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イ結ぶ這鏡のようです
1
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:30:55 ID:9XcUMWvA0
おわはじ祭り作品です
微グロ注意
2
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:31:30 ID:9XcUMWvA0
遍く衆生は不日に散ず
.
3
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:32:57 ID:9XcUMWvA0
※
生命が、滅びゆく。
淀み穢れ腐れた土と水と息とが、
この地に住まう一切衆生の活と輝ととを屠り蝕み奪いゆく。
ここは死したる地。
壊死したる膚の表上で、厄と病の濁気纏う、陽光失した腐敗の地。
死に結ばれた地。終に終した地。
人が死ぬ。数限りなく、死んでいく。
悲しみに哭く声、苦痛に哭く声、神への怨みに哭き叫ぶ声。
いついつ晴れるともなく続く、世に顕現されし最下の獄。
のたうち這いずるひび割れた人々。
私にはどうすることもできなかった。
死を止めることも、痛みを緩和することも、
悲しみに手を差し伸べることも、できなかった。
何もできなかった。私にはただ、見ていることしかできなかった。
生命が滅ぶ死色の景を。憎悪に憤した無数の瞳が、
乾いて割れた瞳の群れが、一ツ処を凝せし様を。
私はただただ、見続けた。
私を見やる生気失き目を、私は生きて、見続けた。
4
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:33:48 ID:9XcUMWvA0
この景は、私によってもたらされたもの。
この景は、私がもたらしたもの。
私がここにいるから、起こったこと。
私が生きているから、起こったこと。
私が生まれたから。
私が私であるから。
私が私だから。
私が。
私が――
.
5
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:34:19 ID:9XcUMWvA0
私が私を生きたから、這ナギの東は、遺われた。
.
6
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:35:10 ID:9XcUMWvA0
遺
「兄さんは死にました。先生も。あなたがいなくなって、数年後に」
目を伏せ決して視線を合わせまいとする意思を顕にしながら彼女――
りりは、そう言った。なぜ――とは、聞けなかった。
くすみくたびれかつての面影を失した看護服と、
より以上にくたびれやつれた彼女の顔を見て尚
そのような酷を尋ねる勇気など、俺にはなかった。
いようは、そして先生は死んだのかと、
その事実をただただ受け入れるより他、俺に出来る事はなかった。
這ナギ診療所の待合室には、
この片田舎の小さな医院としては異常とも言える人数が肩を合わせて、
自分の番を待っていた。誰も彼もが血の巡りを感じさせない青白い肌をして、
その表皮は極端に乾燥してひび割れていた。
中でも症状の重たい者は、割れた全身から血液を流しつつうめき声を上げている。
粉々に砕け散った鏡のように充血した瞳は焦点が合わず、
忙しなく動きつつどこも見ては居ない。
……おそらくは、臓器――脳までその症状が進行している。
口には出さなかった。
しかしこの言葉を打ち消すことが、俺にはどうしてもできなかった。
なぜ。
7
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:35:39 ID:9XcUMWvA0
「その潰れた片目、お前、ドクオか?」
座席の端に腰掛けていた患者の一人に、声を掛けられた。
男。年は――三○前後といったところ。俺と同じくらいだろうか。
他の患者に比べ症状の軽いその男は
格別人相が変わったようにも見えないが、
俺にはその男が何者なのか解らなかった。
どこかで目にした覚えはあるのだが、
記憶が朧で正体にまでたどり着かない。
と、男がおもむろに片手を上げた。手の甲側が俺の視界に入る。
盛り上がったまま固まった肉の塊が、丁度甲の真ん中で丘のように築かれていた。
病気で出来たものではない。古い傷の痕。記憶と顔とが、つながった。
「……プギャー?」
「やっぱりドクオか!」
にたりと、プギャーが笑った。
プギャーは座ったままの格好で俺の肩に手を回し
馴れ馴れしく引き寄せてきた。前かがみに傾斜した俺の頭が、
プギャーの頭と接近する。
8
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:36:28 ID:9XcUMWvA0
「ニュース、見たぜ。なんだか大変みたいじゃねえか、えぇ?」
「……」
「だんまりかよ」
「守秘義務があるんだ」
「シュヒギム? はッ、さすが都会のお方はむつかしい言葉を使いなさる!」
「プギャー、俺は……」
「ドクオ、なあおいドクオよぉ、お前は何処の人間だ?
何処で生まれて、何処で育った? お前がいくら薄情者でも、
少しくらいは郷土愛を持ってるだろ? 昔の友人はかけがえないだろ?
ならよドクオ、一つくらい答えろよ。
一個ぐらいはシュヒギムより這ナギを優先してみろよ」
「いくら言われようと、俺は……」
「なあ、ドクオぉ――」
プギャーのかさついた指の腹が、首筋を撫でた。
固く尖った感触に、怖気が走る。硬直した俺の身体に、頭に、耳に、
プギャーは自身の口を近づけ、耳打った。
ほんとは何人死んだんだ?
9
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:37:22 ID:9XcUMWvA0
「プギャーさん、他の方に迷惑ですから」
「うるせえ!」
何するでもなく立ち続けていたりりが、
疲れを感じさせる動作でプギャーの腕に触れた。
その手を払い除けながら、プギャーが叫ぶ。
その声量は、結構なものだった。
しかし待合室は特にどよめき起こすこともなく、プギャーの怒声ばかりが更に響く。
「お前ら東の連中が来なけりゃ、こんなことには……」
腰を浮かせてりりを睨みつけていたプギャーが、
宙に浮かせた手で空を握った。五本の指のその先すべてがひび割れ、
血を滲ませていた。プギャーがその手と共に、腰を下ろした。
「ミルナも、ネーヨも、みんな、こんな、こんな……」
伏せたまま、プギャーはつぶやいていた。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう。その声には、嗚咽が混じりだしていた。
嗚咽混じりの声で、プギャーは誰に聞かせるでもない様子で、つぶやき続けた。
よそもんは嫌いだ。よそもんは厄介事しか持ってこない。
俺たちにはこの村<這ナギ>しかない。この村<這ナギ>でしか生きられない。
この村<這ナギ>から逃れられない。なのに、勝手にここへ来て、勝手に去っていく……。
よそもんは嫌いだ。よそもんになれるやつも嫌いだ。みんなみんな嫌いだ、嫌いだ――。
10
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:37:52 ID:9XcUMWvA0
ふと、視線を感じた。
忙しなく視線を動かしていた重症の患者が、こちらを見ていた。俺を見ていた。
ひび割れたその瞳に、俺の姿を、映していた。
光を失った、その瞳。
ああ。おれは。
「あなたが居た頃とは……一五年前とは、違うんです」
遠い声。
ただ鼓膜が振動しているだけの現象が、俺の脳を意味なく揺すっていた。
現象は、俺の意思とは無関係に起こり続け、その度に俺は、
ここではないどこかで投げかけられた言葉の数々を、
既に閉じた片目の奥で、現に体験し続けていた。
ここはもう、私達の居場所じゃない。
帰って下さい。私も、昔を思い出したくない。
彼女の言葉の意味は理解できなかった。
ただ、俺がここに、この場に留まってはならないことだけは、確かに理解できた。
潰れた片目がうずいた。
11
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:38:58 ID:9XcUMWvA0
「先生……」
『神などいない』。
人知主義を唱え続けたあなたは今際、何に祈りを捧げましたか――?
神に、それともやはり知識に?
あなたは死を、どのようにして受け入れましたか。俺は、何に――。
お姉ちゃん。
這ナギ村の中心に坐する神山、日鏡巻山――通称カカ山を、俺は登る。
カカ山が頂にて謐する彼此の境、ヒメミの湖を目指して。
神……ヒメミ様への信奉を証する為――では、ない。
神などいない。
這ナギが神に見守られた神村であるなどと、俺は信じていない。
この村そのものに、特別な思い入れなどない。
そう、プギャーの言うとおり、俺は根源的に“よそもん”なのだ。
郷土愛など、俺にはない。むしろ排他的かつ自縛的な有り様には、
嫌悪感すら覚える。例えそれが外的に植え付けられた感情であったとしても、
既に底にまで根付いたものは俺そのものの思想といって差し支えないはずだ。
それに――。
お姉ちゃん。
12
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:39:27 ID:9XcUMWvA0
不自然色に濁った小川の横を歩きながら、山頂を目指す。
空気が淀んでいる。麓でも感じた臭い。屍の臭い。ここはもう死んでいる。
死んだものは、蘇らない。死は終わり。ここはもう、終わっている。
人が住む場所として。そして、俺の居場所として。故郷として。
あの人がいなくなった、その時に。
だからこそ、相応しい。
朽ちた鳥居を潜るとその先に、ヒメミの湖が眼前いっぱいに広がった。
一ツ風すら及ばぬ神域の湖はそよたる波とて立ちはしないが、
その表は陰として濁り、何物をも映し出しては居ない。
ヒメミは既に、日を見はしない。増々持って、相応しいと感じられた。
死ななければならない。
既に薬は飲んでいる。残された役目は、この身を投げるだけ。
後の事は狡知に長けた彼らがうまく処理することだろう。
俺は死ななければならない。しかし死に場所を選ぶくらいの自由は、
行使しても構わないはずだ。それすらも赦されないほどに、
世界は非常でないだろう。だったら、だったらせめて最後くらいは、あの人の隣に――。
お姉ちゃん。
.
13
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:40:01 ID:9XcUMWvA0
沈む。底へと、沈んでいく。
ヒメミの湖は、想像していた程冷えてはおらず、
むしろ生暖かなその感触は心地良さすら感じられた。
それはとても、申し訳ないことだった。
俺一人幸福感に包まれて逝くなど、申し訳が立たない気がした。
けれど、もう、手遅れだ。既に薬が効果を発揮している。
手からも足からも、力一切が抜けている。
俺にはもう、健常な片まぶたを閉じて沈むことしかできない。
すまない。本当に、すまない。
ああ、しかし。俺は、沈む。俺が、沈む。
沈む、沈め、俺よ、沈め。
あの人の、あの人の眠る、深所まで――
.
14
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:40:21 ID:9XcUMWvA0
(……なんだ?)
何かが、聞こえた気がした。波。音。……声?
音が再び、水を割った。声。確かに声。
それも、これは、名前……? だれの――俺の?
何かが、ぶつかってきた。
薬によって鈍麻した感覚の向こうからも伝わってくる程に、強い衝撃だった。
沈みかけた意識が、こちら側へと引き戻される。
何かが俺に絡みついているのが感じられる。何だ、これは、何だ、こいつは。
お前は。
指は、動かない。足は、動かない。
ただ、まぶたを。健常な片目を、俺は、開き――
.
15
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:40:50 ID:9XcUMWvA0
.
16
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:41:24 ID:9XcUMWvA0
「は……?」
「は……? じゃねーよ!」
目の間には、子供が三人、立っていた。
にやにやと、意地の悪い顔をした三人のガキ。
三人共、その底意地の悪さも含めて見覚えのある顔。
振り返る。当たりを見回す。違う。
ここは、ヒメミ湖ではない。日鏡巻山ではない。
ここは……知っている。ここは、学校。
かつて俺が通っていた這ナギ小――じゃないか……?
「きょろきょろしてんじゃねーよ!」
ガキの一人に胸ぐらをつかまれた。
幼い顔を懸命に凄ませて、微塵も持ち合わせていない迫力を
無理くりに演出しようとしている。柔な子供の手。傷一つない、その手の甲。
そう、この時は、まだ――。
17
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:41:58 ID:9XcUMWvA0
「……プギャー?」
「あぁ!?」
啖呵を切って、更に凄みを演出しようとしているガキ……
おそらく、ほぼ間違いなく、プギャーである、ガキ。
後ろでにやつく二人も交えて、生意気だ、
ちょっとくらい勉強できるからっていい気になるな、
謝れ、土下座しろとまくしたてるガキども。
そうだ、俺はプギャーに嫌われていた。
いや、プギャーだけでなく、組の全員から良いようには思われていなかったはずだ。
担任だけが成績の良い――同時に特殊な立ち位置の俺を特別視していたが、
その特別視がこいつらの神経を余計に逆なでしていたのは、言うまでもない。
そしてその日、我が組の担任はテストで最低点を取ったプギャーに向かって
ドクオを見習えと組の全員が注視する眼の前で要らぬ説教をたれ、
放課後を迎えたプギャーは子分二人を従えて俺を校舎裏まで引っ張ってきたのだ――。
で、どういうことだ?
手を挙げる。潰れているはずの目の、その前まで。
発達の遅いガキの細い指先が、しっかと視界に映った。
指先は、確かに俺の意思に従い関節を曲げた。
18
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:42:37 ID:9XcUMWvA0
「遊んでんじゃねーよ!」
壁に押し付けられ、肺の中の空気が小さなうめきと共に瞬間的に漏れた。
それが面白かったのか、プギャーはバカみたいな笑い声を上げて、
しかし手だけは決して離そうとはしなかった。
これもまた、覚えの有る経験だった。
笑みを浮かべたプギャーが、更に罵声を浴びせてくる。
ビョーキ持ち、ビョーキ持ち。ビョーキ持ちと付き合うお前もビョーキ持ち。
東はビョーキ。よそもんはビョーキ。よそもんが這ナギを歩くな。
ビョーキが移る、ビョーキが移る。よそもんは這ナギから出て行け、
出て行け、でなけりゃ――
その先に続く言葉。それを俺は、よく覚えている。
あの人のことを、思い浮かべながら聞いていたから。
あの人の微笑みを、声を、その空気を、思い浮かべていたから。
あの人の、哀しみを。
プギャーの口が、開いた。
よそもんはみんな、死んじまえばいいんだ。
19
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:42:59 ID:9XcUMWvA0
胸ぐらをつかむプギャーの手にカッターナイフを刺して、ひねって、抉った。
「……え?」
ぽかんと口を開けたまま、一歩、二歩、後退。
自分の手から生えたカッターを凝視していたプギャーは尻もちをつき、
やがて弱々しい悲鳴を上げながら泣き始めた。
何が起こったのか理解が追いつかないのだろう。
先程までにやにやとこちらの様子を伺っていたプギャーの二人の子分は、
おろおろと視線を交わし合うだけでその場から動こうともしなかった。
その光景すら、俺には見覚えのあるものだった。
そして俺は、駆け出した。“かつて”と、同じ様に。
なんだこれは。夢か。それとも走馬灯というやつなのか。
俺は確かに、ヒメミ湖へ入水したはずだ。なぜ生きている。
それとも、まさか、まさか――。
過去に?
20
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:43:24 ID:9XcUMWvA0
バカな。バカげている。そんなことあるはずがない。
この世に超常の力などない。全ては人の知によって解明できる。
“神なんて迷信”だ。こんなこと“あってはならない”んだ。
だが。
俺は駆けている。何故か。
頭の中を駆け巡る思考は、かつての自分のものとは当然合致しない。
駆ける理由などない。しかし、その向かっている先は、かつてと同じ。
……こんなこと、あるはずがない。
夢か幻か、死に瀕した脳が見せる誤作動に過ぎない。
俺は認めない。認めてはならない。
……だがもし、もしもだ。
万が一、俺の知らない何らかの現象や法則によって、
過去を追体験することが可能であるならば。
もしその現象が、意図せぬ前提を超した事によって
俺の身に降り掛かっているのならば。
もしかしたならば、あそこにはあの人が。
あの人が――。
21
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:43:55 ID:9XcUMWvA0
這ナギ診療所の看板が、目に入った。
心臓が高鳴る。扉を開く。受付と待合室とを素通りし、
奥の、診療には用いていない部屋の前に立つ。
声が聞こえる。
女性――まだ大人ではなく、子供とも言えない、女の人の声。
――俺の、居場所。
ありえない。もしかしたら。
二つの言葉が交互に同時に、思考の渦を目まぐるしくかき回す。
指先が震えている。ドアノブを掴むことを拒絶し、同時にひねり回すことを促している。
そして――勝ったのは、“もしかしたら”、だった。
俺は、その部屋の扉を、開いた。
一六の視線と、そして更に二つの眼差しとが、俺が身に集約された。
俺は一六の視線を見回すことなく、二つの眼差しの、
その主たる水鏡のように愁い澄んだまなこを、ただ、見つめ返した。
22
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:44:23 ID:9XcUMWvA0
ああ。
あの人が、いた。あの人が、いる。
しぃ――お姉ちゃん。
お姉ちゃんが、生きて、いる。
お姉ちゃんが、生きてる。
生きてる――!
.
23
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:44:49 ID:9XcUMWvA0
「ぼ、ぼく……」
声が出ない。
あれだけ騒がしかった頭の中が、今度は何の言葉も発しようとはしてくれない。
話したいことはいくらでもあったはずだ。聞きたいことも、知りたいことも。
けれど、何も出てこない。何も。
一六の視線を割って、お姉ちゃんが歩みだした。
俺に向かって。ゆっくりと、静かに、音なく。お姉ちゃんが、微笑んだ。
そして、手を握られた。両手で、すべてを包み込むように、握られた――。
24
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:45:20 ID:9XcUMWvA0
「おかえり――」
.
25
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:46:09 ID:9XcUMWvA0
生命を感じた。
涙が出てきて、嗚咽が止まらなくなった。
原理なんてもう、どうでもよかった。
これは現実だ。お姉ちゃんはいる。
そのことを、俺は現に、実感した。実感している。
俺は、“帰って”きたんだ。俺の居場所に。あるべき場所に。
だから。
今度こそ、間違わない。
今度こそ、失敗しない。
今度こそ、今度こそ――。
今度こそ俺は、××を殺す。
一週間後のあの日――お姉ちゃんが殺された、あの日に。
.
26
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:47:09 ID:9XcUMWvA0
一
蛇<ナギ>が這い、地と河道とが撫ぜ興された土地。
故にこの地は這ナギ。地と世とを形作られた大ナギを、
這ナギの民は須らく崇め奉るべしとして、
とぐろ巻きの神山――神が現し身たる日鏡巻へと祈り捧げ、
大ナギの瞳たる頂きの湖を、神域として敬った。
ヒメミの湖。ヒメミは日目見、あるいは日女(姫)巳。
我らに日と日の恩恵とを齎して下さる地母神。母なる蛇神――ヒメミ様。
かつてこの這ナギに大疫蔓延りし時、
ヒメミ様はその鱗の一枚を人の女の胎へと宿らせしめ、
人の世に産み落としなされた。ヒメミ様のお子たるその姫は、
人の手を借り取り大疫が根源を絶ち、その役目を見事に見事に果たされた。
ヒメミの姫は這ナギの民の感謝と尊崇とを一身に受けられたが、
惜しみの声を背に背に元の鱗の一枚となりて、ヒメミ様が下へとお戻りになられた。
切する者等の手によって、慈しむまなこによって、
ヒメミの姫はヒメミの湖へとお送られなされた。
日鏡巻の神山は穢れに腐したる古き衣を脱ぎ祓いて、
見目麗しき御姿へと光転、真に真に這ナギは、生々絶えなき日映しの土地となられた。
そのかかやきは陰ることなく、沈みは昇り、沈みは昇りを又繰り返し、
生々流転、真に真に這ナギは、世々限りなき神宿の地となられた――。
27
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:47:36 ID:9XcUMWvA0
「……うん、じゃ、明日はここまでやりなさい」
古文を含む国語、数学、英語、日本史に世界史に科学。
高校受験用に作られた六冊の問題集に、本日分の課題の達成を証した印と、
翌日分の課題の印とが書き込まれていく。
褒め言葉のひとつもなく、当たり前のように新たな課題を押し付ける。
小学生である俺に向かって、当たり前のように高校受験やそれ以降の為の勉強を強要する。
こいつは昔から、そういう女だった。
「な、なあペニサス、さすがにやりすぎじゃないか……?」
男が、俺と女の間に、不自然なくらいに小さな声で、口を挟んできた。
「こ、困るんだ、あんまり角を立てられると。ぼくにも、立場ってものがあるし……。
もう、村中で噂になってる。毒島の家の息子が、宝の所の息子を刺したって。
あそこのガキは、勉強のしすぎでキチガイになってるって。
は、母親が“よそもん”だから、そうだって……。だ、だからさ、もう少し穏便に……」
28
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:48:00 ID:9XcUMWvA0
「あなたは口出しないで! あなたが気にしてるのはお義母さんの機嫌だけでしょ!」
女が一喝する。それだけで男は、何一つ言葉にできなくなる。
いそいそと背中を向けて、一度として視線を合わせることもなく逃げ去っていく。
音も立てず、家から出ていく。
弱々しく、情けない。
見ているだけで苛立ちの募る、惰弱で、軟弱で、学もなく、
知恵もなく、勇もなく、情もなく、そのくせ自分を守ることにばかり長けて、
いつも逃げて、自分以外のなにかに頼ることばかり考えて、決断を他者に委ねる、
祖母の繰り人形……本当に、嫌な、男。絶対にこうはなりたくないと思う、
最悪の中の最悪の、見本。
父。
29
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:48:28 ID:9XcUMWvA0
「いい、ドクオ。あなたはこの村の野蛮な奴らとは違うの。
学校なんて行かなくていい。あんなバカな奴らが集まるところになんか、
行かせるべきじゃなかった。あなたは頭がいいのだから、沢山勉強して、
都会に出て、誰からも尊敬されるくらい偉くならなければならないの。
それがあなたの幸せなのよ。いい、ドクオ。解るわね、ドクオ」
「わかってる」
肩を、つかまれた。
「誰とも付き合ってはダメよ。
大人も子供も、この村の連中はみんな動物なんだから。
特に……『ギコ』とかいう飲んだくれには、絶対に近づいてはダメ。
あなたは人間なんだから、薄汚れた獣なんかと関わっては、ダメ。
獣の臭いが移ってしまう」
「わかってるよ」
片目を押さえ、返事する。
母の爪が、肩の肉に食い込む。
「いい、ドクオ。覚えておいて、ドクオ。
あなたは私の言うことを聞いていればいいの。
余計なことは考えないで、言われたことをやっていけばいいの。
これはあなたの為なのよ。それがあなたの幸せになるの。
あなたを幸せにできるのは……母さんだけなのよ」
「わかってるよ……母さん」
「あなただけは私を裏切らないで頂戴。“命令”だからね」
血の臭いがした。
30
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:48:56 ID:9XcUMWvA0
母は――ペニサスは、この村の生まれではない。
経緯の程は定かでないが、もっと南の、ここよりずっと栄えた町から、
父の下に嫁いできたらしい。そして母のこの村に対する態度は、
俺が生まれた時には既に、こうだった。
毎日毎日母は、子守唄代わりに這ナギへの罵倒を俺に吹き込み、
都会に行け、都会に行って偉くなれ、偉くなれと、
繰り返し繰り返し、幼い俺の脳へと刷り込み続けた。
かくして俺は、この村と村の人間を唾棄するに至った。
その村の象徴として最も身近に居続けた父――
デミタスは、俺が抱える嫌悪のモデルケースと化した。
大人であろうと、子供であろうと、同年代の級友であろうと、
“這ナギの人間”というだけで、侮蔑の対象となった。
かといって俺は、母の事を好いている訳でもなかった。
癇癪持ちでいつ爆発するか解らない母のその気質は、
幼い俺にとって恐怖の対象に他ならなかった。
だから、とにかく言うことを聞いた。
言われた課題、“偉くなる”為の勉強さえしていれば、
母の怒声を聞かずにすんだから。褒められることはなくとも、
怒りをぶつけられることはなかったから――。
31
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:49:18 ID:9XcUMWvA0
しぃお姉ちゃんと出会ったのは、“今”から一年ほど前の事だ。
当時の俺は、自分では解消しきれない強い感情に振り回されていた。
その感情は明らかに無意識下での母への反発が源となっていたのだが、
かつての俺にはそんな考えなど思考の端にすら登ることはなかった。
何とかしなければならない。何とかしなければ、どうにかなってしまう。
頭を揺さぶる衝動だけが、日々日々募っていった。
俺は、小さな蛇を飼った。
這ナギはその名の通り蛇の這う土地で、
日鏡巻山を登れば野生の蛇がいくらでも見られた。
這ナギの蛇は大人しく、滅多に人を噛まない。毒も持っていない。
取ろうと思えば、いくらでも取ることが出来た。
仮にも這ナギに生きる者としてそれくらいの知識は当然有していたが、
そうした知識を理性的な判断に活用したかと言えば、それは否。
俺はただ、身近で見つけた生き物をそばに置きたい――
側にいて欲しいという欲求に従い、その蛇をつかまえたのだ。
32
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:49:39 ID:9XcUMWvA0
蛇の名はジョルジュとした。
国語の問題集の例文で登場した、人気者の少年の名を借りた。
俺はジョルジュと名付けたその蛇に、その日思ったこと、
感じたことをなんでも話した。
話していくうちに、思ってもみなかったことが次から次から口を出て、
自分はこんなにも多くのことを考えていたのかと、驚くこと多数だった。
首を上げ、ちろちろと二又の舌を出し入れし、
鏡面のように光を反射する瞳を忙しなく動かすジョルジュが、
果たして俺の話を聞いていたのかは不明だった。
ただ、当時の俺は、ジョルジュがジョルジュの意思で
俺の話の聞き役になってくれていると信じていた。
俺の話を聞いてくれるのは、ジョルジュの他に誰もいないと思っていた。
ジョルジュのことは、誰にも内緒にしていた。
33
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:50:08 ID:9XcUMWvA0
「なによこれ!」
ある日、ジョルジュが母に見つかった。
飼育籠に入れたジョルジュに話しかけていた現場を目撃されたので、
言い訳は利かなかった。母は激高した。俺の手から飼育籠を力づくで奪い取り、
手づかみにジョルジュをつかんだ。怒りのまま、地面に叩きつけた。
叩きつけたジョルジュを、踏みつけた。
一度、二度、三度、五、一○、二○――何度も、何度も。
ジョルジュはもはや、蛇の形をしていなかった。
「泣くなっ!」
言い捨て、既に残骸とかしていたジョルジュを最後に蹴飛ばした母は、
膝をついた俺を置き捨て、いつの間にかその場からいなくなっていた。
後には俺と、ジョルジュだったものが残された。
隠し事をするな。
母の“命令”に従わなかった結果が、目の前に散らばっていた。
34
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:50:42 ID:9XcUMWvA0
俺は両手を皿にし、ジョルジュだったものを集めて拾った。
そしてそのまま、歩き出した。何も考えては居なかった。
ただ、何がなんだか解らないまま、ジョルジュを持って歩き続けた。
涙は出なかった。泣くことは禁じられていた。
ずっと歩いた。村の中を、当て所無くさまよった。
恐らく多くの村人の目に触れていたのだと思う。
しかし、声をかけてくるものは皆無だった。
俺と母が村の者を嫌っていたように、村の人間も母と俺を煙たがっていた。
「どうしたの?」
だから初め、その声が俺に掛けられたものだとは気づかなかった。
そこには、少女がいた。いや、少女というのは正確でないかもしれない。
その人は自分よりも年上で、自分と違って子供でもなく、
かといって母と同じ大人であるとも言えない、
境界のその線上といった均衡の上で危ういバランスを保っている――
そんな不明瞭さを感じさせる、女性とも少女とも言えない人だった。
女性とも少女とも言えないその人が、
俺の両手の皿と、その上に散らばったジョルジュを見た。
35
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:51:06 ID:9XcUMWvA0
「そっか、寂しいね……」
寂しい?
