:28:47 ID:f7EtI8Ec0
痛む頭で確信した。
俺は、否、俺たちは、同じ日々を繰り返している。

(,,゚Д゚)「一体、なぜ……? 何のために……?」

至極当然な疑問が口から漏れる。
掬い上げる相手がいないのに言葉が零れるということは、
思いを心中へ堰き止める何かが壊れている証だ。
それは人としての余裕か、はたまた正気と呼ぶべきものなのか。

51 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:29:10 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「とりあえず……」

荒ぶる呼吸を一度整え、決して良質とは言えない知恵を振り絞り、
目の前に転がっている疑問点に対して予想出来うる限りの答えを列挙する。

52 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:29:30 ID:f7EtI8Ec0
殺し合う悪夢。
頭の中に響く声。
ループ。
銀の鍵。
窮極の門。
列挙はしてみるのだが。

53 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:29:57 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「さっぱり分からん」

どの要素も、俺のよろしくない頭脳では、繋いでもすぐに解けてしまう。
唯一つ言えるのは。
もしも、今まで見た悪夢の数だけループしているのだとすれば。

(,,゚Д゚)「きっと俺たちは、ずっと殺し合っていた。今まで、何度も」

そこまで言いかけて再び吐き気を催した。
しぃの顔が脳裏をよぎる。三度目の吐き気を催した。

54 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:30:19 ID:f7EtI8Ec0
正直、今の自分はしぃに会いたくない。というか、会えないだろう。
俺の中でのしぃに対する思いは、“恋人”から“天敵”に変わりつつある。

ハッキリとしたことが分からない以上は断定できないが、とりあえず今会うべきではない。
かといって、これからどうすればいいのだろう。

色々な思いが錯綜し、その往来はやがて自意識を中心に渦を巻き脳内にて混沌を生み出す。

LSD使用者が見るようなサイケデリックな色合いの、破壊と無秩序と再生を煮詰めたようなイメージが、
頭の中で浮かんでは消えてを繰り返し、今後について考えることを拒否した。

55 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:30:42 ID:f7EtI8Ec0
その結果、今の俺が導きだした結論は、

(,,゚Д゚)「どこか、だれも知らない、遠くへ行きたい」

気が付けば俺は銀の鍵を固く握りしめていた。

56 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:31:51 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「一体、何やってんだか」

鍵を手に持ったまま行く宛もなく家を飛び出した俺は、
無意識のうちに桜並木道までやってきていた。

夢の中で何度も訪れた場所。
歩けど、歩けど、何ら変哲のないただの桜並木道だ。

57 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:32:17 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「この桜を見て気が狂っちまっているってことはなさそうだな」

立ち止まり、手に持った銀の鍵を見やる。
鈍く光るそれからは、相変わらず名状し難い不思議な雰囲気が発せられていた。

(,,゚Д゚)「どこからともなくやってきたんだから、どこへともなく連れてってくれねえかなぁ」

そう、一人ごちる。

58 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:32:38 ID:f7EtI8Ec0
「それがあれば どこへでもいけるぞ」

返事が聞こえる。ん……、返事?

(,,゚Д゚)「え……?」

情けない声を出して振り返ると、そこには信じられない者がいた。
深くフードを被り、身体全身が虹色に輝くベールで覆われた、いかにもな恰好をした

59 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:33:03 ID:f7EtI8Ec0




( ФωФ) 




猫がいた。

60 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:33:30 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「は……? え……?」

突然のことに理解が追い付かず、意味のある言葉を発することが出来ない。
いやまさか、そんなことはないだろうが……。

( ΦωΦ)「おまえだ おまえに はなしかけておるのだ」

端的に言おう。猫がしゃべった。
こいつが口を動かすと、こいつからこいつの(と思わしき)声が聞こえた。

(,,゚Д゚)「いやいやいやいや……は?」

( ΦωΦ)「はっはっは すまない びっくりさせてしまったようだな」

61 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:33:50 ID:f7EtI8Ec0
俺は、ついに頭がイカれてしまったのだろうか。あろうことか目の前のその怪しい変な猫は、
流暢な日本語で語り掛けながら、二足歩行で俺の方に近づいてくるではないか。

