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Ammo→Re!!のようです

1名無しさん:2019/02/03(日) 21:56:41 ID:ogOSfvXw0
前スレ
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1423391724/

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                  配給

【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

【Ammo→Re!!のようです専用まとめ】→ttp://ammore.blog.fc2.com/

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2名無しさん:2019/02/03(日) 21:57:15 ID:ogOSfvXw0
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募金して数歩進んだら、別の人間に募金をせびられた。
で、それを拒んだら何て言われたと思う?

「どうしてあっちだけ助けるんだ、お前はろくでなしのくそ野郎だ」
                     .....-‐-.....、
                      /::::::::::::::::::::::ヽ
                   /:::::::::::::::::::::::::::::::::'.
                   '::::::::::::::::::::::::::::::::n:}
これが、あの街の慈悲の正体さ。:::::::::::::::::::::::::::::、i!
                       !:::::::::::::::::::::::::::::::::::::\
                     /::::::::::::::::::::::::::::::::::::ノ´
                  /:::::::::::::::::::::::::::::::::::/
              ,...-‐::′::::::::::::::::::::::::{`ー′
           ..ィ:´:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::`:ー:-:...、
           ..イ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::――とある観光客の言葉

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新型列車スノー・ピアサーの速度は安定し、目的地であるジャーゲンに向かって静かに線路をなぞるように走っている。
線路の継ぎ目を通過しても音はまるで聞こえず、レールが枕木を踏みつける音が微かに聞こえるだけだ。
寝台車輌の中でも最高級の車輛に至っては、振動は微塵も感じられなかった。
スノー・ピアサーはその特殊な外装のために、車窓という考えを持っていない。

従来の車輛には窓があるが、この世界最新の車輌は白い外装が覆っているため、窓が存在しない。
その代わり、車内には外装が取り込んだ映像を遅延なしのリアルタイムで映し出す装置が天井、床、そして壁に内蔵され、どんな状況でも継ぎ目のない外の映像を見る事が出来た。
まるで一枚の巨大なガラスで隔てられているように見えるが、スイッチを入れれば、すぐにただの壁に戻る。
現在の世界にある技術を惜しみなく生かした車輌に、高額な乗車券を買った利用客は大喜びだった。

サイレントマンという名の男は寝台車輛からラウンジへと移動し、移り変わる壮大な景色に思わず溜息を吐いていた。
ラウンジは床を除いた全ての面に外の景色を映しており、それを眺めながら酒や茶を飲んで談話する人々で賑わっている。

( ゙゚_ゞ゚)「ほおー」

記憶を失くしている彼にとって、果たしてこの光景は未知の物なのか、それとも既知の物なのかは分からない。
分からないが、胸は躍った。
流れていく景色を見れば、少なくとも今は記憶にないどこかに向かって進んでいるのだと実感できる。
そんな中で飲む酒は、さぞかし美味いものだろう。

折角なのでバーに寄り、ビールを一杯とつまみを買った。
木製トレイにジョッキとつまみの袋を乗せ、空いている席を探す。
景色の映像がよく見える席は全て埋まっていたため、適当な席に腰を落ち着ける。
ビールを一口飲んで、程よい苦みと炭酸の刺激に、昼間から飲む酒の美味さを思い出した。

3名無しさん:2019/02/03(日) 21:57:40 ID:ogOSfvXw0
喉を通るアルコールは彼の緊張を和らげ、深い溜息を満足げに吐かせた。
バターで炒めたピーナッツを食べつつ、ビールを飲み、景色を眺める。
実に贅沢な時間だと、サイレントマンは想いに耽る。
ジュスティアの街では多くの人間が忙しそうに働き、楽をするために忙しさの中に身を投じていた。

だがそんな事をしなくても、こうしてゆっくりと腰を落ち着けて酒を飲むことができる。
背の高いビルの上層階に住まなくても、高級車を乗り回さなくても、こうして得られる安らぎこそが贅沢なのだと思う。
彼らもそれに気づければ、きっと、すぐにでも有休を取ることだろう。
人生は働くためにあるのではなく、楽しむためにあるのだ。

しかし、この旅行が終われば、彼も仕事をしなければならない。
金がなければこの世界では生きていけない。
これは悲しいが事実だと、担当医から何度も言われた。
果たしてどの街でどんな仕事が出来るのか、それを知るだけでも意味のある旅行になるだろう。

それにしても、バターで炒めただけのピーナッツがどうしてこうも美味いのか。
ビールの苦みと絶妙な塩加減のピーナッツの組み合わせが実に美味かった。

「すみません、こちら座っても?」

外の風景を眺めていたサイレントマンが、声の主に目を向ける。
それはくっきりとした目を持つ、壮年の男だった。
年は四十代後半か、その前後だろう。
白髪の混じった短い茶髪とグリーンの瞳が特徴的で、声もはっきりとしており好印象を抱いた。

顔に刻まれた皺は彼が笑みを絶やさない生き方を心掛けてきたことを物語り、その人間性を想像させた。
スーツ姿でビールとピーナッツを手に持つ様は、どこか面白く見える。
男は周囲に目を向け、肩を竦めてみせた。

( <●><●>)「ははっ、どこも埋まっていて」

ネクタイのないスーツ姿の男からは高圧的なものは感じられず、むしろ、親しげな雰囲気さえ感じ取れた。
初対面にも関わらず物腰の柔らかな印象は、自ずと好意へと結びつけられた。

( ゙゚_ゞ゚)「えぇ、勿論構いませんよ」

( <●><●>)「ありがとうございます。
       私、ワカッテマス・ロンウルフといいます」

目の前の席に座り、ワカッテマスと名乗った男は握手を求めてきた。
サイレントマンはピーナッツで汚れた手を布巾で拭い、握手に応じた。
これも何かの縁だと考え、自分の素性を先に話しておくことにした。
何か無礼があって相手に不快な思いをさせては、問題になってしまうからだ。

( ゙゚_ゞ゚)「僕は……サイレントマン、と呼ばれています。
    恥ずかしい話なのですが、記憶喪失になってしまいまして。
    本当の名前もそうですが、色々な事が分からなくて」

だがワカッテマスはあまり驚いた風ではなく、世間話をするかのような気軽さで会話を続けた。

4名無しさん:2019/02/03(日) 21:58:58 ID:ogOSfvXw0
( <●><●>)「ほぅ、なら今は自分探しの旅の途中ということですか?」

( ゙゚_ゞ゚)「そう、そんな感じです。
    自分でも分かりませんが、ある女性を探そうと思いまして」

そう言いながらサイレントマンは懐から紙を取り出し、広げて見せた。
それは彼が記憶の中にある女性の姿を描いたものだった。
絵心がある方ではないが、描いた女性像は自分の脳裏に焼き付いている女性とよく似ていた。
黄金色の髪は僅かに波打ち、優しげに垂れた目尻と口元にたたえる微笑。

鉛筆で描かれた女性の絵を見て、ワカッテマスは首を傾げる。

( <●><●>)「うーん、私は見た事ないですね。
        どんな女性だったのか、とかも覚えていませんか?」

( ゙゚_ゞ゚)「何も覚えていないんです。
    でも、意識を取り戻してからずっとこの人の事を考えているんです。
    きっとすごい恩人だったんだと思います」

会話をして、自分が何者なのかを思い出させてもらいたい。
記憶を持たないサイレントマンにとって、彼女こそが全て。
名も知らぬ、その女性こそが彼の生きる目的そのものなのだ。
それだけが今の彼にとってのあらゆる行動の中心にあった。

( <●><●>)「しかし、美しい女性ですね」

( ゙゚_ゞ゚)「えぇ、とても美しい人なんです。
    そう簡単に会えないとは思いますが、気長に探そうと思います」

人の溢れるこの世界で、たった一人、しかも似顔絵しかない女性と出会うのは絶望的な確立に違いない。
仮にすれ違ったとしても、彼の記憶と実物の姿がかけ離れていたら気付く事が出来ない。
今の時代であれば、どこかで死んでいる可能性もあり得る。
最悪、その人物がただの妄想上の産物であったとしたら、これは喜劇だ。

いつか見た景色を探すよりも遥かに絶望的な目標だ。
それでも、彼は自分を知るためにその女性を探し続ける。
探すことこそが彼にとって唯一の救済なのだから。

( <●><●>)「素敵な話だ。
       見つかるといいですね」

その時、ワカッテマスの視線が別の場所に一瞬だけ向けられたことにサイレントマンは気付かなかった。
無論、ワカッテマスの正体について考える余裕などありはしなかった。

5名無しさん:2019/02/03(日) 21:59:39 ID:ogOSfvXw0
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ヒート・オロラ・レッドウィングはベッドの上でハンドグリッパーを握りながら、窓の外を眺めていた。
継ぎ目のない映像が映し出す世界は新鮮な物だったが、いつまでも興味を惹きつけるものでもなかった。
ブーンは景色に喜んではいるが、今は別の事に夢中だった。

(∪´ω`)「おー、できましたお」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、早いわね。
      そうそう、スペルを大分覚えて来たわね」

デレシアとブーンは備え付けの机を使い、勉強をしていた。
ブーンの語学の勉強が終わり次第、デレシアはヒートにも教えなければならない事があるという。
それまでは左手の筋力が衰えないよう、こうして鍛えているのが一番だ。
昔、利き手ほどまでではないが、左手を使えるように練習していた事があり、今回はそれが活きそうだった。

左手で銃を扱う事は出来るが、問題は筋力だった。
右腕に比べて格段に筋力が少ない左手を戦闘でも使えるようにするためには、空いた時間を利用して鍛えるしかない。
とは言え、ただ鍛えているだけでは退屈してしまう。
ヒートの耳と目、そして意識がブーンの方に向けられるのは必然であった。

(∪´ω`)゛「つづりはおぼえたんですけど、いみがよくわからないことばがあって……」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、どれかしら?」

(∪´ω`)「この、ラプソディってたんごなんですけど」

ノハ;゚⊿゚)「随分とマニアックな単語だなおい……」

思わずヒートの口から感想が漏れ出る。
一体何を使って勉強しているのか気になってきた。
ラプソディという言葉は聞いたことがあるが、正確な意味は分かってはいなかった。
音楽のジャンルであることは言えるが、それ以上は何も言えない。

ζ(゚ー゚*ζ「狂詩曲ね。簡単に言うと、色々な音楽が集まっているようなものよ」

(∪´ω`)「お…… おんがく、あんまりわからないですお」

6名無しさん:2019/02/03(日) 22:01:40 ID:ogOSfvXw0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、それじゃあ折角だから音楽と語学の勉強を一緒にやりましょうか」

そして、デレシアはヒートの聞いたことのない曲を歌い始めた。
伴奏も何もない。
彼女の歌声だけが、驚くほど美しい旋律と共に車内に響く。
歌詞の意味が分からない部分が多々あるが、それでも、良い歌だった。

即興で作った歌ではないだろう。
いきなり曲調が変化し、意味不明な言葉がいくつも出てきた。
歌が終わり、ブーンもヒートも自然と拍手をしていた。

ノパ⊿゚)「すんげぇ変わった歌だな。
     なんて曲なんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ボヘミアン・ラプソディって曲よ。
      昔の歌ね」

(∪´ω`)゛「これが、ラプソディ……」

反芻するようにブーンは言葉を繰り返す。
曲調がまるで大きく異なる物を繋ぎ合わせたもの、というのがヒートの印象だった。
ハンドグリッパーをベッドの上に置いて立ち上がり、二人の傍に行く。

ζ(゚ー゚*ζ「曲の中に幾つも知らない言葉や分からないスペルの物があったでしょ?
      それを学んでいきましょう」

ノパ⊿゚)「あ、ちょっと質問いいか?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論いいわよ。
      何かしら?」

ノパ⊿゚)「ボヘミアン、ってなんだ?
    土地か街の名前が元みたいに聞こえたんだが」

ヒートの知識量の問題かもしれないが、ボヘミアンという街は聞いたことが無い。
昔の曲という事を考えると、今はない土地や街の名前なのかもしれない。

ζ(゚ー゚*ζ「鋭いわね。そうよ、これは土地の名前よ。
      でもあまり細かいことは気にしなくていいわ、歌詞に意味はあまり問わなくていいのよ。
      感じた人が感じたまま、それぞれの解釈があるものですもの。
      それに、今は使わない言葉がたくさん入った歌詞だから気にし始めたらきりがないわ」

確かに、歌詞について細かに言及し始めると存在そのものが危うくなる。
歌とは旋律が主であり、歌詞は二の次なのだ。
とはいえ、旋律だけで曲が成り立つわけでもない。
デレシアの言う通り、細かい事は気にしないのがいいのだ。

ノパー゚)「そうだな、あんたの言う通りだよ。
    いや、良い歌を聞いたよ、ありがと」

7名無しさん:2019/02/03(日) 22:02:06 ID:ogOSfvXw0
それからデレシアによる講義が始まった。
ゆっくりと歌い上げ、ブーンが聞き取れた単語を綴っていく。
綴りの分からない単語については勘で書くように指示を受け、ブーンは曲調が変わる前に一度単語の確認を行い、意味を教えた後、綴りを修正する。
音については聞き取れていたが、やはり、綴りの正確さは完璧ではなかった。

それでも彼は、一度間違えたことのある単語は二度間違えることはなかった。

(∪´ω`)「お、このママって、なんですかお?」

その質問を聞いた時、ヒートの胸が痛んだ。
彼は母親の事を知らないのだろう。
そしてヒート自身は母親を知ってはいるが、その女は畜生にも劣る屑だった。

ζ(゚ー゚*ζ「お母さん、って意味の言葉よ」

(∪´ω`)「おかあさん……」

ζ(゚ー゚*ζ「お母さんって言ってもね、色々いるの。
      産んだ人がお母さんって訳でもないし、お世話をしてくれている人でもないわ。
      その人にとってお母さん、と思える人がいない場合もあるから。
      そしてお母さんは何も、年上である必要はないの」

(∪´ω`)「おー……
      むずかしいですお」

確かに難しい話だ。
以前までは普通の存在だったヒートの母親が、今ではその見方が変わったのと同じように、存在の価値観などすぐに変わってしまう。
産んだ人間が自らを親だと思っていても、生み出された子供がそれを受け入れるかは別問題なのだ。
生みの親と実際の親が異なる事は良くある話だ。

児童養護施設にいる子供たちの親は施設の人間であり、産んだ人間ではない。
彼らを産んだ人間はそこにはおらず、教育にも関わっていない。
歌と同じように、深く考えればいくらでも解釈のある話だ。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。でも一つ言えるのはね、貴方の事を愛している人ってことね」

その言葉はブーンが老ペニサス・ノースフェイスから出された宿題であり、命題だった。
愛の意味を知る、という漠然とした宿題。
彼にとってそれは極めて難題だったが、ブーンはその言葉を素直に聞き入れ、今もその意味について考え続けている事だろう。
デレシアの言葉に、だがしかし、ブーンは悩む様子を見せなかった。

(∪´ω`)゛「わかりましたお。
       ……この、マンマミーアっていうのは?」

ζ(゚ー゚*ζ「それはね、昔あった言葉で“なんてこった”って意味よ」

ノパ⊿゚)「昔あった言葉? 今の言葉とは違うのがあったのか」

8名無しさん:2019/02/03(日) 22:03:30 ID:ogOSfvXw0
言語が複数混在する世界など、あまりにも不便ではないだろうか。
ヒートが学校で学んだ歴史によれば、今の文明が築き上げられた時には言葉は共通の物だったそうだ。
多少の文法的な変化はあるが、基本的には同じ言葉が使い続けられていると思っていたが、違うのだろうか。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、今はもう誰も使っていない言葉よ」

ノパ⊿゚)「よくそんなの知ってるな。
    学者か何かでもやってたのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「まさか。単なる教養よ」

そしてデレシアはボヘミアン・ラプソディを再び歌い始めた。
ブーンも書き取りを再開したため、これ以上詮索するつもりはなかった。
やはりデレシアの素性には謎が多い。
確実に今言えるのは、彼女の持つ知識量はヒートが想像している以上であり、彼女はブーンにとっての良き保護者であるという事だ。

もしもブーンに母と呼べる人間がいるとしたら、それはデレシアの事だろう。

(∪´ω`)「I see a little silhouette of a man♪」

どうやらブーンは歌詞の一部と旋律を覚え、歌えるようになったようだ。
そしてデレシアとブーンの斉唱が始まり、ヒートも自ずとそれに加わった。
歌詞はブーンの書き取った物を参考にし、三人の歌声が一つになり、音楽を奏でる。
一曲歌い終え、三人は拍手をして互いを労った。

ブーンの尻尾は終始揺れ、楽しそうにしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ次は、ヒートも一緒にお勉強ね。
      単位の話よ」

それから気持ちを新たに、デレシアによる単位の解説を受け、これまでに使っていた単位が使われなくなることを教わった。
確かにこれまでの単位とは違い、数のキリが良いために計算が容易になる。

ζ(゚、゚*ζ「ゆくゆくは世界の単位はこれに切り替わるわ。
      面白くもない話だけどね」

ノパ⊿゚)「便利ならいいんじゃないのか?」

ζ(゚、゚*ζ「そうね、確かに便利よ。
      でもこれはね、昔の人がすでに使っていたものなの。
      棺桶のほとんどがこの単位を使って設計されているぐらいだもの」

ノパ⊿゚)「なるほどな。内藤財団にとっての利点がいまいち分からねぇんだが、教えてもらえるか?」

ζ(゚、゚*ζ「正直、利点はあまりないわよ。
      強いて言うなら工場の生産速度が他の所よりも早い、ってぐらいかしらね。
      たぶんだけど、徐々に規格を変えて全部入れ替わったタイミングで発表したでしょうから」

9名無しさん:2019/02/03(日) 22:04:50 ID:ogOSfvXw0
世界に向けて単位の統一を声高らかにするのであれば、必然、己の足元は盤石のはずということだ。
統一された単位で設計・生産をしていれば、どこよりも早い段階で最新の規格を取り入れた製品が出回る。
他の企業が規格を取り入れた製品を売り出す頃には、巷に広まっているのは内藤財団の商品であり、そこに他社の入り込む余裕などない。
内藤財団が持つ市場支配力を最大級に高め、盤石にするための発表だったのだろうか。

ζ(゚、゚*ζ「ラジオを撒き散らしたのもその一環ね。
      恐らくラジオを聞いた人間だけに対するサービスを取り入れて、経済と情報のコントロールを行う。
      ……はぁ、本当に懲りない連中ね」

デレシアの頭の中ではヒートの想像以上の何かが渦巻いているようだが、訊くのは野暮であると考えた。

ζ(゚ー゚*ζ「まぁいいわ。
      一つ面白い事を教えてあげる」

ノパ⊿゚)「おっ、なんだ」

ζ(゚ー゚*ζ「これから行くラヴニカでは、今お勉強した単位をずっと昔から使っているの。
      後はイルトリアもそうね」

恐らくは、内藤財団が発表した単位が既存の物であったという声が上がる事だろう。
そうなれば信頼が失墜しかねないが、そこまでのリスクを考えずに発表したとは考えにくい。
何か対抗手段を用意しているはずだ。
ラヴニカに行けば修理のついでに面白いものが見られそうだった。

その時、ヒートの左手に、ブーンの手が添えられた。

(∪´ω`)「おー、ジャーゲンって、どんなまちなんですか?」

ノパ⊿゚)「すまん、あたしは行ったことが無いんだ。
     ただ、交易の拠点として使われてるってのは聞いてるんだけどな」

ζ(゚ー゚*ζ「交易の中継地点で、子供の多い街よ。昔は色々あったけど、大分変わったの。
      CAL21号事件で内藤財団が介入して、それからね」

ノハ;゚⊿゚)「また内藤財団かよ。大丈夫なのか、その街は」

明らかにティンバーランドと深いかかわりを持つ内藤財団の息がかかっている街であれば、迂闊に足を踏み入れない方がいいのではないだろうか。
歴史的な経緯は分からないが、警戒しておいた方が無難に思われる。
その意図をくみ取ったデレシアはヒートを安心させるように笑みを浮かべ、優しく答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「まぁ本当の目的はどうあれ、あの街でやった事は間違いではなかったから、いいんじゃないかしら。
      折角だし、少し観光してみる?」

(∪´ω`)「ちょっと、みてみたいです」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、お弁当を買いに行きましょうか。
      確か停車時間は一時間だから、その間に行きましょう」

街を知っているデレシアがいれば案内は大丈夫だろう。
後は、無事に列車に戻れることを考えればいい。

10名無しさん:2019/02/03(日) 22:06:00 ID:ogOSfvXw0
ノパー゚)「なぁ、ジャーゲンは何が美味いんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ……特にこれと言って名物料理がないのよ、あの街。
      でもね、美味しいサンドイッチとコーヒーを出すコーヒーショップがあるの。
      まだ潰れてないといいんだけどね」

(∪*´ω`)そ「サンドイッチ!」

ローブの下にあるブーンの尻尾が大きく揺れているのが分かった。
育ちざかりのブーンにとって食事は重要だ。
それを楽しみにしているという事は、彼がしっかりと成長しているという証拠であり、ヒートを安心させた。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、サンドイッチ好きかしら?」

(∪*´ω`)゛「あ……ぅ……はい……」

照れ臭そうにブーンの声が小さくなる。
頬を赤らめるブーンの頭にデレシアの手が乗せられ、優しく髪を梳くように撫でた。

ζ(゚ー゚*ζ「しっかりとしたパンだから、食べ応えがあるわよ」

ノパー゚)「いいねぇ、食べ応えがあるサンドイッチは貴重だからな。
    ティンカーベルじゃあんまり食えなかったからな」

怪我を早く治すには食事が重要であり、それが美味いのが一番だ。
栄養バランスについては二の次でかまわない。
まずは食べて、栄養を体に取り入れるところから始めればいい。

ζ(^ー^*ζ「じゃあ、それまでの間はお勉強しましょうか」

(∪*´ω`)「はいですお!」

そして再び勉強が始まろうとした時、天井のスピーカーからホワイトノイズが聞こえてきた。

『お待たせいたしました。まもなく、ジャーゲン。
“慈悲の街”、ジャーゲンに到着いたします。
到着後、一時間ほど停車いたしますので、お買い物の際にはお時間にお気を付けください』

