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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part07

1避難所の中の人★:2015/07/20(月) 17:37:38 ID:???
ここは、ヤンデレの小説を書いて投稿するためのスレッドです。

○小説以外にも、ヤンデレ系のネタなら大歓迎。(プロット投下、ニュースネタなど)
○ぶつ切りでの作品投下もアリ。


■ヤンデレとは?
 ・主人公が好きだが(デレ)、愛するあまりに心を病んでしまった(ヤン)状態、またその状態のヒロインの事をさします。
  →(別名:黒化、黒姫化など)
 ・転じて、病ん(ヤン)だ愛情表現(デレ)、またそれを行うヒロイン全般も含みます。

■関連サイト
ヤンデレの小説を書こう!SS保管庫 @ ウィキ
http://www42.atwiki.jp/i_am_a_yandere/

■本スレ
ヤンデレの小説を書こう!Part52
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1350699785/

■避難所前スレ
ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part06
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/12068/1378701637/

■お約束
 ・書き込みの際には必ずローカルルールおよびテンプレの順守をお願いします。
 ・荒らしはスルーしましょう。
  もし荒らしに反応した場合はその書き込みも削除・規制対象になることがあります。
 ・趣味嗜好に合わない作品は読み飛ばすようにしてください。
 ・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。議論にならないよう、控えめに。
 ・避難所に対するご意見は「管理・要望スレ」(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1301831018/)まで。
 ・作品について深く批評したいな、とか思ったら「批評スレ」(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/12068/1318219753/)まで。
 ・便りがないのは良い便り。あんまり催促しないでマターリいきましょう。

■投稿のお約束
 ・トリップ使用推奨。
 ・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに宣言してください。お願いします。
 ・二次創作は元ネタ分からなくても読めれば構いません。
  投下SSの二次創作については作者様の許可を取ってください。
 ・男のヤンデレは基本的にNGです、男の娘も専スレがあるのでそちらへ。

777罰印ペケ:2020/05/09(土) 19:14:40 ID:4HTiHH1c
以上で高嶺の花と放課後 第16話『ブラックローズ』の投稿を終了します。ブラックローズの花言葉は「あなたはあくまで私のもの」「決して滅びることのない愛」「永遠」です。終わりに向かっていくようなそんな演出というか雰囲気を書きたかったのですが
上手く表現できてるでしょうか?あと4話頑張ります。ではまた17話で

778雌豚のにおい@774人目:2020/05/25(月) 00:08:45 ID:cbZcOXuU
久しぶりに覗いたら面白くて最新話まで読んじゃいました
続き待ってます

779罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:19:07 ID:l17.YzuE
投下します

780罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:23:32 ID:l17.YzuE

「ほら綾音。今日からお兄ちゃんになる遍くんよ。挨拶して」



初めて綾音と家族になった日は何故だか、よく覚えている。



今では僕ら二人の母親を務めてる義母の、妙子さんの後ろに隠れていた。



「もうお母さんの後ろに隠れてても仲良くなれないよ?綾音、昨日までずっとお兄ちゃんが出来るって喜んでたじゃない」



「あ…あの、あやねです。なかよく…してくださぃ」



なんとか勇気を振り絞ったというような挨拶だったが、段々と尻窄みになっていた。



「こんにちはあやねちゃん。ぼくはあまねっていうんだ。すっごくなまえにてるね」



「うん…」



なんとか歩み寄ろうとしたが、それでもなお新しい母親の影から出てこない。



これからのことが漠然と不案になったのを覚えてる。



「ごめんね遍くん。綾音ったら少し緊張してるみたい。それでも仲良くしてくれるかな?」



「はい、いいですよ」



「ごめんね、少し剛さ…パパと話すことがあるから二人で仲良くしてもらってもいいかな?」



「はい」



僕は構わないと言った心境だったが、肝心の仲良くする相手がおいそれと簡単に母親と離れるとは思えなかった。



「綾音もいい?」



「うん」



しかしその予測に反して、簡単に母親の言うことを聞いた。



この時、子供ながらに『この子は良い子だな』と単純に考えたのを覚えてる。



母親の姿が見えなくなり、さぁ困ったと思っていると、綾音は先ほどの様子とは一転、僕に近づいてこう言った。



「わたしね!あやねっていうの!おにーちゃんはあまねっていうんでしょ?あたしたちにているね!」



先程とは違う、はっきりと強い意志を持った自己紹介。



内容としてはほとんど僕の復唱に近いが、それが綾音にとっての歩み寄りの証拠なのだろう。



しかし震えてる手、身体、瞳が幼いながらに緊張感の伝わるものだった。



「うん…。よろしくねあやね」



この日から僕ら二人の兄妹が始まった。

781罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:27:40 ID:l17.YzuE
初めて出会ったことを思い出している中、ふと我に帰ると、今度は僕は読書をしていた。

「ねぇお兄ちゃん」

本を読んでいる腕の隙間から、義妹が潜り込んでくる。


「どうしたんだい、綾音。本が読めないよ」

僕は今何の本を読んでいたんだ?

作者名も、作品名も分からない。

「お兄ちゃんってば、さっきからずっと本読んでるよ」

「そんなに読んでたかなぁ」

それが気になり、読書を再開しようとする。

「って、あ!また本読もうとしてる!」

「今良いところなんだよ綾音」

「もうお兄ちゃん、あたし暇ー!」

「暇って言われてもなぁ…」

「暇ー!」

こうなってしまえば綾音を大人しくなるまで待つには、骨が折れるもこの時の僕なら既に理解していた。

「はぁしょうがないなぁ。…綾音は何がしたいんだい?」

僕は読んでいた本を閉じて、綾音に尋ねる。

「えっ…それは考えてなかった…えへへ」

「全く綾音は…。いいよ、気分転換に散歩にでも行こうか」

「なんだかんだ構ってくれるお兄ちゃん好き!」

「僕も好きだよ、綾音」

嗚呼、確かこんな風に綾音によく『好き』って言ってなぁ。

随分と懐かしい。

鮮烈な日々にいつの間にか、古びた思い出は埋没していってたんだ。

「えへへ」

僕が綾音に『好き』と言えば、こうやっていつも嬉しそうに綻んだ笑顔を浮かべるから、僕も嬉しくなって言ってたんだっけ。

「ねぇーえ、お兄ちゃん」

「ん?なんだい?」

「大人になったら綾音のことお嫁さんにしてくれる?」

「んー、そうだなぁ。綾音がもう少し野菜を食べれるようになったらいいよ」

「ええー、けち!」

「ははは」

初恋も知らない愚かな少年の『好き』と初恋の相手に向かって言う少女の『好き』は全く持って意味が違う。

782罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:28:16 ID:l17.YzuE

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長い、長い夢を見ていた。

「あ、お兄ちゃん起きた?おはよう」

目を覚ますと綾音の声がした。

状況が掴めない。

何が起きているんだ。

「少し動きづらいかもしれないけど、我慢してね」

動きづらいと言われて、漸く己の両手首に一つ、両足首に一つ、玩具の手錠のようなものが付けられていたことに気がついた。

「これは一体なんなんた…?」

「なんなんだって、手錠だよそれ。玩具だけどね」

「そういうこと言ってるんじゃあない。どうしてこんなものつけてるんだ!」

「どうして…か。それはね、お兄ちゃんをここから逃さない為だよ」

「逃さない…?」

そういえばそうだ。

ここは一体どこなんだ。

見覚えのない室内に身を置いてるのもまた、分からないものだった。

そもそも目を覚ます前、僕は何をしてたのか。

ぼやけた記憶のピントが徐々に合っていく。

そうだ、夜中出歩く綾音を追って僕は、山の中の小さな小屋のある広場まで来た。

そこまでは覚えている。

「…じゃあ、ここは」

その小屋だというのか。

「随分と昔に捨てられた民家みたい。汚いと思うかもしれないけど、これでも結構掃除した方なんだよ?」

「逃さないってなんだ。そもそもこんな所掃除したから何だって言うんだ?」

「ねぇお兄ちゃん。この数日、あたしがどんなに惨めで辛い想いをしてきたか…分かる?」

僕の話を聞いているのかいないのか、尋ねた疑問に対しての返事がない。

「あたしが準備してる間も、お兄ちゃんがあの女の隣で笑ってると考えたら、むかついてむかついて、何も知らずに毎日帰ってくるお兄ちゃんを、犯してやろうかって何度も何度も考えたよ」

それはとんでもない告白だった。

そっとしてやるのも間違いだったのか?

最初から最後まで僕は間違えてばかりだったのか?

「でも、あたしはお利口さんだから。お兄ちゃんを犯すのは、ここに監禁してからってすっごくすっっっごく我慢してた」

「監…禁…?」

「そうだよ、監禁。少しは自由を許してるから軟禁っていうのかな。まぁどっちでもいいや。大事なのはここで死ぬまでお兄ちゃんはあたしと過ごすってことだよ」

「死ぬまでここで過ごすだって?ふざけたこと言うのもいい加減にしなさい!」

「ふざけてなんかないッッッ!!!!」

耳を劈くような怒号に恐怖を覚える。

783高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:29:11 ID:l17.YzuE

「ねぇ…お兄ちゃん。ふ、ふざけてこんなことすると…思う?」

余裕のない震えた声。

声の落差が、その不安定な綾音の心の様を表しているように思える。

「あたしが、あたしが世界で一番お兄ちゃんのこと愛しているのに、あんな女にお兄ちゃんを奪われて、平常心でいられると思う?」

「別れたと言った側から復縁して、騙すような真似をしたのは悪かったと思っているさ。けどこんなこと間違ってる」

「間違ってる?間違ってるのはお兄ちゃんのほうだよ。何回も何回も結ばれていいんだって、愛し合っていいんだって言ってるのに、義理なのに"兄妹だから"とか理由になってない理由ばっかり」

「だから僕は綾音を本当の妹のように…」

「妹って何?兄妹って何?そんなのあたしには分からないよ。初めからお兄ちゃんが好きだったあたしの心はどうなるの?」

「それは気付いてあげられなかった僕が悪かった!でもっ…」

「いいよ、別に。それ以上言い訳しなくて。結局の話、あたしたちは根本から間違ってたんだよ。だから"今回は諦める"」

「諦める…?だったらッ」

「勘違いしないで。諦めるって言ったのは"今回の人生で真っ当にお兄ちゃんと結ばれる"のを諦めるって言ったの」

「何を言って…」

「お兄ちゃん。ここにはね、ある程度食料を備蓄しておいたの。けど備蓄は備蓄。いつか底を尽きる」

話が転々としすぎて全体像が読めない。

話を理解しようと努めていると、綾音は顔を突如歪ませる。

「食料が持つ間、ずっとここであたしとセックスし続けるんだよ。神様に来世はちゃんと恋人になれますように、って。生まれ変わったらちゃんと結ばれるようにお願いしながら。…そしてここであたしと二人で飢え死ぬの」

綾音の口から告げられたのは酷く悍しい計画だった。

「ま、まて!そんなの正気じゃないぞ!」

「アハハ!あたしはもうお兄ちゃんと普通の恋人になれないんだよ?!正気でいられると思うッッッ!!!?」

何がここまで綾音を狂わせたのか、いや、分かっている。

分かっているのに、こんな取り返しのつかない状況なのに、未だに認めようとしない。

僕の心はどうしようもなく愚かだ。

「綾音、…お願いだ。やめようそんなこと。今ならまだ全部無かったことにするから…」

「お兄ちゃんまだ自分が上の立場だと思ってるの?自由が効かない両手両足で何が出来るの?あのね、これはもう決めたことだし、引き返すことだってしない」

綾音の意思は揺らがない。

芋虫の様に這いずり回ることしかできない僕を、仰向けに転がす。

「抵抗しないでね。本当は拘束なんてしたくないから今は甘めにしてるけど、抵抗する様ならもっと拘束厳しくするから」

身動きの自由が効かない僕の服を一つずつ脱がしていく。

この先になにが待ち受けているかなんて容易に想像がつく。

「い、嫌だ。僕は綾音とそういうことしたくない!」

抵抗するなと脅されてもなお、僕の本心は義妹との性行為を拒んでいた。

口出してからしまったと思う。

また綾音の激情に火を付けしまうのではないか。

784高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:29:44 ID:l17.YzuE

「…ひどいよ、お兄ちゃん」

しかし予測と反して、綾音の反応は大粒の涙をポロリポロリと流していた。

「あっ、いや…」

妹の、一番見たくない顔を見せつけられて、反抗の意思があっという間に萎んでいく。

「そんなに嫌ぁ…?あたしとするの…。こんっっっなにも愛しているのに、どうしてあたしは拒絶されないといけないの?」

「綾音…違うんだっ、その…」

罪悪感が胸をこの上なく縛りつける。

「もういいよ…。分かった。どうあがいたって、あたしのこの人生は報われないんだ…。あはは…あはははははははははは!」

綾音の中で何かが壊れた。

「綾…んっ!?」

「んチュ、ンン…ンハッ…チュ」

悲哀の表情が突如として剥がれ落ち、能面の表情で僕の唇を貪る。

毒の様な唾液が止めどなく流し込まれる。

「チュ…もうあたしは、あたしがやりたいことをやる。ここでお兄ちゃんを死ぬまで犯してやる」

狂気の宣言の後、体を一旦僕から離すと、今度は綾音が服を脱ぎ始めた。

綾音の、十年間共に過ごしてきた義妹の裸体が露わになる。

けれど華の時とは違う。

情欲が一つも湧かない。

確かに華の時は、なにやら薬の影響というものはあったものの、その心の奥底で見惚れるものがあった。

それが義妹には感じない。

僕の心の底の、どうしようも変えることができない部分。

何度も伝えているのに伝わらない悲しい部分。

綾音はそっと僕の陰茎に愛撫を始める。

不快感が背筋を伝う。

いくら愛撫しても、僕の身体は心と密接に繋がっていたらしく、ピクリとも反応しない。

それは自分の中に唯一残された真っ当な人間性の証であり、砦のようなものでもあった。

幾らやっても無意味だと気付いたのか、一旦その手を止める。

しかしそれを、諦めてくれたかと安心することはできないということはもう、重々承知だった。

こんなことで止めるわけがない。

そう身構えていると、綾音は姿勢を変え、僕の下半身へと顔を近づける。

「っ…」

生暖かい感触と、気色の悪い感覚が同時に伝わる。

「ン…ンン、チュ、レロ」

嫌悪感から目を逸らしても、綾音が僕の陰茎を咥えていることは嫌でも分かった。

785高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:30:09 ID:l17.YzuE

僕の女性経験は少ない。

華と一度だけ、本番行為をしただけだ。

そんな経験の浅い僕の未知なる行為をされ、少しずつ陰茎に血と力が巡るのを感じる。

嗚呼…自分の身体が嫌いになりそうだ。

心は酷く冷めているのに、身体はその真逆とも言える生理現象を起こし始める。

「ンッ、レロ、ンアァ…ム、チュパ」

もう綾音がどんな表情してるかも見たくない。

考えたくもない。

「チュ…ジュル、ンァァ…レロレロ」

もうすっかり陰茎は肥大化してしまったが、綾音はそれでも口の動きが止まらない。

触手のような舌が何度も何度も何度も、絡みついて何度も何度も何度も、気色の悪い摩擦を繰り返す。

きっと綾音は口淫だけで、まずは一度僕を果てさせようとしている。

もうその気色の悪さに快楽を覚え始めている身体に対し、『もう勝手にしろ』と失望にも似た感情が湧く。

「チュゥ…ゥゥゥ、ジュパ、あむ」

舐めるだけでなく綾音は、肺も使って陰茎に吸引し始めている。

快楽が加速度的に溜まっていくのが分かる。

くそっ、思ったよりも遥かに早く限界が訪れそうだ。

「…っ」

「ジュルルル、ん!?ンンッッッ」

妹の口の中に精を無様に吐き出してしまう。

綾音はそれに驚きつつも、精を吐き切るまで陰茎を口に咥えたままだった。

陰茎の痙攣が治ると、ゆっくりと口を話していく。

口内から解放された陰茎は、唾液で濡れてやや冷たさを感じる。

綾音の口内にあるであろう精液を、嚥下したのか喉仏が一度大きく動く。

コク

「これが精液の味…美味しくもないし変な臭いだけど…けど…。普段じゃ絶対に味わうことのない味…今まで味わったことのない味…。ふふ、ふふふ。あたし本当にお兄ちゃんを犯してる…」

疲労感がどっと押し寄せる。

単純に絶頂に達したこともあるが、本当に血の繋がった妹とも思ってた義妹に、性的暴力をされたという事実が精神に疲労が襲う。

「もう…やめてくれ…お願いだから…」

「やめない。好き、愛してる」

綾音の愛の囁きなど、到底受け入れられない。

受け入れられないはずなのに。

なのになんで僕の身体は、綾音を女性として受け入れ始めてるのか。

今この時ほど性欲というものが、穢らわしく感じたことはない。

気がつけば僕は、一筋の涙を流していた。

レロォ

それを見た綾音は、雫を掬うように舌で涙の跡を辿る。

「これがお兄ちゃんの涙の味。ふふ、当たり前だけどしょっぱいね。ねぇお兄ちゃん、次はどんなお兄ちゃんの味をあたしに教えてくれるの?もっと知りたいなぁ」





オシエテ






悪魔の囁きと同時に、綾音は僕の上に跨り、僕の陰茎を綾音の中に沈めていく。

786高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:30:34 ID:l17.YzuE
嗚呼、妹とセックスをしてしまった。

近親相姦。

気持ち悪い。

人間性の崩壊。

頭の中で自分への罵倒が止まらない。

華の時とは違い、出血している様子もないし、それほど痛がっている様子もない。

しかしゆっくりと、ゆっくりと己の許容範囲を確かめながら綾音は着実に腰を沈めていく。

「ああっ!最高……。あたしお兄ちゃんとセックスしてる…。血の繋がった兄妹じゃしない、男と女の愛ある行為…。はぁぁぁぁぁ、たまんない!」

小さく小刻みに腰を動かし始める。

「好きだよお兄ちゃん。愛してる。来世ではちゃんと恋人になって、それから夫婦になって死ぬまで愛し合おうね。神様もきっとあたしたちのこと見てるよ。だから絶対来世はあたしたち運命の恋人になれるよ!好き、大好き。もうここから死ぬまで絶対離さないからねっ」

華の時の、僕に無理やり快楽を与えようとする動きではなく、自分が快楽を得ようとする動き。

僕を貪り、喰らう。

華…ごめん。

プロポーズまでしておいて僕は、他の女性に身体を弄ばれてる。

最低だ。

けど心だけは君の元にある。

身体はもう僕の言うことは聞かないけど、絶対に君を愛する心は折れない、折らせない。

「気持ちいい、イイッ!はぁっ、はぁっ」

こんなの愛のある行為じゃない。

一方的なレイプだ。

そう思い込み、心だけでも抵抗しろ。

本当に死ぬまでこの地獄が続くかもしれない。

けれど死ぬその最期の時に、僕は"人間だった"と尊厳を保てるように、心だけは絶対にこんな行為を受け入れちゃだめだ。

「あっ…ああっ…ううう…」

分かっている。

それはつまり、嫌悪感で永遠に心を苦しめることを意味する。

はっきり言っていつ精神が壊れてもおかしくない。

けどこれは守る戦いでもある。

人としての尊厳。

愛の誓い。

そしてもはや思い出の中にしか生きていない、僕の妹…綾音。

「イクッ、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き、愛してるッッ…大好き!」

僕は耐えられるのだろうか。

耐えたとしてその先に何があるのだろうか。

「…はぁ、はぁっ、アハハ…。まだ…これで終わんないからね。あたしたちがまた愛で結ばれるように何度だって繰り返すから」

もはや一縷の希望も持てない脆弱な精神状態で、綾音の愛に飲み込まれていった。

787高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:31:00 ID:l17.YzuE

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来る日も来る日も綾音に犯され続ける日々。

もうここ来てから幾日経ったかも分からない。

夜が来たら寝る、朝が来たら起きる、そんな人間らしい生活など送れるはずもなく、人間性が壊れていく。

綾音に身体で抵抗できたのは所詮、最初の最初だけ。

昼夜通して行われる性行為は、綾音が僕の身体を理解するには十分すぎる時間だった。

もう僕の身体の主導権は僕にない。

綾音に愛玩具として扱われる日々。

けれど心の根っこの部分はいつまで経っても変わることはなく、どうしようもない嫌悪感が精神を蝕む。

頭がおかしくなりそうだ。

「お兄ちゃん…、今日はね。ちょっとお願いがあるんだ」

返事をしようとは思わないが、それ以前にもう声の出し方も忘れかけていた。

「あたし大事なこと忘れてた。散々お兄ちゃんの身体の一部を口にしてきたけど、まだ一つだけあたしの知らないお兄ちゃんの"味"があるの」

返事のない僕などお構いなしに僕の耳元で囁く。

「血…だよ。お兄ちゃん。あたしお兄ちゃんの血が飲みたいの」

そう言って綾音は懐から、包丁を取り出す。

対する僕は両手両足が拘束されている状態。

俎板の上の鯉。

簡単に僕を殺せそうだ。

いっそのこともう殺してくれ…。

「ちょっと痛いと思うけど、指先ちょっと切らせてもらうね」

ツゥ

火傷にも似た感覚が指先に伝わる。

その瞬間、一気にフラッシュバックした。

華、ごめん。

君を愛してる。

心は君の元にあるから。

フラッシュバックしてのは華にお仕置きされた時のこと。

記憶が鮮烈に蘇り、廃人になることを拒む。

「赤くて綺麗…いただきます…あむ」

綾音はそのまま僕の指先を加える。

「チュゥゥ…レロレロ」

頬を紅潮させ、まるでスープを飲んでいるかのように味わい嚥下している。

「どうしようッ…自分の血は舐めたことあるけどそれよりも何倍も美味しい…ううん味は間違いなく血なんだけど…でも美味しい、アハッ!」

綾音は狂気の笑みを浮かべる。

嗚呼…

このまま死ぬまで続くのだろうか。

家の隙間から山風が流れる。

鼻腔に一輪の花を彷彿とさせる匂いが届く。

なんだろうこの匂い。

何かの花の匂いの気がする。

その匂いに安心感と恐怖という矛盾した感情が湧き上がる。

「ねぇ、何してるの?お前」

こんな時にまた彼女の幻を見てるのか。

綾音もお構いなしに僕の指を舐め回す。

788高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:32:35 ID:l17.YzuE
「何を…しているの?」

