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「小説 人間革命第十巻に学ぶ」

74副管理人Z:2009/06/20(土) 22:59:41
抜刀人:2009/06/05(金) 04:22:10
NO15 P152L10

関西の会員たちは、総会を終えて自信をもった。――――どんなことでも、
やればできるではないか。山本参謀室長の指揮に一切をゆだねれば、どんな
ことでもできるはずだ。

75副管理人Z:2009/06/20(土) 23:06:46
抜刀人:2009/06/05(金) 04:30:44
NO16 P156L8

 それはあくまで、山本伸一の的をしぼった的確な成就であり、彼ら会員の
企てた成就とはいえなかった。しかし伸一とともどもに行動してきたここ三ヶ月
の一体感から、総会が終わった途端、彼らにとってもまさしく骨身をけずった一つ
の成就となったのである。

76副管理人Z:2009/06/20(土) 23:07:22
抜刀人:2009/06/05(金) 04:35:04
NO17 P156L12

 彼らは、狙ったことを着実に成就することがどういうことなのかを、
知らずしらずに学んだといってよい。目立たない陰での辛抱づよい行動の
蓄積が、いかに大きな仕事を成就するかの秘伝を、みずから悟ったとみてよい。
ただ信心さえまっとうで、目的にむかって努力するなら、どんなことでも
できないことはないという底力の覚醒が、言わず語らず以心伝心に、関西の
全会員の胸に充ちあふれてきたのである。

77副管理人Z:2009/06/20(土) 23:07:56
抜刀人:2009/06/05(金) 04:36:30
NO18 P157L8

関西の会員はいよいよ総会直後、よっしゃッと総立ちの気配をみせてきたのである。

78副管理人Z:2009/06/20(土) 23:08:41
抜刀人:2009/06/05(金) 04:44:10
NO19 P157L16

この班の四月の折伏は実に六十五世帯を数えたのである。
 まず、この成果にいちばん驚いたのは班長自信であった。班員たちは歓喜
した。この自分でも人を救うことの手伝いができるという喜びほど純粋な尊い
よろこびはない。

79副管理人Z:2009/06/20(土) 23:09:16
抜刀人:2009/06/05(金) 04:46:23
NO20 P159L9

どうして味方と喧嘩しなけりゃならないのです。意見の衝突はよい。しかし
感情の衝突は喧嘩です。これほど味方の戦力を潰すものはない。

80副管理人Z:2009/06/20(土) 23:09:58
抜刀人:2009/06/05(金) 04:53:06
NO21 P161L1

「東京から連れてきた可愛い同志が、私にこんなに叱られている。なぜか、
 わかりますか。勝利の途(みち)に立ちはだかる魔と私は戦っているのです。
 あなたがたは、作戦が少しばかり軌道に乗ったからといってすぐ得意になる。
 とんでもないことです。驕慢(きょうまん)という魔にたぶらかされている
 ことに誰も気がつかない。そして些細なことからいたずらに感情的になって、
 敵を忘れて、お互いに批判し傷つけあっている。なんということか。

81副管理人Z:2009/06/20(土) 23:10:30
抜刀人:2009/06/05(金) 04:58:54
NO22 P161L9

 山本伸一は御書を手にして、ぱらぱらとめくった。
「十字(むしもち)御書に、はっきりとこうあります。『わざわいは口より
 出でて身をやぶる・さいわいは心よりいでて我をかざる』。いい気になって、
 悪口の言いあいをやっていたら、身を破るばかりじゃない。なにもかも滅茶苦茶
 になってしまう。せっかくここまでみんな努力してきて、危ないところだった。
 団結が破れるのも、口から出るのです。味方のなかにおきる批判中傷は、ことごとく
 魔の仕業です。

82副管理人Z:2009/06/20(土) 23:11:16
抜刀人:2009/06/05(金) 05:00:27
NO23 P162L6

 大聖人様は熱原の難にことよせて、戦いは異体同心であるか、どうかに
決定的な勝敗の因があることを教えてくださっている。

83副管理人Z:2009/06/20(土) 23:12:16
抜刀人:2009/06/05(金) 05:05:46
NO24 P163L2

異体同心なるが故に『大事を成ずる』ことができるのです。私たちの現況は、
まさにこのとおりであるとするならば、異体同心であることほど大切なことはない。
つまり派遣幹部と地元幹部とのあいだに毛筋ひとすじほどの摩擦もあっては、
団結は破れることを知らなくてはなりません。勝つも負けるも、畢竟(ひっきょう)
するところ私たちの一念が固い団結でむすばれているか、どうかにかかっている。
重大なことです・・・・・・

84副管理人Z:2009/06/20(土) 23:12:54
抜刀人:2009/06/05(金) 05:07:50
NO25 P163L14

いつの間にか忍びよった破和合の魔は、山本伸一に早くも見破られて、
関西本部三階の仏間で正体をあばかれ、見事に退散してしまった。

85副管理人Z:2009/06/20(土) 23:13:33
抜刀人:2009/06/05(金) 05:15:23
NO26 P166L8

理境坊では戸田の前で大幹部会が開催された。議題は最後に七月の参議院議員
選挙のことに及んだが、戸田はあくまでも公明選挙を実行することと、信心を
第一の要諦とすることを、ここでも厳しく指導し、焦る各方面の最高責任者を
戒めた。

86副管理人Z:2009/06/20(土) 23:14:11
抜刀人:2009/06/05(金) 05:22:29
NO27 P167L15

彼が寒い一月の時点の苦渋のなかで立てた、大阪の達成すべき四月の予測
成果は、実に八千世帯であった。それを一千世帯も超えている。これで五月
には一万世帯の怒濤の達成も可能となるだろう。すべては予定どおりといって
よいほどの進路をたどっている。不幸の人びとを四月一ヶ月で、九千世帯も
救うことができたではないか。大阪の会員たちが肩をたたき合っている顔を
思いえがきながら、彼は舞い踊りだしたい気持ちに駆られるのだった。

87副管理人Z:2009/06/20(土) 23:14:44
抜刀人:2009/06/05(金) 05:27:29
NO28 P168L8

思う存分戦いきった同志の集結ほど、この世で輝かしいものはない。つい先日
までのここ数ヶ月、山本伸一の激励と指示のままに活動してきた入信の日なお
浅い会員たちは、九千二世帯の悩める人びとを救ったという事実によって、意気
軒昂なまでに蘇生したつややかな顔を揃えていた。まさに関西の地における地涌
の菩薩の涌出(ゆじゅつ)の歓を呈(てい)したといってよい。

88副管理人Z:2009/06/20(土) 23:15:50
抜刀人:2009/06/05(金) 05:38:00
NO29 P169L12

 山本伸一は、関西にはじめて目覚めた破竹のこのエネルギーを、五月へと
持続することを心から祈りつつ最後に言った。
「人生は夢のようなものですが、その人生はまた劇のようなものです。自分を自分で
 どう決めるかに、すべてはかかっているのです」

 彼はたんたんとしながら、そして力強く話をつづけていった。
「私たちは、広宣流布という大目的をもち、民衆を幸せにすると同時に自分自身をも
 幸せにするという人生劇場を、実は演じているのです。

89副管理人Z:2009/06/20(土) 23:16:28
抜刀人:2009/06/05(金) 05:44:50
NO30 P171L13

私たちは最高の仏法をたもち、妙法の哲理を右に慈悲の剣を左に持って、
広宣流布というもっとも慥(たし)かな世界の平和運動に挺身(ていしん)
しているのです。ナポレオンよりも百千万億倍すぐれているといってよい。
断乎として立とう。『前進!また前進!』を合言葉に、五月の活動も見事に
勝ち抜こうではありませんか。大御本尊を奉持している私たちに、何事も
できないことはないからであります」

 山本伸一の最後の叫びは、大阪支部の幹部たちの四月の疲れを吹き飛ばした。
一瞬のうちに、さらなる奮起は「前進!また前進!」の合言葉のもとに、
すさまじいばかりの破竹の態勢をととのえたのである。

91副管理人Z:2009/06/20(土) 23:17:43
抜刀人:2009/06/05(金) 05:48:14
NO31 P172L6

それぞれの地区の特色を思う存分発揮させ、地区の最先端の一世帯までも
異体を同心として脈動する組織体としての活動単位になりうることを、彼は
念願としていたのである。

92副管理人Z:2009/06/20(土) 23:18:56
抜刀人:2009/06/05(金) 05:55:27
NO32 P173L2

彼らの大部分は、七月の戦いを見越しての型にはまった生気のない日常活動に
堕してしまっていることに、激しい反省を迫られた。

93副管理人Z:2009/06/20(土) 23:19:28
抜刀人:2009/06/05(金) 05:58:36
NO33 P173L7

「ここ一ヶ月間、東京の各座談会に原山統監部長といっしょに出席してみましたが、
 どの座談会に行っても折伏の精神がみなぎっている座談会は、一箇所もありません
 でした。実に東京の座談会は、何の迫力もない形式にとらわれた、ただ集まればよい
 という状態でありました。

94副管理人Z:2009/06/20(土) 23:23:02
:説教オヤジ:2009/06/07(日) 21:52:52
・  彼女は弘教活動が「行」としての信心活動の眼目であり、戸田城聖の「折伏しなさいよ」と
  いう簡単な言葉に、信心を深めつつ宿命を転換して幸福な境涯へと展開する一切の原動力があ
  ることを力説して、話は関西勢の現況に及んだ。  (P163・L1)

・  「大阪支部があの怒濤のような折伏をしておりますが、支部長みずから、地区部長みずからが
  率先して折伏を行じています。」
   清原かつは悲憤慷慨のうちに、東京の幹部よ、第一線に立て!と叫んで終わった。 
  (P163・L4)

