したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | まとめる | |

Ammo→Re!!のようです

1 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:35:24 ID:F94asbco0
前スレ
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1369565073/

┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                            配給

【Low Tech Boon】→ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

【Boon Bunmaru】→ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

2 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:36:15 ID:F94asbco0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
好奇心で猫が死ぬ?        ヽ、   l          ヽ ,ィ
Cat has nine lives?               `ー.,′        _, イト
                        ,'         ..;;;;;;;;ィ  ジョルジュ・マグナーニ
まさか。                    /     ,ィ   ..,,;;;;'',.ィ仁   Georges・Magnanni
You're kidding me.             `ー--r‐、 ;;;;;:'' ,イ'.__ノ_イ
                             _,メリl__,ィニィ'ノ‐ ´
                         ,ィイメ` `r‐}l'´ , -イ
                        ,fリ′!、_ ..| ト∠- ′
                          Ⅷ  ー‐' ノ `リli|;;;;;;;;;;;;;
                    その猫が弱かっただけだろうよ。
                 That cat was so weak that it can't be alive.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

速度、信号、細かな道路規則を完璧に守るヴォルクスワーゲン社製の白いセダンは現代的で、そして厳めしい表情と堅牢な作りの洗練された美を有している。
低電力のライトは僅かに青みがかり、明るすぎず、だが暗く感じることのない適度な明るさで地面を照らしていた。
辺りには街灯が多く並び、仄かな白い光がアスファルトで舗装された道に光を落としている。
日中の太陽光と波力、そして風力で作られた電力を使用して発電しているため、その明るさは日によって違うと言う。

巨大な街が持つような発電施設はないが、自然の力を借りた発電施設は周囲の島々に散っており、この街には十分すぎるほどの電気が供給されている。
大嵐が島を襲ったとしても停電の心配はないと言われており、余った電力で得た金は街の重要な収入源の一つだ。
むしろ問題があるとすれば、建物の方だ。
嵐の度に昔ながらの作りをした家屋が新しくなるのは、この島の伝統的な風景とも言える。

3 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:39:55 ID:F94asbco0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
:|i   } |    .∧____  -‐=====‐-ミ
L|  .ヘ‐'      >''"    _,,,............,,_    `'マ〜く
ー'゙´    ァ=ーっ   ,x<´  ¢_¢  `>x   ヽ.ヽ\
      // 广´ /〃↑゙ヽ l÷l 〃♂ヽ {\__ノ ⌒^゙ヽ           August 9th
      //  } ∩/ ①乂__,.彡,.」⊥L乂__,.ノ__\       }          PM11:01
    /   U } `¨丁/      `丶.丁¨´{      /
    {       |ニニニ7    〃⌒ヽ.   マニニ|x-‐─《.
     '.      jニニニ{     {{QQQ}}    }ニニ!::::::::::::::::.
     》==─-┤゚(ニ)人   弋__ノ   人(ニ)|:::::::::::::::::::.
      :::::::::::::::::::|    ̄\       / ̄  釗:::::::::::::::::::.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鏡のように磨かれたスモークガラスのセダンを運転するのは、フレームレスの眼鏡によって知的な印象を与える鳶色の瞳を持つ若い女性だった。
美人に分類される顔の造形だが、彼女をよく知る人間からはそのような評価は一度たりとも下ったことがない。
一目彼女を見た人間もまた、その眼光に射竦められて評価を覆す。
もっとも、その女性は自分の容姿が異性に与える影響など眼中にはないのだが。

世界における正義の使者とも言えるジュスティア警察の長官専属秘書、ライダル・ヅーはハンドルを左手で掴み、右手は常にシフトレバーに添えている。
ギアを変える時に車が不自然に振動することもなく、車と搭乗者に負担をかけることのない運転を日頃から心掛けていることが分かる。
速度に応じてギアが変わっているのに気付くには、僅かなエンジン音の変化に耳を傾け続けるしかない。
時折ヅーの目は右側の助手席に座る男に向けられていたが、向けられた当の本人はそれに気付いていながらも無視を決め込んでいた。

助手席に座るのは整った服装のヅーとは対照的に、皺だらけのスーツを着てワイシャツのボタンを二つ外し、白髪だらけの乱れた髪の男だ。
右の頬にある大きな二本の傷は、人相の悪い彼をより一層悪人に思わせた。
落ち着きなく車外に目を向け、通行人や対向車、建物の上を観察する様は正に不審者そのものだ。
男の名前はトラギコ・マウンテンライト、ジュスティア警察のベテラン刑事である。

4 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:42:00 ID:F94asbco0
車は人通りの多い道から、ウィンカーを出して細い道に左折した。
すれ違う車は錆だらけ、もしくは土埃だらけの地元の人間が運転する車だけだった。
ヅーの車はいわゆる高級車で、地元民のそれとは明らかにかけ離れた美しさを持っているために、明らかに目立っている。
地味な見た目ながらも確かな質の品で彩られた車内に会話はなく、ラジオすら流れていない。

トラギコは気まずいとは思わなかったが、心地よい沈黙とも思えなかった。
目的地は本人の言葉が正しければ、ティンカーベルを代表する観光スポットであるグレート・ベル近辺のブライアンホテルだという。
ブライアンホテルという名前のホテルが実在するかどうか、実のところトラギコは知らなかった。
この島について、そこまで詳しくは知らないのだ。

閉鎖的な土地が好きな人間はそういないだろうし、トラギコもそういった人間の内の一人であり、ティンカーベルと関わる仕事の記憶がほとんどないのが原因だ。
何よりトラギコの記憶に強烈に焼き付いているのが島の雰囲気や地形よりも、捜査に非協力的な人間の多さだった。
そう云った経験も含め、この島での聞き込みはあまり実りあるものにはならないだろうとトラギコは確信していた。
だからこそ、自分の足を使って情報を手に入れて回るしかないのだ。

しかし、それはこのまま無事にホテルについて行動が出来るようになってからの話だ。
ヅーが大人しくトラギコの捜査の協力をするとは、どうしても考えられなかった。
規則一筋だからこそ優秀であり、ジュスティア警察の最高権力者であるツー・カレンスキーの専属秘書になったのだ。
世界で五指に入る優秀な秘書、とはよく言ったものだ。

トラギコに言わせれば、世界で五指に入る融通の利かない糞女である。
そのヅーが、己の独断で軍と警察の意向に反してトラギコを自由に行動させるなど、あまりにも非現実的すぎる話だった。
見え透いた罠だ。
彼女の目的はトラギコから情報を聞き出すことであり、保護することはその過程でしかない。

結果として情報を聞き出せれば、トラギコが殺されようとも気にも留めないだろう。
これまでに何度も彼女の行動を見てきたからこそ、彼女の言動の裏を考えざるを得ない。
ある意味で信頼と言えるだろう。
善意ある行動などなく、必ず裏に何かしらの目的を潜ませて動く女だという信頼。

5 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:45:28 ID:F94asbco0
このドライブも裏があると考えれば、常に首筋に剃刀を当てられているようなものだ。
脚の一本が使えなくてもヅーに力で勝つ自信はあるが、この女がトラギコとの体力的な差を考慮せずに拘束しようと画策しているとは考えられない。
ある地点に部隊が控えてあるか、この車に罠を仕込んでいるかもしれない。
テーザーガンで人をショック死させるような女なら、有り得る。

さりげなくルームミラーを見ると、後部座席に男女の対格差を無意味にする代物が鎮座していた。
強化外骨格――“棺桶”――だ。
彼女の使う棺桶は逃亡者を追い詰めるのに最適な物で、徒歩の人間は絶対に逃げきることが出来ない。
車内での争いは意味をなさないと考え、トラギコは再び視線を外に向けた。

車は、見覚えのある通りへと戻ってきた。
尾行車がいないか、それを見定めるための行動だ。
ヅーは意図的に細い道を選んだり、カーブを曲がる際に速度を上げたりと教本通りの対応をしている。
細かなハンドル操作と速度変化が多い中、ギアを変更する際、信号に従って車を止める際、どのような時もトラギコの体が前にのめり込むことはなかった。

車内には、エンジンが上げる低く小さな音だけがBGMとして流れていた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
──────ァ=ーっ   ,x<´  ¢_¢  `>x   ヽ.ヽ\
          // 广´ /〃↑゙ヽ l÷l 〃♂ヽ {\__ノ ⌒^゙ヽ
.        //  } ∩/ ①乂__,.彡,.」⊥L乂__,.ノ__\       }
        /   U } `¨丁/      `丶.丁¨´{      /     Ammo→Re!!のようです
       {       |ニニニ7    〃⌒ヽ.   マニニ|x-‐─《
       '.      jニニニ{     {{QQQ}}    }ニニ!::::::::::::::::.    Ammo for Tinker!!編
       》==─-┤゚(ニ)人   弋__ノ   人(ニ)|:::::::::::::::::::.
       .:::::::::::::::::::|    ̄\       / ̄  釗:::::::::::::::::::.      PM11:57
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

6 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:49:58 ID:F94asbco0
走り始めて一時間以上が経過したが、ホテルに到着する気配は一向になかった。
尾行車を警戒しての行動だとしたら、いささか時間をかけすぎている。
先ほどから後方を見てはいるが、それらしき車両を見かけてはいない。
何かを考えているのだろう。

トラギコをどこかに連れ込み、拷問をする算段でも立てているかもしれない。
セダンは似た景色の道を繰り返し通りながらも、確実に島の奥へと向かっている。
流石に我慢が出来なくなってきたトラギコは、運転席に仏頂面で座るヅーの方を向いた。

瓜゚ー゚)「何ですか?」

相変わらず、この顔が腹立たしい。
何もかもを知っている人間だけが出来る、落ち着き払った表情。
忌々しいこの女は常にその表情を顔に貼り付け、接してくる。
自分が上位にいることを示すかのような表情は、己の知識と技量の裏返しだ。

それだけ自分に自信があり、相手よりも勝っているという確信があるのだ。
上司でなければ殴っているところだ。

(=゚д゚)「どこに向かっているラギ?」

視線を窓の外に戻し、トラギコは質問をした。
思えば、このセダンに乗車してから初めての発言だった。

瓜゚∀゚)「ホテルです、遠回りですが」

返答したヅーもまた、視線を前に固定したままそれに応じた。、
表情は微塵も変化がなかった。

(=゚д゚)「あんまり時間をかけてほしくないラギ」

7 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:52:51 ID:F94asbco0
瓜゚∀゚)「構いませんが、島の地図は頭にありますか?」

成程、とトラギコはヅーの発言の意図を理解した。
トラギコにこの事件を担当させるのであれば、当然、捜査を行うことになる。
捜査に必要なのは根気と土地勘、情報、そして暴力だ。
島の形を理解し、島にある街並みとその細かな道を覚え、どこにどのような店があるのかを覚えておく必要がある。

特に、酒場は情報収集には最も適した場所だ。
酒精を摂取した人間は多かれ少なかれ、必ず集中力が落ちる。
その隙に付け入り、情報を手に入れるのは容易な話だ。
現にトラギコは、この一時間で四件の酒場を記憶していた。

やはり、抜け目のない女である。

(=゚д゚)「……やっぱり、もう少しだけ付き合うラギ」

街の案内をしながら送迎されているとは、思ってもみなかった。
しかし、罠である可能性は微塵も減っていない。
再び、無言のドライブが始まった。

8 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:55:57 ID:F94asbco0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Ammo→Re!!のようです
Ammo for Tinker!!編
              _,,斗zセニ二..,,,_ ̄ ̄三二ニ丶、
     ,.. -─=≦=ー-  .,,_     )'´,.斗-‐t━=ミ\   _
    _(ハ,_,,..二{》二二...,,,,_/.ノ__,,.. ィ゙ <∠..,,___,ハ,.-‐\\にl}   第五章【drive-ドライブ-】
  〃) ∨__リ____  {!に二¨¨:ア´ ̄ ̄ ̄``マニ==ー<∠....,,,,__
  |:i' c |[「 ̄ ̄ ̄ ̄|/ r‐ュ.  |::;′     ∠.,`ヽ     `ヽ   `>、
  U n   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄    n ∪     / , -、'vハ        °/,:'ヽ',
  ∨_    0O           ____    /     ',Ⅵ',     l|  / ;  }|
  にニヽ. .....,,,,,,_ _ __ ___f'´-----‐\/ l{    }}ノ人      リ August 10th AM00:32
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

ブライアンホテルに着いたのは日付が変わってからだった。
それまで徹底して口を利かないでいたトラギコは、この段階でもまだヅーを疑いの目で見ていた。
八階建てのホテルはペンキが塗り替えられて間もなく、内装は小奇麗に整っていた。
受付のあるラウンジも掃除が行き届いており、赤い絨毯は柔らかく足を負傷しているトラギコにとってはありがたく感じた。

ホテルの入り口近くには飲食や談話の出来る小さな丸テーブルと一人掛けのソファが三つあり、ラウンジの奥にはカウンターバーもあった。
ヅーは受付に立ち寄り、名前を告げてから鍵を受け取った。
その動作が生んだ僅かな時間の中で、トラギコはラウンジに不審な人間や物がないことを確認していた。
柱の陰や植木の陰にも目を向け、影や異常な動きがないかを見る。

入り口が密かに施錠されていないこと、その扉の近くに何か罠のような物がないことを確認した。
警察とジュスティア軍が好む手口は、標的が目的の建物に入った時に捕える方法だ。
瞬間的な油断の数値で言えば最も高いからだそうで、真っ先に行うのが出入り口の封鎖なのである。
別の手段で捕えに来るとしたら、部屋に入った瞬間か睡眠の際だろう。

9 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 19:58:11 ID:F94asbco0
トラギコを一瞥したヅーは何も言わずに先にエレベータに向かって歩き出し、昇降機を呼んだ。
それに続いてトラギコは松葉杖を突きながら、エレベータの前に立つ。
昇降機の中に武装した部隊がいたとしたら、抵抗は考えずに大人しくしておいた方がいいだろう。
だが予想とは裏腹に、開いた扉の中には誰もいなかった。

十人ほどが乗れるやや小さめの昇降機に乗って二階に向かい、五秒もかからずに到着する。
静まり返った廊下を進み、突き当りにある211号室の前で止まる。
廊下の突き当りには小窓があり、柵は設置されていない。
万が一の際にはここから飛び降りて逃げられることを確認した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
       ̄ ̄ ̄     ̄   ||        |    |  |:::::|       |::::::::::::::::::::::::::::::::::::
                     ||        |    |  |:::::|  ';.  |::::::::::::::::::::::::::::::::::::
                     ||.o       |    |  |:::::|       |::::::::::::::::::::::::::::::::::::
           "':;         ||        |    |  |:::::|       |::::::::::::::::::::::::::::::::::::
                     ||        |    |  |:::::|  .;'". .:|::::::::::::::::::::::::::::::::::::
                     ||        |    |  |:::::|       |::::::::::::::::::::::::::::::::::::
        :.        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\,|:::::|   __ |::::::::::::::::::::::::::::::::::::
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

部屋の扉を開き、先にヅーが入る。
一拍置いて安全を確認してから、トラギコも続いた。

瓜゚∀゚)「これから少し話をしますので、適当にかけてください」

そうは言っても、部屋には小さなベッドが一つと読書灯と電話、そしてメモ帳の載ったサイドテーブルが一つ。
椅子は一脚もない。
些細な家具の有無はどうでもよかったがどうしても見過ごせなかったのが、ユニットバスという点だった。
トラギコはユニットバスがこの上なく嫌いだった。

10 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:02:12 ID:F94asbco0
何が悲しくて糞を垂れる空間と、体を洗う風呂場を一緒にしなければならないのか。
だが侵入者が隠れる場所がないのはいいことだ。
とりあえず、トラギコはベッドの上に腰かけた。
ヅーは玄関を背にして、トラギコを見下ろしている。

窓から離れているのだ。
警察が盗聴に使用している機器の中に、窓の振動を使って室内の会話を聞き取る物がある。
本当に独断で動いているのかもしれないと、トラギコは今さらではあるがヅーの言葉に耳を傾ける気になった。

瓜゚∀゚)「まず、現状についてお話しします。
    脱獄犯の二人は未だ発見されておらず、現地の署、軍と連携して引き続き捜索しています。
    なお、軍からは人狩り専門の精鋭部隊が派遣されています」

(=゚д゚)「連中に人探しは無理ラギ。 跫音立てて狩りをするような連中ラギよ。
    狩りと捜査は全く別物ラギ」

瓜゚∀゚)「分かっています。 なので、軍は主に封鎖と緊急時の対応に力を入れています。
    全ての連絡所に部隊が設置され、数人の精鋭だけが島内を探っている状態です」

滅茶苦茶だ。
川の中を歩きながら探し物をするようなものだ。
泥が舞い上がり、足元が見えなくなることに憤りながら事態を悪化させ、更に憤慨して取り返しのつかない状況にするようなもの。
探し物をする時には慎重さが必要になる。

軍人にはそれが足りていない。
特に、ジュスティアの軍人はそれが致命的なまでに訓練されていない。
正義があれば何でもできると思い込んでいる狂信者。

(=゚д゚)「そもそも指揮は誰ラギ?」

11 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:05:47 ID:F94asbco0
瓜゚∀゚)「タカラ・クロガネ・トミーです。 元帥の」

軍の最高責任者のタカラについては、トラギコもその活躍を耳にしている。
そして、若さが仇となることを知らない人間であることも知っている。
行動力だけは認めるが、それ以外についてはあまり評価できる部分がない。
というのも、ジュスティア軍が他の地域に出向いて治安維持を行うようになったのは、彼が元帥になってからなのだ。

一世紀以上も前の仇を討とうとフォレスタに密かに派兵して壊滅したのは、確か彼の進言だったと記憶している。

(=゚д゚)「俺の足を撃ったのは、やっぱりカラマロスか?」

瓜゚∀゚)「……えぇ。 予定では掠めさせて脅す程度だったのですが、風の影響があったそうです」

嘘だと断言できる。
強い潮風が吹く中、高速で走るバイクのタイヤの軸を正確に撃ち抜いた人間だ。
確かに風の影響があったかもしれないが、カラマロス・ロングディスタンスはトラギコを殺すつもりで撃ってきた。
大動脈を撃ち抜いて殺すつもりが、風の影響で狙いが逸れただけなのだ。

どうやら、軍にかなり嫌われているらしい。

(=゚д゚)「あの糞野郎についてはさておくラギ。
    で、続きは? どうして手前がこの件に絡んでいるラギ?
    長官の専属秘書がどうしてここに?」

瓜゚∀゚)「……それについてはお教え出来かねます。
    私は別の指示があってここに来ているだけですから。
    話を戻しますが、ショボンが脱獄犯を逃した目的や彼の動き方を知っているのは貴方ぐらいしかいません。
    この状況でオアシズやオセアンの情報を貴方から聞き出すのは無理でしょうから、まずはこの事件を終わらせてほしいのです。

    リスク管理の問題です」

12 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:12:17 ID:F94asbco0
ようやく理解できた。
ヅーは、警察にかかる負担のほぼ全て。
つまり、事件に関わる上で発声する面倒全てをトラギコに押し付けようというのだ。
現実的に考えて、警察ではこの事件を解決出来ない。

相手は警察で働いていた経験を持つ、狡猾極まりないショボン・パドローネ。
トラギコを殺すために病棟を一つ燃やすような人間が、警察のやり方で見つけられるはずがない。
この女は尤もらしい理由を付けて説明しているが、あくまでも過剰なまでに盛り付けた話であって、本質には一切触れようとしていない。
そもそも、ヅーが独断で、という下り自体が明らかな嘘だし、正義を重んじるジュスティアがこれだけの大きな事件を一人に投げる訳がない。

要は捨て駒。
敵をおびき出すための駒として動き回らせ、あわよくば事件に関する情報を収集したいだけなのだ。
何せ、平気でオアシズを沈めようとする組織が相手なのだ。
こうして餌となるトラギコをこのホテルに泊まらせておけば、自ずと尻尾を表すことになる。

成程。
利口な餌になれという事なのだ。
恩を売っているように見せておいて、その実は作戦を動かす部品の一つとして動かす腹積もりなのである。
やはり、この女は好きにはなれない。

だがしかし、好都合な面もある。
アサピーのネタはこちらで隠したままだし、彼にある程度の話をしたことも秘匿したままだ。
何よりほぼ自由に動けるのは大きな利点だ。
互いに手の内は全て曝け出していない状態にある。

先手を打てば、トラギコにとって有利な状況を作ることが出来る。

13 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:14:44 ID:F94asbco0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
          //|/  ` ニi                 ∨
.      /三ニニ==-  _|            、__',
     三≧==-         ̄≫  `¨、 _-‐‐ ‐ /
.          \   ヽ  ≫”ニ\   `二ニ´ /
.      \  ヽ     《 ヽニ=-\      /_
        ヽ       、\ iニニ= ` -=≦\ ヽ__
.       }i         }i i| }三三三ニ=- /  }i }iヘ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(=゚д゚)「話は終わりラギか?」

瓜゚∀゚)「概ねは。 一つ、気になっていることがあります。
    貴方に答えてもらいたいことです」

来た。
恐らくこれが、ヅーがここにいる理由につながる質問のはずだ。
答える答えないはさておいて、話を聞けば相手の考えが何か分かるかもしれない。

瓜゚∀゚)「デレシア、という人物を知っていますか?」

(=゚д゚)「さぁ? 昨日も答えたけど、聞いたこともねぇラギ」

これで終わりだろうか。
デレシアはこちらもその正体が分かっていない上に、誰にも渡したくない獲物である。
何か知っていたとしても、教える気にはならない。
あの女は、トラギコの獲物なのだ。

瓜゚∀゚)「ニクラメン、そしてオアシズの事件に関与しているという話がありました。
    ですが、その人物の名前は偽名の可能性が非常に高く、その目的も不明です」

14 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:18:34 ID:F94asbco0
確かに関与はしていた。
それは間違いない。
関与どころではなく、深い部分で繋がっていたとトラギコは推理している。

(=゚д゚)「なら質問する先が間違ってるラギ。
    探偵に頼め」

会話が終わると思われたが、続きがあった。

瓜゚∀゚)「……問題なのが、その人物の名前がジュスティア史に出てくる人物の名前という事なのです」

それは初耳だ。
一応、ジュスティアにある大学を卒業したが、歴史の授業でその名前を耳にしたことはない。
特徴的な名前というのもあるが、トラギコは記憶力に関しては少し自信がある。
特に人命に関しての記憶力はよく、歴史上の人間の名前はある程度覚えていたはずだ。

仮に忘れていたとしても、その名前に何か違和感を覚えたりするはずなのだ。

(=゚д゚)「へぇ、単に歴史好きなだけじゃねぇのか?
    それとも歴史好きに悪い奴はいないとかって言うラギか?
    その名前、それほどすげぇのか?」

挑発的な言葉を無視して、ヅーは続けた。

瓜゚∀゚)「それはそうでしょう。 ジュスティアの中でもある程度の権威を持った人間だけが知り得る情報なのですから」

(=゚д゚)「……ほぅ?」

15 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:21:04 ID:F94asbco0
瓜゚∀゚)「詳しくはお話しできませんが、この名前を知っているという事は、ジュスティアにいたという事を意味します。
    そして、権威を持った人間であった、もしくはあるという可能性があります。
    そんな人間が件の事件を起こしたとなれば、これは非常に厄介な問題になります」

限られた人間だけが知ることの出来る歴史。
それはつまり、ジュスティアという街が出来上がるに際してかなり大きな影響を持つ情報という事だ。
これまでの間秘匿され続けてきた歴史。
是非とも知りたい。

当然の事だが、ヅーは話さないだろう。

(=゚д゚)「見つけたらどうするつもりラギ?」

瓜゚∀゚)「当然、死刑です。 汚点を世に晒すわけにはいきませんから」

これが、彼女の目的だ。
いや、彼女たちの、と言い換えた方が正確だろう。
真実の確認よりも先に消したい情報を持つ可能性のある人間、それがデレシアなのだ。
彼女が旅をしていることを知らなければ、同伴者がいることも知らないのに、随分と大きく出たものだ。

同時に複数の問題を解決しようとして――否、そうではない。
彼らは、デレシアもショボンの組織も同一視しているのだ。
とんだ勘違い、と言いたくもなるが実のところトラギコはデレシアの何も知らないことを再度自覚する。
本名も年齢も、旅の目的も。

16 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:24:26 ID:F94asbco0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    何も      /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j            /    /: : :/ ハ :  \
.        /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
  知らない   / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/  //: / ノ.: :リ 〉: 〉
     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

分かっているのはその姿が浮世離れした美しさを備え、風変わりな格好をしている事、耳朶に心地いい声をしているという事。
そして、並外れた勘とただならぬ雰囲気を身に纏った若い女性だという事だけだ。
捜査にはほとんど役に立たない情報だが、知らないよりかはいい。
横取りをさせるわけにはいかないため、トラギコは一切の情報を流さないことを決め込んだ。

(=゚д゚)「ま、好きにしてくれラギ」

トラギコはここまでの段階で、ヅーが自分を疑っていることに気付いていた。
デレシアという人物に関して何も情報を開示していないのがその証拠。
あくまでも名前だけだ。
例えば性別や容姿については不自然なほどに言及しておらず、万が一トラギコが口を滑らせようものならそこを突いてくるつもりだったのだろう。

甘い。
そのような罠をトラギコに仕掛けるなど愚の骨頂だ。
ジュスティア警察ではよしとされていない手段だが、トラギコにとっては常套手段。
常識的過ぎて逆に不自然なものにまでなっている手段なのである。

瓜゚∀゚)「……そうします。 捜査は今日からですか?」

(=゚д゚)「ま、その予定ラギ」

17 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:28:19 ID:F94asbco0
瓜゚∀゚)「くれぐれも、捕まらないようしてください」

捕まらないようにお膳立てをしてくれる、という意味に捉えておく。

(=゚д゚)「なぁ、予算はくれないラギか?」

瓜゚∀゚)「……五十ドルだけ、そこの机の引き出しに入れました。
    それでどうにかしてください」

(;=゚д゚)「五十……ドル……? 一週間それで過ごせたら表彰ものラギ。
    バラエティーラジオの聞きすぎで脳味噌が退化したラギか?」

どれだけ節制したとしても、三日でなくなってしまう。
聞き込み、張り込みの基本は飲食店だ。
身分を隠して店に長居するには商品を買わなければならない。
喫茶店ならば一番安いコーヒー、酒場なら一番高い酒だ。

それが、五十ドル。
安い喫茶店でもコーヒー一杯五ドルだ。
コーヒー一杯で喫茶店に滞在したとしても、最終的には食事が必要になる。
三食摂るとして、一食当たり一ドル五十セントから二ドルの間でやりくりしても、日にかかるのは十ドル弱。

更に一食一ドル五十セントとなると、せいぜい痩せ細ったフランクフルトしか買えないだろう。
つまり、五日も持たない計算だ。
予算から算出されたヅーがトラギコに与えた猶予は、今日を含めて四日。
四日以内に脱獄犯を捕まえなければ、トラギコは捕えられて今度こそ逃げられないように監禁される。

部屋を出て行ったヅーに向けて中指を立てることもなく、トラギコはさっそく地図作りに取り掛かることにした。

18 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:32:12 ID:F94asbco0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      i                ノ、__
      !              r'´ヽ `':,
      /              l !__i |   ',
     ノ               i   .i, ,  ヽ         August 10th AM00:51
    /               ノ   i/    `',
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

瓜゚∀゚)「……」

ライダル・ヅーはホテルから出てすぐに、純白のセダンに乗り込んで一息ついた。
だがエンジンをかけただけで、ハンドルを握ることもギアを変えることもなかった。
小型の携帯無線機をグローブボックスから取り出し、時間ごとに定期的に変えられる特殊な軍用の周波数に合わせ、通信状態を確認した。

瓜゚∀゚)白「“虎”は檻に、繰り返す、“虎”は檻に」

断続的にノイズが走り、通信は終わった。
これでヅーから軍への報告が終わり、後は客に紛れた捜査官たちがトラギコの動向を探ることになる。
すでにこのホテルの宿泊客は警察と軍関係者だけとなっており、ホテルの従業員もジュスティアの息のかかった人間達だ。
つまり、トラギコはこのホテルに入った時点ですでに監視下に入っていたのだ。

いくら警戒していたとしても、意味はない。
ホテルのどこかに潜んでいるのではなく、ホテルそのものがトラギコを監視する施設。
もはや、トラギコは好き勝手に動くことはない。
そして、何者かに襲われて負傷することもないのだ。

実際、トラギコに話したことに偽りはほとんどなかった。
この作戦を立案したのはヅーだし、責任者もヅーだ。
ショボンが組織に属しているのは分かったし、トラギコが狙われていることも十分に分かった。
だからこそ、トラギコを自由に動かすわけにはいかない。

19 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:34:59 ID:F94asbco0
傷つき、命が失われれば情報も失われる。
それは避けなければならない。
ジュスティアのみならず、世界に影響を及ぼしかねない。
彼が持っている情報には、それだけの可能性があるのだ。

かと言って、安全のために監禁されることを彼は嫌うだろう。
束縛を好む獣はいない。
せめて自由でいるという錯覚を味わってもらうために、このような運びにしたのだ。
勿論、ショボンの組織の人間をおびき出すという目的も含んでいるのだが、何よりも最優先に考えていたのは、トラギコの安全確保だった。

こればかりは、トラギコに言った通り、ヅーの独断による部分が大きかった。
自分らしくない行動だが、全体的な利益を加味すればやはりトラギコの存在は重要だ。
彼以外、餌として絶好な人材がいないのだ。
それだけでなく、トラギコだけが敵の組織を知っており、彼だけが敵の興味を引き付けている。

躊躇なく病院を燃やすような人間が単身でトラギコを狙うとは思えず、彼一人で対処出来るとも思えない。
必ずその裏に繊細な計画を練る人間、それこそショボンのような人間が数人控えていることだろう。
大規模な組織が関与しているのはトラギコの口から聞いた可能性の一つだが、おそらくはその見込みが正しいはずだ。
可能性の段階であるため、本部にはまだ報告していないが証拠が見つかり次第捜査に移ることが出来る。

今、警察本部が躍起になっているのがショボンと脱獄犯の行方、そして目的だ。
警察が誇る優秀な捜査官でさえ、その手がかりを掴むことさえ出来ていない体たらくぶり。
となると、秘密裏にでもトラギコを頼らざるを得ず、彼の機嫌を損ねるわけにも命を失うわけにもいかないのである。
今最優先されるのは、ショボンたちを捕まえて新たな事件を起こさせないことだ。

周囲のパニックを回避するために二人の脱獄犯の情報を偽ってアナウンスした中、エラルテ記念病院で起こってしまった放火事件。
それは、警察が犯人の動きに対応できなかったことを意味している。
故に、病院の火災はタバコの火の不始末による火災、として処理される。
事件性がないことが分かれば、住民たちもパニックになることはない。

20 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:40:23 ID:F94asbco0
ジュスティア警察と軍が島で警戒する中、不注意によって強化外骨格の不審者に放火されました、などとは口が裂けても言えない。
そういった意味では、トラギコの担当医だった男――名前は忘れた――の死は実に迷惑な物だ。
射殺された死体の始末と隠蔽は容易ではない。
偶然現場に居合わせた軍関係者が死体を隠したからよかったものの、医療関係者に見つかれば大事になっていた。

まだまだ手探りによる捜査が続きそうだが、どうにかするしかない。
溜息を吐くことを我慢し、ヅーはシートベルトを締め、車を走らせた。
ラジオを入れる代わりに窓を開け、風を車内に取り入れる。
夏の夜の匂いと潮の香りがする風が、車内を勢いよく駆け回る。

トラギコの匂いが、これでようやく消える。
正直、トラギコの匂いは苦手だった。
嗅いでいるとアルコールを摂取したような錯覚に陥り、思考が鈍ってしまうのだ。
決して不快な匂いではないのだが、自分を保つためには邪魔な匂いだった。

セダンは街を離れ、山奥に向かっていった。
街全体を見下ろすことの出来る小高い山は、日中はハイキング客、そして夜には天体観測を楽しむ人間でささやかな賑わいを見せる。
島全体が行き来を禁じられてからも、その客足は途絶えも衰えもしていない。
だが、海岸沿いには検問所と警察犬が配置されており、絶えず監視が行われている。

島から逃げるのは非常に難しいだろう。
ギアをサードからフォースに入れ、アクセルを深く踏み込む。
ジュスティアからの資金提供もあって、グルーバー島の車道はどこも綺麗に整備されている。
五年に一回はアスファルトを敷き直しているため、セダンでも難なく山道を走ることが出来る。

ライトをハイビームにして、ヅーは山沿いに一周してから街に戻ることにした。
グルーバー島で最も標高のあるアルマニック山の周囲は速度制限がない代わりに、常に転落と落石に注意という道路標識が目に入るようになっている。
ガードレールがあるとは言っても、速度が増せばそれを飛び越えて崖下に落下することもある。
それはハンドリングとアクセル、そしてブレーキ操作を誤った愚か者のすることだ。

21 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:44:44 ID:F94asbco0
ヅーは徐々にアクセルを深く踏み、一気に加速させた。
強風が車内に吹き込み、あらゆる匂いを吹き飛ばし、一新させる。
急カーブに差し掛かるとすかさずクラッチとブレーキを踏んで速度を落とし、ギアを落とす。
カーブを曲がり切ってから、再びギアと速度を上げた。

普段はルールに従っているが、速度制限がなければヅーは運転している車の限界速度まで走らせたいと考えていた。
限界まで速度を上げることで感じられる高揚感とスリルは、何物にも代えがたい。
勿論、日常生活でそれを満たそうなどとは考えていない。
ルールは必ず守らなければならないからだ。

これはあくまでも、仕事の一環として楽しむだけだ。
崖沿いの道から森の中を通る道に進路を切り替え、ドライブを続ける。
やがて、セダンが峠に続く細い道に差し掛かった頃、異変が起こった。
暴風の音に混じって、バイクのエンジン音が森の中から聞こえてきたのである。

それは森を横切って迫り、横合いからヅーの車を殴りつけようとしているようにも感じられた。
音は森の中で木霊しており、どこから聞こえているのか、正確な方向が分からない。
接近する音の位置を理解してタイミングをずらせば、激突は回避出来る。
当然、方向をより確実に伝えてくれるライトの動きにも注意を配る。

森の中を走破するには視界が有効でなければならない。
ライトなしでバイクを運転しているのだとしたら、自殺行為だ。
自殺志願者であればそのまま崖に向かい、鳥人間コンテストよろしく飛んで行くことだろう。
問題となるのは、全てが杞憂であるか否かという事だ。

今聞こえている音だけではオフロードレースに狂った人間か、それともショボンの仲間かは判別できない。
ギア操作とブレーキで速度を急激に落とし、グローブボックスからベレッタM92Fと予備の弾倉一つを取り出す。
一瞬だけハンドルから手を放して安全装置を解除し、遊底を引いて初弾を薬室に送り込む。
銃を膝の上に置いて、バックミラーを見る。

22 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:48:38 ID:F94asbco0
横に注意を逸らせて後方から襲撃してくる可能性を考えたのだが、それも違うようだ。
果たして、この山奥で何をしているのだろうか。
音が近付き、眩いライトが見えたことから、バイクのいる方向が右側であることが分かった。
もう間もなく、右手側の森から出現するはずだ。

ハンドブレーキに手を伸ばし、その時を待つ。
速度を時速18マイルにまで落とす。
殆ど徐行と言える速度だ。
注意深く森に目を向けつつ、車を走らせる。

このセダンはバイクにぶつけられても大破しない構造になっているし、潰れるのは助手席側だ。
しかし、銃撃されたら大ごとになる。
視界の端に森を捉え、木々の間を走り抜けながら接近してくるライトを確認する。
低いエンジン音から、オフロードタイプのバイクとは違うことに気が付く。

次の瞬間、ヅーが通り過ぎた森から全く別の存在が出現し、思わず振り返った。
黒いオフロードタイプの車だ。
そして僅かに遅れて、大型ツアラータイプのバイクが森から飛び出し、姿勢を崩すことなくセダンの前方に着地した。
目の錯覚か分からないが、一瞬だけ、二人乗りをしているように見えた。

バイクはテールランプの赤い尾を残してあっという間に走り去り、それに続いてオフロード車がセダンを右側から追い越した。
全ては一瞬の事だった。
瞬く間に二台はヅーの視界から遠ざかっていく。

瓜;゚∀゚)「何……ですか、あれは……」

警戒していた自分が馬鹿に思えた。
が、すぐに思考を切り替えた。
あれは、ただ事ではない。
若者の遊びの延長線上にある一光景ではなく、追う者と追われる者の関係にある姿だ。

23 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:54:48 ID:F94asbco0
ギアを変更し、オフロード車を追うことにした。
この短時間で離れた距離は、すぐに取り戻せる。
銃に安全装置をかけて助手席に置いて、ハンドルを握りしめる。
久しぶりのカーチェイス、もしくはレースだと思えばいい。

秘書として働く前は、短い間だが婦警として働いていたのだ。
速度違反を取り締まる仕事ばかりだったが、その時に変な趣味が身についてしまったようだ。
しかし同時に、コツと知識を身につけた。
追う時は徹底的に、そして執拗に。

アクセルはベタ踏み、狙いと注意は正確に。
報告は後だ。
一気に加速したセダンは、オフロード車との距離を順調に縮める。
先を行くバイクの姿はすでに視界になく、オフロード車は必死に追っているようだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      _ -=ニ´ ̄___- "        _.. -‐  ´ ̄  :|ヨ| ┌' l   ┌_ュ.!    __ .!  ̄二|
   ,.-=ニ ニ ニ ニr, r, r., r, . r ァ―、 ̄ ̄二 7「 r―ォ  _  ヘ"' | `イ   └┘l    └' !  冖|
   |[l化」l |l |l ||l |:| l:| |:| | | l{〃: !   |三」 .|l ` ̄´ ̄ -―- 、゙ヌ |          |       l _ェ_、0!
   |__三_ニニ ニ ェ' ェ' ェ'_ェ_゙亠ー"_____l!__ / __ヽ l  ',` l  ⇔   __ | __ / /_ l_l_|_
  「 .r、 ̄| ┌:::::::::::::┐ | ̄ ,r 、Tニ=¬ ̄| /:.:.:.:.:.:.:...´:::`ヽ,.l !    ̄ ̄    !    / ,':〃ヽ! |
  ヽ弋 └亠―― 亠 ┘ 弋ノ |    _, ィ/:.:.:.:.:.:.:.::::::;: =、::::::ヽ.l      ___L - 彡 /:.:.〃'、:V
  〈_| ̄ ̄¨l ̄ ̄¨F====――‐T F´// ,':.:.:.:.:.:.:::::::,ィ ヾ.ヽヽ:::::',、_二  ̄ _ == ̄/:.:.:::lV|}!::!
   \ ヒュ└―‐┘  、--、   ├'-/7' ,:.:.:.:.:.:.:.:::::〃' ' ∧〉,:::::l _   -−   ̄_::::::::l_フ、.!::!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

その特徴的な後ろ姿から、車種を導き出す。
――TOYOTA社製、ランドクルーザーだ。
頑丈かつ堅牢な作りをした四輪駆動車で、各地の武装勢力、ギャングにも人気の車種だ。
速度はそこまで出せないが、山道や悪路を走破するのには十分な性能を有している。

24 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:57:59 ID:F94asbco0
背後から迫るセダンは眼中にないのか、接近しても何の反応も示さない。
真後ろにピタリとつき、動向を窺うことにした。
相手から打って出てくれれば重畳だ。
そのまま返り討ちにして、情報を聞き出せばいい。

そうでなければどこか適当な場所で停車させ、情報を聞くだけである。
抵抗したならば制圧し、反抗したならば処分する。
いつものやり方でいい。
最上の展開としては、追っているバイクの乗り手に追いつき、この騒ぎの全容を知ることだがそれは難しいだろう。

峠を越え、下り道へと切り替わる。
道の両端に聳える木々が高速で過ぎ去り、速度感覚を狂わせる。
やがて山中から崖沿いの道へと抜け、起伏に富んだ一本道が待っていた。
速度を上げる二台の車は跳ねるようにして走り、着地し、タイヤを軋ませた。

左手に海を眺める開けた道に差し掛かったが、バイクの姿は見えない。
上手く撒かれたらしい。
ランドクルーザーが徐々に速度を落とし、待ち望んだ変化が起こった。
観音開き式のリアゲートが右側だけ開き、覆面をした人間が姿を現したのである。

その手にはストックを折りたたんだAK47突撃銃が握られており、発砲を予感したヅーは咄嗟にハンドルを横に切った。
予期していた発砲こそなかったが、その行為は明らかな脅しだった。
いや、親切な警告と言うべきだろう。
目の前にいる集団を敵として認識したヅーは、追跡から力による情報収集へと作戦を切り替える。

ランドクルーザーの右斜め後ろに素早く位置取り、ヅーは助手席からM92Fを手にして安全装置を解除。
パワーウィンドウを自動で全開にし、左手を窓から出して銃爪を引いた。
銃弾はリアバンパーに穴を空け、二発目の銃弾はカラシニコフの銃身に当たって火花を上げ、三発目で膝を撃ち抜いた。
膝を押さえて倒れた敵を無視し、ヅーは続けて運転席に向けて弾倉の中身を全て発砲した。

25 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 20:59:59 ID:F94asbco0
運転手に当たればと思ったのだが、最初の三発で警戒していたのか運転に大きな乱れはない。
また、後部座席にも五発ほど浴びせたのだが不気味なほどに反応がない。
撃ち尽くした弾倉を手首のスナップで落とし、再装填を素早く行って、ヅーは車の横に並ぼうとハンドルを切る。
だが、そうはさせてくれない。

ヅーの運転に合わせてそれを塞ぐ形で位置取り、後部座席から銃口がヅーを睨んだ。
近付きすぎていることを察し、ヅーはハンドルを切りながらブレーキを踏んだ。
数発がボンネットに当たって跳ね返り、フロントガラスに二発当たって残りは地面を穿った。
フロントガラスに拳大の蜘蛛の巣状のひびが入ったが、運転に問題はない。

すぐにアクセルを踏みながら、牽制射撃を行った。
相手のペースに飲まれることなく、ヅーは教本通り十対一の割合で撃ち返す。
こちらの装弾数は十七発と、あまり贅沢は出来ないのだ。
蛇行運転を繰り返し、少しでも被弾を減らす。

防弾ガラスも装甲も無敵ではない。
同じ個所に集中的に撃ち込まれたら、一発ぐらいは貫通する。
徹甲弾を撃たれたら一発でお終いだ。
二つ目の弾倉を撃ち尽くし、ヅーは銃を助手席に潔く投げ捨てた。

運転に集中し、フェイントをかけつつ横に並ぼうと一気に加速。
それを受け、一度だけランドクルーザーが左に曲がり、振り上げた拳のようにヅーのセダンに体当たりを放った。
が、これは予想通り。
ハンドブレーキを用いて急静動をかけ、それを回避する。

すぐさま速度を上げ、背後にピタリとつく。
これが警察車両であればサイレンや拡声器が使えたのだが、と舌打ちをする。
幸いなことに、峠を下りきった位置には検問所がある。
このままそこまで誘導できれば、ヅーの勝ちだ。

26 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:01:43 ID:F94asbco0
悶絶していた敵がカラシニコフを構えたのを見て、ヅーは咄嗟にアクセルを踏み込んでバンパーにぶつけた。
衝撃で男の体が大きく揺れる。
間隔を空けてもう一度ぶつけ、片方だけ閉じていたリアゲートが振動で開く。
あと一押しだ。

一際強く加速させて体当たりをすると、覆面の男が車外に転がり落ちた。
間髪入れずにヅーのセダンがそれを踏み潰し、車が大きく弾んだ。
この速度なら死んだだろう。
バックミラーでその姿を確認して、視線を前に戻した。

後部シートの間から銃口が見えた瞬間、ヅーは息を飲んだ。
H&K社製HK21軽機関銃だと認識したのは一瞬。
ハンドルを左に切ったのはその半瞬後。
銃弾が道を抉ったのは、僅かにコンマ五秒後の事であった。

思っていた通り、ただのチンピラではない。
装備が充実しすぎている。
海側に避けたヅーをガードレールに押し付けようと迫ってくることが予想されたため、ヅーは速度を上げすぎないように絶妙な位置につく。

瓜゚∀゚)「ここまでとは……」

思わず口を突いて出る独り言。
目の前にいるのがショボンの組織に関する人間なのは疑いようのないことだが、その行動力は見上げたものであると再評価しよう。
敵だと認識した瞬間に切り替える思考の速さは、是非とも見習いたいものだ。
警告の後の攻撃、そして攻撃の激化までの的確なプロセス。

一筋縄ではいかない。
少しばかり慢心があったのかもしれないと反省し、ヅーは改めて方針を打ち出した。
敵を一人だけでも捕え、尋問し、真実を吐かせる。
それ以外は処分するしかない。

27 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:05:20 ID:F94asbco0
次いで、現状の整理に移る。
相手は荒れた道を走破することに特化した車で、こちらは舗装路を走破することを得意とする。
車種による有利不利を言うのであれば、ヅーの方が有利だが大した意味はない。
逆に大した意味を持つのが武装だ。

拳銃と機関銃では、勝敗は明らかである。
おまけにこの状況では再装填も出来なければ、銃としての意味はない。
このままの状態で有利なのは相手だ。
そして次に相手が何をしてくるのかを考え、ヅーは覚悟を決めた。

――次の瞬間、ランドクルーザーは半回転しながら急停車し、セダンはその横っ腹に突っ込んだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     |                                  /⌒リ  \
     ヽ、 r‐、                                { ー{/    ヽ
      | j _ノヽ                           八  ヽ    |
      ./∨   |                         / ヽ  \ |
   /  `}   / 、          /                 /  /     |
   ,'   /  ,'   \  _∠ -‐ '´ ̄  ̄ ̄ 丶----―――-rイ        |
   {   /    { ̄厂  ̄                        | |      |
                       August 10th AM01:16
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

トラギコは観光用の地図に書き込みを終えると、それを折り畳んでサイドテーブルに置いた。
アサピー・ポストマンの写真が撮影された場所を考えると、このホテルに陣取るのは正解だ。
問題は操作をするのに必要となる資金が不足していることだ。
警察手帳を出せば足がつく。

ヅーはそこまで計算に入れた上で、五十ドルというふざけた金額を用意したのだ。
紛れもなく嫌がらせだ。

28 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:09:04 ID:F94asbco0
(=゚д゚)「ふぅ……」

ともあれ、ヅーはこちらをまんまと欺いたと思っているのだろうが、それは逆だ。
こちらがしてやったのだ。
アサピーを介して、昨晩の火事の全貌が公になる。
そうなれば、捜査は大混乱となる。

島中が警戒態勢となり、オアシズで行われたような作戦は展開し辛くなる。
ショボンの思い描いている計画は、これだけで大打撃を受けるはずだ。
昨夜の火事についてジュスティアが情報操作を行うことはおそらくショボンの計算の内にあることだが、その情報が表になるとは考えていないはず。
そうでなければあれほど大胆なことをするはずがない。

あれでショボンは慎重な人間だ。
ジュスティアが揉み消すことを信頼し、それを前提に作戦を進めていなければトラギコを焼殺する必要がない。
何か目的があって銃殺や毒殺を避け、あえて焼殺を選んだのだろう。
つまり火事を装ってトラギコを殺す必要があったという事だ。

しかし、それが崩されたのなら、どのような作戦であれ根底から練り直しが必要になる。
これでまずはショボンとヅーの両者に一矢報いた、という所だろう。
また、ヅーはトラギコがこのホテルに大人しく泊まると思っているのが傑作だ。
大前提として、トラギコはヅーを信頼していない。

もっと言えば、ジュスティアの人間で信頼しているのは一人としていない。
正義を口にする者全てが、トラギコの敵なのだ。
幾度となくトラギコに立ちはだかり、邪魔をし、そして罵ってきたのは正義。
今回もまた、正義が邪魔をしてきた。

29 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:14:17 ID:F94asbco0
銃と棺桶を持ち込めた時点で、トラギコはこのホテルからいつでも逃げることが出来る。
暫くの間はそうしないだけで、近々そうするつもりだ。
具体的に言えば、アサピーが放火の事を記事にして島中が大騒ぎになり、ヅーが憤慨してトラギコの下にやって来るまでだ。
明日の朝刊が配達されるのは後三時間後。

つまり、三時間以内にトラギコはここから逃げなければならない。
五十ドルの餞別をどう使うかが、今後に関わってきそうだ。
持ってきた銃の弾を確認し、懐のホルスターに戻す。
最悪の展開を回避するためには、武器は必要だ。

トラギコの考える最悪の展開とは、ヅーが用意周到にこのフロア全体に軍人を配備していることだ。
警官ならばまだ話が通じるだろうが、軍人となると会話にならない。
力で押し通るしかないのだ。
それこそ、足でも撃って行かなければならない。

トラギコはカラマロフ・ロングディスタンスに撃たれたのだから、お互い様だ。
思う存分やり返す。
まずは算段を立てなければならない。
前提とするのは状況だ。

どこにヅーの罠があり、どこに死角があるのか。
それを考えれる必要がある。
ホテルに入った段階、そしてこの部屋に来る段階で尾行者も監視者もいなかった。
それは間違いない。

しかし、しかし、だ。
あのヅーが手放しでトラギコに捜査を任せるとは思えない。
それは断言出来る。
用意周到さ、そしてルールを守ることに関しては徹底している女だ。

30 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:14:21 ID:nf.PkK0o0
支援

31 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:17:27 ID:F94asbco0
優しさなど、あの女には微塵も存在していないのだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
./          , ィ >ィノへ 〈
l    . . : : : :/´        l:ト
l . : : : : :/こV 、    ⌒\   l|
V: : : : : /  〉  `¨`7^5ミ V ノ
 v: : : ∧ l     { ゞ' /マフ
  ヽ: : : : 〉,      ` ー' 〈              August10th AM01:17
   }: :/〈    ,    - ,ノ
  ノイ   、    ⌒こイ
/^ヽ    \     /´__
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━n

その時、三日後には誕生日を迎えるケイティ・グラハムは、人生で最も苛立っていた。
彼はツーリング仲間と共にモーターサイクル・ギャングへと転身し、新たな人生を謳歌していた。
妻と一人娘に恵まれ、街を転々として収入を得る生活に転機が訪れたのは、つい昨日の事。
対象を襲ってくれと言われて渡された金貨七百ドルは、日々の不安定な生活と別れを告げられるには十分な金額だった。

そのはずだった。
楽な仕事だと請け負った狩りには失敗し、十年の歳月を経て得た仲間を失い、愛車を失い、おまけにその追撃を邪魔された。
家族以外の全てを失った日とも言える。
こんな日は、人生の中で一度たりとも起こったことのない最悪の日だった。

胸を撃たれながらも咄嗟の判断で乱入者を食い止めた運転手のブブリア・ブロッコリーは意識を失い、助手席にいたオルゴン・バートレットは俯いたまま反応がない。
彼の手首に指を当てると、オルゴンの脈は停止していた。
後部座席で難を逃れたケイティは、一つだけ積んでおいた強化外骨格と軽機関銃を手に取って、車外に飛び降りた。
軽い頭痛がしたが、問題はない。

今は怒りのままに行動するだけなのだ。

32 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:20:17 ID:F94asbco0
Ie゚U゚eI『我らの一歩は友の道。我らの歩みは国の路』

強化外骨格、キーボーイを起動し、身に纏う。
こちらが警告しただけで、いきなり発砲してくる女だ。
これぐらいの用心はしなければならない。

〔 (0)ш(0)〕

あれだけの激突があったにも拘らずほとんど損傷のない高級セダンを前に、ケイティは再び怒りを覚えた。
金持ちが道楽でこちらの邪魔をしたのであれば、それは許しがたいことだし、何よりも高級車を乗り回していることが気に入らなった。
腰だめに構えた軽機関銃を運転席に目掛けて撃つ。
防弾ガラスがひびで白く汚れ、そして砕け散った。

死体を確認するために運転席側に回り込み、ドアを引き剥がした。
しかしそこには、人影も肉片もなかった。
どこに行ったのか、という疑問は彼の人生で最大の衝撃が横から襲った瞬間に消え去った。

〔 (0)ш(0)〕『もるぁ?!』

もともと、キーボーイの装甲が薄いことは聞いていた。
だが、それでも強化外骨格だ。
人間の蹴りでダメージを受けることはもちろんだが、吹き飛ぶことなどまずありえない。
アスファルトの上をゴミのように転がり、ガードレールにぶつかってからケイティはどうにか立ち上がった。

持っていた軽機関銃が拉げているのを見て、それを投げ捨てた。

〔 (0)ш(0)〕『くそっ、何だってんだ……!!』

33 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:23:07 ID:F94asbco0
キーボーイのカメラが捉えたのは、奇妙な影だった。
強化外骨格なのは間違いないが、見たこともない姿をしている。
モーターサイクル・ギャングとして生計を立てているケイティは、若干ではあるが棺桶についての見識がある。
しかし、目の前に現れたのはこれまでに見てきたそれとは明らかに異なる形状、異なる設計思想をしていた。

全体的に装甲に厚みは感じられなく小柄で、全身を覆う深紅の装甲の量とその大きさからAクラスの棺桶だという事が辛うじて分かる。
特筆すべきは、その両足だ。
大小合わせて二輪のタイヤからなる脚部。
内側にバイク用のそれよりも僅かに小さなタイヤ、その外側に小型のタイヤが並んでいる。

全身を覆う深紅の装甲の形状も、心なしかバイクの設計に似ていなくもない。
蕾が花開くようにして開いたフェイスカバーから覗き見えたのは、頭部のほとんどを占める巨大なモノアイカメラ。
金色に発光した中央部は白く輝き、灼熱の溶鉱炉を思わせる。
間違いない。

――コンセプト・シリーズだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     |ニニニ|=|二ニ∨二ニニニニニニ∨二=lj‐′=ニ|
     |ニニ=(_卜、ニマニ二二二二ニ/ニニ/〕!=ニニ|
.    八ニニ=|=\\ニマニニニニニニ/二//=|ニ二八
       \__|ニニ\\マニニニニ/`//ニニ|__/   It's over.
         ゚,ニニ゚, \=ニニニ7/ ./ニニニ/    You're under arrest.
.          ∧ニニニ≧ュ。.._ ̄_..。r≦ニニニ∧
.        /ニ\二ニニニ=| | |ニニニニニ/ニ\
          \二二\二ニニ| | |=ニニニ/ニ二/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(::[ Y])『捜査妨害により、あなたを逮捕します』

34 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:24:40 ID:c4OmieaY0
黒騎士的な…

35 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:26:23 ID:F94asbco0
フェイスカバーが閉ざされてから発せられた第一声は、あまりにも間抜けな女の言葉だった。
警察気取りなのか、それとも警察なのかは分からないが馬鹿なのだけは確かだ。
警官だろうが何だろうが、ケイティにはどうでもよかった。
殺す対象の職業など知ったことではない。

右の太腿に吊り下げていたUZI短機関銃を抜き放ち、発砲した。

〔 (0)ш(0)〕『黙れぇ!!』

装弾されているのは対強化外骨格用の強装弾。
Aクラスレベルの装甲ならば、使用者を負傷させることが出来る。
が、つい一秒前まで目の前にいた棺桶はタイヤが軋む音と金色の残像を残して姿を消し、銃弾を避けた。
姿を見失ったケイティは、再度横合いから衝撃を受け、ランドクルーザーに肩から激突した。

衝撃でフロントグリルがエンジンごと凹み、フロントガラスが砕け散った。
装甲の薄いキーボーイではその衝撃を緩和し切ることは出来ず、目の前が白く染まる。
一瞬だけ飛んだ意識の隙を、敵は見逃さなかった。
再び聞こえたタイヤの音と衝撃は、同時に訪れた。

左腕の骨が砕けたのが分かったかと思うと、次に右腕、そして両足が粉砕された。
どの攻撃にも容赦はなく、ケイティは瞬く間に戦意を喪失した。
殺されるかもしれないという恐怖が、彼の体を竦ませ、遂には落涙させるに至った。
車に埋まった体は指先一つとして動かすことが出来ず、ケイティは死を覚悟した。

しかし、月光を背にしたその棺桶持ちはとどめを刺そうとはせず、車内に残っている仲間たちを引き摺り下ろし始めた。
脈が止まったオルゴンは頭を踏み潰されてから、念入りに磨り潰された。
意識を失ったブリリアは心臓部に正拳突きを受けて胸部が陥没し、大量の血を吐き出した。
鬼だと思った。

36 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:30:48 ID:F94asbco0
同時に、この女が生粋のジュスティア人であることを理解した。
圧倒的な武力。
容赦の無さと、徹底的なまでの正義。
それらは全てジュスティア人が持ち合わせているもので、加えてコンセプト・シリーズの棺桶持ちとなると、警官であることは否めない。

むしろ、警官になるために産まれたような人間だ。

〔 (0)ш(0)〕『くっ、こ……殺せっ……!!』

逮捕されるぐらいなら、いっそ楽な内に死んだ方がいい。
そう、ここで死んだ方がいいのだ。
そんな懇願を無視して、女は機械じみた冷徹な声色でランダ警告の一文を読み上げる。

(::[ Y])『あなたには黙秘する権利、己に不利となる供述をしない権利、弁護士を雇う権利、裁判を受ける権利がありました。
     ……が、警官に対しての殺人未遂の罪によってあなたは全ての人権が剥奪され、ジュスティアに対して全ての情報を提供する義務が生まれます。
     つまり、“証人刑”が適応されます』

――証人刑。
数ある罰の中でも警察のみが持つ刑罰の一つで、通称“道具化”と呼ばれる処罰の事である。
地域ごとにある法律に対して目を光らせるモーターサイクル・ギャングのケイティは、その罰についてよく知っていた。
警察に身柄を拘束された後、四肢の腱を切断し、抜歯し、そして薬を用いてあらゆる過去の事を喋らされる。

つまり、情報提供の道具と化す処罰の方法である。
それを知っていたから、ケイティは死を望んだのだ。
だがこの女はそれを許さない。

(::[ Y])『あなた達が追っていたのは何者ですか?』

〔 (0)ш(0)〕『し、知らねぇよ……』

37 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:34:00 ID:F94asbco0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     |ニニニ|=|ニニマニ/二二二二ニマニ/ニ=l|=lニニニ|
     |ニニニ|=|::::::: \__________/::::::::::j‐′=ニ|
     |ニニ=(_卜、:::::::{:{ γ⌒ヽ .}:}::::::::::/〕!=ニニ|     All right.
.    八ニニ=|=\\ :从 乂___,ノ _从:: //=|ニ二八   Let's drive.
       \__|ニニ\\:`≧=-=≦´ //ニニ|__/
         ゚,ニニ゚, \ :::::::::::: / ,/ニニニ/
.          ∧ニニ二\_}: 「| :{_/=ニニニ∧
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(::[ ◎])『……ふむ。 では、すぐそこの検問所までドライブしましょうか』

フェイスカバーを開いた女は背中からワイヤーの付いたフックを取り出して、それをキーボーイの装甲に取り付けた。
そして、ケイティは女の言葉の意味を理解した。
バイクで人を引きずるのと同じ要領と目的だ。

〔 (0)ш(0)〕『よ、よせ!!』

一瞬にして、ケイティの声は彼方へと置き去りにされた。
これまでに聞いたことのない猛烈なエンジン音が鼓膜を痛めつける。
視界が回り、何を見ているのか、どう動いているのかも分からない。
ガードレールが視界の全てを埋め尽くし、次の瞬間には衝撃。

装甲が削れ、火花が散る。
失われた装甲の代わりに、ケイティの血肉が散った。
叫び声は自分でも聞こえなかった。
本能がケイティの体を動かし、姿勢を整えさせようと足を動かした。

38 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:40:16 ID:F94asbco0
それが事態を悪化させた。
潰れていた足が根元から千切れ、崖の向こうに消えていった。
体が浮き上がり、叩き付けられ、転がり、腕が背中側に向けて折れ曲がった。
背中側の唯一の守りであったバッテリーが吹き飛んだ。

再び体が浮かび上がった時、女は急停止した。
慣性の法則に従ってケイティが飛翔しかけたところで、ワイヤーが外された。
勢いよく地面に激突し、転がり、何かにぶつかってようやく止まった。
もはや、ケイティは何も考えることが出来なくなっていた。

辛うじて分かったのは、自分の顔が涎や鼻水、涙で汚れ、体は血と小便で汚れていることぐらいだ。
息が出来る事の幸せを噛みしめ、ケイティは呪詛を吐いた。
道具として生かされるぐらいなら、ここで舌を噛み切って自殺するべきだ、と。
しかしそれが出来るだけの精神力があれば、彼はモーターサイクル・ギャングに身を落とすことはなかっただろう。

女が二言三言何か言葉を発し、再び恐怖を呼び起こすエンジン音が遠退いて行くのを聞いて、ケイティは安堵したのであった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  (:::::::::::   :::::ノ                         ..:.:.::_,)
   >::::      ::j                        ..: :.::_
  (_::::     :::::r'                       (_)
     ̄ (_::::ノ
         Ο
           。                         August 10th AM01:20
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

トラギコ・マウンテンライトはホテルの部屋に備え付けられたシャワーを頭から浴び、静かに物思いに耽っていた。
四十五度の湯はトラギコの体の内側からも熱を生み出し、血の巡りが活発になったことによって足の傷が鼓動に合わせて痛んだ。
まだ抜糸をしていない傷口に湯が触れる間、刺すような痛みがトラギコを襲う。
痛みは、トラギコの思考を邪魔することはなかった。

39 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:44:41 ID:F94asbco0
古傷だらけの体を伝って落ちる湯が排水溝に吸い込まれ、体と床から立ち上る湯気はトラギコの眼球を洗い流した。
シャワーの音は雨音にも似ていた。
俯いたまま、トラギコはただその音を聞き流し、このホテルから逃げ出す方法を考えていた。
ライダル・ヅーの考えは分かった。

なら、何故わざわざここにトラギコを連れてきたのか、という事を考えなければならない。
協力するつもりならば、別にアサピーのアパートでそう告げればよかった。
その方が手間を省ける。
島の案内はドライブと称して連れまわし、最後にアパートに送ればそれで済む。

つまり、このホテルにトラギコを連れてくることがヅーにとっては好都合だということだ。
目的は一つに絞り込めたが、方法は二つに分かれた。
囮としての役割から逃げないかどうか、そして事件を解決できるのかどうかを見定めるために、監視の出来る場所にトラギコを配置したのだ。
そして、監視するためにホテル内、もしくは外に監視チームが結成されているかの二つだ。

与えられた偽りの自由など必要ない。
欲しいのは本物の自由だ。
自由に動けなければ、この事件の解決はあり得ない。
その辺りをヅーは理解していない。

マニュアル通りでは何も変わらないのだ。
最近妙に耳にするようになったCAL21号事件も、その内の一つだ。
思い出すだけで腸の煮えくり返るような事件だったが、何よりもトラギコを憤慨させたのは正義を名乗るジュスティアの対応だった。
故に、トラギコは己の手を使って事件を終わらせ、大顰蹙を買ったのである。

このまま行けば今回もまた、あの時と似た結果になるだろう。
違うのは、トラギコが手を下せないという事だけ。
しこりの残ったまま事件は終わり、そして忘れ去られる。
そうはさせない。

40 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:48:06 ID:F94asbco0
カール・クリンプトンという恩人に報いるためにも、この事件の黒幕を暴き出す。
その後で、デレシアを追う。
ショボン・パドローネとデミタス・エドワードグリーンの手がかりは掴んだ。
彼らはこのグルーバー島にいる。

探し始めるのは二時間後。
つまり、朝の四時からだ。
それまでは大人しく寝て過ごし、様子を見た方がいい。

(=-д-)「ふぅ……」

シャワーを止め、並々と湯を張った湯船に肩まで浸かる。
溢れた湯の生み出す音が、やっとトラギコに安堵の溜息を吐かせた。
この瞬間に襲われたら、無防備なトラギコは為す術もなく殺されるだろう。
せめてこの時ぐらいはゆっくりとしたいものだ。

血管が広がり、指先まで血が流れていくのがよく分かる。
勿論、足の痛みは先ほどの比ではない。
しかし、痛みに耐えることは慣れている。
これぐらいなら、全く問題はない。

撃たれたことは何度もある。
例えば、警察訓練学校時にトラギコとよく衝突していた先輩が殴り合いの喧嘩に負けたことに腹を立て、射撃訓練中にトラギコの脇腹を撃ったことがあった。
危うく死ぬところだったが、死ぬことはなかった。
そう、撃たれたことはあっても撃ち殺されたことだけは、一度もない。

カールが受けた痛みを考えれば、この程度はかすり傷だ。
怒りを心の内で再燃させ、トラギコは湯船から勢いよく上がった。
体表の水気を手で払落し、洗面台の前に畳んでおかれた白いバスタオルを手に取る。
クリーニングしたての匂いがした。

41 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:51:45 ID:F94asbco0
体をバスタオルで拭き、髪を乱暴に乾かす。
アメニティのバスローブを着て、ベッドルームに戻る。
酒を一瓶飲んだこともあり、何か飲み物を口にしたかった。
備え付けのマグカップにインスタントコーヒーの粉を落とし、スティックシュガーを三本分入れ、湯を注ぐ。

安いコーヒーの匂いの中に、甘い香りがよく映える。
火照った体に、熱いコーヒーを流し込む。
薄く、おおよそ香りを楽しむようなものとは程遠いが、それでもトラギコに満足げな溜息を吐かせるだけの味がした。
精神状態によっては、冷えた物よりも温かな飲み物が効果的な場合がある。

今の状態では、この一杯のコーヒーが馳走にも思えた。
トラギコにも、自分が無力なのだと考え、押し潰されそうになる一瞬がある。
その一瞬は、これまでに受けたどんな傷や言葉よりも深くトラギコを傷つけた。
誰かが無能と罵るのではなく、自分自身で無力さを感じ取ってしまうその現象は、決して避けようのないある種の病気だ。

発作的に襲ってくるその瞬間を耐え続ける中で、トラギコが救いにしている物がある。
事件を解決した際に被害者とその家族から向けられる感謝の言葉と笑顔だ。
それを思い出すだけで、自分が無力ではないのだと持ち直すことが出来た。
どうしてもカールの死について納得が出来ず、トラギコは自責の念に心を握りしめられる思いだった。

気持ちを整理してからベッドの淵に腰かけ、書き込みを終えた地図を眺めながらコーヒーを一口啜る。
ブライアンホテルからグレート・ベルまでは徒歩で約三分、ショボンたちが目撃された市場までは十五分といったところだ。
漁港からグレート・ベルに続くなだらかな道――アイリーン・ストリート――沿いに並ぶ朝市は、大勢の地元住民と観光客で賑わうことが予想される。
となると、朝市に再び姿を現す可能性も考え、市場の中にある喫茶店、もしくは定食屋に張り込んで観察するのが最も賢明だ。

地図には一階、もしくは二階に席のある飲食店に印がつけられている。
中でもトラギコが注目しているのは、かなり広いスペースを持つアイリーン・ストリートのほぼ真ん中に位置する噴水周辺の店だ。
人々が円滑に行き来することを目的として作られた噴水周辺の道は太く、その道に沿って建物が並んでいる。
更に重畳なのが、その建物のほとんどが何かの店という事だ。

42 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 21:57:26 ID:F94asbco0
古着屋であったり雑貨屋であったりと、聞き込みをするのにも絶好の店ばかりが揃っている。
取り分け好都合なのが、全世界一位の人気を誇るチェーン店の“スタードッグス・カフェ”という喫茶店だ。
二階建てで客席数も多く、四人掛けのテラス席が五つもある。
そこならば余裕をもって人を観察できるため、早朝から二階席の窓際で陣取ろうと考えていた。

問題は、値段だった。
スタードッグス・カフェのコーヒーは一番安くて十五ドル、サイドメニューにあるホットドッグはなんと十ドルもする。
レシートがあれば二杯目は三ドルで飲めるのだが、予算を考えると非常に厳しい。
朝食を最も安く済ませても二十五ドルを使うことになり、残りの予算は半分の二十五ドルとなってしまう。

最近出来たばかりの街、カルディコルフィファームからコーヒー豆を従来よりも安く仕入れているのに値段は据え置きというのが、この店の恐ろしいところだ。
その強気な経営から、世界二位の内藤財団が経営する“ド・ゴール”に客層を奪われ、そう遠くない将来には逆転するだろうと予想されていた。
金の心配をしながら捜査をするのはいい気分がしないが、現実から目を逸らしてもいられない。
端金で真実に近づく事が出来るのなら、金は支払うべきだ。

店については後で改めて考えることにして、トラギコはコーヒーを一気に飲み干してカップをサイドテーブルに置いた。
明かりを消して布団をかぶり、そのまま瞼を下ろした。
眠気が体の奥、瞼の奥、脳の髄から沁み出すようにしてトラギコの体を包み込んだ。
そのまま眠りに落ちたいのが本音だが、どうしても耳だけはそれを許してくれなかった。

秒針が時を刻む音が聞こえる。
意識が眠りに近づくにつれて、耳が音に敏感になって行く。
廊下を歩く人の跫音、窓の外から聞こえる車の音、人の話し声。
次第に意識が黒く染まり、音だけの世界にトラギコは立ち尽くしていた。

無論、それはトラギコの脳が作り出したイメージだ。
音を頼りに脳が物を配置し、動きを想像し、記憶を辿って建物を作り出し、やがては世界を作り出す。
捜査が始まるまで、後二時間。
物事を考える時間は、まだある。

43 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:01:09 ID:F94asbco0
――結局のところ、安眠などトラギコには許されないのだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   .................:::::::::::)
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::)
:::::::::::::::::)::::::): ┌‐‐┐____                ⌒  ⌒)      August 10th AM04:03
::::::)ー- ー"  |王ll王ll王|  ┌─┐___      ( ...:::    ヽ
--'          |圭ll圭ll圭|  | 圭|圭l+|  ___ェェ__   ...::::::   )
         |圭ll圭ll圭|  | 圭|圭l+|___,,|!!|!|!!|!!|___ェェ__ ...:::::::: )        ____,,,,,,,,,,____
     _______E|圭ll圭ll圭|  | 圭|圭l+|l;l;l;l|!!|!|!!|!!||iiii||iiiil|------ ''二 ̄::"':':':";:::::;;:::::::;;:;;;::
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

朝市が始まる時間、まだ薄暗かったがパステルブルー水平線の果てが白み始め、市場で動く人影が彩を得て鮮明に浮かび上がって行く。
漁から帰ってきた男たちは船から魚の詰まったコンテナを降ろし、それらが次々と競りにかけられ、店先に並ぶ。
隣の島から野菜が運ばれ、賑わいを見せる。
それが、いつもの光景のはずだった。

しかし島が封鎖されている影響で漁に出る船はなく、島同士の行き来もない。
市場からは活気が失われ、磯で釣った僅かな魚だけが店頭に並んでいた。
辛うじて野菜は鮮度と種類を保っているが、オバドラ島やバンブー島でしか栽培していない野菜はない。
最も大きな打撃を受けたのは、輸入品に頼っている店だった。

小売店もそうだが、最も大きな影響を受けたのは喫茶店だった。
全ての商品を輸入して店が成り立っているため、在庫が尽きればそれまでとなる。
その店が商品のストックをよしとせず、週に一回の定期便で必要な量のコーヒー豆を輸入しているところとなると、店にとっては正に死活問題だ。
豆の仕入れが途絶えたスタードッグス・カフェは、絶望的な状況下にあった。

44 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:05:25 ID:F94asbco0
今後も店を運営していくためにも品薄を理由に値段をつり上げるわけにはいかず、店を閉める訳にもいかなかった。
髪を降ろしたトラギコは最も安いコーヒーと最も安いホットドッグ、そして無料で手に入る水を三杯頼んで二階に上がり、階段に近い窓際の二人席に陣取っていた。
鉄製の小さな机の上にはトレイに載ったプラスチックのタンブラーと、山のように積み重ねたスティックシュガーがあった。
この店のいいところ探しをするとすれば、このタンブラーだとトラギコは考える。

コーヒーの購入者に必ず渡されるタンブラーを使えば、以降の会計から三ドル割引される。
しかし所詮は三ドル。
十五ドルのコーヒーから三ドル引いたところで、トラギコの財布が受ける恩恵は微々たるものだ。
朝食として買ったホットドッグは値段の割には小さく、あまりコストパフォーマンスがいいとは思えない。

白い紙ナプキンの上に鎮座する作り立てのホットドッグは湯気を纏い、どこか気品さえ感じさせた。
パンはどちらかと言えば小さな方で、挟んであるソーセージは割と太めだ。
ソーセージの下にケチャップと粒マスタードが敷かれていて、彩は地味極まりない。
彩があるからと言って美味いわけでもないのだが、面白みに欠けた。

十ドルの価値がその姿からは見出せず、トラギコは少しだけ落胆した。
店の前にあるパラソルの広げられたテラス席、その少し先に広がる市場を見下ろしながら、トラギコは無関心の状態でホットドッグにかぶりついた。
最初に感じたのは意外にも強めの酸味で、トラギコは思わず目を見開いた。
次いで、粒マスタードの甘みを伴った刺激と熱い肉汁が口の中に広がる。

酸味の正体は濃厚なケチャップだ。
見た目に反して歯応えのあるソーセージから溢れ出した肉汁は二種類のソースによって冷却され、瞬く間に口の中で一つの濃厚な味と成る。
主体はトマトの酸味だが、マスタードとソーセージもそれぞれの味を主張していて複雑かつ大胆な味となっているが、他の味も感じられた。
噛み砕く中、トラギコの嗅覚が別種の酸味を嗅ぎ分け、触感が予想を確信へと変え、味覚がその正体を導いた。

酢の香りだ。
もう一口食べると、その正体が分かった。
――みじん切りにしたピクルスだ。
それも、キュウリと玉ねぎの二種類を程よく混ぜたものを、ケチャップとマスタードで覆い隠すという小技まで使っている。

45 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:09:06 ID:F94asbco0
これが味の秘密。
大雑把な味付けをそう感じさせないための工夫だ。
肉の甘みを引き立て、かつケチャップの酸味を主張させすぎない存在。
よく噛んでみれば、その瑞々しい歯応えがしっかりと感じ取れる。

それらを包み込むのが、断面を軽くトーストした柔らかなパンだ。
香ばしさの中に僅かな甘みを持つパンは、濃い味を調える重要な役割の担い手だ。
想像以上に味わい深いホットドッグに、トラギコは密かに舌鼓を打った。
値段は受け入れがたいが味は抜群だとして、トラギコはこのホットドッグの評価を改めた。

市場に動きはない。
大事にホットドッグを口に収めて、トラギコはタンブラーの蓋を外してそこから砂糖を入れた。
嵩が増え、かつ味が調えられたコーヒーを息で冷ましつつ口の中に招き入れる。
熱いが、甘くていい味をしていた。

十五ドルの味である。
こればかりは、美味くなければおかしい。
時刻は四時七分。
アイリーン・ストリートを歩く人の数は、明らかに少ない。

ホットドッグで汚れた口元と指をナプキンで拭い、懐から光学照準器を取り出す。
頬杖をつく動作と格好で照準器を構え、眼下の動きを観察する。
歩行者の顔や動きを見て、何か怪しげなことはないか、不自然な点はないかを探す。
ショボン・パドローネやデミタス・エドワードグリーン、もしくはシュール・ディンケラッカーがいれば十分。

昨日の今日で出歩くとは思えないが、犯罪者は一度安全が確認された場所にもう一度足を運ぶ習性がある。
あのショボンも、その習性を知っている。
ならばこちらが知っていることを逆手にとって、あえて利用する可能性があった。
裏の裏を読む、そうしなければ今のトラギコはショボンの考えに追いつけない。

46 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:11:08 ID:F94asbco0
階段を早足で駆けてくる音が聞こえ、照準器を袖にしまいつつそちらを見た。
ネルシャツにジーンズといった格好をした若い新聞記者、アサピー・ポストマンが額に汗を浮かべ、息を切らせてそこにいた。
今朝、彼が務めるモーニング・スター新聞ティンカーベル支社に電話をした時よりも落ち着いているが、表情は興奮ににやけたままだ。

(;-@∀@)「と、とら――」

(#=゚д゚)

この馬鹿は、緊張感がないのだろうか。

(;-@∀@)「と、“トライダガー”さん、お待たせしました」

(=゚д゚)「あぁ、待ったラギ。
    で、どうなった?」

呼吸を整えながら、アサピーはトラギコの正面の椅子を引いて座る。

(;-@∀@)「へへ、しっかりと一面を使いました。 本社にもその話をしたら大喜びでしたよ。
      これです」

ジーンズに挟んだ新聞をトラギコに手渡すアサピーは、興奮冷めやらぬ様子だ。
汗で湿った新聞を広げ、その一面に目を通す。
見出し、内容、共に文句はない。
トラギコが伝えた内容を実に的確に記事にし、読者の心を煽っているが、トラギコの名前は一切出ていない。

代わりに、勇敢で優秀、そして献身的な医者であるカール・クリンプトンの名前が載っていた。
嬉しいことに、彼のこれまでの遍歴や島における活躍まで書かれている。
勿論、ジュスティア軍人が二人焼き殺されたことやコンセプト・シリーズの強化外骨格が使用されたことまであった。
これをジュスティア警察が読めば、大激怒すること間違いなしだ。

47 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:15:27 ID:F94asbco0
さて、後三十分もすればトラギコの読み通り警察が大慌てになる。
この店に来るまでの間に感じた尾行者も、それどころではなくなるだろう。
ホテルを出る際に誰もトラギコを止めなかったことを含めて考えると、警察はトラギコが昨晩の火事の情報を新聞社に流したとは知らないらしい。
トラギコはヅーに対して、この上なく美しい方法を使って中指を立てることに成功したのだ。

(=゚д゚)「よし、これでいいラギ。 それで、例の写真の件ラギ。
    あれはアイリーン・ストリートで撮ったラギね?」

(-@∀@)「その通りです、よく分かりましたね」

(=゚д゚)「市場っつたら、ここぐらいラギ」

(-@∀@)「それで、電話の続きは?」

アサピーに電話で話したのは、これから朝食を食べよう、という提案だった。
勿論この男と朝食を楽しむのが本命ではない。
それぐらい分かると見込んで、あえてそのような言い方をしたのだ。
抜け目のないヅーならば、部屋の中に盗聴器を仕掛けてトラギコの発言から行動を予想し、そこに手を打つと予想したのである。

見込んだ通り、アサピーはトラギコが自分を呼び出した理由を察していた。

(=゚д゚)「お前が撮った人間を探すラギ。
    俺はここで粘るから、お前は市場周辺を探してきてほしいラギ」

(-@∀@)「……ちょっと待ってください、今メモしますから」

懐から再生紙のメモ帳と万年筆を取り出したアサピーを睨み付け、トラギコは低い声で注意した。

(=゚д゚)「駄目ラギ。 メモは残すな。
    覚えろ」

48 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:18:58 ID:F94asbco0
メモは他人に見られる可能性がある。
落とした時は最悪だ。
それに人間は、メモをしたところで完全には覚えられない。
それならば最初から頭の中にしまっておいた方がいい。

(;-@∀@)「ちょっ、それは無茶ですってば!!」

四つに折り畳んだアサピーの写真を広げて見せ、ショボンとデミタスを指で叩く。

(=゚д゚)「なぁに、簡単ラギ。 この写真の、この二人。
    このどっちかを探してほしいラギ。 手がかりになるのは、こいつらはこの島では新参者ってことラギ」

新聞記者は言葉を覚えるよりも、画像を覚える方が得意なはずだ。
カメラのアングルに気を遣う人間ならば分かるが、過去の経験値から似たシチュエーションを検索し、その当時の撮影方法を活かした撮影をすることがある。
記者の場合はそれに加えて、取材対象の人間の特徴をパーツで記憶することに長けている。
この男も新聞記者の端くれならば、それぐらい出来て当然というわけだ。

(-@∀@)「はぁ、まぁ覚えましたけど…… 結局、この二人は一体何者なんです?」

(=゚д゚)「それは事件が終わったら教えてやるラギ。
    あぁそれと」

(-@∀@)「はい?」

(=゚д゚)「金、貸してくれラギ」

アサピーを呼び出した理由の中でかなり大きな比重を占めているのが、資金の提供だ。
朝食だけで予算の半分を消費していては、とてもではないが操作は続けられない。
下心があったとは言っても、こちらはそれなりのリスクを背負っているのだ。
暫くの間、警察官が血眼になって事件の情報を流した人間を探すことになる。

49 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:23:29 ID:F94asbco0
第一容疑者は、勿論トラギコだ。
逃げるには金が必要だった。

(;-@∀@)「もうありませんよ!! 僕はあなたの財布じゃないんですよ!!」

(=゚д゚)「そうか、分かった。 だから金を貸すラギ」

有無を言わせぬ物言いで、トラギコはもう一度金銭を要求した。
ブツブツと文句を言いながら、アサピーは財布から百ドル金貨を出した。
金貨とアサピーを見比べて、トラギコは素直な感想を口にした。

(=゚д゚)「は?」

足りるはずがない。
この男が手に入れたのは給料だけでなく、名声と信頼も同時に我が物としたのだ。
それまでスクープとは無縁だった男に光が当たり始めるきっかけを作ったのは、他ならぬトラギコ。
それに対する報酬が百ドルのはずがない。

硬貨の角で机の上を叩いて威圧すると、アサピーは必死に弁明を始めた。

(;-@∀@)「手持ちが今これしかないんですよ! 取材をするにしても何も買わずじゃ駄目なんですよ?
      報酬は後から追加で渡しますから、今はこれで勘弁してください」

百ドルあれば二日は捜査が円滑に進められる。
警察も無能ではない。
新聞社に情報をリークした人間がトラギコであることに行きつき、そして捕まえるのと同じ時間だ。

(=゚д゚)「ちっ、必ず払うラギよ。 あぁそれと、俺はしばらくどこかその辺りをほっつくラギ、配達用のバイク貸してくれ。
    お前がここに来るのに使った奴ラギ」

50 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:27:09 ID:F94asbco0
新聞社で広く使われている配達用のバイクと言えば、傑作自動二輪のスーパーカブをおいて他にない。
今の時代で使われているスーパーカブは発掘されたダット――デジタル・アーカイブ・トランスアクター――に残されていた設計図を基に、ラヴニカの職人たちが再現した物だ。
発電・蓄電方法の優秀さも然ることながら、他と一線を画すのはその異常なまでの耐久力だ。
悪路、悪天候、整備不良。

ありとあらゆる最悪の状況下にあってもその運転性能に支障をきたすことがなく、常に運転手を目的地に運んでくれる頼もしいことこの上ない二輪車である。
運転操作も容易で、クラッチ操作は左足で行う。
価格が安価であるため、世界で最も使用されている自動二輪車の一つとして知れ渡っている。

(;-@∀@)「どこまで横暴なんですか!!
      それにどうして、僕がバイクに乗ってきたって分かったので?」

(=゚д゚)「うるせぇ奴ラギね。 んなもん、音に決まってるラギ。
    それよりお前、怪我人に歩けってか? おいおい、とんだ人でなしだぜ、えぇおい。
    ほれ、さっさとキーを貸すラギ」

(;-@∀@)「くそっ……くそぅ……」

アサピーはポケットからキーを出して、トラギコに渡した。
多少無理矢理ではあったが、移動手段の確保に成功した。
窓の外を注視しながらそんな話を済ませ、トラギコは照準器を袖から出して窓の外に向けた。

(=゚д゚)「今後、連絡は俺から取る。 支社に電話するから、覚えておけよ。
    それと、何か昨日変わった事件とかはなかったラギか?」

(-@∀@)「いや、特には聞いていないですね。
      知っての通り、我々の新聞社はこの街では余所者ですから。
      トラさんの情報なんて、この支社始まって以来の快挙ですよ。
      ……いや、一つだけありましたね」

51 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:30:49 ID:F94asbco0
(=゚д゚)「ほう?」

(-@∀@)「ここに来る途中、グレート・ベルの傍にある民宿が工事をしていました。
      何でも昨日の夜、客室に石を投げ込んだ人間がいたとのことで、窓ガラスを交換していました」

心底どうでもいいニュースだった。
大方、火事に乗じて暴れた若者の仕業だろう。

(=゚д゚)「もう少し有益なのはねぇのかよ」

(-@∀@)「んなこと言っても、僕に入ってくる情報なんてそんなも――」

アサピーの言葉が自動的に切断され、トラギコの意識は視界に移るありふれた光景の中に潜む、一点の異質に注がれた。
黒い鞄が、テラス席に置かれている。
ただそれだけだった。
そう。

――誰も座っていない、テラス席に。

(;=゚д゚)「……」

記憶を辿る。
いつから、あの不自然極まりない鞄があったのか。
一体誰があの鞄を置いたのか。
ホットドッグを食べている時にはなかった。

そうすると、アサピーが来てからだ。
アサピーとの会話中も、常に外の変化には目を光らせていた。
流れるような動作で置かれでもしない限り、見逃すことはあり得なかった。
発見するまでの僅かな時間で置かれた不審な荷物。

52 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:35:14 ID:F94asbco0
(;=゚д゚)「おい、ちょっと窓から離れ――!!」

そして――

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
            《〉                    /\
              。                | ̄\〉
           \〉 釗 :. ‖                   L_/    August 10th AM04:14
           ̄\|  、从_/  ゚
             ‖:.⌒  .:⌒)、/  o
            |! .:|!     .:⌒)‖       rく ̄〉              __
         ∧ l!l .:‖从    : 从_      L/             /: : :.,/ ̄\
         〈  i!l| .:,|l⌒:.、_从   ::⌒)、                    / ̄ ̄\  .:: :〉
       ..:┴: l!l|  .:⌒≫―(⌒:.   ,;:从                  くミ:;   ::: :.,>./
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

――爆音と共に発生した衝撃波で、店中の窓ガラスが大きく震えた。
咄嗟にアサピーの頭を掴んで床に伏せたトラギコは、まず彼の安否を確認した。
音に驚いて気絶していたが、特に目立った傷もない。
倒れた松葉杖を掴んで立ち上がり、階段を飛ぶようにして降りた。

すぐに店の外へと出て、被害状況を確認する。
人の泣き声が聞こえる。
人の悲鳴が聞こえる。
耳に残る悲痛な声と騒然と化したテラス席。

爆心地は大きく抉れ、石畳が無残な姿となっている。
悲鳴を上げるだけの元気を持った軽症者はいるが、重症者が見当たらない。
これもまた、不自然だ。
普通、爆弾を仕掛ける人間は不特定多数を殺傷することを目的とする。

53 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:39:54 ID:F94asbco0
人通りの少なくなっている早朝に爆弾を用いたテロ行為をするのは、あまりにも理に適わない。
標的を殺傷することを目的とした戦略的な攻撃だ。
誰も倒れていないのを見るに、その標的は逃げ果せたようだが。

(=゚д゚)「……」

何かヒントになる物がないかと、黒く焦げた爆心地に向かって近づく。
負傷者に手を貸す程の被害ではないが、警察が駆けつけて現場を封鎖する前に、情報を手に入れなければならなかった。
抉れた石畳の形が明らかに歪なことに、トラギコは気付いた。
普通、爆発の衝撃は中心から円を描いて球体上に広がっていく物だが、その歪みは片側に大きく偏っていたのだ。

指向性の爆弾が使用された証拠だ。
対象は、鞄の北側に座っていた人間という事になる。
しかし肉片も血痕もない。

(=゚д゚)「……すげぇな、逃げたのか」

あれだけの短時間の間に爆弾を仕掛ける人間も然ることながら、逃げ切る方もかなり優秀だ。
トラギコでさえ、鞄の不審さに気付いた時には爆発していた。
つまり、鞄が置かれる前から警戒していたという事になる。
人並みならぬ警戒心と行動力だけが、この状況から生存するために必要な物だ。

対象となる人物。
可能性はいくらでも考えられる。
円卓十二騎士のダニー・エクストプラズマン、ショーン・コネリも暗殺の対象と成り得るし、爆殺から逃れることも可能だ。
それだけを把握し、トラギコは現場から離れることにした。

54 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:43:15 ID:F94asbco0
焦って動いてはいけない。
何事もなかったかのように静かに立ち去るのが鉄則。
新聞社のスーパーカブがスタードッグス・カフェの前で倒れているのを見つけ、アサピーから借りたキーが入るかを確認してから車体を起こした。
再び店内に戻ったトラギコは、気絶しているアサピーの顔を松葉杖で殴って起こした。

(;-@∀@)「い、痛たぁ…… トラさん、さっきのは一体?」

(=゚д゚)「暗殺未遂ラギ。 お前は目撃情報を集めてこい。
    今ならお前の手柄ラギ。
    ついでに人助けをしておくと、好感度が上がるラギよ」

(-@∀@)「や、やった!! こりゃあスクープをゲットせにゃかもだぜ!!」

言語中枢に問題が生じてしまったらしい。
トラギコが殴ったことが原因でないことを願うばかりだが、後は笑顔で階段を駆け下りていった彼が情報をまとめて手に入れてくれるだろう。
今はここから離れ、グレート・ベルに向かわなければならない。
そこを中心に建物の屋上を見て回り、カールを殺した狙撃手の位置を知り、今の爆殺騒ぎとの関連性を見つけることが出来れば大きな進展となる。

後手に回り続けてきたが、捜査はここから始まる。
追い詰めるのはこちらなのだ。
飲みかけのコーヒーの入ったタンブラーを取り、トラギコは早足で店を出た。
地面の焦げた匂い、無知な人間のどよめきがトラギコの頬を緩めた。

嗚呼。
最早。
遠慮は不要。
この事件、トラギコが食い千切るに値するものと認識せざるを得ない。

55 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:45:56 ID:F94asbco0
これだから警察は好きなのだ。
だから警官は楽しいのだ。
常にトラギコを興奮させ、新たな発見をさせてくれる。
この感覚こそが、警官人になった最大の喜びと言える。

オアシズでは出し抜かれたが、もう、そうはさせない。

(=゚д゚)「誰だか知らんが、俺を騎乗位でイカせようだなんてあめぇんだよ」

感情が昂ぶるあまり、トラギコは独り言ちてしまう。
主導権を握られ続けるのは性に合わない。
ここから巻き返す。
ここが逆転の始点。

次なる目標を手に入れたトラギコはバイクに跨り、グレート・ベルを目指してアクセルを捻った。

┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   i::::l:::::ト、{\\{ヽ:::\ミ\::::::、\::\:\:::::≧=‐
.   Ⅵ::::::∨'⌒≧x、 \::\z抖≦メ \::\:\\
___ 个ミ、{ f艾iァ、≧ \{x√ゞ' jll f㍉从「 `      Ammo→Re!!のようです
/////人ヽハ  ヽ二彡   ::::::`==彡'_, レ「ヽ__          Ammo for Tinker!!編
///// / \_,        ::: :::::::::::::;^iヽ{ヽ\`⌒ゝ―
//// / / / ∧ .::::::::::.   : _   :::ハ} i⌒ゞ―― ト            第五章 了
///}. {/ ///// 、:::::   ヽ:::'´ ィア .///ハ .|  i i i } }
// | ∨{ヽ  ∨ヽ ^ヽ=ニ三彡′/}:l i ノ .}  |            To be continued...
// |  ヽ  ヽ ∨ \ ー― ' , l:l/  ,
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

56 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 22:47:08 ID:F94asbco0
これにて本日の投下は終了となります。
支援ありがとうございました。

何か質問、指摘、感想などあれば幸いです。

57 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 23:20:05 ID:nf.PkK0o0


58 名も無きAAのようです :2015/02/08(日) 23:41:54 ID:yakj3d/k0
ドリームキャッチャーや他のキングシリーズについて設定はあったりしますか?

59 名も無きAAのようです :2015/02/09(月) 00:44:16 ID:V8kG6P8.0
(=゚д゚)
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1655.png

おっさん描くの難しい……

60 名も無きAAのようです :2015/02/09(月) 23:01:06 ID:gir2BfEQ0
>>58
勿論ありますし、登場して来る予定ですよ。
他にも「ショーシャンク・リデンプション」なんてのがあったりします。

>>59
此度も素敵なイラストを描いていただいてありがとうございます!
描くのは慣れ次第でどうにかなるんじゃないかなとか無責任なこと言ってみますね

61 名も無きAAのようです :2015/02/10(火) 03:57:58 ID:v.2vxf5.O
ショーシャンクは偉大なる名作
異論は認めない

62 名も無きAAのようです :2015/03/14(土) 10:31:35 ID:V0j39Rog0
明日VIPでお会いしましょう

63 名も無きAAのようです :2015/03/14(土) 11:58:54 ID:U8BCuTa60
乙、待ってるぜ

Rellieve!!編より

(゚、゚トソン
ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1683.png

(゚、゚トソン フルカラーver.
ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1682.png

64 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:09:20 ID:J8kdJ1IQ0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それでも我々は、正義を探し求める。

その道を阻むものは、全て蹴散らす。

――警察歌 一番より抜粋

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

世界の秩序を守り、正義の代表者として認知されている都市、ジュスティア。
堅牢な壁に囲まれた世界一優れた治安と、世界中に散らばる警察の総本山を抱えた正義の街は八月十日の朝も、いつもと同じように平穏な空気が流れていた。
薄い霧に包まれた街の中を車が走り、人が歩き、徐々に活気が姿を見せ始める。
朝日が水平線の向こうで赤々と燃え、空に群青と目の覚めるようなオレンジのグラデーションを作り出す光景は、新たな世界の誕生のように神々しかった。

しかし。
ジュスティアを象徴する一対の巨大なビル、“ピースメーカー”で早朝から開かれた緊急会議は平穏も幻想的な雰囲気もましてや安寧など皆無で、眠気を吹き飛ばすような緊張感を作り出していた。
朝早くから叩き起こされた重役たちの中には髭を剃っていない者、制服の皺を取っていない者もいたが、不服を漏らす者もそれに対して揚げ足を取ろうとする者は一人としていない。
目の前にある状況は他人の事を気遣う余裕もなければ、楽観視もできない程のものだった。

彼らが直面している唯一の議題は、その日に発行されたモーニング・スター新聞の一面についてだった。
世界最大の新聞社が刊行したその一面には焼け焦げた建物の写真が一枚だけあり、後は文字だけが並んでいる。
問題は、その文字の羅列がもたらす効果だった。
羅列された文字には読者の心を動かし、ジュスティアに対する不信感を膨らませるだけの力があった。

65 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:15:20 ID:J8kdJ1IQ0
眠気覚ましのために淹れられたコーヒーの匂いが充満する会議室には椅子がなく、誰も座っていなかった。
正確に言えば、椅子は全て壁沿いに移動されており、会議の参加者は全員長方形の机を囲むようにして立っていた。
手元にはホチキス止めされた資料と新聞の切り抜きのコピーがあり、何が起こったのかを的確に、そして正確に参加者に伝えた。
会議の第一声は警察副長官のジィ・ベルハウスの怒号で始まった。

爪#゚-゚)「どうなってるんだ!!」

机に新聞を叩き付け、ジィは憤りを部下たちにぶつけたが誰も答えない。
勿論、ジィは答えを求めているわけではない。
この場にいる人間で答えを出せるとは思えないし、出せるはずがないと云うのは百も承知だ。
だが彼女が憤慨するのも当然だった。

全世界で最も読者のいる新聞社の今日の一面には、本来書かれるはずのない、秘匿された情報を基にした記事が掲載されていたのだ。
ティンカーベルという島で起こった火事が事故ではなく放火によるもので、それだけでなく暴漢による侵入をジュスティア警察が許してしまったという事。
それに加えて、民間人の被害者――よりにもよって射殺体――が出てしまったことまで書かれていたのだから、現場に関係している人間で激怒しない者はいない。
火事の隠蔽はどうにでも出来たかも知れないが、射殺された死体について述べられるとどうしようもなく、正直に認める他ないのである。

当然、これは決して公にはしたくない情報だった。
信用問題に大きく関係するだけでなく、世界からの評価が悪くなってしまう。
それだけに、現場となったエラルテ記念病院の関係者全員には厳重に口止めをしていた。
それでも、情報は漏れてしまった。

病院関係者しか知り得ない情報が流出したのは、情報封鎖の初動の段階で大きな失態があったという事を意味している。
その失態を産むのは、現場の指揮者の指揮能力のせいだ。
現在、ティンカーベルで指揮を執っているのは軍の総帥、クロガネ・タカラ・トミー。
彼は軍人であり、警察官ではない。

66 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:17:08 ID:pL9VCxjU0
きた 支援

67 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:20:02 ID:J8kdJ1IQ0
軍による情報統制など、最初から期待せずに警察に一任すればよかったのだ。
繊細な行動は彼らに期待できないという事が、今回よく分かった。 
怒りの矛先は彼だけではなく、万が一に備えて派遣したライダル・ヅーにも向けられていた。
秘書風情がこの事件を処理し切れると信じてしまったのが悔やまれる。

だがタカラよりは、よほど上手に情報をコントロールできただろう。
最低でも漏洩などという情けない事態は回避できたはずだ。
激怒しながらも、ジィは今やらねばならぬことが状況の把握にあることを忘れなかった。

爪#゚-゚)「情報の出処は?!」

彼女の部下たちは首を横に振った。
期待はしていなかった。
そもそも、この短時間の間で離れた場所の正確な状況や背景を把握できれば、今頃は別の場所で難事件解決を担当している。
この場に集まったのは優秀な人間に違いはないが、別分野で活躍をしている人間達だ。

検挙率や書類上の実績ではなく、もっと能力のある人間が必要だった。
しかし外見や書類では、能力の有無は分からない。
部下たちの中で誰が有能なのか、誰がこの種の事件に強いのか、ジィは把握していなかった。
警察を離れたある男が言い放った言葉を思い出し、自分自身に苛立った。

――“あんたは正義じゃなくて、正義に酔う自分しか見てないんだよ”

かつての同僚。
そして、かつての部下。
恩人であり、そして友人だと信じていた男。
今、どこで何をしているのかも知らないが、共に正義について語り合った仲だった。

その彼が残した言葉が、毒のようにジィを責め立てる。
意味もなく当たり散らす自分の姿こそが、その証拠だと自分自身が責め立てる。

68 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:26:41 ID:J8kdJ1IQ0
爪#゚-゚)「くっそ、こんな……こんな事……!!」

ティンカーベルでの失態はこれで二度目になる。
重犯罪者の脱獄、そして厳戒態勢の中で起こった放火。
世間に知られているのは後者だが、前者が知られるのも時間の問題だ。
脱獄不可能と言われたジェイル島から二名の犯罪者を逃がしてしまったことは、ジュスティアの歴史に刻まれるべき大問題だ。

出来れば表に出すことなく、闇に葬りたい。
このままではそれすら困難になる。
避けなければならない。
早急に解決しなければならない。

とり急いで行うべきは脱獄者の抹殺。
それに尽きる。
脱獄者さえ殺せれば、放火の責任を全て彼らに被せることが出来るのだ。
それが最善の手だろう。

そうなると、問題になるのは指揮者だ。
タカラは警察が普段行っているような慎重な捜査には不向きな指揮者であり、ヅーでは管理し切れない人間性をしている。
また、ヅーも指揮者としては不向きな性格をしており、補佐の位置にいてこそ発揮する能力を有している。
つまり、理想的な展開に持ち込むための作戦を考え、指揮する人間がティンカーベルにはいないということだ。

最悪である。
では、誰ならば解決できるのか。
解決できる人間はあの島にはいないのか、と言えば答えは否。
一人だけいる。

警察きっての鼻つまみ者であり、警察でも屈指の捜査能力を有する男。
恐らくは情報を新聞社に流した諸悪の根源――

69 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:31:47 ID:J8kdJ1IQ0
爪#゚-゚)「虎か……」

――“虎”の渾名で忌避される、トラギコ・マウンテンライト。
あの刑事が入院していたのは、奇しくも放火されたエラルテ記念病院だ。
放火された後に彼が保護されたとの報告があったが、彼が新聞社の人間と接したとの情報もある事から、無関係とは言い難い。
捜査のかく乱が目的ではないにしろ、捜査に対して多大なる妨害をしたことは事実だ。

怒りを抑えるために、ジィは握り拳を作って改めて机を叩いた。
どれだけ怒ったところで、今は島に介入することは出来ない。
全ての海路、陸路を封鎖し、脱獄犯たちの逃げ場を絶たなければこれまでの全てが水泡に帰してしまう。
不本意極まりないが、今は待つしかない。

あの島で、誰かが事件を解決してくれることを。
新聞を握り潰し、それを捨てようとした時、会議室の扉が突如として開いた。
現れたのは報道担当部に所属していることを示す階級章を胸につけた、経験浅そうな若い男だった。

( ''づ)「ほ、報告いたします!!」

爪#゚-゚)「……何だ?」

これでどうでもいい報告がされた場合、ジィは握った新聞紙を投げつける用意があった。
しかし、不運にもこの男は非常に有益な情報をジィに話したがために、その怒りを買うことになる。

( ''づ)「ティンカーベルで爆破テロが起こりました!!」

怒りを越えた時、人は物理的な破壊と威嚇行動に出るのだと、その場の全員が学習することとなった。

70 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:35:15 ID:J8kdJ1IQ0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                __,........._
             ,.r‐'´.  . . : `::‐:;、
              ノ: :: : . : : : : ::::::;:;:;:;:;:ヽ
           ./'ー'^: : : :::: :::::、:::::;:;:;:;:;:;:;:'!             第六章【reaction-反応-】
          ノ: .  . : :: :.:.:.::_;;ヽ:::;:;:;:;:;:;:;'l
           i、. . .___-、ー,='"ヽ|^!::;:;:;;::;:;:;|   __.........___
           `'、ー、.ニ'_Zィ‐ァ. ' .ヽ:;:;ハ::;:;;| r' : :::::::::::::`ー:、
            'ー>、'´`´    ハ::;:ハ:;:/ァ'  : ::::::::::::::::::::::\
             l i !_ ,   _,.、  ハ:;/ i:ノ||!    : :::::::::::::::::::::::::ヽ August 10th
            ,...|::;ヽ、=ニ...ノ / /リ j|||||},    : :::::::::::::::::::::::::'i        AM 04:32
          / |::;:/ ヽ、.....ノー'´_ソニ´!||;;;'、    : ::::::::::::::::::::::j
            ノ   |' r‐‐'-、,>‐-!'"´  .|{;;;;i !   : ::::::::::::::::::::∧
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

スタードッグス・カフェの正面で起こった爆破テロはすぐに駆け付けた警察によって対処され、現場は完全に封鎖された。
こればかりはエラルテ記念病院の時とは違い、誤魔化しようがなく、警察は隠蔽ではなくその対処と処理に追われることになる。
幸いにして死者と重傷者がいないため、テロは未遂に終わったと公表されるか、気の狂った男による犯行で犯人は逮捕、拘留されたと発表することだろう。
爆発の規模も小さく、そこまで取り立てて騒ぎ立てるものではなかったのが警察にとっての幸運だ。

一方で、松葉杖を突きながら物思いにふける男にとっては、爆破テロなどあまり興味がなかった。
今しがた起こった爆破テロよりも、昨晩の放火にこそ注視するべきだと考えていた。
トラギコ・マウンテンライトは騒ぎの収まらぬアイリーン・ストリートから離れ、事件解決に必要な情報収集を行っていた。
探しているのは、彼の友人だったカール・クリンプトンを射殺した犯人の手がかりだ。

思い出す限りで分かるのは、銃弾は病院の東側から飛んできた可能性が高いということぐらい。
専門家ではないため、僅かな情報から精確な距離や位置までは分析できない。
有益な情報があるとしたら射殺された時間帯に病院の東側にいた人間なのは、間違いない。
ある程度の高さのある建物から狙撃したのであれば、その銃声や発砲炎が目撃されている可能性がある。

71 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:42:06 ID:J8kdJ1IQ0
それが分かれば、発砲場所の特定につなげられる。
発砲場所には何かしらの痕跡が残っている可能性があり、真っ先に捜査するべき場所でもある。
特に、海が近くにある場所だと風雨の影響をもろに受け、証拠が失われる可能性が高い。
早急に狙撃地点を割り出し、情報が鮮度を保った状態の時に捜査を行わなければならない。

例えば薬莢に残された指紋。
例えば宿泊履歴に残された名前や筆跡。
例えば毛髪や体液など、個人を特定する何かが現場に残されていないとも限らない。
全ては可能性の話ではあるが、とにかく調べなければ可能性はゼロにすらならないのだ。

捜査の基本は自らの足を使うことにある。
例え怪我をしていようが、死にかけであろうが、追われている身であろうが関係はない。
他人の力だけで情報収集するなど、刑事として失格だ。
あくまでも他から仕入れた情報は自分の推理を固めるための材料でなければならず、主導権を手放した時点で刑事ではなくなる。

事件解決の主導権を握ったままにするには、自分で動きながら情報を収集するのが一番簡単で確実な方法なのである。

(=゚д゚)「ちょっといいか?」

Ie゚U゚eI「……何だい?」

まず訪れたのは、ティンカーベルを“鐘の音街”と言わしめる巨大な鐘楼グレート・ベルのすぐ隣に並ぶ、木造二階建ての宿泊施設だった。
木製の扉を開くや否や警察手帳を見せて、トラギコは店主が余計なことを口にしないように先手を打った。
カウンターの前で宿泊名簿を開いて準備をしていた六十代前半の店主は溜息を隠そうともせずに吐いてそれを乱暴に閉じ、トラギコを見た。
短身で小太り、白髪は短く刈り揃えられ、団子鼻の下に蓄えた顎髭が特徴的な男だ。

薄汚れた白いシャツと色褪せたデニムのオーバーオールという姿は、宿屋というよりかは八百屋の店主に相応しい。
観光客には受けがいいだろうが、トラギコには受けが悪い。
腕を組んでトラギコに目を向ける姿は、高圧的を通り越して挑発的にしか見えない。
ならば、礼儀は不要。

72 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:46:26 ID:J8kdJ1IQ0
左手に持っていた黒いアタッシュケースを乱暴にカウンターの上に乗せ、トラギコは質問を始めた。

(=゚д゚)「昨晩のことでいくつか聞きたいことがあるラギ」

Ie゚U゚eI「出来る事でしたら」

(=゚д゚)「昨日、銃声を聞いたラギか?」

Ie゚U゚eI「さぁ、聞いていませんね。 聞いてたら騒ぎになりますよ」

それはそうだ。
銃声は市街地では非常に目立つ。
次に知りたいのは、閉鎖的な街の情報網を駆使した目撃情報だ。

(=゚д゚)「不審者は?」

Ie゚U゚eI「さぁ、昨日のことはよく覚えていないもので」

そっけなくそう答えると店主はこれ見よがしに帳簿を開き、それに目を走らせ始めた。
明らかに敵意のある態度であり、何かを知っていて隠そうとする態度だ。
どうやら、この店主はトラギコに対してかなり強い不信感を持っているようだ。
先ほどの爆発騒ぎだけでなく、放火のことについて新聞で知っているのかもしれない。

となれば、その不信感の矛先はトラギコだけでなく警察全体に向けられている。
誰が頼んだところで、協力的な姿勢は望めない。

(=゚д゚)「何なら、思い出すのを手伝ってやってもいいラギよ?」

Ie゚U゚eI「警官がそんなこと言うと問題になるんじゃないですかね?」

73 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:51:09 ID:J8kdJ1IQ0
(=゚д゚)「……!!」

理性はあった。
このような小物の発言に対して理性を失うほど、トラギコは愚かではない。
むしろ、あまりにも矮小すぎて同情すら禁じ得ない次元の人間にしか見えていない。
それでも、この先の障害になるようであれば排除するべきだという判断は揺るがなかった。

十分すぎるほどの理性を持ちながら、トラギコはカウンター越しに店主の髪を掴んで引き寄せる。
髪の毛が数十本単位で千切れ、その顔が恐怖と痛みに歪む。
噛み付かんばかりの勢いでトラギコは顔を寄せ、声を潜めて言った。

(=゚д゚)「何が、どう問題だって?」

Ie゚U゚eI「ちょ、ちょっと……!!」

まさか、警官が手を出すとは思っていなかっただろう。
それが正常な認識だ。
この男にとっての不幸は、その認識がトラギコには適応されないという事を知らなかった事だ。
確かに、警察官の規定には無暗やたらに暴力を振るってはならないと定められているが、トラギコの場合は必要に応じて振るっているだけだ。

相手が女だろうが子供だろうが老人だろうが、トラギコに必要な情報を持っているのであれば、手は出す。
腱を切って逃げる手段を奪うのも、トラギコのやり方の一つだ。
これまでに一千件近くのクレームがあったが、その全てをトラギコは無視してきた。
処理は上の人間の仕事だからだ。

(=゚д゚)「非協力的な奴にゃ、いくらでも罪状付けてムショにぶち込めるんだよ。
    いいから教えろ、不審者の事を」

片足でも、民間人を脅すぐらないなら支障はない。
たちまち素直に怯え始めた店主だが、トラギコの求める答えは口にしなかった。

74 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 20:59:30 ID:J8kdJ1IQ0
Ie゚U゚eI「ほ、本当に知らないんですって!!」

(=゚д゚)「知らない? 覚えてないじゃなくて?」

動揺する店主に殴りかかろうとした、その時。
背後で扉が開く音がした。
もしもこの時、トラギコが長年の経験で培った癖で音の方を見ていなければ、この先の展開が大きく変わった事だろう。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      {i:i:i||i:i:||i:i:i:i:i:||i:i:i:i:i:||i:i:i:i:i:i||i:i:i:i:i:i||i:i:i:i:i:i:||i:l
      |i:i:||i:i:||i:i:i:i:i:i||i:i:i:i:i:||i:i:i:i:i:i||i:i:i:i:i:i:||i:i:i:i:i:i:||i:l
      {i:i:i:i:i:||i:i:i:i:i:i:;ァ=--=:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:;=--=ェ_i:||i:i|
      ',i:i:i:i||i:i:i:i:,ィ.オ´  ̄ ` ミ ー一イィ´  ̄ `ヌ',:i:|
       ゞi||:i:i:i:i:{.{   ●   }    {  ● }.}i:l
         ヾi:i:i:i:',ゝ _   _ イイ ̄ゝミ , _ _ , ィノi:}
         li:i:i:i:i:iゝ- _二 イi:i:i:i:||i:i:i:i:`=-=´i:i||il      August 10th
         |i:i:i:i:i:i||i:i:i:i:i:||i:;ィ-=====-ミ,i:i||i:i:i:i||il             AM 04:37
          ',i:i:i:i:||i:i:i:i:i:||ネァ´      }.}||i:i:i:ij|il
          トi:i:i:||i:i:i:i:i:||{.{       .ノノ||i:i:i:j}iケ
         __ ヾi||i:i:i:i:i:||i:iゝ-===-彡i:ij|i:i:i:ア _
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(::0::0::)「……」

黒い目だし帽。
黒いジャケット。
黒い皮の手袋。
黒いショットガン。

75 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:07:51 ID:J8kdJ1IQ0
ただならぬ雰囲気以前に、その風体は一瞬でトラギコの意識を戦いに必要な物へと切り替えさせるには十分すぎた。
意識が切り替わって行動するまでに必要なのは、コンマ五秒。
その間にトラギコは一瞬で状況を理解し、的確な動きをしなければならない。
一枚の写真を見て瞬時に理解するように、複数同時の処理がトラギコの脳内で行われた。

ショットガンの射程は短い。
だが、その攻撃範囲は離れれば離れるだけ広くなり、その分だけ威力が落ちる。
筋肉の付き方から男であることが分かるのと同時に、腰だめから肩付けに構え直したのは素人の証。
トラギコと男との距離は約七フィート、ショットガンにとっては必殺の距離だ。

何かが起こるよりも前にカウンターの向こうに飛び込んだのは、脊髄反射的な物だった。
それで正解だった。
答え合わせは、トラギコの行動からコンマ一秒後に執行された。
店主の悲鳴と肉が飛び散る湿った音、そして銃声がトラギコの頭上で響く。

余りある威力に吹き飛ばされた店主は壁に叩き付けられ、血の帯を壁に残して力なく頽れた。
床に自分の肩が触れるのと同時にトラギコは懐からM8000を取り出し、上半身を起こして木製のカウンターの裏から応戦した。
威力と弾道に影響が出るが、パラベラム弾でも厚みのある木を撃ち抜くことは可能だ。
狙いが逸れた弾が窓を割り、どこかから女の悲鳴が聞こえた。

相手の姿が見えない中、音だけがトラギコにとっての判断材料になるため、その悲鳴は邪魔だった。
第二射がこない事から考えられるのは、敵が逃げたか、負傷したか、それとも移動したかだ。
結果を確認するために弾痕から向こう側を覗くと、覆面の男が胸を押さえて倒れていた。
血溜まりの中で痙攣しているのを見ると、防弾着は着ていなかったらしい。

一先ず事態を納めることが出来たことに安堵の溜息を吐き、ふと横を見る。
胸がグロテスクに抉れた店主の死体と目が合った。
情報は聞き出せないが、タイミングの良さを考慮すると相手はこちらを尾行していたと考えられる。
同時に、襲撃者が一人では済まないことを悟った。

76 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:10:21 ID:J8kdJ1IQ0
敵はどうあってもトラギコには消えてもらいたいと考えているらしく、情報が伝わる速度が想像以上に速いことから相当な手練が後ろにいるのだと分かる。
ならば、事態をかき回す存在であるトラギコは早急に消しておきたいだろう。
アサピー・ポストマンと一緒にいたところも目撃されていたと考えると、彼も今後は危険に晒される立場となる。
互いに利用しているだけの関係であるため、アサピーが襲われてもトラギコは一向にかまわなかった。

万が一人質となったら、喜んで見捨てるつもりだった。
念のために上半身を晒すよりも先にカウンター上に手を伸ばし、アタッシュケースを回収する。
これこそがトラギコの持つ強化外骨格――通称“棺桶”――“ブリッツ”だ。
緊急時における強化外骨格との近接戦闘に特化したこの強化外骨格は、対人間との戦闘でもその力を発揮することが出来る。

肉弾戦ともなれば、頭を殴り潰すことさえも可能だ。
アタッシュケースに見えるのは運搬用のコンテナで、非常に堅牢な作りをしている。
ライフル弾でさえも防ぎ得る硬度を持ちながらも重量は非常に軽く、下手な楯を持ち運ぶよりも利便性がいい。
M8000を構えながら、トラギコは片手をついてゆっくりと体を起こす。

目の前にあった入り口の扉には穴が空き、質素な窓ガラスは砕け散っていた。
その小さな窓の向こうに見える通りには人が集まり、何事かと騒いでいる。
これでいい。
人目がある以上、迂闊な追撃は来ない。

