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(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです
185
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 22:50:45 ID:w1IcxiYQ0
(; ^ω^) 「ふぃー連れてきたお」
どうやらたったあれだけの距離を歩いただけで、ブーンには十分な運動だったらしい。
軽く息を整えながら、勝手に椅子に座っていた。
lw´‐ _‐ノv 「ありがとうブーン君。……話は聞いたよね」
ブーンの横に腰かけ、テーブルを挟んでシュールと向かい合う。
以前訪れた時にはなかった机の上の小さな色とりどりの小瓶が気になったが、
説明をしてくれる気はないらしい。
僕の意識が向いたことに気付き、シュールはそれらを机の下に仕舞ってしまった。
lw´‐ _‐ノv 「アルギュール教会の話だけどね……彼女が動き出したんだと思う」
(´・ω・`) 「もう一人のシュールが?」
lw´‐ _‐ノv 「錬金術を用いて武装した集団と、姿を消した複数の錬金術師。
ブーン君の情報を鵜呑みにするならば、これらの動きが彼女の思惑に見える。
世界に対して、アプローチをかけようとしているんじゃないかな」
(;´・ω・`) 「待ってくれ、順番に頼む」
話が飛躍しすぎている。
なぜアルギュール教会とシュールの悪意が関係すると言えるのか。
その部分が理解できないでいた
186
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 22:51:26 ID:w1IcxiYQ0
lw´‐ _‐ノv 「ああ、確かに分かりにくかったね」
( ^ω^) 「それじゃあ、僕から話すお。僕が錬金術雑誌を購入してるのは知ってると思うお」
(´・ω・`) 「あれ、まだ続いてたんだ……」
( ^ω^) 「年に二回しか発行されないから、たぶんそんなに負担は無いんだお。
隠れ里が移転する時は必ずそこに書いてあるんだお。次の場所のヒントが。
でも、十数年前の一冊にはそれが書いてなかったお。
機会があって隠れ里に向かったんだけど、誰もいなくて、何もなかったお」
定期的に場所を変える隠れ里を見つける方法は多く無い。
最も簡単なのは、隠れ里と一緒に移動している錬金術師に定期的に連絡をもらう事。
確実性が高いが、僕らにとって一番難しいのがこれだ。
なにせ三十年もしないうちにまた別の人に連絡をお願いしなければならないし、
頻繁に隠れ里に行っていれば、書庫番や初代などの限られた人間以外に正体を知られてしまう可能性もある。
(´・ω・`) 「気づかなかっただけじゃないのか?」
187
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 22:52:25 ID:w1IcxiYQ0
( ^ω^) 「まぁ最初はそう思ったお。バックナンバーを大事に保存しているわけでもないし、
その時になってから見返すことは出来なかったから。
でも、跡地をどれだけ探しても何も見つからなかったのは明らかに異常だったお」
実力のある錬金術師は、跡地に向かうことで次の移動先を知ることができる。
道標として残された錬金術や、暗号化された地図などが必ず用意されていた。
(´・ω・`) 「……見つけられなかったわけじゃあ、なさそうだな」
ブーンは常々ふざけてはいるが、錬金術の知識は一級品だ。
見つけられないのであれば、それは無かったということになる。
だが、そんなことはあるだろうか。
(´・ω・`) 「隠れ里はそれ自体が一つの体系に過ぎないはずだ。
だから、次の場所へたどり着くための目印を忘れるなんてことはありえない」
個人が運営しているお店の出店場所を変えた時に、跡地に案内掲示板を置き忘れることはあるかもしれない。
だが隠れ里はそうならないように、複数人の優秀な錬金術師と、
初代という変わることのない一つの意識によって統率されている。
( ^ω^) 「そのはずだお。だとすれば、そうせざるを得ない何か特別なことがあったと思ったんだお」
188
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 22:55:41 ID:w1IcxiYQ0
(´・ω・`) 「で、どうやって探したんだ」
粗方予想はついたが、敢えて尋ねる。
( ^ω^) 「お、とにかく知っている錬金術師に連絡を取ってみたお。それから、騎士協会所属の錬金術師にもね」
錬金術を憎んですらいる騎士協会の連中は、
隠れ里を錬金術師の本拠地として相当警戒していると聞いたことがあった。
大罪館に存在する知識は、人間にとって害悪としかならないものもあるからそれも止む無しであるのだが。
それ故、どうやってかは知らないが騎士協会もまた隠れ里の場所は把握している。
( ^ω^) 「だけど、どっちも知らなかったんだお。
それに加えて、仲の良かった錬金術師も何人かは音信不通状態。
家族にすら何も告げずに姿をくらましてたやつもいたお」
(´・ω・`) 「……」
lw´‐ _‐ノv 「ちょっとごめんね。隠れ里の知識はあるんだけど、実際に行ったことはないんだよね。
錬金術師が集まって研究成果を報告したり、素材や錬成品の売買をしたりしている場所で間違いないよね」
(´・ω・`) 「ああ、そうだ」
189
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 22:57:08 ID:w1IcxiYQ0
( ^ω^) 「それで、いろいろ調べているうちに、アルギュール教会が再興していることに気付いたんだお。
それをショボンに伝えなきゃと思って、探してたんだお」
lw´‐ _‐ノv 「ブーン君が華国に来たのは丁度三週間前だったんだよ。
街で騒ぎを起こして捕まってたみたいでね。仙帝……いや、ジョルジュ君がここに連れてきてくれたんだ」
またか、という視線を送ると頭をかいて誤魔化すブーン。
人騒がせな性格はどうやら健在のようだ。
(´・ω・`) 「で、ジョルジュは?」
( ^ω^) 「さぁ、仕事が忙しいんじゃないかお」
lw´‐ _‐ノv 「陽が落ちる前くらいには訪ねて来るよ。約束をしているから。
それで、次は私の話かな。……アルギュール教会の存在はブーン君から教えてもらったよ。
結論から言うと、恐らく彼女と関係がある」
(´・ω・`) 「彼女と言うのは、もう一つの意識……か」
lw´‐ _‐ノv 「そうだね。不老不死の研究をする集団なんて、動けない彼女の手足としか考えられない。
二、三人ならともかく、錬金術師が何十人も集まって同じ研究をするわけないでしょ」
実力のある錬金術師ほど一人きりで研究をすることが多い。
個人個人に錬金術の目的がある以上、簡単に共同研究をする相手を見つけることはできず、
同じ場所で研究をしていれば自分の研究結果を盗まれる恐れもあるからだ。
190
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 22:59:28 ID:w1IcxiYQ0
よほど信頼に足る何かが無ければ、起こり得ない。
それが金銭による契約なのか、恐怖による支配なのかはわからないが。
(´・ω・`) 「教会の創始者はワカッテマスなはずだ。
あいつの目的が不老不死であった以上、教会の目的がそうなるのは必然だろう」
lw´‐ _‐ノv 「ワカッテマスという男性の話も、ブーン君から聞いたよ。
いくつか確認で聞きたいことがあるけど、いいかな?」
(´・ω・`) 「ああ」
すぐにリリの居場所や敵の素性を聞いて向かいたかったが、敢えて確認のようなやり取りを続けるようにした。
教会や隠れ里の一件が、一概に無関係とは思えなくなってきていたからだ。
lw´‐ _‐ノv 「ワカッテマスはあなたの父親の弟、つまり叔父にあたる」
首肯する。
191
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 22:59:55 ID:w1IcxiYQ0
lw´‐ _‐ノv 「錬金術の才能は飛びぬけていた」
彼女が口を開くたびに、質問が僕に突き刺さる。
首肯する。
lw´‐ _‐ノv 「君の……ホムンクルスの完成には立ち会っていなかった」
着地点の見えないまま、僕はただただ頷く。
lw´‐ _‐ノv 「君の妹のために、新緑元素を手に入れようと大森林の奥地に向かい……それを護るティラミアと戦った。
これを退けるときに、背中に合った水晶を……ワカッテマスが破壊した」
(;´・ω・`) 「っ!!」
バラバラに存在していた頭の中の記憶が、無理やりに並び替えられ、繋ぎ合わされていく。
おぼろげだった過去は、明確な熱を帯びて現在へと呼び戻された。
192
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:00:27 ID:w1IcxiYQ0
(´・ω・`) 「あの時……ワカッテマスを変えたのは……」
lw´‐ _‐ノv 「十中八九、私の意識。それも、残り滓の方」
彼女に見せられた、僕の中に保存されていたかつての彼女の記憶。
その中で、確かに言っていた。
分割した二つの意識のうち、
片方はコキラ一族に代々受け継がれていく。
もう片方は水晶の中に閉じ込め、何処とも知れない山中に捨てた。
それが百年以上も昔のこと。
そしてつい最近、最後の残り滓をティラミアに封じた。
193
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:01:14 ID:w1IcxiYQ0
ワカッテマスはあの時、荒れ狂っていたティラミアに一撃を与え、
その背にあった水晶を叩き壊していた。
森から戻ってきてから数日後、明らかに変化したワカッテマスの雰囲気。
御主人様とデレーシア様の命を奪い、不老不死の錬金術に異常な執着を見せるようになった。
ワカッテマスを殺した時に、エルファニアが出現した理由。
それこそが彼女の意識がワカッテマスを蝕んでいた動かぬ証拠になる。
遥か昔、シュールがエルファニアを怒らせたことがあると双子の番人から聞いた。
だからこそ、災厄はあの場に現れた。
彼女の意識を喰らい尽くすために。
怒りが短いなんてどこかで読んだが、大嘘だ。
七大災厄がどのような時間の流れに生きているのかはわからないが、
数百年間もシュールの意識の存在を忘れていなかったなんて、とんでもなく執念深い。
lw´‐ _‐ノv 「納得できることがあったみたいだね」
(´-ω-`) 「だとすれば……ワカッテマスは……」
194
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:05:08 ID:w1IcxiYQ0
続く言葉は紡ぎだせなかった。
ワカッテマスを殺したその日の記憶が、その意味と形を変えて再構成されてしまったことで。
それを知ってか知らずか、シュールは話を止めず事実を確認する。
lw´‐ _‐ノv 「つまり、アルギュール教会と私の悪意には接点があった。
これで、懸念は二つに絞られた。私のもう一つの意識と、錬金術師の里の消滅。
関係がないとは思えないよね」
(´・ω・`) 「片方……シュールの意識についてあてがある。想起の鈴はもう使えるのか?」
神州で出会った桜の言葉の意味には、帰りの道中で予想はしていた。
今のシュールとのやり取りを経て、予想は確信に変わった。
手元にありながら、未だ調べていない情報源に。
( ^ω^) 「なんだお、それ」
(´・ω・`) 「クールの双珠と同じ古代錬金術の遺品だ」
∧
(゚、。`フ 「ふにゃぁ、誰の記憶をたどるんかは知らんが用意は出来てるぞ」
でぃがくわえていた想起の鈴を手に取り、揺らす。
透き通るような鈴の音が、ちりんと鳴った。
195
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:08:59 ID:w1IcxiYQ0
過去の記憶が静かに頭の中を流れだす。
ほとんど消えかけていた些末なことでさえ、滲み溢れ出てきた。
∧
(゚、。`フ 「それで、誰の記憶じゃ……」
(´・ω・`) 「ワカッテマス・ヴァン・ホーエンハイム」
lw´‐ _‐ノv 「え?」
(´・ω・`) 「……間違いなく、本人のものだ」
彼の最期の言葉の通りに、保存されていた血液を持ち出してきた。
lw´‐ _‐ノv 「それは試してみる価値はあるね」
(´・ω・`) 「少し待っていてくれ。とってくる」
ブーンに無理やり連れてこられていたせいで、手元には何もない。
自分の研究室まで走って戻り、小瓶だけを持って来た。
走って消費した体力以上に胸が高鳴っている。
196
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:09:43 ID:w1IcxiYQ0
ブーンに無理やり連れてこられていたせいで、手元には何もない。
自分の研究室まで走って戻り、小瓶だけを持って来た。
走って消費した体力以上に胸が高鳴っている。
(´・ω・`) 「椅子を借りるよ」
前に座ったのと同じ椅子に深く腰掛ける。
でぃが膝の上に乗っかった。
肥大化した鈴にシュールが血液を注ぎ込む。
一滴も零すことなく、染み込んで消えた。
瞬間、頭を殴られたかのような強い衝撃。
視界が回転し、窓の外の青と、部屋の中の白と、その他諸々が混じり合う。
大きな音がし、隣に立っていたはずのブーンが倒れていたのが辛うじて見えた。
197
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:11:14 ID:w1IcxiYQ0
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ここは……」
「ワカッテマスの記憶世界」
隣から聞こえた声に振り向くも、その場所には誰もいない。
「でぃの想起を最高感度まで上げたから、私たちは同時に夢を見ているような状態にあるよ」
「成程……」
「お、その声ショボンかお? どこにいるんだお?」
「ブーン、とにかく今から見えるものは全部覚えて帰る覚悟だけしておいてくれ」
「よくわからないけど、わかったお」
記憶世界の中心地。暗がりの中に指先ほどの小さな明かりを一つだけ照らして、
ワカッテマスは、そこにいた。
ただ何をすることもなく、小奇麗な研究室らしき場所の椅子に座っていた。
198
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:12:21 ID:w1IcxiYQ0
(;<●><●>) 「ぐ……っ」
頭を押さえ、脂汗を流しながら。
呼吸は荒々しく、苦痛に顔を歪めていた。
胸の内からとめどなく溢れ出て来る悪意を抑え込もうと、拳を握り締めて。
「この男は病毒よりもなおひどい黒い意識に苛まれていただろうね。
発狂してもおかしくないほどの悪意に耐え続けることができた精神力は、
並みの人間と比べるべくもない」
数日の時がとばされ、ワカッテマスは僕やお嬢様、御主人様と話すようになった。
錬金術を行って御主人様を助けるその姿は、僕の記憶に残っている姿そのものである。
「抑え込んだ……わけではないよな」
記憶空間を埋め尽くすような怨嗟の囁き。
ひと時も絶えることないそれが、いかにワカッテマスを蝕んでいたかは想像に難くない。
「……不幸なことに、男と精神とは相性が良かったんだろうね。
この頃には、ほとんど完全に一体化していると言える」
199
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:12:54 ID:w1IcxiYQ0
「ワカッテマスは錬金術の研究をずっと続けてた。
何をしていたのか、僕はおろか御主人様も知らなかったようだけど。
……恐らくは不老不死に関わる研究だと思う」
「どうやらそのようだね」
ワカッテマスが延々と繰り返しているのは、錬金術の手段と素材の取捨選択。
不老不死に至るための道筋を探しているのだろう。
その間、頭に流れ込んでくるシュールの意識は多少なりともマシになっていた。
それは、ワカッテマスの苦痛が和らいだという事。
心が奪われてしまった証明。
「でも、どれだけ研究をしても不老不死の錬金術の、一部すら知ることは出来なかった」
「人間が生きている間に不老不死を創り出すことは不可能だよ」
「ああ……そうだろうな。不老不死なんてものは、人間の理に反している。
だからこそ人間からは生まれえない」
「私が人間じゃないってことかな」
「少なくとも、イヴィリーカの知識を得た後はそうだ」
「手厳しいね」
200
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:13:49 ID:w1IcxiYQ0
ワカッテマスが最初に行動を起こしたのは、僕とデレーシア様が旅先にいる時。
金で雇った男を利用して、僕らを襲わせた。
それが失敗するや否や野党共に情報を流し、帰路を狙った。
あたかも合流するように思わせておきながら、あえて時間と場所をずらして。
「僕の実力がこれほどにまで成長するのは予想外だったんだろうな」
僕が数人の野盗を殺すところを、ワカッテマスは隠れて見ていたのだ。
だからこそ、敵の目的が奪取から殺害に変わった時にすぐに現れた。
意識の大部分を乗っ取られていながらも、最悪の状況だけは避ける様にと。
記憶の欠片には僅かな抵抗の後があった。
僕とワカッテマスをおいてデレーシア様と御主人様だけが身を隠すという決定が、
ワカッテマスの理性を完全に崩壊させた。
あの凶行に及んだ夜のことは、ワカッテマスの記憶に刻み込まれていた。
僕は記憶世界で目と耳を塞ぐ。
別の視点から再び知覚させられた惨劇。
それは精神に刻み込まれた忘れることのできない光景。
201
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:15:11 ID:w1IcxiYQ0
唯一違ったのは、聞きたくないものが聞こえること。
耳を塞いでも脳に響く、記憶の本当の持ち主の叫び。
心が崩壊しかねない程に強く、魂が削れるほどに激しく。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
誰にも届くことがなかったはずの、怒りと悲しみが混じり合った叫び。
「ショボン君、彼は」
「知っていたさ……」
シュールの言葉を遮る。
言われなくても、こんなもの見せられなくても、わかっていた。気づいていた。
ワカッテマスの意識が乗っ取られていたのだとすれば、
惨劇が彼の意思ではなかったのだとすれば、
記憶世界が粉々に砕けてしまうほどのこんな叫びを発しないわけがない。
202
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:16:05 ID:w1IcxiYQ0
「……」
不愛想な男だった。
殆ど話すことはなく、一人で延々と研究室に篭っているような。
家族の食卓にはほとんど現れず、廊下ですれ違っても挨拶を返してもくれず、
同じ屋根の下で暮らしているとは思えないほどに会うことも少なかった。
それが変わり始めたのは、剣の指導を受け始めてから。
少しは会話もするようになったし、挨拶にも会釈程度は返してくれるようになった。
デレーシア様のために七大災厄に挑み、協力することで新緑元素を手に入れた。
ワカッテマスのことを分かっていたかと問われれば、その答えは否。
たったそれだけのことで心を許す男でもなかった。
記憶世界を埋め尽くす叫びは、僕が初めて聞いたワカッテマスの感情の発露。
「ショボン君!」
203
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:17:01 ID:w1IcxiYQ0
突如として空間は乱れ、濁流の様に渦を巻く。
記憶の世界が歪められ、元に戻った時には何処とも知れない場所にワカッテマスが歩いていた。
氷でできた空間を、一人分の足音が響く。
洞窟のようではあるが、それにしては広すぎる場所。
青みがかかった靄が薄く漂う。
たった一人で杖を使いながら歩く男は、年老いてしまった後のワカッテマス。
それはつまり、この記録は過去数十年の間に起きた出来事だという事。
彼は悩むことなく迷路のようにあちこちに伸びた道を歩いていく。
「ここは……?」
「っ!」
かつかつと、まるで道案内をするかのようにゆっくりと歩く老人。
最深部にたどり着くまでにゆうに一時間はかかっただろう。
ついにワカッテマスは歩みを止めた。
「来てくれてありがとう。待っていたよ、私」
「遅くなりました」
204
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:17:42 ID:w1IcxiYQ0
暗がりの中、ワカッテマスと何者かの話す声が聞こえる。
視線の先に映るものは黒い靄に包まれていて見えないが、
その高さは子供ほどのの高さもないものだと示していた。
「ほんと、待ち遠しかったよ。意外と来るのが遅かったね」
( <○><●>) 「不老不死の錬金術を生み出すために、いくつかの種をまいていたので」
「そう……それで、成果は?」
( <○><●>) 「難しいでしょうね」
「だと思った。だからわざわざ呼んだんだ」
( <○><●>) 「もう体もそう自由に動きませんから、面倒は避けたいのですが」
「その偽りの不老だったらそれが限界かな」
( <○><●>) 「そのようです」
「まぁ、不老不死はもういいよ。最高の素体を手に入れたんだ。
私が人間として再び世界を闊歩するために、御誂え向きの身体」
暗がりの靄が一部晴れ、そこから覗いたのは巨大な水晶。
透き通る水色の檻の中に、彼女はいた。
205
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:19:32 ID:w1IcxiYQ0
「リリっ!!!!」
何百年も探し続け、ようやく手掛かりを手に入れたのが数か月前。
空からの荒い映像ではあったが、彼女だと確信を持って言えた。
この世界のどこかにいるだろうことを知って、僕がすることは一つ。
草の根をかき分けてでも探し続けること。
だけどもうそこまでする必要はない。
この記憶は、リリが氷の洞窟に隠されているということを教えてくれた。
後はその場所を特定して救うだけだ。
拳を強く握り込んで現実へ戻るのを待っていたが、記憶は途切れずに続いていた。
ワカッテマスと何者かとのやり取りが続く。
「不老不死の女の身体なんだよね」
( <○><●>) 「……驚きましたね」
「この娘からはあの女の錬金術の痕跡すら感じるんだから、間違いないよ」
206
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:20:20 ID:w1IcxiYQ0
( <○><●>) 「それで、いつ身体を変えるのですか」
「後数十年はかかるよ。なにせただひたすらに頑丈な錬金術で閉じ込められたからね。
もっと優秀な錬金術師が何人もいたらいいのに」
( <○><●>) 「私のところから何人か寄越しましょうか」
「いや、いいよ。ただの人間程度じゃ役に立たない」
( <○><●>) 「では、あまり長居をしても体に障るんで、そろそろ帰らさせてもらいます」
「あぁ、そうだ」
( <○><●>) 「なんですか?」
「もう少ししたら、隠れ里を雲隠れさせるつもりだよ」
( <○><●>) 「なぜそれを私に? もうそれ程寿命が残っているとは思えませんが」
「アルギュール教会。あれが欲しいな。私が復帰した後に使えそうだから」
( <○><●>) 「わかりました。では、橋渡し役を送りましょう。
私の力を分け与えた優秀な術師です。きっとあなたの力になる」
207
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:21:41 ID:w1IcxiYQ0
「流石私だね。用意周到!」
( <○><●>) 「それでは、お元気で。………………」
最後の瞬間、激しい揺れと衝撃で夢から叩き起こされた。
(; ^ω^) 「なっ? なんだお!?」
店内飾ってある商品が殆ど棚から落ち、床に拡がっていた。
錬金術同士が干渉しあったせいで発生した不快な煙が部屋の中を漂い、
割れたガラスが足元に散らばっている。
窓の外を見れば、すぐにその原因を察することができた。
(;´・ω・`) 「外にっ!」
僕らが飛び出した瞬間に、シュールの店は崩壊し、瓦礫となった。
208
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:22:17 ID:w1IcxiYQ0
「捕まえろ!」
声が聞こえる方を向けば、キュートの船に乗っていた男達が、完全武装した状態で店を囲っていた。
華国の警備兵達はそのさらに外側にいるが、まだ人数がまばらだ。
(#´・ω・`) 「何の用だ」
武器は手元になく、何とかしてシュールに危害が及ぶことは避けなければならい。
であれば、時間稼ぎでもしていずれ来るはずのジョルジュを待つしかなかった。
「華国に帰って来たキュートはもうお前と争うつもりが無さそうだったのでな、
我々の目的の邪魔になるものは始末させてもらった」
答えたのは、恐らくは集団を仕切っている男。
(;´・ω・`) 「なっ!?」
「ショボン、お前を捕らえておくことで俺たちは遊んで暮らせるだけの金を得ることができるんだ。
恨みはないが、黙って従ってくれれば被害が少なくて済む」
lw´‐ _‐ノv 「華国の……それもこんな都の中心部で騒ぎを起こして逃げられるわけない」
209
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:23:13 ID:w1IcxiYQ0
「だからそう話している時間はないんだ。隣のデブと女は放っておけ」
(;´・ω・`) 「くそっ……!」
二人が対象外とされたのはむしろ有難かった。
これで存分に暴れることができる。
振り下ろされた刀をあえて体で受け止め、動揺する男の鼻っ柱に拳を叩き込んだ。
血を吹きだしながら後ろに倒れる男の手からなまくらを奪い取り、それを構えて他の人間を牽制する。
「なっ!」
「なんだこいつ! 傷が!」
キュートが僕の正体を知らなかったのなら、この男達が僕の正体を知らない可能性は十分にあった。
不老不死に強い願望を抱いている彼女が僕のことを知れば、裏切る可能性があったからだろう。
(´・ω・`) 「来い」
余裕があるように振舞い、あえて挑発する。
得体のしれない化け物が目の前に立っていると錯覚してくれれば重畳。
案の定、動きは止まった。
210
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:23:42 ID:w1IcxiYQ0
「おいおい、俺の庭で何やってんだ。殺すぞ」
「誰だ……!」
声と同時に、囲いの外で何人かが倒れるのが見えた。
ジョルジュと武装した警備兵が、瞬時に包囲網の一角を無力化する。
_
( ゚∀゚) 「遅くなったな」
(´・ω・`) 「いや、助かった」
_
(#゚∀゚) 「こいつら全員牢に叩き込んでおけ」
「わかりました!」
抵抗虚しく、瞬く間に鎮圧された男達は、数人ずつ縄に繋がれて連れられて行った。
lw;´‐ _‐ノv 「店がー……周がものすごく怒るだろうなぁ……」
シュールが深い溜息をつく。
ここまで見事に倒壊してしまえば、中にあった設備も商品も絶望的だろう。
もともとあまり客が来ないから、立て直す間は問題ないんじゃないかとも思ったが、敢えて言わないでおいた。
211
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:24:49 ID:w1IcxiYQ0
_
( ゚∀゚) 「来雲英錬金術店の建て替え費用は国で持たせてもらう。
優秀な錬金術師を失うのは惜しいからな」
( ^ω^) 「ジョルジュ、遅いお……」
_
( ゚∀゚) 「ショボンが剣を持ってたら簡単だっただろうが。ブーン君がどうせ準備もさずに連れてきたんだろ」
(; ^ω^) 「うっ……」
lw´‐ _‐ノv 「さて、このまま注目を浴びながら話すのは憚られるんだけど」
_
( ゚∀゚) 「俺の部屋が空いている。そこへ来ればいい」
(´・ω・`) 「それじゃ、移動してから話の続きをしよう」
シュールがでぃを抱きかかえ、僕らは逃げるように騒ぎの場を後にした。
212
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:26:11 ID:w1IcxiYQ0
・ ・ ・ ・ ・ ・
_
( ゚∀゚) 「たく、面倒な話になって来やがった」
(´・ω・`) 「意外と狭い部屋なんだな。仙帝というからにはそれなりに贅沢をしていると思っていたが」
四人と一匹が正方形のテーブルに座り向かい合う。
茶菓子と熱いお茶が既に並べられていたあたり、最初からこちらで話すつもりだったのだろう。
でぃは暢気にブーンの菓子を食べていた。
_
( ゚∀゚) 「んで、誰がどこまで知ってるんだ?」
(´・ω・`) 「周のなかに、古代錬金術師であるシュールの意識が眠っているのは?」
_
( ゚∀゚) 「一応聞いていた。直接話をしたことは少ないがな」
lw´‐ _‐ノv 「私の悪意を殺してほしいというのは共通認識だよ、ショボン君」
(´・ω・`) 「その悪意は、隠れ里にいたことのある何者かの可能性が高い」
_
(; ゚∀゚) 「なっ……いや、確かに辻褄は合う。動ける錬金術師はいくらでもいるだろうし、
あの場所なら錬金術の情報を集めるのに事欠かない」
213
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:26:45 ID:w1IcxiYQ0
(´・ω・`) 「氷に閉じ込められたリリとどこかの場所にいた。
シュールの悪意は彼女の身体を使って蘇ろうとしている」
ワカッテマスの記憶で見えたのは青い光と白い吐息。
内部の一面が氷に覆われた洞窟。
ロマンの情報と合わせて調べれば、大陸北西部のどこかだと見当もつけられる。
lw´‐ _‐ノv 「その前に止めなきゃいけない。彼女が不老不死の身体を手に入れてしまったら、
私たちに対抗する術は無くなる。ジョルジュ君にも協力してほしい」
_
( ゚∀゚) 「……断る。何度も言ったが俺は華国を離れるつもりはない」
( ^ω^) 「今、隠れ里は何処にあるか誰にもわからない。
それだけじゃなくて、敵には人間の戦力もあるんだお! 放っておけば華国にも影響が及ぶお」
_
( ゚∀゚) 「そう簡単に負ける様な兵じゃない。
相手が錬金術を用いて武装をしてくるのであれば、此方もその準備を整えておくだけだ」
(´・ω・`) 「まぁいい。協力してくれるかどうかは別としても、話を聞くつもりがあるからここへ招いてくれたんだろ」
lw´‐ _‐ノv 「ブーン君は……?」
( ^ω^) 「勿論手伝うお。西方で起こってる異常事態の原因を止めなくちゃいけないんだお」
214
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:27:12 ID:w1IcxiYQ0
lw´‐ _‐ノv 「私は申し訳ないけど、あまり役には立てない。この身体は周のものだから……。
ただ、手助けは出来る。ショボン君、約束していたあれは調べ終わったよ」
シュールが取り出した三枚の紙。
小さく折りたたまれていたそれらを広げると、テンヴェイラについての情報が事細かに書き込まれていた。
lw´‐ _‐ノv 「でぃに協力してもらって、私の知っていることはすべて書き込んだつもり」
(;´・ω・`) 「出現予測地点……新大陸!?」
世界に存在する人類の版図である陸地のうち、僕らが生まれ育ったこの大陸が最も大きい。
東西南北に拡がり、東端と西端では文化や風習が全く違う。
西方に存在する大渦を超えた先にあると言われているのが、錬金術発祥の地と呼ばれる旧大陸。
南側に存在している大陸を新大陸と呼び区別している。
かつて旅したこともある新大陸の、その東端。
定期的に噴火する活火山がいくつも存在し、誰も近寄らない危険地帯。
僕ですらも足を踏み入れたことがない場所。
lw´‐ _‐ノv 「新大陸、ギルン山脈のなかで最も美しいニゴラゴ山。
最近、一番派手に活動しているあの山にテンヴェイラが生息する可能性が高いんだよね。
高いというか……ほぼ間違いなくいる」
215
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:27:55 ID:w1IcxiYQ0
( ^ω^) 「テンヴェイラ?」
(´・ω・`) 「シュールの悪意を閉じ込めている錬金術の構成に使われているのが、七大災厄のシスターヴァ。
それを確実に破壊するために必要なのは、同じ七大災厄の素材」
_
( ゚∀゚) 「それがテンヴェイラってことか」
(´・ω・`) 「そうだ」
∧
(゚、_`フ 「ふぁあ……話はまとまったのかの」
lw´‐ _‐ノv 「でぃ、おいで」
∧
(゚、。`フ 「むっ……」
シュールに呼ばれ、その膝の上で丸くなるでぃ。
こうしてみていると、元は人間だったとは思えない。
猫としての生活の方が長いのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが。
lw´‐ _‐ノv 「ショボン君。あの二人が今どこにいるかわかる?」
(´・ω・`) 「双子の番人か」
216
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:29:10 ID:w1IcxiYQ0
( ^ω^) 「おー、クールと一緒にいた? 最初にクールも探したんだけど見つからなかったお……」
(´・ω・`) 「たぶん彼女ならブーンより先に気づいてると思うけどね」
lw´‐ _‐ノv 「テンヴェイラを加工するためには彼らの錬金術も必要になる」
_
( ゚∀゚) 「いちいち面倒だな。封印か何か知らないが解けかけてるんだったら、普通に壊せるんじゃないのか。
もしくは、海の底にでも沈めちまえ」
( ^ω^) 「それじゃあ問題の先延ばしにしかならないお」
(´・ω・`) 「僕はリリを助けられたらいいんだけど、放っておくわけにもいかないとも思う。
ワカッテマスの記憶から見れば、悪意が身体を得るためにはまだ少しは余裕はあるはずだ」
_
( ゚∀゚) 「好きにしろ。さて、話は終わったか? 俺はさっきの騒ぎの後片付けがあるんでな。
とっとと帰ってくれるとありがたいんだが」
lw´‐ _‐ノv 「帰る家が騒動で無くなっちゃったんだけどね」
( ゚∀゚) 「……ショボンの使ってる部屋の近くを貸そう。異論はないだろ」
(´・ω・`) 「僕は構わないけどね」
217
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:31:12 ID:w1IcxiYQ0
lw´‐ _‐ノv 「それじゃ、そうさせてもらおうかな。あ、あと一つお願いがある」
( ゚∀゚) 「なんだよ」
lw´‐ _‐ノv 「ショボン君が出発した後、私を神州に連れて行ってくれないかな」
( ゚∀゚) 「あぁ!?」
lw´‐ _‐ノv 「ちょっと話をしたい人がいてね」
( ゚∀゚) 「自分で行けるだろうが」
lw´‐ _‐ノv 「許可さえもらえれば自分で行くんだけどねー」
( ゚∀゚) 「ったく、なら好きにしろ。話は終わりだ。さっさと帰れ」
半ば追い出されるように部屋を出てから、あてがわれた自分の研究室に戻った。
ブーンのせいで散らかった狭い研究室で、
僕らは今後の予定を立てるために顔を突き合わせてひろげた地図を覗き込む。
(´・ω・`) 「ここから新大陸までどれだけかかかる?」
218
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:31:59 ID:w1IcxiYQ0
lw´‐ _‐ノv 「海岸沿いをずっと下って、入り江を船で渡って……」
シュールの指が最短距離を追う。
最後に海を渡って新大陸の東端にたどり着く。
lw´‐ _‐ノv 「三ヶ月くらいかな。殆ど徒歩がメインになると思う……。
後、途中の厄介な土地は避けたほうが良いだろうからね」
( ^ω^) 「厄介な土地?」
lw´‐ _‐ノv 「まぁ、知らないほうが良いよ。たどるべき道標は地図に書き込んであげる」
(´・ω・`) 「テンヴェイラを捕まえるための錬金術が必要になるな。
その準備も含めた旅の準備に二週間くらいかかるか」
lw´‐ _‐ノv 「周も手伝うってさ。早く自分の時間を返してくれって怒ってるから、そろそろ私は消えるとするよ」
(´・ω・`) 「いろいろと助かった。ありがとう」
lw´‐ _‐ノv 「もとはと言えば私の問題だからね。巻き込んでごめんね。それじゃーね」
柔らかく拳を握り込み、それをこめかみに二度ぶつけた。
眠りについたかのように瞳から生気が抜け、机に倒れ伏す。
数秒ほどして起き上がってきた周の機嫌は、傍目に見ても相当悪かった。
219
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:32:31 ID:w1IcxiYQ0
lw;´‐ _‐ノv 「私の店……私の店が!!」
(;´・ω・`) 「ごめん……」
lw;´‐ _‐ノv 「まぁ、壊れたものは仕方がない。
シュールが建て直すのを手伝ってくれるらしいし、国からもいくらか補助がもらえるだろうから。
それで、大体話は聞いたんだけど、私は何を手伝えばいいの?」
( ^ω^) 「いったいどうなってんだお……」
lw´‐ _‐ノv 「その事は聞かないで。私にもわからない」
(´・ω・`) 「周はシュールと協力してテンヴェイラ捕獲用の道具を用意して。
僕はブーンと旅の準備をするから」
先の旅路で神州に上陸するために多くの道具を廃棄してしまった代償は大きい。
あれらがあればわざわざ作り直す必要もなかったのだけれど。
御主人様にもらった剣をこちらの研究室に置いたままにしていたのは、本当に運が良かった。
( ^ω^) 「わかったお」
220
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:34:11 ID:w1IcxiYQ0
(´・ω・`) 「取り敢えず僕らは明日になったら素材を集めよう」
lw´‐ _‐ノv 「私はもう自分の部屋に行くよ。おやすみー」
周が出ていってすぐ、ブーンは何処からか大きな瓶に入った酒と、
二つの猪口を持ってきてた。
(´・ω・`) 「……どこから持ってきたんだよ」
( ^ω^) 「葡萄酒やビールもいいけど、これもおいしいんだお」
(´・ω・`) 「人の研究室で好き放題しやがって……」
( ^ω^) 「まぁ、そう怒らないでくれお。
明日からは結構大変だと思うから、今日くらいゆっくりしようっていう気づかいだお。
ショボンがいるし、僕もいるし、きっとジョルジュやクールも手伝ってくれるから、リリも絶対助かるお」
(´-ω-`) 「ったく……わかった、今日は付き合うよ」
( ^ω^) 「流石ショボンだお! はい」
受取った猪口に並々と注がれた透明な酒。
僕らは二つを軽くぶつけ合わせ、一息に飲み干した。
221
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:35:28 ID:w1IcxiYQ0
32 血の遺志 End
222
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:35:55 ID:rceDu7sw0
おつおつ
223
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:36:35 ID:w1IcxiYQ0
>>15
30 災厄の巫女
>>102
31 少女への手掛かり
>>165
32 血の遺志
224
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:37:38 ID:w1IcxiYQ0
【時系列】
0 記録 → 0 記憶
↑
↓
22 アタラシキイノチ 誕生編
23 フシノヤマイ
24 テニイレタキセキ
25 シズカナムクロ
↑
↓
6 ホムンクルスの忘却と少女の幸福のようです 少女編
7 ホムンクルスの罪と少女の難のようです
8 ホムンクルスと少女のようです
↑
|
↓
1 ホムンクルスは戦うようです
│
2 ホムンクルスは稼ぐようです
│
3 ホムンクルスは抗うようです
│
4 ホムンクルスは救うようです
│
5 ホムンクルスは治すようです
│
9 ホムンクルスは迷うようです
|
10 ホムンクルスと動乱の徴候 戦争編・前編
11 ホムンクルスと幽居の聚落
12 ホムンクルスと異質の傭兵
13 ホムンクルスと同盟の条件
14 ホムンクルスと深夜の邂逅
15 ホムンクルスと城郭の結末
|
17 ホムンクルスと絶海の孤島 戦争編・後編
18 ホムンクルスと怨嗟の渦動
19 ホムンクルスと戦禍の傷跡
20 ホムンクルスと不在の代償
21 ホムンクルスと戦争の終結
|
225
:
名無しさん
:2016/07/20(水) 23:38:31 ID:w1IcxiYQ0
│
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
226
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 01:03:19 ID:dxdrTcYA0
乙
227
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 12:33:52 ID:q5v56yTk0
おー詰めてきてるなおつ!
228
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:02:54 ID:Ua0yhxCg0
33 大空を舞う翼
229
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:04:19 ID:Ua0yhxCg0
(; ^ω^) 「疲れたお……」
(;´・ω・`) 「流石に……しんどいね……」
見下ろせば雲が見えるほどに高い山道を僕とブーンは歩いていた。
華国を出発してからもう何十日と経ったか。
延々と続くブーンの愚痴を無視しながら海岸線に沿って南下していたが、
途中でルートを変更せざるを得なくなった。
結果、こうして山に登っているわけである。
(; ^ω^) 「きゅ……休憩を……」
(;´・ω・`) 「しょうがないな……」
この数日間は、いつ終わるとも知れない山岳地帯が目の前にあり続けた。
腰を下ろすのにちょうどいい岩を見つけ、荷物を地面に置く。
肩が少しばかり軽くなったところで、両手を真上にあげて伸ばした。
( ^ω^) 「ふぃー……あと何日続くんだお、この山道」
隣で道に身体を投げ出していたブーンが空を見上げながら問いを投げかけてきた。
230
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:05:37 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「さぁね。一週間くらいじゃないのか」
地図を見もせずに適当に答えた。
標高の高さ故か、今日もまた晴れている空。
それ自体はありがたいことなのだが、そのせいで十分に用意してきたはずの水分も尽きかけていた。
貴重な水をブーンは全く躊躇わずに飲み干す。
水分が喉を通る小気味のいい音が、僕の堪忍袋をキリキリと締め上げる。
(´-ω-`) 「ブーン……山を下りるまで雨が降らなかったらどうするつもりだ?」
( ^ω^) 「まだショボンのが半分以上残ってるはずだお」
(´・ω・`) 「僕は今お前をこの下に突き落として口減らしするか考えているところだから、
もう少し考えて発言したほうが良いんじゃないか」
(; ^ω^) 「お……顔が本気だお……」
水だけじゃない。食料だって想定よりも二倍近いペースで減っている。
このままじゃ次の街までサバイバル生活しないといけない。
捕まえられるような生き物がいるような場所ならどれだけよかったか。
231
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:08:37 ID:Ua0yhxCg0
辺りを見回しても何もない。
植物すらほとんど生えていないこの場所で、食料と水が無くなったらと思うと肝が冷える。
そもそも当初のルートで大規模な崩落が起きてなければ、僕らは今頃目的地にもっと近づいていただろう。
自然現象に文句を言っても仕方がないのはわかっているが、タイミングの悪さに溜息が出る。
( -ω-) 「こうしてると眠たくなってくるおね」
(´・ω・`) 「そのまま永眠してくれても構わないが」
( ^ω^) 「おー……空が近いおね」
ブーンは背中から倒れ込み、真上を見上げる。
雲が足元にあるせいで、頭上にあるのは絵の具をこぼしたかのような真っ青な空。
太陽の光がやけに強く感じられるのも気のせいではない。
そのせいなのか気温は少々高めである。
標高がどれだけあるかは知らないが、冷え込んでくる季節はもう目と鼻の先なはずだ。
お湯の上を歩いているかのような安心感が、逆に不安となって心に押し寄せていた。
(´・ω・`) 「ブーン……気づいてるか?」
( ^ω^) 「……この暖かさかお」
232
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:09:28 ID:Ua0yhxCg0
雪山を超えることも想定した重装備は、外気温によってその性質を変化させる錬金術の旅具。
予め設定していた温度よりも熱ければ風通しが良くなり、
寒ければ熱を逃がさないようになっている。
(´・ω・`) 「山脈それ自体が発熱してるんじゃないかな」
( ^ω^) 「わからんお。でも、そういう特殊な風土には特殊な生物が住みつくのが常だお。
今のところそう言った様子もないし……」
通常には有り得ない様な環境が存在する時、
そこにはほぼ間違いなくその原因となる錬金術の素材か、
その恩恵を享受する生物か、そのどちらもが生息している。
錬金術師の間では常識であり、だからこそこの暖かい山脈にも何らかの種の住処となっているだろう。
こういった場所を好むのは大抵が危険な動植物であるが。
( ^ω^) 「さて、行くかお」
(´・ω・`) 「ブーンから言うなんて珍しいね。僕はてっきり声をかけるまで動かないかと思ってたよ」
( ^ω^) 「そこを越えたらそろそろ下りになってると思うんだお」
233
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:10:09 ID:Ua0yhxCg0
ブーンが指さした辺りはここらで一番高く、その向こう側は見えない。
シュールの地図と照らし合わせてみても、山脈の中間地点は近かった。
(´・ω・`) 「よっし」
( ^ω^) 「ふっー……ショボン、そう言えば出発前に何を作ってたんだお」
(´・ω・`) 「あー色々。例えばこれとか」
僕はジョルジュに頼み、研究室をブーンと周にそれぞれ一部屋ずつ貸してもらった。
最初の日に旅に最低限必要なものの意見を出し合い、残りの期間は全て錬金術につぎ込んだ。
寒冷地でも温暖地でも使えるマントに、軽くて丈夫な靴、
服は長旅でも汚れにくい特別な素材。
身の回りの最低限の品から、テンヴェイラを捕らえるための特殊な錬金術まで。
余った時間を使って創り出したのは道中で役に立ちそうな道具。
艶やかな球体は握りこぶしよりも幾らか大きいほどで、掌の上で鈍色に光る。
その錬金術を説明するために、継ぎ目のない球体から一本だけ零れている極細の糸を引く。
234
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:11:45 ID:Ua0yhxCg0
( ^ω^) 「お!?」
(´・ω・`) 「強靭な糸は役に立つからね。でも持ち運ぶには不便だし、絡まってしまえば役に立たない」
( ^ω^) 「どうなってんだお、これ」
引けば引くだけ糸が足元に折り重なっていく。
球体は失われた体積分だけ小さくなった。
(´・ω・`) 「合金なんだ。球形でしか存在していない無端銅と延性が最も高い鎖状鉛を特定条件下で混ぜ合わせた」
( ^ω^) 「よくそんなこと思いつくおね」
(´・ω・`) 「欲しいと思ったから作った。錬金術師らしいだろ?」
( ^ω^) 「それで、それはどうするんだお」
垂れ下がった細い糸を指さすブーン。
僕は腰に結んだ剣を僅かに持ち上げて、切り離した。
(´・ω・`) 「この通り、一度引き出してしまったら元の球形には出来ないんだけどね」
235
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:12:34 ID:Ua0yhxCg0
( ^ω^) 「強度は落ちるけど、水分を幾らか足したらいけるかお?