95副管理人Z:2009/06/20(土) 23:23:52
説教オヤジ:2009/06/07(日) 22:37:35
・  清原かつの叱咤激励も、石川幸男の具体的な提案も、深い反省に立ったそのための発言で
  あったが、残念なことに激励も提案も関西の華々しい座談会に誘発された単なる思い付きの
  域を出なかった。彼ら二人の発言は発想の基盤が薄弱であった。関西をここまで育てるため
  に、はるか前に一念の億劫の辛労を尽くした山本伸一の苦悩は知らず、二人はともに、億劫
  の辛労からは、まったく無縁であったのである。
  (P165・L1)

・  「もともと折伏には弱い強いはないはずです。どこまでも相手を救ってあげよう、どこまで
  も相手に御本尊を持たせよう、この精神さえあればよいのです。大声で、やるか、やらない
  かという。こんなのは強いというのではなくて乱暴というのです。ひどいのになると『よう
  し、やらなければ罰があたるからな』という。こんなのは脅しというのです。
   そうでなく『あなたは苦しんでいますね。この御本尊を拝めば幸せになれる、しっかりお
  やりになったらどうです』といえばよい。
   ここのところを考えてください。わかりましたか?」
  (P166・L1)

・ 「相手の機嫌をとりながらする折伏は弱いというが、相手がどんなことを言おうと、こちらはニ
  コニコ笑いながら相手の痛いところを言ってやる。『この信心をすれば幸せになれますよ。あなた
  のような根性の曲がったのも治りますよ』と。相手が怒ろうが怒るまいが、相手にはかまわず素
  直な顔をして天井を見ていればよい」
  (P166・L9)

96副管理人Z:2009/06/20(土) 23:24:29
説教オヤジ:2009/06/07(日) 23:08:37
・ 質問者はふたたび質問した。
  「折伏の強弱はわかりましたが、もう一つ、幅の広いということと、あるいはご本尊様をただ真
  っ直ぐにしんじていくということについてお願いします」
  「あなたの仏法用語が私にはわからぬが、幅が広いとか狭いとか反物ではあるまいし、そんな言
  葉は学会にはありません。ただ、教学を身につけてから折伏したほうがよいかということだと思
  うが、そんなことを学会は言っていないはずだから、なにかの間違いだろうと思う。
   折伏には、そんな幅だとかなんとかはなくともよいのです。『この御本尊を拝めばあなたの病
  気は治りますよ。悩みが解決します。幸福になりますから拝みなさい』これ以外には無いのです
  教学が必要だというのは、教学があれば信心がこわれない。信心を強めるためにやるのです」
  (P166・L御3)

97副管理人Z:2009/06/20(土) 23:25:11
説教オヤジ:2009/06/07(日) 23:48:50
・ このように沢山の人びとが増えると、指導に骨が折れる。しかし、どこまでもご本尊様を中心
  に指導していってほしい。
  (P168・L9)

・  たとえ、信心の上で地区部長、班長という立場にあっても、聞かれてわからないことは知ら
  ないと答えて差し支えない。それをなんでも知っていなければならないと思っているのは、大
  きな誤りです。なんでも知っているほうがおかしい。
   なぜならば、仏法は非常に深いものであり、五年や十年勉強しても到達することは難しい。
  だから嘘は教えないこと。わからないことは知らないでよいのです。
  (P168・L11)

・  ただ御本尊を持って信じていけば必ず幸福になる。これだけは間違いない。いずれ五年、十年
  先には、私もそうは生きられないから死ぬに決まっていますが、少なくとも今の十倍の人が大御
  本尊様にお目通りしてほしい。
   今よくみると、みんな蒼い顔をして、貧乏の巣のようでありますが、十年後には、みんな自分
  ほどの幸せものはないと胸を張って、大御本尊様にお目にかかれるようになってください。
  (P169・L1)

・  五月の東京は、形式的に座談会の回数はたしかに増えたが、活動形態はあいも変わらず低迷を
  つづけた。座談会を作戦のための一つのテクニックとして捉えていたからである。
  (P169・L8)

98副管理人Z:2009/06/20(土) 23:25:42
説教オヤジ:2009/06/08(月) 02:40:44
・ この広い公会堂を一地区で埋めることは、誰がかんがえても一つの冒険であった。まして地区部長佐
 川一幸の温厚で律儀な人柄を考えるとき、地区世帯数は比較的多いとはいえ、誰しも無謀な企てと考え
 た。しかし、四月五百世帯余の折伏を達成した地区員の自負は、勢いに乗ってあえてこの会場を択ばせ
 たのである。地区員は身も心も軽く嬉々としてこの夜のための結集に全力を注いだ。
 (P170・L4)

・ 控え目であった佐川地区部長の生命力の爆発は、まことに以外であったが、それは公会堂を一地区で
 埋めた意外さでもあった。つまり一月以来の四か月のうちに、山本伸一の打った手がことごとく的を射
 て、大阪の会員達にかくも大きな変貌を遂げしめた慥かな実績を、あらわに無言に語っていたのである。
 (P171・L7)

・ 仏法は勝負であります。仏と魔との闘争であります。自己の生命のうちには、三障四魔となって
 成仏を妨げ、外からは三類の強敵となって広宣流布を遮らんとするものがあります。
 (P178・L1)

・ 私たち、先生の弟子たる学会員は、三類の強敵の出現に奮いたち、ますます強盛なる大信力で立
 ち向かい、また三類の強敵の出現あらば、いよいよ広宣流布の近きを自覚して、異体同心の団結固
 く、さらに前進して征かれんことを切望して講演にかえます。
 (P178・L8)

・ 戸田は、四六時中、会員の幸、不幸について心を砕いていた。総会の壇上からも、眼前の幹部
 たちの表情から人びとの幸、不幸を嗅ぎとっていた。そして、相対的幸福から絶対的幸福への境
 涯に一人のこらず進むことを希いつつ、彼らの胸に日蓮大聖人の慈悲の燈を点火しようとして説
 いていったのである。
 (P179・L後2)

・ 絶対的幸福など、あなたがたは願っていない。願っていないのに、あなたがたはそうならなけ
 ればならない。まことに嫌でしょうけれども、絶対的幸福というのは、どこにいても生甲斐を感
 ずる境涯。どこにいてもですよ、どこにおっても生きている自体が愉しい。したがって、その人
 のいるところはいつも明るい、喧嘩などありません、腹の立つことがあっても愉快に腹が立つ、
 そういう境涯になったら嬉しくありませんか。
 (P180・L6)

・ 戸田にしてみれば、彼らが渦中にあるがゆえに、世法に流されやすい人びとにあえて信心の極
 理をもって戒めつつ、なにがあっても大聖人の信心を貫くことと、その最終の目的を想い起こさ
 せたのである。
 (P180・L後2)

99副管理人Z:2009/06/20(土) 23:26:14
説教オヤジ:2009/06/08(月) 12:45:41
・ 山本伸一は、報恩抄の一説----日蓮が慈悲曠大ならば、南無妙法蓮華経は万年の他・未来までも
 ながるべし----を引いて情熱に充ちた顔を、場内の耳を澄ましている聴衆にむけて言った。
 「日蓮大聖人のこの大確信は、今日の私たちの確信でなければなりません。この確信にたって、信
 行学に励み、自分はなんと幸福者であろうかと、心の底から言いきれる堺支部の一人ひとりになっ
 ていただきたい。
  いま、私たちは未曾有の戦いを眼前にしています。大聖人のおっしゃるままに、師子王の心をと
 りいだして、前進また前進の五月を戦い抜こうではではありませんか」
  堺支部も地区ごとに決起大会を開くことが決定されていた。まとまりのよい小さい支部も、確実
 に跳躍の態勢が、いつとはなく整えられていたのである。
 (P182・L1)

・ これら一連の全体指導を目的とする大きな会合が続くなかにあって、各地区各班の座談会は大阪
 の全地域にわたって夜ごとに各地で開かれていた。
  地区講義の夜も、講義が終わると、それがそのままいつか座談会となり、新来者との対話がはじ
 まるのであった。
 (P182・L後3)

・ 五月に入ると、山本伸一は昼は拠点をつぎつぎとまわり、夜は各所の座談会に顔を出した。
 まるで神出鬼没といったように、瞬時をおしんでの激闘がはじまったのである。
 (P183・L2)

・ 山本伸一の行くところ、弘教拡大の渦が巻きおこった。
  彼は時に大胆であり、意気のあがらぬ多人数の座談会を見ると、黒田節を舞って人びとを元気
 づけたり、少人数でひっそりしている座談会では、勤行をし、一人ひとりに懇切をきわめた指導
 を細心にするのだった。
 (P184・L8)

・ 彼はその途上、車の中にあって小声で題目を唱えつづけていた。まるで大阪の広汎な未見の地
 域に挑戦するような人知れぬ奮闘であった。
 (P184・L後4)

・ たとえば女性地区部長の一人、麻田元枝の地区は出足が遅れていた。彼女は意を決し、地区座
 談会に先立って、拠点で心ある地区幹部と二時間にわたる真剣な題目をあげて祈念して迎えた。
  はたして全地区あげての戦いは、八十人をこえる新来者を集め、一時間、二時間の対話をかさ
 ねるうちに、その新来者の全員が入信を希望して終わった。
  弘教の歓喜は、会員はもちろん、新来者まで巻きこんでの涙となって手を取りあったのである。
 (P185・L3)

・ はげしい弘教活動の大波に足を浚われる幹部も、少数だがしばしば見受けられた。彼らは信心
 活動が激しくなればなるほど、意気消沈して生気を喪った顔になっていった。もともと仕事が不
 調であったせいもあるが、駄目な仕事に努力する事を棄て、ただ信心活動にたよることによって
 苦境から脱しようと希い、生活の基盤をまったく軽視して虫のよいことを考えている人たちであ
 った。
 (P185・L9)

・ 私は仕事をしない人を絶対に信用しません。日蓮大聖人の仏法に照らしても、信用してはなら
 ないことは明白です。仕事に憂いがあるようでは、思いきった戦いができるはずがありません。
  ほんとうの信心は、そんな甘いものではない。『仏法は体のごとし世間はかげのごとし体曲が
 れば影ななめなり』です。
 (P185・L後1)

