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勇者「最期だけは綺麗だな」
1
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/09/22(土) 19:48:17 ID:jTtUkYE.
【#1】相容れぬ
勇者「あぁ〜、今日も殺ったな。おい、ちょっと休むぞ」
僧侶「……」
勇者「ぼけっとしてんな。休める内に休んどけ」
僧侶「……何であんなことをしたんですか?」
勇者「はぁ? あんなことってなに? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」
僧侶「っ、何で村人まで殺したんですか!」
勇者「何かと思えば、そんなことか。相変わらずバカだな、お前」
僧侶「馬鹿は貴方です! 村人は洞窟の魔物を退治して欲しいとーー」
勇者「そうだな。女子供を攫って喰っちまう化け物を皆殺しにしろって頼まれたな」
僧侶「皆殺しって……」
勇者「だってそうだろ? 懲らしめたり追っ払うわけじゃない。殺してくれと懇願されたんだからな」
594
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:47:08 ID:PRgANrq2
狩人「……」
>>彼女が狩人か……
>>僧侶さんによると国側の人間らしい
>>それは昨日の男も同じだろ?
>>昨日の子は無害そうだったじゃない
狩人「(こうなると想定はしていた。しかし、思ったよりも多い。これは苦労しそうだ)」
>>どちらも国側の人間だ
>>昨日は受け入れてたじゃないか
>>全員が納得してるわけじゃないわ
>>本当に信用出来るのか?
狩人「(この雰囲気を見るに、私が幾ら話しても良い結果は得られそうにないな)」
ザッ…
勇者「俺が話す」
狩人「済まないね。そうしてくれると助かるよ」
595
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:48:48 ID:PRgANrq2
勇者「聞いてくれ」
勇者「こいつは俺の力を狙っているが、この甲冑が外れるまでは手出しは出来ない」
勇者「甲冑が外れるまでは協力すると言っている。裏切ることは、まずないだろう」
勇者「お前等には近付けない。俺の傍に置いて監視する。それで納得してくれないか」
>>何で、そんな奴と一緒に?
>>置いてくれば良かったじゃないの
狩人「そうされても追うだけだ。大して意味はない。傍に置いた方が楽だと考えたのだろう」
狩人「安心したまえ。彼の目もある。貴方達に手出しは出来ないよ。手出しをするつもりなどないがね」
狩人「勿論、戦闘には参加する。彼との約束は守る。質問は以上かな?」
シーン…
狩人「宜しい。では……」
勇者「遅れを取り戻す。此処からは急ぐぞ」ザッ
596
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:49:58 ID:PRgANrq2
>>態度のデカい女だったな
>>それは彼にも言えることだろ?
>>お前達、いつも守られといて良く言えるな
>>単に性格の話だよ。そう目くじらを立てないでくれ
>>狩人さんか、綺麗な女性だ
>>ああ、肌なんか真っ白だ。不健康そうだけど
>>やめてよ、こんな時に気持ち悪いわね
>>なっ!? そういう君だって、助手とかいう男を可愛いとか何とか言っていたじゃないか!!
>>下らない喧嘩は止せ。早く来ないと置いて行かれるぞ
勇者「……」ハァ
狩人「ははは。賑やかで良いじゃないか」
勇者「まあな、そこら辺は助かってる。落ち込まれるよりはずっと良いからな」
597
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:51:08 ID:PRgANrq2
狩人「ところで、目的地のことだが」チラッ
巫女「……」サッ
狩人「やれやれ。それで? 目的地は何処なのかね?」
勇者「東にあるとしか聞いてねえな」
狩人「君は馬鹿なのか?」
勇者「言わねえもんは仕方ねえだろうが、何度聞いても着けば分かるとしか言わねえんだ」
クイッ
勇者「?」
巫女「言っても信じないから、言わないだけ」
勇者「だとよ」
狩人「彼女には随分甘いじゃないか。それで良いのか、君は」
僧侶「(な、仲良くなってる)」
僧侶「(何を話したんだろう? でも、戦うよりはずっと良い。ずっと良いけど……)」ギュッ
598
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:52:29 ID:PRgANrq2
勇者「近々話す。そうだろ?」
巫女「う、うんっ!」
狩人「そうか。では、楽しみに待っておこう」
勇者「目的地が何処でも文句は言うなよ」
狩人「……ふむ。君、本当は既に知っているね? 何故言わない。皆も不安がると思うのだが」
勇者「それも、後で話す」
狩人「いいだろう」
ザッ…
助手「あの、少し宜しいですか」
勇者「どうした?」
助手「ちょっと此方へ。直接見た方が早いと思われます」
勇者「分かった。僧侶、代わってくれ」
僧侶「えっ? あ、はいっ」
巫女「……」
狩人「言いたいことがあるなら、言った方が良い。隠し事は、時に悲劇を生むからね」コソッ
599
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:53:37 ID:PRgANrq2
巫女「……」
狩人「私には見えている。変わった魂の形をしているな。敵ではないようだが、何故隠す」
巫女「真実は、時に人を傷付ける。私にも目隠しが必要だと判断しただけ」
狩人「それが貴方の本性かね。貴方が何を話すのか、非常に興味がある」
巫女「……」
ザッ…
勇者「何してる」
巫女「……」
狩人「いや、なんでもないよ。それより、何があったのかね」
勇者「聖水の入った小瓶が割れた」
狩人「あれはそう簡単に割れるものではない。管理者は何をしていたのだ。残りは幾つある」
勇者「ない」
狩人「何?」
勇者「俺達が所持していた聖水も、助手の奴が所持していた聖水も、全て割れていた」
狩人「割れていたのではなく、割られていたの間違いではないのか」
600
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:54:26 ID:PRgANrq2
勇者「出発前に確認した時は割れていなかったらしい。助手のもな」
狩人「私達が合流してから、それ程時間は経過していない。割られたのなら分かるはずだ」
勇者「だろうな。だが、誰も異変には気付かなかった」
狩人「他に手掛かりはないのかね」
勇者「小瓶には針を刺したような複数の穴があった。それ以外にはない」
狩人「保管方法は」
勇者「複数人が分担して所持していた」
狩人「不可解だな。誰一人気付かないとは……」
勇者「お前が持っていたのはどうだ」
狩人「……その可能性は考えたくはないが、確かめた方が良さそうだな」スッ
601
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:56:02 ID:PRgANrq2
勇者「……」
狩人「……」
勇者「半分、残っていたな」
狩人「そのはずだ」
勇者「……面倒なことになったな」
狩人「どういうことだ。衣服は濡れてすらいない……」
勇者「(手の込んだ嫌がらせだな。魔女の仕業か?)」
僧侶「魔物が来ます!!」
勇者「考えるのは後だ」ジャキッ
狩人「ああ、分かっている」ガチリ
602
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:56:54 ID:PRgANrq2
【#23】異種の台頭
勇者「皆、下がれ!!」
巫女「結界はわたしがやる」
僧侶「うん、お願い。皆さん、落ち着いて一ヶ所にまとまって下さい!」
狩人「助手、私の背後に付け。万が一魔物が抜け出した場合の処理を頼む」
助手「了解しました」
ザザザザザ…
勇者「(雑魚相手に癪だが、いつも通り避けながら戦うしかねえな)」ダンッ
ズドンッ!グシャッ…
勇者「(何だ、この数は……!!)」
ガリッ!ガリガリ…
勇者「ぐっ、離…せッ!!」ガシッ
ゴキンッ!
勇者「(魔物って言っても犬畜生じゃねえか。くそ、こんな奴等に噛まれた程度で……)」
603
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 20:57:59 ID:PRgANrq2
僧侶「んっ!!」
ゴシャッ! ドサドサッ…
僧侶「立って!! しっかりして下さい!!」
勇者「……っ、分かってる」
僧侶「(もう出会った頃とは違う。この人に頼るわけにはいかない。私が、守る)」ジャキッ
僧侶「土、掴め」ザクッ
ゾゾゾゾッ!
僧侶「狩人さんっ!!」
狩人「了解した」ダンッ
ズパンッッ!
狩人「……減る気配がないな。どうする。このままでは押し切られて囲まれてしまうぞ」
僧侶「私がやります。下がって」
狩人「了解した」タンッ
僧侶「(岩、壁)」ザクッ
ドゴンッ!ドゴンッ!