純水よりは金剛水のほうが良いかお」
(´・ω・`) 「それはありだな。次の機会に早速やってみる。ブーンも何か作ったんだろ」
( ^ω^) 「あんまり役には立たないかもしれないけど、いろいろ作ってみたお」
ブーンの背負う荷物は僕のものよりも二倍近い。
出来るだけ荷物を減らそうとした僕とは違い、たぶん思いつくもの全てを実行して持ってきたのだろう。
(´・ω・`) 「例えば?」
( ^ω^) 「うーん、ちょっと探すの面倒だから取り出さないけど、
昔、朱天っていう武器を持っていた武器錬金術師の事を覚えているかお?」
(´・ω・`) 「……ハートクラフトか」
( ^ω^) 「あれの毒に似たものを創ってみたお。生き物を泥酔状態にする毒。
他にも、再生する布や溶かすことで液体の温度を極端に落とす粉末、
想定している毒をすべて無効化する多機能解毒薬、衝撃を与えると発光する棒状の金属」
(;´・ω・`) 「手当たり次第作ってるな……」
236
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:13:56 ID:Ua0yhxCg0
( ^ω^) 「何が役に立つかわからんお。使い道がなければ後で捨てるなり売るなりすればいいし」
(´・ω・`) 「それだけ重い荷物を背負ってるから疲れるんだよ」
( ^ω^) 「かもしれなけど、準備万端に越したことはないお。ほら、もうすぐ頂上だお」
視界を塞いでいた峰を超えると、遥か下方まで雲一つなく澄み渡った世界が広がっていた。
緩やかな下り坂が山々の合間を抜けて伸びている。
そのどれを通っても目的の場所に近づけるはずだった。
しかし、僕らの足は止まったまま前に進まない。
喜ぶべき事態に覆いかぶさって来たのは、不穏な影。
現状を理解した僕らの口をついて出てきたのは全く同じ言葉だった。
(;´・ω・`) 「まずいな……」
(; ^ω^) 「まずいおね……」
僕らが立っている道を下って行った先にある峰に、幾つもの巣があった。
大木と言って差し支えない樹木を寄せ集め、その中心に二つ三つの卵がある簡素な巣。
卵の大きさは人間ほどもあり、既に雛が生まれ囀っているところもあった。
(;´・ω・`) 「初めて見た……」
237
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:15:20 ID:Ua0yhxCg0
その鳥の名前は多くの人間が知っている。
人類の敵にして、空を統べる王たる生物。
(; ^ω^) 「厄介だおね……」
七大災厄と呼ばれる種は生物という枠組みを超えた存在であり、お互いに干渉しあうことはほとんどない。
それぞれが自らの境界を理解しており、交わることがないからだ。
それら七つの生物種の中で最強を論ずる意味はない。
彼らが互いに全力で戦い合えば、人類はいとも容易く滅び、この世界は無になる。
それぞれが僕らの理解の範疇を超える規格外の性能を持つためだ。
それはもはや神と形容しても問題ないほどに。
それとは別に、生物としての最強は確かにこの世界に君臨している。
過去、あらゆる時代において版図を争ってきた五種類の生物達。
五つの種の中でもっとも繁栄し、最も広大な地で活動するのは僕ら人間。
原初は木の棒や尖った石などの道具を用い、近年は錬金術を用いて戦う。
単体では最弱であるものの、その知恵で生き残って来た。
238
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:16:15 ID:Ua0yhxCg0
反対に、この生物は七大災厄を除き単体で世界最強。
空を自由自在に舞う機動力と、岩をも削り取る頑強な爪。
翼は鋼のように固く、柳のようにしなやかで軽い。
荒天鷲。
幾度となく人類と争ってきた仇敵。
眼下に見えるのはその住処であった。
( ^ω^) 「この山の暖かい温度が孵化に最適なんだおね」
(´・ω・`) 「どうする?」
下に道は全ていずれかの巣の横を通らなければならない。
今目に見える範囲には一羽だけ、見張りの親鳥がその翼を休めていた。
( ^ω^) 「巣の数からして少なくても十近くのつがい。多く見積もっても全部で三十羽くらいかお」
(´・ω・`) 「避けて通るに越したことはないけど、陽が落ちてからだと難しいだろうね」
夜目が効く相手に対して、こちらは灯りが無ければ手元を確認することもできない。
239
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:16:38 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「今日できるだけ近づいて、明日の朝から昼にかけて、見張り以外の親鳥がいないうちに突破しよう」
( ^ω^) 「了解だお」
転げ落ちないように気を付けながら、細い山道を下りる。
ゆっくりと日が沈みだし、羽搏く音が遠くから聞こえ始めた。
一羽、また一羽と巣に戻ってきては体を丸めて眠っていく。
完全に陽が沈むまでに数えられたのは二十五羽。
その後もしばらく羽音は続き、付近が無音に包まれたのは夜も更けた頃だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・
( ^ω^) 「ショボン……あれ……」
異変に最初に気付いたのはブーンだった。
陽が昇る前には荒天鷲の群れが東の空へと飛び立っていき、巣の中に残っていたのは昨日とは異なる一羽。
僕らが巣の間を抜けようとしていた時、一つ向こうの巣の方から小さな話し声が聞こえた。
240
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:18:15 ID:Ua0yhxCg0
隠れて様子を窺っていると、少しずつ卵が巣の外へと動いていく。
見張りの一羽はその変化には気づいていない。
妙な装束で全身を覆った集団は、大きく重たい荒天鷲の卵を巣の外へと運び出した。
(;´・ω・`) 「何してるんだ……死にたいのか……」
天を劈く鳴き声が、明確な殺意を伴って山頂付近を吹き抜けた。
(;´・ω・`) 「隠れろっ!」
(; ^ω^) 「おっ!」
ただ通りすがっただけで盗人と判断されてはたまらない。
頭上から降り注いだ荒天鷲にとって小さな欠片は、人間にとって一つ一つが致命な威力を誇る。
卵を盗んでいた連中がただの人間であったなら、肉片へと変わっていただろう。
拡がる土埃を吸い込まない様に口元を抑え、ただじっと潜んで耐える。
岩石の霰は止み、敵の様子を窺いながら荒天鷲は上空を旋回していた。
( ^ω^) 「生きてる人はいるかお……?」
241
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:18:59 ID:Ua0yhxCg0
(´-ω-`) 「助かるわけがない……」
確認しようと巣の端から顔を出したのと、空からどろりとした液体が落ちてきたのは全くの同時だった。
(;´・ω・`) 「っ!?」
僕らも気づかれたのかと思い焦って顔を引くが、二つ三つと続いて落ちてきたその正体はすぐにわかった。
地面に零れ、その温度のあまり白い煙を立ち昇らせているのは、荒天鷲の血液。
(; ^ω^) 「……信じられんお」
一際大きな塊が地面に落下し、そのまま動くことをやめた。
全身を貫かれ血みどろに染まった荒天鷲の死体。
(;´・ω・`) 「嘘だろ……」
現存する生物の中で頂点に位置すると言われているその鳥を、ただの一瞬で殺したことも。
その傷ついた身体を蟻のように分解し、素材として分けていく手際の良さも。
普通の人間でありえないなら、答えは一つしかない。
(;´・ω・`) 「……っ! 錬金術か……」
242
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:20:47 ID:Ua0yhxCg0
遥か上空にいる相手に対して、それも最高峰の種を屠る威力の錬金術。
仮に人間同士の争いで使用されれば、甚大な被害は免れ得ない
( ^ω^) 「ショボン、作れるかお?」
(´・ω・`) 「出来るけど……」
素材もある。知識もある。それでも簡単じゃない。
これ程の威力がある危険物を、人間の錬金術師が生み出した可能性があるという事。
素直に錬金術の進歩と喜んでいいわけがない。
( ^ω^) 「卵が……」
(´・ω・`) 「……もう帰ってきてる」
威嚇ではなく、警告。
先程の見張りの一声は、万が一の時のために仲間を呼んでいたもの。
(´・ω・`) 「ブーン、もう少し奥に隠れていよう」
正直に言えば状況を確認していたいが、巻き込まれるのはごめんだ。
テンヴェイラ捕獲用の装備を失くしてしまうわけにもいかない。
243
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:21:42 ID:Ua0yhxCg0
(; ^ω^) 「っ……」
荒天鷲すら殺し得る錬金術を持っていながら、わざわざ朝方の時間帯を狙った理由は一つ。
大軍に対応することができないか、殺し尽してしまうわけにはいかないかのどちらか。
前者であるということは悲鳴と叫び声ですぐに確認できた。
嵐が通り過ぎるのを巣の影に隠れて待つ。
三十分と経たずに、山頂には再び平穏が訪れた。
(;´・ω・`) 「厄介なことになったな……」
(; ^ω^) 「だおね……」
可能な限りの小声でブーンと話す。
僕らが隠れている巣に親鳥が戻ってきて動かない。
辛うじて見つかっていないようだが、もはや時間の問題だろう。
( ^ω^) 「餌を取りに行くのやめたのかお……?」
(´-ω-`) 「いや……」
否定の先を続けるのは躊躇われた。
ブーンも薄々と勘づいている。
荒天鷲は肉食であるし、必要のない狩りは行わない。
244
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:23:18 ID:Ua0yhxCg0
巣の数に対して二倍の親鳥がいると仮定すれば、犠牲者の数は三十を超えているはずだ。
極力聴覚を意識しないように心掛ける。
(´・ω・`) 「今は僕らよりも荒天鷲の方がよく見えるだろうね」
( ^ω^) 「陽が昇るまでこの状態かお……」
ごつごつとした岩肌は皮膚に食い込み、すぐ真上に荒天鷲がいる中で後数時間は過ごさないといけない。
地面が暖かいお陰で凍えることがないのが唯一の救いだ。
(´・ω・`) 「何だと思う?」
( ^ω^) 「わからんお。でも、戦闘経験は無さそうだお」
統率された一部隊であれば、荒天鷲が戻って来始めた時、すぐに退避に専念したはずだ。
半端な抵抗は相手の怒りしか買わず、全滅と言う最悪の結果を迎えてしまった。
戦闘に関しては恐らくほぼ素人。
だけど、空を飛んでいる荒天鷲を撃ち落とせるだけの錬金術の扱い方を心得ている人間。
それは錬金術師以外にありえない。
集団の全員がそうとは限らないが、落ちてきた死体の様子から見れば最低でも二、三人はいる。
245
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:24:48 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「そもそも連中はなんで荒天鷲の卵を盗もうとしてたんだ」
( ^ω^) 「わからんお。荒天鷲の卵って何か用途があったかお」
(´・ω・`) 「いや……」
希少な素材であるが故に過去を遡ってもほとんど研究の資料がない。
錬金術師達の行動原理は様々だが、幾つかの目標が存在する。
誰も知らないものを研究し、その特性や効果を明確にすることはそのうちの一つ。
荒天鷲の卵であれば、世の多くの錬金術師からはその功績を認められることだろう。
だけど、複数人の錬金術師が集まって共同研究する理由にしては弱すぎる。
素材を手に入れるまでの過程の方が難しい今回の場合には、当てはまらない。
( ^ω^) 「最近、錬金術師が集まって研究することが増えてきたんだお。
セント領主家の事件の後くらいから、明確に」
(´・ω・`) 「共同研究か……メリットはあると思うけど……」
( ^ω^) 「僕らからしたら理解しがたいおね。結構成果も出してたけど。
新たな研究員の募集とか発表内容が錬金術師の雑誌に載ってるお。
十人を超える規模の集団も幾つかはあるんじゃないかな」
246
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:25:42 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「あの時みたいな研究はしてないだろうな……」
錬金術師が皆、常識を持っていて善意で研究しているわけではない。
悪用しようとする者は少なからずいるし、それに同調して金を稼ごうとする者もいる。
そういった術師達が作った集団がセント領主家という厄介な隠れ蓑を得て、
その行動原理のために戦争の引き金となった。
( ^ω^) 「もしやっているとしても表立って動いてはいないからわからんお。
不老不死の研究をしましょう、なんて呼びかけがあったら妨害しにいくんだけどね」
(;´・ω・`) 「それもそうだな。っつつ……身体が痛くなってきた」
(; ^ω^) 「僕はだいぶ前からだお……」
僕よりも体重の重いブーンの方が岩肌が食い込むのだろうか。
それとも脂肪があるから幾分楽なのだろうか。
その辺ははっきりとわからないが、出来れば両手両足を伸ばしてゆっくりできる場所に移動したい。
頭上の荒天鷲は先ほどから毛づくろいするだけだ。
既に諦めつつあるが、この体勢もかなりきつい。
(´・ω・`) 「ブーン、そっち側の端からどこか隠れられそうな場所は見えるか」
( ^ω^) 「ちょっと待ってくれお」
247
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:26:22 ID:Ua0yhxCg0
音を立てないように地面を張って進む。
巣の外周を回って、僕とは反対側へ。
( ^ω^) 「ショボン……」
戻ってきたブーンは明らかに狼狽えている様子だった
(´・ω・`) 「なんだ」
(; ^ω^) 「人が……まだ生きてるお……」
(´・ω・`) 「さっきの連中か……」
(; ^ω^) 「うん」
少しだけ顔を出して一つ向こうに見える巣の辺りを探すが、こちらからは見えない。
地形が変わるレベルで降り注いだ岩石のせいで、生きている人間なんて最初からいないと思い込んでいた。
(; ^ω^) 「助けに行けないかお……?」
(´・ω・`) 「無理だ」
248
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:27:12 ID:Ua0yhxCg0
依然として荒天鷲の半数以上が巣に残っているし、
準備もなしにその視線を掻い潜ることなんてできるわけがない。
(; ^ω^) 「でも……」
(´・ω・`) 「どういう状態なんだ」
動けるようなかすり傷程度であれば、とっくに逃げているはずだ。
未だにあの場にとどまっているということは、身動きすら取れないような重傷だろう。
仮に食料となる未来から助けることができたとしても、今の僕らじゃ傷を手当てすることができない。
長旅の準備をしてきたとはいえ、傷薬は一切持ち込んでないのだ。
( ^ω^) 「ここから見えるだけだと……片足が潰されてるお。後、頭からも血が出てる。
あのままじゃ……」
(´-ω-`) 「ブーン、頼む。諦めてくれ」
( -ω-) 「……」
生きている命を失わせたくないという気持ちがわからないわけではない。
僕だって救うことができる命が目の前で消えそうならば、可能な限り力を尽くす。
けれどもどう考えたって、今この場でその人間を助けることは出来ない。
249
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:27:57 ID:Ua0yhxCg0
( ^ω^) 「そうだ……!」
(´・ω・`) 「ブーン……? 何するつもりだ?」
持ってきた荷物の袋の中身を物色し、一つの黒い塊を取り出した。
( ^ω^) 「投げた方向へと動き続ける錬金術と光を乱反射する錬金術を仕込んでるお。
これなら囮に……」
(´・ω・`) 「駄目だ。仮にそれに気づいたとしても空から見れば僕らの動きは丸わかりだ」
( ^ω^) 「お……」
(;´・ω・`) 「静かにっ……」
思わず口を塞いで息を止める。
頭上で響いた何かが割れるような音、次いでけたたましい鳴き声。
(´・ω・`) 「生まれたか……」
親の荒天鷲が盗人達の死体の辺りへと移動し、岩石の間から一つ掴んで戻って来た。
耳を塞いでも、それは聞こえてくる。
堅いものを砕き、柔らかいものを引きちぎる不快な音。
250
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:30:06 ID:Ua0yhxCg0
それは長く続かず、親鳥は不意に空へと羽搏いていった。
他の巣を護っていた荒天鷲も同様に上空へと舞い上がり旋回軌道をとる。
そのうちの一羽が同朋の亡骸を掴み持ち上げ、山脈の向こうへと運んでいく。
( ^ω^) 「今なら……っ!」
(´・ω・`) 「ブーン!!」
止める隙は無かった。
走り出したブーンが見つからないようにと願うだけで、僕は巣の影から動かない。
荒天鷲の群れ戻って来始めた時、ブーンは男を抱える様にして巣の影まで連れてきた。
ただでさえ狭い場所に人が増えたせいで、
身体が外から見えているんじゃないかと不安になる。
(´・ω・`) 「無茶を……」
( ^ω^) 「おー……大丈夫かお……?」
「っぅ……」
(´・ω・`) 「とりあえず止血しよう」
251
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:31:57 ID:Ua0yhxCg0
生憎包帯も持ってはいない。
少々もったいないが、錬金術で編み込んだ特別な布を割いて使うしかないだろう。
連れてきてしまったからには最善を尽くす。
( ^ω^) 「助かるかお……」
(´・ω・`) 「分かってると思うけど、今のままだと厳しい」
出血量は少なくないし、頭の傷は落石が掠った時のものだろう。
深くはないが脳にダメージを与えている可能性が高い。
傷口をきちんと消毒できなければ壊死してしまう恐れもある。
男の意識は現実と夢の境界線上を彷徨っているのだろう。
視線の先がゆらゆらと揺れている。
( ^ω^) 「しっかりするんだお」
(´・ω・`) 「やめろ、無理やり起こすな」
頭の上に荒天鷲が戻ってきた今、男が目を覚ました時に騒がれてしまってはたまらない。
いつ爆発するとも知れない危険物を、
わざわざ拾ってきてまで手元に置いているのだという自覚を持って欲しい。
252
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:33:08 ID:Ua0yhxCg0
「うぅ……」
厄介なことになった、とは言えない。
損得計算を抜きに考えれば、ブーンの行動を責めることは出来ないからだ。
(´・ω・`) 「この男を助けるためには、出来るだけ早く下山する必要がある」
荷物の中で折りたたまれた地図を最低限拡げ、向かう先にある村を探す。
山を下りた先に集落があると印がしてあるが、この地図が何年前に作られたものかはわからない。
今のところこの地図が正確だったのは、崩落する道の直前まで。
この山脈を登った時点でそのコースを外れてしまったわけで、
もはやこの先に何があるかを予想することは出来ない。
( ^ω^) 「山を下りるのにどのくらいかかるお?」
(´・ω・`) 「登って来たのと同じくらいはあるね。四日ないし五日くらいだろう」
( ^ω^) 「…………」
(´・ω・`) 「正直、もつかどうかって言われると……。置いて行くというつもりはないけどね」
( ^ω^) 「……すまんお」
253
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:35:10 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「いいさ、君のことはよくわかってる」
「っう……俺は……」
男が目を覚まし、起き上がろうとした肩を出来るだけ優しく支えて抑えた。
頭の下に置いた荷物を枕代わりにしていた体勢に押しとどめるために。
「あんたらは……」
(´・ω・`) 「静かに。あなたは取り敢えず助かった。だけどここはまだ荒天鷲の巣のすぐ真下だ。
騒がれると見つかってしまう」
「っ……! 他の……仲間は……」
( -ω-) 「……」
ブーンが首を横に振った。
男は自らの境遇を理解したのだろう。
目を閉じて何かの文言を聞き取れないほどの小さな声で、繰り返し呟いていた。
「……足の感覚が全くない」
254
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:35:44 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「かなり深い傷だ。一応止血はしているが……」
「そうか……」
( ^ω^) 「聞きたいことがあるんだけど、いいかお」
「話していると気が紛れる。あんたらにも聞きたいことはあるが、助けてもらったんだ。
そちらの後にしてもらって構わない」
( ^ω^) 「何の目的で荒天鷲の卵を狙ったんだお」
「クライアントからの依頼だ。研究費を相当額寄付してもらっていたからな」
( ^ω^) 「仲間は全員が錬金術師だったのかお」
「……そうだ」
二ケタ以上の錬金術師を抱えることが個人でできるとは思えない。
そうなれば必然、国家規模での後ろ盾が関わっている可能性がある。
255
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:36:18 ID:Ua0yhxCg0
( ^ω^) 「最初の一匹を撃ち落としたあの錬金術も自分たちで創り出したのかお」
「……いや、あれに関してはクライアントがどこからか手に入れてきた設計図に従っただけだ。
錬成に時間はかかるし、素材はどれも高価なものばかりだったからな。数本しか作れなかった。
今になって思えば……準備にはもう少し金をかけておくべきだったな」
( ^ω^) 「貫通性能の高い弾を高速で射出する錬金術かお」
「……ここにいるってことは一部始終を見てたってことか。見てただけで仕組みまでわかるとはな。
高名な錬金術師様だったりするのか……っつつ……」
(´・ω・`) 「あまり喋って体力を無駄に使わないほうが良い」
( ^ω^) 「そうだおね……ごめんだお。無理に答えてくれなくてもいいお」
「いや、話をさせてくれ。その方が痛みを忘れていられる」
( ^ω^) 「さっき言ってた聞きたいことってなんだお」
「あんたら二人……ただものじゃないと思ってな。
こんなところに来てる時点で相当な変人だろ。山脈の危険地帯はここの荒天鷲の生息地だけじゃない」
256
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:38:27 ID:Ua0yhxCg0
( ^ω^) 「僕らは別の道を使う予定だったんだけど、そっちが通れなかったから仕方なくね」
あの落盤事故さえなければ、こんな厄介な山脈頼まれたって来るつもりはない。
研究目的で自ら来ることはあるかもしれないけど。
「あぁ……海岸沿いを南下してたのか……」
( ^ω^) 「知ってるのかお」
「三年くらい前に起きた地殻変動が原因だったはずだ。
直接見たわけではないからどういった様子なのかは知らないが」
( ^ω^) 「広範囲にわたって陥没してて、徒歩じゃ危なくて歩けないお」
「そうか……」
男は話すことをやめ、自分のいる場所を首を動かしながら確認していた。
(´・ω・`) (まずいな……せめて下山だけでもできれば)
きつく縛ったはずの布は既に半分以上が赤く染まっている。
男の唇は紫色に、呼吸は浅く、肌は白く変色してきていた。
傷口は悪化の一途をたどり、体力は次第に失われていく。
257
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:40:53 ID:Ua0yhxCg0
よくもっても二、三時間程度だということはわかりきっていた。
( ^ω^) 「ショボン、無理やりにでも下りるしか……」
(´・ω・`) 「……」
時間が足りなかった。
苔くらいしか生えていない山岳地帯を抜けるのに、最低でも後四日。
天候やルートによっては五日以上。
仮に道なき道をとれば、足元に見える森にたどり着くまでにかかる時間は五分くらいか。
その衝撃に耐えられるわけもないので却下だが。
( ^ω^) 「さっきの紐をもったまま飛び降りて、森の中で傷口を塞ぐための植物を探すのはどうだお。
それを先端に結んで引っ張れば……」
(´・ω・`) 「そんな長さはないし、どうやって荒天鷲の眼を潜り抜ける。
空中じゃあどんなに錬金術を駆使しても勝ち目はない。
最悪何処かわからないところに放り投げられるぞ」
(#-ω-) 「じゃあ……どうすればいいんだお……」
「なぁ」
( ^ω^) 「なんだお」
258
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:41:47 ID:Ua0yhxCg0
「一つ頼みを聞いてもらえないか。俺の故郷に持って帰ってほしいんだ」
男が胸元から取り外したのは、銀色の小さな板。
彫ってあるのは男の名前だろう。戦時に傭兵達が身に付けているものと似ていた。
ただ一つ違うとすれば、それが錬金術によって創られたものであるという事。
(´・ω・`) 「白狼銀・……」
「俺の自慢の一作だ……。別に大した価値はないが。家族にとっての報せになる」
(´・ω・`) 「それを確実に届ける約束はできない」
これから僕らが向かう場所を思えば、荷物が無事であると考える方が愚かだろう。
一歩踏み間違えれば身体ごと失ってしまうかもしれない地。
朱く煮えたぎる溶岩が河川の様に流れ出るギルン山脈では。
「別に……そもそも誰にも知られず朽ちてたかもしれないんだ。可能性が与えられたから縋っているだけだ」
( ^ω^) 「何処に住んでるんだお」
「城塞都市国家フラクツク。そこで暮らしている。そのプレートに書いてある住所で……。
あんたらに会えてよかったよ。一人死んでいくことを覚悟してたからな」
(; ^ω^) 「諦めるなお……」
259
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:43:34 ID:Ua0yhxCg0
「あんたは変わった人だな。自分達も危険な状況にありながら、見ず知らずの俺を助けてくれるなんて。
今後の……道中少しでも楽になればいいな……」
(; ^ω^) 「っ!!」
男はゆっくりと瞼を落とした。
問いかけても反応はなく、胸だけが静かに上下している。
(´・ω・`) 「ブーン……」
白銀狼を握り締めている手は微かに震えていた。
どこにぶつけることもできない怒りが、ほんの少しだけ零れ出てきていた。
( ω ) 「わかってたお。わかってたんだお。こんな場所じゃまともに治療できないことは……」
(;´・ω・`) 「っ! 伏せろ!! ブーン!!」
突如として僕らが隠れていた巣の一部が吹き飛んだ。
掌よりも大きな瞳に睨まれ、身体が縛り付けられたかのように動かなかった。
(; ^ω^) 「やっ……べおっ……」
260
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:44:28 ID:Ua0yhxCg0
それはブーンも同様なようで、激しい風が目の前を吹き抜けた瞬間、その姿が視界から消えた。
数秒遅れて振り向けば、そこにあったのは右腕が千切れかけたブーンの姿。
背にしていた荷物を庇ったのだろう。咄嗟の判断にしてはよかったと一安心した時、僕もまた地面に転がっていた。
(;´メω・`) 「ぐ……ぎぃ……」
即座に被害を確認し、全身への命令を下す。
ただひたすら走るようにと。
(; ^ω^) 「ショボン! こっちだお!」
再生したブーンに呼ばれ、下り坂を走る。
異変に気付いた他の荒天鷲達が次々と上空へと飛び上がっていく。
(メ ^ω^) 「ぐげっ……」
そのうちの一匹がブーンの肩口を掴み飛び上がろうとした。
咄嗟にその足を掴んだ僕はブーンと共に上空へと飛び上がった。
(;´・ω・`) 「まず……」
肩口を深くえぐられたブーンは再生途中で、背負った荷物のベルトも片方が千切れていた。
僕がぶら下がっているせいで傷口は拡がっていくばかり。
261
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:45:05 ID:Ua0yhxCg0
肩口を深くえぐられたブーンは再生途中で、背負った荷物のベルトも片方が千切れていた。
僕がぶら下がっているせいで傷口は拡がっていくばかり。
(; ^ω^) 「いてえええええ!!」
(;´・ω・`) 「我慢……しろ……っ!」
脚から腰へ、そしてその背中によじ登る。
服が引っ張られて首が閉められているブーン。
申し訳ないが、今は気にしている余裕はない。
(; ω ) 「く……苦し……」
(;´・ω・`) 「っ!」
真下に見えるのは緑の海。
風を切る音は、いつの間にか複数になっていた。
ブーンの肩を掴んだままの爪を叩き折る。
(; ^ω^) 「おおおおおおおお!!!」
262
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:47:48 ID:Ua0yhxCg0
空中に放り出された僕らを狙うように、巨大な翼をもつ荒天鷲が迫る。
真っ直ぐに向けた剣先とぶつかり合った鋼のような翼。
腕ごと持っていかれたかのような衝撃が全身を突き抜けた。
(;´・ω・`) 「ぐぅう!」
(; ^ω^) 「どうすればいいお!?」
(´・ω・`) 「とにかく、巣の辺りに戻るわけにはいかない! 僕の荷物を掴んでいてくれ!」
落下しながらの会話は喉が避けるほどの大声でやっと届く。
空中で荷物袋の中に手を突っ込み、必要な道具を取り出す。
(´・ω・`) 「覚悟しろよ」
(; ^ω^) 「おっ!?」
二つの粘土を混ぜ合わせる。
一つ一つは無害なものでも、二つの存在が重なり合ったときに普段とは全く違う反応を起こす。
錬金術によってパズルの欠片の様に二つに分離させた粘土が、
僕の両手の中で本来の性質を取り戻した。
263
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:49:17 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「簡易製造火薬」
( ^ω^) 「出来るだけ痛くないように頼むお」
(´・ω・`) 「出来ない相談だ」
起爆の方法はいたって簡単。
ごく少量の唾を指で掬い、火薬の表面に塗り込む。
連鎖反応を起こし、想定通り十秒後に爆発した。
・ ・ ・ ・ ・ ・
( -ω-) 「っつつ……ショボン生きてるかお」
(´-ω-`) 「二回くらい死んだんじゃないか」
264
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:50:15 ID:Ua0yhxCg0
身体をゆっくりと起こす。爆発の衝撃で鼓膜が吹き飛んだせいか聞こえてくる音が若干新鮮に感じる。
怪我は既に完治していたが、無事ですまないものもあった。
(´・ω・`) 「荷物の中がぐちゃぐちゃだな」
( ^ω^) 「僕はそんなに整理してなかったからあんまり変わらないお」
(´・ω・`) 「知ってたよ。とりあえず、ここがどこだかってことだけど……」
( ^ω^) 「僕らは北側に吹き飛んできたお。
南側の森とは植物も結構違ったし、爆発した時の太陽の位置から見ても間違いないおね」
(´・ω・`) 「なんとか予定通りってことか」
荷袋に手間をかけておいてよかった。中に入っていた錬金術に目立った損傷はない。
一度地面に広げて並べ、それを順番に仕舞っていく。
( ^ω^) 「方角だけわかったら、なんとかなるかお」
(´・ω・`) 「地図にはこの辺の地域に関してあんまり書いてないんだよね」
265
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:51:44 ID:Ua0yhxCg0
山岳地帯の南側を抜ける予定だったはずだったこともあり、それ以外のコースのことはあまり詳しく聞いていない。
シュールがあまり話したそうにしていなかったこともあるが、
地図に載っている場所を全て説明してもらうわけにもいかなかったのだから仕方ない。
(´・ω・`) 「とりあえず西側を目指そう。山脈が途切れた所で南下。もう一度海岸沿いへ出る。
その後は予定通り港湾都市コルキタから船を使う」
( ^ω^) 「この森を抜けないといけないおね」
(´・ω・`) 「あんまり珍しいものはないけど……っとブーンあそこの木の影まで歩いてくれ」
( ^ω^) 「お……?」
僕らが数秒前まで立っていた場所に、尖った岩石が突き刺さった。
その全体の半分以上が土の中に埋まり、衝撃に驚いた付近の鳥たちが一斉に飛び立つ。
羽音に紛れて降り注いだ氷柱のような岩石群は適当に放り投げられたのだろう。
最初の一発以外はてんで見当違いなところへと突き刺さっていた。
(´・ω・`) 「まだ狙ってきてるね。別に僕らが何かしたわけじゃないんだけどね」
( ^ω^) 「ここが森じゃなかったらと思うとぞっとするおね。あんなのに狙われたらしんどいお」
266
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:53:10 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「荒天鷲の住処がこんなところにあるとわかったのは収穫だった。
素材としての興味もあるしね」
( ^ω^) 「命がいくつあっても足りんからやめとけお。
……それでショボン、聞きたいことがあるんだけど」
(´・ω・`) 「なんだ」
( ^ω^) 「城塞都市のえっと……フラツクツ? ってどこにあるか知ってるかお」
(´・ω・`) 「フラクツクだな。この大陸の中央より少し北側、かなり大きな都市国家だ。
山の斜面と平地を国土としている」
訪れたことはないが、その噂はよく聞く。
都市を囲うように組み上げられた城壁は高く、厚い。
最も内側の城壁の中に生活空間が詰め込まれ、
二つ目の城壁までが田園地帯、一番外側が放牧地帯と区切られていたはずだ。
都市の背後にある山には巨大な水源があり、そこから流れ出た河は都市の中を通って海までつながっている。
数々の国家が興亡してきたこの大陸の中で、最も長く続いているとされている国家。
それが城塞都市国家フラクツク。
267
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:54:31 ID:Ua0yhxCg0
国民の三倍を超える敵に壁外を囲まれても耐えきった。
誰が組んだのかわからない城壁には、何故か錬金術の痕跡があるらしい。
効果も影響も不明な錬金術。
(´・ω・`) 「結局、組み立てに用いられた石の加工に錬金術が使われてたんじゃないかっていうのが通説になっているね」
( ^ω^) 「はー詳しいおね」
(´・ω・`) 「行ってみたかったからね。いろいろあって結局無理だったけど」
かつてリリと暮らしていた頃にその国の話を初めて耳にした。
二人でいろいろ話し合って、取り敢えず見に行こうとしたけれど、
すぐ隣の国まで行ったところで諦めざるを得なかった。
その国で城塞国家の過去数年間の入国拒否者数とその理由を教えてもらったからだ。
三重の堅牢な城壁に囲まれた国が最も恐れるのは、疫病や裏切り、内通による内部からの崩壊。
そのため、基本的に移民は受け付けていない。
旅行者ですら日に数人までとの上限が決められており、厳しい監視がつく。
観光すら見張りの元で行わなければならず、錬金術を用いた道具類は持ち込み不可。
( ^ω^) 「いつか行くことがあったら、届けたいおね」
268
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:55:10 ID:Ua0yhxCg0
ブーンの握る銀のタグ。
それを家族に届けないほうが幸せなのではないかとも思う。
死を確定させてしまうよりは、何処かで生きているという見せかけの希望があるほうが。
考えたところで、最終的に決めるのはタグを受け取ったブーンだ。
僕はあえて口を出さないようにした。
森林を行く僕らの周りには、定期的に岩石が降ってくる。
人間程度なら簡単に潰せてしまえそうなほど大きなもの。
木々を薙ぎ倒しては転がって止まる。
(´・ω・`) 「何処にいるかも見当ついてないくせに、随分としつこいな」
( ^ω^) 「まぁ、仲間を殺された彼らの気持ちもわからんでは無いお」
(´・ω・`) 「僕らは関係なんだけどっと、危ないな」
目の前に落ちてきた岩石が地面にめり込む。
それを避けて進む。
森を埋め尽くす植物はこれだけの騒ぎにも我関せずだ。
269
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:55:56 ID:Ua0yhxCg0
道を創り出しながら歩く。人間が通ったような跡はない。
随分と長いこと放置されてきた自然なのだろう。
普段なら運が良かったと思うところだが、今の状況ではただただ面倒なだけだ。
(´・ω・`) 「珍しい植物もあんまり見ないね」
( ^ω^) 「あったらショボンを引き離すのが面倒だから助かるお」
(´・ω・`) 「流石に今集めたりはしないさ」
( ^ω^) 「どうだかわからんお」
(´・ω・`) 「それより、本当にこっちであってるんだろうな」
( ^ω^) 「そのまま進んでくれお。地図は嘘はつかないから心配するなお」
(´・ω・`) 「地図はそうでもブーンが間違うことがあるだろ」
最初からその心配しかしてない。
方位磁針が逆だったと言われても驚かないつもりだ。
ある程度の制裁は加えるが。
270
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 22:59:14 ID:Ua0yhxCg0
( ^ω^) 「疑ってるおね」
(´・ω・`) 「そりゃあね」
(; ^ω^) 「否定されないところがつらいお……」
(´・ω・`) 「それで、今どのへんなんだ」
( ^ω^) 「たぶんこのあたりだお」
ブーンの指が円を描いたのは、荒天鷲が住処としてた山脈から南に少し向かった辺り。
乱雑な文字で”森”とだけ書かれて射線を引いた一帯。
早急に抜けてしまうつもりだったが、森はまだまだ続きそうだ。
(´・ω・`) 「町とかは無いよね」
( ^ω^) 「何の記述も無いお。というかシュールも何があるのか知らないんじゃないかお」
(´・ω・`) 「そりゃ彼女だって万能じゃないんだから。
誰も入ったことのない森の情報なんて持ってないでしょ」
( ^ω^) 「それはそうだけど……」
271
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:03:32 ID:Ua0yhxCg0
(´・ω・`) 「僕らは道を外れちゃってるわけだしね。
となるともう少し気を付けたほうが良いかもね」
荒天鷲から無事逃れることができて僕らは安心しきっていた。
森の中に危険な生物がいないとは限らないのに。
( ^ω^) 「今はとにかく進むお。荒天鷲が諦めるくらいまで」
(´・ω・`) 「それには賛成だね」
天然の屋根の下を僕らは歩く。
偶に降ってくる少々大きな霰は無視しながら。
森の出口を目指して。
272
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:04:37 ID:Ua0yhxCg0
33 大空を舞う翼 End
273
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:06:28 ID:Ua0yhxCg0
>>15
30 災厄の巫女
>>102
31 少女への手掛かり
>>165
32 血の遺志
>>228
33 大空を舞う翼
274
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:06:34 ID:2SHibfbc0
毎日お疲れ様
明日も楽しみだ
275
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:07:10 ID:Ua0yhxCg0
│
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
33 大空を舞う翼
276
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:16:51 ID:yVJTRPFw0
おむ
277
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:17:21 ID:yVJTRPFw0
ミスった乙
278
:
名無しさん
:2016/07/21(木) 23:20:47 ID:jVPaRsnY0
乙乙
279
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 10:34:58 ID:MyNQp3yk0
乙
次も待ってる
280
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 11:22:28 ID:xBNwfJYE0
伏線多いな
281
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 16:58:14 ID:EeJL8kDA0
ブーンの人間好きって結構厄介だなおつ
282
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:09:52 ID:jotWtS3k0
34 地を穿つ角
283
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:10:15 ID:jotWtS3k0
「おおおおおん!???」
僕の少し前を歩いていたブーンが突然視界から消えた。
声のした上方を見れば、足首に引っかかった蔦で逆さに吊るされていた。
(;´・ω・`) 「ブーン! すぐに降りてこい!」
尋常じゃないことを理解していたのか、
腰に結んでいた剣ですぐさま足のロープを切り、顔を下にして地面に落ちてきた。
( メωメ) 「もが……」
ブーンの姿があった場所を数本の矢が通り過ぎていく。
樹に突き刺さった矢尻から立ち昇る藍色の煙。
(#^ω^) 「なんなんだおこの森は!」
(´・ω・`) 「……どうやら僕たちは招かれざる客みたいだね」
森の中、重なり合う木々の向こう側に感じる気配は少なくない。
先程から何度も不意を突くように方向転換をしたり、茂みの中に飛び込んだりしてみたが、
人影を見つけることは出来なかった。
284
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:11:04 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「森を出たら放っといてくれるのかお……」
(;´・ω・`) 「わからない。そもそも、彼らの集落が何処にあるのかも……なっ!?」
気づいた時には空を見上げていた。
腹部に感じた鈍痛はゆっくりと引いていき、近くでブーンもまた泥まみれになりながら起き上がる。
大樹の幹を利用した簡単な振り子式の罠。数十歩分も後ろに吹き飛ばされるほどの衝撃。
並みの人間であれば骨折ではすまなかっただろう。
周囲に気を取られすぎていて気づかなかった。
(メ´・ω・`) 「ってて……」
( ^ω^) 「身がもたないお」
(´・ω・`) 「かといって闇雲に攻めるわけにもいかない。僕らに敵対する意思はないことを伝えないと」
(; ^ω^) 「とは言っても……」
相手に対話をするつもりが無ければ、言い訳も説得も成り立たない。
とはいえ相手は恐らくこの森を住処にしている部族。地の利は明らかに向こうに傾いている。
このまま何もしなければ、追い込まれた獣のように狩られるだけだ。
285
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:12:29 ID:jotWtS3k0
荷物の中にある錬金術を用いれば多少は状況が好転するだろうが、あまり本意ではない。
相手の正確な位置がわからぬままに使うことで、ただの脅しではすまなくなってしまう可能性がある。
そうなれば今以上に相手は僕らに殺意を向けて来るだろう。
(´・ω・`) 「とりあえず、ここは罠だらけだ。出来るだけ早く森を出たいが、どうするべきだと思う?」
( ^ω^) 「ここからだと南に向かえば森を出るための最短ルートだお。
だけど、さっきまでの罠の様子からしてもこっち側に住処があってもおかしくないお」
(´・ω・`) 「……まさかこんな森の深いところで人間と出くわすとはね」
( ^ω^) 「先住民族かお?」
(´・ω・`) 「こんな森の中に……いや、森の奥だからか」
錬金術によって世界は狭くなったが、
ごく限られた地域の中で、コミュニティをつくり細々と生活している民族は確かに存在する。
部外者に対しての扱いは一族ごとによって異なるが、
運の悪いことにこの森に棲む一族は僕らを敵と見做したらしい。
286
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:13:05 ID:jotWtS3k0
周囲に気を配りながらも足を止める。
緑の闇に潜んだ人間の呼吸が聞こえてくるような気がして気味が悪い。
( ^ω^) 「おー視線を感じるお……」
(´・ω・`) 「気のせいだ、とは言えないな。こちらからは全く見えないのは一体どういうことだ?」
( ^ω^) 「錬金術……じゃないおね?」
未開地の一族が錬金術を使えるとは思えないが、
たとえ使っていたとしても不思議ではない。
それほどまでに世の中に錬金術という存在がありふれている。
(´・ω・`) 「百年で随分と変わったな……」
( ^ω^) 「お?」
(´・ω・`) 「……いや、独り言だ。これはたぶん錬金術が原因じゃないな。
ここまで違和感を感じるのは、生きた人間が直接絡んでいるからだろ」
( ^ω^) 「まぁ、どっちでも取る手段に大差はないお。
とにかくこの場所からうまく抜け出すにはどうするのがいいか教えてくれお」
287
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:13:37 ID:jotWtS3k0
(´・ω・`) 「落ち着いて考えよう。どうも今すぐ捕まえて焼こうとしているわけでもなさそうだ」
前に進んでいる間の敵意ある視線は、立ち止まっている間は僅かに和らいでいる。
人間の気配を隠しもしないということはつまり、彼らの目的は狩りではないということ。
それならば、考える時間は少なからずある。
(´・ω・`) 「最初に落ちてきたところからどのくらい歩いた?」
地図を広げ、指で経路をたどる。
とはいえ、森の中で何の目印もないため精度はかなり低い。
( ^ω^) 「三日半だお。僕の歩幅から考えると、大体この辺だおね」
方位磁針を地図の上に置くブーン。
僕らは東から西へと、ほぼ一直線に歩いてきた。
今も変わらず、正面はきっかり西を指している。
(´・ω・`) 「ここからもう少し南西に向かうと大きな沼がある。これを左回りに迂回しよう。
そこからなら本来僕らが通るべき予定だった海岸沿いの街道に出れるはずだ」
( ^ω^) 「沼地の淵なんか歩いて大丈夫かお?」
(´・ω・`) 「別に底なし沼ってわけでもないだろ。
きっちり地面を見て歩いていたら、人間一人がそんな簡単に沈むもんか」
288
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:14:21 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「まぁ、確かにそうだおね」
(´・ω・`) 「それに沼の近くなら隠れる場所もそう多くはないし、罠を仕掛けるような場所もない」
( ^ω^) 「決まりだお」
僕らはゆっくりと立ち上がり、茂みを切り開きながら進路を南西に向けた。
くねくねと曲がってはいるが人間が歩けるだけの獣道がある。
運よく彼らの普段使っている道に出ることができたのだろう。
おかげで背の高い雑草を切り分けてきた今までよりも倍以上のペースで進めた。
森の中、時に牽制する様に前後左右に適当に石を投げてみるが、何の反応もない。
目に入るのは雑多な草木ばかりで、食用にもできないものだ。
群生している植物のうち、錬金術に使えそうな素材はほとんどなかった。
( ^ω^) 「ショボン」
(´・ω・`) 「なんだ」
(; ^ω^) 「あれは……」
289
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:15:58 ID:jotWtS3k0
前を行くブーンはほんの二、三歩ほど先にいる。見えている景色は僕とさほど変わりがないはずだ。
彼の視線の先にあったのはただの空き地。
確かに森林地帯では珍しいかもしれないが、特段騒ぎ立てるほどのものではない。
そう思いながらブーンの横に並んだ時に、その異常さに気が付いた。
広場の中心に突き刺さった白の十字。大人の腰くらいまでの高さしかないそれは、
雨に打たれて朽ち欠けながらもなお、その色を失わずにそこにあった。
まるで浸透するかのように、十字の足元に生えた草花も白く染まっている。
(;´・ω・`) 「なんだ……あれ……」
近寄りたくないと、はっきり思った。
その十字の意味も、素材も、性質も、何一つ理解できない。
神州で見たこの世界の常識を覆すような知識の存在とは異なる、
深層心理の底から湧き上がってくるような恐怖。
咄嗟に彼女の言葉を思い出せた僕はきっと運が良かったのだろう。
前に進もうとするブーンの腕を掴み、引き戻した。
あまりにもその力が強かったせいで、ブーンはバランスを崩して尻もちをついている。
それに対する抗議はなく、起き上がることもなく、ただただ眺めていた。
290
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:16:29 ID:9mmLud5M0
支援!!