・ 『天晴れぬれば地明らかなり法華を識る者は世法を得可きか』また『御みやづかいを法華経と
 をぼしめせ』----このように厳しく戒められています。信心で飛びまわっていればなんとかなる
 だろうという考えは、大聖人の仏法ではありません。
 (P186・L4)

・ 今は苦しくても歯をくいしばって、仕事にも信心にも頑張るときです。『法華経を信ずる人は
 冬のごとし冬は必ず春となる』----大丈夫です。御本尊はすべてを御存知です。今はいつまでも
 冬がつづくように思っているでしょうが、けっしてそんなことはない。まもなく必ず春が来ます
 。今は頑張るときです。
 (P186・L7)

・ 山本伸一の熱情こめた指導に、うち萎れていた人たちは、みるみる血色を蘇らせ生活不振とぐ
 うたらな信心を吹きとばして、ふたたび奮起するのであった。
 (P186・L後5)

100副管理人Z:2009/06/20(土) 23:29:42
説教オヤジ:2009/06/08(月) 14:13:57
・ 法華経の勧発品に、ちゃんとあります。ここにはいないようだが、鼻の低いのも唇の醜いのも
 、すべて法華誹謗の罪である、というのですよ。
  みなさんの過去世は、私は知りませんが、さかんに法華誹謗をした人もいるわけですね。だか
 ら正しい信心で罪障を消さなければならんのです。そんな罪障が消えるなどとは思われないかも
 しれませんが、しっかり信心を貫いてごらんなさい。どんな人も、それなりに必ずなんともいえ
 美しい表情に輝いて来ます。それが罪障消滅の証拠です。どこまでいっても信心です。
 (P187・L4)

・ 伸一は事務室に戻ると、その女子社員の会社の電話番号をきき、ダイヤルをまわした。信心反
 対の社長は意外な創価学会の責任者の言葉に感動したのであろう。やがて戻ってきた女子部員を
 追求しなかった。その後、いつか気持ちよく協調してくれるように変わっていったのである。
 (P188・L9)

・ 山本伸一の疾風迅雷ともいうべき活動は、関西の跳躍の気運の持続を促した。
  (P188・L後3)

・ 当時の人びとの今日になっての回想は、異口同音に----あの時はどうしてあんなに愉し
 かったのだろう。生活も苦しかったし、信心もよくわからなかったのに、あの歓喜は今も
 って忘れることはできない、ということに尽き、懐かしさのなかに今日の幸福が確立され
 たことを追想するのである。
 (P188・L後1)

・ 伸一の早朝勤行と講義は、朝ごとの活力のリズムとなった。
  この活力のリズムは、派遣幹部や地元首脳幹部のその日その日の行動を清新に決定し、リズム
 は組織に脈動しつつ全関西跳躍の鮮烈な源泉となっていった。
 (P189・L4)

101副管理人Z:2009/06/20(土) 23:32:07
やまいぬ。:2009/06/08(月) 20:58:18

代田は流しで顔を洗い始めた。落ち着け、落ち着けと、わが心に言いきかせ、よし、勤行だけは
是非していかねばならぬと肚(はら)を決めた。(略)
彼はさっさと仏壇の前に端座し、ロウソクに火をつけ線香をともし、音吐朗々として五座の勤行を
はじめた。彼は心の動揺が、みるみる平静になっていくのがわかった。(略)おかしな話だが、
いよいよ難が来たとでもいうのであろうか。よし、何が起きようと、しっかりしなければならぬと
覚悟した。代田よ、しっかりしろ、とわれとわが心を励まし、最後に深い祈念をして仏壇の扉を
閉じた。(文庫版P206 L.13)

102副管理人Z:2009/06/20(土) 23:32:50
やまいぬ。:2009/06/08(月) 20:59:01

お守り御本尊を取りあげられたとき、代田は頑強に抗議した。――信仰は自由ではないか、
まだ罪人ではない、一容疑者にすぎぬ。命より大切な信仰の対象である本尊を取りあげるとは、
信仰を弾圧するものである、と息まいた。刑事はそんなことではない、それについている紐が困ると
言った。そこで、紐だけはずしてお守り御本尊そのものは、彼のワイシャツの胸ポケットにおさまった。
(P208 L.9)

103副管理人Z:2009/06/20(土) 23:33:27
やまいぬ。:2009/06/08(月) 20:59:35

夜になったとき、東の方をむいて大御本尊を思いうかべながら夜の勤行を始めた。(略)留置場の看守が
とんできて、制止しようとしたが、彼は意に介せずつづけた。(P208 L.16)

104副管理人Z:2009/06/20(土) 23:34:05
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:00:05

「あんた、なんでそうお経ばっかりあげはるのや。なんか、ええことでもおますのかいな」
監房の一番の古手の牢名主ともいうべき“監房長”の質問である。
「ええこと、おますとも。誰でもみんな倖せになれる信心は、世界中でこれしかおまへんのや。」
「そりゃ、ほんまかいな」
牢獄でひらく座談会である。
二十五歳の広布の徒・代田不二也は諄々として説きはじめた。(P209 L.8)

105副管理人Z:2009/06/20(土) 23:34:35
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:00:39

このような個々別々にはすでに解決していたはずの事柄を蒸しかえし、団体としての暴力が
あったかのように警察当局は一斉逮捕に踏みきった。そして十五日夕刊には、大阪の新聞という
新聞がそろって「暴力宗教創価学会」という見出しのもとに、派手な掲載をした。
事の真実を知るものにとっては、警察の意図がかなり陰謀的な術策を弄しているように映ったのも
当然である。また、仮に警察が正義の味方としての行動であったとしたら、誰かが、何かが警察を
かくまで狂奔させ踊らしめた「魔」の蠢動のあったことを物語るものであった。(P212 L.7)

106副管理人Z:2009/06/20(土) 23:35:07
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:01:12

この権力の根源の一つは、多分他宗の陰謀にあったのだろう。四月の大阪支部の九千世帯の
本尊流布を知って、あわてたのは大阪の他宗の首脳者たちであった。ある他宗の首脳者の一人が、
このころ、相手が学会員だとは知らずにもらした言葉がある。――寺というものは、檀家が三百軒も
あればなんとか立ちゆくものである。ところで創価学会が大阪方面で1か月に九千世帯も入信させた
そうだが、こうなると1か月で三十か寺がおかしなことになる計算だ。これでは大変だ。われわれも
生活防衛を考えなくてはならなくなった。(P214 L.3)

107副管理人Z:2009/06/20(土) 23:35:44
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:01:42

いずれにせよ、五月三日の総会での山本伸一の警告が、意気衝天の大阪なるが故に真っ先に
的中したといわなければならない。まことに「行解既に勤めぬれば三障・四魔・紛然として競い起る」である。
この魔の蠢動に対しては「随う可らず畏る可らず」である。時を移さず、関西本部にいた山本伸一を
はじめとする首脳幹部は、大阪の全会員を護るため敏捷に立ちあがった。この魔の出現に際し
「之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ」である。(P214 L.14)

108副管理人Z:2009/06/20(土) 23:36:21
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:02:13

受講する今夜の会員は、夕刊によって一人にこらず今朝の事件のことを知っていた。(略)彼らの戸田を
みつめる眼は、いつもとちがって異様に興奮していたのも無理はない。あるものは義憤に燃えたち、
あるものはいささか怯え、あるものは戸田にすがりつかんばかりの眼をむけていた。(略)
戸田は何事もなかったように、あえてにこやかに一同を見わたし、落ち着きながら今夜の御書
「瑞相御書」の講義にはいった。
夫れ天変は衆人をおどろかし地夭は諸人をうごかす、仏法華経をとかんとし給う時五瑞六瑞をげんじ給う、
其の中に地動瑞と申すは…。(略)
「ものごとには必ず瑞相というものがある。天変があり地夭があって、人びとは驚くけれども、それには
すべてわけがある…….。(略)」
末代は又在世よりも悪人多多なり、かるがゆへに在世の瑞にも・すぐれて・あるべきよしを示現し給う。
「私どもは末代に生きております。悪人も釈尊在世とは比較にならないほど多い。たちも悪い。したがって、
その瑞相も比較にならないほど大きなものが現れるというのです。戦時中、日蓮正宗・創価学会は徹底的な
弾圧を受けました。恩師牧口常三郎先生は、今こそ諌暁の秋(とき)であると叫んで、ついには牢獄で死を
迎えたのであります。そして日本国は、ひとたび亡びたのです。これも末法の大瑞の一つと確信して
みたいのであります」
戸田は、あくまでも御聖訓をまず引いた。さらに御聖訓が、そのまま現実の折伏逆化しておる教団に
表れることを諄々と論ずるのであった。
「このところ関西の地で、皆さんが少しばかり熱心に法華経を説き、いささか活発に弘教活動をした。
なに一つ悪いことはしておりません。しかし末法において法華経を説くのですから、在世にもました
瑞相があらわれなければならぬ。(略)難といえばまさに難であります。法華経故の光栄ある難といって
差し支えありません。」(略)
……人の悦び多多なれば天に吉瑞をあらはし地に帝釈の動あり、人の悪心盛なれば天に凶変地に
凶夭出来す、瞋恚の大小に随いて天変の大小あり地夭も又かくのごとし、今日本国・上一人より下万民に
いたるまで大悪心の衆生充満せり、此の悪心の根本は日蓮によりて起れるところなり……。
「(略)この大悪心の根本はなにかというと、一切衆生を根本から救済しようとし、救済の方法までも
明確に叫ばれた日蓮大聖人を怨(あだ)む心にあった。(略)末法の衆生がわけもわからず創価学会を
怨とするのも、彼らの大悪心のためです。私たちが希(ねが)うところは、大聖人の仰せのままに、
この世から不幸という不幸を一切なくすことにあります。(略)日蓮大聖人様は首の座にのぼられても、
師子王のごとく毅然として一歩も退することなく戦われました。私たちは師子王の子であります。
大聖人様のお褒めにあずかる行動を確信をもってつづけることこそ、いまの私たちの信条でなければ
なりません。」(P215 14)

