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(´・ω・`)紺色の記憶のようです

195名無しさん:2017/06/22(木) 00:26:04 ID:5qz469kY0
体に残された力を全て使いきる位の勢い。
自分でもどこにこんな力が残っていたのかと思う。
こんなに自分の体は動けたのかと驚いてしまう。

動けるのならあとはもう、突っ込むしかない。
ゴールへと。

今までで一番重い、水をかく。
その水を最後の力を振り絞り、強くかく。
これが、最後の一かき。

その一瞬、視界がヒッキーをとらえた。

その姿は、僕と同時に壁に、ゴールに辿り着いた姿。

196名無しさん:2017/06/22(木) 00:26:28 ID:5qz469kY0
(;´・ω・`)「......ぶはっ!」


水から顔をあげ、空気を取り込む。
そして直ぐに電光掲示板を見る。
苦しいとか疲れたとかそんなことは忘れた。
そんなことはどうでもいい。

それよりも大切なことが、そこには表示されていた。


(;´・ω・`)「......ぜっ......ぜっ......」


(;-_-)「......はぁ......はぁ」


(;´・ω・`)「......」


(;-_-)「......」

197名無しさん:2017/06/22(木) 00:26:48 ID:5qz469kY0
(;-_-)「......なーにが苦手だよ、くっそはえーじゃん」


(;´・ω・`)「るせーよ、これでもマジで苦手なんだからいいだろ」


(;-_-)「ちぇっ......ぶち抜いて圧勝するつもりだったんだけどなぁ」


(;´・ω・`)「なめんな」


(;-_-)


(;´・ω・`)「......」


(;-_-)「......」


チラリと、もう一度電光掲示板を見る。
そこにはレースの順位とタイムが表示されていた。

198名無しさん:2017/06/22(木) 00:27:08 ID:5qz469kY0
(;´・ω・`)「......」


(;-_-)「......」


そこに表示された僕とヒッキーのタイム。
コンマ一秒、ただそれだけしか違わない記録。

まさにタッチの差。
本当に僅かで、でも決して覆ることのないその小さな差。


(;-_-)「......」


(´・ω・`)「......負けたよ、ヒッキー」


僕が負けたことがそこに映し出されていた。

199名無しさん:2017/06/22(木) 00:27:28 ID:5qz469kY0
負けてしまった。
あれほど意気込んでいたのに。
それもタッチの差で。


(´・ω・`)「......ヒッキー」


(-_-)「ん?」


だが、不思議と嫌な気分ではない。
確かに悔しいには悔しい。
だがそれ以上に、清々しいのだ。


(´・ω・`)「おめでと、速かったぜ」


だから自然とこんな言葉が出た。
お世辞ではなく本心。
心からそう思った。


(-_-)


(*-_-)「ショボンもな、速かったぜ」


二人で笑い合う。
確かに負けてしまった。
けど、出たタイムはベストタイム。
やりきってこの結果なんだ。
悔しいけど、悔いはない。

200名無しさん:2017/06/22(木) 00:27:49 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)「よし、今度は個人メドレーで勝負な。負けた方がなんか奢りで」


(;-_-)「ちょ、大人げねぇな!」


泳ぐのは辛かった。
あんなにバテバテだったんだから当然である。
負けたのは悔しかった。
あれだけ意気込んでいたのだから当然である。

だけど、それ以上に。
楽しかった。
楽しかったんだ。
負けてしまったのに、嫌いな泳ぎのはずなのにおかしな話だ。
だけど、本当に楽しかったんだ。

201名無しさん:2017/06/22(木) 00:28:11 ID:5qz469kY0
.........
......
...

ヒッキーとの勝負からかなり経った。
あの勝負が終わってから特に変わったことはない。
ただこれまでのように練習しただけ。

これまでのように泳いで、筋トレをして。
そんな毎日を何回も繰り返す。
嫌になることもあったがそれでも続ける。
今さら辞める方がなんとなく嫌な感じがしたから。

そして気がつけば7月。
今年も夏を迎えていた。

都校対抗戦記録会まであと、一月。
選考会が迫ってきていた。

202名無しさん:2017/06/22(木) 00:28:31 ID:5qz469kY0
(;-_-)「あー」


(´・ω・`)「どうしたのよ」


(;-_-)「どうしたって......お前、明日の選考会不安じゃないの?」


(´・ω・`)「個人メドレーstyle1のやつ僕以外ほとんどいないし」


(-_-)「そうだった......お前ボッチだったもんな。ごめん、本当にごめん」


(´・ω・`)「おう、やめろや」


(-_-)「ははっ」


(´・ω・`)「......正選手枠、微妙な感じなのか?」


(;-_-)「んー、多分いける気はするんだけど今年の一年の速いやつがstyle1がバタフライでさぁ」


(´・ω・`)「あー、一枠取られるの確実なのか」


(-_-)「そうなんだよ......」

203名無しさん:2017/06/22(木) 00:28:53 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)「でも他にバタフライで速いやつって誰いたっけ?」


(-_-)「とりあえずドクオくんは今年バタフライで出るみたいだからそれも確定」


(´・ω・`)「マジで?あと一枠しかないじゃん」


(;-_-)「だから不安になってるんだよぉ!」


(´・ω・`)「それで他に誰かいたっけ?」


(-_-)「......いる」


(´・ω・`)「?」


(-_-)「あいつ」


(´・ω・`)「......ああ」

204名無しさん:2017/06/22(木) 00:29:13 ID:5qz469kY0
ヒッキーが忌々しそうに言う。
あいつとしか言っていないが誰か直ぐにわかった。
バタフライが速くてそして、名前を呼ぶのすら嫌がられるやつなんてあいつしかいない。


(-_-)「......」


(´・ω・`)「......勝てよ」


(-_-)「おう」


一年前も同じような会話をしたことを思い出す。
あのヒッキーがあいつに惨敗した時のこと。
だが、あのときとは違う。
ヒッキーがあいつなんかに負けるわけがない。

205名無しさん:2017/06/22(木) 00:29:33 ID:5qz469kY0
嘘偽りなく、そう思う。
だがそれでもどこか、心の奥で突っかかる。
それが何でなのかは知っている。
あいつは天才なんだ。
僕が一度も勝ったことのない、天才。

確かに前の練習のとき、あいつはボロボロのように見えた。
それでもあいつがレースで負ける姿が想像できない。
僕の目に映るあいつはいつも勝者だったから。


(-_-)「ま、見てろよ。俺がぶちのめしてやるからよ」


(´・ω・`)「......ん」


ヒッキーならあいつに勝てる。
間違いなく、勝てると思う。
だけど、それはヒッキーの勝利なんだ。
僕の勝利じゃない。

それがとてももどかしい。
僕はあいつに勝てないんだ。

206名無しさん:2017/06/22(木) 00:29:55 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)「ちぇ」


