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夢見る人に之聴く人のようです

1名無しさん:2017/04/25(火) 21:04:20 ID:gNviqX360
母親がわりの親戚に手を引かれ、おずおずと診察室にやって来た君は当時九歳であった。

(゜д゜@「うちの子変なんです」

変、とは一体なんだろう。
生きる意欲を失くした人のことか。
支離滅裂な妄想に囚われ習慣に固執する人のことか。
はたまた集中力が切れやすく、走り回ってしまうのか。
言葉の意味を図りかねている僕に、如何なる異常が見られるのか、その人は語り始めた。
しかしそれよりも、僕の視線は彼女に釘付けであった。
貧相な体つきに伸ばしっぱなしの髪。
頭皮は白く粉が吹き、風が吹けば雪のように舞いそうだった。
爪もまた伸びっぱなしだった。
白貝のような爪の奥には、垢がどっちゃり積もっているようだった。
そういえば微かに異臭もする。
饐えた臭いは、少女には似合わなかった。
なにより一番気になるのは表情だ。
目の下は窪み、まなこは赤く充血し、瞼は薄く晴れていた。
血色の悪い唇は噛み締められている。
針の筵に座り続けているような雰囲気が、診察室に満ち始めていた。
ともすれば、隣の夫人は彼女の獄卒であろうか。

(゜д゜@「こういうわけで」

と、どういうわけかは分からないが、夫人はとにかく困っているようだった。

(´・_ゝ・`)「お話しはよくわかりました」

分かっていない。
分かっていないが、分かることはある。

(´・_ゝ・`)「では直ちに入院ということで」

僕の申し出に、夫人は大喜びしていた。
少女は僕をちらと見た。
僕もまたちらと見返すと、少女はそっと目をそらした。
子に親は必要であるが不必要なこともある。
彼女に最適な空間を提供すべきだろう。

(´・_ゝ・`)(ところで何が変なのやら)

入院の手続きを機械的に行う一方で、僕は気になっていた。

彼女の奇妙な性質については、一夜明けてから分かった。

2名無しさん:2017/04/25(火) 21:05:01 ID:gNviqX360
入院とは言ったがあれはうそだ。
こんなちっぽけな精神科には入院するスペースなんてない。
正しくはもっと大きな、しかるべき病院へと紹介するべきなのだ。
では少女はどこに行くのかというと、僕の家であった。
小児性愛者ではないので問題はないだろう。
ただし世間的にはアウトかもしれないが。

(´・_ゝ・`)「お風呂の入り方は分かるかね?」

タオルを幾つか渡すと、少女はこくりと頷いた。

(´・_ゝ・`)「分からないことがあったら何でも聞きなさい」

とは言ったものの、少女は困惑しているようだった。
そりゃそうだろう。
いきなり僕の家へ連れ込まれたのだから。

(´・_ゝ・`)「ぼくは君を元気にさせたいだけだよ」

独り言のように言う。
信じたかは定かでない。
浴室の扉を閉め、僕は服を用意した。
帰り道に寄った服屋で買ったTシャツや下着である。
三十路手前の男が女児服を買うなんて、ちょっとおかしかっただろうか。
店員からはかなり訝しげな目で見られたが、僕自身には何も問題ない。
正しいと思うことを選んでいるだけなのだから。

(´・_ゝ・`)(夕飯は何にしよう)

生憎料理はしたことがない。
ここ一ヶ月レトルトのカレーで生きてきた人間としては、かなりの試練である。

3名無しさん:2017/04/25(火) 21:07:28 ID:gmIVh3GI0
支援

4名無しさん:2017/04/25(火) 21:07:41 ID:gNviqX360
(´・_ゝ・`)(出前館だな)

存在しているサービスはぜひ利用
すべきである。
ひとまず寿司を頼んでみることにした。
わさび抜きの鉄火巻きに玉子、河童巻き。
干瓢は嫌いだろうか。
僕は嫌いであった。
大人になった今はなんとか食べられるようになったが。
それからビールと枝豆、唐揚げもつける。
ざっとしめて五千円か。
喜んでくれるといいのだが。

