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レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。
( ^ω^)優しい衛兵と冷たい王女のようですζ(゚ー゚*ζ 第三部
1
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/10(金) 21:01:44 ID:U0jBOVFc0
第二部までのお話はBoon Roman様に収録されています。
http://boonmtmt.sakura.ne.jp/matome/sakuhin/tender/
(リンク先:boon Roman)
110
:
同志名無しさん
:2016/06/11(土) 23:05:24 ID:W32zPNTQ0
ブーンさん、人変わりすぎ
111
:
同志名無しさん
:2016/06/11(土) 23:31:57 ID:6e2A/SGM0
乙乙
112
:
同志名無しさん
:2016/06/12(日) 05:01:48 ID:eGebwDJw0
アルミ製造できる技術があるのか
まあ飛行機作れるくらいだからあるか
113
:
同志名無しさん
:2016/06/16(木) 12:54:42 ID:yARrWjUQ0
乙
次の投下も楽しみにしてます
114
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:01:15 ID:29LFM3/20
投下します。
115
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:04:17 ID:29LFM3/20
「栄枯盛衰、でございます」
喧噪の中なのに、その老人の言葉は不思議とよくニュッ君の耳に留まった。
ここは道半ばにぽつんと佇むこの宿屋の宴会場だ。
広間の中央には樽酒が詰まれており、自身のある者たちが次々と蓋を開けている。
町と町の間で日暮れを迎えた旅人たちが大勢集まっていた。
( ^ν^)「いきなりなんだよ、じいさん。俺、あんたと話してた覚えないけど」
「これは失礼。外の城が気になっていらっしゃるようでしたから、つい」
木枠で囲まれた硝子の向こうには夜の森が広がっている。
さらにその奥の山沿いに、月明かりに照らされた城が見えていた。
高い塀の奥に、二、三の塔。
その塔に囲まれるようにして、四角いパーツを組み合わせた積み木のような城が建っている。
「メティス城。かつてのこの町の中心地でございます」
語る老人の後ろから、一人の影が近づいてきた。
116
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:05:03 ID:29LFM3/20
(*)^ω^)「くぁふて?」
( っ皿o)
( ^ν^)「ブーンさん、喋るのは食べてからにしましょうよ」
(*)^ω^)「ふぉお」
( っ皿o)
片手に山盛り詰まれていたこま切れ肉をを吸い込むように片付けると、ブーンは満足げに息をついた。
(*)^ω^)「いやあ、並べられているとつい手が伸びちゃうね。で、かつてというと、メティス城は昔の首都だったのですか」
「数年前の話でございますよ」
黄色い歯をニッと見せると、老人は窓枠に寄りかかった。若干軋む音がする。
代わりにニュッ君は窓枠から離れ、ブーンの横に立った。
皿にこびりついた切れ端に手を伸ばしてブーンに即座に手を叩かれた。
117
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:06:02 ID:29LFM3/20
「数年前、ラスティア城の城主ショボンと、その王女デレ、および側近を招いて宴会を開いたそうな。
その折りに王女が魔人に襲われる事件が起きた。王女は何とか一名を取り留め、激昂したショボン王はメティス城に賠償を請求した。
事件の原因を解明出来なかったメティス城は、国内の有力者に頭を下げてお金を工面した。
その中で一番の有力だったのがメティス国教会でございます。
以来この国では教会と国王の地位が反転し、首都も教会の本部があるエウリドメへと移り変わったわけでございます」
( ^ν^)「事件よりも前から、俺が物心ついたときから力関係は出来上がっていたよ。
古い権力が健在であることを示そうとしたパーティが原因で責められたんだ。
それ以来、城なんざ誰も見向きもしなくなってたね」
ニュッ君はそう付け加えた。
窓の外に聳える城からはわずかに光が漏れている。
それでも月明かりの方がいくらか強く、霞んでしまっていた。
( ^ν^)「ところで、ブーンはラスティア出身なんだろう。この話は聞き覚えないのか?」
ラスティア国王とその王女。その側近。
確かに実際に起きた事件であれば、断片くらいは国民に知れ渡っていそうなものだ。
ブーンは申し訳なさそうに目を伏せた。
118
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:07:02 ID:29LFM3/20
( 'ω`)「残念だけど、やっぱり何にも覚えていないよ」
( ^ν^)「そっか」
記憶の無いブーンに向けて、ニュッ君の顔が暗くなる。
( ^ω^)「まあ、今ここで知れたんだからいいってことにしようよ」
ニュッ君の肩を軽く叩くと、ブーンは宴会の中央へ足を向けた。
( ^ν^)「まだ食べるのか」
(*^ω^)「そりゃもう、そこに食べ物があるんだから」
大股で向かって行くブーンの背中がぐいぐい遠ざかっていく。
119
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:08:02 ID:29LFM3/20
「かつての首都が衰えて、新しい首都が栄える。世はこの繰り返しなのです」
( ^ν^)「じいさん、せっかくの聞き手は行っちゃったけど」
「独り言ですよ。世の移ろいを見つめるのはまことに楽しいものなので」
( ^ν^)「はあ」
「時に旅人さん、この栄枯盛衰の世の中で、衰えを知らない者のあることをご存じかな?」
老人の目がきらりと光り、ニュッ君へと視線が注がれた。
( ^ν^)「衰えを知らない……自然とか?」
「いやいや、れっきとした生き物で、ですよ」
( ^ν^)ゞ「さあて、なんだろ。わかんねえ」
120
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:09:02 ID:29LFM3/20
頭を掻いたニュッ君を老人は目を弧にして見つめていた。
「その生き物の象徴を私は持っているのです」
ああ、とニュッ君は口から零した。
( ^ν^)「売ろうってんなら、止めておきな。無駄な金を使う気はねえから」
「とんでもございません。ただ、見せたくなっただけですよ」
老人は手を大きく横に振り、それから自分の鞄に手をかけた。
極端に少ない荷物の中から、するするとそれが出てくる。
「ただの自慢でございます」
( ^ν^)「ほう、これは」
月明かりが差込むわけでもないのに、それは青みを帯びた綺麗な白に際立っていた。
☆ ☆ ☆
121
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:10:02 ID:29LFM3/20
第十八話
蛇の町 (冬月逍遙篇③)
.
122
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:11:03 ID:29LFM3/20
宿屋から歩いて小一時間の距離に、次の町パシテーはあった。
川沿いに広がる湿原の町だ。
( ^ω^)「やれやれ、君には失望したよ」
門を潜ってすぐの場所にある広場にて、周りの景色をしっかり見つめて、ブーンは溜息交じりに言った。
( ^ω^)「レアものだかなんだか知らないけれど、酒の席にいた客につられて意気揚々と買っちゃうんだから、おめでたい話だね」
( ^ν^)「何度もうるせえよ。朝から同じこと言いやがって」
苛立つニュッ君は、腕に巻いた白い布を振りかざした。
下半分が蛇の体、上半分が人の体という、風変わりな生き物の皮だ。
ブーンはそれを丁重に払いのけた。
( ^ν^)「蛇型の魔人なんて、俺は見たこと無かった。だから珍しいと思ったんだ」
( ^ω^)「そうはいっても、途中でも怪しいと思っただろう? パシテーからやってくる人たちがみんなそれを持っていたんだから」
( ^ν^)「そうだな……この町にいる人からすれば、ありふれたものだったみたいだな」
123
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:12:08 ID:29LFM3/20
見渡す限り、ざっと何十人もの人が街道を歩いている。
そのうちほとんど全員が皮を携えていた。
鞄の持っている人、首や腰に巻いている人、手の甲に巻いている人、扱い方は様々だ。
「見ろよ、これ。昨日買ったんだぜ」
「おお、レアものですな」
「そうだろう、そうだろう」
道行く人の会話から耳に入ってきた。
ニュッ君が本当に苦痛そうに顔を顰める。
( ^ω^)「蛇の魔人、か」
見かねたブーンが上を向いて呟いた。
門の真上にとぐろを巻く蛇のモニュメント。
下半身が蛇であり、上半身が人の姿をしている。
124
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:13:05 ID:29LFM3/20
( ^ω^)「この町には古くから続く魔人の名家が住んでいるらしいんだ。
この人たちが作り出す皮は、その神からもたらされる恩恵とされているんだとさ」