109副管理人Z:2009/06/20(土) 23:36:57
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:02:45

かつての偉大なる体験者、差し入れのことなどをこまごまと指図し、場合によっては大阪府警当局を
告発することまで、伸一たちと夜の更けるまで話し合うのだった。
山本伸一は、降って湧いたようなこの逮捕事件が、関西の全会員にどのように影響しているかを注意深く
見まもっていた。眼にする学会員の表情ばかりではない。全身を耳にしてあらゆる情報をもとめ、子細に
検討して早急に対応策を立てなければならなかった。(P221 L.5)

110副管理人Z:2009/06/20(土) 23:38:09
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:03:18

山本伸一は、ぐっと胸にこらえ、いかにしてこの受け身の姿勢から一挙に脱して、反撃か、能動の姿勢に
もどすかに心を砕いた。彼が深夜にひとり関西本部の御本尊のまえに端座し、いつまでも唱題するのを
見かけた人もいた。彼はまた眠れぬ夜を送ったのであろう、まだ日も昇らぬ靄のたちこめた早朝、起きだした
彼は関西本部を出て街路に立っていた。そして、やがて日の昇るのを、じっと見つめていた。
静寂な街路に今日もまた旭日は燦として昇っていった。
「ようしッ!」
人気のない街路に、彼の活力が声を発していた。彼は、さっと身をひるがえすと、三階の部屋に駆けこんだ。
そして模造紙をひろげると筆にたっぷりと墨をふくませて、墨痕あざやかに一気に書きおろした。文字は
力強くおどっていた。
『電光石火』(P222 L.2)

111副管理人Z:2009/06/20(土) 23:38:46
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:05:06
(敢えて長文。2分割します)

「まず報告を聞きましょう。昨夜の座談会は、どんな空気だった? 誰でもいい」
伸一の問いかけに、彼らは発言しようとしながら、誰かが口火をきるのを待っているようすである。
しばらくは、かえって重い沈黙に落ちた。
「上田君から聞こうか……」
伸一の再度の問いに、上田藤次郎は、口ごもって歯切れ悪く言いだした。
「みんな元気でしたが、昨夜は早く解散しました。事件のことを特に質問するものもなく終わりました。
みんな知っているのに、質問がなかったことは、内心かなり怯えている節もあるように見受けられました。
強い質問があれば、こんどの事件について徹底して話そうと思ったのですが、その機会もなく……。」
この瞬間、伸一の口からいきなり激しい叱咤が飛んだ。
「怯えているのは、君ではないのかね!」
上田は口をつぐんで立ちすくんだ。
強烈な叱咤の一撃は、人びとの虚を衝き、はっとわれに還らすには充分だった。人びとは、はじめて伸一を
ひたと見つめ、このうえない真摯な面持ちで居ずまいを正した。
――怯えているのは、必ずしも組織の尖端の会員ではない。首脳幹部たるものの君たちの心ではないか、
との指摘は、深く彼らの胸の奥につき刺さった。(略)
「今こそ、私たちの信心のなんたるかを思い起こしていただきたい。御義口伝にある御金言ですが、
『此の法華経を持(たも)つ者は難に遇わんと心得て持つなり』というお言葉があります。法華経を持つ
私たちは、このたびの難を当然のこととして心得なければならないのです」
彼の厳しい口調は、さらに進んだ。
「しかし、日蓮大聖人様の難にくらべれば、難というのもおこがましいような難ですが、凡夫の拙さで
大なり小なり影響をうけずには済みません。電光石火、これにどう対処して戦っていくかが、現在の
課題です。どこまでも金剛不壊の信心にこそ解決の指針をもとめなければなりません。かつて四条金吾が、
処世上の難にあったとき、大聖人様があたえられたお手紙があります。――なにの兵法より法華経の兵法を
もちひ給うべし、『諸余怨敵・皆悉摧滅』の金言むなしかるべからず……ふかく信心をとり給へ、あへて
臆病にては叶うべからず候――どこまでも信心を強くしていくならば、どんな怨敵もことごとく滅びてしまう。
それには私たちの信心がなんたるかに、さらに深く思いをいたさなければならない。どうあってもまず
絶対に臆病であってはならないとの仰せです。
私たちの心に少しでも怯えがあっては、魔に負けていることの証拠です。まず、これを抛りださなければ
ならない」
紅潮した伸一の真剣な顔には、首脳幹部たちの心の隅に巣くう眼に見えぬ魔に、あえて挑戦しているような
激しさがあった。

112副管理人Z:2009/06/20(土) 23:39:24
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:05:39
(続き。)

「また御書に、凡夫が仏になるためにはさまざまな障碍があらわれうことを、大聖人様は諭され、
『必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり』と仰せです。私たちはいま、
賢者であるか愚者であるかを、胸に手をあててよく考えてほしい。大聖人様の真の弟子であるか、どうかも
自然とここで分かれるのです。
大聖人様は熱原の法難のとき、愛すべき弟子たちに、いかに難に処するかをお教えになっています。
それが『聖人御難事』というお手紙です。ご自分の過去の数々の大難を思いかえされ、温かくもまた厳しい
御指南です。
『各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをづる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・
又かくのごとし、彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり』私たちが日蓮が一門で
あるならば、すでに師子の子であるはずだ。この自覚があるならば、今こそ、信心で培ったわが胸中の
師子王の心をもって、どんなにおどかされても怯えてはならぬ。ライオンはどんな猛獣にあっても
怯えないからこそ百獣の王です。いかなる迫害や批判中傷にあおうと、師子の子たる私たちは
怯えないからこそ、大聖人様の弟子だと胸を張ることができるのです。
大聖人様のご生涯は、度重なるいかなる難にあわれても、まことに師子王のご生涯でした。また近くは
牧口先生も戸田先生も、あれだけの難に絶対に屈しなかった。そのお陰で今日の私たちがあり、
今日の関西の華々しい戦いがあるのです。私たちは余り景気のいい顔はしておりませんが、私たちの
行動は『師子の吼るなり』です。今こそ信心の原点を確認し、泰然自若として堂々と広宣流布の駒を
さらに進めなければならなりません。私たちの肩にかかっているのは、大阪四万五千世帯の学会員の
幸、不幸の重さです。頑張るときは今です。信心の利剣で魔を打ち破るのも今です!」
寂として声はなかった。
人びとは伸一の挙げた文証はみな知っていたが、ただ知っていたというだけで少しも血肉になって
いなかったことを悟らずにはいられなかった。それがひとたび伸一の口から発せられると、大聖人の
血を吐くようなお言葉が胸に迫り、滝に打たれるような思いに駆られるのであった。――まさに、
そのとおりである! 反問の余地はなにひとつない。
彼らの胸中に巣くった魔は、伸一の激烈な力説によって、ことごとく追い払われたのであろう。爛々と
蘇った彼らの眼には、師子の子の光が宿っていた。(P223 L.4)

113副管理人Z:2009/06/20(土) 23:39:59
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:06:31

「現在、私たちは末法の法華経の行者の弟子であることは間違いない。してみれば私たちを信心の故に
迫害する人は誰であろうと、当座はなんでもないようだが、やがて遂には亡びると仰せです。
大聖人様はこのすぐ後で、反逆した弟子たちや退転した弟子たちや、迫害した人びとが罰を受け、
さらに日本中が疫病や同士討ちや他国からの侵略で現に罰を蒙っていることを挙げられております。
(略)正しい仏法が、正しい信仰が最後に勝たないわけがない。世間や新聞がなんと中傷しようと、
それに紛動されてはせっかく信心してきた多くの会員が、幸せになれるものをむざむざ棄てることに
なります。そうなっては、一月から今月まで一生懸命にやってきた何万という大阪の学会員が可哀想です。
それを思うと、どうあっても一人の落伍者もなく最後まで信心を貫きとおすように、皆さんそろって
よく指導してください。私の希いはそれだけです。くれぐれもお願いします。(略)」
この日、昼から夜にかけて、大阪全地域の座談会やその他の会合で、伸一の一念から発したこの朝の
早朝講義の脈動が、奔流の勢いで走ったことは言うまでもない。それは見事なものであった。
五か月かかって作りあげた血行のよい組織態勢は、いかなる難にも耐えるだけの強靭さと柔軟さを、
いつか備えるまでになっていたからである。(P228 L.14)

114副管理人Z:2009/06/20(土) 23:40:37
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:07:11

「こういう怪しからん事件が大阪で起きたのも、現代の政治のばかげた一面です。このような悪い政治を
いかにして是正したらよいか、まず政治を根本から正す立派な政治家が多く出現しなければならない。
民衆の力で、そのような政治家をまず育てないことには、いくらブツブツいってもどうにもなりません。
そのためにも、われわれの文化活動があるのです。高潔にして有能な政治家が今ほど必要な時はない。(略)
皆さんはびっくりしたろうが、最後は正しい者が勝つ。正しい信心をしておる者が勝たないはずはない。
われわれは堂々となすべきことをやっていくだけです。(略)」(P231 L.3)

115副管理人Z:2009/06/20(土) 23:41:14
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:07:52

代田不二也は留置場にあって至極満足であった。この夜、彼は寝ながら胸のポケットにおさめた
お守り御本尊に手をおきながら、尽きぬ感謝を捧げた。――このお守り御本尊のお伴をして、
はからずも留置場までやってきた。それも南無――の故である。そう思いいたったとき、感謝は
歓喜と変わり、喜悦の涙がとめどもなく流れた。(P234 L.17)