(´・_ゝ・`)「うん?」

ちょんちょん、と足をつつかれる。
下を見れば、少女がこちらを見ていた。

(´・_ゝ・`)「寿司は好きかね」

トンチンカンな言葉が飛び出した。
少女は、微かに口を歪めた。

('、`*川「たべたこと、ないです」

(´・_ゝ・`)「給食にも出ないのかな」

またもやおかしな質問だ。
出るわけがないだろう。
もしかしたら出るのかもしれないが。

('、`*川「きゅうしょく?」

(´・_ゝ・`)「……きみ、学校は?」

('、`*川「……ひつようないって、」

アラさんが、と言う少女を、僕は抱きしめた。

(´・_ゝ・`)「じゃあそれは後で行こう。お寿司も後で食べよう」

先にリビングに行ってていいよ。
僕の言葉に、少女は無表情で従う。
出前館の次は児童相談所の手配だ。

(´・_ゝ・`)(存在しているものはぜひ利用しないと)

5名無しさん:2017/04/25(火) 21:08:46 ID:gNviqX360
何事も初めてというのは感動するらしい。
あの無感動な少女は、寿司をお気に召したようだ。
特に鉄火巻きと河童巻きが気に入って、ずっと食べていたいと話していた。
僕は穏やかな気持ちでそれを聞き、ビールを飲みほしていた。

('、`*川「せんせい、せんせいのごはんは?」

(´・_ゝ・`)「僕は大人だからね、そんなにはいらないんだよ」

唐揚げを一口、齧りながら言う。
少女は不思議そうに僕を見る。

('、`*川「それだけでいいの?」

(´・_ゝ・`)「僕のことは気にせず、お寿司を食べなさい」

なにしろ彼女は痩せすぎていた。
背もかなり小さかった。
今まで不足していたものを補わなければならないと僕は考えていた。

(´・_ゝ・`)「これからは遠慮せずに、たくさん食べなさい」

('、`*川「はい、せんせい」

醤油のついた河童巻きが、口の中へと吸い込まれていく。
静かな食卓に、ハリハリとした音が響き渡る。

('、`*川「……せんせい」

(´・_ゝ・`)「ん?」

('、`*川「せんせいは、ゆめをみるの?」

(´・_ゝ・`)「時々はね」

最近はさっぱり見ていないけども、と付け加える。

6名無しさん:2017/04/25(火) 21:09:35 ID:gNviqX360
('、`*川「ゆめ、みないんだ」

(´・_ゝ・`)「大人になるとあんまりね」

('、`*川「じゃあこどものころは?」

(´・_ゝ・`)「見たよ」

もう一口、唐揚げを頬張る。
柔らかく、噛めば噛むほど肉汁が溢れ出してきた。
最近の寿司屋は唐揚げもうまいらしい。
寿司屋のくせに。

('、`*川「たのしかった?」

(´・_ゝ・`)「大体はね」

おおよそ、ゲームの夢ばかりを見ていた。
囚われの姫を救いに行ったり、恐ろしい魔王との死闘を仲間と演じてみたり。
恐ろしい夢を見たこともある。
巨大な蛇に追い回された挙句に丸呑みにされた夢は今でも覚えている。
ギチギチと全身を締め上げられ、少しずつ体が奈落へと近付いていくのだ。
皮膚は柔らかくふやけてゆき、肉が剥き出しに晒され、ひどい痛みに襲われた。
どうして夢というのは、経験したことのないものや荒唐無稽なものでも現実味を帯びてしまうのだろうか。

(´・_ゝ・`)「君は夢を見るのかい?」

僕の質問に、少女は答えなかった。
数瞬、沈黙が巡った後にこう言った。

(´・_ゝ・`)「食べ終わったのなら歯磨きしようね」

少女はまた、無言で頷いた。

7名無しさん:2017/04/25(火) 21:10:13 ID:gNviqX360
歯磨き粉を買ってこなかったのは失敗であった。
大人用の辛いものしかなかったのである。
おかげで少女は、酷い顔で歯磨きをこなしていた。