604
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:02:55 ID:PRgANrq2
僧侶「……」ジャキッ
狩人「(壁で挟んだ。が、塞いだわけではない。彼女は何をするつもりだ……)」
僧侶「焼き尽くせ」ザクッ
ゴォォォォッ…
狩人「(一匹残らず、確実に殺す為の壁か。土から炎、つまりは属性の切り替え。その上、この高威力……)」
僧侶「終わりましたね」
勇者「皆は無事か」
僧侶「はい、大丈夫です。魔物は一匹も通していません。あの、立てますか?」スッ
勇者「悪いな……」ガシッ
グイッ…
僧侶「さあ、先を急ぎましょう?」ニコッ
勇者「……僧侶」
僧侶「何です?」
勇者「助かった。ありがとな」
僧侶「へへっ、私も戦えるようになったでしょう?」
605
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:04:20 ID:PRgANrq2
勇者「ああ、そうだな……」
僧侶「どうしました?」
ザッ
狩人「おそらく、貴方に戦わせるのが心苦しいのだ。女性に無理を強いるのは、男性としては恥ずべきことらしい。助手がそう言っていた」
僧侶「へっ?」
助手「えっ!? いやその、別に僕は聞かれたから答えただけであって……」チラッ
勇者「……」ザッ
僧侶「あっ、待って下さい」タッ
ザッザッザッ…
狩人「ふむ、行ったか」
助手「狩人さん、何であんなことを……」
狩人「少し二人で話がしたくてね。ところで、君は彼女をどう思う」
助手「えっ、僧侶さんですか? 凄まじい魔術の使い手だと思いますが」
狩人「彼女はね、まだ数回しか戦っていないそうだ。実戦で魔術を扱うのも、数えられる程度だ」
606
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:05:24 ID:PRgANrq2
助手「そんな馬鹿な……」
狩人「戦いに関してはは素人だが、突出した魔術の才能を持っている。最初はそう考えていた」
狩人「だが、人間には、属性の異なる高威力の魔術をほぼ同時に扱うなど出来はしない」
狩人「少なくとも、彼女以外にそのようなことが出来る魔術師を、私は知らないよ」
助手「何が、言いたいのですか……」
狩人「そう戸惑うな。魂に異常はなかった。彼女は間違いなく人間だよ。しかしーーー」
羅刹王『歪みを消し去れば、与えてやる』
羅刹王『その娘。そして、共にいる男だ。生かしておけば、人すらも滅ぼすだろう』
羅刹王『お前は存在してはならない歪みだ。その矢が、お前を殺すだろう』
狩人「しかし彼女は、何かが違うようだ。何かがね……」
607
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:06:40 ID:PRgANrq2
【#24】岩屋
僧侶「男性は此方にお願いします」
>>男の方が狭いような気がするな
>>こんな時に文句言うな。眠れる場所を作ってくれただけ有難いと思え
>>彼女がしてくれる。それが当たり前になってるのさ。感謝は長続きしない
>>みたいだな。俺達は忘れないようにしよう
>>そうだな……
ザワザワ…
狩人「まさか此処までとはな。簡易的だが、寝床まで場所まで作ってしまうとは驚いた」
助手「あの状態を維持するにも魔力を消費するはずですよね……」
狩人「勿論だ。四方を囲む岩の壁、簡易住居、結界。彼女にしか出来ない芸当だよ」
ザッ…
僧侶「あの、狩人さんは私と一緒でも良いですか? ちょっと離れた場所ですけど……」
狩人「私は何処でも構わないよ。面倒を掛けて申し訳ない」
608
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:07:42 ID:PRgANrq2
僧侶「助手さんは、その隣です」
助手「わざわざ別の場所に? 心遣い、感謝します」
僧侶「いえ、今日はお疲れ様でした。短い時間ですけど、しっかり休んで下さいね」
狩人「ところで、彼は?」
僧侶「えっと、向こうです。今は巫女ちゃんと一緒にいます。大事な話があるらしいです」
狩人「……」
助手「勇者さんは、いつも一人なのですか?」
僧侶「はい、あの姿に慣れていない方が多いので……」
助手「……そうでしたか」
僧侶「では、行きましょう」
助手「は、はい。お願いします」
トコトコ…
狩人「(あの二人が何を話しているのか、非常に興味がある。だがーーー)」
僧侶「狩人さん、行きましょう?」
狩人「(なる程、監視は彼女に任せたと言うわけか。仕方がない、ここは従うとしよう)」
609
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:14:45 ID:PRgANrq2
【#25】我
勇者「で、話ってのは何だ?」
巫女「わたしのこと、僧侶のこと。そして、魔女のこと」
勇者「何故、俺にだけ話す。あいつには話さないのか?」
巫女「話しても受け止められない。混乱を招くだけ。出来ることなら、貴方から伝えて欲しい」
勇者「何故だ」
巫女「その方が安全」
勇者「取り敢えず話せ。それからだ」
巫女「分かった。まず、僧侶と私の魔力が同じであることには気付いていた?」
勇者「ああ、会った時にな。だが、今の魔力は出会った時とは違う」
勇者「魔力の質を変えるなんてのは聞いたことがねえ。偽装は出来ないはずだ」
巫女「全ては僧侶の為にしたこと。僧侶は、私や魔女とは違う。記憶を持たない」
勇者「記憶がない? いや、いい。続けてくれ」
巫女「魔力が同じなのは、私と僧侶が同じ存在だったから。それから、魔女も」
610
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:16:02 ID:PRgANrq2
勇者「……続けろ」
巫女「元々は同じ場所にいた」
巫女「あらゆるものを見渡せる場所で、あらゆるものを見渡せる目を持った存在として」
勇者「……」
巫女「始めは存在と呼べるのかさえ分からない何かだった。見ているだけの何かだった」
巫女「見ているという意識などなかった。見ていたというのも、正しい表現なのかどうか分からない」
巫女「私は生命の移り変わりを、大地の形成を、種の滅びと誕生を、その繰り返しを見ていた」
巫女「私が私を認識したのは、人が誕生してからだった。いや、認識させられた」
勇者「人間にか」
巫女「そう。人は奇妙なことをし始めた。存在しないはずの何かを崇め、祈り、願い、愛し、怖れた」
巫女「供物を捧げ、踊り、歌った。それは人だけが取った行動だった」
巫女「太古の獣にも、木から下ることを選んだ獣にも、そんなものはなかった」
勇者「……」
巫女「それは無視できないものとなり、私はそこにいられなくなってしまった」
611
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:17:27 ID:PRgANrq2
勇者「何故」
巫女「世界を自由に飛び回り、全てを見渡す目を持った鳥が、突然窓のない箱に閉じ込められた。それが、どれ程のことか分かるでしょう」
勇者「……」
巫女「視野は急速に狭まり、全ての私が一つとなり、私は私に押し込められ、更に混乱を来す」
巫女「私は何とかしようとしたけれど、事態は改善しないまま、時だけが過ぎた」
巫女「その間も聞き続けていた。貴方達の声を、あらゆる声を、私は聞き続けてきた」
巫女「私を呪う声、私に救いを求める声、存在を揺るがす程の叫びが、長い長い間、私を苦しめた」
巫女「遂には、私は私を忘れ、更に小さな存在となって、何も知らぬまま、此処にいた」
勇者「居た?」
巫女「そう。移動したわけではなく、物質として、肉体を得て存在して、私は此処にいたの」
巫女「ただ、以前の記憶を失っていたのは幸運だった。同じような混乱は避けられた」
巫女「私は此処で生きる人々と同様に無知で、何かに縋らなければ生きていけない、弱い生物となっていた」
勇者「……」
巫女「そして、初めて出会ったのが、貴方」
勇者「待て。お前は出会った時から知識を持っていた。無知ではなかったはずだ」
612
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:18:21 ID:PRgANrq2
巫女「貴方が教えてくれた」
勇者「何かを教えた覚えはねえな」
巫女「貴方が私を助けてくれた」
巫女「無知で希薄な私を守ってくれた。世界を見せてくれた。私を教えてくれた」
勇者「何をーーー」
巫女「私は貴方の傍にいることを望んだけれど、貴方は私を置いて龍と戦い、敗れた」
勇者「なっ……」
僧侶『貴方は私を置いて、一人で龍と戦ったわ』
僧侶『私が目を覚ました時には終わっていたわ。息絶えた貴方と、傷だらけの龍がいた』
僧侶『何度も甦らせようとしたけれど、幾ら魂に呼び掛けても、貴方は戻って来なかった』
巫女「どうしたの?」
勇者「いや、今はいい。続けてくれ」
巫女「分かった。私は何度も蘇生を試みたけれど、貴方が蘇ることはなかった」
巫女「私には、貴方の死を受け入れられるはずがなかった。そして、爆発が起きた」
613
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:20:04 ID:PRgANrq2
勇者「爆発?」
巫女「そう、あれは爆発だった。芽生えた自我と、溢れ出る強烈な感情が、元々の記憶を呼び覚ました」
巫女「そして、一ヶ所だけを残して、あらゆるものが爆発に巻き込まれた」
勇者「何?」
巫女「それが、今目指している場所。貴方が行くべき場所。戦う意味を、探す場所」
勇者「……」
巫女「話が逸れた。爆発は力を生んだが、一つの存在には、到底耐えられるものではなかった」
巫女「想いに任せた爆発の連続が終わった時、気付けば、私達は三つに分かれていた」
勇者「それが、お前と僧侶、そして魔女か」
巫女「そう。何が起きたのかを把握するには、私にも時間が掛かった」
巫女「彼女。いや、魔女は、元に戻ったと言っていた。次は、自分自身の意思で決めるのだと」
勇者「何を決める……」
巫女「救うに値する生命なのか、救うに値する世界なのか、人の望みし存在として、世界を見定める」
勇者「……」
巫女「魔女は既に決めている。貴方を利用して、滅ぼそうとしている」
614
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:21:53 ID:PRgANrq2
勇者「神としてか? 馬鹿げてる」
巫女「そうしたのは、人。私達をそうしたのは人の意思。信仰と、呪詛」
勇者「人が、神を創ったってのか……」
巫女「その解釈が正しいとは断言出来ない。私達は、始まりから存在していたから」
勇者「押し付けたんだな。人が、お前達に、この世界の全てを……」
巫女「……」
勇者「一つだった時と今は違うのか? 誰が三つに分かれることを決めた?」
巫女「決めたのは、元の私。一番近いのは魔女。多くの力と、感情を引き継いでいる」
巫女「魔女は、私や僧侶とは違う。何か別のものを宿している。だから、魔力も違う」
勇者「僧侶は何なんだ。あいつには僧侶としての記憶、過去がある」
巫女「僧侶は創造された命、創られた過去、極めて人に近い性質、信仰と現実で揺れる存在」
勇者「意味が分からねえ。何故そんなに面倒なことをした」
巫女「僧侶は人間として決める。それが役目」
勇者「何もかもが偽りか」
巫女「彼女の中では本当の過去。でも、綻びはある」
615
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:22:52 ID:PRgANrq2
勇者「綻び?」
巫女「爆発によって生まれた歪み。記憶の辻褄が合わない部分は必ずある」
勇者「気付くのか」
巫女「いずれは」
勇者「半端臭えことしやがって……」
勇者「お前は俺から伝えろと言ったが、俺が言ったところで混乱する」
巫女「私も力を貸す。矛盾をなくす」
勇者「そんなことは不可能だ」
巫女「私には、それが出来る。信じて」
勇者「……もう一つ、聞きたいことがある。この屍肉と骨には、魂が宿っていると言っていた。狩人が言うには俺の魂らしい」
巫女「だから貴方は……」
勇者「あ?」
巫女「貴方が羅刹王を倒せなかったのは、魂が分散していたから。よって、力も分散した」
勇者「それはいい。お前には魔女が何をしたのか分かるのか?」
巫女「過去と呼んで良いのか分からないけれど、過去の貴方の魂を宿らせたのだと思う」
616
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:24:33 ID:PRgANrq2
勇者「どうやって? お前の言ってることが真実なら、その俺は既に死んだはずだ」
巫女「無理矢理に魂を呼び起こし、定着させたと考えられる。爆発の際に持ち出したのかも分からない」
勇者「何でもありだな」
巫女「そうでもない。貴方を蘇生出来なかったのが、その証。優れた力も、扱えなければ意味がない」
勇者「それで爆発か。ガキみてえだな」
巫女「正しく、その通り。あの時の私は、生まれたばかりの赤子同然だった」
勇者「お前は何処まで知っている。全てが見えているのか?」
