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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part06

493『ながめ』1 ◆wzYAo8XQT.:2014/07/15(火) 00:07:43 ID:vjwUcrnU
 
 
 
 
 兄の部屋の前に、細い光芒が伸びている。
 閉じられた襖の隙間から伸びる、蛍光灯の光だ。
 その光芒に誘われるように、気がつけばわたしは兄の部屋の前に立っていた。
 部屋の中からは、相変わらず、兄の楽しげな談笑と、かすかに女の声が聞こえてくる。
 
 まるで罰を受けているようだ、と思った。
 わたしが愚図だから。こうして部屋の前に立たされているんだ。
 わたしが人より劣っているから、兄の隣にいれないんだ。


 襖を薄く開け、兄を見る。
 兄は、笑っていた。
 本当に楽しそうに。わたしには一度として向けたことの無い顔で。
 顔が歪む。兄はあんなに楽しそうなのに、どうしてそれを見た私はこんなにも辛くなるのか。
 おかしい。だってわたしは兄が好きだ。兄に、幸せになってほしいと思っている。
 なら、兄が幸せなら、それでわたしも幸福ではないの?
 
 わたしは、どうしたいのだろう。
 楽しげに笑う、兄の笑顔が見たいのか。
 楽しげに笑う、兄の笑顔を消したいのか。
 
「あはは、それで……」
 談笑の途中、何の前触れも無く、不意に兄の眼がこちらを向いた。
「ひぅ!」
 思わず声が漏れる。
 兄の顔がしかめられるのが分かる。
 手間のかかる厄介な奴が来た。今度はいったい何のようだ。
 そんな言葉が兄の顔に浮かんで見えるようだ。
「悪い、ちょっと用事できた。また後でかけ直してもいいか?」
 兄はそう言いながら、わたしに手招きをする。
 わたしは、罪悪感と羞恥心で顔を真っ赤にしながら、そっと襖を開く。
「なんだ」
 電話を終えた兄が、忌々しげにこちらを見下ろす。
 電話をしていた兄は、とても楽しそうだった。
 電話からかすかに聞こえた女の声。
 あれは、兄の何だろうか。

「そ、その、用……なくて」
「じゃあなんで俺を見ていた」
「あ、あの、襖開いてて、それで……」
 兄はハァ、とため息を吐いた。
「そうか、教えてくれてありがとう」
 その声は、出て行け、と言っている。
 何勝手に盗み聞きしてんだ気持ち悪い。
 兄の眼はそう言っていた。
「う、うん……じゃあ。ごめんね……」
 わたしはもう泣き出しそうだった。
 こんななんでもないことなのに。
 兄はまた、小さくため息を吐く。
 兄は、わたしの頭に手を添える。
「あ、あの……」
「落ち着いたか?」
「あ、え、と」
「もう少しか」
「う、うん……」
 兄は、わたしが落ち着くまで、頭を撫でてくれた。
 わたしのことは迷惑でしかないはずなのに。
 兄に落ち度など一つも無いのに。
 兄は、本当に優しい。
 優しすぎるのだ。
 
 



――――――――――――――――――――――――――――


 月明かりが薄く部屋を照らす。
 眠れもしないのにベッドに横になっているうちに、いつの間にか月が出ていたようだ。
 その光を反射して、机の上のサードニクスが、かすかに輝いた。
 あれは兄から送られた誕生日プレゼント。サードニクスがついたネックレスだ。
 わたしの誕生月が八月だから、誕生石だといって。
 その素っ気無いデザインが、兄からわたしへの気持ちをそのまま表しているそうで、涙が出るほど嬉しかった。
 あれから、その石を眺めるのを一日も欠かしたことは無い。
 あの石を眺めながら、兄のことを想う。そして、あの幸福だったときを反芻する。
 わたしは兄なしでは生きていけない。
 漠然とした確信。
 だけど、わたしは兄のために何かをすることが出来ない。
 兄に害を与えることしか出来ない。兄の足を引っ張ることしか出来ない。いないほうがいい、有害な生き物。
 兄が、あの屈託の無い笑顔を向けるような、その人のようには決してなれない。
 そして兄はいつかわたしの傍からいなくなる。わたしは、兄の傍には寄り添えない。兄に、永遠に追いつけない。
 確固たる確信。
 迷惑をかけても兄の傍にいたい。たとえ兄にとって害悪にしかならなくても、それでも兄の傍にいたい。




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