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雨中の彼が消えてしまう瞬間に。

1まかろん:2015/04/14(火) 14:54:46


-プロローグ-



あの日も雨が降っていた。




誰もいない教室の中、触れてしまった唇の感触。



「……奏太(かなた)君」



「ごめん」



雨脚は強くなってきて、私達の沈黙を埋めてゆく。



「こんなはずじゃなかったんだけどね」



苦しそうに微笑する彼に、私の鼓動は速まるばかり。


そして同じく、零れそうになる涙を堪え、苦笑するしかなかった。



「ごめんね、高木(たかき)」





私達の前には、見えない壁が存在している。


私には、恋人がいた。


そして、奏太君は雨の間だけ姿を取り戻すことのできる、不思議な男の子だった。




これは雨の多い街での、私と彼の数年間のエピソード。

2まかろん:2015/04/14(火) 14:56:08


第一章

第一節 『雨の日の男の子』



-高木ゆず(たかきゆず)



「高木、さっきの数学のノート、とってる?」



そう言って休み時間に振り返った男の子は、私のノートを覗き込んできた。


先ほどの授業、彼は後半ゆつらゆつら船を漕いでいたため、とれていなかったのだろう。



「ざっとだけど、とってるよ」



「ありがと、放課後までに返すから」



「相馬(そうま)君が授業中寝てるって、珍しいね」



「昨日は人手が足りなくて、夜勤のバイトだったから全く寝てないんだ」



(そりゃあ、眠いわけだ)



A4サイズの薄っぺらいノートを差し出すと、彼は屈託のない笑顔を見せ、自分の席へと向き直る。


何でもない日常の一部。





高校二年に進級して、一ヶ月が経とうとしていた。


桜が花開くのは一瞬で、春雨によりハラハラ散りゆく花びらは儚げだったな。


クラスの雰囲気は、ある程度定着しつつある。


仲間外れでぼっちになることもなく、仲良くなれそうな友達も見つけ、一安心していた。



明日も雨、明後日も雨、明々後日も雨。


ジメジメ、シトシト。


雨はこの街をじゅっくり濡らしていく。

3まかろん:2015/04/14(火) 14:56:40





"雨の街"と言われるこの街は、一年の大半空のご機嫌がよろしくない。


とても珍しい異常気象に包まれた歴史は、もう100年を積み重ね古いそうだ。


雨に嫌気がさした住人は、休みの日になる度に隣街へと逃げていく。


ここは、不思議な街。


――"雨の街"