116副管理人Z:2009/06/20(土) 23:41:54
やまいぬ。:2009/06/08(月) 21:08:23

しばらくして入信し、やがて新たな使命に燃える青年部員となり、京間六畳のアパートに住む
セールスマンとなったが、侘しさは一向に変わらなかった。
昼間の仕事の他に、夜は学会活動に専念し、青年たちといるあいだは意気軒高で、青年の客気に
すべてを忘れたが、ひとたび深夜の真っ暗なアパートに戻り、夜更けに溜まった洗濯をする侘しさは、
彼を底知れぬ悲哀に陥れることもあった。
薄給である。外食費のほかに夜毎の活動や東京の会合に行く交通費を捻出しなければならない。
前途の曙光は実に遠かった。そこへ、昭和三十年の一月、男子部の部隊は二分され、新部隊長として
彼の後輩の医学生、大矢良彦が分隊長から一躍抜擢された。多くの先輩は幹部長にとどまった彼の怨嫉を
戒めてくれ、彼もたじろがずに済んだが、異様な孤独感に襲われて、どうしようもなかった。
信心の世界における孤独感ほど身や心を苛むものはない。以来、彼は部隊参謀になっても胸に宿命の悲哀を
たたえて闘っていた。
山本伸一が代田不二也のこの胸深く抱いている悲哀の影を見逃すはずもない。(略)
「代田君、毎日ごくろうさま。ところで、君の押入には、靴下がダンボール箱にいっぱい溜まっているだろうなァ」
「えッ? 参謀室長、なんでそれをご存知なんですか」
「そりゃわかるさ。……僕も寒々としたアパートに三年間ひとりで住んだことがある。(略)君も知っていると
思うが、『世界を制覇せんとするものは、汝自身の悲哀を制覇せよ』という言葉がある。自分の意志なんかで、
己の悲哀は制覇できないとしても、それができるのがこの信心の修行だよ。これは間違いない。
私もかつては今の君よりも自分自身を情けなく思ったこともある。君も私とまったく同じなんだ。(略)将来は
誰が保証しなくとも、御本尊様は保証してくださっている。頑張ろうじゃないか。いまの戦いのすべてが、
仏道修行なんです。(略)」
山本伸一は、便箋にさらさらと書き認めた。
世紀の丈夫たれ 東洋の健児たれ 世界の若人たれ 君よ 一生を劇の如く
(P236 L10−)

117副管理人Z:2009/06/20(土) 23:45:44
河内平野:2009/06/05(金) 01:15:39


地区部長の家を突然訪問した山本伸一は、地区部長の留守を知ると
家人に一本の扇子を預けて、よろしく、と言って玄関からそのまま
立ち去った。夜、地区部長が戻って扇子をひろげてみると、「獅子奮迅」
と認めてあった。(p242 6)

118副管理人Z:2009/06/20(土) 23:46:21
河内平野:2009/06/05(金) 01:18:59


逮捕事件は逆に組織の団結を固めていった。団結は地湧の歓喜を
燃え上がらせたのである。 (p242 後3)

119副管理人Z:2009/06/20(土) 23:48:37
河内平野:2009/06/05(金) 01:22:08


これをきいた四人の釈放者は、英雄気取りの影はまったく薄れ
いま展開されている激しい大阪の戦列に直ちに復帰した。
(p244 9)

120副管理人Z:2009/06/20(土) 23:49:09
河内平野:2009/06/05(金) 01:24:38


座談会は東京でも活発になっていたものの、予定表に組み込まれた
予定をただ機械的にこなしているにすぎないと思われた。
(p244 後2)

121副管理人Z:2009/06/20(土) 23:49:46
河内平野:2009/06/05(金) 01:29:39


幹部なるが故にお役目ご苦労といった気配が濃かった。あの大阪の
溌溂たる歓喜は、東京の座談会ではまったく影をひそめていたといっ
てよい。あの大阪の赤子を背負って活躍する婦人部員たちのかがやい
た眼は、東京の会員のなかにはなかった。

戸田は、これではもはや戦いは負けだと思った。

(p246 1)

122副管理人Z:2009/06/20(土) 23:50:22
河内平野:2009/06/05(金) 01:34:19


戦力を充分に保持しているはずの東京なるが故に、彼の指揮にまかせた
ものの、大幹部ぞろいの東京は彼の指揮では動かぬだろう。

このまま推移すれば、澤田は討死するしかない。そして、結果は敗北に
つながる。  (p247 4)

123副管理人Z:2009/06/20(土) 23:50:58
河内平野:2009/06/05(金) 01:40:07


「島原の乱というのを知っているだろう。・・・・・・

徳川幕府は板倉重昌という小大名を鎮圧の大将として向かわせた。
大将になるだけ幕府の信任は厚かったものの、九州の諸大名は、朝倉
などという小大名の指揮の下で戦うことを潔しとしなかった。」

(p248 9)

124副管理人Z:2009/06/20(土) 23:59:43
河内平野:2009/06/05(金) 01:43:27


大阪の戦いには爆発するような歓喜が渦巻いている。
東京は、なにか淀んだままなかなか渦が起きてこない。
いくら世帯数が多いからとたのんでも、戦いにならない
(p250 5)

125副管理人Z:2009/06/21(日) 00:00:16
河内平野:2009/06/05(金) 01:45:33


惰性も一つの軌道である以上、新しい軌道の敷設が先行すべきであった。
(p251 後3)

126副管理人Z:2009/06/21(日) 00:00:51
河内平野:2009/06/05(金) 01:48:43


座談会の良い悪いは、この破折精神の強弱にあるというのである。
東京方面の惰性的な座談会の実態を衝いたものであった。
(p253 1)

127副管理人Z:2009/06/21(日) 00:01:27
河内平野:2009/06/05(金) 01:51:40


座談会に新しい人をつれてくるのを忘れていた。
おなじ顔の人がおなじ話を繰返す。これでは惰性になって、新しい
人を救うという精神を喪った座談会になってしまう。
(p253 後3)

128副管理人Z:2009/06/21(日) 00:03:00
河内平野:2009/06/05(金) 01:53:44


憶測はさらに疑心を生み、疑心はさらにあらぬ中傷へと変わっていった。
(p256 後4)

129副管理人Z:2009/06/21(日) 00:03:31
河内平野:2009/06/05(金) 01:57:06


会員はすべて手弁当でなんらの報酬も望まず、各々が推薦した責任
として精いっぱい動いただけである。ただ動いて、しかも推薦責任
を全うすべく自発的に動いている。
(p257 8)

130副管理人Z:2009/06/21(日) 00:04:01
河内平野:2009/06/05(金) 01:59:12


戸田城聖は日程を立てて、日本列島を北から南へと東奔西走して寧日
がなかった。 指導と激励のためである。
(p257 後5)

131副管理人Z:2009/06/21(日) 00:04:32
河内平野:2009/06/05(金) 02:08:36


代々身延日蓮宗であったことから、彼の父は宗教に懲り、法華経や
御書を研究しているうちに、家業をほとんど顧みず、京都などの
身延派寺院で三年の修行の後、僧籍までも得た。ところが、身延派の
教義は誤りであるといって、みずから「基調社」なるものを結成し、

神戸、京都、福岡、熊本などで布教しはじめ、本尊までもみずから
書写して信者に与えるという、とんでもないところまでいってしまった。
母も熱心な信者で、結核を病み、時に狂熊を演じたが、それもこの信仰の
力によるものと錯覚していた。
(p259 後6)

132副管理人Z:2009/06/21(日) 00:05:45
河内平野:2009/06/05(金) 02:12:35


四十五歳までは金を残そうと思わなくてよい。事業で儲けようとは
しないで、信心活動一本で頑張ってみなさい。人間は四十五をすぎて
から自分のことは考えればよい。それまで信心一本でやってみなさい
(p263 4)

133副管理人Z:2009/06/21(日) 00:06:20
河内平野:2009/06/05(金) 02:17:02


任せると、やらせるとは、たいへんな違いだ。そんなだらしのないことで
どうする。私は君を地区部長にしたが、地区部長をまかせているのではない。
やらせているのです。放任ではない。ここのところを勘違いしているようでは、
君は地区部長としても事業家としても落第です
(p265 2)

134副管理人Z:2009/06/21(日) 00:06:50
河内平野:2009/06/05(金) 02:19:29


指導を求め、それを一つひとつ厳しく実践しぬくことに学会幹部として
の岡田一哲の人間形成があった。
(p265 後7)

135副管理人Z:2009/06/21(日) 00:07:28
河内平野:2009/06/05(金) 02:25:25


選挙の公明な活動は、これらの妨害にあって神経的に攪乱された。
各地に散っていた首脳幹部は、他候補との競り合いよりも、純真な
会員の人権が無視された事実に憤激した。

そこで毎日、妨害対策本部と連絡をとりながら当局に対する抗議と
処置に忙殺される始末だった。

(p268 9)

136副管理人Z:2009/06/21(日) 00:08:05
河内平野:2009/06/05(金) 02:29:04


当局の創価学会に対する無知と、会員の法律知識の欠如による無知とが
輪をかけて一つになり、重なる無知が非常識な事件の続発をもたらした
というのが、おそらく真相に近いといってよい。
(p269 後6)

137副管理人Z:2009/06/21(日) 00:08:42
河内平野:2009/06/05(金) 02:31:24
No21

出陣は、まず一家の信心をかためることからはじまった。
(p270 後2)

138副管理人Z:2009/06/21(日) 00:11:22
河内平野:2009/06/05(金) 02:36:28
No22

誰も彼も、もう家にじっとしていられなくなった。
街頭へ街頭へと、会員は誰にいわれたのでもなく、みずからの使命を
自覚して飛び回った。あちこちで警察の干渉が頻発していたが、その影
に怯えるよりも、使命の重さの自覚のほうが、はるかに勝っていたのである。
(p272 後3)

139副管理人Z:2009/06/21(日) 00:11:59
河内平野:2009/06/05(金) 09:36:20
No23

山本伸一は、一つ一つ適切な指導を与えたり、関係者を急遽派遣して、
その処置にあたらねばならなかった。現実は、まことに厳しく複雑と
いってよい。この厳しくも複雑な事態を乗り越えねば、広布の現実的
展開は進まない。
(p274 3)

