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男「そんな言葉じゃ届かないぜ」

1HAM ◆HAM.ElLAGo:2019/05/15(水) 22:03:24 ID:gwjR.7Nc

駅を出て、歩道橋を二つ越えた先。
そこにわたしのホームグラウンドがある。
小さな花壇の前。
電話ボックスの少し横(今時! 珍しい!)。

今日もわたしの歌を歌いに、ここに来た。
いそいそと場を整える。
発電機、アンプ、休憩用のイス。

「っしゃ!」

「今日も弾き語りライブやりまーす!」

素通りしていくサラリーマン。
「今時楽器弾いて歌うの?」って顔で目を見開くOLさん。
ファストフードの包みを振り回しながら騒ぐ学生たち。

わたしの声はなかなか届かない。
でも、わたしは、今日もここで歌う。

97以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 19:41:41 ID:7Eg4suKM

〜〜〜〜〜〜

「ねえ、あんた髪の毛どうしてるの?」

「どう、って?」

「どこで染めてるの?」

彼の金色の髪は、いつも色あせない。
明らかに地毛って感じじゃないのに、いつも根元まで金色だ。
ふつうこういう派手な髪の人は、根元が黒くなったりしてるのに。

「染めてない」

「染めてないの!? 地毛なの?」

98以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 19:56:43 ID:7Eg4suKM

「地毛、っていうか、神だし」

「髪じゃなくて神、な」

「だから見た目は自分で好きに変えられる」

え、めっちゃ便利。
ちょっと太ってきちゃった、とかいうこともないの?
もうちょっと身長ほしかったなー、とかもないの?
この色飽きてきたからいきなり変えちゃおう、とかもできるの?

「お前が気に入らないなら、黒にするけど」

え、それはどうかな。
金髪は生理的に嫌いだったけど、こいつと過ごすようになって別に平気になった。

「べ、別に何色でもいいけど」

99以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 20:06:23 ID:7Eg4suKM

次の日の朝、起きたら彼の髪が青くなってた。

「青!?」

「ちょっと気分変えてみた」

ちょっと気分変えるレベルじゃないけど!?
アニメみたいな青髪になってるけど!?

「も、戻して」

「……わかった」

「何色でもいいって言ったのは撤回する」

「わかった」

次の日は、また金色に戻ってた。
神様って自由だな。

100以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 20:15:44 ID:7Eg4suKM

「メロンソーダひとつ」

「また?」

わたしのバイト先は喫茶店。
たびたびやってきては、メロンソーダだけ頼む。

「ここのが一番うまい」

「どこで飲んでも大体同じ味だと思うけどな」

ぶつぶつ言いながら、メロンソーダを作ってあげる。
まあ、作るというほどのことはしてないけど。
コーヒーとかワインとかに凝る人は多いけど、まさかメロンソーダとはね。

