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Ammo→Re!!のようです

1名も無きAAのようです:2013/05/26(日) 19:44:33 ID:cwrc78lw0
いつまでたっても規制が解除されないのでこちらで


纏めてくださっているサイト様

文丸新聞さん
ttp://boonbunmaru.web.fc2.com/rensai/ammore/ammore.htm

ローテクなブーン系小説まとめサイトさん
ttp://lowtechboon.web.fc2.com/ammore/ammore.html

356名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:37:09 ID:Dz5RW/cY0
鼻から入った海水を吐き出し、一度息を吸っては、直ぐに海中に姿を消してしまう。
彼の視線の遥か先には巨大な船があった。
世界最大の豪華客船にして船上都市であるオアシズ。
そこから放り出された彼は、波に頭を掴んで海に引きずり込まれても尚諦めず、ひたすらに同じ行動を繰り返していた。

即ち、生きるための行動だ。
大粒の雨で霞む視界の先に見える小さくか細くなりつつある明かりを頼りに、彼は船を目指していた。
海面がどれだけ荒れていても、海中ではそれほど大きな揺れはない。
海岸近くや浅瀬でもない限り、海面よりも海中の方が安全だ。

そのことにブーンが気付いたのは、感動するほどの高波に飲まれた時だ。
暗い海中では体が左右に揺さぶられる程度の影響しかなく、波に殴られるよりも遥かに楽だったのである。
ヒート・オロラ・レッドウィングに泳ぎを教わり、デレシアに水を習ったおかげでこの状況でも苦も無く泳ぐことが出来た。
濁った海中で目を開けることは流石に難しく、天候の影響もあり海中から目標を目視することは不可能だった。

そこで酸素を取り入れることと目標の方角を確認するために、海面に顔を出していたのだ。
しかし、船はみるみる遠ざかるばかりで、到達は絶望的だった。
だが。
だがそれでも彼は泳いだ。

無理を承知でブーンは泳ぎ、抗っていた。
心が折れそうになる度に、これまでに出会った人の声が聞こえてきた。
女性も、男性も、本人の口から聞いたことのない言葉を喋るのだ。
代わる代わる、ブーンの耳元で、脳の奥で、何度も同じような言葉が木霊する。

――諦めるな、と。

その言葉が幻聴であることは分かっている。
そんなことは、知っている。
諦めたらそこで何もかもが終わることも承知している。
だからブーンは抗っているのだ。

水は怖くなかった。
溺れて死ぬことは嫌ではなかった。
怖いのは諦める事だった。
嫌なのは諦めて死ぬことだった。

(;∪´ω`)「ぷはっ……!!」

不意に、何かの気配を感じた。
何か、静かな気配が近づいてきている。
それは、前方の海中から感じ取れた。
一定の距離を保ち、こちらの動向を観察しているような、その気配。

海中から、何かがこちらを見ている。
恐ろしいという思いもあったが、それで怖気づくわけにもいかなかった。
息を吸い込んで海中に潜り、腕を動かし、足を動かして泳ぐ。
が、突如として体が一気に力を失った。

357名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:38:18 ID:Dz5RW/cY0
四肢の付け根から力が染み出したかのように抜け落ち、言うことを聞かない。
全力で泳ぎ続けたことによる影響と体が冷えていることが原因だと、その時になって気が付いた。
浮上するだけの体力もなく、成す術もない。
軽いパニックに陥り、ブーンは残り少ない酸素を全て吐き出してしまう。

最後の力を振り絞って吐き出した言葉は泡となって、海に溶けて消えた。

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|  |  | |::::::::::::::::::::::::::::::::::‥…━━ August 6th AM01:07 ━━…‥
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厳戒態勢のオアシズ内は寝静まり、極めて小さな音量で流されるクラシック音楽が優雅さを演出している。
普段なら夜通し営業している居酒屋も、この時ばかりはシャッターを下ろさざるを得ない。
特に警備が厳重になっているのは、第三ブロックだった。
他のブロックの警備を行っていた人間を密かに移動させ、そこにいるとされている犯人の捜索を行っているためだ。

トイレ、排気口、人が隠れられる空間を虱潰しに探し、警備員同士の検査も同時に行われていた。
犯人の最有力候補であるノレベルト・シューは変装の達人にして、元探偵。
一連の犯行と逃亡手段が全て誰かに化けて行われていることから、まずは身内を疑うことになった。
変装を見抜くためにカードと顔の確認が行われ、第三ブロックで捜査に当たる全員が間違いなく本人であることが証明されている。

五分前、第三ブロックにオアシズ市長リッチー・マニーが足を踏み入れていた。
だが、彼は決して人目に付かないように気を付けていた。
第三ブロック長、ノリハ・サークルコンマに協力してもらい、返却予定の衣装ダンスの中に隠れて移動していた。
無事に目的の部屋まで運ばせ、そこでノリハと別れた。

部屋の主が荷物の封を切り、マニーに声をかけてきた。
それを合図に荷物から出て、その人物の顔を見るや否や、マニーは頭を垂れ、敬意を表した。
三十年以上の時を経ても、増すのは老いではなく美ばかり。
豪奢な金髪を持つ旅人、デレシアはそんな彼を静かに見つめている。

¥・∀・¥「お久しぶりです、デレシアさん」

ζ(゚ー゚*ζ「久しぶりね、マニー」

彼女が放つ慈母の様な雰囲気に、思わず屈してしまいそうになる。
だが今の彼には立場がある。
今の彼には目的がある。
マニーは再会の感動に浸るのを堪え、訪問の意図を明らかにした。

¥・∀・¥「現在、犯人はこのブロックに閉じ込めているそうです。
      ですが、一体誰が犯人なのか、皆目見当も付かなくて……」

358名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:39:38 ID:Dz5RW/cY0
ζ(゚、゚*ζ「私の方で見当は付いているけど、確たる証拠がまだないのよ。
      それに、目的が分かっていない以上、迂闊な手出しは身を亡ぼすわ。
      先手を打たなければこの相手、潰せないわよ」

流石はデレシアだ。
限られた情報をこの短時間で分析し、もう犯人の目星をつけている。
彼女の助けになるようにと持ってきた資料を、マニーは衣装ダンスから取り出す。
厚さにして一インチ。

彼女の存在を聞いてから急いで纏めたものだ。
全ての細かな情報も洩れなく書き記し、事件解決の手がかりになればと思って作ったのである。
クリップで挟んであるのは、現場や証拠品、全関係者の写真だ。

¥・∀・¥「こちら側で手に入れている情報を書類に纏めてきました。
      何かの役に立ててください」

ζ(゚ー゚*ζ「……私に、事件をどうにかしてほしいの?」

マニーは頷いた。
その通りだった。
正直、探偵達は信用できない。
警備員も、警察も、だ。

糞の山の中から銃弾一発を見つけただけで喜ぶ輩が、この事件の全体像を見ることなど出来るはずがない。
そして、信頼できるのは船長のラヘッジ・ストームブリンガーだけだ。
しかし彼には事件を解決に導く技量はない。
だがデレシアなら。

デレシアなら、その両方をどうにか出来るだけの力がある。

¥・∀・¥「この船の探偵も警備員も、このままでは事件を解決出来るとは思えません。
      ジュスティアの警察も呼びましたが、彼らにもどうにもできないでしょう……
      この船の乗客を守るためなら、私は土下座でもなんでもします。
      デレシアさん、どうかご協力をお願いいたします」

マニーは深々と頭を下げた。
正直に言うと、万策尽きたのだ。
犯人が投じた事件で生じた波紋はあまりにも大きく、それは船と云う小さな街を滅茶苦茶にした。
最早、誰かに頼るしかなかった。

デレシアは沈黙したが、彼女の息遣いに続いて紙を捲る音が静かに聞こえる。
一分もしない内に、その音が止んだ。

ζ(゚、゚*ζ「……なら、まずやることがあるわ」

デレシアの声が、頭上から響いた。
顔を上げて、彼女の表情を窺う。

¥・∀・¥「とは?」

359名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:40:29 ID:Dz5RW/cY0
ζ(゚ー゚*ζ「警察が到着してから、ハザードレベル5を限定的に解除する準備よ」

耳を疑った。
折角全乗客の安全を確保したと思ったら、それを解除しろと言う。
デレシアの真意を聞こうと身を乗り出したところで、デレシアが人差し指を立ててそれを彼女の唇に当てた。
慌てて、開きかけた口を閉じる。

黙れ、と云う意味だ。

ζ(゚ー゚*ζ「限定的、と言ったでしょう?
      解除するのはこのブロックだけの話」

¥;・∀・¥「ですが、どうしてこのブロックだけを解除するのですか?
      それと教えていただきたいのですが、探偵長“ホビット”は、犯人は第三ブロックにいる、と言っていました。
      しかし、犯人は第二ブロックにいたことが確認されているのですから……」

その点は、マニーが不思議に思っていたところだ。
探偵長の“ホビット”は、犯人が第三ブロックにいる、と言っていた。
第二ブロックにいた犯人がどうして第三ブロックで、と疑問に感じていたのだ。
今は彼の指示で第三ブロックには探偵と警備員が集まっているが、マニーは未だにその意味が分からないでいる。

彼からは何の説明もなかったが、デレシアはマニーの顔を見て理解してくれたのか、手短に説明してくれた。

ζ(゚ー゚*ζ「殺しをしくじったからよ。
      今回のような犯人は、一度しくじったら絶対に同じ手は使わないわ。
      遠隔地から殺人を画策するよりも、確実に対象を殺すために、このブロックに潜りこむはずよ。
      本来殺そうとした対象は私達だったから、もうここに潜りこんでいると考えるべきでしょう?」

デレシアが注目しているのは犯人の性質だった。
確かに、ここに至るまで犯人は何一つ決定的な証拠を残すことなく来ている。
その犯人がしくじったとなれば、事は重大だ。
犯人が初めて犯した失態なのだ。

緻密に計算されたであろう計画の唯一の綻び。
その修復のために犯人が動くのは、想像するに難くない。
そうなると、あるものが必須となる。
犯人が殺す予定だったのはデレシア達だった、と言い切れる材料だ。

それがなければ、デレシアの言葉はただの都合のいい解釈でしかない。

¥;・∀・¥「デレシアさん達が標的だった、と断言できる理由と云うのは?」

ζ(゚ー゚*ζ「毒殺の前に、私達、犯人に会っているのよ。
      犯人がわざわざ、自分の犯行を見た人間を野放しにすると思う?
      ましてや怪我まで負わされたんじゃ、ねぇ?」

マニーは背筋に氷を突っ込まれた気分がした。
これまでに手にした初めての情報だった。
犯人と遭遇した初めての人物。
それは、目撃情報と言っていい物だ。

360名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:41:28 ID:Dz5RW/cY0
¥;・∀・¥「い、一体、何時に?」

ζ(゚ー゚*ζ「警備員詰所の襲撃の際よ。
      次はあそこに来るだろうと予想して向かったら、ビンゴだったってわけ。
      まぁ、ジョン・ドゥとボイスチェンジャーを使っていたから性別は分からないけどね」

それで合点がいった。
ホビットの報告にあった武器庫の件は、デレシアが関係していたのだ。

¥;・∀・¥「デレシアさんでも仕留めそこなったんですか」

ζ(゚、゚*ζ「ま、そうね。 私だって無敵なわけじゃないわよ」

マニーの中で、デレシアの武力は絶対だ。
棺桶持ちの一個師団だろうが大隊だろうが、彼女の前には赤子に等しい。
その彼女の力を前に生き延びる人間がいる事は、驚きとしか言えない。
どのような手を使ったにせよ、後で彼女に殺されることだけは確実だろう。

ζ(゚ー゚*ζ「それに加えて、殺しの手段が今までと違ったことね。
      今までは直接手を下して来たのに、それをしなかった。
      それはね、私が面と向かっての戦闘では確実に殺せない可能性があると判断したからよ。
      ある意味で完璧主義者の犯人だからこそ、連続して同じ方法を取らなかったの。

      私との戦闘で負傷させられたことを考えて、安全な手を選んだのでしょうね。
      それでも失敗したとなると、今まで通り、直接殺しに来ると考えたの。
      でも実際のところは、私の勘が九割五分よ」

¥;・∀・¥「いえ、デレシアさんの勘ならばまず間違いはないはず。
      ですが、どうしてそのことを探偵長が知り得たのでしょうか?
      今の話では、犯人とデレシアさん達が対峙した、という情報を知っていない限りはそこに到達できないはずです」

ζ(゚、゚*ζ「多分だけど、探偵長は犯人が逃げ込む先としてここを推理したのかもしれないわね。
      第二ブロックで姿が見られている以上は、そこにいつまでもいるはずがない。
      だとすれば、これまでの行動を鑑みて、最も混乱が生じている第三ブロックに逃げ込んでいる、って具合にね。
      だから、念押しの意味を込めて警備員を第三ブロックに集めたのね」

デレシアとは違う方法で、あの男は犯人の居場所を突き止めたということだ。
思わず感情的になって罵倒したが、やはり、探偵長をしているだけある。
推理を断言の域にまで持って行った彼の力を、再評価せざるを得ない。
だが、だからこそデレシアの提案で理解できない点がある。

犯人がこのブロックにいるのなら、それこそ、ここを厳重に封鎖すればいい。
それを解除するということは、犯人にとって格好の狩場を作ることになる。
好きに移動して、好きに人と接触できるのだ。
それだけでなく、どこかに逃げるかもしれない。

報告書にある通り、水中作業用の棺桶が一機奪われているのだ。
海に逃げられたら、追い様がない。
然るべき報いを与える事が、市長としての義務だ。

361名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:44:32 ID:Dz5RW/cY0
¥・∀・¥「ですが、やはり犯人がいるのであれば、それこそ解除は――」

ζ(゚ー゚*ζ「人の動きが制限されるほど、犯人にとっては有利な状況になるのよ。
       このブロックで人が動くことが、逆に犯人にとって行動を制限することになるの。
       自由ゆえの不自由ってやつよ」

¥・∀・¥「他の乗客への影響を考えると危険では?」

ζ(゚ー゚*ζ「一度失敗した人間はね、臆病になるか大胆になるかなの。
      この事件の犯人は、前者でしょうね。
      これから先、無駄な動きはしないで機会を待つはずよ」

そして、デレシアはにこやかな表情を浮かべてマニーの返事を待った。
この指示に従うか否かで、乗客達の命が大きく左右される。
偽りに満ちた、この忌々しい事件。
その解決に向けた対抗策の指揮を、いや、全権をデレシアに任せるべきなのだろうか。

答えは決まっている。
だからこそ、ここに来たのだ。
彼女の判断を疑ってはいけない。
真実に辿り着きたいのであれば、デレシアに従うべきなのだ。

それは幼少期に実感した事。
自然の摂理の様に当たり前で、当然の事なのだと、幼少期の自分にさえ理解できたことなのである。
嵐を消し去ることが不可能なように。
大地震を止めることが出来ないように。

¥・∀・¥「デレシアさん、どうか、この事件を終わらせていただけませんか?」

ζ(゚ー゚*ζ「えぇ、いいわ。
       それと、マニー」

¥・∀・¥「はい」

ζ(゚ー゚*ζ「探偵長も気付いているはずだけど、犯人は上層部の情報を知り得る人間よ」

それはつまり、犯人は外部ではなく身内の人間。
マニーに近しい人間が犯人だと云うことを意味していた。

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362名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:45:18 ID:Dz5RW/cY0
ブロック長全員が会議室に呼び出され、その場に揃うまでには二十三分の時間を要した。
これはデレシアが予想した範囲内の時間だった。
円卓を囲んで座る五人のブロック長達を前に、マニーはデレシアからの言葉を反芻していた。
彼女からは話し方一つ、仕草一つに至るまで、事細かな指示を受けていた。

その通りにすればどうなるのかも、デレシアは言っていた。
ただ、彼女は計画の詳細を話さなかった。
マニーはただ彼女の指示に従って動くだけで、後は彼女自身の裁量で動くとの事。
それでいい。

仮に犯人がマニーを捕まえて拷問したとしても、情報が漏れることはない。
情報の秘匿性を高めるための手段だ。
だからこちらは、彼女の意志通りに立ち振る舞えばいい。
この船に平穏が戻るのであれば、それでもいい。

¥・∀・¥「よく集まってくれた」

五人は表情一つ変えない。
ここでデレシアに言われたのは、彼らの表情、態度の変化の観察だった。
それによって今の精神状態が分かるそうだ。
ひょっとしたら、この中に犯人がいるかもしれない。

¥・∀・¥「今から四時間後、第三ブロックに全ブロック長は集合してくれ。
      そして、それから五分後の七時五分、第三ブロックのハザードレベル5を解除する」

£;°ゞ°)「し、正気ですか?!」

¥・∀・¥「あぁ、正気だとも。
      では訊くがね、第二ブロック長オットー・リロースミス。
      正気とはなんだ?
      正気なら、この事件は解決できているのではないかね?