いや幻なんかじゃない。

言霊に込められた負の感情が、本物の圧を生み出している。

久しぶりの登場人物に、意識が覚醒する。

「…ああもうなんで、あたしとお兄ちゃんの楽園に汚い足で踏み入れてくるかなぁ」

「ねぇ…何しているのかって聞いてるんだけど…」

「何って、来世でお兄ちゃんとあたしが結ばれるための神聖な儀式だよ。神聖な儀式…だったんだよ…。なのになんであんたがここにいるんだよ」

「なんでって愛する彼氏がこの周辺で通信が途絶えたから散々探し回ってやっと見つけたのが、ここってだけ」

「通信が途絶えた…?」

「GPSアプリ、入れてるの。遍がどこで何をしているか、分かるようにね。まさかこんな形で役に立つとは思ってなかったけどね」

華は僕と目を合わせると、その顔緩める。

「遍…助けに来たよ」

ぎりぃ

余程不愉快なのか綾音は歯軋りを鳴らす。

綾音は僕の指先を切るのに使った包丁を手に取る。

「ああ…ちょうどいいや。お兄ちゃんと一緒に死ぬ前にお前を殺してみたいと思ってたんだよ」

「遍から聞いてた話より随分と元気そうね、綾音ちゃん?」

「黙れ、あたしの名前を呼ぶな」

「随分と塞ぎ込んでたみたいじゃない。お兄ちゃんに私って言う彼女が出来て嫉妬してたもんね」

「煩い。黙れ。殺してやる」

「ねぇ綾音ちゃん」

「だからあたしの名前を呼ぶな」

「遍のこと好きなんだ?でも可哀想に。フラれたんだよね遍に」

「煩い黙れ」

「恋人になりたいって、彼女になりたいって、そう願ったんだよね?でも叶わない」

「黙れ…黙れ…」

「ねぇ綾音ちゃん。私はね、遍にプロポーズされたんだ。『結婚してください』って」

「黙れ黙れ黙れ…」

「もちろん私は受け入れたよ。日本は一夫一妻制だから遍のお嫁さんになれるのは私だけ。遍が選んだ唯一の人間が私なの。貴女じゃないのよ、綾音ちゃん。あは、残念だったね」

「煩いッッッ!!!!!!!!!!!!

綾音は手に持った包丁を握り直す。

「いいよもう。殺人とか別に躊躇する理由なんてないし。ここで罪を犯したってどうせお兄ちゃんと一緒に死ぬだけだから」

「や、やめろ!綾音!」

綾音に躊躇など切っ先を華に向け、走り始める。

止めようと反射的に身体を動かすが、拘束されている上に鈍った身体では、せいぜい芋虫のように動くのが限界だった。

そもそも丸腰の華が何故あんなにも綾音を挑発するような真似をしたのかわからない。

「華!!」

「お兄ちゃんもこんな女の名前呼ばないでッッ!!」

華に襲いかかりつつも、そんなことを口走る。

これが油断に繋がったか定かではないが、華は包丁を持って襲い掛かる綾音から素早く身を躱す。

そのまま綾音の脇腹を蹴り飛ばす。

789高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:33:45 ID:l17.YzuE
「がっ…」

手加減なんて一切感じない蹴り。

包丁ごと吹き飛ばされる。

「諦めなよ、綾音ちゃん。世の中にはもっと色んな男がいるんだからそいつと結ばれればいいんじゃあないかな?」

「こっち台詞だ。何年も何年も愛し続けてきたお兄ちゃんを横から奪い取りやがって、泥棒猫が」

一度手放した包丁を再び、握り直し立ち上がる。

「何年も側で愛し続けてるのに結ばれてないってことは、遍と綾音ちゃんには運命の赤い糸で結ばれてないってことでしょ、あははは」

「黙れッ!何も知らないくせにッ…」

「うん、確かに私は知らないね。知りたいと思わないけどね。でもこれだけは知っている。遍と私は運命の赤い糸で結ばれている。綾音ちゃん、貴女じゃない。私なんだよ」

「お前、よっぽど死にたいようだな。いいよ、今殺してやるからさぁ!」

もう一度、華に綾音が襲いかかる。

今度は刺しにいく動きではなく、斬りかかりにいく動き。

華はそれを避けるのではなく、綾音の手首を抑えて止めた。

790高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』:2020/05/31(日) 11:34:03 ID:l17.YzuE

「死ぬのはお前のほうだよ。私の遍を拐って好き勝手してくれて。お前だけが腑煮え繰り返っていると思ったら大間違いだから」

「くそ、死ね!!!!」

見るも耐えられない緊張感が張り詰める。

お互いに力を込め合っている。

どちらかが気を抜けば大惨事になるのは間違い無い。

どうして僕は傍観者でしかいられないのか。

ドンッ

華はもう一度、脚を上げ綾音の鳩尾に蹴りを入れる。

衝撃で綾音が数歩下がるが、その手にはまだ包丁が握られたままだった。

「はぁ…はぁ…、あたしは…何年もお兄ちゃんを愛してきた。ずっと側で愛してきた。世界で一番お兄ちゃんを愛してるのはあたしだ」

「むかつくなぁ…、まるで私の遍への愛が大したことないみたい言い方だね」

「当たり前だッ…。あたしに比べたらあんたお兄ちゃんへの愛なんて塵のようなくせにッ!」

「聞き捨てならないなぁ…私の愛が塵だって?」

「っ…大体どうしてお兄ちゃんなのよ!?ずっとずっと好きだったのに、愛してたのに!なんであんたなのよ!?!!」

綾音の嫉妬には羨望の意味も含まれているようにも聞こえる。

「醜くて聞くに耐えられない。10年も側で何をしてたっていうの?ただ手元にあるだけで満足してたくせに、よく遍のこと世界で一番愛してるとか言えたね」

「嗚呼ッ…もう分かったよ…。泥棒猫として許せないだけじゃない…根本的にあんたのことが嫌いみたいだ」

「奇遇ね。私も」

綾音はまた構え直すが、既に二度躱されているためか、すぐに襲い掛かろうとはしない。

綾音は華に最大限の警戒を払いつつ、"何か"を拾い上げる。

「待っててねお兄ちゃん。今あいつ殺すから。そしたらまた愛し合おうね」

綾音は構えを解く。

華はそれを訝しげに見る。

「死ねッッッ」

突如として、綾音は包丁を華に向かって投擲をした。

手加減なんて一切ない投擲は、速さと共に殺意が篭っており、瞬間の内に華に当たると判断した。

頭の中に広がるグロテスクな場面が、反射的に目蓋を閉じさせる。

見てられない。

バリバリバリ

どこかで聞いた電撃音。

視覚の情報をシャットダウンした僕の聴覚には、ここに連れてこられる直前に聞いたスタンガンの音が響く。

綾音が拾った"何か"とはスタンガンだった。

痛々しいとはいえ包丁を投擲したぐらいでは人は死なないと思っていたが、綾音は包丁で怯んだ相手にスタンガンを当ててからとどめを刺すつもりだったらしい。

目を閉じている場合じゃあないだろ!

あらゆる恐怖を押し除けながら目蓋を開く。

既に華と綾音が密接していた。

綾音のスタンガンが華に当たっているように見える。

しかし、華はいつまで経っても倒れることはなく、代わりに綾音の手からスタンガンが零れ落ちた。

ゴトン

「えっ…?」

嗚呼、そんなッ!

嘘だ!

嘘だ嘘だ!!

そんなの何かの間違いだッ!

「前に言ったよね…、殺される覚悟ある?…って」

本来、華に刺さっているであろう包丁は、その手に握られている。

「え…あっ…う、あッ」

華の手に握られた包丁は真っ直ぐ、綾音の心臓を貫いているように見える。

いやそんなの間違ってるッ

僕が目が、頭がおかしいだけだ!

どれだけ現実を虚構と思い込もうとしても、視界の端から赤い雫が滴っていく。

嫌だッッッ

世界が…

鮮血の地獄に染まる。

「うああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

791罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:35:59 ID:l17.YzuE
以上で17話『スイセン』の投下を終了します。続けて18話を投稿します

792高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:37:09 ID:l17.YzuE
心臓を貫く刃が勢いよく引かれる。

綾音が力無く倒れ込む。

錆びた鉄の匂いが爆ぜる。

「綾音、綾音綾音綾音綾音!!!」

クソなんで動けないんだ!

妹が死んでしまう!

「…」

華がもう一度、刃を振り上げる。

「待ってくれ!華!お願いだ!!死んじゃうよ!!!!」

僕の願いがまるで聞こえていない。

「やめてくれえええええええええええ!!!!!!!!!」

願いも虚しく、残酷にも刃が振り下ろされる。

「ぁぁぁぁぁッッッ!綾音!綾音ぇ!!」

一番見たくなかった光景が、目蓋に焼き付けられる。

綾音は静かに僕の方へ顔を向ける。

「おに……ちゃ…」

僕を呼ぶ声は最後まで続かない。

糸の切れた人形のように綾音は動かなくなる。

待っておくれッッ

こんな結末到底受け入れられない!!!

死んだ人間は何度か見たことがある。

祖父や祖母がそれにあたる。

けれど人が死ぬのは一度だって見たことはない。

こんなにもあっけなく死んでしまうのか?

いや綾音は死んでない!!!

まだ生きてるはずだ!!!

「綾音ッ、綾音!綾音………綾音ぇッッッ!!!!!」

もう死んでるよ。

煩い黙れ。

本当は分かっているんだろう?

このまま放っておけば死ぬかもしれないが、まだ助かる、僕が助ける!!!

いつまで現実を愚かに誤魔化すの?

綾音を助けられるなら、いくらでも愚か者になる!!

まだ分からないの?

黙れ!!!

君は本当に

煩い、それ以上はなにも思うな!!!




僕は本当に愚かだね。





「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」

793高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:37:37 ID:l17.YzuE
脳が焼き切れそうだ。

なんだよ…

なんなんだよ!!!

こんなのあんまりだ!!!

「遍…」

赤く染められた包丁は彼女の手からこぼれ落ちる。

その足で静かに僕に近づいてくる。

よくも…

よくも僕の妹を殺したな…

赦さない

赦せない!!!

「良かった………無事で」

「ぁ………」

腑が煮え繰り返りそうなほど、憎い相手から掛けられたのはこれ以上ない、柔らかく優しい声だった。

それだけで…

それだけで僕の初恋が蘇る。

狂わしい程に愛し愛された彼女を思い出す。

なんでこんなに、惨めな思いしなければならないんだ。

涙が溢れて止まらない。

自分の感情がもう理解できない。

「辛かったね」

そんな惨めな僕を彼女は抱き寄せ、静かに撫でる。

「これで分かったかな?私が世界で…ううん、この世で一番貴方を愛してるってこと」

「なんで…どうしてだよ………」

どうしてと問いたいのは、自分ではもう舵が効かない己の心。

どうして。

どうして世界一憎い相手を愛さなければならないんだ。

「何者にも変えがたいのよ遍は。私から遍を奪おうとするなら殺してでも取り返す。死んでも渡さない」

「ぅぅぅ…ぁぁぁ…ぁ……ぇっ」

言葉にならない感情が嗚咽になって吐き出される。

そんな僕を2、3回優しく撫でると、身体から少し離し向き合う形になる。

「…待ってて」

「………え?」

「人を殺したんだから私は捕まる。当たり前の話だよ。昔ならまだしも捜査技術が進歩した現代で一生バレずに過ごせるなんて、そんな甘ったれたこと考えてなんかない。そんな半端な覚悟で殺したわけじゃない」

何かの覚悟を決めたような表情。

「自首するわ」

「何を言って…」

思っても見なかったことを言われた。

794高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:38:16 ID:l17.YzuE
「もしかしたら私は何年も刑務所に囚われるかもしれない。そしたら何年も貴方と離れ離れになる」

どこか人ごとのように淡々と語られる。

「でも私は必ず貴方の元へ帰る。ただいまっていつの日か言う。だからそれまでさ…」

けれどそれは彼女の中に、確かにある絶対なモノ。

「絶対に、絶対に私以外の女に愛を囁かないで。愛おしそうに名を呼ばないで。私が戻ってきたときに、もしもそんな遍に愛を囁かれるような女がいたら必ずまた排除する。綾音ちゃんは正直、貴方への愛は私程でもないにしても並大抵のものじゃなかった。それは認めてあげる。だからもう殺すしかない、そう思った」

「殺すしかない、だって…?…そんなわけないじゃないか。そんな…そんなことあってたまるか!」

「じゃあ黙って指を加えてろって?言っておくけどそんなことしてたら、殺されてたのは私の方よ」

「…違う。綾音は…そんなこと…しない…。綾音は」

否定しきれないのが悔しい。

「嗚呼そう。やっぱり殺して良かった」

「…殺して良かっただと……?僕の、…僕の妹だぞ!?」

「貴方にそれだけ愛されてるのが妬ましくて、妬ましくて堪らない。それが例え家族愛だとしても。絶対にどんな形であれ、遍の愛を受けるのは私ただ一人だけ、それ以外は認めない」

彼女の嫉妬の領域はもう、狂気の域まで足を踏み入れている。

「どうしてだよ……。僕は君を愛しているのに、どうして妹を殺されなきゃいけないんだよ…。どうして君を憎まなきゃいけないんだよ!!!」

「いいよ。憎んで。貴方の感情を全て私にぶつけて。貴方の全ては私のもの…、誰にも渡さないから」

彼女の独占欲に雁字搦めになって何処にも行けやしない。

何をしても無駄だという絶望。

僕はもう、初めてこの子と交わった日から全てが狂い始めていたんだ。

不可能なのは分かっているが、半年前の自分に警鐘を鳴らすべきだったんだ。

『高嶺の花には毒がある』

一人の少女と出逢ってしまったが為に、義妹が殺された。

十年も共に人生を歩んできた義妹が。

運命が歪み始めてから気付いたってもう遅い。

既に破綻しているのに、ああすればいい、こうすればいいと、足掻いていた昨日までの自分が馬鹿みたいに思えてくる。

僕が頭を抱えていた頃にはもう、こうなることは決まっていたのだ。

残酷なカウントダウンが知らず知らずのうちに刻まれていた。

それなのに、馬鹿みたいに希望を持って、考えてるフリして何にも分かっていないで、今日この時まで悪魔の掌の上で踊っていたのだ。

795高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:38:53 ID:l17.YzuE


ーーーーーープツン


今までどうにか均衡を保ってきた糸が切れた。

全てがもう……どうでも良くなった。

「…どうして、ここが分かったの?」

意味のない質問する。

「さっきも言ったけどGPSアプリっていうのを遍のスマホに入れてあるの。遍が、…正確には遍のスマホがどこにあるのか、それを私の携帯で見ることができる」

「ははっ、便利な世の中になってるもんだね」 

何も可笑しくないのに笑いが出る。

「最初はデートで別れてから、いっぱいメッセージ送ってるのに返ってこないから凄くイライラして。でも電話をかけてみたら電波が繋がらないって。慌ててGPSを起動して遍を探したんだけどこの山に入ってしばらくしたら反応が消えちゃってさ。後悔したよね、適当なGPS入れてたから圏外の範囲行っちゃうと消えちゃうみたい。ちゃんと圏外でも見つけられるGPSにすればもっと早く見つけられたのに」

「…。僕は一体ここに何日居たんだい?」

「遍がプロポーズしてくれた日から8日が経ったよ。ずっと、ずっと探してたんだから。もう会えないんじゃないかって思ったら震えが止まらなかった。もし遍が死んでるなら私も死ぬつもりだった」

「…死ぬとか殺すとか、君の中ではそんなに簡単なことなのかい?」

「ッ…簡単なわけないでしょう?!人一人の命の重みくらい分かってる!じゃなきゃ今頃、世界中の女たちを殺してるわよ!今だって肉体に包丁が沈み込む感覚が残ってる…」

かつて刃が握られていた手が震えていた。

「じゃあなんで綾音を、僕の義妹を殺したんだよッ…」

「分からないかなぁッ…?私の中で…私の中で命が軽いんじゃない…、貴方への愛が重いんだよ?」

「…分からないよ、そんなの…」

「ッッッ!好きなの!愛してるの!今だって貴方への愛が1分1秒経つ度に、私の中の愛が重く重くなっていくの!貴方が他の女と笑う所を想像すれば、殺してやりたい…壊してやりたいって気持ちが湧いてくる!もうわたしの中にある"コレ"はどうしようもできないの…」

人を痛めつけることはあっても、殺すことは彼女の中で正真正銘、初めてのことなのだろう。

動揺が瞳から隠せない。

「きっと遍ば私のこと狂ってるって思うよね…。他でもない私自身が狂ってると思うもの。今だって自分のしでかしたことの重さを理解してるはずなのに、"私には宿らなかった貴方との新しい命"が綾音ちゃんのお腹の中いたとしたら腹を掻っ捌いて無かったことにしたいって…そう思ってる」

ああそうか。

そういえば僕はこの娘に直接…

忘れていたことが思い出される。

「ねぇ遍、もう一回子作り…する?」

馬鹿げた質問だった。

「…そんなこと、できるわけないだろう?」

「ごめん、聞いてみただけ。忘れて」

気まずい沈黙が流れる。

796高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:39:27 ID:l17.YzuE

5分かあるいは1分にも満たない静寂が続いた後、再び彼女は口を開いた。

「ねぇ…遍。キスしてもいい?」

「…それも聞いてみただけかい?」

「これはちゃんとしたお願い。多分…貴方とキスができるのはこれで最後な気がするから」

「…。いいよ、もう。好きにして」

どうせ今の僕は心も身体も身動きが取れない。

抵抗する気力なんてないし、それよりも全てがどうでも良かった。

「ありがとう…」

彼女はそっと僕の唇に重ね合わせる。

短く触れるだけのキス。

「遍、愛してる。永遠に愛してる。決して貴方への愛が消えることはない。忘れないで」

彼女は誓いとも呪いとも呼べる言葉を僕の耳に刻む。

「うん…」

返事に意味などない。

もう僕は彼女の愛からは逃れられないのだ。

嫌というほど分からされた。

「手錠を壊してあげるから山を下ろ。ここじゃ圏外だから警察に通報できないよ」

最後に彼女は寂しそうな笑顔を浮かべた。

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ーーーーー
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797高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:39:51 ID:l17.YzuE

