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食るようです

1名も無きAAのようです:2015/09/01(火) 23:27:37 ID:nzAw85Ys0
世の中には変わった建物が多い。
現在僕の通っている大学なんかその最たるものだったという。
一部のマニアでは熱狂的な人気を持つらしい建築家が手掛けた教室棟の数々は、よく映画やドラマなんかの撮影場所にもなったのだそうだ。
とはいえ素晴らしい建物にも老朽化はやってくる。
僕が入学した頃、まさに工事の真っ最中ですあった。
一部の学生、特にデザイン学科からは元のデザインを尊重した作りにして欲しいという要望も出ていたようだが、それが受け入れられたかどうかは定かではない。
ただ新しく出来上がった建物を見る限り、その意見を汲んでもらえたようには思えなかった。
とにもかくにも僕の大学生活の始まりといえば、灰色の養生シートとキンキンうるさい金属音で彩られることとなった。

日府大学は、とにかく辺鄙なところだった。
元が山だったせいで急な坂道だの階段だのがあちこちにあるし、馬鹿みたいに広いので移動にも時間がかかった。
加えて今までの教室棟は鮮やかな、悪く言えば気違い染みた彩色をしていたものがみんな布に覆われて見分けがつかなかった。
学内に林が点在するせいで見通しが悪かったせいもあり、上級生に場所を聞いても一緒に迷子になってしまうことが多々あった。
知らない人に話せば馬鹿げた話だと思われるだろう。
僕だってそう思っていた。
だけど最初からそういうものだと思っていたら、急激な変化に対応できないのかもしれない、とも思った。

さて前置きは長くなったが、唯一改修工事を免れた棟があった。
三号館こと、「ミカン」と呼ばれている教室棟だ。
あまり目に優しくない黄緑色の屋根と、ベージュが混ざったような橙色の壁が「ミカン」の特徴であった。
一階のロビーには売店とソファーがずらりと並んでいる。
昼休みになると近くの棟から学生たちが押し寄せてきて、ロビーは地獄絵図と化すのが恒例であった。
二階には自習室が、三階と四階には小さい教室が四つずつ作られていて、よくゼミの発表や話し合いなんかに使われているらしい。
まぁそれも昼休みになったら関係ないのだが。
ところで三階のトイレの近くにはもう一つ階段が存在する。
「立ち入り禁止」の札がチェーンでぶら下げられているそこは、きっと屋上に続いているのだろうと今まで興味を持ったことがなかった。
そう、今までは。

125名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:11:00 ID:9KC/0GIY0
とはいえそんなに乗り気ではなかったので、こうして脱線してしまったのだが……。

(-_-)(レポート、レポート!)

うっかり想像してしまった青白い裸を消すように、僕は検索タブを消去した。
代わりに書きかけのレポートを呼び出した。
今から書こうとしているのは臨床心理学のレポートであった。
僕は正直この授業があまり得意ではなかった。
というのも今やっているところが、非常に曖昧で複数の意味を孕む「解離」という分野だからである。

解離。
自分らしさが分かたれてしまう状態だ、と教授は話していた。
自分らしさというのがまた厄介だ。
それは記憶であり、感情であり、知覚であり、意図であり、思考でもあり、とにかく色々な要素が組み合わさって出来ているものだ。
僕たちは当たり前のように自分らしさというものを手にしているし、意識しないで生活している。

(-_-)(こんな範囲の広い話をレポートで纏めろなんて無理があるよな)

思わず毒づきながら僕は教科書やレジュメを読み進める。

仰々しく纏めると解離というのはとても難しい現象のように思えるけども、実は案外普遍的にそれは起こっている。
例えば授業中にテロリストがやって来てそれと渡り合う妄想に耽っていたらいつの間にか授業が終わっていたとか。
大事な人が事故に遭って死んでしまったことを知った時、まるで他人事のように感じてしまったとか。
実際に鍵を閉めたのか、それとも鍵を閉めようかなと考えていただけなのかわからなくなったとか。
映画を見るのに夢中でポップコーンをブーンに全部食べられているのに気付かなかったとか。
だけどそれをわざわざ解離していたとは呼ばない。
没頭とか無我夢中とか、そういう言葉で置き換えられてしまう。
こうして授業を受けるまで、それが解離の一種だったことにすら僕は知らなかったのだ。

126名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:11:59 ID:9KC/0GIY0
そもそも解離という言葉で思い浮かべるのは……、

(-_-)(障害となる段階は、と)

解離性同一性障害、いわゆる多重人格だ。
一番重篤で、珍しい障害。
虐待などのショックを自分ではなく他人が受けたものだと記憶が分断され、それに伴って人格が分離してしまう症状が特徴である。
ビリー・ミリガンの本を読んだことで心理学に興味を持った僕にとって、少しだけ特別な思いを抱いてしまう障害だった。
とはいえその存在については学者の中でも賛否両論であった。
実際ブーンも実在しないのでは、と否定していたことを思い出した。

( ^ω^)『だってお、ヒッキー。症例に出てくる副人格が厨二病もいいところじゃんかお』

(-_-)『そうかぁー?』

( ^ω^)『猫になっちゃうとか、超能力使いとか、好きな人を殺したくて堪らなくなるとか、リアリティーないじゃんかお。後者に関しては空の境界かよって思っちゃったお』

(-_-)『うーん……』

( ^ω^)『嫌な記憶がすっぽり抜け落ちるっていうのはまあ分かるけど、それが副人格になるなんて僕はちょっと信じられないんだお』

たしかにブーンの言うことも分かる。
症例を見るとそこに飛び出してくる副人格は時々常軌を逸したものや、妄想の過ぎるものが多々ある。
だけど、現実に耐え難い苦痛しかないのなら、そこから遠く離れた空想の世界に入り浸るのはごく普通のことだと思うのだ。
ましてそれが子供のうちに体験したのなら、アニメや漫画を模倣した人格がいたっておかしくないのだと、

(;-_-)「!」

カタン、と、音がした。

127名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:13:30 ID:9KC/0GIY0
扉と一体化している郵便受けに、何かが投げ込まれた音。
画面の隅に表示されていた時計に目を向ける。
二十六時過ぎ。
こんな時間から働いている郵便屋なんかいるわけがない。

(-_-)「はぁ……」

とため息を吐いて、僕はゆっくり玄関へと向かった。
足音を立ててはいけない。
誰が何を入れたのかは分かっているのだ。
だけどこの時間に来るのは流石に初めてであった。

(-_-)(静かに、静かに)

床に落ちていたのは、やはり予想していた通り水色の封筒であった。
差出人の名前はない。
宛名もない。
早く読んで欲しいのか、封筒の口は糊付けされていなかった。

(-_-)(まだ外にいるんだろうなぁ……)

憂鬱な気分になりながら、僕は再びパソコンへと戻った。
もちろんその手紙をゴミ箱に入れるのを忘れずに。

128名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:14:58 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「何しているんだ、まったく」

ソファーに寝転ぶモララーに向かって、素直は呆れたようにそう言った。

( ・∀・)「まあちょっとな」

川 ゚ -゚)「退け」

言葉では怒っているものの、素直の顔は少し綻んでいた。
モララーは嬉しそうに笑い、それから素直の裸体に目を向けた。

( ・∀・)「相変わらずすげえ痕だな」

川 ゚ -゚)「仕方がない、顔に傷が残っていないだけでも幸いだ」

( ・∀・)ひでえよな、お前の親は」

川 ゚ -゚)「血の繋がりがないのだから仕方ないだろう。本当の両親とは逸れてしまったのだから」

( ・∀・)「…………」

素直の言葉にモララーは押し黙った。
その表情は複雑なもので、素直にはどうしてそんな顔をするのか見当がつかなかった。

川 ゚ -゚)「義理の子供に虐待を加える親なんていくらでもいるだろう?」

( ・∀・)「実の子供に危害加える親だっているぞ」

川 ゚ -゚)「言うと思った」

( ・∀・)「俺もクーがそう言うと思ってた」

129名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:16:29 ID:9KC/0GIY0
滑稽なやりとりに、素直は無性に可笑しく思えてしまった。
とうとうしまいには我慢出来ず声をあげて素直は笑った。

( ・∀・)「なんだよー」

川 ゚ -゚)「いや、変わらないなと思って」

( ・∀・)「お前がそう望んだからだろ」

川 ゚ -゚)「そうだな」

下着を身につけ、素直はモララーの隣へ座った。

( ・∀・)「おーいお嬢さーん、シャツ着ろよ」

川 ゚ -゚)「風呂上がりで暑いんだよ」

( ・∀・)「風邪ひくぞ。いや馬鹿だから風邪ひかないか」

川 ゚ -゚)「モララーに言われたくないな」

( ・∀・)「今遠回しに馬鹿って言ったな?」

川 ゚ -゚)「言ってない言ってない」

( ・∀・)「つーか髪の毛も乾かせよ、水垂れてんじゃねえか」

川 ゚ -゚)「そのうち乾くさ」

( ・∀・)「ずぼらな奴だなー。洗濯物も溜まってるし」

130名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:17:21 ID:9KC/0GIY0
川 ゚ -゚)「明日コインランドリーに行くよ」

( ・∀・)「今すぐ行けよー」

川 ゚ -゚)「ふふ」

( ・∀・)「なーに笑ってんだ」

川 ゚ -゚)「いや、話していると本当に楽しいなと思って」

( ・∀・)「…………」

川 ゚ -゚)「モララー」

( ・∀・)「ん?」

川 ゚ -゚)「そのうち、疋田くんに話そうと思うんだ。わたしのことを」

( ・∀・)「ほお」

川 ゚ -゚)「まだ少しだけ肉が残っているからそれを使おうと思う」

( ・∀・)「何作るんだ?」

川 ゚ -゚)「そうだな……」

素直は少し考えて、それから口を開いた。

川 ゚ -゚)「わたしだったらハンバーグが食べたいな」

131名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:19:31 ID:9KC/0GIY0






特別な人には特別な料理を用意しましょう






.

