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【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】
1
:
◆9.kFoFDWlA
:2017/08/13(日) 21:53:56 ID:XmBArZ8Y
※深海棲艦と仮初の和平を以て平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系
艦娘がロードバイクに乗るだけのお話
実在のメーカーも出てきます
基本差別はしません
メーカーアンチはシカトでよろしく
※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)
・一部艦娘達が修羅道至高天
・亀更新
上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です
【前スレ】
【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/
748
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/07/28(火) 20:10:06 ID:2Jy2WT7s
山城の株が上がったり下がったり乱高下
きっと彼女の脚質はパンチャーだ
749
:
◆gBmENbmfgY
:2020/07/29(水) 22:35:18 ID:5pq7tgU2
※ンンンン週末になりそう……
感想どうもです。案外人おるやん。
>>744
>>746
(
>>744
のコメントへの言及? ですよね?)
その疑問は正しい。そして明石の技術なら可能。そのうちVRというかシミュレーションによる仮想現実レースとかやっちゃう子。チートは即BAN。
でもこのタバタでは空気抵抗についてはひとつも言及していない。
つまりそれを加味した測定ではない。単純な出力考えたら体重重い子の方が有利になるのだ。FTP換算、そしてギアの大小は別としても同一の機材を用いたという想定時の順位になります。
結局のところ提督の狙いはそこだったりします。自分を見失えば一番の目的を見失う。でも他人の存在が自らの力をより強く引き出す要素になり得るなら、大いに利用しろという話。
>>745
いるかもですねw
>>747
軽巡は育てやすいですからね
>>748
山城はいい子ですよ。しょっちゅう死にたがっては孕みたがるおちゃめな一面がありますけど。脚質は、まだナイショです。
750
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 21:31:28 ID:b8S9Ktis
深雪「――――!」
天龍の名が呼ばれ、真っ先に反応したのは深雪だった。まだタバタプロトコル開始の合図が出ていないにも拘らず、彼女の視線は天龍に釘付けとなった。
――あたしは。
――深雪様は、どうして強くなろう、なりたいって思ったんだっけ。
その疑問は一日たった今でも、深雪の心の内側で燻っている。その答えが、天龍を見ていればわかるような――思い出せる気がした。
次いで駆逐艦たちの多くが沸く。第六駆逐隊の面々は喜色を浮かべて天龍の名を呼んだ。それに呼応するように、多くの駆逐艦が天龍の名前を呼んだ。頑張れ、ファイト、天龍さん出し切って――次々に応援の声が上がり、拍手する者もいる。
初月「っ、と。すごい人気だな、天龍は」
秋月「天龍さんは――『華』のある方ですからね」
初月「はな……?」
照月「見てれば分かるよ。それと――天龍『さん』ね」
初月「あ、ああ」
初月を見る姉二人の視線には凄みがあった。
751
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 21:43:12 ID:b8S9Ktis
声援に片手を上げて応える天龍の左目は、眼帯で覆われている。
駆逐艦たちの拍手や応援の声、その間隙を縫うように、提督の声が滑り込んだ。
提督「木曾」
木曾「ああ!」
寸毫ほどの間もなく、覇気に満ちた声で応答するのは木曾。今の彼女の右目に、常日頃から装着されている眼帯はない。
瞼の上から頬にかけて割断するような傷痕が、うっすらと奔っている。
まるゆ「!! 木曾さん! がんばってください!!」
あきつ丸「ファイトでありますよ! 木曾殿!!」
木曾「ああ、見ててくれ」
口端を吊り上げて不敵に笑う姿に、まるゆとあきつ丸もまた笑みを深めた。
こうしたやり取りを経ながら、提督の口から次々に1グループ目のタバタ・プロトコルに参加する艦娘達の名が読み上げられていく。
752
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 21:45:15 ID:b8S9Ktis
提督「矢矧」
矢矧「ええ!」
凛然とした声と引き締まった表情で応答する矢矧。
提督「夕張」
夕張「はい!!」
力強く声を張る夕張――そして。
島風「――おうっ!!」
長波「座ってろ、島風。ステイだ。見学してんだよあたしらは。アホか」
島風「おっ、ぉぅ……」
長波に首根っこを掴まれて座らされる島風。
残る参加者は、二人。その二人は――。
753
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 21:50:05 ID:b8S9Ktis
提督「阿武隈」
阿武隈「はい!」
提督「――北上」
北上「はいな」
この二人の名が続けて読み上げられた時、部屋の中が一瞬だけ静寂に包まれた。
阿武隈「げ」
北上「にひ」
大井「は?」
対照的な二人の反応と、隠そうともしない殺意を発し始める大井――これには駆逐艦のみならず、空母や戦艦達の間にもどよめきが走った。
日向「――ほう。あの二人か」
そんな中で、納得したように薄く笑むのは日向だった。
伊勢「あー、やっぱ気になる? 日向としては」
754
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 21:53:36 ID:b8S9Ktis
山城「……? 阿武隈と、北上? 日向と接点があったかしら?」
日向「日常生活においてはさほど。だが注目はしていた。特に北上はな」
山城「瑞雲使えない子よ?」
日向「君は私を何だと思ってるんだ?」
山城「瑞雲狂いよ」
日向「な、なんだいきなり……そう当たり前のことを褒めないでくれ。照れる」
山城(ただの気狂いかもしれない)
本気で照れてるのか少し居心地悪そうに体をくねらせ、しかし満更でもなさそうに笑みを深める日向の姿に、山城はとてもシツレイなことを思った。
日向「いや、何。北上は……いいや、あの二人はな? なんというか――私と同じタイプだからだ」
山城「だから瑞雲は積めない子たちよ? 大丈夫? お薬いる?」
オ ク ス リ
日向「緑と赤と白の瑞雲なら間に合っている」
山城(手遅れだったわ)
もはや処置なしかと、匙を投げて無視して開始の合図を待とうと思った山城だったが――。
755
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/08/02(日) 21:56:18 ID:2rZgVk96
何やろ、事故歴から華麗な転身したクチ?
756
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:02:06 ID:b8S9Ktis
日向「阿武隈も、北上も、多くの道を選ぶことができる。選択できるだけの贅沢があった。
阿武隈はいささか遅咲きで、北上は早咲きという違いこそあるものの……二人とも同時にいくつもの道を選びとり、そこで一流と呼ばれるぐらい成長できるほどの才能がある。
阿武隈は多くを選んだ。全てを半端にせず、苦手の多く得意に変えていった。
だが、北上が選んだのは一つだけだった。一流ではなく、超一流と呼ばれる存在になることを選んだ。ああいう子は好きだよ」
山城「……へえ(イカレのくせして、見るべきところはしっかり見てるわねこいつ)」
扶桑「――――ああ、言われてみれば確かにそうね。それは北上と貴女にある共通項よ」
日向「まあ、そんな北上の脚質はパンチャー……比較的万能的な脚質で、その一方で阿武隈は登坂の専門家たるクライマー……云いたいことが分かるよな?」
伊勢「ああ、なーる……確かにそう言われると、気になるね」
どんな走りを見せてくれるのか。
互いが持っていた主義を捨ててしまったのか。
その誇りの所在は、今は何処にあるのか。
提督「――1分後に開始だ。10秒前からカウントスタートする」
提督の言葉に、微かな話し声こそ聞こえるが、観客たる艦娘達の多くが静かになった。
757
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:09:01 ID:b8S9Ktis
天龍「よう、矢矧も一緒か。オメーとはあんま仕事で一緒になったこたァなかったな。ま、よろしく頼むわ」
矢矧「は、はい! よろしくお願いします!」
木曾「思えば俺たちが一堂に会して、こうして互いの鍛錬を競うなんてこと、年に一度の体力測定ぐらいのものだったな」
夕張「まあ、お互いにあちこちの海で仕事してたわけだし」
北上「そうだねえ。ねえアブもそう思うよね?」
阿武隈「……あたしに話しかけないでください。気が散ります」
艦娘達の多くが鎮まったからこそ、どこか緩い――そんな会話がはっきりと初月の耳にも届いた。
初月(……? なんだ? 矢矧や阿武隈はともかく、なんだって彼女らはああも緩い雰囲気で話してる?)
初月は、雲龍の言葉を思い出していた。
初月は天龍や五十鈴、鬼怒に注目すべきだ、と。
だが、天龍をはじめ、半数以上が気の抜けた表情をしているように見える。
そう、思った矢先だった。開始まで残り30秒を切ったあたりで、異変に気付く。
758
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:22:30 ID:b8S9Ktis
初月「―――――え」
弛緩していた空気が、一気に緊迫していく。
張り詰めた鋼糸にがんじがらめにされている心地だった。
己が冷や汗をかいていることに気付き、改めて軽巡たち六名の表情を見る。
初月「っ、あ、ぁ……?」
漏れた声が震える。誰も彼もが、見たことのない表情をしていた。命を叩きつけられるような迫力が、総身から放たれている。
座り込んだまま彼女たちを見ていた初月は、凍えるように抱えた膝を強く擦り合わせた。最後の意地とばかりに、視線だけは天龍を捉える。
天龍の隻眼は、据わっている。ただ前を向いている。一秒ごとに鋭さを増していった。
初月は知らない。それが彼女たちが、『敵に値するもの』と会敵した時だけに見せる表情であり――命の危機が迫ったときにのみ見せる、鬼気と呼ばれるものであることを。
初月(理解、でき、ない。これは、トレーニングだぞ? それも、砲撃や雷撃じゃあない。艦娘としての鍛錬じゃあない――ロードバイクだ。なのに、なんで、こんな)
ここを戦場として認識しているかの如き変貌。
だが初月にとって理解できないそれは、軽巡にとっては疑問に思うことさえない『当たり前』のことだった。それができないものから死ぬ世界に生きており、その世界を生き抜いた。
759
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:29:59 ID:b8S9Ktis
軍人と、アスリートの違いを改めて明文化するのならば、仕事の成果が文字通りの生物的な死に直結するか否かにある。
しかし、彼女たちは決してスポーツマンを舐めている訳ではなかった。自ら精神を極限状態へ追い込み、肉体のポテンシャルを最大限に発揮するための技術において、スポーツマンはある意味で軍人の遥か上を行く。
己の名誉、キャリア、積み上げた経験、自負、あらゆるものを力に変えて勝利へと邁進する姿勢は、尊敬に値するものだろう。文字通りのライフワークが、この極限にある。競技の結果に全てを賭けるのが、彼らの生きざまだ。
我を押し殺すのが軍人ならば。
我を押し通すのがアスリートなのだ。
ならば、我を押し殺したままにスポーツに挑んだ軍人は勝利できるのか?
