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( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部

1 ◆MgfCBKfMmo:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)

255 ◆MgfCBKfMmo:2016/07/02(土) 20:49:15 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ν^)「……なんなんだよ」

 いてもたってもいられなかった。

 窓の外が赤く燃えるのをみて、慌てて宿屋から飛び出していった。

 狭い街道には人々がたたずんでいる。
 何をすることもできず、所在なさげに町の空を見つめていた。

 赤い炎が空を食んでいる。
 濛々と立ち込める黒い煙に、瓦礫が混じって輝いている。

 何かの崩れる音。
 遠くで鳴り響く悲鳴。
 肌をちりちりと焼く熱気。

 魔人が暴れている、という噂が耳に飛んできた。

 エウリドメで囲っていた猪が暴れて、壁や町のあちこちを壊して回っているのだという噂だ。

256 ◆MgfCBKfMmo:2016/07/02(土) 20:50:11 ID:qmaQ7Tl.0
( ^ω^)「わからない」

 ブーンは頭を抱えていた。
 さっきまで平和な寝静まった町が、今は業火に焼かれている。
 この状況に至った答えを出せる者は、彼らのそばに誰もいなかった。

( ^ν^)「ほかの町は?」

 ニュッ君が誰に対してというわけでもなく、疑問を口にした。
 声が明らかに震えていた。

( ^ν^)「猪が暴れているんだ。栗鼠は? 鴉や、蛇は、虎は? みんな――」

 大きな看板が飛んできて、二人の脇で落ちて砕けた。
 破片が飛び散り、ニュッ君の頬をかすめる。
 傍にいた人の誰かが叫んだ。

 その声も、ニュッ君の耳には遠かった。

( ^ν^)「みんな、どうなったっていうんですか」

 答えの見つからない問いが、熱に溶かされ埋もれていった。

257 ◆MgfCBKfMmo:2016/07/02(土) 20:52:58 ID:qmaQ7Tl.0



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



理性を失った彼らによって。


彼の地域のほとんどの町が何らかのダメージを負った。


被害の総計はいまだに計算しつくされていない。


                                  (ある逍遥の記録より)
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━





     ☆     ☆     ☆

     ☆     ☆

     ☆

258 ◆MgfCBKfMmo:2016/07/02(土) 20:54:05 ID:qmaQ7Tl.0





第二十話 猪と栗鼠の町、あるいはひとつの観測地(冬月逍遥編⑤) 終わり

第二十一話 へ続く





.

259 ◆MgfCBKfMmo:2016/07/02(土) 20:57:23 ID:qmaQ7Tl.0
投下終わりました。
ここまで、平和だった頃の彼らの世界を描けて楽しかったです。
冬月逍遥編は次回で終わります。
所用のため時間をおきますが、しばしお待ちください。
それでは。

260同志名無しさん:2016/07/02(土) 21:14:33 ID:HJCX/12.0
おつおつ

261同志名無しさん:2016/07/02(土) 23:46:55 ID:wMqnmwZo0
乙乙

262同志名無しさん:2016/07/04(月) 08:02:48 ID:nakba5Io0
おつおつ
謎ばかりが山積みになっていくな

263同志名無しさん:2016/08/23(火) 22:26:02 ID:pp8vfmC60
おつー
もうワックワクです。凄く楽しみにしています。

264同志名無しさん:2016/08/31(水) 14:01:02 ID:V2Fi/JQg0
うわあぁぁぁあ!
久々に巡回しに来たら投下来てたー!
今から読むぜー!ずっと楽しみにしてたよ!

265同志名無しさん:2016/12/17(土) 12:10:25 ID:a6Q6PaMQ0
早くこないかなー!ワクワク

266同志名無しさん:2016/12/29(木) 15:45:54 ID:VNOVvNXI0
そろそろくるかな!

267 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:20:32 ID:DM6Pm.mI0
それでは投下を始めます。

268 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:27:17 ID:DM6Pm.mI0
(1)首都の惨状

 メティス国の首都、メガクリテ。その地を指して花の都と人は呼んだ。
 海に向かって末広であり、盛んにおこなわれてきた他国との交易が、異国との文化交流を積極的に促してきた。
 歌謡、舞踊、文芸、武芸、絵画……数多の芸術は常に新しい見識や発見に刺激を受け、更新され、メガクリテの一角を彩った。
 七色の街、眠らない街、いくら耳を塞いでもきりがない喧騒の街。古くからの異名は数知れず。優美な文化の連なりがこの都市の歴史だ。

 300年前に教会を有してからは宗教的意義も生まれた。
 不祥事により悪評の募ったメティス国王から、半ば強奪的に首都としての機能を譲り受けたことによりますます力をつけた。

 多くの国民にとって、メガクリテはメティス国の誇りと見做されていた。
 温厚な気質の人間が比較的多いとされるメティス国において、その愛着の強さは他に類を見なかった。
 
 時は下り、現在。
 310年1月14日。

 花の都メティスの外郭内部、今、所狭しと瓦礫に埋もれている。
 瀟洒な飾りも、豪華な意匠も、全ては泡沫の夢のごとく、何も残っていなかった。

269 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:28:15 ID:DM6Pm.mI0
 横たわる建物の破片がひとつ。
 太陽の光を乱反射して暗い影を地に伸ばしているそれに、男の手が触れられた。
 撫でる手に塵芥がこびりつく。
 わずかな風であらかた飛ぶが、いくつか残り、ざらついた感触を覚えさせる。

 男は手を叩き、残った砂を丁寧に落とした。

 笑みを絶やさぬ広角に、ほんのり赤く染まった頬。全体的に白い貌に細い瞳が垂れがちに伸びる。
 柔和な顔とは裏腹に、深く落ちくぼんだ嘆息が漏れ聞こえた。
 大ぶりの襞が刻まれた丈長のローブの内側に手を引っ込める。大柄な体が、一段と横に広がって見えた。

 男がメガクリテに入ったのは今日の昼過ぎのことだ。
 それから一時間ほど歩いて、見たものは崩落の跡と、何かの間違いのように残されてしまった空き家ばかりだった。

( ´∀`)「無惨モナ」

 嘆息混じりの声を吐くと、白い靄が纏わり付いた。

270 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:29:19 ID:DM6Pm.mI0
 昨年の12月17日。メティス国、およびその周辺地域で「サイレン」が観測された。
 その呼び名を最初に付けたのは隣の機械帝国テーベの某科学者だ。

 空中を切り裂く、甲高い悲鳴のようなその音を耳にした魔人は、前触れ無しに理性を失う。
 全ての魔人が発症するわけではないが、発症の別を予測することはできなかった。
 どうして理性を失うのか、またどうしてそのようなサイレンが鳴り響くのか、まだまだ解明にはほど遠い。

 サイレンが鳴るたびに、国内の街は擾乱に見舞われた。
 ある魔人は自分の力を誇示するかのように暴れ、数多の街で建物や装飾を破壊した。
 暴れなかった魔人、または勇気ある人間は暴れる魔人を血みどろになりながらも抑えた。
 惨状を目の当たりにした人々は口々にサイレンを恐れ、魔人を非難した。
 当の魔人とて凶暴化を避けようも無いことをわかっていても、住処を失った人間の怒りの矛先は魔人へと集中した。

 メティス国は、魔人を崇拝するメティス国教の下で育まれてきた土地である。
 この国において、魔人は生活を豊かにするパートナーであり、
 命令を与えておけば決して人間に危害を加えない守衛であり、なにより良き友人だった。
 都市生活圏の社会基盤、商業工業農業その他多くの生活が魔人の援助を前提として成り立っていた。

271 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:30:28 ID:DM6Pm.mI0
 その社会秩序が、いつサイレンが鳴り響くかわからないサイレンへの恐怖によってあっけなく崩壊した。
 今や魔人は恐怖の対象である。わずかな間に人々は次々と魔人との契約を破棄し、彼らを森へと帰した。
 その動きは首都メガクリテとて同じである。

( ´∀`)「街がこの様子だと、メティス国教会本部も相当荒らされているモナ?」

ミ,,゚Д゚彡「どうでしょうかね」

 男が問うと、後ろから声が掛かる。その声の主は先刻より柔和な男の後方に付き従って歩いていた。
 メガクリテに来る前、出発のときから。

ミ,,゚Д゚彡「このあたりは格別かと。おそらくサイレンが鳴る以前から魔人の多い地域だったのでしょう」

 答えた男は目を眇めてあたりを見回し、吐息を漏らした。これもまた嘆息。

 纏った黒いコートは笑顔の男と同じく襞の多い黒。鍋蓋型の小さな帽子の下で、波打つ乱髪が肩のあたりまで延びている。
 体毛が濃く、峻厳な顔つきも相まって全体として力強い印象を醸し出している。

272 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:31:31 ID:DM6Pm.mI0
 顔つきや顔がやや不似合いなものの、二人は一見するとメガクリテを訪ねて来た巡礼者の姿である。
 メティス国教のの総本山でもあるため、以前から首都には多くの巡礼者が来訪していた。

 故に二人の姿も珍しいということはない。
 ただ、荒廃する街並みを背景とすると、その目的は巡礼というよりも、災害現場に弔いを捧げに来た修行僧にも見えた。

ミ,,゚Д゚彡「あちら、ご覧ください。工場の煙突が近くに見えますでしょう。
 仕事勤めの家族が多く暮らしていたのでしょう。魔人は力仕事が得意ですから、それら家族に伴われて生活していたと思われます。
 サイレンが鳴り響いたのは夜中。寝静まっていた人間たちに、暴走する魔人を抑え込むことは不可能でしょう」