132名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:20:49 ID:9KC/0GIY0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
心理学科に通ってます

川 ゚ -゚) 素直クール
買っても買わなくても近所の肉屋に日参してます

( ・∀・) モララー
どこにでも現れます

ハンバーグ(予定)
疋田のために作る特別なハンバーグ。この世で一番美味しいハンバーグだと素直は信じて疑わない

133名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 14:21:49 ID:9KC/0GIY0
おまけ

( ・∀・)「あれ、クーどこ行ったんだ? ……あー、風呂かな」

( ・∀・)「しっかし相変わらず汚ねえなぁクーの部屋は……。そこらへんに服脱ぎ散らかしてんじゃねえよ……」

( ・∀・)「まったく何のために一階にコインランドリー作ったんだと思ってんだよ、ばーかばーか」

( ・∀・)「つうか風呂長えなー。考え事でもしてんのかな」

( ・∀・)「早く帰ってこいよ。話し相手がお前しかいないんだからさ」

134名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 16:14:34 ID:jT80SvlQ0

なんか不穏だな

135名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 17:07:16 ID:cYniQiOg0

手紙の差出人とかいろいろ気になる事が増えてきたなー

136名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 17:24:14 ID:zgYpBwWoO
偏食、肉、心理学、食るの読み方、ハンバーグでカニバリズムを深読みしてしまった。

137名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 17:35:49 ID:EOqbah6g0

疋田変態だな

138名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 18:24:50 ID:kPl1sWpU0
>>136
俺もまだ肉が残ってるってセリフを胃の中の肉でハンバーグ作るって意味かと深読みした

139名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 21:05:18 ID:Fp4rWkM60
不穏だ、ゾクゾクしてきた

140名も無きAAのようです:2015/09/25(金) 22:04:25 ID:pal.IMAQ0
おつおつ!
少し不穏な流れになってきた気がする……

141名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:19:38 ID:r0eEk06M0
午後一時丁度。

川 ゚ -゚)「疋田くん、今日は家族の話をしてくれないか」

と、喫煙所に着いた途端、クーはそう言った。

(-_-)「へ、家族ですか?」

川 ゚ -゚)「そうだ」

クーはタッパーを取り出しながらそう言った。
その大きさに気を取られながらも僕は頷いた。

(-_-)「でもそんなに面白い話はできませんよ。至って普通の家庭ですし」

川 ゚ -゚)「いいんだ、君の話が聞きたいんだ」

(-_-)「はぁ……」

若干不思議な気持ちになりながら、僕はクーの手先を見つめた。
再び同じ大きさのタッパーが取り出され、思わず苦笑した。
もう驚くことはない。
ただとにかく、こんな食生活をしていても元気な彼女が不思議で仕方がなかった。

(-_-)「今日は何を持ってきたんですか?」

川 ゚ -゚)「唐揚げだ」

(-_-)「うわーもたれそう……」

142名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:20:25 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「大丈夫だ、塩味とにんにく醤油味の両方を作ってきた」

(-_-)「そういう問題じゃないんですけどね」

そう言って僕は助六寿司を取り出した。
今日はなんとなくいなり寿司が食べたい気分だったのだ。

川 ゚ -゚)「疋田くんは、何人家族なのかね」

(-_-)「祖父と両親と、妹がいますよ」

川 ゚ -゚)「ほう」

(-_-)「祖父は今年八十八になるんだったかな」

川 ゚ -゚)「長生きだな」

(-_-)「もう長いこと寝たきりで死ぬのを待ってる感じですよ」

川 ゚ -゚)「ふむ……。妹さんはいくつになるんだ?」

(-_-)「僕の一個下ですよ、だからそんなに離れてるっていう感じはしないです」

川 ゚ -゚)「高校生か」

(-_-)「ですねえ。一時間かけて学校行ってますよ、チャリで」

川 ゚ -゚)「一時間も……」

(-_-)「バスがほとんどないところなんで。同じ県内とは思えないくらいのクソ田舎ですよほんと」

143名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:21:31 ID:r0eEk06M0
とにかく、不便な所だった。
あるものといえば山と虫、それから畑くらいであろう。
若者のほとんどは山を出て行ってしまうし、自慢出来るものは何もない。
年寄りばかりがいるようなところであった。

川 ゚ -゚)「ほう。そういうところだと珍しい物が食べられそうだな」

(-_-)「うーん、お焼きとか酒饅頭とか……」

長らく食べていない名産品の数々を想像しつつ、いなり寿司を頬張った。
甘辛いタレがじんわりと口の中に広がり、僕は少し幸せな気分になった。

(-_-)「あ、でもクーにだったら猪鍋がおすすめですかね」

川 ゚ -゚)「猪か、美味しいよな」

(-_-)「食べたことあるんですか?」

川 ゚ -゚)「昔な。鬱田の墓参りに行こうと思って叢作市という所に行ったことがあって」

(-_-)「あ、それ僕の地元です」

川 ゚ -゚)「そうなのか」

(-_-)「ええ」

思いがけない共通点であった。
とはいえ聞いたことがない名字だ。
もしかすると僕の実家からは遠い、裾野の部分に住んでいる人なのかもしれなかった。

(-_-)(ガチの山奥だもんなぁ……実家……)

144名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:22:46 ID:r0eEk06M0
なんてことを思いながら、僕は話を進めた。

(-_-)「叢作って言っても、どこらへんに行きました?」

川 ゚ -゚)「うーん、覚えていないな。道案内はモララーに丸投げしてしまったのでね」

(-_-)「ええ……」

川 ゚ -゚)「ああでも、わりと麓の方で……。田んぼが多かったな」

(-_-)「あ、そしたら唯田かもしれないです」

川 ゚ -゚)「いいだ?」

(-_-)「うん、田んぼがあるっていうとそこらへんかなーって。元々そこで稲作やってたのが僕のご先祖だったとかなんとか」

唐揚げを貪っていたクーは、大きく目を見開いて頷いた。
それからごきゅりと肉を飲み込む音がした。

川 ゚ -゚)「へえ、じゃあ地主さんというわけか」

(-_-)「っていってもそこの田んぼは手放しちゃったんですけどね。一時すごい不作になったことがあって、その時に猟師になっちゃったらしいんですよ」

川 ゚ -゚)「面白いな……」

(-_-)「で、そのまま山の奥に引っ込んで暮らし始めたって祖父が言ってましたね」

(-_-)(本当にそうだったのか、わからないけどな)

145名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:23:51 ID:r0eEk06M0
実のところ僕はその話を信じてはいなかった。
なんでわざわざその土地を手放したのかとか、あんな不便な所に住んでいるのかとか、腑に落ちないことが多すぎるからだ。
なにかトラブルを起こして村八分になったんじゃないか、と僕は推測していた。
根拠は何もない。
が、異常に頑固だったり癇癪を起こす自分の家族を見ていると僕はそう考えてしまうのだった。
いや、僕の家族だけではない。
数少ない親族たちも頑なに人付き合いを忌避する人が多かった。

川 ゚ -゚)「疋田くん?」

(-_-)「…………」

川 ゚ -゚)「……疋田くん」

(-_-)「……あ、すみません。ちょっと考え事を……」

川 ゚ -゚)「唐揚げが食べたいのか?」

(-_-)「いや全く……」

川 ゚ -゚)「そうか。ずっとわたしの口元を見ていたから、てっきり唐揚げが食べたかったのかと」

(-_-)「え、そうでした?」

川 ゚ -゚)「気付いたら瞬きもせずにずーっと食べている所を見ていたもんだから、少し気まずかったよ」

(-_-)「え、マジですか……。すみません」

川 ゚ -゚)「謝ることはない。一個ずつ分けてあげよう」

お腹いっぱいなんで、と喉まで出かけて僕はやめた。
唐揚げが挟まれた箸がもう既に僕の口元にまで運ばれてきてしまっていたからだ。

146名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:25:37 ID:r0eEk06M0
(-_-)「……いただきます」

照れくさくなりながらも僕は唐揚げを頬張った。
しんなりとした衣が歯に張り付く。
それを舌ではがし、肉と共に噛み締めると程よい塩味が口の中に広がった。

(-_-)「おいしい……」

ほっとする味であった。
塩加減は優しく、白米と一緒に食べたら物足りないだろうと思った。
でもクーはそのまま食べてしまうのだから、これぐらいで丁度いいのかもしれなかった。

川 ゚ -゚)「もっとあげようか?」

(-_-)「いやいいですよ……」

生姜の酢漬けをぱりぽりつまみながら首を横に振った。
甘酸っぱくてすっきりとした辛味が口の中に
広がっていく。

(-_-)(口直しに丁度よかったな)

そんな事を思いつつ、僕は逆に問う。

(-_-)「そういえば、クーの家族ってどんな人だったんですか? 兄弟とかいたんですか?」

途端、彼女の顔は僅かな翳りを見せた。
もしかして触れてはいけない話題だったんだろうか。
後悔してももう遅かった。

147名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:26:40 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「……義父母がいた」

(-_-)「義理の……」

川 ゚ -゚)「昔、実の親とははぐれてしまってね。たまたまその人たちに拾われたのだけれども、あまり子育てに向いている人種ではなかったんだ」

唐揚げに箸が突き刺さる。
さっき僕の口元に入っていった箸が、クーの口の中へと引き込まれていく。
間接キス。
ふと頭にそんな単語が過ぎり、僕は慌ててお茶を飲み込んだ。
箸が口から引き抜かれ、口内に取り残された肉は無惨に咀嚼されていく。
犬歯に引き裂かれたり、奥歯によってすり潰される肉の様を想像し、僕は生唾を飲み込んだ。
そのうち喉が蠕動し、肉は飲み込まれていった。

(-_-)「…………」

僕はじっとクーを見つめる。
おもむろに、空になったクーの口が動いた。

川 ゚ -゚)「……そろそろ行かないと、次は授業があるんだろう?」

(-_-)「あっ……」

時計を見れば確かに、次の授業まで十分を切っていた。

(-_-)「……すみません、変な事聞いちゃって」

川 ゚ -゚)「構わないよ」

クーは気にするような仕草を見せず、あっけらかんとそう言った。

148名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:27:58 ID:r0eEk06M0
川 ゚ -゚)「明日は午前中だけが授業だっけか」

(-_-)「ですね」

川 ゚ -゚)「そうしたらもっと疋田くんとたくさん話せるな」

(-_-)「……話してて楽しいですかね、僕と」

川 ゚ -゚)「当たり前じゃないか」

僕の言葉が意外だったんだろうか。
クーの目はいつもよりも見開かれていて、それが珍しくて。
それを見た僕は、なんだか嬉しい気分になった。

(-_-)「じゃあまた明日」

川 ゚ -゚)「ああ、明日」

その言葉を最後に、僕たちは別れた。

149名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:30:54 ID:r0eEk06M0
街灯の乏しい夜道を素直クールは歩いていた。
頭上では三日月が微笑み、それがかろうじて彼女の行く道を照らし出していた。

( ・∀・)「急な話だよな、引越しだなんて」

川 ゚ -゚)「そうだな。でも仕方ないだろう、仕事なのだから」

ほとんど使われていないスマホに電話が入ったのは疋田と別れてすぐだった。
その内容は今依頼で住んでいる場所を離れ、今週中にはまた違うところに引っ越してくれ、という内容であった。
引っ越し業者と打ち合わせしたり、荷物をまとめに行ったり、書類を書いたり……。
忙しなく動き続けて気付けば時刻は夜の十一時になっていた。
いつもならとっくに眠ってしまっている時間で、素直はぐったりと疲れていた。