巫女「今の私には見えない。何もかもが見えていた頃の私には、決して戻れない」
勇者「……」
巫女「話を戻す。先の話が事実なら、魂は重なり始めているはず。何か兆候は?」
勇者「夢を見た」
巫女「夢……」
勇者「俺は夢の中で、魔女を僧侶だと認識していた。以前からそうだったようにな」
勇者「どんな関係だったかは知らねえが、随分と気を許していたよ」
617
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:26:07 ID:PRgANrq2
巫女「記憶の混乱はあるの?」
勇者「ああ、気持ち悪くて吐きそうだ。夢を見てからな」
巫女「完全に繋がるまでは、それが続く」
勇者「……繋がれば、どうなる」
巫女「分からない。魂の同化が何を及ぼすのか想像は出来ない。見たことがない」
勇者「死んだ俺は、俺と違うのか?」
巫女「僧侶と出会うまでは同じ。貴方と僧侶だけが、前とは違う。歪められた存在」
勇者「(歪みってのは、このことか)」
勇者「死んだ俺とは何が違う?」
巫女「そんな姿にはならなかった」
勇者「魔女はいねえからな。それは分かる。他にはねえのか」
巫女「それから、狩人と助手はいなかった。旅は私と貴方だけ。全てが同じにはならない。貴方も、前とは違う」
勇者「何が?」
巫女「前は私を育ててくれた。兄であり、父のような、頼れる存在だった」
618
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:27:58 ID:PRgANrq2
勇者「冗談だろ……」
巫女「冗談じゃない。本当」
勇者「俺が育てただと? 馬鹿言うな、そんなことをするはずがねえ」
巫女「あの人を悪く言うのはやめて。貴方だって、勇者を馬鹿されたら怒るくせに」
勇者「……悪かったな」
巫女「別にいい」
勇者「しかし、育てたってのはどういうことだ? まさか、赤ん坊の状態から育てたのか?」
巫女「違う。この状態から育てた。此処に来た時の姿が、私」
勇者「成長するのか」
巫女「元の私は成長した。成長速度は人間とは違う。精神に見合った姿になる」
勇者「いきなり大人になるってのか」
巫女「そんな感じ」
勇者「……そうか。つーか、お前ってそういう奴だったんだな。いつものは演技か?」
巫女「あれは違う」
巫女「私は薄いから、巫女のような人格を作った。それは巫女も薄々分かっている。理解出来ているかは分からないけど」
619
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:28:49 ID:PRgANrq2
勇者「薄いってのは何だ」
巫女「感情が希薄。表現が下手」
巫女「これでは人に溶け込めない。だから創った。魔女が感情を色濃く受け継いだから、そうなった」
勇者「僧侶は?」
巫女「自我が芽生え始めた頃の私に似ている。世界を知り始めた時の私に近い」
巫女「あの年頃の性格に近付ける為に、意図的にそうしたのだと思う。それぞれ違う」
勇者「肉体的な状態もか?」
巫女「精神的にも肉体的にも違う。原型となった姿も三つある」
巫女「私は最初の頃、子供。僧侶が中間、子供と大人の間。魔女は成長した後、大人」
勇者「……」
巫女「どうしたの?」
勇者「お前も魔女も、最初から僧侶の存在を知っていたんだよな」
巫女「知ってた。魔女は僧侶が大嫌い」
勇者「それは分かる。僧侶も嫌いだろうけどな。だが何故? 元は一つなんだろ?」
620
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:30:35 ID:PRgANrq2
巫女「だから嫌いなの」
巫女「何も知らない頃の、貴方を失う前の自分を見せられているようで、許せないんだと思う」
勇者「……お前は、どうなんだ」
巫女「私は力になりたい。僧侶は、私や魔女とは違う。過去に囚われず、前を見ている」
巫女「囚われる過去がないとも言えるけど、私や魔女のように記憶があったら、私達と同じだったと思う」
勇者「……そうか」
巫女「貴方はどうするの?」
勇者「何も変わらねえよ。龍を殺し、魔女も殺す。それしかねえだろう」
巫女「魔女と、戦える?」
勇者「それ以外に、何がある」
巫女「……魂が完全に繋がるまでに何とかした方が良い。そうしないと、躊躇いが生じる」
勇者「何てことはねえさ……なあ、巫女」
巫女「?」
勇者「よく、話してくれたな」
621
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:32:21 ID:PRgANrq2
巫女「信じるの?」
勇者「どうだろうな。何となく理解はしたが、信じられるかどうかは分からねえよ」
勇者「お前と僧侶の魔力が同じなのは気になってたが、こんなことになるとは思わなかった」
巫女「魂が繋がれば、信じる」
勇者「……かもな。ところで、聖水の小瓶を割った奴を知ってるか?」
巫女「知らない。以前は、そんなことは起きなかった」
勇者「……そうか。なら、何とかするしかねえな。もう話すことはないか?」
巫女「昨夜のことを話したい」
勇者「昨夜? 何かあったのか?」
巫女「昨夜、助手が言っていた」
巫女「神は何処にいるのかと、何故こんな世界にしたのだと、神が居てくれたらと……」
勇者「お前は神じゃない。世界を創ったのも、お前じゃないんだ」
巫女「分かってる。でも、考えた」
勇者「何をだ」
巫女「もしも私が神だったら、どうするのだろうって」
622
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:34:57 ID:PRgANrq2
勇者「どうするのか、決めたのか?」
巫女「分からない。でも」
勇者「……」
巫女「でも、もし、私が神だったら、今のような世界にはならなかったと思う」
勇者「そうか、そうかもな……」
巫女「神が憎い?」
勇者「いなくて清々してる」
巫女「じゃあ、私のことは?」
勇者「お前が神なんかじゃなくて良かったと思ってるよ」
巫女「これからも、一緒にいていいの?」
勇者「他に行くとこがあるのか?」
巫女「……ない」
勇者「だったら、此処にいろ」
巫女「う、うんっ!」
勇者「さあ、そろそろ休め。今日は疲れただろ」
623
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:35:50 ID:PRgANrq2
巫女「待って」
勇者「ん?」
巫女「僧侶とも話をして欲しい。悩んでいるみたいだったから」
勇者「分かったよ」
巫女「……ねえ、あなた」
勇者「ん?」
巫女「知りたいこと、聞きたいことは、まだ沢山あると思う。でも、直に分かる。何もかも」
勇者「そうかい……」
巫女「きっと、大丈夫。前と同じにはならない。僧侶がいる。皆もいる。私もいる」
624
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:37:06 ID:PRgANrq2
勇者「そうか、そうだな。ありがとう……」
巫女「ねえ、もう少しだけ、一緒にいてもいい?」
勇者「好きにしろ。こんな化け物と一緒でいいならな」
巫女「貴方は化け物じゃない。幾ら魔女でも、貴方の心までは変えられない」
勇者「……」
ポカッ…
巫女「なんで?」
勇者「随分と気が利く返しをすると思ってな。巫女、変に気は遣わなくていい。お前が疲れるだけだ」
ポンッ…
巫女「(あっ。これ、懐かしいやつだ)」
勇者「いいか、ちゃんと戻って寝ろよ。俺が連れて行くと、あいつ等が叫ぶだろうから」
巫女「(前とは違うけど、本当は違わない。この人は、この人のままだった……)」
625
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:38:50 ID:PRgANrq2
簡単に
全部見える。見えるだけ。自我とかない何か。
↓
人が進化、神と名付けた何かに祈ったりし始めた。
↓
私は私を認識した。一つの存在になる。狭い。
↓
人増える。宗教作る。祈り続ける。
↓
苦しい。私はますます存在を固定されて、以前のように飛べなくなる。
↓
私はそれに耐えきれずに墜落。肉体を得てしまう。容量少ない。記憶ない。
↓
勇者と出会う。勇者が助ける育てる旅をする。
↓
私は懐いた。とんでもない速さで成長した。
↓
勇者が私を置いていく。追う。絶対見つける。
↓
626
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/06(土) 21:39:27 ID:PRgANrq2
勇者が龍と戦って死んでいた。
↓
勇者死ぬのは絶対嫌だ。私は私を思い出した。目茶苦茶しても助ける。
↓
爆発。良く分からないけど時間が戻った。
↓
とんでもない力だ。私は一つの存在ではいられない。元の私を三分割。
↓
魔女、巫女、僧侶。
↓
魔女と巫女は自分で決めること。僧侶は勇者と旅して人間目線で決めること。
↓
僧侶はそれを知らない。勇者と出会う。旅をする。
↓
魔女は滅ぼすと決めた。
↓
今
627
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:18:18 ID:em74N0TY
【#26】彼女の気持ち
助手「はぁ」トスン
助手「(狩人さんと旅をしてから、一日一日の内容が濃すぎる。多分、まだ三日くらいのはずだ)」
助手「(もう何ヶ月も旅をしているような感じがする。しかも勇者さんと一緒に旅するだなんて……?)」
僧侶『あの』
狩人『何かな?』
助手「(そ、そういえば隣だった。壁際だからか、僅かに声が漏れてくる)」
助手「(速やかに此処を出るべきだろうか。しかし、他の人も警戒していたしーーー)」
僧侶「何故、あの人と一緒に?」
狩人「やれやれ、まだ私を疑っているのか。少しは彼の判断を信じたらどうだ」
僧侶「それは……」
狩人「まあいい、このままでは互いに疲れるだけだ。貴方にも話しておこう」
僧侶「えっ?」
狩人「何を驚くことがある。彼には既に話しているのだ。今更隠す必要もないだろう」
僧侶「それは、そうですけれど……」
628
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:19:15 ID:em74N0TY
狩人「意外かな?」
僧侶「……はい。他人に目的を知られるのは、極力避けているように思っていました」
狩人「それも仕方のないことだよ。そう思われて当然の言動を取っていたからね」
狩人「では、一度しか話さないから良く聞きたまえ。質問は後にしてくれると助かる」
僧侶「はい。分かりました」
ーーー
ーー
ー
僧侶「……彼女を処刑したのが、先の勇者」
狩人「そういうことになるね。我ながら、過去に縛られているとは思うよ」
狩人「その点で言えば、私も彼のことは言えない。彼と私では、目指すものが違うがね」
僧侶「(彼女は、狩人さんにとってどんな人だったんだろう。母親、とかなのかな?)」
僧侶「(あらゆる障害の克服。進化。それは、狩人さんにとっても希望だったはずだ)」
僧侶「(もしかして、復讐するつもりだったのかな。力を受け継いだ、あの人に……)」チラッ
狩人「いや、そんなつもりはないよ。彼にも、先の勇者にも、憎しみはない」
629
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:21:31 ID:em74N0TY
僧侶「何も言ってないです」
狩人「顔に出ていた。彼と再会してからの貴方は、非常に分かりやすいよ」
僧侶「うっ……はぁ、あの人にも同じことを言われました。お前は分かりやすい女だって」
狩人「はははっ、まあ良いじゃないか。知られて困るようなことでもないだろう」
僧侶「でも、何か嫌です……」
狩人「(小さくなってしまった。こうして横顔を見ると、まだ少女の域を出ないな)」
狩人「(少女のような振る舞いに反して、魅惑的な身体。本人は気付いていないようだが、ある意味で危うい女性だ)」
狩人「(庇護欲そそる女性というのは、このことを言うのだろうか? 私には理解出来ないが)」
僧侶「あの、狩人さん」
狩人「何かな」
僧侶「狩人さんは、彼女の為に研究を?」
狩人「影響を受けたのは確かだが、決めたのは私だ。言っただろう、進化の道を作ると」
僧侶「勇者とは人に奉仕する存在だと言うのもそこから? 勇者であった彼女の姿を見ていたから、貴方はあの人を……」
狩人「……」
僧侶「ご、ごめんなさい。勝手に推察してしまって……」
630
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:23:10 ID:em74N0TY
狩人「いや、構わないよ。彼を勇者だと認めなかったのは、それも関係しているだろう」
狩人「勇者が人に尽くす存在であるべきだという考えは、今も変わらない」
僧侶「今でも、あの人が嫌いですか?」
狩人「好き嫌いではないよ。ある点に於いては信頼出来るが、全てを信じているわけではない」
僧侶「じ、じゃあ、あの人の体が元に戻ったら? あの人と戦うのですか?」
狩人「それを決めるのは私だけではない。彼がどのような決断をするかで、また変わる」
僧侶「そう、ですよね……」