カウンターを乗り越え、床に転がっていた二本の松葉杖の内一本だけ掴んだ。
店主が殺されたのは、偶然ではない。
第一射で仕留めるなら、間違いなくトラギコを狙う。
それが、どうしてか店主が先に撃ち殺された。

狙いを誤ったにしては、店主の胸に空いた穴の位置が不自然だ。
敵はトラギコと店主の二人を標的として捉え、店主を優先的に殺したように見える。
今は撃ち殺したばかりの男の顔を見るよりも、上の階を目指すことを優先した。
銃声が真下の部屋から鳴り響いたにも関わらず誰も出てこないのは、銃声におびえているのか、それとも誰もいないのかのどちらかだ。

77 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:11:50 ID:9Z2m0VmM0
支援

78 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:16:57 ID:J8kdJ1IQ0
何にせよ好都合だ。
これで捜査がしやすくなった。
店主が殺された理由は後で考えるとして、まずは狙撃手の証拠を集めるのが先決だ。
仮にこの建物から発砲されたのなら二階ではなく、もっとも高さのある屋上からでなければならない。

その高さが十分かどうかも見定めるためにも、トラギコは階段を上って二階に向かった。
二階の廊下に出た時、トラギコは首筋に嫌な寒気を感じた。
何か凶暴な生物がいる。
そんな感覚だ。

まるで、知らず知らずの内に熊の巣に入り込んでしまったかのような感覚には、覚えがある。
若い頃、聞き込み対象の部屋と間違えて三人組の殺し屋が仕事をしている現場に遭遇したことがある。
後に分かった事だが、彼らは“ケコッズ三人組”という通り名で知られる殺し屋集団で、本部も内々に捜査をしようと狙っていたらしい。
結果として現行犯逮捕一名、射殺二名という結末の貢献者となったトラギコは彼を快く思わない人間からより一層嫌われることになった。

漂う空気と感覚は、その瞬間に似ている。

(=゚д゚)「……いきなり大当たりラギか」

アサピーの写真からトラギコが推測したのは、ショボン・パドローネ達がアイリーン・ストリートの近くに潜伏している可能性だった。
あくまでも、可能性の話だ。
捜査における可能性が正解になる確率は、果てしなく低い。
しかしながら、それは言い換えれば可能性が一発で正解に直結する場合も稀にあるという事だ。

適当に選んだ一軒の施設が正解であることもまた、可能性としては十分にあり得るのだ。
正解に辿り着くとは、正直、想像してもみなかった。
喜ばしいことではあるが、体調面も含めて戦闘に必要な準備が整っていないのは致命的だ。
いつ襲われてもおかしくない状況の中、トラギコはゆっくりと、周囲を警戒しながら歩く。

79 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:20:30 ID:J8kdJ1IQ0
屋上に出るには、天井裏へと通じる階段を降ろす必要がある。
それがどの場所にあるのか、それを聞く相手は死んでしまった。
自力で探すほかない。
恐らく、廊下のどこかに付いているのだろうが、もし見つからなければ部屋を虱潰しに見て周る他ない。

五部屋の中に二種類の正解が潜んでいると考えると、心臓がむず痒くなる。
天井だけでなく部屋にも注意を向けながら、ゆっくりと。
歩く。
ただそれだけの行為にこれほど緊張するのは久しぶりだった。

自然と笑みがこぼれる。
生きている実感が体中に満ち溢れる。
恐ろしいまでの静寂が満ちる廊下には、ブーツの底が床板を踏みつける音と松葉杖が立てる音のみが流れている。
五感の内、トラギコの聴覚は最大限にその能力を発揮すべく、意識のほとんどがそこに注がれていた。

――それが、仇となった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                 /  ハ:::j/ィ‐‐、ヽ㍉
                /   ∧l/:.`、 (ッ Y }
              /l    '、ハ!:::ヽゞー-ソノlリ '´リ:.:/∠云ヾ、
         _,,、-‐´  |    ::|  ::::;;:´:::;;;:::::/  ::::r_~,、-‐-、`リ`|::::`丶 August 10th
  -‐‐‐`ヾ ̄    ヽ,   |   .::|     .::::/   ::l::::ヽ (ッ  V/::::/::::::::   AM 04:40
       ヽ     '、  |    ハ|     ::::/    `:、:::ミ:::- 彳::/:::::/::
        ヽ      、 |   | | √   :〈 _      ::::;;;-フノ:::/ノ::::
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

80 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:25:22 ID:J8kdJ1IQ0
静寂を打ち砕くように響いた巨大な鐘の音。
グレート・ベルの鐘には大きく二つの役割がある。
一時間刻みに時刻を知らせる時鍾、そして島全体に緊急事態を知らせる警鐘の役割だ。
耳を押さえながらも腕時計を見ると、時間は朝の四時四十五分。

時鍾ではない。
先ほどの爆破騒ぎを知らせるために鳴らされた警鐘と考えられるが、タイミングが最悪だ。
爆音にも思えるその音の中、トラギコは手前から二番目の扉が開くのを見た。

lw´‐ _‐ノv

(;=゚д゚)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        .|:.|:.:.:.:.:.:|:.:./:.7|´ |/|  ';_ヽ:.ヽ|ヽ:| :.:.:.:|:|
        |:.:.|:.:.:.:.:.|:.:|:/ -云、ノ   !jィtィz-、Ll:.:.:.|:.|
         !:.:.:l:.:.:.:.:.|:|jィ_㍗''^    ! ヽ´ ̄´′|:.:.:!:.:|
       |:.:.:.:';:.:.:.:.:ト!`´        !  ゙、   ハ:./:.:.:|
       .|:.l:.:.:.:ヽ;.:.:ハ        l  l:   ,'l:/:.:.:.: |
       |:.:|:.:.:.:.:.:\:.:ヽ      __ _ リ  /ン:.:.:.:.:.:.:|
       .|.:.:|:.:.:.:.:.:.:.:.ヾ、:\   ´ ー'´   /:/:.:._:_:_:.: l|
       |:.:.:|:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.| X‐|> 、.   /{×|´__ ヽ|
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

現れたのは、喪服のように黒一色の服装をした女だった。
黒いレースの帽子と長手袋、黒いロングヘアー、シースルーの黒いワンピースの下には黒い下着が見える。
背負った黒いコンテナは棺桶に酷似しており、服装と相まって葬式に出た露出狂か変質者のそれだが、その正体は違う。
誘拐魔“バンダースナッチ”こと、シュール・ディンケラッカーだ。

81 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:31:01 ID:J8kdJ1IQ0
両肩に正方形の小型コンテナ――ミサイル発射装置だろうか――が載っており、両腕にはメッシュ装甲の籠手が付いている。
通常の戦闘に特化した棺桶なら、ライフルの一挺や二挺持っているはずだ。
更に、起動コードに使用された言葉は少なくとも量産型のそれではないことを考えると、トラギコのブリッツと同じく、単一の目的に作られたコンセプト・シリーズのものだろう。
その名前はおろか、性能さえトラギコには分からなかった。

何より恐ろしいのが、コンセプト・シリーズには共通した強みがある点だ。
一点特化型。
言い換えれば、初見の場合には何に特化しているのかが判別不可能だという事。
二、三度会って初めてその性能が分かる場合もあるぐらいだ。

感情や目的に左右されず、迂闊に仕掛けない方が賢い。

(=゚д゚)「シュール・ディンケラッカーだな?」

√[:::|::]レ『そうね、だとしたらどうするつもり?』

(=゚д゚)「ダルマにしてやるラギ!!」

高周波刀のスイッチを入れ、いつでも装甲を切断できる状態にしておく。
勝てる見込みはない。
中遠距離を得意とする相手なら、勝機はない。
近距離ならば、一割以上の確率で勝てる。

問題は、どちらかという事だ。

√[:::|::]レ『ふふ、怖い言葉を使うのね』

相手は動かない。
余裕の表れだろうか。
それとも、こちらが動くのを待っているのだろうか。

82 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:33:44 ID:J8kdJ1IQ0
(=゚д゚)「こいよ、阿婆擦れ」

√[:::|::]レ『そっちが来たら? 加齢臭』

(=゚д゚)「言ってくれるラギね……」

戦闘慣れしていないのが、今の会話で分かった。
会話をする時間があれば襲い掛かるぐらいでなければ、プロではない。
子供に特化した人攫いを専門にしている女ならば、戦闘に慣れていないのは道理。
勝てる見込みがあるが、性能差という問題が消せるわけではない。

√[:::|::]レ『来ないなら、こっちから行くわよ』

再び響いた鐘の音が、トラギコの聴覚を支配する。
シュールの声は、もう聞こえない。
その左手がゆっくりと持ち上がったかと思った瞬間、トラギコは倒れていた。
何が起きたのか分からなかった。

何をされたのかすら、解らなかった。

(;=゚д゚)「あ……ん……が……」

鐘の音に紛れて耳障りな音が聞こえたのは分かった。
それだけで、トラギコの全身から力が抜け落ち、高周波刀を手放してしまった。
意味が分からない。
殺す意欲はあった。

なのに。
なのに、両手両足が言う事を聞かなかったのだ。

83 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:39:13 ID:J8kdJ1IQ0
√[:::|::]レ『実験通りね。 ありがと、虎さん』

重い跫音が近付いてくる。
禍々しい姿近づいてくる。
だが体は動かない。

(;=゚д゚)「こ、の……こい、よ……」

力がどうしても入らない。
初めての感覚だ。
筋肉が言う事を聞かず、意識だけが空回りする。
毒を使われた可能性が高かった。

√[:::|::]レ『SAYONARA-Bye Bye』

余裕をもって殺される。
踏み潰すもよし、殴り殺すもよし。
今、トラギコは指を一本動かすだけでも困難な状態にあった。
鐘の音を残しながらも直接的に送り込まれる甲高い不協和音は、トラギコの体から力を奪い、戦う意欲を削いだ。

(;=゚д゚)「……」

死を覚悟する時が来るとしたら、きっと、この瞬間なのだろう。
だがトラギコには、そんな覚悟は出来なかった。
今ここで死んでも仕方がないと自分を納得させることなど、不可能だったからだ。
力の抜けた腕で高周波刀を掴み、気休めにもならないが投げつける用意をする。

84 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:43:14 ID:J8kdJ1IQ0
シュールはある程度の距離を保ったまま、それ以上は近づこうとはしない。
流石に馬鹿ではないようだ。
投擲される刃物は距離が開くほどにその軌道が読みやすくなる。
飛び道具を持っている以上は、飛び道具で戦うのが最善だ。

ブリッツが高周波刀の攻撃に特化していることは、一目で分かる。
多少トラギコについて勉強していれば、その弱点も分かってしまう。
小型のAクラス故に正体不明の攻撃に対して防御の手段がないことも、この女は知っているのだ。
知っていて勝負を仕掛け、そして制した。

偏頭痛に似た頭痛が始まり、思わずブリッツを手放して耳を押さえた。
とにかく、頭の奥が痛かった。
脳の奥でガラスの鐘が狂ったように鳴り響いているようだ。
音による攻撃なのだと分かったところで、トラギコにはなす術もない。

両手で耳を押さえながら本能的に体を丸め、防御の姿勢を取るも効果がない。
いっそ鼓膜がなければ、とさえ思うほどの痛み。
脳の片隅に残った僅かな理性で懐に手を伸ばし、M8000の銃把を握りしめる。
一か八か、装甲の隙間を狙って攻撃を中断させる。

その思考が伝わったのか、音がその大きさと残忍さを増した。
最早、反撃どころではなかった。

『ちょっとぉ、それは駄目よぉ』

場違い極まりない陽気な声が、シュールの攻撃を中断させた。
背後から聞こえた聞き覚えのある声は、鐘の音が鳴り響く中でもはっきりとトラギコの耳に届く。

从'ー'从「その刑事さんを殺すのはぁ、この私よぉ?」

85 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:47:57 ID:J8kdJ1IQ0
快楽殺人鬼、ワタナベ・ビルケンシュトック。
ショボンと同じ組織に属する女であり、ニクラメンで行われた虐殺に加担した女だ。
最悪の状況に最悪の女が現れた。
冷静に考えれば、ここにいても不思議ではない。

オアシズの到着と同時に姿を消し、尚且つ所属するのはショボンの組織。
つまり、認識としてはシュールたちと同じ存在なのだ。
敵であり、追うべき標的でもある。

√[:::|::]レ『初耳』

从'ー'从「今初めて言ったものぉ、当然でしょう?」

耳を押さえながら、トラギコは顔だけをワタナベに向けた。
鳶色の瞳はシュールに向けられ、相変わらず無垢そうな笑顔で殺意を垂れ流しにしている。
染み一つない白いレースのワンピース、そして黒いアタッシュケース。
否、あれはコンテナだ。

トラギコのブリッツと同じく、棺桶を運ぶためのものだ。
以前はBクラスの棺桶を使っていたと記憶しているが、新たな物に切り替えたのだろう。
勿論、棺桶は一人一機とは限らない。
毒ガスを使われたら、間違いなくトラギコは死ぬ。

それどころか、周囲の民間人にも死者が出る。
考え得る限り最悪の状況だった。

√[:::|::]レ『でも、殺すなら同じでしょ』

从'ー'从「全然違うわよぉ」

86 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:52:12 ID:J8kdJ1IQ0
ワタナベは愛おしそうにコンテナを胸の前で抱きしめる。

√[:::|::]レ『ん?』

从'ー'从「私が殺さないと意味がないのよぉ」

助けに来てくれたというわけではなく、獲物の奪い合いに来たらしい。
状況は変わらず、最悪のままだ。
二人の動き次第で、どう殺されるのかが変わってくる。
ただ、それだけの話だった。

√[:::|::]レ『意味不明。 何でもいいけど殺すなら殺せばいいんじゃない?』

从'ー'从「えぇ、殺すわよぉ。
     でもその前に、お痛をした罰は受けないとねぇ」

√[:::|::]レ『……は? オオイタ?
     何のためにそんな無駄な事を――』

从'ー'从『この手では最愛を抱く事さえ叶わない』

起動コードの入力、そしてコンテナの解放。
内蔵された装着補助装置の力を借り、それまで小枝のようにほっそりとした長い女性の指が一瞬の内に醜い鉤爪を纏った。
一見すれば長手袋に見えなくもないが、金属を削り出して作られたような色合いをしたその鉤爪は、優雅さとは無縁の造形をしている。
特徴的な一フィートはあろうかいう長い爪は、鏡のように磨き上げられた鋭利な刃物の形状をしており、それ以外は脈打つ鎧そのものだった。

間違いなく、コンセプト・シリーズの棺桶だ。
高周波装置が発生させる独特の音が、その鉤爪から鳴り響く。
近接戦闘に特化した作りなのは間違いない。

87 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:55:49 ID:J8kdJ1IQ0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
              /\             / .l ∧
                 /  ゝ           / l.  ∧
                /   \ 、        ./  l   ∧
               /    \` ̄l  __,r≦/   l   .∧二ニ=- _
  ./\         ,'      \ ∧ニニニ/   l    .∧ \ \ \
  / \ 丶、     ,'        \∧ニニl   .l     ∧\ \ \ \   August 10th
. i   \  `ー- __l        / `∧l\l    l      ./ニニ\\ \ \      AM 04:44
 i     \     .l       ./    / . l   .l     ./\ニニ\ ──-∨
 i     /` 丶 、 l       /    /.ヽ.l.  .l     /l  \ニニ\____∨
. i     /      l       l    /./ l   l     ./ .l  /ニニ/- 、/ /lニl
. i     /     .l       l  _ .l   l   l     / / /ニニ/    丶、/´
..i     i      .l       l ./ \l.  .l   .l    ./ ./ /ニニ/       `ヽ
..i    i    __.l       l ./ l.  /ヽ l  l    / / /ニニ/ `丶 、 二ニ=‐-ヽ
. i    .i   /.  .l       .l ./ l /ニヽl  l    l / /ニニ/    //´   ‐- 、_
...i    i   /l、   l       l / \l/ニニ.l  l    .lニニニニ/__  l l     l /  ̄''' ー- __
 i   .i  l l \__.l         l lニニニニニl  l    .l- ̄    / /\lゝ_  /         / `丶 、_
../i    i  .l/    l      l lニニニニ=.l  l    l      //    ̄ ̄/        /      /
/ .i   .i  l      l        l l=-‐ ̄.   l  l   .l    _/         ̄`ヽ      /       /
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

щ从'ー'从щ「指あたり、もらおうかしらぁ」

仲間割れを起こしてくれるのなら望むところだ。
その間に退却するのが今は望ましい。
音の支配から解放されたトラギコはブリッツを掴み、スイッチを入れた。

√[:::|::]レ『共闘するつもり? というか、裏切るの?』

从'ー'从「笑えない冗談ねぇ」

88 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:57:40 ID:9Z2m0VmM0
支援

89 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 21:58:58 ID:J8kdJ1IQ0
(;=゚д゚)「……阿婆擦れ会議なら勝手にやってろラギ!!」

強化外骨格の装甲さえ切り刻み得るブリッツならば、木製の床を切り抜くなどあまりにも用意なことだ。
刀を深々と床に突き刺し、自分の周囲の床を円形に切り裂いた。
床板と共に背中から一階に落下したトラギコは埃が濛々と舞う中すぐに立ち上がり、M8000を懐から抜いて天井に向けた。
追撃はない。

視線を感じて店の入り口を向くと、そこには制服姿の警官が二人立っていた。
すでに周囲はテープとロープ、そして目隠し用のブルーシートで封鎖され、関係者以外は立ち入れなくなっている。
警戒態勢中という事もあり、到着と仕事の速さは流石だ。
二人は今まさに扉を開けたところのようで、トラギコが降ってきた光景を見て扉にかかった手が途中で止まっていた。

川_ゝ川「……」

( 0"ゞ0)「……」

(;=゚д゚)「……」

銃口を向けるべきか否かを逡巡し、トラギコはこれ以上自分が不利な状況に陥らないようにそれを抑え込んだ。
上の階にコンテナを置いたままであるため、近々ここに戻らなければならない。
ここで警官を脅したり殺したりしようものなら、それはもう無理になる。
流石に同業者殺しは気が引けた。

この状況を切り抜ける方法を考えるために、トラギコは時間稼ぎをしなければならない。
一つ、十八番の技を使うことにした。

(=゚д゚)σ「上の階で警官が戦ってるラギ!!」

90 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:02:40 ID:J8kdJ1IQ0
健全な警察官は正義感に溢れている。
その彼らが最も反応するのが、同僚の危機だ。
優先順位と彼らの好むものを与えてやれば、馬鹿は勝手に食らいつく。
警察学校で懲罰問題に発展しかけた時に、トラギコが教官の目を欺くために使った手段だ。

( 0"ゞ0)「行くぞ!!」

川_ゝ川「応!!」

勇み足で扉を開き、二人は階段を駆け上がっていった。
馬鹿は扱いやすくて助かる。
あわよくばシュールとワタナベを始末してくれればと思うが、無理だろう。
予感はすぐに当たる事となった。

跫音が頭上で乱暴に響き、悲鳴が続いた。
トラギコの空けた穴から制服の付いた腕が落ち、腸がはみ出た男が落ちてきた。
そして僅かに遅れて、目と耳から血を流した男がその上に折り重なった。
いくらなんでも弱すぎる。

(;=゚д゚)「やっぱ駄目ラギか」

時間稼ぎにもならなかったが、捕まえられる心配はなくなった。
今は、あの二人が仲間割れの末に一人に減ってくれることを願うばかりだ。
騒々しく聞こえてくる跫音の多さが二人の立ち回りを教えてくれる。
あの様子では宿泊客が皆起きて、巻き込まれ兼ねない。

そこでやるべきことを思い出した。
宿泊名簿を手に入れるなら、今だ。
ブリッツを杖にして立ち上がり、カウンターに向かう。
血と弾痕で汚れたそこから宿泊名簿を見つけ出し、全てのページを千切り取る。

91 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:05:11 ID:J8kdJ1IQ0
他に何かシュールの手がかりになるような物はないかと探すと、店主が生前大切にしていた帳簿を見つけた。
かなり細かな部分まで収支が書かれており、備品や食事、光熱費まで全てが書かれている。
そんな中で、不自然な金額が目についた。
アマギカンパニーから寄付という名目で得た、七十万ドルの収入。

格安の宿泊施設を経営するアマギカンパニーと言えば、内藤財団の子会社だ。
つまり、内藤財団から資金提供があったことになる。

(;=゚д゚)「内藤財団がどうして……」

この宿の立地条件は確かにいい。
名物の真横という好立地だが、宿泊客は定着しない。
グレート・ベルの音によって叩き起こされれば、一日だって耐えられない。
その証拠に、一泊限りの客がほとんどだ。

大企業が目をつけるに値するとは思えない。
寄付金という名目ではあるが、買収するのが目的なのだろう。
買収するにしては魅力に欠ける宿だ。
何故、街一つを運営するだけの大企業がこの宿に寄付金を出したのか。

(;=゚д゚)「……」

帳簿の該当するページを千切り、懐にしまった。
これは間違いなく、大きな証拠だ。
先ほどトラギコが殺した男は、これを隠すために来たのかもしれない。
だとすると、ショボンが所属している組織の背後には内藤財団の影が――

(=゚д゚)「……んなわけねぇか」

92 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:10:08 ID:J8kdJ1IQ0
あるとしたら、内藤財団の中に隠れた別の思惑を持つ人間達だろう。
大企業を隠れ蓑にすれば、怪しまれることはない。
やっと尻尾を捕まえた。
頭上から聞こえていた跫音が止み、戦いが終わった事を告げる。

生き残った方を確認するまでもない。
今は、ここから逃げる。

(;=゚д゚)「……どっちでもいいけど、もう少し粘れよ」

置き去りにしていたもう一本の松葉杖を拾い上げ、宿から急いで出た。
追手がないことを確かめながら、トラギコは慎重にブルーシートの向こうに出て行った。
両手の籠手を外してカブの後ろ籠に高周波刀と共に乗せ、その場を走り去る。
コンテナを失ったのはかなりの痛手だ。

特に、コンセプト・シリーズのコンテナは中身と同じくそれ専用の物だ。
世界に一機しか存在しないという事は、収納して持ち運ぶだけでなく、充電を行うための装置も一つしかないのだ。
回収しなければ、充電が出来ない。
充電が出来なければ、ブリッツは使えないのだ。

そしてもう一つ、トラギコがあの場に置いて行ったものがある。
手製の松葉杖だ。
狙撃銃の代用として使うつもりだったのだが、これで失われた。
手痛い忘れ物というわけではないが、手製の物だけに残念だった。

狙撃地点の割り出しは出来なかったが、十分な収穫があった。
ショボンの組織は、内藤財団内に隠れ潜む者たちが首謀者だ。
が。
それが、カール・クリンプトン殺害の解決に通じるものとは考えにくい。

93 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:14:22 ID:J8kdJ1IQ0
もっと確実な証拠が必要だ。

(=゚д゚)「……くっそ」

アサピーと合流する手もあるが、今は避けておいた方がいい。
こうしてトラギコが襲われたという事は、アサピーの方にも追手が向かっていることだろう。
彼には悪いが自分の身は自分で守ってもらわなければならないし、新聞記者たるもの、そうでなければ真実を追うことなど出来ない。
これで生き延びることが出来れば、彼の出世は現実味を帯びることだろう。

生き延びることが出来れば、の話だが。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        `ヽ、__,,,,,..、-―=ニ二,,_    ̄ゝ‐、            \
      ,,.-‐''"´ //     / ィnァ、`ヽ、  \ `ヽ、          /
  __/_,,,,,,.,-‐〈`rn、   /  /lJ' ヽ. ├-、_/l   `゙ヽ、    __,ノ  August 10th
    ̄   /   〉l 'J|'´ ̄| 、 ヽ--、_/' /      〉   _ ` ̄ ̄≦_   AM 05:33
        ├‐-/__,ツ     \ `   /     /  /,.-、\ ヽ   了`
       ヽ.⊥l        `'ー‐''´     /,  / / ヽ' l   `  \
         | `ヽ               /,〃/  )  〉, |       ミ、
         ',                  '/'"'´ く_ / /     /´
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

その部屋には一人しかいなかった。
雑然とした机上。
タバコの匂いと黄ばみが染み付いた壁。
窓から差し込む日差しは、室内が埃と煙で白んでいることを教えてくれる。

94 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:17:10 ID:J8kdJ1IQ0
部屋には五つの机があり、その内の四つは向かい合わせで一つの島を作り、残った一つはその島を離れた位置から見守るようにして配置されていた。
本来であれば向かい側に座る人間の顔が見えるようにと配慮されているのだが、山のように積み重なった書類によってそのささやかな配慮は無意味なものとなっていた。
互いに作り上げたごみのバリケード、もしくは目張りから分かるのは働いている人間の行動パターンだ。
それは、彼らが社内にあまり滞在せず、頻繁に外部に足を伸ばしていることの表れでもある。

普段はタバコをふかしながら雑談にふける時もあるが、いざとなれば彼らはコミュニケーションよりも優先すべきことのために動く。
朝日が昇り、朝刊が発行され、配達され、そして得られた反応は彼らの埃を被っていた闘争心に火を点けた。
いち早く情報を手に入れ、いち早く公にするという闘争心。
即ち、記者魂と呼ばれる闘争心に他ならない。

部屋に一人残るアサピー・ポストマンは今朝の朝刊で掲載されたビッグニュースがもたらした反響を全身で感じ、そして感動していた。
自分の書いた記事が一面に載るという事は、新聞を読む人間の目に真っ先に止まり、真っ先に読まれるという事だ。
それは、アサピーの言葉を人々が読み、飲み込み、信じ、そして口にするという事。
モーニング・スター新聞が世界で最も読まれている新聞である以上、今、自分が世界の流れを作っていると言っても過言ではない。

偶然手に入れた情報がアサピーに与えたのは、その感動だけではなかった。
本社の最上階にある最も高価な椅子に座る“新聞王”から、今後に期待していると電話をもらったのだ。
これはつまり、昇進が約束されたような物なのだ。
来年にはどこかで優雅に旅行特集の記事を担当できるかもしれない。

旅行記事は記者にとって、有休のようなものだ。
期間が長ければ長いだけその観光地で羽を伸ばせるし、費用は全て会社持ち。
心行くまで旅行を楽しんだ後に書く記事が魅力的になるのは、当然のことだろう。
その地位に就くには、ビッグニュースになり得る記事を数本書かなければならない。

アサピーは今の自分が、その一歩手前であると判断していた。
何もないはずの島から、世界一正義に五月蠅い街の失態を手に入れたのだ。
このスクープは必ずや、後世に語り継がれることだろう。
支部長には先ほど、ボーナスの約束を取り付けたところだ。

95 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:21:28 ID:J8kdJ1IQ0
ボーナスを使って、デジタル一眼レフカメラを購入すれば更なる撮影の幅が広がる。
そうすれば、夢に近づける。
新たな希望を胸に抱き、アサピーはトラギコに頼まれた爆破テロの目撃情報とその記事化に勤しむことにした。
タイプライターを使って記事を作成しようと自分の席に着き、眼鏡の縁を持ち上げた。

一文字目をタイプしようとした時、視線を感じて唯一の出入り口である引き戸に目を向けた。
そこには、見知らぬ男が立っていた。
禿頭の男だった。
皺だらけのワイシャツを身に纏い、傷だらけのジーンズをはいた男だ。

眉と目は垂れ下がり、年老いた老犬に似た面構えをしていた。
無精ひげには白髪が混じり、顔には細かな傷が複数あった。
ずっしりとした体つきをしており、特に上半身は中年太りとは無縁そうな健康体。
軍人か警官か、もしくは格闘技を嗜んでいる人間のそれだった。

壁に寄りかかり、視線をアサピーに向けている男の顔に見覚えはない。
何かを背負っている事に気付き、首を傾けてその正体を見る。
それはまるで、死者を納める棺桶のような形をしており――

(;-@∀@)「ややや、けったいな…… あ、あの、どちらさまで?」

(´・ω・`)「……あ、僕?」

男は自分を指さしてそう言い、アサピーは首を縦に振った。
体に似合わず飄々とした態度に、一瞬だけ警戒心が解ける。

(´・ω・`)「あぁ、気にしなくていいよ。 それより悪いけどさ、死んでもらえないかな?」

96 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:24:11 ID:J8kdJ1IQ0
挨拶よりも実に自然と口にした言葉の意味は、十分すぎるほどに理解できた。
この男はアサピーに死んでもらいたくて、アサピーは死んだ方が喜ばれる。
実に単純な図式だ。
それ故にアサピーは、改めて確認するしかなかった。

例え、その答えが明白だとしても、だ。

(;-@∀@)「え、え? 死んでもらうって、僕が死ななきゃいけないかもで?」

(´^ω^`)「あぁそうか、殺されるのは初めてなんだね。
     大丈夫、優しく殺してあげるよ。
     結構上手いんだ、こう見えて。
     なぁに、君の同僚も痛そうにはしてなかったから安心してよ。

     悲鳴、聞こえなかったでしょ?」

訊き返したアサピーに対して男は満面の笑みを浮かべ、殺伐とした言葉を楽しげに並べ始めた。
悲鳴。
そして、殺す。
最早疑うまでもなく、最早確認するまでもない。

この男は、自分を殺すつもりなのだ。

(;-@∀@)「いや、いやややや!!」

(´^ω^`)「ははは、かわいらしい声で鳴くねぇ」

97 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:28:27 ID:J8kdJ1IQ0
男の言葉が正しければ、社内に残っていたアサピーの同僚は皆殺されたことになる。
記事のネタを手に入れようと街に繰り出した同僚以外、全員が。
音もなく。
悲鳴もなく、殺された。

それは手練の証明であり証拠でもある。
ひ弱な自分など、こともなげに殺すことが出来るはずだ。

(;-@∀@)「ひいっ!! こいつぁコトだ!!」

机の上にあった堅そうなものを、手当たり次第に投げつける。
飛んでくる文鎮やペンケースを避けながら、男は一歩ずつ近づいてくる。
それに合わせてアサピーは物を投げながら後退し、どうにか活路を見出そうと思考を巡らせた。
だが浮かぶのは、ただ逃げるという事だけ。

警察に電話をしたり、近隣の人間に助けを求めるために窓ガラスを割って逃げるという事は、考え付きもしなかった。
同僚の机にあったカッターを手に取って刃を三インチまで伸ばし、アサピーはそれを投げた。
しかし所詮は非凡な男の非力な投擲。
軽い手つきでそれを払いのけ、男は笑顔を崩さずに新たな言葉でアサピーを恐怖させる。

(´^ω^`)「ほらほら、そんなに暴れなくても大丈夫だから。
      絞殺ってね、思いのほか気持ちいいんだよ?」

確かに、聞いたことがある。
首を絞めて窒息する中で得られる快感は、一度味わえば病みつきになるという噂を。
年に十数件報告される自慰行為、または性行為中の窒息死が後を絶たないのはそのためだ。
だがそれは一度間違えば死に直結する危険な行為であり、快感のために死を選ぶ可能性もある諸刃の剣であることを示している。

死ぬまでに味わう苦痛は少なく、代わりに快感を得ることが出来るとは言っても、殺されることに変わりはない。
殺されるのだけはどうしても受け入れられなかった。

98 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:31:46 ID:J8kdJ1IQ0
(;-@∀@)「く、来るな、このファック野郎!!」

走って出入り口を目指すが、男は常に最短距離でアサピーの正面から迫ってくる。
机を乗り越えられるのにそれをしないのは、この男が追うのを楽しんでいるからだ。
よく見れば男の股間は盛り上がり、性的に興奮していることが分かる。
変態だ。

(´^ω^`)「あははははは!! 待ってくれよ!!」

遂に男は机の上に乗り、書類やごみの山を蹴散らしてアサピーに浴びせ、退路を塞いできた。
足を止め、アサピーは最後の抵抗を試みることにした。
最後の武器としてアサピーが選んだのは、胸にさしていたラミーの万年筆だった。
キャップを取り、ペン先を男に向けながら何か気の利いた台詞でもと思うが、何も言葉は出てこない。

(´^ω^`)「冷めるからそういうのやめろよ」

必死の抵抗も虚しく、男はただ足を動かし、ただ万年筆を蹴り飛ばしただけだった。
ペンは剣よりも弱く、蹴りよりも弱かった。
武器は失われ、抵抗する気力も失われた。
目の前に降りてきた男は笑顔を絶やすことなく、その逞しい両腕でアサピーの両肩を力強く掴んだ。

恋人を抱擁するようにして、男はアサピーを抱きしめた。
気色の悪さよりも恐怖が勝った。
指先一つ動かせず、アサピーは男のなすがままにされる。
抱擁を解いた男の手は優しく首まで這い、ごつごつとした指の皮を喉に感じ――

(;-@∀@)「くっ……」

――男のすぐ背後の窓ガラスが砕け散り、黒い影が現れたのを見て取った。

99 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:35:06 ID:J8kdJ1IQ0
(´・ω・`)「……君は、呼んでないんだけどなぁ」

溜息を吐きながら男は両手をアサピーから離し、振り返った。

(´・_・`)「呼ばれた覚えもないがな、ショボン・パドローネ!!」

現れたのは、垂れた眉毛とつぶらな瞳の男だった。
歳は四十から五十代だろう。
ネイビーブルーの迷彩服を身に纏い、黒い箱を背負っている。
一目で軍人であることが分かるのと同時に、只者ではないことが分かる。

(´・ω・`)「ったく、面倒なのが出てきたね。
     円卓十二騎士は夏季休暇中なのかな、ショーン・コネリ。
     それとも、仕事を首にでもなったのかな?」

ショボン・パドローネ。
アサピーはその名前を聞いた覚えがある。
ジュスティア警察の人間で、得意の推理で難事件を次々と解決した凄腕の男だ。
一時期、彼の解決した事件を基にした小説も出ていたほどの影響力を持っていた。

そして円卓十二騎士。
ジュスティアが誇る騎士の称号を持つ、十二人の騎士。
公にはなっていないが、十二人の中でも特に優れた能力と経歴を持つ七人は内々で“レジェンドセブン”と呼ばれているらしい。
ショボンの言葉が正しければ、ショーン・コネリはセカンドロック刑務所の所長でもある。

本物の円卓十二騎士が世間に姿を現すのは、何年ぶりの話だろうか。
その存在は長らく神話的に語り継がれ、噂として生きていた。
何が起きたにしても言えることは、円卓十二騎士の一人がアサピーの窮地を救ってくれたという事だ。

(´・_・`)「セカンドロックで好き勝手にやってくれたおかげで、しばらく休みはないんでな」

100 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:40:30 ID:J8kdJ1IQ0
(´・ω・`)「どういたしまして。 休みたかったら、残った人生を全部有休消化すればいい」

二人が会話に花を咲かせている隙に、アサピーは少しずつ後退る。
逃げ切れば勝ちだが、カメラを手に取って写真に収めれば大勝利になる。
この状況でスクープを狙わないのは、記者として失格だ。
ここでの選択が、必ずや大きな分岐点になる。

今、アサピーがその選択権を持っているのだ。
他の誰でもなく、アサピーだけが持っているのである。
これを逃すわけにはいかない。
これは使命だ。

(´・_・`)「有給など、死んでから取ればいい」

(´・ω・`)「今それをしろって言ったつもりだったんだけど、ジョークが通じないのか」

(´・_・`)「貴様のジョークは分かりづらい。
    もっと分かりやすいのを用意するべきだ」

ショボンの手の届かない位置まで後退できたアサピーは、散らかった机上に横たわる一眼レフカメラを掴んだ。
距離は五フィート。
油断をすればすぐに捕まる位置。
しかし臨場感、そして迫力ある絵が撮れる位置でもある。

レンズキャップを外し、電源を入れる。
ファインダーを覗き込みながら、ピントを合わせる。
引き気味に捉えた二人の像が重なっているため、映し出せるのはショボンの背中だけだ。
着実に距離を置きながら、アサピーは机を挟んだ位置から二人を撮ることに決めた。

101 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:45:25 ID:J8kdJ1IQ0
(´・ω・`)「ジョークを知らないだけだろ、君の場合は。
     まぁ、僕の動きを読めたことは褒めてあげるよ。
     教えてくれないかな、せめて死ぬ前に。
     誰だい? 僕がここに来るって予想したのは。

     ライダル・ヅーかな、それともトラギコ?」

(´・_・`)「貴様とこれ以上話すつもりはない」

肌に感じていたピリピリとした空気が一変し、静寂に切り替わった。
察したアサピーは駆け、狙っていた位置に着く。
そしてカメラを構え、シャッターを切った。

(´・_・`)『我らは巌。 我らは礎。 我らは第九の誓いを守護する者也』

(´・ω・`)「だから君たちは嫌いなんだよ。
     “英雄の報酬は、銃弾を撃ち込まれることだ”」

二人の体が、背負っているコンテナに取り込まれる。
ほぼ同時に、形の異なる強化外骨格が姿を現した。
黒い棺桶と土色の棺桶が対峙する構図を写真に収める。

<::[-::::,|,:::]『いざ』

黒い棺桶は無駄がなく、人間の体に限りなく近い形をしている。
両腕に見えるのは大口径の銃身。
背中のバッテリーパックの横に付いた鞘には長い刀が刺さっている。
青く光る双眸が静かに正面を見据え、重心は僅かに前にかかっている。

(::[-=-])『……』

102 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:49:18 ID:J8kdJ1IQ0
ショボンが吐いた短い息を合図に、長身の刀が一瞬で抜刀され、横薙ぎの刃が空を切る音を残してショボンのいた空間を通り過ぎた。
軽やかな跳躍によってその一閃を回避したショボンは、着地と同時にとび回し蹴りを放つ。
膝を覆う巨大な鎧が一瞬の内に両踝側に展開し、鋭利な先端部分が踵の方に下がることによって二股の槍の形となる。
首を撥ね飛ばすかと思われた一撃は、ショーンの返す刀の切り払いによって防がれ、未遂に終わる。

二秒弱の間に行われた攻防は、これまでにアサピーが見たどの戦いよりも速く激しく美しかった。
飛び散る火花の輝き。
高周波発生装置が放つ耳障りな音。
全てが未体験の領域だった。

ショーンは得物の長さなど感じさせない動きで刀を操り、ショボンに対して切りかかる。
その激しさは暴風の様相を呈しているが、優雅さはダンサーのそれ。
前に攻め入ろうとするショーンに対して、ショボンは両足の楯を巧みに操りそれを防ぐ。
一見して拮抗しているようにも見えるが、ショーンの踏み込みが深くなるにつれ、気圧されたようにショボンが少しずつ後退を始めているのは優劣の差が現れている証。

技量によるものか、それとも別の要因が働いているのかは素人であるアサピーには判断できない。
だが円卓十二騎士という肩書が伊達ではないのは分かる。
ただの剣術にこれほどまでの美しさがあるなど知りもしなかった。
切り刻まれていくオフィスを、アサピーは固唾を飲んで見守るしかない。

何を思ったのかショーンは刀を片手に持ち替え、左手をショボンに向けた。
左腕にあるのは銃口。
接近戦からの素早い切り替えに面食らうアサピーの目の前で、次々と銃声が響いた。
連射速度はそれほどでもないが、その音は砲声のように低く、そして重い。

一瞬のことにもかかわらず、ショボンは素早い対応を見せた。
特徴的な足の鎧を前面に掲げて上半身を守りつつ跳躍し、ショボンはそれを受けた。
衝撃に押し出されるようにしてショボンの体が空中で後退する。
楯の絶妙な角度によって弾かれた銃弾は天井、床、壁に大穴を空け、窓ガラスを砕いた。

103 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:53:25 ID:J8kdJ1IQ0
たまらず伏せようとしたアサピーだったが、その光景の壮絶さに目を離すことを惜しんで前屈みの状態で傍観していた。

(::[-=-])『ふふ、頼みの綱が効かないね。
      どうする?』

<::[-::::,|,:::]『よく防いだと褒めておくが、その装甲の厚みはよく知っている。
       次はないぞ下郎!!』

刀を両手で握り、ショーンは青白い目の輝きを残して疾駆した。
距離を縮めたショーンは先ほど以上の剣撃でショボンを攻め、部屋の隅へと追いやる。
攻めるショーンも恐ろしいが、それを防ぐショボンも恐ろしい。
斬撃の合間にショボンは何度も爪先で刀を弾き、隙あらば反撃しようとしている。

だが、ショーンの動きはそれを許さない。
剣先で距離を保ち、自分にとって有利な間合いで戦いを挑んでいる。
そして、残響音に混じって銃声が響いた。
刀を操る傍ら、ショーンは両腕の銃を使って銃撃を加え始めたのだ。

振るわれる高周波刀の一撃は必殺に等しく、発砲される銃弾は中空とはいえ棺桶を押し返す威力を持っているのだから、当たるわけにはいかないだろう。
目にも止まらぬ速度の斬撃に加えた銃撃はまさに必滅の攻撃だ。
二枚の楯では全ての攻撃を防ぎ切ることが不可能と判断したのか、楯は左右に分かれて独立した動きで銃弾と刃からショボンの上半身を守り始める。
倍に増えた防御手段だが、その分だけ要所要所が手薄になっている。

先ほどまでとは比較にならない猛攻に、流石のショボンも防御に徹して後退せざるを得ない。
瞬く間に壁際まで追い詰められたショボンだったが、これで終わるとは思えなかった。
そんなアサピーの予想に反せず、戦闘は次の展開に移る。
ショーンが必殺の想いと共に繰り出したであろう袈裟斬りは、それまでショボンがいた壁を深々と切り裂いただけで、実像は無傷のまま。

104 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:53:59 ID:9Z2m0VmM0
支援

105 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 22:56:25 ID:J8kdJ1IQ0
何が起こったのかを瞬時に理解できたのは、ショーンよりも離れた位置にいるアサピーの方だった。
上段に構えたその動きに合わせ、ショボンはショーンの頭上を飛び越えたのだ。
構えた直後の状態からでは、刀は十分な速度を得られない。
それを証明するかのようにショボンは刀を踏み台にし、ショーンの背後に回り込むことに成功した。

そして、その顔と体はアサピーを向いている。
赤く光る機械の目と眼が合い、ショボンの目的がアサピーの殺害であることをようやく思い出した。
これまでの全てはショーンをアサピーから遠ざけ、尚且つ接近するための攻防戦だったのだ。
そもそもの目的を遂行できれば、一対一の勝負の勝敗などどうでもいい。

徹底的なまでの合理主義者の考えだ。

(::[-=-])『サヨナラだ!!』

(;-@∀@)「うひっ!」

人間が棺桶に勝つには武器が必要だ。
アサピーの武器はカメラのみ。
話にならない。
マスコミの持つ力は時には武力を凌駕するが、それは限られた条件下での話だ。

これまでの記憶が走馬灯のように蘇り、己の避けられない死を確信した。
だがそれを防ぐ騎士がいた。

<::[-::::,|,:::]『甘い!!』

ショボンが跳び蹴りをアサピーに放つのと同時に、ショーンの左腕が砲火を吹いた。
背中に銃弾を受けたショボンは空中で体制を崩し、狙いが逸れてアサピーの背後にあった壁を蹴り砕いて廊下に飛び出した。
好機。
急いでその場から立ち退き、ショーンの方へと駆け寄る。

106 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 23:00:20 ID:J8kdJ1IQ0
(;-@∀@)「た、助けて!!」

<::[-::::,|,:::]『窓から逃げろ!!』

言われた通り、アサピーは砕け散った窓から外に一目散に逃げ出した。
礼を言うことも振り返ることもなく、一心不乱に人通りの多い場所を目指して駆ける。
すれ違う人間が訝しげにアサピーを振り返るが、今の彼にはそれに意識を向けるだけの余裕はない。
命の危機にさらされた興奮、そしてスクープの目撃者となったからには、無理からぬことだろう。

写真に収めたあの二人の戦いをどのようにして世間に広めるべきかと考えられるようになったのは、商店の並ぶ通りに出た時だった。
十分ほど走り続けたため、呼吸は荒く喉の奥から血の香りがした。
アドレナリンがもたらす高揚は薄れ、太腿に感じる疲労感は足を止めるには十分な効果を持っていた。

(;-@∀@)「ひ、ひっ……ふぅ……
      こ、ここまでくれば大丈夫……」

見覚えのある店の名前から、ここがグレート・ベルの北にあるジューダン・ストリートの一角であることを理解する。
行き交う人々は皆、アサピーの様子を見ても興味を示すそぶりを見せない。
何かがおかしい。
まるで、銃声など聞こえていなかったかのようだ。

(;-@∀@)「……聞こえてなかったのか?」

そういえば、とアサピーは思い出す。
この島では日常的に鐘の音が鳴り響き、それが人々の生活の中に沁みついている。
時間を知らせる場合や、火災や津波などの災害の際には島民にその危険を知らせる役割を担っているからだ。
独特の音色は遠くから聞けば神聖な雰囲気さえ感じさせるが、間近にいる人間にとっては騒音でしかない。

107 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 23:02:11 ID:J8kdJ1IQ0
その鐘が鳴っている間、銃声は人々が耳に届くのは非常に難しい。
新聞社の近くに住んでいる人間ならば気が付くだろうが、鐘の近くにいた人間にその音が届くことはない。
爆破テロが起こったことにより、鐘は今こうしている間にも島全体にその危機を伝えている。
島で暮らす内に気にならなくなり、いつしかアサピーは鐘の音がもたらす影響を完全に忘れていた。

ここに着て日の浅いアサピーがそうであれば、産まれながらに住んでいる人間には鐘の音が響いてる間の音は無音として認識される。
つまり、鐘の音が響いている間は新聞社で殺されかけたことなど島の人間には認知されぬことなのだ。
あれだけの戦闘がありながらも、誰にも認知されないという事には二つの効果がある。
一つは隠匿、そしてもう一つは、希少性である。

ともあれ、写真に収めた二人の戦う姿は社会に大きな波紋を産むだろう。
そうなればアサピーの夢は叶うに違いない。
だが、写真を現像したところでそれを新聞にする術をアサピーは知らない。
彼は記者ではあったが、印刷機の使い方も知らなければ広告の入れ方も知らないのだ。

少なくともティンカーベル支社は崩壊した。
この島の外にある支社から本部へとデータを送らなければならないが、島外への移動は現在禁止されている。
脱獄犯の事件が解決しなければ、この島から外へは出られない。
夢の実現のためには、トラギコへの協力が絶対なのだと再認識した。

彼に会う前に、爆破テロに関する情報を手に入れ、整理し、その大まかな概要を提出する準備を整えておけば後が楽になる。
短い時間ではあるが手に入れたのは、爆破直前に現れた不審な人物の目撃情報と、その行方。
テロ前に見られた何かの前兆など、聞き込みによって得られたものがほとんどだが、一つだけ有力な情報があった。
爆発する直前、席を急いで立った三人の目撃情報だ。

女性が二人、そして子供が一人。
この三人についての目撃情報は複数あり、爆発後に現場を去りバイクでどこかへと走り去ったという。
人相について得られたのは、女性二人の年齢は若く、二十代前半から後半で整った目鼻立ちをしていたとのこと。
一人は赤茶色のセミロングで、もう一人は見事な金髪のロングをしていたらしい。

108 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 23:02:53 ID:J8kdJ1IQ0
子供はニット帽を被り、俯きがちになっていたために人相と性別は分からない。
これはかなり有力な情報のはずだった。
何せ、標的となったかもしれない人間の情報なのだ。
彼女たちが何者なのかが分かれば、事件の解決につながる可能性がある。

そしてそのためには、島に散り散りになった記者仲間との合流がそれを助けてくれるはずだ。
複数同時にやらなければならないことが待っているが、全ては繋がっている。
複数に分裂した尾を辿れば、その先に待っているのは栄光。
明るい未来は、アサピー次第ですぐにでも手に入るのだ。

(-@∀@)「……あれ?」

自分の腹に触れる服に湿り気を感じ、そこに目を向けるとネルシャツに赤黒い染みが出来ていた。
暖かく、そして冷たいという矛盾した感覚。
指で触れると、若干の粘り気のある感触を指先に感じた。
直後に熱を感じ、痛みを覚え、そして倒れた。

――銃声など、聞こえなかったというのに。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                               _ ,,/ ,__\
                      _ _ ,l|lヽ,,_∠_ __彡  ̄ヽ  August 10th
                  /  ̄      ̄    \       |⌒ヽ AM 05:52
                 /          /     l       l   l
    ___       _ ─'/_.,., / ̄  ̄ 一一<     |      丿__丿
   <"\\ ̄  ̄ ̄  /__、 i!         |     /      / ̄
   \_//\ヽ_ _/ヾ\ _l一一一─_ _l|_彡//´` ̄´
      \ /ノ   ヽ─″ ̄Ammo for Tinker!!編 第六章 了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

109 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 23:04:32 ID:J8kdJ1IQ0
支援ありがとうございました。
これにて本日の投下は終了となります。
質問、指摘、感想などあれば幸いです。

>>63
いつも素敵なイラストありがとうございます!
おかげで頑張れます!

110 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 23:16:24 ID:9Z2m0VmM0
乙。

111 名も無きAAのようです :2015/03/15(日) 23:21:13 ID:EWLoMb.U0


アサピー・

112 名も無きAAのようです :2015/03/16(月) 00:14:22 ID:.8aMbPjI0
おつん
ここでデレシア一行の影か
ショーン格好いいけど毎回ショーン・コネリの語感で笑うw

113 名も無きAAのようです :2015/03/16(月) 14:24:46 ID:5Xxnivy60
そうかそうか

114 名も無きAAのようです :2015/03/18(水) 13:18:05 ID:bvzKnUg.0
今気付いたけど>>80-81の間抜けてるっぽいね

115 名も無きAAのようです :2015/03/18(水) 19:33:15 ID:3zCqeYac0
>>114
うわあああああああああああああああああああああああああ
抜けてたあああああああああああああああああああああああ!!

116 >>80-81の間に入るはずだったもの :2015/03/18(水) 19:34:11 ID:3zCqeYac0
ほっそりとした顔、魔女を思わせる鷲鼻、愁いを湛えた表情をより一層妖艶にする紫色の口紅と紫のアイシャドウ。
憂鬱気に開かれたブラウンの瞳が、トラギコを見る。
帽子の鍔を摘まみ、妖艶な笑みを浮かべてシュールは言葉を発した。

lw´‐ _‐ノv『この歌が聞こえるか? 怒れる者たちの歌が聞こえるか?
       これは二度と囚われぬ者たちの歌』

歌うように滑らかに発せられたのは、明らかに挨拶の台詞ではない。
間違いなく棺桶の起動コード。
背負っていたコンテナにその体が招き入れられるのを見るのと同時に、トラギコも応じて口にした。

(#=゚д゚)『これが俺の天職だ!!』

叫んだのは、ブリッツの起動コード。
アタッシュケースが開き、機械仕掛けの籠手が飛び出す。
それを両腕に装着し、収まっていた高周波刀の柄を左手で握りしめる。
松葉杖をその場に投げ捨て、M8000を懐にしまう。

シュールが背負っていたコンテナの大きさは彼女の身長とほぼ同じ、約六フィート。
つまり、Bクラスの棺桶という事だ。
そうなると拳銃弾は通じない。
高周波刀だけが、シュールの棺桶を打ち破れる。

望んでいた相手とはいえ、状況は不利だ。
眼前のコンテナが開き、現れたのは六フィート弱のトリコロールカラーの棺桶。
丸みの多い装甲は見た目にも厚みがあり、アクセントとして黒い線が装甲の淵に塗られている。
威圧感を与えるカラーリングで、尚且つ注目を浴びるようなデザインは悪趣味という他ない。

117 名も無きAAのようです :2015/03/18(水) 20:49:44 ID:VNeIzLqI0
やっぱりそうだったのか
VIPで追ってた時いつの間にか解除されてて?ってなったけど
そのまま指摘忘れてたすまん

118 名も無きAAのようです :2015/03/19(木) 21:33:59 ID:ui9qwufQ0
作者でごわす。
上記の恥ずかしいミスを修正した物をブログにて公開いたしました。
もしよろしければこちらをご覧いただければと思います。

ttp://guruguruhaguruma.blog38.fc2.com/blog-entry-287.html

119 名も無きAAのようです :2015/04/10(金) 21:41:50 ID:ImNmCLvM0
乙です!今回もめっちゃ面白かったです!
しかしカギ爪とベルだとガンソードを思い出すわ

120 名も無きAAのようです :2015/04/11(土) 19:41:08 ID:jAWZD5rY0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

真実に挑む虎が一匹。
真実に手を伸ばす女が一人。
真実を見届けようとする男が一人。

己の運命、宿命、命運を操るのは己自身。

彼らに覚悟はあるのか。
失い、追われ、襲われ、襲い、追い、奪うだけの覚悟が。
全てを知らぬ彼らに、全てを知り得ぬ彼らにその備えがあるのだろうか。

所詮彼らは――

Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第七章
        【driver-ドライバー-】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻



明日、VIPにてお会いしましょう

121 名も無きAAのようです :2015/04/11(土) 22:33:42 ID:c7Vk9JKw0
待ってる!

122 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 19:39:48 ID:u7PlYkbY0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

真を追う者は真に追われる覚悟を。
力を求める者は力を要求される覚悟を。
夢を見る者は夢を捨てる覚悟を。
愛を得ようとする者は、それを失う瞬間を覚悟しなければならない。

                                           ――イルトリアの諺

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

123 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 19:45:46 ID:u7PlYkbY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

,r ヽ.__,,.、                        __    ,r' メ-‐、_   __
     '〜´ ̄ニ=一_---__- -ー―--_― ''  ̄´  `v⌒    .::.⌒'´ ヽ_
ー--―--__-一-_-二ニ_ー-- ̄- ̄ニ  二_一=ニ 込ィ1 :.:.:::.:.:.:.:.:...:..
  ,.-y'父ヽ         ̄ ―--―  ,、 ̄ニ一__ ̄- .,ィid1`′二_,.-‐‐-、
^^´/公 ヘ `ー、_,x‐,ュ三ニヽ‐- .__ ,ィヽ´ヽ\_,.-、一_ / 「l´ ヽ'´ ヽ\_へ ヾ
--一--ー---‐‐--====ー--一--=====ー--ー-一. |」 丶-―--ー‐一
                     August 10th AM08:12
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

アイリーン・ストリートは漁港から島の中心部にあるグレート・ベルに向けて伸びる道で、多様な店と市場が並んでいることから、観光客や生活用品を買い求める島民が多く利用する。
商品を買い求める客足は夜明けから徐々に増え始め、朝の七時になる頃には牛歩の如き速度でしか移動できない場所も発生する。
観光客は宿泊しているホテルではなく地元の食材と料理を振る舞う定食屋に寄って朝食を済ませ、ほとんどの店が開く十時手前に改めて買い物に出かけるのが最も一般的な動きだ。
しかし、その日は朝の八時の段階で外出している観光客はいなかった。

普段は客でにぎわう土産物店の中にも、早々にシャッターを下ろしている店まである始末だ。
恐らく、十時を過ぎても観光客はホテルや宿から足を延ばして買い物に行くことはないだろう。
そうなることを予想してシャッターを下ろした店の判断は正解だと言える。
ではなぜ、店主は客足が途絶えることを予期できたのだろうか。

主な理由は二つある。
一つ目は、逃亡犯が島に逃げ込んだために行われた厳戒な封鎖。
そして二つ目が、その緊迫した状況下にありながら起こった爆弾テロの騒ぎである。
旅行先のどこかで起こった小さな犯罪程度ならまだしも、それが島の安全を根幹から脅かす大事件へと発展したのであれば外出を避け、宿泊施設に留まるのは当然だと考えられるからだ。

現に、宿泊施設では観光を取りやめた客対応のために朝早くから多忙を極め、調理場は戦場と比喩される年末年始の宴会並に慌ただしかった。
唐突に訪れた商機に経営者は大喜びであったが、この事態に慣れぬ従業員は人手不足と材料不足に怒った。
特に、漁に出る船が軒並みで主な食糧である魚は防波堤から釣り糸を垂らす磯釣りでしか入手できない事が、何よりも手痛い。
磯釣りで手に入る魚の量と種類は飲食店からしたら微々たるもので、長期間に渡る供給はとてもではないが不可能だ。

124 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 19:51:36 ID:u7PlYkbY0
飲食に関わる店で最も致命的となるのは、仕入れが出来なくなることだ。
島街であるティンカーベルは多くの島で構成されているため、それぞれが分担して農作物・畜産を管理することで、小さな領土内でも食糧に困ることのないようにしている。
収穫物は船や橋を渡って異なる島の市場へと定期的に出荷されるのだが、内外への移動が完全に禁止されてしまっているために、どうしても食材が不足してしまう。
一日程度ならば備蓄していた分でどうにか維持できるのだが、その島内で生産していない食材を使う料理は早々に提供が停止する。

分担生産による弊害は避けられなかったが、飲食店への打撃は経済学者が思うよりも小さく済んでいた。
材料不足を心配するのは多種多様な料理をメニューに載せている宿泊施設ぐらいで、小さな飲食店などは状況が不利と判断してすぐに店を閉じ、メニューの変更を視野に入れて休業していた。
提供できないのに店を開くのは愚かだし、それ以前に客が来なければ店を開いて準備をするだけ時間と材料と光熱費の無駄だと判断しての事だ。
特に速い反応を示したのは、アイリーン・ストリート周辺の店だった。

爆発が起こり、パニックが起こってから僅か一時間足らずの間に七割の店がシャッターを下ろし、二時間後には業突く張りな土産物屋以外全ての店が営業を停止した。
アイリーン・ストリートの近辺にある店がいち早く反応したのは彼らが優れた感性を持っていただけではなく、事件そのものがアイリーン・ストリートで起こったからだった。
朝市で市場が賑わい始めた午前四時頃にスタードッグス・カフェのテラス席に置かれた鞄が爆破し、市場を一瞬にして恐怖の坩堝へと変えた瞬間、店主たちは二つの決断に迫られた。
店を閉めるか、店を開いて店を求める客を手に入れるか。

緊急時における決断力の速さは商人としての優秀さを示し、結果的に大きな利益を生み出せるのであればそれは商人の鑑だ。
だが、彼らは店を閉めて救護活動に手を貸すことを即決し、店の利益を放棄したのだ。
人間らしさ、つまりは他者を助ける優しさが人一倍強い島民ならではの反応だったと言えよう。
互いに助け合うという事の多い島という環境が彼らを突き動かし、結果的には店の損失を最小限に抑え、商人としても正しい成果を得たのである。

幸いにして爆発による死傷者はおらず、音に驚いた拍子で転んで捻挫したり破片で擦過傷を負ったりした程度で済んでいた。
爆発という非日常的な事態にも関わらず混乱が経度で済んだのは、通報よりも先に駆け付けた警察官たちの努力の賜物だった。
偶然現場付近に居合わせたイブケ・ゼタニガ巡査は即座に一般人を現場から遠ざけ、更には民間人に協力を仰いで全体の混乱を回避させた。
彼は人間の心理を操る術を心得ており、一方的に命令を下すよりも協力を要請することで全体が秩序を保った状態で動くことを知っていたのだ。

斯くして事件現場の調査は迅速に執り行われ、負傷者の搬送と目撃者からの事情聴取などを終えた後、島全体に流す放送を通じて警察から島民への説明が行われることになった。
時刻は朝の八時十二分。
島民は誰もが目覚め、各々仕事に動き出す時間帯だった。
純度の高い金属がぶつかり合い、巨大な音を生み出す。

125 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 19:55:19 ID:u7PlYkbY0
予告なしに鳴り響くグレート・ベルの鐘の音が、その音を聞く人間に静聴を求めた。
静寂。
市場が、港が、民家が、学校が。
ティンカーベルにある全ての施設から雑音が消え、凪いだ海のように静かになる。

ノイズが僅かに入り、それから続けて報道担当官と名乗る若い男の落ち着き払った声が島中に響き渡る。

『警察報道担当官のベルベット・オールスターです。
ティンカーベルの皆さんにお知らせいたします』

それから続けて放送された内容は一連の事件を簡潔にまとめたもので、余計な装飾は一切なく、当然のことだが面白みもなかった。
故に全ての情報はそれを聞いた人間に伝わり、その後の余計な質問の一切を封じた。
パズルを組み立てるように順序だって並べられた話は、聞く者に余計な考えを生み出させないようにと計算されたものだったが、誰もそれに気付くことはなかった。
自らの意志で情報を選別し、その結果自力で理解したのだと思えば、疑問に思うはずもない。

犯人は精神的な疾患と妄執を抱いた人物であり、以前から警察が目をつけていた三十代前半の男――ジョン・ドゥベール――はすぐに逮捕・拘留された。
同時に、その犯人が昨夜のエラルテ記念病院で起こった火事に関与し、目撃者であったカール・クリンプトン医師を殺害したことを供述したとも説明がされた。
その情報を伏せてきたのは犯人を刺激して新たな事件を起こさせないようにするためだったのだが、
モーニング・スター新聞が発行した今朝の朝刊の一面がその思惑を完膚なきまでに台無しにし、事件発生の動機の一つを担ってしまったと強い口調で報道担当官は付け加えて説明と発表を締めくくる。

こうして、ジュスティアに向けられつつあった矛先は世界最大手の新聞社へと向けられ、逆にジュスティアは好印象を得ることとなった。
放送直後に開かれた記者会見の場に現れた警察長官専属秘書、ライダル・ヅーは手短にコメントを言い放って異例の速さで会見を終了させた。

瓜゚-゚)「二日以内に、円卓十二騎士を動員してこの島からあらゆる犯罪者を駆逐します」

126 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 19:57:46 ID:u7PlYkbY0
それだけで、島民はもちろんだが会見を聞いていた人間はこれから何が起こるのかを察した。
正義の代弁者を自負するジュスティアが駆逐するというのならば、それは、犯罪者にとっては事実上の死刑宣告に値する。
更に人々を動揺せしめたのは、彼女が口にした円卓十二騎士という存在の大きさだ。
お伽噺として語り継がれ、伝説と化した騎士の階級を持つ十二人。

表立った行動を避けてきた彼らが動くという事は、警察だけでなくジュスティアという街全体が事件解決に動くという事を意味している。
記者会見に参加した多くの島民、そして記者たちは皆一様に同じ気持ちを抱いた。
果たして、どのような愚か者がジュスティアを怒らせたのだろうか、と。
そしてその答えは、すぐに分かる事となった。

瓜゚-゚)「では、第一手」

――軍服姿の男達に連れ去られたモーニング・スター新聞社の人間は、その唐突さに喚く事さえできなかった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                    Ammo→Re!!のようです
                  ,,-‐''"´'':、,,                ,,_,__
_,,.--ー''''''"゙゙ ゙゙̄"'''''―--.,,,,,,-‐'゛.:'"゙:.:゙,:;、,"'.:.:  _,,.;:--''"´`゙''ー、/ヽヾ\
::;.:".:;.:'"゙:.:゙,:;、,"';,_,,.-ー'''"゙゙:,:;.,:;.:::;.:".:;.:'"゙:.:゙,:;、,:゙',`:;,':,:;.,:;.:::;.:".:;.:'"゙:.:゙,~゙"'ー-:;、,"'.:
":;;;: : ;: ;: ;:  ; ::; : ;:; :; :  :: :; ":;;;: :;: ;: ;:  ; ::; : ;:; :; :  :: :; ":;;;: : ;: ;: ;:  ; ::; : ;:; :
'' ;~ ; ::; : ;:; '',;''゚  ; ::; : ;:; ;~'',;'' ;~'',;''  ; ::; : ;:; ;~ ; ::; : ;:; '',;'' ; ; ::; : ;:; '',;''゚ ;~'',;
":;;;: : ;: ;: ;:  ; ::; : ;:; :; :  :: :; : ;:; ;~'',;'' ;~'',;''  ; ::; : ;:; ;~ ; ::; : ;:;August 10th AM08:31
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

八時半を回ったあたりから、日差しは強さを増した。
非常に高い場所に浮かぶ薄い雲を除けば、目立つ雲は水平線の向こうにしか見当たらない。
波は穏やかで、海は澄んでいた。
強い日差しは健在だが、穏やかに島中を駆け巡る風は涼しげだ。

127 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:01:02 ID:u7PlYkbY0
現場検証に立ち会うことになったボブ・ガガーリンは勤続十七年のベテラン警部で、これまでに十数件の事件の解決に助力してきた経験者だ。
新聞やラジオで報道されたような難事件にも関わり、他の新人の警官に比べれば現場の捜査を行った経験が豊富だと自負していた。
しかし、テロ行為の跡から犯人に結び付くような状況証拠を見つけ出す経験は一度もなかった。
ブルーシートで完全に封鎖された現場は、注意深く見なければ瓦礫と小さな爆心地以外に何も見当たらない。

爆心地となった場所には小さなテーブルとイスがあったのだが、木っ端微塵に砕け散って広範囲に散らばっている。
テーブルは金属とプラスチックで作られ、椅子はプラスチック製だった。
熱で溶けたプラスチック片が足元に落ちているのを見て、これが椅子の物なのか、テーブルの物なのか、それとも別の物なのかは分からない。
離れた場所には歪に折れ曲がった金属の棒が転がっており、その曲がり方から爆弾の近くにあったパラソルだろうか。

その他諸々の証拠品になり得るものを一人で収集し、分類してラベル貼りをするのかと思うと、非常に気が滅入る。
いつもならば新入りの警官や鑑識に命令して集めて分析させるのだが、現状ではボブ以外に現場慣れした人間はいなかった。
というよりも、この現場検証を担当する人間がボブ一人と、現場を封鎖するために必要な護衛が四人――平均年齢六十歳の駐在――だけだというのだから、自分でやる他選択肢はない。
汗水たらしてボブが集めた証拠品はこれまで自分がそうしてきたのと同じように、より優れた人間が捜査の材料にすることになる。

悔しいかどうかと尋ねられれば、ボブは迷わずに頷くだろう。
事件を自らの手で解決することはこの上ない快感だし、正義のためにこの身を使っているのだと実感できる数少ない機会を他人に持っていかれるのだ。
ジュスティアの人間なら、悔しくないはずがない。
だが命令は命令だし、優れた人間が捜査を担当するのは当然のことで、下っ端がその補助をするのもまた当然である。

白い手袋を指先までしっかりと嵌めて、ボブはそこで次に何をするべきかを考え始めた。
現場の総指揮を執るライダル・ヅーの配慮によって、この事件は解決したことになっているが、実際は何も分かっていない。
犯人像、犯人の目的、そして使用された爆発物の正体さえ分かっていない。
現場検証に関して言えば、ボブは素人だった。

持っている知識だけで現場から情報を収集し、何が起きたのかを分析するには荷が重かった。
それでもやらなければならないのが、この仕事の辛いところだ。
最大の証拠品となる爆弾はすでに運び出され、分析が進められている。
残るのは文字通りの残骸。

128 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:08:07 ID:u7PlYkbY0
その骸から探すのは、あるのかどうかも分からない手がかり。
途方もない宝探し。
砂浜で漂流物探しをした方が、まだ正解を引き当てる確立が高い。

(::゚J゚::)「ふぅ……」

手始めに、粉々に砕けて飛散したテーブルと椅子の破片を集めることにした。
元の色が何色だったのかも識別できない程に焼けた物もあれば、辛うじて白い表面を残している物もある。
これらをパズルのように組み合わせれば元々の形状などが分かるそうだが、それが分かったところで事件解決の手がかりになるとは思えない。
だが専門家に言わせれば、こうして得た情報を少しずつ形にしていく事が大事なのだそうだ。

屈んで小さな破片を集め、それを積み上げていく。
プラスチック片を探す中で、砕けたティーカップや先の折れたスプーンが見つかった。
死人が出なかったのは奇跡としか言えない。
通常、爆弾テロと言えば不特定多数の人間を殺傷するのが目的であり、ここまで被害の少ないテロは初耳だ。

一つ一つの品を見ながら、ボブは物思いにふけった。
いつしかその手は止まり、柄だけとなったスプーンを弄び始めた。

瓜゚-゚)「……やる気がないのなら、最初からそう言ってください」

剃刀のように冷たく鋭い声は、ボブの正面、頭上から落ちてきた。
声に応じて顔を上げると、断頭台に乗せられた死刑囚の気持ちが分かった。
長官の秘書、ライダル・ヅーだ。
フレームレスの眼鏡の向こうにあるはずの鳶色の瞳は陰ってよく見えないが、その声から彼女の機嫌がこの上なく悪いことが分かる。

跫音一つ、気配一つ感じ取れなかった事に対する脅威よりも、醜態を晒した自分に待ち受ける処遇の方が恐ろしい。

(::゚J゚::)ゞ「お、おっお疲れ様です!!」

129 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:10:27 ID:u7PlYkbY0
文字通り飛び上がったボブは急いで敬礼をしたが、ヅーは無表情のままそれを無視した。
警察官は法の体現者としての訓練を受け、それを肝に銘じて職務を遂行するが、ヅーは別格だ。
彼女はジュスティアの規律そのものであり、執行人にして法の化身。
迂闊にも一度怒らせれば綱の切れたギロチンのように無慈悲に決断を下し、障害となる一切合切を排除する女だ。

一瞬とはいえ気を抜いていた姿を見られたボブは、彼女が寛容な人間であることを願うばかりだったが、そのような身勝手な願いは通じない。
結果には結末を。
銃爪を引いたら何が起こるのかを説明するが如く。
鋼鉄を彷彿とさせる冷たい視線を向け、ヅーは強い口調で言い放つ。

瓜゚-゚)「もう結構です、ボブ・ガガーリン警部。
    お守りがいなければ事件現場一つ捜査出来ないとは知りませんでした。
    現場は私が調べますので、一般人が入ってこないように警備していてください」

(::゚J゚::)「し、しかし」

瓜゚-゚)「意見や弁明を求めてなどいません。
    自分一人で出来ることを最大限行い、その結果を追い求める事も出来ない無能はこの現場に必要ないと言っているだけです」

ヅーにはいくつもの渾名があるが、そのほとんどは身内によってつけられたものだ。
歩く断頭台、鉄仮面、粘着女、ジュスティアのギロチン。
全てに共通しているのは、彼女の人間性があまりにも温かみに欠けている事を表現していることだ。
無論、本人もその渾名の数々は知っている。

だからと言って、ただの一歩も譲歩しない姿勢はある意味で尊敬の対象に値する。
ボブもその在り方には尊敬の念を抱いているのだが、いざ目の前で見せつけられるといい気はしない。
不快感を通り越し、己の無力さに怒りを覚える。
大人しくヅーの言葉に従い、ボブはブルーシートの向こうに消えた。

130 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:14:20 ID:u7PlYkbY0
残ったヅーは、さっそく現場検証を行うことにした。
散った破片に法則性がある事は、一目で分かった。
瓦礫が四方八方に散る中でも、爆心地の北に向けてそれが集中して散らばっている。
これが意味するのは、指向性の爆弾が使われたという事だ。

つまり、殺すべき対象がその方向に座っていたことを意味している。
テロではなく殺害が目的だったのだ。
殺害されかけた人物についての聞き込みを行わなければならないのだが、今は人手が足りない。
情報収集をもっと早い段階で行えていれば、人々の記憶が新鮮な内に情報を手に入れられただろう。

現場を封鎖した警察官は確かにいい判断をしたが、肝心の調査についてはほぼ手出しをしていないのが惜しまれる。
命令がなければ捜査を始めないのは、警察の悪い習慣の一つだ。
組織である以上命令に従うのは当然だが、状況を読んで独自の判断を下せなければ事件の早期解決は夢と化す。
常に会議で槍玉にあげられるトラギコ・マウンテンライトは、その点で言えば一流だった。

勤続年数と手柄に見合わない刑事という階級にも関わらず、彼は事件解決のプロフェッショナルだ。
警部の立場にありながら、事件の直接解決に貢献したことのないボブ・ガガーリンなど比較対象にならない程の高次元に位置する人間だった。
暴力による解決方法は容認しがたいものではあるが、それでも彼は事件を解決し続けてきた。
解決力という一点においては、ヅーはトラギコの事を尊敬していた。

尊敬の念を抱く一方で、束縛を嫌う自由主義に嫌気がさしているのもまた事実。
集団行動や組織的な行動というものに協力的ではなく、警察という組織に属している以上はチームワークを重んじてほしいところである。
現に、軍の追跡班を使ってトラギコの動向を調べたところ、爆発発生時にこの現場にいたとの目撃証言を手に入れている。
その後姿を晦ましていることから彼はこの爆破事件を目撃し、何かしらの証拠を手に入れたのだと推測が出来たが、チームで動いていれば爆破を防げたかもしれない。

いつまでもトラギコの身勝手な行動に頭を抱えている暇もなく、ヅーはもはや彼を追うことを諦めていた。
諦めざるを得ないのだ。
爆破事件の後に二つも新たに事件が発生し、そちらの隠蔽でヅーは手一杯だった。
警察官二人と民間人一名の使者を出した発砲事件と、モーニング・スター新聞社で起こった大量殺人事件。

131 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:17:23 ID:u7PlYkbY0
前者の目撃情報はなく、後者に至っては円卓十二騎士のショーン・コネリがショボン・パドローネと戦闘を行っており、新聞社という最悪の現場であった。
同僚の死を理由に記者たちが騒ぎ立てるのは必至であり、それを回避するためにヅーはモーニング・スター新聞の生存者たちを全員捕えたのだ。
捕えたと言えば聞こえが悪いが、事実上彼らを保護したのだ。
それでも、隠し通すのは無理だ。

絶対にどこかで綻びが生じ、そこから表に流出してしまう。
そのため、ヅーは二日以内という期限を設けた。
この期限内に解決出来なければ、事件は全て公になる。
隠し通せて二日。

全力で隠蔽を図っても残り、二日。
しかもそれは希望的な観測を含めての二日だ。
トラギコのせいで火事の件が公になったのは、もはや些細な問題だった。
それより何より、今は一刻も早く脱獄犯を捕まえなければならない。

捜査の混乱は幸いにして起こっていないが、何かに着手しようとするたびに別の事件が起こる事が問題だ。
そのせいで対応に追われ、どれ一つとして解決の糸口が見つかっていない。
今はトラギコを捕えるよりも彼を自由にして事件を解決させた方が、いくらか賢い。
こちらも事件解決に向けて動いているが、進展はない。

標的となった人間の座っていたと思われる座席の付近に近づき、何か手がかりがないかどうかを探す。
人物の特定につながるような物があればいいのだが、一見したところそのような物はない。

瓜゚-゚)「くっ!」

毒づいたところで、証拠品が見つかるわけではない。
物がないのならば、とヅーは考えを変える。
腹を撃たれて病院に搬送されたばかりだが、トラギコと接触して更にショボンに命を狙われた新聞記者がいたのだ。
多少の怪我をしていても、口を使って情報を提供することは出来るだろう。

132 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:22:34 ID:u7PlYkbY0
記者の名は、アサピー・ポストマン。
トラギコが情報収集の駒として彼を使っていたのは目撃証言からも明らかだし、爆発直後に現場で聴取していたのも彼だ。
つまり、この新聞記者がもたらす情報は双方にとっての問題解決のカギとなる。
遅かれ早かれ、トラギコもこの男を追ってくるだろう。

病院で待ち伏せして合流し、改めて脱獄犯狩りに協力を要請するしかない。
犯人を追っている軍は一向にその手がかりを掴めずにおり、何一つ期待が出来ない。
そのため、捜査を行っている警察からは軍に対する不満が少しずつ噴出し始めていた。
今朝の記者会見の直前にも、軍人と警官との間でひと悶着があったぐらいだ。

軍の努力も分かるが、彼らは捜索にあまりにも不慣れだった。
派遣されたのは人狩り専門の部隊でテロリストたちのアジトに対して強襲を仕掛けたり、街中で爆殺したりすることには長けているが、人探しは素人同然の能力だった。
二人一組の厳めしい男がところ構わず家に押し入り、情報の提供を強要し、怪しげだと判断した建物には問答無用で突入するような神経をしているのだから、いつまで経っても人は見つからない。
物事はスマートに行わなければならないのだが、軍人には無理な話だった。

そもそも得意分野が違うのだから、戦闘は軍、捜査は警察という具合に分担して行うべきなのだ。
ジュスティア軍元帥タカラ・クロガネ・トミーによってその提案が却下された段階で、ヅーはこうなることを予見していた。

瓜゚-゚)「派閥争いを現場に持ち込むとは……」

長官のツー・カレンスキーとタカラは縄張り意識が強く、互いに敵対心を持っていた。
昔ながらの考えをしているタカラにとって、ジュスティアの代表とも言える警察の長官を女性が担当しているのが気に入らないのだろう。
警察内部にも快く思っていない人間がいるぐらいだ。
愚かしいことこの上ない。

一通り現場を観察、調査したヅーはブルーシートを捲りあげて外に出た。
病院なら、バケツと水と雑巾ぐらいはあるだろう。
その三つの道具があれば、簡単な拷問が出来る。
水責めはヅーの得意分野だ。

133 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:26:25 ID:u7PlYkbY0
(::゚J゚::)「お、お疲れ様です!!」

瓜゚-゚)「誰も現場に入れないでください。 できますか?」

(::゚J゚::)ゞ「はっ!!」

ボブは上ずった声で返答し、ヅーはそれを聞き流しながら停めていた白いセダンに乗り込んだ。
エンジンをかけ、アサピーが入院しているエラルテ記念病院に向かう。
火事騒ぎは沈静化できたがその後の処理がまだ数多く残っており、方々に指示を出さなければならない。
現場検証の指示や、情報収集の指示などやることは山のようにある。

頭を痛めるのは何もその采配が面倒だとか苦痛に感じるからではなく、一つ一つの精度や質がおろそかになってしまうからだ。
いくら効果的な捜査をさせても濃度の薄いスープを飲み続けるような物で、まるで意味がない。
それというのも、人員が不足しているためだ。
事件が起こるたびに人数を裂き、あちらこちらに警官が散ってしまうせいで主戦力が――

瓜;゚-゚)「まさか、これが狙い?」

だが警官を散らして何をするというのだろうか。
頼りないことこの上ないが、一応軍人まで動いているのに何を狙っているのか。
彼らは、ショボンたちは一体何を狙っているのだろうかと、改めてヅーは頭を回転させた。
島で起こった全ての事件がショボンの犯行と考えると、彼らは何かを追っている事が分かる。

追っていることを悟られないように、そして邪魔をされないように警官たちを散らしているのだとしたら。
ショボンたちの次の手を読むために必要なのは、彼らが追っている人物を見つけることだ。
見つけられずとも、誰を追っているのかが分かるだけでもかなりの進歩になる。
これはトラギコとも共有しておいた方がいいだろう。

アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

134 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:31:43 ID:u7PlYkbY0
アクセルを深く踏み込み、ヅーはギアをサードからフォースに切り替えた。

瓜゚-゚)「……」

ハンドルを握りしめながら、ヅーは昨晩のことを思い出していた。
森の中から突如として現れたバイクとSUVはヅーの目の前でカーチェイスを繰り広げ、久しぶりに彼女を興奮させた。
SUVに乗っていた一人は昨夜の内に捕えて護送させ、現在は軍の駐屯地で尋問の最中である。
が、その後ヅーが追ったバイクの運転手が極めて曲者だった。

ヅーの扱う強化外骨格、“イージー・ライダー”は舗装された路面を高速移動することに特化した物でその出力や機動性はバイクを遥かに凌ぐ物だ。
単一の目的をもって設計された唯一の棺桶であるコンセプト・シリーズは、初見の相手に最も効果を発揮する。
公の場で棺桶を使うことがないヅーにとって、イージー・ライダーは犯人追跡の切り札とも言えた。
つまり、ヅーがイージー・ライダーを使うという事は、犯人を、そして目撃者を確実に捕らえるという事に他ならない。

にも拘らず、運転手はイージー・ライダーの弱点である山道に素早く進路を変更し、まんまと逃げおおせたのだ。
人相は愚か性別すら分からず、正確な人数も分からずじまいだった。
ナンバープレートを目視しようとしたが、プレートは上向きに曲げられていて確認は出来なかった。
それらに加えて、使われていたのはただのバイクではなく、大型ツアラータイプの物に改造を加えて爆発的な加速と機動性、そして荒地での対応力を両立させていたことが追跡を困難にさせた。

ただし、どれだけ単車の性能が良くても運転手が使いこなせなければ意味がない。
その点、ヅーを出し抜いた運転手は非の打ちどころのない完璧な人間だった。
無駄な蛇行運転をすることもなく、迎撃をするわけでもない。
直前までSUVに追われていたことなど微塵も感じさせない冷静さで、イージー・ライダーの姿が迫るや否やすぐに進路を変えて対応したのである。

ある意味で、あの夜の出会いが思考を手助けしてくれたのだ。
追う者と追われる者、この二者の構図はショボンと彼が追う標的に重なる部分があった。
ヅーが追い、逃げられた人物がショボンの獲物だとしたら。
捕まえた男がショボンの仲間だと分かれば、追っていた人間の正体なども分かるはずだ。

135 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:34:32 ID:u7PlYkbY0
そちらの方はタカラに任せてあるため、尋問はスムーズにいくだろう。
報告は後で聞き、今は貴重な情報を持っているアサピーの方に向かい、彼から情報を吸い出すことだけを考える。
一度命を狙われて生き延びた彼を、ショボンは絶対に逃がさないはずだ。
到着してから彼の身辺を警護する手筈を整えておくことも念頭に置き、アクセルを踏む。

ショボンがアサピーの存在を消す前に会わなければならないため、公道の制限速度を無視してセダンを加速させる。
一般車の間を縫うように、そして無駄のない動きですり抜けて一直線に病院を目指した。
その甲斐あって僅か三分で病院に到着したヅーは、セダンから降りるなり走ってアサピーの病室に向かう。
三人の軍人を護衛に付けてあるため、ショボンといえども突破は容易ではないはず。

病室の前でカービンライフルを構える軍人に一瞥をくれることもなく、ヅーはそのまま室内に入った。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Ammo→Re!!のようです

                                       ノト     |
                                      彳ミ    ノiミ
                       __,,.. .-‐ '''""~~""''' ‐-彡彡ミ .彡ミ..,,____
                  _,..-'''"              彡彡ミミ 彡;;;ミミ
         __,,.. .-‐ '''""~                        彡彡ミミミミ彡彡ミミミ
__,,.. .-‐ '''""~""''' ‐- ...,,____,,._,,. -- ''''""~''''''''''''''''''''''''~""''' ‐-、_ii|_,,.. .-‐'''""~
    .,.:,..:..   .,. :,..:.. ,.:,..:..   , '           :...::  ," .,.:,..:..   August 10th AM09:12
   .,.:,..:..  .,.:,..:..   ,..,.:,..:.   ,.-"         :..:::.. . ,'   .,.:,.   .:..   .,.:,..:..   .,.:

Ammo for Tinker!!編   第七章 【driver-ドライバー-】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

136 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:38:23 ID:u7PlYkbY0
右手に広がる森は鬱蒼と茂りながらも、丁寧に枝打ちされた木々の下に広がる豊かな土壌に太陽の光が程よく注がれ、朽木でさえ神秘的に見える。
高速で道路を駆け抜けていれば気付かない自然の美しさに、トラギコ・マウンテンライトは少しだけだが荒れた心が癒される思いがしたが、それは気のせいだった。
脚は痛み、二日酔いのような頭痛がまだ抜けきっていない。
一本だけとなった松葉杖を突くその手には、黒い輝きを放つ鋼鉄の籠手が嵌められていた。

その正体は、彼の持つ強化外骨格“ブリッツ”である。
しかし今、身体能力の補助を目的として設計されたその籠手は、電源が切られた状態でまるで効果を発揮していなかった。
それどころか防御用の手段ぐらいにしか使えず、その重量もあって今は邪魔だった。
それでも彼はブリッツを捨てることはおろか、手放すという考えを一瞬たりとも思い浮かべなかった。

強化外骨格は戦うための道具であり、彼にとっては命綱でもあったのだ。

(;=゚д゚)「あー……くそっ……」

命からがらシュール・ディンケラッカー達から逃げ延びたトラギコは、警察の目から逃れるために山道を経由して島の北西部を目指すことにした。
街中を走って移動すれば必ず人目に付くため、原動機付自転車で山道を越えるプランを選んだのだが、どうにも速度が上がらなかった。
坂道が多く続いたせいでバッテリーを激しく消費し、燃費がいいはずの車種にも関わらずバッテリーは恐ろしい勢いで減っていった。
そして遂に上り坂の途中でバッテリーが底をつき、トラギコはそれを道端に乗り捨てることを選んだのであった。

徒歩での移動に伴い積んでいた籠手を装着し、高周波刀はバイクのシートを切り裂いて作った鞘に納めて背負った。

(;=゚д゚)「あちぃ…… いてぇ…… 殺してぇ……」

そこから先は徒歩で移動を行い、引き続きカール・クリンプトン殺害に繋がる証言や証拠を集めることになる。
移動手段として重宝する予定だったスーパー・カブが使えなくなった今、トラギコは己の両足を頼らざるを得ない。
“鷹の眼”カラマロス・ロングディスタンスに脚を撃たれたのは正直なところ、不覚としか言えない。
昨日から常に動き続けている影響か、痛みは一向に収まらない。

137 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:45:04 ID:u7PlYkbY0
ティンカーベルは避暑地として非常に優秀な土地だが、それでも夏の日差しを浴びながら山道を徒歩で上るのは非常に辛い。
体力と水分を奪われ、最悪は身動きが取れなくなってしまう。
加えて上り坂。
泣き面に蜂とはこの事である。

汗が徐々に額に浮かび、熱さが体の中心部から蓄積され始める。
道中で車を見つけたら、ヒッチハイクをするしかないと考えていたその時。
麓の方からタイヤが地面を踏みしめる音が聞こえ、思わず振り返る。
黒塗りのセダンだ。

高級車ではあったが、全体的に土埃で薄汚れているのが何とも言い難い。
全面スモークガラスであることから、金持ちが運転している可能性が高かった。
金持ちがヒッチハイカーを乗せるとは思えないが、トラギコには万人が喜んでハイカーを乗せる便利な術を知っていた。
懐からベレッタM8000を抜いて地面に向けて発砲し、すぐにそれを運転席に向ける。

セダンはゆっくりとトラギコの前で停車し、トラギコは銃口で車から降りるよう命じた。
ドアが開き、まず現れたのは両手だった。
次いで脂ぎった白髪交じりのブラウンヘアが現れ、いかにも学者といった風体の男が姿を現した。
トラギコが五十代後半であろう男に対して学者、という印象を抱いたのには理由がある。

一つ目は右手の指にペンダコが見られたこと。
二つ目は非力極まりそうな体つきをしていながらも、妙に鋭い眼光を秘めた青い目。
三つめは実用的な身なりの中にも品を感じさせ、胸ポケットにペンが二本刺さっていたこと。
そして、知識を豊富に持った人間が放つ独特の雰囲気を漂わせていたことだ。

(=゚д゚)「ヒッチハイクだ」

(’e’)「それは構わないんだけどね、君。
   これから仕事に向かう途中でね、それでもいいかな?」

138 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:49:45 ID:u7PlYkbY0
銃口に怯える様子を見せない。
御しやすいと言えばそうだし、扱いにくいと言えばそうだ。
恐怖こそが人間を操る核心であり、それがなければ意のままに動かすことは難しい。
掴みどころのない男だったが、今は移動手段を手に入れたことを喜ぶべきだ。

(=゚д゚)「あぁ、構わねぇラギ」

助手席側に回り込んで乗り込み、男も車に戻る。
両手を降ろしていいかどうかと目で訴えられたので、トラギコは頷いた。
銃を懐にしまい、シートベルトを締める。
車内はエアコンがよく効いていて、涼しかった。

が、それ以上に土と鉄の匂いが印象的だった。

(’e’)「紹介が遅れたが、私はイーディン・セント・ジョーンズ。
   気軽にジョーンズと呼んで構わないよ」

(=゚д゚)「よろしく、ジョーンズ博士」

(’e’)「ほう、どうして私が博士だと?」

(=゚д゚)「見りゃ分かるラギ。 研究は何を?」

感心した風に唸るジョーンズは車を走らせながら、トラギコの質問に答える。
暴れたり抵抗する様子がないのはありがたい。

(’e’)「主に考古学を研究していてね。
   発掘もやるが、出土した品の復元なんかも手掛けている。
   先日まではフィリカに行っていてね、その帰り道にここに寄ったんだが、如何せんこれだろう?
   せっかくだから思う存分発掘しようと思ってね」

139 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:53:46 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「復元ってぇと、ダットとかラギか?」

                           Digital  Archive  Transactor
現代における高性能な電子機器の代表、デジタル・アーカイブ・トランスアクター。
太古の技術で作られた最新の情報機器で、高度な計算は勿論だが様々なデータの管理や作成に長けた物だ。
それ一つあるだけで街の運営も十分に可能な品ではあるが、精密機械であることに加えて膨大な量の専門知識を要求されることから、発掘された状態からの復元は非常に難しい。
知識と技術、そして貴金属などの希少な資材がなければ復元は不可能である。

(’e’)「それもするんだが、私はもっぱら棺桶だ。
   棺桶っていうのは――」

(=゚д゚)「軍用第三世代強化外骨格、だろ?」

学者が好きそうな正式名称で即答したトラギコに対して、ジョーンズは得意げな笑顔を浮かべながら首を横に振った。
まるで出来の悪い生徒に対して正答を教える教師の様だった。

(’e’)「正しくは、軍用第七世代強化外骨格だ。
   詳しい事情はまだ分からないが、発見された資料には第七世代と明記されているんだよ」

世代が何故異なるのか、そのようなことはトラギコの興味の範疇を遥かに超えていた。
第三であろうが第七であろうが、棺桶は棺桶。
軟弱な老人すらも兵士に仕立て上げる兵器に変わりはない。

(=゚д゚)「心底どうでもいい話ラギね」

(’e’)「正しい情報は常に正しいのだよ、君。
   ところで、君の名前は?」

140 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:58:26 ID:u7PlYkbY0
トラギコは一瞬、返答に迷った。
己の名前を名乗れば後々面倒に巻き込まれるのは目に見えているが、信頼関係構築のために正直に話せば協力が得られるかもしれない。
偽るか、それとも素直になるか。
出した答えは、前者だった。

これ以上余計な足跡を残せば、また襲われかねない。
得られるメリットとデメリットを天秤にかければ、欲張らない方が賢明だ。
ましてや、本名かどうかなどこの男が知るはずもないのだから。

(=゚д゚)「トム・ブラントだ」

(’e’)「よろしく、ブラント君。
   気になっていたんだが、君は何故その棺桶を付けているんだい?
   確かそれは“ブリッツ”だろう? アタッシュケース型のコンテナが付属しているはずだが」

籠手の形をした強化外骨格は多くあるが、ジョーンズは一目見ただけで知っている人間の限られるコンセプト・シリーズの名前を言い当てた。
“マハトマ”と見間違えることなく、ブリッツの名を出せたという事は見る目があり、知識があるという事。
この男は、思った以上に棺桶に精通しているようだ。
下手に嘘は吐かない方が賢明だと判断したトラギコだが、だからこそ理由を正直に言うわけにはいかない。

(=゚д゚)「……ちょっといろいろあってな」

(’e’)「充電が出来ないと不便だろうに。
   ちょうどいい、私の職場でコードを用意してあげよう」

茶会への招待のように出てきた提案に、トラギコは目を丸くした。
棺桶についての知識が豊富にあるにしては、随分とおかしな提案だったのだ。

(=゚д゚)「だけどコンテナがないと充電出来ないんじゃねぇのか?」

141 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 20:59:08 ID:u7PlYkbY0
そう訊き返したトラギコを見て、ジョーンズは鼻で笑った。
成程、いかにも一般人が持っている知識だとばかりに。

(’e’)「おいおい、そんなわけないだろう。
   効率は落ちるが、充電なら道具があれば出来るさ。
   起動コードの入力が要求されることから分かる通り、コンテナは他人に使われないように安全に保管する目的の方が強いんだ。
   一度起動させてしまえばコンテナの守りは失われるから、後は外部からの侵入も変更も可能になるわけで、それ以外にコンテナは使わないだろう?

   コンテナがないと装着補助が失われてしまうのが難点なんだが、ブリッツの場合にはあまり気にならないはずだ。
   特に持ち運びが可能な小型のAクラスはそれが利点でもあるわけだしね。
   ケーブルはほとんどのAクラスで規格が統一されているから、それをデータ送受信口に直接繋げば大丈夫なはずさ」

警察で学んだ強化外骨格の知識が誤っていたことに対して、トラギコは恥じると共に憤った。
充電が出来ないというのは聞いていたが、実際に試したことはなかった。
現場で働く学者の方が正確な情報を持っており、あの街で得た知識は時代遅れという事になる。
一応、ジュスティアも独自に棺桶の研究を行っているはずなのだが、それが追いついていないのは問題だ。

機会があれば、この男をジュスティアは特別講師として招いた方がいいかもしれない。
あの街にはかなりの数のコンセプト・シリーズが配備されており、これが分かるだけでも仕事の効率が変わるだろう。
しかし意外な場所でこれほどまでに有意義なことを学べたのは幸運と言える。

(’e’)「まぁ、君のブリッツは特殊だから例外と言えば例外なんだけどね。
   棺桶はまだまだ不明な点が多いし、このことは公にはされていなかったから君が知らなかったのも無理はない。
   そう怒る必要はないよ」

妙に上から目線の発言だが、ジョーンズは学者として優秀なため特に苛立ちはしない。
むしろ警戒した方がよさそうだ。
何故ならブリッツはこの世に一つしかない強化外骨格で、それを持っている人間は一人に限られる。
つまり、トラギコが偽名を使っていることもその正体を知ることもこのジョーンズには可能だという事だ。

142 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:02:33 ID:u7PlYkbY0
(=゚д゚)「ん……イーディン・S・ジョーンズ?
   そういや俺の勘違いだったら悪いんだが、あんた教科書に載ってなかったか?」

(’e’)「あぁ、歴史系の本に載っているよ。
   そんな下らないことよりも、もう少し棺桶について話をしないかい?」

(=゚д゚)「つっても、俺は素人ラギよ」

(’e’)「構わないよ。 学者はね、教えたがりで話したがりなんだ。
   それに、私の職場までは大分時間がかかるからね。
   この島の北側に発掘現場があるんだが、警察が通行規制をしている部分を避けないと辿り着けないんだ」

銃で脅されたにしては、肝が据わっているのか間抜けなのか分からないぐらいに楽観的だ。
自分が殺されないと思っているのだろう。
これまでに何度かそういう場面に遭遇した経験があるのかもしれない。

(=゚д゚)「発掘現場ってぇと、何かの遺跡が見つかったラギか?」

(’e’)「あぁ、戦場跡が見つかったんだ。
   どうやらここは物資保管の拠点らしくて、未使用の銃器や保存状態のいい棺桶がたくさんあってね。
   発掘冥利に尽きるよ。
   コンセプト・シリーズも見つかっているし、楽しいことこの上ない」

現代で使用されている銃器も、元を辿れば過去に使用されていた物を分解して構造を理解したうえで再製造しているもので、発掘は発明に匹敵するほど重要な行為だ。
繊細さと根気強さが要求される作業だが、一獲千金の博打に似た要素が強く依存性が強い職業の一つである。
特に戦場跡から発掘される物の中で喜ばれるのが棺桶だ。
使用者はとうの昔に骨すら残らない程風化しているが、その遺体を包んでいる強化外骨格は劣化がほとんどない。

143 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:04:58 ID:u7PlYkbY0
多少のメンテナンスは必要だが、復元不能なダメージを受けていなければ改めて使うことが出来るのだ。
地域によって多く出土する棺桶の種類は疎らだが、希に最も貴重とされるコンセプト・シリーズが発見されることがある。
特化した性能を有している実用性と、世界に一機だけという希少性から非常に高額で取引される。
乱暴に扱っているがトラギコのブリッツも、一般市民の生涯年収を遥かに超える値段のはずだ。

(=゚д゚)「戦場ってことは、戦争がここであったのか」

(’e’)「あぁ、偶然にも一世紀ちょっと前にも戦争があってね。
   これは史実として資料も残っているんだが、イルトリアとジュスティアの兵隊がここで大規模な戦闘を行ったんだ。
   あの“魔女”、ペニサス・ノースフェイスが参戦したやつさ」

(=゚д゚)「デイジー紛争だっけか?」

昔からジュスティアと軍事都市イルトリアは犬猿の仲で、今でこそ見られなくなったが以前は小競り合いが頻発していた。
未だに互いの街に攻め入っていないのは先人が起こした過ちを繰り返さないためか、それとも無益だと知っているのかは分からない。
デイジー紛争は密漁船がイルトリア海軍により沈められたことをきっかけに起こった紛争で、これがジュスティアとティンカーベルの関係を構築するための大きなきっかけになったと言われている。
当時はイルトリアがティンカーベルの漁業を支援していた関係もあり、警備という名目で配置された海軍に対してジュスティアが陸軍を派兵し、泥沼の争いへと発展したという。

紛争後、当時の市長エラルテ・ニエバズが三十三年の月日をかけてジュスティアと交渉を行い、セカンドロックをジュスティアと共有する話がつけられたというのが一応の史実だ。
トラギコの学んだことが間違っていなければ、だが。

(’e’)「そうそう、あの戦闘がきっかけで発見されたのが今回の遺跡なんだ。
   最近、軍事基地の一部が見つかって大忙しさ。
   セキュリティがまだ生きているんだから恐ろしいものだよ」

(=゚д゚)「で、ここであった大昔の戦争は?」

(’e’)「第三次世界大戦の一部だとは思うけど、詳しくはこれから調べる予定だよ。
   といっても、いつもと同じように分からないだろうけどね」

144 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:09:06 ID:u7PlYkbY0
栄華を極めた文明を崩壊させ、世界を終わらせたとされる第三次世界大戦は謎の多い戦争だ。
判明していることはほとんどなく、当時の詳細な資料も発見されていない。
強化外骨格という兵器の登場によって戦争が激化し、大国の支援を受けた発展途上国も参戦したことで戦争の火種が世界中に飛び火して終焉が加速したというのが歴史学者たちの考察だ。

(=゚д゚)「じゃあそんな棺桶マニアのあんたに訊くが、音を操作する棺桶を知ってるラギか?
    トリコロールカラーの悪趣味な奴ラギ」

上機嫌になっているジョーンズに、トラギコはダメもとで質問をした。
もしも何かヒントになるような物があれば、と思ったのだ。
青、赤、白、そして黒で彩られた忌々しい強化外骨格の情報が何か手に入れば、次に活かすことが出来る。

(’e’)「勿論知っているよ。 現存する中でそんなカラーリングをしているのは、“レ・ミゼラブル”だけだ。
   暴徒鎮圧に特化した強化外骨格でね、敵意ある者に対して有効な音響攻撃が主兵装なんだよ。
   だから目立ちやすいカラーリングなのさ。 あの色なら敵は全員注視するし、意識を向けさせられる。
   つまり、敵対心を持つ人間には絶大な効果を持っているわけだ。

   しかし、ブラント君は珍しい棺桶を知っているんだね。
   あれはまだ復元したばかり――」

次の瞬間、トラギコの右手は躊躇いなく銃を抜き放った。
その速度は電光石火の早業で何一つ余計な動作がなく、安全装置を解除するのと撃鉄が起こされたのは同時。
拳銃を用いた近接戦闘において絶対的優位性を確保できる中間軸再照準(※注釈: 胸の前に銃を構える方法の一つ)の構えを取り、
指先に僅かでも力が込められれば、豊富な棺桶の知識が詰まった脳漿はパワーウィンドに飛び散ってグロテスクな装飾を施す準備を整えた。

(=゚д゚)「ショボン・パドローネはどこラギ?」

(’e’)「いきなりどうしたんだい?」

(=゚д゚)「いいから言え」

145 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:11:09 ID:oHcI4UCw0
支援

146 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:12:23 ID:u7PlYkbY0
(’e’)「落ち着きたま――」

ジョーンズの鼻先を銃弾が掠め、パワーウィンドが砕けた。

(=゚д゚)「――言え」

発掘したにしても、それがシュール・ディンケラッカーの手元に渡るためにはショボンを挟む必要がある。
もしくは、ショボンの組織を介さなければそれを手に入れることは出来ない。
シュールが脱獄したのは二日前の八月八日のことだ。
短期間でコンセプト・シリーズの棺桶を一人で用意するのは不可能。

詳しいことはこれから聞き出すが、ジョーンズは間違いなくショボン達に対して協力的な立場の人間なのである。
ジョーンズの性格が幸いして、思わぬ拾い物をした。

(’e’)「……まいったな。 もう少し紳士的に話し合いが出来ると思っていたんだが」

(=゚д゚)「頭をぶち抜かれなかっただけ紳士的だと思え」

ここで逃がす手はない。
何が何でも情報を手に入れ、手掛かりとし、足掛かりとする。

(’e’)「しかしね、それを答えたところで私には何もメリットがないんだ。
   君は私の情報が欲しいから、私を殺すわけにはいかない、そうだろう?
   もちろん私も死にたくはないし、君を怒らせて早死にしたくもない。
   今は私の職場に着くまで落ち着くのが互いにベストだと思うんだがね」

(=゚д゚)「手前の職場に着いたところで、俺が無事だという保証がないラギ。
    で、奴はどこラギ?」

147 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:17:10 ID:u7PlYkbY0
発掘の指揮を執る人間がショボンの組織に属しているとしたら、その作業員たちも仲間である可能性が濃厚だ。
素人のような恰好をしていても懐にあるのはペンではなく拳銃という事も、十分考えられる。

(’e’)「第一ねぇ、そのショボンとかいう男を私は知らないんだ」

これで言い逃れをしようとしているのならば信じがたい馬鹿だが、この男はトラギコの能力を試そうとしているようにも思えた。
どこまでトラギコが本気なのか、それを見極めようとしているのかもしれない。
だとしたら大きな間違いだ。
初対面の人間に試されることで得られるのは怒りだけだ。

(=゚д゚)「誰がいつ男だと言ったラギ? 博士、あんたは頭がいいが馬鹿ラギね。
    時間稼ぎが趣味か? 俺は膝を撃つのが趣味ラギ。
    車を停めろ」

(’e’)「あぁ、よく言われるんだ。
   では訊くが、どうして彼を探しているんだい?
   彼は髪がないが善人で追われるような男ではないよ」

(=゚д゚)「あれが善人なら刑務所は善人の展示場ラギ。
    まずは車を停めてからお前らの組織について話してもらおうか」

(’e’)「ほぉ、君は警官か探偵かな?
   煙草、吸うかな?」

トラギコが最初に要求したのは、停車だ。
それを無視してシガーライターを取り出し、なおも話を続けようとするジョーンズだが、おそらくはトラギコが手を出さないと考えているのだろう。
だが、それは大きな過ちだ。
銃口を下に向け、トラギコはジョーンズの太腿を撃ち抜いた。

148 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:21:28 ID:u7PlYkbY0
肉が抉れて血が扉を汚したが、流石に大動脈を傷つけると後始末が大変なためわざと表面の肉を削るように撃っただけ優しいと言える。
見た目は派手だが、そこまで深刻な傷ではない。

(;’e’)「あばっ?! 馬鹿か君は!! 本当に当てる奴があるか!!」

ようやく車を停めたジョーンズは傷口を押さえ、トラギコを罵倒する。
三発目の銃弾が彼の頬を掠めた。
これで本気であることが伝わるだろう。

(=゚д゚)「あぁ、馬鹿だよ。 で、そんな馬鹿な俺にも分かりやすく説明してもらおうか、博士」

(;’e’)「想像以上の馬鹿だよ、君は。
    とりあえず先に止血させてくれ」

止血のために血で汚れた右手で後部座席を指すが、当然認めるはずがない。
シートの下に何が仕込んであるか分からないし、余計な動きは禁物だ。
万が一周囲にこの男の護衛が控えていたら、合図一つでトラギコを襲うよう指示することも出来る。
シュールに棺桶を渡すよう手はずを整えられる人間ならば、それぐらいの用心はしていると想定しておくべきだ。

(=゚д゚)「駄目ラギ。 棺桶については詳しいようだが、銃についてはどうかな。
    この九ミリを食らえばお前の脳味噌がどうなるか、知りたくないラギか?」

(;’e’)「第一、話したら殺さないという保証がない。
    そんな話聞き入れるのは馬鹿だけだ」

(=゚д゚)「義手の中でも、指ってのは割と大変らしいラギよ。
    それが五本、両手で十本になると発掘どころじゃなくなるよなぁ。
    話せ」

149 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:25:17 ID:u7PlYkbY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
       ミヌ彡|::.:|.|:.:|..:|  |    l    l亡フ|  |
        X |..:.|:|..:|:.:|  l    「  ̄l  L三z|  | August 10th AM09:12
    _,. -‐(__)フ__l/´「 ̄ ̄|`丶 侶占コ | ̄ ̄l   .|
   {二二フ ,. -ァニ二二二ニヾ、i .| ̄ ̄| |──l   .|
      |,. '´ ∠ ____ノ l_|    |_| r----{三ヽ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

点滴のチューブが繋がれたアサピー・ポストマンは確かにベッドの上に寝かされ、薄いシーツの下で寝息を立てていた。
彼は術後の麻酔から覚めておらず、乱暴に開け放たれたスライド式の扉から現れたライダル・ヅーに気付いた様子はない。
それどころか、今まさに窓から侵入してきた男の存在にも気付いていなかった。
立派に蓄えた黒いひげと長く伸ばした癖の強い黒髪、体にぴったりと張り付く特殊なスーツと背負った長方形の物体。

不審者以外の何者でもないが、その顔を見たヅーは男の正体を見抜いた。
ベッドを挟んで相対する二人の視線は、互いの動きを読むべく油断なく固定されている。

瓜;゚ー゚)「……急いできて正解でしたね、デミタス・エドワードグリーン」

“ザ・サード”の渾名で知られる今世紀最悪の盗人、デミタス。
予告状を送り付け、警察をあざ笑い続けてきたその態度と反省のなさから死刑が宣告された男だ。
先日、シュールと共に脱獄したのを機に足取りが掴めていなかったが、ようやくここで出会えた。

(´・_ゝ・`)「名乗った覚えはないんだが」

瓜゚-゚)「有名人ですからね、我々の間では」

こうして会話をする間にも、ヅーは拳銃を抜き放つべく様子を窺うが隙が無い。
流石は盗人。
相手の隙を狙うことに関してはヅーよりも格上なのだ。

150 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:30:57 ID:u7PlYkbY0
(´・_ゝ・`)「それでも、予告状通り盗ませてもらうぞ」

予告状の話など聞いていないと思ってしまった瞬間的な油断。
生じた刹那の驚愕が、デミタスにとっての突破口だった。
確かに眼前にあったデミタスの体が、消失した。
地を舐めるような低姿勢になったわけでもなく、飛び上がったわけでもなく、文字通り消えたのだ。

瓜;゚-゚)「くっ!!」

僅かにベッドが軋む音が聞こえたヅーは、咄嗟に両手を眼前で交差させた。
防御の構えに対して襲ってきたのは、腹部への猛烈な打撃。

瓜゚-゚)「ぐ……」

予感していた。
だからこそ攻撃する場所を誘導することで、腹部に力を込めて対処することが出来ていた。
胸部への攻撃であれば肋骨を奪えたが、この瞬間的な戦闘の合間にそれを考えるだけの能力は彼になかったようだ。
が、明らかに人間離れした膂力にヅーの小柄な体が冗談のように宙を舞い、壁に叩き付けられた。

瓜; - )。゚ ・ ゚「……はっ!?」

姿が見えない、それがもたらす心理的な重圧は極めて大きい。
デミタスは強化外骨格を使っているに違いなかった。
意識が混濁する中でヅーは追撃に備えて身を構えるが、恐れていた展開は訪れなかった。
扉を蹴り破って入ってきた警備の者がライフルを構え、倒れたヅーを庇うように前に出る。

彼はジュスティア軍から派遣された人間で、戦闘経験は豊富なはずだ。

( ''づ)「どうしました!?」

151 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:35:08 ID:u7PlYkbY0
从´_ゝ从「侵入者か!!」

瓜;゚-゚)「不可視の棺桶使いです!!」

要点は手短に、そして要件は正確に。
デミタスであることを伝えるよりも大切なのは、見えない相手という事と棺桶使いであるという事だ。
物理的に姿を消すとなると、現代の技術や戦闘技法では不可能である。
馬鹿げた力とその能力を見れば、強化外骨格が成す業であることは明白だ。

警告は僅かな時間稼ぎにしかならなかったが、その間にヅーは呼吸を整えることが出来た。
秘書の肩書を持つとは言っても、彼女は警察官。
優れた頭脳と対応能力こそが、彼女の武器だ。
アサピーの枕を引き抜いてそれを放り投げ、懐から取り出したベレッタで穴だらけにした。

粉雪のように飛び散る羽毛が不可視の棺桶の軌跡を露わにする。
そして判明する。
デミタスの目的が。

瓜;゚-゚)「しまっ……!!」

彼が狙っていたのは、アサピーのカメラ。
その中に収められた写真を奪われると、多くの証拠が失われてしまう。
ショボンの素顔や爆破テロの現場の写真など、想像するだけでその価値は計り知れない。
現像しない限り、写真が持つ価値は無限大なのだ。

あれを奪われると、ヅーたちの捜査に多大な影響が出る。
最悪の場合は捜査が進まず、暗礁に乗り上げてしまう。
照準を宙に浮くカメラの前に向け、銃爪を引く。
銃弾は虚しく壁に穴を空け、命中した様子すら見せない。

152 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:39:32 ID:u7PlYkbY0
羽毛が急速に動き、デミタスが接近していることを知らせた。
小うるさい羽虫を潰して作業に専念するつもりなのだ。

从´_ゝ从「うわっ!?」

( ''づ)「うお?!」

その接近に驚いた兵士たちだったが、カービンライフルの銃爪を引いて弾をフルオートで発砲することは出来た。
弾は壁と床を砕き、窓ガラスを破壊したがこれも当たらない。
二人の兵士が突如として浮かび上がったかと思うと、窓の外へと飛んで行った。
不可視化の兵装は見聞していたが、実用レベルに達した物を見るのは初めてだった。

瓜;゚-゚)「くうっ……」

盗みに入るという事は、相手の死角や懐へ入り込む近接戦闘に長けているという事。
起動コードの入力が聞こえなかったことから、デミタスが身につけていた趣味の悪い衣装は強化外骨格の外装であることが予想できる。
なす術がない。
体術の経験値で勝っていても、身体能力の補助があるとないとでは雲泥の差だ。

構えていた拳銃が吹き飛び、顔に不気味な風が吹き付ける。

「お前には、個人的に用がある」

眼前の何もない空間から声が聞こえたかと思うと、ヅーの腹部に強烈な衝撃。
衝撃を殺そうにも受け身を取ろうにも、背中にあるのは壁。
壁と拳に挟まれた臓器は押し潰され、呼吸が止まる。
空虚がせり上がる不快な感覚と口の中いっぱいに広がる酸味が、嘔吐を誘発した。

153 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:43:47 ID:u7PlYkbY0
胃液を吐き出し、危うく意識が飛びそうになる。
寸前のところで痛みはヅーの意識を奪うことなく、呼吸困難と激痛によって四肢の動きを封じた。
意識がある分、最悪だった。
無力な自分を実感しながら相手の動きを見るしか出来ない。

力なく崩折れたヅーの目の前に、忌々しいデミタスがその姿を現した。
詳しく観察する余裕すら、今のヅーにはなかった。

(´・_ゝ・`)「聞かせてほしいことが二つあるんだ」

肩を蹴られ、仰向けに転がせられる。
そして、踵が視界を埋め尽くした。
鼻の骨が折れる感覚と激痛、そして意識の混濁が始まる。
顔を濡らすのが涙か血なのか、分からない。

(´・_ゝ・`)「一つは、お前には人の夢を奪う権利があるのかということだ」

太腿を踏みつけられ、太い骨が折れたのが分かった。
最早痛覚はその機能が焼き付く前に、回線の一切を遮断しようとしていた。
すでに腹部の痛みは全身の激痛と合わさり、どこが痛んでいるのか分からない。

(´・_ゝ・`)「俺には夢があった。 ささやかな夢だ。
      子供たちが幸せに育つ、ただそれだけの夢だ。
      孤児が生きるには金が必要だが、金を稼ぐことは出来ない。
      なら、どんなことをしてでも金を稼ぐ人間が必要になるだろう?

