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ヤンデレの小説を書こう!@避難所 Part06

481雌豚のにおい@774人目:2014/07/12(土) 09:06:47 ID:/hDjNjjE
「そう言う訳ですので、失礼します。また明日来ます。それでは」
 そう言うと、僕は足を止めることなく一直線にドアに向かってそのまま退室した。何やら後ろから先生の怨嗟の声が聞こえたような気がしないでもなかったが。
 薄情な弟子だと自分でも思うが、先生、人生には学問よりも大事なことがあると思うんです。

「時空間転移装置? なにそれ?」
 繭ちゃんが目に疑惑の色を浮かべて問いただしてきた。
 大きな瞳、茶色がかった髪をショートにして、健康そうで小さい口もとをした繭ちゃんはそんな不機嫌気味の表情も可愛い、と思う。彼氏としての僕の惚気かもしれないが。
「まあ簡単に言うとタイムマシンとどこでもドアを合体させたような機械かな」
 パスタをフォークでいじりながら僕はそう返答する。
 ちょうど夕食時のファミリーレストランは家族連れも多く、ほぼ満席である。
「そんな胡散臭い物作ってるの? あのお爺さん」
 疑惑の色をますます強めて繭ちゃんが言う。僕はフォークから手を放すと頭をかいた。
「信じられないのも無理はないけど、先生ならいつかは……」
「完成すると思ってる?」
「いや、思ってない」
 一瞬繭ちゃんの周りで空気が固まったような気配があった。さすがに呆れたらしい。
「じゃあなんであんなお爺さんに付き合ってるのよ」
「なんでと言われると……」
 両親にも以前同じ質問をされた事がある。
 先生はキ○ガイだの偏屈だの言われている通りの変人で、しかも今の住居に来る前の事は誰ひとり知らないという謎だらけの人物だ。両親にしろ繭ちゃんにしろ、僕がそんな人と交遊があるのを喜ぶわけはないだろう、それは分かる。
 しかしそれでも、先生と僕はなぜか気が合った。阿吽の呼吸と言うのか、お互いに足りないパズルのピースをそれぞれが持っている感覚と言うのか。これは他者に説明するのは難しいのかもしれない。
「先生の淹れてくれる紅茶が美味いんだよ」
 結局そう返答したのだが、やはりというべきか繭ちゃんは納得してくれない。
「……なにそれ」
「いや、本当なんだよ。先生、紅茶を淹れる名人なんだ」
 これは嘘ではない。
 繭ちゃんはと言えば、表情の選択に困ったように顔をひくつかせていたが、ややあって一息つくと可愛らしい口を開いた。
「じゃあ私が紅茶をうまく淹れられるようになればもう会う必要はないのよね?」
「え?」
「これから練習するから」
 僕は返答に窮した。
「とにかく、明日は私も同席するわ。あのお爺さんがどんな紅茶を飲ませるのかを確かめないといけないし、いいよね?」
 そう言ってにこやかに繭ちゃんは笑ったが、その笑顔に無言の圧力を感じ、僕は黙って顔を上下に動かした。
 明日、先生が繭ちゃんに失礼な質問をしなければいいのだが。

 繭ちゃんと別れてから帰宅し、風呂に入ってその他雑事を済ませてベッドに寝転んでいると、またスマートフォンから機械音が鳴った。今度は先生からのメールだった。
「大至急来られたし。研究は完成した」
 画面に映るその文章を見て僕は眉をひそめた。時刻は二十三時八分。つまり先生の研究室を出てから六時間も経過していない。まさかそんな短時間で新しい時空間転移装置ができる訳でもないはずで。
「先生、大丈夫ですか。今日のショックでボケちゃったんじゃないでしょうね」
 怒られるかな、と思いつつそうメールを送り返すと、殆ど間を置かずに先生からの返信が来た。
「いいから早くこんかい。今日は家に泊まるつもりで準備すること」
 僕は軽く肩をすくめた。こんなに強引な先生も珍しい。弟子としてはここまで言われては断わるわけにもいかない。
 繭ちゃんに連絡しようか迷ったが、夜遅いし、一緒に先生の所に行くと約束したのは明日の事だしで、まあいいだろうと思い止めておくことにした。
 簡単に着替えを済ますと、もう寝ていた両親に置手紙をして出発した。外に出ると吐く息が白く曇る。
 先生の家は徒歩で十分弱、上空を見上げると綺麗な満月が見えた。
 静寂に満ちた街中に僕の足音だけが響くという感覚は割と好きだった。

 今夜の紅茶はやや濃すぎる気がする。
 熱い琥珀色の液体を一口含んで僕はそう思った。先生が紅茶を淹れるのを失敗したことは、僕の記憶にある限りではなかったはずだった。そこまで気持ちを乱しているという事は、ひょっとして本当に時空間転移装置が完成したのだろうか。
 その先生はと言えば、僕と机を挟んだ形で座り、組んだ両手に額を当てて俯いている。




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