狩人「あまり楽しい話ではないな。この話は、もうやめよう。貴方の精神にも良くない」
僧侶「……はい」
狩人「僧侶さん、私からもいいかな。少し別の話をしよう。気分転換だ」
僧侶「気分転換? 何でしょうか?」
狩人「彼をどう思っているのかね」
僧侶「えっ!?」
狩人「私ばかり情報を与えるのは不公平と言うものだ。貴方もそうするべきだと思うのだが」
僧侶「そんなことを言われても、と言うか、気分転換になってないです……」
631
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:24:35 ID:em74N0TY
狩人「無理に話さなくてもいい。ただ、その場合は此方で勝手に判断する」
僧侶「は、話します。話しますから、そういうのはやめて下さい」
狩人「む、そうか」
僧侶「(変な誤解されるのも嫌だし話そう。狩人さん、あんまり興味なさそうだけど……)」
僧侶「ありふれた言葉ですけど、とても大切な人です。色々気付かせてくれた人でもあります」
僧侶「あの人、今はとても弱っているから……私が守りたいなって、そう思います」
狩人「肉体関係はあるのかね?」
僧侶「あははっ、そんなのないですよ……ん?」
狩人「……」
僧侶「に、肉体関係!? ないですよ!! 貴方は何を言い出すんですか!!」
狩人「これは至って真面目な質問だ。街で見た幾つかの資料にはそう記されてあった」
僧侶「……神聖娼婦、ですか?」
狩人「ああ、貴方の項目にはそうあった。しかし、貴方を見ていると、どうもそのようには見えなくてね」
狩人「獣性を収めるだけの肉体関係では、そこまで献身的にはなれない。記載内容とは違うと思ったのだよ」
632
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:26:09 ID:em74N0TY
僧侶「……」
狩人「複雑な事情があるなら、話さなくても構わない」
僧侶「いえ、話します。私も、それについては整理したいと思っていたので」
狩人「……」
僧侶「私は、あの人の力になるようにと、司教様の計らいで同行することになりました」
僧侶「もしかしたら、そのような役目も期待されていたかもしれません。あの人も知っていたかも知れない」
狩人「……」
僧侶「けれど、私は一度たりとも、そのような行為を強いられたことはありません。行為を求められたこともありません」
僧侶「望まれたことも。勿論、他に何らかの理由があって行為に及んだこともありません」
僧侶「私は、そのような存在として、あの人の傍にいたことはありません」
僧侶「あの人は、そんな人じゃない……」ギュッ
狩人「……」
僧侶「今も傍にいるのは私自身の意思です。私が、そうすると決めました」
狩人「……そうか。済まないな、結局嫌な話になってしまった」
僧侶「いえ、話せてすっきりしました。ずっと、もやもやしていたので良かったです」ウン
633
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:27:38 ID:em74N0TY
狩人「それは良かったよ。しかし、別の面で気になってしまうな」
僧侶「何がです?」
狩人「いや、数ヶ月共に過ごしているのだろう?」
僧侶「はい、そうですけど……」
狩人「彼は大丈夫なのかと思ってね。性欲、それによる獣性の昂ぶりというのは馬鹿に出来ない」
僧侶「へえ〜、そうなんですか」
狩人「……」
僧侶「?」
狩人「本当に、何もなかったのか」
僧侶「な、ないですってば。あの人は強いんです。そんな気持ちには負けません」
狩人「成る程、それは素晴らしい。性衝動に抗うには余程の精神力、自制心が必要だからね」
僧侶「そうです。あの人は強いんです。そういう素振りは見せたこともないですからね」ウン
634
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:30:09 ID:em74N0TY
狩人「ふむ」ジー
僧侶「えっ、何ですか」
たゆんっ
狩人「まあ、貴方に問題があるわけではなさそうだ。貴方を女性として見た時、興奮しない男性はいないだろう」
僧侶「興ふ………………ん!?」バッ
狩人「どの部位に興奮するのかは、人それぞれだがね」
僧侶「部位とか言わないで下さい……」
狩人「だとすると、彼の方に問題があるのかもしれないな」
僧侶「へっ?」
狩人「今の時代、男色の気があるのは別段おかなしなことではない」
僧侶「あははっ。まさか、あの人に限ってそんなことは有り得ませんよ」
狩人「……」
僧侶「……本気で言ってます?」
狩人「勿論だ」
僧侶「絶対に有り得ません。あの人がいやらしい目で見られていたことはありますけどね」
635
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:31:34 ID:em74N0TY
狩人「男性にか?」
僧侶「いえいえ、性別を問わずです。露骨にそのような誘いをする方もいましたからね」ウン
狩人「何故貴方が誇らしげなのだ」
僧侶「それは、えっと、あの人、顔立ちは良いですから。今はちょっと、あれですけど……」
狩人「顔や肉体の造形が美しいのは私も認めるよ。男性まで虜にするとは驚きだ。しかし」
僧侶「?」
狩人「しかし、それは何の証明にもならない」
僧侶「」
狩人「戦いの途絶えない旅路の中、貴方のような女性が傍にいる。その先は想像に難くない」
狩人「そう考えると、彼が何かしらの問題を抱えていると思わずにはいられないのだよ」
僧侶「問題なんてありません。あの人は男性的です。口調や振る舞いを見れば分かるでしょう」
狩人「そうは言うが、此方には助手がいる。少々不安なのだよ」
僧侶「ば、馬鹿なこと言わないで下さい!!」
狩人「証明出来るのかね?」
僧侶「出来ます!! えっと、え〜っと…………!!」ハッ
636
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:32:34 ID:em74N0TY
狩人「?」
僧侶「も、揉まれたことならあります!」
狩人「揉まれた? それを?」
僧侶「それとか言わないで下さい」
狩人「失礼。乳房を揉みしだかれたわけだね?」
僧侶「違います。揉みしだかれてはないです。揉まれただけです」
狩人「それで?」
僧侶「それだけですけど……」
狩人「それでは何の証明にもならないだろう」
僧侶「ぐっ。もうっ、何なんですかさっきから!! 何が言いたいんですか!?」
狩人「事実を述べているまでだよ」
僧侶「事実無根です! そっちだって証明出来ないでしょ!?」
狩人「いや、私は男性として少々問題があるのではないかと言っているだけだよ」
僧侶「疑ったら何とでも言えるじゃないですか!! ないものは証明出来ませんよ!!」
637
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:33:36 ID:em74N0TY
狩人「ほう。随分と必死じゃあないか」
僧侶「ば、馬鹿にしてますねぇ?」イラッ
狩人「いや? そんなことはないよ?」
僧侶「くぅ……!!!!」ハッ
狩人「ふふっ、どうしたのかね?」
僧侶「狩人さんっ!! 貴方、本当は女性が好きなんでしょう!?」
狩人「何を馬鹿な。それこそ有り得ない」
僧侶「じゃあ証明してみて下さいよ!!」
狩人「!?」
僧侶「おやぁ? どうしましたかぁ? 早くして下さいよ、さあさあさあっ!!」
狩人「いや、私はただーーー」
僧侶「3、2、1。ほら出来ない!! 同じことですよ!! はいっ、この話は終わりっ!!」バンッ
狩人「……っ」
僧侶「(ふん、勝った。狩人さんに勝ってやった。私の勝ちだ。馬鹿なこと言うからだ)」
638
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:34:42 ID:em74N0TY
狩人「くっ。フフッ、アハハハッ!!」
僧侶「え?」
狩人「私はからかっただけだよ。それを貴方は、勝ち誇った顔で……っ、アハハハッ!」
僧侶「……私もからかっただけですけど?」
狩人「フ、フフッ、見え透いた嘘と、その顔はやめてくれ」
僧侶「……」
狩人「からかっただけですけど? フフッ…」
僧侶「真似しないで下さい」
狩人「フフッ…」
僧侶「ひ、人の気持ちを弄ぶなんて最低です!」
狩人「人聞きの悪いことを言わないでくれないか。貴方が勝手に話しただけだ」
僧侶「っ、屁理屈じゃないですか!!」
狩人「ちなみに、胸を揉まれたと高らかに言い放ったのも貴方だ」
僧侶「〜〜!!」カァァ
狩人「ハハハッ、冗談だよ。悪かったね。貴方の反応があまりに面白くて、つい」
639
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:35:41 ID:em74N0TY
僧侶「ふん、もう良いですよ。真面目に考えた私が馬鹿でした」
狩人「真面目に?」
僧侶「っ、真面目にもなりますよ。だって……」
狩人「……」
僧侶「……」
狩人「……言わなくてもいい。何となくだが、貴方を見れば察しは付く」
僧侶「そんなんじゃないです。この感情がどんなものか、自分でも分からないですから」
狩人「大丈夫だ。彼も、男性も気があるわけではないよ。それは私にも分かる」
僧侶「そんな心配はしていません!!」
狩人「貴方に手を出さないのは、己を強く律しているからだろうね」ウン
僧侶「あの、からかうのか真面目に話すのかどちらかにしてくれます?」
狩人「それを可能にしているのは、貴方に対して特別な思いを抱いているからに違いない」
僧侶「無視しないで下さい。と言うか、何故言い切れるのですか?」
狩人「彼は貴方の手を取った。それが証明だ」
僧侶「それだけで特別だなんて、言い過ぎですよ……」
640
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:37:24 ID:em74N0TY
狩人「私の手は掴まなかった」
狩人「それも、魂が砕け散ってもおかしくない状態で、羅刹王の矢に貫かれたにも拘わらずだ。どうかな、少しは安心したかね?」
僧侶「……安心とは、少し違います」
狩人「いや、ひょっとすると、単に貴方を性行為の対象として見ていないだけなのかもしれないな……」
僧侶「えっ?」
狩人「彼は私のように細身の女性が好みなのかもしれないよ? 性的、肉体的嗜好と言うやつだ」
僧侶「……」ジー
狩人「?」
僧侶「(確かに、細身だけど艶めかしい。病的に白い肌が、妖しさを醸し出している)」
僧侶「(男性って、こういう雰囲気の女性に弱いのかな。妖艶と言うか、魔性と言うか)」
僧侶「(手首なんて、握ったら簡単に壊れちゃいそうだ。守りたいって、思うのかなぁ……)」
狩人「そこまで遠慮なく観察されると注意する気もなくなるよ。存分に見たまえ」
僧侶「い、いえ、もう結構です。ありがとうございました」
狩人「ふふっ、そうか。それで? 私の身体を見て何か分かったかね?」
僧侶「と、とても、お美しいと思います。白くて、細くて……(そもそも綺麗だし)」
641
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:38:37 ID:em74N0TY
狩人「ははは。ありがとう」
狩人「しかし、まじまじと見ておいて感想はそれだけか。もっと、じっくり見てもいいのだよ?」
僧侶「(うっ。思わずドキリとしてしまった。こういうことをさらっと言えるのが大人なのかな)」
狩人「ああ、言っておくが先程のも冗談だから安心したまえ。彼は私に欲情などしていないし、そもそも、私をそういった目では見ていない」
僧侶「……」
狩人「悪かったね。つい、からかいたくなってしまった」
僧侶「冗談には聞こえないので今後はやめて下さい」
狩人「はははっ。分かったよ」
ザッ…
僧侶「?」
勇者「僧侶、ちょっと来い」
僧侶「は、はいっ! 今行きます!」
狩人「良かったじゃないか、誘われて」
僧侶「狩人さん、本当に怒りますよ」
狩人「早く行きたまえ。彼が待っているよ?」
642
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:39:31 ID:em74N0TY
僧侶「くっ……」
狩人「何かな?」
僧侶「何でもありません。では、行ってきます。すぐに戻りますので」
狩人「遠慮は要らないよ。ゆっくりしてくるといい」
僧侶「すぐに、戻りますっ!!」
ザッ
狩人「……行ったか。ああして話すのも、悪くなーーーッ、ゲホッ、ゲホッゲホッ…?」
ボタボタッ…
狩人「(当然の結果だ。王位と戦って、無事に済まないことは分かっていた)」
狩人「(あれだけ回転を速めたのだ。寿命を縮めるのは承知の上だ。しかしーーー)」
狩人「ッ、ゲホッゲホッ」グラッ
狩人「(しかし、これ程までとはな。少々、無理をしすぎたようだ)」
ザッ…
助手「狩人さん、しっかりして下さい!」
狩人「……大丈夫だ。まだ、大丈夫だよ。少し横になれば、落ち着く」
643
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:40:57 ID:em74N0TY
助手「僧侶さんを呼んできます」
ガシッ!