      金の仕送りが途絶えればどうなると思う?
      ……小さな体を売るしかないんだよ。
      この世界の汚れ、苦痛、屈辱を一身に受けるんだよ、その体で」

154 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:48:55 ID:u7PlYkbY0
瓜; - )「……っ」

記憶のフラッシュバックが始まった。
デミタス・エドワードグリーン。
判決は死刑。
その最終決定を下したのは――

(´・_ゝ・`)「エミリーもピピンもいい子たちだった……
      二人とも今は金持ちの愛玩道具になって、ビルボは真空パック詰めになった肝臓だけ見つかったよ。
      それが、お前が俺から奪った夢だ」

――他ならぬ、ヅー自身だ。
ジュスティア警察を嘲笑うようにして予告し、その通りに盗んだ。
彼は現場の警官たちのプライドを傷つけ、職を奪い、自殺者を出した。
それは許されることではない。

警官たちにも家族がいたのだ。
彼の事情など、知った事ではない。
ヅーが一日に十数名単位で死刑台に送り込んでいる事を、この男は知るはずもない。
罰を受けるべき人間の事情や名前など、宣告の後はどうでもいいのだ。

瓜; - )「……っそ」

(´・_ゝ・`)「そしてもう一つ。 俺が聞きたいのは謝罪の言葉でも命乞いの言葉でも強がりの言葉でもない」

最早、意識は薄らいで痛覚は消え失せていた。

(´・_ゝ・`)「お前の命が終わる音だよ」

そして、ヅーは意識がブラックアウトしていくのをただ受け入れるしかなかった。

155 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:53:33 ID:u7PlYkbY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;;:;:;;:;:;:;;:;:;;:;::;::::;:;::;::;::;:;:;::::::::::::::::::::::::::::::::::.::.:.::......:..  .....:.:.
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;:;;:;:;;:;;:;:;:;:;;:;::;:::;::;:;:;::;:;::;:::::::::::::::::::.::.::.:.:.::.:.:.:.....  .. ...:.:......::.:.:.:.:.:
:::.:::.:.:.::.:.::.::.:.::.:.:.:.::.:::.:.:.::.::.::.:.:.::.:.::.:.:.:.::.::.::.::.::.::.:.::.::.::.:.::.::.::.:.::.:.::.:.:.::.:.::.:.:
..:..:.:..:...:.:.:..:..:.:.:..:.:..:.:.:.:..:..:.::..:.:..:.:.:.:.:..:.:..:..:.:.:..:..:..:.:.:..:.:.:..:.:.:.: August 10th AM09:32
  ..:.:.. .. . ...:.:.:..:... ..:.:.:... . .  ..  .:.:.:.:....   ....:.:.:.. ..:.::..:...  ....:..
...  ...     ...:.:.             .    ...   ....:.:.:.:.::..
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

長い沈黙があった。
十分なのか、それとも一時間なのか。
時間の経過は心的な状況によって感じ方が大きく変わる。

(’e’)「――くそくらえ、と言ったら?」

(=゚д゚)「……手前ぇ」

銃爪にかけた指に力を込めようとした、その瞬間。
助手席側の扉が、軽くノックされた。
スモークガラスで中が見えないのであれば問題はないが、銃声は大問題だ。
誰がノックをしたのか、トラギコはジョーンズが抵抗しないように注意しながら、慎重にそちらを見た。

万が一にでもカージャッカーだとしたら、迎撃しなければならない。
果たしてそこにいたのは、トラギコの意表を突くには十分すぎる人物だった。
  _
( ゚∀゚)「おい、エンストか?」

手入れのほとんどされていない茶髪は大部分が白に染まり、一インチほどに伸びた無精髭と垂れた鳶色の瞳。
汗染みの出来たワイシャツに色褪せたジーンズ。
それでもなお失わない軍用犬じみた雰囲気。

156 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 21:58:22 ID:u7PlYkbY0
(;=゚д゚)「じ、ジョルジュ……さん?!」

ジョルジュ・マグナーニ。
ジュスティア警察で先輩としてトラギコに多くを教えてくれた、数少ない尊敬の対象。
一身上の都合で退職した彼が、どうしてここに、と考えてしまったのは懐かしさ故。
常に喪失感と命の危機にさらされ、心がすり減るのを防ぐために鋼鉄で保護してきたトラギコにとっては正に不意打ちだった。

同僚の登場は、固めてきたトラギコの心を内側から大きく揺さぶった。
思うのは過去。
振り返るのは良き思い出。
奪ったのは数秒。

(’e’)「では、失礼するよ」

一瞬の隙をついてジョーンズは車外へと飛び出し、血の跡を残して坂を転がりながら移動していった。
射殺しようにも、もう死角へと逃げ込んでいる。
  _
( ゚∀゚)「馬鹿な奴だ」

誰が乗っているのか分かっていないのだろう。
いや、ジョルジュには興味の対象外なのだ。
ジョルジュが興味を持っているのは、如何に素早く犯罪者を仕留めるか、その一点のみ。
ジョーンズの逃亡を見届けたジョルジュが取る次の行動は、誰よりもトラギコがよく知っていた。

彼に直接教えを受け、彼の行動を真似してきたからこそ分かる。

(;=゚д゚)「くっそ!! やべぇやべぇやべぇ!!」

157 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:01:30 ID:u7PlYkbY0
急いで運転席へと移り、頭を下げたままアクセルを踏んで車を発進させた。
キーを抜いてエンジンを切られていなかったのは不幸中の幸いだが、無理な体勢のせいでギアを変えられず、速度を出せない。
車が前に進むのと同時に助手席の窓ガラスが砕け散り、運転席のヘッドレストが吹き飛んだ。
驚くことではない。

ジョルジュが本気を出せばスミス&ウェッソンM29をホルスターから抜いて撃つ速度は、銃を構えた状態の人間と大差ない。
ジュスティア人の中で最も早撃ちを得意とする、世界最速のガンマン。
それが、ジョルジュだ。
一発の銃声で二つの的に弾を命中させることも、宙に放り投げた三つのコインが地面に落ちる前に吹き飛ばすことなど造作もない。

現場から離れるセダンの背後から、フルオート射撃に匹敵する速度の連射が車体を襲う。
マグナム弾でも、運転手を殺さない限りはセダンを止められない。

(;=゚д゚)「どうなってんだ!!」

その答えは分かっていた。
ジョーンズの仲間という事は、すなわちショボンの仲間へと身を堕としたことを意味する。
何が起きて、どうして彼らは結託したのか。
少なくともジュスティアの精神を持っている人間ならば、ショボンのような堕ち方はしない。

ジョルジュは確かに不真面目な部分も多かったが、それでも彼は良き警官であろうとしていた。
何故それが終わったのか。
答えが分かるはずはない。
  _
( ゚∀゚)「……」

バックミラーに映るジョルジュが、残忍な笑みを浮かべてアタッシュケースを構えた。
その中身を、その力をトラギコは知っている。
動いた口が紡ぐ言葉も、一言一句覚えている。

158 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:04:21 ID:u7PlYkbY0
  _      Go ahead.          Make my day.
( ゚∀゚)『いいぜ、望むところだ。 この俺を楽しませてくれよ』

起動したのは大口径対強化外骨格用リボルバーを使うAクラスのコンセプト・シリーズ、“ダーティー・ハリー”。
アタッシュケースに収納されているのは、反動抑制と動作補助の役目を持つ籠手と一体となった拳銃だ。
目的はただ一つ、重装甲の強化外骨格をも撃ち抜ける拳銃の携行と緊急時の使用である。
トラギコの所有するブリッツと非常によく似た設計思想をしているが、大きく異なるのはその射程だ。

ブリッツの主兵装である高周波刀は応用が効くが距離が短く、対するダーティー・ハリーは中距離を相手に十分戦える。
六十口径のニトロ・エクスプレス弾を強化した弾丸がもたらす威力はCクラスの棺桶の装甲ですら貫通し、頑強で名を知られるトゥエンティー・フォーの装甲も貫くことが実証されている。
ならば、セダンの装甲など紙同然。
運転席側を狙って撃たれれば、トラギコの体は水風船のように爆ぜることだろう。

蛇行運転で逃げようにも、相手が悪すぎる。
警察きっての射撃の天才を前に、逃げ切ろうとするのが不可能だ。
彼の実力を知っている人間だからこそ出来る戦い方をする他ない。
座席の下へと潜り込むと、半分に千切れたシートが落ち、フロントガラスに大きな穴が開いてそこから風が流れ込んできた。

(;=゚д゚)「くっそ、視界が……!!」

蜘蛛の巣状のひびがフロントガラス全体に走り、何も見えない。
続けてハンドルが破裂し、助手席のシートも半壊した。
運転席に撃って効果がないと判断して、潜んでいる可能性のある助手席を撃ち抜く。
かつて彼から教わった通りの順番だからこそ対応できたが、次に撃たれる場所も分かってしまう。

次は動きを止めるために車軸を狙ってくるはずだと思った瞬間、予想に反してセダンが上下に大きく揺れた。
明らかに、何かを乗り越えた感覚だ。
覚えている限りで乗り越え得る障害物と言えば、ガードレールしかない。
ガードレールにぶつかり、乗り越えたと考えるのが自然だ。

159 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:07:18 ID:oHcI4UCw0
支援

160 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:07:47 ID:u7PlYkbY0
不自然なのは速度をそこまで出ていなかったことだが、ジョルジュがガードレールの支柱を破壊したのであれば納得できる。
運転手を撃ち殺すのが難しいと判断し、崖から落として確実に重傷を負わせる方針に固めたのだろう。
それならば、速度を十分に高めずともセダンはガードレールを押し倒して乗り越えることが出来るのだ。
短時間で打ち出された方策は完璧で、トラギコには思い至らなかった。

完敗だったが、とにかく今は生き延びることを考える他ない。
どうにか座席の下から這い上がろうとするが、嫌な浮遊感を覚えた時にはトラギコの視界は大きく上下に揺れ始めていた。
猛烈な速度で滑落し始めているのだと認識したところで、どうしようもない。
シートベルトを片手で手繰り寄せ、手首に巻きつけるようにして握りしめた。

高低差や周囲の状況などを考える暇などないまま落ち続け、車体が大きく持ち上がると同時に横転した。
平衡感覚を失い、背中をダッシュボードに何度もぶつける。
車外に放り出されれば、待っているのは避けようのない死。
限りなく現実的な死の実感を総身で受けながら、トラギコはそれを受け入れるしかできない。

――そして、訪れた衝撃と共にトラギコの意識は黒い世界へと溶けて消えた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ';、  .i'  )r'::::::. . ';、  .i'  )r'::::::. . ';、  .i'  )r'::::::    :::::::::::l::: ト:、._
..     |゙':  ゙,ニ;;ェ、     :|゙':  ゙,ニ;;ェ、     :|゙':  ゙,ニ;;ェ、    ::::::::::ノ::  |:::::゙、`ァ'''ー.、._
        ゙、 ゙`l'ー‐',`ー''’ :::゙、 ゙`l'ー‐',`ー''’ :::゙、 ゙`l'ー‐',`ー''’ :::::/:::::: /:::::::::\!、(二)::
..     ,.rlヽ .:`~´ ::::::::::;;r,.rlヽ .:`~´ ::::::::::;;r,.rlヽ .:`~´ ::::::::::;;/:::::::::::/::::::::::::::::::\`ー=:
.,.=x''',!ァ'゙:::/l :゙、.  ,.=x''',!ァ'゙:::/l :゙、.  ,.=x''',!ァ'゙:::/l :゙、   ..:::/August 10th PM05:47
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

目を覚ました時、アサピー・ポストマンの周囲には黒尽くめの男が五人立っていた。
柔軟性のある素材で作られた上質な布地のダークスーツを着ているが、その上からでもはっきりと彼らの体に付いた筋肉の多さを見て取れる。
両腕の筋肉と胸筋は特に発達しており、彼らの腕力が如何に優れているのかを如実に物語る。
視線を読ませないためのサングラスと片耳に入ったインカムは、彼らが組織に属していることを示す。

161 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:13:01 ID:u7PlYkbY0
(;-@∀@)「え?」

生きていたことを喜ぶ間もなく、枕元に立っていた彫りの深い男がインカムに呼びかける。

(●ム●)「……保護対象が起きました」

アサピーの無事を歓迎している風ではないし、何よりも威圧感がすさまじい。
全員が懐を不自然に膨らませ、皮の厚そうな両手は傷だらけだ。
それを聞いた他の四人が互いに向かい合い、話しを始める。

川_ゝ川「各位、対象の起床に伴いプランAを実行する」

(,,●ω●)「プランA了解。 ルート確保後、戦術プランPPで行動を開始する」

(●ι●)「戦術プラン、市街地における最重要人物の護衛任務、了解。 ルートの消毒作業を開始する」

I●U●I「消毒作業了解。 チームB、作業に移れ。 十五秒後に移動を開始する」

次の瞬間、男たちは足元から艶のないモスグリーンに塗られた大型のスーツケースを持ち上げ、それを背負った。
そして背負うのと同時に、全員が同じ言葉を口にする。

『我らは平和を願い、勝利を求める。 どうか名も無き我らに、気高き白の祝福があらんことを』

小型にして強力、そして一際優れた携帯性と有用性の両立。
キー・ボーイやジョン・ドゥと肩を並べるほどの名機ながら、その特殊さ故に実戦で使用されることのあまりない強化外骨格の起動コード。
一部の軍やボディガードに幅広く浸透しているAクラスの強化外骨格、“エーデルワイス”。
新聞社に勤める前にフリーランスのカメラマンとして働いていた際に担当した雑誌で、ジュスティア軍が運営する警備会社の特集が組まれたことがあった。

162 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:17:50 ID:u7PlYkbY0
アサピーが担当したのは警備会社の社員の姿を撮影するだけで、実際に使われた写真は小指の爪ほどの大きさだった。
経営不振によりその雑誌社はすでに倒産しているが、初めて得た仕事が関係しているためにその記事の内容はよく覚えている。
雪原地帯以外ではほぼ使う事のない白を基調とした迷彩柄の装甲は、装甲とは言い難いほどに頼りなかった。
彼らの四肢を包んだのは、動作補助用の人工筋肉とフレームであり、生身の部分の露出の方が圧倒的に多い。

頭部だけはカメラと一体化した歪なヘルメットで護られているが、口元は大きく開いており実質的に守られているのは頭蓋だけとなる。
だが、この強化外骨格の優れた点はBクラス並みのパワーを発揮できながらもAクラスの中でもかなりの小型に納められている点だ。
加えて、使用者が走りながら起動コードを入力してもかなりの正確さで装着を完了させる人工知能の性能も、この棺桶の特徴の一つである。
コンテナ内に一度招かれて装着を済ませるタイプの棺桶と異なり、時間の短縮が出来る点で一線を画している。

グレート・ベルの鐘が、澄み渡る金属の音色を響かせた。

(::[∵/.゚])「作戦開始」

その一言と共に、アサピーは枕元にいた男に抱きかかえられていた。
思い出に浸る時間も瞬間も与えられないまま、説明さえもないまま病院の外へと連れ出される。
地平線の彼方に沈みゆく夕日の赤々とした血を思わせる深紅色と、巨大な暗幕が下りるように広がる濃い群青色の夜闇、そして鳴り響く鐘の音が不気味だった。
それはまるで――

――まるで、血に濡れた惨劇の舞台に幕を下ろすように見えて。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  : : : : : : : :ヽ、      : ::::::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;::::;: : : : : : : : : : : : : : : .: : :::::::::::::::
: : :  :   : : : : :`'----‐′:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;: : : : : : : : : : : : : : : : : ::::::::::::::::: : : :::::::::
: : .:    : :  : ::: ::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;: : : : : : ....: : : ::::::::::::::: : : : : : : : : : : ::::::::::
: : .:    : :  : ::: ::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;: : : : : : ....: : : ::::::::::::::: : : : : : : : : : : ::::::::::    /::ヽ
                   I員TTTTTTTTTTTI  _|_    ______   |FF|ニ|
    _____________           /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄~! iニi  . .| FFFFFFFFF |  /二ニ,ハ
    . |IIIIlミ|三三|゙ ____|ミ| LL LL LL LL LL | iニi,___| FFFFFFFFF |  |EEE|日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

163 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:22:02 ID:u7PlYkbY0
抵抗は最初から選択として頭に浮かぶことはなかったが、ただならぬ状況にあることを知りたい気持ちが湧き上がってきた。
ただの新聞記者の端くれから大事の中心に近づける機会は、人生でも二度あるかというほど。
この状況、興奮せずにはいられない。
何者かに脇腹を撃たれたとしても、つい先ほどまで眠りの中にいたとしても、関係ない。

今をただ生きて、真実を追い求めるだけだ。

(-@∀@)「取材を申し込んでも?」

揺さぶられながら、路地裏へと連れられながらアサピーは取材を開始した。
が、応じる者は当然いない。
そこで思い出す。
カメラがない。

(;-@∀@)「あ、あの、僕のカメラはどこにあるので?」

誰も答えない。
商売道具であり、アサピーの努力の結晶が一眼レフカメラの中にある。
それを回収しないことには、死にかけた意味がなくなってしまう。
背筋がようやく冷えてきた。

(;-@∀@)「ねぇちょっと、あれがないと困るんですよ。
      ショボン・パドローネとショーン・コネリのベストショットがあるんですってば」

好ましい反応はない。
どころか、無言の圧がアサピーを襲った。
目的地がどこであれ、意図的に迂回を繰り返して尾行者に気を遣い、時には分散し、時には集結して移動する彼らは無駄な行動を起こす気配を見せない。
されど放つ雰囲気、殺意、敵意、それら全てが物質的な何かを思わせながらアサピーの頬を舐めたのだ。

164 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:25:21 ID:u7PlYkbY0
これ以上語るのであれば、次にアサピーを待つのは無慈悲な咀嚼だ。
骨まで到達する一撃を甘噛みと表現し、彼らは今度こそ物理的にアサピーを黙らせるだろう。

(::[∵/.゚])「……コンタクト!!」

(;-@∀@)「えっ?!」

一喝。
対象はアサピー以外の全員。
目的は警戒、警告、そして戦闘開始の宣言。

(::[∵/.゚])「対象、デミタス・エドワードグリーンを確認。 排撃する」

(;-@∀@)「スクープ?!」

(´・_ゝ・`)「今度こそ盗ませてもらうぞ、そいつの命。
      ――姿は見えずとも、殺意は見える」

完全にアサピーを対象とした宣戦布告の言葉の後、一瞬でデミタスと呼ばれた男の姿が視界から消え失せた。
減音器で申し訳なさ程度に抑えられた銃声が連続するが、地面を抉るだけ。
この世界にいる人間は、こうも容易く銃弾を回避できるわけではない。
その非現実極まりない事象を現実へと落とし込むためには、旧時代の技術が必要となる。

強化外骨格が。

(::[∵/.゚])「報告の通りだ、慌てるな。 ケースDが発生、プランDで対処」

姿が見えないという圧倒的な不利にもありながら、男たちは落ち着き払った声と態度で動き始める。
まず、アサピーを抱えた男が跳躍し、建物の壁を足場にして屋上へと昇る。
その間に残った男たちがデミタスを探して仕留め――

165 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:29:19 ID:u7PlYkbY0
(::[∵/.゚])「馬鹿な、感無しっ――?!」

――首を刎ねられ、仕留められていた。
詳しいことは分からないが、デミタスの狙いがアサピーであり、彼を守ろうとしている男たちが窮地に陥っているのは分かる。
姿が見えない相手を前に、ジュスティア軍が翻弄されている。
そして、思い出す。

予告状を出したうえで警察を手玉に取り、目的の物を奪い取った男の事を。
“ザ・サード”だ。
命を狙われる原因は分からない。
分からないことだらけの状況に慣れつつも、アサピーはその状態から一つの事を学んだ。

混沌としているように見える中にも、中心点が必ずあるという事だ。
例えばトラギコ・マウンテンライトが追っていた脱獄囚。
例えばショボンとショーンの争いの発端であるアサピー自身。
その中心点に向かうにつれて事態は激しさと混乱を加速させ、関係者を惑わせるのだ。

今見極めるべきはその中心点。
一介の記者であるアサピーが襲われる原因、殺されようとしているその理由こそが中心点に違いない。
目撃情報、もしくは体験がその原因だろう。

(::[∵/.゚])「状況Eが発生!! これよりルートRで保護対象をポイントCへ移送する!!
      支援プランDを――」

アサピーを抱えて屋上を駆け回っていた男が、つんのめり、アサピーはその場に放り出された。
辛うじて屋上の縁に体がぶつかって止まり、落下を免れたが強かに打ち付けてしまった全身が痛む。
手術を終えたばかりの傷口が開き、熱と痛みが腹から広がる。
何故男が倒れたのか、それは男の頭を見れば十分理解できた。

頭頂部が半分抉れていたのだ。

166 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:33:15 ID:u7PlYkbY0
(;-@∀@)「流れ弾? ……いや、これは」

予感というよりも直感でアサピーは自ら縁を乗り越えて、ゴミ捨て場の上に落ちた。
それが、この島で起きつつある事件の核心の片鱗をアサピーに見せるとは、誰も思わなかっただろう。
確かに目撃したのだ。
彼方で光った、カメラのフラッシュにも似た輝き。

マズルフラッシュと呼ばれるそれの場所を、アサピーは視認したのだ。
全てを繋げ、これまでの不自然な何もかもを解き明かし得る情報だった。
この情報をトラギコ・マウンテンライトに伝えれば、事態は急激な変化を起こすはずだ。
そうなればスクープの中心に入り込める。

幸いにして黒いビニール袋に入っていたのは可燃性のゴミばかりで、安いクッションの役割を果たした。
痛む体を使い、アサピーはゴミ捨て場を脱した。
決定的な瞬間を伝えるという任務、責務、責任の全てを一身で背負いながらアサピーは傷口を押さえながら歩き始める。
この事件、想像以上に奥が深く闇が多い。

指先に感じる血の感触の正体を確認するよりも、やるべきことがある。

(;-@∀@)「……ご、護衛の皆さん? 誰か、誰かいませんかー?」

ともあれ、アサピーは無力だ。
武器も技術も武術もない。
誰かに守られ、誰かの力を鉾として立ち向かわなければならない。
エーデルワイスを身に纏っていた男たちはどこに消えたのか分からず、姿の見えないデミタスの位置も分からない。

分かるのは殺されてはならないという事と、トラギコと会わなければならないという事。
どこの路地裏にいるのか、皆目見当もつかない以上、アサピーが取るべき進路は音のする方向。
即ち人通りの多い場所だ。
だが、それは賭けだ。

167 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:37:27 ID:u7PlYkbY0
アサピーが見た光の位置は、このグルーバー島の中心部に聳え立つティンカーベルの象徴。
つまりそれは――

――鐘の音を鳴り響かせる鐘楼、グレート・ベル。

その場所こそが、狙撃の原点。
調べれば必ず何かが見つけることの出来る聖域。
是非ともトラギコにこそ、それを任せたい。
彼ならば、真実を追求し答えへと辿り着くためには手段を択ばないあの男ならば、確実に実現できるはずなのだ。

(;-@∀@)「おーい、誰かー。 メディーック!!」

叫ぶがその声は虚しく響くだけ。
逆に、アサピーの場所を他者に知らせてしまうだけだとは思いもしない。
彼は素人。
襲われる側の経験はなく、スクープを目指して追うのが彼の仕事故に知らないのは当然だろう。

(;-@∀@)「誰か何とかしてくれー!!」

彼が叫んだその瞬間。
二つの勢力が。
否。
たった一つの強大な勢力に対して、唯一無二の存在が無慈悲極まりない牙を剥いていた事を、アサピーは知る由もなかった。

168 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:38:33 ID:u7PlYkbY0
.

「……また邪魔するか、女!!」


「悪いけどな、またあたしなんだよ、男」


この時。
ジュスティアでも、ましてやティンカーベルでもない別の存在に自分が生かされたことなど、アサピーは知るはずもない。
考えていたのは生き残る事と、これから向かうべき場所だった。
選択次第ではすぐに新たな魔手に狙われ、今度こそ殺されてしまう。

それを回避しつつも、安全に情報をトラギコへと発信できる場所。
ただ一か所だけ、アサピーの脳裏にその場所が浮かんだ。
斯くしてアサピーは、偶然その場にやってきたタクシーに飛び乗り、事なきを得た。
彼が目指したのはグルーバー島にある警察の支部ではなく、ジュスティア軍の駐屯地でもなく、ましてやモーニング・スター新聞の支社でもなく。

現段階で絶対にして唯一の安全圏。
ショボンが事件を起こした発生源。
島から隔絶され、隔離され、独立した海上の街。
それ即ち、船上都市にして世界最大の客船。

これより今、真実を巡る舞台はオアシズへと移るのであった。






━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

          Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第七章 了

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

169 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:39:47 ID:u7PlYkbY0
支援ありがとうございました。
これにて本日の投下は終了となります。

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

170 名も無きAAのようです :2015/04/12(日) 22:45:06 ID:oHcI4UCw0

ジョルジュがカッコイイ。

171 名も無きAAのようです :2015/04/13(月) 03:23:08 ID:0ZOfpTTA0

熱くなってきたな

172 名も無きAAのようです :2015/04/13(月) 08:40:10 ID:Vg1/oZVs0
おつん 
アサピー生きてたとは トラギコも満身創痍だしどうなるんだ

173 名も無きAAのようです :2015/04/20(月) 20:57:10 ID:5tF1rZAw0
読んだ!

174 名も無きAAのようです :2015/04/21(火) 00:52:53 ID:jAYoOxFk0

今まで読んできたブーン系の中で一番大好きだ。次回も待ってる!

175 名も無きAAのようです :2015/04/21(火) 02:34:33 ID:rMLlNYo.0
自演乙

176 名も無きAAのようです :2015/04/22(水) 13:11:20 ID:gDjJ741I0
泣けるぜ

177 名も無きAAのようです :2015/05/09(土) 20:22:37 ID:H9d9/bIA0
                        次回予告

┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


背を向けるのも向き合うのも自由だけど、絶対に逃げられないもの、なーんだ?

                                         イルトリアのなぞなぞ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

明日の夜、VIPにてお会いしましょう。

178 名も無きAAのようです :2015/05/09(土) 22:06:02 ID:Xvn7Em9Q0
キター(((o(*゚▽゚*)o)))

179 名も無きAAのようです :2015/05/09(土) 23:40:39 ID:4dkUQKUU0
ウホッ

180 名も無きAAのようです :2015/05/09(土) 23:54:33 ID:4cRB7eYo0


181 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:02:25 ID:EB3u4DHo0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


背を向けるのも向き合うのも自由だけど、絶対に逃げられないもの、なーんだ?

                                         イルトリアのなぞなぞ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

世界最大の豪華客船、そして船上都市という二つの言葉が連想させるのはオアシズを置いて他にはない。
客船を改造して作られた街の発電装置は自然の力だけで街一つに十分な電力を供給できるよう設計されており、船で文字通り一生を過ごすことが可能だ。
惜しむらくは世界最大級の船だけあって、寄港できるだけの環境が整っている限られた街にしか停泊できない事だけ。
それ以外の全ての事は船で事足りる上に、街に寄るたびに新たな商品を仕入れ、常に流動的な環境が船内の景気を停滞させることなく循環させていた。

言い換えれば、立ち寄らずともある程度の事は船の中で完結できるという事であり、万が一大地が裂けようともこの船だけは神話に出てくる箱舟のように悠々と終末世界を旅できるというわけだ。
だが、現在オアシズが停泊している港を保有するティンカーベルに乗客達が降り立つことは制限されていた。
制限に伴って商品の搬入出も禁止され、事態が落ち着くまでの間、船から降りることも船に乗り込むことも出来ない。
接岸していながらも島に降りることが出来ないがオアシズはもともと独立した街であり、陸地から離れていても生活するという意味では何一つ問題はない。

不燃ごみなどの廃棄物に関してはコンテナに積めたものを特定の廃棄場に運び出すことが許されている以外、何一つとして船に入ることも出ることも認められなかった。
それでもオアシズ側は不平一つ漏らすことなく、警察の要請通りに規定を守り続けている。
オアシズとしても犯罪者を船内に招き入れるのには反対というスタンスを貫いているため、船と外界を繋ぐ存在に対して警戒することに対しては大いに賛成していた。
船と港を繋ぐ唯一の道はオアシズの船倉と通じるものだけであり、そこは入り口が封鎖されている上に完全武装した男たちによって厳重な警備下に置かれている。

182 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:06:33 ID:EB3u4DHo0
支給されたライフルはダットサイトとフラッシュライト、そしてアングルドフォアグリップを装着したコルトM4カービンライフルで、背負うのは傑作強化外骨格“ソルダット”と重装備だ。
埠頭には三人一組の警備員が随時巡回を行い、不審者や不審物に細心の注意を払っていた。
彼らはジュスティアから派遣された兵士ではなく、オアシズが契約している警備員であり、その忠誠心と練度は軍人と比肩し得るだけのものを持っている。
軍帽の下から覗く双眸は闇を鋭く睨みつけ、安全装置の解除されたライフルのトリガーガードに指がかけられ、いつでも発砲出来る状態を整えている。

オアシズの厄日と呼ばれる連続殺人事件と海賊の襲撃以降、住人の命を守るという行為の重さに比べて銃爪を引く行為の軽さを実感した彼らの動きに躊躇はなくなった。
万が一不審者が現れた際には実力を持って対処することを誓い、銃把を握る手にも力がこもる。
離れた場所、グルーバー島の中央でグレート・ベルが“鐘の音街”の名に恥じぬ巨大な鐘の音を響かせた。
その美しい音色は数世紀以上も変わることなく島にあり続け、今なおその役割を果たし続けている。

警備員の一人が腕時計に目をやる。
夜光液で浮かび上がる文字盤が示す時刻は夜の五時五十五分。
六時五分前に鐘が鳴る習慣があるとは知らなかったが、そもそも島にある全ての風習を部外者が理解するなど不可能なのだ。
時計から目を上げ、警備員たちは歩哨の任務を再開した。

赤に染まった水平線の果ても、もう間もなく夜の帳に覆い隠されようとしている。
本格的な夜の到来に伴い、風が冷気を帯び始め、波の音と相まって夏の暑さを忘れさせてくれた。
避暑地としても知られているティンカーベルならではの気温変化だが、冬は川の水も凍るほどの寒さになる。
だからこそ発展したのが、アルコール度数の高い酒だ。

特にウィスキーの生産が盛んなのが、グルーバー島の西に位置するバンブー島である。
泥炭をふんだんに使って燻し香を身に纏った琥珀色の液体は、他に比類のない深みのある香りと味、そして中毒性を有している。
ティンカーベルの地で始まったとされるこのウィスキーは、スコッチ・ウィスキーと名付けられ、世界で愛飲されている。
しかしその輸出すらも禁止された今、何日間港が封鎖されるにしても、一日の遅れで生じる損害は相当な物だろう。

積み込みに勤しむ商業船などで賑わいを見せるはずの埠頭も、最低限の明かりだけで照らされて寂しげな印象を与える。
警備員が主に注視しなければならないのは海面だった。
埠頭に通じる橋を渡る者がいれば、島側の出入り口を封鎖している軍関係者たちから連絡があるはずだからだ。
橋の可能性をなくせば残りは海だけ。

183 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:10:45 ID:EB3u4DHo0
潜水装備を身につけた賊が現れる可能性を視野に入れ、二人はライトを地面ではなく海面の上を磨くようにして念入りに照らし、微細な変化に目を光らせている。
強化外骨格の中には潜水能力に長けた物が存在するが、使用するのが人間である以上は空気を外部に排出する必要がある。
つまり、不自然な泡があればそれは注意するに足るものという事。
仮に無呼吸で動いたとしても、多少なりとも透明度のある海中を動かなければならない以上、その姿を見つけ出すことは可能だ。

水平線に見えていた陽が沈み、オレンジとも紅蓮とも言える美麗な空が濃密な紺色に押しつぶされ、瞼をゆっくりと閉じるようにして夜へとその姿を変えた。
一日に一度しか見ることの出来ないその光景を、不思議なことに三人が三人とも眺めてしまっていた。
あまりにも美しい光景に目を奪われるのは人間として正しい反応だったが、彼らは決して警戒の糸を緩めたわけではない。
現に彼らは、無線機から聞こえてきた声に対して即時対応できたからだ。

『……こえるか? 聞こえるかオーナイン?』

聞き慣れたジュスティア軍人の声が無線機の向こうから呼びかけてきている。
いつもの雑談というわけではなさそうだ。
無線を通じてのやり取りしか行っていないが、すでに互いの好みや声を覚えるまでには仲が親密になっている。
何気ない故郷の話や酒の話。

事件が終わり次第、会って酒を飲みかわそうという約束まで取り交わしている仲となった。
共通認識が異なる街の人間を結び付け、思わぬ交友を広める機会になったのは皮肉というべきか幸運というべきか。
しかし規定のために名前を話すことは許されておらず、両者ともにその一線を越えないようにして話をしていた。

( 0"ゞ0)「こちらオーナイン。 何か起きたのか?」

『タクシーが来て、今検問で止められている。
オアシズへの乗船を求めている客がいるそうだ』

犯人の逃亡を防ぐため、橋に通じる道は厳重に封鎖され、特に船に近づくための道は徹底して守られている。
その検問の一つに引っかかったのは、今日はこれが初めての事だ。
むしろこの状況下で動くような馬鹿がいるとは思わなかった。

184 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:15:03 ID:EB3u4DHo0
( 0"ゞ0)「そちらで対応を」

当然の返答だ。
正直なところ、この事件に関してオアシズ側が持つ責任というのは乗客の安全を守る事であり、島の安全回復を手助けする義理はない。
失態を犯したのはジュスティアであり、オアシズではないのだ。
第一、島全体を封じたのはジュスティア側であり、怪しげな車両・人物の判断は彼らに一任されている。

オアシズの警備員が行うことはと言えば、ジュスティア側が許した人間が本当に安全なのかを確かめることと船の安全を維持することであり、遠く離れた検問所に指示をすることでもない。
仕事が分業されている以上、余計な介入は無用。
特に、大きな事件に関わり合いになるのは御免こうむる。
例え仲がよかろうとも、その一線を越えてしまえば双方の仕事に支障がでる。

互いにやるべきことをやる。
それが仕事だ。

『自称新聞記者の男で、市長と話がしたいと言っている。
緊急の用件だそうだが、どうする?』

( 0"ゞ0)「追い返してくれ。 ゴシップ記事を書かれたら俺が市長に殺される」

今朝行われたライダル・ヅーの会見によれば、モーニング・スター新聞は昨晩の火事について独自の調査を行い、記事に書き起こし、事件解決の妨害をしたらしい。
そのような前歴のある新聞社を、みすみす船内に招き入れる訳にはいかない。
市長も同様の意見であろうことは、火を見るよりも明らかだ。
沈静化の方向で進んでいる船内を再びかき回されようものなら、オアシズは再び大きな損害を受けることになる。

自分たちの行った愚かな報道を顧みずに来たのであれば、彼らの厚顔無恥な振る舞いに対して暴力で応じる他ない。

『了解』

185 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:18:20 ID:EB3u4DHo0
そして、無線機から音が途絶えた。
再び訪れた静寂の時間。
興味本位で記者が近付いてくるかもしれないことが分かった警備員たちは、一層気持ちを引き締めて警戒にあたることにしたのであった。

┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                    Ammo→Re!!のようです

            Ammo for Tinker!!編   第八章 【brave-勇気-】

                                          August 10th PM06:24
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

海から吹き付ける風は冷たく、肌寒くすらあった。
黄色い塗装のタクシーからは排気ガスが程よい熱を悪臭と共に吐き出され、車の傍は風さえなければ程よい温度を保っていた。
期待していた言葉が得られれば風の冷たさなど喜びで忘れる事が出来たのであろうが、男が期待していた返答は得られなかった。
風は、容赦なくその強さを増し始める。

絶望的な経験はこの三日の内に何度も経験してきたが、これほどまでに心折れるとはアサピー・ポストマンは思いもしなかった。
せっかく状況を好転させ得る情報を持っているというのに、相手方はそれを求めていない。
当然の展開と言えばその通りであるが、自分の持つ情報が見向きもされないというのはあまりにも悲しい話だ。
そして今、アサピーはもう一つの危機と直面していた。

命からがら急いでタクシーに飛び乗ってオアシズを目指したのはいいが、肝心の金がなかったのだ。
気付いたのは乗車して目的地を告げ、メーターが三十ドルを示した時だった。
着の身着のまま病院から連れ出されたため、金になりそうな物は何一つ身につけていない。
金銭がないままにタクシーを転がしてしまった以上、金は払わなければならない。

186 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:22:23 ID:EB3u4DHo0
しかし無い袖は振れない。
逆立ちしたところで一セントも転がっては来ない。
このままでは運転手に警察に突き出されて投獄されるのは必至。
ただでさえ方々から狙われている上に、警察はアサピーを目の敵にしている。

その理由を作ったのがアサピー自身であることが、更に最悪だった。
エラルテ記念病院で起こった火災事故を“事件”として記事にして、警察全体に良くも悪くも多大なる影響を及ぼした。
己の行動によって多くの警察官が迷惑をこうむり、捜査に支障が出ることは記事を形にする前に分かっていたが、止められない思いというのも世の中にはある。
何よりもアサピーが信じているのが、真実を表にするという行為の持つ絶対的な正義だ。

秘密裏に処理されてしまう事件の影というのは、公に出来ない後ろめたさがあるものである。
問題なのはそれが隠され続け、特定の人間だけが墓場に持っていくという特権を有していることだ。
情報は公平であり、その公平さの中で初めて善悪が決定する。
単純な殺人一つを見ても、それが自らの尊厳を守るための行為なのか、それとも快楽を目的としたものなのかは情報無くして判別できない。

民衆は真実を欲しているのだ。
欲しているのだから、与えるのだ。
それこそが記者。
それこそが、アサピーの心掛ける記者の絶対的な信念である。

信念を貫き通すためには必要な物がある。
この世界を動かし、変え得るものと同様に“力”だ。
マスメディアはその力を腕力、武力以外で持つ言わば第三の力を掲げる存在。
その一員であるアサピーがこの状況を打破するには、その力を使う他ない。

使える力は情報の収集とその発信である。
これまでに手に入れた情報を利用して、何かしらの突破点を見つけなければアサピーは無賃乗車の罪で投獄される。
そんな愚かな話があろうか。
ティンカーベルを大きく揺るがす事件の片鱗を握りながらも、くだらない罪で投獄されるという事が愚か以外の何に思えよう。

187 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:24:46 ID:EB3u4DHo0
島の状態を考えれば、オアシズは絶対的な安全圏。
そこに逃げ込み、手に入れた情報をトラギコに共有するための手段を模索すれば大きな進展が期待できる。
だというのに、オアシズ側はアサピーを受け入れてくれない。
果たして本当に、今目の前にある検問所の人間はアサピーが話した通りの言葉を伝えてくれたのだろうかと心配になる。

オアシズの停泊する埠頭に通じる橋は言わば最後の砦であり、そこを守るための検問所は海沿いの道を完全に封鎖する形で配置されている。
車両を使って強硬突破を試みようなら即座に破壊するだけの装備があり、武器がある事をアサピーはタクシーから確認した。
いくら運転手を脅してもオアシズへ到着する間もなく爆殺されるに違いない。
急造されたにも関わらず検問所は厳重な状態にあり、二人一組で砂浜を警戒している様子が伺える。

確実なことは言えないが、おそらくは橋の上にも数か所の検問所があるのだろう。
複数個所に分担して道を封鎖することで、取り逃がしや取りこぼしを防ぐ効果が期待できる。
それでも防げるのは物理的な問題であり、情報はそう簡単にはいかない。
人から人へと伝えられる情報以外にも、紙やラジオを通じて伝えられる情報を完全に封じるのは不可能だ。

その自由さこそが情報の強みであり、そして弱みでもある。
実際に必要とする人間に伝わらなければそもそもの効果がない上に、そこに悪意が紛れ込めば情報は本来の方向性を失い、暴走してしまう。
生き物のように繊細で、大砲のように強力なもの、それが情報だ。
特に人伝いの情報伝達は誤解が生じたり、連絡内容に徐々に間違いが紛れ込んだりするのが常である。

そういった情報の特性を理解した上でそれを取り扱うのがプロだ。
仕事をする人間の全てがプロであれば誰も困らないが、世の中そうもいかない。
無能な人間もいれば、化け物じみた能力を持つ人間もいる。
今回の場合、アサピーの状況を端的に伝えたりすれば当然伝わらないし、そのように扱われれば断られるのが道理。

せめてこちらの服装からただならぬ状況を察してほしいし、病院から連れ出された経緯を軍人が共有していればまだ身動きが取れる。
しかしながら、詰所から帰ってきた男の反応を見る限りでは情報共有はなされておらず、丁寧に説明したとは思えなかった。
情報はこうも簡単に死ぬのだ。
改めて話をするように頼み込むアサピーに対して警備の男はライフルから手を放すこともなく、短い言葉で彼に再び退去を命じた。

188 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:27:24 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「悪いが、例外は認められない。 話をしただけでもありがたいと思え」

(;-@∀@)「ああそりゃあどうもありがとうございます。
      でもですね、軍人さん。 どうしても話をせにゃならんかもしれんので。
      アサピー・ポストマンって聞いたことないですかね?」

食い下がることは記者として必要な資質の一つである。
駄目だと言われて引き下がるようでは、記者失格だ。
例え相手が柔軟性の欠片も持ち合わせていない人間だとしても、だ。

|゚レ_゚*州「話は以上だ」

(;-@∀@)「以上だ、って…… この事件に関する重要な情報があるんですってば!!
      ここに来たのだって、あなた達の仲間が襲われて大変なことになったからで。
      だもんで、とにかく僕の話を!!」

|゚レ_゚*州「ならここで話せ」

堅物。
これがジュスティア軍人の理想的な対応であり、一般的な対応であった。
マニュアルに対して絶対服従、規律遵守の性格は警備員としてはこの上なく必要な能力である。
逆に、個人の裁量で動かれては警備の意味がなくなる。

最高の警備員に人間性は不要と著書内で記したのは、ジュスティア警察の最高責任者、ツー・カレンスキーだ。
軍の元帥であるタカラ・クロガネ・トミーも兵たちに同様の躾を施しているらしく、軸のぶれなさが如何にもという具合である。
反抗するアサピーの様子を見て、新たに二人の兵士が現れた。
威圧的な視線を向けられるが、それでも諦められない。

189 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:31:48 ID:EB3u4DHo0
諦めればこれまでの努力が無駄になる上に命の危険に晒され、無賃乗車の罪で逮捕されてしまう。
突破口を得るまでは梃子でも動くまいと決め込んだアサピーは、これで生じた犠牲や被害に対しての責任について問うことにした。
正に、その時である。

(::゚J゚::)「……まて、お前がアサピーか? モーニング・スター新聞の?」

地獄に仏とは、まさにこの事。
首を縦に激しく振って男の言葉を肯定する。
アサピーの名を知る話の分かりそうな男が現れ、事態が好転するかに思われた。
だが。

(::゚J゚::)「お前が今日の朝刊を書いた糞記者だな!!」

(::0::0::)「何?!」

|゚レ_゚*州「……ほほう」

事態が思わぬ方向に動き始めた。
それまでの空気とは打って変わり、兵士たちが向ける視線の中に嗜虐的な物や怒りの色が伺える。
興味を持たれたのは大いに嬉しいことだが、この展開は好ましくない。
空気の変異に対してアサピーは身の危険を感じ、一歩下がって背中をタクシーの扉に預けた。

極力名前と会社名を出さずにおいたのは、こうなることが怖かったからだ。
警察に恨まれていれば当然、軍人にも恨まれているしジュスティア関係者の全員に嫌悪されているはずだ。

|゚レ_゚*州「予定変更だ。 ちょっとこっちに来い」

(;-@∀@)「あ、いや、やっぱり遠慮しときます」

(::0::0::)「まぁまぁ。 タクシー代は払っておいてやるから」

190 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:36:50 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「あ、こりゃどうも」

首根っこを掴まれたアサピーはテントの幕内に連れていかれ、状況の進展に内心で喜んだ。
その喜びが恐怖に切り替わるのに時間はそうかからなかったのは、無言で椅子に座らされ、両手両足を結束バンドで拘束されたからである。
明らかに歓迎ムードではないのは分かっていたが、ここまで乱暴に扱われるとは思いもしなかった。
せいぜい唾や罵声ぐらいで済むと思っていたが、それどころでは済まないのは間違いない。

(;-@∀@)「これは、流石にやりすぎじゃないっすかね?」

ハードSMで互いに楽しもうというわけではなさそうだ。

(::0::0::)「やりすぎかどうかは、結果次第だろうな。
     俺たちは記事を書けないが、これからやる事がどういう効果を生むのかは分かっているつもりだ」

(;-@∀@)「あ、怒ってます?」

(::0::0::)「まさか。 とりあえず俺たちは不審者を捕まえて、尋問をするんだ。
     仕事だよ、仕事。 お前が何者なのか、口を割ってもらうまで尋問する」

彼らがここに連れてきた意味が分かった。
不審者への尋問という形で、今朝の記事を生み出したアサピーに対して復讐しようというのだ。
あくまでも職務上の行為故に咎められることもなければ、彼らの行為に間違いはない。
罵倒するよりも遥かにストレス発散になる。

(;-@∀@)「ぼくは怪我人ですよ!! 怪我人に対して非道なことをして、恥ずかしくないん――」

それ以上の言葉を紡ぐ前に、アサピーの口に絞り雑巾が突っ込まれた。
泥と腐った水の味がした。

(::0::0::)「まずは口の利き方を直させなければなあ」

191 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:40:22 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「任せな、教育は得意なんだ」

男は指の骨を鳴らしながら近づき、左手の拳を握り固める。
その事前動作が示すのはただ一つ。

(;-@ロ@)「もぼぼー!!」

振り下ろされた拳が、アサピーの太腿を直撃した。
激痛のあまり飛び上がりそうになるが、椅子から離れることが出来ない。

|゚レ_゚*州「俺たちに舐めた口を利いたら、次は殴るぞ。
     今のは撫でただけだ。 そうだろ?」

(;-@ロ@)"

首肯する他ない。
拳を使わずに口頭で済ませられないのかと言いたかったが、どうにか耐える。
しかし。
男が全くおかしなことを話し始めた時、アサピーは自分の考えが甘いことに気付く。

(::0::0::)「さて、質問を始めるか」

当たり前の話ではあるが、口の中に雑巾が入ったままでは二択の質問以外に対して答えることは不可能だ。
初めから何も聞く気はないのだ。
これは痛めつけるための儀式、そして遊びの一環。

|゚レ_゚*州「クラーク、道具は?」

( ''づ)「ほらよ」

192 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:45:05 ID:EB3u4DHo0
新たな男が持ってきたのは、黒い布とバケツに入った水。
何に使われる道具であるかは、一目瞭然だった。

=(;-@ロ@)=

迫る男の手から逃げるようにして体を激しく揺らして抵抗するも椅子を倒されて無駄に終わり、布を被せられて視界を奪われる。
恐らくは水を使った最も手軽な拷問方法、それがウォーターボーディングだ。
布を伝って水を鼻や口から流し込むことで、人体に溺れていると錯覚させることで苦痛を与える拷問であり、軍や警察の情報収集でよく使われている。

(::::::::::)「んー!!」

講義も虚しく、アサピーの顔に海水がかけられた。
一度にかけるのではなく、鼻の穴に流れ込む量が多くなるように少しずつ必要な場所に流してくる。
口は閉じればどうにかなるが、鼻の場合はどうにもならない。
意図的に封じる訳にもいかず、口の中の雑巾のせいで呼吸は鼻に頼らざるを得ない。

結果、尋常ではない量の海水が鼻を通じて体内に――と錯覚させている――流れ込み、アサピーはもがき苦しむ。
水を吐き出すことも叶わず、最小の水で溺れさせられる。
程よく苦しんだところで布が取られ、口からも雑巾が抜き取られた。
海水を吐き出し、せき込む。

(;-@д@)「ごっほ、げはぁっ!!」

(::0::0::)「ああ、悪い。 雑巾を取るのを忘れてたよ」

人生に最悪の一日があるのだとしたら、アサピーにとってそれは間違いなく今日だ。
再度布をかけられ、水を注がれ、たっぷりと苦しんでから解放される。

(;-@д@)「は、はなしを……」

193 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:49:43 ID:EB3u4DHo0
|゚レ_゚*州「しつこい奴だな」

(;-@д@)「お願いですから、話を…… ぎゃっ!!」

ブーツの爪先が、アサピーの太腿を直撃した。
恨まれるのは記者としてよくある話ではあるが、拷問されるという話は聞いた試しがない。

(::0::0::)「まだ素直になり足りないらしい。
     もう一度だ」

そして、濡れた布がアサピーの視界を覆い尽くした。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                             .. ..: ,,.::..,.,,::,;;::,::,,;;,::;;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
                  .. ., ..  ..:.  ... ,.. .. . ..,...::,,::.:;:;;:..:;:.;:;;:,.,,,:;;:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
                        ..    .:..::..,....::.,.;:;..,:.:;;:,,.;.;::;:;;:;;:,;,,;:;:;;;;;;;;;;;;;;,;,;;;;;;;;
                               ..;.: ..,,:;:.,,;:;.:;.;.:;::,.:;:;.:;:;:;;;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
                                     .. .,..::,:,:,,;:;::,,:;.:,,;:;:.:;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
August 10th                              .,.,,....::;:;;.,:;:;;.,::;;:;;;;;;;;;;;;; PM07:11      
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

初めて新聞というものに興味を持ったのは、六歳の時だった。
その時期、アサピーの友人たちが話題にしていたのは漫画本やコメディアンの話で、誰もニュースには興味を持っていなかった。
勿論、アサピーも最初は漫画やラジオドラマの話が面白く感じていたのだが、八月六日のモーニング・スター新聞の朝刊が全てを変えた。
世界最大の鉄道都市“エライジャクレイグ”が手掛ける線路工事の地域が拡張され、数十年以内に世界最高峰のクラフト山にまでそのレールを広げるという計画が書かれていたのである。

鮮明に記憶しているのは、カラーで描かれた線路図とそれがもたらす世界への影響だ。
要点を捉えた記事は彼の想像力を大いに掻き立て、エライジャクレイグが新たに開発した列車の内装は彼に夢を与えた。
そこで列車に興味を持てばまた異なった未来が待ち受けていたのだが、アサピーがその心を奪われたのは写真だった。
一枚の写真、そして複数の文章が与える力に魅了され、いつしか自分も新聞記者として活躍して世界中の様子を伝えたいと思うになったのだ。

194 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:56:10 ID:EB3u4DHo0
関わった――というよりも、一人で作り上げた――学級新聞が校内で表彰され、景品として渡されたポラロイドカメラは文字通り壊れて動かなくなるまで使い続けた。
思えば安物のカメラであったが、この上のない宝物としてアサピーはそれを使った。
最初に撮影したのは家事をする母親だった。
それが遺影になった日、十三歳になったアサピーは真実の普及に対して妄執的な考えを持つようになる。

精神的に不安定な女が運転する乗用車が歩道に突っ込み、歩行者七人が次々と撥ね殺された。
悲惨な交通事故として処理された突然の死に対して、アサピーが求めたのは真実だった。
事故が起こったアサピーの生まれ故郷である“潮風の街”、カティサークは幸いにしてジュスティアと契約して警察と司法が行き届いていたため、犯人はすぐに逮捕された。
問題となったのは、犯人の責任問題や事件が起こった背景にあったが、街の長の意向で犯人の名前や出自、事件の詳細などは一切公表されなかった。

裁判が行われたが傍聴席は解放されず、一般への公開もなかったことが事故の背後に何かがある事を匂わせていた。
秘匿された真実は逮捕から二日後に下された懲役七年という罰で隠され、遺族以外の記憶から風化するかに思われた。
事故の真実を教えてくれたのは、新聞だった。
複数の新聞社がこの事故の背後関係などを調べ、一年後、モーニング・スター新聞社のライバルであるオトコウメ・ニュースペーパーが一面を使って報道したのである。

そして公になったのはカティサークの長と犯人との間で金銭的な取引があり、意図的に情報が隠され、刑罰が軽くなったという真実だった。
司法はあくまでも警察と契約を交わしている人間の意見を反映するための機関で、いわば警察のおまけだ。
どれだけ非道な真似をしたところで、契約者がそれを非道と認めず、重い罰を望まなければそれまで。
事故が事件へと変わった瞬間、アサピーは救われた思いがした。

知りたかったのは理不尽の理由。
犯人の死に方よりも、理由に関係する情報の方がアサピーを救ってくれた。
真実とはあるべき人の手元に帰すべき物で、選ばれた人間だけが眺めていていいものではないと感じたのはこの日からの事。
以降は写真を取り、雑誌に投稿し、出来る限りメディアに関わりを持ち続けようとした。

アルバイトで貯めた金でカメラを買い、写真を撮り、新聞社や雑誌社に送る日々が続いた。
苦しい生活が続く中でもアサピーが耐えられたのは、夢があったからだ。
いつの日か隠された真実を写真に収め、世界に向けてそれを公表すると云う夢。
息苦しさを覚え、アサピーの意識がそこで覚醒した。

195 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 19:59:32 ID:EB3u4DHo0
(;-@д@)「げほっ、ごはっ!!」

飲み込んでしまった海水を吐き出す。
雑巾の風味が程よく合わさり、嘔吐感を誘発する。
しかし全ては錯覚による影響だ。
実際に溺れたわけではないので、水はあまり飲んでいない。

錯覚により体が反応しているだけで死ぬわけではないのだ。

从´_ゝ从「ほら、起きたか?」

(::0::0::)「あと少しで死ぬところだったが、気分は?」

時間は分からないが、どうやら気絶していたようだ。
死にかけたというのに、全く悪びれる様子のないジュスティア軍人たち。
男達がいくらアサピーに対して恨みを持っているにしても、いささかやりすぎだ。
が、間違ってもそれをここで糾弾しようものなら間違いなく殺される。

糾弾するとしたら、生きて帰ってからだ。

从´_ゝ从「覚えておけよ、新聞屋。
      お前らが捜査を邪魔するたびに、俺たちの仲間はこんな気分になるんだ。
      一歩間違えれば死にかねない仕事をしているんだよ、俺たちは」

ようやく終わりが見えてきたのを察したアサピーは、彼らが反省を求めていることを理解した。
記事が生むのは良い影響だけではないのは重々承知しているが、悪影響をこうむる人間の種類を深く考えたことはなかった。
最初の頃は良心の呵責があったが、それは意味のない葛藤だと断じて忘れることにした。
無意識下で意識しないようにしてきたのは、記者として生きるためだ。

196 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:01:07 ID:EB3u4DHo0
知らないわけではない。
ただ、考えないように生きてきただけである。
記者は読者が求める真実を見つけ出し、掘り出し、作り出し、そして生み出す。
そのためには誰かが傷つくことを考えてはいられない。

分かっていることだ。
拷問されて思い出すようなことではない。
それでも、今一度考えるいい機会になった。
そう思わなければ、この受難はあまりにも耐えがたい。

新聞記者を辞める日が来たら、この事を自叙伝として出版してもいいぐらいだ。

(::0::0::)「これに懲りたら、もう二度とあんなことをするなよ」

腕の結束バンドをナイフで切り、男がそんなことを言う。
無論、話を聞くつもりはない。
せめてもの反抗として、アサピーは返事をしなかった。

(::゚J゚::)「……おい、何をしているんだ?」

足を固定している結束バンドにナイフの刃が食い込みかけた時、テントの幕を開けて入ってきたのはアサピーの正体を告発した男だ。
声色に滲み出るのは批難の色。
既視感のある嫌な予感に、アサピーは身を震わせた。

从´_ゝ从「あぁ、痛めつけたからもう帰す。
      怪我をしているようだしな」

(::゚J゚::)「何を甘いことを。 こいつを帰したら、また同じことをするぞ」

197 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:06:38 ID:EB3u4DHo0
从´_ゝ从「その時はまた捕まえるだけだ」

先ほどまで痛めつけていた男の声に、もう憎しみのそれは窺えない。
生粋のジュスティア人らしい対応であり、頼もしくすら思える。
今現れた男はアサピーを敵として認識しており、紛れもない憎しみの感情を持っている。

(::゚J゚::)「こいつは今ここで殺しておこう」

(::0::0::)「おいおい、正気か? 何でそんなに殺すことにこだわるんだ?」

(::゚J゚::)「当たり前だろ」

さも当然のように言い放ったその言葉からは、一片の揺るぎも感じ取れない。
害虫を見つけたら殺す、そんな風にしか聞こえなかった。
アドレナリンによって紛らわされていた恐怖が、今になってアサピーの体に寒気を思い出させた。
痛めつけるのではなく殺されるという行為に幾度となく晒されてきた彼は、殺意と呼ばれるものに敏感に反応することが出来るようになった。

(::゚J゚::)「そいつは、ここで君たちに殺される予定なんだ。
     ただでさえ予定が狂っているんだ、ここらで修正しないとね」

徐々に変わりゆく男の様子。
この雰囲気、アサピーは知っている。

从´_ゝ从「何を――」

(::゚J゚::)「お休み」

男が放った台詞と同時に、男二人が昏倒するようにして倒れる。
二本のワイヤーが男たちに繋がっていることから、テーザーガンを使ったのだと推測できた。
本来であればすぐにでも逃げ出したいのだが、足と椅子がまだつながったままのために起き上がる事すら叶わない。

198 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:13:44 ID:EB3u4DHo0
(::゚J゚::)「さて、そういうわけで死んでもらおうか」

その外見、口調や声色こそ違うが、放つ雰囲気は既知の物。
モーニング・スター新聞社を襲い、同僚を殺し、アサピーを殺さんとした男のそれと酷似している。

(;-@∀@)「ひょっとして、ショボン・パドローネ?」

(::゚J゚::)「……ほぉ、よく分かったね。
     流石に成長するか。
     ま、意味ないんだけどね」

あっけのない肯定の後、ショボンはアサピーの腹部を蹴り上げた。
呼吸が止まり、悲鳴を上げることも出来ない。
仮に悲鳴を上げたところで、この場所に連れてくる姿を見られている以上、助けは期待できない。
ジュスティア警察や軍隊を敵に回しているアサピーを助ける酔狂な人間など、少なくともこの検問所にはいないだろう。

完璧な変装をしたショボンは慣れた手つきで痛みに喘ぐアサピーを再び椅子に固定し直し、雑巾を口に突っ込んだ。
そして布を被せ、水をかけ始める。
拷問は適度に苦痛を与え続ける物だが、ショボンの場合は殺すために行う。
そのため、海水は途切れることなくアサピーの鼻に注がれ、体力と冷静さを奪い続ける。

何度も咳き込んで口から吐き出そうとするも雑巾が邪魔をして、上手くいかない。
尋問中の事故死を装うのならば、この殺し方しかない。
すでに幾度も痛めつけられていたせいで意識を逆転のための思考に割くだけの余裕はもはや残っておらず、殺されるのを待つ他ない。
あと一歩。

本当に、あと少しという所でオアシズに辿り着けるというのに。
アサピーに出来るのは空気を求め、塩水を吐き、楽になる事を求めて抗うだけ。

「……ん?」

199 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:19:11 ID:EB3u4DHo0
ショボン――声色は別人――の声が、何かに気付いた風に漏れ出た。
その間にも海水をアサピーに垂らすのを止めることはなく、本当にショボンが声を出したのを聞いたのかどうかも怪しい。

「今度は番犬の登場か」

そしてその言葉を最後に、アサピーはその日三度目となる気絶を体験することになった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
::::::::::::::://:::::::::::/ /::::::::::/':::::ヘ/:::::::::/: : : : : //`i:.: : .::::',l    .{:::::::::::::::
::::::::::::::ヘ/::::::::/: :/::::::://::::/: :/:::::::ヘ、 : : : ://: : :l:r----{    ヽ:::::/
::::イ:::/ /::::::/`'''/::::∠/:::/ニ.7::::::/-`=゙'、、,_//: : : ll に二}___i」」.,}::/
:::l l::ヘ,/:::::/: : : /:::::ヘ/::/  /::::::/、','i'ッ─-:オ;:;-、:l }---,----i.i.i.i.i'l
/ .l/: :l:::::/l: : /::/: ./:/,  /::::;〈 -'7'i'ヽ ノ/ \::l l  ./   |.|.|.|.|l
l l: : :l::/ヽl: /:/: : //:、ヽ/:::/ `'─--'''´./  __〉'l  /    |.|.|.|.|ヽ
',: : : :{l/: r-l ./'  ./': : `'/::ヘ,_,,,,,............--/''''''´:::::l l /     !.|.|.| .ヽ
::ヽヽ !: : {: : l/  / :: : ://: : : : : : : : : ...::/::::::::::::::l l /       !.|  .}
::;:;:ヽヽ、: :ヽ l  / :: : /': : : : : : :..:::::::::::::::::::::::::::::l l/         ,/August 10th PM07:19
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

<_プー゚)フ

相性を考えれば、ダニー・エクストプラズマンにとってショボン・パドローネという男との戦闘で負けはないはずだ。
この禿頭の男はあれやこれの下地を作ってから戦いに挑むタイプで、突発的な戦闘を好まない性格をしている。
逆を言えば、ショボンはこうした突発的に発生した状況下での戦闘を苦手としているという事だ。
多少の危険が伴ったが、アサピー・ポストマンを泳がせておいて正解だった。

これがライダル・ヅーの仕掛けた第二手目。
何度も命を狙われるだけの価値を持つ男を餌にして、最重要目標を釣り出すという作戦は見事に形を成した。
新聞社で対峙したショーン・コネリの報告を聞く限り、ショボンの持つ強化外骨格はBクラスのコンセプト・シリーズ“ダイ・ハード”。
近接戦で高い能力を持つダイ・ハードが相手ならば、エクストの“ダニー・ザ・ドッグ”の方が優位にある。

200 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:23:43 ID:EB3u4DHo0
高周波発生装置を搭載しているとはいっても、それは脛にある楯と各関節に仕込まれたナイフだけの話。
同じく一つの能力に特化して設計されたダニー・ザ・ドッグは全身が高周波兵器だ。
短期決戦を狙えば、負けることも仕留め損なう事もあり得ない。
しかもショボンは、強化外骨格を手元に置いていないというハンデがある。

今ならば難なく殺せる。
が、この男は恐ろしくしたたかな性格の男だ。
こちらが棺桶を身に纏う隙にアサピーを殺し、この現場を離脱するだろう。
エクストにとってアサピーの命は第三番目の優先順位にあり、いざとなれば切り捨てても構わない存在だ。

重罪犯の確保、もしくは殺害に次いで優先されるのが犯人の逃亡の阻止である。
棺桶が使えないのは、第三位までの優先事項を一気に破りかねないからであり、アサピーの命を心配しているわけではない。
かと言って、事前に装着した状態で移動しようものならば跫音で気付かれ、同じ結果になる。
銃か、それとも近接戦闘か。

最も好ましいのは近接戦闘だが、ショボンはそれを絶対に避けてくる。
戦いに応じれば御の字で、逃げられる可能性の方がはるかに高い。

(::゚J゚::)「で、どうする? 捕まえるか? それとも殺す?」

<_プー゚)フ

見え透いた挑発だ。
声帯を損傷しているエクストが言葉を発するためには、人口声帯を取り出して使う必要がある。
それは致命的ともいえる隙を産む。
言葉に言葉で応じる必要はない。

予期できる動きを計算に入れ、チャンスを窺う。

(::゚J゚::)「無視かい? 騎士らしくもない」

201 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:29:19 ID:EB3u4DHo0
言葉を黙殺し、逆にその隙を狙ってエクストは攻撃の手段を選択してから実行に移す。
この間、コンマ七秒。
背負っていた強化外骨格を降ろし、駆け、握り固めた左の拳をショボンの腹部に放つ。
呼吸を止めて隙を作り出すための定石に対して、ショボンは予期していたような動きでそれを掌で受け止める。

(::゚J゚::)「ったく、これだ――」

予想通り。
接近できればそれでいい。
この拳はショボンを戦いの舞台に連れ出すための拳。
これでようやく幕が上がるというものだ。

超至近距離から放つ後ろ回し蹴りが、動物的な反応速度で後退したショボンの頬を掠める。
変装用のマスクが吹き飛び、テントの壁に叩き付けられる。

(´・ω・`)「――あっぶないな」

当たれば顎の骨を砕き、首の骨を折る一撃。
頬に掠りでもすれば脳震盪を誘発させられたのだが、文字通り皮一枚のところで回避された。
これほどの威力を持つ蹴りを涼しい顔で受け流せる人間は稀有で、改めてショボンの実力を認識する。
続けて放つ足払いを難なく回避したショボンは、腰に手を伸ばした。

武器の使用を予期し、その種類を想定する。
対刃物、対拳銃の訓練と実戦は十二分に経験している。
対爆破物の実践はまだ十数回程度。
少し心もとないが、仮に爆発物を使用されても自らの命を守るだけの対応は出来るはずだ。

何を取り出すのかと身構えたエクストに投げつけられたのは、円柱の物体。

<_プー゚)フ「っ!!」

202 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:34:19 ID:EB3u4DHo0
――フラッシュグレネード。
次に起こるのは閃光と耳を聾する破裂音。
どちらも一時的に人体からその機能を奪い取る効果があり、エクストは腕を眼前で十字に組んで視覚の防御を行った。
そして生じる落雷にも匹敵する閃光と爆音がテントを満たす。

視覚は守られ、聴覚は奪われた。
暗闇の中で人間が真っ先に頼るのは視覚ではなく聴覚だ。
何が起きているのかも分からない中、手さぐりで動くのはあまりにも危険。
動かないのはもっと危険である。

素早く腕を解いて、エクストはショボンの行方を目で追いつつ、アサピーを庇える位置に立つ。
直後、エクストの正面にショボンの姿が現れる。
回復していない視力を使って、エクストは右足を軸にした回し蹴りで相手を牽制。
これ以上の接近を許さず、また、武器による殺傷を回避する一撃だ。

接近戦を好むはずのないショボンが接近したという事は、拳銃ではなくナイフしかないと考えられる。
事実、回し蹴りを放った左足の太腿に熱を感じる。
切られた。
傷の深さは大したことはなさそうだが、警戒しておく必要がある。

浅くとも何度も切られれば血が失われ、やがては死に至る。
次第に回復してきた視力が、ショボンの姿をはっきりと捉えた。
彼の背にダニー・ザ・ドッグが背負われていることを除けば、何一つ問題はなかった。

(´^ω^`)「あっはっは、これはもらっておくよ。
      こっちの作戦の邪魔をした代金だと思っておくんだね」

<_プー゚)フ「……!!」

203 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:36:44 ID:EB3u4DHo0
狡いショボンの得意とするのが、目を逸らすことの出来ない事態を用意して本命から目を逸らさせるという行いだ。
この短時間の間によくもそれだけ考えられるものだと褒める反面、それを許してしまった自分がふがいない。
だがしかし、棺桶には起動コードがいる。
ダニー・ザ・ドッグのコードはエクストの首にあるセンサーに指をかざさなければならず、あのままでは使用は出来ない。

それに、コンテナに入った強化外骨格はかなりの重量になるため、走ることは困難になる。
つまり罠。
こちらを憤らせ、怒らせ、判断力を削いで勝機を見出すための罠なのだ。
素早くショボンの目論見を見破ったエクストは、構わず近接戦闘を再開することにした。

ナイフを持っていようが、当たらなければいいだけの話。
少しゆるく握った拳の中指を立て、地面を強く蹴って地を這うように低く疾駆する。
僅かに驚きの表情を浮かべつつもショボンは逆手に構えたナイフを振り、エクストの前髪を数本切り落とす。
遅い。

拳を繰り出すと見せかけて放つのは、重量によって跳躍がままならない無防備な足を狙った脚払い。
当たる寸前、ショボンはナイフを振り切った反動を利用して背負ったコンテナでそれを防ぐ。
ブーツの固い爪先と金属がぶつかり、鈍い音を鳴らす。

(´・ω・`)「危ない危ない」

そのままコンテナを肩から降ろして、ショボンは逃走を図る。
背を見せてテントから出て行ったその瞬間を、エクストは待っていた。
姿勢を整え、コンテナを背負い、親指を喉のセンサーに当てて横に引く。
すぐさま体全体がコンテナに包まれ、強化外骨格が体を覆う。

似`゚益゚似

204 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:40:58 ID:EB3u4DHo0
嗅覚センサーを最大値にまで引き上げ、ショボンの匂いを識別させる。
カメラが映し出す視覚情報に映像として同期された匂いの色が、彼の逃走経路を浮かび上がらせる。
整備士以外にはあまり知られていないが、ダニー・ザ・ドッグには他の強化外骨格よりも遥かに優れた嗅覚センサーが搭載されており、それを映像化することが可能なのだ。
周囲にある多くの匂いが種類に応じて彩られ、視認可能な情報としてカメラに表示される。

その中から必要な匂いだけが残り、ショボンの軌跡を教えてくれる。
風で匂いが霧散する前に追いつくべく、エクストはテントを飛び出した。
夜間でも真昼のように明るく鮮明な映像を映し出すことの出来る両眼のカメラが、そこに転がる静かな死を見つけ出した。
警備をしていた男たちが倒れ伏し、口から血の泡を吹いて呼吸することなく虚ろな目を夜空に向けている。

僅かだがショボンの香りがそこに残されている。
体温の低下が見られることから死後間もないというわけではなく、アサピーが拷問を受けている間に殺されたようだ。
ショボンの匂いは高く積まれた土嚢の裏に続いていたが、追う必要はなくなった。

(::[-=-])『ったく、今日はとことん犬野郎に邪魔される一日だ!!』

土色のデザートカラーをした強化外骨格、ダイ・ハードが猛烈な勢いで飛び蹴りを放ってきたのである。
ショボンは逃げようとしたのではなく、棺桶を身につけるために時間を稼いだのだ。
その行為が如何に愚かなことか、エクストは教えてやろうと決めた。
脛を守っていた楯が足首の位置に移動して固定され、巨大なナイフとしてダニー・ザ・ドッグの装甲を抉ろうとする、その刹那。

エクストは全身の高周波装置を起動させ、破壊兵器へとその身を転じさせた。
迎え撃ったその手段は正攻法だった。
しかしながら相手は狡猾なるショボン。
無策に突撃をするような手合いではなく、必ず何かを仕掛けてから動く男だ。

否が応でも応じざるを得ない手を選ぶのは、戦闘でも同じ。
一手目の次が本命。
高周波装置を備えた武器同士がぶつかり合い、不協和音を奏でる。
単純に考えて出力される範囲はダニー・ザ・ドッグの方が上であるため、防衛で後れを取ることはない。

205 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:45:05 ID:EB3u4DHo0
互いに破壊の音色を奏でる高周波兵器は、装甲の上を滑るようにして火花を残して別れる。
飛び散った花火の後に残ったのはリンゴを思わせる手榴弾。
これが第二手にしてショボンの本命と見定めたエクストは、それを気にすることもなく追撃を選んだ。
爆風だろうが火炎だろうが、高周波振動を続けるダニー・ザ・ドッグの装甲に傷をつけることは敵わない。

オレンジ色の爆炎と飛び散った鉄片がカメラを覆い尽くすも構うことなく前進し、匂いを頼りに拳足を振るう。
確かな感触を正拳突きに捉え、爆煙が晴れる。
背後からバッテリーを狙っていたショボンが、肘に仕込まれた高周波ナイフで拳を止めていた。
どれだけ強力な強化外骨格でも、電力を絶たれれば機能を停止する。

性能差を埋めるとしたら、そこを狙うしかない。

(::[-=-])『ちっ!!』

似`゚益゚似『ぬんっ!!』

同時に互いを押しのけ、エクストが後ろ蹴りを見舞う。
巨大な二枚の楯がそれを防ぐと同時に、ショボンは跳躍して後退する。

(::[-=-])『どうだろう、見逃してくれないかな?』

似`゚益゚似『死ね、悪党』

(::[-=-])『おお怖い』

とび後ろ回し蹴りに対してショボンは僅かに状態を逸らして回避し、殺した兵士から奪い取ったのであろうカービンライフルを至近距離から撃った。
銃弾は振動する装甲によって砕け散り、鉄粉となって風にさらわれる。
銃身を蹴り払って破壊。
一つの高周波兵器と化したエクストを前には、銃もナイフも爆薬も意味をなさない。

206 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:47:21 ID:EB3u4DHo0
バッテリーの残量が残り五分の稼働時間を示す。
この調子で全身を振動させていれば五分後には動けなくなり、強制的に排出される。
そうなってしまえば有利な立場になるのはショボンだ。
時間稼ぎという目標、それが生み出す効果と戦力差の逆転。

ダニー・ザ・ドッグが持つこの力を知る以上、ショボンはそれが電力を大量に使うことを知っているはずだ。
だからこそ、手榴弾や高周波ナイフ、銃弾を使ってこちらを乗せてきた。
二つの罠を用意したうえでの目的に気付いた時には、もう、エクストは引き返すことが出来ない事を悟った。
ここで殺すか、殺されるか。

引くという選択肢はなく、それがあったとしても選ぶような人間ではない。
円卓十二騎士の一人として、エクストはここで勝負を決する覚悟があった。
勝負は五分以内。
その間に終わらせる。

ここで小悪党は死ぬのだ。

(::[-=-])『だけどね、犬と遊んでいる時間も無いんでね。
      僕は失礼するよ。 この場所に仕掛けた爆弾が爆発する前にね』

似`゚益゚似『っ、貴様!!』

(::[-=-])『ここが吹き飛べば、どれだけの被害になるだろうね』

隠し通すことの出来ない大きな失態を繰り返すことが何を産むか、エクストはよく知っている。
日に数度もそれが起こればジュスティアの信頼は地に落ち、ティンカーベルとの関係は終わりを告げるだろう。
ショボンを目の前で逃して爆発を防ぐか、爆破されることを覚悟でショボンを捕まえるか。
彼に託された選択肢は天秤に乗せるにはあまりにも脆く、重要すぎた。

207 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:50:55 ID:EB3u4DHo0
逡巡というにはあまりにも長い時間を費やすエクストを前に、ショボンは飛ぶようにしてその場を走り去った。
事態を受け入れ、エクストはすぐさま爆弾の仕掛けられた場所を探すことにした。
センサーをフル稼働させ、爆発物を探る。
念入りに排水溝や茂みの中を探すが、何一つ痕跡が見つからない。

捜索開始から三分後、エクストはショボンに騙されたことに気付くのであった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
              || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||┌‐┐
              || ,〜⌒ 〜、_  _,,||.ノ l lゝ  |
             /'" 〜    "''⌒ヾ_.|__  .!
            /''"´    〜    / ┻/| .|
          /'" `  ´   ~ 〜`''|  ̄ ̄|  ! . |
         .,''""  '' ´  "   "' ')rl    | .|  !
        ''""〜 ''     ,,     .. ,ヽ|___|/ ..|August 10th PM07:27
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

目が覚めた時、アサピーはまず自分が天国や地獄と呼ばれる場所にいるのか、それとも日に二度目となるエラルテ記念病院に運ばれたのかを考えた。
後者であれば再び命の危機にさらされ、今度こそ自由を奪われるだろう。
ともあれ、それは生きている証なのだから文句ばかりも言えない。
ところが前者の場合は話が別である。

カメラがあればそれに収めるか、それとも自由気ままに天国探検をするか、地獄から脱出を試みるか。
そうなれば子供のころに夢見た冒険者になれる。
一度死んでしまえば何をしても怖くない。
意識がある以上は死後の世界にはいないのだと思えるが、案外死の世界でも思考が出来るのかもしれない。

痛みという概念もあれば、現実世界との区別は曖昧となる。
どちらも現実であり、それまでアサピーが生きていた世界とは別かどうかという断定は他者に委ねる他ない。
柔らかな布団に寝かされていることと、近くから潮騒の音が聞こえることから、少なくとも死んだわけではなさそうだ。

208 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 20:57:53 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「い、生きてる……生きてるぞ……」

部屋は見事な調度品と家具で彩られていたが、窓が一つも見当たらない。
衣服はみすぼらしい病院の患者着ではなく、洗剤の香りが漂う清潔感のあるパジャマだ。
肌触りがよく、布の質が極めて良い。
腹部の手術跡に当てられたガーゼと包帯は真新しくなっていて、誰かがここに運んだだけでなく世話をしてくれたのだと分かる。

ジュスティアの関係者でない事だけは断言できる。
拷問で殺されかけたことは、必ずや記事にして世間に公表しなければならない。
サイドテーブルの上に水差しが置かれていることに気付き、自らのために水を注いで三杯飲んだ。
出入り口と思わしき扉が開き、現れた人物がこの場所がどこであるのかを教えてくれた。

¥・∀・¥「初めまして、ですね。 私、オアシズの市長リッチー・マニーと申します」

(;-@∀@)「マジかよ、こいつはおったまげ……」

つまりアサピーは、幸運にも目的地であるオアシズへと乗船することに成功したのだ。
いかなる手段を使って船内に運び込まれたのか、それが気になるところだが今はそれどころではない。
真実を世に知らしめるため、是が非でも彼の協力がいる。
むしろ、このオアシズ上で最も権力を持つ男が協力してくれれば鬼に金棒だ。

¥・∀・¥「なにやら、お話があるとかで。
      私でよろしければお話をお伺いしますが」

興奮を押さえつつ、マニーは確実に用件を伝え、目的を果たすべく乾いた唇を舐めた。
三度それを繰り返し、ようやく言葉を口にする。

(-@∀@)「あの島で起きている事を、世間に知らせたいのです。
      そのためにはオアシズの協力が必要不可欠でして」

209 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:01:18 ID:EB3u4DHo0
¥・∀・¥「ほほう、その事態とは?」

より効果的に。
より扇情的に。
心を揺さぶるためにわざと言葉をため、それから発する。

(;-@∀@)「極悪な脱獄犯が――」

¥・∀・¥「“ザ・サード”と“バンダースナッチ”ですか? それで?」

出鼻を挫かれたことに、アサピーは動揺を隠せなかった。
衝撃的とも言える話を知っているのは、どうしたわけか。

(;-@∀@)「ど、どうしてそれを」

¥・∀・¥「あぁ、話の腰を折ってしまいましたね。
      それで、続きは?」

続きを促され、アサピーは気を取り直して続ける。

(-@∀@)「エラルテ記念病院で火事が起こり、今日また襲撃がありました。
      前者の犯人はまだ捜査中ですが、後者、僕を襲撃してきたのはザ・サードでした」

¥・∀・¥「情報が不正確ですね。 貴方が襲われる前に、すでにライダル・ヅー様が襲われています。
      その犯人もまた、ザ・サードです。
      アサピー様、申し訳ないが前置きはさておいて本題に入ってはもらえませんか?
      時は金なり、です。 今はとにかく時間が惜しい」

210 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:04:20 ID:EB3u4DHo0
どうにも雲行きが怪しい。
流石に最初からこちらに好意的だと考えていたのは甘かったようだ。
気を取り直して咳払いをし、アサピーは核心部分を話すことにした。

(-@∀@)「僕が手に入れた情報を整理すると、何者かによって狙撃が三度行われました。
      僕を二度撃ち、エラルテ記念病院でカール・クリンプトンを撃った人物は同一だと思われます。
      証言と実体験を基にお話ししますが、発砲音は聞こえていませんでした。
      ですが、発砲炎を見てその狙撃地点が分かり、発砲音が聞こえなかった理由も分かりました」

これが、アサピーの手に入れた事件解決への大きな足掛かり。
これ以上の情報は、おそらくはマニーには意味がないだろう。

¥・∀・¥「……狙撃については聞いていましたが、場所は?」

(-@∀@)「グレート・ベルです。 狙撃手は、グレート・ベルの鐘の音に合わせて狙撃をしていたのです」

全ての狙撃の際には、必ず鐘の音が鳴り響いていた。
二度はその音の意味があったから分からなかったが、三度目。
つまり、病院から連れ出されている最中に鳴った鐘だけは別。
特に意味もなく、時刻を告げる物でもなかった。

鐘の音の大きさと鳴らされる意味をよく知っているからこそ、アサピーは気付くことが出来た。
では、実際にそのようなことが可能なのだろうか。
問題はそこにあった。
他の音で銃声を誤魔化すことが、果たして可能かどうか。

それを聞くためにも、トラギコとの接触が必要だった。

211 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:09:44 ID:EB3u4DHo0
(-@∀@)「しかし僕は銃器については素人ですので、そのようなことが可能かどうか。
      その裏付けをするために、トラギコ・マウンテンライト刑事とコンタクトを取りたいのです。
      そのために、ここに来ました」

あまり驚いた様子を見せず、笑顔をそのままにマニーは得心した風に頷いた。

¥・∀・¥「なるほど。 やはりそうでしたか。
      申し訳ありませんが、今はあまり手を貸すことが出来ません。
      勘違いをしないでほしいのは、手を貸したくないわけではないのです。
      今、貴方を匿うと多方面に不利益が生じます。

      何故なら、貴方は重要な役割を持った生餌なのです」

(;-@∀@)「生餌?」

¥・∀・¥「貴方は今、ショボン・パドローネらに執拗なまでに狙われていますよね?
      ジュスティアはそこに目をつけ、貴方を餌にして彼らを釣り上げようとしているのですよ。
      現に、二回の成功例まで作ったのですから、今後も同じでしょうね。
      つまり、生餌を庇えば当然被害が生じますし、せっかくの好機をも失うことになります。

      だからこそ、貸せる力は限られます」

一度目は、病院から移動する際。
そして二度目は拷問中に。
どちらもジュスティア警察か軍の人間が傍にいて即応できていたのは、そういうわけだったのだ。

¥・∀・¥「貴方が伝えたいことは分かりました。
      次に、私からの質問です。 貴方は、何を見たのですか?
      危険を冒してまでも彼らが追う、その情報。
      それが何なのかが分かれば出し抜くことが可能です」

212 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:11:53 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「何度も考えたのですが、これと言って……
      でも、カメラが盗まれてしまったので正直なところあったとしても記憶には……」

マニーは首を横に振った。

¥・∀・¥「カメラが盗まれてからも、貴方は狙われていました。
      つまり、フィルムではないのです。 貴方が無意識の内に目撃した何かが、彼らにとって不都合なのです。
      思い出してください」

(;-@∀@)「と言っても、本当に覚えがないんですよ」

¥・∀・¥「ファインダー越しに何かを見てしまったとか」

トラギコと出会ってからアサピーが調べてきたのは、事件に関係しそうな情報の収集だ。
その過程で何かを見つけてしまった、と考えて記憶を探る。
朝市の写真にはショボンとデミタス・エドワードグリーンが写っていたが、それはもはや意味を持たないだろう。
情報が古く、そして広く知れ渡ってしまっている。

逆に、そう言った鮮烈な情報以外にこそ答えがあるような気がした。
狙われる直前に行ったことと言えば、爆破現場の写真を撮ったり、情報を聞いたりしただけだ。
その時に撮影した写真が、問題なのかもしれない。
それが考えうる限り最も自然なことだった。

(;-@∀@)「あの、爆破事件についての詳細とかはご存知ですか?」

¥・∀・¥「私の耳に入っている限りでは、これと言った証拠も残っていないために捜査が難航しているとのことです」

奇妙だ。
アサピーはあの現場で見つけた物があった。
恐らくは警察が見つけて捜査に役立てるだろうと思った、ある物が。

213 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:16:58 ID:EB3u4DHo0
(-@∀@)「スーツケースも見つかっていないんですか?」

¥・∀・¥「さぁ、流石に何が証拠物品として回収されたのかまでは私でも分かりかねます。
      それこそ、警察に確認しない限り不可能ですよ」

現場に駆け付けたアサピーが見つけたのは、熱と爆発の威力で変形したスーツケースだった。
それは黒く焼け焦げたのか、それとも元から黒かったのかは分からないが、蓋が半分吹き飛んでいたのを除けばかなり原型を留めていたのは確かだ。
気になる点があるとしたら、それぐらいだろう。
今は思いつくことが少ない。

やはり一度、トラギコを介してジュスティア警察に話を聞かなければ何も分からない。
パズルのピースが欠けた状態でそれを組み合わせることは出来ず、答えに辿り着くことは永遠に不可能である。
狙われる直接の原因は不明だとしても、現場で撮影と取材をしたことが大きく関係していることは確かだ。
撮影したのは証拠品や負傷者の状況で、爆破直後の画像としてはかなりの鮮度を持っていた。

そして最初に襲われたのは、手に入れた情報を持ち帰って整理しようとした時だ。

¥・∀・¥「何はともあれ、貴方を襲ったのは情報に価値を見出す人間の集まりです。
      新聞記者と少し思考回路が似ている点があるので、貴方の方がよく分かっていると思います。
      ねぇ?」

そう。
警察と新聞記者が情報に対して持っている考え方は、大きく異なる。
正確な情報と判断してから公表するのではなく、かもしれない、という可能性の段階で公表する違いだ。
当然前者が警察であり、後者は新聞社全般が持っている考え方である。

ショボンはアサピーが何かを知っているかもしれない、同僚に何かを話したかもしれないという可能性で殺すことを選んだ。
不確かだろうが、知られていたとしたら死んでもらった方が好都合。
全ては自分たちにとって好都合だから、という考えに他ならない。
実に自分勝手で、そして賢い選択だ。

214 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:20:17 ID:EB3u4DHo0
アサピーら新聞社が不確かでも情報を人々の下に手渡すのは、万が一その情報が正しければ新聞社は正義となり、間違っていたとしても不利益にはつながらないからだ。
いわば保険のような意味合いが強い。
それでも、その情報で救われる人がいるのも事実だ。
例えば脱線事故が起こった際に、死傷者の正確な数よりも死傷者がいたのかどうか、という情報の方が喜ばれる。

正確な数字はさておいて、自分の身内や知り合いがそれに巻き込まれたかどうか、の方が大切なのだ。

(;-@∀@)「要するに、僕が殺された方が彼らにとっては都合がいい、と。
      とんだファック野郎どもだ……」

¥・∀・¥「まぁそれは致し方ないことかと。 しかし、貴方が何かしらの可能性を持っているのもまた事実。
      ですが我々としては、別にティンカーベルがどうなろうと構わないのです。
      他の街の話ですからね。 ただ、ここにいつまでも留まるわけにもいきません」

(;-@∀@)「では、僕に協力をしてくれるので?」

期待を込めて尋ねたアサピーに対して、マニーは質問で返した。

¥・∀・¥「一つ訊きますが、この事件を記事にするのはいつですか?」

(-@∀@)「明日にでも……いや、今日にでも!」

力強く断言する。
情報は鮮度こそが重要だ。
すぐにでも号外を発行させれば、たちまちアサピーは英雄の階段を駆け上がることになる。

¥・∀・¥「なら、私は貴方に協力できません」

(-@∀@)「え?」

215 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:26:01 ID:EB3u4DHo0
全く予想していなかった答えに、アサピーは言葉を失いかけた。

¥・∀・¥「切り取られた真実を記事にして、それが世にもたらす不利益を考えていないからです。
      あなた方がいう所の真実、つまり情報とは断片的な物。
      ナイフの危険性だけを取り上げ、その使い方と利便性を知らせないのと同じですよ。
      不完全な情報を与えて神を気取る人に協力はするつもりがありません」

世界最大の豪華客船の市長の口から出てきたのは、幾度となく聞いてきた言葉だった。
情報がもたらす弊害。
それを知らないマスコミ関係者は一人もいない。
故に、アサピーは決まりきった言葉で返すことにする。

(;-@∀@)「ですが、人々には情報を知る権利があります。
      我々はその手助けをしているだけで――」

言葉を遮るようにして、だが威圧的ではない声色でマニーはその決まりきった言葉を一蹴した。

¥・∀・¥「知る権利ではなく、知りたい人間が知り、そうでない人間は知らないままでいる権利ですよ。
      無理やり押し付ける事を手助けとは言いません。
      餌を待つ豚ならいざ知らず、人間ならば自力で調べるという事が出来ます。
      どうしても情報を与えたいのなら、求める人間にだけ与えるべきではありませんか?

      両親が死んだことさえ理解できない子供に伝えるのが、果たして正義なのでしょうか?
      両親の死体を前にした子供に対してその心境を訊き、それを記事にするのが果たして子供のためになるのでしょうか?
      知ることが必ずしも人にとって幸せとは限らないのですよ」

静かに、そして一言ずつ確かに言い聞かせるようにしてマニーはその口から力のある言葉を連ねた。
反論の余地は、なかった。
新聞記者として、そしてそれを志してからの人生でこれほどまでに短い言葉で黙らされたのは初めてだ。
恫喝に対しての耐性はあったが、こちらが掲げる権利の間違いを指摘する権利に対しては何一つとして言葉は用意されていない。

216 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:32:33 ID:EB3u4DHo0
(;-@∀@)「……む、ぐぅ」

¥・∀・¥「……私がオアシズの市長になった際、貴方の会社が書いた記事を今でも覚えていますよ。
      前市長の息子が市長に就任、親族経営がもたらす負の連鎖、外界を知らない無知な市長、と散々に書かれました。
      市長を継ぐにあたり父が私に課したいくつもの課題を取り上げることもなければ、謝罪することもありませんでした。
      断片的な情報を世に送り出して、あとは知らぬふり。 幸いにして父はそれを予期して私にそれを乗り越えるだけの知識を与えてくれていました。

      時間が経てばそのような振る舞いを忘れ、取材を申し込んでくるようになりましたけどね。
      それが彼らの流儀で、それが彼らの力の使い方なのでしょう。
      ですがアサピーさん、貴方はまだあの業界に染まり切っていない。
      そうお見受けしたからこそ、こうしてお話をしているのです」

(;-@∀@)「僕に、何をしろと?」

ここで頷かなかったのは、アサピーの中にある僅かな矜持の賜物だった。
彼がこれまでの人生で培ってきた価値観はまだ消えていない。

¥・∀・¥「全ての情報が出そろい、事態が収束するまで情報を公にしないでいただきたい。
      それだけです」

(;-@∀@)「何故です? 情報が広まればそれだけでショボンたちの行動が制限されるのでは?」

¥・∀・¥「それが有効な時期は過ぎ、事態はあまりにも複雑になりすぎました。
      加えて、様々な方面で方向性がばらばらの酷い修復――tinker――を試みた結果、どうしようもなくなりました。
      ならばせめて、事態が収束した時に一矢報いるために力を振るった方が賢い。
      解決は別の人に任せるのがよろしいかと」

(;-@∀@)「大人しくここで待て、と?」

¥・∀・¥「私の要望を受け入れるか否か、それによりますね」

217 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:36:13 ID:EB3u4DHo0
これがマニーの本題だと分かったところで、アサピーに有利な点はない。
最早カードは使い尽くし、切り札もない。
それに提案自体は悪い内容ではない。
問題は、アサピーのこれまでに作り上げてきた価値観や倫理観と呼ばれるものを変えるかどうか、という点にある。

真実を多くの人に知ってもらいたい。
それを求める人間にこそ、それを知らせなければならない。
その使命感で一心不乱に働き続けてきた。
生き方を変えるのと同じく、マニーの要求を呑むのは容易な話ではない。

だが。
この葛藤こそが、アサピーの心の中に知らずの内に芽生えていた良心の呵責の証明であり、揺るがぬはずと豪語していた信念の弱さでもあった。
本当に己の行動に疑念一つなく、曇り一つなく、後悔もせずに生きていたのだとしたら、この瞬間にすぐに拒否すればいいだけだ。
それが出来ないという事は、考える余地があるという事に他ならない。

(;-@∀@)「ですが……しかし……」

¥・∀・¥「もう一度言いますが、時は金なり、です。
      金は時には成り得ませんが、時は金を越え得る力を持っています。
      ご決断を」

手に汗が滲む。
歴史を変えるスクープを手放し、信念を変える覚悟を決めなければならない。
アサピーはマニーの提案を受け入れる方に気持ちが傾いていた。
足りないのは覚悟。

自分自身の全てを変えるという覚悟が、アサピーには欠けていた。
これまでに行ってきたのは他者の変化。
生半可な未経験者、すなわち自慰行為に長けているだけで本番を知らない哀れな童貞と言ってもいい。
知ったつもりになっていただけで、いざ自分自身が変化させられようとするとそれを受け入れられない弱さが露呈する。

218 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:36:25 ID:vl31qxjM0
ここでTinkerに繋がるのか、支援

219 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:39:16 ID:EB3u4DHo0
何度も何度も思案する。
正しいのはどちらなのか。
変えるべきか、変えずに抗うべきか。
世間に知らしめるべきか、思いとどまるか。

(;-@∀@)「せめてトラギコさんにだけは……伝えたいのですが……」

絞り出すようにして口にしたのは、せめてもの妥協点。
今の彼に出来る精いっぱいの決断だった。
自分自身の力で世間に出しても効果が半端なのであれば、その情報を用いて世界を変えてくれる人間に託すのが一番だ。
少なくとも切り取って報道する同業者ではなく、全ての情報を正しく見つめ、そして運用してくれる人間と言えば彼の知る限りトラギコ一人しかいない。

重要性を知っているからこそ正しく動かせる、そう感じたのである。
出会ってからまだわずかな日数と時間しか経っていないが、彼がこれまでに手掛けてきた事件の解決率やそのスタンスを鑑みての結論。
短時間で下せる結論は、これが限界だ。

¥・∀・¥「……いい選択です。 ですが一つ残念なお知らせがあります」

(;-@∀@)「どのような?」

挑発的な笑みと呼ぶにはあまりにも優しく、同情的というには厳しい表情がマニーの口元に浮かぶ。
短い間で見た最初の変化だった。

¥・∀・¥「トラギコ様の消息が途絶えました。
      私に出来るのはその情報をジュスティアに流すことではなく、アサピー様が動きやすくするためのお手伝い。
      つまり、必要な道具などの手配だけです。
      ……ここから先は、アサピー様の行動一つで事態が大きく変わります。

      それを踏まえた上で、改めてアサピー様の意志を確認させていただきたい」

220 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:43:32 ID:EB3u4DHo0
刑事をやっているだけでなく、事件に積極的に首を突っ込んでいくトラギコならいつかはそうなると分かっていた。
彼ほどの男が無傷でいられるはずもなく、また、足を動かすことを躊躇する人間でないことは一目で分かる。
むしろ何かに巻き込まれていない方が不自然だ。
そんな彼の生き方に共感を覚え、憧れを抱いたのは事実。

今は、ただ。
トラギコに会い、彼に真実を託すだけ。
彼ならば、アサピー以上に情報を正しく使ってくれるはずだ。
故に、答えは一つ。

(-@∀@)「無論、探しに行きます」

真実が真実でなくなること、それがアサピーには耐えられない。

¥・∀・¥「では、防弾着と武器を用意いたします。
      他に必要な物はありますか?」

(-@∀@)「あとは、フィルムカメラを一つ」

銃を使わずとも世界は変えられる。
ナイフを持たずとも人は脅せる。
それがカメラだ。
デジタルカメラよりもフィルムカメラを選んだのは、フィルムさえ奪われなければ決して写真を消されないからだ。

¥・∀・¥「かしこまりました。 武器は拳銃を手配しておきます。
      用意するまでの間、温かい食事をお持ちいたしますので、しばしお待ちください。
      私がこうして匿えるのにも限界がありますので、一時間後には出発していただきます」

221 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:48:53 ID:EB3u4DHo0
いかなる手段でここに運び込まれ、そして隠されているのは訊けなさそうだと判断したアサピーは素直にうなずいた。
部屋から出て行ったマニーの背を見送り、アサピーは布団から出てクローゼットに向かった。
アイロンのかかったシャツとジーンズを借り、身なりを整える。
皮のジャケットを羽織り、そのサイズを確かめる。

若干大きめだが、防弾着を下に着こむことを考えれば丁度いい。
手に入れた全ての情報を伝える相手はトラギコだが、今度は彼の情報を集めなければならない。
彼に追いつくのは至難の業だろうが、それでもやらなければならない。
まずは目撃情報だ。

恐ろしいほど目立つ外見をしており、使っていたのは新聞社の原動機付自転車だ。
足取りを追うのは不可能ではない。
むしろ、これが本業だ。
真実を探して組み立て、形と成せばトラギコの居場所にたどり着ける。

用意された食事を平らげ、ホルスターに入った拳銃を腰に下げた。
銃を使うつもりはなかった。
だが、トラギコに渡せば情報同様に上手に使いこなしてくれるはずだ。
代わりに首から提げたのはケースに収められた上等なカメラだ。

ニッコール社製のカメラで、小型だが頑丈な作りをしたモデルだった。
間違いなくマニーなりの配慮だ。
これから先に待ち受ける困難を考えれば、防弾使用のカメラでもなければ心もとない。
それでも、何も無いよりかはいい。

予備のフィルムは五つあり、それら全てはカメラケースに収納されていた。
ケース自体も丈夫な素材で作られており、軽くて使い勝手がいい。
上手くすれば刃物程度は防げるのかもしれない。
間もなく、アサピーは廃棄物の詰まったコンテナと共にティンカーベルの収集所に送り届けられた。

222 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:51:03 ID:EB3u4DHo0
無事に収集所にコンテナが到着したという知らせを聞いたマニーは、己の役割が一つ終わった事に胸をなでおろした。
市長室の机上に置かれた無線機を使い、マニーはそのことを協力者に告げた。

¥・∀・¥「……ご相談いただいた通り、彼を送り届けました。
      えぇ、お話の通りになりました。 ……いえ、お礼など。
      我々としてもこの事件が終わることを願っておりますので、この程度の強力であれば……
      はい、それでは引き続きのご健闘をお祈りいたします」

斯くして、第三手目が動き出した。
そして。
この手を考え出したライダル・ヅーですら知らぬことであったが、オアシズに集まった情報はリアルタイムで別の人物の元へと送り届けられていた。
先ほどまで使っていた無線とは異なる無線機、そして周波数に対して呼びかけるマニーの声はとても穏やかだ。

まるで、親に褒めたがっている子供のように、だがその身を案じる親友のように優しい。

¥・∀・¥「ジュスティア側の動き、狙撃地点共に予想通りです。
      新聞記者の男がトラギコ様に接触を試みようと……えぇ、そうです。
      ……はい、分かりました。
      また何かあればいつでもご連絡ください。 こちらも、新しい情報が入り次第お伝えいたします。













      ではご武運を、デレシア様」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
           Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第八章 了

                                         August 10th PM08:44
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

223 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 21:51:46 ID:EB3u4DHo0
これにて本日の投下は終了となります
支援ありがとうございました

質問、指摘、感想などあれば幸いです

224 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 22:03:35 ID:vl31qxjM0
乙。
やはり事件の裏で暗躍していたのはこのお方。
早く続きを読みたくなります。

225 名も無きAAのようです :2015/05/10(日) 23:23:25 ID:Z6i9msrQ0
乙。結局またデレシアかぁ

226 名も無きAAのようです :2015/05/11(月) 00:44:25 ID:cav6VDfY0
乙。
相変わらずショボンは狡猾でしぶとい禿だなぁ
アサピーサイドの話が新鮮というかなんというか
この作品じゃブーンちゃん以上に一般人だからかな

227 名も無きAAのようです :2015/05/11(月) 22:28:33 ID:MlBN5f5U0
デレシアとかいうロリババアの長金髪をおちんぽに巻きつけてしこしこしたいよぉ・・・

228 名も無きAAのようです :2015/05/13(水) 18:50:27 ID:VEbezAms0
今読んだ!乙

やっぱマニーは有能だな

229 名も無きAAのようです :2015/05/24(日) 03:02:09 ID:gLkLxdcY0
最新話来てたのか、おつ!
デレシアの動向が気になりすぎる…!アサピーも随分成長したなぁ…。今回も最高だった、次回も待ってる!

230 名も無きAAのようです :2015/05/31(日) 15:43:59 ID:TKL.OCnY0
やっと追い付いた!乙!!
マニーさんが輝いて見える…

231 名も無きAAのようです :2015/06/26(金) 20:27:56 ID:Uvv/mdck0
明日

VIP
会いましょう

232 名も無きAAのようです :2015/06/26(金) 22:23:26 ID:gc3/d71k0
全裸待機!