140副管理人Z:2009/06/21(日) 00:12:36
河内平野:2009/06/05(金) 09:36:57
No24

いよいよ決戦段階にはいった七月初めの朝、山本伸一は首脳幹部を前にして
御書をひらき、新池御書の一節を読みはじめた。
(p275 7)

141副管理人Z:2009/06/21(日) 00:13:12
河内平野:2009/06/05(金) 09:37:34
No25

この御書のとおりであります。みんな力をあわせて一丸となって今日まできた。
(p275 後3)

142副管理人Z:2009/06/21(日) 00:13:42
河内平野:2009/06/05(金) 09:38:12
No26

東京からやってきて、幾月ものあいだ毎日毎日、私に叱られながらよくやってくれました。
ありがとう。今日からは、思う存分、思い切りやってください。
ここまできて、もし負けるようなことがあったら、それこそ大阪の人が可哀想です。
(p276 後1)

143副管理人Z:2009/06/21(日) 00:14:19
河内平野:2009/06/05(金) 09:38:44
No27

伸一は、これでよし、勝てる、となぜか思った。
各拠点の責任ある幹部が、最後の最後の瞬間まで緊迫感を持続している
(p277 後4)

144副管理人Z:2009/06/21(日) 00:14:56
河内平野:2009/06/05(金) 09:54:33
No28

どの報告も楽観的でいちおう景気はよかったが、彼の心の肌に感ずるものは、
数字的な報告とは反対なものであった。楽観の裏には油断がひそんでいた。
(p278 後2)

145副管理人Z:2009/06/21(日) 00:15:37
河内平野:2009/06/05(金) 09:55:22
No29

全国的な支援活動が、なにゆえにあれほど妨げられなければならなかったのか

・・・・・・・・・・・今の世の中は、宗教などというものを、いささかも信頼していない。
宗教は死んで衛生無害なものと思い込んでいる。ところが信頼すべき唯一の宗教が、
世間の風にはじめて身をさらすと、たちまちこの騒ぎである。
日蓮正宗・創価学会の宗教が生きていることを、世間ははじめて知るに及んで
(p279 8)

146副管理人Z:2009/06/21(日) 00:16:14
河内平野:2009/06/05(金) 09:56:00
No30

おそらく彼らははじめての挫折を知って驚愕するだろう。
広宣流布も、いよいよ険しい道にさしかかったのだ
(p280 6)

147副管理人Z:2009/06/21(日) 00:33:11
やまいぬ。 :2009/06/06(土) 09:18:29
「春木征一郎が第三位のまま、当選確実というアナウンサーの声がひびいた。
途端に、わーッという歓声があがった。待望の『不可能を可能にした』成就の瞬間である。
人びとは、やった、やった! と跳びあがり、つづいてバンザイ、バンザイ! と絶叫しながら、なかには
抱きあいながら喜びのあまり涙を流すものもいた。(略)
山本伸一は、ひとり静かに横になっていた。彼の胸中は喜びよりも東京の模様が心配であったにちがいない。
いや、戸田会長の胸中の苦悩と激務による健康を、ひたすら心配していたのである。」(文庫版P282  L.5−)

148副管理人Z:2009/06/21(日) 00:33:48
やまいぬ。 :2009/06/06(土) 09:19:09

「湧きたつ興奮のなかで、伸一はさっきから腕時計をちらちらと見ていた。そして、そっと席を立ち、別室で身支度を
整えていた。(略)
『ながながお世話になりました。よかったね。ありがとう』
『いいえ、いいえ、室長…』
『これから東京に帰ります。皆よろこんでいるね。よかった。…日露戦争の乃木将軍は、一将功成って万骨を
枯らしたが、私は、一将功成らずとも、関西の同志が一人のこらず幸福になってくれれば、それでいいのです』
伸一の言葉は、ひとり呟くように、しみじみとしたものだった。管理人は絶句して答えることもできなかった。」
(P283 L.12)

149副管理人Z:2009/06/21(日) 00:36:26
やまいぬ。:2009/06/06(土) 09:21:10


(非常に長くなりますが、ここはノーカットで)
「航空機は厚い雲の層をやぶってやがて雲海の上に出た。果てもない蒼穹の下に浮かぶ真っ白な雲は、
生き物のようにさまざまな格好をしていて、それがまた徐々に崩れてあらたな姿態をつくりつつあった。
この世ならぬ雲海の世界は、あくまで澄み透り、地上の世界をまったく遮って、さっきまで続いたここ半年の
苦闘の種々(くさぐさ)を、とおい過去の足跡として想いうかばせていた。
伸一は、それらの苦闘が実を結んだ結果に身をゆだねて、他人事のように客観視する余裕を得たのである。
――苦しいといえば、あれほど苦しい戦いもない。愉しいといえば、あれほど愉しい戦いもない。
苦楽というものは、本来ひとつのものなのかもしれない。しかし、そういえるのも勝利の栄光が
結果したからではないか。もし敗れたとしたならば、苦しさだけが残るのではないだろうか。彼は慄然とした。
彼の一念は、やがて東京の戸田のことだけを考えるのであった。
雲海の着想は、未来へと向かった。――広宣流布の長い旅程のなかにあって、あのような油断ならぬ苦闘から、
わが友の会員は永久に免れることがないのだろうか。会員は今後ますます激増する。広布の時が
熟しているからだが、その旅程のなかで、選挙のたびに同志の支援活動も何年かを隔ててつづくだろう。
すると、世間は創価学会がなにか政治的野心でもあって活動していると思うだろう。学会を政治集団と誤解して、
権力もさまざまな干渉をしてくる。創価学会は、あくまでも人類の永遠の幸福をねがっての広宣流布という
希有の使命を担った宗団でなければならぬ。しかし、このたびのように選挙によって政治とのかかわりも
無視して進むわけにもいかない実践段階であることも、現に否定することはできない。
現実の社会にあって、政治の占める比重は極めて大きい。現実社会へとかかわっていく以上、政治的側面が、
当初、どうしてもクローズアップされてしまうことも事実である。そのため、一種の政治的集団のように
社会が見ることも免れないであろうか。
この尊い純粋なる信仰の団体を、いささかたりとも政治化していくように見られることは、残念でならない。
信仰を利用しながら政治家をねらう者も出てくるであろう。これもまた排除していく必要がある。
大阪での戦いは勝った。東京は敗色濃厚である。ともに壮烈な戦いであった。その死闘ともいうべき
戦いのなかで垣間見たものは、政治というものの底知れない魔性であった。広宣流布をすすめる以上、
その魔性との対決をもはや避けることはできない。かといって進むには、その政治の泥沼に足を踏み入れ
なければならないだろう。すると学会の学会の広大にして偉大な使命を矮小化することになる危険性は
ありはしまいか。このたびのような選挙活動は、どうしても通らなければならない関所ということに
なるのだろうか。
だが、選挙がどうあれ、根本の信心というものを忘れることがあってはならない。創価学会が政治だけを
目的とするのであれば、こんな苦しみはないはずだ。そこに広宣流布を現実社会で進めなければならない
創価学会固有の苦悩がある。未聞の作業がある。これにはそれ相応の覚悟がなくてはならないはずだ。
この避けがたい問題に、いかに対処すべきか。
ともあれ、広宣流布の実践活動というものは、政治、教育、文化、学術、平和運動へと多大の推進をして
いかねばならないはずだ。それを、政治を偏重する社会の通念が、学会を歪んで見、偏狭な政治集団として
しまうのだろうか。
 伸一は、雲海のなかから突然湧き出たような疑問と、その矛盾に思い沈んでしまった。
彼はふと雲海の裂け目の下に、美しい海岸線のつらなるのを見た。」
 この山河にはなんの矛盾もないように見えるが、そこに棲息する人間社会は、なにゆえに矛盾に矛盾が
かさなり、混沌たる様相を呈するのだろうか、と思い沈んだ。いまの彼に解けぬ矛盾は、あまりにも大きく、
また重大に思われた。勝利の直後のこの雲海の着想を、わが師戸田城聖に問い質したら、師はなんと
言われるであろうか。
 彼の心は東京へと、本部へと、戸田の膝下へと急いだ。航空機の飛翔は、いまの彼にはひどくのろく思われた。
勝利の後の反省は、栄光の陶酔を許さず、彼の醒めた心を苛(さいな)んでいた。」(P284 L.10−)

150副管理人Z:2009/06/21(日) 00:37:30
やまいぬ。:2009/06/06(土) 09:21:44

「戸田城聖は、会長室にあって不機嫌であった。
彼が戦いすんで、九日の丑三時に予感した不安が、そのまま白昼にさらされている思いがして不愉快であった。
――(略)大阪というもっとも険しい山は越えたのに、いちばんなだらかな山と思えた東京が越えられなかった。
(略)東京の幹部は何をしていたのか、油断もいいところである。明暗をわかつ油断のおそろしさを、いまさらの
ように噛みしめていた。」(P289 L.9−)

151副管理人Z:2009/06/21(日) 00:38:08
やまいぬ。:2009/06/06(土) 09:22:45

「いよいよ険しい山にかかってきたな。大事なのは信心だなあ、伸ちゃん」(P290 L.11−)