――瞬間的に、そう思ったことを覚えている。
寂しい……一体何が、寂しいのだろうか。――誰が。
「おいで」
そう言ってその人は、ジョルジュを置いた俺の皿へと自身の片手をそっと重ね、
ゆるやかに、付いてくるように誘導した。普段であればこんな誘い、
一考するまでもなく跳ね除けていた。何故なら彼女は、這ナギだから。
見知った顔ではなかったが、這ナギに居て、
這ナギの土地に立っている彼女は、紛れもなく這ナギだったから。
けれど――。
36
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:51:29 ID:9XcUMWvA0
俺は、彼女についていった。
彼女は何も言わず、俺も何も言わず、二人で残骸となったジョルジュを支えて歩いた。
彼女が向かった先は、日鏡巻山の裾だった。
奇しくもそこは、俺がジョルジュを拾った場所だった。
彼女はその場にしゃがみこみ、俺と共にジョルジュを支えたその手で、
土を掘り返し始めた。長く白く、血の色が透けてほんのり桃色に見えるその手が、
見る間に土色に変じていく。指と肉の隙間にも、容赦なく冷たく重い土が滑り込んでいく。
しかし彼女はそんなことなど気にする様子すら見せず、穴掘りを続けた。
俺は、その光景を、ただ呆然と立ち尽くしたまま見続けていた。
彼女の手が止まった。
視線を投げかけられる。
俺に向けて。ジョルジュに向けて。
――急に、怖くなった。
ジョルジュはここにいた。
ばらばらに砕けた残骸になったとしても、まだ、ここにいた。
どんな姿でも、形でも、ジョルジュはここにいた。
それが、ジョルジュとの最後のつながりなのだと感じた。
だから、もし、もしも――これを手放してしまったなら、
その時こそ、ジョルジュは、本当に――。
37
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:52:11 ID:9XcUMWvA0
「終わらないよ」
土の感触が、両手を覆った。
「生命は、終わらないんだよ」
熱が、俺の両手を包んだ。
「終わら……ない……?」
声が震えていた。
かすれて消えそうな俺の声を聞き逃すこと無く、彼女がうなずいた。
「この子のこの子としての一生は終わってしまった……
けれどこの子は、別の生命となってこれからも生き続けていくの。
土となって、川となって、神となって――
這ナギそのものとなって、生命を続けてゆくの」
「でも……」
手放したくない。
ずっと一緒に、居てほしい。
指の先が固く、硬く、閉じようとしていた。
両手を覆う熱が、生命の熱が、強まった。
38
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:53:15 ID:9XcUMWvA0
「お別れは、寂しいよね。あなたにとっても――この子にとっても」
彼女の視線は、俺の両手の上に注がれていた。
「ジョルジュに……とっても……?」
「ジョルジュくんにとっても」
彼女の視線が、ジョルジュから外れた。
「だから伝えてあげて。
新たな生命に生まれ変わるジョルジュくんが、
これからも寂しい想いをしないでいられるように。
やさしさを忘れないでいられるように。
あなたの気持ちを。あなたがこの子を大切に思う、その気持ちを。
“生命”がずっと、続いていくように……」
彼女の視線は上がり、上がり、やがて――
「がんばったね。つらかったね。
でも、我慢しなくて良いんだよ。
この子のことが大切だったんだって、寂しいって、
あなたはちゃんと、想っていいんだよ――」
俺たちは、視線を、交わしていた。
39
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:53:54 ID:9XcUMWvA0
水鏡のように、愁い澄んだ、瞳。
.
40
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:54:17 ID:9XcUMWvA0
「ぼ、ぼく、ぼくは……ぼくはぁ!」
涙が、こぼれだしていた。
後から後から湧いて溢れて、視界一面が水の膜に覆われた。
まるで水の中にいるようだった。あらゆるものが実態を失って、
不透明で、ぼやけていた。その中にあって彼女の瞳だけが、
その水鏡のように澄んだ瞳だけが明瞭に、かかやいていた。
それが、そのことがとても寂しくて、悲しくて、
どうしようもなくて――俺は、声を上げて泣いた。
悲しくて寂しくて堪らなかった。
ジョルジュと一緒に居たかった。
目を開いて舌を覗かせるその顔が見たかった。
これからもずっと、ずっと話を聞いていてほしかった。
――ジョルジュのことが大切なんだって、もっともっと知ってほしかった。
もう会えなくなってしまった事実が、堪らなく悲しかった。
41
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:54:41 ID:9XcUMWvA0
俺は泣き止まなかった。
夕日が落ち、夜の帳が這ナギを覆っても、泣き止まなかった。
彼女はずっと、俺の側にいてくれた。
亡骸となってしまったジョルジュを、俺と共に支え続けてくれた。
山へと還るジョルジュを、手を添えて、一緒に送ってくれた。
土で覆って、姿を隠していくジョルジュを前に
再び涙がぶり返した俺を見捨てず、身を寄せて、
両手を握り続けてくれた。いつまでも、いつまでも、握り続けてくれた――
それが、俺と彼女――しぃお姉ちゃんとの、出会いだった。
.
42
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:55:24 ID:9XcUMWvA0
「だから忘れないで。あなたたちは今も、神様に見守られているんだって……」
お姉ちゃんは“今”、這ナギ診療所にて子どもたちに勉強を教えている。
内容としては単純な読み書きや基礎的な計算など、
初等教育の中でも低学年向けのもの。それに簡単な歴史――
国や、この村の歴史についても話している。
今日はこの這ナギに伝わる土着の信仰――蛇霊信仰について教えていた。
ここにいる八人の子どもたちは、学校に通っていない。
俺のように通わないことを選択した(というより母に選ばされた)のではなく、
選択の余地なくここにいる。彼らは、学校側から入学を拒否された子どもたちだった。
俺は彼らの輪に混じってお姉ちゃんの声を聞きながら、
母から課された課題を処理していた。“目的”を考えたならば、
母からの課題など放り捨ててしまうべきなのかもしれない。
だが、あの母のことだ。息子が自分の思い通りに動いていないと知ったら、
何をしでかすか解ったものではない。
それが“目的”の達成において、致命傷にならないとも限らない。
それに、悪戯に歴史を改変すべきではない。
未来を知っている事実は、俺にとって大きなアドバンテージだ。
過去の自分から大きく逸脱した行動を執って、
結果未来の予測に支障が出るような事態は避けたい。
過去の改変は、要処に絞る。
問題ない。既に計画の骨子は組み立ちつつ有る。
問題ない。俺は××を、殺せる。
43
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:55:48 ID:9XcUMWvA0
「神様なんて、いるわけないよぅ」
視線が、八人の子供のうちの一人に集まる。
この声は、いようだ。いようはその小さなナリに見合わぬ大きな態度で、
睨むように――いや、明確に、憎悪を隠さぬ目つきで、お姉ちゃんを睨みつけていた。
お姉ちゃんは、わずかに困ったような顔をしている。
「いやいやいようさん、だからですねー?
しぃさんはその、気の持ちようとかそういうのを教えてくれててですねー――」
「キュートはでしゃばるなよぅ!」
おどけた調子で割り込んできた孤児の一人――キュートに向かって、
いようは乱暴に恫喝する。その恫喝によってキュートは首をすくめ、
「あ、はい、スミマセン……」と小声でフェードアウトしていった。
いようの矛先が、再びお姉ちゃんにもどる。
「神様がいるならおとうもおかあも、
みんな死なないですんだはずだよぅ。違うかよぅ!」
「お兄ちゃん、もういいよ……」
44
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:56:12 ID:9XcUMWvA0
今度は別の孤児が、いようを止めた。りり。まだ幼い頃の。
未来では一人生き残ってこの診療所に居た、あのりり。
いまのりりはまだ、未来に比べて血色が良く、小さい。
いようは少し言葉に詰まった様子を見せたが、
結局は無言でりりを押しのけ、更に言葉を続けた。
「だいたい神様がいるんなら、あんたは何で生きてるんだよぅ。
あんたはここにいるべきじゃないだよぅ。さっさと帰れよ。
帰って、死ねよ。死んで償えよ。みんなを返せよぅ、この、この――」
人殺し。
45
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:56:41 ID:9XcUMWvA0
「お? 何かあったのかお?」
扉を開けて男が一人、部屋の中へと顔を出した。
微妙な空気に困惑するその男性の問に返したのは、
やはりというべきか、お姉ちゃんだった。
「……先生こそ、どうされたのですか?」
「そうだお、ちょっと急患が来てね。手を貸して欲しいんだお」
お姉ちゃんは、少し困った様子で孤児たちに視線を送った。
このままこの場を去って良いものか、迷ったのだろう。
ここに残って何かが変えられれるとは俺には思えなかったが、
それでもお姉ちゃんは、しぃお姉ちゃんという人には、
ささくれだったこの空気から目を逸らして逃げることなど、できないのだろう。
ジョルジュを抱えた俺へ、ただ一人声をかけてくれた時のように。
お姉ちゃんはやはり、お姉ちゃんだった。
46
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:57:07 ID:9XcUMWvA0
「俺が行きます」
「ドクオが?」
だから俺は、声を上げた。
内藤としては予想外の場所から声が上がり面食らっただろうが、構うものか。
内藤はわずかに逡巡する様子を見せたが、結んだ両手を程なく、開いてみせた。
「ま、いいか。お願いするお」
「はい」
内藤が部屋から出ていく。俺も、その後に続いた。
握り締めていた真新しいカッターナイフを手放し、
内藤の後を追って部屋から出た。
.
47
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:57:36 ID:9XcUMWvA0
「くそ、ギコの野郎。思い切り殴りやがって……」
「またどうせ家族の悪口でも言ったんだお?」
「先生、手を上げてきたのはあいつの方ですぜ。
庇うようなこと言わんでくださいよ」
「解ってて突っかかるんだから、自業自得だお」
「……信心が足りねえから、酒に逃げるしかできねえんだ。
都会に出てあいつは変わった。あいつはもう、よそもんだよ」
「ぼくもよそもんだお?」
「いや、それは、その……」
頭に刺さった瓶の破片を取り除きながら、淡々と内藤は言い返す。
患者であるシャキンは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、
それ以上言い返しては来なかった。言い返しても相手にされないことを、
既に理解しているのだろう。
「それに――」
瓶の破片を取り除き終わり、
シャキンの頭に包帯を巻いた内藤は、
包帯が解けぬよう最後に一度ぎゅっと強く締めを入れながら、言った。
48
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:58:12 ID:9XcUMWvA0
「神様なんて、いませんお。そんなもんは、ただの迷信です」
.
49
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:58:36 ID:9XcUMWvA0
頭を締め付けられたシャキンはわずかに顔を歪めたが、
そこに怒りの色は見られなかった。憮然とした表情をしつつ、
シャキンはわざとらしく、ため息を吐く。
「……不思議なもんだな。あんたに言われると、腹が立たない」
「おっおっ、これが人徳というものだお」
「笑顔がきめぇ」
「……」
固まった笑顔を張り付かせた内藤は、無言で立ち上がり、
薬瓶の並べられた戸棚を開こうとした。が、内藤がそこへと手を入れる前に、
俺は予め用意しておいた二つの薬瓶を差し出した。
痛み止めと、念の為の睡眠薬。
内藤は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔にもどり、
「サンキュ」などと“洒落者言葉”を口にして俺から薬瓶を受け取った。
内藤――先生。俺がここに通える理由。
母が唯一、一定の信用を預けている人物。
それがこの診療所で、この村で唯一人のお医者先生――内藤先生だった。
ここに住む八人の孤児の保護者でも有り、そして、
這ナギでは数少ない無神論者――公然と、神の存在を否定する人物。
神などいないと、俺に教えてくれた人。
50
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:59:00 ID:9XcUMWvA0
「ま、あいつの酒癖が悪いのは事実だ。身体にも悪いしね。
あれじゃいつぽっくり逝ってもおかしくない。酒屋の爺さんには、
ぼくから話しておくお。あいつに売るのは控えてくれって」
「そうしてもらえると助かります」
「まったく……ギコにも困ったもんだお」
薬を処方し薬瓶を所定の場所に戻した内藤は、腕を組み組み眉根を寄せた。
ギコ、ギコ、ギコ――片目を抑える。
その名を聞くと、“今”はまだ健常である片目が、うずく。
問題ない。“未来”は変えられる。
そうだ、『神などいない』。そんなもの、居てはならないのだ。
それに――ここでもひとつ、手がかりを得られた。
俺は内藤と共に、頭ミイラ男となったシャキンが、
迎えに来た一人息子と共に帰っていく様を診療所の入り口から見送った。
51
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:59:27 ID:9XcUMWvA0
課題をこなしそのまま帰り支度を済ませた俺は、足早に診療所を出ていった。
母の決めた門限にはまだ余裕が有るが、
家へと着く前にやっておかなければならないことがある。
時間を無駄にはできない。
「あの、ドクオさん。すこー……し、いいですか?」
だというのに、呼び止められた。
キュート。先程、いように退けられていた女。孤児の一人。
走って追いかけてきたのだろう。
呼吸荒く、肩で息をしている。
だいぶ苦しそうだが顔だけが不自然に、へらへらと笑っている。
……その顔が、妙に癇に障った。こいつは女では有るが、少し、父に似ていた。
年は俺と変わらない。背だけで言えば俺よりでかい。
そのくせに、ずっと小さく喚くことしかできないいように怯え、
すごすごと逃げるしかできなかった女。そして人の顔色を伺う、
苛立ちを覚えるこの顔。正直、関わりたくない人物だった。
52
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 19:59:54 ID:9XcUMWvA0
「あのですね、来週……じゃなかった。もう今週だ。
今週の終わりに、りりちゃん、誕生日なんですよ」
今週の終わり――『あの日』と、同じ日。
「それでですね、ボクたち、その、こんなじゃないですか。
みなし児っていうか、爪弾き者っていうか……へへへ」
何故笑う。何が面白いんだ。
「だからですね、せめてボクたちでお誕生日会でもして、
祝ってあげたら喜ぶんじゃないかなー……って。
いようさんも、まあ、あんなですけど、りりちゃんの事は大切にしてますし、
お兄ちゃんやってますし、反対はしないと思うんですよ、うん」
「で……?」
「いや、そのー……」
キュートの言葉が止まる。はっきりとしない態度が、更に苛立ちを募らせる。
俺はもう一度、「で……?」と促す。キュートは「まずった」とでも言いたげな顔をして、
肩をすくめ腰をかがめ、伺うような上目遣いを送りながら、再び口を開いた。
53
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:00:26 ID:9XcUMWvA0
「ボクたち……いやボクたちって言ってもまだ何人かも決まってないんですけど、
とにかくボクたち準備のためにカカ山へ登ろうと思うんですけど、
あの、どうですかね? 来てくれませんか、ドクオさんも、一緒に」
「……」
「いや、いや! 用が有るなら全然いいんですけども!
強制じゃないですし! ボクにそんな権限ないですし!」
「……」
両手を前へと突き出し、てのひらをぶんぶんと、
指の数が見えなくなるくらいの速度で回すキュート。
沈思黙考、本来辿るべき歴史を、思い出す。
“この”一週間の間で俺が日鏡巻山を登ったのは――“一度”しかない。
そしてその一度に、こいつの存在が関与していた記憶は、ない。
歴史を徒に改変するべきではない。
俺の持つ未来知の優位性が何が何処へとつながり損なわれてしまうか、
判然としない以上は。その限りで言えば、この誘いを断るのは当然であるといえる。
54
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:00:49 ID:9XcUMWvA0
しかしである。
――お姉ちゃんは、“とある理由”によって忌まれている。
“西”の人間にだけではない。所謂身内である、“東”の人間にも。
いようは特段憎悪を顕にしているが、他の孤児とて心内においては大差ないだろう。
俺の“目的”が果たされた場合、その状況は正直、好ましくない。
目的が成された後、お姉ちゃんはここの孤児たちと共に
暮らしていく事になるはずだから。孤児達に囲まれたお姉ちゃんの、その未来を予想する。
――こいつの誘いは、係る不安の一端を解消する、その一助となるかもしれない。
となれば、答えは、ひとつ。
「解った。俺も行く」
「そうですよね、ごめんなさい、忙しいのに無理言っちゃって――」
「いやだから、行くと……」
「……え?」
「行くと言っている」
「……ほんとに?」
55
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:01:13 ID:9XcUMWvA0
「なんだ、嫌なのか」
存外、むっとした声が出た。
呆けたような間抜け面を晒していたキュートは
我に返った様子で笑顔に戻り、両手を左右に振り出した。
「い――いえ! いえいえいえ! そんなことは! うれしいです、はい!!」
「そうか……で、いつだ?」
「いやまさかお受け頂けるものとはちっともさっとも考えてもいなかったもので、
青天の霹靂と言うか、鳩が豆鉄砲食らったみたいというか……
いやそれは鳩さんに失礼かな、ボクなんかが――え、あ、はい?」
「登るの」
「……あ、はい、ごめんなさい! 具合良く明日は雨みたいなので、
お山には明後日中に乾いてもらって明々後日にでもと!」
「明々後日か……」
確かその日は……。
記憶を掘り返す。出来事を思い返す。
時間の調整が、多少シビアになるかもしれない。
頭の中で、行動をシミュレートする。
56
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:01:51 ID:9XcUMWvA0
「午前中から始めるのは可能か?
夕には別の予定がある。それまでには終わらせたい」
「時間の調整はぜんぜん大丈夫です、
『カカメ石』さえ拾えれば後はなんとかなるので!
……でも、あの、別の予定って、なんですか?」
「……お前に関係あるのか?」
またぞろ手を振って頭を下げて謝罪の言葉を繰り返すキュートを、俺は見下ろす。
見下ろしながら、この笑いながら謝る情けのない女に問いかけられた別の予定――
明々後日に起こる出来事を、俺は、鮮明に思い返した。
――目眩がした。
片目に触れる。
57
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:02:12 ID:9XcUMWvA0
「……帰る」
「あ、はい!」
話を打ち切り、歩き出す……。
と、当たり前のように、キュートが後に付いてきた。
歩を早めた。キュートの歩も早まった。あえて歩を緩めた。
キュートの歩も、それに合わせてきた。立ち止まった。キュートも同様に、止まった。
振り返る。キュートは「えへへ」と声を出して笑っていた。
「……おい」
「は、はい! なんでしょう!」
「なんで付いてくる」
「あ、いえ……一緒に下校って、なんかこう、
青春――みたいな、そんな感じ的な? じゃない、ですか?」
「診療所からの帰宅は下校とは言わないし、
そもそもお前の家は診療所だろう」
「え、えへへ……そういえば、そうだったかも……」
「何がしたいんだお前は」
「え、えと……あっ! その、約束!
ちゃんとした約束が、その、まだだったような、気がしたので、へへ……」
「……」
58
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:02:35 ID:9XcUMWvA0
頭を掻いて訳の解らないことを言い続けるキュートに、苛立ちが募る。
夕の陽は、先程よりも更に遠のいている。
これ以上キュートと関わっている時間はなかった。
それに、関わっていたくも。
だから俺は強引にキュートの手をつかみ、その小さな手の中でも更に小さな小指に、
俺自身の小指を絡めた。そうして乱暴に、ニ、三回上下に振った。
「明日も来る。明後日も来る。明々後日は山にも登る。
約束は守る。……これでいいか」
「……えへへ」
困ったように笑うばかりで、キュートは返事をしなかった。
だから俺も、何も言わず背を向け、キュートから離れていった。
キュートは今度こそ、俺を追いかけては来なかった。
ただ、いつまでも、いつまでも、別れたその場所から動かず、俺のことを見ていた。
飛び跳ねながら、ぶんぶんと手を振っていた。
完全に見えなくなるまでの間ずっと、キュートはそうしていた。
59
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:03:04 ID:9XcUMWvA0
ふと、思った。
かつての俺は、キュートに誘われた時、どう断ったのだったかと。
そもそも俺は、かつてキュートからこのような誘いを受けただろうか、と――。
いくら記憶を掘り返しても、真相にはたどり着かなかった。
恐らく些事過ぎて、海馬の端にも引っかからなかったのだろう。
しかしこうした些事の積み重ねが、歴史の大きなズレにつながる危険性もある。
気をつけなければならない。
一人得心した俺はそう心胆に命じ、
かつて起こった“一週間”の出来事をよくよく思い返しながら、
暮れなずむ這ナギが畦道を歩き続けていった。
.
60
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 20:03:37 ID:9XcUMWvA0
本日は以上です。つづきは後日
61
:
名無しさん
:2019/01/04(金) 21:09:12 ID:BnSFA63s0
乙
62
:
名無しさん
:2019/01/05(土) 00:04:27 ID:nM/yVSeE0
乙
いまから読む
63
:
名無しさん
:2019/01/05(土) 01:04:59 ID:eaWmVeAY0
お姉ちゃん好き
乙
64
:
名無しさん
:2019/01/05(土) 01:21:46 ID:k87mqjmw0
誰を殺すんだ……乙
65
:
名無しさん
:2019/01/05(土) 07:06:40 ID:yM4cS8UY0
乙
66
:
名無しさん
:2019/01/05(土) 22:21:06 ID:VVuk8q1Q0
乙
中々読み応えがあって面白いな
さて、どうなることやら
67
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:34:04 ID:XQUaX1fU0
二
這ナギは、日鏡巻山を挟んで西と東に分かれていた。
この西と東は同じくヒメミ信仰を持ち、そして、伝統的に相容れなかった。
西も東も自分たちこそヒメミ様の加護を受けた正当なヒメミの民であると主張し、
自分たちこそ這ナギであって、互いのことを西、東と方角だけで呼称していた。
西にとっての東は、東にとっての西は、
這ナギの外に住む“よそもん”に過ぎなかった。
その這ナギの東が滅んだのが、“今”より二年前。
疫病によって、東の人間は九割以上が死んだ。
既に東の跡地に人は住んでおらず、生き残った者は別の土地に移り住んだか、
自力で他所へと行けない者は西へと吸収された。
親を亡くした孤児たちも、同様だった。
しかし西における彼らの扱いは極端に悪く、孤児らは学校に通うことも、
人が寄り集まる場所に顔を出すことも禁じられた。
商店では人が来なくなると野良犬か何かの如くに追い払われ、
田畑に近づけば作物に疫が移ると石を投げられた。
初めは一五人からいた孤児たちの数は、一年も経たずに半数ほどまでへと減じていた。
それは、病だけが理由ではなかった。
68
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:34:26 ID:XQUaX1fU0
その境涯を哀れに思った内藤が“今”より一年前、
残った孤児たちを引き取りそして、“今”に至る。
お姉ちゃんは孤児ではないが、東から移り住んできた者の一人ではあった。
お姉ちゃんは東で、ヒメミの姫と信じられていた……らしい。
そう、あの蛇霊神話に登場する、神の鱗の一枚が人の形を採ったという、現人神。
現人神の役目は疫の因を見つけ出し、それを這ナギの民と共に排し、
最後に神の御下へと還ること。すなわち――死ること。
お姉ちゃんは死ぬことを願われ、求められ、そして――
負わされた期待に反転するだけの憎悪を、その双肩に背負わされた。
生き残った。ただそれだけの理由によって。
東の生き残りは、本気で信じている――いや、信じたがっているのだ。
あの惨状は、お姉ちゃんが死ななかったから起こったのだと。
お姉ちゃんが死ななかったから、東は滅んだのだと。
お姉ちゃんが死ねば、みんなは助かったのだと。
お姉ちゃんが、みんなを殺したのだと。
.
69
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:34:46 ID:XQUaX1fU0
神など、いるものか。
.
70
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:35:32 ID:XQUaX1fU0
「なんでこいつがいるんだよぅ」
「やー、それはですね、あのー……あは、あはは……」
不機嫌さも顕にキュートへ詰め寄るいように対し、
キュートは困り顔でこちらに助けを求めている。
その求めに対し俺は、そっぽを向いて無視を貫き通す。
視界の端にキュートの、へらへらと角の上がった口の端が仄見えた。
「いようくん」
怒気散らすいようの声に、別の声が覆いかぶさる。
やさしくて、やわらかで、暖かなその声。
「勝手に来てしまってごめんね。でも、私も手伝いたいの。
りりちゃんの笑顔が見たいから。だから、ね、お願い。
私にも手伝わせてもらえないかな」
お姉ちゃん――しぃお姉ちゃん。
71
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:36:18 ID:XQUaX1fU0
いようが口を開き、何かを言いかけた。
しかしそれは意味持つ言葉とはならず、代わりにいようは鼻を鳴らし、
一人地を蹴り山を登り始めていってしまった。
慌てたキュートが呼び止めの言葉を発しながら、その後を追っていく。
「私達も行こうか」
お姉ちゃんが、俺に手を差し出した。
「……うん」
俺はその手を――躊躇いながら、握った。強く、硬く。
絶対に離さないという意思を、“今”この場で感じる熱へと込め伝えるようにして。
意思ぶつけることで、その裏に秘する真実を隠すようにして。
お姉ちゃんは、やさしく握り返してくれた。
72
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:37:05 ID:XQUaX1fU0
キュートとの約束から無事に三日を過ごし暮らせた俺はいま、
約束通りカカ山にいる。メンバーは結局四人。
いようと、キュートと、俺と、そして、お姉ちゃん。
いようはともかく、他の孤児たちはまだ小さい。
誕生日会についてりり本人には(少なくともここで調達するものについては)
内緒にしておきたいといういようの意向を汲むならば、
人選についてはこれ以外にないと言えた。……理由のひとつは、以上の通りとなる。
俺たちは手分けして、誕生日会の準備に必要なものを集めていった。
這ナギに住む者たちは、祝い事に用いる道具や飾り付けなども、
その殆どをカカ山から調達する。
樹の実や地から生える植物は、そのまま飾り付けることも可能だし、
染色にも利用できる。そしてこれらは山のどこでも見かけることが出来るので、
必要な量を集めるのも容易だった。実際この工程は俺たち子供四人でも、
一時間も経たずに終えることが出来た。
問題は、カカメ石。
この日鏡巻山では、他所では見られない特別な石を採ることが出来る。
それが蛇目<カカメ>石。蛇の目のように――鏡のように、光を反射する石。
這ナギではこのカカメ石を家族や恩人、あるいは婚約を願う相手など、
何より大切に思う相手へと送る風習が、古くから伝わっている。
73
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:37:31 ID:XQUaX1fU0
しかし自然に転がっているカカメ石は小川の側に転がる
変哲のないただの砂利と見分けがつかず、おまけにその絶対数も少ない。
水に濡らし、完全に乾かすことで光の反射という特徴を発揮し始めるが、
その効果は余りにも弱く、おまけに僅かな期間を過ぎればその微小な効果すら失う。
無数の砂利の中から本命の一を見つけ出すことは、至難の業だった。
更に相手へ送る風習としてのカカメ石は、
見つけ拾ってそれで終わりというものではない。
磨くに適した砥石等を用いて加工しなければ、この石に贈り物としての意味はない。
丹念に研ぎ、磨くことで始めてカカメ石は、
その名が示す“かかやき”を恒久的に得るのである。
無論、そこまでの加工を施すのは容易なことではない。
作業自体は単純でも、とかく時間と労力が必要となる。
しかしだからこそ贈り主は相手への想いはより強く自覚し、
贈られた側にとってもその喜びは通り一遍を越えた望外のものになる――
と、這ナギでは信じられている。
キュートは、そしていようは、今度の誕生日会においてこれを、
りりへと渡すつもりでいるらしかった。かつて彼女の両親が、
“今”よりも幼い彼女に贈ったのと同じように。
当然、それは俺の目的ではない。りりに対する思い入れは、俺にはない。
それはキュートが、あるいはいようが勝手に抱いていればよいものだ。
俺が想い抱く相手は、唯一人。俺がここにいる理由は、別にある。
だが――。
74
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:38:05 ID:XQUaX1fU0
「やー……それにしても、ぜんっぜん見つかりませんねー」
「……」
「……」
「そうだね、見つからないね」
「……」
「……」
「……こ、こんなに見つからないなんて……もしかして、
もう全部採り尽くされっちゃったのかもしれませんねー?
なーんて……」
「……」
「……」
「そうだね、そうかもしれないね」
「……」
「……」
「……えへ、へへへ」
75
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:39:01 ID:XQUaX1fU0
キュートがしゃべり、俺といようは無言で、お姉ちゃんだけが反応する。沈黙。
再びキュートがしゃべり、俺といようは無言で、お姉ちゃんだけが反応する。沈黙。
時折、キュートの意味のなさない笑い声が山中に響く。
――先程からずっと、この調子だった。
お姉ちゃんを誘ったのは、俺だ。
目的は一つ。お姉ちゃんといようの仲を縮めること。
歴史の改変が確定した、その後の為に。
その為に、りりの誕生日会とその準備という状況を利用する。
つまり共通の目的を持たせ、そこに発生する困難と障害とを乗り越えさせることで、
強制的に親密度を高めるという方法。それが、俺の考えた計画だった。
カカメ石の探索と研磨はこの計画に最適な困難であると、俺は判断した。
故にお姉ちゃんを、ここへ呼んだのだ。
「あ、あのー……もしこのまま見つからなかったら
……ど、どうしましょっか?」
「……」
「……」
「あ、そうですよね。見つかるまで続けますよね、へへへ、
何当たり前のこと言ってんですかねボクは、ほんとにもー、
いやになっちゃいますよねー、なんて――」
「うるさい」
「黙れ」
「あう……ごめんなさい……」
76
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:39:25 ID:XQUaX1fU0
謝りながら、へらへらとキュートは笑う。
苛立ちが募っていた。俺は一体、何をしているのか。
ここまで来たら、俺の目論見が見当はずれであったことはもはや明確だ。
しゃべるは一人、キュートばかり。いようは露骨にお姉ちゃんから距離を取り、接触は皆無。
お姉ちゃんにしても、積極的に何かをする人ではない。
そもそもこの計画の概要を話していないのだから、
当たり前といえば当たり前の話なのだが。
とはいえ、俺の身に起こった現象<過去戻り>を、
お姉ちゃんに話すことはできない。結末が“あのような形”になる以上、
お姉ちゃんにだけは、何があっても知られるわけにはいかない。
その危険性は、可能な限り排除しなければならない。
すべては秘密裏に行わなければならない。
しかし、ならどうすれば人と人との間に友人関係を築かせることができるのか。
人と人は何によって友となるのか。俺には解らない。解るはずもない。
それじゃあ何故、俺はここにいる?