「ゆず、帰ろうぜ」



放課後、私を席まで迎えに来た男子生徒は、クラスメイトであり、恋人である轟健人(とどろきけんと)。


中学からの同級生である健人とは、かれこれもう二年の付き合いになる。


私達が付き合っていることは、クラスメイトなら誰でも知っていた。


二年も付き合っているんだから、今更ひた隠しにすることもなかったし、そこまで照れもなかった。



「体育祭、今年も館内なんだろうな」



「運動場で行われるって、私達からしたら本当に珍しいことよね」



「館内っていっても、もう慣れちまったけどな」



隣を歩く健人は、中学では柔道をやっていたのでがたいが良い。


身長もクラスで二番目に大きくて、いつも小さな私を見下ろしている。





でも、一番目――


一番背が高いのは、相馬君だった。

4まかろん:2015/04/14(火) 14:57:51




相馬奏太(かなた)君、彼は雨の街だからこそ生きていける、不思議な人種の男の子。




この世界には三種の人間がいる。


一つ目は、私や健人のような、極一般的な人間。


何不自由なく、どこでも普通に生活していける人種のことである。




そして二つ目は、太陽が見えていないと生活をしていけない人間。


通称、晴れ人(はれびと)と言われている。


彼らは滅多に雨の降らない、この街とは正反対の土地で生きている。




そして三つ目が、雨が降っている時にしか姿を現すことのできない、雨人(あまびと)。


相馬君が雨人だった。


彼らは雲間から太陽が覗くと、音もなくふっと姿を消してしまう。


テレビでは消える瞬間、というものを見たことがあるが、実際に見たことはない。


何とか曇りの間も息をすることはできるらしいのだが、苦しくて、家から出ることは難しいらしい。


山頂で空気が薄く、息苦しいのと同じ感覚なのだろうか。





「相馬、消える瞬間って、どんな感じなの?」



ある日の昼休み、席でお弁当をつついていると、一人のクラスメイトが彼に尋ねた。



「曇りならまだしも、太陽が出てくると全身に激痛が走るっていうか」



「でも、消える瞬間って、見てる側からすると綺麗なんだよなぁ」



どうやら尋ねたクラスメイトは、雨人が消える所を実際に見たことがあるらしい。

5まかろん:2015/04/14(火) 14:58:54





「消えたら、違う世界に吹っ飛んじまうんだよね」



「詳しいね」




雨人は、消えると他の世界へと旅立ってしまう。


そこは、現実のような木々が芽吹き、家が建ち、店のある騒々しい街のある世界ではないと聞いた。


彼らが向かう世界とは、夢のような、ふわふわした非現実的な世界。


天国のような感じなの?


第一種の一般的な人間は夢世界を見たことがなく、雨人から聞くのみで想像するしかなった。




彼らは希少価値が高い人種だった。


何百年と月日を重ねるたびに第二種、第三種の晴れ人、雨人は減っていき、今では数えるくらいしかいないようで。


この学校には相馬君を含めて二人しかいない。





「相馬は今日は休みか」



高校二年生になって一度、彼が休んだ日があった。


四月に入って二週目の水曜日。


珍しく空がご機嫌だったその日、彼は学校に来なかった。

6まかろん:2015/04/14(火) 15:00:22




*



「上は俺が消すから、高木は下の方消して」



出席番号の席順のため、必然的に私と相馬君は前後となり、今日は二人で日直だった。


身長180を超える彼は楽々上の方を消していく。


一方成長全盛期は小学時代に終え、結局150も越えなかった私はチビ。



「……身長分けてほしいよね」



「高木、クラスで一番小さいんだっけ」



「背が高いと大人っぽく見えるし、羨ましいよ」



「別に大人っぽくなくていいじゃん、小さい方が可愛らしい感じだし。俺はそっちの方が好きだけど」



(……相馬君の意見なんか、聞いてないよ)





見かけは第一種の人間と何も変わらない。


言語も、話し方も、そうやって笑ってる顔も、何も変わらない。


毎日当たり前のように学校へ来ている相馬君を見ていると、ついつい彼が雨人だということを忘れる。



「午後からの日誌は俺が書くから、昼休みまでにちょうだい」



「……あ、うん。ありがとう」



”ニコッ”という擬音語がピッタリくるその笑顔は、女子の間で好評。


加えて雨人という特殊な人種もあり、何でもそつなくこなす相馬君はモテモテだった。

7まかろん:2015/04/14(火) 15:01:59




「午後からは体育祭の競技決めだな」



昼休み終了間際、フラリ私の席に立ち寄った健人は、歯に青のりをつけていて思わず笑ってしまった。



「なっ、何だよ。いきなり笑って」



「健人、青のり……」



鏡を差し出すと、健人も一緒に笑う。



「グハッ。こりゃくっそ間抜けな顔だな」



「早く取りなよ。皆も気付いているはずなのに、教えてくれなかったんだね」



「ワタベの奴……あとで肩パン食らわせてやる」



健人は遠く離れたワタベ君を睨みつけながらも、もう一度鏡で自分の顔を確認して笑った。



「で、ゆずは何に出んの?」



「私は応援してる方が好きだから、何も出ないなら出ないでいいかなぁ」



「相変わらず消極的だなぁ。面白くねぇ」



応援団に立候補する気満々の健人とは裏腹に、消極的で何事にも興味関心の薄い自分。


どうして正反対の立ち位置にいる健人が、私なんかに惹かれ、告白してきたのかは未だに謎である。



「一緒に応援団しねぇ?」



「えぇ……嫌だよ」



「俺がいるから怖がることないのに。推薦してやろうか?」



「それ絶対NGだからね」

8まかろん:2015/04/14(火) 15:03:36




雨降る昼下がり。


結局、健人は自ら応援団に立候補し、私はその姿を後方の席から眺めていた。



「高木も一緒に立候補しなくてよかったの?」



日誌を書きながら振り返った相馬君は、裏方のリーダーになっていた。


表舞台に立っても良さそうなのに、本人的にはこちらが好きらしい。



「相馬君こそ、健人と応援団すればよかったじゃん。周りは押していたのに」



「去年したから、今年はいいよ」



(……綺麗な字)