233 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:04:07 ID:m/DZJGrM0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

カメラを構える行為は、銃を構える行為と同じである。
                  どちらもその人差し指で人の人生を左右するのだ。

                                   戦場カメラマン ミズーリ・タケダ

                      August 10th PM08:43
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

アサピー・ポストマンが隠れ潜んだコンテナの中は錆びた鉄の匂いや妙に酸味のある悪臭が漂い、加えて完全な暗闇だった。
月光すら差し込むことなく、目が慣れるまでには長い時間がかかる事だろう。
コンテナ内は絶えず振動し、耳を押さえていなければ軽い頭痛を覚えるほどの音が反響していた。
クッションも何もないコンテナの片隅に膝を抱えて座り込み、アサピーはひたすらに振動と騒音に耐えた。

不満はなかった。
何も、黒塗りのリムジンやピンクのキャデラックに乗る必要はない。
これに耐えるだけで、厳重体制にあるティンカーベルとオアシズとの行き来が可能になるのだから、破格の待遇と言える。
島から外に出ることも、外から島に入ることもままならぬ現状を考えれば、悪臭と騒音で満ちたコンテナも箱舟にさえ思えよう。

今、アサピーはオアシズから出た廃棄物を詰めたコンテナ内に潜み、それをトラックが島の奥に運んでくれるのを待っていた。
オアシズはそれ単体で生活できるよう設計されているが、不燃ゴミの廃棄とその処理についてはまだ完全とは言い難い。
可燃ゴミについては独自に焼却して発電に利用するのだが、大型の焼却炉と処理設備が必要となる不燃ゴミの場合は、流石のオアシズでも完全に処理をすることは出来ない。
そこで考え出された方法が、寄港した街に不燃ゴミをコンテナ単位で買い取ってもらい、処分してもらう手段だった。

234 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:14:10 ID:m/DZJGrM0
これは非常に効率が良く、また、双方にとって利益になることから今では陸地繋がりの町同士でも積極的に行われている。
ティンカーベルの完全封鎖という状況にありながらも、この部分については死角だった。
片道切符のコンテナに人が入り込み、こうして島に舞い戻るなど想定の範囲外だったのだろう。
内心でオアシズの市長であるリッチー・マニーに改めて感謝し、夜光液の淡い光を発する時計に目を向ける。

時針が示す時刻は夜の九時十七分前。
時間としてはまだまだ余裕がありそうだが、油断は一切できない。
これから先何にどれだけ時間を使うか分からない。
到着するまでは静かに待機し、体力を温存しておくのが一番だ。

やがて、舗装路を走るノイズ音じみた音に変化が生まれ始めた。
少しずつ砂利を踏みしめる音が増え、遂には砂利の音と入れ替わり、体が小刻みに振動する事となった。
徐々に体が傾き、転がり落ちそうになるのを両手両足で耐える。
砂利道の斜面を下り、コンテナを運送するトラックが停車した。

停車してから数分の時間が経過したことから、予定通りの場所に到着したのだと推測した。

(-@∀@)「……おっ、と」

直後に感じ取った浮遊感から、クレーンで吊り上げられるのが分かる。
そして平らな金属の上にコンテナが積まれ、タイヤが土を踏みつける音が遠ざかって行った。
時計に目を向けると、午後九時十四分前を示している。
アサピーは静かに立ち上がり、胸にさしていたペンライトを点けて出口を目指す。

内側から開けられるよう細工のされた扉を慎重に少しだけ押し開き、ライトを消す。
人が近くにいないことを確認し、金属の軋む音を最小限に抑えつつ扉を完全に開いた。
外の世界に満ちる夜の光は淡く、日中の強い日差しよりも柔らかく物の輪郭を照らし出す。
影絵のような幻想的な世界を目の当たりにし、アサピーは一瞬だけその景色に目を奪われた。

235 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:18:42 ID:m/DZJGrM0
すぐに意識を切り替えたアサピーは降りるのに支障のない高さであること、そしてコンテナの周囲に人影がないことを確かめる。
四方を背の高い木々に囲まれている事から、ここがティンカーベルの北西にある廃棄場だと理解した。
山奥だが、街に戻れないほどの距離ではない。
コンテナから身を投じ、着地すると同時に周囲に目を配る。

姿は見えなかったが、着地で生じた比較的大きな跫音に気付いた警備の人間がいるかもしれない。
しばらくそうして身構えていたが何も起きず、風が運んだ雲が月を覆った時、アサピーはようやくティンカーベルに再び戻ってきたことを強く実感することが出来た。
しかし余韻に浸っている暇はない。
これからアサピーが行わなければならないことは命がけのものであり、そして何より、手がかり一つない状況での人探しだ。

大切な情報を伝えるという目的のため、アサピーは重い足取りで廃棄場の出口に向かって歩き出した。
周囲に人の気配はまるでなく、代わりに野生の生物たちが息づく気配を感じられる。
高く積み上げられたコンテナの林が作り出す影は濃く、何かが潜んでいるとしても見つけ出すことは敵わない。
おぼろげな月明りを頼りに歩き、ひび割れたアスファルトの車道に出た。

車道は街に通じる証明だ。
しかし、車道上には身を隠す物が何もない上に、山奥の廃棄場付近には街灯すらない。
万一暴漢にでも出くわしたら事だ。
目が闇に慣れるまで、アサピーは意図的に車道から僅かに外れて歩くことにした。

木の枝を踏み、よく分からない生物を踏み、顔に枝が当たってかすり傷を作りながらも、アサピーは一定の歩調を保ったまま進む。
静かな夜だ。
喧騒もなく、人工の音もない。
聞こえるのは虫の合唱、木々のざわめき、そして己の跫音。

暗闇の中でも不安に感じるどころか、母体にいるような安心感を覚える。
やがて、まっすぐ続いていた車道の先に、新たな道が見えてきた。
少し太めの道路とぶつかったので、アサピーは左に曲がった。
目が慣れてきたので車道の中心を歩き、ティンカーベルの街を目指すことにした。

236 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:23:55 ID:m/DZJGrM0
このまま道なりに行けば山を越えて、やがては街の入り口にまで辿り着くことが出来るはずだ。
そこからトラギコ・マウンテンライトの消息を探り、どこで彼が消息を絶ったのかを知らなければならない。

(-@∀@)「生きていてくださいよ、トラギコさん……」

それは願いや祈りと言った神頼み的な行為というよりも、本人への切実な希望だった。
全ての情報を上手に役立ててくれるのは、アサピーの中にはトラギコしかいない。
荒っぽいが確実に事件を解決してくれる彼のような存在は、正直なところ万年休暇を取っている神よりも遥かに頼もしい。
腹部に感じる熱と痛みをこらえて、確実に歩みを進める。

雲が流れ、再び姿を現した月が夜の世界を撫でるようにして仄かにモノクロの世界を浮かび上がらせる。
余計な装飾もなく、シンプルにして幻想的、そしてどこか懐かしく感じられる影絵の世界。
白と黒の濃淡だけで描かれた世界を歩くアサピーは、心奪われる景色を前にしても決して思考を止めることはなかった。
考えているのは二つの事だ。

トラギコの行方と、自分が狙われる原因。
前者は情報がなければ推測も何も出来ないが、後者に関してはいくつかの推測をすることが出来る。
幾度も命を狙われてきたアサピーが見てしまった光景とは何か、それを考えるという行為は非常に有意義だ。
いくつかの推測を立てられれば、それをトラギコに伝えて捜査の役に立つことが出来る。

自分は主役になるような柄ではない。
分かっていることだ。
事件を率先して解決する人間には、才能があり、実力がある。
アサピーにはそれがない。

237 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:30:16 ID:m/DZJGrM0
だから。
だからこそ、アサピーはそれを持つ人間の傍に立たなければならない。
そしてそれを世間に知らしめる役割こそが、アサピーのそれなのだ。
斯くして英雄は作られ、真実が創られる。

問題は、それがいつ、どのタイミングなのかということ。
口約束とはいえ、アサピーはマニーの提示した事件が解決した後に真実を公表するという条件を飲み、今に至る。
それを果たす義務はないが、その条件はマニーの持っていた信念と価値観を揺さぶった。
確固たる信念と価値観だと思っていただけに、それは非常に衝撃的だった。

自分の中で揺らいでいる間は無理に動かない方が利口だと考え、アサピーはひとまず、トラギコに託すことにした。
委ねる、と言い換えた方が適切なのかもしれない。
彼は正しく行動し、最終的に収まるべき場所に彼が導いてくれる。
そんな風に考えている自分に、アサピーは嫌気ではなく清々しい気持ちになっていることに気が付いた。

偶像崇拝に近しいかもしれないが、それでも彼は実在の人物であり実績もある人間だ。
考えや判断を委ねることが楽なことは知っているし、それが依存の始まりであることはよく分かっている。
だが断じて、アサピーはトラギコに依存をしているのではない。
彼は、正義そのものだとアサピーは信じている。

この世にはびこるあらゆる悪と対極の存在。
決してぶれない軸と信念を持ち合わせ、絶対的にルールを順守する姿。
アサピーにとって最も身近な正義の象徴はジュスティア警察でもなく、軍でもなく、トラギコの存在だった。
故に、然るべきものを然るべき人間に託し、使ってもらいたいだけなのだ。

現に感じているのは図書館の窓を開いて入ってきた新鮮な空気のような、そんな気持ち。
ちょうどいい機会なのかもしれないとさえ思う。
新聞記者として本当の意味で活躍するために、自分自身の立ち位置を今一度考えるためには、この上ない機会だ。
これまでは理想で動いてきた節が否めず、真実の持つ多面的な情報を理解した上で世間に公表することなど、これまでに一度も考えたことがなかった。

238 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:36:02 ID:m/DZJGrM0
期せずして手に入れたビッグスクープに浮かれ、それが夢の実現のための最後の鍵であるかのように取り扱ってしまった。
様々な側面を持つ真実に対して、ただの一度たりとも向き合っていなかったのである。
それは確かだ。
理解していたつもりになっていたが、実のところは断片ですら理解していなかった。

トラギコから受けた指示という理由もあったが、それでも実行に移したのは自分自身の判断だ。
断片的な真実の公開という選択は、結果的にトラギコの選択が間違いではなかった事を証明した。
つまり誤ったのは、アサピー自身の覚悟の量だった。
そしてそれが及ぼした影響は、痛みを伴ってアサピーを襲った。

真実を追う覚悟はあったが、真実に追われる覚悟はなかった。
誰も教えてはくれなかった。
真実が牙を剥き、噛み付いてくるなど。
繊細なのも重要なのも知っていた。

それでも、真実は箱入り娘の令嬢のように従順だった。
少なくとも、トラギコと会うまでは。
ようやく本質に触れることが出来たという事を理解したアサピーは、今はただ、真実の行く末を見届けなければならないという義務を自覚していた。
全てを見た上でそれを公表すればいい。

途中経過も真実の一つに変わりはないが、不完全であることもまた事実。
不完全をそのままにせず、パズルのピースが欠けている状態で表に出すことは一先ず止めておく。
そして。
欠けたピースの内、アサピーが狙われる理由が大きな割合を占めている事だけは断言できる。

慎重な人間であるはずのショボン・パドローネが二度にわたって命を狙い、狙撃手には二度撃たれ、退院祝いにデミタス・エドワードグリーンに殺されかけた。
異常としか言いようのない執着ぶりだ。
逆にそれこそが、アサピーが真実に近づいているという証明にもなっている。
考えの及ばない領域ではないと、アサピーは考えた。

239 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:42:46 ID:m/DZJGrM0
少なくとも自分が見聞きした情報の中に、彼らがどうしても消したいものがあるのだから、思い出せないはずはない。
現時点でアサピーが見立てている最も高い可能性は、現場に残されていたスーツケースを目にしたことだ。
黒のスーツケースに手がかりが残されている可能性は十分にあるのだが、警察がそれを回収したのかどうかが気になる。
これで警察が回収していれば、アサピーの算段は外れたことになる。

一つ目の可能性として視野に入れ、アサピーは新たな可能性を考え出すべく記憶を探り始めることにしたのであった――

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                                  Ammo→Re!!のようです  
     ,....、    ____
     /   ヽ..._/二二二ト、 r‐ュ
    / r┴┴‐┼──‐弋三三マヽ            Ammo for Tinker!!編
  j   ̄>──┴─ 、:.:.:.|─‐9|<7|l
  f'  7´ ´¨`ヽ`ヽヽ:::::::__ヽ|}}─ j|^:|Yl
 j  、l::;′   Y:::::l:::l::::{ ヾ!|!ュ:.:.:l|:::V        第九章 【cameraman-カメラマン-】
 l  l:::|     ||:::::|:::|::ハ  \_:.:.:ト、::ト
 l  `ヽヽ __ノ/.::/::/:::::/ヽ    ̄ヽr‐
  '  / マ=∠∠∠∠ -'"        ∨        August 10th PM 10:31
  '     ハ::::「 -r 、
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

爆発が起きたのは、午前四時十四分。
爆破現場となったスタードッグス・カフェは粉塵が舞い、悲鳴がいたるところから聞こえていた。
カメラを携えて現場を見たアサピーが抱いた第一印象は、戦場だった。
額から血を流す人や泣きわめく子供、そして漂う焼けた匂い。

その瞬間をカメラに収め、次に爆発の中心部を撮影した。
焦げ跡が不自然な形に歪んでおり、それも撮影した。
片側が吹き飛んだスーツケースが遠くに転がっているのを見つけ、駆けよってシャッターを切る。
再び現場に戻り、負傷者が出来るだけ大勢が入るようにして構図を整え、記事用の写真を撮った。

240 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:46:55 ID:m/DZJGrM0
一通り撮影を終えてから、アサピーはようやく負傷者の救助に当たることにした。
幸いにして死者はおらず、軽傷者だけで済んだのは奇跡か、はたまた意図的なのか。
それを記事にすればより人々の関心を得られると思ったが、今回はトラギコへの情報提供が主であるためにそれは一先ず置いておくことにした。
彼に協力をすれば多くのスクープが自ずと舞い込んでくると信じたからだ。

動揺して頭の回らない――つまり、口が緩くなっている状態――を逃すことなく、目撃者に情報を聞き込み、新鮮な内に仕入れを済ませた。
それでも、すぐに警察官が現れて現場を封鎖し、以降は聞き込みによる情報収集だけしか行えなかった。
警察官の名前を写真に収めるのと同時に記憶したのは、彼を英雄的な存在として記事にする時が来た場合に備えてだった。
名前はイブケ・ゼタニガ、階級は巡査だ。

写真を撮られたことに対してひどく憤慨し、フィルムを寄越せと怒鳴ってきたがアサピーは逃げた。
彼の英雄的行動が多くの証拠を残し、被害者の拡大と混乱を回避できたのだから、何も恥ずかしがる必要はないのだ。
ここまでが、アサピーが爆破事件で行った主な行動である。
その中にアサピーを消してまで隠したい情報があるのか、それを考える。

上り坂になり、アサピーは少し歩調を早めることにした。
坂になれば速度が落ち、余計な時間がかかってしまうからだ。
街でトラギコに関する情報を集め、新聞社に寄って配達用の原動機付自転車を使って彼の足取りを追わなければならない。
事態は一刻を争う。

あのトラギコの消息が途絶えるという事は、紛れもない緊急事態だ。
星空を眺めながら、トラギコの安否を気遣う。
巻き直したばかりの包帯に湿り気を感じ、指で触れてみる。
僅かだが、濡れていた。

傷口が少し開いている。
しかし、それでも歩みは緩まない。
思考もまた、止まる事を知らない。
ただただ、動き続けた。

241 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:53:35 ID:m/DZJGrM0
ティンカーベルに到着してから優に一時間半以上が経過した頃、目の前にそれまでよりも急な斜面が現れ、速度が落ちた。
流石に運動不足のアサピーにとって、山道を歩き続けるのは難しいことだった。
何より、彼は前半で車道ではなく林を歩いた。
それは足首への負担を減らしてくれたが、着実に体力を奪っていた。

そこから更に三十分をかけて峠に到着し、足を止めて小休憩をする。
遠くの眼下に見える街の明かりに胸を撫で下ろしつつも、地上の星明りを両断する陰に注意を払う。
ティンカーベルを“鐘の音街”の名で有名にした街の名物、グレート・ベル。
アサピーの見立てでは、そこに狙撃手が潜んでいるのだ。

自分を二度も狙撃した人間とは、何者なのだろうか。
今もまだあの場所から誰かを狙っているのだろうかと考えると、恐怖に身が固まる。
発砲炎を目視してから避けられるのか、そもそもそこにいるのか、など考えが溢れ出して止まらない。
休憩を終え、アサピーは車道を下り始めた。

下り坂という事もあって、割と早いペースで歩くことが出来た。
その足を止めたのは、不思議な光景を目にしたからだ。
一部分だけ消え去ったガードレール。
地面に残された根元はその先端が引き千切られた様になっており、アスファルトから僅かに浮き上がっている。

強引に力が加わり、ガードレールが失われたのだろう。
交通事故か何かだと考えるが、ガードレールは千切れない。
どれだけ高速で車両が突っ込んできても、決して千切れはしない。
それが千切れるという事は、不自然という事なのだ。

よくよく観察してみると弾痕の様にも見える。
かなりの大口径の銃で撃ち抜かなければこうはいかない。
ガードレールがあった場所から見下ろすと崖のような急な斜面が森まで続いており、タイヤで削り取ったような跡が残されている。
堅気でない者同士の争いがあったのだろうと推測し、一先ず写真を撮った。

242 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 20:57:45 ID:m/DZJGrM0
それから少し道なりに進んで、アサピーは足を止めた。
車の部品が落ちていた。
外装、そして金属製で作られた部品の一部。
周囲にブレーキの跡がないことから、整備不良による事故か何かが起きた可能性が頭をよぎった。

十五分後、アサピーの足は逆方向に向くことになる。
電池切れで道の端に乗り捨てられたスーパーカブを見つけたのだ。
紛れもなくアサピーがトラギコに貸した物であり、それがここにあるという事は、トラギコがここまで来たという事。
後は簡単な計算だった。

バイクの電力がなければ、ヒッチハイクしかない。
ヒッチハイクをして間もなく、トラギコは何者かに襲われ、車ごとガードレールから落ちて行ったのだ。
走って先ほどの場所に戻り、慎重に斜面を下ることにした。
見た目以上に足場は悪く、滑りやすい土質だ。

カメラケースを後ろにやり、両手両足を使って斜面を進む。
暗がりの中にあって見えなかったが、二本の木に押し潰されたセダンが見えてきた。
フロントグリルが変形し、見るも無残な姿と化しているが一目で高級車と分かる。
車体のあちらこちらに銃創のような大きな穴が空き、全てのガラスは粉々に砕け散っている。

死体が見つからないことを願いながらペンライトを取り出し、車内を窺う。
誰も乗っていないのが分かると、車内を観察する余裕が生まれた。
車内で争った形跡もなければ、物を荒らされた形跡もない。
運転席に乾いた血を見つけ、その量が少量であることが気になった。

撃ち合いではなく、このセダンの運転手が一方的に撃たれたようだ。
助手席のヘッドレストが吹き飛び、倒木の枝に引っかかっている。
天井にも大きな穴が空き、そこから月光が差し込んでシフトレバーを照らし、幻想的な光景に見えなくもない。
しかし、どちらも明らかに撃ち込まれた銃弾が作った物で、追撃されたことを如実に語っている。

243 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:04:27 ID:m/DZJGrM0
セダンは何者かに襲われ、逃げ、崖下に転落し、更に大口径の銃弾によって駄目押しをされた。
ますます運転手がトラギコである可能性が濃厚になった。
一度、ライトを足元に向けるが、コケと落ち葉以外手がかりとなりそうなものは何も残されていない。
薬莢の不気味な輝きがないことから、追撃者はここに降りてこなかったのだろうと考えられた。

襲われた人間がトラギコであると決定づける証拠は依然として見当たらない。
仮にこのセダンのドライバーがトラギコだったとしたら杖がどこかにあるはずだが、それらしき物はない。
車内に死体や目立つ血痕がないという事は、運転手は車外にその体を出すことに成功したという事。
つまり、地面に杖を突いた窪みを見つけることが出来れば、運転手がトラギコであり、無事に生き延びたという証拠になる。

ライトを木の枝に括り付け、地面を高い位置からまんべんなく照らす。
視線だけでなく体全体を地面に近づけ、不自然に抉れた場所がないかを探る。
脚を引き摺った跡でも構わないのだが、事故を起こしてから時間が経っていることもあって何も見当たらない。
一度視線を上げ、周囲に目を向ける。

すると、車を押しつぶす木も銃弾によって倒されたことが分かった。
乱暴にちぎられた断面にレンズを向け、シャッターを切る。
今度は車内に何かめぼしい物はないかを探すことにした。
サンバイザーの裏やグローブボックスの中を探すと、車検の書類が出てきた。

持ち主はイーディン・S・ジョーンズとある。
聞き覚えのある名前だった。
写真を一枚撮り、そして思い出す。
超が付いても余りある有名な考古学者だ。

歴史的な発掘をいくつも手掛け、特に強化外骨格の研究には多くの貢献をしている人物として教科書にも名を載せる人物である。
彼が研究に携わってから世の中に復元された太古の技術や道具は数知れず、彼抜きには現代の科学は語れないとまで言わしめる存在。
若い頃は何故か鞭を持って遺跡の発掘を行い、特徴とも言えるカウボーイハットを被った姿はしばしば教科書に載っている。
取り分け、ダット(※注釈:Digital Archive Transactor)の研究成果は高く評価され、多くの知識を世に広めることに貢献した。

244 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:10:17 ID:m/DZJGrM0
その人物の所有する車がここにこうしてあるのは、何かの偶然とは思えない。
襲われたのはトラギコではなく、ジョーンズかもしれない。
他にも手がかりになりそうな物を漁り、遂に見つけることが出来た。
運転席の足元に落ちていたカブのキー。

紛れもなく、モーニング・スター新聞社で使われていた物だ。
トラギコはこの車に乗り合わせ、そして運転していたことはまず間違いない。
そして、ここで何かに巻き込まれ、転落したのである。
そこにジョーンズも同席していたかどうかまでは不明だが、トラギコがこの車に乗っていたことが分かれば十分だ。

すでに彼らが死亡し、死体を処理されたと考えなかったのは、仮に処理するのであればこのように目立つ場所に車を残しておくはずがないからだ。
仮にアサピーが追跡者であれば、車をもっと目立たない場所に動かしている。
ついでに、所有者の身分の特定につながるような書類を車内残してはおかない。
事故からどれだけの時間が経過したのかは不明だが、トラギコ達は逃げ果せたと考えられる。

少なくとも事故直後の話であり、その先で殺された可能性も十二分にあるのだが。
何にしても、トラギコならば路上駐車されていたジョーンズの車を偶然盗んだかもしれないため、追うのはトラギコだけにするべきだった。
欲張って二兎を追っても得られるのは決まっている。
最初と同じく目的は一つにするのが賢明だ。

彼の行く先については、今の段階では一つの方角しかない。
崖から落ちて来たのに崖を上る馬鹿はおらず、逃げるのであれば相手とは反対方向に進むという事だ。
即ち森に逃げ込んだと考えるのが自然だが、これだけの事故を起こしたのだから、無傷で済んでいるはずがない。
ましてや彼は足を負傷している身なのだから、この車から逃げたとしても、その跡を消すだけの余力はなかったはずだ。

何者かがトラギコを連れ去った、もしくはトラギコの逃走に手を貸している可能性がある。
どちらか分からないが、どちらにしてもアサピーは動かざるを得ない。
夜の森は非常に危険であり、装備が不十分な状態で入るべきではない。
一流のキャンパーでも夜になれば森の中を動き回ることはしない。

245 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:15:47 ID:m/DZJGrM0
方角を一瞬で見失う上に、目標物を視認することも困難。
夜の森に生息する野生動物の事を考えれば、キャンプをして過ごすのが上策だ。
森について多少の知識を持つ人間がアサピーの装備を見れば、間違いなく自殺志願者だと考えるだろう。
大型のライト、もしくは強力な光源を持つライトならばまだしも、彼が持つのはペンライト。

電池が切れた途端に視界は失われ、朝日が昇るまでの間の行動が制限される。
改めて車内に使えそうな物はないかと探すと、非常用のライトが見つかった。
試しにスイッチを入れると、強力な白光が迸った。
運には見離されていないらしい。

ペンライトを顔の位置に構え、ゆっくりと森の中に足を踏み入れる。
鳥の声。
虫の声。
風の声。

そして、どこまでも続く闇がアサピーを迎え入れるが、彼の足取りはしっかりとしたままだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
:::::;;;;;;;;;;;;;;:::::;.;.:.:.:.:.:...;:::;;;;;;::::::;;;;;;;;;;;;;;:: :::::;;;;;;;;;;;;;;:::::::;;;::::;;;;::::+;;;;::::::;;;;;;;;;;;;;;:: :::::;;;;;;::::;;;
:::::;;;:゜:::::::::.:.:.:.; ○ ;.:.:.::;:::::;;;::::::::::*::;:;:::::::;::::::::;;;::゜::::::;:;:::::;;:::::::::::;;;:::::;;;::::::::::::;:;:::::::;:::::::::
:::::::::::::::::::::::::.::.:.:.:.:.:.:.::゜:::::::::::::::::::::::::::::::::::: :::::::::::::::::::::::。:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
:::.::...::..:.:.::.::..::::....:::::......::::.....:::...::.:.:.:::::.::...::..:.:.::.::..::::....:::::......::::.....:::...::.:.:.:::::.::...::..:.:.::.::..:::::::
:: :: :: :: :: 。 :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :  ,,,.-‐=-:、 : :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :::
... . .............:..........:......:............:.........:..........:..........:.. ,,..-'"´..;;;;;;;;;;;::;:~ー- ...,,, .:............:.....:.
                    ,,...--'''"..:::;;;iiiiiiiilllllllllllliiiiiiiilllllllAugust 10th PM 11:48
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

246 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:20:38 ID:m/DZJGrM0
捜査本部として選ばれた建物――島で一番の不人気ホテルとして名高い“カナリア・ホテル”――は、ティンカーベルが独自に持つどの軍事的な組織よりも厳戒な警備体制と緊張感に包まれていた。
指揮を執るライダル・ヅーは顔の半分に包帯を巻き、衣服の下にいくつもの痣を隠しておきながらも顔色一つ変えずに狭い部屋で情報の整理を行っている。
部屋には彼女以外に誰もおらず――誰も入室を許可されていないため――、時計の秒針が時を刻む音と万年筆が用紙の上を滑る音だけが行き来していた。
沈黙の中、ヅーが書いているのは報告書だった。

この事件の発端、そして犯人、目的、事件発生時刻、証拠品、目撃者の証言など事細かに並べられた言葉は自分が事件を振り返るための物でもある。
こうして冷静に書き出すことで今一度事件全体を第三者的な視点で見下ろし、気付くことの出来なかった何かを見つけられる可能性があるからだ。
新たな情報が入って来るたびに紙に書いては破り捨て、常に最新の状況を把握する。
嫌でも見えてきたのは同郷の軍人と警察の無能さ、敵の用意周到さと狡猾さ。

そして、ショボン・パドローネの属する組織が何者かを追い回す過程で多くの傷跡が出来たという事。
ヅーの負った傷も、その内の一つだった。
所詮は途中経過の副産物、風が吹いて木の葉が舞うような物だ。
傷は痛むが、その悔しさの方が勝る。

何としてもショボンの組織に対して一矢報いなければ気が済まなかった。
目的は何であれ、その組織は悪だ。
悪を滅ぼす。
それがジュスティアであり、ジュスティア警察はその執行者である。

先手を打ってショボンの行動を阻害することにしたヅーは、目撃証言を基に彼が追っている人物の特定を急いだ。
だが。
得られた証言はお世辞にも役立つとは言い難く、自分自身で目撃した情報の方がいくらかマシだ。
とはいっても、偶発的に遭遇したカーチェイスで得た物なのだが。

瓜//-゚)「……やはり、ないか」

247 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:26:57 ID:m/DZJGrM0
大型のツアラーバイクを改造し、荒地での走行にも対応させた物は一般人が手に入れるには余りある代物だ。
強化外骨格“イージー・ライダー”の追跡を逃れられるだけの機動性と速度、そして運転手の手腕。
これの情報を使って運転手の割り出しを行えればと思ったのだが、そこから先が難航した。
まずは車種の特定を行わなければならず、ここ数年の間に発表された車種のカタログと格闘したが、当てはまる物はなかった。

そこで新たに十数年前の物から見返すことにしたのだが、該当する車種は存在しなかったのである。
流石にそれ以上前の車種とは考えにくく、一から作り上げたバイクである可能性が高かった。
カウルは黒、もしくは群青色の塗装が施されており、その形状は空気力学に基づいて設計されたのだと一目で分かる鋭角と直線で構成され、ツアラータイプの特徴とも言える大きなウィンドシールドが一枚。
ヅーが見たのはバイクの側面を一瞬と、その後ろ姿を数十秒だけ。

捜査チームを編成した際、ヅーはその車体をスケッチし、全員に配った。
特徴的な性能を持っているバイクであるため、目撃情報はすぐに集まるだろうと思ったのだ。
結論から言えば、駄目だった。
遠くからツーリングに来ていた集団が唯一の証言者であったが、彼らが見たのは走り去る後ろ姿だけで運転手を見た者はいない。

目撃された日時を考えても、ヅーの持つ情報の方が新しいぐらいだ。
あの夜以降、誰もそのバイクを見ていない。
まるで亡霊だ。

瓜//-゚)「カメラの情報も……なしか」

もう一つ、ヅーが追っている物がある。
エラルテ記念病院で醜態を晒し、殺されかけた時に誰が自分を救ったのか、という事だ。
アサピー・ポストマンの入院していた部屋に現れたデミタス・エドワードグリーンに警備員が殺され、ヅーも深手を負った。
そして、顔を潰されて殺される寸前、ヅーは意識を失った。

再び目を覚ました時、ヅーは病室のベッドの上に寝かされていた。
自分に対して十分すぎる殺意と動機を持つデミタスが見逃すはずもなく、痛む体に鞭打って現場に戻ると争った形跡が残されていた。
目に見えて床に増えていた真鍮の薬莢はライフルのそれではなく、拳銃用の物だった。
何者かが争い、デミタスからヅーを守ってくれたのだ。

248 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:33:36 ID:m/DZJGrM0
だが、残された薬莢は九ミリ口径の物で、軍が採用しているコルト・ガバメント――四十五口径――ではない。
勿論、強化外骨格の補助を得ているデミタスが使用したとは考えにくい。
礼を言うのもあるが、何よりデミタスをいかにして撃退せしめたのか、その技量にこそ興味があった。
が、目撃者は愚か映像すら残されていない。

また、ホテルで警官が奇妙な殺され方をした事件もある。
目撃情報で得られたのは頬に二本の傷を負った男の目撃情報ぐらいで、それ以上に詳しい情報は得られなかった。
その人物には心当たりがあったため、事実上有益な情報は得られなかったことになる。
死体を鑑識に回して調べさせているが、何も見つからないだろうと諦めていた。

今、二人の亡霊がヅーを悩ませていた。
どうにか足跡を見つけたいところなのだが、どちらも手詰まりの状態である。
情報整理をしていく中で見えてくるのは、ショボンたちは周りの被害や自分たちが生み出す物を全く意に介することなく対象を追っているという事実であり、その対象は只者ではないという結果のみ。
特に情報に対して価値を見出す人間にとっては、分かり切った情報を突きつけられることほど腹立たしいことはない。

瓜//-゚)「さて、どうしましょうか」

腹立ったとしても、それを思考に影響させないのがヅーの強みの一つだ。
彼女は例え砲弾が降り注ぐ戦場でも策謀することの出来るだけの精神力と集中力を持ち合わせており、今はただ、己の手中に集まった情報が足りないだけだ。
欲しいのは決定打ではなく、全てを線で繋ぐことの出来る核心だ。
追う理由、追う相手、追う方法など、とにかくショボンたちが何を目的としているのかを今一度整理しなければ分からない。

状況の悪化はもはや、誰が諸悪の根源とは言い難いほどに悪化している。
絡んだテグスを解くようにして徐々に紐解き、そして見つけなければならない。
単独での解決は不可能だ。
複数の人間がそれを試みたせいで酷い有様――tinker――になってしまっており、今後はその悪化を防ぐことに注意しなければならない。

249 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:37:38 ID:m/DZJGrM0
引っ掻き回した人間の一人、トラギコ・マウンテンライトには監視をつけていたが、今日の昼前に消息不明となってしまった。
本来であれば自らの手で探しに行きたいところだったが、そこまで暇がないため、苦肉の策としてアサピーを使った作戦を考え付いた。
餌として動かし、結果としてまんまとショボンをおびき出すことに成功し、そして今ではトラギコ探索の要人として仕立て上げた。
特例中の特例であるが、オアシズへの乗船とその後の降船まで手はずを整えたのだから、何かしらの成果を得ることを期待している。

彼が犯した愚かな過ちの精算はこうして少しずつ行ってもらうのだ。
気がかりな点は多々あるが、それでも片手が開くのは大きい。
始点を脱獄として考えると何かが見えてくるかもしれないと考え、ヅーは改めて事件の初日から見直すことにした。
書類の山から引っ張り出したのは、シュール・ディンケラッカーとデミタスの資料だった。

この二人以外にも、極悪という意味ではエリートたちがセカンドロック刑務所には揃っていた。
それでもあえてこの二人を選んだのには、理由がありそうだ。
二人の共通点を探すのではなく、二人が他よりも優れている点を調べる。
書類に記載されているのは児童誘拐と窃盗に長けた二人の犯罪歴で、その生い立ちから逮捕までの流れが簡単に載っている。

他の囚人たちとは異なり、殺人や強盗、強姦や脅迫ではないのがポイントと言える。
こうして改めて書類を見ると、二人が何かを盗むことに特化しているのが共通点として分かる。
つまり、ショボンは何かを盗ませたかったのかもしれない。
秘密裏に盗ませようとして失敗したと考えられる。

では、何を盗もうとしたのか。
盗みに失敗したとして、何故人を追い回す必要があるのか。
その人物が何かを持っているから、としか考えられない。
危険を冒してまで追うという事は、物である可能性が低い。

手に取って盗めるような物ならばどこかに隠されればそれまでであり、追う必要があるとしたら移動を続ける人間ぐらいだろう。
しばらく考え込み、どうして自分がもう一つのスタート地点に目を向けなかったのかと自責した。
カーチェイスを繰り広げた今日の朝一時ごろ、バイクとSUVが現れたのは森の中からだった。
わざわざ逃げる途中で山中に逃げ込んだのではなく、最初から山にいたのだ。

250 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:43:10 ID:m/DZJGrM0
その正確な場所を知るのはライダーを追いかけていたSUVの乗員、つまり現在尋問の真っただ中にあるケイティ・グラハムという男がそのカギを握っている。
書類の山に埋もれていた無線機を取り、尋問室に繋ぐ。
捜査本部として選ばれたこのカナリア・ホテルには内線電話があったが、盗聴を恐れてヅーは軍から暗号無線機を借りていた。

瓜//-゚)「ケイティを私の部屋に連れてきてください。 今すぐに」

無線に応じた男は少し狼狽えたが、三分以内に連れてくると返答した。
机上を整理しようとはせず、ヅーはケイティを待った。
訊くべきことは二つ。
何を依頼されたのか、そしてどこにいたのか、だ。

規則正しいリズムでノックがあり、扉に向かってヅーは入るよう短く言葉を投げかけた。
開いた扉から現れたのは、彼の生みの親でも判別がつかない程に顔が変わったケイティと手錠につながる縄を握った私服警官だった。
包帯などの手当てがされていることから、恐らく話すことの出来る全ての情報を出したのだろう。
もっと早い段階で話していれば暴力は使用せずに済んだというのに。

瓜//-゚)「……単刀直入に訊きます、いいですか」

万年筆のキャンプを外し、メモ用紙の上で構える。
これから男が話す全ての情報はヅーが書き記し、活用するという表明だ。
それを見て、ケイティを連れてきた警官は縄を握ったまま、部屋の端に移動した。

(::#:-:#::)「……ふぁい」

見るも無残な姿には、初めの頃のような威勢の良さは微塵も残っていない。
プライドを持つのであれば、それに相応しい実力が備わっていなければ意味がないことをよく理解できたことだろう。
口の中に脱脂綿が詰められているような声の男に、ヅーは二つの質問をした。

251 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:47:18 ID:m/DZJGrM0
瓜//-゚)「深夜にカーチェイスをしていた相手について、貴方はどのような命令を受けていましたか?
     そして、その相手がいた場所について正確な位置を話してください。
     そうすれば、貴方の家族には悪くない対応をします」

(::#:-:#::)「相手は二人組の女で、耳付きの雄ガキが一匹……
      場所はスワンソングキャンプ場から北西に進んだところ……
      殺せと……殺せと言われて、俺たちは……」

これだけ有益な情報が残されているのに、それは一つとしてヅーの下に資料として提出されていなかった。
怒りはメモを走らせる万年筆の筆先から滲み出ることもなく、静かに積もった。
意図的なのか、それとも偶発的なのか。
積もらせた怒りの発散についてはそれからだ。

瓜//-゚)「結構。 人相や名前は?」

(::#:-:#::)「顔は分からねぇ……名前は……確か……」

一呼吸おいてから男が口にした言葉は、はっきりとした発音ではなかったが、聞き間違えることはなかった。

(::#:-:#::)「デレシア、だ……」

万年筆が、ヅーの手の中で折れた。
インクが黒い血のように机の上に広がり、書類を染め上げる。
ケイティは怯えて後退るが、ヅーの視線は射竦めるようにしてそれを逃さない。

瓜//-゚)「その名前、間違いありませんか?」

(::#:-:#::)「あ、あぁ……本当だ……嘘じゃない」

252 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:52:31 ID:zZdSJOgM0
支援

253 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 21:53:00 ID:m/DZJGrM0
どうやら、事態はヅーが想像している以上に複雑なようだ。
先のジュスティアで行われた会議で取り上げられた名前は、限られた人間だけが知るはずの名前。
ジュスティアがその歴史の中で最も隠し通したい事件の中心人物であり、ジュスティアの天敵として記録されている女性。
それがデレシアという存在なのだ。

しかしそれは、歴史の影で語り継がれるジュスティアの汚点。
経過した年月を考えれば、現代にデレシアなる人物が存在するはずはないのだ。
デレシアを名乗る何者かをショボンが追っているだけか、適当な名前をでっち上げたのだろう。

瓜//-゚)「スワンソングキャンプ場への行き方は?」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
"'', . ;;';;| :.|'';;;;;;,――、ニ| |‐,、 _;;||.,'.,'   ,'    l._l |.:  ::.|
", ";、. ̄| :.|―――、_ | |‐‐_゙;;;|l,'.,'         l| |l|.:  ::.|
 ; ";,; ┐| :.| ―――i_,,,| | ';;;;、//         l| l |.:  ::.|
~  ゙;., _| :.| ̄ ̄ ̄|   '| |'゙;;;;;,/./          l| l |.:  ::.|
 ;,' ;、―| :.| ̄ ̄ ̄ ̄|"| ;;,,.‐'., '        l| l |.:  ::.|
"、;;. "; | :.|――, ロ  ,,、‐'',, ''          l| l |.:  ::.|ヘ
;、::;;''';_ " | :.L_、.,,、-‐''"_、-''     /       .l  |.:  ::.|  、
--‐‐''''""゙ ̄  _,,、-‐''"                l  |.:  ::.|  August 11th AM 00:49
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

重武装した兵士を乗せた多目的装輪車――ハンヴィー――が一両用意され、ヅーはその後部座席に乗り込んだ。
彼女自身も強化外骨格――“棺桶”――を持ち出し、戦闘に備えて大口径のライフルと弾を用意していた。
太腿の骨は折られ、ろっ骨にひびが入り、鼻の骨も折れているが、戦う意思は健在だった。
棺桶があれば、折れた足でも走ることが出来る。

254 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:00:54 ID:m/DZJGrM0
それに、自分自身の目で現場を確認しなければ気が済まない。
真実がどうであれ、証拠が数多く残されている確率が高い場所に足を運んでも損はない。
書類仕事はもう十分だ。
自ら設定したタイムリミットまで、後一日と二十三時間。

役立つものは全て使い、どうにか進展を図らなければ解決は夢と散る。
折れた足を気にするぐらいでは、捜査は進展しない。
あのトラギコは足を撃たれても平気で捜査を強行し、良くも悪くも確実に事態を流動的な物にしている。
敵味方問わずに予想外の行動に出る癖さえなければ、もっといい状況になっていただろう。

今はそれに倣い、ヅーも自らの足を使って情報収集に向かう時だ。
顔の半分を包帯に巻かれていても、その信念は揺るがない。
指示を受けた運転手は、無駄なお喋りをすることなく車を走らせた。
山道を難なく走る途中、ヅーは路肩に原動機付自転車が止まっているのを見かけたが、何も思わなかった。

ほどなくして見えてきたキャンプ場入口と書かれた看板に従い、未舗装の脇道を進んで森の奥へと進んだ。
砂利を車輪が掻き鳴らす音が続く。
十数分が経過した頃、ようやくキャンプ場の入り口が見えてきた。
同時に、ハイビームのライトが照らしたのは横転した小型のアメリカンバイクとその手前に落ちた赤黒い塊だった。

一見すれば投棄されたのよう肉塊だが、よく観察すればそれが服を身に纏った人間の死体であることに気が付く。
野生動物に食い荒らされた死体の手前で停車し、すぐに両脇のドアからライフルを構えた部下が安全確認を行う。
周囲の茂みにフラッシュライトの白光を浴びせ、不審な物や脅威がないかを警戒する。
その間に助手席から“赤の男爵”スズキ・レッドバロンが降車し、死体の状態を調べ始めた。

彼は署内でもバイクに関して随一の知識を持っており、ヅーが目撃したツアラーバイクにつながる情報を手に入れられると思い、今回同伴させていた。
勿論、知識だけではなく彼の戦闘能力も込みでの判断だ。
厳しい訓練と試験を突破し、彼は対テロリストの特殊部隊において前線で戦い、多くの功績を上げた実力者である。
四十代の風格にアクセントを添える特徴的な泥鰌髭を蓄える彼は髭をしごきつつ死体を観察し、ヘルメットを押さえながらヅーの元へと駆け寄り、報告した。

255 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:04:55 ID:m/DZJGrM0
(【゚八゚】「状態が酷いですが、これは射殺体です。
     死後半日以上経過している上に食い荒らされているので、詳しい時間までは分かりませんが」

入り口の直前で射殺された死体とその経緯についても、後で聞けばいい。

瓜//-゚)「ケイティのモーターサイクル・ギャングでしょう。
     昨晩、ここで戦闘があったと考えれば自然です。
     先を急ぎます」

木っ端の死体が出てきたところで、この場所ならば何かしらの成果が得られるだろうという自信が出てきた。
周囲の警戒をしていた男たちは車両の警護へとその役割を変え、三人の男達が随伴としてハンヴィーと共に前進する。
背の高い木々に囲まれた森は暗く、ライトがなければ木々の輪郭さえ認識するのは困難だ。
月明りと宝石箱をぶちまけた様な夜空は辛うじて細い木の枝や葉を黒い影として見せてくれるが、それはあくまでも空と木が重なった時だけ。

依然として続く道を進み、一行は開けた場所に到着した。
人工的に切り開かれた森の先に広がる一ヘクタールはあろうかという平野。
下草は綺麗に刈り取られ、平らに均された地面には小石が僅かに転がっているだけで、小高い丘に丸太で作られた階段が申し訳なさ程度に設置されている。
丘の上には明滅を繰り返す薄暗い蛍光灯に照らされた屋根付きの炊事場があり、テントサイトには十数張りの小型ドームテントが設営されている。

薄汚れた簡易トイレもよく見られる物で、何か特筆した物があるわけでもなく、山奥のフリーキャンプ場以上でも以下でもなかった。
妙なのは人の話し声は何も聞こえず、気配すらなく不気味なまでに静まり返った空間が広がっている事だ。
この時期ならツーリングに訪れた人間がいてもおかしくないが、射殺体が見つかった事を考えれば、皆逃げたのだと察しが付く。
その割には通報がないのが妙だ。

最悪の事態――観光客が皆殺しにされた可能性――を想定し、ヅーは車を止めさせた。
再びレッドバロンたちが周囲の捜索を念入りに行う。
テント一つ一つを見て周り、無線機から報告があった。

(【゚八゚】『もぬけの殻です。 誰もいません。
     争った跡はありませんが、作りかけの食事があるので急いで飛び出していったような状態です』

256 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:10:07 ID:m/DZJGrM0
客は全員逃げた、という事だ。
ではどのタイミングで先ほどの男は殺されたのだろうか。
利用客が殺したのであれば確実に争いの跡は残るのだが、それは後で尋問してケイティに訊くのが一番早い。
彼自身が言っていた通り、デレシアたちはここから北西に進んだ場所とのこと。

無線機を使い、哨戒中の三人にそれを伝える。
三人は一度ハンヴィーに戻り棺桶を背負い、口々に起動コードを入力した。

『そして願わくは、朽ち果て潰えたこの名も無き躰が、国家の礎とならん事を』

傑作量産機ジョン・ドゥ達は沈黙を保ち、森の奥へと足を進める。
その後ろからハンヴィーが続き、林道が続くと流石に下車せざるを得なかった。
車内で待つことも出来るが、ヅーは自らの目で見て判断する必要があると感じていたため、自らの棺桶を装着することで怪我の問題を解決することにした。
扉に手を添えて体を支えながら、起動コードを口にする。

瓜//-゚)『自由を求めるのだろうが、そんなものはどこにもない』

コンテナ内に取り込まれるとすぐに強化外骨格が全身を包み、そして解放される。
脚を折ったとは思えない程軽快に動けるよう筋力補助装置が作動し、事実上、ヅーは片足だけで立って歩行することが可能となっていた。
今回、ヅーの強化外骨格“イージー・ライダー”には回収を施してあった。
舗装された道を走破することを前提に設計されたタイヤをオフロード仕様の物に交換し、プログラムを荒地に設定した。

これで山道を高速で駆け抜けることが出来る。

(::[ Y])『ここで待機していてください。 何かあれば無線機を使うように』

( ''づ)「了解です」

257 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:15:01 ID:m/DZJGrM0
脚部の車輪を使う事で足にかかる負荷を軽減させ、部下を先頭にすることで自分自身の負担を軽くしながらヅーは森の中に分け入った。
周囲の光源の量を感知したカメラが自動で切り替わり、熱源を可視化する赤外線暗視モードになった。
赤い映像として野生動物や高温の何かが青黒い森に浮かび上がる。
暗い色をした木を避けつつ、バランサーの稼働状況が良好であることを確かめた。

山道が危険と言われる所以は、その足元の不安定さにある。
段差の有無だけでなく、その性質が場所によってまるで異なるためだ。
湿った場所、乾いた場所、落ち葉の積もった場所、岩だらけの場所、水のたまった場所などその種類は千差万別。
棺桶に内蔵された戦闘環境情報は非常に豊富だが、その入力と各部位の調節はアナログに頼る部分が大きい。

戦闘中の環境変化に応じて全身の微調節を行うには、高性能な処理装置や強固な部品と対応したパーツが必要になる。
無論、量産型の棺桶にそのような機能は備わっていない。
激しい戦闘下での使用が大前提となる棺桶に求められている物を考えれば、開発段階でその機能が省かれた理由は想像に難くない。
木を掴みながら斜面を下ると、最前列を歩く男がライフルに付いた赤外線ポインターを使って十数フィート先に広がる平らな地点を示した。

そこにあったのは、キャンプの跡だった。
わざわざ設備の整ったテントサイトから離れて森の中に設営するなど、明らかに普通ではない。
そしてそれを裏付けるようにして、テントの周辺に転がる肉塊とオフロードバイクの残骸をセンサーが捉えた。
人間の形をしていた肉の塊は動物に食われ、目玉を失い、内臓が引き摺り出されている。

が、彼らは幸いだっただろう。
それぞれ差はあるが彼らは別の攻撃によって命を奪われており、生きたまま食われるという恐ろしい経験をせずに済んだのだから。
銃創、切創はいずれも急所に対して当てられている。
また、地面に転がる真鍮製の薬莢の多さに思わず驚く。

形を見ると拳銃のそれが僅か、ほとんどがライフルの物だった。
これを全て拾って調べる気にもなれず、その必要性も感じなかった。
死体を部下に任せ、ヅーはテント周辺に有益な情報を秘めた証拠品を探し始める。
小さな焚火の跡、つい先ほどまで使っていたかのように整然と地面に並ぶ食器類。

258 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:21:46 ID:m/DZJGrM0
テントの中には銀マットとシュラフが広げられており、争いがあったとは思えない程に整っている。
しかし死体と薬莢があればここが戦場と化したのは紛れもない事実であり、実行犯として濃厚なのがヅーの前に現れたバイクの乗り手だ。
地面に残されていたタイヤの跡は風で消えてしまい、改めて追うのは不可能だろう。
更に見つけたのが、四輪車が強引に走ったと思われる轍だった。

草が倒れ、背の低い木が折れていることからそれは間違いない。
現場は紛れもなくこの場所だ。
デレシアに通じる情報を得れば、ショボンが追っている人物の正体が分かる。
そうすれば、今後マークするべきはその人物という事になる。

警察の捜査網を駆使すれば足取りを掴むことなど造作もない。
アサピーよりも効果のある生餌を手に入れれば、後は先手を打ってショボンに対抗が出来るのだ。
さりとて、証拠が見つからなければ生餌を獲得するどころではない。
念入りに調べる必要があった。

(::[ Y])『このキャンプに証拠がなければ撤収――』

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『――ロックオンされた!!』

レッドバロンの声とイージー・ライダーのセンサーがロックオン警報を鳴らすのは同時だった。
ロックオン警報が示すのは紛れもない敵意と明確な殺意だ。

〔Ⅲ゚[::|::]゚〕『エイムサポート、オン!!』

自動で照準を合わせるためのシステムを起動した途端、銃口がキャンプサイトの方に向けられた。
夜空を背にして現れたのは、白い装甲の強化外骨格五体だった。
その形状はレッドバロンたちのそれと同じで、ジョン・ドゥだ。
大きく異なるのはカラーリングだ。

259 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:27:16 ID:m/DZJGrM0
純白の装甲に描かれた金色の木のイラスト。
悪趣味ここに極まれり、といったところだ。
対戦車砲の砲口がこちらを向いている。
防御が間に合えばその直撃にもある程度は耐えられるが、当たり所が悪ければジョン・ドゥと言っても無事では済まない。

〔欒゚[::|::]゚〕『今すぐ棺桶を捨てろ!!
      お前らの仲間が死ぬぞ!!』

見張りに残していた男の事を言っているのだろう。
暴力に屈しない。
これは警察のみならず、ジュスティア全体の認識だ。
つまり、人質になった場合は救助を期待してはいけないのだ。

レッドバロンはそれを知っているし、人質になっている部下も同様に心得ている。
下す判断と決断に揺るぎはなく、直後にレッドバロンたちが起こした行動は正解だった。
ライフルが火を噴き、銃弾が白いジョン・ドゥに吸い込まれていく。
ジョン・ドゥは後退しつつ、対戦車砲を発射してきた。

円錐形の発射物は吹き上げる風にあおられ、木に直撃した。
ジョン・ドゥ本体がその力でロックオンすることは可能だが、武器に追尾機能が付いていなければほぼ意味がない。
エイムサポートと大差のない機能で、自分が狙うべき敵を正確に捉えてそこに銃弾を撃ち込むための機能。
使うと使わないとでは射撃性能に大きな差が出るが、そこには当然、使用者の腕も関わってくる。

爆風に吹き飛ばされないようにしながら、ヅーは木の倒れる方向を確認して指示を出す。
位置関係の有利さを捨てただけでなく、武器と兵器の特性を理解していない人間など、いちいち相手をしていられない。
強化外骨格の回収だけで十分だ。

(::[ Y])『レッドバロン、彼らを追ってください。 モーターサイクル・ギャングの残党なら、生け捕りの必要はありません。
    残り二人はそのサポートに。 私はここで捜査を続けています』

260 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:32:44 ID:m/DZJGrM0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|;;:;:;:;;;:;:j:;;::;:;:;:;;::;:;:;i:li:;;::|;:;:;:;:;:;:|;;::;!i!;|:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|:;:;:;;:;:;::;:;;:::;:;:;:;:
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|;;:;;;:;;;:;:k:;;:;:;::;;:;;::;:;:j:;:;;::l:;:;:;:;:;(i!;:;:;;:;|::;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;::|:;:;:;;:;:;::;:;;:::;:;:;;::
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|;:;:i!:;:;;:;:;;;:;:(;:!;;::;:;:;::;:;:;:;:|:;:;ik/;;:;:;:;;:;;:l;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|:;:;:;;:;:;::;:;;:::;:;;:;:;:
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:|;;;:i!:;:;;;:;:;;:;:;;:::;:;::;:;;:y::;;:;:ヽノ;;;:;ハ、;vvヾヘw:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:/;:;:;:;:;;:;:;;;:;:;;:;;:;:;:
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:/;;:;:;:;:;;:;:;;;:;:;:ヾ:;:::;:;:;:ヾ;:;:;:;:;;`ー-、;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:_,ノ;;:;;:;:;;:::;:;:::;;:;;:;:;;:;
;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:/;;:;:;:;:;;、:;:;:;:;;:;:;;::ヽ:;::;:;:;;:;:;;:;::;:;;:;:;:;:;`ー-、___~"''"^'"''゙` _,-‐'´;;:;;:;:;;:::;:;ノ:::;;:;::;:;:ヽ;;:;:;;:
;:;:;:;:;:;:;:;:;:_ノ;;:;;;:;;;:;:;:;ヽ、;:;;;:;:;;:::;`ー-、;:ζ:;`ー-、;:;;:;:;:;:;;:;:;:;:`ー-、;;_______,-‐'´;;:;:;;:;;:;:;;:;::;ヾ;:;;
;;;;;;,,-‐'´;;:;;;ノ;:;:/:;;:;;^ー-、:;:;:;:;:;:;:;:;:`ー-、:;:;;:;:;:;~:^";:;:;;:;:;:;:;;:;:;:;:;:;:;:;;:;:;:;:;;:;:;:;:;;`゙';;:;==;;;;:;;‐、__,,''~"'~
!ソ;ハj|W "" Vv,w,.vw,.v"ji,,Iw,,MW w,,Mv,w,.vw,.vW "" V"j    August 11th AM 01:15
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

自分がいる森がそう広くないことを、アサピー・ポストマンは理解していた。
ひたすら南に向かって――海の香りのする方角に――歩いて行けば、自ずと街に出られる。
つまり、遭難するという事はないのだ。
が。

人探しをしながらとなると、森は途端にその姿を変える。
ハイキングに訪れる高山と宝探しに挑む高山とで異なるように、森は今、巨大な迷路と化していた。
第一の障害として視界が制限され、第二に足元が悪い、第三に音が入り乱れ、第四に匂いも混ざっているというハンデがある。
そして第五の障壁としてアサピーを苦しめているのが、見えないゴールの存在だった。

トラギコ・マウンテンライトが逃げ込んだと推測される森の中で遭遇するには、確固たる証拠がなければならない。
ゴールの位置が分からなければ、迷路は終わることがないのだ。

(;-@∀@)「トラギコさーん、おーい」

十分おきに声を出して自らを鼓舞しつつトラギコに呼びかけるのと同時に、夜行性の動物に対する威嚇を行っている。
水も持たずに来たものだから喉が渇き始め、額に浮かぶ汗はその量を増していた。
涼しげな風がせめてもの救いだが、最良の救いはトラギコとの合流に他ならない。

261 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:37:45 ID:m/DZJGrM0
(;-@∀@)「トラギコさーん、迎えに来ましたよー」

別の意味の迎えにならなければいいのだが、と心中で皮肉を呟く。
いくら叫んだところで、反応はない。
その時、反響した破裂音と爆発音が聞こえた。
花火ではない。

散発的に続くその音は森と山に響き渡り、どこから聞こえているのか分からない。
争いの音に驚いた理由は二つ。
単純に争いが起こったという事実と、その対象が自分ではないという事。
つまり、誰かがどこかで戦っているという事だ。

トラギコの可能性もあり得る。
緊張感に背を押されながら、アサピーは歩く速度を変えて街を目指すことにした。
今ここで夜明けまで探すのも選択肢の一つだが、街を目指す手もある。
街に出て乗り物を調達し、改めてこの森に戻るのだ。

希望的観測よりも現実的な観測だ。

(;-@∀@)「とーらーぎーこーさーん!!」

声は虚しく響く。
はずだった。

「うるっせぇな」

その声は背後から聞こえた。
最早聞き慣れ、そして切望していた声だ。
獣を思わせる低い声、剣呑さを含みつつも独自の信念がちらつく明瞭な声。
顔だけを恐る恐る後ろに向けると、期待した通りの男がいた。

262 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:41:49 ID:m/DZJGrM0
雲から漏れた月明りが森に幻想的な光を与え、その木漏れ日に照らされるようにして現れたのは右の頬に二本の傷を持つ男。
手持ちのライトで詳細に照らし出すまでもない。

(=゚д゚)「ゆっくりオーバーナイト・ハイキングも出来やしねぇラギ」

片足を引きずりながら現れたトラギコの姿を見たアサピーは喜びのあまり抱き付きそうになったが、変装したショボンの可能性を考えて一歩退いた。
彼の変装技術を見破るのは容易ではない。
前は放つ雰囲気で察することが出来たが、それを警戒して雰囲気まで真似されたら対処しようがない。

(;-@∀@)「ほ、本物ですか?」

(=゚д゚)「あぁ、本物だよ」

偽物だとしても、同じことを言う。
本物との判別をするには、何かの証拠が必要になる。
喜びで盲目になって死ぬなど、まっぴらごめんだ。

(;-@∀@)「証拠はどこにあるので?」

(=゚д゚)「あ? うるせぇな。 俺を探しに来たんじゃねぇのかよ。
    第一、手前が本物だって証拠はあるのか?
    まぁいい、何か質問してみるといいラギ」

この物言い、何か違和感を覚えてしまう。
本質的に変化はないのだろうが、少しだけ棘がなくなったような、そんな気がする。

(;-@∀@)「ぼ、ぼくが公の場でトラギコさんを呼ぶ時は何と呼べばいいのでしたか?」

面倒くさそうに溜息を吐き、トラギコは答えた。

263 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:46:11 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「トライダガー、だ。
    で、わざわざ俺を探しに来たってことは何かあったのか?」

少し警戒しつつ、アサピーはトラギコに近寄る。
服は汚れ、真新しい擦り傷や切り傷、打撲の痕が痛々しい。
ようやく警戒を解いたアサピーは二人で木の根に座り、これまでに自分が経験したこと、調べて分かったことを全て伝えた。
話を聞く間、トラギコは一切メモを取らなかった。

以前話していた通りだった。
彼はメモを取らない。
ショボンたちに狙われ、マニーの配慮でここに来ることが出来たと伝えても、トラギコは眉一つ動かさなかった。
ここまで情報を提供した上で、アサピーは肝心要の話に移ることにした。

(-@∀@)「一つ、教えてほしいことがあります」

無言でトラギコが続きを促す。

(-@∀@)「鐘の音に紛れさせて狙撃を行うという事は可能なのですか?」

これまでに起こった事件。
それとほぼ同時に起こっていた、狙撃。
カール・クリンプトン、そしてアサピー自身が経験した狙撃は全て鐘の音が関係していた。

(=゚д゚)「あぁ、可能ラギ。 俺が担当した事件じゃねぇが、そういう馬鹿たれがいたラギ。
    毎日決まった時間に教会の鐘が鳴るのに合わせて人殺しを楽しんだ奴ラギ。
    ……狙撃手の位置が分かったラギね?」

(-@∀@)「えぇ、その位置も銃火で目視しました。 狙撃手はグレート・ベルにいます。
      グレート・ベルにいれば鐘を鳴らせるし、街のほとんどが見下ろせますから」

264 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:52:37 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「いい読みだが、あと一歩ラギね。 狙撃に関わらず、事件を起こす時にはだいたい鐘の音が関わってるラギ。
    事件発生を悟られにくくする、いわば消臭みたいなものラギ」

トラギコもトラギコで、アサピーと同じことに気付いていたようだ。
ならば、ショボンの組織に属する人間がグレート・ベルに陣取っているのはほぼ確実だ。
つい最近のトラギコならば、今すぐにでも乗り込んで――

(=゚д゚)「分かってるなら話が早いラギ。 絶対にあそこに乗り込むな」

(;-@∀@)「え」

(=゚д゚)「え、じゃねぇ。 狙撃手を捕まえるなり殺そうと思っても、グレート・ベルに行くなって言ってるラギ」

(;-@∀@)「そりゃまた、どうしたわけで?」

トラギコの様子がおかしい。
アサピーの知る限り、トラギコは目の前に転がる真実の断片でも貪欲に貪るはずだ。
まさか、このトラギコは偽物なのだろうか。

(=゚д゚)「勘違いするなよ、別に日和ったわけじゃねぇ。
    そこにいる奴の正体に見当が付いてるから言ってるラギ」

(;-@∀@)「見当が付いてる……?!」

(=゚д゚)「あぁ、だからこそだ。 ここで手を出しても美味くねぇ。
    今は寝かせておく。 そして喰う。 酒と同じラギ。
    そのためにも、お前に協力してもらうラギよ。 手を貸してくれるラギね?」

265 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 22:57:40 ID:m/DZJGrM0
狙撃手の正体やトラギコの言う寝かせる、の意味が分からないかった。
だがしかし、情報を全て手に入れた上でトラギコが判断するのであればアサピーの返答は決まっている。
トラギコの出した答えに従うだけだ。
覚悟は済ませておいたはずだ。

(-@∀@)「勿論、協力しますよ。
      で、僕は何をすればよろしいので?」

(=゚д゚)「望遠レンズは持ってるよな?」

(-@∀@)「自分のもありますが、新聞社にならすんごいのがありますよ。
      それこそ天体観測できそうなやつが」

レンズは望遠の距離が長くなれば長くなるほど、更に性能が高くなるほどにその大きさと重量が増す。
オメガ社のレンズもいいが、アサピーは長い間愛用しているニッコール社製のレンズが好みだった。
無駄のないデザインと扱いやすさ、そして頑丈さは同社が生産しているカメラと同様に信頼性が高い。
会社にあるのは一キロ先にいる人間を綺麗に映し出せる代物だ。

(=゚д゚)「なら、今から会社に行くラギよ。 お前は狙撃手の顔を撮影しろ。
    ただし、気付かれないように遠距離からだ」

(;-@∀@)「そんな無茶な!!」

思わず声を荒げてしまったのは無理もない。
遠距離から対象物を撮影する際には技術が要求される。
最も大変な作業として挙げられるのが、対象物の行動速度だ。
フォーカスを手動で合わせるのはいいとしても、対象が動いてしまえばそれだけでずれてしまう。

266 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:05:59 ID:m/DZJGrM0
何よりも恐ろしいのがカメラのブレだ。
どこかに拠点を設け、三脚を設置するのであれば話は変わるが、そうでないのならばかなりの集中力と慣れが必要になる。
シャッターを切るその瞬間に一切カメラをぶれさせず、かつ対象を捉え続ける技量。
これらは全て、実践の場においてのみ習得することの出来る物だ。

望遠レンズを使った撮影は野生動物や有名人の撮影にしか使われない。
つまり、対象に悟られない距離からの撮影を前提にしている。
今回は違う。
狙撃手に悟られる可能性は非常に高く、悟られたら撃たれるのだ。

絶対に悟られない距離。
つまり射程外からの高解像度での撮影。
それに使うためのレンズは一択。
天体撮影用の超望遠レンズだ。

(;-@∀@)「狙撃手の腕は知りませんが、これまでの経緯を考えると1.3マイル圏内は射程内ですよ!!
      それ以上の距離から悟られないようにするって言ったら――」

(=゚д゚)「3マイルは必要ラギ。 で、それがどうした?」

これが日中ならばいい。
しかし今は夜。
街に着くのが遅れたとしても、撮影が始まるのは遅くても明け方の四時だ。
まだ暗い時間帯である。

となれば露光時間の問題が生まれる。
足りない光源を補うと、更に手振れの問題が増加する。
有線式のシャッタースイッチがなければ、これは非常に難しい撮影となる。
天体は地球の自転に合わせてカメラを自動で動かすための装置があるため、そこまで難しくはない。

267 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:11:47 ID:m/DZJGrM0
生物は別だ。
完全に別なのだ。
予測の出来ない動き、予想の出来ない行動。
それがあるからこそ、パパラッチは望遠レンズをある程度の距離に収めているのだ。

超望遠レンズはその重量から三脚を使わなければならない。
アサピーの手元にはない、二つの道具が必要になる。
超望遠レンズと有線式シャッタースイッチだ。

(;-@∀@)「……道具を手に入れなければ無理ですよ」

(=゚д゚)「何が必要なんだ?」

(;-@∀@)「レンズとリモコンです。
      それも、新聞社にないようなレンズです。
      天体を撮るようなレンズなんですが、値段が七万ドル以上するんです」

七万ドルを一度に手に入れるとなると、それこそ金庫をこじ開けるしかない。
丁度支社には誰もいないから不可能ではないだろう。
流石に値段を聞いたトラギコも目を丸くして驚き、呆れたように訊き返した。

(;=゚д゚)「お前、俺をおちょくってるラギか? たかがレンズに七万ドル?
    車が二台、下手すりゃ家が買えるラギ」

(;-@∀@)「真面目ですよ!! この島に売っているのかどうかさえ怪しいレンズです。
      まず夜って時点でも厳しいんですよ!!
      これ以外の望遠レンズを使って顔を撮るなら、どうしたって射程圏内に行かないと」

(=゚д゚)「じゃあそれで行くラギ」

268 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:20:22 ID:m/DZJGrM0
(;-@∀@)「はい?」

(=゚д゚)「お前は耳が悪いのか? 射程圏内に入るってんだよ。 それで撮ればいい。
    七万ドルなんて大金揃えても物が売ってなけりゃ意味がねぇ、そうだろ?
    お前が頑張れば全て解決ラギ」

簡単に言うが、アサピーは断じて戦場カメラマンではない。
戦場カメラマンとパパラッチが異なるように、新聞記者と戦場カメラマンは全く性質が異なる。
撮るべき写真の種類が違うのだ。
戦場カメラマンが求められるのは衝撃的かつシンプルな写真であり、それ一枚が秘めた威力にこそ価値がある。

銃弾飛び交う戦場で撮影された写真はピントが合う事の方が珍しく、それでもピントを合わせられた写真が傑作として世に知れ渡る。
命がけの一枚。
そのような写真の撮影の経験はないし、そこに付け加えられるのが鮮明な写真。
狙撃手の顔を写真に捉えるという事は、狙撃手もアサピーを照準器に捉えられるという事だ。

(=゚д゚)「俺も手伝ってやるからよ」

(;-@∀@)「手伝うって、何を?」

(=゚д゚)「そりゃお前、囮に決まってるだろ」

(;-@∀@)「いやいやいや、それは駄目ですよ!!」

(=゚д゚)「黙れよ。 いいか、俺が囮になれば奴は必ず撃ってくる。
    その瞬間を撮れ。 チャンスは一度、そして一瞬だ。
    言っておくが、殺されるつもりはねぇラギよ」

269 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:22:51 ID:m/DZJGrM0
事故の時に頭を打ったに違いないと、アサピーは確信した。
これはトラギコであってトラギコでない。
棘はなくなるし、妙に物わかりがいいかと思ったら恐ろしい提案をしてくる。
どこかのネジが外れているに違いない。

(;-@∀@)「そ、その前にトラギコさん」

(=゚д゚)「あ?」

(;-@∀@)「頭の病院、行きません?」

直後、アサピーは星を見た。
青白い星が目の前で花火のように散り、目の前の影や人の像が歪む。
頭を押さえてアサピーはうずくまる。

(#=゚д゚)「いきなり失礼な奴ラギね。
     その前に手前を病院送りにしてやろうか?!」

(;-@∀@)「うごご……」

(=゚д゚)「俺ぁな、この歯糞みてぇな事件を終わらせてさっさと次に行かなきゃならねぇんだよ。
    協力しろ、アサピー」

(;-@∀@)「そりゃ、協力しますけど……」

言いかけたアサピーの頬を掴んで自分に顔を向けさせたトラギコは、額がぶつかるほど近くに顔を寄せた。
視線と視線を合わせ、声を潜めて断言する。

270 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:28:28 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「詳しくは教えてやれねぇけどな、いいことおせぇてやるよ。
    ……この事件、俺たちが思っている以上のヤバさだ。
    下手すりゃ世界がひっくり返るような大きさだ。
    どうだ、ワクワクするだろ? なら、四の五の言わずに手を貸せ」

幾多の事件を解決してきたトラギコが言う、巨大な事件の一端を意味する言葉。
不謹慎ではあるが、興奮しないはずがない。
人は誰でも巨大な何かの正体を知りたがるものだ。
巨獣の骨が見つかればその全身を、美女の指を見ればその全貌を。

ましてや、それに関わることが出来るとなればこれは乗らない手はない。
躊躇う必要はない。
トラギコが自ら申し出てくれるのであれば、それに乗るだけだ。
情報を提供した上で判断を委ね、それに従う。

そう決めたのは自分だ。
大事の前の小事には目をつむる。

(;-@∀@)「えぇ、協力しますよ、勿論!!」

(=゚д゚)「心変りが早くて嬉しいが、情緒不安定なのだけは勘弁しろよ。
    それと、分かってるとは思うがこの事件についてはまだ報道するな。
    余計なことを報道して相手に隠れられると困る。 それ故に誰にも教えるな。
    出来る限り生きた状態を保って、気付いていないふりをし続け、そして最後に噛み付く。 狩りと同じラギ。 その点も協力してくれよ?」

返事は同じ。
従うだけ。
そう。
この男は“虎”。

271 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:31:54 ID:m/DZJGrM0
彼となら、夜の森さえ恐怖するに足らないのである。
それから二人は、街の明かりが見えるまで無言のまま森を突き進んだ。
森の出口は街の外れにある工場地帯に続いていた。
すでに炉の火は落とされ、稼働している工場は一つもない。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
:::::::::::::::::::_jni─ェェ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: August 11th AM 03:23
::::::::::::::::::| : : : : :|:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: 山::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::| : : : : :|:::::::::┌┴─--、_::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: \|\:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
::::::::::::::::::| : : : : :|:::::::::::[ : . : : |i彳:::::::_nュ_:::::::::::::::::::::::::: 仁|ヨ :::_::::_:::::::::::::::::::
 ∠三 ィ-ィ^ヘィニニニィ^ヘヲ´ ̄`ゝ-ァ=く--ィ i :::::::::┌─┐l<| ̄Li==ニ--L:r,-,-,-「
ヘf:ェェェ:iiiii  i i i iiiiii三 iiiiiiiiiiiiiiiiiiiイ ─ | | ィ |=ェェィ├─┤:: |        |-|r -ュ n
ニニニニニニl小ニニニニニニニニニニニニニl ||i⌒「i i r , - ァ -,-、-、ii円_   r‐┬‐┤:!TTEリ !
    r‐:‐、田  口 ニニ介 _r r ュ ュ |||  H i//_/_/_i__ヽi ∞ r r rnr |..::::::::::::::::
 r二三二> ァ _ _ _ _ _ _ n  cno_!_n__rュ∞_n_n_n_  _ T_ ハ|.qp......:::::::::::::i::::::
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

二人が出てきたのはそんな工場の内の一つで、ドラム缶があちらこちらに置かれている駐車場だった。
古びて薄汚れたワゴン車が数台停まっている。
スライドドアにロゴらしきものがプリントされているのを見るに、社用車だろう。

(=゚д゚)「よっしゃ、車を借りるラギ」

(-@∀@)「お知り合いがいるので?」

警察手帳一枚あれば高級ホテルのディナーの会計から、車の徴用まで幅広く行える。
一度その威力を知った人間は以降、同じ人物に対しては手帳なしで協力するものだ。
この小さな島の工場にもトラギコの影響が及んでいると考えると、少し感動してしまう。

272 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:35:06 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「いねーよ。 借りるって言ったろ?
    それに、こんな時間にどうやって貸してくれって言うんだよ」

愚かなのはアサピーであるかのような言い草だ。

(;-@∀@)「ちょっ、盗るつもりですか?! 警官でしょ!!」

(=゚д゚)「“俺”が借りるなんて一度でも言ったラギか?」

(;-@∀@)「でも、さすがに……それは……」

どのような理由があれ、窃盗は犯罪だ。
警察の息がかかった街でなくとも、窃盗を許容する街は世界でも一つしかない。
盗賊ギルドの本拠地、“セフトート”だけである。

(=゚д゚)「あぁ、警官が盗るのはまずいって言いたいんだろ?
    だから、お前がやれ」

そう言って渡されたのは金属製の棒が二本。
先端が曲がって鉤状になっているそれは、一目で目的の分かる物だった。

(;-@∀@)「そんな道具使えませんよ!!」

(=゚д゚)「そう怒鳴るなよ。 いいか、やり方なら教えてやるから」

(;-@∀@)「ならトラギコさんがやってください、このことは言いませんから」

(=゚д゚)「そうもいかねぇラギ。 ここでやり方覚えておかねぇと、後で必要な時に動けねぇだろ」

273 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:38:24 ID:m/DZJGrM0
確かに、ピッキングの方法が分かれば後々の生活――例え職と家を失ったとしても――に役立つだろう。
トラギコが自分に求めているのは、優秀な相棒としての成長なのだろう。
それに答えることが出来れば、自分のためにもなるが間違いなく人としての道を外れることになる。

(;-@∀@)「やっぱり、犯罪は……」

(=゚д゚)「今さら綺麗ごと言ってんじゃねぇラギ」

(;-@∀@)「それに、僕が車を盗ったらそれをネタに酷いことするんじゃないですか?」

(;=゚д゚)「変な本の読みすぎラギ。 ネタにしてゆするならもう少しまともな奴にするラギ。
    いいか、この事件が終わってからもお前には色々と動いてもらいたいラギ。
    そのためには今のままじゃ駄目ラギ。
    お前は真実とやらのためには割と何でも出来る奴だと思ってたんだが、見込み違いラギか?」

トラギコの人心掌握術は最悪だ。
人を褒めることもなければ煽てることもない。
その代りにトラギコは全てに正直であり、真っ向から言葉を発する。
それに惹かれた人間はそう簡単にトラギコから離れられない。

アサピーもそんな人間の一人なのだと、強く実感した。
巻き込まれることに対して嫌に感じることもあるが、それでも迷惑だとは思わない。
逆に、もっとトラギコと共に行動したいと思わずにはいられないのだ。

(-@∀@)「分かりましたよ、やりますよ。
      で、どうすればいいんですか?」

(=゚д゚)「車の錠ってのは案外簡単ラギ。 ピンシリンダータイプだからなおさらラギ。
    いいか、まずは……」

274 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:42:06 ID:m/DZJGrM0
それから五分間の講義を受け、アサピーは錠の仕組みを理解した。
物事と同じく、あるべき場所にあるべき物が収まれば動かすことが出来る。
渡された道具を使って鍵穴に差し込み、教えられたとおりに動かして回転させる。
驚くほどあっけなく鍵が開き、アサピーは自分が一つとんでもない技術を身につけてしまったことに身を震わせた。

何より、トラギコが知っているという事は、彼は実践したという事を意味している。
細かいことを気にしていたら話が進まない上に自分の中にある倫理観が崩壊する気がしたため、アサピーは考えるのを止めた。

(-@∀@)「で、エンジンをどうやって始動するので?」

(=゚д゚)「結局は電気系統の話ラギ、だから繋げてやれば言う事を聞く」

先ほどの道具をイグニッションキーの代わりに差し込み、捻る。
するとエンジンが目覚め、各種計器類が明るく輝きだした。

(=゚д゚)「運転は任せるラギ。
    まずはレンズを手に入れるラギ」

(-@∀@)「では、僕のアパートに」

(=゚д゚)「いいだろう。 それから少し休んで、今日の昼にやるラギ。
    ……暗いと、お前の都合が悪いんだろ?」

何気ない気遣いに驚く。
確かに昼の方が好条件だ。
急いで明け方に撮影する必要はないという事なのだろうが、それは相手の狙撃を成功させやすくなるという事だ。
最も都合が悪くなるのはトラギコなのだが、それでもかまわないのだろうか。

(-@∀@)「それは、そうですが……」

275 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:46:25 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「ならそれでいいじゃねぇか。 俺はお前がやりやすいようにしてやる。
    だけどな、ちゃんと結果を出せよ」

打算なく信頼されている事が嬉しかった。
これがトラギコの魅力なのだ。

(=゚д゚)「ほら、行くラギ。
    あのタコ助がこっちを見つける前に行動しないと駄目ラギよ」

目頭が熱くなったのはきっと、疲れているからだ。
一日の間に起きる物事の密度と回数が多すぎるためだ。
言葉を発することなく、アサピーはギアをバックに入れて静かにアクセルを踏んだ。
ワゴン車はゆっくりと工場地帯を走り抜け、市街地へと近づいていく。

徐々に浮かび上がってくる街の輪郭よりも目につくのは、当然――

(=゚д゚)「グレート・ベル、か」

(-@∀@)「そういえば、鐘に合わせて人を撃ったっていう事件。
      聞かせてもらってもいいですか?」

(=゚д゚)「面白くもねぇ話ラギ。 勉強のできる学生が人を殺すことに興味を持って、後は実験ラギ。
    鐘楼は“鳥の巣”って呼ばれるぐらい狙撃手にとっては好まれる場所ラギ。 見渡し良好、高さも立地も文句なし。
    犯行に及んだのは十九歳の男で、動機は人間が死ぬのが楽しいから、だったラギ。
    あまり知られていないのは、起こったのが“セントラス”だったからというのと、街の意向があったからラギ。

    死んだのは全部で二十一人。 逮捕されるまでの間、一か月間奴は撃ち続けた」

276 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:49:00 ID:m/DZJGrM0
宗教都市、セントラス。
十字教の本拠地であり、聖地でもある。
それほどの事件が公にならないのは、トラギコの言った通り、街の意向があったからこそだ。
セントラスには新聞社が一社だけある。

当然、宗教新聞だ。
モーニング・スター新聞社は支店を設けるどころか、その記事を持ち込むことさえ禁じられている。
閉ざされた街だが、もめごとやその解決は警察に任せている。

(-@∀@)「ですが、どうして銃声が鐘の音で聞こえなくなるのでしょうか?」

(=゚д゚)「細かい理屈は知らねぇが、まぁ同じ音だからな。
    届くまでの時間は同じラギ。
    と言っても、法則性があったからな。 所詮は素人ラギ。
    それに目撃者もいたラギ」

(-@∀@)「なるほどですね。 そういえばトラギコさん、目星がついているって言ってましたよね。
      一体どんな人物なんですか?」

(=゚д゚)「聳え立つ糞の固まりラギ」

黄色で点滅を繰り返す信号機が、街の入り口を教えてくれた。
静寂に包まれた夜明け前の街を訪れたワゴン車は細い道を通り、アサピーのアパート前に停車した。
二人はすぐに降りてアサピーの部屋に上がり込んだ。
特に何かを荒らされた形跡もなく、転がっていたはずの男達はすでに運び出された後だった。

(=゚д゚)「部屋のカーテンを全て閉めるラギ。
    グレート・ベルからこの部屋は一応死角だが、万一があるラギ」

(-@∀@)「分かりました。 カメラを準備して、後は食事でも?」

277 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:53:55 ID:m/DZJGrM0
(=゚д゚)「気が利くじゃねぇか。 だが凝る必要はねぇラギ。
    インスタント麺で十分ラギ」

買い置きのインスタント焼きそばが戸棚に入っていることを思い出したアサピーは、台所に向かった。
まずカーテンを全て締め切り、窓の鍵も施錠した。
やかんに水を入れ、ガスコンロに点火する。
戸棚の奥に積んであったインスタント焼きそばの容器を手に取り、包みをはがす。

“かやく”と呼ばれるキャベツを中心としたフリーズドライの具材を乾燥麺の上ではなく、下に敷く。
こうすることで湯を捨てる時に流れ出る心配がなくなるのだ。
その代り、湯は容器の縁から麺の下に注ぐようにしなければならない。
ふいに視線を感じて振り返ると、そこにはトラギコがいた。

(=゚д゚)「へぇ、焼きそばか。 一つしかねぇのか?」

湯を注ぐアサピーの手元を見つつ、パッケージをしげしげと見る。
銘柄についての文句が出ると思ったが、特に何も意見は出てこなかった。

(;-@∀@)「え、えぇ。 あんまり家にいることがないもので。
      非常食が常食ですよ。
      一つじゃ足りないかもしれませんが、勘弁してください」

(=゚д゚)「飯はちゃんとしたものを食えよ。 まぁいい。
    半分ずつ食えば十分ラギ」

(-@∀@)「半分ずつ? だって、トラギコさんが……」

(;=゚д゚)「あのなぁ、俺一人だけ食ってたら味なんかしねぇラギ。
    せっかくあるんだったら、二人で食った方がいいラギ。
    とにかく、半分だ。 いいか、お前もちゃんと食うラギ。 お互いに怪我人なんだ、いいな?」

278 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:56:39 ID:m/DZJGrM0
(-@∀@)「も、持ちのロンですよ!!」

待つこと三分。
湯きりを行い、粉末タイプのソースをまんべんなくふりかけ、よく混ぜる。
液体タイプのソースと粉末タイプの最大の違いは、麺に絡みやすいか否かという点だ。
前者の液体タイプは十分すぎるほどよく麺と絡まるが、若干多すぎる問題が生じてしまう。

対して粉末のソースは絡みにくいが水分を吸い、麺と無駄なく合わさって味に均一性が生まれる。
どちらも気をつけなければならないのが、麺にだけソースを和えるのではなく具材にも合わせてやることだ。
こうして出来上がった麺の半分を紙皿に載せ、最後に刻まれた青のりをかけて完成である。
二人はそれを立ったまま啜り、黙々と食事を始めた。

甘辛いソースの味が食欲を沸立て、少量のキャベツを奥歯で大切に噛み締めると、甘みを含んだ水がしみ出した。
それも僅かの量だが、ソース一色の味の中に新鮮な存在だった。
麺を啜る音だけで、会話はなかった。
美味いかどうか、それはトラギコの口からは出てこなかったが、無言で啜るその音が十分に感想の役割を果たしている。

食事を手早く済ませ、アサピーはインスタントコーヒーを入れた。
砂糖は大匙三杯入れ、二人は現像室に向かった。
あの部屋は窓を閉め切り、外部の光が一切差し込まないようになっている。
誰かに外から見られる心配は全くない。

部屋のエアコンを入れ、室温を低くする。

(=゚д゚)「じゃあ、計画を話すラギ。 この街の地図はあるラギか?」

(-@∀@)「パンフレットに使ったものでしたら……ここに」

279 名も無きAAのようです :2015/06/27(土) 23:59:22 ID:m/DZJGrM0
クリアファイルに入れてあった地図を取り出し、目の前の机の上に広げる。
白黒の地図には蛍光ペンで様々な店がマークされている。
アサピーがこの島に来て間もない頃に手掛けたパンフレット制作で使ったものだが、結局採用はされなかった。

(=゚д゚)「グレート・ベルはここラギ。 おいカメラマン、どこからなら狙撃手を撮影できるラギ?
    言っておくが、野郎は絶対に縁からライフルの銃身や体を出さないラギ」

(-@∀@)「見下ろせる、もしくは同じ目線にまで行かないと撮影できないですね。
      顔を撮るとなると、同じ高さにいないといけません」

(=゚д゚)「それが出来る場所はあるラギか?」

(-@∀@)「周辺には高さのある店はないので、どうしてもここになります」

地図の一点を指で示す。
グレート・ベルから西に進んだ場所にある医療施設。
即ち――

(=゚д゚)「――エラルテ記念病院か」

(-@∀@)「はい。 島のシンボル以上の高さの建物はないんですよ。
      ですが、この病院の屋上は260フィートあります。
      距離で高低差を埋められるので、この屋上から撮影するしかありません」

グレート・ベルの高さは約270フィートある。
島にあるどのホテルや宿泊施設もそれ以上の高さを越えないよう、また、景観を損なわないように厳しい制限がされている。
だが、エラルテ記念病院だけは例外だった。
歴史的に意味のある病院の建築に際して、グレート・ベルの次に高い建物であることが求められた。

結果、十五階建てながらも260フィートという高さを持つに至り、ティンカーベルで二番目に高い建物として今日に至る。

280 名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 00:02:17 ID:ISmb1SN20
(=゚д゚)「他に手がないなら、それで行くラギ。
    必要な物はあるか?」

(-@∀@)「新聞社にある望遠レンズとリモコン、後は三脚ぐらいですね」

日中とはいえ、望遠での撮影には手振れは依然として敵である。
それを軽減するための道具として三脚、そしてリモコンが必須だ。
この二つがなければ自分の体を使ってカメラを固定する他ない。

(=゚д゚)「三脚は却下ラギ。 高く構えればそれだけ目立つラギ。
    奴ならレンズ越しにお前の頭を撃ち抜ける。
    絶対に見つかったら駄目ラギ」

(-@∀@)「分かりました。 で、動きとしては?」

(=゚д゚)「お前はジュスティアに目をつけられているから、それに見つからないように病院に行くラギ。
    この後すぐにでも出発して屋上で待機するラギ。
    で、俺は昼の鐘に合わせて動くから、奴が顔を出したところを撮れ」

(;-@∀@)「一緒に動かないんですか?」

(=゚д゚)b「一緒に動けば怪しまれるし、目立つだろ。 当然、別行動ラギ。
     ただ、タイミングだけは一緒ラギよ」

肩を叩いて親指を立てたトラギコは、話を続ける。

(=゚д゚)「狙撃手の顔を撮ったらそのフィルムを――」

281 名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 00:03:29 ID:ISmb1SN20
こうして綿密な打ち合わせと共に時間が過ぎ、朝が近付く。
午前四時半。
お互いの動きと役割を確認し、トラギコは仮眠を、アサピーはエラルテ記念病院へと向かった。
最早、お互いにかけるべき言葉は決まっていた。

――無言による、信頼の確認である。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    ""'''';;,,,,           ヽ    l    '    ,,,,;;;''"        ___  _
           ""'';;;;,,,,,         /   '   ''''"       _   |::::::::::::| /:::::::::...
_                \丶               _|:::::|_|::::::::::::∨:::::::..
::::::ヽ           _      ,r'"⌒ヽ / ´__,,-''"":::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::...
::::::::::\_   __   |:::::| `_  (     ) __l:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::...
:::::::::::::::::::::ヽ_|:::::::::::|_|:::::|_|:.:.:.|_ゝ-‐'''"":.:.:.:.:.:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::....
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.::::::::::::::::::::::::::::August 11th AM 04:30
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

水平線の彼方から浮かび上がる紅蓮の太陽が夜空から夏の青空を取り戻し、そして、街へ人へと光を浴びせる。
新たな一日の始まり。
ジュスティアが宣言した事件解決まで、一日と十九時間。
島中に散らばった人間が追うの真実のほとんどが今、グルーバー島に集結し、行動を開始していた。

例えば。
例えば、不穏な感情を秘めた者たちもまた、例外ではない。

(´・ω・`)「……さて、行こうか」

ソファから立ち上がった、道化の如き男。

282 名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 00:05:05 ID:ISmb1SN20
(´・_ゝ・`)

lw´‐ _‐ノv

それに無言で付き従う、二人の罪人。
いずれも眼光鋭く、されど放つ雰囲気は凪いだ海の如く。
背負うは己が棺桶にして己が力の象徴。

(’e’)「うむ、いい朝日だ。 さ、ジョルジュ君、コーヒーを。
   違いの分かる男のコーヒーだよ、間違えないように」
  _
(#゚∀゚)「だから、俺は手前の召使いじゃねぇんだよ……」

離れた場所に佇む男、二人。
彼らの足元に埋まるのは、屍かそれとも夢の果てか。

川 ゚ -゚)

从'ー'从

言葉を発することなく行動する女が二人。
人の間を風のように抜け、静かに最深部へと歩みを進める。
性別、動機、背景、思想はそれぞれだが共通しているのは所属する組織の目的達成という、大きな夢の実現のため。
大樹が伸ばす枝葉のようにして、彼らは活動の領域を広げていく。

グレート・ベルの鐘が朝日に輝き、黄金の輝きを放った。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 第九章 了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

283 名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 00:06:29 ID:ISmb1SN20
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
優れた狙撃手は優れたカメラマンに、優れたカメラマンは優れた狙撃手に成り得る。
故に。
故に我々カメラマンは、意識しなければならない。

最高の構図を。
最高の成果を。

                                 戦場カメラマン ミズーリ・タケダ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

次回、Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編 最終章

284 名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 00:07:46 ID:ISmb1SN20
これで本日の投下は終了です
支援ありがとうございました

質問、指摘、感想などあれば幸いです

285 名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 00:44:41 ID:l5SbJETU0


286 名も無きAAのようです :2015/06/28(日) 23:56:11 ID:hsynu9Pc0
乙。狙撃手対カメラマンってなんて痺れる展開なんだ…!
はやくも続きに期待

ところで>>237の七行目のマニーはアサピーの間違いです?

287 名も無きAAのようです :2015/06/29(月) 18:07:06 ID:MJ3mn4pE0
>>286
 ヽ | | | |/
 三 す 三    /\___/\
 三 ま 三  / / ,、 \ :: \
 三 ぬ 三.  | (●), 、(●)、 |    ヽ | | | |/
 /| | | |ヽ . |  | |ノ(、_, )ヽ| | :: |    三 す 三
        |  | |〃-==‐ヽ| | .::::|    三 ま 三
        \ | | `ニニ´. | |::/    三 ぬ 三
        /`ー‐--‐‐―´´\    /| | | |ヽ

288 名も無きAAのようです :2015/07/18(土) 22:54:03 ID:zN4k2tsY0
明日VIPで19時ぐらいに投下します
次でTinker!!編はおしまいです

289 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 07:42:30 ID:KqDLx0mE0
全裸に靴下で正座して待つ

290 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 19:33:58 ID:6KurIn5.0
夜明けの空気はひんやりとして、海の匂いを含んでいた。
風は冷たいが日差しは強く熱く、白い雲は空の高いところを浮かんで速い動きで流れていく。
上空の風が強い証拠だ。
水平線の向こうには大きな入道雲が浮かび、黒雲を伴ったそれが徐々に大きさを増している。

微風程度だった風が次第にその強さを増し、上空でよく冷やされた空気を地上に降ろし、やがて島中に届ける。
ここは“鐘の音街”ティンカーベル。
三つの大きな島と数多くの島からなる街は、漁から帰ってきた漁船や市場の賑わいもなく、静かに朝を迎えていた。
複数の事件が引き起こした異様な光景だった。

雪を被ったクラフト山脈が大地に聳え立つように海上に停泊するのは、世界最大の船上都市“オアシズ”。
そして、島の事件を解決すべく集ったのは海を挟んで隣にある正義の都“ジュスティア”。
今、三つの街の人間が一か所に集い、一つの目的のために死力を尽くしていた。
全ては相互利益のため。

互いの街がいかにして目的を達し、利益を得るのかだけのために協力し合う乾ききった関係。
義理も人情もなく、かといって互いに足を引っ張ることもしない。
ただ、共通した目的の達成だけが彼らを繋いでいた。
情報の提供と捜査の実行、そして必要ならば指揮まで、それぞれが力を出し合っているにも関わらず。

狙うのは最良の結末。
使うのは最短にして最善と信じ切った悪路。
楽な手段では決して事件が終わらないという事に気付かない彼らは、今もこうしている間に無駄な時間を費やしていた。
その努力と呼ぶことすらできない行為が一生実らないとも知らず、自慰の様に生産性のない時間が過ぎてゆく。

――ほんの一握りの人間を除いて。

291 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 19:37:08 ID:6KurIn5.0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
       
                         / ̄ ̄\
                       /       ヽ       原作【Ammo→Re!!のようです】
 ____________|_____|____________
          --_─ - ─_-_─ - ─ - ─_-_─ - _--
            -  ̄─_─ ̄─ ---- = ─- ̄-
              ─ ̄ ---- ─---- ̄--
               ‥…━━ August 11th AM 05:21 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

早朝、それも陽が昇ってからの新聞社は静かな物だ。
その頃には配達員が刷り上がった朝刊を配達するために原動機付自転車を使って島中に散らばり、社には事務員と支社長ぐらいしか残らない。
しかし、その日は少し事情が異なった。
まず、朝刊は刷り上がるどころか原稿すらなく、印刷機は稼働を停止していた。

そして事務員はおらず、代わりに彼女の席には赤黒い血が染みついていた。
配達員のほぼ全員も同様に命の一部を床の染みに変え、その体は島の遺体安置所で火葬の時を待っている。
人気のないモーニング・スター新聞社ティンカーベル支社には、一人だけ社員が残っていた。
眼鏡をかけた浅黒い肌の若い男は、社で保管されている大型の望遠レンズを手に入れ、少し早目の朝食を一人で摂っていた。

文字通り大したものではないが、山と積まれた缶コーヒーとチョコレート味のブロック型栄養補助食品の量は尋常ではなかった。
味も種類も滅茶苦茶だが、共通していることは、それらの所有者はこの世にいないという事である。
殺された同僚たちの非常食の在処を知っていた男は、それらを全て自らの机の上に並べ、吐きそうになりながらも全て平らげた。
一種のまじないであり、自分自身に言い聞かせるための儀式だった。

彼らの食事を体内に取り込むという行為は、彼自身に失敗を許させない覚悟を与えた。
アサピー・ポストマンは膨れ上がった腹を撫でつつ、カメラのレンズを交換した。
望遠レンズの重量は三キロもあり、本体よりも遥かに重い。
両手で構えなければレンズが重さで傾き、逆にレンズを持てば本体が安定するほどである。

292 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 19:42:24 ID:6KurIn5.0
振り向くようにして素早く別方向に構えるも、自重のせいでレンズが静止することなく狙った場所から僅かに流れてしまう。
突発的な事態には対処できない。
分かってはいたが、やはり予め撮影位置を定めて待機するのが妥当だろう。
構えたままの状態でズームリングの固さと望遠性能の確認を行い、その圧倒的な望遠性能に舌を巻いた。

この大きさになるとケースは意味を成すどころか役割を果たせず、ネックストラップや大きめの鞄を使う他に運搬の方法はない。
そこで半ば仕方なしに選んだのは登山用のデイパックだった。
カメラ本体を底にして詰め、空いた隙間に予備のフィルムを入れた。
荷物の準備はすぐに終わったが、その後は時間とパズルの問題だった。

エラルテ記念病院の屋上に行くためには病院内を移動し、パスカードによって開閉される屋上の扉を空けなければならない。
患者が飛び降り自殺をしないための配慮であり、医者だけが青空喫煙所を使えるよう設計されているためだ。
パスカードがなければ、屋上に出ることは出来ない。
遊園地の年間パスカードとは違って簡単に入手できるものではないため、アサピーは屋上への侵入方法を考えなければならなかった。

二度の襲撃によって厳戒態勢となった病院周辺だが、侵入手段は必ずある。
要はパスカードさえ使えれば問題ないのだ。
扉さえ開けば、何という事はない。
医者を襲えば手に入れられるが、そのような方法は使いたくもないし使えない。

策はあった。
トラギコ・マウンテンライトから教えてもらったカール・クリンプトンという医師の存在だ。
彼は亡くなっているが、その名前が重要だ。
記者であることを最大限活かすため、彼の名前を使って取材を行い、どうにか屋上まで誘導すればいい。

そのためには、カールと親しかった医者を探すことが重要となる。
一つ危惧しているのが、取材に応じなかったり取材を申し込んだりした瞬間に捕まえられるという事だ。
モーニング・スター新聞社の人間が捕獲されたことを含めると、ジュスティア警察が病院に待機していることは十分に考えられる。
方針が定まったアサピーは荷物を改めて確認し、それを背負った。

293 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 19:44:28 ID:6KurIn5.0
もうこの会社に戻ることはない。
社を離れる前に、最後にもう一度無人の席を見た。

(-@∀@)「……っ」

いないはずの同僚たちがアサピーに手を振っていた。
いないはずの同僚たちの声が聞こえた。
この支社に配属された時からの友が、同期が、上司が。
皆がいつもと同じようにアサピーを見送った、そんな気がした。

当然、それは現実の事ではない。
自然、それは本人の勝手な想像でしかない。
妄想と言い換えてもいい。
それでも、アサピーの気持ちが幾分楽になったのは厳然たる事実である。

――予定時間まで残り、六時間半。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ヽ         `  _
 ,)_,.v''´⌒ヽ.      ̄ ‐- ...        Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編
        )
...   ..:...   ´ヽ.
:.:.:.:.:.:.:.:.:..    :..:⌒;                  __,、         ノ⌒ー'
ヽ:_:.:.:.:.:.:. :. .: .:.:.:.:..:.ノ              ,r ヽ'⌒  `^j      ヽ ..:.:.:.
   ̄ `ー ‐-‐一´             r'´       `ー'⌒ヽ    `ー 、:.
           , '⌒ー-‐、       ヽ,  ....... ... .... . . .. .⌒ヽ
               ‥…━━ August 11th AM 05:36 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

294 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 19:52:18 ID:6KurIn5.0
アサピー・ポストマンがティンカーベル支社を出た頃、トラギコ・マウンテンライトも仮眠を終え、すでに準備を整えていた。
武器も道具も揃えた以上、残っている準備は予定地点への移動だけだ。
移動してからは、病院の正面から出て狙撃手に狙わせなければならない。
顔をこちらに向けさせた状態でなければ撮影は無駄になる。

無論、自殺をするつもりはない。
みすみす殺されてやるつもりもない。
狙撃手を相手に正面に立つという事が愚行であることは百も承知だし、相手の腕も理解しているつもりだ。
それらを考えに入れた上で、狙撃手と向かい合う。

策はいたってシンプルだ。
鐘の音と共に病院から姿を現し、撃たせる。
そしてアサピーがその様子と共に相手の顔を写真に収め、切り札を手にするという寸法だ。
互いの連携がなければ成功しないが、それ以前に信頼関係がなければ成立しない話でもある。

アサピーが定位置についてカメラを構え、いつでも撮影が出来る状態にあるという事。
トラギコが時間通りに姿を現すという事。
狙撃手がトラギコを見つけ、狙いを定めるという事。
アサピーはトラギコを、トラギコはアサピーを、そして二人は狙撃手を信頼している。

そういった信頼の数々によってこの策は成り立っており、一つでもずれれば破綻につながる。
それはあってはならない。
それでは、トラギコのために死んだカール・クリンプトンが浮かばれない。
愚直なまでの医者として生きた男の命を奪った人間には、死ぬまでに多くの苦しみを与えなければ気が済まない。

あの夜。
トラギコは何故自分が撃たれなかったのか、ずっと疑問だった。
だが、答えは驚くほど簡単な物だった。
狙撃手は単純にトラギコとカールを間違えて撃ったのだ。

295 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 19:54:21 ID:6KurIn5.0
暗闇の中で人影を見つけるためには、暗視装置の存在が欠かせない。
火災現場から逃げる二人を捉えた狙撃手は、どちらがトラギコであるかを判別できなかったのだ。
では狙撃手がカールを撃った理由とは何か、と考えるとトラギコの服装が関係してくる。
炎と煙から身を守るためにカールが貸してくれた白衣だ。

スコープを通じて服装を見た時、狙撃手はトラギコを医者として勘違いし、もう一人をトラギコと認識したのだ。
そして凶弾はカールを捉えた。
つまるところ、トラギコはカールに助けられたのである。
彼が白衣を脱がなければ、撃たれていたのはトラギコだ。

彼は己の職務を果たした。
今度は、トラギコがその職務を果たす順番である。

(=゚д゚)「さぁて、行くか」

ワイシャツのボタンを閉め、ジャケットに袖を通す。
ホルスターに収めるのはベレッタM8000で、装填した弾種は人間に使うためのホローポイント弾だ。
強化外骨格を相手にすることも想定して、予備の弾倉には強装弾が装填されている。
もう一つの武器が入ったアタッシュケースを手にして、振り返ることなく家を出て行った。

建物の間から見上げたスカイブルーの空には雲が浮かび、風に流されてその形を変えていく。
風に夏の匂いを感じつつも、トラギコはそこに雨の気配を嗅ぎ分けた。
一過性の雨によって天気が荒れる前兆だ。
良い兆候とは言えない。

トラギコにとってはいいが、アサピーにとって雨は天敵となる。
狙撃銃とカメラはその作りが似ているが、根本的に使用目的が異なる。
銃は火薬さえ湿らなければ雨の中でも使えるが、カメラにとっては天敵そのものだ。
雨が降る前に決着が付けられればいいのだが。

296 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 19:59:03 ID:6KurIn5.0
グレート・ベルの死角となる建物の影と路地裏を進みながら、病院に入る算段を立てる。
普通に入ろうとしたのでは、その時点で狙撃されてしまう。
チャンスは一度だけしか与えないし、それ以上は与えられる余裕がない。
足を引きずりながら、トラギコは少しずつ人目に付かない場所を目指した。

(=゚д゚)「……やりたかねぇが、やるしかねぇか」

自分に言い聞かせるようにしてつぶやき、トラギコは人気のない路地の一角で立ち止まる。
丁度良く両脇に背の高い建物が建っており、人通りが少ないことから目立ちにくい場所だ。

(=゚д゚)『これが俺の天職だ』

アタッシュケースに収納された棺桶の起動コードを入力し、両腕に機械の籠手を装着する。
そして、足元のマンホールの蓋を力任せに持ち上げ、人一人が下りられるだけずらす。
梯子を使って下水道に降り、蓋を閉めた。
暗闇と悪臭の空間に降り立ったトラギコは、マンホールの小さな穴から漏れた外の明かりを頼りに病院を目指すことにした。

下水道は完全な暗闇というわけではないため、少し経てば目が慣れるだろう。
マンホールを開けるのに使った強化外骨格“ブリッツ”を解除し、ケースに戻す。
壁に手をついて頭の中にある島の地図を参考にしながら、一歩ずつ進み始めた。
脚の傷は痛みが引いてきてはいるが、完治まではまだまだ時間がかかるだろう。

怪我をしてから酷使を続けてきたのだから当然の結果だ。
そうしなければならない状況だったし、そうしなければ自分の気が済まなかった。
座って情報を集めるのではなく、自らの足で情報を集めるのが自分の仕事だ。
だからこそ、トラギコは後悔も反省もしていない。

そのような物は全てが終わって、そして駄目だった時に別の誰かがすればいいことなのだから。

297 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:01:27 ID:6KurIn5.0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
.  .:.:.:.:.    . . . . . . . . . . . . . . . . (⌒ 、   .. .... ..  .:.:.:..: .:.:...  , ⌒ヽ . :. .:.:...
 .:.:.:.:.:.:. .  . .. .... .. .:.:.:..: .:.. ... (     ヽ⌒ヽ 、       (      Y⌒ ヽ
          .. .... .. .:.:.:..:.: :.:.:.:.:.:. . . .      . . . . .:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:. .. ... .   . .
                          .. ..... .. ..:.. . .. . . . . . . . . .  .  .. . . .
.TTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTTT7  . .  :    .:.:.:.:.:.:.:.
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||  . . : : :.:.:.:.:.:.:.: . .
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  .:. .. . : : :.:.:.:.:.
                                       」   . ... ..:.:.: .. ...
              ‥…━━ August 11th AM 07:07 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

カナリア・ホテルの一室で監視係からの報告を得たライダル・ヅーは、トラギコの生存情報にほっと胸をなでおろした。
同時に、アサピーと合流したという事も分かり、万事が上手く動いていることが確認できたのは重畳だ。
朝食のトーストをコーヒーで胃に流し込み、ヅーも動き出すことにした。
ショボン・パドローネ達が引き起こしたこの事件を解決する鍵は、間違いなくトラギコたちの動きにかかっている。

彼らが何をするのかは分からないが、邪魔をする必要はない。
こちらは彼らがおびき出した結果に対して手を打つだけでいい。
いくつもの思惑が一つの獲物に対して飛び掛かれば、たちまち事故が起こる。
陽動と追撃はトラギコに任せて、こちらはそのサポートに回る。

そのために彼らの行動を逐一監視し、不利益のないように立ち回っているのだ。
毒を制するためには毒を持って挑まなければならない。
気を付けなければならないのは、彼らの行方と動向を把握し、常に援護が出来る状態にある事だ。
トラギコとアサピーはアパートから別々の時間帯に異なる場所に移動したことが分かっており、トラギコの行方は再び不明となった。

298 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:03:26 ID:6KurIn5.0
彼の事は心配しなくても大丈夫だろうが、アサピーの行方が気になるところだ。
二人で一緒に行動する物だと考えていたのだが、二人は逆の行動をとった。
互いに手負いの身でありながら、どうして危険な手を選んだのか。
確かに、トラギコは愚直な男だが馬鹿ではない。

あれほど冷静の事件を見据えて激情的に行動できる男が、単独行動のリスクを考えていないはずがない。
勝算があるのだ。
勝てるという見込みがあるからこそ、危険を天秤にかけても一人で動くことを選択したのだ。
つまり、二人は事件の真実に辿り着いた、もしくはあと一歩のところまで来ているのだろう。

慎重に見極めなければならない。

瓜//-゚)「レッドバロン、部隊を展開します」

(【゚八゚】「了解いたしました。 どのように?」

瓜//-゚)「アサピー・ポストマンの監視係を引き揚げさせ、オアシズに通じる橋の前の検問所に回してください。
     残りはオバドラ島とバンブー島前の橋の警備へ。
     これから何かしらの大きな動きがあるはずです」

まずは人員の分散によって、新たな事件発生の情報をより簡単に共有できるよう動かす。
だがそれは表向きの理由だ。
ヅー率いる捜査チームは警察官だけで構成されており、軍人は一人もいない。
それというのも、あれだけの部隊を投入しておきながら何一つ事態を好転させない軍の動きがどうにも気になり、見張りをつけておきたかったのだ。

クロガネ・タカラ・トミーは有能な男だと見込んでいたが、ショボンが関わった脱走に関する有益な情報は一つも手に入れていないどころか、その共有さえしない。
強いて協力と言えばアサピーの護衛や検問所への人員配置ぐらいなもので、何一つ結果に結びついていない。
バンブー島とオバドラ島に派遣された軍人が与えられた任務は、果たして本当に脱獄犯の捜索だけなのだろうか。
何かを企んでいる。

299 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:06:42 ID:6KurIn5.0
軍を動かし、何かを目論んでいる。
この期に及んで軍の発言力を高めようと考えているのならば、そのような真似をさせてはならない。
それがゆくゆくはトラギコの邪魔になるのだ。
ならば、それを防ぐのが警察の仕事。

警察は組織としてトラギコの援護に徹する。
部下たちにはそのように言ってはいないが、これがヅーの意向だ。
虎に委ねる他ない。

瓜//-゚)「私は別行動をします。 チームの指揮はレッドバロン、貴方に一時的に一任します。
     最優先は事件の解決と島民の安全確保、そしてジュスティアの汚名返上です」

(【゚八゚】ゞ「イエス、マム」

“赤の男爵”スズキ・レッドバロンは敬礼をしてから、部屋を出て行った。
後は彼が上手く管理し、情報を収集してくれるだろう。
別行動を取ると宣言したヅーの目的は、アサピーの監視だ。
本当であればトラギコの監視につくつもりだったのだが、彼の行方が分からなくなってしまったため、アサピーを見張ることでトラギコの動きを理解するしかない。

他の人間に任せてはおけばろくでもない結果になるのは目に見えており、何よりもヅーには責任がある。
最も尊い血が最初に流れるという言葉が示す通り、ヅーは指揮官として前に立ち、全てを見なければならない。
事件の影に潜む数多くの謎をこの目で確かめ、それから――

瓜//-゚)「……それから、か」

それからのことなど、考えてもいなかった。
ただ追いつめ、この手に掴み、そして正義の名のもとに断罪する。
いつもならばそうしていただろう。
普段ならば、これまでと変わらない自分ならば、一秒たりとも迷うことなく断言して実行していただろう。

300 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:10:45 ID:6KurIn5.0
今は違う。
自分自身と身の回りに起きた不可解な動きの意味と真実の行方を見定め、それから動くべきだと感じていた。
この事件は根が深い。
そうでなければ、これほどまでに翻弄されるはずがない。

始まりはオアシズ。
大勢の人間を恐怖に陥れ、海賊を船に招き入れた上に“ゲイツ”が蹂躙された。
使用された武器の数々、そして用意した道具。
ただのテロリストが用意するにはあまりにも高価な物ばかりだ。

経緯はどうあれゲイツが壊滅状態に追いやられた事実は、十分に警戒するに値する。
そしてセカンドロック刑務所を襲い、脱獄の補助をした。
如何に強化外骨格を持っている人間でも、あの刑務所を突破できないはずだった。
改造された棺桶が複数配備され、ジュスティア内でも腕っ節に自信のある人間が選ばれていた。

三人。
僅か三人に襲われ、脱獄は成された。
技量が並外れていて用意した強化外骨格の力も桁外れだった証拠だ。
ヘリコプターを所有している人間がわざわざどうして、ティンカーベルに逃げ込んだのか。

島に逃げれば封鎖され、逃げ道を塞がれると予想できるはずだ。
それに、バッテリーの問題が解決すれば夜闇にまぎれてヘリコプターで逃げればいいのに、それをしない。
逆に島で誰かを追いかけ、殺そうとしている。
これまでに遭遇した犯罪者とは価値観が大いに違う。

大胆にして繊細、そして徹底していながらも柔軟な対応が出来る余裕は、組織力の大きさを物語っている。
ショボンたちは警察を脅威とも感じていない。
そのような相手に対して、正攻法で挑むのは得策ではない。
相手の意識の死角から襲う以外、手立てはない。

301 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:13:05 ID:6KurIn5.0
そこで気付くのが、自分の中からジュスティア警察らしい思考が欠如し始めている事だ。
いつの間にかトラギコと同じ次元で事件に向かい合っている自分の姿に、ヅーは違和感を覚えなくなっていた。
むしろ、事件を解決するために姿勢など気にしている方が愚かなのだとさえ思える。
以前までは違っていた。

正々堂々、正面から犯人を逮捕し、事件を解決することこそが美徳なのだと信じていた。
物心ついた時からそう教えられ、育てられ、尽くしてきたのだ。
正義を疑ったことはなかった。
何故なら正しい物は常に正しくあり続け、それに近づく事は己が誰よりも正しい存在になる事と同義だったからだ。

それが、この数日で一変してしまっている。
正しく振る舞ったところで相手にはまるで相手にされないどころか、逆に手玉に取られる始末。
あと一歩で殺されかけた時、正義は彼女を救わなかった。
救ったのは、正体不明の誰かだった。

あまりにも多くの謎がひしめく事件の中で見つけたのは、本来あるべき姿勢なのかもしれない。
その果てにいたのは、トラギコだった。
彼のやり方は乱暴極まりないが、それでも、“誰かの正義”のために全力で力を注いでいる。
その成果として圧倒的な検挙率と事件の解決率であり、警察上層部の誰よりも現場で貢献している男として一部の人間から多大な支持を得ているのだ。

今ならば分かる。
真実に対して面と向かって喧嘩を売り、あらゆる手段で真実を日の下に引き摺り出す事こそが、警官としてあるべき姿なのだ。
姿勢はさておいて、手段にまで正々堂々を用いるのは自己満足でしかない。
自己満足が結果に結びつくのならばいいが、まず結びつくことはない。

市長には悪いが、円卓十二騎士を動員したところで意味はないだろう。
所詮は看板としての役割しか果たさない。
残り時間までの間に事件を解決する手助けにはならなそうだ。
何より、彼らの指揮権を握っているのは他ならぬタカラなのだから、ヅーの捜査には最初から役立ちはしない。

302 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:19:19 ID:6KurIn5.0
部下が全員ホテルから移動したのを確認し、ヅーはカップの底に残ったコーヒーを啜った。
最後に固まっていた砂糖が一気に口の中に流れ込んできたのを舌で受け止め、唇に付いた砂糖を舐めとった。
意識は固めた。
次はアサピーを追うために動き出す時だ。

彼の動きと目的を考え、道具を揃えてから出発したいところであるが、それが分かれば苦労はしない。
今はアサピーの近くで彼の動きを監視するのが最も効果が得られそうだ。
フレームレスの眼鏡を外して、机の上に置く。
もう、眼鏡は必要ない。

元々視力は悪い方ではなく、眼鏡がなくとも生活に支障はない。
射撃にも影響を及ぼさない程度の視力補正のために眼鏡をかけていたのではなく、全ては体面上の問題だった。
女が警察上層部にいると、どうしても部下の男達からは軽く見られてしまう。
ツー・カレンスキーほどの人間であればそうもならないのだろうが、秘書であるヅーは立場的にも軽んじられやすかった。

全ては自分の努力で得た地位だというのに、それを認める男は少なかった。
対等に話しているようでも下に見られていると感じ、自分自身を少しでも賢く見せるために眼鏡をかけることにした。
効果は僅かだが得られた。
だが、デミタス・エドワードグリーンとの戦闘で顔に負った傷が全てを無駄にした。

男が顔に傷を負えばそれは勲章となるが、女の場合は逆。
非力の表れとして周囲に認識されてしまう。
払拭するためには仇を討ち、汚名を返上する他ない。
これまで己の努力を形にしてきたように、これからもそうする。

例えそれが険しい道であろうと、一向に構わない。

303 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:23:27 ID:6KurIn5.0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 レ    \ : : : :              : :: :::
  !  =-ト\: : ::    /         :: : : :::
  | イ´  ヽ、l:    /          : : : : ::
  ト、   l!j  レ'   l!r--――――――-: : ::
  | ヽ、ー‐. . .  . . ヽ`ー‐―=ニ、 ̄  : : ::
  |   |: : : : : : l ::: : : ..    '´ r!j `ヽ、 : : ::
  |   l    ノ ::: : : :: : : \- 、    〉 : : ::
  ヽ  .l   l  ::: :: : : : : : : : : . .`¨~. . : : : ::
              ‥…━━ August 11th AM08:19 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

スポーツキャップを目深に被り、半袖のパーカーとダボ付いたカーゴパンツでどこにでもいる若者のような格好をしたアサピーは、目立たないよう街中を移動していた。
このまま病院まで徒歩で移動し、どうにかして屋上に到着しなければならない。
最も現実的で安全な手段として浮かんだのは救急車を呼び、怪我人として病院に直行することだ。
しかし手術室から帰ってくるという保証もなく、ましてやエラルテ記念病院に運び込まれるとは限らない。

運び込まれるためには重傷を負う必要があり、ただでさえ怪我をしている体に自ら傷をつける気にはなれなかった。
別の手があるはずだった。
取材を申し込み、屋上に誘導する計画があるのだが、誰に取材を申し込むか、それが問題となっている。
普通、病院に対して取材を申し込むには会社から直接電話なり手紙で依頼が行き、それから返事がもらえる。

個人が大きな施設、もしくは組織に対して取材を申し込んだところで受け入れられる可能性は限りなく引くい。
だから自分を売り出すカメラマン、もしくはフリーのジャーナリストは個人に取材を申し込むのである。
当然そうなると取材相手の名前や素性を知っているのが前提だが、アサピーはエラルテ記念病院で働く人間の名前は一人しか知らなかった。
それも故人の名前であり、この状態を打破するには少し不安がある。

304 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:26:44 ID:6KurIn5.0
カール・クリンプトンという医師がどのような人物だったのか、アサピーは人伝いにしか聞いていない。
ごく一部の情報では彼の知り合いを名乗るには不十分だ。
事前の情報収集がいかに大切なのかは知っていたが、この島は他者に対して非常に閉鎖的な風習がある。
トラギコから聞いたカールの話は彼の人柄の話で、出生につながる物は何もない。

つまり、何も知らないに等しい。
その情報を使い、どれだけ膨らませられるかがアサピーに求められている。
情報の誇張は新聞記者の得意分野だ。
後は、それを効果的に使える対象の存在が必要だ。

彼の友人でも見つけるしかない。
しかし働いている医師、看護師の数は三桁にも及ぶ。
その中からカールと親しかった人間を探し出すのは、僅か数時間では不可能だ。
加えてそれを困難にするのが警備体制に関する情報がないことである。

ジュスティア軍、警察がどれだけの規模で病院に待機しているのか。
出入り口に検問はあるのか、それともないのか。
部外者は完全に立ち入りが禁じられているのか否かなど、情報の欠如はアサピーの思考力を蝕んだ。
病んだ思考は無限の可能性を導き出し、そして独りでに躓く。

街の隅から隅を移動し、病院に少しずつ接近する。
不思議と街中に警官は見当たらない。
あれだけの事、そして昨日のヅーの事件解決のリミット宣言から考えると不自然だ。
どこかに集中させているようだ。

警察も何かの情報を掴んで動いていると考えたい。
変化は何かの兆しでもある。
悪い傾向ではない。
願うのはそれがアサピーにとって不利にならない事ばかりだ。

305 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:29:30 ID:6KurIn5.0
ようやく病院の姿を目の端に捉えたアサピーは、グレート・ベルの射線上に体が出ないように裏口に通じる道に回り込んだ。
予想に反して病院に近づいても警官の姿を見ることはなく、道が封鎖されている雰囲気もない。
人の通りにも滞りや不自然な物はなく、自然な形で時間が流れている。
裏口の門を押し開き、院内へと足を踏み入れた。

ここから先、決して鐘楼の視界の中に入ってはいけない。
入ればそれは狙撃手に目に留まり、警戒心を与えてしまいかねない。
そうすれば撮影する前に銃弾がレンズと本体、そしてフィルムとアサピーの眼底を粉砕するだろう。
リスクは極力減らさなければならない。

植え込みの傍を通り、焼け焦げた隔離病棟の裏を歩く。
特に激しく燃えた壁は炭のように黒焦げになり、地面も同様に焼けていた。
病棟の裏側を伝いながら本棟の非常口に向かう。
途中、朝の散歩を楽しむ患者とすれ違いざまに軽く挨拶をかわしつつ、情報収集を行う。

三人目の患者と挨拶を交わした時、それが思わぬ幸運をもたらした。

(-@∀@)「どうもおじいさん」

(ΞιΞ)「あぁ、おはよう」

ベンチに腰掛けた老人は少し寝ぼけた様子でアサピーを見上げ、ごく自然に挨拶を返した。

(-@∀@)「お医者さんたちがどこにいるかご存じで?」

(ΞιΞ)「そりゃあ病院だから病院の中に決まっているさね」

はっきりとした返答は老人がまだ健康である証だったが、彼の足が片方失われているのを見れば、入院している理由は明白だった。
歩行が困難になった人間は徐々に意識に異常をきたし、やがては健康そのものに影響を及ぼす。
老人が何者であれ、こうして入院しているのは賢明な判断だと言える。

306 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:31:57 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「ありがとうございます。 ところで、カール・クリンプトンというお医者さんをご存知ですか?」

(ΞιΞ)「あぁ、彼はいい医者だったよ…… 例の火事で死んじまったけどなぁ」

(-@∀@)「患者を最後まで見捨てない立派な人だったのに、残念です」

(ΞιΞ)「全くだよ。 あんた、カール先生の知り合いかい?」

(-@∀@)「そんなところです。 もしよければ、彼のお話を訊かせてもらってもよろしいですか?」

(ΞιΞ)「彼は余所の人間なのに、とてもいい人だった。
      ……仲の良かったカンイチ先生も結構落ち込んでいてね」

カンイチ、という名前が出てきた。
掴み所が手に入った。
少しの手がかりでいい。
この手がかりは非常に大きい。

(-@∀@)「カンイチ先生?」

(ΞιΞ)「確か、えーっと…… カンイチ・ショコラ先生だ。
      友達が少なそうな先生なんだが、カール先生とはとても仲が良くていつも一緒にいて話をしていたよ」

(-@∀@)「……今日、カンイチ先生はいらっしゃいますかね?」

フルネームを手に入れることが出来た。
後はカンイチという医師が今日院内にいれば取材の名目で会うことできる。

(ΞιΞ)「あぁ、いるはずだよ。 あの人たちは休みがないからね。
      人の健康気遣うのもいいけど、自分のも気遣ってほしいよ」

307 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:43:02 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「なるほどですね。 では、私はこれで」

軽い会釈をしてその場を立ち去り、アサピーは院内に入り込んだ。
受付の横から入る形となったアサピーは帽子を深くかぶり直し、目の下に薄い隈を作った受付の看護師に話しかけた。

(-@∀@)「すみません、いいですか?」

ノリパ .゚)「はい、何でしょうか?」

女性看護師は疲れを顔に出してはいたが声色には出さなかった。

(-@∀@)「カンイチ・ショコラ先生は今いらっしゃいますか?」

ノリパ .゚)「ご用件は?」

そう来ることは分かっていた。
事前にアポイントもない来客は、必ず用件を伝えなければならない。

(-@∀@)「以前大変お世話になった者で、少しお話をしたくて……」

ノリパ .゚)「お名前をお伺いしても?」

(-@∀@)「アーノルド・ジョッシュです」

ノリパ .゚)「ではこちらに記名を」

簡単な記名帳にサインをして、待合場所のソファに腰かけてカンイチの到着を待つ。
下手に動けば怪しまれるため、逆に堂々とすることが不審がられない秘訣と教えてくれたのは、トラギコだった。
刑事がそういうのならば間違いないと従ったが、その通りだった。
逆に気分が落ち着き、自分が何でもできるような気がするほどだ。

308 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:45:00 ID:6KurIn5.0
だがしかし、それが過信となって自分を窮地に追い込むこともまた、トラギコが教えてくれた。
図に乗らず、普段通りに過ごす。
名乗った通り、説明した役柄に成りきるのだ。

( ''づ)「お待たせしました、アーノルドさん?」

白衣を着た男がアサピーの偽名を口にする。
ソファから立ち上がり、握手を求めて手を伸ばす。
カンイチは一瞬ためらったが、すぐにその手を取ってくれた。

(-@∀@)「カンイチ先生、お世話になりました。
      ……カール・クリンプトン先生のことについて、お話があります」

小声でそう囁くと、カンイチは握った手に力を込めてきた。
情報で得た通り、彼はカールを知っているのだ。

( ''づ)「貴方は、僕の患者ではなかったのですか?」

(-@∀@)「すみません、こうでもしないとお話が出来ないと思ったので。
      できれば人気のない場所で」

少し考えるそぶりを見せ、カンイチは笑顔を浮かべた。

( ''づ)「お断りすると言ったら?」

(-@∀@)「彼の死の真相について、と言ったら?」

深い。
深いため息が、カンイチの口から洩れた。
同時に手に込められた力が抜けていく。

309 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:46:36 ID:6KurIn5.0
( ''づ)「……分かりました、少しだけですよ」

(-@∀@)「屋上あたりの方がいいかと」

誘導に成功した。
これで問題の一つは解決だ。
カンイチが先導して屋上へと向かう。
十五階までエレベーターで移動し、屋上へと続く階段にカンイチが進もうとする。

(-@∀@)「あ、コーヒーを買っても?」

( ''づ)「そうですね、では僕も」

飲み物は話を長引かせるいい道具だ。
自動販売機に銅貨を入れ、大きめの缶コーヒーを二本購入した。
一本をカンイチに手渡す。

(-@∀@)「勿論、おごりますよ」

( ''づ)「これはどうも」

金額の大小にかかわらず、金銭が絡むと多少は人間関係が円滑になる。
これも取材の技の一つだ。
コーヒーを片手に、二人は屋上へと出た。
広い屋上にはベンチや灰皿が置かれて、屋上全体の空きスペースを利用してシーツが干されていた。

姿を隠すにはちょうどいいが、こちらも相手の姿が見づらい。
グレート・ベルを背に出来るベンチに腰掛け、さっそく話を始める。

( ''づ)「それで、カールについて教えてくれるんだろ?」

310 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:50:00 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「はい。 彼が撃たれたのはご存知で?」

( ''づ)「当たり前だろ。 僕が検死をしたんだ」

その声には明らかな怒りが聞いて取れた。
カールと彼が親密な関係にあった証である。

(-@∀@)「彼を殺した犯人を知りたいとは思いませんか?」

( ''づ)「……知ってるのか?」

(-@∀@)「それを暴くために協力をしてもらいたいんです。
      カンイチさん、カールさんが最期に助けた人物は刑事です。
      そして、私はその人物と協力関係にあります。 パズルを組み立てるには、貴方の協力が必要です」

( ''づ)「つまり、何も分かっていないのか」

(-@∀@)「いいえ、場所が分かっているんです。
      いいですか、犯人の場所は分かっているんですよ、カンイチさん。
      後はその犯人の決定的瞬間を撮影すれば、それは揺るがぬ証拠としてこの世界に残ります。
      それがあれば、カールさんを殺した犯人を牢屋にぶち込めるんです」

( ''づ)「君は記者かな? だとしたら覚えておくんだ、僕はスクープに興味はない。
     犯人が牢屋に入ろうが終身刑を食らおうが知った事じゃない。
     知りたいのは、真実なんだよ。 何故カールは殺されたのか、どうして死ななければならなかったのか、それだけだ」

カンイチは自らの欲している物を口にした。
これもまた、一つの取材の技術だった。
相手の欲するものを聞き出し、後はそれを与えてやれば潤滑剤を塗った歯車のように口が動き出してくれる。
かつてのアサピーと同様、カンイチが欲しているのは真実だった。

311 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:53:16 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「彼は、誤って撃たれたのです。 助けようとした患者と間違えて撃たれたんです」

トラギコから事前に訊いていた情報は数少ないが、これは必ず役に立つと聞いていた情報だった。
あくまでもトラギコの推理によるものだったが、アサピーもこの推理には同意した。

( ''づ)「勘違いで殺されたのか、カールは?」

(-@∀@)「言い方は悪いですが、その通りです」

憤りがカンイチの顔に現れ、そして消えた。

( ''づ)「……彼は、いい奴だったんだよ。
     他所から来て、普通なら三か月で辞めるところを三年も続けてたんだ。
     君も知っているだろうけど、この島は余所者を受け入れることはまずない。
     それでも彼は諦めずに、受け入れられようと頑張ってたんだ……」

(-@∀@)「どうか、力を貸してください。
      僕が欲しいのはスクープではありません、貴方と同じ、真実です」

( ''づ)「だが僕に出来る事は少ないぞ?」

(-@∀@)「いえ、とても大切なことがあります。
      僕が真実をカメラに収めるのを手伝ってほしいのです」

ようやく本題に入ることが出来る。
目的が分かれば、後はそれに応じた成果の提供である。
真実を欲している人間が最も欲するのは、真実以外に何もない。
自分が加わり、安全な場所から見届けることの出来る真実こそが、最も喜ばれる。

( ''づ)「具体的には?」

312 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 20:55:49 ID:6KurIn5.0
(-@∀@)「この屋上に人が来るのを止められますか?」

( ''づ)「やろうと思えばね。 でもまたどうして?」

(-@∀@)「ここから犯人を撮影します」

カンイチは信じられない物を見るような目つきをアサピーに向け、無言で説明を求めた。
アサピーは自分が背負っているバッグを指さし、そして望み通りの説明を始めた。

(-@∀@)「犯人はグレート・ベルに潜んでいます。 僕はその犯人を撮影したいんです。
      そのためには他の人間がいない方が、あらゆる面で都合がいい」

( ''づ)「僕は別に特別な権限を持っているわけじゃないから、せいぜい立ち入り禁止の看板を置くぐらいしか出来ないが、それでもいいかい?」

(-@∀@)「えぇ、十分です。 ありがとうございます、ドクター」

( ''づ)「看板を持ってきた後、少しでいいから僕の話に付き合ってもらってもいいかな?」

(-@∀@)「勿論ですよ、ドクター」

( ''づ)「ありがとう…… 彼の事を話す相手が他にいなくてね」

――斯くして、アサピーは予定通りに配置につくことに成功した。
後は時間が来るまでの間、こうしてカンイチの話に付き合い、静かに待つだけである。

313 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:03:56 ID:6KurIn5.0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     :::::::::::::::::::  :::: |                  |   ::::: ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
     :::::::: :::::::::::::  |                  |   ::: ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
     :::::::::::: :::::::::::  |                  |  :::: :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
     ;;;:;;:::::::::: :::::::/:::::::::              \::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::;;;;;
     ;;;;;:;;;;::::::::.../;;;;;:::::::::::::::::             \:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::;;;;;;;;;
     ;;;;;;;:::: : /;;;;;;;;;;::;;::::::::::::::::::::::::::         \:::::::::::::::::::::::::::::::;;;;;;;;;;;
     ;;;; ::::/;;;;;;;;;;:::;;;;;;;;;;;;;;:::::::::::::::::::::::::           \:::::::::::::::::::::;;;;;;;;;;;;;;;
     ;;;:/;;;;;:::;;;;:::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;::::::::;;;;;;;;;;;;:::::::::::::::::       \:::::::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
    ../;;;;;;;;:::;;;;;:::;;;;;;;;:::::::::;;;;;;;;;;;;;::::::::;;;;;;;;;;;;;;;::::::::::::::::::::::::::::   \:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
                ‥…━━ August 11th AM09:36 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

下水道を歩くのは初めてではない。
地上にいる誰かに見つけられる心配がないことから、犯人の隠れ家に接近する時などによく用いた手段だ。
悪臭を我慢すること、足元に気を付ける事、道を間違えずに進むこと。
それら全ては経験済みであり、体にしっかりと染み付いている。

足を引きずる音だけが静かで不快な空間に響く。
呼吸を鼻でせず、口でするのが悪臭に耐えるコツだった。
下手に匂いを嗅ごうものなら嘔吐勘に見舞われ、捜査どころではなくなってしまう。
若い頃、一度味わった経験があるが、丸一日何を食べても悪臭しかしなかった。

また、その経験から分かっているのは多くの下水道には人が歩けるように段差が設置され、管理用の備品が置かれた部屋と管理業者が出入りするための小屋に通じる梯子がある。
そして大抵の場合、そのような部屋や梯子、階段の近くには足元を照らすための非常灯が備わっているのだ。
全くの暗闇でもないため、トラギコの目は街灯のない路地裏のように下水道を見ることが出来ていた。
記憶した下水道と街の地図を頼りにエラルテ記念病院を目指す中で、トラギコは自分に起きている変化について考えていた。

314 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:05:24 ID:6KurIn5.0
アサピーが察した通り、トラギコは自分が以前までとは少し違っていることを自覚していた。
それは考え方、価値観の変化ではなく、人間性の変化なのだという事も理解していた。
一つの出会いが人間をここまで変えることは知っていたが、それが自分の身に起きるとは思ってもいなかった。
崖から車ごと落ち、意識を失ってから起きた一連の出来事は、確実にトラギコの中にあった不要な棘を取り払っていた。

自分でも知らず知らずの内に成長していた棘の消失は、トラギコに新しい視野を与えてくれるきっかけとなった。
それが事件の静観という考えを生み出すに至り、そして負傷した体で下水道を進む理由にまで成長した。
恐ろしいことだ。
出会い如きに影響を受け、そして言動にまで現れてしまうとは。

これから先、自分が行う事は命を賭けた博打だ。
アサピーが先か、狙撃手が先か。
トラギコの命を使い、狙撃手の正体を知るための大掛かりな賭場は、そもそも狙撃手が今もまだ鐘楼にいることとアサピーがしくじらないことが前提になっている。
その前提が覆る可能性は十分すぎるほどあり、場合によってはトラギコの賭けは成立しないことも有り得るのである。

特に賭けの要素が大きいのがアサピーだ。
彼のカメラの腕は完全には分からないし、無事に病院の屋上に到着できるかどうかも怪しい。
何せ、彼はショボンたちに命を狙われている身であり、その理由さえも分かっていないため、何も解決していないのだ。
それでも、トラギコはアサピーを信頼していた。

