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企画されたキャラを小説化してみませんか?vol.3.5

799akiyakan:2013/06/28(金) 20:49:49
銃弾さえも防ぐ装甲、更にそれを強化する麒麟の加護。だが、その上からでも伝わる衝撃はアッシュの全身を揺さぶって余りある。その事実に、アッシュは嗤った。余裕からか、それもあるだろう。しかし、今の一撃で彼は感じたのだ。花丸はまだ、本気を出していない、と。

『はは、ははは……いやぁ、強いねぇ、花丸ちゃん……!』

 口元を覆うマスクを外し、吐き出した血を拭い取る。それは弧を描き、笑みを形作っていた。

 見事、天晴。そんな言葉が出てくるような成長振りだった。ほんのちょっと前まで、全く戦う事の出来なかった少年とは思えないような変わり映えだ。もちろん、彼が纏っているバイオレンスドラゴンの性能が優秀である、と言うのもある。だが、どんなに優れた道具でも、それを使う人間が相応しくなければいけない。花丸は誰の目に見ても疑いようがなくその性能を引き出しており、それは間違いなく彼自身の技量だ。

『だけどねぇ……僕にも、先輩としての尊厳、って言うか誇り? みたいなのあるんだよねぇ……最低限、恰好付けないといけないからさぁ……』

 マスクを装着し、アッシュはドラゴン目掛けて走る。駆け寄り様に、その両手には転送した二振りの双剣が握られていた。

『そう簡単に――追い抜かされる訳にはいかないんだよね――!!!!』

 ――・――・――

「バイオレンスドラゴン、損耗率5パーセント。バイコーンヘッド、損耗率21パーセント」
「ふむ。まぁ、上出来じゃないですかね」

 二人の戦いをモニターしているジングウとサヨリ。画面には二人の様子がリアルタイムで表示されている他、彼らが装着している強化服の現在ステータスが表示されている。

「よく花丸さんが、ドラゴンを装着する気になりましたね。彼にとってアレは、その……」
「コハナを殺された仇、と言っても過言じゃないですね」
「ええ……それなのに……」
「まぁ、絶望だけでは、どうやっても人間動けないですよね」
「……何を吹き込んだんですか、ジングウさん?」
「貴女、ナチュラルに失礼ですよ……まぁ、『貴方だけが助かったのは、もしかしたらバイオレンスドラゴンに取り込まれたコハナのお蔭かもしれない』とは言いましたね」
「それで、もしかしたらコハナちゃんの意識を呼び出せるかもしれない、ですか? 不確定で、しかも希望的観測じゃないですか。そんな言葉で花丸さんを釣るなんて……」
「どこぞの契約宇宙人と一緒にしないでください。私はあれよりよっぽどフェアですよ」
「……それって、」
「何にも、確証が無い事を私が言うとでも?」

 サヨリに向かって、ジングウは呆れたような顔をした。

「いや、なんか、その……あまりにも、ジングウさんらしくないなぁ、などと……」
「友情、愛情、絆。そんな言葉の諸々がですか?」
「う……」

 似合わない。あまりにも似合っていない。この男の口から出てはいけない類の言葉が、平然と並べられていく。シュールが、実に珍妙だ。周囲が異次元になったような感覚に、思わずサヨリは表情を顰めた。

800akiyakan:2013/06/28(金) 20:50:23
「似合っていないのは、百も承知ですよ。自覚が無い訳じゃあありません……ですがね、『事実存在するファクター』なのですから、それを無視して世界を観測出来ませんよ」
「……やっぱり、似合わないです」
「そう言うものじゃあ、ありませんよ。こちとら、悪の組織ですよ? 一体何度、その手の言葉に煮え湯を飲まされてきたと思うのですか」

 両手を広げながら肩を竦めるジングウの様子に、サヨリは「あぁ……」と苦笑を浮かべる。

 確かに、その通りだ。敵として何度も立ちふさがり、そして今まで散々その手のファクターに苦しめられてきたのだから、むしろ当事者達よりもその『恐ろしさ』を身を持って理解しているのだ。無視できる訳が無い。

「花丸さんとコハナちゃんの絆なら、ドラゴンからその意識を呼び覚ます可能性がある、と?」
「そうですね……まぁ、花丸さんだけが助かった、と言う事実からの逆算でもあるんですがね。何故彼だけが助かったのか→それはコハナがドラゴンと融合し、花丸さんを助けたから→ドラゴンの機能を乗っ取れたのだから、呼び覚ます事も可能ではないのか? と。実際物質的にいくら強かろうが、霊格に関しては製造から六年も経っていない人工生命体に対して、自然発生して十数年生きた蛇の方が、よっぽど魂的には強靭ですよ」

 くっくっく、と嘲笑するジングウの様子には、若干の自嘲があった。それもその筈だ。彼はたった今、自分が創り出した存在よりも、この世界が生み出した=神が創造したものの方が強い、と断言したのだ。神と敵対する立場にありながら、潔く己の敗北を認めたのだ。

「ぶっちゃけ、あの暴れ者をコハナが制してくれるなら、それはそれで万々歳なんですが――そうそううまくいきませんか、これは」
「え?」

 ジングウの呟きに、サヨリは画面へと視線を向けた。すると、バイオレンスドラゴンのステータスが、急激に変化しているのが分かった。青色で表示されている部分が、あっという間に赤色へと変わっていく。

「これは……!?」
「無理矢理寝かしつけていた暴れん坊が、目を覚ましたようですね……!」

 ――・――・――

『はぁ……はぁ……』

 バイオレンスドラゴンを操りながら、花丸は荒く息をついていた。

 その操縦は、バイオドレスとは全く異なっている。あちらは『装着』であるが、こちらは完全に『操縦』だ。バイオドレスの何倍も巨大なドラゴンは、もはや着るのではなく乗り込む物であり、いわゆるコクピットにあたるのはその胸部部分だ。花丸の全身を完全に包み込み、後はその巨体を動かすイメージを全身に走らせる事で動かす。

『う……』

 戦いに集中出来る内は気にならないが、ドラゴンの胎内と全身が癒着する感覚に嫌悪感がある。無理も無い事だ、仇の身体を一体化しなければいけないのだ。どうしたって拒絶を覚えてしまうだろう。それでも花丸がもう一度これを纏うと決めたのは、そうする事でコハナと会えるかもしれないからだ。

 全身に纏わりつく嫌悪感を抑え込み、目の前の戦いに集中する。バイオレンスドラゴンを花丸が使い続ける事で、そこに取り込まれているであろうコハナの意識を寄り動かして覚醒させる。それがジングウの提示したプランだった。

『もっと、力を……!』

 アッシュに攻撃を何度仕掛けても、それをことごとくかわされてしまう。当たっても、威力をほとんど殺されている。これは模擬戦でしかないが、それでも花丸はその事実に焦りとイラ立ちを感じていた。アッシュに効かない、と言う事は、彼と同格の敵と戦っても通じない、と言う事なのだ。これでは、バイオドレスで戦っていた時の方がまだマシだった。

『く……!』

 花丸は手加減している訳では無い。機体の性能を引き出し切れていないだけだ。その事実にもどかしさから歯噛みする。理由は言うまでもない。花丸はこれを、バイオレンスドラゴンを嫌っている。それ故に、十全に能力を使いこなせないのだ。

『くそっ!』

 彼らしくもなく、思わず悪態をついてしまった。

 ジングウはこれは、言わば『慣らし』であると言っていた。バイオドレスと仕様が異なる為、それに合わせる為の調整であると。しかし花丸は、一刻も早くコハナを目覚めさせたいが為に焦り、気が逸っている。思うように動かないドラゴンに、苛立ちばかりが募っていく。

(駄目だ! こんなんじゃ駄目だ!)
(これじゃあ、ただの足手まといだ! ただのデクの坊だ! これまでの――役に立たない、僕のままじゃないか!)
(駄目だ駄目だ! これじゃ、駄目なんだよ!)
(動け、ドラゴン! 僕の言う通りに動いてくれ! 僕に力をくれ!)
(こんなんじゃコハナを呼び戻すなんて――)

801akiyakan:2013/06/28(金) 20:50:55
――力ガ欲シイカ? ――

『――え?』

 ぞくり、と花丸の背筋を悪寒が駆け巡る。知っている。この感覚を、花丸は知っている。この、精神を蹂躙し、冒涜し、侵略する未知の感覚を、彼は知っている。既に経験済みだ。

『あ……まずい……!』

 模擬戦前に伝えられた、ジングウの言葉を思い出した。バイオレンスドラゴンの肉体に宿る自我とも呼べるもの。それを一時的に封じる為に、ジングウはその体内にいくつかの仕掛けを施した。その仕掛けが効いている間は、花丸の意思でドラゴンは動かせる、と。

 逆に言えば、仕掛けが外れれば、ドラゴンの意思は目を覚ます――

 ――何者ニモ負ケナイ力ヲ、何者ニモ劣ラナイ力ヲ、何者ヲモ薙ギ払ウ力ヲ――
 ――欲シクハナイカ、花丸?――

『そんな……まだ早過ぎる……! ジングウさんの予想より、全然早いじゃないか……!』

 〝奴〟が、出てくる。どんな猛獣も花丸には危害を加えないが、こいつだけは例外だ。どんな猛獣も花丸にとっては友達と呼べる存在だが、こいつだけは埒外だ。

 こいつは、言うなれば異次元の存在。こちら側の常識で量る事が出来ず、こちら側の理屈で括る事の出来ない蕃界からの侵略者。花丸が唯一恐れる怪物にして、ジングウですらそのすべてを理解不可能なモノ。

『う……い、嫌だ! こっちに来るな!』

 自分以外の何かが、すぐ傍にいるのを花丸は感じていた。それは言ってみれば、大洋に一人ぽつんと浮かんでいる中で、背びれだけが見えている何かが自分の周りを泳いでいるかのような恐怖感。或いは、周囲を茂みで囲まれた藪の中で、何者かが動き回っているのを感じているかのような不安感。しかも姿が見えないそれが、一体どれだけの異形なのかを自分は知っているのだ。知ってしまっているのだ。

 ――ソノ身体ヲ寄越セ、花丸。俺ガ力ヲ与エテヤル――!!

『う――うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 無数の悍ましい触手が花丸の精神にまとわりつく。理性が働くどころの話ではない。動物的本能から来る恐怖感に耐え切れず、花丸は絶叫を上げていた。

 ――・――・――

『まず……』

 バイオレンスドラゴンの――否、花丸に起きた変化を、アッシュも感じ取っていた。

 先程までと、周囲を取り巻く空気が変わったのを感じる。目の前にいる巨竜の中身が、人間から獣に変わったのが彼には分かった。

『ッ――!?』

 直観に任せて跳んだのが正解だった。それまでアッシュが立っていた場所に、尻尾の一撃が叩き込まれる。それまでとは比べ物にもならない速さと怪力。文字通り殺すつもりの攻撃であり、本気の一撃。

『参ったね……バトルドレスすら、紙装甲じゃないか』

 麒麟の加護で全力強化を施したとしても、受け切れるか分からない。それ程までに、バイオレンスドラゴンの威力は容赦が無く強烈だ。神話に語られるドラゴンにも、太古に地上を支配した恐竜とも遜色が無い。

『どうすんのさ、父さん。予定より、全然早いじゃん!』

 研究室の方を見上げ、アッシュが文句を言う。空元気なのか、それとも調子が戻って来たのか、その口調にはおどけるような響きがある。

『分かってます、ちゃんと対策ぐらいしてありますよ』
『だったら、早くしてっ!!』
「■■■■――ッッッッ!!!!!」
『はいはい……コクピットブロック、パージ!』

 ドラゴンが咆哮を上げ、アッシュに襲い掛かろうとした瞬間――その胸部部分が吹き飛び、小柄な少年の身体が吐き出された。

『アッシュ、花丸さんを!』
『了解っ!』

 地面に倒れた花丸を抱え上げ、アッシュはその場から離脱する。一方のドラゴンは、核である花丸を奪われた為か、力を失うかのように崩れ落ちていく。

802akiyakan:2013/06/28(金) 20:51:25
それでも、花丸の身体を取り戻そうとするかのようにその腹部から無数の触手が伸び、アッシュの背中を追う。

『その往生際の悪さ、嫌いではありませんが、』

 ジングウがキーボードを操作し、エンターキーを叩く。瞬間、ドラゴンの触手が動きを止めた。

『いい加減、眠って貰いましょうか』

 触手が力無く地面に落ち、本体の方もまるで痙攣しているかのように小刻みに振動している。それが止まると、ドラゴンは動くのを完全に止めた。ドラゴンの胎内にあらかじめ入れておいた神経毒のカプセルが開き、その毒が効いたのだ。

『全く――とんだじゃじゃ馬だよ」

 ヘルメットを脱ぎ、素顔を現したアッシュの表情には疲労が見て取れた。頭全体が、滝の様に噴き出た汗でぐっしょり濡れている。

 その時アッシュは、抱き抱えた花丸が震えている事に気付いた。てっきり気を失っているものだと思っていたが、どうやら意識が戻っていたらしい。

「あ、花丸ちゃん、もう大丈夫だよ。ドラゴンは止まったから――」

 そこまで言い掛けて、アッシュは目を見張った。

「あ……が……」
「花丸……ちゃん?」

 腕の中の花丸の様子は、尋常ではない様子だった。身を縮ませ、全身を小刻みに震えさせている。歯は噛み合わずガチガチと雑音を鳴らし、目は見開いて恐怖に歪んでいた。

「花丸ちゃん、しっかり! 花丸ちゃん!!」

 アッシュが揺さぶるが、花丸は答えない。目の焦点はあっておらず、口からは言葉にならない声ばかりが出ている。



 ≪暴竜に挑む≫



(そんな中、アッシュの耳は、かろうじてその言葉を捉えた)

(うわ言のように呟かれる、花丸の声を)

(「こんなのじゃない」)

(「僕が欲しかったのは、こんな力じゃない」)

(震える唇で、ただそればかりを訴えていた)

※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラは「ジングウ」、「アッシュ(AS2)」、「サヨリ(企画キャラ)」です。

803思兼:2013/06/29(土) 00:49:06
今回はキャラ個別ストーリーです。


【蒼眼チェイサー】


―第9話、真夜中を疾走(はし)る―



真夜中、深夜1時を回った頃だろうか。

僕は目を覚ました。



アリェーゼ・アルミエーラ・クラソニスこと『アリス』と言うらしい僕。

過去は分からない、思い出せない。


気づいたら僕はこうして奇妙な『サイボーグ』という存在として生きていて訳も分からないままでいた所を、
静葉と出会いこの世界を知った。

それ以来、僕は彼女のある目的の為にこの身に宿る力を使っている。

勿論秘密裏に、だ。

知られると厄介な連中がいる(アースセイバーだったか?)と静葉から聞かされているし、
普段僕は『いかせのごれ高校』に通う生徒として身分を偽装している。

誰もクラスメイトがサイボーグだなんて思わないだろう。


サイボーグが日常的なそんな世界は、病んでる。




こんな深夜に僕が目を覚ましたのには勿論理由がある。

一つだけ、僕はやってはならないことをしているからだ。


クローゼットから動きやすい黒が基調の服、同じ色のグローブとブーツを取り出し着換えると、
僕は家を出て隣にあるガレージを開ける。

そこにあるのは1台の黒に青いラインを持つ大型バイク。

排気量は1500㏄、4ストローク、最高時速は確認できただけで271㎞/h。

リミッターは勿論外してある、と言うより元からついていない。

ナンバープレートも無い…登録してないしね、登録してる『普通のバイク』は別にある。


これは僕の相棒『セスティアル』

僕がいちから組み上げたバイク、サイボーグにとって機械弄りは御手芸さ。



今から何をするのか、それは『走る』と言うことだ。

804思兼:2013/06/29(土) 00:50:33



―――――――――――――――――――――――



街の道路に車はとても少ないけど、僕にとっては都合のいいことだった。

『セスティアル』の重低音が、吹き抜ける風が心地いい。

現在の速度は114㎞/h、まだまだ遅い。

月明かりのある夜と無機質な道路と整然と並ぶ街灯の光が電脳世界のようなコントラストを生み出し、
広い道はただひたすら遠くまで続いている、無限に続くような錯覚を僕に見せる。


僕の記憶に残る唯一の記憶。

いや、記憶とも呼べないような微かに胸に残っている『感覚』。

こうして、バイクに乗って何処かを走っていた光景を何故か断片的な『感覚』として感じる。


僕はそれを思い出したい。

記憶が欲しい。

だからこうして夜になると、時々疾走する。

根拠は無いけど、何かこの身体になる前のことを思い出せるかもしれないから。



アクセルをふかし、速度を上げる。

現在155㎞/h

行くあては無い、ただ走るだけ。

街の中心を抜け、海の見える道路をただひたすらに走る。

派手なことをしたいとかスピードへの挑戦とか、街を一周するとかそういうことはどうでもよくて、
無秩序にしいて言うなら記憶だけを目的にして。


ただ、何の感情も生まないというとそれは嘘になる。

こうして走っていると、懐かしさと安心感を感じる。

まるであるべき場所に帰って来たみたいに。


波の音が子守唄、揺れる車体は揺り籠。

そんな、不思議な感覚。




…でも、甲高いサイレンが陶酔の境地を引き裂いた。

赤いリボンの正義のパンダ。

さぁ、浸るのはおしまい。

スピードの境地を超えて、僕は日常に戻る。

805思兼:2013/06/29(土) 00:52:23


―――――――――――――――――――


その数は白バイが2台、応援を呼ばれれば増えるだろうけど今までにそれが到着できたことは無い。

制止を呼びかける声を無視して、僕は鋭くハンドルを切り身体を倒して98㎞/hという高速でUターンを行い、
白バイの真横をすり抜けるように逃走してアクセルを吹かす。

普通ならあり得ない挙動だけど、僕はサイボーグだしこのバイクを作ったのは他ならない僕だ。

この『セスティアル』にできることは隅々まで理解している。


アクセルを開き230㎞/hまで加速して逃走する僕は当然ルートも、警察の行動パターンも把握している。

絶対に追いつけない。





…僕が家に帰りついたのは午前4時のこと。


服を脱ぎ棄て熱いシャワーを浴びる。


熱い湯が僕の頬を伝う…携帯が鳴る音が聞こえる。




「もしもし、静葉?」

『ああ、俺だ。明日は早めに集会所に来てくれ。』



<To be continued>

806えて子:2013/06/29(土) 14:18:21
フライング白い二人シリーズ。無差別フラグと言うにはぬるいですが、よければ皆さんたなばたさまにお願いごとを書いてあげてください。
ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしました。こちらからは「アオギリ」です。


「コオリ、今日はだれといっしょなの?」
「きょうは、はくちょうさんといっしょなの」

コオリは、いつもぬいぐるみさんといっしょなの。
今日は、はくちょうさんといっしょなんだって。

「こんぺいとうのおねえちゃんは、なにをよんでいるの?」
「お星さまの本、読んでるの」

『としょかん』っていう、本がたくさんあるところで、借りてきたの。
いろんなお星さまのお話が書いてあるの。とても、お勉強になる。

「見て見て。はくちょうさんのお星さまもあるよ」
「これ、はくちょうさんのおほしさまなの?」
「うん」
「はくちょうさんのかたちじゃないのね。ふしぎ」

はくちょうさんのお星さまと、ふたつのお星さま。
みっついっしょで「なつのだいさんかく」って言うんだって。

アオ、このふたつのお星さまも知ってるよ。

「こっちのお星さまがおりひめさまで、こっちのお星さまがひこぼしさまなの」
「おりひめさまと、ひこぼしさまなの?」
「そうなの」
「おりひめさまとひこぼしさま、たなばたさまのおひめさまとおうじさまよね」
「うん」

そういえば、もうすぐたなばたさまね。
おりひめさまとひこぼしさまが、会える日。

「たなばたさまは、ささをかざるのよね」
「コオリ、しってるよ。おねがいごとをかいて、ささにかざるの」
「たくさんかざるの、きっときれいね」
「きれいなのよ」
「見たいね」
「みたいね」

「「…………」」

「たなばたさま、作ろう」
「うん、つくるの」
「お願いごと、書いてもらわないとね」
「たくさんのひとに、かいてもらうのよ」

コオリといっしょにクレヨンで「たなばたさま」をかいたの。
緑色のささに、お願いごとが書いてある紙がたくさん。

これ、アオとコオリの『もくひょう』。
これをめざして、がんばるの。

折り紙をはさみで切って、たなばたさまのお願いごとを書く紙がたくさんできたの。
なくさないようにきちんと集めて、お願いごとを書くペンもよういしたの。
これで、じゅんびは大丈夫。

「だれに書いてもらおうかしら」
「たくさんのひとにたくさんかいてもらうのよ」
「うん。色んな人にお願いしよう」
「たなばたさま、できるといいね」
「できるといいね」
「じゃあ、たなばたさまのお願いごとを集めに」

「「しゅっぱーつ」」

ホウオウグループの人にも、がっこうの人にも。
知ってる人にも、知らない人にも。
いろんないろんな人に、お願いごと書いてもらうの。

たなばたさまも、きっと『よろこぶ』してくれるから。


白い二人のたなばたさま〜おねがいごとは何ですか〜


「おにいさん、おねえさん」
「おじさん、おばさん」

「「たなばたさまに、おねがいごとしませんか」」

807サイコロ:2013/06/29(土) 17:19:08
<ショウゴの特訓と合同練習。>








ウミネコに連れられて、私とヒロヤは小汚い道場にやってきた。

「んで?ついこの間まで軍にいた私を鍛え直す、というのはどういうこと?このバカならまだしも。」

まだ道場には誰も来ておらず、ウミネコに対して不満をぶつけた。

「バカっていうな。」
「うるせーよバカ」
「喧嘩すんなアンジェラ、ヒロヤ。
文字通りだ。軍隊での戦闘経験があるのは危険に巻き込まれた時大きなアドバンテージになる。
それは間違いないよ、だが」

振り向きざまに睨まれる。

「ここはいかせのごれだ。外の軍隊での『常識』が通用するとは限らない場所だ。だから鍛える。そういうことだ。」
「そうそう簡単に負けることはないと思うけどなぁ。」
「…まぁいい。これからの訓練で嫌ってほど教えてやるから覚悟しな」

そういうとウミネコは黙って腕組みをし、こっちを見なかった。

私は海外の軍隊で、戦闘訓練を受けてきた。
血を吐きそうになる事など何度もあった。
厳しい訓練に裏付けられた自信がある。
そしてその経験と自信によって戦い抜いて勝利してきた戦績がある。
正直、今回の訓練にも不満だった。まるで私達が――

「お、来たな。」
「よう、早いな。そいつらは?」

明らかに不調、といった体でやってきた男がウミネコに話しかける。ウミネコは、

「修行に混ぜようと思ってね。ショウゴの戦闘スタイルに似てる奴らだ。
ちょいと鍛えてやろうと思ってたんだが、丁度いいから切磋琢磨してくれ。シスイは?」
「野暮用だとよ。後から来るとさ。」
「ふーん、そうかい。んじゃ三人ともストレッチ。トレーニング量は昨日の3分の4な、
アンジェラとヒロヤは昨日ショウゴがやった分。」

修行が、始まった。

808サイコロ:2013/06/29(土) 17:19:48




「ちょ、ちょっとこのメニュー、多くない…?」

黒板に書き出された練習メニューを見てヒロヤが後ずさる。アンジェラも正直驚いた。

「回数よりも種目の幅の広さね…。こりゃ本腰入れてやらないと。」
「おいおいお二人さん、コレの後の戦闘訓練がメインだからな?宜しく頼むぜ。俺はショウゴだ。」
「…私はアンジェラ。こいつはヒロヤ。よろしく。」

互いに軽い挨拶を交わすと、トレーニングを始めた。

そして。

「ぶはー、あ、ありえんこの量…昨日ほんとにこなしたんですかショウゴさん?」
「おう。息も絶え絶えにな。昨日よりかマシとはいえ、つれーわ…。」
「つーか遅れてきたくせに平然とこなして追いついてきたアンタは何?」
「シスイだ、俺の名前は。能力を使用しながらだから、ペースも上がるさ。
先輩は昨日は僕のペースに引きずられたから息も絶え絶えになったんでしょーが。」

休憩中、肩で息をしながら話していた。ヒロヤは大の字に寝転がっているし、
ショウゴは胡坐をかいて座っていた。

「それにしてもショウゴさん、調子はだいぶ良くなったみたいですね…。」

体の動きは痛みをこらえているように不自然で、柔道着の下に巻かれた包帯とテーピングが
下着かと思う程の量を巻かれていたのが見えていた。そのためアンジェラはシスイの言葉に驚いた。

「え、この人これで『良くなった』の!?」
「二日前は起き上がる事どころか這って動く事すら微妙だったなぁ…。
天子麒麟の能力の副産物で回復力が上がったとはいえ、滅茶苦茶ですよねショウゴ先輩。」
「うるせー、俺の事をビックリドッキリ人間みたいに言うなや。気合だ気合。」
「ようし、その気合とやらで次は模擬戦だショウゴ。昨日よりはまともな戦いを見せてくれるんだよな?」

ぎくりとショウゴが後ろを見ると、そこにはウミネコが。

「なんだかんだ言っても今回ショウゴの修行が第一目標だからな。
アンジェラ、シスイ、ヒロヤの順にショウゴと戦ってもらう。
ヒロヤの得物と戦闘スタイル的にはここのような広く隠れる場所の無い場所でのタイマンは闘いづらいだろうが、
明日障害物を用意してそういう訓練を行うから。」

809サイコロ:2013/06/29(土) 17:20:20


ショウゴとアンジェラがのろのろと立ち上がると、各々の方法で気を引き締めていく。

アンジェラは、太股のホルスターに入った銃を抜き、スライドを引いて模擬弾を確認すると、
いつでも発砲できるような状態にしてホルスターに戻した。
腰に着いているナイフを取り出し訓練用のガードを嵌めると、これもまた抜きやすいように腰に戻した。

一方ショウゴは、柔道着の帯を解いて締め直し、帯にリボルバーを2つ差した。
よくよく見ると種類の違うリボルバー拳銃で、しかもモデルガンだ。
あんな骨董銃のおもちゃで何をしようというのか、とアンジェラは思ってしまう。

二人が道場の真ん中に立つ。ショウゴが頭を下げてアンジェラは一瞬ぽかんとした。
武道の礼と気付かず、慌ててアンジェラも頭を下げる。

そして、二人はぶつかった。
ショウゴが一瞬で左腰のSAAに手をかける。
アンジェラはそれがモデルガンだとわかっていても、戦場の癖でつい射線を逃れるようにショウゴの右側へと走った。

結果的にはこれが功を奏し、ショウゴの撃った弾は後方へ流れていった。
腰だめで構えているため、体ごと捻らないとアンジェラの動きに追いつかない。
抜き撃ちの初撃こそ早かったものの、6発の速射は距離を詰めたアンジェラに有効打を与える事にはならなかった。

が、アンジェラは

「ふざけんな見た目はおもちゃの癖に改造モデルガンとかなんだそれ詐欺か警察に捕まれ果てろ!」

と両手に拳銃を構えショウゴの眼前に突きだして引き金を引き絞った。
一瞬早くショウゴが、SAAの撃鉄を起こしていた右手を跳ね上げアンジェラの腕も跳ね上げたため、
銃弾はあさっての方向に飛んでいく。

アンジェラは銃撃を諦め、足を跳ね上げる。反射的にショウゴの右胴を蹴った。

ショウゴは右からの蹴りを耐えて足を掴みに行くが、
足を掴んで振り回そうとした時にアンジェラは跳んで掴まれていない足を頭に合わせた。

受けきれず倒れるショウゴ。一緒にアンジェラも巻き込まれる。
倒れながらも銃を互いに向け合い、射線を奪い合い外し合いながら撃ち合う。

やがてアンジェラは弾が切れ、油断なく立ち上がると弾倉交換を行った。
ショウゴも立ち上がると弾倉交換を――

「なっ!?」

せずに、アンジェラに突っ込んできた。
もうすでにショウゴのリボルバーは弾を撃ち尽くしているハズだ。
弾倉交換は済んだものの、薬室に初弾を込められないままアンジェラは近接戦を続行した。

オートマチックの拳銃は発射ガスの反動により次弾を装填する仕組みであるため、
熟練の兵士や歴戦の戦士は薬室に一発残った状態で弾倉交換をするものである。
アンジェラも勿論この技術は体得していたが、さすがに至近距離での戦闘において
この技術が咄嗟に出来なかったからと責められない。
その一発で勝敗・生死が分かれる事も有るからだ。
だが今回、この判断が仇となり拳銃が封じられた。かくなる上は…

役に立たない拳銃を上へ投げるとナイフを掴み、抜く反動でショウゴのタックルに合わせ頭を打ち抜いた。
柄の一撃はこめかみに吸い込まれるように当たり、ショウゴの目が泳いだ。
落ちてきた銃を掴み取り、ショウゴがふらついている間にスライドを引くと、

「チェックメイト。」

額に銃口を当てた。

810サイコロ:2013/06/29(土) 17:21:08




「なんだぁ、強そうだったけど案外見かけ倒しじゃない。
 怪我してるのもあるのかしらね?ウミネコさん、これで私の番はおわr」

ズッ、と硬い感触がアンジェラの腹に押し付けられ、アンジェラは視線を戻す。
弾切れのはずのSAAを、頭を射線からずらし膝を付きながらニヤリと押し付けているショウゴの姿がそこにはあった。

回避が間に合わず、腹に1発食らう。空気の塊だろうか、実体としての弾は無かった。
連続で、無制限に、ショウゴは撃鉄を起こし撃ち続ける。が、

「しつこい、果てろ、このやろ!」

下に躱してショウゴの真下に滑り込むと、顎を爪先で蹴った。

ショウゴがのけぞり、壁にぶつかったところでようやくウミネコから「そこまで!」と声がかかり、
アンジェラはホッとした。


シスイとショウゴが闘っている様子を見て、ようやくウミネコの真意が掴めてきた。

そうなのだ、ここはいかせのごれ。非常識が常識たりえる摩訶不思議な土地。
ここで起こる現象全てに理屈が通るとは限らない土地。
『弾丸が撃ち尽くされたなんてどうして言えるのか。』
そう、今までの常識だけではない、様々な可能性を考慮せねばならないという事、
つまりはどんな些細な油断、慢心さえも命取りになるという事。

丁度、ショウゴがシスイの打撃の手数に対応できず掴んだ手を利用され引き寄せられ吹き飛ばされた所で、
アンジェラはそう思った。
どう考えても人間離れした速さと威力を扱うシスイも、
そのシスイ相手に2戦目にして善戦するショウゴのタフさにも、
アンジェラは『外』の常識のみで測れない事を再認識したのだった。
『まるで認められていないかのような』?
いいやそうではない。
事実ショウゴ相手に一発喰らったのだ。
真剣に取り組まねば、このいかせのごれで沈んでしまう。
より一層気を引き締めねば。

811サイコロ:2013/06/29(土) 17:21:43



「私が勝った相手に負けんなよ」
「お前アレ勝ったって言うのかよ…。」
「うるせぇ果てろ。大体私まだ本気出してないしー」
「ンだとコラ。」

3戦目。ヒロヤにとっては正直闘いづらい…とウミネコが言っていた。
確かにそうなのかもしれない。では、敵を近づけないような戦法をとろう。そう思った。

ヒロヤは他人の意見を無条件に受け入れる傾向がある。
それは自らに自信がない為であるが、別に自分の意志まで預けているわけじゃない。
模擬弾を詰めた重機関銃に装弾すると、ヒロヤは構えた。

ショウゴは息を整えながら、両腰の銃に弾を込めている。
アンジェラとシスイの2連戦で相当消耗したらしく、
汗はダラダラと流れ、足元はふらついている。だがこれはそういう訓練だ。

ウミネコの合図と共に、斜め後方へジグザグと跳び下がって距離をとる。
ショウゴは横へ飛び、射線を逃れるように回り込もうとしてくる。

重機関銃のトリガーを引き絞る。横薙ぎ一閃、銃弾はショウゴの胴体に…

「んなっ!?」

刺さらない。ふらりと倒れるように伏せたショウゴは、間一髪で弾を避ける。
すかさずヒロヤは横へ走りながら照準を戻すが、ショウゴの照準が一瞬早かった。
持っていた重機関銃の銃身に模擬弾が当たり、ヒロヤは使用不能と判断して放り投げる。

