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説教オヤジ・大いに語る 第二章

106説教オヤジ:2009/05/09(土) 10:37:27
ヒロさん、おはよう。
みなさん、おはよう。

ヒロさん!
中野、目黒、荒川、町田、祈っているし、闘いにも行ったし、これからも又行くよ。

先生が、特に最近、指導の中で強調されているのは
「妻と共々に、お題目を贈らせていただいております」
この言葉。
これを、「あの人には贈られているが、私には贈られていない」と
受け取る弟子が居るじゃろうか?
居る訳がない。

いや、むしろ
「こんな私の為に、祈って下さる」と受け止め、感謝の気持ちを込め、
種々報告するのは師弟云々以前に、当然の事ではないか。

親というものは、片時も忘れず、子供の事を気に掛けている。
親元から巣立ち、独立した子が、何年も、何ヶ月も、親との連絡を取らなければ
そういう子を何と呼ぶか?

ましてや創価の師弟です。
現状が、いかに厳しい状況でも、反対に喜ばしい結果が出た時でも
言葉や文字で、報告するのです。

師匠と、自分の間には、誰もいないのです。

現在の結果はどうあれ、自分が今、頑張っていると胸を張って言える自分であれば
堂々と一切を報告出来るはずです。
何故ならば、祈って行動するならば、必ずや勝利の結果として現れない訳がない。

胸を張って言える自分ではない事を、自分が解かっているから
「今はまだ、報告する時ではない」
「私如きの事で・・・・」
「いつまで師匠に頼るのか」
アホか!!
弱い己を糊塗する、単なる言い訳!
奇麗事!

この言葉を使う時と場面が違うっつうの!


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