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イ結ぶ這鏡のようです
1
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:30:55 ID:9XcUMWvA0
おわはじ祭り作品です
微グロ注意
311
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:09:33 ID:losd25xM0
「キュートさん!」
「わ、りりちゃん! そ、その子は!?」
「私の子供です!」
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけふくよかになったりりちゃんは、
とっぷりとまんまるな赤ちゃんを抱っこしていました。
赤ちゃんはぱっちりと開いたお目々で、物珍しげにボクのことを見ています。
なんだか不思議な感じがしました。
「この子が何かを知りたいと思った時、
一緒に考えてあげられるお母さんになりたいですから」
りりちゃんはいま、子育てに励みながらでぃさんの所へ通っているそうでした。
子供やご老人に混じって勉強することに恥ずかしさなくはなかったそうですが、
子供のことを考えたららそんな恥ずかしさなんて気にしていられないと思ったそうです。
母は強し、です。
312
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:10:00 ID:losd25xM0
「あら、この子、キュートさんに抱っこしてもらいたがってるみたいです」
「え、えぇ!?」
「抱っこしてもらえませんか?」
「え、でも、えぇ……」
「試しに、ね?」
すっかり母親になってしまったりりちゃんは
記憶の中とは違いずいぶんと押しが強くなっていて、
昔と変わらないボクは押し切られるまま赤ん坊を手渡されてしまいました。
職業柄人を持ち運んだりした経験は少なくありませんが、
このように小さな赤ん坊を抱えるのは始めてのことです。
これで、いいのかな? 安定してる? 本当に大丈夫?
不安はつきません。緊張します。
たぶんその緊張は、抱かれている赤ちゃんにも伝わるのでしょう。
赤ちゃんは居心地悪そうに身体をよじり、
それでも不満が解消されないことが解ると、ついには泣き出してしまいました。
313
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:10:32 ID:losd25xM0
「あらあらあら」
「あ、あ、あの、ご、ごめんね、ごめんね……!」
「この子はもう――」
ボクの手から赤ちゃんが、りりちゃんの胸へと帰ります。
ほっとした気持ちと、泣かせてしまってごめんねという気持ちが、同居しています。
けれどりりちゃんは手慣れたもので、
胸の中の赤ちゃんをなだめながら、歌を歌い始めました。
その歌は、ボクにも聞き覚えのあるものでした。
やさしくて、暖かくて――母から子へと贈る歌。
そう、この歌は、“あの人”が歌っていた――。
赤ちゃんが寝静まりました。
その寝顔を愛おしそうに見つめながらりりちゃんは、小声で話し出しました。
314
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:11:02 ID:losd25xM0
「この歌、昔お母さんも歌っていたんです。
どうしてお姉ちゃんも知っていたのか不思議だったけど、
でも、もしかしたら当たり前のことなのかもしれません」
「えと、どういう……?」
「この歌は母から子に……“這ナギの母”であるヒメミ様が、
私達に教えてくださった歌なんだそうです。
元気に、健やかに……あなたの瞳がいつまでもかかやきを失いませんようにって」
“お母さん”は、とても幸せそうでした。
「お姉ちゃんは、私にとっての神様でした」
“赤ん坊”は、とても幸せそうでした。
「私はこの歌を、この子に歌います。
それでこの子が自分の子にこの歌を歌ってくれたら、
それがどんどん続いていったら……それってとても、素敵なことだと思いませんか?」
「……うん、思う、ボクも、そうなったらいいなって、思います」
「キュートさんならそう言ってくれると思いました」
そういうりりちゃんの顔は、昔の面影を残しつつ、
けれどやっぱり、子を持つ母の顔をしていました。
.