      ならば、我々は正気と言えるのか?」

£;°ゞ°)「ですが……」

¥・∀・¥「第三ブロック長ノリハ・サークルコンマ、答えろ。
      君は正気か?」

高圧的。
そして自信に満ち、一片の揺らぎも見せない喋り口調。
それがデレシアに要求された芝居だった。
一歩違えば気の触れた市長だが、上手くいけばカリスマ色を出せるとのことだ。

ノリパ .゚)「はい」

¥・∀・¥「質問よりも先に、話を聞いてもらおうか。
      これより我々オアシズ上層部は、反撃に転じる。
      全警備員、探偵を重装備で再配置。
      棺桶による完全武装を徹底しろ」

363名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:46:07 ID:Dz5RW/cY0
W,,゚Д゚W「ですが、どうやって反撃を? 犯人の位置はまだ把握できていないのでしょう?」

¥・∀・¥「方法は機密事項だ。 例え君らであっても、教えられない。
      だが、警備員が完全装備で待ち構えている場において、無謀をやらかす相手ではないことは分かるだろう?」

これ以上の会話はデレシアには指示されていない。
なのでこれ以上、マニーは言葉を発しなかった。
ブロック長達は、この沈黙の裏を読んで行動しないほど無能ではない。
無言で席を立ち、それぞれのブロックに戻る。

予定されている時間に怒る事態に備えて、各々の準備を行うためだ。
彼らが従順で助かった。
誰もいなくなった会議室で、力尽きたように椅子に腰を下ろす。
これで、反撃の手は回り始めた。

後はデレシアに任せるしかない。
無能な市長は、こんな時にも無力だ。
しかし、手は打った。
手を打つための手配はした。

それだけで、十分だ。
これ以上、自分にできることはそうない。
デレシアの思惑を邪魔しないようにするだけだ。

¥・∀・¥「……無力だな、私は」

分かっていたつもりだった。
無能で、無力な市長だと。
しかし無責任で無謀な市長ではない。
それを実感する機会は度々あったが、ここまで強く実感したのは初めてだった。

自信を持つのだ。
根拠のない自信でも。
自分の力でない自信でも。
行動に移し、状況を変えたことに対して自信を持つのだ。

¥つ∀;¥「本当に……私は……」

途方もない脱力感に押し潰されそうだ。
本当に、無力だ。
何をやっても成し遂げられない。
何をするにしても、他者の助けなしでは何もできない。

虚しい。
それがとても虚しい。
それがあまりにも虚しい。
ただ、虚しい。

364名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:47:12 ID:Dz5RW/cY0
こうして座っているだけで、何もできない自分が情けない。
金でどうにも出来ないことの一つに、他人の強い思惑がある。
いくら金を積んでも、こればかりはどうにもならない。
どうにかなるのなら、全財産を差し出してもいい。

¥つ∀-¥「だが……」

だが。

¥-∀-¥「だが」

だが!

¥#・∀・¥「だが!!」

だが、デレシアの協力が得られた以上、こちらの戦力は犯人を遥かに上回った。
彼女がいれば、少なくとも武力と知力で敗北はない。
これで迎え撃てる。
これで立ち向かえる。

¥#・∀・¥「次は、こちらの番だ!!」

いざとなれば、高額で購入した“キングシリーズ”の棺桶を使って自ら戦線に立つ覚悟もある。
一方的にやられる時間は終わりを告げた。
無力な市長には牙も爪もないが、反撃が出来ないわけではない。
彼以外の誰かの牙と爪を使えば、返り討ちにも出来るのだ。

今は、力が世界を動かす時代なのだから―――

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                    Ammo→Re!!のようです
                    Ammo for Reasoning!!編
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                 ‥…━━ August 6th AM04:33 ━━…‥

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痛み、苦しみの混濁の中、夢のような物を見ていた気がする。
だがその記憶はもうない。
波に揺られる中、見ていたのはきっと、悲しい夢だったに違いない。
そうでなければ、胸に残るこの痛みは何なのだろうか。

365名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:48:10 ID:Dz5RW/cY0
寒気がする。
ひどい寒気だ。
体の芯から冷えて、手足が震えている。
嫌な記憶が蘇る感覚が、ぞわりと足元から這い上がってきた。

見世物小屋での記憶だ。
首輪を嵌められて、鎖でつながれて、外に置き去りにされている自分だ。
ぼろきれ一枚と、ひび割れた皿に乗る腐った食べ物。
あれは、パンだったのかもしれない。

そうして、時間になると鎖を引っ張られてテントの中に連れて行かれた。
好奇の視線と軽蔑の声。
それを全身に受けて感じたのは、言いようのない嫌悪感だった。
それに慣れたのは一週間、だっただろうか。

ある日、大きな図体の男に別の小さなテントに連れて行かれた時のことを覚えている。
見世物小屋の記憶の中で、それが一番の苦痛だった。
鉄の塊が飛んできたり、汚い言葉や蔑む眼差しを向けられたりするなら、まだ耐えられた。
しかし、それにはどうしても耐えられなかったのだ。

初めてその痛みを味わった時のことはよく覚えている。
首輪に繋がった鎖を引かれ、汗臭く、毛むくじゃらの大男にその部屋に連れて行かれた。
ベッドの上に投げ出され、いつもとは違う気配に、身を震わせた。
抵抗は考えなかった。

『大人しくしてな』

頭を黴臭い枕に押し付けられ、視界を奪われた。
そのまま服を脱がされ、空いた手で太腿を触られた。
気色が悪かった。
全身に鳥肌が立った。

その手が尻に伸び、尻尾を掴んだ。
毛が何本か抜けた。
何をされるのか、全く分からなかった。
尻尾を引っ張って尻が持ち上げられ、肛門に少しだけ濡れた指が突っ込まれた。

(∪;ω;)『ひっ?!』

指が上下に動き、奥へ奥へと突き進んできた。
強制的に排泄させられ続けているような、不快な感覚だった。

(∪;ω;)『あっ、あぅぁ?!』

『へへへ、いい声で泣いてくれよ』

指が引き抜かれ、別の何かが押し当てられた。
男の手が頭から退かされた時、ブーンは意図せずして見てしまう。
毛むくじゃらの男の股間に生えた、自分の手首ほどの太さもある陰茎が肛門に突き付けられているのを。

366名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:49:26 ID:Dz5RW/cY0
(∪;ω;)『ら、らに……?』

『いいねぇ、その顔!!』

反射的と云うか、本能的にブーンは逃げようとした。
自由な両手で前に這って進むが、鎖を引かれてずるずると戻される。

(∪;ω;)『や、やぁ……』

『よーく味わいな!!』

そして、激痛が走った。

(∪;ω;)『ひぎっ!!』

肛門に陰茎を突っ込まれ、何度も出し入れされた。
腸が裏返るかと思うほど乱暴で、気遣いなど当然なかった。
あまりの痛さに、声を上げて泣いた。
そんな姿を見て一層興奮した男は直腸に体液を出し、汚れた陰茎を無理やり咥えさせられ、舐めさせられた。

その際、喉の奥がどうのとか言っていたような気がする。
それから月に二回は、男に乱暴され、どうすれば早く終わらせられるのかだけを学習し、何も考えないようにした。
兎に角痛く、気持ち悪かったが、その後にはシャワーを浴びることが許された。
時間が過ぎ、心が灰色になるのが感じられたが、次第にそれもなくなった。

心が壊れるのを防ぐために脳が感覚を麻痺させたのだと、今にして思う。
寒さに体を震わせて、雨晒しになって、体調を壊して、そして一年が経って。
どうして自分がここに来たのかの理由も忘れて、日々を過ごした。
やがて、船に乗せられ、オセアンに着いて――

――それから、体が徐々に暖かくなってきた。
何故だろうか。
嗚呼。
そうだ。

オセアンで、デレシアと会ったからだ。
枯れ果てたはずの涙を、知らなかったはずの人の優しさを与えてくれた人。
そして彼女と会った最初の夜、教えてくれた人の温もり。
今感じているのは、それに非常によく似た温もりだった。

冷え切った体が最初にその温もりを感知した時、火傷をするかと錯覚した。
柔らかい感覚が体を包み、温めてくれている。
それは実体のある温かみだった。
流動的な熱を肌と肉の内側に閉じ込めた温かさ。

人の体。
これは、人の素肌から伝わる体温だ。
自分以外の誰かが、自らの体温でブーンの体を温めているのだ。
それに、匂いがする。

367名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:50:31 ID:Dz5RW/cY0
甘い匂い。
優しい匂い。
肺に取り込んだ途端に眠気を誘う、安心できる匂い。
知らない誰かの匂いだ。

命の恩人であり、ブーンに全てを与えてくれた人、デレシア。
湾岸都市オセアンで共に旅をすることになった、ヒート・オロラ・レッドウィング。
海上都市ニクラメンで出会った初めての友達、ミセリ・エクスプローラー。
彼女のボディガード、トソン・エディ・バウアー。

初めての先生、ペニサス・ノースフェイス。
彼女の教え子、ギコ・カスケードレンジ。
刑事、トラギコ・マウンテンライト。
船上都市オアシズで友人となった、ロマネスク・オールデン・スモークジャンパー。

美味い餃子を作るシナー・クラークス。
探偵、ショボン・パドローネ。
第二ブロック長、オットー・リロースミス。
その誰でもない。

初めて会う人の匂いだ。
初めてなのに、とても気持ちのいい匂いがする。
優しい匂いだ。
優しくて強い人の匂いだ。

心地いい。
細い指が背中に回され、力強い足がブーンの脚に絡みつく。
躊躇いながらも、その腕の中に納まり、冷えた体が温まるのをただ感じ続ける。
足の指先から、手の指先まで、じわじわと温もりが広がっていく。

体が溶けて、その温もりと一体になる感覚。
穏やかな感覚の海の中を漂う。
それは、ヒートと泳いだ湖を思い出させた。
あの時、湖は冷たかった。

周りは穏やかで、静かで、木々のざわめきが僅かにあるだけ。
その中で湖に漂っていた時、自分と云うものを忘れかけた。
見上げた先には木々に縁取りされた空があって、力を入れなくてもそこにいる事ができた。
さざ波の音に混じって聞こえたヒートの息遣いは、安心感を与えてくれた。

今聞こえるのは、血潮と鼓動、そして知らない人の呼吸音。
嫌な思いも、嫌な過去も、一時とは言えそれを忘れさせてくれる不思議な音。
皮の一部が硬くなった指が背中を擦り、後頭部を撫でる。
この指の感触も、感じる気持ちも、デレシア達にそっくりだ。

抱き寄せられた先に、弾力のある柔らかい肌。
瑞々しく艶やかで滑らかな肌は、触れているだけで気持ちいい。
唇に触れる少し硬い突起物から感じる、若干の甘さと塩気。
それは女性の胸だった。

368名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:51:15 ID:Dz5RW/cY0
知らない女性の胸は柔らかく、上質な枕の様だ。
何度か目を覚まそうと思ったが、体は、瞼を開かせようとはしなかった。

「まだ寝ていなさい」

と、聞こえた声。
それは女性の声だった。
ヒートに似た力強い口調だが、力強さが違う。
デレシアの声に秘められた強さを思わせる、静かな強さ。

それが放つ雰囲気はトソン、ペニサス、ギコ、そしてロマネスクに限りなく近い。
言葉の通りに体が従い、瞼は張り付いたかのように動かない。
不思議と警戒心は働いていなかった。

(*∪-ω-)「お……」

「そうだ。 今はそれでいい」

そうしてまた、夢を見る。
黒い空間の夢。
そこには色はなかった。
だから、黒い空間だと思った。

他には何もなかったが、春の陽だまりの様な温もりがあった。
それだけだった。
それだけの夢だった。
それだけで幸せな夢だった。

声が聞こえた。
それは聞き慣れた声だった。

『ブーンちゃん、今すぐに選びなさい』

オセアンで聞いた声だった。
オセアンの地下で聞いた声だった。
生きることを選ぶきっかけとなった声だった。
何もなかった空間に、その声を聞いた時の映像が浮かぶ。

アメリア・ブルックリン・C・マートに羽交い絞めにされ、交渉の材料にされた時。
地下に造られた巨大な空洞。
そこに聳え立つ巨大な棺桶。
確か、ハート・ロッカーの名で呼ばれていた棺桶だ。

巨大なキャタピラに、両椀と両腕の強力な火器。
その武骨な兵器に悠然と立ち向かう、ヒートが駆る禍々しい爪と杭打機を持つ黒い棺桶。
打倒されるヒート。
爆風に巻き込まれてからの記憶がない。

されるがまま、足手纏いになろうとしていた時。
その声が聞こえたことは覚えている。

369名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:52:18 ID:Dz5RW/cY0
『何もしないで死ぬか、抗って生きるか』

そして選んだ。
戦って生き延びた。
それを決断させた言葉は、デレシアがくれたものだった。
今があるのはそのおかげだ。

何度も足手纏いになりながらも、デレシア達は見捨てなかった。
失敗を笑顔で許してくれて、だけど、それを正してくれた。
今回もまた、自分のせいで二人に迷惑をかけてしまったことが悔しかった。
確かに抗うことは出来た。

しかし、それだけだった。
自分は海に投げ出され――

(;∪´ω`)そ「お?!」

――自分の状況が異質なものであることをようやく理解した。
デレシアでもヒートでもない誰か。
その誰かの胸に抱かれて温まっているのは、何故か。
依然としてその女性の両手両足はブーンを抱き寄せたまま。

瞼を開くと、そこには女性の白い肌があった。
キメの細かな肌は若い女性特有の物で、小振りな胸に顔が埋まっている状態だった。
今まで気付かなかったが、女性の体温だけでなく、一枚だけかけられたタオルケットもブーンの体を温めていた。
頭を動かして、ほっそりとした体で自分を抱いている人物の顔を見る。

初めて見る女性だった。
鋭い眼光を放つ深紅色の瞳は氷の様に冷ややかで、半月から少しだけ膨らんだような形をした大きな眼。
その目尻は弓なりに弧を描いて垂れ下がり、慈しみの眼差しでブーンを見つめている。
少しだけ波打つ、限りなく黒に近い灰色の髪は短く、艶やかだ。

笑みの形を浮かべる唇は薄らとしたピンク色で、瑞々しく輝いていた。

!ヽ, __ ,/{
リi、゚ー ゚イ`!「寝てていいと言ったのだが……」

そして、女性の頭部には獣の耳がついていた。
先端部が尖った耳は鋼鉄を思わせる濃厚な黒に、僅かな群青色が混ざった短い毛に覆われ、髪の毛とは色合いが若干違う。
犬の耳ではない。
それは写真でしか見たことがないが、狼の耳に間違いなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「まぁ、いいだろう。 おはよう、ブーン」

名前を知られている。
何故。

(;∪´ω`)「お、おはようございます」

リi、゚ー ゚イ`!「怖がらなくていい。 私は君に危害を加えるつもりはない」

370名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:53:18 ID:Dz5RW/cY0
女性はそう言って、両手足を使ってブーンを再び胸に抱き寄せた。
抵抗すると云う選択肢は頭に浮かばない。

リi、゚ー ゚イ`!「私はロウガ・ウォルフスキン。
       ロウガと呼んでくれればいい」

胸の間からロウガを見上げながら、ブーンはその名を呼んだ。

(∪´ω`)「ロウガさん?」

リi、゚ー ゚イ`!「そうだ」

(∪´ω`)「ロウガさん、きいてもいいですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「答えられる範囲でなら」

(∪´ω`)「あの、どうしてぼくはたすかったんですか?」

まずは、その疑問だった。
荒れ狂う海に落ちて、力尽きて、沈んだはずだ。
その状況から偶然助かるなど、有り得るはずがない。
ブーンとて、現実と非現実の区別はつく。

リi、゚ー ゚イ`!「私が、海に落ちた君を助けた。
      主に頼まれたのでね」

(∪´ω`)「あるじ?」

主君。
支配者。
飼い主。
マスター。

ロウガの言う主とは、彼女にとっての何なのだろうか。

リi、゚ー ゚イ`!「そうだ。 我々の王にして恩師、師匠にして父、恩人にして家族。
      それこそが、我らの主だ。
      その主が君を必ず助けろと命じたので、助けさせてもらった。
      悪いが、君が気を失うまで観察していた。

      そうしなければ、私まで巻き込まれかねない状況だったからね」

どうやら難しい関係の様だ。
詳しく話を聞いてもよく分からないだろうと考え、ブーンはとにかく礼を言うことにした。

(∪´ω`)「お……ありがとう、ございました……」

リi、゚ー ゚イ`!「礼には及ばない。 いい運動になった」

371名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:54:04 ID:Dz5RW/cY0
海中で感じ取った視線は、ロウガの物だったらしい。
しかし、ブーンに追いつくならまだしも、あの距離から船まで、どうやって追いついたのかが理解できない。
何かしらの方法があったのだろうが、それがどうしても気になった。

(∪´ω`)「どうやって、ふねにおいついたんですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「ふふ、気になるか?」

その時、ロウガが浮かべた表情はデレシア達に質問をした時に返ってくるそれに、とてもよく似ていた。

リi、゚ー ゚イ`!「強化外骨格を知っているだろう?
      用途に合わせて様々な種類が開発され、そして現代に復元されている。
      その中には、水中用の棺桶も数多くあり、深海潜水用、水陸両用、水中作業用などが存在する。
      いずれも水中で長時間の作業と優れた機動性を発揮できる。

      私が使ったのは、ディープ・ブルーと云う棺桶だ」

棺桶の種類については少しだけ、デレシアとペニサスから教えてもらったことがある。
一日もいられなかったが、フォレスタで受けた特別授業の一つだ。
特に、デレシアからはペニサス以上の知識を教わった。
棺桶とは、軍用第七世代強化外骨格、開発コード名“カスケット”の事を指し示す俗称。

俗称の由来は運搬用コンテナが棺桶に似ている事などから来ており、それは音声コードの入力によって起動する。
使用者をコンテナ内に収容し、内包された外骨格の装着を速やかに行う。
単一の目的のために設計された唯一無二の棺桶を、“コンセプト・シリーズ”。
宗教団体が開発した物を“レリジョン・シリーズ”、政府と呼ばれる組織が開発した物を“ガバメント・シリーズ”と呼ぶ。