「遍くん…」

「あ…」

あの後、電波の届く位置まで山を下るとそのまま警察に連絡し、事の顛末を説明するとあっという間にパトカーが来た。

到着した警察に小屋の位置まで案内し、綾音の死体を確認すると、その場で華は手錠をかけられ逮捕。

僕も重要参考人として警察署まで連行され、詳しい事情を根掘り葉掘り聞かれた。

何時間にも及ぶ調査を解放されると、そこにいたのは義母だった。

義母の顔を見るなり、僕の瞳からは涙が溢れて止まらなかった。

「ごめん…なさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」

謝罪の言葉も同様だった。

そんな僕をそっと抱きしめてくれる。

「大変だったわね」

義母の胸中など想像するまでもない程のものだというのに、僕にはただ一言、温かい言葉をかけてくれた。

「うっ、あっ、あやっ、綾音はっ、もう…!」

嗚咽が止まらない。

「分かってる…。警察の方から少しだけ話を聞いているから」

義母にとって僕は本当の息子じゃない。

さらに言ってしまえば、唯一の血の繋がった家族"綾音"を奪った原因を作った人間だ。

恨まれたって仕方ないのに、仕方ないはずなのに。

それでも義母は温かい。

涙が溢れて止まらない。

疲弊し切ってしまって僕をそのまま車に乗せ、義母がそのまま僕を連れて帰る。

「…すん」

虚な気分で、止めどなく涙を流し続けていると、一度だけ義母が鼻を啜る音が鳴った。

罪悪感がこの上なくのしかかる。

家まで辿り着き、重い足取りで車から降りる。

「この後、病院に行って綾音の遺体を見てくるんだけど遍くんはどうする?疲れてるなら休んでていいのよ」

頭では綾音の遺体を見に行ったほうがいいとは分かってるのに、どうしようもなく無気力が体の自由を奪う。

「ごめんなさい、今は行けそうにもないや」

「そう。少しだけ冷蔵庫に食事を入れてあるからもし何か食べたくなったら食べて」

「うん…ありがとう」

「今は何も考えないで。体も心も今は安静にしなきゃ」

「はい」

何も考えるなと言われても無理な話だった。

目蓋を閉じれば、綾音が殺される場面が、何度も何度も何度も繰り返される。

終わらない責め苦。

地獄。

身体の中を駆け上がっていくような不快感が走り、慌ててトイレへ向かう。

798高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:40:33 ID:l17.YzuE

「ぅ…ぉぇええ…ぇぇぇ」

血の匂いが鼻にこびりついて取れない。

嘔吐が止まらない。

とてもじゃないが何かを口にすることなど出来ない。

嘔吐して

落ち着いて

横になって

目蓋の裏に焼き付いた光景が再生され

また嘔吐して

その繰り返しで、精神も胃もすり減っていく。

疲弊していく。

そうやって何時間も苦しんで苦しんで苦しむ。

もうどれだけ時間が経ったのかもわからない。

空腹なのに、生きる気力を失い、「このまま死んで仕舞えばいいのに」とベットに横たわっていると、トンッ、トンッ、と二度聴き慣れないノックが響き渡った。

「遍。入るぞ」

父だった。

仕方がないので無気力に倒れていた上体を起こすことにする。

「………」

口下手な親と口下手な子。

会話が弾むことは決してない。

そもそも用がないのに態々部屋に来るような人ではない。

その癖、黙ってるようじゃ何をしに来たのか分からない。

できることなら早く出て行って欲しい。

「綾音は…いつもお前と妙子に任せっきりだった。父親らしいことは何もできなかった」

そんな苛つきを察したのか、独白のように語り始めた。

「もっと言えば綾音と遍が抱えていた気持ちの葛藤すら気が付かなかった。親としてこれほど恥ずかしいものはない…済まなかった」

済まなかった。

その謝罪の一言で燃え尽きかけていた僕にもう一度、薪がくべられる。

「済まなかった?…一体何について謝ってるんだよッ…。何も出来ませんでしたの間違いだろう!?だから陳腐な謝罪の言葉を並べることしかできないんだよ!頭では謝るべきことなんて分かってないくせにさ!!!!」

八つ当たりもいいところだった。

父親に無様にぶつけたのは、全部自分自身に言いたいことだ。

最後の最後まで無様を晒しているのは僕の方だった。

「…こんなことが起きるなど夢にも思わなかった。今はそれを恥じている。遍…本当に済まなかった」

「だから謝るのをやめろよ!!!何について謝ってるのか分かってないのに赦してもらおうって気持ちだけで、上っ面だけの言葉を並べてるんだろ!!?」

「そう言われても仕方のないことだ。私は本当に最低な父親だ…。お前の目にもそう映っているのだろうな」

「…ッ、何しに来たんだよ!態々僕の部屋まで来て上っ面の謝罪と自己否定しに来たのかよ!?」

「…。そうだ」

「ッッッ!!!何か言い返せよ!!認めるなよ!!」

「遍。お前はなにも間違ってない。全て私が悪かった。何が、ではない。全て、全て私が悪かったんだ」

「ふざけるなよッ…!何が"全て"だよ。自分が何が悪かったか考えるのが面倒だからそうやって"全て"とか言って考えるのを放棄してるだけだろ?!」

「…父親失格だな私は」

それだけを言い残し、部屋を出て行こうとする。

「待てよッ…、本当にそんなことだけ言いに来たのか…?」

信じられないといった気持ちで呼び止めると、一度だけ足を止めてこう言った。

「遍…、こんなことがきっかけで言われるのは腹立たしいかもしれないが、お前が叶えたい夢を私はこれからどんなことをしても支えてあげたいと思う」

「ッッ!!今更なんなんだよ!!!出てけ!!」

まるで僕の夢を認めてもらうためだけに綾音が死んだみたいじゃないか。

ふざけるな。

こんな認められ方は望んでなんかいない。

僕の夢を馬鹿にするな。

綾音の死を愚弄するな。

…赦さない。

この日を境に僕と父の溝はもう決して埋まることのない決定的なものになってしまった。

799高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:40:55 ID:l17.YzuE

僕の中の怒りは業火となって一昼夜燃え続けたが、綾音がいない家を歩き回るたびにそれは鎮火していく。

無気力に過ごす日々はあっという間に師走を迎えた。

それでも心のどこかでは復学しなければと思うのに、学校なんてものになんの意味があるのだろうかと身体を縫い付ける。

カレンダーの日付は増えていくのに、彩音が殺されたのが毎日毎日、昨日のように思える。

いつになれば前に進めるのかな。

そうして十二月の初旬が過ぎようとした頃、事件性ゆえに直ぐには行われなかった葬式だったが、この頃になって綾音の葬式が漸く行われるになった。

何も変わらない無にも等しい非日常を繰り返してきた中で、唯一無ではない意味のある日。

黒装束に身を包み、綾音との別れを告げに行く。

棺桶の中で眠る綾音の顔は安らかとは言えないものだった。

多くの人が花を添え涙を流している中、僕一人だけ涙を流さずにぼーっとそれを眺めていた。

誰しもが涙しているというのに、一粒も涙が出てくる様子はない。

それはお経を唱えている間もそれは変わらない。

綾音が火葬場に運ばれた時でさえそうだった。

花を添え、別れを告げる。

「ごめんな…綾音」

不甲斐ない兄でごめん。

綾音の想いを受け入れることができなくてごめん。

綾音の思いに今まで気がつかなくてごめん。

一言で謝罪しても、謝りたいことは幾らでも出てくる。

これ以上ないくらい人生を悔やむ気持ちが湧いてくる。

綾音が火葬される間、別室で待機してた。

死因が死因ゆえ、あまり親族も呼ばず、本当に身内での葬式だった。

しばらくの間、待機してると綾音の遺体を焼き終わったと伝えられ、もう一度火葬場へと足を運ぶ。

ほんの数ヶ月までは隣にいて笑っていた義妹は、今じゃ骨だけになってしまった。

もう命の形ですらない。

この骸を骨壺に収める。

二人一組、箸で骨を拾い、骨壺へと入れる。

これを骨上げという。

これには故人が三途の川を渡り、無事あの世に渡れるように橋渡しをするという意味が込められているらしい。

それともう一つ。

遺された人たちが、故人が死んだとはっきりと理解し、けじめをつけるためにするのだと、葬式場の方に教わった。

僕は母と二人、綾音の骨上げをし、壺に綾音の骨を納めたとき、これまで出なかった涙が洪水のように溢れてきてしまった。

結局僕は最後の最後まで、綾音の死をどこか理解していなかったのだ。

800高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:41:15 ID:l17.YzuE


……
………


生気まで失いそうなほど泣いた後、どうでもよい問題にぶつかってしまった。

期末試験だ。

師走の半ば。

もうすぐ冬休みが訪れようとしているが、必ずその前に期末試験という関門があった。

それを受けなければ進級はできないことになっているらしい。

もう既に一月ほど学校には通っていない。

心が空っぽになった今、学校に通う意味も分からなくなっていた。

恐らくこのまま期末試験に行かなければ、二度と復学することもないだろう。

単に期末試験を受けるか受けないかということではなく、復学するかしないか、そういったどうでもよい問題なのだ。

少し考える。

惰眠を貪り、漠然と虚空を見つめ、死なない程度に胃袋に何かを詰める。

人間として死んでいるような生活。

屍は僕の方だ。

これ以上こんな生活を続けるなら死んだ方がマシだろう。

けれど僕には死ぬ勇気が無い。

ならば答えは一つだった。

実に一ヶ月ぶりに足を運んだ学舎は、期末試験初日という日を迎えていた。

教室に入れば空気が凍るのを感じる。

視線が僕を貫く。

けれどどうでもいい。

自分の席に着き、時間を待ち、テストを受け、家に帰る。

それを三回ほど繰り返せば、あっというまに冬休みだ。

また屍としての生活が始まる。

801高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:41:34 ID:l17.YzuE













聖夜が訪れる。














除夜の鐘が鳴る。














年が明ける。















間も無くしてまた学校が再開する。

再開された学校で渡されたのは赤点スレスレの紙の数々だった。

そこからはクラスの腫物として生きる日々。

まだ彼らは事態を知らない。

けれど数日不登校だったが急に復学した男子学生と突如として消えた高嶺の花と呼ばれる女子生徒。

それは彼らの好奇心を煽るものだった。

注目が絶え間ない。

どうでもいい。

どうでもいい。

…どうでもいいはずなのに、ストレスが溜まっていく。

802高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:41:53 ID:l17.YzuE

無自覚のうちに心が蝕まれていく。

遠くから

遠くから

小さく

本当に小さなものだが

何かの足音が聞こえる。

革靴でアスファルトを蹴るような音が。

訳も分からない足音が聞こえるようになった頃、高校から自宅へ帰ると、ポストに『八文社』と書かれた封筒が一通届いていた。

それを見たとき、急速に目が覚めるのを感じる。

間違いない。

選考結果だ。

ひったくるようにポストから封筒を取り出し、駆け足で自室へと向かう。

荷物を投げ捨て藁にもすがる思いで封を開ける。

何か一つで良い。

生きる理由になる何かが一つ、一つだけでもあれば。

ハサミなど使わず素手で不器用にちぎる。

「何か…僕に…ッ。………」



























しかしそこに書かれていたのは『落選』の旨を伝える文章だった。

803高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:42:11 ID:l17.YzuE

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ーーー


「遅いお兄ちゃん!」

「ごめんよ綾音。人混みがすごくてトイレに行くのも帰ってくるのも困難だったんだよ」

「折角お兄ちゃんと花火を観たくてお祭りに来たのに、これじゃ花火大会の意味がないよ!」

「意味がないは言い過ぎなんじゃあないかな?」

「お兄ちゃんがトイレに行ってる間に花火大会の花火が終わったんだよ?…それに何回も変な男に声かけられたし…」

「えっ?大丈夫だったかい綾音?」

「大丈夫だからここにいるの!全くそんな心配するならもっと早く帰ってきてよね」

「面目ない」



「お兄ちゃん…」

「ん?」

「来年こそ花火一緒に観ようね」

「うん、約束する」

「あ、そういえば射的の罰ゲームの内容まだ決めてなかったね」

「こらこら。最初に僕は罰ゲームは無しっていったじゃあないか」

「勝ち負けにリスクがなければ勝負なんて面白くないよ」

「はぁ…、無茶なお願いはやめてね」

「お兄ちゃん…これからもずっと傍にいてね」

「ん?それがお願い?」

「うん、そうだよ」

「なんだ…そんなこと。言われなくてもそのつもりだよ」

ずっと傍にいることなんて不可能だ。

いつかは僕らも別々の道を歩む時が来る。

ただ今は、純粋に綾音の喜ぶ顔が見たかった。

「分かってないなぁお兄ちゃん。ずっとだよずっと」

「はは、何回も言わなくても分かってるさ」

「むぅ、絶対分かってない。ずっと傍にいてってことはあたしがどんなに遠いところに行っても必ず着いてきてね。逆にお兄ちゃんはどこか遠いところに行っちゃダメだからね」

「後者はまだしも前者はありえるのかい?」

笑いながら問う。

「人生何があるか分かんないでしょ?もしかしたらあたしたちが想像もできないことが起きて離れ離れになるかもしれない」

人生何が起こるか分からない…か。

僕が高嶺さんと秘密の逢瀬をするような関係になるとは数ヶ月前の僕なら想像もできなかった。

逢瀬は少し言い過ぎかもしれない。

密会がせいぜい良いところだろう。

「今度こそ分かったよ。罰ゲームの内容はそれでいいんだね?」

「…なんか罰ゲームって言われると嫌々やらせてるみたいで嫌だなぁ」

「はは、ごめんよ。少し意地悪なことを言った。ずっと綾音の傍にいる。約束だ」

「ありがとうおにーーーーー




ーーーーーグシャリ





「え…?」

綾音の胸から刃が飛び出す。

付け根を中心にして赤が染まり、広がっていく。

「ダメじゃない。私以外の女の傍にいちゃあ…」

呪いが囁いた

804高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:42:29 ID:l17.YzuE














「ッ…はっ!!!」

硬い椅子に硬い机。

その感触に嫌というほど現実を教え込まれる。

どうやら悪夢を見ていたようだ。

いや、むしろ今の方が悪夢と言えるか。

脂汗が滲む。

ぼやけた視界を確認すると、教室には誰一人としていなかった。

「起きたか」

否、間違いだったようだ。

一人いたらしい。

背後から声がかかる。

「次の時間、移動教室だから早く移動しな。もうすぐ始まるぞ」

「ありがとう萩原さん」

久しぶりに声を出した気がする。

こうした萩原が気を利かせたときだけ僕は人と会話することができる。

そんな毎日じゃあ良くも悪くもならない、変わらない日々が続くのは当然か。

相変わらずどこからか足音が聞こえる。

コト

コト

コト

日に日に近づいてくるような大きくなるような、僅かに、ほんの僅かにだが迫りくるような感覚だった。

この足音が僕の足音と重なる日が来た時、どうなるのであろうか。

本人である僕ですら見当がつかない。

こんなことを考えても仕方ない。

荷物をまとめて移動することにする。

「あれ…。そういえば移動教室って、どこに行くんだろう」

805高嶺の花と放課後 第18話『スカビオサ』:2020/05/31(日) 11:42:47 ID:l17.YzuE

…。
……。
………。


放課後。

施錠係の義務として、最後の一人になるまで教室で残っていた。

誰もいなくなった後、重たい腕でノートと鉛筆を取り出す。

そこまでは良かった。

けれどいつまで経ってもノートを開けず、ペンすら握れない。

ボーッと机の上を眺めるだけ。

それだけで、あっという間に冬の景色は暗く闇に染まっていた。

何も考えない。

何も考えたくない。

誰かがどんなに辛いことも時間が癒してくれると言った。

そんなものは嘘だ。

日に日に苦しくなっていく。

静かな家に帰るたびに、もう妹がこの世にはいないんだと胸に強く刻まれる。

後悔で苛まれ続ける。

おまけに公募した小説も落選。

もう面白いと言ってくれる唯一の"読者"もいない。

怖くて筆が持てない。

筆が持てないなら想像すればいい。

僕の物語。

僕にしか書けない物語。

脳内には、ある一つの物語の構想が思いつく。

筆を取るのは怖いが、心を無にしてノートに世界を写しとればいい。

決心がつき、筆を取る。

「えっ…」

筆を持ちノートを開いた瞬間、頭の中の物語は白紙になった。

「まっておくれよ…今の今まであったじゃないかッ…なんで…なんでだよ!!!」

こんなことは今まで起きたことがない。

理解しかねる状況だ。

代わりにとつまらない物語を一つ想像し、書いてみようとする。

しかし筆がノートについた瞬間、つまらない物語すら

失ったものは妹だけじゃない。

恋人だけじゃない。

僕はもう…











物語を書けなくなっていたのだ。

806罰印ペケ:2020/05/31(日) 11:46:08 ID:l17.YzuE
以上で18話『スカビオサ』の投下を終了します。『スイセン』の花言葉は「もう一度愛してほしい」「私の元へ帰って」「報われぬ恋」などで、『スカビオサ』の花言葉は「不幸な愛」「私は全てを失った」などです。
カクヨムの方には17話をすでに投稿してたのですが、こちらに投稿できてませんでした。すみません。残り2話ももうじき出来上がるのでまた近いうちに投下します。

807雌豚のにおい@774人目:2020/06/02(火) 21:51:04 ID:ev..GJ7c
カクヨムで読んできました。
もうあまり活気がない中本当に「ヤンデレ」っていう言葉を濁してないような小説を投稿し続けてくれてありがとうございます。
こちらでも残りの2話、楽しみにしてます。
向こうでは書けなかったのでここで。
完結お疲れ様でした。

808罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:09:20 ID:/peGHtq.
投下します

809罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:10:18 ID:/peGHtq.
高校3年6月



妹が死んだ。



恋人が逮捕された。



小説が書けなくなった。



もう何もない。



僕には何もない。



けれど僕がどれだけ絶望しようと、慟哭しようと、残酷に時は進み続ける。



終わらないと思った冬は、気がつけば三寒四温に変わり、怒りを覚えそうな程美しい桜が咲き誇る。



けれどそんな桜もいつまでも咲いているわけもなく、勝手に散り落ちた花びらを踏むたびに、幾度となくざまあみろと罵った。



そんなものはただの八つ当たり。



自暴自棄。



毎日何故僕だけがのうのうと生きているのか、疑問を投げかける日々。



そうでもしないと、もう頭がおかしくなる寸前だった。



もういっそ狂ってしまいたいと、何度ものたうち回った。



時が心を癒す様子など全く見れず、寧ろ時が経つたびに、己の中の限界という足音が次第に大きくなっているのが分かっていた。



ガラス越しに世界を見下ろしても、死神には逢えやしない。



なにかきっかけを探し続ける日々を繰り返していた。



ガラスを粉々に割るきっかけを。



けれど消耗していく日々は決して劇的なものは起きず、起伏のない平原がいつまでも、地平線まで続いていた。



僕は死ぬ理由を探すために生きていた。



何か一つ、嫌なことがあれば死ぬ理由として簡単に採用する。



けれど何もないんだ。



良いことも、悪いことも。



だから筆が進まなくなった僕は、代わりに半生を振り返ることにした。



もう物語を綴れなくなってしまった僕が、最期に書く物語。



きっかけを作るための物語。



それがここまで書いてきた不知火遍の物語。



もう僕の心はこれ以上無く、傷付き、歪み、悲鳴を上げている。



憎悪と虚無と絶望と喪失と、そして愛情が、反発し合い今にも心臓が裂けそうな気分だ。

810高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:12:44 ID:/peGHtq.
最後に今の僕の無様で、酷い有様を語るとしようか。

高嶺華が殺人を犯し逮捕されたというのは、もうクラス中、否、学校中に伝わっていた。

太田先生は居なくなった高嶺華を『家庭の事情で』とはぐらかし、クラスのみんなに説明をしていたが、殺した人も殺された人もこの羽紅高校の生徒だ。

好奇心に駆り立てられた人にいつまでも隠せるわけがなかった。

『高嶺の花が下級生の女子生徒を殺害した』

馬鹿馬鹿しくも真実である噂は、あっという間に全校生徒の耳に届いた。

女子生徒、不知火綾音が誰にとは言ってはいないらしいが、殺されたというのははぐらかさず、クラスメイトに伝えられたらしい。

真実を隠すなら隠す、話すなら話す。

学校側も徹底すればいいものの、そういった曖昧な対応が、噂を生み出したと言っても過言ではない。

おまけに高嶺華は、この学校では有名人だ。

一時はその美貌と人徳で『高嶺の花』と多くの生徒から憧れられ、そして想いを寄せられていた。

それら全て押し除けて、付き合ったというのが無名の男子生徒であったことも、ある意味有名な話だろう。

高嶺の花が殺害したのはそんな無名の男子生徒の妹。

これだけでもう外野から見たら、随分と滑稽な物語に映るだろう。

兎にも角にも、この学校中にはもう事実が知れ渡っている。

誰しもが僕のことを好奇心が宿った瞳で僕を見るのをやめない。

少し前までは『高嶺の花』と交際したことによるやっかみなどの嫌がらせを受けていたが、今ではもうさっぱりだ。

きっともう関わらない方がいい奴と思われている。

そもそももう嫉妬する理由もないだろう。

どんなに美しくても人殺しになってしまえばそこでお終い。

もう誰も僕に嫉妬する理由なんてものは無かった。

高嶺華が殺人の容疑で逮捕されたのが昨年の12月のこと。

あれから数ヶ月に渡り、裁判が行われた。

高嶺華側は正当防衛の主張を行った。

正当防衛を証明するための僕は証人として裁判所に召喚された。

皮肉な話だ。

身内が殺されたというのに、殺人鬼の無実を証明するために証人として召喚されたのだから。

『良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います』

そう宣誓をさせられている手前、嘘を言うわけにも、真実を偽るわけにも、隠すわけにもいかなかった。

確かに不知火綾音は、高嶺華に襲いかかりましたと、言わざるを得なかった。

もし華が無実になったら、僕はどんな顔して彼女の前に立てばいいのだろう。

そんな不安が頭によぎった。

しかし不安が杞憂に変わったのは、検察が証人として用意してきた人物が現れてからだった。

811高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:14:20 ID:/peGHtq.
「…えっ?」