朧(――無理ですね)
慣れているかのように――事実慣れているのだろう――軽巡たちの変貌を見据えている第七駆逐隊の面々は、各々が過去に思いを馳せた。
朧(タバタはキツいトレーニング。耐えることももちろん大切だと思う。内臓が全部、口から飛び出そうな心地になる。
けど、問題はそこじゃない。そんなの、あたしは耐えられる。肉体も、精神も、耐えられる。やろうと思えばだけど……だけど……それが海の上か陸の上かで、話が違ってくる)
だが命懸けが当たり前の軍人の日常において、その当たり前を成り立たせるための前提――――どんな甘ったれでも簡単に燃料にできる死への恐怖や生への渇望を、スポーツの中に見出すことができない。
――――だって、死ぬわけじゃない。
そんな冷めた思いが脳裏をよぎる。それはある意味で強さであり、弱さでもある。
760
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:36:19 ID:b8S9Ktis
死を己のものとすることが常態化しているが故に、それを発揮するための燃料をそこに見つけられない。
故に朧は思う。無理だと。そして曙もまた思う。多くのものに裏切られ続けてきた駆逐艦は、思う。
曙(ここが海の上なら『危機感』がある……だって、本気でやらなきゃ沈む。死んでしまう。その恐怖がある。それに負けない、死にたくない、自分も、仲間も、死なせるもんかって気持ちが、自然と湧き上がってくる。
だけど、アタシたち艦娘には、多分本能的な安堵がある。言ってみれば安心感……陸の上にいるとそれが顕著になるのよ)
曙もまた、それを実感していた。決して口にはしないだろうし、問い詰められても認めはしないだろう。
だが曙もまた、戦時は『それ』を原動力として戦っていた艦娘の一人だ。
――失って溜まるもんか、と。
もう二度と悔しくて泣いたりするもんか、と。
漣(死ぬことがないって分かってしまう安心感。ああ、それはとても素敵な事ですとも。ご主人様と一緒に掴んだ平和です。何て愛しい!
――どっこいそいつがなんて皮肉なのか……こういう遊びの場じゃあ敵になっちゃうんだよねえ)
潮(大戦のときは、こんな苦境なんていくらだって耐えられました。百回だろうと二百回だろうと耐えられました。
でもそれは――――仲間を護るとか、絶対死んじゃだめだとか、勝ちたいよ、負けたくないよ、みんなとまた笑いあいたいよって気持ちが、あったから。
ああ、てぃーとくが、言ってた通りだ――――あたしの中で、あの時……『まだ生きたい』って、気持ちがあった。あの時は、あたしの中の全てがそう叫んでた)
761
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:42:01 ID:b8S9Ktis
目に見えて迫る命の危機があった。
己の。誰かの。
それが、ない。
魂が震えない。本能は叫ばない。
ならば楽かといえば――――逆である。
乗り越えるために『必死』を要する壁を登るとする。死ぬ覚悟がないと登り切れない、そんな前提のある壁だ。海戦では、その壁を登り切れなければ死を意味していた。
だが、今は安全ロープがしっかりと己の身体に巻き付いている。堕ちても死ぬことはない。
登るのに失敗したとしても死ぬわけではない――――だが『死ぬ覚悟がないと登り切れない』という条件だけが変わっていない。
そこで必死になれぬということは、何を意味するだろうか?
決して乗り越えられぬという事。
提督「―――開始まで10……9……8……」
カウントダウンが始まる。
その解法のいくつかが、すぐにでもわかるだろう。
762
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:45:47 ID:b8S9Ktis
提督(わかっただろ? お前たちとは……艦娘とは、軍人とは、真逆なんだ。だが、それは温いって意味じゃない。記録のために『本当に死んでしまうかもしれない』ことを、イカレた理屈でやってのけるのがアスリートだ。
つまり『馬鹿になれる』んだ。悪い子になれる。どう考えても支離滅裂。だがどれだけか細かろうと、途切れそうなぐらいに頼りなかろうと――そこにたった一筋の道理が通っているのならば。
アスリートはそれを信じ抜くことができる、言葉通りの『馬鹿げた一念』の強さがある)
提督「――4……3……2……」
誰もが固唾を飲んで見守った。
深雪も。
朝潮も。
皐月も。
そして――初月も。
提督「――1」
軽巡たちが一斉に立ち上がる。
やるべきことはもう決まっている。
ただ全力を出す。最初から分かり切っていたことだった。
763
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:55:59 ID:b8S9Ktis
――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ。
天龍は嘘をつき。
――俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている。
木曾は後悔を思い出し。
――何よりも強く。ただ速く。全力で、全開で、全速で――――回す。それだけよ。
矢矧は覚悟を決め。
――私はもう、見失わない。見捨てない。見誤らない。私はただ――私の速さを、疑わない。
夕張は信念を抱き。
――いつも通りだ。あたしは、いつも通りにやってやるだけだよ。
北上は気負わず。
――頭の中が、透き通っていく感じがする。
阿武隈は征く。
提督「―――――ゼロ」
かくして、1グループ目のタバタ・プロトコルが開始した。
764
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 22:56:51 ID:b8S9Ktis
※時間切れである
次回から怒涛ゾ
765
:
◆gBmENbmfgY
:2020/08/02(日) 23:15:51 ID:b8S9Ktis
軽/重雷装/練習 巡洋艦:ロードバイク&脚質まとめ(☆マークは今回出走)
☆天龍:SCOTT FOIL PREMIUM オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
龍田:SCOTT FOIL PREMIUM ルーラー(天龍限定)
球磨:KUOTA KHAN オールラウンダー(スプリンター寄り)
多摩:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
☆北上:WILIER ZERO 6 パンチャー
大井:WILIER ZERO 6 ルーラー(軽巡最強ルーラー。ただし北上フォロー時限定解除)
☆木曾:??? オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
長良:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K スプリンター(ピュアスプリンター)
五十鈴:COLNAGO C60 オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
名取:BIANCHI OLTRE XR4 ルーラー(という名のTTスペシャリスト)
由良:BASSO DIAMANTE SV ルーラー(の皮をかぶったTTスペシャリスト)
鬼怒:WILIER Cento-10-AIR Red スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
☆阿武隈:COLNAGO V1-r クライマー(ピュアクライマー)
☆夕張:BIANCHI Specialissima CV スプリンター?
川内:DE ROSA PROTOS オールラウンダー/ダウンヒラー(スプリンター寄り)
神通:DE ROSA KING XS オールラウンダー(万能型・スプリント能力あり)
那珂:DE ROSA SK オールラウンダー(クライマー寄り)
阿賀野:TIME SCYLON AKTIV スプリンター(TTスペシャリスト寄り)
能代:TIME RXRS ULTEAM ルーラー(阿賀野限定)
☆矢矧::TIME ZXRS TTスペシャリスト/ダウンヒラー
酒匂:TIME VXRS ULTEAM World Star オールラウンダー(万能型・スプリント能力有り)
大淀:Cervlo S5 クラシックスペシャリスト(TTスペシャリスト型)
香取::BMC Teammachine SLR01 TWO パンチャー/ルーラー(どちらでも通用する万能性)
鹿島:レース用バイク現状不明・脚質不明
766
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/08/02(日) 23:23:56 ID:2rZgVk96
乙!
やだ、この軍人とアスリートの比較むっちゃ刺さる
長良型のルーラー組がTTスペシャリスト寄りになってるけど、個人的印象では由良=サンはクライマー寄りだと思ってたのでちょっと意外
まぁ、スプリンターやパンチャーよりはTTスペシャリストとクライマーは遠くないし、そこそこ互換性があるのだろうと納得してみる
767
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/10/11(日) 20:19:21 ID:pn8bg/nw
更新楽しみだなぁ
768
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:28:00 ID:kmxiKmOo
※おまたせ
769
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:29:04 ID:kmxiKmOo
タバタ・プロトコルが始まるその寸前。
――天龍は、今日もまた嘘をついた。
〝――オレに有利だ。このテのトレーニングはよ〟
HIIT――高強度インターバルトレーニングにおいての最大の敵は、常に己自身とされる。
競う相手はいないからだ。目指すべき目標こそあれ、それはタイムや強度といった記録に過ぎない。
故にこそ倒すべき敵は、己の内側にしかいない。
そこに提督は『比較対象』を――『競争』の概念を持ち込んだ。
記録を競う。
己自身のものだけではなく、他人との記録をだ。
勝敗を、優劣を定めるためのものではないトレーニング――それでもあえて順位を出すというのならば、そもそも始まる前から勝敗が分かり切っている。
――このメンツなら、確実に矢矧が勝つだろう。山岳ステージならカモなんだけどなァ。
天龍に並ぶ高身長。そしてTTスペシャリストという高出力・高負荷の全力運動に長ける脚質。
770
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:30:03 ID:kmxiKmOo
ローラー台という空気抵抗を考える必要がない訓練においては、あの長良や阿賀野にすら迫るかもしれない。
――ホント性格悪いぜアイツ。このトレーニングにおいて最悪なのは、てめえのペースを見失うことだ。タチが悪ィのは、この競争はレースみてえにパッと見でわかるもんじゃねえって点だな。
手元にあるサイコン、これが曲者だ。だから天龍はトレーニングが始まる前の時点で、それを視界に入れないようにした。
他の艦娘との差が見える。順位として現れる。それによって奮起する者もいるだろう。だが天龍にとっては毒でしかない。
――ああ、これがレースなら、劣っているヤツの前にはより速ぇヤツがいるんだろうよ。だがこれはローラー台での記録を出すだけのものだ。
本来はどれだけの差があるのか、文字通りに『目では見えない』。結果が出るまではわからない。なのに結果が目の前に数値化してしまう。
それは焦りを生む。それを嫌ったからこそ、天龍は見ないことにした。
――見るべきものは、ずっと見えてるよ。
前述した、軍人とアスリートの違い。
ここに例外がある。
命を懸ける必要がないことに、命懸けになれる艦娘がいる。
できる艦娘がいる。
771
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:31:48 ID:kmxiKmOo
ここにいるのだ。
――このトレーニングが、できない、なら、オレは―――――死んだ方がましだ。
その一人が天龍であった。最初から全力で、両足に踏力を注ぎ込む。
ひたすらにこぎ続ける。ひたすらに力を込めて。
ただそれだけだ。押し寄せてくる苦しみの中で、ただ一念を想う。
そう己に言い聞かせ、本気にできる。
天龍は愚かではない。
だが『必要とあらば馬鹿になれる』類の艦娘であった。
――オレが積んだ経験は、乗り越えてきた訓練は、これまで培ってきた身体は――――まさに、『こういうもの』を捻じ伏せるためだ。
天龍は、些細な物事を大げさに捉える。男勝りな言動が目立つ彼女だが、石橋を叩いて渡る慎重さが備わっていた。
――着任した当時のオレには、なかった。
物事を認識し、捉えたそれを己が内に秘め、煮詰めて、カサカサの屑になるまで苛め続けるのだ。
772
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:32:51 ID:kmxiKmOo
――忘れられない思い出がある。
提督との思い出だ。
あの日に、天龍は己を定めていた。
思い返すたびに願い、想い、憂い――胸にこみあげてくるほどの激情がある。
…
……
………
773
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:33:26 ID:kmxiKmOo
………
……
…
https://www.youtube.com/watch?v=U1kJ4yX3ATM
天龍は、この鎮守府において初の軽巡洋艦だった。
雪風と島風、そして初期艦。
この三名で出撃した正面海域――そこで邂逅した艦娘である。
――オレの名は天龍……フフ、怖いか?