315
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:11:27 ID:losd25xM0
「あー、それにしても、男が欲しい!」
「ミセリはモテませんからね」
「そういうトソンだってずっと一人じゃん!」
「私は今の環境に満足していますから」
「ぐぬぬ……」
「あはは……」
三人でおしゃべりするのがすっかり
定番になってしまった、這ナギでの三週間。
頂いたお休みも、半分を過ぎてしまいました。
トソンさんにやり込められて悔しげにするミセリさんも、見慣れたものです。
それでもトソンさんの下へ訪れてくるのはいつも
ミセリさんの方からなのですから、やはりお二人は、仲良しなのでしょう。
316
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:11:47 ID:losd25xM0
「あーもー、あたしこのままじゃ、
独り身のままおばさんになっちゃうよー」
「現実を認めましょう。あなたはもうおばさんです」
「な、し、失礼だぞ! それにあたしがおばさんなら、
キューちゃんはどうするのさ!」
「キュートさんはいいんです。
あなたと違って可愛らしいですし、お相手もいますし」
トソンさんの言葉に、飲みかけていたお茶を
思わず吹き出してしまいそうになりました。
「ど、ドクオさんとは別に、そういうのでは!」
「そうなのですか?」
トソンさんが、変化に乏しいその顔を疑問を抱いた表情に変えて、
ボクを覗き込んできます。……ついつい、目を背けてしまいます。
「最近はずっと、外に出かけているんですよね?」
「は、はい……」
317
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:12:30 ID:losd25xM0
そうなのです。ドクオさんは最近と言わず、
ここへ来てからずっと、外出し通しでいました。
それも驚いたことに、昔はあれほど仲の悪かったプギャーさん方と一緒に。
もしかしたら弱みを握られて脅されているのかもしれない――
なんて考えも初めはありましたが、どうやらそれは杞憂のようで、
ドクオさんの身に特段容態の変化や、悪化というものは見られませんでした。
ドクオさんは毎日毎日外へと出かけて、それはやはり心配ではありましたが、
何事もなく夜には無事に帰ってきましたから、ボクにはそれ以上何も、
言ったりやったりすることはできませんでした。
ボクはただドクオさんに付いてきただけで、
何かの権利を有しているわけでもありませんでしたから。
「なら、ヒメミ湖の参拝にでも誘ってみては如何ですか?」
「そうそう! ヒメミ様って、縁結びの神様でもあるんだって!」
「そうなんです?」
それは初耳でした。
「蛇は多産の象徴ですからね。交尾も長く激しいものですから、
そこからあやかって意味付けられたのでしょう」
「情緒〜」
「事実です」
318
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:12:56 ID:losd25xM0
「いえ、あの……ほんとに、その、そういうのではないんですよ」
二人が、ボクを見ます。
「ドクオさんはボクの憧れ……というか、
雲の上、みたいな、そういう人ですから……」
「じゃあ、あたしが狙っちゃおうかなー?」
「え、え……!?」
思わず、どきりと、してしまいました。
「やめなさい。ドクオさんが可哀想です」
「ど、どういう意味だ!」
「それに、あなたにあの人は荷が重い」
「……それは、そうだねー」
319
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:13:16 ID:losd25xM0
きっとミセリさんの発言は、冗談のつもりだったのでしょう。
ですがボクは、自分でも驚くほどに心臓がバクバク言っているのを自覚しました。
何にそんなに驚いているのか自分でも解りませんでしたが、
とにかく心臓が、痛いほどに胸打っていました。
――もしかしたらボクは、思い上がっていたのかもしれません。
「キュートさん、いる?」
扉を開けて、いようさんが顔を覗かせてきました。
ミセリさんがノックもなしに開けるなんて変態、痴漢と冗談を言っていましたが、
これもいつものことなのかいようさんは気にする様子無く、ボクを呼びました。
ボクは――これ幸いと、お二人に頭を下げてからいようさんに付いていきました。
.