291
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:16:45 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「……」
(´・ω・`) 「……行くよ。あまり見ていないほうがいい」
引きずるようにブーンを引っ張り起こし、そのまま少しだけ来た道を戻った。
広場の大きさは充分に観測できたし、それを避けることは簡単だ。
弧を描きながら先程までと同じように南西へと向かえばいい。
ついさっきまで感じていた複数の視線は、いつの間にかなくなっていた。
それに気づいたのは、広場もはるか後方になった頃。
握りしめていた拳をようやく解くことができた。
( ^ω^) 「あれは……なんだったんだお……?」
抜け殻の様に後ろを黙ってついてきていたブーンが口を開いたのは、
休憩の為に草を刈って束にしていた時。
適当に纏めた草の上に座って、僕は質問への答えを理解しやすい形へと整えていた。
(´・ω・`) 「信じてもらうしかないんだけど、僕が神州に行ってたのは知ってるよね」
( ^ω^) 「シュールに聞いたお。神州にいる古代錬金術師の番人が、リリの情報を持っているかもってことだったおね。
どういう結果だったのかは聞いてないけど、まぁそれは後でいいお」
292
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:17:48 ID:jotWtS3k0
(´・ω・`) 「まぁ色々あって、神州でとある場所を訪れることになった。黒煙峡の浮遊館。
その名前だけは神州の錬金術師で知らない者はいないほどの知名度があった」
( ^ω^) 「浮遊館って、そのままの意味かお……? だとしたらとんでもないお」
錬金術を用いても物体を浮かせ続けることは非常に難しい。
常に発生している落下し続ける力に抗うために、極端にエネルギーを消費するからだ。
それが館一つ分ともなれば、とんでもない規模の錬金術が必要になる。
(´・ω・`) 「あの場所はたぶん錬金術じゃなくて、地形的な現象なんだろうけどね。
その浮遊館に一人の女性がいた。彼女は僕らと同じ……いや、僕ら以上の不死者だ」
( ^ω^) 「僕ら以上の?」
(´・ω・`) 「うん。彼女は僕のことを半端者と言っていたけどね」
中途半端で、完成されていない不老不死。
主観的に見れば、とてもそうは思えないけれど。
( ^ω^) 「何者なんだお」
(´・ω・`) 「シュールと同じ……イヴィリーカの知識を得た人間だ」
293
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:19:43 ID:jotWtS3k0
(; ^ω^) 「っ!」
(´・ω・`) 「彼女が言うには、シュールよりも遥かに知識量があるらしいんだけどね。
浮遊館の中で少し話す機会があったんだ。
世界には人間には理解できないような場所や物があるということも教えてもらった」
( ^ω^) 「さっきのあの場所は……」
(´・ω・`) 「そのうちの一つだろうね。近寄らないに越したことはない」
木々の間を潜り抜けると、開けた場所に出た。
柔らかい地面に両足が沈む。
(´・ω・`) 「沼地まで出た……な……」
( ^ω^) 「意外と早かった……お……ね……?」
地図は正確だった。少なくとも、地形と場所を調べることにおいては。
自然環境というモノが常に変化し続けるということを、僕らは旅を始めてすぐに気付いていたはずだった。
本来通るはずになっていたはずの海岸沿いの道が、大規模な崩落によってその姿を変えていこたとで。
目の前のすべてが黒や灰色で染まった広大な沼地。
地図上ではそれは比較的異例な円形を描いているのだが、
僕らが立っているのは、沼地と森林地の境界線上で大きく沼地に突出した場所であった。
294
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:20:49 ID:jotWtS3k0
沼地の中には痩せ衰えた細い木々と、腐りかけのような背の低い草、
そして中心部の辺りに小さな町程度はある集落が見える。
泥沼の中に浮かぶように存在する家々だが、人の姿は見えない。
(´・ω・`) 「こんなところに人間が住んでるのか?」
( ^ω^) 「でも道も何も見えないお……?」
ブーンが沼地の中に一歩踏み出す。それを確認してから同様に僕も足を降ろした。
足の甲ぐらいまでが沈んだだけで、意外にもしっかりした地面。
( ^ω^) 「このくらいなら問題ないおね」
(´・ω・`) 「沼の方はいいとして、さっきまで襲ってきた連中が静かなのは気になる。
僕らはもう目と鼻の先まで来てるんだし、抵抗が激しくなってもおかしくない」
( ^ω^) 「町の中で待ち伏せしてるんじゃないかお。人の姿も見えないし」
(´・ω・`) 「別に寄るつもりはないんだけどね」
295
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:22:38 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「とりあえず、このまま右奥まで斜めに沼地を横切って、それから南に向かうのがいいかお」
(´・ω・`) 「沼地が広がってるから、縁沿いを進むだけじゃだめかもしれないけどね。
その辺は別になんとでもなると思う。問題はむしろ道中だ。
これだけの湿地帯があるんだ。結構頻繁に雨が降るだろう。雨自体はむしろ有難い」
( ^ω^) 「水は結構飲んじゃったから補充できると助かるお。最悪泥からでも濾せるけど」
(´・ω・`) 「雨によって足場はなお悪くなるだろうし、恐らくかなり濃い霧が形成されるだろうね。
数日間くらいは立ち往生になるかもしれない」
( ^ω^) 「それなら急ぐに越したことはないおね」
躊躇わずに沼地の中へと進んでいくブーン。
置いて行かれない様に泥を跳ね飛ばしながら追いかけた。
ひんやりと冷たい感覚が足の先を包む。
思っていた以上にしっかりとした地面が僕の重さを受け止めた。
表面だけが沼地になっているんじゃないかと錯覚するほどに、固く踏みしめられた大地。
(´・ω・`) 「いったん森に引き返すのもありかなとは思ったんだけどね」
296
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:23:32 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「そうしなくて正解だったおね」
思っていたよりもずっと深く、僕たちのいた場所は沼地に切り込んでいた。
途中から森の中が往きやすくなったのは、あの集落に住む人々が利用している道に入ったから。
周囲に気配を感じなくなったのも、森自体が細くなってきていたせいで隠れる場所がなかったせいだろう。
服の裾は跳ね返った泥だらけになり、ぬかるんだ地面に体力が奪われていく。
次第に口数は減っていき、ただただ無言で歩く。
澱んだ空気のせいで気持ちも重くなる。
(; ^ω^) 「休憩する場所くらい欲しいおね」
(;´・ω・`) 「あんまり考えてなかったけど、今日中くらいには向こう側に着くんじゃないか」
森林との境界まで行くことが出来れば、いくらでも休む場所なんてあるだろう。
少々疲れた所で、今この湿った大地に腰を下ろすつもりにはなれない。
錬金術を編み込んだマントは衝撃や斬撃に対して強い保護を受けているが、
それ以上に長い旅路を乗り越えることができるだけの工夫が仕込んである。
汗や泥などの汚れに強く、叩くだけでほとんどの汚れは落ちるだろう。
重さを感じない程に薄く滑らかな手触りで、折り畳めば枕としても役に立つ。
297
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:24:02 ID:jotWtS3k0
もしこの旅が終わった後に、旅人用の錬金術店を開くようなことがあれば、
きっと僕の知識と経験を最大限に生かせる。
誰もが安全に国家間を行き来できるようになるための旅具を。
それはリリと過ごす一つの選択肢として十分に魅力的なものだ。
( ^ω^) 「そういえば、ちょっと話を戻すんだけど」
(´・ω・`) 「なんだ」
( ^ω^) 「結局、リリはどこにいるんだお?」
(´・ω・`) 「正確な場所はわからない。ロマンが渡り鳥に対して命令を下したルート上のどこかの国と言う事しか。
それでもいくつかヒントは合った。ブーンも見たと思う。あの氷の洞窟を。
ロマンの見せてくれたものには雪像も写っていた」
( ^ω^) 「雪像……?」
(´・ω・`) 「化け物のような雪像だった。ロマンが言うには北方の国々で語られている神話に出て来るらしい。
リリの閉じ込められている氷はかなりの大きさがあったし、動かすことは簡単じゃないだろう」
298
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:24:40 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「その氷を割った可能性は」
(´・ω・`) 「見せてもらったものに写っていたのは粗かったから断定はできないけど、
そう簡単に砕けるものじゃないと思う。
壊してしまえば彼女も抵抗するだろうしね」
ホムンクルスを捕縛しておくことの難しさはブーンもよく知っているだろう。
全身を雁字搦めにして指先一本動けないような状況にしなければならない。
それには氷漬けというのは最善の条件だ。
(´・ω・`) 「もし簡単に壊れる様なものなら、そもそも村人が壊していてもおかしくないしね。
恐らく、近くの海辺に流れ着いたのを運んだんじゃないかな。
なんとなく神聖な感じがして、飾ってたんだろうね」
( ^ω^) 「それにシュールの悪意……なんか呼びにくいおね。悪意が気づいて回収したってことかお」
(´・ω・`) 「そうじゃないかと思ってる。それなりの重量もあるだろうしそんなに遠くまでは移動できないはずだ」
( ^ω^) 「じゃあ、テンヴェイラを捕獲した後はそのルートを辿るのかお?」
(´・ω・`) 「いや……その辺がまだ決まってないんだ」
出来るならば全てを投げ捨てて今にでも北の国々を手当たり次第に探し回りたい。
わざわざシュールの悪意に対抗できるだけの準備なんて必要ないと。
ブーンとシュールの話を聞くまではそう思っていた。
299
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:25:00 ID:jotWtS3k0
リリが見つかったタイミングと合わせたかのように、再び活発になったアルギュール教会。
それとほぼ同時に行方をくらました錬金術師の隠れ里。
もし仮に、二つの動きが何者かによって統制されているとするならば、
それは自分自身から分かたれた悪意以外にはありえないと、本来の持ち主が言う。
リリの命までもがその手中に落ちているのであれば、考えなしの行動はすべてを失わせてしまう。
(;´・ω・`) 「あそこの岩場で少し休んでいくか」
沼地も半分ほどまで進み、集落の一角がすぐ目と鼻の先に迫っている。
その中に入って適当な場所を探して休んでもよかったのだが、
先程まで襲ってきていた人間が住んでいる場所であるかもしれないと思うと躊躇われた。
結局、地面から生えたかのような大岩を二、三段登って荷物を降ろした。
ブーンも同様に僕の少し横で滑らかな岩を背に息を整えている。
(´・ω・`) 「随分と暖かいな……」
( ^ω^) 「だおね……」
300
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:25:43 ID:jotWtS3k0
じっとしていても汗が噴き出る様な夏はとっくの昔に終わって、もうすぐ冬が来る。
それなのにどうしてこうも暖かいのか。荒天鷲の住処であった山脈も同じような感じだった。
僕らが座っている岩はまるで湯にでもつかっているのかと思うほどに、じんわりと熱が染み出て来る。
濡れた靴を乾かすのにはちょうどいいが、どうにも不気味だ。
( ^ω^) 「おー。山脈の一部か何かじゃないのかお」
鞄から乾燥させた食料を取り出して頬張るブーン。
食べながら喋ったせいで口の端からぽろぽろと食べかすが零れ落ちていく。
(´・ω・`) 「あそこだって表面は普通の場所と変わらないはずだ。たぶん地中深くに熱源があるんだろうね。
まぁ、この岩だってその可能性はあるけど、沼地自体は冷たかっただろ」
( ^ω^) 「山脈と同じ理屈なら沼地自体も暖かくなるはずだってことかお?」
(´・ω・`) 「そうだ。まぁ、別に……今揺れたか?」
ほんの少し、きっと立っていたら見逃してしまうほどの小さなもの。
( ^ω^) 「揺れたおね」
(´・ω・`) 「この辺でも起きるのか」
301
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:26:05 ID:jotWtS3k0
この大陸の東側では割と頻繁に起こる大地の揺れ。
都市を二つに割いてしまうほどの巨大な地震が、過去に数度かあったと歴史の文献には書かれている。
その予兆として小刻みに揺れる、といったどこかで聞いた話が咄嗟に頭の中に浮かび上がった。
身体を支えるために近くの岩石を掴む。
掌に感じたのは温もりと、振動。
(;´・ω・`) 「なっ!???」
(; ^ω^) 「おっ!???」
瞬間、世界がひっくり返った。
激しい隆起によって僕らは岩場から投げ出され、泥沼の中を受け身もとれずに転がった。
身体中が泥まみれになりながら、何とか起き上がる。
目の間にあった背丈より大きな岩塊だったものは、さらにその二倍の大きさに膨れ上がっていた。
(;´・ω・`) 「嘘だろ……」
黄色い水晶のような楕円形の二つの瞳と、そこらの樹よりも太い四本の足。
人間程度であれば丸ごとの見込めそうな口に並ぶ、食物をすり潰すための荒くて平らな歯牙。
額に当たる部分に生えた、太くて立派な角。
(; ^ω^) 「角礫犀……なんでこんなところに……」
302
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:26:38 ID:jotWtS3k0
雄叫びによって空気が目に見えるほど震えた。
咄嗟に構えた剣も、目の前の巨躯に抗うにはあまりにも心細い。
(;´・ω・`) 「っち……荷物が……」
立ち上がった角礫犀の背に残された荷物袋。それは背中に生えた岩石群に引っかかったせいで落ちてこない。
どうやら僕らは運が悪いらしく、ブーンの荷物も同様の状態になっていた。
テンヴェイラ捕獲用のために錬金術で創り出した道具が入っており、捨て置くことは出来ない。
(´・ω・`) 「どのみち……逃げられないだろうけどね」
その巨体に似合わず、角礫犀の動きは速い。
足場が悪い泥沼の中ではすぐに追いつかれてしまうだろう。
(´-ω-`) 「ったくなんでこんなタイミングが悪い時に目を覚ますんだ」
角礫犀はその背に岩石群を背負っているせいか、眠っていることが多い。
一週間程度であれば、少々のことでは起きないと読んだこともある。
それが間違った情報だったのか、それとも何か別の原因があったのか。
目を覚ましてしまったからには、背中の荷物を何とかして取り返すしかない。
303
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:27:05 ID:jotWtS3k0
(´-ω・`) 「ん……?」
角礫犀はその巨大な口で地面の泥を掬い上げ、呑み込んだ。
それは食事と呼ばれる動作。
だがこんな泥水の中に、いくら雑食とは言え角礫犀の食料になるものはないだろう。
考えるまでもなく、思い当たる節があった。
(;´・ω・`) 「ブーン……」
(; ^ω^) 「おー……荷物もって逃げられるよりはいいと……前向きに見るのは駄目かお」
ブーンの零した食べ滓に反応したのだ。
まともな食料が殆どないこの湿地帯に、埋もれる様にして眠っていた角礫犀。
ほんの僅かだとは言え、錬金術で創った栄養価の高い乾燥食料につられたのだとしても不思議はない。
当然食べ滓程度の量では満足できなかったのか、その双眸は僕らを捉える。
残念ながら残りの食料をやって難を逃れようにも、その背中にまで取りに行かなければならない。
角礫犀がそのことに気付いてじっとしていてくれるわけもなく、
途轍もない速度で正面から突進してきた。
304
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:27:46 ID:jotWtS3k0
ブーンが左に、僕が右に飛んで避ける。
冷たい泥水を被りながら、通り過ぎていった角礫犀を視界に収める。
集落の端に会った二つの建物を容易く破壊し、大きく弧を描いて再びこちらに向かってきた。
(´・ω・`) 「町に被害が出る! 誘き寄せるぞ!」
( ^ω^) 「了解だお!」
御主人様の形見である白き剣を抜き、その鞘も腰から外す。
その二つを打ち付け、角礫犀の注意を引き付ける。
頭の片隅にある過去の情報を呼び起こしながら。
(#^ω^) 「ショボン!」
(;´・ω・`) 「っ!」
すんでのところで角礫犀の一撃を躱す。
目的を通り過ごしてもすぐに止まることのできないほどの強烈な突進。
集落を背にしない様に常に角度に気を配りながら相対する。
その間にブーンは、近くにあった比較的太い木の上の方まで登っていた。
305
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:28:09 ID:jotWtS3k0
その意味するところは聞くまでもない。
ブーンの直下へと角礫犀を誘導しろと言うことだ。
飛び降りてその背中にある荷物をとるつもりだろう。
華国にいる間に再び錬金術を用いて鍛え直した剣。
かつて御主人様と同じような白狼銀による表面コーティングだが、それとは異なる錬金術。
(´・ω・`) 「ふっ!」
中空に描いた三日月のような曲線は、その場に明確な残像を残す。
振り抜いた剣の後にあるのは幅の広い光。
御主人様の錬金術とは違い、剣先ではなく刀身そのものを創り出す残光。
厚みのできた刃は以前よりも何倍も固い……はずだった。
(;´・ω・`) 「嘘だろ!?」
一撃を重くした結果、複数の残像を同時に生み出すことは出来なくなっていた。
それだけ強力な白狼銀の粒子は、角礫犀の突き上げとぶつかって粉々に砕けた。
光の散らばる中に存在を示す太く頑丈な角には、傷一つ入っていない。
306
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:28:36 ID:jotWtS3k0
(; ^ω^) 「まじかお……」
(´・ω・`) 「っと……流石に傷つくね。まさかこれほどとはね」
無傷の角礫犀は一歩一歩近寄ってくる。
それを迎え撃つには、手元の細い剣だけではあまりにも頼りない。
(´・ω・`) 「もう少し待ってろブーン」
一度両掌の汗を拭い、正眼に構える。
遠距離攻撃が意味を為さないのであれば、直接刺し貫くだけだ。
剣それ自体が持つ刀身の硬さも鋭さも、残像の刃とは比ぶべくもない。
これ程大きい相手と正面きって戦うのは久しぶりだ。
荒天鷲からは逃げてきただけで、剣を交えてすらいない。
睨み合ったときに受ける押し潰されるようなプレッシャーは、野生動物に特有のもの。
震えで両手足が動かなくなるようなことはないが、いつも通りと言うわけにはいかないだろう。
307
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:29:34 ID:jotWtS3k0
おまけに足場は悪く、唯一の利点である小回りの良さが生かしきれない。
もっとも、相手の攻撃手段は少なく、動きが読みやすい。
気を付けていれば一撃で戦闘不能になるようなことはないだろう。
勝利条件は殺すことではない。
巧くブーンの足元にまで誘導しなければ。
(´・ω・`) 「さて……」
角礫犀の知能がどれほどあるのかはわからないが、向こうも相応に警戒しているらしい。
泥を跳ね飛ばしながら、その前足に向けて剣を振り下ろした。
鈍い衝撃。
分厚い肉と脂肪に阻まれて、表面だけを切り裂くに留まった。
(´・ω・`) 「っと」
左から圧迫感を感じて数歩後ろに下がる。
先程までたっていた場所を角礫犀の頭が通り過ぎた。
風圧で沼の表面が波立つほどの勢い。
308
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:31:17 ID:jotWtS3k0
巨体だからと言って動きが鈍いわけではない。
横一直線に残光を生み出し、それで牽制しながら再び懐に潜り込む。
狙いはあくまで右前足。
一撃目と同じ場所を十字に切り裂いた。
溢れてくる血液が沼地に滴り落ちる。
(´・ω・`) 「自分よりずっと小さな相手に翻弄れ続けるのも、腹が立ってきただろう?」
正面から飛び込む。
堅い角を掴み、頭に飛び乗る。僕を振り落とそうと暴れる角礫犀。
前後左右上下に激しく揺さぶられながら、ただひたすら耐えた。
身体大きければ消費する体力の量が違う。
暴れ続けることなんてできるわけがないと、そう思っていった。
(;´・ω・`) 「はぁ……っ……って」
目が回る。
吐き気が込み上げて来ては収まっていく感覚が三度ほどあり、ようやく立ち上がれた。
剣を支えにしている僕に覆いかぶさるような巨大な影。
(´ ω・`) 「……くそっ」
309
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:32:10 ID:jotWtS3k0
回避出来なかった。自分自身の未来が見えた僕にできたのは、ただ悪態をつくことだけ。
一瞬で視界が弾け、世界が千切れた。
内臓が全身から零れ出るような衝撃と、それに相応する痛みが何度も意識を奪う。
(´ ω `) 「ぶ……ブーン!!!」
ただ叫んだ。
予め決めていた言葉だけを。
残った力のすべてを込めて。
(#^ω^) 「おおおおおおッッ!」
錐もみ上に空中を吹き飛んでいた僕の視界の端に映ったのは、木から飛び降りるブーン。
その体が角礫犀の背に落ちる寸前に、弾かれたように飛んで行って消えた。
(;´・ω・`) 「……なにが」
受け身もとらずに地面を跳ねながらブーンを探す。
角礫犀を挟んで対角線上に飛んで行ったはずだが、その姿何処にも見えない。
(;´・ω・`) 「僕らよりもよっぽど化け物だな……」
310
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:33:11 ID:jotWtS3k0
すぐ背中側には先程倒壊した家屋。
どうやら集落の際まで弾き飛ばされてしまったらしい。
前足の傷は決して浅くはないはずだ。
流れ出ている血は止まっていないし、歩き方にも若干庇っているような動きがある。
それでいてこの強さ。
(´・ω・`) 「どうしてこんなところにいるんだか……」
( ^ω^) 「ショボン!」
(´・ω・`) 「ブーン、どこにいた!」
足の先から頭まで全身を泥で汚したブーンが、遠くで足元を挿すような動作を繰り返していた。
その動きの意味を考えながら、立ち上がって走る。
今の場所に突進してこさせるわけにはいかない。
角礫犀の歩みは遅い。
足が痛むのか、疲れ始めているのか、それともほかに理由があるのか判別はつかないが、
その隙に可能な限り集落から離れる。
角礫犀が再び走り始めたのと、僕とブーンが合流したのは同時だった。
311
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:33:48 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「ショボン! もう少し北に誘導するお!」
(´・ω・`) 「わかった」
( ^ω^) 「荷物は取れなかったけど……」
先程角礫犀の背に近づいたブーンの手に握られていたのは金属製の試験管。
衝撃で壊れない様に創り出した特別製のものは、
ブーンの荷物の横ポケットにも溢れんばかりに入っていた。
そのうちの一つを接触の瞬間に取り出したのだろう。
( ^ω^) 「これでも喰らえお」
その蓋を開け、ブーンは角礫犀に投げつけた。
放物線を描きながら近づいてくるその角にぶつかり、雲のような泡を発生し続ける。
粘性が高く、突進の勢いで零れることなく角礫犀の頭を覆いつくした。
( ^ω^) 「ショボン今だお!」
視界を塞がれたことに驚いた敵は、走ることをやめてその場で闇雲に暴れ出す。
僕はその隙をぬって、さらに二回、右前脚を深く切り裂いた。
312
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:34:28 ID:jotWtS3k0
悲鳴のようなくぐもった声が漏れ、激しく暴れる角礫犀。
泡はすぐに風圧で弾けて消えた。
ほんの少しだけ僕を姿を隠しただけで十分。
傷つき怒り狂った角礫犀は、もう何度目かわからない突進を行う。
その瞳は僕の姿しか捉えていない。
自分自身がとこにいるのかを、何処に向かって走っているのかを知らない。
走り込んでくる巨体の犀は、一直線に僕を目指す。
僕はただ立っていた。
逃げる必要も避ける必要もない。
剣を降ろして、飛び込んでくる角礫犀を待つ。
その巨躯は僕に突き刺さる直前で、突如バランスを崩し地面に埋まって動きを止めた。
泥水が雨のように降り注ぐ。
何が起きたのかも理解できていないはずの角礫犀の背に飛び乗った僕は、二人分の荷物を掴んだ。
( ^ω^) 「ナイスだお、ショボン」
(´・ω・`) 「よく気付いたな」
313
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:35:17 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「木から降りて弾かれたとき、丁度その穴に落ちたんだお」
(´・ω・`) 「ああ、だから全身泥だらけなわけか」
自らが埋まっていた亀裂へと頭を突っ込み、もがく鉱山の犀。
短い脚と重たい背中のせいで、バランスを崩してしまえばそう簡単には抜け出せない。
( ^ω^) 「殺すのかお?」
(´・ω・`) 「ここから抜け出せば、また暴れだす。そうなれば次は止められないかもしれない」
( ^ω^) 「・……」
頸の後ろ。全身を鉱物で覆われた角礫犀の急所ではあるが、なまくらであっては傷一つ付けられないほどに堅い。
一撃で絶命させることはこの剣でもできないだろう。
柄を逆手に持ち、その背に立つ。
全体重をかけて振り下ろした。
白狼銀が残光を形成し、傷口をより深く抉る。
刀身が半分ほど埋まったところで刃が止まった。
頸椎によって阻まれた剣を引き抜き、血だまりの中へと再び振り下ろそうとしたとき、
バランスを崩して地面に落ちた。
314
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:37:20 ID:jotWtS3k0
(; ^ω^) 「ショボン……やべぇお……」
飛び跳ねる様にして亀裂の中から脱出した角礫犀の背が鈍く輝く。
立ち上がったまま動かない。暴れるでもなく、辺りを見回している。
(;´・ω・`) 「……何が起きたんだ」
( ^ω^) 「ショボンが刺して大人しくなったと思ったら、急に亀裂から飛び出したんだお」
(´・ω・`) 「そんな力が残ってたとは思えないんだが」
( ^ω^) 「正直実際に見るまでは疑ってたんだけど……角礫犀に備わってる性質だお。
傷ついた成体は背の鉱石が発光、身体能力値が大きく底上げされるって……。
背中の色でいくつか種類があるみたいだけど、それはまだわかってないお……」
(´・ω・`) 「で、対処法は?」
( ^ω^) 「ん?」
(´・ω・`) 「それだけ詳しい本だったんだろ? 対処法くらい書いてなかったのか」
315
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:37:59 ID:jotWtS3k0
( ´ω`) 「あー……その本の最後を締めくくるように書かれてた言葉は、私以外を除いて皆死んだ。
あの状態になったら、力尽きるまで誰にも手が出せない、だお」
ブーンの言葉が終わった直後に、赤く染まった瞳がこちらを認識した。
長々と空を裂く咆哮が止み、ついさっきまで晴れていたはずの空から雨が降り始めた。
さらに悪化した足場に影響を受けることもなく、その速度を増した突撃。
咄嗟に左右に飛んで避けた僕らをを追うように、直前で急激な方向転換。
右側に逃げたはずのブーンが小さな悲鳴と共に姿を消した。
(#^ω^) 「おおおおお……!!」
片腕をくわえられて地面を引きずり回されるブーン。
そのまま沼地に突き刺さっていた数少ない岩石に叩き付けられた。
引きちぎれた腕を再生しながら、ブーンは岩を盾にするように立ち回る。
( ω ) 「ごふっ……」
(´・ω・`) 「ブーン!! そのまま少しの間引き付けてくれ!」
(メ ω^) 「ぜ、善処するお!!」
316
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:38:39 ID:jotWtS3k0
助走も無く振り下ろされた額の角によって、岩石が木っ端みじんに吹き飛んだ。
細かく砕けた欠片と共に空を舞うブーン。
相手をしてもらっている間に、出来るだけ冷静に状況を分析するように努める。
身体能力は軒並み底上げされているが、特に筋力の上昇値が大きいようだ。
傷ついているとは思えないほどに。
今の状態の角礫犀であれば、この剣で傷を与えることは出来ても致命傷には程遠い。
行動不能にするにはどうすればいいか。
今持っている全ての道具を頭の中に思い浮かべ、計算する。
さほど時間もかけずに単純な答えが出てきた。
結局、角礫犀は残りの命を燃やして極端に運動性能を上げているだけである。
その場限りでしかないし、永くも持たない。
放っておく以外の方法をとらないといけないとするならば、命を削る様な攻撃をすること。
身体の外はどれほど堅くても、内部が柔らかいのは生物としての常識。
ならば、そこに対する攻撃方法を考えるだけだ。
荷物の中に入っている二種類の粘土。一握りでも人間を吹き飛ばせるほどの火力を持つ。
そのまま持ち歩くのが危険なため、二つを混ぜ合わせることでその効果を発揮するようにしている。
それを混ぜ合わせ、拳大の塊を作る。
317
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:39:03 ID:jotWtS3k0
(´・ω・`) 「ブーン!!」
( ω ) 「…………!!!」
何を叫んでいるのかは聞き取れなかったが、まだ生きているようだ。
降りしきる雨の中、真っ赤な光が沼地を縦横無尽にかけていた。
その中心で、人の形をしたものが何度も何度も宙へと投げ出されている。
漸くこちらに気付いたのか、ほとんど反応のない玩具を放り出して一直線に向かってきた。
その速度は予想よりも遥かに速かったが、僕はただその開いた口の中に右手を突き出す。
肩の根元まで飲み込まれた直後、角礫犀はその動きを止めた。
(´メω・`) 「ぐ……!」
熱と衝撃で消滅した手首よりも先はすぐに再生した。
大量の煙を吐き出しながら、なおも大きく口を開く獣。
その無防備な口腔内に向けて全力で剣を突き刺した。
318
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:39:43 ID:jotWtS3k0
角礫犀の眼が光を失う直前に、だらしなく開ききっていた口が閉じられた。
重厚な金属音と左手を痺れさせた衝撃。
瀕死の一撃は白剣の側面に当たり、その刀身を残光ごと噛み砕いた。
(;´・ω・`) 「嘘だろ……」
(; ^ω^) 「ショボン! 大丈夫かお!」
(;´・ω・`) 「あ、ああ……」
身体には何の異常もない。
左腕がまだ痺れているが、じきに回復する。
(; ^ω^) 「剣が……」
(´-ω-`) 「まぁいいよ。これも随分長いこと使ってたからね。
寿命だったのかもしれない」
( ^ω^) 「欠片を回収すればまた鍛え直せるかもしれないお」
319
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:40:16 ID:jotWtS3k0
固く閉じられた角礫犀の顎。
これを再び開くにはかなりの手間がかかることは明らかだった。
御主人様の形見を失ってしまうのは惜しいが、この雨のせいで沼地は一層歩きにくくなってきている。
このままでは陽が落ちるまでに湿地帯を抜けられるかも怪しい。
(´・ω・`) 「っと……」
立ちくらみがして膝をついた。
傷はすべて回復しても、体力も同じようにというわけにはいかない。
ブーンの表情にもかなりの疲労が見えた。
( ^ω^) 「少し、休んでいくお」
(´・ω・`) 「あぁ、そうさせてもらおう」
倒壊した家屋の内、辛うじて雨風を凌げそうな方に腰を下ろした。
五分と経たずに隣で横になっていたブーンは寝息を立てている。
見張りをしていようかとも思ったが、人の気配のない集落でそこまで気を使う必要もないと気が緩んでいた。
意識はゆっくりと闇の中に溶けていく。僅かに残った危機感と緊張感に両手を伸ばす。
何度も掴みなおそうとしたが、伸ばした手から離れていった。
320
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:41:09 ID:jotWtS3k0
・ ・ ・ ・ ・ ・
(;´・ω・`) 「……っ!!」
目を覚ました時、僕らは槍を持った男達に囲まれていた。
雨は全く緩む様子を見せず、壁や屋根に叩き付ける様に降り注いでいた。
(´・ω・`) 「起きろ……ブーン……」
( -ω-) 「おー……」
出来るだけ小さな動きで隣に寝ていたブーンを揺らす。
寝言を数回呟いて、ようやく目を覚ます。
状況を理解するのにさらに数秒かかったらしい。
( ^ω^) 「おー、ああ」
訳の分からないことを呟きながら、目を泳がせている。
「目を覚ましたか。ついてこい」
321
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:42:03 ID:jotWtS3k0
両頬に赤い線を三本入れている褐色肌の大男が、手招きをする。
槍の穂先は空に向けられているが、周りを囲む男達の警戒感が肌を刺す。
大粒の雨の中、案内された先は集落の中にある大きな広場。
そこでは、土砂降りの雨の中少しも揺らぐことのない強い炎がいくつも上がっていた。
鼻腔をくすぐったのは焦げた肉の匂い。
脂が弾ける音が耳に届き、涎が口内に染み出してくる。
「肉だ。喰え」
大男に差し出されたのは串に刺された一塊の肉。
焼きたてなのか、白い煙を挙げている。
それを受け取った僕らは、雨で冷めてしまう前に頬張った。
毒物であったとしても気にしないということもあったが、何よりも腹が減っていた。
持ち運びの容易く、日持ちのする携帯食料では栄養が足りても腹は満たされない。
中途半端な空腹感を抱えてきた僕らにとって、その匂いは暴力的すぎた。
口の中に溢れる肉汁と蕩ける脂は咀嚼するたびに混じり合い、舌の上で弾ける。
溶けてなくなってしまったのではないかと勘違いする程に柔らかく、
それでいてお腹の中に落ちていく満足感。
322
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:42:26 ID:jotWtS3k0
次々差し出されるその肉を、何の肉かもわからないまま僕らは食べ続けた。
周りにいた男達も、気づけば肉を頬張っている。
広場にいたのは、ざっと数えても女子供含めて二百人以上。
遠目に見た集落の大きさからすれば少なすぎるくらいだ。
それぞれが炎で肉を焼き、雨に濡れることを気にもせずに酒らしきものを飲んでいる。
僕らは焼き物のグラスを手渡され、それを一気に飲み干した。
喉を刺激する不思議な味は、口の中に残った脂をすっきりと流し込んでいく。
程よい清涼感と満腹感に包まれ、僕らはようやく飲食の手を止めた。
それに気づいた大男も給仕の真似事をやめ、僕らの前に腰を下ろした。
「さて、腹も膨れたようだからいろいろ話をしておきたい」
(´・ω・`) 「ええ、そうですね」
「まず最初に、俺は君たちに敵対の意思はないとみているが、
他の人間が警戒する。その剣を預からせてもらってもいいだろうか」
( ^ω^) 「構いませんお」
(´・ω・`) 「僕らとしても、これが対話の邪魔をするのであれば従います」
323
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:43:04 ID:jotWtS3k0
僕の折れた剣と、ブーンの剣を大男に渡す。
男はそれを自らの脇に置いて話始めた。
「まずは謝るべきだったな。すまない」
深々と頭を下げた男。
たっぷり十秒間以上かけて、ようやく男は頭をあげた。
(´・ω・`) 「それは、森の中の事ですか」
「そうだ。君たち二人が俺たちの村に対して何かを行うのではないかと恐れていた。
今まで外から人が訪ねてきたことなどなかったからな」
( ^ω^) 「あの罠も?」
「元は獣用の罠だ。君たちが出来るだけ引っかかるように誘導させてもらったが。
しかし君たちは本当に丈夫だな。先程の戦いも見せてもらったが、
俺たちとは体のつくりが違うのか?」
(´・ω・`) 「まぁそう思ってくれて問題ないです」
324
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:43:59 ID:jotWtS3k0
「ふむ、まぁ俺は頭が悪いから説明されてもどうせわからん。長なら知っているのかもしれないが、
もうかなりの老体。この雨の中外に出てこられるのはつらいだろうからな」
(´・ω・`) 「ここは一体」
「俺たちの村だ。もうずいぶんと長いことここに住んでいるらしい。
長のおじいのそのおじいの、もひとつおじいの……うん、ずっと前からだ」
( ^ω^) 「雨の中でも消えない炎、あれはどういう仕組みだお」
「仕組み……? それはわからない。ただ昔からそうやって火を使ってきた。
ここは雨が多いからな」
恐らくは錬金術の類だと予想はつく。
それと知らずに昔からの知恵として使っている人々も少なくない。
特に人通りの無い集落では尚更だ。
雨の多いこの土地で、彼ら一族に伝わってきたのだろう。
(´・ω・`) 「なぜこんなに歓迎されているのか教えてもらっても?」
「勿論、村を救ってもらったからだ。みぞゆ……みぞおう……の危機から」
( ^ω^) 「角礫犀のことかお?」
325
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:44:37 ID:jotWtS3k0
「そう言う名前だったのか。あれは数年前にこの湿地に現れて、この辺で暴れまわっていたんだ。
大人の男達で討伐に向かったが歯が立たず、何人もの命が犠牲になった。
集落そのものが襲われなかったのは運が良かったとしか言えない」
(´・ω・`) 「それで……村の規模と人数が合わなかったのですね」
( ^ω^) 「お?」
「気づいていたのか」
(´・ω・`) 「ある程度予想は出来ましたよ。ここまで喜んでいるところ辺りからね」
「誰も手を出せなかったあれを討伐してくれたのが君たちだった。
この村の恩人だ」
( ^ω^) 「ということはさっきの肉って」
「腹を裂いてみたら、内側は存外柔らかくてな。
試しに焼いて食べてみたらうまかった。あれ一頭で村人全員が数日食べるには困らない量がある」
(´・ω・`) 「よく食べる気になりましたね……」
326
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:45:06 ID:jotWtS3k0
「俺たちは何でも食べる。食べなければ生きていけないからな」
( ^ω^) 「その通りだお!」
(´・ω・`) 「角礫犀は……なんでここに?」
本来いるべき場所を離れ、湿地帯にわざわざやってきた理由。
それを知って対策を打たなければ、再び別の個体が訪れてきてもおかしくない。
そうなれば今度こそこの集落は全滅を免れないだろう。
「わからない。突然傷だらけになってこの沼地に現れた」
(´・ω・`) 「傷だらけ……?」
「あれの死骸を見てもらえばわかると思うが、背中の鉱石に不自然にかけている部分がいくつもある。
身体中に浅くない傷も負っていた。そんな瀕死の状態ですら俺たちは手が出なかったんだが」
( ^ω^) 「何かから逃げてきた……?」
(´・ω・`) 「でも何から。一体どれほどの怪物がいれば角礫犀をそこまで追い詰められる」
( ^ω^) 「荒天鷲……ならあり得るお」
327
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:45:35 ID:jotWtS3k0
(´・ω・`) 「不可能ではないってだけだ。荒天鷲は賢い。仕留めるのに手間のかかる相手をわざわざ選ぶことはないさ」
( ^ω^) 「その必要があるほどに追い詰められていたとしたら」
(´・ω・`) 「決定的に違う理由がある。角礫犀の住処は鉱山の中だ。
どうやったってたどり着けないし、そんな狭い場所で戦えば如何に荒天鷲と言えども勝ち目はない」
( ^ω^) 「まぁそれはそうだけど……」
「……一つ思い出したことがある。あれはたぶん刀傷かなんかだ。動物の爪や牙のようではなかった」
もしそうだとすれば、人間の手によるものの可能性が高い。
一体誰が、どんな理由で角礫犀に手を出したのか。
(´・ω・`) 「どんな理由であれ、並みの人間じゃないね」
( ^ω^) 「僕らには多分関係ないことだと思うお」
「考えているところ悪いが、宴もそろそろ終わりだ。寝る場所がないのなら、俺の家に来てくれればいい」
(´・ω・`) 「いえ、僕らはあの場所で十分です」
328
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:46:04 ID:jotWtS3k0
「村の英雄にそんな扱いをしたと知れたら、俺は村を追い出されてしまうだろうな。
なに、男の一人暮らしだが部屋は広いし、わりときれいにしている」
( ^ω^) 「傾いた床で寝るのは嫌だお……」
横になってものの数秒のうちに眠りについた男がよく言う。
これ以上断ることも憚られ、その大男の家に泊めてもらうことにした。
予想よりも整頓された部屋の中で、僕らはゆっくりと休んでいた。
少し眠っていたおかげであまり眠気は無い。
男の作業を見ながら時間を潰しているうちに、一つ聞きたいことがあったのを思い出した。
(´・ω・`) 「ちょっと聞きたいんですが」
「なんだ? 俺にわかることは少ないぞ」
(´・ω・`) 「森の中にあった白い十字架が立っている場所には何かあるのですか?」
「……あれか。あれはこの土地の神様が眠っているとされる場所だ。
それ以上でもそれ以下でもない。俺たちは近寄らないからな」
329
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:46:24 ID:jotWtS3k0
(´・ω・`) 「なぜ?」
神をまつる土地は多いが、神を蔑ろにする人々は少ない。
住民全員がとなれば、それは異常だろう。
「理由は知らない。じいちゃんのじいちゃんの……くらいからずっとそう言われてるらしい。
あの土地は百年以上もそのまままなんだと」
( ^ω^) 「そのままってどういうことだお?」
「姿が全く変わってないんだ。不思議な力が働いているのか、時間が止まっているのか。
石を投げ込んでも、一週間後には消えてなくなる。
一度ふざけて大量の果物を投げ込んだ奴がいたが、同じだった」
(´・ω・`) 「どういうことだ……」
( ^ω^) 「空間を元通りにする何かがあるのかお」
「まぁそんなわけで、俺たちは近寄らないんだ。役に立たなくて済まないな」
(´・ω・`) 「いえ、別に大丈夫です。ありがとうございました」
330
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:47:04 ID:jotWtS3k0
旅に必要な情報ではない。ただ気になっただけのことで、原因が分かったところで何も得る物は無い。
そういった場所があると覚えておくだけだ。
もし今後時間があるのなら調べてみたいとは思うが。
「明日はどれくらいに出発するんだ?」
(´・ω・`) 「朝早く。日も昇らないうちに出るつもりです」
「……それは難しいと思うぞ」
(´・ω・`) 「どういうことです?」
( ^ω^) 「霧だおね」
(´・ω・`) 「あぁ、そういえばそうだったか」
「これだけ雨が降ったんだ。足場も悪いし、霧も深くなるだろう。
明日は村から出ること自体が難しいと思うがな」
(´・ω・`) 「……それは明日決めることにします」
「そうすればいいさ。まだ夜は長い、ゆっくり休むといい」
( ^ω^) 「そうさせてもらうお」
331
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:47:27 ID:jotWtS3k0
男は随分と遅くまで作業をこなし、ようやく自分の寝床に横になった。
それによって残った明かりが消され、暗闇が訪れる。
相変わらずの強い雨は雷鳴を伴って沼地に降り注ぐ。
それが気になって眠れないうちに朝が来た。
次第に弱くなってきた雨足。
東の空が明ける頃には、問題なく出歩けそうなほどの小雨になっていた。
「本当にもう行くのか」
(´・ω・`) 「お世話になりました。急ぎの用があるので」
( ^ω^) 「機会があったらまた遊びに来るおー」
「そうだな。お礼もし足りないし、また来てくれ」
男の後ろを歩いて村の中を移動する。
村の歴史や風習についての話を聞いているうちに、いつのまにか僕らは村の外れまで来ていた。
村の最南端、泥沼との境界線上に立つ僕らが見たものは、一面の白。
壁のように立ちはだかる霧の壁は、ギリギリのところで村の敷地を越えない。
手で触れそうなほどの濃い雲のように、重量すら感じる。
332
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:48:10 ID:jotWtS3k0
( ^ω^) 「どうなってんだお」
(´・ω・`) 「僕の知っている霧とは違うんだけど……」
「これが霧だ。もう二、三日大人しくしていれば薄くなるとは思うが」
(´・ω・`) 「いや、そういう訳にはいかない……」
「別に突き抜けられないことはないと思うが、二人がはぐれてしまうかもしれない」
( ^ω^) 「その辺は何とかするお」
ブーンは鞄から取り出したのは短いロープ。
それを自分の腕に結び、もう一端をこちらに渡してきた。
受取って左手首に結ぶ。
男とロープでつながっているのはなかなかに気持ちの悪い行為だが、
これで離ればなれになることは無い。
(´・ω・`) 「それでは」
「あぁ、待ってくれ。みんながお礼をしたいと言ってるんだ」
333
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:48:32 ID:jotWtS3k0
男の声で呼ばれたかのようにぞろぞろと姿を現す村人たち。
昨日晩の祭りで見た顔も多くあった。
ほぼ全員が集まったのではないかと思えるほどの見送りに、少々気後れしながら空を見上げる。
どんよりとした雲がまだ残っているが、雨は止んでいた。
降り注いだ水滴を全てその身に受けた沼地は、体重でずっぷりと足が沈む。
「地図に付け足した道の通りに歩いてくれ。そうすればすぐに足場がしっかりする。
幾つかの目印があるから間違えないようにな」
(´・ω・`) 「ありがとうございます」
( ^ω^) 「水までもらって大丈夫なのかお」
「この村で水に困ることはないからな。空を見ればわかる。午後からまた強い雨が降るだろう」
(´・ω・`) 「急いだほうがよさそうですね」
「あぁ、森の中に入ってしまえば雨を気にする必要はない。
最短ルートを辿って行けば、正午になる前には森にたどり着けるさ」
(´・ω・`) 「それでは」
「もし、機会があればまた寄ってくれ」
( ^ω^) 「ありがとうだお」
軽く手を振り、前を向いて泥沼の中を歩く。足を持ち上げる度に泥も一緒にくっついてくる。
そのせいで重量は二倍三倍にもなり、体力を容易く奪っていく。
目の前に広がる霧を出来るだけ早く抜けられるように願いながら。
334
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:49:32 ID:jotWtS3k0
1]
34 地を穿つ角 End
335
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:50:12 ID:jotWtS3k0
>>15
30 災厄の巫女
>>102
31 少女への手掛かり
>>165
32 血の遺志
>>228
33 空を舞う翼
>>282
34 地を穿つ角
336
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:50:34 ID:jotWtS3k0
│
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
33 空を舞う翼
34 地を穿つ角
337
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 22:53:11 ID:jotWtS3k0
さて、いつも乙を有難うございます。
なかなかお礼も言えずに申し訳ありません。
残すところあと四話です。
毎日投下で私の精神はボロボロですが、読者の皆さんが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
長くて短いような「ホムンクルスは生きるようです」ですが、どうか後半戦もよろしくお願いします。
それでは。
338
:
名も無きAAのようです
:2016/07/22(金) 23:13:45 ID:xSnBAtic0
乙
くれぐれも無理はしないでくださいね
339
:
名無しさん
:2016/07/22(金) 23:14:58 ID:n8OqF9ZE0
乙
作者自身を一番に考えて
340
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 00:05:33 ID:odlNgbmQ0
乙!
初期の時みたいな雰囲気好きだ
341
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 11:32:01 ID:tG12zIz.0
乙
342
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 11:45:46 ID:oGa4CvNQ0
乙乙!!
作者さんよ無理に投下を毎日じゃなくてもいいんだよ(´・ω・`)
343
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 16:29:16 ID:cu2UE6vY0
今日も楽しみだ!
344
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 21:02:00 ID:0UuMFipQ0
申し訳ありません
本日は都合により延期します……
345
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 21:06:28 ID:hhuxYtVw0
なんだと!
346
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 21:39:24 ID:mjbuQf4o0
(´・ω・`)b
いいのよいいのよ
待ってるよ!