投げ捨てるという選択肢に、ショウゴの動きが一瞬固まった。
その隙に今度はSMGへ持ち変える。
1分間に千発以上の弾をばら撒く銃だが、わざと散らばるように撃った。

銃を扱う戦闘で距離と遮蔽物を盗られると、スピード勝負になる。
ヒロヤ達のような玄人ならば猶更であり、その僅かな差が命取りになる。
荒野の決闘であろうがジャングルでのゲリラ戦であろうがそれは変わらない。

よし勝った、ヒロヤはそう思った。

ただ、今回は、ショウゴが障害物を『作った』。

姿が一瞬隠れた。いいや違う、畳を捲って壁を作ったのだった。
模擬弾でなければいともたやすく撃ち抜けただろうが、ビスビスビスという音と共に弾かれた。
そんなの有りかよ、と思いちらりとウミネコの方を見るが、何も言わない。有効、とみなされたようだ。

目を逸らしている間に、畳が目前に迫っていた。ヤバい、体当たりを食らう。
そう思い撃ち尽くしたSMGから拳銃へ持ち替え、横へ飛ぼうとしたら、一瞬早く畳が飛んできた。

何をされたのか分からなかったが、急加速され飛んできた畳を蹴り落とした所で謎が解けた。

足を上げ蹴り落としたヒロヤと同じ体勢をショウゴもとっていたのだ。
そう、驚いた事に、畳を蹴って飛ばしていたのだった。

ショウゴの右手には既にリボルバーが握られている。
ヒロヤの右手にも拳銃が握られている。
躊躇わず、二人とも引き金を絞る。
足を動かそうとするが、後退し距離をとろうとするヒロヤと間合いを詰めようとするショウゴでは、
前進と後退という特性と先制という一瞬の差で、ショウゴの方が早かった。

だが。

初弾がヒロヤを外す。ショウゴはあろうことか…ヒロヤが放り投げた重機関銃に躓いたのだった。

次々に発射される弾丸はそのどれもがヒロヤから逸れていく。

倒れながらでは照準も定まるまい。スローにも感じるその転倒に…ヒロヤは、正確かつ冷静にトリガーを絞った。

812サイコロ:2013/06/29(土) 17:22:47





「今回も酷い結果だなぁ、ショウゴ?」

倒れたままのショウゴに、ウミネコが言い放つ。
シスイ達は一旦水分補給に自販機へ行っている。

「歯車、そうまるで空転した歯車だよ今のショウゴは。悉く戦い方が空回りしてる。気付いてないの?」

「ああ、気付いてる…気付いてるんだが、どうにもうまくハマらねぇ。これがスランプってやつなのかね…」

のろのろとうつ伏せの状態から立ち上がる。疲れ切りフラフラとしてはいるが、
体幹はしっかりとしており余計な力が抜けている。
今までショウゴの積み重ねてきた基礎、基本、素の戦い方がすこしづつ出てきている。
だからこそウミネコには分かった。

「ショウゴ…あんたさぁ、何か足りてないんじゃあないかい?」

ハッキリ言ってウミネコは苛立っていた。苛立ちの原因は、その足りないものにある。
ウミネコはそう感じた。

「何も言わずに訓練に付き合ってくれ、って言われたけど、やっぱり気になってきたわ。
 なんであんたはいきなり訓練してくれなんて言い出したんだ?」

「…。」

ショウゴは何も言わない。

「今日の模擬戦だって、戦い方自体は悪くない。
 アンジェラとの時は見事なガンカタだったし、不意を衝いて戦況をひっくり返そうとしたよね。
 シスイ戦は銃に拘らず体術だけで受け切り反撃しようとしてたし。
 ヒロヤ戦に至っては前に進み続けて間合いを自分のものにしようとしていたでしょ?
 戦い方自体は悪くない。アンタは弱いわけじゃない。だが、」

一旦言葉を切る。

「足りてない。何かが。だからアンジェラにも潜り込まれて叩きつけられたし、
 シスイの手数に押し切られたし、ヒロヤの重機関銃に躓いた。
 しかも、アンジェラ達は本気の力をまだ出してない。」

ショウゴは顔を背ける。

「なぁ、ショウゴ…あんた一体どうしたいんだ。強くなりたいの?
 訓練したという事実が欲しいの?頑張ったねと言う言葉でも貰いたいの?
 …こっちを見ろ、ショウゴ!」

感情を押し殺したショウゴの無表情が、ウミネコに振り返った。
悔しさや苛立ち、そういったものを押し殺した表情だった。

「…悪いウミネコ。俺は強くならなきゃいけねぇんだ。これからある戦いの為に。」

「詳しい事情を話すつもりはないのかい?」

ショウゴは諦めたかのように、ポツリポツリと話し始めた。




「つまり…纏めると、アンタはヤクザの隠し子で、親父さんと妹と組員が敵にやられたと。」

「…。」

「死んだと思っていた妹が生きている可能性をチラつかされたと。」

「ああ。」

「自分だけでなく鬼英会や出雲寺組までコケにされたと。」

「…ああ。」

「汚名返上する為にその知り合いをブッ倒さにゃならんと。」

「…。」

ウミネコは深い深い溜息を吐いた。

「ショウゴ、アンタ…いや、何も言わない。今日はもういい頃合いだし、訓練終了だ。
 明日以降は…そうね、アンタがどうして勝てないのか、何が足りないのか、
 そのあたりをキチンと理解したら呼びな。それまで私は顔を出さないしシスイ達も違う所で訓練させる。」

「…あ?」

「わかんないのかい。わかんないから『スランプ』なんて言葉が出るんだよ。考えな、理解しな。
 それが出来なきゃ先になんて進めるか。」

気付いているが明言しない。言ってやるのは簡単だが、本人が自覚し行動しなければ先へと進むことはない。

「3人とも戻ってきたみたいだ。今日の所はこれでおしまいだ。」


呆然とした表情で。
ショウゴは一人、柔道場に残された。

813サイコロ:2013/06/29(土) 17:23:44

お借りしたのは十字メシアさん宅から角牧 海猫、アンジェラ、ヒロヤ、akiyakanさん宅から都シスイでした。

前回の視点はウミネコ→シスイでしたが、今回はアンジェラ→ヒロヤ→客観となっています。
次からようやくショウゴ視点に変わります。

注釈
今回の模擬戦、能力を使ってないアンジェラに負け(引き分け)、シスイに負け、ヒロヤに負け。
ショウゴはまたしてもフルボッコ状態でした。

814BB:2013/07/01(月) 00:32:43
完成にちょいと時間がかかりそうなので前後編にしてみました
後編は今から書きます

[死なない男の死にそうな日々]
[失敗作のワルツ 前編]


数年前
――――――???????????―――――――

「脱走者だ!!追え!!」
「ック!ハァ、ハァ...」
赤いライトが照らす長い廊下を少女の手を引き走る少年の背後から男の叫び声が
響く

「まて、No2-A!!被検体No00‐Aを開放し、速やかに投降しろ!!」
マシンガンを構えた男が叫びながら追いかける、
しかし少年は振り向きもせず少女の手を引き走り続ける
「止まるんだ!!」
叫び声と同時に発砲音が響く
「?!ッ危ない!!」
突然の発砲から少女を守るために少女を抱き込むような形にして背後から放たれた銃弾から少女をかばう

命中、
「あっ…」
「……大ッ丈夫か?」
しかし、少年は少女に笑顔を向ける、
「う、うん...でも、あなたが...」
「大丈夫、簡単には死なないんだ、」
背中から流れる血もすでに止まっていた、
少年はそのまま少女を抱きかかえて走り出す。
「まてッ!!!」
「いいじゃないですか、あの二人を逃しましょう…」
「Dr(ドクター)...」
そこに現れたのは背の高い白衣のDrと呼ばれる科学者であった
「しかし、Dr!これで8人目ですよ?」
「クックク...良いんですよぉ、それだけ元気ならばいずれ会えましょう、そ・れ・に」
体を大きくのけぞらせ不気味な笑顔を浮かべ、
「私の言う事を聞かないような子はいりませぇん...私の計画の邪魔になってしまいますからねぇ...」
そういって踵を返し長く薄暗い廊下を歩きながら男を横目に見ながら
「あぁ、警報、切っといてくださいねぇ...五月蝿いですから...」
「は、はぁ...」
「あ、それと、彼らの担当者は誰ですかな?」
「は、研究№2210です」
「そのものを私の部屋によんどいてください」
罰を...とつぶやくとそのまま歩いていった
「うっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはーひゃーひゃーひゃーっ!!」
狂気じみた笑い声が廊下に響き渡っていた


―――――――現代――――――――――
コウジの部屋

「コウジー、私の下着知らない?」
「知るかよ」
あきれた顔で武器の手入れをしながら答えるコウジ
同じ部屋で寝泊りをしているジミーとコウジはこのような会話を年中行っていた
「なによう、私の魅惑のボディにめろめろの癖にー」
「魅惑(笑)」
「何ですって?!」
そんな会話をしているとコウジの携帯電話が鳴り響いた
「ん?誰だろ?」
表示画面には「トリスタルトラム」と表示されていた
「あ、トラムさんからだ」
トラムとは、過去のコウジとジミーの恩人であり、現在はひっそりと喫茶店でマスターをしている
紳士な男性であった
「もしもし?」
『よぉ、久しぶりだな、元気か?』
「どうもっす、トラムさん、珍しいですね、電話嫌いのトラムさんが電話かけてくるなんて」
『いやぁ、ちょっとね電話させてもらった』
「そうなんですか...それで?何のようですか?』
『とりあえず、店に来てくれ、ジルちゃんもつれて』
「ジミーを?...わかりました」
「じゃぁ、またあとで」
電話の電源を切ると振り返り
「ジミー、トラムさんがお店に来てくれって…」
振り返った先には真っ裸のジミーが立っていた
「まだ服きてねぇのかよ...風邪引くぞ」
「パンツがないのよー」
「ハァ、洗濯機の裏は探したか?」
「あぁ、そこか」
洗面所に裸で向かっていくジミーを呆れ顔で見送り出かける準備を進めるのであった
「まったく...」
ため息をつきつつばらばらの拳銃を急いで直すコウジであった

815BB:2013/07/01(月) 00:33:31
―――――喫茶『jackpot』
喫茶店には似つかない名前の看板を見上げる
「久しぶりに来たなー、3ヶ月ぶり?」
「そんなもんだと思うね」
のんびり眺めていると、とても渋い声が頭に響いてきた
『やぁ、お二人さん...久しぶりだね?』
周りを見渡しても誰もいなくいるのは一匹の犬であった
「おぉ、バウか、でかくなったな」
「久しぶりー」
バウと呼ばれた犬は、伏せの体制をとり尻尾を軽く振ると
『トラムは中にいるよ、そろそろ食事の時間だと伝えてくれるとありがたい』
この犬は念波を飛ばし人間と会話をすることが可能な犬であり、
ほかの犬とは比べ物にならないほどの身体能力を有している
「おっけー...」
『私はさばの味噌煮を所望する』
「多分駄目だと思うけど…」
そんな会話をしながら扉を開くと中から落ち着いた声が聞こえてきた
「いらっしゃい、ゆっくりしていって...やっときたか、」
「こんちわッす、お待たせしました」
「久しぶりートラムさん」
「久しぶりだねジルちゃん、いやぁ、こっちもゆっくりしてたからぜんぜん問題ないよ」
中にいたのはすらっとした紳士的なトラムと呼ばれた男性であった
この男は、コウジの古い知り合いであり恩人である男であった
「まぁ座って座って」
トラムはカウンター席に座る2人にコーヒーを差し出す
「あれ?いいんですか?」
「いいよいいよ、急に呼び出したお詫びだよ...砂糖は2つでよかった?」
「えぇ大丈夫です」
「ありがとトラムさん」
店内には落ち着いたBGMが流れ、二人はその中で静かに珈琲を飲んでいたがコウジが
「ふぅ...で、用事ってなんですか?」
珈琲を置き、たずねる
「うん、二つあるんだけど...ひとつは、ジルちゃん、」
「なに?」
「お留守番…というより今日これから出かけるからバウと一緒にいてくれないかい?」
「いいけど、どこ行くの?」
「それが二つ目、コウジ、俺と一緒に『嘆きの町』に来てくれないか?」
「『嘆きの町』?それって何ですか?」
聞きなれない単語を聞き返す
「神宮寺に頼まれたんだよ...こっから東に行くとゴーストタウンがあるんだがな?
そこにもしかしたらなんかいるかもしれないんだと...」
神宮寺とは、トラムの友人であり、アースセイバーの指揮官的存在である
「何かってなんですか」
「それを調べてこいって話なんだ、なぁ〜頼むよぉ『ベル』とも連絡取れないし、頼れるのお前だけなんだよ」
「『ベル』さんに頼る気なのが駄目なんですよ、彼女自由奔放ですしそのくせ生真面目ですから」
ガジガジと頭をかくと大きなため息をつき
「はぁ〜...わかりましたいきますよ、
でも簡単な調査だろうから装備は軽装でいきますよ?戦闘めんどくさいし」
現在、コウジの持ち物はサバイバルナイフ2本、拳銃一丁、予備の弾奏3本という本当に軽いものであった
「私は?ここでお留守番?」
「そうなんだが、いいか?」
ジミーの問いに申し訳なさそうに答えるトラム
「別にいいよ?お店はもう閉めるんだろうから私が掃除とかもやっとくよ」
「それは助かるよ、お、じゃぁそんなジルちゃんにはこのチョッパチャップス(メロン味)をあげよう」
そういってポケットから棒つきの飴を取り出しジミーに手渡した
「ありがと、帰ってきたらオムレツの作り方教えてね」
「お安い御用さ...さて、コウジは準備はいいのか?」
コウジに振り向きたずねる
「えぇ、まぁ特にこれといったものもありませんねこっちの準備はできてるんで先にどうぞ」
「わかった」
そういってカウンターを出ると近くの洋服掛けにかかっていた上着をとり、腰にナイフが4本刺さったベルトをつけ扉の前に立つ
「よしいくか」
「いきましょう、」
そういって扉を開け目的地へと向かうのであった

816BB:2013/07/01(月) 00:34:02
―――――道中――――――
「そーいや、何で俺なんですか?」
唐突に切り出すコウジ
「何が?」
「仕事の手伝いっすよ、別に俺じゃなくても錬さんとかキョウアとかに頼めなかったんすか?」
「ん、まぁお前にはいっといたほうがいいかも知れんな...今回のこの件、もしかしたら『ラボ』が関係しているのかもしれないんだ」
「・・・・・『ラボ』が?」
その言葉に反応をするコウジ
「まぁ、確証はないんだがな?その可能性が高いってことなんだ」
「なぜそう思うんです?」
「この前、お前らでかい兵器破壊してたろ?」
「あぁ、でかラッパですか?」
ほんとの名はヴァサアエングルだが見た目からコウジはでかラッパとよんでいた
「そうそれ、それを調べたところ何でもホウオウグループの今まで使っていた兵器とは構造がまるっきり違ったらしいんだ」
ポケットから飴を取り出しそれを口に放りながら続ける
「んで、お前は元ホウオウだったろ?でもお前はホウオウの戦闘員でありながらホウオウを裏切った」
「んまぁ、気に食わなかったんで」
「フツー、アレの元にいるやつは裏切るなんてぜんぜん考えねぇだろ?あいつの理念を理解してんだから、」
「それと何の関係が?」
「簡単に言うと、神宮寺はなんらかの組織が兵隊をホウオウに援助してる可能性がありお前はその集団の人間だったんじゃないかと
言われてんだ」
「んー...じゃぁ逆になぜ俺本人に聞いてこないんでしょうか?」
「そりゃ俺が止めてるからさ」
カカカ、と笑うトラムは続ける
「今回はその関係性とお前の身の潔白の証明のためでもあるんだよ、残念ながら」
「そうっすか...」
「まぁその辺はおいおいってことで...ほれ、ついたぞ、ここが『嘆きの町』だ、調査だからって油断するなよ?」
「...『ラボ』の存在が上げられてるせいで俺も人事じゃないんでまじめにやらせてもらいますよ」
腰の拳銃にそっと手を乗せて警戒態勢をとるコウジ
(あの男が人と『協力』?いや、多分『利用』だな...
どっちも利用し利用しつつの関係って所か?...くっそ、あの男は目的がさっぱり過ぎる)
そんな事を考えつつトラムの後ろをついてゆくコウジであった

―――嘆きの町―――
「ここが...」
「そう、嘆きの町だな」
廃墟となったビルが点々と並ぶ何処と無く暗い感じのする町であった
「なんでも数年前、大量の行方不明者が出て、その後色々な所で死体が発見されてその後も
突然死する人が出たり者が急に壊れたり、知らない建物がいつの間にかできてたりとでいろんな奇妙な現象が起きた町なんだと」
「何ですかそのオカルトチックな話...」
「尾ひれはついてるだろうがな、行方不明者したい云々の話は本当らしいぞ」
「捜査はされなかったんですかねぇ…」
「それを今回するんだろうが」
ポケットから赤い飴を取り出し口に放りながらいう
「すきっすよね、飴」
「お前もほしいのか?」
「いや、いらねぇっす」
町の一本道を歩きながら会話をしていると分かれ道が現れた
「分かれ道か...」
口の中の飴を噛み砕きながら苦い顔をする
「効率はいいが...危険性がなぁ」
「まぁ危なかったら逃げますよ」
少し悩んだ顔をしたがトラムは
「わかった、気をつけろよ」
「了解」
そういって、トラムは右、コウジは左へ向かっていった...

817しらにゅい:2013/07/02(火) 22:01:08



 ―――現は普段、いかせのごれ警察署で働いた後は与えられた仮住まいのアパートの一室へと帰り、そのままパソコンから定期報告を行なっている。
その為、ホウオウグループの施設へと訪れることはあまりないのだが、今日はクロウへの私用の為、足を運ばせていた。
私用といえど、定期報告に合わせた世間話とちょっとした問答ぐらいであったので、用事もすぐに終えてしまった。
あともう1つ用事をこなそうと、施設内の廊下を歩いていた時であった。

「ひつじのおねえちゃん。」
「?…コオリさんですか、お久しぶりですね。」

 白のボブカットに白鳥のぬいぐるみを携えている少女、コオリとウツツは遭遇した。
コオリとは以前から面識があり、数少ない施設訪問でも彼女の元には必ず顔を出すようにしている。
というのも、この白い少女が現の所持している「ドリー」を好んでおり、初めに彼女に手渡した際にもとても気に入った様子だった為、


『譲ることは出来ませんが、ここにいる間だけでしたらお貸ししますよ。』
『ひつじさん、さわっていいの?』
『私がいる間だけ、でよろしければ。』


 と、現がコオリへ約束をしたからであった。
以来、施設へ来る度にコオリの元へ行っては「ドリー」を渡し、そのもふもふな感触を楽しんで貰っている。
今日は姿が見えないので出かけているのかと思っていたが、隣には同じように白い少女が並んでおり、二人で遊んでいたのかと現は予想した。

「コオリさん、そちらの方は?」
「こんぺいとうのおねえちゃん。」
「…初めまして、ですかね?”金平糖のお姉さん”。」

 現はしゃがんで、少女と目線を合わせた。
蜂蜜飴の眼がぼんやりと現を見据え、時折、絹のような白い髪がふわりと揺れる。
腰に付けているポーチは不自然に膨らんでおり、ペンを思わせるような細長い形が少しだけ浮き出ている。

「私はウツツといいます、貴女は?」
「アオは、アオギリ。」
「アオギリさん、ですね。コオリさんと何していらっしゃったんですか?」
「こんぺいとうのおねえちゃんと、たなばたしてたの。」
「七夕?」

 コオリが頷けば、アオギリはポーチのジッパーを開き、中から長方形の紙とペンを取り出す。
赤、青、黄、緑…紙もペンも色とりどりで、その中からアオギリに選ばれた水色の紙と群青色のペンが、現に手渡される。

「ウツツも、お願いごと書いて。」
「たなばたさまをつくるの。」
「たくさんの人に書いて貰うの。」
「それは素敵ですね。」

 現は立ち上がると、ポケットに入れている自前の手帳を取り出し、それを下敷き代わりにして願い事を書こうとする。
その時、あ、とアオギリが声をあげる。

818しらにゅい:2013/07/02(火) 22:03:56

「ウツツ、ホウオウさまのこと書いちゃだめよ。」
「おや、どうしてですか?」
「トキコがもう書いちゃった。」
「ひつじのおねえちゃんの、おねがいごとかいて。」
「…。…私自身の、ですか。」

 現は表情には出なかったが、頭を悩ませた。
「ホウオウグループの安泰」や「ホウオウ様の成就」など他人の願いを願い事であればいくらでも書けるが、自分自身の願いなんて考えたこともなかったからだ。
そもそも、現自身の願い事は実はもう既に叶っており、願う事など何もない。…いや、叶ってはいるが、半分、叶ってはいない。
しかしそれはこの場に書くには相応しくなく、特にこの幼い二人の子供の前では見せられるような願いではない。

(何か、もっと別な願いはないものか。)

 彼女たちの望む、七夕に相応しいお願い事。もっと夢に満ち溢れていて、きらきらと輝いているような。
それこそ、叶えようと思って叶えられなかった願い事___

「……あ…」

 現は目を見開くと、そのままペンの蓋を開けて紙にインクを滑らせた。
きゅ、きゅ、と音を立ててあっという間に書いてしまうと、再びペンの蓋を閉め、紙と共にアオギリへと返した。

「これでよろしいでしょうか?」
「「………」」

 白い二人は願い事を見て、お互いの顔を見合わせた後、現を見上げてこう告げた。

「ひつじのおねえちゃん、だめよ。」
「駄目ですか?」
「じんせいのはかばなのよ、死んじゃうの。」
「死んじゃうんですか?」
「おんなのこのきぼうだけど、おとこのこはぜつぼうなの。」
「ウツツはいいことだけど、ウツツとけっこんするひとはわるいことになるの。」
「まぁ、そうなりますね。」
「だから、『結婚がしたい』って書いちゃだめ。」

 どこで得た知識なんだ、と現は心の中でぼやいた。
確かに人によっては、人生のゴールイン、だとか、人生の墓場、だとか、良い話悪い話はよく聞く。
だが、

「アオギリさん、コオリさん、確かに結婚は人によっては人生の墓場ですし、ぶっちゃけると私も結婚はしたくないです。」
「したくないのに、願いごとに書いたの?なんで?」
「―――…分からない、です。」

 アオギリは首を傾げ、コオリも不思議そうに現を見たが、彼女もどこか表情も曇っている。
現は自分の抱えているその想いを、ひとつ、ひとつ、とぽつりと紡いでいく。

「私には、記憶がありません。」
「きおくがないの?」
「…アオも、記憶が無い。」
「アオギリさんも、記憶が無いんですね。…アオギリさんは、金平糖が好きですか?」
「好きよ。なんで分かるの?」
「コオリさんが金平糖、と付けて貴女を呼んでいましたので。…では、どうして好きなのですか?」
「……分からないけど、たいせつなの。」
「アオギリさんのその大切な金平糖が、私にとって願い事に書いた"結婚"と同じなんだと思います。」
「同じ?…じゃあ、ウツツは、結婚が大切なの?」
「大切、だった、と…思います。」
「いまは?」

 コオリのその問いに、現は口をつぐんだ。
アオギリ達に教えた通り、現には記憶が無い。だからこそ、何故自分がこんなに『結婚』というキーワードに思い入れがあるのか分からなかった。
『結婚』と聞けば、どこか懐かしく心が踊るような期待と吐き気を催すほどの気持ち悪さが同時に沸き起こる。願っている筈なのに拒んでいるとは、とても奇妙な感覚だと現は思う。
それこそ、自分じゃない誰かの意志がそこに存在しているような気がして。

819しらにゅい:2013/07/02(火) 22:04:41

「……ひつじのおねえちゃん?」
「!」
「ぽんぽん痛いの?とてもかおいろが悪いわ。」

 いつの間にか二人は自分の顔を心配そうに見つめている。心なしか、自分の額にも変な汗が浮かんでいる気がする。
…これ以上このワードには触れないようにしよう、と現は決めると、アオギリから短冊を取り上げ、願い事に線を引いた。
そして、新しく願い事を書いた後、それを彼女に渡したのであった。

「ねがいごとかえちゃったの?」
「いいの?」
「いいんです、やはりこちらがいいです。」
「大切なのに、いいの?」

 アオギリがそう問えば、現はしばらく黙った後、やはり「いいんです。」と答えてしまったのであった。










置き忘れた願い事





(白い少女の問いに、ちくり、と胸が傷んだのは)

(きっと気のせいだろう)

(気のせい、なんだ)

820しらにゅい:2013/07/02(火) 22:06:12
>>817-819 お借りしたのは、アオギリ(えて子さん)、コオリ(ヒトリメさん)、
名前のみクロウ(スゴロクさん)、本家様よりホウオウ様でした!
こちらからは現です!

少しだけ彼女に触れて七夕企画に参加してみました!

821スゴロク:2013/07/02(火) 22:53:49
それでは、私も乗っかって見ましょう。短いですが。えて子さんより「アオギリ」ヒトリメさんより「コオリ」クラベスさんより「アン・ロッカー」をお借りしています。




「お願いごと?」

その日、珍しいコトに白波家はかなり賑わっていた。スザクを初めとする「スザク組」が、シュロとアズールを除いて全員そろっていたからだ。
しかも、たまたま用事があるとかで戻って来ていたシドウもいる。

そんな彼らのもとに、その二人―――面識があるのはスザクだけの、アオギリとコオリ―――がやって来たのは、何でも七夕の願い事を集めているから、とかだった。

(この子たち、確かトキコの知り合いだったよな……ってコトはホウオウグループかな?)

と思ったスザクだったが、直後にまあいいか、と思考を放棄した。害意はなさそうだ。

「それで、えーと、お願いごとだっけ?」
「うん、たくさんあつめるの」
「スザク、お願いごと、ある?」

言われて少し考えた。あるにはあるが、ちょっと子供に見せられるモノではない……ような気がする。文面を考えれば、何とかなりそうだが。

「……あるよ。短冊、持ってるかな?」

アオギリから短冊を受け取ったスザクは、下駄箱にそれをおいてさらさらと何事かしたためる。
その間に、コオリが他の面子に同じコトを尋ね、それぞれ「お願いごと」を書いてもらっていた。

「んふふ〜」

蒼の少女がにやける。

「んー……」

戦う主婦が悩む。

「アカネちゃん……は、聞くまでもないわね」

シングルマザーが笑う。

「マナちゃん、見ちゃダメ〜」

白の少女が隠す。

「見なくてもわかる。お姉ちゃんの考えそうなコト、一つしかないもの」

影の少女が呟く。

「私の願い事、は……」

少女人形が記す。

「…………」

玄武が押し黙る。

「ふむ……」

異能殺しが腕を組む。

それぞれに書いた短冊をアオギリに渡すと、白い二人は嬉しげに受け取って去って行った。

822スゴロク:2013/07/02(火) 22:54:24
「……今、取り込み中なんだけど」

神隠しが半眼になる。

「願い事……今はみんな一緒、です」

疑心暗鬼が告げる。




「ほう? 願いごとか」

超能力者が頷く。

「んー……じゃ、こんなかな」

流れる力がひらめく。


「ああ? ……ほれよ」

武器使いが投げた。

「願い事か……そりゃ、一つだろ」

方向音痴が歯ぎしりした。

「……どうやって入って来たの、ココに」

桜の精霊が驚いた。


「んんー? どーうして僕にきーくのかなぁ?」

道化者が問うた。

「えーと……この場合、私はどうすればいいのかしら?」
「さあ。京様の思うようになさればよろしいかと」

編集長に執事が応えた。

「願い事? ……そうだな」

調査員が考えた。

「特にありませんよ〜、今幸せですから」

担当が微笑んだ。

「…………(ばりばりばりばり)」

絵本作家は忙しかった。

「……はい」

サーカス団員が手渡した。



――――そして。

「……あの、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」
「「なあに?」」
「アナタ方は、なぜワタシにそれを聞きに来ますか。いや、本当に」

白い闇が珍しく素で頭を抱えた。




というコトで、願い事はこうなりました。


スザク⇒「トキコともっと仲良く出来ますように」←何やら書き直した痕
アオイ⇒「お姉ちゃんとお母さんと、ずっと一緒にいられますように」
ランカ⇒「家族がもう誰もいなくなりませんように」
マナ⇒「お兄ちゃんときっちりケリがつきますように」
ミレイ⇒「私を捨てた人が見つかりますように」
ゲンブ⇒「いらん誤解をされないように」←自業自得である
トーコ&ミナ⇒「キリさんがちゃんと戻って来られますように」
啓介⇒「いかせのごれの謎がいつか明かされますように」
真衣⇒「啓兄ちゃんがトマトを食べられるようになって欲しいです」←恐らくムリ
聖⇒「能力者の問題が後腐れなく片付けばいい」←なぜか破れを補修したアト
流也⇒「ヴァイスの奴を叩きのめしたい」
サクヤ⇒「『正義の味方』の真意が聞きたい」
理人⇒「もっと面白いコトに出会えますよーに」
京⇒「誰かが泣くようなコトが起きませんように」
正人⇒「正輝のバンドが有名になれますように」
雨里⇒とくになし
ツバメ⇒忙し過ぎて書くヒマがなく、雨里が代筆「締切が伸びますように」
茉莉⇒「サーカスのみんなにいいコトがありますように」
ヴァイス⇒逃げられた



「たなばたさま」への願いゴト

823十字メシア:2013/07/03(水) 00:52:29
息抜きに書きました。


NGシーン集in十字メシア


take1.蛇二匹

「今日は上手く役割をこなせたぞ…この調子で頑張らねば!」
「こんにっちは〜雷s」

ポチッ

「…『ポチッ』?」

ガコン!

「っうわぁあああああああなんでここに落とし穴ああああああああーーーーーー!!?!??」
「計 画 通 り」
「……行動が早いな貴様」


take2.自由(仮)

「ちーっす! 只今戻r」

ズシャアッ!(←コケた)

「……………」
「……………」
「……すいません、調子に乗りました」


take3.藍色と守人の邂逅

「よし、上手く行ったな………アレ、ね、むい…しまった! マスク忘rZzzzz」
「Zzzzz」


take4.銀角と少女

「…?」
「…………」

ヒュッ

「ぐふぉ?!」
「タケルー!?」
「な、なんで? なんでペットボトルが……」
「………」
「遊利?」
「いや、なんでも…ない…」

「………」
「………」
「………」
「…内緒にするから、こっち見ないでくれるかな……」

824十字メシア:2013/07/03(水) 00:53:18
take5.咲埜子と京都の妖怪達

チリーン…

「鈴の…音?」
「…あっ、鈴彦さん!」
「全く幼稚な…しばらく寝てなさい」

リィイーーン!!

『あばばばばべべぎげびあああああ!!??!』

ぱたり

「…団子くらいで喧嘩なんて、みっともない。咲埜子さん達を困らせては――」
「うう………」
「ぐひい〜……」
「……………」

「………………」

――巻き込んでしまいました……


take6.喰われた欲望、暗躍する冷血

「私は『クルデーレ』…即ち『冷血』。不要品を憐れむ優しさなんて、これっぽっちもないわ。ではサヨウナラ」
「ぎゃあああぁぁあぁああぁぁああ!!!!」

ゴキッ、グシャッグシュッ……バキッ…ゴリュ……

「ッフフフフ………」
『…………』
「…あら? どうしたの? 急に震えて……」
『……ッウォオエエエェェエエエエーーーーーーーーー!!!!!!!!!』
「!!?」


take7.愛を見出だす『話』

(ところで紅花、名前は決まっているの?)
(いや、別に…)
(あら、早く決めなさいよ)
(そんなに慌てる事でも無いでしょ)
(いーや! 拾って育てていくって決めたからには、ちゃんと名前をつけてあげないと!)
(う………)

「ああ言われたけど、簡単に決まる訳無いじゃない…」

「んー………」
「くー…くー…」
「…そうだ、この子の名前は―――」


「………今なんつった?」
「だから! 星姫(ステラ)よ!!」
「…………」
(これがキラキラネームというものか……)


take8.一歩前進、帰還の知らせ

「獏也さぁぁあああんッ!!!!!」

キキーッ!

「ってあれえええ止まらないぃいいいいい〜〜〜〜!!!!」

ドグワッシャァン!!!