……こんなのは、時間の浪費だ。
77
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:39:52 ID:XQUaX1fU0
「ねえみんな、少し休憩してもいいのではないかしら?」
小川の水を浴びて衣服の所々を濡らしたお姉ちゃんが、
いようを、キュートを、そして俺を見て、言った。
水鏡のように澄んだ瞳が、俺の目の奥を覗き込むようにしている。
ダメだ。
「ああ、いいですね、いいですね!
ずっと屈んでたからボクなんてほら、アイタタタ……もう限界だったんですよ。
休憩は大事ですよ、休みましょ、休みましょ!」
老人のように腰を曲げて痛みをアピールするキュートを見て、お姉ちゃんが微笑む。
微笑まれたキュートはしかし、何を思ったのか、
ばつの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。それはおよそ、
俺の知っている限りでのキュートらしさからはかけ離れた行為だった。
調子の良さそうな顔をしている裏ではやはりこいつも、
お姉ちゃんが憎いのだろう。
お姉ちゃん。
78
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:40:30 ID:XQUaX1fU0
「勝手に休んでろよぅ」
腕をまくり足をまくり、完全に足を小川に突っ込んだいようは、
お姉ちゃんやキュートを一瞥することもなくぶっきらぼうに言い放った。
まだ小さな身体のいようはその見た目の非成熟さとは裏腹に、
急流の小川にもひるむこと無くしっかとその足を根として立っている。
そしてその言葉通り休むこと無く、
こちらに背を向けて一人黙々と探索作業を続けていた。
お姉ちゃんといようとの距離は、物理的にも、遠ざかっていった。
その光景を見て、俺は――。
「ドクオくん……?」
小川から遠ざかる俺に、お姉ちゃんが声を掛けてくる。
俺はちらとお姉ちゃんをみて、すぐに視線を外した。
「少し」とだけ言って、その場から立ち去ろうとした。
「あ、それじゃボクも――」
何を考えてか、立ち去ろうとする俺の後を、
キュートが付いて来ようとしてきた。
振り向き、視線を送る。今度は視線を外さない。
「お、お呼びじゃないですよねー……」
逆にキュートは俺の視線と無言の圧にに耐えられなかったようで、
目を泳がせて視線を外した。
それを確認し、俺は今度こそその場から離れていった。
.
79
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:41:10 ID:XQUaX1fU0
山を歩いた。一人で。当て所無く。空気を吸い込む。
勢いよく。緑の味を感じながら。しかし、気分は優れなかった。
――気分が、すこぶる悪かった。
三日前、キュートに今回の事で誘われた時に感じた、あの目眩。
あの目眩を感じて以降ずっと――むしろ日が経つごとに、体調は悪化していた。
いまや目眩だけでなく、吐き気や悪寒、そして意識の漠とした減退を感じた。
それでも今朝は、まだマシだった。
係る不安は、目的を基盤とした意思によって抑制することができた。
だが、山を登り。お姉ちゃんといようの仲を取り持つ方法が
不発に終わったと感じ、その対案が一切考えつかなかった時に、
ふと、思ってしまった。
ダメかもしれない、“また”――と。
そう思ったら、押さえつけていた諸々が、一気に噴出した。
立っていることすら困難で、顔色も、もしかしたら酷いものに
なっているかもしれない。そんな姿を、お姉ちゃんに見られるわけにはいかなかった。
だから俺は、あの場を離れた。行き先は、どこでも良かった。
だが、よりにもよって、ここへたどり着くとは思わなかった。
80
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:41:41 ID:XQUaX1fU0
日鏡巻山は基本的に、なだらかな道が多い。
子供でも就学するくらいの年齢であれば登山はたやすく、
そのため一般的な這ナギの大人は、子供がカカ山を登ることを禁じない。
ただしその中でもいくつか、近寄ってはならないと言われる場所がある。
一つは、山頂のヒメミ湖。これは信仰的な意味合いによって、
みだりに近づくべきではないと禁じているため。
もうひとつは、小川付近。
これは流れの強い箇所があり、単純に危険であるから
(往々にして子どもたちは、そんな大人の忠告を無視するものだが)。
そして最後が、“今”俺がこの目に映している、『蜷局<とぐろ>の溝』。
このカカ山で最も危険な場所。脆く、崩れやすい岩盤が切り立つ崖。
地上との距離も遠く、転落すればまず助からない。
故にこそここでは、人死が絶えない。
他殺に関わらず、自殺に関わらず、人が死ぬ場所。
下を、覗き込む。
自然、手が、片目に触れた。
片側の視界で、遠く離れた底の底を見つめる。
“今”はなきものを、その痕跡を、そこに、見る――。
81
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:42:07 ID:XQUaX1fU0
助けて!
.
82
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:42:47 ID:XQUaX1fU0
目眩がした。視界が翻った。
天地が逆さまになる。浮遊感。現実との乖離。
そしてそのまま、俺は、地上へ――。
「危ない!」
何かがぶつかって、直後、強く引っ張られた。
倒れる。地面に。遠く離れた地上に――では、ない。
何事もなく、尻と腰を打ち付けた痛みを感じる程度で済む、ただの地面に。
呼吸音が聞こえた。自分の。そして、他人の。
すぐ隣から、それは聞こえてきた。
隣に、俺と同じような格好で地面に倒れている人物がいた。
そこには、キュートがいた。キュートが、俺の視線に気づいた。
「い、いや、あの……中々もどられないので、
何かあったのかなーと、そう、そう思いまして!」
あたふたと、いつもの調子でキュートは弁解を始める。
これまでとは比較にならない程に強い何かが、浮かび上がってきた。
「身投げでもすると思ったか?」
「い、いや、そんなことはー……」
あはは……と、キュートはまた笑う。
俺は、そのにやけ面のすぐ下――キュートの首へと、手を伸ばした。
83
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:43:36 ID:XQUaX1fU0
「え、あの、ど、ドクオさん?」
力を込める。起こしたキュートの上半身が、再び地面に倒れる。
俺はその上にまたがり、両手で彼女の首に圧を加えた。
かすかに。ほとんど、それと感じない程度に。ゆっくりと、真綿で絞めるように。
キュートはただ、困ったように、笑っていた。
ああ、こいつ、本当に、似てやがる。
「……虫」
「え、あ、はい……?」
「虫が、這っていた」
「……あ、はい! 虫! 虫ですか!
そうですよね、虫、虫かー! そっかー!」
84
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:44:07 ID:XQUaX1fU0
「……」
「……あ、あの、虫、どう、なりました……?」
「死んだ」
「そ、そう、ですかー。死んじゃったかー、そっかー……」
「……」
「それなら、その……そろそろどいてもらえると、
あの、ありがたいなー……なんて」
「……」
「へへ、えへへ……」
「……なあ」
「は、はい? なんでしょう?」
「お前は、もし俺が……」
「ドクオ、さんが……?」
「おれが――」
――悲鳴が、山中を木霊した。
85
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:44:27 ID:XQUaX1fU0
お姉ちゃん!
キュートの首から手を離し、立ち上がって、駆け出した。
悲鳴。女の。誰のものかは判然としない。しかしキュートを除けば、
“今”この山にいるのはお姉ちゃんしか居ない。
いや、そんなことはないのか。
俺達とは別の這ナギ者が登山している可能性は、当たり前に存在する。
じゃあお姉ちゃんじゃないのか。そうだ。お姉ちゃんの訳がない。
だって、まだ、“あの日”でない。“あの日”でないなら、
お姉ちゃんがいなくなる理由がない。“あの日”だって、
お姉ちゃんは悲鳴なんて上げなかった。だから、お姉ちゃんの訳がない。
お姉ちゃんの訳が。
しかし足は、止まらない――。
.
86
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:44:50 ID:XQUaX1fU0
止まらない足が、止まった。
「りり!!」
小川の裡で屈んだいようが、りりを抱えていた。
「ああ、なんで……血が、こんなに血が……!」
いように抱えられたりりは、額を抑えて「痛い、痛い」と呻いている。
手と額の隙間からは赤い血がとめどなく溢れて袖を濡らし、
溜まった液が肘の辺りから水滴となって落下していた。
落下した血の滴はずぼんをまくったいようの腿肌で跳ね、
小川の急流へと呑み込まれては消えていった。
お姉ちゃんではなかった。
この光景を見て俺の頭が真っ先に思い浮かべたのは、その事実だった。
お姉ちゃんは、この場にいなかった。
つくづく、嫌になる。
87
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:45:29 ID:XQUaX1fU0
「何をしてる! 早く川から出ろ!」
いようは動転して、悲壮な声を上げるばかりで固まってしまっていた。
悪態をひとつ、足をまくって、川に入る。
固まったいようからりりを引っ剥がし、小川側の砂利道まで移動した。
「すまないが、手をどかさせてもらうぞ」
言って、額を押さえるりりの手を取る。
堰き止められていた血が、泡を立ててこぼれた。
ぱっくりと割れ、大きく開いた傷口。
額の出血は実態以上に派手であると言われるが、
それにしてもこれは、多い。傷が皮下のどこまで達しているかも、確認できない。
「お願いだ! りりが、りりまで死んでしまったら、おいら……!」
「だったら手伝え! 水だ、水を持ってこい!」
「み、水……水!」
「バカ、川の水じゃダメだ! 化膿する!」
「で、でもおいら、他に水なんて……」
「ドクオさん、これは……」
荒い息を吐き吐き、キュートがやってきた。
肩で息をするキュートに向かい俺は、「水を――」と、言いかける。
88
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:45:53 ID:XQUaX1fU0
「ボク、持ってます!」
言い終えるよりも早く、キュートは反応した。
腰に着けた水筒を手早く取り出すと、
普段の態度からは考えられないくらいに手際よく俺の横に座り、
りりの患部へと水筒の中身を流し始めた。
だが――。
「痛いのは、いや、いやぁ!」
痛みに跳ね上がったりりは、
小柄な身体からは想像も付かない程の力を発揮し、もがきまわった。
俺とキュートは協力して彼女を抑えようとするが、
“タガ”が外れた人間の力は、それが例え子供のものであろうと御するのは容易ではない。
俺は、呆然と立ち尽くしているいように向かって吠えた。
「いよう! りりを抑えろ!」
「お、おいらは、おいらは……」
「いよう!!」
「ば、ば――」
ぷるぷると小刻みに震えていたいようが、
両の手を血が滲みそうな勢いで握り締め、
そしてその双拳を、自身の腿へと叩きつけた。
89
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:46:23 ID:XQUaX1fU0
「バカ、バカ、バカ! なんで、なんでお前、来るなって言ったじゃないか!
バカ! りりのバカ! バカ!!」
バカ、バカ、バカと叫びながら、いようはその度その度、拳を腿へと叩きつけた。
何度も、何度も、赤く、青く腫れていくのが
目に見えるような衝撃を受け続けても、いようは止まらなかった。
いようは、止まらなかった。
いよう自身は。
けれど、いようの動きは、止められた。
外的な要因によって。
「いようくん、それは、違うよ」
お姉ちゃん。お姉ちゃんが、そこにいた。
お姉ちゃんが、自らに向かって振り下ろされたいようの拳を止め、支えていた。
呆けたように口を開いていたいようが、
その目の色を再び加熱させ、そしてそれを今度は、
お姉ちゃんへと、向けた。
90
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:46:48 ID:XQUaX1fU0
「お前のせいだ! お前がいるから、みんな死ぬんだよぅ!
人殺し、この人殺しィ!」
「いようくんは、りりちゃんが大切?」
お姉ちゃんの声はあくまでもやさしく、やわらかだった。
けれどこの状況においてその言葉は、火に油を注ぐ行為に他ならない。
いようは自由な側の拳を大きく振り上げ、それを一切の躊躇なく振り下ろした。
拳は、お姉ちゃんの鎖骨の辺りに当たった。
鈍く嫌な音が小川のせせらぎを越えて、俺の鼓膜を震わせた。
腰が、浮かびかけた。
「……うん、うん。解る。私にも解るよ。
いようくんの気持ちが。それに、りりちゃんの気持ちも……」
「わけのわかんないことを……!」
「りりちゃんだって、お兄ちゃんを大切に想っているってこと」
お姉ちゃんは、自分に向けられた暴力の拳を、その両手で包み込んだ。
そして両手に暴力の拳を包んだまま、
その先につながる本体と共にりりへと近づいていった。
91
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:47:11 ID:XQUaX1fU0
「ね、りりちゃん。そうだよね。
だから心配で、付いて来ちゃったんだよね。お兄ちゃんのことが大切だから、
いなくなってしまうことが怖くて、ここまで来てしまったんだよね……」
りりの側に屈んだお姉ちゃんは、両手に包んだ拳を解いていく。
親指が、人差し指が、中指が、薬指が、小指が、順々に解かれていく。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんはここにいるよ。
だからりりちゃんも、お兄ちゃんの手を握ってあげて。
私はここにいるよって、伝えてあげて……」
俺とキュートに挟まれたりりが、いようを見ていた。
彼女はもう、暴れていなかった。ただ、いようの開かれた手を見て、
そして、おずおずと、血に濡れた自分の手を差し出した。
「いようくん、ごめんね。“私で”、ごめんなさい……。
でも、私も手伝いたいの。りりちゃんの笑顔が見たいから。
だから、ね、お願い。私にも、手伝わせて……」
92
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:47:35 ID:XQUaX1fU0
「お、おいら……」
伸ばされたりりの手。
その手を凝視し、つかむか否かを決めるのはもはや、
いようの意思に委ねられていた。開かれた手。震える五指。
その先が、静かに動き――いようは、りりの手を、取った。
キュートに視線を送る。
意図を汲んだキュートは、間髪入れず
水筒の中身をりりの額へと浴びせ、付着した泥や雑菌ごと血を洗い流した。
苦悶の表情を浮かべ、りりは歯を食いしばる。
しかし彼女は、もう暴れなかった。
代わりにいようの手が強い圧を受けて、その形を歪めていた。
しかしいようは、その手を離さなかった。
逆に握り返して、最後まで握りしめて、伝え続けていた。
自分がそこにいることを、りり<大切な人>に、伝え続けていた――。
.
93
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:47:59 ID:XQUaX1fU0
「いいか、時間が掛かってもいいから、慎重に行くぞ」
「わ、解ってるよぅ……」
木の枝と割いた衣服で作成した簡易担架に
りりを乗せた俺たちは誕生会の準備を中断し、
五人全員でカカ山を下山していた。
お姉ちゃんの持参していたハンカチと
キュートの衣服の端を千切ったものを用いたことで
りりの額の傷も止血することはできたが、あくまでもこれは応急の処置だ。
急ぎ内藤の下まで届け、然るべき検査をしてもらわなければならない。
とはいえ、焦りは禁物だ。
頭を打っている危険性がある以上、
些細な刺激にも十分な注意を払う必要がある。
俺と共に担架を運ぶいようの、真剣な横顔を覗き見る。
いようは始め、自分ひとりでりりを連れて行くと言っていた。
りりのことが大切なのは、自分なのだから、と。
特にいようは、お姉ちゃんがりりの側にいることに嫌がる様子を見せていた。
しかしそんないように対して、お姉ちゃんはこう言ったのだ。
「りりちゃんのことが大切なら、りりちゃんの大事を一番に考えて欲しいよ」
94
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:48:30 ID:XQUaX1fU0
この言葉が切っ掛けとなって、いようは折れた。
下山中、いようは一言もお姉ちゃんに話しかけようとはしなかったが、
りりに話しかけるお姉ちゃんを追い払おうとすることもなかった。
これは、前進――と言って、いいのだろうか。
俺にはよく、解らなかった。
ただ、先程まで付き纏っていた気分の悪さが
幾分か引いていることだけは、確かに感じ取ることができた。
「あれ? なんでしょう、誰かいる」
麓へ降り、向けられた他人の目を無視しながら
診療所までたどり着いた俺たちは、診療所の門前で屯する集団を目撃した。
凡そ這ナギにはそぐわない洗練された雰囲気を纏うその集団は、
田園と林と川、つまりは“何もない”自然に囲まれ、
些か所在なさげな様子を見せていた。
天を仰ぐ。陽は既に、赤みを帯び始めている。
ああ、そうか。もう、『そんな時間』だったか。
内藤が、集団の先頭に立つ女性と話をしていた。
95
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:49:05 ID:XQUaX1fU0
「それにしても、君がチーフか……」
「分不相応だと?」
「いや、君は昔から優秀だったからね。
けれど、年月を感じざるを得ないなぁ……ってね」
「今更先輩風なんか吹かさないでください。私はあなたを許してはいません」
「それにも関わらず願いに応じて来てくれた。
それだけでぼくは、ありがたいという気持ちで一杯だお」
「……あくまでビジネスです。頂くものは頂きますよ。
こちらも慈善事業ではありませんから」
「おっおっお。金ならたんまりある。
好きなだけふんだくっていけばいいお」
「笑えません」
96
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:49:36 ID:XQUaX1fU0
女性の剣呑な雰囲気に、内藤は参ったなといった様子で苦笑いを浮かべた。
そして、辺りを見回した。こちらに気づいた。手を上げ、こちらに向かい――
「おー、待ってたお――」
「しぃ……!!」
向かった内藤の後ろから、女がひとり、飛び出してきた。
性格の歪みが皺となって現れた顔面を常より更に歪めて女は、
お姉ちゃんの前へと進み寄り、そして、間を置かずその頬を平手で叩いた。
「どこをほっつき歩いてたの……?」
ほほを叩かれたお姉ちゃんは、叩かれた箇所を押さえるでもなく、
怒りに、あるいは哀しみに震えるでもなく、当たり前のように、
ただ当たり前のように、自分を叩いたその女を見上げた。
「ごめんなさい……」
でぃ。
この女の名。
一週間前に這ナギを出て、“今日”の“今”漸く、この村へと帰ってきた者。
お姉ちゃんの、母。
97
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:50:18 ID:XQUaX1fU0
「帰ります。早くなさい……」
「あ、待って……」
お姉ちゃんの手首をつかんだでぃは、
彼女の意思など無視して乱暴に引っ張っていこうとした。
けれどお姉ちゃんは、母の暴威に抗い、その場へと留まる。
そして、その手を伸ばし――。
「いようくん、これ――」
指先につまんでいた何かを、いようのポケットへと転がした。
「あとは、お願いね……」
それで、お姉ちゃんの抵抗は終わった。
お姉ちゃんはでぃに連れられ、そのでぃの後を、
内藤と話していた女性を筆頭とした集団が付いていった。
「お姉ちゃん!」
担架の上で腰を起こしたりりが、お姉ちゃんに向かって呼び声を上げた。
お姉ちゃんはちらとこちらに微笑みを向けたけれど、
その姿はすぐに集団に埋もれ、その集団もやがて見えなくなった。
98
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:50:40 ID:XQUaX1fU0
「また、来てくれるよね……?」
ぽつりとりりが、つぶやいた。
誰も、その問に答えなかった。
「てゆか、一体どういう状況? 怪我?」
一人事情を把握できていない内藤が、
場違いに間延びした声を上げる。
俺はその内藤に無言で担架の取っ手を預け、駆け出した。
お姉ちゃんの消えていったその後を、全速力で追いかけていった。
背中に、キュートの声をぶつけられた気がした。
.
99
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:51:01 ID:XQUaX1fU0
『許せない』。だから、俺は走った。
『お姉ちゃんを叩くなんて、許せない』。俺はそう思った。
『なんでもいい。痛い目を見せてやらねば、気が済まない』。
“かつて”の俺は、そう思っていた。
『殺してやる』。それくらいの事を、“俺”は考えていた。
お姉ちゃんの――でぃの家へと、たどり着く。
「…………ですので…………資料には一通り……
……正直…………ではありましたが…………」
家の中から、声が聞こえた。『誰だ』。
内藤に突っかかっていた女の声。『くそっ、早く帰れよ……』。
会話は途切れない。『こんなとこ、母さんに見られたら……』。
周囲を見回し、身を屈め、草むらに隠れる。『お姉ちゃん』。
でぃと女の会話に、聞き耳を立てる。
100
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:51:22 ID:XQUaX1fU0
「…………確かに…………兆候は、出ていますが…………」
「…………どうにか…………せんか…………」
「…………全力は…………ですが…………」
『何を話してるんだ?』。機材を動かす、金属的な音。
『お姉ちゃんのこと?』。会話の内容をより理解するため、首を伸ばす。
『あそこ、破れてる』。破れた障子から、中を覗く。
「…………覚悟は、しています…………」
正座をし、口を開いた、でぃを見る。
「…………その時は――」
『その時は?』。……その時は。
そう、その時は――。
.
101
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:51:42 ID:XQUaX1fU0
私がしぃを、殺します。
.
102
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:52:21 ID:XQUaX1fU0
「え」
――え?
声が、聞こえた。家の中からではない。すぐそばから。
振り返る。顔と顔とが触れそうな至近距離に、人がいた。
眼の前に、キュートがいた。
どうしてお前が、ここに?
.
103
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:52:47 ID:XQUaX1fU0
「え、あの、えぇ……!?」
「だれだ? だれかそこにいるのか?」
あの女の仲間だろうか。
誰かがキュートの声に気づいたようだった。
足音が近づいてくる。逃げろ。
脊椎が、脳を介在しない反射的な命令を俺へと下した。
俺は足音とは逆の方向に向かい、全速で駆け出した。
驚愕に口を開いたキュートと、瞬間的にすれ違った。
キュートは、俺を見ていた。俺は、キュートから視線を外した。
背後から、感じるはずのないものを感じながら、一目散に駆け続けた。
.
104
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:53:11 ID:XQUaX1fU0
どうしてあいつが、あそこにいたんだ。
記憶には――ない。絶対にありえない。
あの場で、あの時のあの場で、でぃのあの発言を聞いたのは俺だけのはずだ。
これは今まで感じた、“些細な違和感”とは違う。決定的に、違う。
歴史が、俺の知る形とは別の道を辿り始めているのを感じる。
紙袋に収めた『届け物』を運びながら、考える。
この状況が齎す意味について、考える。
なぜこのような形になったか――は、もはや考するに値しない。
世界の法則は不可逆。起こったことは“変えられない”。
考えるべきは、これからどうするか。どう、対処するべきか。
キュート。東から移り住んできた、八人の孤児の一。
いつもへらへらと笑い、忙しなく周囲の機嫌を伺い、小心者で、
自分の意見を持たず……どことなく父<デミタス>に似た、俺と同世代の女。
105
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:53:34 ID:XQUaX1fU0
本来の歴史で、あいつと接触した記憶など、数えるくらいしかない。
その挙動に苛立ちを覚えたくらいの印象しかない。
実際の所、俺はあいつのことが、よく解らない。
あいつは何故、俺をカカ山登りに誘ってきたのか。
あいつは何故、カカ山で俺を追いかけてきたのか。
あいつは何故――あの場に、いたのか。
キュート。お前は一体、何者だ。
お前は一体、何思う。でぃの言葉に、どう反する。
俺の糧となるのか。あるいは仇となるのか。それとも――。
キュート。俺はお前を、どうすればいい。
お姉ちゃん。
ぼくは、どうすれば――?
106
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:53:58 ID:XQUaX1fU0
「おい、ドクオじゃねえか!」
名を呼ばれ、顔を上げた。
そこには、見知った三つの顔が並んでいた。
プギャーと、子分の二人。プギャーの包帯を巻かれた手がひらひらと、
見せつけるように空を踊る。
「なあおい、ドクオぉ。どうして学校来ねぇんだよ。
お前がいないと、毎日つまんねぇんだよ」
底意地の悪そうな顔が向けられる。更に追随する、二つのにやけ面。
俺は何も言わず、三人の間を通り抜けようとした。
後ろの二人が、「こっち見ろ」とか、「無視すんじゃねーよ」とか、
好き勝手に吠えていたが、いまはそんな子供の背伸びに付き合っている状況になかった。
早くこの『紙袋の中身』を届けなければならないのだ。
俺はプギャーたちの脇を通り過ぎ、そのまま目的地に向かおうとした。
その時、プギャーが、ぼそっと、つぶやいた。
父親そっくりのマザコン野郎。
107
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:54:24 ID:XQUaX1fU0
振り返る。プギャーを見る。
プギャーは、心底楽しそうに笑っている。
にやにやにやにや、俺を見て笑っている。
「ママの許可がないとケンカのひとつもできないのかい、お坊ちゃん?」
「……」
「おおっと、怖い怖い。また刺されたら堪ったもんじゃねぇや」
包帯の手をひらひら掲げながら、プギャーが後ずさった。
だがその間に子分の二人が移動、
いつの間にか俺は、三人に取り囲まれる形になっていた。
「父ちゃんが言ってたぜ。イデンつって、子供は親そっくりに育つんだーよ」
「みんな知ってるぞ。お前の親父も、マザコンだぞ!」
「マーザコン! マーザコン! マザコン親子ー!」
「……違う」
「あ、マザコンが何か言ってるぞ!」
「ママって言ったのかよ? お母ちゃんのこと呼んじゃったかよ?」
「ぎゃははは!」
「俺は……」
ぼくは――。
108
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:54:46 ID:XQUaX1fU0
助けて!
.
109
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:55:19 ID:XQUaX1fU0
目眩が、する。
「……バカバカしい。どいてくれ。用があるんだ」
「なに言ってんだ、俺たち友達だろ。もっと遊ぼうぜぇ?」
「おい、何持ってんだよ? ママのお使いかよ?」
プギャーの子分の一人が、俺の持つ紙袋に気づき、
無遠慮にそれをつかもうとしてきた。
寸でのところで、その手を躱す。
「おい、隠すなよ」
「……」
紙袋を、その中身ごと胸の内に抱える。
包囲が狭まる。じりじりと、その輪が小さくなっていく。
「怪しいな、ママに言えないものでも持ってんのかよ?」
「これは……お前の母ちゃんに届けてやんないとだな!」
「悪いやつには、罰を与えてやんなきゃだぞ!」
110
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:55:53 ID:XQUaX1fU0
三人が、同時に飛びかかってきた。
俺は身体を丸め、紙袋を守った。三人分の肘が膝が、
背に足に腹に、肩に頭に顔にへと、何度も何度も容赦なく叩きつけられる。
しかし、これを離す訳にはいかない。
これは、お姉ちゃんを助けるために必要な一手だ。奪われる訳にはいかない。
これが、これが――――もし、母に、ばれてしまったら。
ああ。
「つかんだ!」
ふざけるな。
「おい、離せ!」
お前らどうせ。
「寄越せ!」
病気で、死ぬくせに――!
「あ、あおー!!」
.
111
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:56:26 ID:XQUaX1fU0
「……は?」
暴力の嵐が、止んだ。
紙袋は、俺の胸に未だ収まっている。
取られたわけではない。奴らは、奴らの目的を達したわけではない。
だが、止まった。ゆっくりと、頭を上げる。
俺を取り囲んだ三人は、三人が三人共、同じ一点を見つめていた。
その視線が集積する先を、俺も見た。
そこには女が、両腕を高く掲げた、
珍妙な格好の女がひとり、そこにいた。
瞳孔が、凝縮するのが解った。
だから――どうしてお前が、ここにいる。
112
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:56:51 ID:XQUaX1fU0
「知ってるぞ! こいつ、東のよそもんだぞ! たしか……」
「……キュート」
「そう、素直キュート!」
「東のばい菌!」
「ビョーキ持ち!」
掲げた両腕が、わずかに下がった。
が、それは即座に元の位置へと戻る。
「そ、そうですよ! ボクはビョーキ持ちですからね!