(-_-)「?」


別にあいつに勝つためにやって来たわけではない。
それでも、あいつに負けっぱなしと言うのはなんとも腹立たしい。


(´・ω・`)「ヒッキー」


(-_-)「ん?」


(´・ω・`)「ぶっとばしてやれよ。もうボッコボッコにさ。負けたら許さねーぞ」


(;-_-)「お、おう?」


まあこの苛立ちはヒッキーに何とかしてもらうことにしよう。
応援なんて意味ないと言い続けてきた僕だけど。
このときは心の中でヒッキーを応援していた。

207名無しさん:2017/06/22(木) 00:30:15 ID:5qz469kY0
選考会当日。
今日で都校対抗戦記録会の正選手が決まるとあってか皆、少し緊張しているようである。
何だかんだで僕も少し、緊張しているのか何となく落ち着かない。

文句をいいながらも三年間泳いできたのだ。
これで最後の年に正選手になれませんでしたとなってしまったら悲惨としかいいようがない。
そんなことにはならないと思いつつもどこか不安になってしまう。

ああ、早く泳いでこんな不安を無くしたい。
そう思いつつ僕の出番を待つ。
選考会は人の多いクロールやら平泳ぎやらを最初に行い、人の少ない個人メドレーの選考はどうやら最後の方にやるようだ。
早く終わりたいのにこれはキツイ。

208名無しさん:2017/06/22(木) 00:30:36 ID:5qz469kY0
小さくため息をつきつつ、選考レースを眺める。
特にみたい選手もいるわけではないので一人、ストレッチなどをして時間を潰す。

一通りストレッチが終わった頃にようやく選考会も半分が終わった。
ちらりとプールの方を見てみるとどうやらそろそろバタフライの選考が始まるようでヒッキーがプールへと向かおうとしていた。


(´・ω・`)「よ、頑張れよ」


(-_-)「お、サンキュ」


軽くヒッキーに声をかけ、見送る。
見た感じ、かなりリラックスしてるようだ。
調子は万全、なのだろう。
これなら、絶対に勝てる。
そう感じさせられる。

209名無しさん:2017/06/22(木) 00:30:58 ID:5qz469kY0
一方のあいつはどうなのか気になり少し辺りを見渡す。
するとプールから離れたところに一人で体を動かしていた。
水着の上からジャージを着ておりあまりアップも終わっていないように見える。


(´・ω・`)(あれ?)


もう一度プールへと視線を戻す。
どうやらレースが始まるようで皆がスタート台に立ち、準備している。

だが、あいつは来ない。
ただ、体を動かしている。

(´・ω・`)「......」


ピッと笛の音が聞こえた。
バタフライの選考が始まった合図だ。
だけど、あいつは泳いでいない。


(´・ω・`)(今日は泳がないのか?)


そんな風にも考えたがすぐに違うと気づく。
泳ぐ気がないならいつもなら水着に着替えすらしないあいつがきがえているのだ。
つまり、何かで泳ぐ。
その何かとはなんなのか。

210名無しさん:2017/06/22(木) 00:31:18 ID:5qz469kY0
今日の選考で残された種目。
もう種目は少ない。
つまり、あいつが泳ぐのは。


( ´∀`)「次、個人メドレーの選考を行います。選手の人はプールへ」


(´・ω・`)


( ^ω^)


個人メドレー。
僕のstyle1。

211名無しさん:2017/06/22(木) 00:31:40 ID:5qz469kY0
負けるわけにはいかない。
負けたくない。
そして。

あいつに。
この男に。
ブーンに。

勝ちたい。
絶対に、勝つんだ。

212名無しさん:2017/06/22(木) 00:32:31 ID:5qz469kY0
再投下分終了
続きは早めに投下します

213名無しさん:2017/06/22(木) 00:34:12 ID:h0JvcrxM0
乙!ヒッキーかっこいいな!

214名無しさん:2017/06/22(木) 08:09:05 ID:BLdMb4EI0
読み返したけどやっぱり面白い

215名無しさん:2017/06/22(木) 08:28:19 ID:ykYASqIA0
乙乙

一気に読んでしまった。
がんばれしょぼん

216名無しさん:2017/06/22(木) 21:12:03 ID:5qz469kY0
ピッ、と短い笛の音が屋上に響く。
その音と共に僕たちはコースへと向かう。


(´・ω・`)


( ^ω^)


僕の横には、あいつがいる。
ずっと遠い存在だったはずのあいつが、ブーンが。
僕と肩を並べ、歩いている。
かつて決して追い付けないと思っていた相手。
そして今は、絶対に負けたくない相手。


(´・ω・`)「......」


あいつはすごい。
勝てる気なんて微塵もしなかった。
そもそも競うことすら考えてなかった。
遠い、別世界の人間だった。

今だってそうだ。
あいつは天才なんだ。
僕にはない才能を持っている。
僕がどんなに足掻いても手に入らないものを持っている。

未だに僕に負けるあいつなんて、想像できない。

217名無しさん:2017/06/22(木) 21:13:04 ID:5qz469kY0
(´-ω-`)「......それが、なんだってんだ」


目を閉じ、意識を集中させる。
負けるんじゃないかとか。
正選手になれないんじゃないかとか。
そんな余計なことは一切考えない。

僕が今したいこと。
僕の望み。

ただそれだけを考える。

ただ、勝利のことだけを考える。


(´・ω・`)(僕らしく、ないけどさ)


あいつを、倒したいんだ。

218名無しさん:2017/06/22(木) 21:14:23 ID:5qz469kY0
スタート台に立ち、プールを見つめる。
ゆらゆら揺れる水面に僕の顔が映った気がした。


(´・ω・`)「......ははっ」


その顔は、笑っていた。
小さくだけど、確かに、楽しそうに笑っていた。
そして気がつく。
今僕が、すごいワクワクしていることに。

今すぐ、泳ぎたくて仕方ない。
心の奥底から早く、早くと叫ぶ声が聞こえる。


『よーい......』


笛がなるまでの一秒にも満たない、なのに長いその静寂。
心臓の音がやたらうるさく感じられる。
試合前の不安で、押し潰されそうになる。
なのに、何故かそれが心地いい。
心の底から何かが沸き上がってくる。
それに呼応するように体が、そして心が熱くなる。

219名無しさん:2017/06/22(木) 21:15:05 ID:5qz469kY0
さあ、いこう。

戦いの始まりの音と共に、僕たちは水の中へと吸い込まれていく。

2分40秒。
短く、長い戦い。
僕とブーンの、最後の、そして最初の戦いが始まった。

220名無しさん:2017/06/22(木) 21:15:54 ID:5qz469kY0
水に飛び込み、ドロフィンキックをうつ。
個人メドレーの最初の種目はバタフライ。
僕の一番苦手な種目であり、そして。


(;´・ω・`)(......くっ!)