変わってるよな。

101以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 20:26:27 ID:7Eg4suKM

「食べ物とかは特に好みがないのにね」

「ん?」

肉も魚も野菜もまんべんなく食べる。
絶対これは無理、とか、今日は絶対これ食べたい、とかも言わない。

「なんで飲み物だけこだわるの?」

「わかんねえよ、ただ好きなものは好きなんだから」

神様って、そうなんだろうか。
いや、別に人間でもふつうか。
なんでも食べる人、いるしな。

「お前は、これが好きとかこれは無理とか、ないのか」

「トマトの皮が無理」

102以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 20:34:58 ID:7Eg4suKM

「トマトの皮? そんなものが?」

「あと粒あんが無理」

「こしあんとどう違うんだよ」

無理なものは無理なんだ。
あの小豆の皮が残ってる感じが。
異物が混入している感じがして。

「変わってるな」

「あんたに言われたくないんだけど!」

103以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 20:42:41 ID:7Eg4suKM

「神様なら、好きなものなんでもパッと出せたりするんじゃないの?」

「そんな便利な能力はないんだ」

ないのか。
まあ、メロンソーダ作った奴天才、とか言ってたくらいだしな。

「この世のほとんどのものは人間が独自に作り出したものだし」

「神はそれを真似するだけだ」

「なんでも作れるしなんでも壊せる神、ってやつがいるんだけど」

「まあそいつにも、ここのメロンソーダよりうまいものは作れないな」

んな大げさな。

104以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 20:54:47 ID:7Eg4suKM

「ねえ、あんた、お金はどうしてるの?」

バイトをしている様子はない。
いつもふらふら、わたしのライブを聴きに来たりうちに泊まっていったり。
大学に通っている感じでもないし、わたし以外の知り合いもあんまりいなさそうだった。

「……内緒だ」

怪しい。

「『お金』って概念も人間が作ったものだ」

「便利だし面白いよな、これ」

ジャラジャラ小銭をもてあそぶ。
お金が面白い、って感覚はわたしにはなかったので、なんだか意外な気がした。
考えたことなかった。
彼と話していると、今までと違う考え方に触れられるから、とても面白い。

105以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 21:33:39 ID:7Eg4suKM

「はい、じゃあお会計」

ゆっくり時間をかけてメロンソーダを飲んだ後、ちゃんとお金を払って彼は出ていく。
わたしのバイト先には毎日来るけど、一緒にいない間、どんなことをして過ごしているのか、謎だ。

こっそりわたしの知らないところでバイトしている彼を想像してみた。
あんな金髪だから、まじめな接客業は無理そうだ。

ハンバーガーをせっせと作っている彼。
ペンギンやアシカに芸を教えている彼。
花に水をやっている彼。
パンを焼いている彼。
どれもしっくりこなくて、笑ってしまった。

もしかしたら親がお金持ち、だとか。
仕送りをたくさんもらっているとか。

わたしは、彼のことをなにも知らないな、と思った。
それは悲しいことではなくて、新たに知っていけることがまだまだたくさんあるんだ、と前向きにとらえようとした。
これから、いろいろ訊いてみよう。
そうだ、ゆっくり話す時間はたくさんあるのだから。

106以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/23(日) 21:41:13 ID:7Eg4suKM
主人公の好き嫌いの基準は偏食の友人を参考にしました ノシ

107以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/24(月) 18:08:40 ID:x.2eJJjU
つぶ餡より絶対こし餡派

108以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/25(火) 03:32:18 ID:0uXcibXM
トマトの皮駄目なら粒あんも駄目だろな

109以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 20:42:48 ID:jK9VTjDE

〜〜〜〜〜〜

3年生とはイコール受験生だ。
こんな田舎の学校でも、大学進学率はとても高かった。
「親の仕事を継ぐ」なんて選択肢もあまりない町だから。

新学期になって部室に出向いても、わたしのほかには誰もいなかった。

アリサもシズクもモモも、部室で見かけることはなくなった。

結局新入生への部活紹介もスルーして、積極的に部員集めすることもなく、わたしたちはバラバラになった。

わたしは大学に行こうかな、なんて思いつつ、大学なんてどうでもいいかな、とも思っていた。
やりたいことなんてない。
だけど、部室で一人寂しくギターを弾いているのは心地よかった。
なにも考えずにいられたから。

アリサに教えてもらったコードを弾き、鼻歌を歌う。

そんな風にして4月が過ぎていった。

110以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 20:54:17 ID:jK9VTjDE

5月になって、短髪の元気な男の子が部室にやってきた。

「ここ、軽音部ですか?」

一瞬、「間違いですよ」と追い返してしまおうかとも思ったが、それはあまりに可哀そうな気もした。

「一応ね」

短く言って、わたしはすぐに目をそらした。
ぎゃんぎゃんとギターを鳴らす。

後ろからまだ声がしていた気がしたけど、無視した。

大声で歌い始めてやろうかとも思ったけど、やめた。
ただ簡単なコードを繰り返した。

そのうち出ていくだろう。
軽音部はもう廃れたのだ。
もうこの部屋にはわたししかいないのだ。
わたしを誘った人たちは、あっさりと姿を消してしまったのだから。
実質わたし一人の部活なのだから。