( ^ν^)「皮が恩恵?」
( ^ω^)「御利益があるとか、そういうことかな」
( ^ν^)「ほう。というか、どこでその話聞いたんだ」
( ^ω^)「昨日の宴会で」
( ^ν^)「おい」
(*^ω^)「いやあ、飲み過ぎちゃってめんどくさくて。でもそれは置いといてだよ」
にっと笑っていたと思ったら、急に真顔になってニュッ君を見つめた。
( ^ω^)「君はその皮をどうやって買ったのかな」
( ^ν^)「え? そりゃ、もちろんお金を出して……」
125
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:14:03 ID:29LFM3/20
言葉の途中で、ニュッ君は口元を手で押さえた。
( ^ω^)「僕らの所持金は旅のための合資とする。旅に出た最初に日にお互いで決めたことだよね」
(;^ν^)「待って」
ブーンの話を遮る形でニュッ君は咄嗟に手を突き出した。
顔には珍しく焦りの色が浮かんでいた。
(;^ν^)「俺の金の範囲内で十分買えたはずだ。なにも旅行資金を着服したわけじゃない」
「いや、グレーだよ。合資したんだから、そのお金をどう使うかは話し合って決めるべきだ」
(;^ν^)「そこをなんとか」
( ^ω^)「いやいや、お金のことだからね。ここはきっちりさせないと」
ニュッ君に乾いた一瞥をくれると、ブーンは広場を進んでいった。
(;^ν^)「待ってって」
ニュッ君はその後をついていく。
126
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:15:11 ID:29LFM3/20
(;^ν^)「悪かったよ。相談せずにお金を遣ったことは謝る。で、俺はいったいどうすればいいんだ」
( ^ω^)「一番手っ取り早いのは同じ額を稼ぐことだね。日雇いでもいいから仕事をするか、あるいはお金が手に入るような交渉をするか」
(;^ν^)「俺は構わないけど、時間がかかるかもしれないぜ」
( ^ω^)「急いでないから、気長に待つよ」
肩を竦めて微笑んで、それからブーンはまたニュッ君を見つめた。
( ^ω^)?「で、いったいいくら遣ったんだい」
(;^ν^)「それは」
ニュッ君の目が宙を泳いでいく。
ブーンの視線はなかなか離れてくれない。
どうしようかと困り顔になった矢先に、その声は聞こえてきた。
127
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:16:43 ID:29LFM3/20
「離してください」
女性の声だ。
人混みの奥の奥、広場に高くそびえる時計塔の側で、フード付きのコートを着た人々が集まっていた。
赤い外套を着たものが三名。黒い外套が一名。状況からして、声を出したのは黒い外套の方だ。
「警察を呼びますよ」
「そんなのもの、無駄だ」
赤い外套のうちの一人がせせら笑いながら言った。
黒い外套の裾を掴んだ腕はなかなか離れそうにない。
「無駄な抵抗はやめて大人しくこちらに」
と、言いかけたところで赤い外套の肩が叩かれた。
( ^ω^)b「もしもーし」
「え?」
128
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:17:41 ID:29LFM3/20
(#^ω^)「おりゃ」
事前に掬っておいた砂を顔面に勢いよく振りまいた。
赤い外套たちが途端に目を閉じ悶絶する。
( ^ω^)σ「君」
ブーン君は黒い外套に呼びかけた。
「え?」
( ^ω^)「足止め、手伝いますよ」
黒い外套は狼狽えている。
迷っているうちにも、赤い外套からまた腕が伸びてくるのをブーンが遮った。
129
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:18:44 ID:29LFM3/20
「なんだお前」
「邪魔だ、どけ!」
口々に喚いている赤い外套たちをブーンが笑顔で払いのける。
( ^ω^)「まあまあ、焦らず」
その後ろで、黒い外套は別の腕に裾を掴まれた。
ニュッ君である。
( ^ν^)「とりあえずこっちへ」
有無を言わさず走り出した。
街道を曲がって別の道へ、人を掻き分け進んでいく。
「どちらに行かれるんですか」
130
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:19:40 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「知らん。とりあえず走っている」
「ええ?」
( ^ν^)「もしも希望があれば調べてみるからよ、好きなように言ってくれよ」
直感を入り混ぜながらなるべく人に紛れるように道を選んでいった。
「あの、すいません」
脇道へはいったところで黒い外套が呼びかけてきた。
「どうして助けてくださるんですか」
( ^ν^)「なんだかな、ブーンが勝手に助けるって血相変えて飛び出したからさ」
「さっきの人?」
( ^ν^)「そう。旅人だ。ちょっと変わってる」
でもまあ信じていいよ、とニュッ君は苦笑いした。
131
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:20:32 ID:29LFM3/20
「では、あなたはどうして」
( ^ν^)「俺? 俺は……なりゆきで」
頭を掻いて、一旦前を向いたニュッ君は、「そうだ」と呟いて黒い外套を振り向いた。
( ^ν^)「謝礼がほしい」
「率直ね?」
( ^ν^)「実際お金に困っているんですよ。つい無駄な買い物しちゃって」
手に巻いた皮をニュッ君は指し示す。
黒い外套の女性の顔がサッと真顔になった。
132
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:21:42 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「ん、あれ?」
ニュッ君の目が、皮へと流れる。
一度だけ開いて確認したそれは、蛇の魔人の女性の形をしていた。
黒い外套の女性はフードを心持ちおし上げた。
('、`*川「ありがとうございます、買って頂いて」
笑ってお礼を述べたその顔は、皮の女性とほとんど同じだった。
☆ ☆ ☆
133
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:22:41 ID:29LFM3/20
道案内は最終的には女性がした。
風車が三基並んでいる、川辺の薄野に二人は辿り着いた。
今日みたいなことが起こるとよく逃げ込んでくるのだという。
近くにぽつんと置かれてあった木製のベンチに腰掛けて、黒いフードを払った。
長い髪が自由になって広がって、薄い色合いの肌があらわになった。
('、`*川「汗っかきなんです、私」
鱗の筋がうっすらと見えている。
彼女の名前はペニサスと言った。
パシテーの名家であるペニサスの家は、代々続く神官の家系なのだという。
三百年前、その家系に魔人の血が混じり、直系の親族に蛇の魔人が生まれ始めた。
以来、魔人を拝する国教会の協力を得て、神官は司祭となり、儀式は教会公認の宗教活動とみなされるようになった。
蛇の能力を宿した者は家督を相続し、月に一度、町の人々に訓示を言い渡す。
その際に、家族の中の誰かの抜け殻が選ばれ、広場にある高台から側にいた人々に賜れる。
134
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:23:41 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「なんでそんな伝統ができたんだ」
('、`*川「さあ。生まれたときから続いていました。聖なるものだと扱われているんです」
( ^ν^)「蛇は不老不死だから」
宿屋で商人に言われた言葉を思い出して、呟いた。
('、`*川「普通に病気にもなるし、死にますけどね」
ペニサスが微笑みながら言葉を返した。
家督を継いでいた彼女の母が亡くなったのはつい半月ほど前のことなのだという。
('、`*川「代わりに選ばれたのが私の姉でした。
姉は母に気に入られていましたし、皮も前々から彼女のものがよく使われていましたから。
でも、姉も病気持ちで、小屋に籠もったまま滅多に出てこないんです。それで教会の方々も焦ってしまっているみたいで」
135
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:24:41 ID:29LFM3/20
ペニサスの視線が遠いところへと向けられる。
あまり話したくない話題なのかもしれない。
そう思ったニュッ君は、黙って横に座っていた。
薄野の向こう側には幅の広い川がゆったりと流れている。
湿地帯の上に広がるパシテーの町。
乾いた冬の風も、ここでは湿り気を帯びている。
夕暮れの滲んだ赤い川面に、気の早い月が浮かんで見えていた。
('、`*川「逃亡も、ここまでみたいですね」
あくまでも冷静な口調でペニサスが言い、立ち上がった。
風車のそばに人影が見えた。
艶やかな赤いローブ。
国教会聖職者の共通衣服だ。
136
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:26:11 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「あいつらは君の皮を剥ごうとしているんだな」
合点がいったニュッ君はベンチから離れようとする。
ペニサスはその肩に触れて抑えた。