ブーンの、一番の得意種目である。

浮き上がり、ストロークを開始する。
だがこの時点でもう、差が出来始めていた。
飛び込みからの浮き上がり。
このような泳ぎとは少し離れた細かなテクニックは通常なら何度も練習し、積み重ねるものだ。
つまり、練習量が多い僕の方が有利なはずなのだ。

だというのに、あいつは僕の前にいる。
少しだが、確実に。
僕のさらに上を行っている。

221名無しさん:2017/06/22(木) 21:16:50 ID:5qz469kY0
(;´・ω・`)(やっぱりすげーよ、お前)


バタフライは波にいかに乗れるかの勝負。
ブーンは飛び込みからの勢いそのままに泳ぎ進めていく。
一掻き、一掻き力強く進んでいく。

これが、本当に練習をしてこなかったやつの泳ぎなのか。
僕がどんなに泳いでもその差は縮まらない。
それどころか、離れていく。


(´・ω・`)(......ちぇっ)


まあ、分かっていたことだ。
あいつはすごい。
僕と一緒の世界で考えてはいけない。
悔しいけど、仕方のないことだ。
昔からそういうのは諦めてきたこと。
ここが僕の、限界なのだ。

222名無しさん:2017/06/22(木) 21:17:47 ID:5qz469kY0
だが、勝負自体を諦めるつもりは更々ない。
僕が勝つために必要なこと。
バタフライは捨てる。
全部勝つことなんて無理だ。
だって僕なんだから。
とうに、勝てないなんてことは知ってる。
どうってことはない、ただ当たり前のこと。


(´・ω・`)(っと)


最初の25mがやって来る。
ようやく、なのか。
それとも、もうなのか。
それは良くわからない。
あいつはというと着実に僕との差を広げていた。

223名無しさん:2017/06/22(木) 21:18:44 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)(......)


負けていることに焦りはない。
いや、無理やり考えないようにする。
ここで飛ばしたところでまたヒッキーとの勝負の時みたいにバテるだけだ。
今はまだ、我慢だ。
腕に力が入りそうになるのを、必死に我慢する。

ただひたすら、無心で前へ泳ぐ。
前へ、前へ。
勝つために。
僕の泳ぎを、僕に出来る泳ぎをする。

気がつけば差は5m。
かなり、はっきりと離されていた。
だがそれもここまで。
50mの折り返し。
壁にタッチし、体を反転させる。
第二種目、背泳ぎ。
ここからが、本番だ。

224名無しさん:2017/06/22(木) 21:19:32 ID:rtmGPFBY0

読んだ事無かったけど凄いイイ

225名無しさん:2017/06/22(木) 21:19:39 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)(......っ!)


我慢はここまでというように水を思いっきりかく。
腕に力を込め、目一杯の水をかく。
一掻き、また一掻き。
しっかりと水を捉え、進んでいく。
今日は、いい。
手に感じる水の感覚がいい。
手に感じるずっしりとした水の重さが、僕を前へ進んでいることを実感させてくれる。

一掻き、また一掻きと重い水を掴む。
昔の僕には出来ない、今の僕の泳ぎ。
この水の重さは、僕が成長した証。

僕が積み重ねてきた、三年間の証だ。

226名無しさん:2017/06/22(木) 21:20:43 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)(......!)


再び体を反転し、100mを泳ぎ終える。
もう、競技も半分である。
とても早く感じるのは僕が速くなったからか、それとも勝負だからか。
わからないがもう、あと半分だ。
それで、勝負が決まる。
目をちらりと横に向けると、そこにはあいつがいた。


(´・ω・`)(......っし!)


捉えた。
あれだけ離されていたのにもう、すぐそこにあいつがいる。
勝てないと思っていた、遠かった背中がそこに見えていた。

227名無しさん:2017/06/22(木) 21:21:48 ID:5qz469kY0
手はまだ、水を掴めている。
重い、遠くの水をしっかりと。
そしてその一掻き一掻きはあいつとの差をどんどんと縮めていく。

腕に力を込め、がむしゃらに泳いでいく。
我ながら、センスのない、汚い泳ぎ方だ。
だけど、それで構わない。
どんなに汚いフォームでも、これが僕が積み重ねてきた泳ぎなのだ。


(;´・ω・`)(......ぶち抜く!)


バシャバシャと必死に、みっともなく、汚く泳ぐ。
速く、一秒でもあいつより速く泳ぐために。
僕の出来る、僕のやってきた泳ぎをする。
フォームなんて、知ったこっちゃない。

嫌々やってきた筋トレの毎日。
だが続けてきたおかげか、筋肉がつき無茶な泳ぎも出来るようになった。
ここでそれをぶつける。
どんな形であっても、これが僕の完成形。
そして、これが僕の最大限。

228名無しさん:2017/06/22(木) 21:22:52 ID:5qz469kY0
(;´・ω・`)(......負けて、たまるかよ!)


気がつけば頭のなかはアイツへの対抗心で埋め尽くされていた。
あいつは天才だから僕なんかより本当は速いとかそんなことは分かってる。
だけど、それでも。


(;´・ω・`)(負けたく、ねぇ!)


胸の奥からどんどんと沸いてくる、この気持ち。
それに比例するかのように手のかくスピードは上がっていく。
負けたくない。
だってここで負けたら。
負けてしまったら。

そして、ふと気がついた。
なぜ僕は、こんなにも負けたくないんだろうかと。

この気持ちは、なんだろうか。
いつも負けても構わないと思っていたはずだ。
あいつは速いんだから。
勝ちたいというのは分かる。
天才を、僕みたいのが倒すなんて、夢のような話だ。

229名無しさん:2017/06/22(木) 21:23:44 ID:5qz469kY0
だけど、どうしてこんなにも負けたくないのだろうか。
勝てなくて、当たり前なのに。
スタートラインが違うのだから。
そんな不公平なレースに負けたところで、いいはずなのに。


(;´・ω・`)(......だからなんなんだよ)


分からない。
けど、ただ分かる。
負けたら、なんかむかつく。
ああ、これでいいじゃないか。
負けるとむかつくから勝ちたい。
なんて単純なんだ。
だけど、それでいい。
今は、それで。

ただ、勝とう。

230名無しさん:2017/06/22(木) 21:24:41 ID:5qz469kY0
最後の50m。
気がつけばあいつはすぐ横にいる。
正真正銘の最後の勝負だ。
思い出すのも嫌になるような練習の日々を思い出す。
そこで学んだことを全てを注ぎ込む。
何度も先輩にグチグチ言われた浮き上がり。
コーチに何度も直された肘の上げ方。
何度も痛め尽くした筋肉を酷使して。