優れた性能を有し、少数だけ製造された棺桶は総じて“名持ち”の棺桶と呼ばれる。
ロウガの言葉で新たに覚えたのは、水中での行動に特化した棺桶が存在するという情報だ。

(∪´ω`)「お……」

助けてくれた人物の名前と、その手段を知った。
他に、自分が知るべき情報を考える。

リi、゚ー ゚イ`!「さて、今君が知るべき情報を教えてあげよう。
      今、このオアシズ内は最高レベルの厳戒態勢、ハザードレベル5となった。
      君が海に落ちた直後にだ。
      最低でも後二時間は、この部屋からできることはできない。

      ブロック間の移動は厳禁、運よくこのブロック内を出歩けたとしても、二時間だけ」

(;∪´ω`)「お」

自力で思いついたこと以上の情報を、全て言われた。
その情報を元に次の思考へと繋げるが、直ぐにロウガに先を言われてしまう。

372名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:54:51 ID:Dz5RW/cY0
リi、゚ー ゚イ`!「そしてここは第一ブロックの一階。
      断っておくが、君の部屋まで誰にも見つからずに移動することは無理だ。
      焦ることはない。
      今は出来る範囲で出来ることをすればいい」

(∪´ω`)「できること?」

リi、゚ー ゚イ`!「君は強くなりたいのだろう?
      ならこの時間を使って学べばいい。
      どうする?」

(;∪´ω`)「つよくなるべんきょうしたいですお……
       でも、ぼくあたまよくないから……だれかにおしえてもらわないと……」

リi、゚ー ゚イ`!「大丈夫。
      私が、君に、教えてあげよう」

そして、ブーンの体がふわりと持ち上がった。
タオルケットがベッドの上に落ちる。
ロウガの腰には、耳と同じ毛色をした毛並みのいい狼の尻尾が生えていた。
一糸纏わぬ姿のロウガに抱きかかえられ、ブーンは自然と彼女を見上げる形となる。

リi、゚ー ゚イ`!「まずは、風呂だ。
      その次に食事。
      戦い方はそれからだ」

(;∪´ω`)「じ、じぶんであるけますお」

リi、゚ー ゚イ`!「子供は遠慮をするものではない。
      甘えるのは子供の特権。
      そして、保護者は子供に甘えられる特権があるのだよ」

そう言い切られ、ブーンは風呂場に連れて行かれた。
風呂場からは新しい湯の匂いがする。
脱衣所を通って、二人は浴室へ。
白い浴槽には湯がなみなみと張られている。

風呂椅子と風呂桶が一つずつ、浴槽に立てかけられている。
ロウガは足の指で器用に椅子と桶を摘まんで、それを置き直した。
ブーンを椅子に座らせた後、シャワーからお湯を出してその温度を手で確認している。

(∪´ω`)「あの、じぶんで……」

リi、゚ー ゚イ`!「自分でやるか? なら、力でそうしてみるといい」

勝てる気がしなかった。
実力を見ることなく、それを体験するまでもなく、理解できるからだ。
匂いが違うのだ。
この女性の立ち振る舞いは、デレシアやヒートのそれに近い。

373名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:55:40 ID:Dz5RW/cY0
(;∪´ω`)「……おねがいしますお」

リi、^ー ^イ`!「それでいい」

頭の先からシャワーで湯を浴びせられ、体全体を濡らされる。
お湯はちょうどいい温度だった。
頭の先から足の指先までロウガに洗ってもらい、代わりに、ブーンはロウガの頭と背中を洗った。
この行為が互いの距離を縮める一種の儀式だと分かったのは、つい最近の事。

湯船に入ろうとした時、それをロウガが制止した。

リi、゚ー ゚イ`!「一緒に入ろう。 いい音が聴けるから」

そう言われ、再びブーンはロウガに抱き上げられる。
二人揃って湯船に浸かると、湯が勢いよく浴槽から溢れだした。
その音は確かに、いい音だった。
湯の中で解放され、ブーンはロウガの背中にもたれかかる様に姿勢を直された。

(*∪´ω`)「ほー」

リi、゚ー ゚イ`!「ふぅ……
      な? いい音だとは思わないか?」

(*∪´ω`)゛「いいおとですお……」

ロウガの鼓動を背中で、息遣いを首で、優しさを体全体から感じ取った。
疲れた体を癒す様に、湯船に浸かること十五分弱。
すっかり温まったブーンは、ロウガを見た。

リi、゚ー ゚イ`!「それじゃ、そろそろ出ようか」

風呂から上がる際、ロウガはその尻尾だけを左右に勢いよく振り、水を飛ばした。
ブーンもそれを真似したが、ロウガほど勢いよくは水を飛ばせなかった。
壁と床に付着した毛をシャワーで洗い流してから、二人は脱衣所に進んだ。
洗面台の前に積まれていた柔らかく、ふわりとした白いバスタオルで髪を拭かれ、体を拭かれる。

尻尾も念入りに拭かれた。
用意されていた新しい下着と服に着替え、風呂場を出る。

(*∪´ω`)「おー、さっぱりしましたお」

リi、゚ー ゚イ`!「なら、次は食事だ。
      昨夜君達が食べたピザには劣るが、口に合えば幸いだ」

374名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:56:25 ID:Dz5RW/cY0
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                                  { {   ツ爪笊ミ从从气ミ, /}
            -‐ ´ ̄ ̄ ̄ ̄`  - 、         ヾ 、 笊从圦从从彡イ//
          ,  ´               `ヽ、     ヽ\,彡'ミ三ニ彡'//
.        /  , -‐===ァ=-、    __      \     \ ̄ ̄ ̄ ̄./
     /    i! : : : : ,'' '; ,,'   ,ィ'´ヾ:ヽ     ヽ      ` ̄ ̄ ̄´
                    Ammo→Re!!のようです
    /     i!: : : : ,' ; ; ;   : : : :   vヘ       ',
.  /     / : : : :,'   ,.': : : : : : : :   ヾヘ       i        / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
.  ,'     / : : : :,', ;  ,' : : : :  : :   vヘ.      }       /  ,....:.:.:.:.:.:.:.:.:.:...、 ヽ
  i       / : : : :,' , , ,' : : : : : : : : : :  ヾヘ    i        ! /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.ヽ ',
  {    /, -==-.<   ,'  : :  : :   : : : :   _,}:.i!   ,'    Ammo for Reasoning!!編
  {     ヽ、: : : : , >t'  : : : : : :     , -‐: :´: :ノ  /    第七章【drifter -漂流者-】

                 ‥…━━ August 6th AM05:02 ━━…‥

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鰯の刺身とガーリックトースト、砂糖がたっぷりと入った紅茶の朝食は、大満足だった。
刺身の鮮度は良く、紅茶は甘くて美味かった。
食後には歯応えのある甘いリンゴが丸ごと一つ出てきて、ブーンは思わず喜んだ。
その食事に毒が混入されている可能性など、微塵も考えなかった。

その後、戦い方を学ぶ前に改めて服を着替えることとなり、ブーンは上下黒のジャージ。
ロウガは髪を後ろで一つに結い、黒のスパッツにタンクトップ姿となった。
着替えを済ませたブーンとロウガは、その部屋に備え付けられた特別な部屋にいた。
天井から釣り下がる二つのサンドバッグに、ロープに囲まれた小さなリングが一つ。

大きな一枚の鏡に、鉄アレイやダンベルが置かれた部屋。
ここはトレーニングルームだと、ロウガから説明を受けた。

リi、゚ー ゚イ`!「さて、これから私が言うことを全て体に覚えさせるんだ」

(∪´ω`)゛

ロウガの後ろに付いて、ブーンは部屋を眺めながらゆっくりと進む。
サンドバッグの前で立ち止まると、ロウガが振り向き右手の指を三本立てた。

リi、゚ー ゚イ`!「戦闘には三種類ある。
      近・中・遠距離だ。
      全ての距離において使用可能な武器は、現代では銃火器に限られる。
      現実的な話をすれば、銃は剣よりも遥かに強い」

その口調はとても早く、難しく聞こえたが、不思議とすんなりと心に染み込んできた。

リi、゚ー ゚イ`!「だが、日常生活において発生する戦闘の割合のほとんどを占めるのは、近距離だ。
      誰よりも早い攻撃こそが、戦闘で優位に立つ秘訣だ。
      先手必勝、と言う。
      近距離に限定して言えば、銃や刃物よりも早い攻撃方法がある」

375名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:57:43 ID:Dz5RW/cY0
瞬きする間もなく、ロウガの拳がブーンの左の頬に当てられた。
いや、気付いた時には既に当てられていた後だ。
油断していたと言えばその通りだが、攻撃の気配、予備動作すら気が付かなかった。

リi、゚ー ゚イ`!「それが、これだ」

(∪´ω`)「てあし、ですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「そうだ。 拳足、徒手とも言う。
      これを鍛え上げ、練り上げ、洗練すれば、立派な武器になる。
      特に、私達の様な人間が本気で使えば、相手を一撃で殺すことが出来る力を持つ。
      現実問題、常時、武器を手の中に収めている人間――例えば安全装置を外して初弾を薬室に装填し、撃鉄が起こされ銃爪に指がかけられた状態の銃を持つ奴――はそういない。

      それを考えれば、近距離でこれほど理に適った武器はないんだ」

頬から拳が離され、ロウガはサンドバッグに向き合った。
先ほどまでブーンの頬に当てていた拳をサンドバッグに押し当てる。

リi、゚ー ゚イ`!「使い方は様々だ。 例えば、超近距離。
       この距離になると、銃は使えない。
       ナイフも抜くには近すぎる」

ロウガが拳に力を入れたかと思うと、サンドバッグが天井まで跳ね上がった。
踏み込みもなしに見せた芸当。
理屈は、感覚的にだが分かる。
力の入れ方が、ブーンの知るそれとは異なるのだ。

リi、゚ー ゚イ`!「これを腹にお見舞いすれば、内臓を潰すことが出来る。
      いきなり君にこのパンチを繰り出せとは言わないが、将来的にはこれ以上を期待するよ」

(∪´ω`)゛

リi、゚ー ゚イ`!「続いて、蹴り。
      基礎を固めれば、こんな風にできる」

綺麗な半円を描いて放たれた回し蹴り。
その直撃を受けたサンドバッグは、文字通り吹き飛んで壁にぶつかり、床に落ちた。

(;∪´ω`)「えぇぇ……」

その威力が人間離れしている事が一目で分かる蹴りだった。
直撃を受けた人間が即死することは、容易に想像できる蹴りだった。

リi、゚ー ゚イ`!「全ては一歩から始まる。
      踏み出さなければ到達できないのは当然。
      やり始めもしないで無理と口にするのは簡単。
      だが、やり抜くことはそれよりも遥かに難しい。

      君なら、後者を選ぶと私は分かっている」

376名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:58:55 ID:Dz5RW/cY0
その通りだった。
頷く代わりに、ブーンは質問をした。

(∪´ω`)「なにをすれば、いいんですか?」

リi、゚ー ゚イ`!「まずは基本だ。 君の様な人間の我武者羅な姿は嫌いではないが、今は時間がない。
      私が見せる通りにやってみなさい」

ロウガは先ほどまでと違い、僅かに左足を動かして重心を移動させた。
重心の移動に伴い、体が沈む。
両腕はまだ拳を作っていない。
どちらの腕が動くのか、まだ分からない。

そして――

(∪´ω`)そ「お?!」

――拳が、一瞬でその場所を変えた。
かのように見えた。
ブーンの動体視力を上回る速度で放たれた拳。

リi、゚ー ゚イ`!「基本はこれだ。
      攻撃を悟らせるようなテレフォンパンチは論外。
      また、型に拘るのも論外だ。
      どのような状況下でも出来る攻撃が、打撃戦では最も好まれる。

      そこのサンドバッグに、今のパンチをしてみなさい」

とりあえずは実践あるのみ。
言われた通り、サンドバッグの前に立つ。
肩から力を抜いて、拳を突き出すイメージをする。
そして、右の拳を撃ち抜くように突き出した。

サンドバッグにめり込んだ初めての拳。
ロウガの様に動きはしなかったが、サンドバッグは確かに揺らいだ。
不格好で貧弱なパンチだった。
腕を組んでそれを見ていたロウガは少し考え、口を開いた。

リi、゚ー ゚イ`!「ふむ…… 打撃に必要な筋力を鍛えながら、基本を体に染みつけようか」

(∪´ω`)゛「わかりました、ロウガさん」

リi、゚ー ゚イ`!「いい返事だ。 だが、そうだな……」

頷いたブーンの眼を真っ直ぐに見つめながら、ロウガは微笑を浮かべて言った。

リi、゚ー ゚イ`!「私のことは、師匠と呼ぶがいい」

377名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 19:59:37 ID:Dz5RW/cY0
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               ',ヘ::l:::::::::_ノ彡jt从 'ヘソリ=ムミヘ\:::::ソ://
             )) !::::l::从 r┬ミ、`   ィ==t i::::ゝ/:::川、
              ,彳ノ::::::川人゙乂::ノ′  `ゞ=イ´//:リ::::::ソヾヽ、
               ノ/::::::::巛::::li , , ,   !  , , , ノリ:i::l::::::::::ミ\i、
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           !, (::'., 人:::::::::_-‐心 、     ∠!ー一',>li::::::l:::::l ))
                 ‥…━━ August 6th AM06:08 ━━…‥
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378名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 20:36:48 ID:7xi15QlEO
主はだれなんだろう、気になるな

379名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 20:59:37 ID:Dz5RW/cY0
オアシズの船長、ラヘッジ・ストームブリンガーは操舵室から見える外の景色に胸をなでおろした。
引き千切られた綿のような形をしている紫色の雲。
雲に覆われた水平線の果てを染める、濃厚なオレンジ色の光。
世界最大の豪華客船オアシズは、無事に嵐を抜け出たのだ。

朝日を見た瞬間、操舵室は安堵のため息で溢れかえった。
流石の船長も、それに参加せざるを得なかった。
船は沈没も難破もせず、ここまで来ることが出来た。
それだけでも上出来だ。

「全エンジン停止、蓄電モードに移行。
ヨセフ、航行設定を波力推進に切り替えろ。
操舵はグスタフ、お前に任せる。
キース、エル、レーダーと無線機に注意しろ。

ジュスティア軍の船影を確認したら、すぐに交信するんだ」

ヨセフ・ガガーリンが無線機を使って、エンジン室に指示を出す。
操舵輪から離れたラヘッジに変わり、グスタフ・スタンフィールドがその場所に着く。
ヘッドセットを装着してレーダーを凝視するキース・バレル、そしてエル・マリンが親指を立てた片腕を上げた。
細かな指示は彼ら自身が考えて下す。

このメンバーだからこそ、あの嵐を切り抜けられた。
経験を積んだ者達でなければ、殺人鬼の策略にはまってまともな判断が出来なくなっていただろう。

「……皆、ご苦労だった。
ディアナ、ここにいる全員に今すぐ、ホットコーヒーを……」

「船長、何年一緒だと思っているんですか?」

380名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:00:23 ID:Dz5RW/cY0
白いカップとポットを積んだカートを押しながら、ディアナ・カンジンスキーが操舵室に入ってきた。
流石だ。
きっと、あのポットの中のコーヒーには砂糖がたっぷりと入っているに違いない。
一人一人の席を回って、コーヒーを注いで回る彼女の姿は給仕ではない。

立派な、一人の船員の姿だ。

「さて、後は軍隊の到着を待つだけ、か」

自力で事件解決に協力できれば、どれだけよかったことか。
船長として、船の安全と平和を願うのは当然だ。
そしてそれを他力本願にしたくなかった。
しかし現実問題、彼には優れた推理力も洞察力もなく、事件解決に助力できることは何一つない。

悔しいが、事実だ。
精々彼に出来るのは、こうして船を安全に航行させ、軍を招き入れることぐらいだ。
それを果たしさえすれば、彼は義務を全うした事になる。

「なんだか、スッキリしないな……」

自分の前に置かれたコーヒーの水面を見つめる。
それを掴もうと手を伸ばした時、キースとエルの声が前方から聞こえてきた。
少し油断していたため、カップを倒して中身を全て床に零してしまう。
幸いなことにカップは割れず、誰にも気付かれていない。

「いかんっ……」

381名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:03:53 ID:Dz5RW/cY0
嫌な予感がする。
予感とは、微細な情報の蓄積による推理だと、ラヘッジは考えている。
これまでに起こった事件の数々。
船内で感じ取れる微妙な空気の変化。

それらを統合して、ラヘッジはこの後何かが起こるのではないか、と考えた。
予想した。
予期した。
覚悟した。

船長になって以来、一度も使ったことのない腰のベレッタが、急に頼もしく感じられた。
傷の少ない黒いベレッタM92F。
装弾数十七発。
護身用にも戦闘用にも適した自動拳銃。

これを使う機会が、訪れるかもしれない。
ラヘッジは外れてほしい予感を胸に抱きつつ、床に零したコーヒーにハンカチを多い被せた。

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382名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:07:16 ID:Dz5RW/cY0
潮風は冷たかった。
まだ嵐の余韻が残った海上を漂う香りを肺に取り込み、レインコートの裾を風に棚引かせ、片手で帽子を押さえる男は口の端を吊り上げた。
なるほど、いい匂いだと男は唸った。
足元のスーツケースに染みついた匂いと同じ匂いがする。

これは事件の匂いだ。
トラギコ・マウンテンライトは視線の先に捉えた巨大船舶を前に、胸を高鳴らせた。
同時に、残虐な笑みを浮かべた。
嵐の中の船と云う逃げ場の限定された空間での犯行は、絶対に自分だけは大丈夫だと云う犯人の自信の表れ。