「今度は孤独死した老人が住んでいたアパートに来てほしい」
ふと電話の声が脳裏に蘇る。
それを聞いた時から、素直はなんとなく疋田の祖父を思い浮かべていた。

川 ゚ -゚)「一人で老いを重ね、誰にも看取られずに逝くというのはどんな気持ちになるんだろうな」

( ・∀・)「寂しいだろうね。誰の記憶にも残らないし」

川 ゚ -゚)「その点では疋田くんのお祖父さんは恵まれているのかもしれないな」

( ・∀・)「さあ、どうだろうか。愛されているならその限りではないだろうけどね」

まだ見たことのない疋田の家を素直は夢想した。

地主であれば家はかなり大きいのかもしれない。
昔ながらの日本家屋で、奥まったところに祖父の部屋がある。
いつもそこは締め切られていて、電気もほとんど点かない。
カビ臭さが漂う真っ暗闇の中、その老人はか細く息をしているのみ。

150名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:31:42 ID:r0eEk06M0
時折声を出して家の者を呼ぶが、食事時以外にここへ立ち入る者は誰もいないのだ。
あるいは、もしかすると離れで暮らしているのかもしれなかった。
認知症かなにかを患っていて、時折訳のわからないことを叫び出す。
それがあまりにもうるさいものだから、離れに閉じ込められてしまっているのだ。
外から鍵もかけてしまって。

( ・∀・)「相変わらず空想が豊かなことで」

茶化された素直は眉を顰め、ふんと鼻を鳴らした。

( ・∀・)「おいおい怒るなよ」

川 ゚ -゚)「…………」

( ・∀・)「悪かったって。別にそれが変だってわけじゃなくてさ、感性が豊かだなーって褒めてんだよ」

川 ゚ -゚)「…………」

( ・∀・)「おーい、クー……」

川 ゚ -゚)「……ふふ、必死だな」

堪えていた笑いを露わにした刹那。
素直は後頭部に衝撃を感じた。

川 - )「かっ……、は……!?」

うめき声と共に空気が漏れる。
突然の出来事に混乱しながらも起き上がろうとした素直は、再び頭を打ち付けられた。

川; - )「……ぐ、ぅ、う」

はあ、はあ、と聞こえる息は誰のものなのだろうか。
生暖かい液体が首筋に流れるのを感じながら、素直はゆっくりと意識を手放した。

151名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:34:00 ID:VMby8yCg0
初遭遇
支援

152名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:34:29 ID:r0eEk06M0








明日は会えそうにありません







.

153名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 12:36:30 ID:r0eEk06M0
おまけ

( ^ω^)『おっおー、ヒッキー起きてるかお?』

(-_-)『起きてるけど何?』

( ^ω^)『実は明日出かける用事が入っちゃったんだお』

(-_-)『デートか! デートか貴様!』

( ^ω^)『ヾ(;^ー^)ノ』

(-_-)『図星かっ』

( ^ω^)『てへぺろっ☆だお』

(-_-)『ったくもー……。あれだろ、明日ビデオ見るからその内容まとめとけばいいんだろ?」

( ^ω^)『話が早いおヒッキー先生』

(-_-)『今度会ったら昼飯奢れよな』

( ^ω^)『もちろんだおー! ありがとうだお!』

(-_-)『はいはい』

154名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 15:42:19 ID:LnGrUEZ60
乙!毎回面白い
クーとヒッキーの穏やかな会話が好きだ

155名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 17:15:14 ID:.0/z0Xdo0
おいおいどうなるんだよ

156名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 17:40:00 ID:gUnPnUrY0

>>102辺りでクーからドクオの話聞いてるのに名字忘れたのかヒッキー……

157名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 21:56:40 ID:9c74Fb8I0
地元で鬱田って苗字を見かけなかったってことだろう

158名も無きAAのようです:2015/10/02(金) 22:30:31 ID:gUnPnUrY0
あーなるほどそういう事か

159u:2015/10/02(金) 23:09:51 ID:iVcz78g20
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              l l '''''''''''''''''''''''''''''''''''''' ̄l |             |

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160名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:20:32 ID:elzXkpGg0
午前十時半過ぎ。
僕は「ミカン」の四階にある教室にいた。
本来なら既に授業が始まっている時間だ。
しかし教室では未だに談笑の声が響いていた。
何故なら、教授がプロジェクターの設定に手間取っているからである。

(;‘_L’)「おっかしいなぁ……」

時折教授が機械に話しかけるものの、それだけで直るはずがない。
かれこれ十分近くスクリーンには目が痛くなるほどの青が表示されていた。
不意に教授はプロジェクターから離れ、教卓の上のマイクを手に取った。

(‘_L’)「ああもう……。みなさん、私語禁止ですよ」

教授の弱々しい声が賑やかな室内に響くがそれだけではどうにもならなかった。

(‘_L’)「はぁ」

小さな溜息がマイクに拾われる。
僕の周りから、クスクスと嘲笑が聞こえてきた。

(-_-)(くっだらねー)

僕はなんだか無性に腹が立ってきた。
困惑と気弱さが混ざったような、教授の薄ら笑いを見て僕は更に憤った。

(-_-)(この人も、はっきり言えばいいのに)

僕は席を立った。
「ちょっと通らせてください」
隣にいた人にそう言おうとして、僕は固まった。

161名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:21:56 ID:elzXkpGg0
川ー川「…………」

妹が、いた。
鴉色の長い髪の毛を揺蕩わせ、不揃いの長さに切られている前髪からは潰れたように笑う目が隠されていた。

(;-_-)「…………」

僕は、自分から声を掛けるのは止めることにした。
椅子は極力引かれていたからその後ろを通るのは容易かったし、何よりなんといえばいいのかわからなかったのだ。

(-_-)(なんなんだよ……)

胃が冷えたような気分になる。
いや、いい。
それよりも教授を手伝わなくては。
階段を下りきった僕に教授は気付かない。

(-_-)「先生」

(‘_L’)「お、おおっ……?」

突然背後から声をかけたせいか、教授は素っ頓狂に叫んだ。

(-_-)「……プロジェクターにつけてるコード、入れ違いになってますよ」

(‘_L’)「え……? …………あれ、本当だ」

白いジャックに黄色いコードが、赤いジャックに白いコードが刺さっているものだから、表示なんかされるわけがないのだ。

162名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:23:41 ID:elzXkpGg0
(-_-)(なんつー機械音痴……)

なにも言わず、そのまま席に戻った。
背後からは慌てて礼を言う教授の声が聞こえてきたが、それに反応出来るほどの余裕が僕にはなかった。

(-_-)(席戻るの嫌だなぁ)

ニコニコしながら待ち構えている妹が視界に入る。

(-_-)「…………」

川ー川「…………」

極力存在を無視するものの、妹の視線がありありと感じられた。

(-_-)(面倒くさい……)

その一言に尽きた。

(‘_L’)「遅れて申し訳なかったけども授業を始めます。今日はうちの大学病院が取材された時の映像を流しますので、その感想を来週提出して頂ければと思います」

川д川「つまんなそうな授業」

ぼそりと妹が呟いた。
それと同時に教室の照明が落とされ、スクリーンに映像が映し出された。

163名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:24:57 ID:elzXkpGg0
「現代ドキュメント 増える十代の自殺とその周辺」

画質はやや荒く、少し前に撮られたもののようだった。

『昨今、子供の自殺が増えています』
『何故彼らは死に急ぐのか? 答えを求め病棟へ向かった我々取材班を待ち受けていたのは子供たちの苦悩と絶望でした』

(,, д )『今は死のうとしたこと、後悔してます』

|゚ノ  ∀ )『気がつくと、体がフワーってするんです』

川  - )『死ねって言われたから死のうと思ったんです』

モザイク処理のされた少年少女たちが次々に映し出され、僕は少し胸が痛んだ。
もし死んでしまっていたら、彼らはこの場にいないのだと思うと、なんだか不思議な気分になった。

ミセ*゚ー゚)リ『こんばんは。現代ドキュメントの時間です。今日は、十代の自殺とその周辺というテーマでお送りします。今日お越し頂いたのは…………』

川д川「ねえ、お兄ちゃん」

小声で、妹が声をかけてきた。

(-_-)「…………」

僕はそれに動揺しないように、前を見続けた。
スクリーンの中では、女性アナウンサーとこの授業を受け持っている教授が出てきていた。
うちの教授が出てきたことに関して、周りの人たちはざわめいていた。
が、当の本人が注意してそれはやがて収まった。

(‘_L’)『こういった、若い方たちの自殺というのは非常に衝撃的なテーマだとは思いますが、彼らには彼らなりの理由があるんですね。その事だけでも分かって頂ければと思い、僕が受け持っている患者さんたちに協力を仰ぎ……』

164名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:26:28 ID:elzXkpGg0
(-_-)(自殺、ねえ)

死にたいと思った事はたしかにある。
だけどそれは、一時間もすれば消えてしまうような刹那的な感情だ。

(-_-)(少なくとも僕はそうだった)

だけど、他人がどう考えているかなんてわかるはずもない。
今こうして授業を聞いている人たちの中にもそう思い続けている人はいるかもしれない。

(-_-)(十代を通り過ぎれば嘘をつく事に長けてしまうし)

やがて映像はスタジオから、病院へと移った。

第一のケースではG君という十五歳の少年が、将来に不安を感じて衝動的にマンションの五階から飛び降りたことを告白していた。
成績は優秀で、友達も多い。
放課後になると大好きなサッカーに打ち込み、いじめられた経験もない。
教師や親からは「そんなことをするような子に見えなかった」とインタビューで語られるような明るい少年であったという。
そんな彼が持つ不安とは、なんだったのだろう。

(,, д )『なんかー、うまく言えないんだけど……。これから高校生になるって思ってもピンと来ないんですよ。そこでうまくやってる自分とか想像できなくて。今は幸せだけど、そんなのたまたまの結果だと思えばそれまでだし』

G君は、困ったように笑った。
顔は見えないが、きっと笑っているのだろう。
肩がすくみ、体を揺らしているのだから。

165名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:27:52 ID:elzXkpGg0
(,, д )『そう考えるとなんかすっごい怖くなって。夜中にそれが来ると寝れなくなるんですよ。それに対してどう相手すればいいのかわからなくて。それである日気付いたらベランダから落っこちてて。もう全部嫌んなっちゃって』

最後に、取材スタッフはG君にこう問うた。

『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』

(,, д )『しないっす。落ちた直後に意識が少しあって、その時にうわーすごいバカなことしたって涙出てきたんで。辛くなったらこの事、思い出します』

(-_-)(強い子だなぁ)

