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【ぼく勉】 文乃 「今週末、天体観測に行くんだよ」

1以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:07:13 ID:9nEg0gUI
理珠 「ほう。天体観測ですか。どこかの天文台へ行くのですか?」

文乃 「ううん。バスツアーなんだけどね、車で二時間くらいの高原に行くんだよ」

文乃 「結構コアなツアーでね。参加者全員望遠鏡を自分で持って行って、思い思いにレンズを覗くんだ」 ワクワク

文乃 「深夜に駅を出て、数時間天体観測をしたら、早朝に駅に戻ってくるって感じのツアーだよ!」

うるか 「ほへー。そんなのがあるんだねぇ」

成幸 (……それはツアーで行く意味があるのか? とかそういうことは置いておくとして)

成幸 (受験も近いのに大層な余裕だな、というツッコミも置いておくとして)

成幸 「……お父さんと一緒に行くのか?」

文乃 「うんっ! お父さんがね、誘ってくれて……」

文乃 「“一緒に行かないか” って。えへへ……」

成幸 「そうか」 クスッ 「よかったな、古橋」

文乃 「うん! ありがと、成幸くん! 道中のバスではちゃんと勉強するから安心してね!」

成幸 (この寝ぼすけ眠り姫が深夜と明け方のバスで勉強するとは思えないが……)

成幸 (まぁ、たまの息抜きぐらい、問題ないだろうし、何より……)

成幸 (古橋とお父さんの関係が、少しずつ改善しているのが、嬉しい)

2以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:08:01 ID:9nEg0gUI
………………週末 古橋家

文乃 「ふんふふんふふーん♪」

キュッキュッ

文乃 「明日の夜は天体観測〜♪ 18歳になったから行けるツアー〜♪」

文乃 「レンズを磨いて〜♪ アンドロメダ〜、プレアデス〜、オリオン〜♪」

文乃 「全部見られるかな〜♪ かな〜♪ 幸い〜〜♪ 明日は快晴〜♪」

零侍 「………………」 (……娘のテンションがおかしなことになっている)

零侍 (よっぽど天体観測が楽しみなのだな。受験生相手だから迷ったが、誘って正解だったようだ)

零侍 「それにしても大荷物だな。そんなに大きなリュックがいるのか?」

文乃 「当然だよ。高原まで行くんだよ? もう冬も近いんだよ?」

文乃 「防寒着も必要だし、あとカイロもいるよね」

文乃 「それから、エネルギー補給のためのお菓子」 ドサアッ

零侍 (大きなリュックの中身がほぼすべてお菓子なのだが……)

文乃 「あと……」 クスッ 「成幸くんと勉強するって約束したから、バスの中で読める参考書も」

零侍 「なるほど」 (……まったく。妬けるものだな。そこで一番いい笑顔をしてくれるのだから)

3以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:09:20 ID:9nEg0gUI
零侍 「私も防寒着と傘くらいは用意しておくか。あとは……――」

prrrrrr……

零侍 「む……。研究室からだ。まったく、休日だというのに……」

文乃 「ふふ。わたしのことは気にせず、出ていいよ?」

零侍 「……ああ。すまない」

ピッ

零侍 「もしもし?」

『ああ、よかった。夜分に電話をしてすまないね。少しいいかい?』

零侍 「少しと言うからには本当に少しなんだろうな」

『まぁそう不機嫌そうな声を出すなよ。朗報だよ』

『来月の英国の学会、目玉になっていた研究者が論文の取り下げをしたらしいんだ』

『で、その件について、今日大学に連絡があった。学会の発表順を変えるらしい』

『……古橋先生? 君の論文を学会の最初に据えたいそうだ』

零侍 「……それは本当か?」

『ああ。僕も驚いているんだよ。おめでとう、古橋先生』

4以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:10:36 ID:9nEg0gUI
『……それでね、明日の夜なんだが、空けておいてくれ』

零侍 「……明日の夜?」

文乃 「……?」

零侍 「いや、明日は……」

『何か予定があるのかもしれないが、こちらを優先してくれ。先方が打ち合わせをしたいのだそうだよ』

『権威のある学会だからね。事前に君とプレゼンの内容を詰めておきたいのだと』

『別件で日本に来る用事があるから、時間を取って君と話したいと言っていたよ』

零侍 「………………」

『おいおい、まさか無理だなんて言わないだろうな』

『あの学会の最初に発表をするということがどういうことか分かっているだろう?』

『学術季刊誌の方も君がトップになる可能性があるんだぞ』

『国からの助成金は確実に増える。よりよい環境を整えられるかもしれない』

零侍 「……分かっている。分かっているが」

5以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:11:17 ID:9nEg0gUI
零侍 「………………」

零侍 (……私にとって、数学とは至上命題だった。その探究こそがすべてだった)

零侍 (いや、それは今も変わらない。数学の探究は私のワークライフであり、ライフワークだ)

零侍 (しかし……)

文乃 「………………」


―――― 『もしも新しい星を見つけたら…… 文乃ならどんな名前をつけたい?』

―――― 『んーとね んーとね……』

―――― 『「レイジ」 !!』

―――― 『お父さんの名前? えー どうしてー? お母さんじゃないのー?』

―――― 『だってだって お母さんと2人で見つけるんだもん!』

―――― 『2人の一番大好きな人の名前にしなくっちゃ!』


零侍 (ああ、そうだ。大丈夫。分かっている。もう、見失わない)

零侍 (私にとって一番大事なものは……――)

6以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:11:59 ID:9nEg0gUI
零侍 「………………」

『……? おい、聞いてるのか? おーい』

零侍 「……ああ。悪いな。学会の最初は、別の研究者に譲ってやってくれ」

『!? おい、正気か? 君の研究が円滑に進むチャンスなんだぞ』

零侍 「ああ、それでも、私は……――」


文乃 「――お父さん」


零侍 「む……」

文乃 「少し、話をしてもいい?」

零侍 「あ、ああ。……すまない。少し待っていてくれ。すぐ戻る」 スッ

零侍 「……どうかしたか?」

文乃 「………………」 ジーーーーッ

零侍 「な、なんだ? その目は……」

文乃 「……明日、無理そう?」

零侍 「い、いや、そんなことはない。大丈夫だ」

7以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:12:39 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」 ジーーーーッ 「ほんとぉ?」

零侍 「ほ、本当だ。ウソをつく理由がない」

文乃 「詳しいことは分からないけど、学会の偉い人が来るんじゃないの?」

零侍 「!? き、聞こえていたのか……」

文乃 「いや、普通に電話の声洩れてたし……」

ハァ

文乃 「……無理しなくてもいいよ? 天体観測はいつでも行けるしさ」

文乃 「お仕事の用事が入っちゃったなら仕方ないよ。お仕事優先だよ」

零侍 「い、いや、しかし……」

文乃 「わたしなら大丈夫だよ。天体観測、今回はひとりで行くよ。もう18歳だしね」

文乃 「それに、お母さんも言ってたじゃない」 ニコッ


―――― 『好きなことを全力で 好きにやりなさい』


零侍 「っ……」

8以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:13:17 ID:9nEg0gUI
文乃 「あれはわたしに向けての言葉だったかもしれないけどさ、お父さんも同じだと思うよ?」

文乃 「お母さんはきっと、お父さんにも、好きなことをやってもらいたいと思ってるよ」

グッ

文乃 「だから、わたしが許すよ、お父さん」

文乃 「好きなことを全力で、好きにやりなさい! ってね」

零侍 「文乃……」

零侍 「………………」

零侍 「……すまない」

文乃 「謝らなくていいよ。お仕事だもん。それに、お父さんの “好き” だからね」

文乃 「わたしも好きなことやらせてもらうんだから、お父さんの “好き” な数学も大事にしないとね」

クスクス

文乃 「あと、お父さんが大学クビになったりしたら、わたしも大学に行けなくなっちゃうし」

零侍 「………………」 フッ 「……そうだな。すまない。では、悪いが、明日は……」

文乃 「うん。ひとりで行ってくるよ! お父さん、偉い人と会うんだから、ちゃんとヒゲ剃ってから行くんだよ」

文乃 「じゃあ、わたしちょっと部屋で勉強してくるから!」 シュバッ

9以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:13:55 ID:9nEg0gUI
………………

文乃 「………………」

文乃 「……うん。大丈夫。わたしは、大丈夫。だって……」


―――― 零侍 『文乃。来週末、一緒に天体観測に行かないか?』


文乃 「あのとき、あんな風に言ってくれただけで……」

文乃 「とっても嬉しかったから」

文乃 「わたしひとりでたーくさん天体観測して、帰ってきたらお父さんに自慢してやるんだから」

文乃 「えへへ……」

文乃 「………………」

グスッ

文乃 「……うん。お父さんとは、また今度」

文乃 「きっと、また今度一緒に、行けるよね」

10以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:14:28 ID:9nEg0gUI
………………

『はぁ。まったく、まさか断るのかと思ってヒヤヒヤしたよ。勘弁してくれ』

零侍 「すまない。大丈夫だ。明日は18時にホテルに向かえばいいんだな?」

『ああ。先方の宿泊先だ。遅れるなよ。じゃあ、また明日』

零侍 「ああ、ありがとう」

ピッ

零侍 「………………」

零侍 (……これで良かったのだろうか)

零侍 (私は、また娘をないがしろにしてしまったのではないだろうか……)

零侍 (こんなことで、静流との約束を、守れていると言えるのだろうか……)

零侍 「せめて、何か……」


―――― 『成幸くんと勉強するって約束したから、バスの中で読める参考書も』


零侍 「……ん」

11以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:15:20 ID:9nEg0gUI
零侍 「………………」

零侍 (……まったく、嫌になる)

零侍 (こんなときにまで、頼ろうとしている)

零侍 (彼も受験生だ。そうそう力を借りていいわけもない。彼に失礼だ)

零侍 (しかし……)

ピッ……ピッ……prrr……

花枝 『もしもし? 古橋さん? どうかしましたか?』

零侍 「夜分にすみません、唯我さん。あの……」

零侍 「……成幸くんは、ご在宅でしょうか?」

零侍 (……許してくれ、唯我くん。私は、君に失礼であろうとも、迷惑であろうとも、)