提督との初対面で、彼女は大仰にのたまった。
完全な悪手であった。何せこの時期の提督は――。
『それで凄んでるつもりならば、笑わせる』
――恐ろしかった。
774
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:34:31 ID:kmxiKmOo
『怖さがない。薄い。温い。飢えがない……つまり敵じゃねえってことだよお嬢さん。何が天龍だトカゲに改名しろクソザコ弱トカゲ』
――ぴえっ!?
小柄な少年としか見ていなかった彼から発せられる、凄まじい覇気。
これは彼が極めて沸点が低く、最も尖っていた時期であり――天龍にとっては、本来なら思い出したくもない過去だった。余りの怖さに悲鳴を上げて腰を抜かしてしまった苦い記憶。
雪風と島風、そして初期艦は苦笑いと共に証言する。あれは、とても酷かったと。
『走るぞ。おまえの体力をまず見る』
――えっ。
『外に出ろ』
――い、いや……施設の案内とか、鍛錬なら海上での砲撃訓練、とか、は?
『ついてこいクソザコ弱トカゲ』
――は、話聞けよ、てめっ―――!? は? なんだこの力、おまっ、ちょ―――すげえちからだ!?
775
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:36:05 ID:kmxiKmOo
引きずられるように――事実引きずられていた――訓練場に連れ出されては基礎、基礎、基礎に次ぐ体力トレーニング。
終わった頃にはもう指一本動かせないぐらい疲弊していた。
なのに、同じメニューを難なくこなした提督は、数分で呼吸を整えた挙句にこう言った。
『次は座学だ。駆逐艦率いて海に出たけりゃ全部覚えろ』
またしても引きずられた。もう抵抗する気力も無ければ、指一本動かす力も残っていなかった。
涼やかささえ感じさせるほど、疲労を感じさせない声だった。天龍にとっては絶句の一言である。
思えば、この時期の提督は焦っていたのだろう。正しく深海棲艦との勢力差を理解し、艦娘達の未熟さを把握していたからこその焦り。
それが付け焼刃に過ぎないものであれ、彼は『現実』を踏みしめながらも、『次』へと活かしていけるような鍛錬を、艦娘達に課していた。
それも思い返せば、という話だ。当時の天龍にとっては地獄でしかなく『なんて鎮守府に着任しちまったんだオレは』と己が不幸を嘆いたこともあった。
――だが、それもほんの数日の事だった。
『乗組員――――つまり妖精とコミュニケーションを取れ』
提督の命令に、粛々と従う。たったの数日ではあるが、逆らってもまるでいいことがない事を体験済みであったし――何よりも。
776
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:38:37 ID:kmxiKmOo
『――反応速度。そして作業の並列処理。それには必ず限界がある。それを補うためだ』
提督の指導は、的確だった。そこにはかならず意味があったのだ。
提督としての最低条件にある『妖精が見えること』。その中でも歴代最高レベルの適正を持つ彼は、いち早く艦娘を強くするための術を理解していた。
手足のように艤装が動く。
誘導した敵を撃つために、居て欲しい位置に、駆逐艦たちがいる。
提督の差配は、神がかっていた。
その頃には『いけ好かない脳筋チビ』という印象が、『頭が切れる上に艦娘たち一人一人に根気よく向き合う強い少年』という印象に代わっていた。
何よりもハートがあった。海を平和にするという強い意志を嫌でも感じ取れた。だからこそ、天龍もまた奮起した。
天龍はすぐに頭角を現した。他の軽巡洋艦が着任しても、いつだって天龍が海のフロントラインに立っていた。
鎮守府正面海域を突破したのは、天龍率いる水雷戦隊の、輝かしい戦果だった。まだまだ小さな一歩だったけれど、この鎮守府の魁として、その水雷戦隊の旗艦を務めたことは、天龍にとってはたまらなく名誉なことだった。
この時の天龍の『両目』には、未来への期待に満ちていた。
これは、天龍の黄金の記憶。
777
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:40:57 ID:kmxiKmOo
これは、天龍の黄金の記憶。
多くの駆逐艦たちから慕われた。教えを請いに来てくれる。
満ち足りた日々だった―――微かな違和感はあったものの。
誰にも言えない不安はあったものの。
そこには、天龍にとって掛け替えのない栄光の日々だった。
その輝きが陰りを見せたのは、鎮守府発足からわずか一ヶ月――沖ノ島海域を突破した後、すぐのことだった。
…
……
………
778
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:42:37 ID:kmxiKmOo
………
……
…
https://www.youtube.com/watch?v=m5gelOM43Co
『――あ、れ?』
ある日、違和感に気付く。あれは確か、鎮守府正面海域を突破した頃だった。
最初はただの気のせいだと思った。
別のある日、違和感は異変となっていて。
その時もまさかそんな筈はないと思った。
更に別のある日――認めた頃には、もう駄目だった。
認めるのが早かったらどうにかなっていたわけではなかったけれど――天龍の左目に、異変が起こっていた。
――ある一定以上の距離を置くと、砲撃が当たらない。
避けられるはずだった攻撃に被弾する。
779
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:44:19 ID:kmxiKmOo
目標との距離を見誤る。
航行中に、舵取りがブレる。
些細なことから、致命的なことまでが、一気に噴出した。
『う、うそだ、うそだ……おい、妖精ども。どうなってんだよ……おい。何とか言えよ。なあ』
――左目が。
これまで見えていたはずの左目が、見えなくなっていた。
変調はあった。
異変はあった。
だけどある日、シャッターを下ろすように、ばつりと。
天龍の左目から、光が失われた。
『なん、で』
見えない。見えない。何も見えない。
天龍の左目を覆う眼帯は視力補助のための艤装だ。
780
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:44:58 ID:kmxiKmOo
彼女の元々低かった視力を強化し、常人と変わらぬ視力を齎した――彼女が着任して一ヶ月の間だけは。
だが、その補助機能がもう働いていない。その故障を疑い訪れた明石の工廠で、天龍は現実を知った。
――明石の診断の結果から言えば。
涙と鼻水塗れになった明石が語った言葉が、今も忘れられない。
――もう、天龍の左目は、二度と光を捉えることはないと。
地震が起こったのかと思った。床が抜けたのだと、天龍はそう誤認した。
だって足元が崩れ、膝が折れたのだ。
だから、転んでいるのは、自分だけだと気付いたのは――。
『なんでだ?』
どうやって自分の部屋へ戻ったかは分からない。
『どうしてオレだけ……? だ、だって、これから、これから、だって、提督が……みんなが。オレは、水雷戦隊の、旗艦、で、なのに――』
沖ノ島を――南西諸島防衛線を突破した。いよいよ北方海域に挑むと、誰もが意気込んでいた。
781
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:45:43 ID:kmxiKmOo
だけど。
『お、オレにだって、オレにだって……左目、あれば……オレだって、やれるんだ……やれるんだ』
なのに。
『やれる、のに……なんで、おれ、おれの左目、なんで……みえない……?』
なんで。
『みえ、ない。みえないよ……見えないよぅ、見えないよぉおお……!!』
視力の良し悪しは天性のものだ。実績を残し、活躍する多くのアスリートたちに共通するのが、この視力の良さだ。
『なんで、なんでぇ……?』
海上砲撃戦においては――――艦娘としては語るまでもない。残酷なまでのハンディである。
己の弱さに嘆いた日を思い出す。
提督に課されたトレーニングを、黙々とこなしていた日々を思い出す。
782
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:46:40 ID:kmxiKmOo
すがるのは『そこ』だった。
それしかないと思った。
――正面海域を突破した頃には、既に天龍は左目に違和感を覚えていた。
それでも、黙々と訓練をした。提督には、打ち明けなかった。
だけど、提督が言う――天龍が目に不調を感じた、まさにその日のうちのことだった。
『――天龍。おまえ、左目をどうかしたか』
心臓が止まるかと思った。動揺が顔に出さないように精一杯で、なんといって誤魔化したかも覚えていない。
――視界が、霞む。だけど、言えない。言えるもんか。前線から下げられるなんて、いやだ。
怖がりながら、訓練した。
――無用物にされるのは、いやだ。憐れまれるのは、いやだ……。
怖くて怖くてたまらなかった。だから訓練をする。
――提督に、捨てられるのは、いやだぁ……!!
なのに、提督が信じ切れなかったから、怖いままだった。目の不調を隠し続けた。
783
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:51:23 ID:kmxiKmOo
だけど、もう何も見えなくなってしまった。
(目が見えない艦娘なんて、ただのお荷物だ……オレはきっと、解体される)
だけど鍛えた。鍛えて、鍛えて、鍛え続けて――虚勢を張った。
明石には口止めを頼んだ。土下座して訴えた。泣きながら彼女は、それは駄目だと言った。
彼女を攻めるのはお門違いだ。こんな状態の艦娘が海に出たところでいい的になる――天龍とてそれは承知だった。
――何かを叫んで、天龍は鎮守府から飛び出した。鎮守府正門を預かる憲兵の制止すら振り切って。
いつか提督に連れて行ってもらった外の世界――もう半分しか見えない街へと。
これは天龍の、錆び付いた記憶。
いつか泡沫となって消えて欲しいと、夢であってほしいと思った記憶だ。
己の惨めさに、泣き喚いた記憶。
784
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:53:38 ID:kmxiKmOo
https://www.youtube.com/watch?v=7L4N4GGbwzM
夜の街を走る。あてどなく走る。
提督に鍛えられ、自主訓練だって怠らなかった。だから走れた。いつまでだって走れる気がした。
だけど、目に見える世界は、やっぱり半分で。
強くなるんだ。
――違う。
オレが一番強いんだ。
――違う。嘘だ。
本当に強くなれるのだろうかと、そんな疑問を抱き続けながらも、誰に知られることもなく、海に沈んで錆び付き、朽ちていく未来が待っているのではないかと、そんな不安から眠れぬ夜が続いた。
夢の中で提督が言う。
――目が見えない? そうか、じゃあさようならだな天龍……これまでご苦労さん。
(いやだ……いやだ、いやだ!!)