111以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 21:05:35 ID:jK9VTjDE

「すごいっすね!!」

「!?」

目の前に回り込まれていた。
目をキラキラさせてわたしの手元を見ている。

「先輩、一人ですか?」

「そうよ、悪い?」

「ぼく、入っていいですか?」

「わたしに止める権利も認める権利もない」

「じゃあ、どうしたらいいですか?」

「入部希望届を担任に渡したらいいんじゃない?」

「じゃあ、そうします!!」

元気な子だ。1年生だろうか。
次の日から毎日来るようになった。

112以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 21:34:31 ID:jK9VTjDE

「先輩はバンドとか組まないんですか?」

彼の名はイオリといった。
イオリ。女の子みたいな名だ。

「組んでたけどね、解散しちゃった」

わたしはこの頃も、引っ込み思案で自分に自信がなくて、ぼそぼそとしゃべる子だった。
年下の男の子とうまく会話してあげることができているだろうか。

「ほかの部員の人とか、いないんですか?」

「いたんだけどね、最近見ないね」

あんまり詳しく話す気はなかった。
だけど突っ込んで聞いてくることもなかった。

113以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 22:10:15 ID:jK9VTjDE

イオリはギターもなにも持ってなかった。
入部したばかりの頃のわたしと同じくらいの初心者だった。

「先輩、教えてくださいよ」

「無理よ、わたしだって初心者みたいなもんだし」

「でもあの音、めっちゃかっこよかったっすよ」

「簡単なコード弾いてただけだって」

「そのコードがわかんないんすよ、教えてくださいよ、この通り!!」

すごく頭が低い。
ん、腰が低いっていうのかな?
「頭が高い」の反対ってなんだ?

倉庫から引っ張り出した先輩のお古をイオリに与え、コード練習が始まった。

114以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 22:21:28 ID:jK9VTjDE

「うえぇ、難しいっすよこれ!」

「さいしょはみんなそう言うのよ、大丈夫大丈夫」

「いだだだ! 指ちぎれますってこれ!」

「さいしょはみんなそう言うのよ、大丈夫大丈夫」

「言わないでしょ!」

「言うのよ」

115以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 22:36:27 ID:jK9VTjDE

「先輩の書く歌詞、面白いですね」

「そお?」

「どんなときに思い浮かぶんですか?」

「わかんない、急に降ってくるから」

「才能ですね」

「やめてよ」

才能なんて。
アリサは他者を巻き込んで本音を引き出すリーダーシップがあった。
シズクは冷静で言葉を紡ぐのが上手で、いつも美しい歌詞を書いた。
モモは誰のことも悪く言わず、みんなをフォローして笑わせるのが上手だった。