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                     Ammo→Re!!のようです
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愀i:i:i:i:i:ミh、;';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';';'\:
愀愀愀i:i:i:i:i:i:)h、п叩卩庁F=冂卩叩п叩ニニニニニニニニニニ
寸愀愀愀愀i:i:i:i:i:i:)h、¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨¨´:
                第一章【Train of mercy-慈悲の列車-】
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11名無しさん:2019/02/03(日) 22:06:20 ID:ogOSfvXw0
スノー・ピアサーはゆっくりとジャーゲン駅に進入し、停車した。
駅は埠頭の中に組み込まれており、貨物列車が複数並ぶことのできる大きな駅だった。
見えているだけでも線路は十本以上敷かれている。
ここ数年の間でかなりの成長を果たしたようだ。

このジャーゲンを陸運・海運の中継点として多くの街から物資が運び込まれ、また、海を越えた街に物資が運ばれる。
荷の積み替えがこの地の目的であるため、オセアンとは違い、ここには大きな市場はない。
一つだけ大きな名物があるとしたら、それはコンテナ林と呼ばれる埠頭の存在だろう。
駅と同じ敷地内にあるコンテナ林は、その名の通り、海や陸で運ばれてきたコンテナが高く積み上げられ、まるで林のような様相を呈している。

大型のクレーンや重機がせわしなく動き回り、鋼鉄製のコンテナが常に動き続け、金属同士がぶつかる重厚な音が絶え間なく響いている。
その様はまるで一つの生き物の体内の様だ。
特徴的なのはその作業をしている人間の年齢層が低いことだ。
若年者の雇用が盛んなのは、この街の特徴の一つでもある。

特に、体力がある若者はこうした力仕事に従事することが多いが、その分給与もいい。
昔は若者の仕事と言えば売春や薬物売買が主だったが、雇用先とその待遇が改善されたことによる結果だ。
言わずもがな、その最大のきっかけはトラギコ・マウンテンライトが関わったCAL21号事件である。
彼の行いは良くも悪くも、この街を大きく変えたのだった。

ブーンにニット帽を被らせ、デレシアは彼と手をつないだ。
小さな手がデレシアの指先をしっかりと握り、新たな街に足を踏み出す興奮が尻尾に表れている。
他の客たちと共にプラットホームに降り立った三人は、鉄と海の香りに包まれた。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、時間があまりないから急ぎましょうか」

(∪´ω`)「おー、ディはいっしょじゃないんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、ディにはお留守番をしてもらうの。
      だからお土産を買ってあげましょうね」

ノパ⊿゚)「土産?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、お土産。
      油と洗車道具を買ってあげようと思ってね」

アイディールの全部品の表面には自己修復塗装が施されており、ほとんどの傷は時間経過で元通りになる。
また、その塗装がもたらす恩恵として、大体の汚れは水で洗い流すだけで事足りるという点がある。
しかし、それでは落ちない汚れもあるため、洗車は必須なのだ。
そして当然ながら、機械で動くアイディールの各部に油やグリスを差すことは長く付き合うためには必要な行為だ。

駅を出てから、デレシアはまっすぐに街を目指した。
コンテナ林を抜け、閑散とした通りに出る。
家屋は土地柄もあり、錆が目立つものが多い。
人通りは少なく、活気も空を舞うカモメよりも少ない。

それでも空は奇麗だった。

(∪´ω`)「じひ、ってどういういみなんですかお?」

12名無しさん:2019/02/03(日) 22:07:55 ID:ogOSfvXw0
その質問に答えたのはヒートだった。

ノパ⊿゚)「相手のことをかわいそうに思う、って意味だよ。
    哀れみ、なんていう風にも言うな」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。……後で街を見てみれば分かるかもね」

CAL21号事件以前、この街は犯罪者に対しての慈悲が極めて強くあった。
本来、その考え方と法律は犯罪者の更生に対しての取り組みと受け入れがあって成り立っていたが、ある時期を境に解釈が変化したのだ。
万人に優しく、そして犯罪者に未来を与えるという法律に書き変わり、いつしか未成年犯罪者たちを庇う法律になってしまった。
ジャーゲンが誕生するきっかけとなったのは、犯罪者達の流れ着く場所となっていた埠頭を所有していた人間が彼らを雇い入れたことから始まる。

罪を犯したことで彼らの人生全てを終わりにするのではなく、贖罪の日々を過ごせる場所を提供するという理念があったのだ。
すでにその理念は消滅し、慈悲という言葉だけが独り歩きをしてしまっている状態にある。
内藤財団介入後、街は慈悲の意味を再解釈し、新たな取り組みで復興を遂げていた。
それは人通りのある場所に行けば分かるだろう。

(∪´ω`)「〜♪」

ブーンは鼻歌を歌いながら、空に浮かぶ雲と鳥を見ていた。
目抜き通りに到着してすぐに、その光景が現れた。

(,,゚,_ア゚)「ワドルドゥちゃんの手術に寄付をお願いいたします!」

|゚レ_゚*州「シャルロット君の夢を叶えるために、募金をお願いします!」

通りに並ぶのは、プラカードと募金箱を手にした人々。
口々に寄付を呼びかけ、声高にその理由を叫んでいる。
その姿を見てブーンとヒートは目を丸くして驚いていた。
この時代、募金活動はそうなかなか見られるものではない。

ノハ;゚⊿゚)「すげぇな、募金通りか何かかよここは」

通りに並ぶのは十組以上の募金団体だ。
それぞれ一定間隔で立ち、異なる理由を口にしては金を求めている。
その数、五十人以上。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、正解よ。
      ここはね、募金をする人間が集まる場所なの」

と言っても、勿論正規の場所ではない。
単純に、人が多く集まる場所で呼び込みをすれば、金を手に入れやすいからという理由でここに立っているだけに過ぎない。

(∪´ω`)「ぼきんって、どんなことをするんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「お金をもらって、自分たちのやりたいことをやるのよ」

(∪´ω`)「お? どうして、おかねをもらえるんですか?」

13名無しさん:2019/02/03(日) 22:09:32 ID:ogOSfvXw0
この歳でもブーンは金の大切さを知っている。
それを手に入れること、そしてそれを使うこと、使われること。
奴隷として売られていた彼にとっては、金の持つ力は絶大だ。
事実、彼の人生を左右したのは金の力なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「それが、慈悲なの。
      よく言えば善意、悪く言えば同情ね」

ノパ⊿゚)「しかし、すんげぇ量だな」

十字教の本拠地、セントラスでもここまでの人間は集まらないだろう。
募金活動を行う人間が一堂に会するのは、世界広しといえどもここぐらいだ。

ζ(゚ー゚*ζ「世界中から来ているからね。
      いわば出稼ぎよ」

(∪´ω`)「でかせぎ?」

ζ(゚ー゚*ζ「お金を稼ぐために、自分たちのいる街ではないところに行くことよ。
      地元だと儲からないから、こうしてここに来るの」

(∪´ω`)゛「おー。わかりましたお」

ζ(゚ー゚*ζ「あれにかまってると時間が無くなるから、さっさと行きましょ」

ブーン手を引いてデレシアは通りをまっすぐに進んだ。
だがブーンの視線は時折聞こえてくる声につられ、動いてしまう。
彼は人一倍耳がいいため、聞こえてくる言葉に興味が向けられてしまうのだ。
特に今は勉強盛りの状態であるため、無理にこの場を去る必要はない。

ζ(゚ー゚*ζ「話している内容が気になるの?」

(∪´ω`)「お…… きになり……ます」

ζ(゚ー゚*ζ「どんなことを言っているのかしら?」

(∪´ω`)「えっと…… びょうきでこまってる、とか、おかねがひつようとか……です」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、あの人たちの服を見てみましょうか。
      特に、靴をよく見てごらんなさい」

(∪´ω`)゛「はいですお」

あそこに立っているのは募金を生業としている人間たちであり、相手にする時間がもったいない。
一日十時間以上もその活動を行うことがあるが、その時間を労働に使おうとは考えないのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「靴はね、その人の生き方を教えてくれるの。
      例えば、ヒートの靴と比べてみましょうか」

ノパ⊿゚)「え?」

14名無しさん:2019/02/03(日) 22:10:49 ID:ogOSfvXw0
ヒートの足元を飾るのは、武骨な黒のロガーブーツだ。
よく使いこまれ、皺と傷まみれになっている黒革のブーツは、彼女が手入れを行っていないことをよく表している。
黒い皮はすっかりくたびれて柔らかくなっているが、ひび割れている部分はなく、上品な経年劣化を果たしていることが分かる。
それはつまり、実用性を重視しつつも、道具への手入れを怠らないという人間性の表れだ。

一度愛着心を持ったものに対しては信頼を寄せ、見捨てることは決してせず、共に歩んでいくという自立心が見える。
靴墨をあまり使わず、光沢も気にしていない手入れの仕方からは外見については執着心がなく、内側に興味を持ちやすい性格なのかもしれない。
彼女の靴からはそんな側面が垣間見えた。

ζ(゚ー゚*ζ「いい靴はね、ちゃんとお手入れすれば一生ものにだってなるの。
       あの人たちの靴と比べて、何か分かることはあるかしら?」

(∪´ω`)「……あのひとたちのくつ、ボロボロかピカピカですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そう。ボロボロっていうことは、お手入れをしていないってこと。
      そしてあの人たちのピカピカな靴は新品か、高級品だからよ」

募金活動を生業にする人間には大きく分けて三種類いる。
一つは、上品な身なりで上品な言葉を並べ、募金活動を行う人間。
その人間は大体が募金で集めた金を自分のために使い、残った一部の金を募金対象者に渡す。
募金対象者がグルの可能性は大いにある。

靴に金をかける人間は、少なくとも経済的に余裕があると考えられる。
金を求めているにもかかわらず自らの身銭を切ることはしないという点が、彼らの人間性をよく表している。
同情を求めているように見えて、彼らは外見を気にしているだけに過ぎないのだ。
他者に犠牲を要求し、己は何も失わないという本音が見えている。

二つ目は、みすぼらしい身なりをして、感情的な言葉を並べる人間だ。
あの服装があえてなのか、それとも自然なのかはあまり関係がない。
いずれにしても言えるのは、彼らの言葉には実態がなく、感情ばかりが先行している点に尽きる。
感情は判断力を鈍らせ、正確な姿を消してしまう力がある。

意図的に感情的な言葉を並べ、同情を誘い、そして得た金をどう運用するのか。
彼らは何も考えていないことがほとんどだ。
とにかく金を集め、そして使う。
そのことに生きがいを感じているため、己の身なりについて、関心を持たなくなる。

その表れが、ボロボロの靴だ。
靴の手入れをすれば長く使えるが、そうはしない。
あえてみすぼらしい格好になることで自分たちの必死さを訴えようという、実に感情的で計算的な行動がある。
服と違い、靴は壊れてしまえばその機能を失ってしまう。

故に、その手入れを怠るということは、本質に対して目を向けようとしない思考の表れだ。
これらはあくまでもデレシアが彼らの靴から読み取った人間性に関する推測であり、当然、異なることもあるだろう。
だがこの二つの募金活動者に共通して言えるのは、“彼らは金を出してこの街に来た”ということだ。
つまり、交通費や宿泊費を出してこの街に来て、金を求めているのである。

15名無しさん:2019/02/03(日) 22:11:13 ID:ogOSfvXw0
すでに矛盾が生じている時点で、彼らの話に耳を貸す必要はない。
最後の一つは、自ら募金活動をすることなく、目的を達成しようとする最も厄介な人間だ。
彼らは頭を使い、自らの手を汚さず、労せずに金を得る。
その見極めには服装ではなく、彼らの言葉が必要になる。

一つぐらいはまともな募金団体があるだろうという人間の善意とは裏腹に、この街で募金活動する人間たちは総じて金儲けが狙いである。
しかしここは慈悲の街。
慈悲で街が成り立つには、それなりの仕組みがあるのだ。
彼らが使用する募金箱は規格が定められており、その箱はジャーゲンにある幾つもの企業から買わなければならない。

同時に、箱の購入者は街に募金の申請を行い、認められる必要がある。
認可を得た団体は期間中に宿泊施設を格安で利用できる権利書が与えられ、街にある飲食店でも割引を受けることができる。
購入した募金箱が満杯になる、もしくは期日が訪れた際にはその募金箱は街の役所に持ち込まれ、募金額の5%を支払う必要がある。
募金税、と呼ばれる制度である。

また、募金をした人間はその証明書を募金団体から受け取ることで、一定期間、飲食店などでサービスを受ける権利を得られる。
募金額に応じたサービスを行う店もあるため、募金をした人間は決して損をするわけではないのがポイントだった。
ジャーゲン全体を巻き込んだこの制度は、いつしか、募金団体の聖地として知れ渡るようになったのである。

(∪´ω`)「……お。
      ヒートさん、きいてもいいですか?」

ノパ⊿゚)「おう、何だ?」

(∪´ω`)「ぼきんをするひとって、なんのためにぼきんするんですか?」

ノパ⊿゚)「話を聞いて手助けしたい、って思ったからだろうな。
    中にはそうやって手助けすることが生甲斐になってるやつもいるんだ」

(∪´ω`)゛「おー」

ブーンは頷いたが、やはり、不思議そうな目で募金活動を続ける人間たちを見ている。
彼の胸中で渦巻いているであろう考えは、概ね見当がつく。

(∪´ω`)「デレシアさんがぼくをたすけてくれたのも、じひ、なんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「私がそうしたかったからそうしたのよ。
      慈悲なんかじゃないわ」

故に、デレシアは即答した。

(∪´ω`)「お……」

ζ(゚ー゚*ζ「人にはね、時には理屈とか常識とか、そういう煩わしいものに囚われたくない時があるの。
      いつかきっと、貴方にも分かるわ」

そう。
人には、感情の赴くままに動く時がある。
彼を見つけた時、デレシアは久しぶりに胸が高鳴ったのだ。
彼を助ける理由には、それだけで十分だった。

16名無しさん:2019/02/03(日) 22:15:43 ID:ogOSfvXw0
(∪´ω`)゛「わかりましたお」

通りを歩き、三人は募金通りから離れた。
道中にバイク用品の専門店があったため、そこにヒートとブーンを立ち寄らせ、ディへの土産を買うように頼んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートが商品を見繕って、ブーンちゃんがお買い物をするのよ。
      いい、ヒートに物を持たせたらダメよ?」

(∪´ω`)゛「はいですおー」

ノパ⊿゚)「頼もしい限りだ。
    あたしらはここで待ってればいいか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、ここで待っていてちょうだい。
      そんなに時間はかからないから、二人で仲良くね」

ノパー゚)「あぁ、任せな」

二人を用品店に残し、デレシアはコーヒーショップに向かった。
コーヒーショップは用品店から数分離れた場所にあり、健在だった。
店の中に客はわずかだったが、廃れているわけではない。
扉を押して入ると、小さな鈴の音がした。

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イ´^っ^`カ「いらっしゃ……って、え?!」

すっかり白髪だらけになった店主がカウンターから不愛想な声をかけ、その言葉が途中で途切れた。
デレシアの姿を見て、まるで幽霊か何かを見ているような反応だ。

ζ(゚ー゚*ζ「お久しぶり、元気だった?」

イ´;^っ^`カ「そ、そりゃあ元気ですが、ええぇ……」

ζ(゚、゚*ζ「あら、女性の顔を見てそんな声を出すのはマナー違反よ」

イ´;^っ^`カ「す、すみません……」

17名無しさん:2019/02/03(日) 22:16:08 ID:ogOSfvXw0
ζ(゚ー゚*ζ「いいわよ、許してあげるわ。
      その代わり、あのサンドイッチを三つ用意してもらってもいいかしら?」

イ´;^っ^`カ「分かりました、ちょっと待ってくださいね」

カウンターの裏で作業が行われる間、デレシアは店内に目を向けた。
客は若い男女が一組、新聞を広げたまま目を瞑っている年配の男が一人、そして若い男の三人組。
決して多い人数ではないが、昔と比べれば繁盛しているほうだろう。
店内に漂うコーヒーの香りは昔と変わっていない。

変化が求められる時代において、変化のないものは極めて貴重だ。
この店の店主が健在である限り、それは続くだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「しばらく来ない間に、ここは警察のたまり場か何かになったの?」

その発言で、店内の空気がわずかに変わった。

イ´^っ^`カ「……どうしてですかい?」

ζ(゚ー゚*ζ「客のほとんどが警官だからよ」

店主がサンドイッチを紙に包む音が嫌に大きく聞こえる。
どうやら図星だったようだが、表情を変えず、無駄なことも言わない。
商売を心得ている人間のそれではあるが、デレシアの前で隠し事をするにはいささか度胸が足りないようだ。

イ´^っ^`カ「サンドイッチ三つで七ドルです」

ζ(゚ー゚*ζ「はい、お釣りはいらないわ」

紙袋に入ったサンドイッチを手に、デレシアは店を出た。
その直後、店の中から大声が聞こえてきた。

「動くな!! 警察だ!!」

振り向くと、デレシアに続いて店を出ようとした三人組の男達が店内で組み伏せられていた。
デレシアの予想した通り、店の中にいた警官は三人。
罪状は知らないが、あの男たちを逮捕するために張り込んでいたようだ。
婦人警官と目が合ったが、デレシアは微笑みを浮かべて踵を返し、用品店に戻った。

店の前には二人が並んで立ち、何かを話していた。

ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ」

(∪´ω`)「おー」

ノパ⊿゚)「本当にすぐだったな。
     ディ用の油と洗車道具だけど、こんなもんでいいか?」

ブーンが手に持った買い物袋を広げて見せる。
何一つ問題のない、無難な選択だった。

18名無しさん:2019/02/03(日) 22:16:35 ID:ogOSfvXw0
ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、これで大丈夫。
      さ、行きましょ」

来た道を戻ると、先ほどの募金通りで何か揉め事が起きているようだった。
そこに見たことのある顔があったが、デレシアは視線を彼に向けることなく、駅へと向かった。

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: : : : : : /⌒ヽ: :/ u.  _ { |
: : : : : /  ヽ V      ~"''..:::'/
: : : : :.{   :::}     し      \
: : : : 人                /
: : : /  ≧= {        r―    /
: /     :八      `ー ` /
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サイレントマンは心底困っていた。
善意が裏目に出て非難されるなど、彼の常識の中には存在しなかったのだ。
事の発端は彼がある団体に5セント募金したことだった。
募金を終え、街を見て回ろうと進んだところで、別の団体に寄付を求められ、それを断った。

Ie゚U゚eI「ちょっと、何でこっちには募金してくれないのよ!」

募金箱を抱えた中年の女性が怒りの表情を浮かべ、サイレントマンに詰め寄ってきた。

( ゙゚_ゞ゚)「え?」

Ie゚U゚eI「不平等じゃない、酷い人ね」

( ゙゚_ゞ゚)「あ、あぁ、すみません」

言われるがまま、彼は5セントの募金をした。
面倒なことに巻き込まれないよう、その場から離れようとしたが、数歩歩いて再び呼び止められた。

从´_ゝ从「おいおい、あっちに募金してこっちには募金しないのかよ!
     なぁ、どうして困ってる人間に手を貸さないんだ?
     それとも、ビーニー君が山を登りたいって夢を応援するのはバカみたいって思ってるのか?
     最低な偽善者め!」

( ゙゚_ゞ゚)「そ、そんな……」

若い男の後ろには、生まれつき体の弱いビーニーという少年を山に登らせるための金を集めている旨の看板があった。
ガイドや装備を用意するために必要な目標金額は八千ドル。
果たして、少年一人を登山させるのにそこまでお膳立てをしなければならないのかと思ったが、少年は足に障害を抱えているらしかった。
男は深いため息を大声で吐き、敵意に満ちた声と視線をサイレントマンに向けた。

从´_ゝ从「はあ゛ぁっ!
     いるんだよな、自分はいい人アピールしたいからって、分かりやすいのに募金するやつがよ。
     だけど断言できるね。
     そういうやつは、糞野郎だってな」

19名無しさん:2019/02/03(日) 22:16:57 ID:ogOSfvXw0
( ゙゚_ゞ゚)「そ、そんなつもりじゃ」

从´_ゝ从「なら最初から募金しろよ。
     何も言わずに募金してりゃあよかったんだ。
     いいよ、お前みたいな糞野郎の手垢にまみれた金なんか受け取りたくねぇよ」

ぐい、と男が顔を近づけて威嚇をしてくる。
何も言えず、何もできない。
恐怖を感じ、背中に冷たい汗をかいた、まさにその時。

( <●><●>)「ずいぶんな言い草ですね、お兄さん。
        これ以上私の友人をいじめるのを止めてもらえますか?」

ワカッテマス・ロンウルフが男を押し返し、サイレントマンと男との間に割って入った。
彼の背中がまるで鋼鉄製の盾のように頼もしく見える。

从´_ゝ从「んだよ、あんたに話なんかしてねぇよ!」

( <●><●>)「威勢がいいのは結構ですが、虚勢にしか見えないのが残念ですね。
       さ、我々に構わず早いところ募金を続けてください。
       時間がもったいないですよ」

从´_ゝ从「うるせえ!
     引っ込んでろよ!」

( <●><●>)「ふぅむ、最近の若い人はどうにもダメですね。
        まぁ、私も若い部類ですが、貴方よりももう少し人間が出来ていると思います」

ワカッテマスを押し飛ばそうと、男が手を伸ばした。
その手は確かに彼の肩を掴んだが、彼はびくともしない。
樹木に対して手をついている様な恰好となり、男は狼狽し、手を離した。

从;´_ゝ从「なっ、何だよ!!」

ワカッテマスはスーツの皺を払い、言った。

( <●><●>)「さっきから五月蠅いですね。
       お仕置きされたい年頃ですか?」

从;´_ゝ从「あんたには関係ないだろ、いいから失せろよ!!」

( <●><●>)「いいえ、大いに関係あります。
       彼は私の友人で、私は彼の友人です。
       で、あれば助けるのは当然です。
       もしかして、友人がいないから分からないのですか?」