 それゆえの瓦礫。
 そこまで言葉を紡ぐ前に、男は口を閉じ、目を閉じ、種々の言葉を呟いた。
 死の痛みを軽減する言葉、残された遺恨を慰める言葉、冥界への旅を祈る言葉。
 メティス国教の教えに則り、ひとつひとつを丁寧に口にする。

( ´∀`)「フサギコや」

 笑顔の男が言う、それは乱髪の男の名前であった。

273 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:32:33 ID:DM6Pm.mI0
( ´∀`)「祈りたくなる気持ちもわかるが、ここではいくら祈っても尽きないモナ。
 先を急ぐモナ。大司教様は私の到着をご存じモナ?」

ミ,,゚Д゚彡「先だって伝書鳩で手紙を送ってはいます。
 ただ、状況が状況だけに、返事を送るいとまもなかったのかと」

( ´∀`)「……教会本部、まだ残っているといいモナね」

ミ;,,゚Д゚彡「怖いこと言わないでくださいよ、酋長」

 酋長と呼ばれた男の名はモナー。
 二人はメティス北方に広がるエウロパの森より旅してきた魔人であり、かつメティス国教会とも深い縁の持ち主であった。

274 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:33:29 ID:DM6Pm.mI0
 もともとは310年元日の、大司教と挨拶を交わすべく参じたものである。
 それが、頻発するサイレンによって阻まれ、今日まで到着が遅れていた。
 サイレンが起きてから、彼ら魔人を見る人々の目は厳しい。はっきり敵意を当てられることもある。
 恨みを買われるのを警戒し、歩みを緩め、決して魔人であるとは明かさないよう気を配って歩んできた。

 それが今のこの国の現状。
 首都の瓦礫は、このときもまた奇妙にこの国の内情を象徴していた。

 弱々しく笑い合っていた二人も、やがて真顔となり、惨状を後にした。
 薄曇りの空の下、鴉がどこへともなく飛んでいく。




     ☆     ☆     ☆

275 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:34:29 ID:DM6Pm.mI0







第二十一話



首都は冷たい雨に頽れ 前編(冬月逍遙編⑥)







     ★     ★     ★

276 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:35:29 ID:DM6Pm.mI0
(2)new's childhood



 彼が憶えている限りでの一番古い記憶は真っ暗闇だった。
 目がまだ開いていなかったのか、灯がついていなかったのか、それとも目隠しをされていたのか。正確なところはわからない。
 彼はただ暗い中で、誰かの啜り泣く声を聞いていた。

 か細く震えるその声はおそらく彼の母親のものだ。泣いている理由はわからない。
 記憶はそれだけで途切れてしまう。

 次に彼が思い出すのはメガクリテ国教会の教父やシスターたちの柔らかな微笑みだ。
 国教会本部、大聖堂の荘厳な装飾の下で、黒いローブを羽織ったその人たちが甲斐甲斐しく彼らを抱いて祈っていた。
 命の大切さ。神への祝福。この世の理。罪への償い。
 言葉は反響し、全てが増幅されて、空から降ってくる。人間の声よりもずっと大きく、深く、包み込まれるような祈り。

277 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:36:29 ID:DM6Pm.mI0

 彼はその音を不快に思った。
 どれだけの理念や情熱が籠もっていようとも、理解できなければ雑音でしかない。
 そして付け加えて言えば、その音の連なりは彼の原初の記憶において響き渡る啜り泣き混じりの声に良く似ていた。

 あれは祈りの言葉だったのだ。
 自分を捨てた母親が、涙ながらに罪の告白する音。
 それがあの真っ暗闇の記憶なのだと、やがて彼は気づいた。

 だから彼は祈りが嫌いだった。
 それは教会を出て今に至るまでも変わってはいない。

 大聖堂の外には教徒たちが手入れをする端正な芝生が広がっていた。
 庭木や石並びもいくつもあって、なおかつ孤児の子たちにも全てが解放されていた。

278 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:37:29 ID:DM6Pm.mI0
 その中に、座るのに適した石があった。
 先代の孤児たちのうちのとりわけ器用な人たちが表面を磨いた、綺麗な石だ。冬でも陽光を掬い取り温かく火照る。

 彼はたびたびそこに腰掛け、深くゆっくり息を吸った。
 暖かい陽射しを受けた空気が鼻から入って身体を巡り外へと出る。
 誰にも文句を言わせない自分だけの時間。
 それは自分が続いているという実感であり、彼は大事にしたかった。

 思い返せば教会は寛容だった。
 賑やかな子も大人しい子も、彼みたいに他者と交わろうとしない子も、平等の命として扱ってくれた。
 彼にとっては頗る過ごしやすい環境だった。

 本来の意義として、宗教は救いの手段。
 弱き者の命を守るのが教父たちの一番の目的である。
 彼が生を実感できたのも、その目的の庇護下にあったからに他ならない。

279 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:38:28 ID:DM6Pm.mI0
 翻れば教会の外では、命は平等ではない。優しくもない。
 人と関わらずに生きることは不可能だし、大人しくしていても良いことはない。

 教会とて施設であり、管理する者がいる。いつまでも、積極的に生きる意欲のない者を野放しにはしておけない。
 孤児たちはいずれ養子として外へと出される。社会不適合者に育つ前に。

 彼が外の世界に出たのは六歳のときだ。
 孤児の中では年長者だった。
 後で聞いた話によれば、もう数ヶ月居残っていたら首都の特別な養護施設に遷り、心的不全を埋め合わせながら生きることになっていたらしい。

(´・_ゝ・`)「首都と比べたらずっと静かなところだけど、それでも平気かい?」

 引き取り手の男は心配そうに尋ねてきた。
 貌を彼に近寄せて、まじまじと見つめた。彼はその目を真っ直ぐ見て言った。

( ^ν^)「・・・・・・うん」

280 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:39:34 ID:DM6Pm.mI0
 実のところ、”静か”と言っていたのが気に入ったのだ。
 新しい住処となったヘルセ、メティス北方の山間の街は、確かに音が少なかった。
 日中でも人の話し声より空っ風の方がよく耳に入るくらいだ。

 彼の養父、デミタスはロッシュというコーヒー店を営んでいた。
 静かな店内に、挽いた豆の強い香り。
 暖かい芝生の優しい匂いとはまた違う。癖があって、噎せ返りそうになるけれど、次第に身体に溶け込んでくれる。

 彼はコーヒーが好きになり、後に始まる学校通いを続けながら、ロッシュの手伝いもした。
 相変わらず口数は少なかったけれど、一人きりで呼吸をする趣味は次第に鳴りを潜めていった。
 生きているという実感がまた浮かび、古い母親の記憶も次第に薄れていった。

(´・_ゝ・`)「自分の名前が嫌だって?」

 学校から帰ってきたある日、彼は打ち明けた。

( ^ν^)「これは前の親のつけた名前だから」

281 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:40:29 ID:DM6Pm.mI0
 彼が教会に預けられたとき、名前を書いた切れ端とオルゴールが、彼を包むタオルの中にくるまれていた。
 教会での呼び名もその名前だったが、彼は度々呼ばれても無視を決め込んでいた。
 幼い頃から本能的に、それが自分にとって馴染まないものだと感じていた。
 もっとも言葉少なであったがために、その本意が教父たちに伝わることはなかったし、伝える努力もしていなかった。
 デミタスに打ち明けていることこそが、彼がこの環境に馴染んだ証でもあった。

(;´・_ゝ・`)「うーん、今から変えるとなると学校、いや先に役所で変更申請を出して、身分証を発行して、それから」

( ^ν^)「いや、面倒なのはいいよ。あだ名みたいな感じで呼んでくれたら、それでいい」

(´・_ゝ・`)「それくらいでいいの? 僕は構わないけど。じゃあ、どうしようか」

282 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:41:29 ID:DM6Pm.mI0
 候補は種々あったものの、ピンとくるものがなく、たまたま呈示した『ニュー』という名前を縮め、『ニュッ君』と呼んだのが一番嵌まった。
 それ以来、彼にとって比較的親しい者たちは、彼のことをニュッ君と呼んだ。

 彼、ことニュッ君。
 それから八年以上のときがたち、デミタスの本意が明かされ、彼が旅に出るまで、ヘルセの街で彼は生きていた。
 決して多くはない人たちと、気長に緩やかに関わりながら。




     ☆     ☆     ☆

283 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:42:30 ID:DM6Pm.mI0
(3)路地裏の邂逅

 ひしゃげた屋根から瓦が落ちて、瀟洒な石畳に砕け散る。
 とうに荒れていたメガクリテの街道の一角で、また一つの破壊が起こった。

ボ゚Д゚)ウ「やろう、うまいこと逃げやがった」

 厳めしい男がぼやく。肥えた腹を介して発せられただみ声に、他の連中にも同調した。

 男たちはメガクリテのごく普通の市民である。
 仕事場は街の鉄工製材所。
 隣国テーベが本格的に機械工業を発展させている機運にのって、鋼鉄を鋳型に流して部品を作り、彼の国にて売るを生業とする。

 テーベからの需要は十分にあり、今メティス国においても最も盛んに成長しつつある産業領域でもあった。
 そのように仕事人である彼らだったが、新年が始まって二週間だというのに、仕事は一向に始まらない。

284 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:43:30 ID:DM6Pm.mI0
 仕事場にて協力し合っていた魔人たちが、先だってのサイレンもあって風当たりが強くなり、年末には勤務不能を言い渡されていた。
 何もせず家に籠もっていろ。今となっては温情味のあるこの措置も、魔人の反発を招いてしまった。

 彼らは工場の本社に談判し、職場復帰が叶わないとわかると力任せに工場を荒らした。
 途中、何度か断続的に鳴り響いたサイレンが、その凶行を気前よく助長した。

 壊れた機械の復旧は工場の修理班がつきっきりで取り掛かっているものの、いまだに完了の目途はたっていない。
 結果、従業員たちは仕事もなく、暇な毎日を酒と遊びで食いつぶしていた。

 そんな今日、いつものごとくぶらぶらと練り歩いていた街道で、たまたま魔人を見かけた。
 獣の耳を生やしながら二足歩行をする、ごく普通の魔人の子。

 今、首都において魔人は外出禁止令が出されている。
 万一それを破る魔人がいれば、警察に連絡し、逮捕することが取り決められていた。
 一度捕まってしまった魔人は、今のところ牢から一人も出されていない。

285 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:44:29 ID:DM6Pm.mI0
 この場合、男は警察に通報すればその義務は全うされたはずだった。
 しかし苛立ったこの男には、義務以前に欲求が募っていた。

ボ゚Д゚)ウ「てめえらのせいで仕事ができねえんだよ」

 男は気持ちの乗ずるままに魔人の子を罵っていた。
 幼気な子に抵抗の意思は浮かばれず、ただ怯えて背中を丸めるのみ。嗜虐心は高まるばかり。

 そこへ突如鋭い痛みが背中を襲ってきた。

Σボ;-Д゚)ウ !?