気がつけばもう、前しか見ていなかった。
僕の視界から、あいつは消えた。
ただ、水を、先のゴールを。
それだけを見つめ、泳ぐ。

無心に近かった。
ただ、ひたすらに泳ぐ。
あれだけだらだらと考えていたのが嘘のように、無。
感じるのは腕の疲れと、それを冷やすかのような水の冷たさ。
それがとても、気持ちいい。

231名無しさん:2017/06/22(木) 21:25:49 ID:5qz469kY0
残り、5m。
最後の赤いラインを通過する。
そのラインを見た瞬間、条件反射のように腕の掻きが速くなる。
自分でもこれだけの力が残っていたのかと、驚かされるほどだ。
そして、意識せずして出たそれは、まさに僕の練習の成果、なのだろう。

最後の一掻き。
目一杯体を伸ばし、壁へ、ゴールへと手を伸ばす。
今までのどんな一掻きよりも力強く、そして、汚く掻いた。


(;´・ω・`)「......っはぁ!」


指が壁に触れるのと同時に顔をあげる。
乱れた息を整えつつ、ふと、隣のコースが視界に入る。
そこには今、ゴールしたアイツの姿があった。
つまり、それが意味するのは。

232名無しさん:2017/06/22(木) 21:26:32 ID:5qz469kY0
(;´・ω・`)「......」


(; ^ω^)「......」


ほんの少しの時間、見つめあう。
互いに何も言わない。
ただ、ひたすらに無言。
ただ、お互いの表情を見つめあう。

あいつは、一体何を考えてるのだろうか。
だって、おかしい。
なんで、あいつがあんな。


(*-_-)「ショボン!やったなおい!」


(;´・ω・`)「うわっ!?」

233名無しさん:2017/06/22(木) 21:27:08 ID:5qz469kY0
急に後ろから声をかけられ、驚き振り向くとヒッキーがいた。
あいつが負けたのがよほど嬉しいのか少し興奮気味に話しかけてくる。


(*-_-)「いやー、初めはハラハラしたけどさ、良かったぜ!圧勝だったじゃん!流石だったぜ!」


(´・ω・`)「......まぁ」


(-_-)「......どうかしたのか?」


(´・ω・`)「......なんでもない」


ちらり、と再びアイツの方を見てみる。
どうやらあいつも、もう僕のことを見ていなかったらしい。
そこにはもう、あいつはいなかった。

234名無しさん:2017/06/22(木) 21:31:31 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)「......」


まるで逃げるようにいなくなったあいつ。
思い出したのは去年のヒッキー。
あの、あいつに負けたときのあのとき。


(´・ω・`)(......確かあのとき、ヒッキーが行ったのは)


(-_-)「ショボン?」


(´・ω・`)「......悪い、疲れたしシャワー行ってくる」


(-_-)「あ、すまん」


(´・ω・`)「いや......」


プールから上がり、シャワー室へ向かう。
あいつは今、一人になろうと思っているはず。

それなら多分、いや、恐らく。

あいつは、ここにいる。

235名無しさん:2017/06/22(木) 21:34:06 ID:5qz469kY0
(´・ω・`)「......あ」


シャワー室に入ると、奥から水の流れる音がしていた。
やはり、というべきか。
どうやらあいつは、一番奥にいるようだ。
向こうから見えないように、こっそりと中を覗きこむ。


(  ω )「......」


シャワーの水に無言で打たれる男がそこにはいた。
その男の姿はまるで、泣いているように見えた。
流れ落ちる水はまるで、涙のようだった。

そんなこと、あるはずはないのに。

236名無しさん:2017/06/22(木) 21:34:56 ID:5qz469kY0
だって、練習をサボってきたはずだ。
あんなに、泳ぐことを嫌がっていたのだ。
なら、そんなに悔しがることは、ないはずじゃないか。


(´-ω-`)「......」


分からない。
あいつのことが、分からない。
けど2つ、分かったことがある。
一つは今日のあいつは本気だったこと。

そしてもう一つは。


(´・ω・`)「......っしゃ」


僕は、本当にあいつに、勝てたということ。
その事実に僕は、誰にも見られないようにガッツポーズをした。

237名無しさん:2017/06/22(木) 21:36:53 ID:5qz469kY0
今日はおしまい
一年ぶりの続きの投下なのに短い

238名無しさん:2017/06/22(木) 21:43:49 ID:fowWnQC60
っしゃ!!乙

239名無しさん:2017/06/22(木) 23:28:09 ID:lGfHSms20
ブーンの気持ちがわかる気がするのが複雑だ
慢心してたからこそ負けてショックだったんだろうな

240名無しさん:2017/07/06(木) 17:27:54 ID:FkHRI.8U0
昔の俺とブーンが重なる…………。

241名無しさん:2017/07/15(土) 03:14:14 ID:myDS9uw60
そして、8月。
最後の夏がやってきた。
この会場にやってくるのも何回目だろうか。
いくつもの大会を、この三年間、ここで泳いできた。
だからもう、慣れているはずなのに。
なのになぜ、こんなにも口が渇くのだろうか。
多分、夏の暑さだけではない。

体が震える。
体が強ばっている。
緊張、しているのだろうか。

242名無しさん:2017/07/15(土) 03:15:07 ID:myDS9uw60
(´・ω・`)(......)


ストレッチをしながら、会場を見上げる。
ここで泳ぐのも、今日で最後だろう。
そう思うと、何だか不思議な気分になる。
あれだけ何度も嫌な思い出があるはずの場所なのに。
もう、ここで泳げないと考えると少し、寂しいような、そんな感じ。


(´・ω・`)「ふぅ......」


この三年間は、とても短かったような気がする。
変な話だ。
あれだけ長く苦しい練習だったのに、今思い返せばとても短い。
懐かしい気もするし、つい先ほどのような気もする。
なんだか、不思議な感覚。
いい思い出ではないはずなのに、何度も思い出したくなるような。
よく、分からない気持ちだ。

243名無しさん:2017/07/15(土) 03:15:33 ID:myDS9uw60
(,,゚Д゚)「おい、ショボン!」


(´・ω・`)「あ、うっす」


(;,,゚Д゚)「今日のレースの組、見たか?」


(´・ω・`)「?いえ、まだ」


(,,゚Д゚)「そうか......ならこれ」


(´・ω・`)「?」


いきなり先輩に話しかけられたと思ったら、プログラムを手渡される。
一体、どうしたのだろうか。
適当にパラパラとページをめぐり、自分の名前を探してみる。
そして、個人メドレーのページに辿り着くとその原因がわかった。

244名無しさん:2017/07/15(土) 03:16:00 ID:myDS9uw60
多い。
去年より、2レース多い。
今年の参加人数、75人。
過去、最高レベルの参加人数である。


(´・ω・`)「......」


(;,,゚Д゚)「まさかここまで激化するとは思わなかったな......」


(´・ω・`)「......ですね」


(,,゚Д゚)b「ま、頑張れ!序盤から全力でいけばいけるって!こういう大会はいつもの自己ベストより数段速くなるもんだからな!」


(´・ω・`)「はははっ......すね」


それは他の参加者も同じだろうと思いつつ、もう一度プログラムに目を落とす。
レースの順番、コース的に、僕の参加時のタイムでの順位を考える。
8レース目の6コース。
最後から三番目のレースの、真ん中から少しはずれたコース。
贔屓目に見て大体、20位くらい、だろうか。

245名無しさん:2017/07/15(土) 03:16:24 ID:myDS9uw60
(´・ω・`)(......)