347
:
名無しさん
:2016/07/23(土) 21:40:53 ID:.vYHXh020
ちょうどラーメンが食べたかったんだ
348
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 09:20:03 ID:QpC/bOv20
3日置きでも一週間置きでも
349
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:26:05 ID:XuZMeezA0
昨日はすいませんでした。
予定変更のお詫びとしまして、本日は投下を頑張ります。
ぜひ、お楽しみください。
350
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:26:51 ID:XuZMeezA0
35 港の都市
351
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:28:54 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「これが鍵ねぇ……」
シュールから借りていたのは、手のひらに収まるサイズの金属片。
所々錆びついていてとても鍵には見えないが、
かつて彼女が使っていた研究室の一つらしい。
最後の準備を済ませるために、貸してくれるということだった。
それがあるのは東西の貿易の要、恐らく世界最大級の港湾都市国家であり、
僕たちが目指している場所に至るための最短経路上にある国。
コルキタ。
この地に集められた各地の特産物は、陸路と海路で運ばれていく。貿易の中継地点であり、
街中の道路は必要以上に幅広く、その両側には数多くの倉庫が立ち並ぶ。
( ^ω^) 「はぁー……噂には聞いたことがあったけど凄いおね」
(´・ω・`) 「前に来た時の倍くらいになってる気がする……」
東西南北に通る道で綺麗に区画整理されており、ブロックごとに名前が付けられている。
そのうちの一つ、目当ての通りを見つけてその角を曲がった。
メインストリートから入って少し歩いた先、真昼間にも拘らず全てのカーテンを閉め切った家。
352
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:30:06 ID:XuZMeezA0
それが彼女に指定された場所だと気付くのに時間はいらなかった。
預かった鍵をドアノブの下、無造作に開けられている穴に差し込む。
カチリと軽い音がして、扉が開いた。
一階部分は多くの実験器具が整然と並んでいる研究室。
二階に上がれば、簡易ベッドが一つだけあった。
( ^ω^) 「これがシュールの研究室かお。長いこと使ってなかった割には綺麗だおね」
(´・ω・`) 「埃一つないね。まったく、どうなってるんだか」
シュールとの待ち合わせまであとどのくらいあるのか。
彼女は神州に行ってからこちらに来るように言っていたが、その日程までは教えてもらっていない。
もし海岸沿いの道を通っていれば、僕らと同様に遠回りせざるを得ないだろう。
取り敢えずは部屋の中を物色する。
邪魔になるものは捨てていいと言われていたが、そんなものは見つからない。
恐らく、何を保存しいてどんな状況にしていたか彼女自身も覚えていないのだ。
使い捨てガラス容器は一階倉庫に大量に揃っていた。
保存のきく錬金術の素材もまた棚に並んでいる。
ほぼ全部が完璧に近い保存状態であったが、幾つかは痛んで駄目になってしまっていた。
353
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:30:43 ID:XuZMeezA0
(´-ω・`) 「百年椰子が枯れてる……何年使ってないんだよ」
( ^ω^) 「ん……? ショボン! こっちに資料があるお」
研究室の一角、壁に偽装されていた本棚に気付いたブーンは、その仕掛けを開ける。
中に並んでいる書物の筆跡はすべて同一人物のもの。
最後のページには達筆な字で、シュール、とだけ書かれていいた。
目についた一冊を手にとって軽く流し読みをするだけでも、どれほど貴重な研究書であるかは一目瞭然。
世に出るだけで人々の生活を一つも二つも変えてしまいかねない。
( ^ω^) 「おー発想だけじゃないおね。
それを形にする知識と実力まで兼ね備えてるって、まさに錬金術師の頂点だおね」
(´・ω・`) 「年季が違うさ」
意識だけの存在になったシュールは、記憶力も感性も衰えているはずだ。
それでいて、表に出ていられる制限時間もある。
そんな状況で行っていた研究であるとは俄かに信じられない。
( ^ω^) 「全部読みたいけど、ちょっと後にするかお」
354
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:31:48 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「色々と終わった後にしてくれよ。
まずはテンヴェイラの素材を手に入れなくちゃいけない。そのためには超圧縮水がいる。
他にも何か足りないものがあれば研究室を使っていいとも言っていたけど、どうだ?」
磨かれた実験台の上から、後ろに立っているはずのブーンに視線を移した。
つい先程まで本棚を物色していた男は、剣先を首元に向けられたまま両手をあげていた。
その視線から露骨に感じる救済アピールを気づかないふりをしながら、身体ごと玄関の方へ向く。
僕がもっている剣は半ばから折れてしまっているため、抜いたところで大した脅威にはならない。
捨ててしまうのが忍びなく持ってきただけの剣の柄を一応握る。
同じ制服を着た男達の間に少しばかりの緊張が走ったように見えた。
(´・ω・`) 「何か用ですか」
出来るだけ穏やかに、事を荒立てるつもりはないと言うように問う。
「この家はもうかれこうれ百年以上留守にされています。勿論、正当な所有者がいるからですが。
あなた方は違いますね? 所有者は女性だと聞いていますから」
(´・ω・`) 「ああ……それは……」
「いえ、結構。話は後で聞きますから」
355
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:33:03 ID:XuZMeezA0
説明しようとした言葉は遮られた。
取り付く島もなく、なだれ込んできた男達に両腕を抑えられ、剣は没収された。
抵抗して事を荒立てるわけにもいかず、ただ為されるがままに引っ張られる。
馬車に無理やり乗せられ、数人の監視と一緒にたどり着いたのは、巨大な建造物。
その門をくぐってすぐに、どういう場所なのか理解した。
( ^ω^) 「あー……なんか懐かしい感覚だお」
金属の錠が落ちる音がして、僕らはやっと解放された。
とは言っても、非常に狭い部屋の中でのみという意味だが。
(´・ω・`) 「やめてくれ、僕も常日頃から捕まっているみたいに思われるだろ」
門番をしている二人の男に聞こえるほどの大きさで話してみるが、反応はない。
( ^ω^) 「ショボンは捕まったことないのかお」
(´・ω・`) 「無いと言うと嘘になるけど、断じて君と同じ理由じゃないよ」
( ^ω^) 「おー僕だっていつもいつも女の子に悪戯して捕まってるわけじゃないお」
(´・ω・`) 「そうじゃなくて、だ。どうすんだよ、鍵も取り上げられて……唯一の証拠だったのに」
356
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:34:46 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「あの様子だとたぶん荷物も検分にあってるおね」
正直、荷物の中に入った錬金術の旅道具が壊されたりしていないかどうかの方が心配だ。
僕らはなるようになるだろうし、最悪脱出もできるだろうけど、
あれらの錬金術を作り直すのは骨が折れる。
何せ素材も仕様書も何もない。
この都市であれば数多くの素材が手に入るだろうけど、それらを買うだけのお金も必要になる。
お金を作るには錬金術で商売するのが一番手っ取り早いが、
脱獄してお尋ね者になってしまえばそう簡単にはいかない。
(´・ω・`) 「待つしかないかなぁ」
( ^ω^) 「これだけしっかりした国ならそう短絡的なことはしないと思うけど」
(´・ω・`) 「わからないよねぇ……っと、来た来た」
金属の檻の向こう、廊下を歩く足音。
暫くして現れたのは小柄な老人。
およそ牢獄に最も似つかわしくない人が、僕らの檻の前で止まった。
その両脇には門番の男達。
手に持つ槍は鋭く、人間程度であれば容易に貫けるだろう。
357
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:35:23 ID:XuZMeezA0
「どうやってあの家に入った」
白い顎鬚を伸ばした老人が先に口を開いた。
( ^ω^) 「鍵でだお」
その質問に素直に答えていいものか逡巡していると、ブーンが答えてしまった。
嘘ではないのだが、証拠となるカギは既に没収されてしまっている。
仮に僕らの所有物だと認められたとしても、襲って奪ったとでも勘違いされてしまえば意味がないけれど。
(´・ω・`) 「持ち主から預かったものです。シュールと言う女性です」
駄目もとでブーンの後に続ける。
どうせ証拠も何もないのだから、言ったもの勝ちだろう。
「疑ってはいない。二人を上の団欒室にまで案内しなさい」
「ですが……」
「無実の人間をいつまでもこの牢に閉じ込めておくつもりか?」
「分かりました……。それでは、暴れるかもしれませんので、お先にお上がりください」
358
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:36:35 ID:XuZMeezA0
「目を見ればそんなことをするつもりはないとわかる。
いいから、今すぐにこの二人を自由にしなさい」
門番の一人がしぶしぶ手に持っていた鍵で檻を開く。
僕らはそのまま廊下まで出て、老人と対面した。
僕らの胸程までしかない小柄な体でありながら、その内に秘めた意志は随分と強いらしい。
この都市でもかなりの地位にあるのだろうと予想はつく。
杖を使いながら歩く老人の後に続き、階段を上る。
二階まで、という割には長い段差を登り、一つの部屋に案内された。
柔らかな椅子をすすめられ、二人と向かい合って座る。
「迷惑をかけたな」
(´・ω・`) 「いえ、とんでもない」
「まぁ、連中の気持ちもわかってやってほしい。あの家は長年誰も住んでいない状態だったからな」
( ^ω^) 「誰も住んでいないだけで?」
「周囲の家々との違いに気付いたか?」
359
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:37:33 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「はい」
「十年ほど前に大火事があってな、あの一角が全て焼けた。あの家を除いて、全て。
それがどれだけ異常なことかはわかるだろう」
( ^ω^) 「錬金術で保護されてるのかお」
「恐らくな。窓ガラスも割れない、玄関も破れない。それであのままだ。
もうかれこれ二百年くらいだろうか。全く劣化する様子も見せん」
(´・ω・`) 「それで、僕らは解放してもらえるということですか?」
「本題を忘れていたな。残念ながら、何の条件もなしに、とはいかなかった。
鍵を持っていたと主張したところで、それが奪ったものではないとの証明は出来ないからな。
あの研究室を使って構わない。一週間以内に、議会を納得させる錬金術を作ってくれ」
(´・ω・`) 「どんなものでもいいのですか?」
「大量破壊兵器を作るわけでなければな。それに、見張りもつく」
(´・ω・`) 「見張りですか……」
360
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:38:35 ID:XuZMeezA0
一般人であれば理解できないだろうが、錬金術の過程を観察されるのは好きではない。
研究内容は錬金術師にとって命と等価のものである。
そう易々と他の人間に見せていいものではない。
残念ながらあの研究所を自由に使うためには、拒否権は無いようだが。
( ^ω^) 「一週間も貰えるなら余裕だお」
(´・ω・`) 「むしろ一週間もかけたくないけどね。創り出した錬金術を確認した後は、返してもらえるのですか」
「構わない。錬金術師としての腕前を確認したいだけだからな。
ただし、生半可なものでは納得させることは難しいぞ。この都市には高名な錬金術師も多くいる。
審査をする人間達の眼もそれなりに肥えているだろうからな」
(´・ω・`) 「わかりました。もう戻っても?」
普段は自由に使える時間も、今は一分一秒が惜しい。
すぐさま研究所に戻って、錬金術の準備をしよう。
具体的な目標は決まっていないが、創り出したいものはある。
この前砕けてしまった白い刃を持つ剣。
テンヴェイラの捕獲に向かうのに無手では流石に頼りない。
その代わりになるものを作りたかった。
361
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:39:11 ID:XuZMeezA0
「ああ、すぐに見張りのものが行くと思うが、あまり気にするな。メモなども取らせないようにしておく」
(´・ω・`) 「お気遣い感謝します。それでは」
( ^ω^) 「失礼しますお」
・ ・ ・ ・ ・ ・
( ^ω^) 「で、どういったものを創るんだお?」
(´・ω・`) 「正直丈夫であれば鍛冶錬金術を付与する必要はないんだけどね」
シュールの研究所には、新鮮な素材が山と積まれている。
用意しておいた路銀で三日間かけて揃えた素材の品々。
交易都市なだけあって、あらゆる地方のあらゆる特性を持った素材を手に入れることができた。
これだけあれば、錬金術を行うのに困りはしないだろう。
問題は、どのような形にするかと言う事だけ。
362
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:39:57 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「前と同じでいいんじゃないかお」
(´・ω・`) 「正直に言うと、あれと同じものは難しいかもね」
( ^ω^) 「お? でも、あの錬金術はショボンが行ったんだお」
(´・ω・`) 「素体が良かったんだ。あの白い剣は御主人様から貰ったものだったんだけどね、
白牙山に生えている剣だから」
( ^ω^) 「白牙山って、あの? どこにあるのか知ってるのかお?」
(´・ω・`) 「僕もどこにあるのか知らないし、それこそ誰も知らないんじゃないかな。
白き剣が天より降り注ぎ、一夜にして森が全て失われた、ってのは伝説だけど」
極稀に市場に流通することがある白牙山の剣。
既に刀身として存在し、その種類は両手剣、片手剣、短剣、刺突剣、細身剣と多彩。
中には人間では到底振り回せないほど巨大なものがあるとも聞く。
共通しているのは、全てその刀身が真っ白であるという事。
値段は相応に高く、誰が手に入れて、誰が販売しているのかも不明。
高価な剣のせいで逆に命を狙われることも多く、所有していること自体を隠している錬金術師もいるとか。
身を護るための剣のせいで危険に曝されるなど本末転倒ではあるが。
363
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:40:39 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「それなら納得だお。でも白牙山の場所を知らないのはがっかりだお……」
(´・ω・`) 「儲けようとか考えてたんじゃないだろうね」
(; ^ω^) 「うっ……」
(´・ω・`) 「わざわざそんなところへ行くより、ブーンなら錬金術の便利な道具を作った方が楽に儲かるだろうに」
( ^ω^) 「働かずに儲けるのは僕の理想だお」
(´・ω・`) 「……まぁいいよ。とりあえず、錬金術の内容は決めた。後はいくつか試してみよう。
ブーンは適当に研究しててくれていいよ」
一戸建てがそのまま研究室になっているため、二人が同時に研究するだけの場所は充分にある。
素材にもどうせ余分なものが出てくるだろう。
( ^ω^) 「んー、でも華国で結構好き勝手したし、今回はショボンの手伝いでもするお」
(´・ω・`) 「それは助かる。とりあえず、研究道具を並べてくれ。
まずは剣の素体になる金属を作る。溶鋼用の小型炉を三つ。冷却台とフラスコを一セット。
試験管を十本横並びに固定して」
( ^ω^) 「了解だお」
364
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:42:11 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「僕は素材を用意するから」
ブーンほどの実力を持つ錬金術師との共同作業は非常に楽だ。
全てを説明せずともやりたいことが伝わるから、まるで自分が二人いるみたいに錬金術に没頭できる。
乱雑に置かれた素材の山から必要なものだけを取り出していく。
切れ味は風断ちの洞窟から産出した風斬鉱。
細く薄い空洞を多く持ち、吹き抜けた風は鎌鼬となって周辺を切り刻む。
原因が解明されないうちは何人もの犠牲者を生み出した魔の鉱石。
硬度は枯渇海の底から採れる龍紋岩。
天変地異によってかつて存在した海の全ての水が消え去った枯渇海。
その最底部に眠る神秘の硝子の硬度は、他の金属を容易に上回る。
二つの素材を抵抗なく混ぜ合わせるために使うのは市販の混合剤に一工夫加えたもの。
市販のものでも製造元によってはそれなりに信頼がおけるが、
大量生産されているためかどうにも効果が弱い。
そのため、何処でも手に入る兎草をすり潰して濾した純水を混ぜるのだが、
たったそれだけのことで数段扱いやすくなるこの方法は、意外と知られていない。
365
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:43:05 ID:XuZMeezA0
剣に与えるための特性は、形状記憶。
必要な素材は、雲を形成していると言われる球体。
雲の魂蔵は今回の素材の中で最も高価だった。
非常に脆く壊れやすいが、瞬時に元の形状を取り戻す不思議な素材だ。
その原因を解明できた者はおらず、ただ錬金術の素材として用いたときの効果だけが文献に残されている。
他幾つかの素材を使用予定の順番に並べ、下処理を行っているうちにブーンの準備も終わっていた。
所々で手を借りながら、必要な錬金術を順番にこなしていく。
純化溶剤に沈めた二種類の素材を密閉して加熱する。
金属すら溶かしてしまうほどの強火力バーナーの原料は、細かく砕いた火石と王油の混合物。
一秒でコップ一杯分が燃え尽きるほどの熱量は、殆ど全てが小型炉に吸収される。
ドロドロに溶けた風斬鉱は青白く、龍紋岩は透き通った光を放つ。
それぞれに固形剤を数滴だけたらし、粘性を調整する。
量が多すぎれば剣の形に加工できず固まってしまい、少なすぎれば剣の形を保てない繊細さが要求される作業。
喉が焼けるほどの熱気を放つ壺の中を覗き込みながら、粘性を確認する。
366
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:43:56 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「ブーン、龍紋岩に不純物が多い。取り除いてから加熱し直す必要がある」
( ^ω^) 「こっちでやっとくお」
(´・ω・`) 「頼んだ」
風斬鉱に刃硝子の粉末を混ぜながら振りかける。
結晶の一つ一つが鋭い形状をした特殊な硝子素材。
青白い光が落ち着くまで、熱した壺の前でグルグルと片手を動かし続ける。
汗が噴き出し、地面に落ちるまでに蒸発するほどの異常な温度。
水と言うよりはもはや白湯に近い状態のグラスを傾けて水分をとる。
丸々一時間近く、ひたすら無言で作業をしていた。
監視役の人間は涼しい顔をして部屋の隅に座っている。
それを横目で睨みながら、錬金術を行う。
必要なのは根気と丁寧な作業。ただその言葉だけを心の中で念じ続ける。
頭がくらくらとして、かき混ぜる手が止まりかけた頃に、ブーンが処理の終わった流紋岩を持ってきた。
( ^ω^) 「ショボン、少し交代するお」
(;´・ω・`) 「ああ、すまない」
367
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:45:10 ID:XuZMeezA0
熱量は小型炉の周辺でとどまり続けるようになっており、
立ち上がって小型炉を少し離れただけで、汗は一気に引いていく。
寒気を感じるほどの室温に鼻をすすりながら、火照った身体を氷水を飲み干すことで無理やりに冷やした。
「錬金術というものは、随分と大変なのですね」
壁際に座り、ずっと黙っていた男が話しかけてきた。
どうやら錬金術に関する知識はほぼ無いらしく、先程から僕らの作業をじっと見ているだけだ。
メモを取っている様子はあったが、どれも書きかけのままで黒く塗りつぶされている。
(´・ω・`) 「場合によりますけどね。金属系の錬金術は高温処理が必須なところがありますから。
大きな固体のままだと素材同士の親和性が低いので。
粉末にでもできればまた違いますが、流紋岩は容易に砕けないほど堅いですから」
「触ってみても?」
(´・ω・`) 「構いませんが、指を切らない様に」
「あ、どうも……。こんなに軽いんですか」
(´・ω・`) 「見た目からはなかなか想像できないですよね。
錬金術はそういった特性を丁寧に取り出して用いるんです。
一筋縄ではいかないことも多いですからね、研究し甲斐があります」
368
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:45:41 ID:XuZMeezA0
「自分は頭を使うのはからっきし駄目ですから、おっしゃっていることの半分も理解できていないと思いますが。
やはり錬金術師と呼ばれる方々は特別な気がします」
(´・ω・`) 「……同じ人間ですよ」
返す言葉に迷い、一言だけ答えておく。
この男に僕らの素性が分かるとも思えないが、馬鹿丁寧に説明する意味もない。
会話が途切れたため手元に集中しようと思ったとき、ブーンに呼ばれた。
(; ^ω^) 「ショボンー、そろそろ戻ってきてくれお」
(´・ω・`) 「わかった」
(; ^ω^) 「ここまでできたけど、次はどうするお?」
壺の中で揺れる銀色の液体は、二種類の素材が完全に混ざった状態。
そこに試験管に量っておいた素材を注いでいく。
順番を間違えない様に、慎重に。
(;´・ω・`) 「最後、雲の魂蔵」
(; ^ω^) 「ほい」
369
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:46:36 ID:XuZMeezA0
人間の頭ほどの大きさがある白い滴が壺を満たし、激しい蒸気を吹きだした。
熱を遮断する対テンヴェイラ用の手袋で壺を持ち上げ、型枠の中に流し込む。
溢れるほど注ぎ、ブーンと二人でようやく持ち上げられる重さの蓋をする。
(; ^ω^) 「終わり、だお」
(;´・ω・`) 「後は完成した後に取っ手を加工するだけかな」
(; ^ω^) 「ふぅー久々に神経削ったお。あんまり細かい調整は普段からやらないから疲れたお」
(´・ω・`) 「よくそんな適当にして錬金術が完成するね……」
( ^ω^) 「運……かお」
(´・ω・`) 「あながち否定できない。さて、こいつがゆっくりと冷めるまで待たなきゃいけない。
丸一日はかかるでしょうが、どうしますか?」
「一日ですか……上からの命令はあなた方の錬金術を見張れ、ということでしたが、
その錬金術がほとんど終わってるのであれば特に問題はないと判断します。
明日、再度お伺いします」
370
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:47:49 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「それは助かります。何をするでもないのにずっといるのも面倒でしょうからね。
僕らは少し出かけてくることにします」
( ^ω^) 「お? 休憩するんじゃないのかお」
既に椅子に深くもたれていたブーンが驚き腰を浮かす。
(´・ω・`) 「テンヴェイラを捕獲して戻ってきた時には観光する時間は無いだろうしね。
せっかくできた時間だ。少しくらい歩いて回ったところで罰は当たらないだろ」
( ^ω^) 「おー僕はいいお。眠いから留守番でもしとくお……」
(´・ω・`) 「わかったわかった」
「それでは、私はここで」
(´・ω・`) 「お疲れ様」
( ^ω^) 「また明日だおー」
男が出ていくのを見送り、階段を上って二階の部屋に向かった。
衣装棚に仕舞ってあったただのマントを羽織い、
極力錬金術師とばれないように荷物を減らして、一階に降りてきた。
371
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:48:43 ID:XuZMeezA0
椅子に凭れたブーンは涎を垂らしながらいびきをかいている。
鍵と少しの金貨をポケットに入れ、シュールの研究室から出た。
陽が傾き始めてはいるが、暗くなるまでもう少し時間はある。
特に目的も無く、大通りを行って帰ってくるぐらいのつもりでふらふらと歩いていた。
行き交う馬車はきちんと列をなし、大通りを走り抜けていく。
北向きは真ん中にある分離帯の向こう側を、南向きは僕のすぐ隣を通り、お互いの進行方向が干渉しない様に。
四つもの荷台を運んでいる力強い馬が荒々しく駆ける。
歪に膨れ上がった筋肉と、虚ろな瞳。
それは錬金術による身体能力の強化による影響。
動物に対する錬金術の扱いは地域によって大きく異なる。
多かれ少なかれこの都市では許容されているのだろう。
それでも
(´・ω・`) 「個体にバラつきが多い……」
鬣の先まで浸透する程の繊細な錬金術をその身に受けた馬もいれば、
今にも息絶えそうなほどアンバランスな錬金術の影響下にあるのもいた。
一人二人ではなく、多くの術師が生体強化の錬金術を取り扱っているということか。
372
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:49:26 ID:XuZMeezA0
交易都市としてこれほどの規模を持てば、それだけ多くの人間が集まるのは当然だ。
人間が多ければ多いほど、錬金術師の数も多くなる。
研究も華国に匹敵するレベルかもしれない。
(´・ω・`) 「晩御飯でも買って帰るか……」
殆ど店じまいをしていたパン屋の店主に声をかける。
適当な残り物を見繕ってもらう。
まけてくれるつもりはないようで、正当な対価を支払い受取った。
袋を抱えながら歩いていると、また一台馬車が横を走り抜けた。
今にも死にそうな馬が必死に荷を運んでいる。
あまりに酷な扱いに思わず舌打ちが出た。
あの御者にとっては替えの効く道具でしかないのだろう。
そんなことを考えながら、田舎者の様に街の様子を見回していた。
だからこそ、人々の合間を縫って歩くローブの姿が偶然目に入った。
その肩口に刺繍された銀色の蛇。
咄嗟にその背を追いかけ、横道に入ったところで肩を掴んで引き留めた。
振り向いたのがまだ幼さの残る女性であったとき、停止しかけた思考を無理やりに動かす。
373
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:49:53 ID:XuZMeezA0
「っ!! なんですか!? 離してください! いやっ!」
(;´・ω・`) 「っ! ごめん、ちょっと話を聞きたいんだけど」
驚き目を見開いている女性。動揺が伝わってくる。
悲鳴をあげられたらどうしようかとの心配は杞憂に終わった。
丁寧な態度が功を奏したのか、元から人当たりのいい性格なのか、
一日に二回も牢屋に叩き込まれることだけは回避できたようだ。
「……?」
(´-ω-`) 「ご、ごめん」
肩に乗せたままだった手を焦って引き戻す。
「いえ……」
(´・ω・`) 「その服……どこで手に入れたの?」
「服……ですか……?」
女性もまた予想していた質問内容と違ったのか、
困惑しながらも答えてくれた。
374
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:50:28 ID:XuZMeezA0
「私がいつもお祈りに行く教会で貰ったものですが……」
(´・ω・`) 「それは何処にあるの?」
「大通りを真っ直ぐ北に向かって、霞通りとぶつかったところを東に歩いたところです。
ここからだと三十分ほどで着きますよ。高い塔が見えるからわかると思います」
(´・ω・`) 「ありがとう。引き留めてごめんね。これ、ちょっとしたお礼だから」
「え!? こんなの貰えません……」
(´・ω・`) 「いいよ気にしないで。驚かせちゃったし。それじゃ」
協会は陽が沈めば誰もいなくなってしまう。
今からでも走れば間に合うはずだ。
少女に金貨を無理やり握らせて、教えてもらった道を走る。
走る馬車の合間を縫って道路を横断し、尖塔を目指す。
道行く人々の視線を振り切るように。
全力で走った数分は、思った以上に体力を奪っていた。
375
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:51:03 ID:XuZMeezA0
辿り着いた教会の前で乱れた呼吸を整え、彫刻の刻み込まれたアーチをくぐる。
門は開けっ放しにされており、西日がステンドグラスから教会内を照らす。
並ぶ椅子にはもう誰も座っていない。
ただ一人神父と思しき男だけが、パイプオルガンの手入れをしていた。
「もうすぐ教会を閉めます。礼拝ならどうぞお早めに」
丁寧な言葉とは裏腹に、作業を続けている。
それほど熱心ではないのだろう。
その割には教会内が綺麗に整頓されている。
(´・ω・`) 「一つ、お聞きしたいことがあります」
不信感を腹の中に押しとどめ、出来るだけ平生を装って問いかける。
男の羽織ったローブに見え隠れする銀の蛇の刺繍。
その象徴に怒りを向けるなというのは無理な話だ。
「なんでしょうか」
ようやく作業をやめ、こちらへと向き直った神父。
力ない瞳は面倒事を避けようと考えているからだろうか。
376
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:52:21 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「この教会は何という宗派なのですか」
「……旅の方ですか。私たちは宗教ではありません。銀の蛇と呼ばれる集団に属しているだけです。
正確に言えば、ここもまた教会ではなく集会所と呼称すべきですね」
(´・ω・`) 「目的は?」
「……目的、ですか。それほど野心に満ちたものではありませんが、地域の平和と知識の活用をしております」
(´・ω・`) 「…………」
「錬金術を御存知ですか?」
(´・ω・`) 「はい」
「ごく一部の、限られた人間にしか扱うことのできな技術です。
その知識を可能な限り人々の役に立てるように扱うのが私たちの役目です」
その理念は、何度も語られたものなのだろう。
すらすらと澱みなく発せられた言葉は、嘘偽りで飾り立てたわけではなさそうだ。
(´・ω・`) 「私設の軍隊を持っていると聞いたことがありますが……」
377
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:53:31 ID:XuZMeezA0
一歩踏み込んでカマをかける。
神父の態度に疑わしい点はないが、
かつてのアルギュール教会とは違うのであれば、その点ははっきりさせておかなければならない。
動揺を引き出そうとした僕の試みは失敗に終わった。
「ええ」
全てを飲み込む肯定。
そこには一切の躊躇いが無かった。
(´・ω・`) 「何のために?」
「平和を守るためです。残念ながら、人類には多くの敵が存在しています。
強大な生物種に対抗するためにはどうしても力を持つ必要があるのです」
(´・ω・`) 「では人間同士の争いには干渉しないと?」
「人間同士で争うことはありません。私たちはどの国にも、どの宗教にも属さない……いえ、違いますね。
私たちはあらゆる国々に属していて、個々人の好きな信仰することができる集団です。
もしよろしければ、あなたも参加してみますか」
(´・ω・`) 「……」
378
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:53:54 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「……」
「勿論、軍隊への強制参加などはありません。彼らは皆自由意思で参加しているのです」
(´・ω・`) 「少し、考えてみることにします。どうもありがとうございました」
「いえいえ、他に聞きたいことがあればいつでもいらしてください」
(´・ω・`) 「失礼します」
「お気をつけて」
教会を後にしたとき、日はほとんど落ちていた。
夜の街中は一定間隔ごとに外灯が設置されていて、明るく照らされている。
道路を睨みながら歩いていた僕は、いつの間にか研究所に前についていた。
アルギュール教会の存在意義は、以前と異なっているのか。
それとも、多くの人々が騙されているのか。
その判断はつかないままであった。
379
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 19:54:29 ID:XuZMeezA0
少し中断します
380
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:08:54 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
鍵を開けて部屋に入った時、最初に聞こえてきたのは寝息だった。
燭台の蝋燭に火をつけ、椅子の足を蹴飛ばす。
(; ^ω^) 「おっ!? おっ!?」
飛び起きたブーンは暫く周囲を見回してから状況を飲み込んだようだ。
夕方から夜までの間ずっと寝ていたということを。
(´・ω・`) 「いつまで寝てるんだよ」
( ^ω^) 「おーもう夜……かお?」
(´・ω・`) 「晩御飯を買って来た。食べるか」
( ^ω^) 「もらうお」
紙袋から取り出した一塊を渡して僕も席に着いた。
グラスに水を入れてハムサンドを齧る。
乾いたパンを水で流し込むようにしながら呑み込んだ。
閉める間際の露店で選びもせずに買ったせいか、随分と雑な味だった。
381
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:09:29 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「目は覚めたか」
( ^ω^) 「完全に。なんか面白い場所でもあったのかお?」
(´・ω・`) 「アルギュール教会があった」
(; ^ω^) 「え?」
(´・ω・`) 「歩いてたら信者らしき人を見つけて、思わず声をかけて聞いてみた。
すぐ近くにあるらしかったから少し寄って来たよ」
( ^ω^) 「大丈夫だったのかお……?」
(´・ω・`) 「まぁ、なんともなかったね。神父に話を聞かせてもらってたんだけどね、
同じ名前の別な組織じゃないかと思ったくらいだ」
記憶にあるアルギュール教会とはあまりにかけ離れていた。
かつての面影があるのは錬金術を主体にしていることぐらいだろう。
( ^ω^) 「軍隊については何か言ってたかお?」
(´・ω・`) 「平和維持のためだとさ。本当かどうかは知らないけどね」
382
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:11:15 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「確かに僕も戦争に加担しているのを見たわけじゃないお。
でも、だったら誰があの状態のアルギュール教会を継いだんだお……」
(´・ω・`) 「それなんだよねぇ……キュートに聞いとけばよかったな」
( ^ω^) 「キュート?」
(´・ω・`) 「あ、いや。不老の錬金術師の一人らし……そうだ、キュートが言っていた。
ワカッテマスとは別の人間とやり取りをしていると」
( ^ω^) 「別の人間……」
最初から組織に所属していた人間が乗っ取ったのか、それとも新たな指導者が現れたのか。
手元にある情報だけでは判断しようがない。
(´・ω・`) 「とりあえず放っておくさ。どのみち今すぐに止められるわけでもないしね。
僕はもう寝るけど、ブーンはどうするの」
( ^ω^) 「流石に眠くないし、夜の散歩にでも行ってくるお」
(´・ω・`) 「あんまり目立たないようにね」
383
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:12:22 ID:XuZMeezA0
コルキタは眠らない。
交易都市としての役目を果たすため、主要な道路には錬金術によって照らし出され、
誰かが常に荷物を運んでいる。
不定期ではあるが、今でも道路側から車輪の音が響く。
( ^ω^) 「わかってるお」
(´・ω・`) 「鍵を持っていくといい。気を付けて」
ブーンが鍵を閉めたのを確認してから二階に上がり、柔らかなベッドに横になった。
一階の本棚から持ってきた本を枕元に積み上げ、適当に流し読みをしていく。
(´・ω・`) 「研究内容は人間離れしてるな」
実験内容とその結果もただ書かれているだけ。
そのどれもが普通の人間では思いつかないだろうし、危険すぎて試そうとすらしないようなものだ。
控えめに言っても頭のねじが外れている。
人の身体でわざわざ七大災厄の調査に乗り込むなんて。
一冊丸ごとテンヴェイラの持つ特性についてまとめれられた本。
細かなスケッチが何ページ分もあり、それに付随する情報が書き込まれている。
384
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:13:30 ID:XuZMeezA0
形状は蟹そのもの。
溶岩の中にのみ生存し得る七大災厄。
赤黒く燃える甲羅に、二つの不釣り合いなほど大きい鋏。
空間を抉り断つ。
彼女の研究書にある見慣れない表現。
有効範囲は鋏の先数歩程度、連続して放つことは不可能。
削り取られた部分がどうなるのかは不明。
錬金術で用意した最高硬度の金属片ですら容易に飲み込まれた。
読めば読むほどにテンヴェイラの恐ろしさが浮き彫りになっていく。
そんなものが百も千も溢れ出て来るギルン山脈は、簡単には近寄れないかもしれない。
ホムンクルスの再生能力は、七大災厄に対してさほど意味を持たないことも解っているし、
今まで以上に慎重な行動が求められるだろう。
明日の午後には完成した錬金術でもって僕らは自由の身だ。
その日中に見つけるのは難しいかもしれないが、ギルン山脈までの足を確保しなければいけない。
恐らくは船で向かうことになる。
幾らか金銭の代わりになる様なものを午前中に錬成しておくことを決め、僕は手元の明かりを消した。
385
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:14:11 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
( ^ω^) 「ショボン、お客さんだお」
ブーンに揺さぶられて目を覚ました。
思った以上に深い眠りだったようで、ベッドから起き上がった今でも視界がぼやけている。
言葉の意味を頭の中で噛み砕き、状況を理解した。
(´・ω・`) 「あー見張り役の彼か?」
( ^ω^) 「だお、取り敢えず一階で待ってもらってるけど、どうするお」
(´・ω・`) 「取り敢えず降りる。椅子にでも座らせて少し待ってもらっててくれ」
( ^ω^) 「わかったお」
好き勝手に跳ねている寝癖を手櫛で宥め、鏡を見ながら濡れタオルで顔を拭く。
意外にも気が利くようで、コーヒーと昨日買ってきていたハムサンドの余りが置かれていた。
それらを飲み込み、一階に向かう。
386
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:14:43 ID:XuZMeezA0
青年は昨日と同様に傷の入っていない軽装の鎧。
腰に剣を下げているが、柄も鞘も真新しい。
まだあまり使ったことがないのだろう。
「おはようございます」
(´・ω・`) 「朝からご苦労様」
「今日はどうされるんですか」
(´・ω・`) 「錬金術はブーンがするから見ててもいいよ。僕は街に出て次の旅の準備だ」
( ^ω^) 「おっ!? 僕は留守番かお?」
(´・ω・`) 「君の方が錬金術を使って金儲けするのは得意だろ」
「では、私は一応ここにいさせて頂きますね」
(´・ω・`) 「ええ、どうぞ。それじゃブーン、よろしく」
( ^ω^) 「おーそれなら幾つか仕入れてきてほしい素材があるお。
ちょっとメモに書き込むから待ってくれお」
387
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:15:12 ID:XuZMeezA0
手のひらサイズのメモ用紙に書き込まれた素材は、十以上もあった。
渡された紙は折り畳んでポケットにしまう。
錬金術店に寄る時間があれば買って来ることにしよう。
シュールの研究所から海までは歩いていくには距離がある。
コルキタの主な移動手段は乗合馬車で、一定区画を動き続けている馬車に乗ればいい。
港方面への馬車は数が多く、少し待つだけで乗ることができた。
小型の窓から吹き込む風は潮の香りがする。
都市に入ってからずっと感じていた海の感覚が、次第に強くなっていく。
窓の外を眺めてわかったことだが、速度が出ている割には揺れは殆どない。
錬成された木材によって組み上げられたのであろうこの車体に、錬金術の技術力の高さが垣間見える。
これ程の移動手段が無料だというのだから驚くべきことだ。
旅人ですら自由に使えるのだから、この都市は貿易によって相当潤っているのだろう。
だからこそ人々の暮らしは快適になり、より多くの人を引き付ける。
人の流れを見ているうちに目的地へとたどり着いたようで、止まった馬車から降りれば港が見えた。
大小形も様々な交易船が泊まっており、
賑やかなのは荷物を載せ降ろしする人々の声。
運ばれていくのは無数の木箱。
388
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:16:05 ID:XuZMeezA0
どうやって管理されているのか、次々と乗せ換えられていく。
ここからさらに遠くへと運ばれていくのだろう。
鮮度を保つための工夫がなされた錬金術の箱がいくつも見える。
目に入るのは交易用の貨物船ばかりで旅客船は一つもない。
横一直線に広がる港には地図もなく、尋ねることが出来そうな手すきの人もいない。
右手か左手か、悩んだ結果運に任せて歩きだしたのは右手側。
小型の貨物船が多く、比較的出入りの激しい区域。
作業の邪魔にならない様に道路の隅を歩く。
海沿いに見つけた一つの小屋には、シュールの研究室にいる男と同様の鎧を身に纏っている兵士達が寛いでいた。
遠目に窓から様子を窺い、忙しそうにしていないことだけを確認する。
近くまで寄ると中から笑い声が聞こえてきた。
休憩中の邪魔をするのは申し訳ないと思いながらも扉を叩く。
「なんだー?」
返事はすぐに帰って来た。
扉を開けて出てきたのは窓から見えたうちの一人。
(´・ω・`) 「ちょっと聞きたいのですが」
389
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:16:38 ID:XuZMeezA0
「おう」
気さくに応じてくれた男に目的地を告げると、急に顔が険しくなった。
「やめとけ。今は火山の動きが活発なんだ。一ヶ月前も二隻出発してまだ戻ってきていない」
(´・ω・`) 「どうしてもギルン山脈に行きたいんです」
「あー……紹介してやってもいいんだが、まぁこの前の件でな。運び屋はみんな嫌がるだろうよ
どんなに金を積まれても命には代えられないからなぁ」
(´・ω・`) 「船さえあれば行くことは出来ますか?」
「……素人には無理だ。ギルン山脈に至る海路は複雑な潮流がほぼ毎日変わってる。
ベテランの船乗りでもよみ間違えるほどに難しい」
(´・ω・`) 「……」
「おい、あいつのところに行かせてやれ!」
小屋の中から聞こえた声に、男は眉根を寄せた。
390
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:17:16 ID:XuZMeezA0
「……どうしてもっていうなら一人紹介出来る奴がいるのは確かだ」
(´・ω・`) 「その人は何処に?」
「このまま真っ直ぐ向かうと、港の形が大きくへこんでいるところにぶつかる。
そこを海沿いに歩いて二股に別れている道を真っ直ぐ市街地に戻るように歩けば、大きな橋がある。
その下に凄腕の運び手がいるが……」
(´・ω・`) 「橋の下ですね」
「一つだけ忠告しておく。その男はまともな神経じゃない。狂ってる。
だがかつて腕は確かだった……。ここ数年、船に乗っているのなんてほとんど見ないがな……」
(´・ω・`) 「有難うございます」
礼を言って小屋を離れる。
男に教えてもらった通りの方角に歩き続けると、港が大きく陸地側に食い込んでいた。
道はすぐに二手に別れ、片方はそのまま海沿いを、もう片方は建物の間を抜けていく細い道になっている。
陽の光が届きにくく湿った路地。
391
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:18:01 ID:XuZMeezA0
背が高く平らな壁を持つ建物群の間を抜けひたすらに歩く。
大人がやっと通れそうな道は突然に終わり、小川にかかる巨大な橋に行き当たった。
跨いで渡れそうなほどの流れと対称的に、岩で組み上げられた頑丈な橋。
その下は日陰になっており、人が横になれるだけのスペースが継ぎ接ぎだらけの布で覆われていた。
異様な雰囲気のするその覆いを払いのけ中に向けて声をかけようとして、思わず口元を塞いだ。
強烈な酒の臭いが、布をどけた瞬間に降りかかってきたせいである。
(;´-ω・`) 「ううっ……」
頭がグラつくほどのアルコール分が漂う空間に耐えられず、飛び出して外の小川で口元をすすぐ。
何度か呼吸を繰り返して落ち着いた後、再び布の中へと入る。
男が一人、うるさい鼾をかきながら寝ていた。
酒瓶を抱いて幸せそうにしている男を起こすのも躊躇われたが、
両手で冷たい水をすくい、男の顔にかけた。
「ぶっはぁ……!? なんだ!? 何が起きた!?」
(´・ω・`) 「すいません、ちょっと用があるんですが」
「なんだお前……? 今のはお前か? 気持ちよく寝てるところを起こしやがって……」
392
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:18:48 ID:XuZMeezA0
今にも酒瓶で殴りかかって来そうなほどの剣幕で睨みつけられる。
寝ているところに水をかけられたら誰だって怒るだろう。
敵意がないことを証明するために両手を軽く上げ、手のひらを見せた。
(´・ω・`) 「用があって来たんですよ」
「俺に? 役人以外で今更俺に用があるやつがいるのかよ」
(´・ω・`) 「率直に言うと、あなたの腕を見込んで頼みがあります。
ギルン山脈まで海路で向かいたいんです」
「……けっ。俺はもう船乗りはやめたんだ。悪いが他をあたってくれ」
(´・ω・`) 「ギルン山脈に行ける運び手がいないんですよ」
「山ほどいるだろうが。俺が開拓した方法を真似しやがるサルどもがな」
(´・ω・`) 「真似……?」
「ああそうだ。あそこらの複雑な海流をよむ方法を見つけたのが俺だ。
ギルン山脈に用がある奴なんてめったといなかったからな。俺が遊び半分でトライしてた結果だ。
だが最近どうも向こうに用があるやつが多くてな、俺は一人で客を回せなかったから仕方なく応援を頼んだ。
そうすりゃこの通りだ。今じゃ俺はお払い箱だ」
393
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:19:11 ID:XuZMeezA0
捲し立てるように一気に言葉を出し尽した男は、
それで少し落ち着いたのか大きく息を吸った。
(´・ω・`) 「ギルン山脈に向かった運び手が帰ってきてないんです。
そのせいで誰も乗せてはくれないだろうと言われました」
「……はっ、事故か。ざまあみろ」
(´・ω・`) 「原因はわかりません」
「そうか、残念だな」
(´・ω・`) 「どうしても行く必要があるんです」
「そうか。頑張れよ」
男は空瓶を呷る。
数滴残っただけの酒を飲み込み瓶を投げ捨てた。
「っち、最後の酒だったんだがな……」
394
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:19:44 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「お酒が欲しいのですか?」
「あぁ? 酒なんていらねぇよ……あれを飲み干したら酒をやめると決めてた。
明日食っていけるかもわからねぇんだからな。さ、帰った帰った」
再び薄い毛布に包まる男。
こちらに背を向けて動かなくなった。
小さく縮んでしまった背中にかける言葉は、決まっていた。
このろくでなしは単純な言葉では変わらない。
心が歪んでしまっている。
そう言った人間を動かすことができるのは、残念ながら一つしかない。
(´・ω・`) 「報酬です」
ピクリと、男の肩が震えた。
小袋に入っている金貨を全て地面に落とす。
音が響くようにわざと高い位置から。
一つ二つと地面にぶつかる度に、固く閉ざされているはずの男の瞼が小刻みに揺れる。
(´・ω・`) 「僕らを送ってくれさえすれば、その後あなたがさらに自堕落な生活をしようと興味はありません。
今だけは力を貸してもらえないでしょうか」
395
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:20:38 ID:XuZMeezA0
「なんで旅人風情がそんな金を持ってやがる。それも死の大地に向かおうって奴が」
(´・ω・`) 「知る必要はないです。あなたは僕らを運んでくれるだけでいい」
「面白い……いいぜ、連れて行ってやるよ。ギルン山脈にな」
(´・ω・`) 「ありがとうございます。出発は今日の夜でも?」
「船を整備する時間がいる。随分と長い間放っておいたままだからな。この報酬、半分でいい。前払いでできるか?」
(´・ω・`) 「これが前払い分です」
「……狂ってやがるな。だがいい、一週間後の朝陽が昇る前に港に来い。
ギルン山脈までは最低十日間はかかる。その間の食料は俺の分を含めて用意しろ」
(´・ω・`) 「わかりました。それではよろしくお願いします」
「まぁ待て。これを持っていけ」
差し出されたのは塗装が剥げた木の板に穴をあけてひもを通しているもの。
手書きらしい文字が墨で書き込まれている。
396
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:21:01 ID:XuZMeezA0
「俺のお守りだ。船旅に出る前には必ず客に渡す。旅が終わった時に返してもらうのが俺のやり方だ。
持っておけ。何の役にも立ちはしないがな」
(´・ω・`) 「わかりました」
男は幾つかの荷物と金貨を持ってねぐらを出ていった。
慌てていたのか、靴も履かずに。
汚れた瞳の中に僅かばかり灯った炎。
その色を見た僕は、渡したお金を持ち逃げされる心配はないと確信をもってシュールの研究室への帰り道を辿る。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「さて、たった二日ばかりでどんな錬金術が出来たのか見せてもらおう。
わかっているとは思うが、それの出来次第によっては再び檻の中に行くことになるんだぞ」
( ^ω^) 「心配してくれなくても大丈夫だお」
397
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:21:56 ID:XuZMeezA0
錬金術が完成した夜、僕らは議会場に赴き、老人を呼び出した。
広い議会場にいるのはたった数人だけ。
僕らを檻の中から出してくれた老人と、色も形も違うローブを被った男達。
顔が見えにくいように深く。
そのうちの一人には銀色の蛇の刺繍が入っていた。
(´・ω・`) 「どうすればいいんですかね」
鞘から刀身を抜き放ち、それを構えて立つ。
「その剣の錬金術は?」
(´・ω・`) 「説明するよりは見て頂いた方が早いでしょう。ブーン」
( ^ω^) 「おっ!」
僕が構えた剣の横っ腹を、ブーンの剣が激しく打ち付けられた。
鈴を鳴らすような音を出す剣。さらに左右から何度も衝撃を与えることで、
ガラスの様な半透明の剣は粉々に砕け散った。
398
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:22:26 ID:XuZMeezA0
「なんと……」
光の粉となった剣は、瞬きの間に元の形状を取り戻す。
薄っすらと透ける刀身と、その中心を分かつ細長い窪み。
鉄よりも軽く、丈夫でありながら鋭利さも劣らない。
武器として全てを兼ね備えた硝子剣。
(´・ω・`) 「どうですか?」
「ふむ……今ので納得できたか?」
騒めきは未だ止まない。
恐らくは錬金術師であろう男達の動揺が手に取るように分かった。
異を唱えるものなどいるはずもなく、僕らはシュールの研究室を自由に使うことを許された。
「恐ろしいほど洗練された錬金術ですね。……弟子はとっているのですか?」
話しかけてきたのはアルギュール教会の男。
十代の後半ぐらいではないかと思うほどの若い声。
(´・ω・`) 「残念ながら」
399
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:23:05 ID:XuZMeezA0
「そうですか……まだこの町に滞在されるのでしたら、今度お邪魔させていただきたいのですが」
(´・ω・`) 「じきに発つことになるので、難しいかと」
具体的には一週間程度の余裕はあるのだが、家に招くような形でアルギュール教会の人間と接するのは躊躇われた。
今僕らが住んでいるのは自分の家ではないが。
「うーん……わかりました。それでは諦めることにします」
「二人には迷惑をかけたな」
( ^ω^) 「おー大したことないお」
「ギルン山脈に行くのだろ?」
(´・ω・`) 「どうしてそれを?」
「兵士達が話していた。ギルン山脈に行きたがる人間がいたとね。
よくもあの男を説得できたものだ。昔は気のいい奴だったんだがなぁ……」
(´・ω・`) 「あの男を知っているのですね」
「この都市で海運業に就く者、そしてその周辺で暮らす者にとっては有名人だ。
腕は確かだよ。何しろギルン山脈への海路を初めて無事に航海した男だからな。
さて、用は終わった。後は好きにしろ」
400
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:23:27 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「それでは失礼します。ブーン、帰るか」
( ^ω^) 「了解だおー」
議会場を出てから研究所に戻るまでの間、歩きながらずっと考えていた。
ギルン山脈に行くまでの浮いた一週間で何をするべきか。
結局どうするか決められぬまま、僕らは研究所に戻って来た。
401
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:26:39 ID:XuZMeezA0
35 港の都市 End
402
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:27:17 ID:XuZMeezA0
>>15
30 災厄の巫女
>>102
31 少女への手掛かり
>>165
32 血の遺志
>>228
33 空を舞う翼
>>282
34 地を穿つ角
>>350
35 港の都市
403
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:27:37 ID:XuZMeezA0
│
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
33 空を舞う翼
34 地を穿つ角
35 港の都市
404
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:28:45 ID:XuZMeezA0
36 紅の災厄
405
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:33:08 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「冬は死んだんだな。きっと……」
わざわざ口に出すまでもないことだったが、敢えてそうでもしなければやっていられなかった。
噴き出す汗を拭いながら、灼熱の大地へと足を踏み出す。
流れ込んだ海が沸騰するほどの熱を持つ溶岩地帯を避け、出来る限り冷えて固まった場所を選んで歩く。
余った期間を利用して船のコーティング剤を錬金術で用意しておいたのは正解だった。
木造の船では到底この温度には耐えられない。
それは人間も同じことだろう。
運び手の男もずっと接舷し続けていることは出来ない。
合流予定時刻までの間は予定通り涼しい浮島で待機しているはずだ。
(; ^ω^) 「あっちぃお……」
(:´・ω・`) 「あぁ……」
何度目になるかもわからない水分補給を終え、少し盛り上がった場所に腰を下ろした。
耐熱の錬金術を二重掛けした布で作成したマントを間に挟めば、高温の岩の上にも座れる。
靴は念入りに三重掛けしたものを用意していたが、今のところは問題なさそうだ。
これが溶けるるようなことがあれば、すぐにでも引き返さなければならない。
素足でこの焼ける大地を歩くなんてただの拷問だ。
406
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:33:36 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「これでまだ一日しか経ってないんだ……信じられないよ」