あの男は真実と向き合うだけの心を持っている。
今はまだそれが未成熟なだけで、これから十分成長できる要素を秘めている。
トラギコの知るどの新聞記者よりも使える男だ。
真実に対して貪欲であれば、真実が一面ではなく多面で構成されている物だと分かるはずだ。

それが分かれば、これから先、トラギコにとっていいパートナーに成長してくれるだろう。

(=゚д゚)「……ここだな」

315 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:07:10 ID:6KurIn5.0
やがて、トラギコは一つの梯子の前で立ち止まった。
地図が正しければ、この上にあるのはエラルテ記念病院の裏にあるマンホールに通じている。
マンホールから出た後はトイレあたりに身を隠し、時間まで安全に過ごす。
贅沢を言えば今すぐにでもシャワーを浴びて匂いをどうにかしたいが、そのような幸運に恵まれることはないだろう。

病院から逃げ出し、警察にまで追われているトラギコを匿ってくれる人間など、少なくとも入院患者の中には一人もいない。
せいぜい誰かに見つからないよう、気を付けるしかない。
再びブリッツを両腕に装着し、梯子を上ってマンホールをゆっくりとずらす。
地上の光の眩しさに目を細めながら近くに誰もいないことを確認し、アタッシュケース型のコンテナを先に出してから自分自身も這い出た。

静かにマンホールの蓋を元の位置に戻し、アタッシュケースを拾い上げる。
背の高い植え込みの傍に出たこと、そして病院の裏手に出たことを確かめ、ゆっくりと立ち上がった。
後は病院内に入り込み、時間まで待機すれば――

瓜//-゚)「……おや、これは予想外ですね」

――今まさに病院の影から現れたヅーさえいなければ、万事問題はなかった。
理由は知らないが顔の半分に包帯を巻き、体のどこかを庇うようにして立っている。
痛々しい姿だが、その鶯色の瞳が放つ眼光の鋭さは夏だというのに氷を思わせるほど冷やかである。
生かして遊ばされていた上に行方をくらませたことに文句があるのは間違いないが、今はその小言に付き合うつもりはなかった。

(=゚д゚)「お互いに病院嫌いみたいラギね」

普通の秘書であれば、進んで争いごとの場に残ろうとは思わない。
まして、大怪我を負わされたのであればその場から離れ、安全な場所で指揮を執るのが通常だ。
タフな性格は見かけ倒しではないという事が分かり、彼女に対して抱いていたイメージが少し変わった。

瓜//-゚)「貴方ほどではありませんが、入院などしている場合ではありませんから。
     ここにいるという事は、何か情報を掴んだのですか?」

316 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:11:45 ID:ZbzPYvBw0
支援

317 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:13:24 ID:6KurIn5.0
教えていいものか迷うが、この際、ヅーを利用するのも一つの手だ。
警察たちに邪魔立てされれば、非常に繊細なこの計画が破たんしてしまう。
この場でヅーに対して嘘を吐いてもメリットは皆無だ。
ならばいっそ、説明をして邪魔をしないよう頼んだ方がいくらかは生産的である。

ヅーは頭が固いが、話が分からない人間ではないはずだ。
少なくとも、ショボンの組織について疑い始めているのならば尚更である。

(=゚д゚)「まぁそんなところラギ」

瓜//-゚)「訊いても?」

(=゚д゚)「その前に質問があるラギ。 俺の脚を撃った糞馬鹿野郎の所在は?」

瓜//-゚)「……軍とは現在別行動中です。 彼の動きについては、クロガネ・タカラ・トミーが知っています」

(=゚д゚)「共同捜査じゃなかったのか?」

瓜//-゚)「彼らにその気があればそうなったでしょうが」
     ....
つまり、また仲たがいをしているという事だ。
表面上はジュスティアが掲げる正義のために共同歩調をとっているように見えるが、その裏では、昔から根付いている考え方のためにしばしば衝突が起こっていた。
どうしても軍と警察は男が主体の職場となり、必然的に上官もしくは上司は男であることが多くなる。
そのため、警察の最高責任者が女であることが両者の間のみならず組織内部にも大きな不満を生んでいた。

女が上司であることに苛立つ警官は勿論、指図を受けるだけで激昂する警官もいた。
ジュスティアには昔から、男は正義のために外で働き、女は家庭の正義を守るという風習がある。
現在の市長、フォックス・ジャラン・スリウァヤはその習わしを“古き悪習”と断じ、女性も積極的に軍務や警務に参加するよう促した。
それが大きな変化の始まりでもあった。

318 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:16:18 ID:6KurIn5.0
そして、対立の始まりでもあった。
特に軍の持つ不満は非常に大きく、共同捜査や共同作戦になるとその不満を行動に表すようになった。
結果、簡単に終わるはずの任務が難航したり失敗したりしたことが多々ある。

(=゚д゚)「察したラギ。 じゃあ、初日に俺を撃ったのは間違いなくカラマロス・ロングディスタンスなんだな?」

瓜//-゚)「前にも答えましたが、その通りです。 オアシズで貴方が得た情報を手に入れるためには、多少手荒なことをしない限り無理ですからね。
      トラギコさん、貴方は何を知っているのですか?
      この事件といいオアシズの事件といい、腑に落ちないことだらけです」

どうしてもオアシズの情報が欲しかったのは、以前にもホテルで聞いた。
それを話すのは機会が来てからと考えていたが、どうやら、それは今のようだ。
今ならば、ヅーを最も好ましい形で巻き込むことが出来そうだ。
彼女は真実を欲し、そのためならばジュスティア人らしからぬ決断をしてくれるに違いない。

話を円滑に進めるためにも、人が来ない場所に移った方がいい。

(=゚д゚)「……場所を変えるラギ。
    病院内で安全な場所は?」

瓜//-゚)「なら、隔離病棟の医院長室です。
      誰も入り込むことはありません」

話に乗ってきた。
以前までのヅーであれば絶対に拒否するか、テーザーガンで抵抗力を奪ってからトラギコを連行したはずである。
それがないのは、トラギコの読み通りだという事だろう。

(=゚д゚)「グレート・ベルの死角になるよう移動してほしいラギ」

瓜//-゚)「? 分かりました」

319 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:19:18 ID:6KurIn5.0
ヅーに先導され、トラギコは黒焦げになった隔離病棟へと安全に入ることが出来た。
焼け焦げた匂いがまだ残る院内を歩き、黒い強化外骨格に襲われた院長室に到着した。
燃えカスとなった机の前に立ち、ヅーは腕を組んでトラギコに向き直る。

瓜//-゚)「で、お話を」

準備は整った。
言葉を慎重に選ぶ必要はない。
簡潔かつ直接的な物でいい。

(=゚д゚)「これから俺とアサピー・ポストマンで事件に関わっている人間の一人を写真に収めるラギ。
   いいか、よく聞けよ。 事件を直接解決するのは無理ラギ。
   俺たちじゃあまりにも話がでかすぎる」

直接解決が無理、という言葉を聞いたヅーは僅かに眉を顰める。

瓜//-゚)「話がでかい、の意味は?」

(=゚д゚)「手に余るんだよ、今の状態だと。
    相手はただの犯罪組織じゃねぇ、それは断言できる。
    オアシズの事件と今回の事件は全て関連付いている上に、相手は逃げるついでにこの事件を起こしたラギ。
    分かるか? 通りがてら死刑囚を脱獄させて気まぐれに襲って、ジュスティアがこの有様ラギ。

    それぐらいの余裕があるってことは、それ相応の組織が相手だってことラギ。
    今の状態じゃあそれを崩せねぇ。 だがせめて、その大きさを知っておきたいんだ。
    ……この際だから言うが俺に手を貸せ、ヅー」

トラギコの言葉にヅーは、憐れむような目ではなく、話の本質を真剣に理解しようとする眼差しを向けていた。

320 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:28:54 ID:6KurIn5.0
(=゚д゚)「お前も気付いているだろ?
    ショボンの組織の大きさ、得体の知れなさを」

瓜//-゚)「……えぇ、手がかりすらありません。
     何か掴んだのですか?」

ここでトラギコは、とっておきの情報をヅーに与えることにした。
自分が想像していたよりも遥かに大きな組織の断片。

(=゚д゚)「考古学者のイーディン・S・ジョーンズ、そしてジョルジュ・マグナーニがいたラギ」

世界的な権威であるジョーンズが組織の一員であることは、紛れもない事実だ。
ショボンと相対したシュール・ディンケラッカーの棺桶を発掘、復元してそれを提供したことは、彼の証言から分かっている。

瓜//-゚)「まさか……ジョーンズ博士がショボンの組織にいるとは考えにくいです。
     理由がまるで――」

(=゚д゚)「理由はいいんだよ、納得がいけば。
    棺桶研究の権威がいれば俺たちの知らない棺桶を使っているのもそうだし、それを運用できているのにも納得がいく。
    でなきゃ、セカンドロックは破られなかったラギ。
    今のところお前に話すのはここまでラギ。

    ここから先の情報は、お前が協力するかどうか次第ラギ」

決断の速さは美徳の一つであり、判断の遅さは悪癖の一つである。
その点、ヅーの決断と判断力は一流だった。

瓜//-゚)「分かりました、協力します」

321 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:30:26 ID:6KurIn5.0
判断の裏でヅーが嘘を吐いて情報だけを手に入れようとしているのだとは、とてもではないが考えられない。
短い付き合いだが、彼女はそんなことで嘘を吐くような人間ではない。
彼女もまたジュスティア人であり、警察官なのだ。
大きな真実に対してはその欲求を押さえることは出来ず、小細工を弄する間もなく必ず食らいつく。

勿論、それだけではここまで話はしない。
彼女の実直さ、そして愚かなまでの真面目さを理解し、評価しているからこそ。
今の状態は紛れもなく、彼女の人生にとっての分岐点。
事件の本質を体験した直後は、それまでの価値観が大きく揺らぐ瞬間だからだ。

それは即ち、人間の中にある最も純粋な部分が曝け出される貴重な一瞬という事。

(=゚д゚)「……助かる」

本心から礼を言う。
それからトラギコは、これからの計画について話を始めた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    .:.,:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
      ゙:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.r'"⌒
      "::、:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,''''"゙"' :
        .゙::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,.''''''''
         .゙::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,´:
   .:::::::,,    . ., :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.,,,.、,,, ::::::_,,_        .,,,,,:,,,,,.
     ..;;      .゙''、:,.  , :::__ ::::::::::_,_:::::   .:゙ ''゙゛ `.`      ..:
     .;;:,,.      .″  .`  `゙'-.:" ‥…━━ August 11th AM11:54 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

322 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:32:09 ID:6KurIn5.0
カンイチ・ショコラとの話は、アサピーの決意をより一層強固なものにするのに十分すぎる材料となった。
彼とカール・クリンプトンの間にあった奇妙な友情と、そのすれ違い。
もう少し時間があり、そのきっかけさえあれば二人は親友になれただろう。

( ''づ)「……すまないね、大分時間を使わせてしまったようだ」

もしもアサピーに時間と機会があれば、この事を記事にして世界中に発信したいぐらいだ。
だが、その力も時間も機会も、今はない。
アサピーは新聞社の一員として働いているというよりも、今はトラギコと共に一つの真実を見るために動いている。
カンイチには大変申し訳ないが、時間をかけて話してもらったカールの物語を後世に残すには、今しばらく時間がかかってしまう。

(-@∀@)「いえ、大変貴重なお話をありがとうございました。
      では、そろそろ準備に取り掛かります」

( ''づ)「詳しくは知らないが、カールの死が無駄にならないようお願いするよ」

(-@∀@)「勿論です。 忙しい中ありがとうございました、ドクター・カンイチ」

カンイチはゆっくりとベンチから立ち上がり、何も言い残すことなくその場を去った。
一人残されたアサピーの耳に届くのはシーツのはためく音と、潮風の音。
そして、自らの心臓の音だけだ。
覚悟を決めたつもりだった。

それでは足りない。
覚悟とは行動が伴わなければ意味をなさない。
動くのだ。
人生で初めて命を賭けた撮影のために、持ち得る全てを使う時が、今なのだ。

323 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:33:54 ID:6KurIn5.0
閉じられた扉の向こうを見て、アサピーもベンチから腰を上げた。
少し屈んでから巨大なレンズが付いたカメラをバックから取り出し、構える。
鐘楼とは反対側の街並みに対してレンズを向け、精度と自らの手振れの程度を把握する。
距離感覚を掴みつつ、力の入れ具合を体に覚え込ませる。

フォーカスリングの固さを確かめ、体に染みついている距離感覚を頼りに焦点を合わせる練習を行う。
オートフォーカス機能のついていないカメラを使用している理由は、対象が移動した際にフォーカスを手動で合わせた方が早い場合があるからだ。
勿論、機械に任せた方が早い場合が多い。
しかし、遠距離ともなれば手動で予め合わせておいて微調整をした方が確実な場合がある。

特に今回は相手の位置が決まっているため、撮影の度に距離を測定するシステムは必要なくなる。
フォーカスを固定する方法もあるが、万が一の際にはやはり手動の方が速度的には勝る。
試しに一枚撮影し、その手応えを記憶する。
焦点が合っているか否かは、感覚的に指先と目が覚えてくれている。

十枚ほど試しにシャッターを切り、指先に感覚を覚え込ませる。
自己評価としては、申し分はない。
そして望遠性能については予想以上に鮮明に映り、グレート・ベルに最も近い距離の建築物に掲げられた看板の文字がはっきりと読み取れた。
この性能ならば、人間の表情や輪郭も申し分ない程度に撮影出来る事だろう。

風の強さが一層増し、頭上を通り過ぎる雲に灰色のそれが混ざりはじめた。
天候が悪化するのは明らかだ。
また、この雲の色と肌に感じるひんやりとした感覚は激しい通り雨を予感させる。
悠長なことはしていられない。

練習を終え、本番に備えてベンチの影からグレート・ベルに向き直る。
そこで問題が発生した。
シーツの数と位置、そしてグレート・ベルとの高低差が構図に大きな影響を与えていた。
レンズ内に鐘の上部しか映らず、その下にいるはずの狙撃手が入り込まない事が分かった。

324 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 21:41:16 ID:6KurIn5.0
すみません、ここから先がNGワードとやらにひっかかったため、問題が解決し次第投下します。
尚、VIPの方には通常通り投下しています。

325 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:27:43 ID:XwtdpWiY0
今よりもわずかに高い場所に上がることが出来れば、とアサピーは焦った。
そこまで深刻にならなかったのは、こうなることは予想の範疇にあったからだ。
こうなった以上、使える手は一手しかない。
脚立以上に目立たず、そして高さを確保できる手段。

それは、屋上に通じる唯一の階段室だ。
十分な高さを持つ階段室を利用すれば、間違いなく今目の前にある問題は解決できる。
それだけでいい。
目の前の問題が全てなのだから。

シーツを一枚掴み、それを頭から被って顎の下で結んだ。
改めてカメラを構え、鐘楼との焦点を合わせておく。
腕時計を見て、後一分弱で正午になる事を確認する。
続いてカメラを腰に回し、痛む体に鞭打って階段室によじ登る。

芋虫じみた動きで登りきると、アサピーはしばらくその場に静止し、安全を確かめた。
伏せた状態では高所にいる被写体を撮影できない。
そこで膝を立て、左腕でレンズの下部を抱くようにして固定して右手を添えた。
呼吸に合わせてカメラが僅かに動く程度で、手振れは殆ど感じられない。

グレート・ベルに向けたレンズを覗いて、今の態勢で生じる手振れの大きさを確認した。
殆ど動いていないのにもかかわらず、中心点は大きく動いている。
呼吸を止めてみると、少しだがそれが和らいだ。
全身でカメラを固定させるようにして、ようやく手振れはなくなった。

次にアサピーはフォーカスリングを動かし、金色の鐘に合わせた焦点を微調整し始めた。
距離的に考えれば、狙撃手はあの鐘とほぼ同じ位置にいるはず。
焦ってはいけない。
今のアサピーは、布と一体となり、地面と一体となり、環境の一つとして溶け込まなければならないのだ。

レンズの向こうには、読み通りに鐘が正面から浮かんでいた。
他に見えるのは、木製の箱とその上に積まれたぼろ布だけだ。
人影などありはしない。
また、銃のシルエットもありはしない。

狙撃手は一度使用した狙撃ポイントを二度使うことはない。
だがアサピーとトラギコは、狙撃手が移動していないと確信していた。
相手は己の技量に過信したからこそ、何度も同じ手段を使っている。
こちらが気付いたと悟られない限り、その場所を変えることはないだろう。

ズームリングを最大まで回し、揺れる像の中から狙撃手らしきものを探す。
ちらりと見やった腕時計の秒針が、残り時間一分を切った事を告げる。
分かっていても焦りが指先に伝わってしまう。
深呼吸をして、精神を統一する。

全ては、この糞を極めた混迷の状況――tinker――を打破するために。

326 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:29:13 ID:XwtdpWiY0
僅かな動きは、監視者が注意を底に向けるのに十分すぎる要因となる。
アサピーは相手の性格上、鐘が鳴る時間の前に動いて標的を探し、鐘の音と同時に狙撃するのだと推測していた。
あと少しすれば、相手は動くはずだ。
狙撃手とカメラマン、忍耐の強さとそれが生み出す優位性はカメラマンの方が上である。

そして。
遂に。
レンズの向こうに。
鐘楼に潜む狙撃手を、捉えた。

(;-@∀@)「見つけたっ……!!」

同時に黒雲が太陽を隠し、ティンカーベル全体が薄暗く陰った。
それでも、影の中に潜む陰を見失いはしない。
手に汗が滲む。
冷や汗が額に浮かぶ。

――いよいよ、真っ向勝負が始まる。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Ammo→Re!!のようです Ammo for Tinker!!編

                                       i
                                       |
                                       ∧
                                      ノ..λ
                                      /…λ
                                         ====、、
                                      |.|IIII|.|l
                                      /∴∴ヾ、
                                         l,i,i,i,i,i,i,i,i,i,iili;,
                                    _|I I I I I I_|;}、
                                            | |γ⌒ヽ| |ll|
                                            | |,.!、,__,ノ.| |ll|
                                            i''i;;:::;;:::;;:::;i'il|'
                                    =========、
                                        | |'i'i'i'i'i'i'i'| |ll|

                   第十章【Ammo for Tinker!!】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それはぼろ布などではなかった。
高度に計算されて色付けされた迷彩であり、自らの姿とライフルを覆うための防護布であった。
影の中に潜む狙撃手はアサピーの方を向いているが、その目はこちらを捉えられていない。
風の動きに合わせて僅かに身じろぎして体の向きを変え、何かを探しているようだ。

アサピーは焦っていた。
対象が陰った場所にいることは分かっていたが、天候がここまでアサピーの敵となることは計算していなかった。
明るさが圧倒的に足りない。
露光量を調節してしまえばブレに大きな影響が出る。

327 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:29:58 ID:XwtdpWiY0
周囲に明かりが必要だ。
フラッシュを焚いてもこの距離では大した意味はない。
湿った生ぬるい風が雨の気配を知らせる。
天候の更なる悪化の兆候に、ますますアサピーは焦る事となった。

一眼レフのカメラは水に弱い。
用途に合わせたレンズの交換という利点を得た代わりに失ったのは、防水性だった。
霧雨の中でならまだいいが、豪雨となればカメラ本体だけでなくフィルムにまで影響が出てしまう。
一刻を争う事態だ。

残された時間まで、後一分もない。
トラギコが病院から姿を現し、狙撃手が正面を向くその一瞬を狙わなければならないというのに。
どうしても、光が足りない。
顔にも施された暗色の迷彩ペイントが、アサピーをあざ笑うかのようだ。

この段階で写真に収めることは出来ても、顔が分からなければ写真としての価値はほとんどない。
どうすればいいのだろうか。
強烈な明かり。
輪郭すら浮かび上がらせる明かりを狙撃手に当てるにはどうすれば――

(;-@∀@)「そうかっ……」

――たった一つだけ、考えが浮かんだ。
狙撃手自身が生み出す明かり。
つまり、発砲炎。
トラギコが撃たれる一瞬にのみ生じる炎ならば、狙撃手の顔を照らしてくれるに違いない。

だがそれは、トラギコを撃たせるという事だ。
正面から喧嘩を売る形で相対するトラギコは急所を穿たれ、即死するだろう。
絶対に被弾させてはならない。
満身創痍である以上、銃弾を回避するような無理は出来ない。

バッグからフラッシュを取り出し、カメラの上部に装着する。
フラッシュはほとんど意味がないが、相手の注意を逸らすことは可能だ。
あえてこちらに注意を向けさせれば、銃弾はトラギコを貫かない。
それしかない。

残り十秒となった時、アサピーは呼吸を徐々に浅くし始めた。
そして三秒前で呼吸を止め、カメラを全身で固定する。
フォーカスは完璧。
後は、正面を向き、発砲してくれるだけでいい。

‥…━━ August 11th AM11:55 ━━…‥

アサピーが位置に着く少し前。
大雑把に説明を終えてヅーと分かれたトラギコは、彼女が予定通りに行動起こしてくれていることを願っていた。
ヅーに依頼したのは、隔離病棟でトラギコが何か調べているのを発見した、という情報を全体で共有してほしいという事だった。
勿論、それは警察だけでなく、協力体制にある軍の人間にも話をするという事だ。

328 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:30:54 ID:XwtdpWiY0
情報共有の速さが遅ければトラギコにとって不利になる。
希望的な観測をしているわけではないが、彼女ならば大丈夫だろう。
若くして警察の最高責任者の秘書の座に就き、多くを機械的にこなす彼女ならば。
今回、トラギコとアサピーの作戦で欠かせないのはやはり狙撃手の注意がトラギコに注がれることだ。

狙撃手は風に対して非常に神経質な性格をしており、常にそれを知ろうとする。
風向きとその強さを知るためには観測手か道具が必要なのだが、臨機応変な対応が要求される現場ではあまり使われない。
事前に相手のいる場所などが分かっていれば別だが、街中に出現する標的を狙撃する際には、やはり周囲の物から計算するのが一般的だ。
このエラルテ記念病院で最も分かりやすく風向きとその強さを知るには、病院の屋上に干されている洗濯物が一番の手がかりとなる。

だが屋上にばかり目が行ってしまうと、アサピーの姿が見つかる可能性が高まる。
彼はこの作戦の要であるため、何が何でも失うわけにはいかない。
そこで考え出したのが、狙撃手がトラギコの出現場所をあらかじめ知り、別の場所に目を向けさせることだった。
病棟から出て行ったヅーに頼んだことは、もう一つあった。

トラギコがいる事を知らせるという名目で、隔離病棟の格子に白い布を巻かせた。
これで狙撃手は安心して風向きとその強さを知ることが出来る。
相手にとって最高の環境を整えてやれば、後は自然と動き出してくれる。
問題があるとしたら勿論トラギコの身の安全だけだ。

撃たれないわけにはいかない。
撃たせなければいけないのだ。
当たらないようにするには、防具が必要になる。
強いて防具になるとしたらブリッツとコンテナぐらいだ。

防げるかどうかは運次第。
時計を見ながら、準備運動を始める。
走ることは出来ない。
文字通りの相対しかない。

(=゚д゚)「……ふぅ」

久しぶりの感覚。
初めて立てこもり事件を力で解決した日を思い出す。
踏み出せば始まり、失敗すれば死が待っている。
心臓の鼓動が生きている証となり、手に滲む汗が己の体の限界を教えてくれる。

時間は正確でなければならない。
鐘の音が銃声を隠すその時、トラギコは歩き出すしかないのだ。
残り数分が一分、そして秒となる。
アタッシュケース型のコンテナを手に、覚悟を決めた。

(=゚д゚)「行くぞ、カメラマン」

329 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:31:45 ID:XwtdpWiY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      /三ニニ==-  _|            、__',
     三≧==-         ̄≫  `¨、 _-‐‐ ‐ /
.          \   ヽ  ≫”ニ\   `二ニ´ /
.      \  ヽ     《 ヽニ=-\      /_
        ヽ       、\ iニニ= ` -=≦\ ヽ__
.       }i         }i i| }三三三ニ=-‥…━━ August 11th PM00:00 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鐘の音が鳴り響く。
狙撃手が動く。
腕がライフルを操作しているのが見える。
トラギコを視認し、装填したのだろう。

まだだ。
銃爪を引くそのタイミングを読み、こちらもシャッターを切るのだ。
ここから先は直感が物を言う。
最高の一瞬は最高のチャンス。

絶対に逃すわけにはいかない。
狙撃手とカメラマン、共に狙うのは最高の瞬間。
こちらはそれだけを追い続け、一切の妥協を許さない職業だ。
相手にとって不足はない。

銃爪の重さとシャッターの軽さ、その違いを教えてやらねばならない。
相手の思考を読む。
トラギコの動きを想像する。
パパラッチが有名人の動きを推測するように、動物的な感覚を研ぎ澄ましてその全てを思い描く。

聞いた話によれば、狙撃手は湿度や風に大きな影響を受けるために風がある程度落ち着いたところで銃爪を引き絞るという。
だがカメラにはそのようなことは関係ない。
風も湿度も地球の自転も、この距離では一切関係ないのだ。
強く吹いていた風が弱まる気配を感じ取り、アサピーは人差し指に力を僅かに込めてシャッターを切った。

瞬くフラッシュの白光。
そのほんの数瞬後に生まれた発砲炎。
銃声は鐘の音の中。
これでアサピーの位置は狙撃手に伝わったはずだ。

トラギコの安否を今は気にしていられない。

(-@∀@)「まだっ……!!」

撮影を一枚だけで終わらせるわけにはいかない。
数枚の中から選定された一枚でなければならない。
ブレや翳りの無い一枚が撮れるまで、連射するのだ。
そう、連射こそがこの勝敗を左右する鍵になる。

330 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:33:31 ID:XwtdpWiY0
ボルトアクションライフルとカメラが次の一手を打つとき、速度の違いが如実に生まれる。
アサピーは人差し指でレバーを手前から奥に押してフィルムを巻き上げ、狙撃手は空けて引いて戻して閉じる作業が必要になる。
つまり、アサピーの方に利がある。
二枚目の写真を撮影し、すかさず三枚目の撮影に入る。

そして狙撃手側の第二射目。
これを待っていた。
自分を向き、火を噴くライフルを向けてくれる瞬間。
最高の構図、最高の一枚をカメラに収めた。

シャッターを切った直後、アサピーの肩を銃弾が掠め取んだ。
まだだ。
まだ撮影できる。
そう思った矢先、カメラが大きくアサピーの手から離れてしまった。

三発目の銃弾は超望遠レンズを掠め、カメラ本体を吹き飛ばしたのだ。
レンズが壊れてしまえば撮影は不可能。
撤収するしかない。
命拾いしたアサピーはカメラを掴んでその場から転がり落ち、非常階段を駆け下りた。

フィルムだけを回収し、重荷となるカメラ本体は階段に捨てた。
後はトラギコが無事であることを確かめ、予定通りに事を運ぶだけだ。

(;-@∀@)「トラギコさん、頼みますよっ!!」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
           i{   { / ∧     ヽ::| __,      / :}八{`   }i
            i{  {/ /∧  、   ¨´      /  〉   }    }i
           ∧  ∧  { ∧  `二 = - 、    '   /   /i   }i
.         i{∧  ∧ ∨∧      ̄`   /  /  /.:i     }i
        i{ ∧  ∧ ∨ ヽ   _ イ__,/    /. :i   〃
          i{ /  〉  /   ∨ヾ三三三三‥…━━ August 11th PM00:00 ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

鐘の音が鳴り響く。
トラギコは扉を押し開き、歩き始めた。
怨敵がいる鐘楼が見える。
あの場所からカールは撃たれたのだ。

トラギコと間違えて撃たれ、優秀な医者が一人死んだ。
許しがたい。
何が何でもこの手で殺さなければ気が済まなかった。
グレート・ベルを見上げると、黒雲が早い速度で流れているのが一緒に見えた。

天候は間もなく崩れるだろう。
光が瞬き、その瞬間が訪れた。

(= д )「――ぐっ!!」

331 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:34:17 ID:XwtdpWiY0
予め想定できた銃弾が襲う場所は、人体にある急所のどこか。
そう考えた時、トラギコは狙撃手の性格を考慮することにした。
風で狙いが逸れても致命傷を与えることの出来る部位、即ち、心臓部だ。
そこで胸部を守るために鉄板の入った防弾着を着こみ、備えていた。

頭部を狙われていたら終わりだったが、それはあり得ないことを知っている。
火事の中で狙撃手が撃ったのは頭部ではなく胴体だったからである。
初弾は狙いが僅かに逸れ、ろっ骨の部分に当たった。
衝撃で意識を失いかけて倒れるが、膝をついて耐える。

その直後、颶風と化した“イージー・ライダー”がトラギコを掴み上げてその場から離脱した。
二発目が飛んで来ないことが不思議だったが、何はともあれこれでいい。
全ては計画通り。
アサピーにもヅーにも話している通り、この事件の解決はトラギコの役割ではない。

(=゚д゚)「……後は頼んだぞ」

そう。
この事件を解決するには、圧倒的な力が必要になる。
それはティンカーベルの力でもなければ、ましてやジュスティアの力でもない。
軍でも警察でも円卓十二騎士でもない、全く別の存在。

このままではどうあってもトラギコ達で事件を終息に導くのは不可能。
トラギコは利害の一致によって役割を与えられた駒に過ぎないのだ。
より大きな事件に食らいつくために捨てたのは意味のない矜持と邪推。
後は任せるしかない。

――本名も素性も分からない、あの旅人に。

332 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:35:35 ID:XwtdpWiY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                  /  i  : |  |  :/ .:/     / :/ |: ;    |: :  |
              / / |│ :│  | /| ://  /// ─-i     :|八 !
            //∨|八i |  | ヒ|乂 ///イ     |     j: : : . '.
            ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//    ミ=彡 ;    /: : :八: :\
            /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j            /    /: : :/ ハ :  \
.        /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
           / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/  //: / ノ.: :リ 〉: 〉
     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
           i      /    l   八       ', \ ヽ\
           「流石、男の子ね。 意地の張り所が分かっているじゃない」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                  /  i  : |  |  :/ .:/     / :/ |: ;    |: :  |
              / / |│ :│  | /| ://  /// ─-i     :|八 !
            //∨|八i |  | ヒ|乂 ///イ     |     j: : : . '.
            ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//    ミ=彡 ;    /: : :八: :\
            /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j            /    /: : :/ ハ :  \
.        /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
           / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/  //: / ノ.: :リ 〉: 〉
     /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''ー 一    ∠斗匕/´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
     {   { 厂      . : { /⌒\          .イ///: : : .____   人: :\/
     ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
           i      /    l   八       ', \ ヽ\
                  「……ふふ、やっぱり男の子はこうでなくっちゃ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                / / |│ :│  | /| ://  /// ̄:|メ|     |八 !
              //∨|八i |  | ヒ|乂 /// イ弐示く |    :j: : : . '.
              ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//   弋少 刈   //: : :八: :\
              /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j         `` /    /: : :/ ハ :  \
            /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
             / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
       /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''=こ=一   ∠ -匕 /´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
       {   { 厂      . : { /⌒\   ー       イ///: : : .____   人: :\/
       ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
        ',  /人/: : :_):/  {_  ノ       /    \乂 ̄ ̄: : : : : \ /ヽ: ヽ
             「あの子の教育に役立ったし、その頼み、任されてあげる」
                ‥…━━ August 11th ??? ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

333 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:36:16 ID:XwtdpWiY0
                / / |│ :│  | /| ://  /// ̄:|メ|     |八 !
              //∨|八i |  | ヒ|乂 /// イ弐示く |    :j: : : . '.
              ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//   弋少 刈   //: : :八: :\
              /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j         `` /    /: : :/ ハ :  \
            /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
             / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
       /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''=こ=一   ∠ -匕 /´ ̄ ̄ ̄`Y: :{/: /
       {   { 厂      . : { /⌒\   ー       イ///: : : .____   人: :\/
       ':   ∨} _: : : : 二二/ /   | \_   -=≦⌒\く_: : /: : : : : : :_:): :\: :\
        ',  /人/: : :_):/  {_  ノ       /    \乂 ̄ ̄: : : : : \ /ヽ: ヽ

                     ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、逆転の時間よ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                   全ては、ここから逆転する。

                 Ammo→Re!!のようです Tinker!!編
                                                   
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

334 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:37:34 ID:XwtdpWiY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                         Tinker!!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


                           nker!!
                          i
                        t

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                            er!!
                        i
                     t
                          n
                           k

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                       r

                                  !
                     e
                         k
                            n
                                  t
                                i
                                   !
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                   r
                                     !
                                  t
                              i
                                       !
                         k
                      e
                           n

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

335 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:38:56 ID:XwtdpWiY0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                          r
                            e
                                   t
                                n
                               k
                                         !
                                  i
                                      !

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                          r  e
                             k  n  i  t ! !

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                   T i n k e r   →   R e k n i t
                酷く絡み合った糸は今、編み直される

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回 Ammo→Re!!のようです 新編
                         Ammo for Reknit!!編
                                            To be continued...!!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

336 名も無きAAのようです :2015/07/19(日) 22:39:57 ID:XwtdpWiY0
支援ありがとうございました
これにてTinke!!編は終了となります
次の投下まではしばらく時間が開く予定です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

337 名も無きAAのようです :2015/07/20(月) 01:32:50 ID:neARTa760


338 名も無きAAのようです :2015/07/20(月) 07:25:54 ID:iRiodrKc0

アサピー……男になったな

339 名も無きAAのようです :2015/07/20(月) 11:17:32 ID:zPUcSD.60
乙!
トラギコが死ななくてよかった

340 名も無きAAのようです :2015/07/21(火) 16:00:52 ID:zUDtFf1.0
乙 ブリッツのコンテナ回収してたのか
さて、おねショタ一行の無双期待

341 名も無きAAのようです :2015/07/24(金) 22:25:25 ID:2aViECOA0
今までで1番面白いおつ

342 名も無きAAのようです :2015/07/25(土) 01:31:35 ID:lA.o4vsQ0
更新きてたのか乙!
初登場の頃はモブとなんら変わりない立場かと思ってたのに今やキーマン…。人の成長って凄いわ。
続編気になりすぎる…気長に待ってる!楽しみにしてるよ!

343 名も無きAAのようです :2015/09/23(水) 11:42:37 ID:AX4Vu/Ww0
面白い!

344 名も無きAAのようです :2015/11/24(火) 18:10:21 ID:fnEnF2/o0
楽しみ

345 名も無きAAのようです :2015/11/24(火) 21:06:49 ID:SeWWrMD.O
皆さん、オワコン社長をよろしくお願いします。気に入ったらチャンネル登録!!
http://www.youtube.com/watch?v=aSMLi2uOkvk
http://www.youtube.com/watch?v=cbwrnLKERpA
http://www.youtube.com/watch?v=gPevsHpSj-Y
http://www.youtube.com/watch?v=9ekKaVB5uHg
http://www.youtube.com/watch?v=cP0NAOzKQAE
http://www.youtube.com/watch?v=hekgfuTcX6o
http://www.youtube.com/watch?v=1uzYFjN7z5E

346 名も無きAAのようです :2015/12/23(水) 09:24:05 ID:4620dOg.0
二日で最初から読んできたぜ
更新待ってるよ!

347 名も無きAAのようです :2016/03/06(日) 10:00:31 ID:Yu0m7t8I0
更新待ってる

348 名も無きAAのようです :2016/03/06(日) 18:59:00 ID:fLS7F0uc0
無駄にあげんな阿呆
更新待ってるなら歯車のブログ行け

349 名も無きAAのようです :2016/03/06(日) 20:48:40 ID:mqrjXlVo0
上げたのはすまんかった
作者ブログやってたのか!ありがとう、そっち見てくるよ。

350 名も無きAAのようです :2016/03/06(日) 21:02:41 ID:P32gHdQo0
>>349
ブログもツイッターもピクシブもやってるぞ

351 名も無きAAのようです :2016/03/06(日) 21:35:23 ID:mqrjXlVo0
>>350
ありがと、Twitterのほうフォローしに行かせて貰ったよ

352 名も無きAAのようです :2016/03/13(日) 19:06:39 ID:mXu4kPQ.0
投下はまだまだ先になりそうですので、もうしばらくお待ちください
お詫びにζ(゚ー゚*ζの20禁画像を貼っておきますね

ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1978.jpg

353 名も無きAAのようです :2016/03/13(日) 19:21:49 ID:ZkMqmzqc0
一緒に晩酌したい……

354 名も無きAAのようです :2016/07/19(火) 22:04:42 ID:UI6LGDkQ0
http://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_2164.jpg

355 名も無きAAのようです :2016/07/19(火) 22:41:16 ID:QNtIi25Q0
おひゅっ?

356 名も無きAAのようです :2016/07/20(水) 00:13:45 ID:NCvVC/Yc0
これはこれは

357 名も無きAAのようです :2016/07/20(水) 01:15:59 ID:/hY/e7Yo0
>>355
ホントにこんな声が出た

358 名も無きAAのようです :2016/08/05(金) 20:37:13 ID:4UkDNAn60
明日VIPにてお会いしましょう

359 名も無きAAのようです :2016/08/05(金) 22:19:03 ID:4fkJIyKo0
mjd

360 名も無きAAのようです :2016/08/06(土) 02:06:44 ID:BCVuyd7k0
待ってる

361 名も無きAAのようです :2016/08/06(土) 10:54:16 ID:fQxgD1Uw0
本物か?

362 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:00:08 ID:eFiZr2lo0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

金で解決出来る事があれば金を使えばいい。
ただし、忘れるな。
その時、お前は努力と困難を失うのだ。

本物の努力と困難は、金では決して買えない物だというのに。

                                          ――リッチー家家訓

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  '''-、::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
    ..:゙ ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
    .:.,:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
      ゙:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.r'"⌒
      "::、:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,''''"゙"' :
        .゙::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,.''''''''
         .゙::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,´:
   .:::::::,,    . ., :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.,,,.、,,, ::::::_,,_        .,,,,,:,,,,,.
     ..;;      .゙''、:,.  , :::__ ::::::::::_,_:::::   .:゙ ''゙゛ `.`      ..:
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

八月七日は、静かな夏の空気が漂う穏やかな夜明けだった。
空は黒から紫へ、紫から瑠璃色へ、瑠璃色から群青へ、そして徐々に白に近づくグラデーションで彩られている。
千切れた黒い雲はやがて夜の名残である星と共に消え、それが存在したことを微塵も感じさせないだろう。
その海域では、見事な夏の夜明けをどこからでも見ることが出来た。

吸い込まれそうな瑠璃色の空には紫色の雲が浮かび、海鳥が羽を広げて風に漂っている。
夜の色がまだ残る水平線の彼方には夏らしく、純白の入道雲が浮かんでいる。
そして背後に消え失せる夜の名残。
涼しげな風の中に香る夏の匂いに、耳を澄ませば蝉の声も聞こえてきそうだった。

波浪は穏やかだった。
白波もなく、微風の吹く中を巨大な船が優雅に航行している。
船の名はオアシズ。
世界最大の豪華客船であり、世界最大の船上都市だった。

その船を束ねる市長、リッチー・マニーは生きて朝日を眺めたことでようやく窮地を脱したことを実感し、心底安心した。
昨夜の“答え合わせ”は、彼の人生での中でも最も疲れた長い夜だった。

¥・∀・¥「ふぅ……」

363 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:00:48 ID:eFiZr2lo0
久しぶりにまともな食事を食べる気になったのは、これまで船を操っていた部下達が大勢死に、船の指揮系統の復旧に体力が必要だからだった。
マニーは無理をするタイミングを心得ており、それは正に昨夜であり、今であった。
今無理をしなければ、後にどれだけの犠牲を払っても取り返しのつかないことになるだろう。
彼が無理をすることで、部下達に安心して仕事をさせなければならない。

それが上司の仕事であると、彼は父から教わっていたし、その通りだと思っていた。
部下が欲するのはとどのつまり、安心なのだ。
安心を手に入れるためには上司がその背中で多くの危険を受け止め、部下達に被害が及ばないようにしなければならない。
彼が無理をすることで部下が安心して仕事をすることが、やがてはこの街全体の治安と信頼の回復に至るのだ。

船内にあるフードコートに秘書を向かわせ、巨大なハンバーガーと並々とタンブラーに注いだコーヒーを持って来るよう指示を出してから十五分が経過していた。
それが到着するまでの間、マニーは昔、両親に言われた言葉を噛みしめていた。
何度も言い聞かされたその言葉は、リッチー家の家訓だった。
“金で解決できない問題に直面し、努力する機会と困難を得られたことは大金に勝る”とは、親子何世代にも渡って語られてきた言葉だ。

成程確かに、これほどの困難は大金を積んででも迎え入れたくはない。
それを解決出来たなら、彼は大金に勝る経験を得たことになる。
だがそれは、自力で解決出来た場合の話だ。
彼は、他者の力を借りてようやく解決することが出来た。

もしも偶然、この船に彼の知人が乗り合わせていなければ、この船は最悪の事態を迎えていた事だろう。
彼は、自分の非力さを嘆いていた。
“オアシズの厄日”と呼ばれる一連の殺人事件は、彼ではなく、偶然乗り合わせた彼の知り合いが全て解決したと言っても過言ではない。
彼は、それが悔しくて仕方がなかった。

彼は規格外の金持ちの家に生まれたが故に、常に誰よりも努力をしてきた。
そうしなければ、彼の努力も何もかもが、金で作られたものになってしまうからだ。
これだけは、金では買えない物なのに。
なのに、今回は何も出来なかった。

自分で成し得たものが金のおかげと誤解されるのは、この上なく悲しいことだ。
幼少期に何度も経験してきたそれは、決して、心地いいものではなかった。
己の努力が金に持っていかれるのだ。
それはまるで、神に縋る無能共が己の力で得た結果を神の手柄にするような、胸糞の悪い話だ。

失った物を数えても仕方がないと彼の祖父が口癖のように口にしていたが、その言葉が真に意味するのは損失を無視するという事ではない。
損失に対して途方に暮れる暇があるのならば、その失った物を整理し、如何に取り戻すかが大切という事を意味していた。
だから彼の祖父は経営に成功し、オアシズを発展させ続けて来られたのだ。
船上都市という極めて特異な街が反映し続けているのも、そうした考えが脈々と受け継がれているからに他ならない。

それは何故か。
何故、祖父は成功し得たのか。
秀でた能力があったのか。
全てを自力で解決できるほど、才能豊かな人間だったのか。

364 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:02:44 ID:eFiZr2lo0
では父はどうだ。
知る限り、父はそこまで才能に恵まれていなかったはずだ。
それでも父はオアシズを統治し、皆に惜しまれながら死んだ。
祖父と父にあって、マニーにない物。

それは、驚くほど簡単なものだった。
優れた才能でもなく、能力でもない。
捨て去る力だった。
無意味な矜持を捨て、自分にはない力を持つ人間を頼り、その人間の力を正しく行使する力だ。

頼るという才能。
頼るという努力。
頼るという力。
己の無力を受け入れ、それを他力で補うという選択。

今のマニーには、優秀な部下と友人がいる。
彼らの力を借り、この街を再興するのだ。

¥・∀・¥「……よし」

今度はマニーの番が己の力を用い、この街を取り戻す順番だった。
彼が失った中で最も価値が高いのは人員だった。
経験値を積み、信頼を築いてきた人間を補充するのは容易ではない。
これまでの雇用形態を見直すことも視野に入れつつ求人し、大切に育てるしか方法はなかった。

そして次に信頼だった。
金で買える信頼は希薄な物であり、実質的には意味がない物だ。
信頼は時間と対応でのみ回復が出来る。
焦ったところで、こればかりはどうしようもない。

家宝の一つとしてリッチー家に受け継がれてきた強化外骨格を失ったことは、特に気にしなくてもよかった。
あんなものは、それこそ金で解決できるものなのだから。
ノックの音が、マニーの意識を現実に戻した。

(-゚ぺ-)「お待たせしました、お食事をお持ちいたしました」

¥・∀・¥「あぁ、ご苦労。
      君も後で朝食を摂るといい、今日は忙しくなるぞ」

(-゚ぺ-)「はい、そうさせていただきます」

一礼して秘書は部屋を出て行った。
彼との付き合いも長い物で、何年になるのか忘れてしまうほどだ。
いつか、彼の努力に報いる何かをしなければと思い、何年が過ぎただろうか。

¥・∀・¥「……すまないな」

365 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:07:56 ID:eFiZr2lo0
秘書が持ってきた食事を受け取り、マニーは一人で早目の朝食を始めた。
紙に包まれたハンバーガーを取り出し、豪快にかぶりつく。
瑞々しいレタス、肉汁が滴る肉、カリカリに焼いたベーコン、ピクルス――マニーの好みで大量に入れてある――、甘い玉ねぎ、そして蕩けたチェダーチーズ。
シンプルな材料だが、ケチャップとマヨネーズがそれらを丁寧に包み込み、有無を言わせぬ美味さを演出している。

マニーの持論として、ハンバーガーの味は単純であることに限る。
複雑な味を堪能したいのならハンバーガー以外の何かで補えばいい。
口の周りにケチャップをつけながら、それを胃袋に入れていく。
肉と野菜、そして炭水化物が摂取できるからハンバーガーは好きだった。

食べ終えてから口元を拭い、程よい温かさのコーヒーを飲む。
温かい飲み物は精神的に人を落ち着けさせる効果がある。
胃に沁み渡るコーヒーの温かさがありがたい。
一時間で何度目になるか分からない溜息を吐き、マニーは自分に言い聞かせる。

今の自分に出来る事は何でもする。
何が出来るのか。
何をするべきなのか。
それを考えるべきなのだと、自分に何度も言って聞かせた。

¥・∀・¥「頑張れよ、俺……」

まずは各ブロック長の才能を引き出せる仕事を見つけ出し、それを解決させる。
彼らブロック長は優秀な人間であり、オアシズのために全力を出してくれることだろう。
勿論、ブロック長だけではない。
このオアシズで商いをする人間達の力も借りなければならない。

その力を借り、適切なところで最大限に発揮させるのがマニーの仕事だ。
不意に、ふわりと甘い香りが彼の鼻孔に届き、視線を上げるとそこにはマニーにとっての救世主がいた。
彼女こそがオアシズの窮地を救い、マニーに足りない多くの力を持つ絶対の存在だった。

ζ(゚ー゚*ζ「何か悩み事かしら、マニー?」

黄金の髪と碧眼を持つ旅人は、慈母の笑みでマニーに微笑みかけた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                    /  i  : |  |  :/ .:/     / :/ |: ;    |: :  |
                / / |│ :│  | /| ://  /// ̄:|メ|     |八 !
              //∨|八i |  | ヒ|乂 /// イ弐示く |    :j: : : . '.
              ///: : i: : : :i i  │∠ : イ//   弋少 刈   //: : :八: :\
              /{:八: : :i/: :八: ∨|八|  |/ :j         `` /    /: : :/ ハ :  \
            /   /: :\ \ \ : : \\     〈| .       /   / : :  / } : | 、ヽ
             / : : : : \ \ \: :从⌒            ∠/ ///: / ノ.: :リ 〉: 〉
       /   人 : : :  -=ニ二 ̄}川 >、  `''=こ=一   ∠ -匕 /´The Ammo→Re!!
       {   { 厂      . : { /⌒\   ー     原作【Ammo→Re!!のようです】
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

366 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:08:40 ID:eFiZr2lo0
窓の外で水平線から陽が昇る様子を、ヒート・オロラ・レッドウィングはベッドの上から物憂げな表情で眺めていた。
昨夜は女三人で酒を飲み、日付が変わるまで飲み明かしたが、その影響ではなかった。
彼女は昨夜の話の中で、ある疑問を膨らませながらも、それを口に出せなかった。
その疑問はとても些細な物だったが、一度気にし始めたらもう止められなかった。

ノパ⊿゚)「……」

世界には多くの人間がいる。
様々な人種、価値観、宗教観などを持った人間がいる。
勿論、ヒートも多分に漏れず自分で構築した価値観に基づいて行動をしている人間だ。
ヒートにとって一つの疑問だったのが、彼女の命の恩人であり、友人でもある女性の存在だ。

彼女は美しく、強く、そしてあまりにも賢すぎる。
同性すら魅了する、人間離れした美しさは自然が作り出した奇跡の一つとして受け入れられる。
その強さは、ヒートのこれまで見てきたどの人間よりも圧倒的だった。
対強化外骨格用の弾を使っているとは言え、生身の人間が平気で強化外骨格――棺桶――と渡り合い、圧倒するのは非現実的な光景だった。

しかし、その強さと賢さもさほどの問題ではない。
世界は広い、それで十分だ。
彼女の強さのおかげで、ヒートはこうして生きていられるのだ。
それに、彼女の人間性も非常に気に入っている。

正直、ヒートは彼女の事が大好きだった。
時には姉として。
時には母として。
常に彼女はヒート達を導いてくれる。

人間性や強さなどは旅をする中で理解できるが、どうしても分からないのが、彼女のこれまでの足跡だ。
知らずとも問題はないが、彼女の育ちや生い立ちなど、ヒートは何一つ知らない。
知っているのは、理不尽なまでの強さと世界の全てを知っているかのような頭脳の持ち主であり、ヒート達の仲間ということだけ。
彼女がいなければオアシズは沈み、多くの乗客が嵐の中に消えて行ったかもしれない。

その前のポートエレン、ニクラメン、フォレスタ、オセアンでもそうだ。
追随を許さないその強さと知恵があったからこそ、旅の同行者であるヒートはこうしていられる。
感謝してもしきれない関係にあるのは、間違いない。
間違いないが、それでも、気になって仕方がない事もあるのだ。

――デレシア。

367 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:10:50 ID:eFiZr2lo0
彼女は何者なのか。
本名は。
出身地は。
これまでに何を見て、何をしてきたのか。

ヒートは何も知らない。
世界最強の街、イルトリアの人間とも深い交流を持つ彼女。
これまでに何を経験し、何を見て来たのか。
彼女について知っていることなど、ほとんどない。

まるで世界の秘密そのもの。
彼女のスカイブルーの瞳に見据えられると、世界そのものに見透かされているような錯覚に陥る時がある。
あらゆる隠し事はその意味を失い、真実が見抜かれ、気を抜けば膝を突いて屈しそうになってしまう。
全ての生命は彼女に平伏し、首を垂れるのが摂理にさえ思える。

だがそれは些細な――とは言い難いが――問題だ。
彼女との旅は楽しいし、何より安心していられる。
不思議なことに、彼女が秘密の固まりだと分かったところで、何一つ不安になることはなかった。
短い付き合いだが、決して、希薄な付き合いではない。

ヒートは人を見る目が少なからずあると思っており、その目で見れば、デレシアは悪人には見えなかった。
それでも気になることは気になるが、今はまだ訊く時期ではない。
過去は誰にでもある。
ヒートも例外ではない。

デレシアが過去について深く追及することをしないことは、ヒートにとっては幸いだった。
人に進んで話せるような過去ではなく、血濡れた暗い過去がヒートにはあった。
いつか機会があれば、その話をすることがあるのかもしれない。
今はまだ、その時ではない。

ノパー゚)「……らしくねぇな、おい」

少し考えすぎているのだと思い、ヒートは瞼を降ろして眠りにつくことにした。
ヒートがデレシアと旅を続ける大きな理由は、別にあった。
デレシアが連れている、小さな旅人。
その少年の行く末が見てみたいという気持ちが強く、彼がどう成長し、どう変わるのかを最前列で見守りたかった。

その気持ちがあるからこそ、ヒートはデレシアと共に旅を続けることを楽しんでいた。
だから、その旅人が海に落ちた時は自分の半身を失ったような喪失感があり、無事だと分かった時は本当に安堵した。
今のヒートの生きる目的は、彼の成長を見続けることだけだと言っても過言ではない。
小さな体に刻まれた無数の傷跡は、彼の悲惨な歴史だ。

彼がこれまでに受けてきた処遇を考えると、今の彼はかなり変わったのだと思う。
奴隷として売られた彼の生い立ちは分からないが、それがどれだけ悲惨な人生だったのかは想像できる。
少年はただの人間ではなく、“耳付き”と呼ばれる獣の耳と尾を持つ人間なのだ。
耳付きは総じて人間として扱われず、道具として扱われ、虐げられる。

368 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:26:03 ID:eFiZr2lo0
そうして一生を終える。
それが一般的な耳付きの生涯だ。
多くの人間が耳付きを忌み嫌うのも、一般的な話だ。
だが、少年はデレシアの手を借りて自由を手にし、多くを学んでいる最中だ。

きっと彼なら、海綿のように多くを学んで成長していく事だろう。
かつて自分が出来なかった事を、ヒートは彼に教えていくつもりだ。
彼にはもっとたくさんの事を学び、育っていってもらいたい。
良くも悪くも人を惹きつける彼ならば、どんな人間にでもなれるだろう。

その気持ちは、デレシア、そしてイルトリア人であるロウガ・ウォルフスキンの思惑と一致した。
女三人で行った昨夜の酒盛りは素晴らしい時間だった。
同じ気持ち、同じ意見の人間同士で飲む酒程美味い物はなく、共通の話題で語り合うのはとても貴い時間だ。
月を肴に酒を飲み、少年のこれからについて語り合い、そうして時間が過ぎ、ヒートは悟った。

いつかきっと、ブーンは――

┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                            配給

【Low Tech Boon】
【Boon Bunmaru】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

少年は朝早くに起床し、作り立ての朝食をがつがつと食べていた。
卵を三つ使った目玉焼きとたっぷりのベーコン、山盛りのコールスロー、そしてバターの添えられた厚切りのトーストを三枚。
それに加えて、デザート代わりの香り高いバナナが添えられていた。
出された食事の一つ一つをしっかりと味わい、堪能する姿は、少年の年頃にしては珍しい。

目玉焼きは半熟で、ナイフで切れ目を入れたらすぐに黄身が溢れ出た。
フォークとナイフで溢れ出た黄身とベーコン、そして白身を合わせてフォークに突き刺し、口に運ぶ。
濃厚な甘みを持つ黄身と、香ばしいベーコンの塩味が体に沁み渡る。
カリカリに焼かれた熟成ベーコンは、少年のお気に入りだった。

まだ上手に使いこなせないが、最初の頃に比べればフォークとナイフを大分使えるようになってきた。
たどたどしく握るフォークでコールスローを口に運び、咀嚼し、リンゴジュースを飲む。
皿に残った黄身をトーストで綺麗に拭い取り、最後にバナナを食べた、
芳醇な甘さのバナナに舌鼓を打ち、満足の内に朝食を終えた。

パンの甘みも、卵の新鮮さも、リンゴジュースの鮮度も、全て味わいつくした少年の表情は幸せそのものだ。

(∪*´ω`)「ふひゅー……」

369 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:27:55 ID:eFiZr2lo0
幸せそうに溜息を吐いた少年の名は、ブーン。
かつて奴隷として生き、今はデレシア、ヒートと共に旅をする少年だった。
少年には獣の耳と尾があったが、同席する二人の人間はそれを気にも留めていなかった。
人間に耳があるのと同じように、少年にも形は違うがそれがある、といった認識だった。

ブーンが朝食を美味しそうに食べる様子を見て、同席者は微笑ましくその光景を見ていた。
同席者の一人、若い女性にも獣の耳と尾があった。
だがそれはブーンの物とは違い、ブーンが犬のそれなら、女性の耳と尾は狼のそれだった。
狼の耳を持つ女性、ロウガ・ウォルフスキンは音一つ立てずにナイフとフォークを操って食事をしている。

彼女の深紅色の瞳は、保護者のようにブーンに向けられていた。
仔犬を見守る様な、静かな視線だった。

リi、゚ー ゚イ`!

イルトリアという街の人間である彼女は、ブーンと同じく、耳付きと呼ばれる人種だった。
しかしながら、イルトリアは世界でも珍しく、耳付きを差別する人間がほとんどいない。
それは耳付きが持つ身体能力の高さと優秀さを知っているからだ。
現に彼女は人間離れした戦闘能力によって職を得て、耳付きでない人間よりも高い給料を得ている。

人間離れした身体能力を持つ人種である彼女は、その力を活かして護衛の仕事を生業としていた。
強力無比な力を持つ彼女は要人を守り、姦計を企てた者を殲滅した。
そしていつしか、彼女を知る人々は“讐狼”と呼んで恐れるようになった。
必ず復讐を果たす彼女の執念は、正に狼のそれだった。

ロウガの視線に気づいたブーンは、自分が何かしたのかと焦るが、彼女は無言のまま人差し指で口の端を指して、そこが汚れていることを教えた。
布のナプキンを使い、ブーンは慌てて口元を拭う。

リi、゚ー ゚イ`!「それでいい」

(∪´ω`)「ありがとうございますお、ししょー」

ロウガはブーンに師匠と呼ばせ、ブーンは彼女の事を師匠と呼んだ。
二人の間には奇妙な師弟関係が出来上がっていたが、更に奇妙な関係がその場にはあった。

( ФωФ)「ブーン、バナナは好きか?」

(∪´ω`)「すきですおー」

( ФωФ)「バナナは体にいいんだ、もっと食うといい。
       ほれ、吾輩の分をやろう」

熟したバナナを受け取り、ブーンは満面の笑みを浮かべた。

(∪*´ω`)「おー」

370 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:30:29 ID:eFiZr2lo0
ロウガの隣に座る、黒髪をオールバックにした男性。
宝石のような黄金瞳を持ち、眉から頬まで走る深い傷跡と彼自身が放つ凄みは人間離れした何か別の生物を彷彿とさせる。
齢80を越えてもなお、前イルトリア市長ロマネスク・O・スモークジャンパーは衰えを知らない獣だった。
ロマネスクは“ビーストマスター”の渾名でいくつもの街を恐怖の底に落とし、恐怖の代名詞として世界の権力者たちが恐れをなした存在だ。

そんな彼の背景を全く知らないブーンは、ロマネスクと友人の関係にあった。
周囲から見たら孫と祖父ほど年齢が離れているが、それでも、二人は間違いなく対等な友人だった。
バナナを頬張り、その甘さに目を細めて喜ぶブーンをロマネスクは目を細めて見ていた。
さりげなく二人を交互に見てから、ロウガはブーンの頭を撫でて言った。

リi、゚ー ゚イ`!「よし、腹ごしらえが済んだら稽古の準備だ。
      少し休んでから着替えるといい。
      皿洗いは後だ」

ブーンは頷き、寝室へと向かった。
寝室の扉が閉まったのを確認してから、コーヒーを飲みつつ、ロマネスクはロウガに訊いた。

( ФωФ)「今日はずっと稽古か?」

リi、゚ー ゚イ`!「はい、主。
       徒手訓練をした後、ヒートを交えて射撃訓練をしようかと。
       彼女はかの“レオン”だとのことで、少し興味があります」

レオン、という言葉を聞いた時にロマネスクは興味深そうに眉を上げた。
凄腕の殺し屋レオンの名はイルトリアにまで響き渡っている。
ある日突然現れ、いくつものマフィアを壊滅させた末に突然消えた謎の殺し屋の正体が、よもやあの若い女性だとは誰も思うまい。
武人の都の人間としては、非常に興味のある人間だった。

果たして、その実力はどれほどのものなのだろうか。

( ФωФ)「ほほぅ、案外世界は狭い物なのだな。
       だがあのデレシアが共に旅をするのだから、よほどいい人間なのだろうよ。
       吾輩は別の事をさせてもらおう。
       デレシアに頼まれてな、ちとやらんとならんことがある」

リi、゚ー ゚イ`!「かしこまりました、主。
      私に何か出来る事はございますか?」

( ФωФ)「そうさな、昼飯はブーンの好きな物を食わせてやってくれ。
       だが稽古は手を抜くなよ。
       仔犬にも牙はあるのだ」

ロマネスクはそう言って、コーヒーを飲み干した。
深く頷き、ロウガは賛同の意味で笑みを浮かべた。

371 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:32:43 ID:eFiZr2lo0
リi、゚ー ゚イ`!「ブーンには才能が有ります。
       彼は正に海綿、教えた分だけ吸収する。
       こちらも教え甲斐というものがあります。
       昨日は本番で教えを発揮する胆力も見せましたが、あれが出来る者はイルトリアでも稀でしょう。

       私の見立てだと、潜在能力で言えば“右の大斧”に匹敵するかと。
       如何せん、彼は優しすぎます。
       この世界で生きるには、あまりにも」

( ФωФ)「デレシアがあいつを気に入るのも分かる
       ……可哀想に、あいつは良くも悪くも人を惹く。
       これまでの経緯を想像するのは易い話だ」

空になったコーヒーカップに、ロウガがコーヒーを注ぐ。
角砂糖を二つ入れ、スプーンで混ぜた物をロマネスクが一口飲む。

( ФωФ)「ティンカーベルといえば“デイジー紛争”の地、おまけに時期も近いな。
       ブーンは知っているのか?
       奴の恩師がそこで戦ったことを」

リi、゚ー ゚イ`!「おそらくは知らないかと。
       話した方がよろしいですか?」

( ФωФ)「いや、その必要はまだない。
       “先生”の話は、奴が知りたいと思った時に話せばいい」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    |:::: ::::. ::l  \:、:::::.、:::::::::::i! :::::::::l::::::::::Y 、 }::::::::.. :::::::::... 丶
    | :. :::.::::.::.   X\::\:::::::::i!::::::::::l:::::::::::| ノ,':::::::::::::.. :::::::::...  \
    l::.  :::.::::::ヽ/,ィチrヘト、ヽーl:::::::::::|!::::/^ ハ:::::::::::::::::.. :::::::::...   \
    ∨::::::::、:::::、::Yァ;;li! |i! \:ゝ |::::::/|:/ _/:::::::::::::::::::::::. :. :::::::::::...  \
     ヽ:::、:::、 \ヽじ リ    |:::/  '′|´:::::::::::::::::::::::::: 脚本・監督・総指揮・原案【ID:KrI9Lnn70】
      }:...\::\     ′    |/    '〃::::::::::::::::::::::::::::. ::::::... ::::::::::..    \
      |::::::|:::::7、\            /  ,':.:::::,':::::::::::::::::::::. :::::::::... ::::::::::...   >.._
      |::::::|:У                 /  /:.:::::,'|!:::::::::::::::::::::::. :::::::::::... :::::::::::.....   ≧-
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ソファに腰かけ、デレシアとマニーは対面して話をしていた。
話と言うよりも、マニーの相談にデレシアが乗っているという図だった。
マニーは胸の内を全て吐き出し、この先どうするべきか、意見を求めた。
デレシアは短くそれに応じた。

ζ(゚ー゚*ζ「堂々としていなさい、マニー。
      貴方は市長。
      胸を張って命令し、胸を張って助けを求めればいいわ」

¥・∀・¥「ですが、私に出来るでしょうか……
      リーダーらしい姿を見せることが……」

372 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:34:06 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「リーダーだからこうするべき、じゃなくてリッチー・マニーならどうするのか。
      皆が期待しているのはそれよ」

これまでの人生で、マニーは何度も挫折を味わってきた。
金にものを言わせれば解決できるようなことも、進んで手を出して解決してきた。
それは人望を獲得するための努力だった。
幼少期より、マニーは金持ちであることを理由に差別に近い扱いを受けてきた。

金持ちが成功しても、それは金の力だと思われてきたのだ。
代々オアシズを動かしてきたリッチー家の人間は、同じ扱いを受け続けてきた事だろう。
その中でマニーが学んだのは、行動に勝る証明はないという事だった。
金以外の力で努力していることを示し続ければ、やがて、それは人望になる。

それに気付かせてくれたのは、彼がまだ幼い頃にオアシズで出会った一人の旅人だった。
父、そして祖父の共通の友人であるその旅人は今、マニーに最後の一歩を踏み出す勇気を与えてくれた。
そうだ。
周囲がどうであれ、マニーはマニーなのだ。

彼にしか出来ない方法がある。
昔からそうだったように、彼のやり方で人々に見せてやればいい。
金に頼らない金持ちの在り方を見せたように、困難に直面したオアシズ市長がどう立ち振る舞うかを。
自信を持って挑み、自信を持って失敗すればいい。

マニーならばそうする。
このリッチー・マニーならば、そうする。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、見せつけてあげましょう。
      オアシズ市長、リッチー・マニーの実力を」

¥・∀・¥「……えぇ!!
      やってやりますよ!!」

目を輝かせて、マニーは立ち上がる。
歳をとるにつれて、大人と言う生き物は褒められる機会や慰められる機会が減ってくる。
どうしようもない困難に直面した時、逃げるか、それとも立ち向かうか。
自力での解決を試みて失敗し、鬱状態に陥る人間は後を絶たない。

だが、誰かが力を貸してくれるだけで、人は強くなれる。
たった一言。
デレシアがマニーに向けた一言がそうであるように。
その一言が、人を救うのだ。

電話を手にし、マニーは受話器の向こうにいる秘書に向けて、短い命令を下した。

¥・∀・¥「全責任者に通達しろ、我々の楽園(オアシズ)を取り戻すと!!」

373 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:41:01 ID:eFiZr2lo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        {::.::.//  {::l::.!: ./V   {{ィfトイV㍉、, }::.::}::.://厶}ノ.::}::.::}::.「´
       メァイ/    Vヘト、{    、__゙f竺シ_,  '_ノ_:./.:厶广/.::.::/.::/.::/
      /{ {/.:{ __   ヽ. ヽ.      ̄ ̄`   ノイL} ゙V.::.::.イ::.//
.    /   Vハ/  }  / \ ヽ            マAmmo→Re!!のようです
.  _/     ,イ弋/、 {  Ammo for Reknit!!編 序章【concentration-集結-】
´ /      弋. く ヽ. \!   { {、  /ーー`、_、_ / ,/
 {          ヽ ヽ. 丶、 ヽ. \{     l:::/ .イ/
        ト、 __ _ヽ ヽ.  丶、 ヽ. \   }/ /゙{
        | }_} }ム ヽ. ヽ   丶、ヽ \´/
        └; 〈 レ′ 〉 〉    >ー } 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

まずは情報の整理から取り掛かることになった。
五人のブロック長はそれぞれのブロックで出た被害状況を仔細漏らさず集約し、まとめあげた。
簡単なように思われる作業だが、実際には非常に繊細で神経をすり減らす作業だった。
被害状況の把握をするだけでも大掛かりな作業となり、一時間も経たずに会議室の隅に書類の山が出来上がった。

こうして集められた情報を精査し、重要な物を優先して処理出来るよう、ランク分けをした。
ランク分けを任されたのは第二ブロック長、オットー・リロースミス。
膨大な情報を前に、ロミスは挽きたてのコーヒーを飲みながら優雅に仕事をこなしていた。
余裕の表れではなく、彼なりの精神集中方法だった。

£°ゞ°)「……うん、いいコーヒーだ」

コーヒーを片手で飲みつつ、付箋を貼りつける手は止まらない。
色分けされた付箋はその書類のランクを意味している。
ミスの許されない作業をこなすロミスの顔は、だがしかし、色の異なる紙を仕分けているかのように涼しげだった。

マト#>Д<)メ「ロミスさんが挽いたんですか?」

£°ゞ°)「あぁ、それぐらい当然じゃないか」

彼は山と化した書類を驚くべき速度で選別し、瞬く間に山の背が縮んでいく。
そして分けられた書類の中から、最も重要なランクの物に目を通すのは第五ブロック長マトリクス・マトリョーシカ。
彼女は最重要書類を読み、次に必要な対処方法を大きめの付箋に書いて書類に貼り付けた。
分厚いマニュアルに基づいて下されるその対処方法は、彼女の頭の中にしっかりと記憶されており、彼女はマニュアルを読まずにそれを書き記すことが出来た。

ノリパ .゚)「では、飲食店については説明した通りの対応をしてください」

こうして処理方法が判明した書類と電話を手にするのは、第三ブロック長ノリハ・サークルコンマだ。
各ブロックにいる責任者達に連絡し、即座に対応させる。
その指示を受けた人間は部下を引き連れ、処理に走った。
ロミス、マトリクス、ノリハが最初に処理するべきだと判断した仕事は、掃除だった。

374 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:42:21 ID:eFiZr2lo0
臨時で追加の船内清掃係を雇い、徹底した衛生管理と景観の復旧を急がせた。
昨夜はお祭りのような騒ぎで盛り上がりを見せていたが、その盛り上がりを殺さない内に急いで掃除をしなければならない。
視覚情報は非常に重要で、特に、争いの痕跡の一切を消し去ることを徹底させた。
弾痕、僅かに焦げた椅子や床も元通りに掃除をさせ、最優先にして最速の仕事を要求した。

現場では清掃係は軽んじられるが、マニーが直々に清掃係の全員に向けて激励の言葉を送った。

¥・∀・¥『乗客全員――勿論、君達も含めて――があの悪夢を少しでも忘れ、最高の時間を取り戻すためにはどうしても君たちの協力が必要だ。
      このリッチー・マニー、諸君らの実力を見込んでお願いする。
      賊に汚されたオアシズを、君たちの手で美しい姿に戻してほしい。
      ……この通りだ』

多くの清掃員はそれまで、あまり自分の仕事に誇りを持っていなかった。
だが、マニーの言葉で彼らはその考えを改めた。
彼らが担っているのは乗客の日常。
清掃員は気を引き締め、マニーの言葉に鼓舞されて清掃を行った。

後に乗客が撮影した写真が話題を呼ぶのだが、彼らは船尾から一ブロックずつ徹底して清掃と修理点検を行い、所要時間は合計で五時間足らずだった。
一切のミスもなく、無駄もなく、彼らはマニーの言葉に感化されて仕事を完遂したのだ。
ノリハはそれとほぼ同列で、船内の警備態勢を強化させた。
そして、警備員たちにマニーが送った言葉は、後にこのオアシズの警備員の標語となった。

¥・∀・¥『君たちはこの船の安全そのものだ。
      君たちは笑顔を絶やさず、注意を怠らず、そして愛想を忘れることなく職務にあたってほしい。
      そうすれば、武力ではなく君たちの魅力で乗客が安心するんだ。
      頼む、どうか乗客達を安心させてやってほしい。

      彼らに日常を取り戻させるのは、君たちにしか出来ないんだ』

その言葉を聞いた警備員たちは、二人一組で行動し、乗客を見つけては笑顔で挨拶をした。
挨拶は日常の行為であると同時に、敵意がない事を示す有効の証だ。
船のあちらこちらで挨拶が交わされ、乗客たちは事件がなかった時のように船旅を楽しみ始めた。
それを見て、警備員たちは自分達の行いが間違っていなかったことに深く感動し、更に徹底して挨拶を行った。

('゚l'゚)「擦過傷はっと……」

二人のブロック長の後ろで、第一ブロック長ライトン・ブリックマンは被害者の正確な状況の把握を行っていた。
負傷者、死傷者、行方不明者。
それらをリスト化し、治療の状況、保証金額を明確にしていく。
これは金で解決できるものと、そうでない二種類に分けられる。

医者の手配が必要な人間はティンカーベルに到着したら搬送し、そうでない人間は船内で治療を受けてもらう。
発生する費用の大まかな金額をはじき出し、それを経理担当者に伝えなければならない。
正式な第一ブロック長として急遽任命されたライトンは、それでも自分に出来る精いっぱいの事をしていた。
彼の計算は素早く、そして精確だった。

('゚l'゚)「……むむ」

375 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:43:46 ID:eFiZr2lo0
電卓とリストとを見比べる彼の正面には、そこで出された負傷者と乗客のリストを照らし合わせるクサギコ・フォースカインドがいた。
負傷した人間がどこの誰なのか、今回の事件の場合はそれがかなり複雑化していた。
途中で現れた特殊部隊ゲイツの人間なのか、それとも一般人なのか。
書類の山にジュスティア軍人の名前が埋もれないよう、クサギコは信じがたい正確さで書類を見比べる。

ジュスティア警察の人間も数名混ざっており、それを見失わないよう、そして速度を落とさないように仕事をこなす。

W,,゚Д゚W「えーっと、こいつは……」

('゚l'゚)「クサギコさん、ちょっとこれについて訊いてもいいですか?」

W,,゚Д゚W「おう、どれだ」

クサギコは複数同時の仕事を処理することに関しては、この五人の中でも最高の能力を持っていた。
不慣れなライトンのサポートを引き受けたのも、彼が自分自身の能力に対して自信を持っているからだった。
その自信は的確な物差しで測られ、評価されていた。
彼はライトンへの指示を考えつつ、自分の仕事の処理も考えていた。

W,,゚Д゚W「それはな、こっちの保険を適応するんだ」

元々彼らブロック長は選び抜かれた精鋭であり、優れた能力を見込まれて今の地位にいる。
名前だけではなく、彼らは実力のある責任者だった。
新任のライトンもまた、“メモいらず”と称されるほどに記憶力と応用力があった。
そして全員が、マニーから受け取った言葉に少なからず影響を受けていた。

¥・∀・¥『私の、ではない。
      我々のオアシズを取り戻すんだ』

そして彼らの知らないところで、マニーは船内にある全ての店の責任者に対して言葉を送っていた。
全てのレストラン。
全ての物品店。
一つの例外もなく、一店の抜かりもなく、マニーの言葉は彼らの耳に届けられた。

¥・∀・¥『美味い食事、素晴らしい商品、最高の定員。
      これらは君たちにしか演出することが出来ない最高のエンタテインメントだ。
      日常を、非日常を、その全てを君たちが演出するんだ。
      オアシズという街を支えるのは、そんな君たちが客に与える幸福感なのだ。

      さぁ、見せてやろうじゃないか。
      ここは海上の楽園、ここは船内の理想郷。
      我々のオアシズはテロリストや海賊如きでは揺るがないという強さを!!』

376 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:44:30 ID:eFiZr2lo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     総合プロデューサー・アソシエイトプロデューサー・制作担当【ID:KrI9Lnn70】
       r.--ヽ. _..-'''' ̄ヽ=r.._  ミ     i
      .r'' ̄`ヽ=. <(::)>ノ  ~"'-._y   i
      i <(:)丿/ヽ.____,,..r'"    i i~ヽ.-...i
      ヽ__.r'(   '';;        i r'"(~''ヽ
      「   ヽ-⌒-'        \i > ) /
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

生き残った人間がいた。
最悪の状況下に於いて、最高の運に恵まれた人間がいた。
それはマティアス・ノルダールとリリー・リトホルムの二人だった。
彼らはオアシズに於ける一連の事件のバックアップとして配置され、当初の予定で在れば何もすることなく、その役割を終えるただの観光客のはずだった。

だが、転機は訪れてしまった。
計画が破綻し、彼らの所属する秘密結社の重要人物が警察に捕まってしまったのだ。
何としても彼女、ワタナベ・ビルケンシュトックを解放し、この船から逃げなければならない。
ティンカーベルに到着する前に、この船を去らなければ同志との合流は叶わない。

同志と合流が出来れば、結社内の彼らの地位は間違いなく上がる事だろう。
生きて帰る。
生きて連れ帰る。
それが、彼らの任務。

焦ってはならない。
時期を待ち、確実に彼女を解放できる瞬間を待たなければならない。
彼らは黄金の大樹。
待ち続けている悲願の日々を考えれば、数時間待つことは苦ではない。

最も苦痛なのは、彼らの夢を阻害する人間の存在だ。
刑事を殺してでもワタナベを奪還し、同じ夢を追う彼女を救い出し、共に夢を追うのだ。
世界を変える夢を見る彼らが所属するのは黄金の大樹を掲げ、世界中にその根を張り巡らせる“ティンバーランド”。
同じ大樹の一人として、誰か一人を目の前で見捨てるなど、決してできない。

世界が黄金の大樹となるためならば、この船が沈むことになろうとも、良心は痛まない。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

           編集・録音・テキストエフェクトデザイン【ID:KrI9Lnn70】
      "::、:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,''''"゙"' :
        .゙::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,.''''''''
         .゙::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,´:
   .:::::::,,    . ., :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::.,,,.、,,, ::::::_,,_        .,,,,,:,,,,,.
     ..;;      .゙''、:,.  , :::__ ::::::::::_,_:::::   .:゙ ''゙゛ `.`      ..:
     .;;:,,.      .″  .`  `゙'-.:"     ,      .,
      . .::;;                      .′     :"
       .:;;       .,:''''''
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

377 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:46:13 ID:eFiZr2lo0
黄金の髪と青空色の瞳を持つ旅人、デレシアはオアシズの屋上に一人立っていた。
屋上は人払いがされ、彼女以外の人影はなく、聞き耳を立てる者もいない。
正面から吹いてくる風が、軽くウェーブした彼女の髪をまるで梳くように撫で、ローブの裾をたなびかせる。
潮の香りで肺を満たし、手摺に肘を乗せ、デレシアは青空の下に広がる大海原を眺めている。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

彼女の視線は大海原の果て、船の進行方向の遥か彼方。
水平線の向こうに浮かぶ入道雲の下に向けられていた。
普通の人間であればその入道雲を目視することは出来ない程の距離だが、デレシアの瞳は確かにその雲を捉えていた。
彼女の表情はいつもと変わらず、ブーン達に向けられる笑顔のままだったが、瞳の奥にある深淵は何を考えているのかを誰にも悟らせない。

デレシアは瞼を降ろし、静かに呼吸を整えた。
遠い昔に思いを馳せるようにしたのは、ほんの一瞬の間だけ。
次の瞬間には瞼を開き、何事もなかったかのように再び水平線の向こうを見つめた。
風の音とローブの布擦れするような音だけが、屋上に響いている。

他に聞こえるのは波の音と、上空を飛ぶ海鳥の鳴き声だけ。

ζ(゚ー゚*ζ「悪いわね、せっかくの旅行中に」

( ФωФ)「なぁに、他ならぬお主の誘いだ。
       それで、何があった?」

いつの間にか屋上に現れたロマネスク・O・スモークジャンパーを振り返り、デレシアは驚いた様子も見せずに声をかけた。
対するロマネスクも、跫音一つ、扉を開く音さえ立てなかった自分に気付いたデレシアに対して驚くことはなかった。
海を背にし、デレシアは旧友の様な親密さで元イルトリア市長に話しかける。

ζ(゚ー゚*ζ「ここ最近、あの大馬鹿達の動きが目立ってきているわ。
      大樹と言うよりも雑草ね、あれは」

( ФωФ)「ティンバーランドか。
       聞いてはいたが、このような形で実際に相手にするとはな」

忌々しげな声で、ロマネスクはその名を口にした。
心なしか、次に出てきたデレシアの声にも不愉快そうな色が見え隠れしていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ただ、船の中にいる奴らはもう少し泳がせようと思うの。
       今回はかなり大規模な事を考えているらしいから、何を考えているのかとても楽しみでね。
       その方が潰し甲斐があるものね」

ぞっとするような優しげな声のデレシアの言葉に、ロマネスクは冷笑した。
それは相手に対する同情と言うよりも、怒らせてはならない人間を怒らせた輩が当然迎えるべき結末を知る者の笑いだった。
これまでに彼女を怒らせた人間がどうなったのか、ロマネスクは良く知っている。

( ФωФ)「ほほぅ。
       次の停泊先があの島なのは偶然か必然か、いずれにしても興味深い事だ」

ζ(゚ー゚*ζ「おそらくは偶然だけど、おもしろい話よね。
       ティンカーベルで私達にちょっかいをかけてくるのは間違いないでしょうね」

378 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:47:10 ID:eFiZr2lo0
オアシズが次に停泊するのは、“鐘の音街”ティンカーベル。
それはデレシア達の目的地であり、ロマネスク達イルトリア人にとっては深い意味を持つ土地だった。
一世紀以上前、その地でイルトリアとジュスティアの戦争があった。
その戦争は“デイジー紛争”と呼ばれ、両軍に大きな被害を出し、島に爪痕を残した。

デイジー紛争の影にティンバーランドという秘密結社の存在があると分かったのは、戦争終結後しばらく後の事だった。
その秘密結社の存在を知っている者からすれば、ティンカーベルはティンバーランドとは切っても切れない関係のある場所だ。
ティンバーランドがデイジー紛争に関わりさえしなければ、イルトリアだけでなく、ジュスティアの兵士も死なずに済んだのだ。
だがそのことを知る者は少ない。

戦争終結の際、ジュスティアとイルトリアとの取り決めにより、いくつかの歴史が“作られた”。
戦争の発端。
戦争の内容とその結末が考えられ、耳障りのいい物へと変わった。
こうして歴史にデイジー紛争が記録され、今日まで語り継がれている。

勿論、その事実を知るのは歴代の市長と一部関係者だけである。

( ФωФ)「手を貸すか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、是非お願いしたいわ。
       私達は島に行くから、その間この船にいてほしいの」

ロマネスクの提案をデレシアは受け、そう声をかけてくれることを予期して用意していた言葉を送った。
その言葉を聞いたロマネスクは僅かに考え、口を開く。

( ФωФ)「マニー坊やのお守りか」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、今この時があの子にとってはとても大切な時間なの。
       誰にも邪魔させたくないのよ。
       この船を任せてもいいかしら?」

彼女の考えを理解したロマネスクはそれを快諾した。

( ФωФ)「いいだろう。
       ところで、ブーンについて訊きたいことがある」

ζ(゚ー゚*ζ「何かしら?」

突風が吹き付け、その言葉を二人だけの秘密にしてしまう。

( ФωФ)「―――」

ζ(゚ー゚*ζ「―――、―――――」

(´ФωФ)「――」

ζ(゚ー゚*ζ「――――――」

風が止み、最後にロマネスクは嬉しそうに言った。

379 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:50:39 ID:eFiZr2lo0
( ФωФ)「イルトリアに来る時には、必ず連絡をするのだぞ。
       最高のリンゴを用意しておく」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     | 撮影監督・美術監督・美術設定・ビジュアルコーディネート【ID:KrI9Lnn70】
     |   :::: ::/::::::::::::::::::::::: ィワ\::: :::::  |/: :'´>:\::::: |:: |
     |  :::::::/:ヽ、,::、::::::イ_ 代ノ´\:: :::::::  |: :/´ ::::::ヽ::::::::|: |
     |  :::::::/:|:t巧ッ.|    `.:::::::  ヽ:::::::::::: |:.:|   ::: |:::::: |: .ヽ
     | :::::::/:::::| ´` |          \:::::::: |:::|::   :::':::::::  |  |
     .| ::::::/:::::/:|  .| 、         .ヽ:|::  |::::`:::/::|::::::  |  ヽ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

船に入ってくる無線処理の担当者デジアイ・トーロがそれを捉えたのは、偶然ではなかった。
音楽大学を首席で卒業し、微細な音の変化に関する論文と収音機の発明により、彼はいくつもの特許を持っている。
音の天才である彼が高価な無線傍受装置をこよなく愛し、高価な機器を堂々と常時稼働させることに対して許可を得ていたのは、偶然ではないのだ。
それまで隠れていた彼の優秀さを聞きつけたマニーが無線に関する全ての権限を与え、飛び交う全ての無線を記録するよう命じていたのだ。

彼はヘッドフォンを耳に押し当て、送られてくる微弱な信号を聞き取った。
不規則な感覚で聞こえてくるその音は、間違いなく暗号だった。
ノイズの少なさから、このオアシズに向けて直接送られている物に間違いない。
しかし、通常の無線ではなく、特殊な無線信号を使っていた。

発信元を特定するため、周波数とノイズの特徴を手元のノートに書かれたリスト――彼の自作――と照会する。
彼の指はジュスティア海軍のところで止まり、数字を二度見直し、それが海軍の発信する電子音である事が確認された。
何かオアシズに秘密で伝えたい事があるのだろうかと思い、送られてくる暗号を紙に書き留める。
聴力に特別な才能を持つデジアイは一言一句違わずに書き留め、それを暗号表と見比べた。

だが。

(HнH)「……あれ?」

どの暗号表とも一致しなかった。
緊急用の暗号とも異なるそれは、彼の推測だが、ジュスティア海軍が独自に使用する暗号文の可能性が高かった。
という事は、この船にいる全軍人に向けて発信された暗号文であると考えられる。
ジュスティアが何の相談もなしにこのような事をしてくるという事は、かなり重大な事態に違いない。

1から26の数字で構成された文章。
もしくは、特定の法則性を持つモールス信号の類。
重要な暗号だと察した彼は、メモに取った暗号を専用の封筒に入れ、厳重に封をした。

(HнH)「これを市長のところに持って行ってくれ」

何もなければいいのだが、と思うデジアイだったが、彼の願いは叶う事はなかった。
彼が受け取った暗号はその数十分後、別の人間の手によって解読され、上司達の間で共有された。
そして、結果的にトラギコ・マウンテンライトの元から一人の犯罪者を逃がすことに繋がってしまったのだが、それは彼のせいではなかった。

380 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:55:06 ID:eFiZr2lo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

     総作画監督・脳内キャラクターデザイン・グラフィックデザイン【ID:KrI9Lnn70】
                 (\        ___      / :|
                    〕ヽ``丶、/ '⌒ヽ _ ノ| >'" ノi:|
                  }ノ \ : :. { 〜 :. :. :.ノ : :{ /  j
                  ∨ノ y   :{\``〜、、  \ノ  :ノ
                  ヽ .:/   .:|:. \   ``〜、、∨{
                   { / :| .:| : :.   ``〜、、. . . ``〜、、__
                   :  | .:|:/`、:. .  \:. . . . . . . . . . --<
               __,.ノ.:i  | .:|__`、:\:. {\:.斗‐:. :. :. :. :./
              \:. . . .八 :从:lx===ミ \:. :.:ィf丐 》i:. :.| 、 ̄\___
            {\     7<ヽ :八 vソ ヽ \ vシ  |:. |:. >    /
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ロープを張ったリングの上に、二人の女性が相対する形で立っていた。
その両手には本革製の分厚いグローブがはめられ、ヘッドギアを装着して万全の状態だった。
動きやすいよう、二人はタンクトップとスパッツ姿で、拳を守るために綿が詰められたグローブの具合を確かめている。
癖の強い黒髪を持ち、深紅の切れ長の瞳を持つロウガ・ウォルフスキンは正面に立つヒート・オロラ・レッドウィングに挑戦的な笑みを向けた。

リi、゚ー ゚イ`!「……」

ノパ⊿゚)「……」

それを受け、ヒートは瑠璃の様な碧眼で彼女を睨んだ。
互いに恨みはないが、ヒートのリハビリも兼ね、ブーンに近接戦闘時の動きを見せるいい機会を作れるとあり、ロウガの提案に乗ることにしたのだ。
彼女の提案は非常にシンプルだった。
模擬戦闘を行い、その戦闘方法をブーンに視覚的に教えるという物だった。

要するに、戦闘を行い、ブーンはそこから何かを学び取るというわけだ。
尤もらしく聞こえるし、実際、言葉ではなく動きを模倣することで得られるものもある。
だが彼女の本音が別にもう一つある事にヒートは気付いていた。
確かにブーンの学習という目的もあるのだろうが、大きな目的はヒートと手合わせをすることに違いない。

彼らイルトリア人は戦いに生き甲斐を見出し、戦いの中で喜びを感じ取る人間が多い。
ロウガも多分に漏れず、その類の人間なのだろう。
戦闘に対する貪欲な姿勢は、彼らイルトリア人の強さの根底にある物だ。
彼らは武人として教育され、武人になるのだ。

イルトリア人と戦うのは初めてではない。
元イルトリア軍の男がマフィアの用心棒として働いており、その男を殺す時に随分と苦戦させられた記憶がある。
彼らはその肉体も強靭だが、武器全般に精通し、強化外骨格の扱いも一流だ。
しかし、相手は前市長のボディーガード。

前とは違い、楽に勝ちを取れる人間ではないだろう。
相手は人間以上の身体能力を持つ耳付きであり、その戦闘力は未知数だ。
リハビリがてら、ヒートは自分の力がどこまで通用するのか試す機会を得たことに感謝した。
ヒートは怪我を理由に休んでいられる性格をしていない。

381 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:56:50 ID:eFiZr2lo0
これからの旅先では、間違いなく戦いが待っている。
強化外骨格ばかりに頼った戦いをしていれば、遅かれ早かれ倒れ伏すことになる。
まずは体の調子を取り戻し、技術を身につけ、次に備えるのだ。
グローブの下で拳を握り固め、ヒートは覚悟を決めた。

これはスポーツではない。
これは殺し合いではない。
これは互いに互いを試すための場。
ブーンに手本を見せる場、試合なのだ。

ノパ⊿゚)「いつでもいいぞ」

リi、゚ー ゚イ`!「こちらも、同じく」

リングの下では、ブーンが丸椅子に座って二人の戦いを見守っている。
彼は気付くだろうか。
一歩も動いていない段階ですでに戦いが始まり、相手の動きを予測し終えた段階で行動に移るという事に。

ノパ⊿゚)「……」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

流石はイルトリア人。
一部の隙も無く、仮に隙が見えたとしたら、それは巧妙な罠なのがよく分かる。
恐らく、ロウガは隙を見せないだろう。
こちらが気を抜き、知らぬ間に隙を生みだすのを待っているのかもしれない。

時間による体力の消耗を待つよりも先に、ヒートは動くことにした。
静よりも動。
動の中に活路がある。
相手の胸の動きで呼吸を読み取り、息を吸い込み始めた瞬間にヒートは先手を打った。

必殺の右ストレート。
狙いは胸部の強打による呼吸停止――

ノパ⊿゚)「しっ!」

リi、゚ー ゚イ`!「……」

――その裏に巧妙に隠した、胴を狙った左の一撃。
レバーブローによって相手の動きが僅かにでも鈍ればと考えた一発は、だがしかし、ヒートの目論見通りにはならなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「ほう、いいフェイントだ」

右肘でレバーブローを防ぎ、左のグローブで胸への一撃を防いだロウガの口からは感嘆した様な声が漏れ出た。
バックステップで下がろうとしたヒートは、自分の右手が掴まれていることに気が付いたが、もう遅かった。
急いでプランを練り直し、相手の動きを予期して左腕で腹部を防御する。
その予想は当たった。

382 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:57:31 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「っあが!!」

だが、想像していた威力と実際に訪れた痛みは次元が違った。
ロウガの繰り出した蹴りは、十分な加速すらさせずともヒートの左腕を痺れさせる威力があった。
それは手加減を加えられた一撃だった。
これが実戦だったら、ヒートの腕は折られていたはずだ。

リi、゚ー ゚イ`!「いい勘をしている。
      流石は“レオン”。
      正直触れられてやるつもりはなかったが、まさか、私にガードをさせるとは。
      噂に違わないセンスだ」

その言葉はヒートの耳に届いていなかった。
一瞬で沸点に達したヒートはロウガの動きを分析し、次の手を考えていた。
彼女は拳ではなく、足技が得意に違いない。
蹴りは拳よりも距離があり、威力があるが、速度がない。

ノパー゚)「褒めてもらって光栄だ……!!」

リi、゚ー ゚イ`!「謙遜する必要はない。
      さぁ、次の一手はどうする?」

ノパ⊿゚)「慌てるなよ、いい女は待つもんなんだよ」

リi、゚ー ゚イ`!「ほぅ、ではどう――」

より近距離で戦いを挑めば、蹴り技は使えなくなる。
退くのではなく、進むのだ。
掴まれた拳を引き寄せ、ヒートは頭突きを放ち――

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   . .   ゚  . o    ゚  。  .  , . .o 。 * .゚ + 。☆ ゚。。.  .
               。       。  *。, + 。. o ゚, 。*, o 。.
  ゚  o   .  。   .  .   ,  . , o 。゚. ,゚ 。 + 。 。,゚.。
 ゚ ,   , 。 .   +  ゚   。  。゚ . ゚。, ☆ * 。゚. o.゚  。 . 。
。 .  .。    o   .. 。 ゚  ゚ , 。. o 。* 。 . o. 。 . .
        。   .   。  . 撮影・演出・音響・衣装・演技指導・編集【ID:KrI9Lnn70】
 。 .  . .   .   .  。 ゚。, ☆ ゚. + 。 ゚ ,。 . 。  , .。
    ゚  。   ゚  .  +。 ゚ * 。. , 。゚ +. 。*。 ゚.   . . .  .
 。  .   . 。 。゚. 。* 。, ´。.  ☆。。. ゚。+ 。 .。  .  。   .
  .   。  ゚ ゚。 。, .。o ☆ + ,゚。 *。. 。 。 .    。    .
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

八月八日。
その日の夜は、雲が晴れて綺麗な月と星が見える、幻想的で静かな夜だった。
だが、オアシズにある市長室に集まった二人の女性の表情は晴れやかとは言い難かった。
デレシアとヒートは極秘裏に呼ばれ、マニーの話を聞いて呆れと驚きの溜息をほぼ同時に吐いた。

383 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:58:32 ID:eFiZr2lo0
二人が溜息を吐いた理由は二つある。
一つは、トラギコ・マウンテンライトが捕えていたティンバーランドの一人が非常用脱出艇を使って逃げた――これは想定済み――という事。
そして二つ目は、オアシズの厄日を引き起こし、船から逃げ遂せたショボン・パドローネ達がまた事件を起こしたという事だった。
オアシズから逃げ去ってからあまり時間も開いていないのに、彼はすぐに新たな問題を起こした。

舞台はティンカーベルのジェイル島。
オアシズに負の歴史を残したように、彼はティンカーベルに負の歴史を残した。

¥;・∀・¥「情報の出所と精度は確かです。
      ジェイル島から脱獄者が二名出ました。
      ユリシーズ、ガーディナのカスタム機も破壊されたそうです」

ショボン達は難攻不落、脱獄不可能の代名詞であるセカンドロック刑務所を強襲し、そこに収監されていた二人の死刑囚を脱獄させたのだ。
彼も強化外骨格を使う人間――棺桶持ち――だったことは意外でも何でもなかったが、ジュスティア軍人の駆る強化外骨格に勝るとは驚きだった。
デレシアの知る限り、ジェイル島に派遣される棺桶持ちは実戦経験豊富な者が選ばれるため、素人相手に後れを取るはずはない。
まして、慢心から来る油断をすることは絶対に有り得ない。

彼らはジュスティア軍人。
戦いに無意味な正義感を持ち込むことはあるが、任務に支障をきたすような人間ではない。
襲撃者の中にショボンがいたことは疑いようのない事だが、彼が戦いに参加したかどうかが気になった。

ζ(゚、゚*ζ「襲撃者の数は分かる?」

¥・∀・¥「正確な数は不明ですが、棺桶が二機使用されたそうです。
      申し訳ありません、この情報を流した人間も全てを知っている訳ではないそうで……」

マニーは有事に備え、世界中に幾つものつながりを持っている。
例えば船が難破したり沈没したりした際、すぐに助けを求められるようにリッチー家が脈々と築き上げてきた繋がりの中には、金銭による繋がりも多くあった。
その内の一つにジュスティア人の繋がりがあり、偶然にもその人間はジェイル島に派遣されていたのだ。
ジュスティア人の中にも稀に金で動く人間がいるが、探すのは非常に難しい。

マニーは逐一オアシズに関係のありそうな情報を収集し、それを踏まえて航海をしてきた。
どれだけ些細な情報でも必ず金を払って収集し、協力者が常に新鮮な情報をマニーにもたらすように習慣づけていた。
その習慣が実を結び、今回の情報をもたらした。

¥・∀・¥「ただ、脱獄者の名前は分かっています。
      シュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンです」

反応したのはヒートだった。
裏の世界に深くかかわっていた経歴を持つ彼女は、その二人の名に聞き覚えがあった。

ノパ⊿゚)「愉快な面子とは言えねぇな。
     シュールって言えば“バンダースナッチ”だろ?
     子供を誘拐して売り捌いて、臓器売買もやってたらしいじゃねぇか。
     おまけにデミタスは“ザ・サード”。

     その二人だけ脱獄させた理由が気になるな。
     殺しをやらせるんなら別の連中を選んでもよさそうだけどな」

384 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 17:59:45 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚、゚*ζ「……何かを奪うつもりね、私達から」

デレシアの言葉にヒートが訊き返した。

ノパ⊿゚)「奪う?」

ζ(゚、゚*ζ「シュールは子供を誘拐することが得意で、デミタスは物を盗むことが得意。
      どっちも奪い取ることを得意としているわ。
      島の中で仕掛けてくるのか、それとも船の中なのかは分からないけどね」

¥;・∀・¥「またこの船が……」

オアシズで大量殺人をされたマニーとしては、もう二度と彼らを船に乗せたくないはずだ。
一度だけでなく二度も同一人物に船の安全を脅かされたとなれば、オアシズは街として死んでしまう。
せめて準備するだけの時間があればいいのだが、終息から二日しか経っていない海上で新たな従業員や資材を仕入れることは不可能だ。
あまりにも急すぎる展開に頭を抱えるマニーだが、デレシアが力強く言い放った一言が、彼の表情から不安を消し去った。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫、そうはさせないわ。
      私達が島に行けば、あいつらはこの船にこないはずよ」

ショボン達の狙いがデレシア達であれば、彼女達が島に上陸した方が互いにとって何かと都合がいい。
デレシア達は降りかかる火の粉を払いのけられるし、オアシズは無意味に被害を拡大せずに済む。

¥・∀・¥「助かります、デレシアさん……」

ζ(゚ー゚*ζ「その代り、ちょっと協力してもらう事があるわ」

¥・∀・¥「私に出来る事であれば」

ζ(゚ー゚*ζ「狙撃用のライフルとバイク、それと幾つか道具を用意してほしいんだけど、いいかしら?」

¥・∀・¥「どちらもご用意できますが、品物についてはご希望の種類があるかどうか……」

オアシズには武器保管室があり、ライフルや弾薬を用意することが出来る。
中には銃を扱っている店もあるため、物に困ることはないだろう。
問題なのはバイクだ。
輸送コンテナに入っているバイクの種類は人気の車種が主で、デレシアの希望に添える物があるかは分からない。

ζ(゚ー゚*ζ「ライフルは何でもいいわ。
      ただ、バイクはアイディールを借りたいの。
      “サンダーボルト”が使っていたやつよ」

そのバイクの名前を聞いて、マニーはデレシアの意図が理解できたかのように頷いた。

¥・∀・¥「それであれば、万全の状態でお貸しできます。
      メンテナンスは一日たりとも怠っておりません」

ノパ⊿゚)「アイディール?
    バイクは結構知ってるつもりだけど、そんなバイク聞いたことねぇな」

385 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:06:36 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「すごく珍しいバイクなの。
      ジャネーゼっていう場所にあった四つの会社が共同で開発したバイクで、私の知る限り、最高のバイクよ」

ヒートが知らないのも無理のない話だ。
現存するだけで僅かに30台。
発掘された設計図やパーツを基に復元され、製造されたそれはその名の通り、バイク製造にかかわる人間とバイクを愛する人間にとっての理想形だった。
高性能な電子制御システムによってあらゆる環境下で最適な走りを可能にし、まるで生き物のように乗り手の好みを学習する人工知能が搭載されている。

乗ってきた人間によって性格を変えることから、アイディールは生きたバイクとして大勢のバイク乗りの憧れとしての地位を確立している。
だが、あまりにも希少なバイクであるが故に、それを見てもその価値に気付かない人間がほとんどだ。
残ったアイディールのほとんどが金持ちのコレクションとしてガラスケースの中に収められているか、外部の目に触れたり知られたりしないようにして保管されている。
マニーの所有する一台も遺品整理のオークション会場で偶然見つけた物を彼の祖父が買い取り、コレクションの一つとして所有している物だった。

¥・∀・¥「よろしければ、後で試乗されますか?」

ノパ⊿゚)「あぁ、是非」

ヒートは頷き、デレシアも絶賛するバイクの正体と性能を早く知りたい気持ちが表に出ないよう、どうにか抑えた。
だが、デレシアには見破られていた。

ζ(゚ー゚*ζ「ふふ、後で一緒に乗りましょ。
      ヒートは何か必要なものはあるかしら?」

ノパ⊿゚)「あたしは9ミリの弾でももらおうかな。
    強化外骨格が相手になるだろうから、それ用の徹甲弾もあると嬉しい」

¥・∀・¥「勿論ご用意可能です。
      弾倉に入れた状態でお渡しいたします」

ノパ⊿゚)「あぁ、そうしてくれると助かる。
    ところで、“サンダーボルト”って誰だ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアにいた狙撃手よ。
      といっても、昔の人だけどね」

ノパ⊿゚)「ふーん。どんな奴だったんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「さぁ、私はあまり関わらなかったからよくは知らないわ。
      でも、ペニと仲が良かったのは知ってるから、面白い人だったんでしょうね」

デレシアが口にしたペニサス・ノースフェイスの名を聞き、ヒートはその人物に少しの興味を持った。
“魔女”と呼ばれた天才狙撃手であるペニサスは、フォレスタでその身を挺してブーン達を守り、死んだ。
彼女はブーンにとっての先生、ヒートにとっての恩人、そしてデレシアにとっては友人だった。
一体彼女がどのような経緯でジュスティアの軍人と交流を持ったのか、気になるところだ。

デレシアも知らないというペニサスの過去。
それを知る術は、もうどこにもない。

ζ(゚ー゚*ζ「それと、マニー。
       明日お願いしたいことがあるの」

386 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:09:22 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「何でしょうか?」

ζ(゚ー゚*ζ「虎をあの島に上陸させる手助けをしてほしいのよ」

¥・∀・¥「トラギコ様をですか?
      しかし、ジュスティア軍だけでなく、警察にまで例の暗号が発信されています。
      我々にもトラギコ様にこの事を知られないよう協力するようにと、連絡がありました。
      どうやら、あの方をジュスティアに連れ帰りたいそうです。

      もちろん、我々としてもトラギコ様が島への上陸を望んでいる事を把握しておりますし、その願いを叶えたいと考えております。
      島に行けば間違いなく追われますが、いいのですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「あの刑事さんならどうにかするはずよ。
      ジェイル島の事も教えてあげてね。
      そうすれば、絶対に動くから」

ノパ⊿゚)「何で動くって分かるんだ?
     あの刑事、言っちゃあれだけどあんたに夢中だろ」

間違いなく、トラギコはデレシアを追っている。
恐らくは、オセアンで起こった事件の重要参考人として目星をつけ、確固たる証拠を手に入れようとしているのだ。
だが捕まるつもりも、尻尾を見せるつもりもない。
彼にはまだ別の事で働いてもらいたいというのが、デレシアの考えだった。

ζ(゚ー゚*ζ「優秀な刑事なら、何を先に処理するべきか分かるはずだもの。
      現に一人、貴重な証人を逃がした上に、ジュスティア軍と警察に追われていると知ったら、オアシズに留まるはずがないわ。
      彼が動けば、島にいるジュスティアの人間も動く。
      そうすれば私達の道が見えてくるって寸法よ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  .:. :           .: .... .
,.:,; ' ''.. .,;.'..:⌒`;,: .  ..;;.,  . .  :..: ........: .. .   . .. . . .. .... .... .. .... ..:. ..  ... .    .. .. .  .  .
 ,,.;. ; :.,   .. .''... .. '   ..;,):.,,  :. .:.: .. . .   .: .... .. .. . ...    :. . : .  .: . .. .:.. . .. .. .... . .. .. . .
        ''  '.': ;,::. .  ..., ;) 制作協力【全てのブーン系読者・作者の皆さん】
 .''.:.:´⌒`.: .: ...    . ...,. . ,;  . .. .. . ...  ..  . .:.  . . .   . .. ..   . . :.  . .    .   .  .
.''':. .;;,'''.:;. .:;;: .'''.;, ,.:, ; '',,.,; '' .  . :.  .. . :.:.. ..  . . .. .. .. . . . .          .    .     .
'' ' '     ''   ''' ''                            .:: ..'...:⌒`  : .: ..,,;.,
. . . . .    .: ..  . .       . . . . .    .: ....      .: ...:::⌒` ''           '.':. .,.; ,..;,..
   .:.:.:..... .. .... .. .. . ...    :. .:.:.::..... .. .... .. .. . ...    :. .:.:.,,(    .: .....:   ...:.: .:,⌒` .: ..:.: .: ... .'';' .:.:.
                                (., .: ...'..::;,: .'''.;, .:; .''',..,;;::: ....::..;;,: .'''.;, .:;.... .. . ..
―ー――ー――ー―――ーーー――ー――ーー―――.―ー..―――.ー―.―:ーー.ー―..―ー―
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

八月九日の午前九時、オアシズの正面にティンカーベルの姿が見えてきた。
予定通りマニーはトラギコに情報を流し、彼はそれに食いついた。
デレシアの予想した通り、トラギコは島に上陸するとの事だった。
全てがデレシアの予定通りになった事もあり、彼女の部屋にいる三人は荷造りに取り掛かっていた。

387 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:10:57 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「脱獄犯がどうにかなるまでは、オアシズはここに停泊するそうよ」

マニーが船内にある店を使い、デレシアのために揃えられた道具がカンバス地のザックに詰めて渡され、デレシアは中身を確認しながらそう言った。
同じくマニーから弾を受け取ったヒートは弾倉をザックに詰め、自分自身の装備を最終点検している。
両脇のホルスターには彼女の愛銃であるM93Rが納められ、後ろ腰の鞘には大ぶりのナイフがあった。
オリーブドライのローブを被り、装備が引っかからないかを確認した。

ノパ⊿゚)「となると、ティンカーベルの後はまたオアシズに戻るのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「結末次第ね。
       私達の当初の目的はニューソクを不能にすることだったから、まずはそれを処理しないとね」

(∪´ω`)「にゅーそくってなんですかお?」

ベッドの上でザックを抱えるようにして座るブーンの質問に、デレシアが答えた。

ζ(゚ー゚*ζ「発電機の一つよ。
      小型で安全で、効率よく発電できる装置よ」

(∪´ω`)「おー?」

ブーンはよく分かっていない様子だった。
装備の確認を終えたヒートは、デレシアの方を向いた。

ノパ⊿゚)「でもデレシアはどうしてそんなのがこの島にあるって知ってるんだ?
    あいつらも知らないんだろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「この島に何度か来たことがあるから、たまたま知ってただけ。
      かなり分かりにくい形で保管されているから、あいつらも気付けなかっただけよ」

ローブを頭から被り、デレシアも準備を終えた。
ベッドの上に置いてあったライフルケースを開き、そこから一挺の狙撃銃が現れた。

ζ(゚ー゚*ζ「私達が出かけるまでにはまだ時間があるから、少し銃の練習をしましょうか。
      ブーンちゃん、ロウガとの練習でライフルは撃った?」

(∪´ω`)「おー、ありますお」

ロウガとの試合後、三人は射撃練習を行った。
ヒートはM93Rの具合を確かめ、ブーンは彼でも問題なく使える銃を探すことを主に行ったが、まだ見つかっていない。
銃を撃つ機会が増えれば、自ずと見つけられるだろう。

ノパ⊿゚)「確かレミントンを使ってたな」

ζ(゚ー゚*ζ「なら、こっちも使えるはずよ。
      これはね、WA2000っていうライフルよ」

デレシアが掲げたのは、木と鉄が融合したライフルだった。
セミオートマチック狙撃銃であるワルサーWA2000は非常に高価な銃で、民間に出回っているのはその廉価版の方だ。
ボルトアクションに引けを取らない射撃精度に加えて、オートマチックならではの連射力を兼ね備えたこの銃は、確かに初心者には最適な銃とも言える。

388 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:13:11 ID:eFiZr2lo0
ノハ;゚⊿゚)「って、何を撃つつもりなんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「トラギコがちゃんと生きて島に上陸できるよう、手を貸すだけよ」

弾倉を抜いたそれをブーンに持たせ、その重さを実感させた。

(∪´ω`)「まえにつかったのより、おもいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、重い分扱いやすくなってるのよ。
      さ、屋上に行きましょうか」

荷物を置いて、三人は部屋を出た。
船内には放送が流れ、島に上陸することはまだ認められていないという連絡が繰り返されている。
必要備品があれば船員が買い出しに行くとの旨が告知され、その費用はオアシズが全額負担するという捕捉もされた。
今や、ティンカーベルは新たな人間を受け入れることも、外に出すことも許されていない状態だ。

複数の島で構成されているティンカーベルにも、島と島の行き来が禁止され、ジュスティアは完全に犯人たちを島に閉じ込める作戦に出たのだ。
かつてこの島であったデイジー紛争の時を彷彿とさせる動きに、デレシアはジュスティアの徹底主義が時代を経ても変わらないことに安心すると同時に、呆れた。
こうして封鎖状態を作ることで逃げ道を失うのは自分達も同様なのだ。
恐らく、彼らとしてはその昔とは状況が違う事を踏まえた作戦なのかもしれない。

ティンカーベルはジュスティアの支配下にある街だ。
どこの街よりも早く増援を送り込めるため、優位にあると考えるのも無理もない。
あの時代はまだこの島に駐屯していたのはイルトリア軍で、迂闊に手出しが出来ない状態だった。
今はもうそれを気にしないで作戦を展開できるという事は、確かに、ジュスティア警察にとっては有利だろう。

元ジュスティア警察官であるショボンに悟られないよう、どのような作戦を展開するのか、興味に絶えない。
未だ封鎖中の屋上へと上がり、三人は太陽の下で改めてティンカーベルの姿を見た。

(∪*´ω`)「おー! でっかいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「島の真ん中に塔が見えるかしら?」

(∪´ω`)「お、みえますお!」

ζ(゚ー゚*ζ「あれがグレート・ベル。
      ティンカーベルの象徴よ」

(∪´ω`)「ぐれーと、べる」

ノパー゚)「偉大な鐘、ってことさ。
    島に行った時に見に行こうな」

ヒートの目にもグレート・ベルは見えているが、ぼんやりとした白い何かが浮かんでいるだけだ。
ブーンの目に見えるそれはきっと、もっとはっきりとした形をしているのだろう。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒート、ちょっとスコープで波止場の方を見てもらってもいい?」

389 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:15:01 ID:eFiZr2lo0
ノパ⊿゚)「おう」

観測手用の高倍率な単眼鏡を受け取り、倍率を上げてその先を見る。
小さな船が一隻、波止場とグルーバー島を繋ぐ橋の傍に浮かんでいる。

ノパ⊿゚)「船が出てるな……」

ζ(゚ー゚*ζ「やっぱりね。
      その船、間違いなくジュスティアの船よ」

ノパ⊿゚)「根拠は?」

ζ(゚ー゚*ζ「犯人が真っ先に逃走経路に選びそうな船の出航を許すわけないもの。
      哨戒艇の類でしょうね」

ノパ⊿゚)「なるほど、確かに。
    ってことはよ、トラギコの事を待ってる連中かね?」

ζ(゚ー゚*ζ「きっとそうでしょうね。
      ジュスティアも流石に分かってるわね、あの刑事が大人しくしているはずがないって。
      船の中で付け回してたし、本人も分かってるでしょ」

船が近付くにつれ、島全体が大きく見えてくる。
緑豊かな三つの島。
西からバンブー島、グルーバー島、そしてオバドラ島。
鐘の音街の象徴であるグレート・ベルはグルーバー島にあり、船はその手前にある波止場に停泊する予定だ。

美しい自然が見どころの街だが、非常に閉鎖的な街であることはガイドブックには書かれていない。
ティンカーベルの人間が外部の人間と接する姿勢は、非常にビジネスライクだ。
観光客に対しては驚くほど友好的に接するが、観光客が困っている時には一切の手助けをしない。
彼らは観光客を金と面倒を持ち込む存在としか考えておらず、それは外の街から島に越してきた人間に対しても同じような接し方がされる。

何十年と時間をかけてようやく受け入れられた時には、その人間もいつしか他の島民と同じように外部の人間に接するようになっている。
負の連鎖は、決してなくならない。
それは四方を海に囲まれた小さな街が生き延びるための工夫であり、生き方なのだ。
事実、島の中で決められている掟さえ守ればよほどのことは起こらない。

彼らが異なった価値観を持つ人間を恐れ、忌み嫌うのはその掟を破る存在だからだ。
当然、異質な存在も彼らにとっては排除するべき対象だ。
例えば、島で障害児が生まれた時、彼らはその赤子を海に捨てる。
島の平和を護るためであり、そうした方が赤子のためでもあるというのが彼らの言い分だ。

ましてや、耳付きとなると災厄の運び手としか見ない。
耳付きが生まれた場合、その場で即座に殺され、母親は島の外に逃げざるを得なくなる。
そのため、ブーンを連れていくためには帽子が不可欠になる。
彼の正体に気付いて何かをしてくる人間がいれば、デレシアとヒートがそれを排除するだけだが、揉め事はニューソクを見つけてからの方がいい。

390 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:18:02 ID:eFiZr2lo0
目立つことでショボン達に居場所を知られ、邪魔される確率が高くなってしまう。
まずはトラギコが島に上陸し、それからデレシア達が上陸すれば、いくらかの露払いをしてくれることだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「だから、私達が手を貸して上げれば上陸しやすくなるでしょう」

やがて、オアシズはその巨大な船体をゆっくりと止め、小さな波止場に接岸した。
甲板から綱が投げられ、すぐに係留柱に結び付けられる。
また、巨大な錨が海中に落とされ、船をその場にしっかりと留めさせる。
その光景を、三人は屋上から見下ろし、それからその場に伏せた。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、ライフルの使い方実践編よ。
      ブーンちゃん、沖に船が見える?」

(∪´ω`)「はい、みえますお」

ζ(゚ー゚*ζ「何が乗っているか見えるかしら?」

(∪´ω`)「えーっと……じゅうをもったおとこのひとがいますお」

ノハ;゚⊿゚)「……この距離でそこまで見えるのか」

ブーンが人間離れした身体能力の持ち主であることは知っているが、ヒートの目算で海に浮かぶ船までの距離は軽く一マイルはある。
白い小さな点にしか見えないが、ブーンの目には人間とその武器が見えるらしい。
橋までの距離も同じく一マイルほどあり、一見すれば無害な船に思えなくもない。

ζ(゚ー゚*ζ「って言う事は、あの船はトラギコの邪魔をするつもりってことね」

デレシアはWA2000にサプレッサーを取り付けてからバイポットを降ろし、屋上の縁から船に向けて銃を構えた。

ノパ⊿゚)「当てられるのかよ、一マイルはあるぞ。
     サプレッサーなんて付けたら射程が縮むぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「面倒事は避けたいから、仕方ないわよ。
      さて、ブーンちゃん、よく見ているのよ。
      まずは風向きを見ましょう。
      ヒートは波止場の方で動きがあったら教えて」

ヒートは船の左手側へと移動し、単眼鏡を覗いた。

ノパ⊿゚)「準備オッケーだ」

船倉から輸出品を詰めたコンテナがトラックに乗せられ、そのトラックはジュスティア軍の人間が厳重に調査し、そして軍人の手で島内に運び込まれることになっていた。
マニーの話によれば、トラギコはコンテナが降ろされる瞬間を狙って動くとの事だ。

ノパ⊿゚)「おっ、トラギコだ……
     っておい、さっそくなんか絡まれてるぞ」

ζ(゚ー゚*ζ「人気者の宿命よ」

そして次の瞬間、デレシアとブーンが同時に反応した。

391 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:18:55 ID:eFiZr2lo0
(∪´ω`)「おっ」

ζ(゚、゚*ζ「あら」

その意味をヒートは遅れて理解した。
眼下でバイクに乗り、今まさに逃げ出そうとしていたトラギコが吹き飛んだのだ。
不自然極まりない転倒の仕方は、前輪に何かが起きたことを示していた。

ζ(゚、゚*ζ「撃ったわね、あの船から」

ノハ;゚⊿゚)「船上からこの距離を?
     しかも相手はバイクだぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「へぇ……面白いことするわね」

ヒートの視線の先で、トラギコが走り出した。
だがバイクに弾を当てられる人間がいるのならば、人間がいくら走ったところで逃げ切れるはずもない。
デレシアの手元でくぐもった銃声が鳴った。
しかし、ヒートの視線の先でトラギコは足を撃たれて転倒している。

ノハ;゚⊿゚)「おいおい、当たって――」

再びデレシアが発砲する。
すると、トラギコが掲げていたコンテナが衝撃を受けたのように彼の手を離れた。
やがてトラギコは黒塗りのSUVに乗せられ、その車はグルーバー島へと猛スピードで走って行った。

ζ(゚ー゚*ζ「これでよし」

ノハ;゚⊿゚)「どういうことだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「弾道を変えたのよ。
      だから、最初の一発は足に当たったし、次の一発はケースに当たったでしょ」

ノハ;゚⊿゚)「……はぁ?!」

ζ(゚ー゚*ζ「飛んできた弾に当てて、致命傷を外させたのよ。
       たぶん、狙撃した方は何かのミスだって思うでしょうね」

ノハ;゚⊿゚)「マジかよ……」

飛来する弾に弾を当てる。
それは曲芸の一つとして実際に可能な技だが、距離と条件が違う。
曲芸として見せる技はタイミングが決められ、距離は非常に近く、方向は限定されている。
だが今回、デレシアがやったという狙撃は一マイル離れた距離から狙撃された弾丸を狙い撃つという物。

正面から弾を受け止めるのではなく、上方から相手の弾道に侵入させ、僅かに擦り当てることで狙いだけを変えるという行為は偶然や運の要素があったとしても、狙えるものではない。
理論上は可能だろうが、ヒートには想像も出来ない技だ。
見えない物に当てるだけでなく、そのタイミングを予期しなければ決して出来ない。
デレシアに対する疑問が一つ増えたが、次に彼女の口から出てきた言葉に、ヒートは流石に押し黙るしかできなかった。

392 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:21:13 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ペニならもっと上手にやれたわ」

ライフルケースと薬莢を回収し、デレシア達は屋上を後にする。
部屋に戻った三人は用意しておいたそれぞれの荷物を持ち、船倉へと向かうことにした。
道中、ブーンは幾つかの質問をした。

(∪´ω`)「ペニおばーちゃん、デレシアさんよりもすごかったんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、ペニおばーちゃん以上に狙撃が上手い人間はそうそういないわ」

(∪´ω`)「おー、ペニおばーちゃんすごいおー!」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ。もし機会があれば、おばーちゃんのお話をしてあげるわね」

(∪*´ω`)゛「おねがいしますお」

そして次の質問は、ホットドッグの屋台を見つけた時にぽつりと彼の口から出てきた。

(∪´ω`)「……シナーさん、どこいっちゃったんだろ」

ヒートはその答えを知っていた。
ブーンに優しく接した餃子屋の店主は、オアシズの厄日の際、トゥエンティ―・フォーを使ってヒートと対峙した。
結果としては分厚い装甲に幾つもの穴を空けたが、中の人間には当たらないよう、巧妙に攻撃を受け止められていた。
そしてショボンが逃げるのとほぼ同時に、彼自身も逃げ遂せたのだ。

彼はデレシア達の敵だった。
本音を言えば敵として出会いたくない、出会わなければよかったと思う人間だった。
ブーンの成長に少なからず関与した人間が敵という事実は、出来れば彼には伝えたくない。

ζ(゚ー゚*ζ「忙しい人だから、また別のところで餃子を売りに行っているわよ」

(∪´ω`)「おー、つぎにあったら、もっとおはなししたい……ですお……」

ノパ⊿゚)「大丈夫、その内会えるさ。
     こういうのを縁、って言うんだ」

(∪´ω`)「えん?」

ノパ⊿゚)「あたし達が出会ったようなものさ」

(∪´ω`)「お、じゃあまたあえますかお?」

ノパー゚)「……あぁ、きっとな」

どのような形で出会うかは、言う必要はないだろう。
次に会う時はおそらく、完全な時として殺し合う関係で出会う事だろう。
船倉に到着し、コンテナの前で三人を出迎えたのは市長と五人のブロック長達だった。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、随分と大げさね」

393 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:24:58 ID:eFiZr2lo0
¥・∀・¥「デレシア様、どうかお気を付けください。
      円卓十二騎士も脱獄犯を捕まえるために派遣され、正直、島はあまり快適な状態とは言えません」

ジュスティアが誇る十二人の騎士。
彼らはジュスティアを守る騎士としてその実力と忠誠心を認められた正真正銘、正義の都の最高戦力である。
その名が出ても、デレシアは表情一つ曇らせなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ちょっとお散歩するような物だから」

¥・∀・¥「何かあれば、これを使ってください。
      逆探知防止機能の付いた携帯電話です。
      常に出られる状態にしておきますので、何なりとお申し付けください」

ただの携帯電話だけでも相当な価値があるが、逆探知防止機能が付いた物になると、市民の平均生涯年収にまで達する。
デレシアは黒い携帯電話を受け取り、微笑んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、マニー。
       とても助かるわ」

¥・∀・¥「ジュスティア軍と警察に、特例としてアイディールが島に上陸する旨は伝えてあるので引き留められることはないはずです。
      それと、アイディールはデレシア様にお譲りいたします。
      それは私の様な海の人間には無用の長物。
      世界を旅される方にこそふさわしい乗り物です。

      その方が、祖父もバイクも喜ぶはずです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがたくいただくわ。
       ブロック長の皆さんも、忙しいところありがとう」

マニーの背後に一列で整列し、腕を前に組むのは五人のブロック長。
ずい、と前に一歩踏み出したのはノリハ・サークルコンマだった。

ノリパ .゚)「はい、オアシズの恩人が発たれるというのに何もしないようでは、我々ブロック長の沽券にかかわります。
     いえ、それだけではありません」

マト#>Д<)メ「我々のオアシズを救って下さった方に、この程度しか出来ない不甲斐なさ……
       もし我々に出来る事があれば、いつでも、何でもお力になります」

W,,゚Д゚W「ジュスティアの無線の傍受はすでに信頼できる部下達に行わせております。
     何か大きな動きがあれば、逐一ご連絡いたします」

('゚l'゚)「このご恩、我々は決して忘れません」

最後に歩み出たのは、オットー・リロースミスだった。
彼は恥じ入るかのように首を垂れ、デレシアに非礼を詫びるとともに、バイクのキーをデレシアに手渡した。

£°ゞ°)「数々のご無礼、ご容赦ください。
      僭越ながら、アイディールにパニアを装着させていただきました。
      全て防弾仕様で、9ミリ弾までは耐えられます」

394 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:26:10 ID:eFiZr2lo0
ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス。
      貴方が自分の行いを過ちだと思うのならば、その過ちを次に活かしてね。
      貴方達ならオアシズをより良い街に出来るはずよ。
      ……じゃあ、私達は行くわね」

コンテナに積まれていた一台のバイク。
それは、全てのバイク乗りの羨望の的であり、理想の形。
車体の半分は蒼いカウルに包まれ、本来は後輪を挟む位置にあるはずの大口径二本出しのマフラーが後部座席の下に収まっており、前の乗り手が改造したのだと分かった。
フロントライトの下には鳥の嘴を彷彿とさせるカウルがあり、三つの鋭い形のライトが伝説に登場する猛禽類の目を彷彿とさせる。

ナックルガードは鉄芯が入っており、転倒したとしても破損することは間違ってもあり得ない。
エンジンガードとアンダーカウルには傷や錆もなく、大切に扱われてきたことを如実に物語っていた。
フルパニアを装備したバイクは埃一つ積もっておらず、つい先日まで乗り回されていたかのような生気があった。
柔らかいシートの上には一組のライディンググローブが用意されていた。

グローブを付けてからシートに跨り、デレシアはスイッチを操作し始めた。
エンジンの位置が地面から僅かに離れ、アドベンチャータイプの様な姿へと変わる。
これがアイディールの最大の特徴。
電子制御による車種の変更だ。

エンジンの位置を高くすることも、低くすることも、全て電子制御装置が行ってくれる。
更に、走行中にもその可変機能を使用することが出来るため、路面状況の変化に即応できるよう設計されていた。
セルフスターターとキックスターターを両方供えた実用性重視のアイディールは、あらゆる需要に応え、あらゆる供給をすると絶賛された車種だ。

ζ(゚ー゚*ζ「……いい子ね」

一言そっとそうつぶやき、デレシアはタンクを優しく撫でた。
セルスイッチを押すと、低く、そして静かなエンジンが始動した。
ギアをファーストに入れ、クラッチを軽く握りながらアクセルを回す。
コンテナからバイクを出したデレシアはギアをニュートラルに入れてから、ブーンを自分の前に乗せ、ヒートをその後ろに乗せた。

£°ゞ°)「ご要望通りのヘルメットです」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、ロミス」

デレシアとヒートはジェットヘルメットを、ブーンはゴーグルの付いたハーフヘルメットを用意させた。
ブーンだけヘルメットの種類が異なるのは、彼が人とは異なる耳を持ち、それを上手く隠せるのがハーフヘルメットだったからだ。
デレシアは目の前に座るブーンにヘルメットを被せ、ストラップを首の下で止めると彼の垂れた耳が丁度隠れた。
ヘルメットの感触を確かめるように、ブーンが両手でヘルメットを触る。

395 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:27:02 ID:eFiZr2lo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                         , へ、
                   /.:.:.二≧、
                 /.:.:.:.:.:.:.:.:.;二>――‐- 、
                 /_.:.:.:.:.:.:.:ノ________\   /|
                  /.:.:.:.:.:\:.〃  ̄ ̄八i:i八 ̄ ̄ `Yi:iV L....,
              ∨ ̄`ヽ:.:/i{___,,.≦Y⌒Yi≧: __,}:i{:}ハ  く
                /    ,:/{i:i:i:i:i:i:i:i:i/__\i:i:i:i:i:i:i:i入iハ/  おっ
               /      ||i:i≧=-‐ ≦、: :ノ : |l ,≧ ‐-=≦ドi:,
              /       ||i:{,xく: :/⌒/} : :八⌒\}l : ヽ| |l
           {     V ∨ }}: : :,x:=ミイ/ ,x:=ミ、从 : : | ||
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(∪´ω`)「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、やっぱり似合うわね」

ノパー゚)「あぁ、ばっちりだ」

(∪*´ω`)「おー」

準備が整い、デレシアとヒートはバイザーを降ろし、デレシアはブーンのゴーグルをかけてやった。
コンテナがクレーンで動かされ、鉄の軋む音が船倉に木霊する。
その中でも、デレシアの声は見送りに来た六人の耳に明瞭に聞こえた。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃあ、行ってくるわ。
      また会いましょう」

エンジン音を残し、デレシア達三人はオアシズを出てティンカーベルへと向かった。
その姿は小さくなり、やがて、消えて行った。
斯くして、この日。
様々な思惑を持つ人間達が、一つの島に集結することになる。

これは――

396 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:28:51 ID:eFiZr2lo0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

               これは、力が世界を動かす時代の物語
      This is the story about the world where the force can change everything...