零侍 (娘のために、何かをしてあげたいと思ってしまうんだ)

12以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:15:54 ID:9nEg0gUI
………………翌日 夜 駅前

文乃 「………………」

ワクワクワクワク

文乃 (ふふふ……バス、早く来ないかなぁ)

ハッ

文乃 (いけないいけない。こういう時間こそ勉強にあてるべきだよね)

文乃 (有意義な天体観測のために、今しっかりと勉強しないと……)

ペラッ……ペラッ……

文乃 (ふふ。バスの待ち時間もちゃんと勉強してるなんて、なんか、成幸くんみたい……――)


成幸 「――お、いたいた。ちゃんと勉強してるとは感心だな」


文乃 「へ……?」

成幸 「よっ。こんばんは、古橋」

文乃 「………………」

文乃 「うぺぇ!?」

13以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:16:40 ID:9nEg0gUI
文乃 「な……成幸くん!? 何でこんなところにいるの!?」

成幸 「なんでって……。いやいや、お前、お父さんから聞いてないのか?」

成幸 「お父さん、急な仕事で今日行けなくなっちゃったんだろ?」

文乃 「そ、それは知ってるけど……」

成幸 「で、ツアーの代金はふたり分払ってるから、お前ひとりだともったいないから、」

文乃 「うん……?」

成幸 「お父さんの代わりに俺が行くことになった」

文乃 「それは知らないかな!?」

成幸 「えぇ……。いや、だって俺、昨日の夜、お父さんに直接頼まれたんだぞ」

成幸 「18歳とはいえ、娘を深夜にひとりで出歩かせるわけにはいかないから、一緒に行ってやってほしいって」

成幸 (……まぁ、ふたりとも高校生だから色々な条例にひっかかりそうではあるが)

文乃 「えっ、いや、だって、わたし、お父さんからそんなこと何も……」

ピロリン♪

文乃 「? お父さんからメッセージ……?」

14以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:17:31 ID:9nEg0gUI
 『今日は本当にすまない。お詫びと言ってはなんだが、唯我くんに私の代わりを頼んでおいた』

文乃 「!?」 (何でそれを今言うの〜〜〜〜!!)

 『サプライズのつもりで黙っていたが、喜んでくれただろうか?』

文乃 (あーもう! 相変わらずズレてるんだから、この父親はーーー!!)

 『……とはいえ、一応言っておくが、』

 『手を繋ぐくらいは許すが、それ以上はまだお前たちには早いから、肝に銘じておくこと』

文乃 (また余計なことを最後に〜〜〜〜〜!!!)

プンスカプン!!!

成幸 「あー……えっと、ひょっとして……」

成幸 「俺、来ない方が良かったか……?」

文乃 「………………」

文乃 「……け、ないでしょ」 ボソッ

成幸 「へ?」

文乃 「……そんなわけ、ないでしょ。嬉しいよ。成幸くんが一緒に行ってくれるなら」

成幸 「あっ……/// そ、そうか。それなら良かったよ」

15以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:18:07 ID:9nEg0gUI
文乃 「でも、勉強は大丈夫なの? わたしの趣味に付き合わせるのも悪いし……」

成幸 「お前が人の勉強の心配する立場かよ」

文乃 「うっ……。た、たしかに」

成幸 「まぁ、ちょっとした息抜きにちょうどいいよ。ツアーに行くお金なんかないからな」

成幸 「前にも言っただろ? 星、俺も結構興味出てきたからさ」

文乃 「あっ……」


―――― 『ペガスス ケフェウス カシオペヤ ペルセウス』

―――― 『お祭りの日に色々教えてくれたろ あれからなんかちょっと興味出てきてさ』


文乃 「そ……そっか/// そういえば、そうだったよね……///」

文乃 (うぅ……。あのときの “デート” のこと、思い出しちゃったよ……)

ハッ

文乃 (……っていうか、これって……)

成幸 「いやー、今日は冬の星座と……星団も見られるかもしれないのか!? 楽しみだなぁ……」

文乃 (か……完全に、天体観測デートだよね……///) カァアアアア……

16以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:19:05 ID:9nEg0gUI
………………バス車内

文乃 「………………」

成幸 「………………」

カリカリカリ……

文乃 (……って、ま、することは勉強だけだよね)

文乃 (分かってるよ。わたしたちは受験生で、空いた時間は勉強にあてないとだよね)

成幸 「………………」

文乃 (……まったく、澄ました顔しちゃって)

文乃 (分かってるのかな。わたしたち、また一緒に夜を明かしちゃうんだよ?)

文乃 (お祭りの日と同じように、一緒に……)

カァアアアア……

文乃 (……わ、わたしってば、何考えてるんだろ。あのときとは全然違うのに……)

文乃 (わたしもまじめに勉強しないと……)

文乃 (しない、と……) ムニャムニャ……

17以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:19:53 ID:9nEg0gUI
成幸 「………………」

成幸 (……今さらなことだけど、深夜にふたりきりで出かけるって、)

成幸 (すごい、ことだよなぁ……)

カァアアアア……

成幸 (はっ、い、いかん。古橋のお父さんは、俺を信頼して付き添いを頼んだんだ)

成幸 (俺はその信頼に応えねば……!)

……ポフッ

成幸 「……? ぽふ?」

文乃 「………………」 Zzzz……

成幸 「!?」 (ふ、古橋!? 早速寝たのかこいつ!)

成幸 (し、しかも……俺の肩に、もたれかかって……)

成幸 (シャンプーの香りが……) ハッ (お、俺はなんて不埒なことを考えてるんだ!?)

文乃 「むにゃ……むにゃ……」 Zzzz……

成幸 (……ったく、勉強するって言ってたくせに)

文乃 「えへ……お父さん、天体観測……楽しみ、だね……」 Zzzz……

18以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:20:26 ID:9nEg0gUI
成幸 「………………」

成幸 (……まぁ、起こすのも野暮ってもんか)

成幸 (バスで勉強して酔ったりして、肝心の天体観測が楽しめなかったら本末転倒だし、)

成幸 (寝かしといてやるか……)

成幸 「………………」

ハッ

成幸 (……って、ことは、だ)

文乃 「………………」 Zzzz……

成幸 (お、俺は……)

成幸 (目的地に着くまで、古橋に寄りかかられたままってことか……)

文乃 「むにゃ……成幸くん……」

成幸 (た、頼むから……耳元で名前を呼ばないでくれーーー!!)

19以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:21:17 ID:9nEg0gUI
………………到着

文乃 「すごーい! 満天の星空だよ、成幸くん! 晴れててよかったー!」

成幸 「あ、ああ、そうだな……」 ゲッソリ

文乃 「……成幸くん? どうしたの?」

成幸 「い、いや、なんでもない……」

成幸 (結局ずっと古橋に寄りかかられたままだった……)

成幸 (もう慣れたつもりだったけど、古橋ってめちゃくちゃ綺麗だから……)

文乃 「?」

成幸 (……さすがに緊張したな)

成幸 (勉強にも全然集中できなかった……)

文乃 「はっ! こうしちゃいられないよ、成幸くん! 出発時間までにできるだけたくさん星を見ないと!」

文乃 「望遠鏡と三脚を持って……っと。ほら、行くよ!!」

成幸 「あっ……ち、ちょっと待ってくれ、古橋ー!」

20以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:22:43 ID:9nEg0gUI
………………

成幸 「はー……」

成幸 (さすが、標高約1000メートル。灯りもないし空気も澄んでるし、星がすごいな……)

成幸 (落ちてくるようだ……とは思わないけど、なんていうか……)

成幸 (しっかりとした模様に見えるくらい、星がくっきりしてる……)

成幸 (星座なんて、無理矢理形にしてるだけじゃねーか、って思ってたけど、)

成幸 (人工の光が近くにないと、ぼんやりと星座に見えてくるような気がするな)

成幸 「……きれいだな」

文乃 「うん。本当にきれいだね」

クスッ

文乃 「寝そべってたら本当に眠っちゃうよ?」

成幸 「ん、悪い悪い。寝そべると視界全部が星空になってきれいでさ」

文乃 「気持ちは分かるけどね」

文乃 「……望遠鏡、セットしてみたから覗いてみない?」

成幸 「ん……何か見えるのか?」

21以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:23:35 ID:9nEg0gUI
文乃 「それは、まぁ……」 ニコッ 「覗いてみてのお楽しみ、ってことで」

成幸 「ああ。じゃあ、ちょっと拝借して、っと……」

成幸 「……!?」

成幸 「この時間にこの方角で、これって……アンドロメダ座銀河か?」

文乃 「おー、さすが成幸くん! 正解!」

成幸 「す、すごいな! こんな小さな望遠鏡で、こんなくっきりと……」

成幸 「星が密集して銀河を形成してるのが見えるとは思わなかったな……」

文乃 「そうそう。灯りがないと意外と見えちゃうんだよね」

文乃 「ほら、肉眼でも薄ぼんやり見えるでしょ」

成幸 「た、たしかに……。遠出しただけあってすごいな、ここ……」

文乃 「小さい頃からここで星を見るのが憧れだったんだよ〜。すごいよね!」

文乃 「成幸くんなら一緒に感動してくれると思ったよ。えへへ」

成幸 (子どもみたいに笑っちまってまぁ……)

文乃 「じゃあ、次はプレアデス星団を探すよ! どっちが先に見つけられるか勝負だね!」

成幸 「おう! 負けないぞ!」

22以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:24:37 ID:9nEg0gUI
………………

成幸 「はー……」

パタリ

成幸 「結局、どれも古橋の方が先に見つけちゃったな。完敗だ」

成幸 「星座と星の位置関係、結構覚えたつもりだったんだけどな」

文乃 「ふふふ。まだまだだね、成幸くん」

文乃 「………………」

パサッ……

成幸 「……? おいおい、お前が寝転んだら本当に寝ちゃうぞ?」

文乃 「成幸くんが寝転んでるのをみたら、わたしも寝転んでみたくなっちゃってさ」

文乃 「大丈夫。寝ないよ。だって、目の前が……」

文乃 「うわぁ〜〜〜〜……成幸くんの言うとおり、寝転ぶとすごいね。全方位星、星、星だよ」

成幸 「……だな。こんなすごい景色じゃ、寝てられないよな」 クスッ

23以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:25:08 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