人のものとは違う、冷たい鱗の感触だ。
('、`*川「あなたはそのまま座っていてください。迷惑はかけたくありません」
( ^ν^)「でも」
('、`*川「謝礼なら、明日以降にお支払いします。約束しましょう。私のところへいつでも取り立てに来てください」
お願いします、とペニサスは言い添えた。
しばらく間をおいて、迫ってくる足音に急き立てられて、ニュッ君は小さく頷いた。
ペニサスが頬を緩め、歩んでいく。ニュッ君の背後、風車の方角へ。
ニュッ君は振り返らなかった。それがペニサスとの約束だった。
薄野を踏みしめる音が遠くなる。
耳をそばだてて、彼女がいなくなったと気づいてからも、日が沈み、空に宵の明星の輝く頃まで、ニュッ君は座り続けていた。
☆ ☆ ☆
137
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:27:10 ID:29LFM3/20
ニュッ君は少しだけ、ブーンの身を案じていた。
街道に入ってすぐの広場で、ぴんぴんしている彼と再会して、その不安は消し飛んだ。
国教会聖職者を追い払ったブーンは宿屋に戻り、仮眠さえとって、リラックスした心地でニュッ君を探していたのだという。
心配するようなことは何も無かった。
( ^ω^)「で、あの子は?」
( ^ν^)「……帰っちまったよ、自分から」
( ^ω^)「あらら」
( ^ν^)「明日また会う。謝礼はそのとき渡すって」
( ^ω^)「結局助けてないけどね」
( ^ν^)「ああ」
会話はそれで打ち切った。
食事を取り、風呂に入り、二人同じ部屋に寝た。
ごくごく普通の、宿での一泊だった。
138
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:28:11 ID:29LFM3/20
翌日の朝早く、喧噪によって二人はすぐに目が覚めた。
( -ω-)「外から聞こえる」
眠たげな目を擦りながら、ブーンが窓の外を眺めた。
部屋からちょうど道行く人々が見下ろせたのだ。
町の広場、時計塔の側に人混みのできているのがうかがえた。
( -ω-)「行ってみようか」
( -ν-)「……ん」
ふらついているニュッ君の腕を引いて、ブーンは身支度を調え外へと出た。
時計塔の人混みはすさまじく、近づくのも厄介だった。
喧噪は耳に響いた。怖がっている者、憤っている者、様々だ。
時計塔の足下に、皮があった。
司祭の賜る聖なる皮は、顔の一点をナイフで刺されて磔にされていた。
☆ ☆ ☆
139
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:29:11 ID:29LFM3/20
白亜の教会は丘の上にあった。
高い尖り屋根が青空を穿ち、そのまたさらに上には、十字を二重の円で囲んだ石像が飾られていた。
メティス国教会のシンボルだ。
教会の真正面に行かずとも、住居へは教会の脇の入り口から入ることが出来た。
呼び鈴を押し、名前を告げると、しばらく待たされてから彼女が現れた。
('、`*川「お早いんですね」
皮肉めいた響きはなく、本心からペニサスは驚き、そして喜んでいるようだった。
( ^ν^)「長居する旅でもないので、早めに来たんです」
と、ニュッ君が答える。
('、`*川「そちらの方は昨日の」
( ^ν^)「連れです」
( ^ω^)「ブーンと言います」
140
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:30:11 ID:29LFM3/20
軽く会釈を交わした後、ペニサスは二人を中へと案内した。
赤いカーペットが敷かれた廊下をゆっくりと歩く。
ベージュの壁が暖色のランプに照らされて優しく光る。
教会が見えずとも、荘厳な雰囲気が粛々と染みついている。
ここで暮らしているのはペニサスとその家族だけ。
他の聖職者たちは町で暮らし、儀式やお祈りのときだけやってくるのだという。
('、`*川「どうぞ」
辿り着いた部屋は応接室だった。
黒い革張りのソファにオーク材の長テーブル。
花瓶がひとつ、真ん中に置かれているが、花は入っていなかった。
( ^ω^)「大変な騒ぎになっていますね」
席についてブーンが言うと、ペニサスは深く頷いた。
明日の儀式についてはひとまず中止が確実となったらしい。
141
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:31:10 ID:29LFM3/20
('、`*川「命の危険があるから、って警察に釘を刺されてしまったんです。
定例儀式だから、国教会の人たちも最初は押し通そうとしていたんですけど、無理でしたね。
おかげで昨夜は家の方もぴりぴりしていましたよ」
教会に通う信者を導くのが聖職者。
その神父を町単位でとりまとめるのが司祭。地域単位でとりまとめるのが司教。そしてその上が首都にいる大司教。
ピンと来ていない様子だったニュッ君たちに丁寧に説明すると、ペニサスは苦笑いした。
('、`*川「といっても、私たち姉妹は傍観しているだけですけどね。
私なんかは、皮を剥がれずに済んでほっとしているくらいです。これ、他の人には言っちゃダメですからね」
というか、とペニサスは手を叩いた。
('、`*川「今日は謝礼のためにお越しいただいたんですよね。
無駄話で時間を潰すのもほどほどにして、今お金を持ってきます。おいくらですか」
( ^ω^)「いや、その前に聞いて欲しいんです」
立ち上がろうとするペニサスを制して、ブーンが声を挟んだ。
142
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:32:11 ID:29LFM3/20
( ^ω^)「ニュッ君」
( ^ν^)「ああ」
ニュッ君は手にしていた鞄からするすると白絹のような皮を取り出した。
無論、蛇の魔人の聖なる皮だ。
( ^ν^)「ペニサスさん。あんたナイフがどこに刺さっていたか知ってるか」
('、`*川「確か、顔のあたりだと伺いましたけど」
( ^ν^)φ「そう。顔のここ」
皮を手繰り寄せて、顔の内側を引き延ばす。
瞳の無い目の周りの皺を伸ばし、ニュッ君は一点を指差した。
( ^ν^)φ「目尻だ。少し下がった穏やかそうな目。あんたに良く似ていた」
('、`*川「何を言っているのかしら、当然じゃないの」
緩ませた口元を手で押さえて、ペニサスが微笑んだ。
ニュッ君はにこりともせず、一呼吸置いてから話を続けた。
143
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:33:26 ID:29LFM3/20
( ^ν^)φ「あのナイフで刺された皮もこれと同じような垂れ目だった。
でも、周りにいた野次馬たちの皮を見て回ったら、もっと横に伸びていたんだ」
('、`*川「横?」
( ^ν^)φ「確かに垂れてはいた。でも、もっと横長に弧を描いていた。
俺の持っている皮や磔になっていた皮と、町に広く浸透している皮は少し顔つきが違っていたんだ」
似ているなんてものじゃなく、あんたと全く同じように。
ニュッ君は最後に言い添えた。
ペニサスの手が静かにテーブルへと移った。
口はすでに真っ直ぐに閉じられている。
('、`*川「もっとはっきり言ってほしいわ。何が言いたいの」
144
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:34:20 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「聖なる皮を作っていたのは主としてあんただったんだろ、ペニサス」
皮を丸めてテーブルに置くと、ニュッ君は肘をついて背筋を伸ばし、きつく視線をペニサスに投げかけた。
( ^ν^)「あんたはたびたび聖なる皮を作らされていたんだ。おそらくは病弱な姉の代わりとして。
姿形が似ていたからごまかせたんだ。そうだろ?」
('、`*川「そんなこと答えられないわ」
ペニサスはかすかに声を荒げて言った。
('、`*川「聖なる皮は姉さんが作っているものよ。
目元の形なんて、そんなの引き延ばし方次第でいくらでも変わるわ。
町の人全員の皮を見て回ったわけでもあるまいし、情報量不足よ」
145
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:35:11 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「じゃあ、あんたは昨日どうして時計塔の付近にいたんだ」
赤い外套を羽織った聖職者に腕を掴まれ、叫んでいるペニサス。
時計塔はそのすぐ側に聳えていた。
('、`*川「逃げている途中に捕まっただけよ」
( ^ν^)「本当にそうか? 教会へと続く丘を登る広場から始まっているんだぞ。逃げ出して捕まったにしては距離が近すぎないか」
('、`*川「目をつけられていたのよ、きっと。それで出てきた途端に捕まってしまったの」
( ^ν^)「そんなわけねえよ。だったら教会から外に出る前に止められるじゃねえか」
('、`;*川「そう言われても……わからないわよ。どうしてあそこで捕まってしまったのかなんて」
頭を抱て、ペニサスは口を閉じてしまった。
146
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:36:15 ID:29LFM3/20
前のめりになるニュッ君の肩が軽く叩かれた。
振り向けばブーンがいて、ゆっくり首を横に振っていた。
( ^ω^)「ペニサスさん、仮に逃げたのだとして、本当に逃げおおせるとは思っていなかったんでしょう?
