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从 ゚∀从機装化精神病のようです
1
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:16:01 ID:Ccn78cE20
おわはじ祭り用です。
2
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:17:12 ID:Ccn78cE20
リニアモーターの外側にあるダークグリーンの光景を、女は虚ろに見つめていた。
壁に掛けられたネオン、張り付いた拡張現実の広告、錆び、汚れ、煙。
密接に接合された現実と仮想のMixed Realityがそこら中に取り巻く空間では
吐き出す息にすら現実味を帯びていないように感じてしまう。
今、インサイドとアウトサイドのどちらに根を下ろしているのか。
慣性のままに揺れ動き掴む者を待つ「ツリカワ」からも答えを得られず、
女は左手首のソケットに挿した蒼い液体が齎す作用を震えて待った。
列車には二人の女だけが乗車していた。
「嘘だ、何故、お前が」
虚ろな目と同じ色をした声を吐き出す女は呟きつつ、リキッドを更にもう一つ挿した。
停まったステーションに乗り込む者は一人とていない。
列車内に入り込んだのは地下に滞留する湿った熱気のみである。
「嘘じゃ??????????。これが???????」
そう言い残し、熱気を割って列車から降りた女がいた。
嘘じゃない。これが現実。
3
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:22:10 ID:Ccn78cE20
「?????アンタみたいには??????。
?????で終わり??????ならない、絶??に」
2099年。
高度に成長したテクノロジーは人に機装という新たな概念を与えた。
ネットやデジタルに意識を接続し、
あらゆる物を閲覧・共有・超える事が可能になった時代は、
パーソナル、記録、ジェンダー、言語の垣根を無くす技術すら生み出していた。
拡張と仮想がミックスされた現実、そしてサイバースペースが猥雑に絡み合う世界で精神を往来させる人々は、
パーソナルスペースを確保するのが困難なこの時代を迎え入れてから
早10年の歳月を経過させていた。
これは重度の機装化が引き起こす精神病事件が絶えない、
米国西岸部の巨大都市ロスで生きる、一人の女の物語である。
从 ゚∀从機装化精神病のようです
『ハジマリ』
.
4
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:23:30 ID:Ccn78cE20
今から30年も前は、人が自由に夢見るのが当たり前の世界が広がっていた。
例えばスタジアムで活躍する野球選手に憧れてバットを振ったり、
オートレースで颯爽とチェッカーを切るレーサーに憧れてハンドルを握ったり、
あるいは広大な空を突き抜けて宇宙で地球を見下ろすパイロットに憧れたり。
私も30年前は映画女優に憧れる普通の女の子だった。
デトロイトの郊外に住まう名士の家に生まれ、少なくとも幼少期は豊かで裕福な日々を送っていた。
数人のお手伝いや専属シェフをプール付きの豪邸で雇う程だった。
両親が多忙極まりない生活の中でも、十分すぎる程の愛情を私に注いでくれていたのを忘れない。
クリスマスの時は決まって私とソファに身を沈めて映画を見てくれていた。
私の視界は常にパーティテーブルと同じく華やかな色をしていた。
しかし、そんな幸せな日々は余り長く続かなかった。
超高度のAIを搭載したアンドロイドが頭角を現し、人に変わって仕事をこなすようになると、
私達一家の名を冠した会社は瞬く間に経営破綻、数多の借金を抱えた父は遺言も残さずに首に縄を掛けたのだ。
12の時の出来事だ。
それからは母とボロいアパートで二人暮らし。
母は最期まで大した金にならない仕事にその身を費やし私を養っていた。
だが、困窮を物語るようにやせ細っていった母が私の目を盗み、
安い賃金の全てを鼻から吸う粉に変えるようになった事を私が知ったのは、
すり減った靴底で学校から帰って来た夏の日であった。
知らぬ男とベッドで寄り添いながら吐しゃ物を喉に詰まらせ死んでいた。
金も縁も途絶えていたので私と神父のみで簡易的且つ形式的に葬儀は執り行われた。
15の時の出来事だ。
5
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:24:26 ID:Ccn78cE20
孤独に堕ちた私だが、孤独になったが故に必死で演技の練習に打ち込んで夢を追い続けていた。
そうしていられたのも、両親に代わって愛情を注ぎ合えた友人を得たおかげだ。
変な意味ではない。リスペクトし合いフォローし合う存在という意味の愛情だ。
ξ゚⊿゚)ξ ξ´゚⊿゚)ξ ξ*゚⊿゚)ξ ξ;///)ξ ξ#゚∀゚)ξ ξ;⊿;)ξ
レイコ・ツルデ――鶴出麗子という日本名を持つ日系の少女はいつもツンツンしており、
私はツンというあだ名を付けてやって呼んでいた。
零(レイ=ゼロ)の名を冠し胸もゼロだったから、ゼロという風にも時折呼んでいた。
そんなツンは「胸を分けろ」などと意味の分からない事を時折叫んでいた。
とても表情豊かな子で、一緒にいて本当に楽しかった。
さておき、ツンも相当な映画好きだった為に深く語り合えた私達は無類のコンビとなった。
登校、学校、クラブ活動、下校、バイト、夢まで全部一緒。
私が女優、ツンが脚本家、スクリーンに出るか出ないかの差はあれど、
巨大なスクリーンや小さなテレビジョンに自分達の訴えたい物を映したいという共通の夢が私達にはあった。
境遇も似たようなものだった。
ツンも中々にアンドロイド絡みの暗く重い過去を背負っていた。
ツンもまた薬で母親を失っており、残された父親はアンドロイド様の整備工場で働いていらした。
金にならない仕事で生計を立てていたのは私もツンも変わりなく、
当時はアンドロイド様の販売店で間抜けな制服に身を包み、
富裕層相手におべっかを使って30%引きのベビーシッター型モデルを売り捌いていた。
給料日には頑張った褒美に一番高いピザをオーダーしてささやかなパーティを開いた。
ツンと私は家族以上にどんな時も一緒だった。
彼女の存在が私の視界を再びパーティテーブルの色に変えてくれた。
17の時だ。
6
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:25:17 ID:Ccn78cE20
しかしながら、そんな半身同士であるツンとの別れが突然やって来たのだ。
彼女は父親の仕事の関係でカリフォルニアに引っ越す事になってしまった。
私達が離れ離れになるなんて夢にも思わぬ事だった。
離れてしまうと次第に連絡も少なくなり、やがて途絶えた。
良くも悪くもお互い夢を追うのに必死だったからだと知ったのは、少し後の事になる。
デトロイトに取り残されていた私だが、思い切って単身、裸一貫でロサンゼルスへ飛んだ。
華やかな大都市で食う為、夜はナイトクラブで露出度の高い衣装を纏って踊り、
日の出ている時間はプロダクションに所属する為に面接を繰り返していた。
その内、無名に等しい俳優を抱える事務所が私を迎え入れてくれるようになった。
その1年後だったか、演劇で主役を射止めた。
そこそこ大きな会場を抑えており、事務所も遂に勝負に出たという感じだった。
命運を担った私も気合を入れて、ナイトクラブの仕事を1ヶ月程休んで演技特訓に没頭した。
初日公演をたまたま見た評論家が気まぐれで書いた記事が話題を呼び、
私は同市に事務所を置く大きなプロダクションと契約を結ぶ事が叶って
ハインリッヒ・ハイウォーカーという名で華やかな舞台へと躍り出た。
7
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:27:25 ID:Ccn78cE20
間もなく、マネージャーが主演女優のオーディションの話を持ってきた。
CGを極力使わない低予算の映画は、しかし脚本が素晴らしい出来だった。
なんたって書いた奴が凄い。当然だと思った。
私は死ぬ気でオーディションに臨み、主演女優をもぎ取った。
20の時だった。最高のバースデイプレゼントのように思えた。
8
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:28:30 ID:Ccn78cE20
ξ;゚⊿゚)ξ「やっぱり、ハインだ。夢みたい」
「ツンちゃん……久しぶり。やっと来たよ!女優として!」
程なくして脚本家と対面、いや、再会した。
しばらく連絡も取り合っていなかったので私は緊張していたが、
顔を合わせるや否や彼女は相変わらず顔を真っ赤にして、
ξ;///)ξ「あ、あああアンタならききききっと、こここの役にぴったりよよよ!」
ツンが昔と変わらぬままの自分をありのまま見せると、私の緊張の糸はぷつりと切れた。
ξ*///)ξ「私ね、いつもハインに合いそうな主人公を書いてたの」
いつもの事ながら、ツンの気持ちを知るには段階的に踏み込んで話を聞く必要があった。
ツンを耳まで真っ赤に染めてカミングアウトさせるに1時間掛けたのはよく覚えている。
いや、本当はこんな事を言わせずとも何となく理解はしていた。
自分の気持ちを素直に伝えられない、そのの短所を昔から克服させたかったのだが、
まあ相変わらず変化の兆候が見られない難病とも言えただろう。
9
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:29:15 ID:Ccn78cE20
从*゚∀从「見て見てヘアメイクしたぞ! こんな感じだろツンちゃん!?」
ξ*゚⊿゚)ξ「やば……やばすぎよハイン。まさにイメージしてた通りのレイチェルよ!」
映画は、顔面の奇形を前髪で隠した人間不信の女「レイチェル」が恋に落ちるというラブストーリーだが、
疎外感と差別感で埋め尽くされた世界で生きるレイチェルの精神病と殺戮症状を同時に描くサイコホラー的内容でもあった。
最後は意中の男が己の目を潰し、レイチェルの顔を見ずに愛するというセンセーショナルな結末で締めくくられる。
カメラの前で、私は主役の「レイチェル」を必死に演じた。
ツンは私をチェック。
デトロイトで一緒にもがいていた頃に時間は巻き戻っていた。
役作りの為に前髪も伸ばして、私は西海岸によくいるエモ女みたいになった。
特殊メイクだがタトゥーだらけになれたのは憧れが叶って楽しかった。
「レイチェル」は娼婦という設定は、ナイトクラブの経験を活かす事が出来た。
“目が感じ取る現実に大きな意味は無い。
大切なものは目を閉じても見えるものだ”
恋人のダニエルがレイチェルに信じさせる為、ナイフで自分の目を切って言い放ったセリフは、
30年経った今でも胸の中で熱を失わず残っている。
10
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:31:23 ID:Ccn78cE20
低予算ながら素晴らしいカメラワークと演出が至極の没入感をもたらす、とか、
新鋭レイコ・ツルデの脚本がとにかく素晴らしい、とか、
新人ハインリッヒ・ハイウォーカーの鬼気迫る演技、とか、絶賛の嵐だった。
ツンと一緒に論評の書かれた雑誌は全て購入し、毎夜バカ騒ぎを繰り広げて喜びを分かち合った。
いや、何より嬉しかったのは、かつての盟友と絆を復活させ、そしてより深められた事だっただろう。
脚光を浴びた私達は更に躍進する為に第2弾へ取り掛かろうとした。
しかし、その行く手を阻んだのは、再び機械であった。
進化したアンドロイドは遂にエンタメ界にも進出。
ネット上のトレンド情報を解析し時流に合った内容で脚本を執筆するアンドロイド、
その脚本をリーディングし人間を超える演技力を発揮する他、
役に合わせスキンやヘアーカラー、骨格を変化させるアンドロイドが出現し、
メーカーと映画会社は年間契約を結び、人間の俳優と脚本家を締めだす。
幸いにも第2弾の脚本は使われたが、私が起用される事は無くなった。
用済みとなった私は再びナイトクラブの門を叩くが、
ホールで踊り給仕していたのは人間の女ではなくアンドロイドであった。
事は映画のみならず全ての産業においてアンドロイドが人間に取って代わっていたのだ。
私はそれまで得た金を食い潰しながら何とか生きていた。
当時地価の高かったロスに住み続けるのが苦しくなり、デトロイトへの帰郷をツンに持ち掛けようとしたが、
彼女は家をとうに売り払っており、私に何の連絡もせずに行方をくらましていた。
ツンの父親を尋ねもしたが、父親は絶望した顔を私に見せただけだった。
11
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:32:00 ID:Ccn78cE20
私は西岸部に留まってツンを探し回った。
捜査型アンドロイドのバカ高いサービスも利用したが、結局ツンを見つける事は叶わなかった。
両親が死んだ時にも感じなかったアンドロイドへの怒りを初めて抱いた私は、
私とツンの夢を奪ったSoSAK社が誇るフラッグシップモデルのアクレトスを殺害。
その現場で私は逮捕され、僅か1回の裁判を経て刑務所にぶち込まれた。
弁護士を通じて提示された何億とかいう賠償金額を正確には覚えられず、
まるで他人事のように感じながら同州の刑務所へ送り込まれた。
24の時だった。
12
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:33:53 ID:Ccn78cE20
刑務所はアンドロイド絡みの事件でぶち込まれた連中で溢れていた。
私のように直接的でなくとも、機械が引き起こした貧困で犯罪に手を染めた者が数知れず存在した。
もしかしたらツンがいるかも、来るかも、などと淡い夢を抱く事も出来たが、
今日に至る30年以上もの歳月の間、一度も顔を見る事は無かった。
私を含む囚人全員がチャイムで動く動物のように生きていた。
人間が生きる上で必要な栄養素を構成する液体化食料の2回の配布、
冬を越すのに十分な毛布、そしてアンドロイドが監視する厳重な各区画と、
人が死ぬ要素が一切ない快適な空間で、ただチャイムの音だけを待っていた。
チャイムと同時に起床、チャイムと同時に鼻水みたいな食料を啜り、チャイムと同時に着床。
これが贖罪であるならば憎しみを募らせるだけであろう。
苛立ちを限界に迎えた私は、獄中で再びSoSAK社の警備アンドロイドを殺害。
計画的に犯行に及んだ。一作の映画でも作れる程に。
すぐに特定され独房にぶち込まれた。勿論刑期も加算。
私の生涯を持っても刑期を終えられない事が確定した。
26から28の期間を独房で過ごす中、改めて私が生きる意味や理由を考えてみたが特に答えは見つからず、
しかし自殺するという選択を執るほどの勇気を持ち合わせていなかった事を思い知った。
薄暗く窮屈な壁に囲まれるのも、
精巧な人間もどきが無表情で食料を運んでくるのも、もはや恐怖でしかなかった。
13
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:34:36 ID:Ccn78cE20
独房を出た私に、仲間が生還祝いだと包みを渡して来た。
ラップに包まれたそれは、ブラックアイスと呼ばれる強烈な麻薬だった。
母親を狂わせた黒いダイヤが巡り巡って私の手元に届いた瞬間、
これが私の人生の結末なんだろうなと悟って絶望し、オーバードースで死のうと決意を固めたのだ。
気が付くと私は天国に行けなかったと認識した。
汚れた囚人服のみを身に着けて、冷たい独房の中に再び転がっていた。
私には薬が引き起こす重い後遺症のみが残され、
禁断症状で口から泡を吹くや憎きアンドロイドの手で病棟に搬送され、落ち着くと再び独房にぶち込まれた。
何が何でも刑期を満了させるという、機械の鋼のような心を身を持って思い知った。
死んでも奴等は私を格子の中に閉じ込めておくつもりだっただろう。
30の時だ。薬はやめられなくなっていた。
病棟に移された、ある日の昼間の事である。
何となく付けたテレビに、塀の外の人間に進歩があった事を知らされた。
アンドロイドに対抗するため人間はサイバネティクスを肉体に埋め込み、
連中と同レベルの処理能力で産業に介入、スペースを僅かに取り戻しているという内容だ。
この時、アンドロイド排除運動は産地である米国では消極的であったのは、
企業による火消し――つまり戦闘用アンドロイドを用いた武力に阻まれていた為だ。
一方、ロシア、オーストリア、ポーランド等の欧州各国の運動は盛んであった。
その勢いはやがて私のいる米国西岸部にも及び始めていた。
経済的侵略を食い止めるべく圧力を掛けていたんだとか、難しい事をキャスターが言っていた。
病んだ頭ではまるで理解に及ばなかったが、この国がぶっ壊れていく様を見られるかもしれない予感を抱き、
少しだけ生きる楽しみが出来たような気分にはなれた。
14
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:35:02 ID:Ccn78cE20
しかし、ブラックアイスとの関係は切れずにいた。
アンドロイド殺しの異名を持つ私は女囚人の間で英雄視される存在となっていて、
仕入れ人から無償で数グラムのアイスを分けてもらう事が出来た為もあり、断とうとはしなかった。
少なくともぶっ飛んでいる間は、独房よりも暗い過去を忘れる事が出来たからだ。
31の誕生日にはブラックアイスの小包と、
更に強い作用を及ぼす高純度のクリスタルアイスを新入りの仕入れ人からプレゼントされた。
その時、ふと彼女に尋ねてみた。何故ここまで面倒を見てくれるのかと。
「アンタ、映画女優のハインリッヒ・ハイウォーカーなんでしょ?
私ね、あの映画に励まされたファンなの。
アンタは、映画のレイチェルとは違ってかなりワイルドだけど、そこも気に入ってさ」
从 ゚∀从「そうかあ……嬉しいぜえ、あの映画が好きって言ってくれてよお」
私はアイスをすり潰して吸引していたから、
呂律の回らない舌で話していたに違いなかった。
「私にブツを流して縺上l縺溷ュ�も昔の映画の繝輔ぃ繝ウでさ」
从 ゚∀从「ほえええ〜〜そりゃ良い奴だなあ〜〜懐古厨に悪い奴はいないよ〜〜ん!」
「縺ァ縲√◎縺ョ蟄舌b譏?逕サ螟ァ螂ス縺阪〒縺輔?ゅい繝ウ繧ソ縺ョ莠九b髫丞?隧ウ縺励°縺」縺溘h縲
零縺。繧?s縺」縺ヲ險?縺?s縺?縺代←縺昴?蜀?シ壹o縺帙※縺ゅ£縺溘>縺代←荳ュ蝗ス縺ォ陦後¥縺」縺ヲ縺輔?」
从 ゚∀从「じょじょ、女王なり……! 我は刑務所の女王なり……!! ひれ伏せ!ひれ伏せえ!!
おい! 図が高いぞ貴様あ! 無礼であろうが! うっひょひょおおお〜〜い!!」
などと意味不明な事を叫んでいたのは何故か覚えている。
仕入れ人が笑みを浮かべてそっと立ち去ったのも覚えている。
しかし、仕入れ人が何と言っていたのかはまるで記憶に残っていない。
大事な事を言っていたような気がするのだが。
15
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:36:00 ID:Ccn78cE20
クリスタルアイスのやりすぎで意識を失ったと、ベッドで見下ろす人間の女医師の口から聞かされた。
世の中の変化は刑務所にも表れ始めていた証拠の一つが、この女医師の存在である。
女医師の顔面はよく見ると薄い線が額に引かれている。
頭部にサイバネティクスを埋め込んでいる証だ。
今では何ら珍しくも無い電脳化だが、当時初めて実物を見た私には衝撃的であった。
「これ以上薬やると、マジで自分のクソを喰う羽目になるわよ?