('、`*川「てっかまき、もういっかいたべたいです……」

(´・_ゝ・`)「それじゃ歯磨きした意味がないだろう」

セミダブルのベッドで、身を寄せ合い、僕は言う。

(´・_ゝ・`)「明日はきみの分の歯磨き粉も買ってくるよ。いちごとメロンとバナナ、どれがいい?」

('、`*川「……てっかまきあじ」

(´・_ゝ・`)「そんなものはないよ」

('、`*川「あるもん……」

ゆめのなかには、と、呟きながら少女は眠った。

8名無しさん:2017/04/25(火) 21:11:36 ID:gNviqX360
さて。
世の中には鉄火巻き味の歯磨き粉なんてあるのだろうか。
今朝方起きてすぐ、歯磨きした僕はなんとも言えない風味に襲われた。
磯の香り、生臭い魚の味、苦っぽい薬品がピリピリと舌を焼く感覚。

(´・_ゝ・`)「…………」

パッケージには、鉄火巻きをデフォルメしたキャラが描かれている。
口をゆすぐ。
もう一度チューブから絞り出す。
口に入れる。
また磯と生臭さ。
鉄火巻きだ。
えづきながら僕はそれを吐き出した。

(;´・_ゝ・`)(最悪だ)

冷や汗を流す僕が鏡を見ると、少女が立っていた。
('、`*川「あったでしょ、てっかまきあじ」

(´・_ゝ・`)「……手の込んだ悪戯をするんだね」

('、`*川「ちがうもん、ゆめでみたんだもの」

(´・_ゝ・`)「どんな夢さ」

再度水で口の中を清める。
ああ全く、なんて朝だろう。

('、`*川「せかいじゅうのはみがきこがね、てっかまきあじになったの」

(´・_ゝ・`)「…………」

('、`*川「それでね、せんせいがはみがきしたらあまりにもきもちわるくてはきだすの」

(´・_ゝ・`)「…………」

僕は歯ブラシに手を伸ばした。

('、`*川「でもせんせいははみがきしたいの」

(´・_ゝ・`)「…………」

('、`*川「ひどいあじのするはみがきこなのにやめられないの」

たら、と冷や汗が出る。
手は止まらない。
再び歯磨き粉のチューブを絞り出している。
みちみちと鉄火巻きのキャラが指で扱かれていく。

9名無しさん:2017/04/25(火) 21:12:27 ID:gNviqX360
('、`*川「それをなんどもなんどもくりかえしているうちにあさになっちゃった」

おはよう、せんせい、と少女は言う。

(´・_ゝ・`)「まさか、」

変、というのは、

(´・_ゝ・`)「夢が、現実に、なって……」

腕が持ち上がる。
口元に歯ブラシがあてがわれる。
咄嗟に口に力を入れて拒んだが、唇にベタベタと歯磨き粉がついた。
それでさえも気持ち悪い。
僕は彼女が怖くなっていた。

('、`*川「そうよ、ゆめがげんじつになっちゃうの」

それともげんじつがゆめになっているのかしら、と少女。
僕は抵抗出来ずに自ら歯磨きしていた。
クソ不味い歯磨き粉で。

(´・_ゝ・`)「なんとか出来ないのか?」

('、`*川「みんなとめようとしたけどダメだった」

お医者さんにれいのうりょくしゃ
悪魔祓いにお祓い、催眠術療法。
手は尽くしてきたがどうにもならなかったそうだ。
なるほど。
いやなるほどじゃない。
それでどうして僕のところへ来たのやら。
歯磨き粉を吐き出して、口をゆすぐ。
なるべく、なるべく長くゆすぐ。
それでも唇が緩やかに開き、水がこぼれていくのだが。