現に最終的にはあっさり教会の人たちに身を差しだしたんですよね。
ということは、逃げることはあなたの主目的ではなかった。違いますか」
うつむけていたペニサス顔が若干横に揺れた。
それを見て取ったブーンは、ニュッ君にちらっと視線を向けた。
ニュッ君は喉の奥で咳払いをした。
( ^ν^)「時計塔は広場の中央にある。あそこに聖なる皮が貼りつけられていたら、目につく。
そう、あんたは思ったんだ。そして町のみんなに大騒ぎしてもらいたかった。
命の危険があるからといって、頑強な教会の人たちも抑えつけて、皮を剥がされずにすむように仕向けた。俺は、そう推測したんだ」
147
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:37:16 ID:29LFM3/20
どうだ、とニュッ君は最後に問いかけを添えた。
ペニサスは顔を上げた。視線がかろうじて、ニュッ君と交わる。
('、`*川「警察には言わないのね」
( ^ν^)「言わねえよ。証拠がねえもの」
('、`*川「そう」
少しだけ間を置いて、「なら、どうして言いに来たの」とペニサスが訊いた。
( ^ν^)「言ってやりたくなったからだ」
('、`*川「率直ね」
148
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:38:13 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「だいたいあんた、誰かに言うつもりもないんだろ」
('、`*川「ええ、司教の娘だもの。国教会に逆らうなんてこと私にはできない。
教会の庇護を離れて野良の魔人になって、森の中で生きていけるとも思えない」
( ^ω^)「森?」
ブーンが首を傾げた。
( ^ν^)「人の世から離れた魔人は森に還るんだ。今度ちゃんと説明してやるよ」
ニュッ君は力強くそういうと、ペニサスと向き合った。
( ^ν^)「ペニサスさん。俺はあんたに強制はしない。俺としてはそこを本気で逃げて自由になってほしいけど、それはあんたが決めることだ」
どうする、と問いかけが続いた。
149
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:39:11 ID:29LFM3/20
応接室を埋め尽くす緊張が舞い降りてくる。
('、`*川「考えてくれて、ありがとう」
そう言ってすぐに、ペニサスは否んだ。
('、`*川「でも私は、姉さんを置いてはいけないから」
引っ込みがちなのを無理に絞り出すような声で、ペニサスははっきりと告げた。
( ^ν^)「そうか」
('、`*川「うん。ごめんね。がっかりさせて」
( ^ν^)「いや」
ニュッ君は言い淀んだ。
張り詰めていた空気がそのまま解けることなく低く沈殿してしまっていた。
150
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:40:10 ID:29LFM3/20
言葉のない時間が少し続く。
( ^ω^)「ペニサスさん」
ブーンの言葉がよく響いた。
( ^ω^)「無理にとは言わないけれど、ひとつアドバイスがしたいんだ。いいかな」
ペニサスが頷くのを見て取ると、ブーンは口を開いた。
( ^ω^)「あなたを代役に立てて、教会はそれを誤魔化している。
たとえ儀式といえど、欺いていることに変わりはない。だからあなたは憤りを感じている。
ここまでは確かなんですよね」
「……そう思うだけなら、構わないですよ。教会に言わないなら」
( ^ω^)「結構。そしてそれなら、知ってほしい。あなたの味方は、教会以外にもこの町に大勢いるんです」
ブーンが掌を窓の外に向けた。
喧騒は遠くにまだ聞こえている。
151
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:41:05 ID:29LFM3/20
( ^ω^)「今回の大騒ぎからわかりますよね。
聖なる皮を持って大切に扱っている人々、ナイフで刺された姿に怒りを露わにしている人々、全員、あなたの味方のはずです」
('、`*川「そう、ですか」
( ^ω^)「はい。なので、ここからが提案なのですが」
ブーンは思わせぶりに言葉を切った。
隣のニュッ君がちらりと見ると、これまで見たこともないほど口の端をつりあげているのがわかった。
( ^ω^)打ち明けちゃいましょうよ、全部」
ペニサスが息をのむ。
('、`;*川「そんなこと、とても……」
( ^ω^)b「大丈夫、きっと上手くいきます。私が保証しますから」
152
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:42:04 ID:29LFM3/20
突き上げられた親指を、ペニサスはまじまじと両目で見つめた。
ニュッ君とブーンは、それから数分後には玄関の扉から外へ出た。
青空はまだ高い。しばらく良い天気が続いている。
教会の白亜の尖り屋根は変わること無く天を指していた。
☆ ☆ ☆
153
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:43:08 ID:29LFM3/20
広場に建てられた簡素な高台は、時計台と同じ程度の高さだった。
明日の儀式のために形だけはできていた。
ペニサスはその天辺に立っていた。
大勢の人が集まってきている。
その顔の一つ一つを眺め降ろしていると、次第に目がくらくらしてきた。
('、`;*川「高いなあ」
見下ろしながら呟いて、震える声が漏れていた。
いつもの儀式は司祭が行う。
天の神が残した言葉とともに、ペニサスかその姉から剥いだ皮を宙へと投げる。
なるべく高いところに立てば、その分いろんな人に賜りのチャンスが舞い込む。
だから高台は、広場全体を見渡せるほどの高さになっている。
蛇の身体になれなければ、うまく脚部を登れたかどうかも怪しい。
154
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:44:25 ID:29LFM3/20
今日、ペニサスは、教会の人にも、警察の人にも、誰にも言わずに上っていた。
誰かに言ったらすぐに止められると思ったのだ。
現に広場の隅の方ではすでに警官隊が集まり話し合いをしている。
人ごみの中にはいくつもの心配そうな顔が並んでいる。
邪魔が入るのも時間の問題だろう。
脇に携えた拡声器を口の前に持ってくる。
深呼吸をいくつかする。
警官隊の呼び声がする。
ペニサスを見て集まってきた野次馬のざわめきも聞こえてくる。
それら全てを押し潰すように、ペニサスは叫んだ。
('、`;*川「みなさんに、お話しがあります」
一度初めてしまえば、他の声は遠くなる。
口を動かした。
大丈夫だから、と言われたことがその鱗の背中を押していた。
☆ ☆ ☆
155
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:47:14 ID:29LFM3/20
( ^ω^)b「レアもの、という言い方がポイントだよ」
荷造りを終えたロバの背中をさすりながら、ブーンが指を一本立てた。
( ^ω^)b「わかる人にはわかる違いがある、だから希少な方に価値が生まれる。
その価値が共有されて、町の外にまで広まっていたんだ」
( ^ν^)「つまり、みんなペニサスと姉との皮が混じっているとみんな気づいている?」
( ^ω^)「そうだと思うよ。だから、教会を非難する彼女の言葉は絶対に人々の耳に届く」
街道を行く二人のもとに、遠くから聞こえてきた歓声が届いた。
広場の方だ。町の人々は粗方そちらへと駆けていた。
二人の歩んでいる狭い街道はがらんとしてしまっている。
( ^ω^)「ね?」
得意げに笑うブーンに、ニュッ君は鼻を鳴らして答えた。
156
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:48:09 ID:29LFM3/20
朝起きてすぐに「出発する」とブーンが言い出した。
ニュッ君もとくに異論はなかった。
パシテーの町に長居する理由も無い。旅はまだまだ続いている。
( ^ν^)「金、返せなかったけど、いいのか」
( ^ω^)「ああ、いいよいいよ。考えてみると皮も良い物のような気がしてきたし」
聖なる皮はロバの首元に巻いてある。
心なしか、出発したときよりもロバの様子が生き生きとして見えた。
( ^ν^)「ずっと寒かったんだな、お前」
ニュッ君が背中をさすると、ロバが気持ちよさそうに声を鳴らした。
( ^ω^)「行こうか」
157
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:50:13 ID:29LFM3/20
( ^ν^)「次はどんな町?」
( ^ω^)「さあ。そこまで詳しく地図を読み込んでいないからなあ」
( ^ν^)「頼りないな」
( ^ω^)「なに、道は続いているんだ。僕はそれをなるべく南へ進むだけだよ」
肩を竦めてそう言うと、ブーンはロバの手綱を引く。
後ろから聞こえてくる歓声も、次第に遠く引いていった。
☆ ☆ ☆
☆ ☆
☆
158
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/19(日) 00:51:41 ID:29LFM3/20
第十八話 蛇の町 (冬月逍遥編③) 終わり
第十九話へ続く
.
159
:
同志名無しさん
:2016/06/19(日) 10:18:30 ID:XfoFgEuQ0
乙乙
160
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:07:52 ID:XWtDTcAU0
投下します。
161
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:09:15 ID:XWtDTcAU0
びょうびょうと風が吹いている。
生い茂る緑の隙間を音を立てて抜けていく。
( ^ν^)「森は魔人の住処なんだよ。散々言ったのに、ブーンさんめ」
愚痴をこぼすニュッ君耳に、一際大きな音が届く。
風とは違う、獣の声。
ニュッ君は身構えて、何も起きないとわかると緊張を解した。
先ほどから獣の声が時折鳴り響いている。それなのに、一度もその姿を目にしない。
宵闇の迫り来る薄紫の森の中、不可思議な声は一向にやまない。
真冬だというのに、木々が茂る森。
林立する樹木は細長く、ニュッ君には見るに珍しいものだった。
メティス国にこのような場所があることを、ニュッ君は今日まで知らなかった。
サナ雨林、と人は呼ぶ。比較的小規模な森だ。
山を流れる風と高低差の関係で、雲が寄り集まりやすい場所なのだという。
(∩^ν^)∩「おーい、どこまで行ったんですかー」
ニュッ君の声に答える代わりに、風がまた獣の声を運んできた。
162
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:10:14 ID:XWtDTcAU0
第十九話
虎の村 (冬月逍遙編④)
.