 振り返れば、去っていく別の魔人の背中が見えた。
 最初に小突いた魔人の子もいつの間にやら姿を消してしまっていた。

286 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:45:29 ID:DM6Pm.mI0
ボ;゚Д゚)ウ「ちくしょう、仲間がいやがったのか」

 男は顔を赤らめ、魔人に向かってガラス瓶を投げつけた。
 肩に当たったガラス瓶は砕け、魔人の皮膚を切り裂いた。
 飛んでくる血しぶきに手ごたえは感じていたが、魔人は止まらなかった。

 小さなその影が路地裏に隠れ、すでにいくらか時が経過した。
 街道を逸れ、曲がりくねった路地裏を何度も何度も見回し、そして先述のぼやきへと至るのであった。

 男は苛立ちにまかせ、手に持っていたガラス瓶を盛大に石畳にたたきつけた。
 放射状に砕けたガラスが冬の光に煌めく。
 残っていた酒も地面に吸われ、ただの染みへと溶け落ちる。

ボ゚Д゚)ウ「次会ったらただじゃおかねえからな」

 吐き捨てるように叫んだ。大きな声は、脅しのためだ。
 見えない相手に向かって唾を飛ばし、路地裏を後にする。

287 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:46:31 ID:DM6Pm.mI0
 静寂。砕けた瓶がちらちら光を反射して、その光が徐々に移動するほか、誰も路地へと入り込まない。
 その静けさの中に、もし別の人がいれば、空気の微かな震えに気づいただろう。

 それは路地の奥、木箱や鉄くずの押し込められたゴミ捨て場の片隅から聞こえてきていた。
 気息奄々たるその声の主は、薄汚れたシーツに顔を埋めて必死に声をこらえていた。
 それでも漏れ聞こえてくる声には悲痛な痛みが混じっている。

 両足を折りたたむように抱え、前傾姿勢でシーツに顔を押し付ける。
 うなじから生える柔らかい髪の色は金。メティス国ではやや珍しいが、いないこともない。
 肩に広がる震えは絶えず、時折啜り泣きの声も混じる。
 気持ちを落ち着けるのにはまだ多少の時間を要するように見受けられた。

 小さな少女である。
 身体つきばかりのことではない。
 彼女の孤独な境遇が、胸の内で膨れ上がっていた。
 孤独は人を内面から卑小化する。

288 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:50:37 ID:DM6Pm.mI0
 少女の泣き声は誰にも聞こえていない。
 それを理解しながら、少女はなおも泣く。抑えることはできずにいた。

 だからこそ、足音が聞こえたとき、一旦動きを止めた。
 呼吸も止まり、驚き、それから恥じらいの感が浮かぶ。

 胸の内を去来する数多の感情は、孤独の反動を受けて、偏りをきたす。
 もしも孤独を埋めることができたなら。この足音の主が、自分に手を差し伸べてくれたなら。
 そんな淡い希望を胸にしながら、思いのほか素早く、素直に顔を持ち上げる。

 見えたのは長い指、大きな掌、逞しい腕の肉質。
 手は差し伸べられていた。希望が呼んだ、一つのささいな奇跡。

 そして、続けざまに。

ボ゚Д゚)ウ「見つけたぜ」

 かけられた聞き覚えのあるだみ声に、少女の呼吸は今度こそ止まる。
 真っ白になった頭の隅で、希望の崩れる音を聞いた。
 口から洩れた「あ」という音は、男に胸倉を掴まれた衝撃で霧散する。

289 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:51:28 ID:DM6Pm.mI0
(   )「いや、離してよ」

 状況が遅まきに理解される。
 慌てて手足をはためかせ、男の手から逃れようともがく。
 対する男は下卑た嘲りを見せるばかり。

ボ゚Д゚)ウ「うるせえ、魔人のくせに義賊を気取りやがって。えらそうに」

 男の腕が少女の顔を引き寄せる。
 距離の近づいた顔つき、そこから発せられる酒臭さに、少女は泣くのを一時忘れて顔を顰めた。

 その態度が男の癪に触ったらしく、いささか男は饒舌さを増した。

ボ゚Д゚)ウ「余計なことをするんじゃねえよ。俺たち人間が、お前ら魔人にいくら割を食わされたと思っていやがる。
 仕事をめちゃくちゃにされて、街もぶっ壊されて、もとはといえばお前らがイカれちまうからいけないんだろうが」

290 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:54:49 ID:DM6Pm.mI0
(   )「私たちにだって、何もわからないのよ」

 やや恐怖の落ち着いたらしい少女が、震えを帯びつつも強気な態度で男を睨んだ。

(   )「暴れだす原因がわからない以上、何を言っても仕方ないじゃない。誰にだって止められないんだから」

ボ゚Д゚)ウ「じゃあなにか、色んなものが勝手に破壊されていくのをただ指咥えてみていろってのか」

(   )「そうは言ってない。それに、魔人の中にだって、狂暴化してしまった人を止めに入った人もいるじゃない。
 結果的に街の一角はまだ無事だったはずよ。あなたたち人間だけで、そんな防衛ができたと思う?」

ボ゚Д゚)ウ「ぬかしやがる」

 少女の追及には答えず、男はただ舌打ちを繰り返し、腕を今一度持ち上げた。
 喉元を掴まれたまま、少女の身体が持ち上がる。苦し気に呻いた吐息交じりの靄が男の顔を包み込んだ。

291 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:56:54 ID:DM6Pm.mI0
 男はそのまま、少女を辻道へと連れ出す。

 涙目になった少女の視界に、幾人かの男たちの姿が見える。
 どうやら男が、暴漢仲間を連れて来たらしかった。

 逃げきれなかった。
 酸素の少なくなる少女の思考で、ただその文字だけが思い浮かび、彼女の心を縛りつける。

 少女は口を閉じた。
 上唇を巻き込んで、上と下の前歯で抑えた。
 強く噛むと、すぐに鉄の味が滲みだす。

 逃げられないなら、戦う。
 少女はその一心だけを心に刻み、手を握った。

292 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:57:48 ID:DM6Pm.mI0
 拳の中に熱がこもる。

ボ゚Д゚)ウ「ん、なんだ急に俯い、て――」

 言葉の途中で、男の身体が吹き飛ばされる。
 辻道のど真ん中に背中から倒れ伏して、呼吸が絞られ漏れ聞こえた。

ボ+Д-)ウ「んな!? な?」

 慌てふためく男を前に、少女は腰を低く構えた。

「こんなところで、止めんじゃないわよ!」

 振りかざす手に握られているのは小型の杖だ。
 青みがかった艶やかな白い柄の先端に、円い輪。その内側には斜めに組み入れられた金属質の十字が光っている。
 少女が唸るのに呼応して、その十字が内部で回転を始めた。

ボ゚Д゚)ウ「“ふしぎなちから”……」

 ようやく立ち上がった男が不審そうに眉根を寄せた。

ボ゚Д゚)ウ「お前、それが使えるってことは、野良じゃないのか。なら何故今まで使わずにいたんだ」

293 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:58:48 ID:DM6Pm.mI0
(   )「わけありなのよ。あんたらは知らなくていいこと」

 十字の回転が一等速くなる。
 残像が円錐を形作り、暴漢たちを見て回る。

(   )「黙って素直に吹っ飛びなさい」

 杖が振りかざされた、瞬間、疾風が巻き起こる。
 目に見えない衝撃波。立ち尽くしていた男たちは軒並み地面から浮き、後方へと飛ばされる。

ボ+Д+)ウ「ぬわー!」

 叫ぶ暴漢を尻目に、少女は舌を出して駆け出した。
 が、その鼻先を何かが掠める。

294 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 21:59:50 ID:DM6Pm.mI0
(   )「!?」

 少女の顔を覆って余りあるほどの槌が、路地の壁にぶち当たって罅割れを起こす。
 ぱらぱらとこぼれる瓦礫。少女の視線がそれを取られ、ついで槌の持ち主に顔を向けた。

カ゚皿゚ン ギギ……

 暴漢たちの誰よりも大柄な男が、醜悪な歯を見せながら、血走った眼で少女を見つめていた。
 暴漢の仲間、というよりは、どうもリーダー格であるらしい。

ボ;゚Д゚)ウ「やったれ、兄貴!」

カ゚皿゚ン ギギー!!