その目を一度は疑った。

しかしどんなに目を疑おうとそこにいたのは間違いなく、かつての罪悪感の中に埋もれた少女。


小岩井奏波だった。


「住所、氏名、職業、年齢は証人カードに記載された通りですね?」

「はいその通りです」

「宣誓書を朗読してださい」

「宣誓。良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」

誓いの後、彼女が証言したのは、高嶺華が己にした残虐な行為の数々、そしてその心の内にある残虐性についてだった。

そこで明らかに裁判の風向きが変わった。

もう一度、僕を証人として彼女の残虐性についての証言を求められた。

僕は極力、華と目を合わせないようにした。

でなければ真実を語れないと思ったからだ。




「判決。被告人を懲役10年に処する」




それは決して軽くはない判決だった。

その判決に彼女がどういう表現をしたのか、目を逸らし続けていた僕には分からなかった。

不服申し立てで第二審に行くこともできたこであろうが、華はそのままその罰を受け入れた。

裁判を終えたあと、数ヶ月ぶりに見る少女が外で僕を待っていた。

「あっ…不知火くん…」

「…。…やぁ小岩井さん。久しぶりだね」

再会したのちに交わされた会話は、小岩井さんが高嶺華にどの様に痛めつけられ、恐怖を与えられ、精神的に追い詰められたか、そんな話ばかりだった。

きっと共感してくれる、そういう思いで僕に話してきたのだろう。

けれど実際は僕ですら思ってもみなかった感情が湧いてきた。

僕は小岩井さんの話を聞いて、何故か苛ついてしまったのだ。

「あのね…不知火くん、今もう一度あの時と同じ想いを伝えたら、なんて答える?」

震えた瞳も声も、この時の僕を何故だか不快にさせるものだった。

「それは…ごめん。結局僕はあの時と同じ答えになるよ。恋人が殺人鬼になっても別れたわけじゃないよ」

「で、でもこんなのもう関係なんて破綻している様なものなんじゃあ…」

「…うん、これはちょっと言い訳としては意地悪すぎたかな。本音を言うと、もう疲れたんだ。誰かを愛するとか、愛されるとか」

「あっ…ごめんなさい…。こんなこと裁判の後に聞くことじゃなかったよね〜、あはは…」

「…小岩井さんならもっといい人見つかるよ」

無責任な言葉だ。

僕は知らないどこかの誰かに小岩井さんを押し付けようとしてるのだから。

最低だな。

「…。…うん」

「…萩原さんが君のこと心配してたよ。学校にまた戻りなよ」

「そう…なんだぁ。今はまだ怖くていけないんだけど、私頑張ってみるねぇ」

「きっと、僕とは違って君のことを待っている人がたくさんいるよ…」

「うん…」

また無責任な言葉で僕は、彼女を慰める。

別れ際の彼女はどこか、弱々しくも決心がついたような表情をしていた。

812高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:14:49 ID:/peGHtq.
その後、小岩井さんが復学したのは、後1日でも休めば出席日数不足になるといった瀬戸際の日だった。

結果から言って仕舞えば、小岩井さんはそのまま無遅刻無欠席で無事進学できたとさ、めでたしめでたし。

文化祭の準備期間で仲良くなった桐生大地は、結局高校3年の今に至るまで言葉を交わしていない。

同様に高嶺の花との交際で仲違いした友人の鈴木太一ともだ。

たまに萩原紗凪が一言僕に声をかけるだけ。

小岩井奏波とも話はしていない。

そもそも、誰かと話すと言うことをもうしていない。

ただの腫物に誰が近づこうか。

今では孤独を支えてくれる恋人もいない。

僕はずっと不幸の底にいる。

恋人が義妹の心臓を貫いた日から、ずっと。

そこから堕ちることはないが、這い上がる気配もない。

絶望の淵を今日まで歩いてきた。

これからもきっとそうだろう。

地獄はもう…、終わらない。








さてこれが悲劇の全容だ。

物語はもう終わる。

最後に僕の最も愚かで滑稽な告白をしようと思う。

今でも僕は高嶺華を愛している。

あんなにも苦しめられたのに、最愛の妹の命を奪っていったのに、結局思い出すのは彼女と出会ってからの良き日々なんだ。

憎くて憎くてしょうがないのに、それと同じくらい彼女のことを愛してしまった。 

鮮烈な記憶が色褪せない。

そうだな

この滑稽で惨めな物語にもタイトルは必要だろう。

僕は最後にこの物語に、ノートの表紙にこう名を授けた。



『高嶺の花と放課後』

813高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:16:20 ID:/peGHtq.
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「これでよし…」

ノートを閉ざし、そのまま机の上に置いておく。

さて

僕自身の物語を終わらせよう。

批判されても構わない。

小説家として先ずは、誰かに読まれるのが、第一歩だ。

遺書と相違ないノートを残し、教室を出る。

茜色に染まる廊下を歩けば、色々なことを思い出す。

一歩

また一歩と踏み締める。

そうやって進むと、やがて階段に辿り着く。

下へ続く道。

上へ続く道。

最早今の僕には迷いは無く、階段に足を踏み入れる。

一歩

また一歩と踏み締める。

踊場で一度振り返り、廊下を見下ろす。

上へ続く道。

これが僕が選んだ道。

後悔などない。

逆に後悔しかないのかもしれない。

それでも後戻りという選択肢はない。

もう一度、上を目指して歩みを進める。

一段一段、登る度に自分の行ってきた選択を思い返す。

もしもの世界を創造しては、破壊をするを繰り返す。

屋上への最後の踊場。

見上げれば夕陽が扉の窓から突き刺さり、眩しさに目が眩む。

それでも登る。

もう振り返ることもしない。

引き返さない。

未練なんてない。

重く固い扉を開けば、ギギィと錆びた音が響き渡る。

814高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:16:48 ID:/peGHtq.
茜色に照らされたアスファルトは眩しく、空に散りばめられた雲はそれだけで美しかった。

今となっては当たり前だった全てが、なにもかもが美しく感じる。

「綺麗だ…」

なんの皮肉もなしに心からそう想う。

屋上の端、フェンス際まで歩いていく。

運動部の掛け声がそこら中から響き渡ってくる。

彼らは…、彼女らは何か目標があるのだろうか。

勝ちたい大会があるのだろうか。

それとも負けたくないライバルがいるのだろうか。

目標はなくとも"楽しい"という気持ちが胸に部活動を励んでいるのだろうか。

「きっとそれを青春と呼ぶのだろうな…」

運動部だけじゃない。

文芸部や無所属でも放課後、仲のいい友人と遊んだり寄り道したり、あるいはアルバイトをして日々を充実させてるかもしれない。

「いいなぁ…」

妬ましい気持ちが湧いてくる。

けれど『高嶺の花』と呼ばれる美少女と二人きりで、秘密の放課後を過ごすことだって青春と呼べた日々だったのではないか。

嗚呼、紛れもなく心躍った日々だった。

瞳を閉じる。

目蓋の裏には、彼女と出会ってからの日々、彼女と出会う前の日々が焼き付いている。

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高校1年 4月

高校生になった。

羽紅高校の生徒になった。

なぜ羽紅高校の生徒になったのか。

それは家から徒歩で通える高校だったからだ。

それ以上でも、それ以下でもない。

何となくで中学を卒業し、何となくで高校を選び、何となく小説家を夢見る人生。

心の中では、そんなもの何の意味があるのだと問い続ける。

きっとこの高校生活も何となくで終わるんだろうな。

そう思っていた。

「なぁなぁ、見たかあの子」

不意に話し声が聞こえた。

「あの子って何だよ」

聞けば友人同士の会話のようだ。

入学して間もないというのに、"普通"の高校生はもう友人を作っている。

815高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:17:19 ID:/peGHtq.
「ほら、C組にいるじゃん。めちゃめちゃ可愛い子」

「あー、あの子ね。高嶺華っていうらしいよ」

「何でもう名前知ってんだよ」

「だってあの見た目で高嶺華だぜ?まじの『高嶺の花』だってもう噂になってるよ」

高嶺の花…、か。

きっと僕には縁遠い人なんだろうな。

男子生徒が挙って噂する美少女がどれほどのものか気になりはしたが、野次馬にすらなれない臆病者は、高嶺の花を見ることさえ叶わない。

路傍の石と高嶺の花。

なんだか対極にいるような存在だ。

僕が今まで歩んできた人生とその子が歩んできた人生。

どこで差がついたんだろうな。

「はは…」

こんなこと考えていたって仕方がないじゃあないか。

僕には本がある。

小説がある。

物語がある。

それはこれまでの人生を、否、これからの人生も満たしてくれるものだ。

夢に向かって夢を描いていく。

いつか小説家になる。

それだけきっと僕は生きてて良かったと思えるはずなのだから。

改めて自分の夢を見据える。

決意と志を胸に、気持ちを改める。

廊下を歩く自分の歩みはまるで、夢へと繋がっているような足取りになる。

創作意欲が掻き立てられていると、廊下を歩く僕と一人の女子生徒とすれ違った。

「!」

そんな足取りが一瞬のうちにして止まる。

夢への道に壁が立ちはだかったからではない。








ただ美しかったからだ。









刹那の間に心が惹かれてしまった。

816高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:18:00 ID:/peGHtq.
考えるまでもなく、彼女が『高嶺の花』だと理解した。

すれ違った彼女を視線で追うように振り返る。

今となっては顔を見ることは叶わないが、後ろ姿にさえ美しさを覚える。

何故だか分からない。

そうか。

そうか…。

あれが『高嶺の花』

僕には手が届くわけもない。

誰しもが彼女に瞳を奪われてる中、僕もただ瞳を奪われていた。

知らず知らずのうちに夢中になっている僕に気づく人すらいない。

まさに路傍の石と高嶺の花。

この状況がそれを言い表していた。

急に恥ずかしさが芽生えてきた。

いつまで女子生徒の後ろ姿を眺めているのだろう。

これじゃあまるで、変態だ。

煩悩を振り払うように、身体の向きを元に戻し廊下を歩む足を再開する。

彼女は確かに美しかった。

正直に言えば、妬ましいとも思った。

羨ましいとも思った。

純粋に彼女は僕よりもずっと、ずっと高い存在なのだと分からされた。

廊下ですれ違っただけなのに。

そうか。

やっと分かった。

小説家になる。

一見、明確な目標のように見える夢だが、これも曖昧なものだったと今気がついた。

僕は…

僕は人を魅了するような物語を書きたい。

彼女が容姿で人々を魅了したように、僕も小説で人々の心を動かしたい。

場所は違くても、彼女のような高い位置へ努力したい。

これ以上ないくらいに、創作意欲が爆発する。

早く書きたい。

僕の物語を。

僕だけの物語を。

何となくで高校生活を終わらせてたまるのものか。

今は人の目が気になって書くことはできないが、本を読むことならできる。

溢れる創作意欲を読書で落ち着かせようと、教室へ戻り、持ってきていた本を取り出す。

「あれ?君本読むの?奇遇だな!おれっちも本読むんだよね」

「そうなんだ。僕は不知火遍。君は?」

「おれっちは佐藤太一って言うんだ!よろしくな遍っち!」

前向きな気持ちがきっとこういう交友関係を導いてくれたのだろう。

「よろしくね、…太一」

いきなり下の名前で呼ぶのは照れ臭いが、彼も下の名前で呼んできたので、歓迎の意思を示す。

これからも、長く交友関係が続けられるように…

817高嶺の花と放課後 第19話『シオン』:2020/06/14(日) 22:18:33 ID:/peGHtq.
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初めて彼女を見た日、僕は絶対に彼女に届かないと、縁がない人間だと思った

けれどそれは本心を偽るために、格好つけて
達観した気でいただけ。

心の奥底では、ガラス越しの玩具を眺める子供のように、どこかで本当は欲しがっていたんだ。

本当に僕は何にも分かっちゃいなかったんだ。

最初から、…最期まで。

ヒュルリ

屋上に風が吹き抜ける。

気持ちがいいな。

何でもないことが美しく感じるのは、これで最後だと覚悟しているからだ。

生が本能を働かせ、未練を残そうとしている。

何もかも美しく感じる今の僕が、唯一醜く感じるもの。

意地汚さ。

腰を上げて、制服に付いた土埃を払う。

綾音は生まれ変わりを信じていたようだが、僕の方はどうだろうな。

こんな人生を繰り返すぐらいなら輪廻転生なんてしたくないし、もし"彼女"と釣り合うような人間になれるならそれも良い。
 
フェンスにしがみつき、上へ上へ、登っていく。

部活に青春を、情熱を捧げて夢中になっている人たちは、茜色で強く照らされた僕には気がつかないだろう。

フェンスを乗り越え、身体を向こう側へと運ぶ。

辛うじて足一つ分の幅の縁が、今の僕の命を繋ぎ止めている。

けれど一歩でもこの黄昏に足を踏み出せば、僕はきっと明けない夜を迎える。

それでいい。

もういいんだ。

疲れたんだ。




だから…













「さよなら」

818罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:20:58 ID:/peGHtq.
以上で19話の投稿を終了します。続けて最終話を投下します

819高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:25:06 ID:/peGHtq.
「でさ、彼氏とはどこまでいってるの?」

昨日、高校からの友人から数年ぶりに「会って話そう」と誘われた。

お昼に待ち合わせ、軽く百貨店で買い物を楽しんだ後、休憩がてら軽食を食べるためにカフェへと寄り、ようやく腰が落ち着いたころにそんな質問が飛んできた。

「あ?なんだよ、どこまでって」

「しらばくれちゃって。そんなの決まってるじゃない、セッ……ごめん」

これ以上何も言わせまいと睨みを利かせると恵は反射的に謝罪をした。

しかし相変わらずその瞳には、好奇心が宿ったままで、答えなければ話が進まないことは見え見えだった。

「…別に、そんなのとっくの昔にやってるよ」

「えええ!そうなの?!週何っ?週何っ?」

「うっさいな…。…月一くらいだよ」

「えー!あーでもまぁ確かに世間一般からしたら少ない気もするけど、あの不知火くんと紗凪だもんねぇ。むしろ多い方と評価すべきか」

「ああ!もう、だから嫌なんだよこういう話。それより同級生の連中には言ってないよな?あたしと不知火が付き合ってんの」

「流石に言ってないけどー、紗凪?まだ不知火くんのこと苗字呼びなの?」

「…別にいいだろ、むこうも名字呼びだし…」

「うっっっわ、淡白〜」

「いいだろっ!あたしたちにはあたしたちのペースがあるんだよ!」

「ペースって言ったってあんたたちもう何年付き合ってんの?」

「えー…っと、大学4年の秋くらいだったから丸々3年くらいか…な」

「3年も付き合ってて名字呼びしてるなんてどうかしてるよ!本当に付き合ってんの!?」

「あー、煩い煩い。んだよ、じゃあ『ダーリン♡』とでも呼べばいいのか?」

我ながら気色の悪い声が出たと思う。

「ぷっ、あははははは!似合わなー!あはははははは、お腹痛い!」

「…ころす」

「ひひい、まって、謝るから!謝るから!謝…ぷっ、あはははははははは!」

「ちっ、人の事馬鹿にしやがって。そーいうお前の方は、どうなんだよ?」

「聞いてよーそれがさー、ついこないだ別れちゃってさ!」

「またかよ…あたしたちが付き合ってる間に何人取っ替え引っ替えしてんだ?」

「えーっと、まってね…たかくんでしょー?ひろくん、ふみくん、さとる…四人かな?」

「…呆れた。何となく高校の頃からそうなるとは思ってたけど男癖悪いなぁ…」

「違うんだって!こないだたかくんと別れたのだって向こうが悪いんだよ!?」

820高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:25:42 ID:/peGHtq.

「あーはいはい、どうせ『部屋でタバコを吸うのをやめてくれない』とかだろ?」

「違うもん!たかくんはタバコ吸わないし!こないだ私の誕生日だったんだけど誕生日ケーキにね?モンブラン出してきたの!!」

「だから?」

「だからじゃないよ!紗凪も知ってるでしょ!?私モンブラン嫌いなの!なのにそんなこと知らないで『ハッピーバースデー』だって!?彼女の嫌いなもの普通誕生日に出す!?」

「…もしかしてそれが別れた理由?」

「そうだよ!酷くない?」

「…ちなみに彼氏さんに教えたことあったの?モンブランが嫌いなこと」

「…ううん?でも、普通言わなくても彼女の好きなもの嫌いなもの分かってるものじゃない?」

地雷女だ。
 
十年来の親友を前にしてそんなことを思わざるを得なかった。

「…はぁ。喧嘩するならまだしも別れる必要ないだろ。いつまでもそんなことやってると婚期逃すぞ」

くだらないと言いかけた口に、珈琲を含む。

「…ぶぅ、うるさいなぁ。って、紗凪と不知火くん結婚するの?」

口に含んだ珈琲が吐き出される。

「…うわっ!紗凪汚ーい!一体何歳よ」

「っけほ。うっさい!お前と一緒の二十五歳じゃ。大体なんであたしたちが結婚する話になってんだよ」

「え?だって婚期ーなんて話し出したから、もう射程圏内なのかなって。ほら同棲もしてるんだし」

「今はまだ結婚とかそんなの考えられる状況じゃねーよ。これから作家として売れるかかかってるだから」

「あ、作家といえば、読んだよ!不知火くんの処女作。意外と面白かったし、重版も決まったみたいじゃん!」

「ありがたいことになぁ。正直贔屓目無しに編集者としてのあたしが見ても面白いと思うし、後はメディアを通してどこまで認知させるかって所が焦点だと思ってるんだよね」

「彼氏の作品を贔屓目無しに見れるの〜?」

「見れるんだよ!ったく隙あらば直ぐおちょくろうとするんだから。ホントそういうの高校生の頃から変わんねーな」

「そーだよ!」

「開き直るな」

「話変わるんだけどさ!」

本当に忙しない親友だ。

「紗凪と不知火くんって何で付き合い始めたの?」

「何でって。…まぁ、偶々研究室が同じになって、それでアイツから告白された…からかな。なんだよ!」

親友の顔が腹の立つものに変わっていく。

821高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:26:22 ID:/peGHtq.

「いやぁ、不知火くんもやりますなぁ。紗凪と付き合いたいから同じ研究室行くなんて〜」

「なっ、だからちげーって!偶々だ!偶々!…多分」

「でもなんで不知火くんは紗凪が好きになったんだろ?」

「あ?」

「わー!違う違う!紗凪を馬鹿にしたわけじゃないんだけど、ほら二人って高校の時はあんまり絡んだことないでしょ?」

「あー…まぁ。…色々あったんだよ、色々…な」

「なになになに?!同じ研究室で日々を送るうちに芽生えたラブなの?!ランデブーなの?!」

「うっさい!その馬鹿丸出しの質問やめろ」

「ねー教えてよー!教えて教えて!」

「もう小学生かよ。人様には言えない色々があったの!察せ!」

「…ふぅ〜ん」

ニヤニヤとした笑みを浮かべてる。

殴りてえ。

「…なるほどなるほど。不知火くんと紗凪はあんなことやこんなことがあったのね〜」

「それ本当に高校の奴らに言いふらしたらただじゃ置かないからな?」

「嘘嘘!言わない!言わない!ってかあの不知火くんだし、ちょっと言いづらいっていうか…何というか…」

「はぁ…そんな変な空気にすんなよ。あたしは今の関係に満足してるんだから」

「うっわラブラブかよ!リア充かよ!爆発しろ!」

「はいはい、いつか爆発してやるよ」

「あはは…。…あのさ、華ちゃんってあれからどうなったの?」

「どうなったって言われてもな…」

「ずっと気になってたんだけど分からずじまいで、当事者の不知火くんの彼女の紗凪なら何か知ってるかなって……」

「…もしかして今日呼んだ理由はそれか?」

「あーいや!そうじゃないんだけどね!あははは」

相変わらず嘘が下手な友人だ。

「正直、あたしも気を遣ってそんなに深くは聞いてないぞ。まぁポツリポツリと聞いた話だと、懲役10年だって」

「10年…」

822高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:27:30 ID:/peGHtq.