163
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:11:32 ID:XWtDTcAU0
少し前、空がにわかに暗くなり、大雨になった。
ニュッ君とブーンが川を渡ってすぐのことだ。
(;^ω^)「冬だというのにこんなに降るものかね」
そのうち止むだろうと、戻ることは考えず、傘を差して歩みを進めていた。
しかし目算は甘く、森に迫るごとに雨はその勢いを増していった。
溜らず逃げ込んだ崖の横穴で彼らはひとまず夜営をした。
翌日の朝に目覚めたとき、天気はようやく小雨になった。
季節外れの大雨は予想以上の爪痕を川沿いに残した。
二人の歩んできた道が、流水に運ばれてきた土砂ですっかり埋め尽くされていたのである。
橋までの道に引き返すことも、森の際の道を渡ることも叶わない。
ちょうど蛇行のピーク、最も堆積物の多くなる場所に籠もってしまったのが二人の運の尽きだった。
長居するだけの食料も用意はない。
(;^ω^)「この崖を超えるしかないね」
嘆息をこぼしながら崖を登った二人の目の前には、鬱蒼としたサナ雨林が待ち構えていた。
164
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:12:34 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「地図によれば、ここから東へまっすぐ進めば森を抜けられるみたいだ」
( ^ν^)「森か……」
( ^ω^)「コンパスや太陽を参考にすればなんとかなると思うけど、不安かい」
( ^ν^)「いや、そもそも森は魔人の住処だから、むやみに入ることは許されていないんですよ」
逡巡はあったが、悩む時間も惜しくなった。
( ^ω^)「迷ったって言ったらなんとかならない?」
( ^ν^)ゞ「言い方次第ですかねえ」
二人は森へと足を踏み入れた。
サナ雨林の緑は絶えない。
一風変わった植物がその場所に四季を無視して生えている。
165
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:13:32 ID:XWtDTcAU0
休んでいるさなかに辞書で調べて、森に聳える木々名は竹だとわかった。
自生するのは主に大陸の東南部。
メティスの北方では自然にはほとんど見ない植物だ。
( ^ω^)「この植生はいったいどういう原理なのだろうね」
( ^ν^)「魔人の影響じゃないですかね。エウロパの森も不思議なところだって聞きますよ。
麓にいたとき気づきませんでした?」
( ^ω^)「あの頃は本当にただ必死だったからなあ」
森の不思議は見た目だけではなかった。
入ったそばからびょうびょうと、細く蠢く音が続いていた。
( ^ν^)「なんの音っすかね」
( ^ω^)「木々の隙間を抜ける風が鳴っているんだね。
竹の堅い幹が垂直に伸びるから、なおよく聞こえるみたい」
( ^ν^)「気味が悪いな」
ニュッ君の呟きを、甲高い風の音が遮った。
166
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:14:33 ID:XWtDTcAU0
風の奥底に別の音があると、後々になって気づいた。
( ^ν^)「これ、風じゃないですよね」
(||i^ω^)「……獣かな」
(||i^ν^)「魔人か」
(||i^ω^)「どうだろう。それにしては獣っぽすぎる気がする」
(||i^ν^)「近づかないようにしましょう」
歩きながら、気晴らしに、ニュッ君はブーンに魔人についての話をした。
魔人は森に暮らしており、教会に許可を得た魔人だけが人の町の付近まで降りてくる。
人の世界で暮らしたがる奇特な魔人もいれば、契約を交わす目的で降りてくる者もいる。
( ^ω^)「契約って、ふしぎなちからって奴かい」
( ^ν^)「知ってます?」
( ^ω^)「知識としては」
167
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:15:17 ID:XWtDTcAU0
魔人は人と契約を交わし、人の目的を達成するために、ふしぎなちからを行使することができる。
その力がどのような内容なのか、どのような形で目的を達成するかはその魔人の個性による。
( ^ν^)「あんまり自由になものだから、契約を交わすにはメティスの国だと教会の許可がいります。
使える範囲も細かい取り決めがあるらしいっすよ」
( ^ω^)「なかなか面倒そうだね」
( ^ν^)「ラスティアはどうでした?」
( ^ω^)「もっと寛容だったよ。荷車を牽かせたり、大工仕事を手伝わせたり。
でも、少なくとも六年前は、大人しか彼らと関われなかったよ。子どもには危ないからって。
そして調べてみると、僕の知らない六年間に、魔人への扱いもだいぶ変わっていたみたいなんだ」
六年間のうちに、ラスティアは魔人への警戒を強め、そのあまりにマルティアから恩恵でもらい受けた魔人を切り伏せてしまう。
これがマルティアの怒りを買い、ラスティア城に宣戦布告。翌月には落城。
ラスティアの王侯貴族はみなバラバラになり、ラスティアはマルティアの一領土となった。
( ^ω^)「故郷が滅んだなんて、未だに実感が湧かないんだけどね」
苦笑いでブーンは言い添えた。
168
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:16:40 ID:XWtDTcAU0
サナ雨林の縁を歩く。その目的はなかなか果たせなかった。
整備された道ではない、土と石と草木の地面を踏みしめながら歩くのは時間がかかり、体力も消耗させられる。
休みを挟みながら、ニュッ君とブーンは竹の合間を歩き続けた。
その間、風は吹き、獣の声は絶えない。
( ^ω^)「あれはいったい何の鳴き声なんだろうね」
( ^ν^)「さあ、太い声っすね。あんまり身近には聞かない感じだ」
( ^ω^)「峻厳そう。でもなんだか丸っこい」
( ^ν^)「言われてみると、猫のような」
二日目の昼の太陽が、徐々に西へと落ちていく。
竹の細い影がより濃く彼らを包もうとしたとき。
( ´ω`)「思ったんだけど、魔人なら話が通じるんじゃないかな」
時期に似合わず汗みずくのブーンが疲れ切った顔で提案をした。
169
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:17:34 ID:XWtDTcAU0
(;^ν^)「会うんですか、この声の主たちに」
( ´ω`)「危ないかな」
(;^ν^)「さあ……魔人と見せかけて実は獣なのかもしれないっすからね」
( ´ω`)「いやでも、会わないとわからない。まずかったら逃げよう」
( ^ν^)「なんでそんなに急いでるんですか」
( ´ω`)「お腹、空いたんです」
折良くブーンの腹がなり、その理由を訴えていた。
そうしてブーンは竹の隙間をかいくぐった。
音の鳴っている方向、森の奥の方へと。
ニュッ君は岩陰に手頃な隙間を見つけて夜営の準備を進めた。
二股に分かれた奇妙な竹を目印にして、一人待つことに決めていた。
170
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:18:45 ID:XWtDTcAU0
ブーンがいなくなって数分後。
黄昏時が迫る頃。
鳴り止まぬ風の音。獣の声。
それらに入り交じって。
「ひええ」
と、声が微かにニュッ君に届いた。
(;^ν^)「ブーンさんの声だ……」
それが、ニュッ君が一人竹の森の中を歩き進めるに至った経緯である。
☆ ☆ ☆
171
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:19:39 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)σ「で、これは何すか」
ブーンは果たして、見つかった。
生い茂る竹の隙間に、彼の身体は浮いていた。
頭を下に、足を上にし、夕陽に煌めく顔は赤くなっている。
( 、m,)「ああ、ニュッ君。助けてくれ」
( ^ν^)「いや、まず何がどうなってるのか言ってくれないとどうしようもないですよ」
( 、m,)「つり下げられているっぽいんだよね」
( ^ν^)ゝ「あー、なんかありますね。糸? 足に巻きついてますよ」
( 、m,)「取れそう?」
( ^ν^)ゝ「ちょっと登ってみますよ。じっとしててください」
( 、m,)「早めに頼む……だんだん辛くなってきた」
172
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:20:37 ID:XWtDTcAU0
つるつるとした竹の幹は一見つかみ所がなさそうだったが、等間隔で節目がついており、手足をかけるのに優れていた。
素足になって幹を捕らえ、手を伸ばして上の節目を掴む。跳ね上がって次の節目を足で捕らえる。その繰り返し。
ブーンの逆さまの顔から見上げて登り、彼の胴体を超え、足と並ぶ。
細い糸がブーンの足首に、想像以上にぐるぐるとキツく巻かれている。
( ^ν^)「これは……いったい」
煌めく糸に手を伸ばそうとした、その指先を何かがかすめた。
( 、m,)そ ムギュッ
地面に落ちたブーンが呻く。
糸は途切れていた。
「あたしの罠をめちゃくちゃにしないでよね」
人の声を久しぶりに聞いた気がした。
ニュッ君とブーンはほとんど同時に声の方向を振り向いた。
竹の幹にもたれるようにして、小柄な人が立っていた。
一見すると幼い出で立ちだが、どこか落ち着いた雰囲気もある人だ。
o川*゚ー゚)o「せっかく安心できるくらいには丈夫になっていたのに、また作り直さなくちゃ」
残念、と言い加えたが、口調はそこまで暗くない。むしろ嬉しげでもあった。
173
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:21:34 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「アーケの町を出て川を渡ってここまで来たんだ?」
( ^ν^)「そうです。首都を目指していて」
o川*゚ー゚)o「雨林を回ってエウリドメへ出るつもりだね」
( ^ν^)「そのつもりです」
o川*゚ー゚)o「でも、雨で足を食らっていると」
( ^ν^)「はい」
o川*^ー^)o「運が悪かったねー」