(;  )「くっ」

 少女は杖を一瞥する。
 十字はピクリとも動かない。

295 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:00:47 ID:DM6Pm.mI0
(;  )「まだ“オル”が」

 小さく呟き、飛び退いた。大男の腕が風を纏って髪を撫でる。
 避けきれた、と判じた瞬間、足に衝撃。

(;  )「えっ」

ボ*゚Д゚)ウ「たはー、当たったぜい!」

 ガラス瓶の割れる音。それが投げられ、足に当たったのだ。
 足首が捻られたまま地面に無理な着地をし、少女が苦痛に顔をゆがめて崩れ落ちる。

カ゚皿゚ン ギーッ

 男の腕が髪の束を鷲掴みにする。

296 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:01:47 ID:DM6Pm.mI0
(;  )「痛っ! っのやろ」

 歯噛みしながら、少女が杖を持ち上げる。
 十字がわずかに揺れ、回りかけたその瞬間、大男の腕がそれを突き上げた。

(;  )「あっ、この!」

 あっけなく、杖が腕から遠のいていき、石畳に落下した。
 唖然とそれを目で送り、少女の腕が空しく延び切る。

カ゚皿゚ン ギッギッ

 大男の荒い呼吸が粘っこく耳をついてくる。
 勝利を確信したらしい、見下した笑い声。

297 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:02:48 ID:DM6Pm.mI0
 少女が顔をこわばらせ、目を伏せた。目元は前髪に隠れ、苛立ち交じりの口元だけが見える。
 大男のもう一方の腕が、少女の細腕に延びてきた。
 握ったそれを引き寄せて、大男は目を細めて卑しく見つめる。

(;  )「……なによ」

 少女の声が上ずった。

ボ゚Д゚)ウ「へへ、どうやら見初められたらしいぜえ、嬢ちゃんよお」

 相変わらず伏せったままの暴漢がにたにた笑いながら言う。
 腕を握った大男はなおも荒い息を鼻から漏らす。

 少女はわずかに身をよじり、逃げることが叶わないとわかると、ふっと力を抜いた。
 大男が一瞬よろけ、腕をしかと握ると、顔に笑みを見せた。
 歯を見せている。その歯は黄ばみ、ところどころ欠けている。

298 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:03:48 ID:DM6Pm.mI0
 少女はなるべく心を沈めた。
 何も感じないようにした。

 何も言わず、何も見ず、ただあるがままに状況を受け入れる。
 先ほどの気丈さとは打って変わって、徹底した受け身の姿勢。

 それは、少女の癖であり、自己防衛の方法だった。

 苦しさも、つらさも、孤独も、今は忘れて、痛みに耐えて。
 そうすればいつか必ず苦痛は去る。
 生きている限り、きっと。

 細めを開ける少女。
 大男はやはりそこにいる。若干顔が近づいている。

 恐怖を感じ、すぐさま心に蓋をする。
 瞼を閉じれば真っ暗闇だ。きっと、何も怖くない。

299 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:04:48 ID:DM6Pm.mI0
ボ;゚Д゚)ウ「なんだ」

 男たちの声がする。その声にかぶさるようにして悲鳴が掛かる。

 少女の髪と腕を締めあげていた掌の力が緩んだ。
 解放された身体が地面に落ち、少女はたたらを踏んで中腰になる。

 状況は、少女にはわからなかった。
 ただ悲鳴が幾重にも重なって耳に届いてくる。

 大男の傍らに黒い影が、来た。俊敏すぎて突然現れたようにも見えた。

カ゚皿゚ン ギ?

 男の声はかき消される。
 振りかざされた剣の勢いがそのまま男の脳天へと直撃した。

300 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:06:25 ID:DM6Pm.mI0
 一瞬、少女は肝を冷やした。生々しい血しぶきの光景を夢想して、思わず目を閉じる。
 しかし現実には血が出なかった。黒い影の持つ得物が鞘に収まっていると少ししてから気づいた。

 そして、あたりは静かになった。
 いつの間にか誰も起きていない。大男の連れて来た魔人嫌いの男たちは、みな地べたに転がっている。
 誰がそれをしたのか、思い当たるのは目の前の影しかない。

(   )「あの」

 少女の声は思いのほか弱々しくなった。
 言いよどんだ少女に対して、その人は首を傾げた。

 ようやく少女は、男の顔をじっくりと見られた。

( ^ω^)「怪我は」

 激しい動きの後とは思えない、静謐ささえ感じる声。
 ギャップを前に判断が遅れ、やや経ってから少女は答えた。

301 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:07:48 ID:DM6Pm.mI0
(   ) 「え? えっと、あんまり、かな」

 言葉は自然と静まってしまう。
 それほど少女は呆気に取られていた。

( ^ω^)「そっか、良かった」

 その人は少女が思ったよりもずっと若かった。
 まだ二十歳にも満たないだろう。少女と大差ないようだ。

 日陰だった路地裏に、頃間からか、日が差し込む。
 薄暗かった彼の姿が、まるでスポットライトに当たるかのように照らされていく。

 少女は差し伸べられる手を欲していた。
 一度は潰えたその希望は、むしろ何年も前から希求していたもの。
 そして、今。

302 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:08:48 ID:DM6Pm.mI0
(   )「名前は」

 口をついて、問いが出ていた。
 影、少年は空に目を眇めていたのをやめ、少女に顔をむける。
 普通にしていても柔和な笑みがそこには浮かんでいた。

( ^ω^)「ブーン、っていうらしいんだ」

 そういうと、ブーンは鞘付きの剣を腰にしまった。
 血ひとつついていないその刀身が、今しがた少女を救ったなんて、現場を見たものにしかわからないことだ。

 身体つきのしっかりした体格は大人と遜色ない。ただ顔つきだけが、妙な塩梅で幼さを残している。
 着ている衣服は軽装。この路地裏に現れる理由は、すぐには見当がつかない。

( ^ω^)「君は?」

 ブーンが尋ねた。

 いくらか間隙があった。
 やがて口を開いた少女は、おごそかに、言葉を重ねた。

303 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:09:48 ID:DM6Pm.mI0
 陽光がまた動く。
 それまで日陰だった少女の顔をも照らす。

 それはささやかな、本当にささやかな奇蹟。




ξ゚⊿゚)ξ「ツン」

 はじめまして、とそのあとに続く。小柄な体が跳ねるようだった。
 振り仰いだ金色の髪が、薄曇りの空に映え、棚引いた。

 やけに長く、髪が揺れる。

304 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:10:52 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「えっ、あ、ちょっと」

 ブーンの呼びかけに応えはなかった。
 ツンの身体が揺らぎ、前のめりに倒れてくる。

ξ ⊿ )ξ

 ツンは目を閉じていた。
 突然眠りに落ちてしまったかのように。



     ☆     ☆     ☆

305 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:11:48 ID:DM6Pm.mI0
(4)her new life

 メガクリテへと向かう旅の途中で、ニュッ君は元担任のスパムから手紙を受け取っていた。
 ヘルセの学校を卒業して、首都の人間と結婚した人。ニュッ君にとって数少ない、親しみのある人物だ。

 手紙の内容は新年早々に完成する新居への案内状だった。
 首都の住宅街。土地勘はなかったけれど、それなりに値の張る土地だと想像はついた。

 豪華、とは言わないまでも、瀟洒で綺麗な街だろう。
 そんな綺麗なところに住む新婚夫婦の家にふらっと立ち寄るのは忍びない。
 だから最初に手紙をもらったとき、ニュッ君は自分の近況を報告するにとどめ、訪問は遠慮するつもりでいた。

( ^ν^)「このあたりか・・・・・・」

 その街に、今ニュッ君は立ち寄っている。
 綺麗と言えば綺麗だ。白壁の家が平坦で幅広い道の両側に建ち並び、葉を散らしたポプラの並木が先の先まで続いている。
 均整を保った道はメガクリテの中央に聳える『大聖堂』へと続いている。メティス国教の総本山を象徴する歴史的建造物。
 ニュッ君にとっては、かつて揺籃期からの思い出の場所でもあった。

306 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:12:47 ID:DM6Pm.mI0
 往来を行く人影は少ない。いたとしてもよそよそしい。
 上質な街が淀んだ空気の中で空しく浮いている。
 昨年12月17日のサイレンの被害が今でも響いていることは火を見るよりも明らかだった。

 手紙に添付されていた手書きの地図を頼りに道を進んだ。
 大通りから少し奥まり、服飾や雑貨の店がなりを潜め、隠れ家的な喫茶店を数軒通り過ぎた先に目的地はあった。
 二階建てのその家は周りより幾分色が明るく見えた。

(   )「どちらさまですか」

 チョコレート色の扉を叩くとすぐに中の者が声がした。
 声色からスパムとわかる。警戒しているのか震えていた。

307 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:13:47 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は思い出したように息を吸い、深く吐いてから答えた。

( ^ν^)「僕です」

 扉の目線の当たりにある覗き窓をニュッ君は見据えた。
 程なくして扉が開く。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・来てくれたんだね」

 先生の顔色は決して良くはなかった。頬がこけて、目も落ちくぼんでいる。
 それでもニュッ君と目を合わせて笑ってくれていた。

 スパム先生は変わっていない。
 ニュッ君は勇気づけられた思いがした。

308 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:14:47 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「入ってもいいですか?」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「・・・・・・ええ」