ほぼ初対面にも関わらず、ワカッテマスがここまで手を貸してくれることに、サイレントマンは思わず胸が熱くなった。
友人、何と素晴らしい響きだろうか。
記憶を失い、何もかもを手探りで手に入れようとする男を友人と呼び、窮地を救ってくれる人間が目の前にいる。
こんなにもありがたく、そして嬉しい事はない。

20名無しさん:2019/02/03(日) 22:17:21 ID:ogOSfvXw0
从#´_ゝ从[「うるせぇってんだよ!!」

遂に男が声を荒げ、ワカッテマスに殴り掛かった。

( <●><●>)「……はぁ」

だが。
彼は動じることなくその拳を掴み、無理矢理に握手をした。
ワカッテマスの手はまるで万力のように男の腕を固定し、男はそれを振りほどこうと力を入れるが、微動だにしない。
それは異様な光景だった。

( <●><●>)「暴力では解決しないこともあるんですよ。
       言葉の暴力も然り」

柔らかな言葉だったが、それが最後通告であることは間違いなかった。
サイレントマンは口の中が乾いていることに気づき、唾を飲み込んだ。
そこでようやく落ち着きを取り戻し、周囲に意識を向けることができた。
いつの間にか、周囲に人だかりができていた。

从;´_ゝ从「わ、分かったよ、分かったから!!」

( <●><●>)「それは何よりです。
        さ、そろそろ列車に戻りましょう」

手を放し、ワカッテマスは興味を失ったように男に背を向けた。
ワカッテマスに促され、サイレントマンは来た道を引き返すことにした。

从#´_ゝ从「……糞が」

( <●><●>)「ほぅ」

それは一瞬の出来事だった。
男の言葉を聞いたワカッテマスが小さく呟き、振り向きざまに何かが起きた。
もしもサイレントマンの目がご認識を起こしていなければ、彼は男の顎に手の甲を素早く当てたように見えた。
周囲の人間は誰もそれを見ていないのか、何も言わない。

21名無しさん:2019/02/03(日) 22:18:29 ID:ogOSfvXw0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                      _  .rヘ
                    _{_」_ 」\}
                   V.:::|、|:::/
                    {::::{ {:::{  ,、,
                     、::ヽ::::.V从И
                    _〉.::::::::{、トi }
                   ,イ「{:::::::::::::::::比_ノ
             / V厶. -─┘
              /  /
             /  /
          く   /
             ヽ  、
              ヽ ヽ
               ',  ヽ
               _ノ   }
              └‐ァ /
             {_/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

从゚_ゝ从「ぽ……」

男は白目をむいて、足の筋肉が失われたかのようにその場に膝から崩れ落ちた。
意識のない男の股に黒い染みが広がり、失禁しているのが臭いでも分かった。
呆気ない最後を見届け、周囲の人々はその場からすぐにいなくなった。

( <●><●>)「どうやら声を張り上げすぎたみたいですね」

( ゙゚_ゞ゚)「あ、あぁ……」

( <●><●>)「どうしたんですか?」

まだ呆然とし、立ち止まったままのサイレントマンにワカッテマスが心配そうに声をかけた。

( ゙゚_ゞ゚)「助けてくれてありがとうございました。
    ところで今のは、武術か何かですか?
    凄い早いパンチでした」

( <●><●>)「……見えたんですか?」

( ゙゚_ゞ゚)「少しだけですが」

( <●><●>)「みんなには内緒ですよ」

ワカッテマスは人差し指を口に当て、悪戯っぽくそう言った。
そして二人は駅に向かい、歩き始めた。
無言の間が続き、サイレントマンは何か話をしなければと思うが、話題が何も思い浮かばない。

( <●><●>)「人助けというのは厄介なものでね」

22名無しさん:2019/02/03(日) 22:19:21 ID:ogOSfvXw0
そんな彼の思惑を察したのか、ワカッテマスが話を始めた。

( <●><●>)「誰かを助ける間、誰かを見捨てなければならないことがあります。
        特に、助ける手段が有限の場合はそうです。
        例えば、血を流している子供と転倒した老婆が目の前にいたとします。
        子供を助ければ老婆が。 老婆を助ければ子供の親が不満を口にします。

        どうして向こうを、とね。
        重要なのは程度ではなく、己を優先しなかったことなんですよ」

それは、先ほどサイレントマンが陥った状況そのものだった。
彼の所持金には限りがある。
旅を続けるために必要な金の一部を削って募金をしたがために、あのようなことに巻き込まれてしまった。

( <●><●>)「主張する意味は分かりますが、どうしようもないこともあるのです。
        助けるという行為は、それが偽善だろうが何だろうが、どこかで非難を受けるものなのですよ。
        万人を平等に扱うなんていうのは、人間には無理なんですよ」

( ゙゚_ゞ゚)「……それでも、誰かを助けたいと思ったときは、どうしたらいいんですか?」

( <●><●>)「助ければいいんですよ。
        別に、君は他者を不幸にしていない。
        それはつまり、悪行ではないんです。
        なら、好きにすればいいんですよ」

( ゙゚_ゞ゚)「なるほど……」

( <●><●>)「ま、これはあくまでも私の考えですけどね。
       確実に言えるのは、先ほどの募金で貴方が責められることは何一つなかったということです」

誰かに己の言動を肯定してもらえれば、それだけで救われることもある。
この時、ワカッテマスの言葉を聞いたサイレントマンは強くそう思ったのであった。

( ゙゚_ゞ゚)「そうだ、さっき僕のことを友人と仰ってくださってましたよね」
  _,
( <●><●>)「おや、ご迷惑でしたか?
        てっきり、私の中では友人だったのですが」

( ゙゚_ゞ゚)「いえ、逆です。
     ワカッテマスさんにそう言ってもらえて、僕、とても嬉しかったんです。
     こんな記憶も何もない僕を友人だと言ってくれる方なんて、いないと思っていましたから」

ワカッテマスの手がサイレントマンの肩を軽く叩き、力強く揺さぶった。
人を安心させる柔らかな笑顔を浮かべたまま、彼は有無を言わせぬ口調で断言した。

( <●><●>)「友人になるのに時間は必要ないんですよ。
        スノー・ピアサーに戻ったら昼食を食べながらチェスでもしましょう」

( ゙゚_ゞ゚)「チェスはその……ルールが分からなくて」

23名無しさん:2019/02/03(日) 22:20:17 ID:ogOSfvXw0
( <●><●>)「なぁに、一緒にやっていきましょう。
       時間はあるのですから、気長にいきましょう」

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      |: : :| : : l: :l,,|レ 、   リ  リ   リ___ V:..:|: :..:|: : |
      |: : :l.:..:.γl'"| ||  ヽ  /  ノ 〃 ̄ ̄` Ⅵ!: :..:|- 、: |
     ノ: : : , : : : Ⅳ! リ _              | |V:..:.:|'´ Ⅵ
    ,小: : ::, :..:..:| |レ'´ ̄`  :,              リ ∨,ノ  リ
    || ∨ : vハ: : :.| リ       |                | |   } }
    || ∨:, :vハ:..:.|       {  、             リ  / イ
    リ  乂∨vハリ        ヽ             f n}_}:|
        {`ヾ\            ,.   =ァ    j¨¨!ノ:..:|
         、    :.      ,, _,. ´-‐  ,. ´     /|: : :.∧|
           \`¨ 、     \_,.  '"       ,ノ: :ハ{
           `ー‐ 、              /===ミリ
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スノー・ピアサーに戻ったデレシア一行は買った品物をローテーブルの上に並べ、一息ついた。
デレシアは部屋に備え付けられていた湯沸かし器と茶葉を使い、紅茶を淹れた。

ζ(゚ー゚*ζ「少しだけ待っていてね」

流石高級列車の最高級車輛だけあり、茶葉もポットもしっかりとした上等な物だった。
チケットを確保してくれたロマネスク・O・スモークジャンパーに感謝しなければならない。

(∪´ω`)゛「おー」

ノパー゚)「香りがすげぇな。
    湯を入れただけでここまで漂うもんなのか」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、やっぱり茶葉が違うだけで味も香りも全然違うのよ。
      お茶が出来たらサンドイッチと一緒に飲みましょうね」

三分ほどの待ち時間だが、その間にブーンは単語帳を開いて勉強を始めた。
言葉の意味を知れば知るほど、彼の世界は広がっていく。
どこまでその世界が広がるのか、デレシアは楽しみで仕方がなかった。
長い目で彼の成長を見守り、見届けることは今一番の楽しみだ。

『お待たせいたしました。
これよりジャーゲンを出発いたします。
次の停車駅は、フートクラフトです。
防寒着は三両目の物販車輛にございますので、ご利用ください』

(∪´ω`)「フートクラフト?
      ……あしクラフト?」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、よく分かったわね。
      フートはあし以外にも、麓って意味があるの。
      フートクラフトは、クラフト山脈の足元の町、って意味よ」

24名無しさん:2019/02/03(日) 22:21:11 ID:ogOSfvXw0
フートクラフトはクラフト山脈から流れ込む雪解け水が有名な町だが、それ以外は何もない。
水を輸出しても、その輸出コストの関係で儲けはほぼ相殺されてしまう。
景観は抜群だが、如何せん、交通の便が悪すぎるのだ。

ノパー゚)「凄いじゃねぇか、ブーン!」

(∪*´ω`)「やたー!」

ヒートはブーンを抱きしめ、無事な手でその頭を撫でまわした。
ブーンもヒートを抱き、尻尾を振って喜びを露わにする。
静かに列車が進み始め、外の景色が動き出す。

ζ(゚ー゚*ζ「正解したブーンちゃんには、特別美味しい紅茶を淹れてあげるわね」

ポットからカップに真紅の紅茶を注ぎ、紙に包まれたサンドイッチをそれぞれの前に置く。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、どうぞ」

(∪*´ω`)「いただきます」

ノパー゚)「いただきます」

ブーンは包み紙をはぎ取り、自分の腕ほどの太さのあるバゲットサンドを取り出した。
はみ出すほどに挟まれたレタス、トマト、チーズ、そして生ハム。
具材に変更はなく、そして量も変更がない。
漂う香りと色合いを見て、使われているドレッシングとマヨネーズにも変わりがないことが分かった。

(∪´ω`)「んあー」

大きな口を開け、ブーンは一口目を頬張った。
頬を膨らませ、噛み応えのあるバゲットサンドを美味しそうに咀嚼している。
この手の料理は上品に食べる必要はない。
食べ方も味の一つであり、特に、このバゲットサンドはできる限り頬張った方が美味いのである。

あの店の使うバゲットは適度な硬さと柔らかさのあるもので、その日の朝に焼き立てを仕入れて調理しており、朝に食べるのが最も美味いのだ。
無論、時間が経てば硬くなるが、それでも美味さは衰えることがない。
昔ながらの大味で気取らない味のサンドイッチ。
毎日ではなく、ふとした時に食べたくなる味の一品だった。

(∪*´ω`)゛「むー!」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートのは一口サイズに切り分ける?」

ノパー゚)「わりぃ、助かるよ」

ナイフを使ってヒートのバゲットサンドを切り分ける間に、ブーンは二口目を嚥下していた。
切り分けられたバゲットを掴んで、ヒートも負けじとそれを一口で口に収めた。

ノパー゚)b「んっ!」

25名無しさん:2019/02/03(日) 22:21:44 ID:ogOSfvXw0
ヒートは何も言わず、満足そうな笑みを浮かべて親指を上げた。
好評だったようで何よりだ。
デレシアもバゲットに齧り付き、変わらぬ味に満足の声を上げた。
ビネガーを主としたドレッシングには細かく刻んだパプリカのピクルスとオリーブが入っており、食感と風味が嬉しい一手間だ。

絶妙な酸味を引き立てるのはマヨネーズと生ハムの塩味。
味の奥深さを演出するのはモッツアレラチーズとトマトで、ドレッシングに混ぜられたオリーブオイルが全ての食材を一つにまとめ上げている。
手間のかかった料理ではないが、試行錯誤の末に導き出されたこの料理はある種の完成形と言えた。

(∪*´ω`)「こうちゃも、おいしいですお」

すでに半分食べ終えたブーンが、紅茶を一啜りしてそう言った。
彼の口の横についたマヨネーズをデレシアが指で拭い、指を舐めた。

ζ(゚ー゚*ζ「それは良かった。
      御飯が終わったら、ディちゃんのところに行きましょうね」

(∪*´ω`)「おっ!」

再びブーンは大きな口を開けて、バゲットサンドを食べ始めた。
それから食事を続け、三人は食後の紅茶を飲んで一息ついた。

ノパ⊿゚)「ふぅ、紅茶もサンドイッチも美味かったな。
    しかし、フートクラフトまで行けるんだな、この列車は」

ζ(゚ー゚*ζ「確か、クラフト山脈を通って行くルートになっているはずよ。
      山脈伝いに行くよりも早く到着するから。
      フートクラフトの次がシャルラ近辺、それからラヴニカね」

所要時間がどれだけ短縮されるのか、実に見物だった。
クラフト山脈にレールを敷いた人間たちの精神力と覚悟は素直に尊敬する。
誇張ではなく、あの山に登って作業をすることは文字通り命がけなのだ。
登山家たちが毎年あの山で死んでいるのは周知の事実であり、その成功率の低さは紛れもなく世界一である。

夏でもその雪は溶けずに残り、積もり固まった雪はコンクリートか何かのように固い。
クラフト山脈にレールを敷こうという発想は、強い意志と実行力がなければ実現にまでこぎつけられない。
それなりの報酬、そしてそれ以上の見返りがあったのだろう。

ノパ⊿゚)「あたしはクラフト山脈の辺りはよく知らねぇんだが、防寒着は買わなくて平気か?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、外に出るならローブだけじゃ無理があるわね。
      後で買いに行きましょう」

大抵の気候と地形に対応できるローブだが、クラフト山脈の冷気から体を守るには心もとない。
標高が高くなればそれだけ気温が低くなり、風が強くなる。
布の隙間から入り込んだ冷気が体温を奪えば、ローブは防風程度の効果しか発揮できない。
せめてダウンの上着と防寒防風のズボンが必要だ。

(∪´ω`)「デレシアさん、クラフトさんみゃくって、どういうばしょなんですか?」

26名無しさん:2019/02/03(日) 22:22:43 ID:ogOSfvXw0
紅茶を飲み終えたブーンが小首を傾げ、尋ねてきた。
彼はまだ雪と戯れたことがまだないのかもしれないと、デレシアは思った。

ζ(゚ー゚*ζ「凄く背の高い山よ。
      寒いというよりも、冷たい場所ね。
      雪がたくさんあって強風が吹いて、人が生きるには厳しい場所だけど、景色がきれいな場所よ。
      ペニおばーちゃんの家からも見えてた、あの白くて大きい山よ」

デレシアはブーンの背中を指さす。
それにつられるようにして、ブーンは振り返り、声を上げた。

(∪*´ω`)「おっ」

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ハハ从'从∧::::∧::::::::::::::::::::::::::::,,;.;.'' ;;;;;''":::::::::::::::::::::::::::::::::::__/kkkkkkkkkノノヾ从ノノ;
ノノゞゞ"ヾハ∧从∧:::::::::::::::::::::::''''""::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/kkkkkkkkkk∧kk,',,彡ミ彡爻',
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山脈が近づき、その険しい山々が巨大な壁のように地平線を覆っている。
上空で強風が吹いている証拠に、山肌に積もった雪が白い帯となって漂っていた。
その荘厳さ、圧倒的な巨大さはフォレスタの森から見たものとは次元が違う。
眼前を覆いつくすほどの巨大な山肌は青白く、その頂は空の一部と化している。

ζ(゚ー゚*ζ「あの頂上にたどり着くことができるのは、本当に一握りの人間だけで、そこから降りられるのはもっと少ないの。
       確かまだ五人もいないはずよ」

麓から登ることはできるが、山頂部に到達するまでにはいくつもの難所を越えなければならないため、登りきることが極めて困難なのだ。
現在開拓されているルートは二つだけで、どちらも死に至るまでの時間が長いか短いかの違いであるとさえ言われている。
最大の敵は寒さと風、そして垂直に近い急斜面だ。
一流の腕と装備を持っていたとしても、自然が生み出す予測不可能な天候は無慈悲に登山者を襲う。

運よく登頂に成功したとしても、下山の段階で命を落とす危険性からは逃れられない。
デレシアの知る限りでは、五指にも満たない人間だけが山頂からの景色を見て生還したはずだ。

(∪´ω`)「どうしてのぼるんですか?」

27名無しさん:2019/02/03(日) 22:23:05 ID:ogOSfvXw0
ζ(゚ー゚*ζ「それはね、登ってみないと分からないことよ。
      きっと皆、それを知りたくて山を登るんじゃないかしら」

これは答えのない問いだ。
人によって異なる答えを出し、そして、その答えは理解を得ないまま墓場に持ち込まれる。
山に挑んだ人間のみが、その答えを知るのだ。
登るのではなく、挑んだ人間だけが。

(∪´ω`)「おー、ふしぎですおー」

少しの間、ブーンはクラフト山脈を眺め、それからヒートを見た。

ノパ⊿゚)「ん? どうした?」

(∪´ω`)「おー」

ノパー゚)「……大丈夫だよ、あたしはどこかに行ったりしないさ」

ブーンとヒートはまるで姉弟のような関係を築き上げていた。
怪我の功名、というわけではないが、ヒートが目に見えて重傷を負ったことで、ブーンの考えに変化が生じたのは想像に難くない。
そしてそれが進展したのは、ヒートが単独行動に走ったからでもある。
ブーンからすれば、再び何かの拍子にヒートがいなくなり、命を失ってしまうのではないかという危惧があるのだろう。

子供らしい危惧だが、当然の危惧でもあった。
ペニサス・ノースフェイスを目の前で失った彼にとって、これ以上誰かと死に別れるのは耐えられないのだ。
それは心の成長であると喜ぶべきことだが、寿命で死んだのでなければ、喜ばしいことではない。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、ディを洗いに行きましょ」

洗車道具を持って三人は車輛内にある荷物置き場に向かうことにした。

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                ..._,,.. --ー―ーイ.,
             ,. -''⌒∨ :/  . . . . . . . .. ^ヽ、
       ,,.-/     ヤ: : : : : : : : : : : : : ... `ヽ.
      /    _ノイヽ、./: : : : : : : : : : : : : : : : :. ヽ.
     /⌒` ̄ ̄| |~7: : ' ' ' ' ' ' ' ' : : : : : : : : :. |
   /7,.- 、   .ゝヽ{'         ' : : : : : : /
  / /    ̄~^''''ゝこ|           ' : : : /
 /  i^ ~^''ヽ、     |\ノ=ニニニ=-、    ' :./
./   !     ^'''-  | /-ー-    \   ノ
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デレシアたちがディの洗車を行っている間、ジュスティアではトラギコ・マウンテンライトが十三杯目のコーヒーを飲み干し、深い溜息を吐いていた。
目の前に座るツー・カレンスキーとジィ・ベルハウス、そしてゲイツ・ブームは沈黙し、トラギコの言葉を待っていた。
トラギコからの報告と、それに対する質問が終わり、彼はツーからの情報に耳を傾ける番だった。
そして、最初の情報に対してトラギコの反応は数秒間の沈黙と溜息だった。

(=゚д゚)「何?」

28名無しさん:2019/02/03(日) 22:23:29 ID:ogOSfvXw0
(*゚∀゚)「サイレントマンは退院した、と言ったんだ」

その人物は、トラギコがデレシア一行を追うことになった事件の生き証人だった。
強化外骨格の中でも、極めて価値の高いガバメント・シリーズの“エイブラハム”に身を包み、ログーランビルから落下した生存者。
その存在は勿論、彼が退院したことも今初めて聞かされたのだ。
デレシアの逮捕に踏み込むことのできる証人の存在もそうだが、それを野に解き放ったことが信じられなかった。

(=゚д゚)「どう考えてもビルで戦ってた奴だろ、どうして逃がしたラギ?」

ジュスティア上層部は時々想像を絶するほど愚かな選択をすることがある。
今回もその一つなのだとしたら、トラギコの堪忍袋は流石に耐えられない自信があった。
だがツーはトラギコの憤りを知ってか知らずか、落ち着いた様子だった。

(*゚∀゚)「心配ない。サイレントマンが“葬儀屋”と呼ばれていた殺し屋だということも、その居場所も分かっている。
    ちなみに本名は、オサム・ブッテロ。
    知りたければ資料があるぞ」

必要なのは男の情報ではなく、男が持っているデレシアの情報だ。
デレシアに関する情報は値千金であり、喉から手が出るほど欲しい。
仮に彼女を逮捕する段階で事件に関する証拠が揃っていたとして、それが意味を成すかは問題ではない。
彼女の武力が底なしだとしても、トラギコは退くわけにはいかないのだ。

己の生涯最後の事件になるとしても構わない。
あの女は、必ずこの手で捕まえるのだ。

(=゚д゚)「どこにいるんだよ、そいつは」

(*゚∀゚)「今日運行が開始になったスノー・ピアサーだ。
    退院祝いの金を全部使って、ある女を探すとのことでな」

懐から折りたたんだ紙を、トラギコの前で広げて見せた。
そこに描かれていたのは、デレシアに酷似した女の絵だった。
表情に動揺が現れていないことを願い、トラギコは知らない風を装った。

(*゚∀゚)「さぁ、本題に入ろう。
    この女、知っているな?」

(=゚д゚)「知らねぇな」

ツーは分かっていて聞いてきている。
この女は、トラギコがデレシアを知っていると確信した上で質問をしているのだ。
恐らく、ティンカーベルにいるベルベット・オールスターが報告をしたのだろう。
彼がジュスティア内にいる内通者であることについて、トラギコは報告をしていない。

ティンバーランドという組織が世界規模で根を張っている以上、うかつな言動は寿命を縮め、トラギコを真実から遠ざけてしまう。
この絵がデレシアであることはベルベットからの情報に違いない。
一杯食わされた報復に彼がするとすれば、彼女をジュスティアにも追わせることぐらいだ。
彼は今頃、相当立腹しているはずだ。