320
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:13:46 ID:losd25xM0
「うちの先生、もうとっくの昔に還暦を越えているんですよう」
いようさんのお話はドクオさんのこと――
そして、この診療所のこれからについてでした。
いようさんが言うにはシラヒーゲ先生には無理を言って
ここに勤めてもらっているのだけれど、
できることなら別の先生をお迎えして、早く休ませてあげたいのだそうです。
「なのでドクオさんにここに居てもらえたら、すごく助かるのです」
「でも、ドクオさんは……」
「もちろん、事情は理解しているつもりです。
“お身体”のことについても。ですがだからこそ、
我々なら支えることができる。そう思いませんか?」
「それは、とても魅力的な話だと思います……でも」
「なんでしょう?」
「なぜ、ボクに?」
「なぜって……ドクオさんがここに残るなら、
キュートさんもここに残るでしょう?」
321
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:14:07 ID:losd25xM0
「えっ」
「違うんですか?」
「……ボクは」
ドクオさんにとっての、ボクは――。
「ただの、付き添いですから……」
「そうなのですか?」
ボクは、うなずきます。
そうです、ボクはただの付き添いです。
やっていることはきっと、看護師としての仕事の延長なんです。
そしてもし、もし……ドクオさんがボクの手を必要としなくなったなら、
ボクだってきっと、ドクオさんの側にいる必要はなくなるのです。
それはきっと、歓迎するべきことです。喜ばしいことです。
喜ばしいことの、はずなのに……。
322
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:14:34 ID:losd25xM0
「キュートさん……?」
「あ、いえ、なんでもないです、ごめんなさい……泣いて、ないです」
「無理していませんか?」
「……へへ、そんなこと、ないですよー」
「ならいいのですが……」
「あの、それよりもですね! ボク、ちょっと、訊きたいことだあって」
「なんでしょう?」
「あの……内藤先生の、ことなんですけど」
いようさんの態度に、硬いものが混じりました。
この話題は、ずっと避けていたのでしょう。
それを感じ取っていたからボクもこれまでこの話題を、先延ばしに延ばしてきました。
ですが休みの終わりが近づき、そろそろもどることを考え始めたら、
やはり頼まれたことは聞いておかなければならない気がしたのです。
でなければあのツン先生のことです、どんなお叱りを受けるか解ったものではありません。
323
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:14:56 ID:losd25xM0
「……それで、訊きたいこととは?」
「あの……ボクが這ナギを出てからどうしていたのか、
とか、癌で亡くなったと聞きましたけれど、治療はしなかったのか、
とか、あと、えと、それから……」
ボクは思いついたことを思いついた端から口にしていきました。
次から次に言葉にしながら、でも何か違うようなと思いつつ、
それでも口を開くのを止めませんでした。
そうしていい加減何も出てこなくなった時、
そういえば、と、思い出しました。
そうでした。ボクはこれを聞くように、先生から言われたのでした。
「『答えは見つかったか』……とか」
,
324
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:15:22 ID:losd25xM0
いようさんが、目を開いてボクを見ました。
何か、おかしなものでも見るように。
「あ、ごめんなさい。変なこと言ってしまいました、忘れて下さい――」
「いや……」
とっさに質問を打ち消そうとしたボクに向かって、
いようさんはその打ち消し自体を打ち消しました。
そしてその大きな手を顔へと当てて、くつくつと笑いだしたのです。
「まさか、キュートさんだったとは……」
「……あの?」
「……そうですね。先生は、癌の治療はされませんでした。
見込みがないことを理解されていたようです。だから最後まで医師として、
人を、這ナギの人々を助けることに力を注ぎたいとおっしゃっていました
……先生は、疫病の根絶と戦いました」
「疫病!?」
325
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:15:54 ID:losd25xM0
予想だにしなかった、恐ろしい単語が飛び出してきました。
先ほどとはまた別の意味で、心臓がどきりとします。
「キュートさんが這ナギを出ていった直後くらいから、
這ナギに疫病が蔓延しました。そうです、おいらたちの東側を襲った、あの疫病です」
「そんな……」
「いえ、悲観しないで下さい。この疫病では、誰も死なずにすんだのです」
「……だれも?」
あの、疫病で?
「先生はそれこそ寝食を惜しんで、疫病と戦いました。
一年、二年と、疫病が這ナギを襲っている間、先生が休んでいる姿を、
おいらは一度も見たことがありませんでした。
周りがどんなに心配しても、先生は戦うことを止めませんでした。
そして……勝利しました。疫病を、根絶させたのです。誰一人、死人を出さず」
「ほんとに……?」
それはとても、信じられないことでした。
あの疫病が、ボクたちを襲ったあの疫病が、本当に、根絶された……?
それも、唯の一人の死人も出さずに?