全裸でアンドロイドにトイレットペーパー投げつけて高笑いしてたって聞いたわ」
从;゚∀从「そんな事してたの……? それより先生、テレビつけてよ、テレビ!」
「まったく、テレビばっかりね皆して」
从 ゚∀从「時代の変化を見れないのは退屈でしょ」
「そうね。確かに、何も知らないまま塀の外に出たら、タイムスリップした気分になっちゃうわ」
世界的にアンドロイドの減少が始まっていたのだ。
というのも人間による破壊運動が激化の一途を辿り歯止めが利かずになっていたのが原因だった。
アンドロイドと人間向けのインプラントの製作を天秤に掛け、人間側に寝返る企業も増えてきたという。
欧州では人対機械の戦争が終わりに向かって収束しつつあったようだ。
同時に機械で拡大拡張された世界で人が生きるには、「機装」が無くてはならない概念となっており、
宗教的な観念からも批判的な声が相次いでいる中、半ば強硬的に推し進められているのは
アンドロイドの登場時と変わらぬ雰囲気を纏っているような気がしてならなかった。
16
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:37:11 ID:Ccn78cE20
だが、私の生身の瞳が世界を魅力的に映し続けたのは、
再び機械に代わり人間が何かを生み出す正常な世界へと戻っていたからに違いなかった。
私は胸の高鳴りを抑える事が出来ず、鼻の息を荒らしくて仲間や先生との会話に夢中になっていた。
尤も、この刑務所の管理には威信揺るぎない巨大企業SoSAK社も一枚噛んでおり、
たかが市民抵抗では崩されぬ鉄壁の城塞である事を重々承知していた私は、
テレビや人伝いで届く情報で破壊欲を満たすので十分であった。
从 ゚∀从「先生、機装化ってどんな感覚なの?」
「適度にアイスやった時みたいにクリアって言えば分かる?」
从;゚∀从「すげー分かりやすいんだけど、
それって私にこのまま薬物依存を促しかねない発言だぞ」
「あら失礼。ねえハイン、薬、本当にやめなさいな」
从 ゚∀从「なんで?って聞くのもおかしいけど、なんで?」
「世界はもっと良くなっていくはずだから。貴方だって出られるかもしれないのよ?」
そう言われてもピンとこなかった。
アンドロイドが衰退し始めた世間では、それまで起こったアンドロイド絡みの事件の最判要求が頻繁に行われており、
私のように数十億はくだらない稼ぎ頭を破壊し補償出来ずにムショにぶち込まれた人間にも
再び塀の外で生きるチャンスが生まれていたのだが、私には救いの手を差し伸べる親類や友人と呼べる人間は残っていなかった。
よっぽどの物好きが類稀なる正義感を発揮し、
今や不当となった私の刑期を減刑しない限りは永遠にここの住人だから。
「……目が感じ取る現実に大きな意味は無い。大切なものは目を閉じても見えるものだ」
無言で暗い顔を保ち続ける私に先生が投げたセリフは、
未だ胸の中で上映され続けている映画から引用されたものだった。
从 ゚∀从「……なんだよ、先生も知ってたのかよ……」
「あら、有名よ? 私も貴方のファンだったわ」
17
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:39:38 ID:Ccn78cE20
「貴方が瞼の裏に描く世界は、どんな景色かしらね?」
私が唯一出演した映画のセリフを使って、先生は私に勇気と希望を与えてくれた。
その時、私はアイスはもう二度とやらないと心に誓った。
瞼の裏にある良い世界で生きるという夢を掴む為にも。
全裸でアンドロイドにトイレットペーパーを投げつけて高笑いをしていたと聞かされた、
38の時だった。
そう誓ったはずだったし、世界も綺麗なはずだったのだが。
・
・
・
―――――ガンッ!!
(,,#゚Д゚)「いつまで寝てんだゴルァ! おい起きろクソジャンキー!」
从;゚∀从「ってえ!?」
ギコの容赦のない蹴りを頭部に入れられてハインリッヒは瞼を見開き、重い頭をもたげたまま身を起こす。
蹴られた箇所を手でさするハインリッヒの事などお構いなしに、
ギコは怒気を残す声色を丸まった背中に浴びせる。
18
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:40:29 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「俺にケリ入れられて起こされんのが嫌だったら
電話で起きて自力で来いっつってんだろうが」
ギコが蒼色の瞳を動かして荒れ果てたその部屋を精査する。
彼の視界はバイオ・ヴィジョンモードのARが作る蒼い層が重ねられている。
狭い部屋に転がっているのは酒瓶や食いカスが殆ど。
その隙間を縫うように這いずる黒い虫を眼が捉えてARで囲うと、ギコは溜息を吐いた。
相変わらずの衛生観念の無さだと再確認するが、注射器や粉の包み、リキッドなどが見当たらない事をギコは怪訝に思い、
観察するようにハインリッヒをじっと注視する。身体の接合部分に合わせてARが開いてゆく。
耐熱繊維で編まれた人工頭髪は放つ金色よりも寝ぐせが目立っている。
その隙間から覗く細い首と、首を締める黒い首輪にひっかいたような跡を見つけると同時、
ハインリッヒの左手首に僅かな隙間が開いている事をギコは認識し、腕を引っ張り上げて蓋を開いた。
从;゚∀从「あ」
ドラッグソケットの付着物がリキッドタイプのクリスタルアイスであると照会され、
対象のハインリッヒ・ハイウォーカーを違法薬物所持で通報出来るアドレスを手で払う。
(,,゚Д゚)「……またラリってやがったな。隠しても無駄だ」
从;゚∀从「ち、ちがいますー。普通のお薬挿してたんですー」
(,,゚Д゚)「昨日、サイバネ医師に新しい光学スコープを入れてもらってな。
有線無しでお前が何してたかくらい痕跡で分かる。調子いいぜ」
从;゚∀从「う、このクソ野郎! きたねえぞ!」
(,,゚Д゚)「汚えはこっちのセリフだ。ハックして直接診断しても良いんだがな……正直、
全裸で自分のションベンの溜まりを這いずり回るテメエに接続するなんて吐き気がしてたんだ。
いい買い物したよ」
从;゚∀从「そんなとこ見たのお前? マジで? っていうかまたそんな事してたの私?」
(,,゚Д゚)「ストレージに残してるぜ。何なら後でデータを送信してやる」
从;゚∀从「そんなモン残すなマジで消せやめろ!」
19
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:40:57 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「いいからとっとと着替えて来い。
俺がわざわざ迎えに来てやったって事はわかってんだろう?」
从;゚∀从「わぁーってるよ……」
ハインリッヒはギコから視線を外し、酒瓶が転がる足場の無い床を歩いてクローゼットに向かう。
ギコも下着のみのハインリッヒの背から視界を外してスキャニングを終了し、
懐から電子タバコを取り出して狭い空間にコーラの香りと同色の煙を隈なく広げる。
「はらへった」
コーラの香りに鼻をくすぐられたハインリッヒが思わず零すと、
ギコは眉間の皺を更に深く寄せて無防備な背中に声を投げる。
(,,゚Д゚)「バーガー買ってきてやったから車で食え」
「おークソ野郎のくせに気が利くじゃん」
(,,゚Д゚)「テメエが万全な状態じゃないと困んだよクソジャンキー」
「つってもどうせまたあとで“演じる事”になんだろ?」
(,,゚Д゚)「……地上も雨ひでーから、フード付きのを着ろ」
「はいはい」
20
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:41:29 ID:Ccn78cE20
鉄の板を張り合わせたボロアパートの、一見、一つの窓にしか見えない入口を開き、
赤く点灯するラインが引かれた黒フードを被ったギコが中空に待機させた車両の中に飛び乗る。
下水に似た空間にぶら下がって疾走するリニアモーターの風が、
地面に溜まった汚水をアパートの壁や安っぽい電光看板に容赦なく跳ねさせる。
上を見れば重金属混じりの汚染物質の煙に濡れていた。
赤の縦ラインが点灯する黒いロングブーツの踵を鳴らしてハインリッヒが窓に足を掛ける。
ギコとは異なるデザインのフード付きジャケットにも同様のラインが引かれている。
分厚い衣服が重金属酸性雨を受けるとラインは一層赤く灯り、雨を瞬間的に蒸発させる。
同機能を持つ耐酸性のボトムが細すぎない両足を包んでいる。
開いた胸元は白いシャツに覆われ、黒ネクタイが締められている。
黒ネクタイも赤いラインに縁どられているが、これは単なるファッション的装飾である。
上階層で処理しきれていない汚水は溜まっていく内に気化して滴る。
特に先週から汚水の量が増えていた。
広大なロスの地下でも最深部に近い第8区画の崩れやすい環境に二人は慣れていたが、
分厚いジャケットに袖を通すのにも、顔面を遮る為にフードから張られる保護シールドにも面倒を感じていた。
(,,゚Д゚)「クソジャンキーが……給料の殆どを粉と酒に変えちまいやがるから、
いつまで経ってもこんな下まで迎えに来ないといけねえ」ブツブツ
(,,゚Д゚)「いや、あいつが自分で起きてくりゃ問題解決なんだ。何言ってんだ俺は」ブツブツ
ギコは古いタイプの電子タバコにコーラ風味のリキッドを挿し、泡立つ煙を充満させていた。
从 ゚∀从「あーあーひでえ空気だなー今日も」ガチャッ
(,,゚Д゚)「いつか酸性雨に焼かれて死ね」
从;゚∀从「な、なんだよ、今日特に辛辣じゃん。さては遂に精神病んじゃった?」
(,,゚Д゚)「お前といて病みそうなのは間違いないな。現実は辛い」
21
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:42:58 ID:Ccn78cE20
右の助手席にハインリッヒが搭乗し終えると独りでにドアが閉まる。
ハインリッヒが目の前に置かれていたバーガーの袋に手をつけるや否や、
ギコは急にアクセルを吹かし、指定速度を超えて車を走らせた。
雨模様に覆われ薄暗い街並みに三本の赤いテールランプの残像が引かれてゆく中、
ハインリッヒが体の数か所に埋め込んだ対物センサーを稼働させて、飛び跳ねたバーガーの包みを確保する。
从 ゚∀从「あーつまんねえ嫌がらせ。お前さ、マジで性格ねじまがってるよ」
(,,゚Д゚)「テメエがちゃんと起きてるか確かめただけだ」
从 ゚∀从「適度にラリってる方が絶好調な事知ってんだろ?」
(,,゚Д゚)「黙れクソジャンキー。ったく、なんでお前なんかが……早く縁を切りたいもんだ」
从 ゚〜从「で、その為に頑張る今日の仕事は?」モグモグ
フロントガラスに映り込むハインリッヒが視線を合わせてくるとギコはさっと視線を外し、
前方を緩衝的に走る車を追い越して一気にジャンクションへ車を飛ばす。
(,,゚Д゚)「ホライゾン・インダストリーの社長がガキを攫われた。恐らく精神病絡みなのは言うまでもないが。
ついでに連中の背後を洗えって、クライアントと上部の両方からの御達しもある」
从 ゚∀从「いくらになんだよ?」
(,,゚Д゚)「毎度の事ながら真っ先に金勘定が先だなテメエは……5万だ」
从;゚∀从「すくなっ! もーいつになったら自由になれんだよ〜! 果てしねえ、果てしねえぞ……」
(,,゚Д゚)「諸々の諸経費はいつも通り差っ引くからな」
从;゚∀从「ねえ、まさかと思うけどお前、本当は私とずっと一緒にいたいんじゃないだろうな……?」
(,,#゚Д゚)「クソみてえな冗談言うんじゃねえ! テメエを追い出す為に俺だって切り詰めてんだ!」
从;゚∀从「あ〜良かった、安心した」
22
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:43:22 ID:Ccn78cE20
(,,#゚Д゚)「ちくしょうが……ヤク中との仕事がここまでヘヴィだと知っていたら……いや!
テメエがここまでロクでもねえクソ女だと見破ってさえいれば……クソが!」
从 ゚∀从「ンな怒るなよギコちゃ〜ん。お前だってそこそこ打ってんだろー?
それになんだかんだ私ちょっとは感謝してんだぜー?
こんなババアをムショから出してくれちゃってよー?」
(,,#゚Д゚)「それが俺の人生最大の失敗だったよ」
ギコが愚痴りながら電子タバコに新品のコーラ味のリキッドを挿し、気泡付きの煙を吐いた。
ハインリッヒはギコの苛ついた顔を一瞥してから窓に頭を預け、
トンネルを抜けて広がった第一階層の街並みに視覚プロフェッサを向けて動作させる。
重金属酸性雨を降らすどす黒い雲に覆われて、空は昼間だというのに薄暗く、
スパイク状に尖る高層構造物に取り巻く千差万別の灯りも陰っていた。
その間を縫う列車の横っ腹に埋め込まれた新作映画の広告がARで強調表示されると、
釣りあがっていた口の角をそっと下げ、前髪で隠す閉じた視覚インプラントの表面を指先で掻いた。
ギコはハインリッヒの様子を横目に見ながら、
視界に拡張表示された虚実の車線と標識に従って現場へと車を向かわせた。
※
地上から60メートルを超える超高層スパイクの中腹にある駐車場に車は停車。
僅かなLEDが照らす薄暗い駐車場のど真ん中に簡易的な作戦本部に設営している事を、
そこに鎮座する大型装甲車から伸びて壁に接続された数多の配線を見れば分かるだろう。
ここの優秀なネットワークシステムを借りるべく、“C”が作業していたようだ。
車内には装備の点検を行う“ヒート”、錠剤を貪っている“ショボン”、
モニター群を睨み“ドクオ”が作る見慣れた光景もある。
装甲車から離れた場所では、明らかに狼狽える中老ジェンダーの男と、取り巻きの部下達の姿があった。
いずれも顔面には幾つかの線が引かれており、サイバネティクスを擁しているのが伺える。
23
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:43:59 ID:Ccn78cE20
('A`)「よう隊長にハイン。準備はもう少しで完了だ」
从 ゚∀从「ドックーン終わったら一杯やりにいこー」
二人の接近に気が付いたドクオが振り返って真っ白なスキンと歯を見せた。
ハインリッヒの誘いに関しては、配線に繋がれた機械の親指を上に向けて示した。
ノパ⊿゚)「ハインさん!!! 今日も頼りにしてますよ!!!!!」
続いて、蒼ラインが点灯する黒いグローブを嵌めながら、ヒートが駐車場に甲高い声を響き渡らせる。
从 ゚∀从「ヒート、出来れば私は働きたく――」
(#゚ー゚)「おそい……!」
从;゚∀从「うわ、しぃちゃんオコ。おっかな」
ハインリッヒを遮ったのは怒気や苛立ちを孕んだCの声だった。
ヒートと同モデルのグローブを嵌める指は第二関節で折れており、手工に格納するドライバーやドリルの先端が見えている。
(#゚ー゚)「ギコ君、遅い。なんでいっつも時間通りに来れないの?」
(,,;゚Д゚)「……C、それはそこのクソジャンキーに言ってやれ。あと手を不気味に動かすのやめろ」
(#゚ー゚)「ハインのせいにしない。ギコ君の管理不足が原因よ」
(,,;゚Д゚)「う……いや、それは……」
(#゚ー゚)「言い訳無用」
从 ゚∀从「ぶひゃひゃひゃひゃwwwwww頭上がんねえでやんのwwwww
いいぞもっと言ってやれーしぃちゃん!!」
(,,#゚Д゚)「テメエは黙ってろクソジャンキー……」
24
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:44:21 ID:Ccn78cE20
(´゚ω゚`) ボリボリボリボリボリボリボリ
銃器の点検を終えたショボンは傍らに置いていた錠剤のビンを手に取り、
ふたを開けて内容物の半分程を口の中に含んでは金属製の歯で一気に噛み砕く音を鳴らした。
眼窩に埋め込んだミラーシェードのサングラス兼ディスプレイが赤い光を灯した。
从 ゚∀从「なあヒート。ショボン今日は何食ってんの?」
ノパ⊿゚)「妊婦用のビタミン剤だそうです。最近ハマってるらしいですよ」
从 ゚∀从「おい。あの間違えた健康補助食品オタクを看過していいのか」
(,,゚Д゚)「健康的なんだろ? いいじゃねえか、テメエも見習え」
从 ゚∀从「絶対何かがおかしい……そう思わないかしぃちゃん?」
(*゚ー゚)「ギコ君もギコ君で感覚がズレてるのよね……」
「き、君達、準備は整ったのかね?」
顔を合わせた一同の下に、スーツ姿の複数の部下を従える男がふらついた足取りでやって来た。
その男が依頼主であるホライゾン・インダストリーの社長である事を、運転中Cに共有されたデータでギコは知っており、
すぐにゴロツキのような姿勢を正して会話に応じた。
(,,゚Д゚)「ああ、失礼しました。我々が救急サービスの“レイチェル”です。
クライアントのトーン・ホライゾンさんご本人ですね?」
「あ、ああ、そうだ! た、頼む! 息子を、息子を連中から返してくれ!