俺の正気を数値化したら、3%くらいは喪失してしまいそうな、そんな存在が目前で悠長にしている。
どうしよう。会話していいのだろうか。頭痛が痛くなってきた。このままでは危険が危ない。

62 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:34:24 ID:f7EtI8Ec0
( ΦωΦ)「ふむ そうとう こんらんしておるようだな」

(,,゚Д゚)「いや、まぁ、はい」

( ΦωΦ)「はっはっは そうかたくならんでよい わがはいは おまえがしりたいことを しっているそんざいだ」

(,,゚Д゚)「俺が知らないこと?」

( ΦωΦ)「そうだ “ぎんのかぎ”にえらばれし せいねん はにゅうぎこよ
      わがはいこそが “ぎんのかぎのせんていしゃ” にして “きゅうきょくのもんのばんにん“
きさまらにんげんのことばで “うむる あと たうぃる” とよばれしものだ」

63 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:34:49 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「うむる、あと、たうぃる?」

( ΦωΦ)「そうだ おまえとあうのは もう ひゃくはちじゅうごかいめ になるがな」

(,,゚Д゚)「185回って……、一体何のことだ……?」

64 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:35:58 ID:f7EtI8Ec0
( ΦωΦ)「おまえのみる “あくむ” は “まえのせかい” のきおく
まじゅつしのそしつが あるものにのみ ゆるされた “ゆめみ” のおうよう
それができるおまえを わがあるじである
“はじまりも おわりも なきもの” の きょうしんしゃ ねこたしぃが
あるじへのいけにえとして ほしがるのはあたりまえ」

( ΦωΦ)「おまえ と ねこたしぃ は ときをこえる いたちごっこを もうなんどもくりかえしておるのだ
いきるせかいは ちがえど たましいは みな つながっておる
くりかえすうちに おまえのたましいには まえのせかいのきおくが ちくせきしておる」

65 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:36:32 ID:f7EtI8Ec0
( ΦωΦ)「おまえは それを ゆめにみているのだ
あたまのなかに ひびくこえも いくどもおなじときをすごした おまえのざんさ
おまえのひあいから はっせられる ひとりごとのようなものだ」

( ΦωΦ)「おまえが ねこたしぃを ころしてしまうのは
まえのせかいのおまえのきおくが おまえをまもるために そうさせている
いっしゅの “ぼうえいほんのう” のようなものだ」

66 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:37:11 ID:f7EtI8Ec0
突如として荒唐無稽なことを荒唐無稽なものが列挙し、それを一気に告げられる。
脳が理解を拒む。が、全く心当たりがないわけではない。俺はただ、押し黙ることしか出来ない。

( ΦωΦ)「まぁ りかいする ひつようは ない
おまえが なすべきことは このくりかえしから のがれることだ」

そうだ。分からないことは無理やり分かろうとすることよりも、
こいつの言う通り、今俺がやらなければならないことはこの繰り返しから逃れることだ。

(,,゚Д゚)「いやマジでその通りだぜ。っていうか、俺に魔術師の才能なんてあったのか」

( ΦωΦ)「さよう だから “ぎんのかぎ” は おまえをえらんだ」

一拍置いてから猫は続ける。

67 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:37:43 ID:f7EtI8Ec0
( ΦωΦ)「ねこたしぃは きけんすぎる
      あれがかぎをてにいれ きゅうきょくのもんをこえ わがあるじにとうたつすれば
すべてのこんげんである おまえのにんちが とおく およばないばしょ
“きょうきのとぐち” にて ねむる はくちのまおうすら めざめかねん」

っていうか、めちゃくちゃに話なげえな。この猫。

( ΦωΦ)「む いまなにか しつれいなことを かんがえなかったか」

(,,゚Д゚)「いや、気のせいだと思うぜ」

( ΦωΦ)「ふむ そうか」

68 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:38:10 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「けど、何度も繰り返してるってことは、今までとは違う何かをしなくちゃ、
また俺はしぃに殺されるか、しぃを殺すかしてしまうってことなんだよな。
      そして、それをトリガーに、また世界が繰り返してしまうと」