文乃 「……ねぇ、成幸くん」

成幸 「うん?」

文乃 「今日はありがとね。お父さんの代わりに、わたしの趣味に付き合ってくれて」

成幸 「いやいや、礼を言うのはこっちだよ。タダでこんな良い場所まで来られたしさ」

成幸 「古橋と一緒に星を見るのも楽しかったしさ。ほんと、ありがとな」

文乃 「っ……///」

文乃 「そ、それなら、良かったけど……」

文乃 「………………」

ドキドキドキドキ……


―――― 『手を繋ぐくらいは許すが、それ以上はまだお前たちには早いから、肝に銘じておくこと』


文乃 「……ねっ、ねえ、成幸くん」

成幸 「ん?」

文乃 「もう、冬も近いし……ちょっと、寒いね」

24以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:25:41 ID:9nEg0gUI
成幸 「ああ。たしかに冷えるけど……そろそろバスに戻るか?」

文乃 「へ? う、ううん。まだ星を見てたいから、それはいいんだけど……」

文乃 「……いや、その、寒いって言ってもね、ほら、冷えるのって末端からじゃない?」

成幸 「? まぁ、そりゃ中心から冷えはしないだろうけど……」

文乃 「それで、その……ね? えっと……手がね?」

成幸 「手?」

文乃 「うん。手がさ……手袋を、してても、だね? 少し、冷えてきててさ……」

成幸 「ああ。冷え性なんだな。そりゃ大変だ。一応カイロ持ってきてるから、やるよ――」

文乃 「――いやー? カイロはさー、なんていうかー……えっとー?」

文乃 「ずっと持ってたら、低温火傷になっちゃうしね? ね?」

成幸 「いや、そりゃそうだろうけど、ずっと持ってなきゃいいだけじゃ……」

文乃 「……でもずっと何かを握っていたい、みたいな?」

成幸 「みたいなって何だ……?」

文乃 「……いや、あの、だからね?」 カァアアアア…… 「……手を、ね?」

文乃 「繋いで、ほしいな……なんて、ね?」

25以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:26:19 ID:9nEg0gUI
成幸 「へ……?」

カァアアアア……

成幸 「あっ……/// いや、えっと、それは……」

文乃 「………………」 カァアアアア……

成幸 「………………」 スッ 「……お、俺の手で、いいなら」

文乃 「………………」 コクッ


…………ギュッ……


成幸 「………………」

文乃 「………………」

成幸 (なっ……なんで、手を、繋ぎたいなんて言い出したんだ……?///)

文乃 (わ、わたしってば、何言ってるのかな……///)

文乃 (これじゃまるで、わたしが……) カァアアアア…… (成幸くんのこと……)

文乃 (うぅ……///) プシューーー

26以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:27:24 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

文乃 (……そう、だよね。今さら、否定、できないよね……)

文乃 (わたし、成幸くんのこと……)

成幸 「……?」

文乃 「……ねえ、成幸くん」

成幸 「お、おう」

文乃 「わたし、ちゃんと “起きてる” でしょ?」

成幸 「ん……? ああ、まぁ……起きてるけど……」

文乃 (……そう。わたしは “起きてる” 。もう、眠り姫じゃ、ない)

文乃 (わたしは……)

文乃 「……あのね、成幸くん、わたし……わたしね……」

文乃 「わたしっ、成幸くんのこと、――」

――――グゥゥゥウウウウ……

文乃 「ふぇっ…?」

成幸 「へ……?」

27以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:28:07 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「ふ、古橋? 今の音って……ひょっとして……――」

文乃 「……い、言わないでよ! 本当にデリカシーがないね、成幸くんは!」

成幸 「いや、だって……」 クスッ 「あんまり大きい腹の虫だから、一瞬クマでも出たのかと……」

文乃 「だっ……だから言わないでって言ってるのにーー!!」

文乃 「……仕方ないでしょ! 深夜はお腹空くし、いつもお夜食食べてるし……」

文乃 「ふんだ。お菓子たくさん持ってきたけど、成幸くんには分けてあげないんだから」

ヒョイッ……パクッ……パクッパクッパクッ……

成幸 「お、おいおい……。いくらなんでも食べ過ぎじゃ……」

28以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:28:43 ID:9nEg0gUI
文乃 (あー……もう!)

文乃 (何であのタイミングでお腹鳴るかなー! もー!!)

文乃 「………………」

文乃 (……でも、わたし……)

文乃 (あそこでお腹が鳴らなかったら……)


―――― 『わたしっ、成幸くんのこと、』


文乃 「はうっ……」

文乃 (わたし……何を言おうとしてたんだろ……)

文乃 (何を言っちゃうところだったんだろ……)

29以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:29:17 ID:9nEg0gUI
………………帰路 バス車内

文乃 「はー……」

文乃 (まぁ、色々あったけど、天体観測自体は楽しかったし有意義だったかな)

文乃 (星団や銀河があんなにはっきりと見られるなんて、ほんと来て良かったよ……)

文乃 (さっ。眠気も吹っ飛んだことだし、帰りのバスこそちゃんと勉強しないとね!)

成幸 「………………」

文乃 (さすが成幸くん。もう静かに勉強を始めてるよ。わたしも見習わないと……――)

――ポスッ

文乃 「はぇ……? ぽす?」

成幸 「………………」 Zzzz……

文乃 「へっ?」 (へぇえええええええええ!?)

文乃 (な、成幸くん!? 静かだと思ったら、勉強してたんじゃなくて寝ちゃってたの!?)

文乃 (まぁ、もう明け方だし、ずっと起きてたんだから眠いよね……)

30以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:29:52 ID:9nEg0gUI
成幸 「むにゃ……」 Zzzz……

文乃 (っ……ね、寝顔可愛い……――)

――――ハッ

文乃 (じゃなくて!! よ、寄りかかられちゃってて、すごく近い……///)

文乃 (で、でも、疲れてるだろうし、寝かしておいてあげたいし……)

文乃 「………………」

文乃 (しっ、仕方ないなぁ。文乃姉ちゃんが、成幸くんのために肩を貸してあげるとしようかな)

ドキドキドキドキ……

文乃 (えへへ……)

成幸 「むにゃ……お……理珠、お前、それ……間違って……」

文乃 「……ん?」

成幸 「うるかも、それ違っ……いや……あしゅみー先輩まで……」

文乃 「……んん??」

成幸 「……あっ、真冬センセ……違うんです。それは……」

文乃 「……んんん???」

31以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:30:32 ID:9nEg0gUI
文乃 「………………」

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

文乃 (ほーう。いい度胸だねぇ、成幸くん)

文乃 (わたしの肩の上で寝息を立てておいて、見るのは他の女の夢ってかい……?)

文乃 (しかもなぜか全員名前とか愛称呼び? へー。ふーん。ほーん)

文乃 (ほんと、いい度胸だよ……――)

成幸 「あっ……」 ニコッ 「文乃……姉ちゃん……えへへ……」

文乃 「………………」

オホン

文乃 (……まぁ、最後にわたしの名前を呼んだことだし?)

文乃 (わたしの名前を呼ぶときだけ、笑顔だったし?)

ニヘラ

文乃 (しっ……仕方ないから? 許してあげようかな……///)

おわり

32以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:31:02 ID:9nEg0gUI
………………幕間 「体重」

文乃 「いや、うん。分かってたことだけどね」

ガクッ

文乃 「深夜のお菓子のやけ食いダメ絶対……!!!」

おわり

33以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:31:39 ID:9nEg0gUI
読んでくださった方ありがとうございました。

34以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:38:55 ID:ZMrC1Ml6
おつおつ

35以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/03(金) 23:41:59 ID:uh.6Vgpo
おつんこ貧乳

36以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/04(土) 01:42:33 ID:VkW2zAH6
乙やっぱり文系なんだよなぁ…

37以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/04(土) 08:51:20 ID:gL/1g57w
かわいい

38以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/04(土) 09:03:51 ID:so3aMNgA

新作待ってました!めちゃくちゃ良かった

39以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/05(日) 01:12:17 ID:iRsvuDBQ
おつ
すごく出来良くね?(謎の上から目線)
個人的にこのss大好きだわ

40以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/05(日) 17:50:58 ID:vb3lVSgU
この完成度は見覚えがありますね

41以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 16:35:04 ID:nAmEHrAU
ええな

42以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:23:24 ID:ZJywfASQ
【ぼく勉】 理珠 「今週末は、町内会のお祭りなんです」

43以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:23:57 ID:ZJywfASQ
文乃 「お祭り? ってことは、ひょっとしてりっちゃん家も出店するの?」

理珠 「ええ。夏は焼きうどんでしたが、今度はかけうどんです」

うるか 「ほへぇ。いいねぇ。あたしも食べに行っちゃおうかなー……」 チラッ

成幸 「……? 何でこっちを見るんだ、うるか」

うるか 「いやぁ、成幸的に、受験生がこの時期にお祭りに行くのはアリかなー、って」

成幸 「俺の様子を伺ってたのか……。まったく」

成幸 「受験生だって息抜きくらい必要だろ。行きたいなら行くといいよ」

うるか 「やたっ! じゃあ、文乃っち、一緒にお祭りまわろ!」

文乃 「へ? う、うん。それはもちろん構わないけど……」

文乃 (わたしじゃなくて、成幸くん誘って行ったらいいのに……)

文乃 (ヘンなところ恥ずかしがり屋なんだから。仕方ないなぁ。一肌脱いであげるとするか)

文乃 「………………」

文乃 (べっ……べつに、わたしが成幸くんと一緒がいいから、とかじゃないからね!)

44以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:24:30 ID:ZJywfASQ
文乃 「成幸くんも一緒にどう?」

うるか 「!?」 パァアアアアアア……!!!