(´・_ゝ・`)「どうすれば終わる?」

('、`*川「……わかんない」

(´・_ゝ・`)「一番肝心なところじゃないか」

このままでは一生鉄火巻きの歯磨き粉で歯磨きしなくてはならない。

10名無しさん:2017/04/25(火) 21:14:21 ID:gNviqX360
('、`*川「みんなわたしのせいだっていうよ」

夢なんか見るから、と。
僕は初めて理解した。
彼女の目があんなにも腫れていたのは、極力眠らないようにしていたのだろう。
それとも、されていたのか
……。

(´・_ゝ・`)「君のせいじゃない」

二度口をゆすぎ、再度歯磨き粉を手に取る。
それでも僕は言う。

(´・_ゝ・`)「誰だって夢は見る」

('、`*川「でも、」

(´・_ゝ・`)「君のはたまたま現実とリンクしてしまうのさ」

それがどんなにありえないことだったとしても。

(´・_ゝ・`)「でもそんな夢は食べちゃおうね」

('、`*川「……たべるの?」

(´・_ゝ・`)「食べるさ。いい夢も、悪い夢も、楽しい夢も、怖い夢も」

だから、話してごらん。

('、`*川「……」

(´・_ゝ・`)「……あれ?」

ふと、僕は手元を見る。
歯磨き粉のパッケージには、超爽快激辛ミントと書いてある。
鉄火巻きのイラストはどこへやら。

('、`*川「すごい」

先生、夢を食べちゃったんだ!と少女。
僕は何が何だかわからなかった。
だけど、とにかく僕はもう歯磨きをしなくていいらしい。
あのひどい味の歯磨き粉で。

11名無しさん:2017/04/25(火) 21:17:17 ID:gNviqX360
これが一番最初に聞いた夢。
鉄火巻きが夢に出てくるなんてよほど気に入ったのだろう。
今となっては笑い話だが、当時の僕には笑えない話だった。
以降、少女の夢は続いていく。
それについてはまた今度。

12名無しさん:2017/04/25(火) 21:18:35 ID:gNviqX360
1.鉄火巻き味の歯磨き粉 了

13名無しさん:2017/04/25(火) 21:19:52 ID:gNviqX360
以下この話に盛り込むお題を五つ募集します

14名無しさん:2017/04/25(火) 21:23:49 ID:gmIVh3GI0
乙、どうなるのか気になる
お題なんでもいいなら「手を繋ぐ」で

15名無しさん:2017/04/25(火) 21:34:49 ID:lafu2EbM0
おつおつ、デミタスは獏だな

お題は「熱いお湯」

16名無しさん:2017/04/25(火) 21:39:51 ID:eKBCpb4g0
乙、気になる話
お題は「番狂わせ」でお願いします

17名無しさん:2017/04/25(火) 22:01:09 ID:y2p6K/q20
なるほどね、続きが楽しみ

「狐の嫁入り」で

18名無しさん:2017/04/25(火) 22:06:13 ID:MkaKh8W60

これは楽しみ

お題は「コーヒー」で

19名無しさん:2017/04/25(火) 22:52:41 ID:qQccIck60
面白い、続きにも期待するしかない

20名無しさん:2017/04/26(水) 01:33:01 ID:H7DoHR0A0
乙でした
続き待ってます

21名無しさん:2017/04/26(水) 19:18:20 ID:j.cDY/Yg0
幼いペニサス!

22名無しさん:2017/04/26(水) 20:27:23 ID:XI437.QE0
あー乗り遅れた
中出し義母レイプは次回か

23名無しさん:2017/04/28(金) 00:23:33 ID:pm1Hex1s0
いいなこれ

24名無しさん:2017/04/28(金) 06:10:05 ID:jGQ7FmMY0
君がこの家に来てから三日目。
僕は眠ることが少し怖くなっていた。
もともと眠るのは大好きであった。
安息と幸福に満ち、絶対的な逃げ場として機能している時間であった。
しかし、例の歯磨き粉事件からそれは一転した。
己が眠るのはなんら恐ろしくはない。
恐ろしいのは彼女が眠るからだ。
眠って、夢を見て、それが現実を侵食したら。
そう思うと朝が来るのが憂鬱に感じ始めていた。
目新しくない話だ。
今までそういった話は職業柄ごまんと聞いた。
まさかそう感じる時が来るとは思わなかったが。

(´・_ゝ・`)(眠りたくない)