助手「狩人さん、何を……」
狩人「止せ、呼ばなくて良い」
助手「しかし、そのままでは」
狩人「私に治癒の魔術は通用しない。私の体が邪魔をするのだ」
助手「そんな……」
狩人「そんな顔をするな。君にはまだ教えることがある。まだ、逝くことはしないよ」
助手「本当に、大丈夫なんですね?」
狩人「ああ、この痛みは以前にも経験したことがある。助手、聞いてくれ」
助手「な、何ですか? 何でも言って下さい」
狩人「盗み聞きは、感心しないな」ニコリ
助手「い、いやっ、僕は別に」
狩人「ふふっ、まあいいさ。最初から、君に聞こえるように話していたからね」
助手「(……やられた。この人には、あらゆる面で勝てる気がしない)」
644
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/07(日) 17:42:25 ID:em74N0TY
狩人「研究内容については、いずれ話す」
狩人「君には、もっと多くのことを知って貰わなければならないからね」
助手「はい、お願いします」
狩人「……たった数日で、顔付きが変わったな。少しだけ頼もしくなったような気がするよ」
助手「……」
狩人「しかし、その瞳は変わらないな。いいか、助手。決して、曇らせてはならないよ?」
助手「……はい」
狩人「分かればいいのだ。私は、少し眠るよ」
助手「此処にいます」
狩人「フッ。まったく、君は心配性だな。まあいいさ、好きにしたまえ……」
助手「(狩人さんには残された時間は少ない。その時間を、無駄にはさせない)」
645
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 08:50:50 ID:SIP/yJ0M
【#27】受心の兆し
勇者「……」
僧侶「(この人が私を呼ぶなんて珍しい。巫女ちゃんと話したことで何かあったのかな?)」
勇者「お前、何か気になることはあるか」
僧侶「気になること、ですか……」
勇者「……」
僧侶「……羅刹王は、貴方と私を歪みと言っていました。それが気掛かりで、少し不安です」
勇者「……」
僧侶「あのぅ、聞いていますか?」
勇者「ああ、聞いてる。そのことだが、ついさっき巫女から聞いた」
勇者「あの化け物が、俺とお前を歪みと称した理由も分かった」
僧侶「分かったって、どういう……」
勇者「自分から言っといて何だが、今は話せない」
646
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 08:53:06 ID:SIP/yJ0M
僧侶「何故ですか……」
勇者「少し、聞いてくれ」
僧侶「……分かりました」
勇者「聖水の件でもそうだが、事実を知って傷を負うこともある。今回もそうだ」
勇者「話したくないわけじゃない。どう伝えるべきか、俺にはまだ分からないんだ」
僧侶「(この人も悩むんだ。でも、そうだよね。何を聞いたのかは分からないけれど……)」
勇者「けどな、必ず話す。あいつ等を預けて落ち着いたら、必ずな」
勇者「だから、何だ……今話さない理由は、お前に対しての疑いや何かが原因じゃない」
僧侶「大丈夫です。それは分かります」ニコッ
勇者「……」
僧侶「?」
勇者「僧侶、俺はお前を裏切らない。何があっても、お前を死なせはしない。いいな」
僧侶「は、はいっ」
勇者「まあ、お前から守られてる俺が言えたことじゃないけどな」
僧侶「(びっくりした。この人が、そんなことを言うなんて……)」
647
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 08:59:38 ID:SIP/yJ0M
勇者「俺からは、それだけだ」
僧侶「あのっ、それを言う為だけに私を?」
勇者「何だ、不満か?」
僧侶「いえ、別にそういうわけでは……」
勇者「そうかよ」
僧侶「(へへっ、嬉しいな。もっと頑張ろ)」
勇者「無理はするなよ」
僧侶「はいっ!」ニコッ
勇者「じゃあ、もう寝ろ」
僧侶「えっ……」
勇者「何だよ、その面は」
僧侶「もうちょっと話したりしたいです」
勇者「何? 何かあんの?」
僧侶「………あの、男の人が好きだったりしないですよね?」
648
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:14:01 ID:SIP/yJ0M
勇者「次に言ったら殺すぞ」
僧侶「ひっ、ごめんなさいっ!!」
勇者「……チッ、真剣に聞いてんのは分かる。お前が言うような嗜好を持った奴等は確かにいる」
僧侶「え?」
勇者「国の権力者、教会の指導者。どいつもこいつも、似たような奴等ばかりだったよ」
僧侶「何で、そんなことを……」
勇者「見てきたからさ」
僧侶「……」
勇者「美しさは力になる。力は利用する。使えるものは何を使ってでも生きる。何でもな」
僧侶「……」
勇者「僧侶。お前は、そのまま生きろ」
僧侶「!!」
勇者「いいな」
僧侶「……」コクン
勇者「さあ、もう戻れ。戻って、狩人と下らねえ話でもしてこい」
649
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:20:38 ID:SIP/yJ0M
僧侶「はい……じゃない!! 聞いてたんですか!?」
勇者「聞こえたからな。悪かったな、いつまでも手を出さなくて」
僧侶「別にそういうのは望んでません!!」
勇者「そういうのって何だよ」
僧侶「そういうのはそういうのです!」
勇者「肉体関係と性行為だっけ?」
僧侶「っ、そうです。でも、私には必要ないです」
勇者「こうなる前に抱いてやれば良かったな。女としては不安になって当然だ。傷付けちまってごめんな?」
僧侶「抱くとか言わないで下さい。そもそも傷付いてなんかいませんから」フイッ
勇者「そうなのか?」
僧侶「そ、そうなんです……」
勇者「ふーん」
僧侶「……あの」
勇者「ん?」
僧侶「私が神聖娼婦と記されていたことを知っていたんですか?」
650
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:26:23 ID:SIP/yJ0M
勇者「知らねえ」
勇者「つーか、知ってたら何なんだよ。どうでもいいだろ、そんなもん」
僧侶「どうでも、いい?」
勇者「お前は神聖娼婦じゃねえんだ。だったら、それでいいだろうが」
僧侶「……」ギュッ
勇者「何、他にもあんの?」
僧侶「何で私を? 同行を断ることだって出来たはずなのに」
勇者「置いて行こうとしたけど付いて来た。お前が折れなかっただけの話だ。俺は何もしてない」
僧侶「(……きっと、何もかも知っていた。だから、今まで何も言わずにいてくれたの?)」
勇者「……」
僧侶「……もう少し、良いですか?」
勇者「あ?」
僧侶「さっきの続きで、気になることがあって……」
勇者「続き? 何だよ」
僧侶「貴方って、やっぱりその、経験豊富なんですか? 女性の対応とか慣れてそうですし」
651
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:29:03 ID:SIP/yJ0M
勇者「はぁ? 何だそれ、必要?」
僧侶「い、嫌だったら答えなくても大丈夫です」
勇者「あ、そう。じゃあ、言いたくないから言わない」
僧侶「えっと、何歳くらいで経験するものなんですか?」
勇者「知らね」
僧侶「えっと、初めての時は緊張ーーー」
勇者「何なんだよお前、性への興味で脳内満たされたのか? そんなにやりてえの? 性の獣?」
僧侶「せ、性獣じゃないです」
勇者「うるせえ。卑しい性獣、肉欲の僧侶」
僧侶「変な二つ名を付けないで下さい……」
勇者「月夜に吠える妖しき変態の方がいいか?」
僧侶「何ですかそれ、どっちも嫌ですよ」
勇者「残念だな、とても似合ってるのに」
僧侶「(結構真面目に聞いたのに、すぐにからかう。確かに変な質問だったけど……)」
僧侶「(そう言えば、悩んでる理由を聞いてなかった。今なら、聞けるかな)」チラッ
652
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:32:56 ID:SIP/yJ0M
勇者「どうした?」
僧侶「……最近、貴方が悩んでいるような気がして……何か、あったのですか?」
勇者「別に何もねえよ」
僧侶「でも、以前の貴方なら、狩人さんと一緒に行動するなんて判断はしなかったはずです」
勇者「殺してたかもな」
僧侶「じゃあ、何で……貴方らしくないというか、何か、変わったようにも思えます。何かあったのですか? 」
勇者「どうだろうな」
僧侶「(はぐらかされた。やっぱり、私には話してくれないんだ……)」
勇者「……俺が変わったように見えるなら、変わったんじゃない。多分、変えられたんだ」
僧侶「変えられたって、誰に……」
勇者「お前さ、全部言わなきゃ分からねえのか」
僧侶「……………あっ……」カァァ
勇者「落ち込んだり赤くなったり忙しい奴だな」
僧侶「だって、そんなこと一度も言わなかったじゃないですか……」
勇者「君のお陰で僕は変わったって? んなこと言うかよ、馬鹿じゃねえのか?」
653
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:35:30 ID:SIP/yJ0M
僧侶「(久々に言われた気がする)」
勇者「でもまあ、確かにらしくねえかもな」
僧侶「そ、そんなことはありませんっ!」
勇者「どっちだよ。そう言ったのはお前だろ?」
僧侶「それはもういいです。それが悪いって言ってるわけじゃないですから」
勇者「へえ、女ってのは気が変わるのが早いんだな」
僧侶「それは、あれです。変化を受け入れただけです。そういうのも大事ですよ」ウン
勇者「へ〜、そうなんだ」
僧侶「うっ。あの、ここから先は真面目に聞いて下さい。本当に大切な話ですから」
勇者「なに?」
僧侶「……私が貴方を守ります。絶対に死なせません。何があっても、貴方を守ります」
654
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:39:03 ID:SIP/yJ0M
勇者「それは、お前の意思か?」
僧侶「当たり前です。私以外に誰がいるんですか。勿論、私の意思です」
勇者「……そうだな」
僧侶「(暗い顔、どうしたんだろう……)」
勇者「なあ、僧侶」
僧侶「何です?」
勇者「お前は、お前のままでいてくれ」
勇者「誰に何を言われても、自分の存在を疑うな。俺もお前を信じる。それから……」
僧侶「……それから?」
勇者「……」
僧侶「……」
勇者「俺が、傍にいる。これからも」
僧侶「は、はいっ。私も、貴方の傍にいます! これから先も、ずっと!」
655
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:47:02 ID:SIP/yJ0M
【#28】遠雷
勇者「……」ゴロン
シーン…
勇者「……」
僧侶『私が、貴方を守ります。絶対に死なせません。何があっても』
勇者「……守る」
バチッッ!