まあ、それがどうしたと言う話だ。
騒いだところで、時間が巻き戻るわけでもないし人が減るわけでもない。
負ける可能性が高いと分かってたとしても泳ぐしか、ないわけだ。


(´-ω-`)(......)


しかし、不思議な物だ。
まだ、心臓の音がうるさい。
そして、目を閉じて浮かぶのは、校旗に身を包んだ僕の姿。
まるで、それがすぐそこにあるかのように浮かび上がる。

プログラムを見てわかっている。
その光景は、遠い。
期待したって意味無いと、このプールで二度も学んだはずなのに。
だけど、それでも、僕らしくないけれど。


(´・ω・`)「......頑張るしか、ないな」


まだ、諦めきれなかった。

246名無しさん:2017/07/15(土) 03:16:56 ID:myDS9uw60
こうして、最後の夏、最後の大会が始まった。

大会が始まるとすぐ、応援席は見慣れた光景となっていた。
まあ、当たり前か。
蒸し暑いなか、大声で応援していれば、誰だって死ぬ。
慣れてなければより、だ。
今年もいつも通りと言うべきか、応援で力尽きるものがちらほら見える。

そして、またこれもいつも通りと言うべきなのかなんなのか。
どこを見渡してもある男の姿が見つからない。
そいつの種目はまだまだ先だと言うのに。
まあ、つまりなんと言うか。
まさに、いつも通りと言うことだろう。

247名無しさん:2017/07/15(土) 03:17:25 ID:myDS9uw60
先ほど先輩に手渡されたプログラムに目を落とす。
僕の出番はもう少し先。
さて、それまで何をしようかと悩んでいると、ヒッキーが立ち上がるのが見えた。


(-_-)「......」


(´・ω・`)「ん?ヒッキー?アップ?」


(-_-)「え、あ、うん」


(´・ω・`)「まだ早くないか?」


(-_-)「......なんか落ち着かなくて」


(´・ω・`)「......そっか」

248名無しさん:2017/07/15(土) 03:17:47 ID:myDS9uw60
(-_-)「......個ンメ今年、激戦らしいじゃん」


(´・ω・`)「ん、残念ながらね。そっちは?」


(-_-)「例年通りかな......ま、今までの自己ベじゃキツいのには代わりないけど」


(´・ω・`)「......頑張れよ」


(-_-)「そっちもな」


小さく笑いあう。
緊張しているのか、とてもひきつった笑顔だ。
多分、お互いに分かってるんだ。
勝つ確率が、限りなく低いことは。

249名無しさん:2017/07/15(土) 03:18:12 ID:myDS9uw60
でも、期待してしまう。
あれだけ頑張ったヒッキーならそれも乗り越えてしまうのではないかと。
勝ってもおかしくない、いや、勝たないとおかしいと思ってしまう。
ヒッキーは、誰よりも頑張ってきたんだから。


(´・ω・`)(......)


なら、僕はどうだ?
僕は、頑張ってきたのだろうか。
皆に、勝ってもおかしくないと思われるくらいに、なれたのだろうか。

250名無しさん:2017/07/15(土) 03:18:33 ID:myDS9uw60
それから何人かの応援を適当に流しつつ、僕の出番を待つ。
まだ時間はあるのだが、なんだか落ち着かない。
多分、ヒッキーも同じ気持ちだったのだろう。
僕もヒッキーにならって早めにアップに向かおうかどうか悩んでいると、大会のプログラムはバタフライに突入していた。


(´・ω・`)「......っと」


一瞬、アップに向かおうとしていた体を抑え、席にもどる。
これだけ、この種目だけは見ておきたい。
いや種目というより、ヒッキーをだが。
他の人のレースはどうでも良かったが、このレースだけは、見ておきたい。

251名無しさん:2017/07/15(土) 03:19:20 ID:myDS9uw60
「......続いて第9レース、第一コース ヒッキー君 ○○高校」


ヒッキーのレースは9レース目、最後から三番目のレース。
つまり、状況は全く僕と同じのようだ。


(-_-)「......」


試合前の最後のストレッチか、大きく腕を回す。
その動きに、固さはない。
遠くからで顔は良くは見えないが、どうやらもう緊張はしてないらしい。


(´・ω・`)「......頑張れぇ!」


気がつくと、僕はヒッキーを応援していた。
今までで一番、大きな声で。
これまで意味ないとか散々思ってきたが、声を出さずにはいられなかった。
声が届いてるかは分からないけど。
出せる限りの声を出す。
心から、応援する。

速く、速く、速く、と。
勝て、勝て、勝て、と

252名無しさん:2017/07/15(土) 03:19:42 ID:myDS9uw60
溢れてくる言葉をそのまま、声に出す。
喉が痛いとかそんなこと、気にならない。

そして、その応援を遮るように、笛が短く鳴らされる。
いよいよ、始まるのだ。


「よーい......」


その声に、先ほどの応援が嘘のように静まりかえる。
たった1秒くらいの、短い静寂。
勝負前の緊張感が漂う、世界で一番長い1秒。
誰もが息をのみ、その時を待つ。

......ピッ!

会場に電子的な音がなり響き、続いて水に飛び込む音が響く。
戦いが、始まった。

253名無しさん:2017/07/15(土) 03:20:04 ID:myDS9uw60
出だしは皆、並んでいた。
飛び込みから浮き上がりに至るまで、誰一人として遅れることなく、並ぶ。
ヒッキーも例外なく、皆がほぼ、同じ速さであった。
そして、その後の泳ぎでも、差は生まれない。
まるで皆がシンクロしているかのように、並んでいた。

負けていない。
高校から水泳を初めたヒッキーが。
決勝に近い選手たちと肩を並べ、泳いでいる。
彼が3年前まで、初心者だったことなど、その泳ぎを見て分かる者はいないだろう。
それくらいに、その泳ぎはお手本のようにキレイで。
そして、速い。

254名無しさん:2017/07/15(土) 03:20:25 ID:myDS9uw60
だがそれでも、並んでは、ダメ。
決勝に出るためには、勝たなくてはいけない。
だが、25mの折り返しに入っても、差はつかない。
ラップタイムは自己ベストを上回る好ペース。
だが、無理をしているようには見えない。
つまり、最高の泳ぎ。