そして息子を攫った連中を、み、み、皆殺しに……!」
(,,゚Д゚)「それがご依頼であれば我々は必ず達成します」
25
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:45:37 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「まずは状況を確認しましょう」
一同は装甲車のサイドボディに映されたモニターの前に集まった。
まずは社長とギコが依頼内容の詳細を確認するところからブリーフィングは始まった。
依頼は社長の実子ブーン・ホライゾン(15)ID:MCGRI1101315の誘拐事件の解決と、
連中の背後関係を洗う事の2つ。2点目に関しては本部からの指示もある。
スカベンジャー(盗賊)の犯行であると断定出来たのはボディガードから送信されたデータからであった。
ボディガードは殺害されていたが、シャットダウンまでの記録を社に送信していたのが幸いした。
(,,゚Д゚)「ドクオ、本部のデータベースに一致する者は?」
('A`)「いない。多分ロス市内のチンピラではないな」
(,,゚Д゚)「またかよ……最近ホント増えてるぜ」
連中が何処にも所属しないグループである事はジャンクの粗悪品で装備を構成している事で明白。
剥き出しのスキンには統一されたタトゥーが刻まれていたが、本部が抱えるデータベースと照合されない事から、
敵対企業が雇った無名のギャングによる犯行である線が高まったという訳である。
この街に限らず、よくあるケースであった。
持たざる者が名を上げるには、犯罪行為に手を染めるか、
ギコ達のように武装し悪意に対抗するかの二つに選択されるからだ。
26
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:46:28 ID:Ccn78cE20
犯行がブーン・ホライゾンの下校中に行われた事は、送信されたデータで明らかになっている。
誘拐を未然に防ぐ為に複数のルートを日々使い分けていたらしいが、ランダムにルートを選択せず、
ルーティン化していたのが仇となったようだと、ギコは今後の警告を意したく率直に社長に告げた。
話は続く。
要求は身代金と、開発中の思考補助ウェアラブルデバイスに関わる全てのデータ。
昨今社会的に懸念される機装化精神病を推し進めるような代物ではなく、
時代に逆行する“取り外し可能な”デバイスは精神負担が軽く、精神病問題に貢献できる物である。
ホライゾン・インダストリーのようにアウトサイドに着眼し始めた企業は増えている。
一向は顰めた眉の向きを戻して考察を続ける。
(*゚ -゚)「となると、やっぱり同業か医療サービスの陰謀かしらね」
(,,゚Д゚)「だろうな」
「昨今の精神病問題は企業にとって新しいビジネスチャンスとなる。
我々が社運を賭けて発するハードだ……狙われて当然だった……クソォ!」
アンドロイド産業に陰りが見え始めた頃から、米国西岸部には経済復興を目的に
サイバネティックス開発に尽力していた大企業が多く存在した為、
今も尚その経済成長の速度は揺るがず加速し続けられている。
その背景故に西岸部は特にロス市で数多のパンクスを抱える犯罪地域と化していた。
27
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:49:01 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「息子さんの位置情報は?」
「それが、不明なんだ。連中が第5区画の廃工場を取引の場所に指定した途端、
息子の位置情報は途絶えてしまった……だが、そこにいる可能性は高いだろう」
(,,゚Д゚)「例の新型ウィルスか……だとすれば厄介だな」
「し、新型ウィルス? や、厄介って、どういう意味だ……?」
(,,゚Д゚)「最近出回っているウィルスNightmareです。感染性は無いんですがね。
息子さんはそれにパーソナルを侵された。
であればこの国における息子さんの権利は全て剥奪。
要は息子さんが何にも属しない“ノーバディ”となってしまっている可能性が高い。
位置情報を得られないのもそういう事です」
「ノ、ノーバディですって!? 息子が!?」
犯罪者の2割がノーバディである事が統計的に明らかになっている。
位置不特定化を逆手に取り潜伏する事が可能となるが、国内で一切の通信サービスを利用出来なくなる。
自ら首を絞めるような逸話ばかりを持つノーバディとは、位置付け的には最低なのである。
トーン・ホライゾンが素っ頓狂な声を上げたのも無理はない。
(,,゚Д゚)「ドクオ、どうだ?」
('A`)「ここの環境を利用して第5区画をハックしてるが、ダメだな。
区画内にブーン君の痕跡一つすら見当たらない。何処かにアクセスしていたらと思ったんだが」
「そ、そんな……」
28
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:50:33 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「まあ取引を終えるまで命は保証してくれるでしょう。
それにパーソナルの問題も一時的な事です……まあ、攫われなければ、ですがね。
ノーバディの子供を攫って悪利用するなんてのはよくある話です……おっと、話が逸れた。
後で我々の方でパーソナルデータの復旧申請が出来ますのでご安心を」
(,,゚Д゚)「それよりも懸念すべきはウィルスのもう一つの作用です」
「ま、まだ何かあるのか!? そ、それは、一体……?」
(,,゚Д゚)「息子さんが深刻な精神異常に陥っているかもしれない。Nightmareであればですが。
そうであれば即座に現実と仮想の境を感じ取れない状態に陥り、
低下した認識にトラウマがひたすらフラッシュバックする……廃人に追い込むまで、追い込んだ後もね」
「む、息子が……は、廃人、に……」
容赦なく続けられたギコの推測はトーンの膝を地に着かせた。
だがギコは膝を曲げて目線を合わし、肩に手を置いて続けた。
(,,゚Д゚)「ですが大丈夫です。それも何とかします。それが我々の売りでもありますから」
(,,゚Д゚)「聞いたかクソ女。テメエも準備しとけ」
从 ゚∀从「だーやっぱり出番かよ……面倒くせえな」
(,,゚Д゚)「クライアントの前で失言は慎め。ああ、申し訳ない社長さん。
だがこいつ、ハインリッヒ・ハイウォーカーは飛び切り優秀なダイバーです」
从 ゚∀从「ダイバーなんかやりたくねーんだよ。私の事はアクトレスと呼びな」
「あ、アクトレス……?」
29
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:50:53 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「社長さん。息子さんが大事だったらよ、息子さんの事をもっとよく聞かせてくんねーか?」
※
最深部にかなり近づく第5区画は、所謂スラムだ。
敗れた企業が僅かな社員を抱えてここに堕ち、再び日の目を見ようと一度はもがくが、
引っかかりの無い滑らかな崖を装備無しで登るように難しい。
更に下層の暮らしの悲惨さを聞けば、まだヒエラルキー的に優位であると実感し、
安価な給与を手に取り、安価な住居に腰を下ろし、安価な食料を貪り、安価な女を抱く、
そんな日々に満足して落ち着くのは時間の問題となる。
ここまで聞けば比較的治安は穏やかな方に聞こえるかもしれないが、
数多に存在する廃ビルなどを勝手の良い取引現場としてしばしば利用されている。
1ヶ月に一度は銃撃戦の音で、淡く甘いVR空間から引きずり出される事もある。
滴って落ちる重金属酸性雨が視界に線を作る薄暗い都市は、昼間であるというのに淫靡なネオンが点灯し続けている。
街角には見るからに素行の悪そうな若者が、こめかみに埋め込まれたパワーインジケーターを灯らせて周囲を威嚇している。
そこへ黒塗りの車が走り抜けるとなると、何やら金か陰謀の存在を予感して密かに囁き合うのだ。
('A`)『外にいるのはただのゴロツキだな。何か隠語で情報共有してるって感じでもない』
ホライゾン・インダストリー社からドクオの無声通信がギコへ入る。
ドクオは第5区画で生きるカメラをジャックして映像を解析している。
口の動きを分析させて会話を盗み聞きするツールはドクオの手製の物だ。
(,,゚Д゚)『了解。C、現場までは?』
(*゚ー゚)『あと5分で着くよー。準備オッケー?』
30
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:51:28 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)『ヒート、後で内部の情報を送信する。狙撃に備えておけ。
Cとショボンで周辺の警戒を』
ノパ⊿゚)『了解です!』
(´゚ω゚`)b ボリボリボリボリボリボリボリ
(,,゚Д゚)『で、クソジャンキー。準備の方は?』
从 ゚∀从『まずまずって所。親父さんからは十分情報やデータは貰えた。
あとはドックンにカバーしてもらえば何とかならぁ』
从 ゚∀从『しかしまあ、いつまで経ってもあの子の足元にも及ばねえクソみてえな出来だ』ボソ
(,,゚Д゚)『何だ?』
从 ゚∀从『こっちの話だ。いちいち聞いてくんなウザってえ』
(,,゚Д゚)『問題が無いなら構わん。ああ、それとクソ女』
(,,゚Д゚)『……使うアイスの種類と量には気を付けろ。こないだえらい目にあったからな』
从 ゚∀从『あーあー分かってっから。自分の心配でもしてなよ若造』
(,,゚Д゚)『チッ……クソジャンキーが』
(*゚ー゚)『やめなさいギコ君』
(,,;゚Д゚)『く……お前は何でいつも、俺だけを……』
从 ゚∀从『ぶっひゃひゃひゃひゃひゃwwwwwwwww』
(,,#゚Д゚)『お前は黙ってろ』
31
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:53:06 ID:Ccn78cE20
一同は現場の廃工場近くの路地に停車。
継ぎ接ぎだらけの高いアパートが作る路地は何枚かのホログラムが照らす光のみ。
「カネ貸しまス」等の怪しげな叩き文句を掲げる金融や、
「安いソープ」等の性的なサービスへと繋がる番号が表示されている。
使用済のドラッグリキッドがあちこちに転がっていて、常用者の溜まり場である事を一同に知らしめる。
今はトランス中の一人も見当たらず、雨どいを通り下水に流れ落ちる酸性雨の音だけが路地に響き渡っている。
ショボン、ヒートが先ず車を降りる。
二人とも古びた黒い耐酸性のロングコートに身を包んでいる。
その中には特殊ラバーの表層と特殊セラミックの骨格で構成された義体が隠されている。
ヒートの手にはボルト・アクション式のスナイパーライフルを格納した銀色のケースが握られている。
ショボンの目には、その視線の先にある現場の風景が小さくなって映り込んでいる。
(´゚ω゚`) チュイイイイイイイイン
ショボンのこめかみにあるLEDが発光、精査した情報をギコへ共有する。
ギコの同箇所に存在するLEDが受信を示し発光する。
(,,゚Д゚)『正面入口に2人か。
ショボン、俺の合図でヒートと連動し正面の脅威を排除、突入してくれ』
d(´゚ω゚`)b ボリボリボリボリ
ノパ⊿゚)『上から狙撃します! では!』
('A`)『皆気をつけてな』
(,,゚Д゚)『クソジャンキー、ブーン君を無事保護したらそっちに急行する。
ラリってたら今度こそ血を入れ替えてやる』
(*゚ー゚)『ハイン、頑張ろうね』
从 ゚∀从『しぃちゃんの頼みなら仕方ねえや』
ギコが一人、ケースを持って取引現場である廃工場へと向かう。
普段のゴロツキのような歩き方とはかけ離れた軸のブレない足取りは、ひ弱な企業戦士を思わせるだろう。
32
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:53:57 ID:Ccn78cE20
ギコの接近に気づいた正面の警備が銃器を向ける。
どちらも重金属酸性雨避けのフードに覆われ遮断シールドに顔面は保護されている。
そのため表情は不鮮明でギコの眼を持ってもデータ照会は叶わない。
尤も、市民IDを持っているかどうか疑わしいが。
サングラス式の外部ディスプレイで視覚を補助している事は肉眼でも分かるだろう。
外部ガジェットで全身義体化されていない事実を露呈しているが、
ギコは脅威ではないとは決めつけず、ケースを床に置き、両手を上げて敵意が無いと示す。
(,,゚Д゚)「と、取引に応じに来ました。ホライゾン・インダストリーの者です」
どもりがちな男の登場に、警備の二人が顔を合わせて噴き出す。
無防備なギコにゆっくりと警備の一人が近づき、全身をチェックする。
警備は銃器はおろかホルスターすら巻いていないギコの腕を捲り、
左親指の付け根を開いて配線を引っ張り上げると、手持ちの端末に結合し情報照会する。
ホライゾン・インダストリーの社員「ヘンリー・ケイス」であると表示、
四肢に暗器を隠し持っていない事を確認した後、マスク越しに曇った声を発する。
「手術歴は脳核、眼、スキンと骨格の置換。スコープ、通信機器
ドラッグソケットの挿入……ほぼ全身手術かよ。さすがは一流企業の社員、金持ちだな」
ヘンリー・ケイスというIDと経歴は本部承認を得てドクオに用意させた偽造のもの。
しかし有線結合されると手術歴までは隠しようができないが、
機装しているのは変哲の無いビジネス用のサイバネであると表面上で偽っている。
「その首にはめられたガジェットはなんだ?」
ピクりと眉を動かしたが、ギコは目を曲げて笑みを作り、
(,,^Д^)「あーこれですか。会社が社員のバイタルチェックに用いているんです。
ドラッグの過剰接種なんかを監視されてまして。健康促進のコンプラインスですよ。
いやー言わんとしている事は分かります。だって何だか犬みたいで間抜けでしょう?」
「……約束通り一人で来たみたいだな」
見張りは周囲をざっと見まわした後、錆びたドアを2度ノックする。
ドアが開かれ、中にいた3人がギコを招き入れた。
33
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:54:32 ID:Ccn78cE20
ギコが工場の奥へと連れていかれる頃、ヒートはアパートの屋上でライフルの組み立てを終えていた。
スコープに目をあてがってライフルのワークステーションを視界に表示、
更にギコ、ドクオの順に共有され整理されたマップ情報を元に標的をマークしている。
ヒートはスコープから一度目を離し、左手首に格納した二つのドラッグソケットを開く。
右手で胸元に忍ばせていた金属製のリキッドピンを2つ取り出し、挿入した。
反射神経向上、興奮抑制を促す戦闘用ドラッグリキッドだ。
ノハ*゚∀゚)「腕が鳴るぜェ……さあ早く脳漿ぶちまけるところを見せてくれェ……!!
合法的に頭弾けるなんてよォ! 全く最高の仕事だぜこいつァ! ヒヒヒッ!」
一方でショボンは路地裏に待機したままだ。
眼窩に置換した眼にはヒートと同じくシェアされた情報が映し出されている。
右手にはOFF状態の振動ナイフ、大きな襟を持つロングコートの中には数多の銃器を秘めている。
左手首に埋め込んだ2つのドラッグソケットに戦闘用ドラッグリキッドを2つ挿入。
口の中には妊婦用ビタミン剤やナトリウム剤などをミックスして詰め込んでいる。
((´゚ω゚`)) ボリゴリボリゴリ
('A`)「こりゃいい。ギコ、良い買い物したなぁ」
ドクオは装甲車の中に浮遊する数多のホロ群を注視、ギコの視覚情報を整理している。
装甲車とは両手全ての指を有線接続しており、車の全てをワークステーション化している。
生まれ持った知能の高さ故に処理が可能であり、通常の者ならとっくに精神に異常を抱えるだろう。
とはいえ彼も人間で、予想外のトラブルを苦手としている。
左手首のドラッグソケットには鎮静系の合法ドラッグリキッドを挿入、体内に注入している。
海の底にいるような静けさを感じている。
34
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:55:08 ID:Ccn78cE20
('A`)「って、おま、ハイン、お前体に何入れてんだ?」
从 ゚∀从「んー? ああ、このヤクが何かって?」
从 ゚∀从「ダウナー系の女王、ブルーアイスだよ。
超効くんだぜコレ。ドックンのやつの5倍は利くよ。試してみる?」
('A`)「要らんわい。そうじゃなくてハインの出番は先だと思うんだが?」
从 ゚∀从「いいんだって……何かしら四六時中入れてねーとダメなんだわ。
ARも無茶苦茶になって訳わかんねー事になるし、それに――」
('A`)「……それに?」
从 ゚∀从「ひでーと古いクソ人形達が私を取り囲んで来るんだよ」
ドクオは彼女が自身の過去を揶揄しているのだと瞬時に悟る。
怪訝な目を注ぎ続ける彼に、ハインリッヒはバツの悪そうな笑みを作って続ける。
从 ゚∀从「嫌味で言う訳じゃないけど、メカテクのドックンが見ても分からないよ。
こりゃ私の脳みその問題だからさ。
皆よかだいぶ年上のババアにはそれなりに色々あるんだってば」
('A`)「……なあ、それってただの薬物中毒?
それとも機装化精神病? あれ? いや、今時どっちも考えられるのか……」
('A`)「つーかよ、ギコはその症状知ってんの?」
35
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:55:37 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「知っていて私を使ってんだよ」
从 ゚∀从「まあ心配しないで。私はただのヤク中だよ、ヤク中。
ドックンが心配するような機装化精神病なんかじゃないさ」
从 ゚∀从「たぶん」
(;'A`)「たぶんって、お前なぁ……」
工場の奥深く、積まれたコンテナが作る空間の中央に迎えられたギコは、
危険な空気とは無縁で生きて来たサラリーマンが物怖じするような演技を続けている。
足場は破れた天井から滴る酸性の水溜まりが広がっている。
震える脚の股から別の色をした溜まりを作るのではないかと、ギコを取り巻く者達の何人かは笑い合う。
内部は全員で7人。一人は連絡手段に使われたと思われるボディーガードの死体。
グループ全員がフード付きジャケットにサングラスという風貌でメーカーは統一されていない。
しかし手に握らせた銃の製造地が欧州であると照合。
ロシア、ポーランド、オーストリア……最も戦い、最も疲弊し、最も飢え、
そして今や最も安価で粗悪な銃とサイバネを売り捌く国々である。
まあそうだろう、とギコは怯えた顔を崩さずに思う。
何とか拵えた装備で一旗揚げる為に企業かマフィアに身を委ねた連中に違いない。
リーダー格の人物がフードの保護シールドを解除し、
顔面を覆う蜘蛛の眼のようなガジェットの光りをギコに向け、変換された音声で切り出した。
36
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:56:38 ID:Ccn78cE20
「ブツは?」
(,,゚Д゚)「あ、あの、ひ、人質を見せていただけませんか?」
「何だお前、良い度胸だな。それに一丁前に取引を知ってる風だ」
(,,^Д^)「あ、え、えと、こういうご時世ですから多少の訓練も積まされております……
弊社専属の弁護士からもそのように指示されてきまして、はい」
『ベタな演技してんじゃねーよ』
(,,^Д^)『黙れクソジャンキー』
「……まあなんでもいいよ。話も早そうだし助かる。
安心しな。取引に応じてくれるならこれ以上手荒な真似はしねえさ」
「おい、ガキを見せてやれ」
指示された取り巻きが開きっぱなしのコンテナの奥へと入る。
ずりずりと引きずる音を立てた後、暗闇の中から乱暴に対象は放り出された。
ブーン・ホライゾンだ。
( ゚ω゚)「……ひ、ひ……うっ、ひ……ひっ、ひっ」
何の拘束もされていない少年からは外傷は特に伺えない。
親指の付け根にあるジャック部分が開いたままの状態である上、
怯えてただ小さく震えるその姿から何等かの措置を受けてしまったのが明らかだった。
37
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:57:13 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「あ、あの、様子が変、ですが……」
「ああ……ちょっと怖かったみたいでな。ショック状態なんだよ」
(,,゚Д゚)「そ、そうですか……なら良いのですが……彼に、一体何が?」
「まあいいからブツを見せてくれよ。そっちの番だぜ?」
リーダー格がガチャリとサブマシンガンのセーフティ解除音を鳴らし、
銃身の両脇に存在する筒状のインジケーターを発光させてギコに向ける。
洗練されたデザインから、リーダー格が所有する銃器に警戒すべきだとギコは感じる。
大手メーカーAlpha社傘下のWolf Arms社が2年前にリリースしたばかりのモデルKO-CHI400。
太い銃底に結線するリーダー格は、洗練されたエイムシステムのUIに魅力されているだろう。
(,,゚Д゚)(弾倉に積む弾丸も同レベルの代物と考えるべきだな。
念の為ドラッグを忍ばせといて良かったぜ……)
ギコは無言でケースの中を開いて見せる。
その際、ケース内に仕込んでいたリキッドピンを手の中に隠した。
そして中の物を確認してもらうよう、ケースから数歩下がってリーダー格に促す。
「チェックしろ」
ケース内には緩衝材で丁重に収められたハードが2つ。
一つは金銭データを書き込んだカードを格納したロック付きの金庫、
もう一つは開発中の新型デバイスに関わる全データを内臓する据置型のストレージだ。
「ROMはこれか……有線接続してチェックを。トラップ対策は忘れんなよ」
38
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 01:58:14 ID:Ccn78cE20
「おい、間違えてウィルスでも仕込んでいたら弁明の間も与えず殺すからな」
(,,゚Д゚)「……ご安心ください。私の命に掛けて保証します」
「金は?」
(,,゚Д゚)「え、ええと、身代金ですが、私が人質に接触したのを確認した後、
社から金庫のロックを解除する手筈となっております。
カードは足が付かないよう処理を、全世界で使用可能な物を用意してあります。
……い、いかがでしょう? み、身柄をこちらにお渡しいただけないでしょうか?」
「……おい、ROMの方はどうだ?」
「問題無さそうだアニキ。とっととクライアントに渡しちまおう」
(,,゚Д゚)(多少の見識はあるようだが、やはりドクオの偽造は完璧だな)
「ああ。勝手に身代金を要求して正解だったぜ!