「…………」
「…………」

takelast.白い闇と”いかせのごれの守人”

「ワタシが役者や邪魔者達を成長させていると? 全く、はた迷惑な理論ですねえ」
「はは、君にとっても悪くない話だと思うよ? 腕、そのままじゃあ不便だろう?」
「…まあ」
「じゃあ交渉成立。…って言っても無償だから安心していいよ、腕出して」

「………」
「………」
「…氷、分厚くなってません?」
「元の状態に戻す能力かと思ったけど昨日だった間違えたテヘペロ☆」


スゴロクさんから「ヴァイス」、ネモさんから「七篠獏也」「クチナワ」、akiyakanさんから「アッシュ」、サイコロさんから「九鬼兵二」、テノーさんから「タケル」、白銀天使さんから「大海 水竜」(名前なし)お借りしました。

825(六x・):2013/07/05(金) 01:20:10
七夕企画参加作品。自キャラのみですが、名前のみえて子さんより「アオギリ」ヒトリメさんより「コオリ」をお借りしています。


ハス・ヮ・ス/
「空橋くん、不動さん、今時間ありますかー?」
「どうしたの崎原さん」
「常に暇だけどな。なんだ?」
「アオギリちゃんとコオリちゃんに頼まれたんですー。短冊に願い事を書いてほしいんですって。」
「願い事って言われてもすぐには思いつかねーな、金欲しい!とかでいいか?」
「夢がなさすぎるよ。この前だって不動君のせいで変な方向に解釈されたんだからもう少し考えてよ!」
「冗談だよ、ちゃんと考えるから泣きそうな顔すんな。そういえば、この前は俺らと氷見谷先輩含めて4人だったよな?人数分もらってきたにしては多くね?」
「じゃあ僕が凪姉に渡してきて、他の人にも書いてもらえないか頼んでみるよ」
「ありがとうございますー。」


爪ス゚-゚ス/
「…というわけなのだよ 手伝え。」
「七夕ですか、懐かしいですね。こういうの何年ぶりでしょうか……えーと、Sushi Tenpura Fu」
「おい待てどこのテンプレ外国人だ、書き直し。」
「なぜですか?好きなものを書くのではないのですか?」
「さっき、懐かしいですね何年ぶりでしょうかって言ったのはなんだ。ボケたつもりだろうがまったく面白くないのだよ。短冊がもったいないから真面目に書け。」
「ソーリーです。渾身のジョークだったんですが…」
「盛大にすべってたと思う。…あと3枚あるな、ミナミにでも渡すか。」


⌒ル・A・)/
「凪がどうしてもって言うから書いてあげることにしたし。あたしだけ書くってのもアレだからあんたたちも参加ね。」
「ミナミちゃんおおきに!ウチも書きたかったんや!」
「えっ、どうしたのよ?」
「先日、諸事情で外出しとった間にマスターとスザクさんたちでお願い事を書いとったらしいんです。ウチが帰ってきたときにはもう…ウッ…」
「そういう日もありますよ。そもそも外なんか出なければ…(以下引きこもりについて延々と語る」
「いい話だったのにこいつがキモイこと言うせいで台無しだよ。たまに外出てきたと思ったら結局これとかマジでありえない。オチにも使えないし。」
「出てきただけ進歩やと思うで。あとなんかメタ的な発言が聞こえたんやけど」
「気のせいだし。」


みんなの願い事



願い事はこのようになりました

冬也『凪姉との仲がもっと深まりますように』
美琴『みんなが笑顔でいられますように』
司『友達をなくさないように努力する(消して書き直したあとがある)』
凪『みんなを守れるように強くなりたい』
ブロント『彼女ができますように』
ブリジット 〜●パアア←『ブロントのごはんがまともになりますように』と言っている
アズール『マスターと、みんなと、楽しく暮らせますように』
ミナミ『海念がもう少し前向きになりますように』
海念『海底で平和に暮らせますように』

826ヒトリメ:2013/07/06(土) 14:39:33
「おねがいごと?」

サーカスに侵入した白い二人の前で、片仮面の青年風貌は首を傾げてみせた。

「僕は"願い事"はしないよ」
「なんで?」
「おねがい、ないの?」
「ないさ。だって僕が、願いを叶えるほうのモノだからね!」

奇術師はふふんと胸を張って言ってみせる。こんどは少女たちが首をかしげることになる。

「おねがいごと叶えるの?」
「たなばたさまなの?」
「たなばたさまじゃないけど願いはかなえるよ!
 そこに持っているのがみんなの"ねがいこと"かな?ちょっと見せてよ」
「かなえるの?」
「かなえるよ?」
「……だめなの」
「えー」
「たなばたさまに、おねがいごとなの」
「パターはたなばたさまじゃないから、だめよ」
「だめ?」
「だめ」

"たなばたさま"ではないから、今回は奇術師も願い事をするほうにならなくてはいけないらしい。
他の存在に「叶えて貰う」ような願いなど、叶えるための兵器には存在し得ないはずなのだが、
目の前の二人が自分にその行為を願っているのだから仕方がない。
珍しくうんうん悩んだ挙句、やっと短冊に書き込んだ。


"ねがいごと"


「二人が"たなばたさまのねがいごと"をたくさん集められますように」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−
短いですがたなばた企画におじゃまします。えて子さんより「アオギリ」おかりしました。
こちらからは「パター」「コオリ」。
いつもコオリをありがとうございます₍₍ ◝('ω'◝) ⁾⁾


以下その他。

トバネ「勝ちたい」
 (願いなど他者に叶えてもらうもんじゃない等と発言し少女達を(´・ω・)とさせ周囲にブーイングを喰らった結果)

ミラ 「我が力と眷属を取り戻す」
イクト「兄に逢えますように」

イチロ「生徒がきちんと授業を受けるように」(その後緑の保護者の元へ連行しようとするも逃げられた)

デストリエ(がしゃがしゃと何やら伝えたい様子だったが)(少女たちには理解できなかった!)

827サイコロ:2013/07/06(土) 16:32:14
<七夕の願い事。>

七夕企画、えて子さん宅からアオギリ、ヒトリメさん宅からコオリをお借りしました。


タカコは基地の廊下でアオギリとコオリの二人に出会った。
「あら、二人とも何してるの?」
「あ、タカコだ。」
「いまね、おねがいごと書いてもらってるの。」
「たくさんかざるのよ。」
「いろんなひとに書いてもらってるの。」
「タカコも書いて。」
「うーん、なるほどねぇ…。」
黄色い紙に、赤のペン。少し迷って、壁に押し付けてさらさらと書いた。

『皆がまともな料理を作って食べてくれますように タカコ』

「二人にも料理教えといたほうがいいのかしらね…」
ぽつりと呟く。教育としては悪くないかもしれない。そんなことを考えながら二人に渡す。
「ハイこれ。きれいに飾ってね?」
「もちろんなの。」
「タカコ、ありがとう。」
そう言うと二人は廊下を歩いて行った。
資料を置きに部屋に入った瞬間、ふと二人が向かった先にあるものを思い出す。
「あ…ゲート…まさか、また外に行ったんじゃ…」
数秒迷って、見なかったことにした。


モトとシュウトが話しているときに、白い子二人組と出くわした。
「ん…?あんなこまい(小さい)子が二人だけで出歩くとは危なかね。いくらこの辺が交通量少ないつーても」
「まぁ、モトさんみたいな危なそうな人にさえ近づかなきゃ大丈夫でしょ」
「茶化すなや。いてもうたろかい。つーかヤンキーとかヤクザは基本ちびっ子には優しいんやぞ」
そんな会話をしていたら。
「バイクのおじさん、メガネのおにいさん、おねがいごと書いて―。」
二人がいつの間にか目の前にいた。
「お、おじ…」
「プッ…ん?お願い事?」
「そうなの」
「たなばたなの」
「おねがいごとあつめるの」
「いっぱいかざるのよ」
「ああ、七夕かー。すっかり忘れてたな。」
若干ダメージを受けているモトを尻目に薄緑の紙と黒のペンを受け取ると、バイクのシートで書くシュウト。

『平穏無事に日常が過ごせるようになりますように シュウト』

白い紙を選ぶと、モトは赤のペンで大きな字を書いた。

『交通安全』

「モトさん、お札じゃないんですから…。」
「よかろーもん、こりゃ俺の願いじゃけぇ。ホレお二人さん、これ持ってき。」
「「ありがあとうなの。」」
二人はそういうと、再び歩いて行った。

828サイコロ:2013/07/06(土) 16:32:46


コンビニの前でショウゴ、リュウザ、コトハがアイスを食べていた。
アオギリはショウゴにトテトテと近寄っていく。
「おひさしぶりなの」
「んぁ…?あ、いつぞやの。」
「ショウゴさんの知り合い?」
「ああ、学校に来た事があんだよ。アオギリちゃんだったっけ?」
「うん。」
「今日は友達と散歩?」
「ううん、おねがいごとあつめてるの」
「たなばたなの」
「ほう、そういやそんな時期か。どれ、貸してみ?」
赤い紙をショウゴが、ピンク色の紙をコトハが、青色の紙をリュウザが取ると、白いペンで色が着いている面にさらさらと書いていく。

『家内安全無病息災 ショウゴ』

「…ショウゴさんそれ、組内の事ですか?」
「そんな所だ。」
「これ、どういういみなの?」
「簡単に言うと、みんなが元気でいられますように、って事さ。お二人さんにはまだ難しかったかな?」

『スイーツが降ってきますように コトハ』

「コトハ、お前…」
「あら、いいと思わないショウゴさん?」
「意味が絶対危ないよね。額面通りの意味じゃないでしょこれ。」
「黙りなさいリュウザ。二人とも甘いものは好き?」
「「うん、すき。」」
「今日は暑いからお姉さんがアイスをあげるわ。感謝しなさい。」

『見つかりますように リュウザ』

「…主語抜けてんぞ、リュウザ」
「ちょっと多いんであえて書くのをやめました」
「欲張りねぇ、全く。」

コトハに買って貰ったアイスを舐めながら、白い二人は礼を言って歩いて行った。


「おっ、アオギリちゃん…だったっけ、こんなとこで何を?」
自販機の前でジュースを飲んでいたキイチが、歩いてきたアオギリに声をかけた。
「あ、キイチ」
「またおしりあいさんなの?」
「うん。ねぇ、たなばたなの。おねがい書いて?」
「お願い?あ―…OK、ちょっと待ってな」

『何か特別なことがありますように キイチ』


願いの形は人それぞれ。
込められた意味も数もまたそれぞれなのである。

829akiyakan:2013/07/06(土) 19:10:22
「願い事、ですか?」

 閉鎖区画に押しかけて来た二人の小さな訪問者に、ジングウは首を傾げていた。

「……お二人とも、何かあります?」
「え、聞かれたのジングウさんじゃないですか」

 スルーパスにしてキラーパス。飛んで来た質問を、さらりと第三者へと受け流した。

「どうせ貴方達も聞かれるんだから、別にいいじゃないですか」
「そりゃそうですけど……お願い事、ですか?」

 口元に人差し指を当て、「うーむ」とサヨリは悩む。それを真似するように、隣にいたレリックも同じポーズを取っている。

「レリック、貴方は考えなくても、願い事は決まってるでしょう」
「りー、おいしいもの、おなかいっぱいたべたい!」
「り、りーちゃん……」

 レリックの返事に、サヨリは苦い表情を浮かべる。しかしジングウは、そのシンプルさが気に入ったようだった。

「おいしいもの?」
「アオも食べたい」
「良いじゃあ、ありませんか。実に無垢で分かりやすい。食欲は人間の三大欲求の一つですからね。純粋にして余分が無い、ある意味清らかな願いだ」
「えへへ〜」
「いや、りーちゃん、ジングウさんに褒められても、何にも嬉しくないからね?」
「そう言うサヨリさんは?」
「……私は、擬人兵ですから。グループの所有物である以上、そう言う願いを抱く事は許されていません」
「そう言う思考停止が、私は一番大嫌いなんですよ。千年王国主任として命じます。貴方の願いを、欲望を言いなさい」

 言っている事はキツイものの、ジングウの口元には笑みが浮かんでいる。擬人兵を口実に、自分の願いを隠そうとしているサヨリの心理を見抜いているのだ。それが彼女も気付いているのか、「うぅ……」と弱気な声を上げている。

「……私は、今が続けば良いと思っています」
「今が続く?」
「どう言う意味?」

 アオギリとコオリが首を傾げた。

「私は、今のままで十分です。今の生活で、これ以上を望みません。ですから、このままが続けば良いと……私は思っています」

 そう言って、サヨリは上目使いに、まるで探るようにジングウの方を見つめた。それの様子はどことなく、悪戯が見つかって叱られるのを恐れている子供の様に見えた。

 彼女の願いは、常に前進せよと言うジングウのポリシーとは全く別のモノだ。足る事を知る、これで十分だ。それは仏教においては「知足」と呼ばれる善行であり、現状で満足する事で煩悩を起こさない生き方だ。だが言い換えれば、「これで十分だ」と妥協している生き方とも言える。それは常に高みを目指し、欲望を絶やさんとするジングウが唾棄し、忌むべきものだ。それを言ったのだから、何かしらジングウに言われても仕方が無いだろう。

「ふむ、悪くは無いですね」
「……え?」

 しかし意外にも、ジングウはその言葉を評価した。予想と違う結果に、サヨリは思わずきょとんとしてしまう。

「あの……ジングウさん?」
「どうしました?」
「えっと……怒らない、んですか?」
「……何故に貴女を叱らないといけないんですか。それとも、貴方は叱られて感じるマゾなんですか?」
「いいえ! そんな訳無いです! 私は至ってノーマルです!」

830akiyakan:2013/07/06(土) 19:10:54
思わず素で返すサヨリ。そんな彼女の言葉に、「まぞってなぁに?」、「のーまるってなぁに?」と即座に反応するアオギリとコオリであるが、「貴方達はまだ知らなくて良い言葉です」と即座にジングウがシャットアウトする。

「……貴女はどうやら、私と言う生き物を勘違いしているようですね。私は何も、ただ傲慢なだけの男ではないんですよ。ちゃんと分を弁えています」
(普段の行動から、一体どうしてそんな言葉が……)
「過ぎたる欲は身を滅ぼす。よく言うでしょう? 欲はあっても良いですが、身に余る欲望は己自身を滅ぼす。収入の低い者が金持ちと同じ生活を望んだところで身を滅ぼすのは自明の理。実力が伴わない芸術家が、いくら己を飾りたてたところでそれはただの道化だ。「足るを知る」、転じて「己を知る」。身の程を弁える事、それは間違いではありません、決して」
「…………」

 ジングウの言葉に、サヨリは合点がいった。普段の物言いやら態度やらで錯覚しがちなのだが、言われてみればこの男、その姿勢自体はその実謙虚なのである。自分の経験から身に付いた知識や人生観などは自信満々に語るのだが、それ以外に関しては「分からない」と必ず言う。それは実際、彼が経験していない事であるからなのだろう。「いくら知識で知っていても、経験が伴わない知識など本物ではない」と言うジングウの言葉が聞こえて来るかのようだ。

「ミレニアムのおにいちゃんは何が欲しいの?」
「欲しいのー?」
「私ですか?」

 横道に逸れたが、最初の質問者へと戻って来た。これに関してはサヨリも興味がある。打倒神、闘争が日常の世界を造り上げる、とか言っているジングウであるが、実際のところ、彼が望んでいるものとは一体なんだろうか。

「何も」
「え?」
「何も、私は望みません」
「…………」
「だって、願い事は自分の力で叶えるものでしょう?」
「…………」

 いや、そういうのいらねぇから。そんな空気が場を支配する。アオギリとコオリはきょとんとしており、サヨリとレリックは白い眼でジングウを見つめている。その視線には、言外に「空気読め」と言う強烈な圧力が存在していた。

「何ですか二人とも、その目は。ちょっと怖いですよ」
「いやジングウさん……人に言わせておいて、それは無いと思います」
「ぐー、恰好悪い」
「何でですか、全く……別に、嘘は言っていないじゃありませんか……」
「ふふふ……諦めて口を割ったらどうかしら?」
「あ」
「猫さんだ」

 現れたのは人語を喋る化け猫ことフレイだった。支部施設にはあまり姿を現さない為、こうしてここで姿を見かけるのは珍しい。

「何ですか、フレイ。盗み見ですか」
「盗み見とは人聞きが悪いわね。出のタイミングを待っていたのよ。しかし七夕か、この国の良い文化よね。星に願いを。なかなかロマンチックで良いじゃない」
「どの口で言うんだ、このBBAは」
「はいはい。御年六十歳の老猫ですよ、あたしゃ……で、どうなの? 言わないなら、私の口から言っちゃうけど」
「それはごめんです。他人に言われる位なら、自分で言いますよ」

 そう言うジングウの顔は、苦虫を潰したような表情だった。そんな彼の様子に「まぁ、そうよね」とくすくすとフレイは笑う。こんなジングウを見るのも珍しい、とサヨリは思った。

「私の願いは……まぁ、『楽しく生きていたい』、ですかね」
「あら? 『万人が』が抜けてるわよ?」
「……フレイさん?」

 じろ、とジングウがジト目で睨む。「おほほほ、怖い怖い」とその視線から逃げるように、フレイは去っていく。

「待ちなさい、私に言わせておいて、貴女は言わずに逃げるつもりですか」
「どの口が言うんですか……」

 自分の事は棚に上げ、ジングウはフレイを呼び止める。周りからは呆れられているが、そんな事気にしてはいない。

「私? 私は今も昔も同じよ。『人外が自分らしく生きられる世界でありますように』、よ」
「……そうですね、そうでしたね。それが貴方の行動原理だった。今も、昔も」
「そう言う事で〜」

 ――・――・――

831十字メシア:2013/07/06(土) 19:11:10
「で…何故連れてきた。ここに」

いつもと変わらぬ微笑を浮かべるヤマネを、思い切り睨みつける佳乃。
当人はというと、笑みを崩すどころか楽しそうにこう言った。

「いやー、この二人の望みに応えるには、こうした方がいいかなってね」
「お前、本当に守人としての責任感あるのか?」
「あるけど?」
「ここは守人の住居区だって分かってるのか?」
「うん」
「……もういい。それで、そこの二人の望みとやらは、一体何ですか」

溜め息交じりに聞く佳乃。

「あのね、たなばたさまへのお願いごと集めてるの」
「七夕、ですか?」
「うん。いっぱい、いっぱい集めるの」
「そうでしたか。それなら、他の皆にも言いましょうか」
「ありがとう、くろかみのおねえさん」
「いえ。それと、私の名前は佳乃です」
「分かった。佳乃のお願いごとはなに?」
「え」

いきなり聞かれて一瞬固まってしまう。
渡された短冊とペンを手に、佳乃は「う〜ん」と頭を抱えた。

「……やっぱり、これですね」

『皆の人生が幸と平和に恵まれますように』

「ありがとう」
「ありがとう」
「ヤマネ、貴方も書きなさい。連れてきたのは貴方なんだから」
「何その理屈。というかもう書いたよ」
「あら、そうでしたか。因みになんと?」
「んー…ひ・み・つ、ってね」

『いかせのごれの人間の成長』

「七夕ですか。そういえば忘れてました」
「私もですよー。あ、お饅頭どうぞ!」
「ありがとう、猫のおねえさん」
「おねえさんも、お願いごと書いて」
「いいよー! 何書こうかなあ」
「おねえさんも、書くの」
「はいはい。あ、後、僕はお兄さんですよ」
「そうなの?」
「女の人みたい」
「よく言われますよ」
「昔から可愛がられてましたしね! 若君!」
「そ、それは言わないで下さいよ!」

と、笑いながら斎はペンを走らせた。

『姉君の組織嫌いで暴走しませんように』
『守人、ひいては水無瀬家の無病息災』

水無瀬家から離れた二人は、しばらく歩くと、花が咲き乱れた庭に出た。

「お花、いっぱいだね」
「いっぱい」

花の海を歩いていると、桜色の髪をした女性が二人に気付いた。

「あら、どちら様ですか〜?」
「アオは、アオギリなの」
「コオリはコオリよ」
「アオギリちゃんに、コオリちゃんですね〜。二人だけでここに?」
『うん』
「どうしたんだい、ウララ」

ウララ、と呼ばれた女性の後ろに、着物の左側がはだけている女性が。

「おばさん、だれ?」
「ん? アタイはハルだよ。コイツの姉貴さ」
「あねき?」
「お姉さんのことですよ〜」
「そうなんだ」
「そうですよ〜」
「ってか、呑気に話してる場合なのかい? 迷子なんじゃあ…」
「ちがうよ」
「違う?」

アオギリの言葉に、首をひねるハル。

「お願いごと、集めてるの」
「たなばたさまへの、お願いごと」
「あぁ〜。なるほどな」
「彦星様と織姫様のお話ですよね〜?」
「そうだな。で、アタイ達に願い事書いてほしいって訳かい?」
「うん。書いてほしいの」
「小さいお姉さんも、書いて」
「分かりました〜」

『生徒の皆と仲良く過ごせますように』
『美味しい抹茶スイーツ食べたい』

832akiyakan:2013/07/06(土) 19:11:26
「あ、虎のおじさん」
「珍しい」

 願い事を探していた二人は、フレイに続いてここでは珍しい人物を見つけた。

「ん? なんか小っこいのがいると思ったら、お前らか」

 現在、ロクブツ学園に教師として潜入しているロイドだった。休憩中だったのか、その手にはコーヒーの缶が握られている。すぐ近くには、同じ様にジュースの缶を持ったミツもいた。

「アオギリさんに、コオリさん」
「ミツもいる」
「この人達にも聞いてみよう」
「そうしよう」
「あん? 何か用か?」

 ロイドはしゃがみ込んで視線を二人に合わせて来た。と言っても、体躯が大きいせいでむしろ威圧感は増したような気がする。しかし二人は、それに全く気圧されている様子は無かった。

「たなばたー」
「ん?」
「たなばたのお願い事聞いてるのー」
「たなばた? ……あぁ、そう言えばクラスの連中が騒いでたな。もうじきたなばたがどうだとか」
「虎のお兄さん、お願い事ある?」
「ん? ……あぁ、ちょっと待ってろ」

 アオギリが差し出した短冊を見て数秒考え込むと、ロイドはそれを受け取って願い事を書き込む。それには「自分の記憶を取り戻す」と書かれていた。

「記憶? 虎のお兄さん、きおくそうしつなの?」
「あぁ、そうだ。ずっと、落し物を探しているんだよ」
「見つかるといいね」
「そうだな」

 ミツの方を見ると、そちらにもコオリが短冊を渡していた。少女の様な細い指でそれを受け取ると、ミツはさほど考える事無く書き込む。短冊には「千年王国の皆さんが幸せでありますように」と書かれている。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「ほぅ、千年王国の皆さんが、ねぇ……ホウオウグループ全体じゃねぇのか?」
「多分、ミツのお願いではこれが精いっぱいな気がするので」
「叶う前提か。おめでたい奴だ」

 だが、ミツは人造とは言え天使だ。天使の願い事なのだから、それは確かに叶ってしまう事なのかもしれない。

「ありがとうございましたー」
「したー」
「あぁ。願い事集め、がんばれよ」

833十字メシア:2013/07/06(土) 19:11:50
ハルとウララの姉妹に別れを告げた二人が、次に向かったのは――。

「お兄さん。もふもふのお兄さん」
「起きて」
「う…ん…」

二人に揺すられ、眠気が抜けない眼をこする少年。
少しして、ようやく自分の目の前に、二人の少女がいたのに気付く。

「…誰?」
「アオは、アオギリ」
「コオリはコオリなのよ」
「ふーん。…何か、用?」
「お願いごと書いてほしいの」
「願い事…? ……あ、そういう事か。ちょっと紙取ってくる」

立ち上がろうとする直前、アオギリは短冊の紙を突き出した。

「たんざく、あるよ」
「…準備良いな」
「たくさん、集めるの」
「そうか。じゃあ、他の人達にも、書いてもらった?」
「うん」
「…………ん。出来た」
「ありがとう、もふもふのおにいさん」
「もふもふ?」
「おにいさん、髪がもふもふしてるから」
「あー…まあ、な。……狼だし」
「おおかみ?」
「あ、いや、何でもない」
『?』

『妹と仲直りしたい』

「次はどこにいくの? おねえちゃん」
「そうだね」

きょろきょろと、辺りを見渡す。
と。

「ありりー? 何やってるのー?」

白い帽子を被った少女が声をかけた。
アオギリとコオリの中間くらいの背丈だ。

「あのね、アオ達、たなばたさまへのお願いごと、集めてるの」
「いっぱい集めて、かざるのよ」
「そっかー! じゃあ、あたいもてつだってあげるよー」
「ありがとう、帽子のおねえちゃん」
「むふふんー、まかせろー! あ、あたいの名前は京子 八代だよー。よろしくー」
「やつしろ? へんななまえ」
「でしょー? でもあたいはきらいじゃないよー」

『立っぱな頭りょうになれますように』

「お願い?」
「たなばたさまへのお願いごと」
「もってかえって、ささにかざるの」
「蛍、たなばたって何?」
「…お前、マジで聞いてる?」
「うん。知らない」
「…はあ。あのな、七夕ってのは、7月7日、紙に願い事書いて、笹の葉につけるやつのこと! 分かったか?」
「うん、分かった」
「本当か〜? で、あたしらに書いてほしいのね?」
「そうなの」
「っつっても、何書きゃあいいのか…」
「水色のお兄さんも」
「いいよー。…蛍、大好き、と」
「お前本当に聞いてたのかよつか口に出しながら書くなぁああああああ!!!!!」

『ハルキと幸せにいられますように』
『蛍とずっと一緒にいられますように(消した痕がある)』

834akiyakan:2013/07/06(土) 19:11:57
 元気に走っていく二人の後ろ姿を見送りながら、ロイドが軽く手を振る。

 そんな彼に向かって、ミツが一言。

「……子供は嫌いだったんじゃ?」
「あん?」

 『人面虎(マンティコア)』に思いっきり睨まれましたとさ。

 ――・――・――

「……またこの子達か」

 アオギリとコオリを前にして、シスイがため息をつく。

「お願い事聞いてるのー」
「ここいっぱい人がいるから、いっぱい聞けるのー」
「お願い事、かぁ……」

 受け取った短冊を手に、シスイは額に皺を寄せている。元々無欲な人柄は、こう言う時かえって困るものである。

「世界平和……なんか違うな。そもそも俺が抱くものじゃないし……悪即斬? 待て待て、どこの新撰組だ、俺は……」
「あっれぇ? アオギリちゃんにコオリちゃんじゃない」
「げ」

 シスイが思いっきり嫌そうな顔をして振り返る。振り返った先には、彼そっくりな顔で人懐っこそうな笑みを浮かべる少年がいた。

「アッシュだ」
「アッシュだー」
「やっほー」
「……アッシュ、お前の知り合いっつー事は……」
「おっと。そいつは言わない約束だぜ、兄さん?」

 唇に人差し指を当て、にやりと笑うアッシュ。シスイは眉を顰めたが、それ以上何かを言う事は無かった。ここで何かを論じたところで、意味は無いと悟ったのだろう。

「まぁ、安心しなよ。確かに彼女らはグループの一員だけど、そこまで危険な事に関わっている訳じゃない。グループで身柄を預かっているようなものだからね」
「それの一体何を安心しろって言うんだ?」
「アースセイバーだって、似たようなもんだろ?」
「…………」
「それはさておき、と……コオリちゃん、僕にも短冊貰える?」

 アッシュはしゃがみ込み、コオリに向かってを手を差し出す。すぐにコオリが短冊を彼に手渡した。

「一体何を書くつもりだ?」
「『この世の女達よ、みんな裸エプロンになって僕の前で傅け』」
「…………おい」
「はいはい、嘘です、冗談ですー」
「アッシュ、はだかえぷろんって何?」
「何?」
「君達は知らなくて良い!」

 デジャヴを感じさせる程のカット。言外に「余計な事を言うな」と聞こえて来るかのようだ。

835akiyakan:2013/07/06(土) 19:12:32
「『トキコちゃんが僕に振り向いてくれますように』、っと」
「……あのさ、お前。度々トキコの奴にちょっかい出してるけど、それガチなのか?」
「ガチだよ。ってか、今まで誰か一人好きになった事無い兄さんに、人の恋愛についてあれこれ言われたくないね」
「う……」

 痛い所を突かれたらしい。シスイが唸った。

「あ、都兄弟はっけーん!」
「ん?」
「おや?」

 聞き覚えのある声を聞いて、二人は振り返った。こちらに駆けてくる亜麻色の髪の少女が見えた。

「コロネか。うっす」
「うっす! 二人で何やってんのー?」
「残念、二人じゃなくて四人だよ」
「あ、この前学校に来てた女の子だ! 新しい子までいる〜!!」

 「わっはー」と笑顔を浮かべながら、コロネはアオギリとコオリを撫で回している。そう言えばこいつ、ゲーセンにある可愛いぬいぐるみやキーホルダーが好きだったっけ、などとシスイは考えていた。例えそうでなくても、可愛いものは皆大好物であろう。

「へー、色んな人のお願い事聞いて回ってるんだー」
「お姉ちゃんもお願い事ある?」
「あるあるー! 書くから短冊頂戴?」
「はーい」
「兄さん、書く事決まったかい?」
「ああ。まぁな」

 ペラ、とシスイは自分の書いた短冊をアッシュに見せる。『みんなが仲良く暮らせる世界でありますように』、と書かれている。

「ふぅん……優柔不断な兄さんらしいお願い事だね」
「選別マニアの千年王国に言われたくないわ」
「うぐ」

 今度は、アッシュが唸る番なのだった。



 ≪星に願いを≫



「で、コロネちゃんはどんなお願い事にしたの?」

「『変な人がいっぱい増えますように!』」

「いや……」

「それは……」

「変な人?」

「変な人いっぱい増えたら大変よ……?」

836十字メシア:2013/07/06(土) 19:13:13
「たんぽぽのおねえさん、お願いごと書いt」
「断る」
「どうして?」
「どうしても何も、修行の邪魔だよ。とっとと立ち去れ」
「しゅぎょうって何?」
「武術の練習だ。これで満足したろ。早くどっか行きなよ」
「ぶじゅつって何?」
「…戦いの為の技術」
「ぎじゅつって何?」
「……分かったよ書けばいいんだろ書けば!!」
「ありがとう、たんぽぽのおねえさん」

『強くなりたい』

『今のお前、見ていて中々面白かったぞ』
「黙れ虚空」

「願い事か」
「バンダナのおにいさん、書いて」
「おう。……ほい」
「ありがとう」

『おじさんとおばさん達が戦いで物壊しませんように』

「こっちの身にもなってほしい」

「おや、アオギリじゃないか」
「あ、ウミネコ」

歩いていると、海猫と、彼女の車椅子を押している少年、茶髪の少女に出会った。

「んあ? …誰だよそいつら」
「以前、学校で会ったんだ。そっちは…友達?」
「うん。コオリっていうの」
「コオリ、か。オレはヒロヤ。で、コイツは暴れん坊のアンジェラ…いでぇっ!」
「暴れん坊なのはお前だろ」
「はいはい喧嘩しない。子供の前でみっともない…」
『うぐっ』

海猫の言葉にダメージを受けたらしい二人。

「それで、どうしたの?」
「あのね、たなばたさまのお願いごと集めてるの」
「いっぱい、いっぱい集めてるの」
「だから、ウミネコのお願いごとほしいの」
「あ、あたしの? 困ったな〜」
「てっぽうのおにいさんと、ちゃいろのかみのおねえさんも」
「オレらも?」
「……あっ、浮かんだ!」
「…どうせロクでもねーだろ」
「何よ。『ヒロヤが犬死にしますように』って考えただけよ」
「撤回しろ爆ぜろ」

『一番弟子がもっと強くなれますように』
『武器増やしたい』
『ヒロヤの悪い癖が治りますように』

「…出来た」
「はえーな、お前」
「小烏丸が遅いだけ…」
「うるせー。もう少しで書くって」
「むう……どれどれ…」
「だあああ何で覗く?!」

『綺麗な花を見つけたい』
『今年は雪が降ってほしい』

「う〜んう〜ん…」
「凄い悩んでますねー袖子さん」
『どーせあの小僧絡みだろ』
「ちっ違うし!!!! 変な事言わないでよ!!」
「袖子さーん、顔赤いですよー。大丈夫ですかー?」
「あんたも余計な事言うな!!!」

『これから寒くなりませんように』
『フミヤとずっと親友でいられますように』

「いっぱい集まったね」
「ね」


守人達の願い



えて子さんから「アオギリ」、ヒトリメさんから「コオリ」お借りしました。
新キャラはそのうち投下します。
後akiyakanさん…リアルタイムにやっちゃってすいませんでした…orz