十五歳とは思えないくらいしっかりしていた。
出来ればそのまま、真っ直ぐに育ってほしいなと僕は思った。

166名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:29:25 ID:elzXkpGg0
第二のケースでは、Rさんという十七歳の少女がインタビューに答えていた。
幼少期に両親が離婚し、父親に引き取られたものの仲はあまりよくなかったらしい。
演劇部に所属していたがそれは役者としてではなく脚本や照明、音響などの裏方として活躍していたそうだ。
しかし普段は非常に大人しく、もしかするとクラスメイトからもその存在を認知されることは少なかったのかもしれなかった。
というのも高校に上がってすぐ彼女は不登校気味になり、保健室に入り浸っていたそうなのだ。

|゚ノ  ∀ )『学校行くのがなんか辛くて……。でも家にいるとあの人に怒られるし』

あの人、というのは父親のことなのだろう。
相当心的距離を置いているのが伝わってきた。

|゚ノ  ∀ )『あの人が怒鳴ると、意識がぼーっとするんです。それで、気がつくと、体がフワーってするんです』

(-_-)(解離、離人感)

とても辛かったんだろうな、と思いながらメモを取る。
凄惨な内容の自分語りに、僕は胸が締め付けられそうになった。

場面は変わる。
次はRさんと部活動を共にした人がインタビューに答えていた。
彼女はRさんの先輩に当たるらしい。

『Rさんから自殺の予兆は感じられましたか?』

从 ∀从『今にして思えばそうだったのかなーっていうのはありますね。あの頃、Rちゃんは脚本を何本も書き進めてる時で、でもどれも途中で書くのをやめちゃってたんですよ、この先が書けないんだーって』

(-_-)(脚本が書けない、か)

从 ∀从『どうしたの、って聞いたらどうしても演劇じゃ表現しきれないと。それで試しに読ませてもらったら、全部死にまつわる話ばっかりで、最後に登場人物みんな死んじゃうんですよ』

(-_-)(えぐい)

167名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:30:43 ID:elzXkpGg0
从 ∀从『でも死んだことを説明せずに、間接的に分かってもらわないといけない、その為にはどう演出すればいいのか、と真剣に悩んでたんです。今考えるとその空虚さとか、死を美化する感じとか、あの子の内面を写していたのかなーって』

再び場面は転換し、取材スタッフは問い掛けた。

『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』

|゚ノ  ∀ )『……したくなっちゃうかもしれないですね。とにかく今はあの人から離れたいです、遠くに行きたいです』

(-_-)(この人、死んでしまいそうだなぁ)

親子の因縁は他人の因縁よりも根深いものになりやすい。
切っても切れぬ縁であるし、何より離れることが難しいからだ。

(-_-)(いや、親子だけでもないな)

横目で妹を見ると、彼女は熱心に落書きをしていた。
盗み見していることに気付かれないよう、視線をそっと手元に戻す。

……子供であるうちは親に縋らなくては生きていけないし、生殺与奪を握る親は子供に対して自分が万能であるように錯覚してしまう。
生まれながらにして完成されてしまっている上下関係に、他人が介入することは難しい。
それどころか、産んだ恩や育てた恩、親はあなたの為を思っているからなどという言葉で相手を追い詰めてしまうこともある。
虐待された側の心理は、されていない人間にとって理解出来ない領域なのだ。

(-_-)(本当のことを全部話しても、わからない奴にはわからないのだ)

常日頃から気をつけている言葉が、頭の中に響いた。

168名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:31:54 ID:elzXkpGg0
最後は、Sさんという十一歳の少女のインタビューであった。
といっても彼女の記憶に混乱が見られるため、先の二人とは違う形式で話が進められていた。
まずはSさんの育った環境についての再現ドラマが流れた。
彼女の家は典型的な機能不全家族であった。
両親は仲が悪く、父親は滅多に家に帰ってこなかったらしい。
母親もまた家をあけることが多く、近所では当てもなく徘徊するSさんの姿が目撃されていたらしい。
心理的、肉体的虐待は日常的に行われていたためSさんは次第に自分は拾われた子であるという妄想に囚われていった。

(-_-)(無理もないだろうなぁ、生まれた時から虐待なんて……)

Sさんは、別世界に実の両親が存在していると信じていた。
妄想の中の両親はとても優しく、彼女のよき理解者であった。
しかしそれはあくまでも過去の出来事であった。
離れ離れとなってしまった今となっては、架空の両親はただ甘き思い出を反復するだけの存在に過ぎなかった。
そう、妄想の両親ですら、彼女を守る存在ではなかったのだ。
Sさんは次第に現実の両親から逃げ出したくなり、五歳の時に家出を試みた。
Sさんは隣市まで徒歩で移動し、夏祭りの会場で無事保護されたらしい。
その後両親の虐待が明るみになり、Sさんは養護施設に連れて行かれ、そこで暮らすことになったそうだ。
ところが保護された後もSさんの妄想が寛解することはなかった。
時折Sさんは壁に頭を打ち付けるなどの自傷行為や、いきなり同級生に噛み付くなどの加害行為が見られたという。
これらの行動にはSさんなりの理由があったらしいが、いずれにせよ理解できるものではないだろう。
彼女は何度か児童精神科に連れて行かれ、徐々にそれらは落ち着いていったのだという。
あくまでも、施設や教師からはそう見えたのだそうだ。
しかし彼女の妄想は未だに息衝いていた。
Sさんには仲のいい男の子の友達がいて、その子にだけそれを共有していたのだという。
その子もまた何故か、Sさんの妄想を受け止めて話を合わせていたらしかった。

(-_-)(不思議な関係だ……)

ノートに書き込むのも忘れ、僕はドラマに見入った。

169名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:32:00 ID:3qNqrfn20
初遭遇
支援

170名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:33:04 ID:elzXkpGg0
やがてSさんとその仲のいい男子はいじめられるようになった。
虐待を経験していたSさんには、同級生からのいじめはかわいいものであったらしい。
つまりSさんはいじめられても平然としていられたのだが、男子はそうでなかった。
男子はいじめに屈服し、今度はSさんをいじめるようになった。
孤立したSさんは再び情動不安定になり、そして。

『しーね! しーね!』

一つの机を取り囲み、囃し立てる男子たち。
俯いて座っていた女子は、机からカッターナイフを取り出した。
異変に気付く一人の男子。
気付かない周り。
女子は、左手首に薄刃を突き立てた。
男子たちから悲鳴があがる。
床に散らばった血を見て、知らん振りをしてきたクラスメイトたちが叫ぶ。

いじめを苦にしての、自殺。
それはあまりにも悲しい話であった。

(-_-)「はぁ……」

思わず溜め息が漏れた。

場面が変わる。
ショートカットの女児が、じっとこちらを見つめていた。

川  - )『◯◯くんは悪くないです、真に受けたわたしが悪いんです。それに◯◯くんは毎日お見舞いに来て謝ってくるし。◯◯くん以外の他の人たちはなんとも思わないですね、どうでもいい人達なんです』

(-_-)(◯◯くんは例の男子か、酷いことされたのになんで庇うんだか)


川  - )『わたしの中には◯◯くんしかいないんです。大勢に言われたからじゃなくて、◯◯くんに死ねって言われたから死のうと思ったんです』

(-_-)「…………」

171名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:35:22 ID:elzXkpGg0
川  - )『◯◯くんの言葉はすごく印象に残ります。良いことも、悪いことも。でも他の人たちの言葉はあんまり覚えられないです、すぐに頭からすーって逃げてっちゃうんです』

(-_-)(これも解離の一つだ……)

この前レポートを書いたせいか、その言葉が妙に頭によぎった。

(-_-)(あ)

いつのまにかスクリーンにはSさんではなく、一人の男子が映されていた。
これが例の◯◯くんなのだろう。

(  ∀ )『酷いことを言ってしまったって自覚はあります。取り返しのつかないことをしたって、すごく情けなくなりました』

(-_-)(よくインタビューに出たなぁ)

根は悪い子ではないのかもしれない。
が、人を一人殺しかけたということには変わりなかった。

(  ∀ )『実は昔、家出してたSさんを最初に見つけたの、僕で。その時にこの子守らなきゃ、って思ってたんですよ。なのにそれを裏切っちゃったって思って、すごい辛くて』

(-_-)「…………」

(  ∀ )『もういじめなんかしないです、二度としないです。これからはずっと仲良しでいるつもりです』

(-_-)「……………………」

最後に、スタッフは例の質問をSさんに投げかけた。

『もしもこの先死にたくなったら、死にますか?』

川  - )『多分しないと思います。でももし、』

ぷつり、と映像が途切れた。
同時に授業終了を告げるチャイムの音がスピーカーから流れてきた。

172名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:36:44 ID:elzXkpGg0
(‘_L’)「はい、これで今日の授業は終わりとなります。再三の注意になりますが、来週までに感想を出してくださいね」

ざわめきが一気に広がり、一目散に教室を出て行く人たちをぼんやりと眺めていた。

(-_-)(みんな、よくあんな暗い話を見た後に騒げるよな)

遠い世界での話だと思っているのだろうか。

(-_-)(そんなに縁遠い話でもないのに)

川д川「お兄ちゃん」

(-_-)「なんだよ」

川д川「貞子、静かに待ってたよ!」

期待に満ちた瞳で僕を見上げる姿は、まるで犬のようであった。
いや犬の方がまだ百倍もかわいいけど。

(-_-)「ああうん、はい」

川д川「むう」

(-_-)「お前な……。幼稚園児だったらお利口さんですね〜って褒めたくなるけど、大の女子高生がそんなこと出来たって褒めようって気になるわけねーだろ」

川д川「ひっどぉい」

(-_-)「つーかお前学校は?」

川д川「自主休講」

(-_-)「サボってんじゃねえよバカたれ」

173名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:38:53 ID:elzXkpGg0
適当にあしらう一方で、内心困ったことになったなと思った。
これまでにも妹が勝手に大学に来たことは何度かあった。
特に夏休みの間は酷いもので、アパートの前で座り込みをしていた時もあったのだ。
その度に根気強く説得し、なんとか実家に送り返してきたのだが……。

(-_-)(これじゃクーのところに行けないなぁ)

適当に嘘をついて追い払ってしまおうか?
……それが出来れば苦労しないのだが、きっと妹は事前に時間割を調べて来ているだろう。
だから、今日来たのだ。
午前中に授業が終わってしまい、午後が丸々空くことを知っていたから……。

(-_-)「……ここじゃ目立つから、外出よう」

川д川「貞子とご飯食べてくれるの?」

(-_-)「だってお前、そのままじゃ帰らないだろう」

川ー川「ふふふー」

(-_-)「ふふふーじゃねえよ全く」

呆れながら僕はスマホを取り出した。
今日は会えないことをクーに告げておいた方がいいだろう。

(-_-)(昼、どこに行こうかな)

甘えるように絡みついてきた左手を振り払いながら、僕はメッセージを送信した。

174名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:39:44 ID:elzXkpGg0
ピロリン、と無機質な着信音が部屋に響いた。
夢現の狭間にいた素直クールは、意識をすくい上げられるような感覚に陥った。