「でもまぁ模範囚とかだと大体刑期の三分の二ぐらいで仮釈放とかされるみたいだけど」

「だから、華ちゃんが模範囚だとしたら10年の三分のニだから6.666666666666……」

「だからその馬鹿丸出しの年数やめろ。普通に七年とかでいいだろ」

「七年っていうともしかして仮釈放の時期ってそろそろ?」

「…かもな」

感情を抑えきれず、どうしても雑な返事をしてしまう。

「…あー。やっぱり、紗凪的には微妙?」

流石の恵も、今の感情の昂りは察したようだ。

「…そりゃそうだろ。彼氏に一生心に遺る傷を残した上に、妹を殺されてるんだぞ。正直、模範囚だろうがなんだろうが釈放されて欲しくない。例えそれが旧友だとしてもだ」

「そっか…。正直申し訳無いけど私はまだ実感がないんだ。あの華ちゃんが人殺しなんて。何かの間違いなんじゃないかって」

ドンッ

間違いなんて聞いて、堪えきれず机を叩いてしまう。

「間違いなんかじゃねえよ!…あ、いやごめん」

「…あはは、いいのいいの。私部外者だしね…」

「間違いなんかじゃ……ないんだよ。あたしはずっとアイツがどんだけ苦しんできたか側で見てきたんだから」






そうどれだけ苦しんでるか、ずっと見てきた。





それこそ高校の頃は絶望しきって今にも折れてしまいそうな、弱りきった姿。

別にその姿に庇護欲が唆られたとかそんな事はない。

ただ…、ほっとけなかった。

時々だが一人じゃ歩けなさそうなアイツを一人で歩けるようになるまで肩で支えてやった。

少しずつだけどアイツの歩みが力を覚えて、なんとか一人で歩けるようになった頃、卒業式を迎えていた。

823高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:27:58 ID:/peGHtq.

当日の朝、無機質な白い封筒に白い手紙、そして「式の後、屋上で話したいことがある」とだけ書かれた文章。

直感でアイツと分かった。

式が終わった後、友人との別れを悲しみ再会を誓う。

そして、もう一人。

別れというより巣立ちを見守るようなそんな気分で屋上へ向かう。

扉を開けば、弱々しくも自分の力で立っているアイツが居た。

「やぁ、萩原さん」

「よう不知火」

「来てくれてありがとう。萩原さんの貴重な時間を取って、なんだか申し訳ないな」

「ああいいよ別に。気にすんな。それで?話って」

「一言だけどうしても伝えたかったんだ」

心臓が一度高鳴る。

「…なんだ?」

「ありがとう。命を救われた」

アイツはそのまま深く頭を下げた。

「…あー、いや気にすんなよ。あの日あの時のあたしの気紛れだ。恩を感じる必要なんてないよ」

何故だか分からない失望したようなそんな気持ちが湧いてきた。

アイツはもう一度顔上げて、一度も見たことない笑顔で

「ありがとう」

そう言ってきた。

「なんつーか…頑張れよ不知火」

あたしは雛鳥が巣立つ姿を見て安心し、そのまま屋上を後にした。

けれど安心したというのは自分を偽るための嘘。

本当はその場からさっさと居なくなってしまいたいと思っていた。

「…あー。そういうことか」

自分が何故失望したような気持ちを抱いたのか。

「卒業式の日に女子高生すんなよな…」

アイツを支えているうちに、いつの間にか惹かれてしまっていたことにようやく気がついた。

だけどアイツがどういう経緯で苦しんできたか、知っているからこそ打ち明けられない秘めた想いとなるはずだった。

824高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:28:38 ID:/peGHtq.
本来なら。

今生の別れとも覚悟したはずなのにまさか、一年も満たないうちに再会を果たすとは思わなかった。

まさか同じ大学の同じ学部、果てには同じ学科とはな。

「それに不知火が洗脳していた、なんて馬鹿げた噂が流れてたが、逆だ。"アイツ"が不知火を洗脳していた」

「えっ…」

「これは付き合ってから分かったことだけどな、不知火の身体は火傷の跡や切り傷の跡が大量にあったんだよ」

「それってどういう…」

「つまり、高嶺華は自分を愛してくれるように、気に入らないことが起きるたびに何度も何度も身体を痛めつけ、"高嶺華を愛さなければ痛い目に合う"ってマインドコントロールされてたんだよ」

「一番むかついたのは初めてやったセックスの時だな。『ありがとうございます』って…。いやなんでもない忘れてくれ」

しまった。

気まずそうな恵の表情を見て、余計なことを言ったと思わざるを得ない

「ったく。忘れろって言ったのにそんな表情すんな」

恵の頰をつねる。

「いひゃい、いひゃい、いひゃい!」

学生の頃によくやってたことを思い出し、思わず笑ってしまった。

「むぅ…痛いよ紗凪!」

「あはは、ごめんごめん。今のはやりすぎたな」

「不知火くんにもそーやってDVしてるんでしょ、暴力女〜」

「あいつにそんなことするわけねぇだろ」

「うわ〜、言い切るなんてやっぱ熱々なんだね紗凪と不知火くんって。3年も付き合ってしかも同棲してこれだもんなぁ〜」

「同棲は関係ないだろ」

「あるよ!大いにあるよ。やっぱ付き合いたての頃はさぁ、相手の良いところしか見えなくて好き好き好き〜ってなるけど、同棲した途端、相手の嫌なところばっかり目が付くでしょ」

「そうか?」

「分かってないのはそれだけ紗凪と不知火くんがラブラブだって証拠だよ!…はぁーあ、まさか紗凪から惚気話されるとは思わなかったなぁ」

「あ?どういう意味だ?」

「もー、そうやってすぐ怒るんだから!よーするに、お幸せにってこと」

「へ、言われなくても幸せになってやらぁ」

そう。

不幸のドン底にいたあいつを今度は幸せにしなきゃいけない。

あたしが幸せにするんだ。

825高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:28:59 ID:/peGHtq.
恋人の事を思い出すと、同時に恋人にした『夕飯までに帰る』と言った約束も思い出した。

慌てて腕時計で時刻を確認する。

「あ、もうこんな時間か。そろそろスーパー行って夕飯の買い物しないと」

「え?紗凪料理してるの!?」

信じられないものを見るような目でこちらを見る。

…むかついてきた。

「そりゃするだろ、彼女だし」

「…はぁ〜、やっぱ恋って乙女に変えるんだねぇ」

「…取り敢えず殴っていいか?」

「わー!暴力反対!」

「…はぁ、ったく。でも今日は会えて楽しかったよ恵」

「ツンデレのデレが出た」

「じゃ、伝票置いてくわー」

「ぁぁん!冗談だって冗談!って本当に行っちゃうの!?」

「あんだけおちょくったんだから珈琲ぐらい奢れ」

「う〜分かったよ。でも会計くらいちゃんと済ませてからバイバイしようよ」

「しょうがねぇなぁ」

そう言って恵は高級ブランドのバッグから高級ブランドの財布を取り出す。

一体、歴代の彼氏たちにどれだけ貢がせてきたのやら。

でもそういった身に着ける物が、身に纏う服が、身を整える化粧が、あの頃からどれだけ時が経ったかを感じさせる。

「さっ、じゃあ此処でお別れかな?」

「あぁ。本当に今日は会えて良かったよ恵」

「私こそ久々に紗凪に会えて楽しかった!」

「また暇な時にでも会おうな」

「絶対だよ!約束だからね?」

「あーはいはい、絶対絶対」

そんなに約束なんかしなくてもどうせまた会えるだろ。

そう思える友人がいることは、きっと恵まれてるんだろうな。

「バイバーイ!」

「あぁ、またな」

何だか気恥ずかしくなり、ぶっきらぼうな別れの挨拶をする。

「さて、と。夕飯なに作ろうかな」

恵が言ってたようについこないだ重版が決定した。

そのお祝いをしていないことに気がつく。

「…まぁお祝いを兼ねてハンバーグでも作るか」

826高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:29:18 ID:/peGHtq.

……。


「思ったより時間かかっちゃったな」

スーパーで買い物を終え、出てくる頃にはすっかり街は茜色に染まっていた。

挽肉やら野菜やらをビニル袋に抱えて、急ぎ足で帰宅をする。

ふと、目に入る路地。

「…遅くなっちまったし、近道していくか」

本音を言うとあんまりこの近道は好きではない。
   
辛うじて道と呼べる幅はあるが、街灯はなく、日が沈んでしまえば、深い闇包まれるからだ。

けれどここを通れば大幅に帰宅時間を短縮できる。

今は夕日が沈みかけてはいるがまだ明るい。

ギリギリの判断で近道を行くことを選ぶ。

「こういう時間帯ってなんていうんだっけな…。確か逢魔時って言ってたっけな、あいつ」

逢魔時。

昼と夜の境目、黄昏時。

読んで字の如く、魔物や妖怪に逢いそうな不吉な時間帯。

あるいは災禍が招かれる時間帯。

そんなことを言ってたような気がする。

「昔に国語の授業でそんなことも習った気がするけど、あいつと付き合ってから覚えた言葉の方が多いなぁ」

そんなことをしみじみと思う。

細い路地を突き進み、恵との会話を思い出す。

「いい加減四年目になるし、呼び方変えた方がいいのかな」

慣れてしまったから今更疑問に思わなかったが、今一度考え直すとおかしな事ということぐらいはわかる。

「あまね…いや違う。アマネ、うーん。遍…ただいま遍。…うん自然だ」

驚くかな、あいつ。

少し恥ずかしいけど、あたしだってそろそろ下の名前で呼ばれたいし。

付き合ってもう3年だ。

うんそれがいい。




パキッ




「ッ!」

背後から枝が割れる音がする。

慌てて振り返るが特に何かがいる様子はない。

けれど薄暗さと不気味さが相まって、恐怖が背筋を伝う。

「…野良猫か?」

あんまり幽霊の類いを信じちゃいないがそれでも怖いものは怖い。

刻一刻と日の入りが迫っているので、急いでこの道を抜けることにしよう。

「絶対、今日こそ言ってやる。ただいま遍って」

827高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:29:42 ID:/peGHtq.
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「遅いな荻原さん」

集中の海から上がると、もう既に日が沈んでることに気が付いた。

恋人の帰りが遅く、心配する。

一度ノートパソコンを閉じて、煙草を手に取る。

そのままベランダに出ると、随分と冷え込んだ空気に身を細める。

まだ冬と呼ぶには早いが、すっかりと紅葉に染まった季節だと、日が沈みきってしまえば空気は身に染みるほど冷たくなっていた。

恐る恐る口に加えた煙草に火を付ける。

「…ふう」

夜空をぼやかすように、煙を吐く。

寂れたこの街は、明かりが少なく夜空の星が、都会よりは綺麗に写る。

とはいえ、都会と比べればマシ、といった具合なのだが。

「…嗚呼、オリオン座だ。もうそんな季節か」

強く光る四つの星で象られた体と、それを結ぶ帯を表す三つの星。

間も無く冬の訪れる、その報せだった。

「確か荻原さんに告白したのが三年前のこんな季節だったような気がする」

あの頃。

恋人と妹を同時に失ったあの頃。

今思えば、恋慕と憎悪と悲哀の矛盾した感情で、心が歪み悲鳴を上げ、正常な判断が出来なくなっていた。

簡単にお別れを告げたこの世と僕を繋げたのは、紛れもなく萩原さんのお陰だ。

「…"萩原さん"か」

想いを告げて、交際に至ってから今日まで三年という月日が経ったのにも関わらず、未だ下の名前を呼べずにいた。

原因は分かってる。

さな と はな

その名前が"彼女"のことを強く蘇らせる。

"彼女"の言葉が、未だ呪いとなって下の名前を呼べずにいた。

今となっては触れる、抱きしめる、口付けする、そして性交渉まで行っているが、初めは紗凪に触れるのも苦労した。

そんな臆病で奥手な僕を、決して紗凪は見限らずに、「焦らなくていいよ」と優しく応えてくれた。

交際を始めてから手を繋ぐまで、一年という月日を要したというのに。

「紗凪…。…面と向かってない時は言えるんだけどな」

喉に染み付いた怯弱が、癖となってしまっている。

客観的に見て、よくもまぁこんなに交際を続けられているもんだと感心する。

ベランダの手すりにかけていた腕の先から、煙草の灰が下へと落ちていく。

828高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:30:09 ID:/peGHtq.
「行儀が悪いなぁ」

己を叱責すると同時に、灰が落ちていった地面に目を向ける。

「…こんな安アパートの二階からじゃあ、打ち所が悪くなければ自殺なんてできないな」

それなのにあの日、屋上から見下ろした校庭より随分と距離を感じる。

今となっては自殺なんて毛頭考えちゃあいないが、絶望の淵に立っていた僕は、屋上の縁に立ち、自殺をしようとした。

飛び降りることなんて怖くもなんとも思っていなかった。

寧ろ屋上から校庭の高さが五メートルにも満たないような近さに錯覚していた。











「さよなら」

そう告げて飛び降りようとした僕を止めたのは、金網の隙間を通った細い腕、紗凪の腕だった。

「なにしてんだよ!!!」

「萩原さん…」

「そんな馬鹿なことはやめて、こっちに戻ってこい!」

強くシャツが握られる。

皮膚に爪も食い込んでる。

「……痛いよ、萩原さん。少し緩めてよ」

「じゃあ一旦こっちに戻ってこい。そしたらこの手も緩めてやる」

強く握られているとは言え、金網越しに片手かつ女子の握力だ。

飛び降りようと思えば無理矢理にでも出来るだろう。

けれど僕を引き止めているのはそんな物理的な話じゃなくて、彼女の瞳に宿る強い意志だった。

僕はその強い意志に屈するように、金網をよじ登り、彼岸から此岸へ渡る。

「どうして止めたんだい?」

恨み言のようにそう呟いた。

「自殺は…するもんじゃない。生きてれば死にたくなることもあるだろうが、その逆も然りだ。この先きっと生きてて良かったと思える時が来る。けれど死にたい奴らは、どうしても目の前が暗くなっちまって、何も分からなくなる。だから誰かがこうやって止めなくちゃいけないと、そう思った」

829高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:31:03 ID:/peGHtq.
「生きてて良かったって思える…?はは…無責任なこと言わないでよ。恋人は殺人鬼、妹は殺された、そして分からないだろうけど僕の夢だってもう叶わない」

「でもお前は生きている。それに夢だって持ってるじゃないか。一度や二度、落選したからって諦めるなよ」

「…!なんでそれを…」

「知っているかだって?ほら、これ。読んだよ」

それは表紙に『高嶺の花と放課後』と書かれたノートだった。

「こんな遺書紛いなもの、机の上に置いて置くもんだからまさかと思って屋上に来てれば、案の定だったな」

「なら、分かるだろう?僕はもう物語を書くことが出来なくなってしまったんだよ。落選したことも酷く落ち込みはしたけれど、書けなくなってしまったことの方がよっぽど深刻なのさ」

「こんなことがあったらショックの一つや二つでなんらかの支障が起きたって仕方がないよ」

「分かった風に言わないでよ。何も分からないくせにさ。萩原さんみたいな人にはきっと死にたいと思う人の気持ちなんて分かりはしないさ」

「おーおー言ってくれるね。まるであたしが死にたいと思ったことがないみたいな言い方だな」

「…間違ってるかい?」

「まぁ死にたいとは思ったことはなくはないが、お前ほど深刻なものじゃないな。…けどな、死なれたことならある」

「…?」

「中学の時だ。地元の幼馴染だった女の子がいたんだ。まぁ幼馴染ってだけでそこまで仲良くはなかったんだがな。中2のある日だ。そいつは自殺したんだ。原因は単純、いじめだよ」

「…」

相槌を打つことはしない。

ただ淡々と萩原さんの過去を聞く。

「特別仲が良い友達が死んだなら、きっと深く悲しんでたんだろうけど、あたしの中に芽生えた感情は罪悪感だった。確かに仲は良いとは言えなかったけれど、あたしはその子の死を止められた可能性のある立場の人間だった。もしかしたら助けられたかもしれない。そんな自責の念で毎日押し潰されそうになった。きっとあたしには関係ない人間だって思えば楽になれたのに。今だってそうだ。止められるのに止めなければ、あたしはまた何年も罪悪感に苛まれる。だから止めた。あたしがあたしであるために。理由としては満足か?」

「…萩原さんは、とても責任感の強い人なんだね。それに…、残酷だ」

「…」

「君はまた僕に地獄を生きろと言っている。想像できるかい?夜寝るたびに華が綾音を刺し殺す場面が何度も何度も繰り返される苦しみが?」

「ごめん、そこまでは考えてなかった。責任感が強いってのは無責任の間違いだな」

「きっとここで僕の自殺を止めたって死にたいって気持ちは消えるわけじゃあない。君がいなくなった隙に、また飛び降りようとするかもしれない」

「そしたらもう…あたしにできることはないかもな…。不知火…、これはあたしの我儘なんだけどさ…」

「なんだい?」

「生きて欲しい」

乾いた大地に水が染み込む感じがした。

誰にも、自分自身でさえ、己を生きて欲しいと思わなかったのに、ただ一言。

ただ一言、そう言われただけで僕の心はどうしようもなく喜んでしまった。

「…やっぱり君は残酷だ」

止めどなく涙が溢れる。

830高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:31:32 ID:/peGHtq.
…。

それから僕はまた地獄を生きる道を選んでしまった。

死にたいという気持ちを抱える日々。

死神が誘惑してくる毎日。

それでも僕は、以前の自分ならどういう道を選ぶのか、考えに考え、その道を必死になぞっていく。

今は書けないかもしれない。

けれどいつかは書けるかもしれない。

今は夢に酔おう。

そうすれば僕はまた明日を迎えられる。

地獄の日々だった高校生活も、今振り返ってみれば長かったようで短いという、ありきたりな感想が出てしまう。

「夢を叶えたぞ…」

過去の自分が少しでも救われるように呟いた。

届くことはないのかもしれないが、それでも今に繋がっている。

それでいいんだ。

「冷えてきたな…」

室外機の上に乗せた灰皿に、煙草を押しつけ火を消す。

寒さに身を縮ませながら室内戻ると、何の気の迷いか数年ぶり書き足したノートが開かれているのが目に入る。

「こんなものまだ持ってるって荻原さんにばれたら大変だ」

事件から7年。

風化とまではいかないが、あの時の苦しかった思いは少しずつ小さくなっていた。

それもこれも、恋人である萩原紗凪のお陰だと改めて思う。

彼女はとても強い人だ。

僕にはない、とても強い芯を持った人。

憧れにも似た感情が湧くが、一番は彼女といると少しでも自分が真っ当に近づけるような、そんな気がするのだ。

卒業式の日、命の恩人だと、格好つけて礼を言ったのは良いものの、すぐに同じキャンパスで再開した時は、なんとも恥ずかしさにも似た感情が湧いた。

高校の時にポツリポツリと吐いた事情を知っていた彼女は、何かと僕のことを気にかけてくれた。

なぜ自分にそう気にかけてくれるのか、当時の僕は全く分からなかった。

あの事件で失ったもの、傷ついたもの、壊れたもの、それは決して簡単に戻るものじゃあないが、それでも前に進もうとそう思えさせてくれたのは、紛れもなく彼女のお陰だ。

高校の頃の担任の先生の言う通り、大学に入学した僕は、小説を書けなくなってはいたが、それでも何度も旅に出かけた。

美しい景色や人、出会いがたくさんあった。

心が躍るようなものもあったが、結局筆を取れば同じことだった。

「まだ書けないのか?」

「うん、いざ筆を取ると頭が真っ白になるんだ。なにも物語が浮かばない」

「そっ…か。まぁ焦ることないよ。今は心の赴くままに生きてみよう」

「心の赴くまま…」

強く寛容な彼女を見ている日々。

すると、今まで何も浮かばなかった白紙の頭に一つ、物語が思いついた。

別になんてことはない物語。

さして面白いとも思わない。

けれど、数年ぶりに物語が頭に描かれた。

彼女をモチーフにした強い女性が主人公の物語。

面白くないはずなのに、筆が止まらない。

今まで塞ぎ込んでたものが溢れるように、物語が延々と綴られていく。

気がつけば僕は、三日三晩寝食忘れて、物語を書き完結させた。

完結させた瞬間、空腹と睡眠不足で倒れたのは、今ではいい思い出だ。

開いていたノートを閉じ、幾つかの"未開封の封筒"を共に仕舞われていた箱の中に入れる。

831高嶺の花と放課後 最終話『クロユリ』:2020/06/14(日) 22:31:50 ID:/peGHtq.