29名無しさん:2019/02/03(日) 22:23:50 ID:ogOSfvXw0
トラギコたちを殺そうとした計画がとん挫し、デレシアや白いジョン・ドゥをジュスティアに持ち込まれたのだ。
更にはトラギコの生還と証拠品、ジョルジュ・マグナーニ、ショボン・パドローネ、シュール・ディンケラッカー、カラマロス・ロングディスタンスの逮捕という展開は、計画者の顔に糞を塗りたくるようなものだった。
これで怒らない計画者はいないだろう。
逮捕された四人は円卓十二騎士の二人とともにジュスティアに来る予定になっているらしいが、道中、襲われないかが心配だ。

恐らく、トラギコがデレシアと何度も行動を共にしていることも報告済みなのだろう。
それがベルベットからなのか、それとも、別の人間の情報なのかは不明である。
誰が報告したにせよ、明らかになるのは時間の問題だったため、そこまで痛手ではない。
逆に、ジュスティア警察本部と上層部がここまで興味を示しているデレシアの情報が得られるチャンスでもある。

再び、ツーが同じ問いをした。

(*゚∀゚)「知っているな?」

(=゚д゚)「知らねぇって言ってるラギ」

爪#゚-゚)「しらばっくれるな!!」

激昂したジィがトラギコの胸倉を掴んで立ち上がった。
女ではあるが、流石に警察の上層部に居座るだけあり、膂力は並みの婦警よりもあった。
だがトラギコの腕力には到底及ばない。
手首を掴み、一気に力を入れる。

骨が軋み、ジィは苦悶と怒りの表情を浮かべた。

爪#゚-゚)「づっ! 離せ!」

(=゚д゚)「うるせえ女は嫌われるラギよ。
   俺に喧嘩売るなら、もうちょっと賢くなってからにするラギね」

(*゚∀゚)「ジィ、今のはお前が悪い。
    トラギコ、本当に知らないんだな?」

ジィの手首を離し、トラギコはツーに声だけを向けた。

(=゚д゚)「あぁ、知らねぇな」

(*゚∀゚)「分かった。
    ジィ、ゲイツ、席を外してくれ。
    ここからは二人だけで話をする」

|  ^o^ |「……」

爪#゚-゚)「し、しかし……」

(*゚∀゚)「私は席を外してくれ、そう言ったぞ」

30名無しさん:2019/02/03(日) 22:24:15 ID:ogOSfvXw0
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       __,........._
    ,.r‐'´.  . . : `::‐:;、
    ノ: :: : . : : : : ::::::;:;:;:;:;:ヽ
  ./'ー'^: : : :::: :::::、:::::;:;:;:;:;:;:;:'!
 ノ: .  . : :: :.:.:.::_;;ヽ:::;:;:;:;:;:;:;'l
  i、. . .___-、ー,='"ヽ|^!::;:;:;;::;:;:;| 「I said, "Leave here, please."」
  `'、ー、.ニ'_Zィ‐ァ. ' .ヽ:;:;ハ::;:;;|
   'ー>、'´`´    ハ::;:ハ:;:/ァ'
    l i !_ ,   _,.、  ハ:;/ i:ノ||!
   ,...|::;ヽ、=ニ...ノ / /リ j|||||},
 / |::;:/ ヽ、.....ノー'´_ソニ´!||;;;'、
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


その一言で、二人は無言のまま席を立ち、部屋を出て行った。
氷のような冷ややかさと刃のような鋭い言葉は、彼女が積み上げてきた経歴と実力が作り出した彼女自身の武器だ。
トラギコはソファに座り、相手の出方を待つことにした。
気配が完全に消えてから、ツーは口を開いた。

(*゚∀゚)「私は得られた情報からこの絵の人物がデレシアであると考えている。
    実はこの一件、市長から直々に極秘捜査をするように言われていてな。
    デレシアの調査のために、“モスカウ”が動くことになった」

(=゚д゚)「……人の事件を横取りしようってのは、感心しないラギね」

この女が勘付いている以上、あまり隠し立てしても意味がないだろう。
報告を受けているのは間違いなくこの女だ。
今、腹を割って話をしたがっていることはよく分かるが、まだ口を割るわけにはいかない。
最大級の警戒をしなければ、あの組織は相手にできない。

彼女の知り得ない情報を導き出し、反応をしつつ、情報を引き出すという極めて難しい対応をしなければならない。
それよりも驚くべきなのは、市長がデレシアの調査を極めて重要なものとして考えていることだ。
名前だけでモスカウを動かすなど、前代未聞の話だ。

(*゚∀゚)「事件はお前の所有物ではない。
    それに、早期解決はお前の望むところだろう」

(=゚д゚)「大人数で動けば相手に勘付かれる可能性が高くなるラギ。
    余計なことをするんじゃねぇよ」

(*゚∀゚)「安心しろ。お前を捜査から外すことはしない。
    市長がお前を外すよう言ってきたが、私が断った。
    お前を外したところで、どうせ命令に従うことはないんだからな。
    だから、お前ともう一人だけでデレシアに関する捜査を進めてもらう」

(=゚д゚)「待てよ……その一人って誰ラギ?」

31名無しさん:2019/02/03(日) 22:24:40 ID:ogOSfvXw0
ジュスティア警察内で信頼のおける人間。
そしてなおかつ、捜査能力の高い人間。
心当たりは僅かしかいないが、果たして、それが誰なのかがトラギコにとっての懸念であり、不安だった。

(*゚∀゚)「モスカウの統率者だ。
    彼なら、お前と違って監視と報告の責任を果たすからな」

その名を聞いて、トラギコは目を大きく見開いた。

(;=゚д゚)「“ロールシャッハ”を動かしたのか!?」

モスカウの頂点に立つ統率者は、難事件解決の最前線を取りまとめる最優秀の人材。
警察史上最高の難事件解決数を誇る男であり、情報収集のエキスパート。
“ロールシャッハ”と呼ばれる統率者は変人、奇人であってもその捜査能力はジュスティア警察でも最高のものであると断言できる。
トラギコでさえ彼の能力を高く評価し、近寄りたくないと思っているほどだ。

事件の最前線において、表舞台で解決をするのがトラギコなら、ロールシャッハは裏で事件を解決する。
言わば、トラギコとは対になる存在なのだ。

(*゚∀゚)「あぁ、彼がいれば万全だ。
    彼からの情報では、デレシアと思わしき女はスノー・ピアサーに搭乗しているとのことだ」

情報が届いてからの行動が早すぎるが、それがロールシャッハなのであれば納得がいく。

(=゚д゚)「俺はいつ合流すればいいラギ?」

一刻も早くロールシャッハと合流し、余計なことをされないよう、見張っておかなければならない。
だがスノー・ピアサーにどうやって追いつけばいいのか、そしてどこで合流すればいいのか、考えが浮かばない。

(*゚∀゚)「明日、シャルラに向かって船で出発してもらう。
    スノー・ピアサーが到着するのは今から五日後。
    そこで合流しろ」

ツーは懐から封筒を取り出し、それをトラギコの前に置いた。

(=゚д゚)「……考えておくラギ」

受け取った封筒の中身を改めると、高速船の乗車券とスノー・ピアサーの乗車券だった。
拒否したい気持ちもあるが、ここで拒否して得られる満足感などたかが知れている。
デレシアたちに追いつくことと天秤にかければ、答えは決まっている。

(=゚д゚)「聞いてもいいラギか」

(*゚∀゚)「中身によるな」

(=゚д゚)「アサピー・ポストマンはどうするつもりラギ?」

(*゚∀゚)「……そのことだが、あいつはしばらくこの街で大人しくしてもらうことにした。
    写真の現像結果を見たが、あいつは多くを知りすぎた。
    そう簡単に野には放てない」

32名無しさん:2019/02/03(日) 22:25:22 ID:ogOSfvXw0
ジョルジュが狼を射殺する写真と、カラマロス・ロングディスタンスが狙撃をしている姿を収めた写真はジュスティアとして、世間に公開したくないものだ。
前者は元警官だが、後者は現役の軍人で、狙撃の名手として多くの人間に知られている。
その二人が犯罪行為に手を染め、ティンカーベルでの事件に関わっていたと知られれば大事になる。
いずれかの写真が世に出れば、ジュスティアの信頼はどん底に落ちるだろう。

(=゚д゚)「そうしてくれ。
    後、島から送られてくる連中には警戒しておいたほうがいいラギよ。
    相手は一度、セカンドロックを破ってる相手ラギ」

一か所にティンバーランドの人間が集まるということは、それをどうにかしようとする動きがあって然るべきだ。
ジョルジュ、カラマロス、シュール、そしてショボン。
あと一人取り逃がしたことが悔やまれるのと同時に、奪還ための動きがベルベットによって組まれていると考えられる。
警戒は最大級しておくべきだ。

(*゚∀゚)「……考えておこう」

(=゚д゚)「軍の中にまで入り込めるぐらいでかい組織が相手ラギ。
    油断してたらあっという間ラギよ」

トラギコの言葉は、同僚に対するせめてもの警告だった。
島からやってくるのは逮捕した人間だけではないのだ。

(=゚д゚)「ところで、デレシアを追う理由は何だ?」

ツーの視線がトラギコの目を見据えた。
その目は、次に彼女が口にする言葉よりも雄弁だった。

     Need not to know.
(*゚∀゚)「知る必要のないことだ」

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                   Ammo→Re!!のようです
    Ammo for Rerail!!編 第一章【Train of mercy-慈悲の列車-】 了
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33名無しさん:2019/02/03(日) 22:25:42 ID:ogOSfvXw0
第一章はこれで終わりです

質問、指摘、感想などあれば幸いです

34名無しさん:2019/02/03(日) 22:31:45 ID:mgJAEZrU0
狂気すら感じる

35名無しさん:2019/02/03(日) 23:58:48 ID:wm/xPUB20
相変わらず濃い、乙乙

36名無しさん:2019/02/04(月) 00:42:01 ID:TlXRz0Ec0
新スレ最初の投下おつおつ

37名無しさん:2019/02/04(月) 00:54:36 ID:jaIuUSqY0
投下&スレ建て乙乙

38名無しさん:2019/02/04(月) 07:26:43 ID:g8SWiFrE0
おつ!
ロールシャッハがどう動いてくるか楽しみだ

39名無しさん:2019/02/04(月) 23:04:14 ID:HWLfD7XY0
>>14
よく使いこまれ、皺と傷まみれになっている黒革のブーツは、彼女が手入れを行っていないことをよく表している。
手入れを怠っていない?

40名無しさん:2019/02/04(月) 23:20:11 ID:KmAyLJog0
>>39
そこ俺も気になってしまった

41名無しさん:2019/02/05(火) 00:12:05 ID:SNdGYmow0
>>40
確かにそこでは手入れしてないって言ってるけどその後じゃ手入れしてるっていってたからな

42名無しさん:2019/02/05(火) 06:24:08 ID:XoJaYW2w0
>>39
あああああああ!!!!!!
怠っていないが正解です!!!

NOOOOOOO!!!!!!

43名無しさん:2019/02/24(日) 18:50:41 ID:VotAh/cY0
久しぶりに一気読みしてきた


44名無しさん:2019/03/17(日) 08:17:34 ID:aOXCjorg0
次の?土曜日、VIPでお会いしましょう

45名無しさん:2019/03/19(火) 23:06:57 ID:HSXiRuRk0
まってる

46名無しさん:2019/03/21(木) 23:49:23 ID:XRaVfOy60
おっまじか早いな
めっちゃ待ってる

47名無しさん:2019/03/25(月) 21:13:15 ID:zQpl3xtQ0
VIPで投下したのかな?続きが読みたい

48名無しさん:2019/03/25(月) 21:19:08 ID:KqxZ6nLQ0
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列車の旅の悪いところは、相性の悪い奴と一緒になったら同じ空間に居続けないといけないことだ。
それも含めて列車旅なんだけどな。

                   ――著:エディー・マーティン『ぶらり途中乗車の旅』より抜粋

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

次の停車駅であるフートクラフトが小さく見えてきたのは、スノー・ピアサーがジャーゲンを出発してから、四時間が経過した頃だった。
そそり立つ巨大なクラフト山脈の姿はすでに乗客たちの視界を埋め尽くし、見上げなければ山頂を見ることもできないぐらいだ。
山頂付近の風が強いことを示すかのように、山肌から湯気のように雪が虚空に流され、どこかへと消えていく。
その様は幻想的であり、魅惑的な何かがあった。

毎年多くの死者を出しながらも、登頂せんと挑む人間が途絶えないのはそうした姿にこそあるのだろう。
その圧倒的な姿から登山家達からは“世界を隔てる壁”と呼ばれ、フートクラフトの人間たちからは“天国への階段”と呼ばれている。
確かにどちらの呼び名もクラフト山脈を的確に表現していた。
クラフト山脈を越えれば西の街に行くことができるが、この山脈がある以上、人間は遠回りせざるを得ない。

世界を東西に分断する最大の壁が、このクラフト山脈なのだ。
この山を登れば、間違いなく寿命を縮め、天国もしくは地獄という名のついた死地に階段を上るようにして旅立つことができる。
スノー・ピアサーはクラフト山脈沿いに新たに線路を敷き、山脈を最短距離で越える道を確保することに成功したのである。
線路を敷く作業は危険と困難を極め、構想から十年以上の歳月を要することになった。

だが逆に、十年以上の年月をかけることで、人は無謀とも言える作業を完遂させることが出来たのだ。
今日までその道の詳細は伏せられており、徹底した情報統制がなされたのだと分かる。
それを実現するためには労働に参加した人間たちが仕事に納得し、誇りをもって従事していなければならない。
エライジャクレイグの市長トリスタン・トッド・トレインは、そのことをよく理解した人間なのだろう。

(∪´ω`)「おおきいですおー」

ブーンは徐々に近づくクラフト山脈を見上げながら呟き、圧倒されている。
彼がこれまでに見てきたあらゆる物の中で物理的に最も巨大なものが、今、眼前に広がっている。
あまりにも巨大すぎるため、近づいているという実感があまり沸かないが、四時間前と比べればその大きさは歴然としている。

ノパ⊿゚)「ほんとにでけぇな……」

ブーンを膝にのせて同じように山を仰ぎ見るヒート・オロラ・レッドウィングも、同様の感想を口にした。
紅茶を一口飲み、デレシアもクラフト山脈を仰いだ。
世界最大、最長の山脈。
その姿は昔も今も、まるで変わることがない。

ζ(゚ー゚*ζ「後一時間ぐらいで着くから、それまでに服を見ておきましょうか」

季節は夏だが、この辺りの気温は昼でも十度未満が基本で、夜になれば氷点下になる。
車外に出ることがなければいいが、列車旅においてそれは不可能に近い。
そのため、スノー・ピアサーのラウンジ車で冬服販売が行われるとのアナウンスがされており、フートクラフトに到着する前に各々の服のサイズを見ておきたかった。

49名無しさん:2019/03/25(月) 21:19:30 ID:KqxZ6nLQ0
ノパ⊿゚)「見るってことは、ここで買うのか?」

デレシアは頬に指を当て、少し考える仕草をした。

ζ(゚ー゚*ζ「いいのがあればね。
      でも、買うのならここではなくフートクラフトにしたほうがいいわ。
      多分、車内販売の服はデザイン重視だからいいのが少ないと思うから」

ノパ⊿゚)「そっか。 しかし、夏に冬服を買うってのも変な感じだな」

ζ(゚ー゚*ζ「シャルラの人にしてみたら、夏と冬の違いは日差しの強さぐらいだもの。
       地域によって、季節の考え方も対策も違うのよ」

三人が着ているローブもある程度の防寒には役立つが、ある一定の寒さを超えた時には力を発揮できない。
そのため、保温に特化した衣服を下に着ておかなければこれから向かうラヴニカでは凍えることになる。
もしもいい品があれば買うが、あまり期待はできないため、ここではサイズを測ることが目的だ。
紅茶を飲み干して、デレシアはゆっくりと立ち上がる。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、行きましょうか」

ブーンはヒートの膝から降り、ヒートに手を貸す。
その小さな手を掴んで、ヒートも腰を上げた。

ノパー゚)「よっしゃ、行くか」

(∪´ω`)「おー」

三人は身なりを整え、毛足の長い赤い絨毯の敷かれた廊下に出る。
デレシアたちが利用している特別寝台車とラウンジ車輛は隣接しており、その一つ先には食堂車がある。
利便性は他の寝台車に比べて抜群に良く、流石に高額な券で売り出しているだけの価値はある。
貨物車などを除き、スノー・ピアサーに寝台車は合計で十二輌ある。

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三三三三三=/ /三三=|  //三三|  //三三‐~ > ´ _ ┬:「:|::|::::ij: |_斗|ri|小{}(_)-=ニ二三
三三三三三/_/三三三|//三三三|//三三「>'゙_、‐T~ :| :| :| {} |>''_| ┼「~||{}(_)'' ^~_,,. -
二ニニニニ|::::|三三三三三三三三三三三三三レ''| |:|:=|==|=|=|。si「||:ij::| | | ||{}(_) ̄__二ニ
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_(__)_(__)__(..)|::::|¨¨¨¨¨¨~¨~¨゙|:|¨¨¨¨¨¨¨¨~¨¨¨¨|~゙0|Sfj|I:S0{}了「{}р||:ij::| | | | }i |(i|)   _
大大'大'大''|::::|        |:|           | 0|Sfj|I:SO{}:i|| р||:ij◇0II ()|り|(i|) ̄ ∬
△(__)〇.{_}|::::|        |:|         丁~゙|Sfj|I:S0{}:i|◯ р||:ij :| ◯ |り|(i|)   ∬
○△○○0j|::::|ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ| ..|::::fj|I:S {}:i|   р||:ij :|    |り| 0  ∬S
=========i|::::|ア  .||▽nn| |n_n_|_n__|__| |¨|:::::◯ l__,|::::|И[] |l◯:| __ 〔〕♪0  【_】
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''大''尢汞力|::::|TTT||∩ ̄ ΩО∝Ьvicrnc‰|(i)|::::::::::::|し|⌒Y=r==Li|::しi⌒i゚丁天¨¨¨¨¨了¨
_(__)_[]_㍊iI_|::::|しし ||∪__| |丁:|`i'''T=┬‐- ⊥.._|::::::::::::|)b)i+i(」」ΩΩ|::|=汢汢|⊆⊇┌┐○
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50名無しさん:2019/03/25(月) 21:19:57 ID:KqxZ6nLQ0
その内、特別寝台車は四輌。
特別寝台車は前よりと後ろより、それぞれ二輌ずつ食堂とラウンジ車輛を挟む形で配置されている。
金額から考えても利便性のいいその配置は妥当であり、当然と言えた。
通常の寝台車一輌に対し、最大二人が宿泊できる部屋が四つあり、八人が一輌を共同で使うことになるという点を考えれば特別寝台車の金額も納得がいく。

デレシアを先頭にラウンジB車輛の札が付いた車輛に入ると、半分ほどのスペースにハンガーラックにかけられた衣服が並んでいた。
衣服はどれも冬用のそれと分かるものばかりで、夏用のものは見当たらなかった。
ファーのついたコートや皮の上着が並び、乗客たちがグラスを片手に品々を物色している。
広いラウンジ内にはざっと見て三十人はおり、皆、服を見ていた。

ノパ⊿゚)「結構良さそうな服だけど案外安いな」

近くにあったハンガーラックを見て、ヒートが感想を口にする。
手に取れば分かるが、使われている皮は合皮ではなく本物だ。
にもかかわらず、値段は市場に並ぶよりも安価である。
生産地の記載を見て、その理由に察しがついた。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、多分さっきジャーゲンで仕入れてきたんでしょうね。
      でもやっぱり、防寒性能よりもデザイン重視のものが多いわね」

ジャーゲンが流通の中継点であるということは、多くの品が店頭に並ぶ前の段階で買い付けが行えるということだ。
輸送費を抑え、間に入る業者が減ることで安価に仕入れ、更に客の性別や年齢は乗車名簿を見れば一目瞭然である。
無駄のない仕入れを行うことで在庫のリスクも減らす、実に賢いやり方だ。
ただ、品物の質自体は悪くないが、性能については微妙だった。

シャルラが近くなると寒さだけでなく、風との戦いにもなる。
ここに並んでいるものは保温が出来ても防風対策が完ぺきとは言えなかった。
屋外において防寒と防風は切り離して考えることが難しく、安易な考えで選ぶことはできない。
いい加減な装備で北の大地に行けば待っているのは凍結だ。

スノー・ピアサーはこれが処女運行になるため、実際にクラフト山脈を突破できるかは確認されていない。
信頼しないわけではないが、今彼女たちが置かれている状況を考えれば、この列車がティンバーランドに狙われないとは限らない。
万が一緊急停車を余儀なくされたり、動力が停止して暖房器具が動かなくなれば直接手を出さずとも人を殺せる。
念には念を入れておいても、損はしないだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「気になるのがあれば試着して、大きさを見てみましょうか」

まず、デレシアは子供向けの服を見ることにした。
ほとんどが大人向けの服で、子供用の服はほんのわずかしかない。
手堅そうな青いダウンジャケットを手に取って、それをハンガーから外した。

ノパ⊿゚)「ブーン、ローブをちょっと脱いでみな」

(∪´ω`)「お」

言われた通りにローブを脱いだブーンに、デレシアがダウンジャケットを手渡す。
袖を通し、ブーンは小首を傾げた。

(∪´ω`)「おー?」

51名無しさん:2019/03/25(月) 21:21:46 ID:KqxZ6nLQ0
ζ(゚ー゚*ζ「大きさはどうかしら?」

腕をぐるぐると回し、ブーンは短く返答する。

(∪´ω`)「ふつう……ですお?」

だがやはり、ダウンジャケットの欠点でもある運動性の低下は否めない。
運動用に作られていないため、ブーンにとっては窮屈な服に感じることだろう。
分かってはいたことだが、ポーラージャケット――極地で使用するジャケット――などの服のほうが彼には合っているはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「となると、ブーンちゃんはMサイズがちょうどいいぐらいね」