川  - )「ああ……」

ソファーから起き上がると、彼女は酷い頭痛に苛まれた。
三半規管がおかしくなっているのか、じっとしているのに船酔いした時のような吐き気に襲われる。
思わず素直は口元を押さえた。

( ・∀・)「起きたのか」

川  - )「ああ」

( ・∀・)「体調……は、あんまりよくなさそうだな。やっぱり入院した方が良かったんじゃねえの?」

川  - )「入院したら、疋田くんは心配するだろう」

テーブルに置かれたスマホに手を伸ばし、素直は溜め息を吐いた。

( ・∀・)「……で、医者の静止を突っぱねて来た甲斐はあったのかよ」

川 ゚ -゚)「あまり意地の悪いことを言ってくれるな」

簡略なメッセージを送信し、素直は再びソファーへと倒れこむ。

川 ゚ -゚)「……痛いなぁ」

175名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:41:21 ID:elzXkpGg0
( ・∀・)「相手が女でよかったな、男だったら死んでたかもしれないぜ」

川 ゚ -゚)「女?」

( ・∀・)「殴られた時のこと思い出してみろよ」

川 ゚ -゚)「ふむ……」


…………素直は左側の後頭部に衝撃を感じた。

川 - )『かっ……、は……!?』

うめき声と共に彼女はアスファルトに倒れ伏せた。
同時に頭上からは、ヒュン、と空気を切る音がした。
おそらく空振りしたのだろう。
相手は舌打ちしながら起き上がろうとした素直に一歩踏み込み、再度頭を打ちのめした。

川; - )『……ぐ、ぅ、う』

カラン、となにかが地面に落ちる音が聞こえた。
音は軽く、金属的なものであった。
それを最後に、素直の記憶は途切れた。

( ・∀・)「ここから分かることは三つある。まず相手は左利きだ」

川 ゚ -゚)「なぜ?」

( ・∀・)「振りかぶる時にわざわざ利き手と逆の方向からぶん殴る奴がいると思うか?」

176名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:42:35 ID:elzXkpGg0
川 ゚ -゚)「まあ、そうだけども。殺そうとしたんじゃなくて、ただいたずらに襲っただけかもしれないじゃないか」

( ・∀・)「それはどうだかなぁ。金品や鞄を物色された形跡はないし、何より空振りした時に舌打ちしてるんだぜ。お前を殺そうとしてたって線が濃厚だと思うんだけど」

川 ゚ -゚)「……恨みを買うような真似をしただろうか」

( ・∀・)「さあなあ」

川 ゚ -゚)「で、女が犯人だっていうのは?」

( ・∀・)「金属バットの類でぶん殴られたわりには軽傷だから」

川 ゚ -゚)「軽傷……」

( ・∀・)「大の男が相手だったら首の骨が折れてるに違いないだろうな。あとひょっとしたらクーよりも小柄な奴が犯人かもしれない」

川 ゚ -゚)「ふむ……」

素直の身長は百七十センチ近く、同性の平均を大きく上回っていた。
実際自分よりも高い同性に、素直は出会った事がなかった。

( ・∀・)「背の低い奴が背の高い人間を狙うとどうしても威力が殺される。二発食らってやっと脳震盪が起きたくらいだし」

川 ゚ -゚)「……犯人は、左利きの小柄な女か」

ふう、と素直はもう一度ため息を吐いた。

川 ゚ -゚)「……肉が食べたい、生肉が」

( ・∀・)「生はやめろよ」

川 ゚ -゚)「ん……」

その返事を最後に、素直は再び眠りへと落ちた。

177名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:43:23 ID:elzXkpGg0
僕は、ついこの間行ったばかりのカフェに妹を連れていった。
妹と一緒に学食に行くのはとても嫌だったのだ。

川ー川「素敵なお店だね」

きょろきょろと店内を見渡しながら妹は言った。
案内されたのは奥の席で、ここへ座るのは僕も初めてであった。
飴色の照明が優しく僕たちを照らし、遠くからはコーヒー豆を挽く音が微かに聞こえてくる。
香ばしいコーヒーの香りが漂う中、僕はメニューを広げた。
少しだが緊張が安らぎ、若干だが食欲も出てきた。

(-_-)「……何飲む?」

川д川「貞子はお兄ちゃんと一緒でいいよー」

(-_-)「あっそ。……なんか食う?」

川д川「んー……、少しだけ」

(-_-)「わかった」

店員を捕まえ、僕はブレンドコーヒー二つとカツサンド一つを頼んだ。
ここのカツサンドは値段の割にはボリュームがあって、二人で分け合えばちょうどいいだろうと僕は考えていた。

(-_-)(本当は不本意だけど、ホットサンドは高いからなぁ)

懐事情を思うとそうせざるを得なかったのである。

178名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:44:12 ID:elzXkpGg0
川д川「ねーお兄ちゃん」

店員が去ってすぐ、妹は話しかけてきた。

(-_-)「なに」

と僕も返すが、その次に出てくる言葉を僕は知っていた。

川д川「もう、家に帰ってこないの?」

(-_-)「何回も言ってるだろ。僕はこっちのほうで暮らすんだって」

川д川「どうして?」

(-_-)「山に籠って一生終えたくないんだよ、あそこは辛気臭いし」

川д川「でも自分で働かなくてもいっぱいお金が入ってくるんだよ?」

(-_-)「今はな。だけどうちの借家に住んでるのは爺さん婆さんばっかりじゃん、そいつらの先は長くないんだぜ?」

川д川「でも、」

o川*゚ー゚)o「お先に失礼します、ホットのブレンドコーヒーになります」

川д川「……、」

妹は言葉を飲み込み、僕は愛想よく店員からコーヒーカップを受け取った。

179名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:46:06 ID:elzXkpGg0
川д川「……お兄ちゃんは、故郷が嫌いなの?」

(-_-)「ん、まあ、そうだな」

お前のことも嫌いだよ、と内心付け加えた。

川д川「なんで?」

(-_-)「畑に興味ねえもん。虫も嫌いだし、娯楽もないし。あと閉塞感が無理」

川д川「…………ご先祖様が頑張って得た土地なんだよ……?」

(-_-)「そうだな」

川д川「なのにひどくない……?」

(-_-)「……最初は僕だって大学行ったら家継ごうって思ってたよ」

かちゃん、とカップとソーサーのぶつかる音が響く。
ようやく飲もうとして持ち上げたカップを、妹がそのまま元に戻したのだ。

(-_-)「そうしたら勉強なんか必要ないって親父が怒鳴り散らして、受験に必要な書類破いたりしてたの見てるだろ?」

川д川「…………」

(-_-)「それでもう、この人とは無理だって思った」

川д川「…………でも、家族だよ?」

(-_-)「は?」

180名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:49:01 ID:elzXkpGg0
川д川「お父さんのしたことはたしかに酷いことだけど、身内のしたことだよ? やっぱり仲直り、」

(#-_-)「仲直りするとかしないとかの話じゃないだろ! そんな事されたのに許せるほうがおかしくねえか!?」

o川*゚ー゚)o「あ、あのお客様……」

おどおどした店員の声に、僕ははっとした。

o川*゚ー゚)o「他のお客様のご迷惑になりますので……」

(:-_-)「す、すみません」

カツサンドの乗った皿と伝票がテーブルに置かれ、僕はぼんやりとそれを眺めた。
妹と目を合わせたくなかった。
話もしたくなかった。
これ以上話し合ったって、妹が僕の事を理解してくれるはずがないのだ。

(-_-)「……貞子」

だけど、僕は話してしまう。
言葉に出してしまう。

(-_-)「……そもそも、僕よりお前のほうが可愛がられてたじゃん」

川д川「そ、そんなこと」

(-_-)「なんでかは知らないけどさ、お前が生まれてからは親父も母さんも爺様も婆様もお前の事可愛がってさ。羨ましかったんだ」

川д川「そんなことないよ、お兄ちゃんのことも可愛がってたよ……?」

181名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:49:56 ID:elzXkpGg0
(-_-)「お前が僕のおやつを横取りしてもお兄ちゃんだから我慢しなさいって言われるし、勝手に転けたお前のそばに僕がいただけで妹をいじめたに違いないと罵られ、そうやって『悪いこと』ばかりを積み重ねてきた僕には誕生日にもクリスマスにもなにも貰えず、お年玉だってお前のほうが多くもらってきた、挙げ句の果てには僕に大学は必要ないって言ったくせに、貞子、お前にはどこに行ってもいいと家族のみんなは言って、その時の僕の気持ち、分かるか?」

ぐつぐつと腸が煮えくりかえるような、嫉妬。
惨めさや羨ましさが相俟って、僕は泣きそうになっていた。
奥歯を噛み締めていなかったら、きっと涙は出ていただろう。
だけど泣いてしまったら、母親から家に締め出されて半日庭で過ごした記憶が蘇りそうで、僕は必死に堪えた。

(-_-)「なあ、僕とお前のなにが違ったんだよ。一年早く生まれただけじゃないか。なのにどうして、みんなお前を可愛がるんだよ」

川д川「お兄ちゃん……」

(-_-)「今更家に戻ったって、子供の時と同じ扱いをされるだけに決まってるじゃないか。うっかり子供一人分の食事を用意し忘れる家が、どこにあるんだよ……。もう戻りたくないんだ」

川д川「…………」

妹はとうとう押し黙った。
僕の言葉を理解してくれたのだろうか。

(-_-)(いや、そんなはずない)

希望的観測を捨てなくてはいけない。
きっとこいつは本気で分かっていないのだ。
妹の中には可愛がられた自分の記憶しかない。
どんなに近くで悲惨なことが起きていたとしても、彼女はそこから遠ざかろうとしているはずだった。
そこに自分も関われば自分もそこに落ちてしまうから、なにもなかったように記憶を処理してしまっているのだ。

川д川「……みんな、ほんとはいい人達なんだよ」

(-_-)(ほら見ろ)

僕は、自分の考えが合っていたことに安堵して、悲しくなった。
もうこれ以上苦しむことがないように、悲しまないようにと、希望を持つことを捨てていたのに。

182名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:50:54 ID:elzXkpGg0
川д川「…………でも、たしかに、お兄ちゃんには悪い人達だったかも」

(-_-)(……え?)