ピンポーン




普段であれば受信料の徴収か、あるいは宗教の勧誘か。

生憎だが、ドアモニターのない安アパートじゃ、来訪者の顔を知ることはできない。

「…はい」

「あけて」

音質の悪いインターホンからは、聴き慣れた女性の声が聞こえた。

「…?おかしいな、萩原さん鍵忘れたのかな?」

いや、いつまでもこんな呼び方をしたらいつ愛想を尽かされるかわからない。

「紗凪。…紗凪。今日こそちゃんと言おう」

僕の心を救ってくれた恩人。

僕にもう一度愛を教えてくれた恋人。

ちゃんと気持ちを伝えよう。

感謝の気持ちを、そして愛してると。

玄関の鍵を開ける。

ガチャリ

扉がゆっくりと開かれていく。

言えるのだろうか。

違う、言わなくちゃ。

いつまでもありもしない呪いに囚われてちゃあ駄目だ。

紗凪。

君となら僕は強く生きていける。

扉が開かれる。














「ただいま、…遍」

832罰印ペケ:2020/06/14(日) 22:57:36 ID:/peGHtq.
以上で高嶺の花と放課後 第19話『シオン』そして最終話『クロユリ』の投下を終了します。これにて「高嶺の花と放課後」完結です。ここまで読んでくださった方ありがとうございました。
シオンの花言葉は「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」などです。クロユリの花言葉は「恋」あるいは「呪い」です。この最終話見る人によってエンディングが分かれると思います。
というか分かれるように作りました。どちらが正解とかありません。皆さんにお任せします。書き終わった感想としては素直に疲れましたwカクヨムの方にはあとがきで書きたいことある程度書いてるので
ここでは簡潔に書きますが『高嶺の花と放課後』は言ってしまえば設定の特徴が『高嶺の花』くらいしかないんですよね。一応理由はあって、なるべく奇天烈な作品よりかは基本(?)に忠実なスタンダードヤンデレ小説
かけたらなぁって思って書き始めたのが最初です。あくまで私が思う基本ですけどね。ヤンデレって言葉は浸透してきてはいますが、「それってヤンデレじゃなくね?」と思うものや「ソフトヤンデレってヤンデレにソフトもクソも無いだろ!」
とか色々思うことがあって「じゃあ自分の思うヤンデレのスタンダードを書いてやろうじゃないか」と筆を取った次第です、はい。ヤンデレの定義は割と認知されていると思うんですけど、やっぱりヤンデレが病むほど対象を愛する理由が大事かな
と思うんです。理由はなんでもいいです。「命を救ってくれたから」とか「前世が恋人だったから(妄想)」とか。大した理由もないのに「スキスキスキメスブタコロスー」みたいのは正直ヤンデレと思えないです、サイコパスです。
本作も最初はヤンデレ描写が少ないですが、それは『ヤンデレには理由が必要』という自論に基づいたストーリー構成です。前にも言ったんですけどヤンデレが嫉妬に苦しむのが一番好きで「殺したい、でも殺人は罪、でも殺したい」
みたいな葛藤くらいはして欲しいです。ヤンデレであれば正々堂々、相手の命の重さも理解した上で己の愛の重さで天秤を傾けてほしいものです。条件反射で「ドロボウネココロス」とかやってたら正直「このヤンデレよく今まで捕まんなかったな」
と冷静になり萎えてしまいます。まぁとりあえず、自分が思うヤンデレの教科書にするつもりで『高嶺の花と放課後』を書いてきました。
途中失踪期間とかありましたがそれでも面白いや応援してますなどのレスが力となってここまで書ききれました。それともう1話だけ高嶺の花と放課後を書いてます。それはカクヨムには投稿せずこの掲示板のみの公開にするつもりです。
その時にまた少し言いたいこと書くかもしれません。ひとまずは作品としてはこれでいったん一区切りです。2年以上の間、ありがとうございました。
最後に宣伝になりますが、しばらくはカクヨムでヤンデレ小説を書いていくつもりです。気が向いた時にも読んでくだされば幸いです。では

833雌豚のにおい@774人目:2020/06/17(水) 02:53:22 ID:8RCwVXJc
完結乙です!
久しぶりにここで本格的なSSが読めました!
また次回作も期待してます!

834雌豚のにおい@774人目:2020/08/23(日) 03:24:01 ID:wRBXPod.
高嶺の花と放課後の読破記念に書き込み。
よく練られた文章で書かれた罰印ペケさんの完結までの労力は並々ならぬものだと感じました。
改めて本当にお疲れ様です。
僕もヤンデレ小説の構想が浮かぶ事があるんですが書こうとすると矛盾が生じたり、
形にした途端に自分が書いたものが茶番に見えて来たりと悪戦苦闘しています。
この作品を読んで、いつか僕も自分の理想に近いヤンデレを形にしてみたいなと思いした。

835雌豚のにおい@774人目:2021/02/21(日) 02:54:15 ID:8rUfhiyE
半年以上も何も書き込みが無いってのも寂しいね。

836高嶺の花と放課後『リンドウ』:2021/03/05(金) 10:52:37 ID:rgNZ.V2g

世の中には知らない方がいいことってのがある。

けど人間って愚かな生き物は、探求心にあらがえない。

一度知ってしまえばもう、"知らない"には戻れない。

自分が正しいと思っていたことは全て間違っていたと気付いてしまうこともある。

けれど知らなければそれは正しいのままでいられる。

これから綴られる物語も知らなければ良かったと、そう為る物語。

親切なあたしは一度だけ警告するよ。

これ以上は読まないほうがいい。

警告したからにはもう読書を中断させる義務なんてない。

知ってしまったことに対する責任なんてない。

嗚呼、きっとお前は後悔するんだろうな。

それでもいい。

だってあたしは












悲しむ君が好きだから

837高嶺の花と放課後『リンドウ』:2021/03/05(金) 10:53:51 ID:rgNZ.V2g
待ちに待った月に一度の性行為の日。

けれどあたしが一番楽しみにしてるのは性行為自体じゃなくてその後の出来事だ。

いつからだろう。

あたしの中にあるこの歪んだものに気づいたのは。

あたしの膝の上で眠る彼を見つめれば、苦悶の表情で夢を見ている。

嗚呼、きっと彼は悪夢を見ている。

忘れたくても忘れられない地獄が何度も何度も繰り返されている。

胸が締め付けられる思いになる。

初めは彼が苦しんでいる姿を憐んでいるからこんな気持ちになるのだと思っていた。

違う。

本当はそうじゃない。

彼の苦しんでる姿が堪らなく愛おしいのだ。

けれど自分がそんな歪んだ人間なんて認めたくなくて、何度も目を逸らし続けた。

彼の前で誰よりも正しく、真っ当に生きようと思った。

そうやって彼を、そして自分自身を偽ってきた。

でもどうしたって心のどこかでもう認め始めている。

不幸のどん底にいた彼に惹かれた時点で既に歪んでいたのだ。

少し考えればわかる話だ。

普通は絶望し「死にたい」が口癖の人間を好きになるなんてどうかしてる。

相談相手として話を聞いてるならこちらまで病んでしまいそうになる。

けれどあたしは彼の不幸を聞くのは何の苦でもなかった。

その頃、何も知らない女子高生のあたしはただの恋だと錯覚していた。

ただの恋だと思えたままなら、良かったのに。

己の中にある狂気なんて知りたくもなかった。

まだ彼は知りもしない。

あたしが歪んでいるなんて想像だにしていないだろう。

それが余計に彼が憐れに思えてきて、愛おしく感じてしまうのだ。

どうして彼はこんなにも歪んだ女性ばかりを引き寄せてしまうのか。

彼ほど絶望した人間がいただろうか。

彼ほど苦しんだ人間はいるのだろうか。

否、そうそういないだろう。

不幸な彼を甘い蜜のように啜るあたしはまるで害虫。

知らない顔して幸福を積み上げる。

そして積み上げた幸福をいつ壊してやろうか
、どうやって壊してやろうかと悪魔のような思考に駆られる。

彼はあたしにどんな絶望した顔を見せてくれるのか。

「やっ…ば」

行為が終わった後だというのに、急速に性的興奮が高まっていくのを感じる。

ただこれはジレンマのようなものでもある。

真実を知り、不幸になり、絶望する彼を見たいが、彼に嫌われたいわけではない。

望むのであれば不幸に堕ちつづける彼をずっと側で支えたい。

側で観ていたい。

「はぁ…はぁ…」

頻度の少ない性行為の穴を埋めるようにする自慰は、いつだって不幸な彼を妄想する。

無知な彼にはあたしを真っ当な人間かなにかと思ってる。

それが余計に哀れで愛おしい。

だからいつも思う。

私以外の誰かが彼を不幸のどん底に落とさないかな、と。

貴方のことは好きで好きで堪らないけど、多分『愛してる』という感情とは程遠いものなのかもしれない。

もしあたしがこれ以上ないくらいまで幸福を積み上げたとき、もっとも最悪な方法で壊すとするならばそれは…

「んっ…はぁぁぁッ…でも、それは、ァ…ン」

その方法で壊せば、不幸な彼を"この目で"見ることは叶わないだろう。

でも夢見てしまう。

838高嶺の花と放課後『リンドウ』:2021/03/05(金) 10:54:35 ID:rgNZ.V2g

「あたしが首吊って死んだら、どんな表情をするのかなぁ…」

口端が歪に吊り上がって行く。

正直、愛故に監禁した女より、愛故に殺人をした女より、ぶっちぎりであたしがイカれてる。

愛故に、不幸にしたい。

「嗚呼…好きだ。大好きだ」

思うに、幸せの尺度は如何に無知であるかで決まる。

ある大人が言った。

『毎日、ご飯が食べれて幸せだな。貧しい国では十分な食事にありつけるのに精一杯だというのに』

一見その貧しい国を配慮したように思えるその台詞が、実は意図的ではないにしろ心の底で馬鹿にしていることに気がついたのはごく最近のこと。

だってそうだろう?

『十分な食事にありつけなければ幸せになれない』

ある大人はそう言ってるのさ。

じゃあ貧しい国の人たちは毎日毎日幸せを感じずに生きているのか。

そんなわけがない。

私たちは毎日3食十分食べれることを、そんな当たり前な日々をもう"知ってしまった"。

食事にありつけるの大変な日々になってしまえば、それを凄く不幸に感じるだろう。

最初から飯を食うのは大変だとしか知らなければ、それほど不幸に感じることはないだろう。

けれど、隣の奴が楽して飯を食えてることを"知ってしまえば"、途端に不幸に感じるだろう。

ましてや価値観や性格の違いで各々の感じる幸福に差異があるのであれば、幸福なんてものは実体がなく想像の域を出ない。

幸福も不幸も頭の中でしか起こらないものならば、知識の量で自ずと尺度が決まる。

自分より幸せな奴なんて知らなければ、自分が世界で一番幸せになれる。

だからあたしの中の化け物を知られるわけにはいかない。

彼を世界で一番幸福にするために。

貴方がこの物語を読むときがいつになるかは分からない。

もしかしたらあたしが死んだ後かもしれないし、あたしが誰かを殺した時かもしれないし、何も知らずに幸せに浸っていた時かもしれない。

いつだって構わない。

いっそのこと、これは読まれなくたっていい。

所詮、この物語はあたしの中にある矛盾に与えられる過度なストレスの発散でしかないんだ。

あの日より不幸な、人生最悪の日を今も模索している。

そしてあたしはいつか迎えるその日まで、貴方をうんと幸せにする。

世界一の幸福を壊す時、あたしはきっと満たされる。

世界で一番幸せになれる。

「イッ……クッッッ………」

この歪な感情すら愛と呼んでもいいのなら…

「……はぁ、はぁ。…愛してるよ、アマネ」

今日もあたしは何も知らない君に愛を囁く。

839罰印ペケ:2021/03/05(金) 11:44:09 ID:CJ1dLC8I
お久しぶりです、罰印ペケです。
以前に書き込むと言った1話『リンドウ』。
花言葉は『悲しむ君が好き』
本編で使えたら使いたいなぁと思った花言葉だったんですが、ストーリーに入れる余地はありませんでした。なのでもしもう1話書くとしたらこんな話かなぁと書いた話です。ちなみに時系列がいつとかは決まってないです。多分好きなんでしょうね、読者に考察の余地を与えると言うか、解釈をぶん投げるのが。本編のエンドやこの話は『魔女の家』というフリーホラーゲームにかなり影響されてます。小説でもヤンデレでもなんでもないんですけど、人生の中で一番心に残ったストーリーでしたね。分かる人には分かるかもしれませんが「知らなきゃ良かった、知らなければ幸せでいれたのに」と思える物語です。それはこの『リンドウ』もそうです。『リンドウ』自体が「知らなきゃよかった」であり、その「知らなきゃよかった」をテーマとして書いた物語でもあります。知らぬが仏とはいったものです。余談ですが今カクヨムのほうは更新停止してます。長い間自分の中で抱えてた物語が完結して正直燃え尽きたんだなと今では思ってます。完結した直後はそれなりの人に読んでいただりイラストいただいたりで、ハイになってたのかモチベーションもあったんですけど、今は低迷してます。今でもポツリポツリと書いてはいるんですけど、あまりにペースが遅く、まともに更新できるペースじゃありません。『高嶺の花と放課後』は作品として作ったのではなく持論として作ったんだなと改めて思いました。だから言いたいことは言ったから言うことはない、それが今の状態です。あとヤンデレって麻薬みたいに感じません?摂取すれば摂取するほど次のヤンデレが欲しくなる。そして需要に対して供給が追いつかなくなる。困ったものですね()この物語はここの掲示板の作品みて育ってきた自分が書いた物語です。だから今度はこの物語を見て、新たなヤンデレ作品が生まれてくれるのが今の1番の望みですかね。あんまり他力本願なこと言っててもしょうがないので、しっかりとまたヤンデレ小説書けるように今はしっかり充電します。とりあえずこれで本当に『高嶺の花と放課後』完結です。またいつか

840 ◆ZUNa78GuQc:2021/04/13(火) 18:25:59 ID:QE9nDRzM
てすと

841 ◆lSx6T.AFVo:2021/04/13(火) 18:27:30 ID:QE9nDRzM
お久しぶりです。
新作を投稿します。3万字くらいの短編を予定しています。
タイトルは『きょうだい忌譚』です。

842はじまり:2021/04/13(火) 18:27:54 ID:QE9nDRzM
 きょうだいのあり方は千差万別だ。
 我が半身かのように切っても切れない関係性のきょうだいもいれば、互いに凶器で切りつけ合うような関係性のきょうだいもいる。目を合わせることもしないきょうだいもいれば、目を合わせることすら恐れているきょうだいもいる。
 僕はおもう。
 なぜ、こんなにもバラバラなのだろうか。
 たしかに、同じ血を分けた者同士だからといって、何から何まで同じというわけではない。いくら外側は似通っていようとも、その内側まで似通っているとは限らない。
 されど不思議なもので、内側の差異が関係性に影響を与えない場合もある。
 白と黒のように正反対の性格であっても仲のいいきょうだいはいるし、鏡を写し合わせたように相似していても仲の悪いきょうだいもいる。
 では、きょうだいの関係性を決定づける要因とは何なのか。
 僕は、あの日からずっと考えていた。
 それこそ、死ぬほどのおもいをして考え続けていた。
 今でこそ坂道を転がり落ちるような、悪化の一途をたどっているが、答えさえ見つかれば、今の状況を変えられるのかもしれないという、かすかな希望があったからだ。
 僕たちも、いつかはありふれたきょうだいになれるはず。それなりに好き合っていて、それなりに憎み合っている、ふつうのきょうだいになれるはず。
 そう信じていた。
 でも、最近は、徐々にその熱意が失われつつある。
 もっとハッキリ言ってしまえば、どうでもよくなってきている。
 なぜなら、僕はこれっぽっちも後悔していないと気付いたからだ。
 過去を振り返って、「あの時、ああしていればよかった」と悔やむことは誰にだってあるだろう。
 だけど、それは自分が違う行動をしていれば、違う結果を生むことができたと確信できている場合だ。
 たとえるなら、通り魔に恋人を殺された日を振り返って、「あの時、外へ遊びに行こうと彼女を誘わなければ」と悔やむような。
 しかし、僕の場合は違う。
 ばかげた妄想になるが、仮に、僕が神さまから、過去に戻ることができる能力を与えられたとしよう。しかもその能力は、あらゆる時間帯に、何度だって戻ることができる、とても便利なものだとする。
 そんな能力があれば、悔やむ者なら誰だって過去に戻るはずだ。
 さきほど例に上げた彼にしたって、死ぬはずだった恋人の手を握りしめて、「今日はずっと一緒にいよう」と叫ぶに違いない。
 でも、きっと僕は何もしない。
 それほどの能力を授かったとしても、きっと僕は何もしない。
 なぜなら、過去に介入できたとしても、どれほど過程をいじくれたとしても、あの結果だけは絶対に変えられなかったと確信しているからだ。
 過去に戻れたとしてもその有様なのだ。いわんや現在をどう変えようというのだ。
 ヒトは、どれほど努力しようとも空を飛ぶことはできない。そんな自明のことを悔やむ人がいないように、僕にも後悔はない。
 答えなんかあったって、たぶん、どうしようもなかったのだ。
 僕にできることは何もなかった。唯一できたのは、観客席に座って、劇の成り行きを見続けることだけ。せめてもの抵抗といえば、その劇が良作であるか駄作であるかを批評するだけ。
 ならば、やり場のない、ぬるま湯のような絶望に浸りつつ、底へ向かって沈んでいく他ないじゃないか。
 ����僕と彼女には、あのような結果しかあり得なかった。
 いつしか、そんな言い訳が唯一の慰みになるのだろう。
 己を責任の拉致外に置き、心地のよい諦念に身を委ねつつ、僕はゆっくりと絶望に沈んでいく。
 ゆっくりと、ゆっくりと。
 沈んでいく。

843:2021/04/13(火) 18:31:40 ID:QE9nDRzM
 佳乃(よしの)は、瞳の少女だった。
「瞳のキレイな女の子ね」
 初めて佳乃と会う人は、みんな決まってこう言った。
 小さな顔の中に収まっている彼女の瞳は、いつも濡れたように黒く光っていて、人を惹き付ける怪しげな魔力を宿していた。対面すれば、花の蜜に吸い寄せられる蝶のように、自然と意識が持っていかれてしまい、瞳にとらわれすぎて会話の内容をほとんど記憶していないということすらまれにあった。
 しかし、魔力とは言っても、ミステリアスな雰囲気などは全くなくて、むしろ人懐っこさを感じさせる爛々とした光だった。
 なので、佳乃の周囲にはいつも人がいた。
 公園に遊びに行けば、いつの間にか知らない子たちと鬼ごっこをしていたし、親戚の集まりでも子どもたちの中心にいることが多かった。
 どちらかといえば内気で人見知りだった僕とは対称的に、彼女は小さな頃から、その社交的な性格を存分に発揮し、大人相手にも物怖じせず話しかけていった。愛嬌があって可愛がられやすかったので、よくお菓子などをもらっていたし、お年玉の金額も僕より高かった。
『素直で明るくて優しい子』
 それが、僕のふたつ年の離れた妹である佳乃の、子どものころから一貫して変わらない世間での評価だった。

844:2021/04/13(火) 18:32:22 ID:QE9nDRzM
 僕と佳乃の関係性はどうだったのかというと、別に悪いものではなかった。いや、むしろ良い方だったろう。少なくとも、第三者から見れば、仲良しなきょうだいに映っていたことは間違いない。
 実際、妹からは懐かれていた。
 僕はこれっぽっちも記憶していないが、母に言わせれば、「それこそ赤ん坊のころから、お母さんよりもお兄ちゃんの方が好きだった」らしい。
 佳乃がまだ自分の足で立つことすらできなかった年齢のころ、近くに僕の姿が見えないとすぐに泣き出してしまい、抱っこをしてなだめすかしても全然泣き止まず、僕の姿を認めてようやくおとなしくなったという。
「子守唄を歌ってあげるより、お兄ちゃんの隣に寝かせてあげた方がずっと効果があったわよ」
 と、母はよく笑っていた。
 たぶん、大げさに言っていたのだろう。まだ分別のつかない赤子が、兄の存在をしっかりと認識していたのかは怪しいし、仮に認識していたとしても、母親の腕の中よりも優先されるとは到底思えない。
 眉唾物だと切って捨てるべきではあるが、あながち嘘とも言いきれないものがあった。
 記憶が次第に色彩を持ち始める幼少期を振り返ってみると、たしかに、佳乃はいつも僕のそばにいた。
 遊んでいる時も、ベッドで寝る時も、ごはんを食べる時も、幼少期のどの場面を切り取っても、その絵の中には必ず佳乃の姿があった。
 幼稚園の迎えのバスに僕が乗り込む時、彼女が決まってべそをかいていたの思い返せば、母の話にもある程度は信ぴょう性があるといえよう。
 兄の目から見ても、妹は思いやりのある子に映った。
 自分の欲望を優先しがちな幼児のころから、兄にはとても尽してくれていた。
 いつもテレビのチャンネルを譲ってくれたし、午後のおやつも分けてくれたし、男の子の遊びにもつきあってくれた。