成幸 「へ? ああ、悪い。週末はバイトが入っててさ。たぶん無理かな」

うるか 「………………」 シューーーン

文乃 「あっ……そうなんだ。残念だけど仕方ないね」

文乃 (うるかちゃんの浮き沈み分かりやすいなぁ……。あれでバレてないつもりなんだよね……)

成幸 「悪いな。ふたりで楽しんでこいよ」

文乃 「うん! りっちゃん家のうどん楽しみだなぁ〜」

うるか 「お祭りで食べると、味わいもヒトシオだよねぇ〜」

成幸 「緒方も出店がんばってな」

理珠 「はいっ! 緒方うどんの美味しさをもっと多くの人に知ってもらうためにがんばります!」

成幸 (がんばりが壮大すぎる……)

45以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:25:07 ID:ZJywfASQ
………………金曜日 緒方家

理珠 「鍋良し、おたま良し、カゴ良し、あとは、と……」 ゴソゴソゴソ……

理珠 (ふむ、完ぺきですね。小物類は全部寸胴鍋に入れておけばいいでしょうか)

理珠 (でも、寸胴鍋に荷物を入れてしまうと、重くて運びにくいですね……)

ガサゴソガサゴソ……

理珠 「他の荷物は別の段ボールに入れて、っと……」

理珠 (運ぶ回数は増えますが、これなら車まで軽く運べそうですね)

ガラッ

親父さん 「リズたま〜、準備ご苦労さま。ありがとうね」

理珠 「いえ。お父さんは店で忙しいでしょうから、準備くらいはさせてください」

理珠 「二回確認しましたが、荷物は完ぺきです」

親父さん 「さすがリズたま! ありがとう!」

親父さん 「……ママは用事があって実家に帰省中だしし、リズたまに頼ってしまってごめんな」

親父さん 「明日も出店があるし、受験生なのに受験勉強もなかなかさせてあげられないし……」

46以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:25:50 ID:ZJywfASQ
理珠 「? 私はこの家の娘ですから、お手伝いをするくらい当然だと思いますが」

理珠 「それに、普段成幸さんに教えてもらってしっかりと勉強していますから、」 フンス

親父さん 「………………」 ピクッ

理珠 「家のお手伝いを少しするくらいでどうにかなるようなことはありません!」

親父さん 「リズたま……」 (……センセイの名前が出てくるのは気になるが……)

親父さん (健気なリズたまがかわいいからどうでもいいか……) ホゥ……

理珠 (……とはいえ、明日は一日勉強ができないのは事実ですから、)

理珠 (今日は夜まで勉強しておかないとですね)

理珠 「では、お父さん。私はそろそろ部屋に戻ります」

親父さん 「ん、ああ。分かったよ。勉強がんばってね、リズたま」

親父さん 「じゃあ、俺は荷物を車に積んでおこうかな……」 グッ

理珠 「あっ、その寸胴鍋、中身が……――」

親父さん 「――だいじょぶだいじょぶ。重いものを運ぶのには慣れてんだ」

親父さん 「よいしょっ、と……」 グイッ 「ん……!?」

グキッ……!!!

47以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:26:21 ID:ZJywfASQ
親父さん 「」

理珠 「お、お父さん……?」

理珠 「寸胴鍋、中身を別の段ボールに移したから軽いですよ、って言おうとしたんですが……」

理珠 「大丈夫、です、か……?」

親父さん 「う……うん。大丈夫だよ、リズたま。でもね、ちょっとね……」

ガクガクガクガク

親父さん 「すごく重いものを持ち上げるつもりで力を入れたら、予想以上に軽くてね……」

親父さん 「多分、なんだけど……」

ニコッ

親父さん 「腰、やっちゃった、かも……」

ガクッ……

理珠 「お、お父さん!? お父さん、大丈夫ですか!?」

親父さん 「あっ、だ、だめだよリズたま。いま揺すると、いたっ……ああああ……」

理珠 「お父さーーーん!!」

48以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:26:52 ID:ZJywfASQ
………………小美浪診療所

宗二朗 「……うん。間違いない。ぎっくり腰だよ」

親父さん 「うぅ……」

理珠 「ぎっくり腰……」

ホッ

理珠 「急に倒れたので、大病かと慌てましたが、ぎっくり腰ですか。良かった……」

宗二朗 「うーむ。そのぎっくり腰に対しての認識は改めた方がいいかもしれんな」

理珠 「?」

宗二朗 「たとえば、ぎっくり腰の患者に、こうしてでこぴんをしてみると、」

ピーン

親父さん 「ぐおお!?」 ビキッ 「うおおおおおおお!?」

宗二朗 「まずでこぴんの衝撃で腰が痛む。その生体反応で動いてしまってまた腰が痛む」

宗二朗 「振り子の振動と一緒だね。その痛み振幅は少しずつ小さくなるがなかなかなくならない」

理珠 「な、なるほど……。恐ろしいものなのですね、ぎっくり腰とは……」

親父さん 「せ、センセイよぉ……。俺の身体でぎっくり腰の解説をすんのはやめてくれよ……」

49以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:28:20 ID:ZJywfASQ
親父さん 「こんなの大したことねぇよ。明日まで寝りゃすぐ痛みもひくだろ……」

宗二朗 「だからそんな簡単なものじゃないと言っているんだがな」

宗二朗 「なんにせよ、しばらくまともに動けないだろう。二、三日の安静が必要だよ」

親父さん 「……安静ってのは、仕事をしても大丈夫なんだよな?」

宗二朗 「バカを言うんじゃない。仕事なんかさせられるわけないだろう」

親父さん 「!? いやいや、そりゃ困るよセンセイ! 明日は町内会のお祭りに出店しなきゃなんだ!」

宗二朗 「そう言われてもな」

ピーン

親父さん 「ぬおおおお!?」

宗二朗 「少し触るだけでそれだけ痛がっていたら、仕事なんてできるものではないと思うがね」

親父さん 「ぐおおお……」

宗二朗 「出店の方は諦めた方がいい。それから、お店の方も一週間ほどは休業した方がいいだろうな」

親父さん 「うぐ……でもな、そうそう簡単に仕事を休むわけにも……」

宗二朗 「腰は消耗品だ。軽く見てると一生仕事ができなくなるぞ?」

親父さん 「むぐっ……」

50以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:28:59 ID:ZJywfASQ
親父さん 「……分かったよ。センセイの言うとおりにするよ」

宗二朗 「うむ。よろしい」

宗二朗 「……と、言うわけで緒方さん。お父さんは二、三日うちで預かるよ」

宗二朗 「話を聞けばお母様も家にいらっしゃらないようだし、その方がいいだろう」

理珠 「すみません。ありがとうございます。父をよろしくお願いします」

親父さん 「リズたま!? リズたまは家にひとりで大丈夫なのかい!?」

理珠 「? 何の問題もありませんが?」

理珠 (……そう。家にひとりなのは問題ない。問題は……)


―――― 『うん! りっちゃん家のうどん楽しみだなぁ〜』

―――― 『お祭りで食べると、味わいもヒトシオだよねぇ〜』


理珠 「……楽しみにしてくれている人が、いますからね」

親父さん 「……? リズたま?」

理珠 「安心してください、お父さん! お店は無理でも、明日のお祭りくらいなら……」

理珠 「私ひとりでどうにか切り盛りしてみせますから!!」

51以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:29:36 ID:ZJywfASQ
親父さん 「へ……? い、いや、リズたま……?」

理珠 「……と、なればボーッとしてはいられませんね。明日の仕込みもしておかないと」

理珠 「では、先輩のお父さん! 父をよろしくお願いします!」 ペコリ

宗二朗 「あ、ああ……」

親父さん 「リズたま? ち、ちょっと待って……――」

理珠 「――お父さんはちゃんと安静にしていてくださいね!」

タタタタタ……

親父さん 「リズたまーー!?」

ズキッ

親父さん 「あいたたたた……っ」

宗二朗 「……ふむ。娘からときどき話を聞くが、理珠さんは猪突猛進なところがあるな」

親父さん 「うるせぇやい。それもリズたまのいいところのひとつなんだよ」

宗二朗 「それはそうだろうな。父親の店のために、がんばろうと走り出すくらいなのだから」

親父さん 「……いや、まぁそりゃ嬉しいがな……。出店っていったって、リズたまひとりじゃさすがに……」

親父さん 「………………」

52以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:30:09 ID:ZJywfASQ
宗二朗 「……心配か?」

親父さん 「娘が心配じゃねえ父親なんかいるもんかよ」

宗二朗 「……ふむ。まったくその通りだな」

親父さん 「……なぁ、センセイ。少し頼まれてほしいんだが」

宗二朗 「? なんだ?」

親父さん 「電話を貸しちゃくれねぇか?」

宗二朗 「……わかった。子機を取ってくるから、ちょっと待っててくれ」

親父さん 「………………」

親父さん (……リズたまはナリは小せぇが、意志は強くて一度言い出したら聞かないタチだ)

親父さん (やると言ったらやるんだろう。明日の出店、自分ひとりで……)

親父さん (縁日の出店とはいえ、ひとりでやりきるのは無理だ……)

親父さん (情けねぇ話だが、小美浪センセイの言うとおり、俺にできることはなさそうだし……)

親父さん (ママは一日で帰ってこれる距離じゃねぇ)

親父さん (ああ、ちくしょう。情けねぇ。でも、背に腹は代えられねぇ……)

親父さん (あのヤロウに頼るしかねぇか……)

53以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:30:40 ID:ZJywfASQ
………………緒方うどん

理珠 「………………」

理珠 「……ふん!!」

グググググ……ッ!!!