( ΦωΦ)「そのとおりだ」

(,,゚Д゚)「……一体どうすりゃいいんだ?」

( ΦωΦ)「“きおく” と “ぎんのかぎ”
       いくたのくりかえしをへて ようやく りょうしゃがそろった
       いまのおまえなら れいせいにはんだんし ただしいみらいを えらぶことができるだろう」

その言葉にドキリとした。
まるで、今までの俺が間違った選択をしてきたかのような、そんな言い方に思えたからだ。

69 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:38:39 ID:f7EtI8Ec0
( ΦωΦ)「たそがれどき ゆうひにむかって そのかぎを きゅうかい ひだりにまわせ」

(,,゚Д゚)「9回、左に、回す」

確かめるように俺は猫の言葉を繰り返す。

( ΦωΦ)「さすれば わがあるじへのとびら きゅうきょくのもんへと いたることが できるだろう」

猫は一度欠伸をし、軽やかな動きで虹色に輝くベールを翻す。

( ΦωΦ)「では おまえがくるのを たのしみに まっているぞ」

70 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:39:03 ID:f7EtI8Ec0
その言葉だけを残し、ページが捲られるように、猫はその場から消失してしまった。
目前では桜が舞うだけだ。

常識的に考えて、喋る猫なんてふざけた存在がこの世界にいるわけがない。
人に話せば、良くて白昼夢だと嗤われるか、
悪ければ薬物依存者特有の幻覚を見ているのではと疑われてしまうかもしれない。

71 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:39:37 ID:f7EtI8Ec0
いずれにしても、精神がおかしくなっていると認知され行く先は精神病棟か牢獄だ。
にも関わらず今の俺はそのふざけた存在の言う通り、
黄昏時、夕日に向かってこの銀の鍵を回そうと思い至っている。

(,,゚Д゚)「今更、俺が正常かどうかとかってのは、考えるだけ無駄だよな」

度重なる非常識な出来事に、俺のちんけな常識は満遍なく塗り潰されてしまっていた。
正気の殻が破れ、狂気が世に孵化すれば、それは新たなる正気となりえるのではないか。

今の俺に必要なことは、無理やり自分を納得させることだ。
何てことはない。俺はそれが得意だ。

72 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:40:02 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「分かったよ」

俺は、誰もいなくなった場所にそう一言返事をし、スマートフォンを取り出してLINEを開く。
そして、メッセージ履歴の一番上をタップし、通話をかけた。

73 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:40:42 ID:f7EtI8Ec0
夕方になるのを待つ間、特に俺は何もしなかった。
ただぼーっと、この桜並木道で時を過ごしていたのである。

苦痛には感じなかったし、意外と早く過ぎた。
昼を迎え、天高く昇った太陽も今は傾いて、薄紅色の道に橙を差し込んでいる。

その二つの色は一つの風景の中で混ざり合っても決して濁ることはなく、
お互いが具合よく主張し合い、鮮やかな色彩を目前に連れてくる。

その幻想的な情景は“この世界の終わり”に相応しく思えた。

74 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:41:06 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「そろそろか」

右のポケットから銀の鍵を取り出して、虚空に突き出す。
正直、かなり恥ずかしい行為ではあるのだが今更だろう。
覚悟を決めて、その鍵を左に、先ずは一度回そうとしたところで、聞き覚えのある声に止められた。

75 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:41:27 ID:f7EtI8Ec0
(*゚ー゚)「お待たせ」

振り向けば、桜並木を背にしぃが立っていた。
その表情は、笑っているとも、怒っているとも取れない。
ただただ無表情で、普段の感情豊かな彼女からは想像できないものだ。

76 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:42:03 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「しぃ……来たか」