845:2021/04/13(火) 18:33:02 ID:QE9nDRzM
 僕は、佳乃に訊いたことがある。
「本当は観たい番組があるんじゃないのか、お腹がいっぱいだなんて嘘じゃないのか、ヒーローごっこよりオママゴトがしたいんじゃないか」
 佳乃は笑って、僕に答えた。
「そんなことないよ。ぜんぶね、わたしがそうしたいから、そうしているんだよ」
 彼女の声には、暗に見返りを求めるようなずる賢い響きはなかったから、僕は鵜呑みにしてしまい、「本当のことを言っているんだな」と終わりにしてしまった。
 深くは考えなかった。
 彼女がとても寛容な心の持ち主だったのはわかりきっていたから。
 佳乃の寛容さを示す、こんなエピソードがある。
 彼女が幼稚園の年長になった時だったか。
 ある日、僕は、佳乃の大切にしていたドールを誤って踏みつぶしてしまった。足の裏を通して伝わってきた確実な感触に、「ああ、やってしまったな」と苦々しく思ったのをおぼえている。プラスチック製の細い首は無残に折れてしまい、接着剤などで修復するのも困難な状態となっていた。
 当然、佳乃はわんわんと大泣きした。
 首のないドールの人形を抱え、「いたくしてごめんね」と謝り続けた。
 ひたすら悲しんだ後にやってくるのは、いつだって怒りの感情だ。そして、怒りの矛先を向けるべき相手は、大切なものをめちゃくちゃにしてしまった兄だろう。
 が、佳乃は最後まで僕を責めることはなかった。単に、ドールを失った悲しみに打ちひしがれていただけで、「お兄ちゃんのせいだ」とは一度も言わなかった。それどころか、落ち着きを取り戻すと、僕の足が傷ついていないか心配する優しさまで見せた。

846:2021/04/13(火) 18:33:36 ID:QE9nDRzM
 以上の出来事を鑑みれば、よくわかるだろう。
 佳乃は良い子だ。
 とても良い子だ。
 だから……そんな良い子をきらいだとおもうのは間違っている。
 普通、これだけ兄を慕ってくれている妹をきらうだなんてありえようか。
 いや、ありえるはずがない……。
 たしかに、冷えきった関係性のきょうだいというのは存在する。けれど、そういうきょうだいは、互いに敵対していたり、極度に無関心だったりすることが大半だ。つまり、原因となる種がなくしては、破綻には至らない。
 佳乃を嫌いになる要素なんてひとつもなかった。なら、妹とは友好的な関係性を築く他考えられない。
 なのに、なぜなのだろう。
 僕は、彼女に対して複雑な感情を抱えていた。
 強いて例えるなら……絡まりすぎてほどけなくなった電源コード、のどに刺さった骨、服の中に入り込んだ虫、気づかずに踏んだ水たまり、ぬるくなった牛乳、靴の中に入った小石。
 ……いや、そのどれもが適当な例ではない。この感情を言語化するのは到底不可能なように思えた。赤子が自身の感情を伝える手段を十分に有していないように、この感情を伝え切るには、僕はあまりに未熟なのだろう。
 だから、不本意ではあるが、『きらい』という言葉を用いるしかない。
 僕は、佳乃がきらいだった。
 太陽のように暖かな笑顔も、枝毛のない長く伸びた黒髪も、初雪をおもわせる真っ白な肌も、お兄ちゃんと呼びかける柔らかな声も。
 ぜんぶ、ぜんぶ、きらいだった。

847:2021/04/13(火) 18:34:04 ID:QE9nDRzM
 そして、何よりもあの瞳……。
 みんなが褒め称える、宝石のように輝くあの瞳が、たまらなく嫌なのだった。何度、あの眼球をくりぬきたい衝動に襲われただろう。ふと視線を感じて振り向き、そこに佳乃の形のよい瞳があった時、僕は……僕は……。
 いつからなのかはわからない。
 それこそ、佳乃が生まれてから、ずっとなのかもしれない。
 僕は生来、この説明不可能な感情に悩まされている。
 もし、このマグマのように煮えたぎる『きらい』を素直に表すことが出来たのなら、ここまで苦しまずに済んだだろう。
 だけど、僕には、兄は妹に優しくしなければならないという古風な価値観があった。
 己を犠牲にしてでも妹を助けなくてはならない、とまではさすがにいかないが、『兄らしい生き方をする』というハードルが、他のきょうだいたちよりも高かったのは間違いないだろう。
 だから、僕は内側からせりあがろうとする感情を乱暴に抑え込み、少なくとも表面上は良き兄としてふるまっていた。佳乃を怒鳴りつけたこともないし、手を上げたこともない。優しい妹にふさわしい、優しい兄としてあり続けた。
 妹がきらいだという気持ちと、妹に優しくしなければならないという気持ち。
 このせめぎあいの中で、関係性を築いていった。
 けれど、押し付けたバネが、その力の分だけ反動力を持つように、いつまでもこの関係性が継続できるとは考えていなかった。
 一度、ヒビが入ってしまえば、完全に修復することなんてできやしないのだ。

848:2021/04/13(火) 18:34:28 ID:QE9nDRzM
 僕が初めて、兄らしさを維持できなくなった出来事があった。
 詳しい日時は忘れてしまったが、佳乃が小学校に入学してまだ日が浅いころ。
 当時、彼女は日曜の朝に放映している魔法少女のアニメに夢中だった。
 そのアニメの主人公が、腰まで届く長髪だったことに影響されて、「今日から、わたしも髪をのばす」と宣言して以降、髪を伸ばし始めていた。腰までには届かないものの、十分に長いといえる黒髪は、妹なりに気に入っていたようで、髪を櫛でとかすなど、日常的に手入れすることが多くなっていた。
 跳ねっ返りのない、糸のように真っすぐな髪は、佳乃の特徴的な瞳に負けず劣らず、みんなの注目を引いた。
 人に褒められても得意げになることがない妹の、数少ない自慢の種だったらしく、よく僕にもその評価を求めてきた。
「ねぇ、お兄ちゃんは、わたしの髪、どうおもう?」
 身をよじらせながら、おずおずと訊いてくると、僕は決まって同じ笑顔をつくり、
「佳乃の髪は、きれいだよ」
 と、答えていた。
 そして、ニマニマと照れたような笑みを浮かべ、サッと自室へ戻ってしまうのがお決まりの流れだった。
 僕は良き兄だった。
「そんなの、ぜんぜん興味ないよ」
 とは、口が裂けても言わなかったからだ。
 だから、僕はこの時までは良き兄だった。

849:2021/04/13(火) 18:34:56 ID:QE9nDRzM
「お兄ちゃん!」
 お風呂上りの佳乃が、じゃれて僕の背中におぶさってきた。
 まだシャンプーの香りを残す長い黒髪が、さらりと僕の体に流れ込んでくる。
 僕は、やめろよと苦笑しつつも、兄らしく妹とのじゃれあいに付き合ってあげた。
 佳乃が、僕の耳元で、今日の学校の出来事を話し始める。
 まだ小学校に入ったばかりの妹にとっては、学生生活の全てが新鮮らしく、やや興奮したような口調だった。
 給食で好きなデザートが出たことや、ウサギ小屋のウサギに初めてエサをあげたこと、放課後、クラスメイトたちと鬼ごっこをしたことが、とても楽しかったと語った。
 いつもの僕なら、「それはよかったね」と無難に相槌を打っていたはずだった。
 けれど、それどころじゃなくなっていた。途中から、話が耳に入らなくなっていた。
 僕の首をつたって胸元にまで流れ込んでくる黒髪が、異様なほどに気になってしまった。
 まるで、その一本一本が個別的に生命を持っており、明確な意思をもって僕の首にからみついてくるような、えもいわれぬ想像に襲われた。
 バカげたイメージだとは承知していたが、一度、思ってしまうと、もうダメだった。耳元で羽音がうろついている時のように、全身が粟立つのを覚えた。
 僕の頭の中は、佳乃の髪のことでいっぱいになってしまい、あえぐような声が喉から漏れ始める。苦笑いを続けていた顔が徐々に崩れ始め、頬が痙攣を起こしたように小刻みにひきつく。

850:2021/04/13(火) 18:35:22 ID:QE9nDRzM
 何かに背中を押されるように、僕はポツリとつぶやいていた。
「その髪、ジャマじゃないのか」
 おもっていたより、冷たい声だった。
 対話する気のない、一方的にぶつけるような言葉に、佳乃は過敏に反応した。
 パッと体を離し、僕と向かい合うような位置に座ると、おびえた小動物のように上目遣いでこちらをうかがってくる。
 風呂上がりで血色の良いはずの顔は真っ青になり、落ち着きなく視線をさまよわせている。まるで、突如、異国に放り込まれてしまったような不安を感じさせる表情だった。途中、思い出したように口角を上げたが、それは笑顔と呼びうるものではなかった。
「お、お兄ちゃんは、ジャマだとおもうのかな……?」
 僕の感情を推し量るような瞳とともに問いかけてくる。
「うん。僕は、うっとうしいとおもう」
 なんの躊躇もなかった。
 するりと飛び出してきた言葉が、ナイフと化して彼女の胸に突き刺さっていくのがわかった。
 トドメを刺された佳乃が一気に転落していく様は、外見上に表れた。
 なんとか吊り上げていた口角は下がり、眉はハの字に寄り、口元がわなわなと震え始める。幼い子が泣きわめく前兆だったが、すんでのところで堪えているのはいかにも彼女らしかった。

851:2021/04/13(火) 18:35:47 ID:QE9nDRzM
 やってしまったな、とおもった。
 辛うじて保持していた兄としての矜持に傷がついてしまったのが、子ども心ながらにわかった。
 今からでも挽回する術があったかもしれないが、僕の胸は不思議なほどに凪いでおり、なんら呵責を感じていなかった。仮に佳乃が号泣していたとしても、今と変わらぬ平静さであったことは容易に予測できた。
 そして、その事実に最も狼狽していたのは自分自身だった。
 ……僕はなぜ、こんなにも冷静なんだ。
 今まで苦労して積み上げてきた『兄らしさ』をこうも簡単に突き崩しておいて、他人事のように自分を客観視していることに驚いた。
 たしかに、今まで妹に対しておもうことが何もなかったといえば嘘になる。だが、それにしたってあまりに血の通っていない態度ではないか。顔も知らない第三者と相対しているわけではなく、血の繋がったきょうだいだというのに……。
 と、足元からじわりと侵食してきた当惑に意識が向いていたせいか、いつの間にか佳乃が目の前からいなくなっていることに気づかなかった。
 どこに行ったのだろう。
 辺りを見回していると、控えめにリビングのドアが開いた。
 どうやら自室で髪型を直していたらしく、長い黒髪を器用にお団子状態にまとめあげた佳乃が現れた。

852:2021/04/13(火) 18:36:10 ID:QE9nDRzM
 不器用な笑みをつくって近くに寄ってきたが、それでも僕の表情が変わらないのが不安だったのか、泣きそうな顔をしてソワソワと体を揺らしていた。
「あら、どうしたの。その髪型」
 続けて、風呂からあがったばかりで事情を知らない母が、「かわいくなったじゃないの」と手を合わせて喜んでいたが、妹の表情は晴れなかった。
 僕は、先ほどの発言を訂正すべきだと強く感じていた。
 お前をからかっていただけだよ、と笑いかけて、すべてを冗談のカゴの中に放り込んでしまうのが正解だとおもった。
 だけど、できなかった。
 正解はわかっているのに、答案用紙に何も書き込まない。
 そんな愚行を犯しているのは嫌というほど理解しているのに、僕は動かなかった。動く気すらなかった。
 妹を傷つける言葉を吐き出したというのに、なぜ……。
 釈然としない、曖昧さからくる苛立ちで、おもわず舌打ちが飛び出そうになる。
 そして何より――その苛立ちの全てを妹に押し付けようとしている自分自身に対して、最も苛立っていたのだった。

853:2021/04/13(火) 18:36:34 ID:QE9nDRzM
 結局、すべてを先送りにしてしまった。
 就寝前、佳乃は「ごめんね、ごめんね」と何度も謝ってきたが、彼女自身、謝罪する理由は判然としていなかっただろう。
 無理もない。僕自身だってわかっていないのだ。
 だから寝たふりをして、謝罪には応えなかった。
 暗闇の中、僕の顔を覗き込もうと佳乃が体を動かすのがわかった。だが、これ以上、不機嫌にさせたくなかったのか、途中で体を横にしてしまった。
 まどろみはなかなか訪れなかった。
 なので、僕は長い間、隣で眠る妹の体温を感じながら、腑に落ちない感情と戦わざるを得なかった。

 翌日、睡眠不足による眠気で、脳内は霧がかかったようにぼやけていた。
 登校してからずっとそんな調子だったので、体調不良のまま授業を受けざるを得ず、五時間目の途中、見かねた担任の教師に保健室へ行くよう促され、僕は級友たちのせせら笑いを背に受けながら退室する羽目となった。
 足元をふらつかせながら保健室まで辿り着くと、養護教諭に「少し休めば良くなるはずです」と説明し、すぐにベッドに飛び込んだ。
 しかし、真っ白いベッドは妙に固くて寝心地が悪く、僕は半分意識を保ったまま、中途半端な眠りについていた。

854:2021/04/13(火) 18:36:58 ID:QE9nDRzM
 もし、今日がなんでもない日だったら、きっと最悪な一日だったと捉えていたかもしれない。
 けれど、昨夜の佳乃とのやり取りを一時的に忘却できる利点を考えれば、この体調不良も決して悪いものだといえない。現に、今日はほとんど妹のことを考えずに済んでいる。
 大丈夫……この後、家に帰れば、僕らはいつも通りになっている。仲の良いきょうだいに、戻っているはず……。
 そんなことを考えているうちに、まぶたは重くなり、意識は落ちていった。

 夕方、帰り道をひとりで歩く。
 道路に標示されている『スクールゾーン』の文字の上を慎重になぞりながら進んでいく。普段はこんなことはしない。なんとなく、今日はゆっくりと時間をかけて帰宅したかった。
 十分に休養をとったおかげか、気分はいくらか晴れやかになっていた。
 今なら、フラットな気持ちで佳乃と接することができるだろう。昨日のことを、すべてチャラにできる言い訳はすでに考え付いていたし、彼女もそれを受け入れることはわかっていた。

855:2021/04/13(火) 18:37:18 ID:QE9nDRzM
 つまり、すべて元通りになるのだ。
 多少、脇道に逸れたものの、本道にさえ戻れれば仔細ない。反発することなんてほとんどなかったから、お互い混乱していたに過ぎない。そもそも、ふつうのきょうだいならば、この程度のいざこざは日常茶飯事だろう。
 街灯に光が灯るころ、自宅に到着した。
 ずいぶんと遅くなってしまったな、とおもいながら、カギを開けて中に入る。
 子供部屋にランドセルを置き、乾いた喉をうるおそうとリビングへ向かう途中、
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 刃物を擦り合わせるような音が、扉の向こうから聞こえてきた。
 足を止め、ドアの中部に設けられたすりガラス越しに、中の様子を確認する。
 モザイク状でわかりにくいうえに、電気がつけられていないので薄暗く、いまいち判別がつきにくい。差し込む夕陽のおかげで、ようやく小さなシルエットが認められた。
 中に誰かいるらしい。
 いや、考えるまでもなく、佳乃以外にありえない。
 それならさっさとリビングに入ればいいのに、妙な心理的抵抗がドアノブを掴むことを拒否していた。手のひらがじんわりと汗ばみ、喉がさらに水分を失っていく。

856:2021/04/13(火) 18:37:42 ID:QE9nDRzM
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 どの場所よりも長く過ごした自宅だというのに、まるで知らない人の家に無断で入ってしまったかのような緊張感があった。下腹部がキュッと締まるような感覚を覚え、あわや家を飛び出る寸前だった。
 僕は、何をこわがっているのだ。
 男の子のプライドというべきものが、無言で臆病な自分をなじってくる。
 慣れ親しんだ自宅で怯えている事実が、急に気恥ずかしくなる。
 何も取って食われるわけじゃない。この先にいるのは獰猛な肉食獣などではなく、まだ幼い子どもなのだ。幼子相手に恐れる男子がどこにいる。しかも、相手は生まれてからずっと一緒にいる妹だぞ。
 決心がついた。
 ズボンで手のひらをぬぐい、ドアノブをつかみ、音を立てないように押していく。
 視界が徐々に開けていく。
 まず目に入ったのは、リビングのフローリングに放射線状に散らばる黒い糸だった。
 その中心に座る女の子は、ハサミを手に持って、自身の髪をなんでもないように淡々と切っていた。
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 赤い夕陽も手伝って、まるで抽象的なアート作品のような佇まいとなっていたが、そこに込められているメッセージ性は何もない。
 女の子は鏡すら見ず、ただ己の髪を短くすることだけを目的に、ゆっくりとハサミを入れていく。

857:2021/04/13(火) 18:38:02 ID:QE9nDRzM
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 ためらいは感じられない。まるで藁半紙を切り刻んでいくような、無感動な手の動きだった。切られた髪は彼女の体をすべり、フローリングをすべり、円を大きくしていく。
 こちらに背中を向けているので、彼女がどんな表情を����否、瞳をしているのかはわからない。いつものような、人を笑顔にさせる明るい光を宿しているのだろうか。それとも……。
 ……シャキリ、シャキリ、シャキリ。
 僕は、ドアの近くから動けないでいた。
 声すらかけられずに呆然と立ち尽くしていた。
 しばらく呼吸を忘れていたことに気づき、ヒュッと喉が開く音が、部屋の中に響く。
 それに呼応するように、ハサミを動かす手が止まった。
 女の子はハサミを置くと、ゆっくりと首と体を動かして、背後に視線を移していく。
 不揃いな前髪の中からのぞく瞳――僕を見つめる黒い瞳は、驚くくらいに普段通りだった。
 波紋ひとつない、鏡のように映る湖面を彷彿とさせる穏やかさが、容赦なく僕を包み込んでいく。
 彼女は僕に声をかける前、頬に張り付いている糸くずに気づき、人差し指で払うと、
「お兄ちゃんのいうとおり、みじかいほうがジャマじゃなくていいね」
 ようやく重い荷物をおろしたような、ホッとした表情が印象的だった。
 僕は、何も答えることができず、阿呆のように立ち尽くしていた。

858:2021/04/13(火) 18:38:30 ID:QE9nDRzM
 夜になって、パートから帰ってきた母は変貌した佳乃を見て、キャッと小さな叫び声をあげた。
 いじめを疑ったのだろう、母は執拗に髪が短くなった原因を訊ねたが、佳乃はへらりと笑い、
「髪をね、みじかくしたかったの」
 と、無邪気に答えた。
 それからすぐに、佳乃は母とともに美容室へ行って、長短の乱れた髪を整えてもらった。
 けれど、当然のことであるが、一度切られた髪は元に戻らず、快活な少年みたいな姿になって帰ってきた。
 母はしばらくの間、女の子らしさを失った佳乃の姿を嘆いていたが、肝心の本人はどこ吹く風だった。
 その後、時間が経っていく中で、男子みたいに短かった髪が、ようやく女子らしい長さを取り戻していく。
 が、それから先もずっと、佳乃はショートカットのままだった。
 みんなが褒めていたロングヘアに戻ることは、一度もなかった。

859 ◆lSx6T.AFVo:2021/04/13(火) 18:39:45 ID:QE9nDRzM
投稿終わります。
短編となりますので、あと2��3話くらいで終わりとなります。
それでは、よろしくお願いします。

860 ◆Mujm.BuIyU:2021/06/09(水) 16:34:47 ID:fDGdApDk
テスト

861 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:36:11 ID:fDGdApDk
『彼女にNOと言わせる方法』第七話、投稿します。