326
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:16:14 ID:losd25xM0
「キュートさんの疑問も最もです。おいらにも……おいらたちにこそ、
それは信じられないことでしょう。でもこれは、事実です。
先生は、成し遂げたのです。けれど先生は、こう言いました」
いようさんが、遠い目をして言います。
「這ナギが山の土と水のおかげだと」
思わずボクも、いようさんが見つめる方を見てしまいました。
そこには壁がありましたが、壁を越えたその向こうには、
這ナギの中心、日鏡巻山が泰然と鎮座しているはずです。
「そして最後の患者の治療を終えて三日後、
亡くなる前日の夜、先生はおいらに言い遺しました。
ある事を尋ねに来る人がいたら、こう返して欲しいと」
「……まさか」
いようさんが、首を縦に振りました。
そして彼<内藤先生>は、こう言ったのです。
「『賭けはきみの勝ちだ。神様は、本当に存在していたよ』」
.
327
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:16:34 ID:losd25xM0
「キュート、ヒメミ湖へ行こう」
.
328
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:17:16 ID:losd25xM0
お休みも残すところ後一日といった時に、
ドクオさんからお誘いを受けました。山登りです。
ドクオさんの身体は山を登るのには適していませんでしたので、
ボクが肩を貸して、時間を掛けて二人で登っていきました
“あの日”から、ドクオさんの身体は半身不随となっていました。
下半身はまだ、ある程度の自由が利きます。
ひきずりながらでも歩行することは可能でした。
けれど上半身は完全に麻痺していて、
症状の表れている左側の手は指の先ほども動かすことはできないそうでした。
耳も目も左側は完全に機能しておらず、ドクオさんは常に、
麻痺した半身を残された半身で補いながら生きていかなければなりませんでした。
けれどそのことについて、ドクオさんがなにか不平を
言っているのを耳にしたことは、少なくともボクは、ありません。
彼は自分の身に起こったことを、ただ事実として受け容れているようでした。
ドクオさんは、逞しく快復しました。
たぶん、もう、ボクの存在なんて必要ないくらいに。
329
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:17:49 ID:losd25xM0
カカ山の山道はゆるやかですが、
それでもボクたちにとっては大変な行軍になりました。
ですが大変でありながらも、カカ山の匂いや、音や、
光を目にしながらの登山は大変に気持ちがよく、
土や水が、記憶の中よりも明るくかかやいているようにすら思えました。
ボクたちはひぃひぃ息を切らしながら、でも楽しみながら、
会話らしい会話もないまま登り続けて、そして、山頂にたどり着きました。
日目見湖。あるいは、日女巳湖。
蛇の瞳のように、陽の光を反する、水鏡。
ボクたちはヒメミ湖の側で、座りました。“あの日”みたいに。
330
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:18:12 ID:losd25xM0
「あの、ですね……その、ドクオさん、ボク……」
ボクは、この一ヶ月で起こったこと、
出会った人たちのことを、ドクオさんに話しました。
ボクは話がうまくないですし、記憶力もよくないので、
上手に話せている自信はありませんでしたが、
ドクオさんは何も言わず、聞いてくれました。
「ミセリさんとトソンさんがですね、いまも仲良しで――」
ボクはとにかく、話し続けました。
些細なことでも、くだらないかもしれないことでも、なんでも。
だって、たぶん――。
「りりちゃん、お母さんになったんですよ!」
たぶんこれが、ドクオさんと一緒にいられる、最後の時間になるはずですから。
ドクオさんは、もう、ボクがいなくても生きていける。
だったらボクは、こんなボクはきっと、枷にしかならないから。だから――。
331
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:18:46 ID:losd25xM0
「……いようさんが、あなたの力を頼っているんです」
ボクは、話しました。いようさんの頼み事を。
それが一番、ドクオさんにとっても、這ナギにとっても、
綺麗に収まる結果だと思いましたから。
だからボクは、ドクオさんに、話しました。
「……き、急でしたよね、ご、ごめんなさい!