隣から聞こえてくる寝息に、溜め息を重ねた。
午前二時。
春の夜明けはまだ遠い。
とはいえ疲労には勝てなかったようである。
僅かなほつれが脳に生じたように、ぷつぷつと意識は途絶えていった。
うとうととしては目覚め、寝返り、少し間延びした瞬きをし、ぼうっと少女の横顔を見つめた。

25名無しさん:2017/04/28(金) 06:10:39 ID:jGQ7FmMY0
少女の寝相は、素晴らしく行儀が良かった。
死後硬直を起こした死体のように、静かに横たわっている。
僕がこのベッドから抜け出して、首を絞めても抵抗しないであろう。

(´・_ゝ・`)「……今何を考えた?」

微睡みかけている脳髄に、僅かな殺意が炙り出されているようだった。
恐れ、苛立ち、問題の解決策を見出せない不安。
そういったものが、とぐろを巻いているようだった。

(´・_ゝ・`)「…………」

僕は、彼女の額を撫ぜた。
暖かい。
そして、硬かった。
そっと触れれば触れるほど、少女の夢が骨に守られていることが伝わった。

(´・_ゝ・`)(この小さな脳みそに、一体どれほどの悪夢が詰まっているのやら)

悪夢が二度と飛び出さぬように、と願わずにはいられなかった。
それが一生付き纏うものと予感していても。

(´・_ゝ・`)(どうか、いい夢を)

未だ対処に困っている僕は、強く希った。
やはりそれもあっさり破られてしまうのだが。
寝不足というものは時に深刻な事態を巻き起こすものである。

26名無しさん:2017/04/28(金) 06:11:13 ID:jGQ7FmMY0
翌日。
僕は歯を磨きながらあくびをしていた。
その隣で、少女はいちご味の歯磨き粉を絞り出していた。

('、`*川「せんせい、おはよ」

(´・_ゝ・`)「ああ、うん」

ミントの風味が甘く感じるくらい、眠かった。

('、`*川「きょうもね、ゆめをみたの」

(´・_ゝ・`)「ふうん」

どんな夢だい?とは言わなかった。
口を動かすのが億劫だったからだ。
休診日。
キリキリと仕事をする日ではない。
ではないが、今日は児童相談所に行くと決めていた。
現状、彼女の親戚を騙して誘拐したようなものである。
であればしかるべき機関に赴いて、先に手を打ってしまえばいいのだ。

(´・_ゝ・`)(ダラダラしていたかったけどな)

うがいをする僕の横で、少女は何やら語っている。
どうやって相談所に話を持ちかけようか。
そのことばかりが頭にちらついた。

('、`*川「せんせい?」

少女は、心配そうに声をあげた。

(´・_ゝ・`)「ん?」

口も開けずに、声帯を震わせた。
架空の相談員から少女へと、視点が塗り替えられていく。

27名無しさん:2017/04/28(金) 06:12:54 ID:jGQ7FmMY0
('、`*川「……わたし、ごはん、いらない」

(´・_ゝ・`)「え?」

どうして、とは言えなかった。
不意に少女の姿が見えなくなったからだ。

(´・_ゝ・`)「 、」

声にもならず、僕は駆け寄る。
穴が空いていた。
少女の、立っていた場所に。
穴からは小さな手が見えていた。

(´・_ゝ・`)「おい、」

大丈夫か、とは聞けなかった。
手を掴むとそれはじっとりと汗ばんでいた。
引き上げられた少女は、黙って泣いていた。

(´・_ゝ・`)「どうしたんだ……」

('、`*川「……あし、」

足、を見ると、赤く、腫れていた。
沸かしたての熱いお湯をかけられたかのように。
そのうち、少女の悲鳴が上がった。
また床に穴が空いたのだ。
今度はしっかりと握っていたから、落ちはしなかった。
穴からは、瞬間的に蒸気が噴き出した。
少女が落ちなかったことを残念がるように、僕の顔を焼いた。