それが気に入らない。
どれだけ念入りな計画だろうと、必ず噛みつける箇所がある。
偽りに満ちた事件だとしても、絶対に糸口はあるのだ。
トラギコはそれを知っている。

少なくとも、今の警察の中では誰よりもそれを知っていると言っても過言ではない。
だからこそ断言できる。
この事件、デレシアの手に手錠をかけるまでのいい暇潰しになるだろう、と。

(::0::0::)「トラギコ・マウンテンライト刑事、乗船準備整いました」

(=゚д゚)「おう。 おいホプキンス、まだ誰も乗船させるな」

同じ船に乗り合わせているカーリー・ホプキンスは、不機嫌そうな顔でトラギコを見た。
それはそうだ。
この隊は、彼の部下達で構成されている。
その指揮を執るのは彼であり、トラギコではない。

383名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:11:35 ID:Dz5RW/cY0
それに、彼らから見ればトラギコは余所者だ。
例え同じ街の組織の人間であっても、軍と警察は慣れ合っている訳ではない。
根本的な部分はほとんど同じだが、上司が違えば中身も考え方も違うのだ。
無理を言って乗せてもらったトラギコに指示をされるのは、ホプキンスとしては不愉快の極みだろう。

まして、相手は誇りに対する意識の高い軍人。
この発言をした段階で殴り掛かられてもおかしくはなかった。

「刑事さん、この隊の指揮権は……」

だが、それが何なのであろうか。
トラギコには関係ない。
これは事件であり、事件を解決するのは警察。
そして、今この船にいる警察官は自分だけだ。

揉め事、争いごとの解決には慣れているだろうが、軍人は事件の解決には慣れていない。
事件が起こるとしたら、戦地で起こる程度の糞つまらない略奪だとか、強姦程度だ。
そんなもの、事件の内に入らない。
犯人は決まり切っており、捕まえるのも見つけるのも、判決を下すのもあっという間だ。

それは、事件に関しては素人と同じであることを意味しているのだ。

(=゚д゚)「素人は黙ってな。 事件現場ってのは、ベッドの上の女と同じラギ。
    繊細で、直ぐに機嫌を損ねて最悪の場合は何もかもを滅茶苦茶にして帰るラギ。
    いいか、ここの市長が作った密閉状態を無駄にするもしないも、俺ら次第ラギ。
    まずは状況の詳細な把握を全体で共有してから、船に乗るラギ。

    おいそこの」

384名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:15:20 ID:Dz5RW/cY0
(::0::0::)「はっ。 既に全船に無線で通達してあります。
     通達内容は、犯人は銃器を所持し、棺桶を使用。
     また、犯人は変装を得意とし、戦闘経験は豊富。
     現在入っている情報によれば、第三ブロック内にいる可能性が最も濃厚であると伝えてあります」

(=゚д゚)「上出来ラギ。
    俺達が入る場所を一か所に限定するラギ。
    見取り図はあるラギか?」

(::0::0::)「こちらに」

紙に印刷された見取り図を広げ、直ぐに決断を下す。

(=゚д゚)「……第三ブロック一階にある右舷の非常口を使うラギ」

第三ブロック以外から入った場合、船側の作り上げた閉鎖的な空間を台無しにすることになる。
ならば第三ブロックからの乗船が理想的だ。
また、一階から入ることによって船の全体像を思い描ける。

「……そうしましょう」

ホプキンスは苦虫を潰したような顔をしていた。
だが、それはトラギコの言葉が正しいことを理解している何よりの証拠。
彼は馬鹿な指揮官ではない。
感情に流され、無謀な指示をする類の人間ではなかった。

捜査開始前に仲間から死人を出さずに済んだ。
これで彼が矜持に拘る屑の類だったら、迷わずに懐のベレッタM8000が火を噴いて彼の脳味噌を海に撒き散らしていただろう。

385名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:19:09 ID:Dz5RW/cY0
(=゚д゚)「お前らの指揮権は、当然、そこのホプキンスが持っているラギ。
    だけどな、事件の指揮権はこの俺の物ラギ。
    そこだけはっきりさせておくラギよ」

念押ししてから、船尾に仁王立ちになったトラギコは操舵室に声をかけた。

(=゚д゚)「行け、右舷ラギ」

ジュスティアから出発した船団を引き連れ、巨大な船に右側からゆっくりと近づいていく。
徐々に巨大な船舶はその大きさを現実的な物へと変え、トラギコは威圧感に興奮を覚える。
何と、何と大きいのだろうか。
糞を閉じ込めるために作られたジュスティアの誇る三重防壁“スリーピース”など、比較にならないほどの威圧感だ。

真横に来ると、視線を真上に向けても視界に収めきれない。
巨大な建築物を見ると、トラギコはどうしても胸が高鳴ってしまう。
それは一種の趣味や趣向に近いものだ。
感動とは違う。

純粋な興奮だ。

(=゚д゚)「……よし、乗船準備が整い次第、無線で連絡を入れるラギ」

操舵室の男に指で指示を出すと、男は頷いて無線機を手にした。
訓練されているだけあって、行動が早くて好感が持てる。

(::0::0::)「刑事殿、一ついいですか?」

隣にいた男が、尋ねてきた。

(::0::0::)「そのアタッシュケースの中身は?」

386名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:23:03 ID:Dz5RW/cY0
(=゚д゚)「手前は、デートの度に女のカバンの中身を聞くラギか?」

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その人物は、コーヒーの香りの混じった深い溜息を吐いた。
部屋に戻ることが許され、計画の修正案を考える時間が得られた。
流石に、厳戒態勢で他人の目がある中では、集中力を十分に発揮することは難しい。
簡単に朝食を済ませ、ベッドの上に倒れて考え込んでいた。

あまりいい気分はしなかった。
僅かな油断が、全てを台無しにしてしまったのだ。
定められている時間がある中で、予定通りに舞台を揃えられなかったことは恥だ。
そしてこれは、計画が失敗に至る可能性が生じたことを意味する。

387名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:26:57 ID:Dz5RW/cY0
第一に、リッチー・マニーを過小評価していたことが、それに繋がった。
彼に対する評価を改め、残された数少ない時間で場を仕切り直すことが必要だ。
第二に、デレシア一行の力を甘く見ていた。
彼女達は、自分の手に負いきれないかもしれない。

しかし、まだ修正は可能だ。
自分の一声が持つ力が健在な内は、それは夢ではない。
不用意な行動を避けて、必要な行動を――

『乗客の皆様、私はオアシズ船長、リッチー・マニーです』

――マニーの声が、頭上のスピーカーから聞こえてきた。

『お客様に幾つかお知らせがあります。
現在、本船は嵐を抜け、蓄電のために風力のみで航行しております。
ティンカーベルへの到着は、予定よりも大幅に遅れる見込みです。
これにより生じる料金は、当方で全額負担いたします。

船内でのお買い物にかかる料金もまた、同様となります。
詳しくは、お部屋に備え付けられているマニュアルの百六十五ページをご参照ください。
そして、先ほど発令いたしましたハザードレベル5ですが、一部ブロックにて限定的に解除いたします。
それに合わせて、待機していたジュスティア海軍の応援がもう間もなく乗船を開始いたします』

遂に、来た。
世界に散る警察の大元。
正義の執行者を語る、正義の模倣者。
ジュスティア軍の介入は、予定通りの動きだ。

388名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:30:13 ID:Dz5RW/cY0
だが、聞き間違いか何かだろうか。
“鉄壁”に匹敵するハザードレベル5の限定解除。
それは、この警備態勢にわざと穴を空ける行為だ。
船に穴が開けばその箇所から浸水するように、その穴は攻め手側にとって恰好の突破口となる。

罠だ。
間違いなく。
マニーと云う男は、ここまで大胆な男だったのか。
この事件を引き起こした犯人に対して挑戦するだけの自信があるのか。

誰かに入れ知恵された可能性が濃厚だ。
彼一人の決断ではない。
デレシアが手を貸したのだろうか。
いや、まさか。

見ず知らずの人間に対して最も警戒心を抱いている時であろうに、デレシアと接触するなど、不可能だ。
何はともあれ、これは好奇だ。
愚か也リッチー・マニー。
大方、第三ブロック以外を解放するのだろうが――

『重ねてご連絡いたします。
今回警戒を解除するのは、第三ブロックだけにいたします』

「馬鹿なっ?!」

思わず、口に出して驚きを露わにする。
探偵たちも、犯人は第三ブロックに追い込んだと信じているのに、よりによって、真逆。
犯人がいるとされている第三ブロックだけを解放する。
それは、考え方としては虎の入った檻を開けるのに等しい。

389名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:33:12 ID:Dz5RW/cY0
何を考えているのか。
こちらがその誘いに乗るのを躊躇うとでも思っているのだろうか。
だとしたら、愚かの極みだ。
この船を救うための唯一の手段、この自分に対抗できるただ一人の存在を屠る機会を、見逃す手はない。

デレシア達さえ消せば、この船は完全にこちらの意のままに動く。
その為なら、デレシアを殺すために生じるリスクなど、軽い物だ。
今度は焦らずに、デレシア達を殺す。
時間が限られているのが残念極まりないが、今日は手を出さないでおこう。

まだ時間はある。
状況が落ち着き、水底が見えるぐらいに事態が収縮してから動いても、まだ間に合う。
枕元に置いていた電話が、低い電子音を立てて鳴り出した。

「……何か?」

次に電話口から聞こえてきた言葉は、またしてもその人物を興奮させた。
欠けていたパズルのピースを見つけた気分だった。

「そうか、分かった。
すぐに行く」

ようやく、この第三ブロックだけを解放した理由が理解できた。
要するに相手が求めたのは、犯行現場の限定だ。
殺人をコントロール下に置き、そこで犯人の動きを捉え、封じる。
統制された殺人事件、と云う訳だ。

390名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:37:18 ID:Dz5RW/cY0
実に理に適った方法だ。
全員を檻に入れたままでは犯人は見つからない。
誰が人の皮を被った虎かを見破るには、虎にとって都合のいい状況を用意し、観察することが有効だ。
虎からすれば餌場に放たれたわけだが、この餌場には罠が多すぎて逆に手出しを躊躇わざるを得ない。

どうやら、オアシズ内にも切れ者がいるようだ。
だが、こちらの想像の域を越えるほどではない。
これを逆手に取ればデレシアを殺すのは難しくない。
全ては。

そう、全てはこちらの思うまま。

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      rfニ、ヽ
      l。 。 f9i
      t≦_ノゝ、            ,,....,,,,__        ,rrテ≡==-、
      `ブ´,,:: -- ::、       ,r''"''''''ヽ:::`ヽ.     (〃彡三ミミ::`ヽ
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      ム゚゙゙' く、'゚`  ゙'"):::l    ヽ''    ゙'⌒リ:ノ    ノ゚ヲ ''・=  リ::r-、リ
     l=,,;;:. l=、  ..::" ,)ヽ、   j⌒    ト'"fノ     l (-、ヽ'"   ゙'´ノ),)
    /`ゝ-''^ヽ''"  ,/: : : :\  ヽ、: : : '" ノ^i,     lィー-、    ノ-イ
    /rf´ i′  ,f^ヽノ:,. - - 、 ヽ,,. -テ) ,/  `ヽ、   t_゙゙   _,,.. :: "  l、
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そこに揃った面々の肩書、素性を知る者がいれば、間違いなくその場から何かしらの理由をつけて立ち去った事だろう。
オアシズ側からの出席者は、五つのブロックを統治する五人のブロック長。
船に常駐している警察、探偵の代表合わせて十四名。
船長、そして市長の合計二十一名。

391名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:40:12 ID:Dz5RW/cY0
それに合わせて、つい先ほど乗船したジュスティアからの応援部隊代表者二名。
錚々たる代表者達が集められたのは、第三ブロック一階にある大会議室だった。
赤い絨毯が敷き詰められ、部屋全体を照らすのは天井一面の薄型照明器具。
全員が椅子に座ることなく、壁にかけられたスクリーンを注視していた。

やがて、光がゆっくりと消されて部屋が暗闇に染まり始めた。
スクリーンだけが光を浴びる中、一枚の写真が映し出される。
それは、この事件の最初の被害者ハワード・ブリュッケンの死体の写真だった。
軍人としてその席にいたカーリー・ホプキンスは、思わず口元を押さえた。

その隣で紅茶の注がれたマグカップを手にする男、刑事トラギコ・マウンテンライトは左眉を持ち上げた。
一目で事件現場の矛盾点に気が付いたのである。
風呂場での殺人では、基本的に証拠を洗い流すことを目的としている。
しかし、これは安いカモフラージュを目的としていた。

狙いは、銃弾の隠ぺいだ。
頭部に穴があり、壁には汚れがない。
貫通したはずの銃弾による傷も汚れもないのは、明らかに異常だ。
その異常が意味するものは、銃弾が持つ重要性。

それを補足する情報として、使用された銃が現在行方不明となっている第一ブロック長、ノレベルト・シューの物であることが断定されたと付け加えられた。
この死体の写真と映像が船内で流されたのは、八月五日の午前十時十三分。
それから間もなく、サイタマ兄弟と呼ばれる探偵が襲撃を受け、そこで奪われた鍵を使って警備員詰所で虐殺が起こる。
犯人が棺桶を使用し、また、水中作業用の棺桶が奪われたことも告知される。

使用された棺桶はジョン・ドゥ。
奪われたのは、ディープ・ブルー。
いずれも珍しくない棺桶だが、武器を使わずとも人を縊り殺せる代物だ。
ディープ・ブルーは陸上での戦闘に向かない。

392名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:43:30 ID:Dz5RW/cY0
逃走用のために奪取したのだと考えられる。
昨日午前十一時二十分、この船で最も危険度が高い状況でのみ発令されるハザードレベル5によって、船全体が厳戒態勢となる。
そして、厳戒態勢にもかかわらず、昨夜十時頃に女性二人が毒殺された。
犯人が警備員に扮し、変装技術が非常に高いことが確認されている。

最重要人物にして容疑者は、ノレベルト・シュー。
彼女の行方は、今なお捜索中である。
用意されていた全てのスライドを流し終えてから、探偵長“ホビット”は一同を見た。

(<・>L<・>)「……以上が現時刻までに起こった事件の概要となります。
       この時点で、何か質問は?」

このプレゼンテーションで大まかな事が分かった。
トラギコは他の人間の下らない質問で時間を失う前に、事件の核心に触れた。

(=゚д゚)「クリス・パープルトンと云う乗客はこの船にいるラギか?」

ポートエレンで発見された溺死体。
トラギコの推理が正しければ、あの死体はこの船の乗客だ。
船から落とされて溺死したのではなく、船で殺されて遺棄されたものだ。
それが丁度コクリコ・ホテルまで流れ着いたのである。

タイミングから考えて恐らくそれは、計画された動きだったはずだ。
何を目的としたのかは、まだ分からない。
しかし、トラギコはクリス殺害の犯人がこの船に乗っていること。
そしてそれがこの事件の犯人と繋がっていることを、確信した。

(<・>L<・>)「……いいえ、そのような人物は名簿にありません」

393名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:47:02 ID:Dz5RW/cY0
背の小さな男の隣でしきりにトラギコに視線を送っていたショボン・パドローネが、それに反応した。
彼も、ポートエレンの事件に関わっている人物だ。

(´・ω・`)「トラギコ君、どうして――」

(=゚д゚)「……いいや、気にしなくていいラギ。
    ただの好奇心ラギよ」

¥・∀・¥「それでは、集まってもらった理由を話そう。
      皆には、この第三ブロック内に常駐して、犯人を確保してほしい。
      生きたまま、だ」

その言葉に食いついたのは、意外にも、ショボンだった。

(´・ω・`)「市長、お言葉ですが、生け捕りは困難かと」

¥・∀・¥「それは何故だ?」

(´・ω・`)「第一に、犯人が武装している事。
     第二に、棺桶を所有する人間を生捕るなど、あまりにも理想論過ぎます。
     それにですね、第三ブロックの開放などあまりも軽率過ぎです」

ショボンの言うことは理に適っている。
生け捕りをするには、まず、相手よりも戦力で上回っている必要がある。
そして何より、その機会を手に入れられるかどうかが重要だ。
出会った瞬間に攻撃されでもしたら、反撃をするのが人である。

394名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:49:14 ID:Dz5RW/cY0
殺す気で攻撃をしなければ、絶対に勝てない。
ましてや、こちらが生け捕りを狙っていることが判明すれば、それを犯人に利用されて被害が拡大する一方だ。
躊躇せずに殺すのが望ましい。
第三ブロック解放についてはまだ情報が少ないため、何とも言えない。

¥・∀・¥「ショボン君、だったね。
      いいかい、よく聞いてくれ」

マニーは一つ咳払いをしてから言った。

¥・∀・¥「無能は黙って指示に従えばいいんだよ」

(;´・ω・`)「っ……!?」

その部屋の誰も、もう、これ以上の質問をしなかった。
彼の発言に呆れたからではない。
彼らは、自覚せざるを得なかったのだ。
ここまで人が集まらなければ、犯人に太刀打ちできない現実を。

そして、トラギコ達が来るまでの間、犯人に翻弄され続けたことを正当化できなかったのだ。
トラギコはマニーをただの無能な金持ちでは無い事を、その発言から察した。
同時に、今の言葉は本当に“彼自身の言葉”なのか、とも思った。
経験上、誰かに対して攻撃的な言葉を口にする際には、口元に特徴が現れるはずだ。

少しだけ、彼の喋り方に違和感を覚えたのだが、あまり深くは考えないことにした。
今トラギコが探すべきは、この船に乗っている彼の宿敵。
金髪碧眼の流浪の旅人。
湾岸都市オセアンを事実上の崩壊へと導いたと考えられる、素性不明の女。