わたしには、なにもなかった。

116以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 22:57:51 ID:jK9VTjDE

「ぼく今、未来の天才シンガーソングライターに教えてもらってるのかもしれませんね」

「やめてよ」

「CD出たら絶対買いますからね」

「やめてよ」

「先輩が有名になったら、ぼくめっちゃ自慢しますからね」

「やめてってば!!」

最後は口調が強くなった。
馬鹿にされているような気がしてしまう。
わたしには、なにもないのに。

117以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 23:10:40 ID:jK9VTjDE

「歌詞は友だちの真似事」

「ギターはまだ1年も続いてない初心者」

「ライブだって2回しかやったことない」

「変に持ち上げるの、やめて」

「馬鹿にされてる気分になるから」

イオリはしゅんとして、「そうすか……」とつぶやいた。

この日は、もう過剰にほめることはなかった。
だけど次の日、イオリは昨日のことを忘れたかのように「天才っすね!」とか連呼してた。
ニワトリか。

118以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 23:22:49 ID:jK9VTjDE

イオリはあんまりうまくならなかった。
だけど、一生懸命さが伝わってきて、わたしはほほえましく思った。

「先輩、ぼく、髪とか伸ばした方がいいっすかね」

「は?」

「それとも真ん中だけ伸ばしてモヒカンにするのがいいっすかね」

「なに言ってんの?」

「いっそリーゼントっての、真似してみましょうか」

「いつの時代のロックだよ」

「新しいものに流されるのはロックじゃないっすよ!!」

「思考停止して古いものを崇めるのもロックじゃないわよ」

言い返してやった。

119以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 23:34:27 ID:jK9VTjDE

「ダーリン♪ ダーリン♪ ダーリン♪ ダーリン♪」

「傷ついた目で、見つめてよ♪」

「サビが『ダーリン』で埋められた名曲を、今4曲くらい連想したんだけど」

「ありきたりっすか、やっぱ」

「もっとオリジナリティを込めて」

「うっす」

歌詞指導もした。
わたしに、偉そうに教えられる技術もないけど。
だけどイオリに教えているうちに、わたしは自分のスキルが上がっていくのを感じていた。

120以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/28(金) 23:49:48 ID:jK9VTjDE

「アゴを殴れ♪」

「首を狙え♪」

「気にいらん奴はぶっ殺せ♪」

「それかっこいいっす先輩!!」

「今適当に作っただけだよ」

「ロックっす!!」

イオリが男の子だということもあって、一緒にいると過激な歌詞が増えた気がする。
彼自身は別に過激な人間ではないのに。
だけど、彼とロックについて考えていると、こういうものがしっくりくる気がしていた。

「眉間を突け♪」

「タマを狙え♪」

「誰彼構わずぶっ殺せ♪」

「最高っす!!」

121以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/29(土) 00:00:31 ID:cHV1GgMc

「先輩は、なにか気に入らない人とか、イラついてる対象のものがあるんすか?」

「ない」

「ないんすか!?」

イオリは目いっぱいびっくりしていた。
目をいっぱいに開いて。
口も開いて。

「いや、なんか、心の底から湧き上がるイライラとかが歌詞に現れてるのかな、と思ったんですけど」

「そういうことでもないみたいだねえ」

「才能っすね」

「やめてよ」

逆に言えば、わたしの歌詞は「薄っぺらい」のだと言われているような気もした。
自分の本心で歌えているのか?
ロックっぽい言葉を自分で選んで、それで満足していないか?

122以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/29(土) 00:10:18 ID:cHV1GgMc

「ねえ、わたしの歌詞、薄っぺらい?」

「え、そんなことないですけど」

「でもイオリさ、別にロックに詳しいわけじゃないよね?」

「ロックに詳しくなくても、先輩の歌詞がかっけえ、と思う気持ちはありますよ?」

「んー」

誤魔化されてしまったような気がする。
だけど、もう部室にわたしの歌詞を批評してくれる人はいない。
アリサも、シズクも、モモもいない。

まあモモは「ええやん!」くらいしかいつも言わなかったけど。

「……」

「どうしたんすか?」

ちょっと感傷的になってしまった。
なにか新しい曲ができそうな気がしたけど、あまり言葉にならなかった。

123以下、名無しが深夜にお送りします:2019/06/29(土) 00:14:48 ID:cHV1GgMc
イオリくん登場
とはいえもう終盤です ノシ

124以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/01(月) 15:56:37 ID:1DYuTinw
おつー

125以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 21:39:46 ID:E4g/NqMw

〜〜〜〜〜〜

終わりは突然訪れた。

ある夜、急にたたき起こされたわたしは、彼から別れを告げられた。

「は? なんで? なんで今言うの?」

寝ぼけ眼でわたしは彼に詰め寄った。
神様だから、もう人間に干渉できないとか?
新しい仕事があるとか?
実は今までのことはすべてお遊び、神の戯れだったとか?