862 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:36:50 ID:fDGdApDk
「男らしいとは、どういうことなのか。まずは、その定義からハッキリさせようじゃないか」
 夏期講習、午前の部を終えたばかりの昼休み。
 メインで使っている四年二組の教室から、三つほど離れた埃っぽい空き教室の中、僕は授業用の指し棒を手のひらにポンポンと打ち付けながら授業を開始する。
 普段なら決して許されないであろう、教壇に立って教鞭をとるという教職者にしか許されない行為に興奮する気持ちを抑えつつ、雄弁な口調で講義を続ける。
「近藤くん、キミは男らしいとはどう心得るかね?」
 唯一の生徒である近藤くんは、筆箱とノートの配置を終えると、ゆっくりと顔を上げる。
 そうですね……と、少し思案した後、
「まず、運動神経がいいという要素は不可欠だと考えます。体育や運動会などで、八面六臂の活躍ができる男子は、間違いなく男らしいと評されるでしょう」
「ほお……鋭い。実に鋭い視点ではあるが、足りない。足りないなぁ」
 僕のもったいぶった口調に、彼の眉が怪訝そうに上がる。
「して、どういう意味でしょう?」
「考えてもみたまえ。たしかに、運動会のリレーでアンカーを走るような男子は一目置かれる。トップでゴールすれば、クラスのヒーロー待ったなしだろう。けれど、それはあくまで子どもの時だけじゃないかね。大人になった時、足が速いという要素が、果たしてどれだけの意味を持つというのだろう。いい年した大人が、俺って足が速いんだぜ! ってアピールしたところで、得られるのは尊敬ではなく、失笑ではないかね」
「た……たしかに!」
 目からウロコといった様子で、筆箱から鉛筆を取り出すと、あわただしくノートに要約を書きつけていく。さながら、宗教的指導者の語録をまとめる信者といった様子だった。もしくは今風にいえば、オンラインサロンの主催者とそのメンバーといったところか。
「では、運動神経は男らしさの必要条件ではないと」
 くるりと鉛筆を回し、嬉々とした表情で確認をとってくる。彼の残念すぎる運動神経を思えば、これほどポジティブな情報もないだろう。
「いかにも!」
 僕は指し棒を最大限まで伸ばして、近藤くんの鼻先に向かって突き出す。すると、彼はウッとのけぞり手中の鉛筆をノートの上に落とした。
「他には、何が考えられるかね」
「そうですね……」
 と、手中からこぼれた鉛筆を回収しつつ、
「ルールを守る人は男らしいと思います。周囲に車の影がないとしても、信号の色が変わるまで横断歩道を渡らずに待っているような人は、子ども大人に関わらず、尊敬の対象となるでしょう」
「……ルール」
 僕は顔をしかめる。
 チッと舌打ちまで飛び出てしまった。
「ルールを守る人は、全く男らしくないと思うね。ていうかさ、ルールを守らなくちゃいけないという社会の考え方自体がくだらないよ。たとえばさ、うちの学校って、シャープペンシル使用禁止ってルールがあるじゃん? でもさ、あれって合理的な理由何もなくない? どう考えてもシャープペンシルのが便利じゃん。鉛筆と違っていちいち削る必要もないし、芯もすぐに補充できるし。いや……百歩譲ってシャープペンシル禁止まではいいよ。でもさ、ロケット鉛筆まで禁止するってどういう了見なのよ。そんなのルールにないじゃん! ロケット鉛筆禁止なんて明言されてないじゃん! 拡大解釈が過ぎるよ! ちくしょう、僕のおニューのロケット鉛筆を没収しやがって。絶対に許さないからなっ。ということで、ルールを守る人は男らしくないです、はい」

863 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:37:27 ID:fDGdApDk
「はぁ……」
 今の話には同意できなかったのか、かえってきたのは覇気のない返事。
 徐々に尊敬の念が剥がれ落ちているのを感じ、空気を切り替えるためにゴホンと空咳をはさむ。
 このまま学級崩壊(ひとりしか生徒がいないけど)に陥ってしまったら、職員会議(僕しか先生はいないけど)になってしまうので、さっさと結論に入ることにしよう。
 僕は差し棒を教卓に立てかけると、真新しい白のチョークを手に取り、
「男らしいってのは、すなわち」
 その答えを黒板にガリガリ書きつけていく。
「友が困っている時に――迷わず手を差し伸べられることを指す」
 この時、僕的には一番の見せ場のつもりだったのだ。
 ちょっと声を低めにして重厚感を出したし、普段の悪筆を捻じ曲げて読みやすい文字を書くよう心がけた。
 だが、友が困って、のところでチョークがポキリと折れてしまった。
「…………」
 なんと言いましょうか。
 この水たまりに滑ってずぶ濡れになったようなカッコのつかなさを。
 原則として、師とは弟子の前では常にカッコよくてはならない。
 常に威厳を保ち、弟子を導く存在でなければならず、たとえ虚栄だと言われようとも、見栄を張れなくては師とは呼べないのだ。
 ほら、たとえばさ、めっちゃいかつい感じの師匠がさ、陰でこっそり女子向けのスイーツとか食べてたらさ、なんか違うなーって思っちゃうじゃん。急にゆるキャラ感が出ちゃうじゃん。単行本の巻末にあるオマケ漫画の裏設定感が出ちゃうじゃん。
 ってなことを秒で考えた後、さて、どうやって威厳を取り戻そうかなぁと近藤くんを見ると、
「…………」
 彼は、黒板の字をじっと見つめていた。
 思わし気にあごに手を添え、猫背気味の姿勢で、食い入るような瞳をして、途中までしか書かれていない不完全な文章を見つめている。
 極度に集中した生徒が見せるような、滴り落ちる知識の雫を一滴すら逃さまいとする、吝嗇さを感じさせる勉学の態度であった。
 その態度に、面食らったのは僕の方だった。
 正直、何かしらの深い意味を込めた回答ではなかったからだ。
 そもそも、これが僕自身の言葉であるかも怪しく、マンガかアニメかで取り入れた一句かもしれないし、酔った父さんが語る胡散臭い人生論が記憶の奥底に残っていたものかもしれない。
 真剣に受け止められるとは思っていなかったので、端的に言えば動揺していた。
 ……どうやって二の句を継ごうか。
 近藤くんは、校門に立つ二宮金次郎像のように全く動かず、ノート上の鉛筆を拾い上げようともしない。

864 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:37:46 ID:fDGdApDk
 この生真面目すぎる、むず痒い空気に、僕はいよいよ困り果ててしまって、
「だから近藤くん、僕が先生に怒られている時は、即座に援護射撃をするように」
 と、いつもの軽口によって、空気そのものを破壊してしまう他なかった。
 シャボン玉がはじけるように、ハッとした表情で我を取り戻した彼は、
「嫌ですよ。〇〇くんが怒られているのは、いつもあなたが悪いからでしょう。自らの悪行の報いを受けている人をフォローする術なんて知りません」
 器用に弟子の仮面を脱ぎ捨てて、いつものクラス委員長の仮面に取り替える。
 うーむ、オンオフの切り替えが素晴らしい。一瞬で、師に対する尊敬の念が消え失せてしまったぞ。社会人になったら、仕事とプライベートをキッチリ分けるタイプだな。仕事終わった後に飲み会とか誘っても絶対に来なさそう。まあ、僕も絶対に行かないだろうけど。
 なんとなく白けた雰囲気になってしまったので、黒板消しで中途半端な文字列をかき消す。
「それでは、第一回〇〇プレゼンツの漢塾は終了。各自、復習は怠らぬように」
「各自といっても、おれしか生徒はいないですけどね」
 さらっとツッコミを入れつつ、筆箱とノートをリュックにしまう。代わりに取り出したのは弁当箱で、しゅるりと包みを紐解きながら、
「それじゃあ、昼食にしましょうか。早くしないと、午後の授業が始まってしまいますし」
「そうだね。お腹ペコペコでお腹と背中がくっつきそうだよ」
 僕もさっさと師匠の仮面を脱いでしまい、近藤くんと一緒にランチタイムを開始する。
 切り替えの早い者同士なので、こうしてすぐにクラスメイトとして接することができるのは、案外ありがたいことなのかもしれない。大人ならもっと面倒なしがらみとかがたくさんあるんだろうな、とかちょっと考える。
 たとえプライベートであっても、会社の上司と部下が全くフラットな状態で接することが不可能なことは、日々の父さんの愚痴から想定できる。
 やっぱり大人って、いいところないなぁ。
 おにぎりを頬張りながら、そう素朴に思った。

865 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:38:32 ID:fDGdApDk
 とまあ、こんな形でスタートした漢塾ではあるが、なかなか好調な滑り出しだったのではないでしょうか。
 果たして、僕の益荒男論が近藤くんにどの程度の効用をもたらすのかは謎ではあるが、今のところ、興味深そうに講義を聞いてくれているので、僕としてもありがたい。冷め切った観客ばかりの音楽フェスみたいな様相を呈さなくてよかったよ……。
 今回、人生で初めて教師役を務めることとなったのは、僕としても貴重な経験だった。おかげで、いろいろと実感したことがある。
 まずひとつは、授業というのは教師と生徒の両者で成り立たせるものということだ。
 教師からの一方通行の授業がいかにつまらないものであるかは、今さら説明するまでもないだろう。一時停止のきかないムービーのように、だらだらと垂れ流されるだけの講釈は、ほとんど耳に残りやせず、終始あくびを噛み殺すハメになる。
 授業がつまらないのは、全部教師のせいだ。
 今までは純粋にそう考えていたのだが、今回でそれが浅薄な考えだと気づいた。
 我々生徒側にも反省すべき点はあったのだ。
 先ほどの近藤くんのように、積極的に授業にコミットする姿勢を見せれば、自然と教師側のやる気も湧いてくるし、眠そうな顔をしている生徒を相手にしていれば、モチベーションは下降線を辿っていく。
 つまり、授業はお互いに補っていく必要があるのだ。
 どうすればわかりやすく伝わるだろう、どうすれば興味を持ってくれるだろう。教師はそう考えなくてはならないし、生徒もどうすれば理解できるのかを必死で考えなくてはならない。
 それを実行できれば、互いの相乗効果により、授業はもっと充実したものになっていく。
 先ほどの音楽フェスの例を用いれば、ミュージシャンも観客もノリノリの方が会場全体が盛り上がるのと一緒だ。
 そして、次に気づかされたのは、近藤くんがいかに優秀な生徒であるかということだ。
 正直に告白するが、僕にとって、近藤くんのいい子ちゃんな態度が鼻につくものだった。
 教師から質問があれば、いの一番に手をあげるし、逆に教師に質問をしたりする。
 以上のような、ちゃんと授業を聞いてますよアピールは、僕をはじめとする悪ガキにとって好ましく映らないのは当然だった。
 ケッ、媚びを売りやがって。内申点稼ぎ、ご苦労様ですね!
 ってな感じで、彼に対しては斜に構えていたところがあったのだが、どうやら間違っていたのは僕の方みたいだった。
 単に、近藤くんは授業をより充実したものにしようと積極的に動いてくれていたのだ。我がクラス委員長は、僕なんかよりもずっと前に、授業の本質というものに気づいていたらしく、教室内に硬直化した空気が生まれないように、常に気を使っていたのだろう。
 流石だよなー。
 先生に可愛がられているのも、うなずける話というものだ。

866 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:39:03 ID:fDGdApDk
 ってなことを考えながら、おにぎりを食べ終えると、
「そういえば、〇〇くん。夏休みの宿題はどの程度まで進んでいますか」
「あのさぁ……食事中に夏休みの宿題の話はマナー違反だって、親に教わらなかった? ったく、これだから育ちの悪いやつは」
「どこの世界の行儀作法ですか。まあ……その様子だと全然進んでいないようですね」
「おいおい、一方的な決めつけはよくないな。クラス委員長たるもの、クラスメイトのことをもっと信用すべきではないかね?」
「信用していますよ。〇〇くんなら絶対に夏休みの宿題に手をつけていないってことを」
「マイナスの方の信頼だったかー」
 あちゃーと額に手をやると、彼は呆れたようにため息をつき、
「〇〇くん。提案なのですが、明日からは夏休みの宿題を持ってきてはどうでしょう」
「夏休みの宿題を? もしかして、夏期講習が終わった後に夏休みの宿題をやらせるような鬼畜の所業を……?」
「できれば、そうしたいところなんですけどね」
 フッと意味深な笑みを浮かべる近藤くん。マジでやりかねないから、変に行間を匂わせるのはやめて欲しい……明日から不登校になっちゃうぞ。
「やるのは放課後ではなく、夏期講習中にですよ。プリントの方も順調に進んでいますし、平行して夏休みの宿題に着手してもいい頃合いだと思いましてね」
「え、夏期講習中に夏休みの宿題をやってもいいの?」
「全く問題ないです。むしろ、夏期講習を夏休みの宿題をやる場として考えている子もいるくらいですよ。ちなみにですが、宿題をやる場合であっても、わからない点があれば挙手して訊いていただいて大丈夫です。おれと先生が教えに行きます」
「でも、二足の草鞋を履いていいのかな。夏期講習用のプリントと夏休みの宿題とじゃ混乱しちまいそうだな。どっちかに集中した方がいい気がするけど……」
「どうして、そこで謎の渋りを見せるのですか。別に、最終的には〇〇くんに任せますが……おれはもう嫌なんですよ。夏休み明けに、担任の先生と醜い攻防を繰り広げる様を見せつけられるのは」
 近藤くんとは、去年も同じクラスだったからな……九月一日が修羅場となるのをご存じらしい。なんなら、今年も夏休み前に名指しで牽制球投げられているからな。「今年こそはマジで頼むぞ」と全然笑っていない瞳で念押しされたっけか……。
 ふーむ。
 でも、これはチャンスではないか。
 どうせ、家でコツコツ夏休みの宿題をやるタイプではないのだ。この夏季講習という場の勢いを借りて、一気に終わらせてしまうのも手ではないか。
 というか、近藤くんの言う通り、これを断る理由が全然なかった。
 何も僕だって、好きで担任の先生とバトルしているわけではないのだ。僕もそろそろ中学生になるわけだし、悪童を卒業するタイミングが来たのかもしれない。
 というわけで、僕は近藤くんの提案を——
「いや、やっぱりやめとくよ」
 ——その直前で、断った。
 僕の回答を受けて、彼は露骨に顔をしかめている。またぞろ、僕が無意味な反抗をしていると思っているのだろう。
「いい加減にしてくださいよ。少なくとも〇〇くんの場合は、夏期講習用のプリントよりも夏休みの宿題の方が、断トツで優先度は高いでしょう」
「近藤くんの言っていることはわかるんだけどさ……ほら、まずは基礎をしっかりさせないと。せっかくプリントが着実に進んでいるんだから、一歩一歩、確実に階段を上がっていく必要があると思う。それにさ、僕がプリントと宿題の両方を同時にやれる器用さを持っていると思うかい?」
 自分の提案が断られて不満に感じるところはあるようだが、僕の言うことにも一理あるとは思ったのか、近藤くんは弁当箱のフタを閉めると、わかりましたと脱力してうなずく。
「〇〇くんが、そこまで言うのなら強制はしませんが……けど、宿題は家でしっかり進めておいてくださいね。アサガオの観察日記は、ちゃんとつけていますか」
「大丈夫。無駄に書かなくて済むように、もう枯らしておいたから」
 説教する気力すら失せてしまったようで、メガネの奥の瞳はひたすら軽蔑の色に染まっている。
 ……明日からの漢塾は大丈夫だよね? 師匠に対する尊敬の念は死滅してないよね? 授業をボイコットしたりしないよね?
 僕はハハハと乾いた笑みで誤魔化しながら、同じく弁当箱のフタを閉めたのだった。

867 ◆lSx6T.AFVo:2021/06/09(水) 16:41:16 ID:fDGdApDk
投稿、終わりです。
短いですが、次話はすぐに投稿できると思います。
よろしくお願いいたします。

868雌豚のにおい@774人目:2021/06/18(金) 00:44:12 ID:8yUtizzo
お二人ともGJ!

869<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>:<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>
<ヤンデレさんがお持ち帰りしました>

870雌豚のにおい@774人目:2022/04/25(月) 00:03:36 ID:tfFYC1Q2
せめて読んでた作品が完結するとこまで見たかったなぁ。

871Jelopve ◆y1j6jXIdjI:2023/08/08(火) 17:10:38 ID:n5qjqLs2
失礼します
初めての投稿です。

872Jelopve ◆y1j6jXIdjI:2023/08/08(火) 17:11:03 ID:n5qjqLs2
「消耗戦」


僕はジョン・ヴィレッジ。こう見えて、実はアメリカとイギリスのハーフだ。今は。小説家だ。
幼い頃はコモンウェルス・オブ・ネイションズ、通称:コモンウェルス、つまりはイギリスとかカナダとかオーストリアらへんでずっと暮らしていた。
イギリス人の母と実家で暮らしていたのだが、たまにカルフォルニアから来る父もいつも通りのお姿で安心している。

今日も良い天気だ。しかし、そこで転機が来る...ことを転記しよう、なんてね。(おもんなさの転帰がツライ)
..っと、茶番は置いておいて。あの二人が来てしまいました。そう、前者は、クルーピ・モントリオール。金髪ショートで、普段だと落ち着いているが僕と居る時だけ異常な程に性格が違う。
後者は、パース・タスマニア。黒髪ロングで、学生時代はオール5がいつも続いていた為、黒神と呼ばれたりだしていたらしい。

「慈恩寺殿。今日も御一緒に参りましょう?」
「鄭君。これで遊ぼう?」
「寺の名前で呼ばないでくれ。あと、鄭って何ですか」
「えぇ、じゃあ、ジオン君って呼んだ方が良い?」
「ジークジオン!」
こうして日常的に話をしていたのだ。

「あ、そうそう。ゲームっていうのはね、これ」
「おぉ...流石クルーピ殿でございます」
見せたのは、軍事シミュレーションゲームだった。しかも、パソコンやスマホでするあれではなく、ボードゲーム的な感じだった。
「これで、遊んでくれと言うのか?」
「そうなんだけど、ジョン君は見ててほしいの」
彼女は続く。
「これで、私とパースちゃんは勝負をするの」
「勝負か?」
「そう。どっちかが勝ったらジョン君を貰うって約束をね、してたの」
「ま、まじか。それを事前に言ってくれよ」
「でもざーんねん。手遅れです」
おいおいおいおいおいおい。正気か。

結局、僕を賭けた戦いが始まってしまったのだ。

クルーピはアメリカ側で、パースはソ連側。見た目的に冷たい戦争って感じだな。

「うーん」
「わー」
「いや、これは」
多少だが呟きっぽいものが聞こえる。

前線では、いくらクルーピは倒したとしても、パースがまた倍以上の兵士で現れてくる。これが、畑から取れるってやつか。
しかし、クルーピも技術的に有利で、奇襲や特殊部隊を敵陣地であおり散らかすこともしている。

始めからどれほどたったものだろうか。もう既に日は暮れそうにある。

「あ〜もう、動けるユニットがないわ」
「私もです」
「これは引き分けじゃないか?」
二人はそっと頷く。
「で、どうするんだ?」
「う〜ん。じゃ、ジョン君に決めてもらおうかな」
「そうですね」
ほう、来たか。ついにこの時が。
「よし、それでは誰も選ばないってことd」
「どうして?」
二人はこっちに向かって、
「「ねえどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうし(ry」」
こうしてジョンは、二人に人生を奪われるのでした。

873Jelopve ◆y1j6jXIdjI:2023/08/08(火) 17:12:36 ID:n5qjqLs2
投稿終了です。始めてですので、誤字脱字等してしまうかもしれませんがその時はお許しください。

874雌豚のにおい@774人目:2023/09/06(水) 06:53:43 ID:brNXkrr6
久しぶりに新作きててめちゃくちゃ嬉しい

875雌豚のにおい@774人目:2023/10/29(日) 10:44:06 ID:IWRV2xz2
投下します。
遅筆&別サイトでもあげてるものですが、見ていただけると嬉しいです。

876フラグを折りたい男:2023/10/29(日) 10:47:39 ID:IWRV2xz2
「私と付き合いなさい!」

「唐突すぎない?」



中学校の卒業式の帰り道、幼なじみの水瀬 優(みずせ ゆう)に告白された。



勿論、俺の返事は...「ごめ...」「いや、あのね!! あんたなら私の家の事情わかるでしょ!! その...高校生になったらお見合いしてもらう!って言われて、私も知らない人と結婚なんて嫌だからさ! その...えっと......そう! カモフラージュ! 偽の恋人役になってほしいのよ!」



俺の返事に被せて矢継ぎ早に答えた。

あぁ、そういうことか。

優の家は会社をいくつも経営しており、良家のお嬢様なのだ。

それなら、話はわかるが...。



「それなら、俺より俊とかの方が良くないか?」



俺はこの場にはいないもう1人の幼なじみ、柳瀬 俊(やなせ しゅん)の名前を出してみた。



「俊はその...イケメンだから駄目なのよ! ほら!私の周りにイケメンなんて腐るほど寄ってくるし!!」



確かに。

笑えるほど告白されたりしてるもんな。

あれ? もしかして、俺が選ばれたのって...。



「イケメンじゃないからか?」

「っ...!そっ、そうよ! だから、あんたが一番適役なのよ!!」



何とも悲しい選ばれ方だ。

確かに俺の見た目なら、優の好みがイケメンではなく、ゲテモノ好きなんだと思わせることも出来るってことか。

納得した。



「いいぞ。」

「えっ!? 本当にっ!?」

「昔馴染みのお願い事なら、なるべく叶えたいからな。」

「ありがとう! じゃあ、私達は今から恋人ね!」

「恋人の"フリ"な?」



優はうぐぅ...と顔を歪ませた。

どういう感情なんだ、それは。



「とにかく! 私達は今から彼氏彼女なんだからね! 明日から早速行動するわよ!」

「はいはい。」



私は先に帰るね!と言い、ダッシュで帰っていった。

1人取り残された俺は、優からの告白が本気のやつじゃなくて安堵した。



何故なら...俺じゃ優の恋人なんて出来ないと思ったからだ。



絵に描いたような美少女、それが水瀬 優。

対する俺は、無駄に高い身長、家業で無駄についた筋肉、柄の悪い人相...。

泣かした子供は数知れず、困っている人に声を掛けたら怖がられる始末。



優の恋人としては、余りにも不合格すぎる男、それが日生 陽(ひなせ よう)という人間だ。

この事、俊は知ってるのかな? 帰ったら聞いてみるか。

数分ほど時間が経って、俺も帰ることにした


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