 短い応答の後、スパムに促され、チョコレートの扉を潜った。
 通された部屋には応接間だ。真ん中に木目調のテーブルがあり、それを挟んでベージュのソファが向かい合う。
 やはり促されニュッ君が片方に座る。スパムもまた反対側へと座った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ごめんね、すぐお茶を用意したいんだけど、疲れちゃってて。ここで休んでからでいい?」

( ^ν^)「お構いなく。僕もあんまり長居するつもりはないんで」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「あら、忙しいの?」

( ^ν^)「義勇兵の仕事が夜に入っていますから」

309 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:15:47 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「義勇兵・・・・・・それって確か、市長が集めていた、なんだっけ」

( ^ν^)「えっとですね」

 ニュッ君は知っている限りのことを口にした。

 サイレンが鳴り響いた、309年12月17日。その翌日からメガクリテは義勇兵の募集を始めた。

 戦いの経験があるものは警備兵として、それ以外の者も何らかの形で復興に資するものとして、協力を要請する。
 国軍にもすでに支援を要請している。が、それ以前から動けるものには動いてほしい、というのがその趣旨だ。

 メティス国では以前から国王政府と首都機能が分断されている。
 国軍の機能は今のところは国王政府側にあり、首都の防衛は首都が中心となって行う手筈になっていた。
 それゆえ、首都にも元々小規模の軍隊は存在していたのだが、今回のような未曾有の災害を前に手が足りなくなった。
 そこで民間人からも協力者を募った、というわけである。

310 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:16:48 ID:DM6Pm.mI0
 街道を伝った隣町エウリドメにいたニュッ君は、応募に参加するべく出発した。
 到着したのは12月21日だ。

 同行者のブーンはメティス国内での活躍が認められ、すぐに警備兵として採用された。
 一方のニュッ君には、実績がなかった。年齢もまだ十四歳。若いと指摘されると、どうとも言い訳ができない。
 それでも協力したい、と懇願した。メティス国民として、社会の一員として、貢献したいと切に訴えた。

( ^ν^)「今は衛生兵の下っ端として働かせてもらってます」

 一番最近サイレンが鳴ったのは五日前だ。
 間が空いているとはいえ、崩れた建物の下に被災者がいることも考えられ、救助活動は絶えなかった。
 さらに、人間と魔人との深い溝が街のあちこちで抗争となり、毎日のように怪我人を出していた。
 今では魔人が街を歩くことさえ禁止され、無許可で彷徨く魔人を捕らえるのも義勇兵の仕事になっていた。

311 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:17:47 ID:DM6Pm.mI0
 あくまでも原因不明の厄災であるサイレンへの対処として集められた義勇兵は、今やメガクリテの治安維持のために一役買っている。
 体よく扱われているものだという自覚は少なからずあったが、ニュッ君は逆らう気もなかった。
 魔人に対して人を守りたかった。だからこそ、いかように扱われても受け入れる心持ちでいた。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「そうなんだ・・・・・・」

 初めのうちはソファにもたれるようにしていたスパムも次第に身を乗り出して聞いてくれた。
 疲れていた顔色の中に深刻げな色が浮かび、ニュッ君の話を聞き終えて、言葉を選んでいる様子だった。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ニュッ君がそんなに頑張っているなんて知らなかったよ。
      魔人から人を守る、か。こういっては失礼かもしれないけれど、でもちょっと意外に思っちゃった」

312 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:20:29 ID:DM6Pm.mI0
( ^ν^)「きっと、旅をしたからっすよ」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「旅って、ここに来るまでのこと?」

 首都へ向かって旅をしていることは、以前より手紙でスパムにも伝えていた。
 ニュッ君は頷いて、感慨深げに少しだけ上を見た。

( ^ν^)「いろんな人と会ったんですよ」

 これまで旅した街のことを手短にニュッ君は説明した。
 鴉の街から出発して、蛇の街、虎の村、猪と栗鼠の街。
 魔人と人が共存しているところもあれば、対立している街、割り切って関わっている街もあった。

( ^ν^)「特別仲良くなった人がいた、とかじゃないんです。
      でも、実際に生きている人と接した街って記憶に残るじゃないっすか。
      そのどこにも人がいて、その人たちがサイレンのせいで苦しんでいると思ったら、居てもたってもいられなくなって・・・・・・」

313 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:21:30 ID:DM6Pm.mI0
 人と関わったから、人を守りたくなった。
 衝動の根本は案外に安易で、言葉にすると陳腐にも思えて、ニュッ君は口ごもった。

 五日前、同じことを口にした。
 衛生兵の設けた避難民用のキャンプでのことだ。

 警備兵となったブーンが夜半過ぎにキャンプを訪れ、夜勤のニュッ君はそれを見ていた。
 被災者だからと連れてきた子は見るからに弱っていて、ブーンはニュッ君を同行して治療区画へと連れていった。

 妙に周りの目を気にするブーンの様子が気になって、途中でブーンを呼び止めた。
 その子はいったい何者か、と。
 なおも動かないブーンを前に、ニュッ君は咄嗟にその子の頭を撫でた。
 引っ張り上げる皮膚があった。
 髪の下にぴったりとくっついて、獣の耳が隠れていた。
 ブーンは魔人の子どもを勝手に介抱しようとしていたのである。

314 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:22:56 ID:DM6Pm.mI0
 ニュッ君は周りに聞かれないよう気をつけながら、ブーンを睨み付けた。
 避難民用キャンプに魔人は連れ込めない。
 魔人は人を傷つける、そう信じていきり立つ人も大勢いる。
 貴重な物資を消費するわけにもいかなかった。

 だから魔人の子は警察に通報する。
 ニュッ君がそう言い張ると、ブーンはやがて目を伏せて、魔人の子の背中を支えた。

 せめて軟膏だけでも、とブーンが言い、ニュッ君は懐から常備のそれを手渡した。
 これっきり、とブーンに言いつけた。

 それ以来、ブーンとは会っていない。
 義勇兵として採用されたときからそれぞれ個別に住居をあてがわれていた。
 メガクリテの街の郊外、絢爛豪華さに追いやられたかのようなボロボロのアパートを改築して間に合わせのものだ。
 だから不必要にブーンと接触する機会もなかった。

315 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:23:52 ID:DM6Pm.mI0
 警備兵の動向に明るくはないが、おそらくブーンが捕まったり処罰を受けたりすれば噂が耳に入るはずだ。
 今のところ何も聞こえてこない。ブーンも巧く立ち回ったのだろう。

 前から何を考えているのかわからない人だったが、この頃は特にわからなかった。
 魔人に対して何を思うところがあるのか、なぜ魔人を助けようとするのか。

 だが決してブーンが嫌いになったわけではない。
 むしろ今度ブーンと落ち着いた状況であったら、その内心を真剣に問い詰めてみたい。

 曲がりなりにも一緒に旅してきた仲間と言い争いをしたまま終わるのは、ニュッ君の意に反していた。
 旅で出会ったいろいろな人の中にはもちろん、ブーンも含まれているのだから。

 ちらりとスパムに目をやると、目を閉じて考え事をしている風だった。
 やがてその口元に笑みが浮かび、目が開いた。

316 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:24:53 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

 話の流れを無視した問いに不意を突かれる。

( ^ν^)「え、じゃあコーヒーで」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「了解。ニュッ君のお口に合うかな〜」

 鼻歌でも歌いそうな明るい調子で、スパムがソファから立ち上がる。
 軽快な足取りは窶れた顔と不釣り合いで、かえって目をひいた。

 そのままキッチンへと向かって行くと思われた、矢先にスパムは振り返った。

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「ねえ、ニュッ君」

 スパムの顔色がまた変わる。
 疲れを感じさせない、一種の鋭さがその瞳に宿っていた。

317 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:26:22 ID:DM6Pm.mI0
ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「魔人のことは嫌い?」

( ^ν^)「・・・・・・えっと」

ヽiリ,,゚ヮ゚ノi「コーヒーができてからでいいから」

 翻って、スパムが奥へと消えていく。
 リビングとキッチンの間に仕切りがあった。スパムの顔はよくは見えない。

 ニュッ君は痺れたように黙っていた。
 頭の中は真っ白で、その中で唯一、スパムの言葉だけが反響していた。

 ふと思い出す景色があった。
 旅にでるまえ、それこそ自分がヘルセの街にやってきて間もない頃。

318 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:27:53 ID:DM6Pm.mI0
 スズランの群生。
 それはスパムとの、学校以外での思い出の場所。

 やがて痺れが少しずつ解れていく。
 ここはスパムの家。新しくできたばかりの場所。
 その壁には真新しい罅が入っている。

 きっとその問いは、ずっと俺に聞きたかったことなのだろう。

 動き始めた思考でまず始めにそう思った。



     ☆     ☆     ☆

319 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:28:52 ID:DM6Pm.mI0
(5)大聖堂

 口は災いの元。
 二人の頭にはその言葉がありありと浮かんでいた。

 メティス国教会本部。都市の深奥にもかかわらず緑豊かなその敷地を目指していた二人の前には
 メガクリテの他地域とさほど変わらない瓦礫の山が鎮座していた。

 華美な装飾の名残が日に照らされて黄金に輝いていることからその残骸が元々は国教会の大聖堂だと見分けがついた。

 かつて、ほんの半月ほど前まで、大聖堂には毎日大勢の国教信者たちが集まっていた。
 道に迷っている者にを導き、悩んでいる者を救い、罪を持つ者を赦す場所。
 毎週末には祈りの歌を捧げる集会が開かれ、その歌声は大聖堂の周囲に鳴り響き、嫋々として絶えなかった。