395名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:51:58 ID:Dz5RW/cY0
彼女について分かっているのは、デレシアという名前だけ。
彼女がこの事件を引き起こしたとは考えられないが、カギを握っていると、勘が告げている。
最優先事項は事件の解決だが、デレシアとの合流も考えに入れておく必要がある。

(=゚д゚)「なぁ市長、俺はこう考えているラギ。
    恰好だけのくっだらねぇ会議より、現場を歩いて調べる方が時間を無駄にしないって」

¥・∀・¥「全くもって同感だよ、えーと……」

(=゚д゚)「トラギコ・マウンテンライト、トラギコと呼べばいいラギ。
    じゃあ俺は適当に散策するラギ、後は好きにしてくれや」

市長は、馬鹿ではない。
それが分かっただけで収穫だ。

(=゚д゚)「邪魔だけは、してくれるなよ」

アタッシュケースを持って、トラギコはその陰気くさい部屋を出て行った。

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396名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:54:29 ID:Dz5RW/cY0
その光景を目にした時、思わず、観光で訪れたアルカトラズ島の監獄での出来事を思い出した。
脱獄不可能と言わしめたアルカトラズ刑務所の跡地。
観光の目玉とも言える監獄体験の時に起こった、一つの事件、事故。
当時の情景の懐かしさに、デレシアは思わず頬を緩ませた。

鉄格子の代わりに開いたのは装飾された扉。
現れた人々の顔に浮かぶのは安堵と疑問の色が入り混じった、歓喜と恐怖の表情は同じ。
籠から出された鳥が外の世界を恐れるような、そんな感じもまた同じだ。
それはそうだ。

実際、彼らを待つのは殺人鬼。
飼い慣らされた鳥にとっての自然と同じなのだ。
気の毒だとは思うが、自分自身を守ることが必要とされている時代だと云うことは、生まれた時から教わっているはずだ。
幸いなことに、彼らは武器を手にしている。

昔とは違い、銃を携帯することに誰も躊躇をしない。
平和主義だとか、共存だとか抜かす阿呆はとうの昔に絶滅した。
だが不幸なことは、彼らが怯える対象にあった。
彼らに危害を加え得る存在には、偏執がある。

それも、異常な類の。
デレシアはこの狩場で、犯人の目的と偏執を探らなければならない。
判断材料が極めて少ないため、相手が動きやすい場を作り出しでもしないとパズルのピースが揃わないのだ。
パズルのピースを強引に引き出せれば重畳。

次の被害者が出たとしたら、それは残念なことだ。
犯人が早計で、浅はかだと分かってしまうからだ。
出来ればそうであってほしくない。
ブーンを海に放り、デレシアを怒らせた人間が、ただの精神異常者であっては困るのだ。

397名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 21:57:56 ID:Dz5RW/cY0
ζ(゚、゚*ζ「……さて、と。 ヒート、私達も動くわよ。
      用意は?」

すっかり人気のなくなった第三ブロック一階にある大会議室。
その出口から姿を現したのは、カーキ色のローブで身を固めたデレシア。
彼女の腋の下に吊るされたホルスターと、腰のホルスターには銃が収められている。
腋の下の二挺は、傷だらけの黒のデザートイーグル。

装填されているのは、マンストッピングパワーに優れたホローポイント弾。
腰のソウドオフショットガンには、対棺桶用の大口径のスラッグ弾が詰まっている。
予備の弾も弾倉もローブの下にある。
正面切っての戦闘だろうと、左右を挟まれての攻撃だろうと、切り抜けられる。

この準備は大げさとは思わない。
デレシアの推測では、この殺人劇は序章。
全体の注目をこれに集めるための茶番劇に過ぎない。
ならば、その茶番劇に全力で付き合う人間を宛がい、こちらはこちらで、準備をすればいい。

敵がそれに気付いたとしても、反応することは難しい。
反応すれば、それはデレシアの推測を肯定することになるのだ。

ノパ⊿゚)「いつでも。 で、あたしが合流する協力者ってのはどんな奴なんだ?」

ヒート・オロラ・レッドウィングは、ダークグレーのシャツに黒のジャケット、そして下はスラックスと云う姿だ。
堅気の格好とは言えないが、動きやすさとカモフラージュのアレンジはデレシアのそれよりも遥かに高い。
防弾・防刃の服装ではないが、その代わりに、彼女の背中には棺桶がある。
Aクラスのコンセプト・シリーズ、対強化外骨格用強化外骨格“レオン”が。

ζ(゚、゚*ζ「そうねぇ……」

398名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 22:00:27 ID:Dz5RW/cY0
さて、協力者の事をどう語ろうか。
湾曲表現は好まない。
特に、親しい人間に対する隠し事は好きになれなかった。
だが迂闊にその人物の情報を公開するべきでないことは、この状況では明らかだ。

デレシアの見立てでは、犯人はあの会議室にいた人間の中にいる。
それが変装をしているにしろ、していないにしろ、だ。
となれば、今こうしている間にもどこかでデレシア達を監視しているかもしれない。
一先ず、真実を一つだけ教えることにした。











     ζ(゚ー゚*ζ「ちょっとだけ不器用な、私の親友よ」











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                           ___________|\
‥…━━ August 6th AM07:15 ━━…‥[|[||  To Be Continued....!    >
                            ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/

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399名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 22:20:16 ID:Dz5RW/cY0
これにて第七章の投下は以上となります

質問、指摘、感想などあれば幸いです。

400名も無きAAのようです:2014/03/03(月) 22:57:11 ID:eNVGNUmcC
途中まで流し読みしてたよ、後編の投下がまさか今日だとは思ってなかった 
主とか犯人の影とか色々盛り上がってきた、主と犯人誰だろ

401名も無きAAのようです:2014/03/04(火) 00:15:13 ID:9tBCDAyEO
VIPのログ読んできた、こっちを先にしたんだな

402名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 00:47:12 ID:ykRLbvVU0
Ammo→Re!!のようです
Ammo for Reasoning!!編 第八章

3/29 夜 VIPにて投下します!!

ttp://boonpict.run.buttobi.net/up/log/boonpic2_1511.jpg

403名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 00:56:16 ID:.SyG0gmY0
よしきた

404名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 01:52:00 ID:OUCATiFQC
( ^ω^)はあくしたお

405名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:09:37 ID:ykRLbvVU0
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In the flame if you hide a tree.
木を隠すなら炎の中。

In the water if you hide the flame.
炎を隠すなら水の中。

In the rain if you hide the water.
水を隠すなら雨の中。

In the storm if Hide rain.
雨を隠すなら嵐の中。

- Now, if you hide the mystery?
――では、謎を隠すなら?

                                  The last examination of detective
                                          【探偵試験最終問題】

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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻

406名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:14:50 ID:ykRLbvVU0
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.     ,.- 、
     i|三li:.. ,..-- 、       ,..-- 、
     i|三liミil三三|ヽ       .;|三三|i        _____
     i|三liミi|三三|iiii|;..     ;;i|三三|i==lニニニl=i|____
_二二二二lミi|三三|iiii|iil    ;;ii|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==========i|三三|iiii|ii|    |iii|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==========i|三三|iiii|ii|    |iii|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==========i|三三|iiiiレ     キ.|三三|i ェェェェェェi|┌┌┌┌
==l⌒l=====i|三三レ'     .'i|三三|i ェェ.il==li ェi| ┌──
           ‥…━━ August 6th AM08:06 In the 3rd block ━━…‥
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それは希望と恐怖が混在した、矛盾した空気だった。
蜂蜜とワインビネガーをあえたピクルスのような、気持ちの悪い空気だ。
すれ違う人間の顔に浮かぶ表情は、釈放された直後の犯罪者のそれに近い。
何度も間近で見た光景と感じ取った空気に、理由はすぐに分かった。

自由に対して、不安を持っている状態。
周囲を気にしながら歩き、目に入る娯楽と呼ばれる物に身を委ねたいのだろうが、その一歩が踏み出せないのだ。
彼らは今、自由に対してわずかな恐怖を感じているのだ。
あらゆる自由には少なからず危険が潜んでいることに気付いた、と言い換えてもいいだろう。

安全が約束されている不自由に限り、不自由は精神安定剤に転じる。
今回の事件は、それをより強く人々に認識させることとなった。
突如として起きた連続殺人を深刻に捉えたオアシズ上層部は最高レベルの警報、ハザードレベル5を発令。
全ブロックでは特定の時間帯のみ外出が許され、他ブロックへの移動は禁止とされた。

407名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:20:43 ID:ykRLbvVU0
それがオアシズで与えられた不自由、そして安全の正体だ。
そして、安全が確認されたことをきっかけに、第三ブロックの人間だけが自由を得た。
だが、ショウウィンドウを眺める目も、アイスクリームの屋台に向ける視線も、全てが疑念の色を帯びている。
あれだけの犯行をしておきながら、依然として捕まらない犯人を相手に翻弄される警察と探偵。

彼らの仕事ぶりを見れば、疑心暗鬼になるのも無理はない。
彼らの懐や腰で出番を待つ銃が、何よりの証拠だ。
それでいい。
安全だと言われたとしても、武器の携帯は基本的にするべきだ。

腕力を気にせずに自分の身を守るためには、銃は最高の物だ。
通りすがりの中には稀に棺桶――軍用第三世代強化外骨格――を背負った者もおり、中には大型のCクラスを運んでいる者までいた。
常識的に考えると、棺桶は基本的にサイズが大きければ大きいほど、強力な武装と装甲を持つ傾向にある。
が、サイズが大きければ強いと言う訳でもない。

サイズ差はあくまでも装甲の厚みと攻撃力の問題であって、後は棺桶持ちの技量次第だ。
中にはAクラスでCクラスの棺桶を圧倒するものもある。
要は使い方一つ。
世間に出回っている武器と何一つ変わらない。

使い方さえ分かれば、老若男女、誰でも人を殺すことの出来る武器は人類の偉大な発明だ。
しかし、この張りつめた状態とその発明品の組み合わせはあまり好ましくない。
武器を持った人間は常に緊張の糸を張り巡らせており、それが僅かな刺激で切れることもある。
乗客の誰か一人が始めれば、それはすぐに飛び火して船内で殺し合いが始まる。

そうなれば、犯人が直接手を下さなくとも大量の死人が船に溢れかえる。
人の精神は案外脆く、ちょっとした拍子ですぐに理性のブレーキが壊れる事を、トラギコ・マウンテンライトはよく知っている。
誘拐された少女が犯人に恋をすることもあるし、普段は紳士的な行動がどうのとか言っている人間が、災害現場で我先にと駆け出すこともある。
被災した街で暴動が起こり、強姦事件が多発するのはそう云う訳だ。

408名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:25:57 ID:ykRLbvVU0
恐らくそれが起きないでいられるのは、市長がこのブロックに警備員と探偵達を集中させたからだろう。
秩序を守る存在が大量に集まれば、人は自ずとそれに従う。
第三ブロック解放は早計な気がしないでもないが、やり方は間違えていない。
流石に市長として働いているだけあって、大胆な行動力と計画力がある。

一人先に乗船したトラギコは、第三ブロック一階の歩道を歩きながら周囲を観察していた。
活気と呼んでいいのか分からない微妙な空気の漂う第三ブロックの天井を見上げ、溜息を吐く。
ビル群から青空を見上げているよりもずっと狭苦しい場所だが、いい船だと思う。
不可能なのは知っているが、出来れば、平時の時にこの船に乗り合わせていたかった。

これだけの豪華客船に乗っておきながら、仕事のせいでその醍醐味を味わえないのは高級料理をガラス越しに眺めるようなもの。
今のトラギコが少しでもオアシズでの生活を楽しむには、方法は一つしかない。
早急にこの事件を解決することだ。
そうすれば、トラギコは船が次の場所に着くまでの間、ゆっくりと船旅を楽しめる。

普段から経費削減を言われ、領収書の中身にまで文句を言われる毎日の中、これぐらいの贅沢を楽しんでも罰は当たらない。
平均的な警察官の半分以下の年休しかないために、旅行などしたことがない。
給料は安いし過酷な労働環境だが、それでも、トラギコはこの仕事が天職だと心から言えるほど大好きだった。
事件、特に難事件が大好物だからだ。

女や洒落た趣味なんかよりも、よほど魅力的で有意義な時間が約束される。
人を殺して自分だけ助かろうと思い、足りない脳味噌を必死に回転させて考え付いたトリックの数々。
丁寧に積み重ねられたそれは、高級料理の調理工程によく似ている。
下ごしらえをする様に計画を組み上げ、ソースを作る様に環境に合わせて計画を調整し、食材を刻む様に人を殺し、盛り付けるように事後処理をする。

そうして最後に召し上がれ、と云う訳だ。
トラギコが楽しみなのは惨たらしい死を遂げた人間の末路を見る事ではなく、犯人の思いを踏み躙ることだ。
愚かな思惑を打ち砕き、真実と呼ばれる事件の真相を知ることはこの上ない快感だ。
希少な珍味が比喩し難い味を持っているのと同じように、難事件は希少価値の高い馳走、あるいは極上の蒸留酒だ。

409名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:30:08 ID:ykRLbvVU0
それに遭遇できれば、三年は気持ちの良いまま過ごせる。
その点で言えば、デレシアに出会ってからは感謝の気持ちが絶えない。
彼女を追えば、必ず歯応えのある獲物にありつけた。
オセアンから始まり、フォレスタ、クロジング、ニクラメンでも楽しませてもらった。

これまでに数千人の犯罪者と数万人の人間を見てきたからこそ、断言できる。
デレシアは別格の人間だ。
トラギコが生きている間に彼女の代わりは見つからないし、彼女を越える人間は現れない。
その姿を一度見失ってしまえば、彼女の足取りを掴むのは困難を極めるだろう。

今回は偶然にも彼女の足跡を辿れたが、次に見逃したらもう見つけられないかもしれない。
デレシアに対する思いを募らせながらも、トラギコはオアシズで起きた事件解決に向けて意識を集中させていた。
当然のことだが、複雑な仕掛けを施した事件を相手にするのは初めてではない。
だからこそ分かる。

今回は、タイミングを逃してはならないと。
食べ頃がある事件なのだと、概要を聞いただけで分かった。
まず、被害者に共通点が無い事が理由の一つだ。
大抵の犯人は凶器や殺し方に共通点があるものだが、この事件では全てがばらばらだ。

第一被害者ハワード・ブリュッケンの丹念な殺しに比べて、第二の現場となった警備員詰所では虐殺に近く、第三被害者に至っては毒殺だ。
この違いにこそ意味があると、トラギコは考える。
犯人の狙いは、誰かを殺すことだ。
殺す過程に快楽を感じるためではなく、人が混乱している様子を楽しむことでもない。

殺すことで得られる利益が目的の可能性が非常に高い。
無論、それを装っている可能性もある。
疑えば疑うほど事件を必要以上に複雑に感じる時があるが、そんな時、トラギコは常に自分の直観に従ってきた。

(=゚д゚)「……ん?」

410名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:36:12 ID:ykRLbvVU0
不意に、トラギコの鼻が香ばしい香りを嗅ぎつけた。
どこからか漂ってくる、料理の匂い。
肉、小麦粉を油できつね色になるまで焼いたような香りだ。
ここまで濃厚に漂うということは、換気扇を備えている店舗型ではありえない。

屋台だ。
どこかの屋台が、この犯罪的に美味そうな匂いを漂わせているのだ。
途端に、猛烈な空腹に襲われた。
一度意識してしまうと、もう我慢できない。

切なそうに腹が音を立て、自己主張をする有様だ。
味噌汁と紅茶だけしか胃袋に入っていないことを思い出し、懐から古びた財布を取り出して中身を確認する。
細かい硬貨を合わせて、七十五ドル。

(=゚д゚)「……いけるか?」

ハザードレベル5の発令に伴い、乗客はオアシズでの飲食は無料と言われている。
だから金の心配はしていないが、万が一の場合がある。
そもそも招かれてもいない客として乗っている身分に、それが適応されるかどうかも分かっていないのだ。
訊きそびれた自分が悪いのだが、あの場の空気では流石にそんな事を口に出せない。

匂いを辿って歩を進め、第三ブロックの中央に位置する公園にある噴水の前に、それらしい屋台の一団を見つけた。
一団は別々の料理をその場で調理し、陳列し、販売している。
アイスクリーム、焼きそば、クレープなどだ。
客はそこそこ来ているが、一か所だけ奇妙な隙間があった。

これだけの芳香を漂わせている店にだけ、客が一人も寄りついていないのだ。

( `ハ´)

411名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:40:21 ID:ykRLbvVU0
店主は特徴的な細目で、黒い髪を前髪ごと後ろに流して一つに束ねた髪型をしていた。
顔だけを見ればやせ形に思われそうだが、黒い半袖のシャツから覗く筋肉が只者では無い事を物語る。
首の太さも、格闘技を経験している者に共通しているそれだった。
放つ雰囲気は鋭く、堅気の世界で生きている人間で無い事は明らかだ。

(=゚д゚)「おい兄ちゃん」

( `ハ´)「……何か用アルか」

見た通りの無愛想だ。
見た目の通り、声にも若さが聞き取れる。
三十代前半か二十代後半。

(=゚д゚)「それ、何ラギ?」

( `ハ´)「餃子」

一言で会話が終了した。
素晴らしい。
店主とはこれでいいのだ。
飯屋は寡黙が一番。

不要な会話をする店主は嫌いだった。

(=゚д゚)「焼き立てを二つ、それとビールを大ジョッキで」

( `ハ´)「七百ドル」

(;=゚д゚)「あぁん?! 手前、ここに一つ三ドル、ビールは一ドルって書いてあるラギ!!」

412名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:46:38 ID:ykRLbvVU0
思わず冷静さを欠いた反応をしてしまったトラギコに対し、店主は冷笑を浮かべて答えた。