それから何着か試し、サイズの確認が済んだ。
性能的に満足のいくものはその中にはなかったが、やはり、彼の体型と動きやすさを考えた服が最適解のようだった。

ノパ⊿゚)「やっぱりあんたの眼鏡にかなうのはなかったか」

ζ(゚ー゚*ζ「仕方ないわ、車内販売だからね。
       フートクラフトにいいのが売ってるといいんだけどね」

極地に近ければ近いほど、その衣類は無駄を省き、機能に重点を置いたものになる。
シャルラで製造されているブランドの服がその最たる例だ。
彼らの地域に住み、働き、動くことを考えて作られた服は極寒の地で作業をする人間たちにとっては必需品となっている。
極寒のベルリナー海でカニ漁に出る人間全員が、必ずシャルラで製造された服を着ているほどの需要がある。

一度転落すれば溺死ではなく凍死するほどの海で使用される服は、世界最高の防寒性能を備えているといっても過言ではないのだ。
事実、登山用の服を作っているメーカーも雪山などの厳しい環境下で使用される物に関しては、シャルラのものを取り入れているぐらいだ。
世界最高峰の山の麓に住む人間たちが使用する衣類も、必然、寒さに強いものだけが自然淘汰の末に残されるのが道理。
購入するのであれば、フートクラフトの服屋か登山用品店が最適解だ。

ノパ⊿゚)「ん?」

ふと、ヒートが訝しげな声を出した。

ζ(゚ー゚*ζ「あら?」

その声に反応し、デレシアはヒートの視線の先を見た。

(∪´ω`)「お?」

ブーンはヒートの傍に立ち、不思議そうに二人を見上げた。
デレシアとヒートの視線の先で車輛間にある扉が開き、そこから一人の女と男が姿を現した。
男の服はスカイブルーの、見るからに制服と分かるそれで、肩にライフルを提げている。
三十代と思わしきその男がスノー・ピアサーの警備員だろうことは、一目瞭然だった。

|゚レ_゚*州

鋭い眼光を周囲に向けつつも、口の端を僅かに笑みの形にしている。
その笑顔が事務的なものなのは明らかではあるが、高圧的な印象を与えないことで円滑な業務遂行に役立てようという試みが伝わってくる。

52名無しさん:2019/03/25(月) 21:22:42 ID:KqxZ6nLQ0
(*‘ω‘ *)

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     /         //:::  :::::\  ゙ 、         ミ
    /       /i  i /| |:::::   :: ::\,._ ゙ヽ、        i
   / / /    |:|  .| | | |::::     :   ゙丶、__ヾ __      i
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   | ::|| /:  |.   | |:l ::: | |::::::     '" /".(゚/_)/. ヽ ゙i⌒.i::::゙゙''i .i
   | :|.| |:  | ||  | .ii,, -‐''二 \    _" ̄      !  / .|:::::::| i
.   |:|. |.|  | ||   |/./(゚ ノ ;   ::::    ̄      i   、l::::::::| |
   \ i |ヾiヽ\、.i ‐'"- '' .'"   |:::::         ,,ノ / ,ノ:::::::::! !
      \、 ヽ- ヽ         |::::::::    、__,,,-" ,   :::::::::::| !
         |  i:::.ヽ       ::.ヽ.     ー ‐ ' "    :::::::::::| !
        /  i::::::::::.、        .__,,--‐.'         :::::::::::! |
        /   |:: :::::::..ヽ    ー'"、 ‐''"      /   :::::::::::! |
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

もう一人の女も三十歳前半ほどの顔つきで、自分の見せ方を心得た薄い化粧を皺の入った肌に施し、灰色のパンツスーツで身を固めている。
赤い口紅を引いた唇はその端が吊り上がって笑みの形を浮かべ、後ろで束ねたクリーム色の髪が足を踏み出すたびに上下に揺れる。
ジャケットの下に見えた拳銃の銃把が、女がただの乗客ではないことを示していた。
その胸元に輝く青金色のバッジは、彼女が鉄道警察“ブルーハーツ”――エライジャクレイグ独自の警察組織――の所属であることを意味している。

|゚レ_゚*州「皆様方、お買い物中失礼いたします。
     先ほどジャーゲンから不正乗車の通報があり、皆様の乗車券を拝見させていただきます。
     ご協力をお願いいたします」

円らな瞳で車内を一瞥し、女が口を開いた。

           motherfuckers
(*‘ω‘ *)「さぁ、 お 前 ら  言われた通りにするっぽ!」
            マザファカ

――女のハスキーな声が、ラウンジ車輛の隅々に響き渡った。
使われた俗語のインパクトも相まって、誰もがその声に反論することはなかった。

ノハ;゚⊿゚)「すんげぇ元気のいいおばさんだな」

ζ(゚ー゚*ζ「……」

デレシアはこの抜き打ち検査に対して、疑いの念を真っ先に抱いた。
スノー・ピアサーに不正乗車を試みる人間がいたとして、それを知り得たのは何故か。
そしてどうして、それがジャーゲンからの通報で発覚したのか。
限りなく作為的なものが動いていると考え、デレシアは女の一挙手一投足を観察することにした。

(*‘ω‘ *)「よし!」

鉄道の人間らしく、女は白い手袋を付けた指で差し、声を出して確認を行い、乗車券と客とを素早く見比べていく。
その手際は鮮やかで、僅か一分で車輛の半分の人間が確認を済ませ、買い物を再開していた。
抜き打ち的な行動で生じる客のストレスを緩和する最大の方法は、迅速な対応だ。
痛くもない腹を探られる客にとって、その時間は苦痛でしかなく、それが一刻も早く終わるのであればそれに越したことはない。

53名無しさん:2019/03/25(月) 21:23:51 ID:KqxZ6nLQ0
その点、女は両手と目、そして足を使って素早く処理をしていき、デレシアたちに近づいてくる。
恐らくだが、この調子でいけば検査は三分で一車輛を終わらせられるだろう。
問題は通報者の目的とその真偽、そしてスノー・ピアサー側の考え方だ。
三人は乗車券を取り出し、それを掲げて見せた。

(*‘ω‘ *)「よし! よし! よ……」

ヒート、デレシアと指差しを行い、その指と声はブーンの前で止まった。

(∪´ω`)「お?」

(*‘ω‘ *)「……ぬんっ!」

そう言って女が指をブーンに向けると、そこに棒付きの飴が出現した。
一種の手品だ。

(*‘ω‘ *)「君にあげるっぽ!」

差し出された飴をおずおずと受け取り、ブーンは礼を口にした。

(∪´ω`)「あ、ありがとうございます……」

(*‘ω‘ *)「よしっ!」

満足そうにそう言って、女はブーンを指さした。
そして女は全ての乗客の検査を終え、最後に扉の前で振り返った。

(*‘ω‘ *)「ご協力ありがとうございましたっぽ!!
それでは失礼するっぽ!」

何事もなかったかのように車輛では買い物が再開されていたが、デレシアとヒートは背後の車輛に消えていった女を目で追っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「どう思う?」

ノパ⊿゚)「詳しくは分からねぇが、言えることが一つある。
    あいつは、堅気の人間じゃねぇ。
    あたしに近い匂いがする」

流石はヒートであると感心し、デレシアは頷いた。
あの女の言動は確かに素人のように見えたが、その実、足運びや目の動きが明らかに鉄道警察のそれではなかった。
ブルーハーツは戦闘ではなく防御に特化した防犯組織であり、あの女が垣間見せたような動きができるはずがない。
バックグラウンドがそうなのか、それとも別の要因があるのかは分からないが、警戒に値する相手なのは間違いない。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ、やっぱり一筋縄にはいかなそうね」

囁くようにしてそう言って、デレシアは微笑を浮かべたのであった。

54名無しさん:2019/03/25(月) 21:24:28 ID:KqxZ6nLQ0
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August 14th PM03:15 ̄ ̄``¨'' -、
.      /〃〜ヘ〆N i! i       ` 、
    _ノ                 `、
     '7/ /  ノ l .l  i : .       i
    レl l l l | l  l | l ハ l i i      l
     `、ト{ニl |l l/レニ、}ハ|ヽト、 iへ  l
       }、{_}、{ レヘ. ├j`   | レヘ } l
       | ノ     ̄ ≡  l |‐ノ/ ノ
.        K___       ニ ノル'‐r' {
       ! `、__    ,'    ノ| |
       `、 `ー_‐'’        ル{
       .ラウンジA車輛にて――
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サイレントマンは冬服の良し悪しについての判断が出来ないため、ワカッテマス・ロンウルフの力を借りることにした。
果たして自分にどのような服が似合うのか、姿見を見てもいまいち分からないことが多い。
自分自身の好みと似合う服とが一致することが稀なのだと、ワカッテマスはアドバイスをした。

( <●><●>)「こういうのは決まった型があって、そこに当てはめるようにしていくものなんです」

( ゙゚_ゞ゚)「なるほど……」

( <●><●>)「しかし、好きな服でなく、似合う服を着なければならないというのもおかしな話ですよね。
        服とはもっと自由でいいと思うのですが」

服本来の目的だけで言うのであれば、好みの服だけでいいのだろう。
だが服にはそれ以外の意味も付け加わっているため、そう簡単な話ではない。

( ゙゚_ゞ゚)「誰のために服を着るのか、によるんでしょうか」

( <●><●>)「なるほど、いいことを仰いますね。
       誰のために、ですか。
       ではサイレントマンさん、貴方は誰のために服を着たいですか?」

そう言われると、サイレントマンにとって服とは何かを考えなければならない。
まず、衣服が持つ機能については言うまでもないが、それ以外の用途として服をどう見るかだ。
彼にとって服を見せる対象は見ず知らずの人間か、目の前にいるワカッテマスしかいない。
言い出した自分で答えが分からないというのは、実に複雑な気持ちだった。

( ゙゚_ゞ゚)「……分かりません、すみません」

( <●><●>)「謝ることではありませんよ。
        ここに並ぶ服でいいのがなければ、次の駅で降りて探してみませんか?
        フートクラフトには実用的な服が置いてありますよ」

( ゙゚_ゞ゚)「実用的な服ですか。
    ここにあるのは実用的ではないんですか?」

一見して暖かそうな服が並んでいるが、彼の目には違って見えているらしい。

55名無しさん:2019/03/25(月) 21:24:56 ID:KqxZ6nLQ0
( <●><●>)「残念ながら、ここにあるのはファッション用の服です。
       例えば、そうですね。
       このコートの袖口を見てください」

ラックにかかるベージュ色のダッフルコートを指さす。
こげ茶色の大きめのボタンが一つだけついていた。
そこでようやく、サイレントマンはワカッテマスの言わんとすることを理解した。

( ゙゚_ゞ゚)「あ……」

( <●><●>)「そう、このデザインでは袖口からの風の侵入を防げないんです。
       これはデザイン用に付けられたボタンで、意味がないんですよ。
       本来のダッフルコートは海軍で使われていたもので、ちゃんと絞ることが出来るのが基本です。
       まぁ、シャルラやラヴニカで降りなければこのコートで十分ですけどね。

       と、まぁそんな感じですね」

( ゙゚_ゞ゚)「実用的な服のほうがいいんですか?」

( <●><●>)「これも好みの問題ですが、ファッション性をあまり問わない服なので、余計な装飾がないんです。
       なので、着る人をあまり選ばない利点がありますね」

確かに、人を選ぶような服でなければ、誰が着ても同じように見せることが出来る。
実用重視の服ならば、少なくとも顰蹙を買うようなことはないというわけだ。

( <●><●>)「ところで、サイレントマンさんと呼ぶのもあれなので、あだ名で呼んでもいいですか?」

( ゙゚_ゞ゚)「も、勿論です。でも、僕は自分のあだ名を知らなくて」

ワカッテマスは一瞬だけ目を丸くして、それから満面の笑みを浮かべ、彼の肩に手を乗せた。

( <●><●>)「あだ名何て言うのは、その場で付くものなんですよ。
       では、サム、と呼んでもいいですか?」
  _,
( ゙゚_ゞ゚)「サム、ですか」

その響きは、不思議と胸に染み渡り、そして何かが足りない感覚に陥らせた。
何かが不満なわけではないが、あと一歩届いていない。
奇妙な不快感にサイレントマンは思わず眉を顰めていた。

( <●><●>)「おや、お気に召しませんか?」

( ゙゚_ゞ゚)「いえ、なんだか不思議な感じで。
    では、僕はワカッテマスさんを何て呼べばいいでしょうか?」
   _
( <●><●>)「そうですね……」

いつもは即答に近いワカッテマスが、珍しく沈黙をした。
腕を組み、虚空を仰いで、やがて口を開いた。

56名無しさん:2019/03/25(月) 21:26:22 ID:KqxZ6nLQ0
( <●><●>)「親しい人は、私のことを――」

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rerail!!編
          .′       :    i |      i: . : .| ': . :. : . : . : .
           i   '   .    :i   i | :i|      |: .|i_:|__': :.:. : . : . :i
           |  ; . :    :|  . :|. :|Ⅵ       レ'´!:i|   i i|:.. :i : . |i
          . .i :  :   i|  . :l;斗─      丿 |,ノ   j从 : |: . 从
             '. :| : . : !: .  ||: ./|i从 . : .      ,x≠''  iⅥV: .iハ
              Ⅵ: . :|: . .:|∨ i| . :       :    ´   { : | ヽ !
            从 : . :!i : . :| ': .i| ,,x≠       :.      lj从 }′
            Ⅵ |^ヽ :| 从j'´  ´      ヽ     爪
             弋| ( 从{                 ′     '
              \ 乂                 ,ノ  /
                ヽー 、          .  ´   /
                   } : .i|` .       ー ´ 第二章【Train of equipment-備えの列車-】
                丿: 从  ` : . .            . '
                 i´ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄¨¨ス=-- ィ´
               〉;.;.;.,., . ; . ; . ; . ; . ; . /.;.|    /___

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August 14th PM06:00

そのアナウンスが車内に流れたのは、太陽が地平線の向こうに沈み、クラフト山脈をオレンジ色に染め上げる頃だった。
紫と群青色の空には星が瞬き、牙のような形に欠けた巨大な月が姿を現していた。
頭上に輝く星々は耳を澄ませずとも瞬く音が聞こえてきそうなほどの近さにあり、手を伸ばせば届きそうなほどの迫力があった。

『お待たせいたしました。まもなく、フートクラフト。
麓の村、フートクラフトに到着いたします。
到着後、四時間ほど停車いたしますので、お買い物の際にはお時間にお気を付けください。
ここから先、次の停車駅であるシャルラまでは駅がございませんのでご承知おきください.

出発時刻は十時丁度となります』

ゆっくりと斜面をスノー・ピアサーが登り、やがて、水平になった場所で停車した。
窓の外にはまばらな明かりが浮かび、高層ビルなどは一切見えない。
その明かりも不安定に揺れており、電気ではなく炎の生みだしている明かりなのだとすぐに分かる。
発電設備が太陽光だけのフートクラフトにとって電気は貴重なエネルギー源であり、文明からは少し離れた生活が今なお続いている。

だがこの土地において、その生き方はある意味で正解だった。
大規模な発電設備を作ったところで、この土地でできることは限られており、それを必要とする生活をしていないのだ。
彼らにとって重要なのは自然の恩恵で得られる僅かな収入であり、生活に必要な道具と食料品だ。
気候の厳しい土地であるが故に育つ農作物は限られ、それらも美味い野菜とは言い難い。

57名無しさん:2019/03/25(月) 21:28:26 ID:KqxZ6nLQ0
狭いコミュニティであるため、森の獣を狩猟して得た肉は村の肉屋に並ぶと、瞬く間に姿を消してしまう。
狩人が自ら卸した肉を酒屋で食べることになるのは、普通の話だ。
余剰な物などなく、逆に常に何かが足りない状態の村。
輸入品は彼らの生命線でもあり、生活を支える重要なものだった。

これまでは行商人が運転するトラックが一か月に一度の頻度で訪れ、積載されたコンテナから日用品を村に売り、村からはその代金として貴金属を回収していた。
クラフト山脈では極めて希少な貴金属や太古の遺産が発見されることがあり、村の人間はそれを貨幣の代わりに使うことが多かった。
しかしそれも、このスノー・ピアサーが大きく変えることだろう。
敷かれた線路は何もこのスノー・ピアサー専用というわけではないため、陸路による輸送手段が飛躍的に変わることになる。

ジャーゲンから北の街に輸送する際、陸路を使う運輸会社はトラックのリスクについて頭を悩ませている。
路上強盗、持ち逃げ、そして悪天候による事故など、商品が確実に目的地に届かないことは毎日のように起こっている。
線路は道を塞ぐものがないために渋滞も、強盗も起こり得ない。
安全に安定した量を安定した速度で寄り道することなく目的地に運ぶという点において、列車というのは極めて便利な輸送手段だった。

その途中下車の駅としてフートクラフトが選定されたことは、間違いなく、この村が大きく変わるきっかけとなるだろう。
輸送列車が定期的に――かなりの頻度で――フートクラフトに停まることで、巨大な流通の旨味を手に入れられる。
安定した供給と仕事、そして貨幣の獲得。
寂れた村が数年以内に変化することは、まず間違いないだろう。

小さな村には不似合いなほど立派な駅に停車したスノー・ピアサーから、デレシアを先頭にして三人が下車した。
ブーツが白い雪を踏みしめ、小さな音が鳴った。
雪の絨毯が敷き詰まったホームはランタンの炎に照らし出され、下車する人々に穏やかな明かりを提供している。
人々の口から吐き出される白い息が空に昇り、消えてゆく。

制服を着た駅員たちがスコップなどの道具が入ったカバンを背負い、車両の傍に屈んで作業を始めだした。
これから向かうのは世界最高峰の山脈であり、人間の足以外では未踏の地なのだ。
車輪に付着した僅かな雪や汚れを落とし、何かの加工作業を行っている。
多少の時間を費やしたとしても、万全の状態で行くのは当然だ。

(∪´ω`)「おー……」

ブーンは雪を何度も踏み、そして、ローブの下の尻尾が激しく揺れた。
ブーツで軽く蹴り、宙に舞った雪に声を上げた。

(∪*´ω`)「おー!」

ノパー゚)「雪は初めてか?」

彼の手をつなぐヒートが、その様子を微笑ましそうに見つめながら、問いを口にした。

(∪*´ω`)「おっ!」

ζ(゚ー゚*ζ「ならきっと、この先の景色も気に入るはずよ。
      さ、食事とお買い物をしましょう」

乗客たちがぞろぞろと駅を出て、光に誘われるようにして村に散って行く。
恐らく酒場や食事処は大盛況だろう。
村中から聞こえる客を呼び込む声は、山から下りてくる冷たい風に乗ってデレシアたちのところにまで届く。
その風は今が夏本番だとはまるで思えないほどの冷気を孕んでおり、ローブの隙間から侵入して彼女たちの体を冷やした。

58名無しさん:2019/03/25(月) 21:28:46 ID:KqxZ6nLQ0
:;(∪;´ω`);:「おおっ……」

ノハ;゚⊿゚)「さっ……むっ……!!」

風がなければ涼しく感じていた周囲の空気も、僅かな時間で過酷な気温へと変化する。
知識があっても実際の冷気に対する覚悟が足りていなかった二人は、その風に身を震わせた。
その姿を見て思わず微笑み、デレシアは妥当な提案をした。

ζ(゚ー゚*ζ「服を買うのが先ね」

ノハ;゚⊿゚)「あ、あぁ、そうしよう。
    これは寒い、寒すぎるっ……」

:;(∪;´ω`);:「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「シャルラもラヴニカも、これぐらいの気温だから気を付けないとね」

ブーンはヒートの手を両手で握り、少しでも暖を取ろうと本能的に彼女に寄り添っていた。
デレシアを先頭に、村にある服屋に向かう。
駅からすぐの場所に、村唯一の服屋があった。
木製の看板に彫られた服の絵が、その店が持つ役割を雄弁に語っている。

扉を押し開くと頭上で鈴の音が響いた。
店は田舎らしくこぢんまりとしていたが、商品は奇麗に陳列され、内装も整っている。
乗客らしき人間は僅かだがその店の中におり、陳列された商品を手に取って品を確認していた。

ζ(゚ー゚*ζ「まずはアウターの前にその下の服ね。
      ヒートちゃん、好みとかあるかしら?」

ノパ⊿゚)「動きやすくて丈夫な服がいいな。
    スカートとかは勘弁してくれ、冗談じゃねぇ」

ζ(゚、゚*ζ「あら、似合うと思うわよ」

ノハ;゚⊿゚)「勘弁してくれよ。
     あんなひらひら服で動くぐらいなら、ホットパンツ穿いたほうがまだマシだ。
     それにな、足が太いから絶望的に似合わねぇんだ、よく分かってる」

(∪´ω`)「おー」

二人の会話を聞きながら、ブーンは不思議そうにヒートを見上げた。
彼にとってファッションはまだまだ理解の及ばない領域なのだろう。

ノパ⊿゚)「ジャケットとジーンズ、あとはシャツでいいんだが、流石に寒いからカーディガンでも買っておくさ。
    後は下に着る保温用のやつぐらいだな」

ζ(゚ー゚*ζ「カーディガンの好みは?」

ノパ⊿゚)「ハイゲージ――編み目の細かい物――が好きなんだけど、あの寒さをどうこうできるのはねぇよな」

59名無しさん:2019/03/25(月) 21:29:14 ID:KqxZ6nLQ0
ζ(゚ー゚*ζ「厳密に言えばそうなるけど、アウターがあるからそこまで気にしなくて大丈夫よ。
      列車の中で動く分には、カーディガン一枚あるだけでも違うわ」

重ね着をすることを目的とするならばヒートの言うとおりだが、ポーラージャケットを購入すればその懸念は杞憂に終わる。

(∪´ω`)「かーでぃがん?」

ζ(゚ー゚*ζ「セーターは分かるかしら?」

(∪´ω`)゛

ζ(゚ー゚*ζ「それにボタンが付いたものがカーディガン、って覚えておけばいいわ」

(∪´ω`)「カーディガン……おぼえましたお」

だがカーディガンを買う前に、まずはポーラージャケットを探さなければならない。
店の奥にある登山用ジャケットコーナーに、それはあった。
大人用のポーラージャケットは数着あったが、子供用のものはなく、裏地にアルミ箔が使われているマウンテンパーカーがあった。
幸いなことに、ダウンと合わせた防寒性能の高いものであったため、それを選ぶことにした。

それに、マウンテンパーカーであれば動きやすさは保証されているため、ブーンにとって窮屈に感じることはないだろう。
視認性の高い赤と相性のいい黒のポーラージャケットを選び、買い物かごに入れた。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、この中で何色が好き?」