 その歌を聴くことももう叶わない。

( ´∀`)「悪い予感は当たるものモナね」

ミ,,;゚Д゚彡「こんなの前にしてよくまあ余裕を持てますね。どんな心臓してるんですか」

320 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:29:52 ID:DM6Pm.mI0
 モナーとフサギコ、二人の巡礼者然とした男は芝の上に立ちつくしていた。
 芝も粗方火に焼かれていたが、二人のいる場所はまだ辛うじて瑞々しさを保っている。

( ´∀`)「いやいや、余裕なんてありゃしないモナよ。
 懇意にしていた聖者たちも、これじゃどうなったかわからないモナね。牢獄に入れられたか、街を追い出されたか。
 いやあ心が痛いモナ。人間も本気になるとおっかないモナね。モナモナ」

ミ,,゚Д゚彡「・・・・・・」

 目を細めるフサギコを余所に、モナーは気ままに背伸びをした。

( ´∀`)「さて、帰るモナ」

ミ,,゚Д゚彡「え」

321 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:30:52 ID:DM6Pm.mI0
( ´∀`)「なんだモナ?」

ミ,,;゚Д゚彡「いやいやいや、何を言ってるんですか。せっかくここまで来たってのに」

( ´∀`)「メガクリテには年初の挨拶に来ただけモナ。
 それが、挨拶する場所がぶっ壊れているし、責任者も見つからないモナ。だから、用事はおしまい」

ミ,,;゚Д゚彡「そんなの道中で判っていたことでしょう」

( ´∀`)「いやいや、私は目で見たものしか信じないモナよ。
 この場に立ってみてやっと確信したモナ。もう心置きなく帰れるモナよ。また来年、挨拶できるといいモナね。頑張れ教徒たち」

 モナーは大袈裟に瓦礫に向かって手を振った。返事も何もない。人の気配すらない。
 フサギコは髪をかいた。盛り上がった乱髪にその手は埋もれていく。

322 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:31:53 ID:DM6Pm.mI0
ミ,,゚Д゚彡「酋長、帰るのはわかりました。でもどうするんです。外郭の警備は厳しいですよ」

( ´∀`)「来るときは君、通り抜けられたじゃないか」

ミ,,;-Д-彡「やっぱり俺の能力頼みですか」

( ´∀`)「杖、どうモナ?」

 やれやれ、とぼやきながら、フサギコは腰のベルトに携えた杖を見た。
 赤銅の柄の先端、円の中で十字が赤く燃えている。

ミ,,゚Д゚彡「オルもだいぶ溜ってきましたね。まあ一、二回はできるかと」

( ´∀`)「僕を入れてモナね?」

ミ,,゚Д゚彡「もちろんですよ。あ、くそ無意識のうちに入れてしまった・・・・・・」

( ´∀`)「素直な奴モナ」

323 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:32:57 ID:DM6Pm.mI0
 目をつむるフサギコを笑って、モナーは芝から道へと降りた。
 相変わらず、惨状はどこまでも広がっている。
 崩れた家の陰には蹲る人々の姿も見えた。魔人ではない。負傷した人間だろう。

 街のあちこちに避難民用のキャンプも設立されている。だが、それでも街の人間全員はまかないきれていない。
 加えて、年初の挨拶のために訪れていた国教会信者も大勢混ざっている。避難民キャンプはとっくに定員を超過していた。

 ここが花の都だったと言っても、他国の何も知らない人は信じないだろう。
 花咲いた人間の文化・風情はいつでも街が象徴する。ただの住処が飾られれば、その意匠を紡いで地域性が生み出される。
 意匠が受け継がれ、変遷することで、街は発展する。そしてそれは破壊によって終焉を迎える。

( ´∀`)「どんな時代にも終わりはくるモナ」

ミ,,゚Д゚彡「なんですか、突然」

( ´∀`)「ご先祖様の言葉モナ」

324 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:33:53 ID:DM6Pm.mI0
 どことなく寂しさを帯びた口調でモナーは言った。
 そのとき、鳥の鳴き声がした。鳩が、見る間に空からモナーの許へと飛び込んできた。

( ´∀`)「伝書鳩?」

ミ,,゚Д゚彡「誰が送ってきたんでしょうか」

 モナーは手早く鳩の足から手紙を解いた。
 広げられた文字を読み、途端、顔を明るくする。

( ´∀`)「フサギコ、どうやら僕らにはまだやれることがあるみたいモナ」

 困惑気味のフサギコをよそに、モナーは急いでペンを手に取り、手紙に書き付けた。
 ほんの数行の返信が鳩の足に括られ、空へと舞い上がる。

 青空は、街のあちこちから昇る義勇兵の狼煙に濁っていた。



     ☆     ☆     ☆

325 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:34:53 ID:DM6Pm.mI0
(6)接着と剥離

 たった一度サイレンがなったせいで、人間と魔人は別物になった。
 力の違い、能力の違い。露わになった特異点が軋轢を生む。生まれた軋轢が火種となる。
 えぐれた石畳も、砕け散った屋根も、倒れた壁の向こう側から聞こえてくるうめき声も、全てその火種の結果だ。

 冬用のブーツが土を踏みしめる。枯れ葉が砕かれ風に紛れた。
 吐息がブーンの首筋に当たった。

( ^ω^)「起きたかい」

ξ-⊿-)ξ「う……」

 饐えた匂いが届いてくる。どこかで人が死んでいるのだろう。
 砂埃が棚引いて、ブーンたちの周りを漂っている。
 遠くでまたひとつ、壁が崩れた。戦闘が起きている。また誰かが傷つくのだ。

326 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:35:52 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「……あたしを助けているの?」

( ^ω^)「うん」

ξ゚⊿゚)ξ「どうして」

 暴漢に襲われる彼女を助けたことも、気を失った彼女を背負って歩いていることも、
 魔人で破壊された街を歩く人間にはおよそ不似合いな行動だ。
 不審に思うのも無理はない。

 ツンは唇を一文字に閉じ、ブーンの肩に垂れる腕に力を込めた。
 尋ねておきながら、答えを聞くのが怖いかのように。

( ^ω^)「肩、動かさないように。傷が開くよ」

327 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:36:51 ID:DM6Pm.mI0
 ツンの肩には、暴漢に硝子瓶を投げられたときについた傷があった。
 簡易な除菌はブーンが行い、今は包帯が巻いてある。

( ^ω^)「怪我人は助ける。そういうもんだよ」

ξ゚⊿゚)ξ「……魔人なのに」

( ^ω^)「うん。だから、なおさら」

ξ゚⊿゚)ξ ?

( ^ω^)「いろいろあるんだよ」

 広場に出た。幾重にも折り重なった石畳の向こうに、噴水が見える。
 外見は傷つき、崩れかけつつも、機能は逸しておらず、勢いよく水を空中へ放出している。

 埃っぽい空気に透明な水が日の光を浴び、七色の虹を放っている。
 惨状のただ中にはきれいすぎる光。現実感が無い。だからこそ思わず見とれてしまう。

328 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:37:53 ID:DM6Pm.mI0
 ブーンもツンも黙って水を眺めていた。
 お互いそれに気ついて、笑みを含んだ吐息を漏らした。

ξ゚⊿゚)ξ「行く当てはあるの?」

( ^ω^)「うーん、キャンプは魔人御法度だし。
 どこか手頃な空き家でもいいかな。少し休めば動けるようになるよね」

ξ゚⊿゚)ξ「ええ、たぶん。ありがとう」

( ^ω^)「気にしないで」

 それからは話題を変えた。
 瓦礫を見て、ブーンがその元の形を問う。ツンが記憶を頼りにそれにこたえる。
 メガクリテのことをブーンは何も知らなかった。だから、なんでも新しい発見になった。

 ツンはメガクリテに昨年の12月初めに来たという。
 街並みも、サイレンが鳴るまでのわずか二、三週間ばかりだが、出歩き、慣れ親しんでいた。

329 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:38:52 ID:DM6Pm.mI0
 緑の豊かな公園だった場所、児童の通う学び舎、活気のあった商店街。
 頽れたそれらを思い出すのに、ツンは時折言葉を詰まらせた。
 思い入れが深い場所なのだろう。ブーンは広く浅く尋ねるにとどめた。

 やがて二人は大きな瓦礫に出くわした。
 大きなドーム型の建物に、細長い鉄塔。頂上に聳える輪っかの十字架は傾き、旗を風になびかせている。
 旗は二種類。青い地に白い波、その上に翼を広げるアルバトロスの感略図。
 方や赤い地に金のらせん状の縦帯が二本、それらに挟まれて黒い牡牛が振り向いている。

ξ゚⊿゚)ξ「大聖堂と、交易の塔。先端にある青と白の旗はメティスの旗、赤と金はテーベの旗。
 交易の証として、最近掲げられたばっかりだったのに」

 勇壮な建築の名残は煌びやかな装飾交じりの瓦礫からもうかがえる。
 繊細さがうりのメティスの建物とは微妙に風合いが違う。
 産業的な革命が盛んに行われていると噂に聞くテーベの実直的で力強い気質が混じっているらしかった。

330 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:39:53 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「降りるわ」

 言いながら、ツンがブーンの背を降りた。
 ツンの目の高さにブーンの顎がある。身長差が、それだけあった。

 ツンが上目にブーンと見かわした。
 何か言いたそうで、だけど決して口は開かない。

 小首をかしげるブーンに対して、ツンはなおも目を離さない。

ξ゚⊿゚)ξ「迷惑は掛けたくないの。ここで別れましょう」

 ツンは毅然と言い放つ。

( ^ω^)「怪我は」

ξ゚⊿゚)ξ「大丈夫、ていうか、元々大したことないわ。
 気を失ったの、これのせいじゃないし」

331 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:41:54 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「どういうことだい」