( `ハ´)「じゃあ七ドル」

(#=゚д゚)「俺を馬鹿にしてるラギか?」

( `ハ´)「冗談アル」

この店主、無愛想ではない。
人間性に問題があるのだ。
冗談にしてもセンスの欠片すらない。
本心から冗談で済ませようと思うなら、それなりの反応があるはず。

なのに、冷笑とは何事だろうか。

(#=゚д゚)「七ドルだな?」

( `ハ´)「……」

財布から七ドルを出そうとしたが、細かい金がなかった。
そしてそこで気が付いた。
船内での買い物は、全て乗船券を兼ねたカードで済ませる事になっている。
当たり前の話だが、トラギコは乗船券を所持していない。

まさか。
この店主。
こちらが非正規の客であることを察して、試したのだろうか。
オアシズに乗るには乗船券が必須。

413名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:50:07 ID:ykRLbvVU0
その乗船券を持っていない人間となると、この船にとっては歓迎しない存在だ。
つまり、サービスを提供してもしなくてもいいだけでなく、怪しまれて然る存在でもある。
非常時の際に部外者を疑うな、と言う方が無理だ。
そしてこの店主は、トラギコが非正規の乗客であることを見抜いているに違いなかった。

トラギコが乗船券を持っていない人間であることに気付いたからこそ、いきなり金を請求したのがその証拠だ。
店員としてあるべき姿としては、カードの提示もしくは無料である旨を伝えるのが道理。
自分の推理に絶対の自信を持っていなければできない会話だったのだ。
恐ろしいほどの観察眼だ。

警察にぜひ欲しい人材である。
それに、この船での食事が七ドルで済むのであれば、安いぐらいだ。

(;=゚д゚)「……っ、ぐぬ」

( `ハ´)「……」

財布から十ドル硬貨を取出し、店主に差し出す。
釣りを出されない可能性を考え、トラギコは最後に一つ付け加える。

(;=゚д゚)「ビールを特大ジョッキにしてくれ」

これで丁度十ドルだ。

( `ハ´)「……」

店主は無言のまま顎でカウンターを指した。
そこに硬貨を置けという意味だ。
トラギコは渋々それに従い、金を置いた。
男は鉄板の上で焼いていた餃子をパックに詰め、カウンターの上に積み重ねていたパックの上に乗せた。

414名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:54:58 ID:ykRLbvVU0
それを取ろうとした時、男が鉄製のヘラでその手を制した。
疾い。
これがナイフだったら、トラギコの手首から先は地面とハイタッチしていたはずだ。
油断していたと云うのは言い訳にしかならない。

戦闘の技量で言えば、トラギコを上回っている。
この男、一体何者なのだ。

(;=゚д゚)「何のつもりラギ?」

( `ハ´)「焼き立て注文したアル」

そう言うと、男は新たな餃子を鉄板の上に並べて焼き始めた。

(=゚д゚)「……そうかい」

意外と律儀な性格をしているようだ。
仕方なしに待つ事になったトラギコは、噴水の傍にある木製のベンチに腰掛けた。
背中から聞こえる噴水の音を無視し、トラギコは意識を男に集中させる。
男の動作を改めて観察してみると、屋台経験は短いという印象を受けた。

接客態度もそうだが、全体的に、慣れている様子がないのだ。
まだどこか不慣れな動き。
餃子を焼くことには慣れていても、売ることには慣れていない。
怪しい。

容疑者の一人として、トラギコは頭の中に男の人相を記憶した。

(=゚д゚)「んや?」

415名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:56:11 ID:0Q/bTnb.0
Ammo→Re!!のようです
http://hayabusa5.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1396091199/
支援するならこっちもな
まあ自分は規制中の身なんだが

416名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 20:59:34 ID:ykRLbvVU0
項の毛が、ピリリと反応を示した。
何かよくない物が近くにある、もしくは起ころうとしている。
視線を周囲の物陰に向け、索敵を行う。
約五十ヤード先、トラギコの正面に、それはいた。

その体躯はずっしりとした岩石を思わせ、手と顔に刻まれた皺と傷はその人生の壮絶さを雄弁に物語る。
楽な人生。
ぬるま湯の生活。
平和な暮らし。

明らかに、そう云ったものとは無縁の人間の体だ。
上瞼から下瞼にかけて走る大きな傷は、鋭利な刃物とは真逆の物でつけられたに違いない。
開かれた黄金瞳は純金よりも鈍く、月よりも優しく、宝石よりも輝く獣のそれに酷似している。
皺のない白いボタンダウンのシャツの上に羽織る黒のジャケット。

首の太さ、そして耳の形は格闘技を経験した人間独特のもの。
後ろに撫でつけたオールバックの黒髪。
歳は六十代後半。
一目で、人を殺したことのある人間だと断言できる姿をしていた。

( ФωФ)「……」

(;=゚д゚)

男のした行動は、ただ、トラギコの前を歩いただけ。
それも、五十ヤードは離れた場所を悠然と歩いているだけだ。
それだけで、トラギコは呼吸を止めてしまっていた。
あの男の前では迂闊な言動が命取りとなると、断言できる。

417名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:01:55 ID:mFxhbgFI0
主要な人物が揃ってきたな。
支援

418名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:02:30 ID:ykRLbvVU0
一瞬の事だったが、トラギコはすぐさまその男を容疑者の二人目として、人相を記憶。
すぐさま男を尾行することにした。
ベンチから立ち上がり、屋台の前を小走りに横切る。
極力近寄りたくないが、この際仕方がなかった。

悟られないギリギリの距離を保ち、そこから監視するしかない。
いきなり尋問などしようものなら、縊り殺されるかもしれないからだ。
あれは猛獣の類だ。

( `ハ´)「どこ行くアル?」

屋台を通り過ぎた辺りで、トラギコの背中に無愛想な声がかけられた。

(=゚д゚)「手前にゃ関係ねぇラギ」

( `ハ´)「それ駄目アル。
     お金貰ったら、私は商品渡す義務有ル。
     行かせないアルよ」

どうしてこう、変な所でこの男は義理堅いのだろうか。
普通の屋台の人間なら、ただで金を手に入れたと喜ぶところだ。
横目で先ほどの男を探すが、もう、視界の中にはいない。

(=゚д゚)「……後どれぐらいかかるラギ?」

( `ハ´)「三分」

(=゚д゚)、「ちっ、分かったラギ」

419名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:05:45 ID:ykRLbvVU0
今更追ったところで、男を見つけられる確証はない。
どうせ、男の移動できる範囲は第三ブロックに限られているのだ。
トラギコは観念してベンチに戻り、餃子を待つことにした。
丁度近くを通りがかった新聞販売員のカートから、世界規模の情報を載せている“モーニングスター新聞”を一部引き抜いた。

一昨日、つまり八月四日の日付だった。
新聞の一面を飾っているのは、やはり、まだニクラメンが地図上から消えてなくなったことについてだ。
世界中からトレジャーハンターギルドが集まり、海底に沈んだ街から金品を引き上げ、時折死体も引き上げているとのことだ。
死体を引き上げているのは善意だと主張しているらしいが、遺族からの感謝料を目的にしているのだろう。

ニクラメンの名を聞くと、ワタナベ・ビルケンシュトックや、ギコ・カスケードレンジと出会った時の記憶が蘇る。
不完全燃焼の謎だけを残した事件は、結局、海の底だ。
あの時に会った彼らとは、また会うような気がする。
出来ればワタナベとはもう出会いたくないが。

紙面を捲り、二面に掲載されている世界情勢を見る。
西の土地にある三つの街が合併し、一つの大きな街となった事が二面全てを使って書かれていた。
カルデとコルフィ、そしてファーム。
それぞれの位置関係が書かれた地図を見ると、新たな街の大きさはオセアンの二倍ほどになる。

かなり大きな街だ。
元々、三つの街はコーヒーの産地として有名だったが、これを機に世界屈指のコーヒーの街になるのは間違いない。
誕生した街の名は、“カルディコルフィファーム”。
そして、市長は内藤財団とあった。

それは異例の事ではなかった。
企業が街を支配し、市長として機能した前例は幾つかある。
ただし、一つとして成功した例はない。
企業内での権力争いと不景気の影響をもろに受けるため、長持ちしないのだ。

420名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:09:40 ID:ykRLbvVU0
だが、内藤財団の経営力と経済力は世界随一だ。
オセアン復興に着手した事も含めて考えると、世界各地の街を統治し、更なる事業拡大を狙っているのだろう。
記者の意見ではオセアンでの実権を手に入れたことに伴い、コーヒーの安価な輸出入を可能にし、利益を上げるのではないだろうか、とのことだった。
確かに、カルディコルフィファームは海から遠くはないが、どちらかと云えば山に囲まれた盆地にある。

三つの街を一つにしたことで、港に最も近い街にコーヒー豆を集めて一度に送り出せる。
陸運にかかるコストが安上がりで済むため、それもまた利益につながる。
陸路を通じて港に運び、そこから船で東のオセアンに向かう。
港も船も全てが自社の物であるため、格安で高価なコーヒー豆の取引が出来るのだ。

西側で盛んな貴金属市場に手を付け始めているとの噂が本当だとすれば、近い内に貴金属の取引にも手を出すだろう。
経営者は慎ましく貪欲であれ、とは企業の依頼でトラギコが逮捕した会計管理者の言葉だ。
新聞を畳み、それを膝の上に乗せる。
トラギコは振り返り、噴水の真ん中に立つ巨大な時計を見上げる。

店主の言葉から、三分が過ぎようとしていた。

(=゚д゚)「……」

屋台の男と、先ほどの人相の悪い男を除くと、現在手元にある疑わしい人間は五人いる。
第一ブロック長、ノレベルト・シュー。
第二ブロック長、オットー・リロースミス。
第三ブロック長、ノリハ・サークルコンマ。

探偵長“ホビット”。
市長、リッチー・マニー。
彼らの内、誰かがこの事件の鍵を握っているはずだ。

( `ハ´)「お待ちど」

421名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:17:54 ID:ykRLbvVU0
(;=゚д゚)「のっ! お、おう」

視線を戻した先にいた店主の手には、餃子の入ったスチロール製トレイが二つと、ビールの特大ジョッキがあった。
それを受け取ると、店主は屋台に戻った。
気を取り直してから、トラギコはまず餃子を食すことにした。
手元から立ち上る湯気と香りが食欲を刺激してやまない。

ベンチの傍らにジョッキとトレイを一つ置き、もう一つのトレイを膝の上に置く。
トレイに添えられていた割り箸を口で咥えて、二つに分ける。
一つのトレイに五つの餃子が乗っており、調味料は一切見当たらない。
そのままの味で勝負をしているらしい。

半月型の餃子を箸で一つ摘まんで口に運び、一口で食べる。
火傷しそうなほど熱い汁が、中から溢れた。
野菜と肉から出た汁の味は熱すぎてよく分からないが、美味いのは確かだ。
空気を口の中に取り入れて冷ましながら、餃子を咀嚼する。

肉汁の甘い香りと濃厚なニラの香りが鼻から抜け出る。
口の中が火傷しないように、すかさずビールを口に含む。

(*=>д<)。゚「くぅあっ!!」

そして、トラギコは腹から湧き上がる食欲に身を任せ、次の餃子に箸を伸ばしたのであった。
トラギコは予期することが出来なかった。
この後に起こる事態を。
この時は、まだ。

422名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:25:50 ID:ykRLbvVU0
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
     ,′    ./  ,′ /// / /_j     、_/ 」 i /\   }  i\    \
 /  }    ,′  i _,厶=-‐ァナ´ |     ./ `Tナ7¬=ー ハ  |  ヽ   ト、
    ,′    {   | / {_厶ニ,_ー|   /./  ‐}_厶ミ,_ ∨ }  |      | \
    ,′          i/ 7´「`ヽヽ.|  /}/   //「::::`、`ヽ j     i  |
.   / /       N{  ,_,ノ  :.  |/       ,_ノ   :.ハ∨  j   j !
  //  i     〈 V {ヒ :. _ハ}        {irヘ.._,ハ}  ノ}  ∧  \ \
.       |/     \ 弋辷.ン        弋辷 ン  /   ハ  j |\
           ‥…━━ August 6th AM10:30 In the 1st block ━━…‥
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

全身が心地よい疲労感に満たされていた。
打撃に必要な筋肉を意識的に鍛えるためにサンドバッグを相手に繰り出した拳は、五千以上。
その後に行った腕立て伏せ数百回などによって、腕に力が入らない。
また、蹴り技の取得に伴う脚力の向上とトレーニングで、足腰は別物のように動かなかった。

甘い毒を注入されたように痺れて動かない四肢。
リングの上に汗だくで大の字に倒れ、荒い呼吸をしながらも、達成感に笑顔が浮かぶ。
垂れた犬の耳と丸まった犬の尻尾を持つ少年は、自分を見下ろす女性の肌に汗一つ浮かんでいないことに気付いた。
自分と全く同じトレーニングを横でこなしていたのに、と驚く。

微笑を浮かべる女性には狼の耳と尻尾があり、慈母の様な柔らかな感情を湛えた深紅色の瞳は、少年の深海色の瞳の奥を見つめていた。
気恥ずかしそうに笑顔を浮かべた少年はブーン。
それを無言で見つめる二十代半ばと思われる女性は、ロウガ・ウォルフスキン。

!ヽ, __ ,/{
リi、゚ー ゚イ`!「どうだ? 流石に、もう動けないだろう?」

(∪´ω`)「はい、ししょー」

423名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:35:51 ID:ykRLbvVU0
リi、^ー ^イ`!「ならば風呂にしよう。 筋肉をほぐし、次の鍛錬に備えようか」

(∪´ω`)「ししょー、でも、ぼくうごけなさそうです」

この状態では、風呂場まで這っていくのも難しい。
指の力だけで這うにも、手は拳を形作ったまま開かない。

リi、゚ー ゚イ`!「ん? 私が君を運べば何も問題はないだろう。
      さ、行くぞ」

有無を言う間もなく抱きかかえられ、風呂場に連れて行かれた。
早朝の時と同じように汗を洗い流した後、湯船の中でロウガにマッサージを教わった。
ロウガに背中を預け、肩越しに彼女の手がブーンの太腿や脹脛をもみほぐした。

リi、゚ー ゚イ`!「次からは自分でやるんだ、いいな?」

(*∪´ω`)「わかりました、ししょー」

体を後ろから押さえつけるロウガの手は力強かった。
腕から足まで愛撫するように撫でさすり、指圧するロウガの指は優しい。
筋肉が緩和し、力が徐々に回復する感覚が湧き上がる。
緊張から解き放たれ、瞼がゆっくりと落ちる。

トレーニングの最中、幾つかもらったアドバイスを思い出す。
踏み込みは静かに、だが力を込めるタイミングを誤らない。
拳は常に固く握る必要はなく、最もリラックスした状態で維持。
衝撃の際にのみ拳を形成し、速度を意識して抉りこむようにして打ち込む。

424名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:42:06 ID:mdABcWrY0
支援
初リアルタイム!
ブーンかわいい!