川д川「貞子、ずっと見て見ぬフリしてきたって、お兄ちゃんに酷いことしてきたって、今、初めて気付いたの」

(-_-)「……、は…………?」

川д川「ごめんなさい、お兄ちゃんの分の幸せまで奪ってしまって、ごめんなさい」

そう言って、貞子は泣きながらテーブルに倒れ伏した。

(;-_-)「……さだ、こ?」

川д川「わたしが、もっと早くお兄ちゃんの味方をしていたらこんなに苦しまなくて済んだのに……」

(;-_-)「…………」

目の前で起きていることが、僕には信じられなかった。
憎かった妹が、泣きながら謝っている。
ある意味彼女も被害者であったのに。

(;-_-)「……泣くなよ」

長らく続いた沈黙を、僕はやっとの事で破った。

川д川「で、でも……」

(;-_-)「お前が悪いんじゃない、悪いのは親父たちだから」

183名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:52:06 ID:elzXkpGg0
川д川「…………」

ぐすん、と鼻水をすする音がしたので僕はティッシュを差し出した。

川д川「ありがと……」

鼻をつまみ、どうにか鼻水を追い出そうとしている様を見ながら僕は夢を見ている気分になった。

(-_-)(本当に、貞子は分かってくれたんだろうか)

今まで話さなかった本音を、彼女は分かってくれたんだろうか。
分かって、くれたなら。

(-_-)(どれだけいいだろうか)

川ー川「……もう、無理に家に帰ってきて、とは言わないよ」

鼻水を拭き終えたらしい貞子は柔らかく微笑んだ。

川д川「でも、二つだけ許してほしいことがあるの」

(-_-)「なに?」

川д川「時々こうして会いにきてもいい?」

(-_-)「……勝手に大学や家に来ないなら僕はいいけど、親父たちは平気なのかよ」

川д川「んー……。なんとか説得するし、あの人達がお兄ちゃんのところに乗り込むことがないように気をつけとく!」

(-_-)「そうか」

184名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:53:40 ID:elzXkpGg0
きっと両親たちは怒り狂うだろうが、結局は貞子を甘やかすことになるだろう。
今まで貞子のわがままを通してきた罰が、両親たちに降りかかるのだと思うと僕は少し愉快な気分になった。

(-_-)「で、二つ目は?」

川д川「お爺ちゃんのお墓参りに来て欲しいの」

(-_-)「えっ、死んだの?」

僕の言葉に、貞子は呆れたようだった。

川д川「……何度か手紙を入れたとは思うんだけど」

(-_-)「……開けてない」

川д川「なんで!」

(-_-)「だ、だっていつも家に帰ってこいって書いてあるから……」

川д川「もー」

わざとらしく頬を膨らませ、貞子はコーヒーに口をつけた。

(-_-)「ごめんて……」

川д川「……別に良いけどさ」

全く良くなさそうな顔で貞子はそう言った。

185名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:55:53 ID:elzXkpGg0
(-_-)(墓参りかぁ)

僕は正直行くのが嫌だった。
嫌いな祖父の墓参りに行くというのもあるが、もっと嫌なのは風習のせいだった。

(-_-)「……それ、忌屋に泊まらなきゃいけないんだろ?」

僕の言葉に貞子は頷いた。
先祖代々から続く墓場には忌屋と呼ばれる小屋があり、墓参りをした際には必ずそこで一晩を過ごさなくてはいけないのだ。
誰かが亡くなってから一年間は、この奇習をこなさなくてはいけないので僕は苦手で仕方がなかった。
なにせ忌屋には簡易的な風呂場と寝所しかない。
山奥だから電波は届かないし、食事は持参しなくてはいけない。
何よりもうすぐ隣に墓があるもんだから、落ち着いて寝られるわけがないのだ。
弔いの為だとか、穢れを祓う為だとか言われているが僕はどうしても納得がいかなかった。

(-_-)(わざわざ怖いところに泊まるなんてどうかしてるわほんと……)

とはいえ貞子は、どうしてもこの風習を守りたいようだった。

川д川「流石にお兄ちゃん一人じゃ怖いだろうから、その時は貞子も一緒に泊まるから……」

(;-_-)「……考えとく」

結局その場では結論を出さずに、僕たちは連絡先を交換することにした。
行くとなったら、彼女に教えておかないと僕一人で忌屋に行かなきゃいけないからだ。

(;-_-)(面倒な事が次から次へと出てくるなぁ)

カツサンドを頬張りながら、僕はそう思った。

186名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:56:57 ID:elzXkpGg0







食事は話し合いの場です






.

187名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:57:56 ID:elzXkpGg0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
分かってるようで分かっていない人

川д川 貞子
全部分かっている人

川 ゚ -゚) 素直クール
まだ分かっていない人

( ・∀・) モララー
分かろうとしている人


カツサンド
四枚切りの食パン二枚を使ってソースをたっぷり染み込ませた分厚いカツとシャキシャキのキャベツが挟んである、また付け合わせにプチトマト五個とゆで卵がのっている、一皿五百九十円

188名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 13:59:14 ID:elzXkpGg0
おまけ

川д川「貞子トマトきらーい」

(-_-)「好き嫌いしないでちゃんと食べろよ」

川д川「えー……うーん……」

(-_-)(あ、食べた)

川д川「……やっぱりおいしくなあい」

(-_-)「でもちゃんと食べたな、前だったら絶対吐き出してたのに」

川д川「貞子成長したからね!」

(-_-)「まあ、高校生だしな……」

川д川「むう、褒めてよ!」

(-_-)「はいはい偉い偉い」

川ー川「……えへへ」

189名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 14:37:26 ID:PjTTnyd20
貞子が左利きじゃありませんように

190名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 14:55:09 ID:NRj0FUNM0
乙!!
ミステリアスだな…

191名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 15:38:09 ID:CfhjuGWg0
乙乙!クーの過去が辛すぎる
あと読んでてヒッキーの田舎がちょっと怖いと感じた
何かこう、じわじわ不安を煽る感じというか……

192名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 16:31:27 ID:/r19CKP60
ヤンデレだいしゅき

193名も無きAAのようです:2015/10/09(金) 20:02:07 ID:pnIUiJ3.0

ヒッキーの過去もクーの過去も辛いなぁ

194名も無きAAのようです:2015/11/17(火) 16:33:15 ID:4zk90Y5A0
後少し?
何かどんどん解ってきた気がする!おつ!

195名も無きAAのようです:2015/11/17(火) 21:15:36 ID:D90sEHJUO
ヒッキーも何らかしらの解離があるという予想

びくびくしながら期待

196名も無きAAのようです:2015/11/18(水) 17:25:43 ID:dxe9NAng0
もしかしてクールー病もかかってるのか?だとしたら……

197名も無きAAのようです:2015/12/06(日) 00:38:35 ID:jqtq.Z1w0
七把一絡げ思い出した……
すげぇ引き込まれる期待して待ってる

198名も無きAAのようです:2015/12/06(日) 18:57:03 ID:HgdJUOCQ0
コンビーフが出てきた瞬間、反射的にスレを閉じてしまったが読んでみたら面白かった

199名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:23:11 ID:v37dldgU0
午後十二時半きっかり。
区切りのいい時間に、そのメールは届いた。

川 ゚ -゚)『悪いけど今日もそっちに行けそうにない。すまない』

さくっと書かれた文章に、僕は少し引っかかっていた。

(-_-)(今日も……?)

昨日、僕は屋上に行けないとメールをした。
クーはそれに対して、了解としか返さなかった。
だから僕は、例の場所にクーが来ていると思い込んでいた。
けれどもこの書き方だと、昨日も大学に来ていないようだった。

(-_-)『何かあったんですか?』

返事はすぐに来た。

川 ゚ -゚)『何でもないよ』

(-_-)(いや絶対あるだろ……)

そう思って、深く突っ込もうとした矢先にもう一通メールが入ってきた。

200名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:24:01 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)『肉が食べたい』

画面をスクロールすると、下の方には地図が添付してあった。

(-_-)『これは……?』

川 ゚ -゚)『わたしの家までの地図だ。悪いがお金はあとで払うから肉をたくさん買ってくれないか。来るのは何時でもいいから』

(-_-)(……具合悪いのかな)

一人暮らしを始めてすぐ風邪をひいた時のことを思い出す。
食事も作れないし、買い物にも出かけられない。
ただひたすら寝る以外何もできず、じわじわと体力が削られていって、とても心細くて。
あの時はたしかブーンに助けてもらい、なんとかなったのだ。

(-_-)(んー……、あっちに安いスーパーってあるかなぁ)

どんなものならクーが喜んでくれるのか。
そんなことを考えながら、僕の昼休みは過ぎていった。

201名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:24:48 ID:v37dldgU0
結局、僕は行きつけのスーパーで食料を調達した。
ネットで配布されていたチラシやクーポンを駆使した結果、七百円近くも安く買えるとわかったからだ。

(*-_-)(いい買い物したわぁ)

一人ほくそ笑み、両手に提げた袋を持ち直す。
右手の袋にはきゅうりと人参とほうれん草が一袋ずつとサトウのご飯。
左手の袋には豚バラ肉二キロとゴマドレッシングの瓶が入っている。

(-_-)(初めて降りたなー)

きょろきょろと辺りを見回しながら、改札を出る。
北口、西口、と書かれた看板が目につく。
送られてきた地図によると西口に出ればいいらしい。
僕はゆっくりと階段を降りていった。

202名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:25:34 ID:v37dldgU0
西口には飲食店が多く立ち並んでいた。
ラーメン、居酒屋、焼肉、もつ鍋、串焼き、スペインバル、カラオケ。
そんなお店が三階建てのビルや地下に詰まっていた。
中にはテナント募集や新規オープン準備中の看板がつけられている所もあった。
入れ替わりの激しさを感じさせるそれに、世知辛さを感じた。

(-_-)(どこも人がいっぱいだ)

会社帰りのサラリーマンやおじさんを連れたケバい化粧の女性がそこへ吸い込まれていくのを見て、僕はそう思った。

(-_-)(クーはいつもこの賑やかな通りを歩いているんだ)

たまにどこかへ立ち寄ったりするんだろうか。

(-_-)(……でも肉以外食べないもんなぁ)

刺身もダメ、野菜もダメ、お菓子もダメ。
知らない人と楽しく会話もできなさそうである。

(-_-)「おっと」

酒屋の角を右に曲がる。
どうやら店の裏側になるらしく、そこは人通りが少なかった。
びかびかと光る電飾看板に目がやられかけていたので、僕的にはこっちの方がホッとする雰囲気であった。

(-_-)(でも女性が通るには危ない気がするなぁ……)

なにせ明かりが少なかった。
せっかく見つけた街灯も、疎らな光を発しているあたり、すぐにでも真っ暗になってしまいそうだった。

203名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:26:20 ID:v37dldgU0
(;-_-)(ええっと、ここの角を左に……)

そっと路地を覗き込み、僕は固まった。
ピンク色の看板に、六十分コースの文字。
その意味を理解した瞬間、僕の顔は熱くなった。
しかしそこから目が離せなかった。
チカチカと瞬くストロボの光によって、否が応でも視線はそっちに誘導されてしまうのだ。

(;-_-)(どこからどう見ても風俗街です本当にありがとうございました)

所狭しとそんな看板が立ち並ぶ通りには、数人の男が暇そうに立っていた。
きっと客引きを担っているのだろう。

(;-_-)(ど、ど、どうしよう……)

どうもこうもなかった。
地図によればこの先にある雑居ビルがクーの家なので、進むより他ないのだ。

(;-_-)(よ、よし! ……行こう!)