ξ゚⊿゚)ξ「それは、あなたは知らなくていいの。こっちのことだから」

 こっち、と言うとき、ツンは大聖堂を指した。
 それ自体は無意識の所作だったのかもしれない。

 教会と魔人は切っても切れない中にあった。
 このような非常事態の中でも、その観念自体がまだツンの中にあったのかもしれない。
 まっすぐに伸びた指先に募るそうした意志を感じてか、ブーンはやや黙し、それから教会から目をそらした。

( ^ω^)「五日ほど前かな、魔人の子どもを助けたんだ」

 不可解そうな顔をするツンをよそに、ブーンは話を続けた。

332 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:42:52 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「警備兵の仕事は交代制なんだけど、その交代のときに、たまたまその子を見つけたんだ。
 茂みの中に隠れていて、でも月明かりに目が光っていた。猫の魔人なんだ。彼らの目はそうなっている。
 その子は僕が近づいても逃げなかった。見れば怪我を負っているのがわかった。だからどうにかしたくて、とりあえず背負ったんだ」

 ツンが睨んでいることなど忘れたかのように、ブーンは微笑んでいた。

( ^ω^)「キャンプに行ったけど、他の人間を刺激しないように、って追い出された。それは、それでいいんだけど。
 その子を置いておける場所がなくて、空き家に入った。幸い救急道具が揃っていたから、簡易な消毒はしたんだ。
 僕も立場があったから、その日しか看てあげられなかった。翌日に寄ってみたら、もうその子はいなくなっていた」

( ^ω^)「今日、久しぶりにその姿を見た。さっきの子だよ」

 ここへきて、ツンが目を見開いた。
 構わずブーンは続ける。

333 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:43:55 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「僕は出て行くのを躊躇ったんだ。人間がいたからね。仮にも警備兵の仕事の合間に魔人は助けられない。
 だが、君が助けてくれたのを見て、思い直した。その子はすぐ逃げちゃったけど、君が追われていて、僕もその後をつけていった。
 だから、あの場所で君を助けることができた。何のことはない。僕を招いたのは君自身だ。そして動機は、ただの後ろめたさの反動だよ」

( ^ω^)「あらためて言うよ。ツン。ありがとう、あの子を助けてくれて。
 そしてあわよくば、僕に君を助けさせてほしい。今日一瞬でも君たち魔人を助けるのを躊躇った僕の、せめてもの罪滅ぼしのために」

 ブーンが言い終わると、しばらくお互い沈黙した。
 ツンの表情は依然不可解そうではあった。だがそれ以上に、目が見開かれていた。
 それが何かと言われれば、期待という言葉が一番似合っていた。

ξ゚⊿゚)ξ「どうしてそんなに魔人を助けたいの」

( ^ω^)「うん、だから、いろいろあって」

ξ゚⊿゚)ξ「教えてくれないの」

( ^ω^)「うーん、そうだなあ。信じられる人なら、いいかもしれないけど」

334 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:45:20 ID:DM6Pm.mI0
ξ゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

ξ-⊿-)ξ「いつかあたしも、信じてもらえるかしら」

 視線が途切れる。
 敵意さえ感じられていた瞳が、次の瞬間には穏やかな色味を帯びていた。

 寒い冬風に吹かれながら、その静寂は決して冷たくなかった。

ξ゚ー゚)ξ「行く当て、あるわ。私が隠れていたところ。魔人が潜んでいる場所だけど。
 もしよかったら来てみない? 招待するわ」

( ^ω^)「いいのかな」

ξ゚⊿゚)ξ「言いふらしたら殺したげる」

( ^ω^)「ああ、そりゃありがたい」

335 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:46:21 ID:DM6Pm.mI0
 乾いた笑いを漏すブーン。
 その向かいでツンも笑っていたが、すぐに肩を掴んで縮こまった。

( ^ω^)「肩、痛む?」

ξ゚⊿゚)ξ「痛くない」

(;^ω^)「いやいや、抑えてるよね」

ξ゚⊿゚)ξ「痛くないわよこれくらい、気合いよ気合い」

(;^ω^)「肩貸すから」

ξ-⊿-)ξ「痛くないけど、ありがたいわ」

( ^ω^)「あ、いいんだ」

 怪我をしていない方のツンの腕がブーンの肩に回される。
 背後で噴水の水がやんだ。
 少しだけ涼やかな広場をあとに、肩を組み合って二人は歩いた。



     ☆     ☆     ☆

336 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:48:11 ID:DM6Pm.mI0
 瓦礫にも個性がある。見つめていればもとの街並みが思い浮かんでくる。
 立派な石畳は繁華街の象徴で、土の混じる未舗装の道は細く入り組んだ路地裏の道。
 とりわけ狭苦しい場所を進み、灰色の石の壁を両側に、ブーンとツンは二人で歩いていた。

ξ゚⊿゚)ξ「もう少しよ」

 目的地を提案したのは彼女だ。
 魔人の隠れ家、とツンは呼んでいた。

( ^ω^)「見てわかるものなのかい?」

ξ゚⊿゚)ξ「中は寂れた怪しいバーよ」

( ^ω^)「……外は?」

ξ゚⊿゚)ξ「行けば判る」

( ^ω^)「……」

337 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:49:30 ID:DM6Pm.mI0
 既に噴水の広場もずっと遠くなっている。中心街から外れて、路地裏をひたすらあるいて、石造りのアーチを潜った。
 途中で細い川も見つけた。街を分断する川は、細々流れ続けていて、細切れの木片や着物の裾を流していた。
 どこかで意味があったのかもしれないが、今となってはゴミでしかない欠片。

 その横裾を進んでいけば、再び大通りへと出た。車も人も通っていない。喧騒から遠ざかっているのに、人気すらない。
 すでに人は逃げたのかもしれない。わずかに残った生活感も、やがては砂埃に埋もれてしまうのだろう。

 雲間から覗く弱々しい陽射しが徐々に赤みを強くしていく。
 夕方の到来が先か、それとも雲があたりを包むのが先か。その接戦が上空で窺えていた。

ξ゚⊿゚)ξ「あった」

 言葉があまりに唐突で、ブーンはたたらを踏みそうになった。

 灰色の意思の壁に、埋め込まれるようにして、ブロックづくりのアーチがある。
 その内側に反楕円形の扉が一つ。四つの窓はすりガラス。把手には傷跡が無数についている。

ξ゚⊿゚)ξ「傷? ああ、何でも無いわよ。
 魔人化した魔人を連れてくるときにでもついた傷でしょ」

338 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:50:28 ID:DM6Pm.mI0
 だから気にすることはない、とツンは言いたげだった。
 素直に受け取るのも難しい。

 扉の上には看板が埋め込まれていた。
 「fume」 フューム。この国の言葉で煙を指す。

 ツンは把手に手を伸ばした。
 が、力を込めているにもかかわらず動かない。

ξ゚⊿゚)ξ「あれ?」

 首を傾げた、つかの間。
 扉の周辺から白煙が噴き出す。

 ブーンが身の危険を感じた瞬間、その扉は開かれた。

339 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:51:28 ID:DM6Pm.mI0
 乱れた白煙が膨らみ、霧散する。

 一陣の風。
 ツンの横を掠めたそれはブーンの許にて煌めいた。

(・く・ハリ「シャアーーーー!!」

 見知らぬ男。白い短髪を靡かせて、小柄にまとまり空を切り裂いている。
 ぎょろりと輝く瞳が真っ直ぐブーンを捉えて離さない。

( ^ω^)「!」

 目を見開き抜刀する。
 鋼同士の競り合う音。

 ブーンの得物は支給品の剣、一方相手の男はナックルを握っている。
 金属質のその一片が陽光を受けて赤く光っていた。

340 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:52:57 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「まだまだァ!」

 音に負けない喝破が響き、ブーンの剣を圧倒する。
 一撃、二撃、積み重なるごとにじわじわと後退を余儀なくされた。

 瀟洒な街並みに似合わぬ荒っぽい処遇。
 何が起きているかもわからぬまま、ただひたすらに防御を続ける。

 明確な敵意をブーンは感じ取っていた。

( ^ω^)「君は、いったい?」

(・く・ハリ「それはこちらの台詞だァ!」

( ^ω^)「そんなに叫ばなくても」

(・く・ハリ「アアァーーーん?」

ξ;゚⊿゚)ξ「なーーーー!?」

341 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:54:13 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「え?」

 それは確かにツンの悲鳴だった。

ξ;゚⊿゚)ξ「気持ち悪っ、何すんのよ!」

(グー゙ル「あーい、動かなーい、いたいかんねー」

 攻撃の間隙を縫って見ればツンはまた別の男と言い争っていた。
 マッシュルームカットの頭が若干金色に塗してある、恰幅の良い赤ら顔の男。

 ツンはその赤ら顔の前で尻餅をついている。
 藻掻いているようだが、両手はしっかり石畳に触れたままだ。

ξ;゚⊿゚)ξ「離れないー! なんで“接着”したの!? 敵じゃないのは見て判るでしょ?」

(グー゙ル「ツンは敵じゃないー、もちろん。けどあの人はしらんよー。
 偵察から帰ってくる予定時間も結構過ぎてる、何があったかわからんもん、警戒するのは当たり前」

 言葉の端々でツンの傍の男はブーンを指差し小首を傾げた。
 よく見ればブーンよりいくらか年の低い幼い顔立ちをしている。

342 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:55:13 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「シャーオラー!」