837えて子:2013/07/07(日) 20:57:22
たくさんたくさん、お願いごとが集まったの。
だから、次はささにかざるの。

ささは、パターがくれたの。
「みんなのお願いごとをかざる、おっきなささがほしい」って言ったら、くれたの。
パターは、たなばたさまじゃないけど、お願いごとを叶えてくれるんだね。

いろんないろんなお願いごとがあるんだね。

「パターとウツツは、同じお願いごとだね」
「ほんとうだ。コオリたちに、おねがいごとたくさんあつまりますように、って」
「お願いごと、かなったね」
「かなったね」

お願いごと、たくさんたくさん集まったの。
パターとウツツのお願いごと、叶っちゃった。
きっと、たなばたさまが叶えてくれたんだね。

ほかにも、いろんなお願いごとがあるの。

「タスクは、ほんだながほしいのね」
「ごほんのおにいちゃんは、ごほんがほしいっていってるのよ」
「きっと、本が好きなんだね」
「ふこうのおにいちゃんは、さかあがりができるように、だって」
「さかあがりって何だろう」
「きっと、さかをのぼるのよ」

お願いごとは、大事にかざるの。
たんざくにひもを通して、落ちないようにささにぎゅって結ぶの。

「とりさんのおねえちゃんは、あかいおねえちゃんとなかよしになりたいんだって」
「スザク、トキコとなかよしよね」
「なかよしよね」
「もっとなかよしになりたいのかしら」
「なかよしは、いいことよね」
「でも、アッシュもトキコのこと書いてるよ」

トキコ、なかよしの人がたくさんだね。
こういうの『もてもて』って言うのかな。

「バイコーンのおにいちゃんは、あかいおねえちゃんにふりむいてほしいの?」
「ふりむいてほしいみたい」
「「…………」」

コオリとふたりで、後ろをふりむいたの。
アッシュはトキコにこうしてほしいのかな。

「こうかな」
「こうかなぁ」
「こうすると、どうなるのかしら」
「わからないの」
「ふしぎね」
「不思議ね」

きっと、アッシュやトキコには、わかるんだね。
今度、聞いてみよう。

838えて子:2013/07/07(日) 20:58:05


「とらのおじさんや、ごみすてばのおねえちゃんは、きおくがほしいのね」

コオリの持ってるたんざくは、ロイドのお願いごとが書かれてるのとひなたのお願いごとが書かれてるの。
ロイドもひなたも、記憶がないんだって。アオといっしょ。

「こんぺいとうのおねえちゃんも、きおくがないのよね?」
「うん」
「きおく、ほしい?」
「ううん」
「いらないの?」
「うーん…わからない」

アオも、記憶がない。何も知らない。
知らない場所にいたら、ホウオウさまがアオを見つけて、一緒にここに来たの。
アオは、記憶がほしいって思わない。
何にも知らないから、ほしいと思わないのかな。
アオにはわからない。
大きくなったら、わかるのかな。

「あ」
「コオリ、どうしたの?」
「ジェノサイドのおねえちゃんは、ミレニアムのおにいちゃんとけっこんしたいんだって」
「ほんとだ」

でも、アオとコオリ、教えてもらったのよ。

「けっこんって、男の人にはじんせいのはかばよね」
「じんせいしんじゃうのよね」
「ジングウ、わるいことになっちゃうね」
「ジェノサイドのおねえちゃんは、いいことなのにね」
「たいへんだね」
「たいへんだね」

でも、わるいことってどんなことなんだろう。
ジングウのお願いごとが、叶わなくなっちゃうとかかな。

「しろいおじさんは、かいてくれなかったね」
「にげられちゃったね、残念」
「つぎのたなばたさまは、かいてもらえるかしら」
「書いてもらえるといいね」

もらったお願いごと、全部ささにかざったの。
これでかんせいかな…

「あっ」
「こんぺいとうのおねえちゃん、どうしたの?」
「アオたち、お願いごと書いてないの」
「あっ」

みんなのお願いごと、たくさん集めたけど、アオたちのお願いごと、忘れてたの。
アオたちも、お願いごと書かないとね。

「うーん」
「うーん」

お願いごと、むずかしいね。
何を書こうかなあ。

「コオリ、書けた?」
「かけたの。おねえちゃんは」
「書けたの」

アオとコオリのお願いごとも、ささにかざるの。
全部かざったら、二人で外に持ってくの。

外に立てたら、しちゅうにぎゅっと結んで、できあがり。
お外はまっくら。きらきらお星さまがいっぱい。

「きれいね」
「きれいね」
「たなばたさまに、とどくかしら」
「きっと、とどくのよ」

きらきら、きらきら。
たなばたさま、とってもきれいね。


白い二人のたなばたさま〜おねがいがとどきますように〜


(ひらひら、ひらひら)
(天の川の下で、みんなの願い事が風に揺れる)
(二人の願い事も、風に揺れる)


『やくにたつひとになりたい コオリ』
『みんなのおねがいがたなばたさまにとどきますように アオギリ』

839えて子:2013/07/07(日) 20:59:11
ヒトリメさんから「コオリ」をお借りしました。こちらからは「アオギリ」です。
みなさん、今回は突発的な企画に参加していただき、ありがとうございました。

この話でアオギリとコオリちゃんが話題に出していた人物は
スゴロクさん:火波スザク、ヴァイス
しらにゅいさん:トキコ、ウツツ
紅麗さん:浅木旺花
十字メシアさん:ひなた、マキナ
akiyakanさん:ロイド、ジングウ、アッシュ
ヒトリメさん:パター
です。こちらからは「我孫子佑」「久我長久」を話題に出しました。




こっそりですが。うちの子の願い事はこんな感じです。
望→『平穏無事に過ごせる日が来ますように』
佑→『新しい本棚がほしい』
夕陽→『健やかに暮らせるように』
朝陽→『夫に胸を張れる人生を歩みたい』(達筆)
花丸→『友達とずっとずっと一緒にいたい』
若葉→『妹が無事で過ごせますように』
紅→『情報屋の皆が元気で暮らせますように』
ハヅル→『紅が無茶しないように』
アーサー→『みんな元気に!』
長久→『新作の本が手に入りますように』

840えて子:2013/07/09(火) 22:11:49
「小さな決意」の続きです。短いですが。最後、スゴロクさんに投げます。
スゴロクさんから「隠 京」名前は出ていませんが「赤銅 理人」「夜見 雨里」「茉理」、クラベスさんから「アン・ロッカー」をお借りしました。こちらからは「アーサー・S・ロージングレイヴ」です。


こつこつと靴の音を立ててやってきたのは、アンだった。
医師からの説明が終わったのだろう。

京が立ち上がり、お疲れ様、と労いの言葉をかける。

「…アン。どうだった、二人は…?」
「結論から言いますと、お二方とも命に別状はありません。長久様は先程からおぼろげですが意識が戻り始めているようですし、ハヅル様も出血こそ酷いものの傷自体は大きなものではなく、今は意識を失っていますがじきに回復するだろう、とのことでした」
「……!」

よかった、と言うようにほっと安堵の様子を見せるアーサーに、晴れない表情を浮かべて、ですが、と続ける。

「…?」
「…先日から入院なされていた紅様が、安定していたはずの容態が急に悪化したそうです」
「!!」
「…それ、本当なの?」
「はい。峠は越えたそうですが…衰弱が激しく、予断を許さない状況だと」
「そんな…」

情報屋の中で姿を見かけなかった紅が、入院していて、しかも死にかけている。
まさかそんなことになっているとは思いもよらず、京は半ば呆然と呟いた。

紅の入院は知っているはずのアーサーも、そこまで深刻な状態だとは思っていなかったのだろう。先程まで見せていた安堵の表情が一変し、蒼白になっている。
声は出ないが、唇も何かを呟くように震えていた。

「アーサーちゃん…大丈夫よ。きっと助かるわ」

気休めにもならない慰めだが、そう言わずにはいられなかった。


アーサーが落ち着くと、三人は病院の待合室に移動した。
自動販売機で缶コーヒーをふたつ買い、ひとつをアンに手渡す。
同じくココアを買うと、それはアーサーへと手渡した。

「…………」

先程より落ち着いたとはいえ、アーサーの顔は浮かない。
ぼんやりとココアを眺めていたかと思えば、どこか悲しげに病院の廊下を見つめたりする。
まだ幼い少女だ、目の前の現実をどう処理していいのか分からないのだろう。

京が少しそっとしておいてあげよう、と考えた矢先だった。
廊下の先を見つめていたアーサーの目が、突然驚いたように見開かれた。
そして、何かを訴えるように京の服を強く引っ張る。

「……!」
「アーサーちゃん?どうしたの?」
「…!!ーーーっ!!」

出ない声の代わりに、必死に廊下の向こうを指差す。
そこにいたのは、廊下を歩いている不恰好な茶色の髪にパーカー姿の男、漆黒の闇かと思われるほど真っ黒な髪の女性、それとは逆に真っ白な髪の少女の三人。

アーサーが特に指差していたのは男だった。
その手には、彼女がいつも手にはめていて、あの時カチナにずたずたにされたはずのパペット―ロッギーがいた。


連なる点、交わる線

841スゴロク:2013/07/09(火) 22:50:53
投げられたらば受けるが私。というコトでえて子さんに続きます。クラベスさんより「アン・ロッカー」、えて子さんより「アーサー・S・ロージングレイヴ」をお借りします。



三人が転移で到着したのは、病院の廊下の端だった。幸い時間が時間だけに人に見つかるコトはなかったが、正直理人も肝を冷やした。

「お、おー……あーぶなかったなあ。人に見られたらえーらいコトになってましたよ」
「ゴ、ゴメン……ちょっと目測誤った……」
「……行く」

雨里の呟きを無視し、茉莉が一人で廊下の奥へと進む。案内板を見ると待合室がそちらにあるようだ。理人、そして雨里もそれに倣い、進む。

「それで、実際どうするつもり?」
「んー……まーずは、このパペット、ロッギー君を持ち主に返すのが先でーすな。そーれから後は、情報屋のみーなさんの現状しーだいというコトで」
「協力するのは確定ってコトね? わかったわ」
「ですな。コトと次第によーっては……あ、いや、これはアトにしましょー」

不明瞭な物言いに首を傾げた雨里だったが、その思考はすぐに中断された。

「到着」

先頭を歩いていた茉莉が、そう言って足を止めたからだ。その見る先には、二人の女性と一人の少女。

「……あら、編集長。こんばんわ」
「……雨里ちゃん? 何、何か雰囲気違うんだけど」

職場以外では何気に初となる対面を果たした雨里に、京が僅か目を見開く。一方彼女の服を引っ張っていた少女―――アーサーは、理人の手に在るロッギーを見て驚愕しきっているようだ。そちらに目を向けた京の表情が、驚きに染まる。

「……それ、ロッギー君よね?」
「そーの通りですな」
「どうして……あんなにひどい状態だったのに」
「あー、自分がなーおしました。あーのままだと、話もろーくに聞けなかったんでね」
「話? いえ、そもそもどうやってあの状態から無傷に」

アンの問いには答えず、理人はロッギーを手から外してアーサーに渡す。

「ほい、相方君はなーおりましたよ、っと」
「……!」

慌てるあまり引っ手繰るようにして、アーサーはロッギーを受け取る。矯めつ眇めつして完全に直っているコトを確かめると、片手に嵌めて大きく息をついた。

『……ああー、やれやれ。酷い目にあったよ』

言葉を発したのは、ロッギーの方。既に接し方のわかっている京とアンは、互いに目配せをすると話の口火を切る。

「生還おめでとう……と、喜んでばかりもいられないけれどね」
「ええ、ハヅル様と長久様は危険を脱しましたが、紅様は未だ予断を許さない状況です。ロッギー様、そちらは大丈夫でしょうか?」
『……正直不安で仕方がないよ。蒼介はいなくなっちゃったし、ベニー姉さんはまだ危ないし……』

今にして思えば、と続ける。

『ブラウって人が来た時、ハヅルを襲ったのがベニー姉さんに縁のある人……蒼介なんだけど、その人だって言ったんだ。その時アーサーが感じた嫌な予感って、このコトだったのかな』
「……かもしれません。ですが、起きてしまった以上、そのコトを悔いても解決にはつながりません。まずは、紅様のご無事を祈りましょう」

真面目て融通の利かないところもあるが、アンはアンで紅を案じている。それを理解しているからこそ、誰も何も言わない。少しの静寂を破ったのは、茉莉に目で促された雨里だった。

「……えぇと、編集長?」
「はい?」

――――少しの時間をかけて、雨里はここに至るまでの状況を簡単に説明した。自分が二重人格の片方であり、表の雨里はそれを知らないコトや、こうなる以前に理人と何度か行動した経験があるコト、茉莉がここにいる理由、そして自分達がこの件に協力する気であるコト。

「まあ、私は表の雨里の関係もありますから、編集長がダメと言えば手を引きます」
「けーど、僕と茉莉ちゃんは最後まで付き合いますよ。……正直、『連中』には借りがあるんでね」

珍しく怒気を孕んだ低い声で、理人が意思表明をする。茉莉もそれに倣い、こくりと頷くコトで肯定を現した。

「……私も、同じ」
「そう……そうね……」

どうしたものか、と思案する京の服の裾を、アーサーが引っ張る。

「? どうしたの、アーサーちゃん」
『あぁ……いや、その、アンさん、京姉さん。少しだけ』



『……助けに来てくれて、ありがとう』




運命交差点・繋

(二つの道が重なる)
(次なる運命は、何か)

842えて子:2013/07/12(金) 23:33:04
そろそろこの二人も復活させます。「運命交差点・繋」の数日後の話です。自キャラオンリー。
文中の“保護者”は特に誰と決めてません。拾ってくださる方がいればどうぞ。


「………」

ハヅルが目を覚まして一番最初に目にしたものは、真っ白な天井だった。
次に感じたのは、微かな薬品の匂い。

おそらく病院の一室だろうと結論付け、鈍く痛む後頭部に軽く顔を顰める。
何故自分がこのような状況に置かれているのか、ひとまず整理しようとしたところ、不意に声をかけられた。

「ああ、起きた?」

聞き慣れた声に、首だけをそちらへ向ける。
ベッドの脇に首に軽く包帯を巻いた長久が立ち、こちらを覗いていた。

「……久我、か?」
「ああ。一応、本物の、な」

いつも通りの軽口を叩く長久に、軽く口の端を上げて笑う。

「俺は……どのくらい、こうだった」
「一週間は経ってねぇよ」
「…そうか」

それだけ聞くと、ゆっくりと上体を起こす。
「目が覚めてすぐに体起こせるなら上等だ」と笑うと、長久は隣の自分のベッドに戻り、腰掛けた。

「…アーサーは?…無事か?」
「階段から落ちてあちこちぶつけたり足捻ったりしたみたいだけど、平気そうだ。“保護者”もついてるみたいだしな」
「…保護者?」

長久の含みのある言い方に軽く首を傾げる。紅も自分も長久もこうして入院しているのに、誰がアーサーの面倒を見ているというのだろうか。
長久に視線を向けるが、彼は既にどこからか取り出したハードカバーの本に視線を落としている。
小さくため息をつくと、ハヅルはそれ以上の追及をやめた。

「…久我。お前は、大丈夫なのか…?」
「あんたやオーナーほどじゃない。次の検査で異常なければ退院できる」
「そうか…大した事がなくて、何よりだ…」

そこまで言って、はたと気がついた。
今、長久は「あんたや“オーナー”ほどじゃない」と言った。
しかし、以前お見舞いに行ったときには危険に陥るような体調ではなかったはずだ。

「…紅にも、何かあったのか…?」
「……ああ。昨日、アーサーが教えてくれたよ」

本から視線を上げると、長久は肩を竦める。
そして、自分たちが襲われたのと同じ日に、いきなり容態が悪化し、峠は越えたものの今も予断を許さない状態なのだと話した。

「……それは…」
「…おそらく、あいつが噛んでるんだろうさ。あの悪運が強いオーナーが、そう簡単に死に掛けるはずが無い」

そう言うと、長久は持っていた本をハヅルに投げて寄越した。
手に取ってようやく、ハヅルはこの本が長久がいつも自らの能力『ファイリング(情報綴込) 』に使用している本だと気づく。

「…何か、載ってるのか?」
「まあな」

その言葉を聞くと、本に視線を落とし、表紙をめくる。
目次に新規に追加された項目を見ると、目を細めた。

「……蒼介のことか」
「襲われた時に思いっきり叩いたんでね。蒼介自身にダメージは無さそうだったけど、少しだけ情報は頂いた」
「…そうか」

ぱらぱらとページをめくり、「音早 蒼介」の項目に目を通す。
しばらくの間無言で読んでいたが、やがて読み終わったのか本を閉じると長久に返した。

「何か分かったか?」
「……ああ。蒼介は…やっぱり、UHラボと関わりがある」
「そういや…あの時も言ってたけど、UHラボって何だ?ラボって言うんだから研究所なんだろうけど…」
「それは…おいおい説明する。今は…少しでも情報が必要だ」

ゆっくりとした動作でベッドから降りると、どこかへ向かおうとして足を止める。
そして、少し考え込むような仕草をすると、長久に向かって尋ねた。

「…アーサーは…携帯を持っているか?」
「ん?ああ、多分…。オーナーが緊急連絡用にって、子供用の持たせてたはず」
「…番号、知ってるか?」
「ああ。……ほらよ」
「…すまない。…少し、アーサーに電話をかけてくる」

長久がアーサーの携帯番号を走り書きした紙を受け取ると、病室を出る。
少し廊下を歩いた先には、面会室があり、そこに公衆電話がある。
ハヅルは小銭を数枚入れると、メモとにらめっこをしながら公衆電話のボタンを押した。

843えて子:2013/07/12(金) 23:33:38
数回のコールのあと、聞き慣れた腹話術の声が聞こえる。

[…も、もしもし?]
「……アーサー…いや、ロッギー…か?」
[…ハヅル!?目が覚めたんだね!よかった、よかった!!]
「ああ…心配をかけた。…ロッギー。アーサーは、無事か?」
[アーサーは平気だよ。ちょっとあちこちぶつけたり足捻っちゃったりしたけど、大した事無いって。僕も一度はぼろぼろにさ

れちゃったんだけど、親切なおにーさんが直してくれたの]
「…そうか。…それは、よかった」

[…それで?ハヅルが僕らに電話かけてきたのはどうしてだい?ただおしゃべりするために電話かけるような人じゃないだろう

?]
「ああ………アーサー、ロッギー。…お前たちに、仕事を頼みたい」

そう告げると、電話の向こうで空気が張り詰めた気がした。
アーサーも情報屋の一員だ。仕事と聞いたら真面目になる。
特に、今情報屋の中で自由に動けるのはアーサーただ一人なため、責任感もあるのだろう。

[…うん。僕らは、何をすればいい?]
「調べたいことがあるんだ……関連する資料を、資料庫から探して持ってきてくれ。欲しいのは…――」
[――……分かった。いつ持って来ればいい?]
「なるべく早いほうが…いい。蒼介の手がかりになるかもしれない、からな…」
[…分かった、すぐ探すよ。今度お見舞いに行く時に持ってく]
「ああ……頼む」

電話が切れたのを確認すると、受話器を置く。
それを見計らったかのように背後から声がかかった。

「子供使いが荒いぞ、ハヅル」
「……仕方ないだろう。今、外に出られるのは…アーサーだけなんだ」
「ま、それもそうだな。…で、調べものってそのUHラボのことなのか?」
「…ああ。アーサーから資料が届き次第、本格的に調べる。…久我、手伝ってくれるか」
「言われなくとも」
「…助かる」


「誘拐犯には、きつい灸を据えてやりてえな」
「ああ、そうだな……身内に危害を加えた罪は、重い」


「「徹底的に、叩くぞ」」


情報屋、動く


(生きていれば、戦える)

(頭が動くなら、抗える)

(情報と知識が、我らの武器)


(さあ、反撃準備だ)

844紅麗:2013/07/14(日) 01:19:17

『Attack on ×××』の続きになります。後2、3回で終わる予定なのでさくさくっと進めたいですね。
お借りしたのは(六x・) さんより「凪」SAKINOさんより「カクマ」です。ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「榛名 譲」「ハーディ」、サブキャラとして「ミユ」「ヤハト」「ミハル」でした。


「―――ッ!」


竹刀袋から木刀を抜き取り、横一文字に振った。

それはユウイの方に向かっていた影のような猫に見事命中し、猫は煙のようになって消滅する。
どうやら猫には「防御力」だとかそういう類のものは存在しないらしい。
とにかく、なんでも構わない。向こう側からの攻撃を避け、こちらの攻撃を当ててしまえばいい。
そうすれば、あの恐ろしい猫は消えてしまう。―――大丈夫、大丈夫だ。勝てる。

「ねぇ、ユウイ、どうしてそこまでして生きたいと思うの?」

ミユとの距離は離れているはずなのに、まるで耳元で囁かれているかのようなねちっこさを感じる声だ。
それは耳の中にするりと進入し、頭の中に直接語りかけてくる。言葉を貼り付けてくる。
それでもユウイは自分へ向かってくる猫に向かって木刀を振り下ろした。一度、二度、…三度。
後ろから迫ってくる猫には生み出されたシャーペンが飛んでいく。針のように先の尖ったそれは、スッとキレイに猫の目に命中した。

「死人、化け物になってまで、生きたいと思うの?」

よくわからないわ、と呆れた風に肩を竦めてミユは続けた。
木刀を握る手が、汗でぬめり始めた。だけど、拭っている暇なんてない。ユウイは木刀を振るい続けた。

「ユウイ、そろそろ楽になってもいいんじゃないかな?死ねば、何も考えなくてよくなるのよ」
「ユウイ!その子の言葉に耳をかしてはだめだ!」

ハーディは猫からの攻撃をかわしながらユウイに向かって叫ぶ。
けれど、

「あぁッ」

つるり、と木刀が手中からすっぽ抜ける。途端、酷い疲労感に襲われた。
体が動かない。動いて、あの猫を倒さないと死んでしまうのに、それなのに、うごかない。ど う し よ う 。
彼女が不安、恐怖に押しつぶされそうなのは、読心術を得ていなくてもわかることだった。
休むこともなく木刀を振るい続けていたのは、恐怖心に負けてしまいそうだから。押しつぶされてしまいそうだったから。
動くことで自分を落ち着かせていたのだ。


「がっ…」


心が恐怖に満たされ動けなくなったユウイに、一匹の猫が体当たりをかました。
しっかりと、助走を付けられたそれの威力は凄まじいもので、ユウイの体は容易に吹っ飛んで、木に背中を強打した。
服はぼろぼろ、顔や手、足は土だらけの状態で、地面へ突っ伏す。ぐん、と体が何かに引っ張られているような感覚が続き、息が上手くできない。

「ガハッ!…うぇ、…はっ、カハッ」

起き上がろうとするが、腕も足も震えて力が入らない。ぱたた、と口端から唾が流れ落ちる。
ぼんやりと、靄がかかったような世界からあの猫が二匹、迫ってきていた。
と同時に上から黒いカーテンが降りてきて、やがて、何も見えなくなった。
ハーディさんがユウイを呼ぶ声と、ミユの笑い声が聞こえた気がした。


あぁ、




おわる。





 ―――・―――・―――

一方、此方でも激しい戦闘が行われていた。

リオトは、自分の血液を自在に操り、針で猫を串刺しにし、血の刃で切り裂く。

凪は、氷の剣で猫を薙ぎ払い、猫凍らせては砕く。

ユズリは、乱暴に、荒く、鋏を猫に突き刺し。鋏を双剣に変化させては猫を斬り付けた。

カクマは、大胆にも猫に掴みかかり、大きな爆発を起こして猫の頭を吹っ飛ばす。

そうしているうちに、猫の数は確実に減ってきていた。
そして、

「っらぁあああ!!!」

カクマが、最後の一匹の体の真ん中に手を宛てて、爆発で二つに分裂させた。静寂が訪れる。




「やったか…?」

845紅麗:2013/07/14(日) 01:21:15

「ッ!? ユズリ、後ろだ!」

凪の声に反応し、ユズリは素早く振り返った。
自身の真後ろには大きく口を開け、汚らしく涎を撒き散らしながら飛び掛ってきている猫が一匹。




そして、見たこともないような、必死な顔でリオトが、こちらへ腕を伸ばしていた。




どん、という音と衝撃と共に足が地面から離れた。






ごり、と何かが削れる音がした。






地面に倒れたのはユズリだった。怪我はない。リオトも、目の前にいる。…だけど、様子が変だ。
ぴくりとも動かない。それに、この自分にかかっている赤い液体は―――


「リオ兄ィィイイイイイイッ!!」



ユズリが目を剝いて叫んだ。リオトはユズリを救うために、自ら猫に噛まれにいったのだ。

「手間、かけさせやがってよぉッ!」

爆発を利用してリオトの元まで吹っ飛んできたカクマが、猫に深い蹴りを入れリオトから離れさせる。
猫は「ギィッ」と醜い声を上げて真っ直ぐ横に吹っ飛ぶ。猫から開放されたリオトは、力なくその場にくずおれた。
即座にユズリが駆け寄って、彼の顔を見る。目は閉じられており、首には四つの深い穴が。そこからは血が絶えることなくどくどくと流れ続けていた。
止血が始まっていない…それは、リオトが今現在能力を使えていない、ということを意味していた。
ユズリは青ざめた顔でリオトの体を揺する。けれど、リオトは目を覚まさない。

「なんだ…?あいつ他とは様子が違ェぞ」

顎へと伝い落ちる汗を片手で拭いながら、カクマは先ほど自分が蹴った猫が消滅していないことに気付く。
その猫はうなり声を上げながら起き上がり、赤い四つの目をカクマ、ユズリ、凪の三人へと向けていた。
怒っているのか、長い二本の尻尾は地面を強く叩いている。

「はーぁ…よくわからねーけど、アイツが何かの鍵になっていることは確かだな… 氷見谷、榛名の弟!アイツを叩くぞ!!」

リオトにかわって指揮を取り始めたカクマが、二人を見る。凪は困惑の表情を浮かべながらもこくりと頷いた。
けれどもユズリは、倒れているリオトをみたまま、顔を上げなかった。


どうして、自分なんかを救ったんだ。


そんな気持ちが、彼の心を埋め尽くしていた。


「……リ、ユズリッ!」


凪の数回の呼びかけで、ユズリは我に返った。

「早く立て!あのでかい猫を片付けるのだよ!そうすれば…何か、この状況を変えることが出来るかもしれないんだ!」
「だけど、俺は…」

リオトがこうなってしまったのは、自分のせいだ。そんな思いがユズリの体を動かなくさせていた。
いつもの態度のでかさは嘘のように消え、声も微かに震えているように聞こえた。だけど、凪は続ける。

「リオトがああなったのは自分のせいだとわかっているのなら…立つんだ!立って、あの猫を倒して、ユウイを救うんだ!」
「……!」

846紅麗:2013/07/14(日) 01:22:28
喝を入れる凪の手もまた、小さく震えていた。

「ユズリ、お前までいなくなってしまったら、ユウイはどうなる…?私は、友人が悲しむ姿を見たくなんかない!」
「凪…」

カクマは既にあの変わった猫との戦闘に入っていた。あまりにも激しく動きすぎている為か、少々表情にも余裕がなくなってきている。
リオトは、まだ目を覚まさない。ただただ灰色の地面に、あまりにも不釣合いな赤い血が広がっていくのみ。

(リオ兄…)

「悪ぃ凪、迷惑かけた」

ジャキンという音と主に巨大鋏がユズリの手に握られる。
凪はほっとした表情で立ち上がった。


「リオ兄の思いを、無駄にはさせないッ!」


 ―――・―――・―――



「………」
「ねぇ、どうして貴方はそこまでしてユウイを庇うの?」


マントがびりびりに引き裂かれたハーディが、ユウイを庇うようにして立っていた。
ミユは怪訝そうな顔でハーディを見る。

「………」
「貴方とユウイはきっと出会ったばかりでしょう?どうして、そこまでしてこの子を守ろうとするの?」
「……私にも、よくわからない話なんだがな…この子は…いや、この子達は、私の希望なんだ」
「…はァ?」

少し照れくさそうに笑った青年は、帽子を深く被り直す。そして、そこから鋭い黄色の瞳が覗いていた。
ハーディの周りからばちばちと音を立てて、無数のシャボン玉が生まれた。
影の猫は少し警戒するように後ずさった。

「だから、殺させやしないさ。――さぁ、来るならさっさと来い、私が相手になる」
「貴方、一体…何なの…?」




それぞれの――



 ―――・―――・―――

「ッ、はぁ、っーーミハル!」

『ヤ、ハト…?』

「しっかりしろ!すぐに、すぐに助けるから…!」

『……ヤハト、わたし…ね、とても幸せだったわ…』

「やめろ、喋るな」

『幸せいくつあったかな……ふふ、数え切れないわ…』

「ミハ、ル…」

『どうして、どうして私は許されないのかしら…』

「…ミハル…」

『……一つ、お願いよ。ニンゲン、と、仲良くして、ね…。
きっと、私達ニンゲンと貴方達は共に生きることができるわ…きっと――私達が、そうであったように…。
それを、この世界にすむ、みんなに、おしえてあげて…。それから、わたし、きれいな、しぜん、が…』

「二つ、じゃないか…」

『あは、ふふふ…ほんとだ、わたしったら、ほんとばか、ねぇ…』

『ねぇ、ヤハト…?』

「…なんだ?」

『わたしね、本当に本当に幸せだった――』

「あぁ、私もだ」

『愛してるわ、ヤハ、ト …ぁ……よか、……た …… 』






「―――――ミハル?」

『………』

「……ふ、っ、く、ぅう…!」

847十字メシア:2013/07/14(日) 09:26:50
>えて子さん

”保護者”の件、拾わせていただいてもよろしいでしょうか

848えて子:2013/07/14(日) 15:00:07
>十字メシアさん

どうぞどうぞ。

849十字メシア:2013/07/14(日) 21:29:10
新キャラ登場話。
(六x・)さんから「凪」「冬也」「不動 司」お借りしました。


夕方。
凪、冬也、不動の三人は、時折雑談しながら、帰路を歩いていた。

「そうか、美琴は元気になってきたんだな」
「うん。いつもの調子が見えてきたって」
「これなら、学校に来るのもそう遠くないな」

と、しばらく歩いていると、凪が右の曲がり角付近で足を止めた。

「どうしたの? 凪姉」
「あ、いや。今日はこの近道通ろうかと」
「急いでたの? 言ってくれれば、誘わなかったのに」
「んー…急ぎの用、って訳じゃなくてな。親父が早く帰ってきてくれって五月蝿いんだ」
「大変ですね、先輩」
「全くだ。で、一緒に帰ってもいいが…どうする?」
「折角だから、僕も行くよ」
「俺も」


「それでさ、ささみかさん見る度に張間さん、泣きながら逃げるんだよ〜」
「まあ…だろうなあ。…ん?」

「マジあの先公ムカつくよなー!」
「ギャハハハハ!」

「…見るからに不良だな、アレ」
「シッ、聞こえるよ!」
「とにかく、無視して行くぞ。あ、少し話しながらな」

不良グループに目をつけられないように進む三人。
…だったが。

「おい、そこの姉ちゃん!」
(チッ……)
(気付かれちゃったね……)
「俺達、後でゲーセン寄るんだよね〜」
「だからさ、金寄越してくんない?」
「(全く訳がわからん)……すまんが、私らは持ち合わせてないぞ。行こう」
「う、うん」
「おう」

バン!