(´・_ゝ・`)「どうなってるんだ……」

薄々気付いてはいた。
また夢が現実になり始めているのだ。
どうやら今回の夢は、

(´・_ゝ・`)「おっと」

少女の立つ場所にポカリと穴が開くらしい。
底は見えず、真っ暗で、落ちたらどうなるかはわからない。
が、火傷の跡を見る限りろくなことにはならないだろう。

28名無しさん:2017/04/28(金) 06:15:07 ID:jGQ7FmMY0
(´・_ゝ・`)「痛むか?」

('、`*川「すごく……」

(´・_ゝ・`)「ならまだいい」

少女を抱きかかえ、僕はキッチンへと向かった。
人が抱えている限りは大丈夫らしい。
僕まで落ちてしまったらどうしようかと思っていたから、そこはほっとした。

(´・_ゝ・`)「足を出して」

勢いよく出された冷水に、両足を差し出す。

(´・_ゝ・`)「すぐに冷やせば跡にならないよ、多分」

('、`*川「……ごめんなさい」

(´・_ゝ・`)「なぜ謝る」

('、`*川「わたしがへんなゆめみるから……」

(´・_ゝ・`)「変じゃない夢なんてないだろう」

夢というのは大体整合性があってないようなものだ。
日中の記憶を整理しているうちに、様々な要素が勝手に結び付いてしまうのだから。

(´・_ゝ・`)「君が望んで見た夢ではないのだろう?」

('、`*川「…………」

返事はない。
やはり負い目を感じているのだろうか。
それはわからないが、火傷の赤みは幾分かマシになっていた。

29名無しさん:2017/04/28(金) 06:15:59 ID:jGQ7FmMY0
(´・_ゝ・`)「今日はこのまま相談所に行こうか」

('、`*川「おもくない?」

(´・_ゝ・`)「君はもっと食事を取った方がいい」

背中へと負ぶさり直し、冷蔵庫を漁る。
バナナが二本あった。
ひとまずこれでいいだろう。

(´・_ゝ・`)「バナナを食べたら出発だ」

('、`*川「……いらないって、いったのに」

(´・_ゝ・`)「健やかに育ってくれよ」

あくびを噛み殺しながら、バナナをかじる。
甘い。
冷蔵庫に入れると黒くなってしまうのはわかるが、冷えたバナナが好きだった。
冷凍庫で凍らせたものも好きだった。
ヨーグルトとマシュマロとバナナを混ぜて、凍らせたものを食べるのはもっと好きだった。
それこそ、子供の方が喜ぶのかもしれないが。
なんてことを考えて、僕はバナナを食べ終えた。

(´・_ゝ・`)(帰りにマシュマロとヨーグルトを買おう)

頭上からも、バナナの芳香が漂ってきた。

30名無しさん:2017/04/28(金) 06:17:21 ID:jGQ7FmMY0
児童相談所へ向かう間、随分奇異の目で見られたような気がした。
大の大人が幼女を負ぶさっているのだから無理もないだろう。
しかも幼女は裸足で、さらに火傷まで負っている。
すわ児童虐待か、誘拐か、といったところか。
それでも気にせず堂々としていた。
別に悪いことはしていない。
気にすることなど何もないのだ。

('、`*川「せんせいは、」

(´・_ゝ・`)「ん?」

またもや面倒臭がって、口も開けずに返事をした。

ぎゅ、と僕の頭を握る手に力が入る。

('、`*川「せんせいはなにをかんがえているの?」

(´・_ゝ・`)「そうだなあ」

街角に目線を逸らし、考える。
なにか楽しいことを教えられればよかった。
が、それでも不安は付き纏う。

(´・_ゝ・`)「これからどうやって、相談員と話をしようかなって思っているよ」

('、`*川「それだけ?」

(´・_ゝ・`)「ほとんどはね。君を守るにあたって、どうすればいいのかさっぱり見当がつかないんだ」

顔が見えないせいか、僕の口はよく滑った。
大人はしっかりしていなくてはいけない。
子供の前で情けないことを言ってはいけない。
まして本当は、君といることが怖いと悟られるだなんて。
嘘でも取り繕わなくてはいけないのだ。
平気だよ、という顔で居なくてはならない。
そうじゃなきゃ立ち向かえない、と僕は思っていた。