152副管理人Z:2009/06/21(日) 00:38:44
やまいぬ。:2009/06/06(土) 09:23:22

「このたびの五〇パーセントの勝利と敗北は、彼には敗戦とさえ映った。
――しかし、まったくの敗戦ではない。あのもっとも至難とした大阪が見事に勝ったではないか。してみれば
時期尚早というには当たらぬ現実がある。錯雑微妙なところである。
 大阪の勝利をもたらした山本伸一の存在は、いまの戸田城聖にとって広宣流布の未来を卜(ぼく)する
唯一の星であった。七百年来、不可能とさえ思われた難行の広宣流布を可能へと推進するのもまた、
現時点にあっては山本伸一であろうという、いま鮮明に湧き起こってきた確信ほど、思いに沈んだ戸田に
救いとなるものはなかった。
 戸田の思索は続いた。――端緒はひらかれた。わが創価学会は、今後ますます信心強きものの宗団で
なければならない。創価学会は幹である。幹が盤石でありさえすれば、枝や葉も、果実もやがて豊かな
ものになっていくだろう。現会員四十余万の一人ひとりの信心こそ問題としなければならない。信心の懇切な
指導育成こそ、いつの時代にも絶対の要請としなければならない。さもなければ、広宣流布は空中の楼閣と
なって終わるだろう。懼(おそ)るべきことだ。量の問題も大切だが、それよりも質に重要な原因があると
いわなければならない。」(P293 L.12−)

153副管理人Z:2009/06/21(日) 00:39:18
やまいぬ。:2009/06/06(土) 09:23:56

「化儀の広宣流布という未曽有の大運動は、あらゆる分野にわたっての連続革命、連続運動である。
しかし、あくまでも仏法を基調とした平和文化への昇華でなくてはならない。もともと広宣流布とは、
人類社会のあらゆる分野に妙法を土壌として真の人物を育てる活動でなければならぬ。なんのかんのと
いっても、救世の真の新しい政治家も、この土壌なくしては誰も育てることはできないと、確信をもって
言いきることができる。(略)ともかく、原点たる信心即学会精神というものを、いかにして永続せしめるかに
重大なる課題がある。」(P295 L.3−)

154副管理人Z:2009/06/21(日) 00:39:58
やまいぬ。:2009/06/06(土) 09:24:27

「戸田の心は、戸田自身を激しく苛(さいな)んだ。――今回の戦いで、多くの会員に苦戦を強いてしまった。
会員は、この苦戦をもかえりみず、何の利害もなく、身を粉にして戦ってくれた。選挙法にうとかったこともある。
新しい力の擡頭(たいとう)をこころよしとしない背後の勢力もあった。にもかかわらず、ただ純粋に、
同志の勝利を願って健闘してくれた。もっとゆとりをもって、伸びのびと戦える道はないものか……。
 戸田は誰よりも深く会員を思いやる人であった。彼にとって、会員の苦悩ほど辛いものはなかった。
彼の脳裡には、いとおしい会員の顔がつぎつぎと浮かんでくるのである。彼は、会員の苦悶、苦痛が
痛いほどわが胸をしめつけるのを感ずるのであった。」(P296 L.12−)

155副管理人Z:2009/06/21(日) 00:40:45
やまいぬ。:2009/06/06(土) 09:25:04

「どこまでいっても信心であり、そして人間に的があるのです。一人の人間における偉大な人間革命を
終始一貫問題にしなければならない。そのために政治の分野にも真の政治家を育成することが、
これからの課題となってきたところだよ」(P299 L.16−)

156副管理人Z:2009/06/21(日) 00:42:18
ヒューレボ ◆DlyW/s8ibQ:2009/06/05(金) 18:22:39
「そのとおり。しかし手を拱【こまね】いていては、いつまでも育たない。その第一歩として、こんどのような支援活動をやった。しかし、その広宣流布の道程が、いかに険難であるかを思い知らされたような気がする。
 伸ちゃん、現実は修羅場であり戦場だな。社会の泥沼には権力闘争が渦巻いている。そのなかで妙法の政治家を育てていくんだから、相当の覚悟が必要だ。まず、権力の魔性と対決することになる」
「たしかに、そのとおりです。オーストリアの作家シュテファン・ツヴァイクが“権力にはメドゥーザの眼光がある”と書いているとおりですね」
 伸一の語った“メドゥーザの眼光”というのは、ギリシア神話に出てくる物語で、メドゥーザという女神が、見る人すべてを石と化してしまう話である。
 権力の魔性にあって、将来ある妙法の政治家が石と化してはかなわない。
 思いめぐらして戸田は、呟くように言った。
「この権力の魔性という怪物は、信心の利剣でしか打ち破れないんだ。それは、社会の仕組みもさることながら、深く人間の生命の魔性に発しているからだ。この見えざる『魔』に勝つものは『仏』しかないからだよ」
 部屋には、誰も入って来なかった。
 二人の師と弟子だけの率直な真摯な対話は、二時間あまりもつづいていた。
p.300-3行目〜


 将来、二十年先か、三十年先か、五十年先になるかわからないが、妙法の土壌からまったく新しい真の政治家が出現したとしたらどうだろう。多数の民衆の衆望というものを担った偉大な一世を風靡【ふうび】するような政治家が、われわれの土壌から出たとする。衆望のおもむくところ、民衆はその政治家を信頼するに足るとして、彼の政策遂行に協力せずにはいないだろう。こうなると、この政治家を中心として民衆自身の望む政党もできるであろう。
 こうなると、いまの会員の支援など問題でなくなる。社会の広汎な民衆の支持こそ基盤となる。つまり、会員は選挙権の行使に気をつかわなくて済むに至るだろう。時代とともにここまで拡散しなければ政治の分野の広宣流布とはいえないのではないだろうか。
p.302-9行目〜


 戸田は伸一と語りあっているうちに、知らずしらず広宣流布の未来図を話していた。話しているうちに、おのずと描かれたのである。
 伸一はその未来図を遠く望むように眼を細めて言った。
「創価学会が社会に拡散して、壮大な人間触発の大地となる。そこから、人類の輝かしい未来が眼前に展【ひら】ける、まことに雄大な構想ですね――ずいぶん先の将来に思えますが・・・・」
「遠いといっても、百年も先ということにはなるまい。しかし私の生涯に、そのような時代がくるとは思えない。伸ちゃん、君たちの時代だ。それも後半生の終わりごろからその傾向が顕著にあらわれてくるのじゃないかな」
 伸一は戸田の顔を瞶【みつ】めながら、あの雲海の世界の悠久さに身をおいていることを知った。
 そして戸田の言説は、行きつくところ、ことごとく彼への遺言のふうを帯び、彼の心身を引き締めた。
p.303-後3行目〜

157副管理人Z:2009/06/21(日) 00:42:55
ヒューレボ ◆DlyW/s8ibQ:2009/06/05(金) 18:24:18
「創価学会は、間違いなく宗教界の王者になるにちがいない。そのことによって、社会のあらゆる分野に、政治や経済や教育や文化の世界に、真に優れた人物を送り出すことができる。それが使命なのだ。それらの人たち、一人ひとりの偉大な人間革命が、新しい世紀における人類社会に偉大な貢献をすることになる。政体とか政権とかいったものは、大きくみれば、民衆の意思によって、その時代時代で変わっていくものだ。そんな移ろい易いものに眼を奪われ、民衆自身に光をあてなければ、この厄介な社会を寂光土化する広宣流布の仕事は決してできません。
 われわれの仕事は、今は世間は誤解こそすれ、誰ひとり理解しないだろう。それで結構、人目につかなくて結構。しかし、いずれは世間が瞠目【どうもく】する時が、きっと来る。その時になって、はじめて広宣流布という未聞の偉業を理解し、やっと賛嘆することになるのです」
 このとき、山本伸一は、「雲海の着想」の疑問が、壮大な未来の光輝に照らされていることを感じた。
p.305-2行目〜


 その意気消沈した会員の言動を耳にするにつけ、まず戸田自身が奮いたたなければならなかった。――反省から展望へと思索はつづいていたが、躊躇【ちゅうちょ】なく新段階へと広宣流布の途を拓くことが、なによりも急務である。さまざまな情勢は、それの断行を彼に迫っていた。
p.308-8行目〜


7月12日、西下【さいか】した山本伸一は、逞【たくま】しく日灼けした関西の人びとを前にして、中央公会堂の壇上から呼びかけた。
「今日の幹部会を皆さんとともに歓喜のなかに開くことができたことを、喜びあいたいと思います。ほんとうにご苦労様でした。
 しかし、勝利に陶酔【とうすい】していることは危険です。これからが大事なのです。今後、広宣流布の長い旅路をつづけなければなりません。その場合、勝つときも負けるときもありましょう。勝っておごらず、負けても卑屈になることはありません。どこまでいっても私たちには信心しかない。一時の勝敗ではなく、根本の信心の核をつくり、苦楽を共にしつつ、何ものにも崩れない創価学会を築きあげていくことです。これが真実の勝利なのです。
 今回やっと関西勝利の伝統をはじめて築いたところです。どこまでも御本尊を信じきって前進すること以外に、私たちの途【みち】はないのです。
 広宣流布の遠征のなかにあって、輝かしい伝統をまもって、常勝関西の歴史を築いてまいろうではありませんか」
 楔【くさび】は強く正確にうたれた。人びとの喜色満面の顔に、あらたな緊張が漲【みなぎ】った。
p.309-1行目〜