ボクが触ったらすぐに感染って、た、大変なことになっちゃいますよ!」
言って、キュートは再び珍妙で情けのない吠え声を上げた。
プギャーたちは「ビョーキ持ち、ビョーキ持ち」と連呼しながら
キュートを指差し、触れようとする彼女の手をを躱し、
やがてバカにした笑い声を上げながら何処かへと去っていった。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を吸って吐いて、プギャーたちがいなくなった方角を
見つめていたキュートは、やがて掲げた腕を下げ、
両のてのひらで顔を覆い、その場にしゃがみこんだ。
丸まった肩が、背中が、小刻みに震えていた。
113
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:57:35 ID:XQUaX1fU0
「おい」
キュートの肩が跳ね上がった。
顔を覆った両手をぐしゃぐしゃ動かして、動かして、それを開いた。
開いて現れた顔はてのひらで揉みしだいたせいか、所々赤く変色していた。
「な、泣いてないですよ! ボクは泣きません! だって、だって……
ボクは泣かないから、泣かないんです! へ、へへへ、えへへへ!」
「なんでここにいる」
「いや、その、そのぅ……」
目を泳がせ、首も捻って非ぬ方向に目を向けようとするキュート。
俺は歩を進め、近寄り、キュートの頬に手を当てた。
首を捻って、こちらを向かせた。
114
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:58:04 ID:XQUaX1fU0
「なんでだ」
「……へへ――」
また、笑う。
「ごまかすな答えろ」
「……」
声なく笑う。
「なぜだ」
「……あの」
笑って、下を向いたまま、キュート。
「しぃさんを、助けるんですよね?」
「だったらなんだってんだ」
「ボクにも手伝わせてもらえませんか」
115
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:58:37 ID:XQUaX1fU0
左に、視線。
「ボ、ボク、こんなで、頭も良くないですから。
ボク一人じゃ、なんにも、なんにもできませんから……。
だけどドクオさんは、ほら……頭、いいじゃないですか。
だから、その……へへ、えへへ」
右に、視線。
「……お前たちは、おね――
しぃさんを、憎んでるんじゃないのか」
「いや、その……」
「嫌いなんじゃ、ないのか」
「好きとか、嫌いっていうか……」
再び、下へ。
「その……しぃさんは、その……
ボクたちにとって、必要な人……ですから」
「必要?」
「必要、です……。うん、必要、なんです!
絶対に――」
116
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:59:08 ID:XQUaX1fU0
強い声。顔を上げて、直線に。
平行に、顔を合わせて――
しぃさんには、生きていてもらわなければならないんです。
――瞳の裡に、俺の陰。
目眩が、再び、脳を揺すった。
117
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 22:59:36 ID:XQUaX1fU0
「ど、ドクオさん!?」
天地が揺れる。(助けて)。地面を失い、地を失い、真っ逆さまに揺れ落ちる。
(助けて)。無限の時間。(助けて)。前後だけの世界。(助けて)。
暗闇に溶ける肉。(助けて)。伸ばした腕、手、指、意識――(助けて――!)。
完全な喪失に在って、音はもはや意味を持たず、
匂いは嗅ぐより先に遠ざかり、皮膚上の神経は既にその機能を閉じた。
世界は閉じ、また閉じ、そして最後的終焉に向かって閉じ続けた。
その最中にあって、ただ視界。目。瞳。視神のみが、それを捉えた。
かかやくもの。暗闇を光で割り、喪失の世界に在って確かな存在を確立したそれ。
それは、手。輝く手。落ち行く俺へと差し伸べられた、生命の灯火。
俺は、それを。
ぼくは、その手を――。
118
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 23:00:02 ID:XQUaX1fU0
「やめろッ!」
跳ね除けた。力の限り。
すぐ側から、「痛っ」という、小さな悲鳴が聞こえた。
朦朧とする世界の中、“今”の中、その悲鳴の聞こえた方向を、俺は睨んだ。
そこには、当たり前に、キュートがいた。
「……“命令”だ。心配などするな、助けようだなどと、考えもするな……!」
「え、う……」
立ち上がる。揺れる。
しかし、立ち上がれる。
揺れを呑み込み、しゃがんだままのキュートを見下ろす。
「……この際だから言っておく。俺はお前が嫌いだ」
にやついた顔が嫌いだ。
頭の悪さが嫌いだ。
意志薄弱なところが嫌いだ。
似ているお前が、嫌いだ。
119
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 23:00:37 ID:XQUaX1fU0
「だから――」
だが。
「だからこれは、ただの協力関係だ」
「……協力、関係?」
それでも。
「お前の事情に興味はない。知りたいとも思わない。
だがお前がしぃさんを必要とするなら、助けるつもりなら、その限りに置いて俺たちは、
目的を同じくするパートナーだ。協力関係だ。それでいいなら、手を組んでやる。
……どうだ」
このまま。
「……はい。それで、結構です」
一人で、いるよりは――。
.
120
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 23:01:09 ID:XQUaX1fU0
決行まで、あと三日。
.
121
:
名無しさん
:2019/01/06(日) 23:01:42 ID:XQUaX1fU0
本日はここまで。つづきは後日
122
:
名無しさん
:2019/01/07(月) 02:19:48 ID:6NAKFjH.0
乙!
123
:
名無しさん
:2019/01/07(月) 11:50:16 ID:DQCZOCuM0
乙!
マジで続き気になるわ
124
:
名無しさん
:2019/01/07(月) 15:18:49 ID:2gWEvPA.0
otu
125
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:18:25 ID:LnuxV94A0
三
※
126
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:19:02 ID:LnuxV94A0
三
「……はい、問題なし。転んで怪我するのだけ注意ね」
「ぎゃっ! お尻さわんないでよ、ブーンのエッチ!」
「おっおっお。二○年はえーお」
「二○年も経ったらあたし、おばさんじゃん!」
「はいはい、いいから早く次の子呼んでちょうだいね」
部屋の中から、感情を顕にした足音が聞こえてくる。
その足音は次第次第にこちらへと近づき、それが止まったかと思うと、
投げやりな「ありがとーございましたっ!」と共に扉が開かれた。
顔を膨らませたミセリが、のっしのっしと廊下へ出ていく。
入れ替わって俺も、部屋へと入った。
「お、次はドクオかお」
127
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:19:27 ID:LnuxV94A0
内藤先生――本名、内藤ホライゾン。
多くの者からは先生と、一部の者からは親しみを込めて、ブーンと呼ばれている。
「ほい、じゃあ前上げてー」
言われるまま服を脱ぎ、診察されるのを待つ。
聴診器の先がアテられる。冷やりと感触に、むずがゆさを覚えた。
内藤は、この村で唯一のお医者先生だ。
通常業務はもとより、学校などの特定団体における定期検診も請け負っている。
ただ、孤児たちは当然学校に通っていないので、学校内で検診を受けることはできない。
だから内藤は、公的な依頼や金銭の授受などとは無関係に、
孤児たちの定期的な検診を自発的に行っている。
「ん、じゃあ今度は背中ね」
俺は一応這ナギ小に在籍しているが、現状がこんな有様なので、
「別々にするのも面倒だしまとめて診るべ」という内藤の一声によって、
孤児たちと共に検診を受けることと相成った。
「次は、手ぇ出してー」
128
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:19:50 ID:LnuxV94A0
聴診器を外した内藤が、今度は俺の手を取る。
てのひら、手の甲、指先と、ごつごつとした大人の手で、触診される。
念入りに確かめるその様子を、俺も見る。
「……なあドクオ、お前、将来なりたいものとかあるかお?」
顔を上げる。
内藤は視線を下ろし、変わらず触診を続けている。
「なんですか、藪から棒に」
「いやなに、ちょっと気になってね……。で、あるの?」
「なりたいもの……」
思い出す。当時の自分を。俺を。
俺は、なりたいかどうかとには関係なく、
立場有る人間にならなければならないと思っていた。
でなければ永遠に、母の怒りを免れることはできないのだと。
母の言う“俺の幸せ”は解らなかったが、
とにかくこの這ナギ<糞田舎>を出て、
一角の人物になることが、俺の目標だった。
129
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:20:21 ID:LnuxV94A0
「別に……」
「ほんとに……?」
「うそ吐く意味なんて、ないです」
「よく考えてみな。一つぐらい、あるお?」
少し、苛立った。しつこい。
ないって言ってるじゃないか。そう思いつつ、
頭の中ではひとつの答えが、始めからふよふよ浮遊していた。
ただ言葉にすることが、なんだか気恥ずかしいものに思えて、
そんなものはないと誤魔化そうとしていた。しつこくて、苛立った。
だから仕方ないかなと、思った。
内藤ならいいかと、思った。
「……しぃさんみたいに、なりたい」
なりたかった。
130
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:20:43 ID:LnuxV94A0
「ん……そうか」
触診が終わった。
合図を送られ、検診が終わったことを理解する。
「なんだったんですか、さっきの」
「だから、気になっただけだって」
腑に落ちなかった。
ただ気になったと言うには、内藤の問い方はしつこかった。
しかしカルテにさらさらと結果を書き込んでいる内藤から、
真意を聞き出すことはできそうになかった。
「俺、最近目眩がするんですけど」
「季節的なもんだお。ほっとけほっとけ」
「……ヤブ」
「言ってろ」
おっおっおっと、得意げに笑う顔が気持ち悪い。
が、そこを突っ込むほど俺は野暮じゃない。
服を着て、席を立ち、一例をして部屋を出ようとし――
そこで俺は、“ふと”思った。
肩を回して、振り返る。
131
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:21:09 ID:LnuxV94A0
「あなたは、どうなんですか」
「ん?」
「子供の頃、将来なりたかったもの」
「……なんで?」
「気になったから」
あなたのルーツが。
……同時に、ちょっとした意趣返しでもある。
「なりたかったもの、か……」
問われた内藤はカルテを机に置き、
背もたれに深く腰を沈め、虚空を見つめた。
その先に見えるもの。俺には見えず、内藤にだけ見えているもの。
「そんな大昔のこと、忘れちまったお。ただ――」
「ただ?」
それをつかむように、内藤が、手を伸ばした。
「ぼくは多分……神様になりたかったんだと、思う」
132
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:21:36 ID:LnuxV94A0
内藤の手が、空を切って、落ちた。
神様。這ナギの神。人知主義の、神。
「子供っぽいですね」
「子供だったからね……満足?」
「……一応」
それじゃ、次の子呼んで頂戴。
そう言われ、俺は今度こそ退室した。
扉を開き、後ろ手でそれを閉じた。
そして、内藤の言っていた言葉を、思い返した。
神様、か。
這ナギの外から来た“よそもん”なのに、
村の人間に受け入れられ、東も西もなく、誰にも平等で、
行き場のない孤児たちを拾って……。
先生。あんたは確かに、“神様”だったよ。
少なくとも、ここの子供達にとっては。
なのに――
どうしてあんたは、死んだんだ?
133
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:22:02 ID:LnuxV94A0
「どうかしましたか?」
次の診察を待っていた小さなトソンが、俺を見上げていた。
俺は無言で扉から手を離し、その場を離れた。
不思議そうに俺を見ていたトソンは
内藤の呼び声に応じてすぐに、部屋の中へと入っていった。
俺は、お姉ちゃんみたいになりたかった。
内藤への返答。その言葉に嘘はない。
けれど、それは真実の半面に過ぎなかった。
俺はお姉ちゃんの他にも、なりたいものがあった。
敬い尊する人生の指針が、他にもあった。
先生。
俺は、あなたにもなりたかったんだ。
あなたみたいな、大人にも。
.
134
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:22:32 ID:LnuxV94A0
残りの三日は、あっという間に過ぎていった。
.
135
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:23:00 ID:LnuxV94A0
「ではでは、宴もたけわなですが、
先生ちょっとお出かけしないといけないからね。
後はみんなで楽しんでくれお。それじゃ、りり――」
伊達男風に上着を肩に担いだ内藤は、
本人が思うのであろう最高にイケてる顔をキメながら、
自由な側の手の先で中指と人差し指を伸ばし重ねそれをぴんと伸ばし、
絶妙にキザったらしくその指先をりりへと向けた。
「はぁっぴぃばぁすでへぇぃ、でぃはぁまいがぁはふうぅ……」
バン! と、銃を撃つような動作で、内藤の手が跳ねた。
「きも」
「うざ」
「端的に言って死んで欲しいですね」
「殺すぞ……!」
「ひどっ! ……いようさんだけ何か空気違いません?」
136
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:23:25 ID:LnuxV94A0
酷評の雨を浴びた内藤は背中を丸めてすごすごと、
一人寂しく診療所から出ていった。
もしかしたら俺は、憧れる対象を間違えてしまったのかもしれない。
さておき。
今日は、りりの誕生日。
そして“今”は、その誕生日会の真っ只中だ。
切り分けられたケーキを頬張りながら孤児たちは、
思い思いに歓談している。
ケーキを用意したのは内藤。
いったいどこから調達したのか、それは相当に巨大で、
そして都会者で洒落者の彼らしい、ずいぶんと華美で派手な一品だった。
とはいえこれが普遍的な物であるか否かなど、
ここの孤児たちには判断できないかもしれない。
ケーキなどという“外来的”な菓子、
聞いたことはあれども見たことなどなかっただろうから。
かくいう“今”の俺にとっても、
ここで目にするケーキが人生で生まれて始めて
目にするケーキに当たるはずだった。
137
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:23:51 ID:LnuxV94A0
「こんなに綺麗なの、お姉ちゃんにも、見てもらいたかったな……」
食べても切っても減らないケーキの巨大なホールを見上げながら、
りりがつぶやいた。それは小さなつぶやきだった。
しかしりりのすぐ後ろに立っていたいようの耳には届いたらしく、
彼は非難とも哀切ともつかない表情を浮かべ――だが、それでも無言を貫いていた。
お姉ちゃんは、この場にいないかった。
あの日でぃに連れて行かれてから、まだ一度もここへは来ていない。
そう、それは、本来の歴史においてもそうだった。
お姉ちゃんはでぃに連れて行かれて以降、家の中で監禁されていた。
それを俺は、“知っていた”。
助け出さなければならない。
今夜、あそこから、お姉ちゃんを。
.
138
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:24:26 ID:LnuxV94A0
「ミセリ・ザ・プレゼーンツ!」
「わ、おっきい! ありがとう。中身は何かな」
「いひひ、すっごいものだよ、開けてみて開けてみて!」
誕生日会は現在、各々が用意したプレゼントを渡す時間になっていた。
自由に使える小遣いも自由に買い物ができる商店も限られている
孤児たちにとって用意できるものは限られていたが、
その中でも彼らは各々工夫を施し、木彫りの蛇(あるいは龍……か?)らしきものだったり、
原色を多用した圧倒的な存在感を放つ絵画であったり、
それぞれ独特でユニークなプレゼントをりりへと渡していた。
「え、え? ボ、ボクのプレゼント、そんなにおかしいですか?」
キュートのプレゼントが披露された時、
それが何であるのか解る者はこの中にいなかった。
診療所の瓶に入れられたその液体は一見して薬品のようであったが、
キュートはそれは少し違うと説明する。
それは山の果実を用いて作った、匂いを楽しむ液体だと。
所謂、アロマというやつだろう。
キュートはそれが持つ癒やしや疲労回復等の効能について
饒舌に述べていたが、孤児の一人がとつぜん笑いだし、
その笑いは瞬時に他の子供達にも伝播していった。
曰く、普段散々嗅いでいる匂いを、
わざわざこんな瓶に閉じ込めて嗅ごうとするのはおかしいと。
139
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:24:48 ID:LnuxV94A0
「で、でもですね、眠れない夜なんかに使うと、すごく効果があってですね……」
「そんなの使わないでも、ぐーすか眠れるよー!」
「え、あ、あー……そっかー、そうですよねー……。
ごめんねりりちゃん、こんなボクでごめんねー……」
悲壮な面持ちで肩を落とすキュート。それは、実に哀れな姿だった。
しかし、アロマか。“未来”の俺は使っていなかったが、
セラピーとして用いられるくらい重用されていることは知っている。
アロマ、そんなにおかしいものだろうか。
大人と子供、未来と“今”との違いに、首を傾げる。
「ううん、ありがとう、キュートさん。
眠れなくなった夜に、使わせてもらうね」
「うぅ……りりちゃーん……!」
キュートがりりに抱きつく。
包帯も取れ、額のガーゼだけが怪我の位置を示すようになったりりは、
その傷の保護物がずれないよう気をつけながらも
自分よりも一回り大きなキュートの身体を抱きとめ、
その背中をぽんぽんと叩いた。どっちが年上だか、解らない光景だった。
140
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:25:53 ID:LnuxV94A0
「りり」
次は、いようの番だった。
いようは手に持った小さな桐箱を、
無造作にりりの手の裡へと押し込んだ。
受け渡しはそれで、おしまいだった。
りりは押し付けられた箱を両手に包み、
そっと、その蓋を開けた。
瞬間、中から光が溢れた――ように、見えた。
「いようさん、それ、どうして……」
「……あいつが見つけて、おいらが磨いた」
桐箱の裡に収められていたのもの。それは、『カカメ石』。
よく磨かれ、本物の鏡のように光を反射している。
覗き込む俺やキュート、孤児たち、そして、りりの顔が曇りなく映り込んでいる。
そうか。
三日前、お姉ちゃんがいようのポケットに入れたものの正体。
託したものの正体。それが、これか。
141
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:26:18 ID:LnuxV94A0
「ソドウにエイずるバンジイッサイ、イツイツマデもカカヤきツヅけますように――」
抑揚のない早口言葉を、いようが一息で述べる。
それは『カカメ石』を贈る際、同時に相手へと贈るものと決まっている祈念詞だった。
相手の幸福を願う、祷りの言葉だった。
「おめでと、りり」
「大切にする……」
そう言ってりりは桐箱の蓋を閉め、それを胸の前に持っていった。
いようは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
142
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:26:50 ID:LnuxV94A0
「それじゃ最後は、ドクオさん、でしょうか!」
「……」
キュートに促され、部屋の隅で隠れていた俺に視線が集中する。
キュートを睨む。なぜ睨まれたのか解らないのか、
キュートはたじろいだ様子を見せていた。
とはいえ、だから何だという話。
注目を集めてしまった俺は仕方なく、
俺同様部屋の隅へと隠していたプレゼントを引っ張り出す。
束ねたそれはをりりの前に置く。
重たげな音が、部屋中に響き渡った。
「お古で、悪いんだが……」
参考書と問題集。
これまで俺が“課されてきた”ものの中で、特に初期の内に使っていたもの。
内容としては、小学校高学年向けのものと言える。
いまのりりには早いかもしれないが、
たぶん、おそらく、無駄にはならないものだと、思う。
143
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:27:17 ID:LnuxV94A0
「気に入らなかったか……?」
目を点にして、俺の用意した紙束と俺とを、りりは見比べる。
自分でも、誕生日に送るプレゼントとしてこれが
適切であると言い切れる自信はなかった。
だが、こんなもの以外に俺は、知らなかった。
誕生日にもらうプレゼントと言えば、
俺にとっては、勉学に関わりのあるものであった。
りりが、ゆっくりと首を左右に振った。
「ううん、そうじゃなくて……。
私、あなたからもらえるとは思っていなかったから。だって――」
……だって?
「あなたは私達のこと、嫌いなのだと思ってたから」
「あ……」
心臓が、跳ねる。
「ありがとう」
「あ、いや……」
りりのことを、まともに見られなかった。
144
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:28:23 ID:LnuxV94A0
「これでみんな終わりですかねー?
それじゃボク、今度はちょっとした出し物でも――」
おどけた調子で部屋の真ん中へと躍り出たキュート。
が、みんなの視線はキュートの方へは向かなかった。
廊下から、人の走る音が聞こえた。息を吸い、吐く音を感じた。
空気を裂く熱まで、感じた気がした。それは、こちらへと近づいてきた。
どんどんと、どんどんと、それはこちらへと向かってきていた。
それが、止まった。俺たちがいる、この部屋の前で。
一秒、二秒、三秒……息を呑むのに充分な時間が経った後、
涼やかに、水が流れるようにして、扉が開いた。
りりが叫んだ。
「お姉ちゃん!」
「おめでとう、りりちゃん」
.
145
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:28:45 ID:LnuxV94A0
どうして?
.
146
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:29:32 ID:LnuxV94A0
「今更、なにしに来たんだよぅ」
冷たく突き放すような声。主は当然、いよう。
お姉ちゃんは少し寂しそうな顔をしながら、
いようからりりへと視線を移動させた。
いようとは違い、りりはうれしそうにお姉ちゃんを見上げている。
「ごめんね、急いで来たから、何も用意できていなくて……」
りりの前に座ったお姉ちゃんは自らの手を、りりの手に重ねる。
「だからお姉ちゃん、お歌を贈りたいのだけど……りりちゃん、いい?」
「もちろん――」
「やめろッ!」
147
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:30:24 ID:LnuxV94A0
りりの身体を背後から、いようが強引に引き寄せる。
必然、重ねた手も剥がされる。
「いきなり現れて、なんなんだよぅ。
お前なんかいなくたっておいらたちは、何の問題もないんだよぅ……!」
「いようくん、私――」
「黙れっ! 勝手に近づいてきて、勝手に離れて……この三日感、
りりがどんな思いをしたと……勝手だ、お前は、勝手だ!」
「……うん」
「みんな、勝手だ……おとうも、おかあも……お前も、みんな……。
いつか……みんないつか、いなくなってしまうくらいなら、
おいらは、おいらは最初から――」
「お兄ちゃん」
りりが、自分を拘束するいようの手に、触れた。
「私、聞きたいよ。お姉ちゃんのお歌」
「りり……」
りりはいようを見上げていた。
いようはりりを見下ろしていた。
それだけだった。
やがていようは、
頑なにつかんでいたりりへの縛めを、緩やかに解いた。
148
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:30:52 ID:LnuxV94A0
りりが、お姉ちゃんを見た。
「お姉ちゃん、お願い」
「……うん」
水鏡のように愁い澄んだ瞳が、りりを見た。いようを見た。
ここにない何かを仰ぎ見た。そして、閉じられ――
お姉ちゃんは、歌いだした。
それは、技巧ではなかった。
素朴で、ありふれた歌声だった。けれど、それは、暖かかった。
やわらかくて、眩くて、そのまま眠りにつきたくなるような、心地よさがあった。
いつか何処かで感じた、原初的な安心感が、そこに存在していた。
「それ、お母さんの……」
りりの身体が、傾いた。
傾いて、倒れそうになって、けれど倒れなくて、
歩は進んで、進んで、腕を、伸ばして――。
149
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:31:29 ID:LnuxV94A0
「お母さん……おかあさぁん!」
重心を維持しきれなくなったりりの身体は、勢いよく倒れた。
お姉ちゃんの胸に向かって。お姉ちゃんは、それを受け止めた。
受け止め、伸ばされたりりの手を自らの手で、しっかとつかんでいた。
りりの手と自分の手とを、しっかと結んでいた。
泣き声が聞こえた。そこかしこで。
孤児たちがりりの後に続いて次々、お姉ちゃんに身体を預けていった。
お姉ちゃんはそのどれをも拒絶すること無く、受け容れた。
残されたのは俺と、キュートと――いよう、だけだった。
「おいらは……」
お姉ちゃんは、歌い続けていた。
やさしい歌を。“母”の歌を。
「おいら、だって……」
歌いながら、お姉ちゃんがまぶたを開いた。
水鏡のような瞳が、彼女だけが持つその静謐さが、いようへと向けられた。
微笑みが、いようへと向けられた。
かつて俺が、そうしてもらったように。
150
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:32:17 ID:LnuxV94A0
「……ぅぅう!」
いようがお姉ちゃんの下へと飛び込んだ。
いようの身体は孤児たちに囲まれたお姉ちゃんまで届かなかったが、
それを気にしている様子はなかった。いようも他の子供と同じように、
泣き声を上げながらお姉ちゃんを――母を求め、叫び続けていた。
いつまでも、そうしていた。
俺は――。
俺は、その光景と、その歌とを五体に感じながらも、
背を向け、振り返らず、一人、部屋から、出ていった。
.
151
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:32:39 ID:LnuxV94A0
確かめねばならなかった。
お姉ちゃんが孤児たちに受け容れられたこと。
それは喜ばしいことだ。目的のひとつは、これで達成できたことになる。
だがこの目的は、あくまで副次的なもの。
本命は別にある。そしてその本命がなるか否か、
その成否を決する絶対条件が成立しているどうかを、
俺は確かめなければならなかった。
お姉ちゃんはでぃに連れて行かれてから一度も、
孤児たちに会わない“はず”だった。
閉じ込められ、家から出ることを許されなかったのだから。
しかし、お姉ちゃんは来た。
りりの誕生日会へと。不可能であるはずの外出を、実現して。
歴史が変わっている。
俺の知らない形へと。
152
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:33:02 ID:LnuxV94A0
向かう。でぃの家。すでに見知った、この外観。
庭へと忍び込む。壁面に沿ってぐるりと回る。人の気配はない。
が、それは外から見た印象に過ぎないかもしれない。
玄関扉を開ける。鍵は掛かっていない。
音を立てないようにして、中へと入る。
部屋をひとつずつ見て回る。
母娘、親子二人で住むには大きく部屋数の多い家の中を、くまなく覗いていく。
誰も居なかった。お姉ちゃんはもとより、でぃも、あの集団も。
ならば、やはり彼らは帰ったのだろうか。
でぃの家を後にする。
次に向かう先は、この這ナギで唯一外界と結ばれた地。這ナギ駅。
日に二度しか電車の止まらない、村の者からはほぼほぼその存在を忘れ去られた場所。
走る。
俺の記憶が確かならば、日に二度止まるうちの一本が、もう間もなく到着するはずだ。
昨日までは確かにあの家に滞在していた彼ら。彼らが都会へ戻るとすれば、
この電車に乗るはずだ。確認しなければならない。
彼らが本来の歴史通り、この村からいなくなってくれるのかを。
.
153
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:33:29 ID:LnuxV94A0
「死ぬまでここにいるつもりですか?」
果たして、彼らは駅にいた。電車はまだ来ていない。
一団は電車の到着を待ちながら、手持ち無沙汰に雑談していた。
その一団から少し離れた場所に、男女が二人。
内藤と、チーフと呼ばれていた女性が、いた。
「ぼくにもまだ、出来る事があるかもしれないからね」
「ただの自己満足ですよ、そんなの」
「だろうねぇ」
「あなたは――」
女は何かを言いかけ、しかしそれを飲み込んだ。
そして内藤から顔を背け、再び口を開く。
「……今度、初老のご夫婦がこちらへ訪れます。
長年連れ添いつつ、授かりものとは御縁を得られなかった方々です。
お二方とも穏やかで、金銭的にも余裕を持っていらっしゃいます。
……その時には、宜しくしてください」
「……ん」
154
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:33:56 ID:LnuxV94A0
内藤が、頭を掻く。
「君は、変わらないなぁ」
塗装の剥げ落ちた電車が、ゆらゆらと到着した。
「助けられる者を助ける。
それが私達の仕事だと思っていますから」
一団が次々と、電車へと乗り込んでいく。
「私達は――私は、ちっぽけな人間ですから。
『神様』などではありませんから」
彼らの用意した機材が搬入されていく。
「私はあなたとは違いますから」
発車のベルが鳴る。
「……だから、さようなら」
電車が、駅から遠ざかっていった。
駅には一人、内藤だけが取り残されていた。
彼らは歴史通りに、這ナギを発った。
155
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:34:26 ID:LnuxV94A0
疑問が生じる。
彼らは“今”、這ナギを去っていった。“かつて”と同様に。
では、お姉ちゃんは、“かつて”も外へと自由に出入りできたのか?
自らの意思によって、あの家に留まっていたのか?
監禁されていたのでは、ないのか?