( ^ν^)「……」
o川*゚ー゚)o「馬鹿にしてないよ?」
( ^ν^)「何も言ってませんよ。というかここにいるってことはあなたも同類ですよね?」
o川*゚ー゚)o「上手いこと言うね」
彼女の名前はキュートと言った。
174
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:22:21 ID:XWtDTcAU0
糸仕掛けの罠を取り除いたころには、あたりはすっかり薄闇に包まれていた。
キュートの誘いを受けて茂みに入り、やや開けた場所へと辿り着いた。
すでに彼女のテントが、竹を支えにして建てられていた。
小ぶりで使い古された、薄桃色のテントには、方々の観光地のペナントが刺繍で張り付けられている。
o川*゚ー゚)o「長いことテント暮らしをしてきたからね」
ブーンたちのテント張りを手伝いながら、キュートは軽く身の上を簡単に語ってくれた。
メティスの片田舎の故郷を出て、方々を旅して回っていたのだという。
見た目には幼げだったが、聞いてみるとニュッ君やブーンよりも一回り年上だった。
o川*゚ー゚)o「で、今はお世話になった人に会いに行くところなんだ」
自分の裁縫の師匠なの。
言い添えるキュートの口元は自然な様子で緩んでいた。
( ^ω^)「あの糸の罠は自分で?」
o川*^ー^)o「うん。お裁縫たくさんしていたら、できるようになってた!」
( ^ω^)「はえー」
(;^ν^)「いやいや、どういうことだよ……」
175
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:23:16 ID:XWtDTcAU0
一緒に作業をしていても、工程をこなすのは男たちよりずっと速い。
手先の器用さを遺憾なく発揮して、あたりが闇に染まる前にテントを張ることが出来た。
( ^ν^)つ「あ、あれ」
ぼんやりと光るものが竹林の向こう側にあった。
ニュッ君が気づいて指で示すと、ブーンが興味深そうに唸った。
( ^ω^)「あっちに村があるのかな」
( ^ν^)「案外と近いな。今から急げば間に合うかも」
( *^ω^)「夕ご飯に間に合うかな」
o川*゚ -゚)o「ダメだよ。あそこにあたしたちは入っちゃいけない」
キュートが強めの口調で言う。
176
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:24:15 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「どうしてですか?」
o川*゚ -゚)o「あそこは、虎たちの住処だから」
あの鳴き声を発する獣の名前を、このとき初めてブーンとニュッ君は知った。
その日の料理はキュートがシチューを振る舞ってくれた。
ざっくり切って煮込んだだけ、とキュートは謙遜したが、蕩けた見た目も暖かみのある味わいも十分すぎるほどだった。
o川*゚ー゚)o「人間が暮らす村までは明日の昼にはつくよ。そこまで案内してあげる」
(;^ω^)「何から何まですいません」
o川*゚ー゚)o「いいえ、あたしの罠でご迷惑をお掛けしたんだし、当然」
( ^ν^)「あれはやっぱり、虎対策なんですか」
o川*゚ー゚)o「うん。一応ね。人は襲わないって話だけど」
こうしている間にも、虎の鳴き声は時折聞こえる。
昨日の夜から続き、昼間はいくらかおさまっていたが、日が暮れるとともにまた活発に鳴き出した。
177
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:25:34 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「この森には昔からあの声が聞こえていたんですか」
o川*゚ -゚)o「いや……」
キュートは言い淀んで、目を泳がせて、それから意を決した様子でニュッ君を見た。
o川*゚ー゚)o「あたしがこの村に出入りしていたのは七、八年前かな。そのあと村で抗争が起きたんだ」
あたしも手紙で後から知ったんだけど、と言い添えて、キュートは話を始めた。
パシテーとアーケを結ぶ街道に通じているその村は、サナ雨林に割り込む形で作られており、かねてより森にいる虎の魔人と親交が深かった。
虎の魔人は自分たちの獲った食料を与え、村人は自分の畑で採れた野菜を与える。
やがて虎たちは人に紛れて暮らすようになった。
そんな素朴な関係が、およそ300年前に魔人が現れてからずっと続けられていたという。
o川*゚ -゚)o「村を離れてすぐの頃に事件が起った」
虎の魔人の中にも有力者が二人いた。そのどちらの味方をするかで、グループわけがなされていた。
そのグループ同士が、ある日衝突した。原因は人間のあずかり知らぬことだったという。
キュートが知っているのは、勝ったグループは人型になって村に溶け込み、負けたグループは虎となって森に籠もった、ということ。
178
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:28:57 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「理不尽な話ですね」
苛立ちを曝け出して、ニュッ君は言った。
( ^ν^)「そういうの、誰も止められなかったんですか」
o川*゚ -゚)o「詳しいことはわからないよ。
あたしはこのお話しを、村の知り合いからの手紙で知ったから。
でも、古い村だし、そういう決まりってなかなか覆せるものじゃないんだよ」
( ^ν^)「嫌な話だ」
o川*゚ -゚)o ・・・
o川*゚ー゚)o「ありがと」
( ^ν^)「え?」
o川*゚ー゚)o「そうはっきり言ってくれるとこっちもスカッとするよ」
179
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:29:54 ID:XWtDTcAU0
キュートは神妙な面持を緩めて話を切り替えた。
o川*゚ー゚)o「あたし、師匠とは直接はやりとりをしていないの。
だからまずは、師匠がどっちの側にいたのか確かめなきゃ」
( ^ν^)「町にいるか、森にいるか、っすね」
o川*゚ー゚)o「うん。村にいるならいいんだけどね」
( ^ω^)「もし、森にいたら?」
o川*゚ー゚)o「そしたら、あたしはもう近づけないかもしれない」
食べ終えたシチューの皿を足下の石の上に置いて、キュートは眠そうに欠伸をした。
満足げに星空を見上げる。厚い雲の隙間から星は何度か顔を覗かせていた。
o川*゚ー゚)o「確かめるのは怖いけど、最近ようやく踏ん切りがついたんだ。
でも誰かと一緒に向かえればもっと心強い。そういうこと」
巻き込んでごめん、とキュートはニュッ君とブーンの目を交互に見て言った。
180
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:30:54 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「どうせ通り道ですし、問題ないですよ、ね、ニュッ君」
( ^ν^)「そうっすね。こっちも心強い」
o川*゚ー゚)o「ありがとうです。そう言っていただけて嬉しい」
会話が途切れて、黙々と食事が終わり、食器を重ねた。
腹が膨れるのは幾日ぶりだろうと、腹をさすりながらニュッ君はふと思い、満足そうに腹を摩った。
o川*゚ー゚)o「でもきっと大丈夫。師匠は虎になんてならないよ。
もしも帰れたら、一度師匠のところに寄ってみてよ。あの人の作品、見せてあげるから」
キュートの師匠は小物作りの職人として暮らし、人と交わって生きていたのだという。
o川*゚ー゚)o「たとえばこれとか」
そう言ってキュートは自分の赤くて丸い髪留めを指差した。
ニュッ君とブーンは頷き返した。
181
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:32:00 ID:XWtDTcAU0
( ^ω^)「楽しみにしてますよ」
キュートは微笑んで、自分の薄桃色のテントへと入っていった。
ニュッ君とブーンも自分のテントへと入った。
火を消した薪の束が、静かに炭の香りをあたりに漂わせている。
虎の町の光がひとつひとつ薄らぐのを見つめながら、ニュッ君とブーンは微睡に沈んでいった。
☆ ☆ ☆
182
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:32:57 ID:XWtDTcAU0
約束は果たされなかった。
日が昇って歩き出すと、すぐに村へは辿り着いた。
林業を主産業としたその村の、住宅がまばらに建てられた区域を進むと、ぽっかりと空いたスペースがいくつか見られた。
そのうちのひとつの荒れ地の前で、キュートは立ち尽くした。
o川*゚ -゚)o「ここに、工房があったんだよ」
力の抜けた声でキュートは言った。
詳細を知ろうと村役場にまで足を運んだ。
そして、キュートの家族は全員、虎となったことを知らされた。
o川*゚ -゚)o「そんなはずはないです」
木製のカウンターに腕をついて、身を乗り出すようにして、キュートは言った。
これまでの穏やかな口調が初めて鋭く崩れて荒れた。
o川*゚ -゚)o「あの人が魔人になろうとするはずがないんです。
なりたくないって、ずっと言っていたんです。
虎の手だと、何も作れないからって」
「そう言われましても、記録としてそうなっておりますから」
o川*゚ -゚)o「記録が間違っているかもしれないじゃないですか」
183
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:33:58 ID:XWtDTcAU0
大声が役場に響き、視線がキュートに寄せられた。
激しく震え出すのを察して、ニュッ君がその手を引いた。
( ^ν^)「出よう」
物言いたげなキュートをその一言で制すると、強引に入り口から外へと出た。
役場の人たちの、哀れみ混じりの痛い視線が背中について離れなかった。
行商人が出店をちらほら開いている、村の道の真ん中をニュッ君たちは進んでいった。
やがて道沿いに簡素なベンチを見つけると、そこにキュートを座らせた。
物も言わず、暴れもせずに、その代わりただ目を押さえて、キュートはしんしんと涙を流していた。
やがてキュートはおもむろに目を拭いた。
o川* - )o「行ってくれて良かったのに」