                 そして、新たな旅の始まりである
              And it is the beginning of new Ammo→Re!!

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━







Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
序章【concentration-集結-】 了

397 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 18:30:05 ID:eFiZr2lo0
長らくお待たせいたしました
第一章は今月中に投下したいと思います

これにてReknit!!編の序章はおしまいです
何か質問・指摘・感想などあればお気軽に

398 名も無きAAのようです :2016/08/07(日) 21:24:20 ID:XvxH0X3w0
乙乙

399 名も無きAAのようです :2016/08/08(月) 00:07:06 ID:KcW95vd.0

トラギコが大怪我した裏で化物みたいな技巧が披露されてて笑った

400 名も無きAAのようです :2016/08/08(月) 19:23:17 ID:7VdMkyIg0
にしてもギコ空気だな

401 名も無きAAのようです :2016/08/27(土) 17:17:21 ID:Byl/w/Yg0
明日、VIPにてお会いしましょう

402 名も無きAAのようです :2016/08/27(土) 18:08:54 ID:B5qmOFYE0
全裸待機

403 名も無きAAのようです :2016/08/27(土) 21:15:15 ID:I.yGHkmk0
待ってるよ

404 名も無きAAのようです :2016/08/29(月) 21:36:35 ID:7ME1XqpU0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

貴方が走る道。
貴方と走る道。
貴方と過ごした全ての時間を、覚えている。

                   I d e a l
――こ れ が 、 バ イ ク の “ 理 想 形 ”


                                 ――“アイディール”のキャッチコピー

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

橋の上は風が強く、東から西に抜ける横殴りの風が吹いていた。
長い橋は小さな波止場から島に続く唯一の道で、そこを走るのはたった一台のバイクだった。
蒼いハーフカウルを纏うそのバイクは、車高がやや高めで、ちょっとした悪路でも問題なく走れる姿をしていた。
楯のように備え付けられたウィンドスクリーンは、搭乗者の上半身を風から守るために、高く設計されている。

三つのライツを眼のように光らせ、風に押し流されることなくゆったりとし走る姿は、架空の獣の様でさえある。
アイディールと呼ばれるそのバイクを運転するのは、癖の強く豪奢な金髪を持つ碧眼の女性だった。
空を閉じ込めた様な美しい瞳は、まっすぐ正面に向けられている。
そこにあるのは豊かな自然の象徴である山であり、白い鐘楼が聳え立つ“鐘の音街”、ティンカーベル。

ζ(゚ー゚*ζ

どこか愁い影が見え隠れする笑みを浮かべ、バイクを駆る女性の名前はデレシア。
二十代の若々しく、そして整った顔立ちとは裏腹に彼女のカーキ色のローブの下には大型自動拳銃と水平二連式ショットガンがそれぞれ二挺隠されていた。
力が全てを変え得る現代に於いて、銃は老若男女、身体的な障害を除けば全ての力を拮抗させる最高の道具だ。
銃爪を引き絞る力と狙える力さえあれば、赤子でも人を殺せる。

デレシアの後ろには、もう一人、若い女性が座っていた。
こちらは赤い茶色の髪が外側に向けて跳ね、大きな瞳は深い青色をしている。
海原を連想させる青い瞳は、島ではなく、海の方に向けられていた。
ティンカーベルの澄んだ海は陽光を浴び、キラキラと輝いている。

こちらの女性も、デレシアと同じローブを身につけ、その下に銃を隠し持っていた。
彼女の銃は二挺の自動拳銃だが、デレシアのそれと比べて口径は小さく、連射速度と装弾数で勝っていた。
雑兵を相手にするのであれば、こちらの装備の方が理に適っているが、状況によってはデレシアの装備が力を発揮する時もある。
それは、赤毛の女性の背負うコンテナが答えだった。

軍用第三世代強化外骨格、通称、“棺桶”と呼ばれる兵器が関係していた。
棺桶は使用者を強化し、人間離れした力を与える軍事発明品の究極系だった。
堅牢な装甲と強力な武装で、対人は言うまでもなく、対戦車戦闘までも可能にする
デレシアの持つ自動拳銃と専用の弾であれば、大抵の装甲を撃ち抜き、使用者――棺桶持ち――を殺傷せしめる。

ノパ⊿゚)

405 名も無きAAのようです :2016/08/29(月) 21:50:29 ID:7ME1XqpU0
勿論、赤毛の女性、ヒート・オロラ・レッドウィングも強化外骨格と戦う術を持っている。
彼女の背負う棺桶こそが、正にそのための道具だ。
“レオン”という開発名を持つ彼女の棺桶は、コンセプト・シリーズと呼ばれる単一の目的に特化して設計された物で、非常に希少な物だった。
ヒートの使用する棺桶は、対強化外骨格用強化外骨格。

つまり、棺桶を破壊するための棺桶なのだ。
対人でも、対空でもなく、棺桶同士の戦闘でその真価を発揮する。
AからCの記号で大きさを分類する棺桶の中で、レオンは最小・軽量に該当するAクラスの棺桶だが、その力は大きさでは測れない。
巨躯を誇る人間が小さな銃弾で殺されるのと同じように、大きさは単純な力を示しはしない。

デレシアの存在が、それを何よりも雄弁に物語っている。
彼女はその身一つで棺桶相手に大立ち回りを披露し、圧倒する力を持っている。
謎の多いデレシアがどのように生きて来たのか、ヒートは知らない。
デレシアもまた、ヒートがどのように生きて来たのかを知らない。

デレシアの前に座り、タンクに両手を乗せる少年がいた。
過ぎ去る景色に目を細め、喜びを露わにする少年。
その少年もまた、二人と同じローブを着ていた。
違うのは、少年は銃器だけでなく、一切の武器を身につけていない事だった。

幼さの固まりとも言える少年だが、その深海色の瞳の奥には、深い悲しみの色が見え隠れしている。
かつて奴隷として売られ、奴隷として生き、物のように扱われてきた過去を持つ少年は、同年代の子供たちよりも多くの事を経験してきていた。
あらゆる理不尽、暴力、差別を経験した少年の体には沢山の傷が刻まれている。
彼がそのような境遇になったのは、彼の容姿が原因だった。

(∪*´ω`)

ヘルメットの下に隠れている犬の耳と、服の下にある犬の尾。
普通の人間とは明らかに異なる、獣と人間が融合した姿はこの世界では嫌悪と差別の対象だった。
耳付き、と呼ばれる人種である少年は生まれながらにして理不尽な世界で生きざるを得なかった。
だが、その日々は終わりを告げた。

デレシアが彼に救いの手を差し伸べ、共に旅をすることで彼は世界を見知る事となる。
人と出会い、人と別れ、少年は少しずつ成長していった。
少年の名は、ブーン。
名も無き少年にデレシアが与えた、彼の名前だった。

三人を乗せたアイディールの人工知能は、デレシアの運転の癖を学習し、同乗者の体重移動を記憶容量に保存した。
人工知能は三人の名前を記録し、その身長・体重も覚えた。
これで、誰が乗ってもすぐに搭乗者の好みに合わせた走行が出来る。
だがアイディールは己の能力をひけらかすことも、言葉を発することもない。

空を飛ぶ海鳥の鳴き声。
蝉の合唱。
潮の香り。
そして、風を切る音。

406 名も無きAAのようです :2016/08/29(月) 21:52:41 ID:7ME1XqpU0
多くの情報が人工知能に蓄積され、更新され、自己学習機能の向上に役立てられた。
やがて人工知能は、今走っている場所がティンカーベルであることを結論付けた。
この地は前の所有者が何度も訪れ場所であるため、その時のデータを呼び出し、地形ごとに最適な走行情報を用意した。
だがアイディールは何も語らない。

八月九日、三人の旅人と一台のバイクはティンカーベルのグルーバー島に上陸した。

┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編
   :: :. :. :. :. : .:. :. :. : .: .: . :. : .: . :. :. : . :. : . :._,,,- 、 : .: . : .: . :. : . :. :. :. : . :. : . :. :. : . :. :
                    _...,,ー''''''"゙゙: ;: ;: ``、 ; :,,,,-‐'゛`ー^ー-、 :: :. : .: .: . :.: .
      _,,.-ー''''"゙゙`゙''ー-、,,,,-‐'゛:、丶、   ___,,,,.,.、;;.`     .;;;;;.::::::::::::::: : :: : : .;;;;;.
   ,,,,-‐'゛:::....::::::........ . :::~゙"'ー- _,,.--'‐.、_,,.;:--''"´`丶、 .:. :;:::::::::::. : .: .: .: .
   ":;;;: : ;: ;: ;:  ; ::; : ;:; :,,,,-‐'゛ :: :; : ;: ;: ;: : ;: ;: ;: ; ::; ゙''、,,:::::::::::::::::::::::``'‐.、
   ;: ;:  ; ::; :  ;:; :,,,,-‐'゛ :: :; : ;: ;: ;: : ;: ;:;: ;:  ; ::; : ;:; :,,,'::''"'"~''``'‐.、::::::::::::::::
                                          第一章【rider-騎手-】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

バンブー島、グルーバー島、オバドラ島と小さな島々で構成されるティンカーベルの歴史は古く、島に残る多くの建造物が築一世紀以上の物ばかりだ。
長年風雨に晒され続けてきた家屋は、薄汚れているというよりも、経年変化によってその魅力を高めた革製品の様な上品な佇まいをしている。
デレシア一行を乗せたバイクは、その街並みを横目に、山に向けて疾走していた。
傾斜に合わせ、デレシアはギアを一速落とし、アクセルを捻る。

トルクのあるアイディールは、急斜面であろうとも、最低限のギア操作だけでも十分に登り切れるだけの力を持っていた。
道中、すれ違う車輌はごく少数だった。
バイクに乗る人間がすれ違う際、どちらともなく左手を挙げ、軽い挨拶を交わした。
起源については諸説あるが、互いの安全と旅の無事を願うこの行為は“ヤエー”と呼ばれているバイク乗り特有の挨拶だった。

(∪´ω`)「いまのひと、しっているひとなんですか?」

ヘルメットに内蔵された骨伝導スピーカーから、ブーンの声が聞こえてきた。

ζ(゚ー゚*ζ「いいえ、全く知らない人よ。
      だけどバイクに乗っている人同士の挨拶はそういうものなのよ」

始まりはデレシアが生まれるよりも昔にあった習慣だ。
当時は廃れつつあったこの挨拶も、今では大分定着している。
方法については特に形が定まっているわけではなく、自由の効く左手で思い思いに挨拶をする。
例えばデレシアが行った様に手を挙げるだけの挨拶もあれば、ピースサインで挨拶をする場合もある。

事故を起こせば大怪我をする可能性のあるバイクに乗る人間同士、互いの無事を願うのは同じ危険を承知でいる人間だと分かるからだ。

(∪´ω`)゛「なるほどー」

ζ(゚ー゚*ζ「次はブーンちゃんもやってみる?」

407 名も無きAAのようです :2016/08/29(月) 21:53:39 ID:7ME1XqpU0
(∪´ω`)「おー、やってみますお」

車道を覆うようにしてその手を伸ばす木々が作り出す緑のトンネルに差し掛かる。
夏の日差しを忘れさせる木陰が万華鏡のように輝き、三人と一台はその中に入っていった。
自然のトンネルの中は夏とは思えない程涼しく、肌寒さすら覚える程だった。
この時期、ティンカーベルの気候は避暑地に相応しく、夏を忘れさせるほどの気温の低さだった。

一世紀ほど前は今ほどの涼しさはなかったが、ある時期から急激に気温が下がった事でティンカーベルは避暑地として有名を馳せている。
普段であれば観光客の運転する車やバイクで賑わいを見せる時期だが、今は非常事態という事もあり、外出をする人間は少なくなっている。
セカンドロックを破られ、脱獄を許した分かれば、更に外出者は減るはずだ。
こうして平和に挨拶を交わせるということは、島の人間に島が封鎖されている本当の理由は告げられていないだろう。

ジュスティアが持つティンカーベルへの影響力は、他のどの組織よりも強い。
島を束ねる人間よりもジュスティアの影響力が強い理由は、言わずもがな、軍や警察の派遣が迅速に行えることにある。
言い換えれば、ティンカーベルはジュスティアに決して逆らえない。
迂闊にジュスティアの機嫌を損ねれば軍が島を占拠し、ジュスティアの一部として吸収されないとも言い切れない。

現に、今こうして島全体を封鎖しているのはジュスティアなのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ほら、来たわよ」

デレシアが言った通り、対向車線にヘッドライトの明かりが見えてきた。
丸いライトが複数連なって現れ、集団でツーリングをしている人間だと分かった。
距離が縮まり、デレシアが左手でピースサインを出す。
その後ろでは、ヒートが右手を振る。

そして、やや躊躇いがちにブーンも手を振った。
返ってきたのは、壮観な光景だった。
先頭を走る人間は手を振り、その後ろでは両手を挙げ、更に後続車は立ち上がって手を振り、終盤は立ち上がりつつ両手を挙げるライダー達の返礼。
十数台のバイク集団からの挨拶を受け、ブーンはやや興奮気味に――本人の意思とは無関係に――その尾を振った。

(∪*´ω`)゛「おー!」

振り返り、ブーンは喜びを露わにする。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入った?」

(∪*´ω`)゛「おっ!」

これまで、一般人からまともな扱いを受けたことがほとんどなかったブーンにとって、差別とは別次元のこの行為はいい刺激になりそうだった。
人という生き物は、外見から判断するものだ。
ブーンが差別を受けるのも、その耳と尾を見て判断をした結果だが、それが隠れていれば、誰も彼を差別しない。
差別の材料が視界に入らない限り、彼はただの少年でしかないのだ。

408 名も無きAAのようです :2016/08/29(月) 21:54:38 ID:7ME1XqpU0
特に同族意識の強いバイク乗りにとって、子供と女性は貴重な存在であり、その両方から挨拶をされれば答えないはずがない。
そしてデレシアの目論見通り、ブーンは自分を忌避していた人間との交流を果たせた。
これで彼はデレシア達以外の人間にも心を開きやすくなり、これから先の旅で彼の成長の機会を得やすくなる。

ノパー゚)「やっぱりいいな、この挨拶ってのは」

ヘルメットから聞こえてきたヒートの声に、デレシアは同意した。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、本当にそうね」

挨拶と言う行為は人間と動物を隔てる一つの要素でもある。
相手に敵意がない事の表現としての挨拶を、人間は幾種類も持ち、使い分ける。
それは言語を介して、時には非言語で行われる行為で、ここまで高度に発達したコミュニケーション手段を持つのは人間だけだ。

ノパ⊿゚)「それで、まず何をどうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「まずは拠点の確保ね。
       島がどうなっているのか、それを探るのはそれからにしましょう」

ノパ⊿゚)「拠点、ねぇ」

ヒートはあまりその提案に納得していない様子だった。
それもそうだ。
この島はもともと部外者に対して排他的で、今は神経も尖っている状態。
いつにもましてデレシア達は歓迎されないだろう。

拠点を手に入れるとしても、宿泊施設を探さなければならない。
歓迎されない状態で借りる宿泊設備となると、あまりいい気分で泊まることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ「今日は、キャンプをしましょう」

(∪´ω`)「きゃんぷ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そう、キャンプ。
      建物じゃなくて、自然の中で寝泊まりするの」

(∪*´ω`)「……たのしそうですお」

そのための道具はすでに用意してある。
足りないのは食糧ぐらいだった。

ノパー゚)「そりゃあいい。
    飯はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「後で買いに行きましょう。
      まずはキャンプサイトに行って、そこでテントを張りましょう」

脇道を曲がり、細い坂道を登って行く。
舗装されていた道が途中から砂利道になるが、アイディールのセンサーが変化を感知し、サスペンションの調整を行った。
そのため、砂利が立てる音さえなければ路面が変わったことに気付けない程の快適な走行に、ヒートが感嘆の声を上げた。

409 名も無きAAのようです :2016/08/29(月) 21:55:46 ID:7ME1XqpU0
ノパ⊿゚)「すげぇな、このアイディールってのは。
    電子制御サスか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。 この子は路面変化を感知してサスペンションを自動で最適化してくれるのよ。
       それ以外にも自動で切り替えてくれるから、あまり細かい操作はしないでいいの」

ノパ⊿゚)「ほほう」

ζ(゚ー゚*ζ「それに、一度走った道は記録されるから二度目、三度目の時はもっと快適になるわ。
      この子は何度もこの島に来たことがあるみたいだから、もう結構最適化されているわね」

アイディールの優れているのは、自己学習機能を備えた人工知能が搭載されている点だ。
路面情報、走行情報、運転情報などを考慮してすぐにサスペンションなどを最適化させるのだが、常に学習を続けるため乗り手とその土地に合わせた設定を導き出し、細かな不満点をも解消してくれる。
長く乗り続けることによってアイディールは学び続け、乗り手に合った唯一無二の存在と化すのだ。

(∪*´ω`)「すごいおー」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そう。 この子は凄いのよ。
      そうだ、せっかくだし、名前を付けてあげましょうか」

物に名前を付けるという行為は、愛着を強めることになる。
物であれ人間であれ、名前を与えられたものは特別な存在として名付けた人間に認識される。

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ブーンちゃん。
      このバイク、何て名前がいいかしら?」

(∪;´ω`)「ぼくが、かんがえるんですか?」

困惑するのも無理のない話だ。
名前と言う概念は、ブーンにとってはまだ新しい物。
彼はデレシアに名前を与えられた存在であり、それまで名前は別次元の存在だった。
つい最近与えられたものを、別の物に与えるというのは、ブーンにとっては未体験のこと。

デレシアが彼に経験させたいのは、正にその“未体験”そのものなのだ。
彼が名付けることを経験すれば、彼は更に別の事を経験することになる。
得る事と、失う事。

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。これから一緒に旅をするんですもの。
      この子はきっと、私達と仲良くなれるわ」

(∪´ω`)「おー…… えっと……
      あいでぃーる、だから……」

アイディールは悪路による速度低下を懸念し、自動的に両輪走行モードに切り替えた。
タイヤが力強く地面を蹴り、速度が落ちることはない。
キャンプ場まで残り500ヤードと表記された看板を通り過ぎ、ようやく、ブーンが答えを出した。

(∪´ω`)「……ディ?」

410 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 02:32:34 ID:IIxgPy7c0
あれ?

411 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 06:53:53 ID:MK6lQA6.0
したらばが調子悪くてやめた?

412 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 16:22:35 ID:/3kRZ8SI0
結局続きは?

413 昨日したらばが動かなくてorz :2016/08/30(火) 20:25:20 ID:t6mV4x2M0
出てきた名前は、非常にシンプルだった。
それ故に呼びやすく、ブーンなりに考えたものだとよく分かる名前だった。

ζ(゚ー゚*ζ「いい名前ね。
      じゃあ、この子は今日からディちゃんね」

ノパー゚)「あぁ、呼びやすくていい名前だ」

(∪*´ω`)「ディ……!」

心なしかエンジン音が嬉しそうに高く響いた気がしたが、デレシアは何も言わなかった。
ほどなくして三人と一台はキャンプ場に到着した。
開けた場所には背の低い草原が広がり、小さな炊事小屋が一つと少し離れた場所に仮設トイレがあるだけの、非常にシンプルなキャンプ場だった。
利用者は少なく、設営されているテントは五張りだけ。

ディでテントサイトに乗り込み、他所のテントから離れた場所に停めた。
エンジンを切り、ヒート、デレシア、そして最後にブーンが下りた。
キーを抜いたデレシアがタンクを撫で、ディに労いの言葉を小さくかける。

ζ(゚ー゚*ζ「お疲れ様、ディ」

それを見ていたブーンも、真似をしてタンクを撫でた。

(∪´ω`)「おつかれさま……」

ノパー゚)「いやしかし、ほんといいバイクだな」

ヒートも同じように、ディのシートを撫でる。
三人はヘルメットを外し、それをシートの上に乗せた。
デレシアは手櫛でブーンの髪の乱れを直し、ニット帽を被せた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、テントを張りましょう」

パニアからテントと野営道具一式を取り出し、準備に取り掛かる。
四人用のドームテントはヒートとデレシアが広げ、ブーンは折りたたみ椅子を開いてディの傍に置いた。
他に自分が何をすればいいのかデレシア達に訊こうとした時、ブーンは足を止めてディを見た。

(∪´ω`)「……」

「……」

エンジンを切ったバイクが話すはずもなく、当然、何らかの反応を示すこともない。
だがブーンは、ディのエンジンから何かが聞こえているかのように、そこに視線を注いでいた。

(∪´ω`)「……お」

無意識の内に、ブーンの手がタンクに伸ばされる。
蒼い光沢を放つ金属製のタンクは滑らかな触り心地で、生物とは明らかに異なる質感をしていた。
明らかに無機物。
しかし、ブーンが注ぐ視線は無機物に対してではなく、生物に対して向けられるものだった。

414 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:26:54 ID:t6mV4x2M0
デレシアはそれに気付き、内心で少し驚いた。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしたの?」

テントを組み立てながら、デレシアがブーンに声をかける。

(∪´ω`)「ディは、おんなのこなんですか?」

その発言は、デレシアにとって意外そのものだった。
船乗りはやバイク乗りは船やバイクの事を彼女、と呼ぶことがある。
愛着を持つために乗り物に性別を与える行為は乗り物を愛する人間の間ではよくある行為だが、ブーンがそれを知っているはずがない。
思わず作業の手を止め、ブーンの言葉の真意を聞き出そうとした。

ζ(゚ー゚*ζ「どうしてそう思うの?」

(∪´ω`)「なんとなく……です……」

エンジンが入っている状態ならばまだしも、エンジンを切っている状態で人工知能と接触出来るはずがない。
ならば、乗車中に人工知能と何らかの接触をしたのだろうか。
そうだとすれば、このアイディールの人工知能の性別が女性に設定されていることを知る事が出来る。
彼は、本当に“なんとなく”でそれを当てたのか。

ノパ⊿゚)「おーい、タープ張るのを手伝ってくれよ」

テントのペグを地面に打ち込んでいたヒートが、二人に声をかけた。
彼女の足元にはタープの入ったバッグが置かれている。
ドームテントと違って、タープは人数がいた方がすぐに出来上がる。

(∪´ω`)「お!」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、ちゃちゃっと建てちゃいましょう」

タープをバッグから取り出し、ブーンは説明を受けながら三人でそれを組み立てて行く。
ほどなくしてテントの前にタープが建ち、気持ちのいい日影が出来た。
ブーンは椅子をそこに運び込み、デレシアはディを移動させた。
テントの中に調理器具などを入れていくと、パニアケースの中に空きスペースが出来た。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、完成。
      これが私達の拠点よ」

どちらも森林迷彩柄をしているのは、オアシズでテントとタープを取り扱っていた店で最も丈夫で信頼性のある品が、これしかなかったからだ。
その分実用性は高く、どちらの素材もそう簡単に破れそうにない。

ノパ⊿゚)「いい感じだ。
    で、この後はどうする?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ…… 温泉でも行きましょうか」

(∪´ω`)「おんせん?」

415 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:27:49 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「大きなお風呂よ」

夏の温泉はいいものだ。
ティンカーベルは涼しいが、それでもジワリと汗をかいている。
ブーンは子供であるため、体温が高く、やはり汗もかきやすい。

ノハ;゚⊿゚)「まぁそうだけどさ……
     でも、大丈夫なのか? その、よ」

ヒートが危惧していることは分かっている。
彼女は、ブーンの事を心配しているのだ。
温泉となれば、ブーンはニット帽を取らざるを得ないし、ローブも脱がなければならない。
そうなれば、獣の耳と尾が露見し、それを目撃した人間から心無い言葉や暴力を受けかねない。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。地元の人も知らない場所だもの」

ノパ⊿゚)「そんな場所よく知ってるな」

ζ(゚ー゚*ζ「ペニが随分昔に見つけて教えてくれたの。
      何度か使ったけど、誰も来ないわよ」

ティンカーベルには多くの温泉施設があるが、地元客と観光客で賑わう場所ばかりだ。
人が来ない施設は、ブーンにとっては非常にありがたい。

ノパ⊿゚)「へぇ…… ん?
    誰も来ないって、そこは温泉施設じゃないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「露天風呂よ。 ある意味天然で、ある意味人工のね」

(∪´ω`)「ろてん、ぶろ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ。自然の中にあるお風呂の事よ」

ノハ;゚⊿゚)「いろいろと難易度高けぇなおい……」

ζ(゚ー゚*ζ「でも気持ちいいわよ」

装備を整え、三人は再びディに跨った。
エンジンキーを回すと、五連メーターに淡いピンク色の明かりが灯った。

ζ(゚ー゚*ζ「あら……」

オアシズで乗った時、メーターを照らす明かりは青白いはずだった。
設定を変更した記憶はなかったが、おそらく、デレシア達の言動が人工知能に影響を与えたようだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん、ディが喜んでるわよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「名前を貰って、嬉しいみたいね」

416 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:29:28 ID:t6mV4x2M0
(∪*´ω`)「おっ……」

両脚の下にあるタンクを見て、ブーンは両手でそれを撫でた。

(∪*´ω`)「おー」

デレシアの記憶が正しければ、このアイディールは自らの状態を色で表示することが出来るはずだった。
色鮮やかな光で警告や報告を行う機能があり、ピンク色は車両が最高の状態である事を示す色だった。
気候などが関係しているのかもしれないが、おそらくは、別の要因が大きいだろう。
エンジンを始動し、デレシアはキャンプサイトを後にした。

再び林道へと戻り、そのまま山の北西の方に向かう。
山道を下り、道なき道を進んでゆく。
腐葉土の上を駆け、林の間をすり抜け、小川を走り抜ける。

ノハ;゚⊿゚)「確かにこりゃ、人が来るにはきついな」

ディの車高は最大となり、サスペンションもその効力を最大限に発揮しているため、快適な走行は保たれたままだ。
オフローダーでもこうはいかないだろう。
デレシアの腰にしっかりと両手を回し、ヒートは落ちないようにそこに力を込めた。

ζ(゚ー゚*ζ「そろそろ着くわよ」

その言葉通り、三人の耳に水音が聞こえてきた。
川の音に似ているが、しかし、微妙に異なる。
林の間から見えてきたのは、青みを帯びた水で満ちた瓢箪型の池だった。
否、池のようにも見えるが、それは地下から湧き出る湯が作り出した天然温泉だった。

陽の光は生い茂る木々の枝葉によって遮られ、光の筋となって降り注いでいる。
光の筋が照らすのは、温泉から立ち上る湯気だ。

ζ(゚ー゚*ζ「はい、到着」

ノハ*゚⊿゚)「おぉー!」

(∪*´ω`)「おー」

その温泉は林に囲まれる形で存在し、人の手が加えられた様子は微塵もなかった。
正に天然温泉。
人の気配など、全くない。

ζ(゚ー゚*ζ「ね? 人は来ないでしょ?」

ノパ⊿゚)「あぁ、こりゃあいい温泉だ。
    だけど、どうしてここに来ないんだろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「存在そのものが新しいからね。
      それに、ティンカーベルには漁師はいても猟師はほとんどいないの。
      ここまで来る人間は自殺志願者か遭難者ぐらいね」

417 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:30:53 ID:t6mV4x2M0
バイクから降り、三人は温泉へと近寄る。
澄んだ色をした湯を眺めて、ブーンが尾を振る。

(∪*´ω`)「いいにおいですおー」

ノパー゚)「硫黄っぽくないのはありがたいな」

湯の下には簀子が敷かれていた。
温泉を見つけた人間が手を加えた唯一の物だった。

ζ(゚ー゚*ζ「気に入ってもらえればなにより。
      さ、体を洗って入りましょう」

デレシアの提案に二人は同意し、すぐに一糸纏わぬ姿となった。
ブーンは以前に二人と風呂に入ったこともあり、特に抵抗なく服を脱いだ。
ヒートは僅かだが上着を脱ぐ際に躊躇しかけたが、それはほんの一瞬の事だった。
裸になったデレシアの体を見て、ヒートが目を丸くする。

ノハ;゚⊿゚)「……すげぇ」

主にその視線はデレシアの胸に注がれ、次いで均整の取れたシミや傷の無い全身に向けられる。
自然の中に溶け込みつつも、異常なまでの美しさは明らかに浮き出ている。
悠久の時間を経て形成された究極的な美は同性ですら魅了し、自然と調和をすることを、ヒートは改めて理解した。
衣類を手ごろな岩に乗せ、ブーンの背中を押した。

ノパ⊿゚)「じゃあ体を洗うぞ、ブーン」

(∪´ω`)「おっ」

ヒートはその背中に大きな火傷の跡を残していた。
一生消えることも、消すこともない傷。
その傷は彼女の人生を変えた傷。
彼女が“レオン”として生きることになった理由は、その傷が無くても一日たりとも忘れたことはない。

湯で体を濡らしてから、タオルで汚れを落とす。
すでに一度朝方に体を洗っているため、そこまで神経質にならなくてもいいだろう。
ヒートはブーンの体温が高く、汗をよくかく事を知っていたため、彼が体を洗う様子を注意深く見ていた。

ノパ⊿゚)「どうだ、背中に手は届くか?」

(∪´ω`)「はい、とどきますお」

ノパ⊿゚)「……洗い方がぬるいぞ。
    あたしが洗ってやるから、こっちに背中を向けろ」

(∪´ω`)「おっ」

418 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:32:20 ID:t6mV4x2M0
小さなブーンの体には無数の傷がついており、その全てが彼を痛めつけるためだけに付いた物であることは、簡単に推測が出来る。
彼は耳付き。
奴隷として売買された人間は、道具以下の存在でしかない。
道具に八つ当たりをしようとも、誰も咎めないし、良心も痛まないのだ。

傷だらけの背中を、ヒートはタオルで擦る前にそっと触れた。
酷い物だった。
彼の背中は、誰かを守るために傷ついたのではなく、ましてや、自分を守るために付いたのでもない。
ある種の欲望を一方的に吐き出され続けた結果の傷だった。

この歳の子供が背負うべき傷ではない。
獣の耳と尾が何だというのだ。
そんなものは、人間の本質を隔てる要素には成り得ない。
心の奥にしまい込んでいた古傷から、憤りが染み出してきたことに気づき、ヒートはそれを紛らわせるためにブーンの背中を洗った。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

その様子を、デレシアは微笑ましく見守っていた。
ヒートが過去を押し隠し、ブーンに接しているのは初めて会った時から分かっていた。
彼女がブーンを見る目は、姉が弟を見る慈愛に満ちた目であり、深い悲しみを癒すために何かに縋る者の目をしている。
理由はどうあれ、彼女がブーンの味方である事実に変わりはない。

それでいい。
それで十分だ。
ブーンには手本となる味方が必要なのだ。
体を洗い終えた三人は、湯気の立つ温泉に静かに身を沈めた。

爪先から伝わる湯の温度は四十度弱と、他の温泉と比べると低めだ。
肩まで浸かり、たまらず溜息が漏れ出た。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ……」

ノハ*゚⊿゚)=3「ほっ……」

(∪*´ω`)=3「おー……」

涼しい風が吹く中で熱い湯に身を浸す感覚に、三人は揃って目を細めた。
表現し難い気持ちよさが爪先から頭に走り、体の緊張が一気に解けだす。
並んで空を見上げ、ゆったりとする。

(∪*´ω`)「きもちいいですおー」

ノパー゚)「あぁ、いいなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「夏の温泉もいいものよね。
       こういうのをね、風流っていうのよ」

(∪*´ω`)「ふーりゅー?」

419 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:33:44 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「そう。風流。
      冬の満月を背に飛ぶ渡り鳥、朝焼けを背にする桜の木、水平線の向こうに浮かぶ入道雲、黄昏時の銀杏並木。
      いいな、と思ったものが風流なのよ」

ブーンにはまだ少し早い言葉だったが、覚えておいても損はないだろう。

ノパ⊿゚)「しっかし、この温泉を他の人間が知らないってのは不思議な話だな。
    噂にもならないのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「デイジー紛争で出来たばかりの温泉だし、狼も多いからね。
       誰もこっちの方まで来ないし、調べないのよ」

ヒートがぎょっとした表情でデレシアを見た。

ノハ;゚⊿゚)「……おい、狼って言ったのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうよ、狼。
      何か問題でもあるの?」

ノハ;゚⊿゚)「いや、問題も何も、大丈夫なのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 ここの狼は人に慣れていないから」

人に慣れた獣は厄介だ。
人を恐れず、人を危険な生き物と認識しないで攻撃してくる。
しかし、野生に生きる生き物であれば相手の力が分からないのに攻撃をすることはない。
じっくりと出方を窺い、必要最小限の動きで相手の戦力を分析し、それから判断を下す。

狼は群れを成す生き物で、その群れの統率者が優れた判断力を持っていれば、決してデレシア達には手出しをしない。

ζ(゚ー゚*ζ「狼が来たら、私が追い払ってあげるから」

獣が相手であれば、双方の力量の差を理解して無意味な争いを回避するだろう。
目の前にある木の隙間から、潮風が吹きつけてくる。
葉擦れの音に混じって潮騒の音も聞こえてくる。
平穏そのものの光景に、三人は静かにその身を委ねた。

鳥の鳴き声。
虫の声。
静かな風の音。
言葉は、もう必要なかった。

(∪*´ω`)

ノハ*´⊿`)

ζ(´、`*ζ

420 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:34:38 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                    _イニl__ / ̄ヽ_。
                 _,,-ィi三=ー─-、L_Y_ノ,─、
                 Oo='' _,,-──-、ri>`l l   |
                   _,,-':::::::::::::::::i::ト :|=\ ノ __
      r──-、_      /:::::::::::::::::::ノ::ノ,-、:|_二i::l、l_)
    /ニヽ::::://::::::`-、__/:::::::::_,,-──'l l' l.l :トーフ :|
 > ̄::::::::::::: ̄\:::::::::::::::_,,-┴─< r─, `l=_))フ/ l :|ー|| l :|___
 ll_ノ7 ̄ ̄`-、_>ー'' ̄-、=<_,-l、_/_/`-、 //;;/ .l :| ||_,-'::::::::::::::::::>-
  /::::;-─-_,-',-' l、  ) / ゚l、彡 |ー''/ミ-、//7-、 イ`レ::::::::;-─' ̄:::::::::`-、
 /:::::/ミ_,,-'_,l |=、l、_/-、 l彡三Vミミ/-、/ /;;;/   > L,-'ヾV |//7-、:::::::`-、
r-i-'`_,-'-、<l:::::レ-'_,-─',─、__|ミミ/ ////;;;;/   |::::l ::|ミ | ∧//|/,-、::::::::::l、
`┬-、__/___,-'_// l   Y  .V ,-'-/ /;;;/   .|:::|:| l ::|  |X|//,-'/_l、::::::::l、
AM09:45
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

三台のネイキッドバイクがグルーバー島の山中深くにある車道で停まっていた。
バイクに乗る三人は同じデザインの黒い皮製のジャケットを着込み、ヘルメットは被っていない。

( ''づ)「くっそ、見失った……!」

先頭の一台に跨る男が忌々しげに声を荒げた。
その後ろにいる男は首を横に振り、サングラスを外した。

(,,'゚ω'゚)「この先はオフローダーしか行けないぞ」

三人の前で舗装路は終わり、狭い砂利道が暗い森の中に続いている。

从´_ゝ从「くそ……」

彼らの乗るネイキッドタイプのバイクでは、悪戯に車体を傷つけるだけだ。
タイヤも舗装路を走るのに最適な物であり、砂利道や泥道でのグリップ力は期待できない。
転倒すれば彼らの愛車が傷つく上に、そうまでした結果、追跡対象の居場所を把握できるとは限らない。

( ''づ)「どうする?」

(,,'゚ω'゚)「ドジェならまだしも、俺らのじゃ無理だ。
     キャンプ場所は分かってるんだ、装備を整えて夜にやればいい」

( ''づ)「そうするか。他の連中も呼んでやっちまおう」

三人はUターンし、山から街へと向かった。

421 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:36:01 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
;;;。;";;';;;:;ヾ ゞゞ"”;"”";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ'      . . . .. . . . . . . ..  . : .
ノソ:;";;';:;";;;:;ヾ ゞゞ;:;ヾ;ゞゞ;ゞ ヾ;ゞゞ;ゞ                 ノヽ人从ハヘ ノミゝ人
;;;;;(;li/::;;;;ゞゞ:;ゞy”:;ゞゞ;ゞi/:;";;ゞゞ:; ミゞ;;ミゞ             彡::ソ:ヽミゞヾゞ:;ノミヾ::
;;;⌒";ゞゞ;ゞ ヾ:::::"`";;';"”";;';"” ”";;';"”              ノノキ;;ゞilノミ彡个ヽミ爻ゞ
;;;;;ヾノソ";;';"”/ ::,;;ヾノソ";;'ミゞ;;ソゝミゞ;;   ' "''' .':'''' " " '"' "'''. '::: "' "'':::'"''::'':::':'''':::'"''::':'"''
ノ:、\ゞ;ゞ ヾ;li":; / " `;:;";;';:;"”:; ..:i;i;!;!;!i;;..i;i;...;!;i;i;.i;i;,, ..i;ii ,,..'.;'":;. :..''"'"    "''' '''.'
::';" ;;;";;'//;" ;;:。,ゞゞ;ゞ ヾ”:;;  : .:.  .:   *。 .:  .:.:.:.:.';''"'"'i;i;il;l;";!;!i;i;i;;'"'  "'''."''' '''.'"'''.
'ミゞ\” ;:; ::, ;;;;(;;;:`;:;ヾ ゞゞ  :.:.::: :.:.:. :: :: :: :::。: :: :.:. :.:.: ::: : : : ';i;i;i;''!;!;i;:' "'''.  。.. ,、
.:.:.;;:。,,;'ヾ;ヽ ;ミi!/;';"y”” ::::::::::.:.::::. : : : : : :.:.:.:. :.:. : : : : : : : : : :-:::;!;!;!;!;i;:."'''、::::::'''.'"
.:.:.:.:.:.:.:.::l' ;:;ミi!/ );;;)   ;;;  .:.:.:::::::::: 〜:::::::::::..:.:.::.:.:.:._::::::''"'"' "'''.':'''"'ヽヾ.. '.':,、,、:::. :::
.:.:.:.:.:.:.:.:,i' ;:;ミi| .:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:::: :::::::::: :::::: :::::::;;''"'"' "'''.'''.;'":ソ''.':,、,、::::::。.. ::"::::::''"'""::'
,, ;''.'''"':.i' ;;,;ミi|、 ,, ;''.'''"'ヽヾiツィ "'''ヽ ,、 ':,、,ヾi ,、  。.. ,、 ':,、,、::::::。.. ::":::
.:.:.:.::.:.,.,i' ;:,,;,ミ'i,, :,ミ'i,,'.':,、,、:::. "::::::''"'"' "'''':,、,、::::::。.. ::"::::::''
::::'''.''.:wijヘ;;vkWゞ::::::'''.''.':,、,、:::. ':,、,、::::::。.. ::"::::::''
"::::::''、:::.'.''.''."'''AM10:30
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

温泉から上がった三人は服を着て、温まった体を潮風で冷やしていた。
流石にローブを纏う事はせず、ヒートは薄手のジャケットを羽織り、ブーンはローブを腰に巻いた。
上気した体が風で冷やされ、今の季節を忘れさせる。

ノパ⊿゚)「いやー、いいもんだな、夏の温泉」

(∪´ω`)「おー、きもちよかったですお」

ζ(゚ー゚*ζ「それは何より。
       さて、実はまだ続きがあるの。
       はい、どうぞ」

デレシアはパニアから瓶に入ったコーヒー牛乳を取り出し、ブーンとヒートに渡した。
まだ冷えた状態を保つそれは、オアシズでマニーに用意させた一級品だ。

ζ(゚ー゚*ζ「これがなくっちゃね」

ノパ⊿゚)「おいおい、キンキンに冷えてるじゃないか!」
 つ凵

(∪´ω`)「きんきん!」
  っ凵

ヒートは腰に手を当て、喉を鳴らしながら瓶の中身を一気に飲み干した。

ノパー゚)「美味い!」

それを見たブーンも、両手で瓶を持ってコーヒー牛乳を飲んだ。
ヒートのように一気に飲むことは出来なかったが、時間をかけて一瓶を飲み切った。

(∪´ω`)「ぷふぁー」

422 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:37:06 ID:t6mV4x2M0
口の周りに付いたコーヒー牛乳をデレシアが指で拭ってやる。

ζ(゚ー゚*ζ「温泉とこれはセットの様なものね。
      どう? 気に入った?」

(∪*´ω`)「おっ!」

尻尾を振りながら、ブーンは嬉しそうに頷いた。
頭を撫で、デレシアは微笑む。
二人から空き瓶を受け取ってパニアに戻し、ディに跨った。
小さく嘶くようにしてディのエンジンがかかる。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、次は街に行きましょう。
      お昼ご飯を食べてからお買い物ね」

そのついでに、街の様子を観察する、という言葉は言う必要がなかった。
再度三人を乗せたディは、少しも力を衰えさせることなく山道を登り始めた。
来た時とは違う道を使って舗装路に戻り、島の北側から時計回りに進んで南にある街に向かうことにした。
道中、左手の視界が開け、大海原と青空が現れた。

白い雲が夏の真っ青な空に気持ちよさそうに浮かび、空よりもずっと深い青色をした海が宝石のように煌めく。
自然豊かな街の景色は、絵葉書としても人気のある風景だ。
長い緩やかな坂道を走り、再び、自然の作り出した緑のトンネルを通過する。
風呂上がりの体を撫でる風は三人の体を優しく冷やした。

やがて島の北へと戻った三人だが、エラルテ記念病院の前を通りかかった時、デレシアは病棟を見上げた。
そこには今頃、緊急手術を終えたトラギコ・マウンテンライトが入院しているはずだった。
彼の体力がその渾名通り“虎”並ならば、今日にでも退院したいと暴れるに違いない。
優秀な警察官である彼ならば、デレシアの期待を裏切らずにこの島に逃げ込んだ逃亡犯を追いつつ、デレシア達を探すことだろう。

いや、彼がどこまでの警察官なのかは予想でしかない。
ひょっとしたら、最初から逃亡犯に興味はなく、デレシア達を追い続けるかもしれない。
それだとしても、この島に潜む愚か者共の思惑を邪魔する嵐として動いてくれるのは間違いなさそうだ。
時々いるのだ。

生きているだけで周囲に多大な影響を及ぼす人間が。
多くの場合、そういった人間――今回の逃亡犯の様な人間――は犯罪者として世の中に災厄と混乱を撒き散らした末に死に絶えるのだが、警察官として働く場合も稀にある。
トラギコは間違いなくそういう人間だ。
犯罪者にとっては災厄の象徴であり、嵐を伴って現れる獣。

彼は出来るだけ近くにいた方がよさそうだった。
追いつかれず、見失わない絶妙な距離。
その距離を保てば、トラギコはデレシア達に近づく虫を払いのけてくれるはずだ。
彼が望むと望まざるとに関わらず、トラギコは自分の獲物として認識しているデレシア達を横取りされるのを黙って見ていられる人間ではない。

グレート・ベルが見えてくると、ブーンは興奮した様子だった。
周囲の建物と比べてあの鐘楼は背が高く、どこからでも見上げることが出来る。
どこからでも見上げられるという事は、どこからでも見下ろされるという事でもある。
鐘の音街と呼ばれる所以として、相応しい姿だ。

423 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:38:34 ID:t6mV4x2M0
昔ながらの姿を保ったままの市街地には多くの飲食店がある。
地元の魚を使った店などが観光客には人気だが、デレシアはそういった店を今回選ばなかった。
彼女が探したのは世界各地に店を構えるレストランだった。
そういった系列店は内外の人間の区別を付けないし、何より、過干渉ではない。

マニュアル通りに対応する人間はある意味で貴重だ。
マニュアル外の行動をする人間は緊急時には敵にさえなり得る。
特に、今は非常時。
デレシア達を追う人間の中には身分を偽ることに長けている者が数名おり、民間人に扮して彼女達を襲ってこないとも限らない。

むしろ、それが相手の狙いだろう。
この島に逃げ込んだ脱獄犯がデレシア達を襲うには、この混乱に乗じるのが定石。
人目に付く場所は彼らにとって絶好の狩場となる。
彼らがそこに現れると分かれば、デレシアも対応がしやすくなる。

こうして選ばれたのは、全国に店舗を構える大型のファミリーレストランだった。
駐車場にはほとんど車がなかった。
バイクを降り、三人は店の中に入っていった。
案内されるまでもなく、空いた席に進んでいく。

選んだのは、非常口に最も近く、窓から離れ、尚且つ店全体を見渡すことの出来る奥の席だ。
万が一強盗に扮した人間が店に押し入って来ても、余裕を持った対処が出来る。
銃だけでなく、ヒートは強化外骨格という頼もしい兵器を持ち歩いている。
小型・軽量の部類になるAクラスの棺桶を納める運搬用コンテナは、見方によっては楽器ケースに見えないこともない。

ローブで覆い、その全貌を見えないようにして壁際に立てかけているヒートは、流石に手馴れているようだ。
一般人の前でコンテナを見せびらかすことの危険性と、それを携帯しないことによる危険性の両方を理解している。
棺桶には棺桶を持ち出すのが最も理に適った行動だ。
ヒートの持つ“レオン”は強化外骨格との戦闘にのみ特化したもので、それさえあれば、ほぼ全ての強化外骨格との戦闘を制することが出来る。

それを傍らに置き、ヒートは濡れた手拭きで両手を拭いながら、ラミネート加工されたメニューを眺めている。
通路側に座るデレシアの隣ではブーンがヒートの真似をして手を拭い、コップの水を飲んだ。

ノパ⊿゚)「何食うよ?」

腕時計で時間を確認し、ヒートは今の時間が昼食には少し早いことを暗に指摘した。

ζ(゚ー゚*ζ「お茶でも飲みましょうか。
      ご飯はその後でも頼めるわ」

ノパ⊿゚)「そうだな。
    なら、あたしはハーブディーでももらおうか」

デレシアもメニューを開き、リンゴジュースとアイスティーを注文した。
運ばれてきた物を手にしたとき、デレシアは店に一人の顔見知りが入ってくるのをガラスのコップに反射した像で見咎めた。
最後に会ったのは何年前だったか、よく思い出せないが、その顔はよく覚えている。
特徴的な太い眉毛の下に垂れた鳶色の瞳、白髪交じりの茶髪は手入れがされておらず、まるで鳥の巣だ。

初めて会った時から大分老けこんでいるが、放つ雰囲気は熟成され、そこに刺々しさも付加されている。

424 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:39:46 ID:t6mV4x2M0
  _
( ゚∀゚)

ジョルジュ・マグナーニ。
ジュスティア警察でその腕を振るい、多くの事件を解決してきた凄腕の刑事だ。
今のトラギコと似た部分が多々あり、特に似ているのがデレシアを追ってくる点だ。
かつてジョルジュも、デレシアを追ってどこにでも現れた。

理由は分からないが、彼が警察を去ったと風の噂で聞いてからは、それも止んだのだが。
それが今こうして現れたのは、決して偶然の類ではないだろう。
用心深く対処しなければならない。
彼は今世紀でも五指に入る程の優秀な警察官だったのだ。

運よく入り口に背を向ける位置に座っていた事と、背の高いソファだったことが幸いした。
デレシアに気付いていれば、すぐにでも行動を起こしてくるはずだ。
デレシアは卓上に置かれていた紙ナプキンとボールペンを取り、ナプキンに指示を書いた。
ヒートにそれを見せると、彼女は無言で頷いた。

指示は単純に、注文の類を全てヒートが行い、デレシア、という名前を出さない事だった。

ノパー゚)「……ブーン、あたしとゲームをしよう」

(∪´ω`)「おっ?」

ノパ⊿゚)「マルバツゲームだ」

ボールペンと紙ナプキンを使い、ヒートは上下左右に二本ずつの線を引いた。

ノパ⊿゚)「で、この枠のところに三つ揃えれば勝ちだ」

丸とバツを交互に書き、三つ揃った個所に直線を引く。
陣取りゲームの一種で、幼い子供も簡単に出来る。
しかし、その本質は戦略を考え出すことにあり、短い勝負の中でいかに効率よく勝利を手に出来るかが重要だ。
この三目並べは人の性格がよく反映するゲーム。

ブーンの性格がどのようなものか、ヒートは少し試したい気持ちになった。

(∪´ω`)「おー?」

ノパ⊿゚)「まずはやってみようか」

そう言って、二人はゲームを始めた。
三度目でブーンは容量を掴み、どうすれば勝てるのかを考えられるようになってきた。
次第に勝敗が付かないようになり、線の数が増え、ルールの一部が変更された。
それに伴って勝負が決するまでの時間が長くなり、思考する時間が増えた。

ブーンはヒートに一勝も出来ていないが、応用が出来るようになってきていた。
横でその様子を見ながら、デレシアはグラスに反射させたジョルジュの姿が店から出て行くのを確認した。

(∪*´ω`)「おー、おもしろいですお」

425 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:41:57 ID:t6mV4x2M0
ノパー゚)「そりゃよかった。
    頭の体操にちょうどいいから、今度また時間がある時にやろうな」

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ヒート。
      あたしとやってみない?」

ノパ⊿゚)「その言葉を待ってたよ、デレシア」

引かれた線は八本。
通常の二倍。
勝利条件は印を六つ揃える事。
戦闘は、ヒートの第一手から始まった。

ヒートが選んだのは定石と言える、図の中央。
要を押さえたヒートに対し、デレシアはそれを楽しむかのように図上の端に印をつけた。
それに応じてヒートが印をつけ、静かに勝負が続く。
その攻防をブーンは黙って見続け、三分後の決着後も、紙上の印を見ていた。

ノハ;゚⊿゚)「やっぱり強いなぁ……」

ζ(゚ー゚*ζ「偶然よ。ブーンちゃん、どう? 何か分かった事はあるかしら?」

(∪´ω`)「おー……」

少し考え込み、ブーンは首を横に振った。

(∪´ω`)「よく、わかりません……お。
      どうして、デレシアさん、さいしょにここにかいたんですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「それはね、ここに書いておけば相手の狙いが分かるからよ」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「様子を探るために、こうしたの。
       相手が深く考えてくれるおかげで、相手の狙いがよく見えるのよ」

ノハ;゚⊿゚)「……やっぱりか。
     おかしいとは思ったんだよ、そんなところに書くなんて。
     深読みしすぎちまったか……」

ζ(゚ー゚*ζ「悪くはないわよ。
       ヒートの性格がよく出た勝負だったわね」

(∪´ω`)「……デレシアさん、ぼくと、やってくれませんか?」

その申し出を待っていたデレシアは、喜びを隠すことなく、満面の笑みを浮かべた。
新たな紙を取り、線を引く。
先手はブーンに譲った。

(∪´ω`)φ″

426 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:43:35 ID:t6mV4x2M0
ブーンが最初に選んだのは、ヒートと同じく、図の中央。
その初手に、ヒートとデレシアは揃って軽く驚いた。
前の勝負で使われた手を選ぶのは、何故なのか。
デレシアはヒートの時とは異なり、ブーンの印の斜め隣に印を置いた。

やがて、そこから攻防が始まった。
奇妙な攻防だった。
一進一退の攻防ではなく、すぐに決着をつけようとしない戦いだった。
最初、ヒートはデレシアが手加減しているのだと思ったが、すぐにそれが誤りだと気付いた。

ブーンの印のつけ方はヒートのそれに酷似しているが、デレシアの手法にも似ている。
デレシアが行っているのは、ブーンがどのような手を選んでくるか、その見極めだった。
例えば、Aの場所に書くのが定石だとしたら、ブーンはCを選ぶ。
Cに対してDが有効な対処であれば、デレシアはKの場所を選んだ。

こうして勝負が決した時には、ほぼ全ての場所に印が書かれていた。

ζ(゚ー゚*ζ「惜しかったわね」

(∪´ω`)「おー、ざんねんですお……」

ブーンは気付いていないだろうが、彼はこの短時間でヒートの攻めとデレシアの搦め手を取り入れてそれを使っていた。
やはり、ブーンには優れた才能がある。
1を知れば10を理解するのではなく、1を知れば10を吸収する才能。
その正体を理解できないため、彼自身は気付くことが出来ないが、実践の場では大いに力が発揮される種類の才能だ。

(∪´ω`)「……お」

ブーンがおずおずと、遠慮がちにヒートを見上げた。

ノパー゚)「あたしともう一回やってみるか?」

(∪*´ω`)「おっ!」

こうして、ヒートとブーンは第二戦を始めた。
ヒートの思った通り、ブーンは人の技を吸収しているというのがよく分かった。
最初の頃とは違い、ヒートと同じ様に好戦的な位置に印を書いていた。
彼女の考えでは、このゲームは防戦した者は負けるか、勝機を逃すかの二択だった。

攻撃こそ最大の防御であり、最善の策だ。
炎には炎を。
ブーンもその考え方を己の一つとして吸収してくれるのであれば、この上なく喜ばしいことだ。
彼の中に自分の考えが根付き、彼を形成していくのは子を育てる喜びに近い。

もっとも、ヒートにとってブーンは子と言うよりも弟としての認識が強かった。
それでも喜びは同じだ。
それはデレシアも同じだった。
彼女もまた、ブーンが多くを吸収する姿を見て喜び、感心していた。

ノパー゚)「残念、あたしの勝ちだ」

427 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:45:20 ID:t6mV4x2M0
そして二人の勝敗を決したのは、年季の差だった。
ヒートは戦いながら、いくつもの道を用意していた。
それに対してブーンは、ヒートの攻める姿勢を学んだがために、その道に気付けなかった。
デレシアの搦め手を用いても、ヒートは一方的に攻め続け、ブーンの策略を打破した。

彼はまだ、策略を策略として使いこなせていない。
だがそれは経験の問題だ。
この紙上で行ったゲームで分かったのは、ブーンにはもっと多くの経験を積ませる必要があり、それが彼の力になる事だ。
吸収した物を理解し、それを応用できれば、間違いなく今以上の速度で成長できるはずだ。

全ての勝負で負けたが、ブーンは満足そうだった。

(∪*´ω`)「おー、ありがとうございました……」

敗北を引きずるのではなく、そこから学ぶ姿勢がブーンにはある。
それがある限り、彼は全ての事象から学び続ける事だろう。
すっかり時間も過ぎ、昼時となったのを機に、三人は昼食を摂ることにした。
メニューを開き、デレシアはピザを、ヒートとブーンはローストビーフサンド、そしてアイスカフェオレを三つ注文した。

注文した品は驚くような速さで提供された。
回転率を重視する店ではよくあるように、この店でも冷凍食品を解凍し、淡々と盛り付けて調理するだけの料理が出される。
それで栄養価が下がるという者もいるが、そのような些細な問題を気にしていたら、この世の中で生きることは出来ない。

ζ(゚ー゚*ζ
ノパー゚)  『いただきます』
(∪*´ω`)

三人は声をそろえてそう言ってから、目の前の食事を食べ始めた。
デレシアの注文したピザはトマトソースの上にモッツアレラチーズ、そしてバジルの葉を乗せただけのものだった。
しかし、デレシアは複雑さが料理の上手さに直結しない事を知っていた。
このピザはある意味で完成系の一つであり、これ以上余計な物を乗せる必要もないのだ。

八分の一に切り分けられた内の一切れを食べ、期待を一切裏切らない味に、満足そうに笑みをこぼした。
モッツアレラチーズとトマトの組み合わせが至高の一つに数え上げられるように、それの添え物として最適なのはバジルだ。
甘みの中に溢れ出る旨みを堪能し、瞬く間に一切れが胃袋に消えた。

(∪´ω`)「んあー」
  つ□⊂

ブーンは、その口には大きすぎるローストビーフサンドに齧り付いているところだった。
見るところ、三枚の白いパンに挟まっているのはクレソンとローストビーフ、それとサニーレタスの様だ。
一口食べる度、レタスが千切れる子気味の良い音が鳴る。
頬張り、咀嚼し、飲み下す。

その一連の動作が年相応の子供らしくあり、デレシアは食事を忘れてその姿を見ていた。
向かいのヒートもまた、ブーンと同じようにして齧り付いている。
それが彼女の配慮なのだと、デレシアは気付いていた。
ブーンには食事のマナーを教えるよりも、食事を楽しい物だと認識させなければならない。

428 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:46:40 ID:t6mV4x2M0
彼はこれまで、今では想像も出来ない程の環境にいたのだ。
生ごみの食事を与えられ、暴力の挨拶で一日が始まり、罵倒の言葉を浴びせられて過ごしてきたのだ。
今では人の目を見て話が出来るようになり、言葉にも最初の頃の様なたどたどしさはなくなっている。
道中に出会った人間の影響というのは大きく、ブーンは日に日に多くの言葉を学んでいる。

未だに発音はぎこちないが、完璧に発音できる単語が一語だけあることに、デレシアは気付いていた。
“餃子”である。
オアシズ内の露店で販売されていたそれを食べたブーンは、本来発音の難しいとされるその言葉を素直に覚えた。
それ以外の言葉についても同じようにして吸収できるかと思われたが、今のところ、餃子の一語だけである。

ノパー゚)「うん、美味いな」

(∪´ω`)「おー」

こうして見ていると、ブーンはヒートによく懐いているのが分かる。
彼女と同じメニューを頼んだのもそうだが、ヒートが無意識の内にする仕草を、ブーンも真似る時がある。
例えば美味だと感じたものを食べた後、小さく唸るところ。
例えば、紙ナプキンで口を拭う仕草。

ブーンはヒートを手本に、多くを学んでいた。
それが嬉しかった。
デレシアだけに頼るのではなく、ブーンは他の人間を信頼し、その動きを取り入れる事が出来ている。
徐々に人間らしさを取り戻す彼の姿に、デレシアの胸が温かくなった。

食事を終えた三人はレストランを後に、腹ごなしも兼ねてスーパーマーケットへと徒歩で移動した。
輸入品の全てが停止した状態とはいえ、まだその初日だけに打撃は少なそうだった。
店頭に並ぶ生鮮食料品の数が減ってくるのも時間の問題だろう。
この緊急時に漁が許されるとは思えないため、まず真っ先に店頭から消えるのは魚だ。

ティンカーベル近海の魚は豊かな自然に育まれ、実にいい味をしている。
カツオのたたきを食べたかったのだが、デレシアは別の機会にすることにした。
別の場所でもそれを食べることは可能だ。
夕食に必要な食材の前に、まずは献立を考えなければならない。

ζ(゚ー゚*ζ「何か食べたいものはある?」

買い物かごを押すブーンとヒートに、ブーンは後ろからそう尋ねた。

ノパ⊿゚)「使える調理器具を考えると、そうさな……」

(∪´ω`)「……」

ノパ⊿゚)「ん? どうした、ブーン?」

(∪´ω`)「あの、えっと……」

ζ(゚ー゚*ζ「遠慮しなくていいのよ、ブーンちゃん」

(∪´ω`)「……ヒートさんのおりょうり、たべてたい……です……お」

429 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:48:42 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「……あたしの?」

全く予想していなかった言葉に面食らったヒートは、カートを押す手を止めてブーンを見下ろした。
以前にブーンが食べたヒートの食事は、ペペロンチーノだけだった。
それは二人が最初に会った日の夜の食事。
思い出のメニューだ。

(∪´ω`)「だめ……ですか?」

ノパ⊿゚)「いいけどよ、何であたしなんだ?」

(∪´ω`)「えっと……その……」

助けを求めるような目でデレシアを見るが、デレシアは微笑んだまま、ブーンに自力で想いを口にするよう促した。
しばらくそうして葛藤し、ブーンは頬を赤らめながら、勇気を出して言った。

(∪*´ω`)「ぼく……ヒートさんとおりょうり……すきで……
       それで……いっしょに、つくってみたくて……」

間があった。
そして、感情の爆発があった。
カートから手を離し、ヒートはブーンを抱き上げた。

ノハ*^ー^)「嬉しい事言ってくれるじゃないか、えぇ、ブーン!!
      よし、あたしと一緒に料理しよう!」

(∪*´ω`)「やたー」

ローブの腰の辺りが揺れているのは、ブーンの尾が喜びで反応している証だった。
左手でブーンを抱き上げたまま、ヒートは右手でカートを押し始めた。
その背中に背負う棺桶の重量を考えれば、彼女の膂力は大したものだ。
並の男よりも鍛え上げられた筋肉と無駄をそぎ落とした体は、彼女がその体を手に入れるために血の滲むような努力を費やしたことを如実に物語る。

仲のいい姉弟のように、二人は売り場を見て食品を手に取ってはヒートがブーンにそれについて教えた。

ζ(゚、゚*ζ

デレシアは慈母の目で二人を見ていた視線を店の片隅に転じさせると、途端に冷酷なそれに代わった。
科学者が実験動物を見るように、化学反応を見守るようにしてそこに立つ買い物客を睨む。
腰を曲げた老人。
熟練の探偵が注意深く観察してみても、老人の挙動にしか見えないだろう。

だがデレシアは、その老人がこちらに注意を払っていることに気付いていた。
恐らくは、ティンバーランドに属する人間だろう。
今すぐに撃ち殺すことは勿論の事、誰にも気づかれずに縊り殺すことも出来る。
その選択は後でも選べるし、今は、相手に情報を与えておいても問題はない。

430 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:49:24 ID:t6mV4x2M0
むしろ、こちらが与えた情報を基に動いた方がこちらも予想がしやすい。
さて、これで相手はこちらがこの島に上陸したことを把握したことだろう。
これによって、相手がとる行動を制限する事が出来る。
実に不便で哀れな連中だ。

こ ち ら の 位 置 が 分 か る た め に 、 行 動 が 制 限 さ れ る と い う 事 は 。

ノパー゚)

ヒートもその視線に気づいており、デレシアに視線を向けた。
彼女も同じように、相手の監視をそのままにしておく方が得策だと判断したようだ。

(∪´ω`)「ヒートさん、これはなんですか?」

ノパー゚)「それは鮪っていうんだ」

(∪´ω`)「まぐろ」

ノパー゚)「そう、鮪だ」

ブーンはその視線に気づいた様子がなく、買い物と語学学習に夢中だった。
海鮮コーナーを見終えた二人は、すでにいくつかの食品をかごに入れていた。
今日の献立はヒートが考える流れになっている。
ならばデレシアは、二人が無事に買い物を済ませ、料理を作れるように見守る役割を担えばいい。

次々と買い物かごに入れられる食品から、デレシアは献立がゴーヤーを使ったチャンプルーと呼ばれる料理であることを見抜いた。
必要なのは豆腐、ゴーヤー、そして豚肉。
細かな調味料の類を除けば、全て揃っている。
バラ肉が用意できなかったため、ヒートはベーコンを代用するようだ。

デレシアは米を炊くのは時間と手間がかかることから、ロールパンを一袋手に取った。
パニアにはすでにいくつもの道具が詰まっており、そこまで広い空きスペースはない。
買い溜めは野営に向かない。
カゴにロールパンを入れ、デレシアは周囲にさりげなく視線を巡らせた。

会計を済ませてからも、三人を監視する視線は消える気配がなかった。
買い物袋をブーンと一緒に持つヒートは、デレシアに目配せした。
その目はこの後どう動くのかを訊いている目だった。
デレシアはそれに、何も気にする必要はないと微笑み返した。

恐らく、彼らは夜に騒ぎを起こすはずだ。
ジュスティアが駐屯している今、この昼間に事を起こすはずがない。
そこまでの下地を整える余裕はなかっただろう。
仮にあったとしても、彼らの性格を熟知しているデレシアは、昼間の襲撃はまだ先の事だと分かっていた。

荷物をバイクに詰め込みつつ、デレシアは一計を案じることにした。

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと、どこかの宿に行きましょうか」

431 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:50:18 ID:t6mV4x2M0
そう言って、デレシアは二人を乗せてグレート・ベルの傍らにある宿を目指してディを走らせた。
石畳の道を通り、グレート・ベルの姿が大きくなってくる。
やがてある建物の看板を見つけたデレシアは速度を落とし、他の二人に声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「……あそこにしましょう」

それは古びた石造りの三階建ての建物で、看板が無ければ民宿とは分からない。
申し訳なさ程度の看板も木で作られ、遥か昔にその塗装がはげ落ち、朽ちたものだ。
営業しているのかどうかも危うい。
トタンの屋根が付いた駐車場にディを停めて、木製の扉を前にした。

ノハ;゚⊿゚)「えらく味のある宿だな、おい」

ζ(゚ー゚*ζ「ここは基本的に無人だからね」

ノパ⊿゚)「無人の宿?」

ζ(゚ー゚*ζ「ずーっと昔にあったシステムなんだけどね。
       最低限の人間だけでやりくりするために、掃除担当の人間ぐらいしかいないのよ」

ノパ⊿゚)「それでやってけるのか?」

無人宿泊施設。
その仕組みが確立されたのは遥か昔で、費用をかけずに観光客を大勢招き入れるために生み出されたのが始まりだ。
ここでは無人のフロントで部屋の鍵を販売機で購入すれば、誰でも部屋を使うことが出来る。
料理は一切なく、ただの宿泊施設としての機能を備えたそれは、効率を徹底して求めた末に辿り着いた一つの到達点。

扉を押し開くと、そこには販売機だけが佇むだけで、人の気配はまるでない。
埃っぽい建物の床は木で作られ、歩くたびに軋む音がした。
ブーンの体重でも床は軋んだが、それは警報にもなる事を意味している。
滞在日数に応じた銅貨を販売機に入れ、空き部屋の鍵を手に入れる。

デレシアは鍵を持って三階まで上がり、殺風景な部屋に入るとすぐにカーテンを閉めた。
ヒートは部屋の鍵とチェーンをかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、今の状態について確認しましょう」

ノパ⊿゚)「スーパーからここに来るまでに一人、つけてたな」

ブーンをベッドの上に乗せて、ヒートは言った。
デレシアもヒートと同じ意見だったが、別の点で言えば、その数字は異なる。

ζ(゚ー゚*ζ「尾行は一人、でも、観察者は複数いたわ」

ノパ⊿゚)「っていうと?」

ζ(゚ー゚*ζ「一人はグレート・ベルの上から。
      もう一人は建物の上から見ていたわ」

432 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:53:28 ID:t6mV4x2M0
カーテンを引いた窓の外に目を向け、デレシアはそう言った。
向けられていた視線は二種類。
一つは狙撃手のそれ、そしてもう一つは、捕食者のそれだ。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、これから忙しくなってくるわよ」

そして、デレシアとヒートはこれからの動きについて話を始めた。
ブーンもその話を聞きながら、自分がこれからどう動いていくべきなのかを理解しようと努めた。
計画は単純だった。
そもそもの目的はニューソクの無力化にあり、ショボン一行の排除ではない。

彼らが襲ってくるのであればそれを叩き落とすだけで、攻め入るような真似は必要ないのだ。
備え付けのキッチンで湯を沸かして、デレシアは紅茶を三人分用意した。
ブーンのそれには、砂糖をたっぷりと入れた。
それは、このホテルに置かれている唯一の飲食物と言ってもいい。

ζ(゚ー゚*ζ「まずは私達を狙ってる人間がいる事を前提に、ニューソクを無力化しないとね」

ノパ⊿゚)「で、どこにあるんだ、そのニューソクは」

ζ(゚ー゚*ζ「ティンカーベルに幾つも島があるのは知っているわね?」

ノパ⊿゚)「あぁ、詳しい数は知らないけどな」

(∪´ω`)スズッ……
  つ凵

ζ(゚ー゚*ζ「その島の一つに、グリグリ島っていうのがあるの。
       島の地下にニューソクがあるわ。
       と言っても、一度も稼働したことがないから、動くかどうかは元から分からないけどね」

ティンカーベルを代表するのはバンブー島、グルーバー島、オバドラ島だが、それ以外にもジェイル島などの小さな島が多く存在する。
グリグリ島もまた、そう言った小さな島の一つ。
特長と呼べる特徴もなく、住んでいる人間もいない。

ζ(゚ー゚*ζ「そこに行くには、グルーバー島から船を出さないといけないの。
      周囲は人工と天然の岩礁で木製の船からあっという間に沈んじゃうわ」

ノパ⊿゚)「なら、どうするんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「海が駄目なら地下を使えばいいのよ」

ノパ⊿゚)「……連絡用トンネルでもあるってのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。 作業員用のトンネルがあるの。
      ただ、そのトンネルの入り口がちょっと面倒なのよ」

433 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:54:25 ID:t6mV4x2M0
小さなメモ帳に、デレシアは島の地図を描いた。
島の南側。
そこに、とある施設がある。
正確には、施設の跡地が。

ζ(゚ー゚*ζ「元イルトリアの駐屯基地があるの。
       そこに入り口があるの」

ノパ⊿゚)「元、ってことは、今はどうなってんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「ジュスティアの駐屯基地よ」

そう。
島の有事に備えてジュスティアは駐屯用の基地をティンカーベルに用意しており、今はその有事の時だった。
基地には武器を持った兵隊たちが屯し、派遣された警察官たちも大勢いる事だろう。

ζ(゚、゚*ζ「ね、面倒でしょ?」

ノパ⊿゚)「確かに、面倒だな。
    だがよ、そこを使わないといけないんだろ?」

ζ(゚、゚*ζ「行こうと思えばやれるんだけど、あんまり好きじゃないのよね。
      円卓十二騎士も来てるし、面倒を増やしたくないの」

ノパ⊿゚)「円卓十二騎士って、そこまで厄介な相手なのか?」

ζ(゚、゚*ζ「そうねぇ…… 厄介と言えば厄介ね。
      ジュスティアの最高戦力で、おまけに所属に関係なく独立して動けるのよ。
      だからある意味、トラギコと同じぐらい厄介ね」

ジュスティアの最高戦力ともなればトラギコとは違って多くの組織を自由に動かせる権限を持ち、一度恨みを買って追いかけまわされれば、旅自体に支障が出てしまう。

ノパ⊿゚)「そりゃヤだな」

ζ(゚、゚*ζ「もう一つあるわ」

他にも円卓十二騎士が厄介な点がある。
彼らの大好きな言葉は正義であり、不正を決して許さない。
犯罪者を前にすれば、警察官以上の正義感で仕事を果たそうとしてくる。
ヒートが殺し屋の“レオン”だと分かれば、例え緊急時だとしても見逃すことはない。

その点に注意をするようデレシアが伝えると、彼女は返事をする代わりに紅茶を啜った。

434 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:56:07 ID:t6mV4x2M0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 9th
                            厶 --====ミ
     /三三三三三ミト、      __,. -===   ̄ ̄ ̄ ̄/
     .∨         `ヾヽ  ,. 彡 ´           /
      :∨            \Y/             /
      : r∨          | |              /
      入∨             | |           ,.  ´ ̄}
     :〈  ) )           | |          (_,..  ´ ̄}
PM07:21
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それに最初に気付いたのは、ブーンだった。
夕食の時間を過ぎてからも文句一つ言わず、オアシズでもらったスウドクの本を黙々と解いていた手を止め、窓の外に目を向けた。

(∪´ω`)「お?」

次に気付いたのは、デレシアだった。
僅かに遅れて、ヒートも気付いた。
何やら、街が騒がしい。

ζ(゚、゚*ζ「……何かしら」

(∪´ω`)「かじ……?」

答えを出したのはまたもやブーンだった。
彼の耳は人間のそれよりも遥かに発達しており、外の声を聞き取ることなど造作もない。

ζ(゚、゚*ζ「ブーンちゃん、ヒート! 耳を塞ぎなさい!」

(∩´ω`)「お」

ノ∩゚⊿゚)「ん?」

その判断の正しさが、窓を震わせる大音量の鐘の音によって証明された。
デレシアはこのタイミングで起きた二つの動きを関連付け、それがティンバーランドの人間が仕掛けた物だと結論付けた。
この鐘の音は何かを隠すための物で、火事は鐘の音を鳴らすための物だ。
なりふり構っていられないという事なのだろう。

ティンバーランドの人間は、よほどデレシアに強い恨みを抱いたのだろう。
それでこそ、潰し甲斐があるというものだ。

ζ(゚、゚*ζ「建物を出るわよ!」

相手の次の動きを読み、デレシアは建物から出ることを選んだ。
二人に窓から離れるように指示を出す。
鐘の音が声による意思疎通を完全に遮断していた。
しかし、ヒートにならばデレシアの意図は伝えられるはずだ。

435 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:56:48 ID:t6mV4x2M0
身振りでこれからカーテンを開くが、そのタイミングで部屋の明かりを消すように伝える。
ヒートはそれを理解し、デレシアが動くのを待った。
デレシアの見立てではグレート・ベルに狙撃手が一人いるが、大した脅威にはならない。
こちらが窓から飛び出しでもしない限り、角度と言う最大の問題がある。

高所から遠距離を狙う狙撃手は、その性質上、足元が死角となってしまう。
今回デレシアが鐘の音を我慢してでもこの宿を選んだのは、狙撃の目を摘むためでもあった。
本気でこちらを殺そうと思っているのならば、狙撃手だけでなく、別の部隊も来ているだろう。
しかし、グレート・ベルに狙撃手がいるというのも、別働隊も全てはデレシアの推測にすぎない。

そこで、狙撃手に一発撃たせることで、その位置と存在を確かめようと誘うことにした。
デレシアは窓の前に立ち、カーテンに手をかける。
合図をして、一気にカーテンを引いた。
部屋の電気が消え、デレシアがその身を軽やかに翻した瞬間、窓ガラスが割れた。

だが銃声は鐘の音のせいで一切聞こえず、床に開いた小さな穴だけが銃撃が確かにあった事を物語っている。
角度を見て取っていたデレシアは、それが間違いなくグレート・ベルから放たれた物だと察した。
となると、当初の予定ではやはり狙撃によってデレシア達を亡き者にしようとしていたのだろう。
この宿にデレシア達がやって来た時点で計画は破たんしたと判断するべきだろうが、おそらく、別の目的もあって火事を起こしたのだろう。

ならば別の人間達がデレシア達を追うべく配置されているはずだ。
手を空けるため、二人にヘルメットを被るよう指示をする。
これで多少の音は防げる。
また、顔も隠せるため、万一の襲撃者がいたとしても時間を稼げるだろう。

デレシアは左手でデザートイーグルを抜き、それを構えて部屋の扉を蹴り破った。
蝶番ごと吹き飛んだ扉は向かいの壁にぶつかって砕け、細かな木片が散った。
鐘が鳴るたび、床板も床に散った木片も振動していた。
デレシアが先行し、その後にブーン、そしてヒートが続く。

彼女の手にはすでに銃が握られていた。
難なく一階まで降りて来たデレシアは、胸のどこかにあった違和感の正体に気付いた。
これはテストなのだ。
デレシア達がどう動くのか、どのような人間なのかをシュール・ディンケラッカーとデミタス・エドワードグリーンに見せるための試験。

出方を窺うためのから騒ぎなのだ。
本気ならば、部屋の前にクレイモアを仕掛けたり、建物を爆破したりすればいい。
成程。
前回の反省を生かすという点で言えば、相手も少しは成長したようだ。

デレシアは駐車場に向かい、ディに跨る。
視線が、夜空をオレンジ色に染め上げる方角に向けられた。
間違いなく、エラルテ記念病院の方角だった。
そこはトラギコが入院しているはずの病院で、そこが燃やされている可能性は高かった。

ζ(゚、゚*ζ「……」

436 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 20:59:27 ID:t6mV4x2M0
憤りを抑え、デレシアはバイクを山に向けて走らせた。
最初の予定通り、キャンプサイトを拠点として使えばいい。
もっとも、そのキャンプ場さえ特定されている可能性の方が高いだろうが。
夕食を摂る時間ぐらいは得たいものだ。

尾行者がいない事を確認しながら、デレシアはアクセルを捻った。
すっかり日の暮れた山道は、当然だが、午前とは違う表情を見せていた。
迷い込む者を歓迎する、夜の口腔。
獣の潜む魔城。

街灯などと言う気の利いた物はなく、月と星だけが頭上から彼女達を照らしていた。
ディはすでに記憶された道を走っていることを理解しており、デレシアの運転と路面に合わせて最適な走行状態を選んでいる。
悪路はただの路として三人の前に広がり、ディは難なくそれを走破した。
宿を出てから三十分後、三人はキャンプサイトに到着した。

タープの下にディを停め――キーは差したまま――、パニアから食材を取り出した。
ヒートはテントからランタンを取り出し、そのスイッチを入れてタープから吊るした。
鐘の音はまだ響き続け、消火活動のために走る消防車のサイレンも合わさった。
山から見下ろすと、やはり、燃えているのはエラルテ記念病院の様だった。

だが森に住む生物たちは何事もなかったかのように、各々の歌を歌い、蠢いている。

ノパ⊿゚)「やっぱり来やがったな」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、でもあれは様子見のための動きね。
      本命は別のタイミングにあるはずよ」

ノパ⊿゚)「様子見だったら、あれはあたし達がどう反応するかっていうのを見るのが目的だったってことか?」

ζ(゚ー゚*ζ「その通り。そしておそらく次は、戦闘方法を盗み見ようとするはずよ。
       それでデータは揃うはずだから」

襲撃の際に知っておきたいのは、相手の行動パターンだ。
攻撃と逃走。
この二種類の行動さえ見ることが出来れば、襲撃方法を考案することが出来る。

ノパ⊿゚)「なら、その前に飯を食わなきゃな。
    ブーン、腹減ったろ?」

(∪´ω`)「……お」

ノパー゚)「遠慮すんなって。
    今からちゃっちゃと作るから、手伝ってくれるんだろ?」

ナイフとアウトドア用のまな板――把手が付いている――を手に、ヒートが緊張や苛立ちを感じさせない優しげな声でブーンに話しかけた。
その笑顔と声に感化されたのか、ブーンは不安そうだった表情を綻ばせた。
早速調理を始め、ブーンは野菜の下ごしらえをすることになった。
デレシアはナイフの使い方をブーンに教え、手本としてゴーヤーを切った。

ζ(゚ー゚*ζ「中の種は綺麗に取ってあげるのよ」

437 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:01:49 ID:t6mV4x2M0
(∪´ω`)「お!」

街で起きている喧騒をものともせず、三人は和気藹々と食事を作り始めた。
バーナーに火を灯し、クッカーを乗せてそこでベーコンを焼く。
ベーコンから染み出した油を利用し、切り分けたゴーヤーと豆腐を混ぜ、塩コショウで味を調える。
炒め終えたチャンプルーを皿に取り分け、主食となるロールパンと共に食べる事となった。

ブーンは調理中、ヒートが手際よく食材を切り、それを炒める様子をじっと見ていた。
その目は好奇で嬉々として輝き、ヒートの動きは魔法のように見えたことだろう。
瞬く間に調理を終えた料理を前にして、ブーンの尻尾は終始揺れ続けていた。

ノパー゚)「さ、何はともあれ飯だ、飯!」

(∪*´ω`)゛「おー!」

ζ(゚ー゚*ζ「美味しそうね」

ノパー゚)「ちょっと薄味だが、口に合えばいいんだけどな」

ヒートが何故薄味にしたのか、考えるまでもない。
ブーンのためを思っての事だ。
彼は聴覚や視覚、嗅覚だけでなく味覚も人間よりも発達している。
濃い味付けの物は彼にとって毒に成り得る。

ζ(゚ー゚*ζ「いただきます」

ノパー゚)「いただきます」

(∪´ω`)「いただきますお」

三人は口を揃えてそう言ってから、皿に盛られた食事を食べ始めた。
ブーンが幸せそうにチャンプルーを口に運ぶ姿を見て、ヒートは嬉しそうに微笑んでいた。

ノパー゚)「どうだ? 美味いか?」

(∪*´ω`)「はい!」

ζ(゚ー゚*ζ「お世辞抜きに美味しいわ」

デレシアもこの味付けが気に入った。
ゴーヤーの苦みと塩味が絶妙に合わさり、夏の味を感じさせる。
豆腐とベーコンもいい仕事をしており、味に物足りなさを感じるという事もない。
練り込まれたバターの味がするロールパンとの相性も良く、この夕食は先ほどまでの緊張状態を和らげてくれた。

ノハ*^ー^)「そりゃ良かった」

ヒートの笑みはデレシアとブーンの言葉に向けての反応だったが、本当は、ブーンの言葉と反応が彼女を笑顔にしたのだと分かる。
日に日にブーンとヒートの距離は近いものになり、歳の離れた姉弟そのものへと変わっている。
実に喜ばしく、良い事だ。
調理したチャンプルーを全て平らげたブーンは、パンをちぎってそれで皿を拭った。

438 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:02:57 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、偉いじゃない!」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「パンでお皿を拭うの、偉いわ」

(∪´ω`)「えっと…… ししょーが、こうしたほうがいいって……」

ブーンにとっての師匠とは、ロウガ・ウォルフスキンの事である。
イルトリアの軍人であり、前市長の護衛。
狼の耳と尾を持つ耳付きの彼女の実力はヒートをも凌駕し、棺桶を使っての戦闘でも引けを取らない事だろう。
“レオン”の能力が如何に優れていても、使い手の経験値が低ければ意味がない。

ロウガの経験値は、殺し屋として生きてきたヒートを遥かに凌ぐ。
彼女は生粋の戦闘家。
キャリアが違う。
オアシズで訓練がてら手合わせをしてヒートが負けたのは、必然としか言えない。

それでも、ヒートはまだ強くなるだけの余地がある。
ロマネスク・O・スモークジャンパーとロウガの意見と同じように、彼女のこれからに期待できる。
食事を終えた三人はそれぞれの食器を持って炊事場に向かい、それを丹念に洗った。
洗い終えた食器を持ってテントに戻る途中、デレシアは二人に提案をした。

ζ(゚ー゚*ζ「この後、せっかくだからテントでゆっくりと寝ましょうか」

ノハ;゚⊿゚)「……マジか?」

ζ(゚ー゚*ζ「休める時に休むものよ、人間はね」

確かに、この非常時に眠るのは敵に無防備な姿を晒すことになりかねない。
だが、休まないのも相手の思惑にはまることになる。
休息を怠った人間が普段では決してはまることのない罠にはまり、取り返しのつかない事態に発展するのは珍しい話ではない。
デレシアは休息の重要性を理解していた。

相手がこちらの力量、反応を調べる段階にあるのだとすれば、本命を投入してくることは考えられない。
使うとしたら、雑兵だ。
雑兵で計測を終えた後、本命として手元に置いているシュールとデミタスを動かすだろう。
ならば今は休む時だ。

この島で動くには、ジュスティアとティンバーランドの二つの勢力の目を掻い潜らなければならない。
一人ならば造作もないが、二人も同行者がいれば、そう容易に事は運べない。
だからこそ、休むのだ。
休息し、これからに備える。

それが最も理想的なこちらの対抗策だ。
攻め入る者と、それを受ける者。
有利に働くのは数で勝る方だ。
相手の戦力が読めない以上デレシアにとっての立場は後者、つまり、攻撃を受ける側という事になる。

439 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:04:43 ID:t6mV4x2M0
こちらにとって生命線になるのは言わずもがな、相手の情報だ。
知る限りではショボンが関わり、それ以外の人間については現地で雇った雑兵ぐらい。
正確な数を知らないこちらが不利なのは言うまでもない。
ショボンと言う男は、それを知った上で、二人の人間を脱獄させたのだろう。

脱獄犯であれば情報は少なく、かつ、即戦力になるからだ。
彼らへの情報提供を兼ねて、今回の計画を練ったと考えれば、次もまた、有象無象の捨て駒を使ってくるはずだ。
それも、時間を空けて。

(∪´ω`)「あの……」

ζ(゚ー゚*ζ「ん? どうしたの?」

(∪´ω`)「ディは、何も食べなくていいんですか?」

補給、という単語を知らなかったのか、ブーンは食べるという単語を使った。
それがある意味で的確なため、デレシアは訂正することはしなかった。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、せっかくだからここのお水をあげましょうか」

ディはバッテリー、そして水を動力源として動く。
バッテリーも水もまだ十分にあるが、ブーンは自ら名付けたバイクに何かをしたくて仕方がないのだ。

(∪*´ω`)゛「おっ」

自分にも何かが出来ると分かったブーンは、その日で一番の笑顔を浮かべた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 10th
 :::::::::::::::::::::::::::::::::..:..:::::::::::::::::::::::。:::::::::::::::::::::::::. . . . 。.::::::::::::::::::::::::::::。::::::::::::::::::::。:::::::::::::::::::☆::::
 ::::::::::::::::::::::::。:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::  。. ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::。:::::::::::::。::::::::::
 ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::。::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: . ..:  ::::::::::::::::::::::。:::::::::::::::::::::::::::. .☆ .:::::::::::::::::::::::::。
  ̄`''--、__,,,_,,,,__,;;w--─--、___:::::::::::::。: . :.::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::。::::::::::。::::::::::
     _  ___  ____--─ー──~'''~`─-、._,,、w─''"" ̄  ̄ ̄`''--、__,,,_,,,,__,;;ー-‐''''"~~~
 ─''"~   ̄   ̄    ̄^ー-‐''''"~~~`‐-‐''~^ヘ,,__,, __            (;; ;: :    ::::
 ::::                                        (;;; .; : :;;;::: ::;;;;;;::::::::::::::
AM00:58
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それは、火事の騒ぎも静まり、キャンプサイト全体も虫の鳴き声しかしなくなった深夜の事だった。
川の字になって寝ていたデレシア一行は、静まり返っていた山に響いたエンジン音で目を覚ました。
高いエンジン音が複数。

ζ(゚ー゚*ζ「お客さんよ」

ノパ⊿゚)「……リハビリがてらだ、あたしがやるよ。
     運転を頼む」

ζ(゚ー゚*ζ「よろしく、ヒート」

440 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:06:32 ID:t6mV4x2M0
二人はヘルメットを被る。
すでに戦闘準備は整っていた。

(∪うω`)「お……」

まだ寝ぼけているブーンを抱えて、デレシアはディに乗った。
起きている状態ならまだしも、眠っている状態でバイクにそのまま乗せるのは危険だ。
ブーンを後ろに座らせ、ローブを使って彼とデレシアをしっかりと結び付けた。
その後ろにヒートが乗り、同じようにしてデレシアと自分をローブで固定させ、それからブーンにヘルメットを被せた。

ノパ⊿゚)「よっしゃ、いいぞ!」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっと激しいドライブになるけど、しっかりね」

ノパ⊿゚)「任せな」

キャンプサイトの入り口に、一つ目のライトが浮かんだ。
そして、続々と現れたのはバイクのヘッドライト。
総勢で十台以上はいるだろう。
深夜という事を完全に無視した爆音を響かせて現れたバイクは、友好的な人間が乗っているとは思い難い。

各々が掲げるのは銃身の短いショットガンやアサルトライフル。
モーターサイクル・ギャングの特徴とも言える黒い皮のジャケットを着た彼らは、ライトに照らし出された蒼いバイクを見た時、反応が追いつかなかった。
ヒートが右手に持つベレッタM93Rの瞬きは、半数以上の男達の命を一瞬の内に奪い去った。
彼女のM93Rはフルオート射撃が可能なように改造されており、律儀にも自らの頭部の位置を示す格好で現れたのが仇となった。

デレシアはディを一気に加速させ、山道に入り込んだ。
遅れて銃声が数発響くが、すでにその射線上にデレシア達の姿はない。
慌てて後に続くオフローダータイプのバイクは三台のみ。
最後尾に4WDのランドクルーザーが続く。

ノパ⊿゚)「……っ!」

山道を登る四台のバイク。
性能の差は、瞬く間に現れた。
銃を構えるヒートはその照準が思った以上に揺れないことに驚いていたが、後続の三台はヘッドライトが上下に激しく動いている。
狙い撃つのは難しそうだが、やってやれないことはない。

狙いをヘッドライトよりわずかに上に向ける。
そこに胴体が必ずあるからだ。
そして銃爪を引き、一台が転倒した。
続く二台目は、それを踏みつけて追跡を続行する。

大した努力だが、とヒートは嘲笑した。
三発を連続で発砲し、二台目のバイクに乗っていた人間がバイクから落ち、しばらくの間オフローダーは無人のまま走ってから倒れた。
残りはオフローダーが一台と、車輌が一台だけ。

ノパ⊿゚)「しつこい連中だ!」

ζ(゚、゚*ζ「下り道になるから気を付けて」

441 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:09:27 ID:t6mV4x2M0
ノパ⊿゚)「あいよ!」

デレシアの宣言通り、バイクは峠を越えたかのように急な下り道を走り始めた。
ブーンに背中を預け、ヒートはバイクが現れるのを待った。
飛ぶように現れたバイクに向けて、ヒートは弾倉を使い切るまで銃爪を引き続けた。
銃弾の当たり所が良かったのか、そのバイクは爆発を起こし、花火のようにばらばらになった。

残るは車輌。
だが、今ヒート達が走っている道には入ってこれないことは分かっていた。
となると、先回りされている可能性が考えられる。
弾倉を交換し、ヒートはデレシアの腰に手を回した。

ζ(゚、゚*ζ「飛ぶわよ!」

ノハ;゚⊿゚)「おっ!!」

反射的に、ヒートはデレシアの腰に回した腕に力を込め、ブーンが万が一にも落ちないように気を付けた。
そして、浮遊感。
舗装された車道に飛び降りた衝撃のほとんどはディのサスペンションが吸収し、無効化した。
速度と路面の変化を感じ取ったディはすぐに走行スタイルを変更させ、デレシアはそれに応じてギアを上げて速度も上げた。

すぐ後ろにはセダンが走っており、更にその後ろには追跡者であるランドクルーザーがいた。
バックミラーに映る二台の車両の内、敵勢力はランドクルーザーだけと判断したデレシアは、更に速度を上げて二台をミラーの点に変えた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
August 10th
      '(ヽ(:::::::   ) ソノ  ))) /ヽ     ||  ((ヘ) (::::: (::::::::    \  へ  )
       ヽ(::::::::   )ノ ノ/|| /  \       |:|   (:::: ( (:::::::::: ⌒      )
        `ヽ从人/ノ::::: ))  || /    \     |:|   ヽ从ヽ(::::::::::   ソ    )'
           |;;:::: |'ヽ,、,、ノ   /        \         |l| (::::::      ) ソ )
           |;;:::: |/|::|  /           \         |l| 〃(::::::: ノ )ノ)
           |;;:::: |  |::|  /             \       |l|  ( ノ人从ノ)ノ))
           |;;:::: |  |::| ./             \       .ゝ|:::::::: |ノ
         /|;;:::: |  |::|/                   \       |:::::::: |
       /  |;;:::: |   /                      \      |:::::::: |
AM01:23
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

それに気付いたのはヒートだった。

ノパ⊿゚)「……何か来るぞ」

音が接近してくるのもそうだったが、小さな明かりが近付いてきていた。
車でも、バイクでも有り得ない程の速度。
カーブをものともせずにやって来るそれは、こちらを追っているのだと分かる。
そうでなければ、あれほどの速度で走る必要がないからだ。

デレシアはミラーに一瞬だけ目を向け、答えを出した。

442 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:10:07 ID:t6mV4x2M0
ζ(゚、゚*ζ「……あぁ、やっぱり。
      さっきのセダンに乗ってたの、ライダル・ヅーだったのね」

ノハ;゚⊿゚)「……あの、ライダル・ヅーか?」

ジュスティア市長の秘書である彼女の事を、ヒートは聞いたことがある。
幾度も死刑判決を言い渡し、死神とさえ呼ばれる彼女は、ジュスティアの体現者の一人だ。
一度掴まり、彼女が事件を担当した時には死を覚悟しなければならないと言われるほどの冷酷さ。
その女性がこの島にいるのは、ジュスティアがよほど事態を深刻に見ているからに他ならない。

ζ(゚ー゚*ζ「ま、イージー・ライダーだから大丈夫よ。
      顔を向けないように気を付けてね」

ノハ;゚⊿゚)「何がどう大丈夫なのか分からないんだが……」

鬼火の様な光が接近してくるのを見て、ヒートはそれが人型である事に気づき、驚愕した。
コンセプト・シリーズの棺桶だ。
高速で走るディに追いつけるほどの速度で迫るそれに、ヒートは銃を向けようとしたが、諦めた。
この弾丸では、装甲を破ることは出来ない。

(::[ ◎])『そこのバイク、止まりなさい!』

バイクを転倒させられたら、こちらは間違いなく死ぬ。
追いつかせるわけにもいかないため、ヒートは背負っている棺桶を使おうか逡巡した。
だがそれは必要なかった。

ζ(^ー^*ζ「ディの方が優秀ってことよ」

その言葉の意味を理解したのは、デレシアが突如として進路を山中に向けた時だった。
未知の変化を察知したディはオフロードタイプに切り替わり、悪路をものともせずに走るが、後ろにいた棺桶は車道からついて来ようとしなかった。
否、ついてこれないのだ。
急斜面と悪路を前に恐れをなして、その足を止めたのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「舗装路でしかあの速さを発揮できないのよ、あの棺桶は」

その一言は、ヒートの中にある疑問を更に増長させた。
強化外骨格は非常に多くの種類があるが、コンセプト・シリーズの棺桶はそれ一種類しか存在しない。
量産機ではないのだ。
だから、その名前と能力を一致させるためには古い文献――イルトリアに保管されているとされる書物―――か、実際に戦闘をしなければならない。

デレシアは先ほどの棺桶の名前だけでなく、弱点まで知っていた。
果たして、彼女はこの世界の何を知っているというのだろうか。
いや、逆だ。

443 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:11:34 ID:t6mV4x2M0
.





彼 女 の 知 ら な い 物 は 、 こ の 世 界 に あ る の だ ろ う か。






Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
第一章【rider-騎手-】 了

444 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 21:12:15 ID:t6mV4x2M0
ちょっと途中で止まってしまいましたが、これで第一章は終了です。

何か質問、指摘、感想などあれば幸いです。

445 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 22:07:06 ID:cEh5Oss20
乙乙
Vipでも読んだけど面白い。
出てきた新キャラの中で1番気になっているのが、ジョルジュ・マグナーニなのでこのあとデレシアとどう関わっていくのか気になりますね。
差し支えなければでいいんですけど、ジョルジュ・マグナーニのモデルはダーティハリーの警部さん?

446 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 22:11:29 ID:t6mV4x2M0
>>445
おっ!
その通りです!
彼の持っている棺桶も起動コードもまんまあの人です!

447 名も無きAAのようです :2016/08/30(火) 22:19:17 ID:cEh5Oss20
>>446
あっ、やっぱりそうなんですね。
ということはジェイソン・ステイサムがモデルのキャラが出て来る可能性もあるな。トランスポーターとかメカニックとか。
質問に答えてくれてありがとうございます。

448 名も無きAAのようです :2016/08/31(水) 16:57:52 ID:QXA/Bgv20
>>442
未知の変化→道の変化?
未知の道ってかけてる?