お姉ちゃんは、なぜ――。
……いや。
逃げたって、問題は、解決しない。
条件が俺の望む通りに整いつつあるというのなら。
俺は粛々と、目的を遂行する、までだ。
いまや、考えるべきことは、少ない。
頭を働かせる必要は、ない。
156
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:34:53 ID:LnuxV94A0
「ドクオさん!」
もはやお馴染みの声が、投げかけられた。
なぜここに――とは、もう問わない。
キュート。へらへら笑う者。
「……お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃん? ……あ、しぃさんですか?」
言い直して、キュートは続ける。
「しぃさんはあの後みんなに歌を教えていましたけども、
あの、お母様が迎えに来て、一緒に帰らまして」
「……そうか」
それは、よかった。
どうやら歴史は、順調に収束している。
問題ない。
俺は、殺せる。
××を、殺せる。
お姉ちゃんを殺した、××を。
今度こそ。
今度こそ。
殺せる。
157
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:35:23 ID:LnuxV94A0
「あの、ドクオさん……」
身を屈めたキュートが、俺の顔を覗き込んできた。
上目遣いの視線が、俺のそれと、交錯する。
「顔色が……」
その目を、睨む。
はっとした様子で、キュートは一歩下がった。
それでいい。これは、“命令”なのだから。
“命令”は、守らなければならないのだから。
「やることは解っているな」
キュートはうなづく。が、その態度は煮え切らない。
何かを言いたそうに、左右に視線を動かしている。
苛立つ。
「なんだよ」
「いや、そのぅ……」
「はっきり言え」
158
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:35:51 ID:LnuxV94A0
促されたキュートはそれでもしばらく
口の中で何事かもごもごと耳にも届かないような言を弄んでいたが、
やがておずおずと、口腔で転がしていたのであろう言葉を、口にしだした。
「ドクオさんは、その、夜……何を、するのかなー……と、
思ったり、しちゃいまして? へ、へへ……」
声を出して、へらへら笑う。その態度。顔。仕草。
更に、苛立ちが、募る。
「……余計なことは考えるな。お前はお前の責務を全うすれば、それでいい」
「う……は、はい、そう、ですよね、ですよねー……」
「用が済んだなら、俺は行く」
「あ、何処に……?」
立ち去ろうとした俺の足が止まる。キュートを見る。
キュートはたじろいだ様子を見せる。
……が、これくらいは、言ってやっても、構わない。
「ダメ親父のお使いだ」
そう言って、俺は今度こそキュートから、
打ち捨てられた駅崩れから、離れていった。
.
159
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:36:39 ID:LnuxV94A0
「おおぼんず、今日も来たんかぁ」
「……ええ、まあ」
「いつもお使いご苦労さまだのう。
ほれ、どうじゃ、菓子でも食っていかんか? 甘いのもあるぞ?」
「すみませんが、急いでますので」
「そうか、それは残念じゃのう……」
そう言って荒巻は、予め紙袋に用意しておいてくれたそれを、
売り台の裏から取り出した。俺はそれを受け取ろうとする――が、
それの取っ手が俺の手へと触れる前に、荒巻が受け渡しのために伸ばした手を、止めた。
「しかしのう、こんな商売やっとるわしが言えた義理じゃないが、
どうせなら完全に断っちまったほうがええんじゃないかのう」
「……それは、先生の判断だから」
「それじゃ。お前さんみたいに小さな子を、
よりによってあんな奴の所へ向かわせるなど……
あのお医者先生も何を考えておるのか」
「言うほど、小さくも……」
「なんじゃ?」
「いえ」
160
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:37:02 ID:LnuxV94A0
身を伸ばし、荒巻のしわだらけの手から紙袋を奪う。
そうして必要な文だけの金を手早く売り台に置いて俺は、
そのままこの場から立ち去ろうとした。
「なあお前さん……お前さん何か、
悪いことでも企んどるわけじゃあるまいな?」
売り台に置いた小銭に触れそうなほど顔を近づけながら、
荒巻が問いかけてきた。小銭と小銭がかち合う金属音が、店内に響き渡る。
「お前さんは……」
重く、歳に相応しい深みを感じさせる低い声――。
「ところで……どなたじゃったかのぅ?」
が、とぼけたそれへと一変。
俺は――そのまま無言で、すえた臭いのするこの店を後にした。
「わからんのぅ……」などというつぶやきが、ゆっくりと背中を追いかけてきた。
.
161
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:37:33 ID:LnuxV94A0
紙袋を持ち、向かう。先は、一軒。
この六日、欠かさず、毎日、通った場所。
這ナギの外れにある、草臥れて、廃屋と見間違えてしまいそうな家屋。
しかしここには確かに、人が住んでいる。
あいつが、住んでいる。
いつものように、ノックもせず、扉を開ける。
木々の腐った臭いが、こぼれ出る。
その中心に、男が、一人。
男は背中を向けたまま、こちらを一瞥すらしなかった。
“今”は健常である片目が、うずく。
162
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:38:01 ID:LnuxV94A0
「これ、今日の分です」
言って、俺は紙袋に収められた中身を取り出す。
俺の腕より遥かに太い胴回りを持つ、酒瓶。
俺はその酒瓶を、空のまま放置された他の瓶を遠ざけつつ、
直に床へと置いた。男はまだ、背中を向けたままだった。
男は、動かなかった。
動かないままでも、その頑健で暴力的な空気を発する肉体からは、
近寄りがたい驚異を感じさせた。
男の名は、ギコ。
“今日の夜”。
『日鏡巻山』にて。
“俺”を『蜷局の溝』へと突き落とす者。
でぃの兄であり――お姉ちゃんの、叔父に当たる男。
.
163
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:38:25 ID:LnuxV94A0
話は六日前まで遡る。
這ナギ診療所に、一人の男が訪れた。
シャキンという名のその人物は、村内でも外れ者であるギコと口論になり、
末には空になった瓶で強か頭を打たれた。
頭を打たれたシャキンは二、三日の間
目眩などを感じたらしいが、いまは平気で働いている。
問題はむしろ、シャキンを打った側――ギコにあった。
ギコは重度のアルコール中毒者であり、
シャキンと口論になった時も酔いが回っていたらしい。
というよりも彼は基本、酔っていない時がなかった。
この村で唯一のお医者先生である内藤も、ギコの状態は知っていた。
それが生命に関わりのある状態であることも。
彼は己が責務に則って、ギコが酒を飲めなくなるよう、
物理的な処置を施した。つまり、ギコに酒を売らせない、という処置。
164
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:38:53 ID:LnuxV94A0
「んー……お医者先生、そんなふうには
言っておらんかったがのぅ……」
這ナギの西には、酒屋が一軒しかない。
荒巻という半ば正体を失いつつ有る老人が一人で経営している、荒巻酒店がそうだ。
毎日毎日酒を飲み続けているギコも当然、この酒屋の常連だ。
「考え直したんです。まったく売らないと言えば、
ギコは店の中で暴れるかもしれない。だから一本だけ。
一日一本だけ、売ってやる。そうして少しずつ飲酒量を減らしていく。
そういう方針に、変えたんです」
この村にも一応、居酒屋などは存在する。
だが、ギコは人とは飲まない。まず、人の集まる所へ来ない。
ほとんど家から出ることもなく、いつも一人で、
廃屋のような家の中心で飲み続けていた。
だから勘案すべきは、この荒巻酒店のみ。
先生も、俺も、そう考えた。
165
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:39:21 ID:LnuxV94A0
「そんなもんかのぅ……」
荒巻はどこか腑に落ちない様子だったが、
それ以上突っ込んでくることはなかった。
俺が直接持っていくと言った時も、訝しみつつ、結局は任せた。
そしてこの老人の脳は、昨日も明日も今日も、曖昧に混ざり合っていた。
そうして俺は毎日、ギコの家へと通い続けた。
逐次課される母からの題を完遂した後の夕に、
うそを吐いて奪取し続けた一本の酒瓶を持参して。
すべてが計画通りに進行していた。
俺がギコの下へ酒を運ぶという行為が、“当たり前”であるという形へと――。
.
166
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:39:47 ID:LnuxV94A0
「蓋、開けておきますね」
転がったままの栓抜きをつかみ、瓶の蓋を開ける。
これもまた、“当たり前の行為”の一環だった。
怪しい所は、なにもない。ギコもそれを理解している。
二、三日の間は不思議そうに俺を見てもいたが、いまや振り向きもしない。
ギコにとって俺のこの行動は既に、日常の一部と化したのだ。
それこそが、俺の狙い。
懐に潜ませていたそれを、静かに取り出す。剥き身の薬剤。
錠剤型のそれは水溶性で、水中に投入すると瞬く間に溶けて消える。
水は、真水である必要はない。
茶でも、果汁でも、水分が含まれるものであれば何にでも溶ける。
酒にでも。
167
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:40:17 ID:LnuxV94A0
錠剤を、二本の指でつまむ。
気をつけるのは、音を立てないことだけだ。
不要な音は、それが何であろうと、立てない。
あくまで俺は、“当たり前”の渦中にいるのだから。
疑われ、ギコのその背が、肩が、頭が、
わずかにでもこちらに向いたならば、俺の計画は破綻するのだから。
縁にも接触させてはならない。波音を立ててもならない。
静かに、慎重に、しかし焦らずに、“当たり前”を遂行する。
問題ない。練習ならば、一○○を超える程に、行った。
俺は、できる。俺には、できる――。
錠剤は、音もなく瓶底へと沈み込み、過たず、その痕跡一切、霧消した。
ギコは変わらず、背を向けたままだった。
――勝った。
168
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:40:45 ID:LnuxV94A0
「じゃあ、俺はこれで……」
立ち上がる。もうここに用はない。
ギコは俺が家から出たと同時にこの酒を、コップも使わずに飲み始めるだろう。
その行動パターンも既に、この六日感で確認済みだ。問題はない。
後は怪しまれない内に退散するだけだ。
ギコの背に向けて一礼し、俺はそのまま、
この廃屋が如き這ナギの外れから立ち去ろうとした――。
「待て」
全身の血液が、凝固する。
不自由なほどに固まった身体が、動くことを拒絶している。
だが、このまま立ち尽くしていては、不自然だ。
自然に、あくまでも自然に、俺は、ギコの方へと、振り向きなおする。
ギコが、俺を見ていた。
真っ直ぐに、座ったまま、俺を見上げていた。
俺は始めて、ギコの顔を、目を、この時始めて、正面から、捉えた。
暗い、闇い、瞳。
――あの子を、想起する。
169
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:41:19 ID:LnuxV94A0
「俺は、惨めか……?」
ギコの手が、酒瓶へと伸びた。
「仕方ないんだ」
酒瓶が、ギコの口へと運ばれる。
「囚われてしまった者は、
こうするより他にないんだ。こう生きるより……」
口の端から、黄土色の液体が溢れる。
「俺達はもう、“今”を生きられなくなってしまった……。
“今”は、もう、遠く……」
ギコが、酒瓶から、手を離した。
「お前は、なるなよ……。俺のように……」
支えを失った瓶が、横倒しに、倒れた。
「俺や――内藤の、ように……………………」
床を転がる瓶が、壁にぶつかり、止まった。
そして、ギコもまた、止まった。
睨むことも、しゃべることもなく、
座ったまま、止まっていた……眠っていた。
170
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:41:47 ID:LnuxV94A0
睡眠薬が、効いていた。
診療所からくすねた睡眠薬が。
今の夜、ギコが目を覚ますことはないだろう。
いつの間にか抑えていた片目から、ゆっくりと手を離す。
今度こそ、ギコの家から出る。
これで布石は、整った。
後は“決行”するだけ――。
身体をつかまれ、乱暴に、地面へと叩きつけられた。
.
171
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:42:08 ID:LnuxV94A0
「ねえ、どういうこと……?」
何かが、俺の上へと伸し掛かってきた。
なんだ――と思うよりも先に、無警戒な顔面へと衝撃が走った。
首がよじれ、地面とこめかみがこすれる。
と、思えば今度は逆側から、同様の衝撃が発生した。
首が一八○度回転する。
「どういうことって聞いてるの……!」
脳髄に障るヒステリックな叫び声が、直上から響き渡る。
女の声。よく知った、その声。俺が――“ぼく”が、最も恐れる、その声。
ほほを打つ衝撃は止まっていた。
唯一自由に行えたまぶたを閉じるという防御行為を解いた俺は、
俺にまたがるその女を、見た。
女は、やはり、母だった。
172
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:42:32 ID:LnuxV94A0
「どうして……」
「酒屋のじーさんに、言われた。嘘だと思った。
だけど本当に、あんたはここにいた」
ここに――という言葉を言うより先に、母が答えを述べた。
最悪だった。荒巻。侮っては、ならなかった。
「ねえ、どうして……?」
「……」
「私、言ったよね? 誰とも付き合ってはダメって、言ったよね?
ギコに近づくなって、“命令”したわよね……?」
「……」
「ねえ、ドクオ、どうして? どうしてここにいるの……?」
「……」
「答えなさいよ!」
鼻の頭に、衝撃が走った。
開かれていたはずの母の手は、今や硬く、きつく、握りしめられていた。
拳が再び、俺へと落ちる。
173
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:42:56 ID:LnuxV94A0
「“命令”したじゃない!」
歯が砕ける。
「どうして裏切るのよ!」
目玉が潰れる。
「どうしてみんな、私を裏切るのよ!」
頭蓋が割れる。
「どうしてよ、どうしてよ!!」
頭が、ぐちゃぐちゃに、粉になって、液体になって、
原形を、失っていく。溶けて、溶けて、消えていく。
溶けて、溶けて、溶けて――。
「どうして、どうして、どうして、どうして――」
死――。
「おやめなさい」
174
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:43:29 ID:LnuxV94A0
加撃が、止まった。声が、聞こえた。
母のものとは、別の声。女の、年老いた、声。
「お義母さん……」
「ぺ、ペニサス……」
三人目。今度は男。俺が最も、嫌う声。
遺伝子以外に、つながりなどない存在。
「……なによ。また私を悪者にするの……?」
「そ、そんなこと……」
「あるじゃない! いつだってあんたは、私ばっかり悪者にして!」
「黙りなさい」
「か、母さん……」
「デミタス、あなたもです」
唾液を飲む音が聞こえた。
遠く離れて、その光景も目に見えないはずなのに、俺にはあいつが――
デミタスの奴が祖母の後ろで縮こまっている姿を、ありありと見て取ることができた。
そうだよな。お前はいつでも、そうやってきたんだもんな。
そうすることでしか、生きていけなかったんだもんな。
解るよ。俺にも、解る――。
だからお前も、死ねばいいのに。
175
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:43:52 ID:LnuxV94A0
「私が愚かでした。下手な温情など出さず、息子の嫁は私が決めるべきだった。
そうしていれば、あなたのような他所者が私達の這ナギに紛れ込むことも、
半端な混ざり物が生まれることもなかったのに」
視線を、感じた。
感覚の薄れた五感にすら伝わる冷えた、血の通った感じのしない、視線だった。
「二○○○万あります」
俺の上に乗った重みが、わずかに軽減した。
「これが最後の温情です。これを持って、
“あなたの”息子と共に這ナギから出ていきなさい。
そして二度と、私達の土地に足を踏み入れないでください」
重みが、更に、遠のいた。
「さようなら。あなた方は私達親子の汚点でした」
176
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:44:24 ID:LnuxV94A0
つんざく悲鳴が、鼓膜を破った。
空に、紙束が、散らばった。
紙束は一つが二つに、二つが四つに分裂し、
鋭利な刃物となって空を裂き、分断し、色を、粒子を、光を、
全部、全部、全部、細かく、細かく、細かく、細かく、
切って、切って、切って、切って、切って、なにも、かもが、なにも、なく、なって。
そして、後には、闇――
.
177
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:45:11 ID:LnuxV94A0
本日はここまで。つづきは後日
178
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:48:03 ID:LnuxV94A0
あ、
>>125
はミスです。失礼しました
179
:
名無しさん
:2019/01/09(水) 23:56:45 ID:yi.mSZC60
なげえw
乙です、続き楽しみにしてます
180
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 00:36:16 ID:IQTdRoAA0
乙!
181
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 09:17:03 ID:dytgSWEs0
乙
182
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 16:26:34 ID:rYCM7ihg0
乙
輝きをかかやきと呼ぶのは単なる方言かはたまた……気になる。
183
:
名無しさん
:2019/01/10(木) 18:03:42 ID:x7pW61gY0
乙
やべえ作品が来た
184
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:51:28 ID:Mwo13yTw0
四
「先生、私、先生を信じたいの」
どうした、藪から棒に。
「だって昨今は、色々騒がしいじゃない?」
……耳を貸すな、人は勝手なことを言うものだ。
「そうよね。私は、治るのよね」
ああ、もちろんだ。
「お薬はちゃんと、効いたのよね?」
ああ。
「“失敗”なんかじゃ、ないのよね?」
……ああ。
185
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:52:10 ID:Mwo13yTw0
「……ふふ」
どうした?
「だって、おかしいもの」
おかしい? 何が?
「先生の顔が」
……俺の、何が。
「笑ってる」
……笑うと、おかしいのか?
「だってそんなに辛そうな笑顔、見たことない」
……元から、こんなだよ。
「うそ」
うそじゃ……。
186
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:52:32 ID:Mwo13yTw0
「ねえ先生、私、先生を信じたいの」
ああ。
「だから本当のことを言って」
……ああ。
「私はもう、助からないのよね?」
…………。
「ねえ、どうして笑うの?」
笑って、なんか……。
「笑ってるよ」
そんなこと……。
「笑って、ごまかそうとしてる」
…………。
「先生、こっちを見て」
……………………。
「逃げないで」
187
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:52:58 ID:Mwo13yTw0
や、やめろ……。
「逃げたって、誰も“助けて”はくれないよ」
やめてくれ……。
「ねえ先生、私、ダメなの」
見るな……。
「私、もう、ダメなの」
そんな目で、見ないでくれ……。
「もう、耐えられないの」
頼む――。
「ねえ先生――」
誰でも、誰でもいい――。
「私――」
俺を……ぼくを――。
「もう――」
助け――。
.
188
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:53:22 ID:Mwo13yTw0
楽になりたい。
.
189
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:53:47 ID:Mwo13yTw0
「…………ぁああぁぁぁっ!!」
「わ、わっ!」
口を塞がれた。頭を振って逃れようとする。
さらに圧が強まった。全身をよじって、跳ね飛ばそうとする。
身体の上に何かが乗りかかり、拘束された。
そこで始めて俺は、自分ののどが焼け付くように痛むことに――
叫び声を上げていることに、気付いた。気付き、それを止める。
振動が止まる。縛めが、解かれた。
「……えぇと、おはよう?」
暗がりの部屋の中、俺を見つめる者の顔。
「……なんで」
お前が。
「えっと……なんて、いうか……」
ここに。
「放っておくわけにも、いかなかったから……」
いる。
「だから、かな?」
どうして父が、ここにいる。
190
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:54:20 ID:Mwo13yTw0
意識が、朦朧としている。
そもそもここは、どこだ。
「……ああ、ここは母さんの……お祖母ちゃんの家だよ」
首を振り、周囲を確認していた俺の動向からその意図を察したのか、
デミタスは訊かれるよりも先に答えを述べた。祖母の家。
そう言われてみると、どことなく見覚えがある。
以前に訪れたのはもう、“何十年”前になるか。
片目に触れる――。
「あ、あんまり触らないほうが良いよ。
一応手当はしたけど、軟膏を塗った程度だし」
言われて、顔面にいびつな盛り上がりができていることに気付く。
同時、痛みを覚える。
そうだ、俺は母にしこたま殴られ、
そのまま意識を失い、そして――。
あっ
191
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:54:43 ID:Mwo13yTw0
「しー、しー!」
「いま何時だ!」
口の前で立てられたデミタスの人差し指をつかみ、詰め寄る。
デミタスは困惑した様子で、答えない。
俺は使えないデミタスから離れ、四つん這いの格好で障子戸まで近づき、
そして、それを開けた。
外では既に、夜の帳が落ちていた。
まずい。
「あ、危ないよ! まだ安静にしてなきゃ……」
デミタスが後ろで何か言っていたが、気にしている余裕はない。
手遅れだろうか。いや、そんなはずはない。一週間――いや、
この“一五年間”、ずっと、ずっと待ち続けてきたチャンスなのだ。
無為になど、できるか。急げ。急げば間に合う。間に合うはずだ。
立ち上がる。歩を踏み出す。
そして、そのまま、勢いよく――地面へと、転倒した。
192
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:55:21 ID:Mwo13yTw0
「ほ、ほら……。言わんこっちゃない」
頭がぐるぐる回っていた。上下も左右も定かでない。気持ち悪かった。
身体の中身がぐちゃぐちゃの液体で、動くごとにそれが波打って、
ちょっとした刺激でそれら全部口からこぼれ落ちてしまいそうな感覚だった。
それに、痛かった。母に殴られた箇所――だけでは、ない。
指先や足の先が、鋭利な刃物で傷つけられたかのように、痛かった。
痛さと気持ち悪さで、身体が思うように動かなかった。
「何処に行くつもりか分からないけども、
せめてもう少し休んでからにしたらどうだい? ね?」
193
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:55:44 ID:Mwo13yTw0
倒れた俺に、父が手を差し伸べてきた。
視界に、その手を捉える。存外、大きな手だった。
もしかしたら、こんなに間近で父の手を見たのは、
生まれて始めてのことかもしれなかった。
俺の世界は常に、母で満たされていた。
そこに、父の隙間はなかった。
ここに母はいなかった。いるのは俺と、父だけだった。
その父が、俺に向けて、手を伸ばしていた。
だから、俺は、自らの手を、父の、その手に向けて、伸ばし――。
「それに、ドクオのことは母さんに内緒にしているんだよ。
母さんはまだ起きているはずだし、
ドクオを連れてきたことがもし母さんにバレたら……」
払い除けた。
194
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:56:11 ID:Mwo13yTw0
表皮に包まれた液体<内部>が、小刻みに振動する。
「は、は、笑える。はは、ほんとに、
こいつは、傑作だ、はは、はは、は……」
「ど、ドクオ……?」
「いやんなる程そっくりだって言ってんだ」
笑う度、気分は悪化した。
デミタスは息子である俺を、実の息子である俺を、怯えた顔をして、見ていた。
「あんたの母さんが言ってただろ。俺は“ペニサスの息子”だ。
あんたの息子じゃない。俺とあんたは、赤の他人だ。
親子でも何でもない、他人だ。だから、だから――」
デミタスが、俺の中の母を、見ていた。
「どうぞ末永く、御母上とお幸せに」
195
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:56:35 ID:Mwo13yTw0
立ち上がる。今度こそ。身体が左右に揺れる。
それでも、意識を確固たるものとすれば、問題はない。
そうだ、俺は、違う。そうだ、俺は、やり遂げられる。
そうだ、もう、やるべきことはわずかだ。
そうだ。後は、殺して、殺すだけだ。
転がるように、“他人”の家を出る。目指すは一点。
やつの下。やつのいる場所。俺は、そこへ、行く。
人を殺す為に、走る。
.
196
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:56:59 ID:Mwo13yTw0
ギコという男はかつて、成り上がりを目指してこの這ナギから上京した。
噂ではヤクザ紛いの悪行を繰り返した末に
生命の存続すら脅かされる状況へと陥り、
逃げるようにして這ナギへと帰ってきたと言われている。
噂はあくまで噂。真偽の程は定かでない。
ただ。彼が働きもせず日長一日酒浸りの生活を送れていることは、事実だ。
そして彼がその潤沢な懐から援助を施すことで、妹でぃの生活が成り立っていることも。
ギコとでぃは、仲睦まじい兄妹であったそうだ。
でぃが這ナギの東の男と恋仲となり東へ嫁ごうとした時も、
難色を示す両親を押しのけ妹自身が選び求めた人生の門出を、ただ一人祝福した。
そして這ナギの東が滅び、夫を病で失い、
西へと戻らざるを得なくなったでぃにも、
よそものとして白眼視を取る村の者とは異なり、
あくまでも兄としての態度を取り続けていた。
酒に溺れ、自制が効かなくなっても、
妹にだけは手を挙げなかったそうだ。
ギコにとって、妹でぃは大切な存在であった。
でぃにとっても兄ギコは、なくてはならない存在であった。
そして、でぃが最後に頼るのは、兄であるギコになるはずであった。
事実、“かつて”も、そうだった。
197
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:57:22 ID:Mwo13yTw0
家の中は静まり返っていた。
話し声一つ、寝息の一つ、聞こえてはこない。
閑として冷え固まった空気に余計な振動を及ぼさぬよう努めて足音を殺し、
明かり差さぬ虚下を這い進む。目的の場所へ、目的の人物の下に向かって。
襖がわずかに開いていた。開いたそこから、明かりが漏れている。
ここだ。物音を立てぬよう襖と壁との隙間に身体を滑り込ませる。
そこには――ギコの姿は、なかった。
本来ここにいるはずのギコの姿は、影も形もなかった。
睡眠薬の導入は、成功した。
“今”この場にいるのは俺と――でぃのみとなった。
“かつて”の“ぼく”も、でぃの“あの”発言を聞き、
お姉ちゃんを助け出そうとした。だが“かつて”の“今”、ここにはギコがいた。
お姉ちゃんを外へと連れ出すことはできたが、その試みはすぐに明るみとなり、
“ぼく”はお姉ちゃんを連れて追手から逃げざるを得なくなった。
そして、最後には――。
198
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:57:51 ID:Mwo13yTw0
お姉ちゃんも、この場にはいなかった。“手はず通り”だ。
お姉ちゃんはおそらく、キュートが既に連れ出している。
今頃は診療所で、キュートとお姉ちゃんは、内藤と共に三人でお茶でもしているはずだ。
……そう、そのはずだ。計画通りに、進んでいるなら――。
考えるな。
後はもう、やるだけだ。逃げるな。逃げても、解決しない。
かつての“ぼく”の過ちは、お姉ちゃんを連れて逃げ出そうとしたことだ。
所詮子供の足で、何処まで逃げられるというのだ。
“かつて”のように追い詰められ、最悪の結末を迎えるのがオチだ。
係る悪因は、根から排除しなければならない。
つまり、でぃの殺害。
199
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:58:18 ID:Mwo13yTw0
でぃはこの一週間、一人でいる時間がなかった。
四日目、這ナギに帰郷して後は、あの都会から連れてきた集団が常に周囲にいた。
彼らが帰郷する七日目まで、手出しをすることはできなかった。
そして本来の歴史ではこの七日目の夜、でぃがお姉ちゃんを殺そうとした夜、
でぃの側にはギコがいた。ギコの目をかいくぐってでぃを殺害することは、困難だった。
だから俺はまず、ギコの排斥を目指した。
その準備として酒屋の店主荒巻を騙し、ギコの下へと酒を抱えて通い続けた。
加えて、キュートの存在。
キュートの存在によってこの計画は、更に完成度を高めた。
お姉ちゃんはキュートに連れられ、いまは内藤と下にいる。
“完全な”アリバイがある。お姉ちゃんに疑いの目が掛かることはない。
お姉ちゃんは孤児となり、そしてその後は、内藤が引き取る。
他の孤児同様に。恐らくはいようたちも、
“大好きな”お姉ちゃんが家族の一員になることを歓迎するだろう。
あと一手だ。
お姉ちゃんを助けるための計画は、あと一手で結実する。
でぃを殺せば。
200
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:58:46 ID:Mwo13yTw0
診療所から拝借したメスを、懐から取り出す。
包を剥がし、刀身を顕とする。薄暗がりに怪しく灯る光が、
メスの薄い刃先に反射する。片目を押さえる。健常な片目を。
抑えたまま、垂れ下げた逆の手にメスを握り閉め、
音なく、息なく、地を這う者となる。地を這い、這い進み、
にじり寄り――そして俺は、対象の背を、取った。
でぃ。
俺は、お前を、殺す。
殺して、“今度こそ”、終わらせてやる――!
振りかぶり、対象の首筋目掛け、それを――。
.
201
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 14:59:21 ID:Mwo13yTw0
ドクオさん!
.
202
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:00:16 ID:Mwo13yTw0
空気の流れが変わった。
家の中を、冷たい風が通り過ぎた。誰かが叫んでいた。
誰かの名を――俺の名を。俺の名を叫んだ声が、
家の外から家の内へと、空気を揺らして駆け抜けた。
でぃが、顔を上げた。振り向いた。
凶器を握りしめ、いま正にそれを振り下ろさんとする少年を認識した。
少年を、見上げた。
俺は、彼女の瞳を見た。
瞳が語る言葉を、見た
楽になりたい。
.
203
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:00:46 ID:Mwo13yTw0
「う、ぁ……」
動悸がする。(やれ――)。眼の前が白に染まる。(振り下ろせ――)。
立っていられなくなる。(殺せ――)。殺さなければならないのに。(殺せ――)。
終わらせなければならないのに。(殺してしまえ――)。
ぼくは――。(お前は何のためにここにいる――!)。
ぼくは、いったい、何のために――。
.
204
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:01:21 ID:Mwo13yTw0
助けて。
お姉ちゃん。
助けて。
ぼく。
人殺しなんて、したくない。
したくないよ。
人殺しになんて。
なりたく。
なかった――。
.
205
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:01:43 ID:Mwo13yTw0
「どうして殺してくれないの……?」
.