425名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:44:12 ID:ykRLbvVU0
そうすれば、素早い攻撃が可能となる。
殴り合いの喧嘩に発展する前の先制攻撃としては、十分な威力があるとのことだ。
鼻先を狙うか顎の先端を狙うのが効果的で、先手を打つのであれば腹部。
大の男が敵となれば、金的を狙うのもありだそうだ。

これまでのパンチと、今のパンチは明らかに形、そして威力が違っている。
それが自覚できるレベルにまで変わった。
向上した、と言った方がいいだろう。
更に、護身に必要な技まで教えてもらえたことで、それを実際に使ってみたいという初めての欲求が生まれていた。

リi、゚ー ゚イ`!「筋は悪くない。 後は、実戦での経験だ。
      人を殴ったり、殺したりした経験は?」

(∪´ω`)「……ありませんお、ししょー」

まともに殴ったことも蹴ったこともない。
強いて言うなら、腕を噛み千切ったぐらいだ。

リi、゚ー ゚イ`!「だろうね。 そんな雰囲気をしている。
       覚えておきなさい。 誰かを傷つけて自分を守る時は、遅かれ早かれ必ず来る。
       この世界を生きていくのなら、これは避けて通れない道だ。
       その時が来たら、何があっても躊躇ってはいけない。

       しかし君は怖いほどに優しすぎるから、躊躇ってしまうかもしれないな。
       それがいいんだがね」

(∪´ω`)゛「お?」

リi、゚ー ゚イ`!「さ、汗を流したら次は戦い方を身に付けよう」

426名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:52:56 ID:ykRLbvVU0
(∪´ω`)゛「はいですお、ししょー」

そう返事をすると、耳元でロウガが嬉しそうな声色で囁いた。

リi、゚ー ゚イ`!「……ふふふ。 素直で大変よろしい」

(∪´ω`)「あの、ししょー?」

リi、゚ー ゚イ`!「ん?」

(∪´ω`)「あるじさんって、いまはどこにいるんですか?」

解放されているのは第三ブロックだけであることから、ロウガが主と呼ぶ人物はこの部屋の中にいるはずだ。
だが、まだ一度もその姿を見ていない。
むしろ、存在自体を感知していない。

リi、゚ー ゚イ`!「あぁ、主ならこのブロックにいない。
      主は第三ブロックにいる」

ロウガから得た情報を元に考えると、主と呼ばれる人物はハザードレベル5が発令されてから部屋を出て行った事になる。
ハザードレベル5はブロックだけでなく、部屋の扉までも完全に封鎖するもので、部屋への出入りは自由には出来ない。
また、そうなる前にブロック中の人間を部屋に戻させたとも言っていたので、一度はこの部屋にいたはずなのだ。
だがしかし主が第三ブロックにいるには、二つの方法がある。

一つは、ハザードレベル5が発令される前に第三ブロックにいて、発令後もそこに隠れていたか。
もう一つは、外出許可が下りている時間帯にブロック間の移動をしたか、だ。
どちらか一つに可能性を絞った質問をすると、答えてもらえないかもしれない。
ブーンはどちらでも答えられるよう質問を考え、口にした。

(∪´ω`)「どうやったんですか?」

427名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 21:57:50 ID:ykRLbvVU0
リi、゚ー ゚イ`!「ふふ、方法は主にしか分からないさ。
      私が命じられたのは君をこの部屋で持て成し、そして鍛えることだ」

どうしてそのような命令をロウガにしたのか、ブーンは分からなかった。
ひょっとすると、ブーンの知る人物なのかもしれない。
無駄だとは思うが、一応、ブーンは尋ねることにした。

(∪´ω`)「ししょー、あるじさんのなまえって……」

リi、゚ー ゚イ`!「隠す必要はないと言われたが、教えない方が君のためかもしれないな」

(∪´ω`)、「お……」

リi、゚ー ゚イ`!「教えてもいいが、条件がある」

(*∪´ω`)「じょーけん?」

リi、゚ー ゚イ`!「風呂上がりに一試合、実戦訓練をしよう。
      そこで私に触ることができれば、教えてあげよう」

思わず、尻尾が揺れるのが分かった。
戦える。
そして、勝てば知らないことを知ることが出来る。
それは何よりも嬉しい提案だった。

リi、゚ー ゚イ`!「おいおい、くすぐったいな。
      喜ぶのは、試合で勝ってからだ」

(∪´ω`)「お」

428名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:04:28 ID:ykRLbvVU0
リi、゚ー ゚イ`!「さ、出よう」

そして、二人は風呂から上がって新しい服に着替えた。
冷蔵庫でよく冷やされた水をグラス一杯飲み、体から失われた水分を補給する。
その後、ブーンには瓶に入った牛乳が与えられた。
成長盛りの子供は牛乳をもっと飲むべきだ、とロウガに言われてブーンは瓶三本分を飲んだ。

ロウガからの指摘で、風呂上がりに柔らかくなった手足の爪を切ると、とてもさっぱりとした気分になった。
それから、ロウガはタンクトップとスパッツ、ブーンは半袖のシャツとズボンに着替え、再びトレーニングルームに移動した。
リングの上に上がり、柔軟体操を行う。
多少は緩和されたが、まだ四肢は重りをつけているかのように鈍い。

拳を痛めないようにと、ロウガが巻いてくれたテーピングはいい具合だ。
二人とも靴は履かずに、素足の状態だった。

リi、゚ー ゚イ`!「さて、ブーン。 実戦では、常に万全の状態で戦いが始まることは稀だ。
      油断、疲労、精神的疲労など様々な要因が付き纏う。
      例えば今、君は精神的に少々の不安があり、体力的にはかなりの負担が掛かっている。
      その状態でも戦えるよう、今から私と一戦する。

      ルールはシンプルに、何でもありだ。
      殴るのも蹴るのも頭突きも、好きに使っていい。
      私はハンデとして両腕を使わないが、私の使うゴム製のナイフに触れれば君の負け。
      君が勝つには、私の足以外に触れればいい。

      ……始めようか」

429名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:15:11 ID:ykRLbvVU0
突如として始まった訓練。
ブーンの体は合図とほぼ同時に動いた。
その理由はおそらく、ロウガから発せられる雰囲気だろう。
殺気に限りなく近い闘気。

僅かな油断が大怪我を招くことが一瞬で分かった。
関節の鈍い痛みと疲労感を取り去ることは無理だが、ロウガに教わった事を意識しながら動くことは可能だった。
まずはリラックスし、攻撃を読ませない。
そして、近接戦闘では動き続けることが重要だとも教わった。

初手としてブーンが選んだのは、バックステップ。
距離を置こうと動いたブーンだったが、ロウガはたった二歩踏み出すだけで、それを無意味にした。
両腕を胸の前で組み、自然体でブーンのすぐ目の前にいる。
触れれば勝ちという勝負。

勝ちを欲するあまり、ブーンの体が動いてしまった。
腕よりも離れた距離に攻撃できる左回し蹴りを放つ。
その蹴りを、ロウガは一歩も動かずに右足の裏で止めた。
これが勝ちを意味しないのは分かっている。

ブーンの攻撃は防がれたのだ。
身を守る術の基本を体に叩き込まれたブーンは、その状態がロウガによるテストなのだと気付いた。
足の裏で防がれた攻撃に対して、ブーンは前に進んだ。
両手が塞がっている以上、上半身への攻撃は当たりやすいはずだ。

前蹴りを放とうとした瞬間、ブーンは天井を見ていた。
何が起こったのか理解する間もなく、リングの上に背中を強打する。

430名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:19:06 ID:ykRLbvVU0
リi、゚ー ゚イ`!「遅い。 君の攻撃は全て私が教えたものだ。
      私にそう簡単に通じるはずがないだろう?
      攻撃に工夫するか、速度を上げるんだ」

攻撃に合わせた足払いだ。
攻撃が形になる瞬間こそ、打撃戦で人間が最も油断する時だとロウガは言っていた。
それがこの事だと、やっと理解した。
まだナイフを使われていないことを考えると、これでも手加減されている。

しかし気になるのはナイフの使い方だ。
両手を使わないのに、どうやってナイフを使うのだろうか。

リi、゚ー ゚イ`!「まだ訓練は終わっていないぞ」

(;∪´ω`)「はい!」

起き上がり、ブーンは再びロウガに向かって行った。

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           ‥…━━ August 6th AM11:20 In the 3rd block ━━…‥
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431名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:27:39 ID:ykRLbvVU0
ベッドの上に腰掛けてから、何もしないまま時間が経過していた。
脇に置かれた小さな机の上には、冷めたコーヒーと無線機。
そして、一挺の拳銃。
腕時計の秒針が立てる音が、やけに大きく聞こえる。

左腕の時計を見た時、時刻は十一時二十分丁度だった。
とうとう、残り五分となった。
全てが動き出すまでに出来ることはやった。
しかし足りなかった。

殺すはずのデレシアは見つからず、その手段も同様だ。
マニーとデレシアによって、計画が一部計画通りでなくなってしまった。
他の者にとっては些細な事だろうが、小さな見逃し、些細な失敗が取り返しのつかない事態に発展する。
それを知らない人間が多いが、それに甘えるわけにはいかない。

こうなったら、デレシアを殺すタイミングをずらすか、諦めるしかない。
元々、こちらがいらぬ用心のために殺そうとしていたのだ。
警戒だけさせておくのも一つの策と言える。
デレシア達の注意が別方向に向いているだけでも、成功だ。

全ては一つの瞬間のために用意した下地。
不要とも言える演劇、目を欺くための茶番劇。
それがこの船で起こした全ての事件の正体だ。
茶番劇と言える簡単な事件ですら気付けなかった探偵たちには、それすらも分からないだろう。

情けない。
本当に、情けない。
彼らが愛して止まない物を。
彼らが期待して止まない物を用意してやったというのに、誰も食い付かなかった。

432名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:32:57 ID:ykRLbvVU0
触れる事すらできず、眺めているだけで終わった。
これが情けなくて、何と言うのだろう。
何のための探偵だ。
凡人には解決できない事件に対して真っ向から、そして全身全霊を持って取り組むのが彼らのはずだ。

それは幻想だったというのか。
それは妄想だったというのか。
それは幻影だったというのか。
やはりこれが現実だというのか。

まだ初心が残されていたあの頃に受けた探偵試験の最終問題で、彼らは胸を張って答えたはずだ。
木を隠すなら炎の中。
炎を隠すなら水の中。
水を隠すなら雨の中。

雨を隠すなら嵐の中。
そして、謎を隠すなら謎の中、と。
事件の中に事件を潜ませ、目を欺くことは初歩の技術。
あらゆる事件は、基本的な技術にそれなりの工夫を施して姿を変えているにすぎないという意味だ。

憤りに高ぶり、感情が溢れだす。
彼らは知らない。
知らないまま、この事件は幕を下ろす。
誰にも解かれないまま、事件は闇の中。

誰にも解いて欲しくないと思う反面、誰かに解いて欲しいと云う期待。
それは、正義の味方と云う幻想を抱く子供の様なものだ。
この世界に正義を語ることの出来る者は、まだ表れていない。
未来永劫続く平和を謳うことは簡単だが、この世界を動かすだけの力がなければ、何も変わらない。

433名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:41:54 ID:ykRLbvVU0
それを知っている。
それを知っているからこそ、この手を犯罪に染め、血で汚し、快楽として享受するまでになったのだ。
それでも果たしたい目的があった。
目的のためなら、例え意に反することでも実行に移せる。

机に置かれていた拳銃の弾倉を抜いて、残弾を確認。
遊底を軽く引いて薬室に弾が装填されていることを確認し、懐に収める。
道化は道化らしく、最後までその役を果たす。
それが、自分の仕事。

胸を痛めながらも、ブーンを殺したのはそのためだ。
小さな少年だった。
勇敢な少年だった。
愚かな少年だった。

あのような少年が世界に増えればいい。
そうすれば、世界は今よりももっと綺麗になる。
無線機が五回、定められたリズムを刻んで電波を受信した。
これが合図。

全ての準備が整い、計画通りに舞台が動き始める合図だ。
重い腰を上げ、所定の位置に向かう。
玄関の扉に手を伸ばした時、いつもの癖が出てしまう。
念には念を、の癖だ。

完璧にこなしたとしても、確認をせずにはいられない癖。

「ふむ」

434名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:46:45 ID:PTMHtc9s0


〜夕凪パクリこと暗黒騎士ガイアが書いた駄作スレッド〜

( ^ω^)ブーン系小説なんてもう全然興味ないようですね
http://hayabusa.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1394970858/

総レス91中、投下レス数34
1レス投下するごとに1.67の読者レスが付く計算

宣伝も何もせずこんなネガティブなスレタイでここまでレスを稼ぐ
夕凪パクリのガイアはこれくらいのことをながら投下で簡単にやってのけるわけだ



支援!頑張って投下してくれ!
歯車さん!夕凪パクリなんかに負けるなよ!

投下レスに対して1~2のレス数が夕凪パクリのガイアに勝つ目安だからな!
夕凪パクリを許すな!本当のブーン系小説の力で叩きのめそう!

435名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:47:39 ID:ykRLbvVU0
踵を返して、ベッドの下に隠した死体を覗き込む。
息を吹き返していないかどうか、改めて調べる必要がありそうだ。
服を掴んで引きずり出すと、そこには完璧な絞殺体があった。
顔には鬱血、首元には内出血の痕。

一旦気絶させてから、風呂場で縄を使って絞殺したため、汚物は部屋の中にはない。
服も着替えさせてあるし、息もしていない。
確かに、死んでいる。
死んではいるが、先月起こった事件を思い出す。

死亡が確認された死刑囚が息を吹き返し、再び処刑されたと云う事件。
デレシアに使うはずだった毒薬のアンプルを懐から取出し、死体の口に含ませた。
これで、確実に死ぬ。

「……君は義務を果たした。
安らかに眠るといい」

そう言い残して、部屋から出て行った。

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   (⌒ 、    .. . ... :. .:.:.:.: .: .... ..:.:.:.:..       .:.:.:.. ..  .. .... .:.:.:...
 (     ヽ⌒ヽ 、            /   / .. .:.:.:..: .:.:.:.. ....:.:...
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  , ⌒ヽ . .. :. .:.:.:.: .: .... .:.:.:. . |___/    / . ... ..   |   |  .. .... .. .:.:.:.
           ‥…━━ August 6th AM11:25 In the control room ━━…‥
  ゝ     `ヽ          / .... .:.:.:.:.:... / .:.:.:..:.:. ..   | . ......  .. .
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436名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 22:59:55 ID:ykRLbvVU0
朝日が雲の隙間から顔を覗かせ、洋上に浮かぶ巨大豪華客船を照らし出してからもう大分経つ。
白い巨体が乱反射する海面に浮かぶ姿は、鏡の上にできた影の様だった。
自然の光が船内に注ぎ込んでから、人々の心中には安堵が芽生え始めた。
嵐の中と晴天の中とでは、人の心境は大きく変わる。

それまで偽りの青空を映し出していた天井のモニターが引き込み、一枚張りの大きなガラス越しに本物の青空を覗かせた。
だがその青空を頭上に見上げられる人間は、第三ブロックにいる者に限られた。
それは、船のほぼ全てを操作することの出来る操舵室も例外ではなかった。

「……ん?」

それでも、船首である第一ブロックにある操舵室からの展望は非常にいい。
乗組員から言わせれば、オアシズで最も眺めのいい場所は間違いなく操舵室だ。
二十階建てのオアシズの七階に位置する操舵室でレーダーを睨みつけていたキース・バレルは、隣にいるエル・マリンを見た。
異変に気が付いたのは、彼だけではなかった。

レーダーに映る小さな船影に気付いたのは、オアシズの船長、ラヘッジ・ストームブリンガーも同じだった。
舵輪の備え付けられた船長専用の座席には、レーダーを含んだコンソールが備わっている。
前方から距離を縮めてくるそれは、ジュスティアの物ではない。
ジュスティアは後方にあり、前方から来る船など連絡がなかった。

キースは慌てて現在地と海図とを見比べ、海賊の多発する場所との距離を測る。
ラヘッジも計算を行い、海賊の活動範囲外にいる事を確認した。
この場所で海賊に出くわすのは奇妙だ。

「船長、前方より船影が七つ接近中。
本船を目指しているものと思われます」

437名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:02:22 ID:ykRLbvVU0
報告をしながらも、キースは決してレーダーから目を離そうとしない。
船影の大きさからすると、中型の漁船ほどの物だ。
移動速度もその程度だ。
ラヘッジはその報告とレーダー図を見て、眉を顰めた。

漁船だとしてもタイミングと合わせて考えると、明らかに不自然だった。
嵐の通り道から、わざわざ嵐を追って来る船はいない。
漁師が嵐の後に漁をするのもまたおかしい。

「ヨセフ、警備員達に通達しろ。
海賊の可能性が高い」

無線係であるヨセフ・ガガーリンが頷き、無線機を所有している全員に発信する。

「全職員に報告します。 十時から二時までの方角から、合計で七隻の船が接近中。
海賊の可能性もあります。
それぞれ所定の位置に着き、対処してください」

「キース、電池はどうだ?」

「残り三十パーセント。
エンジンに回しても、生活電力との関係ですぐに停船してしまいます」

こうして報告している間にも、船影はオアシズを取り囲むように移動を開始している。
たった七隻。
しかし、こちらは動かぬ島と化した巨大船舶。
状況で言えば、決して有利とは言えなかった。

438名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:03:50 ID:eSFRjzoU0
紫煙

439名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:07:32 ID:ykRLbvVU0
万が一相手が海賊だった場合、オアシズへ侵入を試みるだろう。
船内へ通じる非常用階段を使えば、それは可能だ。
だが彼らにとって、今はタイミングが悪かったとしか言えない。
船外、そして船内に通じる扉はことごとくロックがかけられている。

それを解除できるのは市長であるリッチー・マニーの生体データだけだ。
まだ海賊と決まったわけではないが、用心するに越したことはなかった。
船は配置に着いたのか、速度を落とした。
やはり、オアシズの進路を封鎖する形だ。

七隻はオアシズから約三百ヤードの地点で扇形に展開して、こちらの様子を見ているようだ。
事態の深刻さを察知したラヘッジは、すぐに指示を出した。

「各員に通達。 不明船は包囲陣形で停止。
攻撃に備え――」

「――ひぐっ!?」

誰かの狼狽えた声が聞こえたと思った次の瞬間、操舵室は地獄絵図と化した。
悲鳴と共に椅子から転げ落ちた船員たちは、頭髪を毟り取り、喉を掻き毟りながら、口から血の泡を吐いて痙攣した。
ボタンを押すことも、放送を入れることも、レーダーを確認することも出来ないまま、彼らはやがて動かなくなる。
唯一無事なのは、ラヘッジだけだった。

「毒かっ……!!」

いつ、どのタイミングで毒が盛られたのか。
答えはすぐに出た。
ディアナ・カンジンスキーが皆に振舞ったコーヒーだ。
ラヘッジだけがあれを口にしていない。

440名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:15:20 ID:ykRLbvVU0
死んでいる人間との違いは、それしかなかった。
即効性だと怪しまれるために、わざと遅延して効果が表れる毒を使ったのだ。
白目を剥いて地面に転がっているディアナを見ると、彼女が盛ったのではないことが分かる。
別の段階でコーヒーに毒が混入され、操舵室に運び込まれた。

タイミングの良さを考えると、本来であればあの海賊たちは密かに乗船する予定だったはずだ。
内通者がいる。
その内通者が何者なのか、ラヘッジはすぐに気付いた。
連続殺人犯こそが、海賊の一味。

警戒の目を船外ではなく船内に向けさせ、レーダーを管理している操舵室を無効化し、侵入を容易にする算段だったのだろう。
だが偶然の産物によって、それが破算となった。
ラヘッジはその場に止まることが危険だと理解した。
緊急放送用のマイクを掴み、無線を持っている全員に向かってラヘッジは叫んだ。

「コードブラック、コードブラック!!」

コードブラック。
外敵から攻撃を受けたことを意味する、ハザードレベル5に直結する緊急コードだ。
犯人の狙いは、オアシズのシージャック。
彼らの失敗は、この船に乗り合わせているジュスティア軍の存在と既に発令されているハザードレベル5だ。