これだけゆすって出りゃ十分! あとは逃がし屋に頼って脱出だ……ガキを渡してやんな」
リーダー格がケースの中の金庫を見つめながら部下に告げる。
命じられた部下がブーンの体を持ち上げ、ギコの足元へと滑らせるように投げた。
ギコは腰を落としてブーンを受け止め、こめかみのLEDを発光させて金庫に発信する。
受信して金庫がロック解除し、秘めていた金色のカードの眩さを暗闇に放つと、
取り巻く部下達は口元を下卑た形にひん曲げた。
「あーやっぱりよぉ!」
そこへ突如、リーダー格の男の張った声が空間に響いた。
39
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:00:05 ID:Ccn78cE20
「考えている内に気が変わっちまった……念の為にお前達を殺しとく……。
これでデータが偽造だったりしたらやばいしな……警告も兼ねてね。
仮にそうだッたら次は社長さんの女でも攫うかなぁ……」
(,,^Д^)「そんな勝手してアンタらクライアントに怒られちゃいません?
まあ、何でもいいんですけどね」
「あ? 何だてめえ? トチ狂ったか?」
(,,^Д^)「人質さえ渡してもらえればこっちのもんですから」
言い切るや否や、ギコが思い切り背後のコンテナの裏へとブーンをぶん投げ、
茫然とブーンを眼で追う部下の一人に駆けて詰めていた。
ギコの左手首にある2つのドラッグソケットには神経補助とダウナー系のラベルを貼られた
ドラッグリキッドピンが挿されている。
薬物作用を受け、スローモーションの世界の中で弾丸を回避する。
セラミックボディを持つ男の背後に回り込んだギコは、
男を盾にしながら直撃を回避しつつ、力が抜けた手から銃を奪い取り、反撃。
粗悪な銃の反動を計算しながら飛び交い入り乱れた敵位置にエイムを調整。
機械処理を行っている事を右目の横のLEDが光の具合で示す。
「てめえ! ふざけやがっつぶぅあっ!!」
数人の頭部が一気に弾け飛び、機器と脳漿、疑似体液と血液を中空にぶちまける。
ヒートによる狙撃が壁を突き破り、ターゲットの脳核を貫いたのだ。
口元はそれまで垂れていた涎の跡が引いているが、今ヒートの顔は張り詰めて締まっている。
(´゚ω゚`) ヴィィィイイイイイイイイイイン
ギコがブーンを投げたのを合図に、ショボンは正面の警備を排除して介入を開始していた。
全身義体のこの男は壁を走って場に闖入、瞬く間に一人の脳核に深々とナイフを突き立てる。
血と油に塗れた右手には同色に染まった振動ナイフが握られている。
別の手に握る妊婦用ビタミン剤を仕事終わりの一杯の如く口に煽りながら、
Alpha社製の義手JF-2000の精密な感覚にも満足していた。
40
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:01:12 ID:Ccn78cE20
「な、な、な」
(,,゚Д゚)「なんだお前らってか?」
(,,゚Д゚)「仮にハックしたとしても分からねえよ。全員が偽造ID持ちの“DOG”でな」
「く、クソォ―――――ッ!」
構え直したリーダー格の銃をヒートの狙撃が破壊。
足元に滑り込んでいたショボンが右靱帯を裂傷させてダウンを取る。
最後にギコが回り込んで背後を抑え、銃底を後頭部に思い切り叩きつけて失神させた。
力なく沈む男の体を支え、ギコは左手首のソケットをこじ開けて鎮静催眠薬を投与する。
(,,゚Д゚)『制圧完了。人質も無事に回収、捕虜も捕らえた』
(,,゚Д゚)『ドクオ、周りは?』
('A`)『おう。酔っ払いの声の一つも無いぜ。
だが念の為このままヒートに警護してもらおうぜ』
そこへブーンを抱えたCが駆けつける。
ブーンの症状は先ほどと打って変わらず、虚ろに口を開いて小さな悲鳴を上げている。
(,,゚Д゚)「C、ブーン君は?」
(*゚ー゚)「さすがに金持ちの息子って感じよ。
ギコ君が派手にぶん投げたなのに傷一つなし。でも」
(,,゚Д゚)「ノーバディ、自我を失っちまってるか。
例のウィルス……Nightmareの作用で間違いないか?」
(*゚ -゚)「ええ。間違いないわね。防壁を通してID閲覧を試みたけど……
ウィルスは綺麗さっぱりパーソナルデータと結合して消し去ったみたいね。
自我を失ったのはARとVRの双方に働きかける作用が原因ね」
(,,゚Д゚)「了解……おいクソジャンキー、今からそちらへ急行する」
41
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:02:11 ID:Ccn78cE20
※
从 ゚∀从「待ちくたびれたぞ」
(,,゚Д゚)「ラリってねえな?」
从 ゚∀从「ハイになる訳ないじゃーん。お仕事中だもーん」
車から降りたギコが顔を合わすや吐き出した言葉に、ハインリッヒは手を挙げて答える。
耳障りな甲高い声と素振りで判断すれば嘘だと思う者が殆どだろうが、
ギコはバイオ・ヴィジョンにてバイタルを隈なくチェックし、安堵の息を吐く。
続いてホライゾン親子に目をやる。
泣き崩れた顔で父親のトーンが、痙攣し続けている息子ブーンの手を握っている。
(,,゚Д゚)「準備は万全だな?」
从 ゚∀从「演じられる程度には。脚本もそれなりに」
知らぬ者が見ればミサイルランチャーでも積んでいるような巨大なケースに見えるだろう。
大型のケースを片手で持つハインリッヒは、しっかりした足取りで血塗れの空間へ入り込む。
Cが結線を解いてブーンを仰向けに寝かせながら、ケースを開くハインリッヒの横顔を覗いた。
ハインリッヒは親指の付け根を開いてコードを取り出し、ケース内の巨大なデバイスのジャックに接続。
デバイスを挟んで横たわるブーンにも同じ処置を施す。
そして前髪に隠れたインプラントを開いてコードを引き出し、ブーンの後頭部のジャックに接続する。
デバイス、ブーンとの接続状況が問題無い事をシグナルランプで確認し、仰向けに横たわった。
42
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:02:50 ID:Ccn78cE20
(*゚ー゚)「お父様、ダイブを行います。その間、ブーン君には鎮静剤を投与します」
「鎮静剤……息子には一度も与えた事も無いが……ま、任せた!
た、頼む! 何としてでも息子を助けてやってくれ!
私にはこの子しか、この子しか、もう……!」
从 ゚∀从「任せとけって親父さん」
ハインリッヒは答えながら左手首のドラッグソケットにダウナー系のアイスを2つ挿し、
一つのピンの底を弾いて体内投与を開始した。
从 ゚∀从「ドックン、何かあったら頼んだ」
(;'A`)「そうならない事を祈る」
从 ゚∀从「しぃちゃん、状況に応じて薬入れて」
(;゚ー゚)「ドクオに続いてそうならない事を祈るわ」
从 ゚∀从「クソ野郎」
(,,゚Д゚)「俺がお前の為に祈る事など無い。何だ?」
43
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:03:18 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「ほんと可愛くねーやつ……外の事は任せたぞ」
(,,-Д-)「いいから集中しろ」
从 ゚∀从「わぁーったよもう」
('A`)『デバイス“エイガカン”に異常無し。
間もなく上演開始です。上映中は何とかお席を立たずにご辛抱を。
それとシートベルトの着用とジャックの再確認をお願い申し上げます』
ノハ;゚⊿゚)「いつもながらドキドキしますね!」
(;´゚ω゚`) ポリポリ……
从 ゚∀从「……正直、あんまり演じたくねー役なんだよなぁ」
(;゚ー゚)「……ハイン、万が一の時は」
从 ゚∀从「わぁーってる、わぁーってる」
('A`)『ハインリッヒ及び対象のニューロ接続を確認。
対象のパーソナル領域に“エイガカン”のVRをロードする……んだこりゃ?』
(,,゚Д゚)『ドクオ、どうした?』
('A`)『視界情報のモニターが確認できた……前回のNightmareより強力に作用したようだ。
VRは展開出来たが万が一剥がれでもしたら……最悪だぞこりゃ、滅茶苦茶だ。
ハイン、その時はバックドアへ走って逃げろ』
从 ゚∀从「マジかよ……そんなやべーのか、こいつの頭ん中は」
(,,゚Д゚)「クソジャンキー、時間だ」
44
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:03:44 ID:Ccn78cE20
「OK。アクトする」
ハインリッヒの意識は、ブーンの所有スペース内に形成されたVR空間へと移行された。
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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45
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:04:07 ID:Ccn78cE20
『海辺に残した思い出』
.
46
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:04:30 ID:Ccn78cE20
世界から切り離されたような孤島にいる。
ダイブしたハインリッヒはそのように認識した。
都会文明から完全に隔絶され、
ガジェットやインプラントも売る人間も居なければサイバネ医師も勿論居らず、
視界を遮るスパイクの一つすら存在しない自然の素朴さだけがただあった。
島の男は生まれたままの姿で歳を重ね、何の疑問も無く漁業に従事し、
女もまた男に従事し、島のように静かに生涯を終えていく。そんな島だ。
00年代後期、東南アジアにおいても貴重となった透明度の高いライトグリーンの海を持つ島は、
虜となったセレブの手によって長い間密かに守られてきた。
海辺の近くには小さな家がある。
ホライゾン家も島に配慮のある小さな別荘を一軒購入し、
まだ小さな息子のブーンと共に真夏の季節を健やかに過ごしていた。
(トーンの独白とデータから精巧に再現されたセットだ)
白色のドレスを纏う女が一人、海辺を歩いている。
細く長い指には白いハイヒールが引っかかっている。
気まぐれな風が吹き抜けると、女はハッとして麦わら帽子が攫われるのを防いだ。
黒髪が緩やかに靡いては薄く焼けた肩に再び掛かる。
遮蔽物の一切を持たない水平線に朱色が。
そこへ黒いシルエットが幾つか通り過ぎる。鳥だ。
壮麗な鏡映しの光景は我が物であると歌っているようだ。
小麦粉を踏みしめているようなきめ細かい砂の上には足跡が残されていた。
一人分。まだ小さく、子供が歩いたと思われる跡が延々と続いている。
(ブーンの認識もハックされてセットに引っ張り出されている)
女は海辺を横目にしながら、小さな足跡を辿ってゆく。
女の名を、カーラ・ホライゾンと言った。
47
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:05:04 ID:Ccn78cE20
しばらくカーラは歩いた。島の裏側に着くのではないか、と思いながらも足跡を辿る。
刻々と日も水平線に向かってその身を落とし始めている。
熱く燃える火が落ちるに連れて海水が量を増して零れているように女は感じる。
日とは反対を振り返ると星空が見え始めていた。
重金属混じりの雲とはまるで別の美しい漆黒に目を奪われるも、
カーラは振り切って足を早めた。
(いた……よし、ここまではバレていない)
浜辺にぽつんと腰を下ろす足跡の主をようやく見つけ、
波の音の隙間を見計らって声を張り上げる。
「ブーン! ご飯だよー!」
しかし返答は無い。
少年はただじっと前足を手で抱えて海を見つめている。
カーラはハイヒールを捨てて少年に走り寄った。
「ブーン、何してんだいここで」
( ω )「……ブーンって、何?」
( ω )「僕は、何?」
( ω )「分からない、分からない。何も考えられない」
( ω )「気が付いたらここにいて、でも、なんだか妙に落ち着くんだ」
( ω )「さっきまで、怖い夢を、見ていた気がする。これも、その続きなのかな」
48
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:06:05 ID:Ccn78cE20
( ω )「あなたは、誰?」
(やっぱり記憶が欠落してんのか)
「何寝ぼけた事言ってんだい、お前は」
『ブーン君のバイタルは?』 『正常よ。鎮静剤が効いてアバターも安定してる』
『ボリボリボリボリ』
『やっぱかなり記憶が欠落してやがるな……』
『Nightmareの特性ね』 『ボリボリボリ!!』 『上映中食べる音はお控えください』
『なあ、しぃ、このままで大丈夫かな?』 『ドックンの演出で補強する?』
『VRは正常に動いてるか?』 『大丈夫よ。ブーン君が現実と認識してるくらいに』
『幼児退行の理由は何だ?』 『ウィルスから心を守ろうとしたのかも?』
『おまえらうるせー!特にクソ野郎黙ってろ!』
「カーチャンよ、お前の。忘れちゃったの?」
( ω )「カーチャンって……?」
「カーチャンはお前を産んで育てた、カーチャンだよ」
( ω )「僕を、産んで、育てた」
「そうだよ。お前は私の自慢の息子のブーンじゃないか」
( ω )「ブーン、ブーン……が、僕の名前?」
「そうだよ。全部忘れちゃったんだねえ。
まあいいんじゃないのかい?」
( ω )「え?」
49
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:06:32 ID:Ccn78cE20
「白い砂浜みたいにさ、一回すっきりした方が整理が付くってもんだい。
ほら、歩いてきた方を見てごらんよ」
( ω )「足跡」
「そう。お前がここまでどうやって歩いてきたのか残ってるじゃないかい。
ああ、そういえば、ブーンは小さい時それが面白くっていっぱいここを歩き回ってたっけねぇ」
( ω )「小さい時」
「……ここ、本当に覚えていないのかい?」
( ω )「……ここは、ええと、何だっけ……引っかかってるんだけど」
「ここはさ、ブーンが小さい頃、よくトーチャンとカーチャンで来た島だよ」
「毎年、夏になると決まってこの島に遊びにきたじゃないか。
何して遊んだか、思い出してみよっか」
( ω )「……魚釣り?」
「お前がトーチャンに魚を釣ってってせがんでたっけねぇ」
( ω )「魚は、焼いて、食べた」
「釣った魚はカーチャンが焼いてあげたんだよ。
でもカーチャン下手だから焦がしちゃったんだ、ごめんね」
( ω )「夕日を眺めてたお」
「あの時もこういう風に並んで座って、暗くなるまで眺めてたっけね」
( ω )「あの、時も……あの時、あの時……ああ」
50
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:07:20 ID:Ccn78cE20
( ω )「ああ、ああ……」
( ゚ω゚)「あ、あ、ああああぁぁぁあああ!!」
一陣の風が抜けていく中、ブーンに記憶がフィードバックされていく。
(;゚ω゚)「そうだ、そうだ」
眩しくて見られなかった太陽も海の中に沈むと見えるようになって。
真夏の暑い日差しを浴びて出来た焼け跡もいつの間にか消えて。
ぼうっと眺めていた好きな形の雲も気づけば何処かへ流れていて。
白い砂浜に建てた砂の城も潮が攫って無くなって。
慌てて食べて喉に刺さった魚の骨もいつの間にか取れて。
(そうだ、思い出せ。自分の大切な思い出を)
走り回っている内に空は青色から赤へ、色を失くして黒くなって。
太陽が消えると星が流れて月が笑って。
花火はすぐに灯りを消して。
寝かしつけてくれたカーチャンの子守歌もいつの間にか聞こえなくなって。
(;゚ω゚)「それから……それから……?」
カーチャンがいつの間にかカーチャンではなくなって。
カーチャンは飛び降りて。
それで――――――――
(;゚ω゚)
僕は絶望した。
トーチャンも絶望した。
鉄格子の中で狂う変わり切った妻の末路を見て。
トーチャンは忙しくても僕に話しかけるよう努力はしていた。
だが、次第に会話は少なくなっていった。
今回の事も果たして僕が必要で救助を頼んだのか、仕事が大切で救助が頼んだのか。
僕にはもう、親を信じたり理解する事は、出来ない。
51
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:07:43 ID:Ccn78cE20
(;゚ω゚)「カーチャン、どうして」
「それは、カーチャンが――」
(;゚ω )「ねえ」
( ゚ω )「どうしてだお」
『ブーンの様子が妙だぞ。クソ野郎、ブーンに安定剤おかわりだ』
『まずいな、気づきやがったのか? クソジャンキー、セットが剥がれるぞ』
ブーンの背後の空間にノイズが生じる。
ライトグリーンの海を切り取って縦向きに貼り付けたかのようだ。
次に世界の左右が湾曲して立ち上がり壁のようにせり上がってゆく。
それは通路のように姿を変え、65536kmもの全長に及ぶ巨大な空間へと変貌した。
( ゚ω )「どうしてだお、カーチャン。どうしてブーンを置いてったんだお?」
蒼い海辺がオーバーレイ群で覆われて重金属酸性雨を降らす雲のようにくすんでゆく。
湾曲した壁には腹を食いちぎられた魚の死骸が流されている。
揺れ動く波にはペンダゴン形状のホログラムが漂流する筏を思わせた。
『やべえぞ、こいつの闇めっちゃ深い。いや、前回よりもウィルスが強力なのか……?』
『ハイン! こちらでは処理し切れなくなっている。反撃に備えてくれ』
『了解ドックン。でもまだだ、まだカーラを演じて落ち着かせる』
52
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:08:29 ID:Ccn78cE20
ペンダゴン状のホログラムはモノクロの砂嵐で乱れながら次々に映像を切り替え、
頭部切開し配線を垂らす女の顔、半開きの瞼から覗く白目、
薄汚れて古びた白いドレス、左手首の汚れ切ったドラッグソケットを映し出す。
機装化して末期を迎えたカーラの末路の様相だろうか。
《ブーン、それは뷧覩苣膓ꏣ膡ꯣ膊蓣膧》
ブーンの背後に続く細い通路の奥からノイズだらけの女の声――カーラの声が聞こえる。
ブーンが母親の声の方へと顔を向けた。
ハインリッヒはまずいと思い、コピーしたカーラの声を投げる。
从 ゚ー`し「―――――あのね、ブーン、カーチャンは、」
ブーンがクリアなカーラの声に反応して向き直すが、
( ゚ω )「……あ? カーチャンじゃ、ない?」
从 ゚∀`し「さっきから何寝ぼけて言ってんだい、カーチャンだよ?」
( ゚ω )「誰だ、か、かか、勝手に、はは入ってきた、のは」
从;゚∀し(やべ、私も剥がされてるのかよ!)