悪夢を振り払うように走る。走って、走って、走り抜いて――――それでも、不安は消えなかった。
785
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:56:57 ID:kmxiKmOo
夜通し外を走り回って、空が白み始めた頃――気づけば天龍は、鎮守府へ戻ってきていた。
全身に疲労がまとわりついている。喉はカラカラで、もう汗の一滴も出てこない。
だけど倒れることさえできなかった。こんなにも鍛えてもらったのに、この強さをもう発揮できないのだ。
『――なあ、提督。オレ、どうすれば、いいんだ……?』
独白ではない――鎮守府の入り口には、提督が立っていた。
どれだけそうしていたのだろう。季節はまだ春の終わりとはいえ、夜通し立ち続けていたのかもしれない。
提督は答えなかった。
ただ、その口から紡がれる言葉はあった。
『――天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、先天的に左目に障害を抱えている』
『…………』
天龍は、驚かなかった。
来るべき時が来た、と。そう認識した。
786
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 22:58:23 ID:kmxiKmOo
『他の鎮守府からも多く報告が上がっている。それらを統合して大本営が出した結論はこうだ。
〝工廠での建造、海上での邂逅を問わず、天龍型軽巡洋艦一番艦・天龍は、多くが最初から左目の視力を失っている個体と、左目の視力が著しく低い個体に分かれる。極稀に正常な視力を備えている者もいる〟
だがその結末は同じだった――報告に上がっている限りでは、長くとも1か月以内に左目の不調を覚え、程なくして視力を失う……と』
――ああ、そうなのか。他人事みたいにそう思った。
もう自分の運命はそこに収束されている――そう思って、もう膝を着いてしまおうと思った時、その言葉が耳朶を打った。
『本当らしいな――この報告を受けたのは二週間ほど前だが』
『…………え』
――知っていたならば、どうして。
それは怒りではなかった。
当惑があった。
知っていたのだったら、どうして。
――どうして、オレを前線に出した?
捨て駒か? いや、違う。
787
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:02:34 ID:kmxiKmOo
――だったらどうして、オレを強くしてくれた?
『時間がかかってすまんな。片目のハンデをどう埋めるか、資料をまとめてた』
その言葉が、嘘にしか聞こえなかった。
だから枯れた喉を酷使して、提督を詰った。
嘘だ、嘘つき、そんな希望を持たせるな――オレがどんな思いで過ごしてきたか、何も知らないくせに。
『ああ、知らねえ』
――そうだ、知るわけがない。提督は何度も天龍に目に不調はないかと聞いていた。
――嘘つきは、オレのほうだ。
だけど、もう止められなかった。提督を責める言葉が、次から次へと湧き上がっては溢れ出す。
そんな甘い言葉言ったって、どうせ役立たずになったオレを解体するんだろう、と。
『…………? ――片目が無くなったから、諦めるのか?』
至極当然のように言ってのけるこの少年は、心底不思議そうな顔で首を傾げた。
788
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:04:39 ID:kmxiKmOo
頭に血が昇った――その顔を殴りつけてやろうと掴みかかろうとして――。
――?
提督が、目を瞑っていることに気付く。
甘んじて受け入れようという態度だろうかと思った。だがそれは違っていて――。
『……右手を俺の左肩へ向かって伸ばしている』
『!?』
まさに提督の左肩を掴もうとしていた右手が、驚きに止まる。
だが、それも一瞬のことだ。薄目を空けてみているに違いない。馬鹿にしている。
だが、次いで提督は天龍に背を向けた。
『おい、トカゲ。なんかポーズとってみ?』
『え?』
『ポーズだ――やれ』
『あ、ああ』
789
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:11:26 ID:kmxiKmOo
もう慣れ親しんだ命令口調に、染みついた習性のように、言われたとおりにポーズをとってしまった。
驚いたのは、そこからだった。
『――右足を上げて、左手の親指と人差し指で輪を作っているな』
『……!!』
的中された。まさかと思う。どこかで誰かが見ていて、提督に伝えているのかと思ったが――彼はイヤホンの類を耳につけていない。
また別のポーズをとる。
『右手はグーか。そんで今度は右足を後ろに下げて、重心を深く取っている。ヨーイドンの姿勢だな――違いがあるとすれば、後ろ手に隠した左手はチョキを模ってるってところか』
『!?』
提督には――見えている。天龍にとっても、仮にどこからか覗き見している人間がいたとしても、そこまではわからない筈だった。
なのに、何故提督はわかる?
『天龍』
提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。
790
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:16:07 ID:kmxiKmOo
提督が振り返り、目を開く。真っ直ぐに天龍の瞳を見上げながら、彼は言う。
――恐らくは二人きりの状況においては初めて、彼は彼女を天龍と呼んだ。
『俺は、諦めたくないと叫ぶことができる奴には、いくらだって力を貸す。相応の代金は頂くけれどな』
そう言って、微笑んだ。天龍が見たことのない笑顔だった。
何故か、涙が零れた。
もう、彼を疑えなかった。いつだって彼は、天龍に話しかけるときに、その目を見るのだ。
たった一つしかない目を、彼の両目が見据えている。
――オレは、解体されないのか?
『しねえよバカ。するかよ阿呆。俺が手塩にかけて育てた『大事なお前』を、なんだって俺が解体せにゃならん?』
また一つ、涙がこぼれた。役立たずになった左目でも、涙は出てくるんだと思った。
鼻がツンとした。
――それで、代金は?
791
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:19:19 ID:kmxiKmOo
先ほどの話だ。提督は何かを望んだ。その何かがなんであれ、天龍は縋りたいと思った。
例え彼が望むのが、自分の体であったとしてもだ。
だけど。次に紡がれた彼の言葉で、そんな己の邪推が、酷く薄汚れたものだと理解してしまった。
『俺が望むものはいつだって――勝利だ。高えぞ、かはは』
とうとう、天龍は泣き喚いた。泣き喚きながら、しゃくりあげながら、言葉を紡ぐ。
『で、でい、どぐ……すで、ないで』
『だから捨てねえよ』
『いやだ、やだ、ずっど、ごごに、いだい……』
『いりゃあいいさ』
『あ、あ、あ……』
だって、天龍はまだ、返答していなかったからだ。
提督の問いに。
792
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:22:26 ID:kmxiKmOo
https://www.youtube.com/watch?v=3L1DEvzsftw
『あぎらめだぐ、ない……!! オレ、まだ、戦いだい、よぉ……』
膝を着いた。すがるように、少年の域を出ない彼の膝に抱き着いた。
――無要物になるのは嫌だ。
――捨てられるのは嫌だ。
――あんたのところにいたいんだ。
――オレはもっと、戦えるんだ。
この少年の――この男の元で働きたいんだ。
泣きじゃくりながら、何度も何度もそう訴えた。
訴える度、提督は「うん」とか「ああ」とか、優しい声を響かせながら、天龍の背中を撫でてくれた。
その願いは、彼が先ほど言った通り――。
『おうよ――そんじゃあ代金は後払いでいいぜ。まずは風呂入って飯食って寝ろ! 起きたら特訓するぞ、特訓!!』
快活に笑う彼は、天龍にとってまるで太陽のようだった。
793
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:23:13 ID:kmxiKmOo
――忘れられない思い出がある。
これから何年、何十年と時が過ぎようと。
例え果てのない地獄の坩堝に身を堕とそうと。
決して忘れられない、忘れてはならない思い出が――ここから始まった。
――北方海域への進撃は、とある事件によって一時的に中断される。
ここからおよそ半年――戦いのない日々が訪れた。
そんな日もまた、朝から走っていた。
並走する影がある。
提督だ。
『な、んっ、でっ……!!』
『あぁん? 質問か? 走り終わってからにしろや――天龍』
疑問は山ほどあった。思わず疑問の呻きだけが出た。
794
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:24:28 ID:kmxiKmOo
視力についての問題解決しようというのに、どうしてまた走り込みから始まるんだよとか。
前々から思ってたがなんで艦娘の全力ダッシュ20本に余裕でついて来てんだよテメエとか。
それ以前に――どうして提督が一緒になってくれているのかとか。
『おまえの視力の問題を解決するには、高い集中力を必要とする。その下地を作ってるわけだな。なぁに、すぐ身につくよ?
――……ちょっと頭おかしくなるぐらいドギツいけど身につくよ……身につけるまでやるからそら身につくわ……かはは。
だからまずは走り込みだ。頭使うと妙に疲れる経験ってないか? 集中してる時ほど顕著だ。そして集中は疲れてる時、心が弱った時ほど底をつきやすい。
では集中力を正しく身に付けるにはどうすればいいと思う? 集中力の持続力、回復力を減らすには?
そう――まずは体力付けるんだよ。座学で教えることもあるけど、当面はダッシュな。こういう走り込みは基本中の基本だ。おまえには基本マスターになってもらう。
俺が一緒に走るのは俺のトレーニングがてらだ。余裕でついていけるのは俺が提督だからだ。提督とは俺のことであり、俺が提督だ。最強とは俺のためにある言葉だと理解しろ』
(心を! ナチュラルに! 読みつつ! 煽んなや! テメエ!!)