(; ^ω^) 「全く、さっさとテンヴェイラの鋏を手に入れて帰るお」
(;´・ω・`) 「何処に出現するかまでは流石のシュールも解らなかったんだろうね」
七大災厄を探す当てはなく、丸一日も彷徨っていた。
熱気のせいでほとんど眠れず、歩いているだけでも疲労は通常の数倍の速度で溜まっていく。
(; ^ω^) 「解ってたとしても、目印も何もないから教えようがないお」
右を見ても左を見ても前を見ても黒と赤の混じり合った世界でしかなく、方角以外に頼りになるものはない。
背中側にある海と、ほんの少しだけ漂って来る潮の香りだけが心の支えだ。
(;´・ω・`) 「その通りだ」
シュールの研究室にあったテンヴェイラに関する書物と、彼女が新たに調べてくれた記した真新しい冊子。
二つの情報を統合すれば、予測生息域は背の低い山々が連なるギルン山脈において、
最も整った形状をしているニゴラゴ山。
407
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:33:51 ID:ESOyTVmk0
二話読めるなんて嬉しいけど無理はするなよ
支援
408
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:34:32 ID:XuZMeezA0
火口から同心円状に拡がったなだらかな峰と、
特殊な性質を多く含む地層が積層状態になっているそれは、厚い雲に覆われて薄暗い中でも目立つ。
( ^ω^) 「あれだおね。あんまりきれいだとは思えないお……」
(´・ω・`) 「たぶん誰もギルン山脈の中からあれを見てないからじゃないかな。
海から見れば、灰が降っていても目立つだろうし、形だけで言えば確かにきれいだしね」
標高はさほどないものの傾斜は長い。
暑さに加えて上り坂がじわじわと体力を削る。
( ^ω^) 「なんか雲行きが怪しいおね」
空に舞い上がって漂っている灰が渦を巻いて動いている。
風が殆どないにもかかわらず。
天変地異の前触れだと言われても素直に納得してしまいそうなほどの光景。
(´・ω・`) 「むしろ都合がいいんじゃないのか」
( ^ω^) 「お?」
(´・ω・`) 「僕らの目的は七大災厄の素材。この場所が異常現象で満ちているってことは、
原因になる何かがあるってことだ」
409
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:35:22 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「七大災厄が……テンヴェイラが活発になってるってことかお」
(´・ω・`) 「その可能性は低くないと思う」
シュールは出現地域を予測してくれたが、それが当たっているとは限らない。
テンヴェイラは地中奥深く、高圧高温の溶岩の中に眠っているとされている。
火山活動により地上にまで吹き上げられた個体のみが現在観測されているものだ。
その最大の脅威は火山災害を誘発する特性。
かつて火口に出現したテンヴェイラによって、島民の大半が亡くなったと言い伝えられている。
生き残ったのは船に乗ることができた極一部の人々。
その時にできたのがギルン山脈。
島が大陸に繋がるほど環境を変化させたその行為は、まさに災厄と呼ぶのにふさわしい。
( ^ω^) 「冷気が弱点なんだお?」
(´・ω・`) 「そのはずなんだけどね」
地上での生活をすることが出来ず、数分の活動時間しか持てない。
水などで冷却することが出来ればなお短くなるはずだと、シュールは記していた。
(´・ω・`) 「短期決戦だ。とにかく出現したら持ってきた超圧縮水をありったけぶつける。
出来るだけ鋏は残しておきたいから、狙うのは本体正面。甲羅はたぶん僕らじゃ破壊できない。
関節部分ならこの剣でも破壊できるはずだから、そこを狙う」
410
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:35:59 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「接近戦をしろってことかお……無茶をいうお」
(´・ω・`) 「遠距離で仕留めるだけの武器が作れるんならそれでもいいんだけどね」
射出、投擲による攻撃が当たるかどうかは、使用者の熟練度に大きく影響される。
いくら強力に仕立て上げようと当たらなければ意味がなく、
命中を補正する錬金術を埋め込めば、威力はかなり落ちてしまう。
それならば最初っからダメージ覚悟で接近戦に持ち込んだほうが良い。
通常の攻撃であれば死ぬことは無い筈だ。
(´・ω・`) 「絶対に鋏の間合いに入るなよ」
エルファニアの突進が掠った時の衝撃と痛みはまだ覚えている。
直撃していれば不老不死と言えど、どうなっていたかはわからない。
( ^ω^) 「間合いってどれくらいだお」
(´・ω・`) 「鋏の正面十歩。幅はおそらく人間二人から三人分」
( ^ω^) 「広すぎるお……」
411
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:36:22 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「テンヴェイラに削られたとされる開口部がそれだけの大きさをしていた。
個体差があればまだ広くなるかもしれない」
( ^ω^) 「どう考えても避けられないお……」
(´・ω・`) 「いや、動きは緩慢なはずだ。注意していれば掠る程度で済ませられる」
(; ^ω^) 「おーおっ!? ……今揺れたおね」
(´・ω・`) 「まだ揺れる、何処かに掴まれ!!」
適当な岩にしがみついた瞬間に、身体が浮かび上がるほどの衝撃があった。
地面の中で大量の火薬を爆発させたのかと思えるほどでありながら、
音は全くせず、先程まで少しばかりあった生き物の気配が一気に消えた。
静寂。
( ^ω^) 「ショボン!」
(;´・ω・`) 「っ!!」
412
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:36:54 ID:XuZMeezA0
ブーンが指さしたのは黒い煙を噴き出すニゴラゴ山の火口部分。
噴火そのものではないが、もはや時間の問題かと思えた。
キラキラと光る粒子と共に立ち昇り、空の黒雲に溶けていく。
(´・ω・`) 「急ぐぞ」
大規模な噴火が起きる瞬間には近くにいる必要がある。
地上と地中深くの大気や圧力、その他諸々の差異に酔っている間に仕掛けるのが一番安全だ。
( ^ω^) 「だんだん熱くなってきてないかお」
(´・ω・`) 「うん、麓よりはかなりね。水分補給はしとけよ。
いくら僕らでもこう汗をかきすぎると眩暈で立ち上がれなくなるぞ。
それに……そろそろ持ってきた奴を巻いておこう」
( ^ω^) 「了解だお」
紺色の布切れを一枚荷物から引っ張り出し、それを口元に巻き付ける。
噴火時に吐き出される毒性物質から身を護るためのものであるが、
保水性の高い布のおかげで少しだけ息がしやすくなった。
413
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:37:22 ID:XuZMeezA0
火口の淵に立った僕らの数歩先。
朱く煮えたぎる溶岩が静かに揺れていた。
( ^ω^) 「すげぇお……」
(´・ω・`) 「数百年生きてるけど、流石に初めて見た」
落ちれは百年は再生できないだろうことが容易に予想できる溶岩溜り。
その淵のギリギリの場所から覗き込んでしまうのは、
危険と隣り合わせの魅力に僕らが心を引き付けられているから。
発する光が流動する溶岩群で遮られて、秒でその姿を変えたようにも錯覚する。
内部から噴き出してきた気体が大きな泡を作っては弾け、
それに合わせるかのように炎の花が咲く。
一秒として同じ姿を見せない光景は、警戒心すら奪い取ってしまっていたことに気付くまで時間がかかった。
(´・ω・`) 「ブーン、少し離れて待とう。揺れて落ちたらどうにもならない」
( ^ω^) 「どのくらい待てばいいんだお」
(;´・ω・`) 「最悪は火口を刺激する爆発物を放り込むつもりだけど、一時間くらいか……なっ!?」
414
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:37:58 ID:XuZMeezA0
予期せぬ揺れと、存在が消失したとしか思えないニゴラゴ山の山腹。
その裂け目から流れ出て来る赤い流れと、煙の中から現れた巨大な紅の鋏。
僕らは大きな勘違いしていた。
黒煙も、振動も災厄の予兆であると。
噴火をしなければ、地中深くから出てこないと。
現れてしまえば、暴れまわり世界を壊してしまうと。
僕らは忘れていた。七大災厄の持つ力とその恐ろしさを。
何故この季節になっても雪どころか、寒いと感じることがほとんどなかったのか。
何故大陸を吹きぬける風が暖かいのか。
季節すらも変えてしまうことができるのは、七大災厄そのものであるということを、忘れていた。
415
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:38:34 ID:XuZMeezA0
(#´・ω・`) 「避けろっ!!!」
咄嗟にブーンを突き飛ばし、自分自身は反対側へと飛ぶ。
僕らの間を突き抜けていったのは一陣の風。
それは、目に見えない死の概念そのものが僕らの感覚器官全てに発した警告。
当たれば死ぬ。
ホムンクルスとして生まれて長い間忘れていた感情が、瞬間的によみがえった。
裂け目から現れたテンヴェイラはそれほど大きくない。
人間の腰ほどの高さに、甲羅と一体化している左右の鋏。
そのせいか可動域は殆どない。
短く太い脚が四対。こちらは大きく動くように見える。
背の甲羅にのっている溶岩は半分ほど黒ずんでいた。
(; ^ω^) 「助かったお……」
(´・ω・`) 「とにかく、用意してきた分全部を投げろ。正面に入らなければ鋏は当たらない!」
威圧感を全身に感じながらも叫ぶ。
かつて出会い戦った他の災厄と同じプレッシャーには、もう慣れた。
416
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:39:03 ID:XuZMeezA0
二手に別れ、荷物の中から引っ張り出した立方体の水をテンヴェイラに向けて投げる。
直撃した直後に白煙を上げて爆発するのは、
高密度の水分が瞬間的に熱せられた影響だ。
それらをものともせずに、鋏は空間を削り取る。
(´・ω・`) (十秒に一回、それも片方ずつか……)
背中の溶岩は水を当てる度に黒ずんでいく。
八割以上が真っ黒になり炎すらあげなくなったところで、用意していた圧縮水が尽きた。
( ^ω^) 「ショボン! こっちはきれたお!」
(´・ω・`) 「僕もだ!」
元からそれだけで倒せるとは思っていない。
どれだけこちらが準備したところで、それを優に超えて来るのが七大災厄たる所以。
今回はワカッテマスとティラミアを欺いて新緑元素を得た時とは違う。
あの時よりも十分な備えはしてきたし、敵について知ってもいる。
だからこそ油断してはいけないとよく理解していた。
つもりだった
417
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:39:38 ID:XuZMeezA0
最初に感じたのは冷たさだった。
熱された鉄板のような場所に身体が倒れているにもかかわらず。
瞼が重く、眠ってしまいそうになるのを耐える。
つい先ほどまでの自分が何をしていたのかすら思い出せず、そのまま目を閉じようとした。
(; ^ω^) 「ショボン!! 起きろお!」
ブーンの呼ぶ声と、遅れてきた激痛で意識が覚醒させられた。
(メ´ ω `) 「っぁあああああああああ!!」
(; ^ω^) 「生きてるかお!?」
(メ´ ω・`) 「あぁ……何が……」
肩を掴んで起き上がる。
テンヴェイラは口元から大量の泡を噴き出しながら、両の鋏をゆっくりと開け閉めしていた。
それは攻撃ではなく、威嚇を意図したもの。
( ^ω^) 「とにかく、今のうちに下がるお」
418
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:40:12 ID:XuZMeezA0
(メ´・ω・`) 「待ってくれ腕の感覚が……」
( ^ω^) 「あるはずないお」
半ば引きずられるようにしてテンヴェイラとの距離をとる。
右腕が根元から引きちぎられていた。
既に再生は始まっているが、本来の速度よりもずっと遅い。
(メ´・ω・`) 「くそっ……」
( ^ω^) 「よく避けたお。僕はもう直撃して駄目かと思ったんだお」
(メ´・ω・`) 「どうなったのかは覚えてない」
(; ^ω^) 「未だに信じられんお。鋏の攻撃範囲が急にねじ曲がったんだお……」
(メ´・ω・`) 「成程……」
攻撃それ自体は見えなかったが、恐怖を感じて咄嗟に身体を傾けたおかげで助かった。
斬撃故に直線でしか放てないと思い込んでいたが、鞭のようにしならせることもできるのか。
419
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:41:16 ID:XuZMeezA0
いくら発生が遅いとはいえ、太刀筋を放った後に自在に操られるのでは手も足も出ない。
これが本来のテンヴェイラの力。
このまま時間切れを待つ方法もあるが、もし溶岩の中に戻られてしまえば必要な素材が手に入れられない。
(メ´・ω・`) 「あれを使おう」
( ^ω^) 「でも、防がれたら後がないお」
(メ´・ω・`) 「どのみち逃げてるだけじゃ勝てない。切断攻撃は絶対に受けるな」
右腕の再生は遅々として進まない。
背負っていた荷物を全て置き、必要な錬金術だけを持つ。
( ^ω^) 「僕が囮をやるお」
(メ´・ω・`) 「行くぞ!」
僕らは同時に飛び出し、テンヴェイラへと駆け寄る。
何を考えているのか、それとも何も考えていないのかテンヴェイラは赤黒い泡を膨らませ続けていた。
身体の正面が埋め尽くされるほどに拡がった泡の中に、握っていた道具を投げ込む。
420
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:41:59 ID:XuZMeezA0
テンヴェイラ自身が持つ温度によってすぐに発火点に達し、泡を全部吹き飛ばした。
ブーンは正面に潜り込み、真っ直ぐ剣を突き込んだ。
堅い甲羅に弾かれながらも、その注意を引き付けるために何度も。
腕がない状態がこんなに走りにくいとは思わなかった。
転びそうになりながらも必死に走る。
甲羅と一体化している鋏の一部をを砕くのは容易じゃない。
狙いは相手の足を止め、攻撃手段を封じること。
鋏を閉じた時に発生する攻撃は、鋏を固定してしまえば放てないはず。
そう思って用意していたのは高温帯で真価を発揮する固着剤。
温度が上がるほど強度を増す素材を用いた錬金術。
左の鋏が閉じる直前、その隙間に差し込んだ金属製の筒。
閉じきった時の圧力で弾け、中に入った固着剤が鋏の間から溢れ出る。
攻撃は地面に突き刺さり、大きく削り取った。
(メ´・ω・`) 「ブーン!」
十秒後に反対側の鋏による攻撃が行われる。
( ^ω^) 「分かってるお!」
421
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:43:54 ID:XuZMeezA0
片方を塞がれたテンヴェイラは、僕へとその攻撃対象を変えようと動く。
その足の先にはブーンがあらかじめ放り投げておいた爆薬。
踏まれた衝撃で二つの素材が混じり合い、連鎖的に爆発反応を引き起こす。
一瞬でも動きを止められれば充分。
僕が投げた筒をブーンがキャッチし、右の鋏へと挟み込む。
(メ´・ω・`) 「閉じる力は強くても、開く力がそれと同じとは限らない」
( ^ω^) 「おおっ!」
黒ずんで炎の消えた部分の甲羅は、紅く燃えているところと比べて格段に強度が下がる。
ブーンはその甲羅に飛び乗り、全体重をかけて杭を打ち込む。
返しがついた特性の杭は、差し込んで僅かに捻るだけで抜けなくなる。
(メ´・ω・`) 「これで……終われ!」
杭の底部にある抑えのピンを剣で斬り飛ばす。
内部に溜まった溶解液がテンヴェイラの体内へと流れ込んでいく。
(; ^ω^) 「っ!」
完全に固着していたはずの鋏が砕けながら大きく開く
422
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:44:36 ID:XuZMeezA0
(メ´・ω・`) 「離れろっ!!」
最後に放たれた一撃はテンヴェイラの周りの空間と、自身のほぼ全身を飲み込んで消えた。
後に残ったのは二つの巨大な鋏。
片方はひび割れて崩れかけてはいるが、十分な量が手に入った。
(メ´・ω・`) 「ふぅ……」
( ^ω^) 「怪我は……まぁ再生してるおね」
(メ´・ω・`) 「一日くらいはかかるかもしれない。不便この上ない」
( ^ω^) 「まぁ命が助かったんだからよかったんじゃないかお」
痛んで砕けた鋏は、荷物の袋の中に放り込む。
無事な方の鋏をブーンが担ぎ、運び屋の男と待ち合わせている場所に向かって歩き始めた。
423
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:45:26 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
「服の袖がなくなってるじゃねぇか」
(´・ω・`) 「気にしないでくれ。いろいろあってな。それにそっちも他の客がいるみたいだけど」
「噂の遭難者らしい。合図の光が上がるまで待機している予定の島があったろ。
あそこまで何とかたどり着いたんだと。運がいい奴らだ」
「いやぁ、見つけてもらわなかったら飢えて死んでいるところでした」
「本当に、本当に感謝します」
「っけ。港に着いたら金は払ってもらうぞ」
「ええ、命の値段くらいはお支払いします」
(´・ω・`) 「まぁいいさ。僕らはちょっと疲れたから休ませてもらうよ」
424
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:46:17 ID:XuZMeezA0
船室は十人程度が横になれるほどには広い。
もともとは貨物船だったこともあり、スペースには余裕がある。
二人程度の乗客が増えた所で何ら問題はないだろう。
僕らはテンヴェイラの鋏を布で覆い、身体で隠すようにして眠る。
極限近くまで溜まっていた疲労は、夢と現実の境目すら容易に取り去ってしまう。
何時間休んでいたのかわからない程の深い眠りから目を覚ました時には、
運び手を含めて全員が船室で寛いでいた。
( ^ω^) 「起きたかお……?」
(´・ω・`) 「あぁ……どのくらい寝ていた?」
( ^ω^) 「もう夜らしいから、たぶん十二時間くらいじゃないかお」
(´・ω・`) 「随分と長かったな」
( ^ω^) 「まぁ、それだけ疲れてたんだお」
ブーンは船旅用の保存食を頬張りながら、何かを走り書きしていた。
覗き込むようにして文字を追う。
箇条書きに並びたてられたそれらはテンヴェイラの鋏の利用方法。
425
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:46:49 ID:XuZMeezA0
必要量以上が手に入ったため、他の錬金術に回す余力が出来た。
確かにもう二度と手に入ることはない素材。
幾つもの案の中から最善の錬金術に使用したいと思うのは当然だ。
「何しにニゴラゴ山へ来たんですか」
(´・ω・`) 「……錬金術の研究です」
「あぁ、同業だったのですか」
( ^ω^) 「ということは二人も?」
「そうです。研究で必要な素材を手に入れるためにね。あんな化け物がいるなんて運が悪かった」
「お二人は大丈夫だったのですか?」
(´・ω・`) 「僕らは鉱石を幾つか採取しただけですから」
「仲間もほとんどが殺され、なんとか私たちだけが逃げ延びたのです」
( ^ω^) 「そうなのかお……」
(´・ω・`) 「お互い命があってよかったです。帰ったらギルン山脈について報告しなければならないですね」
426
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:47:48 ID:XuZMeezA0
ブーンが余計なことを言う前に口を挟む。
荒天鷲の時からあった違和感。
それは生き残った二人の男達からも感じていた。
「何をです?」
(´・ω・`) 「化け物がいたのでしょう?」
「あ、ええ、そうですね。他の錬金術師が犠牲になる前に情報を流しておかないと。
ですが、どこに伝えればいいのでしょう……」
(´・ω・`) 「僕らも余所者なので」
運び手の男は一人毛布を被って横になっていた。
聞こえているはずの僕の声も無視しているのか、それとも本当に寝ているのか。
「やれやれ、ところで手に入れたのは何の素材ですか?」
(´・ω・`) 「ただの鉱物ですよ」
テンヴェイラの鋏は隠しきれないほどに大きい。
布で包んで隠しているそれを、生き残った男達が求めているのは明白であった。
427
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:48:11 ID:XuZMeezA0
「そうですか。研究のお役に立つといいですね」
(´・ω・`) 「どうもありがとうございます」
男達は船室から出ていき、僕らはテンヴェイラの鋏を気にかけながら再度の睡眠をとった。
域の船旅と同様で、一度潮流に乗れば後は待っているだけでコルキタまでたどり着く。
水深が浅く、大型船では通ることができない海路。
「あいつら、船を何で失ったんだろうな」
(´・ω・`) 「……起きてたのですか」
「ふん、俺をイカれた錬金術師どもの諍いに巻き込むな。面倒な」
( ^ω^) 「向こうが絡んできたんだお……」
「知らん」
(´・ω・`) 「船の高温対策を怠っていたか、それとも想定が甘かったのか。
コルカタの運び手が一緒にいたはずですが……」
428
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:49:16 ID:XuZMeezA0
いくら彼らが優れた錬金術師であったところで、この航路を辿れるとは思えない。
海路には道標はなにもなく、運び手の勘と感覚によって見つけられるものだからだ。
僕とブーンでさえ、もう一度海路でギルン山脈に行くことは叶わない。
( ^ω^) 「なーんか胡散臭いんだお」
(´・ω・`) 「僕の予想でしかないけど……。十数人でギルン山脈に来て、テンヴェイラと戦闘。
敗北して逃げ延びたのが数人。その中で生き残ったのがあの二人だけなんじゃないか」
「俺が待機している予定の島は狭くて、人間を隠す場所なんてありはしない。
地面を掘り起こしている様子もなかった」
( ^ω^) 「埋める以外にも処理する方法はあるお。あんまり考えたくないのもあるけど」
(´・ω・`) 「問題はむしろ船の残骸かな。どうやって処理したんだろう」
「木材……簡易の屋根を付けた場所はあった……だが船を使えばもっとまともなものが作れたはずだ」
(´・ω・`) 「船自体も大破してたんだと思いますよ。それで、あの島に流れ着いた」
「そこまでして何が欲しかったんだか……」
( ^ω^) 「わからないお……」
「まぁ問題を起こさないつもりなら別にいい。連れて帰ってやるくらいならな。
なにかしでかしたら海に叩き落としてやる」
429
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:50:48 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
(;´メω・`) 「はぁっ……はぁっ……生きてるか……ブーン……」
(;メ-ω^) 「どう見ても死んでるお……」
心臓に突き刺さった杭が背中を突き破り、背後の船室の壁まで達していた。
起き上がろうとしても、杭の役割を果たしている金属は動かず、引き抜こうにも両手は塞がれている。
溢れ続ける血液は消滅し続け、心臓は異物による破壊と再生を繰り返す。
横目で見ればブーンも同様に磔にされており、両手と腹部に計三本の杭。
ご丁寧に柄の根元まで深く差し込まれている。
(´メω・`) 「くっそ……船に穴まで空けていったな」
冷たい海水がゆっくりと船室を満たしていく。
僕らが不死であると気付いた時の男達の行動は早かった。
両手を壁に固定するように貫かれ、身動きがとれない。
剣であれば多少強引にでも両手を自由にできるが、
杭の刺さった手を動かしたところで痛みだけがひどくなるだけだ。
腰の辺りまで上がってきた水位のせいで両足の感覚がなくなっていく。
430
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:51:59 ID:XuZMeezA0
甲板にいるはずの船乗りの男は、もうとっくに逃げだしているだろう。
沈み始めた船の船室をわざわざ助けに来るほどの付き合いも無い。
これだけの船だ。前金だけでは払いきれないかもしれないが。
(; ^ω^) 「おぉお……さみぃお……」
(´・ω・`) 「テンヴェイラが死んだからだな……。さて、どうしたものか」
十日ほど前までが嘘のように気温は下がり、帰り道の途中で雪が降る日もあった。
( ^ω^) 「僕の荷物に……足が届くかお?」
(´・ω・`) 「ああ、なんとか」
痛む両腕と胸を無視し、可能な限り足を伸ばす。
つま先を荷物の紐にかけ、少しずつ引っ張っていく。
テンヴェイラの鋏にしか興味のない連中で助かった。
水浸しの鞄の中をかき混ぜる様に足を突っ込んだ。
(;メ^ω^) 「……なんかちょっとドキドキして心臓が痛」
ブーンが言い終らないうちに船室は丸ごと吹き飛んだ。
431
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:54:04 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「ぶはっ……寒い寒い……」
全身ずぶ濡れになり、奥歯がガタガタと震える。
錬金術のローブは体寒耐熱ではあるが、こうも全身が水に濡れてしまっては用をなさない。
剣だけを掴んでいた僕は港に上がった。
( ^ω^) 「おー……なんとか、これだけは確保できたお」
遅れてブーンが顔を出す。
その手に掴んだ二人分の荷物の袋。
中に仕舞っているのはテンヴェイラの鋏の一部。
爆発や海水の影響はないようで、白い蒸気を立ち昇らせていた。
(´・ω・`) 「とりあえず、シュールの研究所に向かおう。このままじゃ流石にまずい」
( ^ω^) 「一刻も早くあったかい湯を浴びたいお……」
(´・ω・`) 「同感だ」
空は暗く、今にも振り出しそうなほど。
今以上に気温が下がる前にと、僕とブーンは駆け足気味に大通りを抜ける。
偶然止まっていた馬車に乗り込んで、研究所に戻って来た。
すぐに巨大な釜いっぱいに湯を沸かし、それに浸したタオルで身体を拭く。
432
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:54:53 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「おー……一息ついたお」
(´・ω・`) 「全く。あの二人は……どうしてやろうか」
「どの二人の事?」
二階から降りてきたのは小柄な女性。
その身に不死の魂を宿した錬金術師。
研究所の持ち主であり、待ち合わせていた人物。
(;´・ω・`) 「シュール!」?
(; ^ω^) 「いつの間に来たんだお?」
lw´‐ _‐ノv 「こんな夜中に話声がするし泥棒かと思ったよ。せっかく深い眠りに付けてたんだけどね。
あぁ、はいはい。シュールね。今呼びますよ」
(´・ω・`) 「周、明日にしよう。ちょっと僕らもいろいろありすぎて整理が追いつかない」
lw´‐ _‐ノv 「わかった。そうしてくれるとありがたいね。そこの暖炉も使ってくれたいいから。それじゃあおやすみ」
( ^ω^) 「おやすみだおー」
433
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:55:17 ID:XuZMeezA0
眼を擦りながら二階に戻っていくシュール。
その仕草は幼い子供にしか見えない。
(´・ω・`) 「テンヴェイラの鋏はどう保存すればいいだろう」
( ^ω^) 「だんだん温度が高くなってるおね」
海の中に一度は沈んだはずのその甲殻は、紅白の斑模様を浮かび上がらせている。
既に素手では持てないほどの熱さ。
置いてあるだけで木の机が黒く焦げていく。
(´・ω・`) 「このままじゃ不味いだろうけど、水につけておくのはよくないと思う」
( ^ω^) 「取り敢えず小型炉の中にでも置いとくしかないんじゃないか」
(´・ω・`) 「欠片だから扱いやすくて助かったね」
奪われた完全な状態の鋏であれば、保存方法に苦労しただろう。
素材としてはほぼ同様の扱いができるはずだ。
念の為に適当な防熱シートを重ねた上に小型炉を動かし、交互に様子を見ながら休んでいた。
434
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:55:48 ID:XuZMeezA0
爆発することも無ければ、室内の温度が上昇することもほとんどなく、
素材として死んでしまったのかと不安になり何度も夜中に確認した。
炉の中で生きているかのように熱を発し続ける鋏。
七大災厄の素材、それもほとんど本体であるそれは、恐らく今までで一番扱いの難しい素材だ。
生半可な錬成に利用すれば後悔するだけでなく、大事故につながりかねない。
研究所に戻ってきたのは思っていたよりも遅かったらしく、
うつらうつらしながら考え事をしていたら、空が次第に白けてきた。
暗闇の中からその頭を出した太陽は、眠らない都市に平等に降り注ぐ。
広場を行き交う車輪と蹄鉄の音が次第に多くなり、都市の朝を告げて走る。
それから一時間ほどして、シュールは一階に降りてきた。
ブーンはまだ寝息を立ており、揺さぶって起こす。
lw´‐ _‐ノv 「ふぁぁ……寝不足だよ」
(´・ω・`) 「すまない」
lw´‐ _‐ノv 「謝らないで。私も協力するよ。どうせ華国にいたところで何かをするわけではないしね。
それにこちらの方が面白そうだし。さて、シュールを起こすよ」
435
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:56:29 ID:XuZMeezA0
慣れた動作でもう一つの意識へと切り替える周。
(´・ω・`) 「久しぶり」
lw´‐ _‐ノv 「そうだね。ショボン君。ブーン君も」
( ^ω^) 「おーもうついてたんだおね」
lw´‐ _‐ノv 「三日日ね」
(´・ω・`) 「テンヴェイラの鋏、手に入れたよ。事情があって欠片だけだけれど」
lw´‐ _‐ノv 「これだけの大きさがあれば十分だよ。大変だったと思うけど、本当にありがとう」
体格と似合わない深いお辞儀。
僕自身の為でもありるため、それを受けるのは些か気まずく、
返答に困った僕は話を変える。
(´・ω・`) 「それで、これからどうすれば?」
lw´‐ _‐ノv 「あぁ、うん。不死殺しの錬金術を完成させる。そのために必要なもう一つの条件。
サスガの双子を探さないといけない」
436
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:56:53 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「探すって……どこにいるのかもわからないのに?」
lw´‐ _‐ノv 「正確な場所はわからないんだけど、全く手掛かりが無いわけじゃない」
( ^ω^) 「手掛かり?」
lw´‐ _‐ノv 「でぃ、おいで」
∧
(゚、。`フ 「わらわはもう少し寝ておきたいのじゃが」
(;´・ω・`) 「えっ!?」
(; ^ω^) 「おっ!?」
僕らの驚きは全くの同時。
研究室の本棚の上からこちらを見下ろす、白い毛並みの猫。
元は人間であり、その魂を不老不死の猫に移し替えた錬金術師。
古代錬金術師と自称するその猫は、小さな黒いマントを羽織っていた。
∧
(゚、。`フ 「ぬしらが帰って来た時からおったのじゃがな。全く気付かなかったの」
437
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:57:32 ID:XuZMeezA0
それもそのはずだ。
手元で作業するためだけの最低限の明かりしかつけていなかったのだから。
(´・ω・`) 「その外套は……」
∧
(゚、。`フ 「ふん、思っている通りじゃ」
( ФωФ) 「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしておるな。吾輩がここにおることがそんなにおかしいか?」
(´・ω・`) 「……芒は大丈夫なのか」
( ФωФ) 「大丈夫であろう。彼女は巫女として生きることを受け入れた。
つらい役目を誰かに押し付けるよりは、自身が、とな。
決心は固い。そう簡単には折れぬであろう」
(´・ω・`) 「そうか……それで、なんでここに来た?」
( ФωФ) 「吾輩達がこうまでして生き残ってきた目的を果たす為である」
イ从゚ ー゚ノi、 「漸くこの役目から解放されるのでございますね」
(´・ω・`) 「キツネか?」
イ从゚ ー゚ノi、 「お久しぶりでございます」
438
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:58:00 ID:XuZMeezA0
シュールの腰に結ばれた扇。
華国にいた空間を操る古代錬金術師の番人。
その実物を見たのは初めてだ。
(´・ω・`) 「勢ぞろいだな。このために神州まで行っていたのか」
lw´‐ _‐ノv 「まぁね」
( ^ω^) 「ジョルジュは来てないのかお?」
lw´‐ _‐ノv 「彼には一つ用事をお願いしてるんだ。だいぶ渋られたけどね」
(´・ω・`) 「用?」
lw´‐ _‐ノv 「いくつか必要な素材があってね。それを取りに行ってもらってる。
集合場所も決めてるから大丈夫だ」
イ从゚ ー゚ノi、 「お話し中のところすいません。この姿でお話しするのも何となくですが違和感がございます。
せっかく集まったのですから、皆で机を囲むのもよろしいのではないでしょうか」
lw´‐ _‐ノv 「そうだね、お願いするよ」
イ从゚ ー゚ノi、 「はい」
439
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:58:29 ID:XuZMeezA0
扇が開き、空間を形成する。
精神だけが招かれた世界の中心にはラウンドテーブルが一つ、その周りには六脚の椅子。
ご丁寧に湯気の出るティーカップが並び、それぞれの席に座るのは錬金術師。
キツネは紺色の着物を身に付け、長い黒髪を後頭部で巻き上げている。
以前会った時と違い、金色の細い線が柔らかく舞っているような絵柄。
僕らを招いた世界の主は、優雅に紅茶の入ったカップを傾けていた。
( ФωФ) 「やれやれ、相変わらずの場所であるな」
スーツ姿の男は、被っていた帽子を脱ぎ捨てた。
それは空間に溶けるように消えていく。
何処か紳士然とした背格好に似合わない乱暴さで座り、カップの中身を一息で飲み干した。
.∧_∧
(#゚;;-゚) 「人間の身体は懐かしいの」
白いローブで身を包んだでぃは、指先の感覚を確かめる様に手を動かす。
猫であった時の感覚が抜けていないのか、耳の上あたりで跳ねた髪の毛の中に獣耳が動いている。
精神だけのこの空間であるから、自らの感覚や意識が姿に強く反映されるのだろう。
lw´‐ _‐ノv 「皆の姿を見るのも久しぶりだね」
440
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:59:01 ID:XuZMeezA0
シュールは四国を統一した時の派手な白いドレス。
波打った綺麗な金髪は肩にかかり、美しさをより一層際立たせている。
フリルで覆われているドレスは、他の三人と比べると随分と目立つ。
.∧_∧
(#゚;;-゚) 「ぬしはその恰好、気に入っておるのか?」
lw´‐ _‐ノv 「うーん、ついね」
イ从゚ ー゚ノi、 「よくお似合いでございますから」
lw´‐ _‐ノv 「そうかな? ありがとう」
( ФωФ) 「服装などどうでもよかろう」
.∧_∧
(#゚;;-゚) 「そう言うぬしも昔の恰好ではないか」
( ФωФ) 「ふん、合わせただけである」
.∧_∧
(#゚;;-゚) 「変わらんの」
( ФωФ) 「貴様こそ猫の耳がついておるぞ。どうやら心まで獣になってしまったようであるな」
∧_∧
(;#゚;;-゚) 「にゃっ!?」
441
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 20:59:42 ID:XuZMeezA0
焦って頭の上を押さえるでぃ。
髪の隙間から生えた獣耳は、へこむだけで消えない。
精神のみの世界では、身体は自身の感覚がそのまま反映される。
常日頃から猫としてあったでぃは、その耳をなくすことを諦めた。
イ从゚ ー゚ノi、 「ディートリンデさん、ロマンさんも、懐かしいのはわかりますがそういう会ではありませんよ。
お二人が困っているではありませんか」
(;´・ω・`) 「ははは……流石にこの面子相手だと気後れするね」
( ^ω^) 「だお」
長い歴史を持つ錬金術、その始まりにして頂点である術師達。
普段の雰囲気と違うせいか、同卓することすら恐れ多いと感じてしまう。
lw´‐ _‐ノv 「まぁ座りなよ、二人とも」
(´・ω・`) 「そうさせてもらうよ」
lw´‐ _‐ノv 「さて、私たちが見たワカッテマスの過去と、
ロマが見つけたリリさんの様子からいくつか特定できることがあったんだ」
442
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:00:14 ID:XuZMeezA0
( ФωФ) 「氷の彫刻と渡り鳥が通ったルートを照らし合わせて見つけることができた集落は五つ。
その中であれだけの大きさのものを隠せる場所があるのはたった一つ。
ヴァントヨークの大氷窟だけである」
(´・ω・`) 「聞いたことがない場所だ」
( ^ω^) 「氷でできた洞窟だお? 立ち入りが制限されてるっている」
(´・ω・`) 「どこにあるんだ?」
lw´‐ _‐ノv 「確か、今は名前が変わったんじゃなかったかな。
コルカタから遥か北方、年中雪に覆われた氷窟都市国家ファーワル。
一応、その国が管理しているというか……ファーワルそのものだね」
北方の国々はあまり訪れたことがない。
雪の中で行き倒れたらどうなるかわからないし、装備を整えるのも大変だ。
草木が少しでも生えていれば飢えは凌げるのに、冬の地ではそれもできない。
イ从゚ ー゚ノi、 「灼熱の地の次は極寒の地。大変でございますね」
.∧_∧
(#゚;;-゚) 「どうせ死なぬのじゃ。旅行みたいなものであろう」
443
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:00:42 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「流石にテンヴェイラと戦ったときは死ぬかと思ったけどね」
( ФωФ) 「むしろ死ななかったことが不思議であるがな」
( ^ω^) 「確かに……七大災厄を殺して五体満足っていうのも驚きだおね」
一撃を受けたとはいえ、何とか再生することもできた。
事前にしてきた準備をほとんど使いきったのだから、簡単だったというわけではない。
ないのだが、確かにあまりにもうまく行き過ぎた。
lw´‐ _‐ノv 「それはたぶん、随分前から地上側にいたからなんじゃないかな」
(´・ω・`) 「どういうことですか?」
lw´‐ _‐ノv 「テンヴェイラは遥か地中の溶岩流の中に生存してるから、地上で長くは生きられない。
普通は噴火に巻き込まれて冷えた大地まで出て来るからすぐ死ぬはずなんだけどね。
運よく地中の溶岩溜に逃げ延びたんじゃないかな。命を削りながら何とか生きてきた」
( ФωФ) 「運が良かったであるな。そもそも人間如きが万全の七大災厄を殺せるはずが無かろう」
イ从゚ ー゚ノi、 「弱体化しているかもしれない、ということもシュール様は存じていたということでしょう」
lw´‐ _‐ノv 「その辺は賭けだったんだけどね。テンヴェイラについてはずっと探してたし、
どうも去年の夏あたりから気温が変な感じしてたから、調査していたかいがあったね」
444
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:01:10 ID:XuZMeezA0
運が悪かったらどうなっていたのかはあまり考えるべきではないな。
もしテンヴェイラが本調子であったなら今頃は物言わぬ屍になっていただろう。
.∧_∧
(#゚;;-゚) 「それで、次はどうするのじゃ」
lw´‐ _‐ノv 「うん、それなんだけどね。あまりよくない状況なんだ」
( ^ω^) 「よくない状況?」
lw´‐ _‐ノv 「二人がテンヴェイラに挑んでいる間に、大陸北部について調べてたんだけどね。
大量の錬金生物があちこちに出現してるらしい」
(´・ω・`) 「錬金生物……」
思い出すのはセント領主家が生み出した泥状の生物。
攻撃意思しか持っていないただの塊。
速度は遅く大した機能も持たないくせに数が多く耐久値が高い。
集団で襲われたら厄介極まりない敵。
lw´‐ _‐ノv 「詳しい状況は入ってきてないけどね。そういう異質な生き物があちこちで闊歩してるって話ね。
別にそれだけならさほど脅威じゃないんだけどね」
445
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:01:34 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「錬金生物……」
思い出すのはセント領主家が生み出した泥状の生物。
攻撃意思しか持っていないただの塊。
速度は遅く大した機能も持たないくせに数が多く耐久値が高い。
集団で襲われたら厄介極まりない敵。
lw´‐ _‐ノv 「詳しい状況は入ってきてないけどね。そういう異質な生き物があちこちで闊歩してるって話ね。
別にそれだけならさほど脅威じゃないんだけどね」
錬金生物とは言え生き物である以上殺せば死ぬ。
多少の犠牲を覚悟するのであれば一般人であっても駆除はさほど難しくないだろう。
だがそれはあくまで敵が単体だった場合だ。
複数、しかも連携を取り始めれば手に負えない。
対抗するためには強力な軍隊が必要になる。
(´・ω・`) 「それで、何が起きているんだ」
lw´‐ _‐ノv 「錬金生物の大軍勢によって大陸北部の都市国家が陥落してる。この半年で三件も」
(; ^ω^) 「!?」
( ФωФ) 「吾輩調べであるから、ほぼ間違いないのである」
446
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:01:55 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「実際には四つの都市が強襲されたんだ。黒い甲殻型の巨大な虫らしいんだけどね。
騎士協会が総出で対応したみたいだけど、間に合わなかったみたい」
(´・ω・`) 「ってことは」
lw´‐ _‐ノv 「うん、国を滅ぼしたそれらはまだ放し飼いってことかな。もしくは飼い主の元に戻ったか」
( ^ω^) 「あれ? 四つの国って」
lw´‐ _‐ノv 「うん。一つだけそれらを撃退できた国がある。城塞都市国家フラクツク。
その錬金生物を迎撃できた唯一の国に、彼らがいるはず」
(; ^ω^) 「フラクツク……!」
その名前はつい最近聞いた覚えがあった。
荒天鷲の巣で命を落とした錬金術師。その男から預かりものはブーンが大事に持っている。
lw´‐ _‐ノv 「どうしたの?」
( ^ω^) 「いや……別に何でもないお」
(´・ω・`) 「少し縁があってね。それで、その場所にクールとサスガの双子がいるのか?」
447
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:02:16 ID:XuZMeezA0
少し空きます
448
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:14:45 ID:ESOyTVmk0
クーちゃん久しぶりだな楽しみ
449
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:23:47 ID:XuZMeezA0
.∧_∧
(#゚;;-゚) 「必ずとは言えぬが、かなり確率が高いであろうな。
流れてきた話を聞くと不死の英雄がなんじゃとか言っておったが」
イ从゚ ー゚ノi、 「クール様のことでしょうか?」
(´・ω・`) 「……たぶんそうだと思う」
( ^ω^) 「すぐ行くお?」
lw´‐ _‐ノv 「ええ、勿論です。ここからかなり距離がありますからね」
イ从゚ ー゚ノi、 「それでは」
キツネの一言の後、意識のみの世界から解放された僕ら。
戻ってきた現実の感覚を確かめる様に両手を組んで伸ばす。
(´・ω・`) 「……っと。厄介な旅になりそうだなぁ……。
僕らは全然準備できてないんだけど」
テンヴェイラを倒して戻って来たばかりだ。
道具の手入れをしておかなければ、長旅の最中にいつ不具合が起きるかわかったものではない。
ついでに言えば、僕の上着は服の袖から無くなっている。
流石にこの格好で冬の旅をするのは無理だ。
450
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:24:09 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「用意はしておいたよ。人数分ね」
シュールが戸棚を開くと、そこに新しい旅用の服が並んでいた。
たった三日でこれだけの用意をしたシュールの技術力は、いまさら驚くことでもない。
(´・ω・`) 「それにしても早く着いたね」
lw´‐ _‐ノv 「ショボン君は時間かかりすぎじゃないかな。海岸沿いを南下してたらそんなにかからない様な」
(´・ω・`) 「道が崩落してたから、山を登って迂回してから来たんだ」
lw´‐ _‐ノv 「あーなるほど。私たちは崩れた所をそのまま通ったからね」
(;´・ω・`) 「どうやって!?」
lw´‐ _‐ノv 「ロマを私が着て、でぃを抱いただけだよ」
身体能力を引き上げるロマンの外套があれば、確かに渡り切ることは可能かもしれない。
( ^ω^) 「ロマンの外套ってそんなにすごいのかお?」
(´・ω・`) 「規格外だね。まぁ、想定し得る錬金術を全て埋め込んだようなものだから」
lw´‐ _‐ノv 「二人とも無理やり通ればよかったのに」
451
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:24:51 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「いや、流石に降りたら登れなくなるし」
( ^ω^) 「もし反対側も駄目だったら手詰まりになっちゃうお」
あの時、崩落した海沿いの道を無理やり通ることも考えた。
死なないという特性を持つ以上、飛び降りても何ら問題は無い。
無いのだけれど、出来れば避けたかった。
ブーンが言った理由と、崩れた原因がわからないこともあって、僕らは山道を選んだ。
lw´‐ _‐ノv 「時には大胆さも必要だよ」
(´・ω・`) 「そうだったみたいだね」
( ^ω^) 「まぁ、あれは仕方ないお。三日位の差なら丁度良かったんじゃないかお」
lw´‐ _‐ノv 「準備する時間がもらえたからね」
(´・ω・`) 「そういえば、シュールは旅の間どうするんだ?」
通常の意識は周であり、旅の道中はどちらの意識が優先されるのか気になった。
場合によっては僕がロマンを羽織ったほうが良いだろうと。
452
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:25:42 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「これからしばらくは私が出てるつもりだよ。咄嗟の判断もしやすいしね。
周にも許可をもらったから大丈夫。最期の旅だからね……」
(´・ω・`) 「最後?」
lw´‐ _‐ノv 「気にしなくていいよ。さて、そろそろ出発しようかな」
( ^ω^) 「おー馬とかは用意してるのかお」
lw´‐ _‐ノv 「買う予定の話はもうしているから大丈夫。お金はあるんだよね」
(´・ω・`) 「金貨にする時間は無かったけど、それなりの錬金術はブーンが」
( ^ω^) 「馬四頭程度に替えられる自信はあるお」
もともとが錬金術で商売をしていたブーンである。
どのようなものが売れるか、役に立つかはよく知っているだろう。
lw´‐ _‐ノv 「錬金術師がやってるところでね。身体強化が施されている中で一番質がよさそうなのを選んでおいたんだ。
これからの道中はかなり厳しいだろうからね。通常の数倍はするけど大丈夫?」
453
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:26:19 ID:XuZMeezA0
( ´ω`) 「おー……それは……」
lw´‐ _‐ノv 「まぁ、足りなければ私たちが用意した分もあるから大丈夫。
最悪この建物を国に売ればそれなりの値段はつくだろうしね」
(´・ω・`) 「ここを? いいのか?」
ずっと鍵を持っていたほどである。
そう簡単に手放していいものではないだろう。
lw´‐ _‐ノv 「まぁ、別にね。深い思い出があって取ってるわけじゃないんだよ。
ただ場所が便利だったからなんだ。この国が一番素材を手に入れやすいしね。
さて、お喋りはやめて出発するよ」
(´・ω・`) 「わかった」
∧
(゚、。`フ 「やっと話がまとまったのじゃな」
( ФωФ) 「こちらは待ちくたびれたのである」
( ^ω^) 「お、すまんおね」
イ从゚ ー゚ノi、 「謝るようなことではないのでございます。二人が少々気が短いものですから」
シュールが一番にドアを開けて出ていく。
その後ろに続く黒いマントを羽織った白い猫。
手に入れた紅の災厄の素材を大事にしまい込み、僕らはその背を追った。
454
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:27:12 ID:XuZMeezA0
36 紅の災厄 End
455
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:27:41 ID:XuZMeezA0
>>15
30 災厄の巫女
>>102
31 少女への手掛かり
>>165
32 血の遺志
>>228
33 空を舞う翼
>>282
34 地を穿つ角
>>350
35 港の都市
>>404
36 紅の災厄
456
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:28:03 ID:XuZMeezA0
│
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
33 空を舞う翼
34 地を穿つ角
35 港の都市
36 紅の災厄
457
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:34:16 ID:XuZMeezA0
37 終の願望
458
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:35:36 ID:XuZMeezA0
草原の遥か向こう、山の影に寄りかかるように聳え立つ城。
枯れ山とは対照的に夕日を受けて赤く輝く。
( ^ω^) 「もともとは綺麗な白色だったらしいお。長い年月を経て段々色褪せていったんだろうね」
(´・ω・`) 「あれが城壁か?」
背後の山に繋がるように築かれた半円状の三重の壁。
遠くからでもはっきりとわかるほどに高く、分厚い。
( ^ω^) 「えーっと、なんだったかお。全部城壁だったんだけど……」
lw´‐ _‐ノv 「第一の城壁、プルガ。
フラクツクの領土を示している木造の長城。年中凍ってるお陰で燃えないし、
領土を広げるときに新たに組むのもお手軽な城壁だね」
他の二つと比べて形が歪なのは、遥か昔から継ぎ足して大きくしてきたからだろう。
雪に包まれた城壁の下半分は真っ白に染まっている。
とても材質が木だとは思えない。
459
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:36:13 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「第二の城壁、ヴォルナ。
あらゆる敵を拒む壁。雷が落ちて敵の兵を焼き尽くしたことからつけられた名前だね。
岩石群で構成されている天然の要害。正直何が起きてあの形になったのかさっぱりなんだよね」
高さが不揃いで自然にできた隆起。
あちこち尖っている白い壁は、外側に向かって大きく張り出しており、梯子をかけたところで簡単には登れない。
内側はなだらかな上り坂になっており、フラクツク側は労せずして城壁にいくらでも兵を補充できる。
lw´‐ _‐ノv 「第三の城壁、ラズリヴノスト。フラクツクの居住区を囲む最終の砦。
都市の背後にある山で大量に取れる無明鉱がふんだんに使われた城壁。あの一番奥の黒いのがそれね」
(´・ω・`) 「雪が……?」
lw´‐ _‐ノv 「うん、年中熱を放ち続けてる不思議な鉱石なんだ。
別に城壁としての特殊な機能は無いんだけど、とにかく硬くて滑る。
錬金術に対する親和性がものすごく低くて、他に物質の影響を受けない」
( ^ω^) 「お……それじゃあシュールでも破れないとか?」
lw´‐ _‐ノv 「まぁすぐには無理だろうねー。第三の城壁ってほんと伝説みたいなものだからね。
十倍の兵力差を三か月間耐え続けたとか」
460
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:36:47 ID:XuZMeezA0
通常の攻城は三倍の兵力差が必要になると言っていたのは何処の人間だったか。
錬金術が発展した現代において、逆に数人で城一つを落とすことも可能になった。
だが、フラクツクを護るのはそもそも錬金術が通用しない壁だという。
もし事実であるなら流石にどうしようもない。
(´・ω・`) 「ん……? あれは何だ?」
∧
(゚、。`フ 「やっと気づいたのか」
( ФωФ) 「死骸であろうな」
第三の城壁の外側、雪の中に埋もれている複数の黒い塊。
潰れて動かないが、明らかに自然界に存在する形状ではない。
イ从゚ ー゚ノi、 「ちょっと調べておいたほうが良いのではないでしょうか」
lw´‐ _‐ノv 「うん、そうだね」
シュールは雪に足跡を刻んでいく。
丘陵を下り黒の斑模様になっている地帯を目指す。
461
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:37:58 ID:XuZMeezA0
城門から少し離れたところに転がっていた動かない蟲。
ぶよぶよの甲殻は無残に切り刻まれ、中身の血肉が弾け散っている。
まともな形状をしている個体は残っていない。
蝿が飛び回り、近づくごとに腐臭がきつくなる。
(´・ω・`) 「……腐ってるけど」
lw´‐ _‐ノv 「新しいね……」
( ФωФ) 「吾輩の調べている情報だと、この国が襲われたのは数か月前のはずであるが」
∧
(゚、。`フ 「この雪の中で保存されておったのじゃろ。この一週間ほどは天気も良かったからの。
表に出て来たのではないか」
イ从゚ ー゚ノi、 「錬金術の痕跡が分かりにくいですね」
( ^ω^) 「うーん……」
(´・ω・`) 「触るなよ?」
( ^ω^) 「わかってるお」
剣で肉をつつけば、紫色の泡が噴き出て来る。
雪の上に零れた体液は煙を上げて消えた。
462
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:38:39 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「うーん……身体強化というよりは、毒か何かか」
lw´‐ _‐ノv 「甲殻もそれほど強化してないみたいだし、というよりむしろ柔らかすぎるよね。
城を攻め落とせなかったのを鑑みても、毒物をまき散らすような錬金生物で間違いない」
( ^ω^) 「対策さえ講じていれば毒物なんて大したことないおね。
やっぱり、クールがいるんじゃないかお」
迅速で適切な対応。
完膚なきまでに敵を殺しきる冷徹さと、壁内に侵入を許さない統率力。
未知の敵を怖れない強い心と、兵士たちを奮わせるに足る信頼。
どれ一つ欠けてもこの結果には至らなかっただろう。
∧
(゚、。`フ 「こっちの死骸は違うようじゃの」
( ФωФ) 「ふむ、砕かれてはいるが随分と硬そうな甲殻であるな」
少し離れた所を、身体半分ほど雪に埋もれながらでぃは歩いていく。
数歩先の新雪を叩き潰して道を作っていくのは、猫のサイズにまで縮んだ黒い外套。
道中では話すたびに喧嘩をしていた二人だが、どちらもが最高位の錬金術師。
こと錬金術の話題に限っては少なからず話も合うらしい。
463
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:39:26 ID:XuZMeezA0
外套の錬金術に意識を移し替えているロマンは自ら移動する術を持たず、
他者によって運ばれる必要がある。
その対象に選ばれたのがでぃであった。
僕とブーン、それにシュールはそれぞれが防寒用の外套を身に纏っているため、
重ねて着ることになればどうしても動きにくくなる。
狐の現身である扇はシュールが所持しており、意思疎通の為に半透明な姿で僕らの近くを漂う。
傍から見れば幽霊にしか見えないはずだ。
敢えては聞かないが、夜を過ごした宿屋で何度も叫び声が聞こえたのもきっと関係があるのだろう。
(´・ω・`) 「何種類もの錬金生物を生み出し……目的の場所を襲わせる……?