理珠 「……うぅ」 ペタン

理珠 (ダメです。荷物をリュックに詰め直して見ましたが、重すぎます……)

理珠 (お父さんが入院ということは、車も出せないということですから、)

理珠 (全部の荷物を会場まで徒歩で運ばなければならないというのに、これでは……)

理珠 (食材から小物、寸胴鍋まで運ぶのは、さすがに難しいですよね)

理珠 (どうしたら……)

理珠 「………………」

理珠 (……冷静に考えてみれば、よしんば荷物を運び込めたとしても、)

理珠 (出店とは言え、ひとりでお店を切り盛りするコトなんて私にはできっこないですよね……)

54以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:31:23 ID:ZJywfASQ
理珠 (……本当は分かっている。私は、意固地になっているだけです)

理珠 (できっこないことに固執して、なんとかしようとあがいているだけ……)

理珠 (……いつもそうです。私は、こうやって、できもしないことを……――)


成幸 「――お邪魔しまーす! 緒方、いるかー?」


理珠 「……へ?」

成幸 「お、いたいた。こんばんはだな、緒方」

理珠 「………………」

理珠 「ど、どうしてうちに成幸さんが!?」

成幸 「いやぁ、まぁ、色々あったというか、なんというか……」

成幸 「とりあえず説明は後だ。準備は終わってるんだな。じゃあ、早速荷物運び込むぞ」

理珠 「へ? へ? 運び込むって、どこに……」


真冬 「疑問。閉店中とはいえ、お店の前に車を止め続けていいものかしら?」


理珠 「……?」 ハッ 「きっ……桐須先生!? なぜ!?」

55以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:31:55 ID:ZJywfASQ
うるか 「やっほー! あたしたちもいるよ、リズりーん」

文乃 「やぁやぁ、困ってるって聞いたから来ちゃったよ」

あすみ 「よっ。親父さん大変だったな。手伝いに来たぜー」

理珠 「うるかさんに文乃先輩まで!? い、一体どうして……」

成幸 「まぁまぁ、細かいことは後だ。とりあえず荷物運んじゃうぞ」

うるか 「よしきた! うるかちゃんの力持ちなところ見せちゃうぞー!」

文乃 「じゃ、わたしはこの寸胴鍋運んじゃうねー」

理珠 「は、はい! お願いします、文乃」

理珠 (……? しかし、運び込むとは一体……。それに、さっき桐須先生は……)


―――― 『疑問。閉店中とはいえ、お店の前に車を止め続けていいものかしら?』


理珠 (車……?)

バーーーーン!!!

理珠 「……!? お店の前に本当に車が!?」

56以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:32:55 ID:ZJywfASQ
真冬 「ええ、私の車よ。小さく見えるでしょうけど、物はたくさん詰めるから安心してちょうだい」

理珠 「先生の車!? 先生、自動車をお持ちだったんですね。意外です……」

理珠 「……いや、というか、」

真冬 「? どうかしたかしら?」

理珠 「えっと、その……先生が、車を出してくださるということ、ですか……?」

真冬 「ええ。それが何か?」

理珠 「な、何かって……なぜ……?」

真冬 「あなたが困っているって聞いたからよ」

真冬 「それとも何かしら」 ジトーーッ 「私の運転が不安?」

真冬 「何なら今からあなたを乗せて走ってみせようかしら?」 フンスフンス

理珠 「ち、違います! 滅相もないです!」

理珠 「そうではなくて、その……先生もお忙しいでしょうし、あの……えっと……」

理珠 「………………」

理珠 「……すみません。ありがとうございます」 ペコリ

57以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:33:39 ID:ZJywfASQ
真冬 「……車を出すだけだもの。お礼を言われるようなことではないわ」

真冬 「……まぁ、本当であれば、利害関係者である生徒と私的な関係を持つのは厳禁だけれど」

真冬 「仕方ないわ。あれだけ頼み込まれてしまっては、ね」

理珠 「……?」

真冬 「ほら、緒方さんもどんどん運び入れなさい。忘れ物がないようにね」

理珠 「あ……は、はい!」

理珠 「………………」


―――― 『やぁやぁ、困ってるって聞いたから来ちゃったよ』

―――― 『あなたが困っているって聞いたからよ』

―――― 『仕方ないわ。あれだけ頼み込まれてしまっては、ね』


理珠 (……私の窮状を、誰かが皆さんに伝えた?)

理珠 (一体、誰が……いえ、) フルフル (そんなの考えるまでも、ないですよね)

成幸 「うおお……お、重い……」 フラフラ

理珠 「………………」 カァアアアア……

58以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:34:15 ID:ZJywfASQ
………………

真冬 「では、たしかに荷物を預かったわ。明日の朝、会場に直接運び入れるわね」

成幸 「先生、分かってますよね? 物積んでますからね? 割れ物もありますからね?」

成幸 「後生だから、安全運転でお願いしますね」

真冬 「失礼。君は私を一体なんだと思っているの?」

成幸 「………………」 ボソッ 「峠の走り屋……」

真冬 「……何か言ったかしら?」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「ひっ……。な、なんでもないです!」

真冬 「まったく……」 オホン 「では、また明日。緒方さん」

理珠 「はい! よろしくお願いします! 桐須先生!」

あすみ 「じゃ、アタシもそろそろお暇するか。後輩。今日の分と明日の分、貸しだからな。ちゃんと返せよー」

理珠 「……?」

成幸 「分かってますよ。ありがとうございます、先輩」

あすみ 「にひひ、ま、いいってことよ。緒方も、明日がんばれよ」

理珠 「先輩もありがとうございました。助かりました」

59以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:35:11 ID:ZJywfASQ
うるか 「じゃ、リズりん。明日も出店手伝いに行くかんね!」

文乃 「わたしも行くよ。明日もがんばろうね!」

理珠 「すみません。助かります。バイト代は後ほどちゃんとお支払いしますので……」

うるか 「そんなん気にしなくていいってー! あたしたち友達じゃん!」

理珠 「うるかさん……」

文乃 「じゃ、また明日ねー!」

うるか 「ばいばい、リズりん。成幸もね」

成幸 「おう。ふたりとも、明日もよろしくな!」

理珠 「あ……よろしくお願いします!」

理珠 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「……じゃ、俺も帰るな。また明日……――」

――――――ムンズ……

理珠 「……帰るなら、せめて、」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!! 「説明してからにしてくれませんか?」

60以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:35:41 ID:ZJywfASQ
………………少し前 唯我家

成幸 (受験ももう大詰めだ。反復練習を繰り返していかないとな……)

花枝 「成幸ー、電話よー」 ヒョコッ 「緒方さん? からよ」

成幸 「ああ、ありがと」

成幸 (緒方から電話……? あいつだったらメッセージで済ませそうなもんだけど……)

成幸 「もしもし?」


親父さん 『おう、センセイか。夜分にすまねぇな』


成幸 「へ……? 親父さん!?」

親父さん 『何度も言うが、オメェに親父さんと呼ばれる筋合いはね……いててて……』

成幸 「? どうかしました? 大丈夫ですか?」

親父さん 『おう。実はちょっと腰をやっちまってな……ぎっくり腰ってやつだ』

親父さん 『……でよぅ、センセイ。頼みてぇことがあるんだ』

親父さん 『恥ずかしい話なんだが、頼れる奴がオメェしかいねぇ』

親父さん 『だから、恥を承知で、頼む! リズたまを助けてやってくれねぇか!』

61以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:36:16 ID:ZJywfASQ
………………

成幸 「……って、親父さんに電話で頼まれちゃってさ」

理珠 「お父さんがそんなことを……」

理珠 「すみません。我が家の事情に巻き込んで、成幸さんにご迷惑を……」

成幸 「まぁ、あの親父さんにあんなに必死で頼み込まれたら断れないよ」

成幸 「……で、物を運ぶ必要があるみたいだから、俺ひとりじゃ不安で、古橋たちを呼んで、」

成幸 「タクシーを借りても良かったんだけど、桐須先生に頼んでみたら車出してくれるって言うしさ」

成幸 「だから、こうやってみんなでここに来たんだよ」

理珠 「成幸さんが皆さんに頼み込んでくれたんですね。助かりました」

理珠 「本当に……ひとりでどうしたらいいか分からなくなっていたので……」

成幸 「みんな快く引き受けてくれたよ。だからお前が気にする必要はないと思うぞ」

成幸 「俺も、明日は出店手伝うからさ。みんなで出店がんばろうな」

理珠 「へ……? で、でも、成幸さん、明日はバイトがあるのでは……?」

成幸 「……あー、まぁ、そっちもなんとかなるから大丈夫だよ」

62以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:36:49 ID:ZJywfASQ
理珠 「なんとかって……」

成幸 「昼は服屋でバイトする予定だったんだけど、代打を母さんに頼んだし」


―――― 花枝 『えーっ。私明日は一日休みの予定だったのにー』 ブーブー

―――― 花枝 『ま、可愛い息子の頼みじゃ仕方ないわね。引き受けてあげる』

―――― 花枝 『ふふっ。それに、可愛いりっちゃんのためじゃ、ねぇ?』


成幸 (なぜにやついていたのかは分からないが、オーケーしてくれて助かった……)

成幸 「夜はハイステージでバイトだったけど、そっちはあしゅみー先輩に頼んだから」


―――― あすみ 『仕方ねーなぁ。代わってやるよ』

―――― あすみ 『そっ……そんかわし、今度、また勉強教えてくれよ』

―――― あすみ 『へ? いつものことじゃないですか、だって? ばかっ、ちげーよ』

―――― あすみ 『久しぶりに……ふっ、ふたりきりで、って言ってんだよ……///』


成幸 (なぜ先輩が顔を真っ赤にしていたのかは分からんが、とにかく先輩に感謝だな……)

理珠 「………………」

63以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:37:24 ID:ZJywfASQ
成幸 「……ってなわけで、明日は空けておいたから大丈夫だ。俺も手伝うよ」

理珠 「………………」 サー--ーッ……

成幸 「……? 緒方? 顔色悪いけど、どうかしたか?」

理珠 「……す、すみません、成幸さん」

理珠 「私、成幸さんにとんでもないご迷惑を……。本当にごめんなさい!」

成幸 「緒方……?」

理珠 「私、できると、思ったんです」

理珠 「出店くらいなら、ひとりでも大丈夫だって。お父さんがいなくても、私ひとりで……」

理珠 「でも……」

理珠 「……可笑しいですよね。私ひとりじゃ、荷物を詰めたリュックを運ぶことすらできませんでした」

理珠 「でも諦めることもできなくて、どうしようと悩むことしかできなくて……」

理珠 「成幸さんたちが来てくれなければ、私は……」

理珠 「私は今も、何もできず、うずくまっていたんでしょうね……」

成幸 「………………」

64以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:38:25 ID:ZJywfASQ
理珠 「……成幸さんたちが来てくれて、“良かった” と思いました」