後にこの走り込みにも意味があったことを、天龍は知る。片目での運動に慣れるためだった。
提督のトレーニングへの知識は、その道の専門家もかくやとばかりに深く、そして分かりやすいものだった。
提督が作った【ビジョントレーニング】――視覚機能を高めるためのトレーニングは、尋常のものではない。
各スポーツ界のアスリートたち、彼らが専門とする競技によってトレーニング内容が変わるように、それは艦娘である天龍専用と言っても過言ではないほど綿密に調整されている。
795
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:28:32 ID:kmxiKmOo
資料を読み進める度、ページをめくる天龍の指先が震えた。
――これなら。
――これなら。
――これならば! と。
まずはダブルボールリフトトレーニング……両手を左右に限界まで広げ、両手に持ったボールを同時に上へ向かって投げ、左右の手で同時にキャッチするトレーニングから始まった。
最初は困難を極めた。左目が見えない。左手側のボールを掴むことができない。
『かはははは――馬鹿め。なんで艤装つけて海の上でやらせてると思ってんだ。馬鹿め。艤装補助を活用しろ。天龍という艦の乗組員たる妖精たちとの視界をリンクさせろ。馬鹿め。
コツが掴めないようなら、後で龍驤にアドバイスを貰え。話は通してあるから後でいけ。それと大事なことを言い忘れたが天龍―――このヴァカめ』
十秒に一回は馬鹿めの罵声が飛んだ。背後で佇む高雄――当時は秘書艦――は何故か提督が馬鹿めという度に嬉しそうな顔をした。ありゃきっとすけべだと天龍は確信した。概ねその通りだった。
絶対にできる、という確信に満ちた声での罵倒は、不思議と辛い思いをするどころか、鬱屈とした気分すら忘れさせられた。先日、提督が目を瞑り背を向けたまま天龍がどんなポーズをとっているかを当てたのは、何のことはない――提督の周囲にわらわらいる妖精や、天龍に纏わりついている妖精たちが、それを教えただけのことだった。
だが――自らの周りに侍る妖精たちはおろか、他の艦娘についている妖精にまで指示を出し、意識を共有し、情報を交換するなど、当時の天龍にとっては有り得ないことだった。
この頃、妖精たちの活用方法についての第一人者は、鳳翔であった。
『鳳翔』という軽空母の乗組員――妖精たちを用いることで何ができるのか、何ができないのか。それを誰よりもよく知っている。
提督や鳳翔のアドバイスを元にやってみたそれは、劇的なまでに天龍の周辺視野を大きく広げた。最初から、提督の妖精と会話しろという命令には、意味があったのだ。
796
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:32:32 ID:kmxiKmOo
今となっては走りながらでもダブルボールリフトトレーニングができる。そしてこのトレーニングと並行して、別のトレーニングも課された。一つや二つではない。
『よし、尻尾を切り離す暇もなく轢き潰されたトカゲみたいになってる天龍型トカゲ――そのまま聞け。動体視力について、だ。
まず先日の座学のおさらいだ。動体視力には二種類ある。DVA動体視力と、KVA動体視力だ』
DVA動体視力――横方向または上下方向に動くものを見る動体視力。メジャーどころで言えばサッカーやバスケットボールだ。他の選手の動きを見ながら縦横無尽に動くボールを捉えるための視力。
KVA動体視力――遠方から手前に向かって迫ってくる物質を、外眼筋を使わずに捉える動体視力。飛んでくるボールや自動車・バイク、そして自転車の運転時に用いられるものだ。
『そして静止視力。これも鍛えろ』
次々と与えられる課題を、黙々とこなす。
もう提督のことを疑わなかった。何一つ疑う余地はなかった。
だって、この人は目を見てくれるのだ。
天龍の目を。
『見るというのはこういうことだ――お前の睫毛の数が何本か、教えてやろうか?』
日に日に、違和感が違和感でなくなっていく。片目であることを受け入れて、それでも残っていた違和感が消えていく。
797
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:33:06 ID:kmxiKmOo
距離感が掴める。
己の死角を、妖精たちが知らせてくれる。
フィジカルな側面が物を言う戦闘において、戦略戦術戦法を除く、個に求められる能力とは、筋力―――――とは少し違う。
目の良さ。
視力の強化。
視力には一口で言っても様々な種類がある。
跳飛性、瞬間視、追従性――――ひたすらに眼を鍛えた。
『俺が人類でもまれに見る天才でよかったな。おまえって世界で一番運のいい天龍だぞ』
そんな冗談みたいなことを本気で言う少年に、天龍も笑い返す。笑える余裕が、できていた。
『死角を無くせ。素の右目の視力も強化していくぞ。トレーニングのやり方はな――』
訓練の時は真剣そのものだった。天龍が分からないところを徹底的に、わかるまで教えてくれる。
彼にも、彼の仕事があるはずなのに――そう思ったのは、訓練が始まってから一月経ってからのこと。
798
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:37:43 ID:kmxiKmOo
大本営からお達しが来た。
――忘れられない思い出がある。
これは、耐えがたい屈辱と、深淵よりも深く天よりも高い崇拝と、湧き上がる情熱の記憶だ。
大本営からのお達しは、以下の通りだった。
――そんな砲撃の当たらない艦娘に時間と資材を割くのはやめ、後方任務に当たらせろ。
ああ、そうだった。急に、現実に引き戻されるような思いがした。
天龍はその場に同席していた。モニター越しの指示だ。提督よりも階級の高い海軍のお偉いどころが揃っている。
解体しろ、とまで言わない当たりは温情なのだろう。この鎮守府の天龍――つまりオレは多大な戦果を挙げている。
後方勤務ならできるだろうから、そこに従事させてはどうかという、大本営からすれば、まさに温情そのものであった。
だが――提督は言う。
――僅かばかりの猶予と機会を。こいつには才能が有ります。
――お疑いであればこそ、なにとぞ機会を――演習の結果にて結果を出します。
――今後の、海軍全体における天龍についての可能性を、必ずや示してみせます。
799
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:38:22 ID:kmxiKmOo
提督が嘘をついた。天龍は察した。才能が有る、と言った。
――嘘だ。
天龍は今でもそう思っている。アレは間違いなく嘘だったと、そう思っている。
この言葉が、今でも天龍の心を救うと同時に傷つけてもいた。
だが否定できない。提督は海軍全体の天龍、といった。つまり天龍たるオレが成果を上げれば、他の鎮守府の天龍達の扱いも良くなるということで。
――提督は、そんなところまで考えていた。
会議が終わった。暗くなったモニター群を前に、うつむいたまま黙ってしまうオレに、提督は言う。
『ぁあん? なんだショボくれた顔しやがって――俺は嘘をついた覚えはねえよ』
提督に問い詰めた時、彼は真剣な表情で言った。加えてこうも言った。
だがふっと表情を緩ませて、悪戯がバレた子供のようなばつの悪そうな顔で、言ったのだ。
――でもまあ、嘘つきでもいいか。
天龍にとって、その言葉は今でも重い。どうしようもなく重いのだ。
800
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:39:02 ID:kmxiKmOo
はじめて、自分の名前を呼んでくれたひと。
最初は若い上にチビなくせしてなんておっかない奴なんだと、苦手に思った。
挑発に乗せられ、なにくそと努力を続けた。多くの敵を倒し、鎮守府では後任の軽巡洋艦や駆逐艦たちの訓練を見てやる日々――とても忙しかったが、楽しかった。うまく使われてるような気分で少しだけ腹が立ったけれど、頼られていると思った。
――嬉しかった。
気が付けば、もう気安く互いを呼び合う仲になっていた。歯に衣着せずに本音をぶつけ合うことができるようになっていた。心地良い男だと、理解していた。
だけど、目が見えなくなって。未来が途絶えたような絶望に満ちた畔に迷い込んだ天龍に、手を差し伸べてくれた。
――嬉しかったんだよ、提督。
そんな彼が、嘘をつこうとしている。
嘘をつかれることが、悲しかったのではない。
――悔しかった。
――くやしかったんだよ、提督……すごく、くやしかったんだ。おまえが、おまえがバカにされるのが、くやしかった。
――オレの提督はすごいんだ。天才なんだ。かっこいいんだ。
――そんなひとが、オレのためなんかに頭下げている。
801
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:39:47 ID:kmxiKmOo
――忘れられない思い出がある。
これは憤怒の記憶だ。
今まさに提督を嘘つきにしようとする自分の弱さが、何よりも憎かった。
最強を謳った。
自分が一番強いんだと、何も知らなかったくせに。
結果が偶然ついてきただけなのに、そうやって吹き続けた。
無知な自分の言葉を真剣に受け止めてくれたのは、提督で。
その言葉は、天龍自身が信じていないものなのに。
(オレは……オレ、は)
――何をやっていた? 何を思った?
それでも、まだ怖かった。
こんなに信じて貰っているのに。自分では諦めている己の価値を、こんなにも大切に思ってくれているのに。
心が怖じている。
802
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:40:29 ID:kmxiKmOo
心が怖じている。
この期待に応えられなかったらどうしよう。
頑張っても頑張っても、それでも右目まで見えなくなってしまったらどうしよう。
この人に失望されてしまったらどうしよう。
『お、オレ、オレ、は―――』
嘘をついていたんだ、と。
本当は一番強くなんてないんだ、と。
喉元までせり上がってきたその言葉を、ギリギリで飲み込んだ。
言えなかった。
言える筈がなかった。
だって、それを認めてしまったら。
――提督を、嘘つきにしてしまうじゃないか。
血がにじむほどに唇を噛んで、出かかった言葉をギリギリで嚥下した。
803
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:41:26 ID:kmxiKmOo
https://www.youtube.com/watch?v=1ErwgLxBNL0
心に火が灯る。
天龍の始まりはここだった。
『おわる、もんか……』
――忘れられない思い出がある。
誓約の記憶だ。
『おわって、たまるか』
もう未来を思い悩むのはやめた。それよりも怖いことがあった。
『提督を、嘘つきにしたくない』。
――そいつを本当にしちまおうぜ。完全犯罪ってヤツだな。
『オレは最強だ』
804
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:42:05 ID:kmxiKmOo
いつしか、天龍は、再びそう嘯くようになった。
天龍の目は、燕を捉えた。
それはやがて、雄大な空を行く艦載機を捉えた。
そしてついに砲弾をも。
死角からの砲撃すら感知し、捕らえ、それを野太刀で切り払うことすら可能とした。
張り詰めた糸のように、常に意識を研ぎ澄ませた。肌に感じる風の温度、湿度、感触の変化を如実に察した。
それでも察知できないところは、頼もしい乗組員たちが――妖精たちが補ってくれた。
提督が呟いたことを、天龍は知らない。もしも天龍の両目が揃っていたならば、島風並みの動体視力と、雪風並の観察力を両立していただろうと。
意味のないことだ。
いずれ龍へと至るまで。
『オレは最強なんだ』
そう嘯き続けた。
天龍は、己の意地を貫き続けた。
たとえそれが、短い栄光であったとしても、彼女はそこに立っていた。
805
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:44:14 ID:kmxiKmOo
・ ・ ・ ・ ・
一年、否、半年程度ではあったが――確かに彼女は『そこ』にいたのだ。
『最強でなくちゃ――いけないんだ』
最強の誉れを体現する、水雷戦隊の長として。
弱みなんて、見せられなかった。
鎮守府が興って、一年余り。
それ以降の時期に着任した艦娘の誰もが知っている。
『最強の軽巡洋艦は誰か?』
単騎ならば長良であり、水雷戦隊を率いさせれば神通が最強だと、誰もが言うだろう。
だがこうも言うだろう――今は、と。
最古参の駆逐艦たちは、言うだろう。
その当時において単騎でも、誰かを率いても――最強の代名詞は二水戦旗艦であり。
そしてその二水戦旗艦を張っていた――即ち、彼女こそが。
最強を謳い、最強として謳われた古き鋼、始まりの軽巡洋艦。
806
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:45:39 ID:kmxiKmOo
現・軽巡ランキング最下位。
だが、『元』一位。
この鎮守府外においてはどこの鎮守府においても最強を名乗ることに不足はない。
『ったりまえだろ――オレが一番、強えんだからよ』
初代・二水戦旗艦。
『最強最古』の軽巡洋艦――天龍。
…
……
………
807
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/25(日) 23:46:34 ID:kmxiKmOo
※今日はここまで
ちゃんと1スレ目で「ぼくのかんがえたさいきょーのてんりゅーちゃん」の伏線を回収できた
次はいつになることやら……
808
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/10/26(月) 18:10:08 ID:Z1c1qrXs
乙!