そんなことができるのか」
lw´‐ _‐ノv 「私だからこそ、って感じかな。でもまだまだ不細工だね」
( ^ω^) 「フラクツクは落とせなかったとは言え、こんなものを生み出せるならそれだけで十分な気もするお」
lw´‐ _‐ノv 「構造は単純な蟲だから。生きるために最低限必要な機能すらほとんどない」
イ从゚ ー゚ノi、 「機械的に命令をこなすだけの人形のようなものでしょう。
複雑な行動は出来ないでしょうし、高度な錬金術を組み込むことも難しいと思われます」
464
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:39:51 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「生き物を創り出すって、それだけでかなりの負担がかかるからねぇ……」
(´・ω・`) 「やったことあるみたいな言い方だな……」
lw´‐ _‐ノv 「まぁ試してはみるでしょ。当時はあんまりうまくいかなかったけどね。
軟泥状の塊を創り出すのがやっとだったよ」
( ^ω^) 「城門が見えたお」
木材で組み上げられた城壁の中で、唯一鉄が素材となっている門。
西、南、北と三方面にのみ存在する。
その足元まで進んだ時、上方から声が投げられた。
「何者だ!」
門番と思しき男は弓を構えながら大きな声で問うてきた。
馬を下りて返す声は自然と大きくなった。
(´・ω・`) 「旅人です!」
「目的は!」
(´・ω・`) 「休憩と補給に!」
465
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:40:23 ID:XuZMeezA0
人探し、とは言えない。
不審がられるだけであるし、最悪疑われる可能性もある。
男二人に女一人、さらに猫までいるのだから物見の上でさぞ驚いたことだろう。
「そこで待て!」
男の姿が消え、扉はゆっくりと開いていく。
人間一人が通れるほどで止まり、現れたのは全身武装した男達。
その手に持つ武器も、身を護る防具も全て錬金術による恩恵を受けていた。
身体検査を受け、武器を預けることで入国の許可が出た。
護衛という名の監視が数人、僕らの前と後ろを挟むように歩く。
逃げるつもりは毛頭ないが、変な動きを見せれば刺殺されそうなほどの緊張が張り詰めていた。
流石にでぃもロマンも話さない。
シュールだけが気楽そうに歩いていた。
lw´‐ _‐ノv 「すごいねぇ、私フラクツクは初めてだよ」
(´・ω・`) 「覚えてないだけじゃないのか」
lw´‐ _‐ノv 「うーん、どうだろうね。ふむふむ、第一の城壁の中は放牧か。
一応農業もあるみたいだね」
466
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:41:16 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「そうだな」
敵情視察と思われそうなことを話されても反応に困る。
下手に刺激するのを避けるようにとのアイコンタクトは伝わらなかった。
lw´‐ _‐ノv 「ほらほらショボン君。あれが噂に名高い第二の城壁、ヴォルナ。
実際に足元まで来ると大きくて高いね。どうやってできたんだろう」
(´・ω・`) 「空から何か落ちてきたんじゃないか。海に波が起きる様に」
lw´‐ _‐ノv 「それだと中央部分が大きく窪んでないとおかしい。
でも実際はなだらかな丘陵地帯なわけだから、隆起現象かな……?」
シュールは独り言を言いながら歩く。
僕とブーンは目を見合わせて小さく溜息をついた。
放し飼いされている牛や豚、羊の群れを抜けてただひたすらに真っ直ぐ。
白銀の世界を闊歩する家畜は他所で見る同種と比べて毛深い。
寒さに耐えられるように進化してきたのだろう。
前を歩く兵士のマントは動物の毛を利用したもの。
靴も、手袋もそうだろう。背負った剣の取っ手は握りやすいように動物の皮が巻いてある。
食料としてだけではなく、日常生活においても重要な役割を果たしている家畜。
資源の少ない雪国では、捨てるようなものなどないのかもしれない。
467
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:42:03 ID:XuZMeezA0
適当に観察をしながら歩いているだけで、第二の城壁まではあっという間だった。
実際に足元に至ればわかる、見上げるほどに高い城壁。
地盤が隆起したのだとすれば、一体どれほどの衝撃があったのか。
おそらく、人間は生きていられないだろう。
岩でできた天然の城壁に亀裂が走り、人が通れるだけの隙間が現れた。
「少し待て」
先頭を進んでいた男が罅の中に消え、数分後に出てきた。
連れられてきたのは振り回すにはあまりに長い一振りを背負った男。
武器である直刀から感じる冷たい雰囲気は、先程までの兵士たちの持つ剣を遥かに凌駕していた。
lw´‐ _‐ノv 「やっぱり、当たりだったね」
刀の持つであろう錬金術の内容はわからないが、
その完成度は外見からでも判断できる。
それは明らかに古代錬金術師の番人による一振りであった。
∧
(゚、。`フ 「にゃぁーご」
でぃが意味ありげに鳴く。
468
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:42:41 ID:wrwwL6KY0
うおーめっちゃ投下してんな支援
クーさんは七大災厄に喧嘩売れば死ねたんじゃないですかね……
469
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:43:05 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「あぁ、気づいたよ」
風に消えるくらいの小さな声で返答する。
兵士達は全員が第一の城壁の方面へ戻っていき、僕らと同道しているのは兆党の男一人だけ。
僕よりも頭二つほど大きく、子供と大人が並んで歩いているようだ。
強靭な筋肉で膨れ上がった肉体は、戦うための鍛え方。
先程の兵士達が束になっても敵わないであろう。
「……何処から来た」
ドスの効いた低い声は一度で聞き取れず、男が再度問いかけて来てようやく質問を理解した。
(´・ω・`) 「コルキタからです」
「……そうか」
lw´‐ _‐ノv 「凄い身体だねぇ」
「……鍛えたからな」
lw´‐ _‐ノv 「これから第三の城壁を通るの?」
470
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:44:05 ID:XuZMeezA0
「……今日は通行許可が出ない」
明らかに話すのも面倒くさそうにする男に対して、シュールは質問を投げかけ続ける。
lw´‐ _‐ノv 「まさか野宿?」
「……小屋はある」
lw´‐ _‐ノv 「なるほどねぇ……まぁいいや」
表情の読めない大男だが、質問攻めが終わって幾分安堵したかのように見えた。
第三の城壁までの間をほとんどを占めている田園地帯は、
雪の上からでもわかるほど綺麗に区画整理をされている。
( ^ω^) 「そろそろ休憩したいお……」
lw´‐ _‐ノv 「だらしないなぁ。私はまだ歩けるよ」
( ^ω^) 「丸一日歩いてるからしんどいんだお」
「……もう少し行けば休憩所がある」
∧
(゚、。`フ 「にゃぁぁ」
471
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:44:38 ID:XuZMeezA0
不愉快そうに目を細めるでぃ。
気持ちはわかるが、長いこと歩いたのは確かだ。
そろそろ休憩を挟んでもいいだろう。
陽が落ちるまでは時間があるし、どうせ今日に第三の城壁を超えることは出来ないのだ。
どんな理由があるのかはわからないが、押し通って問題を起こすことは出来ない。
そもそも無理やり侵入できるのかどうかは疑問だが。
(´・ω・`) 「それで、テンヴェイラの鋏はどう使う予定なんだ」
lw´‐ _‐ノv 「あー気になる?」
(´・ω・`) 「当然だろ。僕らが錬金術を行わないとけないんだから」
lw´‐ _‐ノv 「んー……」
煮え切らない返事。
シュールは暫く手元の扇を開いたり閉じたりした後、僕の二歩先へと足を進めた。
振り返った時の顔は決意の表情。
その中に少し悲しそうな笑顔が見え隠れしていた。
472
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:46:12 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「テンヴェイラの鋏、まぁつまり七大災厄の素材って簡単には扱えないのはわかってると思う。
武器にするにしろ、素材として利用するにしろ相応の準備が必要なんだ」
(´・ω・`) 「ああ。新緑元素もそうだった。つまり、テンヴェイラの鋏と釣り合うだけの素材がいるわけか。
それをジョルジュが取りに行ってるのか」
lw´‐ _‐ノv 「当たらずも遠からずかな。ジョルジュ君が取りに行ってるのは必要な素材だけど。
七大災厄の素材の力を受けることが出来る素体が無いんだよね」
(´・ω・`) 「素体か……」
lw´‐ _‐ノv 「白牙山の剣。ショボン君がもっていたあの剣ならばもしかしたら、とは思ってたんだけどね。
折れちゃったなら仕方がないよ。最初から用意していた代替品があるから」
(´・ω・`) 「代替品?」
lw´‐ _‐ノv 「後で話すよ」
シュールの目線の先にいるのは小屋の扉を開けて待っている大男がいた。
何を考えているのかわかりにくい無表情顔。
僕らの話を聞いていたところで理解できるとは思わないが、用心に越したことはない。
473
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:46:52 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「やっと休憩できるお……」
(´・ω・`) 「相変わらずだなぁ。そんなに体力に違いがあるはずないんだけど」
( ^ω^) 「僕の方が身体が重いから仕方ないおね」
(´・ω・`) 「そんなに違いがあるとは思えないけど」
確かに体格の差はある。
だがブーンのそれもすべてが脂肪というわけではなく、筋力量では僕よりも勝っているはずだ。
単純に気持ちの問題だと片付けるわけではないけれど、能力的に見ればこれほどまでに露骨な差異があるはずない。
( ^ω^) 「別にいいんだお。休めばすぐに楽になるから」
(´・ω・`) 「あとどのくらいで着くんですか」
「……半日。今日はもう暗くなる。明日の朝出発」
男は背負っていた刀を壁際に立て掛け、自身ももたれて目を瞑った。
晩御飯も食べないつもりらしい。
( ^ω^) 「おー腹減ったお」
474
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:47:36 ID:XuZMeezA0
ブーンは持ち歩いていた乾燥食料を一番に取り出して齧る。
数種類分の味付けを用意していたが、三周目近くなり流石に飽きが来ていた。
最初から分かっていたことだが、フラクツク付近の野山は野生動物の姿が少ない。
錬金生物による侵攻のせいで、生態系が乱されているのだろう。
おかげで新鮮な肉は殆ど調達できなかった。
( ^ω^) 「肉が食べたいお……」
(´・ω・`) 「もう少し我慢しろ。城内には入れたら好きなものを食べればいいから」
lw´‐ _‐ノv 「無事入れるといいねー」
(´・ω・`) 「入れないことがあるのか?」
lw´‐ _‐ノv 「大丈夫だと思うけどね。まぁこういう時だからさ。断られることもあるかもしれないし」
( ^ω^) 「断られたら肉が食べられないお……」
(´・ω・`) 「肉は僕らの第一目的じゃないんだけど……。まぁいいや。その場合どうする?」
475
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:48:06 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「考えてないわけじゃないよ。でぃとロマが協力してくれれば大丈夫でしょ。
最悪、キツネの効果で門番全員の意識を彼方へ持ち去って……」
(´・ω・`) 「いや、それはまずいだろ」
あまりの力技に話が逸れようとしたところで釘をさしておく。
それらは本当の最終手段であり、結果の如何にかかわらず国外追放されるのがおちだろう。
あまり派手に暴れてしまえば死刑まで有り得る。
フラクツクの国民にとって僕らは余所者。
厄介な問題を引き起こした連中に情けをかける理由はない。
lw´‐ _‐ノv 「心配しないで。私を誰だと思ってるの」
(´・ω・`) 「だからこそ心配なんだけどね」
lw´‐ _‐ノv 「うーん、信頼無いなぁ。そこそこ長い付き合いのはずなんだけど」
間に合った空白期間を考えないのであればの話だ。
最初に出会ったのを僕が生まれる前だとすると、およそ数百年来の付き合いか。
数えるのも面倒なくらいだ。
実際には一年にも満たない短い期間だが。
476
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:48:46 ID:XuZMeezA0
道中で聞かされた英雄譚の事を知れば、誰もが彼女の無茶に呆れるだろう。
喧嘩を売った七大災厄の数は実に三体。
森林の王ティラミア、砂礫の君シスターヴァ、宵闇の冠エルファニア。
出会ったことがないのはメイギスティだけだという。
人の身でありながら、あまりの無謀。
ただの一度でも立ち向かって生きていること自体が奇跡なのに、それを三回も。
二度と関わるまいと思うのが普通の感情だ。
その身にイヴィリーカの知識を宿す、最古の錬金術師。
lw´‐ _‐ノv 「その私が敵なんだから、油断しないでね」
まるで心を読まれたかのようなタイミングにぞっとする。
全盛期ならいざ知らず、今の彼女に読心術を扱うだけの力はない。
この道中の間、寒いのが嫌いだという周に代わってずっと表に出ているシュール。
負担が大きいのではないかと聞けば、もうあまり時間が必要ないからと答えられた。
その意味は今でも解らないままだ。
(´・ω・`) 「あ、あぁ」
477
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:49:14 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「あの蟲だって、たぶん小手調べとか性能テストじゃないかな。
私だったらそうするから」
真に生み出した生物の強さを知ろうと思うのなら、虐殺では意味がないと彼女は言う。
その言葉の通りだ。抵抗する人間に打ち勝ってこそ完成形と呼べる。
( ^ω^) 「だとすれば、まだ次があるという事かお」
(´・ω・`) 「そういうことになるね」
lw´‐ _‐ノv 「私の予想が外れてることを切に願うよ。
相手の戦力が分かって、対応策が分かれば、次は全力でしょ。
侵攻自体はうまくいってもいかなくてもいいんじゃないかな」
(´・ω・`) 「じゃあ何のために?」
lw´‐ _‐ノv 「準備じゃない? 戦争のね」
( ^ω^) 「戦争……」
lw´‐ _‐ノv 「彼女が人間の身体を取り戻したとする。不老不死をおまけに得てね。
次に何をするか。その存在があくまで私自身の悪意だとすると、ありとあらゆる知識の収集。
自分自身が不完全であると知っているからこそ、その欲はとめどなく溢れ続けるだろうね」
478
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:49:57 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「その手段が戦争だという事か」
lw´‐ _‐ノv 「戦争は効率がいい。国家を支配下においてしまえばその知識を得たのと同義だし、
人間をある程度は自由に動かすこともできる。余程の悪政を敷かない限りは反乱もない」
( ^ω^) 「そうやって世界中の知識を集めるのが目的かお?
なんか……虚しいおね」
ブーンの言いたいことはわかる。
知識を収集するだけのシステムを創り出してしまえば、知ることの楽しさからは離れていく。
終わることのない果ての果てへの追及を続ける人形となるだけである。
それこそがシュールの悪意が望むことなのかもしれないが。
lw´‐ _‐ノv 「私の手から離れた私の欲がどこに向かうのか、その正確なところはわからない。
だけど、この予想からそれほど遠く離れることはないんじゃないかな」
(´・ω・`) 「世界中を一気に敵にまわすようなことはしないだろうな。
となればおそらく」
lw´‐ _‐ノv 「ここ、フラクツクが始まりだろうね。
四国のなかで唯一進行を防ぎ切ったこの国を攻め落とす前には、
彼女は不老不死の肉体を手に入れているはずだよ」
(´・ω・`) 「時間はそう残ってないってことか」
479
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:51:00 ID:XuZMeezA0
身体を乗っ取られる前に、リリを助けなければならない。
予測地点はフラクツクからそう遠くはなく、一週間もあればたどり着ける。
であれば、最善の準備をしてすぐに向かわなければ。
lw´‐ _‐ノv 「何はともあれ、目の前の壁を超えることが出来れば大きく一歩進める。
まだ寝る時間には早いかもしれないけど、休めるときにゆっくり体を休めておこう」
(´・ω・`) 「わかった」
ブーンは既に堅い木の床に横になっていた。
僕は壁を背もたれにし、リラックスして全身の疲労を抜く。
でぃはロマンを布団にするように体の下に滑り込ませ、大きく欠伸をする。
それを横目で見ながら、ただリリの無事を願いながら目を閉じた。
480
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:51:36 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
( ^ω^) 「高いお……」
(´・ω・`) 「素手じゃ……いや、道具があっても越えられそうにないね」
金属のような表面に加工された後はなく、組み上げられたはずが隙間もない。
一枚もののような壁の圧力は想像以上であった。
lw´‐ _‐ノv 「どのくらい待てばいいのかな」
「もう少し」
僕らのほかにも数人の旅人たちが待っていた。
身体よりも大きいような荷物を背負い、重装備に身を固めて、疲れ果てた顔をしながら。
何の目的があって、何処から来たのか。
この国の状況を知っていてそれでもなお訪れてくるのか、それとも何も知らないのか。
481
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:52:11 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「門が見えないけどどうやって入るんだお」
(´・ω・`) 「わからない。シュールは?」
lw´‐ _‐ノv 「私も知らないんだよね。幾つかの方法は予想がつくけど」
(´・ω・`) 「これって無明鉱だよね。どうやって加工してるんだろう」
( ^ω^) 「こんなに大きな塊は初めて見るお」
世界中で採取することができる鉱石。
ただし、手に入るのは指先ほどの小さな欠片のみ。
必死に集めたところで大した量にはならないためにあまり研究されていない。
(´・ω・`) 「無明鉱の性質は発熱と……なんだったっけ……」
lw´‐ _‐ノv 「反発かな。これだけ雪が降っても全く当たってないくらいは強いんだよね」
( ^ω^) 「これだけ大きな塊になるわけないから、反発は別の素材に対してってことかお」
(´・ω・`) 「うん。金属系とは相性が良くて、影響を受けないんだけどね。
熱や水分に対してはかなりの力が働く」
482
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:52:52 ID:XuZMeezA0
継ぎ目すらない城壁の前に集められた僕らは、取り留めのない話をして待っていた。
降り続ける雪が肩や頭に積もっていくのを定期的にはらいながら。
「そろそろだ」
城壁前にたどり着いてからおよそ二時間。
男の言葉と同時に城壁を超える様に飛んできた小さな球体。
風に流されるほどに軽く、それを着地地点で受け止めたのは僕らよりも前から来ていた男。
装備からしてフラクツクの兵士であろう。
内外の連絡役なのかもしれない。
「旅人に通達する!」
球体の中から取り出したのは一枚の紙切れ。
それを両手で掲げ、男は書いてあるであろう内容を読み上げる。
「一切の例外なく、入国は認めないものとする。
現在、フラクツクは危険な状態にある。何者も内部に案内することは出来ない。
以上だ。騒ぎを起こさないのであれば、プルガ城壁までの安全は保障しよう」
動揺は、すぐさま旅人たちの間に伝播した。
恐らくほとんどの人間がフラクツクの現状を知らなかったのだろう。
第二の城壁を越えてなお断られるとは思っていなかったに違いない。
483
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:53:24 ID:XuZMeezA0
それは勿論僕らにも言えたことだったが。
「立ち去るか、飢えてここで死ぬか、選ぶがいい」
無情な兵士の叫び声が平原を抜けていった。
振り返り国外を目指す者、泣きわめいて案内人に寄り縋る者、剣を抜いて鎮圧された者、
絶望に打ちひしがれて両手をついて動かない者もいた。
予想と外れて驚きはしたもののそのどれでもなかった僕は、シュールに問いかけようと後ろを振り向いた。
彼女はしゃがんで足元にいた猫に小声で話しかけている。
僕らを連れて来てくれた巨人のような男は、僕らの動きを待っていた。
lw´‐ _‐ノv 「それじゃ、でぃお願い」
∧
(゚、。`フ 「最初からこうすればよかったのではないかの」
「……!!」
突如大きく伸びをしたでぃは、何もない空中に向かって飛び上がった。
その背にはためくロマンの外套が足場を作り、猫の俊敏さであっという間に城壁の上の高さまでたどり着き座る。
484
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:53:59 ID:XuZMeezA0
「っ!!」
抜き放った直刀を振り抜くまでは一瞬。
武器を持たない僕らには止める間もなかった。
剣先から放たれた斬撃は、空中のでぃの元へと奔り、直撃した。
(;´・ω・`) 「でぃ!!」
lw´‐ _‐ノv 「大丈夫」
彼女の姿は依然としてそこにあり、放たれた斬撃は光の破片となって降り注ぐ。
直後に鳴り響いた鈴の音。
聴覚ではなく、身体の芯から届くように知覚した。
(; ^ω^) 「な、なんだお!?」
lw´‐ _‐ノv 「少し待ってて」
一定間隔で鳴り続ける鈴。
記憶を思い出すのかと思えば、そうではなく別の効果があるらしい。
( ´_ゝ`) 「懐かしい面々だな」
(´<_` ) 「わざわざ訪ねて来るとは、ご苦労なことだ」
485
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:54:54 ID:XuZMeezA0
半透明の霊体。
金属錬金術師の天才にして、古代錬金術の番人である双子の意識。
でぃの呼び出しから十秒と経たずに僕らの前に現れた。
「サスガ様……」
( ´_ゝ`) 「おう、久しぶりだな」
「私は……どうすれば……」
(´<_` ) 「任務に戻っていいぞ」
抜身の剣を握ったまま、立ち尽くしていた男。
空いたままの口から絞り出したような質問は、あっさりと返されていた。
兄弟は男の疑問に答えてやるつもりはないらしい。
肩を落として城壁の方へ歩いていった。
lw´‐ _‐ノv 「久しぶりだね」
( ´_ゝ`) 「はい。シュール様におかれましては、御無事でいらっしゃるようで、
我ら兄弟も再会できたことに大変な幸せを抱いております」
(´<_` ) 「アニジャ、どうしたいきなり」
486
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:55:21 ID:XuZMeezA0
( ´_ゝ`) 「再会する騎士と姫ごっこ」
lw´‐ _‐ノv 「変わらないね。昔の約束はまだ覚えてるかな?」
( ´_ゝ`) 「勿論」 (´<_` )
lw´‐ _‐ノv 「よかった。それじゃあ、城内に入れてもらえるかな」
( ´_ゝ`) 「もう少し待ってくれ。すぐに出てくるはずだ」
言葉が終わらないうちに平らだった城壁の一部が地盤面下に沈み、大きく開いた。
立っていたのはよく知った錬金術師。
長い黒髪を靡かせながら、雪国とは思えないほどの薄着で彼女は現れた。
( ^ω^) 「クール……久しぶりだお」
川 ゚ -゚) 「あれからまだ数十年くらいしか経ってない。まったく、私たちにとっては大した時間じゃなかっただろ」
(´・ω・`) 「また君に合うとは思わなったよ」
川 ゚ -゚) 「事情はそこの双子から聞いてる。先程門前払いにした連中もまだ近くにいる。中で話をしよう」
lw´‐ _‐ノv 「初めまして、クールさん」
川 ゚ -゚) 「ああ、あなたがそうか。厄介なことをしてくれたな」
487
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:56:36 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「ははは、手厳しい。今の私はシュール・オリンクスの意識。
この身体は周という名前の子。迷惑をかける身で申し訳ないけど、よろしくね」
川 ゚ -゚) 「私は面倒事を引き受けた記憶はないがな。着いてきてくれ」
僕らが通った後、音もなく城壁は元通りになった。
居住区は人に溢れており、誰もが好奇と不安の目でこちらを見て来る。
旅行者が珍しいということだけではないだろう。
( ^ω^) 「王城にでも案内されるのかお?」
川 ゚ -゚) 「一応言っておくが、私はあくまでフラクツクの客という立場だ。
兵を動かしたり、ものを用意したりというのは出来ない。
この国に私がいると知ってきたのなら、今どういった状況かも知っているだろ」
(´・ω・`) 「わかってるつもりだ」
山の斜面に配置された城下町はなだらかな傾斜があり、
通路は狭く何度も折れ曲がっている。
仮に三つの城壁を通過したところで、この細い道で迎え撃つ局地戦が出来れば、
多少の間は持ちこたえられるはずだ。
488
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:57:10 ID:XuZMeezA0
まさに防衛の極値。人間同士の戦争で落とされたことがないという話は、嘘ではないだろう。
クールの家はその城下町の中でもかなり高いところに位置していた。
三つの城壁がはっきりと見える崖の上、突出した足場の上に存在する物見の塔のすぐ足元。
川 ゚ -゚) 「本来は物見の休憩所として使っていたんだがな、私が頼んで譲ってもらった。
おかげで随分と文句を言われたよ。まぁ、三つの城壁が臨めるここだからこそ、襲撃にも気づけたんだがな。
まぁ好きなところに座ってくれ。
これだけの大人数を招待するのは初めてでな、椅子も飲み物も用意できないが」
自分の分だけのグラスに水を注ぎ、クールは席に着いた。
僕らは思い思いの場所に腰を下ろす。
(´・ω・`) 「外の死骸は見た。どうやって防いだんだ」
川 ゚ -゚) 「フラクツクでは戦える人間は皆、軍隊に所属している。
中から選りすぐりを百数人、双子の武器を装備させた。
もともとフラクツクでも錬金術は利用されていたからな、その機能を説明したらすぐに受け入れてもらえたよ」
( ^ω^) 「いろいろ聞きたいことがあるんだけど」
川 ゚ -゚) 「順番に答えていれば日が暮れてしまうだろうな」
lw´‐ _‐ノv 「優先事項を先に処理してくれるとありがたいかな」
489
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:57:59 ID:XuZMeezA0
( ´_ゝ`) 「クールには俺たちの知っているほぼ全てを話している」
(´<_` ) 「あの錬金生物群を見た時に予想は出来たからな」
lw´‐ _‐ノv 「二人とも察しが良くて助かるよ。私のもう一つの意識、それを止めて欲しい。
どうか力を貸してくれないかな」
頭を下げるシュール。
クールはグラスの水を飲み、すぐに返答はしない。
川 ゚ -゚) 「生まれた時から、ずっと死にたいと思っていた。人間の何倍、何十倍と生きて、
得たものも失ったものも多かった。死ぬに死ねず、今まで生きている。
……サスガの兄弟から不死者を殺すための武器を作ると聞いた」
lw´‐ _‐ノv 「そうでなければ、私の分身は殺せないから」
川 ゚ -゚) 「協力しよう。すべて終わった後にその武器を譲ってくれるのならな」
lw´‐ _‐ノv 「ショボンが構わないのなら」
(´-ω-`) 「……別にいいよ」
490
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:58:36 ID:XuZMeezA0
死を求めていたクールが、自らの意思で時と場所を選べるようになる。
用を為した後の不死殺しを持つのは、クールが最もふさわしいはずだ。
(; ^ω^) 「クール!?」
川 ゚ -゚) 「何をいまさら驚いている。すぐに死ぬとは言っていない。いずれ必要になると思っただけだ」
( -ω-) 「うーん……僕にはその気持ちわからんお」
川 ゚ -゚) 「それで、わざわざ私の手が必要になるのか?」
lw´‐ _‐ノv 「まずは場所だね。錬金術を行えて、人に話を聞かれないような場所」
川 ゚ -゚) 「……聞いたことがないな。錬金術の研究所を持っているのは数人くらいしかいないし。
ここには最低限の道具があるだけだ」
(´<_` ) 「王に頼んでみたらどうだ」
( ´_ゝ`) 「クールに借りもあることだしな」
川 ゚ -゚) 「少し待っていてくれ。大人数で行っても警戒されるだけだからな」
491
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:59:09 ID:XuZMeezA0
足早に出ていったクール。
取り残された僕らは持ってきた素材を並べて確認していた。
一時間後に戻ってきたクールが持っていたのは、溢れそうなほどの荷物。
両手いっぱいに無理やり押し込まれたかのような袋を地面に置き、クールは腰を下ろした。
(´・ω・`) 「どうしたんだそれ」
川 ゚ -゚) 「部屋の貸し出しは出来ないが、道具は貸してやると言われてな」
lw´‐ _‐ノv 「まぁ、これだけあれば足りそうだね」
勝手に中身をあさっていたシュールは、その中の器具を取り出して並べていく。
(´・ω・`) 「あれ、そういえばジョルジュに何か頼んでるって……」
lw´‐ _‐ノv 「集合場所はフラクツクって言ったから、もう来てるかと思ったんだけどね
そのうち来ると思うよ。彼が持ってくる素材は最後の方でしか使わないから」
川 ゚ -゚) 「結局この狭い部屋でやるという事か」
∧
(゚、。`フ 「なに、時間はかかるが場所はとらん」
川 - ) 「なんだ……この可愛い猫は」
(´・ω・`) 「あれ、話したことなかったっけ」
492
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 21:59:42 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「聞いていない……と思う」
∧
(゚、 _`フ 「や、やめろ。わらわは古代錬金術の番人であるぞにゃぁ〜」
クールに耳元を指先で弄られて情けのない声で鳴くでぃ。
番人である威厳は彼方へと消え、ゴロゴロと喉元を鳴らすその姿は、そこらの猫と同じであった。
ひとしきり撫でて満足したのか、クールはようやくでぃを解放した。
捕まらないように戸棚の上に駆け上り、警戒のまなざしでこちらを見下ろす。
尻尾だけが左右へとせわしなく動いていた。
川 ゚ -゚) 「すまんな、少々取り乱した」
( ^ω^) 「意外だおね……」
川 ゚ -゚) 「猫は昔から好きだったんだがな、動物にはなぜか警戒されていてなかなか触れなかった」
( ^ω^) 「ブーンもだお。よく犬には吠えられたお……」
lw´‐ _‐ノv 「本能的なものでしょうね。人間よりも不死者は恐ろしいと、動物は敏感に感じ取るんじゃないかな」
(´・ω・`) 「僕は怖がられたことない気がするけど……あれ。でもどうしてでぃだけ猫なんだ……?」
493
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:00:39 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「でぃがそれを望んだから。意識だけになって生き残るとしても、世界に干渉したいってね。
候補はいくつか合ったんだけど、希望通り猫になったんだよ」
∧
(゚、。`フ 「記憶を操るわらわは一番にショボン、おぬしに合わねばならんかったからの。
捜し歩ける身体にしただけのことである」
イ从゚ ー゚ノi、 「私は持ち歩いていた扇子に意識を移したのでございます。ロマンは手ずから創り出した外套に、
サスガのお二方は……そう言えば私は知りませんでした」
( ´_ゝ`) 「俺は確か言ったと思うぞ。足りない胸に手を当てて聞いてみな」
瞬間的に世界が暗転し、僕らはキツネの精神世界に呼び出された。
錐揉み状になって空間を横切る人間の身体が見えたと思ったときには、既に意識は小屋の中。
イ从゚ ー゚ノi、 「失礼でございますね、まったく。思い出しましたよ。
確か、宝石であれば金属と相性がいいからでございましたね」
(´<_` ) 「そうだ。アニジャ生きているか?」
(メ´_ゝ`) 「あ、顎が……」
(´<_` ) 「痛みは無い筈だがな」
494
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:01:22 ID:XuZMeezA0
( ФωФ) 「茶番はよいのである。さっさと話を進めろ」
lw´‐ _‐ノv 「最期くらい、ロマンにも話しておきたいことがあるんじゃないの」
( ФωФ) 「吾輩は漸く役目を全うできるのであるから、清々しておる。
だがまぁ……長かったであるな……」
∧
(゚、。`フ 「ぬしらはとうに約束を忘れているのだと思っておったわ」
( ´_ゝ`) 「流石にそんなことはない。こんな姿になってまで今日まで生きていきた意味がなくなるだろ」
(´<_` ) 「この姿だったら女の子に可愛がられておっぱい触りたい放題とか言っていた昨日のアニジャはどこにいった」
(; ´_ゝ`) 「おまっ、今それ言う……?」
女性陣から集まる冷ややかな目線が耐えられなかったアニジャは、何も言わずに部屋の隅で震えていた。
邪魔をするのも憚られたので、会話が途切れたのを機に割り込んだ。
(´・ω・`) 「最後か……既に別れてしまった意識が消えたところで、すぐには影響ないんじゃないか」
lw´‐ _‐ノv 「まぁ、私はそうだけどね……」
(´・ω・`) 「?」
495
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:01:51 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「ショボン、ブーンは聞いていないのか?」
( ^ω^) 「何の話だお」
川 ゚ -゚) 「テンヴェイラの素材に見合うだけの錬金術の素体のことだ」
(´・ω・`) 「少しだけなら聞いた。強力すぎる素材のせいで、簡単には錬成できないってことは。
相応の素材と組み合わせなければ……」
七大災厄と釣り合うほどの素材とは何だ。
その辺で手に入るものではないことはわかる。
具体的な線引きは無いにしても、希少なものではあるだろう。
必要な素材は既に手元にあるはずだ。
ジョルジュに頼んだものは後で使うと、シュールは言っていた。
特殊な錬金術に耐えうるだけの素材。
自分の荷物の中を思い出す。
その中に適切なものは何も入っておらず、
他の人間の荷物に入っているとは思えない。
いや、あった。
七大災厄の素材にも匹敵する素材を用いた高度な錬金術。
496
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:02:14 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「まさか……」
川 ゚ -゚) 「そのまさかだ」
(;´・ω・`) 「待て、だがそれぞれ既に許容範囲を超えて錬成されているはずだ……。
シュール! どういうつもりだ!!」
椅子に座って笑う彼女に向かってかけた言葉は、怒鳴り声になっていた。
(; ^ω^) 「ショボン、落ち着くお」
lw´‐ _‐ノv 「最初からこのつもりだったんだ」
(;´・ω・`) 「必要な素材なら今からでも取りに行けば」
lw´‐ _‐ノv 「ありがとう」
全てを受け入れた儚い笑顔。
瞳の端に浮いた粒は、感謝の言葉と共に柔らかく散った。
497
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:04:07 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「っ……!!」
(; ^ω^) 「手分けして探せば何とかなるはずだお」
( ФωФ) 「吾輩達は目的の為にだけ生きてきたのだ。止めるではない」
( ´_ゝ`) 「たった一つのやり残したことだった」
(´<_` ) 「未来に対して不安を残したままにしておくわけにはいかなかったからな」
∧
(゚、。`フ 「これ以上の人生は余計じゃ」
イ从゚ ー゚ノi、 「十分に楽しんで生きてこられましたしね」
(´・ω・`) 「……」
lw´‐ _‐ノv 「私たちは既に意識だけの存在。言うなれば亡霊。
未練がましくこの世にしがみついているのは、これでもう終わり。
最後を任せることになるのは申し訳ないけれど、お願いショボン君、ブーン君、クールさん」
( ^ω^) 「それでいいんだお?」
lw´‐ _‐ノv 「ええ」
498
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:04:43 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「ショボン、時間はもうあまり無い。リリを助けられるかどうかは、どれだけ早く行動するかにかかっている。
今更素材を暢気に集めるわけにはいかない」
(´ ω `) 「……分かっているさ。分かってる」
どうしても探してしまう。
折角会えた仲間たちが、その日きりで別れてしまっていいはずがないと。
誰もが幸福を得るための道筋を。
そんなものはないと、心のどこかではわかっていた。
全てを救うには、僕の掌は小さすぎる。
救いきれずに零れていくものを引き留めることは出来ない。
諦めきれず、必死で抵抗して、最善の結果を求めてもがき続ける。
それでも解決することのできない凶悪な問題。
頭の中が湧きたつほどに知識をひっくり返したところでシュールの足元にも及ばない僕は、それでも必死に考えた。
わかったことは、何もわからなかったことだけだ。
(´ ω `) 「シュール、僕はどうすればいい」
499
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:05:34 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「ディートリンデ、キツネ、ロマン、アニジャ、オトジャ。彼らの意識の核である素材と、
手に入れたテンヴェイラの鋏を用いて、完成させる不死殺しの錬金術。
それをもって私の悪意を葬り、愛する人を取り戻しなさい」
(´・ω・`) 「……わかった」
lw´‐ _‐ノv 「ありがとう。
それじゃあ三人共、メモの用意はいいかな。
最初で最後、最古の錬金術師シュール・オリンクスの錬金術をとくとご覧あれ」
流れる様に行われていく作業に、僕らの手伝う余地はない。
複雑で厄介な工程をすべて一人でこなしていく。
常に数歩先の動きを予想し、膨大な知識と経験を惜しみなく発揮するシュール。
洗練された手際はどこか別の世界のように美しく、僕らを魅了した。
繊細な世界に奪われた心を現実に取り戻させたのは、皮肉にも重たい金属の音。
すぐにクールが窓際に走り、その後に僕とブーンが続いた。
強固な壁にぶつかって潰れていく昆虫の群れ。
第二の城壁と第三の城壁の間に突如として現れた大群は、統率されているかのような動きを繰り返す。
500
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:06:07 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「破られることはないだろうが……」
ここからでもわかるほどの黒ずんだ煙を吐き出していく。
( ^ω^) 「あれはまずいおね」
川 ゚ -゚) 「毒ガス形状の奴だな。だから城門を通すのは危険だと言ったんだがな」
(´・ω・`) 「クールがやってた訳じゃないんだ」
川 ゚ -゚) 「そんな間抜けなことをするわけない。卵でも持ち込まれたら面倒なことになるのはわかってた。
と、散々言ったんだがな……。見ろ、第一の城門の向こう。
領内はただの陽動だ。混乱を引き起こすのが目的だろう」
白い大地に敷かれた黒い絨毯。それは平原を埋め尽くす敵。
未だに動く気配はないが、あれだけの大軍に攻められれば流石に無事では済まない。
川 ゚ -゚) 「出るぞ。今ならまだ間に合う」
(´・ω・`) 「ブーンはここにいてくれ。僕とクールで行ってくる」
川 ゚ -゚) 「そう言えばこれを預かって来た」
501
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:06:44 ID:XuZMeezA0
放り投げられた塊は錬金術で創り出した剣。
硝子の性質を持つ金属。
苦労して作った武器だが、どうにも活躍する場所は無かった。
折角だから試してみよう。
川 ゚ -゚) 「馬は二頭繋いである。私の後について来い」
(´・ω・`) 「わかった」
城門まで一直線に降りることができる専用の道を走る。
前を行くクールの説明は風に流れて半分ほどしか聞こえなかった。
(´・ω・`) 「それで、どうやって城門の外に出るんだ!」
川 ゚ -゚) 「いちいち許可をとっていたら面倒だからな」
途中の分岐は上がってきた時とは別の道をとり、何故か上り坂になっていき次第に細くなる。
馬一頭がようやく走れるほどの幅しかなく、両端は崖。
遥か下に臨めるのは城下街に並ぶ雑多な屋根。
(´・ω・`) 「クール、おい、何処に行く気……」
川 ゚ -゚) 「手を離せっ!」
502
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:07:28 ID:XuZMeezA0
手綱を離し、馬の背に立つクール。
咄嗟に指示通りにしてしまったことを、数秒後に後悔することになった。
最高速度からの急停止。
当然僕らの身体は完成に逆らえず前に飛ぶ。
足元にはなにもなく、久しぶりともいえる落下の感覚に全身がとらわれていた。
(;´・ω・`) 「ぐっ……ああああああああああああ……」
宙へと投げ出された僕らは、第三の城壁の頂上から一番下まで放物線を描いて飛んで行く。
まるで投石機の弾のように。
当然、着地は失敗した。
あらかじめ何らかの方法をとっていたわけでもなく、
地面が極端に柔らかいわけでもなかった。
僅かな希望が打ち砕かれたことを血塗れでズタボロになった服装とともに再確認し、
一言だけでも文句を言おうとクールを探す。
一歩先に地面に叩き付けられた彼女は既に黒い塊の群れへと走っていた。
その後を追いかけ、硝子の剣を鞘から抜く。
太陽の光を乱反射するその刀身を、蠢く甲殻に叩き込んだ。
一太刀を浴びせた一匹は、殆ど何の抵抗もなく真っ二つになり動かなくなる。
溢れ出てきた毒ガスを吸わないように息を止め、次の一体を狩った。
503
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:07:50 ID:XuZMeezA0
数体殺しては距離を置き、空気の比較的綺麗な場所で呼吸をする。
その繰り返しは二桁に及ばないほどで終わった。
川 ゚ -゚) 「ふむ、毒ガスもあまり大したものではないな」
紫の煙に塗れて戦っていたクールの様子に変化はない。
再生力の高いホムンクルスを殺すには、量も質も不足だったようだ。
(´・ω・`) 「まさかあんな道を使うなんて思ってなかったよ」
川 ゚ -゚) 「国王が決断するまでいちいち待っていられん。
城壁間に取り残された人間に被害が出る」
(´・ω・`) 「それはそうだろうけど」
昼間であれば農耕地で作業している人間や家畜の面倒を見ている人間も多い。
現に、僕らが敵を殲滅した場所には少しずつ人が集まってきていた。
川 ゚ -゚) 「外の様子は……」
物見の塔からは何の合図も出ていない。
第一の城壁外部に集まっている集団に動きは無いようだ。
504
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:08:32 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「ふぅ・……」
それからしばらくして城壁は大きく開いた。
騎兵と歩兵のフラクツク正規兵。
掲げられた旗には、白い背景に重なった黒い円が三つ。
川 ゚ -゚) 「随分と遅かったな」
「助かりました。中へお入りください。まだ他にも敵がいるかもしれませんので」
川 ゚ -゚) 「馬を二頭貸してくれ」
「何に使われるのですか?」
川 ゚ -゚) 「第一の城壁の外にいる敵の様子を見て来る」
「今は動きがありません。下手に刺激するなとの命令を受けています」
(´・ω・`) 「確認は必要だと思う」
「あなたは……?」
505
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:09:02 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「私の友人だ。私と同等の存在と思ってくれていい」
「あっ……」
何かを察したかのような顔をする男。
クールが何者であるかは一応知っているのだろう。
川 ゚ -゚) 「こちらから手出しをするつもりはない」
「クールさんが言われるのであれば……おい! 馬を用意しろ」
部下に手綱を引かれてきたのは小柄な二頭。
脚は短いが、筋肉はバランスよくついている。
川 ゚ -゚) 「行くぞ」
(´・ω・`) 「わかってるよ」
「お気をつけて」
風のようにフラクツクの領地を縦断する。
疲れを知らない二頭の馬は、休むことなく駆け続けた。
第一の城門までを二時間ほどで踏破し、門の前で止まった。
506
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:09:34 ID:XuZMeezA0
「すいません、今は開門が禁止されてます」
川 ゚ -゚) 「そこまで登ってもいいだろうか」
「それなら構いませんよ」
川 ゚ -゚) 「助かる」
凍った階段を上って第一の城壁の上に出る。
意外と広く、馬で走ることも出来そうなほど。
弓なりにカーブして都市の背後にある山に突き刺さっている。
第二、第三の城壁と同様に。
(´・ω・`) 「何匹いるんだよ」
固まったまま動かない大量の蟲。
少なく見積もっても三桁以上。
それぞれが異なる性質を持っているのだとすれば、簡単な戦いにはならない。
川 ゚ -゚) 「ん……誰だ、あれは」
クールが指出した先、雪原をかける人間が一人だけいた。
深く積もった雪に足をとられて何度も転びながら近づいてくる。
507
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:11:29 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「まさか……」
見覚えのある背格好。
馬もなく旅をしてこられるだけの体力や知識。
黒い塊を大きく迂回するルートをとっている男は、ジョルジュであった。
(´・ω・`) 「一瞬でいい、門を開けてくれ」
「ですが……」
川 ゚ -゚) 「私も頼む。あの男も間違いなく知り合いだ」
「……本当に一瞬だけですからね」
こちらに気付いたのか、軽く手を挙げて挨拶をしてきたジョルジュ。
それに応え、階下へと降りる。
凍り付いた扉はゆっくりと人間一人分の隙間だけ開く。
( ゚∀゚) 「たく、聞いてねぇぞ。こんなことになってるなんてな」
川 ゚ -゚) 「久しぶりだなジョルジュ」
( ゚∀゚) 「げ、クールちゃんもいるのかよ」
508
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:11:49 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「いたら悪いのか?」
( ゚∀゚) 「そういうのじゃねーけどよ。やれやれ、頼まれていたものは採って来た」
丈夫な麻袋の中から取り出されたのは、錬金術に利用される素材。
それも、雪国では絶対に手に入らない種。
(´・ω・`) 「シュールに頼まれていたやつか」
( ゚∀゚) 「人使いが荒い。ったく、用は済んだ。俺はもう好きにさせてもらうぞ」
川 ゚ -゚) 「これから吹雪くが、どうするんだ? ちなみに私たちは都市部に戻る。
馬は二頭だが、ショボンが無理をすれば二人くらい運べるだろう」
僕が運ぶこと前提なのは口を挟まないでおいた。
こういう時に逆らってもろくなことがない。
ジョルジュもまたそのことに気付いていた。
( ゚∀゚) 「……頼むよ」
川 ゚ -゚) 「それじゃあショボン、帰ろうか」
509
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:15:40 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
lw´‐ _‐ノv 「おかえりーってあれ、ジョルジュ君かな」
( ゚∀゚) 「依頼された品は揃えてきた」
lw´‐ _‐ノv 「ありがと、後で確認するからそこに置いといて」
話しながらも手は止めないシュール。
複雑な工程を同時に処理していく。
( ^ω^) 「何をとって来たんだお?」
( ゚∀゚) 「空魂と鉱芯だ。他のはどれも買ってきた」
(´・ω・`) 「よくそんなの手に入れられたね」
柔らかくすぐにその形を変化させるが、決して割れることがない液体のような球。
空のような澄んだ青色と、雲のような薄い白が混じり合ってその中を彩っている。
そのために空の魂との名前を与えられた。
510
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:16:26 ID:XuZMeezA0
鉱芯はその名の通り、鉱石の中心に存在する一際密度の高い一部。
鉱石の種類によっても手に入れやすさが大きく変わり、希少な鉱石では必ず存在するとも限らない。
取り出すためには一度砕いてみなればならないため、非常に時間がかかる。
どちらも何処に行けば確実に手に入るのか、未だ誰も知らない素材。
( ゚∀゚) 「半分以上シュールのおかげだ。俺はただ言われた場所向かっただけだからな」
( ^ω^) 「後は待つだけかお」
lw´‐ _‐ノv 「最低でも一週間はかかるかな。その間は他の準備でもしておいて。
テンヴェイラよりもさらに面倒なことになるかもしれないから、念入りにね」
(´・ω・`) 「わかってるさ」
シュールと同等の錬金術師が相手になる。
油断できるはずもなかった。
川 ゚ -゚) 「サスガ」
( ´_ゝ`) 「なんだ?」
川 ゚ -゚) 「武器を作るのを手伝ってくれ」
511
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:17:04 ID:XuZMeezA0
(´<_` ) 「俺達が作ったところで、俺たちが消える以上今までのようにはいかないぞ」
濫觴の双玉は、その珠玉を埋め込むことで常識を超えた力を発揮する。
彼ら無しでは半分以下にもなるだろう。
川 ゚ -゚) 「わかってる。それでも私たちよりは遥かに優れたものが作れるだろう」
( ´_ゝ`) 「仕方ない、俺だと思って大事にしてくれよ」
川 ゚ -゚) 「それは断る」
( ゚∀゚) 「なら俺も頼んでいいか」
( ^ω^) 「ジョルジュ来るのかお!?」
ブーンが言わなければ僕が言っていただろう。
何かを条件に、ただ素材を届けてくれただけだと思い込んでいた。
イ从゚ ー゚ノi、 「……勿論、仙帝殿は手伝って下さるのでございます。ふふふ」
( ゚∀゚) 「っち……」
話の内容は見えないが、キツネとの約束でもあるのだろう。
ジョルジュは嫌な顔をしながら扇の方を睨んだ。
512
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:18:36 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「久しぶりだおね、四人で旅をするのは」
(´・ω・`) 「まさかまたこういう日が来るとは思わなかったよ」
川 ゚ -゚) 「昔と違って遊びに行くんじゃないんだ。わかってるだろうな」
( ^ω^) 「当然だお。ショボンの大切な人を助けるためだお」
(´・ω・`) 「……改めて言われるとすごく私事だね。無関係なみんなに手伝ってもらってすまない」
川 ゚ -゚) 「無関係ではないがな。それにああいった現状がある以上、私事でもなくなってきている」
城壁の外に佇む蟲の大軍。
それは、シュールの悪意が世界に放った明確な敵意。
見過ごすわけにはいかない。
513
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:20:20 ID:XuZMeezA0
_
( ゚∀゚) 「これきりだ。後は俺の好きにさせてもらうぞ」
(´・ω・`) 「本当に助かるよ。ありがとう」
lw´‐ _‐ノv 「私からもお願いさせて。私の不始末をすべて任せる形になって本当にごめんね」
_
( ゚∀゚) 「本当にな。ったく、面倒事を押し付けやがって」
( ^ω^) 「ジョルジュ!」
lw´‐ _‐ノv 「あはは。もうほとんど時間は無いけれど、私にできる限りのことはするから。
だから、どうかよろしくお願いします」
lw´‐ _‐ノv 「世界の為に、あなた方の為に、私の為に、私を殺してください」
.