158副管理人Z:2009/06/21(日) 00:43:28
ヒューレボ ◆DlyW/s8ibQ:2009/06/06(土) 14:20:09
 戸田城聖は、最後の講演で、彼自身の心情を率直に語って、全国の幹部を労【いたわ】りつつ、さまざまな世評に惑わされることのないように戒めた。
「こんどの選挙は、勝ったようであり、負けたようであり、すこぶる混乱を呈しております。
 私自身が混乱を呈しておるのでありますから、皆さんも、日本の各階層も混乱を呈し、えらい騒ぎなんですな。
 世間では、学会から三人も参議院議員が出るなどということは、夢にも思っていないことでありましたから、こっちが三人落として残念がっているのに、向こうは三人当選してびっくりしている。
 それでご承知のように、新聞ではそうとう騒ぎたてた。こんどは、雑誌で書きたてられている。毎日、毎日、押しかけられて困っている。だから、いろいろと悪くも言うでしょうし、よくも言うでしょうが、そんなことで信心のぐらつくことのないように、まっすぐな信心に立ってもらいたいと思います。
 なにも、新聞でほめられたからといって、嬉しがることもなければ、悪口を言われて驚くこともなければ、われわれの信仰は、ただ一途【いちず】の信仰でなければならないと思うのであります」
 戸田はなんの強がりも気負いもなく、ただ淡々と語っていた。
 正鵠【せいこく】な平常心というものが厳然としていて、聴くものの耳に素直に通【かよ】った。つまらぬ世評に動揺したり、悔恨【かいこん】で胸を塞がれていた会員の心は、凍えた土が太陽に溶かされるように、いつか暖かく溶解していった。
 戸田は今後の活動の指針をあたえて、言葉短に言った。
「今後の折伏でありますが、どこまでも立派な信者をつくっていく、日蓮大聖人様のお心にかなった立派な信者をつくっていくという心持ちで、しっかりやっていただきたいんです。
 今月の折伏は、長らく闘争してきた結果、休戦したらしい。戦いを休んだらしい。だから数も九千(休戦)だ。皆、一万やっては悪いと思って遠慮したらしい。来月からは遠慮はいりません。立派な信者を数多くこしらえて、大御本尊様にお礼を申しあげていただきたいと思います」
 新しい展望による一つの転換期であった。
p.311-2行目〜

159副管理人Z:2009/06/21(日) 00:44:05
ヒューレボ ◆DlyW/s8ibQ:2009/06/06(土) 14:21:16
 最大の議題は、今後の学会の実際的な運営に関する慎重な検討であった。学会行事の中心は座談会とし、それも組座談会を主力として、たとえ三人、五人でも組長の発意【ほつい】で月に適宜に開いても差し支えないということになった。戸田城聖が出獄後の再建期に、みずから実践した方式に則【のっと】ったわけである。これまでは折伏実践のない会合が、いたずらに多すぎた。支部幹部会、地区部長会、班長会、組長会というように、これだけで月のうち五日が費やされていた。これらの会合を極力廃し、草創の溌剌【はつらつ】たる息吹を、もう一度組織の尖端から呼びおこそうとしたのである。
p.313-7行目〜


 戸田は草創の再建期にあっては、毎晩のように座談会に出席した。それも三人、五人の小人数【こにんずう】の座談会からはじまったのである。現在の首脳幹部は、その頃、戸田に随行して、それらの座談会で折伏を学び、指導のなんたるかを具【つぶさ】に会得した。想い出しても、生き生きとした楽しい会合であった。具体的実践ほど人を成長させるものはない。形式を打破した闊達【かったつ】自在な小会合ほど、生命と生命の触れあう親しさが軸となって、そこに固い団結も同志も同志愛も学会精神の脈動も生まれる。信心という姿なきものの実在は、溌剌と心の通う座談会にこそ忽然【こつぜん】とあらわれるのである。
 幾多の会合の忙しさに紛れて、自然と座談会を軽視する幹部の動向を、戸田はきびしく規制し形式主義に陥る弊害を除去しようとした。これには山本伸一の座談会を組座談会までおろした大阪闘争の背景が、一つの教訓となっていたことは言うまでもない。
p.314-1行目〜

160副管理人Z:2009/06/21(日) 00:44:37
ヒューレボ ◆DlyW/s8ibQ:2009/06/06(土) 14:22:31
 最後に、戸田城聖は、九月からの新方針・組座談会の実施について、その根本精神を縷々【るる】として懇切に説いた。座談会についての学会草創からの伝統と実践確信とが、輝くばかりにひらめいていた。
「・・・・来月からといっても、明日からですが、組座談会を中心にするといったら、みんなとんでもないことが始まるみたいにあわてている。それというのも、今の幹部、地区部長にしても、二代目という人が多い。会長が二代目だからしようがないとしても、人のつくった地盤で地区部長になり、その椅子にでんと座っている人が多い。自分一人で地区を育ててきた人は少ない。だから組座談会というと、とんでもないことが始まったみたいに思うのです。
 私は牧口会長以来、組座談会ばかりやってきた。行くというと、二人か三人しかいない。今日は集まりがよいというときでも、二十人くらいのものです。そのなかに大反対の者が相当おる。そういう座談会がほんとうの座談会です」
 戸田は現在の座談会が形式に流れ、組長、組員の信心の育成の場となっていないばかりか、親しさのまったく喪われた会合になってしまったことを痛撃した。
「・・・・法華経のなかに『法華経を持つものあれば、立って仏がきたように迎えをせよ』といわれている。
 いったい、三人だって同志がおったら、喜んで話しあって帰って来なければならない。たった一人でもよい、ひとりでも、その一人の人に、ほんとうの妙法蓮華経を説く。たった一人でも、自分が心から話しあい、二人で感激しあって帰ってくる。たった一人の人でも聞いてくれる者がある。この一人が大事なのです・・・・。
 私たちは最初、座談会をやったときは一人か二人、あるいは三人のために遠いところまで出掛けたものです。その草創期の精神を忘れずに組員を真面目に育ててもらいたい。そうすれば、あなたがたの地区に組員が百人いたら、二百や四百世帯の折伏は楽にできるはずです。それを組長教育もしないで、班長を集めてふんぞり返って威張りくさっている・・・・」
 まことに地区部長や支部長には耳の痛い話であった。
 戸田は組織に巣くう官僚性というものが、どんなに人材を殺してしまうかを考えながら痛烈な批判を下してから、次のように結んだ。
「あなたがたも幹部になった以上は、もう肚を決めてほんとうの仏道修行を組座談会でしてください。そうして、ほんとうに苦労した地区部長、ほんとうに磨きあげた幹部の一人ひとりになってください。そして、この世の人生を悔いなく信念の人として飾ってください。おほめくださるのは御本尊様です。幹部たちにほめられたいなんて考える必要はないのです。
 人びとにほめられようなんて思って生きているのは愚かです。私たちは御本尊様にほめられるようになろうじゃないか。また人間にいくら悪くいわれても、いくら叱られても、御本尊様に叱られないようにしようではありませんか。これが真の日蓮門下であり、信仰精神の極理なのです」
p.318-後5行目〜

161副管理人Z:2009/06/21(日) 00:46:04
以上。

162副管理人Z:2009/06/21(日) 00:49:09
求道者(旧HN):2009/06/11(木) 09:35:03


「勝利の要諦」とのことなので…
人間革命10巻で「勝利の要諦といえばこれしかない!」と
思っていますが、どうでしょう?
************************************************************
「私どもは、立派なご本尊をいただいている。
世間の人びとの常識では、とうてい不可能と思い込んでいることを
可能にする力がご本尊にはあるのです。
ただあきらめて不可能と思っている人は、妙法の力を知らない人
たちです。すべてを可能にする人は、その妙法の力をひきだすことの
できる人です…………
 いま、私たちのおかれた立場や、合理的な考えになれてしまった
頭脳では、不可能と思えるでしょう。
しかし、無量の力をご本尊は秘めていることを、大聖人は明確に
教えていらっしゃる。これを信ずるか、信じないかは私たちの問題
です。
……まず強情な祈りによって、不可能を可能にする実践が勇んで
出てこなければなりません」

「まず、強盛な祈りから始めるわけでありますが、ただ唱題して
祈りに祈って祈りあげればよいかというと、それだけではどうにも
なりません。誤解のないように言いますが、これが第一の要諦です。
第二の要諦は最高の作戦、最高の行動です。
……第一の要諦だけでも駄目であり、第二の要諦でだけでも駄目で
ある。このふたつの要諦が調和したとき、不可能も可能となり勝利を
得ることができると確信いたします。
この調和させるものは何かというと、それが信心なのです。
ですから、信心が根本であると申し上げるのもそのためです。
 最高の作戦、最高の行動とは、どんな作戦、行動よりも法華経の
兵法、つまり信心から出た作戦、行動を用いる以外にないのだ、
それが最高の作戦であり、最高の行動になるということです」
************************************************************

163副管理人Z:2009/06/21(日) 00:50:44
京阪いこか ◆AIo1qlmVDI :2009/06/07(日) 04:24:10
*実践のなかで、みずから悟らせるしか方法はない。

*指導者の価値は、その人事で決まる。
 
*保守と革新との絶妙の組み合わせである。

*日蓮大聖人の仏法は、所詮「行」につきる。
 行ずれば行じただけ、その結果は過不足なく現われざるをえない。

*勇気は決意を生む。この決意のきわまるところに、実践としての「行」が始まる。

*志を同じくする同志の親和力【団結】

*個人指導の滲透は、一人ひとりの会員の【信心の脈動】となった。

*師弟の呼吸

164次回、HNをいれます。ごめんなさい!:2009/07/24(金) 01:38:51
今週末までにこのスレッドを削除されない場合は
聖教新聞社に通報いたしますのでご了承下さい。

165説教オヤジ:2009/07/25(土) 00:02:39
>>164
ワシからも是非そうして下さいとお願いをいたします。

そして、次回からはHNを入れてくださいね。

166管理人:2009/08/04(火) 20:15:59 ID:RF10sDDI0
>>164
それで「聖教新聞社」の見解はどうでしたか?

167副管理人Z:2009/08/04(火) 22:49:16 ID:DaGn6AP20
>>166
正直言って、怪しいですね。「偽いこか氏」と同じ串を使用しての書き込みです。

172エキストラオ:2009/12/11(金) 09:57:37 ID:qx/cASp60
★勝利の要諦についてグダグダと 述べる本があるらしいが・・勝利なんてものは目指してはいけませんね。勝者・敗者の区別になんの意味があるのだろうか・・仏の教えはそんな偏狭偏頗なことは説いていません。もし仏教を説くと云う人物が・『勝利セよ』と・つぶやいた瞬間・外道になりますよ。なぜか・・心の外に法を求める行為が・勝利せよ・だからである。我が一念をさして精進していく・自行と仮他以外に仏は説いていない。 勝利を口にしてはおしまいです。・・


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