(*゚ー゚)「ギコくん、無断で会社休んでこんなところでサボってるなんて、いけないんだ〜。
     職場の人、みんな怒ってたよ?」

足音も立てず現れた彼女は、手にナイフを持ち一歩、一歩とこちらに距離を詰めてくる。

(*゚ー゚)「他にも色々と話したいことはあるんだけど、今はそんな気分になれないんだよね」

視線がかち合う。

(,,゚Д゚)「奇遇だな。俺もなんだ」

左のポケットには、やはりというべきか、

(*゚ー゚)「これで終わりにしましょう」

おあつらえ向きにナイフが入っている。

(,,゚Д゚)「勿論だ。俺は」

ナイフを取り出して、

(,,゚Д゚)「俺は、俺もお前も助けるぞ」

その切っ先をしぃに向ける。

77 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:42:30 ID:f7EtI8Ec0
二人の距離が僅か2メートルまで縮まったところで、お互いの動きが止まる。
それでも、しぃからは確かな殺気を感じるし、俺もそれに応えるべく身構える。
どうやら、今回ばかりはどちらかが動けなくなるなんてことはないらしい。

暫くの静寂。

やがて、どちらからともなく、
しぃは俺に向かって、俺はしぃと反対方向に駆け出した。

78 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:42:55 ID:f7EtI8Ec0
(*゚ー゚)「えっ!!」

しぃの驚嘆する声が後ろから聞こえてくるが、俺は一切目もくれず走り出す。

(*゚ー゚)「ちょっ……待ちなさい!」

制止の声を振り切って、俺はひたすらに走り続ける。

79 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:43:19 ID:f7EtI8Ec0
しぃがこの状況に対してどれだけの理解度があるかは分からないが、
俺よりも知識があるのは確かだ。真っ向から戦うのは分が悪すぎる。

それに、運よく勝ったところで何かのはずみにしぃを殺してしまっては、
それがトリガーとなって再び世界が繰り返されてしまう可能性だってある。
ナイフで切り合うなんて言語道断だ。

80 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:43:41 ID:f7EtI8Ec0
しかし、何というか、俺はしぃに黙ってこの鍵を使うのが何となく嫌だった。
何度も共に同じ運命を繰り返した相手だ。正々堂々(?)と蹴りをつけたいと思うものだ。

走って、走って、走り続けるが、さほど苦しくはない。
社会人になってからも最低限の体力を保つ為、ジムに通っていた自身を褒め称えた。

81 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:44:02 ID:f7EtI8Ec0
暫く走り続けたところで俺は違和感に気づく。
それと同時に、足から力が抜ける感覚がして前のめりに派手に転倒した。

(,,゚Д゚)「うぉあ!! うっ……。なんだ?」

何かに躓いたような感覚はなかった。ただ突如として、大地を蹴る足が空を切った。
起き上がろうとしても、足が地面を捉えることはない。
不思議に思い自身に目をやると、そこにあるべきはずの左足がなかった。

82 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:44:23 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「なっ!? は……?」

驚嘆の声が漏れ出る。
先ほどまで力いっぱいに動かしていた足の、膝から下が無くなってしまっているのだ。
いくら太ももをばたつかせても、ただ中身を失ったトラックパンツがはためくだけだ。

(*゚ー゚)「出来れば綺麗な状態で生贄に捧げたかったんだけど、そうも言っていられないみたいね」

ゆっくりと歩いてきたのはしぃだ。
向こうも全速力で追ってきたからか、肩で息をしている。

83 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:44:47 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「お前が……やったのか……」

(*゚ー゚)「そうだよ。僕がやったの。いくら止まれって言っても止まらないんだもの」

(,,゚Д゚)「くそっ、これも魔術ってやつか……!! ふざけやがって」

(*゚ー゚)「ふざけてなんかいないよ。大真面目。僕はその銀の鍵を使って、神様に会いに行くんだ」

(,,゚Д゚)「……そうかい。もうこうなっちゃ、諦めるしかなさそうだな」

俺を両手を挙げて、無抵抗を主張する。

84 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:45:17 ID:f7EtI8Ec0
(*゚ー゚)「いい子だね」