しかし、船外から中に入ることが出来ないのと同じく、船内から船外に出ることは出来ない。
また、警備のほぼ全ては第三ブロックに集中しており、彼らが迎撃に向かうことも出来ない。
迎撃するためには、第三ブロックから船外に通じる全ての出入り口のロックの解除が必要だ。
その権限を持っているのは市長であるマニーだけ。

ベレッタの安全装置を解除し、操舵室から脱出しようと出口に顔を向ける。
無線を聞いていたジュスティア軍の兵士二名が、操舵室に入ってきたところだった。
運がいい。

441名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:21:58 ID:ykRLbvVU0
(::0::0::)「何事ですか?!
     これはひどい……」

「あぁ、犯人と海賊はグルだ。
海賊の侵入を手助けするのが犯人の目的だったんだ」

(::0::0::)「なるほど。 船の動かし方は?」

流石は兵士だ。
この状況でも狼狽えずに、必要な行動をしている。

「これがマニュアルだ」

船を動かせる人間のほとんどがいなくなった以上、彼らの力を借りるしかない。
ラヘッジは机の引き出しから、分厚い本を取出し、手渡した。

「まずは市長を探して、ロックを解除してもらわないと」

(::0::0::)「今、同志たちが探しています」

「あぁ、頼む」

(::0::0::)『一度は死んだが、天国がどんなだか聞きたいか?』

男の口から出た言葉を聞いてから、ラヘッジは時間の流れがとてもゆっくりとしたものに感じた。
その時間の中、彼の思考は自然と逆算してその言葉の意味を理解しようとした。
言葉の意味は質問だったが、本質は違う。
それは紛れもなく、軍用第三世代強化外骨格の機動解除用のコードだった。

442名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:23:50 ID:fLkpWRZo0
支援

443名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:24:58 ID:mFxhbgFI0
支援

444名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:31:00 ID:ykRLbvVU0
声の前には、視覚情報もあった。
彼らは棺桶を背負っていた。
サイズはBクラス。
その前には、距離の疑問があった。

第三ブロックからここまで来るには、マニーの力がいる。
無線で緊急事態を告げてから、五分も経っていない。
事前にこちらを目指していたとしか思えない。
つまり、こうなる前に許可を得て移動していたのだ。

逆算が終了し、現実の世界に引き戻されるまでには一秒弱。
目の前にいる兵士の拳が鼻面に吸い込まれ、床に倒れる。
その背後には、強化外骨格を装着し終えた男の姿が。

「い、一体お前たちは!?」

上体を起こしながら、ラヘッジは問うた。
犯人だけでなく、ジュスティア軍人までもが加担する事件。
目的、そして正体は何なのか。
それが全く分からない。

ラヘッジを殴り倒した男は、腰から拳銃を抜いて答える。

(::0::0::)「我々ですか? 勇敢な、そして優秀な船長殿。
     我らの上官に代わり、お答えしましょう」

拳銃の銃口を向けながら、男は誇らしげな声で言った。

(::0::0::)「我々は――」

445名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:38:35 ID:ykRLbvVU0
銃声、衝撃。
そして暗転。
終ぞ、ラヘッジは男の言葉を聞くことが出来なかった。
例え聞いていたとしても、それは彼の頭には残らなかっただろう。

その言葉を記憶した脳髄が床に飛散してしまっては、何の意味もないのだから。

(::0::0::)「操舵室制圧」

難なく操舵室を占拠し終えた男は、ラヘッジが使っていた物とは異なる周波数の無線を使って、仲間達にそう呼びかけた。

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Ammo→Re!!のようです

                                         Ammo for Reasoning!!編

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二二ニニ_____|
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446名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:43:43 ID:ykRLbvVU0
コードブラック、という言葉を無線で聞いた瞬間、ジュスティア海軍所属強襲部隊“ゲイツ”の指揮官、カーリー・ホプキンスは気持ちを戦闘用のそれに切り替えた。
船に危機が迫っている。
正直、この船で起きたという殺人事件については手を拱いていたというか、何も考え付くことがなかったので丁度良かった。
こうやって分かりやすい形で危機が迫ってくれると、手出しが楽だ。

室内戦を想定して改造されたコルトM4は銃身を限界まで切り詰め、銃床を伸縮式の物に変え、更に既存のバレルを交換して対棺桶用の弾を発砲できるようにされている。
ダットサイト、そしてアングルドフォアグリップによって中距離での射撃制度も上げている。
貫通力の高い銃弾が装填済みで、棺桶だけで無く、固い装甲や障害物に対しても有効だ。
漁船程度の大きさなら、エンジンを狙えば動きを止められる。

オアシズを取り囲むほどの相手なら、間違いなく棺桶を持っているはずだ。
棺桶には棺桶だ。
背負っている運搬用コンテナの中には強襲作戦に特化したAクラスの棺桶、“キーボーイ”が入っており、当然、ホプキンス用の改修が施されている。
停船中を好機と考えたのだろうが、海賊たちは自ら進んでライオンの檻に入ってこようとしているだけだ。

檻に触れる前に殺す。
ジュスティア軍の力を見せつけるいい機会だ。
力を見せつければ、犯人も怖気づいてこれ以上の犯行を考え直すだろう。
海賊の騒ぎを解決すれば、一先ず仕事をしたことにはなる。

一連の事件解決に関してはトラギコ・マウンテンライト刑事と探偵たちに任せた方がいい。
となれば、行動あるのみだ。
まず必要なのは、先制攻撃。
先制攻撃に必要なのは、位置に着くことだ。

海賊船に対して攻撃を与えるためには、第三ブロックから外に出る必要がある。
その為にはマニーの許可が必要だ。
全体会議以降姿を消してしまったマニーに向かい、ホプキンスは無線で呼びかけた。

447名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:51:16 ID:ykRLbvVU0
「市長、こちらホプキンス少佐です。
海賊の迎撃のために、船外への移動許可をいただきたい」

すると、無線機から帰ってきたのは第三ブロック長、ノリハ・サークルコンマの声だった。

ノリパ .゚)『すでに船外に出るための扉は開閉されています。
     お急ぎください!』

対応が早い。
目の前では、従業員たちが乗客達にすぐに部屋に戻る様に指示を出している。
これで、安心して戦える。
ホプキンスは海兵たちの無線に向かって、指示を出した。

「賊を排除するぞ。 ヴァルとラルは操舵室に行き、敵船の位置を報告。
残った者はスリーマンセルで行動し、船外から賊を攻撃。
ジンターとギュスターヴは私と共に屋上から外に出て、全体を指揮する。
状況開始、後れを取るな!!」

そして、ホプキンスは駆けた。
緊急時に動けるようにと十階にいたのが幸いだった。
エレベーターに乗り込み、屋上行きのボタンを押す。
体が軽く持ち上がる感覚の中、ストラップで肩に掛けていたライフルを確認する。

弾、状態、バッテリー。
全て万全だ。
ダットサイトの電源を入れ、安全装置を解除してから棹桿操作をして薬室に一発送り込み、いつでも戦闘が可能な状態にする。
ストックを伸ばし、フォアグリップの穴に指を入れてしっかりと持つ。

448名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:56:05 ID:ykRLbvVU0
屋上に到着する前に、ホプキンスはライフルを前方に構えた。
扉がゆっくりと開くと、その隙間から強い潮風が顔に吹き付けた。
眩しいほどの青空には雲一つ浮かんでいない。
波の音と風の音が涼しげだ。

夏の暑さを含んだ空気にも、ホプキンスは眉ひとつ動かさない。
銃口の先には、鮮やかな人工芝が敷かれていて、運動場を思わせた。
慎重に歩を進め、船外に足を踏み出す。

「……まだ来てないのか」

部下達がまだ来ていないことに少し落胆したが、ホプキンスはそれならばと、まずは海賊船を確認することにした。
船の縁まで姿勢を低くして移動し、左舷の高い柵から下を見下ろす。
確かに、灰色の船が囲むようにいる。
まだ何もアクションを起こしていないのを見ると、要求や侵入方法を考えているのかもしれない。

(::0::0::)「少佐殿!!」

「ん? お前は――」

声に反応して振り返るも、ホプキンスはその声の主がジンターやギュスターヴで無いと分かった。
一体誰の声だろうか。

(::0::0::)「攻撃です!!」

その声が無線機からも同時に聞こえたかと思うと、背後から連続して銃声が鳴り響いた。
海兵はホプキンスの襟首を掴んで、一気に引きずり倒した。

「うぉっ?!」

449名も無きAAのようです:2014/03/29(土) 23:58:58 ID:ykRLbvVU0
(::0::0::)「こ、こいつら……うわぁっ!?」

屋上の至る所から次々と銃声が響き、悲鳴が風に乗って届いてくる。
しかし、目の前にいる男は倒れないどころか、撃たれた気配すらない。
遊んでいるのか。

(::0::0::)「し、少佐!? 大変だ、ホプキンス少佐が殺された……
     本部、聞こえるか? “ゲイツ”は全滅……全滅だ……
     あ、あっ……やめっ……!!」

何を。
何を、言っているのだろう。
まだ自分は生きている。
ただ、倒されただけだ。

周囲では銃声が響いて、悲鳴がするだけだ。
誰も死んでなどいない。
何がどうなっているのだ。

(::0::0::)「……では、さようなら、少佐」

銃声が、ホプキンスのちっぽけな疑問と意識を脳髄ごと吹き飛ばした。
コードブラックを耳にしてから、僅か六分の出来事だった。
物言わぬ死体の傍に立つ男は、無線機に向かって淡々と報告した。

(::0::0::)「屋上制圧」

450名も無きAAのようです:2014/03/30(日) 00:02:33 ID:46mCtulo0
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最終的な変更点はわずかだった。
気にしないといけないことは、侵入口の数が五分の一となり、館内の五分の一しか制圧できない点ぐらいだ。
最優先目標は変わらず、市長のリッチー・マニーの確保。
海賊船は両舷に分散し、所定の位置に付く。

左舷に六隻、右舷に一隻。
船長が乗る指令艇一隻が第三ブロックの警備員詰所前でエンジンを切り、船首に取り付けた捕鯨砲を喫水線よりも上の壁を狙って撃ち込んだ。
クジラの巨体をも貫通する銛はオアシズの壁を貫き、海賊船とワイヤーで繋がった。
捕鯨砲のスイッチを入れてワイヤーを巻き取り、海賊船をオアシズに密着させて停船させた。

見上げると、途方もなく巨大な船なのだと再認識させられる。
進入口が一階とは言っても、実際は喫水線の上にあるわけではない。
喫水線の約五十フィート上にせり出す形で設けられた踊り場がある。
そこが非常口の出口となっており、そこまでは垂直に伸びる梯子を上って行く事になる。

非常口前には転落防止用の鉄柵に囲まれた広い踊り場があり、巨大な非常階段がそこから壁伝いに屋上まで伸びている。
この階段を使えば、各階への移動が簡単に行える。
立派な装備で身を固めた部下達が甲板から梯子を使ってオアシズを登っていく様子を、ストローハット海賊団船長、マンキーデー・ラフィングは満足げに見ていた。
これまで彼らが狙った中で最大級、否、世界中の海賊達も決して成功しなかった世界最大の豪華客船への海賊行為。

451名も無きAAのようです:2014/03/30(日) 00:06:28 ID:46mCtulo0
海賊の王を夢見て幾星霜。
ラフィングの夢が成就するのも、そう遠くなさそうだ。
彼らは、ラフィングが海賊を志してから直に集めた同じ夢を持つ仲間。
皆、防弾ベストと個人防衛火器であるP90、そしてBクラスの棺桶で武装している。

海賊の装備としては現代的かつ高価な物ばかりだ。
部下には話していないが、今回の件には出資者がいる。
ラフィングは出資者の指示したことをやれば、後はオアシズをどうしてもいいと約束を取り交わしている。
無論、そんな約束を守る必要はないが、今後とも是非ビジネスを続けたい相手であるため、今はまだ裏切らない。

彼自身も船から梯子に飛び移り、胸の高鳴りを感じた。
この大きな獲物を彼らが好きにできると云うのは、金持ちの美女を好きにしていいのと同義だ。
出資者からの指示は一つ。
市長を捕らえて指定の場所で引き渡すだけ。

楽な仕事だ。
梯子を上り終えると、部下達が非常口である水密扉の前で待機していた。
入り口で指示を待つ部下達に、ラフィングはハンドサインで合図し、待機を命じた。
左舷が各階に散る中、右舷の彼らは一か所から侵入し、第三ブロック唯一の詰所を制圧することを狙いにしている。

つまり左舷は陽動、右舷が本隊だ。
事は慎重に、かつ確実に行う必要がある。
まだ誰にも気づかれていないことは分かっているが、焦って事を仕損じるわけにはいかない。
左舷が侵入し、船内の注意がそちらに向いた頃合いに詰所を襲えば容易に制圧が出来るが、タイミングを誤れば警備員の残る部屋に入ることになってしまう。

無線が三度、無言の合図を受信した。
二度、無言で無線を送り、こちらも合図を出す。

(::0::0::)「ゴー」

452名も無きAAのようです:2014/03/30(日) 00:10:47 ID:46mCtulo0
ここから先は害虫駆除に似た動きをするだけだ。
短い合図を受け、先頭に立つ男が水密扉に付いたハンドルを回し、ゆっくりと押し開く。
そして、空いた隙間から一気に二人が侵入した。
海賊団切っての命知らず、ブロックリンとジンサだ。

声を立てずに侵入した彼らがまず中の安全確保と偵察を行い、その後で残りが入る作戦だ。

(::0::0::)「クリア!」

一発の銃声を聞くことなく、クリア、の声を先に聞くこととなった。
銃を構えながら船内に入る男達の最後尾に、船長であるラフィングは余裕の表情で付いた。
広々とした警備員詰所には、誰もいなかった。
多少は反撃を予期していたのだが、どうやら、全員出払った後のようだ。

拍子抜けではあるが、戦闘が避けられたのは良い事だ。
構えていた銃を下に降ろし、指をトリガーガードに乗せる。
胸の無線機を取り出して、専用の周波数に合わせて状況を報告する。

(::0::0::)「第三ブロック警備員詰所、制圧したぞ」

453名も無きAAのようです:2014/03/30(日) 00:14:30 ID:46mCtulo0
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制圧の報告後、ラフィングたちはこの詰所を念入りに調べた。
爆破物などの危険や、罠である可能性を考えたのだ。
考え過ぎだったようだ。
楽な仕事だ。

今日はいい日だ。
仕事が円滑に進めば、それだけ時間が有効活用できる。
その分金も手に入るし、好きなことに時間を使える。
例えば、海賊業の旨味の一つ。

(::0::0::)「よし、まずは人質だ。
     若い女、それと子供を選んで連れてこい。
     ここを一旦、我々の拠点にするぞ」

人質は儲かる。
世界中、どこでもそれは通じる。
生かしておけば金が入るかもしれないし、売っても金になる。
特に、女子供は高値で売れる。

454名も無きAAのようです:2014/03/30(日) 00:20:36 ID:46mCtulo0
連れ帰って彼らの慰み者になってもらってもいいし、いいこと尽くしだ。
中でも、ラフィングが好むのは女児だ。
美人になる素質を漂わせる、六歳ぐらいの女児が最もいい。
子供の中でも、女児は特に恐怖に屈しやすいからだ。

邪悪な笑い声を上げながら、男達が続々と詰所から出て行き、居住区へと進んでいく。
ラフィングと男二人が詰所に残り、部下が連れてくる人質を待つことにした。
ナイフ使いのババロア・ジロー、そして狙撃の天才ソイップは煙草を咥えて余裕の表情を浮かべている。

「――ひきゅっ?!」

悲鳴が、どこかで上がったような気がした。
周囲を見渡すが、ラフィング以外にそれに気付いた様子がない。
気のせいだろうか。

「――あぱっ!」

否。

「どうっ!?」

これは。

「みけっ!」

気のせいなどではない。

「てゅっ!?」

「うがあああああ!!」

455名も無きAAのようです:2014/03/30(日) 00:27:30 ID:46mCtulo0
「誰だてめ――」

間違いなく、悲鳴だ。
サンドバッグを殴るような鈍い音――サプレッサーで抑えてはいるが、紛れもなく銃声だ――の後に悲鳴が上がっている。
そして、フロンキーの悲鳴を最後に銃声が止んだ。
ラフィングは叫んだ。

それは命を奪われたコニー・ビロンやニトー・チョップー達のための叫びではない。
自分自身の身を守るための叫びだ。

(::0::0::)『夢と希望が我らの糧。我ら、正義と平和の大樹也!!』

謎の襲撃者がすぐにでもここに攻め込んでくる可能性を考慮して、咄嗟に棺桶を装着した。
それが幸運だった。
コンテナに取り込まれる一瞬前に、目の間でババロアとソイップの頭が一部吹き飛び、コンテナの蓋に銃弾が当たる音を聞いたのだ。
防弾性に優れたコンテナの中では装着を終えるまでの間、外の音がほとんど聞こえてこない。

ただ、何者かがラフィングたちを殺そうとしているのは分かった。

「早く、早くっ……!!」

残り三秒。
着々と、彼の体に合わせて強化外骨格が取り付けられているのが分かる。
この暗闇から外に出れば、襲撃者を返り討ちにできる。
早く敵を殺したい一心で、ラフィングは乾く唇を舐めた。

残り二秒。
誰の気配もしない。
ラフィングが棺桶を使おうとしているのを見て、怖気づいたのだろうか。
今更許しを請われようが、絶対に許さない。


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