「世界が終わる」

どうして?
急に?
隕石でも降ってくるってのか?

126以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 21:50:45 ID:E4g/NqMw

「馬鹿な人間がやらかした」

「世界の破滅を願ってしまった」

どうして?
願ったからと言って、それがどうして現実になる?

「それを叶えてしまった神がいるってことだ」

じゃあ馬鹿はそいつじゃん!

「それはもう止められないの?」

「止められない」

「だから」と。彼は続けた。
これが最後のお別れになるから、と。

127以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 22:05:20 ID:E4g/NqMw

「お前の汚い心をオレが奪ってやる」

「そうすればお前だけは終末を回避できる」

「だからお前は生き延びろ」

「生き延びて、ロックを歌い続けてくれ」

「ほんとなら一番間近で、その音楽を聴いていたかったんだけどな……」

彼は悲しそうに言う。
わたしは混乱しながらも、その「予言」をぼんやり受け入れていた。
夜中にたたき起こされてぼんやりしてたってのもあるんだろう。
どうせ神様だって言い始めたときから、円満な結婚とかは諦めていたのだし。

「わかった、で、『きれいな心がほしい』とか願えばいいわけ?」

「違う、『汚い心を捨てたい』と願え」

「う、自分でそう言うのはちょっとプライドが」

「誇りは捨てたのではなかったか?」

「そんなかっこいいセリフ言ったことないわ!!」

128以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 22:18:22 ID:E4g/NqMw

だけど対価があるはずだ。
望んだものを得る代わりに、ひどいデメリットが。

「汚い心を捨てて、代わりにどんな罰ゲームが?」

「よい人間関係に恵まれる」

「ん?」

「よい人間関係に恵まれる人生になるんだ」

「それデメリットないんじゃない?」

「そういう裏技も存在する、ということだよ」

「ずるいね、神様って」

「最後だからサービスだ」

世界が破滅するってのに、人間関係が良くなる、か。
なんだか意味不明だ。
でも彼からの最後のプレゼントだと思えば、なんでもほしい気がした。

129以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 22:28:46 ID:E4g/NqMw

〜〜〜〜〜〜

イオリが来てからなんとなく将来のビジョンが見えてきた。

街角でギターを持ってロックを歌いたい。

アリサたちに教わったロックを歌って生きていく。

仕事にしたいわけじゃない。
大学生をやりながらでも、生き方として、趣味として、ロックをやる。
フリーターでもいい。ギターが弾けるならそれでいい。
そんなわたしは、十分幸せな気がした。
もちろん、それが仕事になるのならさらに嬉しいのだけれど。