(,,゚Д゚)「なぁ、しぃ。最後に一つだけ教えてくれないか?」

(*゚ー゚)「なぁに?」

(,,゚Д゚)「お前、その神様とやらに会ってどうする気なんだ?」

(*゚ー゚)「どうするって? そうだなぁ。特別に教えてあげる」

しぃの無表情が崩れて、一瞬だけ笑顔になる。

85 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:45:49 ID:f7EtI8Ec0
(*゚ー゚)「僕はね……。僕の好きな通りに世界を作り替えるの」

しぃがどんどん笑顔になる。

(*゚ー゚)「僕のお母さんはね。僕を産んでから、気がおかしくなって死んでしまったんだって」

屈託のない笑み。

(*゚ー゚)「僕ってお父さんの本当の子じゃないんだ。
     僕のお父さんは、子供が産めなかったお母さんに“神様の子”を孕ませたの」

その表情に浮かぶ下弦の月は、

(*゚ー゚)「僕は、今は人間の姿を保てているけど、あと1年もしたら神様と同じ姿になっちゃうんだよ」

益々深くなる、

(*゚ー゚)「気付かなかったでしょ?
僕こう見えて4歳なんだよ。神様の子供ってね、成長がとても早いんだって」

夜の訪れを、

(*゚ー゚)「だからね。僕は……僕が新しい世界の神様にになって、
     本当のお父さんの後を継いで、この世界を僕の思い通りにするの」

錯覚してしまう程に。

86 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:46:25 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「……」

(*゚ー゚)「ほらだから、早くその鍵を渡して」

(,,゚Д゚)「成程な。それを聞いて思ったよ」

(*゚ー゚)「……?」

(,,゚Д゚)「やっぱり、この鍵は渡せないってな……!!」

俺はポケットから鍵を取り出し、夕日に向かって回し始めた。

(*゚ー゚)「ちょっと……!!」

(,,゚Д゚)「おっと、待ちな!!」

しぃはナイフを掲げて攻撃する体勢を取るが、俺はそれを制止する。

87 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:46:46 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「今回に限って、なんでお前が俺をすぐに殺そうとしてこなかったか確信出来たぜ。
      お前も今回、初めて気付いたな……!!“俺を殺したらループしてしまう”ことに……!!」

(*゚ー゚)「なっ……!!」

(,,゚Д゚)「ループしたらお前がどの時点に戻るのかは知らねえが、
      何もかも元通りになってしまったら、お前はまた一から俺に接触しなくちゃならない。
      つまり、今回で決めなきゃならないんだ。俺も、お前も……!!」

そういう間にも、俺は鍵を回し続ける。

88 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:47:08 ID:f7EtI8Ec0
1回
 2回、
  3回、
   4回、
    5回、と。

回数を重ねる毎に、鍵を回す手を何かが押し返してくるような感覚になる。

今鍵から手を離せば、空中で静止するのではないかとも思えるような。
目に見えない鍵穴が虚空に開いてあるかのような、そんな確かな感触がある。

89 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:47:40 ID:f7EtI8Ec0
(*゚ー゚)「いや……!! やめて……!!」

しぃが俺に覆いかぶさり、鍵を回す左手にナイフを突き立てる。
鋭い痛みに歯を食いしばって耐えながら、俺は鍵を回し続ける。

     6回、
      7回、

90 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:48:02 ID:f7EtI8Ec0
(*゚ー゚)「だめ……!! おねがい……!! ギコくん、離して……」

しぃは左手に刺さったナイフを抜いて、無差別に俺の身体の至る所に突き立てるが、
やはり致命傷となるような場所は外している。
しかし連続して襲い来る痛みによって、意識は朦朧とし始める。
しかし、俺は手を止めない。止めるわけにはいかないのだ。

       8回、

(,,゚Д゚)「心配すんな……。悪いようにはしないから……」

        9回。

91 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:48:29 ID:f7EtI8Ec0



               ―カチリ―

どこかで何かと何かが噛み合うような音がして、それを最後に意識をさらわれた。

92 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:49:08 ID:f7EtI8Ec0
心地よい波の音が耳をくすぐり、意識を優しく覚醒させた。
目を開ければ、視界の端から端までが薄く青色に輝き、そこかしこが泡立っていた。