勇者「ッ、何だーーー」
勇者『次から次へと出てきやがって』ダンッ
ゴシャッ!ズドッッ!
勇者『チッ、最近多いな。まあ、龍を殺せば、それも終わるか』
僧侶『……』
勇者『おい、無事か』
僧侶『わたしは平気』
656
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:48:06 ID:SIP/yJ0M
勇者『ならいい。行くぞ』
僧侶『ねえ』
勇者『どうした?』
僧侶『わたしは戦わなくてもいいの?』
勇者『俺一人で戦える。お前が戦わなくても問題ない』
僧侶『わたしが戦った方が早く終わる。あなたの役に立ちたいの』
勇者『……いいか、僧侶。確かに、お前には強い力がある。魔術の才能もあるだろう。でもな、お前に頼るわけにはいかないんだ』
僧侶『なんで?』
勇者『……』
僧侶『?』
勇者『子供は戦わなくていい。子供が武器を手に取るようになったら、この世は終わりだ』
657
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:50:01 ID:SIP/yJ0M
僧侶『わたしが戦ったら、世界が終わるの?』
勇者『そうじゃない。お前に頼るようになったら、俺の終わりってことだ』
僧侶『よく、わからない……』
勇者『分からなくていい。さあ、行くぞ』
僧侶『……うん』
勇者『大丈夫だ。今は分からなくても、いつかは分かる。その時が来る。きっとな』
僧侶『ほんとう?』
勇者『ああ、本当だ』
僧侶『わかるまで、傍にいてくれる?』
勇者『………ああ』
658
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:51:16 ID:SIP/yJ0M
ーーー
ーー
ー
勇者『ぐっ…』ガクンッ
ザザザザ…
勇者『……うじゃうじゃいやがる。数だけは多いな、人食いの化け物共が』
僧侶『っ!!』ダッ
勇者『よせっ!! やめろ!!』ダンッ
ズドッッ!ズシャッッ!
勇者『はぁっ、はぁっ、はぁっ……』
僧侶『血がーーー』
勇者『触るな。俺は何ともない。お前は何もするな。これまで通りだ、いいな』
僧侶『っ、何でなの!? 貴方はいつもそう言うばかりで何も話してくれない!!』
勇者『黙ってろ』
僧侶『こんなんじゃ大きくなった意味がない!! 貴方を助けたくて大きくなったのに!!』
659
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:54:24 ID:SIP/yJ0M
勇者『聞こえなかったのか、黙れ』
僧侶『っ、嫌だ。もう言いなりにはならない。私だって戦える。もう大人だもん』
バチンッ!
僧侶『っ、何でーーー』
勇者『いい加減にしろ。お前はまだガキだ。耐えられるわけがない』
僧侶『私が子供なら貴方だって子供じゃない!!』
勇者『俺とお前じゃ違うんだ。俺はガキの頃から殺してる』
僧侶『だから何だって言うの!?』
勇者『殺したのは化け物だけじゃない。人も殺してる。大勢な』
僧侶『そんなの嘘だ』
勇者『嘘じゃない。お前が気付いてなかっただけだ』
僧侶『何で、人を殺したの……』
勇者『敵が化け物だけとでも思ったのか? 俺を付け狙う奴等は大勢いるんだよ』
勇者『見えていないだけだ。この世界は、お前が思っているような美しい世界じゃない』
660
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 09:56:26 ID:SIP/yJ0M
僧侶『……』
勇者『……化け物だろうが人間だろうが、殺すってことは終わらせるってことだ』
勇者『そいつらが歩むはずだった道も、そいつらが生きるはずだった未来も、何もかもをな』
勇者『そいつらの顔、声が焼き付く。相手がどんなに屑でも、家族には心底恨まれるし憎まれる』
勇者『罪だと感じる。自分を疑う。それが死ぬまで続く。お前はそれに耐えられるか?』
勇者『ついこの前まで子供だったお前が、殺した奴等の命を背負って生きていけるってのか?』
僧侶『私は、ただ……』
勇者『考えたこともなかったか? それがガキだって言ってんだよ』
僧侶『そんなの関係ない!! 私はただーーー』
勇者『俺の役に立ちたいか? 俺のために戦って、俺のために殺すのか。そんなんじゃ続かねえ』
勇者『すぐに折れる。いつかは耐えられなくなり、いずれは俺を憎む。罪を押し付ける』
僧侶『そんなことはしない!!』
勇者『だったら、もう少し考えろ。お前が戦う理由を見付けろ。お前の意思で、決めるんだ』
僧侶『……』ギュッ
勇者『……話は終わりだ。行くぞ』
661
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:01:46 ID:SIP/yJ0M
ーーー
ーー
ー
勇者『ッ!!』ダンッ
ゴシャッ!
勇者『僧侶、此処はもういい。お前は上に戻れ』
僧侶『囚われの難民を助けるんでしょう? 一人じゃ無理だよ。私も手伝う』
勇者『……分かった。下に何がいるか分からねえ。俺から離れるなよ』
僧侶『うん、分かってる』
ザッ…
勇者『此処は……』
僧侶『……あれは、なに?』
勇者『ッ、見るな。お前は此処に隠れてろ』
僧侶『ねえ、あれは何なの? 何で人が溶かされているの? ねえ、何を造っているの!?』
662
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:04:50 ID:SIP/yJ0M
勇者『僧侶、落ち着ーーー!!』
ゾロゾロ ガチャガチャ!
勇者『ッ、何が出て来るかと思えば騎士に修道士……そうか、人を捨てたんだな、お前等は』ダンッ
ドギャッッ! ドサドサッ…
勇者『僧侶!! お前は逃げろ!!』
僧侶『何で、あんなことを、同じ人間なのに、何で……だってあれは、私も、何度も使って……』ガクガク
勇者『しっかりしろ!! 此処は俺が抑える。早くーーー』
僧侶『や、やめてっ、来ないで!』
勇者『!!』バッ
ザクッ!ザクッ!
勇者『……』ボタボタッ
僧侶『……?』
勇者『……行け』
僧侶『あ、あ、あぁ、そんなっ……』
勇者『いいから、行け。俺が突っ込んだら走れ。いいな』ダンッ
663
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:05:39 ID:SIP/yJ0M
僧侶『嫌、待っーーー』
ゴシャッ!
勇者『はぁっ、はぁっ……』
僧侶『……』フラッ
勇者『何してる!! 早く行け!!』
僧侶『……』ヨロッ
勇者『僧侶!! ッ!!』ダッ
ゴシャッ!
僧侶『(また、いつもと同じ。あの人を置いて、一人安全な場所に逃げるの?)』クル
僧侶『(見ているだけで……)』
ザクッ!
勇者『ッ、あああっ!!』ググッ
ドギャッッ!ズドンッ!
僧侶『(いつまで、あの人に傷を負わせるの? いつまで、あの人だけに背負わせるの?)』
664
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:11:18 ID:SIP/yJ0M
勇者「はぁっ、はぁっ……ッ!!」ダッ
僧侶『(苦しみだけを与え続けて、何もしないまま終わり? 本当にそれでいいの?)』
僧侶『……』 ギュッ
僧侶『(奴等は人を喰らう怪物と変わらない。戦うべきだ。消し去るべきだ。思い知らせるべきだ)』
僧侶『……私は』
僧侶『(あの所業を、許せるの?)』
僧侶『……許せない』
僧侶『(あの人を傷付ける存在を許せるの?)』
僧侶『許さない』
僧侶『(私には力がある。きっと、あの人の為に授かったんだ。今が、その時なんだ)』
ザッ…
僧侶『焼けて、爛れろ』
ゴォォォッ!