もっと早くに話せばよかったな、え、えへへ……」
ドクオさんは、ずっと無言のままでした。
ヒメミの湖を見つめたまま、動きませんでした。
ボクは、意味もなく笑ってしまいます。
間を持たせるためだけの、心から浮かび上がってきたわけではない、笑み。
癖になってしまった、処世術。
ドクオさんが、ぽつりと、つぶやきました。
「親父と会った」
「……デミタスさんと?」
332
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:19:09 ID:losd25xM0
風が吹きましたが、ヒメミの湖は、
鏡のように空を反射し続けていました。
「親父は若い頃に一度、這ナギを出たことがあるらしい。
そこで、無学であることを理由に惨めな思いをしたのだとか……
母と出会ったのは、その頃だ」
「ペニサスさん……」
「母は父のことを、唯一バカにしないでくれたそうだ。
そして、バカにしてきた奴らを一緒に見返してやろうと。
父は、母に恋をした。そして生まれて初めて母親――
祖母に逆らい、母と結ばれたそうだ」
「そう、だったんですか……」
「結局父は祖母に逆らい続けることが出来ず、
味方を失った母は精神的に不安定になってしまった。
そのことを父は悔いていた。
……しかし、母と出会ったこと、ぼくの父になったことを
後悔したことだけは一度もないと、そう、言っていた」
ドクオさんの、健常な側の瞳を、ボクは見つめます。
まるで光を映す鏡のようだと思いながら。
333
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:19:32 ID:losd25xM0
「聞けてよかったと、思う」
「うん……うん、そう、ですね」
「おかげで、答えに辿り着けた」
「答え?」
ドクオさんの顔が、ボクの方を向きました。
ドクオさんのことを見ていたボクの目と、
ドクオさんのそれとが、向かい合います。どきりとします。
「一年間、考え続けていたんだ。お前の言われたことを」
「ボ、ボクに、ですか……?」
「『生きましょう』」
「あ……」
確かに、そんなことを言った覚えは、ありました。
あの時は一杯一杯だったので、記憶も朧気ですが。
334
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:19:58 ID:losd25xM0
「なんだか、あの、偉そうなこと言っちゃって、へへ、その……」
「“生きる”。それがどういう意味なのか、
ぼくはずっと考えていた。だから――」
「だ、だから?」
「いようの誘いは、受けられない」
どうして――ボクがそう口を挟むよりも先に、ドクオさんは話を続けます。
「ぼくは、先生に憧れていた。お姉ちゃんに憧れていた。
二人のようになりたいと思っていた。けれどぼくは、二人になれなかった。
なれないと悟った。だから――死ぬしかないと、思った」
「それは……」
「ああ、そうだ。それは、間違いだった」
ドクオさんの瞳が、ボクの瞳を、ぎゅう……っと、見つめます。
「ぼくはきっと、死ぬまで二人にはなれないだろう。
どんなに望んでも、焦がれても、なれないものには、なれない。
それは厳然たる、ひとつの事実だ」
「そんなこと――」
「だが」
.
335
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:20:29 ID:losd25xM0
「例え“なる”ことはできなくとも、
なることを目指す行為を“する”ことは、できる」
「這いつくばってもかかやきを見上げ、目指すことは、できる」
「“生きる”とは、そういうことなのだと、思う。そして――」
「ぼくが“生きる”ことが、その姿が誰かの“生きる”力となれるなら。
それはきっと、それこそが――」
「“生命を結ぶ”ということなのだと、ぼくは、思う」
.
336
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:20:51 ID:losd25xM0
「キュート、手を出してくれ」
言われて、手を上げました。
ドクオさんの手が、ボクの手に載せられました。
「ぼくはこれからきっと、大変な道を歩んでいくことになると思う。
“なろう”と“する”為に、多くの人の顰蹙を買うことになると思う。
物理的な危険だってあるかもしれない。だから無理強いはできない。
だけどもし、もし……きみが、良いと言ってくれるなら――」
何かを、渡されました。
.
337
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:21:24 ID:losd25xM0
('A`)「他ならぬきみの瞳で、ぼくを見続けていてもらいたい」
.