206
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:02:11 ID:Mwo13yTw0
ぼくは止まっていた。世界だけが高速で動いていた。
でぃが遠ざかっていった(ああ、殺さなきゃいけないのに……)。
バベルが如く遥かな高みへそびえ立つ空廊を、
上天下土に落下した(終わらせなきゃいけないのに……)。
振動が世界に遅れて一周し、加速した光の矢と化したそれは
鼓膜ごとぼくの脳髄を貫いた(逃げてはいけないのに……)。
叫び声が聞こえた。
それは、ぼく自身の喉から出ているものだった。
ぼくは、逃げた。
.
207
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:02:39 ID:Mwo13yTw0
「ドクオさん!」
「……きゅー……ろ……?」
キュートがいた。
キュートが俺の下へ駆け寄ってくる。
伸ばした手を――俺は、振り払う。
「……め、“命令”、したらろうが……!」
「で、でも……」
「うるさい!」
キュートが小さな悲鳴を上げる……上げた、おそらく。
世界が遠く自分を隔てていて、音が、視界が、はっきりしない。
「なんれ、ここに、いるんら!」
「ど、ドクオさん、ずっと来なかったから、
何かあったんじゃないかって……」
「よ、余計な……」
「それに、先生もいないんです。診療所の何処にも。しぃさんも――」
「お姉ちゃん!」
208
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:04:08 ID:Mwo13yTw0
意識が一気に覚醒する。
現実と自己とが和合する。
ぼやけた景色が輪郭を取り戻す。
俺の叫びに、キュートが振り返った。
キュートの視線の先には、木製の荷台が置かれていた。
未だ不自由な肉体を左右に揺らしながら、俺はその荷台に近づいていく。
そこに収められたものを、覗き込む。
お姉ちゃん。
しぃお姉ちゃん。
お姉ちゃんは荷台の中に丸まって横になっていた。
お姉ちゃんの瞳、水鏡のように愁い澄んだ瞳は、見えなかった。
お姉ちゃんは目をつむっていた。
目をつむって、静かに、微動だにすることもなく、そこにいた。
まるで『この世のものではない<常世のものである>』かのように、
お姉ちゃんは、眠っていた。
「ずっとこうなんです。揺すっても何をしても起きなくて……
ボク、どうしたらいいのか……」
209
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:04:38 ID:Mwo13yTw0
そうだった。
“いつか”の“今”も、そうだった。
お姉ちゃんはぼくの背で、動くことを止めた。
そして――。
キュートに、掴みかかる。
「お姉ちゃんは……お姉ちゃんは何か、言っていなかったか。
何か、お姉ちゃんは……!」
「ドクオさん! あの、い、痛いです……いたっ……」
キュートが身体を振って逃れようとする。
ぼくは逃さないよう、指先に更に力を込める。
「教えろ、教えてくれ、お姉ちゃんは言っていたはずだ、
絶対に、何か、言っていた。そうだろう、そうだ、そのはずだ……!」
210
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:04:58 ID:Mwo13yTw0
「いた、痛い、よ、離して……」
キュートは抵抗を止めた。抵抗を止め、ただ、震えている。
俺は更に、更に、力を込める。
「隠すな! 隠すなよ! お姉ちゃんは――お姉ちゃんはぼくに、
なんて“命令”をくれたんだ……!」
何かが折れるような音が、響き渡った。
絞り出すような声が、吐息と混じって、吐き出された。
『日目見<ヒメミ>湖に』って――。
.
211
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:05:42 ID:Mwo13yTw0
“かつて”ぼくは、お姉ちゃんを連れて逃げた。
でぃから、ギコから、お姉ちゃんを殺させないために。
お姉ちゃんに生きていてもらうために。ぼくはお姉ちゃんを連れて逃げ出した。
アテなどなかった。
ただ、でぃからお姉ちゃんを遠ざけなければならないと、それだけを考えていた。
どこへ行けばいいのかなど、解らなかった。誰かを頼るという発想はなかった。
棄却したのではない。端から頭に浮かばなかった。ただ、走った。
どうにかなるとも、ならないとも、考えなかった。
日女巳<ヒメミ>湖に――。
212
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:06:07 ID:Mwo13yTw0
走るごとにその足を鈍らせ、
遂にはその場に倒れてしまったお姉ちゃんが、最後に発した言葉。
それがこの「ヒメミ湖に」だった。この言葉を残してお姉ちゃんは、
深き幽世の眠りへと落ちていった。
それはお姉ちゃんからの“命令”であると、ぼくは受け取った。
良いも悪いもなかった。“命令”には従わなければならない。
それも、お姉ちゃんからの“命令”。断る理由などなかった。
縋る理由は、山程あった。
お姉ちゃんを担いで、ぼくはヒメミ湖へ向かった。
ヒメミ湖へ向かうため、日鏡巻山を登った。
ずり落としそうになるお姉ちゃんを絶対に落とさぬよう支えながら、
一歩一歩、登っていった。“かつて”のぼくは、そうしていた。
そして、“今”も、また。
213
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:06:41 ID:Mwo13yTw0
キュートの用いた荷台を使って、お姉ちゃんを運ぶ。
日鏡巻山は山頂の、ヒメミ湖に向かって。
“かつて”通った道を、“かつて”と同じように、お姉ちゃんと、ぼくで、登っていく。
ただひとつ違うのは、キュート。
キュートは腕を抑えながら、俺の後に付いてきた。
何故付いてくるのか解らなかった。
これはもはや、ぼくとお姉ちゃんの問題なのだから。
キュートとはもう、関係ないはずだった。だから、解らなかった。
しかし、追い返そうとも思わなかった。
ぼくにはもう、キュートについて深く考える余裕などなかった。
キュートはそこにいた。けれど意識が編集した視界には、
その影も形も存在しなかった。付いて来たいなら勝手にすればいい。
俺の知ったことじゃない。それはそう思った。
214
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:07:14 ID:Mwo13yTw0
無言で、登っていった。苦しかった。
呼吸が、酸素が、足りない気がした。
一度は覚醒した意識が、再び混濁し始めていた。
ぼくは何をやっているのだろうか。疑問が頭をよぎった。
同じことを繰り返している。“かつて”と。
逃げて、逃げ切れなかった、あの時と。そして、その先に待ち受ける結末も――。
だが、それは、ありえない。
同じ結末を辿ることだけは、決してない。
“かつて”と“今”とでは、決定的に違う点があるから。
お姉ちゃんは、“あの場”で、殺されない。
けれどその場合、“未来”は一体どこへ行き着くのだろうか。
「……ここは」
見覚えのある場所。
カカ山三大禁忌がひとつ、屍溜まりの『蜷局の溝』。
俺が落ちていった場所。片目を失った場所。
――お姉ちゃんが、死んだ場所。ギコに突き落とされた場所。
だが、ギコは、ここにはいない。既に無力化した。
診療所からくすねた睡眠薬によって。
片目のうずきはただの幻肢痛に過ぎない。
未来は、変わった。もはやここに用はない。
俺は『溝』の最下から目を逸らし、
ヒメミ湖を見上げ、お姉ちゃんを乗せた荷台を押そうとし――。
215
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:07:39 ID:Mwo13yTw0
「……え?」
.
216
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:08:06 ID:Mwo13yTw0
軽く、本当に軽く、背中を、押された。
それだけでぼくは、姿勢を維持することができなくなった。
足に力が入らなかった。よろけて、つんのめって、そのまま転がった。
転がった先に、地面はなかった。『溝』に向かって、ぼくは倒れた。
あ、これ、落ちる。
手だけは、離さなかった。強く、握りしめていた。
取っ手を。荷台の取っ手を。
必然、荷台はぼくへと引きずられ、重力に従い降下を始める。
お姉ちゃんを載せて。ぼくと共に、落ちる。
また。
まぶたを、閉じる。
.
217
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:08:32 ID:Mwo13yTw0
「んぎぃ!!」
.
218
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:08:59 ID:Mwo13yTw0
くぐもった悲鳴が聞こえ、ぼくは、まぶたを開いた。
ぼくは、宙に浮いていた。いや、正確には、落ちかけた荷台の上で、倒れていた。
荷台は崖の端を支点に、てこの原理を利用した形で落下の寸前に留まっていた。
ふらふらと、危うい均衡の下で、それでもなんとか落下を免れていた。
キュートが、荷台を支えていた。
「はや、ぐ……」
考えるより先にお姉ちゃんを抱えたぼくは、
揺れる身体を唇を噛む痛みで制して、あらん限りの力を込めて
荷台の外へと転がりでた。当然その先にあるのは、地上。
地上に、身体を、打ち付ける。
ぼくはどうやら、生きていた。
そして、お姉ちゃんも。
「……しぃさん、ですから……」
ぼくとお姉ちゃんが地面へと転がりでた直後、
荷台が『溝』に向かって落下していった。
落下の途中で山肌にぶつかったのか、
木材の派手に割れる音が山中に轟き渡って木霊していた。
「助けたのは、しぃさんですから。セーフ、ですよね……?」
219
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:09:21 ID:Mwo13yTw0
キュートが尻もちをついた。
両腕が、だらんと垂れ下げられている。
全身が小刻みに震えているのが、夜の暗がりの下でもはっきり見て取れる。
空を仰いだキュートは、笑みと笑みではない何かの混じった
複雑な表情を浮かべ、そしてその顔を、頭を、ゆっくりとへそに向かって下ろした。
「泣いてなんか、ないですよぉ……」
へへへ……と、力のない笑い声が、乾いた山中の空気に溶けた。
死なせてはならない。そう思った。
.
220
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:09:48 ID:Mwo13yTw0
「お前が……!」
立ち上がる。“敵”に向かって。
俺を突き落とそうとした、そいつに向かって。
眼の前には男がいた。頭巾を被っているせいで、顔は見えない。
誰かは解らない。体格から男であると推理できるだけだ。
ギコがいるはずはなかった。
しかし事実として、俺は突き落とされかけた。
俺を突き落としたのは、ギコのはずだ。
だからこいつは、“ギコ”のはずだ。
一五年前の因縁が、目の前に存在していた。
「ギコォ!」
221
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:10:13 ID:Mwo13yTw0
飛びかかる。メスを持って。
本来の役目を果たせず、血の一滴も浴びることの叶わなかった
真新しい刀身を備えたそれを持って。俺は一直線に、真っ直ぐに、
真正面から、“ギコ”に向かっていった。
“ギコ”は俺の行動に意表を突かれたのか、
抵抗らしい抵抗もせぬまま、懐への侵入を簡単に許し、そして――
その太ももに、鋭利な刃物を、突き立てられた。
“ギコ”の身体が前傾する。
俺は更に、逆側の腿にも引き抜いたばかりのメスを突き込んだ。
“ギコ”は立っていることができなくなったのか、両膝を地面に付いた。
俺は更にメスを引き抜き、高く振りかぶり――。
222
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:10:41 ID:Mwo13yTw0
「……その顔、最後に拝んでやる」
振り下ろすことなくそれを放り投げ、“ギコ”の被る頭巾に手を掛けた。
しかし“ギコ”は先程までとは打って変わって、強い抵抗を示してきた。
頭巾に手を掛けた“ギコ”は、亀のように身体を丸めていた。
太ももを踏みつける。しかし“ギコ”は、手を離さなかった。
逆の太ももも蹴りつける。それでも“ギコ”は、手を離さなかった。
俺も、手を離さなかった。
一枚の頭巾に、脱がせようとする力と、
脱がせまいとする相反する負荷が、かかり続けていた。
そしてその現象は、当然の帰結として発生した――頭巾が破け、裂けた。
亀のように丸まっていた“ギコ”の身体が、頭が、反動で跳ね上がった。
隠されていた“ギコ”の顔が、星夜の下で顕となった。
.
223
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:11:07 ID:Mwo13yTw0
「………………………………内藤?」
.
224
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:11:33 ID:Mwo13yTw0
「……」
「なん、え、な、なに、が……?」
「……ギコなら今も眠っているお。きみが盛った薬によってね」
「どうしてそれを――」
言葉にすると同時、線がつながった――気がした。
お姉ちゃんを見た。揺すっても、声をかけても、
荷台の落下があれだけ派手な音を立てても、まるで目覚める気配のない、お姉ちゃん。
深い深い、死のような、眠り。強制的な、意識の沈滞。
それは、まるで――。
「……盛ったのか。あんたも。お姉ちゃんに……!」
「……せめて痛みは与えたくなかったからね」
「なんだよそれ……なんなんだよ、
そんな、だって、そんな言い方、まるで……」
「しぃには今日、死んでもらうということだお」
225
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:12:01 ID:Mwo13yTw0
落下する感覚。
片目を抑える。“今”は無事な、
潰れることなくその機能を十全に果たしているはずの目。
健常な目。それが、濁って、うつろになった。何も見えなかった。
何も見えていなかった。『どうして』という言葉が、暗闇を埋め尽くしていた。
どうして、どうして、どうして――
「どうして、あんたが……」
「それが必要なことだからだ」
「そんなことを聞きたいんじゃない!」
「もうそれしかないんだ!」
内藤が吠えた。
ぼくはその吠え声に気圧されて、立っていられなくなってしまった。
座り込んで、両膝を付いた内藤よりも更に、頭を下げていた。
「解らない……ぼくには、解らないよ……」
「これはしぃ自身の願いでもあるのです……」
226
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:12:27 ID:Mwo13yTw0
女の声。キュートではない。お姉ちゃんでも当然ない。
しかし、その声はどことなく、お姉ちゃんのそれに似ていた。
闇夜の山道から、女がぼうっと現れた。
女はお姉ちゃんによく似て、
しかしはっきりと異なる空気をまとって、内藤の背後に現れた。
でぃが、そこに、現れた。
そして――頭を、下げた。
「ありがとうございます」
顔も見えないくらいに深い、深いお辞儀だった。
「娘のために、ここまでしてくれて」
お辞儀を終え、でぃは頭を上げる。
「きっと娘も惑うことなく――」
顔が見える。目が見える。
「ヒメミ様の下へ、お帰りになることができるでしょう」
お姉ちゃんのものとは、似ても似つかない、瞳が見える。
暗い、闇い、瞳が。
“生”に疲れ果てた、瞳が。
227
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:12:50 ID:Mwo13yTw0
「どういう、ことだよ……」
「東に蔓延した疫病。それが、ここにも感染ってきたんだお」
「這ナギを救うには、娘を“送る”しかないのです」
内藤を、見る。暗がりに膝をつく、かつて憧れたその人を見上げる。
「だって、あんた、神様なんていないって……」
内藤の顔が、苦しげに、歪んだ。
「やれるだけのことは、やったんだ。けれど、どうしようもなかった。
昔のツテを頼ってはみたけども、それも無意味だった。
それでもぼくには、見て見ぬふりはできなかった。
……例えそれが人道に悖る行為であろうと、
大勢の生命を救うことにつながるなら、ぼくは……」
228
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:13:16 ID:Mwo13yTw0
「だから、殺すのか……? お姉ちゃんを。
何の罪もないお姉ちゃんを。奪うのか、未来を……
お姉ちゃんの、未来を……!」
「それは違います」
でぃが、歩き出した。内藤の脇を過ぎ、俺の脇を過ぎ、
後方で座り込んでいたキュートの脇をも過ぎて――そして、止まった。
「しぃは私達が手を下さずとも、遠くない将来、必ず死にます」
「どういう……」
眠るお姉ちゃんの脇に立って、でぃは、止まった。
.
229
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:13:49 ID:Mwo13yTw0
「しぃは、疫病に感染しています」
「そしてそれは、ドクオ、お前もだ」
.
230
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:14:23 ID:Mwo13yTw0
でぃがしゃがみ、横たわるお姉ちゃんのほほに触れた。
「いずれにせよ死んでしまうのなら、
疫病が蔓延る前に今度こそヒメミの姫としての役割を果たしたい……。
これは、あの子自身が望んだ結末でもあるのです」
右のほほを撫で、左のほほも、同じように撫でる。
「一人では逝かせません。私も共に、ヒメミの湖へ沈みます。
それが母としての、この子を産んだものとしての、
せめてもの責務だと思うから」
「……うふ」
「……ドクオ?」
「うふふ……は、はは……」
231
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:14:55 ID:Mwo13yTw0
ぼくが死ぬ?
「お、おい……」
なんだそれ。
「ははは、あはっはっはは」
どんな皮肉だよ。
「あ、あの、ドクオさん?」
笑える(何がおかしい)。
「ははっは、ははは、あははは」
傑作だ(最悪だ)。
「あははは、はははは、ははは」
涙が出る(涙が出る)。
「ははっはっはっは、はは」
だって、そうだろう?
「ははは、はは……」
だってぼくは、ぼくは――。
『ぼく』を殺すために、ここまで来たんだから。
.
232
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:15:22 ID:Mwo13yTw0
でぃを、お姉ちゃんから、引っ剥がした。
「それは、あんたの、役目じゃない」
そうだ、ぼくは知っている。
ヒメミの姫を送る者は、姫を大切に思っていなければならないんだって。
だから、あんたは、違う。あんたじゃ役者不足だ。
誰よりも、何よりも、お姉ちゃんを思っているのは、ぼくだ。
ぼくだけが、お姉ちゃんを思っているんだ。
お姉ちゃんだけが、ぼくを、見つけてくれたんだ。
眠るお姉ちゃんを、背負う。
「ドクオさん!!」
キュートが、ぼくの道に、立ちふさがった。
「だ、ダメですよ!
だって、そんなの、そんなの、ボク……」
広げた両手を震わせて、キュートがぼくの、邪魔をする。
ぼくは、お姉ちゃんが背から落ちないよう気をつけながら、キュートに接近した。
たじろぎ、後退しかけたキュートの足を踏み、その額に、自分の額を、ぶつけた。
至近で、視線が、交差する。
233
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:15:44 ID:Mwo13yTw0
「“命令”だ。お前はそこで、笑ってろ」
「ドクオさ――」
「“命令”だ」
キュートから離れる。視界が広がる。
キュートの表情が、目だけでなく、顔全体で、認識できるようになる。
キュートは、笑っていた。
ぼくは、キュートの脇を、通り過ぎた。
ぼくは、お姉ちゃんを背負って、歩き始めた。
ぼくは、山頂を――ヒメミ湖を目指して、山を登った――。
.
234
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:16:13 ID:Mwo13yTw0
これはきっと、一五年前の続きなんだと思う。
間違った“かつて”を本来の“今”にもどすための続き。
“かつて”死ぬはずであったぼくという存在を、“今”“この場”で葬るための続き。
「お姉ちゃんは、どう思う?」
返事はない。けれどそこに居て、生きてくれていることだけで、充分だった。
それも、もう、後僅かだけれども。
「お姉ちゃん、あのね、ぼく、わかったんだよ」
ぼくもきっと、神様になりたかったんだ。
お姉ちゃんのように。内藤のように。
お姉ちゃんがいなくなったあの日から。
お姉ちゃんと一緒にジョルジュを埋葬したあの日から。
ずっとぼくは、神様になりたかったんだ。
人を、助けたかったんだ。
人殺しになんて、なりたくなかった。
.
235
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:16:57 ID:Mwo13yTw0
「ぼくが、お姉ちゃんを殺した」
ギコに――いや、内藤に突き落とされた時、
お姉ちゃんは薬によって深い眠りに落ちていた。
揺すっても、呼んでも目覚めない、深い眠りに。
けれど、お姉ちゃんは目覚めた。
ぼくの『助けて』という呼び声によって。
お姉ちゃんは、落下するぼくを抱きしめて、
『蜷局の溝』へと落ちていき、そして――死んだ。
ぼくの『助けて』によって、お姉ちゃんは死んだ。
ぼくが、お姉ちゃんを殺した。
「ぼくが、大勢の人を殺した」
内藤のようになろうとして、
お姉ちゃんのようになろうとして、
ぼくは人を助けようとした。
けれどぼくは、二人のようにはなれなかった。
ぼくのせいで、大勢の人が死んだ。
大勢の人を、ぼくが殺した。その時、ぼくは、思った。
思ってしまった――。
ぼくは、何よりも先に――『助けて』と、思ってしまった。
236
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:17:42 ID:Mwo13yTw0
ぼくはきっと、人を殺し続ける。お姉ちゃんを殺し続ける。
『助けて』と叫んで、自分の死を、他者に押し付ける。生き続ける限り。
ぼくという生き物は、そのようにデザインされてしまっているから。
そう決まっているから。
だからぼくは、『お姉ちゃんが生き残る未来』を築いた後、
『ぼくを殺す』為の計画を立てた。ぼくによって殺される多くの人を、
ぼくを殺すことによって、助けたかった。お姉ちゃんを助けたかった。
お姉ちゃんに、ぼくが奪った生を返したかった。
でも、お姉ちゃんは、死ぬらしい。
.
237
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:18:12 ID:Mwo13yTw0
「楽になりたい……」
お姉ちゃん。
「ぼく、もう、楽になりたいよ……」
生きるのは、つらいよ。
「これ以上、生きていたくないよ……」
生きることにぼくは、向いていなかったよ。
どうしてみんな、そんな当たり前に生きていられるの?
.
238
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:19:06 ID:Mwo13yTw0
ヒメミ湖が、見えた。
「お姉ちゃん」
お姉ちゃんを、背から下ろす。
「お姉ちゃん」
手をつなぐ。
「お姉ちゃん」
罅割れ、血が溢れ始めた互いの手を。
「お姉ちゃん」
あの時みたいに。
「お姉ちゃん」
重ね合って。
「お姉ちゃん」
彼岸と此岸の境に向かって。
「お姉ちゃん」
“生”のない場所に向かって。
そして。
239
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:19:31 ID:Mwo13yTw0
お姉ちゃん。
今度こそ、一緒に――。
.
240
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 15:19:58 ID:Mwo13yTw0
本日はここまで。次で最後です
241
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 16:22:55 ID:xFt5AKkg0
乙!
242
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 19:58:10 ID:MWN3qbwI0
どうなるのか気になるところで…
今すぐにでも続きがほしいな
243
:
名無しさん
:2019/01/12(土) 21:07:41 ID:QQWEsfZo0
どうなんだよこれ……続きはよ!
はよ!!
244
:
名無しさん
:2019/01/13(日) 00:55:05 ID:.cR7Fq520
はやくーはやくー
245
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:46:40 ID:losd25xM0
五
ぼくは、夢を見ていた。
とある少女の夢。
とある少女として生きる夢。
愛し合う男女の間に生まれ、ありふれた家庭で育った少女の夢を。
夢の中のぼくは、始め、胎児だった。
羊水の海をぐるぐると回り、まぶたを閉じても解る
この暗闇から抜け出すその日を今か今かと、
母の鼓動に安らぎながらも待ちわびていた。
そしてその日が、訪れた。
光はまばゆく、余りの刺激の強さに驚いて
思わず泣き出してしまったけれど、そのかかやきはまるで生命のようで、
ああぼくは、今、生まれたんだ。今、生きているんだと、原初の実感を与えてくれた。
この痛いほどの刺激こそが、“生”なのだと感じた。
246
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:47:06 ID:losd25xM0
「愛しい子……愛しい愛しい、ぼくらの子……」
両親は胸いっぱいの愛をぼくへと注いてでくれた。
明るくて朗らかで、いつも笑顔の絶えない母。
少し気弱で母に頭が上がらなかったけれど、
誰よりも家族を大切に思ってくれていた父。
二人に見守られて、ぼくは育った。
二人はぼくを愛してくれた。ぼくも、二人が好きだった。
「きみは、どうして……? そんな、まさか……」
村の中で、病に伏せる人が急増した。
指から血が溢れ、不調を訴え、体中が蛇の鱗のように割れてしまう死の病。
突如として発生した流行病に村の人は怯え、彼らの信仰する神へと祈りを捧げた。
ぼくは、その光景を見ていた。その光景を見ていたら、解った。
よそから病の原因となっているものが、運び込まれていたことに。
それがこの地を、この地そのものである神を汚染していることに。
ぼくにはそれが、解った。
247
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:47:35 ID:losd25xM0
「違う! きみは神様の子供なんかじゃない!
きみはぼくの、ぼくたちの……」
原因を排しても、病の進行は止まらなかった。
地が、神が、まだ穢されたままだったから。
この穢れを浄化しない限り、病を根絶することはできなかった。
そのためにぼくが出来ることは、ひとつしかなかった。
そしてそれは、ぼくにしか――。
「……いやだ、いやだ! 絶対に、絶対にそんなこと認められるもんか!
例え何人死んだって、ぼくは、ぼくにとっては……」
ぼくが神様の子であることは、いつの間にか村中に知れ渡っていた。
村の人達は私を敬い、崇め、そして、救いを待ち望んでいた。
滅びから、生命の終わりから、遺われることから、
早く助けてほしいと、縋っていた。
けれど父は、それを許さなかった。
248
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:48:04 ID:losd25xM0
「きみのせいなんかじゃない。きみのせいなんかじゃ、ないよ……。
だから、気にしないで。きみと出会えて、ぼくは幸せだった。
だから、お願いだ。きみにも幸せになって欲しい。
ぼくの、ぼくの愛しい、愛しい…………。
勇気のないお父さんで、ごめんね……」
ぼくはぼくだけの力で還ることはできなかった。
愛する人の、本当に心から愛する人の思いが、神の下へ還るには必要だった。
けれど父はその思いによってこそ、ぼくを送れなかった。
やがて村からは、生命の殆どが遺われていった。父の、生命も。
ぼくは生きた。ぼくはぼくを生きた。
生命が遺われていく光景を見ながら何もできず、生き続けた。
人としての生を生きた。
けれど僅かに生き残った人々は、ぼくを人とは見なかった。
ぼくは“救わない”神であり、“殺す”神とされた。
“人殺し”と、ぼくは呼ばれた。
.
249
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:48:31 ID:losd25xM0
ぼくは夢を見ていた。
神の子として生まれ、人の子として生きた少女の夢を。
少女の半生を。
少女の想いを。
夢に、見ていた。
だから、俺は……ぼくは――――
.
250
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:49:04 ID:losd25xM0
「お母さんはお父さんのことを、心から愛していた」
……ここは?
「どことも言えない場所。神様の中とも言えるし、外とも言える場所。
常なる世とも言えるし、現なる世とも言える場所。曖昧で脆弱な境界。
どちらにも転びうる、不安定な世界」
……なんだか苦しい……ううん、悲しい、寂しい……?
「それはきっと、神様<私達>の気持ち。
穢された膚によって外界から隔絶された神様が、つながりを求めてる。
想いを求めてる。私達と、同じに……」
神様も、寂しいの……?
「うん、だから私、神様のことも助けてあげたいの」
でも、それって……。
「……うん」
251
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:49:28 ID:losd25xM0
……いやだ、ぼくは、離さない。
お姉ちゃんの手を、絶対に離したりなんかしない。
ずっと一緒に、二人でずっと、ここに……。
「……おんなじだね」
おんなじ……?
「私のお父さんもね、同じように、私の手をずっとつかんでくれたの」
……あの、人。
「うれしかったよ。とてもうれしかった。
だけどそのせいで、みんなが死んでしまった。
お父さんも、死んでしまった。私が私を生きてしまったせいで」
そんなの、お姉ちゃんの責任なんかじゃない!
「……ありがとう。きっとほんとは、そうなのだと思う。
でも、どうしても、これは自分のせいだと考えてしまう気持ち……
あなたなら、解ってくれると思う」
……。
252
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:49:53 ID:losd25xM0
「お母さんはね、お父さんのことが大好きだった。
誰よりも、何よりも。だからね、お母さんは、
私を愛することができなくなってしまったの」
……お姉ちゃんは、でぃ<お母さん>を、恨んでるの?
「ううん。お母さんもね、私を愛そうとはしてくれたんだよ。
でも、どうしても、できなかった。それが理屈にそぐわないことだと解っていても、
そう思い込まばければ、心が耐えられなかったから。
お父さんが、ただ理不尽に死んだなんて、耐えられなかったから……」
……勝手だよ。母親なんて、みんな……。
「そうかもしれないね……。でもそれはたぶん、私もおんなじ」
……お姉ちゃんも?
「神様のね、穢された膚を完全に脱ぎ祓うには、
心からの親愛を持って送られなければならないの。
お母さんには、それができなかった。
愛そうとしても、どうしても赦すことのできない蟠りがあったから。
だから“あなたの未来”では、病は根絶されなかった。
あなたを含むいくらかの人は救えたけれど、
這ナギそのものから疫を祓うことはできなかった。
不完全な脱皮にしかならなかった」
253
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:50:29 ID:losd25xM0
どうしてそれ<ぼくの未来>を……?
「見ていたから」
見て……?