最下位か、この天龍ちゃんだと案外夕張にも勝てそうに見える不具合
809
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/10/27(火) 01:47:25 ID:lipwQzC.
待ってた
乙です
810
:
◆gBmENbmfgY
:2020/10/28(水) 22:40:05 ID:EoUW8mGU
※番外編がすっごい量書き貯まってるので、
そのうち本編と別スレでレースとかうんちくとかヨタ話書こうと思います
このままじゃいつまで経ってもレースできない
811
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/10/29(木) 09:16:42 ID:nO41iVVc
楽しみ
812
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:08:03 ID:Ee3fDlXc
………
……
…
――速いはず。
ペダルに渾身の踏力をかけ続け、1セット目の20秒を乗り切った六名の中――矢矧は愕然としていた。
――私が、この中では一番速いはずだ……!
自転車乗りとしてのスキル、レベル、アビリティに大差はない。されど身体能力という一点において、矢矧はこの中では群を抜いている。
――されど、機器が算出した1セット目の総合順位は、矢矧の四位を示していた。
それも三位から六位まで大差ない。
一位と二位、その『片方』は矢矧にとってあまりにも想定外の者の名があった。
天龍ならばわかる。スプリントもこなす、速筋重視型のオールラウンダーの脚質である彼女は、おそらく矢矧の次に来るものだと思っていたからだ。
だが、一位は――。
813
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:13:59 ID:Ee3fDlXc
「木、曾……!!」
「は、はぁっ――先輩をつけろよ、この落ち武者野郎、が……はーっ、はっ、はっ……」
息も絶え絶えに、耳ざとく矢矧のつぶやき声を聞いていた木曾が笑う。
二位が天龍、次いで夕張、そしてようやく矢矧が来て、その矢矧とほとんど横並びで北上と阿武隈が続く。
矢矧にとって、ありえない事態だった。
乱れた呼吸を整えながら、働きが鈍る赤熱した頭の中で必死に考える。
(私は、出し切っていた! 人を見ず、自らと戦い抜いた! 私のベストを出し切った――それは数値が証明している。なのに、何故……!?)
その疑問は無意味なことだ。心が揺れる。ベストを出すために無我の境地でペダルを回していた精神に罅が入った。
囚われることなく全力を出し切ることがこのトレーニングの達成方法であることを、矢矧は理解している。
自覚してなお、疑問はやまぬ。心に泡沫のように次々と浮かび上がる何故、何故、何故。
その様子を――矢矧の内心の動揺を、提督はたやすく見て取っていた。
(いるんだよ、矢矧。そういうヤツもいるんだ。自分と戦うより、他人と戦う時のほうが強いやつは。もちろん生きてく上ではどっちも必要なことだ。どっちが重要かといえばどっちも重要で、優劣は付けられん。が――)
814
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:15:58 ID:Ee3fDlXc
提督は木曾をちらりと見やりながら、
(前者の意味で間違いなく強いのは――――)
間違いなく、木曾だと。
レストタイムも間もなく終わる。
木曾の心には、一つの憧れがある。
そして一つの後悔も。
(俺、が……俺が胸を張れる、俺は。今も変わらない。日に日に、あの時よりも強くなっている)
天龍の背を、追う者達がいた。
天龍の後輩にあたる軽巡洋艦達がそうだった。
それも既に通り過ぎた背中――されど、未だその背を自身の前にあるものとして認識する軽巡洋艦は少なからず存在する。
木曾もその一人だった。
(ああ、そうだ。俺は自分が恥ずかしかった。自分という存在が、情けなくて、みじめで、消えてしまいたいと思ったこともあった)
815
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:34:06 ID:Ee3fDlXc
かつて、木曾もまた視力にハンデを抱えていた。
右目の視力が、著しく低い。失明にこそ至らなかったものの、常に眼帯型の視力補助が必要だった。
だが、木曾はそれよりも嘆くことがあった。
(俺は、どうも、目だけじゃない。言わば心の視野ってやつが、狭かった。狭量で、ちっちぇえヤツだった)
今では想像もできないほど、着任して間もないころの木曾は、弱かった。
性能ではない。戦闘能力という意味でもない。
その心が、弱かった。
――左右の違いはあれど、俺と同じように眼帯をつけた艦娘がいる。
ごく当たり前のように、木曾は天龍にライバル心を抱いた。沖ノ島攻略からおよそ二ヶ月後――その頃からずっと、木曾は天龍に幾度となく演習を申し込んだ。
海の上ではもちろん、いわゆる道場稽古――銃剣や剣道、時には木刀を用いたより実践に近いなんでもありの形式でも、様々な形で挑み――そして負けた。
『な、なんで……勝てねえ、んだ』
もう何度目になるだろう。剣道の試合での敗北の後、道場で一人ぽつりと無念をつぶやく。
天龍にとっては死角となるだろう左からの剣戟――確実に入ったと思った一撃は、視線一つ向けずに竹刀を操る天龍に弾かれ、そのまま返しの面を受けて一本。
816
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:35:41 ID:Ee3fDlXc
理解ができなかった。理解が及ばなかった。
だから、木曾はこう思った。
愚かにも――天龍はきっと、俺とは違う高性能な視覚補助艤装をつけているんだろう、などと。
天龍はたびたび明石の工廠へ赴いていることは知っていた。だから工廠へ消えていく天龍の後姿を見たとき、魔が差したのだ。
現場を押さえて、俺にもその艤装を施してもらおう、などと――。
工廠の裏口からこっそりと忍び込み、何やら話し込んでいる二人の会話を、電探の精度を上げて盗み聞く。
――そして、木曾は真実を知った。
天龍の左目が、もう光を捉えていないことを。
それが二ヶ月も前に、失われてしまったことを。
(天龍は、誰も、誰にも、言わなかったのか……?)
木曾が何よりも失望したのは、それを悲嘆するばかりで、腐っていた己自身にだ。
木曾の右目の視力は、左目と比して確かに低い。だが、見えないわけではなかった。
幸いにして木曾の利き目は左目であったし、照準を合わせることも、視認することも問題なかった。視野角そのものについても偽装補助が働いている限りは全く問題なく、明確な死角が生まれるほどではなかった。
817
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:37:02 ID:Ee3fDlXc
一見眼帯で視界を塞がれているように見えるが、常人と大差ないかそれ以上の視力を備えている。眼帯は傷を隠す意味合いが強かった。
後に三度の手術を経て、今の木曾の右目は、ほぼ健常者と変わらぬ視力が戻っている――艦娘として海に出るときは、遠方の視野を確保するため、望遠機能を持つ眼帯こそ欠かせなかったが――それは当時の木曾にとっては未来の話。
だからこそ、木曾にとっても天龍の失明の事実は、大きな衝撃を与えた。
(片目のハンデを、誰にも……辛いと、苦しいと、言わなかったんだ。ああ、そうだ。俺はあの時こう思ったんだよ。恥知らずにも――『言い訳にできるのに、そうしなかったのか』と)
天龍は、提督や明石にだけはその思いを吐露した。他の艦娘達には、誰も言わなかった。きっと、龍田にさえも――察しの良い彼女がうすうす気付いていたとしても。
それでも木曾の知る限り、天龍は日ごろからそんな素振りさえ見せなかった。
『なあ、明石。オレさ、ちっとばかし心配事があってよ』
『何が心配なんです?』
これ以上、この二人の会話を盗み聞きするのは良くない――そう思っていても、木曾は電探を切ることができなかった。
それが、木曾の後悔に繋がる。
『木曾だよ、木曾。あいつも右目、よくないんだろ?』
(――、――)
818
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:39:36 ID:Ee3fDlXc
木曾の右目の視力は低い傾向にある。しかし艤装補助によって最低限の視界を確保できている。
――「今は」「まだ」。
それが失われることを考えたとき、木曾は全身から力が抜けていくような心地がした。
だが、それも一瞬のこと。
『ああ、その点なら大丈夫です。軽巡洋艦・木曾……この艦娘が時間経過によって視力の喪失したという個体の実例はなく、私の診断からしてもそれはないと断言できます』
続く明石の言によれば、手術によって視力が回復した例もあり、艦娘としての戦闘能力に支障はない。
その事実を聞いた時、天龍は。
『――そっか。ああ、よかった。おっかねえんだよ、アレ。いきなりこう、ばつんって見えなくなるのはさ――そっか。オレだけなら、そりゃよかった』
心底安心したように、笑った。
木曾もまた――ほっとした。
――ああ、よかった。俺『は』失明しないんだ。
819
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:40:26 ID:Ee3fDlXc
そう思って、胸をなでおろして。
――愚劣なる者の頬に、撫でおろした手で作った拳を、渾身の力で叩き込んだ。
即座に電探を切り、工廠を後にする。
部屋に戻った途端に、涙が出た。自身の不甲斐なさに失望すると同時に、想像を絶するほどの恐怖を押し殺していた天龍を想うと、情けなさで死にたくなった。
(俺は、俺は一体、何をしていたんだ……)
砲撃が当たらない――それは右目が見えづらいからだ。
何をしてもうまくいかない――それは右目が見えづらいからだ。
姉たちに劣る――それは右目が見えづらいからだ。
天龍に勝てない――それは。
それは。
(ぜんぶ、ぜんぶ、言い訳じゃないか……!)