「!」

グループの一人が、腕で遮るようにして立っている。

「そんなこと言って、ホントは持ってんだろ?」
「さっさと渡さないと、痛い目見るぜ」
(しつこいな……)

すると、この間ずっと口をつぐんでいた冬也が。

「…………さい」
「あ?」
「やめて下さいっ!」
「冬也……」
「……いい度胸してるじゃねえか、チビ」
「凪姉が、困ってるじゃないですか! それに、その、僕達、本当にお金持ってません!」
「そうだぜクソ不良共。早くどいてくれ」
「っ、舐めた口効きやがって!」
「ガ…ッ!?」

殴られ、地面に倒れる不動。

「ってえ……」
「不動く…うわっ!?」

今度は冬也がフードを掴まれ、宙ぶらりんの状態になった。

「ん〜? お前、よく見たら女みてえな顔だなァ」
「うわ、ホントだ!」
「しかもヘアピンなんかしてるぜ、コイツ!」
「アハハハハ!」

凪は自分の中で、堪忍袋の緒が切れたのが分かった。
弟分までコケにしやがって――掴みかかろうとした、その時。


「何してんだ」

850十字メシア:2013/07/14(日) 21:29:45


声の方を見てみる。
主は少年…と思いきや、よくみると顔は女そのもので、少なからずふくよかさが見受けられた。
短い黒髪、睨むような目付き、バットの持ち手が覗く鞄。
頭に、赤い帽子。

「あ? 誰だテメェ……」
「! アレ、まさか…『オツユウの赤帽子』!?」
「何だって!?」

「あの人…僕達と同じ学校の人みたいだけど……」
「見ない顔だな」
「…カオルコ」
「え?」
「間違いない。めちゃめちゃ変わってるけど……アイツ、カオルコだ」
「えっ、知ってるの? 凪姉」
「中二の時、一緒のクラスだった。けど……その頃は、もっと女の子らしかった筈だ。あんな、ヤンキーみたいな感じじゃない」

凪は信じられないように言った。
一方、当人のカオルコはどこ吹く風な態度。
ただ不良達を見据えている。

「ハッ。ただの噂に決まってんだろ。あんな女の蹴り一つが入れるかよ」

リーダー格の不良が言う。
だがカオルコは無言のまま。
代わりに一言、こう言っただけだ。

「今すぐどっか行けよ」
「は? …誰に向かって言ってんだゴラ!!!」
「カオルコ!」

思わず叫ぶ凪。
カオルコは鞄からバットを取り出した、と同時に走り出す。
バットには釘が打ち付けられていた。
右ストレートを打ち出した拳が、彼女の顔面に当たる――刹那。

右目が白く光ったのを、凪は見逃さなかった。
そして。

ドゴッ!

「ぐおっ…がっ?!」
「な……」
(今のスピード…!)

不意打ち同然の攻撃を、あっさりと躱したたと同時に、釘バットの先端を腹に打ち当てた。
普通なら有り得ない筈。
凪の目は更に訝しいものになった。

「カオルコ、まさかお前……」

――『力』を持ってるのか?
だが、その言葉が口から出ない。
躍起になった不良達は、一斉にカオルコに突撃する。
その時、またしてもカオルコの右目が光った。
釘バットを盾代わりにしつつ、拳で、足で。
無駄の無い速さと動きで、不良達を薙ぎ倒していく。
最後の一人に蹴りを入れたところで、彼女は不敵な笑みを浮かべた。

「甘ェんだよ、お前ら。所詮は犬っころだな……獣みてェに吼えてみろよ」
「…っうるせぇぇええええ!!!」

リーダー格の不良が、立ち上がって再び殴りかかってきた。

「へぇ、根性だけはあるのか。けど――」

バキィッ!

「――弱いヤツに力振るうようじゃあ、三流の犬っころ以下だぜ」

倒れた音で、静寂が訪れる。
たった一人の、それも女子生徒にやられた彼らは、ヘコヘコとその場から逃げていった。

「……凄い」
「瞬殺、ってやつか」

感嘆の声を上げる冬也と不動。
一方、凪は偶然にもいきなり、再会した知り合いに、それも突然の変わり様に、中々口が動かない。
それでも、なんとか勇気を出し。

「……久し振り」
「ん……ああ、そうだな」


ヤンキーガール

851紅麗:2013/07/15(月) 00:33:33
【真実サバイバー】の続きになります。少しギャグ要素が強めになってしまいました…。
お借りしたのは思兼さんより「御坂 成見」「巴 静葉」「橋元 亮」十字メシアさんより「葛城 袖子」でした。ありがとうございました。
自宅からは「フミヤ」です。



―――余計な真似はするな―――


そう言われて、はいわかりました。と素直に言うことを聞くほど、この男はいい子ではない。


そう、この男。風見 文也は。

「そわそわ」
「………」
「そわそわ」
「………」
「そわ、」
「フミヤ、うるさい」

静葉が仲間に連絡をしてから数十分後――

パーカーのポケットに手を入れながら、それを羽のようにばっさばっさと動かしている男を、袖子はまるで母親のように叱った。
だってー、とフミヤは唇を尖らせる。がさがさと草の揺れる音がし、あの影のような猫が現れた。
それでも尚、フミヤは話を続けた。

「せっかくこの森に来たのにさ、ここで何もせずにただ助けを待つーだなんてつまらないよー」
「…」
「あー!つまんないつまんないつまんないつまんないつまんないッつまんな」
「じゃあ、お前だけいってこい」

静葉がフミヤの背中を、とん、と足で押した。「ひょ?」という素っ頓狂な声と出してフミヤは猫の前に転がり出る。
猫からしたらいきなり自分の前の草が大きく揺れたように見えただろう。猫が低い唸り声を上げる。
袖子と亮は短く悲鳴を上げると、静葉の両隣でわたわたと慌てた。

「ちょ、ちょっと静葉!あ、あんなことしたらあの人危ないよ!」
「そ、そうだよ!気持ちは痛いほどわかるけど!すっごいわかるけど!」
「ね、ねーちゃん、あんまり、揺れないで…」
「わああ、ごめんナルミ君!」


(少し、やりすぎたかな…)


これぐらいしないとあの「フミヤ」は黙らないだろうと思い、この行動に出たのだった。
少しだけ痛い目を見させて静かにさせないと、なんらかの衝撃で能力が解け、ここにいる全員が―――…そう、思ったからだった。


(もう、そろそろいいか。あいつも懲りただろう)


もう一度能力を使用し、フミヤの気配を消してやろう。そう思ったときだった。


「やーいやーい子猫ちゃん!ここまでおーいで!」

852紅麗:2013/07/15(月) 00:34:15

……フミヤは笑顔で、猫を挑発していた。
亮の力はかかったままなので、猫からフミヤの姿は見えない。なので、猫からすれば突然後ろから人間の声が聞こえたことになる。
フミヤは自身の能力「ゲイルトラヴェル」――簡単に言えば瞬間移動能力を駆使して、猫を翻弄していた。

「ほらほら、こっち!こないのー?」

今度は、前から。

「ねー、つまんないって!」

右から。

「こっちにおいでー!」

左から。

「こっちからいっちゃうよー?」

また、前から。


猫が焦っているのが目に見えてわかった。きょろきょろと顔を動かし、その場から動けずにいる。

「た、楽しんでる…」
「あぁ、もう…」

きょとん、とする静葉の隣で、袖子は大きな溜め息をついた。

「いいや、静葉ちゃん、そのままにしとこう」
「い、いいのか?!」
「うん、なんか楽しそうだから…」

親しい人物がそう言うのならいいか、と静葉は目を閉じた。
まぁ、またつまらないつまらないと騒がれても困る。丁度いいだろう。

「しかし…あいつはあんな化け物を前にしてまだふざけた調子でいれるのか」
「うーんと…まぁ、フミヤが超変わってる奴なだけだよ」

袖子は少し照れくさそうに笑う。

「昔からそうなんだよね。不思議なものが好きで好きでたまらない!って。いっつも不思議を求めてどっかへ走ってた。…今もだけど」
「世の中、いろんな奴がいるもんだな」

ふ、と笑みを浮かべながら、静葉は時刻を確認した。あと数分。数分で仲間がここに到着する。
そして、真っ青な顔のナルミを見ると、安心させるようにその頭を優しく撫でた。


「待ってろ、…もう少しで助かるからな」



5つの風

853紅麗:2013/07/15(月) 00:42:06
「それぞれの――」の続きになります。あともう少し…!
お借りしたキャラはしらにゅいさんより「トキコ」スゴロクさんより「火波 スザク」(六x・)さんより「凪」
SAKINOさんより「カクマ」でした!ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」「榛名 譲」「高嶺 利央兎」「ハーディ」サブキャラは「ミユ」です。



「ユウイ、ユウイ?」
「ん………」

自分の名前を呼ぶ声で、目を覚ました。どうやら自分は寝てしまっていたらしい。
まだ半開きの目をこすりながら、体を起こす。ここは……学校だ。

「授業中だよ?ふふ、まぁた昨日寝るの遅かったんでしょー」
「あれ……」

―――あぁ、そうか、夢だったんだ。
アタシがミユに殺されたのも、アタシがミユを殺したのも、あんな森へ行ったのも、
幽霊になってしまったミユと会ったのも、全部。

「ユウイー、どうしたの?」
「え、いや」





夢だったんだ。





「なんでも、ないよ」



アタシはほっと一安心して、親友、ミユに答えた。



  ―――・―――・―――

854紅麗:2013/07/15(月) 00:43:22

授業も終わり、放課後。
アタシとミユは久しぶりに放課後街にくりだして遊ぼう!ということになった。

「んー、何して遊ぶー?ユウイ」
「んー…なんでも」
「なんでもじゃ困るよー」

もぉ、と困ったようにミユは頬を膨れさせる。
おかしいな。どうしてかな。…アタシは、ミユと目をあわすことができなかった。

あ、と。ミユが前方に何かを見つけて立ち止まった。

「あれ、スザクちゃんとトキコちゃんじゃない?何してるのかな。行ってみようよ!」

ミユがアタシの手を握る。けれども、アタシの足は動かなかった。
前にいたトキコ達がアタシ達に気がついたのか、あの活発な、明るい声が聞こえてきた。
けれど、アタシの口からは自分でも信じられないような言葉が飛び出していた。


「アタシのこと、嫌いなんじゃないの…?」


空気が、凍りついたような気がした。いや、気がした、じゃない。凍りついた。自分でもどうしてこんなことを言ったのだろう。と思った。
ミユが目を剝いて自分を見ている。近付いてきたトキコは状況が掴めておらず「どうしたの?」と聞きたそうな不安げな表情をしていた。
後から来たスザクも不思議そうな顔で首を傾げている。

ミユは返す言葉に困っていたのか、幾度も話そうと口を小さく開けては閉め、開けては閉めを繰り返し。
一度唇をぎゅっと噛んで、アタシの肩を両手で掴んでから、やっと声を出した。

「何、言ってるの…?私達、親友じゃない!ユウイのこと大好きよ!」
「……は、そうだよね、親友だもんね。ごめん、変なこと言った」
「もーユウイったらー」



     《私の邪魔する嘘つきな親友なら…》
           
             



……違う。



「えっ?ユウイ、なんか言った?」


  《今日学校で――と何話してたって聞いてんのよ!》



ちがう。





「ユ□□ちゃん…?□□し□の?」



      《貴方のせいだって…言った…ゆったゆったゆった》



チガウ。




あ た し の い る べ き ば し ょ は 、 こ こ じ ゃ な い 。






 ―――・―――・―――

855紅麗:2013/07/15(月) 00:45:28

「はぁああッ!」

氷の剣を大きく振りかぶり、振り下ろす。手ごたえはあった。が。


(だめだ、攻撃を止めるとすぐに傷が塞がる!)


今まで倒してきた猫とは違うその生き物は、驚くべき回復力を持っていた。
三人がかりで攻撃を続けても、傷はたちどころに塞がる。
猫は攻撃を受けると直ぐに素早い動きで三人と距離をとり、傷を癒してしまう。

「クソッ、はぁッ、こんなの、どうしろっつーんだよ」

息も絶え絶えにカクマが言う。その言葉に答えるものはいなかった。
この猫と戦い始めてから数十分。なかなか決着が付かない。そして三人の体力はもう既に限界に近かった。
眩暈や吐き気が体を襲い、立っているので精一杯。


(だけど!)


ユズリは自分に再び喝を入れるように巨大鋏を一振りすると、


「うぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」


猫に向かって駆け出した。猫も、同時に駆け出す。
がきり、と音を立てて鋏と牙がぶつかり合う。

「が…、くそ、ぉ…!」

ユズリに勝機があるように見えた。だが、それは一瞬で。
凄まじい力で猫が鋏を押し返してくる。鋭い牙が目の前に迫り、ユズリは背筋が「凍る」というのを実感した。
思わず地面に倒れこみそうになる。だが、倒れたら今度こそ終わりだ。両足に力を込め、歯を食いしばる。

「凪!カクマ!今のうちだ!」

猫の動きが止まっている今がチャンス。ユズリは叫んだ。



凪が氷の剣で猫を斬りつけ、カクマが爆発を利用して、此方へと飛んできてくれる。





そう、思ってた。




二人の攻撃はいくら待ってもやってこない。実際は数秒のことなのだろうけれども、その時間は、数分のように感じられた。


剣の攻撃、爆発の代わりに猫へと降りかかったのは、自分がこの戦いで何度も見た、あの赤い液体だった。


「………あ」



今度は誰が。

ユズリは絶句する。鋏を持っていた手からも力が抜けていった。目の前に鋭い牙が迫る。



そして、目の前が赤く輝いた。



「がはッ!?」

一瞬の沈黙の後、鼓膜も破けそうな大きな音がユズリを襲った。何かが近くで爆発したように思える。
衝撃でユズリは吹っ飛び、派手に地面を転がった後、「爆発の悪夢」を持つカクマを探した。
合図には遅れたものの、カクマがあの猫に攻撃を仕掛けてくれたのだと思ったのだ。
右を向き、左を向いた時、カクマを見つける。声をかけようと口を開いた―――が、


カクマは、ユズリの遥か後ろを見て驚愕の表情を浮かべている。


「カクマ…?凪…?」

凪も同じだった。目を見開いて「信じられない」というような表情を浮かべている。
おそるおそる、ユズリはその視線の先へ、後ろへと振り返った。
信じられない光景だった。あれだけ、血を流していたのに。あれなら致命傷だ。
それに、呼びかけにも、応えなかったのに。


倒れていたはずのリオトが、腕から血を流して立っていた。

856紅麗:2013/07/15(月) 00:47:04

「……どいてろ」

聞いたことのない低い声で、リオトはユズリの横を通り過ぎる。
ちらりと見えた目に光はなく、白目の部分が黒に変色していた。
不気味さを放つそれには、強い思いが込められている。

  殺 し て や る

そんな、思い。

予想外の「爆発」攻撃に苦しんでいた猫だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、今度は巨大な尻尾でリオトを薙ぎ払おうと動く。
リオトはそれを避けようとはせず、血の流れている腕を大きく振るった。

――刹那、先程リオトの喉から流れ出た血が、ずるっと音をたてて動き出し、あの棘の形へと姿を変え、猫に襲い掛かった。

「ギィイッ」

猫は低い叫び声を上げて、尻尾での攻撃を諦める。そして、噛み付こうと駆け出した次の瞬間。


ばん、という爆発音と共に猫から火が上がった。
―――いや、正確に言えば「猫に刺さった棘が発火した」というべきか。
聞いたこともないような、悲痛な、それでいて醜いような、聞くに堪える叫び声が森に木霊する。
その光景に圧倒されていたカクマ達だったが、はっとして自分のすべきことを思い出し、叫んだ。
猫が動くことの出来ない、今がチャンス…!

「今だ!一斉に叩け!!」

もう猫に向かって走り出す体力も無い凪は、少し離れたところで力を振り絞り、腕を上げ、猫の足元から鋭い氷を出現させた。猫の体がそれに貫かれる。

ユズリは後ろへと回り込み、攻撃手段の一つである尻尾を一度に二本、鋏で切り落とした。

そしてカクマは、爆発を利用して大きく前へ、そして上へ飛躍。

「これで……終わりだァアアアアッ!!!!!!」

宙で一度回転すると、強烈な踵落としと爆発を猫に食らわせた。





氷の柱は砕け散り、この戦いで一番大きな爆発音が、森に響き渡った。












「終わった……」

ぴくりとも動かなくなった猫を見て、ユズリが小さく呟く。
猫の下にじわじわと広がっていく血溜まりを見て、少し複雑な思いにはなったが、もう彼らを襲うものはいなかった。
この猫があの「影」のような猫を影分身のように生み出していたのだろう。

「リオ兄…」

ユズリが、座り込んでいるリオトに声をかけるが、返事はない。

「リオ兄?」
「ゆう、い…を…」

『ユウイを』それだけ呟くように言って、リオトは猫に被さるようにして倒れた。

「ユズリ、リオトは…」

心配になったのか、凪がユズリの隣に座り、リオトの顔を見た。
…不思議なことに、あの巨大な猫の死体がみるみるうちにミイラのように変化していっている。

「わからねぇ、でも、熱…か…?」

リオトの手に触れる。彼の体は「異常」と言ってもよい程熱を持っていた。
なんにせよ、リオトが生きていてよかったとその場にいる全員が思った。
死んでしまっていたらユウイになんと説明したらよいのか…。

「ユウイは…まだか」

自分達とユウイ、ハーディを隔てたあの壁を、凪を忌々しげに見た。


「無事でいてくれ…ユウイ…」



おわりのつづき

857サイコロ:2013/07/15(月) 21:04:05
<ショウゴの回想と決意と覚悟。>














誰もいない柔道場で、ただ一人練習に励む姿があった。

ショウゴである。

ウミネコにより今日の訓練が別にされても、
ショウゴのやることは変わらなかった。

天子麒麟の副効果で回復させてほしかったので、
せめてシスイはこっちに来て欲しかったのだが、
それもこれも俺が不甲斐無いのがいけないのだ。

そう考え、3セット目のトレーニングを終える。
今日は乱取りが無い分、多めのトレーニングだ。4セット目に入る。

ランニングをしながら、いつしかの事を思い出す。

「どうして戦う練習をするの?」

という問いに、親父はこう答えていたな、と。

「体を鍛えるとな、心も鍛えられるんだよ。
戦いに強くなれば心も強くなるのさ。それにな、
銃やら刀やらを扱うからこそ、使う人間は精錬されてなければならねぇ。
…わからねぇか?簡単な事だ、暴力は武器が振るうんじゃねぇ。
人が振るうんだ。だからこそ心も鍛えなきゃなるめぇよ。
いいか、体といっしょに心もコントロール出来なきゃ、一流にはなれねぇ。」

今はショウゴもそう思う。

だからこそ、鍛練は欠かさない。



10種の腕立てを行ないながら、思い出す。

出雲寺組襲撃の時。

俺は、ただ歯を食いしばる事しかできなかった。

最高顧問である、九鬼兵二というオジキに、全てを滅茶苦茶にされた。

親父を、妹を、組員を、家族を、助け得る限りの全てを救う為には、
抵抗せずあの裏切り者の言う事を聞く他無いと思った。

俺は、ただ歯を食いしばる事しかできなかった。

出雲寺組組長のアスミを攫い、
オジキの視察と出雲寺組の奪還を合わせ混乱を誘い、
そうして得たものは、
親父の死と言う真相だけだった。

そう、親父の死、と言う真相だけ。

妹の死に繋がるモノは何一つとしてなかった。

あの妹の事だ。親父がやられて黙って見ているだけのハズがない。

だからこそ妹も死んだと思った。

858サイコロ:2013/07/15(月) 21:04:50

15キロのダンベルを左右に持ち、
ゆっくりと10種の持ち上げを行ないながら、
ミヅチの襲撃を思い出す。

鬼英会総長の野心は、全くなかったわけではない。

しかし一瞬でも「ミナコがいなければ『仕方なく』総長の座に着ける」
と考えた自分を恥じていた。

だからこそ、鬼英会に戻らず生き残った幹部に運営を任せたのだった。

ミナコと親父の捜索を打ち切ったのにも理由がある。

誰がそれを見つけようとも、どの組員にもショックにしかならないからだ。

自分自身、二人の遺体を目の前にして、平然としてはいられないだろう。

リュウザ達が聞いた目撃証言だって他人の空似、という事も有るだろう。
空振りに終わる事も有るだろう。自分が死ぬまで探し続けても
見つからないかもしれない。

だからこそ、捜索を打ち切った。

…思いを、断ち切ったフリをしていた。


ダンベルを下ろし、鏡の前に立つ。
そこには、道着を着た男が写る。
インナー代わりとばかりに包帯やテーピングであちこちを固定され、
傷だらけの男が写る。

ショウゴはその男の顔を見て、ああ、と思った。

疲れている。くたびれている。覇気のない顔をしている。

ギリ、と歯を食いしばる。こんな情けない顔をしていたのか。
こんな姿でウミネコたちと訓練していたというのか。
次の瞬間、衝動的に拳を鏡にぶつけていた。

拳が血まみれになり、鏡は砕けて落ちた。

859サイコロ:2013/07/15(月) 21:06:21

心のどこかで気付いていた。自分の不調の原因に。
心のどこかで気付いていた。どうすればいいのか。
気付いていたのだ。それはウミネコ達も。



全ては「覚悟」が足りてなかったのだと。



自分の中の迷いに気付かず、覚悟を決めた気になり、
中途半端に闇雲に訓練を行う、そんな事に意味はない。

ウミネコが訓練を中断した理由が、ようやく分かった。


ショウゴは正座し、黙想を行ない、気持ちを落ち着ける。

全てを思い出し、全てを整理していく。

そして、深呼吸をし目を開いた所で。


白昼夢を見た。


「…なぜ、」

また「なぜ」かよ、もううんざりだぜ。

「なぜ、お前は悩んでいる」

…怨嗟ではなかった。いや、それ以前に「なぜ」のあとが聞こえてくる。

「もうそろそろ、正直にならんか。お前は一体、どうしたい。」

「親父、俺は覚悟を決めたよ。」

「んなこたぁ知ってるわ。その覚悟も聞いてやる。言え。」

「…俺は親父も妹も両方とも見つけ出す。
骨だけだろうが髪だけだろうが見つけ出す。
その為に全力を尽くす。
 俺がどうなろうが知ったこっちゃない。
他がどうなろうが知ったこっちゃない。
邪魔する奴は生まれて来た事を後悔するような目に遭わせてやる。
組員に、家族に手出しはさせない。
俺は今以上に強くなる。
大衆の正義なんてクソくらえ、
揺るがない覚悟と信念こそが俺の正義だ。
限界まで力を出し切ってやる。
やりたい放題やってやる。

 …これが俺の、『覚悟』だ。」

男はニヤリと、不敵に笑う。

「よく言ったぞ、ショウゴ。それでこそわが息子だ。ついでに義侠心も加えとけ。」

ショウゴは再び目を閉じる。

もう一度目を開いたときに、ショウゴの前には誰も座ってはいなかった。

そう、白昼夢。九鬼兵一という、鬼英会総長であった親父は、もういない。






『…電話してきたってことは、もういいのかいショウゴ?』

「ああ。俺にゃ…『覚悟』、ってもんが足りてなかったんだな。
ようやく分かったよ、ウミネコ。」

『よろしい。どうするね、こっち来るかい?』

「いや、今日はやめておこう。明日また宜しく頼む。」

『そうか、じゃ。』


柔道の練習用の人形は3体とも壊れていた。
関節ごとに壊され、首は折れ、頭部には凹みがいくつも空いていた。
しかしそれは無理矢理紐で吊るされていた。
電話を置いたショウゴは、再びその人形に相対する。

その顔には最早、迷いは無かった。

860サイコロ:2013/07/15(月) 21:06:54
十字メシアさん宅から 角牧 海猫、出雲寺 亜澄、
akiyakanさん宅から 都 シスイ、
しらにゅいさん宅から ミヅチ をお借りしました。

自宅からは
汰狩省吾、九鬼美奈子(ニエンテ)、九鬼兵一、九鬼兵二、リュウザでした。

861紅麗:2013/07/18(木) 01:12:17

「おわりのつづき」の続きになります。
殆ど自キャラオンリー。名前のみしらにゅいさんより「トキコ」をお借りしました。
それから、今までの小説から少し台詞をお借りしています。おりがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」サブキャラで「ミハル」名前のみ「高嶺 利央兎」「榛名 譲」「ミユ」「ヤハト」でした。



「……ここは…」


場所が変わった。

道が、くらい。
窓がある。
向こうは、明るい。
暗い場所から明るいところはよく見える。
明るいところから、暗い場所はとても見えにくい。

まるで、この世界をそのまま表しているかのようだ。
きっと、向こうから、アタシの姿は見えていないんだろう。

長い廊下が続いている。光は、見えない。どこまでこの廊下が続いているのか、わからない。

…………。

でも、歩こう。出口があるかはわからないけれど。
ここで立ち止まっていたって何も始まらない。進むしかないんだ。





ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ



ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ



ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ ぱちゃ


水が、靴を舐める音だ。
アタシが今立っている場所はどうやら濡れているみたい。







…どれだけ、歩いたかな。今、歩き出して何歩目ぐらいなんだろう。
体力に自信はあるけれど、そろそろ疲れてきた。


…あ。

ずっとずっと先に、光が見えてきた。出口かな。
歩く度に、光が近付いてくる。


光。

出口?

ここから出れるのか。


よし。


………あれ。
でも、このまま光があるところに進んじゃっていいのかな。
あの場所から逃げ出してはきたけれど…。
ここを進んだ先にある、光が溢れるところは、本当にいいところ?
足が動かない。

(ユウイ、わたしと親友じゃなかったの?)

近くにあった窓の向こうから親友の声が聞こえてくる。
違うよ、アタシは貴方を嫌ったりなんかしていないよ。嫌いなんかじゃないよ。
違うの、違うの。貴方は、アタシのたった一人の親友。
待ってて、すぐに―――。


『そっちじゃないわ』

862紅麗:2013/07/18(木) 01:21:24
窓に触れようとしたら、あの白い女性に腕を掴まれた。
近くで見て改めて思う。髪も、肌も、服も、白。本当に、真っ白だ。
頭に付けている赤い髪飾りと耳に付けている虹色のピアスが一際目立っていた。


窓から向こうの部屋が見えた。自分と親友が談笑している。
アタシが「死ぬ」前に、当たり前だった風景。酷く懐かしい風景。
何も変わらない、ただ幸せだったあの頃。あぁ、戻れるならあの頃に帰りたい。


…ただ、一つだけ気になったのは、自分の背中が真っ赤に染まっていたことだ。
その、なんと不気味なことか。


『あなたが進むべき道はこっちじゃない。真実に背を向けてはいけないわ』
「…背を、向けて…?」



どういうことだろう。真実って一体何なんだ?





…あぁ、そうか。
この光は「真実」。アタシは今までずっと逃げ続けてきた、「真実」で溢れかえっているんだ。
だから行きたくないんだ。

きっと、ここにいればさっきみたいな「望んでいた世界」にいることが出来る。
そこでは、殺し合いなんてものもなくって、ミユも、リオトも、ゆーちゃんも、トキコも、みんな楽しそうに笑っているんだ。
それに比べて、この光の先はどうだろう?アタシを「殺したい」と言う、幽霊となった親友がいて、恐い顔をした幼馴染みや弟がいる。
どちらかを選べ、といわれたら迷うことなく前者を選ぶだろう。


………でも。



赤い背中の人間になるのは、嫌だ。



背中を焼かれるぐらいなら。正面を焼かれてやる。





その方が、何倍もマシだ。





「ありがとう、アタシ、行くよ」
『ええ、貴方なら、大丈夫』
「……そうだ、ずっと聞きたかった。 あんたの、名前は?」

そう聞くと白い女性は少し言いにくそうに目を伏せたが、やがてアタシを見て優しく微笑むと。

『…ミハル。それが、私の名前よ。美しいに晴れと書いて、ミハル』
「ミハルさん、か…アタシは榛名 有依っていうんだ。
あと、それから…あんたが言う、「ヤハト」っていう人は、アタシの知ってる人、なのか?」

今更、お互いの名前を交わした後、アタシが一番気になっていることを彼女に問いかけてみた。

『……それは、もう貴方も気が付いているでしょう?』
「――そうだな、聞くだけ、無駄だったかも」

開いた口を隠すように片手を軽く口元まで持ってきて。うふふ、とお互いに、同じように笑ってしまった。
暫く無言の時が続く。そろそろ、行かないと。戻って、「ヤハト」さんやみんなに会いに行かないと。
アタシは「あの頃」と比べて、強くなれているかな?――だったら、少し、嬉しい。

「なんだろうな、もっとあんたと話をしていたいのに、言葉が出てこないや」
『私もよ。ずっと話していたいという気持ちは確かにあるのに、言葉にすることができないの』
「なんだか、他人のような気がしないよ」
『――実は、私も。貴方は私…私は貴方に、よく、似ている気がするわ』

でも、アタシはあんたほど女子力高くないよ。
そう返すと、おもしろいことを言うのね、と上品に彼女は笑って。
貴方、短気でしょ?私もなの。ついでに「彼」も。すぐにカッとなっちゃうのよ。なんて、返してくれた。
それから「短気四人組」でお話でもしてみたかったわね、なんて言葉も付け加えて。
アタシと、ミハルさん、それからゆーちゃんと…「あの人」そんな風には見えないんだけどなぁ。意外。

863紅麗:2013/07/18(木) 01:25:36
「…待ってて。必ずアンタと、「ヤハト」さんを救うから」


少し恥ずかしかったけれど、ミハルさんを真っ直ぐ見据えてそう言うとミハルさんは目に涙を浮かべながらゆっくり縦に頷いた。
それから、アタシは振り返らずに光の中へと飛び込んだ。背後で、「ありがとう」という小さな声が聞こえたような気がした。

眩しい、何も見えない。おもわず目をぎゅっと閉じた。開けていられない。体中が熱い。まるで焼かれているかのようだ。
それでも負けない。目が悪くなりそうだ、と思ったが、嫌がる瞼を無理矢理開けて。


前へ、歩き出す。


思い出せ。



逃げるな。



駆けろ。




記憶を、辿れ。





アタシはもう、迷わない―――!!


《ユーイちゃんっ》


  《この瞬間から、私はあなたの味方になった》


《――あぁ、もう、へいきだ》

 
      《本当に行ってないか不安になって、来てしまった》


 《お友達なのですから、他人行儀にならずアオイと呼んでくださいな》


        《今日は家族でお出かけなんだ!》


   《…不思議な子だな、キミは》 
                     
 
                 《どうしたんだよ、姉貴らしくねーな》

            《生きていれば…》    


     《――カンよ、カン わたしのカンは結構当たるの》





      《オレは"お前の"味方だから》





心の奥に響く記憶



(それは、言葉ではとても言い表せないほど)
(素晴らしく、そしてうつくしいものだった)

864十字メシア:2013/07/18(木) 16:25:56
《ひーまー。キング構ってー》
「後にしてください」
《えー》

機械じみたような声に答える、白衣の少年。
一瞬、チラリと向けていた視線の先は大きなモニター。
液晶の中で、オーバーオールを着た少年が、暇人の顔でくるくると回っている。
ただその少年は人間じゃないようで、青い目は人間の生気を持たず、足は脛辺りから消えていた。

《キングだって、どうせ暇人の癖に》

白衣の少年をキングと呼ぶ、電子世界の生命体。
名前はエレクタ、という。

「それは昔の話です」

エレクタに応答する「キング」――ジングウ。

《ねーつまんないよー。する事ないよー》
「クロウで遊べばいいでしょう」
《飽きた!》
「さいですか」

と言いつつ、退屈そうなジングウの目は、書類を見ている。
すると、何かを思いついたように、彼は口を開いた。

「……旅に出掛ければいいのでは?」
《旅?》
「ええ、旅です。電子の世界の」
《旅……旅、かあ。うん、楽しそう!》

電子少年の顔がぱあっと明るくなった。

「ただし、夜までには戻って来て下さいね」
《えー。何でそんな、良い子は暗くなる前に帰りましょうみたいな》
「あの鴉に感付かれてみなさい。小言を聞かされるのは私なんですよ」
《むー…分かったよ》
「あ、後、念のために言っときますが……自分の身分を明かさないように」
《はいはーい》

その瞬間、エレクタの姿が消えた。

「……いってらっしゃい」


文字コードの羅列柱と光る海。
数多の部屋を繋ぎ止めるネットワーク、蜘蛛の糸。
情報が、止めどなく押し寄せ、溢れていく。
これがエレクタの目に映る、電子の世界。

「ふっふっふ〜ん♪」

そんな空間の宙を飛び、時にはくるりと回りながら、エレクタは電子欲の旅を楽しむ。
個人ホームページ、ネット掲示板、百科辞典サイト。
あらゆる場所を練り歩いた。

「同族がいたりしないかな〜。……無いか」

いくら特殊能力が溢れる地でも、この世界で生きる命は滅多に無い。
現に今まで出逢ったことがないのだ。

「ま、仕方ないかー!」

適当に部屋を出入りしては、青い文字列を楽しむ。
と、ちょうど百個目の時だった。

「……アレ?」

視界に、ヒトらしき形のものが入った。
目を擦ってみたが、異常でも幻覚でもなく、本当にヒトがいる。
よく見ると、ツインテールの女の子だった。

(まさか、本当に……?)