だが、それでも。
周りに勝つまでには至らない。
しかし負けるわけでもなく、ただ、並ぶ。
何とももどかしい時間が、続いてく。


(#´・ω・`)「勝てぇ!!」


そのもどかしさのせいなのか、気がつけば叫んでいた。
だが、その叫びでヒッキーが速くなることも、周りが遅くなることもない。
無駄なことは分かってる。
でも、このもどかしさ。
叫ばずには、いられない。

255名無しさん:2017/07/15(土) 03:21:07 ID:myDS9uw60
8人、誰一人として欠けることなく50mが終わる。
レースは中盤。
疲れやすいバタフライ。
体力の差が出てくる頃。


(;´・ω・`)「っ!」


ついに、均衡が破られた。
最初に脱落したのは第八コース。
ターン前に力尽きたのか、ターン後、浮き上がりから遅れ出す。
そして、それに釣られるかのように、レースは動き出す。
また一人、また一人と遅くなり、トップと離れていく。

256名無しさん:2017/07/15(土) 03:21:29 ID:myDS9uw60
(;´・ω・`)「......」


そんななか、ヒッキーは食らい付いていた。
ほんの少し、トップの方が速いが、それでもその泳ぎに付いていっている。

でも、それじゃあダメだ。
勝て、勝たないと。
抜かないと。
トップじゃないと。
まだあと、2レース。
16人も、いるのだ。
それも、どいつも速い。
ここで負けてたらもう、可能性なんて、ほぼ0だ。

頼む、頼むから。
どうか、ヒッキーを。
勝たせてくれ。
神様とか、仏様とか。
もう誰でもいいから。
あんなに、頑張ってたんだ。
誰よりも遅かったのに、誰よりも努力した。
だからもう、いいじゃないか。
だって、これで勝てないなら。
もう、どうしようもないじゃないか。

257名無しさん:2017/07/15(土) 03:23:36 ID:myDS9uw60
(;´・ω・`)「あっ......」


だが、その祈りは届かない。
ヒッキーは決して、後半に落ちるタイプじゃない。
むしろ、後半に強いタイプ。
だというのに、ズルズルとトップ集団から離される。

ここからでも、必死に泳いでいるのが伝わってくる。
だが、それでも。
ヒッキーは、そこまでだった。

一度ついた差は縮まることはなく。
それどころか広まっていき。
気づいたときにはレースはそのまま、終わりを迎えた。

258名無しさん:2017/07/15(土) 03:23:58 ID:myDS9uw60
電光掲示板に表示されたタイムは、ベストタイムだった。
ヒッキーが泳いできた中でもっとも、いい泳ぎをした証。
僕なんかではもう、決して勝てない位に速い。
だが、そのタイムでは。
このタイムでは、夢を掴めない。
ベストなのに、最悪なタイム。


(;´・ω・`)「......」


僕は居ても立ってもいられなくなり、急いでサブプールへ向かう。
ヒッキーに、一秒でも早く会うために。
会ってどうするとかは全く分からない。
ただ、気がつけば体がそこへ、向かっていた。

259名無しさん:2017/07/15(土) 03:24:30 ID:myDS9uw60
サブプールへ着くとメインプールから歓声が上がった。
どうやら、プールへ向かう間にバタフライのレースが終わったらしい。
ちらりと電光掲示板に目を向けるとそこには決勝へ進む、16人の名前が出ていた。


(´・ω・`)「......」


何度見ても、そこには、名前がなかった。
あのレースの結果を見て、分かりきったことだったが、それでも受け入れられない。
だって、あんなにも、あんなにも努力をしてきたやつが認められないなんて。
そんなは絶対に、おかしいじゃないか。


(-_-)「......あ」


(´・ω・`)「......あ」


視線を戻すと、そこにはヒッキーがいた。
ヒッキーに会いに来た訳だから喜べばいいのだが、生憎、何も考えずに来てしまったせいで何を言っていいか全く分からない。

260名無しさん:2017/07/15(土) 03:24:51 ID:myDS9uw60
頑張ったねと努力を称えるべきか、それとも残念だったねと慰めるべきなのか。
はたまた両方間違いなのか。
全く分からない。
なんて言葉をかければいいのか、分からない。


(´・ω・`)「......ヒッキー、あのさ、その」


(-_-)「......へへっ」


(´・ω・`)「え?」


どうしても言葉が見つからず、どうにかして声を出そうとしたその時、ヒッキーの笑い声が聞こえた。
一瞬、聞き間違いかと思ったが、すぐに聞き間違いなどではないことがわかった。
理由は簡単。
顔が、笑っていたから。

261名無しさん:2017/07/15(土) 03:25:12 ID:myDS9uw60
(*-_-)「おい、見たかよ俺の泳ぎ!」


(´・ω・`)「え、あ、あぁ」


(*-_-)「俺さ!A決勝へ出たやつと75位までさ、並んで泳いでたぜ!?ヤバくないか!?」


(´・ω・`)「そ、そうなの?」


(*-_-)「ああ!ほら、一番早かったやつ!ギリギリA決勝ラインだったっぽくってさ!今年はA決勝B決勝接戦だったみたいでよ!」


(´・ω・`)「......ヒッキー」


空元気、なのだろうか。
いやでも、本当に笑っているようにも見える。
だが、もしそうなら、理由が分からない。
どうして、笑っているんだろうか。

262名無しさん:2017/07/15(土) 03:25:44 ID:myDS9uw60
(-_-)「決勝へは出れなかったけどよ、初心者だった俺がさ、ここまで泳げるようになるなんて思わなかったよ」


(´・ω・`)「......だな。僕より速いしな」


(-_-)「バタフライ限定だけどな。でも......嬉しいわ」


(´・ω・`)「え?」


(-_-)「レースには負けちまったけどさ。最後に最高の泳ぎもできて、はえーやつと肩並べてさ......負けたのは悔しいし、泣きてーけど......楽しかったよ。俺でも頑張ればここまでやれるんだって」


(´・ω・`)「......」


(-_-)「俺はもう、やれることやって満足したよ。だから、さ」

263名無しさん:2017/07/15(土) 03:26:08 ID:myDS9uw60





(-_-)「勝つのは、任せたぜ」





.

264名無しさん:2017/07/15(土) 03:26:30 ID:myDS9uw60
.........
......
...


(´・ω・`)「......」


サブプールで一人、アップをしながら先ほどのことを思い出す。
勝つのは任せた、とヒッキーに言われたことを。


(´・ω・`)(......)