母、カーラの扮装が解け始めている――ブーンが異物に対し攻性防壁を利用して排除を開始したのだ。
ハインリッヒの足元や頭上から蒼緑のブロックノイズが次々と現れる。
从;゚∀从『クソ! 何なんだよこれ!』
カーラのアバターを解除したハインリッヒはジャケットのフードを揺らして回避し続ける。
53
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:09:22 ID:Ccn78cE20
『おーい! 手に負えねえよ!どうにかしてくれー!』
『ギコ、まずいぞ』 『ギコ君、安定剤を入れる!?』
『素体に危険を及ぼすがブーン君に戦闘用の精神安定剤を入れろ』
『とっくにショボンが入れてます!』
『クソジャンキー、何とか耐えろ』
『ボリボリボリ!!』
『アクション俳優じゃねえんだよ!』
( ゚ω )「ここここここここは僕のスペーススススス出ででででてけけけけけけけケケ」
( ゚ω )「う、う、うい、い、い、と、お、いと、とととととと」
( ゚ω )「トトトトトーチャンは仕事が大事でででで僕に見向きもしなかったたたたたた
俺俺おれ僕僕僕僕よりも奪われたたたたデータガガガ大切なはずなんだだだだだだだ」
( ゚ω )「こたえてててカーチャンンンンンン
どどどどうしてどうしてどうしてどうしてどうして」
( ゚ω )「どうしてどうしててててああああんなふうににににににに
あれはカーチャンじゃじゃじゃじゃじゃないちがうちがうちがうちがう
あんな化物ははははははははカーチャンなんかかかかかじゃあ、あの、」
54
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:09:48 ID:Ccn78cE20
(; ω:;.,+'「あの時の、海辺の時こそ、僕の――――」
言いかけてブーンが消え去る。同時に攻性防壁の攻撃も停止する。
从;゚∀从「消えた? どうなってんだ……どこ行きやがった?」
すぐにハインリッヒは周囲を確認する。
前方は柱のように突き刺さったブロックノイズで塞がれている。
ハインリッヒの左右にはそれぞれ異なるドアが存在している。
左側のドアは銀製の傷一つ持たない新品のようなドア。
右側のドアは錆びた鉄製の表面に赤黒い血を塗りたくられたドア……僅かに隙間が開いている。
『ハイン、左のドアは逃走用のバックドアだ。帰るなら今しかない』
从 ゚∀从「右は?」
ドクオの通信がハインリッヒの頭の中に入る。すかさずハインリッヒは尋ねた。
応えたのはギコだった。
『ブーン君のパーソナルスペースの更に奥、深層心理へと続く侵入口だ。
元々は海辺を望む別荘のドアだったんだがな……。
僅かに開いているのはブーン君が残した……逃走の痕跡だな』
从 ゚∀从「助けてもらいたいって事かよ」
『……確証は無いがな』
55
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:10:24 ID:Ccn78cE20
『最後に口調が変化したのも抵抗の表れのはずだ。鎮静剤の効き目とも捉えられる。
カーラに扮したお前の演技も活きての事だと思われる……と言っておく』
从 ゚∀从「一発でキメられなかったのが最悪だ。
脚本の書き換えなんてしやがって、クソウィルスが」
『ああ。ウィルスの後遺症が恐怖と混乱をぶり返させてブーン君の防壁に作用させ、
大量のノイズとオーバーレイを生み出したんだ。
デバイスで偽装したブーン君のパーソナルスペースを覆して戻す程のレベルでな』
『クソジャンキー。繰り返すが、右側のドアの向こうは今のブーン君の深層だ。
つまりブーン君のトラウマで構成された地獄のような世界だ。
精神安定剤じゃ辛うじて自我を保つのが精いっぱいだったようだ』
从 ゚∀从「そうか。じゃあまだ母親を演じられるチャンスがあんだな」
『だが深層心理だ。先程もそうだったが、今のブーン君は攻撃的だ』
腰のホルスターに収まっているハンドガンを抜き出す。
ドクオが事前に忍ばせた銃だ。
錆びついたドアノブにハインリッヒが手を掛けようとすると、
外側で見ているギコが通信して制する。
『一度入れば確実に防壁がロックダウンを開始する。ブーン君を救助するしか脱出方法は無い。
俺達との通信も切れるしバックアップだって望めない』
从 ゚∀从「わぁーってる。だがそっちの判断で薬の投与だけは頼んだぞ」
『本当に解ってんのか?』
从 ゚∀从「ああ?」
56
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:10:46 ID:Ccn78cE20
『仮に救出が成功したとしてもだ。
精神異常者の深層へのジャックはダイバーに強烈な影響を及ぼす。
ARで埋め尽くされた現実とVRとの区別が付かず、薬の過剰摂取でボロボロになり、
やがては終わらない悪夢の中を彷徨う事になるかもしれないんだぞ?』
从 ゚∀从「何テンパってんだクソ野郎。もう頭ん中ボロボロのババアだって知ってんだろ?
寝ても覚めてもハッピーな幻覚しか見えてねーよ」
『ハインさん! そうじゃありませんって!』 『ボリボリボリ!!』
『ハイン、進行を促すってギコは言ってんだ!』
从 ゚∀从「SHUT THE FUCK UP。ご忠告どーも」
『ハイン、本当に行くの? 今回ばかりは危険すぎるわ』
『Cの言う通りだ。クソジャンキー、本当に理解してんのか?』
从 ゚∀从「……大切なものは目を閉じても見えるものだ。
あの映画のファンだったら私の言っている事を理解出来るだろ?」
从 ゚∀从「レイチェルのリーダーだろうがテメエは。ずっしり構えとけ」
『お前……』
从 ゚∀从「どんな状況にも状態にも陥ろうが、私には何が真実なのか判断出来んだよ」
57
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:11:57 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「多分、な」
ドアノブを掴み、ハインリッヒが血染めの扉の向こうへ踏み入る。
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〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
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〓〓〓〓
霧の深い暗い夜の街にいるとハインリッヒは認識する。
360度回って周囲を確認する。
血が滴る肉と鉄に構成されたスパイクが周辺に軒並み立っており、
どの窓からも警告灯の点滅が断続的に霧を赤く染め上げている。
天辺を包む霧の中にペンダゴン状のホロがやはり赤く発光している。
全てのスパイクに崩れかけた橋が繋がれており、連結した一つの構造物だとハインに思わせる。
从;゚∀从「……これが精神異常者の、スペースの深層か」
今にも崩れそうな頼りない機械の橋にハインリッヒは立っていた。
光景の全てにAR表示があてられて詳細な寸法や距離の測定値が記述されており、
まるでこれは現実だと言わんばかりであった。
58
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:13:46 ID:Ccn78cE20
橋の下から響く叫び声がある。
ブラックボードを引っ掻いたような女の声と重なる男の怒号は人外同士の性交を想起させ、
再びハインリッヒは現実と何ら変わらぬ日常のようだと感じながら、
下の様子を見ようと手すりから首を伸ばす。
从;゚∀从「うおっ!?」
瞬間、顔面を輪切りにして臓器サイバネを露出した顔が目の前に現れ。ハインリッヒは硬直した。
それは手を伸ばして無防備なハインリッヒを抱きしめ、
重金属酸性雨を降らす雲よりも黒い吹き溜まりの中へ共に身を投じた。
視界が流転する中、ハインリッヒは瞼を閉じて叫び声を上げる。
『―――ンキー、おい! クソジャンキー!』
从;゚∀从「――――――はっ!?」
ギコの声に我が返る。
ハインリッヒはスパイクの根本に広がる街にいた。
尻をつける地面は夥しい程の血が広がっている――先ほどの女がバラバラに弾けて作ったものだ。
自分のアバターに損傷は無い。
シャッターを切った瞬間、世界が変わったような異質な感覚のみが体に残っている。
視界の右側でARが表示される。警告だ。
体を中から裏返したような、骨格にサイバネと臓器をぶら下げて歩く白衣の男達が向かってくる。
ホライゾン・インダストリーの腕章を巻く腕には血が滴るメスやドリルが握られている。
ハインリッヒに気づいている様子は無い。
彼等が通り過ぎていくのをハインリッヒは身動きせずじっと息を呑んで待とうとする。
しかし、彼等は進路を変え、叫び声を上げて一気にハインリッヒに迫った。
59
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:14:40 ID:Ccn78cE20
『ハインさん! 応戦して排除してください! 殺されます!』
从;゚∀从「なんだってんだよ! 了解だヒート!」
ハインリッヒは咄嗟に立ち上がり銃のトリガーを絞る。
矢継ぎ早に放たれる弾丸は金属に覆われた脳核に穴を空けて黒い血を噴かせる。
しかし白衣の男達は霧の中から続々と現れハインリッヒに殺到する。
从;゚∀从「多すぎィ!」
『任せろ!』『対処するわ!』『ボリボリボリ!!』
从;゚∀从「ドックン! しぃちゃん! ショボン!」
ドクオの声がハインリッヒの中で響く。
蒼色のブロックノイズの群が何処からともなく現れ、白衣の男達の進行上に聳える柵となった。
白衣の男達は柵に衝突し、殺到し続ける群れの圧力に押されて血を絞り出した。
反射的にハインリッヒは目を瞑り、手で血が掛かるのを防ごうとする。
瞼の裏が作る数秒の闇の中で叫び声が小さくなってゆく。
次に瞼を開いた時、ハインリッヒの目の前からブロックノイズは消えていた。
そして臓器の山の上にホログラムが展開されてゆくのを認識する。
60
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:15:04 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д::.『無事か』
現れたのはギコだが、映像にはノイズが走っている。
(,,゚Д::.『ロックダウンが進行しつつある。お前を閉じ込めてここで殺すつもりらしい。
いいか、トーンから得た情報をヒントに痕跡を追え。
俺達の通信も鷣芍そろ切れが、
お前のバイタ???は監視韣膦適・のアイスは入れてや・』
从;゚∀从「あ? なんだ?」
(,,゚'l;+.::.『必ず壽綾縺」てヲ縺い』
从;゚∀从「おい」
,l,-'+;.::.『生滄d繧を祈▲縺ヲ縺?kぞ、ハꓣ莳ꫣ莃ヒ』
从;゚∀从「おい! クソ野郎! クソギコ! ……ギコ!」
呼び掛けは虚しく、プツンと音を鳴らしてホログラムは消え去った。
61
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:15:52 ID:Ccn78cE20
ハインリッヒはギコの指示を忘れないよう視界の隅にARログを作る。
①ロックダウンが完了、ブーンのスペースに閉じ込められた。
②脱出するにはブーンを救助し脱出口を造らせる。
③その為にまず、トーンから得た情報をヒントにブーンの痕跡を探す。
从;゚∀从「親父さんから得た情報」
これはカーラに扮していた際にもハインリッヒは視界の左隅にARを展開していた。
从;゚∀从「ブーンは甘えん坊で母親にはベッタリだった。母親もブーンを溺愛した……」
しかしその内、カーラは機装を重ねVR上で過ごす時間が増えるに連れ
重度の依存症を仕事とプライベートの両方に抱える事になる。
それを緩和しようと睡眠剤、鎮静剤、そうして薬物への依存を同時に強めていった。
从;゚∀从「で、ヤクのオーバードースで死んじまったんだろ?」
侵入前にギコがハインリッヒに告げた警告は、昨今ではよくある話でもあった。
ARが入り乱れる現実世界と仮想世界は今やその差が少なく、
区別する為に知らぬ間に精神負担が強まってゆく。
精神安定剤無しでは日々を耐えられず、やがて暴力的な報酬を脳内に齎すブラックアイスに手を伸ばした。
62
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:16:30 ID:Ccn78cE20
ハインリッヒは考察を続けながらあても無く街を歩く。
銃口は下ろさずに胸元に構えたまま、直感を頼りに霧の深い通りを進み続ける。
変わり映えの無い重厚な肉混じりの鉄の建造物が左右に並んでいる。
締められたドアや窓からは人のものとは到底思えぬ断末魔のような声が響き続けていた。
从;゚∀从「だいたいよぉ、イマイチ気が乗らなかったんだ」ブツブツ
ハインリッヒは叫び声には耳を貸さずというより気にならず呟いていた。
自分が住む第8区画では時折耳にするような声であるからだ。
あくまでブーンの恐怖の対象が造り上げる世界であり、自分の恐怖する物とは種類が異なった。
从;゚∀从「オーバードースで死んだ母親を演じるとか……」
从;゚∀从「……嫌でもママの事を思い出しちゃうだろうがよ……」
そう呟いた瞬間、ハインリッヒの進行先に黒い影が立ち込める。
从;゚∀从「……冗談だろ。薬が切れちまったのか? おい、クソ野郎」
徐々に形を成し、人型のシルエットと化した。
あれは、ダメだ。
从;゚∀从「ギコ! 早くしろ!!」
シルエットは首を持ち上げ、数多の配線を断面から伸ばしたまま両手に抱えた。
63
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:19:08 ID:Ccn78cE20
その存在を認識したハインリッヒは突然体を震わせ、激しく呼吸した。
从; ∀从「く、来るな……」
後退りするハインリッヒの方へ、それは霧を纏いながらゆっくりと近づく。
同じシルエットが霧の中で増えてゆく。
最初の一体が霧を払い人形の姿を垣間見せると、
両手に持った首だけをハインリッヒの目の前に差し出した。
実父と実母の顔を割って合わせたアンドロイドの首だった。
視線を左右上下に飛ばす両目、薄く空いた口から透明な疑似体液が流れ出している。
从; Д从「あ、あ」
ハインリッヒは腰を抜かして血塗れの地面にどさりと座り込む。
銃を構える事すら出来ず、小さく嗚咽を漏らして震えた。
続々とハインリッヒの元にアンドロイドは集まり、等しく貼り合わせた両親の顔を突き付ける。
从; Д从「や、やめろ、やめろ」
やがて、髪型のシルエットが異なる一体のアンドロイドが彼等をかき分け、
ハインリッヒの前に現れる。
64
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:19:43 ID:Ccn78cE20
霧に包まれて明瞭ではないが首は繋がれたままなのがハインリッヒにも分かる。
霧の中でそのシルエットは首を持ち上げ、
ふわりと巻き髪を揺らしながらハインリッヒの目の前に差し出した。
ξ ●)ξ「繝上う繝ウ縲√ワ繧、繝ウ……あ、い……ん……」
かつての親友の顔面をくり抜かれた首だった。
从; Д从「――――――――」
ハインリッヒは自分のこめかみに銃を押し当てる。
その時、突然通りに大雨が降り注いだ。
身が凍える程の冷たい雨だ。
その冷たさにではなく、恐怖で震えるハインリッヒは、歯を鳴らしながら空を見上げる。
从; Д从
从; Д从「あ……ああ……」
从; Д从「ああ…………」
そしてそっと銃口を下ろし、雨水を体内に求めて舌先を口から伸ばした。
65
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:20:11 ID:Ccn78cE20
ハインリッヒは目を閉じ、
獄中で瞼の裏側に描き続けた未来、過去のそれぞれを想起する。
瞼から伝い落ちるのは雨と涙の両方であった。
『目が感じ取る現実に大きな意味は無い。大切なものは目を閉じても見えるものだ』
そして何度も映画館に足を運んで見た思い入れのあるシーンを再生した。
ハインリッヒは、瞼を開けて視線を通りへと落とした。
雨が降り注ぐ視界の中にハインリッヒの恐怖の投影はもう存在していない。
从; Д从「はあ、はあ」
从; Д从「はあ……はあ……あー」
从;゚∀从「あっぶねえ……助かったぜクソ野郎。帰っても礼は言わねえぞ」
“外側”でハインリッヒのバイタルを監視するギコが判断し、
強力な作用を齎す違法のクリスタルアイスをドラッグソケットに挿していた。
从;゚∀从「クソみたいな妄想と幻覚でまた自殺する所だった……クソが!
でも大丈夫、私はまだ大丈夫だ……アイスさえありゃ余裕なんだよ」
ハインリッヒは力強く立ち上がり、霧の中を手探りで進み続ける。
体は雨に打たれて冷え切っていた。
66
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:20:33 ID:Ccn78cE20
ハインリッヒは目を閉じ、
獄中で瞼の裏側に描き続けた未来、過去のそれぞれを想起する。
瞼から伝い落ちるのは雨と涙の両方であった。
『目が感じ取る現実に大きな意味は無い。大切なものは目を閉じても見えるものだ』
そして何度も映画館に足を運んで見た思い入れのあるシーンを再生した。
ハインリッヒは、瞼を開けて視線を通りへと落とした。
雨が降り注ぐ視界の中にハインリッヒの恐怖の投影はもう存在していない。
从; Д从「はあ、はあ」
从; Д从「はあ……はあ……あー」
从;゚∀从「あっぶねえ……助かったぜクソ野郎。帰っても礼は言わねえぞ」
“外側”でハインリッヒのバイタルを監視するギコが判断し、
強力な作用を齎す違法のクリスタルアイスをドラッグソケットに挿していた。
从;゚∀从「クソみたいな妄想と幻覚でまた自殺する所だった……クソが!