理珠 「“助かった” って。きっと、成幸さんたちがなんとかしてくれる、って」

理珠 「そして実際、なんとかなるような気がしてきました」

理珠 「……その裏で、成幸さんが方々にお願いや頼み事をしてくれていたというのに、」

理珠 「それを薄々勘づいていながら、大したことだと考えていなかった……」

理珠 「……いつもそうです。私は、私ひとりで、問題を解決することができない」

理珠 「だから、また私は……こうやって、迷惑を……――」


成幸 「――……それは違うよ、緒方」


理珠 「え……?」

成幸 「……まぁ、そりゃ、色んな人に声かけて、集まってもらったり、バイト代わってもらったり……」

成幸 「大変じゃなかったって言えばウソになるけどさ」 クスッ

成幸 「でも、そうじゃないんだよ。“なんとかなる” と思えるのは、それが理由じゃないんだよ」


成幸 「それはさ、お前が諦めずがんばってきたからだろ?」

65以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:38:57 ID:ZJywfASQ
理珠 「……へ?」

成幸 「緒方が諦めなかったから、親父さんも俺に頼み込んで来たんだろ?」

成幸 「緒方が諦めなかったから、今日だって荷物の積み込みが終わったんだろ?」

成幸 「緒方がいつもがんばってるから、古橋やうるかも、明日手伝おうって思うんだろ」

成幸 「先輩だって母さんだってそうだよ。お前の名前を出したら、二つ返事でオーケーしてくれたんだぞ?」

成幸 「あの “氷の女王” が、生徒のために車を出すと思うか?」

成幸 「お前が何を言ったって諦めないって知ってるからこそ、先生は車を出してくれるんだろ」

理珠 「………………」

成幸 「……たしかに、今回、色んな人に迷惑をかけてしまったかもしれないな」

成幸 「でも、それはみんな分かってて手伝ってくれてるんだよ」

成幸 「お前に協力してあげたい……助けてあげたいって、そう思ってくれてるんだよ」

成幸 「だからさ、そんな気に病むことはないよ。お前は明日、胸張って、」 ニコッ


―――― 『緒方うどんの美味しさをもっと多くの人に知ってもらうためにがんばります!』


成幸 「緒方うどんのうまさを祭りで知ってもらうために、がんばればいいんだよ」

66以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:39:34 ID:ZJywfASQ
理珠 「成幸さん……」

グスッ

理珠 (……私は、本当に果報者です)

理珠 (文乃にうるかさん、小美浪先輩、桐須先生……。たくさんの人に気にかけてもらって……)

理珠 (それが情けなくもあるのですが、それでも……)


―――― 『でも、それはみんな分かってて手伝ってくれてるんだよ』

―――― 『お前に協力してあげたい……助けてあげたいって、そう思ってくれてるんだよ』


理珠 (……その気持ちに応えるために、)

理珠 「……そうですね」

クスッ

理珠 「皆さんの協力に報いるために、最高のうどんを提供しなければなりませんね!」

成幸 「おお! その意気だぞ、緒方!」

67以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:40:11 ID:ZJywfASQ
理珠 (そして……)

カァアアアア……

理珠 (私のために、たくさんがんばってくれた、この人のために……)

成幸 「明日、がんばろうな、緒方!」

理珠 「はいっ! 成幸さん!」

理珠 (そう。私の……)

理珠 (私の、大好きな、この人の、ために……)

68以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:40:55 ID:ZJywfASQ
………………当日

「かけうどん二杯くださーい!」

「こっちは三杯ください!」

文乃 「はーい! 少々お待ちください!」

文乃 「りっちゃん、うるかちゃん! かけうどん五杯よろしく!」

うるか 「あいよー! 任せてー! ……ん、リズりん、器におだしいれたよ!」

理珠 「はい、うどんはもうゆであがります!」

成幸 (さすが緒方うどんの出店。夏に引き続き大人気だな……)

成幸 「600円ちょうど、お預かりします!」

成幸 (……よしっ! 俺も気合いいれてがんばらないと!)

成幸 「ありがとうございましたー!」

69以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:41:42 ID:ZJywfASQ
………………

うるか 「ふはーっ。つかれたねー」

文乃 「少しお客さんも落ち着いたかな。お昼時は大変だったねぇ」

成幸 「いつもはこれを親父さんとふたりでやってるんだよな。すごいな、緒方は」

理珠 「いえ。今回は皆さんが手伝ってくれたので、すごく楽です」

理珠 「本当にありがとうございます!」 ペコリ

うるか 「へへーっ。リズりんのためならこれくらい大したことないよー、だ」

理珠 「しばらくは混まないと思いますから、皆さんはお祭りを回ってきて大丈夫ですよ」

理珠 「店には私がいるので」

文乃 「えっ、でも……」

成幸 「………………」 (緒方なりの精一杯の気遣いだろうな。なら……)

成幸 「そうだな。ふたりはお祭り回ってきたらいいよ。俺も緒方と一緒に店番してるからさ」

理珠 「えっ……? で、でも、成幸さんも……」

成幸 「俺は緒方うどんの店員でもあるんだから、いいんだよ」 ニッ

成幸 「ほら、せっかく緒方がいって言ってくれてるんだ。うるかと古橋はちょっと休憩してこいよ」

70以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:42:19 ID:ZJywfASQ
………………


―――― 文乃 『じゃあ、お言葉に甘えてお祭りちょっと回ってくるけど、』

―――― うるか 『もしお客さんたくさん来たら、すぐ連絡ちょうだいね!』


成幸 (……本当に義理堅い奴らだな。あの様子じゃ、すぐ戻ってきそうだな)

理珠 「………………」

理珠 「……あ、あの、成幸さん」

成幸 「うん? どうかしたか?」

理珠 「成幸さんは良かったんですか。お祭り、回らなくて……」

成幸 「……ん、まぁ、お祭りって誘惑が多いしな。散財するわけにはいかないから、俺は行かなくていいんだ」

理珠 「そう、ですか……」

理珠 (……本当に優しい人です。私を気遣って、そんな風に言ってくれるんですから)

成幸 「でも良かったな。ちゃんと出店できて。うどんも美味しいって大好評だな」

理珠 「はい。本当に良かったです。皆さんのおかげです」

71以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:43:06 ID:ZJywfASQ
成幸 「でも、ほんと朝はヒヤヒヤしたな。桐須先生の車の中で小物類が散乱しててさ」

理珠 「ふふ、そうですね。幸い、割れ物も無事でしたけど」

理珠 「桐須先生はショックを受けていましたね」

成幸 「“驚愕。私の運転って、そんなにアレなのかしら……” 。ってな」 クスクス

理珠 「あっ、今の声真似ちょっと似てました」

成幸 「そうか? ははっ」

理珠 「ふふふ……」

成幸 「………………」

理珠 「………………」

ドキドキドキドキ……


―――― ((私のために、たくさんがんばってくれた、この人のために……))

―――― ((私の、大好きな、この人の、ために……))


理珠 (不思議な感覚です。ドキドキするだけでなく、どこか、落ち着く……)

理珠 (成幸さんの隣にいると、何とも形容しがたい、幸せな気持ちになります)

72以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:43:44 ID:ZJywfASQ
理珠 (私は……)


―――― 『当然です 何故私が恋愛などしなければならないのですか』

―――― 『好いた惚れたと曖昧なものに過分なエネルギーを割くなど非効率の極みです』


理珠 (非効率であろうと、なんであろうと、この気持ちは、もう……)

理珠 (きっと、止められるものでは、ないから……)

ドキドキドキドキ……

理珠 「……あの、成幸さん」

成幸 「ん?」

理珠 「私、本当に、成幸さんに感謝しているんです」

成幸 「へ……? い、いきなりなんだよ。照れるな」

理珠 「四月からずっと、成幸さんには本当にお世話になりっぱなしです」

理珠 「……それこそ、もう、成幸さん抜きでは、生きていけないかもしれないくらいに」

成幸 「……?」

73以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:44:39 ID:ZJywfASQ
理珠 「だから、その……」 (そう。だから。私は……)

理珠 「……もし、成幸さんさえよろしければ、これからもずっと、私のそばにいてください」

成幸 「え……?」

カァアアアア……

成幸 「あっ……う、嬉しいな。そういう風に、言ってもらえるのは……///」

成幸 「こちらこそ、よろしくな。俺も、お前と友達になれてよかったよ」

理珠 「………………」 クスッ 「……私が言うのも何ですが、本当に、成幸さんはもっと人の心を理解する訓練が必要ですね」

理珠 「仕方ありません。私が立派な大学生になったら、成幸さんに心理学のイロハをたたき込んであげます」

理珠 (……今は、“友達” でいい)


―――― 『……今は もっと知りたい 人の気持ち 自分の気持ち』

―――― 『成幸さんの………………』


理珠 (でも、いつか……)

理珠 「……そのときは、私の気持ち、知ってもらいますからね。成幸さんっ」

おわり

74以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:45:27 ID:ZJywfASQ
………………幕間 『ごめん紗和子ちゃん』

紗和子 「……えぐっ、ぐすっ……えぐっ……ひぐっ……」

文乃 「だ、だからごめんってばー、紗和子ちゃん」

うるか 「ごめんねぇ、さわちん。てっきり成幸が誘ってるもんだと思ってさ……」

紗和子 「ひぐっ……えぐっ……おっ……緒方理珠の、危機に駆けつけられない、なんて……」

紗和子 「大親友、失格、だわっ……」

紗和子 「かっ……かくなる……ぐすっ……上は……しんで詫びるしか……」

文乃 「め……めんどくせぇ、だよ……」 (よしよし、紗和子ちゃん。大丈夫だよ)

うるか 「文乃っち、言葉と心の声が逆になってるよ……」

おわり

75以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:52:42 ID:ZJywfASQ
【ぼく勉】 あすみ 「今週末は高校の先輩の結婚式なんだよ」

76以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:53:14 ID:ZJywfASQ
成幸 「へぇー、先輩の結婚式。そろそろそういう年齢なんですねぇ……」