31名無しさん:2017/04/28(金) 06:18:44 ID:jGQ7FmMY0
('、`*川「わたしをまもるの?」

(´・_ゝ・`)「君とあの親戚がどんな仲なのかは知らないよ。だけど一緒にいて楽しそうな仲には見えなかったんだ」

だったらいっそそこから離れてしまうのも一つの選択なのだ。
できれば、それを彼女に選んで欲しかった。

(´・_ゝ・`)「君はどうしたい?」

('、`*川「……わたし」

きゅぅ、と小さな手がさらに頭を締め付ける。
もう少しで児童相談所に着く。
その前に、

('、`*川「きえてなくなりたい」

九歳の、君は、そう言った。

(´・_ゝ・`)「……そうしたらおじさんは悲しくて泣いちゃうよ」

門を潜り、ドアを抜けて、ホールへ飛び込む。
古びた蛍光灯がちらつき、気が滅入りそうな場所だった。

(´・_ゝ・`)「君のことを知らなければ君が消えたって僕は悲しまないけど、君を知った以上、君が消えたら僕は悲しいよ」

それは、本当のことだった。
原理不明のものや、背後に人ならざる力を見出しやすいものは、人にとって不可侵の域である。
それがこちら側を犯すのだから、我々は恐怖を感じてしまう。
たとえ、少女に悪意がなかったとしても。

32名無しさん:2017/04/28(金) 06:20:56 ID:jGQ7FmMY0
(´・_ゝ・`)「だけど僕の質問に答えてくれたのは嬉しいな」

('、`*川「……うれしいの?」

(´・_ゝ・`)「僕の問いかけに君は少し自分のことを教えてくれた。それって嬉しいことだよ。その答えがどんなものでもね」

('、`*川「……せんせい」

頭上から聞こえる声音は、少し震えていた。
緊張からくるものだろうか。
押し黙る彼女と、所内の空気が重い渦を描いて混ざり合う。
僕は黙って待ち続けた。
そして、

('、`*川「あのね、」

ノパ⊿゚)「あ、盛岡さんですか?」

(´・_ゝ・`)「あ、はい」

('、`*川「…………」

残念ながら邪魔が入ったのであった。
やたら狭い相談室へ案内された僕は、相変わらず立っていた。
もちろんその背には少女がしがみついている。
椅子に座らせても良かったのだが、また穴が空いては困ってしまう。
なにより事情を説明する方が先であった。

ノパ⊿゚)「虐待のご相談とお聞きしたのですが」

(´・_ゝ・`)「ええ」

ノパ⊿゚)「お父様でいらっしゃいますか?」

(´・_ゝ・`)「いや、ただの精神科医です」

ノパ⊿゚)「…………」

相談員は、ぽかんと口を開けていた。

33名無しさん:2017/04/28(金) 06:22:04 ID:jGQ7FmMY0
(´・_ゝ・`)「血縁関係はないです。というかつい三日前に初めて知り合いました」

ノパ⊿゚)「……あの、誘拐とか」

(´・_ゝ・`)「してないですしてないです!」

ノパ⊿゚)「あ、あ、ですよねー!」

わはは、と笑う相談員はテンパっているらしい。
手元のメモには誘拐してない精神科医と書いてあった。
なんだそれは。
何度か相談員からの質問を挟みながら、僕は事情を話した。
もちろん、少女の特殊な性質もである。

(´・_ゝ・`)「で、僕が親権を取るなり彼女を施設に送るなり、とにかく幸せにできないかと」

ノパ⊿゚)「…………」

(´・_ゝ・`)「……ヒートさん?」

ノパ⊿゚)「あのですね、盛岡さん」

(´・_ゝ・`)「はい」

ノパ⊿゚)「…………その、証拠といいますか。本当にそんなことがあるのかとどうしても疑ってしまいまして」

そりゃそうだろう。
話している僕だって未だに半信半疑なのだ。
このままではただの頭のおかしいロリコンだろう。
ちなみにロリコンというのは和製英語であり正しくはペドフィリアないし小児性愛者と言う。