天龍と比して、己は一体何をやってきたのだろう。
820
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:45:42 ID:Ee3fDlXc
https://www.youtube.com/watch?v=phR80L9S-ik
己の才能のなさを、ただ嘆くだけではなかったか。
それを言い訳に、どこか安心していなかったか。
木曾は、部屋を飛び出した。向かう先は提督のいる執務室だ。
ノックもせずに飛び込むように部屋へ訪れた木曾に、提督は何も言わなかった。
木曾が泣いていたからか。
あるいは、凄絶な表情に何も言えなかったのか。
『指揮、官……俺、馬鹿だけど、どうしようもない、馬鹿だけど――――』
これが、木曾のオリジンだ。
自分という存在が、大嫌いになった。
こんなにも情けない気持ちにさせられる自分が、嫌で嫌でしょうがなかった。
自分という存在が、この世で一番嫌いだった。
こんな自分でいたくないと思った。
だから。
821
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 21:59:10 ID:Ee3fDlXc
『天龍みたいに……あいつみたいに、つ、つよ、つよく、なるには……どうずればいいがなぁ……?』
涙と鼻水まみれの顔を隠すこともなく、縋るように強さを求めるのは、こんな情けない思いをするのはもう、これで最後だ。
自分に誇れる自分でいたい。
天龍と正しく肩を並べられる存在になりたい。
強くなりたい。
『履き違えるんじゃあない』
それだけで事情を察したのだろう。提督は何があった、どうしてそう思ったとは、聞かなかった。
『お前はお前だ。木曾は木曾だ。『これが俺だ』と言えるお前になれ。まずは胸を張れ。前を見ろ。少なくとも、いつだって天龍はそうしてきた』
椅子から立ち上がり、提督は泣きじゃくる木曾に近づくと、その両肩を強く掴んだ。
真っすぐに木曾の目を見据える。
眼帯の奥で、提督の両目が優しげな光を湛えているのが見えた。
『強くなれ。お前が見ている天龍が強いならば、そこに強さを感じるならば――お前が求める強さが何なのか、その右目にはもう見えているだろう?』
822
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:00:16 ID:Ee3fDlXc
そう言って、笑った。
『俺に最高の勝利をくれるんだろ? 忘れてないぜ。俺はその日を必ず掴みに行くぞ、木曾――おまえと一緒にな』
天龍に感じた強さと、同じ強さを感じる笑みだった。
もう、木曾の涙は止まっていた。
…
……
………
823
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:13:06 ID:Ee3fDlXc
………
……
…
https://www.youtube.com/watch?v=EHOPTVBFpgM
――何かが伝わるでしょう。
タバタ・プロトコルに挑む軽巡たちの背を見つめる多くの艦娘たちの中、朝潮の脳裏で、神通の言った言葉が蘇る。
小さな胸の内側で、何かが音を立てた。
(――なんだろう。胸が、高鳴る)
想起される思い出がある。いくつもの思い出だ。
その多くは、海の上で戦っていた日々のこと。
あの頃の朝潮には、何物にも侵すこと叶わぬ不壊の決意があった。
(ある、のでしょうか。今の私に……この朝潮に)
824
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:15:18 ID:Ee3fDlXc
朝潮だけではない。
レストタイムにはいる度、息も絶え絶えに呼吸を乱す軽巡たちの姿を見て――強者たちはかつての自分たちを想う。
(第二水雷戦隊を率いることの意味。艦艇としてではなく、艦娘としてそれに向き合うことの意味。功名心や嫉妬に曇り、真に盲いていた私の目を開かせてくれたのは――それを私に教えてくれたのは貴女です、天龍さん)
後に二水戦を受け継いだ軽巡は思う。当時の天龍ほど、自分は配下の駆逐艦たちのことを思っていただろうか。ただ強さだけに囚われていた自分自身に恥じて猛省し、鍛錬を積み天龍を超え、その魂ごと二水戦を受け継いだ――あの時。
(天龍、木曾……その面だ。その目に宿る魂だ。諦めなどもはや知らぬと言わんばかりの面魂だ。前だけを見ているようで、後ろから続く者たちをも見据えている、その恐るべき独眼だ。この武蔵の敵は持ち合わせず、味方だけが持っているそれにこそ、私が求める強さがある)
最強と呼ばれるに至った戦艦は思う。弱者と見下していた者に命を救われた。己がいかに無力で、どれだけ愚かだったかを痛感させられた――あの時。
(私は……一航戦であることの意味を……強さの意味を履き違えていた。鎧袖一触? 違う。託されたものを背負い、乗り越えねばならぬものに立ち向かう? 即ち期待の重みに耐えること? 違う! ――私は、私は、ただ)
一航戦として在った空母は思う。そう在った過去という礎の後に生まれるという奇跡。己が滅びた後に起こった悲劇と向き合った。抱いた覚悟と決意。それを胸に誓った――あの時。
(ああ、やはりそうだ。そうなのだ。お前たち軽巡もだ。その輝きが、ひたむきさが、この長門の胸を奥底から熱くさせる……艦種は違えど、絶えず鍛錬に励んでいたお前たちの姿に、私は幾度となく救われたんだ)
落ちこぼれと揶揄された戦艦は思う。妹と比較され、その妹から励まされることが屈辱で。明日を夢見ることさえ叶わぬ無力感に絶望した――あの時。
825
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:16:25 ID:Ee3fDlXc
(私は……今の私は、とても強くなったのに。今の私があるのは――私という重巡洋艦に影響を与えたのは、貴女たちよ……貴女たちに、私はかつて負けた。あれほどの衝撃はなかった。喰らっても喰らっても足りぬ、まだ足りぬと、功名餓鬼に過ぎなかった私に、正しい餓えを教えてくれたのは、貴女たちよ)
強者として生まれた重巡は思う。才に驕り、餓えることもなく凡才を嘲り、その執念を見せつけられて敗北した――あの時。
(秋津洲は、夢を見ていたかも。強くなる夢を。高く羽ばたく夢を。だけどそれはただの夢だった。夢でしかなかったそれを、秋津洲は叶えた――叶えさせてもらえた。みんなも見ているかも? 新しい夢を。生まれ変わる、夢を。自分だけの力でそれを掴む、夢を)
出来損ないと蔑まれた水上機母艦は思う。この鎮守府に拾われ、強い人達を見てきた。だからもう一度だけ夢を見てみようと決意した――あの時。
多くの強者たちが、その背を見た。否、惹きつけられてやまなかった。自然と目を引かれているのだ。
そして、一人の駆逐艦もまた、その背を見ていた。
「………思い、だした」
特Ⅰ型。吹雪型駆逐艦の四番艦・深雪は、ぽつりとつぶやく。
脳裏に、色鮮やかに描きなおされる記憶がある。
――初出撃をしたあの日。
あの日も、天龍は深雪の前にいた。まだ両目が揃っていて、旗艦として十全の力が揮えた頃の天龍だ。
826
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:18:38 ID:Ee3fDlXc
今だからわかることがある。
――天龍だって、あの頃は新人だった。怖かったはずなのだ。
誰だってそうなのだ。
だけど、そんな怖じる様子など欠片ほども見せず、随伴となる駆逐艦たちを鼓舞し続けた。
――ビビるな。臆すな。前を見ろ。オレの後に続け。
――敵を見ろ。砲を構えろ。練習通りに狙いをつけてろ。オレの合図で一斉に発射だ。簡単だろ?
いつだって最初に切り込んでいくのが天龍だった。
「ああ……そうだ、深雪は。思い出した。あの時、こう思って……あこがれたんだ」
あの日からずっと変わらない。
あの頃の天龍には、まだ左目は見えていたけれど。
変わらないものがある。
いつだって、深雪が見ていた天龍は――。
827
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:24:55 ID:Ee3fDlXc
「なあ、吹雪。なあ白雪、初雪。叢雲、磯波、浦波よう……天龍は、とってもカッコ良かったんだぜ」
――今や名実ともに最強の艦娘が集うこの鎮守府にも、他の鎮守府と横並びでスタートした時期があった。
鎮守府発足から一年の間、ある水雷戦隊の長として君臨した軽巡洋艦がいた。
その水雷戦隊は、第二水雷戦隊。華の二水戦。
「そうだろ? 心強いって思ったんだ、すごく。いつの間にか、戦うことにビビることはなくなってて、それで――」
その座を、設立当初から実力主義の鎮守府にあって、一年だ。
北方海域攻略を半年近く足止めされ、すべての艦娘が前線から離れ演習や鍛錬に明け暮れていた日々のなかにあったとはいえ、北方海域の完全な奪還まで――最強の華として咲き誇った。
第二水雷戦隊・初代旗艦は――深雪にとっての、憧れだった。
「深雪様はさ――天龍に……天龍に頼りにされるような駆逐艦に、なりたかったんだ」
強かった。だけど、深雪が見ていたのはそこではなかった。
いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。
いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。
828
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:31:01 ID:Ee3fDlXc
https://www.youtube.com/watch?v=8x1AGTxQffQ
いつだって誰よりも果敢に敵に攻め立てた。
いつだって深雪の前に立っていた。旗艦が先頭に立つことの戦術的な意味は皆無とは言えない。それを深雪は知っていた。
その力強い笑みを浮かべた顔が、振り返るさまが好きだった。最初は、こんな艦娘になりたいという憧憬だった。
やがて焦がれるように思ったのだ。
――彼女たちは思う。
戦争が終わった。
そこに悔いが残っている。
見せたい力がある。
その力を見せたい人がいる。
こんなにも強くなったんだと、報告したい人がいる。
こんなにも強い人にだって勝てるようになったんだと。
戦ってみたいと、誰かは思う。競ってみたいと、誰かは思う。レースで、覇を争いたいと、誰かは思う。
そして、深雪は。
829
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:33:42 ID:Ee3fDlXc
「あたしは、天龍と一緒に走りたい」
だから目指す場所が見えた。
隣で走って競うのではない。
後ろから付いていくのでもない。
「だって、これまでずっと、引っ張ってもらってきたんだ――いいだろ、あたしが引っ張ったって」
天龍の背を見つめながら、熱い涙が頬を伝った。
彼女から貰ったものがなんだったか、それに気づく。
「深雪様は――天龍を、王様(カンピオニッシモ)にするよ」
貰ったのは――熱いど根性だった。
…
……
………
830
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:49:52 ID:Ee3fDlXc
https://www.youtube.com/watch?v=A358-QODoI0
………
……
…
(――まだだ。こんな、もん、じゃ、なかった……)
順位を指してのものではない。ただ己と向き合っての、自己評価に過ぎない。
――現状三位。夕張はただひたすらに自分と戦っていた。
タバタ・プロトコル、その3セット目が間もなく開始される。
その時――夕張が思い起こしたのは、島風と勝負した日のこと。
(自分にだけは、二度と負けない。負けられない……負けたく、ない)
だって覚えている。
なりたい自分が、そこに見えている。
そう言ってくれた人の事を、その言葉を覚えている。
まだそこに、なりたい自分が見えている。
831
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:50:32 ID:Ee3fDlXc
――最速となった自分がいる。