「文化祭、出るんすか?」

「それも考えてる」

ベースもドラムもいなくても、わたしが「これはロックだ」と言えばそれがロックになる。
アリサに教わったロック観だ。
エレキギター一本でロックしてやる。

130以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 22:38:57 ID:E4g/NqMw

「見に行きますよ」

「おう、わたしなりのロック見せてあげる」

薬指を掲げてカッコつける。

「文化祭で、わたしの部活は終わり」

「あんたはそのまま軽音部を続けてもいいし、仲間を集めてバンド組んでもいいし、廃部にしてしまってもいい」

イオリの好きにしたらいい。
3人以上いないと部として成立しないらしいし。

「なんとか今年中に、あと2人かき集めますよ」

「先輩が抜けたとたん廃部だなんて、絶対嫌ですから」

131以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 22:48:00 ID:E4g/NqMw

わたしは文化祭に向けて、着々と練習を続けた。
受験勉強なんてやってない。
今それに没頭するのはロックじゃない。
文化祭が終わってからがんばりゃいい。

「やっぱ『シカバネ』セトリに入れるんすか」

「そうだね、やっぱ思い入れあるしね」

「最初に作った曲だから、すか」

「それもあるけど……」

あの4人で作った曲、という意味合いが強いから。
わたしはそう思っている。

132以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 23:00:29 ID:E4g/NqMw

新曲もやりたい。
わたしの成長を見せたい。

あの子たちがステージを見に来てくれるかどうかはわからないけど。

それでも、わたしはロックを続けるよ、って。

そんなメッセージの届く曲を。

わたしはすごくワクワクしてきた。
あの金髪野郎にまた出会ったとしても、恐怖で動けなくなるようなへまはしない。
アゴ殴ってやる。
首絞めてやる。
タマ蹴ってやる。
それで自分の音楽がロックだって、胸張って言ってやる。

ままごとじゃない。

「あ」

133以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 23:09:23 ID:E4g/NqMw

「どうしたんすか?」

イオリが心配そうに私の顔を覗き込む。

だけどわたしの脳はフル回転していた。
口は開いたままだった。

「魂抜けたんすか?」

抜けてない。
今わたしの脳内にひらめいたメロディと歌詞をつなぎとめようと必死に努力してんの!

「……」

イオリはなにかを察したようで、わたしから離れて音楽雑誌を読み始めたようだ。

その後5分で「ままごとロック」って曲ができた。
自己最速の出来だった。

134以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/05(金) 23:18:46 ID:E4g/NqMw
日曜で完結予定です ノシ

135以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 21:06:22 ID:hJ3vD31g

〜〜〜〜〜〜

わたしに魔法(っぽいなにか)をかけた後、彼はわたしの肩をつかみながら熱弁した。
かつてこれほど熱く語った姿を見たことがあっただろうか。
愛の語らいも結構おざなりだったのに。

そんな馬鹿なことを思いながら、でもその言葉はすっとわたしの頭に染み込んできた。

「お前は世界を歌え」

「お前ひとりいれば、そこに『世界』は生まれる」

「四畳半の汚いアパートでも、そこにお前が暮らすなら、そこに『世界』が生まれる」

「お前が誰かと出会い話をすれば、そこにまた『世界』が生まれる」

「お前がたくさんの人と出会い暮らすなら、またさらに『世界』が生まれてゆく」

「『世界』が広がる、と言い換えてもいい」

136以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 21:18:40 ID:hJ3vD31g

「お前はちっぽけな自分ひとりだけの『世界』について歌ってもいいし」

「特定の誰かとの『世界』について歌ってもいい」

「みんなの『世界』を歌ってもいい」

「自由だ」

「そのどれもが、『世界』について歌った歌になる」

「ただし」

「人の真似事じゃない、歌うお前自身が納得した言葉でなきゃだめだ」

「歌い続けてくれよな、お前なりのロック」

137以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 21:29:55 ID:hJ3vD31g

そうして、彼は消えた。
ふっとその場から煙のように消えたりしたらすごく神様っぽかったんだけど、普通にドアから出ていった。
全然神様っぽくなかった。
だけど、音楽を聴いたり、わたしと恋人になったり、メロンソーダが好きだったり、あくまで普通の人間として過ごしたかったのかもしれない。
人間臭い神様もいたもんだ。

わたしはまた、一人、取り残されてしまった。

だけど心は穏やかだった。

汚い心を彼が奪い取っていってくれたおかげかもしれない。

わたしの世界、って言ってた。
どんなことを歌ってやろうか。
ベッドで一人、残った彼の温もりを感じながら、新しい曲について思いを馳せた。

138以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 21:39:13 ID:hJ3vD31g

〜〜〜〜〜〜

文化祭当日。
お客はいっぱい。

去年のステージの評判がわりと良かったらしいことは、ここ数日よく耳にした。
クラスメイトから控えめに「今年も出るの?」とか「去年すごく格好良かった!」とか、言われたから。
そんな風に見られていたこと、知らなかった。
なんとなく、近づきがたい雰囲気を出してしまっていたかもしれない。
だけど、そんな風に声をかけてくれる誰かがいたことが、とても嬉しい。