マウンテンパーカーは複数の色があった。
赤、黒、白、青、黄色、果ては砂漠用の迷彩柄まであった。

(∪´ω`)「おー……みずいろ? がすきですお」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあこれにしましょう」

水色と群青色のマウンテンパーカーを手に取り、ブーンに試着させる。
思った通りのサイズ感で、ブーンが腕を動かしても動きに何かしらの制限がかかっている様には見えない。
更にその上にローブを着せ、運動への影響を見る。

ζ(゚ー゚*ζ「どう? 動きやすい?」

(∪´ω`)「はいですお!」

それからカーディガン、厚めの生地を使った黒のジーンズ、ジャケット、そして発熱素材を使ったインナーを買った。
紙袋に大量の服を入れるのも面倒だったので、デレシアたちはアウターをその場で身に着け、その代わりにローブを袋に入れた。
ヒートは右腕を通せないため、店を出る前にポーラージャケットを肩から羽織り、首元のスナップボタンで固定させた。
扉を開くと冷気が出迎えたが、顔意外は大して寒さを感じなかった。

ノパ⊿゚)「へぇ、やっぱりすげぇな。
     あったけぇや」

ζ(゚ー゚*ζ「でしょ? ブーンちゃんはどう?」

60名無しさん:2019/03/25(月) 21:29:35 ID:KqxZ6nLQ0
(∪´ω`)「ぽかぽかしますお」

彼の場合はもともとの体温も高く、素材との相性がいいのだろう。
逆にポーラージャケットでは暑すぎるぐらいだったかもしれない。
村にはまばらながら活気が宿り、そこかしこから笑い声や歓声が上がっている。

ζ(゚ー゚*ζ「夜ごはん、何か食べたいものはある?」

寒冷地の食べ物は保存食が主で、加えて、フートクラフトには名物がないために美味いものはあまりない。
雪解け水が作り出した川で獲れる魚は確かに美味だが、この時期に獲ったものは各家庭が冬に食べる保存食に加工される。
塩辛い食べ物が多いため、特に二人のリクエストがなければここでは夕食を取らず、食堂車輛に行ったほうがいい。

ノパ⊿゚)「あたしは特にねぇな。
    美味い物なら何でもいいよ」

(∪´ω`)「お……」

ヒートの意見を聞いたブーンは、少し俯いた。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、どうしたの?」

(∪´ω`)「あの、からだにいいものがたべたいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、骨や傷にいいものにしましょうか」

この少年は、本当に面白い。
デレシアは感心と感激の感情を押し殺して、ブーンの意見に賛同した。
奴隷として売られ、人として扱われていなかった彼が、この短期間でここまで人格者になったのは嬉しい誤算だった。
予想ではもう一か月は必要だと思っていたが、ヒートの存在と彼女の負傷が大きなきっかけになったのだろう。

ヒートとブーンとの距離は、親しい友人を越え、姉弟のそれと言っても過言ではない。
片一方がそのように思っているのならば分かるが、二人の場合は、そうではない。
双方ともに互いの存在を身近なものとして感じ、信頼しきっている。
男女間の恋愛関係よりも遥かに強固な絆で結ばれた二人がこの先どうなるのか、本当に楽しみで仕方がない。

ζ(゚ー゚*ζ「一度戻って食堂車輛に行きましょう。
      美味しいお魚があればいいんだけど」

道中でブーンが雪で遊べるように、来た道ではなく若干の遠回りをして列車を目指す。
家屋から漏れ出てくるオレンジ色の光に染められ、月光の青白い光で漂白された雪の上には足跡が幾つも残されている。
大きな足跡の隙間にある新雪を器用に踏み、ブーンは足取り軽く飛び跳ねるようにして細い路地を進んでいく。
月明かりが照らすのは村の姿だけではなく、その頭上に聳え立つクラフト山脈をも照らしている。

(∪´ω`)゛「きれいですおー」

デレシアとヒートに手をつながれ、ブーンがクラフト山脈と月を仰ぎながら感想を口にする。
それは誰かに向けた言葉ではなく、彼自身の心の言葉だった。

ζ(゚ー゚*ζ「空気が澄んでいるから、空も奇麗ね」

61名無しさん:2019/03/25(月) 21:30:02 ID:KqxZ6nLQ0
ノパ⊿゚)「星空が桁違いだな。やっぱり山の上だからか」

ヒートも星空に感嘆の息を漏らし、見入っている。
オセアンから見る夜空も見事だが、この土地に比べれば流石に見劣りしてしまう。

ζ(゚ー゚*ζ「世界中を旅していたけど、やっぱり、ここからの星空が一番奇麗ね。
      寝静まって明かりが消えれば、もっと明るく見えるわ」

その頃には列車はクラフト山脈を登っていることだろう。
列車の中からでも星空を見られるため、凍える思いをしなくて済むのは実に便利だ。
登山家たちはこの星空を見上げ、その頂上に辿り着いた時のことを夢想し、厳しい環境下でも足を踏み出せるのだ。

(∪´ω`)「お……?」

ノパ⊿゚)「どうした?」

(∪´ω`)「いいにおいがしますお……」

鼻をひくつかせ、ブーンは周囲に目を向ける。
そしてある一点に注目し、そちらを指さした。

(∪*´ω`)「あっちからしますお」

ζ(゚ー゚*ζ「気になるの? じゃあ、ちょっと見てみましょうか」

せっかくブーンが興味を持ったのだから、実際に見てみるのがいい。
時間にはまだまだ余裕がある。
ブーンの嗅ぎ付けた匂いは恐らく、喫茶店から漂ってくるものだ。
トマトとコンソメの香りに誘われるようにして、ブーンはその方向に正確に進んでいく。

店の中から湯気が立ち上り、それが風に乗って漂っていた。

(∪*´ω`)「おー」

ノパー゚)「コンソメスープだな。
    それとトマトか」

この時期のトマトは水分が多く瑞々しいが、フートクラフトではトマトを含めた野菜類も保存食にするため、意図的に水分を少なくして育てられる。
そのためトマトの旨味と濃度は極めて高くなり、煮込み料理などに使うことでその真価を発揮することが出来る。
水の少ない土地で行われる農業法で、ここでは意図的にそれが行われている。
その点で言えば、この土地の名産品は乾物と言っていいかもしれない。

が、名産品として他の街と戦えるほどの水準に至っていないのが問題なのだが。

ζ(゚ー゚*ζ「美味しそうな香りね。
      一杯だけ飲む?」

(∪*´ω`)「はいですお!」

ノパー゚)「あたしにも少し分けてくれるか?」

62名無しさん:2019/03/25(月) 21:30:22 ID:KqxZ6nLQ0
(∪´ω`)゛「はいですおー」

ζ(゚ー゚*ζ「……私が買ってくるから、二人は少しここで待っていてくれるかしら?」

ノパ⊿゚)「ん? あ、あぁいいけどよ」

(∪´ω`)「あ…… はい、ですお」

デレシアの意図に気づいたのはブーンだけだった。
それも無理のない話であり、ヒートに落ち度はない。

ζ(゚ー゚*ζ「すぐに済むわ」

デレシアが店の扉を開くと、数人の客が木製の長机を囲んで談笑する姿が目に入った。
そしてそこに、スノー・ピアサーで会った女が座っていた。
開かれた扉から入り込んだ冷気に気づいたようにして振り返り、そしてそこにデレシアたちを見咎め、笑みを浮かべた。

(*‘ω‘ *)「おや? 奇遇ですっぽね!」

頬を赤らめながら、女は自らの顔よりも大きなジョッキを掲げた。
ジョッキの中には泡立つ黄金色の液体――おそらくはビール――が満たされており、空になった同じ形のジョッキがテーブルの上に二つ乗っている。

ζ(゚ー゚*ζ「こんばんは、ブルーハーツのお姉さん」

(*‘ω‘ *)「こんばんはですっぽ!
      この店を選ぶとはなかなかお目が高いですっぽね!」

デレシアとブーンはこの女が店の中にいることに気づいていた。
ブーンは音で気づき、デレシアは気配で気づいていた。
彼女の見立てが正しければ、この女は、デレシアたちの動きを観察している節がある。
それが悪意なのか、それとも単なる興味関心の対象として見ているのかは分からない。

列車に残っているべき人間がこの店にいる時点で、これが偶然とは思えなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「コンソメスープのいい香りがしたから、一杯だけもらおうと思ったの。
      そういうわけで店員さん、コンソメスープを持ち帰りで」

デレシアは女から視線をそらし、店の奥に声をかけた。

(,,゚,_ア゚)「あいよ!」

威勢のいい返事が返り、すぐに店員が紙コップに注いだコンソメスープを持ってきた。
濃厚な赤いスープにみじん切りにされた玉ねぎとベーコンが浮き、その上に粉チーズが散らしてある。
パンにつけて食べたらさぞや美味いことだろう。
料金を支払い、店を出ていこうとするデレシアの背中に女の声が再びかけられた。

威勢のいい声、そして明瞭な声がデレシアの鼓膜を震わせる。

(*‘ω‘ *)「ティングル・ポーツマス・ポールスミス、それが私の名前っぽ!
      ティムって呼んでほしいっぽ!」

63名無しさん:2019/03/25(月) 21:30:51 ID:KqxZ6nLQ0
ζ(゚ー゚*ζ「覚えておくわね、ティム。
      ところで、不正乗車のお客さんは見つかったのかしら?」

(*‘ω‘ *)「もう目星はつきましたっぽ!
      お姉さんの名前は――」

その言葉を最後まで聞くことはせず、デレシアは店を出た。
背中に視線を感じても、振り返ることはしなかった。
本当に目星がついたのか、そして、不正乗車をした人間がいたのかは興味の対象ではない。

ζ(゚ー゚*ζ「お待たせ、さ、熱い内に飲みましょ」

(∪*´ω`)「ありがとうございますおー」

紙コップを受け取り、ブーンは笑顔を浮かべて礼を言った。
ブーンの頭を撫で、デレシアは短く返す。

ζ(゚ー゚*ζ「どういたしまして」

カップを傾け、ブーンは湯気の立ち上るそれを一口飲んだ。
尻尾は正直に揺れ、味を物語った。

ノパー゚)「美味いか?」

(∪*´ω`)「お!」

白い息を吐き、ブーンがそのカップをヒートに差し出す。
受け取り、ヒートも一口飲む。
僅かに身を震わせ、その味にうなった。

ノパー゚)「美味いな、これ!」

ヒートから渡され、デレシアも口に含む。
スープに溶け込んだトマトの酸味とコンソメの風味が絶妙に合わさり、そこに焦げ目のついたベーコンの甘みが食欲を増進させる。
なるほど、これは確かに美味い。
コンソメ―スープとミネストローネの中間の味が体の芯に染み渡り、安堵できる味だ。

具が細かいため、スプーンを用意しなくても十分に味わえるのは嬉しい限りだ。
飲み歩きをしながら三人は列車に向かいつつ、夕食についての話をするのであった。

64名無しさん:2019/03/25(月) 21:31:24 ID:KqxZ6nLQ0
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                  /  i  : |  |  :/ .:/     / :/ |: ;    |: :  |
              / / |│ :│  | /| ://  /// ─-i     :|八 !
            //∨|八i |  | ヒ|乂 ///イ     |     j: : : . '.
            ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//    ミ=彡 ;    /: : :八: :\
            /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j            /    /: : :/ ハ :  \
.        /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
           / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/  //: / ノ.: :リ 〉: 〉
     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:August 14th
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デレシアたちが列車に足を向け始めた頃、サイレントマンはワカッテマスと共に一件の居酒屋から出てきたところだった。
その居酒屋はワカッテマスが選んだ店で、現地の人間がよく利用する暖かな雰囲気の店だった。
つまみが陳列されている棚から好きなものを選んで席に向かい、酒を注文するという変わった店の形態をしていた。
寒い地域でよく見られるウォッカの一種を炭酸で割って飲み、イモのサラダを食べ、サイレントマンはほろ酔い気分で夜風を顔に受けた。

酔った体を冷やす夜風が気持ち良い。

( ゙゚_ゞ゚)「いやあ、いい月ですね。星も奇麗だ」

( <●><●>)「えぇ、そうですね。
        こんな夜は他にも何かいいことがありそうですね」

( ゙゚_ゞ゚)「今日一日で僕はとてもいいことに恵まれたので、これ以上は怖いですね」

( <●><●>)「サムは欲張らないんですね。
       謙虚な人だ」

これ以上何かを望んでしまえば、きっと、自分は何かを失うことになるだろう。
その感覚は、どこか確信めいた様子で彼の心にそう言い聞かせていた。
友人を得てあだ名まで付けてもらったのは、幸せ以外の何物でもない。

( <●><●>)「“多望多失”という諺がありますが、きっと、サムのような人が作ったのでしょうか」

今の状況を表す諺がワカッテマスの口から出てきたが、サイレントマンはその意味を知らなかった。
いや、知っていたのかもしれないが、この際は意味がない見栄だ。

( ゙゚_ゞ゚)「どういう意味なんですか?」

( <●><●>)「望むということは、その対象を得たいという気持ちが生まれます。
       その気持ちが成就することもあるし、そうでないこともあります。
       望まなければその気持ちを失うこともないので、多くを望めば結果的にマイナスになることも多い、という意味の諺です」

( ゙゚_ゞ゚)「なるほど…… しかし、博識ですね、ワカッテマスは」

( <●><●>)「少しだけ物を知っているだけですよ、私は」

65名無しさん:2019/03/25(月) 21:31:49 ID:KqxZ6nLQ0
結局サイレントマンは、ワカッテマスのことをあだ名で呼ぶことはできなかった。
まだそこまで親しい関係に至っていない、と彼の中で何かが線引きをして一歩を踏み出させないのだ。

( ゙゚_ゞ゚)「ワカッテマスは、何の仕事をしているんですか?」

( <●><●>)「私はただのサラリーマンですよ。
       出張中の、ね」

( ゙゚_ゞ゚)「へぇ、業種とか訊いてもいいですか?」

彼ほどの人間が務める業界とは、果たしてどのようなところなのだろうか。
真っ先に思い浮かんだのは探偵業だが、どこかそれとも違う雰囲気がする。

( <●><●>)「ちょっと変わった商品を扱う輸入会社の人間ですよ。
       各地の動向とかどういうのを調べて、本社に伝えるんです。
       だから出張ばっかりで、余計なことばかり頭に入ってくるんですよ」

( ゙゚_ゞ゚)「なるほど」

( <●><●>)「ところで、次は服を見に行きますか?
       それとももう一軒?」

( ゙゚_ゞ゚)「少し気分がいいので、もう一軒行きませんか?
    軽く一杯飲んで、それから服に行きたいです」

( <●><●>)「分かりました。
       では…… そうですね、私の一押しのお店に行きましょう。
       狭くて小さいですが、料理の味は抜群で酒によく合うんですよ」

ワカッテマスに連れられ、サイレントマンは路地を歩いた。
明かりが少なく、屋内から外を照らす明かりのほとんどが揺らめいている。
この時代に電気ではなく炎で明かりを確保するのが大多数でありながらも、村そのものが過疎化している印象はなかった。
フートクラフトの衰退を見ることは、大木が朽木になるような趣がある。

緩やかな死。
文明や生命が迎える死を想像した時、サイレントマンは己の股間が硬くなるのを感じた。
あまりにも突然の生理反応に驚いたが、その想像はまるで濁流のような次から次へと湧き出てきた。
何かの栓が抜けたような、決壊したようなイメージの中、彼は死と快楽が表裏一体の存在であり決して切り離せない物なのだと思い出した。

そう、彼は思い出したのだ。
命を奪う快楽と、命が散る瞬間に見せる輝きを。
自分が凶悪な感情を持っていることを思い出した瞬間、サイレントマンは立ち止まり、思わず屈みこんでしまった。
体が震える。

恐怖か、それとも、愉悦か。
初めて絶頂を経験した時のように、その震えは快感を伴ってサイレントマンの全身に広がっていく。

(;゙゚_ゞ゚)「あっ……ああ……!!」

66名無しさん:2019/03/25(月) 21:32:13 ID:KqxZ6nLQ0
そんなことを考えてはならない、と言い聞かせても邪悪な思考は止まらない。
津波に両手を広げて立ち向かうように、彼の良心は瞬く間に汚れ、崩れ――

( <●><●>)「大丈夫ですよ、サム」

――彼を包み込んだのは、ワカッテマスの暖かな胸だった。
まるで躊躇うことなく、怪訝そうにすることもなく、ワカッテマスはサイレントマンをその胸に抱きこんで気分を落ち着かせた。

( <●><●>)「大丈夫ですから」

力強く抱きしめられ、サイレントマンは頭の中が一気に静まり返るのを感じた。
あれだけ彼の心を染め上げていた黒い感情が、いつの間にか、その鳴りを潜めて代わりに心を満たすのは温もりだけだった。
負の感情など何一つない、純粋な温もり。
守られているのだという安心感からくる、究極的な安堵感。

(;゙゚_ゞ゚)「あ……」

( <●><●>)「少しは落ち着きましたか?」

(;゙゚_ゞ゚)「すみません、お見苦しいところを」

( <●><●>)「何を言うかと思えば、まったく。
        友人相手に体裁を気にする必要などないのですよ。
        私の胸ならいくらでも貸しますよ、少し硬いですけどね」

冗談交じりにだが、ワカッテマスはサイレントマンの心に浸透する言葉をかけてくれた。

( <●><●>)「二軒目はやめておきますか?」

( ゙゚_ゞ゚)「いや、もう大丈夫です」
  _,
( <●><●>)「ほんとですか?」

( ゙゚_ゞ゚)「えぇ、ホントですとも」

( <●><●>)「ではほどほどに飲んで、それから服屋に行きましょうか」

ワカッテマスに手を引かれて立ち上がり、サイレントマンは服の乱れを直した。

Ie゚U゚eI「ははっ、見ろよゲイだぜ」

从´_ゝ从「うわっ、マジか…… 尻隠さねぇとやべぇな」

下卑た笑い声を口にしながら、二人の男達がワカッテマス達の横を通り過ぎた。
明らかにこちらのことを指して吐き出された暴言に、サイレントマンは怒りと情けなさを覚えた。
全て自分のせいなのに、ワカッテマスにまで暴言をかけられるのは心が痛い。

67名無しさん:2019/03/25(月) 21:34:10 ID:KqxZ6nLQ0
( <●><●>)「あんな雑魚に構う必要はありません、無視をしましょう。
        同性愛を罵倒の言葉として認識しているような教養のない人間は、そもそも言葉を正しく使えないんです。
        哀れな人たちなので、気にしてはいけませんよ」

ワカッテマスは淡々と、そして自信たっぷりにそう言って歩き出した。

( <●><●>)「サムは同性愛者をどう思いますか?」

( ゙゚_ゞ゚)「え、えっと……」

( <●><●>)「では、サムはビールは好きですか?」

( ゙゚_ゞ゚)「は、はい、まぁ」

( <●><●>)「それを真っ向から否定されたら、どう思いますか?
       ビール好きなんてありえない、そいつは頭がおかしいんだ、と。
       誰だっていい気分にはなりません。
       つまるところ同性愛か否か、それに嫌悪感を抱くかどうかなど、ただの好みの問題。

       特別扱いすることもなければ、互いにその価値観を押し付ける必要もないんです。
       好きだろうが、嫌いだろうが、それはその人の好みですから勝手に言わせておけばいいんですよ。
       食べ物の好みと同じですよ」

( ゙゚_ゞ゚)「……なるほど」

( <●><●>)「さて、つまらない話をしてしまいましたね。
        さっさと店に行って、美味い酒と飯にしましょう」

案内された店は喧騒から少し遠ざかった場所にあり、周囲は極めて静かな環境だった。
漂ってくるコンソメの香りがなければ、木造家屋が並ぶ路地裏にしか感じなかっただろう。
店の戸を開くと、美味そうな料理の香りと人々の談笑する声がサイレントマンたちを迎え入れた。

( <●><●>)「二人なのですが、席はありますか?」

(,,゚,_ア゚)「あぁ、すみません、ちょうど満席でして」

( <●><●>)「むむっ、それは残念」

ワカッテマスが肩を落としたその時、客席から声がかけられた。
大きく、そしてよく通る声は間違いなく聞き覚えのあるものだった。

(*‘ω‘ *)「ここ!! ここ空いてるっぽ!!」

(,,゚,_ア゚)「お姉さん、相席でもいいですか?」

(*‘ω‘ *)「大歓迎ですっぽ!! そちらさえよければ、いっしょに飲むっぽ!!」

その女性は、スノー・ピアサー内で不正乗車をした人間を探していた鉄道警察の人間だった。
今は制服を着ていないが、その声と顔に覚えがある。
巨大なジョッキを掲げ、女性は笑顔で二人を呼んだ。

68名無しさん:2019/03/25(月) 21:35:16 ID:KqxZ6nLQ0
(*‘ω‘ *)「ほら、はやくするっぽ!!」

急かされた二人は顔を見合わせた。

( <●><●>)「お言葉に甘えさせてもらいますか、サム?」

( ゙゚_ゞ゚)「そうですね、せっかくの厚意を無碍にするのも嫌ですし」

(*‘ω‘ *)「おらっ!! 男が小難しいこと言ってんじゃねぇっぽ!!」

言われるがままに、二人は女性の向かい側の椅子を引いてそこに腰かけた。
木製の椅子と木製のテーブルは角が欠けて丸くなり、多くの傷が刻まれているが、そこに人の温もりのようなものが感じられた。