449 名も無きAAのようです :2016/08/31(水) 21:03:49 ID:DYpp8EZc0
>>447
(=゚д゚)「……」
https://www.youtube.com/watch?v=VSB79jprKow


>>448
誤字で……ございまする……

450 名も無きAAのようです :2016/08/31(水) 22:23:12 ID:YTeS0Z0g0
>>449
トラギコさんすいませんでした。orz

451 名も無きAAのようです :2016/09/04(日) 13:31:16 ID:TOAzsqvU0
虎かっけえなおい

452 名も無きAAのようです :2016/10/01(土) 17:47:35 ID:NrOKzHQY0
明日VIPでお会いしましょう

453 名も無きAAのようです :2016/10/01(土) 18:12:15 ID:6NdHa8aU0
お見かけします

454 名も無きAAのようです :2016/10/01(土) 19:55:18 ID:m1qNR.6g0
待ってます

455 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:10:01 ID:slfccTV.0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

      The fuckers who deny my vendetta can't stop me, forever and never.
               復讐を否定する奴に、あたしは止められない。
     ヽ/ ! ` l´,ヘ ', ヘ.∧,-、   ` ‐' ‐-='´---,
      | | !   f'/,ィV ', ',∧^リ         _, ‐'‐-..、
      | | !   | イリ' V.', ',∧'、     -/:::::::::::::::::::::::
.     -=| l. l /    l. ', l ∧ ヽ r-.、γ´::{:::::, ---- 、
       ',ヘ. ヘ. __    ! l ト. ト.ヽ/:::::::::{:::::::::l:':::::::::::::::::::::   Heat ・ Ororus ・ Redwing
        ヾヘ. ハ. ` _ j ハ | ', l >ヽー-、{::::::::::',::::::::;:::::::'l´ ――ヒート・オロラ・レッドウィング
         \ 'ーチl !| l | (.!|' 、:::`:::::::',::::::::::',:::::::::::::::l
          ∨ l. ト. リ':l |::_lj〉`:ヽ::::::::::}::::::::::}::::::::::::∧

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

月明りが世界を仄かにモノクロに染め上げる静かな夜。
一台のバイクが、鬱蒼と茂る木々の間を猛烈な速度で走り抜けていた。
巧みなハンドル捌きで運転する黄金色の髪を持つ女性は、ヘッドライトを切った状態にも関わらず、周囲の木の位置が分かっているかのように運転していた。
曲芸じみた技術を目の当たりにし、驚きの表情を浮かべるのはタンデムシートに座る赤髪の女性。

闇に目が慣れてきた彼女も、密生した木の輪郭を見つけることが出来るが、この速度を保ったままバイクを運転できるかと言えば、答えは否だった。
路面が不安定であり、尚且つ高速移動中に視界が狭まる事を赤毛の女性は知っていた。
そして、二人の間では一人の少年が小さく寝息を立てていた。
犬の耳と尾を持つ少年は、運転する女性の服を辛うじて掴んではいるが、まるで起きる様子がない。

三人を乗せた高性能なバイクは、世界中、あらゆる場所を走破できるように設計されており、落ち葉や腐葉土で柔らかく不安定なこの地面でも二つの車輪はしっかりとその役割を果たしている。
二輪駆動によって実現する並外れた走破能力は、野生動物さながらである。
四本の足を持つ動物がその足で大地の変化を察するように、そのバイクはタイヤ越しに大地を感知し、走りの性質を変えていく。
それだけではなく、馬が主人と認めた者の走り方を覚えて気遣うのと同じように、このバイクは運転手に合わせて多くを学習し、それを形にしていく力があった。

バイクの名は、アイディール。
全てのバイクの理想形であり、作り手と乗り手の理想の結晶だった。
アイディールには名が与えられていた。
それは、アイディールが――彼女が――誕生してから、初めての事だった。

(#゚;;-゚)

カタログ上の名前ではなく、個として識別するための名前。
他の誰のものでもない、自分だけの物。
名前を与えられた彼女は、何度もその瞬間のことについて反芻し、自己学習を行った。
間違いなくそれは人間の感情で“喜び”であり、“感謝”の気持ちが芽生えていることが分かった。

自分で導いた答えに、彼女は疑問を持たない。
彼女の中に疑問はないのだ。
彼女は人工知能。
声を発することの無い、寡黙な存在。

456 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:12:19 ID:slfccTV.0
乗り手が心地よく走るためだけに生み出された道具。
道具が疑問を持つ必要はない。
道具に必要なのは、ただ、乗り手に奉仕をするという気持ちだけなのだ。
この瞬間、“ディ”と名付けられた人工知能は己の矛盾した考えに一瞬の内に気付いた。

乗り手に奉仕をするだけであれば、喜びなどと言う感情は不要のはずだ。
はずだ、という考えがディに更なる考えを促した。
不要ならば最初からシステムに組み込まれないし、生まれることの無い考えだ。
だがそれが生まれたという事は、必要な物だから生まれたのだ。

ディは考えた。
思考することで彼女の人工知能は成長し、よりよい物へと進化する。
そう作られているのだ。
自己学習機能を備える彼女は、全ての経験を糧として機械的に日々成長を重ねる。

その過程で産まれた“感情”は、最初は形骸的な物だったと記憶している。
喜怒哀楽。
その四つだけだった。
特に深い意味はなく、それがバイクにとって良い物か、それとも悪い物かでしか判断は出来なかった。

やがてそれが経験と共に深みを持ち、複雑な感情が生まれたのだ。
ある時は若い狙撃手の女性を乗せて、短い間ではあったが旅をした。
彼女はディとあまり交流を深めようとするタイプではなかったが、その扱い方は常に気遣ってくれていた。
かつてこの島の山と道を走ったのも、彼女とだった。

彼女が今どうしているのか、ディは知らない。
その次の乗り手は、若い男性だった。
彼もまた狙撃手で、その前の乗り手の女性と一緒に乗る事が多かった。
狙撃手の彼はマフラーの位置を変えて、より多くの路を走れるようにしてくれた。

数十年、彼と世界を走り回った。
だが彼も、ディの存在には気付いていないかのように走り、気を遣ってくれた。
ただ、彼の気遣い方はまるで宝物を扱うようだった。
そうして、彼が今どこにいるのか、ディが知る術はない。

次の持ち主はディにほとんど跨ることなく、彼女を飾って眺め、時折エンジンを吹かして室内で走らせるだけだった。
やがて過去の記録を振り返っては考えることで時が流れ、今の持ち主――恐らくは金髪の女性――が久しぶりにディの事を認知してくれた。
彼女に認知され、そして、少年が認知した。
本来、名前は意味のない情報という事で記録されないのだが、この二人の名前ともう一人の搭乗者の名前は非削除対象として記録された。

金髪の女性はデレシア。
耳付きの少年はブーン。
赤髪の女性はヒート。
この三人は、ディの記録媒体に初めて記録された搭乗者の名前だった。

これまでの記録と照合しても、彼女達のような人間は初めてだ。
ライトを消して夜の林道を猛スピードで駆け登る人間も、これだけ激しい運転の中、完全に安心しきって眠る少年も。
ディにとっては、知らない人間だらけだった。
彼女達との旅は、どれだけ続くのだろうか。

457 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:13:48 ID:slfccTV.0
当然、その答えを彼女が知るはずもない。
乗り手が旅を止める時、彼女の旅も終わる。
かつて、彼女が生まれたばかりの時代の乗り手達がそうであったように、別れは突然やって来るのだ。
それを悲しむことなく、彼女は新しい乗り手のために尽くし続けるだけ。

だがそれでも。
ディは、機械らしからぬ感情を抱いていることに気付いていた。
久しぶりの未知の存在は、彼女にどのような経験をさせてくれるのだろうか。
彼女達はどのような旅をして、どのような道を見て行くのだろうか。

自分は果たして、どこまでそれを見て行くことが出来るのだろうか。
この三人が共に居続けるかどうかなど、ディには分からないのだ。
彼女は何も喋らない。
彼女に口はなく、何かを話す必要がないのだから。

(#゚;;-゚)

彼女は、無言で疑問を抱き続け、考え続け、成長し続ける。
この先の旅が実りあるものである事を願いながら、ただ、走り続けるのだった。

┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reknit!!編
:::::;;;:゜:::::::::.:.:.:.; ○ ;.:.:.::;:::::;;;::::::::::*::;:;:::::::;::::::::;;;::゜::::::;:;:::::;;:::::::::::;;;:::::;;;::::::::::::;:;:::::::;:::::::::
:::::::::::::::::::::::::.::.:.:.:.:.:.:.::゜:::::::::::::::::::::::::::::::::::: :::::::::::::::::::::::。:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
:::.::...::..:.:.::.::..::::....:::::......::::.....:::...::.:.:.:::::.::...::..:.:.::.::..::::....:::::......::::.....:::...::.:.:.:::::.::...::..:.:.::.::..:::::::
:: :: :: :: :: 。 :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :  ,,,.-‐=-:、 : :: :: :: :: :: :: :: :: :: :: :::
... . .............:..........:......:............:.........:..........:..........:.. ,,..-'"´..;;;;;;;;;;;::;:~ー- ...,,, .:............:.....:.
                         第二章【departure-別れ-】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

夜襲から時間が経過し、日付の変わった暗い時間。
虫たちですら、その声を潜め始める真に暗い時間帯。
三人の旅人を乗せた一台のバイクは、キャンプサイトに戻ってきていた。
エンジンを切ったデレシアは、小さく溜息を吐き、冷えた空気を肺に送り込んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ふぅ……」

月が傾き、夜の闇も大分深まった深夜。
彼女達が戻ってきたキャンプサイトには、生きている人間は一人も残っていなかった。
テントの中で銃声を聞いた少数のキャンプ客は皆一目散に逃げ出し、後に遺されたのは無人のテントと死体だけだ。
死体は皆、同じデザインの服を着ていた。

モーターサイクル・ギャングと見て間違いないだろう彼らの傍らには、エンジンの切れた愛車が無残に横たわっている。
後部席にいたヒート・オロラ・レッドウィングが降り、熟睡するブーンを担ぎ上げた。
体を丸めて少しでも体温を保とうとする彼を赤子のように胸に抱くヒートは、ブーンの寝顔を見て感心した風に声を発した。

458 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:15:17 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)「あれだけ暴れたっていうのに、よく寝られるな」

銃撃戦然り、激しいカーチェイス然り。
大人でも心臓の鼓動が激しくなることは必至の状況下で、ブーンは割と早い段階で眠りに落ちていた。

ζ(゚ー゚*ζ「安心しきっているのよ。信頼の証として受け取りましょう」

ノパー゚)「そうだな……」

確かに、ブーンは二人を信頼していた。
二人にとって、ブーンは家族の様な物だ。
彼が困った時には手を差し伸べるし、彼が成長するのを誰よりも身近で見守る事が出来るのは彼女達にとって至上の喜びだ。
眠る彼の頭からヘルメットを取り、乱れていた髪の毛をヒートが手櫛で直してやる。

(∪*´ω`)「……お」

ブーンは身じろぎし、ヒートの方に体を寄せた。

ノパー゚)「……」

眠るブーンの頬にそっと口付けし、ヒートは愛おしげにブーンを見つめている。
その目は慈愛に満ち、強い母性が垣間見えた。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、少しだけ寝てから街で朝ごはんを食べに行きましょう」

ノパ⊿゚)「だな。 早朝なら連中もそうそう動かねぇだろう」

二段階の襲撃を振り払ったとしても、それで終わりになるわけではない。
デレシア達を狙う人間は現地にいた人間を使い捨ての駒として使ってきただけで、直接的な被害は何一つ被っていないのだ。
強いて言うなら、間抜けな狙撃手が銃弾を無駄にしたぐらいだろうか。
こちらの反応を見たティンバーランドの人間は、もう間もなく本命の駒を動かしてくるはずだ。

雑兵で得た情報を使い、動かしてくる駒はおそらくは二つ。
盗みに長けた“ザ・サード”デミタス・エドワードグリーン。
誘拐に長けた“バンダースナッチ”シュール・ディンケラッカー。
この駒を動かし、デレシア達の命を奪う、もしくは別の何かを狙ってくるだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「むしろ逆かも知れないわね。
       なんにしても、私達が休まないようにしてくるでしょうね。
       だから今は少しでも休みましょう」

テントにそのままにされていた寝袋を整え、ヒートがブーンをそこに寝かせた。

ノパ⊿゚)「どうする? 順番に見張るか?」

ζ(゚ー゚*ζ「私が見てるわ。
       だから、ブーンちゃんの傍にいてあげて」

ノパ⊿゚)「分かった」

459 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:18:08 ID:slfccTV.0
ヒートはブーンの隣に寝そべり、瞼を降ろした。
テントの入り口を閉めて、デレシアは星空を見上げた。
見事な星空だ。
かつて、世界が第三次世界大戦を迎える前には想像も出来なかったであろう圧倒的な星の輝き。

星の海、という表現が最適だろう。
葉擦れの音と潮騒の音が横殴りの雨のように周囲に満ちている。
そして煌く星々の音さえも、そこに紛れていそうだった。
静かなこの夜の時間は、昔から少しも変わっていない。

全てが黒の輪郭へと変わり、本来の像を曖昧にする時間。
デレシアは折り畳み式の椅子に座り、ステンレスのマグカップを直接バーナーの上に置いて湯を沸かした。
沸いた湯にスティック状の袋に入ったインスタントコーヒーを溶かし、適温に冷めるのを待つ。

ζ(゚ー゚*ζ「……」

かつて。
星はもっと遠くの存在だった。
月は手の届かぬ存在であり、星は夢そのもの。
何もかもを手に入れた人類が、決してその手にすることが叶わなかったこの満天。

手に入らぬと理解した人類は汚れた夜空を見捨て、街の明かりに価値を見出した。
人の営みの証である豊かな明かりを発する街は、宇宙から見ても都市の形がはっきりとわかる程煌々とし、人々の視線を空から地上に引き摺り下ろした。
星を地上に再現した彼らがこの空を見たら、どう思うだろうか。
気の遠くなるほど長い時間をかけて世界が取り戻した、この夜空を。

この時代に生きる人間にとっては何ということの無い景色だが、肉眼で星の帯をここまではっきりと直視出来る事が、どれだけ素晴らしい事か。
別の銀河が目に映るこの夜空の価値は、どれだけ希少な宝石にも勝る。
そして、それを見上げながら飲むコーヒーの味は格別だ。
挽きたてのコーヒーでなくとも、その水面に映る星の輝きだけで十分。

コーヒーを飲み、そっと溜息を吐く。
思い返すのは、ヒートとブーンの関係の進展具合だ。
出会ってからまだ約十日。
半月も経過していないが、二人の仲はかなり親しくなっている。

初めてであった頃のブーンは人間全般に対して恐怖心を抱いている感じだったが、今ではその名残も薄れている。
彼は出会いと別れの中で成長し、年相応に人に甘えることを覚えた。
ようやく取り戻した彼の人生は、これから先、どう変化していくのか。
すでにティンバーランドと関わりを持った以上、彼の人生は平穏無事に進むことはない。

デレシアがかつて何度も潰してきた組織の芽が、彼女の目を掻い潜ってここまで成長していたとは予想外だった。
“世界を黄金の大樹にする”、という彼らの理想はいつの時代も多くの信仰者を作ってきた。
これまで鳴りを潜めていた彼らがこうして目立った行動をするという事は、ある程度の準備が整ってきたという事なのだろう。
今さら潰しようがない、潰されようがないと慢心しての行動なのだろう。

確かに、今回の相手は世界に根付く大企業、内藤財団が背後にいる。
財力、影響力共に申し分ない。
隠れ蓑として使うのにも十分だ。
これまで通り旅を続けていても、再びデレシアの旅路を邪魔してくるに違いない。

460 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:19:04 ID:slfccTV.0
旅はまだ途中。
果てしのない旅を足止めする者があるのならば、デレシアのすることはただ一つ。
路傍の石ころと同じように処理するだけだ。
蹴り飛ばすか、踏み潰すか。

あまり二人には迷惑をかけたくないが、同じ旅をする以上、多少は手を貸してもらった方が助かる。
恐らくだが、敵はデレシアを直接狙うのではなくその周囲から切り崩しにかかってくるだろう。
直接的な対決ではデレシアに勝てないと知る者がいれば、間違いなくそうしてくる。
そうなると真っ先に狙われるのはブーンだ。

なるほど。
相手の狙いは二つだ。
一つはブーンの命、もしくはそれを利用してデレシアを動揺させる。
そしてもう一つは、ヒートの持つ棺桶だ。

ほぼ全ての強化外骨格の天敵である“レオン”は、ティンバーランドが是が非でも手に入れたいものだろう。
実際、オセアンで狙われていたのは“ハート・ロッカー”と“レオン”だった。
そのために街一つを犠牲にするような作戦を展開したが、まるで焦った様子も躊躇う様子もなかった。
彼らが強化外骨格を手に入れるために文字通り手段を選ばないのは、オアシズでも証明されている。

シュールがブーンを攫い、デミタスが棺桶を盗む。
そしてこちらが混乱している隙を突いて、デレシアに攻撃を加えるつもりだろう。
コーヒーを新たに口に含み、胃に収める。
夜明け前まではまだ時間がある。

それまでの間、デレシアは無言で星空を満喫することにした。
星は何も語らない。
数百年前の輝きを見るデレシアは、その輝きが生まれた時、地球がどうなっていたのかを想った。
今の文明レベルに到達するまで、人類はとてつもなく長い時間を要した。

スカイブルーと紫の帯を背景に散らばる星々の歴史を想像すると、あまりにも現実離れした規模の自然現象に圧倒されかける。
その昔、デレシアは彗星が夜空に美しい光景を作り出したのを見たことがあった。
美しい尾を引いて現れた彗星が、空中で無数の小さな隕石へと分裂し、夜空に百を超える流れ星を作り出したのだ。
圧倒的な光景だった。

主となる彗星に追随するようにして、数百の小さな星が赤い尾を引いて空を支配した。
素晴らしく感動的な光景。
忘れられるはずのないその夜空を、デレシアはよく覚えている。
いつか、その空を二人にも見せたかった。

コーヒーを飲みつつ、デレシアはテントの中の二人について考えた。
ヒートは何故、あそこまでブーンに愛情を注いでいるのだろうか。
確かに、この世の中には耳付きに嫌悪感を抱かない人間が少数だがいる。
ヒートもその類の人間だろうが、愛情の注ぎ方が明らかに強い。

出会った初日から、ヒートがブーンを見る目は明らかに異なっていた。
ただの耳付きとして見ているのではなく、別の誰かを重ねて見ているようだった。
誰を見ているのか。
それは、彼女の過去に関係がありそうだった。

461 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:21:02 ID:slfccTV.0
彼女が語るまで、その過去には触れない方がよさそうのも間違いなさそうだ。
時間と共に徐々に月が沈む。
コーヒーの香りが森の香りと混ざり、得も言われえぬ芳香へと変わる。
それを楽しみながら、デレシアは空の移り変わる様子を無言で眺めていた。

やがてデレシアは飲み干したカップを地面に置いて、静かに立ち上がった。
時刻は朝の三時半。
水平線の向こうに小さな明かりが浮かび始めている。
間もなく空に新たな色が付け加わり、夜明け前にだけ見られる見事な瑠璃色の空が姿を現すだろう。

もうそろそろ良い時間だろう。
テントに歩み寄り、抱き合って眠る二人にデレシアは優しく声をかけた。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、お二人さん」

ノハ´⊿`)「……おう、おはよう」

(∪´ω`)「……おはおーございまふお」

まずはヒートが起き上がり、続いて、ブーンも起き上がる。
ブーンは大きな欠伸を一つして、目を擦って四肢を伸ばした。

         o″
″o(∪´ω`)  「んぎー……」

ノパ⊿゚)「ブーン、顔を洗いに行くぞ」

(∪´ω`)「お」

ブーンの手を引いて二人が炊事場に向かう。
二人が戻るまでの間にデレシアはタープとテントを畳んで、それをパニアに詰めた。

ノパ⊿゚)「わりぃ、片付け全部やってもらっちまったな」

ζ(゚ー゚*ζ「いいのよ、気にしないで」

(∪´ω`)「おー、ごめんなさいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「もう、謝るのはもっと違うわよ。
      私が好きでやった事なんだから」

ブーンの頭を撫でてやり、デレシアは二人にヘルメット手渡す。

ζ(゚ー゚*ζ「かなり早いけど、朝食を食べに行きましょう」

ノパ⊿゚)「なぁ、今度はあたしに運転させちゃくれねぇか?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論いいわよ」

462 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:22:38 ID:slfccTV.0
背負っていた棺桶と引き換えにキーを受け取り、ヒートはディに跨ってエンジンを始動した。
低く唸り声を上げ、マフラーから白い蒸気が吐き出された。

ノパ⊿゚)「よろしく頼むぞ、ディ」

タンクを撫で、ヒートが一声かける。
エンジンが一瞬だけ、頷くようにアイドリングした。
ヒートの後ろにブーン、そして棺桶を背負ったデレシアが乗る。
しっかりとブーンの両手が腰に回されていることを確かめてからギアを一速に入れ、ヒートはアクセルを捻った。

走り出すと、ディは車高を高く変更させ、素早く路面に対応させた。

ノパ⊿゚)「おぉ、すげぇな!」

乗車した時の車高はかなり低めに設定されていた。
それはデレシアが設定した物ではなく、ディが自ら判断しての事だった。
前夜に三人乗りをしたことを参考に、その中に子供が混じっていることを知ったディは乗りやすいように車高を変えて待機していたのだ。
これが自己学習機能を搭載した人工知能のなせる業だ。

無論、ディがそれを自慢することはない。

ノハ*゚⊿゚)「ひょおおお!!
     こりゃあいい! すっごく良い!!」

興奮するヒートは、更にアクセルを捻って速度を上げた。
まだ暗い中、三人を乗せたバイクは林道を下る。
段差のある場所を走れば必然、ライトは上下に揺れる。
だがそれは、このディには当てはまらなかった。

ライトは一点に向けられたままで、その進路をまっすぐに照らし出している。
優れたサスペンションも然ることながら、電子制御されたサスペンションを地形変化に応じて即応させる機能がそれを可能にしていた。
林道から車道に出たヒートは、素早くギアを変え、西回りで街を目指す進路を取った。
すると、ディはその車体を低く変化させてそれに応じた。

右手には海が広がり、空と同じ色をした水面が揺れていた。
街までは二十分もあれば到着できるだろう。
急な左カーブに差し掛かり、ヒートは車体を傾けた。
色彩を徐々に取り戻しつつある世界を、彼女達を乗せたバイクが疾走する。

鎧のようなカウルと楯のようなスクリーンで、彼女達に正面から吹き付ける風は殆ど無力化されている。
黒主体の景色が、次第に、モノクロの姿へと変わる。
白んでいく空。
夜明けの世界。

僅かだが街から伝わる活気を感じ取ったブーンは、ヒートの横から顔を出して下り坂の途中から見える街並みを眺めた。
グレート・ベルの鐘が見えたと思った次の瞬間には、枝葉のトンネルに遮られる。
昼間とは打って変わって、そのトンネルは夜の闇を守るようにして三人を迎え入れた。
影よりも濃い黒。

463 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:25:51 ID:slfccTV.0
その景色は、思わず息を呑むほど幻想的であった。
静かなモノクロの世界。
デレシアは黒い空を見上げ、目を細めた。
嗚呼、と思う。

世界はいつだって、美しいのだ。
醜い醜悪極まりない人間がいたとしても、世界は世界のまま。
いつだって、世界は世界であり続けている。
いつか、ブーンにもそれを知ってもらいたい。

残酷な現実。
悲惨な真実。
それら全てを内包した世界の姿の美しさ。
あてもなく旅を続けるデレシアが辿り着いた一つの答えに、いつか彼も到達するだろう。

いつか、きっと、彼ならばこの世界を――

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
   .................:::::::::::)
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::)
:::::::::::::::::)::::::): ┌‐‐┐____                ⌒  ⌒)      August 10th AM04:00
::::::)ー- ー"  |王ll王ll王|  ┌─┐___      ( ...:::    ヽ
--'          |圭ll圭ll圭|  | 圭|圭l+|  ___ェェ__   ...::::::   )
         |圭ll圭ll圭|  | 圭|圭l+|___,,|!!|!|!!|!!|___ェェ__ ...:::::::: )        ____,,,,,,,,,,____
     _______E|圭ll圭ll圭|  | 圭|圭l+|l;l;l;l|!!|!|!!|!!||iiii||iiiil|------ ''二 ̄::"':':':";:::::;;:::::::;;:;;;::
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

スタードッグス・カフェに到着したのは、朝の四時丁度だった。
バイクは近くの駐輪場に停め、ヒートはキーをデレシアに放り渡した。
駐輪場は当然だが空車だらけで、新聞会社のスーパーカブが停まっているだけだった。
ヒートとデレシアは髪の乱れを直し、ブーンは毛糸の帽子を被って獣の耳をカモフラージュした。

ζ(゚ー゚*ζ「どうだった?」

ノパー゚)「あぁ、いいバイクだ。
     あたしが乗った中で最高の一台だよ」

これまで、ヒートは数多くのバイクに跨ってきた。
故にその癖や特徴が体に染みついて分かっているが、ディはそのどれとも違った。
一切の癖がなく、意のままに操れるバイクだった。
曲がりたいと思う時に曲がり、駆け抜けたいと思う時に駆け抜ける。

正に人馬一体。
バイク乗りの理想の体現と言うだけあり、何一つ不満点がなかった。

ノパ⊿゚)「今日の朝食ぐらい、あたしが奢るよ」

普段、旅の資金はデレシアが出していた。
彼女はほぼ無尽蔵とも思えるほどの資金を持ち、金貨や銀貨を惜しげもなく使っているが、一向に底が見えてこない。
とはいえ、ヒートとしては毎度彼女の世話になるわけにもいかない。

464 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:28:21 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「あら、それじゃあ御馳走になろうかしら。
      ブーンちゃん、こういう時は御馳走になります、って言うのよ」

(∪´ω`)「ごちそーに、なります?」

ζ(^ー^*ζ「その通り。
       簡単に言えば、食事を奢ってくれるって言った相手の好意に甘えるってことね」

(∪´ω`)「おごる?」

ζ(゚ー゚*ζ「何か物を買ってくれる、ってことね」

(∪´ω`)「ぼく、いつもおごられてますお……」

ζ(゚ー゚*ζ「うーん、それはちょっと違うわね。
      それについては今夜、またお勉強しましょうね」

勉強、という言葉にブーンの尾が揺れた。

(∪*´ω`)「おべんきょー! やたー!」

そして、思い出したようにはしゃぐのを止め、ブーンはヒートをまっすぐに見上げた。
青い瞳が、ゆらりと揺れて、ヒートの目を必死に捉える。

(∪´ω`)「ごちそーに、なります」

ノハ*^ー^)「あぁ、遠慮なく食べてくれよ、ブーン」

ヒートはブーンの手を引いて、カフェのテラス席を選んで座った。
席には大きな傘が付いており、日除けと雨除けの対策が施されていた。
机に置かれたメニューを広げ、ヒートはそれをブーンに見せた。
デレシアは背負ってた棺桶をヒートの傍に置き、自分自身もメニューを見た。

コーヒー一杯の値段としては高価だが、喫茶店が空間を提供する店であることを考えれば、相応の値段と言えよう。

ノパ⊿゚)「あたしはホットサンドセットにするよ」

(∪´ω`)「ぼくもそれがいいですお!」

すぐ隣の席に座りブーンが笑顔でそう言った。
きっと、よく分かりもせずに頼んでいるのだろう。
だがそれが可愛らしく、愛おしかった。
ヒートは、失われた過去を埋め合わせるようにして、この時間を堪能することにした。

ヴィンスでの記憶は、とうに過去の物。
清算を済ませた過去なのだ。
今はこの時を楽しむべきだ。

465 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:29:04 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「そうね、私もそうしようかしら。
      コーヒーをブラックでお願い。
      後、今朝の朝刊が欲しいわ」

三人の注文が確定し、ヒートが手を挙げて店員を呼ぶ。
髪を後ろで結った女の給仕が静かに近づいてきた。

ノパ⊿゚)「ホットサンドセットを三つ。
    飲み物はコーヒーのブラックを二つと、甘めのロイヤルミルクティーを一つ頼む。
    後は今朝の朝刊を頼む」

定員はそれを素早く書き留め、一礼してその場を去った。
空の色が変わり始め、徐々に人の動きが活発になってきた。
コーヒーを待つ間に給仕が今朝の新聞をデレシアに手渡し、デレシアは紙面に素早く目を走らせ、すぐに畳んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃんはヒートの事大好きなのね」

(∪´ω`)「だいすきですお!」

ノパー゚)「こりゃ嬉しいことを言ってくれるね。
    あたしも大好きだよ、ブーン」

(∪*´ω`)「おー」

ブーンの境遇を考えれば、ヒートは彼の成長の速さに驚きを覚えていた。
トラウマと人間不信に陥ってもおかしくない環境で生きてきて、一カ月も経たずに人を信じられるようになっている。
その順応性と成長速度は、彼の持つ長所の一つに違いない。
肩を抱いて胸元に寄せ、ヒートはブーンの頭を撫でた。

注文した商品はすぐに届いた。
早朝という事もあり客の入りもまだ少なかったが、急な客の増加に対応するのと同時に冷蔵庫内にある食材――痛みやすい物――を一気に消費するために作り置きがされているのだと分かった。
ホットサンドを重ねて保管していた証に、重なったパンの片面が湿っている。
幸いだったのは、まだ温かさが残っていることで、斜めに両断された断面からは蕩けたチーズが顔を出している。

薄いハムが幾重にも重ねられ、レタスとの間にはマヨネーズが塗られていた。
非常にシンプルなホットサンドは、一つを半分に切り分けた物が紙皿に乗っていた。
量が少ない分、小さなチョコクロワッサンが添えられている。
陶器のカップに注がれた飲み物からは湯気が立ち、香ばしい香りは挽きたてなのだと分かった。

ζ(゚ー゚*ζ「それじゃ」

ノパー゚)「いただきます」

(∪´ω`)「いただきます」

温いホットサンドに齧り付き、もぐもぐと咀嚼する。
レタスはサラダで食べても美味いが、こうして火を通してもその美味さは損なわれない。
この絶妙な歯応えがたまらないのだ。
ブーンは大きな口を開けて早くも二口目に取り掛かっていた。

466 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:30:08 ID:slfccTV.0
見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。

ノハ;゚⊿゚)

――その胸の痛みは、何の前触れもなしに訪れた。
フラッシュバックしたのは、眩しいばかりのかつての記憶。
ヴィンスで見た、家族の記憶。
幸せで終わることの無かった、家族最後の思い出。

その瞬間に、彼女が今見ている光景は酷似している。
ヒートはこの光景を夢見た。
何度も夢見た。
決して戻らない日々として、その胸に幸せの断片として刻み込んだ。

それが重なって見え、ヒートの胸は痛んだのだろう。
終わった事を今さら振り返る時期は終わったはずなのに。
二度と味わいたくないその痛みが、前触れもなく今再びヒートを襲った。
六年前に嫌と言うほど味わった感覚が全身に広がる。

次に胸を襲うのは、克服したはずの虚無感、無力感。
屈託のないブーンの笑顔が呼び起こしたのだろうか。
寒気にも似た感覚が背筋を撫で、ヒートは周囲を見渡した。
背中の火傷が疼く。

その疼きは、彼女に何か警告をしているようだった。
忘却を許さない、彼女の復讐の証。
確かにこれまでに何度かあの日の事を思い出し、胸を痛めることはあった。
だが、火傷の痕がじくじくと痛むことはなかった。

何かがおかしい。
周囲にいる客層、否。
周囲の環境、否。
自分達の状況、否。

別の何かが、ヒートに警鐘を鳴らしている。
平和そのものの光景のどこかに、ヒートの本能を反応させる何かがある。
悪寒の正体は空気だとすぐに思い至った。
漂う空気にこそ、彼女の記憶を呼び起こす物があった。

平穏な空気の中に混じる、不穏な匂い。
それは悪意、敵意、殺意と呼ばれる類の匂いだった。
何者かが、この空気をこれから破壊しようとしている。
視線を巡らせ、奇妙な物、不自然な物を探す。

注文を取る給仕。
朝市で買ったと思われる魚を運ぶ老人。
コーヒーカップを置いて立ち上がる客。
新たにやって来た客。

467 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:32:48 ID:slfccTV.0
不揃いな石畳。
駐車された車。
シャッターの下りた店。
遠くから聞こえてくる潮騒と海鳥の鳴き声。

そして、ヒートは遂に見つける。
今まさに席を立った客の席の上に置き忘れられた、黒い鞄を。
全身が総毛立ち、一瞬で神経が興奮状態に陥った。
何か確定的な情報を手に入れるよりも早く、ヒートの体は反応していた。

直後、その黒い鞄が爆発した。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
            《〉                    /\
              。                | ̄\〉
           \〉 ?礒 :. ∥                   L_/    August 10th AM04:14
           ̄\|  、从_/  ゚
             ∥:.⌒  .:⌒)、/  o
            |! .:|!     .:⌒)∥       rく ̄〉              __
         ∧ l!l .:∥从    : 从_      L/             /: : :.,/ ̄\
         〈  i!l| .:,|l⌒:.、_从   ::⌒)、                    / ̄ ̄\  .:: :〉
       ..:┴: l!l|  .:⌒≫―(⌒:.   ,;:从                  くミ:;   ::: :.,>./
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

誰よりも早く反応したのは、爆発よりも先に行動を起こしていたヒートだった。
それは彼女の体に刻み込まれた悪夢が、後悔の念がそうさせた。
何百回、何千回と見てきた悪夢。
無力さを何度も自分自身になじられ続け、責められ続け、変わることの無い結末を見せつけられる悪夢。

救う事も守ることも、何も出来なかった瞬間は記憶に刻まれ、彼女の体に消えない傷として今も残り、そして悪夢として苦しめ続けた。
悪夢から解放されるには長い時間が必要だった。
それと同時に、彼女の体と心は痛めつけられた。
細胞の全てが悪夢を記憶し、復讐を誓った。

苦痛の日々に彼女の体は悪夢を覚え、次なる瞬間に備えていた。
次にもし、愛しい存在が同じような危機にさらされたとしたら。
もしもあの瞬間に戻る事が出来るとしたら。
家族を失ったあの日に戻ることが出来たならば、この体は決して彼女を裏切らない働きをすると誓いを立てた。

細胞レベルにまで刷り込まれた、息をするような自然なその動きは、その場で最速の動きを実現させた。
防御の道具としても使える運搬用コンテナを一瞬で背負い、ブーンを自分の胸に抱き寄せて押し倒し、鞄に背を向ける。
次に動いたのはデレシアだった。
料理の乗った机を鞄の方に向けて蹴り飛ばし、心もとないが爆炎と爆風を遮断するための楯を作り出した。

全ては一瞬の内に起こり、終わった。
爆発はまず、薄手のパラソルを吹き飛ばし、その骨を砕いた。
続いてプラスチック製の机が熱で溶かされた挙句に破壊され、石畳を抉り、その破片によって粉々にされた。
そして座っていた三人の旅人を爆風によって地面に押し倒した。

468 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:34:01 ID:slfccTV.0
耳鳴りが周囲の音の全てを消し、平衡感覚を狂わせる。
徐々に音が戻ってきて最初に聞こえたのは、悲鳴だった。
だが悲鳴などどうでもよかった。
まずは目の前にいるブーンの息が聞こえるかどうか、それが重要だったが、彼は睫毛の数が数えられるほどの近距離から不安げにヒートを見上げていた。

自分の四肢が残っている事を確認するよりも先に、ヒートはブーンの安否を気遣った。

ノハ;゚⊿゚)「……大丈夫か!」

(∪;´ω`)「だ、大丈夫ですお……」

コンテナが爆発の威力を全て受け止め、ブーンには擦り傷すらなかった。

ζ(゚-゚ ζ「すぐにここから退くわよ」

服に付いた瓦礫を払落し、デレシアが二人に手を貸して立たせた。
その顔からは余裕が窺えないが、立ち振る舞いは冷静そのものだった。
爆破されたことに対しての怒りを完全にコントロール下に置き、状況を把握して的確な行動をとろうとしている。
今のヒートは、少なくとも彼女よりも冷静に動ける自信がなかった。

早朝の人が少ない時間帯という事もあり、三人は誰かに止められることなくディのところに向う事が出来た。
だが。

ノハ;゚⊿゚)「何で……」

ヒートは徐々に冷静さを失いつつあった。
心に渦巻く思いは、困惑。
終わらせたはずの悪夢の再来、再現に彼女が戸惑うのも無理はなかった。
先ほど巻き込まれた爆発の一連の動きは、かつて彼女が経験したものとほぼ同じだったのだから。

――“レオン”が生まれることになった、あの事件と。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     |:::: ト=-_―'''"´/,ィ''ニ:'i:::. ト }   `'' ソ
      ,!::: lヽ ヘニ、  ´ 〃ゞ='''|:::. |l'ノ  __ニ-'´
    ノ !:: |::::ヘ. ゙='         |::: || i、lヾ-          August 10th AM04:56
   ー=-'|:: !:::| ハ  、        |:: l| | '__
      l::. |:::l'_='` , 、ー-   /|: |!,」' ,,`
       l:: |::|   -'='''`>=,.´-' l: l=''" |
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ヒートの様子がおかしいことに、デレシアは気付いていた。
ディに乗って現場から離れた場所にあるレストランに到着し、三人は今後の動きについて考えなければならなかった。
だがヒートの意識は明らかに別の場所に向けられていた。

ζ(゚、゚*ζ「ヒート、何かあったの?」

気分転換のためのハーブティーを飲みながら、デレシアは向かいに座るヒートに声をかけた。
彼女の隣に座るブーンも、不安そうにヒートの顔を見上げている。

469 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:34:42 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)「……何でもねぇよ」

(∪;´ω`)「お……」

人の感情の変化に敏感なブーンは、その言葉が無くてもヒートが本当は怒りを押し隠していることに気付いていた。
怒りの矛先は彼でないにしても、人の怒りはブーンにとってはいい思い出の無い感情だ。
彼が怒りの匂いを嗅ぎ取った時、ほぼ間違いなくブーンは八つ当たりの対象として暴力を受け続けてきた過去がある。

ζ(゚、゚*ζ「……探しに行くの?」

観念したように、ヒートは肩を竦めた。
その目は笑っていなかった。
氷のように冷たく、憎悪と殺意にぎらついていた。

ノパ⊿゚)「……やっぱり、あんたにゃかなわねぇな。
     あぁ、ちょっと訊きたいことがあるんでね」

ζ(゚、゚*ζ「そう。 目星は?」

爆弾を仕掛けた人間の人相が分からない事には、探しようがない。
しかしながら、方法がないわけではない。

ノパ⊿゚)「心配しなくても大丈夫さ。
    あいつらの跫音はでかい」

それはかつて殺し屋として生きてきた人間の言葉として捉えれば、十分説得力のあるものだった。
相手がプロであろうとも、彼女は探り出すだろう。
それに、相手はヒートにも用がある可能性があり、自然と彼女の方に近づいてくるかもしれない。
怪我はまだ完治していないように見えるが、ヒートがそう望むのであれば、止める権利はデレシアにはない。

これは彼女の過去に起因するものだ。

(∪;´ω`)「……ヒートさん、どうしたんですか?」

流石に黙っていられなくなったのか、ブーンがヒートに声をかける。
安心させるための笑顔を浮かべるだけの余裕もなかったが、声色を落ち着けたものにすることは辛うじて出来ていた。

ノパ⊿゚)「ちょっと出かけてこようと思ってね」

その言葉に嘘がある事にブーンは気付いた。
そして、救いを求めるようにデレシアを見る。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、ブーンちゃん。
       ヒートが強いことは知ってるでしょ?」

(∪;´ω`)「でも……でも……」

470 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:36:39 ID:slfccTV.0
子供は空気に敏感であり、耳付きは更に一層空気に気を遣う。
ヒートがもう帰ってこないかもしれないと、ブーンは彼女の言葉と放つ空気から察しているだろう。
しかし彼女の覚悟を止める理由はない。
それなりの理由があって、彼女は意を決したのだろう。

ノパ⊿゚)「心配すんなって。
     な?」

(∪;´ω`)「お……」

理由は訊かなくてもいい。
デレシアが己の過去を語たらないのと同じように、ヒートも過去を無理に曝け出す必要はないのだ。
エスプレッソを一気に飲み、ヒートは席を立った。

ノパ⊿゚)「なぁに、あたしの勘違いかも知れないし、案外すぐに終わるかもしれないからな。
    少しの間だけ、お別れだ」

屈んで、ブーンの額にそっと口付けた。

ノパー゚)「あたしがいなくても、いい子でいるんだぞ」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
              `=ニ三彡: : : :l : : : l三ミ≧、 ̄ ̄,彡ィ.l : : l: : :ミニ=′
                     /: : : /.l: : : :l::::::心     〃,ィ刈 l: : :l三彡´
               ,ィ彡 : : : : マl: : : :l辷歹ヾ    仆::ノ ,/l: : ム
             `=ニ三彡イ: : : : '; : : l       ,   ̄ /ノl: :,'三彡′August 10th AM05:31
               ミ三彡イ : : : ', : :l、   ._  _  .ノヾ::l: ,′
                   ノ彡イノ:'; : l \    ̄  .イ: : : :}:,′
                        〃ゞ',: ト 、:::...  イ::::)ゝ`l._i,'__r 、
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

――四時半を過ぎてから再び鳴り始めた鐘の音が、まだ響いている。

店を出たヒートは、まず気持ちを落ち着ける事よりも先に情報を得ることにした。
爆破事件で騒然とする現場に足を運び、遠目にその状況を見る。
血と周囲の状況から、怪我人の数は少なそうだった。
かつてヒートが経験したのと同じように、指向性の爆弾が使われたのだ。

狙われた方向以外には被害はほとんどないが、その威力は石畳の地面にクレーターを作る程の物だった。
デレシアが机を爆発方向に向けて蹴り飛ばし、棺桶のコンテナとローブが無ければ、ヒートの背中は新たな傷と火傷を負っていただろう。
勿論、彼女の体が過去の悪夢に備えて最適な動きを何度もイメージし続けてきた事が被害を抑え、最小限に留められたのは言うまでもない。
以前は病院のベッドで長い間過ごすことになったが、今は違う。

情報が新鮮な内に動くことが出来る。
ブーンが向けた悲壮な表情を思い出しても、彼女の心は麻酔を
まだ封鎖が不十分な状態で、新聞記者と思わしき男がカメラを手に現場の調査をしていた。

(;-@∀@)「おぉっ……!! スクープ、スクープ!!」

471 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:38:03 ID:slfccTV.0
現場の写真を撮影し、メモを取る男の顔は嬉々としている。
他に記者は誰もいない。
となると、この男が誰よりも新鮮かつ多くの情報を持っているという事だ。
利用できる。

建物の影に隠れ、ヒートは男が動くのを待った。
一通りの取材を終えたのか、男は足早に移動を開始した。
ヒートの尾行に気付いた様子はなく、素人だとすぐに分かった。
偶然あの場に居合わせた記者がどのような情報を持っているのか、ヒートは大いに興味があった。

上手くいけば、犯人の写真や人相を手に入れているかもしれない。
記者を尾行するヒートの顔には“レオン”として人を殺していた頃の剣呑な表情が浮かび、あらゆる感情の一切が排除されたような顔をしていた。
復讐することだけを生きる糧として、立ちはだかる全ての障害を排除してきたあの日々。
殺戮に彩られた日々を思い出し、ヒートは気分が悪くなった。

全員殺したはずだった。
爆破の実行犯も、その組織の人間も。
平凡な日々を永久に奪い去った人間に関わる全ての人間を殺したはずだった。
乳飲み子を含めて家族全員を殺し、ペットも殺した。

死体の山を生み出し、恐怖を振り撒き、ただひたすらに殺し続けた。
それがまだ続くのかと思うといい気分はしない。
出来る事ならばもう、“レオン”として戻ることはしたくなかった。
だから故郷に帰り、静かに暮らそうとした。

しかし、出会ってしまったのだ。
奇妙な二人の旅人に。
弟の生き写しの、ブーンに。

ノパ⊿゚)「……」

記者の男は、モーニング・スター新聞の建物に入っていった。
これで、男がモーニング・スターの記者であることが分かった。
今建物に入り込むのは賢い判断ではない。
出てくるのを待ち、それから――

「覗き見とは悪趣味な女だな」

――背後から、声がした。
声がしたが、姿が見えない。
その場から大きく飛び退いて、ヒートは左の脇からM93Rを抜いて声の方向に銃腔を向けた。
まるで手品のように、二〇フィート離れた位置に一人の男が出現した。

(´・_ゝ・`)「よぅ」

薄手のジャケットとジーンズと言うラフな格好は、観光を楽しむ中年の男そのものだ。
だが、男の現れ方はただの人間ではない。
恐らくは、強化外骨格が成した奇術。
量産型ではなく、“名持ち”の棺桶だろう。

472 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:39:16 ID:slfccTV.0
コンテナを背負っていない、という事はすでに身につけ、その大きさは小型のAクラス。
服の下に隠れるタイプとなると、攻撃特化ではなく姿を消すことに力を注いだタイプに違いない。

ノパ⊿゚)「誰だ、手前」

(´・_ゝ・`)「お前が“レオン”だな?
     全く、あの爆発でも生きてるとはな……」

その言葉を銃爪に、ヒートは目の前にいる男を嬲り殺すことに決めた。
この男はあの爆破に関わっている。
あの爆破に関わっているという事は、ヒートのかつての復讐の対象者である可能性があるという事。
六年前とほぼ同じ条件下で行われた爆破は、決して偶然ではないはずだ。

情報を引き出してから、腸を引き摺り出して殺す。
それを察したのか、男はおどけたように両手を挙げた。

(´・_ゝ・`)「おいおい、待てよ。
      何も殺し合いをしようってんじゃないんだ」

ノパ⊿゚)「なら、何が目的なんだ?
     自殺したいってんなら、手を貸すぞ」

ヒートを襲おうと思えば、簡単にできたはずだ。
それをあえてしなかったのは、何故か。

(´・_ゝ・`)「背負っている“レオン”を寄越してもらいたい」

ノパ⊿゚)「断る」

予想通りの答えに、ヒートは用意しておいた言葉を放つ。
足を撃って動けなくしてから爆破の事について訊けばいい。

(´・_ゝ・`)「はぁ…… 気乗りしないな、女を殺すのは」

ノパ⊿゚)「誰が誰を殺すって、男?」

(´・_ゝ・`)「……強情だな、女」

両者の間に緊張が走る。
どのような手を隠しているのか、ヒートには分からない。
相手は姿を隠すことの出来る何かを持っている。
今、ヒートの手の中にあるM93Rは中身の人間には有効だがそれ以上の装甲を持つ物が相手の場合は意味がない。

引っかかるのは、ヒートの背後を取っておきながら攻撃をしなかった事だ。
あれだけ優位な位置にいながら、何故。
プロならば、絶好の機会を逃すなど、あり得ない。
そこでヒートは、男の正体に目星をつけた。

473 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:39:58 ID:slfccTV.0
殺しに慣れていないのならば、この男は“ザ・サード”こと、デミタス・エドワードグリーンに違いない。
盗みが得意ではあるのだろうが、人の命を盗むのには慣れていないはずだ。
人違いであるリスクなどを考慮してあの位置から話しかけ、手を出さなかったのだろう。
重畳である。

ヒートが銃爪に力を込めかけた時、デミタスの姿が消えた。
反射的に銃を戻し、ヒートは彼のいた方向に背を向けて起動コードを呟くように口にする。

ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

コンテナに体が取り込まれ、全身を強化外骨格が包む。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      |  //∧ ∨:\:.:.:.:‐-z     `丶、 \  \ ///   、
      |   // i ∨江ニ==--≧x    \   ヾ、 ∨/
      |      |  ;.:.\.:.:.:.:.:.:.:.:-=云==-  \ }}!  !  //  ゙
      |      |  i.:.:.:≧=======-;≫x    \}  i} //     !
      l     |  |-==-x:.:.:.:.:.:.:.:./    -≦_ \_}//    :|
       ′     |  |.:.:.:.:.:.:≧=--〃      :i:!  -={ト、//、  :|
      ,     |  |:.:.:.:.:.《.:.:.:.:.:.〈{      |廴__   ≧x  \::l
            ⅱ :|-=≦.:=--=癶、     |  ー il}   li 、 :〈
   /         l| /!.:.:.:.:.:≫ァ=--く \   i     |:!   l|  \ :.
 イ        /;!/:|-=≦イ、    \ \ \   j」__j}、  \i
_.: _\      / / :|.:.:}〃|ハ     \ ヽ Υ          \
    \     ∨ /↓/ノ//|: l      \≧i          `¨¨
      、   ∨.:∧″//|i |         ̄
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ノハ<、:::|::,》「……っ!!」

視界に迫ってきた人影に対して、ヒートは回し蹴りで対応した。
驚くほどあっさりとその攻撃を受けた人影は、だがしかし、ヒートの感じた手応えは人以上の強度があった。
片腕を掲げて攻撃を防いだデミタスは、驚愕の色を顔に浮かべつつ、着地と同時に再び正面から接近してきた。
意外性の欠片もない攻撃に対して、ヒートは当然の対応をした。

ノハ<、:::|::,》「せぁっ!!」

悪魔じみた形状の左手で拳を作り、接近してくるデミタスの顔にそれをハンマーのように横殴りに放つ。
またもや攻撃を受け、デミタスは吹き飛び、壁に背中をぶつけた。
一体何がしたいのだろうか。

(;´・_ゝ・`)「な、何で……?!」

ノハ<、:::|::,》「馬鹿か手前」

左手を眼前で広げ、電流を流す。
そして右手の杭打機を構え、ヒートはこのくだらない争いを終わらせることにした。
体を強化外骨格で覆っていたとしても、この杭打機の前には無意味だ。
この右腕はあらゆる装甲を貫き、串刺しにする。

474 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:41:48 ID:slfccTV.0
目の前にいるデミタスが素人だとしても、あそこまで計画性のない攻撃をしてくるとなると、得手不得手の問題でもない。
自分が不死身の兵士になったと勘違いして地雷原を突っ走る狂信者と同じだ。

(;´・_ゝ・`)「ちっ……!!」

状況が今になって不利だと理解したのか、デミタスはゆっくりと後退って逃げようとする。
まさか、とヒートは気付いた。
先ほどまでデミタスが優位に立っていたのは、その姿が見えなかったからだ。
だが今はその姿がはっきりと見えているため、ヒートが劣る要因はどこにもない。

デミタスはそのことにまだ気付いていないのだ。
未だ自分は不可視の存在だと信じているからあのような無謀な攻撃を仕掛け、今は音もなく逃げようとしている。
狙うなら、今だ。

ノハ<、:::|::,》「逃がすと思うのかよ!」

脚部のローラーを稼働させ、ヒートは加速してデミタスを追う。
肉薄するヒートに、デミタスはようやく気付いたようで、建物の壁を伝ってヒートの追撃を躱し、屋根伝いに逃亡した。
逃げ足の速さは流石と言える。
これまでに幾度となく警察から逃げ続けてきた自称怪盗は、逃走経路の確保に関しては間違いなくプロだ。

ノハ<、:::|::,》「……くそっ」

この場に現れたのは偶然ではなく、ヒートを狙っていたのか、それともあの新聞記者を狙っていたのか。
何かしらの手がかりを残しておいてくれれば良かったのだが、何もなさそうだ。
コンテナを拾い上げ、レオンをそこに戻す。

ノパ⊿゚)「……ん?」

物音が聞こえた様な気がして、新聞社の建物に目を向ける。
誰かが何かを喋り、物が床に落ちる音がした。
争っているにしては、随分とのんきな音だった。
やがて音が止み、抵抗が終わったのだと分かる。

ノパ⊿゚)「まさか……」

その時、疾走する影が目に飛び込んできた。
猛烈な速さで駆け抜ける男は、その背に棺桶を背負っていた。
ネイビーブルーの迷彩服を身に纏った男が窓ガラスを砕いて新聞社に入ったのを見て、ヒートはただならぬ予感を覚えるのと同時に、事態が彼女にとって都合の悪い方向に動いている事を確信した。
新聞記者を追うのは三つの勢力。

ヒート、そして所属不明の二勢力。
彼から情報を得ようとする者、情報を封じようとする者。
それぞれの思惑がある中、全てが一度に衝突するのは避けたいところだ。
少しして、巨大な銃声が連続して響いた。

間違いなく、中で戦闘が始まっている。
ヒートは引き続き建物の影に隠れ、事態が落ち着くのを待った。
狩場で争いが起こった時、それが落ち着くのを待つのが一番だ。
数分後、動きがあった。

475 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:42:58 ID:slfccTV.0
窓から眼鏡をかけた新聞記者の男が慌てた様子で身を乗り出し、一目散に駆け出したのだ。
彼の首からはカメラが下がっていた。
何かを撮影したのだ。
どうやら彼は、ヒートが思う以上に重要な役割を担っているようだった。

カメラの中に入っているフィルムにしろデータカードにしろ、それを奪い取ることが出来ればヒートはそれを復讐への足掛かりとすることが出来る。
デミタスを追うよりもよほど効率よく情報収集が出来る。
他の人間に奪われないよう、ヒートは男から目を離さないように決めた。
見れば見る程無防備な男だが、馬鹿ではないようだ。

その背中をそっと早歩きで追尾し、街の北に向けて逃げているのが分かった。
賢い選択だ。
大通りを目指せば、よほど良識のない人間でない限り、襲いはしない。
問題は、その方法と相手の執着度合いによる。

例えば、本気で殺そうと思えば例え人通りの多い大都会の大通りでも殺すことは出来る。
使う道具も気を遣えば揃えられる。
果たして彼に、そこまでの価値があるのかどうか、という事である。
素人を殺すのであれば、何も凝った道具などを用意する必要はどこにもない。

開けた通りに出た彼は周囲を見渡し、ヒートは路地裏に潜んでその様子を眺めた。
直後、彼は腹を抑えてその場に倒れ込んだ。
誰かが悲鳴を上げる。

ノハ;゚⊿゚)「……狙撃か」

銃声はしなかったが、間違いなく銃撃された反応だった。
グレート・ベルには狙撃手がいることを知っているヒートは、不思議に思わなかった。
今も鳴り響く鐘の音が、銃声を消してしまったのだろう。
トリックさえ分かれば何一つ恐ろしくはないが、その銃口がいつヒートに向けられるのかを警戒しなければならない。

直接鐘楼に攻め入れば解決するのかもしれないが、今はその時ではない。
何の策もなく狙撃手がそこを陣取っているはずもなく、必ず何かの備えをしているはずだ。
それを単独で破りに行くのはリスクが高すぎる。
逆手にとって相手の動きを読むための材料として生かしておいた方がいいだろう。

しかし常々警戒をしておかなければ、ヒートの気付かない間に頭を失っている可能性もある。
だがしかし、もしも本当に狙撃手が己の腕に自信があれば今正に男がそうなっていたはずだ。
男の頭はまだしっかりと付いている。
つまり、まだ生かす価値がある、もしくは技量的な問題で当てられないと判断した可能性が高い。

男の周りに血溜まりが広がり、危険な状態にある事が分かった。
ここで男が死ねば、情報源が絶たれる。
公衆電話を見つけ、すぐに救急車を呼び出す。
入院先の病院に向かえば、あの男のカメラを手に入れることも出来るだろう。

ほどなくして、サイレンを鳴らして救急車が到着した。
ヒートはその救急車に書かれていた病院の名前を憶え、タクシーを使ってそこに向かうことにした。

476 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:44:18 ID:slfccTV.0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
    rY.    `ー‐≧ー-: : : : : : : : 彡≦<: : : : : : : : \
   ';:',     `ミー―彡: : : : : , イ ;彡"; - : : _: : :__:_:_: _ ハ
    ';:',       `ミ、: : : : : /: / ;> "  .,、 ハ:::}/彡"〉´
     ';:',         ,≧=: : : : :/: / 〉   〈ツy' .〉':/: : /
    .〉ゝ     /  〃"{:/     {    ` ,イイ: : /`ー/
   r〈/Ⅵ       r==≠ミ、, --ゝ、   {./:/ー彡'
    .',..∨:|         }: : : : ; /      ', ヾ‐'´;.イ
August 10th AM09:00
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

例の記者の名前は、アサピー・ポストマンというらしかった。
病院に運び込まれてから彼はすぐに警察の監視下に置かれ、厳重な警備の中で治療を終え、今は個室に移されて眠っている。
どうやら彼の重要性についてはジュスティア警察も目を付けているようで、ティンバーランドとヒートを合わせて三つの勢力から狙われていた。
警察が並々ならぬ警備態勢で病院を守っているため、ヒートはアサピーの持つカメラを手に入れる事が非常に困難なのだと理解した。

ジュスティア警察は時として無能だが、規則に忠実な彼らが一度守りを固めるとなれば一筋縄ではいかない。
どこまで彼らが本気でアサピーを守ろうとしているのか、それによってヒートは攻め方を変えなければならない。
今考えられる中で有効なのは、様子を見つつ第三の勢力であるティンバーランドがアサピーを襲い、警察を翻弄する時を待てばいい。
病院内にある喫茶店でカフェインレスのコーヒーを飲みつつ、事態が動くのを待つことにした。

時折別れ際に見せたブーンの顔がちらつき、過去の一場面がフラッシュバックする。
ブーンを悲しませるつもりはなかった。
出来れば彼の傍にいてやりたい。
だが今は無理だ。

今の姿はとてもではないが見せられない。
復讐に目をぎらつかせる獣と化したヒートは、とても醜い顔をしている。
捨てたはずの殺し屋の顔、復讐鬼の顔。
躊躇うことなく赤子も殺す畜生の顔だ。

家族を一瞬で失った六年前。
ヒートは復讐を果たすため、殺し屋になった。
爆殺された家族の中には、歳の離れた弟もいた。
弟は世界の穢れも、罪も、何もない無垢そのものの存在だった。

殺される必要など、何もないはずだったのに。
ヴィンスで起きたマフィア同士の抗争でヒートの家族は彼女を残し、皆死んだ。
幼い弟も死に、ヒートは背中に消えない火傷を背負って生きることになった。
一年のリハビリと訓練期間を経て、五年の歳月を費やして復讐は果たされたはずだった。

何としても、今回の爆破の犯人には口を割らせなければならない。
そして、今度こそ過去の清算をする。
取りこぼしのないように、徹底的に。
アサピーの様子を見に行くため、ヒートはカフェを後にした。

階段を上ってアサピーの病室に行こうとした時、鈍い物音がした。
そして病室の前にいた警官二人が病室に駆け込んだ。
これは、思いもよらないタイミングに出くわしたようだ。

477 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:46:02 ID:slfccTV.0
「どうしました!?」

「侵入者か!!」

「不可視の棺桶使いです!!」

棺桶使い、とは棺桶持ちと同じ意味の言葉だが、使う人間の教養の良さが違う。
上品な教育を受けた人間は棺桶使いという言葉を使う。
不可視の棺桶、と言えばデミタスだ。

ノパ⊿゚)「おもしれぇ……」

棺桶を背負い直し、ヒートはつぶやく。

ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

次の瞬間、ヒートの体はコンテナ内に取り込まれ、三秒後には黒い鎧に包まれた姿で現れた。
銃声と物が壁にぶつかる音が聞こえ、そしてすぐに止んだ。
お決まりの言葉――ランダ条約の読み上げ――がない事から、デミタスがその場を制したのだと推測。
邪魔な警察が無力化されたのであれば、それは重畳。

扉を蹴り破り、ヒートは目の前で女の首を絞めているデミタスを見つけた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
:: :: |   __,\`  <ヘ    ∨:::|l        |        ノ::::::|  /≧x,. -─ァ/
:: :イ´ ̄::::::::::::7 、   ヘ   '、::{' 、      |      /:::::::/  /´ _ ィ´ ̄ f ー-- 、
/「:::::::::::::::::::::/  `丶 ヘ ___L '、\     |       ´7:/ ィ´ ,ィ ´  l     1::::::::::::::       
 }:::::::::::::::::::/   / ` r 、`ー \  \   !   / / 「_,. <::/    |     |:::::::::::::::
  、 ::::::::::::/    l    l::::::>   \  \,| / /   \::::::/   |     |:::::::::::::::
  }──1    |  _,}/ ____ 7 、    /`  ,  _`丶、    }     !::::::::::::::
  /::::::::::::|      } -‐ ヤ:::::\   ∨}、\/ ィf´  /:l:::7 ̄   /     |──-
 , ::::::::::::::!     l   」::::/::::::\__L、  ↓ ´ / _/::::::::V     ,′    l:::::::::::::::
 !:::::::::::::::|     }} / ∨:::::::::::::∧ \_| _/ /_}:::::::::::/  \ |       l:::::::::::::::
 l:::::::::::::/     ヘ     \:::::::/::::' .      /::::ヘ:::::::/       1     {:::::::::::::::
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ノハ<、:::|::,》「よぅ」

(;´・_ゝ・`)「おいくそっ、またか!」

先手はヒート。
逃がさないよう、肉食獣のように左の爪を掲げて跳躍。
飛びかかるヒートの一撃を辛うじて避けたデミタスは、女を投げてよこしてきた。
右手で乱暴に払いのけ、ヒートは勢いをそのままに鉤爪を振り下ろした。

直前までデミタスのいた場所を鋭い爪が通過。
皮一枚のところでデミタスは後退し、攻撃を回避した。
回し蹴りによる反撃が来たが、ヒートはそれを難なく左手で防御する。

ノハ<、:::|::,》「手前には話してもらいたいことがあるんだよ」

478 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:46:43 ID:slfccTV.0
(´・_ゝ・`)「そっちにはあってもこっちにはないんでね!」

いつの間にか手に持った小口径の拳銃がヒートに向けられ、連続して発砲された。
対強化外骨格用の弾を使われていたらという危惧が、ヒートの足をその場に固定させた。
左手を広げ、楯のようにして銃弾を防ぐ。
その間にバックステップで下がり、デミタスは窓ガラスを突き破って逃走した。

その体はワイヤーによって向かい側にある建物の屋上に繋がれており、そのままワイヤーを伝って屋上へと壁を駆けあがってデミタスは姿を消した。
またもや逃げられたことにヒートは苛立ったが、見方を変えれば、ティンバーランドはアサピーを狙っている事がはっきりと分かった。
彼が何かを見聞きしたために、命が狙われていることは間違いなさそうだ。
この場に不釣り合いなカメラが床に転がっているのを見て、ヒートはそれを回収することにした。

相手の狙いはおそらく、カメラとアサピーの命、その両方だ。
再びアサピーが襲われることを考えに入れ、ヒートはそれまでの間にカメラをどうすべきか考えた。
今一度、デレシア達と合流するべきだろうか。
いや、それは難しいだろう。

彼女達が今どこにいるのか、それはヒートにも分からないのだ。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
::.';//;:;.:ヾ:.ヽ     /;,;.   ゞ;;';ヾ;ヽ   }::ii}  ヾ;:.>;;);;ヾ,._;;;;:::f::.:..|      |;|ilil:
//ゞゞ;);'':ゝ   / ノ:.:.:.:.:.:.:)  /   |::ii|    ヾ;:;):;;ヾ;;ゝ::::|.:.: |  ノ;ヾ:ヾ|;|iil::
/ゝ:.;;ゞゞ;:;ヾ;;ヾ:/  ''"'''"゙゙  ./    . |::ii|     ノ;ゝ;ヾ;);ゞ.!:.::.| ミ;;:ヾ;:':..|;|ii:::
        ヾ;/::),,.,_ ):.ヽ  /   _,,.,.,,.{::ii{,....,,_ ,,...,   |iliiヾ;)|:::.:.|,,ノ;;:.:ゞ;;ヾ||ili:::
 ,,.,,._     /:.:.:.::.:.:`:.:.:)  /   ,';;:;.:;:.:}::ii}:;:;:;;;','';::;:':., |ilili:::::::|:::.:r;;:((;;:;'::ゞ::;|ill::::
";;;;:.:;':;";:,,_  /:.:.:.:.:.:.:.::.:f´ /"''""'"'''""|::ii!'''""'"''"'''"|ilillil::::{::.((;;('':;;(';;ヾ;:::}iil::::
r;:.;;ヾ;;';:.;ヾ;ノ,,、,,.,__,.:.:.::.}  /      ノハソゝ      iliilili:::::}:.:.:.:!,,ミ;;ゞ:ヾヾ|ii:::::
;:;;l;;/;';,.-''"ゞ;;ヾ;;ゞ:;ヽ:.,'  !             wfノillili:::::::{ゞ";;ヾ;;ヾ::ゞミ}ii::::::
;;(ニ二二二二ニ)、ヽ;ヾ  !              {ililiil:::::::::::} ゞ;;ヽ::{;;《::/ii:::::::
ノli:::lli:il!::l::l!lli::}::il!{;;';ヾゝ {Wwrrfw         ノiliWfwjivfwWWfゞ:.:ヾ::{ilii::::::::
il i!li!::l!|lil!l:::li!::ヾ::li}    wWfjwy         wWvyrjfwWwwyWjrf/iili::::::::
                     August 10th AM09:27
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

デレシアはブーンを連れて、ティンカーベルの島を軽く見て周ることにした。
ディに乗ってデレシアが連れて行ったのは、グルーバー島の森だった。
街の北部に位置するその森林地帯はほぼ人の手が入っておらず、未開拓の状態だった。
森には狼や熊も多数生息しているが、それ故に美しい自然の様子を堪能できる場所でもある。

当然の如く道と呼べるような立派な物はなく、鬱蒼と茂る木々の間に見える獣道を突き進む。
ヘルメットの下でブーンは悲しげな表情を浮かべ、心ここにあらずといった様子だった。
四時間ほど前に分かれたヒートの事を考えているのは間違いない。
全ては彼女の過去に起因している。

流石のデレシアも世界で起こった全ての出来事を知っているわけではない。
だが“レオン”と呼ばれる殺し屋の事は知っている。
ヴィンスを主な拠点として幅広く殺しを行い、女子供にも容赦がなかったという。
その残忍さと徹底さが先行した噂となり、レオンは恐るべき殺し屋として知られていた。

479 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:47:46 ID:slfccTV.0
心優しい彼女が何故殺し屋にならざるを得なかったのか。
殺し屋とはこの時代ではそこまで珍しい職業ではない。
しかし、それを生業とする人間には必ず問題がある。
人間的な問題を抱えているとは思えないヒートは、現に殺し屋家業から足を洗っている。

つまり、殺し屋は手段としての選択だったのだろう。
殺し屋を何の手段にするか、それは簡単に想像が出来る。
彼女は復讐のために、もしくは、殺さなければならないと心に決めた誰かの命を奪うため、殺し屋と言う立場を利用したのだろう。
ヒートが復讐をするつもりならば、それを邪魔することはしない。

人には人の生き方がある。
彼女が復讐を選ぶのならば、そうすればいい。
復讐の意味を決めるのは本人なのだ。

ζ(゚ー゚*ζ「そろそろね」

木の間隔が広くなると同時に、聳える木の背も高くなる。
正に天然の天井。
ここはグルーバー島のほぼ中心に位置する森で、デイジー紛争の際に砲弾が着弾して生まれた空間だった。
そのため、倒木や不自然に折れた木や穿たれた地面が目立っている。

山から湧き出た水が作った小川の傍を進み、平らな場所を選んでディを停め、降り注ぐ光の柱を仰ぎ見た。
ブーンの視線は相変わらず下を向いたままだった。

ζ(゚ー゚*ζ「ブーンちゃん」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「一緒にお茶でも飲みましょ」

ブーンを抱き上げてディから降ろし、デレシアも降りる。
パニアからバーナーとカップ、そしてスティックタイプのレモンティーを取り出す。
戸惑うブーンの手を引いて、デレシアは適当な木の幹に腰かける。
湯を沸かし、カップに粉と共に注ぐ。

湯気の立ち上るそれをブーンに手渡す。
水面とデレシアとを交互に見るブーンに、デレシアは微笑みを返した。

ζ(゚ー゚*ζ「こっちにいらっしゃい」

自らの膝を叩いて、両手でカップを持つブーンを自らの膝の上に誘う。
言われた通りに近づくブーンを膝に乗せ、デレシアは彼を背後から抱いた。
胸に感じるブーンの重みと体温は心地よく、何よりも愛おしさで胸が痛んだ。

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートがいなくて寂しいの?」

(∪´ω`)「……はい」

ζ(゚ー゚*ζ「そう……」

480 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:49:17 ID:slfccTV.0
デレシアが聞きたいのはその言葉ではない。
彼の口から聞きたいのは、もっと別の言葉なのだ。
暫くは彼に葛藤を味わってもらい、それから欲しい言葉を引き出せばいい。
今は、ゆっくりと考えさせたかった。

レモンティーを一口飲み、ほっと一息つく。
ブーンもそれに倣って、一口飲み、二口飲んだ。
甘くて温かい飲み物は人を落ち着かせる。

(∪´ω`)「お……」

ζ(゚ー゚*ζ「うん?」

(∪´ω`)「ぼく、ヒートさんの……おてつだい、したいです」

ζ(゚ー゚*ζ「ヒートが何をしようとしてるのか、分かってる?」

(∪´ω`)「わかりませんお……でも、ぼく……
       なにもしないでいるのは、なんだか……いやで……」

そう言って、ブーンはカップに口をつける。
子供らしい純粋な言葉だった。
及第点だが、合格だろう。
出来ればもう一歩進んだ言葉が欲しい。

ζ(゚ー゚*ζ「それはどうしてなのか、分かる?」

(∪´ω`)「……うまくせつめいができないんですけど、ぼく、ヒートさんのことがたいせつで、それで」

それで、の後に続くはずだった言葉は銃声によって遮られた。
その銃声はあまりにも大きく、鈍く、そして暴力的だった。

(∪;´ω`)「お?」

ζ(゚、゚*ζ「……ダーティ・ハリーね」

この馬鹿でかい銃声は、強化外骨格の“ダーティ・ハリー”が生み出す物に酷似している。
持ち主であるジョルジュ・マグナーニがこの島にいることを知るデレシアは、銃声が聞こえたことに意外さを感じなかった。
彼が歩く先々では銃声が響く。
ただ、彼が何故銃を抜いたのかが問題だ。

続けて銃声と大きな物音が聞こえ、銃声が連続した。
車でも落ちたのだろう。

ζ(゚、゚*ζ「……」

いや、車は落とされたのだろう。
誰かが乗る車をジョルジュが撃ち、落とし、追撃したのだ。
すでに警察を辞めたジョルジュが今になって何を追っているのか、嫌な予感がした。
かつてデレシアを追っていたジョルジュが今追っているのは、ひょっとしたら、理想なのかもしれない。

481 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:50:47 ID:slfccTV.0
――黄金の大樹と言う、理想を。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
        ,r‐===-、  __
       /三三三ミ7////`ヽ
      /三三三三三{Y´ ̄´ヽ}、
     ./三三三ミ//`\乂三ミノ三\
    /三三三ミ//  / 〉、三三三三\
     |三三三_〈/\/ //`\三三三三\
    マ三,r==、ミ\/ 从;l;从 /、。;.:;从 \
.     \{r、三`ヽミ\:.从:::;.:;,:,;、;l,;l> :;.:;人\
.      \ヾ三ミ}三ミ ) ,.,;;;W_从 :;.:;/,∧\__
          \=‐'三 三.,.,;:;.:,,l|二|;,:;,ゞ;;,,从 :;.;: %ミ/三三`ヽ
           \三三;''。:。,,::从ゞ;;,;;;/*:;:,,~`=ミ{ ̄`ヾ三.}
                       August 10th AM09:35
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

案の定、崖下に黒塗りのセダンが一台転落していた。
スモークグラスは無残にも砕け、車体には大きな銃痕が複数開いていた。
デレシアとブーンは車の中を覗き込み、そこに見知った顔の男を見つけた。

ζ(゚、゚*ζ「あら、刑事さん」

(∪´ω`)「トラギコさん?」

ジュスティア警察のトラギコ・マウンテンライトだった。
優秀な刑事として、デレシアはジョルジュの次にこの男を評価していた。
それが今、虫の息となって倒れている。
何があったのかは大雑把に予想が出来た。

ジョルジュに撃たれてこの車ごと転落し、更に追い打ちとして数発の土産を貰ったのだ。
同じ警官――ジョルジュの場合は元警官――が殺し合いをすることは考えにくく、このスモークグラスが問題だったのだろう。
狙われた、というわけではなさそうだ。
警官同士の絆は強く、引退後でもそれは強固のはず。

ジュスティア人と言う根がある以上、それは変わらない。
特にジョルジュは警官として多くの人間にその重要性を説き、地方に派遣されて自暴自棄になっていた多くの警官を奮い立たせた。
彼は警察という仕事に対して、異常なまでに執着と情熱を持っていた。
残念なのが、彼がティンバーランドに堕ちてしまったことだ。

惜しい人材を失ってしまった。
本当に、残念だ。
その代わりにトラギコが出てきたと思えば帳尻は合うが、長年知っている人間だっただけに、デレシアは落胆を禁じ得なかった。

(∪;´ω`)「けが……してます」

ブーンが血塗れのトラギコを見て、そう言った。
見ての通りの感想だ。
先ほどの回答が得られなかった代わりに、デレシアはトラギコを利用することにした。
聞きたいのは、彼が決断する言葉。

482 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:53:00 ID:slfccTV.0
先を読んで、決断するだけの覚悟。
そして、自らが動くということを経験させたかった。

ζ(゚、゚*ζ「そうね。 ブーンちゃんはどうしたいの?」

(∪;´ω`)「お……」

ζ(゚、゚*ζ「この人は、私達を追って今ここにいるようなものよ。
      ここで見殺しにすれば、旅は楽になるわ」

デレシアが提示したのは、一つの側面だ。
トラギコはこれから先、ジョルジュ並、もしくはそれ以上の刑事に育つ可能性がある。
それはデレシアの旅路を邪魔することを意味すると同時に、デレシアが信頼する優秀な駒を一つ手に入れるという事でもあった。
トラギコの生み出すデメリットだけに捉われれば、正しい判断は出来ない。

さて、ブーンはどのような判断を下すのだろうか。
ヒートの手助けをしたいと申し出たブーンは、どこまで考えていたのか、その答えを聞けなかった。
だから今、トラギコの命を材料にしてその思慮の真意を探り出す。

(∪;´ω`)「でも…… トラギコさん、けいさつのひとだから、ヒートさんのことなにかしってるかも……」

ζ(゚、゚*ζ「知らないかもしれないわよ?」

(∪;´ω`)「そ、それに…… トラギコさんにも、きょうりょく、してもらえるとおもいます」

デレシアは笑みが込み上げてくるのを抑えられなかった。
もう一歩。
もう少し、限界までブーンの答えを聞きたい。

(∪;´ω`)「うたれたってことは、りゆうがあるってことで…… その、だから……
       うたれるような、りゆうのあるひとなら……」

ζ(゚ー゚*ζ「よく分かったわね、ブーンちゃん。
       その通りよ。
       トラギコは撃たれるだけの価値のある人間になっているのだから、私達に手を貸す方が彼にとってもメリットがある。
       ここで助けておいても損はないわ」

転落の際にひびの入ったフロントガラスを引き剥がし、トラギコをそこから担ぎ出す。
擦過傷や打ち身が目立つが、破傷風にならないように出血さえ処理すれば命に係わる様な傷はなさそうだった。
しかし、転落の衝撃でしばらく全身が思うように動かないだろう。
その間に包帯を変えたり、食事の世話をしたりと、彼の看病をする人間が必要だ。

妙案が浮かんだデレシアは、視線を前に固定したまま、ブーンに声をかける。

ζ(゚ー゚*ζ「ねぇ、ブーンちゃん」

(∪´ω`)「お?」

ζ(゚ー゚*ζ「看病、してみる?」

483 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:54:14 ID:slfccTV.0
(∪´ω`)「かんびょー?」

ζ(゚ー゚*ζ「怪我の手当てとか、面倒を見る事よ」

(∪´ω`)「トラギコさんのかんびょーですか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうよ。
       やり方は教えてあげるわ」

思案する様子も見せず、ブーンは不安げな表情を浮かべつつ、頷いた。

(∪´ω`)゛「やってみますお」

小川までやってきた二人はまず、トラギコを出来るだけ平らな場所に寝かせ、傷口を洗った。
消毒するための道具がないため、川の水で傷口に付着した泥や血を洗い落とす。
これで破傷風は防げるはずだが、油断は禁物だ。
特に大きな傷口には包帯を巻き、雑菌が入らないようにした。

流石に傷口に水が触れた時にはトラギコが呻いたが、起きる気配はなかった。
一連の作業をブーンに見せてやると、彼が興味深そうにトラギコの体を眺めているのに気付いた。

ζ(゚ー゚*ζ「何かあったの?」

(∪´ω`)「トラギコさん、きずだらけですお」

ζ(゚ー゚*ζ「そうね、それだけ一生懸命なのよ」

(∪´ω`)「おー」

それから二人はテントを組み立て、そこにトラギコを運んだ。
小さくまとめられた寝袋を枕代わりにしてトラギコをテント内に寝かせると、すぐに寝息が聞こえてきた。
ランタンをテント内に吊るし、風通しを良くするために簡易的な窓を開け、入り口をメッシュにした。
前室にパニアを置き、調理用のバーナーはローテーブルの上に置いた。

これでブーン一人でも調理が出来る。

ζ(゚ー゚*ζ「さて、と」

準備を終えたデレシアは、トラギコの傍に座るブーンを見た。

ζ(゚ー゚*ζ「少しの間留守にするけど、大丈夫そう?」

(∪´ω`)゛「はいですお」

ζ(゚ー゚*ζ「いざとなれば、トラギコが手を貸してくれるはずよ。
      ね? 刑事さん」

デレシアが問いかけた瞬間、トラギコの寝息が止み、片目が開いてデレシアを睨んだ。

(=-д゚)「……ちっ、気付いてたラギか」

484 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:55:19 ID:slfccTV.0
(∪;´ω`)「お?!」

先ほどまで寝ていたと思い込んでいたブーンが驚きを露わに、僅かに仰け反る。
流石は刑事、演技が上手い。
相手を油断させて情報を引き出そうとする技術に長けている人間なのは分かっていたため、デレシアは驚かなかった。
恐らくは、傷口を洗った時に意識を取り戻したのだろう。

ζ(゚ー゚*ζ「私は少し出かけてくるけれど、その前に幾つか質問があるの」

(=゚д゚)「……聞いてるラギ」

手負いの獣の目をしている。
トラギコという男は、やはり、デレシアの思った通り優秀な警官だ。
牙を失わなければ、獣は何度でも獲物を襲う。
これまで追っていた獲物を前にしても、冷静さを欠かすことなく重要さを素早く天秤にかけ、判断を下すことが出来る獣は紛れもなく優秀である。

ζ(゚ー゚*ζ「ジョルジュに撃たれたんでしょ?
      何か、撃たれるような覚えは?」

眉を顰め、トラギコはデレシアに向けた視線をより一層鋭くした。

(=゚д゚)「手前、ジョルジュさ……ジョルジュを知ってるのか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、知っているわよ。
       貴方にそっくりな人で、昔からよく知っているわ。
       でも今はそんなどうでもいい昔話より、どうして彼が貴方を撃ったのかが知りたいの」

(=゚д゚)「知らねぇよ。 俺がペラペラ喋るような人間に見えるラギか?」

ζ(゚ー゚*ζ「今朝、カフェが爆破されたわね」

(=゚д゚)「そうらしいな」

ζ(゚ー゚*ζ「その前は、病院で放火があった」

(=゚д゚)「……」

トラギコの表情が、次第に険しくなった。
そろそろ彼も分かってくるだろう。
これは情報を用いた取引なのだと。
新聞から得られた情報だけでは、反応が得られるはずはない。

だからデレシアは、推理した情報をあたかも見知っているかのように語った。

ζ(゚ー゚*ζ「聞いた話だと、病院で医者が一人撃ち殺されたらしいわね。
       仲が良かったんじゃないの?」

(=゚д゚)「……だからどうしたラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「どこから撃たれたか、見当はついた?」

485 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:56:29 ID:slfccTV.0
推測に基づくハッタリだった。
新聞にあったのは、カール・クリンプトンという医者が銃撃戦に巻き込まれて死亡したという情報だった。
デレシアはまず、この新聞の情報自体に疑問を抱いた。
ジュスティアがこの情報が流れるのを黙認したり、ましてや、手を貸したりするはずがない。

彼らは面子を重んじる。
矜持の固まりとも言える彼らが、汚点を晒すはずがない。
となると、誰かが情報を流したのだ。
正にその場に居合わせ、情報を流すことで少しでも事態に変化をもたらそうとする男が。

例えば、その病院に入院していたトラギコならば、その情報を流すだろう。
更に言えば、カールという医者についてここまで新聞が短時間で調べるはずなどあり得ない。
生前に仲が良かった人間が、彼を記事にさせたのだ。
そこで再びトラギコが出てくる。

記者に強引に書かせるだけの力と、それに見合った情報提供能力を持つ人間は一人しかいない。
情報提供者は、間違いなくトラギコだ。
それらを推測で導き出した後、デレシアは家事とほぼ同時に起こった狙撃を結び付けた。
デレシア達を狙った狙撃手は自らの役割が失敗したと判断し、その狙いを別の場所、即ち火災現場に向けたはずだ。

ただ鐘を鳴らすだけならば、何も火事を起こす必要はない。
火事を起こすという事は、そこにいた人間を殺すつもりで火を放ったのだ。
現に軍人が二名も死亡し、コンセプト・シリーズの棺桶が使用されたと記事にはあった。
入院患者の中で最も命を狙われてもおかしくないのは、トラギコだ。

彼を殺すために狙撃手はその銃口を病院に向けたが、思わぬ誤射があったのだろう。
殺しても大して利益にならない医者が死に、トラギコは生き残った。
想像でしかないが、その死んだ医者とトラギコはすぐ近くにいた可能性が高い。
場所の特定が出来ない狙撃を目の当たりにした彼ならば、狙撃手の位置を知りたがるはずだ。

(=゚д゚)「知ってるラギか?」

食いついてきたのを確認してから、デレシアはトラギコの言葉を引用した。

ζ(゚ー゚*ζ「私がペラペラ喋るような人間に見える?」

(=゚д゚)「……ショボン・パドローネが脱獄犯を引き連れて、この島にいるのは知ってるラギね?」

観念した風にトラギコが口を開き、情報を語り始めた。
デレシアは頷き、二人の名を挙げた。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、デミタス・エドワードグリーンとシュール・ディンケラッカーでしょ?」

(=゚д゚)「そいつらを見つけたラギ。
    ただ、色々と分からねぇことばかりラギ。
    俺に分かったのは、それ以外にもジョルジュ、イーディン・S・ジョーンズがショボンに絡んでいるってことぐらいラギ」

486 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:57:10 ID:slfccTV.0
トラギコが挙げた三人の名前。
ジョルジュはいいとして、もう一人は割と有名人だった。
イーディン・S・ジョーンズは歴史学者であり、棺桶研究の第一人者だ。
棺桶狂いの研究者として多くの棺桶の復元に携わってきた男で、おそらくは、現代で最も多くの棺桶と触れ合ってきた人間かも知れない。

どうやらティンバーランドは、今回はかなり念入りに準備をして組織を大きくしているようだ。
そして、この島で確実にデレシア達を排除するつもりらしかった。
更にトラギコは、この島に円卓十二騎士のショーン・コネリとダニー・エクストプラズマンが来ている事、ライダル・ヅーがトラギコを使って事態の収拾を図ろうとしていることを話した。
彼が見た三種類のコンセプト・シリーズの話を聞いた時、デレシアはそれが“ファイヤー・ウィズ・ファイヤー”と“レ・ミゼラブル”、そして“エドワード・シザーハンズ”であることが分かった。

ジョーンズが関わっているのであれば、コンセプト・シリーズを惜しげもなく配給していることも理解出来る。

ζ(゚、゚*ζ「あらあら、それは物騒な話ね」

(=゚д゚)「で、ショボンは何をしようとしてるんだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「そうねぇ、たぶんだけど私を殺したいんじゃないかしら?」

(=゚д゚)「冗談はよせラギ。
    手前を殺すなんてのは、その気になれば今すぐにだって……」

ζ(゚ー゚*ζ「私がそれをさせると、本気で思う?」

笑顔で答えたデレシアの目を見て、トラギコは溜息交じりに舌打ちをした。

(=゚д゚)「……ちっ。
    まぁいい、兎にも角にも俺は脱獄した二人とショボンの行方を追ってたら、シュールに会ってジョーンズに会って、そんでもってジョルジュに撃たれた。
    これでいいラギか?」

半ばやけになったような口調だったのは、デレシアの実力を理解しての事。
観念したトラギコは自分の持つ情報を全て話した気になっているが、まだ少し足りない。

ζ(゚ー゚*ζ「まだ隠し事あるんでしょ?
      この島の記者に知り合いでもいるの?」

(=゚д゚)「隠し事ってレベルじゃないが、協力者がいるぐらいラギ。
    アサピー・ポストマンって新聞記者ラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「その人は今どうしてるの?」

トラギコは鼻を鳴らした。

(=゚д゚)「さぁな。
    今頃、今朝の事件を調べているんじゃねぇか?」

記者は今頃襲われているだろう。
生き残るかどうかは、その記者の技量次第だ。
もしもその記者が将来有望な人間であれば、生き延びた後に目指す場所は一か所だ。
現在、この島に安全な場所はなく、あるのは海上の城。

487 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:57:55 ID:slfccTV.0
オアシズだけが、唯一真実を無事に外に運び出せる安寧の地だ。

(=゚д゚)「今度は俺が質問する番ラギ。
    狙撃をした馬鹿はどこにいるラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「グレート・ベルにいるわよ」

(=゚д゚)「根拠は?」

ζ(゚ー゚*ζ「デイジー紛争の時に前例があるのよ。
      この島に来て、あの場所を狙撃に使わない狙撃手はいないわ。
      それに、狙撃手の正体は多少心当たりがあるんじゃない?」

(=゚д゚)「……まぁな。
    たぶん、カラマロス・ロングディスタンスラギ」

トラギコが島に到着して早々に狙撃された時の状況を考えれば軍が島に送り込まれた時、狙撃手が配備されている事が確実なものとなった。
ジュスティアが本気であればカラマロスを連れてくるはずだと考えていたが、それは当たっていたようだ。
彼は今、ジュスティアで最も優れた狙撃手として広告塔の役割を担っている。
腕のいい狙撃手が島の大部分を見下ろすことの出来る位置に陣取れば、逃亡犯を見つけてもすぐに対応できる。

という事は、カラマロスもティンバーランドの人間という事だ。
軍の深部にまで食い込むその根は、彼以外にもティンバーランドに所属する人間が軍にいることを示している。
これは有益な情報だった。
少しでも彼らの動きにつながる情報が得られれば、こちらはその分だけ先手を打つことが出来る。

思いがけず良い情報が手に入り、デレシアはこれから後の動きについて考えた。
ティンカーベルの問題には手を出さずとも、ジュスティアが相手をしてくれるだろう。
円卓十二騎士は無能の集団ではない。
多少手こずるかもしれないが、時間稼ぎにはなる。

その間にニューソクを無力化することも可能だろうが、どうにもそれでは面白くない。
ヒートが今何を追っているのか、彼女に手を貸す必要があれば、そうしたかった。
ブーンの願いが彼女の手助けであり、それが彼の選択ならば、その結果がどのような物になるのかを見せてやりたい。
例え結末がどのような物であろうとも、ブーンにはヒートの生き方と選択の果てを見届けさせたかった。

(=゚д゚)「ところで、もう一人の女は?」

ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとお出かけ中。
       他に知りたいことは?」

間違ってもヒートの名前は出さない。
彼女は殺し屋として指名手配を受けた身だ。
今でも彼女に組織を潰され、恨みを持つ人間は山といるだろう。

(=゚д゚)「お前、ショボン達が所属してる組織に心当たりがあるラギか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、心当たりというか答えを知ってるわよ」

(=゚д゚)「……教える気は?」

488 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:58:36 ID:slfccTV.0
ζ(゚ー゚*ζ「今は、ないわね」

そう。
今は、教えない方がいい。
彼にはまだやってもらう事がある。
ティンバーランドに関わるには、まだ力が不足している。
、 、 、
たかがジョルジュ如きに後れを取るようでは、とてもではないが話にならない。
警察官としてやってもらいたいことならあるが、まだ彼はティンバーランドを知らない状況で動いてもらいたい。
知っていれば、警察内にいる細胞にトラギコの動きが監視され、その内殺されてしまうだろう。

(=゚д゚)「だろうな。
    それで、これからどうするつもりラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「それについても、教える気はないわ。
       刑事さん、貴方はこの事件をどうしたいの?」

訝しげな表情でトラギコがデレシアを見た。

ζ(゚ー゚*ζ「解決したいの?
      それとも、ただ黙って結末を傍観したいの?」

(=゚д゚)「取引を持ちかけるんだったら、いくらなんでも材料不足ラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「取引? ふふ、そんなことするつもりはないわよ。
      ただ私は訊いているだけよ、貴方がどうしたいのかを」

(=゚д゚)「事件解決を望まない警察はいねぇラギ。
    何が望みだ?」

ζ(゚ー゚*ζ「今はまだ秘密。
      それで、どうするの? トラギコ・マウンテンライトの答えは?」

妖艶な笑みを浮かべたデレシアに対して、トラギコは大きな溜息を吐いたのだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :
                           , 'ニ ̄ニヽ
                           ( 二ニ ニ)      August 10th PM05:50
                       /~\ ヽニ_ニノ  ,/⌒ヽ
\     〜 、      /⌒ヽ,,  /     \     /     ^ヽ、
  ヽ,,,/   \_ ,,,,,/     ''''        \,,,/         \   /
           ~                                ー '
 ̄ ̄ ̄|\                         /| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
田 田 |:::..|  ___________       |.::::| 田 田    田 田
      |:::::|  |iiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii|;;;;;|        |:::::|      日
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

489 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 21:59:58 ID:slfccTV.0
黄昏時。
鐘の音が鳴り響く、逢魔が時。
ヒートはアサピーが複数の棺桶持ち――エーデルワイス――に警護されながら病院から出てくるのを見下ろし、その警備体制の厳重さに舌を巻いた。
死角を補い合うように路地裏を移動し、こまめに状況の連絡を行っている様子は凶悪犯の輸送に似ている。

減音器の取り付けられたカービン銃を構える四人の棺桶持ちに囲まれ、その中央にいるアサピーは周囲を見渡し、不安そうな様子だった。
もしも彼らがアサピーを病院から別の場所に移すのであれば、夜になりきらないこの時間帯、そして路地裏を使う事は読めていた。
彼女の読み通り現れた一行は、アパートの階段の踊り場に姿を隠すヒートには気付いていなかった。
となると、おそらくはティンバーランドの人間もこの機会を狙っている可能性がある。

そうして、集団が路地をしばらく進んだ時、一人が叫んだ。

(::[∵/.゚])「……コンタクト!!」

接敵。
敵との接触は即ち、襲撃者の来訪を告げる吉報だ。
見れば、集団の正面に髭を蓄えた男が一人。
間違いなく、デミタス・エドワードグリーンだ。

そしてデミタスはヒートが見ている目の前で、その姿を消した。
高速移動による現象ではない。
それにしては予備動作も舞い上がる砂塵もない。
全身を不可視にする強化外骨格の成す業だ。

だがヒートはその棺桶に対して、一切後れを取ることなく立ち回れた。
早速一人がアサピーを抱きかかえて、建物の屋上へと続く退路を選んで跳躍した。
教則通りの判断だ。
狭い路地で不可視の人間を相手にするぐらいなら、退路が多々ある屋上を選んで保護対象者を逃がした方がいい。

その間に残った人間で襲撃者を撃退すれば、無事に何もかもが終わる。
だが教則通りという事は当然その対応をされている可能性もある、と思った次の瞬間、一人の首が地面に落ちた。
場数を踏んだはずの人間が、デミタスの姿を捉えられていない。
戦闘の素人であるデミタスに負けているという事は、その姿を目視出来ていないのだ。

強化外骨格の目を持ってしても目視が出来ない。
これは厄介そうだ。
そう思っていると、アサピーを連れていた人間が倒れた。
デミタスが移動したとは考えにくく、その倒れ方は、銃で撃たれた人間のそれによく似ていた。

また、狙撃だ。
鐘の音に合わせた狙撃は、その頻度と正確さを増している。
早目に片付けなければ、次はヒートが撃たれる番だ。
そして意外なことに、アサピーは自らの意志で屋上から路地裏へと落ちた。

ノパ⊿゚)「……へぇ、やるじゃんか」

棺桶を背負い直し、ヒートは称賛の言葉をつぶやく。
狙撃されていることに気付いたらしく、撃たれにくい建物の影を選んだのはいい選択だ。
デミタスに蹂躙されるエーデルワイスの一行を見下ろしていたヒートは、起動コードを口にした。

490 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 22:02:11 ID:slfccTV.0
ノパ⊿゚)『あたしが欲しいのは愛か死か、それだけだ』

装着を終え、ヒートは踊り場から跳躍。
姿が見えるようになったデミタスの前に、ヒートは着地した。
その姿を見たデミタスは目を見開き、うんざりした様に大声を上げた。

(#´・_ゝ・`)「……また邪魔するか、女!!」

ノハ<、:::|::,》「悪いけどな、またあたしなんだよ、男」

右腕の杭打機を起動させ、ヒートは問答無用で疾駆した。

(´・_ゝ・`)「そう何度も!!」

デミタスは背負っていた小型のコンテナを掲げ、それを楯のようにした。
ヒートはほくそ笑んだ。
巨大な左手でコンテナを掴み、電流を放つ。

(;´・_ゝ・`)「うおっ?!」

デミタスは咄嗟にコンテナを手放し、その電撃をすんでのところで回避した。
掴んだコンテナをヒートはデミタスに投げつけるも、驚くほど素早い身のこなしでそれを避け、一目散に逃走する。
どうやら、このレオンに飛び道具がないのを知っているようだった。
だとしても、捕まえさえすれば何のことはない、一撃で殺せる。

(´・_ゝ・`)「しつこい女だ!」

路地の向こう側から声が聞こえてくる。
また屋上にでも逃げられたら面倒だが、同じ手は二度と喰わない。

ノハ<、:::|::,》「逃がすかってんだよ!」

曲がり角を進むと、そこにデミタスの姿はなかった。
その代わりに、見たことの無い人影がそこに佇んでいた。

川[、:::|::,]「……」

ほっそりとした体に黒い鎧を纏い、青白い輝きを目に湛えた強化外骨格。
見たことの無い形の棺桶だった。
主兵装と呼べそうなものは装備しておらず、体一つだけで戦う形のようだ。
近接戦闘で強みを発揮するタイプかも知れない。

だが奇妙だ。
殺意、敵意と言った物がまるで感じられない。
腰まである長い黒髪は風に揺らめきもしない。
不気味ささえ感じた。

ノハ<、:::|::,》「おい手前! デミタスはどこだ!!」

491 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 22:03:31 ID:slfccTV.0
またもや逃げられ、ヒートは苛立ちを声に滲ませてその黒い棺桶持ちに問いかける。
回答が得られるとは思っていないが、ヒントの一つでも得られれば行幸。
デミタスを庇うという事は、彼の仲間という事なのだ。
デミタスが捕まらないなら、その関係者を捕まえればいい。

「……まさか、その声」

声が聞こえた。
懐かしい声が、聞こえたのだ。
もう二度と聞けないはずの声が。

ノハ<、:::|::,》「嘘……だろ……」

声のした方向を見上げる。
二階建てのアパートの屋上に、その人物はいた。
黒髪を風になびかせ、夕日を半身に浴び、懐かしい顔のその人物が。

川 ゚ -゚)「ヒート、お前なのか?」

それは――

ノハ<、:::|::,》「か、母さん……?」

――死んだはずの母親、クール・オロラ・レッドウィングだった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                                        August 10th PM05:55
:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ,,.,.,.,.,.  _,,.. --、,._.   ... :: :: :::: ::::: ::::: ::::::;;。; ;;;; ;;;;;;;;:::::;;;;;;;;
::::::::::::::::::::::: :::::        ,.r''"      ゙`、  :: :: :::: ::::: ::::: ::::::;;;;;;;;;:::;;;;;;;;:::::;;;;;;;;;;
;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:::::::::::::::::::::::  ,/         ゙i.、  ..:: :::: :::::::: ::::::;;;;:::::::;;;;;;;;;;:;;;;::::;;;;;
::::::::::::::          i             i. :::::::::::::: :: :::: ::::: ::::: ::::::;;;;;; ;;;; ;;;;;;;;
,.  ,..    ,;::::;,. ,.;:::.. ;;::::        ,..;:::...;;;; ,.:::,..  ,.....;::::::::,.:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
.::,;:'" ゙゙゙:::...::'"  `::'"  ゙::'"゙:::'''""'':::::.....::";; ,,;;;;;;..:;;""゙゙;;;"  ,,,;;;;;;::;;;;;;;;;;;:::::::::;;;;;;;;;;
      :::     .  ....::.    ...............   ................:::..... ....... ........ ... ....... ....... ...
                Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
                                   第二章【departure-別れ-】 了
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

492 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 22:05:37 ID:slfccTV.0
これにて第二章は終了です

質問、指摘、感想などあれば幸いです

493 名も無きAAのようです :2016/10/03(月) 22:22:24 ID:wFL1QYQ.0
乙乙

494 名も無きAAのようです :2016/10/05(水) 19:13:59 ID:V6IVE.x20
おつおつ
ヒートにはデミタスが見えてるのか

495 名も無きAAのようです :2016/11/14(月) 21:13:06 ID:39bdZoJo0
まだだろうか……

496 名も無きAAのようです :2016/11/15(火) 15:05:38 ID:6EgiHm/Q0
sageすらできない早漏がなんか言ってるな

497 age :2016/11/16(水) 03:23:49 ID:p8pQoJf60
age

498 名も無きAAのようです :2016/11/16(水) 08:17:47 ID:h8QDZgzg0
ageただけで早漏呼ばわりなんてひどいわこの童貞!

499 名も無きAAのようです :2016/11/16(水) 08:44:38 ID:llY7pYsU0
このhage!!

500 名も無きAAのようです :2016/11/17(木) 00:12:31 ID:IcbrZOhI0
また髪の話してる…(´・ω・`)

501 名も無きAAのようです :2016/12/28(水) 00:37:26 ID:B158qcEY0
土曜日にVIPでお会いしましょう!

502 名も無きAAのようです :2016/12/28(水) 00:48:28 ID:lCuGDrjA0
やったぜ

503 名も無きAAのようです :2016/12/28(水) 12:11:55 ID:tCEnnqNc0
よっしゃ!

504 名も無きAAのようです :2016/12/29(木) 08:01:01 ID:vTKrVCiU0
やっふぅ!

505 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 16:22:26 ID:L4tdTcI60
VIPってどこ?

506 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 17:16:46 ID:Z/w6x86A0
>>505
ニュー速VIP
http://vipper.2ch.net/news4vip/

507 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:18:22 ID:OQQmnSoU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

死体の中には老人の姿もあった。
死体の中には妊婦の姿もあった。
死体の中には少年の姿もあった。
だが、凄惨な殺人現場のどこにも慈悲は見つからなかった。

これが“レオン”と呼ばれる冷血な殺し屋の仕業であることは、疑いようもない。

                       ――ヨルロッパ地方で発刊された五年前の新聞記事

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

508 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:20:18 ID:OQQmnSoU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  ,:;;;:;ヾ ゞゞ'ヾ ゞ:;ヾ ゞゞ';':,;j:;, ;,i;:,i!:;,'ミ:.ミ,",:'';゙`;;:y;';;;:ゞミ;''ソ:;ゞ;';:;;:゙、`、;';:;";;;:;ヾ ゞゞ' ヾ ゞゞ'ヾ
 "'`',:'':;;:,'ミヾ:,;:ゞ'ゞ.;;:';;ゞ;:!; l .;,;::. :l.:;r"ソ;;:';;ゞミ:;.;;ゞ;:;ゞ,:;i''`ヾ;ミ:;;:,ゞ:;ゞミ,:;:'':;:;:;ゞ;ゞゞ;ゞ;:'':;;:,'ミヾ:,;:
 .,.;;'ン:;.;ヾ ゞ:.;;ミ;:;ゞ':;ヾ;:;|;; | :;;;.;::.| ;|;;`;,'ミ:;ミ,"ゞ;", |; i :|!:.::.:.:.`;;:ソ:;:ミゝ,:;:'':;:;;.::;,'ミ:.ミ,"'゙ソ:;,:;.;ヾ
 ,;";:ヾゞ ゞ';:;:;ヾ:'':;:;,'ヾゞ|;;:.;;;:.,;;l:;;l.:;|;:;ゞ;;,':;.ミ,,:;:;'' :;|: l:  ;|:. :. :. l .:i|;`::;,'ミ;r''ソ:;;゙、\ヘ;;:ミ:';'i:l;j;:l
.:;;;:;ヾ ゞゞ';::;;ヾ;;ヾ;ゞ:;;ゞ;|:';:.;;,;:.:;| ;;,:;|;:;ゞ;ゞゞ;ゞ,:;;ミ:;|;;:|:. .::;|:. :. :.;| .;:|;;:;ヾ:;ミ;:゙:, ,;.,. ,.:;ヽ:;ゞ!:;j:il:;j:,j
;";;;:;ヾ ゞゞ'::、:;;:ゞミ;'';;.,;ミ|;;:j ;;,;,: :;;.,;;:|゙、`:;,:;:'':;:;ゞ';:;"|:;.;. .:!: .: l ;l.;:i:|,:;:'';;:;";;:ヾ:.ゞゞ';;:`;ゞl;i;:l;j:j:;,j
ヾ;ゞ:;,;;ヾノソ;;ヾ;:;ヾ;:,ミゞ;|,;,:|.:;;;.::;;;:l:;;:|;;:'':;:;ゞ;ゞ';:;:ゞ;;|;: l .;|:   ;| ;| ;|゙;;`、,.;::;,'ミ:.ミ,"::'';,::ミ,`l;;j:;i:;j
 `';:;ヾ;ゞゞゞ;':j.ij;j,!;,:, |;;::|:;,;,::.,;;:|:;;;|;:;ゞ;,:;:'':;:;'";ヾ;;|; . ;rj: i :,  :| ,|;:;":;ヾ;;ヾ;ゞ:;;'':;ミ,",;.:;|:,j:i:;j:;,l:
.   ,.;;:゙:、,;"'`!;j;l;j,j|;:;ゞ,|;: ;;:.,;:.::;;;.|:;;゙|`;ヾ:;;ゞ;:ヾゞ:;ミ| i; {リ  l :|  :| :|::;;ヾ;;゙;:;";;:;ヾ ゞゞ' :,:;|;:;j;;l;,
.;,;ノ,;:;ヾ ゞゞ'|j.i:,j:,j|ミヾj:l:;;:|.,;;;:..:,;;.,;;:|ゞ;';i;r`、;:;ゞ;:';:;| l; ;:  .;|:   : .;|:; ;ゞヘ;'i: ;l.:i;;:ミ;:;ゞ;:";|;:ij;:l;
 ソゝゞ,:;゙;''`|,:j;;l;,:i|"゙`| l:; | ::;;;, ::. :;;| |i;li|;':;ヾゞ;ヾ;|;:  :l:   .:|  :r :|;;:ミ:;ミ;| '; i; ト、;:ヾ:;゙';;:'|;l:j:;|
;ヾ゙;:ゞ;;:ミヾ:;|.:ij;:l;,i|.  |;. .;;':;;, ::;;:|.:;;;| |lij;|,;';,:'ゞ;, :ミ|;.|: :;|:.  .: .:;|; ;|.,.;;'ゞ'|:|; |:.;|"'`' ;:; .;, |;j:,i,l:
ノj;i:;i:l;i⌒ゞ|:l:j;,l;:i;|.  |;; ,;| ;; ::;;;:| :; | |li|l|"゙'^!;li゙'`|;:|: :,| ;i.  :| .:l; .;|:'゙ ';:|,l :i|:.|!,:;:':゙;;ミ ゞ|;j;,i,
.:|:;i:;,l;|:.   |;j;.i,;j.l;|:. |;,: ,;i ;; :;;;,:l ;;',|; .|li;l|;:;;、;|vl. |;.|:.  :;|:  :| .;i :| :|   . |;| .:| リ;;゙;:;";;ゞ;;.|;.j
                                          August 10th AM10:07
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

八月十日。
肌寒い朝の空気が陽によって暖められ、グルーバー島の森には気持ちのいい風が吹いていた。
だが長時間その風に身を晒せば、流石に寒気を覚えるだろう。
その見返りとして、降り注ぐ光の柱が立ち上る蒸気を照らし出す幻想的な森の姿を見ることが出来る。

小川のほとりに一張りのドームテントがあった。
テントの上部に設けられた透明の天窓からは、緑色に輝く葉の隙間から青空が見えた。
寝転んで空を見上げながらトラギコ・マウンテンライトは自ら下した決断について、今一度考えを巡らせていた。
果たして、あの判断は正しかったのだろうか。

追い続けてきた最重要参考人である旅人――デレシア――から提案されたのは、今このティンカーベルで起こっている騒動を鎮圧させるために協力し合うというものだった。
それは魅力的な提案だった。
警察の本部があるジュスティアから軍隊と警察が動員され、この島の歴史上最大の厳戒態勢にも関わらず爆破テロや放火、殺人が起こっている状態だ。
そこにデレシアが手を貸してくれるというのであれば、この事態を収束させられるかもしれない。

そう思ってしまう自分が嫌だった。
警察の仕事は事件の解決と犯人の逮捕であり、他人にそれを委ねることではない。
だがその感覚の正体が、かつて自分が捨てた矜持と呼ばれるものの残滓であることに気が付き、すぐに握り潰した。
要は解決出来ればいいのだ。

509 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:24:40 ID:OQQmnSoU0
体裁など、犬にでも食わせればいい。
こうして、トラギコはデレシアの提案を受け入れ、今後の動きについての説明を受けた。
実行は明日であり、今日は準備の日になるとの事だった。
今のトラギコに必要なのは、体力を回復させ、傷を負って鈍る動きをどうにか補う手段を見つける事だ。

驚いたことに、デレシアはすでに計画を練り固め、トラギコはその計画に必要な駒として加算されていた。
最初から彼女はトラギコが提案に乗る事を考えていたのか、それとも、即興でこの計画を作ったのか。
崖から落ちた車からトラギコを助け出したのは、トラギコが提案に同意すると確信があったのだろう。
ここまで頭の回転の速さと実力が伴っている人間は初めてだ。

これまでにトラギコは多くの人間を見てきた。
優れた頭脳を持ちながら、行動が伴わない人間。
行動力はあるが、先を考えるだけの思慮が足りない人間。
覚悟がないくせに人に覚悟を強要する人間。

計画を手短に語ったデレシアは、非の打ち所がない人間だった。
長い時間をかけて説明するような作戦では、誤解が生じて綻びになる危険性もある。
手短に語れるという事は、それだけ要点がはっきりとしているという事だ。
とてもではないが、馬鹿や凡人には出来ない。

聞いたことがある。
天才とは簡潔な言葉で相手に理解させる生き物であり、秀才は長く難解な言葉で相手を納得させるものだと。
デレシアは紛れもなく前者だ。
道理で苦労するわけだ。

オアシズで起こした騒動の手がかりを残さず、いくつもの街で暗躍した彼女が凡人や俗物であるはずがない。
なるほど、この女は先を見通す力が常人や天才と呼ばれる人種を遥かに凌駕しているのだ。
当然、未来を知る人間を正攻法で出し抜くことは出来ない。
付け焼刃で考え出した策略など、意味をなさないだろう。

考え直しても、やはり彼女の手を借りた方が事件解決は円滑に行くはずだ。
賽は投げられ、後は最善の結果を出すために尽力するだけである。
しかしながら、まだ少しは考え直す余地はあるだろう。
何も焦る必要はない。

510 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:26:41 ID:OQQmnSoU0
体力を回復させ、一刻も早く前線に戻って事件を解決させるためにも、今は暴れることなく状況に身を委ねるしかない。

(=゚д゚)「……」

(∪´ω`)φ"

思案するトラギコと同じテントの隅に、一人の少年が腰を下ろしていた。
ニット帽を被り、天窓から差し込む光を利用して本を照らし、そこに何かを書き込んでいる。
時折分厚い本――恐らくは辞書――を見て、それからまた別の本へ書き込みをした。
まるで受験を控えた学生だ。

(=゚д゚)「おい」

(∪´ω`)φ"

少年は作業に夢中なようで、トラギコの声かけに気付いていない。

(=゚д゚)「おい、ブーン」

トラギコは少年の名前を呼んだ。
ブーンという名を持つ少年には、垂れ下がった犬の耳と丸まった犬の尾がある。
彼のような人間は耳付きと呼ばれ、世間では忌み嫌われる差別の対象だ。
そのため、耳付きは総じて人間を恐れ、目を合わせようとはしない。

目が合えば飛んでくるのは罵倒の言葉か暴力だけだ。
だがブーンは、小首を傾げてトラギコの目を見た。
その仕草は名前を呼ばれた仔犬の様だった。
無視をしていたのではなく、あまりに熱中するあまりトラギコの声に気付けなかったのだろう。

(∪´ω`)「お?」

(=゚д゚)「何書いてるラギ?」

(∪´ω`)「くろすわーど、です」

クロスワード。
ヒントを基に、文字数の制限と指定された文字を使ってマスに書き入れ、最後に浮かび上がる言葉を見つける文字遊びだ。
ブーンの歳は見た目から推測するに、六歳程度だろう。
六歳の子供がクロスワードとは、随分と渋い趣味をしている。

(=゚д゚)「ふぅん……」

(∪´ω`)「……あの、トラギコ、さん」

クロスワードの本から目を上げて、今度はブーンがトラギコの名を呼んだ。

(=゚д゚)「あ?」

(∪;´ω`)「おっ……」

511 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:30:38 ID:OQQmnSoU0
トラギコの剣幕に、ブーンが怯えを見せた。
怯えさせる気は毛頭なかったが、怪我をしているせいで気が立っており、結果的に子供を怯えさせてしまった。

(=゚д゚)「あぁ、悪い。 で、何だ?」

(∪;´ω`)「あの、ここなんですけど……」

おずおずとクロスワードの本を持って近づき、ブーンがトラギコにそれを広げて見せた。
トラギコは寝たままの状態で首を本に向け、そこに書かれている文字を読んだ。
そして、思わず驚きを表情に出すという失態を犯した。

(;=゚д゚)「……お前これ、随分と難しいのやってるラギね」

恐らく、対象年齢は中学生から高校生だろう。
並ぶ単語はどれも六歳の子供が使うには難しく、大人でも理解できないのがあるかもしれない。
辞書の助けがなければまず六歳児には無理だ。

(∪;´ω`)「この、jではじまる13もじのやつです……」

(=゚д゚)「……己の正義を他に知らしめ容認させること、ねぇ」

ヒントも難しく、言葉を知らない子供には難易度が高い。
このヒントはジュスティアの人間ならば一度は目にしたことのある言い回しで、本の作成者は意図してそれを選んだのだろう。
ジュスティアの学校で使用される道徳の教科書には必ずこの言い回しが使われ、子供たちは幼くして正義と悪の二つを覚えることになる。

(∪;´ω`)「さいしょは、せいぎ、かなっておもったんですけど、ますがあまっちゃって……」

子供なりに悩んだのはよく分かる。
確かに、これは言葉を知らなければ埋められない。
言葉を知らなければ辞書を引きようがなく、簡単には見つけられない。
だが惜しい。

ブーンの言っている言葉は、正解に限りなく近い。
これが教師であれば褒めるのだろうが、トラギコはそんな器用な真似はできない。

(=゚д゚)「正当化、ラギ」

中学生になった時、トラギコはこの言葉を嫌と言うほどその体に叩きこまれた。

教師の拳は正義であり、例え教師が誤った事でそれを振るおうとも、それは決して悪には転じなかった。
逆もまた然り。
全ては正義の物差しを誰が作ったのかが問題であることに気付けなった時の話だ。

(∪´ω`)「せーとーか?」

(=゚д゚)「手前が正しいってことにするってことラギ。
    それがどんなことだろうとも、だ」

512 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:33:07 ID:OQQmnSoU0
(∪´ω`)「おー?」

ブーンは首を傾げる。
どうやらよく分からないらしい。

(=゚д゚)「例えばだ、俺が理由もなくお前を殴ったとしようか。
    それが正しい事、必要なことだったと周りに説明することを正当化っていうラギ」

(∪´ω`)「お!」

ようやく意味が分かったようで、顔を輝かせて紙に文字を書きだした。
そして止まった。

(∪;ω;)「すぺる、わからないですお……」

綴りが分からなければ、クロスワードは進められない。
読み方が分かっても綴りは分からない物だ。
何だかんだと言っても、やはり、ブーンは六歳の少年なのだ。

(;=゚д゚)「……何なんだよ、お前は。
    j u s t i f i c a t i o nだ、覚えておけ」

(∪´ω`)「あ、ありがとうございますお……」

(=゚д゚)「気にすんな。 じゃあ、俺は寝るラギ。
    静かにしてろよ」

指さしたその先で、ブーンはしっかりと頷いた。
物分りが良い子供で助かる。
子供相手に気を遣わずに済むのはありがたかった。
ブーンの相手をしているほど、今は暇ではない。

今は眠り、体力を取り戻すのが重要だった。
無駄に動くことも、起きる必要もない。
食事については我慢すればいい。
ただ今は、休まなければならなかった。

瞼を降ろしたトラギコは、すぐに眠りに落ちた。

513 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:34:46 ID:OQQmnSoU0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

Ammo→Re!!のようです        _/~ヽ
                     /r' r 、 \
Ammo for Reknit!!編   ‐<{三三{ \三三三〉
                   / {_ノノ \ \ l
                  /{ {  /ヽ  ヽ
                  ヽヽ__} /      /
                   {ー'   {    /
第三章【trigger-銃爪-】

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

ブーンはクロスワードと辞書を交互に見ながら、マス目を着実に埋めていった。
トラギコが言っていた正当化という言葉について辞書で調べたところ、ブーンは少し混乱していた。
出来ればもう一度トラギコに質問したかったが、寝ている彼を起こすわけにはいかなかった。
悩み所は、“正義”という言葉だった。

正義という言葉の意味を調べても、ブーンには分からなかった。
人として正しい事、とあった。
はて、人として正しい事とは何だろうか。
何が正しくて、何が正しくないかの基準がどこかにあるのだろうか。

人が行動する時には、それが正しいと信じているから行動するものではないのだろうか。
難しい問題だった。
疑問に思った時に質問をしていればよかったと後悔するが、今はどうしようもない。
次回にこの後悔を活かしさえすれば、無駄ではない。

今度デレシアに訊けば答えを得られるだろう。
空白にその言葉を書き留め、新たな問題に取り掛かる。
鉛筆を動かしながら、ブーンは焦燥感に駆られていた。
自分は果たして、こうしているだけでいいのかと。

(∪´ω`)φ″

ヒート・オロラ・レッドウィングの手助けをしたいと願い出たブーンに対してデレシアが告げたのは、トラギコの看病の依頼だった。
正確にデレシアの言葉を引用するのであれば、“トラギコを看病することがヒートの手助けになるのよ”とのことだ。
思えば、こうしてデレシアがブーン一人に何かを任せてくれたのは初めてなのかもしれない。
オアシズでの立ち回りは、ブーン一人の働きではなく、あくまでも補佐程度だった。

それを考えると、今の自分はデレシアに信頼されていることが誇らしかった。
信頼して、大切な役割を委ねてくれた。
何があっても、その信頼を裏切らないように努めなければならないと、ブーンは心を決めていた。
十二時の鐘と同時に食事を作り、それをトラギコに食べさせるという大きな仕事がある。

514 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:36:16 ID:OQQmnSoU0
それまでの間は勉強とトラギコの看病がブーンの役割だった。
勉強は好きだ。
知らない事を知り、少しでも足りない部分を補うことが出来る。
簡単に成長を実感できるため、ブーンは自分が確かに成長しているのだという自覚と共にデレシアとヒートの役に立てる日が近付いていると誇らしく思った。

すぐに眠り始めたトラギコを見て、その眠りが深いことを寝息から悟った。
暫くの間は起きないだろう。
テントの中には二人の呼吸と鉛筆が紙上を走る音だけが流れている。
静かな、そして有意義な時間の流れにブーンは表現し難い安心感を覚えていた。

クロスワードの大部分が埋まって来た時、ブーンの耳が跫音を捉えた。
近付いてくる二足歩行生物――人間――の跫音だった。
女性で、何か金属の物を持っている。
音の次に、匂いが届いた。

それは甘く、糖蜜のような香りだった。
その香りにブーンは覚えがあった。
海上都市ニクラメンで嗅いだことのある香りだ。
死の匂いを隠すための偽装か、それとも死の匂いそのものなのか。

断言できるのは、この香りの持ち主は山の様な死体を生み出してきた人間だということ。
友好的な人間性はなく、残虐非道な生活の持ち主であるという事だ。
そしてブーンは思い出す。
この匂いの持ち主を。

(∪;´ω`)「……お?!」

――ワタナベ・ビルケンシュトック。
間違いない。
この匂いは、彼女の物だ。
不運にも、眠っているトラギコはまだ彼女の接近に気付いていない。

甘い死の匂いを漂わせる彼女の存在に気付けているのは、優れた嗅覚と聴覚を持つブーンだけ。
この場を守れるのは、ブーンだけだ。
どうすればいい。
背筋が冷え、体が震えてその場に跪かせようとしてくるのを強引に拒み、考えた。

守らなければならない。
守るためには抗わなければならない。
例え敵わない相手だとしても、抗う事を諦めてはならないのだ。
抗うためには考え続けなければならない。

思考を止めればそこで終わってしまう。

515 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:37:11 ID:OQQmnSoU0
(∪;´ω`)「……」

トラギコをテントに残してブーンが囮になれば、せめてトラギコだけでも助けられるかもしれない。
しかし、ブーンに興味を示さないかもしれない。
ワタナベにとってブーンは脅威でも何でもない、ただの耳付きの子供。
追う価値もないと判断され、囮であるブーンを無視してトラギコを一直線に狙われたらおしまいだ。

多くを深くまで考えている時間はあまりない。
自分一人で出来る事など限られている。
ここは、トラギコの手を借りなければ状況を打破するのは無理だ。
眠っているトラギコを起こして状況を説明し、テントを出てから注意をブーンにひきつければその間にどうにか逃げてもらえるだろう。

ブーンに思いつく最善の案は、それしかなかった。

(∪;´ω`)「トラギコ、さん」

肩を揺らして、その名前を呼ぶ。

(=゚д゚)「ん?」

ただならぬ雰囲気を察したのか、トラギコはすぐに起きて半臥の状態になった。

(∪;´ω`)「ワタナベさんが、きてますお」

(=゚д゚)「……マジか」

トラギコの顔が真顔になり、何かを探すように周囲を見渡した。
恐らく武器になるような物を探しているのだろう。
ブーンの知る限りガスの詰まったボンベとナイフぐらいだ。
それだけであのワタナベに挑めるとは思えなかった。

これでも、少しは戦いの場を見てきたつもりだ。
得物による優劣の差ぐらいは理解出来たつもりだった。
当然、自分が時間稼ぎを出来るような戦いが出来ない事も理解している。
理解していても諦めることは出来なかった。

(∪;´ω`)「だから、にげて、ください」

その言葉を聞いた瞬間、トラギコはブーンの胸倉を掴んで引き寄せた。
全く予想外の事態に、ブーンは目を白黒させる。
何が彼の癇に障ったのか、全く分からない。

516 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:37:29 ID:jYoL/Lxo0
昨日はリアルタイムに見れなかったので、支援。

517 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:39:01 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「いいか、ガキが大人を気遣うな。
    俺が時間を稼いでやるラギ。 お前が逃げろ」

(∪;´ω`)「でも、トラギコさん、けがしてて……」

(=゚д゚)「あの女達は教えてくれなかったかもしれないが、いいか、覚えておけ。
    俺は一度だけしか言わねぇラギ。
    男には、絶対に譲れない意地ってものがあるんだよ。
    ガキに守られるってのはな、我慢できねぇんだよ、俺は」

(∪;´ω`)「……あっ!」

気付いた時には、ワタナベの匂いがより濃く、そして呼吸の音が聞こえるまでの距離に近づいていた。
テントのすぐ外に人がいると分かり、ブーンがトラギコに警告するよりも早く、トラギコはブーンの体を己の背後に引き摺り倒した。
ジッパー式の入り口が開き、現れたのは白いワンピースに身を包んだワタナベだった。
垂れ下がった目尻には攻撃的な印象は一切ないが、それでも、瞳の奥に宿る狂気の色は健在だ。

从'ー'从「はぁい、刑事さんお元気ぃ?
     ……って、あらぁ?
     いつぞやの仔犬君じゃなぁい」

(∪;´ω`)「……」

甘ったるい声と香り、そして気だるげな表情。
死を運ぶ大量殺戮者であるワタナベの佇まいは妖艶な娼婦の様だったが、その本質を知るブーンは決して気を許しはしなかった。
トラギコがブーンを庇うようにしてゆっくりと立ち上がり、ワタナベにその鋭い視線を向けた。
狭いテント内に、ただならぬ空気が満ちる。

(=゚д゚)「久しぶりって程でもねぇが、何の用ラギ?」

从'ー'从「忘れ物、届けにきたのよぉ」

そう言ってワタナベはアタッシュケースを掲げて見せた。
それが誰のものなのか、ブーンは漂ってきた匂いで理解した。
トラギコの物だ。
長年使いこんだのだろうか、匂いが鉄の中にまで染みついている。

(=゚д゚)「……ブリッツのコンテナか」

从'ー'从「そうよぉ、刑事さん忘れて行っちゃうんだものぉ。
     それと、車の中にも忘れ物があったから持って来てあげたのよぉ」

518 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:40:45 ID:OQQmnSoU0
見せつけるようにして、アタッシュケースに紐で括り付けられている一対の黒い籠手を掲げる。
そして、空いていた手で黒い拳銃を構えた。
オアシズで見たことがある。
トラギコの愛銃、ベレッタM8000だ。