思い出す度に、心臓の鼓動が早くなる。
体が、熱くなる。

勝てるのだろうか、僕は。
相手は、強い。
誰よりも頑張ったヒッキーが越えられなかった壁。
それを僕が、僕なんかが乗り越えられるのか。

265名無しさん:2017/07/15(土) 03:26:54 ID:myDS9uw60
勝つことを、諦めたわけじゃない。
今日が始まってから僕はずっと、勝ちたいと思ってきていた。
だから、ヒッキーに言われるまでもなく、勝ちたいと思っていた。
だがそれでも。
いざ試合が近づくと、不安がまるで体を蝕むように固くする。


(;´・ω・`)「......ダメだ」


このままでは泳ぐどころではないとプールから上がる。
まずはこの体を解さなくては。
そう考え、ストレッチを行うべく、ストレッチように作られたスペースへと向かう。
一人でやれるストレッチはたかがしれている。
できたら誰かの手を借りたいところ。
もしかしたら誰かいるかもと辺りを見渡してみる。

266名無しさん:2017/07/15(土) 03:27:31 ID:myDS9uw60
(´・ω・`)「......あ」


そして、一人見つけた。
よく見知った男の顔だ。
確かに考えてみればあいつがいるとすればここだった。
応援席におらず、泳ぐ気もないのなら。
ここ以上に最適な場所はない。

僕たちの学校のストレッチスペース。
横になってもいいようにとしかれたマットの上。
そこの上に寝そべる一人の男。
ブーンがそこにいた。

さて、どうしたものかと考える。
他には人もいない。
だが、あいつに頼めるわけもない。
どうせ頼んだところでやってくれないだろうし。
そもそも場所的にあいつがいない他のところでストレッチをした方がマシかもしれない。

267名無しさん:2017/07/15(土) 03:28:02 ID:myDS9uw60
ならばと体を翻し、他の場所へ向かおうとしたその時。


( ^ω^)「......なぁ」


(´・ω・`)「え?」


あいつから、話しかけてきた。
いつ以来だろうか。
ブーンに話しかけられるのは。
全く、検討もつかない。
それくらいに、昔のことだ。
そんなやつが、一体。


(´・ω・`)「......なんだよ」


( ^ω^)「ストレッチだろ?」


(´・ω・`)「......まぁ、そうだけど。それが?」


( ^ω^)「......こいよ」


(´・ω・`)「は?」

268名無しさん:2017/07/15(土) 03:28:22 ID:myDS9uw60
( ^ω^)「ほら、ここ」


(´・ω・`)「え?」


ブーンがマットを指差し、僕を呼ぶ。
一瞬思考が固まり、何をしてるのか分からなかった。
その行動があまりに意外すぎたから。
だって、まさかこいつが。


( ^ω^)「ついでにマッサージもしてやるお」


自分から、くるだなんて思ってもみなかったから。

269名無しさん:2017/07/15(土) 03:29:01 ID:myDS9uw60
( ^ω^)「......だいぶ、凝ってるおね」


(´・ω・`)「......まぁ」


結局僕は、こいつのストレッチを受けることにした。
だが受けてみると意外と、上手い。
流石は練習せずに、マネージャーの仕事の手伝いをしていただけのことはある。


( ^ω^)「......緊張してるのかお?」


(´・ω・`)「......」


( ^ω^)「......」


ブーンが僕に質問してくる。
だが、そんなものに答える気はない。

270名無しさん:2017/07/15(土) 03:29:36 ID:myDS9uw60
( ^ω^)「......」


(´・ω・`)「......」


( ^ω^)「......僕たちさ」


(´・ω・`)「......?」


( ^ω^)「ライバル、だったおね」


(´・ω・`)「......」


( ^ω^)「今でも、僕はそう思ってるお」


(´・ω・`)(......ライバル、か)

271名無しさん:2017/07/15(土) 03:29:56 ID:myDS9uw60
そういえば入部したとき、そんなことを言っていた気がする。
一方的に決められただけだけど。
でも、確かに言われてみるとこの三年間、ずっとこいつと争っていたような気がする。
こいつに勝つために、泳いでいた気がする。
こいつを目標に、泳いでいた気がする。
知らぬ間に、本当にライバルになっていたんだ。


(´・ω・`)「......僕にぼろ負けだったけどね」


だが、それを認めるのはなんかイヤで。
つい、そんなことを言ってしまった。

272名無しさん:2017/07/15(土) 03:30:28 ID:myDS9uw60
( ^ω^)「おっおっお、そうだお。ぼろ負けだったおね」


(´・ω・`)「......」


( ^ω^)「......僕を、負かしたんだお」


声が、震えていた。
うつ伏せの僕には、ブーンの顔が見えない。
だけど、わかる。


(´・ω・`)「泣いてるのかよ」


(  ω )「......う、うるせぇお!」


(´・ω・`)「......」


(  ω )「......ぜってぇ」


(´・ω・`)「?」


(  ω )「......ぜってぇ勝てお。負けるなお」

273名無しさん:2017/07/15(土) 03:30:53 ID:myDS9uw60
マッサージの力が強くなる。
こいつは今、何を考えてるのか。
元からこいつのことはよく分からない。
だけど、分かることがひとつ、増えた。

こいつも、僕と同じだ。

負けたら悔しいし、本当は、勝ちたかったんだ。


(  ω )「......勝てお......ぜってぇ」


(´・ω・`)「......お前に言われなくても、勝つつもりだったよ」


(  ω )「......」


(´・ω・`)「......ストレッチ、ありがとな」


そういい、立ち上がる。
決してブーンの方は見ない。
多分、あいつも、見てほしくないだろうから。

274名無しさん:2017/07/15(土) 03:31:16 ID:myDS9uw60
後ろは見ず、メインプールへと向かっていく。
目指すは戦場。
僕の、最後の泳ぎをする舞台へ。


(´・ω・`)(......あれ?)


そしてその途中、あることに気がつく。
肩が、軽い。
先ほどまであれほどガチガチだったのが信じられないほどである。
肩だけではなく、全身至るところが軽い。


(´・ω・`)(......サンキュー)


声には出さず、心の中で感謝する。
声に出すのは、少し、恥ずかしいから。
あいつに感謝の言葉を言うのは何となく、嫌だから。
でも、心の中では深く、深く感謝する。
あいつのおかげで、戦えそうだ。

275名無しさん:2017/07/15(土) 03:31:59 ID:myDS9uw60
足取りは軽い。
体はいい感じに出来上がっている。
気分も上々。

いける。
勝てる。
やれる。
泳げる。

自信が、みなぎってくる。

決戦まであと、30分程度だろうか。
緊張はもちろんしている。
だが、その緊張が、心地よい。
先ほどまで、あんなに固くなり、不快だったのが嘘のようだ。

果てには今泳げば、確実にベストが出せる。
そんな意味不明な自信まで沸いてくる。

こんな気持ち、初めてだ。
いつも、負けるとかそんなことばかり考えている僕が。
勝つことだけを考えている。

この僕は、一体誰なんだ?