514
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:25:45 ID:XuZMeezA0
37 終の願望 End
515
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:26:14 ID:XuZMeezA0
>>15
30 災厄の巫女
>>102
31 少女への手掛かり
>>165
32 血の遺志
>>228
33 空を舞う翼
>>282
34 地を穿つ角
>>350
35 港の都市
>>404
36 紅の災厄
>>457
37 終の願望
516
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:26:37 ID:XuZMeezA0
│
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
33 空を舞う翼
34 地を穿つ角
35 港の都市
36 紅の災厄
37 終の願望
517
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:27:37 ID:gimgPy0I0
おつ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
518
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:31:00 ID:wrwwL6KY0
超乙
精神息してる?
519
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:33:15 ID:XuZMeezA0
38 命の期限
520
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:34:19 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「ショボン君」
(´・ω・`) 「なんだ」
lw´‐ _‐ノv 「みんなを集めてきてもらっていいかな」
(´・ω・`) 「わかった」
十日後、彼女の予想よりは若干遅く、ようやく全ての準備が終わった。
不死殺しが完成するまでの間、僕らはそれぞれが最後の旅の準備をしていた。
食料や武器、便利な錬金術品まで四人で協力して創り出した物は過去最高の出来。
川 ゚ -゚) 「ん、時間通りだな」
呼びに行こうと思った時に、三人共が戻って来た。
時間を約束していたわけではなかったが、
出ていく前にシュールの作業を見て終わりを予想していたのかもしれない。
暗い表情のブーンは、恐らくタグを持って行ってきたのだろう。
家族の人間に何と言われたかはわからないが、あまり良い方向ではなさそうだ。
521
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:36:06 ID:wrwwL6KY0
ナニッ
522
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:36:34 ID:kABu/qcY0
いよいよか……
本当に乙、支援
523
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:37:10 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「ブーン……」
( ω ) 「わかってるお……」
俯きながらも、何処か納得したような表情をしていた。
遺族の反応は予想内のものだったのだろう。
( ^ω^) 「今は……こっちに集中するお」
lw´‐ _‐ノv 「そうだね。そろそろ大詰めだよ」
(´・ω・`) 「不死殺しの、ですか」
lw´‐ _‐ノv 「随分とかかっちゃったけどね。素材の下処理も終わったし、これから本番。
ま、もうそんなに時間もないんだけどね」
(´・ω・`) 「時間がないって……」
∧
(゚、。`フ 「察してやるんじゃの」
( ФωФ) 「さて、吾輩からであるかの」
lw´‐ _‐ノv 「そうだね」
524
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:39:54 ID:XuZMeezA0
外套に詰め込まれた錬金術はほぼ全て流し落とされた。
残っているのはロマン自身の意識だけ。
(´・ω・`) 「何か……芒に伝えておこうか」
( ФωФ) 「ふん、今更言い残しておくことは無いのである。彼女にはすべてを伝えておいた。
……だが、そうであるな。彼女の生きている姿を見に行ってやってほしい。
吾輩がいなければ一人きりになってしまうであるからな」
(´・ω・`) 「約束しよう」
( ФωФ) 「安心して逝ける。元より長生きしすぎた」
lw´‐ _‐ノv 「……今までありがとう」
( ФωФ) 「礼を言われるようなことは無いのである。吾輩は自分の意思で生き方を決めたのだ。
時間もないのであろう。長い付き合いだったが………………出会えてよかったと思えておる」
lw´‐ _‐ノv 「強化外套拾参式の素材は岳龍皮。
堅く尖った岩肌のような表面には、四つの素材の中でも特に錬金術との親和性が高い」
( ФωФ) 「これでやっと……ゆっくりできるのであるな……」
525
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:40:28 ID:XuZMeezA0
シュールは岳龍皮を、透明な液体で満たされた大きな釜の中に沈める。
素材としての役割を果たすために、ロマンの精神はゆっくりと溶けていく。
溶解した岳龍皮は釜の中で黒い塊となって漂う。
( ´_ゝ`) 「次は俺たちだな」
(´<_` ) 「今更罪悪感に抱かれる必要はない。ロマンも俺たちもみんな望んで選んだからな」
lw´‐ _‐ノv 「……うん、そうだね。ごめんね……」
( ´_ゝ`) 「さて、この世とも遂にお別れだが」
(´<_` ) 「あまり死ぬことに対して思うこともないな」
( ´_ゝ`) 「ああ、だが未練が一つだけある」
(´<_` ) 「なんだ、アニジャ」
神妙な面持ちでこちらに向き直ったアニジャ。
今までの雰囲気とは大きく違い、初めて見る様子に思わず息をのんだ。
( ´_ゝ`) 「まだクールのおっぱいを揉んでいない」
526
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:40:50 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「……」
川 ゚ -゚) 「…………」
(´<_` ) 「…………」
(´・ω・`) 「…………」
( ^ω^) 「…………」
イ从゚ ー゚ノi、 「……」
∧
(゚、。`フ 「……」
_
( ゚∀゚) 「……」
(´<_` ) 「アニジャ、こういう時くらい我慢できんのか」
527
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:41:15 ID:XuZMeezA0
( ´_ゝ`) 「こういう時だからこそだろ。最期の願いなら聞いてくれるかもしれないじゃないか」
川 ゚ -゚) 「……断る」
即答するクール。
( ´_ゝ`) 「ぐっ……」
(´<_` ) 「こんなアニジャですまなかったな。いろいろと楽しかったぞ」
川 ゚ -゚) 「私もだ。多くを教えてもらったし、助けてもらった」
( ´_ゝ`) 「置物として過ごしてきた数百年を思えば、クールと旅をした近頃は楽しかったな」
(´<_` ) 「一度はバラバラになっていた俺たちもクールのおかげで再会できたしな」
( ´_ゝ`) 「そうだな。もうおっぱいは、諦めよう」
(´<_` ) 「もう少し早く諦めてくれればよかったんだが……」
lw´‐ _‐ノv 「二人とも、苦労を掛けたね」
528
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:41:44 ID:XuZMeezA0
( ´_ゝ`) 「労いの言葉はもう充分だ。
もし生まれ変わるようなことがあれば、またシュールと過ごせることを願っておく」
(´<_` ) 「そうだな。きっとまた双子として会いに行こう」
lw´‐ _‐ノv 「うん」
川 ゚ー゚) 「……その時は私にも会いに来い。胸を触らせてやることはないがな」
( ´_ゝ`) 「残念だ」
サスガ双子がその心を宿すは赤と青の双珠。
シュールはそれらを、釜の中に沈めた。
lw´‐ _‐ノv 「濫觴の双珠は一点を除いて全く同一の存在である二つの珠。
双子洞窟の最深部に存在している蒼珠と緋珠。
特に金属との錬金術に強力な触媒効果を持っている」
黒い靄の外側で光る赤と青。
シュールがかき混ぜても三つは決して重ならず、それぞれが入り乱れた文様を描く。
529
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:42:49 ID:XuZMeezA0
イ从゚ ー゚ノi、 「私の順番でございますね」
lw´‐ _‐ノv 「キツネ……」
イ从゚ ー゚ノi、 「やっとでございますね、シュール様」
lw´‐ _‐ノv 「随分とかかっちゃったね」
イ从゚ ー゚ノi、 「私はいつまでも待つつもりでございましたよ。
目的が達成されたわけではございませんが、私たちの役目はここまででございますね」
lw´‐ _‐ノv 「ショボン君が継いでくれるから、安心して任せられる」
イ从゚ ー゚ノi、 「少々ずるいやり方であると思いますが……」
(´・ω・`) 「ほんとにそうだな。どう考えても僕には断れない」
lw´‐ _‐ノv 「あまりよくない偶然だったけどね……。
たぶん、こういったことが無くてもやってくれたんじゃないかな」
(´・ω・`) 「……仮定に対して明確な返事は出来ないな」
530
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:43:18 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「ショボンならきっと手伝ったと思うおね」
川 ゚ -゚) 「私もそう思う」
(´-ω-`) 「はぁ……」
イ从゚ ー゚ノi、 「さて、仙帝……。いえ、ジョルジュ。聞いておりますか」
( ゚∀゚) 「なんだ」
話を振られたジョルジュは壁際に座ったまま答える。
イ从゚ ー゚ノi、 「華国を任せましたよ」
_
( ゚∀゚) 「言われるまでもない」
イ从゚ ー゚ノi、 「そうでございましょうね。ですからもう一つ。
どうかシュール様の目的を達するまでの協力をお願いします」
_
( ゚∀゚) 「っち……」
531
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:43:49 ID:XuZMeezA0
イ从゚ ー゚ノi、 「さて、シュール様。私はもう構いません」
lw´‐ _‐ノv 「話が終わって無いんじゃ……」
イ从゚ ー゚ノi、 「仙帝は賢い方でございます。どちらがより益になるかなど考えるまでも無いでしょう」
lw´‐ _‐ノv 「……ありがとうね」
扇を開いたまま釜の中へと沈める。
骨組みが先に溶け、白い扇面が薄く広がって浮いていた三つの素材を包み込んだ。
lw´‐ _‐ノv 「夢幻乃扇はその全てに蜃気楼葉桜の幹を使っている。
見ることは出来ても触れることは出来ない蜃気楼。
葉桜はあらゆる素材を繋ぎ合わせることのできる特別な緩衝材になる」
∧
(゚、。`フ 「最後はわらわか」
(´・ω・`) 「まさかその猫の姿のままじゃないだろうな」
生きた動物の姿のまま錬金術に利用するのは流石に抵抗があった。
実際に行うのは僕ではなくシュールであるが。
532
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:44:55 ID:XuZMeezA0
生きた動物の姿のまま錬金術に利用するのは流石に抵抗があった。
実際に行うのは僕ではなくシュールであるが。
∧
(゚、。`フ 「そんなわけがなかろう。他の者達と同じように想起の鈴がわらわの意識じゃ」
首元を掲げる。
そこに結ばれているのは記憶を呼び戻す金色の鈴。
(´・ω・`) 「だったら何故」
∧
(゚、。`フ 「わらわがこうであることを望んだからじゃ。精神だけとなってこの世界に干渉が出来なくなるよりも、
例え人間でなくともこの世界に関わり続けたいとな。
意識を分かつことは簡単じゃった。シュールの前例もあったことだしの」
lw´‐ _‐ノv 「猫に錬金術を適応させる方が苦労したね。なにせ不老不死なんてその時はまだ夢物語だったから」
(´・ω・`) 「でぃはでぃのままってことか?」
∧
(゚、。`フ 「しばらくはの。いずれこの意識も消えてなくなる。
ぬしの頼まれ事くらいは見守ることができるじゃろうな。
さて、頼むぞ」
lw´‐ _‐ノv 「わかったよ」
533
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:45:55 ID:XuZMeezA0
優しく抱きかかえ、首輪の鈴を取り外す。
床におろされたでぃはじっとシュールの動きを見つめている。
白く広がった膜の中心に置かれた鈴。
その点を中心に同心円状に波紋が広がる。
最初はゆっくりと、次第に強く激しく。
lw´‐ _‐ノv 「鳴金は人間が近くにいることで鳴り響く金属。
思いが強ければ強いほど、感情が激しければ激しいほど、より高く鳴る。
原理は誰にも解明できてないんだよね。
別の世界で繋がっているとか、とんでも理論を唱えている人もいるくらいに」
波だった表面から青と赤の光が拡がり、しばらくしてから再び白が全てを包み込んだ。
綺麗な球体となって釜の中心に収まった。
∧
(゚、。`フ 「ふむ、特に問題は無さそうじゃの」
( ^ω^) 「わかるのかお?」
∧
(゚、。`フ 「わらわを侮るなよ。これでもぬしらよりも遥かに高度な錬金術をシュールと共に研究してきたからの」
534
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:46:41 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「これで終わりか?」
lw´‐ _‐ノv 「これが最後かな」
シュールが取り出したのは透明な立方体。
水分が固められたかのように僅かな振動で表面が揺れる。
中心では黒とも紫とも表現できる線が暴れていた。
その光が目に入った瞬間に、テンヴェイラと相対した時のように鳥肌が立つ。
(´・ω・`) 「なんだそれは……」
lw´‐ _‐ノv 「正直、こんなにうまくいくとは思ってなかったよ。
この中に入ってるのは、テンヴェイラの鋏が持つ断裁の性質そのもの」
川;゚ -゚) 「性質そのものだと? そんなことは不可能だ」
lw´‐ _‐ノv 「不可能じゃなかったからこそここにある。運に助けられた部分も多いけどね。
テンヴェイラの鋏が砕けた欠片であったこと、空魂との相性がよかったんだ」
向こう側にどこまでも続いていそうな無数の線の集合体。
空間すら断ち切る威力。
535
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:47:08 ID:XuZMeezA0
lw´‐ _‐ノv 「ちょっと離れていてね。たぶん大丈夫だと思うけど、失敗する可能性もあるから」
指示に従って壁際まで逃げる。
シュールはまるで卵を割るかのような動作で、水の塊を開いた。
刺々しい塊は重力を無視する速度で少しずつ釜の表面へと近づいていく。
ときに膨れ上がろうとしては見えない力に押さえつけられている。
着水した瞬間は僕の場所からは見えなかった。
ただ音もなく、釜が縦に数十分割され、中の水が部屋の床を汚した
残っていたのは、壺の底に刺さった一本の棘。
髪の毛よりもなお細く、注意深く観察しなければ見逃してしまうほど。
lw´‐ _‐ノv 「……ふぅ」
シュールは溜息と共に、その棘に鉱芯を重ね合わせた。
鋼色の光を発し、鉱芯が一気に膨れ上がる。
それをシュールは誰もいない窓際に向かって振り抜いた。
lw´‐ _‐ノv 「完成だね」
シュールの言葉の直後、家屋が一直線に避けた。
初めからそうであったかのように。
536
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:47:39 ID:XuZMeezA0
_
( ゚∀゚) 「……冗談だろ」
窓の外、空に浮かぶ雲までもが分断されていた。
lw´‐ _‐ノv 「ごめんね、家を壊しちゃって」
シュールは小型のナイフのような形状になったそれに、用意していた布を巻きつけて縛る。
その後机の上に置いて、散らばったゴミの片づけを始めた。
呆気にとられていた僕らは、その作業を見てようやく我に返る。
川 ゚ -゚) 「いや、私は構わないが……」
(´・ω・`) 「これがテンヴェイラの力か……」
lw´‐ _‐ノv 「まぁ、これっきりなんだけどね」
( ^ω^) 「どういうことだお?」
lw´‐ _‐ノv 「今放った斬撃はテンヴェイラの力を落ち着かせるためなんだ。
これでこの武器は、正真正銘の不死殺しへと相成った。取り扱いには十分気を付けてね」
(;´・ω・`) 「あ、あぁ」
537
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:48:06 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「今の攻撃が何回も出せたら楽なんじゃないかお」
lw´‐ _‐ノv 「分かってるとは思うけど、そう簡単じゃないんだよ。
テンヴェイラの力は集中させなきゃいけない。斬撃に乗るようじゃ駄目だ。
刀の表面に纏っているくらいがちょうどいい」
(´・ω・`) 「これで、シュールのもう一つの意識を殺せるんだな」
lw´‐ _‐ノv 「確実に。ただしショボン君……」
(´・ω・`) 「わかってる。これは僕らにとっても脅威だという事だな」
lw´‐ _‐ノv 「そうだね」
不死殺し。その言葉の意味を解らない僕らではない。
僕らホムンクルスにとっても危険な武器だ。
(´・ω・`) 「具体的にはどうなる」
lw´‐ _‐ノv 「不死殺しの持つ特性は、錬金術の完全な破壊。
どうなるかは試してみないとわからないけど、錬金術で構成された身体は崩壊する。
錬金術そのものであるホムンクルスはドロドロに溶けて原型が無くなるんじゃないかな」
538
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:48:45 ID:XuZMeezA0
(; ^ω^) 「とんでもないおね……」
川 ゚ -゚) 「一つ聞いてみたいのだが、痛みはあるのか?」
lw´‐ _‐ノv 「無いよ。それくらい強力だから」
_
( ゚∀゚) 「敵に利用されないように気をつけろってことか」
lw´‐ _‐ノv 「そうだね。……っと、そろそろかな」
(´・ω・`) 「どうした?」
バランスを崩したシュールが壁に寄りかかり、そのままへたり込んだ。
lw´‐ _‐ノv 「もう少しくらい大丈夫だと思ってたんだけど、無理をしすぎたから……」
この十日間、シュールは片時も離れずに錬金術を行っていた。
昼夜も問わず、最低限の休憩だけを挟んで。
その間はずっと表に出ていたシュールの意識。
(;´・ω・`) 「待て、まだ聞きたいことが……」
lw´ _ ノv 「後は……よろしくね……周に……謝っ……」
539
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:49:40 ID:XuZMeezA0
全身の力が抜け、シュールは寝息を立て始めた。
目が覚めた彼女は、恐らくもう彼女ではない。
本来の持ち主へと体の自由は返される。
(´・ω・`) 「……」
その小柄な体を持ち上げてベッドに運び、そっと寝かせた。
身体を揺らされた彼女に起きる気配はない。
( ^ω^) 「どうするんだお」
(´・ω・`) 「もうここにとどまる理由は無い」
川 ゚ -゚) 「……行くのか」
(´・ω・`) 「時間がないんだ」
_
( ゚∀゚) 「ったくよ……で、どうするんだ」
(´・ω・`) 「ここからさらに北に進んだ先、ファーワルにある大氷窟。
そこに彼女がいる」
_
( ゚∀゚) 「さらに寒いところかよ」
( ^ω^) 「だからこそ準備してきたんだお」
540
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:50:24 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「確かに、必要以上に用意はしてきた。だが、相手はシュールの片割れなわけだろう。
簡単に終わるとは思えないがな」
(´・ω・`) 「それでも行かなきゃいけない」
川 ゚ -゚) 「わかっているさ。別に反対なわけじゃない」
_
( ゚∀゚) 「さっさと終わらせるぞ。俺は国に帰ってまだやるべきことがある」
(´・ω・`) 「ブーン、行こう!」
( ^ω^) 「了解だお!」
四人分の荷物はすでに用意していた。
シュールが創り出した不死殺しを懐に仕舞い、見張り小屋から外に出る。
冬の空で太陽が己を主張し、平原の雪は半分ほどが溶けていた。
(´・ω・`) 「絶好の出発日和だな」
541
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:50:59 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「周だったか。書き置きか何かを残しておいたほうが良いんじゃないか」
(´・ω・`) 「シュールが既に用意していた。机に置いてあったから目が覚めた時に気付くだろう」
( ^ω^) 「さて、目指すはファーワルだおね」
_
( ゚∀゚) 「外にいる大群に捕まらなきゃいいがな」
(´・ω・`) 「……考えたくもない」
_
( ゚∀゚) 「これだけの天気で雪用の装備に変えた馬もいれば遅れはとらねぇだろ」
川 ゚ -゚) 「あれら目的はこのフラクツクだろう。わざわざ四人しかいない私たちを追いかけて来るとは思えない」
( ^ω^) 「いざとなっても流石兄弟監修の武器があるから余裕だお」
胸の中の不安は消えないままに、馬に跨って城下を目指した。
542
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:55:50 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
_
(; ゚∀゚) 「誰だったよ。フラクツクが目的だって言ったの」
川;゚ -゚) 「知らん、それよりもっと急げないのか」
(;´・ω・`) 「雪の上をそんなに早くはしれるわけがないだろ」
( ^ω^) 「この速度で走ってれば追いついて来れないお」
(´・ω・`) 「そうだけどさ……」
僕らが第一の城壁を出るまで大人しかった軍勢は、
門が開くや否や動き始めた。
一面の白を丁寧に塗り潰しながら。
北に向けて走る僕らの背を追いかけるように、群れは方向転換をしてきた。
馬よりも遅いようで、しばらく走っていただけでほとんど見えないほど遠くにいる。
ここ数日の晴天も幸いして、雪原は思っていたよりも移動しやすい。
543
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:56:35 ID:XuZMeezA0
一週間ほどかかる見込みであったが、それよりも早く着くだろう。
予定が早まったところで何の問題もない。
_
( ゚∀゚) 「そう言えば聞こうと思って忘れてたんだが、ファーワルってあのファーワルか」
川 ゚ -゚) 「その聞き方でわかると思ってるのか」
_
( ゚∀゚) 「確かにな。確か氷の洞窟と一体化した国だよな」
(´・ω・`) 「一体化してる?」
_
( ゚∀゚) 「氷の洞窟が国自体を包み込んでるような場所だぞ?」
(´・ω・`) 「あぁ、それで制限されているのか。シュールがそんなことを言ってた気もする……」
( ^ω^) 「クールは知ってたのかお?」
川 ゚ -゚) 「しばらくフラクツクに滞在していたが、ファーワルの話は少し聞いたことがある程度だ。
周辺国とも密に交流をしていたが、国が立体迷路みたいになっているそうだな。
あの変な蟲に包囲されてからは知らない」
錬金生物に滅ぼされた国は、全てフラクツクの隣国である。
そこにすら情報が入ってきていないということは、今どうなっているのか誰も知らないのだろう。
544
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:57:29 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「調査に出たりはしなかったのか?」
川 ゚ -゚) 「貿易量は急減したが、フラクツクとファーワルは別に共同体じゃない。
この辺りの危険は増したが、わざわざリスクを負って調べることではなかったよ。
フラクツクは襲撃を容易く蹴散らしたからな。他の三国とは違う」
_
( ゚∀゚) 「……あんな弱そうな奴らに本当に三つも国が滅ぼされたのか?」
(´・ω・`) 「僕も伝聞でしか知らない……行けば分かるさ」
_
( ゚∀゚) 「は?」
(´・ω・`) 「ファーワルは滅ぼされた国の一つだ」
_
( ゚∀゚) 「あそこは軍隊だって所持していたし、錬金術師だっていたはずだ」
(´・ω・`) 「行ったことがあるのか?」
_
( ゚∀゚) 「昔少しだけな。滅びたなんて信じられん。フラクツクほどではないが、それなりに歴史のある国だぞ。
それこそ内部からでも攻撃されない限り……」
(´・ω・`) 「ファーワルにリリと、シュールの悪意がいる」
545
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:58:01 ID:XuZMeezA0
_
( ゚∀゚) 「は?」
(´・ω・`) 「ファーワルは滅ぼされた国の一つだ」
_
( ゚∀゚) 「あそこは軍隊だって所持していたし、錬金術師だっていたはずだ」
(´・ω・`) 「行ったことがあるのか?」
_
( ゚∀゚) 「昔少しだけな。滅びたなんて信じられん。フラクツクほどではないが、それなりに歴史のある国だぞ。
それこそ内部からでも攻撃されない限り……」
(´・ω・`) 「ファーワルにリリと、シュールの悪意がいる」
_
( ゚∀゚) 「おいおい……あそこにそれがいるなんて聞いてないぞ……」
( ^ω^) 「ジョルジュは何も聞かなかったし、不死殺しができるまでいつも出かけてたから……」
_
( ゚∀゚) 「ったく……手伝えと言うんなら説明しろよな」
川 ゚ -゚) 「まぁ確かにな。だがショボンにも余裕がなかったんだろ。
私みたいに全ての説明を受けていたわけではなかったみたいだしな」
546
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:58:30 ID:XuZMeezA0
シュールは最低限の事しか教えてくれていなかった。
番人の命を犠牲にしなければ不死殺しは創れないことにしたってそうだ。
胸に手を当てると、奥にしまっている小さなナイフが僅かに熱を発したように感じた。
(´・ω・`) 「説明してなかったことは謝るさ。何か他に聞いておきたいことはあるか」
_
( ゚∀゚) 「シュールの悪意はどういう姿をしてる? それがわからなきゃ壊すことができないだろ」
(´・ω・`) 「わからない。彼女は水晶に閉じ込めた、と言っていたけれど。それがどんな水晶なのかは……」
_
( ゚∀゚) 「どのみち自分から動いたりすることは出来ないわけだ」
(´・ω・`) 「そうなるね」
_
( ゚∀゚) 「案外楽な依頼かもしれないな」
( ^ω^) 「気楽すぎるお」
_
( ゚∀゚) 「ブーン君こそ珍しいな。普段はそんなに難しく考えないだろ」
( ^ω^) 「ジョルジュもシュールの実力を目の当たりにしたお?
あれだけの知識を持っている人間が敵なんだお。もっと警戒すべきだお」
547
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:58:59 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「ジョルジュもシュールの実力を目の当たりにしたお?
あれだけの知識を持っている人間が敵なんだお。もっと警戒すべきだお」
川 ゚ -゚) 「話だけしてても仕方がないだろう。あと七日もあればファーワルに着く。
問題はそれからだ。どうやってその悪意とやらを探すか」
考えうる手段をとるための準備はしてきた。
だが、それらが必ずしもうまくいくとは限らない。
失敗した時の為にも常に他の案は考えておくのがいいだろう。
旅の間には他に何もすることのない時間が山ほどある。
馬の背にのっていれば偶に方位だけを確認すれば済むのだから。
(´・ω・`) 「いくつか目途は付けているけど、もし違ったら虱潰しにするしかないかな」
( ^ω^) 「目途?」
(´・ω・`) 「ワカッテマスの記憶を見た時に、あの男が歩いていた道を覚えてる。
今も昔も同じ場所にいればいいんだけどね」
_
( ゚∀゚) 「なるほどな。他に気を付けることはあるか」
(´・ω・`) 「錬金生物かな」
548
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 22:59:29 ID:XuZMeezA0
かつてセント領主国を護っていた強化兵士。
それと同等以上の性能を持つ兵士がいてもおかしくはない。
アルギュール教会とシュールの悪意が完全な傘下とは限らないが、ワカッテマスは教会のトップであった。
それが二人きりで会うほどの関係にあることは間違いない。
川 ゚ -゚) 「一体が少々強いのは構わないが、数が多いのは面倒だな」
( ^ω^) 「だおね。僕ら四人で相手にするのは大変だお」
_
( ゚∀゚) 「そんときの為に錬金術を散々用意しておいたんじゃねぇのか」
( ^ω^) 「持ち運べる量には限りがあるから、物量作戦で来られたら困るお」
(´・ω・`) 「蟲の軍隊はもうだいぶ後ろだ。気にしなくていい」
単純な構造であるからこそあれだけの数を用意できたのだろう。
いくらシュールの悪意であっても、複雑な命令を聞くことのできる生物を量産することなんてできはしない。
_
( ゚∀゚) 「結局のところ行き当たりばったりってことか」
( ^ω^) 「僕たちらしいお」
川 ゚ -゚) 「確かに。昔を思い出すな」
549
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:00:26 ID:XuZMeezA0
_
( ゚∀゚) 「クールちゃん、こういうの一番嫌いだったじゃねーか」
川 ゚ -゚) 「年月は人を変化させるということだ。私も少しは寛容になったのだろう」
( ^ω^) 「僕には厳しいけどね」
川 ゚ -゚) 「自分に甘い奴に優しくしたっていいことはないさ。
っと。ショボン、どうした?」
(;´・ω・`) 「……嘘だろ」
小さな川を越えたところで、僕は手綱を引いて歩みを止めていた。
渓谷を埋め尽くした黒の軍隊。先回りされたわけではない。
まるで人間のごとく丁寧に列を為し、それぞれの中心には先程の集団にはいない巨大生物がいた。
こちらを認識し、全体が前へと進む。
立ち尽くす僕らとの距離が少しずつ狭まっていく。
左右は切り立った崖のように急で、逃げ道は背後にしかない。
川 ゚ -゚) 「どうする?」
(´・ω・`) 「……迂回できないことはないと思う」
550
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:00:58 ID:XuZMeezA0
数は多いが、後ろの集団と同様に鈍足であることに疑いようはない。
問題は、これだけの数を引き連れたままファーワルへと向かわなければならないこと。
既に滅んでしまったと聞いてはいるが、生き残っている人間がいる可能性はある。
規模は後方の二倍程度。
生存者がいる都市に侵入されてしまえば、甚大な被害は免れえない。
そして、もう一つ厄介なのは迂回するのにどれだけ時間がかかるかわからないこと。
予めシュールと決めたルートを外れてしまって、僕らはコルカタにたどり着くのに二倍以上の時間を要した。
下手な進路変更はそれと同様のことを引き起こしかねない。
_
( ゚∀゚) 「早く決めろよ。逃げるにしても、戦うにしても」
層は厚く、直線距離を突き破ることは出来ないだろう。
戦えば必然、敵の全てを打ち倒す必要がある。
そうなれば背後の敵はさほど気にする数ではない。
ホムンクルスであるが故に、戦っても無傷で突破することは容易い。
その後に対する備えが心許なくなるが、これ以上の兵隊を生み出すほどの資源があるかどうか。
たとえ生命体を生み出す錬金術として確立された方法があったとしても、
素材の用意を避けては通れない。
ならば
551
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:01:38 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「突破する。後顧の憂いはここで取り払っておこう」
_
( ゚∀゚) 「了解した。俺はでかいのを中心にやる。武器がそっち向きだからな。
試す機会が欲しかったところだ」
ジョルジュの武器は両手持ちの大剣。
鞘から抜き放たれた刀身は鋼色に輝く。剣先が雪原を撫で、積もった雪はゆっくりと窪んでいく。
見た目には何の変哲もない剣を構えて、ジョルジュは軍勢に飛び込んだ。
_
(#゚∀゚) 「らぁっ!」
横薙ぎが叩き込まれた数匹は、動きを止めた。
一瞬を引き延ばしたかのように、傷口がゆっくりと開いていき、半分になって崩れ落ちる。
( ^ω^) 「ジョルジュの剣ってどんな能力だお?」
川 ゚ -゚) 「切断の継続。あの剣で与えられた傷口は広がり続ける」
(;´・ω・`) 「えげつないな……」
( ^ω^) 「早く行ってあげようお」
552
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:03:25 ID:XuZMeezA0
餌に集る蟻のように、ジョルジュを中心に巨大な渦が形成されていく。
このままではさすがの彼でも危ないだろう。
(#^ω^) 「おおおっ!!」
ブーンが持つのは刃のついていない斧槍。
彼が選んだのは、最も使い慣れた武器と同じ形状。
殺傷力は最低限に抑えつつも、威力は波の武器を遥かに凌ぐ。
川 ゚ -゚) 「"砕く"と"響く"。ブーンの武器の持つ性質だ」
(´・ω・`) 「知ってるさ、殺すことを受け入れないあいつらしいやり方だ」
川 ゚ -゚) 「私の武器の話はしたかな?」
(´・ω・`) 「聞いてないけど、僕らも行こう」
ブーンは斧槍を左右に何度も叩き付け、道を切り開いていく。
ジョルジュはあっという間に巨大生物の背に駆け上がっていた。
川 ゚ -゚) 「それもそうだな。さて……」
553
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:03:51 ID:XuZMeezA0
荷物を担いだままの二人とは違い、クールと僕は最低限の道具だけ取り出した。
残りを馬の背に括り付けてから駆け出す。
前を行く二人の後ろを追うように戦場に飛び込んだ。
振るう剣は容易に敵を切り裂き、抵抗を感じない。
目の前にいる羽虫を潰すように、ただひたすらに斬りつける。
脚部と腹部は柔く、最も堅い後背部ですら僕らの錬金術武器は止まらない。
一撃で戦闘不能にした亡骸を踏み越えながら、次の獲物を狩る。
(´・ω・`) 「っと」
のろまな攻撃を避けることは容易かった。
目の前に叩き付けられた大木のような前足。鎧に身を包んだ巨象。
二、三度斬りつけたところでビクともしない。
川 ゚ -゚) 「ショボン! 目か頭を狙え!」
(´・ω・`) 「わかった!」
何処からか聞こえてきたクールの叫び声に返答だけして、
蟲を片付けながら背後へと回る。
両後ろ足の間に入って何度も剣を振るった。
554
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:04:58 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「っ!!」
叩き付けられた太く長い尾を辛うじて剣で受け止めた。
剣に入った小さな罅は刀身全体を埋め尽くし、砕け散って光の粉となる。
(´・ω・`) 「蟲にも感情があるんだろうか……だとすれば少しくらいは驚いてくれればいいかな」
無くなってしまった刀身を振るう。
後ろ両足の間を移動しながら。粒子となった硝子が剣の後を追って鞭のような斬撃を生み出す。
剣が元の姿を取り戻したと同時に、戦象は崩れ落ちた。
(´・ω・`) 「ふぅ……」
_
( ゚∀゚) 「思ってたよりも数が多いな……」
(´・ω・`) 「まだ大きい奴が残ってるぞ」
_
(; ゚∀゚) 「馬鹿言うな、これでももう二桁は殺してる」
散らばった骸で足の踏み場すらない。
全体の半分ほどは殺しただろう。
555
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:05:56 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「動き続けるってのは……やっぱりきついな」
雑魚とは言え攻撃を受ければ痛みもある。
筋肉が限界を告げ始めるが、動くことをやめるわけにはいかない。
冬の空の下で、汗をかき湯気を出しながら。
_
( ゚∀゚) 「さっさと片付けなきゃ後ろのが追いついてくるぞ」
(´・ω・`) 「わかって……る!」
頭部を破壊して動きを止める。
慣れてきたせいか、殺すための動作が少なくて済むようになっていた。
_
(; ゚∀゚) 「おい、ブーン君やべぇぞ」
(;´・ω・`) 「くそ……っ!」
必死に武器を振るうブーンの周囲には、黒い壁が出来上がっていた。
砕ききれない残骸が山と積み重なっている。
強引に道を作り駆け寄った。
(´・ω・`) 「大丈夫か?」
(; ^ω^) 「なんとか……だお……」
556
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:06:39 ID:XuZMeezA0
_
( ゚∀゚) 「だからそんな武器はやめとけって言ったんだ」
川 ゚ -゚) 「まだ数が多いな……」
一カ所に集まった僕らを囲うのは十重二十重の敵。
残る数体の巨象と、減らない蟲。
(;´・ω・`) 「くっそ……」
川 ゚ -゚) 「ショボン、そろそろ抜けれる程度には片付けた。全部を倒していたらキリがない」
(´・ω・`) 「だね……」
凍るような寒さの中で、吹き出る汗は止まらない。
お互いの死角を庇いながらを剣を振り回し、押し潰されない様に適度な距離を保つ。
( ^ω^) 「……だけどどうやって逃げるお」
黒色の奔流は出口を見つけることすらままならない。
均衡状態を作り出すことでやっとなのだから。
_
( ゚∀゚) 「ちょっと時間をくれ。対応できそうな道具がある」
557
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:07:14 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「わかった」
ジョルジュを中心に、三方をそれぞれが護る。
死ぬことを怖れない敵は、闇雲に距離を詰めて来る。
川 ゚ -゚) 「……まだか? あれが来たら厄介だぞ」
象型の錬金生物が蟲を踏みつぶしながら一歩ずつ迫ってくる。
味方すら塵程度にしか考えていない行進は止まることがない。
死守しているこの場所を踏み抜かれてしまえば、均衡は一気に崩れる。
(#゚∀゚) 「耳を塞げっ!」
掛け声と同時に立ち昇る黒と白の乱流。
衝撃波と共に踏み荒らされた雪原から立ち昇った五つの柱。
吹き荒れる風は視界を塞ぐほど。
ぽっかりと空いた空洞のように、爆発付近の錬金生物は失われていた。
_
( ゚∀゚) 「ちょっと威力がありすぎたか……まぁいい。走れ!」
動きが止まった隙に、一直線に包囲網を切り裂いた。
幸いだったのは、錬金生物が馬には目もくれなかった点。
少し離れた場所にとどまっていたその背に飛び乗り、大きく迂回しながら走った。
558
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:07:49 ID:XuZMeezA0
狭くなっている場所とは言え、大半の敵は既に物言わぬ亡骸となっており、
通り抜けられるだけの隙間はあった。
後を追ってくる集団のの姿が次第に見えなくなっていく。
(´-ω-`) 「はぁ……」
( ^ω^) 「何とか撒けたおね」
川 ゚ -゚) 「これだけ正確に進路を予測されているなら、道を変えるべきだったか?」
(´・ω・`) 「ここを大回りしていくとなると、それだけでも一週間以上かかる。
だからこそ敵が待ち伏せてたのかもしれないけど」
手元の地図を確認しながら答える。
( ^ω^) 「僕たちが来るってことが分かってたってことかお?」
川 ゚ -゚) 「そうとしか考えられないが、何処から情報が漏れた?」
(´・ω・`) 「……わからない」
旅の目的地を知っているのはシュールと古代錬金術師たちの番人、そして僕ら四人だけのはずだ。
559
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:09:02 ID:XuZMeezA0
_
( ゚∀゚) 「相手はシュールの悪意。バレた原因をいまさら考えたところで意味はないだろ」
川 ゚ -゚) 「蓋をしていいほどの小さな問題ではないと思うが。
北上するルートまで予想されているのは不気味だな」
(´・ω・`) 「シュールの考えが読まれているってことか」
( ^ω^) 「どうするんだお? 今から道を変えるかお?」
(´・ω・`) 「……待ち伏せを怖れて遠回りすることは、相手の思う壺だろう」
川 ゚ -゚) 「このまま馬鹿正直に指示された道を進むのか?」
(´・ω・`) 「……ここからは道も広くなってるし、隠れる場所は無い。
天気が崩れる前にファーワルに着きたい」
不老不死者とは言え、吹雪の中を進むことはできない。
目印にできるものが何もない平原で闇雲に動き回れば、すぐに遭難してしまう。
_
( ゚∀゚) 「出来るだけ急ごう。さっき戦った集団に監視役が紛れてれば面倒なことになる」
( ^ω^) 「おーっし、一気に駆け抜けるお!」
560
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:10:33 ID:XuZMeezA0
・ ・ ・ ・ ・ ・
山のような氷の塊が網目のように立体的に広がった上に存在する都市。
そのあちこちに見える家々は、乱反射した光に照らされて青白く輝く。
(´・ω・`) 「見えた。あれが氷窟都市ファーワル」
( ^ω^) 「すげぇおね……」
陽の光を浴びてなお溶けない永久凍土は、もはやこの地方に住む人々にとって大地と変わらない。
氷の上で作物を育て、氷の上で動物を狩る。
極寒の地で、どんな人たちが暮らしてきたのだろうか。
(´・ω・`) 「はぁ……」
月明かりが強い夜。
照らされたファーワルの都市には明かりが一つも見えない。
_
( ゚∀゚) 「人の気配はないが……うじゃうじゃと感じるな」
561
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:11:02 ID:XuZMeezA0
姿が見えなくても、錬金術によって生み出された存在は肌を刺激する。
少なくともこの前の渓谷に戦った数の数倍はいるであろうと。
川 ゚ -゚) 「どうする? 夜に紛れて近寄るなら、そんなにチャンスは多く無い」
強すぎる空の光のせいで、一体は柔らかく照らされている。
夜の闇と振り始めた白に紛れたところで、すぐに見つかってしまうだろう。
(´・ω・`) 「白昼堂々、よりはいいかな」
長距離を一気に駆け抜けてきたせいで疲労はある。
だが、のんびり休憩している余裕はない。
川 ゚ -゚) 「……十分ってところか」
空を見上げクールが呟く。
満天の星空の中心で、最も明るい光を放つ月。
幅が広く厚みのある雲がちょうどその端にかかったところであった。
静かに積み重なる雪は真っ直ぐに空から地面へと落ちていく。
(´・ω・`) 「行こう」
562
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:12:33 ID:XuZMeezA0
雲が月その全体を覆い隠した時、僕らは丘を下り始めた。
直線距離にしておよそ一時間ほどだろうか。
手の届きそうなほど近くにありながら、その道の遥か先にあるように思えた。
新雪を踏み抜く音だけが静かな夜に響く。
誰も口を発することは無く、ただ全身の感覚に精神を集中させていた。
僅かな変化すら見逃さないよう。
川 ゚ -゚) 「……おかしくないか」
平野を半分ほど進んだところでクールが口にした疑問。
川 ゚ -゚) 「私たちがどういった道を通っているのか分かっているとして、なぜここまで何の襲撃もない」
渓谷を越えてから、僕らの進行を阻むものは何一つなかった。
あれだけの錬金生物を準備できる時間があるのであれば、他にも罠を仕掛けられたはずだと。
僕もまた同じ疑問を抱えていた
(´・ω・`) 「あの渓谷で食い止めるつもりだったんじゃないか。
あれだけの数を用意するのは相当手間がかかっただろう」
_
( ゚∀゚) 「いや、仮に俺が敵の立場なら、渓谷ごと吹き飛ばしていた。
それをしなかったのは、錬金生物と俺らをわざと戦わせて、なおかつ抜けさせるためじゃないのか」
563
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:14:04 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「……だったら、不味いんじゃないかお」
_
( ゚∀゚) 「あくまで最悪の場合だ。強行軍を続けて俺らが最も疲労したこの広場は、絶好の狩場ということになる。
だが、錬金生物の気配はファーワルの中にしかない。それが俺にもわからねぇ」
川 ゚ -゚) 「錬金術が利用されている仕掛けならある程度なら私たちは感じ取れる。
そうでないとすれば?」
(´・ω・`) 「通常の罠で僕らに致命傷を与えることはできない。足止めにもならないだろうね」
川 ゚ -゚) 「なら、私たちに感知できない錬金術を作成したとか」
(´・ω・`) 「有り得ない可能性じゃないけど、それは無理だと思う。
僕らが錬金術の雰囲気を感じ取るのは、シュールでも説明できない。
それの裏をかくなんてことができるはずが……」
全身に走ったひりつくような空気の揺らぎ。
冷たい風が吹き抜けたのと勘違いする程に小さな、それでいて確かな感覚。
(#´・ω・`) 「下がれっ!!!!!!!」
564
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:15:14 ID:XuZMeezA0
雪の平原が横一直線に避け、開いた暗闇から続々と流れ出てきた黒き奔流。
視認出来るほどの距離になって、それらが幾つかの種類に別れていることが分かった。
最も数が多いのは、先程から戦い続けた甲殻系の蟲。
それに並ぶように現れたのは、狼のように荒々しい四足歩行の獣。
百を超える巨大な象は全身に鋭い金属片を巻き付けている。
まるで手当たり次第試したかのように、その大群は様々な生物種を模していた。
_
( ゚∀゚) 「気が付かなかったな……」
(´・ω・`) 「ここはもうファーワルの領土内だったってことか」
僕たちが平野だと思っていたこの場所の地下深くには、ファーワルの氷窟がずっと拡がっているのだろう。
分厚い氷に阻まれて、僕らは足元に蠢く錬金生物を見逃してしまっていた。
川 ゚ -゚) 「逃げられると思うか?」
( ^ω^) 「目的地を前にして、どう考えても無理だお……」
川 ゚ -゚) 「やれやれ、これは本腰を入れた方がよさそうだ」
565
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:15:49 ID:XuZMeezA0
_
( ゚∀゚) 「出し惜しみしている余裕はない、特にブーン。分かってるんだろうな」
( ^ω^) 「……大丈夫だお」
統率された軍隊のように、前進する大集団。
遠くからでも十を超える種類の敵が分かる。
(´・ω・`) 「一カ所で戦った方がよさそうだな……」
_
( ゚∀゚) 「せめて背中側に壁になるものがあれば違うんだけどな」
川 ゚ -゚) 「無い物ねだりだな。取り敢えず、遠距離を用意してきたのは私くらいだろうからな」
馬の背に乗せてあった弓を手に取り、矢を番えるクール。
彼女が放った矢は、光の尾を残しながら闇夜を引き裂いた。
着地地点は見えなかったが、敵軍の前衛の中心が破裂した。
巻き込まれて押し潰されていく仲間には目もくれず、一直線に駆け出す敵の最前線。
クールの放つ弓矢はそれを狩り続ける。
一片の容赦すらなく、一動作ごとに敵は四肢や頭部を失い空を舞った。
川 ゚ -゚) 「まったく、キリがないな」
566
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:18:22 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「その弓矢どうなってるんだお……?」
川 ゚ -゚) 「弓は別に普通のものだし、矢も幾つかの錬金術を織り込んだだけだ」
表情を変えずに全ての矢を射切ったクール。
敵の最前線は完全に崩壊しており、残った数十匹も火柱に巻き込まれて命の火を吹き消された。
_
( ゚∀゚) 「さて、諦める気になったか……」
(´・ω・`) 「最後の一匹まで戦う覚悟だろうね……」
煙の中から飛び出してきた第二陣。
蛇のように細長い身体を持ち、地面を張っている生物と、
獅子のような鬣をたなびかせた獣。
全身を墨で塗りつぶしたかのように黒で埋め尽くされており、その数は視認できない。
僕は馬の背から取り出した筒を敵軍に向ける。
衝撃に備えながらその底部にある紐を引き抜く。
手元が爆発したかのような衝撃と、足元の雪を解かすほどの高熱が、迫り来る敵の中央部を貫いた。
(´・ω・`) 「錬金砲改」
567
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:19:04 ID:XuZMeezA0
以前錬成したものよりもさらに強力な威力と、指向性を付加した上位互換。
今度は握っている持ち主の周りにはほとんど影響を与えない。
青白いバーナーは数秒経たずに完全に消滅した。
敵の中心に巨大な扇状の傷跡を残して。
左右に薄く広がっていた残りの敵はブーンがまとめて片付けた。
平地の雪が殆ど溶けて消え、氷の大地が明るみに出る。
先程の強火力でさえ表面がほんのり湿る程度にしか溶けていない。
(´・ω・`) 「近いな……」
第三陣として突撃をしてきたのは角礫犀を思い起こさせる太い角を持った生物。
圧倒的な物量に押し下げられていく戦線。
川 ゚ -゚) 「囲まれるのだけは避けたいが……」
_
( ゚∀゚) 「用意してきた道具もそのうち尽きる。覚悟はしておいたほうが良い」
剣が届く範囲まで近づいてきた生物を一匹ずつ確実に殺していく。
突進は避け、折り返そうと速度を落としたところを狙いながら。
後ろにいる馬を失ってしまわぬように、前に進む。
568
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:19:30 ID:XuZMeezA0
剣と槍を振り回し、次々と現れる敵を薙ぎ倒す。
死骸を飛び越えて次の獲物の命を奪い続ける。
第四陣、第五陣と後から追加され続ける敵を観察する余裕すらなかった。
最も効率が良くなるように武器を振るう。
錬金術の道具は最も効果的な場面を選んで投入した。
小柄な敵は百以上と同時に倒し、巨大な敵は一撃で致命傷を与える。
時に火柱が立ち上り、時に風が激しくうねった。
誰が使った錬金術か確認する間もない。
(;´・ω・`) 「はぁ……っ……」
_
(; ゚∀゚) 「くそっ……まだか……」
大型の錬金術はほぼ使い果たした。
手に持つ武器と、残った僅かな錬金術を用い、押しとどめる。
川;゚ -゚) 「ショボンッ……! いったん退こう!」
(; ^ω^) 「クールに……同意……だおっ」
(;´・ω・`) 「そうだ……なっ……!!」
569
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:22:00 ID:XuZMeezA0
振り向いた直後、背後に逃がしていた馬たちの姿が雪煙の中に消えた。
川;゚ -゚) 「しまっ……」
目の前の対処に焦っていたせいで判断が遅かった。
僕らが既にファーワルの氷窟上に踏み込んでいるのだとすれば、
足元の空洞が目の前で終わっているとは限らないということに気づけなかった。
目の前に現れた大軍隊だけに意識を向けていたせいで、零れ落ちていた憂慮すべき可能性。
背後に現れた巨大な生物と、その足もとに沸き続けている蟲型の生物。
逃げ道は、完全に塞がれた。
(; ^ω^) 「お……」
強力な錬金術を最初から温存することなく使ってきたことが裏目に出た。
性能も、能力も何もかもわからない巨大生物に背後をとられ、
正面には未だ尽きることのない大軍隊。
川;゚ -゚) 「ショボン、ここは……私たちがひきつける。一人だけでも」
(;´・ω・`) 「そういうわけには……いかない」
570
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:22:39 ID:XuZMeezA0
馬を失ってこの包囲網を抜けるだけの機動力は無い。
思いつく限りの手段は考え尽した。
もはや戦って切り抜ける以外の方法は無く、それこそが最悪の最善解。
(; ^ω^) 「みんな……錬金術はどのくらい残ってるお」
川;゚ -゚) 「私はあと三個だ」
_
(; ゚∀゚) 「俺は無い」
(;´・ω・`) 「僕は後一本だけ……錬金砲がある」
(; ^ω^) 「……僕は残ってるけど……あんまり強力なのは無いお」
(; ゚∀゚) 「ブーン君らしいな」
(; -ω-) 「僕が……もうちょっと考えていたら……」
川;゚ -゚) 「今更そんなことを責める奴はいない。私たちはそれを織り込み済みで用意して来たんだからな」
(; ^ω^) 「ジョルジュ……クール……」
571
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:23:12 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「相手の策はこれで出尽くしたはずだ。耐え抜けさえすればいい。
行くぞっ!!」
前は僕とクールが、後ろはブーンとジョルジュが分かれて立つ。
目前にまで迫った敵に対して剣を構える。
汗で濡れた両手をマントで拭って握り直し、敵の戦列に飛び込んだ。
(;´・ω・`) 「おおおおおおおおっ!」
硝子の剣は何度も砕け、その度に刀身を取り戻す。
失われることのない切れ味は抵抗感すらほとんどなく敵を切り裂く。
(;´・ω・`) 「がっ……」
川;゚ -゚) 「ショボン……っ!」
死角から飛び込んできた何かに弾き飛ばされた。
その正体を判断するまでも無く、受け身をとって近場の敵を切り殺す。
すぐさまクールの横にまで駆け戻り、背中合わせに死体の山を築いた。
川;゚ -゚) 「生きてたか……」
(;´メω・`) 「クールこそ……」
572
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:24:14 ID:XuZMeezA0
限界を超えた精神を持ちこたえるための軽口の応酬。
ただお互いがまだ戦えることだけを確認した。
破れた腹から噴き出した血液は氷の大地を汚す前に消える。
目の前の敵に向かって、一瞬一瞬に限界を超える力を引きずり出す。
(#^ω^) 「ショボン!!」
背後から聞こえたブーンの声で、確認もせずに剣を振るう。
剣先が捕らえた太い触手は千切れて飛んで行った。
(メ´メω・`) 「くそっ……何か……」
包囲網は次第に狭まっていく。
再生が追いつかないほどに全身に傷が刻まれ、
隣で戦っていたクールが倒れた。
それを庇うように死力を振り絞る。
川; -゚) 「……すまない」
足元をふら付かせながら起き上がる彼女。
震えた剣で捉えた敵には、もはや行動不能になるほどの深い傷を与えられていなかった。
573
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:24:37 ID:XuZMeezA0
(メ´-ω-`) 「……頼む」
東の空を焦がし始めた太陽に縋るような気持ちで祈る。
希望を願って仰いだ空は、何も答えることなく雪を降らせ続ける。
_
(; ゚∀゚) 「ブーン!! 立てっ!! くそっ……!」
無理もない。戦い続けてきた僕らはとっくに限界なんて超えていた。
全ては僕の失策だ。
動きをよまれていることがわかっていながら、それでも道を変えようとはしなった。
自らの目的の為に、関係のない仲間を巻き込んだ。
(;´ ω `) 「僕の……僕のせいで……」
朝日の元に照らさた氷の世界。
夜を徹して戦い続けても、敵軍の数はまだ半分以上も残っている。偶然に生まれた戦いの切れ目の中で、
ブーンとクールが倒れ、ジョルジュすらも激しい呼吸を繰り返しながら座り込んでいた。
一歩一歩迫る絶望という名の淵。
574
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:25:47 ID:XuZMeezA0
もはや心に残った最後の炎が消えかかった瞬間。
平野に覆い重なるように高く高く吹き鳴らされれた角笛。
突如として現れたのは、西側の大地を埋め尽くす黒の騎士。
光を受けて輝くのは、掲げられた旗に施された銀の蛇。
(;´ ω `) 「あ……」
その光景に僕は膝から崩れ落ちた。
三方を敵に囲まれ、もはや生き残る術はない。
仲間を得た敵軍から届くのは歓ぶ獣の叫び。
全てを無為にしてしまった自分の浅はかさを恨んだ。
失ってしまうであろう仲間に、愛する人にかける言葉は見つからない。
諦めを得てしまった心は、固まってひび割れていく。
その音が自分の中に響き、僕は世界を遮断するために目を閉じた。
氷を踏み馴らす無数の蹄。
丘を駆け下りてきているであろう大集団から逃れる術はない。
ただこの身が蹂躙されるのを待つ。
永遠とも思える時間の最中、体内で唯一時を刻む鼓動は、生を諦めたかのように急激にその鳴りを潜める。
踏み馴らされる大地から伝わる揺れは、心の隅に残っている希望すらも砕く。
(´ ω `) 「…………」
575
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:26:57 ID:XuZMeezA0
.