好奇心で満たされる心。
エレクタはそれに近寄って行った。
やがて、少女が彼に気付く。
少女の顔も、エレクタと同じ、驚きと期待が混ざっている。
お互いを無言で見つる時間が流れ、ようやく少女の方から話し出した。

865十字メシア:2013/07/18(木) 16:27:03
「ど…どちら様ですかっ?」
「ぼくちん? エレクタ!」
「エレクタさん…ですね! うわあ〜まさか仲間がいるなんて!」
「ぼくちんもビックリー! 嬉しいな〜」

跳ねるように舞うエレクタ。

「あっ、名前も言わずに失礼しました! 私はアイって言います!」
「アイ? 一緒だ!」
「一緒?」
「知り合いにね、同じ名前の人いるんだ〜!」

ジングウに釘を押されたにも関わらず、ホウオウグループの情報を流す。
しかしエレクタは「名前くらい大丈夫」と、深く考えることはない。

「そうなんですか! 是非お会いしてみたいですねー」
「うーん……でも最近は、どこにいるから分かんないから、無理だと思うよ〜」
「ありゃ、それは残念……」
「それより、アイはどうやって生まれたの?」
「そうですねー……簡潔に言えば、実験でしょうか」
「わあ! ぼくちんも似たようなものだよー!」
「おおっ! 共通点多いですね〜」

笑い合う二人。

「因みにですね。私はこの世界の生物ではあるんですけど、普通に外にも行けちゃうんです! 実体化して!」
「外って……現実世界?」
「その通り! ついでに、ネットで落とした服着たり、別の姿に変身も出来ちゃいます」

そう言って、アイはドヤ顔を決めた。
それを見たエレクタは、何故だかプッと吹き出してしまう。

「む、何で吹き出すんですか!」
「ごめんみ! 何だかおかしくって〜。あはは」
「おかしいって、失礼な!」

と口は言うが、彼女もどこか楽しそうだ。

「実はぼくちんも、昔は外に出れたんだ〜」
「昔…ってことは、今は出来ないんですか?」
「そうだね〜。ホログラム化なら出来るけど、あまり電子機器から離れられないんだー。実体は無いまんまだし」

ジャージの余った袖を振る。

「でも別にいいんだ! あっち好きじゃないし」
「どうしてですか?」
「だって、現実世界はさ! 痛くなったり、傷ついたり、辛かったりするでしょ? ぼくちん、そういうの嫌!」
「あー……確かに、そうですね。でも…」

と、笑みを浮かべるアイ。

「あっちはあっちで、楽しい事やステキな事いっぱいありますよ! それに、こっちには無い、人の温もりが感じられますし!」
「温もり……かあ」

エレクタの脳裏に、同じドグマシックスズの仲間が映る。
その時だけ、透ける薄っぺらな体が恨めしくなった。
それでも本音を押し込んで、

「でもやっぱり、痛いのやだな!」
「ありゃありゃ。そんなんじゃあ、見た目どころか、中身も女の子みたいになっちゃいますよ〜」
「み……見た目、って!! それ、ぼくちんがそう見えるって事ー!?」
「あははは。すいません〜」
「謝ってるようで謝ってないでしょー!」

頬を膨らませ、エレクタは笑いながら逃げるアイをポカポカ叩いた。


二人のエレクトロソウル



思兼さんから「アイ」、akiyakanさんから「ジングウ」お借りしました。
同族(?)のアイちゃんに会わせてみたかった。

866十字メシア:2013/07/26(金) 14:12:33
カナミの過去。
久しぶりに出したなあ……_ノ乙(、ン、)_


「カーナーちゃん!」
「きゃあッ!」

緑茶を入れていた時、親友のミユカちゃんが私の背中に飛び付いてきました。
私の心に表れた『恐怖』は思わず、私の周りにバリアを張ってしまいます。

「わわわ!」
「ミ、ミユカちゃん!ごめんなさいッ!」

バリアが張られた瞬間、ミユカちゃんが吹っ飛んでしまいました。
といっても壁にまでは行ってませんが。

「いやいや、いきなり飛び付いた私も悪いし」
「大丈夫ですか?」
「だいじょぶだいじょぶ!」

良かった。

「……」
「ミユカちゃん?」
「いやー、やっぱりカナちゃん変わったなーって」
「え?」

いきなり言われた言葉にきょとんとする私。
変わったって…?

「だって、最初は『さん』付けで呼んでたじゃん」
「あ…」

そっか、自分でも気づかない内に呼び方変わってたんですね。

「後、敬語も雰囲気が違う」
「雰囲気、ですか?」
「うん、最初はとっつきにくかったけど、今は柔らかい感じっていうか」
「ふうん…」

いまいちピンと来ないけど…でも『あの時』から自分が変わったていうのは分かります。
そう、『あの時』。
私が今の私を出せなかった時。
そして、ウスワイアの皆さんに――ミユカちゃんに初めて会った時。

867十字メシア:2013/07/26(金) 14:13:44


「カナミ、先生がいらっしゃいましたよ」
「…はい」

今から数年前、私は今の自分とは全く違っていました。
今でこそ、私は感情をありのまま出しているけど、その時はそれが許されませんでした。
何故なら私が『風苗財閥』の跡取りだからです。
『風苗財閥』を継ぐ者ならば、それに相応しい人間―――冷静で威信溢れる後継者にならねばならない。
それが私の心を縛り付けていました。

「さてカナミ様、今日は経済学について学びましょう」
「分かりました」

本当はこんな勉強より、他の事がしたいんです。
他の子達みたいに買い食いとか、本屋さんで立ち読みしたりとか、ショッピングしたりとか、いっぱいしたいんです。
でも、それすら許されない立場でした。
本来なら中学校に通うのですが、お母様が「どこも跡取りの者には相応しくない」と、家庭教師の先生を雇っています。
そのせいで、小学校の頃の友達と会えなくなってしまいました。
しばらくして勉強の時間が終わり、先生が部屋を出て行きました。

「………」

引き出しの中にから手紙の束を手に取る。
浮き彫りの模様が入った綺麗な白い封筒や、薄い緑色の封筒と様々。
この手紙は小学校の頃の友達が私が一緒に中学校に行けないと知って、週に一度出してくれるんです。
これが、私の一番大切な宝物。

「カナミ、入るぞ」
「あっ、はい!」

私は慌て手紙を仕舞う。
引き出しを閉めたと同時にお父様が入って来た。

「ん? どうした?」
「い、いえ…おかえりなさい」
「うむ。さっき先生から聞いたが頑張ってるじゃないか。この調子で立派な跡取りになるんだぞ」
「…はい」
「じゃあな」

お父様はバタンとドアを閉め出ていった。

「…もう嫌……」

その場に座り込んだ途端、涙が溢れてくる。
お父様もお母様も、私の事を分かってくれようとしない。
自由にしたいなりたい、皆に会いたい。
でもそれは許されない事です。
私が”風苗財閥の跡取り”である限り。


今日の夕食の事。

「カナミ、食事の後はピアノの練習ですよ」
「はい、分かっています」
「それから…明日から家庭教師の方が変わりますからね」
「え? どうしてまた…」
「更に難しい勉強をするのよ。そろそろ貴方も分かってきたでしょう?」
「は、はい…」

嫌だなんて言える訳がない。

「御馳走様…」
「じゃあ20分後に部屋で練習ね」
「分かりました」

私はリビングから出て、部屋に戻ると天蓋付きベットに腰かける。
煌びやかな調度品。
でも私はあまり好きになれません。
いつも着ている着物も窮屈でなりません。

――自由に振る舞いたい――。

その感情がいつも心の中に居座っていました。
特にする事もなく腰かけたまま約束の時間近くになり、私はピアノの練習へ向かいました。

868十字メシア:2013/07/26(金) 14:16:09


翌日の朝。
まだ両親が起床してない時間、私はバレないように郵便受けにある皆からの手紙を取りに行きました。
だけど。

「あれ? 無い…」

郵便受けは空っぽ。
配達が遅れているのでしょうか?
それともまだ出していない? 郵便局がお休み?
そこで考えていても仕方ないので、部屋に戻る事にしました。
でも楽しみにしていたのに…残念だなあ。
音を立てない様に家に入り、部屋のドアノブをゆっくり開けました――。

「カナミ」
「えっ?」

あるはずの無い声。
それは今、ここで、聞こえてはならない声。
私は背筋が凍り付きました。


目の前に、お母様がいた。


「お母…様…」
「カナミ、これはどういう事かしら?」
「!!!」

机の上に置かれた大量の手紙。
バレてしまったんだ…!
でもどうして…!?

「たまに郵便受けの中が漁られた様な形跡があるから、おかしいと思ったのよ。それでいつもより早く起きて、中を見てみたら…これがあったわ」
「それは…ッ!」
「そう、昔の人間からの手紙。…カナミ、言ったでしょう? 貴女とあの人間達は違う」
「でっでも、皆は……」
「黙りなさい!!!」

お母様の怒声で、掠れた私の声は一瞬で引っ込んだ。

「貴女はこの風苗財閥の跡取りなのよ!!! たかが平民なんかと連むなんて合ってはならない事!!! それを何度も言っていたのに…貴女という人は!!!!!」
「………ッ」
「こんな紙切れ、貴女には必要無いわ!!!!」
「! 待って、待って下さい!! おやめくださいお母様!!!」

でも遅かった。
お母様は、手紙を。
皆が送ってくれた、大事な、手紙を。


破り捨てた――…。


私の中で色んな物が渦巻く。
怒り、悲しみ、嫌悪、憎しみ。
それらが膨らんで膨らんで、暴れまわる。
そして私は。


「いやぁぁあああぁあぁぁぁあああああぁぁあぁあああああーーーーーッッッッッ!!!!!!!!」


狂った様に、泣き叫んだ。
その瞬間、私を中心に嵐が起こった。


―ウスワイヤ―

「ダイヤパレスで超常現象?」
「はい。たった今、いかせのごれ有数の財閥の一つ、風苗家の辺りで、急に嵐が起こったみたいっす」
「特殊能力者によるものか」
「ほぼそれで間違いないかと」
「……分かった、今から保護に向かう。お前、ミユカ、雷珂、ジャックのメンバーでいけ」
「了解っす!」

869十字メシア:2013/07/26(金) 14:16:44


シノのバイクにミユカ、ジャックのバイクに雷珂が乗って移動する手段でダイヤパレスへ向かう。
しばらく走らせ、ようやく目的地近くに辿り着いた。

「着いた!」
「アキヒロサンも人使いが荒いですネ…いくら能力でバイク運転出来ても本来は出来ないのですカラ、体に負担がかかってしまいマス」

バイクに乗ったまま項垂れるジャック。
それを雷珂が叱咤する。

「甘ったれた事を言うな。貴様とてアースセイバーの一員であろう」
「元ホウオウグループですがネー」
「昔は昔だ、早く保護へ向かうぞ」

風苗家へと駆け出す5人。
そこで目にしたのは―――。

「な……」
「何これ……」

半壊された家を目の当たりにした5人。
その様に思わず呆然とした。
と。

「な、何ですか貴方達は!」
「ああ。我々は特殊能力者保護管理施設ウスワイヤの実行部隊、アースセイバーだ。貴様らは何だ?」
「貴様らだと!? 私達を誰だと―――」
「まあまあ。ところで”コレ”は一体?」

と、シノは嵐に目を向けた。

「……娘が叫んだ途端、嵐が起きてこの有様に…」
「……なるほど。分かりました、我々に任せて下さい。娘さんを止めに行きます」
「ちょっと待て! カナミを傷つけるつもりじゃないだろうな!? それにお前らの様な怪しい集団などに――」
「じゃあお前達に『コレ』が止められるのか? …たかが金だけしか無い人間だろう」

雷珂の言葉に更に喚き出すカナミの父。
と。

「あれ?」
「どうしマシタ? ミユカサン」
「何か落ちてる…」

拾ってみると、何かの紙切れだった。
形からして破れたらしく、何か字が書いてある。
よく見ると他にも紙切れが散らばっており、やはり字が書いてあった。

「これは…手紙ですカネ? 封筒っぽいのありマスシ…」
「………おばさん」
「な、何よ!」
「この手紙…もしかして、娘さんの物?」
「それが何!? っていうか、貴方には関係ないでしょ!」
「何でこんな風になってるの?」
「聞きなさいよ! 破ったからに決まってるでしょう!!」
「……何で?」
「娘の友人だった人間から着た物だからよ!!!」
「な…何故そんな事を!?」
「私達はあんな平民達とは違うのよ!! なのにカナミときたら…!」

バチィッ!

「ヒッ!?」
「……貴様ら、本当にその娘の親か? 他人の子供を分捕ったんじゃあ、あるまいな?」
「何!? 私達を人さらいとでも言うのか!?」
「お、落ち着いて。雷珂も手荒な事はしちゃ駄目っすよ、アキヒロさんに叱られるっす」
「うっ…そ、それだけは……」
「ねえ百科事典さん。…ここは私に任せてもらってもいい?」
「ミユカが?」
「うん、お願い」

強い眼差しでシノを見つめるミユカ

「………分かったっす。でも気を付けるっすよ?」
「大丈夫! ありがと!」

870十字メシア:2013/07/26(金) 14:17:42


「ひっく、ひっく……」

私だって、私だって……普通の女の子みたいに振る舞いたいのに。
なのに何で分かってくれないの……。
お父様、お母様……私のこと、もっとよく見てください。
私の本音に気づいてください…!

「うひぃー、結構進みづらい…」

え……?

「…だ…れ……?」
「あ、見つけた!」

顔をあげると、女の子が前にいた。
白い髪をした、同い年ぐらいの子。
その子は私に近付くと、腰を降ろしてにっこり笑いました。

「どうして泣いてるの?」
「ふえ……?」
「言ってごらん」
「……お、母様にっ、と、手紙破られ、た…か、ら……」
「大事なもの、なんだね?」
「はい……友達から、もらった、大事な、てが、み……うええええん」

堪えきれず、また涙が。
すると、その子は私の頭を撫でました。

「そっか。それは辛いよね」
「お母様も、お父様も、は私のこと、ちっとも分かってくれない……いつも、跡継ぎの為の勉強ばかり……私の好きなようにさせてくれない……」
「………」
「私の自由を、認めてくれません……いつも、いつも私の気持ちを無視して……」
「……自分のやりたいこと、伝えても?」
「え?」
「……伝えてないの?」
「だって……だって! どうせ、言っても許してくださいませんもの……!!」

あの二人のこと。
無駄に終わるだけ――……

「そんなの、分かんないよ」
「えっ……で、でも……」
「辛い環境を変えたかったら、まず自分から行動を起こさなきゃ。いつか受け入れてくれる、周りが変わってくれるって、待つのはやめよう? ね?」
「……もし……何も変わらなかったら……」
「大丈夫! 私が支えてあげる!」
「……貴方が?」
「うん! だから諦めないで!」
「………はいっ!」

871十字メシア:2013/07/26(金) 14:19:24


「あ、嵐が……!」
「! あそこ!」

雷珂が指を差した方向に、ミユカと薄紅色の髪をした少女の姿が。

「カナミ!」
「ミユカ! 大丈夫っすか!?」

二人に駆け寄る一同。

「うん! 何とか落ち着かせたよ」
「あ、あの…申し訳ありません。迷惑かけて……」
「そうですよカナミ!」
「全く、お前という娘は何をやっているんだ!」
「………はい」
「お陰で家がこの有り様じゃないの! ……仕方ないわ、業者を呼びましょう」
「ああ。ほらお前達、もう用は済んだだろう。さっさと出てってくれ」
「いや、そういう訳にはいかないんですヨネェ……」

言いづらそうに、頭をかくジャック。

「貴方達の娘さんは、突然、先程の嵐を起こした……普通なら有り得ない事です」
「しかも人間が、だ。我々は、そのような不可解な現象を起こす人間を、『特殊能力者』と呼び、その現象を起こす力は『特殊能力』と呼ばれている」
「そしてワタクシ達は、その人方を保護する施設に属する、特殊能力者デス」
「何が言いたいんだ!?」

声を荒げるカナミの父。
それに雷珂が冷静に返す。

「お前達の娘は特殊能力者。故に、保護しなければならない」
「あの子は、これからウスワイヤで暮らさなければなりません」
「娘を連れて行く気…!? 冗談じゃないわ!!!」
「そうだ! お前達のような、訳の分からん集団に引き渡すものか!! あの子は風苗家を継がねばならんのだ!!」
「そう言われましても――」
「もうこれ以上話すことは無いわ。カナミ! いつまでそちらにいるの! 早くこちらにいらっしゃい!」
「う………」

俯くカナミ。
足は動かない。しかし口も動かない。
彼女は迷っていた。
すると。

「カナミちゃん」
「!」

ミユカがカナミの顔を覗き込んでいた。
「伝えなきゃ駄目だよ」――そう言ってるかのような目をして。
その目を見つめ返すカナミは、意を決したかのように頷き、両親の元に近寄った。

「良い子ね、カナミ」
「そうだそれでいい。さあ、家が直るまでに過ごす場所を…」
「お父様、お母様。私は――」


「――ウスワイヤに行きます」


『……え?』

娘の言葉を聞いた二人は、最初、自分の耳を疑ったが、すぐさま正気に戻り。

「貴方何を言っているの!? 自分の立場が何なのか、理解してるでしょう!!」
「お前は今まで育て上げた恩を、仇で返すというのか!!」
「ええ、そうです。お二人共のその恩とやらは、私にとってはただの身勝手な願望に過ぎません。今まで何も変わらないと諦めて、従順でいましたが……今、はっきりと言います」


「風苗家はもう、私の家ではありません! 私はこれから、『風苗家の跡取り娘』のカナミではなく、『ただ』のカナミとして、私らしく生きていきます!」


「あの時のカナちゃん、カッコ良かったな〜」
「は、恥ずかしいからやめて下さい! もう」
「キシシ。ところで、昔の友達からまだ手紙来てたっけ?」
「はい。能力者になった後も、変わらず」
「そっか! 良い友達だね」
「ええ、本当に。でも……」
「?」
「ミユカちゃん達も、大事な友達ですよ!」
「! ……ありがと!」


”感情”の鍵を開けて


本家から「アキヒロ」をお借りしました。

872akiyakan:2013/07/27(土) 11:53:02
※劇中、残酷な表現やグロテスクな表現があります、閲覧の際は注意してください。

 いかせのごれの一角にある廃墟街、ストラウル跡地。

 そこに、一台のサイドカー付きのバイクが走っている。バイク本体もサイドカーも、黒いカラーリングに所々銀色のワンポイントが施されていた。

 瓦礫が積み上がった悪路であるが、そんな事をモノともしていない。その巨大な車体でもって、まるで踏み潰すかのように走っている。

『こちら観測所です。ミツさん、聞こえていますか?』
「はい、聞こえています」

 バイクに跨っているのは、中世的な顔立ちを持つ人造人間、ミツ。一方で、サイドカーに座っているのは――

「…………」
「花丸も、特に問題は無いです」
『そうですか……少しでも何か異常を感じたら、すぐに言ってください』
「分かりました」

 そう言って通信を切る。ここで言う「異常」の主語はサイドカーなのであろうが、通信機から聞こえるサヨリの声は明らかに「花丸」にかかっていた。それが不適当である、とミツは思いつつも、「彼」にはそれが悪い事には思わなかった。

『それでは、目的地に着き次第、実験開始と言う事でお願いします』
「了解しました」

 言って、ミツは通信を切る。

 二人の間に会話は無い。ミツは他人とコミュニケーションをあまり取りたがらない性格であったし、花丸もまた奥手な性格だ。特別親しい間柄と言う訳でもない、そんな二人に会話を期待しても無理と言うものである。

「花丸、何か悩み事ですか」

 しかし意外にも、ミツが口を開いた。まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、花丸は意外そうに「彼」の方を見上げた。

「え?」
「最近、ミツから見て貴方は何かについて考えているように見えました。ミツでよければ、話を聞きますが」
「……いえ、僕は大丈夫です」
「そうですか」

 再び二人の間に沈黙が流れる。聞こえるのはガタガタと、瓦礫の悪路を進んでいくバイクの音だけだ。

「数日前」

 しかし、またミツは唐突に切り出した。

「バイオレンスドラゴンの起動実験が行われたと聞きました」
「!」
「実験の最中、ドラゴンが暴走しかけた事も」
「…………」
「その時からです。花丸が何かに悩んでいるように思えたのは」

 ミツの言う通りだった。バイオレンスドラゴンの起動実験後から、花丸は何かについて悩んでいる様子だった。サヨリやアッシュの様な聡い者はそれについて彼に話しかけていたが、その度に花丸は「大丈夫です」と返すばかりだった。

873akiyakan:2013/07/27(土) 11:53:35
「心配をかけたくない、と言う気持ちはミツにも理解出来ます。ですが、理解出来る故に理解出来ません」
「え?」
「悩みを打ち明ける事で、相手に余計な重荷を持たせてしまう。それは確かに。ですが、確固とした形があります。どうすればその悩みを、問題を排除出来るのか。中身が分かっている分、ある程度の道筋を立てる事が出来る。ですが、問題を打ち明けていないのは、中身が分かりません。中身が分からない以上、あるのは漠然とした不安だけです。「一体何で悩んでいるのだろう」。貴方の周りにいる人間は、その不安に振り回されているばかりです」
「あ……」
「どうせ何かで悩んでいる、と言う事がバレてしまっているのだから、言ってしまった方が害悪は少ないと、ミツは思うのですが」

 淡々と語るミツの口調は、しかし花丸を責めている訳では無い。ただ「彼」は本当に、余計な感情を織り交ぜずに事実を語っているのだ。

「……僕、気付いちゃったんです」

 しばらくしてから、花丸は口を開いた。

「コハナが死んじゃったのは……僕のせいだったんです」
「? それは、どう言う意味ですか?」

 ミツは首を傾げる。バイオレンスドラゴンに取り込まれたのは不可抗力だった筈。確かにコハナが花丸を庇い、彼まで取り込まれないようにした、と言うのは、見ようによっては花丸のせいとも言えるが、それだってジングウの仮説の範囲だ。少なくともミツから見て、花丸には何ら落ち度は無いように思えた。

「そもそも、バイオレンスドラゴンが僕のバイオドレスを狙ったのは偶然じゃなかったんです。アレは……僕の、強くなりたい、って欲望に反応したんです」

 二度の接触により、花丸はその事実に気付いた。

 凶暴なバイオレンスドラゴンと心優しい花丸。両者はあまりにも違い過ぎるが、その一点においては共通していた。ドラゴンはその傲慢さ故に、花丸はその優しさ故に、力を求めていた。皮肉にも、その共通項が両者を結び付けてしまった。ドラゴンは花丸の強くなりたい、と言う願いに応じて彼のバイオドレスに憑りつき、再び肉を持った身体を手に入れたのだ。

「アレは初めから、僕を狙っていたんです……アッシュさんでも、ミツさんでも、他の千年王国の人でもなく、僕だけを! 僕が力を欲しいなんて願ったから、アレは蘇ってしまったんです……!」

 奴にしてみれば、戦闘能力も持たず、超能力以外は並の人間くらいでしかない花丸は、打ってつけの宿主に見えた事だろう。取り込んで身体を奪うなど造作も無いと。
 しかし、誤算が生じた。取り込めたのは一緒にいた小さな爬虫類だけで、花丸自身は無事だったのだ。

「僕が……僕みたいな弱い奴が、強くなりたいなんて思っちゃったから……そのせいでコハナは死んじゃったんです……僕のせいで、コハナは……」

 今までずっと自分の中に溜め込んでいたモノを吐き出し、花丸はサイドカーの中で頭を抱えながら蹲る。バイクの走行音に交じって、すすり泣く声が聞こえた。

「ジングウさんの言う通り……僕は『持っていない方』の人間だった……力が欲しいなんて思っちゃいけなかったんだ。そんな願いは、僕には相応しくなかったんだ……」

 花丸は、自分を呪う言葉を零し続けている。

 無々世に敗れて友を失い、或いは友を傷付け、
 ムカイに敗れて自信を失い、
 ドラゴンに襲われ家族を失った。

 人間は確かにゼロから這い上がる事が出来る。だが、それが可能なのは限られたごく一部の人間だけだ。花丸の様に、人は落ちれば落ちる程、這い上がろうとする人間を阻むかのように妨害の手が現れる。

 始まりは人無。三つの首を持った友を殺され、氷狼の友を傷付けられた。
 友を殺され、友を傷付けられた。だから花丸は強くなろうと思った。上を目指した。

 次いでは蟲遣い。新たに手に入れたバイオドレスと言う名の力は、彼に通用しなかった。通用しなかったどころか、相手はまるで新しい力を手に入れた自分を嘲笑うかのように、それまでの自分と同じ戦い方によって花丸を打倒した。
 強くなっていると言う自信。それは過去の自分によって打ち砕かれた。まだ足りない、もっと力が欲しい。だから彼は、更に上を目指した。

 三度目は暴竜。鍛えた身体は、しかしその暴力の前に成す術が無かった。身体の自由を奪われ、千年王国の仲間を傷付けてしまった。それどころか、大切な家族まで失ってしまった。

 まるで相応しくないと。分不相応であると。見えない何者かが阻むかのように、花丸には苦難が多過ぎた。世界そのものが敵になったと錯覚したとしても、そんな妄想に逃げたとしても、誰に責められよう。

874akiyakan:2013/07/27(土) 11:54:16
「……力を求める事は、いけない事なのでしょうか」
「…………」
「博士は昔、言っていました。中二病的表現として「悪しき力」、「善き力」と言うのがありますが、そんな言葉は嘘っぱちであると。どんなに強大な力であれ、それ単体ではどちらでもないただの力に過ぎない、と。悪とは人の心が生み出すものであり、善もまた同じである。物事の良し悪しを決めるのは、それに関わる人間の心だ、と」
「バイオレンスドラゴンも、そうだって言うんですか……? そんな訳無いじゃないですか! 僕の言う事全く効かないのに、あれが純粋な力だって言うんですか!?」

 堪らず、花丸は声を荒げてしまった。その姿は、普段の物静かで大人しい彼の姿にはそぐわない。それだけ彼の心身が――特に心を疲弊しているのが伺えた。

「どうしようもないんですよ! 最初は僕の言う通りに動いても、その内奴に支配されてしまう! 頑張ってどうにかしようとしたけど、でもどうしようもなくて……そんな力、一体どうしろって言うんですか!? 僕の言う事が効かなくても、それでも僕の力だって言うんですか!?」

 吐き出すだけ吐き出して、花丸は肩で息をする。普段口数が少ない彼にしてみれば、それすら重労働に違いない。ましてや、こんな風に誰かに食って掛かる事も無いだろう。もし傍にサヨリかアッシュでもいれば、驚いていたに違いない。

 ミツの表情に変わりは無い。特別驚く様子も無く、それが逆に、果たして「彼」は花丸に対して関心を抱いているのか、疑問すら感じる。

「……花丸さん、それは違います」
「何が――」
「――バイオレンスドラゴンは、貴方の力などではありません」
「……え?」

 花丸は、その言葉の意味が全く分からなかった。
 バイオレンスドラゴンが自分の力ではない。それはおかしな言葉だった。バイオレンスドラゴンは基本、バイオドレスと同じだ。コアになる装着者がいて初めて機能する生物兵器に過ぎない。生きてこそいるが、装着者に使われる道具の域を出る事は無いのだ。
 花丸は、バイオレンスドラゴンの装着者だ。であるならば、それは間違いなく彼の力である筈。

「貴方は、自分の本質を見失っています。もう一度思い出してください。貴方は、そもそも――ッ!?」

 そこまでミツが言いかけていたところで、「彼」はハッとしたように急ブレーキをかけた。バイクは横滑りに走り、瓦礫だらけの地面を薙ぎ払いながら停止する。

「あの人は……!?」

 自分達が走っていた進路上に立つ白衣姿の男を見て、花丸は目を見張った。その姿を、一体どうして彼が忘れられるだろうか。彼に二度目の敗北を刻み付けた、その人物の姿を。

「……ムカイ・コクジュ」
「お久し振りだな、花丸。そしてDSX−001、ミツ」
「今はDSX−001RFです、コクジュ」
「これは失敬。なるほど、新しい身体を手に入れたようだな」
「お蔭様で」

 花丸の顔が、ムカイとミツの間を行ったり来たりする。そのやり取りは、明らかに初対面同士の会話とは思えない。

「君も馬鹿な事をしたな……私の誘いを断り、あろう事か自分を廃棄物扱いしたグループへ戻るなどと」
「貴方なら違ったと?」
「ああ違った、違ったともさ! 私達『失われた工房』へ来ていれば、君を欠陥品扱いした奴らを踏み躙る事が出来たと言うのに……!」
「…………」

 ミツの視線は、じっと無感情にムカイの方を見つめている。しかしやがて「彼」は目を逸らし、誰が見ても分かる様なため息をついた。花丸でも嘆息なのだと分かるほど、はっきりとした仕草だった。

「貴方について行かなくて正解でした」
「何?」
「花丸、司令部と通信は?」
「駄目です、電波が妨害されているみたいで……」
「止む得ませんね。不本意ですが、彼を相手に実験しましょう」

 言って、ミツは操縦桿についたコンソールを操作する。花丸にサイドカーから降りるように促し、彼が降りる瞬間にそれは起きた。

875akiyakan:2013/07/27(土) 11:54:48
「モタドラッドG、変形」

 ミツの言葉に従うかのように、巨大なサイドカーが形を変えていく。二つの車輪は二つに割れてそれぞれ車体の両側へと収まり、車輪を両側から挟むようにして存在していたフレームは二本の「腕」へと変化する。サイドカーは中心から二つに分かれ、それぞれが大地を踏みしめる「足」になっていく。カウルはミツを乗せたまま「頭部」となり、後ろにあった排気塔はバックパックの様に「背中」へと収納された。

 僅か三秒で変形を終えたそれは、もはやバイクではなく、三メートルを超える巨人となっていた。

「ほう……モタドラッドの発展型、と言う訳か」

 目の前の巨人を見据え、ムカイは興味深そうな声を漏らす。目の前に現れた存在に全く恐怖しておらず、眼鏡を押し上げる姿にすら余裕が感じられた。

「花丸、離れていてください」
「は、はいっ!」

 花丸が近くにあった大きな瓦礫の陰に隠れるのを確認すると、ミツは素早くコンソールのウエポンセレクターで使用する兵装を選ぶ。もっとも、選ぶと言っても「全部」であるが。

「両腕部弾頭、圧縮燃焼弾確認。背部多弾頭弾発射管、小型スタービング・チルドレン確認。オールウエポン、点火」

 引き金に当たるボタンを押した瞬間、圧倒的なまでの破壊がムカイへと降り注いだ。両腕から放たれる弾頭は、直撃した瞬間周囲を赤い火の海へと染め上げ、背中から吐き出されたミサイルは、対象へと向かう途中でそれぞれが八発の小型弾頭へと分離して牙を剥く。しばらくの間、耳を劈くような爆発音と、網膜を焼くような閃光が辺りを支配していた。

「…………」
「お、終わった……?」

 耳を押さえていた花丸は、恐る恐る瓦礫の向こうから顔を覗かせた。

 オーバーキル、と言って差し支えないだろう。大よそ、人間一人に使うような火力ではない。着弾地点は未だにもうもうと爆炎だか砂煙だか判別のつかない煙幕に包まれており、ムカイの存在を視認する事は出来ない。と言っても、この有様では挽肉かどうかさえも危ういであろう。

「ミツさん、これやり過ぎじゃ……」
「相手はホウオウグループの敵対者です。蟲を使われても厄介ですし」
「蟲……」

 かつて自分が負けた原因を花丸は思い浮かべた。改造され生物兵器化した昆虫達は、確かに厄介だった。単体ではそこまで脅威ではないが、それを補って余りある数の暴力に、花丸は成す術が無かった。圧倒的火力を誇るこの「モタドラッドG」と言えど、あの大群に纏わりつかたら危なかっただろう。

「……まぁ、正直、ミツもやり過ぎたとは思いますが」

 かりかりとこめかみの辺りを掻くミツ。そんな「彼」の様子を見て、思わず花丸も苦笑する。

「さて、それでは戻りましょう、花丸。目撃者はいないでしょうが、長居する理由もありません」

 そう言って、ミツはコンソールを操作し、モタドラッドをバイクに戻す。小さく振動をした直後、巨人はバイクへと形を変えていく――

 その、時だった。

「!? 前方に熱源!?」

 突然、コンソールに出現した『警告』の赤い指示。だが、変形中はそれ以外の動作をする事が出来ない。ほんの数秒の死角であるが、それが致命傷になった。

 煙を、大気を切り裂き、青白い光線がモタドラッド目掛けて放たれる。それが直撃した傍から、見る見るモタドラッドの装甲が赤く融解していく。それを危険と感じたミツが操縦席から飛び降りるのと、モタドラッドが爆発するのはほぼ同時だった。