勇者『あの炎は……まさか……』ダッ
665
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:13:24 ID:SIP/yJ0M
僧侶『……』
勇者『僧侶……』
僧侶『……ごめんなさい、あなた』クラッ
勇者『!!』
ガシッ
勇者『しっかりしろ』
僧侶『……私も、一緒に背負う』
勇者『……』
僧侶『もう、貴方だけにはーーー』
ぎゅっ…
僧侶『あっ』
勇者『苦しいだろ。無理するな』
666
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:15:06 ID:SIP/yJ0M
僧侶『……苦しくない』
勇者『嘘言うな』
僧侶『嘘じゃないよ』
勇者『……』
僧侶『本当に大丈夫だよ? 私、何にも苦しくないよ? だって私が殺したのは、人じゃ……ないもん』
勇者『……』
僧侶『人じゃない……グスッ…あれは、怪物だった。そうでしょう?』
勇者『……』ギュッ
僧侶『う、うぅっ……』
勇者『……俺が傍にいる』
僧侶『…うん……うんっ』ギュッ
667
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:17:17 ID:SIP/yJ0M
ーーー
ーー
ー
勇者『何してんだ?』
僧侶『この腕輪が気になるのよ。こういった類の物には詳しくはないけれど、とても綺麗だわ』
勇者『腕輪? お前が?』
僧侶『なに? 悪いの?』
勇者『いや? しかし、お前が腕輪に興味持つなんてな』
僧侶『い、いいじゃない別に。もう大人だもの』
勇者『大人ね……』
僧侶『何よ、文句あるの?』
勇者『どれだよ』
僧侶『え?』
勇者『だから、どれが気に入ったのかって聞いてんだよ』
僧侶『こ、これ。この連環の腕輪。綺麗でしょう?』
668
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:18:19 ID:SIP/yJ0M
勇者『ふーん。じゃあ買うか』
僧侶『へっ?』
勇者『欲しくねえのかよ』
僧侶『欲しいけど、いいのかしら……』
勇者『誰も文句言わねえだろ。つーか言わせねえ。買ってくるから待ってろ』ザッ
僧侶『あっ、もう……ふふっ』
ザッ…
勇者『ほら、買って来たぞ』
僧侶『……』
勇者『何だよ』
僧侶『何だか、あまり嬉しくないわ。他に言い方があると思うのだけど』
勇者『だったら他の男にでも頼め。今のお前なら簡単に引っ掛けられるだろ』
669
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:20:04 ID:SIP/yJ0M
僧侶『そんなことしないわよ。貴方でいいわ』
勇者『そうかよ。ほら、さっさと手ぇ出せ』
僧侶『ねえ、もうちょっと優しく言えないの?』
勇者『今更優しくしてどうなるもんでもねえだろ。ほら、手を出せ』
僧侶『はいはい、分かったわよ』スッ
勇者『細いな。もっと食え、そんで太れ』
僧侶『絶対に嫌よ。私は綺麗でいたいの』
勇者『この前まで子供だった奴がよく言うぜ』
僧侶『うるさいわね。さっさとしてよ』
カチリ…
勇者『ん、出来た』
僧侶『綺麗……』
勇者『壊すなよ?』
僧侶『ええ、ずっと大切にするわ。こんなにも何かを気に入ったのは、初めてだから……』
670
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:22:37 ID:SIP/yJ0M
勇者『……そうか。そりゃ良かったな。さあ、行くぞ』
僧侶『ねえ』
勇者『ん?』
僧侶『私、貴方と出会えて良かったわ』ニコッ
勇者『何だそりゃ、腕輪買ってくれたからか?』
僧侶『茶化さないで。私は真面目に話してるの』
勇者『……』
僧侶『初めて会ったのが貴方で良かった。心から、そう思っているわ』
僧侶『運命なんて信じないけれど、貴方と出会えたのが運命なら、信じてあげてもいい』
勇者『そうかい。いつにも増して偉そうだな』
僧侶『前世では偉人か何かだったに違いないわ。だって、こんなにも優れた魔術を使えるのだから』
勇者『そうかもな』
僧侶『あら、否定しないのね』
勇者『お前はきっと、何か大きなものになれる。俺なんかより、ずっと大きなものに』
僧侶『これ以上大きくならなくてもいいわ。今のままで、貴方の傍にいたいから』
671
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/08(月) 10:24:30 ID:SIP/yJ0M
勇者『……』
僧侶『ちょっと、なにか言ってよ』
勇者『もう、子供に掛ける言葉は言えない』
僧侶『何を言っているの?』
勇者『お前は此処に残れ。俺とは別の道を歩くんだ。お前はもう、一人で歩けるはずだ』
僧侶『っ、急に何を言い出すの!? そんなのーーー』
バチッ!
魔女「……」
魔女「……そんなの嫌よ。いつまでも傍にいるって言ったじゃない。だったかしら」
魔女「……」スッ
シャラ…サラサラ…
魔女「…………運命」
672
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:17:19 ID:gs5rTee2
【#29】失われた時の中で
勇者『今のが、魂の記憶……』
僧侶『どうかしら? 主だった記憶の断片は見せたつもりだけれど』
勇者『夢の中で夢を見るってのは妙なもんだな。何というか、他人の記憶を垣間見た気分だ。時間の流れが早過ぎて、付いて行けねえ』
僧侶『直に慣れるわ』
勇者『……そうかい。で、お前は誰なんだ? 前に夢を見せたのはお前なのか。姿は魔女に近いようだが』
僧侶『私は三人の元となった存在。その残滓。貴方の夢だけに生きる者』
勇者『色々いて誰が誰だか分からねえな』
僧侶『そう難しく考えることはないわ。どの私も私だもの。私達は一つから生まれた。皆が貴方を知っているのよ』
僧侶『過ごした時間、場所、体験。違っていても、共に過ごした人間はただ一人。貴方だけ』
勇者『……お前は、どのお前だ』
僧侶『面白いことを言うのね。どういう意味?』
勇者『さっきも言ったが、お前の姿は魔女に近い。だが、感じるものはまるで違う』
僧侶『私は、現在の巫女に近いわ。過去にではなく、未来を生きようとしている』
僧侶『その逆、誰よりも過去に囚われているのが魔女。彼女は、過去を取り戻そうとしている』
673
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:18:44 ID:gs5rTee2
勇者『囚われていると言ったな』
僧侶『ええ、魔女は元の存在の気質を最も強く受け継いでいる。誰よりも強いけれど、それ故に危うい』
勇者『元のお前とは? どんな奴だ』
僧侶『先程、貴方も見たでしょう。貴方に甘え、貴方を慕い、貴方の傍にいることだけを望んだ存在を』
勇者『……』
僧侶『何を犠牲にしても貴方を選ぶわ。その性質をそのまま受け継いだと言っていい』
勇者『……』
僧侶『大丈夫? どうしたの?』
勇者『本当に、俺が育てていたんだな。あれで育てたと言っていいのか分からねえが』
僧侶『貴方が育て、貴方が守り、貴方が教えたわ。全ての私達に』
勇者『一つ、聞きたい』
僧侶『なにかしら?』
勇者『何故、俺を恨まない。違う人間と出会っていたら、今とは違った未来を生きていたはずだ』
勇者『お前を決めてしまった俺を、そうしてしまった俺を、何故そうまでして……』
674
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:20:00 ID:gs5rTee2
僧侶『貴方は、先の勇者を恨んでいるの?』
勇者『馬鹿な。あの人を恨むわけがない』
僧侶『それと同じよ。どんなに過酷な道を歩むことになろうと、恨みなど抱かないわ』
僧侶『貴方が彼を慕うように、私もまた貴方を慕った。貴方が、私を与えてくれたのよ』
僧侶『どの私にも、それは共通している。抱いた想いは違うかも知れないけれど……』
勇者『……』
僧侶『その中で、僧侶だけが違う。人間のあの子だけが、前を見ているわ』
僧侶『先程見た通り、あの子が経験したことは私と殆ど同じよ。なのに、あの子は違う。何故だと思う?』
勇者『……俺だろ』
僧侶『そう。貴方が違うからよ。貴方は、共に歩くことを認めた。あの子もそれを選んだ』
僧侶『嘗ての私のように、貴方の存在に依存し、寄り掛かるのではなく、支えようとしているのよ』
勇者『……』
僧侶『元の私を置いて行ったことを後悔しているのね? 貴方は、あれが原因だと思っている』
675
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:24:10 ID:gs5rTee2
勇者『どうだろうな。まだ、飲み込めてねえ……』
僧侶『貴方が決めるのよ。魔女と戦うのか、それとも別の道を見付けるのか。全ては貴方が決めるの』
勇者『あいつを育てたのは俺なんだろう? だったら、最期まで面倒は見るさ。どうなるにしてもな』
僧侶『……私からも良いかしら』
勇者『何だ』
僧侶『何故、私を置いて行ったの?』
勇者『……やめてくれ。置いて行ったのは、今の俺じゃない』
僧侶『それでもいいわ。答えが欲しいのよ』
勇者『……きっと、さっきの夢の言葉通りだ。お前には生きていて欲しかったんだろう』
勇者『或いは、俺の最期に付き合わせたくなかっただけかもな。正直、よく分からねえ』
僧侶『あの子、僧侶はどうなの?』
勇者『どういう意味だ』
僧侶『何故、あの子と共にいることを選んだの?』
勇者『俺の意味を教えてくれたからだ。お前になら、この言葉の意味は分かるはずだ』
僧侶『……そうね。とても良く分かるわ。ありがとう。答えをくれて』
676
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:25:12 ID:gs5rTee2
勇者『……』
僧侶『また、会えるかしら?』
勇者『生きてりゃ会えるさ』
僧侶『……そうね。さあ、そろそろ起きて。巫女と、あの子が待っているわ。おそらく、魔女も』
勇者『待て、魔女は多くを受け継いでいると聞いた。滅びと言ったが、何をするつもりか分かるか』
僧侶『いいえ、私には分からないわ。彼女の存在は異質なのよ。人でもなく、私達でもない』
勇者『何?』
僧侶『彼女もまた、歪んでいると言うことよ』
僧侶『ただ、魔女もまた深い悲しみを背負っているわ。それだけは、分かって欲しいの……』
勇者『……』
僧侶『決断を誤っては駄目よ。躊躇いは己を滅ぼす。己を曲げてはならないわ。最期まで貫いて』
677
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:26:30 ID:gs5rTee2
勇者『ああ、分かってる……』
僧侶『では、また会いましょう。今の貴方が、前の貴方の死を乗り越え、その先に進むことを祈っているわ』
サァァァ…
勇者「(……まだ、夜明け前なのか。長いこと眠っていたような気がする)」
ザッ
勇者「?」
僧侶「おはようございます!」ニコッ
勇者「……お前は元気だな。まだ夜明け前なのによ」
僧侶「ご、ごめんなさい。声、うるさかったですか?」
勇者「いや、そんなことねえよ。眠れたなら良いんだ。さあ、皆を集めて出発しよう」
僧侶「はいっ」ニコッ
勇者「(死を、越えた先……こいつとなら、もしかしたら、見つけられるのかもしれねえな)」
678
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:29:18 ID:gs5rTee2
【#30】移りゆく
ザッザッザッ…
勇者「(死を乗り越えた先……前の俺は龍に負けて死んだのだと、巫女はそう言っていた)」
勇者「(龍に負けたってのは分かるが、何故負けたのかが分からねえ)」
勇者「(前の俺は、この姿にはなっていない。今の俺より弱いってことは絶対に有り得ない)」
勇者「(何が足りなかった。単に、この力を使い熟せていないのか。どうすれば勝てる?)」
勇者「(何より、この体をどうにかしないことには戦いにすらならねえ。魔女が何を考えてるかも読めねえ)」
勇者「(殺せば消えると言ったが、居場所も分からねえ。何も仕掛けてこないってのも妙だ)」
勇者「(甲冑を依り代として魂を繋げたことには意味があるはずだ。同化させた先に何が……)」
クイッ
勇者「?」
巫女「考え事? 何かあったの?」
勇者「……ああ。また、夢を見た」
679
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:30:49 ID:gs5rTee2
巫女「記憶を辿ったの?」
勇者「断片的にな。感覚的には、辿ったと言うより見たって方が近い。他人の記憶をな」