「あなたが私を見てくれたように、私もあなたを見ていたの」
ぼくの未来……。
「あなたがどんなに苦しんで、どんなに懸命で、どんなに生きてきたか……」
ぼくの過ち……。
「どんなに私を思ってくれていたのか……」
ぼくの罪……。
「全部、見ていたよ」
254
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:51:01 ID:losd25xM0
……ぼくは、何もできなかった。
お姉ちゃんを助けることも、みんなを助けることも。
ぼくには何もできなかった。
ぼくはただ、殺しただけだ。みんなを、お姉ちゃんを、殺しただけだ。
ぼくはただの――人殺しだ。
「そんなことない」
そんなこと、あるよ。
「あなたが人を殺めてしまったことは、
“あなたの意味世界”において事実かもしれない。
でも、“ただの”人殺しだっていうのは、違う」
だけど、ぼくは――。
「だって私は、幸せだもの」
…………幸せ?
「こんなにも私を思ってくれる人と出会えて、私はとっても幸せだよ」
255
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:51:39 ID:losd25xM0
……うそだ。
「私は、好きなの」
お姉ちゃんは、ぼくを慰めようとしてくれてるだけだ。
「お母さんのことが、先生のことが、
キュートやいようやりりちゃんたちのことが。みんなのことが好き。
……あなたのことが、好き」
強がって、つらくないふりをしているだけだ。
「この愛おしく思う気持ちは、あなたがくれたものなんだよ」
だって、でなきゃ……。
ぼくはお姉ちゃんすら終わらせてしまう……!
「生命は終わらないよ」
生命……。
「私は還るだけ。私は私でなくなるけれど、
でもそれは、何もかもが遺われてしまうわけじゃない。
私は神様となって、這ナギとなって、ずっと、ずっとここにいるの。
ずっとここから、みんなを見守るの。でも――」
256
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:52:20 ID:losd25xM0
……ああ、それは。
「お別れは何時だって寂しいよね」
ジョルジュと……。
「……だけど……だからこそ、ドクオくん――」
お別れした時も……。
「お願い、その手を離して……」
ぼくは、ぼくは……。
「あなたの意思で、私<常なる世のもの>から手を離して。
あなたの世界<現に在る世>で生きて。お願い――」
最後には、この手を――
.
257
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:52:48 ID:4V.M7ya.0
きたーーー
258
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:52:49 ID:losd25xM0
「私に生命を結ばせて――」
.
259
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:53:21 ID:losd25xM0
――ありがとう。
.
260
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:54:06 ID:losd25xM0
「あ……い、いやだ……」
大丈夫だよ
「一人ぼっちはいやだよ……寂しい、寂しいよっ!」
一人なんかじゃないよ
「一人だよ……ぼくは、人殺しのぼくは、
みんなにとっての“よそもん”なんだ……!」
あなたを大切に思っている人が、待っているから
「そんな人いないよ! ぼくを見てくれたのは、
お姉ちゃんだけだったんだ! お姉ちゃんだけがぼくを
“よそもん”にしないでくれたんだ!」
だからあなたも、気付いてあげて――
「いやだ、行かないで! 一人にしないで!」
あなたを見てきたあの子に――
「お姉ちゃ――」
あの子の想いに――――
.
261
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:54:43 ID:losd25xM0
薄桃色にかかやいた、まばゆい光<生命>が――
.
262
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:55:14 ID:losd25xM0
.
263
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:55:56 ID:losd25xM0
落下する感覚。
光から遠ざかり、遠ざかり、やがてはその痕跡すら
信じられなくなるほどの長い長い落下。
上下も左右も前後も曖昧で判然としないのに、
ただ落ちていることだけは解る。
一切の灯りが根絶された暗闇の裡をぼくはいま、落ちている。
そして、上昇してもいる。
自由落下。しかし、上昇は意識によって。
遅々として進まず、時の経つにつれ耐え難き重みをいや増していく“自己”。
落ちれば楽になる。それは解っている。それが解る。
なのに、それなのにぼくは、昇っている。
なぜ?
もう、諦めてしまってもいいはずなのに。
264
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:56:27 ID:losd25xM0
生命。
逝ってしまった人の言葉。
それがぼくを、昇らせる。
留まらせる。
落ちることを、阻ませる。
願われたから――?
“命令”だから――?
いや……。
「そっちは、辛いよ……」
.
265
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:57:11 ID:losd25xM0
声。
誰かの。
何かの。
「苦しいよ、痛いよ、悲しいよ……」
上下左右のないこの場所から。
ぼくが抗うその先から。
落ち行く向こうのその底から。
揺れる、声。
誘う、声。
「寂しいよ……」
.
266
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:58:08 ID:losd25xM0
上は、寂しい。
世界は、寂しい。
知っている。
そんなことは、知っている。
ぼくは、ずっと――。
一五年間。
寂しかった。
一人で、寂しかったんだ。
.
267
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:58:44 ID:losd25xM0
「ここにいようよ……」
――そうだ。
どうして抗う必要がある。
ずっとここにいればいい。
落ち続けていればいい。
振り返ってしまえばいい。
それがきっと、ぼくにとって、一番――
.
268
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:59:10 ID:losd25xM0
「いい子――」
聞こえる――
「大丈夫だよ、そのまま、そのままおいで――」
ぼくにも、聞こえる――。
「ドクオくん――」
お姉ちゃんの声が、聞こえる――。
.
269
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 20:59:37 ID:losd25xM0
ドクオさぁぁぁぁぁぁぁん!!
.
270
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:00:14 ID:losd25xM0
空が、開いた。
光が、かかやきが、空から差し込んできた。
それは腕となって――手となって、伸ばされていた。
指の一本一本が、その先の先まで、伸ばされていた。
ぼくに向かって。
しかし手は、指は、ぼくへと届かない。
探り、動かし、どんなに伸ばしても僅か、もう僅かが、届かない。
ぼくから掴まなければ、届かない。
.
271
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:00:36 ID:losd25xM0
「いいんだよ……」
お姉ちゃんの、声。
「もう、無理しなくて、いいの……」
やさしい、やさしい、声。
「楽になって、いいんだよ……」
大好きな、声。
でも。
.
272
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:01:27 ID:losd25xM0
「“命令”、したんだ」
命令……?
「来るなって。そこで、笑ってろって」
彼女は“笑う”わ。
いまも、これからも、ずっと――。
「そうかもしれない。だけどあいつ、ここまで来たんだ。
来るなって言ったのに、でも、来たんだ」
来たから、どうするの……?
.
273
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:01:59 ID:losd25xM0
「……お姉ちゃんは、どう思う?」
あなたは、どうしたいの……?
「……ぼくには、解らない。ただ――」
ただ――?
「いまは、あの手を、払いたくない。だから――」
だから――?
「……だから、ぼく、行ってみるよ」
.
274
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:02:34 ID:losd25xM0
……そう。
それじゃあ……。
気をつけて、ね……?
「……うん」
.
275
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:02:58 ID:losd25xM0
声が、消えた。
お姉ちゃんはもう、“いなかった”。
手を伸ばす。
空に向かって。
光に向かって。
あいつの伸ばしたその手に、指に向けて。
“生命”を、つかむようにして――
.
276
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:03:29 ID:losd25xM0
最後に一度、お姉ちゃんがいるはずの場所を顧みて――
.
277
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:03:53 ID:losd25xM0
.
278
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:04:38 ID:losd25xM0
「ボク、大家族の生まれなんです。
ひいおじいちゃんがいて、ひいおばあちゃんがいて、
おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも、
お姉ちゃんも三人いて。末っ子なので、下はいませんでしたけど」
空が、見えた。
「みんな、疫病に罹って死にました。ボクだけを残して。
誰よりも頭の良かったシューねえちゃんも、
男の子にも負けなかったヒーねえちゃんも、
とっても綺麗だったクーねえちゃんも、みんな最後には、
元気だった頃の面影もないくらい酷い有様になって、死んじゃいました」
地面に、横たわっていた。
「ボクも、同じように死ぬんだと思いました。
でも、ボクは死にたくありませんでした。
あんなふうになって死ぬのはいやだって、思っちゃいました」
全身が濡れていた。
「どうしたら死なないでいられるだろう。
どうしたら神様のお怒りを受けないで済むだろう。
幼いながらも真剣に、考えて考えて、考えました。
それで、思ったんです。いい子にしていれば、死なないで済むんじゃないかって」
隣の女も、濡れていた。
279
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:05:21 ID:losd25xM0
「ボクは、いい子になろうとしました。大人の――いいえ、
誰の言うことも聞いて、機嫌を損ねないで、いつも明るく笑顔を振りまく、
そんないい子になろうとしました。――気付いた時には、こんなになってました」
女が隣に、座っていた。
「死ぬのが怖かったから。でも――」
女がしゃべっていた。
「ドクオさん、覚えていますか?
お姉ちゃんが亡くなった一週間後、ドクオさんが這ナギから引っ越される時、
“元の歴史”であなたがみんなに言ったこと」
知らない女。
「『神なんていない。病気なんてぼくが治してやる。
全部、全部、治してやる。誰一人、誰一人だって、
死なないですむようにしてやる』」
どこか懐かしい女。
「この言葉を聞いた時、ボクは救われた思いが……ううん。
大袈裟でなくあの時ボクは、救われたんです。
それは、内藤先生の言葉の受け売りだったのかもしれない。
けれどなんでもできて、誰よりも頼りになった先生が言うのではなく、
ドクオさんが……ボクよりちっちゃかったドクオさんが、そう言ったこと。
それがボクにとって、どれほど衝撃的だったことか」
280
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:05:58 ID:losd25xM0
泣きそうな顔をして。
「ドクオさんがいなくなって暫くしてから、
ボクも這ナギの外から来たご夫婦に引き取られて行きました。
そこでボクは、ボクにはもったいないくらいのご厚意を受けて、
勉強すること、大学に通うことを許してもらいました。
その甲斐あって看護師の資格を取ることもできて、
勤め先を見つけることもできました。
這ナギに居た頃には想像することもできないくらい、大きな病院でした」
けれど泣かない女。
「そこでボクは、あなたに再会しました」
笑う女。
「ドクオさんは気が付いていない様子でしたが、ボク、
ドクオさんと同じ所で働いていたんです。失敗ばかりで、
毎日先輩に叱られていますけど……けど、ドクオさんのことは、見てました。
あの時の言葉通り医者になっているあなたを、
自分のことみたいに誇らしい気持ちで、勇気をもらうつもりで、見てました。
だけど――」
281
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:06:32 ID:losd25xM0
空は、静かだった。
「よからぬ噂を耳にしました。
“あの事故”の責任をあなた一人に押し付けるつもりだという噂。
押し付けて、非難を集中させて、それで、それで――自殺させて、
責任の所在をうやむやにしてしまうつもりだっていう、噂」
女の声だけが、聞こえていた。
「本当のところは、ボクにも解りませんでした。
ボクは一介の看護師に過ぎませんし、病院としてもこの話題は禁句扱いでしたから。
でも、ドクオさんがお休みを取ったこと、身辺の整理をしていることは、現実でした。
ここへ――這ナギへ、帰郷してきたことも」
身体を起こした。
「迷いました。ボクにそんなことをする権利なんてないと思いましたし。
ぎりぎりまでずっと、迷っていました。あなたを“助けよう”だなんて、
そんな大それたこと、ボクなんかがしていいはずないって。
でも……あなたが湖に身を投げた時、身体が勝手に動いて――」
282
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:07:00 ID:losd25xM0
手を少し、上げた。
「だ、だからですね、その……えへへ、なんて言えばいいのかな……。
ボク、ドクオさんはすごいと思いますし、あれは仕方なかったんだと……
いや、それも違うかな。え、えと……えへ、えへへ、どうしよ、
だ、だからですね、ボクが言いたいのは――」
「キュート」
女の手に、触れた。
「ぼくは、生きても、いいのかな……?」
.
283
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:07:24 ID:losd25xM0
o川*゚ー゚)o「生きましょう?」
.
284
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:07:45 ID:losd25xM0
ヒメミの湖が“愁い澄んだその瞳”に、
かかやく太陽を映し出していた――
.
285
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:08:18 ID:losd25xM0
本編はここまで。後ほどエピローグも投下します
286
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:56:39 ID:losd25xM0
生
ドクオさんはVIP市へもどるとすぐに、
ボクたちの勤める病院へ向かいました。
係るあらゆる批判の、その矢面へと立つ為に。
ドクオさんは当時、あるプロジェクトチームのリーダーを務めていました。
官民一体で行われたそのプロジェクトは、
免疫不全によって一般的な生活を送れない人々を快癒、
社会復帰させる目的で発足されたものでした。
国外の製薬会社とも協力し、新薬の開発に日夜勤しんでいたそうです。
新薬の開発は慎重の上にも慎重を期して行われました。
ですが上層の方々は開発チームのやり方に難色を示し、
逸早く結果を出すことは求めたそうです。
これは後から知ったことですが……
ドクオさんが協力したという国外の製薬会社というのが国営色の強いもので、
その国の政府筋が更に周辺諸外国に対して新薬にまつわる
諸々の契約を既に締結してしまっていたようです。
契約の日時までに実物がなければ困る。
たぶん、そういうことなのだと思います。
287
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:57:09 ID:losd25xM0
そして新薬は充分な臨床実験を経ぬまま実用化され、
国内外へと広まり――結果、大勢の人が、亡くなってしまいました。
亡くなってしまった人々の数は、
二○○○人とも、三○○○人とも言われています。
もともとの症状が症状だけに正確な数を図ることは困難ですが、
少なくともこの数字を下回ることはありえず、実際はその二倍、三倍……
もしかしたら五倍にも、一○倍にも及ぶかもしれないそうです。
ボクみたいな浅慮な者は、この国外の製薬会社や、
実用を急かした人々が責任を負えばいいのではないかと思ってしまいます。
けれど実際は、そうなりませんでした。この会社や会社が在する国を
表立って批難することは、両国間の関係性を悪化させる危険がありましたから。
マスコミにとっても、それは同様でした。
緊密な貿易関係を築いているこの国との関係を悪化させる報道を行えば、
必然的に国内の経済を停滞させることにもつながりかねません。
288
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:57:33 ID:losd25xM0
それは、各マスコミを支えるスポンサーにとっても
浅からぬ痛手を負わせる行為になってしまうのです。
彼らにとって大切なのは真実よりも、自分たち、会社でした。
ボクたちが勤める病院でも、状況は似たり寄ったりでした。
病院そのものを潰す訳にはいかない。被害は最小限に食い止めなければならない。
医師一人を切り捨てることでこの難局を切り抜けることが出来るならば――
考え事態はきっと、おかしくはないのだと思います。
何が大切であるかなんて、そんなの、人それぞれですから。
けれど、ボクにとっては――。
.
289
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:58:10 ID:losd25xM0
『あれでしょ? 両親が離婚して、引き取ったその母親に
毎日暴力振るってたらしいじゃないですか――』
『母親が死んだ後引き取られた先では禄にしゃべんなくて、
何考えてるのかさっぱり解らないような子供だったとか――』
『子供の頃から動物の死骸を持ってうろついてたって――』
『コンプレックスだよ、コンプレックス。
コンプレックスがあるから他人を見下したくって、
医者になったのも結局ステータス目当てでしょ?』
.
290
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:58:47 ID:losd25xM0
テレビのキャスターや識者と呼ばれる人たちが、
勝手気ままにドクオさんのことを語ります。
それは事実である部分もありますし、全くの虚構も混じっています。
いずれにせよニュースでの論調は一貫して、
ドクオさんが如何に悪人であるか知らしめることに腐心していました。
ドクオさんの扱いは完全に、犯罪者に対するそれでした。
子供の頃から今に至るまで、プライベートなんて一切考慮されずに全部、
あまさず、公にされてしまいました。
連日連日ドクオさんの悪名は、全国中で報道されました。
それはきっと、大切なものを守りたい人々の攻撃性が、
過剰に発露された結果だったのだと思います。
彼らの考えは、ボクにもよく解りました。ボクだっておんなじだから。
知ったふうなことを口にする人々の顔面を、思いっきりパンチしてやりたい。
そう思ったことも、一度や二度ではありませんでしたから。
こんなことを思うのは、生まれて初めてでした。
ですが不思議だとは、思いませんでした。
291
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:59:17 ID:losd25xM0
「亡くなってしまった方、その遺族の方々には本当に申し訳なく……」
これだけ苛烈な攻撃を、痛めつけを、いじめを受けてもドクオさんは、
一度だって反論することはありませんでした。投げやりな態度になったり、
怒りを顕にすることもありませんでした。ドクオさんはきっと本心から、
これらの非難が正当なものであると考えていたのだと思います。
だから最後までドクオさんは、生贄の羊<スケープゴート>をやり通しました。
やがてこの事件も風化して、一分も、一秒も報道されることがなくなる、
最後の最後まで。ドクオさんは、やり遂げました。
そしてドクオさんはその役目を終えた直後、入院しました。心の病を患って。
.
292
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 21:59:44 ID:losd25xM0
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」
入院してからしばらくの間は、見ているこちらがつらくなる程でした。
不眠と拒食によって元々痩せ型だった彼の身体は骨と皮だけにまで痩せ細り、
その身体のどこから力が出ているのか暴れまわって自傷を繰り返しました。
「ドクオさん聞いて! ボクがここに居ますから、ここに――!」
ドクオさんが入院したのはボクが勤める病院の系列に当たる所でしたが、
所詮は部外者であるボクには、自由にドクオさんと会う権利はありませんでした。
それでも何度か無理を言って中に入れさせてもらいましたが、
当初ドクオさんはボクをボクと認識することもできない様子でした。
二、三ヶ月が経った頃からでしょうか。
ドクオさんの状態が、比較的安定してきたのは。
この頃からボクをボクと認めて話をしてくれるようになって、
とてもうれしかったのを覚えています。
もしかしたらこのまますぐによくなるかもしれない。
そう思いもしたのですが、現実はやはり、そう容易いものではありませんでした。
293
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:00:12 ID:losd25xM0
ドクオさんは、断続的に発作を繰り返しました。
些細な出来事が切っ掛けとなってドクオさんは、
悲痛な声を上げながら謝り始めてしまうのです。
ドクオさんが誰に、何に謝っているのかは、担当医の先生にも、
看護師の方々にも、ぼくにも、解りませんでした。
きっと、ドクオさん自身にも解らなかったのではないかと思います。
発作の確とした切っ掛けが解らず、退院の許可は先へ先へと伸ばされていきました。
そのまま半年が経ち、三つの季節が過ぎ去り、そして、一年が経過しました。
この時にはもう、発作は殆ど見られなくなっていました。
担当医の先生は、ドクオさんに、仮退院の許可を下さいました。
ドクオさんは、外に出られるようになりました。
だから、ボクは――。
.
294
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:00:39 ID:losd25xM0
「おい、看護師」
「あ、はい! なんでしょうか、先生」
帰りの支度をしている所で、声を掛けられました。
ツン先生。うちの病院でただの一人の女医さんで、とても背が高い方。
声をかけられると思わず、見上げてしまいます。
「お前、休みを取ったんだってな」
「え、えと、はい……」
「このクソ忙しい時に」
「そ、そうですねー……」
「一ヶ月も」
「え、えへへ……」
いつも若々しくてとても綺麗な人だけれど、
ちょっとだけ威圧的な所があって、正直少し、苦手な方。
295
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:01:11 ID:losd25xM0
「まあ、いい」
背の高いツン先生が、長く揃えられたまつげを開いてボクを見下ろし、言います。
「あの男の付き添いだろ」
「……はい」
ボクがドクオさんの下へ通っていることは、院内でも周知の事実となっていました。
そのせいで多少肩身の狭い思いをすることもありましたが、
基本的には問題なく、暮らせていました。おそらくは彼の名前を口にすることが、
この病院において一種のタブーになっていることも関係していると思います。
「行き先は這ナギか?」
「ご存知なんですか?」
「一年前に覚えた」
「あ、あはは……」
「……」
296
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:01:40 ID:losd25xM0
それは、ちょっと、不名誉な覚えられ方かもしれません。
郷土に対するバツの悪さと、先生の無言で見下ろす圧が相まって、
ちょっと、いたたまれない心地でした。
「あ、あのボク、これから寄らなきゃいけない所がありますのでー……」
「待て」
そそくさとこの場から退散しようとしたボクを、先生が呼び止めました。
そのまま脱兎するわけにもいかず、ボクは笑顔を浮かべ、再び先生を見上げます。
「内藤という男を知っているか?」
意外な名前が飛び出してきました。
「内藤先生、ですか?」
「先生、ね……」
含みのある笑いを、先生が浮かべます。
バカにしているような、昔を懐かしんでいるような。
その心の裡に何が浮かんでいるのか、ボクに解るはずもありませんけれど。
297
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:02:32 ID:losd25xM0
「まあいいさ。その先生様に会ったら、こう伝えてくれ」
先生のよく通った鼻が少し、上向きました。
「『答えは見つかりましたか』……とな」
遠くを見るような目つきで、先生はおっしゃいました。
その姿がなんだかまるで舞台俳優さんのように決まっていて、
ボクは一瞬、先生への苦手意識を忘れてしまいました。
「あの、先生は、先生――内藤先生と、どういう……」
「いちいち全部話さなきゃ、頼み事ひとつ聞いてもらえないのか?」
「い、いえ、そんなことは! へ、へへへ……」
ああでもやっぱり、ツン先生はツン先生です。怖い。
「私は現実主義者<リアリスト>で、
あいつは理想主義者<ロマンチシスト>だった。それだけの話だよ」
と思っていたら、以外にも先生は、ボクの質問に答えてくれました。
はぐらかされただけのような感じもしますけれど……。
それから先生は、続いて、ぼそりとつぶやきました。
「ドクオのやつも、ロマンチシストだったんだろうな……」
298
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:03:00 ID:losd25xM0
「あ」
「おっと」
先生がとっさに、口元を手で押さえました。
そしてその直後、共犯者にでも送るような笑みを、ボクへと投げかけてきたのです。
……確かツン先生は、女性に人気があったと聞いたことがあります。
ファンも大勢いるのだとか。たぶん、こういう所が原因となっているのでしょう。
「ま、あの男と付き合うつもりなら、覚悟はした方がいいぞ。
ロマンチシストは御せないからな」
「つ、付き合うって、そんな……」
「アホ、そういう意味で言ったんじゃない」
お前さんはそれを望んでいるみたいだけどな。
先生は意地の悪い口調で、上から言葉を振り下ろしてきます。
ボクは、まともに顔を上げることもできなくなってしまいました。
「一ト月の休暇、せいぜい骨を休めるんだな」
言って、先生は部屋から出ていきました。
ぼくも急いで帰りの支度を終え、病院から出ていきました。
なんだか落ち着かない気持ちを、指先をいじることでごまかしながら。
.
299
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:04:15 ID:losd25xM0
「やあやあこれはドクオさんにキュートさん! お久しぶりですよう!」
「い、いようさん……ですか!?」
這ナギについて一番に出迎えてくれたのは、いようさんでした。
ぐいっと身を乗り出して握手をしてくる姿に、思わず一歩引いてしまいました。
しかし、なんというのでしょう……。昔の、面影が……。
「な、なんだかずいぶん逞しいことになりましたね……」
「はっはっは! ちょっと鍛えたらいつの間にかこんな事になってしまいましてね!
いまでは這ナギのクックル<筋肉男>なんかと呼ばれておりますよう! はっはっは!!」
「あ、あは、あはは……」
「ドクオさんも、よく来てくれましたね!」
「……うん」
いようさんがドクオさんのても握ります。強い力。
ボクは少し発作のことが頭をよぎって、心配になりました。
けれどドクオさんは何事もなく、いようさんの手を握り返しました。
留まった息を、吐き出します。
300
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:04:36 ID:losd25xM0
「では、行きますよう!」
いようさんに従ってボクたちは、這ナギの道を歩き始めました。
這ナギの様子は一五――一六年前と然程変わらず、よく言えばのんびりしているような、
あえてネガティブな言い方をするなら時代に取り残されているような、
そんな空気のままでした。
それでも一年前に比べると、どこかが違うような、
何かが変わっているような、そんな印象も受けました。
どことなく、村全体が明るい――ゆるやかな中にも
活き活きとしたものを感じる――そんな具合に。
確証はありません。ありませんけれど、もしかしたら。もしかしたらですが。
ドクオさんの一年前――“一六年前”の行動が、
この村に大きな影響を及ぼしたのではないか。
大きく変えたのではないか。そんなふうに、思いました。
ドクオさんが、這ナギの大切な何かを救ったんじゃないかって。
.
301
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:04:59 ID:losd25xM0
「さあさ、着きましたよう!」
ボクたちが案内された先で待っていたのは、やはりというべきか、
これ以外にないと言うべきか、這ナギで唯一の医療施設、這ナギ診療所でした。
中に入ると待合室には暇を持て余したお元気なご老人だけが屯していて、
実に平和な……ボクの知っている這ナギ――といった光景が、広がっていました。
一応は診察の体を成しているはずなのに、扉は開放されていて、
診察の様子が丸見えになっているのは、
なんだか少し、抜けすぎている感じもしますけど。
「なーにを言っとる、こんなの病気じゃないわい。
あんたはあれだ、一○○まで生きるよ」
あれ、と、思いました。診察室から聞こえてくる声に。
その声は、ボクの知っている内藤先生のものではありませんでした。
奥の居住スペースに案内してくれたいようさんに、道すがら、疑問を尋ねてみました。
いようさんは少し困ったような顔をして、言いました。
「いや……内藤先生は一○年ほど前に、亡くなりましてね」
「え」
「あ、いや。癌でね」
302
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:05:29 ID:losd25xM0
いようさんはきっと、気を使って下さったのだと思います。
久しぶりに帰郷した(去年のことはおそらく、いようさんは知りませんから)家族に、
いやな思いはさせないであげようと。疫病ではない、ぼくたちから感染ったわけではないと、
そのことだけを告げて、安心させてくれようとしたのだと思います。
けれどボクは、困惑していました。
“あの”内藤先生が亡くなったことに。
明るくて、朗らかで、時々微妙なキザさにみんなの顰蹙を買っていたけれど、
でも、やっぱりほんとは慕われていたあの内藤先生が、亡くなってしまったことに。
それに、ツン先生のこともありましたから。
「それじゃお二人とも、ゆっくりしてくださいな!」
ボクたちを部屋まで案内してくれたいようさんは、
最後に意味深なウインクを送って退室していきました。
……たぶん、なにか勘違いされているのだと思います。
303
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:05:53 ID:losd25xM0
「び、びっくりしましたねー……内藤先生、亡くなってただなんて……」
「……うん」
「……なにか、見えますか?」
「……這ナギが」
「……なるほどなるほど、これは見事な這ナギですねー!
……なーんて、えへへ」
「……」
「へへ、へへへ……」
口を閉ざしました。
ドクオさんは窓辺の椅子に腰掛けたまま、
ボクが笑うのを止めてからもそのまま、外を眺め続けていました。
昼が過ぎて、夕日が差し込み、完全に外の景色が夜闇に隠れてもずっと、そうしていました。
お夕飯の誘いを受けた時にようやくドクオさんは窓の外から目を離して、
誘いを断り、そのすぐ後にはもう、床に入って眠ってしまいました。
彼が無事に眠りにつけたことを確認して、その日はボクも早くに眠りました。
.
304
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:06:13 ID:losd25xM0
這ナギ行きを決めたのは、ドクオさんでした。
.
305
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:06:42 ID:losd25xM0
「こんなとこに来てまで働きたいだなんて、
キューちゃんてほんと、変わってるよねー」
「そ、そうですか? へへ……」
「ミセリが怠惰なだけです。世界人類がみな
あなたのようになってしまったら、それはこの世の破滅です」
「な、なにおう!?」
這ナギを訪れてからもう、一週間が経過していました。
何もしないでいることに耐えられなくなったボクはいようさんと、
内藤先生の代わりにここへ赴任してきたシラヒーゲ先生に頼んで、
看護師としてのお仕事を手伝わせてもらっていました。
懐かしい顔ぶれとも再会しました。
ミセリさんに、トソンさん。東からこちらへ移り住んできた孤児の仲間――家族です。
306
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:07:10 ID:losd25xM0
ミセリさんはなんと、画家さんになっていらっしゃいました。
原色を多用したサイケデリックな絵で……絵心のないボクには解りませんでしたが、
きっと、すごいことなのだと思います。
「キュートさん、正直に言っていいんですよ。
『なにこのゴミ、意味わかんない』と」
「い、いえ、そんなことはー……」
トソンさんはボクと同じ――つまり、看護師になっていました。
この診療所で今現在、唯一の看護師さんです。幼い頃からとても敏い方でしたが、
大人になって会ってみてもその印象は変わりませんでした。
年上のはずのボクなんかよりもずっと、しっかりしていらっしゃいます。
「し、失敬な!? これでもちゃんと生活できるくらいには売れてるんだぞ!」
「なんて極悪なことを。目の不自由な方々に詐欺まがいの
ゴミクズを売りつけるだなんて。これ以上の被害が出る前に
あなたの絵を買ってしまった方々には、腕利きの眼科医を
紹介してあげなければなりませんね。可能な限り早急に」
「ひっど!!」
307
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:07:36 ID:losd25xM0
昔と変わりのないやりとり。孤児たちの中でも二人は特に、
それこそ本物の姉妹のように仲良しでした。
大人になってもその関係が変わっていないこと、なぜかそのことが、
ボクにはとても、嬉しいことのように感じられました。
涙腺が刺激されてしまう程に。
「……キュートさん?」
「い、いえ、泣いてなんかいませんよ?」
.