( ^ν^)「離れにくかったので」
o川* - )o「ごめんね」
( ^ν^)「いや」
184
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:34:55 ID:XWtDTcAU0
キュートは息を大きく吸って、長く吐いて、それから、ニッと笑った。
o川*゚ー゚)o「仕方ないもん。宿、探さなきゃね。二人はどこに泊まるの」
泣いていたなんて嘘だとでもいうように、キュートは強く頬をつり上げていた。
宿の数は少なく、村唯一の宿が通りにぽつんと並んでいた。
今の時期、旅人や泊まりがけの商人も少ないらしく、客室は十分に空いていた。
ブーンとニュッ君は相部屋をとった。
o川*゚ー゚)o「あたしは知り合いの家に行くから」
ロビーで自分の荷物を掲げながら、キュートは先にそう告げた。
o川*^ー^)o「ここでお別れ。ほんのちょっとだけど、いろいろお話しできて楽しかったよ」
185
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:35:54 ID:XWtDTcAU0
手紙を書くよ、と笑って言って、キュートは握手を求めた。
ニュッ君とブーンは顔を見合わせ、おずおずと手を伸ばした。
キュートの掌は案外冷え込んでいた。
「じゃ」と、短く行ってキュートは入り口を出て行った。
あとに取り残された二人を振り向くことはなかった。
( ^ω^)「あれは相当無理しているね」
静かな声でそういうと、ブーンは部屋へと続く階段を昇っていった。
ニュッ君だけは一人残って、しばらく入り口を見つめていた。
☆ ☆ ☆
186
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:36:49 ID:XWtDTcAU0
幼い日に、目を引いた小物があった。
メティスの城下町の街道で露店販売されていた、町そのものを象ったミニチュア細工。
「気に入ってくれたかい」
声を掛けてくれた店主のこともまた、キュートの心に強く残った。
やがてその作者が住んでいる場所を知り、いてもたってもいられず単身森の村へと移り住んだ。
師匠の暮らす敷地には、農作物を育てる畑も無く、広い工房とこぢんまりとした母屋があった。
師匠はほとんど工房にいて、日がな一日、何かを切ったり、叩いたり、組み合わせたりしていた。
作る物の幅をキュートの師匠は設けていなかった。
主にアーケの町から、たまにはもっと遠く、今の首都や城下町からも依頼が来て、そのとおりに師匠は作品を作り上げた。
一番得意にしていたのは、人や動物、馬車や家のような類いのもののミニチュアだ。
実用性は無いに等しい。だから大して根も張らない。
でもだからこそいいのだと、師匠は顔を綻ばせながらそれらを積み重ねて行っていた。
187
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:37:54 ID:XWtDTcAU0
o川* )o「あたし、まだ覚えているからね」
呟くように口にした。
あたりには誰もいない。
竹が鬱蒼と茂っているだけだ。
まだ太陽が高いうちに、キュートは竹林へと足を踏み入れた。
強かった冬の風がますます厳しくなり、音が鳴る。
そしてそれ以上に虎の声が奥底から響き渡ってくる。
村の中とはまるでちがう。
人の姿をまるっきり寄せ付けない竹林の中を、キュートはゆっくり歩いていた。
o川* )o「師匠はずっと、虎になるのすごく嫌がっていたんだよ。
虎の手だと何も作れないからって。木を切ったり、組み合わせたりすることができないからって。
だから、本当は嫌がっていたはずだよ。今も、嫌なんでしょ?」
答えは当然のごとく聞こえてこない。
虎の声が波打っているだけだ。
昼間だというのに、竹の葉が空を覆い、あたりに濃く影を残している。
188
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:38:52 ID:XWtDTcAU0
o川* )o「ねえ、師匠。いるならここに来てよ。
見せてあげたいんだ。あたし、裁縫がだいぶ上手くなったんだよ。
師匠と同じように何かを作りたくて、たくさん練習したんだから」
ほら、と自分のポーチや、取り出したハンカチ、布製の小物入れ、服の裾なども持ち上げる。
街並みや人を象った刺繍がそこには綿密に刻まれていた。
隣国の港町、北の国の雪原、遠い砂漠で目にしたオアシス。
誰に見せるわけでもなく、あっちこっちに動かして高々と掲げてみせる。
虎の声が、若干強くなった気がした。
大きくなって、波打って、キュートを取り囲む。
ゆっくりポーチを降ろして、俯いて、それからキュートは息を吐いた。
o川* )o「来ないなら、あたしからそっちに行くから、待ってて」
途端に、空気が変わった。
虎の声のボリュームが一層高くなり、彼女を明らかに威圧してきている。
o川* o )o「……なによ」
キッ、とあたりを睨んで、キュートは歯噛みした。
189
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:39:54 ID:XWtDTcAU0
o川* o )o「入っちゃダメっての? やめてよ。あたしはただ会ってお礼を言いたいだけなんだよ!」
土を蹴って、駆けだして、茂みの向こうへと進んでいく。
あたりはまた一段と暗くなり、虎の声も高くなる。
風が吹き荒び、キュートを包み、切り裂かんばかりに呻いてくる。
竹の撓る音。
擦れる葉がざわめき、影を濁らせる。
キュートは前を見つめていた。
竹ばかりが聳える前の、暗がり。サナ雨林の奥の奥まで続いている闇の向こう側。
どこまでも行ける気になって、足を進めようとしていた。
「待てよ」
と、後ろから呼びかけられた。
190
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:40:53 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ -゚)o「え」
振り向けば、つい最近別れたばかりの顔があった。
( ^ν^)「こういう自然だけの場所に一人で
いるもんじゃねえよ」
顰め面を解しもせずに、ニュッ君はキュートの前へと進んだ。
( ^ν^)「ほら」
o川;゚ -゚)o「え、あ、うん」
差し出された手を弱々しく握って、キュートは前へと歩き進んだ。
☆ ☆ ☆
191
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:41:54 ID:XWtDTcAU0
o川;゚ -゚)o「なんでここにあたしがいるってわかったの」
( ^ν^)「勘っすよ」
o川;゚ -゚)o「ええ」
( ^ν^)「なんすか」
o川;゚ -゚)o「もうちょっと、理屈はないの?」
( ^ν^)「虎のやかましい方を目指したんです」
o川*゚ -゚)o「そうなんだ……ところでお連れさんは」
「昼に食べた川魚にあたったらしい」
o川;゚ -゚)o「大丈夫!?」
( ^ν^)「宿で寝てるうちに直るよ。あの人、身体頑丈だから」
192
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:42:57 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「そういえば二人はどういう関係なの?」
( ^ν^)「俺とブーンさん? どういうというか、まあ、成り行きで」
o川*^ー^)o「そこをもっと聞きたい」
( ^ν^)ゞ「面倒なんすよ」
o川*゚ー゚)o「じゃあ、旅の目的は?」
( ^ν^)「俺は将来なりたいものを探している。あの人は、自分の記憶を探している」
o川;゚ー゚)o「記憶!?」
(;^ν^)「ああ、ほらもう、めんどい。説明しなきゃわからねえっすよね」
かいつまんでの説明をニュッ君は早口でした。
ざっくばらんな調子ではいたが、キュートは何度も頷いてくれていた。
193
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:43:55 ID:XWtDTcAU0
竹林の道は相変わらず続いている。
日が傾いてきたせいか、暗がりもますます濃くなっている。
話は途切れることなく穏やかに進んだ。
( ^ν^)「とまあ、こんな具合であの人には記憶が無いらしい」
o川*゚ー゚)o「ラスティアかあ、懐かしいな。昔、いたよ。まだ滅ぶ前」
( ^ν^)「じゃあ、あとでブーンさんと話してくださいよ。話聞きたがってるから」
o川*゚ー゚)o「話になるようないい思い出もあまり無いけどね」
( ^ν^)「大丈夫。なんでもいいから。きっと嬉しがります」
o川*゚ -゚)o「……」
( ^ν^)「なんすか」
194
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:44:54 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「いや、なんか面白いなって思って」
( ^ν^)「けっ」
口をすぼめるニュッ君に、キュートはそっと微笑んだ。
いつの間にかその足は力強く地面を踏みしめていた。
竹林を進む途中、虎に向かってキュートは頼んでみた。
師匠のところへ案内してほしい、と。
言葉は通じるはずだ、とはニュッ君のアドバイスだ。
たとえ人の姿を捨てたとしても、わかってくれれば導いてくれるだろう。
そんな期待が、虎の声の強まり方によって後押しされた。
進むとき、ある方向に進めば声が大きくなり、別の道へ進めば小さく鳴るか途絶えてしまう。
大きくなる方ばかりをえらんで、前へ前へと進んでいった。
鬱蒼と茂っていた道だが、声を頼りに進むと不思議と足はもつれることなかった。
キュートは師匠のことをニュッ君に話さなかった。
ニュッ君も特別に詮索しようとはしなかった。
会話はだいたいニュッ君の昔話や、ブーンとの旅の話で、それも大して続かずに黙っている時間が多くなった。
気まずい沈黙ではなく、ただ足を進めることだけに集中したくなったからとでもいうような、意識的な沈黙だ。
195
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:45:54 ID:XWtDTcAU0
竹林は唐突に開けた。
夕暮れになった太陽の橙色の光が草原を照らしている。