(,,゚,_ア゚)「注文は?」

( <●><●>)「じゃあ、ウィスキーの水割りを一つ。
       あと、燻製チーズの盛り合わせと、カプレーゼを」

( ゙゚_ゞ゚)「僕はウィスキーのロックを。
     それと、ピクルスセットをお願いします」

すると、目の前の女性が半分ほど残っていた巨大なジョッキの中身を一気に飲み干し、大声で言った。

(*‘ω‘ *)「ギガハイボールもう一杯お願いするっぽ!!」

注文を取り終えた店員が奥に戻る。
残された三人は改めて顔を見合わせ、自然と自己紹介が始まった。

( <●><●>)「私はワカッテマス・ロンウルフ。
       お姉さんは、ブルーハーツの人ですよね?」

(*‘ω‘ *)「そうですっぽ!!
      ティングル・ポーツマス・ポールスミス、ティムって呼んでほしいっぽ!!」

( ゙゚_ゞ゚)「ぼ、僕はサイレントマンです」

(*‘ω‘ *)「よろしくお願いするっぽ!!
      お兄さん達は元々お知り合いではないっぽね?
      列車で知り合った系っぽね!!」

( ゙゚_ゞ゚)「よく分かりますね」

(*‘ω‘ *)「伊達に鉄道警察やってないっぽ!!
      列車旅は思いがけない出会いがあるから楽しいっぽ!!」

( ゙゚_ゞ゚)「えぇ、まったく。
    ティムさん、お仕事は?」

(*‘ω‘ *)「交代制だからもう非番になったっぽ!!
      夜はまた別の者が担当するから、酒を飲んでも問題ないっぽ!!」

69名無しさん:2019/03/25(月) 21:37:08 ID:KqxZ6nLQ0
そこに店員がやってきて、それぞれの前にグラスと皿を置いた。
ティムのジョッキは桁違いに巨大で、高さが30センチ――約1フィート――はある。
並々と注がれたハイボールに細かな氷が浮かび、一目でよく冷えているのが分かる。

(*‘ω‘ *)「せっかくだから乾杯するっぽ!!」

ジョッキを軽々と持ち上げ、ティムがそう提案した。
よく見れば彼女の手首は太く、鍛え上げられていることがよく分かる。
恐らくはサイレントマンと同等の筋力があるに違いない。
二人もグラスを掲げ、軽くぶつけ合う。

( <●><●>)「なるほど、交代制でしたか。
       ブルーハーツに勤めて、大分長いんですか?」

喉を鳴らしてハイボールを飲み、ティムは頷いた。

(*‘ω‘ *)「まぁそこそこっぽね!!」

すでに自分で注文していたピクルスにフォークを刺して、それを豪快に口に運ぶ。
そして実に美味そうにハイボールを喉に流し込むのであった。
そんな様子を見ていたサイレントマンも、自分が注文したピクルスを食べてその酸味に唸った。

( ゙゚_ゞ゚)「んんっ!!」

強い酸味と野菜の旨味が調和し、いい肴になっている。
ウィスキーを一口飲むと、その唸りは不服なものへと変わってしまった。
  _,
( ゙゚_ゞ゚)「ん゛ン゛っ?!」

どうも、注文したウィスキーとの相性があまりよくないようだ。

( <●><●>)「酸味が強いと、ウィスキーとは合いませんからね。
       ハイボールにしたほうが合いますよ」

(;゙゚_ゞ゚)「どうもそうみたいですね、次にそうして――」

(*‘ω‘ *)「マスター!! ハイボール用のソーダくれっぽ!!」

ティムの大声はサイレントマンの声をかき消し、喧騒の中を通り抜け、店の奥に戻った店主に届いた。
厨房から親指を上げた店主の手がのぞき、注文が聞き届けられたことが分かった。

(*‘ω‘ *)「困ったときはすぐに声に出すっぽ!!
      これ、人生の秘訣っぽよ!!」

( ゙゚_ゞ゚)「な、なるほど」

到底自分には真似できそうにないが、それでも、この女性が悪人でないことはよく分かった。
発言したいと思った時に発言したい事を言葉にするのは、非常に勇気のいることだ。

70名無しさん:2019/03/25(月) 21:37:29 ID:KqxZ6nLQ0
( <●><●>)「こっちのチーズ、美味しいですよ。
       やはり、ウィスキーには燻製したものがよく合う」

( ゙゚_ゞ゚)「じゃあ、お言葉に甘えますね」

ワカッテマスが勧めたチーズを口に運ぶ。
小指の爪ほどの大きさしかないチーズだったが、中まで浸透した燻製の香りがウィスキーと調和し、互いに引き立て合った。
口の中が煙の香りで満たされ、そこに自然の旨味を感じ取った。

(*‘ω‘ *)「いい飲みっぷりっぽ!!
      お兄さんたちはどうしてスノー・ピアサーに乗ってるっぽ?!」

いつの間にか運ばれていたソーダ水をサイレントマンに押しやりつつ、ティムが興味深そうに二人に質問をした。

( <●><●>)「私は会社の都合で、新製品の視察に行くために乗ったんです。
       本当なら退屈な旅のはずだったのですが、こうしてサムに会えたので良い旅になりました」

( ゙゚_ゞ゚)「ははっ、口が上手いですね。
    僕は…… 自分を知りたくて」

(*‘ω‘ *)「ほぅ!! 自分探しの旅ってやつかっぽ!!
      よくインドゥに行って腹壊すハイティーンなら知ってるっぽよ!!」

(;゙゚_ゞ゚)「ま、まぁ、ある意味自分探しというやつです」

( <●><●>)「そういえば、サム。
        彼女なら、あの女性について何か知っているかもしれませんよ?
        列車であちこち行っているのですから、見た可能性は十分にあります」

( ゙゚_ゞ゚)「そ、そうですね。
    実は、こういう女性を探していて」

サイレントマンは懐から紙を出して広げ、ティムに見せた。
知っている可能性はまずないが、いつか目撃した時に――

(*‘ω‘ *)「あぁ、この人なら多分知ってるっぽよ!!
      えらく美人な人だったから良く覚えてるっぽ!!
      サイレントマンは絵が上手いっぽね!!」

(;゙゚_ゞ゚)「――え?!
    そ、その人はどこに?!」

(*‘ω‘ *)「乗客の個人情報は教えられないっぽ!!
      私の口からは言えないっぽ!!」

( <●><●>)「つまり、乗客にいるということですね、分かります」

ワカッテマスの冷静で的確な指摘に、ティムは唖然とした表情を浮かべた。
そして、変わらない大声で己の失態を口にした。

71名無しさん:2019/03/25(月) 21:37:53 ID:KqxZ6nLQ0
(*‘ω‘ *)「しまったっぽ!!」

( <●><●>)「サム、これはいいことを聞きましたね。
       明日にでも少し列車内を探してみましょう」

( ゙゚_ゞ゚)「は、はい!!」

思いがけない出会いから、思いがけない収穫を得た。
彼が探している人物に関する足跡が僅か一日で見つかった。
僥倖と言わずして何というべきか。
サイレントマンの視界は明かりくなり、一秒でも早く明日が来ることを願った。

( <●><●>)「せっかく情報をもらったのですから、ここは私が奢りましょう。
        それでいいですよね、サム」

( ゙゚_ゞ゚)「もちろんです!!」

(*‘ω‘ *)「えぇー…… じゃあ、せっかくだから高いお酒を頼むっぽ!!
      というか、秘密でお願いするっぽよ!!」

果たして彼女が口を滑らせたのはわざとなのか、それとも事故だったのか。
この時。
この卓を囲む三人の中でそれを知らないのはサイレントマンただ一人だった。

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    /:::::::::::: /...............::......:::!  !:ハ::::l::::::|l
      {.::::::::::::/..::::::::::::::::::/!::/  ´,ァ'!::|!:::ハ!
    }:::::::/:::,r::::::/:::/=,v,,_  ',x=リ:!/ '
  ‐:-:=;彡'::::/:::// ,,;.  {::.ソ{:リ     「一番高い酒を三人分くれっぽ!!」
    {:::‐‐=≦=:彡'l:| ‐=,彡'   ヾ !:!
    i|:::::::::∧r∨::::l:{ '''       ' /ハ
   }::::::::::::}`¨}::::::l::i      ‐ ', イ:l:::',
   |:::::::::::i}::::入:::i!:|=  __,,r=┬x::l:::::..
   }::::::::::ハi:}:i=',::∧_ |∨∧ V::ハ
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August 14th PM10:00

巨大な鋼鉄製の車輪には、歪な形状のカバーがかけられ、風防の役割を果たしていた外装は車輪全体を覆い隠す状態へと変化していた。
車輪に装着されたカバーの正体は特殊な素材で作られた特注の滑り止めであり、凍結した線路を走破するためにだけ作られた物だ。
融雪用の設備ではクラフト山脈の冷気と過酷な環境下での運用が難しく、また、実用に耐えないという結論からこうして直接車輪にカバーを取り付けることとなったのだ。
そして延長された外装は高く積もった雪が車輪に害をなさないための対策であり、乗客の命と車輛を守るための強力な鎧の役割を果たしていた。

フートクラフト到着後に設けられた長い停車時間は、これを用意するためだったのである。

『大変長らくお待たせいたしました。 これよりスノー・ピアサーはフートクラフトを出発し、シャルラに向かいます。
道中、途中停車の駅はございません。
シャルラへの到着は、八月十九日、午前十時を予定しております。
また走行中、車窓は一切開閉できませんので、ご了承ください。

72名無しさん:2019/03/25(月) 21:38:22 ID:KqxZ6nLQ0
それでは、皆さま。
世界初、クラフト山脈を伝っての列車旅をお楽しみください』

車内放送と共に、スノー・ピアサーが勾配を登り始めた。
車輪にかぶせられたカバーの影響で、僅かな振動が伝わってくる。
速度が上がればそれも安定して気にならなくなるだろう。
外では村の人たちが手を振り、スノー・ピアサーを見送っている。

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、いよいよね」

デレシアにとって、列車を使ってクラフト山脈を走るのは初めての経験だった。
間違いなく、未知の領域。
人類の新たな可能性に、デレシアは感心と尊敬の念を抱いた。
この時代になってもまだ、過去の模倣ではなく自らの意思で自らの考えを現実のものにするというのは、極めて稀有なことなのだ。

何か新たな試みをしようとしても、大抵のことは過去の模倣になってしまう。
その内、新たな発想や発明は世の中から姿を消し、ほとんどの人間がDATに保存されている過去の物を再現するだけになった。
スノー・ピアサーとは、諦めずに新たな方向性を模索して成功した、非常に稀な例なのである。

ノパー゚)「クラフト山脈自体が初めてだからよ、結構楽しみだ」

(∪-ω-)「おー……」

ベッドの上で半臥になり、腰に抱き着いたまままどろむブーンの頭を撫でながら、ヒートは小さな声で同意した。
三人は夕食と入浴を済ませ、就寝の準備に入っていた。
本来はブーンが寝付いた後は二人で酒を飲む予定だったのだが、彼はヒートの傍からなかなか離れようとしなかった。
そのため、晩酌はまた日を改めることとなり、デレシアは一人車窓――壁面に映し出された映像――の傍に座り、景色を眺めていた。

ζ(゚ー゚*ζ「しばらくは山の景色が続くわね」

部屋の明かりは全て落とし、傾き始めた月と星明かりが彼女たちの世界を青白く照らしている。
ゆったりとした速度で世界が移ろう様を眺めながら、デレシアはそう呟いた。

ノパー゚)「だな。……しっかし、ブーン、今日はどうしたよ?
    こんなに甘えん坊になっちまってよ」

そう言って微笑を浮かべるヒートは決して迷惑に思っているわけではなく、突然の変化に少し戸惑っているようだった。
ティンカーベルでヒートが負傷してから、ブーンはやはり、心のどこかで彼女がいなくなることを恐れているのだろう。
あの時、デレシアが動いていなければヒートは間違いなく、あの場で殺されていた。
それを理解しているからこそ、ブーンはヒートから目を離したくないと思っているのだ。

自分の知らないところで親しい人間に死なれることの恐ろしさ、そして寂しさを理解したのだ。
彼にとっては間違いなく成長だが、極めて悲しい話でもある。
今回は偶然に助かったからよかったものの、次に同じことがあった場合、助かる保証はどこにもない。
デレシアにとってヒートは良き友人だが、いつでも彼女を手助けできるわけではないのだ。

(∪-ω-)「ぉ……」

73名無しさん:2019/03/25(月) 21:39:58 ID:KqxZ6nLQ0
ブーンの瞼は落ち、彼女たちの声に反応するだけの意識も残っていないようだ。
ヒートの手櫛が彼の黒い髪を優しく撫でる。
僅かに身をよじり、ブーンは意味のない言葉を呟きながらヒートの服を掴む手に力を入れた。

ノパー゚)「ったく」

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ヒート。
      幾つかお願いがあるんだけど、いいかしら」

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   /  . : : :/.:.:.:ハ l:.|: : :l: : l云テtrく    ∠ニ' .:!.: ト、
 ∠ _ _, ィ´.:.:.:.:./.ハ.l.:|: : :l :/辷ンノノ     ,rテテ.:.:. !.:.:l.:.:.>
     ̄/.:.:.:.:.:.////l:.|: : :l |´ ̄       じジ.:.:.:. !.:.:l'´
      ̄ ̄フノノ/l l:.|: : :l |       ,:  ,ハ.:.:.:.: !.:.:!
        ,.ヘ   l.:|: : :l | 、     _,  ,.イ.:.:|.:.:.:..!.:.:!
         /: : : .\ l:.|: : :l | \  ´, .イ.:/ ̄|.:.:.:..!.:;′
      /. : : : : : :\N: : :l | /.:.:.`ニ´   !/  |.:.:.:.:l/
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ノパ⊿゚)「あんたがあたしに?
    出来ることでならいいけどよ」

ζ(゚ー゚*ζ「列車の中に、ちょっと変わった人たちがいるみたいなの。
      ブーンちゃんがちょっかいをかけられないように見ていてもらいたいんだけど、いいかしら」

ノパ⊿゚)「なんだ、そんなことならお安い御用だ。
    変わった人ってのは?」

ζ(゚ー゚*ζ「一人は私がログーランビルから落とした殺し屋」

デレシアはまず左手の親指を上げて見せた。
ヒートは頷き、理解を示した。
その姿は彼女も目視し、記憶しているはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「もう一人は、多分だけどジュスティアの人間ね」

人差し指を上げたところで、ヒートの眉が僅かにしかめられた。

ノハ;゚⊿゚)「もう気付かれたのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコが私たちを売ることはまず有り得ないから、偶然の産物ね。
      私が落とした殺し屋と一緒にいた男なんだけど、多分ヒートは見ていないんじゃないかしら」

二人でいるところをジャーゲンで見た程度だが、その視線の配り方や身のこなしは紛れもなく訓練を経た人間のそれだった。
また、その歩き方や視線の動かし方などの根底にあるのはジュスティア警察の訓練によるものだ。
かなりの研鑽を積んで自己流の物になっていたが、それでも隠し切れない眼光の鋭さがあった。
そして、ティムもまたデレシアの目にはただのブルーハーツには見えていなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「後は、私たちの乗車券を確認した女ね」

74名無しさん:2019/03/25(月) 21:40:35 ID:KqxZ6nLQ0
最後に中指を立てて、三本の指をヒートに見せた。

ノパ⊿゚)「あの元気のいい奴か」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、あの元気のいい女。
      スープを買った店にいてね、ティングル・ポーツマス・ポールスミス、って名乗ってたわ。
      どうにもわざと臭いのよね、色々と」

推測の域を出ないが、恐らく、あの女は何かを隠している。
不正乗車の人間を探すという名目で、車内の捜索を行い、不正乗車ではない何かを探していた。
その対象となるのがデレシアたちである可能性は極めて高い。
ティンバーランドの人間なのか、それとも誰かに雇われた別の組織の人間なのかは、今の段階ではまだ分からない。

ノパー゚)「まぁ確かに、あの声の大きさはわざと臭いわな」

ζ(゚ー゚*ζ「後ね、あの人結構な年齢のはずよ」

ノパ⊿゚)「三十手前ぐらいに見えたけど、違うのか」

ζ(゚、゚*ζ「そうね、大体六十歳ぐらいじゃないかしら」

ノハ;゚⊿゚)「え?」

ζ(゚ー゚*ζ「最初に見て少し違和感があったんだけど、あの店でもう一度見たから間違いないと思うわよ。
      お化粧というよりも、あれはもう変装ね」

化粧は人の年齢だけでなく、印象までも変える力がある。
ティムのそれは、そういった技術の集大成で芸術の領域にあった。
恐らく彼女が本気を出せば、別人に成りすますことも可能だろう。
そんな技術を持った人間がブルーハーツにいるはずがなく、別のどこかでその技術を身に着け、生かしてきたはずだ。

列車旅の不便な点は、次の到着地まで全員が同じ空間に居続けなければならない点にある。
最低でも三人の不審な人間がいる以上は、デレシア一人ならばまだしも、ブーンとヒートの両人に目を向け続けるのは難しい。
守るだけであれば可能だが、今彼女たちが置かれている状況では、守るだけでは意味がない。
必要とあらば攻めに転じ、相手の出鼻を挫かなければならない。

この狭い列車の中で一度に襲われれば、最悪の場合、脱線に至ることも視野に入れなければならない。
クラフト山脈で脱線事故が起これば、そのまま山を滑落して乗客の生存は絶望的になる。
怪我人のヒートとブーンを連れ出せたとしても、厳しい自然の猛威にさらされ、死に至るのは明らかだ。
未然に防ぐこと、それが重要だ。

ノパー゚)「……なるほどね」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふっ」

二人はほぼ同時に笑んだ。
ヒートの笑みも、デレシアの微笑みも、それは同じ所から来る笑顔だった。
何事もない旅にならないことは重々承知している。
そしてこの旅を経て、ブーンが成長してくことも知っている。

75名無しさん:2019/03/25(月) 21:40:57 ID:KqxZ6nLQ0
それが楽しみであり、この旅の大きな意味なのかもしれない。
故に、困難も難題も、彼女たちにとっては歓迎すべきものなのだ。
ブーンの栄養になるような困難であれば、喜んで迎え入れ、蹴散らそう。
そのためには多少の痛みを伴うことがあるが、それでも止める気がない自分たちの身勝手さに対して、二人は笑顔を浮かべたのだ。

この世界はそういう世界なのだ。
何かを変えたいと望み、何かを得たいと望むのならば。
たった一つのシンプルなルールに従い、動けばいい。
そう、これは――

――これは、力が世界を動かす時代の物語なのだから。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

August 14th PM11:15
            / /  / /_/| | /''"    | | |
          / イ /   |イ)ノ'| | |   、  | | |      |
            /′| | l  | l」(」 | | | r=ミ、ヽ | | l   |   | |
            | | l  | ト=゙ レ| | ゞソ`く | | ||  |   |/
            レ| / //| | |  从乂 ¨` 乂从、 |  ,'
           ∠ イイ |/∧        〈ソ`ノ)ノ /
            ,ィ´ト、/  ヽ、   、  -┘| | ヽ(
    / ̄   、  /| | || ヽ    ,ィ=、    ` イ从从 /
  /      ::::V::::::ヽ`ヽ `ー='イ>≧=<  ̄ヽ )イ
ジュスティア 警察本部 長官室

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ジュスティア警察長官ツー・カレンスキーは突然の来訪者に対して、まずはコーヒーを淹れることにした。
その来訪者はいつものように上質なスーツで身を固め、コーヒーが入るまでの間、ソファに深く腰掛けて静かに待っていた。

(*゚∀゚)「もう少しお待ちください」

爪'ー`)「あぁ、そうさせてもらうよ」

ジュスティア市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤは落ち着き払った様子でそう言った。
コーヒーマシンが静かに豆を挽き、お湯を注ぐ音が聞こえる。
警察本部のビル内に残るのは夜勤の人間ぐらいであり、日中に比べて極めて静かだった。

爪'ー`)「残業のし過ぎは感心しないな」

(*゚∀゚)「今日は特別忙しいだけです。
    普段は定時で帰っていますよ」

爪'ー`)「悪いが、タイムカードを押してから遅くまで居残っているのは分かっているんだ。
    こう見えて、私はそういうのを調べるのが得意なんだ」

76名無しさん:2019/03/25(月) 21:41:17 ID:KqxZ6nLQ0
嘘をついても仕方がないと諦め、ツーはわざとらしく溜息を吐いた。
恐らく、フォックスは内々の情報から彼女が無給で残業をしていることを聞いているのだろう。
残業とは無能な人間のすることだ。
それを知られるのは、正直、彼女にとっては恥ずべきことなのである。

しかし、仕事の量は一時期に比べてかなり減った方だ。
世界情勢の変動により、治安は落ち着き始めてきた。
今、彼女を残業させている仕事は主にトラギコ・マウンテンライトが持ち込んできたものの処理だった。
あの男は遠慮なしに領収書を切り、更には弾薬にかなりの金額を費やした。

あまつさえ、軍用第三世代強化外骨格――通称、棺桶――も修理が必要な損傷を与えたため、その手配もしなければならなかった。
幸いなことにジュスティア内での修理が行えたため、彼の出張に間に合わせることが出来たが、彼が持ち込んできた厄介ごとはそれだけではない。
オセアン、フォレスタ、ニクラメン、クロジング、ポートエレン、オアシズ、そしてティンカーベル。
これらの街で起きた事件はどれも彼女の頭を悩ませるに十分足るものだった。

“あの”トラギコでさえ手を焼く組織が背後にあるだけでなく、もう一つ、一連の事件に関わっているとされる人間の存在が大きかった。
デレシアと名乗る女。
その女の正体を知ることが、今の彼女にとって最大の頭痛の種だった。

(*゚∀゚)「……以後、気を付けます」

爪'ー`)「労働には対価が必要だ。
    働きに見合った対価、それは権利であり、義務なんだ」

言われるまでもなく、ツーは部下たちの残業に対して相応の対価を支払っている。
給与の査定についても上司だけでなく、同僚や部下からの意見を吸い上げて厳密な決定を下している。
それをするための時間を考えると、どう計算しても既定の勤務時間で全ての業務を片付けることが出来ないのだ。
だが部下たちの給与は彼らの家族を養うための物であり、決して妥協できるものではない。

爪'ー`)「君の分は年末にまとめてボーナス、ってことにしておくよ」

(*゚∀゚)「では、その分を――」

爪'ー`)「言っておくが、部下たちに分配、なんていうのは駄目だ。
    さて、本題に入る前にまずはコーヒーをもらおうか」

そしてツーはコーヒーを注ぎ、フォックス・ジャラン・スリウァヤに出した。
一言礼を述べてからフォックスは漆黒の液体を口に含んで、香りを堪能し、それから飲み込んだ。

爪'ー`)「うん、いいコーヒーだ」

(*゚∀゚)「それで、本題とは」

爪'ー`)「“ロールシャッハ”から連絡があった。
     しばらくの間、連絡ができなくなるそうだ。
     サイレントマンとデレシアとの本格的な接触は明日になるそうだが、一つ訊きたいことがあってな」