 対してブーンに襲い来る男は、身長は低いが年が高そうだ。二十歳近くか、それ以上か。
 二人は口調も目つきも違う。兄弟でも家族でもなさそうだ。
 唯一の特徴といえば、二人とも両手の甲まで毛が生えている。毛深い人、というよりはそういう種なのだろう。
 つまりは、魔人である。

( ^ω^)「えっと、僕はブーンっていいます。ツンが襲われているところを助けました」

 相も変わらぬ連撃を交わしつつ、思いつくまま述べていった。

( ^ω^)「僕は人間ですが、魔人を憎んではいません。ツンを届けにきただけです。
 どうかツンを受け取ってください。そうすれば僕は真っ直ぐ帰りますので」

343 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:56:27 ID:DM6Pm.mI0
 攻撃が、やむ。
 沈黙。

 そして。

(・く・ハリ「ダメだアアアアア!」

(;^ω^)「えー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと! なんでよ! グルー」

(グー゙ル「僕に言われても。ハクリさん、なんでー?」

(・く・ハリ「ここを見られたんだ、ただで返すわけにはいかない。誰にも言わないように口封じする」

(グー゙ル「なっとくー」

ξ;゚⊿゚)ξ「なによそれ、無駄でしょ、馬鹿じゃないの!」

( ^ω^)(この人、今は叫ばなかったな・・・・・・)

344 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:58:01 ID:DM6Pm.mI0
 戦意が衰えていないことは振り下ろされる拳がありありと証明していた。
 ブーンもまた剣を振る。刀身が揺れ、冷めない。

( ^ω^)(埒があかない)

 思い立った次の瞬間、拳の合間を潜り抜けた。
 ハクリと呼ばれた男の胸もとへ。

( ^ω^)「もらった!」

 振り上げる剣は、逃げられる距離じゃない。
 掲げ挙げたそれを見てから、ハクリを見下ろすつもりでいた。

 が、その手の先に剣がない。

345 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 22:59:02 ID:DM6Pm.mI0
(;^ω^)「あ、あれ!?」

 疑問符に呼応するかのように遠くで金属音が鳴る。
 ちらりと見えたその先に、横たわる剣が見えた。
 どうみてもブーンの剣である。

(・く・ハリ「“引き剥がした”、残念だったな」

 変に落ち着いた声。
 嫌な予感がしたときには、すでに遅く、ブーンの側頭部に衝撃が走った。

(  ω )。・;゚ ゴフッ

ξ;゚⊿゚)ξ「ブーン!!」

346 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:00:00 ID:DM6Pm.mI0
 比喩でなく、脳の揺れる感触がある。
 足下はふらつき、よろめいたが、どうにか堪えて立ち尽くす。

(  ω )「・・・・・・うう」

 眩暈。
 呼吸をするたびに冷たい空気が肺を逆撫でする。
 その刺激がなかったら、むしろ立ってもいられないだろう。

(・く・ハリ「まだ立てるのか、人のくせに丈夫だな」

 ハクリがあからさまに嘲りを交えて言った。

 魔人も様々だ。ブーンは改めて思う。
 人の中に魔人を憎む奴もいれば、魔人の中に人を憎む奴もいる。
 当たり前の事実だが、人の中にいたからこそ気づきにくかったのだろう。

347 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:01:01 ID:DM6Pm.mI0
 余計なことを考えているうちに頭は冴えてきた。
 追撃があればかなりきつかったが、ハクリの関心は今はブーンを向いていない。

 地面の剣、ブーンから引き剥がしたというそれを座って眺めて、手に取っている。

(・く・ハリ「・・・・・・国軍のマークだ」

 メティス国のマーク。国旗にもあるアルバトロス。
 義勇兵の全員にその剣は支給されている。
 名乗り上げた以上は、国軍兵士と変わらない活躍を期待されてのことだ。

(・く・ハリ「決まりだな、こいつは国軍か、あるいは義勇兵。魔人を討伐して練り歩いている連中の一味だ」

(グー゙ル「ありゃー、決まりだね」

ξ;゚⊿゚)ξ「・・・・・・」

348 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:01:59 ID:DM6Pm.mI0
 こうして不利に傾くとは思いも寄らなかった。
 何がおこるかわからないものだ。ブーンは改めてそう思う。

 ハクリの顔にはもう嘲りは浮かんでいない。
 あるのはよりはっきりとした敵意、憎悪。ブーンを見つめる目に温情はまるでない。

 たとえ、昨日魔人の子どもを助けたことで、ブーンが義勇兵会議に取りざたされ
 すでにその身分を剥奪され掛かっていると説明したところで、ハクリは止まらないだろう。

( ^ω^)「・・・・・・それで? どうするんだい」

 視界は良好。
 冷たい空気を吸い込んで腹をくくる。

(・く・ハリ「お前を徹底的に痛めつけ、捕獲する」

349 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:03:00 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「・・・・・・そうか」

 拳が来るのはわかっている。
 受け止める剣はもう残っていない。

 それでも止まるわけにはいかない。
 背を見せるには戻る場所も、どこにもないのだ。

 だから。

( ^ω^)「悪いけど僕は、こんなところで死ぬわけにはいかない」

 素手の拳は魔人には届かない。
 なんとか地面に転がっていた、石畳の破片を掴み、投げつける。

(・く・ハリ「ふん」

 面白くもなさそうに、破片はハクリによって粉砕された。
 粉々になって宙を舞う。

350 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:04:02 ID:DM6Pm.mI0
 その塵の中にブーンは突っ込んでいた。

(・く・ハリ「また懐に突っ込むのか? 芸の無い男だ」

 拳が振るわれる。
 ステップを踏んで、ブーンは退却する。

(グー゙ル「やっちゃいなー」

ξ;゚⊿゚)ξ「ちょっと、丸腰の人間相手にやりすぎじゃないの」

(グー゙ル「ハクリさん最近身体動かしてなかったからね。首都に来てから籠もりっぱなしだし。
 派手にやりたいのさ。好きにやらせてやんなー」

ξ;゚⊿゚)ξ「勝手すぎるわよ。ブーンは何もしてないじゃない」

(グー゙ル「ふん」

 グルーは鼻を鳴らして目を細めた。

351 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:05:01 ID:DM6Pm.mI0
(グー゙ル「何もしていないっていいながら、仲間が見る間に捕縛されたんだ。
 少しは八つ当たりしたくもなるもんね。君だって、わかるだろー?」

ξ;゚⊿゚)ξ「そんな・・・・・・」

 二の句が継げずにいる間、ブーンとハクリは睨み合っていた。
 見えない何かが詰まっているように、二人の空隙には何もない。
 風の運んだ木の葉が一枚、地面に伏して、影を落とした。

 白髪が先に舞う。

(・く・ハリ「悪いがこれで終わりだ」

 石畳に掌が吸い付く。ナックルの鋼が陽光とは違う銀の輝きを放った。
 低い響き、直後、文字通り地が裂けた。
 並べられた石が思い思いに飛び出して、ブーンはふらつき、遠くツンやグルーも揺れた。

352 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:06:02 ID:DM6Pm.mI0
 隆起する地面の動きが読めず、一様に驚き身を固くする。
 その中で、ツンの片腕が唐突に下へ落ちた。

ξ;゚⊿゚)ξ「んなあ!」

 ちょうど掌をついていた地面が陥没し、穴になった。
 接着はとうに剥がされている。

(グー゙ル「あ、ちょっと! ハクリさん!」

 慌てたグルーの言葉をよそに、ツンは腰へと手を伸ばす。
 白い小杖が爆ぜたように輝いた。

ξ#゚⊿゚)ξ「ふん!」

(ク>ー<ル「うわ」

 空気の塊、疾風に、思わずグルーは目を閉じた。
 が、それは方頬を撫でるのみ。

 吹き抜けた風は真っ直ぐに相対するブーンを横薙ぎ、ハクリにぶち当たる。

(・く・;ハリ「風か!」

 塵芥、砂埃を纏った風に、一瞬だが、目は伏せられる。
 失態に気づいたときにはすでに遅かった。

353 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:07:01 ID:DM6Pm.mI0
( ^ω^)「――ッ!」

 声になる前の叫び。
 一気呵成の吠え声を吐き、ブーンは腕を振る。
 その手にはすでに剣が握られていた。転がっていたそれを一瞬の眩みをついて拾っていた。

(・く・;ハリ「ふん、そんなもの」

 異常があるとすれば、ハクリの能力。
 触れたものを引き剥がす力。
 それはすなわち、避ける必要も無く致命傷を避けられること。

 引くべき足を前へと踏み出す。
 迫り来るブーンの身体に敢えて接近し、その肘に手を軽く触れた。
 甲高い音とともに、剣がブーンの手から逃れる。

 空を舞う白銀を見て、ハクリはほくそ笑んだ。
 が、視界の端に影が見える。

 ブーンの腕が意表をついて伸びてくる。

354 ◆MgfCBKfMmo:2017/01/08(日) 23:08:09 ID:DM6Pm.mI0
(・く・ハリ「なっ」

 ここにきて、ハクリは自らの失策に気づく。
 剣は武器だ。だが、いつでも攻め手になるとは限らない。

 自分の能力をすでに読まれているとしたら。
 剣がはじき飛ばされることを織り込み済みであるとしたら。

 その握り手は、実は拳。剣はブラフ。狙いは初めから決まっていた。

 悟ったときには、視界は黒ずんだ。
 星が明滅する。開けようとする間もないほどに強烈な痛みが襲ってきた。

( ^ω^)「良かったね、丈夫な身体で」

 笑っているのだろう。
 その顔を見ることは、ハクリにはかなわなかった。

 身体が横転する。
 最後に地面に触れる鈍い音を耳にして、ハクリの意識は地に落ちた。


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