「……え?」

 花丸は、目の前で何が起きたのか全く分からなかった。突然起きた状況の変化に、脳の認識が全く追いつかない。目の前で火を噴き、煙を上げているモタドラッドを、茫然と見つめている。

876akiyakan:2013/07/27(土) 11:55:38
『く、くくく……』
「あれは……」
『くはははは――はーはっはっはっはっはっは!!!!』

 哄笑が辺りに響く。ミツと花丸を嘲笑う、耳障りな声が。

 煙の向こうから現れたムカイの姿は、先程までと一変していた。全身を有機的な装甲に覆われ、まるで人間の様に立ち上がった昆虫を彷彿とさせる姿になっていたのだ。

「あれって……まさか……」
『如何にも。先日君が見せてくれたバイオアーマーを、私なりに真似させて頂きました』
「バイオドレスの、模倣……」

 見ただけで技術を奪える訳が無い。だがそれでも、見ただけで真似は出来る。そうムカイは、言外に己の実力を誇っているかのようだった。

『さぁ、行きますよ……』

 ムカイが膝を折ってしゃがみ込み、身体を丸める。それに反応し、即座にミツは身構えた。

 次の瞬間、ムカイの姿が消えた。

「な――!?」

 ミツの方から驚きの声が上がる。花丸がそれに反応して顔を向けると、ミツの右腕の肘から先が無くなっていた。

『どうですか、バッタの跳躍力は? 彼らは小さいですけどね、人間と同じ位にまでスケールアップすると、こんなに早く跳べるんですよ?』

 ムカイの姿は、ミツの遥か後方にあった。振り返ってこちらを見るバイオアーマーの顎の部分には、切り落とされたミツの腕が咥えられていた。

「く――」

 残っている左腕に光剣を出現させ、ミツは振り返る。

 だが、

「――遅い」

 声が聞こえた時には、ミツの身体は血飛沫を上げながら宙を舞っていた。その光景が花丸にはまるで、スローモーションのように見えた。

「ミツさん!?」
『どうしました? 龍儀を模倣したと言う貴方の能力は、その程度ですか?』

 宙を舞うミツの身体が、有り得ない方向に何度も吹っ飛ばされる。空中に浮いたままの「彼」を、ムカイが何度も蹴り上げ、或いは殴り飛ばしているのだ。あまりの速さに、花丸は動いているムカイの姿を全く捉える事が出来ない。

「あ……あぁ……」

 あのミツがこうも簡単にやられている。あまりの光景に、それが花丸には悪夢のように思えた。目の前で起きている光景が常軌を逸しており、現実感が伴わない。いや、ついてこないと言うべきか。

 べしゃり、と言う音がして、ミツの身体が地面に叩き付けられる。全身血塗れであり、着ていた衣服は無残に引き裂かれていた。

「ミツさん!」

 駆け寄って揺り動かすと、かろうじてまだ息をしているのが分かった。それが分かって花丸は胸を撫で下ろしそうになったが、現状はそんな状況ではない。

『くくく……』

 腕を組みながら、ムカイは二人を見下ろしている。その背中には昆虫の羽根の様なモノが出現しており、高速で羽ばたく事でその身体を宙に浮かしていた。何時の間に現れたのか、二人の周囲を取り囲むようにして蟲の大群が出現していた。

「ひっ……」
『チェックメイトですね』

 ムカイが着るバイオアーマーの前面装甲が開いていく。そこに、無数の青白く輝く光球があるのが見えた。身体を大きく広げ、その光の照準をムカイは花丸達へと向ける。それから庇うように花丸はミツの身体に覆い被さるが、それが果たして何になるだろうか。先程モタドラッドを破壊した攻撃と同じものだ、人間の身体など瞬く間に蒸発してしまうだろう。

『我らが『失われた工房』の為、ホウオウグループへの反旗の狼煙となるがいい!!』
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ムカイが光線を放つ。その光が二人を包み込む。鉄が蒸散する程の熱線は、彼らの身体を融解させ――

877akiyakan:2013/07/27(土) 11:56:43
『む!?』

 異変に気付いたムカイは、即座に身体をかわした。先程まで彼がそこにいた場所を「跳ね返された熱線」が通り抜けていく。

『危ない危ない……そう言えば、龍儀には飛び道具を跳ね返す厄介な能力がありましたね……』
「ぜぇ……ぜぇ……」

 震える身体で無理矢理立ち、ムカイに向かって左腕を伸ばすその先には、青白い光の壁が出現している。しかしすぐに役目を終えるように、「スキル:ミラー」は消失してしまった。

 満身創痍。ミツはもう限界だ。今の反射鏡すら、使うのがやっとだったに違いない。それでも「彼」は全身の力を振り絞って使ったのだ。自分を、そして花丸を守る為に。

「……花丸、逃げて下さい」
「え?」
「この場はミツが引き受けます。だから、貴方は逃げて博士達の下へ」
「そんな! 逃げるんだったら一緒に!」
「いえ、それは無理です。これだけの蟲に包囲され、高速移動も出来るムカイ・コクジュが相手では分が悪過ぎます」
「だけど、そんな身体じゃ……」

 止める花丸を振り切るように、ミツは立ち上がった。傷口から流れ出る血が全身を赤く染め、垂れ落ちた滴が地面に染みを造っている。

「サイドカー、アクティブモード!」

 ミツが叫ぶと、その声に応えるようにして、モタドラッドの残骸の中からサイドカーだけが飛び出してきた。所々欠けていたり破損しているが、しかし本体と比べればその損傷は小さい。

「花丸っ!」
「え――う、うわあぁぁぁぁぁ!?」

 ミツは片腕で花丸を持ち上げると、その身体をサイドカー目掛けて放り投げた。狙い過たず、それは彼の小柄な体を受け止め、ミツの意思に応えるかのようにその場から走り去っていく。花丸がミツに向かって呼びかけているのが聞こえるが、それもあっと言う間に聞こえなくなってしまった。

『ほう……自分を犠牲にして、彼を守ったと言う事ですか』

 嘲る調子で、ムカイが言った。

『馬鹿な真似を。たかが生物兵器を操る事しか能の無い子供なんかよりも、よっぽど貴方の方が有用だと言うのに――』
「――黙れ」

 ぴしゃりと、強い口調でミツがムカイの言葉を遮った。意外とも思える「彼」の反応に、ムカイは「む」と首を傾げる。

「ミツの仲間を馬鹿にする事は、ミツが許しません」
『仲間……ハッ、虫唾が走るな。弱い奴が一体何になると言うのだ? 弱者など不要だと、切り捨てたのは貴様達ホウオウグループではないか! お前だってそうだろう? 上辺だけの仲間を装って、彼(はなまる)の事など何とも思っていないのだろう!?』
「……寂しい人だ」

 ミツは目を伏せ、深呼吸すると再び目を開いた。その目には、強い意志の光が宿っている。

「――プログラム起動」
「――我、αにしてΩを持つ、完成された存在なり」
「――故に、この身はアゾット、閉ざされた小宇宙(マクロコスモス)」
「――いざ開け、『龍ノαGITΩ』よ」
「――敵を穿ち、噛み砕く刃をこの手に――!!!!」

 ミツの頭上に、四天を指し示す四つの突起を持つチャクラムが出現する。それはまるで、天使の輪を思わせた。
 ミツの背後に、十本の光る剣が出現する。左右それぞれ五本ずつ、大きく放射状に広がるそれはまるで、天使の翼を彷彿とさせる。
 全身を切り刻まれ、血と泥に汚れ、しかし青白い輝きを放つその姿は神々しい。その実、ミツは天使そのものだった。

『ほう。奥の手、と言う訳か……天使型バイオロイド専用能力『アゾット』。だが、それでも私のバイオアーマーには勝てない』

 ぐぐ、っとムカイは大きく屈んだ。次の瞬間には、その姿はそこに無い。ミツの背後にある剣が「彼」を守るように移動しており、ムカイの攻撃はその表面を僅かに削るに留めた。

『ほうほう! なるほど、少しは相手になると言う訳か!』

 自分の攻撃を受け止められた、と言う事実への驚きと称賛から、ムカイの言葉に高揚が混じる。しかし目線はあくまで上からであり、実際彼の優位は揺らいでいない。ムカイにしてみれば、この戦いは自分で造った新しい玩具の試運転でしかないのだ。圧倒的戦力差から見ても、ミツに待っているのは嬲り殺しでしかない。

(……でも、これでいい)

 ムカイの意識は完全にミツに向いている。花丸からは完全に反らされている。彼は無事に、ここから逃げ切る事が出来るだろう。それだけで十分だと、ミツは思っていた。

878akiyakan:2013/07/27(土) 11:57:18
「ムカイ・コクジュ、貴方は選択を誤った」
『……何?』
「ミツは貴方よりも弱い、何時でも殺す事は出来る。でも、花丸は別だ」
『この期に及んで、世迷言を……』
「もう手遅れだ、彼は強い。貴方よりも強くなって、再び貴方の前に現れる」

 そう言うと、ミツは嗤った。彼を生み出した博士の笑みを真似て。もっともミツ自身は、うまく真似られたとは思っていなかったが。

「だからこの勝負、ミツ「達」の勝ちだ」
『ハッ――負け惜しみを!!』

 再び高速移動からの一撃。これも、先程と同じ様に防ぐ。しかし、何時まで続くだろうか。何時まで続けられるだろうか。

 蟲が足元から這い上がってくる。踏み潰しても踏み潰しても、蟲は際限無くミツに襲い掛かり、牙を立てる。

 蟲に気を取られていたせいで、攻撃を防げなかった。脇腹をごっそり持って行かれた。傷口に塩をすり込めとばかりに、蟲の大群がそこへ群がってくる。ギチギチと無数の顎が、ミツの身体を抉る。無数の突起を備えた足が、ミツを苛む。

 全身蟲に塗れて、何て惨めだろうか。体中蟲に食われて、何て苦しみだろうか。

 だがミツは、そう思いつつも満足だった。

(博士……後は、お願いします……)

 ――・――・――

 一台の装甲車がストラウル跡地へと侵入して来た。装甲車は、障害物があろうと構う様子も見せず、猛スピードで廃墟街を突き進んでいく。

 奥まで来て停止すると、装甲車から数人の人間が出て来た。皆、ホウオウグループの、そして千年王国の所属者だった。

「ミツさーん!!」
「花丸さん、一人で行動しては危険です!」
「全員、三人以上で捜索にあったってください! もしかしたら、まだ敵が残っているかもしれません!」

 皆、いつも以上に表情を引き締めて出てくる。普段こんな時軽口を叩くアッシュすら、この時ばかりは真剣な顔をしていた。

「花丸ちゃん、一人じゃ危ないって!」

 飛び出した花丸の背中を追って、アッシュも走っていく。彼が一直線に向かっていった先に着いて、アッシュは表情を歪めた。

「これは……」

 どれだけ激しい戦闘が行われたのか、容易に分かる光景だった。

 一面に広がるのは蟲の死骸だ。まるで絨毯の様に地面を埋め尽くしている。これをたった一人で倒したのか、と思うと、果たして自分に同じ真似が出来るだろうか。アッシュは自信を持って答えられそうにない。しかも、これだってまだ少ない数だ。実際はもっといたのだろうから。

 蟲の残骸に交じって、周囲にはまだ新しい血痕や血だまりの跡が見つかった。その量は、並の人間ならとっくに致死量に当たるほどで、まるでペンキをぶちまけたかのような感じだ。

879akiyakan:2013/07/27(土) 11:57:49
「ミツさん! ミツさーん!!」

 一心不乱に、花丸はミツの名前を呼びかける。素手で蟲の死骸を掻き分け、或いは瓦礫を押しのけてミツの痕跡を探している。

「もう嫌だ……嫌なんだ……僕に関わった人達が苦しんだりいなくなるのは、もう……!」
「花丸ちゃん……」

 必死に捜索する花丸の姿は、アッシュの目には痛々しく映った。広大な砂漠に落としてしまった大切な物を、もう見つからないと分かっているのに探しているような、そんな不毛さと悲しさが同時に感じられる。

「……あ……」

 花丸と共に周囲を探し始め、アッシュはそれを見つけた。

「アッシュさん?」
「…………」
「アッシュ、さん……?」
「花丸ちゃん、こっちに来ちゃ駄目だ」
「え…………」

 ふらふらと、花丸は吸い寄せられるようにアッシュの方へと近付いて行く。「こっちに来るな!」と大声でアッシュが制したが、まるで催眠にかかったかのように、花丸の耳には全く届かなかった。

 それは見てはいけないと/でも見なくてはいけないと言う予感が、彼をそこへと引き寄せる。

「駄目だ、見ちゃ――」

 アッシュが花丸の視界を隠そうとしたが、少し、遅かった。

「――――っ」

 思わず、息を呑んだ。強制的に声が引っ込み、頭の中からさっと血液が引いていくのが、感覚として分かった。全身の感覚が曖昧になり、得体の知れない浮遊感が全身を包む。

 そこにあったのは、













 ミツの、        生首だった。



 両目を瞑っており、まるで眠っているかのように見える。だが、首から上だけだ。首から上だけが、大きな瓦礫の上に、これみよがしに置いてある。一体何で自分達は今まで気付かなかったのだと言う位、ある種のオブジェのような存在感をもって、それはそこに置かれていた。

「そ……そんな……」

 がくんと、膝から力が抜けた。唇が戦慄いてうまく言葉が出ない。目頭に、熱いものが込み上げてくる。

「う―――うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



 ≪羽根が散る≫



(花丸の叫び声を聞きつけ、他の場所にいた者達も集まって来た)

(ある者は彼と同じ様に泣き、)

(またある者は仲間の仇に怒り、)

(またある者はあえて無言を貫いた)

(「――その火、自分に帰って来た」)

(エンドレス・ファイアに焼かれ、一つの命が失われた)

 ※えて子さんより「花丸」をお借りしました。自キャラは「ミツ」、「ムカイ・コクジュ」、「アッシュ」、「サヨリ(企画キャラ)」です。

880えて子:2013/07/27(土) 20:06:17
「≪羽根が散る≫」の後の話です。花丸だけです。
名前と一瞬の回想のみ、akiyakanさんから「ミツ」をお借りしました。


その日は、朝から天気が悪かった。
重く暗い雲が、空全体を覆っていた。


花丸は、近所にある廃材置き場にいた。
廃材置き場といえば聞こえはいいが、実際は広めの空き地に使われなくなったものがばんばん捨てられているだけだ。
そこに置かれているのは使われなくなった材木だけではなく、鉄骨や鉄パイプ、誰かが捨てたのであろう壊れたテレビや椅子なんかもそこかしこに転がっている。
スクラップ置き場とか不法投棄場と言ったほうが正しいかもしれない。

奥が見えないほど山のように積み上げられた廃材鉄材に、バランスもへったくれもあったものじゃない積まれ方をしたゴミの数々。
住宅地から離れていることもあり、危険極まりない場所として近づく人はほとんどいなかった。
だからこそ、花丸は一人になりたい時はいつもここに向かう。
そうして、入口から見えない奥まった場所で、気が済むまでじっとしているのだ。


「………」

子供が作ったかのような土の山に、木の枝と針金で作られた歪な十字架が刺さっている。
まるでお墓のようなそれの前に、虚ろな目をした花丸が座り込んでいた。

「……ミツさん……」

ミツの死を目の当たりにしてから、花丸は学校にも行かず家にも帰らず、ただずっと廃材置き場で膝を抱え蹲っていた。
考えるのは、ミツの言葉。あの時、『彼』が伝えようとしていたこと。


“貴方は、自分の本質を見失っています。もう一度思い出してください。貴方は、そもそも――”


「ミツさん……僕の本質って何ですか?貴方は、僕に何を思い出して欲しかったんですか?教えてください、ミツさん……」

抱えた膝に顔を埋め、弱弱しい懇願が漏れる。
しかし、それに答えてくれる相手は、もういない。

「…何で……何で僕を逃がしたんですか、ミツさん………ごめんなさい……ごめんなさい……」


ミツは、強かった。
戦闘力も、状況を把握する力も、花丸(じぶん)とは段違いだった。
ミツ一人なら、逃げることも出来たであろう。
それをしなかったのは、きっと花丸(じぶん)がいたからだ。
弱い花丸(じぶん)を庇ったが故に、ミツは死んだのだ。
死んでしまったのだ。

「……もうやだよ……どうしていいか分かんないよ…」

自分が弱かったから、友を失い、友を傷つけられ、あんなに強かった仲間さえ自分を庇い帰らぬ人となってしまった。
自分が強くなろうとしたから、己を否定され、仲間を傷つけ、心を通わせた家族を喪う結果となった。

強くなることもできず、弱いままでもいられず。
花丸の心は限界だった。壊れてしまいそうだった。

881えて子:2013/07/27(土) 20:06:55
「………」

からん、と、風に煽られ廃材の上から落ちてきた鉄パイプが花丸の傍に落下する。
しばらくそれを眺めていたが、やがて立ち上がると徐に鉄パイプを拾い上げる。

「…………………うああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」

そして、渾身の力で振り上げると、目の前の廃材を殴りつけた。

一度堰が外れてしまったら、衝動は抑えられなかった。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!」


悔しかった。バイオレンスドラゴンを上手に操れないことが。
腹立たしかった。戦うことも守ることも、何も出来ない弱い自分が。
悲しかった。ミツを失ってしまったという現実が。
憎かった。己の選択を嘲笑い、仲間を奪った『失われた工房』が。

その全てを吐き出すかのように、ただ周りの廃材を滅多矢鱈に殴りつけた。






「はぁ……はぁ……はぁ……」

どのくらいの間、そうしていたのだろう。
持っていた鉄パイプはひしゃげて折れ曲がり、周りの廃材には大小さまざまな傷が刻まれている。
中には脆くなっていたのか真っ二つに折られたものもある。

肩で息をすると、力尽きたようにその場に座り込んだ。

「…………」

どこか放心したように、座り込んだまま空を見上げる。
遮光性のゴーグル越しに見る光景は、どこもかしこも薄暗い世界だ。
どんよりとした雲がさらに暗く、さらに重く圧し掛かってくる。

「………はは…」

口の端を歪め、自嘲気味に笑う。
衝動のまま暴れてしまえば気も晴れるかと淡い期待もあったが、そんなことはなかった。
むしろ、ただ虚しさが増しただけだった。

悲しくて、苦しくて、悔しくて、辛くて。
それらをどうすることも出来ない自分への腹立たしさに涙が溢れた。

「うっ、ぐ…………う、うあああああああああああああああああ……!!」

泣いて、泣いて、泣き続けた。

ゴーグルをかなぐり捨て、地面を殴り、天を仰ぎ。


悪夢を見た幼子のように、泣き叫んだ。


悔恨の雨


(ほどなく、雨が降ってきた)

(彼の心を表すかのような)

(大荒れの、土砂降りだった)

882思兼:2013/07/27(土) 23:37:21
5つの風に続きます。

【急行ジャスティス】


―第10話、報われない話―


アリスは一人中型の藍色を基調としたバイクに跨る。




『静葉がアリスを名指しで読んで助けを求めている!』


ダニエルの切迫とした声を抜きにしたとしても、あの静葉が有事の際には団員の中で一番『戦闘能力』の高い
アリスを名指しで呼ぶと言うのが、どのようなことか位はよく理解しているつもりだ。

危険が、それも命に関わりかねないものが静葉の身に迫っている。


あの静葉が簡単に死ぬなどとは、アリスは考えていない。

それでも…アリスは静葉が心配だった。

記憶と共に文字通り全てを一度失ったアリスにとって静葉と団の仲間は家族に等しい存在だ。

静葉によってあの暗い廃棄された研究施設から救い出されたアリスは、その身に宿る力を全て静葉の為に
使うことを心に決めている。

暗く冷たい牢獄のような培養層から目覚めさせてくれ、最早化け物に成り果てた自分の家族になってくれた
静葉と、そんな彼女が愛する団の為に。


「…我は喜んで業を背負わん。」

とっくに覚悟は出来ていた。



「スキャンパー、ごめん。また力を貸してほしい。」

「イエス、マイマスター。」


黒光りするタンクを撫でながら言ったアリスに対して、なんとバイクが返答する。


『スキャンパー』と名付けられたこのバイクにはアリスによってAIが組み込まれている。

それは、相棒と話がしたかったからと言う何処か物悲しい理由だった。



エンジン音が響き、スキャンパーを駆りアリスは恩人を助けるべく走り出した。

883思兼:2013/07/27(土) 23:38:03



――――――――――――――――


「…はぁ。」

ため息をつくのは呆れ眼の静葉である。


彼女の目の前には猫を翻弄する珍妙な男の姿があった。


成見の視たものから察する限り、自分たちの身に危険が迫っている事には間違いないはずだ。

それも、そうそうヘラヘラしていられないような危険である。


だからこそ静葉はアリスを名指しで呼んだのだが、これでは余りにも緊張感が無さすぎる。


「なぁ、本当に危険なんだよな?俺、なんだか自身が無くなってきたんだが?」

「う…確かに見たんだ。けど、実は案外大丈夫なのかな?」

まだ体調が悪いらしく、袖子の背で揺られている成見もどうやら同意見のようだ。

これではアリスに申し訳ない。



「そういえばマナ…お前の知り合いも来てるんだよな?
アリスが到着したら回収してさっさとここから離れよう。」

「…一応、ありがとう。」

静葉の申し出にマナが答えたその時、再び静葉の携帯が鳴った。

着信相手はダニエル・マーティンと表示されている。


「ダニエルか?」

「うん、アリスが後3分位で目的地に着くから能力を解除して。」

「わかった。それと、みんなを集会所に集めてくれ。
本格的な対策と今後について話し合う。」

「ん、了解だよ。」

そう言って、電話は切れた。


「聞いた通りだ。
もうすぐで助けが来るが、その間アリスが俺たちに気づくように能力を解除しなければならない。
フミヤ、そろそろバカな真似は止めて真面目に大人しくしろ。」

「ええ〜つまんないよ〜」

「いいから、冗談はここまでだ。
…能力を解除した。亮、お前も解除しろ。」

「あいよー」


その直後、まるで森全体からいきなり睨まれたような錯覚を覚える。

森は静まり返り、まるで害意を表すかのように。



「…静葉、これ不味くない?」

「ああ、なんか睨まれてるみたいだ。
…流石に、こんだけ衰弱してる成見に視てもらおうとは思わんが。」


みるみるうちに何らかの気配が強くなっていき、息が詰まる。

しかも、あの影のような猫はこちらを睨んでいた。

884思兼:2013/07/27(土) 23:38:51




――――その時だった。



「間に合ったようだね。
静葉、状況の説明をお願い。」


空中から、制服姿の少女が濃藍色のポニーテールの髪をなびかせ静葉たちの目の前、
猫との間に割って入るように着地した。


人間が着地して無事な高さではなく、地面が大きく陥没する。

そんなありえない場所から降ってきた少女が顔を上げると、その瞳は片方は髪と同じ藍色だが、
もう片方は鮮やかな紫色だあった。

「アリス、済まないな。
成見が不吉なものを視たんだ。しかも命に関わるような物らしい。」

「そう、それだけ聞けば十分だよ。」

「わぁ!キミ凄いね!
なんて言う名前?キミも超能力者だったりするの?」

「ちょ…フミヤ!」


「僕の名前はアリス、サイボーグだよ。」

少女は立ち上がり、そう告げた。


<To be continued>

885思兼:2013/07/27(土) 23:43:45
<キャスト>
御坂 成見(思兼)
巴 静葉(思兼)
橋元 亮(思兼)
ダニエル・マーティン(思兼)
アリス(思兼)
フミヤ(紅麗様)
葛城 袖子(十字メシア様)
夜波マナ(スゴロク様)

886十字メシア:2013/07/29(月) 02:28:44
えて子さんの「情報屋、動く」のフラグを拾わせて頂きました。
えて子さんから「アーサー・S・ロージングレイヴ」お借りしました。


情報屋「Vermilion」が決意を固めたその頃――。

「はい! ロッギーのお面なのサ!」
『わあ〜凄い! 僕そっくりだね!』

小さなビルの一室、始末人の尓胡がアーサーの相手をしていた。
因みに何故アーサーがここにいるのかというと。

「会ったのはいつ以来だっけ?」
『確か、1ヶ月ぐらい前に、少し話したぐらいだったかな?』
「もうそんなに過ぎてたのか」

驚いたように言ったのは、始末人のリーダー、コハク。
そしてアーサーに質問をしたのは、尓胡と同じ始末人メンバーのシザキ。
アーサー、もとい情報屋と彼らは、仕事の関係上で知り合った仲なのだ。

「それにしても、災難だったねえ」
『全くだよ』
「少年を連れ去ったその男……どうにもきな臭さが否めないな」
「きな臭さも何も、拳銃持ってる時点で普通じゃないよ」
「……それもそうだ」
「あたしゃー、真っ赤な嘘をつく奴は大嫌いだけど、人の幸せぶっ壊す奴も大嫌いサ」

怒りを含ませた声で言い放つ尓胡。

「おやおや、お怒りのようだね」
「当たり前サ!」
『………』
「どうした、アーサー…いや、ロッギー」

尓胡を訝しく見つめるアーサーを、不思議に感じたコハク。
すると次の瞬間、三人と彼女の間で、空気が凍りついた。

『尓胡は、どうして僕と話す時は、作り笑いしてるんだい?』

「………」
「………」
「………」

まさか、自分達以外で見破られるとは思っていなかったのか、彼らの顔には驚きの色が差している。
気まずい空気に耐え兼ねたのか、ロッギーは。

『あ…………ご、ごめんよ……その、つい……』
「いいサ。バレてビックリしただけサ。……あたしゃーはこうでもしないと、二人以外の人間には、敵意しか向けられないのサ……」
『……人間不信?』
「まあ、そんなもんサ。何年経っても、どんな人間でも敵に見えてしまうのサ……」
『………』


始末人との会話


「……ま、まあとりあえず! そろそろ資料庫に行くべきじゃないかい?」
『あ、そ、そうだね!』
「じゃあ一応、私も一緒に行くよ。特殊能力を持たない、小さい女の子一人じゃあ危ないし」
『ありがとうシザキ! 助かるよ』

「………尓胡」
「ん?」
「無理に変わろうとするな。今は……自分の信じたいものだけ、信じろ」
「……ありがとうサ」

887ヒトリメ:2013/07/29(月) 20:33:08
 彼は普通にありたかった。

 非日常には飽いていた。……と言えば、戦いの中に居る彼らには嗤われるだろうか。
 たった半年、地下の部屋にただ居ただけだ。
 たった数年、アースセイバーの兄たちの戦いをただ見ていただけだ。
 自分は護られていただけ。それでも、彼にとってはじゅうぶん過ぎた。

 彼は普通にありたかった。非日常な"物語"の主人公、主要人物と成るのはまっぴらだ。
 自分を護ると言った兄も、けっきょく自分を監禁するしかなくなった。
 あの"救世主"君の話も、事実と知っていれば恐ろしいばかりのものだ。
 同級生や皆の物語でも、きっと死ぬような折られるような思いをしているのだろう?
 自分はそんな冒険よりも、「その他大勢」のただの他人として、普通と呼ばれる日常に在りたいだけだ。

 浅田郁人は主人公には成らない。たとえそれが悪役に一瞬で屠られるようなモブだとしても……矛盾に聞こえるかもしれないが……それでも、看板役よりはずっとマシなのだ。




"ふたりの『群衆』の些細な会話"




 ……だからこの相手には、悪いが帰れと言わねばならない。

「君と居ると目立つんですよ、ミラ君」

 廊下の窓越しに声を掛けてきた元同級生にそんな言葉を返す。たぶんいつものとおり、相手は帰らないだろうから、小説には栞を挟んでおこう。
 仲の悪い相手ではない。むしろ今回のように「休み時間に見かけたからなんとなく声をかける」程度の仲はあるし、普通に話せる相手ではある。
 だが、現在の"目立ちたくない"を第一とする少年にとっては、あまり一緒にいるところを見られたくない相手でもあった。

 元同級生。自分が"元引篭もり"のダブりであることを皆に再認識させるだろう。
 厨二病。能力者としての目立ち方ではないが、目立つことには変わりない。
 そしてなにより、あの呼称だ。

「ふん、相変わらずだな、"万能鍵"よ。だが諦めるんだな」
「だからその呼び方は止めてくださいって。人をそんな、キーアイテムみたいに」
「ふん、俺の眼は誤魔化せんぞ。
 そろそろ認めるがいい。貴様も"こちら側"の者なのだと……」
「認めませんし事実からありません。こちらってどっちですか。
 というかどっちかというと君もどっちでもないでしょう」
「ん?」
「なんでもないです」
「……俺は貴様も大概だと思うぞ、キーアイテム?」
「やめてくれと言っているでしょう。
 つまりですね、僕は<物-アイテム>じゃあないですし、<主要人物-キー>より<脇役-サブ>がいいです。
 いや、むしろ<群衆-モブ>でいいですし……何ですか?」

 如何にその呼称が嫌であるか。説明しながらふと見ると、元同級生が苦笑するような表情になっている。
 彼は自分と会話する時、よくそんな顔をする時がある。……意味はよく判らない。

「無自覚なんだろうな、貴様は」
「はい?」
「未だ目覚めぬ力を持つ的な?」
「君って、僕に対して若干テキトーになってますよね?」
「それは、貴様が――」

 彼の反論は遮られる。背後で音がした。ひどい音だ。怒声が聞こえる。
 ……この休み時間も普通に過ごせそうだと思っていたが、残念ながらここまでらしい。厭だなあ等と考えながら、会話相手の吃驚した顔を眺めている。あまり珍しくは無いな。ああ、そうじゃあない。
 振り返る、それより先に、視線の隅を影が走った。そのまま教室から飛び出していく子がひとり。
 教室がざわつき出す。先刻の音は、彼の人が座席を蹴り立った音なのだろう。

「何だ?」
「なんでしょうね。このクラスにはよくあることな気もしますけど。
 ちょっと近くの席の人に聞いてみましょうか」
「ほう、首を突っ込みたくないとでも言うと思ったが」
「少しくらい興味のある素振りをするほうが"普通"でしょう」
「そういうのを無自覚と云うんだ」

 はいはい、と流しながら席を立つ。彼が手を出してきたから、持ったままだった小説を預けておく。
 休み時間も残り少ない。本の続きはまた次の時間だ。




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キャラお借りはできませんでした(・ω・`)
ヒトリメから「イクト」と「ミラ」。

事件が起きたような続きそうな描写ですが、
とくに他の話とリンクさせているわけでも、この続きを考えているわけでもありません……。

888十字メシア:2013/07/30(火) 22:05:50
「突飛に出会った、そんなハナシ」の続き。
鶯色さんから「ハヤト」、akiyakanさんから「都シスイ」お借りしました。


「……あっ! ハヤト君、シスイ君!」
「やっほーうずらちゃん!」
「こんにちは」

某日。
ひょんな事から巷で人気のアイドル、雛鳥 うずらと知り合ったハヤトとシスイは、いかせのごれ中央にあるホールで開かれる、彼女のライヴコンサートに来ていた。

「もう楽しみで楽しみで、中々寝れなかったんだよ〜!」
「ふふっ。じゃあ今日は二人の為にも目一杯、頑張って歌うね!」
「おう!」
「うずらさん、そろそろ…あら? その方達って…」
「あっ、カヨコさん! うん、この二人が前話した子達だよ!」
「ああ、やっぱり! 私、雛鳥 うずらのマネージャー、カヨコと申します」
「ど、どうも…初めまして」
「へぇ〜中々美人なマネージャーさんだなあ」
「ちょ、ハヤト!」
「何だよ、褒めただけだろー?」

二人のそんなやり取りに、うずらもカヨコもぷっと吹き出す。

「…っと、うずらさん、後10分で開演なので…」
「あっはい! じゃあね、二人共!」
「おーう!」


「うわあ…たくさん人が来てる…」
「それだけ人気って事だよ」
《ブーーー》
「あっ始まるぜ!」

一気に暗くなる会場。
刹那、スポットライトが灯され、うずらの姿が浮かび上がった。
その瞬間。

『ワァァアアアアアアアアア!!!!!!!!』
「うおっ!?」
「来たぁ! うずらちゃーん!!!」

沸き起こった大声援の中、ハヤトとシスイに気付いたうずらは、笑顔でその方向に手を振った。

「えー、皆! 今日のこのライヴコンサートに来てくれてありがとー!!!」
『ワァァアアアアアアア!!!!!!』
「今日は、皆の為に精一杯歌うので、最後まで楽しんでって下さい!!」

挨拶が終わり、少し間が開いた後、疾走感のある、どこか切ないロック系のバックミュージックが鳴り出す。
そこで更に会場は沸き上がった。

「♪―――……」

歌声が響きだした途端、あれほど騒がしかった会場が突如、静寂に包まれた。
力強い、しかし透き通った、命を脈打つような声。
耳から入るそれは、身体中を駆け巡って、自分の中にある何か…例えるならエネルギーようなものを、溢れ出させる。
シスイは思わず息を飲み、

「綺麗……」
「だろ? そんじょそこらのアイドルとは違うぜ」

感嘆の声に、自慢気に返すハヤト。
改めて、その形容し難い、美しさを持つ声を響かせる歌姫を見てみる。
彼女は、笑っていた。
幸せに満ち溢れた笑顔といっても、過言ではなかった。
やがて歌が止むと、観客達はうずらに盛大な拍手を送った。


「本当に今日はありがとう」
「俺達こそ、ライヴの招待、ありがとな!」
「とても素敵だったよ」
「えへへ。そう言ってもらえると、嬉しいなあ」
「うずらさーん。そろそろ行きますよー」
「あっ、はーい! そうだ! これ私の携帯のメアドなんだけど……」
「え、いいの!?」
「うん! また休み出たら、電話するね! じゃあ!」
「……行っちゃった」
「〜〜〜っ、わぁーーーー!!!」
「!? な、何だよいきなり!」
「いやあ、ホント夢なら覚めたくないぐらい、幸せだったな〜ってさ」
「ははは……」


《歌姫》


(それにしても……)
(あの歌声聞いてたら、疲れが無くなったような……)
(………まさかな)

889紅麗:2013/07/31(水) 01:11:45
これで「目覚めた能力者系列」でのフミヤ達の冒険(?)は終了となります。
お借りしたのは思兼さんより「御坂 成見」「巴 静葉」「橋元 亮」「アリス」十字メシアさんより「葛城 袖子」スゴロクさんより「マナ」
名前のみSAKINOさんより「カクマ」(六×・)さんより「凪」でした。
自宅からは「フミヤ」「高嶺 利央兎」「榛名 有依」です。

「さい、ぼーぐ…」

フミヤがぴしり、と硬直する。

「サイボーグ?!」

そして、隣にいた袖子が大きな声を上げた。

「え、えぇ?!サイボーグだったの!」
「確か君は…隣のクラスの」

その会話を聞いて、フミヤが二人の間に割って入る。その瞳は宝石のようにきらきらと輝いていた。

「ちょっと、待って。袖子、この人知ってるの」
「知っているというかなんというか…隣のクラスの子なんだよ」
「なんで『サイボーグがいる』って教えてくれなかったのさ!」
「あんた今の話聞いてた?!うちだって今初めて知ってびっくりしてんだよ!」

こんな美人がいたら誰だっておっかけるだろ!
あのね、うちはお前の部下でもなんでもないんだぞ!