(*゚∀゚)「私に答えられることであれば」

77名無しさん:2019/03/25(月) 21:41:39 ID:KqxZ6nLQ0
爪'ー`)「オサム・ブッテロ、彼とデレシアを接触させるように仕向けた意図を聞きたい。
    何をさせるつもりだ?」

一瞬、ツーの背筋に氷が当てられたかのような錯覚を覚えた。
フォックスは語気を荒げることも、態度に表すことも、ましてや目で伝えることもしていない。
彼はただ、静かに伝え、尋ねただけ。

(*゚∀゚)「……彼の記憶が戻れば、少なくともオセアンの事件を起こした人間が分かるはずです。
   そこから、デレシアと名乗る女との関連性を見つけ、連行しようと」

爪'ー`)「なるほど、なるほどね。
    オサムの正体が殺し屋なのを理解し、彼の記憶が戻ることで列車内で戦闘行為が起こる可能性も視野に入れ、“ロールシャッハ”を差し向けたのか。
    先の先までよく考えたな」

(*゚∀゚)「え、えぇ……
    “ロールシャッハ”であれば、仮に車内で何かが起きても即応できます」

エライジャクレイグは自分たちで治安維持をするための組織を持っており、ジュスティアとは契約関係にない。
そのため、デレシアを逮捕するためには越権行為が認められている“モスカウ”の人間を密かに派遣する必要があった。
モスカウの統率者であれば、事件への対応も事後処理もトラギコよりも上手くやれるはずだ。

爪'ー`)「それは相手が一人なら、の話だ。
    なぁ、ツー。 隠し事はなしにしよう。
    トラギコがその気になれば、デレシアを名乗る女は捕まえられた。
    だが奴がそうしなかったのには、理由がある。

    その理由を私に何故、詳しく話さない?」

(*゚∀゚)「まだ不確定な情報で、憶測でしかありませんので」

フォックスがコーヒーを飲み、溜息を吐いた。

78名無しさん:2019/03/25(月) 21:43:19 ID:KqxZ6nLQ0
爪'ー`)「情報が正確であることに越したことはないが、情報はすぐに腐る。
    ならば腐る前にそれを私に届けるのが君の仕事だ。
    いいかい、この街で起きた事件と奴が捜査した事件で同様の棺桶が使われていた。
    これはつまり、巨大な組織が関わっていると断言しているようなものだ。

    トラギコはその組織と相対し、例の女を捕まえなかった、もしくは捕まえられなかったと推測が出来る。
    ベルベット・オールスターの報告では、トラギコとあの女はつながりがあったらしい。
    仕事になると馬鹿みたいに真面目なトラギコが、重要参考人を見逃す理由などより重要な事件を嗅ぎ付けたからとしか思えない。
    やつの仕事の粗暴さはさておいて、取り組みの熱意については周知のとおりだ。

    ベルベットの言葉がどうあれ、ライダル・ヅーの死とその女が関係していないのは、トラギコの行動が何よりも示している。
    ではその組織とは何か、それを調べるのが最重要になってくる。
    だが君は組織の捜査ではなく、女を追わせた。
    その女が組織につながる情報を持っている可能性に気づいたからだ。

    捕まえるだけならもっと大々的に、それこそスノー・ピアサーに乗られる前に捕まえられたはずだ。
    ロールシャッハが動いたのなら、それも簡単な話だ。
    つまり君は、女をあえて泳がせて事の成り行きを監視させているんだろう。
    その中で組織の情報や、女と事件との関連性を見つけてから動くつもりってことだ。

    どうしてここまでの報告を私にしないのか、実に理解に苦しんでね、こうして話を聞きに来たわけだ」

歌を口ずさむようにして並べられた彼の発言は、全てその通りだった。
トラギコから得た情報やベルベットからの報告をもとに、巨大な組織が存在することは確実だった。
そして、その組織の影響力がジュスティア内にまで及んでいるという危機的な状況を理解し、早急に対処しなければならないと考えたのだ。
正直なところ、デレシアという女は鍵でしかない。

上層部の意見と食い違ったとしても、ツーにとってはそうなのだ。
警察を束ねる長として、彼女がするべきことは上層部の人間たちの機嫌を損ねることになったとしても、警察らしい対処。
媚びを売ったり、期限を窺ったりすることは警察の仕事ではない。

(*゚∀゚)「も、申し訳ありません……」

何もかもを見透かされていることを理解したツーは、謝罪することしかできなかった。

爪'ー`)「責めているわけじゃない。
    忘れないでもらいたいんだが、組織というのは連携が必要なんだ。
    手足はいくつあってもいいが、多頭は困る。
    太鼓持ちも嫌いだし、何より胸を張ってできない行為は大嫌いなんだ。

    それに、私をのけ者にしないでもらおうか」

(*゚∀゚)「以後、肝に銘じておきます」

フォックスは部下を無意味に責めることはしない。
彼が行うのは、己の手足が意に反して動かない原因を理解し、それを改善することだ。

79名無しさん:2019/03/25(月) 21:43:44 ID:KqxZ6nLQ0
爪'ー`)「そうしてくれ。
    失敗をいつまでも引きずってもらっては困る、次に生かしてくれ。
    さて、実は本題は別にあるんだ。
    明日の正午、ベルベットがティンカーベルで逮捕した人間を連行してくることになっている。

    そこで頼みがあるんだ」

(*゚∀゚)「私にできるのであれば、何なりと」

厳重な警戒態勢の元、複数の犯罪者が送られてくる。
ティンカーベルで起こった狙撃事件やその他の事件に関わっている最重要の人間たちの中には、ショボン・パドローネとジョルジュ・マグナーニが含まれている。
更にはカラマロス・ロングディスタンスとシュール・ディンケラッカーまでもが運ばれることになっている。
何かが起こらないはずがない。

ショボンは脱獄不可能と言わしめた刑務所から二人の囚人を脱獄させ、あの騒動を起こしたのだ。
島からこの街までの間に、間違いなく何かが起こる。
となると、警察にできるのは厳重な警備ぐらいだが、それはすでに派遣済みだ。

爪'ー`)「分かっているとは思うが、逮捕された人間達はカラマロスを含めて間違いなく、組織の人間だ。
    あれだけのことをしでかす組織が、そう簡単に奴らを引き渡すとは考えられない。
    だから、やられる前にやることをやる。
    円卓十二騎士をより前面に出していく。

    一切容赦をしない。
    いいか、一切の容赦も出し惜しみもなしだ」

すでに円卓十二騎士を二名も派遣し、その警備に従事させているというのに、まだ足りないというのか。
だがそれでは、外交における強力なカードを使うことになる。

(*゚∀゚)「で、ですがそれでは、イルトリアに円卓十二騎士の姿を見せることになります」

犬猿の仲であるイルトリアに、円卓十二騎士の姿は極力見せたくないというのは、これまでジュスティアが頑なに崩してこなかった姿勢だ。
彼らの最高戦力と比肩しうる存在を公にするということは、弱点をさらすようなものだ。

爪'ー`)「奴らのことは気にしなくていい。
    重要なのは顔じゃない。
    正義を遂行することだ。
    むしろここで十二騎士を出して、我々が本気であることを見せつけてやる。

    君には私の指示した通り、動いてもらう」

(*゚∀゚)「分かりました、具体的にはどのようにすれば?」

フォックスはもったいぶるようにコーヒーをゆっくりと啜り、口を開いた。

爪'ー`)「それはな――」

――そしてフォックスが告げたのはツーがこれまで受けた命令の中で、最も難しく、最も受け入れ難いものだった。

80名無しさん:2019/03/25(月) 21:45:13 ID:KqxZ6nLQ0
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                     ィ‐'´: : : . . . : ::;:;:;ヾ;:;:::;:;:;:;:;:;:;:;:;:',
                     ヽ、_  、____、、、_____...ヽ;::;:;:;:;:;:;:;;;:;l
                       |`ーヽ_ノ_.....,  '、/〉!::;:;:;:;:;:;:;;:;:|
                       ヽ、 '^'ー' .´ 。  ! >|::;:;:;;:ハ;:;ハ)
                            ノ          rイ!:;:;;:;;ハ|
                       。 ヽ.;'___,..、   ノ`'.|:;;'|;ノ
                          ヾー'´ 。,/-‐'')'>- 、_
                          ヽ..._.:ヶ´ _,.-''´ ̄: : : ::ヽ
                             r:tT'  ,メ'´  . : : Ammo→Re!!のようです
          Ammo for Rerail!!編 第二章【Train of equipment-備えの列車-】 了
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81名無しさん:2019/03/25(月) 21:45:35 ID:KqxZ6nLQ0
これにて今回のお話は終了です

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

82名無しさん:2019/03/25(月) 21:47:57 ID:E3JYELzc0
乙です

83名無しさん:2019/03/26(火) 00:37:25 ID:y80i2s0I0
乙、

84名無しさん:2019/03/26(火) 16:00:56 ID:6RED2mqU0

ここからジュスティアがどう動くのか楽しみでしょうがない

85名無しさん:2019/03/26(火) 17:07:26 ID:TqG.K81g0

これから一波乱おきそうだな…

86名無しさん:2019/03/26(火) 17:40:38 ID:m4gjYgLc0
乙!

87名無しさん:2019/03/27(水) 11:12:26 ID:4QuQ2lBk0
乙です
毎回いい終わり方するなぁ、次回も楽しみにしてます

88名無しさん:2019/03/27(水) 18:55:42 ID:WxYp6T6E0
おつ!
誰が敵で誰が味方かわからないからめっちゃ楽しい

89名無しさん:2019/04/07(日) 09:17:38 ID:n/PPAn0U0
ζ(゚ー゚*ζシアさんの活躍が楽しみ
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2568.jpg

90名無しさん:2019/04/07(日) 16:19:15 ID:Vl.qqa5U0
>>89
感謝っ……圧倒的感謝っ……!!
期待を裏切らないよう精進していきますっ……!!

91名無しさん:2019/04/09(火) 20:43:12 ID:jAYoLxyo0
フォックスの三人称が彼だったり彼女だったりするけど性別はどっちなのかな?

92名無しさん:2019/04/09(火) 21:36:27 ID:7NHMdvUY0
>>91
あれれ?! 彼に統一していたと思ったのですが、申し訳ありません、ふたなりや両性具有ではないのです……

93名無しさん:2019/04/09(火) 22:33:37 ID:jAYoLxyo0
>>92
すみません、この作品大好きで何度も読み返してまして
前スレで
実力で正義の都の市長に上り詰めたフォックス・ジャラン・スリウァヤは、些細な手違いでも決して妥協をしない女だ。
ってあったもんで性別がわからなくなっちゃいました

94名無しさん:2019/04/10(水) 06:10:21 ID:XS/DCl0w0
>>93
ぎええええ!!
そんな初期段階にミスをしていたとは……
ご指摘ありがとうございます、まとめの方をすぐに修正いたします!

95名無しさん:2019/05/05(日) 22:41:16 ID:edJJhNww0
明日の夜VIPでお会いしましょう

96名無しさん:2019/05/06(月) 13:14:31 ID:PhBzxQhA0
期待!

97名無しさん:2019/05/06(月) 19:21:10 ID:QwE9pUbA0
ζ(゚ー゚*ζAmmo→Re!!のようです
https://hebi.5ch.net/test/read.cgi/news4vip/1557137990/

98名無しさん:2019/05/07(火) 19:56:59 ID:116wtzvM0
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神はこの世にいない。
誰も証人がいないし、証拠がないからだ。
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    __,,__ ._/      .´       .゙''-、    .‐、_::::::::::\  ,.::' ..,.::;;.,...! ..;;i~"'- 、
ニ';-'"~:::..:.:.`''ー-、__,,,、-‐- ..,,__         :::::::::.'ー.゙''\ ,! ..:;:.,..  ;  '  ,.::.:. "'-、
 .... ~""'''ー- ...,,___::.:...  :::..:.:.:::...~""''""´`'t       だが、あの山には悪魔がいる。
 .,,.::.. .::. ..:.   ;;,,   ̄ ̄~~""'' - 、..::;.:..:...  `:,、 .:.:;; 俺が証人で、この体が証拠だ。
ニ″::::::   .::...   ;,,,,;;  ;;   ;;:.   ~"'-、 ::::::;;.::.:;..:.:.:.....  .:. ......:::;.::.:.... 
                ――クラフト山脈登頂挑戦者、“三本指”のビリー・バリアフリード

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August 15th AM07:30

頭上には青空が広がり、眼下には切り立った崖と鬱蒼とした針葉樹林が広がっていた。
転落すれば間違いなく死が待っていることを嫌でも認識させる高さからの眺めだが、それは絶景と言っても過言ではなかった。
限られた場所でのみ見ることの許される景色。
それが困難な場所であればあるだけ、人はそれに惹かれるのかもしれない。

圧倒的な標高を誇るクラフト山脈からの眺めは、これまでに登山家達だけの物だったが、今はそうではない。
純白の列車がレールに積もった雪を蹴散らし、通り過ぎた山肌の雪を吹き飛ばして疾走する。
その車窓から眼下に見下ろす圧倒的な景色に、乗客たちは惚れ惚れとした様子で溜息を吐いた。
彼らの乗る列車は平地に比べて非常にゆっくりとした速度でクラフト山脈の隣を走るが、その速さは安全性が約束される最高速度だった。

世界最新の列車とはいえども、足元に敷かれたレールが唯一の命綱であり、これから先の道を保証する唯一の存在だ。
そしてある意味不安定な未来を保証するそのレールの上を走るスノー・ピアサーは、右手側から登ってきた夏の太陽に照らされ、白く輝きを放っていた。
列車の生み出した風によって作り出されるその輝きは極めて幻想的で、細かな光の羽衣を纏っているように見えた。
すでに車輛はクラフト山脈を二割ほど進み、着実に目的地に向かって進んでいた。

進んでいることを実感させる要素は風景だけだが、その風景の圧倒的な美しさに、乗客たちは映し出される景色に目を奪われ、時が経つのを忘れた。
食堂車で朝食を獲る客たちは、淹れたてのコーヒーや紅茶を堪能しつつ、焼き立てのパンや夏の果物を口に運んで優雅な時間を楽しんでいる。
控えめなクラシックがBGMとして流れる車内には食欲をそそる香りが立ち込め、人々が談笑しつつ、食事を堪能する和やかな空気が流れていた。

ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

デレシアはマグカップに入ったコーヒーを一口だけ飲んでから、バターをたっぷりと塗ったトーストを口にした。
ざふりとした香ばしい表面とは違い、赤子の肌のように弾力のある内側からは甘い香りを孕んだ湯気が薄らと立っている。
分厚く切られたトーストは上質なものであるとすぐに分かるほどで、バターもまた、その奥深い味わいから妥協のない一品だと分かった。
濃厚なバターの甘味と塩味に満足そうな声を上げ、デレシアは思わず笑みを浮かべた。

99名無しさん:2019/05/07(火) 19:57:22 ID:116wtzvM0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、美味しい」

ノパー゚)「こっちのオニオンスープも美味いな」

最初の一口にスープを飲んでいたヒート・オロラ・レッドウィングは感想を述べ、すぐにまたスープを飲み始めた。
彼女の飲んでいるオニオンスープには細かく刻まれた玉ねぎが浮かび、コンソメで味付けがされただけのシンプルな料理だが、コンソメに相当な旨味が凝縮されているようだ。
香りの中に複雑な素材の香りが感じ取れ、ただならぬ旨味成分を予想させた。

(∪*´ω`)「このパンもおいしいですお」

ロールパンにソーセージと千切りのキャベツを炒めたものが挟まれたものを頬張りながら、ブーンも感想を口にした。
子供用にケチャップだけの味付けにされているようだが、それでもブーンは満足している。
ソーセージの焼き目はきつね色で、皮も破裂することなく皮を噛みきる快感の余地を残している。
口の端にケチャップを付けたまま、ブーンは笑顔でミニホットドッグを食べ続けた。

彼はすでに三つ目に手を付け、旺盛な食欲を見せている。
コールスローサラダも合間に食べるよう、ヒートがアドバイスをするとブーンはすぐにそれに従った。
列車の中で作られた食事ではあるが、食材の管理方法が非常によく、鮮度がまだ損なわれていない。
後はシャルラに到着するまでの間に、どこまでこの質が落ちないかがこの列車の料理人の腕の見せ所だろう。

デレシアもブーンと同じく、コールスローを口に運んだ。
さっぱりとした味だが、その中に施された小さな一手間に笑みがこぼれる。
みじん切りにされているために見た目には分かりにくいが、リンゴが入っていた。
酸味と甘みの調和がとれたコールスローは、朝に食欲が湧かない人間にも食べやすいものだ。

メインの食事を終えたブーンは、黄金色に輝くリンゴを食べ始めた。
琥珀が埋め込まれたかのようなリンゴはその音だけでも歯ごたえがあり、甘味が相当あることがよく分かる。

ζ(゚ー゚*ζ「美味しい?」

訊かずとも、彼の食べる音が答えを語っている。
それでも彼の幸せそうな笑顔を見ると、思わず訊かずにはいられなかった。

(∪*´ω`)゛

しかしこの瞬間。
デレシアでさえも安心してブーンを眺めていたこの瞬間――

(∪´ω`)「お?」

――ブーンだけが、世界の異変に気付いた。

100名無しさん:2019/05/07(火) 19:58:51 ID:116wtzvM0
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Ammo→Re!!のようです
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                                            Ammo for Rerail!!編
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突如食事を中断したブーンの変化に、デレシアとヒートはただならぬ何かを感じ取った。
彼は人間よりも遥かに優れた五感を有し、二人には感知できない物を感知することが出来る。
その彼が動きを止めたということは、彼が何かを感知したのだ。
匂い、振動、音、あるいはそれら全てを総合した異変を。

異質な何かを知覚し、その正体を探るためにブーンは視線を周囲に向け、首を傾げた。
一瞬だけ見せた彼の鋭い動きは、さながら森の侵入者を察知した狼を彷彿とさせた。
だがすぐに彼は子供らしい仕草で自分の咄嗟の行動を理解できない、という意を表した。

(∪´ω`)「おー?」

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの、ブーンちゃん?」

(∪´ω`)「なんか、いやなおとがきこえませんでしたか?」

音となると、デレシアとヒートにも聞き取れる限度がある。
ブーンにしか聞き取れない音があったのであれば、それは聞いておくべきだ。
銃声、爆音、もしくは音響兵器など可能性はいくらでもあるが、彼が嫌な音と表現したのが気になった。

ノパ⊿゚)「嫌な音? どんな感じの音だ?」

スノー・ピアサーの先頭車輛が、目前に現れたトンネルにその頭に差し込んだ。
少しずつ淡い闇が車輛を覆っていく。
世界が夜になるように、白い列車が黒に染められていく。

(∪´ω`)「ぎゅぎゅ、っておとですお。
      やまのほうから……
あ、ごーっておとが、おおきく――」

ζ(゚-゚ζ

彼女たちに“まだ”その音は聞こえない。
聞こえないが、聞こえる人間がここにいる。
そしてそれを逆算すれば、音の答えは自ずと出てくる。
何一つ彼女たちが感じ取れることはなかったが、彼の言葉を聞いた直後にやるべきことは一つだった。

101名無しさん:2019/05/07(火) 19:59:26 ID:116wtzvM0
ノハ;゚⊿゚)

その言葉でブーンが何を聞き取ったのか、デレシアとヒートは同時に理解していた。
反射的に山を仰ぎ見て、デレシアがブーンを抱きかかえてヒートと共に部屋に駆け戻る。
目を白黒させるブーンをベッドの中に押し込み、二人はその上に空間を作って覆い被さった。
そして、白い衝撃がスノー・ピアサーに訪れた――

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Ammo→Re!!のようです
Ammo for Rerail!!編


『最も明確に破壊の意思を持った、最も無垢で美しい自然現象』

                               ――山岳救助隊、ガック・マウントニア


第三章【Snowpiercer part1-雪を貫く者part1-】
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車体に搭載されている防御装置の始動は、一切のアナウンスなしに自動的に、そして機械的に最高のタイミングで行われた。
それは人間の意志とは別に稼働するように設計された、自然災害に対応するための装置だった。
緊急停車装置は乗客に対しての衝撃を最小限に抑える設計だったが、金属同士を擦り付ける甲高い音と急制動に伴う衝撃は殺しきれない。
そして、列車最大の敵である横方向からの衝撃に対抗するための衝撃相殺装置は鐘の音に似た鈍い金属音を鳴らし、横殴りの衝撃を軽減した。

突如として訪れた衝撃は短いものだったが、体験した人間達にとってその時間はあまりにも長すぎた。
完全に停車した車内は一瞬黒に染まったが、すぐに明るく照らし出された。
それが外部の映像ではなく、本来の内装であることは明白だった。
沈黙はいつまでも続くかに思われたが、すぐに車掌の声がそれを打ち消した。

『ご乗車の皆様にお知らせいたします。
先ほど、クラフト山脈頂上付近で大規模な雪崩が発生いたしました。
現在スノー・ピアサーはトンネル内に緊急停車しております。
車輛の確認と周囲の確認を行い、運転再開の目安が分かり次第再びお知らせいたします。

運転再開まで今しばらくお待ちください』

普通なら恐怖とパニックのあまり、車内放送など出来ない状態に陥るが、車掌であるジャック・ジュノは己の役割を的確に果たした。
賞賛する機会があればそうしたいところだが、今はそんな時間も余裕もない。
デレシアとヒートはブーンの上からほぼ同時に起き上がり、ひとまずブーンに被害が及んでいないことを確認してから、安堵の息を吐いた。

ノハ;゚⊿゚)「ふぅ…… タイミングが良かったな」

ζ(゚ー゚*ζ「トンネルがなくてもどうにかできたでしょうけど、流石に棺桶を使っているだけはあるわね。
      普通の列車なら間違いなく脱線、転落してたわ」


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