308
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:08:12 ID:losd25xM0
一六年ぶりに再会したのは、この二人とだけではありませんでした。
這ナギ診療所には、意外な人も訪れていました。
「いまは、事情があって学校に通えない子供や、
子供の時に学ぶことのできなかった大人に勉強を教えているのです。
……あの子が、していたみたいに」
記憶の中の顔つきよりも幾分かやわらいだ表情で、そう、でぃさんは言いました。
「むずかしいものですね、人に物を教えるというのは。
かれこれもう一○年以上やり続けてきましたが、
未だに正解が解らないままでいます」
そう言って微笑んだでぃさんの顔には、
ああ、やっぱり、親子なんだなぁと、
自然にそう感じられるものが確かに存在していました。
とても懐かしい気持ちになりました。
309
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:08:38 ID:losd25xM0
「私がここで働くようになったのは、兄への恩返しでもあるのです」
でぃさんは、“あの日”からの自分のこと、
お兄さん――ギコさんのことを話してくれました。
ギコさんは“娘との別れ”の整理がつけられず
ふさぎ込んでいたでぃさんに、こう言ったそうです。
「お前があの子を想うなら、生き残った事実を無駄にしちゃあいけないよ」って。
そして、自分の罪を告白してくれたそうです。
違法に横流しされた医薬品を、更に独自の配合が施されて
幻覚作用と常習性を持つに至ったそれを、その正体も解らないまま
所定の場所から所定の場所まで配達するお仕事。
ギコさんは都会で、このお仕事を数年間し続けていたそうです。
医薬品の出処が明るみになったことと、
その行き着いた先で起こった現象を知るまでの間。
直接の上役から薬の一斉処分を命じられたギコさんは、
その命令に従わなければ殺されることが解っていて、
ほうぼうを巡り、そして最後には仕方なく、その薬を這ナギに、
日鏡巻山に投棄しました。そして、薬を横流ししていた医師と共に這ナギへと帰郷しました。
310
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:09:11 ID:losd25xM0
「兄のせいで苦しんだ人は、大勢いるのだと思います。
いえ、おそらくは、今でも……。でも――」
でぃさんは、“あの人”と良く似た瞳で、言いました。
「それだけじゃないって、兄には知ってほしかった。
私はあなたに救われたって。だから私はここで、物を教えているのです。
兄の為にも、あの子の為にも……けれどたぶん、本当の所は、自分の為に」
ギコさんは既に、亡くなっているそうでした。
酩酊したまま意識を失って、そのまま帰らなかったと。でぃさんは言います。
自分の気持が、果たしてどこまで兄に通じていたか解らないと。
「暗い話をしてしまってごめんなさい。でも――」
けれど、と、でぃさんは続けます。
亡くなったギコさんの側には、カカメ石があったそうです。大切な人へと贈る石。
まだ未加工なままのそれを、ギコさんがどのような意図で側に置いていたのかは、
本当の所は解りません。でもでぃさんは、ギコさんに死ぬつもりはなかった、
生きようとしていたんじゃないかと思うと、そうお話して下さいました。
生きて、磨いて、大切な人にこれを贈るつもりだったんじゃないかって。
「ドクオくんは少し、兄に似ている気がして。
出来ることなら伝え“続けて”あげて欲しい。そう思ったんです」
.
311
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:09:33 ID:losd25xM0
「キュートさん!」
「わ、りりちゃん! そ、その子は!?」
「私の子供です!」
ちょっとだけ……ほんのちょっとだけふくよかになったりりちゃんは、
とっぷりとまんまるな赤ちゃんを抱っこしていました。
赤ちゃんはぱっちりと開いたお目々で、物珍しげにボクのことを見ています。
なんだか不思議な感じがしました。
「この子が何かを知りたいと思った時、
一緒に考えてあげられるお母さんになりたいですから」
りりちゃんはいま、子育てに励みながらでぃさんの所へ通っているそうでした。
子供やご老人に混じって勉強することに恥ずかしさなくはなかったそうですが、
子供のことを考えたららそんな恥ずかしさなんて気にしていられないと思ったそうです。
母は強し、です。
312
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:10:00 ID:losd25xM0
「あら、この子、キュートさんに抱っこしてもらいたがってるみたいです」
「え、えぇ!?」
「抱っこしてもらえませんか?」
「え、でも、えぇ……」
「試しに、ね?」
すっかり母親になってしまったりりちゃんは
記憶の中とは違いずいぶんと押しが強くなっていて、
昔と変わらないボクは押し切られるまま赤ん坊を手渡されてしまいました。
職業柄人を持ち運んだりした経験は少なくありませんが、
このように小さな赤ん坊を抱えるのは始めてのことです。
これで、いいのかな? 安定してる? 本当に大丈夫?
不安はつきません。緊張します。
たぶんその緊張は、抱かれている赤ちゃんにも伝わるのでしょう。
赤ちゃんは居心地悪そうに身体をよじり、
それでも不満が解消されないことが解ると、ついには泣き出してしまいました。
313
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:10:32 ID:losd25xM0
「あらあらあら」
「あ、あ、あの、ご、ごめんね、ごめんね……!」
「この子はもう――」
ボクの手から赤ちゃんが、りりちゃんの胸へと帰ります。
ほっとした気持ちと、泣かせてしまってごめんねという気持ちが、同居しています。
けれどりりちゃんは手慣れたもので、
胸の中の赤ちゃんをなだめながら、歌を歌い始めました。
その歌は、ボクにも聞き覚えのあるものでした。
やさしくて、暖かくて――母から子へと贈る歌。
そう、この歌は、“あの人”が歌っていた――。
赤ちゃんが寝静まりました。
その寝顔を愛おしそうに見つめながらりりちゃんは、小声で話し出しました。
314
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:11:02 ID:losd25xM0
「この歌、昔お母さんも歌っていたんです。
どうしてお姉ちゃんも知っていたのか不思議だったけど、
でも、もしかしたら当たり前のことなのかもしれません」
「えと、どういう……?」
「この歌は母から子に……“這ナギの母”であるヒメミ様が、
私達に教えてくださった歌なんだそうです。
元気に、健やかに……あなたの瞳がいつまでもかかやきを失いませんようにって」
“お母さん”は、とても幸せそうでした。
「お姉ちゃんは、私にとっての神様でした」
“赤ん坊”は、とても幸せそうでした。
「私はこの歌を、この子に歌います。
それでこの子が自分の子にこの歌を歌ってくれたら、
それがどんどん続いていったら……それってとても、素敵なことだと思いませんか?」
「……うん、思う、ボクも、そうなったらいいなって、思います」
「キュートさんならそう言ってくれると思いました」
そういうりりちゃんの顔は、昔の面影を残しつつ、
けれどやっぱり、子を持つ母の顔をしていました。
.
315
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:11:27 ID:losd25xM0
「あー、それにしても、男が欲しい!」
「ミセリはモテませんからね」
「そういうトソンだってずっと一人じゃん!」
「私は今の環境に満足していますから」
「ぐぬぬ……」
「あはは……」
三人でおしゃべりするのがすっかり
定番になってしまった、這ナギでの三週間。
頂いたお休みも、半分を過ぎてしまいました。
トソンさんにやり込められて悔しげにするミセリさんも、見慣れたものです。
それでもトソンさんの下へ訪れてくるのはいつも
ミセリさんの方からなのですから、やはりお二人は、仲良しなのでしょう。
316
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:11:47 ID:losd25xM0
「あーもー、あたしこのままじゃ、
独り身のままおばさんになっちゃうよー」
「現実を認めましょう。あなたはもうおばさんです」
「な、し、失礼だぞ! それにあたしがおばさんなら、
キューちゃんはどうするのさ!」
「キュートさんはいいんです。
あなたと違って可愛らしいですし、お相手もいますし」
トソンさんの言葉に、飲みかけていたお茶を
思わず吹き出してしまいそうになりました。
「ど、ドクオさんとは別に、そういうのでは!」
「そうなのですか?」
トソンさんが、変化に乏しいその顔を疑問を抱いた表情に変えて、
ボクを覗き込んできます。……ついつい、目を背けてしまいます。
「最近はずっと、外に出かけているんですよね?」
「は、はい……」
317
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:12:30 ID:losd25xM0
そうなのです。ドクオさんは最近と言わず、
ここへ来てからずっと、外出し通しでいました。
それも驚いたことに、昔はあれほど仲の悪かったプギャーさん方と一緒に。
もしかしたら弱みを握られて脅されているのかもしれない――
なんて考えも初めはありましたが、どうやらそれは杞憂のようで、
ドクオさんの身に特段容態の変化や、悪化というものは見られませんでした。
ドクオさんは毎日毎日外へと出かけて、それはやはり心配ではありましたが、
何事もなく夜には無事に帰ってきましたから、ボクにはそれ以上何も、
言ったりやったりすることはできませんでした。
ボクはただドクオさんに付いてきただけで、
何かの権利を有しているわけでもありませんでしたから。
「なら、ヒメミ湖の参拝にでも誘ってみては如何ですか?」
「そうそう! ヒメミ様って、縁結びの神様でもあるんだって!」
「そうなんです?」
それは初耳でした。
「蛇は多産の象徴ですからね。交尾も長く激しいものですから、
そこからあやかって意味付けられたのでしょう」
「情緒〜」
「事実です」
318
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:12:56 ID:losd25xM0
「いえ、あの……ほんとに、その、そういうのではないんですよ」
二人が、ボクを見ます。
「ドクオさんはボクの憧れ……というか、
雲の上、みたいな、そういう人ですから……」
「じゃあ、あたしが狙っちゃおうかなー?」
「え、え……!?」
思わず、どきりと、してしまいました。
「やめなさい。ドクオさんが可哀想です」
「ど、どういう意味だ!」
「それに、あなたにあの人は荷が重い」
「……それは、そうだねー」
319
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:13:16 ID:losd25xM0
きっとミセリさんの発言は、冗談のつもりだったのでしょう。
ですがボクは、自分でも驚くほどに心臓がバクバク言っているのを自覚しました。
何にそんなに驚いているのか自分でも解りませんでしたが、
とにかく心臓が、痛いほどに胸打っていました。
――もしかしたらボクは、思い上がっていたのかもしれません。
「キュートさん、いる?」
扉を開けて、いようさんが顔を覗かせてきました。
ミセリさんがノックもなしに開けるなんて変態、痴漢と冗談を言っていましたが、
これもいつものことなのかいようさんは気にする様子無く、ボクを呼びました。
ボクは――これ幸いと、お二人に頭を下げてからいようさんに付いていきました。
.
320
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:13:46 ID:losd25xM0
「うちの先生、もうとっくの昔に還暦を越えているんですよう」
いようさんのお話はドクオさんのこと――
そして、この診療所のこれからについてでした。
いようさんが言うにはシラヒーゲ先生には無理を言って
ここに勤めてもらっているのだけれど、
できることなら別の先生をお迎えして、早く休ませてあげたいのだそうです。
「なのでドクオさんにここに居てもらえたら、すごく助かるのです」
「でも、ドクオさんは……」
「もちろん、事情は理解しているつもりです。
“お身体”のことについても。ですがだからこそ、
我々なら支えることができる。そう思いませんか?」
「それは、とても魅力的な話だと思います……でも」
「なんでしょう?」
「なぜ、ボクに?」
「なぜって……ドクオさんがここに残るなら、
キュートさんもここに残るでしょう?」
321
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:14:07 ID:losd25xM0
「えっ」
「違うんですか?」
「……ボクは」
ドクオさんにとっての、ボクは――。
「ただの、付き添いですから……」
「そうなのですか?」
ボクは、うなずきます。
そうです、ボクはただの付き添いです。
やっていることはきっと、看護師としての仕事の延長なんです。
そしてもし、もし……ドクオさんがボクの手を必要としなくなったなら、
ボクだってきっと、ドクオさんの側にいる必要はなくなるのです。
それはきっと、歓迎するべきことです。喜ばしいことです。
喜ばしいことの、はずなのに……。
322
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:14:34 ID:losd25xM0
「キュートさん……?」
「あ、いえ、なんでもないです、ごめんなさい……泣いて、ないです」
「無理していませんか?」
「……へへ、そんなこと、ないですよー」
「ならいいのですが……」
「あの、それよりもですね! ボク、ちょっと、訊きたいことだあって」
「なんでしょう?」
「あの……内藤先生の、ことなんですけど」
いようさんの態度に、硬いものが混じりました。
この話題は、ずっと避けていたのでしょう。
それを感じ取っていたからボクもこれまでこの話題を、先延ばしに延ばしてきました。
ですが休みの終わりが近づき、そろそろもどることを考え始めたら、
やはり頼まれたことは聞いておかなければならない気がしたのです。
でなければあのツン先生のことです、どんなお叱りを受けるか解ったものではありません。
323
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:14:56 ID:losd25xM0
「……それで、訊きたいこととは?」
「あの……ボクが這ナギを出てからどうしていたのか、
とか、癌で亡くなったと聞きましたけれど、治療はしなかったのか、
とか、あと、えと、それから……」
ボクは思いついたことを思いついた端から口にしていきました。
次から次に言葉にしながら、でも何か違うようなと思いつつ、
それでも口を開くのを止めませんでした。
そうしていい加減何も出てこなくなった時、
そういえば、と、思い出しました。
そうでした。ボクはこれを聞くように、先生から言われたのでした。
「『答えは見つかったか』……とか」
,
324
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:15:22 ID:losd25xM0
いようさんが、目を開いてボクを見ました。
何か、おかしなものでも見るように。
「あ、ごめんなさい。変なこと言ってしまいました、忘れて下さい――」
「いや……」
とっさに質問を打ち消そうとしたボクに向かって、
いようさんはその打ち消し自体を打ち消しました。
そしてその大きな手を顔へと当てて、くつくつと笑いだしたのです。
「まさか、キュートさんだったとは……」
「……あの?」
「……そうですね。先生は、癌の治療はされませんでした。
見込みがないことを理解されていたようです。だから最後まで医師として、
人を、這ナギの人々を助けることに力を注ぎたいとおっしゃっていました
……先生は、疫病の根絶と戦いました」
「疫病!?」
325
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:15:54 ID:losd25xM0
予想だにしなかった、恐ろしい単語が飛び出してきました。
先ほどとはまた別の意味で、心臓がどきりとします。
「キュートさんが這ナギを出ていった直後くらいから、
這ナギに疫病が蔓延しました。そうです、おいらたちの東側を襲った、あの疫病です」
「そんな……」
「いえ、悲観しないで下さい。この疫病では、誰も死なずにすんだのです」
「……だれも?」
あの、疫病で?
「先生はそれこそ寝食を惜しんで、疫病と戦いました。
一年、二年と、疫病が這ナギを襲っている間、先生が休んでいる姿を、
おいらは一度も見たことがありませんでした。
周りがどんなに心配しても、先生は戦うことを止めませんでした。
そして……勝利しました。疫病を、根絶させたのです。誰一人、死人を出さず」
「ほんとに……?」
それはとても、信じられないことでした。
あの疫病が、ボクたちを襲ったあの疫病が、本当に、根絶された……?
それも、唯の一人の死人も出さずに?
326
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:16:14 ID:losd25xM0
「キュートさんの疑問も最もです。おいらにも……おいらたちにこそ、
それは信じられないことでしょう。でもこれは、事実です。
先生は、成し遂げたのです。けれど先生は、こう言いました」
いようさんが、遠い目をして言います。
「這ナギが山の土と水のおかげだと」
思わずボクも、いようさんが見つめる方を見てしまいました。
そこには壁がありましたが、壁を越えたその向こうには、
這ナギの中心、日鏡巻山が泰然と鎮座しているはずです。
「そして最後の患者の治療を終えて三日後、
亡くなる前日の夜、先生はおいらに言い遺しました。
ある事を尋ねに来る人がいたら、こう返して欲しいと」
「……まさか」
いようさんが、首を縦に振りました。
そして彼<内藤先生>は、こう言ったのです。
「『賭けはきみの勝ちだ。神様は、本当に存在していたよ』」
.
327
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:16:34 ID:losd25xM0
「キュート、ヒメミ湖へ行こう」
.
328
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:17:16 ID:losd25xM0
お休みも残すところ後一日といった時に、
ドクオさんからお誘いを受けました。山登りです。
ドクオさんの身体は山を登るのには適していませんでしたので、
ボクが肩を貸して、時間を掛けて二人で登っていきました
“あの日”から、ドクオさんの身体は半身不随となっていました。
下半身はまだ、ある程度の自由が利きます。
ひきずりながらでも歩行することは可能でした。
けれど上半身は完全に麻痺していて、
症状の表れている左側の手は指の先ほども動かすことはできないそうでした。
耳も目も左側は完全に機能しておらず、ドクオさんは常に、
麻痺した半身を残された半身で補いながら生きていかなければなりませんでした。
けれどそのことについて、ドクオさんがなにか不平を
言っているのを耳にしたことは、少なくともボクは、ありません。
彼は自分の身に起こったことを、ただ事実として受け容れているようでした。
ドクオさんは、逞しく快復しました。
たぶん、もう、ボクの存在なんて必要ないくらいに。
329
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:17:49 ID:losd25xM0
カカ山の山道はゆるやかですが、
それでもボクたちにとっては大変な行軍になりました。
ですが大変でありながらも、カカ山の匂いや、音や、
光を目にしながらの登山は大変に気持ちがよく、
土や水が、記憶の中よりも明るくかかやいているようにすら思えました。
ボクたちはひぃひぃ息を切らしながら、でも楽しみながら、
会話らしい会話もないまま登り続けて、そして、山頂にたどり着きました。
日目見湖。あるいは、日女巳湖。
蛇の瞳のように、陽の光を反する、水鏡。
ボクたちはヒメミ湖の側で、座りました。“あの日”みたいに。
330
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:18:12 ID:losd25xM0
「あの、ですね……その、ドクオさん、ボク……」
ボクは、この一ヶ月で起こったこと、
出会った人たちのことを、ドクオさんに話しました。
ボクは話がうまくないですし、記憶力もよくないので、
上手に話せている自信はありませんでしたが、
ドクオさんは何も言わず、聞いてくれました。
「ミセリさんとトソンさんがですね、いまも仲良しで――」
ボクはとにかく、話し続けました。
些細なことでも、くだらないかもしれないことでも、なんでも。
だって、たぶん――。
「りりちゃん、お母さんになったんですよ!」
たぶんこれが、ドクオさんと一緒にいられる、最後の時間になるはずですから。
ドクオさんは、もう、ボクがいなくても生きていける。
だったらボクは、こんなボクはきっと、枷にしかならないから。だから――。
331
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:18:46 ID:losd25xM0
「……いようさんが、あなたの力を頼っているんです」
ボクは、話しました。いようさんの頼み事を。
それが一番、ドクオさんにとっても、這ナギにとっても、
綺麗に収まる結果だと思いましたから。
だからボクは、ドクオさんに、話しました。
「……き、急でしたよね、ご、ごめんなさい!
もっと早くに話せばよかったな、え、えへへ……」
ドクオさんは、ずっと無言のままでした。
ヒメミの湖を見つめたまま、動きませんでした。
ボクは、意味もなく笑ってしまいます。
間を持たせるためだけの、心から浮かび上がってきたわけではない、笑み。
癖になってしまった、処世術。
ドクオさんが、ぽつりと、つぶやきました。
「親父と会った」
「……デミタスさんと?」
332
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:19:09 ID:losd25xM0
風が吹きましたが、ヒメミの湖は、
鏡のように空を反射し続けていました。
「親父は若い頃に一度、這ナギを出たことがあるらしい。
そこで、無学であることを理由に惨めな思いをしたのだとか……
母と出会ったのは、その頃だ」
「ペニサスさん……」
「母は父のことを、唯一バカにしないでくれたそうだ。
そして、バカにしてきた奴らを一緒に見返してやろうと。
父は、母に恋をした。そして生まれて初めて母親――
祖母に逆らい、母と結ばれたそうだ」
「そう、だったんですか……」
「結局父は祖母に逆らい続けることが出来ず、
味方を失った母は精神的に不安定になってしまった。
そのことを父は悔いていた。
……しかし、母と出会ったこと、ぼくの父になったことを
後悔したことだけは一度もないと、そう、言っていた」
ドクオさんの、健常な側の瞳を、ボクは見つめます。
まるで光を映す鏡のようだと思いながら。
333
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:19:32 ID:losd25xM0
「聞けてよかったと、思う」
「うん……うん、そう、ですね」
「おかげで、答えに辿り着けた」
「答え?」
ドクオさんの顔が、ボクの方を向きました。
ドクオさんのことを見ていたボクの目と、
ドクオさんのそれとが、向かい合います。どきりとします。
「一年間、考え続けていたんだ。お前の言われたことを」
「ボ、ボクに、ですか……?」
「『生きましょう』」
「あ……」
確かに、そんなことを言った覚えは、ありました。
あの時は一杯一杯だったので、記憶も朧気ですが。
334
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:19:58 ID:losd25xM0
「なんだか、あの、偉そうなこと言っちゃって、へへ、その……」
「“生きる”。それがどういう意味なのか、
ぼくはずっと考えていた。だから――」
「だ、だから?」
「いようの誘いは、受けられない」
どうして――ボクがそう口を挟むよりも先に、ドクオさんは話を続けます。
「ぼくは、先生に憧れていた。お姉ちゃんに憧れていた。
二人のようになりたいと思っていた。けれどぼくは、二人になれなかった。
なれないと悟った。だから――死ぬしかないと、思った」
「それは……」
「ああ、そうだ。それは、間違いだった」
ドクオさんの瞳が、ボクの瞳を、ぎゅう……っと、見つめます。
「ぼくはきっと、死ぬまで二人にはなれないだろう。
どんなに望んでも、焦がれても、なれないものには、なれない。
それは厳然たる、ひとつの事実だ」
「そんなこと――」
「だが」
.
335
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:20:29 ID:losd25xM0
「例え“なる”ことはできなくとも、
なることを目指す行為を“する”ことは、できる」
「這いつくばってもかかやきを見上げ、目指すことは、できる」
「“生きる”とは、そういうことなのだと、思う。そして――」
「ぼくが“生きる”ことが、その姿が誰かの“生きる”力となれるなら。
それはきっと、それこそが――」
「“生命を結ぶ”ということなのだと、ぼくは、思う」
.
336
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:20:51 ID:losd25xM0
「キュート、手を出してくれ」
言われて、手を上げました。
ドクオさんの手が、ボクの手に載せられました。
「ぼくはこれからきっと、大変な道を歩んでいくことになると思う。
“なろう”と“する”為に、多くの人の顰蹙を買うことになると思う。
物理的な危険だってあるかもしれない。だから無理強いはできない。
だけどもし、もし……きみが、良いと言ってくれるなら――」
何かを、渡されました。
.
337
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:21:24 ID:losd25xM0
('A`)「他ならぬきみの瞳で、ぼくを見続けていてもらいたい」
.
338
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:21:58 ID:losd25xM0
ドクオさんの手が、離れました。
そこに置かれたものを、ボクは見ました。
「あの、これ……」
「ダメか?」
「だって、これ……」
ボクはドクオさんと、てのひらに置かれたものを交互に見ました。
そしてもう一度、てのひらに置かれたものを凝視しました。
だって、そこに置かれていたのは――。
カカメ<蛇目>石。ピカピカに、磨かれた。
何故だか涙が、溢れてきました。
339
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:22:43 ID:losd25xM0
「ごめんなさい、でもボク……ボク、
泣いてないですから、泣いてなんか……」
泣いてはいけないと思うと余計に、
涙はこぼれ出ていきました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「いいんだ」
「……うぇ?」
手を、握られました。
「泣きたいなら、泣けばいい」
ぎゅっと、握ってもらいました。
「笑いたければ、笑えばいい。怒りたければ、怒ればいい。
……愛したければ、そうすればいい」
鏡<瞳>そのもののように光を映し出すカカメ石を中心に、
ドクオさんとボクの手とが、結ばれていました。
ボクたちの手と手とが結ばれている様が、映し出されていました。
「ぼくたちが教わったのは、きっと、そういうことなんじゃないかと、思う」
ドクオさんの手のぬくもりが、伝わってきました。
.
340
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:23:15 ID:losd25xM0
――ボクは、心の何処かで、大人になってはいけないと思っていました。
“こんなふうになりたくない”と思ってしまったボクに、
お姉ちゃんたちがなれなかったものになる資格なんてないと、そう思っていました。
泣いたり、怒ったりする権利なんて、ボクにはないと思っていました。
でも、もう、いいのかもしれません。
自由に、思うままに振る舞っても、いいのかもしれません。
ボクたちはそうして“生きて”も、いいのかもしれません。
いっぱい泣いて、いっぱい怒って、いっぱい笑って、それで、それで――
ボクは……“私”は、これからも、ずっと、ずっと――――
.
341
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:23:41 ID:losd25xM0
かかやくあなたを一番側で、見続けていたいです!
.
342
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:24:07 ID:losd25xM0
.
343
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:24:41 ID:losd25xM0
遍く衆生は不日に散ず
(生きとし生けるものはみな遠からずこの世を去ります)
.
344
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:25:07 ID:losd25xM0
――なればこそ
(――だからこそ)
.
345
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:25:38 ID:losd25xM0
其瞳に映ずる万事一切
(あなたの瞳に映るあらゆる物事が)
.
346
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:26:09 ID:losd25xM0
何時何時迄も
(終わり始まるその時までも)
.
347
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:26:37 ID:losd25xM0
かかやき続けますように――
(どうかどうか、輝き続けてくれますように――)
.
348
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:27:04 ID:losd25xM0
.
349
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:27:43 ID:losd25xM0
【結】
・閉じる、締める、終わる
・結びつける、つなげる、つなぐ
【遺】
・失う、忘れる、終わる、終わり
【生】
・生きる、生まれる、始まる、始まり、
.
350
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:28:24 ID:losd25xM0
イムス ハイガミ
o川*゚ー゚)o生(遺)結ぶ這鏡のようです('A`) 結
.
351
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:30:52 ID:losd25xM0
これにて完結です。めったら長くなってしまったこの物語をここまで読んで頂けたこと、本当に感謝しています
この物語があなたの琴線の端っこにでも触れたなら、なによりでございます。ありがとうございました!
352
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:34:36 ID:JMM4eEMs0
乙!
353
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:36:16 ID:4pWHE8i.0
心からの乙を
降りかかる絶望からのこのラストはマジで感動した
354
:
名無しさん
:2019/01/15(火) 22:58:59 ID:4V.M7ya.0
乙でした!
355
:
名無しさん
:2019/01/16(水) 18:50:48 ID:/D2Eh/ZY0
乙
356
:
◆y7/jBFQ5SY
:2019/01/18(金) 19:23:16 ID:P19kqvPI0
一応こちらでも酉出し証明を
重ね重ね、お読み頂きありがとうございました!
357
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 16:58:05 ID:TDCsOhFo0
凝った良い話だった乙
358
:
名無しさん
:2019/01/21(月) 22:55:07 ID:C9TEP3Fc0
最後が爽やかで安心してしまった
毎回投下がすごく楽しみでした
おつおつ
359
:
名無しさん
:2019/01/31(木) 23:02:16 ID:03he9IE.0
読ませる文章だ、めっちゃ楽しかった
ただAAの生首が一切出て来ないの、作者の持ち味ならゴメンだけど折角のブーン系なんだしちょっと勿体無い気もするな
360
:
名無しさん
:2019/02/19(火) 16:25:17 ID:VOQ6F5iU0
乙
心情の描写が上手くて読むのが止まらなかった
ブーン系なのにドクオ達の顔を使うのが必要最低限だけだったのもいい演出だった
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