576
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:27:47 ID:XuZMeezA0
くぐもった剣戟の音だけが鼓膜に届き、いつまで待っても襲ってこない痛み。
その疑問の答えを得るためだけに、僕はおそるおそる目を開けた。
戦意を失って崩れ落ちた僕ら四人の直前で二手に分かれた騎士の集団は、
北側と南側にいる敵の獣を蹴散らしていた。
(;´・ω・`) 「なっ……」
僕らを囲むように陣を組む黒い騎士達。
見覚えのある面をつけた一人の騎士が、僕らの前に降り立った。
( /‰Θ) 「久しぶりだね……ショボン」
(;´・ω・`) 「お前は……不老の錬金術師……か……?」
声だけで以前会った人間と同一人物だと判断できるほど僕の記憶は正確ではない。
( /‰Θ) 「ああ、この面が邪魔だったね」
(;´・ω・`) 「……っ!!」
面を外したその男の片目は閉じたまま。
長い白髪を後ろに流し、顎鬚を整えた初老の男。
血管の浮き出た細い腕を差し出され、その手を掴んだ僕は力強く引き起こされた。
577
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:30:03 ID:XuZMeezA0
( -∀・) 「諦めたのかい?」
(´・ω・`) 「まさか」
( -∀・) 「そう答えてくれると思ったよ」
(´・ω・`) 「どうしてここに?」
( -∀・) 「いろいろな状況が重なってね、説明するのはちょっと時間がかかる。
でも、一言に無理やりまとめて言うとすれば……」
( -∀・) 「いつかの約束を果たしに来たよ」
(´ ω `) 「っ!」
578
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:31:15 ID:XuZMeezA0
かつてを生きていた青年との約束。
異なる時間を生きる僕らの間で結ばれたそれは、決して果たされることが無いと思っていた。
記憶の片隅に辛うじて残っていただけのその約束を、目の前にいる彼はどんな思いで抱えて生きてきたのか。
最初から不老不死であった僕には想像もつかない。
( -∀・) 「馬は用意させる。錬金術の道具だって僕のでよければたくさん余ってる」
_
(; ゚∀゚) 「ショボン、どういうことだ」
川 ゚ -゚) 「私もできれば説明してもらいたいが……」
( ^ω^) 「そんな時間がもったいないのはよくわかってるお」
(´・ω・`) 「みんな……全部終わった後に必ず話す。だから今は、着いてきてくれないか」
( ^ω^) 「勿論だお!」
川 ゚ -゚) 「ったく……」
_
( ゚∀゚) 「しょうがねぇ」
( -∀・) 「おい、あれを持ってきてくれ!」
579
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:32:22 ID:XuZMeezA0
モララルドの呼びかけに応じて、数人の騎士が連れてきた四頭の馬。
目の前にあるファーワル中心部の大空洞までに使うには、少しばかり贅沢すぎる。
それでも、疲労困憊の僕らはその申し出を有難く受けることにした。
馬の背に跨り、荷物を背負い直す。
先程使い損ねた残りと、モララルドに分けてもらった幾つかの道具。
準備は整った。
(´・ω・`) 「……行って来る」
( -∀・) 「いってらっしゃい」
(´・ω・`) 「まだ敵は多い。大丈夫か?」
( -∀・) 「僕が用意した錬金術の武器防具、それに鍛え抜かれた彼らがいれば負けるわけがないさ。
それに、騎士教会もすぐに来てくれるはずだ」
(´・ω・`) 「いつの間に……」
( -∀・) 「アルギュール教会がいつまでも自分の手元にあると思って油断したんだろうね。
情報を得ることはそんなに難しくはなかった」
(´・ω・`) 「なら、ここは安心して任せられる」
580
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:32:59 ID:XuZMeezA0
依然として激しい戦いを繰り広げるアルギュール教会兵と黒き獣。
統率された彼らの動きによって、一瞬で僕らが通り抜けることができるだけの隙間が出来上がった。
その隘路を全速力で駆け抜ける。
最前線に飛び込み、敵の合間を縫ってファーワル中心部を目指す。
途中、敵が最初に現れた巨大なクレバスを迂回し、ただひたすら真っ直ぐに。
予期せぬ増援に慌てた敵陣は大きく崩れ、僕らに鎌っている余裕はないようだ。
_
( ゚∀゚) 「あんな隠し玉があったんなら黙っておかずに教えてほしかったがな」
川 ゚ -゚) 「ショボンも知らなかったんだろ?」
(´・ω・`) 「あの仮面の男には一度会ってたことがある。その時にはまさかモララルドだとは思ってなかったけどね。
いや……今でも信じられない。アルギュール教会に関わったせいで十数年を無駄にした彼が、
もう一度その人生うちに教会に関わるなんて……」
( ^ω^) 「それだけ恩を感じてたってことだお? 僕らは彼の恩義に応える必要があるお。
モララルドがこの日のために犠牲にした全てに応えること。
それだけじゃないお。シュール達古代錬金術師が繋いでくれた遺志にも。わかってるおね」
(´・ω・`) 「勿論だ」
581
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:33:31 ID:XuZMeezA0
今日この日の為に費やされてきた時間も、削られてきた精神も、犠牲になった魂さえも。
僕らはそれらの全てを背負っている。
何一つとして無駄にするわけにはいかない。
川 ゚ -゚) 「入り口が見えてきたが、この中を探索するのは時間がかかりそうだな。
錬金術の罠なんか幾らでも用意できそうだ」
(´・ω・`) 「大丈夫。最深部に至るまでの経路は知っている」
かつて家族であった男。
全てを失い、絶望の果てに自らさえも失った彼が遺してくれた。
あれから十数年と経過しているが、巨大な氷に閉ざされた彼女を容易に移動させることは出来ない。
入り口と呼べるほどの場所は無く、網目のような氷の隙間で一番広い場所を通り抜ける。
氷の柱はいくつも枝分かれして天井を支えており、
荒々しい岩石のような表面を透過した太陽の光は洞窟内を蒼く照らしだす。
ファーワルの中心部に位置するこの氷の洞窟は、かつてはヴァントヨーク大氷窟とも呼ばれ多くの旅人が訪れていた。
今は生き物の姿など一つも無く、異質な満たされている。
( ^ω^) 「寒いおね……」
外にいた時と比べて急激に温度が下がっていた。
十分な装備をしてきたはずにも拘らず、指先が凍える。
582
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:34:13 ID:XuZMeezA0
川 ゚ -゚) 「様子がおかしいな」
_
( ゚∀゚) 「何かやろうとしてやがるんだろ」
肌を突き刺すような感覚は、洞窟を奥に進むごとに強くなる。
それが寒さだけが理由でないことはわかっていた。
(´・ω・`) 「急ごう」
同じような通路が続く場所を、記憶を頼りに駆け抜ける。
ほんの少しの距離がひたすらに長く感じた。
氷の上に立つ家々の間を通り、大氷窟の中心部へと。
過去の記憶を見れば、そこは歩いてもいける距離。
馬であればほんの数分だ。
手綱を握る力が強くなり、頭一つ分だけ三人よりも前を走っていた。
僕らが突き当たったのは円形の広場。
その最奥に、巨大な氷は鎮座していた。
彼が届けてくれた遺志の通りに。
最愛の女性を閉じ込めたまま。
583
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:34:54 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「リリ!!」
駆け寄ろうとした瞬間に、何かが足元を吹き抜けた。
僕らを運んでくれた馬たちは、その命をただの一薙ぎで奪われた。
_
(; ゚∀゚) 「ぐっ……!?」
川;゚ -゚) 「なっ……!?」
地面に投げ出された僕らの前に佇んでいたのは、剣を握った巨人。
剣の切っ先は溶岩のように火を噴き、零れ落ちては大地の氷を溶かしている。
( ^ω^) 「お・……」
「あれれ……いったい何やってるんだろうね。まったく、役に立たないなぁ……。
正直突破されるとは思ってなかったよ」
.
584
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:35:42 ID:XuZMeezA0
暗闇の奥から聞こえてきたのは、ワカッテマスの記憶で聞いた声。
そして、直に耳にして確信した。
(´・ω・`) 「あなただったのか……」
从'ー'从 「久しぶりだね。ショボン君」
最後に見た時よりは幾分か小さくなった水晶。その中から届く声。
始まりの錬金術師というのは、嘘ではなかったということか。
その横に二人、黒いフードを被った男達が幾つかの作業をしていた。
それは、彼女の意識を水晶から切り離す工程で間違いない。
( ^ω^) 「ワタナベクス様……?」
川 ゚ -゚) 「隠れ里の主か。堂々とそんなことをしていたとはな」
从'ー'从 「別に隠していたつもりはなかったけどね。
あの子はあんまり情報をばら撒かないでくれたおかげで随分とやりやすかったよ」
_
( ゚∀゚) 「んじゃ、あれを壊せば終わりなわけだな……っとぉ」
一歩踏み出したジョルジュの目の前に叩き付けられた大太刀。
砕けた氷が宙を舞う。
585
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:38:16 ID:XuZMeezA0
从'ー'从 「できるものなら、ね」
_
( ゚∀゚) 「……なんだこれは」
从'ー'从 「分かってる癖に聞くんだね」
(´・ω・`) 「テンヴェイラの鋏……そういうことか」
从'ー'从 「そう、依頼したのは私。他にもいろいろと頼んでたんだけどね。
一番欲しいものしか手に入らなかったよ。その武器の意味は分かるよね、ショボン君。
隠しているそれと同じだよ」
(;´・ω・`) 「……だからどうしっ!?」
咄嗟に一歩下がる。
ついさっきまで頭があった場所を、巨人の剣が通り抜けていた。
鼻頭から滴る生暖かい液体が止まる気配はなく、
鈍い痛みを訴え続ける。
从'ー'从 「心配しなくてもそれだけ浅いとすぐには死にはしないよ。
最期に氷から解放された彼女とも会えるかもね」
586
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:38:56 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「お前の意識がリリを埋め尽くした後の事だろ」
从'ー'从 「その通りだね」
( ^ω^) 「……心をよむ能力は随分と鈍ったようだおね?」
从'ー'从 「……。よめたところで今はあまり意味はないけどねー」
古代錬金術師達と同じである。
自身が様々な錬金術の影響下にあるうちは、そう簡単に意思だけを取り出すなんてことは出来ない。
今の彼女は、かつての能力をほとんど失っている。
_
( ゚∀゚) 「ショボン、いいか?」
刀を抜いたジョルジュは、目の前の巨人を睨みつける。
二倍以上の体格を持つ相手に対して一歩も引かずに。
川 ゚ -゚) 「私もあまり気が長い方じゃない。こんな茶番はすぐに終わらせよう」
从'ー'从 「ここまで来て諦めたりはしないだろうね……。でも、後で後悔するかもよ。
今逃げ出してもう少し長生きしておけばよかった、ってね」
587
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:39:49 ID:XuZMeezA0
( ^ω^) 「そんなぬるい覚悟できてないんだお」
(´・ω・`) 「お前を壊して、僕は失ったものを取り戻す」
从'ー'从 「……錬人。その四人を殺して」
彼女の命令が為されると同時に、深紅の剣が視界を横切った。
僕らはただの横薙ぎを躱して距離をとる。
テンヴェイラの鋏を利用した剣の性質は、わざわざ説明を受けるまでも無く理解していた。
( ^ω^) 「四対一で卑怯な気もするけど……」
ブーンの武器が空を切る。
目標を逸れて激突した地面の氷の表面は一瞬で細かく砕けた。
( ^ω^) 「僕がひきつけるから! ショボンはっ……とっ……」
巨人の持つ大太刀のリーチは長く、当たれば致命傷になり得る。
単純に振り回されているだけで容易に近づくことは出来ない。
(;´・ω・`) 「くそっ……!」
_
(#゚∀゚) 「馬鹿っ! 無茶するなっ!」
588
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:40:28 ID:XuZMeezA0
振り回され炎の残滓を飛び散らせる刃の隙間を掻い潜りながら、巨人の脇を抜ける。
確かな手ごたえのあった硝子の剣は、音を立てて崩れた。
(;´・ω・`) 「なっ!? ぐっ……」
驚きで生まれた油断は刹那。
目の前に迫っていた炎を残った柄で防いだ時には、両足が浮いていた。
(;´・ω・`) 「がっ……」
骨が軋む音。氷の壁に叩き付けられた僕を狙った切っ先は目の前で止められた。
クールとジョルジュの剣に挟まれ、押さえられる。
巨人は追撃を諦め、剣を引く。
川 ゚ -゚) 「成程、不老不死への有効性があるだけなのか」
_
( ゚∀゚) 「恐らくは身体の方だろうな。何かがあるのは。
見てみろショボン。お前の剣はもうなおってやがる」
右腕に刻まれた縦一直線の火傷痕は消えていく。
その先にある剣は違和感なく元通りになっていた。
589
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:41:03 ID:XuZMeezA0
从'ー'从 「どうかなどうかな? 私の自信作だよー」
(´・ω・`) 「趣味が悪いな」
从'ー'从 「出来がよければいいんだよ」
(#^ω^) 「おおおおっ!!」
巨人の背後から振り下ろされた一撃は、その背を打つ。
全身に行き渡った振動は、行き場を失くして末端部で弾けた。
飛び散った指の欠片は地面に落ちる前に消える。
( ^ω^) 「ふっ!!」
連撃は三度目で弾かれ、無理をした四度目は避けられた。
大地に伝わった振動は、地氷を微かに砕く。
从'ー'从 「……ふむ、改良の余地がありそうだね」
590
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:41:37 ID:XuZMeezA0
(´・ω・`) 「ブーン!!」
( ^ω^) 「わかってるお!!」
ブーンの斧槍は刃がついておらず、その衝撃を増幅して伝播する錬金術によって強化されている。
そのおかげで体内に錬金術妨害用の仕掛けを施された巨人に対しては、現状最も有効な武器。
それでも高い再生力を持つ巨人を削り切ることができない。
_
( ゚∀゚) 「落ち着け」
ブーンの助太刀をしようと踏み出した途端に、後ろ手を捕まれた。
川 ゚ -゚) 「あれに大した命令が理解できるとは思わん。
ならば、何らかの基準で動いているはずだ。それを見極めれば私たちの勝ちだ」
从'ー'从 「そんな小さな声で話さなくたって、どうせ私には何もできないんだから。
まぁ、離れたままそっちにいてくれるなら嬉しいんだけどね」
_
( ゚∀゚) 「そうだな。お前自身が動けないというのは、俺たちが付け入る最大の隙になるだろうよ」
从'ー'从 「もうあんまり時間もないけど、悠長にしていて大丈夫なのかな?」
591
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:42:05 ID:XuZMeezA0
ワタナベクスの声は最初のころと比べてぼやけて聞こえてくる。
それはシュールの施した封印が弱まりつつあるということ。
彼女と共にいる二人の錬金術師は、暗がりの中で薬品を混ぜ合わせている。
ワタナベクスが最後の手足に選んだだけのことはあり、離れた場所からでもその優秀さはよくわかった。
_
( ゚∀゚) 「いざとなったらあれらを殺す。いいな?」
(´・ω・`) 「……ああ」
川 ゚ -゚) 「この際、多少の犠牲は仕方ない。だが出来る限りは尽くそう」
(; ^ω^) 「はぁ……はぁっ……相談は終わったかお?」
汗だくのブーンが斧槍を構えたまま下がって来た。
巨人は自らの護るべき場所に仁王立ちしたまま動かない。
透明で美しかった氷の大地は、ブーンの武器による攻撃の余波で表面のほぼ全体が白く曇っている。
(´・ω・`) 「怪我はないか」
( ^ω^) 「なんとかお……出来れば……殺さないでくれお」
(´・ω・`) 「聞こえてたのか。……わかってる……少し休んでろ」
592
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:42:45 ID:XuZMeezA0
从'ー'从 「爆弾でも投げ込んでみる?」
(´・ω・`) 「そんな簡単じゃないことくらいわかってるさ」
目標は巨人の刀。
モララルドから貰った大気を圧縮して閉じ込めた危険物。
投げた瞬間に耳を塞ぐ。
破裂音は両手を容易く貫いて直接脳に届いた。
(;´-ω・`) 「ぐっ……」
从'ー'从 「そんなもので壊れるわけが」
川 ゚ -゚) 「ただの一発ならそうだろうが、これでどうかな」
クールが一瞬遅れて撒いた赤の粒子。
大気中で一つ一つに最小単位の炎が灯る。
ふわふわと漂い、氷窟内壁に当たった炎から一際強い光と熱を放って消えた。
从'ー'从 「なっ!?」
_
( ゚∀゚) 「どうやってこいつが俺らを認識してるのかさっぱりわからねぇが、結局のところ錬金術だろ。
内部にあれほど面倒な性質を閉じ込めてあるんだ。だったらここしかねぇだろうがよっ!」
593
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:43:07 ID:XuZMeezA0
鉄仮面の根元、首に当たる部分をジョルジュの両手剣が通り抜けた。
切断の強化を得た剣もまた、一瞬その光を失う。
从'ー'从 「正解だけど外れ。その人形が命令を詰め込まれているのは頭にだけ。
だけど、切り離したところで何ら意味はないよね」
川 ゚ -゚) 「意味ならあるさ」
从'ー'从 「ん?」
(´・ω・`) 「お前とその化け物の意識を、僕から逸らすことができた」
手に掴んだ筒は青い炎を噴き出す。
超高温の塊は、人形の首があった部分を空間ごと焼き尽くした。
从'ー'从 「残念、はずれ」
(´・ω・`) 「いや、直撃さ」
「ワタナベクス様!! いつでも移し替えられます!」
从'ー'从 「そう? それじゃあ」
「ですが……!!」
594
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:43:45 ID:XuZMeezA0
先程まで錬成に熱中していた錬金術師の二人は、空のガラス容器を地面に落としていた。
粉々に砕け散ったフラスコと、風に舞って散らばった何らかの粉末。
手元を全く見もせずに、男達は目の前にあったはずの巨大な氷を指さす。
中央部分に、人間の二倍ほどの大きさが空いた氷を。
从;'ー'从 「なっ!? 私の身体は何処に!」
( ^ω^) 「だから言ったお。お前が動けないことが敗因だと」
氷塊の肩の部分、錬金砲の被害を免れた場所にブーンが立っていた。
その腕にはマントを被せたリリを抱いて。
⌒*リ´- -リ 「あ……あぁ……」
( ^ω^) 「無理に話さなくていいお。身体が慣れるまで少し時間がかかると思うから」
从#'ー'从 「その男を殺せ!!」
ワタナベクスが叫ぶ。
その声に巨人は反応するが、彼女の意図を正確には読み取れていなかった。
リリを抱えるブーンではなく、僕らに向けて振り回される大太刀。
それを防ぎきることは容易ではなかった。
595
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:44:10 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「くそっ……」
捌ききれる速度と質量を大幅に上回る猛攻撃。
クールとジョルジュの手助けがあって、何とか立ち回る。
それでも再生しない傷は増え続け、血液を失っていく。
「があああああ!!!」
再生した頭部にあいた空洞から漏れ聞こえてくる叫び声のようなくぐもった音。
僕が立っていた場所に叩き付けられ、氷を砕いて刀身の半分が埋まった。
( ^ω^) 「ショボン! 大丈夫かお?」
リリを連れて戻ってきたブーン。
巨人は剣を握ったまま動かない。
(´・ω・`) 「リリ……!」
⌒*リ´- -リ 「しょ……ぼ……」
(´-ω-`) 「ごめんね……本当にごめん」
細い身体を抱き寄せ、その体温を感じる。
小さな鼓動を押し潰してしまわない様に優しく、それでいて二度と離さぬように強く。
596
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:45:04 ID:XuZMeezA0
从#'ー'从 「……もう満足した? だったら私の身体、返してくれないかな」
(´・ω・`) 「いまさら何ができる」
二人の錬金術師はただの人間。
ワタナベクスに至っては手も足もない水晶玉の本体だけ。
許容範囲を超える指示を受けたせいか、巨人は沈黙したまま動かない。
从#'ー'从 「…………何ができるかって? 少しくらいうまく行ったからって甘く考えすぎなんじゃないかな?
私は何でもできる。なんでも、ね。……お前たちとは生きてきた時間が違うんだよ!!」
ワタナベクスの精神が封じ込められた水晶は、視界を埋め尽くすほど強く輝いた。
突如起き上がった巨人は、光に吸い込まれるかのように歩く。
光が収まった時、僕らの前にいたのは人間の形をした生き物。
手には人間サイズに圧縮されたテンヴェイラの刃を握り、
身体の線が見えるほどの薄い服を着た小柄な女性の姿。
从'ー'从 「全く……遊んでいる時間はないから、すぐに終わらせてあげるね」
言葉と同時に目の前に突然現れた剣を辛うじて受け止めた。
597
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:45:35 ID:XuZMeezA0
(;´・ω・`) 「ぐっ……」
⌒*リ;´・-・リ 「ショボン!!」
(´・ω・`) 「下がっててくれ!」
身体を得た彼女は、跳躍する。
壁と天井を足場に、所狭しと洞窟内の空間を飛び回る。
人間にはあるまじきい身体能力を存分に発揮するワタナベクス。
一つ一つが瀕死の重傷に至る攻撃を、秒より短い時間で判断して防ぐ。
从'ー'从 「あはははははははははは」
背中合わせになった僕らは、四方向から襲い来る凶刃を弾き、往なす。
_
(; メ∀゚) 「くっそ」
川;゚ -゚) 「相手のスタミナ切れを待つしかない。一対一じゃ勝てない」
(メ^ω^) 「ぐっ……おっ……!!」
(;´・ω・`) 「ブーン!!!!」
598
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:46:34 ID:XuZMeezA0
最初に崩れたのは左隣に立っていたブーンだった。
武器その物が重く受けには向いておらず、巨人と一人で渡り合っていた分体力の残りも少なかったせいだ。
脇腹に深々と突き刺さった不死殺しのナイフ。
从'ー'从 「ひとりめぇ!」
傷口を抑えながら倒れ、呻くブーン。
溢れ出る血液は止まる気配がない。
川;゚ -゚) 「ぐっ!」
その直後にクールが倒れた。背中を斜めに切り裂いた刃。
噴き出す血液は、氷の地面を濡らす。
_
(#゚∀゚) 「くそがっ……!」
クールの背にいたワタナベクスの首を狙うジョルジュ。
命を奪おうとする両手剣を片腕で止め、反対側の剣で胸を切り裂く。
その様子は別の世界のようにゆっくりと進んで見えた。
(;´・ω・`) 「くっそぉおおおお!!」
599
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:49:46 ID:XuZMeezA0
意思に追いつかない重たい身体。
こちら側に伸びてきた小さな足は、僕を壁際にまで弾き飛ばした。
(メ´ ω・`) 「がっ……はっ……!」
腹に突き刺さったままの短刀。
それは貫通して背後の氷壁にまで届いていた。
从'ー'从 「残念だったね。最初からあきらめていれば、希望なんて持たずに済んだのに」
(メ´ ω・`) 「ぐ……」
柄を持った彼女に押され、刃はさらに奥深くへと沈む。
とめどなく溢れ出て来る血は氷を紅く染める。
从'ー'从 「ん? 何か言いたいことはあるかい? 」
(メ´ ω・`) 「はっ……ゆ……だ……」
从'ー'从 「聞こえないよー?」
(メ´ ω・`) 「油断した……な……。お前……も……」
600
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:51:22 ID:XuZMeezA0
彼女の後ろ、無言で立ち上がったのは肩で息をする不死者。
ブーンは地面に落ちていた武器を拾い上げる。
赤く染まった腹部を押さえながら、片手で斧槍を高く掲げた。
从'ー'从 「いまさら何が出来……」
(#^ω^) 「おおおおおおおおおおっ!!」
叩き付けられた斧槍は錬金術で強化された振動を余すところなく地面に伝える。
先程までの戦闘で甚大なダメージを受けていた氷の地面に深い亀裂が走り、
付近一帯の氷を砕いた。
从;'ー'从 「なっ!?」
足場を失った彼女は、重心を崩して後ろに倒れていく。
掴んだままになっていた短刀は壁から抜け、僕は自由になった。
左手でその腕を掴み、右手で懐の中の刃を取り出す。
从;'ー'从 「くそっ……!」
ワタナベクスに先程までの力は無く、空中に浮いた身体を逃がさない様に抱き寄せる。
601
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:52:04 ID:XuZMeezA0
从#'ー'从 「離せ! やめろ! 離せえええ!」
ゆっくりと、確実にナイフをその胸に突き刺した。
从# ー 从 「があああああああああああああああああああああああああああああ」
落下した距離と速度は僕らを殺すのに十分で、数秒間意識が途絶えた。
腹部の傷は治っておらず、強い痛みですぐに意識を取り戻す。
⌒*リ´・-・リ 「ショボン……っ!」
飛び降りてきたリリに助け起こされる。
温かな感触に抗えず、抱きしめた。
(メ´ ω・`) 「リリ……っ!」
⌒*リ´ - リ 「っ!」
震える彼女を、強く。
602
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:54:45 ID:XuZMeezA0
ワタナベクスの身体は前方に転がっていた。
胸に不死殺しが刺さったまま。
从;'ー'从 「がっ……くっそ……」
血だまりの中から起き上がったワタナベクスは、震える手で不死殺しを引き抜く。
それを床に投げ捨て、こちらに向かって一歩また一歩と歩いてくる。
(メ´ ω・`) 「嘘だろ……」
从;'ー'从 「はっ・……錬金術を完全に……分解してしまうのか……。
もうこの身体は限界だな……。上で待っていればいいものを……わざわざ降りてきた愚か者。
その身体をもらう……」
(;´・ω・`) 「リリ……ッ! 逃げろッ!」
⌒*リ´・-・リ 「もう二度とあなたを置いて逃げたりはしません……!」
从#'ー'从 「さぁ、私を受け入れろ」
(;´・ω・`) 「ぐっ……」
蹴飛ばされ、リリと引き離された。
その場に残されたのは彼女を、崩壊し始めた肉体のワタナベクス。
駆け寄ろうとしても、起き上がるための力がすぐに腕に入らない。
603
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:55:52 ID:XuZMeezA0
⌒*リ´・-・リ 「っ……!」
僕の前に立つリリの首元を、両手でゆっくりと閉めるワタナベクス。
彼女に抵抗できるだけの力は無い。
从'ー'从 「ようやく……ようやく人間として生きられる……!!」
⌒*リ´ - リ 「ショボン…………」
(メ´ ω・`) 「あぁ……。……僕は君の傍にいる」
這うようにして地面に転がっていた不死殺しを掴み、ふらつく足取りで起き上がった。
呼ばれた名前は、僕の心へと直接力を与えてくれる。
そのままワタナベクスに寄りかかるようにして再度その胸に突き刺し、思いっきり引き下ろした。
人形の腹は大きく避け、傷口の周辺から崩れていく。
从 ー 从 「あ……あぁ……」
(メ´・ω・`) 「消えろ……」
ワタナベクスは人間としての形を失っていく。
从 ー 从 「あはは…………ははははははははははははははははははは!!!!!」
604
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:57:13 ID:XuZMeezA0
その上半身に残った腕が、不死殺しを掴む。
無理やり引き抜いたナイフを、可動域が増えた関節が振りかぶる。
矛先はリリの胸元。
判断は一瞬。
(´ ω `) 「……!!!」
とっくに限界を超えていたはずの身体は、勝手に動いていた。
彼女を庇うように投げ出した僕を、背中から脇腹まで貫通した不死殺し。
⌒*リ´ - リ 「ショ……ボン……」
(´;ω;`) 「あ……あぁ……」
溢れ出る涙は、抑えるることができなかった。
腹部を貫き、リリにまで届いていた切っ先からは目を逸らすことは出来ない。
从 ー 从 「あははっは……ははは……みんな……みんな死んでしまえ!!」
氷窟内には呪いのようなワタナベクスの言葉だけが響いていた。
605
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:58:09 ID:XuZMeezA0
(´ ω `) 「リリ……」
⌒*リ´・-・リ 「ショボン……大好き……」
(´・ω・`) 「僕もだよ」
傷口が熱く燃える。錬金術そのものを破壊する刃。
ワタナベクスすら殺し尽すほどの特性は、この身に宿る錬金術を全て溶かしてしまうだろう。
僕ら二人は、きっと……。
せめて腕の中の温もりを忘れないようにと、意識のある限りただ強く抱きしめていた。
606
:
名無しさん
:2016/07/24(日) 23:59:41 ID:XuZMeezA0
38 命の期限 End?
607
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:00:01 ID:5/yFzr5I0
.
608
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:00:29 ID:5/yFzr5I0
.
609
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:00:57 ID:5/yFzr5I0
緑に覆われた草原を一陣の風が吹き抜ける。その風に乗って鳥たちが飛び立ち、すぐ近くの山の影に消えていく。
山から下って来た小川が、草原の湖へと流れ込んでいく。
誰もいない静かな水面で魚が勢いよく跳ねた。
山と草原のぶつかる場所で風を別ったのは、小さな煙突が一つある煉瓦で組みたてられた家。
外壁には補修の後がいくつもあり、長い年月を過ごしてきたのだと一目で察せられた。
家の周囲には畑があり、これからの暑い季節に向けて身を実らせようと、
幾つもの植物が小さな花を咲かせている。
手入れの行き届いた庭には、煙突と並ぶほどに背の高い樹が一本。
足元には梯子がかけてあり、剪定用の鋏が投げ出されていた。
小さな窓が二つ、中にいるのは老いた二人の男女。
610
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:01:34 ID:5/yFzr5I0
「……」
ばたんと、重たい本を閉じる音がした。
女性は膝の上に乗せていた本を読むのをやめ、それを傍らのテーブルの上に動かす。
その音で目を覚ましたのか、椅子に深くかけた男性はゆっくりと体を起こした。
「起こしてしまいましたか」
「いや、そろそろお昼ご飯だろうと思ってね」
男性のお腹が老人に似合わない盛大な音を立てて鳴る。
部屋に飾られた時計は真ん中よりも少し右に傾いていた。
「うふふ。それでは何か作りましょうか」
「少しでいいよ」
611
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:02:09 ID:5/yFzr5I0
「食べる量が減りましたね」
「そうかな?」
「ええ」
女性は立ち上がり、ゆっくりと食事を作る。
ナイフで野菜を刻み、乾燥肉と一緒に油を引いた鍋で温めていた。
「そういえば、読み終わった?」
「いえ、まだ半分ほどです」
料理の手を止め、振り向いて答える女性。
男性は本を置いたテーブルまで歩き、その表紙を撫でる。
612
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:03:06 ID:5/yFzr5I0
「どうだったかな」
「楽しんでいますよ。ですが、少々私には重たすぎますね」
「なるほど、幾つかの冊数に分けてみようか」
「そうしていただけると読みやすくて助かります」
出来上がった料理を大皿に乗せて机の上まで運ぶ女性。
男性は本を隅に避け、二人分の食器を用意していた。
「神の恵みに感謝します」
「神の恵みに感謝します」
女性の言葉に続けるように、男性も同じ言葉を呟いた。
613
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:03:55 ID:5/yFzr5I0
「うふふ……あなたがこの言葉を言うなんて不思議ですね」
「神様なんて信じていないてことかな?」
「少なくとも、昔はそうでしたね」
「僕も変わったという事さ……今日もおいしいね」
「ありがとうございます」
談笑しながら食事をする二人。
そのせいか、たった一皿分の料理が無くなるのにだいぶ時間がかかっていた。
最後の一口を食べ終え、男性は食器を重ねる。
「そういえば、今日だったかな」
614
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:04:41 ID:5/yFzr5I0
思い出したかのようにカレンダーの日付を確認する男性。
「そうでしたね」
壁際にかけられた暦の数字を確認して答える女性。
今日を示す数字には小さな朱い丸印が付けられている。
「彼らは元気にしているだろうか」
「きっと」
「もうそろそろ来る頃だろう」
片付けを終えた二人がテーブルに戻った時、玄関のドアが軽く叩かれた。
山の麓にある小さな家。
その扉の前で、三つの影が立ち止まっていた。
615
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:06:35 ID:5/yFzr5I0
(´・ω・`) ホムンクルスは生きるようです End
616
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:07:04 ID:5/yFzr5I0
>>15
30 災厄の巫女
>>102
31 少女への手掛かり
>>165
32 血の遺志
>>228
33 空を舞う翼
>>282
34 地を穿つ角
>>350
35 港の都市
>>404
36 紅の災厄
>>457
37 終の願望
>>519
38 命の期限
617
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:07:10 ID:H9dkaVRI0
おつ!
618
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:09:05 ID:5/yFzr5I0
│
│
26 朽ちぬ魂の欲望 <上>
27 朽ちぬ魂の欲望 <下>
│
│
16 ホムンクルスは試すようです
│
│
28 宴の夢
29 古の錬金術師
30 災厄の巫女
31 少女への手掛かり
│
32 血の遺志 最終編
33 空を舞う翼
34 地を穿つ角
35 港の都市
36 紅の災厄
37 終の願望
38 命の期限
619
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:09:57 ID:3o/qshNA0
おおお?最終回?
おつ!!!
620
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:10:13 ID:p17ljBrQ0
おつ
621
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:10:23 ID:5/yFzr5I0
これでホムンクルスは生きるようですは完結となります。
読者の方々には最大限の感謝を。
最後まで付き合っていただき、本当にありがとうございました!
622
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:18:20 ID:jsk074UE0
この日を待ってた
ロマン溢れる作品だったし、ずっと好きだったから完結まで読めて本当によかった
読み返す楽しみも増えたよー
乙でした
623
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 00:50:30 ID:Tt.2fo/k0
おつ
624
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 01:13:04 ID:p34hUzIk0
乙乙乙!!!
まさかの一気に投下!!
あれか!从'ー'从を殺したから錬金術がそんなに残っていなかったから不老不死だけ消えたのか!
それとも、体が有る無し、古い新しいの差でか!
625
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 01:24:17 ID:IzWytXjs0
最後までこの作品を追いかけて良かったと思ってるよ、心の底から本当に
お疲れ様でした、素晴らしい作品を有難うございました
626
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 01:32:05 ID:rtgGCKBs0
乙乙
設定とか綿密に練らていて読んでいてすごく面白かった
この作品が読めて本当に良かった
627
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 02:32:54 ID:VI0BEn720
ついに完結かあ…
628
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 02:48:41 ID:fAzJsHqk0
リリちゃん良かった……
おつかれさまでした。
629
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 03:20:18 ID:ZflKdAfw0
長期の連載乙でした!素晴らしい作品ありがとう
いつまでも浸っていたくなる世界観だった
630
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 03:33:00 ID:AYv8/.rQ0
ここまで長かったなあ
二年ぶりの投下で思わず投下中に真っ先にレスつけてからも二年経ってるもんなあ
本当に長らくお疲れ様でした
631
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 03:43:24 ID:iw2AD1HU0
好きな作品が完結しての嬉しさ半分悲しさ半分でちょっと複雑だぜ
乙
632
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 15:21:14 ID:OfTSXBAY0
本当に面白かった、乙
633
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 15:45:16 ID:fSccn5Q20
もう続きが読めないかと思うと悲しいな
更新来るたびずっと追ってたよ完結乙
634
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 16:53:58 ID:QaCTod.g0
乙ううううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ
635
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 18:31:22 ID:e7q7XAf.0
乙
めっちゃ面白かったよ。
ゲーム化はよ!
636
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 19:29:42 ID:PeAToHas0
おつかれさま。
おもしろかったよ。
なんか久々に長編の完結みたなぁ。
637
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 19:59:07 ID:VxWdt2I20
ちなみに次回作の予定は?
638
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 20:01:41 ID:VhAGVlZw0
錬金術のアイディアとかほんとよかったなぁ
資料も楽しかった
新しく出たやつらの資料も開示されるのかな?
639
:
名無しさん
:2016/07/25(月) 23:42:11 ID:uQfuVeF.0
スピンオフ的な外伝はやらないのかな
ショボン以外のホムンクルスが結構掘り下げ幅がある感じだし
640
:
名無しさん
:2016/07/26(火) 00:34:30 ID:sRq0uqtU0
うわああああ乙うううう!!!!!!
ずっと大好きで追っかけてたよおおおお
終わって寂しい……
最初からまた読み返そう
大作お疲れ様!!!
世界観もキャラクターもとっても良かった
641
:
名無しさん
:2016/07/26(火) 00:39:25 ID:utn4qKHA0
外伝的なものに期待しつつまた最初から読んでくる
642
:
名も無きAAのようです
:2016/07/26(火) 01:33:22 ID:VxycNlTE0
本当にお疲れさまでした
完結おめでとうございます。それと、こんなにも面白い作品を作っていただきありがとうございます。もう一度はじめから、じっくり読み直しますね
643
:
名無しさん
:2016/07/26(火) 19:42:00 ID:mY3NNcds0
お疲れ様
長い間読めて幸せだった
644
:
名無しさん
:2016/07/26(火) 23:43:11 ID:ZFXy52fQ0
たくさんの声をありがとうございます。
少しだけお返事を残させていただきます。
>>624
挙げて頂いた中に正解に近いものがありますとだけ。
>>637
色々書いてみたいものはあるのですが、
実はまた試験がありますので、しばらくは休憩とネタ作りをさせて頂こうと思います。
>>638
新しく出た錬金術の資料とその他の資料は、後日更新させていただきます。
>>639
>>641
外伝につきましても、余力があればぜひ書いてみたいと思います。
こんなに多くの人がよんでくれてたんだな、と今更ながら感動しています。
途中間が空いたりもしましたが、完結まで何とかやってこられてよかったです。
それでは。
645
:
名無しさん
:2016/07/29(金) 20:18:47 ID:kqWh/DIM0
まってるよおおおおお
646
:
名無しさん
:2016/07/31(日) 00:15:06 ID:jGFbSnGg0
遅ればせながらおつ
ブーン系を知るきっかけになった作品だから思い入れもあるし完結して本当によかった
647
:
名無しさん
:2016/08/15(月) 10:40:57 ID:.1ZcW/SA0
こちらも、遅ればせながら。
正直完結すると思っていなかった。
お疲れ様でした。そしてありがとうございました。
大変楽しませてもらいました。
欲を言うと、もう少し露骨なハッピーエンドで泣かせてもらいたかった気もするけどw
648
:
名無しさん
:2016/08/15(月) 20:04:28 ID:0adZmzlE0
老いて余生平和に暮らせてるんだし十分ハッピーでは
649
:
名無しさん
:2016/08/15(月) 21:55:24 ID:K8sUtIBI0
あーそっか。
とすると俺が欲しかったのはエピローグかな。
ブーンらが二人を探して救出する様とか、でぃが徐々に自我を失っていく様とか、そういうところ。
650
:
名無しさん
:2016/08/18(木) 15:04:23 ID:1Oba055.0
おつ
ブーン系を代表する作品がまたひとつ完結してた
651
:
名無しさん
:2016/08/18(木) 15:18:46 ID:Xi7HGyjs0
初代錬金術師のワタナベクスとコキラー一族の存在が矛盾してね?とずっと思ってたがなるほどそうだったのか
652
:
名無しさん
:2016/09/13(火) 13:16:30 ID:MdTdbsZc0
暫くブーン系離れていた間に完結してた…
ホム生きホント良い作品だったな
作者乙!
653
:
名無しさん
:2016/09/14(水) 11:45:40 ID:f2h.xnGA0
>>652
無理して4文字に略さなくていいよ
654
:
名無しさん
:2016/09/14(水) 23:56:41 ID:Lr1mJHKo0
確か作者自身がそう略してたはず
655
:
名無しさん
:2016/10/04(火) 19:33:47 ID:clKtKiU20
良作をありがとう。
完結すると感動もまたひとしおだな。
656
:
名無しさん
:2016/10/06(木) 18:20:38 ID:e37T1oDc0
良作がまた歴史に刻まれたね(´;ω;`)
外伝で、いろいろやってほしぃなぁと期待して
ルファと並ぶ名作
乙
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