ビニール袋を持つ手に力を入れ、路地に足を踏み入れようとした時だった。

「おにーさんおにーさん」

(;-_-)「ヒェッ!?」

いきなり声をかけられ、僕は慌てて振り向いた。

爪'ー`)y‐「見ない顔だね、ご新規さん?」

(;-_-)「あ、えっと……」

爪'ー`)y‐「ここはどーんな子でも揃ってるよ! 要望さえ言ってくれれば口きいてあげるからさぁ」

204名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:27:33 ID:v37dldgU0
遠慮します、の一言も言えずに僕は後ずさる。
さらに男が踏み込む。
さらにさらに僕は後退する。

爪'ー`)y‐「あっはっは、そんなに怖がらないでよ」

男は人の良さそうな笑みを浮かべるが、なにせガラの悪さがすべてを相殺していた。
胸元の開いた黒いシャツ、暗灰色のスーツ、傷み始めている革靴、黙々と煙を上げているタバコ。
何もかもが恐ろしく見える。
僕はそっと後ろを見る。
が、他の客引きたちは慌てて僕から目を背けた。

(;-_-)(関わりたくないってことか)

となるとはっきり断らなくてはいけない。

爪'ー`)y‐「今の時間帯は空いてるよー、なんなら三十分タダでサービスするよう言ってあげてもいいからさ」

(;-_-)「ぁ、ぁ、あ、あの」

爪'ー`)y‐「んー?」

はくはくと口から息が逃げていく。
それをしっかり捕らえるように、僕はこう言った。

(-_-)「僕そういうんじゃなくて……」

爪'ー`)y‐「……え、女の子より男の方が好きとか?」

(;-_-)「ち、違います! 友達に会いに来たんです!」

205名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:28:48 ID:v37dldgU0
すると目の前の男は一瞬考えるような顔をし、

爪'ー`)y‐「……もしかしてその友達っていうのは、この先にあるビルに住んでたりする?」

珍獣を見るような眼差しで、そう言った。

(-_-)「そ、そうですけど。なにか?」

爪'ー`)y‐「いやあ、あの人にもとうとう最良さん以外に友達が出来たのかぁ、って思ってたのさ」

さいよし。
聞き覚えのない名前だが、クーの唯一の友達といえばモララーさんしかいない。
きっと彼の名字なのだろう。

爪'ー`)y‐「素直さんところに案内してやるよ」

ぴん、と男の指からタバコが放たれた。
タバコはころころと転がりながら地面に落ち、彼は小さく舌打ちをした。
どうやらその隣にあった水溜りにタバコを入れたかったらしい。
大股でタバコに近付き、男はそれを踏みにじった。

爪'ー`)「自己紹介、まだだったな。フォックスっていうんだ」

(-_-)「あ、えっと、疋田、です」

206名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:29:45 ID:v37dldgU0
爪'ー`)「……もしかして叢作のほうに住んでました?」

(-_-)「えっ」

思わぬところでその地名を聞き、胸が騒いだ。
なにも言えない僕に、フォックスは慌ててこう言った。

爪'ー`)「あー、昔唯田に住んでて。っていってもその後すぐ少年院に入ったりしちゃったんすけどね」

(;-_-)「そ、そうなんですか……」

こういう話にはなんて答えればいいんだろうか。
困惑しながら僕はなるべく笑うように心掛けた。

爪'ー`)「んじゃ、行きますか」

おもむろにそう言い、フォックスさんは歩き出した。
慌てて僕はその後に続いた。

207名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:32:57 ID:v37dldgU0
彼は人懐っこくて、話好きな性格だった。
普段僕がなにをやっているのか、クーとはどうやって出会ったのかを根掘り葉掘り聞かれた。
怒涛の質問攻めが終わったあと、今度は自分の兄について語り始めた。

爪'ー`)「いやービックリしたよね。院から帰ってきたら兄貴死んでるからさ。しかも同級生が刺したっていうしさ」

驚くことに、彼の兄はあの鬱田ドクオさんだった。

(-_-)「……大変でしたね」

爪'ー`)「いやぁ、オレは全然。母ちゃんの方が大変だったと思うよ」

カラカラと空っぽな笑みと共に、僕の言葉は一蹴された。

爪'ー`)「そん時に最良さんと素直さんに出会ってさぁ。二人から事情聞いて、あー兄貴にも友達いたんだーってなんか嬉しくなって」

(-_-)「ドクオさんと仲はよかったんですか?」

爪'ー`)「ぜーんぜん」

(-_-)「えっ……」

軽く言われたそれに、頭から血の気が引いた。
その直後、「別に悪くもなかったんだけど」と彼は付け加えた。

爪'ー`)「んー、なんていうの。兄貴って結構周りと距離置いてるタイプで親ともそんなにべったりって感じでもなかったし。一匹狼的な?」

(-_-)「ふうん……」

爪'ー`)「だから話し掛ければ相手してくれんだけど、あっちからはそういう事もなくて。黙々とパズルで遊んだり自分で作ったりしてる方が多かったよ」

208名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:34:05 ID:v37dldgU0
孤独を好んでいた人なのだろうか。
一人でいても苦痛ではない。
それって、どんな感じなのだろう。

爪'ー`)「ああでも別に兄貴のことは嫌いじゃないんだぜ。むしろ今でもスゲーって思ってる」

(-_-)「……どうして?」

爪'ー`)「ロクデナシだからさぁ、オレは。こんなちっせえ区画の元締めなんかどんなバカにでも出来るけど、兄貴のパズルは兄貴にしか作れねえもん」

気付くと風俗店は疎らになり、空きビルや空き店舗が目に入るようになってきた。
フォックスさんはその中でも一際目立つ大きなビルを指差した。

爪'ー`)「あそこの三階にいるよ」

(-_-)「ありがとうございます」

頭を下げると、フォックスさんは照れたように笑った。

爪'ー`)「気が向いたら店に来てもいいんだぜ」

そう言って彼はポケットティッシュを差し出した。
裏にはコスプレ風俗のチラシが差し込まれていた。
僕はなんとも答えられずに、ただはにかんだ。

209名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:35:10 ID:v37dldgU0
雑居ビルは五階建てで、一階はコインランドリーになっていた。
それ以外の部屋は真っ暗だったりダンボールやカーテンで閉め切られていた。
こんなところに人が住んでいるなんて誰が思うだろうか。

(-_-)(……エレベーター動いてるかな)

コインランドリー横のエントランスにあったそれは、かなり年季が入っていた。
恐る恐るボタンを押すと、凄まじい音を立てながら箱が降りてきた。
中に入ると機械油や埃が混ざった臭いがする。
あまり気持ちのいいものではなかった。

(-_-)(三階、ガールズラウンジ、カリブの海……)

階層表示の横には、昔の店名がそのままになっていた。
そこから察するに、一階から三階まで飲み屋やいかがわしいマッサージ店が、四階から五階はヤクザの事務所が入っていたらしい。
廃墟の海へと続くボタンを押すと、エレベーターの扉が乱雑に閉まる。
やおら動き出し、モーターが唸る音が聞こえた。

(-_-)(これ本当に大丈夫かな)

箱が持ち上げられ、すとんと落とされるような感覚。
そしてまた、扉がぶっきらぼうに開いた。
エレベーターホールには、真っ赤な絨毯が敷かれていた。
といっても土埃にまみれてかなり汚れているのだが。
そのまま真っ直ぐ進んだ突き当たりに、漆黒のドアがあった。

(-_-)(着いた)

インターホンがないので、ドアをノックしてみる。

210名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:36:18 ID:v37dldgU0
すると、

「開いてる」

と久々に聞く声がした。

(-_-)「お邪魔しまーす」

部屋の中は薄暗く、それでも物が散乱しているのが見えた。
奥に進むとカウンターとソファーを見つけた。
カウンターには発泡スチロールや本が山積みになっていて、今にも崩れ落ちそうだった。
ソファーには、人影が寝転んでいた。

(-_-)「クー?」

川  - )「ああ、悪いね、疋田くん」

ややかすれ気味の、やつれた様なクーの声。

(-_-)「大丈夫ですか?」

川  - )「まあ、それなりに」

ソファーのそばにあったローテーブルに荷物を置く僕に、クーはそう答えた。

川  - )「暗いだろう。壁際に明度を調節するつまみがあるから、好きにしてくれ」

(-_-)「はいはい」

床に落ちているコードや服らしき影を踏まない様に気をつけて、僕はつまみを探した。

211名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:37:22 ID:v37dldgU0
(-_-)(……これかな?)

つまみは思ったよりも低い位置にあった。
くるりくるりとそれを回せば、部屋は浅い夕陽色に染まった。

(-_-)「こんなもんでいいで、」

すか、という言葉は出なかった。
ソファーからちょうど起き上がったらしいクーは、何も着ていなかった。

(;-_-)「あぁああぁあああああ!?!?!?!?」

思わず手で目をふさぐ。
が、時は既に遅かった。
華奢な体つき、すらりと伸びた腕、全身に広がる火傷や沈着した痣の跡と白い肌のコントラスト、それらを隠すような黒髪。
全てが瞬時に、そして鮮烈に、脳裏に焼き付いた。

川 ゚ -゚)「すまない。君が来る前にシャワーを浴びようとしたんだけど、目眩がしてそれからずっと寝ていたんだ」

(;n_n)「わかったんでいいからなんか服着てください……」

手の隙間から漏れる光さえも、なんだか恥ずかしかった。
衣擦れの音が静かに響き、僕はため息をついた。

(;n_n)「まだですかね」

川 ゚ -゚)「着替え終わったよ」

212名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:38:40 ID:v37dldgU0
そっと手をどかす。
灰色のスウェットを着たクーが、どこか申し訳なさそうに僕を見つめていた。

川 ゚ -゚)「すまなかった」

(-_-)「……気にしてないですよ、具合が悪かったんなら仕方ないですし」

川 ゚ -゚)「それもあるけど」

(-_-)「けど?」

川 ゚ -゚)「別に君に裸を見られてもなんとも思わないというか」

(-_-)「いいからシャワー浴びて下さいよ」

川 ゚ -゚)「……それもそうだな」

そうっと立ち上がり、彼女はゆっくりと僕の横を通り抜けていった。

川 ゚ -゚)「ほんとに、ごめん」

もう一度クーが謝って、だけど僕は怒っても悲しんでもいなかった。
だから僕は、なにも言わずに台所へと向かった。

213名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:39:56 ID:v37dldgU0
カウンターを超えた先に台所はあった。
台所、といっても元は飲み屋の厨房である。
床は打ちっ放しのコン.クリートなのでいかにも寒々しく、壁紙にはヤニがすっかり染み付いていた。
二層シンクの隣には昔ながらの電熱ヒーターがたった一つだけ設置されていた。
その脇には調理器具が散乱していた。
計量カップの中に菜箸や小さいお玉が突っ込んであったり、鍋が適当に重ねられていたり。
包丁だけはさすがに危ないと思ったのか、きちんと鞘にしまわれていた。
食器棚の中にはなぜか電子レンジが突っ込んであり、長らく使われてはいない様だった。
そして一番奥の壁際には、これまた大きい業務用の冷蔵庫と冷凍庫が聳え立っていた。