見失ってなんかいない。もう二度と見失うことはない。見失いたくない。
だから走る。
義務感などではない。焦燥なんてない。
いつだって夕張の両脚には、それが絡みついていた。
(あの時――――確かに私の指が、そこに引っかかっていた。『栄光』という名前の付いた星に、指が掛かっていたんだ)
ずっと縁のないものだと、どこか諦めていた。せめて人並みになりたいという、小さな願いすら叶わなかった。それでも遅い自分は嫌だと、これ以上遅くなりたくなかったから走り続けた。
少なくとも『速度』という分野においては、絶対に手に入らないものだと。
勝利の二文字に。
最速の二文字に。
だから。
まごついているうちに、その二文字が消えてしまうことが何よりも怖いから。
何よりも、嬉しかったのだ。
速く走れるという自分自身が嬉しかった。
832
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:51:34 ID:Ee3fDlXc
トレーニングの苦しさなんてどうでもよくなるほど、速くなっていく自分に高揚する。
その心の躍動が力となって、
(私の両脚は、動く)
両足に絡みついていた何かが――――鎖が砕けたような気分だった。
諦め悪く走り続けた日々は、無駄ではなかった。
報われようとしているのだ。
結実する日が、訪れる予感があった。
その予感を、勘違いにしないためにも――。
(――走るんだ。私はもう、見失わない。見続けている。見上げていた。見惚れていた。
あの星を、一瞬の輝きを、この手でつかみ取りたい。一回だけでもいい。ただ一度きりだってかまわない。
だから、ゴールを目指す。そこに辿り着きたい――――この両脚で。誰よりも先に、誰よりも速く)
夕張は、あの日の敗北を受け入れていた。
掴んだものは黒星だったけれど、それはどんな玉にも勝る黒星だった。
833
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 22:53:40 ID:Ee3fDlXc
ならばそれが白となったときは、どれほどの輝きを放つのだろうか。
心が躍った。
胸が高鳴った。
目の奥がかっと熱くなる。
――――これまで己が絶対に追いつけないと思ってきたものに、指が掛かったのだ。
その事実こそが、夕張をかつてないほどに燃え上がらせた。
それは、提督のみならず、一部の艦娘達も察知する。
「あら……あんないい顔ができる子でしたか、夕張さんは?」
「いいえ。ですが彼女がああなったことの心当たりならば」
「島風とのレースですね。あれは佳かったです。胸に来ました」
「うん。良い顔してますね、今の夕張」
赤城と加賀、そして蒼龍と飛龍――四人は夕張の変化を感じ取っていた。
834
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:03:54 ID:Ee3fDlXc
「……ふーん? 技術屋傾向のある子だと思ってたけど、見誤ってたみたいね。すっごい覇気だわ。それでいて攻撃的じゃあない――好きだな、ああいう子。翔鶴姉はどう?」
「ええ、私も好きですよ。自分自身の到達点を見据えて走っている……とても清らかな闘志です。透き通っている」
鶴姉妹もまた瞠目し、感心したように夕張の疾走を見やる。
そして、多くの戦艦たちもまた――特に注目していたのが、夕張だった。
「ふむ……強者が持つ共通項、独特の雰囲気……オーラやカリスマと呼べるものを備え始めています」
「自然と目が引き寄せられるわよね。こうしてみていると、自然と応援したくなってきちゃうわ」
大和、そして陸奥。
「並の深海棲艦なら今のあいつを前にすれば、一目散に逃げだすだろうな」
「ふうん……一皮むけたじゃない。あの子ったら案外、大器晩成型なのかもね」
天龍を注視していた筈の、日向と山城さえ目を惹かれた。
「これまではその大器の注ぎ口に蓋がされていましたからね…………あの子は島風と伍した。その事実が、夕張に足りなかった自信を備えさせたのでしょう。ええ、この霧島の計算によれば間違いなく」
「実際に凄いことですよ? なにせ島風ちゃん……あの子、単・中距離のスプリント勝負だと軽巡や重巡の子たちはおろか、榛名たちにすら勝ちますからね。霧島も不覚を取っていましたし」
835
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:05:28 ID:Ee3fDlXc
「う゛っ……あ、あれはその、まだ不慣れだったからよ!?」
「まあまあ、それにしたって夕張ガールはガンバッていましたからネ。よくリバーサイドでスプリントのプラクティスしてました」
「大げさなことなんかじゃなくても――いえ、あの子にとっては大層な出来事だったんでしょうね、アレ」
「……ええ。私たちにも分かりますよ。私たち戦艦は――わからないはずがない」
――足が遅い。
届くはずの手が届かない。
そんな悔しさを味わったことがない戦艦は、この鎮守府には一人もいない。他の鎮守府でもそうだろう。
最前線に立っていても、痛感するのだ。
本当の最前線に立っているのは、先行する駆逐艦や軽巡、重巡らだと。
彼女たちが決死の覚悟で切り開いた先端をこじ開け、ねじ伏せるのが戦艦の役目。主力を叩き潰し、必ず勝利して帰ってくることが使命である。
『その時』が来るまでは、血がにじむほどに口元を力ませながらも見据えているしかできない。
射程距離に劣る軽巡にあっては、おそらくそれ以上の苦悩があったのだろうと、戦艦達は各々が夕張の心情を推し量り、刮目して彼女を見た。
836
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:10:08 ID:Ee3fDlXc
そんな彼女たちよりも熱心に夕張を見る視線が一対存在する。
それは言わずと知れた最速――『神速』の異名を持つ駆逐艦。
「あ。夕張のスプリントフォーム、すごく綺麗になってる……前より姿勢が低い。なんだろ……どっかで見たような」
(おまえのスプリントを参考にしたんだろって、言ってやるべきかな……いや、黙っとくか。野暮だし。この長波サマは空気読める女だからな)
「夕張さんのスプリントかっこいいね! 島風ちゃんみたいだ!」
(そうだな。お前はそういう奴だったな、子日)
長波は乱暴に頭を掻いた。野暮天にもほどがあると子日を注意しようとした、その時だった。
「島風なら、こう。こうやって……いや、こうかな? こう……もっとハンドルを」
「あれ? 島風ちゃん? 島風ちゃーん」
「! …………あー、子日。黙ってような。今の島風にゃ聞こえてねーよ」
島風はつぶやきながら、座ったまま手足を小刻みに動かしていた。
それは紛れもなくロードバイクのギアチェンジや、ペダルにトルクをかける際の動作である。
837
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:12:11 ID:Ee3fDlXc
「おうっ!? シッティングからスプリントに移行する動き、すごくスムーズだ。ギアチェンジも上手くなってる……レースを想定して、いっぱい練習したんだろうな……島風も練習に取り入れないと」
(すげー集中力だな、島風。身体は此処に在るのに、ハハハ……島風、おまえ……ここで見ているだけなのに。
――おまえの心は、夕張と一緒に走ってんだな)
長波は苦笑した。そして、心に僅かながら憧憬が浮かぶ。
「……あれだけの出力を、二十秒維持できちゃうのか。緩やかな山なりだけど、確実に速度がじわじわ伸びてく……島風はあの時も、後半に追いつかれそうになった。夕張は疲労耐性が高いのね……。
――今の島風と戦ったら、どうかな……? わからないな……わからないのが、こんなに嬉しい。こんなの、考えたこともなかった」
(羨ましいぜ、島風。妬けるよ、夕張……あんたらの関係。だって、すごく楽しそうだ。夕張、あんたのそのスプリント――――島風にそっくり……ん?)
憧憬の眼差しを向ける長波の肩を、ちょんちょんとつつく感覚。
「………ん!」
「は? え? 何?」
自らを指さしながら満面の笑みを浮かべる子日がいた。
838
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:13:41 ID:Ee3fDlXc
「子日だよ!」
「お、おう。知ってるよ? それが、どした?」
「むぅ……ねのひー!」
(何が言いたいんだよおまえさんは……――ライバルは私だってか? ハハ、まさかな)」
――そのまさかが来ることを、この時の長波はまだ知らない。
…
……
………
839
:
◆gBmENbmfgY
:2020/12/13(日) 23:16:55 ID:Ee3fDlXc
※今日はこんなところでレストタイム
今回はフフ怖てんりゅーちゃんとキャプテンキッソとばりちゃんでお送りしました
次回は北上様とあぶちゃんかな
一人足りない? 知らんな……
840
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2020/12/14(月) 21:43:40 ID:8j/yWv66
乙
そりゃな、現代栄養学を古典的根性論で否定するような角材ガールは顔じゃない
841
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/02(金) 18:31:56 ID:fie/KCIo
年が明けましたね
>>1
さんマダかなー
842
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/07(水) 16:57:18 ID:FOY4CTdA
いよいよ向こうのスレの更新かなとwktkして全裸待機してたらSS速報逝っちゃって悲しい
深夜でもスレ数上限で建てられなくなってるけどお蔵入りしないでどこでもいいので日の目を見るといいなあって
843
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/11(日) 23:02:48 ID:eYaJYtvI
※
>>1
です。
この度、自宅での病気療養となりすっぽり時間が空いてしまいました。
命に係わる類の病気ではなく、怪我というわけではないのですがちょっと現状は普通に働くのが厳しい。
ろ、ロードバイクに、乗れない……。
少しずつ書き溜めてはいますので、この機会に無理しない範囲で少しずつ投下していこうと思います。
とはいえスレ上限問題はどうしよう。
ま、まあぼちぼち投下していきますので気長にお待ちいただけたら幸いです
844
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/11(日) 23:14:59 ID:/hlS3QMI
乙
えっ待って現状でその報告だとコロナ感染発症の可能性あるじゃんマジお大事に!?
845
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/11(日) 23:26:15 ID:eYaJYtvI
※コロナは3回ほど受けましたが全部(-)でした。
入院して検査したら、身バレがアレなので伏せますが、そこまで珍しくない病気だけどおっそろしく重篤化しているという厄介な状況になってしまい……。
846
:
◆gBmENbmfgY
:2021/04/11(日) 23:31:26 ID:eYaJYtvI
※途中で送ってしまった。
該当する病気が疑われる検査値以外は医者から「うっそだろおまえwww」って言われるぐらい健康的な数値でした。
んで今回症状が快方に向かったので自宅療養へ切り替えと相成りました。
厄介なのが「物理的に動くとヤバい」「動かなければ大丈夫」ってとこですな。
仕事? リモートだろうとだめだってドクターストップですよ。
物理ってのが喋ったりするのも含むらしいのでHAHAHA畜生。
そんなわけで無理しない範囲でちょっとずつ……
847
:
以下、名無しが深夜にお送りします
:2021/04/12(月) 10:24:40 ID:OMwB9aVw
なんともまぁ…
無理せずお大事に…
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