思えば、アリサも最初、わたしをカラオケで見つけてくれていた。
そんなことにわたしは気づきもしなかった。

もしかしたら、わたしのこと、知らずに認めてもらっているのかもしれない。
どこかの誰かが、わたしのことを知っていてくれているのかもしれない。

ステージ直前で、そんなことを思った。

139以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 21:49:01 ID:hJ3vD31g

「先輩! お客さんいっぱいっす!」

「うるっさい! わかってるそんなこと!」

イオリが報告してくれる。
イオリもなんか歌ったら、と言ったのに、わたしと同じステージは恐れ多いんだと。
そんな謙虚じゃロックはやれないぞ。

「ぼくは来年頑張ります」

「やるべきことを先延ばしにする奴は、いつまでもやらない奴だぞ」って言ってやったけど、そこは譲らないみたいだった。

「最高のステージ! 期待してます!」

「荷が重いよ」

あれ、わたしも謙虚かもしれない、今の言葉。

140以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 22:03:33 ID:hJ3vD31g

「おっほん」

わたしは高校最後のステージを前に、後輩君に偉そうに講釈を垂れようとした。
けど、すぐにいい言葉が浮かばなかった。

まずい。
昨日ベッドの中で考えとくんだった。

それともなにか、有名なロックンローラーの名言を調べておくんだった。

なんか気の利いたことを言ってやらないと。
それともステージ後に「どうだ、これがロックだ」とか言ってやろうか。
寒いだろうか。

まごまごしている全然ロックじゃないわたしに向かって、イオリはキラキラした目で言った。

「先輩なりのロック、目に焼き付けます!」

141以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 22:12:33 ID:hJ3vD31g

ああ、先に言われてしまった。
よくできた後輩だこと。
だけど、確かにその言葉が一番大事だった気がする。

「わたしなりのロック」
それを高校最後のステージで表現する。
うん、大事なことだ。

「おっしゃ、わたしなりのロック、見せてやる」

そしてわたしは、イオリに向かって薬指を立てた。
怖いものなどない。
お客がしらけてたって、ままごとだと思われたって、構わない。
めちゃくちゃやったらあ!!

ステージに上がった瞬間、特に目立つ格好をしているわけでもないのに、客席のアリサとシズクとモモを見つけた。
なんとも言えない表情でこちらを見つめている。

142以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 22:22:59 ID:hJ3vD31g

最後のMCで、3人への感謝を伝えよう。
それからイオリへの激励と、未来の展望と、それからそれから……

あれこれ考えている間に、スポットライトがわたしを照らした。
やばい、もう始めなきゃ。

眩しくてよく見えないけど、アリサとシズクとモモがいた辺りに薬指を向けた。

中指を立てれば侮辱行為だろうが、これはピースサインでもある。

3人はきっと受け取ってくれるだろう。

「ロックしてくるぜ!」という意味で。

ついでに舞台袖のイオリの方にも。

それから客席が温まる前に、Fをひと鳴らし。ぎゅいーん。

わたしの高校最後のステージが始まる。


★おしまい★

143以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 22:31:54 ID:hJ3vD31g

①執事「なーんだ??」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-16.html

②男「30 minutes instant radio」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-30.html

③男「終末の大通りを黒猫が歩く」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-31.html

④女「君はロックなんか聴かない」
http://hamham278.blog76.fc2.com/blog-entry-108.html

このあたりが関連作です。よかったらどうぞ。
世界が終わった理由は③で明らかにしています。
本編の主人公が出てくるのは④です。

144以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 22:38:36 ID:hJ3vD31g
登場人物の名前は好きな女性ロッカーからもらいました

    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/
   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"

145以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/07(日) 22:51:30 ID:M/Tsrf66
おつ!

146以下、名無しが深夜にお送りします:2019/07/12(金) 12:42:47 ID:ELFqr7/o
おつおつ!


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