338
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:21:58 ID:losd25xM0
ドクオさんの手が、離れました。
そこに置かれたものを、ボクは見ました。
「あの、これ……」
「ダメか?」
「だって、これ……」
ボクはドクオさんと、てのひらに置かれたものを交互に見ました。
そしてもう一度、てのひらに置かれたものを凝視しました。
だって、そこに置かれていたのは――。
カカメ<蛇目>石。ピカピカに、磨かれた。
何故だか涙が、溢れてきました。
339
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:22:43 ID:losd25xM0
「ごめんなさい、でもボク……ボク、
泣いてないですから、泣いてなんか……」
泣いてはいけないと思うと余計に、
涙はこぼれ出ていきました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「いいんだ」
「……うぇ?」
手を、握られました。
「泣きたいなら、泣けばいい」
ぎゅっと、握ってもらいました。
「笑いたければ、笑えばいい。怒りたければ、怒ればいい。
……愛したければ、そうすればいい」
鏡<瞳>そのもののように光を映し出すカカメ石を中心に、
ドクオさんとボクの手とが、結ばれていました。
ボクたちの手と手とが結ばれている様が、映し出されていました。
「ぼくたちが教わったのは、きっと、そういうことなんじゃないかと、思う」
ドクオさんの手のぬくもりが、伝わってきました。
.
340
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:23:15 ID:losd25xM0
――ボクは、心の何処かで、大人になってはいけないと思っていました。
“こんなふうになりたくない”と思ってしまったボクに、
お姉ちゃんたちがなれなかったものになる資格なんてないと、そう思っていました。
泣いたり、怒ったりする権利なんて、ボクにはないと思っていました。
でも、もう、いいのかもしれません。
自由に、思うままに振る舞っても、いいのかもしれません。
ボクたちはそうして“生きて”も、いいのかもしれません。
いっぱい泣いて、いっぱい怒って、いっぱい笑って、それで、それで――
ボクは……“私”は、これからも、ずっと、ずっと――――
.
341
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:23:41 ID:losd25xM0
かかやくあなたを一番側で、見続けていたいです!
.
342
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:24:07 ID:losd25xM0
.
343
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:24:41 ID:losd25xM0
遍く衆生は不日に散ず
(生きとし生けるものはみな遠からずこの世を去ります)
.
344
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:25:07 ID:losd25xM0
――なればこそ
(――だからこそ)
.
345
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:25:38 ID:losd25xM0
其瞳に映ずる万事一切
(あなたの瞳に映るあらゆる物事が)
.
346
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:26:09 ID:losd25xM0
何時何時迄も
(終わり始まるその時までも)
.
347
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:26:37 ID:losd25xM0
かかやき続けますように――
(どうかどうか、輝き続けてくれますように――)
.
348
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:27:04 ID:losd25xM0
.
349
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:27:43 ID:losd25xM0
【結】
・閉じる、締める、終わる
・結びつける、つなげる、つなぐ
【遺】
・失う、忘れる、終わる、終わり
【生】
・生きる、生まれる、始まる、始まり、
.
350
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:28:24 ID:losd25xM0
イムス ハイガミ
o川*゚ー゚)o生(遺)結ぶ這鏡のようです('A`) 結
.
351
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:30:52 ID:losd25xM0
これにて完結です。めったら長くなってしまったこの物語をここまで読んで頂けたこと、本当に感謝しています
この物語があなたの琴線の端っこにでも触れたなら、なによりでございます。ありがとうございました!
352
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:34:36 ID:JMM4eEMs0
乙!
353
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:36:16 ID:4pWHE8i.0
心からの乙を
降りかかる絶望からのこのラストはマジで感動した
354
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:58:59 ID:4V.M7ya.0
乙でした!
355
:
名無しさん
:2019/01/16(水) 18:50:48 ID:/D2Eh/ZY0
乙
356
:
◆y7/jBFQ5SY
:2019/01/18(金) 19:23:16 ID:P19kqvPI0
一応こちらでも酉出し証明を
重ね重ね、お読み頂きありがとうございました!
357
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 16:58:05 ID:TDCsOhFo0
凝った良い話だった乙
358
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:55:07 ID:C9TEP3Fc0
最後が爽やかで安心してしまった
毎回投下がすごく楽しみでした
おつおつ
359
:
名無しさん
:2019/01/31(木) 23:02:16 ID:03he9IE.0
読ませる文章だ、めっちゃ楽しかった
ただAAの生首が一切出て来ないの、作者の持ち味ならゴメンだけど折角のブーン系なんだしちょっと勿体無い気もするな
360
:
名無しさん
:2019/02/19(火) 16:25:17 ID:VOQ6F5iU0
乙
心情の描写が上手くて読むのが止まらなかった
ブーン系なのにドクオ達の顔を使うのが必要最低限だけだったのもいい演出だった
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