竹に囲まれたその広い場所に、石がぽつんと置かれていた。
ちょうどキュートのあごくらいの高さまである、大きな石だ。
( ^ν^)「……冗談だろ?」
と、ニュッ君が呟いた。
思わず口から零れてしまった。
( ^ν^)「趣味が悪いな、これは」
ニュッ君が振り向いて、あたりを睨め回す。
虎の姿を捕らえようと目を凝らしていた。
キュートがその裾を掴み、首を横に振った。
o川*゚ー゚)o「いいよ」
( ^ν^)「え? でも……」
o川*゚ー゚)o「なんとなく、気づいてたから」
何が、というニュッ君の問いかけに答えは返ってこなかった。
196
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:46:57 ID:XWtDTcAU0
一歩ずつ、これまでの歩みとほとんど変わらない速度で彼女は歩いた。
ニュッ君は数歩後ろからついていった。
石には何も書かれていない。
人間の手では決してなく、かといって自然にしては不思議な形。
o川*゚ー゚)o「お墓、だね」
キュートはそう断言した。
石の前に受け皿のようなものがあった。
木の実や、枝葉が置かれている真ん中で、一際大きく凝ったものがあった。
目を凝らさなくてもわかる。
それはキュートが髪につけているものと同じ髪留めだった。
( ^ν^)「おそろいだったんすね」
o川*^ー^)o「うん。師匠、髪長かったから、作業中とかに留めていたんだ」
197
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:47:53 ID:XWtDTcAU0
キュートは腰をかがめ、墓の前に頭を下げた。
首を持ち上げると、すぐに頭の髪留めに手を伸ばした。
( ^ν^)「置いていくんですか?」
目を少し見開いてニュッ君が尋ねた。
o川*゚ー゚)o「うん」
( ^ν^)「なんで?」
o川*゚ー゚)o「うーんとね」
髪留めを外した。
o川*゚ー゚)o ・・・
o川*-ー-)o「内緒」
198
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:48:55 ID:XWtDTcAU0
皿の上にことりと髪留めが置かれる。
揺れがすぐにおさまって、安定すると、二つの髪留めがまるで初めからそこに会ったかのように並んでいた。
( ^ν^)「これから、どうするんすか」
ふと思いついた疑問を、ニュッ君はキュートに投げかけた。
後ろ姿ではあったものの、キュートが口の端をつり上げるのがわかった。
o川*゚ー゚)b「まだ何にも決めてない」
振り向いた彼女はやはり笑っていた。
何かを押し隠している。
それはわかったが、ニュッ君には何も問うことができなかった。
☆ ☆ ☆
199
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:49:58 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「やれやれ、昨日は散々な目に遭ったな」
ニュッ君が竹林から宿屋に帰り、一泊した次の日の朝、部屋の中で二人は旅支度を整えていた。
今日の昼間には道沿いの次の宿へ泊まる予定でいる。
( ^ν^)「調子はどうです?」
(ヽ^ω^)b「やっと落ち着いてきたみたいだよ」
窶れた顔で腹を摩りながらブーンは力なく答えた。
( ^ν^)「無理をしないようにもう一泊することもできますけど」
(ヽ^ω^)「いや、違うんだ。そういう心配じゃ無くてね」
言葉の途中でブーンの腹が音を立てて鳴った。
200
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:50:54 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「夜ご飯がおかゆだったでしょ。だからね、お腹減った」
(;^ν^)「逆に元気すぎっすよ、そりゃ」
リュックに物を敷き詰め終わり、階下に降りて受付にて手続きを済ませる。
外に出てロバの留め具を外した。荷物を載せている最中に、草を踏み分ける音が聞こえた。
( ^ν^)「ああ」
o川*゚ー゚)o「おはよ」
旅の時の服装とはまた違う、ニット編みの暖かそうな出で立ちだった。
o川*゚ー゚)o「世話になったし見送ってあげるよ」
( ^ν^)「ああ、それは、どうもっす」
201
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:51:57 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「一昨日のシチュー、美味しかったです」
o川*゚ー゚)o「あ、ありがとうです」
(ヽ´ω`)「思い出したらなんだか涙が」
o川;゚ー゚)o「そんなに! また作ってあげますから」
(ヽ´ω`)「ああ……ありがたや」
(ヽ´ω`)「おや」
頭を下げたそのときに、ブーンはふと口にした。
(ヽ´ω`)「これは、なんです」
キュートの服の裾に、それはひっそりと飾られていた。
202
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:53:01 ID:XWtDTcAU0
o川*゚ー゚)o「ああ、コースターですよ。いいデザインのおみつけるとすぐ留めたくなるんです」
縫い止めされたのは、カエルたちが頭を寄せ合っているマーク。
(ヽ´ω`)「どこのお店ですか」
o川*゚ー゚)o「ラスティアの城下町。
昔、ちょっとした慈善団体みたいなものに所属してて、そこが開いていたお店で使われていたものなんです」
カエルの数はちょうど三匹。
o川*゚ー゚)o「このマークに見覚えが?」
(ヽ^ω^)ゞ「ええと、なんとなく、引っかかるような」
o川*゚ー゚)o「なら、寄ってみるといいかも」
203
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:53:47 ID:XWtDTcAU0
(ヽ^ω^)「でも、ラスティアはもうないのでは」
o川*゚ー゚)o「あたしも最近知ったのだけど、当時の団体のメンバーが隣国に同じようなお店を作ったらしいんです。
風の便りに聞いただけで、まだあたしも寄れていないんですけどね」
(ヽ^ω^)「なるほど。ちょっと遠いけど、いいかもしれないですね」
( ^ν^)「荷造り終わりましたよ」
ニュッ君が手を叩いて知らせてくれた。
村の入り口まで歩いて向かった。
キュートを交えて、他愛ないことを話し合った。
204
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:54:54 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「さて、と」
村の門の前で一時、止まる。
風と、虎の声は相変わらず、竹林から村の方へと流れてきていた。
( ^ν^)ノシ「それじゃあ」
o川*゚ー゚)ノシ「うん」
キュートは長いこと、遠ざかるニュッ君たちを見つめてくれていた。
☆ ☆ ☆
205
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:56:05 ID:XWtDTcAU0
竹林の道を歩き始めてしばらくした頃。
(ヽ^ω^)「あ」
と、ブーンが言った。
(ヽ^ν^)「忘れ物ですか?」
(ヽ^ω^)「いや、違う。この虎の声」
思いついたことでもあったらしく、ブーンは目を見開いていた。
(ヽ^ω^)「もしかして歌なんじゃないかな」
( ^ν^)「歌?」
( ^ω^)「うん。森に入ってようやく気づいたけど、同じようなフレーズが繰り返されているみたい」
206
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:57:11 ID:XWtDTcAU0
耳に届いている虎の音が、言われてみると、微かにつながりを帯びているように聞こえてくる。
( ^ν^)「本当だ。でも、なんで歌なんか」
そう呟いたニュッ君が、小さく、息をのんだ。
「虎の手だと、何も作れないから」
「ん、なんだっけ。それ」
「キュートが言ってたんです。師匠について、そう」
そのたった一言が、急に心に浮かんだ。
虎の手ではミニチュア細工は作れない。
それでも何かを作りたいと思ったら、歌うことくらいしかできないのではないか。
だとしたら、この歌はキュートの師匠が歌っているのだろうか。
最初のうち、声はキュートを遠ざけていた。
207
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:58:49 ID:XWtDTcAU0
(;^ν^)「物を作れない自分を見せたくなかった……?」
推測が口をついて出てしまう。
仮定を踏まえて思考だけが先に走っていく。
一度は退けたものの、声は最後にはキュートを墓へと導いた。
それが墓だと、断定したのはキュートだ。
薄々気づいていた、と彼女は言った。
キュートが髪留めを置いた理由を、彼女はついに語らなかった。
( ^ν^) ・・・
( ^ν^)「ねえ、ブーンさん」
( ^ω^)「うん?」
208
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 21:59:46 ID:XWtDTcAU0
( ^ν^)「キュートと師匠さんって、どういう関係だったんですかね。
そもそも何で旅をしていたのかも、話されませんでしたよね、俺ら」
( ^ω^)「……僕は聞いてないし、あの人も話さなかったからなあ」
だから、想像でしかないけど、と言い添えてから。
( ^ω^)「何年も旅をしたあとにも、ふっと会いたくなるような、仲のいい二人だったんだよ。きっと」
眺め回した竹林に、ニュッ君は虎の影を探そうとした。
細い幹と幹の隙間を縫うように。
しかしどれだけ目を凝らしても、ついぞその影は見つけられなかった。
悲しい調べの虎の歌はやがて風の音に薄らぎ途切れた。
☆ ☆ ☆
☆ ☆
☆
209
:
◆MgfCBKfMmo
:2016/06/25(土) 22:00:52 ID:XWtDTcAU0
第十九話 虎の町 (冬月逍遥編④) 終わり
第二十話へ続く
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