でも大丈夫、私はまだ大丈夫だ……アイスさえありゃ余裕なんだよ」
ハインリッヒは力強く立ち上がり、霧の中を手探りで進み続ける。
体は雨に打たれて冷え切っていた。
67
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:21:27 ID:Ccn78cE20
ぐにゃり。
从 ゚∀从「……あん?」
アバターで経由するニューロを通じ何かを踏んだと認識した。
臓器でも踏んだかと思って足をどかすと、血と砂に塗れた魚を視認した。
しゃがみ込んで地面を注視する。
拡大表示されたARには海水だと表記がある。
そこで臭いにも僅かな変化がある事にハインリッヒは気づく。
山羊のミルクのように濃い霧と咽るような血生臭さが漂う世界に隠されていたが、
海と海水魚が齎す塩臭さが僅かに混ざり始めていたようだ。
从 ゚∀从「ブーンも何か言い残してやがったが……海辺に残した思い出を辿れば、恐らく」
視線を落としたまま先を見る。魚の死骸が薄く口を開けて横たわっている。
裂かれた腹から腸が飛び出している。
ハインリッヒは魚の死骸をゆっくりと追う……魚の死骸が通りに続いている。
こちらだと言わんばかりに死骸は一様に同じ方向に頭を向けている。
追うと、やはり深いままの霧の中に何かが蠢いている事にハインリッヒは気づく。
大人の男程の背丈のそれは、しかし頭部はペンダゴン状の機械で置換しているようだ。
ハインリッヒを認識しているのかは不明で、ただ肩を揺らしている。
握るハンドガンの側面に埋め込まれた小さなLEDと、
ハインリッヒの左目の横にあるLEDが同時発光する。
親指下から伸びるコードを通じ、無意識的にハンドガンの出力を高めて対象に近づく。
68
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:22:43 ID:Ccn78cE20
撃つべきか考えている隙に、それがハインリッヒに気づいて近づく。
くんくん、と鼻を利かせる僅かな音が鳴っている。
霧の中から姿を現したペンダゴン・ホロには顔面の表層に数多の引っ掻き傷を付けた女の顔があった。
血で汚れぼさぼさに伸びた黒髪を垂らし、機装した眼を半開きの瞼の中で泳がせている。
从 ゚∀从(お前は……)
カーラだ。
指先はスキンが削り取られて魚の背骨に似た物を露出してしまっている。
ペンダゴンの中のカーラが、血だらけの口を動かす。
「薬を、ちょうだいな、トーン」
从 ゚∀从「ブーンの深層が投影するカーラがこれか……おい、ブーンはどこにいる?」
「薬を、ちょうだいな、薬、薬、ブラックアイス、早く、薬薬薬薬薬薬薬」
从 ゚∀从「……息子の事すら解らなくなっちまった。それがお前の最期だったな」
「あなたから、いいにおいがする。アイスの、鼻を擽るにおい」
「あ、あ、ああ、アイス、アイス、アイスアイス繧「繧、繧ケ繧「繧、繧ケ繧「繧、繧ケ!!」
从 ゚∀从「確かに私は匂いが染みついちまってる程のジャンキーかもしれねえがな、
お前みたいに狂う感じは全くしないね、まだ」
ハインリッヒがペンダゴン・ホロの中のカーラを撃ち抜く。
画面の弾痕に沿って血が走り、倒れ込む。
地面に強く打ち付けて弾けた体から配線を繋いだままの四肢が四方に散った。
ハインリッヒは死骸に一瞥もやらずに先を往く。
69
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:23:09 ID:Ccn78cE20
通りを抜けて拓けた空間で巨大なスパイクが聳えていた。
入口には火花を散らす「第一区画精神科医療センター」のダークグリーン色の看板がある。
魚の死骸と共に、血に漬けたハイヒールでスタンプを押したような跡が内部へ続いている。
ひび割れたコンクリの地面に似つかわしくない砂も散っている。
まるで海辺からそのまま来たかのようだ。
ここでハインリッヒは推測する。
凄惨な魚の死骸はブーンの居所を示すと同時に、恐怖心に塗り替えられた記憶なのだろうかと。
从 ゚∀从「あるいはクソウィルスの仕業……それとも両方と考えるべきか」
ハインリッヒはAR上のヒントを更新した。
④海辺の記憶を辿った先にブーンがいる可能性が高い。
⑤しかし混濁した精神状態が記憶を改竄し恐怖へと挿げ変えている。
⑥トラウマの投影=カーラや科学者達の妨害がある。それはより具体性を増してきている。
⑦やはりカーラは深刻な薬物中毒の末にブーンすら忘れたようだ。
从 ゚∀从「この先に最大のトラウマがあるに違いない。
そしてそこにブーンが囚われている可能性も高いな……」
从 ゚∀从「ダイハードなサイコホラーファンで良かった。
この程度の演出じゃ私のハートは跳ね上がんないぜ」
ハインリッヒが入口を過ぎると、火花を散らすダークグリーンの看板が静かに息を引き取った。
70
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:24:21 ID:Ccn78cE20
ハインリッヒを迎えたのは血以外の物を含む臭気だった。
横長の受付の前で整列するロビーチェアと床は真新しい血と汚物がアメーバ状に広がっている。
VR空間内での診断を受ける為に備えられたエレクトロードも、
太い配線の集合体と先端の6突に疑似体液や血の糸を引いていた。
アイスが無ければと、汚物に塗れた光景に流石のハインリッヒもゾッとする。
鼻から目に掛けて黄ばんだ一筋の煙が充満するような不快感に震えるだろう。
そんな事を冷えた頭で考えながら、ARが強調表示する受付内の問診票に注目する。
ホライゾンと記入されている問診票は砂に塗れていた。
それを認識して視線を通路へやった瞬間、影の顔を持つスーツ姿の男が受付前に現れる。
从 ゚∀从(親父さんか)
襟元を飾る社章を見てハインリッヒは投影の父親だと判断し、
顔の無い理由は疎遠となっていた父子の関係性を怯えているように感じた。
この時期の父親の顔を覚えていないだろうか。
受付を終えたらしい投影のトーンがハインリッヒに近づく。
影の顔に口だけが現れて黄ばんだ歯を僅かに見せた。
「薬は、どこで、買えるんだろうか。カーラに必要な、薬は」
問われ数回瞬きをする。
そのシャッターの間に何かがいると思ったが、何もいなかった。
71
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:25:01 ID:Ccn78cE20
「薬は、どこで、買えるんだろうか……カーラが必要としている、薬は……」
呟いた一人の投影が通路の奥のエレベータへと向かってゆく。
向かう先はカーラの部屋がある病棟だろう。
ハインリッヒは投影に対しARの枠を囲い強調してから視線をロビーへと戻す。
光景は数度のシャッターの間に変わり果てていた。
長椅子には体を痙攣させるカーラや、涎を垂らして虚ろに歩くカーラ、
エレクトロードに繋がれた白目を剥くカーラ、毟って髪を無くしたカーラ、カーラ、カーラ。
狂ったカーラでロビーは埋め尽くされていた。
从;゚∀从
カーラが一斉にハインリッヒに注目し、椅子の足を鳴らして立ち上がる。
妨害だ。ハインリッヒはLEDを発光させて近くの投影の頭を容赦なく撃ち抜く。
エレベータが到着したチャイム音を耳が拾うや全力で通路を駆けた。
「譌ゥ縺剰脈繧貞ッ?カ翫○??シ!!」
発狂しながら一人のカーラが汚物を投げつける。
避け切れなかったハインリッヒは足首に付着させてしまう。
がくりと態勢を崩し、違和のある足を見ると足首から先がノイズが溢れていた。
アバターに浸食していく様だと判断して、ハインリッヒは自ら銃で箇所を撃つ。
从; ∀从「痛っっっっってぇ!! クソが! クソがあ!!」
ニューロ接続が足に鋸を掻けたような痛みを共有する。
モノクロの砂嵐が視界に広がる中、ハインリッヒは辛うじてエレベータへ体を滑り込ませた。
閉まる扉の僅かな隙間には呪う言葉を吐き出す歯の無い口だけが並んでいた。
72
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:26:00 ID:Ccn78cE20
すぐさま傍らの投影のトーンに銃を向ける。
だが敵意を抱いている様子はなく、やはり口だけしかない影の顔をハインリッヒに向けて話しかける。
「先生。カーラは、妻は、助かるのでしょうか」
「…………そうですか……では、もう……」
「私にも、大きな責任があります。だから最期まで、妻と向き合ってみます」
そう言い残し、投影のトーンは砂へと姿を変えて消え去った。
足元に広がる小麦粉のような砂の色は、まるで父親の誠実さを表すように白かった。
ブーンが心の奥で信じる父親の像だろうか。
そう思うハインリッヒの頭に、息子の無事を願うトーンの泣き崩れた顔が過る。
投影の言葉は、外で聞いたトーンの独白の通りの物だった。
トーンは最期までカーラの見舞いに来ていたようだが、
鉄格子付きの病室に入れた時には既にカーラは人ではなくなっていたらしい。
様々な治療や手術を施すも効果は無く、壊れた頭はブラックアイスの報酬を求め、
そして現実と仮想の区別が無いまま窓から飛び降りて素体と脳核を破壊したのだ。
从;゚∀从「ここが、ブーンの恐怖の原点、なら、きっとこの先に……」
脚の痛みは視界のノイズと同じ激しさのままだった。
アイスで落ち着いていたはずの動機もエレベータに沿って上昇しているようだった。
ハインリッヒは歯を食いしばって耐え、ドアが開かれるのをただ待った。
ドアが開く。
到着した先は既に病棟ではなく、雨が降りしきるスパイクの根本だった。
そこにブーンがいた。カーラと思われる遺体を見つめている。
原型は無い。
73
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:28:28 ID:Ccn78cE20
ハインリッヒは雨を浴びながらブーンに近づく。
( ω )「な、何故、カーチャンは、こんな、ば、化物、に」
( ω )「な、何故、カーチャンは、く、薬、なんて、ものを」
ブーンは濡れた髪の隙間から、機械と肉が猥雑に絡み合った塊を見つめて問いかける。
素体から溢れる血は疑似体液に混ざり、頭上の重金属を含有する雲の黒さに似ていた。
砕けた銀色の容器から形を崩して垂れる脳漿の様は、
脳核に内包されていたカーラの人格の悲惨な終わりを物語っているようだった。
だが、展開されたままの左手首のドラッグソケットの先端は弾けていた。
从;゚∀从「違う、それは違う」
( ゚ω )「……何が?」
从;゚∀从「解った。お前が真に囚われている物が」
( ゚ω )「……何?」
从;゚∀从「疑問だ。社会に対する疑問。ドラッグが必要な現実社会に対する疑問」
从;゚∀从「私じゃ説得力に欠けるがよ、普通いらねーんだよそんなもんは」
74
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:29:54 ID:Ccn78cE20
ハインリッヒが確かな口調でブーンに声を投げ、両脚を動かす。
降りしきるブルーアイスと鎮痛剤の雨がノイズを溶かしていた。
ハインリッヒが浴びるものとは色の違う雨をブーンは受けている。
手の届く距離まで詰めてハインリッヒが続けた。
从 ゚∀从「カーラが断てなかったのは薬じゃない。機装への依存だ。
重金属で汚れ切った世界が曇らせたのは、目だ。
機械の目が通す世界は確かに美しいが、次第に曇っていっちまう」
从 ゚∀从「カーラのような機装化精神病者で世界は溢れている」
( ゚ω )「それが、なんだってんだ?」
ブーンが振り向くと同時、黒い雲を突き破る爆撃機が飛来する。
投下された爆雷が爆炎とモノクロのブロックノイズと共に街を崩してゆく。
活火山の如く活動している深層はブーンの怒りそのものと言えよう。
( ゚ω )「これが僕にとっての現実だ。寝ても覚めても、逃げても引き返しても、
現実でもVRの中でも、認識の中にいつも狂った母親の影があった。
父も逃げた。現実から逃げ続けていた」
从 ゚∀从「トーンはお前を見捨てたんじゃない。お前がトーンを見なかったんだ。
お前はトーンのように現実を見ず、トーンのように立ち向かわず、
今と同じようにただ怯えていただけだった」
吹き荒れる炎が放つ熱波を浴びる中、両者は睨み合いを続ける。
75
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:31:02 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「カーラが調子良い時にトーンに伝えた言葉がある。
しかしトーンはお前に聞かせる事を無く、ただそれを実行しようとしていた。
お前は父を見ようとも、耳を傾ける事もしなかった」
( ゚ω )「トーチャンは、仕事で全てを忘れようとしていただけだ。それが真実だ」
从 ゚∀从「目が感じ取る現実に大きな意味は無い。
大切なものは目を閉じても見えるものだ」
( ゚ω )「何を、言ってんだ」
从 ゚∀从「よく聞け。ブーン」
从 ゚"*::.,+「ブーンを」
「ブーンを、どうか私のようにしないでやって。
そして、私のような人間を、どうか減らしておくれ」
( ゚ω )
76
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:32:40 ID:Ccn78cE20
「トーチャンは私の遺言を守ろうとした。お前に許した機装は最低限のもののみ。
最初はお前と向き合いながら人々の為にも身を費やそうと努力したよ。
でも、次第にお前との時間が減っていったのは、お前の言う通りかもしれないね」
( ゚ω )
「忙殺されそうな日々の中でトーチャンは苦難していた。
私への罪悪感に苛まれ続けていたトーチャンは会社を上げて精神病と向き合った。
お前とは向き合う時間があまり取れず、でも、お前の将来の為にも仕事に身を捧げた」
(;゚ω )
「お前も努力していた事をトーチャンは知っているよ。
お前もトーンも、カーチャンみたいにARとVRに没入する事を恐れた。
でも社会に適応しようと苦しんでいた。
頭の中に鉛があるような違和感をずっと抱えていた事を、トーチャンは知っているよ」
77
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:35:03 ID:Ccn78cE20
「疲れた体で家に帰ると、ベッドにうなされているお前がいる。
そんな時あの人は、朝日が差し込むまでずっとお前の手を握っていた」
(;゚ω゚)
「他の家庭では鎮静剤や睡眠剤の投与が珍しくない中、
お前に愛情だけを与えていたんだよ」
.
78
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:35:23 ID:Ccn78cE20
「思い出しな、ブーン。差し込む朝日で薄く開けた時、
そして微睡んで瞼を閉じた時、いつも何を感じていたんだい?」
(;゚ω゚)
(;゚ω゚)「と、」
.
79
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:35:48 ID:Ccn78cE20
( ;ω;)「トーチャン……」
大雨が幾重にも覆われたオーバーレイ群やブロックノイズをみるみる溶かしてゆく。
鼻につく匂いも、赤く染まる光景も、海と空が齎したものとなる。
( ;ω;)「そうだ、いつも、トーチャンは近くにいた気がするお。
どんなに会話が減ったと思っても、トーチャンは、トーチャンが……」
燃えるような夕日を見つめてカーラは静かに続けた。
「ブーン、カーチャンはね」
.
80
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:36:23 ID:Ccn78cE20
「カーチャンはね、弱虫だったから死んじゃったんだよ。
カーチャン、心が弱かったから、薬に手をだしちゃったよ、ごめんねカーチャン馬鹿で」
( ;ω;)「なんで、薬なんか……」
「今の世界は便利よ。カーチャン、
とっても便利だからすっかり頼っちゃうようになっちゃったんだよ。
その内、だんだん、だんだん、心が弱ってきちゃってねぇ……」
「カーチャンみたいに今の世界に甘えちゃダメだよ、ブーン」
「……目を開けた時の世界が本当はどう映っているのか、何が正しいのか。
そして何が大切なもの、目を閉じてもわかるように、
しっかり自分の目と頭で考えんだよ」
( ;ω;)「……えっと、やっぱりVRなら、カーチャンに逢えるって事かお?」
「はあ、まったくこの子は本当に甘えん坊で馬鹿だねえ……ごめんねブーン」
「もうお前が見るカーチャンは幽霊なんだよ。本当のカーチャンじゃない」
( ;ω;)「カーチャンは、本当にもう、いないのかお……?」
「ごめんね、カーチャンもういなくって、ごめんね。でもね」
81
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:36:44 ID:Ccn78cE20
「でも、瞼の裏にいるブーンのカーチャンを思い出しておくれ。この海辺と一緒に」
( ;ω;)「か」
( ;ω;)「カーチャン……」
( ;ω;)「うう、ずっと、ずっと寂しかったんだお。
トーチャンは、忙しくて、僕、ずっと一人で」
「ごめんね。でも安心しな。トーチャンは昔からブーンの事をずっと大切にしてるからね。
今日だって仕事ほったらかしでブーンを心配してたんだから」
( ;ω;)「ほ、本当、かお?」
「本当だよ。ほら、トーチャン心配してるから、早く帰っておやり」
( ;ω;)「うん」
「……もしまた迷う事があったら、トーチャンと二人でこの島に来てごらん。
きっと心の整理が出来て落ち着くよ」
「……カーチャンも、そうすれば良かったのかもねえ……」
( ;ωと)ゴシゴシ
82
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:37:28 ID:Ccn78cE20
( ^ω^)「……また昔みたいにトーチャンにせがんで、来てみるお。
絶対にVRなんかじゃなくて、自分達の足で。そして自分達の目で確かめるお」
カーチャンが好きだった、この島の海辺を。
カーラ・ホライゾンがブーンに手を差し伸べる。
ブーンが手を取ると、カーラはブーンを引き寄せてブーンを抱きしめた。
周囲の光景が早送り再生のように移り変わってゆく。
夜空はより色を濃くし、やがて水平線から発せられた白い光を受けて帳を溶かし始める。
白い光は浜辺の二人に伸びて包み込み、ブーンの抱くカーラは次第にフェードアウトしていった。
「あ、ブーン。大事な事だから改めて言うけどな」
( ^ω^)「なんだお?」
カーラとは異なる声が光の中から聞こえ、ブーンが振り向く。
光を浴びる女の美しさに思わず息を呑みながら、ブーンは耳を傾けた。
83
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:37:48 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「薬、ダメ、ぜったい」
(;^ω^)「あ、え? あ……は、はい」
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
〓〓〓〓〓〓〓〓
〓〓〓〓
84
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:39:57 ID:Ccn78cE20
『海辺に残した思い出』
Cast
从 ゚∀从 カーラ・ホライゾン ハインリッヒ・ハイウォーカー
プロデューサー ギコ・ドーセット
ディレクター ギコ・ドーセット
アシスタントディレイクター シィナ・C・パーシバル ヒート・ブライアント ショボン・V・セバスチャン
脚本 ハインリッヒ・ハイウォーカー
演出/美術/音響 ドクオ・ストラットン シィナ・C・パーシバル
製作 レイチェル
協力 ホライゾン・インダストリー
ジャンル サイコホラー
.
85
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:40:22 ID:Ccn78cE20
※
レイチェルの面々はホライゾン家が地上の郊外に抱える一等地の屋敷に招かれていた。
一同は、その豪華絢爛な内装と、長いテーブルに置かれた料理の数々に目を奪われていた。
ヒートは食欲に従い次から次へとフォークとナイフを刺して口に放り込んでいる。
ホライゾン・インダストリーの何人かの重役に声を掛けられたので社交辞令に応じようとしたが、
口が塞がって唸り声が上がるだけなのでワインを探し求めて奔走を始めた。
ドレスを捲り上げて走り抜ける様は些か淫らだろうか。
ショボンは取り分けた料理にビタミン剤を振りかけ、それを一気に口にかっ込んでいる。
眼窩で光るミラーシェードのサングラスから彼の気持ちは察する事が出来ないし、
僅かに緩む口元が笑っているのか苦しんでいるのか、唯一答えを知るヒートは忙しなく動いている。
ドクオはスーツ姿の男達と談笑している。
専門用語を飛び交わせる一陣の方へ次々に人が集まってくるが、
その中心にいるドクオはヒートが喰らいつくすテーブルの上が気になって仕方がなかった。
ギコとCはグラスを片手にトーンと共にバルコニーで夜風に当たっている。
「今回は、本当にお世話になりました」
(,,゚Д゚)「いえ、いいんです。それに人助けが我々の仕事ですから」
86
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:42:01 ID:Ccn78cE20
「もし差し支えなければ弊社の製品とサービスを何でも無償で提供させていただけないでしょうか?
恩人の皆様に少しでもお役に立てればと思うのですが……」
(,,゚Д゚)「いや、それは何というか……悪いですよ、トーンさん」
「いえ、大した事ではございません。それにまだ依頼は済んでおりませんでしょう?