水に映る僕は、知らない男だった。
自信に満ち溢れた、一人の水泳選手がそこにいる。
二人の想いを背負った、一人の男がそこにいる。
僕の憧れた遠い世界の僕が、そこにいた。

276名無しさん:2017/07/15(土) 03:32:20 ID:myDS9uw60
レースの召集が始まった。
周りには緊張した面持ちの、個人メドレーを泳ぐであろう選手たちが集まっていた。
そんな彼らの顔を見て、感じる。
負ける気がしない、と。

一つ、また一つとレースが消化されていく。
少しずつ、僕の出番が近づいてくる。
その、少しずつというのがもどかしい。
今、すぐにでも泳ぎたいというのに。
不思議なものだ。
もう練習のときはあれだけもう泳ぎたくないと考えていたのに。
ただただ今は、泳ぎたい。

277名無しさん:2017/07/15(土) 03:32:42 ID:myDS9uw60
そして、ついに。


「次のレースの人達はコースに入ってください」


僕の出番がきた。
ついに、ついにきた。
心臓の音がうるさいくらいに大きくなる。
初めての感覚。
よく、分からないこの高揚感。
心地いいような、それでいて緊張してしまっているような。
なんだかよく分からない、そんな感覚。

そんな僕を包み込むかのように、会場はこれから泳ぐ人たちの応援で包まれる。
僕を応援する声も、ちゃんと聞こえている。
多分、もうプログラムの後半だからだろうか。
朝より声が小さく、恐らく今年の一年たちが力尽きたのだろう。
そんな容易に想像できる応援席の今を思い浮かべ、小さく笑い、スタート台へと向かっていく。

278名無しさん:2017/07/15(土) 03:33:06 ID:myDS9uw60
そのときだった。




「しょぼんーーーー!!がんばれぇええええええええ!!」




会場に、誰よりも大きく、そして、心のこもった声が響きわたった。

279名無しさん:2017/07/15(土) 03:33:32 ID:myDS9uw60
その声は、僕のよく知った声だった。
だからこそ、驚く。
思わず応援席の方へ振り返り、声の主を探してしまう。


(# ^ω^)「ぜってぇ勝てぇええええええええ!!しょぼんーーーー!!!」


そこに、絶叫するかのごとく、大声を出すブーンがいた。

280名無しさん:2017/07/15(土) 03:34:00 ID:myDS9uw60
信じられない光景だった。
今まで一度たりとも、あそこで声を出したことがなかったあいつが、誰よりも大きな声で僕を応援しているのだ。


(# ^ω^)「しょぼんーーーー!!がんばれぇええええええええ!しょぼんーーーー!!」


その声は、一度だけではない。
何度も、何度も繰り返す。
周りの応援をかき消すかのごとく。
腹の底、心の底から声を出していた。


(# ^ω^)「がんばれぇええええええええ!がんばれぇええええええええ!いけええええええええええ!!」


(´・ω・`)「......ははっ」


思わず、笑ってしまった。
あいつもあんなに必死な顔をできるなんて知らなかったから。
あんなにも大きな声を出せるなんて知らなかったから。

そして。

こんなにも、応援が僕に力をくれるだなんて知らなかったから。

281名無しさん:2017/07/15(土) 03:34:45 ID:myDS9uw60
スタート台に立ち、合図を待つ。
その時ふと、今までのことが思い返された。

振り替えると、練習が辛かったり、レースに負けたり、散々なことばかりが思い出される。
今更だが、よくやめなかったものだと思う。

そして、考える。
どうして僕は、やめなかったのだろうか。

振り替えれば辛い記憶ばかり。
だけどそれは、全てが僕に繋がり、そして、今に繋がっている。
今のこの僕に。
この、瞬間のために。

この、最高に、楽しい時間のために。

282名無しさん:2017/07/15(土) 03:35:07 ID:myDS9uw60
そう、この、泳ぎたくて、泳ぎたくて仕方がない、この気持ち。
これが、理由なんだ。

ああ、そうだったのか。
ようやく、今さらになってわかった。
あんなに苦しくて、辛くて、勝てないとわかってて。
それでも辞めなかった、いや、辞めれなかった理由。

僕は、こんなに、泳ぐのが好きだったんだ。

283名無しさん:2017/07/15(土) 03:35:34 ID:myDS9uw60
この三年間のことを思い出す。
辛いことが沢山あったはずなのに、今思い出すといい思い出に思えるのは何故なんだろうか。

決して、いい高校生活ではなかったと思う。
漫画とかにあるような青春なんてなかった。
あったのはもっと暗い、もっと現実的な普通の世界。

でも、それでも思い出される光景はみんな綺麗で。
辛かったはずなのにもう一度、やり直したいと思ってしまう。

僕の過ごした三年間。
いい青春、なんかではなかった。
嫌な思い出も沢山ある。
だから、この記憶を色で表すなら青みたいな澄んだ色なんかじゃない。
もっと、黒く、暗い色。

でも、それが綺麗で。
そして目を閉じれば思い出されるその色。
僕の記憶の色。
その色は。

284名無しさん:2017/07/15(土) 03:36:45 ID:myDS9uw60




飛び込んだ、水の色に似ていた。




(´・ω・`)紺色の記憶のようです  了

285名無しさん:2017/07/15(土) 03:39:04 ID:myDS9uw60
最後まで読んでくださった方は本当にありがとうございました
最後が少し駆け足なのとかなりの期間をかけての完結になってしまい申し訳ない
ただ書きたかったことは書けたので満足です
また下記に私が以前かいていた似たような高校青春ものの作品を載せておきます
良かったら読んでみてください

http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/13029/1452687191/

286名無しさん:2017/07/15(土) 04:47:44 ID:OIbWPZxEO
乙!

287名無しさん:2017/07/15(土) 05:57:04 ID:P/IVjKuAO
似てねぇ!

288名無しさん:2017/07/15(土) 08:48:40 ID:Ek8cEafE0
>>285
感動を返せwww

289名無しさん:2017/07/15(土) 09:06:16 ID:pTxHFmtE0
ないた

290名無しさん:2017/07/15(土) 11:53:34 ID:QBfWJxIU0
こういう終わり方は後日談を読みたい気持ちとこれでいいんだって気持ちが同時にこみ上げる
完結乙

291名無しさん:2017/07/16(日) 03:29:51 ID:/zWDq2lU0
お前だったのかwww

292名無しさん:2017/07/16(日) 14:01:01 ID:XfkyXCNQ0
ええええww

293名無しさん:2017/07/16(日) 16:53:56 ID:0b2ImkXs0
乙 良い作品だった
過去作で感動返せww そっちの続編書いてくださいなんでもしますから

294名無しさん:2017/07/17(月) 10:14:53 ID:czjO9lss0
結果まで読みたかったけど、これはこれできれいな終わり方でいい
おつおつ


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