成幸 「あれ? でも先輩の先輩ってことは、まだすごく若い人なんじゃ……」

あすみ 「ああ、あの人はミュージシャンになる! って就職も進学もしなかったからな」

あすみ 「残念ながらメジャーデビューはできなかったみたいだけど」

あすみ 「でもまぁ、音楽活動のおかげでいい人と知り合えたみたいだし、結果オーライなんじゃねーの」

成幸 「……結婚式、かぁ。ちょっと憧れてるんですよね」

あすみ 「へ?」 ドキッ 「お、お前、結婚式に憧れるって……ち、ちと早くねーか……///」

成幸 「へ?」

あすみ 「で、でも、もしこだわりとかあるなら、結婚相手とちゃんと話しておかないとダメだぞ?」

成幸 「……? あの、先輩?」

あすみ 「まぁ、べつに? だから何だってわけじゃねーけど、アタシは特にこだわりねーし?」

あすみ 「神前式だろうがチャペルだろうが、相手に合わせられるっつーか……///」

あすみ 「お前の好きなように決めてくれて構わないっていうか……///」

あすみ 「……アタシは、ウェディングドレスでも白無垢でも、どっちでも構わないけど……」

あすみ 「あ、でもやっぱり、写真撮るだけでもいいから、一度はウェディングドレス着てみたいかな……」

77以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:55:13 ID:ZJywfASQ
成幸 「いや……いやいやいや、先輩、急に何言ってるんですか。違いますよ」

成幸 「俺、結婚式って小さい頃に行ったきりだから、友達の結婚式とかに出席してみたいな、ってだけですよ」

あすみ 「へ……?」

成幸 「自分の結婚式なわけないじゃないですか……」

あすみ 「………………」

成幸 「……先輩?」

あすみ (……あ、アタシの勘違い? っていうか、アタシ、何言ってんだ……) カァアアアア……

あすみ (いっ、今の物言いじゃまるで、アタシと後輩が結婚するのが前提みたいじゃねーか……)

あすみ (お、親父が悪い! 勝手に後輩との結婚を考えたり、後輩との子どもの名前を考えたりするから!)

あすみ (親父が悪いわけで、アタシが後輩と結婚したいわけじゃないからな!)

成幸 「……?」 (先輩さっきから何やってるんだろう……?)

78以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:56:13 ID:ZJywfASQ
成幸 「……まぁ、結婚式ってご祝儀とかあるから、できれば働けるようになってから出席したいですね」

成幸 「友達が多い人はご祝儀だけで相当な出費になるって聞いた事ありますし」

あすみ 「あ、ああ。分からんでもないな。正直、ご祝儀三万は、浪人生的には、きつい」

成幸 「ですよねぇ……」

あすみ 「でもまぁ、先輩には色々お世話になったし、感謝の気持ちも込めて贈るよ」

あすみ 「ついでに、冷やかしたりして遊んで、ご馳走たらふく食ってきてやるって感じだな」

成幸 (いい笑顔だなぁ。その先輩、すごくいい人だったんだろうな)

成幸 「……俺はその先輩のこと知らないですけど、」

成幸 「きっといい結婚式になりますね。先輩も楽しんできてください」

あすみ 「おう!」

79以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:57:04 ID:ZJywfASQ
………………式前日

あすみ 「………………」

あすみ 「……まぁ、こんなモンか」

あすみ (高校入学くらいのときに仕立ててもらったドレスだけど、ヘンじゃないよな?)

あすみ (化粧もいつもより濃いめで、こんな感じで問題ないだろ……)

あすみ (まぁ、どうせ化粧も髪のセットも美容院でやってもらうんだけどさ)

あすみ (にしても……) ジーーーーーッ

あすみ (自分の身体ながら、恨めしくなるよ。高一のときから全然体型変わってねーのな)

あすみ (多少胸とか尻とかがでかくなったくらいか?)

あすみ (ったく、もう少し身長伸びてくれてもいいじゃねーか) ハァ

あすみ (ま、無い物ねだりしてもしょうがねーか。緒方はあたしより小せぇのに頑張ってるしな)

あすみ 「………………」

あすみ (……まぁ、胸はあいつの方が圧倒的にでけーけど)

prrrr……

あすみ 「ん……?」 (先輩から電話……?)

80以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:58:10 ID:ZJywfASQ
ピッ

あすみ 「もしもし?」

『あっ、良かった! 出てくれた! 助かったー!」

あすみ 「……ちわっす。相変わらずテンション高いっすね、先輩」

『いやいやいや、明日結婚式なのにめっちゃテンション低かったら逆にやばいっしょ』

あすみ 「それもそうっすねー」 クスクス 「……で? どうかしたんですか?」

『そうなのよー。大変なのよ。明日出席予定の軽音部OG、ひとりインフルになっちゃったらしくてさ』

あすみ 「へ……? ああ、まぁ、大変っちゃ大変ですけど……」

あすみ 「明日出席してもらえないのは残念かもしれないですけど、仕方ないんじゃ……」

『そうなんだけどね、欠席されちゃうと困るのよ!』

『披露宴、円卓の人数配分を完ぺきにしすぎちゃって、ひとりでも欠席が出るとそこめっちゃ目立つんだわ!』

あすみ 「……はぁ」

『だからできる限り欠席者をなくしたいのよー!』

あすみ (……またヘンなところ、こだわる人なんだよなぁ)

『でさ、あすみちゃん! カレシ、いるのよね?』

81以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/06(月) 23:59:48 ID:ZJywfASQ
あすみ 「……は?」

『いるのよね、カ・レ・シ』

あすみ 「………………」


―――― 『彼氏の趣味で!!』

―――― 『今…… 設定上一応…… 彼氏なわけですし……』


あすみ 「……ま、まぁ、一応」 カァアアアア…… 「いるっちゃ、いますけど……」

『良かった! それでこそあすみちゃんよ! ナイス! 最高!』

あすみ 「……? あの、要領を得ないんすけど、一体……――」


『――……ってことで、明日その彼氏と一緒に結婚式来てね!』


あすみ 「………………」 ハッ 「……はぁ!? 何でこうは――彼氏を結婚式に!?」

『だいじょぶだいじょーぶ。式出席してもらって、披露宴で座っててもらうだけでいいから!』

『もちろんご祝儀はいらないし、お料理や飲み物、好きだけ飲み食いしてってよ!』

『会場近くのサロンに礼服とか靴、一揃え用意しておくから、後でカレシの諸々のサイズ送ってね!』

82以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:00:32 ID:7uI8KgCw
あすみ 「い、いやいや、ちょっと待ってくださいよ。アタシの彼氏、先輩と何の縁もゆかりもないじゃないですか!」

あすみ 「それが結婚式に出席するって、いくらなんでもおかしいでしょ!」

あすみ 「新郎側の出席者にヘンに思われますよ!」

『大丈夫! その点は抜かりないわ!』


『明日だけでいいからカレシと婚約してるフリをしてちょうだい!』 バーーーン!!!


あすみ 「へ……?」 カァアアアア…… 「へぇぇ……!?」

あすみ 「こ……婚約って、アタシ、浪人生ですよ? あいつだって、高校生だし……」

『だーかーらー、フリだけでいいってば』

『ふたりが婚約してて、私もあすみちゃんのカレシと知り合いって言えば、何もおかしくないでしょ?』

あすみ 「そ、そりゃそうかもしれませんけど……」 ハッ 「いやいやいや! やっぱり無茶苦茶ですよ先輩!!」

『お願い! 先輩一生のお願い! おーねーがーいー!』

あすみ 「………………」

あすみ (……婚約者、かぁ)

83以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:01:09 ID:7uI8KgCw
あすみ 「……わ、わかりましたよ。一応彼氏に聞いてみます」

『ほんと!?』

あすみ 「それで向こうが断ったら諦めてくださいよ? 一応あいつも受験生だし……」

『うんうんうん。そのときはあきらめるよ!』

『じゃあ、カレシと連絡ついたらこっちにも連絡ちょうだいね!』

『カレシの服と靴のサイズ聞くのも忘れずにね!!』

『じゃ、私ほかの手配も色々あるから! じゃね!!』

プツッ……

あすみ 「……はぁ。せわしないひとだなぁ。ったく」

あすみ 「………………」

あすみ 「……一応、電話して聞くだけ聞いてみるか」

あすみ 「ダメ元で、だけど。まぁ、一応、先輩に対しての義理は通すってだけ……」

prrrrr……ピッ

あすみ 「……ん、おう、後輩。突然悪いな。あのさ、ダメ元で聞くんだけどさ、」

あすみ 「……明日、タダで結婚式、出席してみないか?」

84以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:01:43 ID:7uI8KgCw
………………当日

あすみ 「………………」

あすみ (うー、やっぱり頭セットしてもらうと落ち着かねーな……)

あすみ (化粧もいつもよりだいぶ濃いし、心なしか息苦しい気がする……)

あすみ (コート羽織ってるとはいえ、ひらひらのドレスだと外は寒いし……)

あすみ (……あー、早く来いよ、後輩)


―――― 成幸 『えっ!? いや、さすがに知らない人の結婚式には出られないですよ!』

―――― 成幸 『……あー、でも、そうですか。困ってるんですか』

―――― 成幸 『………………』

―――― 成幸 『わ、分かりました。先輩がお世話になった人のためですもんね!』

―――― 成幸 『出席します』


あすみ (……いや、まぁ、頼んだのはアタシだけどさ)

あすみ (まさか本当に引き受けてくれるとは思わなかったな……)

あすみ (……婚約者、かぁ) ニヘラ

85以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:02:14 ID:7uI8KgCw
あすみ 「ん……?」

成幸 「………………」 キョロキョロキョロ

あすみ (……? 後輩、何やってんだ?)