巫女「まだ完全には同化していないから、そう感じるだけ。いずれは、違和感も消える」
勇者「だと、良いけどな……」
巫女「今は、あまり考えない方がいい。貴方には、どうしようもないことだから」
勇者「……そうだな」
巫女「不安?」
勇者「不安ってわけじゃない。ここ数日で考えることが増えた。まだ理解が追い付かないだけだ」
巫女「ごめんなさい……」
勇者「謝るな。抱いていた疑問の答えが出たのは確かなんだ。お前には感謝してる」
巫女「でも、貴方に押し付けた」
勇者「僧侶に伝えてくれって話か?」
巫女「うん」
勇者「お前も協力するって言ったじゃねえか。押し付けたってのは違うだろ」
680
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:31:58 ID:gs5rTee2
巫女「そうかな……」
勇者「何だ、不安なのか?」
巫女「うん」
勇者「何故?」
巫女「だって、もし貴方が前と同じになったら、私には何も出来ない。元の私がしたようには、出来ないから」
勇者「巫女、それが当たり前なんだ。普通は、やり直しなんて出来ない。命は一度きりだ」
巫女「……それでも、失いたくなかった」
勇者「……」
巫女「前の私がそうしてしまったことを、命を歪めてしまったことを話すのが怖かった」
巫女「貴方にとって、きっと、あれが終わりだった。だから、貴方は蘇りを拒否したのだと思う」
勇者「……」
巫女「あの時の私は、貴方の決意と覚悟を踏みにじった。もう一度、苦しみを与えてしまった」
巫女「苦しみから遠ざけたくて、他の何かを与えたくて、貴方の傍にいると決めたのに……」
勇者「後悔してるのか」
巫女「私は、後悔してると思う」
681
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:33:24 ID:gs5rTee2
勇者「……そうか」
巫女「何故、何も言わないの?」
勇者「巫女」
巫女「?」
勇者「俺も、あの人に会いたいと思ったことがある。もう一度会えたらって、何度も願ったよ」
勇者「話したいことや、教えて欲しいことは沢山あったからな。でも、幾ら願っても会えなかった」
巫女「……」
勇者「そう願ってしまうのは、きっと普通のことだ。そう簡単には、死は受け入れられない」
勇者「でも、いつかは受け入れる。納得しようとする。死に意味を持たせる。そうやって、その先を生きていくしかない」
勇者「でも、前のお前は、死を覆す力を持っていた。それは、お前にしかない力だ」
勇者「願いを叶える力、可能にしてしまう力、神を求めた人間に押し付けられた力だ」
巫女「……」
勇者「お前は願ったに過ぎない」
勇者「本来なら諦められるのに、そんな力を得たために、諦めることすら許されなかったんだ」
勇者「叶ってしまうこと、可能に出来てしまうこと、それが引き起こしたことだ。それに……」
682
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:34:15 ID:gs5rTee2
巫女「?」
勇者「それに、お前を育てたのは俺だ。そうさせた俺にも責任はある。育て方が悪かったのかもな」
巫女「そんなことない」
勇者「だったら、後悔するな。俺の為にしたんだろ? なら、それでいいんだ」
巫女「でも……」
勇者「大丈夫だ。ちゃんと貰ってる」
巫女「えっ?」
勇者「お前にも、僧侶にも、苦しみ以外のものを貰ってる。だから、俺は進めるんだ」
巫女「ほんとう?」
勇者「ああ、本当だ。だから、泣くな」
巫女「……うん」グシグシ
ザッ
勇者「狩人か」
狩人「邪魔してしまったかな」
勇者「いや、大丈夫だ。巫女、お前は僧侶の所にいろ」
683
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:35:33 ID:gs5rTee2
巫女「うん、わかった」
トコトコ
狩人「泣いているようだったが……」
勇者「まだ子供なんだ。泣きたくなる時だってあるさ」
狩人「私には、彼女が子供には見えないがね」
勇者「お前には見えるんだったな」
狩人「ああ、今までに見たことのない形をしている。何者かは分からないが、推し量れない存在であることは確かだ」
勇者「俺やお前と変わらねえよ」
狩人「ほう、それはどういうことかな?」
勇者「泣くし、笑う。感じるものに違いはねえ」
狩人「……ふむ。君がそんな言葉を口にするとは思わなかったよ。まあいい、分かったよ」
勇者「分かった?」
狩人「彼女については詮索しない。今はね」
勇者「……ありがとよ。で、何だ。聞きたいことがあったんだろ?」
狩人「ああ、そうだった。私の記憶が確かなら、この先にある街の向こうには何もない」
684
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:36:39 ID:gs5rTee2
狩人「その先にあるのは湖だけだ。あの辺りに人里はなかったと記憶している」
狩人「それで、君は何処に向かっているのかと疑問に思ってね」
勇者「この辺りに詳しいのか」
狩人「以前、住んでいたのだよ。彼女と共にね」
勇者「ってことは、あの人の……」
狩人「そうなるね。と言うか、知らなかったのかい?」
勇者「……あまり、過去の話はしなかったからな。話したくないのも、今なら分かる」
狩人「……」
勇者「悪い、目的地についてだったな」
狩人「おや、教えてくれるのか」
勇者「いつまでも隠しておけねえしな。目的地は湖だ。そこに、隠れ里があるらしい」
狩人「……ふむ」
勇者「お前の話では人里はないらしいな」
狩人「ああ。あの近辺には、あまり良い噂がなくてね。昔から人が近付かなかった」
685
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:37:59 ID:gs5rTee2
勇者「噂?」
狩人「神隠しさ。魚釣りに行って行方不明になる人が非常に多かったらしい」
狩人「不思議なのは、数日後には必ず戻ってくるという点だ。その上、誰も行方不明中のことを話さない」
勇者「化け物の仕業ではない」
狩人「と言うことだろうね。しかし、他の存在がいるなら知れ渡っているはずだ」
勇者「……」
狩人「彼女は、他に何も?」
勇者「湖に隠れ住む人間がいると、それだけだ。騙してるってことはない」
狩人「……そうか。それなら、そこまで警戒することもないかもしれないね」
勇者「聞いてみるか?」
狩人「いや、いいよ。私だって、先程まで泣いていた子供から無理矢理聞き出すような真似はしたくない」
勇者「お前がそんな言葉を口にするなんて意外だな」
狩人「心外だな。私を何だと思っているのだ」
勇者「もっと、冷たい奴だと思っていたよ」
686
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:39:07 ID:gs5rTee2
狩人「君が思っている程じゃあないさ」
勇者「みたいだな」
狩人「……話は済んだ。助手の所に戻るよ」
勇者「ああ」
狩人「引き続き、警戒はしてーーー」フラッ
勇者「おい、大丈夫か?」
狩人「……ゲホッ。何のことはないよ。大丈夫だ」
勇者「お前……」
狩人「いつものことだ。私のことは気にしなくていい。君が気に掛けるべきは彼等だ」
勇者「……」
狩人「体力的にも、精神的にも厳しい。急がないと、辿り着く前に倒れてしまうぞ」
勇者「分かってる」
狩人「それならば良い。君は、君がすべきことだけを考えろ。安心したまえ、迷惑は掛けないよ」ザッ
687
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:41:16 ID:gs5rTee2
勇者「狩人」
狩人「何かな?」
勇者「お前とは、まだ話したいことがある」
狩人「……悪いが、恋愛相談なら他を当たってくれ」
勇者「お前も、そんな冗談を言うんだな」
狩人「はははっ、私だって人間だよ? 冗談くらい言うさ」
勇者「……」
狩人「……私もだよ」
勇者「?」
狩人「私も、君と話したいことがある」
狩人「到着したら、ゆっくりと話そうじゃないか。彼女のこと、彼のこと。二人の、勇者の話を……」ザッ
688
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/09(火) 18:42:14 ID:gs5rTee2
勇者「……」
ザッ
僧侶「何か問題が起きたのですか?」
勇者「いや、何もない。お前はこれまで通り、皆の様子を見ていてくれ」
僧侶「分かりました」
勇者「頼むぞ」ザッ
僧侶「あのっ」
勇者「ん?」
僧侶「山を越えてから冷えてきたような気がします。体調には気を付けて下さいね?」
勇者「分かった。お前も気を付けろよ? 一番負担が大きいのはお前なんだ。何かあったら言え」
僧侶「はいっ。では、私は向こうに戻ります」
勇者「分かった」
ヒョゥゥ…
勇者「……………冬か」
ザッザッザッ…
689
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/15(月) 19:24:45 ID:S2l3SwPs
※※※※※※
孤独な者よ、君は創造者の道を行く。
君は深い愛をもつ者としての道を行く。
君は君自身を愛し、君自身を軽蔑しなければならぬ。
深い愛をもつ者だけがする軽蔑のしかたで。
ニーチェ
690
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/15(月) 19:26:50 ID:S2l3SwPs
【#1】懇願
ヒョゥゥ…
勇者「……湖。此処か」
僧侶「何とか辿り着けましたね。だけど、湖の周りには何も……霧も深い……」
助手「見えませんが、音は聞こえません。我々以外には誰もいないと思われます」
巫女「大丈夫だよ?」
助手「えっ?」
巫女「わたしが今から道を開く。だから大丈夫。みんな、ちょっと待っててね?」
僧侶「開くって、何を……」
巫女「わたしを見ててね」
僧侶「う、うん」
僧侶「(何だろう、今の感覚。思わず返事をしてしまった。この子から、強い力を感じる)」
691
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/15(月) 19:28:33 ID:S2l3SwPs
巫女「……」スッ
>>何をしているんだろうか?
>>空に向かって手を……
>>何か、様子がおかしいぞ
>>なあ、気のせいでなければ、空気が震えているような気がするんだが
>>気のせいだ。体が寒さに震えているだけだろ
>>おい、あれを見ろよ
>>み、湖が、水が、裂けていく……
ビシッ…
僧侶「湖に亀裂が……」
狩人「湖の真上、空中にも亀裂が走っているな。水面も静止している。水は一切流れ落ちていない」
助手「あれも、魔術なのですか……」
僧侶「いえ、魔術ではないと思います。でも、あれは、あれはまるでーーー」
狩人「奇跡」
僧侶「……湖を割り、空間を切り開く。あれは最早、奇跡、或いは神の御業と呼ばれるものです」
692
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/15(月) 19:30:16 ID:S2l3SwPs
狩人「複雑そうな顔だね」
狩人「まあ、貴方の気持ちも分からなくはないよ。信仰の厚い人間でなくとも、俄には信じられない光景だ」
助手「(神……)」
トコトコ…
巫女「終わったよ?」
僧侶「貴方は一体……」
勇者「僧侶、後にしろ。後で、俺が話す」
僧侶「……分かりました」
巫女「あのね、もうすぐ来るとおもう」
勇者「来る?」
巫女「うん、あの中にいる人が来るの」
勇者「本当に、人間なのか」
巫女「人間だよ? ただね、ずっと前の人なの」
助手「ずっと前、ですか? それは……」
巫女「う〜ん。わたしは上手に説明出来ないから、直接聞いた方がいいとおもう」
693
:
◆GC8HKbhIcg
:2018/10/15(月) 19:32:54 ID:S2l3SwPs
狩人「待て、何かが来る」
僧侶「光……いや、あれは扉?」
ギィィィ…
老人「……」カツン
助手「(何もない所から……と言うか、あの老人は湖の上に立っているのか?)」
勇者「……」
老人「ほぉ、こいつは驚いた。骸が生者を連れて来るとは」
勇者「……あんたは?」
老人「見ての通り、年老いた人間だ。何じゃ、化け物にでも見えたか?」
勇者「……」
老人「此処に、何の用だ?」
巫女「わたし達をーーー」
老人「悪いが、お主には聞いておらん。儂は、この男に聞いておるのだ」
老人「骸の男よ。お主は此処へ何をしに来た。儂等にまで災いを振り撒くか?」
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