チラリと見えた日誌には、まるで硬筆のお手本のような字が並べられていた。


私の丸っこい癖のある字とは違う。



――何をしても完璧だ、この人は。




元々人見知りが激しい私に、相馬君はクラス替えがあった当初から、気軽に話しかけてきた。


もちろん、他の人にもそうだった。


人懐っこいというか、纏っている空気が軽くて優しいというのか。


”雨人”という、重苦しい肩書きを背負っているようには見えなかった。



「高木は轟と正反対だよね。でも、お互いない物を持っているから、お似合いなんだろうな」



「ない物を、持っている……」



そうか、そういうことなのか。


確かに私は、何にでも積極的でパワー溢れる健太の姿が好きだ。


なるほど……。



目が合うと、相馬君はニッと歯を見せて笑った。

9まかろん:2015/04/14(火) 15:06:05




相馬君のことは、入学当初から噂で知っていた。



『雨人が一年にいるらしいよ』



当時この学校に雨人は相馬君一人だっため、皆が珍しがり、その存在に注目していた。


今学校に二人いる雨人のもう一人は、今年入学した一年生にいるらしく、女の子だって聞いている。


昔から注目されることに慣れていたのか、人に囲まれる相馬君の姿を目にした時、彼はいつも動じず笑っていた。


背が高くて、容姿端麗。


学級委員もしていたみたいで、いつも人に囲まれてる。


キュッと口角の上がる、素敵な笑顔。


違うクラスの私でさえ、そんな印象を持つんだもの、彼が人気なのは当たり前だった。




「応援団しないなら、俺と一緒に裏方の仕事しない?」



「へ……?」



「ほらまだ係の空き、あるよ」



彼が指差した黒板には、名前の書かれていない係員の枠。


――っとその時、



「先生!高木が裏方の仕事したいそうです」



恥ずかしげもなく手を挙げると、彼は私の名前を勝手に口にする。



「えっちょっ……」



「どうせ当日忙しくないんなら、いいじゃん。一緒しようよ」



(……もう)



「こういうイベント事はもっと楽しまないと。高木はもっと何でも積極的になった方がいろいろ楽しいよ」



キラキラしている人から言われると、説得力がある。


勝手なことをしておいて、やっぱり相馬君は笑っていた。

10まかろん:2015/04/14(火) 15:09:46



-相馬奏太(そうまかなた)



生まれた時から、俺は”雨人”という第三種の人間だった。


第一種の普通の人間の父と、雨人の母から生まれ、母は幼き頃重い病気で亡くなってしまった。


今は父と自分、そして第一種の中学の弟の、男三人暮らしをしている。


むさ苦しいよな。




「ありがとうございました、またお越し下さいませ」



この日は放課後から、24時間営業のドラッグストアのアルバイトで、夜10時までレジに立ちっぱなしだ。


自分と弟のお小遣いくらいどうにかしよう、と始めたのはもう一年前。


店長やバイト仲間、正社員さんとは良い信頼関係を築き、気持ちの良い環境の中で働けている。



――だが、二週間前のことだった。


その日は人手が足りないからと、深夜のシフトに入っていたのに。


夕方、突如パタリと雨があがってしまい、俺はこの世界から音もなく消えてしまった。



”雨人”という人種なのは、事前に説明したため理解してもらえたものの、自分の中では申し訳なさいっぱいだった。




本当に面倒だ、”雨人”というのは。



「相馬君、ビールの補充お願いできる?」



「分かりました、じゃあバックヤード行ってきます」




晴れ渡る空、というものを見たことがない。


美しい夕日に感動したことがない。


知っているのは、心地悪い曇天か、暗い空から滴り落ちる雨か。



テレビや写真でしか感じれない綺麗なそれらは、どんなに願っても一生見ることのできない光景なのだろう。


俺は雨人で、どんなに足掻いてもここから逃げ出せない。


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