息子を攫った連中の背後を突き止めるまでは、微力ながら協力させていただきたい」
(,,゚Д゚)「……そうでした。分かりました、ご協力に感謝します」
(*゚ー゚)「実は頭の中で皮算用してるでしょ?」
(,,゚Д゚)「どこかのクソジャンキーと一緒にすんな」
「……そういえば、ハインリッヒさんは?」
トーンは先ほどから視線をあちこちに行き来させていた。
しかしハインリッヒの姿は何処にも見当たらずにいた。
(*゚ー゚)「彼女は家にいるんじゃないですかね?」
「それほど疲弊している、という事でしょうか……?」
(,,゚Д゚)「それもありますが……トーンさん、直接礼なんて言わないでいいんです。
あんな女には近づかない方が賢明なんですよ」
「し、しかし、言い尽くせないほどの礼があるんです!
彼女がいなければ今頃ブーンは、廃人のままだったんだ……」
87
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:42:24 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「そう申されましてもですね、ありゃ不潔で、粗悪で、
生活感の欠片も無く、ただ自堕落でどうしようもないジャンキー、それが正体です」
「そ、そういう風には見えませんでしたが……? そ、そうだとしても改めてお会いしたい!
ブーンと一緒に改めてお礼を申し上げたいのです」
(*゚ー゚)「ねえ、会わせて差し上げたら?」
「この通りです、ギコさん」
(,,゚Д゚)「……困りましたな」
(*゚ー゚)「ギコ君も一緒なら心配ないでしょ?」
(,,-Д-)「……分かりました。明日の午前中にでも行きましょう。
あいつの家に行くには夜が深いですからね」
「ありがとうございます! 息子も喜びます!
しかし、ハインリッヒさんはそんなに遠くに住んでいるのですか?」
(,,゚Д゚)「……第8区画の犬小屋以下のクソアパート使ってんです。
ああ、言うのも情けない。なんで俺がいつもこんな役回りばかり……」
「だ、第8、区画……? ほ、本当に人が、住めるのか……?」
(,,゚Д゚)「だから嫌なんだ……なんで俺がこんな恥ずかしい思いをしなきゃならない……」
88
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:42:47 ID:Ccn78cE20
「そ、それはおいといて……ギコさん一体、彼女、本当は何者なんです?
それに貴方達も……一体どういう組織なんでしょうか?
他人の電脳にダイブして不明となった自我をサルベージ……
或いはインセプションとも言える行為をやってのけるなんて、尋常じゃない事です」
(,,゚Д゚)「……機密ですので詳しくはお答え出来ませんが、
我々は国に雇われた救急医療サービスなんです。武装した、ね」
「国に?」
(,,゚Д゚)「ええ。私設のミリタリや医療サービスとは異なります。
上部が精神病絡みだと判断した場合、真っ先に我々が派遣されるって仕組みでして」
(*゚ー゚)「まあロス市限定の試験的なものなんですけどね」
(,,゚Д゚)「ダイブに関して扱うデバイスの設計等は機密事項なので言えません。
ただ……あの女について一つ教えますと、あれは元々女優です」
掘り出し物というか骨とう品というか何というか。
ぶつぶつと呟くギコの足が行き場を求めて右往左往している。
無意識に胸元から電子タバコとコーラリキッドを取り出した。
「女優……確か、彼女もそんな事を言っておりましたな」
泡立つ煙を巻きながらギコが返す。
89
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:43:27 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「患者のスペースを偽装する行為を我々は“セット”と呼びます。
そこで奴は収集した患者の情報からヒントを得てストーリーやキーパーソンを構築し、
患者と共に記憶の再現、追体験を行うんです」
(*゚ー゚)「精神病患者のスペースにそのままダイブすると、
例えばインサイド・フレンドとの鉢合わせを起こして更に混乱を招く恐れがある。
だからデバイスで偽装スペースをロードする必要があるんです」
(,,゚Д゚)「しかしながらそれでも患者の潜在意識に偽物かどうかを悟られてはならない。
悟られた瞬間、攻性防壁の反撃が始まり排除されてしまいます」
「それで、演じる、と言ったのか……」
(,,゚Д゚)「そうです。インサイドの問題原因となる何者かに扮して心を整理してやる。
元々女優だったあいつにしか出来ない仕事でしょう。
これが心理学者なんかでは上手くいかなくって……おっと、この話は忘れて下さい。
ともかく、これまでに何人もの人間を機装化精神病から救ってきました」
(*゚ー゚)「ただ、今回のように重症者へのダイブは危険で、例外が多いと知りました。
抑制の利かない恐怖心が防壁に連動して空き容量を浸食しダイバーに反撃を――」
(,,゚Д゚)「おい、C」
(*゚ー゚)「あ」
「あ、あの、ハインリッヒさんにとってそんなに危険な行為だったんですか?
それにブーンも、そこまで深刻な状態だったなんて……なんて事だ……」
(,,゚Д゚)「C、患者に配慮がねーっつってんだろ、いつも。トーンさんに心配させんな」
(;゚ー゚)「あーはははは……いやー……ね、はい、すいませんでしたあ!」
(,,゚Д゚)「その語り癖直せ」
90
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:44:10 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「……トーンさん。確かに危険ではあります。
ですが、精神病患者との空間共有は奴の為でもあるんです」
「ハインリッヒさんのため?」
(,,゚Д゚)「あいつも病気みたいなもんですからね」
(,,-Д-)「映画でも見るか演技でもして心を整えりゃいい……尤も今回は、さて……」
※
鉄板を張り合わせた床に汚れた毛布が広がっている。
そこには使い終わったリキッドピン、粉の付着すら消えた紙筒、安い酒瓶、
そしてトイレットペーパーを全身に巻き付けたハインリッヒが転がっている。
ハインリッヒの顔面と髪は口から溢れた吐しゃ物で汚れている。
彼女を管理するギコ・ドーセットがバイオ・ヴィジョンが通さずとも、
昼間に食べたバーガーの構成とアルコール度数を解明できよう事は、
生理的な臭気を超えて放つ強いアルコールとバーガー特有の油の臭いを嗅げば分かるだろう。
ハインリッヒが寝返りを打って再びゲロの中を転がりそうになると、
それを制するかのように彼女の頭の中で着信音が響き渡る――ハインリッヒは応答する。
「う、うぐ、うぎぎぎぎ……」
「も、もし、もし。こ、こちらの電脳はただいま使われておりま――」
『俺だ。珍しく出たと思ったらつまらねえボケかましやがって。
昨日連絡した通り今からそっちにブーン君とお父さんを連れていく。顔洗っとけ』
91
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:44:34 ID:Ccn78cE20
「う、うえ〜〜! め、面倒くせえ〜! 勘弁してくれよもー」
『だめだ。どうしても命の大恩人であるお前に直接お礼が言いたいんだそうだ。
断る俺の身にもなってみろ。これ以上お前に代わって無礼するつもりはない。
お前はイケすかねえハリウッドスターでもなんでもねえんだ。ちゃんとしとけ』
「む、昔はあとちょっとでスターに―――」
『いいから身なりを正して待ってろ。
どうせゲロ塗れにでもなってんだろうからな』
ハインリッヒはその辺に巻き散らかしたトイレットペーパーを拾い、
顔中にまとわりつく自分の吐しゃ物を適当に拭いながら
从 ゚∀从「よくわかったな。実はお前が昨日おごってくれたハンバーガーの中を泳いでた」フキフキ
『テメエふざけんなあ……! 俺からバーガー食う気を奪いやがって……!』
从 ゚∀从「ぶひゃひゃひゃひゃひゃwwwwwwwww」
『クソジャンキーが……っつーかシャワー通ってんだろうな?
今月も俺が水道代とガス代は別口座に分けて入れてやったはずだが』
从 ゚∀从「そうか……それ使えば良かったのか……」
『いい加減ふざけた事言ってんじゃねえぞ! マジで全部薬に変えちまうつもりか!
俺が、俺がせっかく、善意でやってやってるってのに……』
从 ゚∀从「マジウケる」
『死ね』
92
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:44:56 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「ったく、一々そんなに恩を感じられてもって感じだが。
しょーがねえ。シャワ―浴びて待ってっから早くしろ」
『どうせテメエ暇してんだろうが』
从 ゚∀从「暇じゃありませーんエイガカンに行く予定とかあるんですー」
从 ゚∀从「……っつーかよクソギコ、昨日捕まえた捕虜はどうなってんだ?」
『あ?』
从 ゚∀从「ほりょっつってんだよ! 引っぱたくぞテメー」
『悪い、初めてお前から真面目に話振られて、ニューロがイカれたかと思った』
从 ゚∀从「ねえ、人のやる気削ぐのやめてくれる? おばちゃん怒るよ?」
『お互いにな』
『……捕虜の件だが、昨夜からドクオ、ヒート、ショボンに任せてある。
今日中に何かしら情報が上がるだろう』
『……昨日、ブーンのスペースで起こった事を気にしてんのか?』
从 ゚∀从「ああ? どういう意味だよ?」
『俺が心配しているのはお前の頭ん中だ。“あれ”は何だ?』
从 ゚∀从「何でもねえよ。私はまだ大丈夫だ。っつーか心配すんな気持ち悪い」
93
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:46:19 ID:Ccn78cE20
从#゚∀从「あんなクソウィルスを売り捌くクソ野郎がどんな顔してんのか、
ちょっと見たいだけさ……Nightmareだと? 笑えねえんだよ」
※
ホライゾン親子を乗せた車が第8区画内を走り抜ける。
「……映像で見た事はあるが」
(;^ω^)「ひっでーお」
この街に住んで20年。
防弾ガラスを隔てて初めて見る地下の地下に二人は目を丸くして
次々に飛び交う数多の古臭いネオンやARを茫然と視界に入れている。
この日もトンネル内は重金属酸性雨が配管の罅から噴き出して空に虹を描いている。
ギコからの指示で耐酸性ジャケットを着こむように言われた二人は、
それまで縁の無かった衣服をわざわざ店で購入した理由がようやく理解出来た。
確かにトンネル内の街を無防備な状態で歩き続ければ、
スキンはいずれ溶けて銀色の素体が剥き出しとなるだろう。
しかしながら不思議なのはジャケットを着てまで出歩く者が見当たらない事だ。
ブーンがギコに理由を尋ねてみる。
(,,゚Д゚)「そりゃブーン君。殆どまともな住人がいないからさ。
厳密にはいるんだが違法のID抜きをやったような人間なんかが集うのが最下層だ。
日中は慎ましく部屋で過ごして、夜になれば何処からか湧いて出てくるよ」
(;^ω^)「こええええええ!!!」
ブーンはすっかり元気になっていた。
ウィルスの結合はあくまで一時的な物ではあるらしい事は、Cの有線結合で明らかになっている。
それ以上にトーンとの蟠りが解けた事が、彼に活力を与えていた。
94
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:49:08 ID:Ccn78cE20
「ブ、ブーン! 絶対にこんな所、一人で来たりするんじゃないぞ!」
(,,゚Д゚)「一人でもボディガード付きでも日中でもダメです。
身なりのいい子供なんて一瞬で攫われて強請るネタになりますから」
「わかってますとも。もう二度と同じ轍は踏みません。ブーンは必ず私が守る」
(*^ω^)「と、トーチャン……!」
(,,゚Д゚)「ああ、それに関してなんですが、トーンさん。私の方から2点申し上げたい事が」
「何でしょうギコさん?」
(,,゚Д゚)「しばらくはプライベートミリタリーなんかを雇った方がいい。
私の方から信用出来る会社を紹介する事も可能です」
「また狙われる可能性があるからですね?」
(,,゚Д゚)「どうも最近ロスの治安が更に悪くなった……よそ者が増えてるんです。
ここ数年で革新的な技術が集まる街となった為でしょう」
「とはいえ今更会社を縮小させる訳には……この社会に貢献したいですから」
(,,゚Д゚)「それに貴方は大勢の社員を抱えていらっしゃいますからね」
「ええ、彼等を露頭に迷わすなんて事は出来ません……それで、もう1点は?」
(,,゚Д゚)「ブーン君の市民IDについてです」
95
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:50:10 ID:Ccn78cE20
(;^ω^)「あ、そういえばノーバディ状態だったお」
「再発行、してくださるんでしょう?」
(,,゚Д゚)「勿論可能ですが申請から発行までは数週間を要します。
専属の弁護士さんがいらっしゃるようなのでもう少し話が早く進むかもしれませんが」
(,,゚Д゚)「少し話が前後しますが、我々レイチェルは皆ノーバディのようなものです」
(;^ω^)「え!?」
「どういうことです?」
(,,゚Д゚)「仕事上、顔や名があまり知られるのも困りものですのでね」
(,,゚Д゚)「パーソナルがないという利点は大まかに2つありまして、
まず位置情報の特定が出来ない事、ハッキング除けにもなります。
もう1点は身分不明という点で価値が無くなるという事です」
「……なるほど、言わんとしている事が大体理解できました」
(;^ω^)「どういう事だお?」
「つまり、ブーンのIDを復旧させない方が安全かもしれない、って事ですね?」
(,,゚Д゚)「IDで管理される世ですから、学校に通えなくなったり買い物に困ったり、支障は出ますがね」
(;゚ω゚)(……え? なにこの流れ、ニート待ったなし……?)
96
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:51:31 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「と、まあ色々踏まえた上で、ちょっとご相談があるのですが……」
「なんでしょう?」
(,,゚Д゚)「まあ俺より年功者がその辺りは相談が上手いか。
さすがに今日は滅茶苦茶にラリってねーだろうが……と、着きました」
(,,゚Д゚)「ここです」
( ^ω^)
車を降り、親子は立ち尽くす。目の前に窓があるからだ。
これがアパートのドアだとギコが説明すると、親子は目を合わせて唖然とした。
外壁をくり抜いて造られた3階から成るアパートの至近距離で、
最下層から地上へ毎時駆け巡るリニアモーターの巨大な線路が天井に敷かれている他、
地中から剥き出しになっている太いコードがアパートの壁に沿って縦列で走り、
その反対では勢いよく重金属酸性雨の元となる排水を行う配管が滝のような音を立てて煙を上げている。
アパートの横では古ぼけたホログラムが淫靡な広告「おっぱい安いヨ」が点灯している。
内部で絶賛商売中であるようで、断続的に酒で焼けた嬌声が
継ぎ接ぎの鉄板の隙間から通り抜けて15のブーンの耳にも及び、
最下層スラムの何たるかを親子に思い知らせるのであった。
周囲を見渡しても草木の一つも存在しない。
あるのはアパートと同レベルの建造物か、重金属酸性雨を浴びて滲む広告があるのみだ。
( ^ω^)「もう、どこなんだよここ……」
(,,゚Д゚)「ほんとそれな」
97
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:52:00 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「笑えるくらいひでえだろ?」
( ^ω^)「写真で見た事なんかはあるんですけど」
( ^ω^)「実物の迫力はハンパネエっすわ……ってか、くっさ……」
「こ、こんなところに、本当に彼女は住んでいるのか……」
(,,゚Д゚)「おい! 人以下のクソジャンキー! 着いたぞ!」
< おーう入れー!!
「本当にハインリッヒさんが、住んでらっしゃった……」
(,,゚Д゚)「若干ハイになってやがるな……まあいい、入りますか」
(;^ω^)(部屋の中が全く想像できねえお)
(,,゚Д゚)「言っとくが部屋の中は外の10倍以上酷いからな」
「ええ……」
( ^ω^)「だんだんこわいを通り越して楽しくなってきたお……」
ギコが開きっぱなしの窓に足を掛ける。親子もそれに倣ってアパート内に入り込む。
立ち込める臭気が一気に鼻孔に押し寄せ、トーンはこれ以上害されぬよう鼻を覆った。
98
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:52:44 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「あ? なんだこりゃ」
ギコの眼窩に埋め込まれた光学スコープのバイオヴィジョンモードが、
ハインリッヒの部屋の前の床に転がっている異物を捉える。
黒い袋に入れられて膨らんだそれは、一般的に「生ゴミ」や「萌エナイゴミ」と呼ばれるものだ。
吐しゃ物を拭いてまとめたものや、酒瓶、ドラッグリキッドピンなどが封じられているようだ。
(,,;゚Д゚)「あいつが、掃除しやがった、だと……?」
( ^ω^)「え? ギコさんなんて?」
(,,;゚Д゚)「馬鹿な、そんな、馬鹿な」
ギコがドアノブに手を掛け、ドアを開ける。
从*゚∀从「いらっしゃーい! へへへ、ようこそようこそ!
ささ! 何もない汚い部屋なんですけどねぇ……」パァァァァァッ
「いやいや、キレイなお部屋じゃないですか。
今日は無理言ってお邪魔させていただいてすみません」
(*^ω^)「ハインリッヒさん! こんにちはですお!」
从 ゚∀从「おうブーン。なんだテメエ、もう元気そうじゃねえか。よかったな」
( ^ω^)「ええ、おかげ様ですっかり……ってギコさん、膝着いてどうしたんですかお?」
(,,;゚Д゚)「うそだ、うそだー」
( ^ω^)
99
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:53:13 ID:Ccn78cE20
(,,;゚Д゚)「なんだこれは。なんなんだよこれはよお……俺は今、現実を見てるのか?
ひょっとしてハッキングでもされてんのか??
ま、まさか遂に俺も精神病になって、現実の区別が……?」
「ちょ、ギコさん! 落ち着いて! ブーン! ギコさんからドラッグを取り上げて!」
(;^ω^)「ちょ、ギコさん現実ですおちゃんと!
なんともないですお! 普通にきれいな部屋ですお!」
(,,;゚Д゚)「は?」
(,,;゚Д゚)「え? は? これ、現実なのかよ? 本当に言ってんのかよ?」
(;^ω^)「えー……」
从 ゚∀从「ぶひゃひゃひゃひゃひゃwwwwwwwwwwwww
腰抜かしてやがるwwwたまには掃除もしてみるもんだなーwwwww」
(,,;゚Д゚)「は? お前が今、掃除してみたっつったの?」
从 ゚∀从「生まれて初めて発してるみたいに言うんじゃねえ。
あ、ブーンと親父さん適当にくつろいでよ。いま茶ァ出すから茶ァ」
(,,;゚Д゚)「茶? 茶? お前が茶を出すの? 嘘だろ? 酒と間違えてんだろ?」
从#゚∀从「しつけえな。ちゃんとしとけっつったのテメエだろうが」
(,,;゚Д゚)「……いや、そうだが……マジかよお前……」
100
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:53:33 ID:Ccn78cE20
※
从 ゚∀从「いやーわざわざ改まって礼なんていいのによー。
なんかこっちが悪い気するっつーか」
「押しかけてしまい申し訳ございません」
从;゚∀从「あー謝って欲しい訳じゃないってば」
(,,゚Д゚)「一言多いんだテメエは」
古びた木製の「チャブダイ」を囲い、4人は何かが染みた絨毯に腰を下ろしていた。
茶を注がれた黄ばみのあるコップに手を付けない訳にもいかず、
トーンなどは「茶」の渋さの中に礼儀の重さを見出すほどだ。
息を吐いてトーンが日本式の作法で感謝を示す。
首を深々と曲げてから切り出した。ブーンも父親の姿に倣う。
「この度は本当にありがとうございました。
特にハインリッヒさん。危険だったにも関わらず息子の為にダイブを……
本当に何と言ってよいのやら……」
( ^ω^)「ありがとうございましたお」
从 ゚∀从「んな日本式で堅苦しくなくっていいってば。もークソ面倒くせえって」
(,,゚Д゚)「言葉を慎め。それにトーンさんも、こんな奴に勿体ないです」
「そんな事など……! ハインリッヒさんは息子を救って下さっただけではありません!