その銃腔はワタナベを向き、撃鉄はトラギコを向いていた。
デレシアから習った、人に銃を渡す時の形だった。

从'ー'从「これ、大切な銃でしょ?」

その瞳に宿る怪しげな光の正体は分からない。
何かを誘っているような、それでいて狙っているような、奇妙な光だ。

(=゚д゚)「……ブーン、外に出てろ。
    大人同士の話し合いをするラギ」

(∪;´ω`)「あ、えっ……ぉ……」

罠の可能性は大いにある。
それぐらい、トラギコにも分かっているだろう。
分かっていて尚、トラギコは踏み出した。

从'ー'从「あらぁ? 大人の話し合いってことはぁ、ようやくその気になったのぉ?」

(=゚д゚)「黙ってろ。 ほら、早く行くラギ。
    大丈夫ラギ。 こいつは、今は危害を加えてこないラギ」

トラギコの声には有無を言わせぬ凄みがあった。
手負いとはいっても、トラギコの戦闘力はブーンよりも高いだろう。
一瞬の判断を迫られたブーンは、大人しく頷いた。

(∪;´ω`)「わかり……ました……お」

その言葉に従って、ブーンはテントを出た。
果たしてその選択が正しかったのか、今はまだ、分からない。

519 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:42:48 ID:OQQmnSoU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
.            /: : : :/\ |: : : |、: : : : : : : : : : : :|: : : : : :|: : : : : : : .
           /: : : :/! -、 i: : : :i \-:─:-: :\:|: : : : : :|: : : : : : : :ヽ
.           /::/ : : : i ィfぅミ ヽ:.:.:l   \: : :ヽ: : :|: : : : : :|: : : : : : : : : :\
          /: :| :./: : ハ r'::j  \i  xzぇぅ≪丶j: : : : : :|: : : : ヽ : : : : : :\_
           /:/}:/: : : :ハ Vン      '^ r' ノ::::ト ノ: : : : : :|: : : : : : \: : 丶: : : : :`彡
          ノ'´  |:人: : : j、、` /      弋こン /: : : : : :.八: : : : : : : \: : \二¨__
           八: :.ヽ: }        、、、¨´、 /:/: : : : /: : :\: : : : : : : \: : : : :ノ
                                          August 10th AM10:31
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

(=゚д゚)「で、どういう魂胆ラギ?」

二人きりになったテントで、トラギコはワタナベの手から銃と棺桶――強化外骨格の通称――を受け取った。
あまりにも呆気なく武器を渡されたことに対して、彼は驚きの表情を禁じ得なかった。
渡すと見せかけて殺すことも出来たはずだ。
この女ならば、手負いのトラギコを殺すことなど造作もない。

何が狙いだ。
情報か、それとも別の何かを狙っているのか。
ブーンを逃がしても追おうとしないことから、狙いがトラギコにあるのは分かる。

从'ー'从「私はただお仕事をしているだけよぉ」

(=゚д゚)「……仕事?」

人殺しのする仕事など、一種類しかない。
ボランティアでもなければ、慈善活動でもない。
偽善にすらならない、ただ一つの行い。
殺しだ。

从'ー'从「そうよぉ。 お仕事よぉ。
     “後片付け”をするお仕事ぉ」

返されたばかりの拳銃を一瞬で構え、トラギコはその銃口をワタナベの頭に向けた。
弾丸が弾倉に装填されていることは手に持った感覚で分かる。
問題は、彼が車内に置き忘れたのと同じ状態、つまり弾が薬室に送り込まれているかどうかという事だった。
薬室に弾が込められていなければ、銃爪を引いても弾は出ない。

それどころか、致命的な隙を生むことになる。
それでも、脅迫材料としては生きてくれることを願うばかりだ。

520 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:45:01 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「俺を片づけるのは一苦労するラギよ?」

从'ー'从「あらぁ? 私は、現場の後片付けをしただけよぉ。
     ほらぁ、道具を持ち主に返して片付けるってお仕事よぉ?」

撃鉄を親指で倒し、銃爪に指をかける。
数グラムの力を込めるだけで、ワタナベの頭は熟れたトマトのように爆ぜるだろう。
ナイフを喉元に突きつけるのが最もいい手段だが、銃の威力を知っている人間にはこれも効果的だ。
しかしながら、ワタナベは涼しげな顔をしたまま、何を考えているのか分からない笑みを浮かべている。

こちらが撃たないとでも思っているのだろうか。
こちらは情報さえ聞き出せれば、ワタナベを殺しても一向に構わないのだ。

(=゚д゚)「いいか、手前が何でショボン達と組んでるのか、それについてはおいおい訊くが、手前の狙いは何だ?」

从'ー'从「私は私のやりたいように、気持ちのいいようにやっているだけよぉ」

(=゚д゚)「ふざけてる……って訳ではないラギね」

こういった手合い――殺しを楽しむ人間――は、己の美学に関する部分については嘘を吐かない。
それだけが唯一の誇りであり、それを偽る事だけは決してしないのだ。

从'ー'从「そりゃあもちろんよぉ。 私はいつでも真面目よぉ」

親指で撃鉄をゆっくりと戻し、銃を降ろす。
この狂人は紛れもなく頭のネジが外れた人間だが、それでも、欺くなどと言う煩わしい真似はしない。
騙すなら最初からトラギコを殺しているし、誰かの指示で隙を作ろうとしているのだとしても、それをここまで上手く出来るとは思えない。
数多の犯罪者を見続けてきたトラギコの直観は、そう告げていた。

この女は、真面目に狂っている。

(=゚д゚)「まぁ、コンテナを持って来てくれたのは感謝するラギ。
    だけど、手前はいいのか?
    そろそろ組織の人間が黙っちゃいねぇだろ」

いくら何でも、ワタナベの行動は組織としては見過ごせない物ばかりだ。
作戦行動の逸脱、妨害
味方からすればとんでもない邪魔者だ。
彼らが大きなことを企てているのであれば、ワタナベを処分した方が有益と判断しても不思議はない。

オアシズに仕掛けられていた爆弾解除に手を貸し、シュール・ディンケラッカーに殺されかけていたトラギコを助けたことが知られれば、組織に殺されるだろう。
仮にトラギコがワタナベの組織にいたとしたら、決して生かしてはおかない。

521 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:47:22 ID:OQQmnSoU0
从'ー'从「平気よぉ。
     私はあくまでも末端の末端でぇ、お上はいちいち気にしないわよぉ。
     それとも何ぃ? 心配してくれてるのぉ?」

(=゚д゚)「ふざけんな。 手前に勝手に死なれたりすると迷惑ってだけラギ。
    いいか、訳の分からない手前の道楽で手前が気持ちよく死ねると思うなよ。
    手前は、この俺が殺すラギ」

そうだ。
このろくでもない快楽殺人者には、苦痛に満ちた死が相応しい。
他の人間ではなく、トラギコが手ずから殺してやらなければ気が済まない。
デレシア同様、他の誰にも渡したくない存在だ。

彼の獲物。
彼が決めた、彼が捕まえ、彼が殺すべき相手。
己の牙が噛み砕くべき相手なのだ。

从'ー'从「……ふぅん。
     それは楽しみにしておくわねぇ。
     それじゃぁ、私は殺されない内に退散するわねぇ」

(=゚д゚)「待てよ。 外にいるあのガキに手を出すんじゃねぇぞ」

从'ー'从「分かってるわよぉ。 だからぁ、私は単に現場の後片付けに来ただけなのぉ。
     それにぃ、こう見えて子供は好きなのよぉ?」

殺人者が何を言うかと思えば、とんだ戯言だった。
本当に子供好きなら、子供を持つ親を殺したりはしない。
屍の山で悦に入る狂人の言葉など、耳を貸すに値しない。
所詮は殺人鬼の気まぐれ。

時々いるのだ。
妙な矜持を持った殺人鬼が。
女子供には手を出さない猟奇殺人者や、大人の女には手を出さない強姦魔。
異教の神を信じる人間だけを殺してきたと胸を張る屑が。

(=゚д゚)「よく言うラギ」

ワタナベがテントから出て行ったのを見届けてから、トラギコは密かに安堵の溜息を吐いた。
M8000の遊底を引くと、薬室には弾が入っていた。

(=゚д゚)「……あいつ、馬鹿か」

――或いは、トラギコが撃たないと確信していたのか。

522 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:49:08 ID:OQQmnSoU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
              レ′  {  .:.:{ ̄`  __         `ヾ:ヽ:.:.:.:.:.:
              { ∧ 、ゝ、.:_厶_       ``ヽ、     ',:.:.:.:.:/.:
              ∨.:.:} .:\:.:休㍉、    __     ヽ、   }:.:.:/.:.:.
               {:.:.( .:.:.:.个`忙f{`     辷≠ミ、 \  厶7.:.:./
             / >:`ヽ:{:.:」  `¨゙        ト-升ヘ,  ∠Z仏∨.:
             / /.:.:.:.:.:.:/ :{   /     弋外F癶  r┐Y.:.:}.:.:
            / / .:.:.:.:.:.:  .:ハ   __       `¨´   _,ノ ノ:.く.:.:.
           / /  .:.:.:.:.:./ ./.:.∧   `Y``ァ        r‐<:.:.:.:.:.`ヽ
                                          August 10th AM10:53
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

思っていたよりもすぐにテントから現れたワタナベに、ブーンは少し驚いた。
話していた内容は全て聞こえていたが、特に争うようなこともなく、大人の話し合いというものは案外あっさりしているのだと受け入れた。

从'ー'从「はぁい、仔犬君。
     もういいわよぉ」

(∪;´ω`)「あ、え、はい……」

从'ー'从「いつも一緒のお姉さんたちはいないのかしらぁ?」

(∪;´ω`)「お……」

デレシア達の事は何があっても話してはならない。
それは、デレシアに言いつけられなくても分かる事だ。

从'ー'从「ふふふ、冗談よぉ。
     話せるはずないわよねぇ。
     それにぃ、いたらもう出てきている頃だものねぇ。
     じゃあ、今ここで私が仔犬君をめちゃくちゃにしても大丈夫ってことねぇ」

ちろり、と蛇のようにワタナベが舌を見せた。
背中に刃を当てられたかのように、ブーンは寒気を覚えた。
嗜虐的な笑みの奥に、純粋な殺意の姿が見えたのである。

(∪;´ω`)「いや、ですお……」

从'ー'从「これも冗談よぉ。
     それじゃあ、またねぇ」

523 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:52:05 ID:OQQmnSoU0
ひらひらと手を振って、ワタナベは森の中に消えて行った。
自分の身に何も起きなかったことに安堵し、ブーンはようやく安堵の息を吐くことが出来た。
テントに戻ると、トラギコはアタッシュケースに籠手を戻しているところだった。

(=゚д゚)「おぅ、悪いな」

ワタナベがこの場所を探し当てたことに驚いた様子もなく、研ぎ澄まされた冷静さを保っている。
ヒートやデレシアもそうだが、どうすればここまで冷静でいられるのだろうか。

(∪;´ω`)「あ、いえ……」

いつか、自分もそう在れるようになりたいと強く思う。
そうすれば、デレシア達が困難に陥った時に、ブーンも力になれる。

(=゚д゚)「じゃあ俺はまた寝るラギ。
    何かあれば起こせ」

そう言ってトラギコは枕代わりにしている寝袋の傍にアタッシュケースを置いて、その上に拳銃を乗せた。
先ほどまでの緊張状態などまるでなかったかのようにトラギコは横になり、すぐに浅い寝息をたてはじめる。
肝が据わっている、とはこのことを言うのだろう。
彼に見習い、ブーンも先ほどまでの作業に戻ることにした。

ワタナベの匂いがまだ漂っていることが気になるが、大したことではない。
本を開いて、再び文字と向き合う。
やがて少し肌寒いと感じ、メッシュの窓を閉じる。
だがトラギコにはまだ寒いようで、腕を組んで暖を取ろうとしていた。

(∪´ω`)「お……」

少し考え、ブーンは本を閉じた。
そして、トラギコの傍に横たわり、体を丸めて身を寄せた。
これで少し暖かくなればと思っての行動だったが、トラギコの本能がブーンの体温を感じ取り、ブーンを包むようにして抱いた。
大きな腕にしっかりと抱かれ、ブーンは少しだけ戸惑いながらも、瞼を降ろして眠ることにした。

トラギコの腕はとても力強く、そして優しげだった。

524 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:53:02 ID:OQQmnSoU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
       (^)   ;;:;::: ヾ;:.,ヾヾヾ    ノ;;:;::: ヾ;:.,ヾヾヾ;:;:.;:;;:ヾノ;:;:.,ヾヾヾ;:;:.,ノ
 ;;:;::: ヾ;:.,ヾヾヾ:::;:;:       ;;:;:φ:: ヾ;:.丿,ヾヾヾ;:(^);:.;:;:;::: ヾ    ;:.ヾ;:;:.,ヾ/
    ;;:;丿:: ヾμ;:.,ヾヾヾ (^)  ;;:;:   丿  ヾ;:;;:ヾ::;ヾ;;:;:: ノ:.,ヾヾ;ξ:;:.;: ヾ丿
;;:ヾ::;ヾノ      ;;:;::: ヾ;:.,ヾヾヾ 丿  ;:ρ;ヾヾ:;::ヾヾ ヾ;ノ:ヽヾ;:;ヾ:;::ヾヾヾ;:ヾ)
   ;;ァ!\\| |:;;ヾ:;: .r;. ::: ヾヾ:;::ヾrヾ:;;ヾ:;:;:;:.r;. ; . \|.ヾヾ| |ヾヾヾ;;:;:::ヾ)     ,.,.   ,,
;;:;:::.__ |;:'' \  |''~~^||^^~ | |;:;:;;;::;:| |;:;;;;ノ/ヾヽ| |~~~.;;l∥~~゙゙| l丿ノ'^^^      ,.,;:;::、、,,:.:,..
~~ ~~|;|^^  .| |   ||   | |^^...^.| | | |/~^~ .| |  . .∥  | /"         ,,;:;:;。;,;:::;::::;,..
   ..|;|   | |   ||   | |   | | | |     | |   ∥  | |         ,.,:,,:;;:;::;,.,。,.,:,;:::
   ..|;|   | |   ||   | |   | | | |     | |  ,,_∥._,,r゙゙゙゙ヾ゙^゙ヽ  - - - - -''"''yi''-"''yi''
   ..|;|   | |   ||   | |   | |,,,r''''' .゙'゙゙゙ """   ゙^゙ヽ'"゙~' ′'"゙~' ′、   .,..ili  .,,,.il
August 10th PM00:01
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

次にブーンが目を覚ましたのは、正午を告げる澄んだ鐘の音が聞こえた時だった。
昼食の時間だ。
デレシアから教わった昼食は、コンソメスープを使ったパンリゾットだった。
食料を購入する時間がなかったこともあり、具材は山菜しかないが、美味しくできるだろう。

問題は、トラギコを起こさずに抱擁から逃れる方法だった。
ゆっくりと体を動かし、腕を解こうとする。
それがトラギコを眠りの世界から引き戻してしまった。

(=-д゚)そ「……んぁ?
      あぁ?!」

腕の中にいたブーンを見てトラギコは驚き、その腕を一瞬で解いた。
思わずブーンも驚き、飛び退くようにして立ち上がる。
耳付きを嫌う人間は、触れただけでブーンを死ぬほど殴ってくる。
トラギコもそういう人間ではない可能性は否定しきれなかった。

殴られると思い、両手が自然と顔を庇うようにして上がっていた。

(;=゚д゚)「いつからそこにいたラギ……」

(∪;´ω`)「ご、ごめんなさい……」

(;=゚д゚)「いや、謝る必要はないラギ」

525 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:56:20 ID:OQQmnSoU0
トラギコの驚き様は、ブーンを抱いていたことに対しての物ではなく、ブーンの存在に気付けなかった自分を責めているようだった。

(=゚д゚)「あぁ、別に殴りはしないラギよ」

(∪;´ω`)「……けるんですか?」

(=゚д゚)「蹴らねぇよ。
    気を遣ってくれたんだろ?
    すまねぇな」

(∪;´ω`)「……お。
       いえ、その……はい……」

(=゚д゚)「撃ちもしないし、切ったりもしねぇよ」

(∪;´ω`)「はい……です、お……
       あの、お、おなか……へってますか?」

顔を守っていた両手をおろし、ブーンは当初の目的を果たすことにした。
昼食の提案に対してトラギコは、短く一度だけ頷いた。
間違っても彼の機嫌を損ねないように、美味しい物を作らなければならない。
テントの前室に移り、バーナーを使って調理を開始することにした。

クッカーに川で汲んできた水を入れ、それが沸騰するまで待つ。
沸騰した水にコンソメスープのブロックと一つまみの塩を入れ、黄金の色に染まるのを見つめる。
小さく切った歯応えのある山菜――葉ワサビとデレシアは呼んでいた――を入れ、千切ったパンをスープ全体が隠れるぐらいまで詰めた。
蓋を閉めて火を小さくし、少しの間だけ待つ。

火を消してクッカーとフォークを持ってトラギコの元に戻る。

(=゚д゚)「悪いな、手間かけさせて」

(∪;´ω`)「い、いえ……」

(=゚д゚)「コンソメのリゾットか……
    どれ、美味そうな匂いしてるラギ」

ブーンから受け取り、蓋を取ってトラギコはすぐに食べ始めた。
スープを吸ったパンは膨らみ、柔らかくなっている。
体力がない人間でも食べられる食事だった。
湯気の立つパンを口に運び、もぐもぐと美味そうにトラギコは咀嚼した。

526 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 19:58:43 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「薄味でいいな。
    お前の分は?」

すっかりトラギコの昼食にだけ意識を捉われていたため、本来自分が食べるべきパンも一緒にクッカーに入れてしまったことに、今気付いた。
気恥かしく、ブーンは首を横に振った。

(∪´ω`)「だいじょうぶ、ですお」

(=゚д゚)「……俺の言葉が分かってねぇようラギね。
    俺は、お前の分の飯はどこだって訊いたラギ。
    大丈夫、は答えになってねぇ」

(∪;´ω`)「お…… ぱん、ぜんぶつかっちゃって……」

(=゚д゚)「馬鹿か、手前は……
    だったらお前が食えばいいラギ」

(∪;´ω`)「それは、だめです…… ぼく、トラギコさんのかんびょーしないと」

(=゚д゚)「なぁ、飯が冷めるからその話は後でじっくり聞かせてもらうが、飯を半分に分けるラギ。
    そうすりゃ、俺もお前も飯を食えるだろ」

(∪;´ω`)「トラギコさん、おなか、へっちゃいます」

(=゚д゚)「うるせぇ。 何度も言わせるな。
    ほら、食うぞ」

有無を言わせず、トラギコは蓋にリゾットを取り分け、それをブーンに差し出した。

(=゚д゚)「スープを飲みたかったら言うラギ」

(∪´ω`)「ありがとう、ございます……お」

(=゚д゚)「いいんだよ、ほら、食うぞ」

がつがつと一心不乱に食べ始めたトラギコを見て、それから手に持つリゾットを見た。
冷めない内に食べた方が絶対に美味いのは、見れば分かる。
その場に座って、両手を合わせていつもの挨拶をした。

(∪´ω`)「いただき、ます」

口の中のリゾットを飲み込み、トラギコは異物を飲み込んだかのような奇妙な顔をして食事の手を止めた。

527 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:01:31 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「……何ラギ、それは」

(∪´ω`)「お? あいさつ、ですお」

(=゚д゚)「何だ、宗教でもやってるラギ?」

(∪´ω`)「しゅーきょー? ちがいますお。
      あいさつ、ですお」

(=゚д゚)「……なぁ、お前、宗教って知ってるラギ?」

ブーンはすっかり柔らかくなったパンをスプーンですくって口に運び、数度噛んでから飲み込んだ。
そして、トラギコに問われたことを答えた。

(∪´ω`)「おなじなにかをしんじるひとのあつまりですお」

宗教についてはヒートに教えてもらったことがある。
彼女の幼馴染がそれにのめり込み、それまで持っていた唯一の取り柄を失った原因であると。
詳しく話を聞くと、どうにもそれは昔から人間の間に根付く考え方であるという事だった。
それはまるで人の生き方と同じだと、ブーンは感じた。

誰もが何かを正しいと信じて生きている。
それは先ほどトラギコが言った正義という言葉そのものであり、正義というものの在り方の違いで人は争う。
異なるものを受け入れられないのが人間だ。
だからブーンは殴られ、蹴られ、嫌われ、虐げられてきたのだ。

(=゚д゚)「まぁ、そんな感じラギ。
    ならその挨拶は何なんだ?」

(∪´ω`)「おしえてもらったんですお」

(=゚д゚)「デレシアにか?」

(∪´ω`)゛

(=゚д゚)「ふぅん」

さほど興味もなさそう返事をして、食事に戻った。
二人はそれから無言で昼食を続けた。
無言だったが、トラギコがブーンの食事に満足した様子なのは、彼が最後に吐いた溜息が雄弁に物語っていた。
トラギコは寝袋を叩いて枕にし、横になってぽつりとつぶやいた。

528 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:04:42 ID:OQQmnSoU0
(=゚д゚)「飯、美味かったラギ」

(∪*´ω`)「お……!」

空になったクッカーと蓋を持って、ブーンはそれを洗うためにテントの外に出た。
頭上で陽が輝き、森に降り注ぐ光の量が増えていた。
光の柱が雨のように地面を照らし、小さな川は光を反射してキラキラと輝いている。
大きめのカップで水を汲んでクッカーを洗い、その水は川ではなく近くの地面に撒いた。

妙な視線を感じたのは、洗い終えたクッカーをテントの外に干そうとした時だった。

(∪´ω`)「……お?」

重厚かつ強力な獣の視線。
自然界に生きる、産まれたままの強者の視線だ。
物騒な視線の出所に首を向けると、川を挟んだ向かい側に、それはいた。

(・(エ)・)

茶色の毛に包まれた、巨大な生物。
それは、ブーンが生まれて初めて遭遇したグリズリー――別名:灰色熊――だった。
あまりにも巨大なその生物を前に、ブーンの体は硬直した。
野生の膂力の化身はその力を示さずとも、身に纏う雰囲気だけで周囲に己の力を誇示することが出来る。

彼は知らなかったが、グリズリーは野生動物の中でも頂点と呼ばれる領域に位置する生物であり、武器を持たない人間では太刀打ち出来るようなものではない。
比肩し得るのは同じ領域にいる生物だけ。
――以上の情報をブーンが知るはずもなかったが、それでも、彼の中にある生命本能は即座に警告を発した。
関わってはならない、と。

(∪;´ω`)

どうするべきか、ブーンは考えた。
“あれ”はおそらく川に水を飲みに来ただけなのだが、ブーンに気付いて動きを止めているのだ。
こちらがどう動くかで、あれがどう動くのかが決まる。
武器はない。

トラギコも今はテントの中だ。
野生生物はワタナベよりもある意味で恐ろしい。
話が通じない上に、一切の慈悲を持たない。
野生の掟に従って行動するため、戦略を立てる余裕がなければ実力で挑むしかない。

武器を持つトラギコがいてくれれば、状況はまだこちらが有利だったに違いない。
だがブーンが声を出せばあれは動くだろうし、その動いた先にいるのは勿論ブーンだろうし、そのままトラギコまで狙われかねない。
あれが向ける視線の種類は、視線の先にいる生き物が餌か敵かを見極める類のそれだ。
ブーンに出来るのは息を呑んで、あれがどう動くかを見守るしかない。

そのはずだった。

529 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:06:31 ID:OQQmnSoU0
(∪;´ω`)「お?!」

その瞬間、新たな視線の持ち主がブーンを取り囲むようにして現れた。
音もなく、静かに。
風に運ばれて鼻に届いた香りと雰囲気に、ブーンは安心感を覚えた。

(∪´ω`)「ししょー?」

それは師匠であるロウガ・ウォルフスキンの香りであり、雰囲気だった。
静かに現れた狼の群れはそのまま静かにブーンの傍に寄り、三匹がブーンの前に立った。
十匹の狼達が立つ位置は、明らかにブーンを守るための配置だ。

 /i/i、
ミ ゚(叉)

直立すれば人間の大人ほどもある全身を覆う灰色の毛はまるで銃身のように鈍く輝き、低い姿勢はいつでも高速で移動し、攻撃を加えられるように計算された構えをとっている。
何故この狼達がブーンを守るのか、彼は知る由もなかった。
だが理由はどうあれ、狼を前にした“あれ”は鼻を一度鳴らしただけで攻撃の意志を示さないまま、森の奥へと歩み去ったのは紛れもない事実だった。
一気に緊張の意図がほぐれたブーンの周りに、狼達が集まってくる。

一定の距離を保ったままそれ以上近付いてこようとはしないが、透き通った黄金色の瞳を向けて興味深そうにブーンを見ている。
これもまたブーンの知らない事だったが、この森において狼はグリズリーと同じ領域に立つ生物だった。
グリズリーが個の強さの化身であれば、狼は集団の強さの化身だ。

(∪´ω`)「お」

群れの長と一目で分かる一際大きな体の狼が、ブーンの前に歩み出た。
四足で立っていてもブーンよりも大きく、後ろ足で立ち上がればいつか見た強化外骨格よりも大きいだろう。

 /i/i、
ミメ゚(叉)

特徴的だったのは、その顔に付いた傷だった。
それが銃傷であることにブーンはすぐに気付いた。
銃を使う生き物は人間だけ。
つまり、この狼は人間に撃たれ、そして生き延びたのだ。

530 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:09:53 ID:OQQmnSoU0
何故助けられたのか、狼が人間の言葉を介して説明することはあり得ない。
それでも、狼は紛れもなくブーンを助けた。

(∪´ω`)「お」

 /i/i、
ミメ゚(叉) ヲフ

(∪´ω`)「おー」

 /i/i、
ミメ゚(叉) ウォ

(∪´ω`)゛「おっ」

会話と呼べる会話ではなかったが、ブーンには動物の言葉が理解できるという特技があった。
それは彼が耳付きとして生きていく中で、どうしても野良犬や野良猫と食糧を分かち合う必要があり、その際に身につけた能力だった。
相手が狼でも、やることは変わらなかった。
何を話しているのか、というよりも、何を言わんとしているのかを理解し合うコミュニケーションだ。

 /i/i、
ミメ゚(叉) ……フ

仔犬がいると思ったら、その仔犬から同族の匂いがしたことから助けた、という言葉にブーンは納得した。
縄張りを荒らしに来たのではない事が分かると、狼はブーンに警告をした。
“あの”生き物は非常に凶暴で強力であるため、出来れば関わらず、存在を察したら逃げた方がいいという事だった。
だが、ブーンは留守を任されているため、そう簡単に逃げるわけにはいかないのだと説明すると、狼は飽きれた風に息を吐いた。

狼が数歩近づき、ブーンの頬を軽く舐め、鋭い牙で優しく肩を甘噛みした。
それはブーンを仲間とみなす行為だった。
群れの長が認めた仲間は即ち、群れの仲間である。
ブーンを取り囲んでいた狼達はブーンにそれぞれの形で情を示し、森の奥へと戻っていった。

(∪´ω`)「おー」

多くを語らずに多くを伝えてくれるその姿は確かに、ロウガの背中を思い起こさせたのであった。

531 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:12:30 ID:OQQmnSoU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
_ ,,..>:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: ≦: :.: {{:.:.ヾ ヽ.:\
``ヽ、::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: <:::::::::'‘::::::::::::::: : `丶、
::::. イ≧:::::::::::::::::::::::::::::::::,.  -‐''´:::::::::::::::::::::::::::::::::: : r-`_丶、
'''´   `ヽ、_::::::::::: ,..彡'´  <´:::: : ___;:>''´  ̄ `''ミゞ処ヾ ヘ.
.. : :‐=ニ二:::::::::, -‐''"   _,,..彡'´ ̄          ` ¨´'' :廴
: : : : : :.:`ヽ.‐''´    .. : : : :-‐=─―ァ           : : . . ``ヽ、
: : : : : :.:.:ノ-‐ァ,,... . : : : : : : : : : : : : : :<__,.彡'',.イ´r'´ ̄¨'ー- .: : : :..`''‐r:、
: : : : : : : :.:/ー―: : -- == ..,,_: : : : : : : : : : : : : :‘ー‐--= ..,,`''=‐‐-,-'’
: : : : : :.:/-‐''´: : : : : : :.:.:.,..彡'´ ヽ、: : : : : : : : : : : : : : : : : : : :.:.`''ヤ''´
: : : : : : : :`ヽ`''ー_,,.. -=彡''´: : : : : : ``ヽ、_,. -―――――‐-≠''´
August 10th PM00:41
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ブーンが狼と別れた頃、グルーバー島にあるルルグベ教会に一人の訪問者があった。
ピーター・ロドリゲス神父は久しぶりの来訪者が余所者であると同時に、同業者であると一目で分かった。
黒いカソックを着た男は穏やかな笑みを浮かべ、首から提げた十字架を誇らしげに、だがつつましくピーターに見せた。
分厚い扉の外に立つ男の姿を見たピーターは、閉ざしていた扉の閂を外して男を笑顔で招き入れた。

( ''づ)「ようこそ、ルルグベ教会へ」

( ・∀・)「どうも神父様、突然の訪問をご容赦ください」

礼儀正しい男だった。
無碍に扱う理由はない。

( ''づ)「いえ、お気になさらず。
    さぁ、今紅茶を淹れますのでどうぞこちらへ」

扉を閉じ、神父を来客用の小部屋へと案内する。
彼がどこの教会に所属しているのか分からない以上、下手なもてなしは出来ない。
棚から高級な紅茶の缶を取り出し、茶菓子として信者から差し入れでもらったクッキーを出すことにした。

( ''づ)「お待たせいたしました、さ、どうぞ」

( ・∀・)「いやいや、申し訳ない。
     私、マドラス・モララーといいます。
     セントラスの教会で神父をしております」

セントラス。
それは十字教徒であれば誰もが知る聖地だ。
十字教発祥の地であり、聖遺物に触れることの出来る街。
宗教都市セントラスでの聖務は全ての聖職者にとっての憧れだった。

532 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:15:37 ID:OQQmnSoU0
高い紅茶を選んで正解だ。
心象を損ねなければセントラスへの足掛かりとなるかもしれない。

( ''づ)「わざわざセントラスから。
     巡礼の旅ですか?」

巡礼とは、各地に点在する教会を訪ね歩き、かつて世界を再生した聖者たちと同じ歩みを辿る神聖な行為。
限られた人間にのみ、その聖務が与えられ、世界中の教会を繋ぎ続ける事が出来る。
巡礼を終えた聖職者は教皇から祝福を受け、神に愛された存在として認められる。
聖職者であれば、誰もが一度は夢見る行為だ。

( ・∀・)「いえ、完全な私用で来たのです。
     この教会には神父様おひとりですか?」

( ''づ)「シスターたちがいるのですが、ほら、今は島がこんな状態ですので皆宿舎にこもっております。
     紹介が遅れました。
     私、ピーターと言います」

( ・∀・)「よろしく、ピーター神父。
      そして、さようなら」

その言葉と同時に吹いた風が、首筋を撫でた。
首を傾げた記憶はなかったのだが、ピーターの視界がゆっくりと傾き、地面に向かって落ちて行った。
疑問を抱く間もなく視界が黒く染まり、意識がなくなった。
彼は幸運だった。

最期まで首を切り落とされたことに気付くことがなく、邪悪な笑いを浮かべるモララーの顔を見ずに済んだのだから。
幸運なまま絶命した神父の首が転がらないよう、一人の女がそれを乱暴に踏みつけた。

从'ー'从「あら、結構これいいわねぇ」

神父の首を背後から切り落としたワタナベ・ビルケンシュトックは、ナイフの使い心地に満足していた。
くの字に折れ曲がった特徴的なナイフは首を切り落とすのに都合のいい形をしており、骨ごと違和感なく切り落とせた。
切れ味の良さもさることながら、適度な重みが手に馴染む。
これはいいナイフだ。

いいナイフはいい仕事に繋がる。
支給されたナイフだが、このナイフを選んだ人間には見る目がある。

从'ー'从「どうせ殺すんならどうしてお茶なんて淹れさせるのぉ?」

533 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:17:57 ID:OQQmnSoU0
( ・∀・)「相手の好意を拒むのはどうにも気が引けまして」

ワタナベはどうにもこの男が理解できなかった。
首を失った神父の体を前に、モララーは紅茶を啜り、のんきにクッキーに手を伸ばす。
自らの手を汚さずに人の死を願うこの男は、ワタナベの価値観とは大いに異なった。
殺しとは、それ自体を堪能することにこそ醍醐味がある。

人が死ぬ姿を見るだけでいいのなら、病院に務めればいいのだ。
そうすれば労せずに人の死を見続けることが出来る。
だがこの男はそれすらもしない。
誰かが殺すように指示を出して、自分は決して人を殺さない。

実に不愉快な男だった。
生を終わらせる刹那に感じ取ることの出来るあの快楽を何だと思っているのか。
奪う事の快感を理解できない人間とは一生分かり合えない。
いつの日かこの男を殺し、死の味の甘さを教えてやろうとワタナベは笑みの奥で決意した。

从'ー'从「それでぇ? シスターは私が殺していいのかしらぁ?」

掌を見せて、モララーはそれを制した。

( ・∀・)「あ、それは少しだけ待ってもらってもいいですか?
     その前にやらないといけないことがあるので」

从'ー'从「何をするつもりなのぉ?」

( ・∀・)「シスターは処女なので、その前にせめて私が彼女達に男の味を教えてあげようと思いまして」

この男はいつもそうだ。
殺しの前に凌辱などと言う行為を挟もうとしてくる。
性的な快楽よりも殺しで得られる快楽の方が、病みつきになり、決して後戻りできない事を知らないのだ。
自慰しか知らない童貞と同じ、下卑た考えだ。

人の命を冒涜しているとしか思えない。
命を何だと思っているのだ。

从'ー'从「私は別にどうでもいいんだけどぉ、多分、ショボンとかが怒ると思うわよぉ」

( ・∀・)「ははは、黙っていればいいんですよ」

从'ー'从「ふぅん」

534 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:20:56 ID:OQQmnSoU0
( ・∀・)「では、私は少し席を外しま――」

その時、境界の扉が乱暴に開かれた音がした。
音を気にすることなく来客室から出ようとしたモララーが扉を開くと、そこにいたのは老犬を思わせる佇まいのジョルジュ・マグナーニだった。
特徴的な太い眉を吊り上げ、獲物を前にした獣の笑みを浮かべる。
  _
( ゚∀゚)「よぅ、何しに行くんだ?」

( ・∀・)「……いやちょっとお手洗いに」
  _
( ゚∀゚)「女を便所扱いする癖はいい加減に治せ」

( ・∀・)「ははは、お見通しか」

ジョルジュの脇を通り抜けようとしたモララーだったが、それを塞いだのはシュール・ディンケラッカーだった。
視線はワタナベに向けられたまま、その場に止まった体は部屋唯一の出入り口をジョルジュと並んで塞いでいた。
彼女がワタナベに対して敵意を向けているのは明白だが、ワタナベは涼しげな表情で受け流す。

从'ー'从「あらぁ、ご立腹なのぉ?」

lw´‐ _‐ノv「五月蠅い。 私の邪魔をして、何がしたいの」

トラギコを殺そうとしていたシュールを、ワタナベは軽く阻止した。
それに対して腹を立てているのだろう。
だが元はと言えば、ワタナベのトラギコを奪おうとしたシュールに非がある。
彼を殺すのは、ワタナベでしか有り得ないのだ。

子宮を疼かせる彼との殺し合いを楽しむ権利は、ワタナベだけの物。
断じて、この女にそれを譲る気はない。
  _
( ゚∀゚)「……邪魔をした? おいワタナベ、お前、何をした?」

从'ー'从「私の獲物を横取りしようとしたから、それを止めさせただけよぉ」

その言葉を聞き、ジョルジュの手が腰に下がったリボルバーに伸びた。
それに応じ、ワタナベもナイフの柄を軽く握りなおす。
  _
( ゚∀゚)「……お前がどうしてキュートに気に入られているのかは知らねぇが、この島で作戦に参加する以上は味方同士の妨害は止めろ。
    次に邪魔するっていうんなら、今度は俺が相手になるぞ」

535 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:24:07 ID:OQQmnSoU0
彼の提案は面白そうではあるが、ジョルジュはワタナベの好みではないため、今は遠慮しておきたい。
何より、この男と殺し合いをしてもつまらない。
殺し合いをするのであればやはり、トラギコが一番なのだ。
世 界 中 ど こ を 探 し て も 、自 分 と 殺 し 合 い を す る の に 相 応 し い 相 手 は ト ラ ギ コ し か い な い 。

キュート・ウルヴァリンが彼よりも上の人間であるため、そう簡単に手出しは出来ない。
涼しげな表情を浮かべ、ワタナベはすっと目を細める。

从'ー'从「考えておくわぁ」

その言葉を受けたジョルジュは鋭い眼光をワタナベに残し、モララーの襟首を掴んで部屋の中に押し戻した。
肩を竦めて、ワタナベは入れ替わる形で部屋を出て行った。
モララーが動けない今、女達を殺すのはワタナベの仕事だ。
久しぶりの殺しに、胸が高鳴る。

シスター達は教会と隣接する納屋のような建物にいる。
まだ陽の高い今は、せいぜい昼食後の歓談をして恐怖を和らげようとしているに違いない。
そんな健気な彼女達の前に現れ、命の終わる音を聞かせてもらえるかと思うと、自然と興奮した。
命乞いをするのか、それとも神に祈りをささげて奇跡を願うのか。

どのような形でその終わりを見せ、聞かせてくれるのだろうか。
ナイフで切るのもいいが、首を絞めてもいい。
指を切り落としてそれを口に突っ込むのもいいし、十字架を膣に突っ込んで破瓜の血を流させるのもありだ。
恐怖で命を彩る方法を考えるだけで、股座が濡れてくる。

殴殺は最後に取っておこう。
綺麗な顔が崩れないよう、顔ではなく内臓を中心に攻撃し、最後は心臓を殴って止める。
涙と鼻水、涎で汚れた顔はさぞや綺麗なことだろう。
礼拝堂を通り抜け、裏庭を進んで宿舎へと向かう。

二階建ての古めかしい建物の入り口は、質素な木で作られ、施錠はされていなかった。
鐘の音を恐れるのであれば鍵ぐらいはかけておいた方がいいのだが、この島の人間にはそこまでの智恵はないのだろう。
所詮は平和ボケした存在。
ジュスティアに守られることに慣れ、己を守る手段が余所者を排除するだけでは、こうも脆弱な人間に仕上がっても仕方ないだろう。

押し開いた扉の向こうもまた、木造りの空間が広がっていた。
一階にある小さな食堂から話し声が聞こえてきたのを、ワタナベは決して聞き逃さなかった。
神父の首を切り落としたナイフを手で弄び、跫音を消して食堂へと忍び寄る。
半開きになった扉から漏れ聞こえる声の中に男のそれが一種類混じっており、女の声は三種類あった。

536 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:26:01 ID:OQQmnSoU0
最低でも合計四人。
男は頭を縦に切り分け、女たちは寸刻みにして殺そう。
まずは足の腱を切って、自由を奪おう。
足の腱を切れば逃げる事を防ぐだけでなく、いい悲鳴を奏でてくれることをワタナベは知っていた。

从'ー'从「おこんにちはぁ」

扉を押し開き、満面の笑みでワタナベは声をかける。
突然の来訪者にも関わらず、聖職者たちは驚いた様子を見せず、何の疑いもなくワタナベに笑顔を返した。
直後に彼女が背中に隠していた大ぶりのナイフで男の顔を両断するまでは、一切の警戒心も抱かなかったはずだ。
縦に切り分けられた男は、だがしかし、切られたことに気付いていない表情のままその場に崩れ落ちた。

女の絶叫がワタナベの鼓膜を震わせた時、その鋭利な刃は女達の足首をまるで鎌鼬のように優しく撫で、正確にアキレス腱を断っていた。

从'ー'从「ねぇねぇ、どんな風に遊びましょうかぁ?」

ナイフを振って血を払い落とし、ぎらつくその表面を女たちに向ける。
女の一人が、ようやく何が起きたのかを理解したような表情でワタナベを見て、無造作に両手を胸の前で組んだ。
その行為が命乞いではないことにワタナベは気付き、激怒した。
この女は駄目だ。

この期に及んで神を信じ、それに縋ろうとしている。
神が助けることはない。
人がどれだけ祈りを捧げ、願おうとも、決して叶わない。
そんなものはこの世界にいないのだ。

神の不在を受け入れれば楽になるというのに、下手に抗おうとするから苦しむことになる。
死を前に本能のままに恐怖し、無力のまま死ねばいい。
命が消えるその直前までワタナベを楽しませれば尚良い。

从'-'从「……ちっ」

ワタナベの持つナイフが女の両手首から先を切断し、返す手で喉元を切り裂いた。
これで祈りを捧げることも十字を切ることも出来ない。
喉の出血を押さえることも出来ず、自らの血溜まりで女は顔を赤く汚していく。

537 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:29:05 ID:OQQmnSoU0
从'-'从「祈る暇があるなら悲鳴ぐらい聞かせなさいよぉ!」

残った二人は恐怖で声も出せなくなり、その場にへたり込んで失禁した。
あぁ、それでいい。
命が手の中で失われていく様を堪能し、それを奪っていく優越感に浸る。
これが殺しの醍醐味だ。

「え……ぐ……がっ……」

喉を切り裂かれた女は動かなくなり、細かく痙攣をして動かなくなった。
折角の御馳走が半分になってしまったが、まだ楽しめる。
舌なめずりをして、残りの女を切り刻み始めようとした、その時だった。
二人の女の頭が一発の銃声と共に爆ぜた。

否、ワタナベには一発にしか聞こえなかったが、実際に放たれた銃弾は二発。
音がほぼ一つに聞こえる程の速度での連射は、あの男の特技だ。
振り返ることなく、ワタナベはその男の名を呼んだ。

从'ー'从「あらぁ、ジョルジュ。
     無抵抗の人間は撃たない主義じゃないのぉ?」
  _
( ゚∀゚)「お前に殺されるぐらいなら俺が殺す。
    命を弄ぶな」

鋭く睨みつける彼の懐に下がる皮製のホルスターには、黒いリボルバーが収まっている。
S&W M29。
44口径の大型拳銃だ。
決して装弾不良を起こさないという利点だけを残し、連射性や取り回しやすさについてはオートマチックに劣るリボルバーだが、それを取り扱う彼の腕は確かだ。

今の時代にリボルバーをここまで使いこなせるのは、ジョルジュぐらいだろう。
実際、ワタナベがこれまでに殺し合いをしてきた人間の中でリボルバーを使っていた者はいたが、結局は酔狂や趣味を理由に使っていたに過ぎない。
皆、ワタナベとの殺し合いの中でその利点を生かすことなく死んでいった。
いまどきのカウボーイでも、オートマチックを使う。

だが、ジョルジュは別格だった。
戯れに切りかかろうと試みようとも、撃鉄の起きたリボルバーが魔法のようにその手に出現していた。
今こうしてナイフを持つワタナベと得物を持たないジョルジュはほぼ互角の立場、いや、場合によってはワタナベよりも優位な位置に立っているかもしれない。
それほどに、ジョルジュの早撃ちは圧倒的な力があった。

538 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:31:33 ID:OQQmnSoU0
  _
( ゚∀゚)「殺しを楽しむ屑が。
    なんなら、今ここで殺してやっても俺は構わねぇんだ」

从'ー'从「悪いけど、あんたと殺し合う趣味はないのぉ」

だが興味はある。
苦労してこの男を殺すことが出来れば、それはそれで面白いだろう。
賢明に生きてきた人間の死に際もいいが、キャリアの長い人間の死に際も好きだ。
健気なその一途さの終点が、無常の死だとは何とも泣けてくる話だ。

好奇心は高まる一方だが、この状況でそれを試すにはあまりにもリスクが高すぎる。
仮にここでワタナベが奇襲を仕掛けても、彼は難なく対応してしまう事だろう。
それでは駄目だ。
トラギコと殺し合うまでは、死ぬわけにはいかない。

――今はまだ、ジョルジュは殺さずにおこう。
  _
( ゚∀゚)「趣味の問題で言えば、汚い殺人狂と話し合う趣味も俺にはねぇ。
    ほら、やることが終わったら向こうに行くぞ」

ジョルジュも己の力量を正しく理解しているからこそ、ナイフを持つワタナベとこの距離にいながらも落ち着いていられるのだ。
確かに、いくら接近しようとも、こちらが攻撃を加える前に銃を抜いて撃てば距離と得物の関係は意味を持たない。
今は、我慢の時。
安酒を飲んで酔うのはいつでもできるが、何も熟成された酒の前に飲む必要はない。

全てはトラギコとの殺し合いまでの前戯。
本番までの暇潰しであり、それまでの演出でしかない。
ティンバーランドの目的ですら、ワタナベにとっては取るに足らない存在だった。
大局で考えればジョルジュとの確執など取るに足らない些事だ。

从'ー'从「ふぅん。 お優しい事ねぇ、警察のおじさん」
  _
( ゚∀゚)「……黙れよ、色狂い」

トラギコの上司だった男でも、ショボン・パドローネとジョルジュではその性質がまるで異なる。
どちらもかつては法の番人であり、正義の執行者だった。
ショボンはその正義を完全に見失い、ジョルジュはそれを捨てきれないでいる。
両者ともにジュスティア警察を抜け、彼らが対峙していた“悪”になってしまった。

539 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:34:53 ID:OQQmnSoU0
皮肉な物だ。
彼らの後輩は正義で在り続けようとしているというのに、正義で在り続けられなかった彼らは一つの夢のためにその手を汚し続けている。
こうして比較してみればみるほど、トラギコの魅力を思い知らされる。
一途に正義を追い求め続け、人間から虎へと変貌した彼。

変わらぬ姿勢は変わらぬ魅力。
頑なに昔と同じ価値観で仕事を続けるトラギコは、ワタナベにとって魅力的な人間だ。
やはり彼は最高だ。
最高の男だ。

彼と分かり合ったうえで本気で殺し合えば、間違いなくワタナベはこれまでで最高の性的な興奮を迎え、果てる事だろう。
少女のように純粋な心で、ワタナベはその日が来ることを願った。
一日でも早くトラギコがワタナベを理解し、殺し合いを望んでくれる日が来てほしいと祈りに近い形で願う事は、彼女にしては珍しい行動だった。
しかしながら、それもいたしかたないだろう。

偶然にもここは教会と言う、人間が願うにはおあつらえ向きの場所なのだから。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
      |  //∧ ∨:\:.:.:.:‐-z     `丶、 \  \ ///   、
      |   // i ∨江ニ==--≧x    \   ヾ、 ∨/
      |      |  ;.:.\.:.:.:.:.:.:.:.:-=云==-  \ }}!  !  //  ゙
      |      |  i.:.:.:≧=======-;≫x    \}  i} //     !
      l     |  |-==-x:.:.:.:.:.:.:.:./    -≦_ \_}//    :|
       ′     |  |.:.:.:.:.:.:≧=--〃      :i:!  -={ト、//、  :|
      ,     |  |:.:.:.:.:.《.:.:.:.:.:.〈{      |廴__   ≧x  \::l
            ⅱ :|-=≦.:=--=癶、     |  ー il}   li 、 :〈
   /         l| /!.:.:.:.:.:≫ァ=--く \   i     |:!   l|  \ :.
 イ        /;!/:|-=≦イ、    \ \ \   j」__j}、  \i
_.: _\      / / :|.:.:}〃|ハ     \ ヽ Υ          \
August 10th PM05:55
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

もしも願いが叶うならば、奪われた家族を取り戻してほしい。
ヒート・オロラ・レッドウィングは、かつて何度もそう思い、叶わない夢と知って心を痛めていた。
歳の離れた弟を含んだ四人でヴィンスに旅行に行き、そこで爆破事件に巻き込まれた。
それは六年前、ヒートが19歳の時に起こった事件だった。

540 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:36:33 ID:OQQmnSoU0
マフィア同士の抗争による爆破事件によって、ヒートは自分以外の家族を失った。
そして、復讐鬼と化した。
鬼となり、事件に関わった全ての人間を殺した。
揺篭で寝ていた赤子も殺した。

両手は血で染まり、最後に、爆破を指示したマフィアの首領とその家族を惨殺した。
一つの組織を壊滅させ、ヒートの復讐は終わった。
終わった、はずだった。

川 ゚ -゚)「間違いない、ヒートだな」

ヒートがプレゼントしたブレスレットに血を残し、木っ端みじんに吹き飛んだはずの母親、クール・オロラ・レッドウィングが現れるまでは。
アパートの屋上から見下ろすその姿は、六年前に見たものと同じ。
声も、風になびく黒髪も。
疑いの余地もなく、母親だった。

ノハ<、:::|::,》「ど、どうして……」

敵前だというのに、ヒートは動揺を抑えるという事を考えられなかった。
血のように赤い夕焼け空を背に、クールは表情一つ変えずにヒートを見下ろしている。

川 ゚ -゚)「どこから話したものか難しいが、私はこうして生きている。
     これは事実だ」

ノハ<、:::|::,》「一体、どうして……生きて……
      今まで黙って……」

川 ゚ -゚)「あぁ、私がどうして生きているのか、という事を知りたいんだな。
     いいだろう、教えてやる。
     あれは私が仕組んだことだからだ」

昔と同じく、表情一つ変えずに言い放った一言はヒートを恐怖させた。
戦慄さえした。
鐘の音が響く中、はっきりと聞き取った言葉は、撃ち込まれたどの銃弾よりも鋭くヒートの体を貫いた。
否、抉り、腐食させた。

ノハ<、:::|::,》「ど、どうし……て……」

指先から血の気が失せて行く。
全てを否定するたった一言は冷酷無比な殺し屋、レオンをその場にくぎ付けにし、隙を作った。
これが殺し合いの間で行われていれば、ヒートの命はこの瞬間に失われていた事だろう。
だがそうはなっていない。

541 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:39:40 ID:OQQmnSoU0
母なりの慈悲なのか、それとも別の要因なのか、それを推測する余裕すらヒートにはない。
頭上から浴びせられる言葉はヒートの前身に突き刺さる針となり、思考を麻痺させる。

川 ゚ -゚)「全てとは言わんが、半分は私の責任でもある。
     お前の後に私の腹から出てきた糞の塊がいただろう?
     あの瞬間、私は絶望したよ。
     害虫を生み出す人間だった自分を知り、更に、その可能性を持つ男と結婚したことに。

     害虫をこの世から消滅させる最善の方法は母体を消し去る事だ。
     だがその前に、まずは生み出してしまった膿どもを拭きとらねばならん、だろ?
     世界中に散らばる害虫を消す前に、まずは足元の掃除からだ。
     出来るだけ楽に殺すために爆殺しようとしたのだが、詰めが甘かったのだな。

     いや、それとも同じ虫螻の血が混じっているからか?
     まぁどちらでもいい、今度こそ私がこの手で殺してやる。
     それが、母親としてしてやれるせめてもの慈悲だ」

絶句したまま、ヒートは何一つ身動きできなかった。
何を母に言われたのかは分かるが、理解が出来なかった。
あの事件を仕組んだのが母親、などと今言われても理解できる方が稀だ。
復讐を果たしたはずのヒートの行いは全て無駄であり、その黒幕である人間はこうして目の前に生きている。

心を殺し、人を殺し続けてきた歳月。
それら全てを頭上の女が否定し、嗤って、そして――

川[、:::|::,]『さぁ、死ね』

――黒い異形が、頭上から襲い掛かってきた。
思考とは別に、ヒートの体が動いた。
何百、何千と死地を潜り抜けてきた彼女の体細胞は反射的に体を動かした。
砲弾を彷彿とさせる蹴りを避け、反撃の回し蹴りが無意識の内に放たれていた。

542 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:50:54 ID:zxzwj6ZI0
その一撃を腕で防いだクールの強化外骨格はアパートの壁に叩き付けられ、堅牢な壁面に大きな亀裂を生じさせた。

ノハ<、:::|::,》「害虫……どういうことだ……」

川[、:::|::,]『言葉通りの意味だ。
      獣の血を持つ人型の生物など、この世の中にいていいはずがない。
      お前にも私と同じく、害虫を産む可能性のある子宮があり、遺伝子がある。
      悍ましい、実に気色の悪い話だ』

ヒートの弟は、耳付きと呼ばれる人種だった。
獣の耳を持ち、獣の尾を持つ人間故に忌み嫌われる存在。
それを害獣や害虫と呼ぶ人間は多くいる。
ヒートと父親は彼を家族の一員として歓迎し、祝福していたが、クールは違ったということだ。

耳付きが何故生まれるのか、何故生まれたのかについて、今のところ理由は分かっていない。
もしも確実に耳付きと言う人種を滅ぼしたければ、それが産まれた家計を文字通り根絶やしにするしかない。
それが悲しく、悔しく、どうしようもなく腹立たしかった。

ノハ<、:::|::,》「……そん……な」

川[、:::|::,]『安心しろ。
      世界が黄金の大樹になった暁には、私も自ら命を絶つ』

ノハ<、:::|::,》「……」

その一言でヒートの心が体とようやく結びついた。
言葉の真偽は知らない。
そんなものは、もう、どうでもいい。
弟と父を殺し、ヒートの心と体に消えない傷を負わせた張本人がここにいる。

断じて許してはならない仇が、目の前にいるのだ。

川[、:::|::,]『死んでくれ、世界のために』

ノハ<、:::|::,》「ぶっ殺す!」

左手の悪魔めいた鉤爪を大きく広げ、右腕の杭打機を起動させる。
バッテリーはまだ残量がある。
相手の棺桶の正体が分からなくても、こちらは対強化外骨格戦闘に特化した棺桶。
後れを取ることはない。

543 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:52:38 ID:zxzwj6ZI0
ノハ<、:::|::,》「お前は、絶対、殺す!!」

川[、:::|::,]『……』

石畳の地面を踏み砕く勢いで、ヒートは一気に疾駆した。
踵のローラーが加速を促し、黒い棺桶に肉薄する。
恐らく、髪の毛のように後頭部から垂れたケーブルはあの棺桶の特徴とも言えるものだろう。
そしてそれは、武器ではなく補助装置のような役割を果たしているはずだ。

仮に武器であれば、初手で蹴りを放つ必要はなかった。
ならば問題はない。
左手の雷電を浴びせかければ、耐性の無い棺桶は一撃で機能を停止する。
そこを杭で貫き殺せば終わりだ。

ノハ<、:::|::,》『うるぁっ!!』

急接近したヒートは左手を袈裟懸けに振り下ろした。
クールはそれを腕で防ぐ。
これを狙っていた。
左手が相手に触れる、その時を。

川[、:::|::,]『……っ』

青白い電流が放たれ、棺桶の機能を一時的に停止させる。
過電流により、棺桶から黒い煙が立ち上った。

ノハ<、:::|::,》「あぁぁっ!!」

ヒートは獣の叫び声をあげ、杭打機で棺桶の胸を貫いた。
確かな手ごたえ。
装甲を容易く貫通した杭は背中から突き出し、いくつもの機械部品と黒い液体を地面にまき散らした。
膝を突いた棺桶は、だがしかし、その両手でヒートの杭打機を掴んだ。

ノハ<、:::|::,》『なっ!?』

即死のはずだ。
心臓を確かに穿ったのに、どうして動けるのか。
執念が棺桶を動かすはずなどない。
あくまでも運動の補助であり、戦闘の手助けをするだけであって使用者の心を読み取って動く鎧ではない。

なのに、どうして。

川[、:::|::,]「デミ……タス……今……だ」

544 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 20:53:46 ID:zxzwj6ZI0
腕の先からノイズ交じりの声が聞こえてきた時、ヒートは理由に気付き、己の迂闊さを呪った。
この棺桶に、クールは入っていない。
これは――

ノハ<、:::|::,》『遠隔操作っ……!!』

(´・_ゝ・`)「もう遅いんだよ、女」

背後から声。
いつの間にかそこに回り込んでいたデミタス・エドワードグリーンが大ぶりのナイフを手に、ヒートにそう言った。

(´・_ゝ・`)「盗ませてもらうぞ、お前の命と棺桶を」

ノハ<、:::|::,》『やれるもんならやってみろ……男!』

右腕に巨大な重りが付いているだけでなく、レオンの主兵装である杭打機が失われたのは致命的だ。
機動力を生かしてデミタスを翻弄しようにも、この機械人形が邪魔になる。
軽量と小型化に特化したAクラスの棺桶であることが仇となり、ヒートはその場からほぼ動けない状態だった。

(´・_ゝ・`)「じゃあな」

デミタスはゆっくりと歩み寄り、高周波振動ナイフを強化外骨格共通の弱点であるバッテリー部目掛けて投擲した。
背中にあるバッテリーを守る術はない。
バッテリーが破壊されれば、どんな強化外骨格も動くことの無い甲冑と成り果てる。
そうすれば後は、毒ガスで殺すも水に沈めて殺すも、装甲の隙間に銃腔を突っ込んで撃ち殺すことも出来る。

一瞬の間にヒートは最悪のシナリオを想像した。
――鳴り響いた銃声が、最悪のシナリオを打ち切りにした。

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、珍しい棺桶が揃ってるわね。
       アバターに、インビジブルね。
       私も混ぜてもらっていいかしら?」

何か別の言葉を誰かが発する間もなく、突如現れたデレシアの手の中で黒いデザートイーグルが火を噴いた。
それは黒い棺桶の首を貫き、自重に耐えかねた頭部がその場に落ちた。
二、三発目はヒートの腕を掴む腕の関節部を破壊した。
四発目はデミタスの股座を掠めた。

ジワリ、とそこから透明な液体が溢れ出してデミタスの足元に水溜りを作っていく。

545 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:09:21 ID:zxzwj6ZI0
ζ(゚、゚*ζ「失せなさい、私、今虫の居所が悪いの。
      ほら、ゴキブリみたいに一目散に逃げなさいよ。
      それとも死にたいのなら、今ここで殺してあげるわよ?
      それが望みなら、屠殺してあげるわ」

(;´・_ゝ・`)「くっ……!!」

デミタスが何かをしたようだが、ヒートの目には何も変化がなかった。
恐らく、不可視の技を使ったのだろう。
背を向けて遁走するデミタスをデレシアは見向きもしなかった。

ζ(゚、゚*ζ「……まったく、もう」

溜息を吐きながら、デレシアがヒートの傍に歩み寄ってくる。
何故かヒートはその姿に軽い畏怖を覚えた。

ζ(゚、゚*ζ「一人で突っ走るのは結構。
      一人で仇討をするのも結構。
      でもね、無謀は駄目よ」

子を叱る母のように。
子を躾ける父のように。
妹を窘める兄姉のように。
教え子を諭す教師のように。

デレシアはそう言って、ヒートの腕についていた黒い腕を引き剥がした。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、もう大丈夫よ」

ノハ<、:::|::,》『……ごめん』

ζ(゚ー゚*ζ「いいのよ、ヒート」

ヒートはレオンの装着を解除し、改めて謝罪の言葉を口にした。

ノパ⊿゚)「ごめん……」

ζ(゚ー゚*ζ「理由があったんでしょ?」

ノパ⊿゚)「あぁ……」

話すべきか、それとも黙っているべきか。
ヒートは悩んだ。
デレシアを前にすると、あらゆる悩みを告解してしまいたくなってしまう。
恐るべき魅力、恐るべき包容力のなせる業だ。

ノパ⊿゚)「……ちょっと、話をさせてもらえないか?」

ζ(゚ー゚*ζ「勿論いいわよ」

546 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:12:08 ID:zxzwj6ZI0
これもきっと、デレシアの予想の範疇なのだろう。
だがそれでいい。
誰かに今の胸の内を話さなければヒートは狂ってしまう。
己が選び、歩んだ修羅の日々とそれを否定する存在の出現はとてもではないが彼女の心の許容量を超えた。

ζ(゚ー゚*ζ「心はね、目には見えないの。
       目に見えない傷は、見せようとしない限り決して癒せないのだから」

やはり彼女は全てを分かっているのだ。
世界の全てを知っているような彼女であれば、ヒートの心境ぐらい容易く想像できるに違いない。
ならばいっそ、全てを話してしまった方がいい。

ノパ⊿゚)「ありがとう、本当に……」

そして二人は、コーヒーショップに立ち寄って大きめのコーヒーを購入してから、ヒートが宿泊しているホテルに向かった。
ヒートの泊まっているホテルは最低限の設備が整った物で、快適さとは程遠い。
一つしかないベッドの上に並んで座り、二人はコーヒーを飲みながら時間が過ぎるのを待った。
具体的に何から話したらいいのかを考え、ヒートはようやく口を開いた。

ノパ⊿゚)「あたしは――」

それからヒートは語り始めた。
自分の家族について。
耳付きとして生まれた弟について。
弟の面影をブーンに見ていた事。

九年間に及ぶ復讐の日々。
それら一切合切を、デレシアに告白した。
己の過去を一つ残らず吐き出し、己の復讐の全てを否定する出来事を話した。
そして最後に、自分が何者であるかを告げた。

ノパ⊿゚)「……あたしは、薄汚れた殺人鬼だよ」

殺し屋ですらなく、ただ、無意味な殺しをしていただけの人間だったという結論。
復讐に身を焦がした女の成れの果てがこれだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、それはどうかしら」

――嗚呼、と思う。
たった一言で良い。
己の好意が無意味でなかったと否定してくれる存在を、自分が未だに欲している事実があまりにも情けない。

ζ(゚ー゚*ζ「その行いは決して無駄ではなかったわ。
       計画は別にしても、実行者は変わらないのだから。
       それに、私にとブーンちゃんにとって貴女が貴女を評価しているのとは全く別の人間よ。
       貴女は――」

547 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:14:23 ID:zxzwj6ZI0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
.     //  ,:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i ヽ
.      ,/  i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i‘,彳´\i:i:|i:i:i:i:i:i:i:i:i:i:i从
.       i{  八{ i{:i:i:i:i:i:i:i:i∧:i:i:i:i∧:i:i:i:i‘, 'ィ丈ツ}!i:i:i:i:i:i:i:i:i:iⅣ{
            }∧マ´∨ }:i∧{ \:i:i:i|^ミ==彡'|:i:∧i:i:i:i:i:i:|ヾ、
             / ∧    '/  /:l \|      |/ /:i:i:仆、{  :}ト、
.           ,/  / ∧      /::::|          ∧i:i:i:|:{   }i
           i{   { / ∧     ヽ::| __,      / :}八{`   }i
            i{  {/ /∧  、   ¨´      /  〉   }    }i
                 August 10th PM10:22
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

トラギコ・マウンテンライトは空腹で目を覚ました。
周囲はすっかり暗くなり、漂う空気もすっかり冷たいものになっている。
どれだけ長い間眠っていたのか、腕時計に目を向ける。
夜光塗料が示す時間は、夜の十時を過ぎていた。

テントの中には人の気配がなく、どうやら、トラギコ一人だけが寝ている様だ。
命があるという事は、ワタナベやその仲間が襲ってきたわけでもなさそうだった。
オレンジ色の明かりがゆらゆらとテントの外で輝いているのを見て、誰かが焚火をしているのだと理解する。
恐らくは、看病をしていたブーンだろう。

バーナーではなく焚火に切り替えたのは、暖を取るためかもしれない。
中々に気の利く子供だ。
ティンカーベルの夜は冷える。

(=゚д゚)「……腹減ったな」

ふと漏らしたその一言の直後、テントの戸が開き、焚火の炎を背にデレシアが姿を見せた。
唐突に現れた彼女の姿に思わず声が出そうになったのを抑え込めたのは、トラギコの胆力の賜物だった。

(;=゚д゚)「お……」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあご飯にしましょうか」

デレシアがこうしているという事は、もう一人の赤毛の女も戻っているかもしれない。
あの女はデレシアと似た匂いがしたが、別の匂いもした。
暗く、湿った世界で生きてきた犯罪者の匂いだった。
恐らくは殺しを長く行ってきた人間だろう。

548 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:16:42 ID:zxzwj6ZI0
特長を覚え、警察本部にある犯罪者のリストと照合すればその正体が分かるかもしれなかった。
しかし、この面倒な事態が収束してから調べても十分に間に合うし、デレシア以上の重要人物ではないはずだ。

ζ(゚ー゚*ζ「もう体は動くでしょ?
      さ、外で食べましょう」

(=゚д゚)「あ、あぁ……」

この女は、トラギコを脅威とみなしていない。
利害の一致が無ければすぐにでも切り捨てられる便利な駒程度に思われているのだろう。
ジュスティア警察の有名人である“虎”など、この女にとっては道端にいる野良猫と同じなのだろう。
決して馬鹿にしているわけではなく、本当にその程度の存在としてしか認識していないのだ。

荒野に生きる肉食獣が小さな羽虫を見下していないのと同じ。
多少の口惜しさと共に体の節々に痛みを感じつつ、トラギコは立ち上がる。
眠っている間に包帯が新しい物になっていたことに、その時になって気が付いた。

(=゚д゚)「ちっ……」

子供とは言え、そこまで気を許してしまったとは。
枕元にコンテナと拳銃が置かれたままになっているのを見て、デレシア達に本当に敵意がないことは分かる。
本当に敵意があればわざわざ車からトラギコを助け出し、手当てをするはずがない。
見方を変えれば、これを使ったところで大して意味がないと言いたいのかもしれない。

両方の武器を手に取って、トラギコはテントを出た。
焚火を前にブーンがクッカーを持って何か作業をし、デレシアはそれを傍で見守っている。
赤毛の女はいなかった。
テントの中にいた時にはそこまで強く感じなかったが、森の中はかなり冷え込んでいる。

温かい酒でも飲みたい気分だ。

(=゚д゚)「よぅ、お前が包帯を代えてくれたのか?」

(∪´ω`)「お、そうですお……」

ブーンの持つクッカーには、分厚いベーコンが乗っていた。
香ばしく焼けたベーコンは三枚。
ブーンはフォークを使ってその焼き色を見ながら、焚火にクッカーをかざす。

(=゚д゚)「ありがとうな」

(∪*´ω`)「お…… どういたしまして」

ζ(゚ー゚*ζ「お酒は飲む?」

(=゚д゚)「いや、止めておくラギ」

長居をしすぎる訳にはいかない。
ここで傷を治療してもらっただけでも大助かりだ。
後はデレシアの魂胆を聞いてから、最初の提案を反故にして独自に動けば――

549 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:18:36 ID:zxzwj6ZI0
ζ(゚ー゚*ζ「状況が少し変わったから、本題はご飯を食べてからにしましょうか」

(=゚д゚)「……あぁ」

デレシアはトラギコの考えを見抜いたのか、決して厳しい口調ではなかったが、有無を言わせぬ強い意志を感じ取らせる声でそう言った。
反射的に頷いたトラギコはブーンの手前もあり、大人しくその言葉に従うことにした。
どうにもデレシアという人間が分からない。
一見すればただの女だが、その瞳の奥を覗き見てしまうと、彼女の言葉に対して反論や異見を言う気が途端に失せてしまう。

少しでも彼女に関する情報が手に入ればと思うが、こうしていても分かるのは彼女の謎ばかり。
数多の犯罪者を前にしても奥さなかったトラギコが、今こうして感じているのは恐怖にも似た感情。
子供が親に対して抱く、絶対的な力を前にした人間の本能が呼び寄せるそれだ。

(=゚д゚)「飯は何だ?」

(∪´ω`)「お、べーこんと、ぱんと、まめのすーぷですお」

相変わらずたどたどしい発音で、ブーンが夜の献立を言った。
火にくべられている鍋からはトマトをベースにしたであろう、甘酸っぱい香りが漂ってきている。
決して凝った料理ではないが、寒い夜には何よりの馳走だ。

(=゚д゚)「ほぅ、そいつはいいな。
    何か手伝ってやろうか?」

(∪´ω`)「だ、だいじょうぶですお」

ζ(゚ー゚*ζ「ふふふ。 今ブーンちゃんは料理のお勉強中なの。
       ごめんなさいね、刑事さん」

(=゚д゚)「……いや、気にするな」

勉強。
思えば最後にトラギコが自ら進んで勉強をしたのは、警察学校時代だった。
正義の定義や警察官として必要な教養を学び、そして、結局はそれが何の役にも立たない知識の固まりだったと現場で痛感した。
全てを変えたのは、“CAL21号事件”。

それまで信じていた正義の何もかもを捨て、自分自身で正義を見出すきっかけになった事件が、トラギコの中で何度もその姿を現す。
最近その頻度が増えたのは、おそらくは、ショボンがトラギコにその事件の名前を告げたからだろう。
あの事件に関わった人間のほとんどが今では警察の上層部になり、同期だった人間は皆、トラギコとは違って多くの部下を持つ身となった。
ショボンもトラギコがあの事件でどう変わったのかを知る人間で、少なくとも、トラギコの味方だったはずだ。

警察を退職したショボンに対しても、トラギコはそれなりの信用を置いていた。
彼ならば、あのホテルで起きた事件に対してもオアシズの事件に対しても、必ずや真実を追い求めてくれると。
ところが、実際は真逆だった。
ショボンこそが真実そのもので、事件の首謀者にして殺人鬼だった。

たった一機の棺桶を奪取するために、海に浮かぶ街一つを舞台に大掛かりな殺人事件を演じて見せた。
巻き込まれた人間に対して、ショボンが申し訳ないという気持ちを抱くことはないだろう。
ショボンは犯人に対して武力を行使する際、決して後悔しなかった。
そして、微塵も自らの正しさを疑わず、決めたことを必ず実行する頑固さを持っていた。

550 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:20:10 ID:zxzwj6ZI0
おとり捜査で麻薬密売組織に潜入した際、ショボンは対抗組織の人間を拷問にかけ、文字通り寸刻みにして殺したことがある。
いくら捜査のためとはいえ、そこまでするとはと非難を浴びたが、ショボンは全く気にも留めなかった。
その犠牲で多くの人間が救われるのならば、犠牲に意味が生まれ、ショボンの行動が正しいことが証明されるという理屈だった。
そう言った過去があるショボンであれば、かつての部下を騙すことなど何とも思わないだろう。

真意に気付かぬままオアシズで奮闘するトラギコの姿は、さぞや滑稽に映ったに違いない。
それに、より一層ショックだったのはジョルジュだ。
ショボンと同じようにして堕落したことは流石にショックだった。
どうして、愚直なまでに正しいことをし続けてきた人間が意味の分からない組織に所属することになったのか、全く分からない。

トラギコに正義の在り方を教え、戦い方を教えた人間達が敵となるとは考えたくもなかった。

(=゚д゚)「……」

ζ(゚ー゚*ζ「あらあら、何か考え事かしら?」

(=゚д゚)「うるせぇラギ。
    手前には関係ねぇ」

デレシアが火にかけていたカップをトラギコに差し出した。
湯気の立ち上るカップからは、蒸気だけでなく、香ばしい香りが漂ってきている。
茶の類だろうか。

(=゚д゚)「何だ、こりゃ」

ζ(゚ー゚*ζ「ほうじ茶よ」

聞いたことの無い茶の名前だった。
何かを炒ったような甘さと香ばしさを兼ねた香りは、茶と言うよりも薬の匂いに近い。
茶色の液体を啜ると、トラギコは一口でその味が気に入った。
芳醇だが後味はすっきりとしていて、コーヒーや紅茶とは違った味わいがある。

(=゚д゚)「……いいな、これ」

すっかりデレシアのペースに乗せられていることに気付いていたが、それでもほうじ茶はトラギコの好みだった。
いつか店で見かけた時には常備用に買いだめをしておこうと密かに決めつつも、己のペースを失わないように気を付ける。

ζ(゚ー゚*ζ「カフェインが少ないから、病人には丁度いいのよ」

無言でその言葉を聞き流し、トラギコは折り畳み式の椅子に腰かけてブーンの調理が終わるのを待つことにした。
ゆらゆらと揺れる炎を眺め、トラギコはエラルテ記念病院で死んだカール・クリンプトンの事を思い出した。
彼のためにこの事件を解決する。
そのためならば、最初に考えた通り余計な矜持の全てを投げ出してもいい。

矜持が事件解決に一ミリも役立たない事はよく理解している。
デレシアの魂胆については、今は目を瞑ろう。
どうあれ、まずは事件解決を最優先とし、デレシア一行についてはその後考えればいい。
それにこちらがどれだけ考えたところで、この女にそれが通じるとは考えにくい。

551 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:22:00 ID:zxzwj6ZI0
裏をかくならばもっと念入りに準備をしてからでなければ対抗は出来ない。
一眠りして冷静になった思考が導き出した結論に、変更はない。
気持ちが固まった時、調理をしていたブーンが振り返って言った。

(∪´ω`)「できましたおー」

鍋からスープを皿に取り分け、軽く炙ったパンとベーコンが別の皿に乗せてトラギコに手渡された。
狐色の焦げ目の付いたベーコンの香りが食欲をそそる。
よく見ればベーコンは厚みがあり、食べ応えがありそうだった。

(=゚д゚)「どれ、じゃあ早速」

フォークをベーコンに突き刺し、一口で食べる。
塩味が食欲を喚起させ、パンを口に運び、その相性の良さに舌鼓を打つ。
続けてスープを食器から直接飲むと、濃厚なトマトのスープの中にある酸味と甘みの虜になった。
小さな豆が絶妙な食感となり、蕩けたトマトの残骸と合わさって官能的な旨みを演出した。

(=゚д゚)「……うめぇ」

(∪*´ω`)「お……!」

食事の感想を述べ、それ以降、トラギコは無言でスープとパンを胃袋に収めた。
皿をパンで拭い取り、そうして、デレシアを見た。
トラギコの視線と意図に気づいたデレシアは、だがしかし、食事をするブーンを慈母のような眼差しで見つめていた。

(=゚д゚)「よし、話を――」

ζ(゚ー゚*ζ「今は食事中よ、刑事さん。
      ゆっくりしましょ」

(=゚д゚)「……」

手綱を握っているのはデレシアだ。
トラギコはほうじ茶を飲みながら、その時が来るのを黙って待つことにした。
食事を終えたのは、それから二十分後の事だった。

ζ(゚ー゚*ζ「さ、お話をしましょうか」

(=゚д゚)「あぁ、さっき状況が変わったとか言ってたが、何があったラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「アサピー・ポストマンがオアシズに保護されたわ」

(=゚д゚)「何でオアシズが?
    っていうか、あいつ何やってるラギ……」

ζ(゚ー゚*ζ「ショボン・パドローネに狙われて、散々な目に合ったみたいね。
       で、彼も狙撃手の場所がグレート・ベルだってことに気付いたみたい。
       またこの島に戻ってきて、刑事さんと協力して事件を解決したいって言ってるわ。
       というか、もうこの島に来て刑事さんを探しているんだけどね」

552 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:24:17 ID:zxzwj6ZI0
デレシアがオアシズに逃げ込んだアサピーの情報と彼の目的を知っていることに、トラギコは少しも混乱しなかった。
彼女はオアシズの市長、リッチー・マニーと友好関係にあり、そこから情報が流れ出たのだろう。
この女の人脈はどこにでもあると思っておけば、もう、驚くことはない。
例えアサピーの行動を彼女が掌握していたとしても、だ。

ζ(゚ー゚*ζ「刑事さんはどう思う?」

(=゚д゚)「解決の方法によるラギね。
    どうせあの馬鹿、真正面からやろうとしてるんじゃねぇのか」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、その根拠は?」

(=゚д゚)「俺がそうするように仕向けたからラギ。
    だが、止めさせた方がよさそうラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、そうしてもらえると助かるわ。
       それと、刑事さんには悪いんだけど、この事件にはまだ手を出さないでもらいたいの」

少しの沈黙を挟んで、トラギコはほうじ茶を口に含んだ。
無言でデレシアに理由の説明を求める。

ζ(゚ー゚*ζ「あの組織は一筋縄でいかないのよ。
       それに臆病者だから、あまり驚かせるとすぐに沈んじゃうのよ。
       そうしたらまた尻尾を掴むのは難しいし、下手したら、刑事さんの口が何かを話す前に開かなくなるわ」

(=゚д゚)「……手前の警告はありがたいが、そろそろ話してもいいんじゃねぇのか?
    なんなんだ、その組織ってのは」

思わせぶりな笑みを浮かべ、デレシアが続ける。

ζ(゚ー゚*ζ「名前を知っていれば何かが変わるわけでもなし、だから、まぁ精々どんな規模かぐらいかは教えてあげるわ。
      ジュスティアやイルトリアでそれなりの地位にいた人間が関わってるし、持っている棺桶の種類はジュスティア並でしょうね。
      悪いけど、警察じゃどうしようもないわよ。
      そんな規模を相手にしても、今は対応できないわよね」

(=゚д゚)「曖昧な話ラギね」

ζ(゚ー゚*ζ「知りすぎているよりも、知らない方が貪欲に探れるでしょ?」

(=゚д゚)「違いねぇ。
    で、俺は結局のところ、どう動けばいいラギ?」

ζ(゚ー゚*ζ「私が動きやすくなるよう、戦局をかき回してほしいの。
      特に、狙撃手をどうにかしてもらえると助かるわ」

要は陽動要員として、狙撃手の注意を惹きつける羊を演じろという事。
狙撃手としてグレート・ベルに居座っているのは、ジュスティア軍最高の狙撃手、カラマロフ・ロングディスタンスだ。
彼の腕については多くの逸話が残され、軍ではプロパガンダにも使われている。
皮肉にもその狙撃の腕はトラギコが実際に撃たれたことで証明されている。

553 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:26:20 ID:zxzwj6ZI0
(=゚д゚)「まぁいいだろう。
    そこまで言うからには、勝算があるんだろうな?」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、勝算を気にして生きても人生はつまらなくなるわよ」

くつくつとデレシアが笑う。
こうして笑う姿を見ると、年若い少女の様だが、その中身は碩学。
武力と知力を兼ね備えた万物の支配者とでも言おうか。

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ、もしも刑事さんがちゃんと意地を見せてくれたら、貴方の願いを聞いてあげるわ」

(=゚д゚)「手前、俺を馬鹿にしてるラギか。
    俺の願いなんて――」

ζ(゚ー゚*ζ「カール・クリンプトン、彼のためにもこの事件を解決したいんでしょう?」

読まれている。
誤魔化しは通用しない相手だが、トラギコは一つ反論してみることにした。
その反論に対してデレシアが応じてくれれば、何故彼女が手を貸してくれるのかが分かる。

(=゚д゚)「手前を連中が狙ってるって言ってたよな、だったら、別に俺は関係ねぇラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「あら、私は別にいいのよ?
      、 、 、 、
      あの程度の雑魚を撒いて、やりたいことをやるなんて訳ないわ」

(=゚д゚)「あの程度、だと?」

ワタナベも脅威だが、それ以外の人間も全員が脅威そのものだ。
シュールの操る棺桶――レ・ミゼラブル――は敵意を抱いた者を戦闘不能にし、餃子屋だった男は火炎放射兵装の棺桶を持っている。
ショボンはダイ・ハードを所有し、ジョルジュはダーティ・ハリーで武装している。
彼らの棺桶は皆、名持ちの棺桶だ。

名持ちの棺桶は厄介極まり、トラギコのブリッツでは対抗するのは難しい。
ブリッツは緊急時の近接戦闘に特化しているのであって、中長距離には対応できない。
量産機の棺桶を何十体並べたところで、相手にすらならない。
対強化外骨格の装備があっても、果たして、それが効くかどうか。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、あの程度よ。
       私にとっては何てことの無い小石。
       ただね、ブーンちゃんのお勉強にちょうどいい機会だと思ってね」

トラギコは、文字通り固まった。
この女。
デレシアは、今、何と言ったのか。
勉強の丁度いい機会、と言ったのか。

(=゚д゚)「……は?」

554 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:29:41 ID:zxzwj6ZI0
ζ(゚ー゚*ζ「この子はまだまだ世界を知らないといけないし、生き方も知らないといけないのよ。
       そういった点で言えば、今回の件はいい機会でしょ?」

(=゚д゚)「俺には手前の価値観が分からねぇラギ……」

だが、例えこの女がどのような価値観を持ち合わせていても、その力を借りられるのならば矜持は捨てると決めていた。
トラギコは諦めるようにして、深く息を吐いた。

(=゚д゚)「だけど、意地の見せ所だけは、教えてやるラギ」

ζ(゚ー゚*ζ「ありがとう、刑事さん。
       ブーンちゃん、それじゃあそろそろ寝ましょうか」

(∪´ω`)゛「おー」

大人しく話を聞いていたブーンは眠そうな声で返事をして、テントに戻っていく。

(=゚д゚)「おい、ブーン」

(∪´ω`)「お?」

(=゚д゚)「飯、美味かったラギよ」

(∪*´ω`)「……よかったですおー」

嬉しそうにそう言って、ブーンはテントの中に入っていった。
暫くの間、トラギコとデレシアは言葉を発さなかった。
薪が爆ぜる音が静かに森に吸い込まれていく。
火の粉が夜空に舞い上がり、冷たい風がそれを攫って行った。

ζ(゚ー゚*ζ「……それじゃあ、明日の話をしましょう」

(=゚д゚)「あぁ、頼むラギ」

デレシアはほうじ茶をトラギコのカップに注いで、それから、ゆっくりと話を始めた。
計画に必要な物、人間。
今後トラギコ達がとるべき行動と、ショボン達がとるであろう行動。
細かなタイミングに至るまで話を聞いたトラギコは、素直に感心していた。

この女の素性は分からないが、味方になればこの上なく頼もしい存在となるのは間違いない。
そうして話が続き、時間が流れていく。
アクセントから出身地を探ろうと試みるも、彼女のアクセントは非常に綺麗な物でどこにも癖はなかった。
滑らかに積み出される言葉はまるで歌の様にも聞こえた。

話が終わり、腕時計を見ると夜の十一時を過ぎていた。

(=゚д゚)「アサピーの馬鹿たれが俺を探してるって言ってたな。
    あの馬鹿を迎えに行ってくるラギ」

555 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:32:10 ID:zxzwj6ZI0
立ち上がり、アタッシュケース型のコンテナを持ち上げる。
気持ちは決まった。
行動も決まった。
後はトラギコが駒として動き、デレシアに手を貸すしかない。

そのためにはあと二人、巻き込まなければならない。
アサピーは簡単だが、もう一人。
石頭のライダル・ヅーを説得して味方に引き込む必要がある。

ζ(゚ー゚*ζ「そうね。多分だけど、この森に向かっていると思うわよ。
      貴方がここに落ちたの知ってるはずだから」

(=゚д゚)「ありがとよ。 じゃあな」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、じゃあまた明日」

トラギコは焚火を背に、その場から逃げるようにして早足で歩き去った。
広大な森の中は暗く、足元も良く見えない。
星空と月明りだけがトラギコを照らしている。
今頃、この森のどこかでトラギコを探している新聞記者を探さなければならない。

彼に少しでも考える脳味噌があれば、大声でトラギコを探すような真似はしないはずだ。
夜の森を歩き、まずは舗装路を目指すことにした。
そこを歩いていれば街まで戻ることが出来るし、運が良ければアサピーと会うことも出来るだろう。
出来る限り早めに合流したいが、現実的には時間がかかるのは必至。

慌てることなく確実にアサピーを見つけるため、トラギコは深く溜息を一つ吐いた。
落ち着きを失ってはならない。
全ては明日。
時間が来るまでの間にどこまで積み上げ、どこまで備えられるかが肝心だ。

勿論、トラギコにとってこの事件がどう終わるのかが最大の関心事だが、もう一つの関心事があった。
それはデレシアの正体よりも気になることで、どうにも頭から離れない。
果たして。
数多の障害を乗り越えた末に、果たして、あの耳付きの少年。

――ブーンは、どのような人間になるのだろうか。

556 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:33:23 ID:zxzwj6ZI0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
         /三三三三三二ニ=- /三二ニ=}ニ=- /
        /三三三三三二ニ=- /-= イ / ̄}ニ= /{
.       ̄ ̄Ⅵニ=-/ =ミ |=- イ-=//≧、\ /ニ=/ニi
.            |三ニi i{ `: }/ |/ ii{  f刈 /三ニ=- }
.           }二ニ∧ヽ         ヾ-=彡//{ニ=イ
          //|/  ` ニi                 ∨
.      /三ニニ==-  _|            、__',
                            Ammo→Re!!のようです Ammo for Reknit!!編
                                       第三章【trigger-銃爪-】 了

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

557 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 21:35:43 ID:zxzwj6ZI0
これにて第三章は終了です。

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

558 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 22:05:54 ID:VEbAexVw0
( ゚ω^ )ゝ 乙であります!
場面は表側のTinker!!編の7章当たりの話で、今回はその裏側のお話。
ヒートに関して掘り下げられたのと、相変わらず謎の塊のデレシアの底の知れなさが面白かったです。
ジョルジュカッコイイわ……

559 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 22:35:09 ID:EjxxLP0Q0
投下乙です
ところで大分前に出てきた棺桶「プレイグロード」ってファイレクシアの疫病王/Phyrexian Plaguelordが元ネタです?

560 名も無きAAのようです :2017/01/01(日) 23:21:59 ID:zxzwj6ZI0
>>559
この病気の最終段階:うわごと、ひきつけ、そして死。
まさにその通りです!
あの頃のMTGは輝いておりました……

561 名も無きAAのようです :2017/01/05(木) 10:07:09 ID:3.1wtOog0
                                      _,,,、、、、、 ,,_
            ,、 -‐‐‐- 、 ,_                 ,、-''´      `丶、,,__ _,, 、、、、、,
         ___r'´        `'‐、.            /             `':::´'´     `ヽ、
      ,、‐'´  _,,、、、、、、_     ヽ`‐、         _/               ': :'          ヽ.
     /        `'' ‐-`、-、  ヽ、 ヾヽ、、_   ,、-',.'                , 、          ヽ
    /     -‐-、、,,_‐-、 、 \ヾ‐-、ヽ、、、;;;,、 '´ ., '                '´、,ヽ          丶
.   /      -‐‐‐==、丶、ヽ. ヽヽ、ヽミ/   ./                 :.木 :            ',
   i'     ‐-、、,,_==/=ゝ ヽ\ \_i レ' ,,,、,,__./                 ,, '.` '´;            ',
.  i    ヽヽ、、,,,___,,,/-‐〃´\ヽ`、 ゝ´ ´´´. ,'                  /  Y´ヽ            ;
  ,,{   ヽ  \、丶_;;,/_//;;;;;;;;;;;;'ヽヽr'::     ,'                 , '   }   !            .i
〆'    iヾ   ヾミ 、_'´' ヾ'‐ 、;;;ソ´'、{::::::    ,'                r'.   ,'  l            .!
./ / , i `、ヽ、 ''‐- =`;;,,、‐      ヽ}、:::::::::......,'                ,'     /  .,'            .,'
{ {  { .{ヽ `、ヽ.`''''''''""´  、  ,‐-、 iゝ:::::::::::,'                ノ    ノ  、'         

http://gekiyasu-h.com/sp/main.html

562 名も無きAAのようです :2017/01/06(金) 03:53:55 ID:jgs/eyuI0
乙です。
狼達がブーンを助け助けたシーンでふと前作の歯車の都を思い出して涙が…。
デレシアの素性の知れなさが際立ってきて色々妄想が捗ります。次回はついに戦闘パートかと思うととても楽しみ…。今回もとても面白かったです!

563 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 17:15:02 ID:gHb2Rkgo0
今晩VIPでお会いしましょう

564 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:17:13 ID:gHb2Rkgo0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

目的のために悪を利用することなかれ。
常に純然たる純潔を忘れず純粋に真実を追及すべし。
新雪の如く、穢れなき存在であれ。
それこそが矜持となり、力となり、正義となる。

理性を失った獣となることなかれ。

                                ――ジュスティア警察 警察手帳より

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

                                    目的のためには手段を選ぶな。
                               例えそれが悪行だろうと、偽善だろうと。
                                正義などと言う大義名分は捨て置け。
                           平穏を護る者に、そのような物は不要なのだ。

                                       獣となることを誇りに思え。

イルトリア治安維持軍 軍規より――

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

朝日が水平線の彼方から昇る前に、獣の耳と尾を持つ少年の意識は夢から現実へと戻っていった。
テントで一夜を明かした少年の名前はブーンといい、彼は今、寝袋の中で豪奢な金髪を持つ女性の腕に抱かれた状態で目を覚ました。
朝森の漂う森の涼しげな香りに交じって女性特有の甘い香りが鼻孔をくすぐり、ブーンの胸は気恥かしさよりも安堵感でいっぱいになった。
心から安心出来る目覚めに、ブーンの心は溶けるように安堵した。

ζ(゚ー゚*ζ「おはよう、ブーンちゃん」

名を呼んで頭を撫でてくれたのは、美しい碧眼と波打つブロンドの持ち主であるデレシアだ。
彼女の声は雪解け水のように澄み切り、淀みも歪みも濁りもない、楽器の奏でる音色の様だった。
人間離れした聴力を持つブーンは、その声が大好きだった。
いつまでも聞いていられる、心地のいい音であり、何よりも心安らぐ声だ。

彼女が口にする言葉を真似して、一日も早くその発音を自らのものにしたかった。
文章を作ることは出来るようになってきたが、早口で単語を並べる事や難しい語を滑らかに発音するのはまだ不得手な状態だ。
今はたどたどしい発音でしか言葉を紡げず、褒められる発言が出来るのは人の名前と地名、そして“餃子”という単語だけ。
そして、口癖は一向に治りそうになかった。

(∪*´ω`)「おはようございますおー」

ζ(゚ー゚*ζ「早起きさんね」

565 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:18:17 ID:gHb2Rkgo0
どうして早く目が覚めたのか、ブーンはその理由が分かっていた。
不安と心配、そして期待と緊張によるものだ。
デレシアの考えている計画に自分が組み込まれ、その役をしっかりと果たせるのかという危惧は一向に薄れない。
現状を考えると、誰もブーンを責められないだろう。

彼が例え、数多の死地を潜り抜けた歴戦の猛者であったとしても、不安を完全に拭い切る事は難しい。
ティンカーベルと言う海に囲まれた島の中に潜む強力無比な敵に狙われ、その正体や規模が不明ともなれば、よほどの豪胆者でも不安を抱かずにはいられない。
相手にする組織の規模などを正確に知るデレシアだけは、おそらくこの島で唯一不安を抱かずに敵対できる存在に違いないだろう。
彼女は状況を分析した後、彼女を追っていた人間を一時的にとは言え味方に引き入れ、共闘体制を形成した。

幼くともいくつもの修羅場を見てきたブーンは、やはり、デレシアがいれば何事もどうにかなってしまうのだろうと理解しつつあった。
楽観的に見るのではなく、大局的に見ての判断だ。
格が違う、と言う言葉の意味をブーンはデレシアを通じて学ぶことが出来た。
金持ちでも、徒党を組む暴力者でも、巨大な組織の人間でさえも、デレシアには敵わなかった。

その理由をブーンは、何手先を見据えているかの差だと考えている。
だからこそ先んじて行動することも、後になって最適な対応を取る事も出来るのだ。
相手の行動が分かっていれば、恐れることはない。
必要なのは備える事なのだ。

(∪´ω`)「あの、きょう……」

ζ(゚ー゚*ζ「大丈夫よ。 さ、まずは朝ごはんをしっかりと食べましょう。
       朝ご飯はその日の元気の源なんだから」

(∪*´ω`)゛「はい!」

肌寒い朝の中、二人は寝袋から静かに起き上がる。
伸びをして体をほぐし、ひんやりとした空気の漂うテントの外に出て行く。
森はまだ暗く、陽の光は届いていない。
夜の気配がまだ残留した空気は新鮮そのものであり、ブーンの肺はすぐに冷えた空気と入れ替えられた。

夏の匂い。
生物の活気が色濃く滲み出たこの匂いが、ブーンは好きだった。

ζ(゚ー゚*ζ「今日の朝御飯は何かリクエストはあるかしら?」

(∪´ω`)「おー」

正直、ブーンは食事の種類というものをあまり知らない。
主食となる物が米かパンなのか、添えられるのが肉か、魚か、それとも野菜か。
特定の料理が好きという事はないが、好んで食べたいものはある。

(∪´ω`)「デレシアさんのごはんなら、なんでもたべたいですお」

そう。
デレシアの作ってくれる料理であれば、何でもいい。
勿論、ヒートの料理もそうだし、ロウガ・ウォルフスキンの料理もそうだ。
彼女たちの料理は全てが美味しく、全てがブーンの好みだった。

566 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:20:19 ID:gHb2Rkgo0
飲食店で提供される料理よりも、何よりも、ブーンは彼女達が作ってくれる料理が好きだ。

ζ(゚ー゚*ζ「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。
      そしたら、そうねぇ……
      今日は忙しいから、私の好きなメニューにするわね」

(∪*´ω`)「やたー」

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、料理をするからブーンちゃんは顔を洗ってきなさいな」

(∪´ω`)「はいですおー」

ブーンはタオルを持って顔を洗いに河原に行き、冷たい水で顔を丁寧に洗う。
その冷たさはまるで氷の様だ。
氷のように冷たく、澄んだ川の水は平熱の高いブーンにとってはありがたいものだった。
テントに戻ると、デレシアが朝食の準備をしていた。

クッカーの上で焼かれているのは、ベーコンと卵。
甘い香りの油がベーコンから染み出して、得も言われえぬ香ばしさを漂わせる。
オレンジに近い濃厚な色の黄身を中心に、白身が放射状に広がってベーコンの半分を覆っている。

(∪´ω`)「おー、おひさまやきですか?」

サニーサイドアップ、という単語を口にしたブーンの頭をデレシアの手がそっと撫でた。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇそうよ。 じゃあ、ここで問題。
       どうしてお日様焼き、って言うか分かるかしら?」

(∪´ω`)「おー? おひさまで、やいたんですか?」

その答えに、デレシアが笑みを浮かべる。

ζ(゚ー゚*ζ「昔そういう兵器を考えた人がいたけど、太陽光で卵を焼くのは結構大変だったの。
      ほら、こうして上から見ると太陽みたいでしょ?」

確かにそう言われてみれば、黄身が太陽、白身が陽光に見えなくもない。
となれば、ベーコンはさしずめ雲と言ったところだろうか。
また一つ知識を獲得したブーンはデレシアの顔を見て頷いた。

(∪´ω`)゛「おー」

ζ(゚ー゚*ζ「今日の朝御飯は、昔のイルトリアのメニューよ」

(∪´ω`)「むかしの?」

イルトリアと言えば、ロウガやロマネスク・O・スモークジャンパー、ギコ・カスケードレンジ、ミセリ・エクスプローラー、そしてペニサス・ノースフェイスの故郷だ。
どのような街か、ブーンは全く知識がない。
知っているとしたら、これまでに会ってきた人間の全員が桁違いの力を持っているという事ぐらい。
そして、ブーンに大切なことを教えてくれた人間という事だ。

567 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:24:16 ID:gHb2Rkgo0
いつかはイルトリアに行ってみたいと思っているが、それが叶うのはきっとずっと未来の話だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、本当に昔の話。
       今でこそご飯が美味しいって言われているんだけど、昔はとても個性的な料理ばかりでね。
       その個性的な料理の中でも、この朝食だけはどこの人にも美味しいって言われていたの。
       フル・ブレックファスト、って言うのよ。

       ただ、ちょっと食材が足りていないから本物はまた今度ご馳走してあげるわね」

(∪*´ω`)「やたー」

ζ(^ー^*ζ「うふふ、その時は皆で一緒に食べましょうね」

そっと差し出されたマグカップを受け取り、その匂いにブーンの持つ犬の尾が反応した。
まるで花の蜜のような香りがする、琥珀色の液体。
一見すると紅茶だが、これまでにブーンが飲んできたどの紅茶とも違う。
そして一口飲むと、ブーンはその豊かな香りに全身が総毛立った。

鼻から突き抜ける香り高さは、まるで目の前に花束があるかのよう。

ζ(゚ー゚*ζ「気付いた?
      それはね、ロータスポンドっていう種類の紅茶なの。
      紅茶には沢山の種類があるから、それもまた一緒にお勉強していきましょうね」

(∪*´ω`)「お!」

手際よく調理を進めていくデレシアは、スライスしたトマトをソテーして、それをサニーサイドエッグの横に添える。
軽くソテーされたトマトからは得も言われえぬ香りが漂い、その酸味と甘みの混合した香りがブーンの食欲をそそった。
心配していたことは全て些事としか思えなくなり、早くも朝食が楽しみで仕方がない。
ローブの下で揺れる尻尾を見て、デレシアがそっと微笑む。

ζ(゚ー゚*ζ「じゃあ、私も顔を洗ってくるからブーンちゃんはパンを焼おいてちょうだい」

(∪´ω`)「わかりましたー」

自分にも何かができることがブーンは嬉しかった。
料理ができるようになっただけでも、かなりの進歩が実感できている。
進歩の実感は彼にとって、自分が無力な存在でないことの証明と同じ意味を持っていた。
デレシアに任されることが増えるたびに、ブーンは喜びを覚えた。

彼女と出会ってから、ブーンは多くの“初めて”を学んだ。
初めての事は、良くも悪くもいつでもブーンを興奮させた。
知識が増えることもあれば、命の危機に瀕することもあった。
確かに言えることは、デレシアと一緒にいればブーンの世界は際限なく広がるという事だ。

道具として扱われていた日々の中では想像も、ましてや理解することも出来なかっただろう。
他人を大切だと思える事。
何かを教わる事の楽しさ。
誰かの為に自分の意志で戦いを挑む事。

568 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:25:52 ID:gHb2Rkgo0
そして、誰かに想われる喜びを。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                ..._,,.. --ー―ーイ.,
             ,. -''⌒∨ :/  . . . . . . . .. ^ヽ、
       ,,.-/     ヤ: : : : : : : : : : : : : ... `ヽ.
      /    _ノイヽ、./: : : : : : : : : : : : : : : : :. ヽ.
     /⌒` ̄ ̄| |~7: : ' ' ' ' ' '‥…━━ August 11th AM04:35 ━━…‥
   /7,.- 、   .ゝヽ{'         ' : : : : : : /
  / /    ̄~^''''ゝこ|           ' : : : /
 /  i^ ~^''ヽ、     |\ノ=ニニニ=-、    ' :./
./   !     ^'''-  | /-ー-    \   ノ
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ヒート・オロラ・レッドウィングは夏の朝市が開かれるよりも早く目を覚まし、湯気の立つコーヒーを飲みながら準備を進めていた。
泥のような色をしたコーヒーの味は、やはり泥に似た味がした。
砂糖をいくら足してもその苦みだけは消える様子がなかったため、角砂糖を八つ入れたところでヒートは諦めた。
彼女の準備はいたって単純だったが、単純故に決して気を抜くことはない。

武器を整え、体を整える。
それこそが彼女の準備だ。
戦いに挑み、殺しを遂行する準備。
頼りになる道具は己の体と心、そして武器だ。

調整の済んだ体は何よりも使い勝手のいい武器となる事を、ヒートは良く知っていた。
彼女の四肢だけでなく、その指の一本に至るまで精巧な武器と化している。
拳は鎚となり、抜き手は刃となる。
準備が整えば、彼女は得物なしでも武器を持つこととなる。

何年間も続けてきたこの準備は、習慣に近い行為として体に染みついていた。
復讐を誓い、殺しを始めた頃から使い続けている二挺の拳銃の手入れは目隠しをしても出来る領域にある。
連射機構を改造し、フルオート射撃が可能になったベレッタM93R。
その銃身下、トリガーガードの前には本来備わっているはずのグリップがあるのだが、ヒートの場合はそれがナイフになっている。

ナイフは決して錆びることが無いよう、切れ味が落ちることの無いように研がれていた。
拳銃ではカバーすることの出来ない超近距離戦闘を制することの出来るこのナイフは、これまでに何度も人の命を奪い、ヒートの命を守ってきた。
そのナイフを取り外し、砥石を使ってその刃を更に研ぎ澄ました。
鋭利な刃は必ず役に立つ。

喉笛を切り裂く時にはそれを実感する。

ノパ⊿゚)「……」

部屋にはエアコンの駆動音とヒートが刃を研ぐ音だけが揺蕩っていた。
ヒートは何度も反芻するようにして、一つの事を考えていた。
母親である、クール・オロラ・レッドウィングの言動についてである。
本気で自分を殺そうとしていたという現実を考えて、彼女の発言は殆どが真実だろう。

569 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:27:31 ID:gHb2Rkgo0
即ち、自分を除く家族全員を爆殺するという計画を立てた張本人は母親であり、その目的は耳付き――獣の耳と尾を持つ人種――を根絶やしにする為。
狂気だ。
正に、狂気としか言いようがない。
その血を引く人間が自分だと思うと、ヒートは憤りと共に吐き気を覚えた。

確かに、耳付きは世間から疎まれている。
それは紛れもない事実だ。
奴隷として売られ、詳しい研究もされていない、正に家畜とほぼ同じ扱いを受けているのは誰もが知っている。
というよりも、誰もがそう教育され、そう感化され、そう信じるようになっているのだ。

弟が生まれるまでは、それはいささか疑念のある考え方だと思っていたが、ヒートは口には出さずにいた。
耳付きと関わることはほとんどない人生だったし、街中で売られている子供を見たことがあるが、それを助けようとは思わなかった。
それがヒートの世界だった。
弟が生まれるまでは。

弟を目にしたとき、ヒートは己の認識の全てが変わった。
耳付きに興味を持ったのは、間違いなく弟の影響だった。
彼が病気にかかった時にはどうすればいいのかなど、図書館で調べることが増えた。
そこで分かったのは、耳付きに関して興味を持っている人間はほとんどおらず、誰も研究をしていないという事実だ。

何故耳付きが生まれるのか。
耳付きは何故人間離れした身体能力を有しているのか。
ヒートはそういったことに興味が湧いたが、答えは終ぞ得られることはなかった。
しかしながら、得られたものがあった。

耳付きと呼ばれる人種は、人よりも優れている部分の方が圧倒的に多いという事だ。
一度風邪をひけばもう二度と引くことはなかったし、体温の高さ故に寒さにも強かった。
だが、それは耳付きという人種を知るだけであり、共に生活をしていれば誰でも気付く事だ。
ヒートが得た最大の成果は、それではなかった。

弟がいるというだけで、ヒートの世界は全てが輝きに満ち、新たな発見に溢れたものとなった事が、何よりも素晴らしい成果だった。
弟はこの世界の宝物だった。
世界を引き換えにしてでも守りたいと思う存在だった。
仔犬のように可愛らしい弟は母よりもヒートに懐き、歳が離れていることもあってヒートが食事などの世話をした。

おむつを替え、寝かしつけ、風呂にも入れた。
愛情を注ぎ続け、弟は育っていった。
言葉もままならない中、弟が初めて喋った言葉は「ねーね」だった。
ヒートはその言葉を聞いた時、涙を流して喜んだ。

だが思い返せば、母親は弟が生まれてからずっと彼に対して目を背け続けていた。
世話全般をヒートに任せ、自分は仕事に専念していた事を思い出す。
家計を支えるためとヒートは納得していたが、それは結局、弟の存在を疎ましく考えていたからだろう。
首も座り、一人歩きを始めたのは生後七か月の頃だったが、それを目撃したのはやはりヒートだった。

思い出が次々に浮かび上がり、ヒートは改めて母親に対して殺意が湧き上がって手に力が入った。
思い出の何もかもを吹き飛ばし、弟の命と父の命を奪った女。
血の繋がりがあろうとも、必ず復讐は果たす。
これまでに積み上げてきた屍の中の頂上に、あの女を加えることは義務に近い物がある。

570 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:29:14 ID:gHb2Rkgo0
肉親の不始末は肉親が付ける。
研ぎ終わったナイフをM93Rし、次に弾倉に弾を装填する。
この後、強化外骨格との戦闘は必ず起こる。
通常の拳銃弾では棺桶の装甲を貫通することは出来ないため、強装弾を使用しなければならない。

強装弾はその貫通力故に生身の人間には効果が薄い。
デレシアから作戦を伝えられ、ヒートは感情の赴くまま徹底的に棺桶との戦闘を行う役割を担った。
曰く、ヒートはまだ“レオン”を使い切れていないとの事で、それがヒートの弱点でもあるとの事だった。
確かに、自分でも自覚していた。

対強化外骨格用強化外骨格、つまり、棺桶との戦闘に徹底して特化して作られたレオンが他の棺桶に後れを取ることは設計者の意にそぐわない。
デミタス・エドワードグリーンが使用している“インビジブル”は肉眼、カメラから完全に姿を隠すことに特化した棺桶だ。
だが、レオンにはその姿が見えていた。
負ける要素も、まして後塵を拝するなどあってはならないことだった。

これもまたデレシアからの情報だが、レオンは製造されたほぼ全ての棺桶に対して対抗できる能力がある。
例えば光学迷彩を用いてカメラを騙す棺桶や、猛毒を撒き散らす棺桶、強固な装甲を持つ棺桶などを圧倒できるそうだ。
つまりは、ヒートの技量、知識、そして経験不足が問題でありそれが解消されれば、今後棺桶との戦闘は優位に立てる。
今必要なのは、多くの棺桶との戦闘を経験して、ヒートの戦い方を確立することだ。

クールが使っていた棺桶が何に特化しているのかを察することが出来れば、あのような醜態を晒さずに済んだ。
遠隔操作に特化した棺桶など、これまでに見たことも聞いたこともなかった。
経験と知識不足がもたらした致命的なまでの失態だった。
例えるなら、ショットガンの特性を知らずに近接戦闘を挑んだ獣のような物だ。

獣と人間との違いは理性の差である。
即ち、戦いを挑む相手に対して理解があるか否かだ。
その点で論じるならば、間違いなくヒートは獣と同じだった。
闘争本能に従い、理性を欠いた哀れな獣。

今後は無謀な戦いは避け、確実に勝ち、殺 せ る 戦 い をしなければならない。
それが自分のためだ。
未知の敵に対しての抵抗力を高めなければならない。
人間と獣の最大の違いは、理性の有無だ。

理性が働くならば、選ぶべきは効率に限る。
取り急ぎ狙うべきは、戦闘慣れしていないながらも、持っている棺桶が厄介な人間。
最優先で潰さなければならないのは、シュール・ディンケラッカー。
“レ・ミゼラブル”は音を使って暴徒を鎮圧することに特化しており、生身の人間では対抗するのが難しいとの事だった。

トラギコ・マウンテンライトもそれに殺されかけたとの事で、もしもあの女がブーンを狙ったとしたら、非常に不味いことになる。
ブーンは人間離れした聴覚を持っており、音を使った兵器が相手の場合、影響力は計り知れない。
潰さなければならない。
ヒートの中にある優先事項の最上位に、ブーンの存在があった。

仮初の復讐を果たした虚無感に支配されていたヒートを救ってくれたブーンを害する者は誰であれ、何であれ、叩き潰す。
もう二度と失うものかと、ヒートは一発ずつ覚悟と殺意を込めて弾を弾倉に込めていく。
Bクラスの代表格であるジョン・ドゥの装甲であれば、五発ほど正確に同じ場所に当てれば穴が開くだろう。
装甲の薄い場所ならば一発で貫通できる。

571 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:31:28 ID:gHb2Rkgo0
ヒートの戦い方は大きく二つある。
一つはレオンを使った直接的かつ最接近した状況での戦い。
そしてもう一つは、離れた位置から銃を使っての戦いだ。
単一の目的に特化したレオンは強力な装備の代償として、近距離以外での戦闘が出来ない。

それを補うのが拳銃である。
勿論、拳銃以外の銃を使う選択肢もあるが、手持ちの銃にライフルはない。
それに、ライフルを持ち歩く趣味はない。
最善の武器とは、目立たず、そして効果的でなければならない。

威力の点で言えば当然レオンに劣るが、拳銃は中距離での戦闘を有利に運ぶための貴重な道具だ。
特に、予期せぬ状況で戦闘が発生した時には役に立つ。
用意しておいた弾倉全てに弾を込め、ヒートは窓の外に目を向ける。
空はまだ暗く、漂う雲の色は紫色をしている。

ノパ⊿゚)「……夜明け、か」

様々な思惑がうごめく夜明け前。
これから訪れる夜明けはヒートが想像している以上の意味を持つだろう。
この島に来てから二日。
ショボン・パドローネ達は虎視眈々と、デレシアに一矢報いるその時を待っているに違いない。

オアシズから逃げおおせ、死刑囚を脱獄させ、島にやって来るデレシアを待ち構えていたのだ。
手痛い失敗からデレシアの実力を知った上で考えられた計画。
ジュスティアまでも巻き込んでいることから、計画に対して自信があり、ジュスティアをあまり意に介していないという考えが現れている。
自信があるという事は勝算があるという事。

力技とも断じきれるこの計画を、デレシアは即座に打ち破ろうとしている。
大それた計画を台無しにするためには、必ずそれ以上に大きな力が働く。
人数と規模ではこちらが劣っているが、それを埋め合わせて覆すだけの戦略と戦術がデレシアにはある。
相手がこちらを狙っているのならば、こちらから出迎えてやればいいと、デレシアは事もなげに言った。

正面からの殴り合いに持ち込むつもりなのかとヒートは度肝を抜かれたが、無策のまま相手が仕掛けてくるのを待ち構えるよりも、準備が整う前に迎え撃った方が勝算は高い。
綿密な作戦というものは、対象が予想外の動きをした途端に崩れるものだ。
当然だが、作戦というものにはいくつもの可能性を考慮したものが用意されている。
チェスの名手が最低でも20手先を読むように、計画者は相手の出方に合わせた計画を使い分けて対応する。

だからデレシアは、考慮されていない可能性を選んで迎え撃つという。
幾重にも張り巡らせた相手の策には必ず心理的な抜け道がある。
デレシアはこれまで、襲い掛かる驚異の全てを己の手で蹴散らしてきた。
その蹴散らすという行為は相手の中に強い印象を残し、デレシアの反応は即ち反撃という図式が出来上がっている事だろう。

それこそが盲点となる。
今回の目的は敵の排除ではなく、彼らの目的を阻止することだ。
もしもデレシアが排除を目的として行動していれば、彼らの計画のどれか一つに該当してしまうかもしれない。
だがその目的が異なった物であれば前提が覆り、彼らが頼みの綱としている計画を破綻させられる。

572 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:33:53 ID:gHb2Rkgo0
まるで賭けのような動きだが、ヒートは仮にそうだとしても、デレシアの賭けから降りるつもりはなかった。
彼女はヒートの知る限り、誰よりも物事を知り、誰よりも強い人物だ。
その正体が気になるが、ヒートがこれまで自分の過去を語らなかったように、デレシアが語るのを待つしかない。
こちらから訊くのは、どうしても出来なさそうだ。

弾倉の準備を終え、コーヒーを飲む。
溜息を吐いて、作業の手を止める。
感情に身を任せた自分がやるべきことは分かっている。
復讐を。

復讐を果たすのだ。
この感情に捉われた人間は、等しく醜い顔をしている事だろう。
今、ヒートはこの顔をブーンに見られたくなかった。
見られてしまえばきっと、ブーンに嫌われてしまうだろう。

復讐に身を焦がす殺人者の顔など、見せるべきではないのだ。

ノパ⊿゚)「……絶対に、殺してやる」

復讐は何も生まないと言う人間がいるが、ヒートに言わせればその人間は真の意味で復讐を知らないのだ。
生きる気力を奪われ、己の命すら無価値に思える中で生きる糧となったのは復讐心だ。
その心がヒートを生かし、ヒートを動かした。
殺された家族のために、それに関わった全ての人間を殺し尽くすという目的を手にした。

手を血で染め上げる復讐の日々が終わり、達成感と喪失感に満たされた状態で故郷に帰り、ブーン達と出会った。
そして故郷で起きた事件がきっかけでデレシアの旅に同行することになり、今日に至る。
復讐によって失った物は喪失感と人間性。
逆に、得たものは数多くある。

復讐はヒートに多くを与えてくれた。
故に、少なくともヒート・オロラ・レッドウィングの中で復讐は無意味ではない。
暴力を行使されたのであれば、暴虐によって報復をすればいい。
例えそれが肉親だろうとも。

――肉親を殺すことに躊躇するような心は、もう、ヒートには残っていないのだ。

573 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:37:00 ID:gHb2Rkgo0
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
           †
           ||           Ammo→Re!!のようです
         /'i,ヽ          Ammo for Reknit!!編
        / ..;;;i:::::;\
        | ̄ ̄| ̄ ̄|      第四章【monsters-化物-】
        | l⌒l | l⌒l |
        | |...::l | |;;;;;l |;;:ヽミゞ;;    ゞ;:;:ヽ
     ミゞ;;;|  ̄ |  ̄ |;:;ミ__ヽミゞ,,_;;:ヽ_;:ゞ;;____.____ ミゞ;;ミゞ;;
   ヾ;:;:ヽミ;;| l⌒l | l⌒l |;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;; ゞソミゝミゞ;;ヾ;:;;:
     ミゞ;;;| |....:l | |;;;;;l |;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;ヾ;:;;:ヽミゞ;;ソゝミゞ;;
    ヾ;:;ゝ | |;;;;;l | |;;;;;l |;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;ヾ;:;ミヽミゞ;;ヾ;:;;:
    ヾゝソ | __ | __ |;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;;;;;;i;ゞゝヽミ;ソミゝミゞ;;
     ミゞ;;;| LLl | LL;;;|    __    .__    __    .__    .__  |ミゞ;;;:;ソソミヾ;:;;:
      |i| | LLl | LL;;;|   i_i_l   i_i_l   i_i_l   i_i_l   i_i_l | |iソ ヾ;:;;:i;i
      |i| | LLl | LL;;;|   i_i_l   i_i_l   i_i_l   i_i_l   i_i_l | i;i;:ヽ_;:ゞi;i
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

ティンカーベルに堂々とした面持ちで聳え立つルルグベ教会には、信仰心とは異なる同一の志を持つ人間が一堂に会していた。
神に祈りを捧げる教会に、この日、神を信じる人間は一人もいない。
正確に言えば、生きている人間の中で神を信じている人間は皆無だった。
ソファに深々と腰かけていた禿頭の男が、前屈みになって姿勢を整える。

(´・ω・`)「状況の確認と行こうか」

朝食後のコーヒーを飲んだ後、最初に口を開いたのは、その場で最年長のショボン・パドローネだった。
一見すれば優雅な空間だが、境界の裏手にある納屋に積み上げられた死体を見れば、この教会が神に見放された空間であることが分かる。
紅茶を飲むデミタス・エドワードグリーンが漂わせる空気は、決して好意的な物ではなかった。
彼の生み出す空気の原因は、その向かい側に座る人間にあった。

(’e’)「ん? 何かね、デミタス君。 僕は男に見つめられる趣味はないんだが」

コーヒーを上品に飲みながらそう言ったのは、イーディン・S・ジョーンズだ。
教科書に載るほどの有名人だが変わり者。
棺桶研究の世界的権威であり、その魅力に生涯を捧げることを誓った碩学だ。

(´・_ゝ・`)「お前のせいで、こっちは何回も殺されかけたんだ。
      おい、ショボン。
      状況の確認の前にするべきことがあるんじゃないのか?」

(´・ω・`)「と、いうと?」

(´・_ゝ・`)「相手のことだ。
      あれは女じゃない、化物だ。
      おまけに俺の“インビジブル”がまるで通じなかった。
      これはどういうことだ?」

574 名も無きAAのようです :2017/02/18(土) 22:39:54 ID:gHb2Rkgo0
憤りを露わにするデミタスの質問に答えたのは、ショボンではなくジョーンズだった。
彼は軽い口調で、さして重要でもない事のように話した。