成幸 「うーん、メッセージだともうここにいるらしいんだけどなぁ……」

成幸 「どこだろ、先輩……」 キョロキョロキョロ

あすみ 「………………」 ガクッ 「……マジか、お前」

成幸 「!? せ、先輩!?」

あすみ 「おう。何やってんだ、お前。アタシずっとそこにいたぞ」

成幸 「いや、えっと、だって……」 カァアアアア…… 「せ、先輩に、見えなくて……」

あすみ 「ほう? 役柄だけとはいえ、彼女の顔を忘れるたぁふてぇ野郎だな」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

成幸 「ち、違いますよ! だって、先輩……その、すごく、綺麗になってるから……///」

あすみ 「……へ?」

あすみ 「………………」

あすみ 「……お、おう///」 カァアアアア…… 「そ、そうか。そりゃ……わ、悪かった、な」

成幸 「い、いえ……///」

86以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:03:00 ID:7uI8KgCw
あすみ 「き……今日はありがとな。来てくれて……」

成幸 「ど、どういたしまして、です。全然、大したことじゃないですけど……」

あすみ 「……でもお前、少しは、こう……化粧した女とかに耐性つけとけよ」

成幸 「へ?」

あすみ 「アタシみたいなちんちくりん相手で顔真っ赤にしてたら……」

あすみ 「今日の結婚式、アタシと同世代の女ばっかだから、大変だぞ?」

成幸 「いや、それは、多分、大丈夫かと……」

成幸 「先輩がすごく綺麗だから、緊張しちゃっただけですから」

あすみ 「っ……」

成幸 「……先輩くらいの美人さんばっかりだったら、大変かもしれないですけど」

あすみ 「……///」

成幸 「………………」 ハッ

成幸 (……いやいやいやいや!? 俺何言ってるんだ!? 口説いてるみたいになってるぞ!?)

ドキドキドキドキ……

あすみ (こ、後輩のバカ。なんでそんな、ヘンなこと言うんだよ〜〜〜!!)

87以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:03:54 ID:7uI8KgCw
成幸 「………………」

あすみ 「………………」

ドキドキドキドキ……

あすみ 「あっ……お、お前の着替えもあるし! そろそろ行かないとだな!」

成幸 「! そ、そうですね! 行きましょう!」

成幸 (な、なんだろ、今の空気……なんか、ドキドキする……///)

あすみ (うぅ〜/// こんな調子で、“婚約者” やるのかよ〜……)

成幸 (それにしても、先輩……)

あすみ 「………………」

カツカツカツカツ……

成幸 (高いヒールを履いてるのもあるけど、今日はすごく大人っぽくて……)

ドキドキドキドキ……

成幸 (……本当に、綺麗だな)

88以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:04:52 ID:7uI8KgCw
………………サロン

あすみ 「………………」

ソワソワソワソワ……

あすみ (大丈夫かな、あいつ。こんなところ来慣れてないだろうし……)

あすみ (入ったときも緊張しきりだったしな。ちゃんと着付けてもらってるだろうか……)

成幸 「……あっ、先輩。お待たせしました」

あすみ 「! 終わったか。短かった、な……って……」

成幸 「……えっと、どうですかね? 礼服なんて初めて着ましたけど……」

成幸 「ドレスシャツも、なんだか肌触りがなめらかで不思議な感じだし……」

成幸 「革靴も高そうだから緊張するし、コンタクトもバイトの時よりゴロゴロする気がします……」

成幸 「髪をこんなに整えられたのも初めてだし……。変じゃないですかね?」

あすみ 「………………」 ポーーーーッ

成幸 「……先輩?」

あすみ 「へっ? あ、ああ。いや、うん……えっと、いいんじゃないか?」 プイッ

成幸 (か、感想それだけ!? やっぱり変!?) ガーーン!!!

89以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:05:39 ID:7uI8KgCw
あすみ 「………………」

ドキドキドキドキ……

あすみ (……な、なんだよ、後輩の奴)

あすみ (けっ……結構、いけてんじゃねーか……)

あすみ (後輩のくせに……)

ドキドキドキドキ……

成幸 「……? 先輩?」

あすみ 「んお!? い、いきなりなんだ!?」

成幸 「へ? いや、何もないですけど……もうそろそろいい時間ですから、行きましょう」

あすみ 「あ、ああ。そうだな。行こう行こう」

ソソクサ

成幸 「……?」 (先輩、何か急に変になったけど、どうしたんだろう……?)

90以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:06:34 ID:7uI8KgCw
………………式場 ラウンジ

あすみ 「………………」

成幸 「………………」

成幸 「……な、なんか緊張しますね、こういうところ」

あすみ 「あんまキョロキョロすんなよ、恥ずかしいから」

あすみ 「……今日はお前、アタシの “婚約者” なんだからな」

成幸 「わ、わかってますよ。彼氏前提の、婚約者の振りですよね。ややこしい……」

「あっ、あすみじゃーん。久しぶりー」

「わー、あすみ、変わってなーい!」

あすみ 「よっ、おひさ。卒業してから一年も経ってないんだから当たり前だろ」

成幸 (? 同級生の人たちかな……?)

「ん……? ね、ねぇねぇ、あすみ。ひょっとしてその人が噂の……」

あすみ 「ん? ああ、そうだよ。アタシの婚約者の……」

成幸 「あっ……ゆ、唯我成幸です。初めまして……」

「まだ高校生なんでしょ? かっわいいー!」

91以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:08:21 ID:7uI8KgCw
成幸 「わっ……」 (ち、ちかっ……)

あすみ 「お、おい、あんまからかうなよ」

「ごめんごめん。あすみのカレってどんな子なのかなって思ってたら、ねぇ?」

「うん。予想以上に可愛い男の子だったから、びっくりしちゃってさ」

「じゃ、お邪魔してもアレだから、あたしたち向こう行ってるね」

「また後で、式と披露宴でねー。ばいばい、唯我クンっ」

あすみ 「……行ったか。ったく」

あすみ 「悪いな、後輩。軽音部の連中だから、キャピキャピしてんだよ……」

成幸 「………………」 ポーーーッ

あすみ 「……後輩?」

成幸 「……へ? あ、ああ、はい。大丈夫です!」

あすみ 「………………」


―――― 『……先輩くらいの美人さんばっかりだったら、大変かもしれないですけど』


あすみ 「……へぇ」 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!!

92以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:08:55 ID:7uI8KgCw
あすみ 「……お前、何か? さっきあんなこと言ってくれてた割には、おい?」

あすみ 「結構簡単に他の女に見惚れるんだな? ああん?」

成幸 「ち、違います違います! 誤解ですよ!」

成幸 「ちょっと、こう……急に近づかれたから、ドキッとして……」

成幸 「年上の女性って感じがして、少し緊張しただけで……」

あすみ 「誤解じゃねーじゃねーか!」

成幸 「ひっ……ご、ごめんなさい!」

あすみ 「ったく……」 (……なんだよ、後輩の奴)


―――― 『先輩がすごく綺麗だから、緊張しちゃっただけですから……』


あすみ (さっきはあんなこと言ってくれたくせに……)

あすみ (確かに、あいつら高校のときと比べて、遙かに大人っぽくなってるし、綺麗だけどさ……)

あすみ (それに比べたら、アタシは……)

あすみ (ちっちゃいままかもしれねーけどさ……)

93以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:14:55 ID:7uI8KgCw
あすみ 「………………」


―――― 『自分の身体ながら、恨めしくなるよ。高一のときから全然体型変わってねーのな』

―――― 『ったく、もう少し身長伸びてくれてもいいじゃねーか』


あすみ (……でも、そっか)

あすみ (仕方ねーよな。だってアタシは、全然成長してないし。ヒール履いてもこの程度の身長だ)

あすみ (胸だって、そんな大きくねーし。未だに中学生に間違われることもしばしばだ)

あすみ (……仕方ねーんだよな)

成幸 「先輩……?」

あすみ 「………………」

成幸 「……あ、あの、先輩――」


『――お待たせ致しました。式場の準備が整いましたので、参列者の皆様はご移動をお願いします』


あすみ 「……式の準備ができたみたいだな。行こうぜ」

成幸 「あ……は、はい」

94以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:15:43 ID:7uI8KgCw
………………披露宴

あすみ 「先輩、綺麗だったなー」

「ほんとにねー! 私写真めっちゃ撮っちゃった!」

「あ、それあとでグループ送っといてよ」

「オッケー」

あすみ (……ほんと、綺麗だったな。先輩のウェディングドレス)

成幸 「………………」

成幸 (うーん……。さすがに、お友達と談笑しているときに話しかけるのはアレだよな)

成幸 (後でいいか。でもなぁ……)

あすみ 「………………」 プイッ

成幸 「……うっ」 (さっきから目も合わせてくれないし、気まずい……)

あすみ 「……悪い、ちょっと出てくるわ」

成幸 「へ? 先輩、どちらに……?」

あすみ 「聞くな、バカ。お手洗いだよ」

成幸 「あっ……」 シュン 「す、すみません……」

95以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:16:34 ID:7uI8KgCw
………………お手洗い

あすみ 「……はぁ」

あすみ (さすがに大人げないよな。何やってんだ、アタシ……)

あすみ (これじゃまるで……)

カァアアアア……

あすみ (後輩に、本気でヤキモチ妬いてるみたいじゃねーか……)

あすみ (……まぁ、何にせよ、だ)

あすみ (後輩はアタシのお願いを聞いて付き合ってくれてるんだから、)

あすみ (変な態度取ってたらバチ当たっちまうよな……)

あすみ 「……よしっ、と」

あすみ (とりあえず、席に戻って後輩に謝ろう。話はそれからだな……――)

「――……いやー、花嫁さんめっちゃ綺麗だったねー」

「ほんとにね。あいつにはもったいないくらいだよね」

あすみ (ん……? 新郎側の参列者か……)

96以下、名無しが深夜にお送りします:2019/05/07(火) 00:17:10 ID:7uI8KgCw
「ウェディングドレスめっちゃ似合ってたよね。あのスタイルうらやましいわー」

「あんなスラッとしたドレス、わたしが着たら絶対おかしなことになるし」

「あんたなんかまだマシでしょ。あたしが着たらお遊戯会の子どもだよ」

「もう少し足長くなんないかなー。10cmくらい?」

「あたしはそんな贅沢言わないから、もう2、3cmだけでも身長ほしかったわ」


………………


あすみ 「………………」

あすみ (今のふたり、どっちもアタシより身長高いけどな)

あすみ (まぁ、自分の身体のことだから、自分でどんな感想持つのも自由なんだけど、)

あすみ 「………………」


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