私とブーンの、親子としての絆まで救って下さったんです!」
从 ゚∀从「ああ?」
( ^ω^)「そうだお。よく覚えてない部分もあるけど、
でもハインリッヒさんの言葉はちゃんと覚えてるお!」
101
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:53:56 ID:Ccn78cE20
「目が感じ取る現実に大きな意味は無い。
大切なものは目を閉じても見えるものだ」
( ^ω^)「現実を生きていくのに、勇気をもらったんだお」
ブーンの口から紡がれたセリフでハインリッヒは顔を伏せた。
ジャケットのポケットに手を突っ込むとギコが睨みを利かせたが、
取り出したのは電子タバコとコーラフレーバーのリキッドだった。
泡の弾ける甘ったるい煙を鼻孔に通しながらハインリッヒがブーンに言う。
从 ゚∀从「そりゃ映画の引用で私の言葉じゃないんだ。
レトロなサイコホラー映画でヒロインが言ったセリフだよ」
从 ゚∀从「お前を勇気付けたのは私じゃない。カーラだ。
親子の絆を守ったのは私じゃない。そこにいるトーンだ。
私がやった事はお前が見るべき者の姿を演じただけに過ぎないよ」
从 ゚∀从「私は映画のように一方的な教訓を与えただけ。
どう考えるかは観客次第……そういう感じ」
( ^ω^)「……それは、僕のスペースで答えた通りだお」
从 ゚∀从「そういえばそうだったな」
102
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:55:50 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「……ここの重金属混じりの雲があの島まで流れなきゃいいなっ、と」
と、ハインリッヒが徐に立ち上がって耐酸性ジャケットのフードを被る。
心中察したギコが袖を掴んで座るよう促すが、
从 ゚∀从「んだよ。面倒臭いから出かけんじゃねえよ。
もういいだろ? この人達はもう大丈夫だってば」
(,,゚Д゚)「そうじゃない。まだ話は終わってねえ」
ギコの視線を辿ると傾げたブーンの顔がある。
何の話かと言葉を待つ親子を交互に見てから、ハインリッヒはギコの手を払って言う。
从 ゚∀从「……好きにしなよ。任せるぜ。ただ私にゃ面倒見切れねえよ、たぶん」
(,,゚Д゚)「おい」
言い残してハインリッヒはブーツを履いて錆びた扉を開けて出た。
Alpha社のVELVET-200の靴底と縦ラインが残す赤い残像を親子は茫然と見つめる。
ギコが遠慮無しに電子タバコを吹かし、泡をぷくぷくと浮かべる。
(,,゚Д゚)「はあ……トーンさん。しばらくブーン君を我々に預けてみませんか?」
( ^ω^)
(;^ω^)「え!?」
「ギコさん、理由をお聞かせいただきたい」
戸惑いを隠せないブーンとは対照的にトーンは落ち着いていた。
ギコが続ける。
103
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:58:16 ID:Ccn78cE20
(,,゚Д゚)「体や精神状態の経過を診たいという考えもありますが……
我々に協力するという形ですが偽装IDを付与され、保護出来ます。
勿論危険な行為は一切させません。
名前と経歴を変えて潜伏するという訳になりますな」
(;^ω^)「保護?」
「まだ息子が狙われる可能性があると?」
(,,゚Д゚)「そうではないのですが……今後敵を抱える事になる貴方にとって、
その方が都合が良くなるかもしれません。ブーン君にとってもです。ID無しじゃ生活は困難だ」
「しかし……」
( ^ω^)「大丈夫だお、トーチャン」
( ^ω^)「僕はもう、大丈夫だお。だからトーチャンは仕事に専念するお。
それに、何らかの形でギコさん達に協力出来るかもしれないのは嬉しいお」
「ブーン……」
トーンは薄汚れたコップを握り、半分ほど残っていた「茶」を飲み干す。
「チャブダイ」と鳴らす乾いたコップの底の音はトーンの意の表れのようだった。
「分かりました。この社会でムーブメントを起こすには、そのくらいの制約や代償は覚悟しなければ。
ギコさん。どうか息子を、お願いします」
(,,゚Д゚)「はい。必ずブーン君は我々が保護します」
104
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:58:39 ID:Ccn78cE20
なみなみと注がれた「茶」を見つめるギコの視界には情報を羅列するARで埋め尽くされていた。
バイオ・ヴィジョンを通せばコップの底を見通せそうだが、
今朝ドクオ達から送信されたレポート内容の妙なきな臭さは見抜けそうになく、
光学スコープの真鍮色の枠を厳めしく曲げる。
ショボンとヒートによる取引と尋問の効果なく、
致し方なくドクオがハックした瞬間、捕虜の脳核は自らの防壁に焼き尽くされてしまったという。
辛うじて引き抜けた情報もデリートを免れ切れず、
黒いノイズだらけの焦げた写真のような画像だけがドクオの頭に残された。
顔は不鮮明。だが首筋に走る独特な線から置換施術した事が伺える。
ありふれたロングコートの襟には蒼く光る漢数字の装飾が施されている。
タトゥーの有無も服に隠されて見えない。
フードから覗く髪型、口元の骨格、口紅などで示すセクシャルは女である。
ドクオは、素体はアジア系の女だと分析している。
本部のデータベースに引っかからないノーバディであるという事を添えて。
(,,゚Д゚)(こいつがNightmareのプッシャーである可能性は高い)
(,,゚Д゚)(何処から迷い込んできたメス犬か知らねえが、必ず尻尾を捕まえてやる)
ARを閉じ、「茶」だけが視界に映る。
ギコは「茶」を飲み干し、コップの底を「チャブダイ」に叩きつけた。
(,,゚Д゚)「……不味いな、こりゃ」
「ハハ、でしょう?」
( ^ω^)「飲まなくてよかったお」
105
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:58:59 ID:Ccn78cE20
※
ハインリッヒはリニアモーターの振動に身を委ねていた。
列車で上り、第4区画に存在するレトロな映画館に向かっている最中だった。
最下層を走っている時の列車がハインリッヒは好きだった。
がらんとした列車内の光景に薬が授ける心地良い空虚さが重なる。
目をじっと向ければ派手な広告やロゴのARが浮かび上がる事はあるが、
掴む者を待つ吊り革の動きが列車内のリアルをハインリッヒに感じさせている。
誰にも邪魔されずアイスを打てる空間である事も間違いないが、
肘に手首がある奇形や、VRゴーグルに没入した状態の子供、
ドラッグリキッドピンを複数差し込んだビジネスマン等、現実味の無い人間と空間を共有しないからだ。
暗く淀んだ地下に住まうのも同じような理由からだった。
列車が速度を落としていく。まだ第7区画。
「トッキュウ列車」ではない故に人がいないステーションで濁った空気をわざわざ取り入れる。
まるでノーバディ気取りのパンクスが乗り込んでくるのもまだ先だ。
「やらなきゃ、やらなきゃ」
从 ゚∀从「……あん?」
そこへふらりと、耐酸性のロングコートから煙を登らせる者が乗車してきた。
俯いてフードが作るミラーシェードの保護フィルターの中でブツブツと一人呟く様子を見て、
機装化を重ねて病んだ人間と思うと同時、乗客の珍しさに思わず目を向けた。
106
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 02:59:25 ID:Ccn78cE20
※
ハインリッヒはリニアモーターの振動に身を委ねていた。
列車で上り、第4区画に存在するレトロな映画館に向かっている最中だった。
最下層を走っている時の列車がハインリッヒは好きだった。
がらんとした列車内の光景に薬が授ける心地良い空虚さが重なる。
目をじっと向ければ派手な広告やロゴのARが浮かび上がる事はあるが、
掴む者を待つ吊り革の動きが列車内のリアルをハインリッヒに感じさせている。
誰にも邪魔されずアイスを打てる空間である事も間違いないが、
肘に手首がある奇形や、VRゴーグルに没入した状態の子供、
ドラッグリキッドピンを複数差し込んだビジネスマン等、現実味の無い人間と空間を共有しないからだ。
暗く淀んだ地下に住まうのも同じような理由からだった。
列車が速度を落としていく。まだ第7区画。
「トッキュウ列車」ではない故に人がいないステーションで濁った空気をわざわざ取り入れる。
まるでノーバディ気取りのパンクスが乗り込んでくるのもまだ先だ。
「やらなきゃ、やらなきゃ」
从 ゚∀从「……あん?」
そこへふらりと、耐酸性のロングコートから煙を登らせる者が乗車してきた。
俯いてフードが作るミラーシェードの保護フィルターの中でブツブツと一人呟く様子を見て、
機装化を重ねて病んだ人間と思うと同時、乗客の珍しさに思わず目を向けた。
107
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:00:12 ID:Ccn78cE20
その者はがらがらのシートに目もくれず、「ツリカワ」に掴まることもせず、
窓の向こうの壁に広がる虫の巣のような廃墟群をぼうっと見ているようだった。
分厚い襟には「零」という文字が蒼く浮かび上がっている。
フードの横に手をやりフィルターを解除する。
ふわりと金の巻き毛がフードの中から現れる。
「やらなきゃ、私は、やらなきゃいけない」
从 ゚∀从「なんだよブツブツうるせえな……おいアンタ、何か良いモンでも打ってんじゃ―――――」
从 ゚∀从「――――――え?」
立ち上がって声を掛けたハインリッヒは、
ガラスに映るその顔を見て言葉の続きを失う。
108
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:00:54 ID:Ccn78cE20
ξ ⊿ )ξ「必ず自由になってやる」
30年以上前に生き別れたかつての親友が、
暗いトンネル内を通すガラスに張り付いていた。
茫然とハインリッヒはその背を見つめる。
視覚には何ら拡張現実表示は無い。
それでも、サイバネティックスが作るARの現実に根を下ろしたバーチャルなのか、
ちょうどアイスが溶けかかっていたハインリッヒの頭では判断が付かなかった。
从;゚∀从「ツン、ちゃん?」
幽霊に話しかけている気分だった。
あるいはARやMRに真面目に話しかける間抜けを演じているような感覚だった。
「え?」
息を呑んだのか肩を僅かに跳ねさせる素振りは、
到底造り物のインテリジェンスとは思えぬ反応だとハインリッヒに印象を与える。
109
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:01:27 ID:Ccn78cE20
从;゚∀从
ξ;゚⊿゚)ξ
振り返って見せた顔を見て、ハインリッヒは腰を抜かした。
ラリって幻覚を見ているのか、夢を見ているのか。
もはや拡張現実にいるのか仮想現実にいるのかも解らない。
意識した視界の中心には、その人物を取り巻く広告が湧いていて、
走り出した列車の慣性を受けて揺れ動く「ツリカワ」にすら
もはや現実味を帯びていないようにハインリッヒには感じられた。
ξ;゚⊿゚)ξ
ξ;゚⊿゚)ξ「ハイン……なの?」
从;゚∀从「嘘、だ」
ハインリッヒが小さく呟いた。
ぼやける認識の中で30年前と変わらぬレイコ・ツルデを否定したく。
ξ;゚⊿゚)ξ
ξ;゚⊿゚)ξ
ξ; ⊿ )ξ
ξ ⊿ )ξ「嘘みたいよね。でも」
110
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:03:23 ID:Ccn78cE20
ξ ⊿ )ξ「私には、ハッキリとアンタが見えているわ、ハイン」
从; ∀从「嘘だ、こんなの、嘘だ」
ξ ⊿ )ξ「現実よ。私はここに存在しているわ」
ツンは背を向けてドアの前に立つ。
「カイソク列車」が第6区画に停車する旨を伝える無機質なアナウンスを車内に流す。
ξ ⊿ )ξ「……この街から逃げなさい。
私は、自由を掴む為に、やるべき事があるから」
从; ∀从「わ、私は大丈夫、まだ、大丈夫……これは、現実、じゃない」
ハインリッヒはドラッグソケットにブルーアイスリキッドを挿入し、
リキッドピンを握りしめたまま震え続けている。
从; ∀从「そうだ、いるわけない、幻覚か、ARに、決まってる」
ξ ⊿ )ξ「……聞こえてないの? それとも、聞いていないの……?」
列車が止まり、開かれたドアを抜けて無人のステーションに足を着ける。
ドアが閉まる寸前、ハインリッヒを憐憫の目でなぞる。
髪型、首輪、薬を打ち続ける様を。
ξ゚⊿ )ξ「……まるでレイチェルそのものね。縛られている様もそっくりで。
何も信じられず、薬に没頭して現実から逃げているアンタは」
111
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:03:51 ID:Ccn78cE20
ξ゚⊿ )ξ「嘘じゃない。これが現実」
ξ゚⊿ )ξ「私はアンタみたいにはならない。
これで終わりなんかにならない、絶対に」
ツンは首を締め付ける黒い輪に爪を掛けて呟いた。
『クソジャンキー、最近ちゃんと電話に出るじゃねえか』
「…………」
.
112
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:04:42 ID:Ccn78cE20
『ドクオのレポートは見たな? この女がNightmareのプッシャーだ』
知ってる。
『こいつを暫定的に“零”と呼んで追跡する。襟に書かれた漢数字から取った』
それ、大昔に私が付けたあだ名。胸が無いからゼロのツンちゃんな。
『こいつが売るウィルスでまた新たな発症者が出た。
必ず俺達レイチェルで零を捕まえるぞ。
目的を知る為にも、背後の組織を暴く為にも、街からクソウィルスを消す為にもな』
「言われるまでもねえよ、クソギコ」
『ああ?』
「うるせえな。また後でな」
『あ、ちょ、待てテメ――――』プツン
「……縛られているのは私だけじゃなく、ツンちゃんも、きっと」
.
113
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:06:02 ID:Ccn78cE20
从 ゚∀从「私が必ず助けてやるぞ、ツンちゃん」
重金属酸性雨を降らすどす黒い雲に覆われ、空は昼間だというのに薄暗く、
スパイク状に尖る高層構造物に取り巻く千差万別の灯りも陰っていた。
その間を縫う列車の横っ腹に埋め込まれた古い映画の再上演の広告が強調表示されると、
昔の事を思い出し口の角をそっと下げ、前髪で隠す視覚インプラントの表面を指先で掻いた。
リキッドを落としたが如くアメーバ状に版図を広げ続ける西岸部の大都市、ロス。
ハインリッヒは現実と仮想が猥雑に絡み合う都市の影に身を投じ、かつての友を追う。
目を閉じれば友と過ごした輝ける日々があった。
終わりなどではない。終わりにもさせない。
また、あの日々を再び始める為に。
ハインリッヒが48になったばかりの夏だった。
从 ゚∀从 機装化精神病のようです
『繝ヅク』
.
114
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:07:52 ID:Ccn78cE20
そういえばブレードランナーも2019年の世界だった。
追い付いてしまった。
現行が終わったら続きを始めたいなーと思っています。
ありがとうございました。
意識したテーマ
おわりとはじまり
序章
別れ
発端
地獄
始動
うんこ
115
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 03:24:42 ID:X/k.EpWE0
明日の仕事に絶望してたら神がいた
116
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 08:39:31 ID:eDKTvl.E0
乙!!!
117
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 08:56:35 ID:C5B03niA0
すっごいいい作品乙です
続き楽しみです
118
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 17:11:32 ID:6Naue2W.0
ええやんけ 乙!!
119
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 17:31:36 ID:/N9rXSKE0
乙!
120
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 20:41:48 ID:ANooleoY0
乙
またわくわくする終わり方をしてくれるな
121
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 22:19:25 ID:nIInCTQU0
面白くて洋画観たくなったよ
122
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 00:08:54 ID:h5Fp4l060
乙ゥ^〜
平成ももうすぐ終わる2019年に
ブーン系でこんな名作と出逢えるなんて…
123
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 12:16:05 ID:9XZ7QM5s0
面白かった 乙
続きも楽しみ
124
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 13:25:40 ID:2Lt5s9EQ0
めちゃくちゃ面白くて最高です、乙
125
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 20:44:17 ID:ENzjNdYU0
現行や過去作品教えてくれ
126
:
名無しさん
:2019/01/13(日) 00:16:08 ID:pcJgxc9A0
面白そうすぎるじゃんふざけんな逃亡すんなよほんとに乙
127
:
名無しさん
:2019/01/13(日) 01:39:10 ID:Vp86VWJQ0
ショボンとか零の者とかまさか!?
128
:
名無しさん
:2019/01/13(日) 05:34:34 ID:jazQZGJ60
ブーンのIDがMCGRI1101315なんだよなぁ
129
:
名無しさん
:2019/01/13(日) 08:11:49 ID:vBtx2nDI0
街狩りの作者だぞ
Twitterで分かるけど
130
:
◆jVEgVW6U6s
:2019/01/16(水) 19:47:54 ID:0m7BhVCg0
投下期間も終わったので酉出しときます。
読んでくださいましてありがとうございます。
街狩りが終わったら続き物として再始動しますので、その際はまたよろしくお願いします。
131
:
名無しさん
:2019/01/19(土) 14:30:06 ID:NlYI/j460
了解やでー
132
:
名無しさん
:2019/01/20(日) 12:09:44 ID:6/qVi3I60
めちゃくちゃ面白いなこれ
133
:
名無しさん
:2019/01/25(金) 13:58:40 ID:M0kvqOAw0
おつ
めっちゃわくわくする
134
:
名無しさん
:2019/01/25(金) 19:34:38 ID:aO8oqegg0
映画見てるみたいな気分で読めて好きだ。続き楽しみにしてる
135
:
名無しさん
:2019/01/28(月) 13:42:51 ID:xjsUSAPA0
ブレードランナー
デトロイト ビカムヒューマン
アンドロイドは電気羊の夢を見るのか?
影響が大きいのはこのあたりかな? どれも好物だぜ
136
:
名無しさん
:2019/01/28(月) 13:53:35 ID:mrM//0Oc0
>>135
ブレードランナーの原作が電気羊
137
:
名無しさん
:2019/05/09(木) 06:09:51 ID:Vstbqo9s0
うおあああ読もうと思ってたらこんなに時間経ってた!!!おつ!
面白かったぞ!続き待つわ!!
138
:
名無しさん
:2021/12/19(日) 12:10:58 ID:7L7gpHjM0
まだかなー
139
:
名無しさん
:2022/05/29(日) 17:01:36 ID:Jmqje6HI0
全裸待機
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