(-_-)(一人暮らしならこんなでかいのは要らないだろうに)

試しに冷蔵庫の上段を開けてみる。
中はほとんどすっからかんで、味噌や砂糖や塩などの調味料しか入っていなかった。
下段を開けてみると、そこにはニリットルサイズのペットボトルが所狭しに入れられていた。

(-_-)(コーラと天然水……)

コーラはともかく、なんで水がこんなにあるのだろうか。

川 ゚ -゚)「言うのを忘れていたけれども、」

(;-_-)「ひゃっ!?」

川 ゚ -゚)「料理には必ずその水を使ってくれ。茹で水とか、野菜を洗うのも全部」

(-_-)「分かったけどいきなり後ろから声かけられると……」

川 ゚ -゚)「ん」

わかったのかわかってないのか掴めない返事をし、クーは去っていった。

214名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:41:15 ID:v37dldgU0
(-_-)「……生活用水かぁ」

ここの水が気に入らない原因があるのだろうか。
気にはなったが、今は夕飯を作るのが先である。
僕はボトルを何本か取り出した。
一本は鍋でお湯を沸かすために。
もう一本は野菜を洗うために。
残りはまた後で使うので、そのまま空いたスペースへ。

(-_-)(やっぱり変わってる)

洗う水まで指定されてるなんて、と思いつつほうれん草の泥を落とす。
それから人参の皮をむいて、いちょう切りにしてしまう。
きゅうりも同じ様に切る。
お湯が沸いてきたところで塩を少し入れ、人参を茹でる。
火が通ったら、水で冷やしてきゅうりと一緒にボウルに入れる。
ほうれん草も茹でて、食べやすい大きさに切る。
それもまたボウルの中に入れる。
さて、ここでまた新しくお湯を沸かさなくてはいけない。
今度は豚肉を茹でなくてはいけないのだ。

(-_-)(あー、クーのは別にしとこうかな)

どうせ野菜と混ぜても、彼女は食べないだろう。
お湯を沸かす間に僕はもう一つボウルを用意した。
こっちにはたくさんお肉を入れてあげよう。
そうすればきっと喜んでくれるだろうから。

215名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:42:37 ID:v37dldgU0
(-_-)「よい、しょっと!」

鍋にどさどさと豚肉を投入。
しゃぶしゃぶ用の薄切り肉なのですぐに火は通ってくれる。
とはいえ二キロもあるから、分割しないと茹できれないのだけど。
茹で上がった肉はせっせせっせと空のボウルに肉を入れる。
鍋が空いたらまた肉を入れる。
ボールに肉を移し、また肉を入れて……。

(-_-)「……」

その間、クーの体についた傷跡のことを考えていた。
肩から胸には白さを含んだ赤茶色の肌は、きっと火傷の跡だ。
形からして、熱湯かなにかをかけられたような。
二の腕や腹にかけて斑らに広がっていた青黒い痣は、古いものだろう。
あまりにも内出血がひどいと消えるまでに時間がかかってしまうのだ。
そして、クーの左手首で膨れていた一本の線。
あれは、どう見てもためらい傷であった。

(-_-)(何があったんだろう)

自傷を繰り返すうちについたものではなさそうだ。
リストカットというのは、最初はひっかき傷のようなものから始まるのだ。
痛みや血を得ようとするうちにそれはどんどん悪化し、しまいには洗濯板のような腕になる。
だけどクーの体にある切り傷は、あれ以外にないのだ。
だから、あれは、

(-_-)(彼女が死のうとした跡だ)

216名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:43:34 ID:v37dldgU0
考えがまとまるのと豚肉が茹で上がるのはほぼ同時であった。
それぞれのボウルにゴマドレッシングをどっぷりとかける。

(-_-)(聞いたらダメだよなぁ)

電子レンジにサトウのご飯を突っ込む。
ボウルの中身を混ぜ終えたら、ちょうどそれも温まるだろう。

(-_-)(でも気になるし)

味の馴染んだそれを、味見程度に食む。
しゃきしゃきとしたきゅうりの食感。
ほうれん草の甘み。
脂が適度に落ちた豚肉のさっぱりさ。
食欲をそそる人参の彩り。
香ばしいゴマの風味とまろやかな酸味。

(-_-)(おいしい)

もう一口だけ、と言い聞かせて肉を頬張る。

(-_-)(喜んでくれるといいな)

そう思いながら僕はホールへ食事を運んだ。

217名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:44:15 ID:v37dldgU0
ほどなくして、クーはホールに戻ってきた。

(-_-)「髪濡れてると風邪引きますよ」

川 ゚ -゚)「タオルでよく拭いたし大丈夫さ」

それよりも食事だ、と言わんばかりにクーは割り箸を取り出した。

川 ゚ -゚)「おいしそうだな」

肉の山を見て、クーは心底感動したように言った。

(-_-)「茹でた豚肉にゴマドレをかけただけですよ」

パキン、と割り箸を割る音が二つ。
それからいただきますという声。
僕もそれに倣い、肉へと手を伸ばした。

川 ゚ -゚)「うん、おいしいな」

(-_-)「ならよかった」

よほどお腹が減っていたんだろうか。
それきりクーは黙って、ボウルを抱え込んだ。
むしゃり、むしゃり、と肉を咀嚼する音だけが響く。
食べ進めながら僕はボウルを持つ左手を盗み見ていた。
やっぱりどうしても気になってしまうのだ。

川 ゚ -゚)「本当においしいよ」

(-_-)「え? あ、ああ……」

急にこちらを見て言うもんだから、僕は慌てて目を逸らした。

218名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:45:22 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)「……疋田くん?」

(-_-)「なんでもない」

クーを視界から外し、僕はぐるりと部屋を見回した。
窓際にはチェストが置かれていた。
その上には唇の形をした置き物と、柘榴色の着物を着た女性の写真が乗っていた。

(-_-)「あの写真は……」

川 ゚ -゚)「成人式の時の写真だよ」

肉を飲み込みながら、器用にクーは答える。

川 ゚ -゚)「あんまり似合わないだろう」

(-_-)「そんなことないですよ」

川 ゚ -゚)「そうか?」

(-_-)「というか……、綺麗すぎて一瞬誰なのかと」

川 ゚ -゚)「化粧と髪型のせいだろう」

言葉は素っ気ないが、どうもクーは照れているようだった。
一瞬咀嚼音が途切れたからである。

川 ゚ -゚)「成人式なんてわたしは本当はどうでもよかったんだ」

(-_-)「そうしたらモララーさんに怒られたとか」

川 ゚ -゚)「よくわかったな」

(-_-)「だってクーの話は大体モララーさんのことばっかりだし」

219名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:07 ID:v37dldgU0
一瞬キョトンとしたあと、くつくつとクーは笑った。

川 ゚ -゚)「たしかに、そうだな」

着物や草履の一式は、モララーさんが用意したものだという。
もちろんレンタルなどではなく、買ったもので今でも部屋の隅に保管してあるらしい。
帯や着物全体に金糸や銀糸が織り込んであるし、正絹でできているというのだから値段はさぞかし高いだろう。

(-_-)(お金持ちのやることはスケールがでかくて怖いな)

川 ゚ -゚)「あいつは育ちがいいせいか、行事にはうるさくてね。必要ないと言っても絶対に折れなかったんだ」

気付けばクーのボウルは空になっていた。
僕のボウルには、まだ肉が数切れ残っていた。
黙ってそれを差し出すと、肉はクーの口へとさらわれていった。

川 ゚ -゚)「ごちそうさま」

(-_-)「お粗末様でした」

残った野菜で僕はもそもそとご飯を食べる。
ついつい話していると、箸が止まってしまうのだ。
それにしたって、いつもよりも食べるスピードが速かった。

(-_-)「ちゃんとご飯、食べてなかったんですか?」

川 ゚ -゚)「……食べたさ」

バツの悪そうな顔で、クーはこう言った。

220名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:46:52 ID:v37dldgU0
川 ゚ -゚)「本当は君にハンバーグを作ってあげたかったんだけど、その肉も食べてしまってね」

(-_-)「ハンバーグ?」

川 ゚ -゚)「そう、ハンバーグ」

クーは目を閉じて、それからなにかを決意したようだった。

川 ゚ -゚)「昔の話を聞いてもらうために、必要なものだった。それが、ちょっとしたトラブルでふいになってしまったんだけども、」

(-_-)「そんなの、いつでも聞きますよ」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「僕、さっきから気になってたんです。クーになにがあったのか、どうして手首にそんな傷を負っているのか」

川 ゚ -゚)「……気付いていたよ。見ていて気分のいいものじゃなかったろう?」

(-_-)「僕はそうは思いませんでした」

本心だった。
不愉快でもなく、醜悪なものでもなく。
僕が知らない空白の時間を手にしたかった。

(-_-)「教えてください」

川 ゚ -゚)「…………」

(-_-)「お願いだから」

だから、

(-_-)「クーの地獄を見せてよ」

221名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:47:41 ID:v37dldgU0




君の地獄に恋してる



.

222名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:48:36 ID:v37dldgU0
登場人物紹介

(-_-) 疋田
タバコは臭いから苦手

川 ゚ -゚) 素直クール
タバコは臭くなるから嫌い

爪'ー`)y‐ 鬱田フォックス
タバコを吸うのはクー避けのためである

223名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:49:33 ID:v37dldgU0
おまけ

爪'ー`)「おつかれーっす」

(・∀ ・)「おつかれっす! 持ち場離れてどこ行ってたんすかー?」

爪'ー`)「んー? 道案内的な?」

(・∀ ・)「またお客さん捕まえたんすか! 流石っすね、こんな暇な時に」

爪'ー`)「んーん、違うよ。コインランドリー入ってるビルあんじゃん」

(・∀ ・)「ああ、あの幽霊ビルの」

爪'ー`)「あそこに住んでる子に用事があるんだと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐「それより火くんない?」

(;・∀ ・)「あ、は、はい……」

爪'ー`)y‐「ありがと」

(;・∀ ・)「…………」

爪'ー`)y‐(素直さんに友達、ねえ)

224名も無きAAのようです:2016/01/08(金) 16:50:30 ID:v37dldgU0
あけましておめでとうございました


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