(,,゚Д゚)「ここは……?」

まるで、広い水槽の中だ、と真っ先に思った。
その途方もない片隅だか中心だかも知りえぬ場所で、俺の身体はぷかぷかと浮遊していた。

意識がはっきりし始めると、
この空間に蔓延する強い花の香りが、俺の鼻腔を刺激していることにも気づく。
これは……薔薇の香りだろうか。確信は持てないが、そんな気がする。

93 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:51:26 ID:f7EtI8Ec0
( ΦωΦ)「目覚めたようだな」

声の方へ目をやると、フードを深くかぶり
その全身を虹色に輝くベールに包んだ人物が、いつの間にかそこに立っていた。

(,,゚Д゚)「あんた……もしかして」

( ΦωΦ)「さよう。吾輩はウムル・アト=タウィルだ」

あの喋る猫と同じ名を名乗ったこの人物。
疑えるはずもない。俺がここに至るまでの手がかりをくれた人物だ。

94 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:51:47 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「ということは、俺は成功したのか」

( ΦωΦ)「うむ、そういうことだ。よくぞここまで辿り着いたな」

また会ったな、と彼はフードの奥で笑った。

( ΦωΦ)「さて、ここで終わりではない。吾輩に着いてくるのだ」

そう言って彼は、前とも後ろも取れない方向に泳ぎ始める。
見様見真似で俺も泳いでみると、行きたい方向に進むことが出来た。

95 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:52:40 ID:f7EtI8Ec0
お互い無言のまま暫く泳ぎ続けると、遠くに巨大な石組みのアーチが見えた。
近付けば分かるのだが、とにかくでかい。一体何を通らせる為のサイズだというのか。

( ΦωΦ)「あれが窮極の門だ」

(,,゚Д゚)「あれが……」

遠くに聳えるあれこそが、死に物狂いで至ろうとした“窮極の門”らしい。
イメージしていた形状とは違っていたが、それでも目指したものであることに違いない。

96 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:53:01 ID:f7EtI8Ec0
( ΦωΦ)「あれを通るぞ。着いてこい」

彼と共にその門を潜る。
とにかく巨大な為、少しばかり時間がかかったが何事もなく通ることが出来た。

門を通り抜けたところで、この空間を満たす水の流れが急激に強くなる。
身体が満ち満ちた海に揉まれ、回り、上下左右の間隔が消え失せる。

97 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:53:30 ID:f7EtI8Ec0
やがて、視界は青から黒へと切り変わる。
目の前に拡がったのは、闇だ。

幼い頃に見た、部屋の電気を消した時に現れる、眠りにつく前の薄い闇ではない。
もしここに光が迷い込んでしまえば、二度と外に出ることは叶わず、
間もなく塗り潰されてしまいそうな、そんな濃厚な闇だ。

ここまで共にきた彼の姿はなく、唯一人その闇を見つめている。

98 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:53:55 ID:f7EtI8Ec0





            ―かつんー

ふと、硬い何かと何かがぶつかる音を、この虚無の闇の中で鼓膜が感じ取った。
音が響いた方へ目をやれば、今まさに、闇に溺れて消えてしまいそうな光を見つけた。
近付いて拾い上げれば、それは鍵だ。俺をここに連れてきてくれた、あの銀の鍵だ。

99 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:54:17 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「また、回せってことか」

手に持った銀の鍵を、漆黒に突き刺し、回す。
前回と同じく、左に9回。

すると、鍵は輝きを増し、形状が変化する。

真っ白に、縦に、薄く伸びる。

やがてそれは一本の線になり、そこを中心に左右に、長方形に広がった。

100 ◆NqJ/Phe1aU:2020/05/04(月) 15:54:41 ID:f7EtI8Ec0
(,,゚Д゚)「……」

その煌めきに、ただただ、見とれていた。
濃厚な闇の中にあっても強く存在を主張する、世界の何処よりも白い窓。
その向こう側から、声なき声で己を呼ぶ声が聞こえる。


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