ぎゃあぎゃあと再び口論を始める二人を、サイボーグ――アリスが宥める。

「二人とも、今はそんなことをしている場合じゃあない」

そうして、アリスは自分達を睨みつけているあの影の猫と視線を交わらせた。
猫はぐるるる、と低い唸り声を上げて姿勢を低くした。下がっていて、とアリスは静葉を始めとするその場にいた全員に向かって声をかける。



「…お待たせ。さぁ、君の相手は僕だ。」



―――瞬間、アリスの姿が消えた。


飛び出すタイミングを失った猫はぴくり、と小さく体を動かすだけだ。
そして、体勢を立て直すことも出来ずに猫の体は木に叩きつけられて消滅する。

…もしあの猫に意思というものが存在するのならば、きっと自分が「消えた」ということに気付いていないだろう。
それぐらい勝負はあっという間だった。少し大げさかもしれないが、まさに「瞬きをしている間に」と言ったところであろうか。
あのサイボーグ少女のアリスは、尋常でないスピードで猫に近付き、そしてとんでもない腕力で猫を殴り飛ばしたのだ。
流石はサイボーグと言ったところだろうか。プロボクサーもビックリな力だ。

「…勝った、か?」
「――イイヤ、まだみたい。狡賢い奴等だね」

890紅麗:2013/07/31(水) 01:12:42
樹の陰から二匹の影の猫が出てきた。おそらく、隙を突いて静葉たちに襲い掛かる魂胆だったのだろう。
アリスは目を閉じ一つ深い溜め息をつく。そして、開かれた両眼は紫色に変化していた。
二匹の猫はじりじりと距離を詰めてくる。少女は顔色を変えずに言った。

「何匹で来たって同じさ。―――静葉達は、僕が守る」

二匹の猫が跳ぶ。一匹の爪での攻撃を素早く避け、飛び掛ってきていた猫に敢えて自分から近付いてやる。無防備なその腹に叩き込まれる拳。
ぱん、という音と共に猫が消滅した。しかし、休む暇なく、

「…後ろよ!」

マナの声に応えるように後ろからの奇襲を宙返りで軽々と避ける。周囲から羨望の眼差しを浴びている美しい濃青の髪が、宙で美しく輝き揺れた。
猫の後ろを取った少女は、振り返る隙も与えずに強烈な足蹴りを――食らわせる。人間が食らったら一発で病院送りなのではないか、そんなことを思わせる程の威力だ。

…まるで、新体操の華麗な演技をみているかのようだった。思わず拍手を送りたくなるような鮮やかさ。

「終わった、みたいだね」

すぅっと少女の瞳が元の色へ戻っていく。振り返り、後ろにいた人々に微笑みながら言った。

「安心して。もう、大丈夫」
「すまない、アリス…助かった」

その場の緊張の糸がぷつんと切れる。近くにあった樹の色も、元の色を取り戻しつつある中静葉達は一斉にアリスへと駆け寄る。
袖子に背負われている成見も、先程よりは顔色もよくなりどこか安心したような表情を浮かべている。

「アリス、いつ見ても凄いね!」
「すっげー!すげぇすげぇ!何今の!?キミもしかして戦闘得意なの?!戦闘のプロ?!」
「得意ではないよ、走ることの方が得意」
「あああ!真面目に答えなくていいよ、こいつの質問なんか」

危険から開放されたことが嬉しいのか、亮が両腕を上げて喜び。フミヤが手帳に何かを書き殴りながらアリスに顔を近づける。
小首を傾げながらも淡々と問いに答えていくアリス。それを慌てて止める袖子。…中々シュールではあるが、和やかな空気が流れていた。
その中で、亮がちょっとした疑問を口にした。

「そういえば、アリス。よくここまでこれたね」
「…どういうこと?」
「僕ら、ここから抜け出そうとしてたんだけど、いくらやっても同じ場所に戻されてたんだ。
外から中に入ってくる分には、平気だったのかな」

その言葉にはっとマナが顔を上げる。そして、何も言わず森の中へと走り去っていった。
青色の少女が戻ってくることはなく、足音も段々と遠くなっていった。

「ちょ、ちょっとマナさん?!」
「あーらーま、行っちゃった。けど、これでループが解けたことが証明されたね。追いかけてみようか。心配だしさ」
「……お前はこの先に何があるのか気になるだけだろ」
「あらら、どーやらおれの性格がわかってきたみたいだね、静葉ちゃん」
「黙れ」

891紅麗:2013/07/31(水) 01:14:02
「わーお、こりゃあ」
「………!」

森の奥に辿り着いた六人。彼らが見たものは、眩しいほどの光を放つ大樹と泉だった。
そして少し遠くにはマナと、どこかで見たことのある人物達の姿。「あ」とアリスと袖子が同時に声をあげた。

「凪とユウイだ」
「……カクマ?それから、リオト」
「なんだ、知り合いか?」

静葉が二人に問いかける。二人が再び同時に縦に頷いた。

「僕のクラスメートが二人、それから、袖子さんのクラスメートも二人、かな?」
「う、うん。どうしてあの人たちがこんなところにいるんだろ」

マナがユウイの頬をぺちりと叩くのが見えた。どうやら、マナが心配している「友達」とは彼女のことだったらしい。
六人の方を向き、感謝の意を込めた小さな礼をした。

「…きっと、彼らにも何かあったんだ。でも、それも落ち着いたみたいだね。
―――彼らのことは、あの青い子に任せておけば大丈夫だと僕は思うよ」
「…と、いうわけでフミヤ。いっちゃダメだからね」
「ふぇい」

自分の考えを軽がると先読みされて、少し落ち込んでるようだ。
彼らのことはマナに任せ、一同は再び大樹を見上げた。首が痛くなるが、いつまで見ていても飽きない。

「一時はどうなることかと思ったが。まぁ…来て、良かったかもしれないな」
「……」
成見は、袖子に「もう大丈夫、ありがとう」と静かに告げると、ゆっくりと地面に降り立った。
――よし、大丈夫だ、もう体の震えも止まった。そうして、自分も顔を上に上げ、大樹を眺めてみる。


浮かんできたのは、"最後"まで笑顔だった、あの子の姿。


―――あいつにも"これ"、みせてあげたかったな。



―――・―――・―――


「さー!皆さんお疲れ様!ほーんと、お疲れ様っ」
「なんでそんな軽いノリなんだよ。下手したら死んでたんだぞ!」

森の外へと出た一同。
ぱぁん、とフミヤの頭が袖子に殴られる。フミヤはてへぺろ、とムカつくような笑顔と共に舌を出した。
その場にいた全員が殴りたいと思ったと思う。

「まぁまぁ、みんな無事に帰ってこれたんだからいーじゃない。ね、静葉!」
「………まぁ」

「でも、みんなを危険な目に合わせたのは本当に悪かったと思うよ。その、ごめん」

ぺこり、とフミヤが頭を下げる。そんな彼の姿に袖子は驚愕した。
彼が頭を下げる姿なんて滅多に見たことがなかったからだ。少し見直した。




「でも、たのしかったでしょ」



…前言撤回。やっぱりこいつダメだ。



「ヒジョーに残念なことに、キミ達とはここでお別れになるけど…また何か不思議なことがあったら呼んでよ!すぐに駆けつけるからさっ」

ぴょん、と静葉の前までくると、彼女の手に何かを握らせた。手帳の切れ端だ。
フミヤの名前、それから電話番が切れ端に記入してあった。

「……機会が、あればな」
「わぁい、やったー!」

子供のように両手を上げるフミヤ。静葉は切れ端を丸めてポケットに突っ込む。
フミヤはそんな彼女の様子に苦笑いしながら両手を下ろし、今度は右の片手だけ顔の位置まで上げた。


「楽しかったよ。また会えればいいね」
「…俺はごめんだな。お前といるとロクな目に合わん」
「そんなこと言わずにさ…今日はありがとう、じゃあ、また会えるときまで。シリウスの団長さん?」
「…そんなことまで聞いていたのか」
「おれの聴力と記憶力なめてもらっちゃあこまりますよ」




ぱしん、と手と手の重なる音がした。

892紅麗:2013/07/31(水) 01:15:49
空がオレンジ色に染まる頃。二人の男女の影が道に伸びていた。

「袖子、おれは決めました」
「何を?」
「おれはあの子達を調べ尽くしてやる!」
「…は?な、なんでそんなこと」
「『興味を持っちゃったから』。これに尽きるよ!――あぁもちろんおれが手に入れた情報は悪用なんかしないよ?どっかのだれかさんに売ったりとかね。
おれが個人的に楽しむだけ!こんな人もいるんだーって、ネ。だからどっかのマンガみたいに
「あの子達をわざと危険な目にあわせるー」とかそんなこともしないよ!純粋にあの子達が気になるんだ!」


「…あのさ、フミヤ」
「はいな」
「今更なんだけどさ」
「はい」
「やっぱあんた真性の変人ストーカーだわ」









それから、数日後。


「あれ」
「どうした、亮」
「いや、このマンガさ… 僕達この前フミヤさん達と「色のない森」へ行ったろ?それに似てるなぁって思って」
「…意味がわからん、見せてみろ」

――不思議な力を持つ少年少女達、彼らは不気味な洞窟へと迷い込み、怪物と戦うことになる――


――大ピンチの中、彼らの前に現れたのは素晴らしい美貌を持つ少女で――


そこで、静葉はマンガを閉じた。

「―――まさかな」
「―――うん、まさか、ね」
「こんな話のマンガはいくらでもあるだろ」
「そうだよね」


「………まさか、な」
「………まさか、ね」



二人の頭の中で、あの赤いパーカーを着た男が、にやにやとした笑いを浮かべていた。




重なった影

893紅麗:2013/07/31(水) 01:57:54
やっと決着がつきました…。かなり急ぎ足ですが。
お借りしたのは、名前のみ込みで(六x・) さんより「凪」SAKINOさんより「カクマ」樹アキさんより「ミチル」
スゴロクさんより「火波 アオイ」「火波 スザク」「夜波 マナ」
しらにゅいさんより「トキコ」サトさんより「スイネ」でした!ありがとうございました。
自宅からは「榛名 有依」「高嶺 利央兎」「榛名 譲」「ハーディ」「ミハル」「ミユ」でした。


「う……ぐ…、げぇッ…」
「…!ユウイ!」


幾度かの咳を繰り返した後、苦しみに負けずにユウイは立ち上がった。
骨一本ぐらい折れてそう、そんなことを思うが悲鳴を上げる体を無理矢理起こす。
ハーディはユウイが立ち上がったのを見ると顔色を変えて彼女に駆け寄った。猫はユウイが立ち上がったことに驚き警戒して動きを止めている。
もう少しすれば、猫達はユウイを殺すために一斉に飛び掛ってくるだろう。話すチャンスはここだけ。そう思ったユウイはハーディの腕を引きその顔を見てはっきりと告げる。

「ごめん」
「―――え」

ハーディは目を丸くした。最初は、「アタシが倒れている間に迷惑をかけた」そういった意味の「ごめん」なのだろうと思ったのだ。
そんなこと気にしていないという意味を込めてハーディは首を横に振る。だけど、今度はユウイが「違うんだ」と同じように首を横に振った。

「あんたが探してた「おんなのことおとこのこ」っていうのは、きっとアタシとゆーちゃ…ユズリのことだ。
どうして忘れてたんだろう、こんな大事なこと。アタシ達は、ほんとうに、ほんとうに小さいときアンタに会ったことがあるんだ!姿も話し方も違うけど…。
『ミハル』さんに会って話をして気付いた。思い出したよ。だから、『忘れてて、ごめん―――ヤハトさん』…!」

ハーディは、ユウイに腕を掴まれたまま動かなかった。猫三匹はその間にもじりじりと距離を詰めてくる。
ユウイはもう一度、ごめんと呟くように言った後ハーディから離れ、落とした木刀を拾い上げて猫三匹を一瞥した。

(大丈夫だ、あの猫は叩くだけで消える。三匹だが、落ち着いて倒せばアタシでも勝てる!)

木刀を握る手に力が篭る。ハーディはあんなにぼろぼろになるまで戦い続けていてくれたのだ。
今度は、自分がハーディを守る番だ。

一歩。
また一歩と猫は二人に近付いてくる。それと共に、ユウイも木刀を構える。
さぁ、駆け出そう。


駆け出して、飛びついて、その喉笛に食らい付いてやろう


――と、猫もユウイも同時に思った、その時だった。


突如としてユウイの背後にあった「何か」が金色に輝いた。ユウイも猫も動きを止める。
なんだ?とユウイが振り返ったときには、眩く輝く「それ」は既にユウイの真横を通り過ぎていた。
力強い咆哮が辺りに響き渡り、金色が猫の喉元へ―――喰らい付いた。


ユウイは、「それ」が何であるのか、もうわかっていた。そして、その美しさに微かに高揚する。
頭の中にあったパズルに、最後のピースがはめ込まれ、音をたてて崩れたような気がした。
あの輝きを、自分は知っている。記憶の奥深くから引っ張り出されてきたものと「それ」は同じものだった。
そうだ、あの輝きは、幼き日に自分が見た。


「……ひつじ、さん……」

894紅麗:2013/07/31(水) 01:59:07
その言葉に答えるように、黄金は口を空へ向け、再び咆哮。ユウイはその場から動くことが出来なかった。
それは、猫もミユも、同じだった。あまりの神々しさに、その場にいる全員が圧倒されていた。
揺れて、その度に色を変える柔らかそうな体毛。鋭く輝く黄色の瞳。大きく巻かれた角。美しく長く伸びた四の脚。
「ひつじ」とユウイは言ったが、あまりに神々しい雰囲気を醸し出しているそれは「ひつじに限りなく近い、違った何か」のような気もする。
猫もミユも驚きで固まっている。その中、その「ひつじさん」だけはユウイの方を向いて、たたんっ、と軽やかな身のこなしで彼女に近付いた。

「ひつじさん―――ハーディさん、やはと、さん…」
『お互い話したいことはたくさんあるが――話は後だ。今は、彼女を………そうだろ?』
「――あぁ、そうだった」

口を閉じる。出かけた言葉を必死に呑み込んだ。
そうして、人と黄金は同時にミユに向き直る。猫とミユはやっと我に返り、ミユの顔には明らかに焦りの色が見えた。

「は…はやく、はやくあいつらを殺して!!」

悲鳴にも似たようなその声で、ミユは猫に命令を下す。
残った猫三匹は弾かれた様にその体を動かした。

『ユウイ、私に乗れ!』
「で、でも」
『いいから!ばらばらで戦うよりも…この方が安全だ』
「――わかった、頼む!」

ユウイは「ひつじさん」――ハーディ――いや、『ヤハト』に飛び乗ると、眩しさにおもわずぎゅっと両目を閉じた。自分の体が金色に輝いているのがわかる。
そして、体全体が痺れる様なこの感覚。それさえも、ユウイは知っていた。確か、自分は、あの時、バンソウコウなんか貼ってあげたんだっけ…?

黄金が、駆ける。振り落とされようになったが、彼の角を強く掴みそれに耐える。
同時に幼い頃の記憶がどっと流れ込んでくるような錯覚に陥った。
主人には近付かせまい、と前方に猫が立ち塞がり大きな口を開いて飛び掛ってくる。
それでも『ヤハト』はスピードを緩めない。ユウイは木刀を片手で持ち胸を張った。


お互いの距離は急速に縮まる。二つの口は、もう目の前まで迫っていた。
血が出そうになるぐらいに歯をくいしばり。そのまま石になってしまうのではないかというほどに木刀を力強く握り締め。


『「邪魔だぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああアアアアアアッッ!」』


―――力の限り、叫んだ。

木刀での攻撃を受けた猫二匹は、悲鳴をあげることもなく光と化して消滅した。同時にあたりに浮かんでいたシャボン玉が爆発を起こし、水晶の花火が後方にいた最後の一匹を貫く。
そのままミユに突っ込む――ことはなく『ヤハト』は素早い動きで後ろに下がり、ミユとの距離をとる。
あれだけ増殖していた猫は一匹残らず消え、もう襲ってくる気配も感じられなくなっていた。
安心しお互いに荒い息を整えた。残るは―― 一人。


親友、ミユのみだ。


ミユは二人の視線に気がついて恐怖しているのか、それともいくら念じても猫がやってこないことに焦っているのか、顔を真っ青にしながら後ずさる。
体を守るように両腕は胸の前へと構えられ、涙こそ出ていないが、目は見たこともないほどに見開かれていた。

「いやよ…そんな、うそよ…!」
「……ミユ」
「いや…いや、いや!イヤ!イヤ!うるさい!!こないでよ!こっちに、くるなぁああああアアアッ!!」」

強い拒絶の言葉がユウイに突き刺さる。その叫びに応える様に、ミユを中心として円状に、草が急激に天空へ向かって伸び始める。
それはまた、ユウイとミユを阻む壁となっていった。

「くっ……」
『どうする、ユウイ!』

今飛び込めば間に合って中に入れるかもしれない。…けれど、下手をすればここで命を落とすかもしれない。
伸びる植物に首を絞められて、骨を折られて――。







それがどうした。








「もしも」とか、そんな考えは馬鹿馬鹿しい。




「決まってる。――真っ直ぐ突き抜けるぞッ!!」
『ふっ…はっ!お前なら、そう言うと思った!』

895紅麗:2013/07/31(水) 02:01:40

ヤハトの体から無数のシャボン玉が生まれた。シャボン玉は素早く草の壁に向かっていき、触れて、爆発。
爆発が落ち着くと少し小さいが草の壁に穴が生じていた。ヤハトは大きく飛躍し迷いもなく穴に二人は飛び込む。
伸びた草がユウイの腕に、手首に。ヤハトの脚に絡みつく。
しかしそれと同じぐらい、ぶちぶちと草の千切れる音、激しい爆発音が聞こえる。それを聞く度に、前へ進めた。
少しずつだけど、前へ、前へと。


(たしかに、アタシは一度死んで――わけのわからない能力を手に入れた)


それでも、と。ユウイは無意識ながら口を動かしていた。

「でも、アタシだ。化け物と言われても、死人と言われても、アタシはアタシだ。アタシはここにいる。
アタシは、人間の心を失ってなんかいない!
リオトに、凪、ユズリ、アオイ、スザク、マナ、トキコ、スイネ――友達の為にも、アタシはまだ死ぬことはできない!二度も死んで、たまるか!


この世界に生まれて、この世界に生きている。―――アタシは…、一人の人間!榛名有依だぁああああああッッ!」









瞬間。視界が開けた。



下方でミユが「ひっ…」と恐怖で声を上げるのがわかった。
そして、驚いたことにユウイがハーディ、基ヤハトの上で立ち上がり―――そして、飛び降りた。
ヤハトはぎょっとして彼女を救おうとするが、そう思ったときにはもう既にユウイの体は地面に激突し、ごろごろと激しくローリングする。
きっとかっこよく着地して親友の、ミユの前に現れたかったのだろう。だけど、現実はそこまで優しくありません。
せっかく台詞は格好良く決めたのに。少し滑稽だ、と思ったことは彼女には内緒にしておこう。

「い"ーーー!いててて腰いて…!」
「あ、あんた、何してっ」

先程まで握り締めていた木刀は飛んだ拍子に手放してしまったのか、かなり遠くの方でぽつりと落とされており。
ユウイは腰を片手で押さえながらふらふらと立ち上がる。『親友』のその様子に、ミユは無意識に足を動かしていた。
黒髪ツリ目の少女――榛名 有依は顔を上げてミユの顔を見た。その顔には、何かをやり切って満足している様な笑顔が。

「ッ、助けに来たよ、ミユ!」
「何を、言って…!」

言っている意味が。わからなかった。
先程、「殺してやる」と言っていた人の前で、どうしてこの人は笑顔を浮かべているのだろう。

「あんた、さっきからずっと辛そうな顔してるよ」
「な…! …そんな、そんな…馬鹿なこと…」
「…『自分のしている表情は、自分では中々分かりにくいもの』だよ。…ねぇ、お願い、もう」





――…泣かないで…――

896紅麗:2013/07/31(水) 02:02:16
時が、止まったかのようだった。

ぱらぱらぱらぱらと。地面に何かが落ちる。
ミユは、自分の手の平を眺めるでもなく眺めていた。

ぱらぱらぱらぱらと。今度は手のひらに雫が落ちてきた。


ユウイはそんな彼女の手を両手で包もうとする。が、するっとミユの手をすり抜けてしまった。
―――そうだ、そうだった。彼女は「幽霊」なのだ。本来ならこの世にもう存在しない人物。
とめどなく涙を流し続ける親友。彼女をこの手で、腕で抱きしめられないことが悔しくて、ユウイは下唇を噛んだ。

「わたし、わたしはっ…ああぁ…」
「いいの、もう、いいの。…ありがとう」

とうとう、両手で顔を覆い、座り込んでしまったミユ。
ユウイもその場に膝を付いてゆっくりと首を横に振った。

「ミユは、アタシのこと信じたくて信じたくて仕方なかったんだよね、でもそれと同じぐらい大きな不安があった。気付いてあげられなくて、ごめん」
「わたし、わたし、なんてことっ… ごめんなさい、ごめんなさい…!」

「こんな形ではあったけど…アンタに会えて、よかった。ずっとアンタのことが頭から離れなかったんだ」


もう一度、ミユに触れられないかと思い、手を彼女の肩に伸ばしてみる。――手は、肩をすり抜けて宙を掴むだけだった。


「怒って、ないの…?」
「怒ってないよ。ずっと、どうして助けてあげられなかったんだろうって、後悔してた。
―――もっと、アンタと色んなところに遊びに行って、笑い合いたかった」
「ユウイ……こんなことしておいて、言える立場じゃないけど、調子のいい奴と思うかもしれないけど。
私も、私もまだ貴方と一緒にいたかった…!どうして、貴方を信じられなかったんだろう…」
「もういいって!えへへ、これでやぁーっと仲直りだ」

その場の暗い雰囲気に耐えられず、ユウイは歯を見せて笑った。その笑顔につられて、ミユもやっと笑顔を見せる。
先程の、殺気が篭っていた瞳はもうどこにもなかった。

「ユウイは、凄いね」
「どうして」
「ううん、なんとなく」
「なんだそれ、わけわかんねー」

どさっ、と尻を地面に付けてミユの隣に座る。少々勢いを付けすぎたのか、振動が体中の傷に響いて痛かった。
けれど。親友と話が出来る喜びの方が、遥かに大きかった。

「で、さ。近くにすっごいかわいいお菓子屋さんがあって」
「へー、いいなぁっ。私も見てみたい」
「あ、じゃあさ、今度一緒に行こうよ!マカロンが美味しいらしいんだ」
「そういえば―――は、元気?」
「あぁ、最近あんまり喋ってないけど…元気だよ、部活でよく走ってるのを見かけるな」

ミユが幽霊、ということも忘れ、昔話や友人の話、二人では訪れたことのない店の話に花を咲かせた。
もうこの子と遊ぶことはないだろう、そんなことはわかっていた。それでも、二人にとっては甘美な時間だった。

「アタシ、やっぱり数学がだめでさぁ」
「数学なんて、簡単よ。公式覚えて、とにかく問題を解く!そうすれば問題のパターンが見えてきてすらすら解けるようになるわよ」
「…解くしかない。うん、ミユがそういうなら、頑張ってみるよ」
「応援してるね」

段々と薄くなっていくミユを見ていられず、体に触れることの出来ない悔しさで拳を握り締めながら、ユウイは下を向いた。
何かを話そうとするが、目が、鼻が、頭が、熱くなって「アタシは」「アタシは」と同じ言葉しか出てきてくれない。
じわり、と視界が滲んでいく。それが涙だとわかり、ユウイは再び前を向いた。親友の前で情けない顔は見せられない。



「………アタシは忘れない」



「ミユと過ごした日々を、絶対に、忘れないから。
だから、だからミユも…アタシのことを忘れないでいて」


とん、と自分の左胸を叩く。


「さよならなんて言わないぜ。ずっと一緒だ」


もう殆ど、ミユの姿は見えなかった。


「――ありがとう、わたしの、たった一人の…親友」


だけど、彼女の可愛らしい笑顔が、最後に見えた、気がした。

897紅麗:2013/07/31(水) 02:04:35

『もう、いいのか』
「…過ぎたことを振り返る暇なんてない。アタシは立ち止まらない。前に進み続けるよ」
『そうか……』

ざぁっ、と。風が吹く。

『君は、昔から変わらないな。人を思いやることができる、優しい子だ』
「……久しぶり。本当に…ハーディ、えっと、ヤハト、さん」
『…ハーディでいいさ。そのほうが慣れてるだろ』


『ミユ』が消滅したことで、森は本来の姿を取り戻しつつあった。


風が吹いて、木の葉が揺れ、鳥は囀り、空は青い。
円状になっていた草の壁も、徐々に元の大きさへと戻っていった。


「見せたかったのは、この景色だったんだね」
『あぁ、これが戻ってきたのも、君達のおかげだ』


そして一際美しく目立っていたのが、あの大樹。
大樹の葉は透き通るような水色。光の当たり方によって色が変わる様子は、言語に絶するものだった。
そして大樹の周りには赤、黄、水、緑の様々な色の光が。まるで妖精が飛び回っているかのようだ。
大樹を囲うように存在している泉も、飲めば若返るとか、浴びれば病気にならないとか、そんな伝説が生まれそうなほど水が透き通っていた。


「ねぇ、」


そんな景色を見ながら、ユウイが彼に問うた。




「アタシは、「ヤハト」さんを救えたかな?」




『―――あぁ、救えたさ』



そう言うとハーディは、それはそれは幸せそうに笑った。






――――・――――・――――


「ユウイーーーーっ!」

酷く、懐かしい声が聞こえた。
別れてからそこまで時間は経ってないはずなのに、しぜんと涙腺が緩む。
ユウイは立ち上がると、すぐさま彼らのもとへと走り出した。

「みんな―――!!」

擦り傷だらけでぼろぼろな凪に、ユズリ。
そして余裕そうな表情のカクマに肩を借りて歩いてくるリオト。

ユウイは涙を必死にこらえながら、抱きついた。




―――リオトに。






「よかった……みんな、無事でよかった…!!」
「……ゆ…―――!!」

ユウイは何も考えず、リオトを抱きしめる力を強めた。
…リオトはと言えば。一瞬何が起きたか分からないような顔をしていたが、きょろきょろと目を動かし、やがて顔を真っ赤にして項垂れた。
あーあー、と凪がユウイに制止の言葉をかける。

「それぐらいにしとけ、またリオトが気絶してしまうのだよ」
「あ、ご、ごめん…」

ユウイがリオトから離れると、後ろから笑い声が聞こえた。

『やはり、人間はおもしろいな』
「…………!」

『ヤハト』の登場に、一番驚いていたのはユズリだった。
目を大きく開いて。ただ一点。『ヤハト』だけを見つめる。
そして、突如駆け出したかと思うと―――


――これ以上は、ユズリが恥ずかしがるので止めておこう。

898紅麗:2013/07/31(水) 02:06:20
「ユウイ」

騒ぎが一段落し、皆で美しい景色を眺めていた時、名前を呼ばれた。最初は凪が呼んだのかと思い、凪の方を見て首を傾げたが、凪も同じように首を傾げるだけだった。
……続いて、横に目をやると、見覚えのあるあの青髪の少女が。

「―――マナ!」

マナは何も答えず、すたすたと静かにユウイに歩み寄った。
その無機質な瞳からは相変わらず何も感情が読み取れないが、少し怒っている…ような気がする。

「どうして、何も相談してくれなかったの」
「……」
「あなたの味方。そう言ったはず、私は。…もしかしたら、死んでいたかもしれない」
「…ごめん。また、迷惑をかけると思って…」

そこまで言うと、マナがぺちん、とユウイの頬を撫でるように叩いた。
リオトが動き出そうとするのを、カクマががっしりと抑えた。

「そんなこと、気にしなくていい」
「でも…」
「知らないところで、壊れるほうがよっぽど迷惑。だから……」

そこで、言葉が途切れた。マナが目を伏せる。
そんな彼女に、ユウイは小さな声で「ありがとう」と告げた。

何かを聞いたのか、ハーディの体がぴくり、と動いた。

『みんな、そろそろ此処から離れたほうがいい。…自由を失いたくなければね』
「…きてるの?アースセイバーが」
『あぁ、すこし派手にやりすぎたな。爆発音やらを聞きつけて、こっちに向かってる最中だ』

二人の言っていることはユウイにはよく理解できなかったが、どうやらそろそろお別れの時間らしい。
鬣を靡かせながらハーディがユウイに向き直る。

『…ミハルは、君を信じた。私も、君を信じたからこそ願いを叶えることが出来た。
私は、信じよう。人の強さを。生まれてきた意味を忘れるなよ、ユウイ』
「…ハーディさん」
『…強く、生きろ』

そう言うと、ハーディはユウイの手に何かを握らせる。
…虹色に輝く石が綺麗な、ブレスレットだった。

「…これは?」
『ミハルが持っていたものだ。…君に持っていてもらいたいんだ。その方が、ミハルも喜ぶだろう』

自分に授けられたブレスレットを、ユウイはじっと見つめる。
そして、言葉はないがハーディの目を見ながらゆっくりと頷いた。

『よし、はやく行くんだ』
「行きましょう、私についてきて」

マナを先頭に、凪やカクマが走り出す。
ユズリは、ハーディの首に腕を回しふかふかの毛にもふっと顔を埋め、ぎゅっと抱きついた後それに続いた。

その場に残ったのはユウイとハーディ。

「ありがとう、ハーディさん」
『礼を言うのはこっちの方だ。……また、辛くなったら此処に来い』
「うん、また…いつか、必ず」


ブレスレットを握り締めると、ユウイはハーディに背を向けて走り出した。







《愛してるわ、ヤハ、ト 貴方に会えて、よかった……》






『――あぁ、…私もだよ、ミハル』


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