34名無しさん:2017/04/28(金) 06:23:47 ID:jGQ7FmMY0
(´・_ゝ・`)「ああいかん、つい用語と俗語が……」

ノパ⊿゚)「はい?」

(´・_ゝ・`)「あ、なんでもないです。本当に」

('、`*川「せんせい」

(´・_ゝ・`)「なんだね」

('、`*川「……ゆかにおろして」

(´・_ゝ・`)「君、」

('、`*川「いいから」

髪の毛を引っ張りながら、少女は言う。
毛根を責めるのはやめてほしい。
結構シャレにならない痛みなのだ。

(´・_ゝ・`)「……足、は」

('、`*川「へいき」

でも、わたしのことぎゅっとしててね。
そう言いながら、少女は背中からずり落ちてくる。
僕は慌ててその体を追う。
流動するように、少女は落ちていく。

35名無しさん:2017/04/28(金) 06:28:05 ID:jGQ7FmMY0
相談員は、訝しげにこちらを見ていた。
そして、

(´・_ゝ・`)「あぶない!」

床に足が触れて数秒後。
少女は、穴に落ちた。

(´・_ゝ・`)「……君、君、大丈夫か」

かろうじて捕まえた手を、必死に引きずりあげる。

('ー`*川「……へーき」

やんわりと、少女は笑った。

('、`*川「せんせいならつかんでくれるとおもった」

(´・_ゝ・`)「まったくもう……」

再び抱きかかえ、僕は我にかえる。

ノパ⊿゚)「……………………」

相談員は、ボールペンの軸を壊していた。
どうやらテーブルにペンを押し付けすぎたらしい。
白いテーブルの上には、どくどくと、インクが垂れている。
ぽつ、ぽつ、ぽつと。
白い床に空いた、穴そっくりに。



(

36名無しさん:2017/04/28(金) 06:29:45 ID:jGQ7FmMY0
(´・_ゝ・`)「今日も鉄火巻きにしようか」

('、`*川「てっかまきー」

足をぶらぶらさせながら、少女はおうむ返し。

('、`*川「よかったね、せんせい」

(´・_ゝ・`)「なにが?」

('、`*川「おねーさん、まえむきにけんとーしますって」

けんとーっていいことばなんでしょ?と少女。
そうだね、と僕は返す。

('、`*川「……せんせー」

(´・_ゝ・`)「今度はなんだね」

('、`*川「……けさみたゆめ、もっかいはなしていい?」

(´・_ゝ・`)(もう一回?)

僕はぼんやり思い出す。
朝起きて、眠くてたまらないところに、少女が来た。
何やら熱心に話しながら、僕は適当に聞き流して。

(´・_ゝ・`)「……ああ、」

そうか。

(´・_ゝ・`)「……食べてなかった」

37名無しさん:2017/04/28(金) 06:30:16 ID:jGQ7FmMY0
食べる、と言うのは僕が言い出した言葉であり、そう表現していいのか分からないのだが。

(´・_ゝ・`)「……すまない」

('、`*川「せんせい?」

(´・_ゝ・`)「今朝、君の話をすっかり聞き流していたんだ……」

('、`*川「……しってた」

後頭部に、ずしりと重みがかかる。
寄りかかられたようである。

(´・_ゝ・`)「不真面目でごめんよ」

次はちゃんと食べるから。
雑踏も、視線も、全てが遠のいて。
僕は、君の夢に耳を傾けた。

38名無しさん:2017/04/28(金) 06:32:35 ID:jGQ7FmMY0
2.底なし穴と熱いお湯 了

39名無しさん:2017/04/28(金) 06:33:41 ID:jGQ7FmMY0
お題一覧

コーヒー
狐の嫁入り
番狂わせ

以下お題を二個追加しますので募集します

40名無しさん:2017/04/28(金) 08:26:24 ID:EdzZRUi.0


おとぎ話

41名無しさん:2017/04/28(金) 09:40:03 ID:DGdBKRrE0
おつおつ!

お題パルクール

42名無しさん:2017/04/28(金) 11:26:05 ID:G8oMmGCc0
地の文が良い感じ
乙!

43名無しさん:2017/04/28(金) 18:05:09 ID:Wx3pPL3M0
乙!

面白い。続きが楽しみ!


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